スライムになった私が女の子の体を使ってどうにかなった話 (あやちん)
しおりを挟む

出会い
え、人じゃないんだ……


久しぶりに書いてみた。
リハビリ投稿


 唐突で申し訳ないのですが、私は日本のごくごく普通、どこのご家庭にでもある、ありきたりな電化製品を作ってる会社で設計に携わる仕事をしていた中年サラリーマンでした。

 

 ちょっとくどかったですかね。

 

 で、何を自分語りなんかしてるかというとですね。

 

 そのですね。

 

 どうやら私。

 人間やめちゃってるみたいなんです――。

 

 

 深夜近くに会社から帰ってきて、コンビニで買った弁当食って、シャワーをさっと浴び、日課のスマホゲーのデイリーなんかをこなしつつ、いつも見てる動画サイトを流し見て、いつものように気を失うように眠ったまでは記憶にあるのですが……。

 

 ふと気が付いたらこうなってました。

 

 なんか、びろろ~~んとどこまでも広がってけるような、いやあまり広がったらそのうち薄まって消えて無くなるんじゃないの? ってくらいまで。

 

 どこまでも拡大できてしまうような、ある意味すごい感覚を得ることもできる。

 でもたかがドロぷにねば~とした、そんなもの。

 

 居るのはどうやらすごく冷たそうな湖のようなんですが。

 

 いやね、冷たいというのはそう感じてるのではなくあくまで状況判断なわけなんですが。

 具体的には雪で真っ白だとか、氷がはってるとかそういうね。

 

 あんまり温度とか環境とか気にならないんですよね、はい。

 

 おい、結局どんなものなんだよって話なんですが。

 ありていに、わかりやすく言えば。

 

 アメーバ? 粘菌? いや、もっとわかりやすくぶっちゃければ『スライム』っぽいものになってるみたいなんです。

 

 どこに頭があるの? とか、手とか胴とか足はどこ? なんて、そういうのはもう考えるだけ無意味なほどにドロドロぷにぷに、ねば~っとしたような、あんなやつです。

 

 そんなやつにいつの間にかなってました。

 私はいつの間に死んでしまったのでしょうか?

 

 こんなことをつらつらとスライムっぽい体のどこで考えてるのかなんて、ごくごく普通でぼっちコミュ症ぎみの私には究明のしようもないのですが。

 

 ほんとこの体、な~んにも変化というか、特徴というか、そういうものが何もないんですよねぇ。

 

 何にもないのになんでわかるのか?

 

 って言われそうですが、わかるんだから仕方ない。

 ま、自分なんですしね、そういうものです、はい。

 

 ゲームとか小説とかだとスライムといえば核があってそこをつぶせばすぐやっつけられるとかあるじゃないですか?

 

 なにそんな弱点堂々とさらしてんの! って突っ込みたくなったものですが、いやぁ、私の体にはそんなものすら無いようで……。

 

 いやぁ安心しました。

 

 もちろん目も口も当然ありません。どうやって今のこの感覚得てるんでしょうね?

 ほんとにほんと不思議だ、我ながら。

 

 私とずっと言ってますが、私は男。

 冴えないおっさんでしたので。

 仕事柄、私というのになじんでましてね、紛らわしいですね。

 

 それにしても一体私はどれくらいこうしているのでしょうか?

 そもそもここはどこなんでしょうか?

 

 もうね、時間の感覚もない……、人でいうところの三大欲求『睡眠欲、食欲、性欲』すらないもんですから困ったもんです。

 

 ん? いや別に困らないか。

 

 スライムっぽいものとはいえ、生きている……んだから何某(なにがし)かあるだろ? って感じもするんですが。

 

 この体、寝るって感覚とは無縁で。

 起きてるのか寝てるのも曖昧で、あまりにも茫洋(ぼうよう)とした感覚でね、謎です。

 

 食欲。

 

 生きてるんだから燃料補給は当然しているはずなんですが、どうなってるかさっぱり。

 ごく自然に私であるドロぷにたちが、周囲、方々から何らかの物を吸い取ったり含み込んで溶かしたりしてるんです!

 

 いったい私は何を取り込んでるんでしょう?

 

 自分の意志に関わりなく、無意識のうちにそれが行われているので、食欲って言っていいのかどうか疑問が相当残るところでもあり、謎です。

 

 性欲なんてもう、説明いらないですね。謎でもなんでもないですね、はい終了。

 

 子孫繁栄?

 分裂する……んですかね? ハハハ。

 

 

 この湖にも生き物はもちろんいます。たくさんいます。

 

 食物連鎖もあるようで、微生物や小魚いっぱい、大型の魚もそこそこ、どう猛そうな爬虫類的謎の生き物? もいます。

 鳥類の(たぐい)も居て、浅瀬でついばんでいたり、時折小魚を空から掻っ攫(かっさら)って行ったりもしています。

 

 でもそういう生き物たちを私も時折ぬめ~っと取り込んで、頂いたりしている訳なので一応食物連鎖の一員と言えるかもしれません。

 

 なんかとりとめのないお話が続き申し訳ない訳ですが、(おつむ)と言えるものがないのでそこはご勘弁と言いたい。

 

 

 えーとですね、話をちょっと戻しましょう。

 結局ここがどこで、どんな世界で、いつからこうしてるのかなんも全然わかってないということで。

 

 雪がある時ないとき。

 氷が張ったり融けたり。

 もう幾度も繰り返してるから相当年は生きていると思うわけですが。

 

 そもそも一年が何日とも知れない中、日本人だった、元の私の基準では分かる(すべ)もないわけですが!

 

 広い湖を漂ってるだけでそこから出たことすらない私はその周りに広がっているだろう世界なんてわかろうはずもなく、そもここが地球なのか? そうでないのか……さえ、判断に困るわけで。

 

 いやね、周りにいる生き物たちや自分自身を(かんが)みれば……ちょっと自分が生きてた日本っぽくないかな~、なんてことくらいは思ったりもするわけですがね。

 

 とりあえず人のたぐいは、私の気付ける範囲では見かけたことない……はずです。

 

 そーんな変化がなく、なんとも平和な日々を送っていた? スライムな私にしてはめずらしく、ちょっとした好奇心というか知識欲!が湧きましてね。

 

 あれですよ、やっぱ元人間としては体がちゃんとある生き物、憧れるじゃないですか~。

 だから試してみたりもしたんですよ。

 

 のっとり。

 乗っ取り!

 

 寄生って手もあるだろけど自分で動かせないし……。

 いや、自分、漂ってるだけじゃんって、セルフ突っ込みしそうだけど、そこはやっぱ、ほれ、自分の意志大事!

 

 実験体は死んじゃったばかりの生き物とか、弱った生き物とか、もろもろ多数。

 

 殺生だめ?

 そいつらの意志は?

 

 はぁ?

 

 そんなのはスライムたる私には関係ないし、周りにそんなこと気にしてるやつとかも、もちろんいない。

 

 で、そいつらの中に自分の一部を侵入させて色々やってみたんですよ。

 

 動かせないかなー? と思ってね。

 いや普通無理だろって、元日本人感覚なら突っ込むところなんですが。

 

 なんだか出来る気がしたんですよ、スライム的意識、本能っていうもので。

 ま、細かいことはいいのですよ! 

 

 要は、要はですよ、出来ました!

 

 あれですよ、神経とか血管とかまぁ大きく(くく)れば細胞とか、生き物にはあるじゃないですか。ああ、違う世界だとまた別の形態がー、とかはなしで。あったんです。

 

 それに私のスライム的体が同化浸透していくイメージでね。

 そうするとあらどうでしょう。動いたんですね、侵入した生き物が。

 

 スライムたる私は中に入ってそれを動かしてると同時に外にも存在しててそれを見てる。

 なんとも不思議な感覚、でも違和感はないのですよ。

 

 ゲームの3Dキャラ動かしてる感覚?

 一人称と三人称視点が同時に存在してる?

 

 ほんと不思議な感覚です。

 

 これ私、まじすごくね? そう思いましたとも。

 でもそこからが大変でしたね。

 

 動かせるんですけど統一した動作をさせるのがまた難しくってね。

 最初、喜び勇んで無軌道に動かせば破裂しちゃったこと数多(あまた)

 

 気を抜けば思わぬ所が動いてしまって、あらぬ方向に曲がったり折れたり。単純な生き物のときはまだましだったのですが、高等生物に対象を変えていくほどに制御は難しいものになりましたね。

 

 痛覚とかまで再現していればひどい目をみてたところです。

 スライムに痛みなんてものはないですし。切り刻まれてもひっついたら終わり。

 

 ある意味無敵!

 

 あ、でもちょっと待ってください。

 それがないからわからないとも言えますか? やっぱ物事、痛い目見ないと覚えないですよね、何事も。

 

 

 それからどれだけの時間がたったのかなんて私にはわかりません。

 

 

 暇すぎる私は一体、一匹だけとは言わず、複数の実験体を使い、スライムであることをこれ幸い、多元的に色々試行錯誤を繰り返し、ひたすら生き物たちを動かしたり壊したり。

 

 おかげさまをもって、いつしかその生き物になりきって空気を吸うよう普通に動けるようになっていました。

 

 いやスライムに空気を吸う必要はないんですがね。

 

 ごほん。

 

 一つ満足できるようになれば次の生き物。

 てな感じでどんどんお代わりを繰り返して暇をつぶし、いつしか飽きがきてしまうほど時間がたったある日。

 

 

 長い長いスライム生的に歴史的な出来事が起こりました。

 

 




いつまで続くかなぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

乗っ取り?

続き


 いつものように湖を所在なくユラユラただよっていた私。

 

 一時(いっとき)、あれほど夢中になっていた「生き物乗っ取って動かしてみよう」遊びはもうやってません。

 

 飽きました。

 普通に動かせるようになったら。なってしまったらね、なんというかね、だからどうなの?って――。

 

 いやぁ、私も若かった、うん。

 今いくつなのか、まったくもっての謎ですがね(笑)

 

 

 水面の私の上に影が落ちました。

 意識を向けてみればそこそこ大型の鳥か何かのようで影もそれなりです。ま、大きさの基準もよくわからないのですけどね。この辺りで見かける生き物の中で言えば大型。そういうことです。

 

 お、もう一匹? きました。時折交差するような動きがあります。何でしょう?

 

 ああ、争ってる感じですね。それに鳥というより竜? ちょっと爬虫類っぽい見た目。翼のあるトカゲといった(おもむき)の、いわゆるワイバーンとかいうやつですかね。よく群れで見かけるんです。ふっ、自分の知ってた知識で勝手に名付けました。ファンタジーだなぁ。(遠い目。ないけど)

 でも、ま、生き物です。そういうことも当然あるでしょう。かと言って私の上でそういうことをしなくてもいいのになどと愚痴っていたところ、ちょうど私がのべぇっと広がってるその場所に、小型の物体が落っこちてきました!

 

 いやちょっとその展開は読めなかったです。

 

 上空のやつらは落下物にはお構いなし。それ奪い合ってたんじゃないの? と思いもしたけど。喧々(けんけん)しながら、時折口からなんか吹きながら、どこかへ移動していきました。ワイバーン、おつむからっぽですか、無責任な!

 

 

 一体何が落ちてきたんでしょう?

 

 どれどれ。

 

 

 こ、

 

 こ、

 

 これ、は……。

 

 

 

 

 ひ、人だ~~!

 

 

 

 驚きました!

 びっくりしました!

 たまげました!

 

 大事なことなんで三度です!

 

 

 い、いたんですね、人――。

 感慨深いです。

 

 はっ。

 

 そんな思いに浸っている場合でわ、わっ!

 

 慌ててずんずん沈んでいくそれをスライム体を伸ばし、くるりと包み込む。

 水中で包んだそれをじっくり観察してみます。

 

 むむ。

 

 ああ、こりゃだめです。死んでます。

 

 そう時間はたってなさそうだけど、体中いたるところ傷だらけ。ワイバーンの爪でやられた感じでしょうか。

 まだ年端もいかない子供に見えます。

 んー、男のあれがないし女の子かな? いやこの世界の人のオスメス判断が違えばわからないけど、今までいじってきた生き物、今のこの子の見た目を思えばまず間違いない。

 

 いやほんと、私が知ってる人間そっくりそのものです!

 

 なんでワイバーンに捕まったのかわからないけど、爪でズタボロになった衣服の上からでもわかる、やせ衰えた体を見るにあまりいいことはなさそうです。

 

 っていうか衣服ある時点で文明的なもの、ある感じですよね。

 

 どうして相当の長い時間、まったく見ることもなかったんでしょうかね? 衣服はどこぞの民族衣装? みたいな(おもむき)です。

 

 ま、いいか。

 

 そんなことより私はいいことを思いつきました。

 

 この女の子の体。もらっちゃいましょう。

 

 ずーーーっと長い間、この湖に居たけど、そろそろ(おか)の上に行ってみたい気もするし。

 

 それにぼけーっと漂っているとですね、時折湖から出なきゃいけないって、妙な強迫観念みたいな思いが湧き上がってくることがあるのですよね。

 

 私、病んでるのでしょうか? スライムなのに。

 

 なので、やっと見つけた人の体ってこともあるし。

 そもそも死んでるんだし、このままだと魚のエサになっちゃうだけだし。

 

 もったいないですよね!

 

 

 早速、勝手知ったる自分の特技。思う存分使ってみせようぞ~!

 

 

 スライムぼでーで包み込んだボロボロで小さな体のいたるところから浸透していく。別に口やら耳やら人にもとから空いてる他の穴やら関係ない。表皮からで無問題。スライム体である私からしたら人体なんてザルみたいなもの。どこからでも侵入し放題ですよ、ふふん。

 

 幸いこの湖は冷たいからそう簡単に生き物も腐らない。のんびりやっても問題ない。けど、ま、腐ってきてもなんとかしますがね。スライムなめんな!

 

 生き物掌握の始めの一歩。頭から行きましょう。

 人の体は初めて。脳みその記憶ってどうなりますかね?

 

 今まで試した生き物は全然ダメ。記憶と感じれるものはひとっつも認識できなかった。自分の人間的な何かのせいで認識できないのか。そもそも無理なのか。知りたいもんです。

 

 結論。

 

 やっぱダメ。

 

 この女の子の記憶はひとかけらも認識できなかったです。やっぱ死んでちゃダメなのでしょうか。

 それとも、生きてたらワンチャン行けますかね? やばい、ちょっと確認したくなってきました。――また人を見つけた暁には試してみたい!

 

 記憶以外の掌握は順調に進みました。

 脳みそのあった場所はもう私で満タンです。使えない脳みそはスライム(わたし)へと置き換わりましたとさ。体を構成している細胞には、神経、血管のみならず、()()()()()()()()()も含め、すべてに私を浸透させ、完全掌握を目指しがんばりました。骨にまで浸透させるという徹底ぶりの私をほめて!

 

 ここまでしたのは初めてです。何しろこれから(おか)へと進出する私のホームです。

 

 頑張らざるをえない!

 

 この体、小さいので子供と言いましたが、この世界でもきっと子供ですよね。成人のサイズ感が不明なのでいったい何歳くらいとみるべきか? 日本人的感覚だと七、八歳程度に見受けられますが。実はこれで成人ってことないですよね? よね?

 

 さて、外見なんですが!

 

 肌は色白、顔立ちは痩せてほほがこけてさえいなければ、きっと可愛らしい子に見えることでしょう。目は赤みがかった茶色。髪は伸び放題で背中まで伸びるばっさばさな赤毛……だったんですが。ですが!

 

 あろうことか私、スライムが! 浸透していくとともに変化してしまいました。

 

 今では人としてどうかと思える淡い紫色になっちゃったりしています。目も髪とおんなじ系統。紫っぽくなってしまいました。

 ついでに肌色も非常に不健康そうな青白い色になってしまい、なんかちょっと……、微妙です。スライム体質? あはは……。

 

 兎も角(ともかく)

 

 乗っ取り作戦は無事? 完了です。

 

 軽く体を動かしてみましょう。って、あれ、なんかおかしいな? と思えばまだ水中でした。自分に覆われてふよふよしていたので気付くのが遅れました。あ、息もしていません。人として息をしないようでは完璧とはいえません。これからは呼吸するようにしましょう。(ふりだけですが)

 

 体を動かすことに慣れるため、ここから泳いで岸まで行ってみよう、そうしよう。

 体を覆っていたスライムぼでーを自らに吸収させれば湖水が体に直接触れる。

 

 つ、冷たい。

 

 完全掌握で感覚も再現したおかげで冷たいが理解できる! しゅごい。まぁ理解できるだけでそれでどうってこともないのだけどね。凍死なんてしないし、そもそも凍らないと思う。いや絶対零度とかに放り込まれたらあれだけど。言い出したらきりないね。

 

 考えてる間にもこのままだと沈んでいくのでささっと泳ごう。

 

 ふがふが、もごもご。がぼぉ。

 

 す、進まない。水ばっか吸い込む。

 

 失敗した。私、そういやまともに泳いだことない。

 いや、足の届くところでバシャバシャ行水やるぶんには大丈夫なんだけどね。うん、こんな行く先も見えない、ゴールのないとこ延々泳ぐのなんて無理ゼッタイ。

 

 私は早々にギブアップし、スライムぼでーを再び出して波乗りよろしく上に乗って陸を目指すことにした、した!

 




次!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅立ちました?

い、いくぞ~!
いくからな!


 あっという間に(おか)についた。

 

 私のがぼがぼタイムを返せ!

 

 スライム生初上陸。しかも自分の足で!

 

 いや、正確には自分の足では……。

 いや、これはもう言うまい。言わないこととしよう、そうしよう。

 

 陸から今までいた湖を見てみる。自分の目で! ()()のね!

 

 広いなおい。だだっぴろでドン引きです。向こう岸全く見えないし。ほんとに湖なのこれ? ま、まぁいいですけど。

 

 改めて今度は周囲を見渡す。雪はもうほとんどない。延々と続く広々とした湖岸。遠目にはうっそうとした樹海っぽいものがこれも延々と続いて見える。目に入る範囲には人のいる気配なんて微塵もありゃしない。

 足元にはさざ波が押しては引きを繰り返し、細かい石や貝殻、木くずなんかが入り混じり、波と共に出入りする。吹き付けてくる風に、まだ肌寒い気温が感じとれ、思わず露出したほそっこい腕をもう一方の手でなでる。

 

「おおぉ……」

 

 感嘆からでたか細いながらも可愛らしい声。自分が出した声に思わずびくっとする。ずっとおじさん……、いや、スライムだったので、自分の声にまじびっくりした。

 

「いや、女の子ってわかってはいたけど。こうやって自分自身として動き出してみればちょっと、いや、かなり戸惑うね……」

 

 そんでもって、こうしてしゃべっておいてなんですけれど。これって日本語? いや日本語しか知らないし日本語だよねぇ。女の子の記憶も全くないし。どれだけ経とうが、覚えてるものなんだなぁ、うん……。

 

 なんかこう、自分の声で言葉を発してみてしみじみ思った次第です。まぁ心の中で使ってたのはきっと日本語だったんだろうし、忘れるはずもないかもね。

 

「俺、転生したんだよな? 間違いなく。ここってやっぱ別世界、異世界……とかいうものなのかな?」

 

 空を見上げ、まぶしさに手をかざしつつ、二つある大小の太陽っぽいものを見ながらつぶやいた。私にしてはめずらしく、俺とか言ってるし。それは自信のなさの表れなのかな。誰もいないのに周囲に向けて強ぶったりして。

 

 なんか自己分析してしまった。

 少なくとも湖中での私は弱い存在ではなかった。スライムっぽい何かですけどね。

 

 けど、(おか)の上ではどうでしょう?

 

 水の中で漂いながらどこまでも広がっていけるような自由はないはず。危険を不安視するならずっと湖で生活する方がよっぽどいい。安全がほぼ保障されているから。

 それでも。それでもやっぱ私は……、俺は! この先を見てみたい。

 

 このスライム生。今までだってさんざん生きた。きっと日本人、人間だった人生なんか軽く超えるくらいは生きた。このまま湖にいるだけの生き方にはもう飽き飽きだ!

 

「よし、行こう!」

 

 俺はふんすと鼻息あらく(いや息はしてな……もういいか)、決意をし。

 素足の小さい足をふみだし、まだ見ぬ地上の風景(らくえん)を思い描き、そこに向けての第一歩を踏みしめた。

 

 

 ああ、靴とかいるかな?

 服だってもうボロボロのボロ。

 やらなきゃいけないこと多いな~。

 

 ま、ぼちぼち、死なないようにのんびり行こうか~。

 

 

 

 

 

 

 

 そう思っていた時もほんのちょっとだけありました。

 

 

 

 

 

 

 ここは深い森の中。

 

 まさに樹海とよぶべき樹々たちの集う大海。

 

 決意を小さな胸に秘め、湖岸から足を踏み出して早三日がすぎ。

 今の私はもう素っ裸。野生のスライム娘です。

 

 そう、それは森に入ってすぐ。樹海の洗礼は待ってましたとばかり、すぐさま訪れました。

 

 その時はまだウキウキルンルン気分で森林浴とばかりに浮かれて歩いてた私。

 

 いきなり足元からなにかがパックン。

 目の前は真っ暗。

 

 全身はぬるぬるした何かに覆われてる感じです。

 

「ちょ、なんなのこれ!」

 

 声を出したもののそれが何かの足しになるなんてことはなく。

 

「うあっ」

 

 周囲からの締め付けがひどい。ぬるぬるアンド締め付け。

 これって明らかに捕食。捕食されてるよね!

 

 ないわー! 幸先悪すぎだわー!

 

 普通に考えれば危機的状況だけど、腐ってもスライム娘。これくらいでやられはしないんですけどね。

 

 とりあえず締め付けてくるぬるぬる壁を、ちょ~っとだけ強めに押してみる。

 

「よっ」

 

 かけ声とともに、バフンと一発くぐもった炸裂音がしたかと思うと、私の腕が脇まで一気にめり込んだ。

 

 ああ、壁の向こうはひんやりしてるね。

 

 壁が痙攣したかのように脈動し、締め付けを増してきたのでもう一度今度は「おらっ」とばかりに強い突きをお見舞いしてあげた。さっきより大きな炸裂音で耳が痛いくらい。そう感じられるスライム娘の出来は完璧である!

 

「お~、外は明るい」

 

 すっかり見通しがよくなった。

 

 爆裂した私を封じ込めたものは地球でいうラフレシアっぽい花? 植物? で、私は馬鹿正直にそいつの上に乗っかり、四方に広げられていた花びら?をばか~んと閉じられ、封じ込められ食べられかけたということみたい。食虫植物? いや、私、虫じゃないし。怖すぎだわ! ま、今はもうすっかりしおしおのふにゃふにゃになり果てた。

 

 しかし、馬鹿か私は。

 油断しすぎ! うかれすぎ。 猛省しなければいけない。

 

 外に出た私はラフレシアもどきの出した消化液でどろどろ。スライム浸透効果で私自身はまったくの無傷とはいえ……、着ていたボロキレ服はもうきれいに溶けて無くなってしまった。

 ほんとボロッぼろだったとはいえ、見えてはいけないところはきっちり隠してくれてたんだけどなぁ。

 

 

 と、そんなことがあり、素っ裸で樹海の中を歩く野生のスライム娘が誕生したわけである。

 

 はぁ、どうしようかな、これから。

 先が思いやられるわ~。

 

 とか思いながらも引き返す気はこれっぽちもない私なのであった。

 




書き溜めなんかない!
書くから待っててください、お願い!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲われました

続きできた


 あの食虫植物? に食べられかけてから早十日がすぎ。

 

 はい、スライム娘はいまだに全裸。相も変わらずまっぱだか。当然靴すら履いておりません。羞恥心? そんなものはスライムにはありませんから。元日本人? いや、いつの話です? それ。

 

 そもそもここ、人間いません! 見られて困ることはない!

 

 あしからず。

 

 なーんて強がって言ってはみたものの。そもそも服がないんですよね。着たくとも!

 

 まぁ服のことは置いておくとして。

 

 人はいったいどこにいるのでしょうね? 私のこの体は一体どこから連れてこられたのやら? 別に人に是が非でも会いたい、と言うわけでもないのですが、せっかく(おか)に上がったのだし! やっぱね、興味があることは否定できない!

 

 そんなことを考えながら、小さい女の子のリーチのない足で鬱蒼(うっそう)とした樹海(もり)の中をてくてく、ぽちぽち歩く。よくもまぁ全裸のままうろつけるものだとつくづく思うけれど。

 

 さてどうしたものか。

 

 一時の浮かれ浮かれ気分はとうに醒め、何をすればいいのかなんて皆目見当もつかない。元日本人、ただの電化製品設計者の生活力の無さをなめんなと言いたい。正直道具一つすらない私にやれることなんてこれっぽっちもない。

 

 まぁぶっちゃけ、生きるだけなら体からスライム体をみょ~んと出し、樹海にいるたくさんの生き物たちから栄養を分けてもらえばいいだけだ。どこからでも出せるから超便利。がばっと包んでちゅるりといただき。簡単な作業! なんでも頂いちゃうよ。ああでも、気持ち悪いのは除く。

 

 む、スライムは気持ち悪くなんかないんだからね!

 

 人間らしくないね。

 スライム癖抜けないね。

 

 でも無意識に栄養とか言って頂いているけど、それって一体何なのだろうね? スライムとして当然のように行っていた行為だけど……、人の体で動くようになったら何気に疑問に思えてきた。

 

 いつか普通にごはんも食べてみたい……、

 

 などと考えながらぶらぶらしていた矢先、体にがつんと衝撃を受け、そのまま横になったかと思えば風になった私。

 

 ああ、またですね。

 

 すごい勢いで樹海の中を滑空するかのように移動させられてる私。幼女、見た目推定八歳くらい。紫色した長い髪を今まさに、ばっさばっさ振り乱されてる女の子。ああ、あたま振られてがくがくするわ~。

 

 樹海を歩くようになってからときたま起きる出来事。

 はい、襲われてます、樹海(もり)の獣たちに。

 

 ……いい加減、どうにかしたいね。

 

 大きな獣。

 

 そいつに(くわ)えられて走りまくられてますね。それでおなか周りから痛み的反応が返ってくるわけですね、納得。横目でそんなひどいことを進行形でしてくれてるやつをにらみつける。

 

 こいつらってやっぱ哺乳類、なんでしょうかね。

 湖ではまったく見かけなかった種類だけど、樹海には大小かかわらず、やたらいる。

 

 今私をさらってくれたのは大きな虎のような姿をしています。しかもこいつは額から長く立派な角を生やし、鋭い歯が並ぶ大きな口からもまた長い牙が覗いてる、地球にいた虎より一回り、いや二回りくらい大きな、やばそうな銀色虎。よし、ラージホーンシルバータイガーと名付けよう!

 

 ま、名前はともかく何とかせねば食べられてしまう。

 

「は~な~せ~」

 

 叫んでみた。

 気にせず走ってる虎。いやラージホーンシルバータイガー。

 

 無視された。

 

 仕方ない。(くわ)えられて絶賛所在なげにプラプラしてる手からにゅるんと出す。あれを。そして一気にがばりとラージホーンシル……、くそ長いわ! 虎の顔を覆いつくす。更にそのまま、目から鼻から、耳から、そこらじゅうの穴から虎の中に一気に浸透させていく。必殺スライム浸け!

 

 さしもの虎も驚いたのか、走っていた足をとめ、顔にへばりついた異物を前足で必死に()がそうともがく。邪魔な私はぺいとばかりに地べたに放り出されました。

 

「ふぐぇ」

 

 胸から落ちて変な声が出る。くっそ虎。もっと優しく離せー!

 勢いよく放り出されたため、虎の中に浸透させたスライム体と切り離されてしまった。こんなことはスライムとして生まれ変わって長いけど、なにげに初めて!

 

 ここは遠隔操作でひとつ!

 

 むむむぅ……。

 

 ――無理でしたっ。

 

 ここまで完全に離されてしまってはどうあがいても連携が取れない。いいとこまでいったのに。

 

 また減った分頑張って増殖しなきゃです。

 

 相変わらず顔をぺしぺしやってる、今となってはお間抜けな虎に向かう。切り離されたスライム体はそのうち死滅しちゃうだろうけどまだ頑張ってくれている。君たちの死は無駄にしないよ!

 

「とりゃ!」

 

 ガウガウ暴れてて近寄りづらいけど、スライム浸透強化の動体視力と身体能力で無難に近づいて、ガタイに似合わず意外と可愛らしい耳の後ろ辺りにがつんと一撃を入れる。相手が大きいので飛び上がっての打撃。普通なら力があまり入らない態勢。

 でもしっかりと脳に衝撃を与えられたようで、びくりとその巨体を震わせたかと思うと、そのまま力が抜けるように地に伏しました。

 

 落ち着いて見れば銀色の体がとても美しい。ちょっと罪悪感。

 いいえ、ここは気にしてはだめです。

 

「――うむうむ。今までで一番のすばらしい獲物。これはいっぱい栄養ももらえそうです。こんな立派な角が生えてるのは初めてだし。これが馬ならユニコーンだね」

 

 脇から下腹部のあたりまで。(くわ)えられた跡が生々しい姿。そこからダラダラ血を流しつつ、私は気にもとめず、ラージホーンシルバータイガーの寸評などしてました。

 

 そういうとこだよ私。まだまだ人としてだめだね。にわか人間だ。

 

 

 

 栄養を吸収するだけでなくお肉とか普通に食べてみたい気もする。それこそ人として!

 

 けど、火も、道具も、何にもないし……。生で? いや、それはちょっと……。

 

 

 

 

 

 ああっ、文明的生活がしたい!(願望)




TS風味が乏しいね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

作りました?

そしてずっと襲われる……


 ラージホーンシルバータイガーさんには私お手製、初めての衣服になってもらいました。

 

 艶やかな銀色に黒っぽい縞模様が入った毛並み。なんとも優美で綺麗な毛皮なので、そのまま放置してしまうには惜しく、やっぱいつまでも裸というのもあれなので根性入れて作ってみた!

 

 銀ピカ縞模様の虎毛皮のワンピース?

 

 苦労しました、作るの。

 

 銀色虎さんの中身をスライム体総動員でくり抜き、皮だけにするのに二日。中身の腐敗が進む前に終えたく、時間との闘いでした。残った骨は女の子の体で直接ぽいぽい。

 ドンガラになった毛皮の裏側に、スライム体謹製、謎成分粘液をこれでもかと浴びせかけて変質させた。乾いてカチコチになったりしない、しっとりした触り心地、しかもそこそこ丈夫な虎の毛皮ができました。

 

 スライム粘液万能説。

 

 あとは体が覆えるくらいのシート状にし、それを二つ折り。頭頂からかぶって頭を通す穴を開け、動きやすさ重視でひざ上丈とし、体の横で重ね合わせつつ腰を尻尾皮を活用した帯でギュッと縛れば――、

 

 はい完成!

 制作総日数まる三日! 私苦心の作!

 

 縫う? そんなことできるわけないので。

 

 どこがワンピースか?って。

 

 やかましい。

 

 縫う道具もハサミもないのにどうしろと? 毛皮を切るのは銀虎さんのご立派な牙や、適当に拾ったとがった石とかで、むりくり裂くように切った。そりゃあ無残な切り口さ。それがどうしたというのです。裸より何十倍、何百倍もましでしょう。

 

 ノーパンだけど。

 虎のパンツは難しすぎですのでね。仕方ないね。

 

 頭部や四肢は効率UPのため、止む無く未使用廃却。余分を持ち歩く余裕もなし! 他の獣たちのエサとなりました。タイガー〇スクにするには大きすぎだな!

 

 あとこの銀虎さんにも()()()()、私のこの体にも有ったよくわからないものが存在してました。よくわからないものだけど、気にするのも今更だしその他諸々と一緒に吸収した。湖で遭遇した生き物には、私の知る限りそんなものは無かったと思うので一体どういうものなのか? 興味は尽きません。

 

 ラノベとかのお約束だと、魔力を発生とか蓄える器官とか、よくある話だけど。そんな都合いい話早々あるわけがない、と普通なら思う。けど、私の今のこの状況自体がそもそも――。

 

 ま、足りないお頭(おつむ)で悩んでも、わからないものはわからないのでとりあえず放置。そのうちわかってくることもあるでしょう。

 

 

 

 文明的生活にほんの少しだけ近づいた私は、意気を挙げ樹海探索を続けてます。

 虎に銜えられて穴と血だらけだった体はもう綺麗なものである。傷跡ひとつない。回復力! スライム体浸透の影響がもちろん一番だけど、元々この体の性能自体も良いみたい。やせ細ってたし、何より死んでたんだけどね。

 

 はっ!

 

 もしかしてもしかすると、見方によっては私って、ゾ、ゾンビ? い、いや、この考えは危険だ! 心の奥底にそっ閉じしよう、そうしよう。

 

 なんにせよ、こんな樹海を歩き回ろうというのだから、ケガの直りがよいのは重畳(ちょうじょう)だっ。

 

 しかし、想像以上に道のりは厳しい。厳しすぎる。なにしろ道のりと言葉にするのはた易いけど、そもそもここには道がないのだから。

 

 で、道がないといいつつ、実は獣道という道がある。ガンガン活用させてもらっています!

 

 舌の根がかわかないうちにすまない。

 

 密集する低い木々や藪の中を小さな女の子の体で掻き分け進むことを考えるなら、それでも十分役に立ってくれている。ただ、それが私の目的ときっちり一致しているかというと話は別である!

 

 それをたどると餌場とか水場とか、散々歩き回ることが多いとはいえ、たどり着くことができ助かるわけですが、苦労してたどり着いた先が断崖絶壁だったこともあり、油断ならない。ちなみにカモシカ系の獣道だったっぽい。

 高いところから落ちたらさすがの私も死んじゃう? 死ぬかな? まぁ、スライム体はともかくこの体はダメになるかも……。もったいなすぎる、落ちるのダメ絶対。

 

 思考がすぐ逸れる。これだからぼっちは……。

 

 えーっと、それにです、獣道をたどるとですね、その道の本来の主たちとも遭遇しやすい罠! 意思疎通ができない野生の獣との遭遇戦はそれはもうしんどい。遭遇と言っても一番多いのは小動物だから、そんなのはむこうから逃げてくれるのでいいのだけど。

 

 ダメなのは縄張り意識強い、雑食系の大型哺乳類?

 奴らはだめです!

 

 私がそこに侵入したらほぼと言っていい確率で襲い掛かってくる。こんな小さくて弱々しそうな女の子の()()()襲いたくなる要素があるというのか?

 

 え、それがダメ?

 仕留め易そう?

 おいしそう?

 

 えーーーーー!

 

 銀虎毛皮着てるのに?

 強そうにだよね? 虎毛皮。銀色艶々まだら縞のきれいな毛並み。それはもう素晴らしい毛皮なのに! 皮の端々がズタズタにすぎるのだけども。

 

 また逸れた。

 

 ラージファングボア。大牙猪。

 

 ここ最近だとこの種類がすぐケンカ売ってくるんだよね。ちなみに名前はもちろん私がつけたやつね。見たままだからで分かりやすくていいでしょ?

 樹海の生き物たち、角付きとか牙デカとか……、なぜか私に襲い掛かってくる。やり過ごそうと隠れたり、潜んだりしていても見つけ出してくるんだよ。

 

 そんなのに好かれても私困る。

 

 いくらスライム体で上げた身体能力と、いざとなれば相手にスライム体を侵入させるなんて力技があると言ったって。体術に優れるとか武器が上手く扱えるわけでもない。

 最低でも私の十倍、下手したらそれ以上の体重差があるだろう化け物(やつら)。そんなものが鼻息荒く、デカい牙をこれ見よがしに見せつけながら! 涎たらしながら! 突っ込んでくるんだよ。ドロが乾いてカピカピになった毛皮で、デカくて臭い狂暴獣が突っ込んくる姿を想像してみて? マジいやになる。

 

 はぁ……。

 

 あれ、道のりが厳しいって話だったよね?

 

 すまない、私、コミュ力ないので。

 何にしろ、この樹海を元リーマンおじさんでしかない私、今小さい女の子が一人で歩くのは相応に大変ってこと!

 

 ああ、穏やかな生活がしたい!(切望)




やっぱTS味が……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆その一方では?

ちょっと短め


「これは本当に、ひどいな」

 

 目の前に広がる光景に、俺は思わずかすれた声を出した。

 

 魔獣の領域である「ヴィーアル樹海」と接する我らの領、「ヴィースハウン」の領都にその知らせが届いたのは三週間前のことだ。

 報告によれば牧畜と穀物類の栽培を主に暮らしている百人に満たない小さな村、ソルヴェ村がかなり悲惨な状況なのだという。知らせはその村と交易していた都の商人からで、隊商を伴って訪れたところがその様子だったため、慌てて最寄りの監視砦に報告を入れたようだ。その知らせは瞬く間に、各地にある監視砦へと伝わるほどの事案となった。

 

「そうですね。見回った部下たちからの報告を一通り確認しましたが、それはひどいものでした」

 

 少し後ろに控えた位置に立つ、副官であるヨアンがそう答えた。俺たちはヴィーアル樹海の魔獣監視が主な職務で、監視砦には常に一定数の人員が配置されている。俺は隊長であるスヴェン。二人いる副官の一人、ヨアンと更に部下たち十名を引き連れてここにいる。

 

「ほう、報告しろ」

 

「はい。ここからも見て取れますが集落の家屋は上部から屋根を崩されているものが多いですが、焼け落ちているものもそれなりにあります。牧場の羊や豚なども全滅です。肝心の村民ですが、そちらについても生存者は確認できておらず、見つかった遺体もひどい有様です。大変残念ではありますが、この村はもう全滅したとしか」

 

 くっ、生存者はやはり無しか。

 報告が上がった時期と、その内容からしてもあまり期待ができるものではなかったが。しかし……、

 

「そうか、残念だ。それで、この惨状をもたらしたものの正体についてはどうだ?」

 

 村の惨状は大変心を痛める出来事ではあるが、俺の仕事は心を痛めることじゃあない。

 

「はい、やはりこれはワイバーン、あるいはファイアードレイクなどの襲撃を受けたのではないかと。全ての村民が死亡、或いは行方不明であり、先ほども言いましたとおり家屋にかなり火による被害があります。更に、羊、豚などの家畜が確か三十頭はいたはずですが、食い散らかされた様子と一頭も生きて残っていない現状もあり、それらを全て食らう、あるいは運び去るのであれば少なくとも十頭以上、複数の群れが現れたのではないかと愚考します」

 

 むうぅ、ワイバーンにファイアードレイクか。

 

 ま、そうだろうな。村丸ごとに被害を与えることができる規模は相当なものだ。

 野盗、盗賊の(たぐい)でここまでするのは無理がある。もし、例え出来たとしてもだ、いくら非道な奴らでも、ここまで破壊しつくす労力を考えれば得どころか、むしろ損だろう。

 

「わかった。報告ご苦労。これよりは残っている村人の遺体を葬ったのち、撤収とする。また五人を村周辺の警備として残す。人選はまかせるので後をよろしく頼む。ああ、それと慰霊をしておかねばならぬ。準備が整ったらまた連絡をくれ」

 

 胸に右手を添え、敬意を表し去っていくヨアンの姿を見つつ、深く溜息をついた。

 まったくもっていやな仕事だ。生存者がいないというのが余計にくるものがある。望めるものなら、逃げおおせたものが少しでも居ればいいと思う……。しかし、事件報告からでさえ四週間近くたつ。それを望むのも無理があるか。

 

 ヴィーアル樹海と接する我が領。その中でもこの村の立地は境界に近いところにある。海峡で隔てられ、砦でも監視を行っているとはいえ完全ではない。今回のように飛べる魔獣であれば、監視の目をかいくぐって襲来することは十分に可能。

 

 もっと領内の守備に力を入れられていたならば。

 

 魔獣の襲来は長い間起こっていない。いや、いなかった。

 海峡があるというのも安心感の一つだったろう。そのせいもあり監視砦の数は年々減らされていた。

 

 だがそれは今回の件で大きく(くつがえ)されるだろう。ここ以外でも最近ちらほらと海峡を渡ってくる魔獣が出ていると聞く。

 

 この先どうなることやら。

 

 俺の心に、平穏だったヴィースハウン領、その先行きに一抹の不安がよぎる。それを解消するために出来ることは、現状あまりに少なく歯がゆさだけが残った。

 




あらやだ別視点でしたの

言葉とか固有名詞とかもろもろ。主人公と今回の視点では別の言語である!
そういうことでどうかよろしく!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行きついた先は?

はい投稿


 私の樹海(もり)での生活は樹の上で目覚めるところから始まる。

 

 おつむスライムで寝る必要あるのか? って疑問も生じると思うけど、やはり思考する生き物? であるところの私は断然睡眠を欲するのである!

 とは言っても危険な樹海の中。スライム体全体が完全な睡眠を行っているわけではなく、私を担っているスライム体以外がきっちり周囲の警戒を行っています。まぁ、私という意識は眠っていて完全覚醒状態じゃないから完璧とはいかないけど、スライム体はそう不覚をとることもないでしょう。

 樹上睡眠も最初は落ちそうで怖かったけど、人間? とは慣れる生き物。今ではどうということはない!

 

 起きたらやることは決まってる。出すもの出さなきゃです。スライム体が浸透した体とはいえ人間がベース。ゆえに生理現象は起きる。まぁ力技でおなかの中身を吸収してしまうことも出来るかもですが……、いや、やっぱやだ! 普通に出しましょ、普通に。どうせ誰も見ちゃいないんだしね。気にしない気にしない。ちなみに、何を出すとか聞いてはいけないお約束。

 

 乙女の秘密なんだからね!

 

 くぅ、このセリフは元おっさんに効く。恥ずかしさMAXだ。自己嫌悪。

 

 かなり大きなネタ振りだったけど実際のところ、口から食べるものはほぼなく。獲物は吸収! ってパターンがほとんど。時折見つかる木の実や果実が口に入るものの全て。ああ、出すものないね。

 

 肉だ。じゅーって焼いて、たらり脂がしたたる肉。お肉が食べたい!

 できれば塩、コショウ、あとしょう油もほしい!

 

 ……はぁ。

 

 

 

 樹海の中を歩いてるわけですが、獣道をたどっているだけではそいつらの縄張りをぐるぐる回るだけになるので、その点は気をつけなければいけません。

 

 何を大きな目標に進んでいるのか?

 それは私自身が答え。

 

 この体をもたらしたワイバーン。そいつらが飛んできた方向である北東。大雑把ではあるけれど、そちらに向かって歩いてます。住んでた湖越し、どこから来たなんてあまり意識していなかったからマジ適当。でもないよりはずっとマシだよね。この体にどんな出来事があったのかわからないけど、少なくとも人が住んでいるところがあるのは確実。

 

 そこを目指さずどこを目指すというのか!

 

 はぁはぁ、落ち着け私。

 

 

 ええと、私特製、銀虎毛皮ワンピースを着こんで歩いてる私だけど、実は足元に変化がある!

 日々出来ることを模索している私は、足元に注目。サンダルとかなら簡単じゃね? と、得意のスライム体を使って工夫した。基本はスライム体による保護コートです。足裏に多少厚みをもたせたスライム体を張り付かせ、サンダルならではの鼻緒の形も模してみました。ついでに光の屈折率を変化させて色を変えたので、見た目的にも安っぽいビーサン履いてるように見えます。色は見る角度で多少違って見えるのはご愛敬だね。

 

 ただし、張り付いてる(体の一部)ので脱げない! 

 

 

 そんなこんなでDIYっぽいのをたまにしながら、日中は漠然とワイバーンたちが飛んできた北東を目指して歩き、暗くなったら寝る。そんな毎日。

 

 

 話は変わるけど、やっぱり角付きとか牙デカを仕留め、あの謎器官を吸収すると、何らかのタイミングで体に活力というか、精気というか、そんな漠然とした力の向上がみられるようです。気のせいではなく間違いなくそれはある! 一番の証拠は自分自身の謎器官。それが少しずつ成長してきているとともに、そこを起点に巡るものの量が明らかに増加しているのです。それこそが活力、精気の源と考えられるし、なによりそう思いたい。

 

 これってやっぱラノベ的発想でいえば魔力的なものと言ってもいいんじゃないの?

 というか言わせて!

 

 つい興奮してしまったけど、だからどうなのというのが現在のところでもあります。それを使って何か出来るのかもしれないし、体力的に向上するとかだけかもしれない。わからないものは仕方ない。のんびりやっていきましょう。

 

 

 

 

 

 湖を出て三ヶ月。

 

 スライム謹製の頭脳は優秀で記憶力には自信あるから日数に間違いはない。(自慢)

 くどいようだけどこの世界での三ヶ月ね。日の出日没回数での三ヶ月。よろしくね。

 

 魔獣もそれなりに狩った。あ、角付きや牙デカのことをひっくるめて魔獣って呼ぶことにした。この樹海、角付き率高くてもうね。

 小型のだとウサギですら角付きいたし。なにげに肉食で鋭い角で突っ込んでくるから困る。大型だと双頭の蛇とかもいて、巻き付いてくるわ、しばいてくるわで、きもかった。これは角じゃなくて牙デカだったけどね。他に熊系、お約束の犬系も出た。連携して襲ってきてウザかった。でも、おかげさまで相当謎器官成長したはず! きっと。

 

 今の私の(たたず)まい。

 

 服は虎毛皮。腰帯は虎しっぽ。その帯に牙デカ猪の膀胱(ぼうこう)で作った水筒と木のナイフ。背中にはこれまた牙デカ猪の胃袋で作った背負い袋。締めに足元はスライム謹製ビーサン。

 

 これが今の私の全てだ!

 

 創意工夫でなんとかなる。私の好きな言葉です!(メ〇ィラス)

 

 自分自身もバッサバサだった髪も今では艶々。やせ細った体も健康体そのもの。(ただし肌が青白いのはそのまま) 新陳代謝は一応しているので川を見つければ沐浴してたけど、いざとなればスライムパックでお肌も艶々にできるよ!

 ちな、薄紫色した髪は伸びて腰に届きそう。それをポニーテールにまとめてる感じ。ひもでくくるだけ簡単! 紫色したつぶらな瞳、愛くるしい小鼻と口。お顔もキュートで可愛いよ私!

 

 などとノリノリの私の気分は、目の前の光景に一撃で消沈した。

 

 樹海が切れ、目の前に視界が広がってくるのが見えて喜び勇んで走っていた。

 いや、海の匂いを感じるようになったしね。海岸近いかな~とは思っていた。

 

「うわ、たっか!」

 

 崖でした。

 

 絵にかいたような断崖絶壁。

 以前獣道からたどり着いたこともあるけど、あれは川沿い。今は海。

 

 

 絶望感がひどい。ひどすぎるわ。

 




次いこう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆村での出来事

◆は別視点ということで


 スヴェン隊長らを見送った私たちは、改めて惨劇に見舞われた村を見渡しました。

 

 目立つ瓦礫の処理、そして被害にあった村人たちの慰霊も終わり、静まりかえったソルヴェ村に、かつてあったはずの生活の音はもうありません。悲しいものです。

 

 その様子に皆の気分も落ち込みますが、そうも言ってはいられません。

 残ったのは私を含め五名になります。

 まずスヴェン隊長の副官である私、ヨアン=リンドグレーン。火属性持ちの上級二位の魔法士で、剣術も多少の心得があります。

 剣術や体術、身体強化に優れた体力バカの二人、中級二位の剣士クルトと三位のエリク。この二人は放っておくと無駄に突っ走るので注意が必要です。

 風属性中級二位の魔法士、レナート=ダール。彼の風魔法応用の気配察知はなかなか有用ですが、精神的に多少不安定なところがあり気配りが必要です。

 最後が補助と治療系魔法でサポートしてくれる無属性中級二位のアンヌ=ハウゲン。エリクとレナートより二つ下となりますが、そんな男二人よりよほどしっかりしていて、頼りになる女性です。

 歳のことを言いましたので、この際です。私が二十四歳で最年長。クルトが二十ニ歳。エリク、レナートが二十歳。アンヌが最年少十八歳となります。

 

「さて諸君、この村は残念ながら復興することなく廃村となります」

 

 私の言葉に皆の表情が引き締まります。

 

「その代わり、この地には監視砦を新たに設けることとなりました。しかも早急にです。まぁ、場所はもう少し先の岸壁寄りで、海峡が一望できる場所となる予定ですが」

 

 これはスヴェン隊長個人の強い意向であり、その動きは迅速です。

 

「十日後には仮設砦を建てるべく先遣部隊が到着するでしょう。私たちはそれまでに、この辺り一帯の安全確保。それと、ないとは思いますが村の廃屋への不法侵入者の警戒も行わなければいけません。火事場泥棒などもってのほかです」

 

 皆の表情がより一層真剣みを帯びてきました。ここからが更に肝心です。

 

「もう一つ。この村を襲ったワイバーン、もしくはファイアードレイク。それら亜竜種がまた戻ってくる可能性もないとはいえません。今回の任務は討伐ではありませんし、我らの戦力で、もし()()()()()()()()太刀打ちすることすら難しいでしょう。くれぐれも先走った行動はとらないようにお願いします」

 

 それを聞くや真剣な表情から一転し、とても怪しい表情を浮かべているバカの付く剣士が二人います。

 

「クルト、エリク。わかりましたか? 決して先走らないように。何かあればまず報告! 忘れないでくださいね」

 

「はいはい、わかってますよ、ヨアン副長。そんなにご心配されなくたっておれ、いや、私は言われたことは忠実に守る男だ、です! お任せください」

 

 クルトがさも心外であるように、大きな体に似合わず愛嬌のある顔を真面目に整えて、いや、整えきれていませんが……、言います。胡散臭さ過ぎて胃がしくしくしてきます。敬語も全くできていないですし。

 

「はいは、一度でよいです。よろしくお願いしますよクルトさん。エリクさんもいいですね?」

「……はい、副長」

 

 私の再度の確認に、エリクはぼそぼそと小さな声で答えます。大男なクルトに比べ小柄な体格、一見無害そのものです。ずっとその調子で大人しくしていてほしいものです。

 

 レナートとアンヌはまあ大丈夫そうですね。若干アンヌがクルトを睨みつけている気もしますが……、まぁ私の心の安寧のためにも見なかったことにしておきましょう。

 

「では各自、任務についてください。解散」

 

 私が簡潔にそう命じれば皆が持ち場へと散っていきます。外回りをクルトとエリク、村内をレナートとアンヌが見て回る手筈です。何事もなく十日間を過ごせればよいのですが。

 

 さあ、私も仮設砦の設営に向け、情報の精査を急がなければなりません。

 頑張りましょう。

 

***

 

「ヨアン副長! 見ていただきたいものがあります」

 

 雨風をしのげる程度には建物の体裁を保っていた村長宅を活動拠点とし、確認した情報を整理していたところ、村内を巡回していたアンヌが慌てた様子で報告に訪れました。手を引いて私を連れて行こうとする勢いでしたので取るものも取りあえず、付いていくこととしました。

 

 そこは地下室でした。瓦礫で塞がれ今まで確認出来ていなかったようです。アンヌ、お手柄ですね。

 ここ最近は使われていなかったようで、カビた匂い、そしてわずかに汚物臭が残っていてあまり良い印象を持ちようがありません。

 

「これを見てください」

 

 顔をしかめていたところ、アンヌが使い古された記録簿らしきものを渡してきました。手に取り確認します。

 

「な、なんという……」

 

 内容はこの村での儀式の記録でした。我々はそのような話、聞いたことはありません。

 いつから、どのような経緯(いきさつ)で始まったのかまではこの冊子では分かりませんが、ここに載っている一番古い記録で五十年前。当初は毎年、年を追うごとに間隔が伸び、近年では四年前に行われていたようです。

 

 想像ですが、儀式の(にえ)とする少女が年々少なくなっていったのかもしれません――。

 

「あの、それには書かれてないみたいなんですけど、たぶん今年の春くらいにその儀式、行われたみたいです」

「ほう、なぜそう言えるんです?」

「これです」

 

 アンヌが差し出したのは記録簿の半分ほどの大きさの小冊子。中を見てみればどうやらこの部屋での記録、いや個人の日記でしょうか。

 

「なるほど。雪解けとともに行われたとありますね。あとは食事の記録に……、これは懺悔(ざんげ)の言葉ですか。ふん、一応の罪悪感はあったのですね。おや、最後の贄となった少女の名がありますね……」

 

「か、書いてあるんですか!」

 

 少女の名という言葉にアンヌが大きく反応し、聞いてきます。

 

「ミーア。女児、当時十才。母親は産後の肥立ちが悪く死亡、男親は狩に出て戻らず。赤毛で、目は赤茶。年齢よりもかなり幼く見えるとありますね」

 

「ミーアちゃん……、ですか。なんてひどい……」

 

 滅びてしまった村の暗部。

 贄となり散っていった少女たち。

 そして最後の贄であろうミーアという幼い少女。

 

 

 なんともやるせない空気が漂う結果となってしまった地下室での出来事なのでした。

 




あれ、空気重っ

そんなに長続きしないですん、きっと!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

元おじさんは間が悪かった

海だー


 絶望からなんとか立ち直ったメンタル豆腐な私は、恐る恐る絶望、いや絶壁の際まで近寄ってみた。

 

「ふわぁ~~!」

 

 誰も居ないのに無駄に可愛らしい声で歓声を上げてしまうほどにそこから望む景色は素晴らしかった。

 筆舌に尽くしがたいとはこのことではないですか?

 

 私の居る場所からいびつな弧を描きつつ入り江をなしているその向こう側の崖。

 数百メートルほど離れたその場所に遠目から見れば白い糸を引いているように見える大きな滝が存在していた。その滝は何と豪快にも崖の上から直接海に注ぎ落ちていた。その豪快さに、かなり離れているにもかかわらず落下による轟音(ごうおん)がここまで聞こえてくるような錯覚さえ覚える。その落差は一体どれほどのものなのだろうか?

 

 ……。

 

 

 現実逃避終了!

 

 

 いや、なんですあの高さ。あっちの岸壁とこっちの岸壁。高さはほぼ同じじゃん!

 それってすなわち、あの高さを降りなきゃ下に行けないってことじゃん!

 

 もうサイっテー!

 

 周りの様子だってすごい。入り江の周囲は波で浸食された岩がそれはもう複雑に入り組んでて、そこに寄せてくる波が砕けて白い泡が飛び散りまくってるんですけど。

 

 はぁ、仕方ない……。

 

 岸壁沿いに辿っていけばそのうち標高も下がるに違いない。急がば回れ。無理してここから降りなくていいよ、たいしたことない、すぐ普通の海岸に変わっていくに違いないのです!

 

 

 その言葉はフラグ。

 そしてそれは何の解決にもなってないことに気付けよ()

 

 

 結局、小さな女の子の亀のような歩みでは、普通の海岸にたどり着くまでまるっと一日かかりました。

 

 

「海だー!」

 

 白い砂浜。透明度の高い、透き通った水から沖に向かうにつれ青空を写し取ったかのように鮮やかで美しい青い色へと変わるホントに綺麗な海。

 

 私は()()()()()波打ち際まで走り寄る。付近にいた小さな海鳥たちがそれに驚いて一斉に飛び立った。ごめんね。それでも嬉しさからバシャバシャと波と(たわむ)れた。

 

んん、なんだろこの既視感(デジャヴュ)

 

 

「あ゛ーもう、あ゛~もうっ! だから、ここ海! この先ないよ、どーするのこれ?」

 

 

 ずぶ濡れになった高級虎毛皮を脱ぎ捨て、真っ裸になったところで、はたと現実に戻りました。

 

 いつから海岸にたどり着けばゴールだと勘違いしていた?

 

 くぅ。現実とは残酷です。

 どうしよう。北東は海。目的地はきっとその先。

 

 

 ――その日は浜辺で海の魚を取って栄養とした後、雑草寄せ集めベッドでふて寝した。波の音が心地よくって案外気分よく眠れた。

 

 

 翌朝。

 

 改めて辿って来たルートを振り返ってみれば、まるで空に向かって登っていくかのようなスロープ状の台地が目に入った。ちょっとかすんで見える。もう二度とあそこには行かない!

 

 繰り言はこれくらいにして、この先どうしよう。

 

 私は眼前に広がる綺麗な海を睨みつけつつ考える。思えばワイバーンは飛んできてるから海なんか関係ないんだよね。うーん、向こう岸は一応見えてはいます。ワイバーンだってそんなに長距離を飛べるような奴とは思えない。

 っていうかです。ここからあちらを目指さなくてもだよ。このまま岸沿いに歩いていけば普通に陸続きかもしれない。いや、逆に延々海岸線が続いて……、ぶっちゃけここは島って可能性も有ります!

 

 ああ、考えがループ!

 スライム脳、記憶力はあっても思考力がもしかして……、残念なのかしらん?

 

 すまん。おじさんの時からたいしたことなかった!

 自虐はこれくらいにしよ、もう悩むのもメンドクサイし。

 

 自分(スライム浸透特製ボディ)を信じて行くか? 行くしかないか! それとも()()()()()か。

 

 おい()! 何言ってる。

 

 

 馬鹿なことを考えつつも。

 私は遠くに見える北東の目的地。人が居るであろう希望の地へと!

 ふわふわ漂いながら、ついでに、たまには泳ぐ練習をしたりして向かうことにしました。

 

 ふふっ、忘れてもらっては困ります。私ことスライム娘。生まれも育ちも湖の中。水の中こそ故郷。

 女の子ボディに入居してからは人間らしく生きようと、(おか)で暮らしてきたけれど。別に今の体でも水中生活無問題なんだった。延々水の中でも生きていけるんでした。

 

 うーん、なんか私、いったい何を目指しているんだろう?

 

 まあいいか。

 ちょっと海なのでしょっぱいのが玉に瑕ですが。塩漬けにならないよう気を付けて、いざ海の旅!

 

 

***

 

 などとなんの気負いもなく無計画に海に出て早半日。

 変わらずのんびりふよふよと進んでいる。実のところ直線距離はたいしたことはなかったようだ。断崖絶壁と海に落ちる滝のインパクトに騙されたのは私です。

 

 せいぜい二、三キロってところなんです。とっくに向こう岸についててもおかしくない。おかしくないんです。

 

 はい、そう。

 私、流されてる。

 

 流されてるんですよ~う(涙)

 

 北東に向かっていたはずが、いつの間にやら東南方向に流されてます。陸が両側に並行し、ずっと見えているこの様子。どうやらここって海峡なのか。これ、やばくない? このまま流されたら大海原へとご案内じゃないか!

 

 ああ、半日前の自分を半殺しにしてあげたい。

 海流という存在をなめてた。というか気にも留めてなかった。これはちょっと、気合い入れて本気で陸に向かって進まないとまずいよ。海でずっと漂う生活だけはなんとしても避けたい!

 

 遅まきながら、なめた気分を引き締め、いざと気合を入れたところで、あざ笑うかのように急変してくるのが天気というもの。

 見る見るうちに雲がわき、強い雨と雷まで伴った、すさまじいばかりの時化模様と化したのでした。

 

 

 私ってほんと日本人だったころから間が悪い。

 スライム娘になっても一緒みたいです――。

 




次は◆のターン!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆嵐が明けた朝に……

朝に?


「それにしても昨日はひどい嵐でしたねぇ」

 

 朝の会合を終えたところで、先ほどまでと違い、気の抜けた雰囲気でアンヌが話しかけてきました。例の日記の件で落ち込んだ様子を見せていた彼女でしたが、なんとか気持ちの切り替えができたようです。

 

「そうですね。午後から降り出して、そのまま夜更け過ぎまで降り続いたようですから。遅い夏も近いですし、これからは昨日のような嵐も時折あるでしょう。ふっ、アンヌ――、もしや怖くて眠れなかったのですか?」

 

 私は彼女の言葉を受け、そう返しました。残念なことに()みを抑えることが出来なかったかもしれません。

 

「もう副長! からかわないでください。子供じゃないんですから、嵐くらいで怖がったりなんかしませんー」

 

 アンヌが口をすぼめて抗議してきますが、なんともかわいいものです。

 

「ふふっ、そうですね。我が隊の精強、アンヌに限って雷にびくついて寝具の中で頭を抱えて丸くなっていたなんてこと、あるわけがないですね」

 

「なっ……」

 

 面白いのでもう少し追い打ちをかけたところ、今度は口をぽかんと開け言葉を詰まらせてしまいました。どうやら図星をついてしまったようです。ふむ、これくらいにしておきましょう。ご機嫌を損ねてしまいますからね。

 

 

「アンヌ。何してるんだ、巡回に行くぞ。剣士どもはもう出たし、僕らも行かないと」

 

 レナートが軋むドアを開け、アンヌに声をかけてきました。いいタイミングです。

 しかしまぁ、彼は相変わらずです。クルトたちともまだ打ち解けていないようで、頭が痛い。

 

「はーいレナートさん、待たせちゃいましたか。すぐ行きますから少しだけ待っててください」

 

 そんなレナートの様子を気に留める風でもなく、マイペースな対応を見せるアンヌ。気を緩めすぎるのも問題ですが、彼女の存在はちょうどよい緩衝材です。これからもその人柄に期待したいものです。

 

 結局レナートが呼びに来てから出る準備が整ったのは、皆の報告書を二通ほど読んだ後でした。私たちとアンヌでは、時間の概念が少し違うのかもしれません。それでもあのレナートが愚痴の一つもこぼさないのですからアンヌは大物です。

 

 ようやく巡回に出る二人を見送ろうと、揃って村長宅から出てみれば外は実に良い天気となっていました。昨日の嵐のおかげか空気も澄んでいて非常に気持ちがよい。ここ数日の鬱々(うつうつ)とした気分も晴れようというものです。

 

 しかし、そんな空気はすぐ霧散しました。

 

 

「……ふくちょーー……大変だ~っ……」

 

 

 入り江の方。まだかなり離れているのですが、到着まで我慢できないのか、喉が張り裂けんばかりの勢いでクルトの叫び声がここまで届いてきます。

 

 崖の上の台地に広がっている村落ですが所々に入り江や小規模な河口があり、わずかながらの砂浜、小さな港も作られ、漁をする船や交易船なども出ていたはずです。そんな場所ですらワイバーンらの襲撃を受けていました。

 

 クルトたちにはそういった村の外周りを巡回してもらっていました。

 

 そのはずなのですが朝日に輝く綺麗な海を背景に、急な丘の道をクルトがなぜか一人、息を切らせながら駆け(のぼ)ってきました。

 

「ふ、ふくちょぉ~。はぁ、はぁ……」

 

 普段飄々(ひょうひょう)として、ふざけた姿しか印象に残らない、あのクルトが随分慌てた様子をみせていて、ちょっと意外です。アンヌにレナートも呆然とした様子でクルトを見ています。

 

「一体なにがあったのです? まぁ、とにかく一度落ち着いて。息を整えて水でも飲んで、それからしっかりと報告してください」

 

 冷静になるよう声をかけたのですがあっさり無視され、息も絶え絶えのクルトの口から出た言葉――。

 

 

「そ、そんな悠長なこと言ってられませんって! は、浜、砂浜に、人。それも子供っ、子供が流れ着いてるんでさぁ!」

 

 

 皆、息を飲むしかなかった。

 

 

***

 

 

 クルトの案内であの場にいた全員で入り江の砂浜まで来ました。エリクの姿がなかったのは漂着者保護のためだったようです。

 漂着者はすでに波打ち際から引き揚げられ、今は木陰の下、警備隊で支給しているシートの上に横たえられていました。

 

「……まだ意識はない、です。目立った傷なし。水を飲んだ形跡も、なし、です。後は副長の判断にお任せ、します」

 

 エリクがこの事態に普通すぎて呆れます。荒事や戦闘時とのギャップがひどい。

 

「わかりました。漂着者は以後私の方で対処しましょう。クルトとエリクは職務に戻ってよし」

 

 そう告げたのですが、当の二人に動く気配はありません。エリクも興味自体はあるようです。まぁ、それはそうでしょう。さすがに私も無理に職務に戻れとは言いません。

 

 見つけたのもこの二人ですしね。

 

「うそ……、女の子じゃない……。それもこんなに小さい……」

 

 アンヌが少々ショックを受けているようです。先日の件からようやく落ち着いたと思えば今度はこれです。

 

 一体どのような素性の子供で、どうしてここに漂着することになったのか?

 特徴的な外見を見せるこの子供に、興味と疑問が湧き上がることを抑えるのは容易ではありません。

 

 とはいえ、まず先にやることをやってからの話ですね。

 

「アンヌ。取り急ぎ漂着者の簡易的診断をお願いします」

「はい!」

 

 体の状態把握が最優先。

 エリクの簡単な報告は受けましたが、ここは専門であるアンヌの判断が必要です。

 

 女児のようですが、その子に何もないことをまずは祈りましょう。




知ってた!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆女の子(気絶中)とアンヌさん

軽いうんちく回



※内容微修正


 木陰で寝かされている女児をアンヌが見ています。

 女児は身一つ(からだひとつ)で打ち上げられていて、他に手荷物などは見つからなかったようです。女児自体は、エリクも言っていたように特に問題があるようには見受けられません。アレな外見を除けばいたって普通の六、七歳程度の女児でしょう。ですが素人判断は危険です。アンヌの診断結果を待ちましょう。

 

 

 

 ヨアン副長から、浜辺に打ち上げられていた女の子の診断任務を授かりました。この子のためにもきっちり見てあげなければ! 

 

 はっ、でもその前に。

 

「男性の方々はもう少し離れたところに移動お願いできますか? まだ小さいとはいえ女の子なんです。気遣ってあげてください」

 

 興味津々でこちらを覗き込んでいる男共にチクリと言ってやりました。ほんと、デリカシーのない人達で困る。

 私の言葉に「子供相手にそこまでする必要あるかぁ?」なんて言うクルトとかいうガサツな人がいましたが、副長に腕をつかまれ引きずられていきました。いい気味です。

 

 さて、不躾な目がなくなったところで診てみよう。

 

 ……なんだかもう、何て言えばいいのか。

 

 女の子は小さな体にひざ丈の毛皮をまとってます。縞模様の入った銀色の毛皮はどんな動物の毛皮なのかな? 海水で水浸しになったのと急に乾いたためか、ひどい状態になってます。

 そんな毛皮に頭を通して前後ろを体の横で重ね……、本来なら腰紐かなにかで縛ってあったのだと思うのだけど今それは無く、立って歩けば横から隠すべきところが丸見えになってしまうのは間違いありません!

 

 むうう、発見者二人の記憶を忘却の魔法で抹消しないと!

 けれど今は緊急時、仕方ないので見逃すしかありません。でも次はありません。

 

 いずれにしても、マジこれを衣服と言っていいのかはなはだ疑問だし、問題はまだまだあります。

 靴も履いていないし、何よりです、下着すら付けてないのです。もうほんと、やヴぁいです。

 

 女の子の身長は隊で一番小柄な私よりも頭一つ分以上は小さく、こんな小さな子が荒れる海の中でもみくちゃにされていたかと思うと涙がでそうです。長い髪は首の脇から胸の前にまとめられてますが、見たこともない淡い紫色をしてます。綺麗……。

 気を失っているので目の確認はできないけど、顔立ちは幼いながらもとても可愛らしく、将来はすごい美少女になりそう。ただ肌の色がとても青白く、健康状態がどうなのか気になるところ。華奢(きゃしゃ)ではあるもののやせ細っている訳ではないので、ここは私の魔法の出番です。

 

 手早く状態を確認しよう。女の子には悪いけど毛皮をよけて体を露わにします。なんだろ、傷一つない綺麗な体にちょっと違和感。

 

 ですが、見た目はともかく中までそうとは限りません。

 私は左手に補助・治療系魔法士ご用達、一人前の証でもある魔導ボードを持ち、女の子の胸に右手のひらを軽く添えてトリガー句を唱えます。

 

インタナルスキャン(体内走査)

 

 胸の奥の魔器官がうずく感覚と共に、引き出された魔力が手のひらに伝わり、それが女の子へと伝わる。

 

 集中だ、私。

 私の魔力を女の子の体に巡らせ、それを戻す。その過程を繰り返し体内の悪いところを見つけ出す。

 

 魔導ボードは集めた情報を視覚化できるよう作られた魔道具で、決められた様式に(のっと)ってボード上にそれを見せてくれます。情報は残しておくことも出来るのでとても便利。これを持っていないとスキャンとかで取り出した情報はすべて記憶頼りに。報告書にまとめる時とか……、もう最悪です。

 

 ところで、他人の魔力や属性の違う魔力を人は通常受け入れません。ですので補助や治癒系の魔法士には主に無属性の人がなります。もちろん、無属性といえども他人の魔力。だから補助・医療系の魔法士として認められるには、それなりの技術や訓練が必要なのは言うまでもありません!

 

 (よわい)十八にして中級二位と認められたる私、アンヌ=ハウゲン! すごいでしょ。

 

 ちなみに属性が合う人同士ならばやってやれないことはないのだけど、それでは対応できる人が限定されてしまうよね。やはりそこは適材適所というものだ。

 

「うんうん、よしよし」

 

 心配は杞憂だったみたいで体はもう見た目通り、普通に健康そのものだった。頭のほうの状態に少し不明な点があるけど、そこは気を失っているせいだと思う。あとは扱いに最も気を遣う魔器官に魔力を巡らせれば終了……、

 

「ん? んん? んえ~っ!」

 

 つい乙女にあるまじき変な声を出しちゃった。

 

 な、なんなのこの子。やばい、やばい、やばすぎる!

 ま、ま、ま、魔力半端ない!

 

 魔器官、異常発達してる!

 もう、やばいなんて一言で言い表せないレベル。どうすればここまで発達するのか理解不能!

 それにこれなに? 全身にくまなく魔力が巡ってる……。どうして? ありえない。

 

 これダメ。もう私の手に余る。余り過ぎる。

 

 幸いなのはまだ非活性(パッシブ)状態なこと。きっとこの子、自分のこれにまだ気付いてないと思う。

 

 女の子は放っておいてもそのうち目が覚めるだろう。そこは本当に良かった。

 いいえ、嵐にもまれてた状態でケガ一つないなんて、それはそれでどうなの?って気もするけど。それはまあ置いておこう。

 私は女の子の胸から手を放し、毛皮の衣服もどきを元に戻してあげたところで、小さな頭をナデナデする。本当に可愛い。早く身綺麗にしてあげたい。

 

 離れたところから興味深げにこちらを窺っている副長たちの方を見た。

 きっと私の()()()顔は、安心と不安が入り混じった、何とも言えない表情を浮かべて見えているに違いない。

 

 あとは副長や、そのうちまた来るスヴェン隊長に丸投げだ!

 そう思う私なのだった。




男共、空気(笑)


おーい主人公、仕事しろ~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目覚めた私の行く末は?

ワタシ、イセカイゴワカリマセーン


 暗い闇の中からゆっくりと浮かび上がってくる感覚。

 そんな感覚と共に私の意識は戻ってきました。

 

「ん……、んんっ?」

 

 ぼんやりとした意識の中、ふと違和感を覚えます。

 静かです。

 

「あれ?」

 

 海の上、周りは全部水。そんなところに私は居たはずなのに?

 急な嵐で波に()まれてしっちゃかめっちゃか。わけわかんなくなって……。

 

「あれれ?」

 

 ぱちりと目を開く。

 軽く頭を左右に揺らせば柔らかな感触。それは全身で感じられるもの。

 そしてなにより、目に入ってくるのは、見るのも初めてなのに、でも、とてつもなく懐かしいもの。

 

 人の家。

 建物の中でした。

 

「ここ、どこ? ど、どーゆーこと?」

 

 がばりと上半身を起こし、周囲をしっかりと見回します。

 

 こぢんまりとした部屋。古びて年季の入った木造の建物。所々に真新しい、荒っぽい修理の跡がある。

 私が横になっていた物の正体はベッド!

 前世日本で見たような上等なものじゃない、木枠に(わら)とかしいて織物で作ったっぽいシーツで覆っただけの、質素なもの。中身不明の柔らかな枕。かけられていたのは羊毛か何かで作ったシーツかな? ふわふわとした触り心地が最高。でも銀虎毛皮だって最初のころは……。

 

 けど、けどです。

 そんな細かなことはどーでもいい。

 

 ベッドなんだよ、ベッド。

 人の家なんだよ、家!

 

 私は。

 私は。

 

 知らない間に。

 

 いつの間にか――、

 

 

「も、目標、達成だーーーーー!」

 

 

 海に行く手を(はば)まれ。

 海に流され。

 あまりの運の無さに絶望したが。神は我を見放さなかったー!

 

 神――。

 居るのかな? まぁどうでもいいね。元日本人無神論者ですし。

 

 更に気付く。

 服だ。ちゃんとした衣服。淡い緑色のワンピース。誰かのお古なのか所々擦り切れてるし、サイズも大きくて腕とか色々余りまくってる。でも服だ。文明人の証。

 

 更に、更に、重大なこと!

 

 パンツはいてるー!

 

 ちょっとふわっとした感じで、かぼちゃパンツに近い。うーん、アレを出すところもなし。

 うん女の子のパンツです。

 

 なんというか私って、やっぱ女の子の体なんだなぁ……、すーっごく今更だけど。

 姿としては当然わかっていたし、可愛らしい子だとも思ってたし。けど、それだけ。樹海(もり)での生活でそれはなんの意味もなかった。スライム体強化してるしね。

 

 ……。

 

 涙出そう。実際出したことないけど。どうやれば出るんだ?

 

 ああもうすぐ逸れてしまう。

 そ、そういうことを意識できる環境にやっと出会えた。

 

 文明に……、出会えた!

 出会えたよ……。

 

 

 

 

「やっふぃ~ーーーーー!」

 

 

 

 思わずベッドの上で飛び上がり、かなりの大声を出して喜んでしまった。

 

 

 

 

ᛞᛟᚢᛋᛁᛏᚨᚾᛟ(どうしたの)?」

 

 初めて耳に入る人の声、でも聞きなれない言葉と共に、ちょうど正面近くにあるドアがすごい勢いで開き、誰かが飛び込むように入ってきた。

 

 

「え?」

 

ᛗᚨᚨ(まあ)ᛃᚨᛏᚢᛏᛟᛗᛖᚷᚨ(やっと目が) ᛋᚨᛗᛖᛏᚨᚾᛟᚾᛖ(覚めたのね)?」

 

 

 年若い、まだ二十(はたち)にもなってなさそうな女性。

 ほっとしたような表情を浮かべて私の方を見てる。東欧系の顔立ちに色白の肌、肩くらいで切り揃えた淡い金髪に青空のような瞳をした優しそうな女の人。

 

 つ、ついに、第一現地人と遭遇しましたっ! うれしい。

 でも何言ってるか全然わからない!

 

 ど、どうしよう――。

 

「あ、あのう……、私。た、助けていただいたみたい……で、えっ?」

 

 ここでこうしてるってことはそうなんだろうと、確認してみる。どうせ通じないんだろうけど。

 けど、そもそも私の言葉は聞いてなかったみたいで……、

 

ᛃᛟᚲᚨᛏᚢᛏᚨ(よかった)ᚨᚱᛖᚲᚨᚱᚨ(あれから)ᛉᚢᛏᚢᛏᛟ(ずっと)……、ᛗᚨᚱᚢ()ᛁᛏᛁᚾᛁᛏᛁ(一日)ᛁᛗᚨᛗᚨᛞᛖ(いままで)ᛗᛖᚹᛟ(目を)ᛋᚨᛗᚨᛋᛁᛏᛖ(覚まして)ᚲᚢᚱᛖᚾᚨᚲᚢᛏᛖ(くれなくて)ᛋᛁᚾᛈᚨᛁ(心配)ᛋᛁᛏᚨᚾᛞᛖ(したんで)ᛋᚢᚲᚨᚱᚨ(すから)!」

 

 怒涛のわからない言葉と共に、首から背中にかけ手を回すようにして引き寄せられ、そのままの流れで第一現地人の女性の胸の中に納まれば、ぎゅーっと抱きしめられ頭もナデナデされ始めました。

 

 え、なにこれ? どういう状況?

 撫でられるのはいやじゃないし、女性は柔らかくていい匂いするしで役得だけど。起きたばかりの私には、言葉もわからないし、もう何がなんだかさっぱりです。 

 

 誰か教えてプリーズ!

 

「アンヌ、ᚲᛁᛃᚢᚢᚾᛁ(急に) ᛞᛟᚢ(どう)ᛋᛁᛏᚨᚾᛞᛖᛋᚢ(したんです)ᛉᛁᛃᛟᛉᛁᚷᚨ(女児が)ᛞᛟᚢᚲᚨᛋᛁᛗᚨ(どうかしま)ᛋᛁᛏᚨᚲᚨ(したか)?」

 

 あ゛、また一人入ってきた?

