あんなの入らないので逃げますね (きし川)
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夜逃げ
私は恐怖した。無理だ、あんなものが入るわけがない! と、
異世界転生というのはご存知だろうか。
何らかの要因によって、死んだ魂が別の世界へと行ってしまいその世界の住人として転生する現象である。
なぜこんな話をするのか。それは私がその異世界転生というものをしてしまったからだ。
転生したという自覚が芽生えたのは、2歳の時だ。風邪かなにかで高熱を出し、魘されていると突然前世の記憶が蘇った。前世の私はネット小説というものに触れていた。特に異世界転生系の物を好んでいたので自分が異世界転生したことはすぐにわかった。
ただ当時、そのことが分かったところで出来ることといえば世界観や文化、前世との種族と性別の違いに一喜一憂するぐらいだった。
それから6年を過ごした8歳の時にファンタジー世界特有の不可思議な力に出会った。気功というものだ。私が転生した獣竜人族という種族はこの気功という力を使える種族らしく私も護身程度に母から教わった。
さらに4年が経過した頃、私の今生に転機が訪れた。縁談である。私は前世が男だったということもあり、あまり乗り気でなかった。だが、獣竜人族は数が少なく、子孫繁栄を重んじる文化であったため、成人すれば必ず結婚しなければならない。私は渋々受けることにした。
相手は隣の家に住むアレスという同い年の男子。屈強かつ勇敢であり12歳という若さで小型の飛竜を討伐してみせた里の注目株だ。
家が隣ということもあり、私も彼と遊んだりしたことがあるので彼の人柄はよく知っている。まったく知らない人物と結ばれるよりは良いかとその時は縁談を受け入れ、成人後に結婚すると婚約をした。
だが、それから一ヶ月としないうちに私は心が折れた。ある日の夜、用を足そうと便所に向かっていると女のあえぎ声が聞こえた。母の声だった。それに混じって父の声も聞こえたため夜の営みの最中だと分かった。
良くないと思いつつも、私は下心で両親の営みを覗いてしまった。今思えばそれが間違いだった。
私は見てしまった。父の股間にあるおぞましい凶器を、もちろんそれが何かはよく知っているし、かつては自分にもあったものだ。しかし、父のそれは私の知るものよりもはるかに大きかった。
あんなものが体の中に入るわけがない。私はそう思った。実際、眼の前でそれを受け入れている母はとても苦しげに見えた。
獣竜人族の女性の平均身長……170センチほどの母ですらああなのだ、他の女性と比較してかなり小柄な私ではどうなる?
私の脳裏にあるイメージが湧いた。ベットの上ではるかに大柄な男に組み伏せられ、凶器によって肉をえぐられる私。血を吹き出し、内臓を破壊される様がとても鮮明に浮かんだ。
私は恐怖した。漏らした尿をそのままに私は足早に部屋に戻って布団の中で震えた。だが、まだこのときの私には希望があった。
父のアレが大きすぎるだけでアレスは小さいかもしれない。
そう思った私はすぐさま確認することにした。
アレスが体を清めるため水浴びをするタイミングを見計らい、こっそりと確認しようと思った。
川の近くの茂みに隠れ、アレスが来るの待った。やがて、アレスがやってきて、服を脱いで体を洗う一部始終を見て、私は打ちひしがれた。やはり、アレスもまた大きかったのだ。
私はすぐさま婚約を破棄しようと思った。しかし、それを可能にする理由が思い浮かばなかった。正直に「アレスのアレスが大きいので婚約破棄したいです」とは言えるわけもなく。時間だけが過ぎていく。
アレスとはどうも疎遠になってしまった。あの覗き見以降、アレスを前にするとアレスの裸を思い出して緊張してしまい、会話ができなくなって、逃げるようになった。
周りからは不仲を疑われるようになり、もしかしたら向こうから婚約破棄を申し出てくれるかと期待した。
だがダメだった。アレスは断固として私と結婚するつもりらしい。どうやら、向こうの家で私との婚約を破棄して別の女性と婚約する話があったらしいがアレスは断ったそうだ。
私のいったいどこにそこまで惹かれる要素があるのだろうか?
身長は低く、胸は小さいし、尻も薄い。腰は気功術の鍛錬のおかげか括れてはいるが、他の同年代と比べると何とも凹凸が少ない。獣竜人族の特徴である竜の尻尾も他と比べてやや太く不細工だし、友人の一人であるナフリーのような美しい鱗があるわけでもない。髪だってアーミャのような烈火のような美しい赤毛というわけでもなく色褪せた金髪だ。
ともあれ、アレス側からの婚約破棄の可能性がなくなったため、私は少しの間、解決案を模索した。幾つか案が浮かんだが、最終的に里を出ることにした。
私が里を出ればアレスは私との縁談を破棄して他の女性と結婚するだろう。そして、私も俺を受け入れられない以上この里に居続けることはできない。
これが一番最良の方法だと思った。そのための準備として成人までの時間に気功術の修行に重点的に行った。おかげで護身レベルの技に毛が生えた程度には強くなったと、友人に評された。
そして、今日。私は里を出ていく。成人前の祝だと、親戚一同が宴をしてくれた後、私は自室で密かに準備していた荷物を確認する。
コンコン
急に誰かが窓を叩いた。思わず悲鳴をあげそうなった。何とも心臓に悪い。
窓の板を上げると外にアレスが立っていた。あの覗き見の時から3年が経過し、身長は伸びて200センチを超えている。筋肉量も増し、もう一人前の戦士だ。全くもって羨ましい、こちらは伸び悩んで150センチに届くかどうかだというのに。
「すまないな、こんな夜更けに……」とアレスは申し訳無さそうに言った。
「……ど、どうしたんだ?」
うるさいほど鼓動が激しくなった心臓を抑えるように胸に手をやりながら、不審に思われないよう努める。
「……明日、成人すればそのままお前と結婚することになるだろう。だが、その前にお前の本心を聞きたいと思ったんだ」
「本心……?」
「テレジア。お前は俺のことをどう思っている?」
アレスは真剣な眼差しを私に向けながら言った。
「……飛竜と対峙しても臆さないほど勇敢で、そして倒せてしまうほど強くて、子供にも手が空いていたら遊んでやるぐらい優しい兄貴分?」
とりあえず彼に対する一般的な評価を言ってみた。しかし、アレスは無言でこちらを見ていた。
……もっと言ったほうがいいのだろうか?
「あと、未だに食べれない野菜が多くて私が作った弁当も野菜だけ残すのはいただけないな。かなり厳選して食べやすい野菜を使ってるし、工夫もしてるんだ、ちゃんと食べてくれ」
花嫁修行の一環として、狩りに出かけるアレスに弁当を作っているがなかなか野菜を食べたがらないんだ。なんとか野菜を食わせようと野菜嫌いでも食べやすい野菜を選んで肉で巻いたり、細かく刻んでひき肉と混ぜたりして、食べやすいようにしているがアレスは器用に肉だけ食うのだ。
「それと、最近の流行りか何か知らないが筋肉や気功を使って服を破るのはやめてもらいたい。縫い直すの結構大変なんだぞ」
威嚇だとか、分かりやすく強さを表現するためだとかで、男性陣の間で服を北○の拳のケンシ○ウよろしく破いて脱ぐのが流行っている。花嫁修行の一環として服の修繕もやっている身としてはたまったものではない。
「あ、あと君の母に頼まれて君の部屋を掃除したんだが、服をそのへんに脱ぎ捨てたり、道具を散らかしているのはダメだろう」
以前、アレスの母から花嫁修行ということでアレスの部屋の掃除を頼まれたが、あれは酷いものだった。部屋のいたるところに脱ぎ捨てられた服が散乱していて、中にはいつ脱いだかもわからない服もあり、異臭がした。狩りで使うものであろう道具も同様で特に酷かったのは釣り針だ。なんと服の山に紛れていたのだ、刺さったらどうする。とりあえず服は全て洗濯して収納に入れ、道具も棚に並べてどこに何があるかわかるように表示もした。……もし、またあの惨状に戻っていたら私は殴るかもしれない。
「他には──」
「分かった。分かったからそこまでにしてくれ」
アレスは私の言葉を遮った。こころなしか顔が赤い。
コホンと咳払いをして、アレスは私を見た。
「やはり、俺はお前としか結婚できないようだ。その、これからもよろしく頼む」
そう言って頭を下げ、「おやすみ」とそそくさとアレスは去っていった。
これで良かったのだろうか。ずいぶん好き勝手に言ってしまった感じがするのだが……。
もしかしたら、嫌われてしまったかもしれない。……いや、今晩中に里を出ていく身なのだからその方が都合がいいか。
中断していた荷物の確認を再開する。食料、薬、甚平*1、裁縫道具……これだけあれば、十分だろう。鞄を背負い、窓から外へ……出る前に私は羊皮紙に黒鉛にヒモを巻いた鉛筆で「ごめんなさい」とだけ書いた。何も言わずに出ていくのは少しだけ罪悪感があったからだ。
机の上に羊皮紙を置いて、私は窓から家を出た。夜も更け明かりが月明かりしかない暗い里を静かに素早く駆けた。
向かう先は里の門。当然夜間は閉まっているが私は助走をつけ、思いっきり門を飛び越えた。着地後に頭の上に生えた獣の耳をすまして気づかれていないか探る。……とても静かだ、気づかれてはいない。
私は走った。行き先は何も決めていないが道なりに進めばどこかの街につくだろう。今後のことはそこで考えよう。
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水の恩
里を囲む森を抜けるのに半日、抜けた先の草原を走破するのに2日、更にその先にあった荒野に足を踏み入れてからさらに2日。里を出てから4日と半日。休憩をはさみながらここまで来た。
しかし舗装されていない道をどれほど走ろうと一向に街どころか、村一つ見つからない。……これは、予想外だった。てっきり一日ぐらい走ればどこかに着くと思っていたから、食物と水の備えがもうない。
森でもあれば肉の調達も水の確保できるのだが。あいにくとこんな荒野に森があるとは思えない。川もないだろう。
「あっ、あれは……」
意識が朦朧とする中、荒野の地平線に黒い影がぽつぽつと見えた。目を凝らせば、建物に見える。
村だ、村がある。私は両足にグッと力を入れ、村を目指した。
村は石造の小屋が六軒ほどあるだけのとても小さい村だった。フラつきながら村に入ると一番近くにあった小屋のそばで作業をしていた白い髪の少女が駆け寄ってきた。
「ど、どちら様ですか……?」
私より頭一つ小さい背丈の少女が恐る恐る私に話しかけてきた。当然だ、どこの馬の骨ともしれない奴が現れれば警戒もするだろう。
「み、水……水を……」
少女にそう言った途端、私は倒れた。既に限界を迎えていたのだ。
「大丈夫ですか!? しっかりして!」
少女が声をかけてくれるが私は意識が朦朧として答えられそうにない。すると、少女は私を抱えておそらく少女の家であろう小屋に引きずっていった。
少女は私を小屋に入れると中に置いてあるベットに私を寝かせてくれた。少々固いがちゃんとしたベットは里を出て以来だ、ありがたい。
しばらくすると、少女がコップに半分ほど水を入れ持ってきてくれた。
私はなんとか上体を起こし、コップを受け取って水を口に含んだ。水は残念ながら微温く、味も少し苦味があった。
