三年E組にあの二色のハンカチ、仮面ライダーWが入るらしい。その一年間の成長記録 (春瀬紫苑)
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Wが来た/不穏な空気

 ここは椚ヶ丘中学校。

 そこに、涙を拭う二色のハンカチがやってきた。

 さて、彼らはこのクラスにどのような風を吹かせるのだろうか。

 

「起立! 気をつけ!」

「礼!」

 礼の合図で、教室中から銃が発砲される。銃が向けられているものは、超破壊生物である、異形の黄色い先生だ。

「おはようございます」

 そう言いながら大量の対先生特殊弾をマッハ20で避けて出欠を取る先生は……来年の三月、卒業までに殺さなくてはいけない。

 

 

 

 そんな学級に、左翔太郎とフィリップの姿はあった。

 時は少し前に遡る。

 

 

 

「なんだい? 照井竜。警察の方から依頼かい?」

 右側の髪をクリップで止めた、ロングパーカー等のラフな格好を着た青年、フィリップが、読んでいた本から顔をあげる。その先、この探偵事務所の入り口には、この街の風都署の超常犯罪捜査課の照井竜の姿があった。赤いジャンパーを見にまとい、表情は相変わらず険しく読みにくい。

「まあ……警察というより防衛省から署を通しての依頼だ。国家機密に触れることだからガレージで話したい」

 

「お偉いさんからかぁ……。あんまりいい気はしないな」

 いつもの所長席で自分で入れた不味い(と言われるらしい)コーヒーを飲み、ハードボイルドらしいスーツをしっかりと身にまとい、暇なのでハードボイルド小説を読み耽っていた左翔太郎が少しだけ嫌悪感を示す。とはいえ、今ここで断ってしまうと国からの信頼は無くなる可能性があるし、何より依頼人がいなくて……厳密には依頼人が失踪して暇なのだ。

 

「まあ、なにかぼくたちの……仮面ライダーの力が必要、でも潜入捜査だから君を入れるわけには行けない、というわけかい?」

 フィリップがちょうど一番近くにいたのでガレージの扉を開ける。

 

「亜樹子、いるか?」

 ガレージの先には、掃除をしていた鳴海亜樹子……この鳴海探偵事務所の所長がいた。この事務所に日常的にいる・来る人は亜樹子以外男しかいないので、衛生に関しては亜樹子が全て行なっている。

 

「あ、翔太郎くん! あれ、竜くん! どうしたの?」

 亜樹子が振り返りにこりと笑う。翔太郎はお偉いさんからの依頼だ、と言うと、机が置いてある壁側に体をもたれさせる。

「ああ、今から話すな」

 その言葉から始まったのは、『ガイアメモリ』…不思議な力が含まれているメモリを作る組織壊滅と同じくらいに……いや、下手したらそれ以上にめんどくさい依頼だった。

 

「単刀直入にいう。月を爆破した百億円の賞金首である超破壊生物を暗殺してほしい。ああ、もちろんお前らだけじゃない。椚ヶ丘中学校三年E組と一緒にだ」

 月が三日月になったのは記憶に新しい。それは超破壊生物の仕業だったのか、と思いつつ、なんで中学校でやるんだよ、と突っ込むことを忘れない翔太郎。

 

「椚ヶ丘中学校の三年E組は本校舎とは別の校舎で、山の奥だ。暗殺にうってつけの場所で国が大金積んで頼んだそうだ。

 それで、左、フィリップ。お前らは年齢偽装して三年E組に潜入してほしい。何より超破壊生物には懸賞金が百億掛かっている。『ガイアメモリ』犯罪に手を出す生徒がいるかもしれないからその保険だ。

 そのため、仮面ライダーへの変身は自由だそうだが……あまり生徒に悪影響を与えないように、とだそうだ。左とフィリップならダブルドライバーを巻いて連携プレーできるかもしれないがな」

 正直俺も理解しきれていない、と照井が困り顔で肩をすくめる。

 

「なあ照井。年齢偽装とか言ってるが戸籍は大丈夫なのか?」

 翔太郎が足りないところを質問する。

「ああ、戸籍については国が偽装するそうだ……。それに、身体面に関してはお前らは()()()()()だ。中学生並みの体の大きさにするのは可能だろ? それで頼んだ。筋肉量はそのままでいてほしいところだが……。それに……警察関係者である俺がいくわけにもいかないしな」

 

 ただ、照井はこの街・風都を愛している翔太郎に辛い事実を告げた。

「……ただ、この風都を離れることになる。椚ヶ丘中学校からここまではかなり距離がある。ただでさえ山の中の別校舎となるとさらにな」

 

 しかし、翔太郎には少し引っかかる点があるらしかった。

 

「……その依頼を受けよう。いいよな、フィリップ」

「ああ、ぼくは別に大丈夫さ。でも、何かあったのかい? 翔太郎」

「別にー。ただ、ガイアメモリが外に出るのが嫌なだけさ」

 

 フィリップは風都を離れるというのに承諾の意を見せた翔太郎に問いかける。しかし、案の定のらりくらりと交わされてしまった。

 まだ、ガイアメモリがあると限らないのに、広まると嫌と言っているのだ。

 何か、翔太郎の直感か、観察力か、フィリップには劣るものの探偵としては優秀な推理力かは分からないが、引っかかるものがあったのだろうか。

 

「まあ、行ってくれるならありがたい。椚ヶ丘の理事長にはE組に行けるよう話はつけてあるらしい。E組行きの理由はーー」

 

 

 

 国からの依頼を受け、翔太郎とフィリップはE組にやってきた。

 まず先生の説明があった後、今年の転入生を紹介する流れになったようだ。

 

「俺は左翔太郎だ。こいつを殺すために国の依頼でやってきた。……だからお前らの中ではまあまあ技術とか体力がある自信はある。よろしく頼む。俺たちに関することは色々と機密事項が多いからそのところは申し訳ないが……あと、フィリップは不可解なことが多いが見逃してくれ……」

 こいつ、とは黄色い怪物のことだろう。いつもとは違う、見慣れぬ椚ヶ丘学園の男子制服をしっかりと着ている翔太郎が軽く頭を下げる。

 

「ぼくはフィリップ。翔太郎と同じく国からの依頼で来た。……翔太郎には負けるが君達よりかは劣らないと思う。……あと、これは暗殺を優位にするためにしてほしいことなんだが、僕と翔太郎はグループ等でも基本一緒にしてほしい。……これも後々君達が知ることになるだろうけれど、今は秘密だ」

 普段の格好から想像もできないような、椚ヶ丘の男子制服をしっかりと纏ったフィリップがちゃんとお辞儀をする。明らかに翔太郎より丁寧だ。

 

「私は茅野カエデ。色々あってE組だけど同じ今年から転入のこの二人とは違って普通に転入です! よろしくお願いします!」

 茅野は普通の転入生、黄色い化け物を殺すために国からは手配されていないので、自分より前に自己紹介した面々に少し怯えながら満面の笑みで自己紹介する。

 

「えー……フィリップ君は偽名ですか?」

 黄色い異形の先生が顔に思いっきり困惑した表情を出す。目の位置や口の位置が常識外の位置になる顔だ。……元からだいぶ常識外の怪物に言えるかどうか分からないが。

 

「ああ、これは偽名……だが、ぼくが本名を出したところでぼくの相棒は結局フィリップ、って呼ぶからね。あと、本名は面倒なんだ。色々とあったから……。あまりこれは話したくないから、省かせていただくよ」

「あ、相棒ってのは俺のことだ。なんだかんだあってな。まあいつか機会があったら話す」

 相棒、という謎の人物を指した言葉に即座に反応した翔太郎。さすがは相棒、というところだろうか。

 

「さ、左君とフィリップ君は真ん中の一番後ろの席…千葉くんと奥田さんの後ろに、茅野さんは渚君の空いてる隣に座ってください。」

 先生が席に座るように指示する。

「あ、先生。俺左って苗字だけど、出来れば下の名前で呼んでくれ。左だと分かりにくいからな……」

 

 照れながら頭の裏をかく翔太郎にフィリップは自慢の毒舌を吐く。

「その癖に照井竜には許すんだね、翔太郎」

「は!? お前るっせぇなぁ……。照井は最初からあれだろ。妻にさえ所長っていうやつが俺に下の名前で呼んでくれると思うか?」

「……思わない。君が照井竜には苗字呼び許してるのは理解した」

 フィリップが若干肩をすくめる。

 

 席に移動している最中、潮田渚から声が掛けられた……否、つんつん、と触られただけなのにされた翔太郎はかなり驚いているようだった。

「ねえねえ、翔太郎君、フィリップ君。国からの依頼だけど普通に中学生なの? 聞いてる感じそうは思わなかったけれど……」

 

「あーー……」

 翔太郎はフィリップの方に顔を向ける。フィリップは少しだけやれやれ、という表情に変わると何もなかったかのように無表情に戻った。

 

「秘密だ。機密事項だ。……烏間先生なら知ってるんじゃないか? 教えてくれるとは思えないがな」

 翔太郎は前の黒板の向かって右側にある烏間に目線を寄せる。烏間は翔太郎が責任を丸ごと渡したことに肩をすくめる。烏間は弁明をする。

 

「……俺の知り合いが翔太郎君とフィリップ君に繋がりがあってな。それでこの教室に来てもらった訳だ」

「だから、余計な詮索はよしてもらいたい。まあ……まだ君たちも中学生だ。質問することはあるだろうね。……翔太郎、早く席に行こう」

 

 フィリップが同級生は鬱陶しいというように翔太郎の腕を引っ張って席に移動した。

 

 

 

「…おい渚。ちょっと来いよ、暗殺の計画を進めようぜ」

「…………うん」

 渚が寺坂グループの三人に連れて行かれる。遠目からそれに気付いた翔太郎は、別に危ないところはないと判断し、今日も本を読み耽っているフィリップの隣でハードボイルド小説をこちらも読んでいた。

 

 

 

 三年E組の別校舎の外。少し草が生えている入り口近くの階段に佇む寺坂、吉田、村松の三人と渚。

 

「たとえ…どんな手を使ってもな」

 そう言いながら寺坂が小さい巾着袋を渚の目の前にかざす。渚のズボンポケットにそれを突っ込むと、教室に向かう去り際に寺坂軍団は『ガイアメモリ』を振りかざした。

 ……それがどれだけ危ないものかも知らずに。

 

「しくじんなよ。渚く〜〜〜〜ん」

「ギャハハハハ」

「……」

 

 自身が持っている小さい巾着袋の紐を持った左手を胸の前に当てると、これから始まることへの不安を抱いた。

 そして、それを拭い去るように、先生への殺意を隠し、闇に溶けるようにこの場を去った。

 

 

 

 作戦決行は、今日、五時間目!