 でも当然のごとく、何言ってるのやらさっぱり……。

 

 樹海(もり)生活から一変。やっと人の居るところまでたどり着いた(人任せ)ものの。

 物事は簡単に進んでくれそうにありません。

 

 はぁ、やっぱ湖にずっといた方が良かったのかな?

 そんなことをつい思ってしまう私なのでした。

 




訳どう入れるか悩む―

別の行にまとめて、本文には入れない方がいいのかなぁ

っていうかメンドクサイぞこれ(笑)


ルビで行きますねぃ。ご意見ありがとうございました^^


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女の子の名は?

"君"って書くとまずいやろか?


 気を失っていただけで、特に体に悪いところもない私は早々にベッドから出されました。

 

 それにしてもスライムとして数えきれない長い年月を生きた私が……、まさか気を失ってしまうとは!

 

 忸怩(じくじ)たる思いです。

 

 しかしまぁ、普段からちゃんと息とかするよう生活していたのは幸いでした。どうやら助けてもらったみたいだし、息もしていないのに死んでない気絶した女の子を見れば、怪しすぎて助けるどころか逆に処分されていたかもしれない。スライム謹製サンダルも気を失うと形を維持出来なくなり消えていました。

 

 女性の後に入ってきたのは男の人でした。前世の私が見たら悔しがる、いや比べることすらおこがましい、色白美男子です。背丈は女性よりかなり高く、きらびやかな銀髪に暗めの青い瞳、文句の付けようもない王子様顔です。くそ。男女で同じような服装で、股下丈のチュニック(っていうんだっけ?)に細めのズボン。首周りにスカーフ、足元は編み上げの革のブーツかな? 同じ組織に属してるって感がありあり。女性の方は胸元が少し窮屈そうで、私のツルペタとは対照的です。く、くやしくなんてありませんから!

 

 女性も男も私に色々話しかけてきましたが、何を言ってるのかさっぱりでした。

 じれったく思ったのか男がドアの方を指さし、女性がうなずくと私の頭をひと撫でしたあと有無を言わさずといった感じでベッドから引っ張り出されました。うう、大事にしてくれてたかと思えば案外容赦ないです。

 

 そのまま、隣の部屋に連れ出されました。ベッドを出る際、履かされた靴はサイズが合ってなくてペタペタ音をさせながら歩いてたら男に苦笑いされました。

 

 隣の部屋も私がいた部屋と一緒で、お世辞にも綺麗とはいえない状態でした。所々に修理の跡があるのも同じで、屋根にまで応急処置がなされています。それに壁とか床の至る所に黒い染みがありますが、これは気にしない方がいいやつです。

 

 大きな木製のテーブルに三人でつきます。男を向かいに、私は女性と並んで座りました。はい、椅子に脇から抱えあげられて座りましたとも。この女の人、力あるね!

 

 会話も成り立たないのに何するんでしょう?

 そう思ってたら男が自分を(ゆび)さし何か言いだしました。

 

「ヨアン。ヨアンᛞᛖᛋᚢ(です)ᚹᚨᛏᚨᛋᛁᚾᛟ(私の)ᚾᚨᚺᚨ(名は)ヨアンᛏᛟᛁᛁᛗᚨᛋᚢ(と言います)ᛃᛟᚱᛟᛋᛁᚲᚢ(よろしく)ᛟᛉᛁᛃᛟᚢᛋᚨᚾ(お嬢さん)

 

 うーむ、これはきっと自己紹介。自らを()しながらヨアンって単語を繰り返してる。私の薄青系透明スライム脳細胞(仮)がうなりをあげて思考をめぐらせるぜ! 

 

「よ、あん? よあん?」

 

 私がそう聞き返せば男、ヨアンが笑みを浮かべる。イケメンの笑顔。()にはご褒美でもなんでもない。でもヨアンね。スライム覚えた。

 で、それを見ていた女性が私の手を取り、興奮気味に自分を指さしながら言う。

 

ᚹᚨ()ᚹᚨᛏᚨᛋᛁᚺᚨ(私は)アンヌ。アンヌᛏᚢᛏᛖᚾᚨᛗᚨᛖ(って名前)。アンヌᛞᚨᚲᚨᚱᚨᚾᛖ(だからね)ᛟᛒᛟᛖᛏᛖᚾᛖ(覚えてね)、アンヌᛃᛟ()!」

 

 ちょ、落ち着け女の人! 言葉が長いと難しくなるから! まぁなんとかわかるけどね。

 

「あんにゅ?」

 

 あ、かんだ。"ヌ"はしゃべり慣れてないこの口にむずい。しかたないね。

 女の人、アンヌさんが喜んでいいのかどうか微妙な表情浮かべてる。すみません。

 

「アンヌ。アンヌᛃᛟ()? ᛗᛟᚢᛁᛏᛁᛞᛟ(もう一度)ᛁᛏᚢᛏᛖᛗᛁᛏᛖ(言ってみて)? ᚾᛖ()?」

 

表情や手振りからもう一度言って欲しいみたいだな。これからお世話になりそうな人だし。サービスしておかないとね。

 

「あんにゅ!」

 

 やっぱりかむな。そのうち慣れると思うから今は許してね。アンヌさん。

 

 この世の終わりみたいな表情を浮かべるアンヌさん。そ、それほどのもの? そんなやり取りをしてたら、ヨアンが割り込んできた。

 

ᚺᚨᛁᚺᚨᛁ(はいはい)ᛏᚢᚷᛁᚺᚨ(次は)ᛋᛟᚾᛟᚲᛟᚾᛟ(その子の)ᚾᚨᚹᛟ(名を)ᚲᛁᛁᛏᛖᛗᛁᛃᛟᚢ(聞いてみよう)

 

 軽い会話を二人が交わし、その二人が同時に私を見てきた。流れから行けば次は私の番ですね、わかります。私、私の名前……。

 

 あ゛。

 

 ああーー。

 

 ない。

 ないです、名前!

 

 いやー、すっかり失念してました。マジで。どれだけ長い間名無しでいたんだって話なんだけどね。

 

 かと言って前世日本人の名前なんてもう思い出したくもないし。それに男だったし。

 この世にはいつの間にかスライムっぽいものとして存在していて、親と呼べるものだっていないし。今までの暮らしで名前が必要な状況なんて全くなかったしね。だいたいですね、野生の生き物に名前なんてものはいらないんです!

 

 私、女の子の(がわ)を持つ野生のスライム娘、名前はまだない!

 

ᚨᚾᚨᛏᚨᚾᛟ(あなたの)ᛟᚾᚨᛗᚨᛖᚹᛟ(お名前を)ᛟᛋᛁᛖᛏᛖ(教えて)? ()ᛖ ᛏᚢᛏᛟ(え~っと)ᚾᚨ()ᛗᚨ()()ᛟᛋᛁᛖᛏᛖ(おしえて)? ᚹᚨᚲᚨᚱᚢ(わかる)?」

 

 アンヌが私を指さしながら身振り手振りで一生懸命意志を伝えようとしている。うん、わかる、わかるよ、その気持ち。きっと名前が聞きたいんだよね?

 

 でもごめんなさい。無理なんです。

 

 私はアンヌを上目に見ながら、気まずく目を逸らすことしかできないのでした。




話がなかなか進まな~い


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆気付きと決まりごと

今までで最長!


 女の子が目を覚ました途端に事情聴取をしようとするヨアン副長はちょっと冷たいと思います。

 

 今は、いつも会合で使っている元村長宅の食堂で大テーブルを挟み、副長と向かい合って座っています。もちろん女の子は私の隣です。

 

 始まりは、女の子を寝かせてある私の部屋から、可愛らしい高い声が聞こえてきたところからです。

 慌てて部屋に飛び込んでみれば、ベッドの上に立ち上がり、辺りを見回している女の子の姿がありました。

 

 きっと知らないところで目覚め、不安になったに違いないです。

 

 不意に現れた私に驚いた女の子と目が合えば、それはもう吸い込まれるかのように深い、澄んだ綺麗な紫色をしていて思わず見入ってしまいそうで。それと同時に目覚めたことにほっとしました。

 女の子が何かを言い、私も興奮混じりに何か言ったかと思いますが覚えていません。気付いたら女の子をぎゅっと抱きしめてナデナデしていました。

 恐ろしいほどの高魔力を持っているのに、未だ非活性(パッシブ)で、ちょっと危うさをはらんだ女の子なんだってことはその時は関係ありませんでした。

 

 副長が入ってきて引き離されました。イケメンだけど真面目過ぎて空気読めない人です。

 女の子に話しかけましたが、どうにも会話になりません。時折視線が動くのと口元がもごもごとするだけで、どうにも反応が薄く、表情にも変化がないのです。

 

 副長が私を見て、ドアを指差しました。隣の部屋に行けとの指示ですね。

 どうやら本格的に話を聞き出そうとする構えです。

 

 ということで冒頭に戻ります。

 

 ほんと副長、冷たいです。

 ついさっき目覚めたばかりなのにもう聴取。女の子が可哀想です。

 

 それはさておき、まずは自己紹介からです。

 

 自分を指さしながら名前を繰り返すヨアン副長。なんでしょう、怪しさ満点の女の子に「よろしくお嬢さん」とかのたまうこの人の育ちの良さにはあきれるばかりです。

 女の子も一応副長のことをじっと見つめて言葉を懸命に聞いているように思えます。きちんと場の空気を読んでる。えらい!

 

 とはいえ相変わらずの無表情。う-ん、なんなんだろこの感じ。

 ちょっと引っかかる感覚が心をよぎりますがそれをひっくり返す事態発生!

 

「よ、あん? よあん?」

 

 うそぉ、副長の名前を呼んだよ? 呼んじゃったよ!

 これは由々しき事態。先を越されました! 私は女の子の手を取って私の方を向かせ、自分の名前を必死に連呼して聞かせました。アンヌ、アンヌ、私はアンヌだよ~!

 

 ど、どうかな? ドキドキ。

 

「あんにゅ?」

 

 へ?

 

 な、なんて、言った、の?

 副長の顔が薄い微笑みで満たされています。きぃーーーーー!

 再度名前をこんこんと言って聞かせ、女の子がちょっと大きな声でまた名前を呼んでくれた。

 

「あんにゅ!」

 

 ああ、そ、そんな。可愛いだけに怒れないぃ。なんとかきっちり覚えてもらわないと! そう思ったのに……、

 

「はいはい。次はその子の名前を聞いてみよう」

 

 副長が割り込んできた。そして小声で私に話かけてくる。

 

「アンヌ。それぐらいにして。女児にあなたの名前の発音は難しいのでしょう。おいおい正しい発音で呼べるようになるでしょう。それより今は名前の確認が先ですよ」

 

 くうっ、正論ですね……。

 副長と私、二人して女の子を見やります。女の子もじっとこちらも見ています。澄んだ紫色の目からその感情を読み取ることはできません。なんだかやっぱり……。浮かんだ考えを隅に追いやり、女の子に問いかけます。

 

「あなたのお名前を教えて? あ、え~っと、な・ま・え、おしえて? わかる?」

 

 身振り手振りを交え必死に女の子に問いかけました。名前だよ、あなたの名前。私たちに教えて!

 

 けれどそんな私の願い。問いかけに帰ってくる言葉はなく。ただ女の子が私のことを上目遣いに(うかが)うように見てくるだけに終わってしまい、結局名前はわからずじまいでした。

 

 

 そんな中で終始目に付いた女の子の表情。

 ずっとあった違和感……。

 

 その答えに気付く。

 

 それは……、感情が見えない、浮かばない。

 子供らしい喜怒哀楽の表情のない、悲しいまでの無表情なのでした。

 

 

 

 

***

 

 

「さて皆さん、あの女児について色々確認しておこうと思います。何か気付いたことはありますか?」

 

 アンヌが落ち込んでいますが待ってあげるわけにもいきません。スヴェン隊長が再訪するまでにある程度の報告が出来るようにしておきたいですから。

 先ほどの女児との対面もレナートの風魔法、リスニング(聴き取り)アンプリフィケーショ(増幅処理)ンで全員に共有していました。

 

「ありゃ、こっちの言葉、まったく理解できてませんねぇ」

「けど、こちらのやってほしいことや、言おうとしていることへの理解力はあったと思う!」

 

 クルトとアンヌがまず発言しました。

 

「あんなどこの誰とも知れない子供、さっさと領都の孤児院にでも放り込めばいいじゃないですか」

 

 レナートの直截(ちょくせつ)な言葉にアンヌが口を尖らせますがなんとか(こら)えます。色々わきまえているようでなによりです。

 レナートの言うことは一つの解ではあります。対応も楽ですし。まあそれと人の持つ感情は別でしょうけれど。

 

「あの嬢ちゃんが着てた毛皮な。あれ、一角皇虎(インペリアルタイガー)の毛皮で間違いない。ハンター五人、いやモノによっちゃ十人は居ないと仕留められない代物だわ」

 

 色々な意見、中には眉を(ひそ)める意見も飛び交いましたが、じっと黙っていたエリクがぼそりと一言発しました。

 

「あいつ、生贄にされた娘……、じゃないのか? こんな辺鄙(へんぴ)な場所、で、小さな女の子。年の頃が微妙……だけど、あの日記にも……書いてあった、んだろ? 年齢よりもかなり、幼く見えるって」

 

 エリクの意見。言われてみれば確かにそうです。

 このような僻地(へきち)。ヴィーアル樹海にも近い危険と隣り合わせのような土地。小さな女児が一人で居られるはずもない。

 髪の色が異なるのと、幼く見えるので全く思いもしませんでした。確か記述によれば赤髪に赤茶の目とあったはずですが……。

 

「うーん、髪や目の色が変わるなんてことはあり得るのでしょうか?」

 

 つい独り言がこぼれます。

 

「それならば十分にありえる話です。例えば当人の高魔力に伴う変化。あるいは魔獣のもつ毒の(たぐい)、もしくは魔獣の魔力そのものに侵され変質したという話も聞き及んだことがあります」

 

 まさかのレナートからの肯定です。いや、魔法に造詣(ぞうけい)の深いダール家の一員であればあり得る話ですか。少し見直しました。

 

 なるほど。それならばこうしますか。

 

「では、仮にですが女児の名はミーアとします。この村の悪しき儀式の犠牲となった子供の名です。不明な点が多く、別人という可能性はもちろんありますが、我々としても呼び名がないと困りますからね。当面の便宜(べんぎ)をはかるということにおいても適当でしょう。異議のあるものは?」

 

 ここまで言ったところで皆の顔を見回す。

 特に異議のあるものは居ないようです。アンヌなど、しきりに頷いています。

 まぁ他の皆は、面倒だから早く終われ、程度の気持ちなのかもしれませんね。

 

「では決まりですね。今後、女児はミーアと呼ぶこととします。この決定を(くつがえ)す新たな事実が出ない限り、ヨアン=リンドグレーンの名において、これが変わることはありません。異議のあるものは本日中に申し立てること。それ以降は決して受け付けることはありません。――では解散」

 

 

 女児の名前が決まりました。

 

 あの女児が本当にミーアなのか、それとも別人なのか?

 実際のところ、私はどちらでも良いのです。

 

 真相は女児、ミーアと意思疎通が出来るようになってから聞いてみることにしましょう。

 




まとまり悪いな……

誤字報告感謝です。
色々ためになります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーアのほぼ普通の一日

平和が一番ですねぃ


 名前がわからず会話もできないなど、さすがに不便と思われたのか名前をもらいました。

 

 アンヌが私に指をさしさし、同じ言葉を繰り返すからいやでもわかった。

 

「みーあ?」

 

 聞き返したらとても喜んでくれました。でもなぜかアンヌの表情が笑顔の裏で曇って見えたので、まぁあちらでも色々あるんだろうと、少し同情の気持ちがわきました。

 

 ミーア。それが私の名前です!

 

 自分の感性からすれば、十分可愛らしい名前だと思います。元男としてはアレだし、スライムだし、どうなの? ってところは置いておいて、女の子としては良いに決まってます!

 やっぱ名前があればこそ、この世界に生きてるって認められた気分に浸れます! あ、いや、私が純然たる人かどうかなんて、この際どうでもいいのです、うん。

 

 そういや今更の今更だけど……、スライムに性別ってあるのかしらん?

 

 ……。

 

 

 

 私の生活は彼女(アンヌ)らに拾われて一変しました。

 樹海の樹上生活(もりさばいばる)よ、さよ~ならー!

 

 子供な私はアンヌと寝食を共にすることになりました。

 一緒のベッドで寝てますの、うふふん。私が最初寝かされてたところがアンヌの使ってる部屋でした。

 朝起きたらアンヌが髪を結ってくれます。

 

 こ、この俺……、いや私がツインテールです。うけた。

 あるんですね、異世界にもツインテール。

 幼女にツインテール。ありありのありだね。

 

 ワンピース。最初は着せてもらいましたが、簡単なのですぐ自分で着られるようになりました。ま、被るだけだしね。サイズは詰めてくれてたのか、肩とか腕、腰の余ってたところがマシになってます。しかも二着に増量!

 

 アンヌ、何気に女子力高い!

 

 下着はパンツのみ。上は……、すまないツルペタで。いらないんす……。

 ちなみに女性のお胸に当てる例のやつはこの世界でも確かに存在する! アンヌの立派な双丘にて確認済み。あれは良きものです!

 

 食堂でごはんを食べさせてもらっています。

 ここには、すでに知ってるヨアンの他に三人の男がいました。クルト、エリク、レナートって言う人たちです。ヨアンに自己紹介させられてました。

 クルトは色黒の大男で、ずっとにやけてました。でかい手で頭をグリグリ撫でられて首もげるかと思いました。加減って言葉を知れ!

 エリクは色白の痩身で、ぼそぼそ話すのでもっとデカい声でしゃべれって思いました。ちょっとオタクっぽいです。

 レナートは上から目線の態度ですっごく嫌そうな顔をして自己紹介したので、私だってそんな顔するあんたなんか嫌いだ!って心の中で叫んでおきました。

 みんな無駄に背が高いので普通の子だと怖がったりするかもしれませんが、私はぜんぜん平気です。人なんて怖くないし! 顔色一つ変えない自信あるし! 顔色はいつも青白いけれども……。

 

 お約束、話大幅にそれた。

 

 ごはんは質素でおいしいとは言えない。さすがにスライム体での栄養吸収は自粛してるので口からの食事は大事! まっずいけど食べてます。あ、言っちゃった。

 

 日中は特にすることがなく退屈です。アンヌの手が空いた時に会話の練習をするくらいしかない。

 まだ会話と言うには片言にもなっていないので無理がありますが。まぁスライム体細胞総動員で聞いた単語や言葉を吸収していっているので話せる日は近い……はず!

 

 ぜひ! 早く話せるようになりたいです。会話は大事。人として!

 

 

 アンヌたちはこの建物がある周りを見回ってます。巡回って言うんだっけ? そんなやつです。まだ外に出してもらえないので窓から外をのぞき見るだけですが。

 見える景色はなかなか悲惨な状況です。点在する建物すべて壊れまくりです。建物(ここ)にやたら補修跡、それに黒い染みがある理由も推測できました。きっと魔獣。屋根も多く壊れてるし、空飛ぶ奴。ワイバーンとかに襲われたんだと思います。

 

 どうりで他の人たちの姿を見ないわけです。

 ここに元々住んでた人たちはきっとアレです。その、ご愁傷さま……。

 

 で、そんなことを考えながらふと気付いちゃったんですよね、けっこう大事なことを忘れてるってことに。

 

 

 ここどこ?

 

 

 助けてもらったのはわかってます。

 漂着したのもアンヌ必死の身振り手振り(ゼスチャー)で理解出来ました。

 

 それで?

 

 それで、肝心の漂着したここはどこなの?って話。当初の目的通り、対岸の陸地なの? それともず~っと流された、まったく別の場所なの?

 

 ワイバーンが出没した形跡のある場所だし、私の想定したルート上ではあるような気もする……。

 

 別にそれを知ったからどうなるって話ではないし、結果的に人と会うって目標は達成できているから大勝利なんだけど……、やっぱ気になるじゃないですか。

 会話出来るようになったら自分がいたところとか、ここ。それにもちろんこの世界。色々知れたらいいと思う。

 

 ああ、夢が広がる~!

 こんな気持ち。湖や樹海に居たまんまじゃ絶対味わえないです。

 

 

p.s.

 

 寝る前にアンヌが体を濡れタオルで拭いてくれる(遠慮のかけらもなくまっぱに()かれます)のですが、水の用意の仕方がアレでしたの、アレ。

 

 ヘタしたら人と会えた時以上の衝撃でした!

 

 用意していた桶に手をかざし、アンヌが何か言ったかと思えばあら不思議、空だった桶に水がじわじわと湧いてきて、ついには桶を水で満たしたんです!

 

 

 ……。

 

 魔法。

 

 あったんだ……、うん。

 

 

 んふふっ!

 




p.s.
大事(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーアの表情

シリアスに見せかけた、なにか……


 魔法。

 魔法だよ、魔法。

 

 空っぽだった桶にどんどん水が湧いてきて、見る間に桶いっぱいになったよ!

 水道の蛇口みたく上から注ぎ込むんじゃなく、湧き水、まさに底から湧いてくる感じでっ!

 

 かっこいい!

 しゅごい!

 

 ……っと、いけない。興奮しすぎ。おお、落ち着け俺。

 

 アンヌは息をするかのように、ごく普通にそれを行ってた。

 考えて見ればワイバーンみたいなファンタジー生物わんさかいるような世界。何より()()()()()()自体ファンタジーそのもの! だったら魔法だってあってもおかしくもなんともない。

 

 これはもしや、ワンチャン俺も使える可能性あるんじゃないのか~?

 いやある。あるに違いない!

 

 そう思うと興奮してなかなか眠くならない。

 思考もなんだかいつもより荒々しい。

 

 マジ落ち着こう。落ち着きましょう……。

 

ᛞᛟᚢᛋᛁᛏᚨᚾᛟ(どうしたの)? ᚾᛖᛗᚢᚱᛖᚾᚨᛁ(ねむれない)ᚾᛟ()?」

 

 そんな調子で寝付けずベッドでモソモソしてたせいか、寝ていたはずのアンヌがこちらを向き、何か話しかけながら、いたわるように撫でてくれた。

 

 ああ、起こしてしまったなぁ。

 

 こんな得体の知れない子供(がき)だというのにこの()はとても優しい。長きにわたったエコな生活ですさんだ? 心も癒されそうなくらいに優しいんです。

 

 アンヌに気を使わせてもあれなので、なんとかがんばって寝るとしよう。そうしよう!

 

 おやすみなさい……。

 

 

***

 

 ミーアちゃんが魔法に興味を示したようでした。

 

 桶に水を満たすのに使った、ごく普通の基礎四元魔法です。

 基礎四元魔法の中でも、人が生きる上で欠かせない水や火は生活魔法と呼ばれ、特に親しまれている魔法です。必要とする魔力もわずかで属性の影響も無視できるレベルのため、人並みの魔力さえあれば使えるお手軽魔法です。

 ちなみに風は扱うに癖が強く、土は必要魔力が若干多めとなり、大多数を占める庶民の少ない魔力基準だと、生活魔法の仲間入りには一歩及ばないといったところです。職人の方に使う人が多いみたい。

 総じてちょっとした道具扱いの魔法であり、出来ることだって限定的です。とはいえ、どんなものでも使い方次第では大事故にも繋がるんだから注意が必要なのは当たり前ですね。

 

 そんな生活魔法すら知らないミーアちゃん。

 

 生活魔法、基礎四元魔法なんて普通に生活してたら必ず目にする魔法だよ。暖炉や(かまど)への火入れ、毎日の炊事。子供なら家の手伝いで水がめに水を張らされるなんて、よく聞く話だ。

 

 ここみたいな辺境の村なんてそれこそ、生活魔法無しの暮らしなんて考えられない。

 

 ミーアちゃんの魔器官は非活性(パッシブ)。だからまだ魔法は使えない。本来なら活性化(アクティベート)は親の仕事。でもミーアちゃんにその親はいない。この村では代わりにそれをしてくれる大人なんて居なかったに違いありません!

 

 すごい(いきどお)りを覚えずにはいられないけど、ある意味罰以上の犠牲を払ってしまったこの村。それでも私の胸のもやもやは晴れないよ。

 

 たまに変な、意味のわからない言葉をつぶやくだけで、まともに会話すらできない。

 笑わず、泣かず、表情が全く変わることがないミーアちゃん。

 悲しいこといっぱいあったはずなのに、涙すらこぼすこともありません。

 

 わかってるのかな?

 まだ一度だって笑顔をみせてくれてないことに。

 

 

***

 

 起きたらアンヌがいつも以上に優しい。それに異様に張り切って見えます。

 何か機嫌がよくなることでもあったのかな?

 

 小さなテーブルセットに座らされ、寝起きでぽやっとしていたら(いやスライム脳だって微睡(まどろみ)とかあるから!)アンヌがどこからか何か持ってきてテーブルの上にカタリと置いた。布のカバーが被ってて何かはわからない。何これと問うようにアンヌを見てもにこりと笑うだけです。

 

 うむうむ、サプライズ的な何かかな?

 

 アンヌが私の横に立ち、ちょっと勿体つけながらも大げさな所作でカバーをぱさりと外しました。

 

 

 目の前に女の子がいました。

 

 綺麗な紫色した大きな目を持つ女の子。

 淡い紫の髪をツインテールにしたまだ幼い、とても可愛らしい女の子。

 その女の子が感情の見えない面持ちでこちらを見返してくる。目をぱちくりしたら、向こうも同じにぱちくりした。

 

 つうか私じゃん!

 

「か、鏡っ!」

 

 つい日本語で叫んでしまった。そう、目の前に置かれたのは鏡だった。

 ちょと大きい雑誌サイズで、簡単な足がついててテーブルの上で自立するようになってる。軽い装飾の施された木枠は色あせや虫食いがあり、ガラス面にも所々腐食が見られる。年季が入ったそれは、でも(まご)うことなき鏡だ!

 

 鏡に向かい思わず手を伸ばした。小さな指で鏡に映った自分をなぞる。自分の顔をここまではっきりと見るのは初めて。

 スライム体を延ばして見る光景は人の目で見るのものとは違うし、水面に映る姿はやっぱり鏡には数倍劣るから。

 

ᛟᛞᛟᚱᛟᛁᛏᚨ(驚いた)? ᚲᚨᚷᚨᛗᛁᚹᛟ(鏡を)ᛗᛁᛏᚨᚲᛟᛏᛟ(見たこと)ᚨᚱᚢ(ある)?」

 

 アンヌが何か言ってるけど鏡に映る自分に夢中な私。しかしなんだろ。私少し無表情すぎない? なんだこの不愛想な娘は。せっかくの可愛らしいお顔が台無しじゃん。

 

 そんなことを思ってたらアンヌが腰を落とし、私の顔の横に自分の顔を寄せてきた! ほっぺが触りそうな、というかもう思いっきり触れ合ってますん。

 

 な、なにするの? アンヌさん?

 鏡を前に、すぐ横で百面相を始めちゃいました、この人!

 

 笑った顔、怒った顔、困った顔、それから……泣きそうな顔……。

 並んで映る私の顔は変わらず無表情。なんとも対照的な絵面(えずら)……。

 

 なんだろ、なんなんです? 私ってこんなに表情変わらないの?

 少なからず面白いと思っている自分がいるのにこの表情。

 つい自分で自分の(ほほ)を摘まんでみた。あっかんべーとかもしてみた。

 

 でもそれだけ。やめると元の無表情。

 そんなの当たり前だけど……、何か違和感。

 

 アンヌが百面相をやめ、そんな私をじっと見つめてました。

 

 なぜか目が潤んでるんですけど!

 百面相してた手が私の(ほほ)に伸びてきて、それから……、ああ、ちょ、ちょっと待って、私の顔で遊ばないで~!

 

 あのぉ、泣きながら私の顔で百面相をやり出したんですけど!

 

 

 

 でもおかげで分かりました。理解しました。

 アンヌが何を伝えたかったのかも……。

 

 うん、そりゃアンヌも心配だったろうね。ずっと無表情で泣きも笑いもしない幼女。

 ひくわぁ、ひいちゃうわー!

 

 

 私、スライム娘。

 顔の表情動かすこと忘れてましたーーーーー!

 

 てへぺろー!




おい~~(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーアの現状把握(てきとう)

ミーアの適当主観


 女の子の体に入ってから四ヶ月も経ってたせいで、表情変えるのに手こずってるミーア十歳です。

 

 ちなみに、涙は身体の反応としては出ます。でも悲しいって気持ちにリンクさせることが難しい。

 今から泣くって意識すれば出せるのでまぁいっか。

 

 言葉を習いだしてから一週間。

 数の数え方や物の名前、最低限の必要な言葉とか、少しずつ少しずつ意思の疎通が出来るようになってきてます。

 

 そうやって習ってる中でアンヌが懸命に教えてくれました。

 

 私は、この村でワイバーンの生贄にされた女の子、ミーア()()()こと。

 ――生贄(いけにえ)の理解に一番時間かかりました……。

 ミーアは十歳。親はいない。

 村自体は飛んできた複数のワイバーンと思われる亜竜種に襲われて全滅。

 

 片言でわかったのは今のところそれくらい。

 でもスライム脳はマジ優秀(自画自賛!)で、一度聞いたことは忘れないからミーア助かる。

 

 それにしても十歳って……。とてもそうは見えない。アンヌも少し悲しげな顔で五、六歳くらいに見えると言ってたし、私は八歳くらいって思ってました。

 うーん、成長の認識に多少の齟齬(そご)が見受けられます。ま、どうでもいいですね。

 

 話してる中で一番知りたそうにしてたこと。身振り手振り(ゼスチャー)を含め、片言なりに総合的判断をすれば、ずばり私がどうやって今まで生きてきたか? です。

 そりゃそうか。こんな幼女が四ヶ月も一人であの樹海、あ、あそこヴィーアル樹海って言うらしい。……樹海で生き残って、しかもここまでたどり着いたんだもんねぇ。たどり着いたのは偶然だけれども。

 

 今はまだ言葉もあれだし適当にごまかしてるけど、どう伝えたものでしょう。

 

 スライムが中に居まーすって話すのは論外として、身体能力高いとか傷なんかすぐ治っちゃいまーす、くらい話す? それはそれで色々問題ありそうだけど……、納得してくれるかどうか。うーん。

 私が着てた銀虎毛皮にしても、どうやって手に入れたのかって、かなり(いぶか)しまれてる。アンヌと言うよりヨアンとか他の男どもにだけど。

 

 迷惑なのがクルトとかクルトとかクルト。暇があるとちょっかいかけて来やがるです。

 

「嬢ちゃん元気にやってるか?」

 

 って、高いところから頭グリグリしてきます。気に入ったみたいで来るたびにされます。

 ほんとクルト来るとうざいです。クルトだけにっ――。

 

 あ、今のは笑うところです……よ?

 

 ――元おっさんですみません。生まれ変わってすみません。

 

 それとレナート。あのタカビー(高飛車)兄ちゃんは私はついでで、アンヌが目当てなの見え見え。まだ言葉が(ろく)に通じない私にすらわかるレベル。そんなのは私が居ないところでお願いします。

 

 私をダシにすんな!

 

 とまぁ周りは色々と私のこと(一部アンヌがらみ)でわちゃわちゃしてるけど、正直知ったことじゃないです。放置です。ややこしいことになりそうなら逃げてやります!

 

 なんて簡単にはいかないんでしょうね。しがらみも少しは出来ましたし。

 はぁ、人ってほんと面倒くさいです。

 

 

***

 

 

 そんなこんな、なんやかやで、更に一週間過ぎました。

 一応まだ逃げ出さずにいるミーア十歳です。

 

 なんだか今日はみんなの様子が(せわ)しないです。

 忙しそうに動き回ってるアンヌにそれとなく聞いてみれば、どうやらアンヌたちの隊長さんが大勢を引き連れてここに来るみたいです。

 アンヌたちはヴィースハウンって領地の境界を守ってる領境警備隊の隊員で、ヨアンは副長さんらしい。ふいぃ~、意味を日本語風に理解するの苦労したんですから。

 

 くふふっ、この一週間で更に私の言語理解能力は格段にアップしたのだよ。恐れ敬うが良い~~!

 

 

 ――ネタばれすると、最近は図や絵を書いてやり取りすることを覚えたミーアちゃんです。

 

 書くものは何かを固めて作ったチョークみたいなやつで、食堂にある正にそのためにあるであろう黒板もどきにカキカキしています。

 絵を書いて尋ねれば答えてもらえるし、ついでにそれを表す字も覚えられます。一石二鳥とはまさにこのこと! 絵のセンス? そ、そんなの、わかればいいんですから、から!

 

 す、すごかろー! えへん。

 みんなアンヌのおかげです。ありがとうございました。

 

「まほう、おしえる? つかって、みたい」

 

 片言で魔法のことも聞いてみました。使える? 使ってみたいの。使いたいーー!

 

「ごめんね。魔法についてはね、ᚲᚨᛏᚢᛏᛖᚾ(勝手に)ᛁ教えないようにって、止められているの。ミーアちゃんのᛗᚨᚱᛁᛃᛟᚲᚢᚷᚨ(魔力が)ᛁᛉᛁᛃᛟᚢ(異常)ᛋᚢᚷᛁᛏᛖ(すぎて)ᚲᛁᚲᛖᚾ(危険)だから上にᛋᛁᛃᛟᚢᚾᛁᚾᚹᛟ(承認を)ᛖᚾᚨᛁᛏᛟ(得ないと)いけなくて」

 

 ちょっとわからないところあるけど、要はまだ教えられないってことみたい。

 ひどく困った顔をしてアンヌが答えてくれたので、これ以上の追及は避けました。どうにもわざと私にわかりにくく言った気もするし……。

 

 なんか負けた気分なので、悔し気な表情を浮かべてみた。みた!

 (ほほ)がひくひくした。()りそう。

 

 

 アンヌに生暖かい目で見られた――。

 解せぬ!

 

 

 ごほん。

 

 とりあえずそのスヴェン隊長っていう人が来て、私の扱いがどうなるか? です。

 逃げるか留まるか。

 

 よーく見て判断したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、でも魔法……使えるようになりたい……。

 




話よ、うごけ~~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

急転

視点ぐりぐり


 まずい状況です。

 外回りをしているクルトとエリクが警備隊詰め所(旧村長宅)に、息を切らせて戻ってきました。

 彼らの報告によれば、ヴィーアル樹海の上空をワイバーンと見られる飛竜種複数の群れが旋回している様子を確認したとのこと。その数、目視できたものだけでも十二頭。

 

 まだまだ記憶に新しい、ソルヴェ村の悪夢が頭をよぎります。

 

 ここソルヴェ村は、崖の多い海岸から続く起伏のある丘に牧草地が広がり、内陸部と違い危険な魔獣の出る森も周辺になく、霧や風の強い日が多いものの比較的暮らしやすい土地です。

 この一帯で現れるのは小型の魔獣や小動物であり、元の村人たちが生活出来ていたのもそのおかげでした。

 もちろん、大小数多(あまた)の魔獣が跋扈(ばっこ)するヴィーアル樹海と海峡を隔てて向かい合っている――、という最悪の地勢条件を除けばですが。

 

 ソルヴェの人々はその最悪の地勢から、ワイバーン()の襲撃による村の壊滅という最悪の結果を体現してしまいました。

 

 彼奴(きゃつ)らがどういう理由でこちらに飛来するのかわかりませんが、何もこのタイミングで現れなくともよいではないかと思ってしまいます。スヴェン隊長と合流出来ることは喜ばしいのですが、問題は仮設砦設営のための先遣部隊を引き連れていることです。

 

 こちらに飛来しないことを祈りたいですが、どうでしょう。通常そこにいないものが居る。もう嫌な予感しかしません。

 

 

***

 

 

「アンヌ、僕の気配察知(ウインドセンス)の探索範囲に複数の不明要素……、いやはっきり言うよ、ワイバーンが入り込んできた。しかもこの数はまずい。……まじやばいぞ、これは……」

 

 ミーアちゃんといつものお勉強をしていたところにレナートが急襲してきました。ノックもなしに入ってくるなんて無作法もいいところです。普段ならそう言い返すところですが、聞かされた言葉が物騒(ショッキング)すぎてそうも言ってられません。

 

「冗談じゃあ、ないんだよね?」

 

「そんな悪趣味なことをこの僕が言うわけないだろっ! ついさっき巡回中の剣士どもも、向こう側で旋回してる複数の群れを目撃したって報告を副長にしてたんだ。なのにもう僕の気配察知(ウインドセンス)エリアに入ってきてるってことがどういうことか。わかるだろっ?」

 

 いつになく真剣な表情を見せてくるレナート。その様子にいやでも現状を理解させられる。

 そんな私たちを不思議そうに見てくる、最近少しずつその顔に表情を見せるようになったミーアちゃん。無垢なその顔をみて思わずぎゅっと抱きしめてしまった。

 

 

***

 

 アンヌに抱きしめられるのは柔らかくってとても良いものだけれども。

 

 なんだかとってもヤバーい雰囲気。

 

 元リーマンおじさんである私でも感じれるくらいに、みんなの様子が殺気立ってきてる。

 

 さっき、言葉を習ってるところに乱入してきたレナートがアンヌを連れて出て行った。私は邪魔と思われたのか部屋に残されたんだけど、さてどうしたものかしらん。

 全身の感覚を研ぎ澄まし、ざわついてる彼らの言葉とかを拾った感じからすると、ワイバーンの群れが現れたっぽい。更に感覚の輪を建物の外へ外へと広げてみよう。

 

 ――うーん、やっぱ身体能力の向上だけでは限界あるなぁ。

 

 建物の外まで広げると一気に情報が曖昧(あいまい)になる。やっぱ魔法的な何かが使いたいんですけど!

 レナートが言ってたウインドなんとか(気配察知)って、かなり離れたところの情報得てる感じだし。

 かと言ってそもそも私が使えるようになるのか? 使えたとしてどんなことが出来るかもわからないわけですが。

 

 くっそー。

 

 ケチらずに教えてくれてもいいと思わない?

 っていうか教えてもらうの待つ必要なくない?

 

 絶対あの謎器官がらみだよね?

 

 決まってるよね!

 

 アンヌたち警備隊に、どんな都合があってすぐ教えてくれないのかわからないですけど……。

 

 ああっ!

 もしかしてお金? 金なのか?

 やっぱ世の中金か? 異世界でも金なのか?

 

 じゃあお金持ってない私なんて、ずっとお預けのままじゃん。

 そんなのやだ~!

 覚えたい、使いたい、魔法無双したい~!

 

 今まではスライムぷにょとスライム体浸透で得た身体能力強化があればどうにかなってたし、アンヌの魔法見るまでは、あれば面白いのになレベルだったし、謎器官について真面目に向き合ったことなかった。

 

 ――でも今からは違うよ。

 

 私は魔法がぜぇ~ったい、絶対、使ってみたい。使いたいのだ!

 スライム娘の根性みせたるでぇ~、おー!(具体案これから)

 

 

***

 

 

「スヴェン隊長、遠路お疲れさまでした。長旅の疲れがあるでしょうし、ゆっくり休んで頂きたいのはやまやまなのですが……、事態がそれを許してくれそうもありません」

 

「ああ、状況はこちらでも把握している。飛竜種共め。何がきっかけで海峡渡りをするようになったのか? こちらも魔法士三名、剣士五名を連れてきてはいるが残りは職人ギルドの連中が八名だ。戦力になるどころか守りに人を()かなければならん。つくづく間が悪い」

 

 仮設砦設営のための先遣隊を連れて帰ってくることが目的だったのですから、スヴェン隊長がそれを苦にする必要はないかと思います。むしろ守ることは我々の当然の義務です。隊長もそれはわかっているでしょう。

 

「まあ愚痴はこれくらいにして……ヨアン、人員配置と対応は訓練通り。ギルドの連中は連れてきた魔法士一人と剣士たちに守らせる。俺たちも迎え撃つぞ。飛竜種共に目にもの見せてやろうじゃないか」

 

 それでこそ隊長。

 

「はい。すでに配置は完了してます。あとは隊長と増員の魔法士、それに私が付くだけですよ」

 

「そうか、さすがだなヨアン。――しかし、再度の飛来がこれほど早いとは。……もしやこの地のどこかに新たな営巣(えいそう)地を設けたか?」

 

 先遣隊の皆に指示を出し、あらかじめ想定していた、見通しの良い迎撃ポイントに急ぎ向かいながらも隊長がつぶやいた言葉に、あり得る話だと内心で同意した私なのでした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ワイバーン戦

いや、戦闘シーン苦手


「これは俺の落ち度だな」

 

 海峡を挟んだ対岸、船を出せば半時ほどの距離だが奴らが飛べば、そんな距離などないに等しい――。

 

 ソルヴェの空は、我が物顔で悠然と旋回するワイバーン共の赤黒い翼で覆われ、届くはずの日差しを遮り、地に大きな影を落とす。その数……十三頭で報告時よりも多い。

 村を襲ったのはワイバーンか、ファイアードレイクか? 決め手に欠けていたが、赤黒い翼が示すのは火属性だ。火の被害が多かったことからファイアードレイクも候補にあがったが、これではっきりしたな。

 

「仮設砦の設営に乗り出すタイミング。早まったな。これほど早くに再度の襲来とは……」

 

 俺はみすみす奴らに食い物(エサ)を届けに来たようなものだ。

 

 ヨアンに目にもの見せてやると息巻いてみせたものの、明らかに分が悪い。火属性持ちが多い我が隊の魔法士では奴らへの効果的な攻撃が入れられない。

 連れてきた三人も二人が火属性の中級一位、残りが土属性の中級二位だ。

 上級は風属性一位の俺と火属性二位のヨアンだけで、レナートも風属性中級でしかも攻撃系の魔法は不得手と来ている。

 

 魔法等級(グレード)位階(ランク)ともにワイバーン相手では力不足は(いな)めない。

 

 そして何より数的優位にすら立てていないのが最悪だ。

 これほどの数のワイバーンが相手では、こちらの分が悪すぎる。

 

 相性以前の問題だ。

 

 よって様子を見る余裕など全くない。最初から全力で挑む。

 詰め所から更に内陸寄り、村の中心辺りとなる広場(ここ)がその戦場だ。

 

「風よ、示し(ところ)に吹き降りて、全て蹴散らし圧壊せよ、ナロウレンジダウンバースト!」

 

 上級二位の風属性範囲魔法を威力重視で狭い範囲に絞ったものだ。強烈な下降気流を急激に発生させるため、逃げる余地を与えず、木造の建物であれば圧し潰し、倒壊させる威力がある。

 奴らに放てば、仕留め切れずとも地に叩き落とし、あわよくば大ダメージを与えられるし、例え軽微であったとしても落ちたなら、いずれにせよそこは剣士たちの狩場(テリトリー)だ。

 

 それに直撃でなくともバランスを崩し、風をつかみ損ねた飛竜が落ちることもありうる。ゆえに狙い放つよりも、魔力尽きようと数多く放つ方を優先するべきだ。

 

「クルト、エリクやれっ!」

「言われなくともっ!」

 

 クルトが喜々として落ちた獲物に飛び掛かる。エリクも普段と違い、その気勢は荒い。

 

 ワイバーンも落ちてしまえばその(あたり)の魔獣とそう変わらない。

 とはいえ、ファイアーブレスを放ってきたが、地に落ち(いた)んだワイバーンのそれにそれほどの威力はなく、予備動作を読めば対処は十分可能だ。

 ブレスをやり過ごし、再度詰め寄り切りかかる二人。図体(ずうたい)がでかいだけに二人で挑む方が効率も良い。中級剣士だが戦闘力()()みれば上級にも引けを取らない力を持つ。

 

 ワイバーンは、断末魔の叫びと共に二人のロングソードの餌食となり果てた。

 

 このルーティンで対処しきれれば一番良いのだが……。

 

 

「炎弾三点射出、ファイアーバレット=スリーラウンドバースト!」

 

 ヨアンも健闘しているようだが、やはり火属性は相性が悪く、更には高度を取られると炎弾の効果は激減してしまう。まぁ、それは何にでも言えることだが、炎弾の受ける影響は殊更(ことさら)大きい。したがって一頭落とす為には、いくつもの魔法を組み合わせ、応用し、他の魔法士、剣士たちと協力しながら討伐を進めていかなければならない。

 

 ヨアン、皆、すまないがなんとしても持ちこたえてくれ。

 

 

 

「……ナロウレンジダウンバースト!」

 

 くぅ、この魔法は魔力の消費が激しすぎる。打ててあと数発。魔力枯渇は避けねばならない。

 ワイバーン共は存外知能が高く、数をこなすほどに学習され、こちらの攻撃がどんどん通用しなくなってしまう。

 

 戦闘を始めて半時も経たずして、重傷者が出た。やられたのは連れてきた土属性の魔法士だ。それ以外のものもどこかしら怪我を負っている。俺も無傷とはいかない。

 

 魔力の消耗も激しい。

 

 戦闘前にアンヌが施した補助(バフ)魔法も、中級二位ではブースト(引き上げ)幅は少なく、継続時間も短いため、すでに効力を失っている。それに治癒に手を割かれ、追加のバフもかなわない。

 

 このままではじり貧か。

 

 仕留めたワイバーンは六頭。この面子(メンツ)で健闘はしたが、まだ七頭も残っていて相変わらず上空で旋回しこちらの様子を(うかが)っている。

 

 

「風よっ、(はげ)しき風刃(ふうじん)となりすべてを薙ぎ払え! ヴァイオレントウインド!」

 

 何っ? これは上級三位の風魔法。放ったのは……、レナートか。

 

 この、ダール家の自己中三男坊が。等級(グレード)をわきまえない魔法を唱えやがって!

 ヘタしたら急性魔力欠乏症で死ぬんだぞ。奴がそれを知らないわけがない。

 

 しかも唱えたのがそれ(烈風刃)か!

 

 凄まじい風、烈しく舞い踊る砂塵の嵐。それに巻き込まれれば人などあっという間にズタズタの瀕死で間違いなしだろうが……。魔法を放ってとっとと気を失ったレナートには悪いが、いかに烈風刃といえど、ワイバーンに届くころにはそよ風だ。しかも放ったのはレナート。威力自体も半端だ。

 

 この魔法は地上にいる相手にこそ効果がある。空高くにいるワイバーンにそれを放ってどうする?

 

「とんだバカ者だ、お前は」

 

 ともかく、どさくさにまぎれ崩れかけた建物の陰に身を隠す。

 青い顔をしてぶっ倒れたレナートをアンヌが慌てて介抱している。

 

 ――それを見て俺はピンときた。

 

 あきれ果てたぞ、レナート。

 お前、アンヌに良いところを見せようとして(ろく)に使えもしない攻撃魔法使いやがったな。

 

 無事帰れた暁には絶対お前の父親(クリスティアン)に抗議してやるからな!

 

 今の魔法で様子を窺っていたワイバーン共がまた動く気配をみせる。くそう、余裕かよ。そっちだって六頭やられてるんだぞ、何とも思わんのか。

 

 隠れさせている職人ギルドの連中もいずれ守り切れなくなる。どうする?

 

「――隊長。隊長が砦に戻ってからのことであり、まだ報告出来ていなかったのですが、この村にはとある理由から地下室が存在します。そこならばワイバーンから身を隠すことも可能かと。実は職人ギルドの方々には早々にそこに退避してもらいました」

 

 ……ヨアン。ヨアン=リンドグレーン。こいつ、時折先回りが過ぎる。まさに今、こういったところだが。いや、いいんだが、いいのだけれどな。

 

 釈然としないものがある……。

 まったく。

 

「よし、では籠城戦でいく。残すワイバーンは七頭。安全に時間を稼げるのであれば、各個撃破でなんとか落とせる! 討伐の見通しがたったな」

 

 

 

 作戦が決まり、ほんの少しばかり余裕が出来た矢先。

 

 

 目が眩むほどの閃光、それに激しい爆音と衝撃を伴い……、それは起こった。

 

 




主人公さーん?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法考察と効果の確認!

お待たせ!





 アンヌが出て行ってしばらくすると、外の様子がどんどん物騒なものに変わっていきました。

 もう私を気にかけるような人は誰も残ってません。

 

 そんな今はスライム娘(ミーア)にとって大ちゃ~んす!

 出しちゃうよ、あれを。

 

 スライム体を手からみょ~んと伸ばし、外の様子を直接ばっちり見てみようと思います。

 そして魔法の使い方を盗み見るのだ!(使えるのかもわからないんだけど!)

 

 今回はよく見るために特別製。さきっぽに目玉を模したものを作り、人の目で見たのと変わらない視界を確保したのですわ!

 

 

 ふふっ。これで魔法使ってるところをじっくり観察させてもらいます。

 

 百聞は一見にしかず!

 

 おお、ワイバーンの群れがこれでもかと湧いて出来てきてますね。えーっと、全部で十三匹。(ひき)でいいんですかね? 鳥みたく飛んでるんだから十三羽とか、それとも人が乗れるくらいに大きいんだし十三頭? ……ま、どうでもいいですね。

 

 飛んでる相手とどうやって戦うんでしょう?

 鉄砲とかあれば便利そうですけど、この世界、鉄砲とか銃器の(たぐい)はないんでしょうか? まだ見たことはないです。弓とかも使ってる人はいないようだし、飛び道具無しで空飛ぶワイバーンと戦うなんて根性あります。

 

 うーん、目が一個だと見逃しが多そうなのでもう一個。いや、この際です。指五本分出しちゃいましょう。大サービス!

 でも慣れてないからこのくらいにしておきます。

 超優秀スライム脳の処理能力でもこれはちょっときつそう。酔う、酔っちゃう。

 

 ああ、ついでに音も拾いましょう。音、大事です。エッチな動画も音がないと……、げふんげふん。

 えっと、音は耳の形してなくても肌で、いや、ぷにょで感じればOKです。適当に伸ばして網を張っておきましょう。

 

 久しぶりにスライム体大活躍です。

 俺のスライム体が火を噴くぜ!

 

 

 さて、現場です。

 

 始めて見る強面イケメンがなんかやりそうです。ワクワク!

 

 

「風よ、ᛋᛁᛗᛖᛋᛁ(示し)ᛏᛟᚲᛟᚱᛟᚾᛁ(処に)ᚺᚢᚲᛁ(吹き)降りて、全てᚲᛖᛏᛁᚱᚨᛋᛁ(蹴散らし)ᚨᛏᚢᚲᚨᛁ(圧壊)せよ、ナロウレンジダウンバースト!」

 

 

 えっ……。

 ゑっ?

 

 

 

「わかるか、あほぼけかすぅ!」

 

 

 つい言葉が口をついて出てしまった。

 お下品ですみません。

 

 ぶつぶつ何言ってるのか、まだ言葉習ってる私ではぜーんぜんわからないんですけど!

 後半の言葉は定型文っぽいけど……。そのまま言えばいいみたいな?

 

 あかんわぁ、役立たんわぁ。

 

 初めて見た魔法は風系だったみたいで、ワイバーンの更に上に瞬く間に霧状の密度の濃い雲みたいなのが出来て、そこから一気に激しい下降気流が発生し、対象を巻き込んで地面に向かって叩きつける……という、えげつないものでした。

 直撃を受けたワイバーン、哀れ地面にプチっと。周りにいた数匹も余波を受け、更に一匹落ちて、二、三匹はふらついたもののなんとか立て直してました。

 落ちた二匹は、うざいクルトとオタク(エリク)が、なます切ってグロなものに変えてました。でも途中、火を吹かれて慌てて逃げてたの笑っちゃいました、ぷふっ。

 

 ああ、ワイバーンのお肉……、吸収してみたかった。

 

 他にはヨアンや、タカビー兄ちゃん、知らない魔法士たちの魔法、火や、風、それに土? 色々見たけどやはり言葉の壁は厚かった……。

 

 方針転換。

 言葉は無理。

 

 使ってる人の体に着目しよう、そうしよう。

 魔法使ってる人を手当たり次第にじーくり見て行きましょう!

 元リーマンおじさん、現状把握や要因分析は得意です。

 

 視覚情報の収集は最小限とし、変わりに魔法を使っているときの力、端的に言えば魔力の出方や謎器官がどういう働きをしているのかの把握に注力し、得た情報を分析、把握し、自分にそれを反映してみます。やはり謎器官が一番の肝。

 謎器官……。ふむぅ、いつまでも謎器官じゃ芸がないです。そうですねぇ、魔力の受け入れや取り出しを行い利用する器官、さしずめ魔力受容体(マナレセプタ)といったところかな? うん、マナレセプタ。いいと思います。技術系リーマンおじさんは語尾を延ばさないのが好みです。

 

 こんなことやってる間にも着々と双方に被害出てます。魔法もいっぱい使ってくれてサンプル豊富でミーアうれしい悲鳴。

 

 魔法を使っている人にはやはり強い魔力の流れが感じられます。ついでにワイバーンにも相当の魔力溜まりが確認できるので、やはり奴らにもおなじく魔力受容体があるのでしょう。それも強力なやつが。たくさん調査したのでスライム体謹製魔力センサーの扱いにも慣れてきましたとも。

 

 

 それを踏まえ、部屋のベッドでくたっと横になってる自分の体を見てみましょう。

 (はた)から見れば、手から変なぷにょぷにょが伸びてるヤバい幼女。でもそのぷにょはスライムで、しかも良いスライムなので大丈夫です、やばくない。

 

 むむ。

 

 むむむぅ。

 

 

 うん、動きがないです。

 

 私の魔力受容体(マナレセプタ)、凍り付いたかのように魔力に動きがありません。でも魔力自体はいっぱいあります。満ち満ちてますっ。これヤバくない?

 例えるならバッテリー。このバッテリーには入力はあるけど出力がありません。だから充電しっぱなしです。そう、しっぱなし。

 

 ということで、私が魔法使えないのは出力側がつながってないせいだと思われます。

 思うにこれ(未接続)は生き物のもつ安全装置。だって生まれた時から繋がってたらやばいでしょ、これ。ママ、安心して子供産めないよ! まぁ、小さいうちは魔力だってしょぼいだろうし、命の危険ってわけでもないかもだけど、何事にも例外あるしね、安全大事。

 

 だからきっと生まれた後、物心ついてから使えるようにする感じなんだと思う。(ひるがえ)って(ミーア)。生贄のために生かされてたミーア。絶対魔法使えるようになんてしないよね。

 

「くっそ、村の奴らshi〇e!」

 

 あ、もう全滅ってたね、ざまぁ。

 

 

 さて、魔法使うためにやること分かったし。

 バッテリーの出力、あ、違った、魔力受容体(マナレセプタ)……、自分で考えてなんだけど口にするとめちゃ長い。銀虎もそうだけどネーミングセンス……。もうレセプタでいいや。レセプタの出力を繋げればいいんだよね、きっと。

 

 繋げ方調べるのは、それこそスライム体の十八番(おはこ)。もう超速で確認した!

 

 

「魔法使えるようになったら何するかな~? とりあえず爆裂魔法は魔法少女のロマン? あ、電撃バチバチっていうのも……。いや、あれは超能力だっけ?」

 

 本来なら脳からの神経系とレセプタの体組織をなんらかの方法で繋げるんだろうけど。スライム娘の頭の中はスライム脳ですから。万能決戦兵器、スライム体細胞の出番。

 

「むふふ、やっぱ桃色髪のほうが威力はあるかなぁ。エクスプロージョン! なーんてね」

 

 

 よし、繋がった!

 

 

 その瞬間。

 

 

 「カッ」と周囲が真っ白にとんでしまう目が潰れるの間違いない閃光と共に、耳をつんざく凄まじいばかりの爆音。

 

 

 それに続いて滝が逆流したかのような炎の柱が上空に向かい、それはもうもの凄い勢いで吹き上がりました。

 

 

 

 部屋の屋根、というかこの建物全体の屋根、吹き飛んだ。

 ごめんなさい。

 そして私の目と耳も死んじゃったよ。

 

 

 

 けど、ワイバーンだって数匹、確実に巻き込んじゃってると思うし。

 

 だから……、悪いとは思うけど、反省はしていないっ!

 

 

 

 以上。




以上(笑)


長くてすみませぬ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

わざとじゃないんです、よ?

話の進みが遅いのは作者の仕様ですん……


※内容微修正


 これはちょっとまずいのではないかしら?

 どう誤魔化せばよいと思って?

 

 絶賛現実逃避中のスライム娘、ミーア十歳です。

 

 両目、両耳共にぶっ壊れてしまいまして修復、いえ、治癒中とも言えます。グロ注意。

 屋根がなくなった部屋は外の日差しが遠慮なく差し込み、軽度の火傷を負った肌を刺激します。

 

 

「逃げちゃおっか……」

 

 魔法も使える目処が立ち()()ましたし、人付き合い苦手だし。なんかこの後どうなるかとっても不安だし。

 ああ、でも私、十歳。幼女だし、まだ会話だってたどたどしいし。わかんないふりして、しらを切り通しますか?

 

 はい、無理です。

 

 困りました……。

 

 それとちょっと、どうしよう。

 非常に、眠いです。

 この体が異常に眠りを欲してます。スライム体までつられて活動が鈍くなってきました。治癒がはかどらないじゃないですか……。

 

 こんなことは初めてです。

 

 むむぅ、これはレセプタ、魔力受容体から魔力が一気に引き出され、過ぎた……せい……です……か、ね。

 

 

 

 ぐぅ。

 

 

 

***

 

 

「生き残っている個体は無し。飛び去った三頭についてもレナートのウインドセンス(気配察知)の探索エリアから外れたままです」

 

「よしご苦労、これでひとまずは落ち着いたか……」

 

 そこかしこに点在するワイバーンの死骸。

 止めを刺し切れていない個体がないか確認させていたヨアンが戻り、問題ないとの報告を受けたことで、今回のソルヴェでのワイバーン戦は()()の終了をみた。

 

 あくまで一応だ。

 

 俺はワイバーン討伐の任が終了したにもかかわらず、気が抜けない状態が続く要因となっている警備隊の詰め所を見やる。もう詰め所跡と言った方がいいかもしれんが……。

 

 ワイバーンとの分の悪い戦闘が続き、籠城しながらでも勝機を見出そうとしていた矢先、あの事態が起こった。

 

 目もくらむばかりの閃光と共に、天にも届きそうな勢いで立ち(のぼ)った火柱と凄まじい爆音。おかげで詰め所の屋根は完全に吹き飛び、家屋自体も今にも崩れ落ちそうなほどのダメージを負っていた。

 

 ただ幸運なことにその激しい炎の奔流にまかれ、ちょうど上を旋回していたワイバーンが二頭巻き込まれ、跡形もなく消滅した。消し炭すら残らなかっただろう。

 更にはそれに驚いたワイバーンが三頭この場から飛び去り、残った二頭も火柱と爆音によるダメージを少なからず受けていたため、それを倒し切るのは容易なことだった。

 

 結果、七頭残していたワイバーンのうち、飛び去った三頭を除けば、すべて打ち倒すことが出来、今に至るという訳だ。

 

 

「さて、ヨアン。この事態の説明が出来るものならぜひ聞きたい。あれは一体どういうことだ? 何が起こった? すぐさま検分したいところだが、我々が近づいて大丈夫なのか?」

 

 俺の言葉に苦笑いを浮かべるヨアン。奴にしては珍しいことだ。

 

「そのですね、実はですね、あの詰め所には一人残っていた人物が居たのですが……」

 

 随分歯切れが悪いな。戦闘で頭でも打ったか?

 

「一人残っていただと? 確か今戦闘には全員参加したのではなかったか?」

 

 職人ギルドの連中八人を守りながらのワイバーン戦、人を遊ばせる余裕などなかったはずだ。

 

「ま、まぁそれはそうなんですが。色々事情がありまして……」

 

 本当にどうしたヨアン。いつもの冷静なお前はどこへ行った。しかも後ろにいるアンヌまであたふたしているではないか。

 

「もういい。とりあえず検分に入っても問題はないと思っていいんだな? 時間が惜しい、行くぞ」

 

 

 

***

 

 

 あああっ、スヴェン隊長が詰め所の方に向かって行くー。ヨアン副長の役立たず~!

 ワイバーンの確認に隊長を一緒に連れて行ってくれれば、その隙にミーアちゃんの様子を先に見に行けてたのに。

 

 さっきの火柱……、絶対ミーアちゃんの魔力が何らかの原因で暴走したに違いないのに。

 インタナルスキャン(体内走査)で見たミーアちゃんの魔器官の魔力溜まり、それに全身を巡る魔力を思えば、あれくらいの魔法発現は不思議でもなんでもない。

 副長はこうなる可能性を恐れて、ミーアちゃんの魔器官の活性化(アクティベート)を許してくれなかったわけで、スヴェン隊長が来てからどうするか相談する予定だった。

 

 ミーアちゃんの魔器官はどうして活性化(アクティベート)されてしまったのだろう? 普通、人の介助なしに活性化することはあり得ないはずなのに……。

 

 身体を巡る魔力といい、色々謎なところが多すぎるミーアちゃん。

 どうやって樹海で生きていたのかも、未だ確認できていません。早く会話レベルを上げるよう副長につつかれてます。そんな訳で、ずる賢い副長は一見受け入れたように見せてますが未だに警戒を完全に解いてはいないのです!

 普通の子供じゃないことは私だってわかってます。でもまだ十歳で、しかもその歳にすら見えない幼子だと言う事実に違いはありません。

 

 だからスヴェン隊長やヨアン副長の魔の手から私が守ってあげなければ!

 

 出来る範囲で……だけど。

 

 

***

 

 

「わかってはいたが、これはまた、ひどい有様だな」

 

 元村長宅だった詰め所は外観同様ひどい有様を(てい)していた。

 ただ、奥に進んでいくと比較的破壊から(まぬが)れている場所があった。

 

 食堂の奥にある小部屋。アンヌはともかくヨアンまでも、あからさまに表情を変えた。

 

「ミーアちゃん!」

 

 アンヌが俺を押しのけるようにその部屋に入っていく。ドアは吹き飛んでいてすでになく、中の様子も窺えた。

 

 ミーアちゃん? 誰だ、そいつは?

 そんな名前の者は隊にはいない。しかもまるで子供を呼ぶように……。

 

 古びたベッドに小さな人影があった。ベッドの周りは不思議と破壊された様子がない。

 アンヌが縋り付き、泣きながら介抱をはじめた。

 

 

 ベッドに横たわっていたのは女の幼子だった。

 

 薄い紫色の珍しい髪をもつ幼女は、肌が赤く腫れ、両目、両耳から血を流し気を失っていた――。

 

 




寝てるだけですよ~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四面楚歌?

 目が覚めたら見知らぬ場所でした。

 

 どうも!

 一度寝てしまうとちょっとやそっとじゃ起きない図太さが売りのスライム娘です。

 

 反省。

 

 いや、とは言っても自分の意志じゃどうにもならないわけなんですが。けれど殺されても死なない自信ありますし、なんとかなるでしょ、大丈夫。(意味不明)

 

 っていうかここどこ?

 

 いつもの部屋じゃないのは確かです。あそこはまあ、ね、不測の事態でぶっ壊れましたしね、仕方ないね。不測ですから、わざとじゃないですから。

 

 お約束の現実逃避は置いておきまして。実際問題、マジここはどこでしょう?

 私はどれくらい眠っていたのでしょうか?

 

 生き物からのエネルギー吸収も、通常の食事もしていない私は、珍しくもかなりお腹がすいてます。これ一日以上は寝てたんじゃない?

 目や耳はすっかり治ってます。自然治癒か、アンヌの治癒魔法か、どちらでしょう?

 きっと両方なのかもしれません。目は完全に潰れてましたからアンヌの魔法だけでは無理ですし、私は途中で寝ちゃいましたし。

 

 で、ここなのですが、殺風景で何もない狭い部屋です。

 

 私じゃ届かない高さに明り取り用の小さな窓があるだけで薄暗く、不思議なことにドアがありません。一体どうやって出入りするのでしょう?

 過保護なアンヌがそばに居ないです。いつもならずっと看病してくれてるでしょう。たまたま居ないとかじゃないです。そもそも人がそばにいた形跡すらないです。

 

 こんな部屋の様子で考え付くものは一つです。

 そう、独房です。なんとか良い方にとらえて言えば隔離室。

 

 まぁどちらも閉じ込められてるって意味では同じです。言っときますけど、前世でも入ったことなんかない!

 

 いや、これはもう独房以下! ドアすらないんだよ? 独房お約束の鉄格子もなくって、四方全て壁。

 それでね、よく見れば隅っこに小ぶりな壺など置いてあるんですよ。

 

 よもや、よもやですよ。あれにあれをあれせよと?

 

 乙女なスライム娘になんたる仕打ち!

 そんなとこで意地でもしないし、ミーアはウ〇チなんてしない! 実際しなくても大丈夫だしっ!

 

 むむぅ、完全危険物扱い。

 そりゃあ魔法暴走させて屋根とか色々吹っ飛ばしちゃったけど……、それでこの仕打ち?

 

 一体私のこと、何だと思われてるんでしょうか?

 

 こんな可愛い美幼女なのにひどくない?

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 あ?

 

 あああっ!

 

 

 やばい。

 

 ほんとやばいことに気付きマシタ。

 これは今こうなってしまってるのも納得の新事実――。

 

 

 心臓動いてない。

 当然息もしてないです……わ。

 

 

 そりゃあ保護するべき幼女から、不審すぎる死体……みたいな幼女に変わるし、隔離だってされるよね……。

 

 アンヌ、驚いただろうなぁ、悪いことしちゃいました……。

 わざとじゃないけれど。

 

 原因はきっと魔法暴走。

 

 あれだけ凄まじくも無駄なものを引き起こした代償は大きかった。

 ミーアのレセプタの魔力だけでなく、どうやらスライム体の魔力をも引きずり出され、その暴走に使われてしまったみたいです。

 

 慣れないことはほんと慎重に慎重を重ねなきゃダメってことです。

 身をもって体験しました。

 

 その代償がミーアの体を無意識下でも動かすよう、スライム体組織に出していた自動命令(オートプログラム)のリセットです。

 

 結果、息も心臓も何もかもが止まった、生きた死体の出来上がり。

 

 全身に浸透しているスライム体自身は当然生きてるからミーアの体はちゃんと維持できるわけで、なんなら血液なんか無くても普通に動けます。けれど、それがないとケガしても血が流れないという、人として、というか命ある生き物としてダメなものになってしまうし……。

 

 

 とりあえず再命令、ちゃんと色々動かしてね。

 

 …………。

 

 ミーア再起動!

 

 

 はぁ……。

 でも。

 

 詰んだ――。

 

 

「……ここはもうダメです。見切りつけて出て行くしかないです」

 

 幸い言葉もかなり理解できるようになってきましたし。

 どこか遠く、いっそ、よその領まで行ってしまいましょう。そうしよう。

 アンヌが以前ちらっとだけ地図を見せてくれたから大まかな地理はわかります。スライム脳の記憶力万歳!

 

 

 そうと決まれば、魔法の復習しておこう。

 身体中の魔力をレセプタに集めて練って……、練って?

 

 魔力受容体(マナレセプタ)の魔力を……、って、あれれ?

 

 うまく練れない。どうして?

 寝てる間にもう使い方忘れた……なんてこと。いえ、このスライム体に限ってそんなお間抜けなこと……。

 

 いや暴走はしましたけれど!

 それは私がおバカだっただけでしてね。ま、まぁいいじゃないですか。

 

 それで、つい胸元を覗き込めば……。

 

「ちょ、何これ?」

 

 思わず着ていたワンピースをたくし上げ、ぽいと脱ぎ捨てます。

 かぼちゃパンツのみになった幼女ボディ。そのツルペタな胸に、いかにも何かの仕掛けありますって見た目の魔法陣っぽいものが描かれてます!

 

 くっそ、スライム娘の柔肌になにしてくれはりますの!

 

 これのせいで魔力が扱えない?

 でも、さっきスライム体の自動命令は復活できたわけだし、あくまでミーアの体限定の効果っぽいです。片手落ちです、バーカ、バーカ。

 

 あいつらもそこまでは気付けなかったみたいだし、気付かれてたまるか、だし。

 スライム体活動復活したから肌に描かれた? 彫られた? 魔法陣なんかどうとでも出来ると思う、きっと。

 

 

 でも、このままだといつかばれちゃうかも?

 

 

 アンヌごめんね。

 

 ミーア、どうにかしてばっくれます!

 




ううむ……悩ましい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ごういん打開策!

三千文字に達しそうな勢い……


「あの扱いはあんまりです!」

 

 アンヌがあの幼子(おさなご)の扱いに何度目かの抗議に訪れた。

 

「繰り返しになるがアンヌ。あれはどう見ても人ではあり得ぬ。呼吸もしていない、心臓も動いていない。それなのに腐りもせず、それどころか怪我が治ってきている。ある意味アンデッドのような特質を持つ存在を今まで同様の扱いにしておく訳にはいかぬ。隔離室に放り込んでおくのが妥当だ」

 

 あの隔離室はある程度の魔法攻撃すら無効にする封魔結界が張られているし、土魔法士のマッドウォール(土壁)ジェネレート(生成)を使わねば出入りすら出来ない。

 更には幼子の胸には魔力制御と集中を妨害する制魔陣を直接刻み込んである。あくまで暫定的な処置だが、あれ一つで上級一位の魔法士でさえ基礎四元魔法を使うのが精一杯となる。

 

「そんな、ミーアちゃん……、まだあんなに小さい子なのに」

 

 まったく、聞き分けのない。

 

「しばらく面倒を見ていたのだから情が移ってしまったのだろうが、妥協はできない。今更あれを野放しにしておくことはあまりに危険。あきらめろ」

 

 執務机の前に陣取り、中々立ち去ろうとしないアンヌに出て行けと手を振る。俺の横で控えていたヨアンが見かねて、半ば無理やり送り出すことでようやく静かになった。

 

「やれやれ……」

 

 本当に頭の痛い問題ばかり続く。

 壊滅したソルヴェ村の廃村処理。新たな監視砦の建設推進。ワイバーンの大挙襲来……。

 

「止めがアンデッド幼女ときた」

 

 あの幼子がまさに死んだように眠って二日目。監視砦に連れてきてそのまま隔離室に放り込んだわけだが、こう何度も押しかけられてはおちおち執務も出来ん。

 

 ひとまず領都からアンデッドに詳しい魔法士をよこしてもらうとしよう。今後の処置はその魔法士の意見を踏まえたうえでのことになる。それまではいかにアンヌの願いとて、(かな)えるわけにはいかぬ。

 

アンデッド(生きた死体)……なのだろうか? 青白い肌をしているとはいえ、肌艶はいい。見目も良く、とてもアンデッドには見えないが……しかし。ああ、わからん! 俺は知らん。あとは領都の奴らに丸投げさせてもらお……」

 

 突如、ズズンと腹の底に響く重苦しい衝撃と音が伝わってきた。

 そのあと、地震と言ってもおかしくない激しい揺れが続く。

 発生場所は、もう考えるまでもない。あそこに決まっている。

 

「ちぃ、今度は何だ? ヨアンいるな? 付いてこい」

 

 俺はヨアンを従え、衝撃の発生源へと急ぎ向かった。

 

 

***

 

 

 うーん、まずはこの魔法陣じみた幾何学模様をどうにか消さないとだめですよねぇ。

 相変わらずのパンイチのまま、私は胸にくっきりと刻まれている忌々しい幾何学模様を見下ろします。

 

 先ほどから何度か魔法を使ってみようとあれこれやってみましたが、何というか魔力が集約できない……、えっとですねぇ、魔法を実行するための魔力が集まらない、というか集めようとしても模様から出るうざいノイズに邪魔されて集められない感じなのです。

 

 ただ、ほんの軽い魔法、アンヌが桶に水を出してたやつ程度ならなんとかいけました。

 きっと集める必要もない、魔力の最小単位で実行が可能な魔法なんでしょう。

 

 お手軽だわ。

 これでお尻とか洗えますわね!

 

 あ、いや、もちろん美幼女ミーアちゃんはそれを必要とするような行為はしませんけどね!

 

 今は。

 ほんとですよ?

 

 それにミーアボディは必要に応じて美肌ばっちりスライムパック! お風呂いらずです。

 

 ごほん。

 

 そんな話はさて置いて、幾何学模様の魔法陣もどきをなんとかしましょう。肌に描かれてるのなら新陳代謝をガンガン進めてやったらどうでしょう?

 ミーアボディに浸透しているスライム細胞さん、出番です。表皮を次々入れ替えていくのです!

 

 こするとぽろぽろといっぱいでます。

 何がと疑問に感じてはダメです。乙女にそんなものは出ないのです。

 

『ミーアのないしょの粉』として売りに出せばマニアに売れるかもしれません。

 

 

 

 消えないんですけれどっ!

 

 

 ふざけてます。

 どんだけ深いところまで刻まれてるんですか、コレ!

 ちょっと疲れました。燃料不足です。

 

 むーーーー。

 

 仕方ない。

 なんか怖いし、グロいからいやなんだけど……。

 

 今からやることはとても言葉に出して言えません。

 す~っごく痛いだろうけど、それは任意でカット出来るので無問題ですね。

 でも道具をどうしましょう?

 えぐり取るのはさすがに素手ではしんどいですからね。

 

 最小単位の魔力でスパッといける魔法なんてないのかしらん?

 ぱっと思いつくのは日本のカマイタチみたいなやつ?

 ものは試しです。

 

「カマイタチの鎌、深めにすっぱり、カッティング!」

 

 ぐぬぬぅ……。

 やはり少しとはいえ魔力を使うと、ちょっとというか、かなり胸がざわついて気持ち悪い。

 

 何かが私の胸の前でつむじを巻いて流れ去っていきました。軽く体にずるりとした違和感を感じましたが痛みはありません。痛覚カットはばっちりです。

 

 

 くぅ、ちょっとやりすぎな感じです……。

 片方だけですが、チ〇ビまで削っていきました。

 

 でもなんとか発動できました、よきよき。

 ちょっと離れたところにサヨナラしたブツが血まみれで落っこちてます。

 見ないようにします。

 

 ちなみに魔法の詠唱? というか発動するための言葉ですけど、こちらの方々、色々詠唱っぽいこと言ってましたがわからなかったので、自分で適当につくって唱えました。

 よく言うじゃないですか、「詠唱なんて飾りです、厨二の人にはそれがわからんのです!」って。

 

 え、言わない?

 

 そうかもしれません。

 

 結局、詠唱何てものは魔法を系統だって使うための道具、使い方や効果を一元管理するためのツールでしかないと思います。(暴論)

 

 要は私が何をどうしたいのかが肝要。

 

 イメージです!

 最初の魔法暴発でいやでも理解しました。

 

 ともかくですね、今は幾何学の模様のやろうがどうなったかです。

 見下ろします。

 

 …………。

 

 うなぁ!

 スライム細胞さん、ちょっ、ちょっと、新陳代謝がんばりましょうか!

 

 燃料不足でつらい。

 仕方ないので体中からエネルギーを得るしかないです。せっかく健康的な体になってたのに、またやせ細っちゃいそうでつらい。

 

 

 二時間ほどかかりましたが、きれいさっぱり、玉のような青白お肌になったミーアちゃんです。

 問題の魔法陣的幾何学模様もきれいに無くなり、これでレセプタの魔力操作も大丈夫でしょうかね?

 

 お腹すきました、ごはん食べたい。

 

 

 

 なのでとっととここから「ばっくれ」たいと思います。

 ワンピースをしっかり着こみましょう。痴幼女は一部の人が喜ぶだけです。

 

 で、テストかねて使う魔法はもちろん!(今度はちゃんと使い過ぎに用心しますから……)

 

 

「爆・烈・えくすぷろーーーーーじょん!……みにみに」

 

 

 閃光と爆音が生じれば、前とは違う一点集中の素晴らしい炎の柱が天井を貫きました。

 光や音が控えめ(当社比)だったおかげで、目も耳も無事です。

 

 試運転成功!

 

 

「わぁお……」

 

 夕暮れ時なのか、茜色に染まった空がよーく見えます。

 うん、石の壁や天井と違って心に染み入りますね。

 

 開いた穴から細かい瓦礫がぽろぽろ落ちてきてうざいです。

 

 

「これで外に出れます」

 

 

 私はなんの未練も残さず、さっさとここを立ち去るのでした――。

 

 

 

 

 

 

 なんてことはなく。

 

「あんにゅ~!」

 

 これからも続くはずだったアンヌとのイチャコラがもう出来ないと思うと、未練たっぷりの私なのであった!

 




ミーア、残念な子……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◆スヴェン隊長

この話はいるのか?