けれど、今の私にとっては恵みだ。口を潤わせてゆっくり飲んでいく。朦朧としていた意識もはっきりしてきた。
よく見てみると少女は人間ではなかった。耳が少し尖っており、前腕部とふくらはぎの一部に硬そうな鱗があり、砂色のワンピースのスカートから小さなしっぽが出ていた
「ありがとう。生き返ったよ……わたしの名前は獣竜人族のテレジアと言うんだが、君の名前は?」
「わ、わたしは甲竜人族のフィアといいます! 12歳です!」
甲竜人族。母から聞いたことがある種族だ。たしか獣竜人族と同じように竜から派生した種族で砂漠や荒野のような乾いた地域に住むと……。
そういう環境に住んでいるため出会う機会は殆どないと言われてらしい。……なるほど、なら私はとても運が良かったんだな。
それにしても12歳……か、私より3つも年下なのに随分としっかりしている。そういえば、この家には彼女だけなのだろうか。
「ここには君だけが住んでいるのか?」
「今は狩りに出ていて居ませんけど、お兄さんと一緒に住んでいます」
「ご両親は……?」
「お父さんは去年、亡くなりました。お母さんは……連れて行かれました」
「連れて行かれた? どういうことだ」
「3日ほど前にこの辺りを縄張りにしている野盗が村を襲ってきて、水と食べ物と女の人達を持っていったんです」
「詳しく教えてくれ」
私はフィアから詳しい話を聞いた。この辺りには”兜割りのコドロー“という男が率いる野盗がおり、村々を襲ってはこの辺りでは貴重な水や食料を強奪し、女子供は人身売買目的で誘拐するそうだ。フィアの母親の他にも数名の女性と子供が拐われたらしい。幸い、フィアはすぐにベットの下に潜り込んで隠れていたため攫われずに済んだようだ。
「助けに行きたいけど、村を襲われたときに男の人たちが殺されて……けが人も多くて助けに行けないんです……」
フィアのお兄さんもその時の襲撃で怪我をしたそうだ。それなのに、奪われた食料を補うために狩りに出ているそうだ。
「何か手伝えることはあるか? 私にできることなら何でもしよう」
フィアには水をくれた恩がある。それにこの状況を見てみぬふりをして立ち去るのも後味が悪い。
「……あっ、ならけが人の布を替えるのを手伝ってもらえますか? 人数が多くて……」
「それぐらいなら構わないよ」
母親から医療の術は簡単にではあるが学んでいるし、鞄の中には薬も少しは入っている。
「それじゃあ、さっそく……」
包帯代わりの布が入った籠を持ってフィアが家を出ようとした時だった。家の入口に暖簾のようにかけられた布をくぐって白い髪の男が一人入ってきた。手足に鱗、尻尾が生えていることからフィアと同じく甲竜人族だろう。
「あ、おかえりなさい。お兄さん」
なるほど、この人がフィアのお兄さんか。
「……誰だ?」
「えっと、この人はテレジアさんって言って獣竜人族なんだって」
私の代わりにフィアが紹介してくれたのでとりあえず会釈した。
「獣竜人族、だと? 聞いたことがない種族だ。それになぜこの村に……まて、それは!」
突然、フィアの兄が声を荒げた。そして、何を思ったのか私に近づくと私の手からコップを取り上げた。
「……フィア! まさかこのよそ者に水をやったのか!」
そういえばここでは水は貴重だとさっきフィアが言っていたな。それなのに水をあげたから怒っているのか。
「で、でもテレジアさん倒れちゃってこのままじゃ死んじゃうと思って……」
「黙れ!」
フィアの兄はフィアの頬を打った。彼女の持っていた籠が地面に落ちた。
「ではお前は仲間が水が飲めなくなっても良いというのだな!?」
打たれた頬を手で抑えるフィアに怒声を浴びせる。
「でも……」
「何だその目は? もう一度打たれたいか!」
「待て!」
これ以上は見ていられない。私はフィアとフィアの兄の間に割って入った。
「なんだ。よそ者が首を突っ込むな!」
「いや、この件は私も関わっている。だから首を突っ込ませてもらう。この件で非があるのは私だ。彼女じゃない!」
「では、どうするというのだ!」
「私は少しばかり医療の心得がある。ここには、けが人が大勢いるのだろう? 力になれるはずだ」
元々、フィアへの恩返しにするつもりだったのだ。いくらでも、それこそ不眠不休でやってやるとも。
「……いやそれでは足りんな」
しかしフィアの兄は納得しなかった。そして、私の体をじろじろと見始めた。……なぜだろうか、すごく嫌な予感がする。
「おい、よそ者。俺の子を孕め」
「……は?」
今なんと言った? 子を孕め? 私が?
「その様子だとフィアからある程度の事情を聞いているのだろう。今、我々の種族にいる女はフィアしかいない。しかし、フィアは子供だ。子はまだ生めん。このままではいずれ我々は滅んでしまう。だが、お前は一人でここへ来たことを考えるに成人しているのだろう? ならば孕めるはずだ」
「え、いや……その……」
予想もしてなかった展開に私は何を言っていいのか分からなかった。ただ、私を見下ろすフィアの兄の目がとても恐ろしいものに思えた。
背筋が凍り、鳥肌が立つ。まるで父と母の営みを目撃した時のようだ。……そういえば、フィアの兄は獣竜人族の男たちに負けず劣らずの大柄だ。ということは、アレもまたそれ相応のものなはず……!
「あ、ぁ……」
私は恐怖した。アレを受け入れるのが嫌で里から逃げたのにここでもアレと対峙しなければならないことに恐怖した。
すると、私の脳裏にまたあのイメージが湧いた。ベットの上でまた私が大柄な男に組み伏せられている。以前と違うのはその男が
フィアの兄であり、乱暴に私の肉を抉っていることだ。フィアの兄はよそ者に厳しそうであった。なら、私への配慮なんてないに違いない。
「やめて! お兄さん! わたしが頑張るからテレジアさんに悪いことしないで!」
怖気づいているとフィアが私とフィアの兄の間に入った。
「戯け! 頑張ってどうにかなるものではない! お前には無理だ!」
「でも! でも!」
二人同士の口論が始まった。おかげで落ち着ける時間ができたが、さてどうしたものか。このままではアレを受け入れることになってしまう。
「オイ出てきやがれ! 雑魚ども!」
考えていると急に外からガラの悪そうな声がしてきた。
「ちっ、奴らめ。また来たのか」
苛立ちげに声がした方を睨むとフィアの兄は鉈のような武器を手に外へと向かう。
「フィア。そのよそ者と隠れていろ」
それだけ言うと外へ出ていった。
「テレジアさん、こっちに」
フィアがベットの下へ手招きする。だが私は外の様子が気になり布の隙間から外を覗いた。
「なんだなんだぁ? 今日は兄ちゃん一人かよ、えー?」
「この前、ほとんどボッコボコしたからな〜もしかして、死んじまったか? ヒャハッハッ!」
外には30人ほどの世紀末にヒャッハー言ってそうな格好をした男たちがいた。
「黙れ! 例え一人であろうと貴様ら全員の首を刎ねるには十分だ!」
言うが早いかフィアの兄が集団に突撃する。
「ぐっ!」
しかし、その突撃は失敗する。男たちの一人がボウガンでフィアの兄の足を撃ったからだ。
「おのれ……! うぐっ!? な、なんだ体が痺れ……!?」
フィアの兄の様子がおかしい。撃たれた瞬間、体が痙攣し始めたのだ。
「ヒャハハハ! ヤには毒がつきもんだろ~?」
「ぐっ……卑怯、な……!」
立っていられないのか、その場に崩れ落ち悔しげに男たちを見上げている。
「とりあえず、死んどけや。あとでお仲間も送ってやるからよぉ!」
動けないフィアの兄に男の一人が斧を振り下ろした。
もう見ていられない。
私はすかさずコップを拾って男の顔に向かって投げた。陶器のコップが割れるほどの勢いで投げつけられ、男はのたうち回った。
「だ、誰だぁ! やりやがったのは!」
「私だ」
私は家を出て、フィアの兄の側に立った。
「よそ者……! なぜ出てきた……!? 隠れていろと言ったはずだ……!」
「この状況では隠れたところでいずれ見つかる。それに恩人の兄を見殺しにしたとあっては、それは恩を仇で返すのと同じだろう」
「だが出てきたところでどうする!? お前には何もできまい!」
「やる前から出来ないと決め付けるな。それにこういうのは得意だ。……借りるぞ」
フィアの兄が持っていた鉈を拾って、無造作に集団に近づく。
「よくもやりやがったな、クソアマァ! アジトに攫って
ぐへへ……と、下品な笑みを浮かべている男たちを見ながら私は気を練り上げて、鉈に込めた。
「んっと」
横薙ぎに鉈を振るうと込めた気が斬撃となって男たちの体を真っ二つにした。……おっと、全員斬れなかったか。
「なっ……!?」
後ろの方でフィアの兄の驚いた声が聞こえる。突然目の前がスプラッター映画のソレになったのだから無理もない。
「ひ、ひいぃぃぃぃ!」
「逃げろぉぉぉ!!」
生き残りたちが我先に逃げていく。逃してなるものかと二撃目を放とうとしたが男たちが残した足跡を見て、いいことを思いついた。上手く行けば、今この村が抱えている問題を解決できるかもしれない。
「でもその前に、治療からだな」
私はいまだに呆然としているフィアの兄の元へ向かった。
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野盗最期の日
野盗たちを撃退した。
「ぐっ……お前、今のは……」
「言っただろう。こういうのは得意だと、それよりも治療しなければ……フィア!」
家の中からこちらを見ていたフィアに声をかける。
「な、なんですか?」
「止血をするから布を持ってきてくれ」
「分かりました!」
私はフィアの兄に刺さった矢を抜いて、背に手を置いた。ゆっくりと気を流し込み、体内の毒素を集める。
「持ってきました!」
「ありがとう……少し痛むぞ」
「ぐあっ!」
矢に付けられた傷からどす黒い血が吹き出した。近くにいたフィアは「ひゃっ!」と小さく悲鳴を上げた。
「何を……したんだ?」
「毒抜きだ」
「どう、やったんだ?」
「聞きたいことが多いだろうが今は後にしてくれ。私はこれから奴らのアジトに殴り込まなきゃならんからな」
足に包帯代わりの布を巻き付けながら私は言った。すると、二人はギョッとした顔で私を見た。
「そんな! 無茶ですよ!」
「そうだ。いくらお前が強くてもあそこには先程の倍以上の人数がいる。そのうえ、頭領のコドローもいるはずだ。無理だ、返り討ちされるのがオチだぞ!」
「数が多いのなら斬撃を連発すればいい、そのコドローという奴もあの手下共の具合を見る限り大したことないだろうさ」
本当に強いやつは手下を強くするのも上手いと、母は言っていた。ならば、どうにもできようさ。
「さて、これでよしだ。すべての毒を出したつもりだが念の為に安静にしていてくれ」
治療が終わったので立ち上がって、野盗たちが逃げていった方向へ歩く。
「どうして、そこまでして私達を助けてくれるのですか!?」
「さっきも言っただろう。どこの馬の骨かもわからん私に貴重な水を恵んでくれた君への恩返しだ」
振り返ってフィアにそういった後、私は野盗の足跡に沿って全力で駆けた。
足跡に沿って走っていると、石造りの砦のような建物が見えてきた。遠目で観察してみると、先程の野盗のようにヒャッハー装備の悪人面が屯しているのが見えたため、ここがアジトで間違いなさそうだ。
「さて、どうしたものか」
砦ということもあり、守りは堅そうに見えるが所々崩れている所がある。攻めるならそこだろうか?