結構細々と分けていきます。
大体3000字くらいのボリュームごとに分けていく予定です。ものによっては少し長くなったり短くなったりします。
何かリクエストなどやってほしいものがありましたらやれるかは未定ですかリクエスト送ってください。
結構まめに編集し直したりします。暇があったらたまに見返してみると変わってるところが結構あると思います。


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Wが来た/仮面ライダーとは

「……どうしたんだい? 翔太郎」

「……いや、なんでもないさ。相棒」

 

 ハードボイルド小説を読みながら、何か不穏な空気に感づいた翔太郎は一度顔を上げたが、なんでもないと嘘をついた。

 ……翔太郎の直感力は何かと侮れないのである。そのことを見に染みて知っているフィリップは、心の隅に残しながらそう、と生返事を返した。

 

 

 

 実際に、不穏な空気を感じた翔太郎の直感力には嘘はなかった。

 

 

 

「ーーラスト七文字を『触手なりけり』で締めて下さい」

 触手なりけり、とはなんだ、と心の中で総ツッコミを入れた翔太郎。心の中で収めたのを誰かに褒めてもらいたいところだ。

 

「出来た者から今日は帰ってよし!」

 その言葉を合図にして皆短歌作りに移行する。翔太郎は今も触手なりけりってなんだよ、という言葉が心の中を回っている。フィリップは当たり前だというようにもう短歌を作り始めている。

 

 

「先生しつもーん」

 茅野カエデが手をあげる。その言葉に、先生は少し遅れて反応する。

 

「…? 何ですか茅野さん」

「今さらだけどさぁ、先生の名前なんて言うの? 他の先生と区別する時不便だよ」

 

 茅野の言葉に、先生は宙を見てぼんやりとしたまま答える。

「名前…ですか。名乗るような名前はありませんねぇ。なんなら皆さんでつけて下さい。今は課題に集中ですよ」

 

「はーい」

 茅野が申し訳なさそうに笑みを作る。その笑顔を確認すると、先生はプシュー、と音を立てながら顔をピンク色にしていく。翔太郎の探偵ながらの観察眼によると、あれは油断している顔だと知っている。もちろん、その他の生徒も少なからず知っている人もいるようだが。

 

 ガタッ、と椅子が動いた音がする。

「お、もうできましたか渚くん」

 音の原因は渚だったようだ。しかし、俳句の用紙の自分側には対先生用ナイフが隠れている。

「(渚…殺る気か!!)」

 殺る気と分かり、クラスの全員が緊張体制になる。それを見て、翔太郎はぼんやりと前を向く。しかし、視界の端の方で自分たちが警戒している最も危ないものが見えた。

(危ない! 絶対渚の暗殺での混乱で『あれ』になる気だ!!)

 翔太郎はひっそりと机の中に入れていた『ダブルドライバー』を腰に巻き付ける。すると、フィリップの腰にも同じダブルドライバーが現れ、フィリップは自身の腰に突然現れたダブルドライバーに一瞬驚く。しかし、理由を把握し普段通りの様子を演じる。

 なぜなら、ダブルドライバーは巻き付ければお互いの思考を共有することができる。それによって、巻き付けられたフィリップの脳内には翔太郎の考えが入ってきたからだ。

 

 

 渚が、先生に向かってナイフを振りかぶる。先生の触手が渚の腕を触り止める。

「…言ったでしょう、もっと工夫を」

 先生がそう言ったのも知らずに、渚は先生の体をぎゅっと抱きしめる。

「しま…!」

 

 教室内にBB弾グレネードが飛び散り視界が塞がれる。そのことに翔太郎は気づかなかったので驚くが、押した本人……寺坂はボタンを押したすぐ後に『ガイアメモリ』を起動させたようだ。……いや、寺坂だけじゃない。寺坂軍団の一員である吉田や村松も『ガイアメモリ』を使ったようだ。

 

『ビースト』

『アームズ』

『コックローチ』

 

 三つのガイアメモリのガイアウィスパー音声が教室内に響く。白いモヤが引いた後、教室内の寺坂、吉田、村松の席には怪物が佇んでいた。

 

「胡散臭い売人が言ってた通りだったぜ。これならあいつをぶっ殺せる感じがするわ〜」

 寺坂の席に座っている怪物の声色は完全に寺坂のものだ。その見た目は……野獣、ビーストみを感じる。

「寺坂、早くぶっ殺そうぜ。これで賞金百億貰うんだよ!!!」

 吉岡だと思われる怪物が、左手を対先生用の武器を体にしている。まる全身アームズ……武器のようだ。

「コックローチってGのことだよな……。変身してるのに自分でも嫌だわ……」

 そう呟くのはおそらく村松が変身した怪物だ。確かに全身があまり見たくないGだろう。

 

 

 

「何!? あの怪物何!? 先生と同じ感じ!?」

 主に隣に座っていた女子たちがパニックになり、遠く離れた窓際に移動した。しかし、翔太郎とフィリップは余裕を持って立ち上がる。

 

「何してるんですか翔太郎君! フィリップ君! 危険だから君達は下がりなさい!」

 先生が怪物の方へ足を進める二人に静止をかける。しかし、翔太郎は綺麗な長方形をした紫色のガイアメモリを顔の前にかざし、軽く笑ってみせた。

 

「なあ先生よ、お前がやったらこいつらは命を落とすだけだ。こういうのには専門家の俺達に任せな」

「ああ、僕たちは『ガイアメモリ』を使った、このような怪物、『ドーパント』に関する事件の専門家と言っても差し支えない……先生がたとえ医者でどんな怪我でも病気でも治せても、今回はやめた方がいいと思うよ」

 フィリップも綺麗な長方形をした、翔太郎と色違いで緑のガイアメモリを顔の前に持ってくる。

 

「あ、千葉龍之介。僕の体をよろしくね」

「え、?」

 まだそこにいた千葉に謎の言葉をかけたが、なんの弁明もなくガイアメモリのボタンを押した。

 

 

 

『サイクロン』

『ジョーカー』

 先ほど聞いたガイアウィスパーの声が教室内に響いた。

「「変身!」」

 フィリップが右側のスロットに緑色のサイクロンメモリを指す。そして、翔太郎の右側にサイクロンメモリが転送された。

 

「千葉、フィリップを頼んだ」

 その言葉と共にサイクロンメモリを奥まで挿す。そして、ジョーカーメモリを反対側のスロットに入れる。

「うわ、フィリップ!?」

 一応、とそばに居た千葉が倒れてきたフィリップの体を支える。頭にはてなが浮かんでいた。

 

 翔太郎がガシャ、と音を立ててスロットを左右に動かし、スロットでWの形が作られる。

『サイクロン、ジョーカー!』

「「さあ、お前の罪を数えろ!」」

 翔太郎の足元からだんだん鎧のようなものが纏われていく。最終的には、翔太郎の体は、左半分は黒、右半分は緑色のスーツで纏われたものになっていた。しかも、翔太郎の体なのにフィリップの声も聞こえる。

 

「え……何が起こってるの?」

 茅野が呆然とした顔で体の左右半分で色が違う翔太郎が返信した姿を見つめる。

「「俺/僕達は、二人で一人の仮面ライダー。仮面ライダーWだ!」」

 茅野達がいる方向を向き、これまた同時に言葉を放つ。それを話しただけで、体も顔も寺坂だったものに向いた。

 

「ごめんな、君達と同じドーパントは既に攻略済みさ。ついでに言えば君達はあまり強くはない」

 フィリップの声が聞こえると、緑色の左側の赤の複眼が光る。

「先生も、そこで指…触手加えて見てな。……渚は無事な様だな。さ、早く窓からみんな出てくれ。巻き込まれたくなかったらな」

 翔太郎の声が聞こえたと思うと、黒色の右側である赤の複眼が光った。

 そして、黒色の左手がシッシ、と生徒達は邪魔だというように手を動かす。危なさそうなことは三年E組の全員が知っていたので、いざとなった時に止める役の先生以外は窓から教室外に出て行った。千葉もフィリップを抱えながら出ていく。

 

 先生曰く、

「生徒同士の争いには仲介しませんが、危険があったら強制的に止めるのが先生というものですからねぇ。ヌルフフフ」

 らしい。

 

「なに転入生がイキってんだ? 国からの依頼だとしてもよぉ?」

 寺坂軍団のリーダー、寺坂が仮面ライダーW相手に煽る。Wはやれやれ、と肩をすくめながら、右側が光ってフィリップが声を出す。

「君達は僕らに勝てない。まあ、いらない争いをする前に君達の体に毒素を植え付けているメモリをブレイクしよう」

「ああ、全部あんたららしく力ゴリ押し系のだから少し心配はあるがな」

 翔太郎がその言葉を言った瞬間に、Wは動き出す。まずはビースト…寺坂かららしい。ビースト、とは野獣の意味だ。美女を御所望なら辞めていただきたい。

 

「……国からの依頼だから、君たちより強いんじゃないかい? 君達は僕達の力を見誤ったみたいだ」

 フィリップが喋りながらキックでビーストに確実にダメージを蓄積させていく。しかし、防戦一方の寺坂を黙って見ているほど吉田や村松も絆は柔くない。

 

「寺坂に何してるんだ!」

 アームズのガイアメモリを使った吉田が、左手を対人用ナイフにして背中からWに襲いかかる。

「翔太郎君!? フィリップ君!?」

 渚が危ない!と言うように大きな声をあげる。しかし、見えたのは思っていたのは違う光景だった。

 

『メタル』

『サイクロン、メタル!』

 

 サイクロンメタルになり、黒い部分が銀色に変わった。メタルになったから出てきたのか、銀色に光る細長い棒……メタルシャフトが出てきた。その棒が、背中にあり、アームズの左手の刃を防いでいる。

「僕らは攻防も自由自在さ。そして……コックローチの村松拓哉。君が空に舞い上がっても無駄にしかならないよ……リボルギャリーとバイクに既にハードタービュラーを既に手配してある。……そろそろ着く頃じゃないかな」

 廊下の窓から飛び立とうとする村松を見て、フィリップが声をかける。コックローチドーパントになった村松は、舌打ちを立てながら廊下の窓から出て行った。

「ちっ、相変わらずコックローチは面倒だな……でもまだ飛べていないみたいだ。先にこっちを片付けるかぁ……」

 翔太郎がだるそうな声を上げながら、だるそうな仕草でメタルシャフトを人に当たらぬように振り回すと、アームズに向かって棒を突く。戦い慣れしていないからか、メタルシャフトに当たり続けている。

 

「何すんだこの正義のヒーロー気取り! 寺坂を傷付けやがって!!!」

「……何言ってるのか全く分からねえな。矛盾だらけじゃないか?」

 翔太郎が言っていることが分からない、というような声色で呟く。そして沸点の低い寺坂が野獣のようにWに襲いかかる。そして、同時にアームズの攻撃も来た。しかし、Wはメタルシャフトの端でどちらの攻撃も避ける。左手でメタルシャフトを持つと、右手で一度ダブルドライバーを閉じる。そして、黄色のガイアメモリのボタンを押した。

 

『ルナ』

『ルナ、メタル!』

 

 先ほどまで緑色だった部分が黄色になり光る。そして、メタルシャフトがまるで蛇のように伸びた。

 

「これで二対一でもいけるだろう? お前らは近接戦が得意なガイアメモリを選んだようだからな。そんな頭でもガイアメモリを選ぶ脳はあったようだ……ま、適合率は考えてなかったようだがな」