でもそれでも良ければお暇つぶしにどうぞ~


 目に映る光景を見て俺は(なか)(あきら)めの境地で居た。

 

 あの幼子を見たその時から、得も言われぬ違和感を感じていたからだ。

 魔法を暴走させ気を失っていたその時でさえ、()()から微弱ながら魔力を感じ取ることが出来た。

 

 通常、他人の魔力など、魔道具(魔導ボード)なしに知ることは補助系を得意とする無属性魔法士ですら難しい。

 俺はもう一つの属性と立場上、特殊な魔道具が与えられていて、それを使えば人の魔力状態を確認することが出来る。ただ魔導ボードとは違い体に直接埋め込まれているがな。

 俺が気付けたそれに、アンヌが気付いていないことに少し疑問の余地があるが、幼子に(ほだ)されてその目も曇ったか。

 

 そもそも、気を失ってすら全身から感じとれるとはどういうことだ?

 

 剣士たちが好んで使う身体強化であれば使用中は強化部位に魔力を帯びるが、それもその時だけのこと。日常的に魔力を全身にまとうなど、それこそ魔力がどれだけあっても足りぬ。領都の守備隊の体力馬鹿がそれをやって、魔力欠乏症で三日寝込んだなどという話も聞く。

 

 このようなことが出来てしまうあの幼子は、何もかもが怪しく、不明な点が多すぎる。

 アンヌに気遣いし、隔離室にとどめ置くなどせず最初から領都へ送っておくべきだった。ダール伯爵家の当主、クリスティアンであれば良い方策も出たかもしれぬというのに。

 

 だが、(のが)した後ではそれもかなわぬ……。

 俺もまだまだ甘いということか。

 

 

 

「これはまた見事に貫通してるな、星空が綺麗だぜ!」

「……だが、破壊は最小限……だな」

「堅牢な造り、しかも対魔法結界が施された隔離室の天井をものともせず、見事に(つらぬ)いていますね……、ミーアはやはり火属性ということですか。詰め所の屋根を吹き飛ばしてくれたのも見事な炎の柱でしたし」

 

 その場にすでにいたクルトとエリク、そこに同行したヨアンも加わり、現場を見ての意見を交わしている。隔離室の周りには他にも爆発音に驚いた衛兵たちがぞろ詰めかけてきているようだ。

 

 

「うっ、なんだこれは。……皆、これを見ろ! あの小娘の一部……らしきものが落ちているが、まるで鋭利な刃物で切り落としたかのようだ。よく自分の体でこんな……」

 

 うむ、レナートも来たのか。

 何か見つけたか? あの物言い、気になるな。

 

「あ、アンヌは見ない方がいい、気分のいいものじゃないからな」

 

「……ううっ……、ミーアちゃん」

 

 

 結局、招集せずとも領境警備隊のソルヴェ残留組が全員揃ったな。

 しかし、アンヌは大丈夫なのか?

 

「ナイフとか何もなかったんだろ? 道具も無しにこんな切断。風属性魔法でしかありえない」

 

 ふむ、確かに。

 

「制魔陣があった上で風魔法を使い、しかもこのような形で無効にするとは……。非常識がすぎます。しかも流血もほとんど見られませんし、部位を切り落としたのち、すぐさまなんらかの治療を行った可能性すらあります」

 

 ヨアンの言葉にその場にいた全員が顔を合わせる。気落ちしていたアンヌですら呆然とした面持ちで皆を見ていた。

 

 頃合いと見て、俺は意見をぶつけ合う皆の中に手で制しながら分け入った。

 

「皆の意見はよくわかった、今後の判断の材料としよう。隔離室から脱走したミーアはすぐさま捜索するよう手を回す。それと今更だが後回しとなっていた、ソルヴェ村での経緯(いきさつ)を確認したい。後ほど招集をかけるので皆報告の内容をまとめておくように。以上だ、解散」

 

 皆がその場を立ち去る中、ヨアンと……アンヌがその場に残っていた。ヨアンは副官なので残って当然なのだが、アンヌ……。

 

「スヴェン隊長、その、あの……、スヴェン=ソールバルグ様」

 

「む、うぬ……かまわぬ。思うことがあるなら言ってみろ。聞くだけ聞いてやる。叶えるかどうかは別だがな」

 

 普段明るいアンヌの落ち込む様は見ていて楽しいものではない。しかも家名まで出して訴えるとはな。

 

「ミーアちゃん、ミーアは何も悪くないんです。詰め所の屋根を吹き飛ばしてしまったのだってワザとではないはずです。その、魔力のことは、えっと、スヴェン隊長がお戻りになられたら報告するつもりだったんです。結果的に事後のお話になってしまって……。とっても無邪気で可愛い子なんです。言葉だって一生懸命覚えようとがんばってましたし、ま、魔法だって、ついこの間、初めて知ったようですごく興味を示しちゃって……」

 

 一気にそこまで話し、黙り込んだアンヌ。

 しかし、言葉も話せず、魔法すらつい最近まで知らなかったというのか。それでいて属性魔法二つを使い、治癒を行い、皆は気付いていなかったが、なんらかの手段でここから逃げおおせたと?

 

「わ、私がいけなかったんでしょうか? ミーアちゃんに生活魔法を使って見せてからなんです。魔法をすごく教えてほしそうに私を見るんです……」

 

 再び黙り込んだアンヌ。結局何が言いたいのだ。

 

「ミーアに魔法を教えないようにと釘を刺したのは私です。なにしろミーアは魔器官の活性化(アクティベート)すらされていませんでしたので。全ては隊長の意見を伺ってからと……」

 

 ヨアンが口を挟んできたぞ。

 聞けば聞くほどミーアの特異性と不憫な境遇をこれでもかと押し込んでくるな。しかもなんだ、これではまるで俺が来るのが遅かったから暴発してしまったようではないか。

 

「そのぉ……」

 

 アンヌの澄んだ空色の目が、不安げに上目で俺のことを窺うように見て来る。これはあざといのではないか?

 

「ああ、わかったわかった。ミーアを探し出しても決して悪いようにはしない。脱走といったが、行方不明者と訂正しよう。捜索する者どもにもそのような扱いで接するように申し伝えておく。アンヌ=ハウゲン。これでいいな?」

 

「はい! ありがとうございます。スヴェン……隊長!」

 

 礼を言いながら、目尻に涙をためて出て行ったアンヌ。最初見せていた表情よりは幾分ましにはなったのだろう。

 

「ヨアン。お前小賢しすぎだろう。これは貸しにしておくからな」

 

 そう言った俺の言葉にヨアンは軽く肩をすくめたのみだった。

 

 

 ふん、やはり小賢しいやつだ。

 

 

 だが気分は悪くは……ない。

 

 




さーてそのころのミーアちゃんは?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冒険者ギルド
センチメンタルミーア


でもだいたいは大雑把です


 こんにちは。いつも現実逃避中の美幼女、ミーア十歳です。

 

 独房っぽい部屋に閉じ込められて、つい反射的に逃げ出してしまった、元リーマンおじさんが中の人となります。

 

 それにしてもあの部屋の天井は手抜き工事だったのか『エクスプロージョンみにみに』であっさりぶち抜けたので良かったです。

 考えなしに高い天井に穴を開けたのでどうやって出たらいいの? ってちょっと考えてしまいましたが、人外的身体能力を生かしてぴょ~んと大ジャンプ。なんとか穴の(へり)に届いたら、スライム体をうまく使いつつ、あとは地道に瓦礫をかき分けながら外に這い出しました。

 

 出てからは、スライム体を滲み出させて全身を覆い、光の屈折率をいい塩梅(あんばい)に調整し俗にいう光学迷彩的なものを再現し、堂々とコソコソ抜け出してきました。

 疑似的に見えなくなっただけで、音は出るし、匂いもするだろうしで子供だましもいいところですけど、辺りが暗くなってきたこともあり最後までばれなかったです。

 っていうか警備ゆるくて余裕でした。魔獣相手の警備隊ですし内側はあまり警戒していないのかもしれません。私がいた場所には野次馬いっぱい集まってましたけどね。

 

 外から、抜け出してきた(ところ)を眺めてみれば、切り立った崖の上に石造りの壁と高い塔からなる砦が建ってました。高いといっても二階建てのビルくらいのものです。まぁ元々崖の上ですしね。崖の下はもちろん海。もう見たくもありません。

 あんな砦を作ってまであの樹海(もり)を監視するなんて人間は恐がりですね。大した距離じゃないにしろ、間に海もあるんだし心配し過ぎのような気がします。

 今思えば、いっぱい食料(ごはん)が居て、向こうからやって来てくれて、ひもじい思いをしなくて済むんだからある意味良い処とさえ思えます。

 

 まぁそれでも人が居るこちら側の方が良いのは間違いないので、樹海や故郷の湖に戻ろうとは思いません。人としてね!

 

 ああ、そういえばごはん! ごはんですよ。

 さっきはかなり無理して魔法使いましたから早急に燃料補給が必要です。このままではひょろスライムになってしまいます!

 この辺りにいい栄養になってくれる動物とか魔獣とかいてくれるといいのだけど……。

 

 

 

 

 ――日もとっぷりと暮れ、夜空を見上げれば満天の星々が空一面に広がって見え、とても綺麗で感動的です。

 

 星々の見え方は日本で見た夜空とは全然違います。

 

 けれど異世界でも日本でも、空は空。同じなんですねぇ。

 太陽は大小二つありますけど。

 

 ああ……、この空は元の世界に繋がっていたりはしないのでしょうか?

 辿って行けばその先のどこかに地球があったりはしないのでしょうか?

 

 日本も今は夏だったりするのでしょうか?

 

 実はもうすっごい未来になってたりしてね……、あはは。

 

 長い年月をスライムとして過ごし、一人なんて当たり前のはずなのに、ちょっと淋しい気持ちになってきました。

 

 結局、この日は(ろく)に集中も出来ず、終始しようもないことを考えながらふらふらして終わりました。

 

 なんのかの言いつつ、やっぱり淋しいはつらい。

 人のぬくもりに触れてしまったのは良くなかったのかも知れません。

 

 

***

 

 

 崖の上の砦から逃げ出して一週間が経ちました。

 

 アンヌは元気にしてるでしょうか?

 会いたいですが、見つかるとスライム娘の解体ショーになるかもしれません。生きた死体の謎を解く! みたいな。

 

 私は適当に野生動物を見つけてはスライム体で栄養吸収し、時には思いついた魔法を試してみたり、夜は魔法で作った土製かまくらで眠るという、ごくごく普通なアウトドアライフを送っています。ベッドもお布団もありませんがスライム体にくるまって眠るので快眠確約保障です。

 

 ほんと(スライム)が有能すぎて怖い。

 そして土製かまくらは新登場アイテムです!

 

 魔法で遊んでた中で、土系統でも何かやれるか試してて出来たやつです。

 ほら、小さい頃よくやる砂遊び。砂山作って横穴掘って、中に入って崩れて埋まるまでがお約束(テンプレ)のやつ。そんな感じのことを魔法でもやってみました。

 

 言っときますが、埋まらないから。魔法で作れば崩れないんだからね!

 

 詠唱的には『土よ隆起し横穴を穿(うが)て、マッドドーム(円蓋)』とかでしょうか?

『マッドハット(小屋)』でもいいかもですが帽子と間違えそうです。

 

 繰り返しますが、魔法はイメージ。私がこうと認識したことが、魔力受容体(マナレセプタ)により発現される流れっぽいです。魔法の発現はレセプタ次第。私の思考や想像、創造? に合わせたレセプタ教育が肝要です。

 当然、やろうとしたことがレセプタのキャパ(許容量)を超えたならそれはきっと発動出来ずに終わるのだと思います。私のレセプタは色んな魔獣のものを取り込んでごちゃ混ぜ仕様になっていて、よくわからないものと化しているっぽい。(理解放棄)

 

 まぁ燃料不足による不発はどうしようもないです。

 魔力量は比較対象がいないのでわからないないけど、かなり多いと勝手に自負してます。けれど当然限度はあるので、使いすぎたり威力の大きいのをドカンと使うと一気に消費しちゃうので注意が必要です。ゲームみたいにMP表示でもあればわかりやすいのに。

 

 魔法はやっぱり便利で楽しい。毎日なにがしかの発見があり、私の忘れ去られていた厨二心に再び火が灯ります。

 

 日々の暮らしはそんな感じです。

 

 

 

 

 さて、砦ではひどい目に遭いましたが、良いこともありました。なんと、労せずして人里へと向かうルートを確保出来たのです。

 それはもちろん砦へと繋がってる道のことです。日本の道路みたいに綺麗に舗装されたものじゃない、でこぼこで石とかもゴロゴロ、馬車かなにか通っているのか、深い(わだち)が刻まれた荒っぽい道です。

 

 逆にたどっていけばこれはもう町についたも同然! ミーア完全勝利!

 

 とはいうものの警備隊から探される可能性もあります。その点は留意しておかなければ!

 まぁきっとこんな小娘のことなどすぐ忘れ去られるに決まってます。(願望)

 

 

 私は一応十歳ということになってますが、見た目はご当地基準だと六歳程度に見えるそうです。元日本人の感覚だと八歳くらい。この世界の人は成長早めなのかもしれません。

 ともかく、そんなサイズ感で美幼女の私がぽてぽてと一人っきりで何も持たず、身一(みひと)つでのん気に道を歩いていたわけですが。

 

 

 さらわれました。

 

 

 この間のワイバーン襲来時に鍛え上げたスライム謹製魔力センサーで何か近づいてきてるなぁと、気付いてはいたのですが正直かなり油断があったと思います。

 

 何があったとしても大抵どうにかなりますし。仕方ないね。

 それに感知した魔力も大したことありませんでしたし。

 

 

 目隠しされ、簀巻きにされ、肩に担がれと、すっごく手慣れた感じで、私は呆気に取られなすがままでした。全てが流れるような作業であり、正直抵抗する間もなくお持ち帰りされてしまいました。

 

 こんなの銀虎に(くわ)えられて走りまくられた時以来です。

 

 

 ああ、スライム娘の運命やいかにっ?

 




あ~れ~!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーアの受難

耐えて~


 やっぱのん気に道を歩いてると目を付けられちゃう感じなんでしょうか。

 全然人気(ひとけ)なんかなかったのに、まさか(さら)われるなんて。

 

 いや、人が居ないからこそ、そういう目に遭いやすいんだろう?

 なんて見方はもちろんできますけど、正直こんなことになるとは思ってませんでした。異世界クオリティなめてました。

 

 でも逆に考えると、こんな奴らが居るのなら人里も近いというのが、まさに正義(ジャスティス)

 

 ふむ、人里……ですか、人里。

 町に入るわけですよねぇ……、ふむふむ。

 

 …………。

 

 

 それにしてもいつまでこの姿勢のまま運ばれるのでしょうか?

 ()巻きにされて(かつ)がれてる(スライム)の身にもなってほしいものです。お腹の中身が口から出てしまうではないですか!(まぁ、中身ほぼ空っぽですが)

 

 こんなことするのってやっぱ盗賊や野盗の(たぐい)でしょうか?

 

 と思ってら動きが止まり、続くは放り投げられた感……、からの衝撃!

 

「ぎゃふんっ」

 

 やっだ、漫画みたいな声が出てしまいました。私のことをどこかに放り投げたみたいで、硬いところに打ち付けられました。

 

 もー、私は米袋とかじゃないんだからね!

 などと頭の中で文句言ってたらまた動き出しました。

 

 どうやら荷馬車のようなものっぽい。なんとも最悪な乗り心地で、床に放り投げられたのであろう私は加減速で前へ後ろへゴロンゴロン。路面からドンと突き上げくれば、ふわっドスン。その繰り返しです。しかもその状態が数十分は続いています。

 

 温和((無表情))で通ってる私もいい加減ムカついてきます。

 我慢してるのも馬鹿らしくなってきたのでもう切れたろか?

 

「ふぎゃん」

 

 私の行動読んでるの?

 切れたろって思ったとたんに急停止されて壁っぽいところに転がってぶつかった。鼻をしこたまぶつけた。これ絶対鼻血ぶーのやつ。ほんともう腹立つわ~!

 

 

「おう、帰ったぞ。ᛟᚲᚨᛋᛁᚱᚨ(お頭)はいるか?」

 

「遅かったな、半時ほど前に、戻ってきてるぜ。なんだ、追加のᚲᚨᚾᛖᛞᚢᚱᚢ(金づる)か? 遅れた理由はそれかぁ、うまいことやりやがって」

 

「街道を一人でᛒᛟᛋᚨᛏᚢᛏᛟ(ぼさっと)歩いてやがったのさ。大人がそばにいる様子もなかったしよ。小さすぎるがᛗᛁᛗᛖ(見目)がいいからよ、さらってきた」

 

 なんかすっごく頭悪そうなそうな会話をしています。時折わからない単語もありますが、だいたい意味がわかる感じです。スライム脳さまの優秀さを思い知るが良い!

 ちなみに奴らの口調は、どう聞いても三下っぽく聞こえるので、スライム脳がそれに見合った訳し方をしています。ばっちりです!

 

 無駄話してる隙に、スライム体謹製目玉を出して周りを見ておきましょう。

 

 緩やかな川がすぐそばを流れてて、大き目の水車小屋が目に入ります。周囲は深めの雑木林に囲まれててその奥を望めば雪を頂いた山も見えます。水車小屋の周りはある程度開けていて、いくつか木造の作業小屋っぽいものも建っています。

 水車小屋は石積にくの字した三角屋根で半地下の二階建てかな? 川沿いの斜面から生えてる感じで、斜面はそのまま伸びて小山となって奥の雑木林へと続いています。古びて苔むした水車がギシギシ音を立てながら回っています。

 

 随分今までと様子が違うところに連れてこられました。

 ありがちな洞窟掘って奥にアジトってとこじゃなかったのはちょっと残念。

 

 やっと中に入れるようです。

 向かうのは水車小屋。あらら、ただの粉ひき小屋じゃない感じかな? 不謹慎にもちょっとワクワクする。

 

「おめえも運がなかったな。ま、あんなところをぼさっとほっつき歩いてたのが悪いんだ。俺をᚢᚱᚨᛗᚢ(恨む)んじゃねぇぞ」

 

 肝心なところの意味が分かりませんが言いたいことはわかります。

 ふふっ、お互い様と言うことで。

 

 

「にょわぁ」

 

 お約束ですか。そうですか。

 

 小屋の奥深くの一室に無造作に放り込まれました。

 

 つうか小屋の奥行きが変です。やっぱ奥に向かって掘ってありましたよ。アジト洞窟条件に何とか引っ掛かりませんかこれ?

 

 こほん。

 

 外から鍵がかかった音がし、それと同時に何か張り詰めた感覚がしました。

 あ、ちょっと! 目隠しとか、簀巻き状態とかなんとかしてけー!

 

 幼女虐待反対!

 お前の汚い顔は覚えたからな~!

 

 暗くて埃っぽい部屋です。それと、なんか少し臭います。人が生きてたら出す有機的な臭いの複合技。

 その原因たる人の気配もいくつかあります。目玉さんはしまっておきましょう。

 

 魔力は……、あれ? またなんかノイズっぽいのが集中の邪魔をします。

 この感じは例の幾何学模様さんと同じ。

 

 ここにいる人たちの魔力を封じてるっぽい。この部屋のどこかに魔道具とか仕込んである感じかな?

 そんな強力なものって感じはしないし、とりあえずいっか。

 

 転がされたまま考えてたら人が寄ってきました。

 

 おおっ、目隠しを取ってくれてる。

 自分でもなんとかなったわけですが、ここはまぁ甘えておくのが無難と言うものですね。

 

「女の子だよ! 可哀想に、もう止まってるようだけどお鼻から血が出てる」

 

 そう言いながら取ってくれたのは、そちらも女の子。けれど私よりはかなり上かな。十六、七歳。高校生くらいに見えるけど、この世界、成長早いみたいだしもっと若いのかも?

 

 そのまま簀巻きにしている(むしろ)をなんとかしようと苦戦してくれてるところに、もう一人が加勢にきました。

 

「そんな手つきじゃいつまでたってもほどけやしないよ。代わりな、外してやる」

 

 でかい。色々デカいお姉さんです。

 お姉さんは硬く絞められた結び目を器用にほどいていきます。大雑把そうに見えてとっても器用。あら失礼。

 

「ほーれほどけた」

 

 お姉さんはその流れで、繰るんでいた(むしろ)も丁寧に外してくれ、脇に手を入れて持ち上げ、そのまま胡坐(あぐら)をかいた膝の上で優しく抱きかかえてくれた。

 

 なんです? この安心感は。

 アンヌの双丘にも匹敵する絶大なる包容力!

 

 あ、今はそんな時じゃなかったです。

 

 他にいた人たちも寄ってきました。

 見事にみんな若い女性。狭くて不潔な部屋に、私も合わせれば六人。

 

 けっこうな人数です。

 野盗許すまじ!

 

 さてこれからどうしたものでしょう。

 色々鬱憤(うっぷん)たまりまくりですし、もうね。

 

 やるしかないでしょう!

 

 ここの人達、そして、私のこれからの生活のためにも!(本音)

 

 

 女性たちに見守られ、頭を撫でられながらそんなことを考えてる私なのでした。

 




よく我慢しました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

水車小屋での惨劇

な、なんだってぇ


「嬢ちゃん、小さいけど歳はいくつなんだい? なんでまたあんな奴らに捕まったりなんかしたんだい」

 

 膝上に私を座らせ、後ろから抱きかかる体勢に変えたデカお姉さんが、矢継ぎ早に質問してきました。その間ずっと私の頭を撫でています。

 

「ミーア、十さい。あるいてたら……、えっと、ここにいた」

 

 ううぅ、質問内容と言語が入り混じってこちらの言葉でうまく言えない。覚えたてだし、仕方ないのです!

 

「ミーアちゃんね。十歳にはとても見えないがなぁ。それになんの説明にもなってないよなぁ」

 

 デカお姉さんが、困った風に言ってますが、私も困っています。お相こです。

 

「オルガさん、そんなに急かしちゃダメだよ。きっと状況がちゃんとわかってないんだよ」

 

 最初に目隠しを取ってくれた子です。やさしい。

 茶髪に日焼けした肌。そばかすが目立つ素朴な感じの女の子です。

 

「そ、そうか。それはすまなかったな。くははっ、ドリスにはかなわんなぁ」

 

 笑いながら私の頭をボスンボスン叩いてくる。軽いつもりなんだろうけど結構な威力でミーア迷惑。

 

 

 部屋に居る五人は領都へ向かう隊商の一員だったらしく、三日前、移動中に襲撃に遭い拉致られた。この部屋は魔力が封印されてるので魔法も使えない。二人との話しでわかったのはそれくらいです。まぁ魔力の件はわかってましたけどね。

 それぞれ自己紹介もしたけど印象に残ってるのはオルガとドリスだけで後の三人は名前は聞いたものの、終始おびえた感じで会話もほぼ無しでした。

 

 とりあえず戦力になりそうなのはデカお姉さんことオルガくらいです。護衛についてた冒険者(当然私の知ってる言葉で訳した。胸熱!)で、女だてらにバスタードソードを振りまわしてたらしい。クルトと同類ですね……。

 

 まぁ頼りにすることもないですけどね。

 

 

***

 

 

 夜です。

 

 食事は硬いパンと具の入ってないスープだけでした。出るだけましなんでしょうか? トイレはまた壺です。ひどい。一応仕切りがあるだけましでしょうか。体を清めるものもありません。そりゃ臭ってくるようにもなります。

 衣服を枕に硬い床で寝ています。毛布やシーツが数枚ありますが、ひどく汚れてて使う気にはとてもなれません。オルガやドリスが一緒に寝ようと言ってきましたがひっつくと暑いし、(臭いし)、予定もあるので遠慮しておきました。

 

 皆が寝静まったころ。

 行動開始です。

 

 だいたいの様子はスライム体による先行偵察と魔力により把握できています。

 

 短い間ですがお世話になりました。

 オリガとドリスに心の中でお礼を言います。

 

 一緒に行動する手もあったのですが、やっぱ面倒くさいので却下としました。自由も無くなりますしね。私が居ないことにそのうち気付くでしょうけれど、その時は全て終わってるでしょう。今後の無事をお祈りしておきます。

 

 

 手始めにドアと魔力仕掛けをなんとかします。

 鍵の他に魔法的なにかが仕掛けられてます。魔力を抑える道具なら逆にその嫌の元を探せばいい。

 探ったらすぐ見つかりました。あの幾何学模様さんが天井の(はり)に仕込んでありました。

 

「カマイタチの鎌……いっちゃって」

 

 真空の旋風(つむじかぜ)はどんな隙間にも入り込むよ!

 ちょっと意味が分かりませんがイメージだからいいのです。最小魔力で効率的に、ずったずたにカットしてやりました。今度は自分じゃないから徹底的~!

 

 最小魔力での鍵カットは金属相手には無理でした。ここはスライム本来の力。溶解液で溶かす! じゅわーっとあっさり溶けちゃいました。スライム怖っ! 我ながら恐ろしい。

 

 これだけしておけば、私が失敗したとしてもオルガがなんとかするでしょう。きっと。

 まぁ失敗なんてしないですけど。

 

 

 念のためこの前使ったスライム光学迷彩を使います。見つかってもいいですけど、なるべく騒ぎは後回しにしたいですからね。スライムで全身を覆えば無音行動にもなり、光学迷彩と相まって隠密行動無敵スライム娘のできあがり!

 外堀から攻めていきましょう。見張りは入り口前に一人。巡回してるのが二人です。案外真面目にやってて意外です。

 

「あ~あ、俺も中で騒ぎたかったぜぇ」

 

 ぼやいてる見張りの人。騒ぐのは天国でどうぞです。あるかどうか知りませんけど。

 

 順番にカマイタチさんで処理しました。

 首のあたりをスパッとやれば簡単です。皆さん気付かない間に人生終わったと思います。人を(あや)めたのはたぶん初めてですが特になんとも思わないです。色々慣れちゃっててもう今さらですね。

 

 さて本命に突入です。

 夜も遅いはずなのに、きゃっきゃうふふ、騒がしい部屋があります。中に居るのは男九人、女三人。オルガたちは狭くて臭い部屋で、硬い床でも我慢して寝てるのにいい気なものです!

 

 

「お頭ぁ、どうしたんです。いきなり真面目な顔になっちまって」

 

「うるせぇ、少し黙れ。なにか来やがるぞ」

 

 あれれ。これは予想外です。

 スライム目玉で覗いて見れば、一緒に飲み食い、大騒ぎをしていた周囲の人を黙らせています。こいつがお頭ですね。あらやだ見た目イケオジ。抱き着いてた色っぽいお姉さんも脇にどかしています。

 

「そこに居やがるのは誰だ? 見張りの奴らはどうした! 風の尖刃、シャープエッジ!」

 

 いきなり魔法放ってきた!

 壁越しに様子を窺ってた私に向かって一直線。完全に居場所ばれてます。放った魔法はあっさり壁を貫いてきました。

 

「ぷはぁ、やばかったです」

 

 身体能力あげてるから何とか(かわ)せましたけどドキドキの展開です。躱した魔法は反対側の壁にまで穴を穿(うが)ってから消えたみたいです。

 なんかもうやたら判断が素早い感じ。なんでわかっちゃったの? 私の魔法のせい? そんなのでばれちゃうものなの?

 

 このお頭さん、もしかしてすごい人?

 

 もう面倒です。

 一気に中に突入しました。

 

 さっきの魔法が次々撃ち込まれてきますが魔力感知と身体能力でなんとかよけながら進みます。手間のかかる光学迷彩は集中の妨げになるので解いてしまったので私の姿は丸見え。この辺私もまだまだです。他の奴らも、まだ戸惑いながらも剣とかで次々切りかかってきたりと子供相手に大人げないです。

 

「なんだ、ガキじゃねえか!」

「お、おまえ、俺がさらってきたっ!」

 

 外野がごちゃごちゃうるさいです。

 

 もう魔力に遠慮いらないよね? レナートが使ってた魔法、今使えばいい感じじゃないかしらん? 定型文(トリガー句)のところは覚えてるよ! あとは私のあの時の記憶とイメージで。

 

「強風で辺りをぐっちゃぐちゃにかき乱せ~! ヴァイオレントウインド?」

 

 唱えたとたんに部屋の中にそよ風を感じ、それが急激に流れ始めました。ちょっとこれ、私も巻き込まれちゃうんですけど~! 大きくなる前に床に伏せ、スライム体で慌ててぺったりへばりつきました。

 

「な、なんだよこれはっ」

「うぎゃぁ~」

「うそだろ? 今の上級魔法じゃないのか?」

 

 そんな言葉が聞こえては流れて行きます。色っぽいお姉さんも出してはいけない声を出してます。

 もう部屋の中で風が縦横無尽に吹きまくり、置かれていた物も飛ばされ砕かれ、大変なことになりつつあります。ちょっと天井がみしみし、石造りの壁がパラパラ粉を散らし始めました。そろそろ止めないと水車小屋崩れちゃうかも。

 野盗どもは、飛んできた家具や破片、大小の屑が入り混じった暴力的な風で、すでに生きてるかどうかも怪しい様相です。

 

 さあて、お頭さんはどこでしょう?

 

 おっかしら!

 

 

 …………。

 

 

 あれ?

 

 

 

 お頭いなーーい!

 




終わり切れませんでした……


つづくっ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

絶望のお頭

お頭~!


「なんなんだ、あのくそガキは!」

 

 俺は今もアジトの広間で猛威を振るっているだろう小さな襲撃者を思い浮かべ、悪態をついた――。

 

 

 ことの始まりは隊商襲撃成功を祝い宴を開いてる最中(さなか)、肌身離さず付けているサークレットが反応したことだ。

 魔道具のサークレットで、魔力紋を登録していない魔力が使われると、振動し装着者に知らせてくれるものだ。振動の強弱で大雑把ではあるが魔力の強さも知れる。この振動はうざったくて仕方ないし、感知範囲もたいして広くないが命には代えられねえ。

 あとは俺自身、風属性の中級三位の実力を持ってる。これでも野盗に落ちぶれる前は……って、どうでもいい話か。とにかく使える魔法の中にウインドセンス(気配察知)がある。

 魔道具が振動し未登録魔力が使われたことがわかるやいなや、その魔法を使った。俺の実力では探索範囲は広くないがアジトで使う分には十分すぎて釣りがくる。

 

 微弱だが魔力を使っている奴がいた。こそこそとアジトの周りをうろついてやがったが、こっちへ向かってきやがる。見張りの野郎共はどうした?

 

 広間の前まできたと同時、俺は言葉をかけて動きを止め、機先を制して壁越しでも構わず攻撃を仕掛けた。当たるとは思わなかったが、くっそ、完全に避けきりやがった。見えてないはずなのに小癪(こしゃく)な。

 

 そのまま突っ込んできやがった!

 思い切りがいいな、おい!

 

 つうか子供? 年端も行かねえガキじゃねぇか!

 

「くそくそくそ!」

 

 俺はシャープエッジを連発した。なのにそれを全部避けやがる。

 シャープエッジは出が早くて見切りも難しいから避けるのは相当難しい魔法なのによ。

 

 野郎共も切りかかっていくが、すばしっこくて難なく避けやがる。普通おめぇみたいなガキはビビッてしょんべんちびって(しま)いなんだよ!

 

 仕方ねぇ、仲間も巻き込むが範囲魔法を使って奴の足を……、

 

「ぬあっ」

 

 サークレットが馬鹿みたいに震えやがったからつい声を上げてしまった。なんなんだよ、おい。

 あのくそガキ、やたらデカい魔力を練り上げてやがる。

 

「ちぃ」

 

 俺はとっさの判断で隠し扉に飛び込んだ。これも魔力登録したものだけが通り抜けられる魔道具だ。

 野郎共に声をかける余裕も、気に入ってる女を連れ出す余裕もなかった。

 

 背後から野郎共や女たちの叫び声と共に凄まじい破壊音が聞こえてくる。一体何が起こってやがるんだ? くっそ、あのガキ、容赦なさすぎだろ!

 

 俺はそう思いつつも今は逃げることに集中するしかなかった――。

 

 

 

 

 隠し通路の先、水車の裏側に出た俺はとりあえずの一息をつく。水に浸かってずぶ濡れだが仕方ねぇ。なんとかあのガキが唱えたやばい魔法から逃げおおせた。なんなんだよ、あのガキは。あんな幼子といってもいいようなくそチビが、なんであんな魔法ぶっ放せるんだよ。詠唱は無茶苦茶だったが、ありゃ上級三位以上で使える魔法だろうが!

 

 俺ですら死ぬ思いで一発撃てれば(おん)の字の魔法を片手間で放ちやがった……。

 

 これからどうする?

 

 あいつはたぶんペトリが(さら)ってきたガキだろ。

 ったくよう、余計なトラブル引き込みやがって。生きてやがったら、鞭打ち百は食らわせないと気が済まねぇ!

 

 ……とりあえずはあれだな。

 

 拉致った女どもを人質にして、あのガキをどうにか抑え込むしかって、ぬおぁ、痛ぇ!

 

 サークレットが痛みを感じるほど激しく震え出した。

 

 

 

「みーつけたっ!」

 

 

 俺の背後、水車の先、川の深い方からかけられた幼子の高く甘ったれた声。

 なんでそっちにいるんだよ? おかしいだろっ!

 

 

 サークレットがビンビンに反応しまくっている。くそがっ!

 

 

「……シャープエッジ、シャープエッジ!」

 

 振り向きざまに二連射した。正直もう魔力がやばい。

 

「なにぃ!」

 

 居ないだとっ?

 

 後ろに居たはずだ! どうして居ない?

 サークレットは変わらず激しい反応のまま。

 

「こっちだよー」

 

 頭上から聞こえる声。

 くそガキの声に慌てて上を仰ぎ見る。

 

「うそだろ、おい」

 

 空中に浮いたガキがいた。

 高いところから俺を見下した目で見ている。くそくそくそ!

 

 

 どうなってやがる!

 

「舐めやがってぇ~! 吹き上げ散らせ、ライジングエアッ!」

 

 どういう理屈か、上で留まってるガキに突風を食らわせ、落ちたところをシャープエッジでぶち抜いてやる!

 

「うわー」

 

 ガキめ、思惑通り体勢崩してそのまま落ちやがった。

 

「やったか!」

 

 落ちたところを狙う!

 

「残念でしたー、おっちませんー。くふふっ、フラグ回収ー」

 

 落ちたと思ったガキはまた空中で突っ立ち、俺の前で腕を組んでふんぞり返ってやがる。わけわからねぇ。

 

 くそがっ、てめぇみたいなガキがそんな格好つけても滑稽(こっけい)なだけなんだよ!

 

 だがチャンス。奴はもう俺の目の前の高さまで下りた状態だ。

 俺は渾身の魔力を引き絞り、今出せる最大の範囲魔法を放つ。逃がさねえ!

 

「指したる往く手を吹き裂き散らせ、ウインドブラストッ!」

 

 封じ込められた空気が破裂したかのような勢いで扇状に広がりながら、研ぎ澄まされた風刃となって襲い掛かる。シャープエッジを束にして放ったかのように極悪だ。

 

 すばしっこく逃げようが巻き込んで終いだ!

 ひらひらな服着て、空中で無防備に突っ立っているガキが浴びればズタボロどころじゃすまないぜ。

 

 ざまぁみろ!

 

「水の壁、ぶあつい奴、ウォーターウォール! からの~、氷の檻、お頭閉じ込めろ~、アイスケージ!」

 

「な、なにぃ!」

 

 ふ、ふざけるな! 後退しながら川の水を盾にして防いだだと!

 あの一瞬でどうしてそこまで出来るんだよっ!

 

 

 つ、つめてぇ。岸に早く上がらねぇとやべぇ。

 周りがどんどん凍ってきやがる。緩やかだが流れてる川なんだぞ!

 

 くそっ、氷の壁が立ち上がってきやがって身動きとれねぇ!

 

 

 なんなんだ。

 なんなんだよっ!

 

 あいつは、一体……。

 

 

 うそ……だろ……、くそ……がっ――。

 

 

 

 

「勢い余って氷のオブジェもついでに完成~! ちょっときたな~い」

 

 

 

 

***

 

 

 

 お頭さん、凍り付いちゃいました。川の中に直径三メートルのケージに入ったお頭像が出来ました。

 かなり温度低いんだけど、溶けた後、中のお頭さんはどうなってるんでしょう?

 

 また動き出したりするんでしょうか?

 

 ま、どうでもいいですね。

 

 

「魔法もだいぶ慣れました。要領(つか)んじゃった感じです、よきよき!」

 

 さて、お掃除も終わりましたし、当初の目的のブツだけ頂いてトンズラしちゃいましょう!

 長居しても面倒くさいだけですしね。

 

 後始末は(オルガ)に押し付けです。

 

 ふふっ、これで町に入ってあれこれできます。

 

 楽しみです!

 




やっと終わった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ぷにょ活用法

まぁどうでもいい話です(笑)


 お頭を氷漬けにしたあと、アジトの水車小屋に戻って色々物色してたら外が騒がしくなり、何だろと思ったら別の建屋にいた野盗たちでした。

 

 あらあら、他にもおりましたのね。

 ちょっと少ないなとは思ってはいたんですけど、水車小屋しか気にしてなかったので。失敗失敗。

 まぁ目的は達したので、後はどうとでもしたらいいと思います。

 

 そのうちオルガさんとかも動き出すでしょう。

 お互い頑張ってくださいね。

 

 

***

 

 

 夜が明けてきました。

 結局、休みなしで働きました。ブラック企業もびっくりの就労状態です。

 元おじさんもさすがに夜通し働いたことはなかったです。だれか特別手当くれませんか?

 

 でも心配ご無用です!

 

 ふふ、誰もくれないので自分でどうにかしましたとも!

 

 お頭さん、いっぱい貯め込んでました。

 貴金属を筆頭に、金貨、銀貨、たくさんのお金が、木箱や皮袋に詰めこんでありました。武器や防具の類も、無造作に壁に立てかけてあったり、棚に放り出されたまま置いてあったりしました。

 

 2Sが出来てないですね!

 

(製造業などでおなじみ、2Sとは! 整理(SEIRI)整頓(SEITON)の頭文字、S二つからつけた呼称のことであります)

 

 私はそれをさらにぶっ散らかして、物色しまくりました!

 急がないと人が来ちゃいますからね。気にしてなんかいられません、はい。

 

 ああ、ラノベお約束の魔法の収納カバンとかないのでしょうか? 絶対あると思うんですよね。だってここまで魔法とか普通にあるのに、無いとかおかしいでしょう!(願望と切望)

 

 

 見つけられませんでした。

 きっと私の探し方が悪いだけ……。

 

 だがしかし!

 私はあきらめない美幼女スライムです。

 

 そう、万能スライムに出来ないことはない! かも。

 

 と言うのもこのスライム体、不思議なほど体積というか質量というか、体の大きさがすっごく変幻自在に変わっちゃうんですよね。減ってしまうスライム体はどこに消えちゃうのだろうとちょっと不思議には思ってはいたんですが……、出来ちゃってることなので深く考えることもありませんでした。

 

 伸ばせば延々伸びちゃうし、どう考えてもミーアの頭の中や、体だけじゃ辻褄合わない感じだよね、私って……。

 

 試しにちょっと物を取り込んでみたらと考えました。

 

 食べ物とかは溶かして吸収なので、物体そのままの形で取り込んだことはないんですよね。

 取り込みやすいところで、手のひらにぷにょをむにゅっと広げて出し、手じかに有った銅貨を一枚落としました。溶かさないようにしないとね。

 

 じーーーー。

 

「うーん……、そこにずっとあるじゃん」

 

 だめです、失敗。銅貨はじっとしてぷにょの中で見えてます。まぁ動いたら怖いですが。

 

 それなら、こうすればどうでしょう?

 イメージは出していたぷにょを戻す感じ。一緒に銅貨を連れて行ってもらいましょう。

 

 じーーーーーー。

 

 

「おおおおおおっ!」

 

 

 ぷにょと一緒に銅貨も……、き、消えました!

 

 どこかに消えてしまいました~!

 

 って、どこにいっちゃったんでしょうか?

 

 銅貨ちゃ~ん、出ておいで~。

 ぷにょを出すイメージで銅貨を呼んでみました。

 

 う~ん、困った。現れません。

 試しにぷにょをもう一度出しましたが銅貨は居ません。

 

 自分の体(スライム)じゃないからでしょうか?

 入りこそしましたが出すことは出来ないみたいです。

 

 ぬわぁ~、これでは使えな~い!

 銅貨はスライム奈落に吸い込まれて消えてしまいました……。

 

 悩んだ末に皮袋に銅貨を入れ、その袋には紐を付けて同じようにぷにょに投入し、そのままぷにょを戻しました。

 

「おおおっ」

 

 不思議な光景です。紐の付け根にぷにょが残った感じで、その先は消えました。ぷにょ自身は私の意志で移動出来ます。ただし紐付きですが。

 

 紐をいそいそと引っ張ってみれば……。

 

「きたきたきたーーー!」

 

 皮袋が現れましたー!

 成功でーす!

 

 小さいぷにょからそれより大きい皮袋が出てくるのはちょっと違和感ですが。

 

 ぷにょ凄いです!(ああ、私のことだね)

 

 ちょっと見た目がいまいちですが、これを収納代わりに使うこととしましょう。

 ぷにょは自分自身だから身体から離せないのは仕方ないところですが、自分で使う分には大した問題じゃないでしょう。

 

 必要は発明の母と言いますが。

 スライム体の新たな活用方法を見つけてしまいました!

 あとは時間があるときにでも、紐なしでも出し入れできる方法を考えるとしましょう。そういえば容量も不明ですね。これもまた検証課題です。

 

 

 でもね、もう、スライム体(わたし)、まじチート!

 

 

***

 

 

 アジトのお宝さんをスライム収納に移し替えてきたスライム娘です。

 皮袋と紐がそんなになくて、全部持ってこれなかったのが痛恨の極みのミーア十歳です。

 

 街道? 沿いをぽてぽて歩き、オルガさんに聞いた町を目指しています。

 お腹がすきました。

 

 オルガさんとドリスは無事生き延びたでしょうか?

 

 きっと大丈夫でしょう。

 オルガさんはとても強そうでしたし。

 

 

 今の私は小さめの背負い袋をしょって、その上にローブ、そうあのローブ、ファンタジーお約束のローブをまとって、ちょっと旅人っぽい恰好になってます。フード付きで髪や顔とかも覆えます。もちろんアジトからぱくり、いえ、もらってきました。

 

 収穫は金貨四十二枚、銀貨百五十二枚、銅貨四百五十三枚です。

 元技術系サラリーマンは几帳面なのでしっかり数えました。貨幣価値がわからないのであれですが、きっと大金に違いありません!

 もっとあったのですが袋に納まりきりませんでした。残念すぎる……。

 

 それぞれ紐付きぷにょにして背負い袋に入れてあります。

 体に同化すると紐だし幼女になってしまうので、それはやめておきました。

 

 武器は要らないので放置です。

 ああ、ナイフは数本もらっておきました。あるとたぶん便利でしょう、きっと。

 他にも色々ありましたけどキリないので諦めました。

 

 

 準備は十分です、たぶん。

 町……、ああ、町の名前はレイナールです。これもオルガに教わりました。

 

 こほん……。

 

 れ、レイナールの町に向け、頑張っていこう、おー!

 




れっつらごー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

短い旅の終わりに

別に話は終わりません(笑)


 オルガから聞いた話からするとレイナールの町までは馬車で二日と少しくらいの距離らしいです。

 ついでに領都まではどれくらいかも聞きましたが、倍以上の六日はかかるそうでかなり遠い感じです。

 

 はぁ、徒歩だと普通に行けば五日くらいはかかる感じですね。萎えます。

 ぼっちコミュ障ぎみの元リーマンおじさんの私は、本来運動とか好きじゃありません。だんだん町に向かうのが億劫(おっくう)になってきました。

 でもそんなこと言ってても仕方ないし、気晴らしのご飯探しでもしましょう。アジトを出てからずっと平原のような風景が続いてましたが、ようやく森林地帯に差し掛かりましたし、ご飯はいっぱいいそうな感じです。

 

 

***

 

 

 森に入ったら入ったで延々森です。道は相変わらずでこぼこの荒れ荒れですが、迷わない程度にはしっかりした道なので助かります。

 ご飯はたくさんいたので腹ぺこ状態とはおさらばです。ああ、湖にいたころは腹ぺことは無縁だったのに、陸に上がってからは普通にお腹がすくようになりました。陸は湖みたいにそこに居るだけで栄養吸収できるって環境じゃないんですよねぇ。今思うとあの湖は栄養の宝庫だったのでしょうか?

 そういえば湖の生き物たちには謎器官、いえ、魔力受容体(マナレセプタ)もなかった気が……。スライムにも無かったけど、そもそもスライムには臓器の(たぐい)、何も無いね。

 

 うーん、謎です。

 

 

 森の動物や、時折でる魔獣をおいしく? 吸収し、夜は土製かまくら(マッドドーム)とスライム寝袋(シュラフ)でぐっすり眠り、旅は三日目を過ぎました。

 

 こちら側の陸地の生き物は弱いのでお食事は相変わらず楽です。

 やっぱヴィーアル樹海(でしたっけ?)の魔獣たちは一応強かったんですね!

 

 でも文明的な食事とはかけはなれたものに戻っちゃいました。

 ああ、アンヌに甘やかされた生活が懐かしいです。出されたお食事もちゃんと人の食べ物でしたし。食事もたまには普通に口からとらないとミーアの胃とか、内臓が退化してしまいそうです。

 

 この森で一番の敵は狼っぽい見た目の魔獣です。そのまんまですが、フォレストウルフ(森林狼)と名付けました。大柄な体格に魔獣らしく牙が異常に発達しているのが特徴と言えば特徴です。

 一匹だけなら雑魚(ざこ)ですが、必ず三匹以上で連携して襲ってくるのでちょっと面倒な奴らです。

 こういうすばしっこいやつらは、やっぱり風の魔法で対処するのが楽ちんです。お頭さんが色々見せてくれたので風魔法のバリエーションが増え、大変はかどります。

 

 火魔法は派手で、いかにも魔法って感じだけど、火事とか延焼が心配で使い処に困る印象です。

 

 そんな狼さんたちの群れを三つくらいは壊滅してあげました。魔力がしょぼくレセプタの発達程度もお察しです。あまりうま味はありません。

 

 

 更に二日が経ち、ようやく深い森も終わりが見えてきました。

 

「はぁ、やっと森を抜けられます。もう森歩きはお腹いっぱいです……(色んな意味で)」

 

 薄暗かった森の中から日の光が燦々と照り付ける広々とした風景へと、見える眺めが変化していきます。つられて気分も上がってくるというものです。

 

 馬車が襲われてるとかのイベントもなく、普通に森を抜けちゃいました。ちょっと残念です。

 

 

 遠くに何か見えてきました。

 

「おおぉ、あれ町? 町だよね!」

 

 小高いこの場所からだと町の様子が一望できます。周囲は壁とか柵で囲まれています。港寄りの町中に高い塔が見えます。川が町の中を縦断して流れ、その先には港らしきものも見えます。あの川は水車小屋まで(さかのぼ)れるのでしょうか?

 

 はっ。もしや川を下っていればもっと楽に町まで……。いや、源流は違うかもしれません! か、考えない様にしましょう……。

 

 とりあえずの問題として、町には普通に入れるのでしょうか?

 入口には関所があったり、門番みたいな人が居たりするのでしょうか?

 

 さすがにそこまではオルガにも聞けてません。お金払って通してもらえるならいいですが、通行証みたいなものがいるのであれば別の手を考えないといけません。

 

 まぁ、なんとでもなりますね、くふふっ。

 

 町の様子を眺めながらそんなことを考えていたら後ろから騒々しい音が聞こえてきます。

 何でしょうか?

 

 振り向いて見れば、おお、荷馬車です! 荷馬車がこちらに向かって砂塵(さじん)を巻き上げ、それなりの勢いで走ってきます。

 くうぅ~、もう少しタイミングが早かったら森の中で乗せてもらうとかできたかもしれないのに~。

 

 馬車を通すため、脇に避けます。

 

 ヒズメが地面をける音やガシャガシャキシキシ色々騒音をまき散らしながら荷馬車が通り抜けます。幌付きの荷馬車です。私も簀巻きにされてああいうのに放り込まれて運ばれたんだよねぇ、と感慨にふけってたら馬の(いなな)きと共に急停車しました。

 

 なにがって、馬車が!

 

 御者の人が下りてきました。でっかい人です。この人もローブを(まと)っています。砂埃(すなぼこり)もあるし日差しも強いですからね。必要でしょう。

 

 嫌な魔力も感じませんし悪い人ではなさそうですが……。

 

 

「え? ええっ?」

 

 

 私の前まで来るやぐいと腰をおり、フードで覆われている私の顔を覗き込んできました。

 

 

 目が合いました。

 相手の目が細まった気がします。

 

 そして私の目線はぐぅーーんと、一気に高くまで上がります。

 

 

「はっはーっ! やーっと追いついたぜ、このお転婆嬢ちゃんめ~!」

 

 さすがの私も唖然として、その声の主を見下ろします。

 

 そう、私はぐいと一気に持ち上げられ、高い高ーいをされていたのです。

 くぅ、元サラリーマンおじさんが、高い高い……。

 

 は、今はそんなことはどうでもいいです。

 

「お、おるがさん、です……か?」

 

 そう、声の主の正体はオルガさんでした。

 フードが外れ、肩までもない豪奢(ごうしゃ)な金髪が風になびいてます。(みどり)色の目がちょっと(とが)めるように私を見ています。

 

「そう、オルガさんだ! ミーア、お前ほんとやりたい放題してトンズラこきやがって……まったく」

 

 高い高いから今度は片腕で抱っこされ、頭をグリグリと勢いよく撫でられました。

 相変わらずの力加減で威力たっぷり。それもう撫でるとは言わないから! 頭の中のスライムがちゃぽちゃぽいいそうです。(いや比喩ですからね?)

 

「ええー、やっぱりミーアちゃんだった? もう、ミーアちゃん、心配したんだからね! 一人であんな危ないことしちゃだめだよー!」

 

 荷馬車からドリスまで飛び下りてきて、駆け寄って来るなり叱られました。

 

 

 どうやら見捨ててきたはずの二人と、期せずして再会してしまったようです。

 

 

 どうしましょう?




どうする?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レイナールの通行門

説明回めんどくさい


「おめぇ、可愛い顔してほんと、いい根性してやがるよなー」

 

 御者台に座らされ、オルガに散々お説教をされているスライム娘、ミーア十歳です。

 オルガやドリスを目の前にして逃げ出すわけにもいかず、そのまま抱っこで連行されました。

 

 もう日常的な会話ならほぼ無難にこなせます。一度聞いたら忘れない、底なしスライム脳の賜物。あとはどんどん語彙(ごい)を増やしていくだけです!

 

 それだけにお説教つらいです。

 無駄に長い結論の出ない会議よりつらいです。

 

「こーら、聞いてるか? ミーアがどうやってレイナールの町に入るつもりだったかは聞かねぇさ。だがな、ここで会ったからにはもうお前を一人っきりにさせるわけにもいかねぇ。例えお前がどんなに強くて、一人で生きていけると言いはったとしてもだ!」

 

 そう言ってオルガは綺麗な(みどり)色の目で私のことをジーっと見てきた。

 前見て欲しいなぁ、なんて……。

 

「はう……」

 

 どうして私なんかのことをここまで気にかけてくれるんでしょう?

 赤の他人で怪しさ満点、私なんかのことを……。

 

「ミーアちゃん、もう諦めなよ。オルガさんは君みたいなちっちゃな女の子を一人っきりで放っておけるような人じゃないんだからさー」

 

 幌の中で他の三人のケアをしてるらしいドリスが、御者台の方に顔を覗かせそう言い放つ。

 あの三人を見捨ててないだけでも、私からすればお人好しが過ぎる気もするけど。まぁそんなだから私のことも放っておけないのかも知れない。

 

「そうそう、オレ様の手の内に入ったからにはもう逃がしゃしないぞ、あきらめなー」

 

 お、オレ様って……。

 確かに大きくて男(まさ)りに過ぎるお姉さんだけど、素材は良いのだし、お化粧して着飾ればかっこいい美人さんになると思うんだけど……。

 

「はぁ~」

 

 私にしては珍しく大きなため息をついてしまいました。スライムらしくない。

 

 仕方ない、しばらく付き合ってみましょう。

 それでやっぱりダメとなれば、また逃げればいいだけです。

 

「クハハッ、ついにあきらめたかっ! そうそう、素直に大人を頼りな。よ~し、話が付いたところでさっさと町に入って面倒ごとを片付けるとしようぜ」

 

 

***

 

 

「よぉオルガ、お前さん徒党を組んだ野盗の一団に(さら)われたんじゃなかったのか? もうおっ()んじまったかと思ってたぜ」

 

「うるせぇ、このオレ様がそう簡単にくたばってたまるかよ。いいから、とっととてめぇの仕事をしやがれ」

 

 これ、町の入り口での門番さんとの会話です。

 どこのチンピラどうしの会話だよって感じで、長旅の末やっと町に到着した感慨(かんがい)も吹き飛んじゃいます。

 

「へいへい、わかりましたよ。なじみでも通行税はきっちり徴収するからなー」

 

「わかってる、わかってる。ほれ、ドリスは知ってるな、オレと同じで冒険者ギルド登録者だ。で、そこの女三人は商人ギルド。――で、子供はレイナールは初めてで、ギルドも未登録だ」

 

「あちゃ~、未登録ってまじか? おめぇ、面倒そうなのつれてきたなぁ」

 

「ふんっ、ほっとけ。ほらほら早くやれや!」

 

 オルガが門番さんをどやしつつ、町に入る手続きを始めました。ドリスはオルガと一緒に冒険者ギルドの所属を示すドッグタグみたいなプレートを見せています。

 

 三人のお姉さんたちもギルドのプレートを見せてます。

 

 レイナールの町に出入りする際は、通行門脇にある徴収所で身分証明となる所属プレートを見せ、通行税を払う決まりみたいです。その奥には衛兵詰め所もあり、不測の事態に備え幾人か待機してるそうです。ドリスがさっきドヤ顔で説明してくれました。

 

 それを踏まえ、問題は私です。

 

 当然私はそんなもの持ってません。

 一人の時はこそーりと……、アレするつもりでしたし。

 

 普通小さな子供が一人で通行門を抜けることなんてないそうで、親や保護者が同行し身元を証明し、通行税を払えばようやく通れます。

 

 それが出来ない私はどうするか?

 そう、困った時は金で解決です!

 

 通行保証金として金貨十枚を出せば、ひとまず入れはします。金貨十枚は職人さんとかの給金二ヶ月分ぐらいの価値で、農民とかだったら数年分の稼ぎが必要な額らしい。高額がすぎる。そして、格差ひど……。

 

 更に条件まであります。

 

 町に入ってからは、いずれかのギルドで見習い期間を経ることが必要です。期間はギルド判断ですが、問題を起こさず認められれば正式に所属が認められ、それで身分保障がギルド責任で受けられます。

 預けた保証金は半分取られ、半分戻ってきます。かなり理不尽な気もしますが、嫌なら町に入らなければ良いと言うことで、弱みに付け込んでひどい。

 

 ちなみに認められなかった場合、町から放り出され保証金も没収の憂き目となります!

 

 もう一つの手。

 

 町長さん、あるいは領主様にお願いして直接、ミーアの身分保証をしてもらうことです!

 

 

 あ、あり得ませんね、あはは。

 

 

 まあ親とかいて普通に生きていれば、そんな苦労はしなくて済む話ですし、もっと言えば町や村から出ないで、一生をその土地で暮らすのが当たり前なんでしょう。

 

 けど野良スライムではそうもいきません。

 

 別の懸案事項で、砦から逃げ出した私が悠長に登録なんかして大丈夫なのってこともありますけど。

 これはまぁ、私の扱いがどうなってるかわからないし今考えてもしかたない。

 

 

 

「それで未登録の嬢ちゃんは、オルガの隠し子か? 良かったなぁオルガに似てなく……いってぇ」

 

 オルガが門番さんを軽く小突きました。

 

「んなわけねぇだろが! オレ様はまだ十八だぞ。子供なんぞいてたまるか。だいたいオレはまだ……、って、何言わせんだよっ!」

 

「ぐほわぁ!」

 

 門番さん、今度は背中から思いっきりオルガに(はた)かれ、前に思いっきりつんのめってこけそうになってます。

 

 口は災いの元。気を付けましょう。

 

 それにしてもオルガ……、十八歳ですか。アンヌも確か十八と聞きました。

 ふ、二人が同い年(おないどし)

 

 ええええぇ……。

 人間の神秘を垣間(かいま)見た気がします――。

 

「くおらミーア、なにぼけっとしてるんだよ。通行保証金はお前が払いな。あぶく銭あんだろが?」

 

 オルガが私の頭をグリグリしつつ、ニヤニヤと訳知り顔で言ってきます。

 何をおっしいますやら? あれは正当な報酬です。

 

 プンスコ!

 

 

***

 

 

「よーし、通行税も払ったし、まずはギルドに顔を出さないとな。お前らもそれでいいな?」

 

 ドリスは勢いよく頷いてます。

 三人の女性もようやく安心した表情で頷いてます。まぁ、よかったね。

 

 面倒くさいことにはなりましたが、とりあえず町に入れました。

 かなりというか、すさまじく不安要素がありますが、まぁ、なるようになれの精神で行くしかないです。

 

 だめなら得意の逃げ出し戦法炸裂です!

 出来れば楽しくいきたいものですけどね。

 

 

 

 む、無理かな?

 




無理でしょ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冒険者ギルド

入りまーす


 昼過ぎにレイナールの町に入った私たち一行は、まっすぐ冒険者ギルドのある場所へと向かいました。

 

 町の中は、ソルヴェ村の草原や牧草地ばかりが目立つ廃れさびれた景色ではなく、元日本人の私をして目を奪われるものがありました。

 石造りの整然とした街並み、馬車が行き交う大通り、人々の活気にあふれた様々な市場など、私の好奇心をいやが上にも高めてくれます。

 

「ミーア、気持ちはわかるがまずは冒険者ギルドだ。くくっ、なぁに市場は毎日開かれてるんだし、また後で嫌と言うほどうろつけばいいさ。ほれ、いくぞ」

 

「ミーアちゃん、私が色々案内してあげるからね。がまんがまん!」

 

 御者台で二人の間に挟まれた私は頭を撫でられつつ、町中見物はしっかりお預けをくらいました。残念。

 女性三人組は、町に入った時点でお別れしました。商業ギルドへ向かうそうです。関わりはほぼなかったですが、三人のこれからの健闘を祈っておきましょう。

 

 

 

 冒険者ギルド。

 

 数あるギルドの中で、商人ギルドと共にもっとも知られたギルドの一つである!(受け売り)

 

「まさか私が冒険者ギルドに来る時がくるなんて!」

 

 中の人のリーマンおじさんが感動でむせび泣いております。

 市場を抜けほんの少し、すぐそばといっていいところに冒険者ギルドはありました。

 

 石畳の歩道に面した大きな石造りの建物です。三角屋根が急角度で立ち上がっていて、壁面には縦長の窓が開いてますが上に行くほど四、三、二とその数を減らします。三階建て以上は確実です。

 両側に母屋と接した平屋の建物が同じくらいの敷地を占有し建っています。正面に厳つい入口が大きく口を開けているので、そこからだと二頭立ての馬車だって余裕で入れそうです。きっとそこから色んな獲物とか収穫物を運び込むに違いないです!

 肝心のギルドの入り口は、建物正面中央に十段くらいの石の階段を上がったところにドドーンとあります。威圧感たっぷり、金属補強がビシバシ入った分厚い木製扉が出迎えてくれました。

 

 オルガは慣れたもので気にせず両手でバーンと威勢よく開きます。観音開きの扉ですが、片方開ければ十分なのにわざわざ両方開けます。脳筋野郎(オルガは女です。念のため)はやっぱ目立ちたがりなのでしょうか?

 

 浴びなくていい注目がいやでも私たちに注がれます。

 元日本のぼっちコミュ症ぎみのリーマンおじさんに、この注目は刺さりすぎです。

 

「ほれ、そんなに怯えなくて大丈夫だからよ。らしくねぇぞミーア。堂々としてろ」

 

 入ってすぐは屋内の半分くらいを占めてるホールでした。ぶっちゃけ酒場そのものです。お昼過ぎのせいかそれほど人はいません。というかこの時間に居る人は仕事してください。

 

 オルガの姿に軽くざわめきが起こってますが、それを気にせず突き進んでいきます。私とドリスはそれにちょこちょこと付き従います。

 

 ホール横の通路を抜ければ受付カウンターがあります。

 オルガはそこに迷いなく進みます。

 

「ほわ~~」

 

 喜びの余り声が漏れ出ました。

 あの受付嬢がいます。三人並んで座っています。ほんとに居ました。

 

 ラノベは嘘ついてなかった!

 

「ようエリーネ、久しぶりだな! ギルドマスターに会いたい。呼び出してもらっていいか?」

「オルガさん! 本当に無事だったんですね。しばらくお待ち……、いえ、そうですね、奥の小会議室でお待ちいただけますか? ギルドマスターに連絡してきますので」

 

 オルガがエリーネと呼んだ、すっごく美人で女性的な曲線にあふれたお姉さんは、ほっとした優しい笑顔を浮かべ、席を立つと奥に消えて行きました。

 

「よし、奥で待つとするか! ドリス、腹が減った。なんか適当に摘まむもん買ってきてくれや。部屋で食おうぜ」

 

「うんわかった。私もペコペコだよ~。ミーアちゃんはオルガと居てね」

 

 ギルドの打ち合わせするような部屋でおやつ食べていいのだろうか?

 小走りで酒場の方へ向かうドリスを疑問に思いながらも見送り、私はオルガに手を引かれ小会議室と言われた部屋へと向かいました。

 

 

***

 

 

「オルガ。まずは無事で何より」

 

 目の前に激シブの壮年おじさんがいます。前世の私とは大違いの、艶やかなロマンスグレイが目に眩しい、落ち着きがありガッシリした、いかにも頼りがいありそうなおじさんです。オルガと向かい合い、握手を交わしています。背の高さもほぼオルガと一緒くらい。百九十センチは確実に超えてそうな上背の持ち主たちです。

 

 ギルドマスターの横にはさっきの受付嬢、エリーネさんが控えています。綺麗。眼福です。

 

「お前の魔伝書簡(マナエピスル)からの報告を受け、レイナール川上流の水車小屋に冒険者を派遣した。結果は報告通りで生存者も無し、こちらで把握してる人数とも一致した。礼を言わねばならんな」

 

 向かい合って席に着いた私たち。オルガが真面目に話を始めてます。

 テーブルの上に食べ散らかしたジャンクフードが転がっててちょっとお間抜けな感じです。

 

「そうか、ならよかった。後始末を半分任せちまってすまなかったな、助かるわ。何しろ馬鹿みたいにかき回した奴がいたもんだからオレだけでは手に負えなくてよ」

 

 オルガが私をちらりと見ながら話してます。しーらない。

 

「いや、それが仕事だ、かまわんさ。あそこ以外の襲撃に参加した野盗集団の討伐、あるいは捕縛は残念ながら出来ていない。残党狩りの依頼があの隊商から出ている。また良ければ受けてやってくれ」

 

「へいへい、考えておくよ」

 

 二人が色々話を進めてますが私やドリスは横で聞いてるだけでした。ちょっと難しい言葉に理解の及ばないところもありましたが想像で補いました!

 

 

 

「それで、その幼子が報告にある娘で、今回の見習い対象者か?」

 

 あ、話振られた。

 

「そうだ。こいつぁやばいぞ、ボリス。見た目に騙されたらあんただって足をすくわれるかもしれんぜ?」

 

「実際見たことはないけどな」と笑いながら話すオルガの言葉に、ボリスと呼ばれたギルドマスターの私を見る目が細まりました。こわぁ……。

 っていうかオルガ、十八歳のくせにやたら偉そうです。冒険者ってみんなこうなのでしょうか? 年上はちゃんと敬いましょう! 元サラリーマンおじさんからのお願いです。

 

「ふむ。ミーアだったな? 話はオルガから聞いたが改めていくつか確認したい。それに魔力紋の登録と属性の把握も必要だ。断っておくが拒否は出来ない。これは冒険者登録時の義務だ。誤魔化しは許されない」

 

 

 うげ!

 魔力測定イベント、きたこれ!

 

 そんなのあったんですね。

 

 どうしよう?

 




どうしようイベントです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーアの魔力

話ぜんぜん進んでない……




 冒険者ギルドにその通達が届いたのはオルガから魔伝書簡(マナエピスル)が届く少し前だった。

 

「マスター、ケーヴィック砦の領境警備隊隊長、スヴェン=ソールバルグ様から魔伝書簡(マナエピスル)が届いております」

 

 何、ソールバルグだと? また面倒な方から……。

 

「ありがとう、もらおう」

 

 スヴェン=ソールバルグ。

 

 領主であるヴィースハウン公セヴェリンの母君の生家であるソールバルグ侯爵家の第三子であり、ヴィースハウン公はスヴェン様の従兄にあたる。

 

 ここレイナールの町もソールバルグ侯爵家配下のレイナール子爵が治めている土地だ。

 

 

 書簡を読んでみれば、面倒ごとしか書いてないのかと言うほど厄介な内容に終始した。

 

 ヴィーアル樹海より、ワイバーンが襲来しソルヴェ村が壊滅したという。その村の調査中、唯一の生き残りかもしれない、ミーアと言う名の幼子を保護したとある。

 

 そんな滞在調査の最中(さなか)、ワイバーン十三頭の襲来があり……、

 

 

 ――なんだと、これは本当なのか? 十三頭ものワイバーンの襲撃を受けたというのか。良く生きて戻れたな。いや、ともかく続きだ。

 

 

 そこで保護した幼子ミーアが、魔力暴走で凄まじい火柱をあげる魔法を発現し、巻き込まれたワイバーン二頭が消滅、そのおかげもあり撃退に成功したと……。

 

 

 ――幼子が火柱をあげる魔法だと? ワイバーン二頭が消滅?

 

 意味が分からん……。

 

 

 不明な点が多く、危険な魔法を放った幼子ミーアをケーヴィック砦に隔離したのはいいが、逃げ出され、以降行方不明。

 現在は行方不明となった幼子を保護すべく捜索にあたってはいるが、多くの人手を割くようなことも出来ず苦慮しているか。

 

 それを踏まえ、ミーアの捜索に協力して欲しい……とある――。

 

 

 うーむ。

 

 しかし幼子を隔離とは、また思い切ったことを……。

 よほどのことがなければそうはすまい。

 

 しかしこの件、ハウゲン子爵家は見つけたものに謝礼を出すと前向き、ダール伯クリスティアンはミーアの保護には協力するとの回答を得ている……か。

 

 なんだこのヴィースハウン貴族までからめた捜索網は。

 いったい、その幼子に何があるというのだ? いや、魔法が関わっていることはわかるが……。

 

 

 恐ろしく関わりたくないぞ!

 

 

 とは言っても協力しないわけにもいかない――。

 

 

 

 などと頭を悩ませていたところに、今度はオルガからの魔伝書簡(マナエピスル)だ。

 

 期間を空けオルガからは二通届いたが、これの内容はさすがの俺も驚いた。しかもここレイナールの町に(くだん)の幼子、ミーアを連れてくるという。

 

 運が良いのか悪いのか。

 

 とりあえずその判断はミーアという幼子を見てからの話だ。

 問題が大きくならないことを祈るしかあるまい。

 

 

***

 

 

「マスター。オルガさんが無事戻ってきました。マスターに会いたいとのことでしたので、小会議室にお通ししてあります。対応お願いしてもよろしいですか?」

 

 来たか。

 しかも幼子をギルドの見習いにするなどというという面倒事まで俺に振ってくるとは。

 

「わかった。オルガからも魔伝書簡(マナエピスル)を受け取っている。ああ、君も一緒に来てくれ。魔力紋登録と属性把握、ついでに魔器官発達深度の確認も行おう。補佐を頼む」

 

 俺はエリーネを伴い、オルガらが待つ小会議室へと向かう。

 

 

 

 部屋に入り、オルガと今までの一連の出来事について改めて情報交換と認識のすり合わせを行う。これに関しては事前に報告を受けていたこともあり、(とどこお)りなく終了した。

 

 次が問題の幼子だ。

 

 得られた情報では幼子は十歳となっていたが、実際目の前にしてみればもっと幼く見える。しかも女児だ! どちらとも書いてなかったが、まさか女児とは。こんな愛らしい幼子が報告にあったようなことを仕出かしたとはとても思えんな。

 とは言え、何事も先入観を持って当たるのは判断ミスにも繋がる。ここは通常の対応を心掛けねばな。

 

「ふむ。ミーアだったな? 話はオルガから聞いたが改めていくつか確認したい。それに魔力紋の登録と属性の把握も必要だ。断っておくが拒否は出来ない。これは冒険者登録時の義務だ。誤魔化しは許されない」

 

 こう語りかければ、表情からは読み取れないものの緊張していることがわかり、まるで俺が幼子をいじめているようで、やるせなさを感じる。

 

 当たり障りのないところで名前、年齢、出生地などの確認をエリーネに頼む。俺がやるより女性の方が警戒心もゆるむだろう。

 

「ミーア、十歳。そる()村うまれ? おとうさん、おかあさんは知らない。会ったことない」

 

 この発言に場の空気が重くなる。十歳より幼く見えるし、言葉も年齢の割にたどたどしい。苦労したのだろうし不憫にも思うが、孤児などさほど珍しいものでもない。

 

 とりあえずスヴェン様から聞いている情報とも一致する。本人で間違いなかろう。

 

「次は魔力紋の登録だ。魔器官から出る魔力には一定のパターンがあり、魔力紋はそれを登録したものだ。人によりパターンは必ず異なるため、確実な個人判別が可能となる。それを用いた最たるものが冒険者登録プレートであり、他にも様々な用途に活用される。見習いとは言え登録は不可避だ」

 

 エリーネが魔力紋登録用の特殊なプレートをミーアに手渡す。

 

「ミーアさん、そのプレートを手で握りしめて魔力を通して欲しいのだけど、出来る?」

 

「できる!」

 

 エリーネの問いかけに元気に答え、無邪気な様子で魔力を通しているミーア。

 俺に対する態度と随分違うじゃないか。

 

「うーん……」

 

「どうしたのだ?」

 

 ミーアからプレートを受け取り、魔導ボードで確認作業をしていたエリーネが首をかしげているので問いかける。

 

「魔力紋の転写は出来ているのですが、わずかですがノイズが混じってしまいまして……」

 

「ふむ、運用上問題が生じるわけではないのだな?」

 

「はい、それは大丈夫です。ちょっと気になっただけで運用上の支障はないと思います」

 

「そうか。まぁ使ってみて不具合が出るようなら作り直せばよかろう、安いものではないからな。では続けて属性把握だが、合わせて魔器官の発達深度についても確認したい」

 

 この言葉にミーアがまた緊張したことが窺える。何やら不都合でもあるのか? だがやらずに済ますことは出来ない。

 

「エリーネ。やってくれ」

 

「はい。ではミーアさん、ここに手を乗せて先ほどのように魔力を通してください」

 

 エリーネが用意した魔道具は、魔力の各属性の把握が出来るのはもちろん、魔器官の発達深度(レベル)などが測定できる大変高価で貴重なものだ。

 外観は卓上鏡を一回り程大きくした程度のもので、土台、支柱、それに魔石を配置するための二重になった円状の細い枠組みで構成されていて、枠の形に沿うように各属性を示す魔石が等配置されている。それらの枠とは別に上に向かい支柱から枝枠が螺旋状に伸びていて、そこには魔器官深度測定用の魔石群が配されている。支柱を支える土台からは手前に向かって枝枠が伸び、そこに魔力を通すための魔石が据えられている……といった構造である。複雑極まりなく、高価なことも(うなず)けるというものだ。

 

 ミーアが恐る恐るその手を測定魔石に伸ばす。

 

「なーにビビッてやがる、観念してとっとと測っちまいな!」

 

 見かねたオルガが活を入れる。

 全く、若い娘がどうしてこんな風に育ってしまったのか……。やはり周りの環境が……、いや、今考えることではない。

 

 

「ん~、まぁ、いっか」

 

 ミーアがそんなことを口にしながら魔石に触れ、魔力を通す。

 

 

 それは劇的で、あり得ない、奇跡のような光景だった。

 

 

 魔道具に填め込まれた魔石、その総数二十一個。

 属性確認のための魔石が十一個。魔器官深度測定用には十個。

 

 それらすべての魔石が残らず、その役目を全うさせるかの(ごと)く輝いていた。

 これが示すことは誰が見てもわかることだ。

 

 だが。

 

 誰が見たとしても、それを素直に信じることが出来るものなど居まい。

 

 そう断言できる。

 この俺ですら……、この魔道具を用意した冒険者ギルド、ギルドマスターであるこの俺ですらそうなのだから。

 

 

 それほどまでにこの結果は恐るべきものだった。

 




自己否定的あとがき削除w


魔力測定魔道具の設定ラフ画

見たい人は下見てください


閲覧設定を挿絵表示にしてる人は嫌でも目に入りますがw



【挿絵表示】




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

混迷魔力測定!

面倒くさいね


「ん~、まぁ、いっか」

 

 属性把握だ、魔器官の確認だ~とか聞いて、思わず身構えてはみたものの、考えてみれば結果がどう出ようと私は私。

 

 出来ることをわざわざ出来ないふりするとか真っ平ごめんだし、私にそんな器用なことが出来るとも思えない。

 

 あれこれ考えるなんて馬鹿らしいし、スライムらしくないです。

 

 それになによりオルガがうるさい。(これが本命)

 

 私はテーブル上に用意された卓上扇風機を思わせる魔力測定用魔道具? に歩み寄り、エリーネさんに教えられた通り、魔道具の台座に填まってるアメジストのような紫色をした石に手を乗せました。

 

 おやつ食べてたから手が油だらけだけど、まあいいよね?

 みんな測定に興味津々で、よく見ようと私の後ろに回り込んできて何気にうざい、気が散るんですけど。

 

 ほ~れ、魔力ちゃん出ておいき~!

 

 私は魔力をガシガシ送ります。

 

 変化はすぐ現れました。

 

 魔道具の二重円の枠に放射状に配置されてる石たちが、中心から外側に向け輝く石の輪を広げていきます。赤、青、黄、緑……、いろんな色の石が次々と輝きだし、ついにはすべての石が輝くことになりました!

 

 面白くなってきたので私は魔力を更に送ってみます。

 おおぉ、輝きが増したような気がする。魔力の強弱で(またた)く石さんたち。電気の実験してるみたいでワクワクしてきました。

 

 なんだか綺麗です。

 形は随分違うけど、カラフルな光の明滅がクリスマスツリーを連想させなくもないです。

 

 日本のクリスマス、懐かしいです……。

 

 ふに? あ、手に違和感。

 

 手元の石がぷるぷるしてます。

 何より最初、痛み的な刺激を感じました。

 

 これはちょ~っと……、まずかったりするのかな? かな?

 

「ミーア、も、もういい。これ以上は魔道具に負荷がかかりすぎる」

 

 ギルドマスターの声を聞くが早いか私は急激な浮遊感を感じ、気付いた時には魔道具から引き離されていました。

 激シブギルドマスターが焦ったのか、背後から私の脇に手を入れ、そのままぐいと持ち上げられたみたいです。

 

 どうせ私なんか小さくって、軽い小荷物扱いですよ~~だ。

 

 

 よ~だって……。

 

 

 ……なんだか私、思考形態が幼児化してきてないかい?

 見た目は幼女、でも中身は元日本の中年サラリーマンおじさんなんですけど?

 

 まぁスライムになって相当長いし、幼女生活もそれなりだけど……、そんなことありえるんですかね?

 

 って、今はそんなこと考えてちゃダメじゃん。

 

 

 なんだか妙に静かです。

 

 

 振り向いて見れば、皆が私を見て、まるで示し合わせたかのように口を開けたまま固まっています。

 

 綺麗で女性らしさの権化、エリーネさんですらそうなのです。

 美人さんは口をポカンと開けててもやっぱ綺麗です。ずるい。

 

 ドリスはもちろんのこと、オルガも例外ではありません。

 唯一、真面目な顔をして私を見て来るのはギルドマスターです。

 

 高い高い状態から床に下ろされ、座るよう促されました。

 いや、椅子が高くて座るに座れませんから。実は最初もオルガに座らせてもらったのです!