私は軍師ではない。だからこういう守りの硬いところを攻めるのが苦手だ。……賢い母ならどうするだろうか。
そんなことを考えていると私の脳裏で母の言葉が響いた。
「同格や格上ならともかく格下相手に戦略なんていらん。真正面から轢き殺せ」
最初から勝てることは分かっているのだ。なら力づくで潰してしまえばいい。
私は砦の正門へと向かった。正門の大扉は健在しており、固く閉ざされているようだった。見たところ、どうやら野盗たちはあの扉を開けたことはないようだ。その横の壁に空いた穴から出入りしているらしい。
足元の手頃な石ころを一つとって、とりあえずノック代わりに投げた。気で強化した石ころは容易く壁を破壊し、轟音を立てて壁を崩していく。そして、蜂の巣を突っついたように慌ただしく野盗たちが砦の中から出てきた。
砦の中から出てきた野盗の数は約100人っといったところか。なるほど確かに多い。多いがそれだけだ。
砦に向かって全力で走り、20メートルはありそうな大扉を蹴破る。四方を壁に囲まれた砦の広場に野盗たちが集まっており、蹴った勢いで飛んだ扉が何人かを巻き込んで潰した。だが、まだ90人ほど残っている。
「なんだぁ、テメェは!」
その中でも他とは違うように感じる男が私に怒声を浴びせてきた。あの男が兜割りのコドローだろうか?
「私は獣竜人族のテレジア。恩に報いるため、お前たちには死んでもらう。覚悟はいいな」
「んだと、クソアマが……俺を兜割りのコドローと分かっていってんのか!?」
やはりこの男がコドローか。比較的大柄で筋肉質な見た目だ。確かにこの場にいる男たちよりは強いように思える。だが、負けそうな気はしない。
「なんで兜割りって言われてるか、知ってるか? それはな、この斧で人を鎧ごと薪を割るみてーに真っ二つにしたからなんだよ」
聞いてもいないのに二つ名の由来を語り始めた。これで確信した。もしかしたら、実力を隠しているかもしれないと思ったがコドローは小物だ。
「そうか。どうでもいいから、さっさと来い」
「っ……いいぜ、ならお望み通りテメェを真っ二つにしてやらぁ!」
コドローが斧を片手に突撃してくる。私はその間に足元に落ちていた木の棒を手に取った。
「死にやがれぇ!」
振り下ろされる斧。ソレを気を込めた木の棒で受け止めると衝撃で足元の地面が凹んだ。どうやら、二つ名を呼ばれる実力はあったようだ。
「んっ」
私は木の棒を介して練り上げた気をコドローに送った。気は木の棒からコドローの斧へ伝わり、コドローの腕に入った。
瞬間、送り込んだ気によりパンッと音を立ててコドローの腕が破裂した。赤い血肉を撒き散らして、コドローは悲鳴を上げた。地面に倒れ、のたうち回るコドローを尻目に私は両手に木の棒と鉈を持って他の男たちへ向かう。野盗は全員皆殺しだ。
コドロー以外の野盗たちは案の定、歯応えはなかった。5分もかからずに殲滅した後、コドローの元へ行くとすでに息絶えていた。どうやら出血多量のようだった。
「な、なんだこれは!?」
驚きと困惑が混じったような声が響き、声のした方を見ると扉のなくなった門からこちらを見ている小綺麗な服装の小太りな男と武装した男が数人いた。
小太りな男と目が合った。男は踵を返して逃げ出したため、追いかけようとすると武装した男達に阻まれた。が、特に問題なく斬り伏せて、小太りな男を掴まえる。
「待て。お前は何者だ」
「お、俺は……た、ただの商人だ!」
「ただの商人がなんでこんなところにいるんだ。ここは野盗のアジトだぞ。……何を隠している?」
真っ当な人物ではないと判断し、血で真っ赤に染まった鉈を首に突きつけて問うた。すると、商人を名乗る男は怖気づいたのか尻餅をついた。
「ひぃ……! お、俺は、奴隷商人なんだ! 奴隷に丁度いい亜人を捕まえたって連絡をもらったからここへ来たんだ!」
奴隷商人……。そういえば、野盗たちは人身売買目的で誘拐もするとフィアが言っていたな。
「連絡があるといつも来ているのか?」
「あ、ああ。そうだ……」
「であれば、捕らえられた人たちがどこにいるかもわかるな?」
鉈の刃を切らない程度に首に押し付ける。
「ち、地下に昔使われてた牢屋がある! いつもそこに捕まえた連中を押し込んでるんだ!」
「案内しろ。嫌とは言わせない」
男を立ち上がらせ、牢屋へ案内させる。
牢屋のある地下への入り口は砦の中にあり、そこにある階段を降りていくとすぐに鉄の柵で覆われた牢屋が見えた。中には、女性と子供ばかりが30人ほど床に座って俯いていた。
髪が白く、手足には鱗、尻には尻尾。間違いなく拐われた甲竜人族だろう。
「みんな無事か? 助けに来た」
鉄柵の側により、そう言うと全員が顔を上げて、涙を流した。
気で牢の扉を破壊し、人々を開放する。ひとりひとりに気を送り込んで、衰弱した体に活を入れる。帰る途中で倒れられたら元も子もないからな。
「拐われたのはここにいる全員なのか?」
「はい。そうです。皆、ここへ押し込められたので間違いありません」
全員を牢から出したあと、比較的落ち着いていた女性に声をかけた。
「捕まっている間、なにかされたりしたか?」
捕らえられていた人々は男子も女子も美形だった。あの野盗たちが手を出さないとは思えない。
「いえ、我々を奴隷として高く売るために彼らは何もしてきませんでした。ただ、抵抗した何人かは棒で叩かれたりしました」
「その痣もその時に?」
女性の頬には痣があった。それを指摘すると女は頷いた。
「少し触れさせてくれ」
痣に触れて、ゆっくりと気を流し込む。しばらくして手を離すともう痣はない。
「……よし、これで痣は消えた。他に叩かれた人は? 良ければ治療したい」
「……ありがとうございます」
囚われていた人たちの治療をし、奴隷商人を脅して荷馬車に人々と野盗たちが村から強奪した水と食糧を乗せて甲竜人族の村へと戻った。
「戻ってきたぞ!」
村に着き、帰ってきたことを告げるとフィアが駆け寄ってきた。
「テレジアさん! 大丈夫ですか!?」
「ああ、見ての通り無事だ。それよりも」
私は荷馬車の方を指さした。荷馬車からは続々と囚われていた人々が降りている。ちなみに奴隷商人は馬車に縛り付けている。
「お母さん……っ!」
「フィア……!」
村に戻る前に話していた女にフィアは駆け寄って抱きついた。そうか、あの人はフィアの母だったのか。
「……本当に、ありがとうございました。なんとお礼をしたらいいのか……」
しばらくフィアを抱きしめたあと、フィアの母が頭を下げてきた。
「いや、まだ礼を言うには早い。けが人の治療をしなければ」
「どうしてそこまでしてくれるのですか……?」
「あなたの娘に命を救われたからだ。私はその恩を返しているだけだよ」
「この子が……そうですか。でも言わせてください。本当にありがとうございます」
もう一度フィアの母が頭を下げると周りにいた人々も頭を下げた。……ただの恩返しなのだから、礼などいらないのに律儀な人たちだ。
その後、他の人々も自分の家族と再会した。だが、全ての人が家族と再会できたわけではなく、野盗に家族を殺されたものもいる。
亡くなった者たちを丁重に弔い、地面に掘った穴に埋葬した。敵を取った、どうか安らかに眠ってくれ。
負傷した者たちもできる限り治療して、最後に気を送って気力を回復させた。どんなに治療を施しても本人に生きる気がなければ意味がないからだ。
「……さすがに、疲れたな」
全てのけが人を治療し終えた頃には、日もすっかり暮れて、一等星が輝いていた。
体をぐっと伸ばすと関節から音がなる。
「お疲れさまでした。テレジアさん」
「そっちこそお疲れ様。おかげで助かった」
持ってきた水をけが人に飲ませたり、包帯を交換など。フィアは本当によく動いてくれた。
「そろそろ、ご飯にしませんか? 今夜はご馳走ですよ」
「大丈夫なのか? ここでは食料も貴重なのだろう?」
水が貴重なら、食料もそうなのだろう?
「そうですけど……お礼をしたいのですよ、みんな。テレジアさんが居なかったら、
恩返しだから、礼はいらない。と言おうとしたが風にのっていい匂いが漂ってきた。……これは、断ってしまう方が失礼か。
「そうか。……謝礼は受け取らせてもらうが、今回は君への恩返しのつもりで行ったのだから、大した礼などしなくてもいいぞ」
「でも……割に合いませんよ。水を少し渡しただけでここまでしてくださるなんて」
「その少しの水に私は救われたのだ」
しかし、フィアは納得がいかないようだ。……そうだ。
「ならば、今回の事は貸しとしよう。もし私が助けを求めることがあったら、その時に返してくれ」
「……はい!」
どうやら、納得してくれたようだ。
「では、夕食にしようか」
甲竜人族たちが用意してくれた夕食は豪勢なものだった。巨大な牛のような生き物の丸焼きにサボテンのような植物のサラダ。ボリュームがあり、非常に食べごたえがあった。
「寝所はここを使ってください。夫の使ってたものですがきれいにしてますから」
夕食を終え、寝所として案内されたのはフィアの家だった。どうやら、私がここに来たときにフィアが連れ込んだ家はフィアの兄だと思っていた人物の家だったらしい。どうもフィアの母が拐われたあとフィアを保護していたようだ。
ちなみにフィアが彼──今更だが名前をカーネルという──のことをお兄さんと呼ぶのは、近所に住んでいる年上のお兄さんだからだそうだ。……紛らわしい。
「ん……」
深夜、少々眠りが浅かったのか。目が覚めてしまった。私は少し夜風に当たろうと向かいのベットに寝ているフィアの母親を起こさないよう外へ出た。……フィアの姿がない。どこに行ったのだろうか?