 翔太郎が、話しながら攻撃を仕掛けていく。慣れた手つきだ。

「適合率という言葉を教えてあげよう……あるガイアメモリが、その人にとってどれだけ適合しているかの数値だ。まあ、今でもそのメモリが出回っているのが不思議だ。……コックローチメモリに関しては増産しやすく比較的誰でも超人になりやすいから今でもたまに見かけるけれど」

 フィリップがよく分からないだろう言葉を説明しながら、両端から蛇のようになっているメタルシャフトがビーストとアームズを圧倒させていく。

 

「そろそろメモリブレイクと行こうか、翔太郎」

「俺もちょうどそう思ってたところだ! コックローチに逃げられるとめんどくさいからな」

 頃合いかというようにメタルメモリを左側のスロットから外す。シューン、という音が聞こえたかと思うと、メタルシャフトの中心辺りに刺した。

 

『メタル・マキシマムドライブ!』

「「メタルイリュージョン!」」

 

 メタルシャフトを振り回し、黄色に見える複数の円の形をしたカッターを発生させた。そして、一度メタルシャフトを止めたかと思うと、二人のドーパントに向けて宙でメタルシャフトを振り回す。

「うわああああ!!!!!」

「死にたくない!!! 辞めてくれ!!!」

 寺坂と吉田は命乞いをするように叫んだ。

「安心しな、死ぬことはねねぇ。ドーパント体を解除しない限りはな」

 翔太郎が無慈悲に答えながら、メタルシャフトに同期された空中に浮かんでいる円形のカッターをドーパントに打ち付ける。

 

「あ゛……」

「う゛ぅ……」

 

 寺坂と吉田はうつ伏せで倒れる。どうやら意識はなさそうだ。人間体に戻ると、体からガイアメモリが排出され、そばには壊れてもう使い物にならないビーストとアームズのメモリが転がっていた。

 

「さあ、先生。寺坂竜馬と吉田大成をよろしく頼んだよ。もうすぐ僕たちのような仮面ライダーの全身赤色版か赤い革ジャンを着た警察官が駆けつけてくれるはずだから……。それと、他の人たちはあまり関わらないように先に教室に入っていてくれ。色々とこのあたりは繊細な部分でね。変に君達に秘密を教えられないんだ」

 

 右側のフィリップがそう言いながら、Wはいつの間にか廊下側の窓のそばに到着していたリボルギャリーのバイクに乗り込む。そこにはハードタービュラーがくっついており、バイクで空を飛んだ。

 

「すげぇー!!! 空飛んでる!!!」

 主にクラスの男子が空に飛んでいる二体を見て興奮している。男子はそういうところに弱いのは全国共通なのだろうか。

 

「ああー、めんどくせぇ。ゴキブリはゴキブリらしく隠れてればいいんだけどなー」

 翔太郎がだるそうな声色で呟きながら、メタルシャフトで攻撃する。コックローチドーパントである村松が痛そうな声をあげないがら急降下していく。

 

『メタル・マキシマムドライブ』

「「メタルイリュージョン!」」

 

 再び、黄色の円形のカッターが宙に浮かぶ。メタルシャフトを振り回すと、コックローチドーパントはダメージを確実に負い、人間の村松に戻る。

 しかし、飛んでいる分、村松の体は落下する。ルナメタルの手が村松の体を受け止めようとしたが、村松の体はもう空中にはなかった。

 



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Wが来た/貴方達は何?

「翔太郎君、フィリップ君。空中で人間に戻して落下ダメージがあったらどうするんですか!」

 いつの間にか、村松の体は先生が抱えていた。意識はなく、ぐったりとした様子の体からガイアメモリが排出され、地面についた瞬間に粉々になった。

「先生、大丈夫っすよ。この伸びる手が受け止める予定だったんで。ま、先生が受け止めてくれた方が確実だったかもだけど」

 翔太郎が話しながらWが降りてくる。バイクから降りると、Wの手はルナとメタルのガイアメモリを引き抜く。途端に頭の方から仮面ライダーの鎧のようなものが外れ、そこから翔太郎が現れた。そして、フィリップはさっきまで眠っていたのがいきなり起き、千葉は驚いた。そのせいで手を離されて、落ちたのはいうまでもないだろうか。

 

「さあ、新しい授業をしましょう」

 はい、と生徒一同が厳かな雰囲気を感じ取り返事をする。翔太郎はポケットの中に入れてある『スタッグフォン』が震えたのを感知し、ポケットから取り出した。

 

「ああ、照井。風都からすまねえな。引き取りに来てほしい。生徒三名、全員男で命に別状はなさそうだ。……あ、意識も全員ありそうだ。先生が呼びかけてる。面白いくらいに必死に…………了解。それまで待ってるぜ。ついたらまた連絡くれ。じゃ」

 照井の声は聞こえないが、何か連絡をしてるらしかった。

 そこに、先生が村松を抱えて騒ぎ立てながらやってきた。

 

「では…まず……先生は月に一度脱皮をします。脱いだ皮を爆弾に被せて威力を殺した。つまりは月イチで使える奥の手です」

 先生の顔は、見るまでもなく真っ黒だ。ド怒りだ。

「寺坂、吉田、村松。首謀者は君等だな」

 三人が弁解の言葉を必死に述べようとする。先生は村松の体を地面に置くと、マッハのスピードで校庭から出ていく。町中をめぐると、また戻ってきた。

 その手には、クラスの生徒の表札がある。ゴト、と表札が落ちると、皆自分の表札に目をやった。

「政府との契約ですから、先生は君達に危害は加えないが、次また今の方法で暗殺に来たら君達以外には何をするかわかりませんよ。

 家族や友人……いや、君たち以外を地球ごと消しますかねぇ」

 クラスの全員は悟ったような顔をする。この先生を殺すしかないと。

 

 寺坂は逆ギレをするが、先生は暗殺の評価をしているのか、顔が丸になったりバツになったりしている。しかし、声があまり大きくないことや、皆がバラバラなこともあり、あまり声は聞こえない。

 だが、先生がみんなの顔が見える位置に移動する。

 

「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう。君達全員それが出来る力を秘めた有能な暗殺者(アサシン)だ。

 暗殺対象(ターゲット)である先生からのアドバイスです」

 触手を畝らせながらアドバイスをする先生とこの教室は異常だ。

 ……でも、この進学校でこの三年E組をまっすぐ見てくれた人はいない。けれどのこの怪物は正面から見てくれた。

 ……三年E組は、それがとても嬉しかった。

 

「殺せない…先生…あ、名前。『殺せんせー』は?」

 茅野は何か考え事をしていたのか、ふと顔を上げるとそんなことを話した。

「いいね!茅野。じゃあ、先生、これから殺せんせーだね」

 渚がにっこり笑って話しかける。

「異論はありません。先生の名前はこれから『殺せんせー』です。皆さんいいですね?」

 はーい、と生徒一同が手を挙げて賛同をする。

 

 殺せんせー、と言いながら生徒たちがナイフを刺しにいく。そんな中、微かにバイクの音が聞こえた。

「思ったより早かったな、照井。近くの警察病院で頼めるのか?」

 翔太郎はバイクの音が聞こえた方に振り返る。そこには赤い革ジャンを着た照井竜という男がいた。顔は険しく、無表情だ。

 寺坂グループの三人は照井の方を向く。

 

「ああ。近くの警察病院に話をしたら三人分受け入れられるらしい。山の麓まで車は来るから、そこまでは人力で運んでこいということだ」

 バイクは走ってこれたがな、と言いながらバイクのヘルメットをとる。壊れたガイアメモリを袋に入れる。村松のコックローチメモリが殺せんせーの近くにあることに気づくと、照井は殺せんせーを呼んだ。

 

「超破壊生物」

「おや、誰ですか?……翔太郎君とフィリップ君の保護者ですか。何故ここに?」

 照井が殺せんせーを睨んでいる。殺せんせーに近づくと赤い革ジャンの内ポケットから対先生用の銃を突きつける。

「俺もお前の秘密を知っている一人だ。何か俺とお前が会うときがあれば迷わず命を狙う。……名目上左とフィリップの保護者になってるがな」

 真っ直ぐに銃口を殺せんせーの頭に向ける。

 

「おやおや……銃はあまり得意じゃないんですか?」

 ナメた時の顔、緑と黄色の縞縞模様で答えを返す。

「今は忠告だ……生徒諸君にも…急に大人が来たら驚くだろう。あと、この生徒を早めに回収したいこともあってな」

 先を急いでる、と言っているんだろう。すぐに踵を返すと、翔太郎とフィリップに目配せする。

 

「殺せんせー、寺坂達下に運ぶからフィリップと早退しまーす」

 教室から二人のバッグを取りに行くと、フィリップにバッグを投げ渡す。

「はい!? どうするんですか君たち!!!」

 殺せんせーが慌てた様子で翔太郎とフィリップの周りを音速で走り回る。ついには周りだけ雑草がなくなりそうだ。

 

「やめろ、先生」

 照井が静止の声をかける。すると、殺せんせーはすぐに止まり、なぜ止めたのか分からないというような表情をする。

「左とフィリップは俺が保護者だ。俺が認めたからこいつらは帰らせていただきたい。……でも、もう今日は終業時間じゃないのか?」

 『ビートルフォン』、翔太郎が取り出したスタッグフォンの水色で色違いな携帯で時間を確認すると、勢いがいい音を鳴らしてすぐ閉じる。

 そのまま、翔太郎が寺坂、フィリップが吉田、照井が村松を抱えて山を降りていった。

 

 

 

「片岡さん、磯貝君。照井竜を見なかったか?」

 しばらくして、烏間が三年E組に入口から校庭に入ってくる。スーツで走ってきたからか、少々皺が寄っている。

「照井……ああ、翔太郎とフィリップの訳ありそうな保護者? 見たけれど、二人と一緒に山の下降りていきましたよ?」

 磯貝が学級委員として状況をしっかり簡潔に説明する。烏間は、頭の後ろをかき、苦い表情をする。

「色々聞こうと思ったのに……。まあいい。また会う機会はあるだろう」

 肩をすくめると、殺せんせーが烏間に近づく。

 

「彼等は国から派遣された人ですから、色々あるんでしょう……そして、きっと彼等は『ガイアメモリ』の専門家だと思います……詳しく話は聞きますから、生徒たちの帰る時間ですし烏間さんも帰って下さい」

「ああ、もう帰る……防衛庁のつてで生徒達のことは後で聞くからお前は変に病院周りをうろつくなよ」

 烏間はきつくいうと、すぐに坂を降りて行った。三年E組一同も嵐のような騒がしさが終わってほっと一息つく。

 

「寺坂君のこともあって授業が潰れてしまいましたね。短歌は宿題とします。ではさようなら!」

 先生は今からハワイに行ってきます! と急いだような声が聞こえ、いつの間にか目の前には先生がいなくなっていた。何か急ぐことがあるのだろう。

 