 黙ったまま再び持ち上げ、椅子に乗せてくれました。

 

 ギルドマスターが皆の顔が見れる位置に移動し、眼光鋭く皆を見据えます。

 

「……ここに居る皆にᚲᚨᚾᚲᛟᚢᚱᛖᛁ(箝口令)を敷く。先ほどミーアが成したことについて、ここに居る関係者間を除き、決して話してはならない。文書として残すことももちろんダメだ」

 

 そこまで言って一度皆の顔を見回すギルドマスター。

 か、顔が怖い。渋いおじさんが(にら)みを利かしてくるとすごいプレッシャーです。ないはずの()()がキュッとする感覚に襲われる気がします。

 

「ミーア。お前……、自分がいかに大変なことを成したのか全く理解していないだろう? 精々魔石が光って綺麗だ……くらいの感覚なのだろうさ。だが、その認識は大きな間違いであり、大変危険なものでもある――。幸いなことにお前は今よりギルドの見習いとして過ごすことになるわけだし、それについては今後しっかり覚え込ませてやる。わかったな?」

 

 ひぃえ~~。

 

 やっぱ逃げておけばよかったですぅ、ぐっすん。

 後悔先に立たず、覆水盆に返らず。

 

 スライムらしくないとかどうとか言ってた少し前の私を、乾燥させまくった寒天にして粉にして、トラウマな海に()き散らしてしまいたいです。

 

「返事は?」

 

 ギルマスがいじめてくる~。

 

「ふ、ふあぁい……」

 

 頼りない返事をした私の頭に、ギルドマスターの大きな手がポスンと乗せられ、予想外に優しい手つきでナデナデされた。ふと顔を見れば口角だけを上げて笑ってます。こわいよ~。

 

「よし。――オルガ、それにドリス。お前たち二人には、闇属性特級魔法、強制誓約(ギアス)を受けてもらう。決して信用していない訳ではない。人の意志ではどうにもならないこともあるということだ。理解してもらえると助かる。費用はこちら持ちだ。安心して欲しい」

 

「ちぇ、しょうがねぇなぁ。いいもん見せてもらった駄賃として諦めるとするさ。ボリスの言ってることだってちゃんと理解もしてるんだぜ。なっ、ドリス!」

 

 オルガがそう言いながら残念体形のドリスの背中をバンバン叩く。ドリスは迷惑そうな顔をしつつも案外平気そうに受け流してる。素朴な田舎娘って印象が強いドリスもやっぱ冒険者ということなのでしょう。

 

「うん、さすがの私だってあれが知れ渡ったらマズイことくらいわかるよ。ほんと、今でもまだ信じられない気分なんだけど!」

 

 オルガとドリスは普通に言葉を交わしてて、あまり恐れた様子は見られません。ギアスという言葉にあまりいい印象を持てないのはアニメ大好きな日本人だった所為(せい)なのでしょうか?

 

 変な先入観を持ちすぎなだけとか……、ええぇ~?

 

「あとエリーネについてだが、ギルド職員は例外なく強制誓約(ギアス)を受けさせている。したがって、彼女からの情報漏洩の心配は無用だ」

 

 ほうほう。職員さんは全員受けてると。

 っていうかですよ、そんな都合よくポンポン受けさせられるなんて、もしかして闇属性のギアス持ちとはギルドマスターのことではないのですか?

 

 いえ、イメージ的にもピッタリだなって……、思っただけです。根拠などない!

 

「ああ、言い忘れたが、もし強制誓約(ギアス)を受けず情報を漏らしたことが発覚した場合、罰則金として一律金貨百枚。払えなければ借金奴隷落ちが待っているぞ。更に漏れたことによる影響も精査する。内容に応じて処罰は決定されるからそれについては今は何とも言えないが……、気を付けろよ」

 

 金貨百枚!

 いえ、それもすごいけど、内容に応じた刑罰っていうのも底知れない怖さを感じます。

 

 恐ろしや、異世界。

 

 けど、罰則とかは地球世界でもひどいところは悲惨そうだったし、あまり異世界がどうとかは関係ないかもしれない……。

 

 

 げに恐ろしきは人間なり。

 

 

 それとですよ、結局私の属性についてはどのような扱いになりますの?

 他にも魔力や魔道具について、教えて欲しいことが山とあるのですけれども?

 

 そんな私の想いを他所(よそ)に、皆様もうお開き気分で片付けに入っています。

 

 

「ああっ、マスター。測定用魔石に、ひ、ヒビが入っています! どうしましょう」

 

 

 ぎくっ。

 

 

 し、しーらないっと。

 




さあ、話を進めよう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オルガ密談

別にやましいことしてないし……


 ギルドマスターとの会談は夕刻も近づき、冒険者ギルドが一気に忙しくなるということでお開きになりました。私の扱いは明日以降に決めるとのことで、今日のところは帰って良しです。

 

 帰れって言われても帰るとこ無いのですけれども?

 

「オレはまだギルドに用があるからよ。ドリス、あとのことは頼んだぜ。ミーア、とりあえずドリスと一緒に帰んな。こいつの定宿(じょうやど)なら子供が泊まってもそう危ないこともないだろ。ま、お前を危険に(さら)せる奴がこの町に居るとは思えねぇがな、クハハッ」

 

 相変わらず威勢のいい、態度を変えないオルガの姿勢は尊敬に値します。この世界に神様がいるのなら、知り合えたことに感謝しておきたいと思います。

 

「任せといてよ。ブレンダの宿ならきっとミーアちゃんも気に入ってくれると思うよ。じゃ、行こうか!」

 

 ドリスが私の手を取り颯爽(さっそう)と歩き出します。私は振り返りオルガに小さな手を振ってお別れの挨拶をしておきました。

 ブレンダの宿は、宿を切り盛りしてる女将さんの名前がそのまま宿の名になっているそうで、ブレンダさんはドリスと同じ村出身なんだそうです。出稼ぎに来た地方出身者が宿泊するため、必然的に長期滞在となる客が多く、宿に居る人はほとんど知り合いなんだとか。人付き合いが苦手な私にはちょっと居づらい環境ですね。

 

 何はともあれ、異世界の町での生活です。色々楽しみにしておくことにしましょう。

 

 問題事は先送りが正義!

 

 前世の偉い人達も困ったことは皆先送りでしたし。

 問題なしっ!

 

 

***

 

 

「ようボリス、ミーアはドリスと一緒にブレンダの宿に向かったぜ。で、オレに話ってなんなんだ? どうせミーアのことなんだろうけどよ、手短に頼むぜ」

 

 オレはドリス共々帰ろうとしていたところでボリスに呼び止められ、さっきまで(こも)ってた小会議室に再び足を運ぶことになった。

 

 一体何を言われることやら。

 簡単な話であることを祈るしかねぇや。

 

「ああ、疲れているところ呼び止めて済まなかったな。少々頼みたいことがある。悪いがもう少しだけ付き合ってくれ」

 

 ボリスがどかりと疲れた様子で席に着き、オレにも無言で勧めてくるので遠慮なしに向かいに座る。

 

「当然ながら今からの話は他言無用だ。さすがに強制誓約(ギアス)までは使わないが、重々承知の上で聞いて欲しい」

 

「あぁあぁ、わかってるって。で、話ってのは何なんだ?」

 

 オレはまだグダグダ細かいことを言い出しそうだったボリスにそう言い、先を(うなが)した。面倒くせえことは良いんだよ。さっさと要件すまそうぜ。

 

 

 

 

「するってぇと何か、ミーアは、領主様の従兄(いとこ)で、ケーヴィック砦の領境警備隊隊長をしてるっていうスヴェン=ソールバルグってお貴族様に目を付けられてるってわけか? オレも名前は聞いたことあるぞ! かぁ~、色々問題抱えてる幼子だと思ってたけど、そりゃまた最高に面倒くさいな!」

 

 オレは予想の上を行く展開に、逆にちょっと面白くなってきた。目を付けられた話って言うのがまた面白ぇものだったからだ。あのワイバーン二頭を魔法で消し炭にしちまうたぁ、マジ半端ねぇわ。

 

「スヴェン様の最終目的はミーアを保護し、とある貴族子女に託すことにある。いや、もう隠さず言おう、ハウゲン子爵令嬢、この方は現在スヴェン様が指揮する砦でその配下にあるのだが、(いた)くミーアを気に入り、今もその安否を気遣っているらしいのだ。そしてミーアを引き取りたいとお望みだ」

 

 クハッ、お貴族様のご令嬢に気に入られたってか。まぁ、ずっとミーアの面倒見てたって話だから、あの見てくれに騙されて情が移っちまったのかね?

 

「なんだかすげぇ話だな。じゃなにか、下手するとこの先、オレたちゃミーアのこと「お嬢様」とか言わなきゃいけなくなるのかね? そりゃあ……、ぐはっ、きつい、きつ過ぎる冗談だぜ、ワハハッ」

 

「笑いごとではない、まったく……。ミーアが今レイナールに居ることは既にスヴェン様はご承知だ。間違いなく近いうちに何らかの動きがあるだろう。そこでお前への頼み事だ」

 

 ボリスがすっと真顔になる。へいへい、頼みとやら言ってみろや。

 

「おそらくミーアを引き取りにいずれスヴェン様の手の者、最悪ご本人自ら……、ここに来訪されることが予想できる。お前にはそれまでの間、ミーアの教導や支援、保護を頼みたい。ギルドの見習い仕事だけでは行き届かないことも多い。協力者を使っても良い、報酬もきっちり用意する。どうだ?」

 

 くはは、最悪とか本音漏れてるぜ。……綺麗ごとぬかしてるが、要はミーアが逃げ出さないよう、首に縄付けて監視しといてくれってことだろ?

 

 さっきの話でもケーヴィック砦からまんまと逃げられてる訳だしよ。

 マジな話、難易度めちゃ高くないか?

 

 まだ直接ミーアの魔法を見たことはないが、聞いた話だけでも、風と火の魔法は相当なものっぽい。逃げ出したときも何らかの魔法を使ったらしく、警備隊員が雁首(がんくび)そろえて発見出来なかったとか。

 

 実際、野盗のアジトもミーアの風魔法でひどい有様だったしな。

 そういや野盗の(かしら)は川で氷漬けになったままだったけど、あの氷、もう解けたのかね?

 

 いやぁ、ミーアに本気出されたら捕まえとくことなんて絶対無理だわ。

 くく、でもまぁ、正攻法は無理でもあの呑気で能天気なミーアのことだ、逃げないよう縄付けとくことはやり方次第で出来なくはねぇかもな?

 

「わかったぜ、他でもねぇギルドマスターの頼みだ、引き受けるよ。ま、どうせ断ってもギルマス強制権発動って流れだろ? ただ、確実にって保証は出来ねぇ。努力はするけどよ。それでも良ければ依頼出しといてくれや」

 

「助かる、恩に着る。出来れば完遂を望みたいがそれは言っても詮無きことか……。では依頼はオルガ個人への非公開依頼として出しておく。くれぐれも内密に頼む。特にミーアに知られることだけは絶対に避けてくれ。あの幼子は、どう動くか予想がつかなすぎる」

 

 ボリスが肩をすくめながらそう言うが、オレもそう思う。

 ま、ドリスも居るし、宿の女将(ブレンダ)も世話好きだ。なんとかなるだろ!

 

 

 

***

 

 

 ドリスのいつも泊ってるという宿は、町の大通りから二筋ほど離れた、中心街と比べればかなり寂れた雰囲気の場所にありました。夕暮れも迫り、ちょっと一人歩きするには気を使わないといけない感じの場所です。

 一等地はやはり宿代もそれなりでしょうし、離れるにつれ安くなるのは異世界でも同じと言うことでしょう。地方出身者が多くなるのも頷ける話です。

 中心地から離れた方が土地に余裕があるのか大き目の敷地に居を構える、三角屋根を持つ宿は、長手方向が道に沿っていて、部屋ごとにあるだろう窓の数から多くの部屋があることが窺えます。

 所々に屋根の斜面から張り出すように小さな三角屋根が出ていて、屋根付き出窓(ドーマー屋根)みたいな感じです。ちょっとおしゃれな感じがして良いです。

 奥の方は見えないのでわかりませんが、なかなか住み心地の良さそうな雰囲気が漂っていて、まずは合格と言ったところでしょうか。

 

「ブレンダさ~ん、ドリスだよ~。部屋まだそのままある~?」

 

 ドリスが五段ほどある階段を間を飛ばして駆け上がり、そのままの勢いでドアを開け宿屋の中に飛び込んで行きました。カランコロンとドアベルの音がしてそれもまた良きです。

 

 うーん、異世界住環境、案外良いのではないでしょうか?

 町中もそうですが、道に糞尿がまき散らされていることもなかったし異臭も気にならなかったです。ここも思ってたよりずっと衛生的な様子です。異世界なめてました。見下しててすみません。

 

 やはり魔法とかあるおかげでしょうか?

 

 くぅ、私が隔離されてた部屋はいったい……。あの壺のことは一生忘れないことでしょう。

 いえ、使ってませんけどね!

 

「ミーアちゃーん、何してるの~、早く入っておいで~」

 

 呼ばれちゃいました。

 では異世界宿、お世話になっちゃいましょう。

 

 

 

 ……はっ、もしかして今日からがほんとの異世界ライフの始まり!

 

 なのでは?

 

 

 では?

 

 




以降飼いスライム化への道!



なんてw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ブレンダの宿

新生活の始まり?


 ブレンダさんは少々ふくよかな体形をした、お上品な雰囲気を持つご婦人でした。

 

 雰囲気はほんとにとてもお上品なんですが、実際に触れあってみれば……、

 

 

 

 ……それ以上の人でした。

 

 

 

 

「ドリスちゃん、あなたって子はもう! 生きていたのならもっと早くに顔を見せに来てちょうだいな」

 

 中に入ったら、そんな言葉と共にドリスがふくよかな体で抱き締められてました。ぎゅうぎゅうが過ぎて中身が口から出ないか心配です。

 

 ふくよかなご婦人は私が入ってきたことに気付くと今度は標的を私に切り替えました。

 背の低い私に目線を合わせようと勢いよくしゃがんだため、スカートがふわりと膨らみます。手で押さえながらいたずらっぽくも優しい目で私を見てきます。

 

「小さくて可愛らしいお嬢さん、うちの宿に泊まってくれるんですってねぇ。ここはね、そんな上等な宿じゃあないけれどね。もてなす気持ちだけは……どこにも負けないつもりなのよ? だからあなたもお家にいるつもりでね、ゆっくり体を休めてちょうだいね」

 

 とても暖かくて優しい声です。

 

 この人がきっとブレンダさんなのでしょう。笑うと目元に小じわが出来る、四十前くらいの女性です。白無地のフリルが付いた帽子の下からまとめられた艶やかな黒髪が(のぞ)いています。黒髪はこの世界でなにげに初めて見ますが日本人を連想させちょっと切なくなります。

 

 優しい手つきで頭を撫でてくれます。

 ガサツなオルガと違って本当に丁寧に優しく撫でてくれるのでとても気持ちが良く、このままずっと続けて欲しくなります。

 

 今までも私に優しく声をかけてくれる人はいました。アンヌには今でも会いたいと思います。初めて会った人で、見ず知らずの私に優しくしてくれた人です。

 

 ドリスやオルガもタイプは違うけど、それなりに優しいとは思います。

 

 でも違うんです。

 

 これは反則です。

 

 心をえぐってくるんです。

 私が遠い過去に忘れ去った何かを思い起こさせる力をこのナデナデは持っているんです。

 

 だからでしょうか?

 

 中身は元日本人、中年リーマンおじさんのはずなのに……。

 

「あらあら、まぁまぁ」

 

「わぁ、ミーアちゃんの甘えん坊!」

 

 初対面、今しがたあったばかりのご婦人にも関わらず、衝動的にその胸の中に自ら飛び込み、顔をうずめるように抱き着いてしまいました……。

 

 柔らかくってなんだかいい匂いもしてすごく安心できます。

 

 

 私は一体どうしてしまったのでしょう?

 

 …………。

 

 ま、まぁいいです。

 黒歴史になってしまいそうな行いは、即刻、忘れましょう。

 

 

 

 ドリスに連れられて入ったのは、少々きしむ階段を上がった二階の更に上、梯子みたいな階段を上った先にある三角屋根スペース、いわゆる屋根裏部屋です。

 斜めになった天井途中に外から見た時に目に付いた小屋根付の出窓があり、多少なりともスペース確保に貢献してるみたいです。

 普通の四角な部屋の方が余裕あがっていいのでしょうけど、屋根裏空間って隠れ家っぽくて、忘れそうになる男心をがっちり掴んできてちょっとワクワクします。

 

 ドリス的この部屋にした理由は、単に屋根裏部屋の方が安いから――、だそうです。

 

 そっすね……。

 

 ちなみに宿では、というかどこの建物でもですが……、前世日本と違い、当然靴を脱ぐなんて文化はありません。なのでどこまでも土足のまま突き進みます。

 ああ、いぐさの匂いのする畳が懐かしい。床に寝そべって昼寝したり、はだしで踏みしめる柔らかな絨毯の感触とか、もう味わうことは出来ないのでしょうか?

 

 樹海をはだしで素っ裸のまま駆け回っていた私が言うのも何なのですが――。

 

 

「ふぁ~、無事に帰ってこれたよ~。野盗に捕まってからずっとろくな環境じゃなかったもんね。ああ、やっと体も綺麗に出来るし、少しの服を着まわしてたのも着替えられる~。ミーアちゃんは、とりあえずその辺の木箱にでも適当に座っててね」

 

 抱えていた荷物を床にドサリと置き、ドリスはさっさと着ている服を脱ぎだします。部屋はベッドに一人用のテーブルとイス、それに今言われた木箱がいくつか置いてあるだけです。

 

「まずは水を用意だね~、アクアフォンス」

 

 テーブルの上に置いてあった大きくて深い皿に手をかざしてそう唱えれば、いつかのアンヌみたいにそこに水が湧き出します。

 

 ふふん、もう驚いたりしませんから!

 

 防具代わりにもなるコルセットを外し、キャミソールすら脱いで、恥ずかしげもなくパンツ一枚の姿になったドリスは、そこで体を(ぬぐ)いだしました。

 ドリスは残念体形ですが一応女性らしいふくらみがないこともないです。ただ、すでに高校生くらいの見た目であり、胸部装甲のこれからの成長については……。

 

 元日本の健全だったおじさんとしては、若い娘の半裸姿を見てグヘヘとなりそうなシチュですが、そんなことにはならず、もっと言えば自分(ミーア)のあそこを初めて見た時もなんらエロい気持ちが沸き上がることもなかったです。

 そう考えると私はなんて枯れ果てたおっさんなんだろう……と思うところもありますが、所詮私自身の現在の本性はスライムなわけで……、人を見て性的に興奮することはきっとないのだろうと思います。

 

 とは言うもののミーアの体自体は人ですから、もちろん色々なことをいたすことは可能ではあります!

 

 あ、けどまだ幼女なのでNGですからね?

 

「ふう、生き返った気がするぅ。ミーアちゃんも身ぎれいにし……、ああっ! っていうかさ! ミーアちゃん、いつ見ても汚れてないし、体臭とかも全然してなくない?」

 

 ドリスが半裸のまま私に寄って来てクンクン臭いをかぎだします。髪も洗ったのか、普段おさげにしてる茶髪がほどかれ、その髪の先からぽたぽた雫が床に落ちてます……が、全く気にしてなさそうです。まぁ、床も土足ですしね。

 

 けれどなにげに失礼な小娘です。

 でもいい大人である私はそれに文句を言ったりはしませんよ。

 

「やっぱ臭いしない、臭くない! どういうこと~? ずっと一緒に居たのに~、私とかオルガとか言わないけど、言っちゃいけないけど、すっごく臭ってたと思うのに、ど、どういうこと~?」

 

 

 スライムパックです。

 

 もちろん言えないので誤魔化します。

 

「まほう……、かな?」

 

 困った時は魔法で解決。これ樹海(もり)での常識!(ウソ)

 

「ええ~! そんな魔法、あったかな? 生活魔法でさっきみたいにお水は出せるけど、びしょ濡れになっちゃうよね? それ私にも出来る?」

 

 なおも追及してきますがそんなこと言われても困る。

 

「わかんない。できないんじゃない、かな?」

 

 ドリス、スライムじゃないしね。

 

 体の表面の老廃物だけ取り除くなんて器用な魔法……、頑張って、頑張りぬけば、もしかして、もしかしたら、出来る未来もあるかもしれないけど……。

 

 それするくらいならお風呂入った方が早くない? とも思う。

 ああ、公衆浴場とかあったりするのでしょうか?

 

「そんなぁ……」

 

 ドリスが「ミーアちゃんの魔力ありきなのかなぁ……」などとぶつくさ言いながらも、あきらめたのかまた身だしなみを整えに戻っていきました。

 

 おっぱい見せたままうろちょろしないで早く服着てください。

 おじさんからの苦言です。

 

 私は大らかなドリスの様子に呆れながらも、でも、こういう生活もまたいいものだと感じ、明日からもこんな日々が続くといいな……と、思わずにはいられないのでした。

 





続くといいね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エリーネさんと座学

冒険者見習いスタート!


 ブレンダの宿で英気を養った翌日、いよいよ冒険者見習い生活の始まりです。

 

 朝も遅い時間、ドリスやオルガと共にギルドへ向かいました。

 

 

「ようエリーネ、ミーアを連れてきたぜ。ギルマスに連絡頼まぁ」

 

 オルガの雑な挨拶はともかく、昨日の小会議室に案内され、ブレンダさんが持たせてくれたおやつを食べながら待っていたらギルドマスターが現れました。

 

「待たせたな。今日からミーアには正式な冒険者として登録するための見習い期間を過ごしてもらうことになる。だがギルドも色々忙しい。ここまで小さな見習いも前例がない。そこでお前たち二人にもぜひともその見習い育成に協力をお願いしたいと考えている」

 

 マスターさんがドリスとオルガにそう語りかけます。

 

 オルガから前もって聞かされてはいたものの、ドリスはちょっと自信なさげです。

 でも心配は無用! 相手は私です。何を話しても知識になるわけで、不安になるだけその気持ちがもったいないと思います。

 

「基本毎日来てもらうが、おおまかには午前に座学、午後からは実技や実際の依頼も視野に入れて進める。あくまで予定だから、都度調整はしていくつもりだ」

 

 正直すっごく面倒くさい気分でいっぱいです。

 何もかも投げ捨ててすぐ逃げたい。

 

 でも、これからのことを考えれば冒険者登録だけはしておいた方が何かと都合いいと思うし……。

 仕方ないので見習いが外れ、正式に登録できるまでは頑張ってみようと思います。

 

「あ、あの……」

 

「なんだ、ミーアからとは珍しいな。疑問点は早めに解消しておけ」

 

「いつまでみならい? どうなればせいしき?」

 

 期間や条件の確認は大事。

 どうなれば達成なのかわからないと頑張りどころもわからないです。

 

「うむ、そうだったな。期間は特に設けてはいない、条件達成すればその時点で見習い期間は終了だ。逆に言えば条件を達成できない限り見習いの立場は続くだろう。条件については座学の時に説明があるだろうから待て」

 

 勿体ぶりますね。まぁいいですけど……。

 

 

 ――そんな感じで、いくらか疑問点とか気を付けなきゃいけないこととか確認しつつも、私のレイナールでの冒険者生活(仮)はスタートしたのでした。

 

 

 

***

 

 

「ミーアさんはまず本当の基礎のところから始めますね」

 

 ギルマスやオルガたちとさよならし、エリーネさん講師で座学が始まりました。

 

 有能なんですね、エリーネさん。

 けれど、いくら美人で有能なエリーネさんの話でも面倒なものは面倒です。

 

「――冒険者や、各職業ギルドのいずれかに所属することはヴィースハウン領の諸侯統治下の町で暮らす者の義務です。各ギルドは領主様以下、諸侯よりその任を(うけたまわ)っていますから、代表たるギルドマスターはそれ相応の地位と権力を持っていると思ってください」

 

 難しい言葉が連なって出てきて理解するのが大変です。

 スライム脳がんばれ~。

 

「ギルドへの登録は基本十二歳からとなります。それまでは親や、親族、それに代わる保護者の管理下に入ることで存在を認められていますが、人としてというより所有物に近い扱いでしかないと認識してください」

 

 うっわ、人権って言葉はこの世界にはなさそうです。

 怖い怖い。

 

「孤児となったものは孤児院に入り、その管理下においてのみ存在が許されます。()()()()()()()()()()()()ですが、未登録者はどこの町や村にも入れませんし、そもそも便宜上は存在しないものですから生きていくことはさぞや大変なことになるかと思います」

 

 まぁそうは言うけど、あってはならないことって実際すっごく多そうですね。

 前世地球でだってそんな人ってたくさんいたと思うし、ましてやこの世界です。いやぁ、私もその一員だったわけだし……、どこでも一緒、世知辛い世の中です。

 

 私としては別にどっちでも問題なく生きていけるのですけれど。

 さっき登録できるまでは頑張ろうと決めたばかりです。

 

 はぁ、面倒くさいなぁ……。

 

 

***

 

 

「魔道具はミーアさんも使ったことがあると思いますが、そこに使われている魔石について説明をします」

 

 小休憩を挟んで座学再開です。

 魔法がらみですか? これは真面目に聞きたいと思います!

 

「魔石は冒険者の仕事の中では重要な意味を持つ(アイテム)となります。ミーアさんは魔石がどうやって取れるかご存じですか?」

 

 ふむふむ、ラノベ定番だと魔物を倒せば体の中にある感じでした。ここで言えば魔獣ですか。はて……、そんなのあったかな? 魔力受容体(マナレセプタ)はあるけど……石は無かった気が。うーん、すぐ吸収しちゃってるし覚えがないです。

 

「わからない……」

 

 無難にそう答えました。

 エリーネさんは私のその返事に柔らかな笑顔を浮かべつつ頷くと、話を続けます。

 

「魔獣……、いえ、魔力を持つ生き物には体内に魔器官と呼ばれている臓器が存在します。魔石はその中から取り出されるもので、石と呼ばれていますが厳密に言えば鉱石ではありません」

 

 言葉と共に、手元に持っていた小さな品物をテーブルの上に置いてくれました。

 エリーネさんを伺い見れば頷いてくれたので、手に取って目の前で観察してみます。

 

 ほとんど無色に近い、中心部に淡く紫が残った、一見多面体の水晶のように見える石。

 

 昨日見た魔力測定の魔道具にもいっぱい()まってました。あれは相当大きなものでしたけど、目の前のはかわいらしいです。

 

「それが魔石です。後ろ(つの)ウサギのもので、当ギルドでは一番多く取れる大きさとなります。魔石は魔獣の種類や保有魔力により品質や大きさに差が出ますが、一番の要因は魔器官の大きさで、大きなものほど魔石も大きく品質が高いものが多いですね」

 

 情報量多い!

 

 魔器官って、私が魔力受容体(マナレセプタ)って名前つけたやつだよね。く~、ひねりのない名前だけど……、悔しいけどそちらのが単純で呼びやすいです……。

 

「魔獣が死ぬと魔力の流れは当然止まり、魔器官から出て行くはずだった魔力はそこで魔力溜まりとなります。ある程度放置しておくと魔力溜まりは凝固し、最終的には結晶化して魔石となります。ゆえに魔器官が大きいほど大きな魔石が取れやすいということに繋がるわけです。もちろん個体差もありますし、品質的なこともあります。傾向としてそうだとご理解くださいね」

 

 私はうんうん頷くしかない。

 

 でも今まで魔石を見たことがない理由はわかりました。

 私、倒したらさっさと吸収してましたからね。魔石出来る時間、全くなかった!

 

 くっしょ~~~!

 

 知ってたら今頃『魔石長者』になれてたんじゃないでしょうか?

 幾らになるのか知らないですけど。

 

「魔石は魔道具を作るうえで必須のものであり、需要がとても高い品です。ギルドへの依頼も採集系に次ぐ頻度(ひんど)で依頼が頻繁(ひんぱん)に入ります。常設で依頼を出しているところも多いです。この辺りの依頼は追々ミーアさんも受けるようになるかと思いますよ」

 

 ほーほーギルドへの依頼!

 

 やっぱ掲示板とかあって、依頼がいっぱい貼り付けてあって、冒険者がたかってて、気に入ったやつをべりって剥いだりなんかしてですねっ、「これ受けるわっ」とか受付嬢に言っちゃたり!

 

 やばい、さっきから色々ありすぎておじさん興奮しちゃうわっ!

 

 ワクワクが過ぎて、体中に魔力が巡っているような気がします。思わず手に持ってた魔石もギューッと握り込んだりしちゃいます。

 

 

「ミーアさん、どうしたの? 気のせいかしら、興奮してるように見えるのだけど……。 ああっ! それ、空魔石なんです。あまり握りしめては……」

 

 

 エリーネさんの言葉を聞くのとそれが起こったのはほぼ同時。

 そう、時すでに遅しでした。

 





先の展開ばればれ?(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

属性魔石

ほんと中々に進まない……


 胸の奥で一瞬、何かが失われる感覚がしました。

 

 ほとんど同時にギュッと握り込んだ魔石がすごく熱くなっている感覚が伝わってきて、反射的にポイってしてしまいました。

 

「うそ……、なにそれ……」

 

 エリーネさんがテーブルに転がり落ちた魔石を見て、驚きの表情を浮かべています。

 

 ほとんど無色だった魔石は、今や色々な色が混ざり合い入れ替わりながら、目まぐるしい変化を繰り返す、けばけばしさを感じるほどの色合いを見せています。

 

「に、虹色の魔石……。なんて不思議な……」

 

「ほえぇ……」

 

 私も驚きのあまり、間抜けな声を出してしまいました。

 エリーネさんがその魔石を取り上げようと手を伸ばします。

 

「あっ」

 

 かすかに聞こえた、ガラスが(こす)れたような乾いた音。

 

 その音をきっかけに、魔石にピシリピシリと亀裂が入りだし、それはあっという間に魔石全体に広がっていきました。

 

「なんてこと……」

 

 伸ばした手を止めたエリーネさんが、落胆の声を上げます。

 

 無数の(ひび)は魔石の奥にまで及び、その形を維持することも出来なくなると、あっけなく崩れ、細かな結晶の寄せ集めになってしまいました。

 

 エリーネさんが魔石屑を摘まみ上げ、手のひらに落としてじっと睨みつけています。先ほどまでの派手な色彩はすでになく、元の透明に近い色に戻っています。

 

「はっ、み、ミーアさん、体に異常はありませんか? だるいとか、フラフラするとか……、少しでも変に感じることがあるのなら隠さず教えてください!」

 

 魔石屑を見ていたかと思えば、今度は肩を掴まれ、ゆさゆさしながら私の体調を気にしてくれます。

 

「はにゃにゃぁ~」

 

 そんなに揺らされたら、それこそフラフラします。

 エリーネさん落ち着いて!

 

「ご、ごめんなさい。大丈夫よね? 私はマスターを呼んできます。ミーアさんはここで大人しく待っていてくださいね」

 

 なかなかに貴重な体験です。動揺してるエリーネさんを見れるなんてスーパーレアに違いないです。

 小走りでギルドマスターを呼びに行くエリーネさんを見送りながら悦に入る私なのでした。

 

 

***

 

 

「ミーア、お前は普通に座学を受けることも出来んのか……」

 

 ギルマスは来て早々、疲れた様子をありありと見せて私に言いました。

 そんなこと言われても……、私は至って普通。何かしてやろうと思ってる訳じゃないです。

 

 私はとっても心外です、むむぅ!

 

「あぁ悪かった。ワザとじゃないことはわかってる、俺が言い過ぎた。だからそんなに膨れるな」

 

 ふふぅん、わかればいいのです。 

 

 私だってけっこう表情を作ることが出来るようになったのですよ?

 もうアンヌに心配かけることだってないはずです。

 

「魔石をおかしな具合に変化させたとか? 複数の属性色が入り混じったような状態だったらしいじゃないか。昨日の今日でこれとは、本当にお前というやつは……、っと、そんなことを言っていても仕方ないな。まずは俺も見てみたい、出来るか?」

 

 出来るかと問われれば、わからない! と答えよう。

 さっきも意識してああなったわけじゃないし……。

 

 でもミーアはばかじゃないので、魔力込めればいいんだろってことは察しが付くのです、えへん!

 

 なので石ちょーだい。

 私はギルマスを見つめながら、おもむろに手を差し出しました。

 

「ふむ、いいんだな? では、この空魔石で試してみて欲しい」

 

 手に乗せられた魔石はさっきの倍は大きくて厚みもあり、見るからに価値がありそうです。

 

 いいのかな?

 さっきみたく崩れちゃっても知らないよ?

 

「心配するな、崩してしまっても文句は言わん、気にせず存分にやってくれ」

 

 ほーそうですか。

 なら遠慮なしにやっちゃいます。

 

 要領も何もないので、とりあえずぎゅーっと、握り……締められないので、両手で包み込みましょう、そうしましょう。

 

 ()しくもお祈りのポーズみたいでイメージしやすいです。

 うん、祈る感じで魔石に魔力どんどん送ってみましょう。

 

 ふん、む~!

 

 さっき胸の奥で感じた喪失感。なるほど、魔器官(そう呼んであげます、悔しいけど)から魔力が抜かれる感覚だったんですね。

 

 いや、やばいです。

 

 空魔石ってば、乾いた砂のごとく、どんどん魔力を吸い込んでいきます。しかもさすがは大きな魔石です。さっきはすぐ熱くなっちゃいましたが、なかなかそうはなりません。

 

 とは言っても、さすがに吸い込む勢いに衰えが見えてきました。

 私はお祈りポーズをやめ、手のひらを広げて魔石が見えるようにし、様子を(うかが)います。

 

 みんなして魔石を食い入るように見つめます。

 

 変化が現れました!

 

 今度はじっくり様子を見ながら魔力を注いだせいか、それとも魔石が大きいからか……、色の変化は穏やかで、落ち着いた様子です。

 魔石の中心から表面に向かい色彩の対流がいくつも起きています。赤、青、緑に黄色……まさに属性を表すかのような色彩の流れを見せ、その色は次々入れ替わり留まることなく変化し続けています。

 

「ううむ、全属性を持つものが魔力を注ぐと、まさかこのような変化が起きるとは……、誰も知りえなかったことだ。驚嘆せざるをえんな」

 

「まるで魔石が生きているようです」

 

 うんうん、そうでしょう。

 

 おかげで私は魔力制御が大変なんです。

 でも、これは魔力を扱ういい練習にはなりそうです。

 

 じわじわ熱が(こも)ってきました。

 この辺りがきっと魔力の止め時です。

 さっきは持てないほど熱くなりました。きっと石のキャパを超えた魔力を押し込んだせいです。だから崩れちゃったんでしょう。

 

 

「できた。これで……いい?」

 

 私はやりきりました!

 魔力を注いだ魔石をギルドマスターに手渡します。

 

「これは……、とんでもないな」

「綺麗です。綺麗すぎて涙が出てしまいそう……」

 

 魔力を十二分に吸収した魔石は、止めた時点の色彩そのままに、鮮やかな虹色で固定化されています。多面体をした魔石は見る角度によってもその様子を変えますし、どこから見ても華やかで美しい色彩を見せてくれています。

 

 

「――わかっていると思うが、このことは当面他言無用だ。ミーア……、いいか? これはお前を守るための処置でもある。そのことは理解できるか?」

 

 ギルマスが真剣な眼差しを私に向け、問いかけてきました。

 うう、迫力あります。

 

「わ、わかる……」

 

 虹色魔石なんて、まぁ、何が出来るかわかりませんけれども、いかにも貴重なものっぽいです。

 やばい人たちに目を付けられたりするのは困ります。

 

「そうか、ならば良い。エリーネ、君も気にかけておいてくれ。ミーアは何をしでかすかわかったものではないからな。それとだ、この虹色魔石について詳細な……」

 

 ギルマスは矛先(ほこさき)をエリーネさんに変え、あれやこれやと色々話しています。

 エリーネさん大変そうです。いい迷惑ですね。

 

 まぁ私のせいなのですが。

 

 うん、これ以上面倒かけないためにも、ここは大人しく崩れた魔石をいじいじして遊んでましょう。

 

 この細かい結晶たちに魔力通したらどうなるかしらん?

 

 

 そういえば昼からは実技の予定でしたけど、何するんでしょう?

 最近ストレスがたまることが多いです。

 

 ドカーンと一発、ぶっ放してみたいんですけど……。

 

 

 ダメでしょうか?

 





余計なことはしないで!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修練場で魔法のお時間

発散できるか?


 昼からは誰が見てくれるのかと思えばオルガでした。

 ちっ、普通すぎてつまらないです。

 

「おい、ミーア。今、オレが来てガッカリしただろ? ったく失礼な奴だぜ。オレだって忙しい中、せっかく時間割いて来てやってるってのによぉ……」

 

 ぐぬぬ、オルガめ、脳筋の癖に嫌味ったらしいです。

 そりゃあ、確かにちょっというか、かなりガッカリしましたけれど……。

 

「あ~あ、せっかくお前の実力を確認するってことで修練場で思いっきり暴れてもらおうと思ってたんだがなぁ……。残念、やめとくかぁ?」

 

 な、なんですと!

 

 私はオルガの腰にぴとっと張り付き、お腹あたりからオルガの顔を見上げるようにして、我ながらあざといしぐさでお願いした。

 

「おるが……、ごめんなさい。わたしがんばる、いっしょうけんめい、やる! おねがい」

 

 じーっとオルガを見つめる。

 根性で見つめる。

 

「くはっ、ほんとにお前はよう、得な性格してるよ。そんな(つら)しなくてもやるさ。冗談に決まってんだろが。ボリスも見に来るんだし、やらねぇ訳ねぇだろが。変なとこで素直だなぁ、お前。くくくっ」

 

 くやし~、からかわれました。

 おバカな脳筋に。

 

 まぁいいですけどっ!

 

「むう……、どこで、やるの?」

 

 抱き着いたまま聞いてみた。

 

「ギルドの奥から外に出られるようになってる。町中のくせしてすげえぞ。よっしゃ、じゃあ行くとすっか。おらよっ」

 

「にょわっ?」

 

 一気に持ち上げられて、肩車された。

 相変わらず私の扱いが雑いです!

 

 おおっ、でも目線高くて気分良いね!

 

 

***

 

 

 ギルドの受付前と酒場を通り抜け、会議室や物置っぽい部屋が連なる静かなエリアを通り抜けると、建物の裏側に抜けられました。

 ちなみに「室内で肩車は危ないからやめてください」って、知らない受付嬢さんに怒られたので、すぐ下ろされました。やっぱオルガは馬鹿でした。

 

 目の前は広々とした土地が広がっていて、ちょっと運動場っぽい感じです。でも両側に目をやれば、表からも見えた平屋の倉庫みたいな建物がまだ続いていて、ちょうど凹形状になってる感じだと思います。

 ギルドの人が働いてる姿もちらほら見受けられます。きっと魔獣解体とかやってるわけですね! すごいすごい。

 

「ほれ、先の方に川が見えんだろ? その川にでけぇ中州があるんだがな、そこにだだっぴろいギルドの修練場があるんだ。普通は目の前の修練場で済ますんだけどな。今回は特別らしい、中州の修練場を使ってやるそうだ」

 

「すきにしていいの?」

 

 私は今まで見せてきた表情の中でも、最高と思われる、可愛らしくも不敵に見える笑顔を作って見せました。

 

「お、おおっ、そりゃまぁ……、いいぜ。お前の能力を見たいってんだ。無理しない範囲でがんばって見せてやれや!」

 

 珍しくちょっと引き気味なオルガに連れられ、川沿いに設けてある運動場、いえ、修練場に沿って進んでいけば、木造の立派な橋が架かってました。中州までは浅いのか葦原がかなり広がっていて野鳥が普通にいっぱいいます。

 

 あれもごはんになるかな?

 のん気なことを考えてる私なのでした。

 

 

***

 

 

「ほぁ~」

 

 人が余裕ですれ違えるくらいの幅の橋を渡り、中州に乗り込んでみれば想像以上に広かった。

 中州舐めてました、ごめんなさい。

 

 右手側、川の向う側に高い塔が見えます。町に入る前、丘の上から見えたやつです。あれって監視塔だよね、アンヌたちがいた警備隊の砦にもあったやつです。

 

 そのうちここにもワイバーン飛んできたりしてね?

 

 ワイバーンは、以前せっかくやっつけたのに吸収することが出来なかったから、機会あればぜひお願いしたいところです。ワイバーンさん的にはいやでしょうけれども。

 

 そして正面、こちらも川を隔てた対岸のかなり遠くにすごくデカくて立派な建物が見えます。かなり離れてるのにそれでもデカいんだから相当デカいです。今まで見た建物の中で一番デカいです。

 

 デカいのオンパレードです。

 

「あれ、なに?」

 

「お、あれかぁ、あれはな、この町をソールバルグ侯爵家から任されているレイナール子爵の館だ。めんどくせぇから絶対関わりたくねぇ相手だぜ。おめぇも精々気をつけるこった」

 

 そう言いながらいつもみたく頭にボスンと手を乗せられた。

 私の頭は手休め台じゃないですの。

 

「ほれほれ、そんなことよりやっと着いたぜ。ここでならどれだけ魔法ぶっ放そうがお(とが)めなしだ。おめぇの魔法見るのはオレも初めてだしよ、派手にたのむぜ!」

 

 オルガがここを管理してる人に話を通したので、もういつでもぶっ放せます。

 

 修練場は例えていうなら打ちっぱなしゴルフ場とか、射撃場みたいなものをイメージすればいい感じです。四メートル間隔くらいで五人並んで魔法を放てる場所が確保されていて、前方はるか遠くまで軽く(なら)された平地が広がってます。

 放つ方向に二十メートル間隔くらいで丸太を組んで作った的が設置してあって、それが十個以上確認できるので、一番遠いところでだいたい二百メートルってところでしょうか。

 

 でも正直これではしょぼい……。ストレス発散にはドカーンとやりたいものです。そういうのはまた違う場所で、なのでしょうか?

 

 でもまぁ久しぶりですし物は試しですし、やっちゃうし。

 

「お頭の風、しゃーぷエッジ!、しゃーぷエッジ!」

 

 まずは一番手前、お頭にいっぱい撃たれたので覚えたやつ。

 サービスで二連発!

 

 細く絞られた風が(きり)もみ状態で一番手前の丸太を捉え、まるでドリルでくり抜いたような穴を二つ並べて綺麗に穿(うが)ちました。お頭が放ったやつより真ん丸な穴が、小さく綺麗に開いてて目玉みたいです。

 

 ふふっ、風の制御完璧だね!

 

「続いてー、なんだっけ、しゃーぷエッジ束にしたやつぅ、ういんどブラストっ!」

 

 狙いはさっきの丸太の二十メートル奥の丸太。四十メートル先。

 私を中心に、バスバスバスッて感じで放射状に広がって粒粒穴を穿つ風が放たれちゃうよ~!

 

 散弾みたいな(つぶて)の風が水平に拡散しながら襲いかかったものだから、あわれ丸太さんは小さな穴が水平に無数に穿たれ、ぐずぐずになって折れ、上の丸太組みが落下しました。ついでに両隣の丸太さんも同じように折れて落ちてます。

 

 ちょっと広げすぎました、失敗失敗。

 よーし、風が続いたし、次は久しぶりに火でいっちゃおっか。

 

「ちょ、ちょっと、ちょっと待てやミーア!」

 

 いいところでオルガが後ろから羽交い絞めにしてきて、そのまま持ち上げられました。

 小さな体がうらめしい。

 

「な、なに? おるが」

 

「何ってお前、そんなにぶっ続けでデカい魔力使って大丈夫なのかよ?」

 

 何言ってるんでしょう、この人は。魔力なんてまだ全然使ってないし、むしろこれからが本番でしょうに?

 

 っていうか使ってる魔力量がわかるの?

 

 首をまわし、オルガの後ろを覗き見ればいつの間にかエリーネさんが魔導ボードを持ち、驚きの表情を浮かべて立ってました。当然横にはギルドマスター。ついでにこの施設を管理してる人。

 

 ああそれ、人の魔力の状態見るやつ? アンヌも持ってたやつだ。離れた人の状態もわかるなんて、それってエリーネさんがすごいの?

 

 まぁいいけど。

 これで終わりになんかしないんだもんね!

 

「まだじゅんび運動! 今からがほんばん、だよ? はい、お約束、火のたま、ふぁいあーぼーる!」

 

 オルガに抱えられたまま放ったそれは、一メートルに満たないくらいのサイズで、目標にと見据えた一番遠くの丸太目指し、すっ飛んでいきました。

 

 これ、初めて撃ちましたけどうまくいきました~。

 

 だってファイアーボールって、日本での火魔法認知度ナンバーワン(独断)ですから、それはもうイメージしやすくって、はい。

 

 可哀想に丸太組みさんは当たったそばから、一瞬で燃え上がって爆発し、はらはらと火の粉が大量に舞い降りてくる有様なのでした。

 

 気持ち良いです。

 

「こんのお調子もんが! 一旦休憩だ、休憩。今度撃ちやがったら、おしりペンペンするからな、覚悟しとけや!」

 

「ふぎゃっ」

 

 ゴスンと頭を後ろから頭突きされました。

 幼女虐待です。

 

 

 好きにしていいって言ってたのに……、うそつき。

 

 

 ぐっすん。

 





続くっ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オルガの苦悩


色々ごちゃごちゃ


 強引に休憩にもっていったけど、正直オレにはもうどうしたらいいのかわかんねぇってのが本音だ。ミーアは不貞腐れながらも用意してあったおやつを嬉しそうに食ってやがる。

 

 そこだけ見てると、どう見ても年齢以下に見える幼子で、可愛いらしいもんなんだけどよ。

 正体はあれだからなぁ――。

 

 

 ボリスとエリーネは実はオレらより先にここに着いてて、ミーアの様子を裏からずっと見てやがったんだぜ。

 

 依頼を受けた時、なんでまたそんな面倒くせぇことすんだよって聞いてみたけど、「余計なプレッシャーを与えず、ありのままの魔法用法を見たい」とか訳の分かんねぇこと言って、段取りは全て押し付けられちまった訳だ。

 

 

 最初に使った二つの魔法。

 

 ミーアが使ったのは風魔法だと思うけど、魔法の形態を決める詠唱は、俺の知ってるのと全然違うどころか、詠唱にすらなってねぇ気がするし、発動のトリガー句(魔法名)は一応言ってるみたいだが、合ってるのかどうか良くわかんねぇ。

 

 まぁ舌ったらずで、しかも片言だから仕方ねえのかもしれねぇが……。

 

 一つ目の魔法は、パンパンって具合に丸太にちいせぇ穴が二つ開いただけで、オレ的にはすっげぇ地味に思ったけど、ボリスとエリーネは驚いた顔をしてたな。

 シャープエッジって魔法は本来あんな小さな穴が開く魔法じゃなく、圧した風を瞬間的に放って、その一瞬にかかる圧で対象物を切り裂くなり、えぐり抜いたりする魔法らしい。ミーアがやったみたいに、小さくて丸い穴をしかも連続で隣り合って空けるなんてことは、とんでもない高い圧と精度が要求されるらしく、それだけで相当な魔力が必要みたいだ。

 

 

 二つ目の魔法はかなりえぐかったな。

 対人戦であれを使われたらオレはさっさと逃げを打つね。防ぎようがねぇ。一つ目のも喰らえばヤバいだろうけど、まっすぐ向かってくるからまだ対処のしようがあるってもんだ。

 

 けど二つ目のはヤバい。

 

 刺突数十回を一瞬で受けるようなもんだ。しかもすべて貫通ダメージとくる。オレは身体穴だらけのグズグズになって死にたくはねぇな。

 しかもそれが広範囲に来るんだからたまったもんじゃねぇ。丸太組み両隣もダメ喰らってたから少なくとも十メートル幅くらいの射角があるってことで、しかも届いた距離だって四十メートルだ。一つ目の二十メートルでも大したものなんだが、威力は恐ろしいわ、射程もあるわ、なんてしゃれになんねぇだろ。

 ウインドブラストって魔法は、シャープエッジの効果をより広い範囲に与える魔法ではあるけど、その分一つ一つの威力は落ちるものらしい。まぁそれでも切り裂く風の束が襲ってくるのはたまったもんじゃないがな。

 ミーアの魔法は二つ目も全然違う物ってこったな。魔力だってあれだけの威力を出すためにどれだけ必要になるのか……、気が遠くなりそうだってボリスが嘆いてたな。

 

 くくっ、おっさん、心労で禿げるんじゃねぇだろうな?

 

 

 ――ま、そんなことから休憩させろって話になって、ミーアに声をかけようとしたんだが……、あいつとっとと次の魔法を撃とうとしてやがるんだよ。

 

「ちょ、ちょっと、ちょっと待てやミーア!」

 

 オレは慌てて、ちみっこいミーアをかまわねぇから後ろから羽交い絞めにして、無理矢理やめさせた。

 

「な、なに? おるが」

 

「何ってお前、そんなにぶっ続けでデカい魔力使って大丈夫なのかよ?」

 

 ギルマスたちの受け売りで聞いてはみたものの、オレも良く分かってねぇもんだからあいつに隙を見せちまった。

 

「まだじゅんび運動! 今からがほんばん、だよ? はい、お約束、火のたま、ふぁいあーぼーる!」

 

 なんだよそりゃ、半分しゃべってるじゃねぇか。どっから詠唱なんだよ? ファイア―ボール? なんだよそれ!

 

 何て具合にオレが混乱してる間に、ミーアが膝を抱えたら収まっちまうくらいの火の玉が空中に出来やがった。けど不思議と熱くねぇんだよな、どうなってんだ?

 と思ったのも束の間、驚いたことに一番奥の的、二百メートルも先の丸太組みに向かってぶっ飛んでいきやがった。

 

 丸太組みは近くで見りゃオレと同じくらいのサイズがある。そりゃそうだ、遠くまで置くんだ、小さすぎたら目視もままならねぇ。

 遠くにあるはずの、その丸太組みが火の玉を喰らった途端、一瞬で真っ赤に燃え上がったかと思えば、形を保ったまま真っ白な(オブジェ)になった。なんだそりゃ。

 で、中はまだ熱いままなのかどうなのか、丸太組みは内側から弾けるように吹っ飛んで、灰から変わった真っ赤な火の粉が雪のように降りしきるなんて馬鹿な光景を見る羽目になっちまった。

 

 しばらく呆然としちまったね。

 ボリスもエリーネも同じだろうさ。

 

「こんのお調子もんが! 一旦休憩だ、休憩。今度撃ちやがったら、おしりペンペンするからな、覚悟しとけや!」

 

 オレはふざけてミーアをどやしつけたものの、正直こいつが恐ろしいものに見えてきやがる。

 

 

 …………。

 

 

 ふざけんじゃねぇ!

 

 

 なにビビッてやがる。

 

 

 後頭部に頭突きかましてやったからな、涙目になってこっちを(にら)んで来るミーアはなんとも可愛らしくて無邪気なもんだ。

 

 

 ボリスが何を考えてるのかは知らねぇけどな、お貴族様に言われてはいそうですかって簡単に従うほど、オレは出来は良くねぇんだ。

 ミーアは今もそうだが周りのことに無頓着で、あまり警戒することもせずに言われたこと、やれることを素直にやっちまいやがる。

 悪いことじゃあねぇけど、この先お貴族様がらみになってきた時、それが悪い方に転ばなきゃいいんだけどな……。

 

 ま、どう転ぼうが乗りかかった船だ。こんなチビをほっぽり出して、はいさようならってことだけはしたくねぇしよ。

 とりあえずはそのうち来るだろうお貴族様が、ミーアにとって良い奴らなことをフェリアナ様にでも祈っとくことにするさ。

 

 

 ――そんな訳だから休憩に引っ張り込んだミーアにエサを与えて機嫌取って、そしてこの後もせいぜい好きにやらせてやるとするさ。

 

 どうせギルマスたちに知られるなら、オレだってきっちり把握しときてえ。

 

 あーあ、このオレがこんなにも頭を悩ませてるってえのに、こいつはきっとなーんにも考えてねぇんだろなぁ……。

 

 

 

 うらやましいもんだぜ、ほんと。

 





脳筋なだけじゃない模様……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冒険者見習いは大変です……の?


日々平凡

平凡が一番です


「よぅ、ミーア。今日もきゃわいいなぁ。おじさんの子供になるかい?」

 

「ばっかじゃね? てめぇみたいなむさいうんこ野郎んとこに、ミーアちゃんを行かせるなんざ、ここにいる全員で却下だぜ!」

 

「ちょっとおじさんたち、ミーアちゃんが困ってるでしょ! 毎日毎日同じこと繰り返してさぁ。依頼受けたんならさっさとお仕事行ってきたらどーなの?」

 

「おいおいドリス、おじさんはひどいな。僕はまだ二十七さ。そこいらの三十越えのロートルじじいたちと一緒にしないでほしい。ミーア嬢、ぜひお兄さんと呼んでくれ!」

 

「かぁ、なーにが()()だ! こんのロリコン野郎め。そんな奴ぁママのおっぱい飲みにお家に帰りやがれってんだっ。男は三十超えてからが本番なんだよ、(ケツ)の青いガキが吠えるなってんだ」

 

 

「ミーアちゃん、これどうする?」

 

 どうするって言われたってですね、どうしろと?

 

 この騒ぎが何かといえば、依頼を受けた冒険者共が仕事に行く前の軽い一服って感じで、酒場でだべったりしてるわけで、そいつらが私にちょっかいかけに来るのです。

 最初のうちはオルガとかエリーネさんが私の周りに張り付いてたので遠巻きに見られてるだけだったんだけど、最強の盾(ふたり)が居なくなれば、さすがに不良中年(ぼうけんしゃ)たちも慣れた感じで私をいじって来るようになったわけです。

 

「おにいちゃんたち、いらいがんばって、ね! みーあも、がんばる~」

 

 あ゛あ゛~、喉の奥がムズムズするぅ~~~。かゆいかゆい!

 何言わせるんですかね、このおっさんたちは。

 

 私だっておっさんだぞ、このやらう!

 

「おいおい聞いたか! 俺のことおにいちゃんだってよ~!」

「誰がお前のことだって言ったよ? そんなのオレに決まってんだろが」

「なんだと、ごるぁ!」

 

 ほんと馬鹿ばっかりです。

 

「はいはい、ミーアちゃん。これ以上ここにいると馬鹿が移るからさっさと部屋に行こうね~」

 

「うん」

 

 いつもの悪ふざけを楽しんでる冒険者たちは放っておいて、エリーネさんから先生役を引き継いだドリスといつもの個室へと向かいます。

 

 修練場で魔法を見せた翌日以降、ギルドマスターは特に私に何を言ってくることもなく、普通に見習い生活を送ってる感じです。

 魔力測定に虹色魔石のことと言い、色々やらかしたって認識はさすがの私にもあるわけで、こうも静かだと逆に不気味っていうか……、ねぇ?

 

 とは言っても私が気にしても仕方ないことでもあるし。

 今はこの平和な日々を存分に過ごしていきたいと思います。

 

 

 

 ――ドリスからはまず冒険者ギルドの仕組みとか、教えてもらいました。

 まぁほんとに簡単にさわりだけですけれども。

 

 依頼を出す人がいて、冒険者ギルドが受ける。

 それを事務方さんたちが内容に応じて、種別、難易度分けをする。

 処理が済んだものから依頼受付発注係に回す。受付嬢さんたちは受理と冒険者への依頼発注の両方の面倒を見てるんですね。

 

 採取なんかの軽依頼や難易度の低い常設の依頼は、()()掲示板に貼り出されます!

 

 掲示板からぺりって奴ですよ!

 

 危険度の低い採取系依頼はまさに王道ですね。

 まぁ絶対安全っていう訳でも無いでしょうけどね。

 

 それ以外はエリーネさんたち受付嬢が、依頼を受けに来た冒険者さんの等級、位階に合わせて、個別に振り分けて行く……って感じです。

 

 うん、冒険者ギルド、けっこう大変そうです。

 これで複雑じゃないって……、十分面倒くさいですね。

 

 

「今日は冒険者の等級とかの話をするね~」

 

 そう言って説明してくれたのは、ラノベとかだとSからA・B・C級って感じでランクがある、あれの話でした。

 

「大きなくくりとしてまず等級(グレード)がありま~す。等級は四段階に分かれてて、修練級、中級、上級、そして特級です。特級の人なんてめったに見ないよ~、レアだよ、レア。ちなみにそんなレアの一人がギルドマスターなんだよ!」

 

 へー、そですか。

 ギルマスはどうでもいいです。

 

「むぅ、ギルマスに全然興味なしだね……。こほん! でね、修練級っていうのは最初にまずなる等級だね。ミーアちゃんはそこにも至ってない見習いさんだけど、まあ普通は修練級から始まるんだよ」

 

 まぁ身元保証なしの怪しい奴で、登録自体が目的だもんね。見習い取れて冒険者になれればそれでいいわけだし……。

 

「そこから地道に依頼とか受けて実績を重ねて、もちろん自分自身の技能も磨きながら、がんばって等級上げていくんだよ。ちなみに昇級には試験もあるんだからね~」

 

 大変さを思い出したのか、ドリスの表情もちょっと険しくなります。

 私も努力や試験、面倒くさいのはきらいです。

 まじ、登録さえ出来れば等級とか上げなくていいです……。

 

「どりすは、どう……なの?」

 

「おお、それ聞いちゃう?」

 

 ドリスはちょっと照れながらも教えてくれました。ついでにオルガのことまで。

 

「私は魔力もたいしたことないし、身体能力に特段秀でてるってわけでもないけど、目立たないなりにそれを生かせるよう努力してるよ。斥候(スカウト)だけどね、中級二位になってやっと人並みってところだよ。オルガさんなんて上級三位の剣士だからね? あの歳でそれってすごいんだよ~」

 

 私は何事も適当で行きたいですが、がんばる人のことは素直に応援したいと思います。

 

「それでね、等級はさらに分けられてて、それが位階(ランク)だね。修練級はとっかかりだから位階はなくて、中級、上級は三、二、一位と三つのランクがあって、もちろん一位が一番上ね。でね、特級にも位階はないんだよ~、特級は一番だからね、唯一なんだよ!」

 

 ふむふむ、スライム脳にインプットしました。

 

 ということは通しで考えると一番下、修練級からスタートして特級になるためには、七段階上げる必要があるわけですか。

 

 ほうほう、上級三位だというオルガもがさつな脳筋なりに相当頑張ったんですね、エライエライ。

 

「あ、それとこの制度はどのギルドでも同じだし、どこの領地に行っても通じる共通の制度だからね。魔法士や剣士、槍術士や弓士、他の職業だって基本は同じだからわかりやすいよ。けど実際はそこに魔力とか、職業固有の技術とかも絡んでくるから、等級や位階がだけですべての実力を計れるってわけじゃないけどね」

 

 そう言って、私のことをじーっと見てきます。

 

 むむ、何か含みのある顔つきです。

 でもミーア子供だからわかんな~い、しーらない。

 

「ふふっ、まぁ等級の話はこんなところだね。あとは実際に経験してみるのが一番だしね!」

 

 そうそう、話聞いてても眠くなるだけ。

 必要になった時点で聞きますからね、大丈夫です、きっと。

 

「じゃ、お勉強ばっかりじゃミーアちゃんが逃げ出しちゃうといけないから、この後は市場に出てお買い物とかおいしいもの食べ歩きとかしよっか?」

 

 ま?

 

 こいつはおじさん一本とられちゃったね。

 

「おおっ、ミーアちゃんの表情がゆるんでる! 嬉しいみたいだね? ほんとにさぁ、もっと感情だしていいんだからね」

 

 ぐぬぬ、そうは言ってもなかなか表情筋は手ごわいのである。

 だから――。

 

 私は感謝の気持ちを思いっきりこめて、ドリスにぎゅーっと抱き着いて、薄い胸に顔をぐいぐい(こす)り付けて嬉しさを目いっぱい表現して見せたのでした!

 

 

 なにげに市場とか買い物は初めてなのでめちゃ楽しみ!





わーい市場だ~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

市場へいこう!


誤字報告いただける方々、いつもありがとうございます。

とても助かります!


 冒険者ギルドを出た私は背中に一応背負い袋をしょって、ドリスに手を引かれながら大通りを意気揚々と歩いています。

 

 ずっとお預けをくらってた市場にようやく行けるとなれば私のテンションは爆上がりです。

 市場の場所は最初、町に入った時に把握済ですからね、ドリスの前に出る勢いでずんずん先へ進んじゃいますよ!

 

「おおぉ、ミーアちゃんが自分から進んで行動するなんて珍しいねぇ。こんなに喜んでくれるのならもっと早くに行けばよかったね~」

 

「うん!」

 

 ここは素直にそう答える。

 まだ正式な登録が済んでない、見習い冒険者である私ですが、それが理由での町歩きは特に制限されていません。そう制限されてないのです。だから好きな時に好きなように町を歩き回れる、はずなのですが!

 

 オルガとかドリスとか、そして止めにギルドマスターまでもが私に勝手に出歩くなと釘をさしてくるのです!

 

 ひどくない?

 

 まぁ年齢の割に幼く見えるというのもあるけれど、なぜ一人で出歩くことを許してもらえないのでしょう?

 

 魔獣が闊歩(かっぽ)する樹海を一人で生き抜いてきた私が、たかが小さな町の中ですら一人で歩くことが出来ないこの現実。

 

 とは言え、私の能力をもってすれば出ようと思えばどうとでもなる訳ですが……、皆に世話になっている手前、あまり勝手をやるのもどうかと思ってしまうのが、元日本人のサラリーマンである私の悲しい(さが)

 

 だからこうして出歩けるとなれば、連れて行ってくれる人のご機嫌を損なう訳にはいきません。

 しっかり媚びを売っておこうと思います!

 

 ギルド前の通りは歩道まである石畳のしっかりとした道で、二頭立ての馬車がすれ違えるほどの幅があります。市場のある町の中心方面へと歩みを進めれば更に道幅は広がり、道の中央に緑地帯まである完全な二車線の通りへと変わっていきます。緑地帯は幅がかなり取られていてベンチとか所々にあって小公園めいていたり、切れ目とかで馬車がUターン出来たりとか、中々考えられた造りになってます。

 

「この先に商業ギルドがあるんだよ。市場はギルドのあるところで右だね」

 

「うん、わかってる、はやくいこ」

 

 ちょうどT字路の要のところにギルドが居を構えてる感じです。見ようによっては商業ギルドからまっすぐ前に伸びた道の先に市場があるわけで、ギルドの力の一端を見せつけられてる気もします。

 

 まぁそんなことはともかく、通りを右に曲がれば、そこにも同じ道幅で通りは続いていて、道沿いには多くの店が軒を連ねています。店の入り口付近には意匠をこらした看板が壁から道に突き出るように吊るされていて、それを見ればどんな店かすぐわかります。

 

 ちなみに職人ギルドは市場のある大広場の向こう側、ちょうど商業ギルドと対となる場所に居を構えてるそうです。

 

「ミーアちゃん、目が輝いてきたよ。後でお店にも寄ろうね。服とかいっぱい買わなきゃ!」

 

「あ、う、うん~」

 

 むぅ、確かに服は未だアンヌにもらったワンピースを着まわしてるだけ。なによりズボンが欲しい。別にパンツ見えてもかぼちゃだし、そもそも幼女に色っぽさは皆無なので気にはならないけど、生足さらしてるのは冒険者としてはどうかと思います。

 ファンタジーあるあるの女性冒険者のビキニアーマーとかはまだ見たことないです。オルガもせっかくのダイナマイトボディはしっかり布と防具で覆われてますしね。

 

 ちょっと残念です。

 

「おお~、今日も屋台いっぱい出てる、う~ん、いい匂いが漂ってきたよっ」

 

 ドリスもけっこう嬉しそうです。

 きっと自分も来たかったに違いないのです!

 

 

「うまいようまいよー、斑大猪の串焼きだー」

 

「煮込み肉詰めパンのチーズ乗せはどうだい、一度食ったら病みつきまちがいなしだ!」

 

 屋台の呼び込みが元気いっぱいで目移りして困ります。

 

 市場に出てる屋台は荷馬車ベースのものがほとんどで、屋根付きの荷台の部分がそのまま店舗の役目を果たしてる感じです。屋根から日よけ(オーニング)を伸ばし、その下に簡単なテーブルセットとか置いて座って食べれるようにしてるところも多くあります。

 

 そんな屋台が、市場の拠点となっている大広場の噴水を中心として、輪を描くように連なって配置されています。しかもその輪が二重、三重と重なっているのですから、その数も相当なものです。でも噴水はどういう仕組みで動いてるんでしょうね。大がかりな魔道具なのかもしれません。

 

 

「んまー」

 

「あーあ、ミーアちゃん、お口が油だらけだよ」

 

 ただいま両手に串焼き持ってパクつき中。あっさり塩味と、謎の緑色ソースが掛かったやつです。緑色のはピクルスみたいなのをすり潰したやつっぽくて、酸味が強くお肉にとても合ってます。

 

 ああ、けれどこういう時はいつも思います。

 やっぱ日本のタレが懐かしい……って。

 

 ドリスに口元を拭われながらもそんなことを思う私なのです。

 

 肉詰めパンも煮込み肉とチーズのハーモニーでとてもおいしそうですが、かなりのボリュームで、食べたらミーアの小さな胃ではそれだけでお腹いっぱいになってしまいそうです。

 

 おいしく頂ける屋台の食べ物はだいたい銅貨一枚から三枚程度の物が多く、お財布にも優しい、まさに庶民の食べ物だと思います。

 

 屋台はなにも食べ物だけではありません。

 生活に必要な小道具、アクセサリーにカバン、帽子などの小物類、いかにも怪しい武器や防具に見たこともないグッズの数々。

 

 この世界に生まれてけっこう経ちますけれど、こんなにワクワクしたのは魔法の存在を知って以来かもしれません!

 

 今日は無理そうですが、ぜひそちらも見て回ってみたいものです。

 

 

 

「ほれ、かわいいお嬢ちゃん、一本サービスだ、いっぱい食べて早く大きくなんな!」

 

 マスタードっぽいのがたっぷりついた特大フランクフルト風腸詰めを、ほっぺを目いっぱい膨らませつつ食べてたら、屋台のおっさんがにかっとした笑いと共に差し出してきました。

 

 うげ、おじさんお腹いっぱい、これ以上は無理。

 出ちゃうよ。あれが。

 けどその厚意を無下にすることなぞ出来るものではない!

 

「おじちゃん、それおねえちゃんにあげていい? いつもおせわになってる、から」

 

 うへへ、ドリスに押し付けてあげます。

 

「くぅ~、泣けるね。小せぇのにお姉ちゃん思いのいい子じゃねぇか! こうなったらもう一本サービスだ。二人で仲良く食べな!」

 

 

 げげ、なんやてー!

 

 

 ちょっとおかしなこともありましたが、串焼き、腸詰め、骨付き肉と、定番の……日本で言えばB級グルメを()()()()()()食し、オレンジに似た味の搾りたての濃厚ジュースをごくごく飲んだところでドリスの目がきらりと光りました。

 

「よーし、ではいよいよ今から古着屋と防具屋さんに行くよ~。ミーアちゃんの着替えをいっぱい揃えなきゃだし、それに冒険者として活動するにも相応の服装を用意しないといけないからね!」

 

「あ、あう、その、おてやわらかに……」

 

 言い切る前に手をぐいと引かれ、私は抵抗することもかなわず成すがままに付いていくしかないのでありました。

 

 古着屋さんでは店主さんとドリス、そして私、三つ巴のお着換え攻防となり、私のおじさん力は全ては削りとられ、小さな女の子力はやたら鍛えられてしまいました……。

 

 おじさん力のHPはもうゼロよ!

 

 

 あと防具はさすがに小さな子供サイズは無かったので特注でオーダー入れてもらいました。

 ドリスもしていた胸の下からおへその下あたりまでを覆う、コルセットタイプの奴です。

 まぁ私もドリスも胸はないので、おっぱいを支える役目は全く果たさないのですけれども。

 

 ドリスが血の涙を流しそうなので、口に出して言ったりは決して致しません。

 

 

 

 まぁなんのかんのと一日楽しかったです。

 

 まる。





ちょっと駆け足、まぁ雰囲気だけ……

町の遠景を活動報告のイラスト置き場にあげてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レイナール子爵館にて


うわぁ、文字だらけだ~


「レイナール卿、久しいな」

 

「ご無沙汰しております、ソールバルグ卿。相変わらず無茶をされているようで、母君がお(なげ)きなのではないですか?」

 

「ふっ、パウル、会って早々手厳しいな。最近自領に全然戻っていないからな、小言を聞かされることもない」

 

 俺はレイナールのギルドマスターからの魔伝書簡(マナエピスル)を受け、まずはここ、レイナール領の代官を務めるパウルに会いに来た。パウルを通り越して冒険者ギルドとやり取りしてはパウルの面子を潰すことになる。なによりパウル=レイナール子爵は領都の寄宿学院でのソールバルグ派閥の一員であり、在籍中は共に行動した旧知の仲だからな。

 

「なるほど……。自領には戻らない代わりに、こんな片田舎の町には、なにがしかの問題を伴って現れて頂けるわけですね。大変ありがたいことです」

 

「まぁそう皮肉を言うな。それで……、もうギルドマスターは来ているのか? であるならば早速話が聞きたいのだが」

 

 俺の言葉に頷きで返したパウルがハンドベルを鳴らせば、執事が体格の良い壮年の男を伴って現れた。既にパウルとの挨拶は済んでいるのだろうその男は、俺の方に向かい一礼したあと、言葉を続けた。

 

「ソールバルグ卿にはご機嫌麗しく、私はレイナールの冒険者ギルドにおいてギルドマスターを拝命しておりますボリスと申します。何分慣れない……」

 

「ああ、挨拶は良い。敬意は十分に受け取った。俺は領境警備隊の隊長でもあり、部下には平民も多い。そう固くならずとも良い。普段の口調での会話も許すから話を始めよ」

 

 堅苦しいままでは話がなかなか進まんからな。俺は早く用件を済ませたい。

 パウルに勧められ席に付いたところで会談は始まった。

 

「まずは大まかな経緯をご説明いたします。事の発端は商人の隊商が野盗の襲撃を受けたことです。残念ながら護衛の甲斐なく多数の被害を出し、身柄を(さら)われたものも少なからず出ました」

 

「うん、報告は受けているね。複数の野盗が徒党を組んだ、相当な規模の襲撃だったらしいね。それでも隊商の本体自体は守れたというし、多少の被害は仕方ないだろう。……ああ、すまんね、続けて」

 

 パウルの言う通り、野盗の襲撃は頭の痛い問題だ。毎日どこかしらで被害の報告が上がっている。隊商本体を守れたならそれはもう重畳(ちょうじょう)というべきだろう。

 魔獣という恐るべき存在があるのに人同士で争うなど、人間とはなんとも愚かなものだ……。

 

「実は襲撃から三日ほど経過したころ、行方不明となっていた冒険者より魔伝書簡(マナエピスル)が届きまして、驚いたことに襲撃に参加していた野盗の一団を一つ撃退したというのです。冒険者は上級三位の剣士と中級二位の斥候(スカウト)でしたが、どうやら魔力阻害の魔道具を使われ拉致されていたようです。それを何とか打開し、逆に討伐に成功したと」

 

「ほう、それは素晴らしいね。冒険者たちもただでは済まさなかったわけだね」

 

 ギルドマスターが俺を見て来る。まぁ、この辺の話は彼からの魔伝書簡(マナエピスル)ですでに知っている話だ。パウルと共有するための説明であり、俺は軽く頷いて話を進めさせる。

 

「はい、その野盗は頭目を含め、十七名が全滅。奪われた金品も一部は既に失われていましたが、逆にため込んであった財も多く、当ギルドとしては多少なりとも救われた結果となりました」

 

「ふーん、なるほど。けれどそれで済むような話ではないんだね? わざわざスヴェン様が来館され、私を交えて話をするというんだからね。いや、どんな話が飛び出してくるのか楽しみだね」

 

 パウルめ、相変わらず口がよく回る。

 

「討伐を果たしました冒険者は簡単な事後処理をした後、ギルドに戻ってまいりました。その際に拉致されていた女子供も連れ帰ってきたのですが、そこで一つ問題がありまして……」

 

「なんと、子供とはね。野盗どもは本当に見境ないようだね」

 

 パウルが自らの執務机から身を乗り出し、興味を示している。

 

「女は三人居ましてレイナールの商業ギルド登録でしたが、子供の方が未登録児だったのです。そのままでは町に入ることが出来ないため、現場判断で通行保証金を払うことで通行許可を得て、町に入る次第となりました」

 

「子供が通行保証金を払えるとはすごいね。確か金貨十枚が必要なのではなかったかな? ふふ、なんとも興味深い子供だね……、続けて?」

 

 パウルめそろそろ、どこが話の要点か掴んだか。私としてもここからが確認しておきたいところだ。

 

「あらましはこれくらいにして、そろそろ主題をはっきりいたします。ご報告差し上げたいのはその子供についてです。本人曰く、名前はミーア。年齢は推定十歳の女児です。外見はさらに幼く髪色も珍しいため、お目にかけることがあるならば驚かれることでしょう。出自についてはまだ未確定ですが、今日この場で判明するかもしれません」

 

 ギルドマスターが強い視線でこちらを見て来るので頷いて返す。こちらとしてもそれこそ望むところ。アンヌへ良い話が出来ると期待している。それ以外については頭が痛くなりそうではあるが……。

 

「その女児、ミーアを冒険者ギルドのルールに(のっと)り見習いとして育て、いずれ正式な冒険者として登録させる手筈(てはず)です。それを踏まえ、ミーアの適性などを確認していく中で問題が起こりました」

 

 ギルドマスターがそこで間をとり、俺とパウルの方を見据え、一つ大きなため息をついた後に覚悟を決めたように話し出した。

 

「まず魔力測定を行いました。魔力紋の登録と属性確認、合わせて魔器官の発達深度を確認するためです。結果は驚くべきものでした……」

 

「なんだい、もったいぶらずに早くいいたまえ」

 

「はっ、では……、今から言うこれは事実です。ミーアは全属性持ち(オールエレメンター)でした。基礎四元はもちろん、光、闇、そして派生属性に至るまで、すべての属性への適応を魔道具は示しました。更に言えば魔器官深度は最高の十となります」

 

「ま、待ちたまえ、ボリス! それは間違いのない事実なのかい? そのようなこと、あ、あり得るのか?」

 

「はい、まごうことなき事実です。ギルドの記録でも全属性持ち(オールエレメンター)など存在したためしはありません。本当に驚くべきことです」

 

 さすがのパウルも開いた口が塞がらないといったところか。俺ですら魔伝書簡(マナエピスル)で報告を受けた時は言葉を失ったからな。だが……、俺は、ミーアの異常性を知っている。だからそれを聞いた時もそんなこともあるかと無理矢理納得したのだ。

 

 だが言葉だけでは何とでも言える。

 あとは実際にミーアと会い、俺の目でもしかと確認しなければならぬ。

 

「お二方、本日はもう一つ報告があるのです」

 

 なに?

 くく、ボリスめ。俺にまで伏せてある話がまだあるとはな。

 

「まずは言葉よりもこれを見ていただきたく」

 

 ボリスが腰元から皮袋を取り出し、それをテーブルへと置いた。

 拳大ほどの塊がいくつか入っているのかそれなりに膨らんでいるそれにボリスは手を差し入れ、我々に中身を取り出して見せた。

 

「美しい……、なんと美しい。これは魔石……、魔石なのかい?」

 

「そうです、魔石です、子爵様。通常、魔石は魔力を込めたものの属性によって色付きますし、最初、魔獣から取り出した際は、その魔獣固有の属性色で染まっているものです。それを鑑みればおのずとこの魔石の正体がわかって頂けるかと存じます」

 

 俺はパウルやボリスのことなど目もくれず、その魔石を手に取ってじっくりと眺めてみた。何色もの色が絡み合い、外からの光を受け幻想的な輝きを見せる、まさに虹色と言うしかない不思議で美しい魔石だ。

 

「ミーアがこれに魔力を込めたのだな? なんとも常識外のことばかりを仕出かす女児だな、あいつは」

 

「おや、スヴェン様はやはり、そのミーアという女児をご存じなのですね? ふふ、お人が悪い。しかしこれは驚いたで済ませられる話では到底ありませんね。いかがするのです?」

 

「まだ本人を前にしていないので確実とは言い切れぬが……、ミーアは以前、領境警備隊で保護したソルヴェ村の生き残りで間違いないだろう。ある事情により、我らの手から離れてしまい、極めて小規模ではあるが今まで捜索を続けていたのだ。今回ボリスからの連絡を受け、急ぎ確認のためここに来ることになったのだが……、別れた時以上に更に問題を増やしてくれたな」

 

 俺はボリスとパウルを交互に見つつ、話を続ける。

 

「全属性持ちであるうえに、虹色の魔石を創りだす女児か……。とりあえず、まずはミーアに会おう。それにミーアに会いたいとうるさい奴もいるのだ。レイナール子爵、私と、もう一人呼ぶが滞在させてもらいたい。ギルドマスター、ミーアの方、段取りを頼めるか? いつ会うかは追って連絡を入れる」

 

「私の方はかまいませんよ、準備させましょう。しかし、あのソルヴェ村の生き残りですか。中々面白いことになりそうですね」

 

 ぬかせ。

 楽しんでいるかのように見えるパウルに俺は内心で悪態をついた。

 

 顔色が悪いボリスを執事に送り返させたが、俺はこの先のことを思うと頭痛がしそうで、ボリスのことを気の毒とはとても思えぬ。むしろ俺の方が気の毒だろうという思いの方が強くなる。

 

 問題ばかり引き起こす、得体の知れないソルヴェ村の生き残り。

 

 

 ミーアのやつめ、一体どうしてくれようか。

 





話が小難しい、今日この頃……
作者も頭がパンクしそうです(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

町の外で見習いのお仕事!