外に出るとかすかに物音が聞こえた。耳を澄まして音をたどるとカーネルの家についた。木が軋むような音と荒い呼吸音が二人分。もう少し近づいてみると、それは男と女のものだった。
見てはいけない。引き返すべきだ。
頭の中でそのような警告じみた言葉が反響した。しかし、私は音を殺して歩を進め、家の入口まで来た。
ここまで、来ればもはや疑いようもなかった。これは間違いなく男女のアレだ。
私の脳裏にかつて覗き見た父と母の営みの記憶が蘇る。体が震える。この暖簾向こうであの時と同じ光景があるのだ、見るべきではない。
しかし、私の体はそんな思いとは裏腹に震える指先で暖簾に隙間を開けていた。人は時々、思考したこととは逆のことをすることがある。このときの私もそうだったのだろう。
僅かに開けた隙間から見えたのは、ベットの上でフィアに覆い被さり、その身に備わった凶器を何度も刺突しているカーネルの姿だった。
私は無意識に手で口を抑えて、声を殺した。声を出さなかった自分にこのときばかりは賛辞を送りたい。
二人はそんな関係だったのか。てっきり兄妹のような関係性だと思っていた私にはその光景は驚愕に値するものだったが、それ以上に驚いたのは私より体の小さいフィアがあの日見た父の凶器と同格なソレを難なく受け止めているばかりか強請っていることだ。
私は暖簾から指を離して、音を立てずに家から遠ざかった。
バカな。ありえない、あんなの入るはずないのに!
では、なぜフィアはアレを難なく受け入れているのだ?
私の中で、なにか、常識というか、私がこの場にいる前提が崩れようとしている気がした。
もしや……案外、大丈夫なのではないか?
私より小さなフィアがアレを受け止められるというのなら、私が受け止められない道理はない……と思う。……ならば、恐れる必要はない……か?
いや、いやいや、待て私。その結論に至るには時期尚早ではなかろうか。
冷静に考えれば、フィアと私は種族が違うではないか。彼女ができたからといって私ができるという保証にはならない。
結論、確証不十分。すなわちまだその時ではない。よって、この話はやめやめ、しゅーりょー。今日はもう考えませーん。
「ふぅ……」
頭が湯気が出そうなほど熱い。なんだ、知恵熱だろうか。ひどく自分の思考が幼稚になっていた気がする。
随分と長い時間熟考していたのか、地平線が少し白んでいる。寝不足は良くない、少しでも寝なければ。
急いで寝所に戻る。フィアの母はまだ眠っていた。私は静かにベットに潜り、頭まで布を被って寝ようとした。
……よしんば大丈夫だったとしたら?
そんな言葉が私の脳裏をよぎると、不思議と私の腹の奥が熱くなった。
そのせいで、結局眠ることはできなかった。
嫌いものを好きになるためには、まず苦手意識を薄めるところから。
主人公は普段クールぶってますが、アレのことになるとアホになります。
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悪い子にはお仕置きを 上
「街はそろそろか?」
「え、ええ。そうです、もう少しすると見えてきますよ」
声を震わせながら奴隷商人は言った。荷馬車に乗って丸一日、景色は石と砂だらけの荒野から草原へと変わっている。やはり乗り物はいいな。楽ができるし、走るより早い。
フィアとカーネルの行為を見た夜から少しした後、私はその日のうちに甲竜人族の村を離れることにした。理由は2つある。1つは、あの村は私の里からまだ近いと判断したからだ。もしかしたら、里から誰かが私を追って連れ戻そうとしてくるかもしれない。
もう一つは、……フィアとカーネルの顔をまともに見れなくなったからだ。あの二人を見るとどうしてかあの光景が脳裏に浮かんで心拍数が上がる。加えて、二人が一緒に人気のないところへ行こうとしているのを見ると「またアレをやるのでは」と邪推してしまう。これではまるで二人を淫乱扱いしているようで心が痛い。ちなみにこっそりとフィアの母親に聞いた話では、ちゃんと確認をされた上で了承したらしい。
そんな理由もあって、私は村の人々に惜しまれつつも私は村をあとにした。再び荒野に繰り出すにあたって村の人々から目指す街に着くまでの食料と水を貰い受け、奴隷商人の荷馬車という足も手に入れたので先日のように瀕死になることはないはずだ。……そういえば、村を出るときに村人全員に見送られたが、あのときのフィアの太ももからなにか、垂れていたような……。
「ま、街が見えてきましたよ」
奴隷商人に言われ、思考を中断して前方を見た。
舗装されていない道の先、巨大な防壁に囲まれた街が見えた。私は転生して以降、初めて入るこの世界の街に無意識に興奮した。いったい、どんな人々が暮らしてどのような生活をしているのか、今からとても楽しみだ。
街の出入り口であろう門で守衛の確認を受けたあと、私の乗っている荷馬車は専用の駐車場のような場所に止められた。……では、奴隷商人とはここでお別れだな。
「ここまで送ってくれて感謝する。ついでと言ってはなんだが、私は路銀を持ち合わせてない。よければ恵んでくれないか?」
これみよがしに拾った木の棒で石で舗装された地面を軽く叩きながら物乞いをした。
「は、ははい! ど、どうぞもっていってください!」
体をガクガクと震えさせ、顔を青くしながら巾着袋を渡してきた。中を確認すればそこには銀色の硬貨と銅色の硬貨が入っていた。……はて、こういう時は大体金貨が入っているものではないのか?
「おい。ちょっと跳んでみろ」
「え、なぜですか?」
「いいから跳べ」
「は、はいぃぃ……」
男は言われた通りその場で跳躍した。するとどうだ、何やら金物が跳ねる音が聞こえる。
「なんだ、まだあるじゃないか」
「……待って、待ってください! これは店の金なんです! どうか、ご勘弁を!」
奴隷商人は土下座をしながらそう言った。
まぁ、お店の金だというのなら仕方がない。我慢してやろう。
「そうか。では心優しき商人殿、ここまでありがとう。さようなら」
「お、お役に立てて光栄でしたぁぁぁぁぁ!!」
「元気でな」
躓きながら一生懸命走り去っていく背中が見えなくなるまで手を振って見送り。私は街の大通りへと足を運んだ。
私が入った門から真っ直ぐ街を横断するように敷かれた石畳の広い一本道には、多くの人が往来し、道の両脇にある数々の店で買い物をしている。
往来している人々はほとんどが竜人だ。2本の黒い半透明な角に青髪、群青色の鱗がある尻尾。……私とは違う竜人族。何という種族なのだろうか。
「すまない、少しいいだろうか?」
近くを通りかかった親切そうな女性に声をかけた。
「……はい、何でしょう?」
いきなり声をかけたからだろう、少し警戒しているように思える。
「私は旅をしている者なのだが、あなた方は何という種族なのだろうか?」
「ああ、旅の方だったのですね。道理でこの辺ではあまり見ない方だと……あっ、失礼しました。私達は雷竜人族と言いまして、天から落ちた雷より生まれた竜を先祖としている者でございます」
親切そうな人は本当に親切に教えてくれた。なんて優しい方なのだろうか、見習いたいものだ。
「そうなのか。ありがとう」
「いえいえ、大したことではありませんよ」
去り際に「あそこのお店の氷菓子、とっても美味しいので良かったら食べてみてください」と言い残して親切な女性は去っていく。
特にこれから何をするかも決めていなかったので、早速おすすめされた店へ行ってみることにした。……何やら視線を感じるな。
大通りを歩いているとすれ違う人々がチラチラと私を見るのだ。先程の女性がこの辺りでは見ない種族と言っていたので、物珍しさによるものだろうか。
「あの子の服、かわってるよね?」
「うん、そうだねー」
と思いきやそうではないらしい。どうやら私の今着ている甚平がおかしいらしい。……あまり場違いな格好ではないと思うが。
周りの人々の服装を見れば、和服と洋服が合わさったような服装をしている。和風ファッションとでも言っただろうか、ともかくそんな服装だ。……ならば、むしろ甚平はこの場に見合った服装でないのか?
そう思ったがやはり周りからは奇妙なものを見るような目で見られている。いったいこの恰好のどこに問題があるのか、考えていると周りの人々は皆、濃淡こそあれど青系の色に染められたものを着ているのに気づいた。そして、私が着ている甚平はえんじ色で花の模様がある物だ。
なるほど、色が問題だったか。そうとわかれば、やることはただ一つ。着替えるだけだ。
大通りから外れ、人が来ないであろう路地裏に移動し鞄から替えの甚平を出す。こちらの甚平は
よし、早く着替えよう。
人が来ないであろう場所を選んだとはいえ、万が一ということがある。急がなければ、路地裏で半裸になっている痴女と呼ばれてしまうだろう。……しかし、誰かに見られるかもしれないという状況は緊張感があって興奮する……変態的な意味ではない、危機的状況に対する本能的興奮(?)だ。
「あ……」
案の定、見られてしまった。
甚平を脱ぎ終え、替えの甚平を着ようとしたところで、明るい青髪をツインテールにし、和風なワンピースを着た雷竜人族の……おそらくは年下であろう少女に、パンツ一枚の姿を見られてしまった。
「こ、コンニチワ」
何もやましいことはないのだ。堂々としていれば勘ぐられることもあるまい。
「……♪」
少女は笑みを浮かべた。イタズラを思いついた子供のような、嫌な予感をさせるそんな笑みを。そして、少女は大通りの方へ走り去っていった。
「あっちの路地裏に半裸の痴女がいるー!」
何ということを!
悪い予感というのは当たるものだ。あの少女、どうやら悪鬼羅刹の類いらしい。調伏しなくては。
急いで紺青色の甚平を着て、大通りへ出た。すでに少女の姿はなかった。……悪童め、必ず懲らしめてやる。
「……うっ」
……人々の視線が痛い。きっと、彼らの共通認識として私は痴女ということになっているに違いない。……いや、この場でこそ堂々とした態度であるべきだろう。視線を避けるようなことをすれば、自分から痴女だというようなものだ。
よって私は胸を張って、堂々と大通りの中央を歩く。向こうから人が来ようが避けもせず、むしろそちらが退けという態度で闊歩する。
周りの視線も知ったことか、逆に私が見てやる。と、思い視線を向けると青ざめた顔をして目を逸らした。……なぜ、そんなに怯える?