「色々あって大変だったな……」

 磯貝がふっと溜息を漏らす。そして、校庭にそのまま座り込んだ。

「でもよ、あいつらは色々あるんじゃねえか?……あまり深入りしない方がよさそうな気がする」

 前原が磯貝の意見に続くようにボヤく。

「僕は翔太郎君とフィリップ君が言うまで特に問い詰めないよ。何かありそうだからね……。あと、なんか中学生には見えない気がする」

 渚が中学生には見えない、ときっぱり言う。不自然な空気が生徒を襲い、静かに黙って皆帰路に着いた。



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Hへの憧れ/彼は何処を目指す

 とある日の朝。春の心地よい風が森の中を通り抜けている。少し違うのは、どことなく殺意が交わっているところか。

 それを間近で感じられる校舎裏のとある場所、そこに向かうと……。

 

 殺せんせーが、朝早くから校舎裏で、ハワイでの英字新聞を読んでいた。

 翔太郎がそれに気づくと、バッグから対先生用の銃弾が常に入っている小さな銃を取り出す。しかし、意識がこちらに微量ながらも向けられていることを第六感の様なもので名前はつけられないが感じ取り、銃を鞄にしまった。

 

「翔太郎?」

「いや? なんでもねぇぜ。標的(ターゲット)がそこにいたけどガッツリマークされてただけだ。……それなら、不意打ちの方がいいだろ?」

 しょうがないね、とフィリップは肩をすくめる。寺坂達が暴れ回ったあの件以降、二人は要注意人物として先生に目をつけられていた。

 本来の彼等の職業は探偵だ。そのような視線に気付かないわけがなく、ひしひしとその視線を感じ取っていた。

 無論、生徒達の視線もどことなく変わった気がするのにも言葉にはできないが二人とも感じ取っている。

 

 そこに、違う生徒が現れたようだ。気配で感じてそちらの方を見ると、野球が得意と聞いた杉野と、それに同行してついてきた形だろう渚がいた。杉野の方が、野球のボールを投げる。

 しかし、杉野と渚の後ろに殺せんせーがいつの間にかいた。どうやら、グローブを倉庫から持ってきたようだ。何か話しているが、翔太郎とフィリップはHRの時間に間に合うように、少し早くこの場を離れた。

 

 

 

「〜〜〜〜」

 先生が授業を話している。正直、一応高卒の翔太郎はともかく、知識欲の権化とも言えるフィリップは授業はあまり聞いていない。でも一応生徒として登録してあるし、授業中の暗殺は認められていないので、至って真面目に授業を受けている。抜け出していないだけマシだと言ってほしい。

 

(今日杉野の元気ないなあ……)

 杉野は今日溜め息ばかり落としている。なんだか心ここに在らず、というような感じだ。

 翔太郎が杉野のことについて考えている最中、フィリップはいつの間にか暇すぎていつもの()()()()を取り出して机の下で読んでいた。

「おい! 授業中は読むなって言っただろ!?」

 翔太郎が他の人の邪魔にならないように小声で注意する。今度は『文法』について調べているようだ。どうやら、翔太郎とフィリップにはその白紙の本に何かが見えているようだ。

 

「いいじゃないか。別に、」

「フィリップ君、何を読んでるんですか? 没収です」

 殺せんせーが触手を伸ばして白紙の本を取り上げる。あ、とフィリップが小さく声を漏らしながら、右手を白紙の本の方に向けた。

「何読んでんだ? フィリップ。落書き帳じゃないのか?」

 前の席に座っている千葉が正論を投げる。翔太郎が、フィリップの本を取り返そうとしながらそれについて弁解をした。

 

「あー……なんて言ったらいいんだろうな。俺等のお前等と違うところのお陰でそれに映し出されている文字が読めるんだ。ちなみに変えようと思えばいつでもコロコロ変えれる。ま、これで悪用された試ししかないから詳しく話したくないがな……」

 あまり話したくないと、また二人の隠し事が増えていく。この教室に来るならあまり仕方のなかった物かも知れなかったが、生徒たちの不信感は確実に増えていく。二人ともいつかは話さないとな、と覚悟するが、今はそんな勇気などなかった。

 

「ということだ。殺せんせー、早くそれを返してくれないか?」

 フィリップは殺せんせーのそばに近寄り、本を返してもらうことを要望する。声色は怒っていることが簡単に読み取れる。しかし、触手を器用に使い、フィリップの手を払い除け続ける。フィリップは、それをナイフを使い奪い返そうとしたが、授業の妨害になると気づいたのか、ナイフをすぐにしまった。

「うっ。……あとでちゃんと話を聞きがてら暗殺しに行く。だからそれに落書きとかしないでくれ。それはぼくにとってとても大事な物だ。殺せんせーに請求することも視野に入れるだろうね?」

 クエスチョンマークがついているが、落書きしたら請求することは確実だろう。それくらいにその本は大事なものなのだろうか。

 

「じゃ、授業続けてくれ。邪魔して悪かったな。こいつには厳しく言っておく」

 とぼとぼと歩いてきたフィリップの頭のてっぺんを拳でくりぐりとしながら言う。そんな翔太郎にさらに気分を悪くしたが、翔太郎が最後にぽん、と頭を優しく叩く。フィリップは俯いていた頭をあげ、ほとんど同じ高さの目線を合わせた。

 しかし、翔太郎はその目線をすぐに逸らすと、すぐに自分の席に座った。恥ずかしいのかどうかは、少しばかり人間の心情に疎いフィリップにはあまり簡単にわかるものではなかった。

 

 

 

「今日の放課後の予定知ってる? ニューヨークまでスポーツ観戦だぜ。マッハ二十で飛んでく奴なんて殺せねッスよ」

 生徒が呟いた殺せんせーのその行動は、ある生徒の未来を育てるため。それに気づくのは、いつ?

 

 

 

「はぁ…」

「杉野。昨日は大変だったな」

 芝生の上で座り込み、今日何回したか分からない溜め息をまた落とす。そこに、いきなり気配もせずに翔太郎が話しかけてきた。

「わっ! 翔太郎か……。昨日の暗殺、見てたのか?」

 杉野が大声を上げながら振り返ると、そこには翔太郎だけでなくフィリップも翔太郎の背後に隠れて立っていた。

「ああ。俺も暗殺しかけてたがいくらかこっちに意識が向いてたから辞めてた。強行突破した方が良かったか?」

 翔太郎が杉野を慰めようとしてるのだろうか。杉野の隣にパーソナルスペースなど気にしないようにドカンと座る。フィリップも、それに続いて翔太郎の隣に音を立てずに座った。

「いや、どっちでもきっと変わらなかっただろうな……」

 杉野はそういうとすぐに溜め息を再び落とす。昨日の暗殺の失敗はかなり杉野のメンタルにきたようだ。

 

「磨いておきましたよ、杉野君」

 翔太郎が座っている方の反対から、殺せんせーの触手が伸びてくる。その触手の先には、布で触手に被害が行かないように防御されてある対先生用BB弾の埋め込まれた野球ボールがあった。

「…殺せんせー、何食ってんの?」

「昨日ハワイで買っておいたヤシの実です。食べますか?」

 バリバリと音を鳴らして食べられているヤシの実を見て、杉野が思わず突っ込む。飲むだろフツー、とぼやきながら、信じられないような目で殺せんせーを見つめる。

 

「昨日の暗殺は良い球でしたね」

「よく言うぜ。考えてみりゃ俺の球速でマッハ二十の先生の当たるはずねー」

 殺せんせーが翔太郎の逆側、杉野の左側に座る。相変わらずヤシの実をバリバリと食べているようだ。

「君は野球部に?」

「前はね」

「前は?」

 前は、という部分に引っかかった殺せんせーが質問をする。翔太郎は、あまり杉野の過去については知らないので、黙って聞いていることにした。その間、翔太郎は校舎からの渚の視線に気づき目を向けるも、すぐに目線を逸らした。



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Hへの憧れ/彼らの不思議

「部活禁止なんだ。この隔離校舎のE組じゃ」

 その声色は、いつもの彼より幾らも寂しそうで。誤魔化すように手に持った対殺せんせー用のボールを投げながら言い続けた。

(そういえば……)

 翔太郎は部活動は禁止だ、と照井に知らされた時のことを思い出す。翔太郎は部活といってもあまり熱中してやったことはなかった。だから、翔太郎にとって『やり直しの一年間』に、フィリップにとって『初めての一年間』になるこの一年に、部活がないのに落胆した覚えがある。せっかくならやってみたかったし、訳あって学校というものをあまり知らないフィリップに、部活動を楽しむ学生生活を送ってやりたかった気持ちもないわけではない。でも、これは依頼だと割り切るしかなかったのを、翔太郎は覚えている。

 

「成績悪くてE組に落ちたんだから…とにかく勉強に集中しろってさ」

「それはまたずいぶんな差別ですねぇ」

「…でも、もういいんだ。昨日見ただろ? 遅いんだよ。俺の球」

 これまでで一番高くボールを投げる。その顔は、あまりにも寂しそうで。未だに野球に未練があるのは明らかだった。

 それを見て、翔太郎とフィリップは音楽家・ジミーのことを思い出す。確か彼も夢を諦めかけていた時の顔はこんなだった。

 

「杉野くん。先生からアドバイスをあげましょう」

 少し杉野が無念が残る野球の事について話すと、先生が歯を光らせながらこう返した。

 

「うわっ! 殺せんせー!?」

「何してるんだい殺せんせー!」

 校庭で、翔太郎とフィリップの大声が響く。それに気づき英語のノートを提出しようと通りがかった渚が木の影から覗く。

「思ったよりからまれてる!!」

 どうやら、渚は何か絡まれてると思っていたらしい。しかし、杉野の体に絡みついた触手は思ったより絡まれている判定らしい。

「何してんだよ殺せんせー!! 生徒に危害加えないって契約じゃなかったの!?」

 渚が大声で静止に入る。フィリップと翔太郎も、杉野と先生が少し離れてから先生の触手が絡まったので、少し急ごうとして走って、杉野と先生のすぐそばに着く。

 

「杉野君、昨日見せたクセのある投球フォーム。メジャーに行った有田投手をマネていますね」

 杉野が口を触手で塞がれたまま驚く表情をする。その間も、翔太郎とフィリップは触手をナイフで攻撃しながら杉野を解放しようと試みる。

「でもね、触手は正直です」

 ようやく杉野を地面に優しく下ろすと、シュルシュル、と触手が杉野の体から引いていく。

「彼と比べて君は肩の筋肉の配列が悪い。マネをしても彼のような豪速球は投げれませんねぇ」

 嫌らしい笑みを浮かべながら、先生が言う。渚がなんで断言できるのか、と反抗するも、先生が衝撃の事実を話す。

「きのう本人に確かめて来ましたから」

 確かめたんならしょうがない、というように翔太郎とフィリップ、杉野や渚もまさか、というように表情を大きく変えた。ちなみに英字新聞とサイン入り色紙を持っているが、色紙を見せて泣いている。『ふざけんな触手!!! 有田』と丁寧に名前が書かれた色紙を見て、そりゃ怒るよ!とツッコミを入れるのを欠かさない。