たまには外にでないとね!


 見習い実習の一環で、久しぶりに町の外に出ます。

 ここに来て以来なので、ニ週間は経ってるんじゃないでしょうか?

 

 入るときは苦労した通行門も、ギルド支給の見習い登録プレートを見せ、通行税を払えばあっさり通り抜け出来ました。通行税は銅貨四枚必要で、入、出どちらでも払う必要がありとてもがめついです。でもレイナールギルド以外の登録ならその倍の八枚が必要となるそうなのでまだましなんだそうです。

 

「今日は門の外の農耕地で三叉尾ネズミ(トライデントテールラット)による作物被害がひどいということで、その駆除のお仕事をしたいと思いまーす」

 

 ドリスが相変わらずの元気の良さで、受けた依頼の説明をしてくれています。

 

三叉(さんさ)尾ネズミは結構大型で、人の赤ちゃんくらいの大きさがあるんだよ。れっきとした魔獣で、三つに分かれたしっぽは自在に動いて、追いつめられると先端から針毛(とげ)を射出してくるからね! 舐めてたらとっても危険な魔獣なんだよ」

 

 ネズミといえども魔獣、魔力を持つ生き物は侮っては大変危険です。

 

「でね、畑の下にいっぱいトンネル掘って、作物の根っこを食べちゃうし、夜は出てきてみのった実を食べるしで農家のみなさんが困っててね。駆除依頼だって常設依頼化してるんだけど面倒くさくて危険な割に取れる魔石は小さいからさ~、不人気な依頼なんだよね」

 

 なるほど……、私も面倒なのは嫌なんですけれど、まぁ外に出られたことだし、その辺は我慢です。

 

 門の外はいかにも中世の田舎といった感じの風景に変わりますが、こちらも少なくない人々が暮らしているようで壁の外郭にも集落が所々にある感じです。きっと私も町に入れなければその中の一員になっていたのかもしれません。

 

 そうやって仕事の話を聞き、辺りの様子を見ながら目的地へと歩みを進め、半刻ほどで依頼主の農地へとやってきました。

 

 そこそこ広い農地です。

 

 依頼主に案内され、この範囲をお願いと頼まれたのは広さで言えばサッカー場を四面ほど敷き詰めたほどの面積でしょうか、これ見ただけでもうかなり面倒くさい。

 

「むうぅ……」

 

「もうミーアちゃん、そんな嫌そうな顔をしないの。ふふっ、これだけの広さを時間かけて作業すればミーアちゃんも健康的なお肌になれるよ、私みたいにさ!」

 

 ドリスは小麦色のお肌で、そばかすがチャームポイントの、茶髪をおさげにした素朴な女の子です。高校生くらいと予想してましたが正解は十六歳。まぁまぁいい線ついてました。

 でも私のお肌が青白いのはスライム体所以(ゆえん)だし、日焼けとは日差しによるダメージなので、スライム体が浸透したミーアボディにかかれば影響の埒外(らちがい)

 

 なのでドリスが考えるようなことには決してならないでしょう、残念!

 

「じゃあ早速はじめよっか。やり方としては私が地下のネズミを探知して追い込むから、ミーアちゃんが魔法で仕留めるって感じでどうかな?」

 

 どうかなと言われましても……、どうなんでしょう?

 よくわからないですね。

 

 けどまぁ……、

 

「うん、だいじょうぶ。やってみる!」

 

 樹海の魔獣に比べれば楽勝に違いないです。

 

「あ、それと、畑を荒らさず、作物も傷めないようにしなきゃダメなんだからね? それが重なると減点なんだからね」

 

「はわっ、わかった」

 

 まぁ、何ということでしょう!

 やっぱ面倒くさいです、このお仕事。

 

「よし、じゃあ行こう!」

 

「おぉ……」

 

 

 ドリスの指示で私は長く続く畑の(うね)の端で待機です。畝は幾筋も連なっていますがいくつかのエリアに分け、順番にこなしていく手筈です。

 

 ドリスの斥候の腕のお手並み拝見です。

 って言うかこの依頼に斥候はあまり関係ないのではないでしょうか?

 

「土壌にありし弱き震えをこの手に示せ、(ソイル)振動(バイブレート)探知(ディテクト)

 

 遠目に地面に両手をついて詠唱を唱えるドリスが見えます。

 探知魔法って感じでしょうか?

 

「見つけた! 掘り起こせ、ソイルディグアップ、アップ、アップ!」

 

 早速見つけたみたいです。

 

 実は私もこの辺りの気配を探ってましたからネズミの位置は()()把握している訳ですが、その中の一匹がドリスの土魔法でだんだんこちらへと追いやられてきています。

 

 継続して使うのではなく、要所要所、ピンポイントで使ってこちらに向かうよう、うまく誘導しています。

 

「ミーアちゃん、そろそろ出るよ。失敗してもいいから、がんばってね!」

 

 遠くから聞こえるドリスの声。

 

「進路をふさいで……、ソイルディグアップ」

「噴出させる! ヴォルケニックソイル!」

 

 連続で違う詠唱。

 私の目の前、三、四メートルってところで、硬いものが砕けたような音と共に地面から土が吹き出しました。ほんとに小さな噴出です。

 

 でもそれで十分。

 出来た穴からほうら出てきました。

 

「まってたよ~、三叉尾ネズミ(トライデントテールラット)

 

 ほんと大きなネズミです。

 某ランドのネズミと違い、女の子が見たらキャーキャー悲鳴をあげそうな外見をしています。

 

 濃い灰色をしたまるまる太った体に、とがった耳、鋭い爪を持つ短い手足。赤い目がこちらを見つけて睨んでいるような気がします。太い尾は途中から三つに分かれ、それぞれが鋭くとがった針毛(とげ)になっていて皆こちらを向いてます。

 

 予備動作も音もなく、至近距離からそれは飛んできました。

 

 けれど、それは目的を果たすことなく空中で唐突に静止しました。いえ、よく見れば、何かに突き刺さって止まっています。

 

 刺さっているのはネズミが放った針毛(とげ)です。

 

 ふふん、出て来るとわかっているのに防御をしておかないなんてことはありえないです。

 ネズミが出て来る前に張っておきました――。

 

「透明で冷たい氷のかべ、でもめちゃくちゃ硬い、アイスウォール」

 

 ――です。

 

 水の壁よりめちゃ薄いくせに超硬いです。

 むっ、更に追加が三本飛んできましたがムダムダムダー!

 

 合計六本、二連射してきましたが、どうやらそれで打ち止めのようです。新たな針毛をそう何度も生成出来ないのでしょう。大きいネズミとは言っても所詮はネズミ。この私に盾突こうなんざ十万年と四日早いです!

 

 効かないとなればさすが野生、逃げようとしやがりましたがそんなことさせません。

 

「とがった針、うちだす! アイスニードル」

 

 くふふっ、針毛(とげ)には針で返して差し上げました。

 

 針は外れることなく、ネズミの背中から喉元に抜けるように刺さり、短い悲鳴と共にあっさりこと切れておしまいです。

 

「ミーアちゃん、さすがだねぇ。お姉ちゃん手出しする必要が全くなかったよ。っていうか私よりよっぽど手際が良くて、こっちが教えて欲しいくらいなんですけどっ」

 

 ドリスはすぐさまこちらに駆け寄り、私のことを見守ってくれてました。冒険者のたしなみ、ポーションもしっかり準備していたようです。

 そうポーション、あるんですねぇやっぱり。どんな効き目なのか試してみたい気もしますが、相応にお高いようなので使わないに越したことはないです。

 

「ありがと。よゆう! どりすはだいじょうぶ?」

 

「もちろん! 私の魔器官深度は三だけど、少ないなりに魔力消費を抑えるよう工夫してるしね。ふふ~ん、駆除はこれからが本番だよ~」

 

 

 こんな調子で駆除を進め、エリア分けしたすべての(うね)の探知を危なげなく無事終えました。

 

 

***

 

 

「おおぉ、七匹も仕留めてくれたか。まだ若い娘さんたちなのにすごいのぉ」

 

 依頼主さんに褒められ、私は頭まで撫でられ……、なんとも言えない気分。

 締めに依頼票に魔力を通してもらい、魔力紋が浮かべば当人確認と了承となり依頼任務完了です!

 

 依頼主さんに「またぜひよろしくなぁ」とお礼とお見送りを受けつつ帰途につきました。

 

 

 

 

「この調子でがんばっていこうね。ミーアちゃんなら見習いなんてすぐに終わりそうだよね~! でも冒険者登録って十二歳からだし、あと二年は我慢だねぇ」

 

 

 ええ?

 

 ちょ、ま!

 

 

 じゅうにさい?

 

 

 ええ?

 

 

 私は呆然となり、ドリスの声掛けにもしばらく無反応のまま立ち尽くしていたのでした。

 





人の話はちゃんと聞かないとね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

すれ違う思惑

 実習と言う名の駆除仕事を終えたものの、衝撃の事実を前に意気消沈してギルドへの帰途についています。

 

 終始上の空で、立ち止まってしまうのでドリスがずっと手を引いて歩いてるくらいです。

 

 冒険者登録が十二歳からだなんて一体誰が決めたのでしょうか?

 見つけたらスライム酸で跡形もなく溶かしてやって、そんな規則なかったことにしてやるのに!

 

 くぅ~、出来るわけもないことを考えてしまいます。

 はぁ、一気にやる気がなくなってきました……。

 

 そういえば私は今十歳ということですが、何ヶ月くらいなんでしょうね?

 誕生日がわからないのですから、もう十一歳になっていてもおかしくないくらいです。

 

 だとすれば待つのはあと一年くらいに短縮します!

 

「どりす! わたし、たんじょうびわからない。じゅうにさい、いつくる?」

 

 疑問に思ったら即行動。早速ドリスに聞いてみました。

 

「うーん、どうなんだろ? たぶん見習い登録時にその辺なにか考えてあるかもしれないし、ギルドに戻ったら聞いてみよっか?」

 

「うん!」

 

 ドリスの提案には一理あります。

 あのギルマスやエリーネさんならその辺、抜かりなく処理しているはずです。

 そうと決まれば急ぎましょう!

 

「ああ、こら。急に走り出さない~。ふふっ、ほんと、しょうがないんだから~」

 

 

***

 

「ミーアさんの生まれたというソルヴェ村は古いしきたりが引き継がれていたようで、ギルドの資料によると年齢についても一般的な数え方をしていなかったことがわかっています」

 

 エリーネさんに依頼達成の報告に続き、流れで自分の誕生日のことを尋ねたところ、なんか面倒な話が始まりました。

 

「年齢で言えば、一般的には誕生後、一年経過したところで一歳となりますが、ソルヴェ村では生まれた年を一歳と表していました。年を越すことで加齢していく考えなので何月に生まれようが同じで、翌年になった時点で一斉に二歳となります」

 

 うげ、なにそれ!

 要は満年齢じゃなく数え年ってこと?

 

「ですのでそれに(なら)うならミーアさんは来年十一歳になりますが、当ギルドもヴィースハウン領も年齢は満年齢を基準としています。従ってミーアさんは八歳と何ヶ月かになっていることになります」

 

 くう~、藪をつついて余計まずいことになってしまったんですけど!

 まさかの年齢下がっちゃた事件です……。

 

「み、ミーアちゃん……」

 

 ひどく落ち込んでしまった私を見かねたドリスが、頭を撫でたり背中をさすったりしてくれますが、残念ながら私のテンションだだ下がりです……。

 

「はいはい、まだ続きがありますよ。話を戻しますが、管理の都合上誕生日がないというのは困りますので、ギルドが独自に入手した情報によりミーアさんが保護された日時を誕生日とすることで結論が出ています。具体的には七月七日です。良かったですね、誕生日は越えていますから現在は既に九歳となっていますよ。それとミーアさん、この情報は支給した見習い登録プレートの内容を閲覧してもらえば確認できたはずですが?」

 

 ぐはぁ!

 

 しょ、しょんな……、面倒くさくてまだ一度も確認してないぃ。

 だって、魔装ボードとやらで閲覧しなきゃだし、手数料いるし、まだ見るようなこともしてなかったし……。

 

 ああ、私の冒険者ギルド正式登録の野望が大きく遠のいていく~!

 

 見習いをあと三年!

 三年近くも続けなきゃいけないの~?

 

 

 そんな時です。

 ギルドマスターが現れたのは。

 

「おおミーア、ちょうど良いところに。明日の朝、九の刻にギルドに来てもらいたい。お前に行ってもらいたいところがある。迎えの馬車が来る手筈となっている。もちろん私も同行する」

 

 むむぅ、急に言われてもねぇ。

 それにどこに、何をしに行くというのでしょう?

 

 私は(いぶか)しんでギルドマスターを上目で睨みつけます。

 

「そう睨むな。この場で詳細を言うことは出来ないが、お前にも身に覚えがあるだろうことについての話だ。拒否することは出来ないところからの呼び出しだ。しかし、悪いことにはならないはずだ。素直に来てもらえると助かる」

 

 ギルドマスターは忙しいのかそれだけ言うとさっさとその場から去っていきました。

 

 冒険者ギルドではギルドマスターの言うことは絶対です。領主様、町長……いえ、ここは町長じゃなく代官様が治めているそうですが、そんな偉い人たちの次に偉い人なのです。

 まだ仮登録とはいえ、従わざるを得ないのです。全てのギルドにおいて、そういう誓約をもって登録しているのです。

 

 ちょっと不穏な空気になりながらも私とドリスはその場を後にしました。

 

 ちなみにしらけちゃいましたが依頼達成報酬は銀貨三枚。

 銅貨なら六十枚の稼ぎです。ネズミのお肉は依頼主さんに譲渡し、小さな魔石だけゲットしてきたので、その辺も鑑みての報酬となっております。

 

 

 

***

 

 

 ブレンダの宿でおいしいごはんを頂き、部屋に戻って一日の汗を(ぬぐ)うわけですが、ドリスと共同生活を送るうえで綺麗すぎると訝しがられるため、敢えてその時点ではスライムパックはしていません。

 

 生活魔法で水を出し、濡れた布で拭き拭きします。

 

 ドリスの背中は私が拭う役目です。前はいいからと断られますが、「あ、すべった」と私はわざとらしく胸にまで手を回し、成長するよう願いを込めて揉んであげます。

 

「も~、ミーアちゃんったらいつもいつも、絶対わざとでしょ~」

 

 そう言ってきますが別に怒ってなくて、かすかな記憶にある母親を連想しそうな優し気な目で見て来るのです……、むむぅ。

 

 仕返しとばかりにドリスは全身くまなく拭おうとして来るので、きゃっきゃと逃げ回る私です。

 でも結局捕まって、言えないところまで全て拭い倒されるわけですが。

 

 髪の洗いっこだってします。

 

 ドリスの茶髪はくせっ毛なので、私の淡い紫色した癖のない長い髪をとてもうらやましそうに撫でながら洗ってくれます。

 私はこっそりとスライム謹製トリートメントもどきを使い、ドリスの髪を洗ってあげています。効果が表れた時のドリスのことを思うと思わず硬い表情筋にも笑みが浮かぶというものです。

 

 恥ずかしくも何とも穏やかな日常です。

 でもいい歳したおじさん精神のはずの私は、一体何をやってるんでしょうね。

 

 

 とはいえ、寝入ったころ合いを見て完全版スライムパックをしていますけれど。

 ドリスすまない。中途半端に汚れたまま寝るなんて元日本人の心が許さないのです。

 

 

 

 木箱ベッドに横になり私はギルドでの出来事を振り返ります。

 

 エリーネさんは言いました。

 

「ギルドが独自に入手した情報によりミーアさんが保護された日時を誕生日とする――」

 

 私が保護された日。

 独自に入手したって……、それがわかるのはアンヌがいたところ以外にありません。私を閉じ込めてくれちゃったところ。なんちゃら警備隊だっけ?

 

 その警備隊とギルドで何らかの繋がりがあって、私のことバレちゃったのかもしれません。

 

 正直、あそこの人達には色々良くしてもらったし、何よりアンヌがいます。

 嫌いなわけではありません。

 

 でも、それでも隔離された理由、私が死んだかのような状態を見られています。

 

 それとギルマスのさっきの要件。

 一体どこからの呼び出しでしょう?

 

 すぐどこに行くか教えてくれなかったことといい……、もう怪しさMAXです!

 

 

 

 楽しい日々でしたが……。

 

 

 もう潮時なのかもしれません。

 

 

 残念です。

 





はやまらないで~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーアの行方


予想通りが過ぎる?


「ブレンダさん、ミーアちゃん見ませんでした?」

 

 朝起きたら木箱ベッドにミーアちゃんの姿がない。

 

 ミーアちゃんのベッドは収納用の木箱を並べ、その上にシーツを重ねただけの簡易なものだから寝心地最悪だろうし、早くちゃんとしたベッドを仕立ててあげないといけないね。

 最初、私のベッドで一緒に寝ようって勧めたんだけどね、やっぱ一人がいいみたいで木箱を簡易ベッドに仕立てたんだよね。まぁ、毎日一緒だとやっぱ落ち着かないかなと、残念だけど私も諦めたよ。

 

 っと、そんなことは置いといて、朝からどこへ行っちゃったんだろ?

 下に降りて、忙しそうに朝の支度をしているブレンダさんに尋ねてみた。

 

「ああ、ミーアちゃんならちょっとお散歩って言って半刻くらい前に出かけたわねぇ。背負い袋をしょって出て行ったから、朝市でも見に行ったのかも知れないねぇ……、聞いてないのかい?」

 

「うん、起きた時はもう居なかったから……。思い付きで出かけたのかなぁ? 小さい女の子の一人歩きは危ないけど……、ミーアちゃんだし大丈夫か。大好きな朝ごはんまでには戻ってくるでしょ」

 

 亭主さんの朝ごはん、いつもとても美味しそうに食べるんだよね。

 

 その時はそれくらいの軽い気持ちでしかなかった。

 

 

***

 

 

 結局、朝ごはんの時間を過ぎてもミーアちゃんは戻ってこなかった。八の刻の鐘も鳴り、ギルドに向かわないといけない時間が刻々と近づいてくる。

 

「おかしいよ、ミーアちゃん帰ってこない」

 

 ギルドマスターに来るようにと言われたのが九の刻だから、そろそろ出ないと間に合わなくなっちゃうよ。

 

「ドリスちゃん、もしかしてあの子一人で向かっているかもしれないでしょう? ミーアちゃんが帰ってきたら私が責任もってギルドに連れて行くわ。だから一度ギルドの方に行ってみてはどうかしら?」

 

「そ、そうかな? う~ん……」

 

 ああ、こんな時は風魔法の気配察知(ウインドセンス)が使えればと思う。風属性に才がない自分が恨めしいよ。

 私の地振動(ソイルバイブレート)探知(ディティクト)は個人を特定するほどの確度や精度はないし、ましてや町中。余計無理ってもので止めに探知範囲も狭い……、悔しい!

 

「じゃあお願いしていいかな?」

 

 ブレンダさんの言葉に私はすこし躊躇(ちゅうちょ)したものの、自分の魔法はあてにならず、他に出来ることもない。

 

 その言葉に甘えてギルドに向かうことにした。

 

 

 

***

 

 

「なんだと、ミーアの行方が知れないというのか?」

 

「はい、ドリスさんは朝起きた時点で姿を見ておらず、唯一、宿のブレンダさんがミーアさんを見かけていますが、散歩に行くと言っていたそうです。食事の時間になっても戻って来ず、それを最後に姿を見たものはおりません」

 

「うーむ、なんということだ。まさか姿をくらますとは。いや、まだそうと決まったわけではないが……。だがしかし、迎えの馬車はもう来てしまうぞ」

 

 俺としたことがミーアへの接し方に気のゆるみがあったことは否めない。昨日のあの話の持って行き方は、今にして思えばかなりまずかった……。

 ミーアは色々非常識なことを仕出かしはするものの、基本従順で目上の者の言うことも良く聞いていたから、接し方に油断が出てしまった。以前スヴェン様のところから逃げ出したという前例があるというのに。

 

 一人で生きていたせいなのか、ああ見えてあの幼子は自分の置かれている状況に対する判断が早い。いや早すぎる。

 

「変に話を伏せず、しっかりとどこへ何をしに行くと伝えるべきだったか……」

 

「私も同罪です。少し事務的な対応を取り過ぎてしまいました。冒険者登録はあの子にとって、とても大事な目標だったでしょうから年齢のことではかなり気落ちしてしまったようです。――特例処置の話、気を抜いてしまうといけないからと、ミーアさんにはまだ説明していませんでしたが、先送りせず早く教えてあげればよかった……と、思わずにはいられません」

 

 特例処置……か。それよりもすごいことになるかもしれなかったんだが。

 ここで二人して過去の行いを悔やんでいても話は進まん。

 

「まあ済んでしまったことは仕方がない。エリーネは捜索に出ている者たちの取りまとめと進捗報告を定期的に頼みたい。高くつくが連絡は全て魔伝書簡(マナエピスル)でかまわん。気が重いが俺は来た馬車に乗り、レイナール卿の館へと出向かねばならん」

 

「はい、おまかせください」

 

 

***

 

 

「あの小娘、またしてもか。しかし、どうして行方をくらます必要がある?」

 

 ソールバルグ卿の待つ部屋に入室し、ミーアの姿がないことを報告した際の第一声がこれである。あなたがそれを言うか? と思ったが……、どう説明したものか頭が痛い。

 

「それについては私からミーアへの話の伝え方に問題があったかもしれません。こちらの意図としては招へいに近いものだったのですが、どこへ行くか、誰から呼び出されたかも告げておりませんでしたので、それがミーアの警戒心をあおる結果となったものかと存じます。貴重なお時間を無駄にしてしまい大変申し訳ございません」

 

 ひたすら(こうべ)を垂れることしか俺には出来ない。

 

「そんな、ようやく会えると……、ミーアちゃんはもう居ないのですか?」

 

 ソールバルグ卿の後ろに控えていた、淡い金髪に空色の目をした美しい女性が、前に進み出て俺に問いかけてきた。紹介はされていないがこの方も貴族で間違いないだろう。しかもミーア絡みとなれば、きっとケーヴィック砦での関係者なのだろう。

 

「アンヌ、そう結論を急ぐな。まだ居ないと決まったわけではない。この者たちが今も探させているのだ、あきらめるには早いぞ」

 

「は、はい。後ろから突然すみませんでした」

 

「良い、そなたのミーアを心配する気持ちは理解している。ボリスよ、前後したが紹介しよう。こちらの女性はハウゲン子爵令嬢だ。領境警備隊での私の部下でもある。以前話したかどうかわからんが、ミーアを最初に保護したのはこの者だ」

 

「アンヌ=ハウゲンです。この地でミーアちゃんが過ごしていると伺い、居ても立っても居られず……、スヴェン様を追って来てしまいました」

 

 色白で華奢な姿ながらその空色の目からは強い意志が感じられる。お貴族様とはいえ、さすがは領境警備隊の一員といったところか。

 

「レイナールの冒険者ギルドでギルドマスターを拝命しております、ボリスと申します。以後お見知りおきください」

 

「こちらこそ、いきなりの非礼をお詫びいたします。以後よろしくお願いします」

 

 

 やれやれ、ミーアにはとことん苦労させられる。

 が、今回ばかりは俺も少しばかり責任を感じるからな。可憐なアンヌ嬢のためにもなんとかしてやりたりところだが。

 

 ミーアよ、遠くへ逃げ出してしまうような早まったことはしないでくれよ。

 

 頼むぞ!





ミーアさ~ん、出ておいで~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーアの失敗


ちょっと短め


 私は呼び出し主が気になるため、ギルドに寄こされた立派な馬車にこっそり便乗することにしました。

 

 黙って姿を隠したせいでドリスには悪いことをしました。

 けど変に感傷に浸って声をかければ、ろくなことにならないと相場は決まっています。

 

 騒ぎにもなるでしょうけど、後のことはもう知りません。

 どうせここには戻るつもりもないですし。

 

 

 馬車での私の席は、見晴らしの良い()()席です。

 

 ミーアの体の機能を極限まで落とし、さらにスライム体による光学迷彩で体を隠すことで、気配と視覚両方から見つかりにくくなるよう工夫しました。

 

 それに屋根の上って案外気付きにくいんじゃないでしょうか?

 わからないけれど。

 

 

 あのままギルマスについて行ったとしても、もしかすると問題は起こらなかったかもしれません。

 けれど、その逆も(しか)りです。

 呼び出し主が私の想像通りなら、素直について行ってまた前みたいに閉じ込められてはたまりません。

 

 ただ、好奇心を抑えることも出来なかったため、今こうしてここにいます。

 もちろん何かあれば自重なんてせず、全力で逃げ通す所存です!

 

 

***

 

 

 結果は予想通りでした。

 

 馬車は代官様の館へと向かい、そのまま広い敷地内へと吸い込まれていきました。

 ギルマスさんは私が居ないことで怒られちゃうかもしれませんね。

 

 ま、知ったことではありません。

 

 私は馬車から離れ、館の壁伝いに屋根に上がります。ギルマスの動向を探るため、久しぶりに目の代わりとなるスライム体を伸ばしますが用心のため、一つだけにしておきましょう。

 

 お貴族様の館だけに何があるかも知れませんし、出し過ぎは私自身の隙に繋がってしまいますからね。

 

 さて、馬車に乗っていた時同様、気配を消し動向を(うかが)うこととしましょう。

 

 

***

 

 執事らしき人に案内されて歩いているギルマスは、ギルドでの様子と違いかなり緊張しているようです。館の佇まいは前世での欧州貴族の館を彷彿(ほうふつ)とさせるもので、ギルマスの緊張もかくやと言ったところです。

 

 それにしても前から思っていることですが、人が暮らしていく中で、建物や道具、服装に趣味趣向、食事に至るまで……、人にかかわってくる様々なものが前世の物と似通ってくるのは必然と言うものなのでしょうか?

 

 私がこうして生まれ変わっていることも含め、とても興味深いです。

 

 

 とは言うものの、ギルマスの緊張はきっと私のせいに違いないですね。

 

 

 

 案内された部屋の中でギルマスともう一人、見覚えのある強面イケメンが話を始めました。

 アレが呼び出し主に違いなく、聞き取った会話から強面さんはソールバルグ卿ってことがわかりました。

 

 ちょっとハンバーグっぽいって思ったのはナイショです。

 

 あと二人居たのですが、その中の一人のせいで私はギルマスたちの話なんかどうでもよくなってしまいました。

 

 

 

「あ、あんにゅ……」

 

 

 もしかして……とは思っていましたけれど……。

 

 あまりにも久しぶりに見る、無知だった私にこの世界で生きるための知識を色々教えてくれたアンヌが居ます。

 

 何より私にずっと優しくしてくれた、大事な大事なアンヌが居ます。

 

 私の舌ったらずな口は相変わらず名前がちゃんと言えません。

 アンヌが聞いたら、ちゃんと言えるまで何度でも言わせられるかも知れないです。

 

 ほんとうに懐かしいです……。

 

 

 それがちょっとした隙を生み出しました。

 

 私のホッとした気持ちが、抑えていたミーアの魔力をほんの一瞬、普通だったら気にすることもないほどの一瞬だけ、けれど大きく漏らしてしまいました。

 

 

「誰だ!」

 

 

 うっそでしょ?

 

 強面イケメンさんがそんな一瞬の私の魔力に気付きました。

 私自身は館の屋根の上に居るにもかかわらずです。

 

 特に魔力測定の魔道具とか持っている様子もなかったのに……。

 

 ミーア、一生に何度目かの不覚です!

 

 

 もっとアンヌの姿をこの目に焼き付けて置きたかったのに~!

 

 さっきのアレに気付ける人です。ここに居続けるのはちょっとよろしくありません。

 残念ですが撤収です。

 

 っていうかあの強面さん、窓枠からにゅるりと侵入しているスライム謹製目玉を確実に認識してない?

 

 ヤバい、早く引き戻さなきゃ!

 

 

「風の尖刃、シャープエッジ」

 

 

 くぅ!

 

 スライム体を戻すタイミングが遅れました。

 

「あっ」

 

 視覚と音声の情報が途切れました。

 

 切断された……かな。

 

 

 遠くなり、長く伸びてしまっていることが(あだ)となり、反応が遅れてしまうのはどうしようもありません。魔獣と戦う時もこれほど伸ばすことはまずありませんし、目として使っているときにこんな素早い動きを必要としたこともありません。

 

 

 完全に油断していました。

 情けないです……。

 

 

 すぐ取り戻せれば別ですが、離れてそのままの状態が続けばいくら万能スライム体であっても、もう私の意志ではどうすることも出来ません。

 以前にもありましたが、魔力での繋がりがなくなったスライム体は、私という意志の下で連携していた命令がリセットされてしまい、その場にある()()()()()()になってしまうからです。

 

 そこにはもう自ら動く意志というものはありません。

 

 ただ、厄介なのがスライム体自身、微力な魔力を出しているのでなかなか死滅しないことです。

 

 ものの数十秒で伸ばしていたスライム体は戻って来ましたが、やはりちょっとだけ減っています。小指の先くらい、ほんのわずかな量ですが、それだけあれば二、三日は持つかもしれません。

 

 ごめんね私。

 でも、出来れば早く死んじゃってくれると助かるよ!

 

 

 

 おっと、のんびりしてはいられません。

 あのお貴族様なら、魔力の残滓(ざんし)辿(たど)ってここまで来てしまいそうで怖いです。

 

 一体どうやってぷにょや私の魔力に気付けたのでしょう?

 私のスライム体謹製魔力センサーみたいに魔力感知が出来たりするのでしょうか?

 

 

 アンヌとの再会も果たせず、ドリスやオルガとのお別れもしていませんが、このままの流れでこの町を出たいと思います。

 

 冒険者登録も結局できず、(こころざ)(なか)ばで残念ですが仕方ありません。

 

 

 とっとと撤収、撤収です!

 





なんておばかさん


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スヴェン、考察する


飛ばしてもらってもかまわんのだぞ?


 まったく、何だというのだあの幼子は。

 

 こちらが馬車まで送って会う段取りを整え、懇意にしていたアンヌまでこの場を訪れ待っていたというのに……、来ないばかりかあの騒ぎだ。

 

 そもそも俺たちの存在は幼子には伝えていなかったはずなのだが、まぁギルドでの状況を聞くに及び疑念に思うような事柄を多く与えてしまったのは仕方がない。

 

 アンヌは、あの幼子が隔離されていたことを忘れられず、恐れてしまい来ることを拒んだと思っているようだが、俺はそうは思わん。

 

 アレはそんな理由くらいで逃げ出すような弱い存在ではないことは明らか。

 

 あの幼子には何かある。

 

 只ならぬ魔力量や全属性持ち(オールエレメンター)である事実。異常な自然治癒を見せ、仮死状態からのよみがえりまでやってのけた。

 

 

 俺は考えを巡らせながらも、目の前の品を見る。

 

 一つはなんとも不思議で美しい色彩を放つ、虹色の魔石。

 もう一つは先日の騒ぎの中、わずかながら入手できた侵入者の遺留物だ。

 

 虹色魔石はミーアが魔力を込め創り出したという代物だ。

 これについての調査ももちろん進めなければならぬが、今はもう一つの方の正体が気になって仕方がない。

 

 侵入者の遺留物。

 まぁ侵入者と言葉を濁しているが、ほぼ間違いなくミーアであろう。

 

 代官の館でこのような非常識なことを仕出かすものは無教養で常識無しのあの幼子くらいしか考えつかん。貴族の館に侵入し、更には室内の様子を窺うなどという舐めたことをすれば、通常なら禁固十年は固く、場合によっては死罪すらありうるところだがな。

 

 遺留物は指で摘まめるくらいの小さなもので、あの時気付けたのはシャープエッジでなにがしか切断した感触を得ていたこともあるが、何と言ってもかすかに感じ取れる魔力によってだ。

 

 

 ――俺はヴィースハウン領内でも数少ない二属性持ちだが、そのことは秘匿していて、知られているのは風属性のみ。

 

 もう一つの属性についてはあえて公表はしておらず、知っているのは領主一族と我が親族、それに警備隊の副官二人だけだ。その副官らも強制誓約(ギアス)により守秘を徹底している。

 

 貴族には色々あるということだ。

 わざわざ公表し、自らの優位を捨てる必要はない。

 

 強制誓約(ギアス)を使えることで分かることだが、俺のもう一つの属性とは闇属性だ。

 闇属性自体も珍しいものではあるが、居ないわけではない。最たる例が冒険者ギルドのギルドマスターであるボリスだ。数少ない闇属性でしかも特級。

 

 この俺と同じだ。

 

 風属性では上級一位を得ているので、本来であれば特級である闇属性の方が等級は上なのだが、そこが上位貴族の面倒なところで、あえて周囲には伏せているわけだ。

 

 アンヌら無属性魔法士たちは魔導ボードを使い魔力の測定を行っているが、無属性はその特性上受動的であり、相手が自発的に魔力を放出するなり、受け入れる意思を示さないとその能力を発揮しずらい。

 それに対し闇属性は発せられた魔力はもちろんのこと、更には相手の意志にかかわらず懐深く探りを入れることすら可能となる。

 

 もちろんそれを行うには相応の等級も必要になってくるのであるが。

 

 何にせよ、闇属性は人の意志や魔力にかかわる能力を中心に発展してきた歴史があり、あまり快く思っていないものも多いと聞く。俺に言わせればどんな属性でも使う人間によって良くも悪くもなるのだから、区別するのも馬鹿らしいとなるのだが。

 

 所詮持たざる者の(ねた)みだな――。

 

 

 遺留物を見つけられたのはその闇属性ゆえのことである。

 

 もっと言えば俺の体に埋め込まれている魔道具のおかげである。俺にとっての魔導ボードの代わりであり、それにより漠然と感じられる周囲の魔力を、確たる情報として認識できるようになる。

 

 遺留物はそんな俺の体内にある魔道具の魔力探知網に引っかかった。

 しかも過去にも感じたことのある感覚を伴ってだ。

 

 

 死んだように眠っていたあの時のミーア。

 あの幼子から微弱ながら感じた魔力。それと同じものをこの遺留物から感じ取れるのだ。

 

 

 見たところ微妙に青みがかっているものの透明に近い。液体のようにも見えるが、流れ出すこともなく小さくはあるが不定形で歪な形を維持している。

 一見唾液などに見えなくもないが、代官(やかた)の客室に(つば)を吐くような愚か者はまさか居ないであろう。まぁ、普通に観察すればそれと違うのはすぐわかるが。

 

 時が経つとともにまるで水分が抜けていくかのように(しぼ)んでいき、直感的に不味く感じたため、つい(つつ)いてしまったのだが、その際指先からかすかに魔力が抜き取られる感覚を覚えた。

 

「ぬぅ、なんだこれは? まさかこれで生きているのか……」

 

 俺はそれに興味がわき、指先を遺留物にあて意識して魔力を送ってみたところ、萎んでいたはずのそれがじわじわとその(かさ)を戻し、見つけた時の状態に近いものになった。

 

「なるほど……、これは重畳(ちょうじょう)。魔力を与えることでこの状態を維持できるのであれば、虹色魔石同様、クリスティアンに調査させることも出来よう」

 

 思わぬ偶然の発見に我ながら感心し、俺にしては珍しく口角をあげ喜びの表情を浮かべた。

 

 気を失った時ですら全身から感じとれたミーアの魔力。

 その秘密の一端を知ることが出来るやもしれぬ。

 

 

 

 ミーアという幼子にこれといって悪意を感じることはない。

 無知ゆえの無礼な行動はあるのだろうが、それは教育次第でどうとでもなる。

 

 一度は不気味さゆえに隔離したわけだが、ここに至ればあの時のアンヌに感謝するべきか。

 

 間違ってもミーアを他派閥の貴族どもに渡したくはない。

 ましてや他領などもっての他だ。

 

 あの非常識で何を考えているかわからない幼子に、そうそう食指を働かせるものも居るまいが、虹色魔石のこともある。

 

 やはり早いうちに取り込んでおくに越したことはない。

 

 幸いあの幼子はアンヌにとても懐いている。

 アンヌは嫌がるであろうが是非とも協力してもらわねばな。

 

 

 何にしてもだ。

 ミーアが見つからないことには話にならぬ。

 

 

 まったく、悪いようにはしないというのに。

 俺の前に現れた(あかつき)には、その頭に拳の一つでも落としてやらねば気が済まぬというものだ。

 

 

 

 くく、誰かの養女にするのはどうであろうか?

 

 

 ヨアンあたり、面白いかもしれぬな。

 





次はミーアでますから……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アールヴ
ひまなミーアの行動計画



とりとめもなくグダグダなお話


「あ~、ひ~ま~」

 

 どうしましょう。

 暇です。

 

 町から出たのはいいものの、目的も何もなくただただ歩き、無為(むい)に過ごしてたらあっという間に七日も経ってしまったのです。

 

 代官様の館から逃げ出し、町の防御の要である外郭もさほど苦労することもなく外へと出てしまった私です。

 

 ああもた易く抜け出せるようでは、入るために色々苦労したことがとてもむなしく思えてしまいました。

 

 なんかこう、結界的なものがあるかもと無駄に用心しながら外郭越えした私が馬鹿みたいです。

 以前、警備隊の砦や野盗のアジトに閉じ込められた時には魔力を抑え込む魔法陣や結界などというふざけた仕掛けがあって、それから(のが)れるためにグロいことしたこともあり警戒したのですが、見込み違いもいいところなのです。

 

 きっと町全体を覆う、大規模な結界を張り続けるなんてことは不可能なんでしょう。

 

 そりゃそうです。

 町全体、しかもそれを通年だなんて、魔力がどれだけあっても足りないと思います。

 

 効果を得るにはそれなりの見返りが必要。

 都合よく町全体に結界を張り続けるなんてこと、出来るわけないのです。

 

 それにしたって、まぁ、ご安全に出られたのは大変結構なことなのですけれど……、ちょっとねぇ。

 

 

 それはそれで……、

 

 つまんない。

 

 

 などと贅沢な文句を定期的に思いながらも歩き続けてる私です。

 ただ、歩いてる場所は街道じゃなく森の中なんですけれど。

 

 いくら私が無計画で考え無しだとしても、さすがに人や馬車の往来が多い街道をのん気に歩いたりするわけないのです。

 

 ほんとですよ?

 

 あのお貴族様やギルマスから、いつ捜索の手が伸びて来るかわかりませんからね。

 

 これでも元日本人の()()()な中年サラリーマンだった男なんですから。

 警戒すべきときはちゃんと警戒する。

 

 そう、出来る幼女なのですよ、私は!

 

 

 ただ、人と関わる中で、おじさんアイデンティティが若干崩壊してきた気もしますが……。

 

 スライムっぽい体になって幾星霜(いくせいそう)、それでも前世の記憶なんてものが今もって残っているのはとても不思議ではあるけれど。

 

 それはまぁ考えても仕方ないことで。

 

 私が私であるのは間違えようのない事実なのです、はい。

 

 

 おっと、久しぶりに脱線癖が出てしまいました。

 

 そうそう、警戒しなきゃって話でした。

 何にしろ面倒な人たちに見つかるのは面倒くさいので工夫しました。

 

 見つかるとすれば、何が原因なのかと考えればやっぱ魔力に行きつくわけです。

 私の場合、ミーアの魔器官が最大の魔力発生源なわけですが、スライム体からも魔力が出ているので注意が必要です。

 

 ミーアの魔器官はギルドで他に類を見ないくらいに発達していると言われたくらいなので、対策しなければここに居ますって積極的にアピールしているのと変わりないです。

 

 だからやったことはミーアの魔器官の活動を最小限に抑えることです。気配をなくすために今までに何回かやってることなので全く問題ないです。

 

 対するスライム体の方は、ミーアの体に浸透しているものとスライム脳が主な魔力発生源になるのでしょうけれど正直詳しいことは私にもわかりません。

 魔力測定の結果にしても、あれは全てミーアの魔器官からのもので、そこにスライム体の魔力を示す情報は何ら出ませんでした。なぜ言い切れるのかは感覚的なものなので説明は難しい……。

 

 魔力が微弱ってことはないと思うのですけれど、測定結果に出ないのは何とも不思議です。

 が、ミーア的にはその方が断然都合良いので秘密なのです。

 

 にもかかわらず、あの砦のお貴族様にはなぜかばれてしまいました。

 驚いて一瞬漏らしてしまったミーアの魔力はすぐに抑え込んだわけで、あの人はほんと、どうやって伸ばしたスライム体の存在に気付き、かつ切断までやってのけられたのでしょう?

 

 ふう……、これは今悩んでいても解決できるものでもないし先送りです。

 検証できるような事態になっても困りますから現状維持が良いですね。

 

 

 

 魔力と言えばもう一つ。

 

 森の中は危険がいっぱい、準備もせずに森に入るなとはよく言われることですが、ミーアの魔力を抑えたことで魔獣から襲われることはほぼ皆無となりました。

 

 

 とてもつまらないです。

 

 

 このままでは退屈でだめになります。

 このままでは湖にいた時の暮らしと変わらなくなってしまいます!

 

 それでふと思ったのですが、ミーアに入る前、湖で過ごしていた時の私は他の生き物に襲われることはまずありませんでした。

 まぁ湖に同化しているかのごとくなスライムっぽい生き物だったわけですし、襲いようもなかったかもしれませんが……。

 

 それはともかくとして、そもそも魔器官をもつ生き物が湖には居なかったわけで……、スライム体なんて魔器官どころか何の臓器も、核となるものすら存在しないわけで……。

 

 うーむ、私って一体?

 

 前世の記憶から勝手にスライム体って呼んでますが、実際のところ私自身が私のことを全然わかっていません。

 

 

 それにあの湖自体も不思議なところです。

 まだまだこの世界は知らないことでいっぱいです。

 

 

 あ、だからと言って調べて回って解明したいなんて殊勝なことを言うわけではないですよ。

 ただ楽しめればいいのですから。

 

 

 それを踏まえ、暇を逃れるための行動方針として、『領都に向かい新たな出会いを求める』か、『人を避けつつ冒険の旅に出る』か、あるいは、『樹海経由で湖に戻る』、そんな選択肢が考えられます。

 

 とりあえず。

 

 湖に戻るのはないですね。

 一番つまらないです。

 

 領都に向かうのはいいですが、当分人とは関わらない方が良いでしょうし……。

 

 消去法で人を避けつつ冒険の旅で決定です!

 

 

 とりあえずね。

 くどいね。

 

 

 そういえばワイバーンの魔器官はまだ吸収できていませんし、それを目的の一つにするのもいいかもしれません。

 

 

 

 

 ところで、話は思いっきり変わりまして、ぷにょ収納のことなのですが。

 

 ぷにょだけに体から離すことが出来ないのが難点だったのですが、その点も魔石に魔力を込めたことがヒントになり解決出来ちゃいました!

 

 そう魔石です。

 

 まず自分の魔力を魔石に十分に注ぎ込み、虹色化した魔石つくりま~す。

 虹色じゃなくてもいいのですけれど虹色になっちゃうから仕方無いのです。自分の魔力っていうのが大事なところです。

 

 それをぷにょ収納に放り込みま~す。

 

 するとあら不思議!

 私から完全に分離しても、ぷにょ袋は死滅することなく存続することが出来たのです!

 

 虹色魔石の魔力が続く限り、スライム体の生命維持と行動プログラムの維持が共になされるので、一見すると普通の皮袋のように使うことが出来るわけなのです!

 

 ミーアやっぱり天才じゃないかしらん。

 

 これでどこへなりとも置いておけるようになりとっても便利です!

 

 背負い袋を持てないときは、かっこ悪いですけど紐付きミーアになって体から直接出し入れするってことをしなければいけませんでした。

 それはそれで、某青いネコみたいに究極便利なんでしょうけれど人前で使いにくいですし、あまりに不気味です。

 

 ふふ~ん、これだって改善できました。

 

 魔石利用の副次効果として、虹色魔石を収納したい品と一緒にしておけば、それを目印にスライム奈落から探し出し、取り出せることに気付いたからです。

 

 あまり多くなるとどれがどれって覚えておくのが大変なのが玉に瑕(たまにきず)ですけれど。

 ほんとに大事なものは直接ミーア自身にしまっておきたいと思います。

 

 何よりミーア自身に入れておけば魔石の魔力は尽きることがないので永久保存できます!

 

 

 

 なんか、ミーア自身に入れるって……。

 ちょっとエロいなって思えるのは私の心がおじさんだからでしょうか?

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 はい、それではそういうことでっ!

 

 

 旅を続けていきたいと思います!

 





いけ~!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アールヴ


またキャラが……

作者大丈夫か!


(あるじ)フィーラヴの支配精魔域(サンクチュアリ)が失われて久しい。このようなこと代々この地に居を構える我らアールヴの記憶魔石(メモリアラピス)にも記されておらん、どうすればよいのか……」

 

 じじ様が神聖にして崇高なフィーラヴ湖を前に、もう幾度目になるかわからない(なげ)きの言葉を漏らした。

 長い耳が垂れ下がっていて、見た目にも元気がないことがわかりこちらまで悲しい気分になってしまう。

 

 アールヴの民は女神フェリアナがこの地を統べさせるために作られた気高い貴人種であり、現在栄華を極めている俗な種族、汎人(はんじん)族が繁栄するよりもはるか昔よりこの地にあった……と常々族長であるじじ様に聞かされてる。

 

 ちなみに汎人族って言い方はアールヴ側がそう呼称してるだけで、彼らを前にしてそれを言えばどうなるか……想像に難しくない。

 

 アールヴ族の現状はその汎人族に樹海にまで追いやられた、あと数世代もすれば誰も居なくなるのは間違いない絶滅まったなしの弱小種族で、魔獣ひしめくこの樹海で僕らが生き延びることが出来たのはひとえにこのフィーラヴ湖があったゆえなんだって。

 

 その理由の一番は魔器官を持った生き物が存在しない不思議な湖ってこと。

 

 この大地には至る所に大きな角や牙が特徴となる、極めて好戦的な魔獣が数多く生息しているけど、それをものともしない大多数を占めるのは角や牙のない普通の動物たち。

 

 だけど、そんな動物たちにも魔器官は存在してるんだ。

 じじ様に言わせるとその機能は魔獣に比べれば著しく劣っていて、弱い魔力は生命を維持するくらいがちょうどのものらしい。

 

 それは汎人族にも言えることで、彼らはこれ見よがしに魔法を使うけど魔獣みたいな角や牙はない。

 弱い魔器官を詠唱したり魔石を使ったりすることで誤魔化してるんだ。

 

 僕らアールヴは違った。

 おでこの左右にある短いながらも存在感をしめす角に、とんがった耳。

 

 発達した魔器官による強い魔力を武器に、詠唱なんかせずとも言葉一つで魔法に繋がり、華奢な体付きをものともしない身体強化だって得意で、魔獣とだって対等に戦うことが出来たんだ。

 

 汎人族みたいにすぐ魔力切れを起こして戦えなくなるなんてこともない。

 そりゃあ、アールヴも生き物だから無制限ってわけにはいかなかったけどね。

 

 そんなアールヴ族だけど、いくら個人が強くても限界があるわけで、汎人族の数の暴力には屈する他なく、だんだん魔獣の領域であるヴィーアル樹海方面へと追いやられてしまったんだって。

 

 樹海をさまよい、なんとかこの崇高なる湖にたどり着いたときには百人にも満たない数しか残っていなかったらしい。元の集落では五百人くらいの人口があったらしいから、当時の過酷さを思うと悲しくなってくる。

 一族の集落は他にもあって、それなりの数は居たらしいんだけど、そちらがどうなったか連絡を取る手段もなく、最悪僕たちが最後の生き残りって恐れもあるらしい……。

 

 湖で長年暮らす中、今では人口も二百人に届きそうなくらいにまでなったんだけど、そうなるまでには苦労も絶えなかったみたい。

 

 一番の問題は血が濃くなりすぎて生まれながら病弱な子供が増えてしまったこと。死産も多くなってしまい、更には子供を産める女の人の数も減っていき……、このままではアールヴ族の命脈が尽きてしまう。昔の長老たちは追いつめられ苦肉の選択をしたらしい。

 

 やったことは汎人族の村から若い女の人に()()()()()、アールヴの子を産んでもらう選択をしたってこと。

 産んだ子供はアールヴの方が優性? というものらしく、必ずアールヴ族の特性を持って生まれてくるということで、それはつい最近まで続いていたんだ。

 

 汎人族、それにアールヴ族も、生きていくためにはきれいごとだけじゃ済まないってことなんだよね。

 

 

 だけど長く続いた取引もつい先ごろワイバーンを使役していたアールヴの闇魔法士が儀式を失敗し、ワイバーンに食い殺されてしまったし、送り出す汎人族の村もワイバーンに襲撃されて壊滅したらしい。

 

 二者の間にどういう取り決めがあったのか僕は聞かされてないけど……、因果応報ってこういうことを言うんじゃないかな?

 

 

 それはともかく……、

 

 

 年を重ね繰り返していけば、死亡率が減るのと裏腹にアールヴの特性はどんどん弱体化していったそうで……。

 

 今ではここに移り住んだ当時のアールヴ族の、半分の力を出せればいいところまで能力が落ち込んでしまったんだって。

 アールヴ族は長命で、能力比べを世代間に渡って比較することも頻繁に行っていたため、皆がその事実を重く受け止めている。

 

 けれど、それはもう止めようもない現実なんだ。

 

 今年で十四歳になる僕だってそう。

 

 僕の実力は、母様(かあさま)いわく、汎人族より少し強い程度のものでしかないらしい。

 

 魔法も詠唱しなければ使えない。

 身体強化も汎人族よりは長く全身に渡って使えるものの、昔のアールヴみたいに一日中というわけにもいかず、一刻半がせいぜいといったところだし……。

 角だって耳だって目立たないくらいに控えめなとがり具合だし……。

 

 まぁそれでも自慢できるところだってあるけどね。

 

 

 ちなみに母様はアールヴ族だけど、この集落に純粋なアールヴ族はすでに存在しないんだって。

 長い年月で血が混じり、純血種が絶えて久しいらしい。

 

 きっとあと数世代もすればアールヴ族は完全に失われてしまうのかもしれない。

 

 ま、とは言ってもアールヴの寿命は最低でも二百歳は下らないんだし、じじ様なんて三百二十歳でまだまだ元気だ。

 

 そんな心配、僕がすることじゃないよね。

 

 

 弱体化著しいアールヴ族だけど、それでもこのヴィーアル樹海で生き抜いてこれたのはフィーラヴ湖があったおかげなんだ。

 

 じじ様はそんなフィーラヴ湖から(あるじ)フィーラヴの気配が無くなったと言ってるんだ。

 

 フィーラヴ湖に魔獣、そもそも魔器官がない生き物しかいないのは主が居たおかげなんだそうで、魔獣は湖に入ることを極度に恐れるため湖岸で過ごす僕たちは魔獣に必要以上の警戒をすることなく安全に過ごすことが出来ていたんだ。

 もちろん魔器官を持つ僕たち自身も湖に入れば急激に魔力が抜ける感覚に襲われるため、水に入ることは禁忌だし、一人での行動もしてはならないと叩き込まれている。

 

 とは言ってもすぐに死んじゃうって訳じゃないし、魚とかたくさん取れるから対策したうえで漁はきっちりやってるんだけどね。

 

 そんな湖から主が居なくなった。

 

 主がいつからこの湖に居たのかは長老たちも知らないんだって。昔、アールヴ族がここにたどり着いた時にはすでにこの状態だったらしいから。

 

 主のいた湖のことをじじ様たち長老はフィーラヴの支配精魔域(サンクチュアリ)って呼んで尊んでいたけど、それが無くなっちゃった。

 

 

 この先どうなっちゃうんだろ?

 





面倒くさい世の中です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーア、行先混迷しその後……

 一人っきりの旅暮らしに戻ったスライム娘、ミーア()()……です! 

 

 ワイバーンってどこに行けば会えるのでしょう?

 私にわかるワイバーンポイントと言えば、アンヌと出会ったあの場所くらいしかない。

 

 う~ん、あそこに行くのはねぇ……っていうか、あの場所って正確にわからないんですよね。

 嵐にもまれて流れ着いたところだし、知らない間に例の砦に運び出された訳だし……。

 

 まあ、とは言ってもおおよその場所はわかるのですが……うん、戻るのは無しでしょうか。

 とりあえず海岸線が見えるルートで適当に魔獣を狩りながら旅をするって感じで行きましょう。

 

 ここの地形の断崖絶壁ぶりは相変わらずなので、街道を外れた森の中を行きつつ、海岸線が見えるところがあれば確認する感じで行きます。

 

 もうね、道なき道を踏破していくのはこりごりなのですよ。町暮らしで楽を覚えたスライム娘のスライム脳から、苦労と言う言葉は抹消されております。

 幸いワイバーンの魔力は一度体感しているのでその辺も探りつつ、楽をしながら進めていきたいと思います!

 

 

 

***

 

 

 だめじゃないですか!

 

 私は圧倒的に選択ミスをしました。

 街道沿い、しょぼい魔獣を狩りながら海岸線を確認しつつ、歩みを進めること二日ほど。

 

 なんということでしょう、向こう岸がだんだん遠のき(かす)んでいきます。

 

 そうです。

 

 海峡の幅がだんだん広がり、樹海が広がる向こう側は随分離れてしまったのです。

 いくらワイバーンが飛べるとはいえ、あいつらはあまり長距離を飛べる生き物じゃないのです。(たぶん)

 

 もちろんこちら側に巣作りしてる個体もいるかもしれませんが、対岸からの飛来の方が多いのは必定!

 離れてしまっては出会う確率が減ってしまうじゃないですか。

 

 

 うーん、どうしよう。

 ワイバーンをあきらめてこのまま先に進むか、はたまた、あの村方面に戻るか。

 

 何をするってわけじゃないからどっちでもいいといえば、いいんだけど。

 

 むぅ~。

 

 決めました。

 やっぱ戻ってみましょう。

 

 先に進めば領都とやらに近づいていくことになります。人里も増えていくし、きっとお貴族様もいっぱいいるでしょう。

 

 人が増えれば警備隊の砦とかも多くなり、面倒ごとに遭遇する確率が倍々で増していきそうです。

 

 どんなことになってもどうにか出来るとは思いますけど、触らぬ神に(たた)りなしですね。

 

 

 決めてしまえばあと行動あるのみ。

 ちょっと楽をしたいと思います。

 

 街道を戻っていく方向に走る馬車を見つけ、その天井に便乗させていただこうと思います。

 天井はミーアの指定席ですからね、いつも空席で待ち無しなのです!

 

 

***

 

 

「困ったもんさ、至る所で検問をやられては荷の引き渡しに遅れちまうってのによぉ」

 

「そのたびに待ちの渋滞が起きるからな、半刻、へたしたら一刻以上待たされるのもざらだってよ。いつまで続けるのかねぇ?」

 

 乗り込んだ荷馬車の天井席でごろりと横になり、澄み渡った青い空に流れる雲を気分よく眺めつつぼーっとしていたら、中の会話がスライム地獄耳に入ってきました。

 

 検問……ですか。

 

「聞いた話だと、ソールバルグ公と派閥貴族が治める町や村の通行門は一斉にやってるらしいぞ。ギルドも巻き込んでるし、他にも街道で抜き打ちでやってるところもあるとか。一体なにがあったのかねぇ?」

 

「検問やりだしてもう七日以上経つがなぁ、まだ探してるもんが見つからないんだろうさ。門番にちょこっと()()()聞いたんだがな……、探してるのはちいせぇ子供らしいぜ。それも女児だ。お貴族様やギルドが総出で探すなんざ、そのガキにいったいなにがあるのやらだ」

 

「ほ~、女の子供ねぇ。ガキ一人にお貴族様がそれほどの労力かけて探しまわるたぁただ事じゃねぇな。これで変な趣味の為っつうんじゃ(たま)ったもんじゃねぇが……、んなこたぁねぇか、カハハッ」

 

 

 な、なんですと!

 

 な、なにそれ、今のって絶対……私のことだよね?

 

 まじですか~。

 あのお貴族様、そこまでするんですか!

 

 く~~、あのまま街道沿い進んでなくて良かった~。

 っていうかこの荷馬車もこのままだと危険!

 いくら気配を消して光学迷彩で姿を消していてもどこからばれるかもしれません。

 

 あの強面イケメンお貴族様みたいに……。

 

 

 けっこう距離も稼げたし、ここからはまた森の中を行くこととしましょう。

 楽をしながら旅しようって思ってたのに、結局こうなっちゃうのですね。

 

 

***

 

 

 海峡の幅もだいぶ狭くなってきて、目の前の風景に記憶と重なるところがあるように思えてきたころ、その魔力を感じました。

 

「みぃつけた~!」

 

 野生のミーアのスライム謹製魔力センサーにビンビンに感ありです!

 ワイバーンさん、どうやらこちら側に巣を作ってるみたいで、少なくとも六頭の感があります。

 あの村を襲ったワイバーンもあの中に居たりするのでしょうか?

 結局あの後どうなったのか私は知らないんですよねぇ。確か十三頭いて半分以上はやっつけてたと思うんだけど……、どうなんでしょう?

 

 私は感知した魔力目指して歩みを早めますがそこは人の踏み込んでいない森の中、少々手こずってしまいました。場所によっては草原に低木が所々生えてるくらいの開けた場所とかもあるんですが、ここは最後まで樹々が生い茂っていて鬱陶(うっとう)しいったらない。

 

 ついでに魔獣もでるよ!

 

 けれど苦労の甲斐あって、やっと確認できるところまで到達できました!

 ワイバーンが居るところからは少し離れた崖の淵で、海面からだと五十メートルはありそうな高さです。落ちたら余裕で死ねますね。

 

 崖には筋状の裂け目が幾重にも走っていて、そんな中にはワイバーンが潜むのにちょうどよい段差や深さが付いた場所もあるようで、ニケ所ほどで営巣してるみたいです。

 

 それぞれの巣に一頭が籠ってて、まず二頭。

 上空を旋回しながら飛んでるのが二頭。

 巣の脇で羽休めしてるのが二頭で、合計六頭。スライム謹製魔力センサーはばっちり正確です。

 

 さてどうしましょう。

 全部やっつけるか、おびき出して一頭だけにしておくか。

 お肉を頂かなければいけないので、火や氷なんかの魔法はご法度ですね。

 

 でもおびき出すって言ってもねぇ。

 都合よく一頭づつ来てくれるものでしょうか?

 

 面倒です。

 

 とりあえずこちらに気付いてもらいましょう。

 その後どうなるかは出たとこ勝負です。

 私はずっと気配を消すため抑えていたミーアの魔器官の活動を全開にしました。

 

 更に抑えていた体の活動も全力全開、身体強化も行けるとこまで行っちゃいます!

 

「うにゅにゅわ~!」

 

 ここまで全開にしたのはめちゃ久しぶり……、いえもしかして初めて?

 つい変な声まで出てしまいました。

 

 ついでに浸透させたスライム体自身の魔力もがっつり引き上げます。

 

 ふふ、スライム体はミーアの体以外の謎空間にも今やとんでもない質量になって存在しているのです。長年色々吸収してきた賜物(たまもの)、私にだってどれだけあるなんてはっきり言えやしないのです!

 

 

 身体に力がみなぎります。

 

 ぬ?

 

 なんだか体が薄っすら青白く透けて、しかもぼやっと光って見えるのは気のせいでしょうか?

 

 ま、いいか。

 

 

 さてワイバ……、

 

「うっわっ」

 

 目の前が暗くなったかと思えば、大きな鉤爪(かぎづめ)が私の頭を掴もうと迫ってます!

 

 わわ、ワイバーン!

 

 はっや!

 

 さすが野生、魔獣の反応早すぎです!

 とっさにしゃがんでそのまま前にぴょ~んと飛び出しましたが、私馬鹿?

 

 そこには何もないでしょうが~!

 

 

「うっそぉ~~!」

 

 

 落っこちました。

 

 

 けど落ちていく感覚は、胸やお腹から伝わってきた痛みの感覚と共に、あっさり去りました。

 

 はい、ワイバーンの鋭い鉤爪で、バタついてたローブや服に半ば引っ掛けるようにして確保されてしまいましたとも!

 華奢なミーアぼでーを両足で容赦なくぎゅうぎゅう締め付けてくれるワイバーン。鉤爪がこれでもかと食い込んできます。

 

「こら、は~な~せ~!」

 

 私はまさかの展開にちょっと焦ったもののここは冷静にならなくてはいけません。

 

 食い込んだ爪で普通なら皮膚がさけ、血だらけなっていてもおかしくないはずなのですが、擦り傷一つなさそうな青白く透けた肌は淡い輝きを帯び、何とも幻想的な(おもむき)をもたらしてます。

 

 これは浸透したスライム体がめいっぱいの魔力で満たされたせいなのでしょうか?

 

 まぁそんな考察は後にして、ワイバーンさんはとっとと私に吸収されちゃってください!

 

 ミーア対六頭のワイバーン。

 

 始まります!

 






どこの魔砲少女かw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海上ワイバーン戦





 私をしっかり両足で掴んだワイバーンは大きな翼をバッサバサと羽ばたかせ、ある一点目指して飛んでいます。

 

 はい、言うまでもなく巣に向かってますね!

 

 私のこと完全にエサ扱いしてますよ、この空飛ぶトカゲちゃんは!

 でも私は素直に食べられてしまうような、やわなスライム娘じゃないのです。まぁスライムはやわやわですけどね。

 

 小さなミーアの体は腕ごとワイバーンの足に拘束されてて身じろぎするのにも一苦労です。でもそれが何だというのでしょう?

 

 スライム娘たる私にそんな拘束は無意味!

 ここは豪快に全身からスライム大放出です!

 

 私の体から放射状に放出されたスライム体は、まるで水面に水滴が落ちた時に出来る王冠のようにするりと滑らかに広がりつつ、急激に上へと伸び上がっていきます。

 その範囲は優にワイバーンの広げた翼までも囲える大きさになりますが、さすが野生、気付いたワイバーンはすかさず急上昇に転じます。

 

 でもざ~んねん、やっぱオツムもトカゲ並みです。

 私掴んだままじゃ意味ないんだよ~!

 

 スライム体から成る王冠がワイバーンを越える高さになったところで内側に向けその壁をなだれ込ませます。

 スライム体に全身覆われたワイバーンは慌てふためき羽ばたきを強め、スライム体から逃れようとしますがこうなってはもうジ・エンドなのですよん。

 

 でも不思議ですね?

 

 拘束してスライム体もどんどん体積を増していて、羽ばたきも満足に出来なくなってるのに……、なぜか落ちないのです。

 そもそもこんな大きな体で、しかも私も掴んだまま、大した羽ばたきもしないで空を飛んでいられるなんて、滑空をしていたとしてもありえないです。

 

 やはり空を飛ぶための補助に魔力を使っているに違いありません!

 

 なんて余裕ぶっこいて考察してたらワイバーンから魔力の高まりを感じ……、

 

 ヤバいと思った時にはもう遅かったです。

 

 半ば強引にワイバーンはファイアーブレスを放ちやがりました。

 満足に口も開けない状態にしてあげていたというのに、それでも放ってくれたのです。

 

 敵ながらあっぱれ!

 

「くぅ~」

 

 口を犠牲にしながらも放ったファイアーブレスのせいでスライム体が少し蒸発してしまいました。さすがにワイバーンのブレスには耐えきれませんでしたね。

 

 私の一部よ、安らかに眠って。

 

 ワイバーンはそのブレスを最後に急激にその動きを弱め、とうとう落下し始めました。

 私は気にせず、息も絶え絶えになってきたワイバーンへスライム体を浸透させていきます。もちろん狙いは魔器官さんです。お肉も吸収しつつしっかり頂きたいと思います。

 

 こんなことを普通に当然のごとく行っている私は、やっぱり人との暮らしなんて無理だったのかもしれません。

 

 っと、烈しい衝撃が来ました。

 

 海に落ちたようです。

 盛大に水しぶきが上がり、それが収まったころには大きな姿はすでにありません。

 

 私に完全に包まれ色々吸収されてしまったワイバーンは既にこと切れていて、深い海の底へとどんどん沈んでいきます。この先はお魚のエサとなる余生を送ることでしょう。

 

 ああ、死んでるので余生じゃないね。すまない。

 

 魔器官の吸収を終え、沈みゆくワイバーンから離脱した私は、スライム体を海面で(はす)の葉のようにテーブル状に広げ、その上に立ちあがります。

 空を見上げればワイバーン達が三頭、小さく旋回しながら耳が痛くなるくらいの大きな鳴き声をあげ、こちらを威嚇してきます。

 

 その鳴き声が悲しそうに聞こえたのは気のせいではないでしょう。

 でも世の中は弱肉強食。あなたたちもさんざんやってきたことなのです。

 

 私に慈悲などないのです!

 

 などとちょっとだけ感傷にひたっていたら、ワイバーン達三頭が一斉にファイアーブレスを放ちやがりました。

 

 息ぴったりかいっ!

 

 まじか~。

 でもこっちだって負けないっ、迎え撃って相殺、いや、逆襲してあげよう!

 

(ほとばし)れ炎熱の奔流、エクスプロ~ジョンMAX!」

 

 迫りくる三条のファイアーブレスに向けすかさず放ったとはいえ、後手に回ってしまうのはどうしようもなく、互いの炎がぶつかり合った時にはすでに眼前近くまで到達していて、それは化学反応を起こしたかのように一瞬にして超高温の火球と化しました。

 

 火球の周囲はとんでもない温度にまで上昇し、とっさに身に(まと)ったスライム体のみならず周囲の海水までもが凄まじい勢いで蒸発し、生まれた水蒸気で視界が遮られるほどです。ミーアボディもその影響を少なからず受けているに違いないです。

 

 魔法で防御する余裕など微塵(みじん)もなく、今までのスライム生の中でも一二を争うダメージを負いましたが、長かったようで実際は瞬きほどの出来事でした。

 

 私はそんな中でも放った魔法への魔力供給を続けきりました!

 

 炎熱の奔流はファイアーブレスとぶつかり合って尚、勢いはとどまらず、上空のワイバーンまで一気に到達し、そのまま三頭を飲み込みます。

 

 それに構わず更に上へと伸びて行く白熱の炎を見て、ようやく私は魔力の供給をやめました。

 

 熱さの余韻が未だ残る中、三頭のワイバーンの姿は空のどこにもありません。

 超高温の炎に巻かれれば、さしものワイバーンといえども跡形もなく……、この世から消え去ってしまうこととなったのでした。

 

 残すは巣に籠ってたワイバーン二頭のみですが……、

 

「あ~、居ないねぇ」

 

 視線を巣の方に送ってみれば、そこは既にもぬけの殻でした。戦ってる間に逃げちゃったみたいです。

 

 要領いいです。

 

 というかいつの間にか随分沖の方に流されていて、岸壁の巣を確認するのも大変でした。

 身体強化していなければ見えなかったでしょう。

 

 

「ま、仕方ないけど……」

 

 

 ここでようやく全身のスライム体に満たしていた魔力をおさめます。淡い輝きを帯び、透けたように見えていた青白い肌もいつもの様子に戻っていきました。

 

 驚いたことに肌に火傷を負った跡もなく、不健康そうな見目ではあるものの綺麗なままで健在でした。

 痛みを痛いという記号でしか認識していない私は、身体のダメージに無頓着でしたので今ようやく気付きました。

 

「火傷……、すぐ治っちゃったんでしょうかね? 髪の毛も焦げてチリチリになっててもおかしくないんですけど、無事のようですし……」

 

 腰まで伸びた薄紫色の髪を首筋から前にたぐり寄せ、確認してみればいつも通りのサラサラ髪が手のひらから零れ落ちて行きます。

 アンヌやドリスがそばに居ない今、私の髪の手入れは誰もしてくれないので、(まと)めることもなくストレートで伸ばし放題となっております。

 

 自分で手入れするのも面倒くさいし、普段はローブのフードを被ってるから問題ないのです。ツインテールはバランスがむずいし、ポニーテールも髪質のせいか、私のまとめ方が悪いのか、すぐほどけてばらけちゃうのですよ。最初はがんばったんですよ? 私だって。

 

 

 どうでもいいですね。

 

 

 とりあえずまた海で流される羽目になりました。

 前と違ってスライム体謹製(はす)の葉ボードに乗ってるので、まだらくちんですが……。

 

 水の中でも問題ないとはいえ、前もこうしていればよかったですね。

 あの頃の私はまだ若くて無知でしたから仕方ないです。

 よく泳いで渡る気になったものです、バカでしたね。

 

 ほんの二ケ月くらい前? の出来事なのにはるか昔のように感じます。

 

 

 どんどん岸壁から離れて行きます。

 もう今さら戻るのも億劫(おっくう)です。

 

 そうですねぇ……、荷馬車で盗み聞いた話のこともありますし。

 しばらく樹海暮らし、いえ、いっそ帰郷するのもいいかもしれません。

 

 なんのかの言ってもあの湖でぷかぷかふわふわしてた頃が一番の平和な時代でしたから……。

 

 

 どうせすぐ飽きちゃうでしょうけど、それまで里帰りすることにいたしましょう!

 





これも運命……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーアの真実


能書き多くてすみません

野郎しかでなくてすみません


「ご報告が遅れてしまったこと、このクリスティアン、心よりお詫び申し上げます」

 

 俺の目の前でゼスチャー交じりの大げさな謝意を見せる長身痩躯の男は、我が隊の魔法士であるレナートの父親であるダール伯爵だ。

 ダール伯爵家は魔法技術の発展に寄与することで、ヴィースハウン領主より古くから領都の貴族街の一角に館を構えることを許された魔導貴族であり、領地は持たないものの領都においては一目置かれている存在だ。

 

「ああ、久しいなダール伯爵。変わらず息災のようでなによりだ。手短にいきたい、早速わかったことを聞かせて欲しい」

 

 全属性持ちの幼子ミーアが創り出した虹色魔石。レイナール子爵館への侵入犯から刈り取った遺留物……こちらもミーアの物に違いないと(にら)んでいるものだ。

 それらをクリスティアンに託し、いかなるものなのか精査させていたのだが、その結果がまとまったという魔伝書簡(マナエピスル)を受け、自ら伯爵館に乗り込むに至ったわけだ。

 

「ずいぶんと気が急いてお見えのようだ。わかりました、早速ご報告させていただくとしましょう」

 

 重厚な(おもむき)のテーブルセットに勧められるがままに付けば、そこには幾つかの魔道具が用意され、その脇に置かれたガラスの器には起毛された織物が敷かれ、その上に虹色魔石が乗せられている。

 虹色魔石はミーアが姿をくらますまでに十四個創られ、そのうちの八個をギルドよりもらい受けた。その中から、クリスティアンには四個渡したのだが、さてどのような調べとなったのか。

 

「虹色魔石の精査を進めた中でわかった特性として、まず汎用性が恐ろしく高いということです。属性にとらわれない使用が可能で、いかなる魔道具においても使用可能でありました。また道具や武器への魔法属性付与(エンチャント)においてもその汎用性がいかんなく発揮され、それ一つで複数属性への対応が可能なのです。これは素晴らしき特性です。更に付け加えるならば、属性付与された武器等を使うことにより、その属性を有していないものであっても……」

 

 クリスティアンめ、置かれていた属性に統一性がない魔道具と、虹色魔石で実演しながらそれについて語るうちにどんどん饒舌(じょうぜつ)になっていくぞ。

 

 だがそうなるのも頷けるほど、虹色魔石の秘めたる可能性は高い。

 

 であるのだが……、

 

「わかったわかった。虹色魔石について短時間での精査、大変ありがたく思っている。詳細については書面にまとめて、報告をあげてもらいたい。だが今は遺留物について知りたい。そちらについてはどうなのだ?」

 

 俺が最も知りたいのは遺留物についてなのだ。

 

「なるほど、そうでしたか。もちろん調べております。こちらについては虹色魔石以上に興味深い結果が出ておりましてな、調べが進むにつれて、それはもう……」

 

「クリスティアン! わかったゆえ、報告をたのむ」

 

 まったく。いいから早く報告するがよい!

 

「ええ、ええ、わかりましたとも。では遺留物ということで渡されたものについてですが。結論から申し上げると、こちらは先代ダール伯爵である私の父より聞かされた『魔喰いの精霊』が住まうと呼ばれる湖由来のある物の組成とよく似ております。いや、そのものと言って良いかもしれませぬ」

 

 なんだそれは!

 

 また想像の埒外(らちがい)の話が出て来たぞ。

 思わず突っ込みを入れたくなったが、気持ちを抑え話を聞くことに努める。

 

「その湖と言うのはスヴェン様がご存じであるかどうか知りませぬが、ヴィーアル樹海の奥深くにある湖のことを言います。残念ながらその地に行ったことはありませぬが、数代前のヴィースハウン公がアールヴ征伐(せいばつ)を押し進める中、追いつめられた一部少数のアールブ族が海峡を渡りヴィーアル樹海の奥地へと逃げ延びたそうで、それを追った精鋭部隊が行き着いた場所がそこだったのです」

 

 アールヴ征伐の話は、俺も習った記憶がある。

 

 アールヴ族は額に角のあるその見た目から、魔獣との混じり物との(そし)りを受け、弾圧された種族で、魔法に秀でたものたちだったそうだが。

 

 当時も今と変わらず魔獣の領域であるヴィーアル樹海に精鋭部隊とは言え、追跡に貴族の子弟を送り込んだことで相当揉めたようだ。

 何しろ百五十人からを送り出し、生還したのがたったの二十人ほどだったとか。しかも追いつめたと言えば聞こえはいいが、実態は双方傷み分けの厳しい戦いだったらしく、逃げ帰ってきたと言うのが本当のところらしい。

 

 まあ、これは表には出せない話だが。

 

 アールヴ族に関してはそれを境に征伐の機運は一気に下がったようだが、その頃にはヴィースハウン領どころかフェイロー大陸全土においてさえアールヴ族の姿を見ることはほぼ無くなっていて、それはもうそうなるしかないだろう顛末だった。

 

 アールヴ弾圧を良しとしなかった何処(どこ)ぞの国において保護区があるなどという話を今も聞くが、確認出来ているわけではない。

 

 

「ほう、そのような奥地にある湖か。しかも魔喰いの精霊とはまた眉唾(まゆつば)な。どういった経緯でそう呼ばれていたのだ?」

 

「そう思われるのはもっともなのですが、これは確固たる事実に基づくもの。実は精鋭部隊の生き残りに当家の者もおりまして、その湖での体験を当時の当主に語り、また証拠の品として水筒にその湖の水を入れ、持ち帰っていたのです」

 

 

 

***

 

 

「なるほどな。湖で身を清めようとすれば魔力が急激に抜けていく感覚を覚え、その湖水をよく見れば何やら(きら)めきながらうごめく何かがあったと。その者はその怪しげな何かを湖水に入らぬよう工夫しつつ水筒へと収め、命からがらも樹海より持ち帰ったわけか……」

 

 魔獣ひしめく樹海の奥より戻ってくる最中、そのようなことまでこなすとは、見上げたものだな。

 

「はい。残念ながら当時のそれはさすがに失っておりますが、記憶魔石(メモリラピス)に記録が残っておりまして。今回の遺留物を見るにつけ、直感的にこれではないかと当たりを付けましたところどうやら正解を引き当てたようです」

 

 今の話を聞いたうえで改めて遺留物を見れば、今まで持っていたイメージと違う物に見えて来るから不思議なものだ。

 

「魔喰いの精霊……」

 

 かかさず魔力を与え続けていたおかげもあり、未だそれは子爵館で刈り取った当時のまま、瑞々しさを保っている。

 

「確かにこれは魔力を喰うという見方も出来る……」

 

「いかにも。それともう一つ。これも面白いですぞ。ミーアなる女児は、冒険者ギルドで魔力紋を登録しておりまして、その登録情報を精査しましたところ……ギルドではノイズと捉えたようですが、実は紋様は二つあることが確認できました。一つはもちろんミーアの登録紋なのですが……」

 

 目尻のしわを深め、黒味が強い深い(みどり)の目を細めて俺を見て来るクリスティアン。

 ダール伯爵はこれがなければもっと扱いやすいのだが、面倒なやつめ。

 

 ま、ここまでお膳立てされていれば、いやでも察しはつくというもの。

 

「いいから早く述べよ」

 

「ふふ、そうですな。非常に弱い紋様でしたのでノイズと間違えるのも無理はなかったのですが……、間違いなくそれは今回の遺留物より発する魔力紋と()()しております。更に言うならば、当時、湖水より採取した魔喰いの精霊と呼んでいたもの。それより苦心して取り出した魔力紋とも一致するのです!」

 

 

 俺はもう絶句するより他なく、とっさに言葉が出せるはずもなかった。

 

 

 





どうなってんの~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーア、想像の翼を広げる


まじもの


 前回あんなに苦労した海峡渡りでしたけど、今回は拍子抜けするほどあっさり渡り終えてしまいました。

 

 風の魔法、最高です!