「……あ」
よくよく見ると周りの人々すべてが何故か私を見て怯えている。なぜかと思えば、知らず知らずのうちに周囲に気を放っていたらしい。……気張りすぎたな。
息を吐いて、気を落ち着かせる。すると、周囲の人々の表情も少し穏やかになった。だが、私に視線を向ける者はまだいるようだ。
「よぉ、お嬢ちゃん。今ヒマ? 俺らと遊ばねぇ?」
後ろから声をかけられ、振り向いてみれば、頭の悪そうでガラも悪い3人の男がニヤニヤと笑っている。
「あいにく、お前たちのような輩と遊ぶ時間はない」
「うっひょー! ちっちゃいくせに随分強気な子じゃん。カワイー!」
「嬢ちゃん、歳いくつ? 身長どんくらい?」
「俺、嬢ちゃんぐらいの背のやつが好みなんだよねー、ぐへへ」
3人組は私を囲んで好き勝手言ってくる。……小さい小さいとは言うがお前たちだって、アレスに比べれば小さいじゃないか、せいぜい170から180センチだろうに。
「なーなー、種族なんて言うの? この獣耳って、本物ー?」
男の一人が私の耳に触れた。ぞわりと鳥肌が立ち、耳から脳へ快感が伝わって、膝を折りそうになる。
「はあっ!」
「ポペッ!?」
瞬間、私はその男の手首を掴み、男の体を石畳に叩きつけた。
耳と尻尾の付け根は獣竜人族の弱点だ。ここに触れると抗いようのない快感に襲われ、無様を晒すことになる。よって、たとえ親兄弟であってもここに触れることは許されない。……それにしても、この程度で気絶したのか。体つきの割には貧弱だな。
「な、なにすんだよお前!」
「路地裏でヤラせてくれるウリじゃねぇのかよ!?」
ウリ……? 瓜? なんのことだ?
「私がその……ウリ? というのはどういうことだ?」
「さっきガキンチョが言ってたんだ! 路地裏で半裸になっている痴女なウリがいるってな!」
またあの悪童か! 何ということを言いふらしてるんだ!
「それは、全くの嘘だ。私は痴女ではないし、この街には来たばかりの旅人だ」
「じゃ、じゃあ俺たち、あのガキンチョに……!」
「まんまと騙されたな。あの悪童のことだ、どこからか覗き見て笑ってるかもしれんぞ」
知ったような口を利くようで悪いが、あの悪童ならやりかねん。
「畜生! あのガキ、絶ってぇ許さねぇ!」
「とっ捕まえて、ビービー泣かしてやる!」
顔を赤くして怒り狂う男たち。この様子では、何が何でもあの悪童を捕まえてひどい仕打ちをしそうだ。
「まぁ、落ち着け。あの悪童には私にも用がある。ここはひとつ、あの悪童のことを任せては貰えないか?」
「嬢ちゃんがあのガキをとっちめてくれるのか?」
「ああ、必ず成敗して、何らかの形で謝罪させてやるとも」
私への風評被害の罪は重いぞ。
「そうか。じゃあ頼んだぜ、嬢ちゃん」
「頑張れよー」
そう言って気絶した仲間も引きずりながら3人組は去っていった。
さて、覚悟しろよ悪童。
指を鳴らしながら、狩りの基本を思い出す。
狩りの基本は気づかれないことにある。自然と同化し、ただひたすらにその時を待つのだ。
だが、極まった猟師は自然と同化しながら動くことができ、気づかれることなく近づいて、獲物の首を刎ねるのだ。父の十八番のやり方だ。
私の父は、里一番の猟師だ。私は父からその技を直伝してもらい、最終的に父が自分よりも上手だと認められるほどになったのだ。……まぁ、その技が活かされたのはアレスの水浴びを覗いた時と先日のフィアとカーネルの営みを覗いた時だけだが。
ともあれ、ようやくこの技の本領が発揮されるときが来た。張り切らせてもらうとしよう。
息を吸い、ゆっくりと吐きながら、自分の体が自然に溶けるようイメージする。試しに近くの人の眼前で手を振ってみるが反応はない。……さて、あの悪童は何処だろうか?
大通りを歩きながら悪童を探す。……いた。
私の前をあの悪童が歩いている。何やら楽しげにスキップしながら歩く様はどこにでもいそうな子供のようだ。
さり気なく、悪童の横に並ぶと首に手刀を下ろし、気を絶つ。
「ん? どうした!?」
気を失い、倒れる悪童を偶然を
「すまない。この子の家を知らないか? 急に倒れてしまってな……」
近くにいた男に声をかけた。
「え!? あんた、いつからそこに! ……って、サヤじゃねぇか。またなんかやったのか?」
「……また、とは?」
「あんた、知らないのかい? こいつはこの辺りじゃ有名な悪ガキでな、自分のことを天才だとか言って、周りに迷惑ばっかりかけるんだ」
このサヤという悪童、どうやら常習犯であったようだ。これは余罪を突き詰め、相応の罰を与えねばなるまい。
「そうか。ならば、ちゃんと反省してもらわねばな。保護者を交えて話がしたい。家はどちらか?」
「ああ、サヤの家はな……」
男からサヤの家への道順を聞いた。
「礼を言う」
「ああ。……だけど、あんた無駄かもしれんぜ? 俺には、この悪ガキが反省するとは思えねぇ」
「させるとも、必ずな」
鞘を肩に担ぎ上げ、サヤの家へ向かった。
主人公の前世はピュアで業の浅い青年でした。
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悪い子にはお仕置きを 中
「ここか……」
教えてもらった道を進むと一軒の屋敷にたどり着いた。その屋敷は周りの建物に比べて大きく、庭まであることから住人の立場が他のものとは違うことを示している。……もしや、この悪童は貴族のような家の出なのだろうか。だとすれば噂の傲慢さも頷けるものだろう。
門に付いた金具を鳴らし、しばらく待つと門が開いて燕尾服を来た男が出てきた。
「お待ちしておりました、旅のお方。どうぞ屋敷へお入りください」
なんだと?
「……なぜ、私が旅人だと知っている?」
「それについても、屋敷内にてご説明させていただきます」
……何故かはわからないが、私は招かれているらしい。おそらく執事であろう燕尾服の男に案内され、私は屋敷のなかへ入った。途中、同じ燕尾服を来た別の執事にサラを引き渡した。
応接室に案内され、ここで待つように言われた。やがて、私をここへ案内した執事と共に高貴な服装を着た雷竜人族の老婆が入り、私の対面の席に座った。同時に執事が私と老婆の前に茶の入ったカップを置いて、静かに部屋を出た。
「お初にお目にかかります、旅人様。この街の長を務めている雷竜人族のコーデリアともうします」
高貴な身分だろうと思ったがよもやこの街の長の方だったか。
「獣竜人族のテレジアだ。……単刀直入で申し訳ないが、なぜ私のことを?」
「それについては、申し訳ありません。実はテレジア様がこの街へ入られた時から監視させてもらっていました」
「監視? なぜだ?」
「貴方様と一緒に街へ入ってきた男はこの街で人を拐っては奴隷として売る奴隷商人です。私は貴方も奴隷売買の関係者だと思い、監視をしていました」
なるほど、そういうことか。
「監視の理由は了解した。こちらも疑わせるような形で街へ入ったことを詫びる。すまなかった」
私はコーデリア殿に頭を下げた。奴隷商人は街に入れるべきではなかった。……しかし、気になるな。
「質問を重ねるようですまないが、なぜ奴隷商人と分かっているのなら、捕縛などをしないんだ?」
「それは……あの商人の背後には、返り血髪のボルドルという恐ろしい岩竜人族の男がいるのです……」
岩竜人族……。たしか母の話では、4メートル程の巨体で岩のように硬い皮膚を持つという種族だったか。
「それほどに恐ろしい男なのか。そのボルドルという男は」
「はい。あの男は腕を一振りするだけで、簡単に人を殺せてしまうほどに強いのです。その上、配下も多くこの街ならば一晩のうちに滅ぼせるでしょう」
どうやらボルドルという男はとても強いらしい。であれば、
「そうか。ならば私がそのボルドルとやらを倒そう。そうすれば、あの奴隷商人に好きさせることもないだろう」
「いけません! あまりにも危険でございます。貴方のような可愛らしい女性があの男と出会ったとあれば、たちまち弄ばれ奴隷にされてしまいます。それに、これは我ら雷竜人族の問題でございます。旅人であるテレジア様に助力されたとあっては種族の恥でございます」
私の提案はきっぱりと断られた。つまりは誇りの問題か……これは無下にできないな。
獣竜人族にも、助太刀を恥とするところがある。自分に降りかかる火の粉を自分の力で振り払えない者は弱き者だからだ。
「分かった。では、私は身を引こう。……だが、本当に危機に瀕したときは遠慮なく言ってくれ」
話は理解したが、私の中では見捨てるようで納得ができない。だが、なにか代案があるわけではないため、ここは一旦引き下がる。……なにか方法を見つけなければな。
「……お優しい方なのですね、テレジア様は。そんな方にサヤは何ということを……」
そう呟いた時、コーデリア殿はハッと私を見た。
「私としたことが……失礼しました。この度は、孫のサヤがとんでもないご無礼をしてしまい、申し訳ありません」
深々と頭を下げてコーデリア殿は謝罪した。……そういえば、そのことでここへ訪れたのだったな。
「実はそのことでここへ訪れた。コーデリア殿、あのサヤという娘だがどうするつもりだ?」
「……既にサヤの評判についてはご存知のことと思います。あの子は自分の才能を自惚れ、他人を見下しては迷惑ばかりかけています。我が家にはサヤに対する苦情が殺到し、そのたびに叱っていましたがあの子を改心させることができませんでした。ですから、最後の手段を取るつもりです」
「その手段とは……?」
その時、扉がノックされ、会話が中断される。
「お話の途中、失礼します。主様、矯正師の方が来られました」
執事が扉の向こうでそう言った。……矯正師とは、なんだ?
「そう。では、サヤの元へ案内して差し上げて」
「かしこまりました」
執事が扉から離れていった。
「コーデリア殿、矯正師とは?」
「非行に走る未成年者を矯正し、正しき道へ戻すもののことでございます」
「そんな者がいるのか……」
「はい。罪を犯す者は必ず若い頃になにかしら問題があるものですから。若いうちにそれを正せれば、成人後に罪を犯すことはないのです」
なるほど、悪い部分は歳を重ねるごとに修正が難しくなってくる。それを子供のうちに正すことで健全に育てるということか。……しかし、どうやって矯正するのだろうか?