 

「…そっか、やっぱり才能が違うんだなぁ…」

「一方で、肘や手首の柔らかさは君の方が素晴らしい。鍛えれば彼を大きく上回るでしょう」

 また自信を無くした杉野に、殺せんせーはアドバイスをする。

「才能の種類はひとつじゃない……渚君の自爆攻撃の時の肉迫なまでの体運び、翔太郎君の鍛え上げられた観察力、フィリップ君の興味を持った物事には一直線なところ。この教室では全て、暗殺につながります。君の才能に合った暗殺を探して下さい」

 

 

 

 言い終わると、先生はザッザッと音を鳴らしてこの場を去る。しかし渚だけは、先生に何か用があったのか、殺せんせー!、と声をあげて追いかけていった。渚は、まさか杉野に助言(アドバイス)をするためにニューヨークへ、と驚いた表情で駆け寄った。E組は、椚ヶ丘の生徒は当たり前、先生からも差別の目を向けられることしかない。だから、渚は純粋に先生が杉野の才能を、何の差別もなく伸ばしてくれたことに驚いた。

 

 先生がそのことについて黙っている間、フィリップが渚を追って走ってくる。翔太郎は教室からバッグを持ってきながらフィリップの後を追いかけてきたようだ。どうやらそろそろ二人は帰りたいらしい。

 

「先生。ぼくの本を返してくれないかい?」

「ああ。これですね……ところでこの本は何ですか?」

 懐からあの白紙の本を取り出し、適当なページを開く。殺せんせーや渚には、あると言っている文字は見えないがフィリップや翔太郎には見えているらしい。

「……それはかつて悪用されたことに関することなんだ。また二次被害が起きたら……ぼくはきっと罪を償いきれないと思う。だから、今は黙秘させてほしい。

 それと……早くぼくにそれを見させてくれないかい!? ぼくはうずうずして仕方がないんだ!!!」

 目をキラキラ光らせ、先生の方へ前のめりになる。それを見たのか、ゆっくりと歩いて来ていた翔太郎が、焦ったようにフィリップのように駆け寄った。

「おいフィリップ!? お前はマッドサイエンティストじゃないんだからそのような言動はやめろと言っただろ!?」

 首根っこを掴むように襟の後ろを掴み、フィリップを持ち上げる。フィリップは手足をジタバタさせたが、翔太郎の鍛え抜かれているだろう体には勝てないらしい。

「こいつ回収して帰ります……すまん……」

 しれっと触手が持っている本を取り上げ、そのまま坂を降りていく。じたばた手足を振りながら反抗しているフィリップに何か叱りながら坂を降りていった。

 

 渚はそれを見計らって、英語の問題を先生に手渡した。

「先生はね、渚君。ある人との約束を守るために君達の先生になりました。

 私は地球を滅ぼしますが、その前に君達の先生です。君達と真剣に向き合う事は…地球の終わりよりも重要なのです」

 そう言いながら、渚のノートの採点をする。何故かノートの裏に謎の触手が描かれていて渚が若干引いていたのは言うまでもないだろうか。暗殺と生徒の両立を楽しめ、と言いながら歯でペンをへし折った。

 

 

 

 

「あの、先生……翔太郎君とフィリップ君のこと。どう思ってますか?」

 さて帰ろうか、と先生が動き出したときに、最後のチャンスと言わんばかりに渚が話を振る。声に気づくと、殺せんせーが首を捻り、渚の質問に少々頭を悩ませる様子を見せた後、ゆっくりと渚に近づいた。

 

「先生は……あまりあの二人は掴めていません。成績も、苦手教科があれど優秀ですし、どこか掴み所がない生徒です。少なくとも……君達と同い年ではないと思います。同い年にしては人生を達観しすぎている、渚君もそんな違和感を感じたのでしょう?」

 はてなマークを最後につけておいて、ほとんど分かりきっていることを聞いてきた。

「うん…まあ、そんな感じかな」

 渚は先生の質問に素直に頷いた。ただ、返事がそれだけじゃないのも確かだ、ということを暗に示している。

「まあ、あの二人に関しては国から送られた暗殺者です。同学年じゃないのも無理もないでしょう。それに、きっと彼等は勝手に自分のテリトリーに入るのをなんとなく嫌っているようにも見えます。卒業までに、ゆっくりと距離を詰めていきましょう」

 

「ま…卒業までに、暗殺の方は無理だと決まっていますがねぇ」

 

 そう言って、殺せんせーはこの場を去る。改めて渚はノートの裏に書かれた謎の触手を見る。そして、目を殺る気に満ち溢れさせた。




H(he)への憧れ
……彼への憧れ。

……さて、探偵は誰が憧れ?


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Kの時間/基礎と実戦

タイトルの左半分がガッツリ暗殺教室ですが二重に意味があるので気にしないでください……。
前置きに……お気に入り登録、評価、勿論閲覧も! 作者のモチベーションになっておりますのでぜひ!
仮面ライダーという極小ジャンルに住んでいる作者にとって見てくださるだけでもめちゃくちゃ嬉しいです…!!!
では、Kの時間、お楽しみください。


 ーーある部屋の一室、スーツ姿の男女が、赤髪の椚ヶ丘の制服を着た生徒だろう者に説明をしている。

 

「ーー事情は今話した通りです。地球の危機ゆえ秘密の公害は絶対に禁止。もし漏らせば記憶消去の治療を受けて頂くことに」

 防衛省の園川雀が、前に立って説明をする。

「……怖ッえ!」

 赤髪の青年ーー精神年齢は少年と言っても差し支えないーーが、驚いたような、嬉々揚々ととしたテンションで答える。その青年は、これから暗殺任務を依頼される。

 

 手に持っている、ゴムのような対先生用ナイフをびょんびょんさせながら、本当に先生に聞くか質問をするが、すぐにその皮に効くと言われ、殺せんせーの顔が載っている暗殺手配書のような紙に裏側からナイフを刺す。

 

「…へーえ。ま、人間じゃなくても別にいーか。一回さぁ、先生って生き物殺してみたかったんだ」

 そう言って笑う一人の赤髪の青年は、好奇心にあふれ、それを暴力的な方向へと向かってしまう、危険な笑みを浮かべていることを、彼はよく理解していた。

 

 

 

 

 

 場所はE組の運動場に移る。

 いっち、にーさーんし、ごーろっくしっちはっち、と体育の掛け声が響き渡り、殺せんせーは平和だという……生徒の手に握られている武器(エモノ)を除けば。

 少し前に、新たに体育の教科担任、そして副担任(なお表では担任ということになっている)としてやってきた、あの時の烏間が先生としてやってきた。

 

 烏間が、八方向からナイフを正しく振れるように、どんな体勢でもバランスを崩さないように、と大声で体育の指揮を取っている。烏間は隣に立っている『殺先生』と書かれた体操服と赤白帽子を着た殺せんせーを砂場に追い払う。どうやら殺せんせーまで体操服を着ていることにツッコミながらのようだ。

 

 ちなみに、生徒からは殺せんせーの体育は不評なようで。人間には絶対できない技をやれと言ってもただの中学生であるE組にはできない。それを直接言われ、先生はひどく落ち込んでいるようだ。

 前原が、当の暗殺対象(ターゲット)がいる前で基礎の訓練が必要になるのか、と烏間に問う。

 

「勉強も暗殺も同じ事だ。基礎は身につけるほど役に立つ」

 渚は困惑している。しかし、烏間は前原と磯貝を指名し、ナイフを俺に当ててみろ、と挑戦状を叩き出す。

「二人がかりで? え…いいんですか?」

 磯貝は状況が理解できずにいる。がしかし、

「そのナイフは俺達人間に怪我は無い。かすりでもすれば今日の授業は終わりでいい」

 と烏間がいうものだから、磯貝から攻撃を仕掛けることにした。

 

「え…えーと…そんじゃ」

 前原が遠慮がちに突き出したナイフは、烏間が左に避け、ナイフは当たらない。磯貝が驚いた顔をするのを見て、幼少期からの仲の前原が必死の形相でナイフを振る。しかし、そのナイフは烏間が手で、前原のナイフを持った手を弾いた。

 前原や磯貝が、一緒にナイフを振るが、全部烏間に避けられたり弾かれたりしていて、一切当たっていない。

「このように多少の心得あれば、素人二人のナイフ位は俺でも捌ける」

 生徒は皆、烏間に感心しているようだ。ただ、二人は三人の戦いをじっくりと観察していた。翔太郎とフィリップである。探偵故の観察眼を生かしてじっくりと見ているが、生徒は知らないからそのような能力は飛び抜けている、としか分かっていない。

 

 くっそ、と叫びながら二人は攻撃するが、二人の腕が掴まれ、体が回る。そのまま体は地面に打ち付けられた。

「俺に当たらないようでは、マッハ二十の奴に当たる確率の低さがわかるだろう」

 見ろ、と殺せんせーの方を見せると、いつの間にか砂場で大阪城を建てて着物に着替え茶まで立てていた。生徒一同腹立っているようだ。

 

 

 

「では次は……翔太郎君、フィリップ君。ダブルドライバー無しで俺にナイフを当ててみろ。実戦経験もあり、互いの信頼関係もこのクラスの中ではダントツに高い……できるだろう? これは授業を終わりにはしないがな」

 端の方で三人の戦闘を観察していた翔太郎は、自分の名前を呼ばれたことに気づき、考え事に耽っていた思考を呼び覚ます。一方のフィリップは未だ考え事をしていて気づいていないようだ。

「ああ、できると思う。……フィリップ、できるか?」

 翔太郎に声をかけられてようやく気づいたのか、フィリップが頭を上げる。ああ、できるさ、と答えると、横腹ににくくりつけてあったナイフケースからナイフを取る。どうやら翔太郎も同じく横腹にくくりつけていたナイフケースからナイフを取り出し、一足先に準備運動をしていた。

 

「じゃ、行くぜ……」

「ああ。お好きな時に」

 翔太郎が声を掛けると、烏間が一見楽に避けるというような調子で答える。が、国から聞かされた事を思い出すとあまり虚勢を張れそうにもない。全力を出すしかなさそうだ、と思いふっと笑みを零した。

「ぼくも準備ができたよ。さて、ぼくらの戦い方を見せてあげようではないか」

 そう言ってナイフを持って妖美に笑うフィリップ。翔太郎で目線で会話ーーアイコンタクトをすると、二人は息を合わせたように動き始めた。

 

 まずは翔太郎が正面からの戦闘に入った。烏間は余裕そうにかわすも、翔太郎はそれも計算内というように新たな一撃を繰り出す。その間に、背後に回っていたフィリップが、後ろから奇襲する。しかし、気配で気づいたのか烏間がそれを手で弾いた、がフィリップが正面戦闘に移る。

 烏間が言っていてように、四月の初めの方に戦っていたのを生徒一同は見ており、実戦経験があるのは知っている。それも、今戦っている様子も、何回も、何十回も戦っていて、戦い慣れているような感じがした。

 

 何十回も戦っている二人を同時に捌くのは、流石に精鋭部隊として戦っていた烏間でも難しい。しかも、並の信頼度ではなく、互いのことをよく知り、理解している。お互いの思考を理解するのも、簡単なことなのだろう。だからか、何も言葉を交わしていないのに息ぴったりに攻撃を仕掛けてくる。

(これは……こちらも全力を出すしかないな)

 途端に烏間の纏う雰囲気が変わる。翔太郎とフィリップは、その雰囲気を感じ取ると警戒度を強めた。強者と戦い、強者との戦い方も熟知しているようだ。

 

「フィリップ!」

 翔太郎が、フィリップにナイフを投げ渡す。ナイフは烏間の手の届かないところで飛び、烏間は妨害することが出来なかった。フィリップが烏間の後ろで左手でナイフを取ると、二刀流になる。しかし、そのせいで翔太郎は武器を持っていない。

「いいのか? 翔太郎君。君は俺にこの戦いで勝てないが?」

「ああ。それは承知だ。だけどなーー」

 ーー俺は素手で勝負してきたからな!