 ああ、もちろん(はす)の葉ボードのことも忘れちゃダメですね。

 

 さて、冒険者ギルドで教わった『ヴィーアル樹海』って呼ばれていたところが、勝手知ったる私の樹海(にわ)だった訳ですが、どうしますかねぇ。

 

 樹海(もり)で遊んでから帰るか、直帰するか。

 以前湖から海岸までたどり着くのに、狩りをしたり、DIYしたり、ウロウロさ迷ったりで三ヶ月ほどかかっています。

 けれど今回は以前と違って魔法もありますし、スライム能力の活用にも磨きがかかってますし、ぷにょ収納には日用品とかドリスに選んでもらった服とか、もろもろ入っています!

 

 なんのかのありましたが、人との関わりも無駄ではありませんでしたネ。

 ほどほど文明的な生活を送りながら樹海(もり)をお散歩できると思います。

 

 うきうきアウトドアライフです!

 

 

 

 気分よく海岸から樹海に向かって歩み出せば、すぐさま以前との感覚の違いに気付き、我ながら驚きます。

 

 ここはこんなにも魔獣の生命力に溢れた、ある意味、生き物たちの楽園とでもいうべき場所だったのですね。

 人の治める世界では感じることの出来ない、重苦しいほどの濃厚な魔力に、私の魔器官は打ち震え、全身に浸透するスライム体にそれが及んで身震いが止まらないほどです。

 

 とは言うものの、これからも私に向かってくる魔獣たちをヤッてしまうことに変わりはないのですけれどね。

 それにしてもこうチンタラ進んでいては湖に着くまでどれだけ時間がかかるのやら。また三ヶ月かかるのは勘弁していただきたいところ。何かいい手立てはないものでしょうか?

 

 空が飛べればどれほど楽でしょう。でもさすがの万能スライム体でも空を飛ぶのは無理スジです。

 ああ、ラノベみたく転移とかできればいいのに。

 それかワイバーンが懐いてくれて背中に乗せてくれるとか最高です。まぁ相対(あいたい)したワイバーン、全部ぶっころなので無理です、ごめんなさい。

 

 あれ?

 でも本当に無理スジかしらん?

 

 今まで脳筋よろしくぶっ倒してきてましたけど、スライム体を相手に浸透させて操るとか……。

 

 うう~ん、私から切り離してしまった時点でもう関係が切れてしまいますね。

 繋がったままならワンチャン動かせるかもですけど、違う生き物の意志を操るってどうすればいいのでしょうか?

 私自身みたく、中身入れ替えなら確実なのでしょうけど、その体を操れるようになるまでどれだけかかることか。とてつもなく面倒くさいです。

 しかもミーアの中で並列思考するなら良いですけれど、別の体にスライム体を入れてそこでも体を動かして思考もして……なんてマジ勘弁って感じです。

 

 

 ま、時間つぶしの妄想に浸っていても早く着くことはないので、せいぜい自分の体を駆使してがんばりましょう。

 

 地道最強!

 

 

 とか言いながらも、やっぱ道なき樹海を進むのはもうやだ!

 獣道にしたってそう都合よく行きたい方に進めるものでもないし。

 

 そこで我ふと思う。

 

 魔法でどうにか出来ないものなのか? と。

 

 そうです!

 どうして今までそこに思い至らなかったのでしょう。

 

 私には魔法と言う強い味方があるじゃないですか。

 樹海に入って丸一日。

 今の今まで気が付かなかっただなんて、ミーアのおばか!

 

 元日本人のしがない中年サラリーマンだった男には応用力とか、臨機応変っていうのは期待しちゃダメなものなのです。

 

 

 さて、魔法で空を飛ぶとするならどうすれば良いのでしょう?

 古典的なところだと絨毯(じゅうたん)に乗ったり、(ほうき)にまたがったりしてますね。

 

 だからなに?

 何の解決にもならないですね。

 あれって反重力的なものなのでしょうかね?

 

 ああ、いけない。魔法に科学的なことを求めても……、っていうか反重力も科学的とはいえないですね。SF的なものですよね、あれ。

 

 ああ、火とか風とかけっこう科学的解釈が役に立ったりしてるわけですが……飛ぶとなるとそれが逆に邪魔をしてくる感じが……。

 

 けれど、そんなこと出来るはずがない!

 なんて思ってはいけないのです。

 

 そう、魔法は想像、創造といってもいいかもしれませんが。

 空を飛ぶことを想像するのです。さすれば与えられるのです!

 

 きっと。

 

 あのワイバーンだってあんな大きな体で、たいして羽ばたきもせずに体の割に小さめの翼で飛んでるんです。絶対、魔法的な力が作用しているはずなのです。

 

 ああ、そういえば私はワイバーンさんの魔器官を吸収したではありませんか!

 これはもう、飛べるようになるのは約束されたようなものです。

 

 よ~し、何事もまずは形から。

 スライム体でワイバーンみたいな(つばさ)を模してみましょう。

 

 背中にスライム体を集め、肩甲骨の辺りからみょ~んと左右に薄く広げながら伸ばしていきます。

 う~ん、骨になるものがないのでちょっとイメージがワイバーンの(つばさ)っぽくなりません。どちらかというと、羽化したばかりの昆虫の(はね)みたいになってしまいました。

 

 半透明で、ちょっとふにゃっとした感じです。

 透けた翅に光の加減で虹色っぽい模様が浮かび上がって綺麗です。翅を広げた大きさは私の身長の倍くらいでしょうか?

 

 形はトンボとセミの翅を足して割ったみたいな形です。

 

 まぁとりあえずこれでいいか。

 出来立てのスライム体謹製ミーアの翅です。

 

 羽ばたかせてみます。

 これもイメージが大切、なのですが……、

 

 ワイバーンの翼だったはずなのに、もう昆虫系の翅の動きしか連想出来ないです。

 最初に昆虫の翅みたいって思ってしまったのが運の尽きでした。

 

 もうそれ以外の想像ができない!

 固定観念って恐ろしい。

 

「おおっ、動いた!」

 

 ちょっとふにゃりが入ってるので、パタパタって言うより、よりはふりゅんふりゅん……て感じです。なんだそれ?

 

「う~ん、なんか微妙……。でも要は飛べるかどうかが問題なのであって、形とか動きなんてどうでもいいのです!」

 

 さあここからが肝心なところです。

 ともかく飛ぶための準備は整いました。吸収したワイバーンの魔器官さん、仕事して!

 

 イメージです、イメージ。

 私は飛べるスライム娘。

 

 背中の翅は、魔力を飛ぶための力に変えるための触媒!

 

 きっとそう。

 そう決めた!

 

 想い(イメージ)を強く、魔器官からは魔力を!

 

 背中の翅を横目に見れば、この前のワイバーン戦みたく淡い輝きを帯びてきました。つられるように体のほうも青白い肌が薄っすら透けてきて、同じく淡く光っています。

 

 思うにスライム体に行き渡った魔力が飽和状態になることで、そんな状態になるような気がします。

 

 そうして……、ついにその時がやってきました。

 

 小さなミーアの体が、まるで重さなど無いかのごとく、ふわりと浮かび上がりました。

 ドリスに買ってもらった、微妙に足に合ってない靴先が所在無げにプラプラしています。

 

「しゅ、しゅ、しゅごい……」

 

 くっそ、ミーアの口、まじ舌足らずすぎっ!

 

 ええい、もっと上へ!

 

 私の余りある魔力をもってすれば、まだまだ余裕で浮かび上がれるはず。

 そしてそのままどこまでも飛んでいけるに違いないのです。

 

「はゎ~!」

 

 ついには樹海の樹々の頂点まで登り切り、視界を遮るものは何も無くなりました。

 

 眼前に濃緑、振り返ってみれば遠くにきらきらと陽光に輝く(あお)

 

「しゅば……、す、すばらしい、です!」

 

 ほんと、なんでもっと早くに気付かなかったのでしょう。

 っていうかこれは魔法……になるのでしょうか?

 

 ま、そんな些細なことはどうでもいいのです。

 いま、この時こそが至高!

 

 ああ、この万能感。

 最高に心地よいです。

 

 

 遥か前方に鮮やかな水色をした湖すら確認できます。

 

 ふふ、ゴールはあそこです。

 どこまで飛べるかわかりませんが、行けるところまで行っちまいましょう!

 

 

 おー!

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにまだ慣れてないので飛行速度は歩くのと同じくらい……、

 

 デス!

 





なんでもありやな!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リイ=ナ、出る!





 空を飛べてウキウキ気分になった私は、ふよふよ漂うような速度ではあるものの、かなりの時間と魔力を空中散歩に(つい)やしました。

 

 おかげで、地上に降り立った時にはへとへとで、地に足が付くやそのままへたり込んでしまいました。

 ハイになってた私は降りるまで自分のそんな状態にすら気が付いていませんでした、反省。

 

 こんなこと、初めて魔法をぶっ放して一気に魔力を消費し寝入ってしまったアレ。それに乗じて不覚にも閉じ込められてしまった、あの時以来ではないでしょうか?

 

 さすがにいきなり寝落ちするほどではないですが、樹海(ここ)で無防備な姿をさらすのはあまりよろしくありません。取り急ぎマッドドーム(土製かまくら)を作って、そこでゆっくりするとしましょう。

 

 それくらいならまだ十分作る余裕があります。

 

「土のかまくら、マッドドーム」

 

 私の詠唱ともいえない適当な文言でも、固いはずの地面がむくむく盛り上がってきます。もうちょっと厨二っぽい詠唱考えてたはずですが、どうでもいいですね、ちゃんと出来てますから。

 

 雪国のかまくら、土バージョン完成です。

 

 日が暮れるまでにはまだまだ時間はありますが、休むこととしましょう。

 

 私は出来立てのかまくら(マッドドーム)によたよた入り、入口を土魔法で塞いで完全密閉したところで、もう眠気に耐えられず、スライム体になんとかくるまったところで眠りに落ちました。

 

 ちなみに普通の人なら酸欠で死んじゃうと思います。

 

 

***

 

 

 おはようございます。

 

 久しぶりに魔器官燃料切れを起こしたミーア、きゅ、九歳です!

 

 ミーアボディはまだまだ軟弱ですね。

 魔器官も相当強化されてるはずなのですが、この体たらくです。というか慣れない空を飛ぶ行為にいきなりのめり込みすぎました。

 

 ほんと、反省です。

 

 それにしても、スライム脳はミーアボディに最適化しているせいなのか、体の状態の影響を受けやすくて困ります。

 

 でもだいじょうぶ!

 

 謎空間にあるスライム体は三大欲求とは無縁。今も昔も変わらない、ぬべぇ~っとした様子の癒されぷにょは、やる気のかけらも見えない有様ですが無敵万能なのですから!(自画自賛根拠なし)

 

 まぁぶっちゃけ、ミーアボディは(あきら)める手もありますが、せっかく強く育っているのだから、そうならないよう守ることは当然なのです。

 

 

 

 さて、昨日は何も出来ないまま眠ってしまったので整理しましょう。

 

 さんざん空中散歩したおかげで飛行速度は早足くらいにまではなりました。

 

 つか遅い……、遅すぎ!

 

 私はびゅびゅ~んと飛びたいのです。要改善案件です。

 それに対する魔力消費は慣れるほどに改善され、効率良くなっていきましたので最終的には息をするかのように飛ぶことが出来るようになるのではと踏んでいます。

 

 改善のための最たる候補は背中の翅かと思い、形状やサイズ、厚みなど色々試してみたのですけれど、結論から言えばどうでもいい感じです。ただし、どんな形にしろ翅に類するものがないと浮かんでくれないのはどうしたものか?

 

 ワイバーン由来の魔器官の性質なのか、私の固定観念のなせる業なのか?

 (はなは)だ疑問ではありますが、そうなってしまったものは仕方ないので出来ることで効率化していきましょう!

 とりあえず私なりにかっこいいなと思える形に整え、いつでも同じ形で即座に背中に出せるようスライム体に覚え込ませておきます。ミーアの体に呼吸の真似事をさせるのと同じ要領です。

 

 自動化は効率化の基本です!

 元サラリーマンおじさんの心がそう申しております。

 

 翅は大羽二枚に小羽二枚の四枚構成。菱形をバランスよく引き伸ばし、(かど)っちょは丸みを帯びさせた形状にし、長さは垂らしたときに地面に当たらないくらいとしておきました。

 

 よきよき!

 

 

 さて、一つ問題があります。

 

 着ていた服の背中部分、伸ばした翅が通り抜けたところが溶けたように無くなっていました。スライム酸で溶かしてそのまま突き出て行ったものと思われます。考えなしに行動するとこうなるって見本ですね。しょぼい見本です。

 

 ローブを羽織ってなくて幸いでした。

 けれど背中が大きく開いた服なんて持ってないし、どうしましょうね。

 

 まぁ悩むまでなく冒険者用にと(あつら)えたシャツの背中を開けとけばいいですね。半袖、長袖、生地も厚手、薄手色々ありますが、同じように加工しておきましょう。

 

 ふふ、こんなこともあろうかと、ソーイングセットもちゃんと用意してあるのですよ!

 

 うそです。

 

 ドリスや宿のブレンダさんに女の子だったらそれくらい持ってなきゃと渡されました。

 ですけどね、元おじさんの私ですが、布縫ったりボタン付けたりするくらい余裕ですから!

 

 はい、なにぶんずっと一人暮らし。作業服とか補修もしましたしね……、ええ。

 

 あと背中の開いたところはセーラー服の背中に垂れてる襟みたいなイメージで付け襟を作って、隠すことにしました。被せるだけだからそのまま翅も出せるし、前で結んでおけばいいだけだから、使いまわしもOKの逸品です!

 

 まぁおかげで一着服を潰しました。もちろん潰したのはひらひらワンピース。

 樹海で可愛い服なんて着ませんし、他にもなぜか大量に在庫あります、解せぬ。

 

 とまぁ、そんなこんなで色々やってたらまる一日潰していました。

 

 うん。

 

 明日からまた旅、がんばろー!

 

 

 

 

***

 

 

「主フィーラヴの崇高なる精魔力が再びこのヴィーアルの樹海に戻られた」

 

 じじ様にアールブ村の樹上宮(ツリーヴィラ)に来るように言われた僕は、会って早々そんな言葉を聞かされた。

 

 じじ様は村の守り神として(まつ)られている女神フェリアナ像の横に、並べるように置かれている主フィーラヴの器をじっと見つめたままだ。

 それは魔石を砕いて粉にしたものを練り込んだ特別な土で作られた、不思議と透明度の高い、大きなお椀の形をした器なんだけど、湖と共に在るフィーラヴのかけらと言われている淡く煌めく水が入れられていて、上蓋をし魔法により封印された上で、大事そうに置かれてる。

 

 その器に魔力を捧げるのが、この村に住むアールヴの民の日課なんだ。

 

「じじ様、戻られたってどういうこと? それと僕が呼ばれたことに何か関係あるの?」

 

「うむ、ロオ=ムの息子にしてノム=ムの生みし子、リイ=ナよ。お前にはこれより樹海に戻られし(あるじ)を出迎え、無事このフィーラヴ湖へと導いてもらいたいのだ。どうやら主フィーラヴは随分と気まぐれであるようで、中々こちらにお戻りにならんのだ」

 

 うん、そんな説明じゃさっぱりわからないよ。

 

 っていうか何で僕がそんなことを。ただでさえ危険な樹海に、どんな姿かたちをしているのかもわからない主様を迎えに行けなんて……どうかしてるよ。

 

 そんな僕の考えが顔に出ていたのかじじ様が言葉を続ける。

 

「このフィーラヴの器はの、知っての通り主のかけらが入っておっての。日々わしらが魔力を捧げることでその力を弱めることなく維持できておるのだ。ほれ、わしの属性は闇であるからな、ここ最近、器の主の精魔力に指向性が出ておるのに気付いたのだよ」

 

 じじ様は大事そうに器を撫で、僕に言う。

 

「器の主は主フィーラヴの元へと戻りたがっておる。そのようにわしは思うのだ。ゆえにその指向性を読み解き、強きを示す方向を導き出せば、おのずと樹海に戻られた主フィーラヴと遭遇できるであろう。リイ=ナよ。お主はわしと同じ闇属性。しかも風と土まで使える三属性持ちの出来た子よ。だからのぉ……、頼んだぞぉ」

 

 このくそじじい!

 

 なにが「頼んだぞぉ」……だ。

 体よく僕に面倒くさい役押し付けてるだけじゃないか。

 

 しかもじじ様(くそじじい)の言うことは絶対。

 断ることなんて出来はしないんだから……。

 

 

 もうほんと、最低(さいってぇ)ー!

 





じじぃ~!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出会い





 樹海の旅も七日も経てば飽きてきます。

 

 飛行速度はようやく普通に走る程度の速さにまで向上しました。百メートル十二、三秒くらいで行けると思います、たぶん。

 

 オリンピックにはまだ遠いです。

 ないですけれど。

 

 飛ぶのはズルいでしょうか?

 

 でも所詮走る程度の速度ではそうそう距離は稼げません。まぁそれでも前回の色々ありながらの三ヶ月に比べれば、まっすぐ湖に向かうだけの今回は、一ヶ月と言わず、数週間もかけず到着できることでしょう。

 

 樹海で時々魔獣を狩りながら進めていると、久しく感じることのなかった力が向上する感覚に襲われ、何とも言えない高揚感に満たされます。

 

 やっぱここに居るとはかどりますね!

 人の世界はダルくて鬱陶(うっとう)しくて面倒くさくて窮屈(きゅうくつ)でした。

 

 

あいあむふりー(I am free)!」

 

 

 空の上で大声出して叫ぶのは格別です。

 

 何処までも広く雄大な世界を見ていると脈絡なく声を張り上げてみたくなります。

 舌ったらずで可愛らしいばかりの女の子の声ではちょっとお間抜けな感じが先に立ちますけれど。

 

 でもスライム体ではこうはいきません。

 

 

 やっぱ人も捨てがたい……のです。

 

 

 

***

 

 フィーラヴの村から半強制的に送り出された僕。

 まさか父様や母様まであちら側になるとは思わなかった、うらぎりもの~!

 

 村を出て早五日。

 

 僕はときおり文句を言いながらも、主様に出会うべく歩みを進めている。もちろん、樹海に潜む魔獣との交戦は極力避けながらだよ。

 まだ汎人族となんとか共存していた時代、アールヴ族は『森の民』とも言われていたらしい。

 そりゃあ森の中で暮らしてるし、樹上に家を作って住んでるんだからそう言われていたのも納得なんだけど……、だからといって樹海の中をスイスイ進めるかと言えば、そんなこと()()ないわけで!

 

「あ~もう、ほんと、どうして僕がこんな苦労しなきゃいけないわけ~?」

 

 身体能力を強化するのは当然として、風魔法を活用し樹の枝から枝へと飛び移ったり、土魔法で自分が通りやすいように最小限の地形操作を行いながらも、魔力消費は抑え、可能な限り効率よく進んで行ったとしても!

 

 どこまでも広いこの樹海。代わり映えのしない景色。

 ぜんっぜん、進んでる気がしないんだけど!

 

 じじ様に与えられた、主のかけらを封入した魔石のペンダントを頼りに、黙々と進んでいたけどもう限界。

 

 疲れた!

 もう帰りたい。

 

 何度目かの愚痴を一人寂しく垂れてた時……、その声が聞こえてきた。

 それは主のかけらのペンダントが示してる方向で、僕が目指している方向でもある。

 

 すなわち、主様がおられるであろう方向からだ!

 

 

「……あいあむふりー……」

 

 

 まだちょっと遠いけど、それでもしっかり聞こえた。しかもなぜかずいぶん高いところから。

 

 小さな女の子みたいな、幼さの残る声。

 おぼつかない発音の高い声はとても可愛らしく感じるけど、言ってる意味はわからないな。

 

 じじ様ならわかるのかな?

 

 っと、そんなことより移動してしまう前に急いでそこへ行ってみなきゃ!

 

 僕は警戒されないよう、極力静かに、でも(すみ)やかに声の聞こえてきた場所へと向かう。

 

 主のかけらからの反応がとてもわかりやすく、歩みを進めるにつれそれは更に強いものへと変わってきた。

 空の色が夕暮れの茜色へと徐々に変わりゆく中、樹海の樹々が途切れたところで、ふと僕の視界に太陽とは違う淡く輝く何かが飛び込んできた。

 

 

 それは向こう側が透けて見えそうなくらい透き通った四枚の美しい羽。

 小刻みな、でもしなやかな羽の動きに合わせ表面を彩る色彩は変化し、虹を思わせる幻想的な美しさを見せてくれる。

 

 僕は足を止め棒立ちになり、ただただそれに見入ってしまう。

 けれどそれ以上に僕の視線を捕らえて離さないものがある。

 

 ピンと伸ばされた透明感のある四枚の羽。光の加減で虹色の色どりを見せる羽の持ち主。それは驚くことに小さな女の子の姿をしていた。

 

 飾り気のない半袖のシャツに、太ももが出るくらいの短いズボン。きっちりショートブーツまで履いているその姿は一見どこにでも居そうな子供の格好なんだけど……、露出した青白い肌は四枚の羽と同じように淡い輝きを帯び、透明感あふれる見た目をしてるわけで、ほんと人とは思えない。

 

 淡い紫色をした腰まで届きそうな長い髪。

 不思議と風に流されることもなく背中の羽の間を通ってさらりと落ち、漂うように髪先が広がっている。

 

 幼さが残る可愛らしい顔は、紫水晶のような色合いを持つくりっとした大きな目がとても印象的で、小さな口がぽかんと開かれているのが、あどけなさを増し余計可愛く見える。

 

 で、その印象的な目が確実に僕の方を見てる!

 

「うわぁ、あっさり気付かれちゃった……」

 

 っていうか特に警戒されてないのであれば別に隠れる必要もないよね。

 逆に切っ掛けを掴めて助かったくらいで、姿を隠されるよりは都合いいわけで。

 

 目の前、空に浮かんでいるおよそ人とは思えない姿をしている女の子。

 主のかけらのペンダントは強烈な指向性を示しているけど、すでにそれに頼る必要はなくなった。

 

 主フィーラヴ。

 

 まさか人の姿をしているだなんて。服まで普通に着ちゃってるしさ……。

 しかも幼い女の子の姿。

 どう贔屓目に見たって七、八歳程度だよね。

 

 ん、ちょっと待って。

 

 僕がナの世代で、母様たちがムの世代……。

 じじ様でイの世代で、今三百ニ十歳でしょ。

 

 主フィーラヴはじじ様の三つ前のフの世代がフィーラヴ湖のほとりにたどり着いた時、すでにそこに在られたって話だよね。と言うことはだよ……、

 

「す、少なくとも五百歳以上! うそでしょ~?」

 

 こんな小さな見目の子がじじ様よりはるか年上!

 主様だとすれば、そりゃ当然そうなんだろうけど……、見た目、幼すぎでしょ!

 

 僕は改めて空に浮かぶ女の子、もし間違いないのであれば湖の精霊様である主フィーラヴを見る。

 こちらを怖がる風でもなく不思議そうに見てきて、こてんと首をかしげてる。

 

 か、かわいい。

 

 ……こほん。

 

 確かに年齢的なものを除けば、背中から羽を生やした姿で空を飛び、淡く輝く透けてしまいそうな肌を含め、その有様はとても幻想的で美しく、どう見たって人ではあり得ない。

 

 

 うん。

 

 僕は考えることを放棄した。

 こんなこと僕が考える必要ないよね。

 

 あるがままを受け入れる。

 森の民であるアールブは自然体なんだ。

 

 僕がやるべきことは目の前にいる女の子をなんとかフィーラブ村に連れて帰ること。それが全て。

 まずは意志の疎通から始めよう。

 

 服着てるくらいだし、話せるよね、きっと……。

 

 

「主様、はじめまして!」

 

 

 僕は意を決し、空に浮かぶ女の子、いや、主フィーラヴに話しかけた。

 主様は飛び去ることもなく、変わらず僕を見下ろし……、いや、驚くことにこちらに降りてくるそぶりすら見せてくれる。

 

 よーし、ここからが僕の正念場。

 村に来てもらう、いや違うな、湖に戻ってもらえるよう……、

 

 がんばろう!

 





がんばれ~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーアとリイ=ナ


うごきなし!


 空中で大声出して気持ち良い気分に浸ってたら、今までに触れたことのない質の魔力を感じ取りました。

 

 動物や魔獣、人とも微妙に違うように思えます。

 

 とても気になるのでそろそろと空中を移動し、その魔力の出所を探ります。樹々が邪魔をして見通しが悪いですが、スライム体謹製魔力センサーにかかればそんなのはなんの障害にもならないのです。

 

 魔力探索を始めてみれば、そちらも移動しているようで、どうやら私の方に向かって来てるみたいです。魔力を探れたりするのでしょうか?

 空を飛んでるのでミーア魔器官が全開状態ですから、魔力探知できるのであれば居場所バレバレな感じかもしれません。

 

 少ない魔力で飛べるよう精進しなきゃ、ですね。

 

 

 

 むむ、あれでしょうか?

 

 ちょうど樹々の切れ目になったところで魔力の発生元っぽいのを見つけました。何あれ……、人、かな?

 

 こんな樹海(もり)の奥に? 人?

 

 見つけたそれに思わず首をかしげます。

 

 

(あるじ)様、はじめまして!」

 

 

 なにゅ?

 

 遠いところから、まだ高さもあるのにいきなり大きな声で話しかけてきました、この人っぽい人。

 っていうか『あるじさま』ってだれ?

 

 私に言ってる?

 

 私は魔獣の楽園であるこの樹海(もり)で出会った見知らぬ人物に警戒しつつも、それ以上に沸き上がる好奇心を抑えることが出来ず、ジワジワ高度を下げ、その正体を(うかが)うことにします。

 

 う~ん、どう見ても人です。

 男の子っていうより少年と言った方がいいくらいの見た目で、かなりの美少年です。

 

 けれど!

 そんなことよりです。

 

 この少年は今まで見た人たちと圧倒的に違ってるところがあります。

 そう、耳がっ、耳がとんがっているんです!

 

 え、エルフきたー!

 

 せっかく異世界に生まれ変わったというのに今まで普通の人しか見たことなかったのですが、ここへきてついにファンタジーっぽいのきたっ!

 ゴブリンにオーク、オーガも居ないし、獣人(けもみみ)が居るって話も聞いたことがなかった私にとって、なんという朗報であることか。いや、ワイバーンは居ましたけれども、それはそれです。

 

 更に高度を下げ、とうとう顔が向き合える高さにまでなりました。相対距離は三メートルほど、足を下ろすことまではしません。

 

 なぜなら背の高さ全然違うし!

 

 オルガには及びませんが、ドリスやアンヌよりは確実に大きい。地面に降りてしまったらチビな私は頭ナデナデポジションになってしまいます。

 

 何事も最初が肝心、対等なお話には目線を合わすのです。

 舐められたら終わりなのです!

 

 

「あ、あのっ」

 

 うわっ、美少年がまたなんか言ってきた。

 この美少年、髪はグレーに近い茶髪、ストレートな髪が肩まで伸びていて肌もとても白いのでちょっと女の子っぽいですが、(まゆ)はしゅっとしてて、目付きも釣り目ぎみなので可愛いというイメージには至らず、やっぱ美少年ってことになります。深いエメラルドグリーンの瞳がとても綺麗です。

 

 それに今気が付きましたけど額の両脇、こめかみの少し上あたりに小さな角があります!

 

 何それ、属性が増えたよ。

 鬼属性追加?

 

 あ~、でもどちらかと言えば鬼と言うより、魔獣の属性に繋げた方が良いのでしょうか?

 魔獣の特徴と言えば角や牙ですし……、なんて興味深いんでしょう。

 

「あのっ! 主様っ」

 

「ふぎゃ!」

 

 び、びっくりしたっ。

 おかげで変な声出しちゃったじゃないですか!

 

 い、いけません、見知らぬ人の前で考えに(ひた)ってしまっていました。油断しすぎです。

 改めて少年の方をじーっと見つめます。私の視線に少年が少しひるんだ様子を見せましたが、意を決したのかしっかりこちらを見返してきました。

 しかも手の甲をこちらに向けるようにし、両腕を胸の前で交差させて立っています。な、なにそれ。どういうこと?

 

「主様、突然声をかけてすみませんでした。驚かせてしまったことお詫びします。……えっと、その、僕の名はリイ=ナ。主様の湖であるフィーラブ湖のほとりに勝手ながら住まわせていただいてるアールヴ族のものです」

 

 なんだか一気にいっぱい話してきましたが、半分も言ってることがわかりません。とりあえず名前はリイ……ナ? リイナかな? やっぱちょっと女の子っぽい名前だなぁ。でも美少年にはそれもアリだね。ちっ、()ぜろ!

 

「主……様?」

 

 おっといけません、リイナがとまどっています。せっかく話しかけてくれてるんだからちゃんとお相手しないといけません。挨拶は基本、元日本のサラリーマンとしてきっちりせねば。

 

「りいな? わたし、は、ミーア。よろしく、ね」

 

 私の言葉に一瞬キョトンとした表情を見せますが、すぐに嬉しそうな表情へと変わり、またも言葉をかけてきます。

 

「ミーア……、主様の御名(みな)はミーアと言うのですね! 教えていただき、僕感激です。じじ様もきっと喜びます」

 

 そう言うや、今度は腕を交差したまま片膝を立てて腰を落とし、私を見上げ見つめて来るのです。満足げなその表情を見るにつき、私からは突っ込みを入れるのもはばかられます。

 

「う、うん?」

 

 喜んでくれるのは良いのですが、なぜこうもへりくだった態度をとり、妙に持ち上げる話し方をしてくるのかがわかりません。私のことを『あるじさま』とか呼んでるのと関係あるのでしょうか?

 

 あるじって、『主』でしょうかね?

 わけわかんないです。

 

 改めてリイナを見てみます。

 

 エルフな美少年なことは置いておくとして、着ている服は腰下丈のありふれたチュニックで、腰にはベルトが巻かれ横に短めの剣が差されています。スリムなズボンに編み上げのロングブーツ。背負い袋をしょっていていかにも旅の途中のような(よそお)いです。全体的に暗い色合いでまとめられているのはなるべく樹海で目立たない様にするためでしょうか?

 

 それに先ほどからリイナを見ていると私の体がムズムズ(うず)くのです。

 

 どうにも落ち着けません。一体なんだというのでしょう?

 

 だから更にじーっと見つめます。

 そんな私の様子に、まだ何か言いたげな様子を見せていたリイナも戸惑いが隠せないようです。

 

「ん?」

 

 ()()に気付いた私は相変わらず(ひざまず)いているリイナの目の前に降り立ち、その胸元へと手を伸ばします。

 

「あっ」

 

 リイナが驚きの声をあげますが無視です。そのまま胸に下げられたペンダントをむんずと掴み、引き寄せれば繋がっていた鎖やベゼルはぽろぽろと砂のように崩れ、広げた手のひらの上には濃い紫色をした円錐(えんすい)状の魔石だけが残ります。じっと見れば魔石は巧みにくり抜かれていて、中には()()()()()が詰められています。

 

 リイナがつばを飲み込む音が私の耳に届き、口をあうあうして物言いたそうにしていますが今は構ってられません。

 

 私は虹色魔石を創る要領でその魔石に魔力を送ります。それもめいっぱい。

 そうすればどうなるかは自明の理です。

 

 魔石は七色の輝きが入り乱れ激しく色合いが変化したかと思えば、瞬く間に全体に蜘蛛の巣のような亀裂が入り、かすかな擦過(さっか)音と共に崩れて粉々になり、残ったそれは口から風を吹いて飛ばしました。

 中にあったものは手のひらの上でびろんと広がり、少しの間プルプルした後、手のひらに吸い込まれるようにしてこれも消えました――。

 

 

 ……………………。

 

 

 

 ()()()()が、まだ呆けていたので、せっかくの美少年が台無しだと思いました。

 

「いつまでぽけ~と、してる? みずうみ、もどる、でしょ?」

 

 仕方ないので声をかけてあげました。

 

「え、あ、はい! あれ? 僕そのことお伝えしましたっけ?」

 

 ふふ、驚いてる。

 

「むふふん、じじさま……アズ=イにいわれて、わたし、むかえにきた。だよね?」

 

 問いにずれた答えを返し、にやりと笑って上目でリイ=ナを見やる。

 私って結構性格悪いのでしょうか?

 

「そ、そうですけど! え、ええぇ~?」

 

 

 夕焼けに染まる樹海の空に、そんなリイ=ナの声が響き渡ったのでした。

 





強く生きて!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リイ=ナの受難?





 ミーア様と一緒にフィーラヴ村へと向かうことになった。

 

 湖の現状についてどうやって話を切り出すか悩む必要すらなく、ミーア様はすでにご存じで僕は気負ってた分だけちょっと肩透かしを食らった気分になった。

 

 まぁ、説明しなくていいなら楽でいいんだけど……。

 

 出会ってまだほんの短い時間でしかないけど、ミーア様には驚かされることばかりだ。フィーラヴ湖の主様で湖の精霊と呼ばれてるミーア様が空を飛んでくるなんて誰が想像できるだろう。しかも誰も見たことがなかったそのお姿が、小さくて可愛らしい女の子だったりして、僕はもう混乱の極みだった。

 

 何より人が空を飛ぶなんて、見たことも聞いたこともない。

 まぁ、ミーア様は精霊様であるのだから、そもそも人と同列に考えてはいけないのだろうけど……。

 

 驚くことは更に続いた。

 

 初めて会ったはずなのに僕のことも、じじ様のこともご存じで、ここに来た理由までも言い当てられた。遠く離れたこの場所に居ながら、どうやってそれをお知りになられたのだろう? やはり精霊様ってすごい!

 けれど、それをお話になるミーア様の口ぶりはたどたどしくて、話し慣れてない様子がとても愛らしい。どうしようもなく守ってあげたくなる気分にさせられた。

 

 精霊様相手にそんな心配、余計なことだとわかってはいるんだけど……。

 そんな勝手な思いを抱く中、またまた驚くことが起こった。

 

 ミーア様の体の輝きが弱まり、背中から優美に伸びていた四枚の羽が緩やかに小さくなっていき、ついには消えてしまったんだ。

 透き通るかのように見えていた肌も普通になり、ミーア様はどこから見ても汎人族の女の子の姿へと変わられてしまった。とは言っても淡い紫色の髪に、紫水晶の瞳は神秘的であることに変わりはないし、青白さが目立つ肌にさっきまでの名残を感じさせはするんだけどね。

 

 どうして()()()()()()()姿()になるんだろ……。

 

 でも考えてみれば大きな羽を伸ばしたまま歩き回るのはけっこう邪魔だろうし、体が輝いてたりしたら目立っちゃうだろうし、色々面倒な感じなのかもしれない……。

 

 地面の上を歩くしかない僕に合わせてくれたと考えることにして、少し嫌な気分になったことを誤魔化した。

 

 戸惑いを隠せない僕をよそに、ミーア様はあどけない笑顔を浮かべつつ興味深そうな目でこちらを見て来る。うん、細かいことを気にしてても仕方ない。ミーア様は主様なわけで、やりたいことを好きなようにしてもらうことが大事なんだ。

 

 

 フィーラヴ湖へ向かうことになったとはいえ、すでに日が暮れて辺りは暗くなってきた。夜の樹海の移動は危険以外の何物でもないし、今日のところは野営したいとお願いした。

 ミーア様は特に反対をする様子もなく一安心。夜でも気にせず突き進んで行かれたらどうしようかと思ったよ。そうなったら付いて行くしかないもんね……、ほんとホッとした。

 

 夜の樹海でやれることはないし、こんな時は早めに食事を終え、さっさと眠るに限る。

 かさばる天幕なんて持ってきてないので、起こした火で暖をとりながら毛布にくるまって寝るだけなんだけど、今は主様が一緒だし、どうしたもんかな?

 焚き火用に調整してもらった火属性魔石を投入してあるから、少なくとも朝まで火が消える心配はいらないと思う。よく乾燥させた木炭以上に発熱してくれる火属性魔石はとても便利で重宝してる。

 フィーラヴ湖に移り住んだ頃はアールヴに火属性魔法士は居なかったらしいけど、汎人族との混血が進むにつれ、火属性のアールヴが生まれるようになってきたのはなんとも皮肉な話しだと思う。

 

「これ、ごはん」

 

 いつもと勝手が違う夜営に、どうしたものかと思案に暮れていた僕に主様が声をかけてくる。

 見れば、ぷりぷりとした大ぶりの腸詰が紐でクルクルとまとめらものが小さな両手のひらの上に置かれていて、それを僕に向けて差し出してくれていた。

 腸詰はアールヴでもよく作られてて、僕も燻製したものはいくらか持ってきてたけど、少ない手荷物の中、無くなるのは早かった。ここ最近の食料は狩りをして得ていたんだよね。幸い樹海は食べられる獲物も多いし、アールヴであるからには僕も狩りは得意だから食うに困ることななかったわけだけど……。

 

「え、ええっ?」

 

 出会って間もないのに、こうやって驚かされるのはもう何度目だろう?

 

 さっきまで何も持ってなかったよね?

 

 っていうか、そもそもミーア様、荷物とか何も持ってないし!

 一体それってどこから出てきたのっ?

 

 早く持てって感じで、ミーア様が差し出した両手をフルフルされるので、僕は慌ててそれを受け取りお礼を言う。

 

「あ、ありがとうございます?」

 

 びっくりしたためなんか変な口調になってしまった。

 けど、晩ごはんのおかずが増えるのは素直にありがたいよね。受け取って脇の糧食用の袋にとりあえず収め、ミーア様の方へ顔を向ければ、また両手を差し出された。

 

 手のひらの上にはまた何か置かれている。こ、今度は何?

 

 パンだった。

 

 こんがり黄金色の焼き目がついた、表面がつるっとしたパン。まるで焼きたてのようないい匂いが僕の鼻を刺激する。大きなお皿くらいのサイズで厚みも僕の拳くらいある。

 

 それがしかも三段積み!

 

 そんな驚きのやり取りが何度か続いたのちの晩ごはんのなんと豪華だったことか。

 

 腸詰とチーズの組み合わせは最強だと思ったし、瓶に入った柑橘類を絞ったと思われる飲み物も、とても濃厚な味わいで疲れた体に染み入るおいしさだったし……、これはもうフィーラヴ村に居た時よりよっぽど上等な食事になったのは間違えようのない事実だと思う。

 

 ミーア様は、にこにこと可愛らしい笑顔を僕に見せてくれるけど、全然お話しをされないので疑問ばかりが膨らんじゃうよ。

 

 数々の品物はミーアさまの脇の下、お腹の横あたりから現れる。地に降り立ち、羽を消した後、これもどこからか現れたローブを羽織られていたので、出て来るところは見れないんだけど、そんな感じでどんどん取り出されたものだから不思議で仕方ないよ。

 

 まるでお腹に無限にしまっておける収納袋があるみたいだ。

 しかも食べ物も腐ってないし、なんなら飲み物は熱いのやら冷たいのやら出て来るしで……、もう最高かよ!

 

 精霊様のやることだからと納得するしかないのだろうけど、旅を続けるうえでミーア様のそんなお力はうらやましすぎるし、僕もそれ欲しい!って思っちゃうのは仕方ないことだよね?

 

 まあ無理に決まってるけど。

 

 

 寝るときは寝る時でまた()()()

 

 外で焚火に当たりながら並んで寝るものと思っていたんだけど、ミーア様が一言二言つぶやけば、たぶん土魔法で創り出した、半球状の土の家が瞬く間に出来上がった。モリモリと地面が盛り上がり、中が空洞になり、ついでに天井部に魔力の明かりが灯されたりする(さま)にあっけにとられ、僕はもう驚くのにも疲れてしまったよ……。

 

 そりゃあ土魔法で手間をかければ同じものは出来るのかもしれないけど、詠唱あったの?ってくらいの短い言葉で魔法を行使し、早さ、ち密さも段違い。僕なんか真似をしようとも思えないほどの出来。

 

 ここまでするのにどれだけ魔力も必要なことか。

 改めてフィーラヴ湖の主である、ミーア様の力を見せつけられた気分になった。

 

 

 いざ眠る段になって、出入り口までぴたりと閉じられてしまったのには驚いたけど、その時は魔獣に襲われることを思えばまぁいっかとそのままミーア様と並んで眠りについた。

 

 精霊様とはいえ、可愛いらしい女の子と並んで寝るなんて初めてな僕は、しばらくドキドキして中々眠れなかったのはナイショだ。

 

 

 

 しばらくして、息苦しくなってきて目が覚めた。

 おかしいなとは思ったときにはもう遅く、息をずっと止めたような苦しさが僕を襲う。

 

 くぅ、まじ死にそう!

 

 

「ごめん……、わすれてた」

 

 

 僕が苦しんでる横で、まったく平気そうなミーア様がそう言って謝られた。さすがに申し訳なさそうな表情を浮かべてたけど、僕はそれどこじゃない。

 

 し、死ぬっ!

 

 ミーア様が壁に小さく穴を開けてくれたことで、なぜか息の苦しさは無くなり、僕はなんとか死なずに済んだ。

 

 

 やばい。

 

 

 精霊様と僕とでなんか色々常識が合ってない気がする。

 このまま一緒に旅を続けて大丈夫なんだろうか?

 

 

 一抹の不安を胸に抱いてしまった僕は絶対悪くないと思う!

 





まあまあまあまあ(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーアのくせに色々考察?


うんちくによるうんちくのための回
たいくつなので飛ばしてもよいのです。


 危うくリイ=ナを酸欠でやってしまうところでした。

 

 晩ごはんの時もぷにょ収納にいっぱい放り込んであったものの一部を提供したらドン引きされましたし……。まぁ出したもの自体は喜んでもらえたからいいのですけれど。

 人との関わりがしばらくなかったから、つい自分本位で動いてしまうので気を付けないといけませんね。

 

 それにしてもまた面倒くさい事態になってしまいました。

 せっかく空を飛べるようになって、楽して湖まで行けると思ったとたんにこれですから。

 

 リイ=ナが持ってたペンダントの中身は、湖でのべぇっと適当に広がってた時の私の一部でした。

 死なないよう魔力を与えて、ご神体よろしく、ずっとお世話してくれてるみたいです。

 

 っていうか私の体を勝手に持っていくなって話なのですが……、それはもう時効ってことで許してあげましょう。

 

 スライム体には脳や内臓みたいな重要器官というものは存在しませんが、ある程度のスライム密度がないと意味を持った動きは出来ませんし、今こうやって思考している私という意識を持ったスライム体は全体の中の高密度な部分においてのみ存在し得ると……と自分なりに理解しています。

 ただそれは存在場所を固定されているという訳ではなく、高密度なスライム体の範囲内においては、私の意識はどこにでもありえると言っていいと思います。

 

 ま、そうは言っても今現在スライム体のほとんどは謎空間に収まってるので、実質外の世界を認識しているのは、ミーア脳スライム体で、全身に浸透しているものを含めてもスライム体全体積からすればほんのひと欠片程度でしかないのです。

 

 湖に広がっていた時はすべてのスライム体は謎空間に収めることなく……っていうか謎空間って概念もその時点では意識していなかった気もしますけれど、外の世界に存在していました。

 ミーアの体で行動するようになってからというもの、人の体に浸透したり、大きく広がったり、小さくまとまったり、伸びたり縮んだりと、見える範囲で考えると質量保存の法則を無視したかのようなスライム体運用をしていて、自分のことながら謎の存在にすぎました。

 けれど、そんなスライム体たちはどこだかわからないけれどどこかにある、謎の空間に納まっていると考えておけば質量は変わってないことになります。

 

 質量保存の法則復活です!

 ぷにょ収納もその謎空間を活かしたものですし。

 

 話があちこちしましたが、要は湖の端々に伸びていた末端のスライムたちは毛細血管の先っぽみたいなもので私の意識は関与しておらず、ただ決めてある行動だけをするようなものだったということです。ぶち切られても何とも思わないし感じる必要もありません。これがある程度密度のある部分であれば、感知したのかもしれませんが、まぁ私も適当にのべぇっと生きてましたし、動物も頻繁に岸に寄ってきますしね、いちいち反応してたらキリがないともいえます(言い訳)

 

 そんな体の一部なのですが、末端の末端であるところの木っ端スライムちゃんですらある意味、優秀な記憶媒体であると言え、周囲の出来事を記憶していました。ただし体積が少ないせいで古い出来事はすぐ上書きされてしまい、残っていたのはここ数年くらいのものでしかないです。

 

 リイ=ナたちのことが分かったのはそんな木っ端スライムちゃんのおかげです!(自画自賛)

 

 しかしあれですね、湖のほとりにリイ=ナたちの村があっただなんて……、灯台下暗しとはまさにこういう事を言うのでしょうか?

 私のスライム体としての主な部位があったところから見れば離れた場所であったとしても、人を探しにわざわざ樹海(もり)を横断し、海峡を渡った私の苦労は一体なんだったのでしょう!

 

 落ち着きましょう。

 無駄では無かったです、無駄では。

 

 湖で暮らしていたら(いま)だに魔力や魔法に付いて知らないままだったかもしれません。

 そうなれば巡り巡って空も飛べてないですし、ついでに言えば、この世界の言葉も知らないままでしょう。

 なによりアンヌにも出会えなかったし、ドリスやオルガとも知り合えなかったでしょう。ただし貴族とかいう面倒くさいやつらにも目を付けられちゃいましたが……。

 

 とにかくです。

 リイ=ナと一緒に行くとなったからには、飛んでいる訳にもいかず一緒に歩くしかない。

 

 リイ=ナの横をふよふよ飛ぶってことも出来なくはないですが、樹々生い茂る樹海(もり)の中で大きな(はね)を伸ばすのは現実的じゃないのと、一番の問題は魔力をまき散らしてしまうってことです。今の私ではまだまだ飛ぶ時に効率よく魔器官を使うことが出来てません。

 

 これではミーアは魔獣ホイホイになってしまいます。

 今思い返してみると、この体を手に入れて以来、やたら魔獣に狙われていたのは魔力を垂れ流し状態で樹海を歩いていたからに違いないと思う次第です。

 

 はぁ、ほんと面倒くさいですが、エルフっぽいアールヴ族の村も気になるのは事実。

 どうせ湖に里帰りしようと思ってここまで来ていたわけですし、それに結局のところあの湖に魔獣が居なかったのは私が住んでいたからだっていう、アールヴとんでも理論を確認したいっていうのもあるし。

 

 話によってはしばらく一緒に暮らすのもやぶさかではないですね。

 それもアールヴの長老たちや、リイ=ナがじじ様って慕ってるアズ=イの出方次第って言うのもあるけれど、迫害されたアールヴ族の人々に同情の気持ちがあるのも事実。

 やっぱ人、アールヴ流に言えば汎人(はんじん)族の貴族ってろくでもないよね。どこの世界でも人間ていうのはそうやって他者を貶めなきゃいられない、因果な性分を持った存在なのかも知れないです。

 

 私も人のことは言えないかも……、ですけれども。

 スライムだけど。

 

 私が翅を消した姿になった時、リイ=ナが少しだけ眉を(しか)めたのを私は見逃してはいないのです。私の姿に汎人族を重ねたのかも知れません。実際ミーアボディはまさに汎人族なのでしょうしね。

 

 なんともやるせないことです。

 

 

 まぁしかしなんですね。

 

 私の住んでた湖、フィーラヴ湖って名前らしいけど、そこがサンクチュアリ(支配精魔域)なんて呼ばれてるなんてね。しかも私のことを主様とか、精霊様だとかもう……恥ずかし死ぬ!

 リイ=ナはリイ=ナで、私の扱いがなんだか腫れ物を扱うような慎重さで、それは酸欠事件でさらに助長されたような気がします。はい、私の自業自得ですね、ごめんなさい。

 

 

 リイ=ナは風魔法と土魔法を併用しながら、歩きやすよう器用に進路を切り開き、というか整えて進んで行きます。さすが森の民とも呼ばれているらしいアールヴ族。そういうところもエルフっぽいです!

 そうやって進みながら、私が時々樹海の上まで飛んで湖の位置を確認してますけれど、この調子で行けばあと三日とかからずに辿り着けるでしょう。

 

 

 無地到着出来ることを祈るとしましょう。

 





祈るとしよう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーア苦戦?



すっごく微妙にグロ注意


 朝晩の冷え込みが強くなってきて、季節は一応進んでるんだなぁと感慨(かんがい)にふけるスライム娘、ミーア九歳です。

 と言っても私は暑いとか寒いとか関係ない訳ですが、温度感覚として掴めているのです、はい。

 

 リイ=ナと二人、湖を目指して歩き出し、早くも三日目に突入しました。 

 一緒に旅を進める中、私はほとんど何をすることもなくリイ=ナの後を付いて歩いてる感じです。(ミーア)様のために頑張るのだと、張り切ってくれているのです。

 彼は十四歳ということですが、美少年で上背もあり引き締まった体をしていて、ぶっちゃけとてもかっこいい奴です。こいつが日本の中学に現れたら女子の注目浴びるの間違いないです。

 

 それに引き換え私ときたら……、小学生の女の子にしか見えないわけで。

 

 日本男児であった時の自分の姿はもはや思い出すことは出来ませんが、ちょっと負けた気分にさせられます。いや、ぼっちコミュ症ぎみな中年サラリーマンだった私は、平凡を絵に描いたような奴だったに違いない訳で、比べるのもおこがましいってものでしょうけれども。

 

 そんな益体(やくたい)も無いことを考えながら樹海の中を進んでいると、妙に幅の広い獣道と思われるものに入り込みました。

 

「これは……」

 

 リイ=ナが眼前の有様を見て表情を強張らせています。

 私も一緒に確認してみれば、狭い幅ではあるものの、地面に生い茂っている低木や下草が一定の方向に折れたり倒されたりしていて、比較的体格の大きな生き物が通り抜けたのではないかと想像できます。

 

「この樹々の倒され方からすると、体高はあるけど細身の魔獣かな? この辺りで確認できてるものだと地竜(ファーヴニル)かもしれないです」

 

 ワイバーン(飛竜)の次は地竜! それにしても地竜レベルであれば、私のスライム体謹製魔力センサーで感知できなかったのが解せません。

 

「折られた樹々の様子がまだ瑞々しいです。ここを通ってそんなに時間が経ってないみたいです。警戒しながら進みましょう」

 

 リイ=ナが緊張した面持ちで私に声をかけてきます。

 

「うん!」

 

 そんな彼には悪いのですが、私は新たな竜に出会えるかもと思うと、少しワクワクした気分になってきました。

 状況が変わっていく中、警戒しつつ再び歩きだします。進む方向が地竜が通ったと思われる道と重なってくるのがなんとも危険な感じがして否が応(いやがおう)でも緊張感が高まります。

 

 魔力センサーには相変わらずそれらしき反応はありません。

 

 雑魚魔獣ならいっぱい引っかかるのですけれどもねぇ。

 樹海では魔力反応が多すぎて埋没してしまい、はっきり言って魔力センサーは開店休業に近いです。したがって接近してくる魔力だけに気を付けておく感じになります。

 リイ=ナは大きな耳をぴくぴくさせて周囲の情報を探りながら歩いています。私も負けじと周囲の音や気配に気を配りながらリイ=ナに付いてぽてぽて歩いてます。

 

 そんな最中。

 

「にゅわ~っ」

 

「えっ?」

 

 何かが私の胸周りにぐるりと巻き付いてきたかと思えば、私の体がぐぃっと、一気に舞い上がります。

 ぐんぐん離れていく私を、状況をまだ理解出来ていないリイ=ナが、呆けた表情で見ています。

 

「ええっ? ミーア……様?」

 

 警戒しながら歩いていたはずなのに、あっさり私は何者かに()(さら)われてしまったようです。

 すごい勢いで背中向きで、宙を舞いながらも引っ張り込まれています。もちろん自分で飛んでるわけじゃありません。

 

 スライム体から目玉をにゅるりと出し、引っ張られてる方を見てみますが、おかしい!

 

「何もいないんですけど~!」

 

 なにそれ、なにそれ?

 

 視線の先には樹齢何年なのっていうくらい太い幹をした大木が数多くそそり立つばかりで、引きずり込もうとしている(やから)は見えず、ただただそちらに向かって突き進んでいます。

 胸周りに巻き付いてるものから逃れようともがきもしましたが、どうにも()()()()し、滑って力が上手く入りません。

 

 き、気持ち悪~!

 

「ああっ、わかりました! 三つ角(スリーホーンド)変彩竜(カラードラゴン)っ、くそぉ、ミーア様っ」

 

 リイ=ナの叫び声が耳に入ってきたのを最後に私の視界は真っ暗になりました。

 

 ぐぬぬぅ。

 せまい、くらい、ぬめぬめ。こ、これ、私、食べられた?

 暗くなる寸前、一瞬ですが引きずり込んでくれた奴の姿が見えました。

 

 カメレオンの姿に似た魔獣です!

 

 リイ=ナは、変彩竜(カラードラゴン)って言ってましたが、どう見てもバカでかいカメレオンです。目の前側、額?に当たるところに二本、鼻ずらに一本、計三本の角がありました。私は奴が伸ばした舌に絡めとられてぱくりとされちゃったのです!

 

 不覚です。

 まさかこの私がカメレオン魔獣(変彩竜)に食べられちゃうとは。

 

 現在進行形で頭からどんどん奥の方に飲み込まれてます。

 体が熱くなってきた感覚がします。

 喉から食道、胃に向かうにつれ熱さがどんどんひどくなっている感覚です。これってやっぱ消化されていってる感じでしょうか?

 

 スライム娘は吸収することはあっても、消化されることは断固拒否します!

 

 ああ、内臓の蠕動(ぜんどう)によるきもい動きと圧迫感もどんどん増してきてサイテーの気分です。

 でも、スライム体が浸透した強化ミーアボディはこれくらいじゃ潰れたり骨折したりなんかしませんから!

 

 かと言って、このままではじわじわ溶けてしまうのは間違いない事実。

 まぁ再生出来るのでどうということはないでしょうけれど、さすがに理科室の人体模型みたいな姿をリイ=ナに見せるわけにはいきません。

 

 反撃しましょう。

 風の魔法を放射状に放って差し上げます。

 

「シャープエッジの束、ウインドブラスト!」

 

 …………。

 

 あれ?

 

 発動しません。

 

 もしかしてこんな隙間のない肉壁の圧力に満ちた空間では風魔法は発動の余地がないのでしょうか?

 じゃあ、これでどうでしょう?

 

「氷の針千本! サウザンドアイスニードル!」

 

 ……。

 

 で、出ない!

 

 ど、どーしてよ?

 

 いや、お、落ち着け私。魔器官の魔力、魔力をよ~く練って……って、あれ?

 

「魔器官の魔力、どんどん持ってかれてるんですけど!」

 

 こ、このカメレオン魔獣(変彩竜)、まるで私みたいなことしてくれてます。これ、魔力を食べられてる感じでしょうか? 私の体だけじゃ飽き足らず、魔力まで吸い取るとはふてぇ奴です!

 

 もちろん魔力はまだまだ練りだせますが、時間をかければ理科室人体模型化が進んでしまいます。ここはもう面倒くさいので一気にスライム体で方をつけます!

 

 謎空間のスライム体をどばっと開放して差し上げましょう!

 体中に浸透したスライム体もガンガン活性あげちゃいます。

 

「破裂しちゃえ!」

 

 気合の一言と共にスライム体を全方位に開放してやりました。

 私をギュウギュウ押しつぶしつつ消化せんとしていた胃袋は、体積をどんどん増していくスライム体により空気を送り込まれた風船のごとく、一気に膨れ上がっていきます。穴と言う穴から漏れ出るスライム体も出てきます。

 

 出て行く以上にばんばん放出し続けてあげます!

 

 そしてとうとう限界の時が訪れます。

 魔獣の臓器が断末魔の小刻みな痙攣を起こしています。

 中に居るわたしに嫌と言うほど伝わってきます。

 

 それは一瞬でした。

 

 私を完全に覆ったスライム体のせいで破局の音は何も伝わらず静寂が支配しています。

 

 ただ色彩の変化としてのみ、それを感じとることが出来ました。

 

 真っ暗だった視界が一転、真っ白な世界に変わります。

 すぐさま外の明るさに目がなじみ、周りが見えてきます。

 

 大木の幹に変彩竜(カメレオン)の四肢と尻尾が絡みついた状態で、半ば染みみたいになってへばりついています。

 

 私はすかさず翅を形成し、浮遊します。

 

 変彩竜は大木のかなり上の方に居たようで、そうしていなければ落っこちちゃたことでしょう。

 

 私は下で棒立ちのまま、唖然とした様子でこちらを見上げていたリイ=ナのもとにゆっくりと降り立ちます。心配をかけてしまったでしょうか?

 

 翅をしまい、ミーア魔器官とスライム体の魔力をおさめたところでリイ=ナの顔を見てみれば、色白な肌を赤く染め、いつかみたいに口をあうあうさせてあたふたしています。どうしたというのでしょう?

 

「み、ミーア様……、そ、その、御身のふ、ふく、服が……」

 

「服……?」

 

 リイ=ナの言葉を疑問に思いながらもうつむいて下を見てみます。

 

 

「あ……」

 

 

 服、ないです。

 

 

 見えるのはツルペタの素肌。

 ピンク色したぽっちが丸見え。

 

 かぼちゃパンツも当然……ない。

 

 

 すっぱだか。

 

 

 服、溶けちゃったみたい……、ですね。

 

 

 あは……は。

 

 てへぺろ~!

 





まぁ、子供ですし……ねぇ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リイ=ナの帰還。ミーア付き


おまけ付き!


 ミーア様が変彩竜(カラードラゴン)に飲み込まれたときにはどうなるかと思ったけど、まさかあんな風に倒しちゃうとはちょっと今でも信じられない気分。

 

 まぁ精霊様なんだし心配するだけ無駄な感じだったのかも?

 着ていた衣服が変彩竜の消化液で溶けちゃってて裸でお戻りになられたのにはびっくりしちゃったし、目のやり場にとても困る事態だったけど、ミーア様はあまり気にされてないようで、恥ずかしがるそぶりも見せず僕の方があたふたするばかりだった。その辺の感覚はやっぱ人とは違うということなのかな?

 見ない様にちょっと目を逸らしていた間に、例のごとくどこからか代わりの衣服を用意され、着衣していただけたのでずっと裸のままなんてことは免れたんだけど、ちょっと残念な気がしたのは絶対言えない秘密だ。

 

 とにかく実体としてのミーア様はまだまだ幼い女の子なんだってことが良く分かった……、うん。

 

 それにしても湖の近くまで戻ってきて、変彩竜と遭遇するなんて……これもフィーラヴ湖から主様が居なくなってしまった影響が出てきているのかな? う~ん、関係ないかな?

 変彩竜は身体の色を周囲になじませ気配を消すことで存在を隠して獲物を襲うんだよね。おまけに獲物の魔力を吸い出すこともするし、魔法攻撃も生半可なものは無効化されちゃうからアールヴには天敵のような竜なんだ。

 

 比較的小型で動きものんびりしてるとは言え、竜は竜。気を付けないといけないな。

 ミーア様だったから無事だったものの、僕なら普通に死んじゃってたよ……。

 

 

***

 

 

 そんな風に危ないこともあったとはいえ、ミーア様と邂逅(かいこう)してから五日目の昼過ぎ。

 ようやく村のあるフィーラヴ湖のほとりへと到着した。

 

 村の周囲は大人の身長の倍ほどの高さの土壁で一応囲われていて、壁の表面は細かい棘がびっしりと付いた(つる)植物で一面覆われてる。アールヴ族の労力と土魔法を駆使した長年の成果で結構しっかりした造りではあるんだけど……。

 そんな壁に村で唯一の通行門は一つだけ。そこを村の人達が二人一組の交代制で立ち番をしてる。基本、人が来るような場所じゃないから警備はゆるゆるで、壁にしたって結局のところアールヴの子供だって頑張れば乗り越えちゃえると思う。

 

 ま、ないよりマシなレベルでしかなく、小型の魔獣除けにはなってるから良しとする感じだね。

 

 真の守りは長老たちの作った結界魔道具だ。村の周囲を覆う、魔力による見えない膜が張られ、登録されていない魔力紋がそれに触れればアールヴ族の耳には聞こえる音が鳴る仕組みになってる。他にも樹海からの魔滓(まおり)流入を軽減する役割もある。

 魔道具の動作には闇属性の魔力が必要で、それが出来るのはじじ様と僕、あとはエボ=ツ様と、父様と仲のいいイル=ムさんの四人だけだ。

 

 僕はゆっくりと門の前まで歩み寄った。

 ミーア様には少し離れたところで待ってもらってる。なにしろ見た目は汎人族。そのままだと警戒されちゃうし結界がどう反応するかわからないし、色々仕込みしなきゃね。

 

「やあシイ=ナ。ただいま」

 

 暇そうに通行門で立ち番をしていた幼馴染のシイ=ナに普通に声をかけた。同い年のシイ=ナは僕より少しだけ背が高く、お姉さん風をふかせる女の子で水属性の適性持ちだ。美人だけどちょっと冷たい面持ちで初対面だと声をかけるのに躊躇(ちゅうちょ)しそうな子だけど、実は演技で実際は人と話すのが苦手な人見知りだと僕は知っている。

 濃紺の髪を後ろで一つに結んで垂らしてて、先端はお尻にかかるくらいまで伸ばしてる。以前ふざけて引っ張ったら冷静を装った顔から可愛らしい声の悲鳴が出たんだけど、絶対他にしゃべるなって脅された。しゃべったら、髪を引っ張たことを母様に言いつけるって澄んだ青い目で睨まれた。こわい。

 

「リイ=ナ! あ、あなたねぇ」

 

 僕を見るなりシイ=ナが詰め寄ってきた。

 どうやら僕が一人で主様探しの旅に出て行ったことが不満だったようで、グチグチ文句を聞かされた。幼馴染の僕は人見知りの対象からは外されてるんだ。

 

「シイ=ナ、わかった、わかったから。誘わなかったのは悪かったよ。でも仕方ないだろ、じじ様に急に呼び出されてすぐにでも出立(しゅったつ)しろって()かされたんだからさ……」

 

じじ様(としより)の言うことなんて話半分で聞いておけばいいんだから。いい、次はないからね、絶対よ!」

 

 ひどいなこいつ。

 でもまぁこれ以上機嫌損ねても面倒だし。

 

「うん、わかった。次あれば必ず声かけるよ」

 

 シイ=ナの顔を誠意を込めて見つめつつ、そう答えた。

 

「わ、わかればいいの、わかれば」

 

 なに顔赤くしてあたふたしてるんだ、こいつ。

 っと、そんなことより……、

 

「それでさ、主様と無事出会えたのでお連れしたんだけど……。ちょっと訳アリなんだ。まずはじじ様に会ってもらいたいんだけど、呼んで来てもらえる?」

 

「ええっ! なにそれ。ほんとに? さ、先に言いなさいよ、先に!」

 

 いや、話させてくれなかったのはそっちでしょうに。

 シイ=ナは立ち番のペアに声をかけてから足早に村の中へと駆けていった。

 

 

***

 

 シイ=ナがじじ様の腕に自分の腕を組んで、半ば強引に通行門まで連れてきた。人見知りの癖に気を許した相手にはこうやって強気に出るんだから困ったものだよね。でもじじ様も満更じゃない顔してるよ……、このエロじじい。ちなみに言うとシイ=ナの胸はほどほどに育っていてスタイルだって村の男たちの目を引きまくるくらいには良いと思う。

 

「リイ=ナよ、よくぞ無事に戻った。して主フィーラヴはいずこにおわすのかの? 早くわしにも面通しさせておくれぇ」

 

 期待に目を輝かせるじじ様。じじいのそんな目はみたくないや。ついでにシイ=ナも興味津々のようでこの場を遠慮する気持ちは微塵(みじん)もないようだ。

 

 じじ様も何も言わないし、ま、いいか。

 

「主様、お姿見せていただけますか?」

 

 僕は背後の虚空に向かって声をかけた。正直僕にだってどこに居られるのか見えないから適当だ。

 じじ様もシイ=ナも訳が分からない中でも期待に目を輝かせている。

 

 なんかこの二人似てるな……。

 

 呼びかけてすぐ、四、五歩ほど離れたところ、少し上を見るくらいの高さに淡い光がにじみ出てきた。それはじわじわ明るさを増していき……、人の輪郭をなぞったような光の塊になってくる。

 

「おおおっ……」

「綺麗、素敵……」

 

 お気に召したようでなにより。でも今からもっと驚くよね、きっと。

 

 一層輝きを増し目を開けていられなくなるほど(まぶ)しい。輝きを増した人形(ひとがた)の背中には大きな羽のようなものが四枚、左右に大きく広げられその存在を主張していた。

 光を放つそれはあまりに神々しくて、すでに知っている僕にしても自然と(かしず)きたくなってしまう。そんな大切な存在なんだ。

 一時の輝きが収まっていくと共にその姿、形がはっきりと(うかが)えるようになる。宙に浮かぶ、羽の生えた子供ほどの大きさの神々しきお姿。人とは思えない、青白くも透き通った肌。淡い紫の髪が自然なままに腰下へと伸び、ただよっている。美しさと可憐さを兼ね備えた、けれど無表情なそのお顔はまるで人形と見まごうばかりだ。

 

 ――ミーア様ってあまり表情が動かないんだよね、ほんと感情が読み取りにくいというか……。ほとんど話さないし、話したとしても片言だし……、それにどこか人とは違う感性というか、その、やばいし――。

 

 ともかく、そのお姿はまさにフィーラブ湖の水の精霊様にふさわしき神々しさに満ち溢れていた。

 

「むおぉ、なんとありがたや、主フィーラヴぅ……」

 

「うそ、みたい……。奇跡、泣けてきちゃう……」

 

 二人のリアクションに僕ちょっとひいちゃうな。

 いや、確かに神々しいんだけどね。

 

 血まみれ肉片まみれなミーア様を見ちゃってるからなぁ……、そんな気持ちになりきれないや。

 

 ちょっとしたギャップに苦笑しつつも、僕は無事ミーア様を村に案内できたことに安心し、こっそり息をこぼしたのだった。

 





家に帰るまでが旅行です(*´▽`*)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スヴェンの方策





「廃村となったソルヴェ村より東に向かった先の岸壁に巣を張っていたワイバーンが討伐された……と?」

 

 警備隊副長であるヨアンから興味深い報告が上がってきた。

 (くだん)の場所は、例の女児、ミーアを保護した際に村を襲ったワイバーンのうち、討ち漏らした個体が混ざっているとみていた営巣地だ。海峡渡りの魔獣は近年ほとんど確認されることがなかったのだが、今年に入ってからというもの、よりにもよってワイバーンが多数渡ってくるようになり警備隊はその討伐に苦心している。

 

「はい、仮設にて運用中の監視砦からの報告ですので間違いありません。営巣中のワイバーンは特に危険なため、光属性持ちの監視員も駐在させ、何者かとワイバーンの交戦状況についても撮像魔道具に幾つか記録描画として取り込んであります。残念ながら必要魔力が多いため極めて短時間ではありますが……」

 

 ほう、光属性持ちと言うとニールスか。(にわ)かには信じがたい内容だが、そうであれば早くその内容を確認してみたい。

 

「そこには確か六頭のワイバーンが居たはずだったな。早速確認したい、準備出来るか?」

 

「大丈夫です。投影魔道具を使いますので執務室の明かりを落としますがよろしいですか?」

 

「問題ない、頼む」

 

 

 投影魔道具は光属性を持つ魔法士が撮像魔道具に取り込んだ光粒情報を外部に再び取り出し、誰でも確認できるよう描き出すためのものだ。記録絵師が描く絵画など比較にならない、極めて実物に近いものが得られるが、それ相応に魔力を使うため上級以上の等級(グレード)がないと使い物にならない。

 

 ――万物、全ての存在は天より降り注ぐ光の粒をその形や色に応じた跳ね返し方をしていて、我らの目が様々なものを物として認識出来るのは、その多種多様に跳ね返った光の粒を、両の目が捉えて形として再現しているからなのだ――と、クリスティアンが喜々として説明してくれたことがあったが、これらの光属性による魔道具は目の代わりにそれを行ってくれるものなわけだ。

 

 さてどのような光景を見せてくれるものやら。

 

 

***

 

「何度見ても、なんとも非常識な……」

 

 うぬ。

 ヨアンの言葉が描き出された記録描画を見た者の総意と言っても過言ではない。ないのだが、あやつは自分の足跡を隠そうということを考えておらぬのか……。

 

 我らの前から逃げ()せたというのに、これでは見つけてくれと言わんばかりではないか。

 

「このような非常識な行い、まさにミーア以外に考えられぬな」

 

「そうですね。空中より不可思議な物体でワイバーンを(おお)ったのちに落下し、海に沈んでいった場面もなかなか興味深いものでしたが、何と言っても最後の記録描画、三頭のワイバーンが同時に放ったファイアブレス攻撃を相殺して尚、ワイバーンへと向かう火炎の凄まじい奔流(ほんりゅう)……。あれはなんとも末恐ろしい威力の火属性魔法でした」

 

 正に。

 

 あれはソルヴェ村でも見た火柱を彷彿(ほうふつ)とさせる……、いや、今確認した記録描画の中の魔法は、それどころではないほどの威力を見せつけていた。

 空を飛んでいるワイバーン三頭を、逃げる間を与えず、跡形もなく滅してしまう……、早さ、威力、射程距離。どれをとってもまさに末恐ろしい。しかもまだまだ余力が有るようにも見えた。

 

 あれほど高威力かつ長射程の火属性魔法など、過去に(さかのぼ)っても聞いたこともなく、人が放てる魔法の威力を逸脱(いつだつ)している。

 

 年端も行かぬ少女の姿をしたミーア。

 可愛らしいその姿に多くの者は(だま)されているが、俺はそんなことで(まど)わされたりせぬぞ。

 

 今回の記録描画のことも(しか)りだが、アンデッドではないかと思えるような様子を見せたり、クリスティアンの調べでわかった魔力紋の事実を鑑みれば、あやつは人ならざるものと結論付けざるを得ぬ。

 

 クリスティアンが『魔喰の精霊』などと称していたが、あのミーアが精霊であるなど(いま)だに信じがたいが……。そもそも精霊などという存在は子供に語る物語や女神信仰の伝承の中でのみ出て来る、空想上の存在にすぎぬ。

 

 そう認識していたのだ。

 

 だが……、(かたく)なに否定しているだけでは物事が進まぬことも事実。

 幸いなことにこうしてミーア自ら、居場所を示してくれている。我々の考えが間違っていないことの証左(しょうさ)でもある。

 

 あやつはあのまま海峡を渡り、ヴィーアル樹海へと向かったに違いない。その先には例の湖もある――。

 

 

「ヨアン、これを見て確信に変わったぞ。ヴィーアル樹海にあるはずの湖探索予定を早める。出来ればひと月の内に出立(しゅったつ)できる様にしたい」

 

「はい。了解いたしましたが……、探索員数と人選はいかがしますか? 多数の魔獣が生息する恐ろしい場所です、生半可(なまはんか)な人員では全滅する恐れすらあります」

 

 ヨアンの言うことはもっともだが、それを理由に探索を行わないなど、それこそありえぬ。

 正直、なぜここまでミーアにこだわるのか俺自身不思議に思うところもあるが、少なくともあの存在をこのまま何もせず放置しておいては、ヴィースハウン領の不利益になるような事態になる可能性がないとは言えない。

 

 もっとも今現在において、領に害をなすような行為は何もしておらぬから、穏便に済ませれるのであればそれに越したことはない。

 

「人員はあまり多いと迅速な行動がとれぬゆえ少数精鋭としたいが、その中にアンヌ=ハウゲン、そして冒険者ギルドに所属しているオルガ、及びドリス、以上三人を加えることは必須としたい。それを踏まえたうえで残りの人選、段取りはヨアンら副長に任せる」

 

 その三人はミーアを懐柔(かいじゅう)するためには必須だ。良く(なつ)いていたらしいからな。

 俺のことは良く知らぬだろうし、これまでのしがらみを考えれば、嫌われていてもおかしくはない。ゆえに物事を少しでも有利に運ぶためには多少危険であろうが連れて行かない手はない。

 

「わかりました。では、早速準備に取り掛かることといたします。しかし、アンヌは……、ハウゲン子爵が参加させることを良しとしますでしょうか?」

 

 ふふ、確かに。娘が可愛くて仕方ないらしいからな。

 警備隊に入るときもかなり反対したらしいからな、ハウゲン子爵は。まったく、甘いやつで困ったものだ。

 

 だがそれとこれとは別だ。

 

「アンヌは必ず参加させる。俺からも手を回しておくから構わず進めろ、頼んだぞ」

 

 

 ミーアには色々驚かされ、振り回されているが何としてでも我の目が届くところで管理しておきたいものだ。魔喰の精霊などという眉唾なものがどういった存在であるのか、やはり懸案するべきものとして残るが……。

 

 

 ともあれ、まずヴィーアル樹海を無事突破せねば始まらぬことでもある。

 

 待っておれよミーア。

 

 必ずやそなたの顔を驚きで満たしてくれよう。





またヘイトがたまる~(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーア歓迎される

 リイ=ナに連れられてようやくたどり着きました、アールヴ族の村!

 

 村の周りは土壁でしっかり覆われてるけど、レイナールの壁に比べれば規模はかなり小さい感じ。でも表面を覆ってる蔓草(つるくさ)のとげとげは触ったら痛そうです。まぁ所詮子供だまし、どうとでも対処できそうですけれど。

 欠片ぷにょから取り込んだ記憶によれば村の周囲に結界が張られてるってことだけど、確かに周期的に波紋が広がってくるような空気感があります。これって闇属性の魔力を使った結界なのかな?

 このしっとりした感じは例のハンバーグみたいな名前のお貴族様を思い出させるので好きじゃない。私も同じようなことは出来るだろうけど、私の場合はスライム体を使って色々探ることが多いので似て非なるものなのです。

 

 スライム体って一体何属性になるんでしょうね?