「コーデリア殿、その矯正師というのがどのように矯正するのか興味があるのだが、見させてもらうことはできるだろうか?」
私の頼みは許可された。執事に案内され、訪れたのは屋敷の地下室だった。
ここに、サヤと例の矯正師はいるらしい。
扉をノックすると「入っていいわよー」と声がした。
「あら、あなたが矯正するところを見たいっていう娘? 随分可愛らしいじゃない」
部屋に入ると顔に化粧をした190センチほどの筋骨隆々な男が立っていた。……もしや、オカマというやつか? いや、そういう文化圏の出なのか?
「……あ、ああ、獣竜人族のテレジアという。急な申し出を受けてくれて感謝する」
異様な風貌に少し動揺したが挨拶と礼を言った。すると、矯正師の男は首を振った。
「もう。固い、固いわよテレジアちゃん。女の子はもっと物腰を柔らかくしなくっちゃ!」
腰を奇妙にくねらせながら矯正師は言った。……なんなんだ、その動きは。
「ぜ、善処する……」
「うーん、これは解れるのに時間がかかりそうね。まぁいいわ、お仕事始めましょ」
矯正師はサヤに近づく。サヤは後ろ手で縛られ、腰に付けられたハーネスのような物から伸びるロープにより天井からつま先がつく程度に吊り上げられている。
「ほら、いつまで寝てるの? 起きなさい」
矯正師がサヤの頬を軽く叩いた。
「う……ここは? ……えっ!? なにこれ、なんでサヤ縛られてるの!?」
「ふふふ……それは今から分かるわ~」
「ひっ! 誰!? この気持ち悪いおじさん!? こっち来ないで!」
「あら。レディに対してなんてこと言うのかしら。噂通りの悪い子ね。矯正しがいがあるわ〜」
鞭を片手に近づく矯正師を怯えた表情で見るサヤ。矯正師がサヤの足元にムチを打つと体を震わせる。
「こ、こんなことして……た、ただですむと思ってるの!? サヤは天才だからおじさんなんてどうにでもできるだからね!」
「それは怖いわね。なら、やってごらんなさいな」
できるものならね。そう言って矯正師はサヤのワンピースを捲り、青い下着を履いた尻を出させた。
「な、なにするの!? この変態! やめて!」
足をバタつかせ、尾を振るって抵抗しようとするが足は届かず、尾は体と同様に天井から伸びるロープに縛られ動かせない。それでも、抵抗を諦めず体を動かしているが吊るされた体を揺らすだけだった。私には身をよじろうと腰を動かす様が少し煽情的に思えた。
「いくわよー、それっ!」
「いだぁい!」
矯正師の矯正が始まった。
手に持った鞭が空気を裂いてサヤの尻を打つ。一発、ニ発、三発。打たれる度に乾いた音とサヤの悲鳴が地下室に響く。
「さて、どうかしら? 自分がやってきたことが悪いことだと理解できたかしら?」
「はぁ、はぁ、……サヤが、悪いことした? なにそれ、サヤは悪いことなんかしてない!」
自分の後ろにいる矯正師を睨みつけ、サヤは抗議した。
「あなたのせいで色んな人が迷惑してるのよ。それでも自分が悪いと認めないつもり?」
「サヤは天才だから正しいことしか言わないもん! サヤは悪くない!」
「強情な子ねぇ……なら、もっとハードにいきましょうか」
矯正師は鞭を短く持ちと風車のように回し始めた。回転数が上がるにつれ、空気を裂く音が大きくなる。その音に恐れをなしたのか、目を閉じて口を結んだ。だが、高速で回転する鞭が尻を打った時、その目を開かれ、口から先程よりも大きな悲鳴が出た。その間にも、次々とサヤの尻に鞭が振り下ろされ、叩かれた回数はあっという間に50回を越えた。
「い、っ……こんなの、何度やってもムダだもん。サヤは悪いこと、してない……!」
あれほどの責め苦を受けてなお、サヤの心は折れていなかった。いや、むしろ反発心を刺激され、より強固になったように思える。
「ふ〜ん、そう……なら、もっと痛いのにしなくちゃね」
矯正師は鞭をしまい、別の鞭を取り出した。そして、不敵な笑みを浮かべながら、その鞭をサヤに見せつけた。
「……っ」
「どう? 痛そうな形をしているでしょう? こんなので打たれたらどうなっちゃうのかしらね?」
その鞭には棘が大量についていた。あんなもので打たれれば、肉を抉られて、大ケガは避けられないだろう。
……いや、待て。あの棘、なにかおかしいような。
「さぁ、貴方がどんな反応するか楽しみだわ〜」
矯正師はその鞭で床を叩いた。その時、棘を見たときの違和感の正体に気づいた。どうやら、あの鞭は見た目の割に柔らかい素材のようで当たる瞬間に曲がっているのが見えた。
「……そっか、サヤ分かっちゃった」
サヤもそのことに気づいたようで、口角を上げて、矯正師を鼻で笑った。
「おじさんさぁ……じつはもう限界なんでしょ? そんな余裕そうな顔をしてるけど、そんな子供騙しみたいな物を使うってことはおじさんがサヤにできるお仕置きってそのレベルが限界なんでしょう?」
「……さぁ、なんのことかしらね」
「アッハ! とぼけちゃってぇ……じゃあ、サヤが言い当ててあげる。ずーばーりー。おじさんはサヤをケガさせることはできないってことだ! ……どう、おじさん?」
「……」
「あれれ~? どうしたのおじさん? そんなに黙っちゃってぇ〜? もしかして図星つかれて何も言えなくなっちゃった……って、こと!? あはは! だっさーい! こんな縛られて何もできない子供に言い負かされるなんて、おじさんよわよわ〜。辞めたら矯正師のお仕事? おじさん向いてないよ?」
サヤちん大勝利〜! と勝ち誇り笑うサヤ。矯正師の顔を見れば、その顔は悔しさに歪んでいた。
……ふむ、ここは助太刀をしてみるとしよう。
「矯正師殿、私も参加していいだろうか?」
「あなた……」
矯正師の横に立ち、サヤを見る。勝利を確信したからかその瞳にはより強い光が宿っていた。
「お姉さん、誰……って、あっ! 路地裏の痴女の人! なんでこんなところに!?」
「……痴女?」
「気にしなくていい、ただの減らず口だ」
どうか詮索しないでくれ、頼むから。
「もしかして、お姉さんも矯正師だったの〜? でも、お姉さんもおじさんと同じことしかできないよね。じゃあ、ムダじゃん。それよりも路地裏で半裸になるような自分の変態性をまず矯正した方がいいんじゃない? あっ、ちょうどいいからさ、おじさんに矯正してもらいなよ。絶対そのほうがいいって! 見たーい見たーいお姉さんがおじさんに矯正されるところ見たーい」
ふふふ……まったく面白いこと言うなぁ、この悪童は。これから自分がどんな目に合うか考えもしていないのだろう。
「せいぜい、そうやって勝ち誇っているといい。お前はまだ本当の仕置きというのを知らん」
そう言うと一瞬、不安げな表情をしたがすぐに余裕そうな表情に戻った。大方、ハッタリだとでも思っているのだろう。だがな、覚えておけ。獣竜人族にハッタリの文字はない。
「あなた、どうするつもりなの? 悔しいけど、これ以上のことはケガをさせてしまうからできないわよ?」
矯正師が小声で聞いてきた。
「私の種族に伝わる仕置きをする。心配しなくともケガはさせんよ」
私はサヤの後ろに移動し、彼女の下着を尻が出る程度に下ろした。
「何するの!? このヘンタイ、ヘンターイ!」
サヤが激しく暴れるが無視して鞭打ちで赤くなった尻に手を当てる。
「……あれ? ヒリヒリが無くなっていく」
「尻に気を流し、癒している。束の間の休憩だ。しっかり噛みしめるがいい」
尻が完全に癒えたところで、今度は気を尻の神経に集中させる。
「ひっ!? なに!? サヤのおしりに何したの!?」
「尻の神経に気を送り、感度を鋭敏にした。今、お前の尻は神経をむき出しされているも同然だ」
「……え、ちょっと待って。それって」
ほう。気づいたか、天才を自称するだけあって聡いな。だが、もう遅い。
「そして、その尻をこうする」
私は腕を振り上げ、サヤの尻に平手を打った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!」
断末魔のような悲鳴をあげながら、サヤは背を仰け反らせ、体を痙攣させた。これぞ獣竜人族の子供が恐れおののく仕置き法。神経晒し式尻ペンペンである。与えられる痛みは鞭に慣れた馬ですら気絶させる。しかし、これによって負傷することはない。さぁ、何発耐えられるかな?
「ふんっ」
痙攣する尻に再び平手を打つ。また断末魔の如き悲鳴を上げ、仰け反り痙攣するサヤ。すかさず、二発三発と続けて打つと仰け反ったままになり、四発目で過呼吸を起こし、五発目で糸の切れた人形のように失神し、水音を立てて足元に水たまりを作った。
「こんなものか……」
「……あなた、こんなことができたのね。ありがとう、なんだかスッキリしたわ」
「礼を言うのは早いぞ、矯正師殿。あなたはこの悪童がこれで懲りると思うか?」
私には、まだ足りないと思う。こんな状況でも相手を煽れるだけ精神を持っているのだ、しばらくは大人しくしているだろうがまたやりだすだろう。
「そうね。私が出会ってきた子達の中でこの子が断トツで手強いわ。正直、もうひと押し矯正が必要だと思うわ」
「やはりそう思うか。なにか案はあるのか?」
「そうね……あれを使いましょう」
矯正師は部屋の隅を指差した。そこには、三角屋根が付いた台座があった。
「あれは、いったい?」
「見ていれば分かるわ……」
矯正師は不敵に笑う。いったいあの台座を使ってどうするつもりなのだろうか?
サヤへの仕置きはまだ続く。
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悪い子にはお仕置きを 下
矯正師はロープを外して失神したサヤを下ろすと足首に重りのついた足枷をつけた。矯正師曰く、この重りは合わせてサヤの半分の重さになるらしい。……いつの間に測ったんだ?
「よし、準備完了ね。始めるわよ」
矯正師はサヤの体を持ち上げると部屋の中央に移動させた三角屋根の台座──三角木馬というらしい──のところへ持っていく。そして、三角屋根の部分に跨がらせるようにサヤの体を落とした。
「……ッ、がぁ、あ!?」
サヤが悲鳴を上げて跳ね起きた。あの三角屋根の頂点に自分の体重の1.5倍の負荷と落下の勢いが加わったのだから。
ふと、私の脳裏に嫌な記憶が蘇る。前世の若き頃、公園で平均台という遊具で遊んでいた時だ。足を滑らせ股間を強打したことがある。あれは痛かった。痛すぎると人は声が出せないのだと思い知らされた。
「ほーら、ほーら。揺らすわよ〜」
「や、めて……! ゆらさないでぇ……!」
あの三角木馬というものはゆりかごのように前後に揺らすことができる。揺れによりさらなる負荷をかけることが出来るため、これを使った矯正を受けたものはたちまち心が折れるらしい。
今回はケガをさせないために使うつもりはなかったらしいがサヤの精神力の高さを考えて使用に踏み切ったとのことだ。
「なら、これまでしてきた悪いことを謝って、これからはちゃんと良い子に生きていくと言いなさいな」
「……っ! ふざけないで!」
サヤは歯を食いしばって、矯正師を睨んだ。まだ、反抗するつもりらしい。
しかし、なぜここまで頑固なのだろうか?