 翔太郎の動きは、むしろナイフを使わない方が素早かった。格闘技のように、烏間に思い一撃を食らわせ続ける。烏間も唯一ナイフを持っている、両手に逆手でナイフを持ったフィリップに意識を集中させていて、翔太郎の攻撃は問題がないレベルで受け止め続けている。

 ーーそれが、仇となってしまったのだろう。翔太郎はいつの間にか戦いで烏間の体の向きを半回転させ、フィリップを目の前にさせる。その間に、翔太郎は烏間の後ろに回り、羽交い締めする。

 

「しまっー」

 烏間が声を上げると同時に、目の前にいたフィリップが烏間にナイフを当てる。

「すまないね。格闘技は翔太郎の得意分野なんだ」

 にこ、とフィリップが笑いながらナイフを押し当てる。

「フィリップ。そこまでにしてやれ」

 翔太郎が言うと、フィリップはナイフを烏間の体から離し、翔太郎も羽交い締めにしていた手を離す。烏間はいきなり離されよろけたが、フィリップが手を差し出す。烏間は素直に手を借りて立ち上がり、翔太郎とフィリップに感想を述べた。



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Kの時間/騙し討ち

「君達は強いな。俺も久しぶりに本気を出したが……二人だとはいえ俺を圧倒させた。これからの成長も楽しみだ」

 と、烏間が二人の戦い方について生徒に解説するとともに二人に戦いの感想を素直に述べた。とはいえ、翔太郎もフィリップも謙遜していた。曰く、これくらいできないと『俺/ぼくたちの街は守れないから』、と。

 

「クラス全員が、翔太郎君とフィリップ君のようにとまではいかなくても、俺に当てられる位になれば、少なくとも暗殺の成功率は格段に上がる。

 ナイフや狙撃、暗殺に必要な基礎の数々、体育の時間で俺から教えさせてもらう!」

 

 烏間がそう言い終わると同時に、チャイムがなる。五時間目終了の合図だ。それを聞くと、生徒は校舎に向かって散り散りに帰っていった。どうやら烏間と殺せんせーは何か話しているようだが、生徒の耳には一切聞こえていない。

「六時間目小テストかー」

「体育で終わってほしかったよね」

 杉野が小テストに対して愚痴をこぼす。渚はそれに返しながらも、あの赤髪の青年を見つけた。どうやらいちご煮オレが好きらしく、わざわざここに来るときに買ってきたようだ。

 

「カルマ君…帰って来たんだ」

「よー、渚君。久しぶり。わ、あれが例の殺せんせー? すっげ本トにタコみたいだ」

 カルマがケラケラと笑いながら殺せんせーに近づく。殺せんせーもカルマに気づいたようだ。

 

「赤羽(カルマ)君…ですね。今日が停学明けと聞いてました。初日から遅刻はいけませんねぇ」

 殺せんせーが顔の色を青地に紫色のばつ印をにする。カルマは生活リズムが戻らない、と言って笑う。

「下の名前で気安く呼んでよ。とりあえずよろしく先生!」

「こちらこそ。楽しい一年にして行きましょう」

 カルマの右手と先生の触手が握手をする。と、カルマの手のあたりの触手が溶けた。そしてカルマが左手のいちご煮オレのパックを離し、袖から、対先生用ナイフが飛び出したのを先生が驚きながら見ると、音速で数メートル離れた。

 

 シュウ、と音を立てながら触手が溶けていく。

「…へー、本トに速いし、本トに効くんだ対先生(この)ナイフ。細かく切って貼っつけてみたんだけど。……けどさぁ先生。こんな単純な『手』に引っかかるとか…しかもそんなとこまで飛び退くなんてビビリ過ぎじゃね?」

 カルマが殺せんせーの方に歩みを進める。その間に、殺せんせーが触手を再生する。

 

 …初めてだ…殺せんせーにダメージを与えた生徒(ヒト)は!!

 生徒一同がそう思ったであろう。これまで手も足も出なかったダメージを与えることも、退学明けのカルマがひっそりとやってのけたのだ。

 

「殺せないから『殺せんせー』って聞いてたけど…あッれェ、せんせーちょっとしてチョロイひと?」

 先生がイライラしているようで、ピクピクと血管が浮き出ている。

 

「渚、E組来てから日が経ってないから知らないんだけど、アイツどんな人なんだ?」

「翔太郎、ぼくに聞けばいいのに……」

 翔太郎が渚に質問をする。フィリップもここにきて日が浅いのに、ぼくに聞けという。

「お前に聞いたら『検索』のこと知られるだろ!?」

 翔太郎が小声でフィリップに注意するが、近くにいた渚やカエデには聞こえていた。が、なんのことか分からない。でも、渚は今年から入った茅野にも説明するように口を開いた。

「…うん。一年二年が同じクラスだったんだけど、二年の時続けさまに暴力沙汰で停学食らって。このE組にはそういう生徒も落とされるんだ。

 でも…()()()()じゃ優等生かもしれない」

「…? どういう事だい? 潮田渚」

 フィリップが質問をする。渚はフルネームで呼ばれた事に少しだけ顔を顰め、訂正を含め先程の答えを口にした。

「フィリップ君、僕のことは下の名前で呼んでくれないかな? ちょっと事情があって……それで、カルマ君がこのクラスでは優等生かもしれないってことは……凶器とか騙し討ちの基礎なら…多分カルマ君が群を抜いてる」

「ああ、すまないね。ぼくは過去のこともあって人をフルネームで呼ぶことの方が多いんだ」

 フィリップが素直に謝る。よろしくね、渚。とフィリップが言うと、こちらこそ、と渚が答える。そして、渚が言葉を続けた。

「翔太郎君とフィリップ君が正面戦闘や銃の扱い方が上手いことで殺すことができる兵士(ソルジャー)だとしたら、カルマくんは騙したり、詐欺みたいなことをしたりして正面戦闘に移る遊撃部隊(オールマイティ)みたいな感じだよ。でも…きっと彼は暗殺者(アサシン)の方が向いてそうだけどね」

 そう言ってへら、と笑う彼は、自分は絶対にあの人には勝てない、と思っている人の笑顔だった。

 

 

 

「カルマってそういうやつなんだな……。ありがとな、渚」

「感謝する」

 一通り聞き終わると、二人一緒に駆け足で渚と茅野の元を去って行く。少し走った先で、何やら小さく言い合いをしている。

 

「ねえ茅野。あの二人、ちょっと不思議だと思わない?」

「…うん。否定はできないね」

 茅野が渚の方を向いてにこ、と笑う。そして、渚はポケットから、メモ帳とペンを取り出す。メモ帳は殺せんせーの弱点を書いているものと同じものだったが、表紙には対殺せんせー用、とは書かれていない。そして、そのメモ帳を顔の前で少しだけ振ると、ようやく取り出した意味を教えた。

「翔太郎君とフィリップ君の気になったところを……書き留めておきたいなって思って」

 渚はメモ帳にペンを走らせる。

 

気になること1

・翔太郎君の言っていた「検索」ってなに?

 

「確かに……検索って、某先生とか考えるけれど、カルマ君は暴力沙汰起こしてるからといってそんな載ってるはずないもんね……」

 本とになんでだろうね、と茅野が呟く。渚は、これまでに出てきた気になることを、書き留めようと心に決めた。

 

 

 

 

 

気になること2

・何故二人は烏間先生を圧倒させる程に強いのか。

→実戦経験があると言っていたが、Wになれること関係がある?

 

気になること3

・なぜ仮面ライダーWに変身できるのか。そして何故フィリップ君の体が倒れWから声が聞こえるのか。

 

気になること4

・表向きのE組行きの理由が分からない。

 

気になること5

・なぜ二人は一緒にいた方がいいのか。

→Wになる時に何か都合がいい?

 

気になること6

・フィリップ君が面倒だから、と偽名なこと。

 

気になること7

・烏間先生と翔太郎君、フィリップ君、保護者名義という照井竜さんの関係。

 

気になること8

・ガイアメモリの件、既にベルトがつけられていた事。いくらなんでもガイアメモリを持っていたことに僕達普通の中学生なら気づかない。

 

気になること9

・ガイアメモリの専門家、とはどういうことなのか。

 

気になること10

・一体年齢は幾つなのか。

→少なくともバイクに乗れる年齢である。

 

 

 

 渚は一足先に着替え終わりメモ帳に気になったことをメモしていく。現状の殺せんせーの弱点メモより多い。

 翔太郎とフィリップに悟られぬ様、厳重に隠して、水曜日の六時間目、小テストの時間のチャイムが鳴り響いた。




やってみたかった殺せんせー弱点メモならぬ翔太郎&フィリップの気になることメモ。
伏線かもしれないし伏線じゃないかもしれない部分は結構作ってます。先は未定。


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Kの時間/さあ、テストを始めようか

ビルドパロディなタイトル。意味はないけどやってみたかっただけです。


 ブニョン、ブニョン、と触手を壁に叩く音が聞こえる。いわゆる壁パン、というやつだろう。今は小テスト中なのでかなりうるさい。ちなみに触手が柔らかいからか、壁にダメージはないようだ。

 

「ブニョンブニョンうるさいよ殺せんせー!! 小テスト中なんだから!!」

「こ、これは失礼!!」

 岡野ひなたが目尻を釣り上げて殺せんせーに向かって怒鳴る。下手すれば岡野の方がうるさいかもしれない。

 

「よォカルマァ。あのバケモン怒らせてどーなっても知らねーぞー」

 男子の人数が多いので、狭間の後ろ、寺坂の隣にカルマが座っている。そして、村松、吉田の二人も煽った。

「まだおうちにこもってた方が良いんじゃなーい」

「…」

 カルマが黙ったまま煽りを聞いている。しかし、ふっと口を開いた。

「殺されかけたら怒るのは当り前じゃん。寺坂、村松、吉田。しくじっちゃって倒されちゃった誰かの時と違ってさ」

「な、しくじってねーよ!! テメケンカ売ってんのか!!」

「こらそこ!! テスト中に大きな音立てない!!」

 寺坂が逆ギレをして、席を立って隣のカルマに怒鳴りつける。それを注意した、血管が浮き出て怒った顔をしている殺せんせーが注意した。なお、注意した本人も触手がうるさいので、生徒一同からは自分の触手に行ってくれ、とツッコんだが。

 

「ごめんごめん殺せんせー。俺もう終わったからさ、ジェラート食って静かにしてるわ」

 素直に謝ると、手に持っているジェラートに指を指す。

「ダメですよ授業中にそんなもの。まったくどこで買って来て…!!