 

 以前やった魔力測定でもスライム体自身については含まれていないはずなのです。それがわかるようなら頭の中のスライム脳やミーアボディに浸透してるスライム体の存在もばれちゃいますからね。頭割られたりしたらたまりません。

 

 スライム体で出来ることを思えば普通の属性ではないような気がしますね。

 ま、今考えることでもないですか。

 とりあえずはアールヴ族の村にお邪魔させてもらってから、懐かしの湖に戻ってみることとしましょう。

 

 

 通行門にいたシイ=ナはリイ=ナの幼馴染と言うことで、濃紺の艶々の髪をしたツンツン美人さんは私から見てもリイ=ナを意識してるのバレバレ。リアルツンデレさんのようでした。

 そしてリイ=ナは典型的どん感さんのようでシイ=ナのそんな様子に全く気付く様子なしです。どうでもいいですね。

 

 結界があるため、すぐさま私を中に迎え入れるとはいかないようで、シイ=ナがじじ様を呼びに戻っていきました。じじ様というのはアズ=イのことです。会ったこともないのにわかるのはほんと不思議な感覚ですね。じじいでいいと思います。

 ちなみに結界と言っても物理的にはじくみたいなことは出来ないようで、「知らない人が入ってきたよ~」ってお知らせしてくれるだけみたいです。ま、侵入者だけをはじき出すみたいなご大層なものなんてそう簡単には出来ないよね。今までで知ってるものでもせいぜい魔法が使えなくなるとかぐらいだったものね。

 

 それにしてもアールヴ族というのは揃いも揃って顔面偏差値が高くて爆発させたくなってきますね。アズ=イもじじいながら昔はさぞや……と思わせる面持ちの『イケじじ』です。総髪にした白髪に長く伸ばした口ひげや(あご)ひげ、淡い藍染めっぽい長衣をまとっていて、どこか仙人を彷彿とさせる佇まいを見せています。

 

 どうやら結界を張ってるのはアズ=イを筆頭とする長老と呼ばれているじーさまたちのようです。取り込んだ記憶にもそこまで掘り下げた情報はなかったので、やはり現場に来ないとわからないことがあるということを実感させられます。

 

 とは言っても村に入れないなら入れないで別にいいんですけどね。

 好きにすればいいと思います。

 

 じじいが結界魔道具への登録用プレート持ってきたようで、いつだったか冒険者ギルドでやったように魔力紋を登録して欲しいとお願いされました。

 

 ペタっとさわってふんぬとそれなりに魔力を送ってやったらなんか虹色のプレートになってしまったね。

 

 はい、わざとです。

 魔石で出来るのならもしかしてと思ってやってみたら出来ました、虹色魔力紋プレート。

 むふふん、えせ精霊様としてはこれで更に箔がつくってものでしょう、うん。

 

 じじいも顎が外れんばかりに大口開けて驚いてくれてますからね、やった甲斐がありました。

 これで心置きなく村の中に入れるんですよね?

 

「ミーア様、すごいです! あの、改めまして……私、シイ=ナといいます。ミーア様をお連れしたリイ=ナとは幼馴染なんです。私にぜひ村の案内役をさせてくださいっ」

 

 うん、とても押しが強い子だね。

 横に居たリイ=ナを押しのける勢いでアピールしてきました。私としては別に誰に案内してもらっても構わないので頷いておこう。

 

「うん、よろしく、シイ=ナ?」

 

 そんなこんなでリイ=ナにシイ=ナ、ついでにじじいの三人に伴われて私はフィーラヴ村へと足を踏み入れたのでした。

 

 

***

 

 

 ミーア様を迎えたその夜、フィーラヴ村を挙げての歓迎の(うたげ)(もよお)された。

 

 女神フェリアナ像と主フィーラヴの器が(まつ)られている樹上宮(ツリーヴィラ)のもと、厳しい自然の中を生き、寿命を全うして倒れた木を組み上げて起こした神聖な営火を囲むようにして作られた宴の場。

 村に住むアールヴ族のほとんどがこの場に(つど)ったと思う。立ち番に当たった人たちも交代しながらその催しの空気に触れられるよう気遣われた。

 普段、酒精の入った飲み物を(たしな)まないアールブ族においても、この日ばかりは皆に振舞われ、めったに見かけることのできないアールヴの酔っ払いを多数目にすることが出来る珍しい日にもなった。

 

 樹海(もり)の中で生きるアールヴ族だけど、火は生きるうえでとても重要なもの。森に燃え移ることを心配して使わないなんてことはあり得ない。今からの時期がまさにそうだけど、フィーラヴ湖周辺は冬になると雪が積もるくらい寒くなる。

 宴にもそんな冬を前に樹海の樹々から取れた木の実を使った料理や、狩られた魔獣の肉を使った料理とか、太い丸太を割って作った即席のテーブルに多数並べられてる。今の時期の魔獣たちは特に丸々としていて脂ものっているから食べてもすごくおいしいんだ。ただ、その分活動も活発だから危険度も高いけど、汎人族との交流もない閉ざされたこの村で生きるには魔獣を狩ることでしか食肉を得ることは出来ない。

 

 みんな命の危険も顧みず、狩りをしていく他ないんだけど、昔に比べて弱体化したとはいえ、易々と魔獣にやられるようなアールヴ族なんていやしない!

 

 竜種や大型魔獣が出てきたら別だけどね。その時は一目散に逃げるのみだよ。

 

 

「ミーア様、これも食べてみてください」

 

 シイ=ナが甲斐甲斐しくミーア様のお世話をしててすっごく意外だ。

 

 ミーア様のお姿は今は背中の羽も消え、体から発する神々しいばかりの輝きも収まっていて言ってみれば汎人族の見た目になっている。けれど最初に輝きを帯びながら空に浮かぶお姿を見せつけたのと、じじ様の主フィーラヴ様に失礼があってはならぬとのきつい一言もあり、ミーア様を(あなど)るような態度をとるものはいないみたい。

 っていうか、シイ=ナの態度を見ればわかるけど、どちらかというと皆ミーア様に気に入られようと次々と収穫した穀物や木の実、魔獣肉や腸詰めなどを貢いでいて、ミーア様の周囲はそれら貢物で足の踏み場にも困る状態になってきてる。

 

 シイ=ナは要領よくミーア様の傍に居座ることに成功し、持ち寄られた貢物をさばきながら、手ずから食べ物をミーア様のお口へと運んでいるよ。

 ミーア様はといえば、これも意外なことにそんなシイ=ナのされるがままになっていて、相変わらず感情の読みにくい無表情に近い面持ちではあるものの、特に不満に思われているご様子も見受けられない。

 

「はい、あーん」

 

 シイ=ナのそんな言葉と共に口元に差し出される料理に、口を開けるミーア様。失礼ながらまるで親鳥からエサをもらう雛鳥みたいだよ。小さな口でも食べやすいようにちゃんと大きさを整えていたりして、普段、何事にも雑な行いが目立つシイ=ナとは思えないんだけど!

 

 とはいえ、もぐもぐと食べ物を頬張る幼げなミーア様のお姿に、村のみんなも癒しを感じてるみたいで、周囲がゆるい空気で満たされていくのを肌で感じとれてしまう。

 

 けどまぁ、日々厳しい暮らしを送る中、たまにはこんな時があってもいいか。

 じじ様がそんな二人の様子をうらやましそうに見てるのがちょっと引いちゃうけどね。

 

 とりあえず無事にミーア様をお迎えすることは出来たけど、この先じじ様たちの思惑通りにミーア様が動いてくれるかどうかはわからないと思う。

 ミーア様がどういう行動をとるかなんて、僕には全く予測もつかないよ。

 僕らの歓迎を受け入れてくれてるように見えるけど、ミーア様の行動は良く言えば自由、ぶっちゃけていえば無計画。

 

 じじ様の言うことを素直に聞いてくれるかどうかなんて、それこそ女神フェリアナにだってわからないと思う。

 

 僕はお役目を果たしたからね、後のことはしーらない。

 





そうは問屋が卸しません、きっとw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

樹上宮にて


能書き多め


 夜遅くまで続いた歓迎の宴もようやく終わりを迎えました。

 私の目の前には酔いつぶれた村人たちが死屍累々といった様子で横たわっています。夜は冷え込んでくるようになったのでそのままだとやばいと思います。

 

 世話をしてくれていたシイ=ナ曰く、普段のアールヴの人々からは考えられない状況であるのだとか。

 泥酔するまで飲むくらいには歓迎されたと思えば悪い気持ちはしないですが、別に私はこの人たちのために何かしてあげたということは一切ないので、何とも微妙な気持ちになります。

 ま、こんな樹海の奥地の村、娯楽と言う娯楽もないでしょうし、はっちゃけた村人たちが多かったということにしておきましょう。

 

「ミーア様、じじ様が寝所を用意しているのでおいでくださいとのことです」

 

 夜遅くなっても元気なシイ=ナが駆け寄って来てそう言うと、私の手をぎゅっと握り引っ張るように歩き出した。横に付いていてくれたリイ=ナも一緒に付いてきた。

 

 案内された場所はといえば、宴の場所のすぐ上、アールブの人達が樹上宮(ツリーヴィラ)って呼んでたところでした。

 いくつもの木が複雑に()り合わされ、束ねられたかのように見える、けれど一本の太い幹の巨木。上に向かい複雑に枝分かれしつつ天を突くように伸びていている、太い幹の途中にその建物がありました。

 三階建ての校舎の屋上くらいの高さがありそうです。横に伸びたいくつかの枝を巧みに使い、うまくバランスをとるように建てられたその建物こそが樹上宮(ツリーヴィラ)らしい。

 

 ま、そのまんまの名前で、ひねりがないですね。

 

 場所が場所だけにそんなに大きなものではないけど、それでも前世の田舎にある神社のお(やしろ)くらいの大きさはありそう。お社に例えたけど、面白いことに建物の形自体、少しばかり神社のお社に似てる感じなんですよね。茅葺(かやぶ)きっぽい屋根に樹海の木をログハウスのように重ね上げ組み上げた建物。それの形とか雰囲気がお社っぽくみえる感じなのです。

 

 樹の幹に螺旋状に足場が(しつら)えられていて、リイ=ナが先導するようにひょいひょいと飛び跳ねる様に上っていく。

 いやこれ、普通の人なら恐がって登れないやつです。元日本の中年サラリーマンなおじさんなら、足がすくみあがって絶対登れなかったに違いないやつです。

 

 まぁ今の私にはなんの問題もないですけれども。なんなら飛んで上がれば一番楽なんですが。

 

「ミーア様、抱き上げさせていただければ、上までお連れいたしますけど、ど、どうでしょうか?」

 

 シイ=ナが吸い込まれそうな深い青の目で、期待を込めた眼差しを送ってくる。どうでしょうかって言われても、ねぇ。そんな目で見られたら、いや、もう好きにしてくださいとしか……。

 

 私だって小さいとはいえ、それなりの重さがあると思うんですけどね。

 

 

 ――無事上に上がれました。

 

 

 シイ=ナはオルガに匹敵するほど背も高く、しかもとても目の保養になる女性らしい容姿をしているのですが、そんな見た目とは裏腹にとんでもない怪力の持ち主でした。水属性ということですが、筋肉属性の間違いに違いありません。

 女性らしい柔らかさに富んだシイ=ナの胸に包まれるように抱きかかえられた私は、シイ=ナの首に腕を回し密着するような体勢でしたので、とても心地の良い一時を過ごせまして元中年おじさん的にはとても魂が癒されました!

 

 なぜか抱きかかえられたまま、シイ=ナに連れられ樹上宮の中へと入っていきます。リイ=ナが溜息をつくのを私の耳がしっかりと捉えました。思うところがあるのならはっきり言わないとダメだと思います。

 

 樹上宮の中に入ってみれば、そこは板張りの十畳ほどの広間になっていて、奥を見やれば、そこには欠片の記憶通り女神フェリアナ像と私の欠片を入れた器らしきものが祭壇(さいだん)のような台の上に並べる様にして丁寧に(まつ)ってありました。

 

 女神フェリアナとかいう、ほんとにいるのかどうかもわからないものを真剣にお祈りしてるのを欠片の記憶から理解はしてますが、無神論な元日本人の私は、ああそうって感覚でしかないです。

 同じように私の欠片の入った半透明の大きなお椀みたいな器もお祈りの対象になっていましたが、そんな祈りは私には全く届いていませんでした!

 強いて言えば物理的なものとして、ペンダントに入ってた欠片からは記憶をもらいましたから、ある意味祈りが通じた的なものになるのかな? ならないのかな?

 

 ま、どうでもいいですね。

 

 

 祭壇の脇にアズ=イ(じじい)が居ました。

 

 っていうか、じじい、まさか私にこの祭壇の辺りで寝ろとか言うのではないでしょうね?

 精霊様だから、祭壇でええやんとか思ってないよね?

 

 実際全然問題なしに寝ようと思えば寝れるわけですが……。

 

 つうか私、別に精霊違うし!

 違う……よね?

 

 最近ちょっと自分がわからない、いや、ずっとわからないと言えばわからないけど……。

 

「主フィーラヴ様、フィーラヴ湖へとお戻りいただき、このアズ=イ、感謝の念に堪えませぬ! 我らアールヴの民は主様のお力の一端によりて生きながらえることができておりましたゆえ、主様の支配精魔域(サンクチュアリ)が突如失われた時にはどうしたらよいものかと……それはもう生きた心地を失い、アールヴの将来を悲観していたのでございます」

 

 なんかアズ=イ(じじい)が面倒くさいことを語り出した。

 支配精魔域(サンクチュアリ)とか勝手に名前つけてるけど、私は別になにも支配なんてしてないし、ただ、そこに居ただけなのにね。じじいの戯言(たわごと)は聞き流しておくに限ります。

 

「それにいたしましても、よもや主様がなんともお可愛らしい幼女のお姿をなされていたとは……。このアズ=イ、驚きを感じますと共になんとも(いつく)しみの心が湧いてくるようで……、長く生きながらえてきた中で、感じたことがないほどに心が(なご)んでおるのでございます」

 

 あっそう、良かったですね。

 

「これもひとえに女神フェリアナ様のお導き。こちらもアールヴの民、皆で感謝の心をお伝えしなければいけませぬなぁ……」

 

 ああそう、ああそう。

 これまだ終わんないのでしょうか?

 

 じじいが今度は女神像に向かって祈りだした。

 

 私もつられてそちらを見ます。

 

 女神像は一メートルにも満たない大きさとはいえ、それなりの存在感を示していて、薄手のワンピースのような衣も長い髪も足元まで伸びていてなんとも動きずらそうな造形をしてる。

 まぁ木彫りの像にそんなこと言ってもなんだけど、頭部はアールヴの特徴である耳や角がしっかり造形されていて、それだけ見ればアールヴ族の女神様っぽく見えますね。

 汎人族の間でも女神信仰はあるって習った気がするけど、あっちの女神像がそんな造形してるとは思えないですし……、ま、実際見た人がいるの? って話だし、その辺は都合よく解釈してるんでしょう。

 

 そんな女神像を何ともなしにじーっと見つめていたら、不意に頭の奥がずくんって痛みを感じるほどの(うず)きを覚えました。

 我ながら、スライム脳に頭の奥があるのかいって突っ込み入れたくなるけど、思考をしているからには何某(なにがし)かの何かはあるのかな?

 

 いや、何言ってるんでしょう私は。

 

 

「じじ様っ、ミーア様の寝所はどちらになるのですか?」

 

 シイ=ナがしびれを切らし、祭壇と硬い板張りの床しかないこの場を見回しながら(いぶか)し気に問いかけました。

 

 頭にはまだ違和感が残っていますが、痛いほどに疼いた先ほどのようなことはもうありません。

 

「ふおぉ、寝所とな……。それはほれ、そのさいだ……、ひぇ」

 

 よくよく祭壇を見れば、女神像の横に小さな座布団のようなものが並べ置かれてるような……。

 

「くそじじいっ! ミーア様は精霊様とはいえこのように柔らかなお体を持って顕現されているのです。祭壇でいいはずないでしょうが!」

 

 もはや(うやま)う気持ちが少しも入っていなさそうなシイ=ナの剣幕に、じじいはおろか、その場の皆がすくみあがりました。

 

 私もシイ=ナの腕に抱かれながらも思わずビクってなってしまいました。

 ちょっと漏らしたかもしれません……。シイ=ナ恐るべし。

 

 ないしょですからね。

 

 

 祭壇の奥にもいくつか部屋はあるようですが、リイ=ナ曰く、とても私を迎え入れて就寝してもらうような場所ではない、ということで……、

 

 結局のところ。

 

 

「私が添い寝してさしあげます! ぜひ私の家にいらしてください」

 

 冷たい面持ちの美人さんのはずのシイ=ナが、鼻をひくひくさせながらそう提案してきた。

 

 

 

 

 そういう事になった!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深淵からの光


いやいや難産。


 アールヴの人達の家はみんな樹の上……、なんてことはなく普通に地面の上に建てられた建物でした。

 ただ、間引きされた森の中を縫うように建てられた家々は地面の上に直接と言う訳ではなく、高床式住居と言った方が良い佇まいで、樹上宮より規模は小さいですが同じように細めの丸太を組み上げて作られた家です。

 

 招かれて泊めてもらったシイ=ナの家も同じ佇まいで、中に入ると高床というくらいですから当然板敷きの床ですが、もちろん土足のまま入室しました。間取りは前世風に言うなら2LDKと言えばわかってもらえるかと思います。

 ご両親と三人暮らしだそうです。ただし、泊めてもらったその晩はお父さんは酔っ払い集団の中に居たようで、家には居ませんでした、はい。

 

 母親に驚かれつつも大歓迎を受け、接待を始める勢いでしたが、さすがに夜も遅いということで、小さい子(私のことです……)は早く寝ないといけないからとシイ=ナが強弁したため、接待(めんどう)は免れました。

 

 シイ=ナはご両親とは別の部屋で一人で寝てるようで、私はその部屋で木枠に(わら)っぽいものを詰めたものにシーツをかぶせたベッド、――この世界ではおなじみの様式ですが、正直私はスライム体でくるまって眠る方が落ち着くし何より寝心地も良いのですが――、に引き込まれ、抱き枕のようになって眠ることになったのでした。

 

「ミーア様、おやすみなさい!」

 

 そう言ってベッドに入ったシイ=ナはとても満足げな笑顔を見せていますが、ツンデレさんは私と添い寝するより、リイ=ナとの仲をベッドで進展させた方がいいのじゃないか? と、ちょっと下世話な考えを抱いたりしてしまいます。

 

 私がそんなこと思ってるとはつゆ知らず、シイ=ナは幸せそうに横になり私をぎゅーっと抱きかかえてきます。やれやれです。

 

 仕方ないのであきらめて寝ましょう。

 

 …………。

 

 シイ=ナは私を抱き枕に夢の世界に旅立っていきました。

 

 私はと言えば一応ミーアの体としては眠った体を成していますが、大容量を誇るスライム体として見た場合、全体が眠ってしまうということはないと言えます。

 そもそもスライム体という生命体? には睡眠という生理的欲求はなく、この世界にあると認識してからというもの長きに渡り、変わらず活動し続けています。

 

 ただ、これはスライム体が特別と言う事ではなく、どんな生物……、特に動物ですが本質は同じだと思います。だって、体は生きているのですから無意識下で、臓器やそれを構成する細胞たちは活動し続けている訳ですからね。

 まぁそうは言うものの、動物や人の意識外での活動は自分の意志ではどうにも出来ないことですから、この際無視していい事柄でもあります。

 スライム体はその点、もう少し融通が利きます。ミーアボディを生かしていることが最たるものですが、私の意志により人としての生命活動を命令している訳です。息させろとか心臓動かせとか、(まばた)きさせろとか……、そんな命令を出したりしてるわけです。周りの魔力を感知しろとか、吸収しろとかもそうです。自分の体に命令と言うのも変な話ですが、便宜上そう考えた方がわかりやすいのでしかたないね。

 

 能書きはともかく、私の意識を(にな)っている『スライム体=スライム脳』以外でも、スライム体は色々指示した命令を行う活動をしている部位もあると言いたいわけです、はい。

 ちなみにスライム脳たるスライム体は常に同じものではなく、流動的、移り変わるものであり、動物の臓器のように決まった役割を持つ部位はありません。

 

 それを踏まえた上で、『私』と言う元日本人の意識が存在していくためには、やはり睡眠と言う行為が必要不可欠であり、すなわち睡眠欲というものがちゃんと私にはあるのです。

 

 あくまで欲だから、なくても済むものでもあります……が。

 

 私は私と言う意識ある存在。

 

 だから私は眠るのです!

 

 これを言いたいがために、能書き垂れてしましました。

 では本当に……、

 

「おやすみぃ……」

 

 

***

 

 …………。

 

 

 …………くら…、暗……い。

 

 

 ……あ…………れ……………?

 

 

 な……、

 

 …………んだ?

 

 

 ………………こ、こ…………?

 

 

 …………。

 

 ひか、り。

 ひかり……が、まったく、な……い。

 

 かん、ぜん、完全なる、闇、……です。

 

 

 深い、深い……闇。

 

 

 ゆ、め、夢です……か?

 

 

 あ……、ああぁ……。

 あっ、あ~!

 

 だんだん、いし……き、意識がはっきりして……きま……した。

 

 

 な、なんなの、で、しょう?

 この、じょう、きょう……、この、状況……は?

 

 わたし、私、たしか、確か、寝ました、よね?

 

 

 なのに……、な、なんなのでしょう?

 この、この異様な感覚、と、状況……は?

 

 深い、とんでもなく、深い……、闇。

 

 闇の……深淵(しんえん)? とでも言えば良い……のでしょうか?

 

 私の意識、が、そんな闇へと向かって、落ちて、行っているような、スライム……として再び生を受けて以来……、初めて感じる底知れない……、恐怖にも似た感覚。

 

 この先に、先に行くのが怖い……。恐ろしい。

 前世での死に様は覚えていないけれど……、まるで死を、感覚として体験……してしまっている……ような、そんな感覚。

 

 …………。

 

 うっ!

 

 急に、目の前が真っ白に、なり、ました。

 まばゆい、眩いばかりの光。

 

 

 …………。

 

 ……*………………………………、

 …………*…………………………、

 ………………*……………………、

 ……*………………………………、

 …………*…………………………、

 ………………*……………………、

 *……………………………………、

 ………………………………………、

 ………………………*……………、

 ………………………………*……、

 ……………………………………*、

 ………………………………………、

 ……サイカ…………………………、

 ………………………………………、

 ……災禍……ガ……………………、

 

 …………………………来タ……ル。

 

 

 …………。

 

 

 な、に?

 

 な、なんなの、ですか?

 

 くぅ!

 

 思念の源から滲み出してくるような痛み、です。

 

 こんな痛みを感じることなんて、変……です。痛みはあくまで記号としてしか認識していない……、しかも、しかもそれはミーアの体での話……であって。

 

 スライム体に痛みを感じる感覚など、ない……はずなのに。

 

 でも、ああ、そういえば、女神像を前にしたときにも、微妙にそんな感覚を得た覚えが……。

 

 

 ああ、もう、一体なんなのですか!

 

 

 

 

 

 

 【……その力もて、……歪にして災凶。災禍たる凶龍を滅し滅ぼし崩潰せしめ……て……】

 

 

 

 ……っ、痛っ!

 

 

 

 くああっ……。

 

 

 

 

 ――――。

 

 

 

 

 

***

 

 

「ミーア様、ミーア様! 大丈夫ですか?」

 

 う、うん?

 

「んあ? ふあぁ……」

 

 な、なんなのでしょう、この気怠い(けだるい)気分……。

 

「ミーア様、随分とうなされておいででした。お休み中でしたのに起こしてしまい申し訳ありません!」

 

 シイ=ナがベッドで寝てる私の横で、膝立ちしてこちらを心配そうに見ています。

 どうやら私は寝ていたところをシイ=ナに起こされたみたいです。

 

 それにしてもうなされていたって?

 この私が?

 

「だ、だいじょぶ。起こしてくれて、ありがとう。もう朝?」

「はい! あの、それで僭越(せんえつ)ながら朝食を用意させてもらっています。湖の精霊たるミーア様のお口に合うかどうかわかりませんが、ぜひお召し上がりいただければっ!」

 

 万能スライム体たるこの私がうなされる?

 

 いやまぁ、あるかもですね?

 元日本人の中年サラリーマンたるこの私が中の人ですからね。

 

 ま、いいか。

 気にしないでおきましょう。

 

 シイ=ナが気合入れて朝食用意してくれたみたい(作ったのはお母さんでしょうけどね)だしね。

 さて、今日はどうしましょう?

 

 アールヴの村にいると面倒くさいことになりそうですし……、とっとと湖に行ってしまいましょうかね?

 

 くふっ、リイ=ナやアズ=イが困っちゃうでしょうか?

 

 

 うん、今日も一日楽しく行きましょう!

 





あれあれ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アンヌの想い

 スヴェン隊長から、ヴィーアル樹海への遠征隊に私も加わるようにと申し渡されました。

 

 ケービック砦の警備隊からはヨアン副長とクルトとかいうガサツな人が同行します。更に別の砦からの人員や、冒険者ギルドからも幾人か要員が出されるようです。

 私のような支援要員を含めた遠征隊は総勢十二名です。少なく感じますが勝手のわからない見知らぬ土地、魔獣ひしめく危険な場所に(おもむ)くのに数だけ揃えても動きが取りにくいだけ。

 信頼のおける人員による、機動性と確実性を考えたうえでの人選なんだそうです。ヨアン副長の受け売りですが……。

 

 私がそんな中に入ってもいいのかな?

 ちょっと不安です。

 

 遠征の目的は、ここ数ヶ月で頻繁(ひんぱん)に起こるようになった魔獣の海峡渡りの原因を調査するということらしいです。空を飛べるワイバーンの海峡渡りが特に顕著(けんちょ)で、海岸線沿いの要所に築かれている監視砦からの発見報告も後を絶ちません。

 被害報告もそれなりに上がっていて、海峡を渡ってきたワイバーンが岸壁で営巣し、そこを拠点として領内の村々を襲撃する事例が増えたのだそうです。ケービック砦においても少し前に営巣するワイバーンを確認したと聞きました。詳細は一隊員に過ぎない私まで回ってはきませんが、漏れ聞こえて来た話からするとなんとか討伐に成功したみたいです。

 

 それでも被害は多少出たようで残念なのですが、でも早期に対応出来て良かったな……とも思います。

 

 けれど、ワイバーンの話を聞くとミーアちゃんのことを思い出さずにはいられません。

 

 思い返せばミーアちゃんと出会ったソルヴェ村が、魔獣の海峡渡りの最初の被害となった場所でもあります。それ以降、ソルヴェ村ほどではないにしろ、散発的に魔獣被害の報告が上がるようになってきました。

 

 レイナール領にミーアちゃんが居ると聞いた時には居ても立ってもいられず、スヴェン隊長のはからいもあり会いにまで行きましたが……、残念ながら再会することはかないませんでした。

 

 スヴェン隊長は上級貴族であり思い至れないのは仕方ないのかもしれませんが、それなりの仕打ちを受けたミーアちゃんが、スヴェン様やギルドマスターからの呼び出しに(ひる)んで逃げてしまったのはもっともなことだと思うのです……。

 スヴェン隊長の中では許しを与え、もう済んでしまった出来事であっても、ミーアちゃんの中ではそれは終わってなんかなくて……、今も心に残ったままなんだと思います。

 

 ああ、今この時もミーアちゃんはどんな思いで過ごしているんでしょう?

 

 もし再会できたならこの胸でぎゅっと抱きしめてあげたい。

 もう心配しなくていいんだよって伝えてあげたい……。

 

 

 ああ、いけない……、考えが逸れてしまいました。

 それと言うのもヨアン副長のせいです。

 

 魔獣蔓延(はびこ)るヴィーアル樹海に危険を冒してまで行く理由の一つ、それをヨアン副長が内密でと言って聞かせてくれたせいなのです。

 不確かな情報ながら、ミーアちゃんが、あちら側に渡っている可能性があるというお話しなのです。

 どうしてそんな危険なところへ? という疑問は置いておいて、それを聞いて行かないなんて選択肢は私には存在しません!

 これを聞いたら、少しばかりの不安がなんだって気持ちにもなりますし、俄然(がぜん)やる気も出て来るというものです。

 

 お父様はきっと反対なさるだろうけれど……、そもそもこれを決めたのはスヴェン隊長。スヴェン=ソールバルグ様なのです。だから引き留めることが出来るはずもないのです。

 私だってスヴェン隊長のやりように思うところがない訳ではありませんが、同じ隊に所属するとはいえ所詮私は下級貴族の娘でしかなく、どうすることも出来ません。

 

 今はとにかくミーアちゃんに会うことを目的に、私なりにがんばりたいと思います。

 

 あともう一つ気になることと言えば、遠征隊に参加する冒険者さんのことです。

 ヨアン副長(いわ)く、冒険者ギルドのサブマスターであるトマスさんという方の他に、オルガさんとドリスさんという女性冒険者が参加するそうなのです。

 

 オルガさんとドリスさん。

 

 この二人の名前は以前レイナール子爵館に(おもむ)いた時に聞いたことがあります。

 ミーアちゃんは少しの間その二人と行動を共にしていたそうで、出会ったきっかけは野盗に拉致されたことだったとかで、怖すぎてちょっと理解したくない状況です。

 

 なんと言ったらいいのか……、とにかく無事で良かったとしか言えません。

 それにしてもあんな幼い女の子を拉致するなんて……、野盗なんて存在、この世から全て消えて無くなればいいのに。

 

 それにしても……、ケービック砦から抜け出して二人に出会うまでずっと一人で林野(りんや)をさ迷っていたのかと思うと、本当に不憫(ふびん)でなりません。

 たった一人で夜を過ごし、人と関わることなく生きていくなんて……十歳、いえ、九歳で登録されているのでしたっけ? ……九歳の女の子がしていい生き方じゃありません!

 

 聞けばミーアちゃんはレイナールの町でドリスさんと二週間ほど寝食を共にしていたみたいで、その間に冒険者としてやっていくため、色々学ぼうと頑張っていたらしいのです。

 

 魔法の才が飛びぬけていたらしいです。

 

「ふふっ、当然です。私が知ってる限り、ミーアちゃんほど才能と魔力を持った人に出会ったことありません。領都の守備隊魔法士だってきっと足元にも及ばないです!」

 

 会ったことはないけれどね。

 

 他にも何か表沙汰(おもてざた)に出来ないすごいこともあったようなのだけど、教えてもらえないのです……。

 

 そんな中で、レイナール領代官館への呼び出しを受けて……、それのおかげで行方知れずになってしまいました。

 

「ああもう、私はどうしてこんなに無力で、すべてが後手になってしまうんでしょう」

 

 ほんと、どうしましょう。

 ついつい独り言をこぼしてしまいます。

 

 

「ともかく! 行動あるのみです。お二人はどんな方々なのでしょう? ミーアちゃんが(なつ)いていたようですから、きっといい人たちに違いないですよね」

 

 平民のお二人に、下級とは言え貴族である私が素直に受け入れてもらえるでしょうか?

 まぁ貴族とは言っても子爵令嬢というだけで私自身に爵位が有るわけでもなく、嫁ぐ先によってはどうなるものか、わかったものではないのですけど。

 

 自分で決められるわけでもなく、歯がゆいばかりなのが実情なのです。

 

 こうやって内に(こも)って考えていても(ろく)なことはないです。

 遠征隊は近々出立するのだから、もうなるようにしかならないし、冬も迫ってますからそう長い時間もかけられないでしょうし。

 

 お二人と仲良くさせてもらって、協力してミーアちゃんを見つけ出して……、そして願わくば私と一緒にヴィースハウン領へと戻って来てほしいな……。

 

 

 これから向かう先にミーアちゃんが本当にいるのかもわからないし、危険なヴィーアル樹海を無事に抜けられるかもわからないし……、

 

 そもそもどこを目的にしているのかすら教えてもらってないのだけど。

 

 

 ああ、女神フェリアナ様。

 どうかミーアちゃんと会えるよう、その聖なるお力でお見守りください――。

 





展開遅くてすみません……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーア、お家へ帰る


遅くなりました


 純然たる痛みなんか感じるはずがないスライム体のくせになぜか変な頭痛を感じたり、寝ててうなされるとか……、私にしてはありえない、わけわかんない現象に見舞われました……、

 

 苦労多き元日本人の中年サラリーマン。

 けれど、今はすこぶる快調だったはずのスライム娘、ミーア九歳です。

 

 わからないことは忘却の彼方に葬り去ることを良しとする、お気楽仕様を信条としたいと思います。

 

 何のかの、村人たちの相手をしてたらいつの間にか三日が経っていたくらい、ビックリなお気楽さが売りです。

 

「ミーア様、もう戻られてしまうのですか?」

 

 甲斐甲斐しく用意してくれた朝ごはんをもぐもぐしてたら、シイ=ナがとても残念そうな顔をして私を見てきます。この人、今日までずっと私にべったりでした。初日の夜、うなされて以来、寝るときの抱きしめも余計力が入って大変でした。ま、至福の抱かれ心地でしたので悪いことでは全然ないのです。

 

「シイ=ナ、いい加減あきらめたら? 歓迎気分もほどほどにしないとね。ミーア様に戻ってもらった目的忘れちゃだめだよ?」

 

 私のお目付け役をさせられているだろうリイ=ナが、朝からきっちりシイ=ナの家に居て、いたって普通の突っ込みを入れてます。なんかもう、私がアールヴの人たちのためにどうにかすることが確定事項っぽくなっててとても面倒くさいです。

 

 まぁ、私としては特別なことするつもりもないし、いいんですけれど。

 

「言われなくたってわかってる、わかってるよ。支配精魔域(サンクチュアリ)が無くなってフィーラヴ湖がどんどん汚染されていくのを見て来てるんだから嫌って言うほどわかってる……。で、でも、ほんとにこんな小さくて幼いミーア様をすっごい勢いで魔滓(まおり)で汚染されていってるあの湖にっ!」

 

 なんかリイ=ナと揉めだしたよ?

 何というかあれです。

 

 私が居ない間に魔獣の住処たる樹海から、魔滓(まおり)とかいう得体の知れないものが綺麗だった湖に流れ込んできてるらしいのです。ま、得体の知れないって言ったものの、要は魔獣とかが出す老廃物、呼気に混じって出されたもの、ぶっちゃけ魔力の残りかすみたいなものだけど、それが高いところから低い処へじゃないけど、湖に集まって来てる感じです。

 

 魔滓は魔獣に限らず、魔力を持つ生き物は全て……当然、人だって出してるってことなんだけど、普通なら自然の循環の中で消費されるからなんともないみたい、普通なら……。

 

 でもヴィーアル樹海はそんな通常の自然のサイクルを上回るペースで魔滓が発生してるところらしいです。そりゃあれだけうじゃうじゃ魔獣がいればそうもなるかもしれません。

 

 スライム体は長年、そんな魔力の残滓(ざんし)である魔滓?や、その他なんやかや、当然魔獣の魔力だって吸収し私の(かて)としてたんだけど、普通の生き物にはそんなのは毒にしかならない感じなのですって。

 

 スライム体すごい!

 私すごい!

 

 とは言っても今まで特に意識することもなく普通に行っていたことなわけで、アズ=イやリイ=ナの話聞いてそんなこともあるのかと、初めて認識した次第です。

 

「だいじょぶ、だよ?」

 

 うん、そうとしか言えないです!

 心配そうな顔で、まだ何か言いたげなシイ=ナをスルーし、湖に向かうこととします。相手してるといつまで経っても湖に戻れません。

 

 それに長年暮らしていた場所です、やっぱ気になるじゃないですか。

 

 マジ面倒くさいのでシイ=ナの家を出て、とっとと湖に向かおうと歩き出したら両脇に二人の『ナ』世代さんが並んできました。

 

 くふふ、揉めるよりお役目の方が大事みたいです。

 っていうかもう付いてこなくていいのに。

 

「主フィーラヴ様、いよいよ湖にお戻りなさるのですなぁ。主様に我らからお願い出来る立場ではないことは重々承知しておりますのですが……、それでも期待させていただいてもよろしいですかのぅ?」

 

 なんか計ったかのようにじじい(アズ=イ)が出てきました。

 うん、ほんといい根性してます。だてに長老してないって感じでしょうか?

 

「きたい? かってにすれば、いい。わたしはいつもどうり、するだけ……だし」

 

 そう、今までとおんなじ。アールヴ関係ない。ただ、のべぇっと自堕落に伸び広がってだらだらしてるだけだもんね。

 

 久しぶりの故郷なんだし、思いっきりゆっくりしよう、うん。

 

 

***

 

 

 歓迎の宴をしてもらった広場を過ぎ、まばらに建つ家々も通り抜け、結局付いてきたじじいたちを従え……というか、(はた)から見れば私が手を繋がれ引率されてる感じで、湖へとたどりつきました。

 

 空飛んだらすぐなのにとか思ったけど言わないでおきました。

 空気読めるミーアはいい子です。

 

 

「うわぁ、なに、これ……」

 

 

 我が生まれたる?母なる湖、久しぶりの故郷を前にした私は思わずそんな言葉を漏らしました。

 

 どこまでも透明で、どこまでも深いところまでも底が見えるのではないかと思われた美しき湖は、その姿は跡形もなく、(よど)(にご)って数メートルどころか一メートル先すら見通せないのではないでしょうか?

 

 その濁り方もよく日本で見た茶色や黄緑に濁るようなものではなく、なんとも不安を感じる、限りなく黒に近い紫っぽい色合いです。まぁ考えてみればもっともなことで、魔力の残滓、魔滓(まおり)が流れ込んでいるのであればそんな色合いになるのも必然なのかもしれません。

 

 けど、理屈はともかく、そんな色合いの水、ちょっと嫌かもしれません。

 

 あ、でもジュースとかならそんな色合いのもの結構あったかもしれません!

 懐かしい。コ〇ラとかファ〇タとか……、あれもある意味飲み過ぎは身体に毒になったかもしれません。

 

 と、兎も角!

 大変であることは理解しました。

 

 相変わらず先が見通せないほど広い広い湖ですが、全域でこんな感じなのでしょうか?

 

「み、ミーア様? 大丈夫ですか?」

 

 湖を見つめ、だまりこんでしまった私を心配してか、シイ=ナが腰をおって私の顔を(のぞ)き込みつつ声をかけてきました。

 リイ=ナとアズ=イもさっきまでと違い、暗い表情を浮かべ私のことを見ています。

 

 みかけ幼女の私を、大人たちがそんな顔して見つめてこないでください。

 実際は私が天元突破で年上なのですけれども。

 

 仕方ない。

 何はともあれ、行くしかないですし。

 

 あれくらいの汚染水、大丈夫でしょうけれど、念のためミーアボディをスライム体で薄膜コーティングしておきましょう。まぁ、ミーアボディもスライム体浸透してるので過剰かもしれませんが、何事も保険は大事です。

 

 あと演出的な意味でも!

 

「ああ、ミーア様、体が水みたいに透明になって、輝いてきました!」

「おおぉ、やはり湖の精霊様、なんと気高く神々しいお姿でありましょうか」

 

 水に入るから翅は出してないけどね、うん。

 リイ=ナは慣れちゃっててもう無反応で面白くないです。

 

「じゃあいく、から。おせわになった」

 

 波打ち際まで見送りに来ていた三人を背に、私はぽてぽてじゃぶじゃぶとリーチの短い脚で入水していきます。

 

 湖の水は波打ち際の水であっても淡い紫に色づいていて、外は肌寒いけど、水はまだぬるいくらいの感覚が伝わってきます。

 

 うーん、私の髪や目の色に類似してるのは、やはり魔力を通しての因果がある感じなのでしょうかね。

 生き物たちはどうなっているのでしょう?

 

 アールヴたちは恐れて水の中には入りません。まあそれは私が居た時からそうだったみたいですけれど。

 

 考えてても仕方ない、いざ鎌倉、違った、いざフィーラヴ湖!

 

 行ってきまーす!

 

 

 あ、違うか。

 

 

 ただいまー!

 

 

 だね。





おかー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの想い

 入水し、じゃばじゃば歩みを進めれば、低い身長のせいですぐに全身は水の中へと入っていきます。

 体は浮こうとするので謎空間スライム体を出しながら比重調整し、湖底をぽてぽてと、どんどん奥深くへと進んで行きます。

 

 うーん。

 

 当然ながらこんな毒々しく濁った水の中、ミーアの目では視界確保は全然できません。

 ですのでここからはミーアボディは休眠、本体であるスライム体に活躍の場を譲りたいと思います。

 

 かつて知ったる我が住まいである湖、「見えなくてもどうということはない!」と言いたいところなのですが、正直私は長きに渡り住み続けてはいたものの、これっぽっちも理解なんて出来てないんですよね。

 

 なーんにも考えてませんでしたしねぇ。

 

 あるがままに暮らしていましたし、ぶっちゃけ出たとこ勝負のその日暮らしでうん百年?とか……訳の分からない時間感覚で、また~りと過ごしていましたから。

 

 よく言えばおおらかで自由、悪く言えば究極の無関心。

 

 湖に薄く広く、びろーんと広がって周りから色々頂いて暮らしていましたが、なにしろやたらだだっ広い湖です。今となっては馬鹿みたいな大容量を誇るスライム体をもってしても、湖の全てを網羅するなんてことも出来るわけでありませんし。

 

 

 それでも、こんな私でもこの湖の環境を整えることについて一役以上の役目を担っていたんですね。

 

 今のこの状況を鑑みて、私は我ながら自画自賛したい心境でいっぱいです!

 

 全体を網羅はできてなかったですけど、それでもふらふらふよふよ漂いながら至る所を巡っていたとは思いますし、魔滓……でしたっけ? そんなものもいっぱい取り込んで糧としてたとしても何ら驚きではないです。

 

 それにしてもたった数ヶ月でよくもここまで……。どれだけ周囲の樹海(もり)からこの湖に魔滓が流入したのでしょう?

 

 それだけでこんなに変わってしまうものなのでしょうか?

 いっぱいいた魚とか生き物はどうなったでしょう?

 こんな環境下でも生きていけるのものなのでしょうか?

 

 見た目は毒々しいですけど案外飲んでも平気だったり、もしかしてさわやかな味だったするのかもしれません。

 

 うん、それはないな――。

 

 この世界の生き物は色々たくましいですからね、どうにかなってるのかも知れませんが、まぁ私には関係ないですし。少なくともなんらかの生き物がいるのはスライム体が感知しまくってるので間違いないところではあります。

 

 

 などと取り留めなく思考を巡らせながら、スライム体のあらゆる感覚を駆使し湖の深いところへと、今や全スライム体をもって突き進んでおります。

 

 すべてのスライム体を外の世界へと出したのは何気に初めてではないでしょうか?

 体積というか質量を把握することは難しいですが、延べ広げれば一体どれほどの面積となるでしょう?

 

 比較対象がないのであれですが、とりあえず私が住んでたレイナールの町くらいなら余裕で収まって、お釣りのが多いくらいの広さはありそうです。

 

 それでも湖を全面覆うにはほど遠いのですがどう思って?

 

 まあ、いいです。

 だから何ってことですし。

 

 

 

 とりあえずほどほど深くって、流れもない穏やかな場所まで来ました。

 周囲は浅いとこよりさらに淀み濁りがきつくって、試しにミーアの目で見てみれば視界ほぼゼロ。

 

 なんなんでしょう、ほんとに。

 文句言っても仕方ないので、だらけよう、さあだらけよう。

 

 ここ数ヶ月、なんのかのあって忙しくって面倒くさくって大変でしたから。

 まぁ魔力の使い方を知れて、魔法とか空飛ぶとか楽しいこともありましたけれど。

 

 やっぱ人間関係は疲れます。

 アンヌ、それにドリスやオルガと知り合えたのは良かったですが、お貴族様、あいつらはダメです。まじ、めんどうが過ぎます。

 

 リイ=ナやシイ=ナはまだ付き合いが浅いので保留です。

 他のアールヴは正直どうでもいい。

 

 エルフっぽいのも、ただの人も結局等しくどうでもいい。

 

 うーん、私ってやっぱダメスライムなんでしょうか?

 元日本の中年サラリーマンが中の人では、心が枯れてしまっててやる気が長続きしないのかしらん。

 

 ミーアの体を得て、湖から出て、人のいるところを探し歩いてるときは何のかの楽しかったはずなんですけど。

 

 

 けれどまぁ、今からやることは変わらない。

 

 ぐうたらする。

 

 アールヴのお願い?

 湖のお水を綺麗に?

 

 しらんがな!

 

 ま、結果オーライで綺麗になったらラッキーなぐらいでどうぞ。

 

 

 ミーアの体、どうしましょう?

 

 ん~、謎空間に放り込みましょうか。

 謎空間に人の体を入れていいものなのでしょうか?

 道具とか服とか、食べ物とか……、色々放り込んでますし今更かな。

 

 ま、生ものとはいえスライム体も浸透させてあるし、呼吸するわけでもないから大丈夫でしょう!

 

 

 よーし、ぐうたらするぞー!

 

 おー!

 

 

 

***

 

 

 ミーア様がフィーラヴ湖にお戻りになって早、三十の日が巡った。

 

 シイ=ナはミーア様が湖に戻ったあと、数日は元気が無かったけど、今はそんな様子は表向き影を潜め、僕に毎日小言を言ってくる小うるさい奴に戻った。

 

 じじ様は相変わらず樹上宮(ツリーヴィラ)で、他の長老たちと共に女神像と主様の器に祈りを捧げてる。

 

 表向きは。

 

 けど実態は奥の部屋で、長老たちでお酒飲んだり、おいしいもの食べたり……、他にも色々お愉しみであることを僕……、いや、()()()は皆知っている。

 ま、これまで色々苦労を掛けてきた長老たちへの敬意の気持ちを皆持っているから、敢えて見ないふりをしている訳なんだけどね。そしてそれはじじ様たちもわかってると思う。

 

 そもそも相手もいることだからね。

 年を考えてほどほどにとしか言えない。

 

 そういうのに関して、長命であるアールヴはとても大らかで、それに村全体で一つの共同体という側面が強く、家族と言う(くく)りは一応あるものの、子供が出来た時の一時的なものという扱いをされている。

 

 だから……その点でも汎人族とは相いれないものがあるのかもしれない。

 ま、こんなのほんの些細な事だと思うんだけどね、僕は。

 

 ちなみに、万が一、授かった場合、村の人たちは怒るどころか大喜びでみんなして面倒を見たり世話を焼いたりすることになると思う。

 

 フィーラヴの村ではそれほどまでに子供は大切なんだ。

 

 

「ミーア様、元気に過ごされてるかな? お腹壊したりしてないかな?」

 

 シイ=ナは時折、そんな風に僕に聞いてくるけど、それは僕だって知りたいよ。

 あんな淀んで紫色に濁った湖に入って行ったんだ。

 

 普通のアールヴなら数分も持たずに逃げ出してくる、あの湖に……だよ!

 

 小さくて幼いちょっとたよりなさが目立つ女の子。薄紫の長い髪に濃い紫色をした瞳がひと際目立つ、透明感あふれる白く綺麗な肌をした汎人族の姿をした女の子。

 皆が精霊様と敬うのも道理な、背中から淡く輝く向こうが透けて見えそうな四枚の羽を伸ばし、重さを少しも感じさせず、空を楽し気に軽々と飛んでみせる女の子。

 

 その姿は本当に綺麗で、とても可憐で、それでいてちょっと儚く見える、神秘的なまでの美しさがある……にもかかわらず、常識を疑わせるような突拍子もない行動をとることもある女の子。

 

 そういや僕、ミーア様の非常識で死にかけたことあったっけ……。

 

「大丈夫だよ、それが証拠にほら……」

 

 湖の水に視線を送る僕。

 それにつられて視線を移すシイ=ナ。

 

「ずいぶんきれいになってきたね……」

 

 あんなに濁って浅い処でも全然底が見れなかった湖が、その美しさ、以前の美しさを取り戻そうとしていた。まだまだ透き通った……というにはほど遠いけど、それでもミーア様が湖に入ってからというもの、日に日に濁りが薄れ、透明度が上がっていくことを僕らは実感出来てるんだ。

 

 魔滓に汚染されてしまうのは本当に……驚くほど早かったけど、水がきれいになっていくのもそれに負けないものがあると思う。

 

「あのミーア様だもん、当然さ」

 

 

 可愛いんだけど何を考えてるかわからない、表情の変わらない顔で、なんでもないように日々を過ごしてるんだろうか?

 

 この汚染された湖の中での生活がどんなものかなんて、僕には想像もつかないけど……。

 すぐ(おか)に戻って来ないことからも、何とかなってるんだと思うほかないわけだし。

 

 湖の中に危険な生き物がいるのかどうかさえ分からないけど、それはまぁ、ミーア様のことだから心配するだけ無駄な気もする、うん。

 

「早く、戻って来れるようになるといいね!」

 

「……、そうだね。うん、この調子だときっともうすぐだよ。その時はまた慰労の宴ですごいことになるだろうね!」

 

「だね! そうだよね。私、また思いっきり甘やかしちゃうからね」

 

 

 

 シイ=ナとのある意味平和な、日々のやり取り。

 

 アールヴの村だって悪い環境なりにも、先の目処が立ちそうで前向きな暮らしが続いていた。

 

 

 ……そんなある日。

 季節が更に進み、雪がちらほら舞い落ちる頃、そいつらはやってきた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

湖底の蹂躙戦

年末投稿間に合わず。

忙しかったのです……。


あけおめ~(笑)


 湖で心置きなく全スライム体をびろろ~んと開放し漂うがままに彷徨(さまよ)い、周囲から色々吸収して糧を得ながらぐうたらして過ごす。

 

 なんともお気楽でストレスフリーな日々を過ごしているスライム娘、ミーア九歳です。ただしミーア休眠中につき、現在はスライム体ミーア、年齢不詳でっす!

 

 湖に入ってどれくらい経ったのかよくわかりませんが、幾分湖の水が綺麗になってきたんじゃないかな~?と思える今日この頃であります。

 

 

 漂っているうちにおぼろげながら湖の形がわかってきました。

 外周はほぼ長方形に近く、北を上に、時計で方向を言えば右側が四時の方向に傾いて、当然左側は十時です。斜めった長方形ですね。もちろん岸はまっすぐなわけではなくある程度の起伏もあり、小さな入り江や岬なんかもあって入り組んだ形にはなってますけれど、何しろ大きい湖なので全体から見ればほぼ長方形で間違いない!

 

 つうか長く居座ってて、今頃わかったんかいって話なんですが、仕方ないじゃありませんか! 地形とか遠くの様子なんて今まで気にする必要もなかったのですから。

 

 まぁそんな話は置いておいて、漂ってるうちにやたら濁りの激しいところを見つけました。

 長方形の十時側、北西方向になりますが、私が主に拠点としていた場所から一番離れたところで、アールヴの村もそうですが、過去の私が確認しきれてなかった……というか、しようともしてなかった場所です。

 

 うーん、どうしたものでしょう。

 

 別に放っておいても私はどうということもないですが……、そうは言ってもこの湖は長年過ごしてきた家ともいえる場所。気付いてしまったからには見て見ぬふりは出来ないというか……。

 

 仕方ないです。

 ちゃっちゃと様子を見てさっさとぐうたらな日々に戻りましょう!

 

 ああ、でもやだなぁ、あんなばっちい奴の中に入るの……。

 

 

 なんでしょうこれ、濁りがひどすぎてまるで毒々しい紫色した絵の具、それも油絵具の中にでも入ってしまったかのようです。濃厚で粘りのある汚泥のようにな状態になっていて、こんなの生身の人間が入ったらどうなってしまうのでしょう?

 毒々しい紫色をした汚染水、いえもうこれは汚泥(おでい)の層に突入したと言った方がいいかも。そんな状況にさすがのスライム体も思うように汚泥の奥深くに入り込むことが出来ないでいます。つうかマジ入りたくないよー!

 

 でもこんなの、さすがの私でも放置すればまずいってことくらい理解できます。

 

 スライム体魔力センサーで奥を探ります。

 

 くぅ~!

 

 なんでしょう、魔滓(まおり)が元になった汚泥のせいなのか、周囲がノイズだらけで全然様子が探れません。

 ここに来るまでも多少そのきらいはありましたが、ここまでひどいともう全く魔力センサーは用を成しません。仕方ない、スライム体自身で様子を探りながら地道に侵入していくしかないです。

 

 と思っていたところに汚泥の奥の方からけっこう強力な力で魔滓を吸いこもうとしている力が発生しています。今でもかなり凝縮されてそれこそ泥のような状態になっている魔力の残滓である魔滓が、更にギュウギュウと奥の方に向かって押し込まれるかのように吸い寄せられていきます。さっきまではそんな力は働いてなかったはずです。

 

 っていうか私の体の一部も持っていかれそうです!

 

 脈動を思わせるその動きは、明らかに生物っぽい何者かを想起させます。ギュウギュウ固めて集めて一体何をしているのか?

 いや、考えるまでもなく、私と同じように魔力の残滓を(かて)にしてるんだと思われます。でも固めてから吸い込んで食べる? なんて余計な手間をかけてます。私なんてなにもしないでただあるがままに吸収してるのに。やってることもとても局所的で私に比べなんと小規模であることか。

 

 ふふん、雑魚ですね!

 

 私はまだ見ぬ雑魚に対抗すべく、周囲の魔滓をこの辺り一帯のスライム体の全力をもって、がっつり吸収します。ちょ~と油絵具のような汚泥になっているものを吸収することに忌避感を感じますが原料はもとはといえば魔力。魔力として使われた残滓(ざんし)ですから気にしてはダメです。ダメなのです!

 

 私は吸い込もうとしてくる力に(あらが)いながら、こちらでもどんどん吸収していきます。手加減なんてしません、ああ、しませんとも。(ひらきなおり)

 

 どれくらい経ったでしょう。

 

 周囲の汚泥化した魔滓の密度が随分薄くなってきました。

 それとともにノイズが薄れ、スライム体魔力センサーの働きも復活してきました。

 

 います。

 

 私の漂っている層よりも更に深い処。湖の底にへばりつく感じでかなり大きな塊感のある物体が存在しているのがわかります。どんなやつなのかちょっと肉眼で確認してみたくなりました。

 

 スライム体で作った目玉で見るよりミーアの目で見た方がより理解しやすい。

 ほら、やっぱり元日本人中年サラリーマンである私は人であることをアイデンティティとしておりますから。どれだけ長くスライム(っぽいもの)で居たとしてもやっぱり人の形が良いのです。

 まぁそう言いながらも湖でぐうたらするときはスライム体一択ですが。だって仕方ないじゃないですか、湖の中で人の体では生きづらいですから!

 

 はぁはぁ、ま、そんなことはどうでもいいですね。

 

 謎空間からミーアボディを出し、汚泥を間違っても吸いこんだり飲んだりしないよう、スライムコーティングで防御。久しぶりにスライム脳としてミーアボディに戻りました。昼夜関係ないスライム体ゆえ、時間の認識が薄れるので、どれだけ経ったかはとんとわかりません。

 

「うーん、随分きれいになった感じです。さすが私!」

 

 ミーアアイで湖の様子を窺えば、入水したときとは大違いの透明度になっています。入った時は視界なんてないようなものでしたから。この辺りに至っては汚泥! 視界? なにそれって感じでしたし。

 さすがにまだ普通の人が泳いだりはできないでしょうけど、それだって近いうちに出来る様になるでしょう。あ、まぁ、私が漂ってるうちは魔力吸っちゃうから無理でしょうけれども。

 

「さて問題のブツはどーれかな?」

 

 魔力センサーの示す方向。

 湖の底。

 

「うげっ」

 

 いけない。美幼女らしからぬ声を出してしまいました。

 ちなみにスライム体コーティングされた体は普通に声を出せます。が、もちろんそれが伝わる先はないのでとても無意味な行為です。けれどねぇ、やっぱしゃべりたいんです。独り言でもいいじゃないですか!

 

 兎も角、そんな声を出さざるを得ないものが存在していました。

 

「き、きもぉ……」

 

 湖の底、露出した岩盤にびっしりと根を這わすかのように細かい足が四方八方に伸びていて、その中心から茎のようなものがみょ~んと伸びあがっています。しかも結構図太い、土管みたいな茎です。茎と言ってもうねうね動いているので動物、いえ、あれはきっと魔獣の一種なのかも知れません。

 茎の先には大きな釣鐘(つりがね)のようなものが付いていて、開口部となっているのはもちろん口ということなのでしょう。

 その体は魔滓の影響なのか全体的に濃い紫がかった半透明なもので、どこかスライム体にも通じるものがあります。いや、あんなものと同じだなんて私は断固拒否ですが。

 半透明ゆえに体の中の動きが半ば透けて見え、とてもぐろい。釣鐘の口はまさに口でイソギンチャクみたいに細かいひげみたいなのが周囲にわさわさついていて、中は中で、細かい触手がさらにうにょうにょしててマジやばい。何がって、とにかくヤバい。

 

 大きさは優に私の三、四倍ほどの高さがある感じ。けっこうでかい。

 この期に及んでまだ私のことを吸いこもうと必死になってるところがまたイラっとします。

 

 足元の大量の足もよく見ればうにょうにょしてて、何あれ、移動していってない?

 ああ、大量の足の動きに背筋がゾゾっとした気になってしまいます。

 

 しかしまあ、生き物だし動きもするのか……。

 

 つうか考察なんてどうでもいいわ!

 

 更に恐ろしいことにそんな奴が、しゅ、集団でいました!

 最初に見つけたやつの奥に三匹も居やがるのです!

 

 げきやば、きも!

 

 魔法で抹殺する。

 渦潮だ、渦潮。それに真空のカマイタチを混ぜよう。

 この辺り一帯にいる釣鐘イソギンチャクもどきを全てヤル。

 

「でっかい渦巻きカマイタチ付き、ホワールプールアンドウインド、ラピッドローテ!」

 

 いつも通り適当な詠唱だけど、イメージです、イメージ。

 気分よく放てればそれでOK!

 

 直径五十メートルは下らない大きな渦。その渦に時折混じる鋭い刃風。いや、水の中でそれはありなの?って思うけど、魔法にそんなことを問うてはいけないのです。何より発生しています。

 まるで飛行機のタービンがごとく凄まじい勢いで回る水の渦に、タービンの(ブレード)のような真空の刃が入り混じって周り、湖底を根こそぎ削り取っていきます。削り取っていきます。

 

 放った私もドン引きの魔法になっちゃいました。

 スライム体全出しで魔力も大量だったのがいけなかったのか……。

 

 渦は豪快に周囲を切り刻みかき乱し回転しながら、更に移動なんかしちゃってくれてます。

 

 それはもう大変。

 

 対象物はもう粉みじんで跡形もありません――。

 凄まじいまでの過剰魔法でした。

 

 湖底すら通ったところはえぐり取られてます。

 

 

 なんというか、その……。

 

 

 すまんかった。

 

 

 

 

 

 ついでに私も巻き込まれそうになって、必死にカウンター魔法放って抗ったのでなんとか巻き込まれなかったのはナイショということで一つ……。

 





一方的じゃないか……

我がぐ……ゲフンゲフン


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ぷにょ収納覚醒!

 あのキモイ魔獣?釣鐘イソギンチャクもどきの群れがあれで終わりと思った私を笑ってやりたいです。

 

 同じような群れが至る所にあって愕然とした、悠久の時を生きるスライム娘、ミーア九歳です。なんか矛盾を感じますがいいのです!

 

 基本雑魚なので対処自体は問題ないのですが、キモさ半端なくSAN値削られるので元日本人サラリーマンの心が少々滅入(めい)ってしまったのは仕方ないことだと思います。

 おかげさまで湖の清浄さ回復に相当貢献したかと思われます。深い処の透明度も随分改善されてきました。奴らめ、相当悪影響を及ぼしてくれていましたね。

 ところで、たくさんいた水生の動植物たちですが、植物の方はヘドロ?まみれになりながらも何とか生きながらえていたようで、水がきれいになってきた今は湖底をさわさわゆらゆらと湖流にあわせて揺れてる感じでありまして、気のせいかもしれませんが伝わってくる魔力の雰囲気がとてもアゲアゲな感じです。

 

 いやマジで。

 つうか植物強し!

 

 まぁそれもあと数週間も経っていたらどうなっていたかわかりませんが……。

 

 水棲動物やお魚さんたちはどうなったかといえば、かなりの数が死んでしまったり、あのキモイ魔獣たちの餌食になった(魔力だけでなく普通にお肉も食べてました)ようですが、一部が比較的影響の及んでいなかった沿岸部の小さな入り江や湿地で弱りながらも生き延びていました。

 

 うんうん、また地道に数を増やしていければ良いね!

 

 ま、そんなこんなで湖の回復も目処が立ってきた感じです。

 どれくらい時間が経ったのかわかりませんけれど、いい加減一度(おか)に戻ってミーアの体でごはん食べたくなってきました。スライム体で吸収でこと足りるとはいえ、やっぱねぇ。 

 

 ミーアボディの胃にも何か入れてあげないと。

 ってことで、久しぶりにごはん食べに陸にもどろう、おー!

 

 

 でもその前に、また同じことにならないように対策しておきたいところです。スライム体が居なくなったらまた同じことの繰り返しになる訳ですから。

 

 う~ん。

 

 悩ましいです。

 

 私がずっと居れば何の問題もない訳なんですが、たまには気分転換に外に行きたいですもん。スライム体を切り離して一部を湖に留めるといっても、離してしまったらもう連携取れません。

 

 う~ん……。

 

 謎空間と魔石。

 これうまく使って何とかできないものかしらん。

 

 謎空間と私は繋がってます。謎空間の広さは理解の範疇(はんちゅう)を越えててどうなってるか不明。底抜けに広いとしかわかりません。

 そこに入れた物の所在は魔石を使えば探知可能で、たとえスライム体を切り離しても魔石の魔力が続く限りにおいて死滅することもないため、応用として無限収納『ぷにょ袋』として活用し出したのは記憶に新しいところ。

 魔力供給に関してはこの湖に居る限り心配いらないでしょう。魔石を使えば決まった行動をさせることも出来そうです。ただし、切り離されてるので、遠隔地から私の意志をリアルタイムで反映させることが出来ません。

 

 それが出来れば一番なのだけど。

 

 

 …………。

 

 

 うん?

 

 まって。

 

 切り離したぷにょ収納。

 

 謎空間……。

 ぷにょの謎空間って……、

 

 

 おいおいおいおい。

 

 もしかすればもしかする?

 

 い、いけるか?

 

 

 自分で使う分には一個あれば十分だから今まで考えたこともなかった。

 うん、試してみる価値ある。

 

 やば、思い当たった考えに興奮してきた。

 

 ぷにょ収納を新たに一つ作りま~す。ちなみに今はミーアボディです、はい。

 当然そのぷにょ収納にも謎空間があります。

 

 今まで使ってたぷにょ収納【A】にはレイナールの街で手に入れた色んなもの、それに旅で入手したがらくたや素材が放り込まれてます。素材やアイテムにはタグとなる小粒の魔石をセットしてある感じです。それがないと無限空間である謎空間で迷子です。

 

 

 よーし、神様お願い、思った通りであって!

 

 

 新たなぷにょ収納【B】に手を突っ込みます。

 

 元からあったぷにょ収納に入れてあるもの、そうですね、ナイフでいいか。それのタグ魔石を思い浮かべれば……、

 

 

「にゅおぉ~~~~~~!」

 

 

 水中にもかかわらず大声をあげてしまいました!

 水の中なのに声出せるのかってなるでしょうけど、出せるんです。そういう物なんです。

 

 

 あ、ありましたよ……、タグ魔石。

 ナイフを(つか)んで取り出し成功してしまいました。

 

 

 や、やばいでしょ、これ。

 

 

 謎空間すげぇ。

 

 

 これ、マジやばくない?

 連携(リンク)してるって次元の話じゃなく、そのものずばりじゃん!

 

 これって要は謎空間は()()()()であって、出入り口が増えただけってことでしょ?

 

 

 今の今まで気付かなかったなんて……、ミーアのおばか!

 自身に謎空間があるってことで、()()()()()()()()()()()だから別の物だって認識してしまってたよ。

 

 

 そうと分かれば話は簡単。

 

 ぷにょ収納【B】の口にタグ魔石を付けます。

 ぷにょ収納【A】の中におもむろに手を突っ込みます。

 

 中身を出すわけじゃないです。出すのは突っ込んだ私の手。それも収納【B】から!

 

 ふぬ、タグ魔石を認識出来てしまいましたよぉ、にひひ!

 それを掴みに行きます。

 

 

「き、きったーー!」

 

 

 震え止りません!

 

 目の前のぷにょ収納【B】から私の手がにょきっと姿を現しましたっ!

 ビジュアルが不思議過ぎて笑えます。

 

「やヴぁい……」

 

 

 まじやばいです。

 

 これもう空飛ぶどころの話じゃないです。

 チートもチートの仕様です。

 

 うまく使えばラノベ定番、空間転移みたいなことすら出来てしまいますやん!

 だってミーアボディを放り込んでもう一方から出せばいいだけです。謎空間に空気は無いのは確認済なので生き物は放り込めませんが、ミーアボディにその心配は不要! 完璧じゃないですか。

 

 まぁ出したい場所にぷにょ収納を置いておく必要がありますが、それにしたって破格のぶっとび仕様です。一体謎空間の中はどういうことになっているのか?

 

 距離って概念、ないのでしょうか?

 いやまぁ、まだ遠隔地でも使えるか試してはいない訳ですが……、問題なくいけるとなぜか思えてしまう私がいます。

 

 でもこれで後顧(こうこ)(うれ)いなくこの湖を離れることができます。いや、離れてすらないわけか。何しろスライム体はずっとここにあるわけだし。

 

「くくっ、くくくくっ」

 

 自然とミーアボディから笑いが漏れる。

 

「やばい、おかしな笑いがこみあげてくりゅ」

 

 くぅ、噛んだ。誰も居なくて良かった。

 

 湖にぷにょ収納を納めておく祠みたいなのを、土魔法(マッドドーム)で作ってそこに収めます。で、スライム体は一度謎空間に全て戻し、その口を通してスライム体をどばぁっと大量に湧き出させます。

 

 出てきたスライム体と私は完全に一体。確実に認識できています。

 

 ぷにょ袋も元をただせばスライム体なのでちょっと不思議で、入れ子みたいになってしまってますがそこは考えない様にしましょう。空間としての認識、理解のため、私にとってそういう考えは大事です。

 

 

 

 ということで、私はある程度綺麗になった湖にぷにょ収納を設置、無事スライム体を湖のリアルタイム管理のために置いておくことが出来るようになりました。

 

 

***

 

 

 ミーアボディで湖底から岸までぽてぽて歩いて出てきました。

 

「久しぶりの空気! 空がとっても高いです。ああ、お日様さん、こんにちは!」

 

 体に触れる温度がずいぶん下がっているように感じとれます。かなり季節が進み、冬も近いって感じがします。

 

 岸から上がったところでもう一度、湖の中がちゃんと認識できるか確認。

 

「うん、大丈夫です」

 

 これで燃料不足からも半永久的に開放されました。なにしろ湖は色んな栄養の宝庫ですから。湖は綺麗になるしスライム体もさらに増殖してしまうの間違いないです。

 

 

「さて~、リイ=ナたちはどうしてるかなぁ? 報告がてら会いに行ってみましょう!」

 

 私は意気揚々とした気分で、短いリーチの足をちょこちょこ動かし、村に向け歩みを進めるのでした。

 





チート仕様!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そのころ探索隊は?

「うぉ~! 長かったぜー!」

 

 男性にも負けない上背とグラマラスな体が魅力的な冒険者の女性、オルガさんがようやく途切れた樹海から見える、大きく広がる湖を目にして感慨深げな声を張り上げています。

 

 彼女がそんな声を上げるのも仕方ないことだとは思います。

 

 なにしろこの魔獣蔓延る(のさば)ヴィーアル樹海に入って三十日以上が経っています。たぶん直線距離にすればそこまで遠い訳ではなく、ヨアン副長(いわ)く、普通に歩けたとすれば五、六日あれば……というくらいの距離らしいです。

 けれどそんなことは絶対無理なわけで、道といえば獣道くらい、至る所から魔獣が出て来るのですから、時間がかかるのは当然といえば当然で、このメンバーでその六倍以上の日数が必要だったのも仕方ないことだと思います。

 

 私が所属するケービック砦の警備隊隊長であるスヴェン様の意向で、ヴィーアル樹海にあるという湖を探索することになったのがひと月半ほど前。

 スヴェン様を隊長とした総勢十二名の探索部隊は、顔合わせや遠征準備が忙しなく進められ、あれよと言う間もなく出立しました。噂に聞くヴィーアル樹海は悪い意味で面目躍如(めんもくやくじょ)といった感じで、スヴェン隊長を筆頭に魔獣に対しているみなさんは本当に大変な日々であったと思います。

 

 目の前で大きな声を上げたオルガさんもその一人だった訳ですが、うちのクルトとかいう人以上に危ない方で、襲いかかってくる魔獣にひるむことなく、得意だと言う身体強化と手に持った剣を武器に勇猛果敢に挑み、道を切り開いていってくれました。

 それでも剣士の力だけで進んで行けるほど甘い処ではなく、魔法士と共闘しながらの探索行だったわけですが。

 

 私だって補助や癒しで多少のお役には立てたと思いたいです。

 

「なぁアンヌさんよ、オレの目には湖の先に壁で囲まれた、そのなんだ、人の村っぽいものが見えるんだが、あれってもしかするとアレか?」

 

 大きな声をあげていたかと思えば今度はそんなことを言ってきました。

 

「ほんとだ、村があります! かなりしっかりした柵というか、(つる)で覆われた土壁で囲まれてる感じだね。うわぁ、樹の上に建物があったりするよ、変わってるねー」

 

 遅れてオルガさんの隣に並んだドリスさんが、斥候(スカウト)の技能である遠目を使ったのか詳細な様子を驚きの声を持って私たちに伝えてくれます。

 

「ふむ、やはりあったか……」

 

 奥の方から他の部隊メンバーと共にスヴェン隊長が現れ、薄く笑いながらそう言います。

 そう、私たちも一応話では聞かされていました。アールヴという、過去に人族と争った魔獣との混じり物と言われた一族の話。それがこの樹海に逃げ込んだこと……。

 

 ただ、今現在もそのアールヴ族が生き残っているかまではわかっていませんでした。

 

 もしかしてミーアちゃんがそこにいるかも……。

 ここに来るまで、ミーアちゃんに繋がるような手がかりも全く得られませんでしたし。

 

 そう考えるのは都合よすぎでしょうか?

 

 でも、今の隊長の言葉だともしかしてあるとわかっていたのかも?

 ……まぁ、上の人達の考えを深く詮索することはやめておきましょう。

 

「隊長さんよぉ、あんたアレのこと何か知ってるのかい? 久しぶりの人里だ、出来れば休ませてもらいてぇもんだけどな」

 

「ちょっとオルガ、言い方。言葉遣いっ」

 

 オルガさんは相変わらずです。上級貴族であるスヴェン様への口ぶりに友人であるドリスさんがアタフタしてしまっています。まぁ、隊を結成するときに隊長から部隊行動中は、身分差は抜きとし、隊の中の序列を優先すればよいとのお言葉が出ていますからいきなり処分されたりはしないと思いますが……。

 

 それでもやはり心配なのでしょう。

 貴族の私だって上級貴族の方を前にすれば緊張しますからね。

 

 その点、やはりオルガさんは大物ですね。

 

「休む……か、そう都合よくいくものであろうか。……俺的にはあれらに対し思うところは特にないが……、どう出て来るであろうな?」

 

「はぁ? それは一体どういうことだよ?」

 

 隊長の言葉は少しつかみどころがなく、オルガさんが更に聞き返します。私もそう思います。

 

「あれはアールヴ族の村であろう。隊結成のおりに話したと思うが? アールブ族は過去に我らといがみ合った歴史がある。今の我らはともかく、あちらがどう出て来るかはわからんと言うことだ」

 

「けっ、めんどくせえなぁ。お貴族さまのやったことで面倒ごとになるってんなら、今からの対応もそっちでうまくやってもらいてえもんだ。ここへ来て人とやり合うなんて真っ平ごめんだぜ」

 

 うわぁ、オルガさん、それはちょっと言い過ぎでは……。

 

「き、貴様! ソールバルグ伯に対してあまりに無礼な口ぶり。今までもそうであったがあまりに目に余……」

 

「フレデリク、よい、かまわぬ。ふふ、オルガよ、お前の言葉耳に痛いが、私とて先祖たちの行いは迷惑に思っている。が、そのようなこと今更言っても無意味。こうやって話していてもことが進むわけでもない。物は試しに行ってみようと思っているがお前は行くのが怖いのか、うん?」

 

 フレデリクさんは他所の砦の魔法士で、ソールバルグ派ラーシェン子爵の次男のはずです。オルガさんの発言にいつもイライラしてましたからね。

 隊長がいつもたしなめてますが、その隊長はオルガさんをあおり返してます。隊長はなにげにオルガさんを気に入ってるみたいですが、やめて欲しいです。胃が痛んでくる気がします。

 

「ぬあぁ、言いやがったな。このオレが怖気(おじけ)づくなんて、そんなことある訳ねぇだろが。よーし、早く行こうじゃねぇか! そらドリス、とろくせえお貴族様は置いておいて早くあそこまでいっちまおうぜ!」

 

「うわ、ちょっとオルガ、私を巻き込まないでくれる? ちゃんとみんなで行動しなきゃ危ないよ。アンヌさま~、こいつを何とかしてくださ~い!」

 

 オルガさん、ちょろすぎです。

 

 私はオルガさんを見て、隊長を見て、もうどうとでもしてと思うしかありませんでした。

 まぁ隊長はいつもの乾いた笑顔とちがう、ほんとに面白そうな表情を浮かべているのでまぁいいのでしょうけど。

 

 大変な行程でしたけど、ここまで何とかこれたのもオルガさんのこうした気性のおかげだったかもしれません。あのクルトさんとも気が合っていましたしね。

 

 ともかくこの先も何事もなくうまくいってくれることを女神フェリアナ様に祈るしかないです。

 そしてミーアちゃんともなんとか出会えますように。

 

 

***

 

 

 湖岸にたどり着いてからは岸伝いに歩いているため随分楽になりましたが、それでも村までの距離は相当あり、時折吹き付けて来る風もとても冷たく、季節の進みを嫌でも感じました。

 岸沿いに歩き出してからというもの、魔獣と出会うことはほぼなくなりました。時折空からくる襲撃に備えるくらいです。

 スヴェン隊長からは水には触らないようにと注意されています。過去のこの湖の報告資料に魔力が抜ける感覚を覚えるとの記述があったとかで用心しろとのことです。

 

 気になります。

 

 一見綺麗な水をたたえているかのように見える湖ですが、注意深く見れば所々に濃い紫色をした怪しい(よど)みのようなものが目につきます。魔力を抜かれることを覚悟のうえで魔導ボードで解析してみれば魔力の残滓が集まったもののようで、わずかではあるものの魔力反応が得られます。ただ、魔力を抜かれるような感覚はありません。

 

 うーん、また違うものとか、現象なのでしょうか?

 ただ人体には良い影響は与えないようで、魔力中毒や属性違いの魔力による酩酊(めいてい)状態に近い症状が出ることが解析できました。多く取り込めばそれ以上の症状、最悪死に至ることすらあるかもしれません。

 

 一応スヴェン隊長に報告しつつ、湖岸を歩きを続け……、

 

 私たちの探索行程はいよいよ大詰めを迎えていると思っていいのでしょうか?