ここまで痛い目をあわされて、それでも尚自分の悪事を認めないのが気になった。
自分に正当性があると疑ってないのか、自分が悪いと認めたくないのか。……そういえば、このサヤという少女はなぜ悪事を働いたのか。
「なぜ、お前は周りに迷惑をかけてまで自分の才を証明しようとするんだ? そんなことをしても損にしかならないと分かるだろうに」
「……この街の長、今はお祖母ちゃんがやってるけど、前はサヤのお父さんがやってたの……お父さんは、すごいんだよ。街のみんながこの街で過ごしやすくなるようにいろんな事考えて、みんなから慕われてて、サヤの自慢のお父さんだったの……でもね、お仕事でよその街に行った時に、馬車ごと崖から落ちて死んじゃったの……」
ポロポロとサヤの瞳から涙がこぼれ始める。
「でも、サヤにはわかる。あれは事故なんかじゃない。誰かがお父さんを殺したんだ! だって、よその街に行くとき崖の近くなんか通らないもん! ……ッ」
怒りで興奮するあまりに股が角に食い込んだのか、顔をしかめるサヤ。
「……結局、事故ってことになって、誰もそのことに触れなくなった。サヤも子供だったから調べたりできなくて、事件だって証明するのは諦めたの……代わりにお父さんみたいにみんなの役に立ちたいって思って、お店の人にアドバイスとか、したの……でも、みんな子供だからって言って、サヤの言う事聞いてくれなかったの……だから、イライラして……」
「迷惑をかけるようになったと?」
サヤは頷いた。なるほど、そういう理由があったのか。根っこからの悪童ではなかったんだな。
「では、私のことを痴女呼ばわりして回ったのもそういう理由でだったんだな」
「ううん、それは普通に面白半分でやっただけだよ」
……そうか、やはり悪童でだったのか。
「よろしい。ならば、お前に最後の罰をくれてやる」
「あっ、いや……違うの! さっきの嘘! いい間違えただけ! 痛いのはやめて!」
「安心しろ。次は痛くない。むしろ気持ちいいものだ。天国に登るぐらいな」
私はサヤの尻尾をつかんで、尾の根本を指で突いた。そして、気を流し込んだ。
「ひゃ……っ!?」
瞬間、サヤは仰け反りそうなほど背筋を伸ばし、天井を見上げて口を鯉のようにパクパクと開閉させた。
「な、に……これぇ……!?」
「今、お前にかけた技は天獄拳という。この技をかけられた者は天国のような強い快楽と地獄のような激痛を交互に感じる。だが、今回はお前の街の人を思っての行動に免じて快楽だけを与えるようにした」
「まっ、て……これ、おかし、い……! からだ、あつくて……! あたま、ちかちかする、し……! 痛いのに、痛くない……!」
「それが天獄拳だ。何もしなくても快楽がお前を飲み込み、さらに与えられた刺激はどのようなものであれ快楽となる」
私は三角木馬を揺らした。
「いっあ……っ!? あっ、あっ……! や、めて……! 頭おかしくなっちゃう、から! 戻して!」
「戻そうと思って戻せるものじゃない。大丈夫だ。死にそうになるが死にはしないとも……おそらくな」
「そんな……あ゛、ゆ、揺らさないで……! 超えちゃいけないライン超えちゃう──ア゛ッ」
一際激しい痙攣を起こしたサヤは天井を見上げたまま、固まった。そして、口角を上げ、恍惚な笑みを浮かべた。
「あー……そうだったんだ。サヤ、分かっちゃったよ。何をするために生まれてきたのか、何をするべきなのか……あはは、こんな簡単なことにも気づかなかったなんて……サヤ、バカだな〜」
うふふ、あはは。壊れたように笑うサヤを見て、私はなにか取り返しのつかないことをしてしまったように思えた。
「ねぇ、お姉さん、おじさん。お願いがあるの……大通りのお店の男の人達をサヤの家に集めてほしいの……」
「集めて……どうするの?」
「謝りたいの……サヤ、いっぱい迷惑かけたから、その分いっぱいお詫びをしたいの」
先程までの強情な態度とは一変して素直になったサヤ。私達はそんなサヤの態度に疑問を抱きつつもその願いを応じることにした。
場所を屋敷の庭園に移して、サヤを待つ。矯正の過程で汗などかいたので体を清めているところだ。
庭園には、既に大通りに店をかまえている男たちが詰めかけていた。およそ50人といったところか。ひそひそと今回の招集について言葉を交わしている。……しかし、気になるな。なぜサヤは男たちだけをここに呼んだのだろうか?
「皆様、おまたせいたしました。サヤお嬢様が参られます」
屋敷の扉が開き、中から体を清めたサヤが現れた。
「ごめんね、みんな。サヤが呼んだのに遅れちゃって。今日はね、みんなに今までのことを謝りたくて集まってもらったの……でも、
サヤは何を思ったのか、唐突にワンピースのスカートをたくし上げた。そして、何故か下着を履いていなかった。
「いっっっぱい、サヤにお仕置きしてね♡」
そのままの姿勢で笑顔でそう言った。
オオオォォォォォォオ!!
「な、なんだ……!?」
急に男たちが雄叫びを上げ、雪崩のように真っ直ぐサヤに襲いかかった。あっという間にサヤは集団に飲み込まれ姿が見えなくなった。
男たちの塊の中から、布を引き裂かれる音が聞こえ、千切れた服の残骸が私の足元に風に吹かれて飛んできた。
「はぇ……?」
思わず変な声が出た。なぜなら次にサヤの姿が見えたとき、サヤは男の上に跨って揺れていたからだ。いや、揺さぶられていた? どちらにしろ、飲み込まれて10秒とたたずにサヤは男女のアレをしていた。
その状況を私の頭が理解するまでその倍の時間を要した。
「え、え? なんで? なんでサヤ、え?」
しかし理解できても混乱はするもので、右を見てサヤを見て、左を見てサヤを見てを繰り返すしかない。
「あら、貴方。顔が真っ赤よ?」
「あ、あたりまえだ! なななんで平気なんだ!?」
「そりゃ、私だって色々経験してるもの」
経験……? そっかぁ……じゃあ、しかたないね。あっ、じゃあ、 わたしもあれをみてけいけんすればこんなドキドキすることないね! (?)
そして、サヤの方を見ると二人の男に上下に挟まれ揺れていた。
え? なんで? どこに刺してるのアレ、え?
私は困惑した。おかしいのだ、アレは一本しかさせないはずなのに目の前のサヤには二本刺さってるのだ。
「あ、あああれはどこに刺してるんだ……?」
「あら? 貴方、初めて見るの? あれは後ろに刺してるのよ」
「う、後ろ……?」
もう一度、サヤの方を見てみる。上にいる男の凶器が刺さっている場所は確かにその……後ろの、ソレだった。
「え、なんで?」
私はまた困惑した。後ろの方は男女のアレをするには不要な場所だ。なのに、なんであの男はあんな所を刺突しているんだ。
「ウソでしょ……そんなところにも……」
サヤの目の前に男が立ち、凶器を顔を押し付け刺突し始めた。ソコも男女のアレには不要な場所だ。なんでそんな無意味なことをするのか私には分からなかった。それよりもサヤの表情が苦しげだ、無理やりされてないか?
そう思い、私は仕留めた獲物に群がる狼のような男たちに近づこうとした。だが、矯正師に肩を掴まれ止められた。
「待ちなさい。貴方もああなるわよ」
そう言われ、私の脳裏にある光景が浮かんだ。目の前の男たちに、声を出す間もなく輪の中に引きずり込まれ、今のサヤと同じようになる私の姿だ。1人が終われば別の1人が私に覆いかぶさって……延々とまぐわいをさせられる。
私は一歩も動けなくなった。恐怖したのだ。男のアレが怖いというより、大勢の知らない男に一斉にされるということに私は震えた。
……嫌だ。絶対に嫌だ。そんなことをするならアレスとがいい。でもアレスは一人だ。こんなことはできない。あっ、そういえばアレスは分け身という分身できる技が使えた。よもや……?
そう思うと先ほど脳裏に浮かんだ光景に出てくる男が全員アレスになった。アレスの太い腕が四方八方から私の体にのびて私の体を愛でられ、鍛え上げられたアレスの体に挟まれて滅茶苦茶されるのだ。
いやいやいや、何を考えてるんだ私は! アレス一人のアレですら受け止められないのに、そんなに大勢と出来るわけないだろ! だいたい、分け身の技は奥義じゃないか! 武を重んじるアレスがそんなことに使うわけないだろ!