 そっそれは先生がイタリア行って買ったやつ!!」

 殺せんせーがジェラートに気づくと、大声をあげて喚く。おまえのかよ!!と生徒は思うが、テストに集中することにする。しかし、こちらももう終わっている翔太郎とフィリップは事の結末を見守ることにした。

 

「あーごめん、教員室で冷やしてあったからさ」

「ごめんじゃ済みません!! 解けないように苦労して寒い成層圏を飛んで来たのに!!」

 先生が苦労を伝えて食べるな、と威嚇しているようだ。

「で、どーすんの? 殴る?」

「殴りません!! 残りを先生が舐めるだけです!!」

 怒った様子でズンズン、と歩みを進める。生徒は軽く引いている。翔太郎は、カルマの言動に荒んだ様子が見られているのを()()()()()()()()()に重ね合わせていた。

 カルマは喧嘩を起こして停学になったと聞いている。きっとカルマは、喧嘩をしているのが常で、それが荒んだ性格の元になっているのだろう。頬杖をつけて隣の光景を眺めている翔太郎は、とても落ち着いている。どうやら、罠に気づいているようだ。

 

 先生が歩みを進めた先には、対先生BB弾が床に撒き散らかされていた。ドロォ、と足の触手が溶けていく。先生は驚きつつ、カルマがまた引っかかった、と煽りながら発した弾丸を避ける。翔太郎も暇だったのでカルマを援護する目的も一割ながら含めて銃を撃った。フィリップも怒られるよ、と言いたげな顔で銃を撃つ。どうやら全部当たらなかったようだ。

 

「何度でもこういう手使うよ。授業の邪魔とか関係ないし。それが嫌なら…俺でも俺の親でも殺せばいい」

「……」

 教え子の迷惑な、周りを害する暗殺に何を思っているのか。先生はずっと黙りこくっている。

「でもその瞬間から、もう誰もあんたを先生とは見てくれない。ただの人殺しのモンスターさ。あんたという『先生』は…俺に殺された事になる」

 ジェラートを先生の服に押し付けて言う。べちゃ、という音が聞こえてくる。そして、自分のテストを殺せんせーに器用に投げ渡した。

「はいテスト。多分全問正解」

 先生がいきなり投げ渡されたテストを驚きながら掴み取る。

「じゃね『先生』〜。明日も遊ぼうね!」

 そう言いながらガラ、と教室のドアを開けて教室を去っていく。どうやら少なくとも今日はもう教室に帰る気はないらしく、カバンも持ち去っていった。

 

 

 

 

 

 カルマが出て行き、布で服についたジェラートの跡を拭き取る。布を口元にやると、殺せんせーはしばらくずっと黙っていた。

「……ところで、翔太郎君フィリップ君。君達は先生が特にマークしている人だからといって授業中の人の暗殺に勝手に乗るのは辞めてくださいね」

「はーい」

「分かっているさ。……全く、ぼくが思った通りじゃないか。だから辞めておけ、と言ったのに……」

 フィリップがやれやれ、というように翔太郎を見る。そんなんだから()()()()()()()なんだよ、とフィリップが若干微笑しながら言う。どうやら翔太郎が諦めたように否定している様子を見ている限り、いつもの掛け合いらしい。

 

 いつも、二人……特にフィリップ君の表情を崩せる人間は、翔太郎君ぐらいだ。渚はそう評価している。

 翔太郎は人間付き合い、というものをフィリップと比べて分かっているのか、人と話す時は意識的に笑顔にする時が多い。なお、照井と話している時はそうとは言えなかったが。どうやら、中三であるE組の皆に配慮はしているらしい。

 だが、フィリップは休み時間は常にあの白紙の本から顔を上げない。なんなら、つまらない授業の時は常に本を読んでいるようだ。だからか、表情は見えにくいし、声色に楽しさなど微塵も感じさせない。しかも、言動から早く用事を済ませてくれないか、という気分が溢れ出ている。しかし、翔太郎と話す時は本から顔を上げているし、言動も声色もクラスメイトと話す時よりすこぶる調子がいい。だから、表情も翔太郎と話す時は砕けている。

 

 

 

 閑話休題。

 フィリップは、先程までのカルマの行動を見て、冷静に分析していた。珍しく本を持って閉じている姿に、クラスメイトは普段見ないので物珍しげにそれを一瞬見やり、自分のテストに戻った。

 

 赤羽(カルマ)は、本質を見通す頭の良さ……翔太郎の良さ。計画を立てて敵を誘導する頭の良さ……ぼくの良さ。ぼくと翔太郎の一部の良さを持ち合わせている人だ。

 ……でも、その力を人を守るためじゃなく、人とぶつかるために使ってしまう。そんな人だ。殺せんせーにギリギリの駆け引きを仕掛けているのも、そのような荒んだような、荒れている性格からきたものなのだろうか。

 頭の良い、手強い生徒。とても本当に中三とは思えないような頭の回転の良さ。そして、殺せんせーが教師を続けるためには、生徒を殺すことや傷付ける事は雇用契約書によって許されない事になっている。

 ……さて、あの殺せんせー(ターゲット)はどう動いてくれるかな?

 

 ここまで考えたところで、フィリップは微笑する。それは今後の展開を楽しみにしていくようで、知的さを感じられる笑みだった。

 一番後ろの席なので、周りは誰にも見えていないが、隣で何かその笑みで雰囲気を感じたのか、翔太郎が振り返ると、なんとなくこれまでの付き合いで感じてきた危ないセンサー、なる物に引っかかったらしく、翔太郎が変な事やらかすなよ、という意味を込めてフィリップに向けてぎこちない笑みを、笑いかけられてはいないが返した。

 

 

 

 

 

「じゃーな渚!」

「うん、また明日〜」

 杉野達と、ここからは一人だから椚ヶ丘駅の北口で渚は別れる。そのまま駅のホームへと向かって歩いていくと、同じ椚ヶ丘中学校の制服を着た二人組が何かを話していた。

 

「なんかすっかりE組に馴染んでんだけど」

「だっせぇ。ありゃもぉ俺等のクラスに戻って来ねーな」

 二人で何か話している。田中信太と高田長助……渚はあまり関わりがないというか、いわゆる近所付き合いのような感覚で関係を持っていたくらいだ。とても仲の良い人からの言葉よりそのナイフはあまり鋭さを持たなかったが、それはナイフであることは変わりなかった。

 

「しかもよ、停学明けの赤羽までE組復帰らしいぞ」

「うっわ最悪。マジ死んでもE組(あそこ)落ちたくねーわ」

 元、と言っても差し支えないだろう同級生が、落ちこぼれをいいことに確かに渚の心にナイフを突き刺していく。殺せんせーを殺すより軽々と、容易く。でも。自分もあの立場(E組じゃない)なら、どうしていただろうか。どこか心の中ちょっとした不安の塊を抱えて、気まずい顔をして二人の隣を通り過ぎる。

 

「えー、死んでも嫌なんだ。じゃ、今死ぬ?」

 カルマが、元は何か飲料を入れていただろうガラス瓶を柱に叩きつけ、持っていた部分だけを残してガラスの破片になる。持っている部分の先端は、ガラスが割れたからかとても鋭くなっていて、もはや凶器になっている。

 

「あっ、赤羽!!」

「うわぁっ!!」

 田中と高田が駆けて逃げて行く。田中の方は、ガラス瓶に入っていたものが飛び散り、顔が濡れている。恥ずかしくないのだろうか。カルマは持っていたガラス瓶を何処かへやると、渚に話しかけた。

「あはは。殺るわけないじゃん」

「…カルマ君」

「ずっといい玩具(おもちゃ)があるのに、また停学とかなるヒマ無いし」

 カルマがそう呟くときの目は、渚が遠目に見ても、殺意に満ち溢れているように見えた。ーーまたは、好奇心に満ち溢れた、純粋な少年の目、とも言えるのか。

 

「でさぁ渚君。聞きたい事あるんだけど。殺せんせーのことちょっと詳しいって?」

 二人、定期をかざしながらホームに入っていく。まあ、ちょっとは詳しいよ、と渚が返しながら、進んでいく。例えば殺せんせーは自分のトレードマークがタコとなっているところとか。

 それをしっかり聞き終わると、カルマが悪戯好きな、悪魔のような少年の顔をする。くだらねー事、を考えたらしい。

 

 

 

「…俺さぁ、嬉しいんだ」

 カルマが、線路を背中にして渚に話し始める。

「ただのモンスターならどうしようと思ってたけど、案外ちゃんとした先生で。ちゃんとした先生を殺せるなんてさ、前の先生は自分で勝手に死んじゃったから」

 それを話すときの顔は、どこか、強い狂気を孕ませている顔で。見る人によっては、逃げ出していたかもしれない。でも、渚はそれに怖じけず、どちらかといえばカルマが話した内容がよく分からず、はてなマークを浮かばせていた。

 

 

 

 渚は帰りの電車に座ると、ポケットに突っ込んでいた翔太郎とフィリップの気になるところを書き留めておくメモーー彼らが言っていたWを借りて、生徒Wメモ、とでも命名しようかーーを開き、授業中に思ったことをスラスラと書いた。

 

気になること11

・ハーフボイルドって何? ハードボイルドはよく翔太郎君が小説を呼んでいるからなんとなく知っているが、それの類義語のようなものなのだろうか?

 

 それを書き終えると、誰にも見られたくないものなので急いでポケットに突っ込む。そして、帰った後の計画を、できるだけ()()()()()()()()()()()()できるよう、頭の中で考える。

 しかし、その当時は思ってもいなかったことが起きることは、誰にも分からなかった。



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Kの時間/暗殺者磨き

「…………計算外です」

 そう呟きながら、校舎の廊下をとぼとぼと歩く。どうやら財布を開いてブツブツ言っているが、財布の中身が小銭しかないので、金欠らしい。自炊するしかない、と言いながら教室に入ってきた。

 

「おはようございます」

 しかし、教室の空気はかなり険悪だった。険悪というより、気まずいというのだろうか。なお、本に夢中なフィリップは無視しているようだが。なんならもしかしたら一回も視界に入れてないのかも知れない。実際、今日は翔太郎が引っ張って校舎まで来たようだ。

 先生は険悪な空気を察し、自ら口を開いた。

「…ん? どうしましたか皆さん?」

 

 教卓の上には、赤くて、鮮度の高そうなタコが、人間用のナイフに貫かれて置かれていた。そして、カルマが舌を出し、タコを指差しながらそれの言い訳をした。

「あ、ごっめーん! 殺せんせーと間違って殺しちゃったぁ。捨てとくから持ってきてよ」

 

 殺せんせーはタコを長らく見ると、分かりました、と返事をして触手で拾う。すると、持っていない触手をドリルにして、回転させた。ギュルルルル、と大きな音が立つ。その音に、フィリップは驚いて本から顔を上げると、状況に戸惑い、近くにいた翔太郎に状況説明を求めた。

 

 しかし、殺せんせーはミサイルと紙袋を持って、教室から校庭に移動した。

「見せてあげましょうカルマ君。このドリル触手の威力と、自衛隊から奪っておいたミサイルの火力を」

 殺せんせーの手元に炎を立てて飛び立とうとしているミサイルがあった。流石にこの光景に驚きが隠せないのか、カルマが呆然と先生を見ている。

 そして、ミサイルの炎を上にして、殺せんせーがドリルをマッハで動かし、何かを作っている。

 

「先生は、暗殺者を決して無事では帰さない」

 目を光らせ、口を開けて、まがまがしい表情をする先生。しかし、その次にはカルマの口に焼き立てホヤホヤのたこ焼きが挟まっていた。出来立てだからか熱く、あっつ!!、と叫びながらカルマは吹き出してしまったが。

「その顔色では朝食を食べていないでしょう。マッハでタコヤキを作りました。これを食べれば健康優良児に近付けますね」

 カルマが口を押さえながら、黙ったまま殺せんせーに向かって強い殺気を含んだ視線を投げつける。

「先生はね、カルマ君。手入れをするのです。錆びて鈍った暗殺者の刃を」

 空気が少し重苦しいような気がする。先生がたこ焼きを口の中に入れ、鋭利に尖ったとは言えないが中々恐怖を生み出す歯で噛み潰す。

「今日一日、本気で殺しに来るがいい。その度に先生は君を手入れする。

 放課後までに、君の心と身体をピカピカに磨いてあげよう」

 カルマと殺せんせー、両者の視線に強い意志が見える。殺せんせーは、生徒をピカピカにさせる、つまりは殺させないという意思を込めた、カルマは、プライドが潰されたような気持ちを含めた表情で、絶対に先生を殺す、という意思を視線に込めた。

 

 翔太郎は、その視線ーーその視線を向ける人によりけりだが両方ーーに慣れを感じつつ、その光景を眺めていた。フィリップも一緒である。

 今日の授業は大変だな、とクラスメイトを心配しつつ、翔太郎はその光景から目を逸らした。特に意味はないが……強いて言えば、誰とは言わないが言い争いをしている二人の姿が重なり、居た堪れなくなったからだろう。そのまま、その視線はハードボイルド小説に向かい、現実を見ようとはしなかった。

 

 

 

 

 

ー一時間目・数学ー

 カルマは銃を取り出し撃とうとすると、先生の触手がそれを強い力で抑える。ググググ、と両者の力は互角だが、殺せんせーの方がカルマの力に合わせているような気がした。しかし、翔太郎とフィリップの位置から黒板を見るのに触手が微妙に邪魔だ。翔太郎が邪魔、と意思を込めて放った弾丸の意思が伝わったのか、触手が退いた。

 そして暇だからとネイルアートされるカルマの爪。カルマは若干不服そうだ。男子中学生がキラキラのネイルなどしたくないだろう。

 

ー四時間目・技術家庭科ー

 スープがトゲトゲしている、という不破優月に作り直したら、と鍋を対先生ナイフを持った手で思いっきり中身を地面にぶち撒け……ようとした。そのまま先生を刺そうとしたカルマは、フリフリのエプロンと可愛らしい絵柄の三角巾をつけていた。ちなみに鍋の中身は先生がマッハでスポイトで吸い取ったので無事だ。ついでに砂糖も加えて味をマイルドにさせて。

 ちなみにその後翔太郎とフィリップ達の班に呼ばれ、殺せんせーがすぐにいなくなったため、あまりカルマは愚痴を言えなかった。

 カルマは恥ずかしさが故に、三角巾を乱暴に取る。本人的にも少し恥ずかしかったらしい。……渚君に着せた方が可愛いかも、と思い立ちフリルのエプロンをーー後に分かると思うがーーコスプレセットに入れたのはまた後の話だ。

 

ー五時間目・国語ー

 先生が赤蛙を音読しながらカルマのすぐそばによる。カルマは腕を振りかざして、袖の中に仕込んでいおいたナイフを使おうとしたが、額を触手で押さえつけられたことで動けなくなった。ーー原理はよく分からないが、重心が関係することだろう。それにより無防備になったカルマは、殺せんせーの触手により髪が整えられていく。カルマは目を見開き驚きながらその光景を呆然と見ているしかなかった。翔太郎の隣の席なため、それを翔太郎が見ていた。が、到底あの髪の整え方は人間ができることじゃないよな、と自己完結して見るのをやめた。

 

 

 

 

 

 校庭の崖に面した一角。崖の先には倒れた木があり、カルマはその木の中腹あたりに爪をかみながら跨いで座っていた。どうやら今日はだいぶ精神にきたらしい。

「…カルマ君。焦らないで皆と一緒に殺っていこうよ」

 そんなカルマの様子を見て、渚が口を挟む。

 

「そうだ。殺せんせーに個人マークされたら…どんな手を使っても一人じゃ殺せない。普通の先生とは違うんだ」

 そこに、音も気配もなくフィリップが口を出す。どうやら翔太郎を置いてけぼりにしてやってきたらしいーーフィリップは放課後だが荷物を持っていないのでそのうち翔太郎が持ってきてくれるだろうーー。カルマは振り返らず、黙ったまま目つきを鋭くさせた。

「……やだね。俺が殺りたいんだ。変なトコで死なれんのが一番ムカつく」

「「……」」

 フィリップも渚も、その気迫に黙りこくる。何かを言っては、すぐにカルマに殺られそうだ。

「さてカルマ君。今日はたくさん先生に手入れをさせましたね。まだまだ殺しに来てもいいですよ? もっとピカピカに磨いてあげます」

 先生が舐めた時の縞々模様の顔になる。それを見ると、カルマはーーフィリップと渚を怯ませたーー殺気をより一段と濃くする。

 

「確認したいんだけど、殺せんせーって先生だよね?」

「? はい」

 カルマの質問の意味がわからず、殺せんせーは一度迷ったそぶりを見せてから返す。

「先生ってさ、命をかけて生徒を守ってくれるひと?」

「もちろん、先生ですから」

「そっか良かった。なら殺せるよーー確実に」

 銃口を上にし、木を蹴って背から崖へ落ちていく。渚やフィリップはもちろん、遠目からフィリップの鞄を回収してやってきた翔太郎も驚いていた。

 確実に殺せると思っているからか、カルマの顔が狂ったような、殺気に満ちた顔になる。

 

 

 

 しかし、先生がマッハでカルマの下に行き、何か蜘蛛の巣のような物を作り出す。カルマはそれに気づくと、え、と驚いた顔になった。そのまま、蜘蛛の巣のようなネットにカルマの体は柔らかくキャッチされた。

「カルマ君。自らを使った計算ずくの暗殺、お見事です。音速で助ければ君の肉体は耐えられない。かといってゆっくり助ければその間に撃たれる。

 ーーそこで先生ちょっとネバネバしてみました」

 上から覗き込んでいる三人にもわかるように、本当にネバネバしているようだ。まるで本物の蜘蛛の巣か。

 

「これでは撃てませんねぇヌルフフフフフフ…ああちなみに。見捨てるという選択肢は先生には無い。いつでも信じて飛び降りて下さい」

 

 カルマが、諦めたように鼻で笑う。そして、それを合図とするようにカルマと殺せんせーは崖の上に戻ってきた。翔太郎はカルマが勝手に落ちていってまた戻ってきたことにとても安堵しているようだ。

 渚が無茶をしたね、というと、大人しく計画の練り直しかな、とカルマがつまらなそうに言う。ネタ切れですか、と言った殺せんせーは手入れ道具を大量に持って「チョロい」と煽る。

 

「殺すよ、明日にでも」

 イライラしたカルマが、首を親指で切る動作をしてそう告げる。健康的で、爽やかな殺意のようだ。殺せんせーが何かでいいことがあったのか顔の色を赤い丸にしてニコ、と笑った。そして、先生が去っていく。何か満足したようで、顔はホクホクした顔だった。

 

 

 

「ところでカルマ。お前はなんで落ちてまで暗殺しようと思ったんだ?」

 翔太郎がカルマの近くに来て、問いかける。それにカルマは少し唸ると……まるで安心できる大人に話すように、過去を語り始めた。

「うーん……去年、俺に期待してるって言ってた先生が勝手に失望して、俺の中で先生が死んだ。絶望したら俺にとってのそいつは死んだも当然なんだって初めて気づいた。……だから、今度は先生としての殺せんせーか、普通に超生物の殺せんせーを殺そうと思っただけ、かな」

 話し終わった後に、なんでここまで話してしまったのだろう、とふと我に帰ったようだ。まあ話してしまったものはしょうがないと、割り切ったようだが。

「そうか……ま、否定できなくはないな……」

 翔太郎が過去の自分を思い出したように、物思いに耽る。カルマと似たような経験があったのだろうか。

 

「あ! そうだ。翔太郎君、フィリップ君、俺がこのこと喋った代わりに、渚君と一緒に君たちの家行かせてよ!」

 カルマが思いついたように悪びれもせず家に入れてくれ、と頼む。翔太郎とフィリップは少しだけ顔を見合わせる。

「ああ、構わない。だがうちには誰も来たことはないし、少々散らばってるかもしれないが、それでもいいのなら」

 フィリップが了承の意を示すと、カルマは校舎の方に去っていく。どうやら鞄を取りに行くらしい。渚もカルマの言動にしょうがないな、と言いつつ本人は乗り気だ。

「お、磯貝に前原、杉野に…茅野。どうしたんだ?」

 この位置からは草木に隠れて見えにくい場所に、四人が隠れていたのを翔太郎が見つける。

「いや……カルマが暗殺してるの覗き見してただけだから……」

 茅野が申し訳なさそうに胸の前で手を小さく振る。磯貝も前原もちょっと申し訳なさそうだ。杉野は申し訳なさか草木の間に隠れた。

 

「じゃ、磯貝、前原、杉野、茅野ちゃん。申し訳ないと思ってるなら、翔太郎君とフィリップ君の家に一緒に遊びに行こうよ」

 後ろから来たカルマが、突然爆弾発言を落とした。




特に意味はない翔太郎の居た堪れなくなった理由。もしかしたら伏線になるかもしれないが伏線にならないかもしれない。

次回からの1エピソードはオリジナルエピソードとなる予定です。
どうでもいいですが原作作中で触れられていた三者面談は学期終わりに実施している、と解釈していますがもし公式で言われていれば教えてください。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=285045&uid=397986
↑活動報告になります。是非ご一読下さい。リクエストを考えている人はこちらにて承っております。
 更新が滞り、申し訳ありません。新作投稿も考えておりますが、詳しくはリンク先に書かれております。
 いつも応援してくださっている皆様、本当にありがとうございます。


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