頬を叩いて、あまりにもアレスに失礼な事を考えた自分を戒めた。
……頭と顔が熱い。なんでこんな馬鹿げたことを考えてしまったんだろう。
自分の馬鹿さ加減に呆れてため息を吐き、サヤの方を見た。向こうも全員、事を終えたのか男たちは下半身を晒したまま休憩し、サヤは大の字で寝転がって息を整えていた。
あんなに大勢にされて大丈夫だったのか気になり、私はサヤに近づいた。
その時だった。ズシンズシンと地響きをたてながら何か大きな物が近づいてくるのを感じた。やがて、4〜5メートルほどの岩肌の竜人が屋敷の塀を壊して庭園に入ってきた。
「うわーっ! ボルバルだーっ!」
その姿を見た男たちは恐れ慄いて、一人がそう叫んだ。……なるほど、あれがコーデリア殿の言っていた奴隷商人の背後にいる男か。
大男に続くようにぞろぞろと武器を持ったヒャッハーっぽい男たちがなだれ込み、私とサヤ、男たちを囲んだ。
「クハハハ! 部下から話を聞いたときは何事かと思ったが、貴様ら随分と面白いことやっているではないか! 褒美にお前ら全員奴隷にしてやるぞ!」
「そ、そんな……!」
「イヤだ。た、助けてくれぇ!」
ボリバルがそう言うと男たちが悲鳴を上げ縮こまった。
「ボリバル様! アイツです! アイツが俺の金を盗りやがったんです!」
ボリバルの足元にいた男が私を指さしてそう言った。……あの男、いつぞやの奴隷商人じゃないか。
「ほう……貴様がこの俺の部下に手を出した命知らずの娘か。ふん、体は貧相だが顔は良いな。そういう奴隷も好きなやつもいる、お前も奴隷してやる」
「ヘヘっ、これでお前は終わりだぁ! せいぜい高値で売ってやるぜ! ……そうだ、ボリバル様。あの娘の調教を俺に任せてくれませんか! あの生意気な娘をこの手で屈服させたいのです」
「よかろう。せいぜい従順に仕上げるがいい」
へへへと下品な笑みを浮かべて、私に近づてくる奴隷商人。そして、私の顔を覗き込むようにして言った。
「たっぷりとその体に奴隷っていうもんを教えてやるぜ」
「おい」
「あ? なんだ──ゴフッ!?」
私は男にデコピンを放った。男は縦に回転しながら吹き飛びボリバルの足に当たって止まった。
「て、テメェ! なにしやがんだぁぁぁアアアッ!?」
男の頭が風船のように膨らみ破裂した。デコピンを打ったときに流した気が頭を破裂させたのだ。
「貴様ぁ! よくも俺の部下を! 殺してやる!」
「殺せるものなら殺してみろ。図体だけのお前に私を殺せるとは思えんがな」
「なんだと!?」
「どうした。早くしろ。体だけじゃなく口もデカいのか?」
「ほざけ小娘ぇ!」
ボリバルは腕を振り上げ、私に振り下ろした。私は跳んで拳を回避すると空中で身を翻して、
「んっ!」
尾の先でボリバルの顔を上から下になぞった。
「……なんだ、小娘。それが反撃のつも、り……あれ? なぜ視界がズレて……」
私が着地した直後、ボリバルの頭は真っ二つに割れ、血を吹き出しながら巨体が後ろに倒れた。
「
獣竜人族の里にいる木こりの技だ。斧では時間がかかるため重宝されている。
「さて、次は誰だ?」
「ボ、ボリバル様がやられた!?」
「なんだよ、あいつ……! とんでもなくつえーじゃねぇか!」
ボリバルが倒されたのか、一斉に逃げ出そうとした。だが、全員がその場で転んだ。いつの間にか足首にロープが巻き付いていたのだ。
「逃さないわよ〜」
ロープを持った矯正師が不敵な笑みを浮かべて足を拘束したボリバルの手下を踏みつけた。
どうやら、私がボリバルや奴隷商人とやりやっている間に縛ったらしい。
「みんな、手伝って。ここで全員捕まえるわよ〜!」
矯正師は男たちと協力してボリバルの手下達を完全に拘束した。これでこの街も平和になるだろう。
「いやーこれで安心して暮らせるな」
「そうですね。早く家に帰って、嫁に知らせてやらないと」
「ねぇ……みんな、待ってくれる?」
男たちが帰路に着こうとしているとサヤが呼び止めた。
「みんな、サヤにお仕置きしてくれたよね? ……っていうことは、みんな、奥さんがいるのにサヤと関係を持ったってことだよね?」
サヤがそう言った途端、ハッとした男たちの顔が青ざめていった。後で聞いた話だが、この街で妻帯しているものは妻以外の女と交わることは大罪らしい。
もし、そのことが妻に知られると去勢されて妻のために次の夫となる男を見つけなければならず、その男と元妻の愛し合う姿を見せつけられ街から追放されるのだという。……なんて恐ろしい。
「でも、サヤの言うこと聞いてくれるなら奥さんに黙っていてあげる」
どうかな? と首を傾げて尋ねるサヤに対し、男たちは平伏するしかなかった。
この子はきっととんでもない大物になるだろう……。
メスガキ編、終わり。
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めでたい話
いろいろあって、少々混乱したが無事に(?)諸々の問題が解決したと思う。
街にいた奴隷商人の仲間は続々と捕縛または街から逃げ出して、奴隷達も開放することができた。二度と会えないと思えた家族との再会には涙を禁じ得なかった。
街の活気が私がここへ訪れた時よりも溢れている。大通りを歩く人々の姿に女性や子どもたちが多く混じるようになったからだ。どうやら、奴隷されることを恐れて家に引きこもっていたらしい。
人々の数が増えたこともあって大通りの店はどこも忙しそうにしている。休む間もなくて大変だと、店の人達は口を揃えて言うが嬉しそうにしていた。
ただ、それでも心の底からというわけではない。彼らはサヤに弱みを握られている。バラされてしまえば最後、彼らに居場所がなくなる。彼らはそれを恐れているのだ。
だが、彼らが恐れているようなことには恐らくならないだろうと私は思っている。なぜなら、サヤは街の経済の中心である大通りの店すべての主導権を手に入れることが目的だったからだ。
サヤ曰く、天獄拳で快楽の暴力に晒されているときに天啓を得たのだという。男を誘惑し、不倫させることで弱みを握り、裏から手引するという方法を思いつき、すぐさま実践した。
結果は知っての通り、大成功。
サヤの身体に付けられた雷竜人族の男のみに作用する特殊な興奮剤により性欲を煽られた男たちは半分理性をなくしてサヤを襲い、陥れられた。
「……その若さでなんとも恐ろしいことするものだな、君は」
「へへへっ、それほどでもないです♡」
褒めてないんだが……。
私は呆れて
「ああ……もっと見下してください♡もっと体重をかけて、お尻でぐりぐりしてくださいぃ♡」
「……」
断っておくが私が彼女に強制したわけではない。応接室に呼ばれ、入ると昨日はあったはずのソファや椅子がなくなっていた。そして、突然「代わりにサヤに腰掛けてください」と四つん這いになって言ってきたのが、数分前のことだ。
おそらく強すぎる快楽で脳をやられた影響だろうと思う。
「ところで、そろそろ私を呼んだ理由を教えてくれないか?」
「んあっ♡しょ、しょーでした。……コホン、実はテレジア姉さまに護衛をお願いしたいのです」
幼い娘とは思えない程に大人で威厳のある雰囲気を出してサヤはそう言った。
今はまだ未成年ということで街の長(仮)という身ではあるが、既に長としての才能を見せてきている。成人したとき彼女は立派な支配者になるだろう。……椅子になっているせいで台無しだが。
「護衛……というのは、君が隣の街へ挨拶に行くのに付き合えということでいいのか?」
「はい。そう通りです。テレジア姉さまのおかげでボリバルの脅威は去りましたが、まだ残党共がこの街の近くに潜伏している可能性がありますので警戒しておきたいのです」
あの夜、ボリバルと共に私達を襲撃した男達はボリバルの部下の一部に過ぎなかった。ボリバルの死亡を知った彼らは一目散に街から逃げたという。
その数は襲撃してきた者達の半分ほどらしいが馬車を1台襲うには十分すぎる人数だ。
「私が馬車の護衛についたとして、その間に連中が街を襲いに来たらどうする?」
「ここに帰ってくるまでは、街の門は全て閉じます。壁の上には常にクロスボウを持たせた衛兵を置いて、警備させます」
なるほど、それなら大丈夫そうか。
「わかった。護衛を引き受けよう」
「ありがとうございます。……そういえば、テレジア姉さまはもうすぐ街を去られるのですよね?」
「ああ、ちょっと訳ありだからな。長く留まるつもりはない」
「そうですか……残念です、後一ヶ月待っていただければ産卵に立ち会ってもらえたのに……」
「……なんて?」
いま、なんて言ったこの子? ……産卵? その歳で?
「ですから産卵です。いまサヤ……じゃない、わたしの中には卵があるんです」
「それを早く言え」
私は彼女の上から退いて、彼女を立たせた。まったく身重のくせに何やっているんだ。
「テレジア姉さま、どうして……?」
「どうしてもあるか。もう君の体は君だけのものではないんだ、大事にしなさい」
「……そうですね。すみません、浅はかでした」
人を呼んで椅子を持ってきてもらい、サヤを椅子に座らせた。
「もう卵があるのか分かるのか、あれからそれほど時間が経ってないのに」
「はい。あの時、孕みやすくなる薬も併用したのもありますが、雷竜人族は子供が出来やすい種族なんです」
「卵はいくつあるのか分かるのか?」
「雷竜人族は大体5、6個卵を産みますが……わたしはもしかしたら多いかもしれません。大勢に子種を注がれましたから」
まぁ……そうなるな。あれだけ、すればなぁ……。
あの時のサヤは全身ドロドロになっていた。その倍以上の量がサヤの中に入ったのだから当然と言えば当然か。
「……でも、ちゃんと生まれてくるのは半分ぐらいかもしれません」
「なぜだ?」
「すべての卵に命が宿るとは限らないからです。6個産んでも、3個しか孵らないというのはざらにありますから……」
なるほど、そういうことか……ならば。
「ちょっと失礼するぞ」
「? ……テレジア姉さま?」
私はサヤの下腹部。子宮がある辺りに手を当て、気をゆっくりと流し込んだ。
「ん……っ、なにか、お腹の中に温かいものが……」
「腹の中の卵に気を送った。これですべての卵に命が宿ることだろう」
「テレジア姉さま……そんなこともできたのですね」
「別に私にしかできないことじゃない。獣竜人族の女はみんなこの方法を習う」
獣竜人族は子孫繁栄を重視している。そのためか、こういった助産的な技も生み出されている。
「こんな方法があるなんて……さぞ、テレジア姉さまの種族は繁栄されておられるのでしょうね」
「いや、そうでもない。数で言えば雷竜人族の半分に届くかどうかだな」
「えっ、どうしてですか?」
「……色々とあるのだ。色々とな」
獣竜人族は子孫繁栄を重視している。その上、強い個体だけが子孫を残すべきだという考えもある。
そのため、一人目が卵から孵ったとき、残りの卵は潰されるのだ。……親の手で。
こんな惨いことをサヤに聞かせるべきではないと思い、私ははぐらかすことにした。
「そういえば、名前は決めているのか?」
「名前ですか? まだ気が早いと思いますけど……そうですね、色々と考えているんですがいい名前が思いつかなくて」
「しっかり考えてやれよ。名前というのは一生使っていくものなのだから」
変な名前をつけられては子供が可愛そうだ。
「……そうだ。よければテレジア姉さまも一緒に名前を考えては頂けないでしょうか。私だけではずっと悩んでしまいそうで」
「いいのか? 初子の名前をわたしが考えて」
そういうのは、コーデリア殿と相談した方がいいんじゃないか?
「いいんですよ。この子たちはテレジア姉さまのおかげで授かったようなものですから」
「そうか……」
遠回しにお前のせいだぞと言われてるような気がしないでもないが……まぁ、私にも責任はあるか。なら、いい名前を考えてやらねば。
「よし。なら一緒に考えようか」
「はい。よろしくお願いします」
その後、私達は名前の候補を出しあって、男子と女子それぞれ10種類の名前を決めた。
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