 

 

 遠くから見えていた土壁に囲まれた村らしき場所。

 当面の目標として目指していたアールヴ族の村らしきところに到着したのでした。

 





アールヴ編も大詰め


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

必然と騒動

 最初に気付いたのは毎日かかさず湖の様子を確認していた僕だった。

 

 村の前は入り組んだ地形が多いフィーラヴ湖にしては珍しく浜辺が続いてるところで、とても見通しが良くて景色も抜群にいい。

 そんな浜辺が続く湖畔で、日々改善されていく湖の様子を眺めていた時に、まだかなり離れているとはいえ浜辺沿いをこちらに向けて歩いている集団が目に入ったんだ。

 

 アールヴ族は基本身体能力が高く、当然視力だって汎人族よりも優れてるわけだけど、そんなアールブ族の中でも僕は飛びぬけて視力がいいと自負してる。

 

「十人以上はいそう。うーん、門番から壁の外に村人が出てるなんて話も聞いてないし……、どう考えてもアールヴ族じゃないよね」

 

 ここまで来るにはまだまだ時間がかかるとは思う。途中で他所にそれて行ってくれるといいんだけど……、奴らの行先を見失ってしまうのもそれはそれでマズイ気もするな。

 

 僕は嫌な予感をひしひしと感じたので、何はともあれ長老たちに報告するため樹上宮(ツリーヴィラ)に向かうことにした。

 

 

***

 

「いつかはまた来るとは思うていたが、なんとも悪い頃合いに来てくれたものじゃて」

 

 じじ様とその他大勢が僕と共に浜辺へと戻り、向かってくる集団を見ての言葉がこれ。僕もそうじゃないかと思った通り、やっぱり汎人族が向かって来てるってことで間違いないみたい。

 決め手は集団の中の幾人かが着ている服で、汎人族の貴族が好む意匠(デザイン)が入ってるらしい。質素な僕らの服装と違って、細かい刺繍(ししゅう)や細工が入ったいかにも手間がかかってそうな服だしね、あれなら僕にだってわかるよ。

 

 そうこうしているうちにも汎人族らしき集団はどんどん近づいて来るし、僕ら側も人が集まって来るはで、だんだん物々しい雰囲気が漂ってきた。

 

 

「リイ=ナ、大丈夫かな……」

 

 騒ぎに駆け付けてきたシイ=ナが、僕の横に立つと珍しく弱気な問いかけをしてきた。そんなの僕にもわかんないよ。肩をすくめて見せると、ムッとした表情を浮かべながらも自分でもないと思ったのか、黙って向かってくる集団を見ていることにしたみたい。

 

 

***

 

 

 浜辺から続く緩やかな丘、ゆるい坂道を登り切ったところに通行門がある。周囲には村を囲うように土壁が連なり、その外側はもう魔獣の住む樹海だ。

 

 僕らは汎人族集団十二人と、通行門前で相まみえた。

 

 迎えたアールヴ族側はじじ様を筆頭に、長老のひとりであるエボ=ツ様、僕とシイ=ナ、後は父様たち戦うことに(ひい)でた男衆が八人出ることで向こうと数を合わせ、軋轢(あつれき)となるようなことは避けた。

 もっとも通行門の向こう、見えないところには待機してる奴らがいっぱいいると思うけど、ここは僕らの村なんだし文句言われる筋合いないよね。ほんとはシイ=ナにもそっち側に居て欲しかったんだけどね。

 

 目の前には汎人族の集団。

 男が八人、そして驚くことに女の人が三人もいる。二人は小柄で、あまり戦えそうもない見た目だけど、あとの一人はヘタな男よりも強そうな見た目してるし、何より僕より大きいや。

 

 汎人族とアールヴ族が争ったのはじじ様世代よりも前の話で、今を生きる僕たちは直接悪意にさらされたり理不尽な扱いを受けた訳ではないけど、そもそもこんな辺境の危険な樹海の中で暮らさざるを得なくなった理由は汎人族の過去の迫害によるものなんだから関係ないってことは絶対ない。

 それにここに定住するまでの逃避行の話や、生活が落ち着くまでの苦労話をさんざん聞かされて育った村民たちの汎人族への印象が、良いものであるとは間違っても言えない。

 

 まぁ、そうは言っても憎しみまで覚えるかといえば、汎人族との混血が進んで行っている僕らや父様世代にとってはちょっと微妙な感じであるのも事実なんだけどね……。

 

 

 とりあえずそんな感じ。

 

 

 

「我らはフェイロー大陸の覇国であるヴェスタル帝国、その西の護りたるヴィースハウン領より参った。私は領主であるヴィースハウン公セヴェリンより名代(みょうだい)(たまわ)っているスヴェン=ソールバルグである。領境警備隊辺境区ケービック砦隊長であり、今回のヴィーアル樹海探索にあたっての部隊隊長を任ぜられている」

 

 背の高い強面の美丈夫が、良く通る声で高らかに名乗りを上げた。

 貴族なんて会ったことないけど、いかにも自信たっぷりで無言の威圧感を振りまいてるこの人はきっとお貴族様で間違いないと思う。

 

「ほう、この樹海の探索部隊と申されたか。して、この辺境も辺境、危険な魔獣が跋扈(ばっこ)し、()()()()()()よりこの地へと追いやられた我ら気高きアールヴが細々と暮らす寒村へ何用で参られたわけですかな? ああ、いかんいかん、我の紹介をしておらなんだ。年を取ると物忘れがひどくてのぉ、わしはこの村を取り仕切る長老の一人、アズ=イと申すもの。短い付き合いであろうが片隅にでも覚えておいてもらおうかの」

 

 じじ様、挑発しないで。

 普段ののらりくらり、のほほんとした様子が嘘のように(けん)を含んだ言葉に僕ビックリだよ。

 

「ほほう……」

 

 ほらあ、強面美丈夫の隊長さんの口元が、嫌な形にゆがんだ笑いになってる!

 

「では遠慮なく申そう。我らはとある情報筋から樹海内に広大な湖があるとの知見を得ており、樹海探索の中でそれを見つけることを一つの目標に掲げていたのだが、探索を進めていくなか、ようやく(ここ)を発見するという僥倖(ぎょうこう)を得た。そして、もう一つ。――それとは別に湖に付帯することで少々確認したいこともあってな、ついては不躾(ぶしつけ)ではあるが貴方(きほう)らの村内を(あらた)めさせてもらいたい」

 

 そう言い放った汎人族の貴族。ソールバルグさんだっけ?

 なんかもう、とてつもなく面倒くさくなりそうな予感しかしない!

 

 どうなるんだこれ?

 って思った矢先。

 

 湖に異常としか思えない異変が起こった。

 

 さざ波が立つ程度だった穏やかな湖面。

 

 

 その湖面に家が二、三軒入ってしまいそうな大きな渦巻きが突如出現し、あっという間に湖面は激しい水流で乱れまくりの大荒れとなった。

 しかもあろうことか、その渦の中から、時折鞭を鳴らしたような鋭い音をたてつつ竜巻みたいなものが幾条も出て来て、しかもそれらがそのまま移動しちゃうとか……訳の分からない様相になっていった。

 

 何で水の中から竜巻出て来るのっ?

 竜巻って空に出来るものだよね?

 

 しかも、間を置いて至る所から同じような大渦巻きが発生するしまつ!

 

 かなり沖の方とはいえ丘の上ってこともあり、その異常な様子は遠くからでもはっきりと見ることが出来た。

 

 

 汎人族も、アールヴ族もついさっきまでの張り詰めた緊張感、丸ごとそれに、ごっそり根こそぎ持っていかれちゃったよ。

 

 

 僕……、こんなこと出来るお方、ちょっとばかり心当たり……あるんですがっ!

 

 

 

 

 

 

 

「ミーア……様……」

 

 

 

 

 一体何やってるんですかーーーー!





あ~あ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

樹上宮会談

 歩き出したのはいいんだけどどうやら随分村から離れたところに出たみたい。

 いったい村はどこかしらん?

 

 湖の中では相当ぐるぐるふらふら彷徨(さまよ)いましたし、入ったところがわからなくなっちゃうのは当然で仕方ないことだよね!

 

 周りを見回してみても変わり映えのしない景色が延々広がっててよくわからない。

 

 こういう時、スライム体が得意とする魔力探知が便利なのです!

 

 遠くの魔力も探知するイメージで、スライム体をアンテナみたくにゅい~んと幾本かミーアボディから伸ばし、探索してみた。

 

 

 うむむむ。

 

 

「うへぇ、なんかもう周囲から嫌って言うほど魔力反応でてわけわからない……」

 

 

 つ、使えない……。

 

 

 ん?

 

 すっごく遠いところにかなり強い魔力反応ある……。

 樹海のもっと奥の方、私も行ったことない方向。だから、村とは関係ないけど。

 

 なんだろ?

 

 ま、いっか。関係ないです。

 

 

 魔力で見当つけられないならこんな時の強い味方。

 私にはスライムウイング!っがあるのです。

 

 背中から翅をはやし、はためかせてちゃっちゃと飛び上がります。とはいってもほとんど魔力だよりなんですどね。

 

 二、三十メートルくらい高度をとったところでようやく湖の全景が見渡せるようになりました。ほんと嫌になるくらい大きな湖です。

 

 さて村はどこかなっと。

 岸から少し離れたところで土壁に囲まれてるところだからね、見つけやすいと思うのです。

 

「みーつけた!」

 

 視力強化もしてますし、あっさり見つけれました。結構離れてますがまぁ、飛んでいけばものの数分で行けるでしょう。

 これでも飛べる速度はかなり向上して、ママチャリくらいの速度は出せるのですよ、ふっふ~ん!

 

 さあ、改めて村に向けてれっつごー!

 

 

***

 

 

 ミーア様が起こしたに違いない常識はずれな出来事で、一時(いっとき)何とも言えない空気が広がったものの、アールヴと汎人族の数世代ぶりかの会談がなされることになった。

 じじ様ですら直接迫害を受けた経験をした訳ではないので、さすがにその場で争うという状況に陥ることにはならず、それに周囲のみんなから反発や異論もとりあえず出なくて……僕は知らず知らずのうちに入っていた肩の力が抜けた。

 

 いくらアールヴ族が強いといっても所詮少数民族。過去の一族ですらここへ追いやられたのに今争ってどうなるの? って話だもんね。

 

 で、どこで会談することになったかといえば、僕らの村でそんなこと出来る場所がどこかといえば、樹上宮(ツリーヴィラ)しかないよね。あそこもそんなに広い訳じゃないけど、十数人ならなんとかなるかな。

 

 

***

 

 

 スヴェン隊長がアールヴ族の長らしきご老人と話をしています。

 いきなり争うことにならなくて、ホッとしています。いくら過去に遺恨がある種族とはいえ、人同士が争うなんて私はしたくありません……。

 

 それにしてもさっきの湖の出来事にはとても驚かされました。

 あんなことがあの湖では頻繁に起きるんでしょうか?

 

 そ、そんなことないですよね……だって、あちらの皆さんもかなり驚いた表情を浮かべていたし。

 それにちょっと気になる言葉が聞こえた気もするんです……。

 

 ミーア様……って。

 

 その声を発したのは、華奢な感じを受けますが私よりは背も高く、何よりアールヴ族特有の尖った耳と額の横に角を持つとてもきれいな顔をした少年です。

 

 とても気になります。

 

 もしかしてミーアちゃんと何らかの関係を持つ方なのでしょうか?

 今すぐ問いかけてみたいところなのですがそこはぐっとこらえます。今から始まる会談で必ずお話しする機会はあると思いますから。

 

 アールヴの長に導かれ、私たちは土壁に設けられた門をくぐり、村の中に入りました。

 

 村の中はヴィースハウンの一般的な街並みと違い、自然と調和したといえば聞こえはいいですが、正直人が大勢住んでいる村とは思えない佇まいをしています。

 地面は当然のように土のまま、雑草が至る所にというかほとんどがそれで覆われ、人が多く通るところのみ踏み固められて道になっているといった状態です。家々の間隔もかなり離れていて、高床になってはいるものの木で造られた簡素な建物です。

 

 正直あまり文化的な暮らしをしているようには見えないです。

 まぁヴィーアル樹海で暮らしているのだから、それを望むのは逆に酷と言うものなのかな?

 

 そんなことを思いながらみんなの後を付いて行けば、周囲の樹々と比べ、ひと際大きな存在感を示す、太い幹がいくつも()り集まりとんでもない太さになった大木のもとへと到着しました。

 見上げれば、驚くことに樹の上、十メートル近くありそうなところに、この村で見た中では一番立派ではと思えるなだらかな傾斜の屋根をもち、太い幹に床を支えられぐらつくことなくそこに在る建物がその存在感を示していました。

 

「すっげぇな、ありゃ。しかしまぁよくもあんなところにおっ建てたもんだぜ。めんどくせぇだろうによ」

 

 オルガさんが遠慮のかけらもなく、大きな声でそんなことを言い放ちます。

 ああ、聞いててハラハラします。

 

 確かに、どうしてわざわざあんなところに……、と思わないでもないですが、きっと種族特有のなにかがあるんだと思います。

 

 なんて他人事のように感想を思い浮かべていましたが、会談場所はそこみたいです。

 

 ど、どうやって上るんですか、あれ。

 

 

***

 

 

 汎人族の集団を樹上宮の広間に案内したものの、男たちはともかく可愛らしい女の人で一人、上ってくるのに相当怖い思いをしたようで、涙目になっててちょっとかわいそうに思った。

 

 でもまぁここまで来てるんだし、今更だよね。

 

「リイ=ナや、悪いが簡単に席を設けてくれるかの」

 

 じじ様が僕に振ってきた。全くもう、すぐ僕に面倒を押し付けるんだから。

 

「はいはい、わかりましたよ。シイ=ナ、手伝ってよ」

 

 すかさず幼馴染を巻き込んでおく。

 シイ=ナは一瞬、表情をひく付かせたけど、汎人族の手前かっこ悪いこともできず、素直に手伝ってくれた。

 広間の奥の部屋に押し込んであった長椅子を四組。それに大きなテーブル二組。それをお互いが対面できるように整えたところで僕らの役目は終了だ。

 

 

「では始めましょうかの」

 

「うむ、よろしく頼む」

 

 じじ様を真ん中にエボ=ツ様と、駆けつけてきたイル=ムさんが両脇に座った。残りは座らずにその後ろに並んで立ってる感じ。

 向かって汎人族側は一番目立って偉そうだった強面、ソールバルグさんだっけ……を真ん中に、両脇に優しそうな男としかめっ面したちょっと神経質そうな男が座り、もう一人、上ってくるとき涙目だった女の人もソールバルグさんに指示され優しそうな男の人の隣へ遠慮がちながら座った。残りはこっちと同じくみんな後ろに立ってることにしたみたい。

 

 お互いが十二人ずつは変わらない。

 

 まぁここはこの人数で居るには狭いし、全員座るなんて警戒して出来ないのかな……。

 

 どうでもいいや。

 

 一応武器類は入り口で外してもらい、壁に立てかけてもらってるんだけど、案外素直に応じてくれたのは意外だった。でもまぁ魔法もあるし、ほんと形式にしかすぎないよね。

 

 

「では早速だが、まずはこの場を設けてもらった礼を言わせていただく。感謝する。我らには過去に忌まわしき出来事があり、貴方らにも積年の想いがあろうかと思うが、今回我らは政治的な思惑でこの探索隊を組んだわけではなく、争いを望むものでもない。その点を鑑みてこの会談に臨んでいただきたく思う」

 

 都合いいこと言ってるなぁ。

 でもまぁ僕も今更争っても仕方ないと思うし……、このまま穏やかに進んで欲しいな。

 

「ほほっ、それはそれは。ずいぶん都合のよいことですのう……」

 

「……ふむ」

 

 じ、じじさまぁ!

 

「とはいえじゃ! まぁわしにとって遺恨がないとは露ほども言えぬものの、この村の長としての立場はわきまえておる。そちらとの地力の差もな。……先ほどもちらりと聞きは致したが、まずはご用件を伺うとしますかのぉ?」

 

 お、驚かさないでよ。

 心臓止まっちゃうよ。

 

 

 僕はホッとしたところで頭の片隅にちょっとした違和感を覚えた。

 

 とってもなじみあるそれ。

 

 

 なんとも力強くもとても優しい……、そんな魔力。

 

 

 なにげに窓から外を見た。

 ふと横を見ればシイ=ナも同じように窓の外を気にしてる。

 

 お互い苦笑いしながら、二人して視力を強化して外を見た。

 

 

 

 そんな僕らの目に、ゆっくり、優雅に、気持ちよさそうに空を飛んでる久しぶりに見る姿。

 

 湖の精霊にして主フィーラヴ。

 

 

 ミーア様の姿が目に飛び込んできたのだった。

 





普通に進むとは思えない件w


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ついにその時

 アールヴ族の長老で代表として出てきたアズ=イと名乗った老人は、なかなか癖のある人物ではあったものの、変に対立を(あお)ったり拒否反応を示してくることもなかったのは幸いだった。

 

 ふふっ、相当挑発というか嫌味めいた物言いはされたがな。だが過去にヴェスタルの各領より受けたであろう迫害を思えばそれも致し方なしか。ここにはアールヴと揉めるためにきたのではない、あちらの非難めいた発言に、過度の反応はしないよう部隊の者らにも釘を刺しておかねばな。

 

 特にフレデリク。

 

 奴はソールバルグ派のラーシェン子爵家のものだが、家督を継げない次男ということもあり心持ちに余裕が少ない。ヨアンに注意するように申しつけてはあるが……。実力は上級三位の火属性魔法士であり、悪くはないのだがな。

 

 面倒を起こさないで欲しいものだ。

 

「では改めて、ここに至る詳細を申そう。ここ最近、ヴィーアル樹海のあるヴァーゲアル島よりフェイロー大陸に渡ってくる魔獣の数が激増してきている。過去数十年に渡り、そのようなことは起こっておらず、なぜ今このような事態になってきているのか樹海を調査をする必要が出てきたのだ。斯様(かよう)なことから、我ら部隊の目的は、その原因を探るべく今まであまり深く探ることをしなかったヴィーアル樹海を詳細に探索することにある。また、この地にはすこぶる透明度が高く美しい、大きな湖があったとの過去の資料もあり、それも合わせて確認したいという思いもあった」

 

 当然これが理由の全てではない訳だが、まずは相手の反応を見てみたい。

 

「ほうほう、なるほどのう。確かにここ数ヶ月、樹海の魔獣の動きに見るべきものがあったのは事実じゃ。まぁ我ら一族にとっては十分許容できる程度のものじゃったが。しかしのぉ、海峡を渡ってそちらに行く魔獣どももおったのですなぁ。ほほ、因果応報というものではないですかのう……。ああ、これは失礼申した。……、ほれソールバルグ殿、わざわざアールヴの村を訪れた理由は、確かそれだけではありませんでしたな。勿体つけずに続きを述べられればよかろう」

 

 くく、このくそじじい。何かにつけて一言多いわ。

 まぁ所詮、弱者の戯言(ざれごと)。俺はそれに惑わされたりはせぬ。が、今もフレデリクが飛び出しそうになって、ヨアンが抑えつけていたぞ。

 

 言わせておけばいいのだ。それでガス抜きが出来るのならば手間がかからず良いというのに。浅慮(せんりょ)なやつめ、奴が次男で良かったと思うしかあるまい。

 

「では遠慮なく申そう。今話題にした湖。そこは少々変わった湖であるらしいな? 我らが持つ資料によれば、その湖に長く触れればその物の魔力を奪うのであるとか……。資料にはそれを称して魔喰の精霊が住む湖と記してあった。……これはまだこちらでも周知されていない事実なのだが、その湖の湖水から魔力紋を取り出すことに成功していてな、更に驚くことにその魔力紋と同一の魔力紋をもつ人物をこちらは確認しているのだ。その者の名はミーアという」

 

 俺のこの発言に長老含め、アールヴ族の面々の表情が動いたことを俺は見逃さなかった。

 それと参加者のうち、後ろに立っている少年。この少年が先ほどの湖の騒ぎの中で小さくつぶやいていた言葉を俺は聞き逃してはいない。

 

 あやつはいる。

 精霊などと称されているのは笑えるが、状況証拠的にはあやつでしかありえないし、こ奴らの様子を見てもそれは明らか。

 

「湖の、いずれの物から得られているかもわからない魔力紋。それと一致する魔力紋をもつ人物など、なんとも不思議ではあると思わぬか? しかもだ、その調査に使った湖水はな、アールヴと人、互いの種族が争った時代にまで(さかのぼ)った時に採取されたものであるのだ」

 

「えっ、ミーアちゃん? ええっ?」

 

 この言葉にはアールヴ族どころか我が隊からもどよめきの声が上がった。

 特にアンヌの動揺が大きいようで、会談中にもかかわらず、大きな声を上げた。冒険者のオルガやドリスが(なだ)めているようだがそ奴らも冷静であるようには見えん。

 

 ここに至っても詳細は告げていなかったからな。

 仕方あるまい。

 

「長老アズ=イ殿。それにアールヴ族の者たちよ。貴方ら、ミーアのこと……知っているのであろう? 歳は九歳の女児で、薄紫の髪に濃い紫の目。背格好は年齢よりも更に幼く見える子供だが、それはあくまで見た目だけのこと。どういう存在なのか、確たる証がある存在ではない――。我ら……、いや、俺は、そのミーアがここに来ていると確信している。この村にいるのではないか? ぜひ会わせてもらいたいと思っているのだが、いかがか?」

 

 

***

 

 

 村に近づくにつれ、ようやく人々の魔力が認識出来るようになってきました。

 

「むむぅ、例の樹の上の家、樹上宮(ツリーヴィラ)だっけ? そっから大きな魔力の反応を複数確認できます。あそこによく居たのはアズ=イと、あとはリイ=ナでしょうかね。誰の魔力かってところまでわからないのは不便です。冒険者ギルドにあった魔道具とか使えばわかるんでしょうか?」

 

 まぁ、この距離では魔道具あったとしてもわからないでしょうけど。

 あと誰が居るかわかりませんけど、とりあえず覗いてみよう、シイ=ナくらいいるかもです。

 

「ん?」

 

 まだ離れてますけど、私の目が窓から覗き見えるリイ=ナとシイ=ナの姿を捉えました。どうやらあちらも私に気付いたみたい! 中々いい目をしてます。さすが仮想エルフ!

 

「なんか言いたそうにしてますが、全くわかりません……、向かいに居る人たちを気にしてるみたいですけど」

 

 首を振ったり、口をパクパクして何かを訴えかけて来るんですけど、全然要領を得ないです。そうこうしてるうちにもう樹上宮まで目と鼻の先、ってところまで近づいてしまいました。

 

 リイ=ナが顔を上にあげて、何かつぶやいたのが聞こえました。

 もうそれほどの距離なのです。

 

「ああ……、僕もう知らない」

 

 リイ=ナは、そう言ってました。

 ついでに横のシイ=ナが、「どうなっちゃうのこれ?」って言ってるのも聞こえました。

 

 ええ?

 

 なんかマズイ?

 

 

 そして今更気付きました。

 リイ=ナの前に、テーブルを隔てて座っている人物に。

 

 そう。

 

 振り向いてこちらを見て……、一時の間をもってニヤリと笑った……、その会いたくない奴(強面イケメン)の存在に。

 

 

***

 

 

「どうしたのだ少年。妙に落ち着きがないではないか?」

 

 俺がミーアについてアールヴ族に問いかけていた、ちょうどその時、ミーアの名をつぶやいていた少年が妙にそわそわし、落ち着きのない様子を見せ始めた。少年の隣に立つ大人びた少女も同様な様子を見せている。

 

「あ、いえ、そのぉ……」

 

 俺の問いに挙動不審な様子を示す少年。

 こういった様子は、隊の部下共でもよく見ることだ。失敗を隠したり、何かを誤魔化そうとしているときに見せる行動そのもの。

 

 俺はじっくりその様子を観察し、少年らの視線に違和感を覚えた。しょせん、普通の子供。俺を前に隠し通せるものなどあるはずもない。

 

 その様子から得た結論。

 俺は後ろを振り返ってみる。

 

 何があるのかなどは建屋に入った時点で把握している。窓があり、木戸が開け放たれているのも分かっている。

 

 

「くははっ、なんだあれは。くく、面白い! あやつはいつも俺の想像の上を行くな」

 

 

 窓の外。そこには、前に見たのはいつの頃になるだろうか。だがその時とたがわぬ容姿を持つ幼子。

 遠路はるばる探し求めた、ミーアの姿があった。

 

 ただし。

 

 背中に四枚の淡く輝く大きな羽を生やし、空にふわり漂うように浮かぶ姿でもって。

 

 ふんっ。

 

 精霊と呼ぶはそういうことか……。

 

 

「ミーア……、ちゃん?」

 

 

 アンヌが俺の行動に気付き、同じように外を見、あれを見つけて呆然とした表情を浮かべながらも声をかけている。

 

 そうだ、アンヌ、その調子だ。

 あやつを呼べ。気を引き、情に訴えろ。

 

 決して逃すな。

 

 

 そのために危険な中、わざわざお前を連れてきたのだからな……。

 





なるようになれ~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

絡み合う想い

「うっわ、目が合ってしまった……」

 

 リイ=ナたちの前にいた、窓を背に座ってたのは逃げ出した砦にいた人たち。私を監禁したあのお貴族様(強面イケメン)でした。

 

「最悪です。でも横をチラ見すればアンヌも居ます。……ああもうっ!」

 

 

 ううぅ、仕方ない。

 逃げてばかりではいつまでたっても状況は変わりませんからっ。

 

 いい加減、腹をくくろう!

 

 空飛んで、(はね)だしてるところも見られてしまったし……、もうどうでもいいやって感じです。

 私は大きなため息を一つこぼし、そのまま開いてる窓に向かい近づいていきます。扉? 何それ?めんどくさい。

 

 

「おじゃま、しま~す……」

 

 

 お貴族様が居ようが、アールヴ族がいっぱい居ようがもう知りません。構わず突入したった!

 

 

「おおっ、主フィーラヴ! 湖の精霊様がいらしてくださるとは。湖の(けが)れもみるみるうちにその領域を狭め、おかげさまをもって、以前の美しさを取り戻しつつあります。感謝の念に堪えませぬ。ありがたいことですじゃ!」

 

 入った早々、じじい……いえ、長老アズ=イにお礼を言われました。

 じじいのくせに目ざとく素早い。そして律儀だね。

 

 他のアールヴ族の面々は驚いてるけど、場の空気を読んでるのか発言控えてるみたい。いや、どちらかといえば場を(つな)いでほしいんだけど。

 

 特にリイ=ナ!

 

 

「ミーアちゃん!」

 

「きゅふっ」

 

 強面イケメンがまず何か言ってくると思ってたけど、その前にアンヌが飛び込んできて、がばりと抱きかかえられました。ちょっと不意打ち気味で、アンヌのオデコで胸を打ち、変な声出ました。

 

「けひょけひょ」

 

 お、おかしい。

 

 万能スライム体仕込みのミーアボディにこんなにダメージを与えて来るとは、実はアンヌの体は(はがね)で出来てやしませんか?

 

「ああっ、ごめんなさい。ミーアちゃん、大丈夫? い、痛かった? わ、私ったら……、気が動転しちゃって」

 

 窓際で宙に浮いてる私の胸に顔を埋める様に抱き着いていたアンヌが、ようやくひと心地ついたのか私から少し離れ、アタフタしながらも上目でそう言ってきました。アンヌからその目線で見られるのはちょっと新鮮です。

 

 強面さんはまだ何も言わずに私のことをじっと見ている感じです。いかにも様子(うかが)いされてる感じでなんか嫌です。

 

「だ、だいじょぶ。あ、あんにゅ! あえて、うれしい……」

 

 噛んだ!

 

 く、くぅ……、相変わらずこの口は。

 

「ぷっ、聞いたかドリス。『あんにゅ』だってよ! ミーアのやつは相変わらずだな。飛んでるけどっ」

 

「感動的なとこで笑っちゃ悪いよ、オルガ。ミーアちゃんは真面目に言ってるんだから……、ぷふふっ」

 

 むうぅ、オルガと、ドリス。居たんだ……、くっそぉ、あとで覚えといてください!

 

「ああ、もうミーアちゃん、色々聞きたいことだらけだけどっ! そんなのいいから、もう一度抱きしめさせてっ」

 

 私はそんなアンヌの気持ちに答えるよう足を床に落とし、役目を終えた背中の翅も透明度をどんどん増し、消えて見えなくなった。これでもう邪魔じゃないし目立たないね。

 

 久しぶりのアンヌは相変わらず優しくて、柔らかくて、いい匂いがした。

 私はつられるようにアンヌを抱き返し、お互い確かめるように抱擁(ほうよう)しあった。

 

「ああ、ミーア様が汎人族の女とぉ……」

 

 私の耳にシイ=ナの(ささや)くようなつぶやきが聞こえてきましたが、聞かなかったことにしておきましょう……。

 

 

「さて、感動の対面はそれくらいにしてもらおうか」

 

 

む。

 

 

「す、すみません、隊長。つい……うれしくって」

 

 ああ、アンヌの体温が遠のいてく~。

 なんなんでしょう、このお貴族様は!

 

 私の前に、背が高くていかにも自信たっぷりで居丈高(いたけだか)な、強面イケメンがアンヌを脇に追いやるようにして立ち塞がりました。ほんっと、お貴族様って無駄に偉そうだよね。

 

 あ、アンヌは別。

 お貴族様なんてくくりからは別枠の、大事な人だから。

 

「こうして向き合って話すのは初めてか……、つくづくその方には振り回されたが、ようやく会えたな」

 

 なんか勝手なことおぬかしあそばされていますが、そんなの知らんがな! です。

 どちらかと言えば、一方的に私の方が迷惑(こうむ)っていると思います。

 

 砦の隔離室?に閉じ込められて、変な魔法陣刻まれたことはまだしーっかり覚えてますから。

 私は話しかけてきた強面さんに返事もせず、無言のまま睨みつけてます。礼儀? あいさつ? なんでこの人にしなきゃいけないの? 

 

 どうせ(ミーア)なんか出自の知れないどこぞの孤児で、中身は元日本のおっさんサラリーマンですからね。

 

 関係ないんだもんね!

 

「ふっ、無視か。随分嫌われたものだ。その方がそのような態度をとることも一応理解はしているぞ。そこのアンヌから随分口うるさく言われたからな。だが、あの時はああする他なかったのだ。正体もはっきりせず、強力な魔法を使い、あまつさえ息もしないで、それでも腐ることなく存在していたのだ。アンデッドであることすら想定したものを放置することなどできまい?」

 

 ぐぬぅ、正論ぶっこんできました。っていうかアンデッドって、ひどい。

 で、でも、だからといってそのぉ……。

 

 うう、よくよく考えれば、偉そうな態度ではあるものの、あれ以来私が直接なにかされた訳でもなく。虹色魔石のこともギルドやレイナール代官(やかた)での色々はあったものの、結果だけ見れば私が逃げただけだし。

 

「あれから俺も色々調べたぞ。まったくその方には驚かされることばかりだ。ここの湖のことについてもそうだが、今もアールヴ族に精霊などと呼ばれていたな。俺はお前に会ったならまずは聞いて見たかったのだ」

 

 そう言って強面イケメンが腰を落とし、私の真ん前まで顔を寄せ目を合わせてきた。

 そういやこの人、名前なんて言うんだっけ? ハンバーグ?

 

「その方、一体何者だ?」

 

 そう言いながらじーっと、まばたき一つせず見つめて来る。

 金色の目。

 感情が感じられない透明感の全くない、マットな金色。

 

「……なにもの……って」

 

「そう、何者なのだ? お前は。 何、強張る必要はない。力を抜き、心を楽にすればよい。素直な心持ちで我の問いに答えればよいのだ」

 

 むむぅ……。

 

 何でしょう、この目。

 引き寄せられるかのように逸らせません。こんな強面イケメンと見つめ合うなんて、ちょっと勘弁してほしい。

 

 

 ああ、なのにっ。

 

 これ、ちょっとやばい気がします。

 いつの間にか体も強張ってきて、体の感覚がおぼろげになってきました。

 

 な、なんぞこれ?

 

 まじやばいです。

 アンヌのそばであれですが、謎空間スライム体をここに……。

 

 

「そこまでにしていただきたいものですな」

 

 横から誰か割って入ってきました。

 強面イケメンの顔が逸れ、強張っていた体の力がふっと抜けます。

 

「おや、これはアズ=イ殿。そこまでといわれてもな、こちらは我が部下であるアンヌの大事な知人である女児に挨拶をしていただけのことなのだがな」

 

 悪びれもせずぬけぬけという強面イケメン。

 

「ふむぅ、とてもそうは見えませんでしたがの。ここは我がアールヴの神聖なる樹上宮(ツリーヴィラ)。控えて欲しいものですなぁ」

 

 おじいちゃん! もっと言ってやって。

 でも何だか知らないけど助かった。じじいグッジョブ!

 

「ほう」

「むむぅ」

 

 うわぁ、周囲を置き去りにしての、じじいと強面イケメンのにらみ合いです。

 なんだか、異様な魔力の高まりを感じるのですが?

 

 そんな時。

 

 広間の奥にある祭壇から、硬い木が裂けるかのような高い音が響き渡りました。

 

「きゃっ」

「うわっ」

「何事?」

 

 居合わせた面々から色んな声が飛び交い、その音の出所を一斉に見つめます。

 にらみ合っていた二人も同様です。

 

私もここぞとばかり、そばに居たアンヌに抱き着きながら、そこを二人で見つめました。

 

「な、なんということだ」

 

 もう一人の長老、エボ=ツさんだっけ? が驚きの声を上げてます。なんぞなんぞ?

 他のアールヴの人たちも続いて次々悲鳴めいた声をあげてます。

 

 

 その人たちをかき分け見て見れば……、

 

 ご神体である木彫りの女神フェリアナ像。

 その優美な立像の肩口より斜め下に向かい、袈裟切りされたかのごとく大きな亀裂が入っていました。

 

 それを見ていた時です。

 

 私の頭の奥が、以前ここで女神像を見た時感じたものとは比べ物にならないくらい大きな痛みを伴う疼きを感じ、思わずその場に座り込んでしまいました。

 

「ミーアちゃん!」

「ミーア様!」

 

 アンヌやシイ=ナの呼びかけを耳にしながら……、私はまさかまさかの事態、そのまま気を失ってしまったのでした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決意表明?(ただし自分だけにっ)

 とても久しぶりにミーアちゃんの姿を見ました。

 ただその姿を見つけたのは、なんというか、驚くことに窓の外!

 

 窓の外と言ってもここは普通の場所じゃありません。何しろ高い樹の上。まるで樹に同化しているかのように建てられた大きな建物は地上から十メートルほどの高さにあるんですから!

 

 そう、ミーアちゃんは空に浮いていました。

 

「ミーア……、ちゃん?」

 

 その背中には淡い輝きを帯びた透明感のある長い羽が四枚伸びていて、幻想的な美しさがあります。ただ、ふるふると緩やかに動いてはいますが、その緩慢な動きを見せる羽に飛べる力があるようにはとても見えませんけど……。

 

 一体どうなってるの?

 会わない間にミーアちゃんに何があったのでしょう?

 精霊なんて呼ばれてたのはなぜ?

 

 そんな疑問と久しぶりに姿が見れた嬉しさがない交ぜになってもう私の気持ちは大混乱です。

 

 

「おじゃま、しま~す……」

 

 まだ戸惑いが抜けきらない私の前に、ミーアちゃんが緊張感のない声であいさつしながら窓から入って来たました。

 

「ミーアちゃん!」

 

「きゅふっ」

 

 話しかけていたアールヴ族の長老さんなんか気にしてられません。私は浮かんでいるミーアちゃんに駆け寄り、半ば強引に引き寄せ、ぎゅっと胸に抱きしてしまいました。

 

 ちょっと強引すぎて苦しそうな様子を見せていましたが、久しぶりのミーアちゃんの抱き心地を堪能し、声も聞けてとてもホッとし、安心しました。背中に生えていた羽はいつの間にか消えています。いったいどうなってるんでしょう?

 

 でもそんな時は長く続かず……、スヴェン隊長が割って入って来て、ケービック砦での出来事について謝罪とはとても取れない拘束理由を語りつつ、あろうことかミーアちゃんにギアスを使おうとしています!

 

 しゃがみこんでミーアちゃんと目を合わせ、問いかけてるスヴェン隊長。

 

 ああ、あの感情の全く読み取れない金色の目がミーアちゃんの目を捉えて離しません。ミーアちゃんもその目に吸い寄せられるかのように見つめ返していて、どこかうつろ気な様子になってきています。

 

 ああ、スヴェン隊長。ミーアちゃんに何をするつもりなんですか?

 このままじゃダメって思う気持ちがある反面、警備隊の隊長で、上級貴族であるスヴェン様に対し「やめてください」という、その一言が言い出せない私がいます。

 

 

「そこまでにしていただきたいものですな」

 

 そこに私の気持ちを肩代わりしてくれたかのように救いの言葉が投げかけられました!

 声の(ぬし)はアールヴ族の長老、アズ=イさんです。

 アズ=イさんとスヴェン隊長はにらみ合いながら皮肉交じりの言葉の応酬(おうしゅう)を始めました。

 

 おかげさまでミーアちゃんにギアスの効果はまだ及んでいないみたいです。ミーアちゃんに対し、いきなりギアスを使おうとするなんてひどいです。本人の意志も確認せず、どんな誓約を与えようとしていたのでしょう?

 

 そんな時です。

 

 会合の席の奥の方から樹が裂けるような、大きな音が部屋中に響き渡りました。

 

「きゃっ」

 

 つい声を上げてしまって恥ずかしい。

 ミーアちゃんもびっくりしたのか私に抱き着いてきます。

 

 ああ、可愛いすぎます!

 

 

 確か……、奥には女神フェリアナ像とよくわからないお椀のような大きな器を祀った祭壇があったと思います。皆の視線が奥の祭壇へと向けられました。

 

 同時にアールヴ族の人々から嘆きと悲鳴めいた声が上がります。

 それも仕方ないかもです。

 

 女神フェリアナ像に肩から斜め下に走る大きな亀裂が入っていたんですから……。

 

 でも私はそれどころではありません。

 私の腰に手を回していたミーアちゃんのその腕から力が失われ、そのまま床にぺたんと座り込んでしまいました。

 

「ミーアちゃん!」

「ミーア様!」

 

 思わず声を掛けましたが、脇からも同じように声をかけて来る子アールヴ族の女の子がいました。確かシイ=ナさん。私のことを睨んでくるのでちょっと怖いなと思った、私より少し年下の女の子です。

 

 ああ、そんなことよりミーアちゃんは気を失っていました。

 私は床にへたり込んだミーアちゃんの頭を自分の膝の上に乗せ、頭を撫でてあげます。サラサラの淡い紫色の髪はとても撫で心地がいいんだけど、今はそんなことを考えてる時じゃない。紫の色をした綺麗な瞳はきゅっと閉じられ、その目で私を見てくれることはありません。

 

「汎人族のおまえ。ミーア様は私が介抱するからそこをどいて」

 

 な、何言ってるの、この子。

 

「けっこうです。ミーアちゃんは私がずっと面倒を見ていた子です。私が様子を見ていますから気になさらないでください」

 

「ふざけないで! ミーア様はフィーラヴ村の命、フィーラヴ湖の守りの精霊。我らアールヴ族が代々(あが)(たてまつ)った精霊様! 汎人族が差し出口をはさまないで」

 

「なっ」

 

 年下ですが私より背が高いその女の子にそう言われ、私はちょっと及び腰になってしまいます。

 ううぅ、でも確かにこのまま床の上で膝枕という訳にも……。

 

「お嬢さん、我が隊のアンヌが面倒かけました。さて、この状況です。そちら側も少々騒然としていますし、ミーアさんもこの様子です。ですから……()()()()()()()で、ミーアさんを安静にできる場所へ連れて行っていただけませんか? こちらはまだまだ終わりそうにありませんからね。どうでしょうか?」

 

 ヨアン副長が横から口を挟んできました。

 むむう、この子と一緒に……、ですか。私はアールヴ族の女の子、シイ=ナを見る。

 

 え、ちょっと? 頬が赤く染まってるんですが!

 この子、ヨアン副長の美男子王子様顔にのぼせ上ちゃってるよ……。

 

 副長……、女の敵。これ絶対わざとです。

 

 

「え、あ、ま、まぁ、いいです……けど」

 

 

 ちょっと白けてしまうような流れですが、ミーアちゃんをこのままにしておくわけにはいきません。納得は出来ませんが妥協します。

 

 という訳で、ミーアちゃんが寝泊まりしていたというシイ=ナさんのお家で介抱することになりました。

 

 それにしてもミーアちゃん。未だ目が覚める気配がありません。

 

 どうしてしまったのでしょう?

 心配です。

 

 

***

 

 

 …………。

 

 

 またここ、です――。

 

 

 

 まったく光がない、今自分がどういう状態なのかもわからない……なにもない闇。

 

 

 深い深い、闇の深淵。

 

 

 永遠とも、一瞬とも思える間。

 

 今をもって、どれだけそこにいるのか判断も付かない場所。

 

 

 …………。

 

 

 ――またそこに、闇とは真逆の光。

 神々しいばかりの光。

 

 

 光の洪水が私? を包み込むように突如現れました。

 

 

「もう、いったいなんなんでしょう」

 

 ここにいる私? は、思念体であろうと思われます。

 体もなにもないですし。

 

 もう二回目ですからね、このずしりとくる、重い、心の底から痛むような感覚にも慣れました。

 

 

「もういいですから! 迂遠なやりかたやめて、はっきり伝えてもらいたいんですけどっ!」

 

 モチロン、体ないですからこれは心のさけび!

 

 

 女神なんでしょ?

 これやってるの。

 

 

 さっき女神像裂けてましたけど、大丈夫なのですかね?

 

 

 

 

 ずきりっ。

 

 

 

 ひと際大きな痛み。

 

 これはきたか?

 

 

 

【…………災禍、……凶龍……】

 

 

 はいはい、それはもういいです。

 だから何?

 

【湖……。浄化、……感謝……】

 

 

【その……で、更なる……を、進め……、欲しか……のです、が】

 

【けれ……ど、わた……しの力……、抑えきれない……、現れ……す】

 

【お願い……、歪なる……龍……、滅し、て、……直接……の、浄化、……だ、さい】

 

 はあぁ?

 

 ったく、どうしてこうもたどたどしいかな?

 

 その辺前も同じようなこと言ってた気がするし!

 

 

【もう……が、……ありませ……】

 

 

 

「だから、もっと!」

 

 

 

【……封印、ば、しょ……、……&%###%$**|¥¥%#……です。もう、ほんと……に、じか…………ません】

 

 

 くわしくっ、って、ええっ?

 

 

 ………。

 

 

 

 くあっ、いったっ!

 

 

 

 

 ――――――――。

 

 

 

 

 

***

 

 

「まって! って……、っつぅ……」

 

 

 もうね。

 

 最低な気分です……。

 

 

 現実に戻ってまで痛みが残るだなんて……。この体になって初めて。久しぶりに感じましたが、やっぱこんなの必要ないです。

 

「ミーアちゃん!」

「ミーア様っ!」

 

 

 うわぁ、これどんな状況?

 私の顔を覗き込むアンヌとシイ=ナが居ます。

 

 ほんとなら二人と親睦を深めたいところ……だけどっ!

 

 

「アズ=イ、はんばーぐ? をここ、よんで?」

 

「ふぇ? アズ=イ様? ここへ?」

 

 そう、ここへ。

 シイ=ナの問いに頷く私。

 

「え? はんばーぐ? えっと、ミーアちゃん何を言って……、って、もしかしてソールバルグ卿? スヴェン隊長ですか?」

 

 ハンバーグ知らないとは!

 ああ、食べたくなってきた。

 

「そう、そのひと。あんにゅ、シイ=ナ。ふたり、ここつれてくる! はなし、あるっ!」

 

 もうね、細かいこたぁいいんだよっ、状態。

 

 

 話だけ通して……、さっさと終わらす!

 





終わらせたい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

前説的状況

「この俺を呼びつけるのだ、それ相応の話なのであろうな?」

 

「ふおっふぉ。おぬしはほんに度量の小さき男じゃのぉ。(あるじ)フィーラブ、お呼びと聞き、アズ=イ、参りましたぞ」

 

 シイ=ナにお願いして、二人に来てもらった。

 面倒な役目を押し付けてシイ=ナには申し訳なかったと思ってます。ほんとに。

 

 どうでもいいけれど、ほんとハンバーグさんは面倒くさそうで本来なら絶対関わりたくない人ナンバーワンです。アズ=イがいるとちょうどいい緩衝材になって良きです!

 

 訪れた二人の後ろにはぞろぞろ付属が引っ付いて来てたけど、シイ=ナの家に入り切れるわけもなく、シイ=ナ母が中に入るのは少数を除いて遠慮してもらってました。

 で、普段なら家族で囲んでるだろうテーブルに胡散臭い大人二人が並んで座り、その向かいに私、両隣に保護者然としたシイ=ナとアンヌが座ってます。狭いので互いに密着して圧がすごいんですが。アンヌは向かいのハンバーグさんの射るような視線を避けるように(うつむ)き加減ではあるものの、下がるつもりはないみたいです。

 

 リイ=ナはあきれ半分、心配半分みたいな雰囲気で私たちの後ろに控えてます。

 

 私は腰に下げてた収納袋(中は当然スライム体謹製無限収納ぷにょ袋)から暇があるごとに周辺で倒した魔獣から取った魔石で作っていたやつを取り出し、テーブルの上に並べていきます。こんなこともあろうかと!(すみません、うそ。適当です)、有り余ってた時間を活かし、ぷにょ転移であそび、いや転移を活用しながら、スライム体による物量作戦でもって行ける範囲をどんどん広げそこら中を徘徊してたのです。

 

 まぁ、とりあえず二十個くらい出しときましょう。

 

「これは虹色魔石! 大粒でしかもこのような数、どこに納めていたというのだ? 一体何を考えている。そもそも先ほど空を飛んでいたこと、アールヴ族に(あるじ)やら精霊などと呼ばれていること。女神像の破損。そして関連性があるのかわからんが、その方が意識を失ったことといい……、色々と確認せねばならぬことが多すぎるのだが」

 

 長々しゃべりながらハンバーグさんが(にら)んできました。

 アズ=イは黙って私を見ています。目元は良く言えば優し気ですが、ぶっちゃけ私にお任せって感じで思考を放棄してる気がします。

 

 けれど、面倒なんで質問なんてスルーです。あとでアズ=イたちに聞いたり勝手に考え、悩んでください。

 

 私は心底どうでもいいので。

 

「それあげる。いまからきっと、ひつよう。めがみ、ことば、あったので、つたえる」

 

「おおっ、女神様とお話をされたのですな! さすがは湖の精霊たる主フィーラヴ。感服いたしますぞ。それにそれは魔石ですな? 随分と大きく、しかも虹色とは見たことも聞いたこともありませぬが、なんとも神々しいものですなぁ」

 

 あぁ、う、うん。何かにつけて大げさだよね、アズ=イ。

 

 夢? の中のおつげ? 言葉として現れたものはとぎれとぎれで理解に苦しむものでしかなかったけど……、最後の盛大な頭痛と共に頭の中に嫌と言うほど押し付けられた強い願い、それでなんとか言わんとすることは伝わったのです。

 

 だから翻訳したものを聞かせます。

 

「さいかのきょうりゅう、っておおきな、まじゅう? が、あらわれ、る。めがみのふういん、やぶれる。ここのまじゅうたち、のがれるためにかいきょうわたって、そっちにいっぱいいく」

 

 うーん、説明するための語彙不足に悩まされますね。伝えるのって難しい。

 そもそも女神だって説明不足なわけですけれど。

 

「聞き取りにくいが、災禍の凶龍? それを女神フェリアナが封印しているというのか? なんだそれは、俺はそんな話、聞いたこともないぞ。ヨアン、知っているか?」

 

「いえ、私も聞いたことはないですね……。災禍の凶龍と言う言葉も今初めて……」

 

「わしも知らぬことでありますな。だがですじゃ、この世界で長きを生きたアールヴ族の長老たちは残念なことにみな過去の()()()()()で天上世界へと召されましたからの。偉大なる先人たちの中にそれらの話を伝える役を担っていたお方もおったのやもしれませぬ」

 

 ハンバーグさんたちの会話に被せる様にアズ=イがねちっこく語ってます。穏やかそうに見えて、相当過去の弾圧を(うら)んで、根に持ってるよね。

 

「……ふん。兎も角だ、魔獣の海峡渡りが増えているのはそれが為だというのか? フェリアナ様が封印しているというのなら、それがなぜ今破れてしまうのだ」

 

「さあ? まじゅう、ふえすぎ。とちがうのかな? よくわかんない」

 

 

 …………。

 

 

 とは言いましたが。

 

 

 実は私がもっと世の中の魔獣を間引きし、世界にある魔素?を、浄化しなきゃいけなかったっぽい。

 

 うん、私、湖にずっとひきこもってたしね。

 樹海から出たのもつい最近だしね。

 

 しかもまた出戻ってきたし。

 

 

 いや、私悪くないでしょ?

 聞いてないし!

 

 ねぇ?

 

 

 説明不足、というか、放置だったよね!

 

 

 私は絶対悪くな~い!

 

 

 それにハンバーグさんたちだって自業自得だよね?

 女神様の話を伝えてたはずのアールヴ族を弾圧しちゃったんだから。

 

 みんながもっと仲良くして、樹海もほったらかしにせず、色々やってれば良かったはずなんだよ、うん。

 

 

 きっとそう!

 

 

 だからまぁ、これは言わないでもいいよね?

 

 

 

 

 で、肝心の災禍の凶龍がどこに封印されてるかっていうと!

 

 

「なっ、わからないとはなんだ。それに結局、災禍の凶龍とはどこに封印されているのだ!」

 

 

 あ、今言おうと思ってたのに~。

 

 

「ここ。みずうみのさきにある、やま。そのした。でも、もうでてくる、よ?」

 

 

 

 そう、だから私、ここに転生したみたい?

 

 

 ほんと聞いてないし、そんなの。

 うん百年好き放題、自由に生きて来たのに今更そんなこと……、ねぇ。

 

 

「もう出て来る、だと? と言うかだ、その方が言っていることが正しいかどうか、(まこと)かどうかもわからないではないか。何か証明できるものはあるのか?」

 

 そんなこと言われたって。

 

「ない。しんじない、なら、べつにそれでもいい。わたしは、わたしで、かってする。いしはあげた。それでがんばる、といい」

 

 だからもう帰っていいよ?

 あ、アンヌは居てもいいんだからね!

 

 私とハンバーグさんとのやりとりにアタフタしてるアンヌ、見ててほっこりします。私はSっ気があるのかしらん?

 

 そんなやりとりをグダグダやってたそんな時。

 

 

 ずんっ、ずずぅん。

 

 っという感じの、お腹にがっつりくる、地の底から響いてくるような、細やかな、でも大きな力を感じる、空気を震わせるような振動が周囲一帯、かなり大きな範囲で拡散しました。

 

 うそじゃないよ。

 辺りに散ってるスライム体からの情報なんだからね!

 

 

「きゃ」

「なんだこれは?」

「おお、オルガ、何これ~」

「女神様~!」

 

 

 樹海のほうからも、ざわめいた魔獣の騒々しい鳴き声がここまで届いてきますし、鳥類とかもびびって一斉に飛び立ったみたいで、空にもかなりの魔獣たちが飛び交っているのがわかります。

 

 ここも、樹上宮(ツリーヴィラ)だって当然そうで、悲鳴と驚きの声が上がり、腰を落として警戒したり、床にへたり込んだり、キョロキョロと落ち着きなく周りを見回したりと、皆が浮足立っています。村の中だってそんな感じです。

 

「スヴェン様っ、ケービック砦から魔伝書簡(マナエピスル)が届きました。岸壁に居ついていたワイバーンの群れに動きが出ているとのこと。至急戻られたし、と、ひぃ~!」

 

「スヴェン隊長、実は会談中にダール伯クリスティアン様よりも魔伝書簡(マナエピスル)が届いております。領内のいたるところで魔獣が浮足だっている様子で、領都及び、各地の警備隊に注意喚起を促すと。それと、早く戻って欲しいとも」

 

 えらそうな雰囲気のお貴族様や美男子ヨアンさんがハンバーグさんになにやら報告してます。

 はかったかのように、一気に騒々しくなってきました!

 

「ミーアちゃん!」

「ミーア様」

 

 アンヌとシイ=ナが両側からその腕を回し、私の腕に絡ませてきます。

 あのぉ、そうされると身動き取れないんですが……。

 

「あんにゅ、しんぱいない。ちょっとわたし、いってくる。シイ=ナも。だから、ここのことはおねがい。ませき、ゆうこうにつかって、ね」

 

 関係ないと思ってたものの私に関わりの深い人はちゃんと守りたいとも思います。アンヌには虹色魔石を個人的にも渡しておきましょう。

 

 

 まぁあれです。

 アールヴの村くらいはきっちり守るようがんばりましょうか。

 

 ついでにハンバーグさんたちも……。

 

 

 あ。

 

 あんにゅ、いや、アンヌにはぷにょ袋を渡しておこう!

 そうすれば、いつでもアンヌのところに来れますからね。

 

「あんにゅ、これ、おまもり。いつもみにつけてて、ほしい」

 

 収納袋から取り出した小さな皮袋を手渡しました。もろ日本のお守り袋みたいなイメージ。

 収納袋としては使えません。口は閉じてますし、そもそもアンヌでは魔石の魔力を読み取れませんからね。

 

お守り(アミュレット)? まぁ、なんてかわいらしい。ありがとうミーアちゃん、大切にするね」

 

 その笑顔、まぶしすぎ。アンヌ尊い。

 

 …………。

 

 シイ=ナがすがるような目で私を見てきます。

 

「シイ=ナ……、にもあげるね。はい」

 

 うーん、ほんとはそんなつもりなかったけど……、仕方ないか。試しにいくつか作ったやつの一つをあげる。

 

「ありがとうございます、ミーア様!」

 

 思いっきり抱きしめられました。

 あきれてるリイ=ナの視線がちょっと痛い。

 

 リイ=ナ、すまないけど君にはあげないよ。キリないしね。ま、どんな効能があるかもわからないもの、そんなに無理して欲しがるモノでもないよね。

 

 

 微振動は断続的に起きています。

 時折、大きくなったりして、そのたびに周囲がざわめきます。村の外も中も。

 

「ミーア。その方、湖の精霊というのが真実なのだとすれば、この状況を打開できるというのか? 女神フェリアナの告げというものを我らは聞いたわけではない。そこのアールヴ族のことも信用できるはずもない。だが口惜しいことに俺はここに留まることが出来ぬ。よって、その方が懇意にしていたという冒険者二人と、アンヌを置いていく。先ほどまでの話が真実だと言うのであれば、結果を示して見せよ」

 

 なんかまたグダグダ言ってますけど、言ってることの半分も理解不能~。

 理解する気もありませ~ん。

 

 

 私は私の出来ることをするだけ。

 

 女神のことはちょっと思うところはあるけれど。

 

 

 ほんとさっさと終わらせて、こいつらとの関係もさっさと断ち切ろうっと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、アンヌは別ね。

 





長い……


冗長にすぎた……




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人はどこでもろくなことしない

 スヴェン隊長とミーアちゃんのやり取りといっていいかわからない、かみ合わない会話が終わりました?

 

 終わったというか、まだスヴェン隊長は話足りなそうだったのですが、ミーアちゃんはそんな隊長の様子を気にするそぶりすら見せず、動き出しちゃたのです。

 

「いって、くる」

 

 私ともうひとり、アールヴの女性シイ=ナさんに軽く、ほんとに軽く、相変わらずのたどたどしい口調でそう一言いって、久しぶりで出会った時と同じように背中からするりと羽を出し、流れるような動きで留める間もなく窓から飛び立っていきました。

 

 もう、何から突っ込んでいいのかわからない。

 スヴェン隊長の顔を見るのが怖いです。

 

 さっきの話からすると私と冒険者のお二人、オルガさんとドリスさんをここに残して隊長たちはヴィースハウン領へと急ぎ戻るみたいだけど……、肝心のミーアちゃんは取り付くしまもなくさっさと居なくなってしまいました。

 

 というかです。

 

 ミーアちゃん。

 

 どうして飛んじゃってるんですか!

 背中の羽、なんですか?

 

 湖の精霊って?

 

 ミーアちゃん……、あなたっていったい……。

 

 あってすぐも混乱しましたが、会えた嬉しさが上回って脇に追いやられていた疑問が、時間を置き少し落ち着いてきたことでまた湧き上がってきました。

 私の手元にはミーアちゃんから託された小さなお守り(アミュレット)が残るのみです。細い革ひもが付けられていて首から下げられるようにしてありました。私とシイ=ナさんはほとんど同時にもらったお守りを首からさげ、失わないよう首元から胸の中へと落とし込みました。

 

 はぁ。

 

 スヴェン隊長じゃないけれど……、ミーアちゃん、ほんとうにあなたは何者なんですか?

 やっぱり精霊様なのですか?

 

 羽が生えた神々しいまでの姿。

 同じ人であるとはとても思えません……。

 

 思えば出会った頃。

 

 世の中の常識を知らない。

 表情も変わらない、喜怒哀楽をほとんど見せない。魔器官も非活性(パッシブ)のまま。

 

 色々ありえないことだらけの女の子でした。

 

 海岸に流れ着いていた女の子。

 私たちは勝手に廃村の女の子と紐づけしたけど……、それも間違いだったのでしょうか?

 

 今更そんなことはどうでもいいか。

 ミーアちゃんの存在に変わりはないのですから。

 

 だから、これからも一緒に居たいと思うのは厚かましい願いなのでしょうか?

 

 そう願ってはいけない、おこがましい存在なのでしょうか?

 

 

「くうっ。……あのものはなんとも、本当に如何(いかん)ともしがたいな。だがそんなことを言っていても仕方がないというもの。ヨアン! ひとまずケービック砦へ戻る。そこで態勢を整え領都の守備隊や各砦との連携も確認せねばならぬ。ミーアの件は不安しかないが、ここは残す三人に任せるしかなかろう」

 

 周りもそっちのけで思い悩んでいたら、スヴェン隊長が早速動き出しました。

 

 言葉はきついし、上級貴族ゆえの横柄なところがどうしても目に付きがちですが、自分が引き受けた警備隊や部隊の運営に関しては律儀で真面目な方なのです。

 

「はっ、こちらはいつでも動けます。ミーアさんから渡された虹色魔石を活用させてもらえるのであれば帰途、更に言えば砦守備においても絶大な効果を期待できるかと思われます」

 

「うむ……、使途については任せる。数多く渡されたとはいえ限りはある。使い処は誤らぬようにな」

 

 ミーアちゃんが私たちに用意してくれた虹色魔石。全部で二十個だったけど、配分に関してはヨアン副長とアールヴ族との間で決めるそうだ。

 副長がいい笑顔をうかべていたから、対応するアールヴの人がちょっと気の毒に思えてきた。アールヴの人は虹色魔石に驚いてはいたけど実際の効果や使い道なんてわからないだろうし……、いいようにあしらわれる未来がみえます。

 

 狭いシイ=ナさんの家で、これ以上騒いでいても迷惑をかけるだけだし、村の人たちの剣呑な雰囲気は相変わらずなので隊長たちは早々にアールヴの村から出ることにしたようです。

 樹海は少し前のあの現象からずっと騒々し気な様子や雰囲気に覆われているようで、あの中に再び戻っていく隊のみんなが心配ではありますが、隊長を筆頭に強い人ばかりだし、虹色魔石もあります。大丈夫だと思いたいです。

 

 無事ヴィースハウン領へ戻れることをお祈りします。

 

 私は私でこのアールヴの村にオルガさん、ドリスさんと居残りになります。

 ミーアちゃんがいればまた違ったのでしょうけれど、いきなりいなくなっちゃうし。

 

 不安がないと言えばうそになります。

 でもそれでも、ミーアちゃんが無事に戻ってくるのを信じて三人で待っていたいと思います。

 

 

 あ、ミーアちゃん!

 

 ちゃんとここへ戻って来てくれるよね?

 

 またそのままどこかへ行っちゃうなんて……、ないよね?

 

 

 

***

 

 

 

 私のことをいつの間にか勝手に色々こきつかおうとする女神に思うところはかな~りありますが、そうは言ってもこのままではアンヌに危害が及ぶかもしれません。

 

 この世界がどうなろうと私は一向(いっこう)に構いませんが、アンヌ……と、ついでに私が多少関わりをもった人たちが可哀想な目に遭うのもちょっと、あれなので。

 

 

 不本意ながら女神の言うことを聞いてやります。

 

 

 

 空を飛ぶこと二時間あまり。

 時速四十キロ台の遅い速度ですが、八十キロほどの距離は伊達(だて)でなく、もう眼下の景色は湖ではとうになく、新たな場所、来たところがない土地へと変化していました。

 

 長きを生きましたがこうして知らないところがまだ多くあるのはいかに私が出不精引きこもりのスライム娘であったかがわかるというものです。

 

 あ、娘というのはミーアボディを手に入れてからの話ですけれども。

 

 この辺りはこの世界の人々にとっても未踏の地であり、樹海すらなく、荒涼とした大地が広がっていました。

 

「むぅ、なんでしょうかここ。何にも無いし、何にも居ないです」

 

 空から降り立った私の目に映るのは見渡す限りの不毛の大地。

 まあそれは空から見ていてわかっていたことですが、改めて自分の足で踏みしめるとそれがより一層強い印象となって心にぶっ刺さってきます。

 

 目の前にはそんな大地が急激に盛り上がり、小山というには高い、でも山と言うには低い……、ぱっとみ火山を思わせるような荒涼とした岩肌を(さら)した、まぁ結局言葉が見当たらないので「山」があります。

 

 生命の痕跡は、植物を含めて一つもなく、魔力どころか気配の一つもありません。

 

 生物が存在するには余りにも毒が強すぎるのです。

 

 その災厄が放つ毒。

 

 

 魔素が。

 

 

 そう、魔力の気配がないといいましたがただ一つ例外がありました。

 今もひしひしと感じる、普通の生き物には毒にしかならない絶大な魔素を放つ存在を除いて。

 

 魔素は女神の頭痛のお告げ(いわ)く、生き物から出された魔力、それがやがて大気に滲み、やがて地や海に戻りたまったもの、らしいです。通常それは四元の精霊の働きと自然の営みの中で毒素は抜かれ、小さな生き物たちに還元され、循環されていたらしいです。

 

 ですが。

 

 そんな(ことわり)から外れる出来事が大昔、人々の言う神話の時代と言えるくらい遠い昔にあったそうです。

 災禍の凶龍は本来、精霊たちを統べる大精霊で、この(ほし)を守る守護精霊でもあったらしいのですが、その出来事により狂ってしまったそうです。

 

 それ以降、精霊らは魔素の調整を放棄しやがて次々とその姿を消していきました。精霊による循環がなされなくなった魔素は、やがてそのまま野生動物に取り込まれ、それが魔獣の発生を促すこととなりました。

 

 だからほんとは災禍の凶龍を魔獣と呼ぶのは違うのかもしれません。

 

 

 それにしても人ってどんな世界でも迷惑しかかけないってことがよくわかります。

 

 まぁ物語あるある話ですが。

 それが実際あると大迷惑も(はなは)だしいですが。 

 

 

 けどそんな話、私にはどうでもいいです。

 

 

 ってこともないです。

 今この瞬間に大迷惑被っていました!

 

 

 

 ああ。

 なんかとても嫌な予感がしてきました。

 

 

 ぷんぷんです。

 

 

 帰っていい?

 

 

 ――――。 

 

 

「うわ、いったっ」

 

 

 

 女神のばかっ、冗談なのに思いっきり頭痛ぶちかましてきましたっ!

 

 なにこの女神、寝てたり気を失てるときだけじゃ飽き足らずに今こうして私にダイレクトに干渉なんかしてくれちゃったりするの?

 

 ず~っと長い間、何も言ってこないで放置してたのに?

 神様の中での時間の意識何て所詮そんなものなのかもしれないけどっ。

 

 

 ずっる!

 

 

 

 考えればおかしいよね、私スライム……、ぶっちゃけ実はスライムじゃない他のものっぽいやつだけど、なのになぜ、それなのになぜ、頭痛みたいなこと引き起こされちゃってる訳?

 

 むーーー。

 

 思考してる限りはその(たぐい)の状態は引き起こせるってことなのかな?

 

 

 ……ま、いっか。いま考えることでもないです。

 

 

 

『ずずずずずぅぅん』

 

 

「うわっ」

 

 

 そんな嘘くさい擬音が案外ふさわしそうな、お腹にめちゃくちゃ響く、空気を震わせるような低く重い、まさに地震のような振動が起きました。

 

 いやもうこれ本物の地震といってもいいよね!

 

 

 山の斜面の中腹辺りが急激に盛り上がってきてます。

 

 

 こっちが地下にいるであろう、災禍さんに顔見せしに行く前にどうやらあちらさんから来てくれた模様。

 

 

 封印どしたのっ?

 

 

 えっ、崩壊した?

 

 

 ほんとか女神?

 放棄しちゃった、の間違いじゃないでしょうね?

 

 

 

 

 くっそ~!

 

 

 

 もうこうなったら仕方ありません。

 

 

 やってやります!

 





スライム娘はシリアスではないはず?



今章もようやく終わり見えた。



纏めに入るつもりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開戦!

 乾いた、いえ、乾ききった硬い土壌が、地の奥からだんだん迫ってくるものの影響を受けてか、次第に細かい(ひび)に覆われて行きます。

 

 一度地に降り立った私ですが、地響きを伴う地震が続く地面にそのまま立っているのはいかにも危うい感じがするので今は再び空に浮かんでいます。

 

 細かい罅と言っても範囲がやたら広いせいでそう見えてるだけで、実際は私なんか平気で出来たスキマに落っこちそうなくらいのサイズ感があります。こっわ。

 

 そんな光景をしばらく眺めてると出来た無数の罅から、どう見ても毒っぽい、いかにもやばそうな限りな~く黒に近い紫色のもやもやが(にじ)み出てきました。

 

 魔素です。

 

 完全に可視化出来る、濃縮されきったやば~いやつ。

 

 いったいどうすればこれほどまで濃厚な魔素を出す存在が出来上がるのでしょうか?

 

 人の存在はほんと、世界に悪い影響しか及ぼさないのではないでしょうか?

 

 ずずずずずぅん――。

 

 また大きな、空気を揺さぶるお腹に響く振動が起こりました。

 

 それに伴い、至る所に出来ていた罅がびしりびしりと不気味な音を立てながら崩れだし、見る見る大きな亀裂へとその様相を変えていきます。

 

「くうぅ……」

 

 スライム体魔力センサーがもう限界突破して大変なことに!

 

「はわわっっ」

 

 

 そう感じたのとそれが起こったのはほぼ同時。

 

 

 中心位置と思われるところが一気に隆起!

 

 一面(ひび)や亀裂に覆われたその山の中腹が、耳をつんざくばかりの凄まじい(ごう)音とともに吹っ飛びました!

 

 

 いくら怖いものなしのスライム娘、ミーアちゃんもビックリの凄まじい音です。

 もう世界中の雷がその一点に集まって、落ちたんじゃないかってくらいのすさまじさです。

 

 そんな地面が破裂したかの如くの轟音……いや実際破裂したようなものですけれど、それと共に吹っ飛ばされた大小の(つぶて)が四方に飛び散っています。

 

 (つぶて)と言ったって爆発規模、そう、もうこれ爆発だよね?……からそう見えるだけで、私よりでっかいのです!

 

 巨大な岩塊がぶっ飛んでます!

 

「ひあぁっ!」

 

 もういやぁ。

 

「風の被膜! エアバリアっ」

 

 未だ次々ぶっ飛んでくる石礫を、体の周りに三百六十度、高速で循環回転する空気でありながらも強固な球状被膜を創りだすことで防ぎながら、あまりの状況に呆然としてしまいます。

 

 いや、私、こう見えて元日本のしがない中年サラリーマン。

 さすがにこんなの想定の外の外ですから!

 

 さっき雷と表現しましたが、実際稲光が至る所に発生し、もうもうと立ち込める魔素の噴煙も相まって、もう目の前は「ここ地獄じゃないの?」って感じの様相を呈してるんですから!

 

 

 ――――。

 

 

 しばし張り詰めた空気と濃厚な魔力と魔素が漂う緊張感を味わうも、何も起こらない時間が過ぎます。

 

 

 辺り一面、もうもうと立ち込めていたガスがだんだん薄まり、石礫の周囲への飛散もようやく収まりました。

 

 けれど私の警戒心はずっと限界突破です。

 

 この世界に生まれてこの方、こんな気持ちになるのは初めてでは?

 

 

 怖い。

 

 おふざけで言う「こわ~い」じゃない、ほんとうの恐怖。

 

 

 怖いと感じるのはその身に命の危険、生命を絶たれるのではないかと警戒させる、生命の根源的な本能。

 

 

 私にもそれはあったみたいです。

 

 

 

「!」

 

 

 

 その形はまさに災禍。

 

 女神がその表現を伝えて来るのも仕方ないと思えるおぞましき姿。

 

 それがその姿を現しました。

 

 

 山の中腹を砕き抜き、災禍の凶龍はその姿を現しました。

 

 

「うっわ、えっぐ。頭いったいいくつあるのっ?」

 

 

 胴体どこにあるの?と思えるくらい、その体と思える部位からは無数の長い首が伸び、その先には元の世界でもおなじみの西洋竜風の頭が鎮座し、その(あぎと)を大きくを開けて、耳障りな雄叫(おたけ)びを上げています。そんな口からは赤黒い紫色をした息を吐き出しています。

 

 あれって魔素……っぽくない?

 吐く息が魔素ってあなた……、まあ、そうもなりますか。

 

 そんなやつが。ワイバーンよりも厳つくて怖い顔をしたそれが、それがもう数えるのもいやになるくらい、うじゃうじゃうねうね四方八方にの伸び、何かを探すように周囲を見回しているのです。目の機能はたいしたことないのかな?

 

 ちなみにその頭一つだけでもすでに私より大きいというその事実。

 

 

 まじ、もう帰っていい?

 

 

「っわ、いったっ」

 

 女神うざっ。

 頭の中の考えにいちいち反応しないで!

 

 

 と、とにかく、災禍の恐龍です!

 

 目の前のそいつは湖の底で倒した、いそぎんちゃくモドキの百万倍厳つくてデカくてヤバい、何ってったって触手の一つ一つがドラゴンヘッドとかいう訳のわからない存在です。

 

 そしてそれがまだ序の口といえるその事実。

 

 そのドラゴンヘッドイソギンチャク風ボディ?の、イソギンチャクなら大きく口があいてるだろう場所からはにょきり、というには余りにも太い、太すぎる首が更に伸び上がって、三叉の首となっていました。

 

 その風体を表すならドラゴンヘッドイソギンチャク風襟巻(えりまき)をした三叉ドラゴン。

 この期に及んでまだ首が分かれてるって、そんなサービスいらないです。

 

 三つの首に据えられている頭は西洋と東洋をごちゃまぜにしたような顔と言えばいいのでしょうか? 伸びた鼻面には長いひげがナマズのように生えてます。(あぎと)からは鋭い牙がずらりと並んでいるのが見え、先端の牙はひと際長く、それだけでも私の身長の数倍はありそうです。頭の後半には長い角が生えてますが、後ろに伸びてる途中からぐるりと向きを変え、その凶悪に鋭い角先は手前に向けられ、先端は鼻面に届きそうなほどの長さです。こっわ。

 

 三つの頭はそれぞれ属性で分かれているのか、見るからにその属性を示した様子が(うかが)えます。口元から火が出たり、雪か霜かわからないけど、いかにも氷ついてしまいそうな息吹を吐いていたり、あともう一体はよくわかりませんが、時々放電してるみたいで、いかにも雷属性って感じです。

 

 ちなみに雷は属性の派生で備わるものだけど、風や火、それに水というか氷、それぞれからの派生があるので一概に何属性とは決めつけにくい。ま、どうでもいいな。

 

 ようやく全体像が把握できた感じですが、その身の丈は二百メートルを優に超えそうです。一気に伸び上がったそれは私が浮かんでいた場所をあっさり突き抜け、呆然としていた私は一瞬で見下ろされるポジションになってしまいました。

 その巨体は山の中腹から直接生えているように見え、脚や尻尾がその先にあるのかどうかは見ただけでは分かりません。もしかしたら、地面の下はびっしり根が張ってるようになってたとしても私はもう驚きません!

 

「き、きもい。きもすぎる。こんな気持ち悪いビジュアルのドラゴンなんて見たくなかった」

 

 通常、ドラゴンと言えば鱗に覆われた強固な肌を連想するかと思いますが、こいつはなんというか、表面の見た目が安定しません。うごめいているというか、うねっているというか、鱗状の模様は見受けられるものの、それが硬いのか?と言われれば……疑問です。とにかく不気味で気持ち悪いとしか言えないおどろおどろしいビジュアルです。

 

 

 こんなの龍って言っていいのっ?

 

 

 私の心の声、こんな考えも実際はほんの数秒の出来事。

 

 

 

 邂逅(かいこう)した私たちは何の余韻もないまま、その戦いの火ぶたが切られました。

 

 

 

 私を認識した災禍の凶龍は、そのいくつあるか数えたくもない無数の頭を一斉にこちらに向け、それらがご挨拶とばかりに雄叫びというか、咆哮(ほうこう)を挙げました。

 

 その声は、もう声などとはとても言えないもので、音の爆弾、いえ、爆撃と言ってもいいようなものでした。空気の振動のみならず、魔力と周囲の魔素、それらがごっちゃり一緒くたになり、物理現象すら伴って私に襲いかかってきました。

 

「エアバリア、エアバリア、エアバリア~!」

 

 

 が、空中でそれは全く意味はなく。

 

 

 丸ごと飲み込まれました――。

 

 

 で、上からの撃ちおろし、瀑布のような攻撃で地面に凄まじい勢いで叩きつけられました。

 

 

 蜘蛛の巣状の亀裂を伴った、地面に穿たれた大きく深い穴。

 ちなみに直径三メートル、深さ十メートルくらい。

 

 

 それはエアバリアを(まと)った私が地面に叩き込まれて出来た穴。

 

 

「くはぁ」

 

 私はそこから勢いよく飛び出しました。

 支えるところがない空中。私は見事叩きつけられたものの、エアバリアー自体はちゃんと仕事してくれました。

 

 

 私は無傷です。

 

 

 でも精神的苦痛を一年分は味わいました。

 

 

「やってくれたね! お返し!」

 

 出し惜しみなし。

 

「エクスプロージョン! 全開(まっくす)!」

 

 ミーアボディで出せるだけ、目いっぱいの爆裂魔法、お見舞いしてあげる!

 

 

 目の前に眩い閃光と共に、凶龍の生えている地面から炎の奔流が立ち昇りました。その(まばゆ)いばかりの奔流は青白い炎となって龍の体高よりも更に高く吹き上がっていきます。

 

 周囲の岩盤は砕け、熱され発生した上昇気流に乗って舞い上がり、それはやがて石礫の雨となって帰ってきます。

 

 一発だけじゃ心配です。

 おまけしておきます。

 

「エクスプロージョン、全開サークル十ポイント!」

 

 さっきのがキャンプファイアーなら、今度のはガスコンロの炎です。

 立ち昇った炎の奔流の周囲にぐるりと細いけど超高温の炎の柱を十本ばかりプレゼントしてあげました。

 

 荒ぶる超高温の炎の嵐。

 

 プラズマが大量発生し、辺り一面に稲光が発生、強烈なオゾン臭を伴った旋風すら発生しています。

 

 どんな気象災害でしょう、これ。

 

 災厄の龍の姿はまだ続く立ち昇る獄炎にまみれて確認することが出来ません。

 

 岩盤が溶け、裾野に向け流れ出しています。

 

 

 

「やっば、やりすぎ?」

 

 

 

 

 うん。

 

 

 

 そんなわけ……、なかった。

 

 

 

 

「くあっ!」

 

 

 

 突然地面を突き破るようにして出てきた十数本に及ぶ尖った柱。

 その速度はすさまじく、消耗してたミーアボディで対処出来るはずもなかった。

 

 

 災禍の凶龍。

 

 そいつの尻尾?集団、だった。

 油断なんかしてなかった。

 

 ただ。

 

 あまりに周囲に漂う魔素濃度が高くて、それを事前に察知することは不可能だった。

 

 

 

 私は空中(そら)高く、そいつらに翅ごと全身串刺しにされてしまったのだった。

 





次回決着


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終焉、そして!

「ぐは……」

 

 ま、まじですか?

 

 龍の尻尾?に貫かれたミーアボディはもう千切れてしまいそうなくらい、繋がってるところが少ないです。

 

 胸のほとんどが穿たれ腕がかろうじて繋がってて、お腹も大穴、左足はどこかへ行っちゃいました。

 頭は無事ですが、それがどうした?ってくらいの損傷具合です。

 

 背中の翅はまぁ、スライム体なので即復元されて、今は普通にプルプルしています。

 

 私をそんな状態にしてくれたにっくき尾っぽは引き抜かれ、今は私の目の前でフラフラユラユラ漂いながらも再度の攻撃チャンスを虎視眈々って感じです。

 

 

 ミーアボディの心臓はぶち抜かれてすでになく、血がぼたぼたというか、ざばーっと流れ落ちてしまって、体の中はもうすっからかんに近いのではないでしょうか?

 

 

「くっそ、よくもやってくれたね! こんな状態じゃ、あんにゅに会えないじゃない。どうしてくれるのっ!」

 

 とりあえずスライム体を謎空間からどんどん出してボディの補完をし、バラバラにならない様にします。後のことは今をなんとかしてからです。

 

 凶龍本体はどうなったのかしらん?

 

 尻尾の監視をスライム体で行いつつ、本体に視線をやります。

 

 エクスプロ―ジョンに見舞われた凶龍もさすがに無傷とはいかなかったようで、わらわらと生えていた胴体の無数の竜たちのほとんどが燃え崩れていました。ですが、その跡地からまた肉芽がうごめいているのが確認出来るので放っておけばまたにょろにょろうざくなりそうです。

 

 肝心の大本、三叉の頭は残念ながら健在ですが、うねっていたきもい鱗肌も焼けただれ、今はがちがちなひきつり状態になっています。

 

『グルルルぅ……』

 

 うなりながらこちらを睨んできます。

 爬虫類のような縦に長い瞳孔。

 

 真ん中の首が大きく顎を開き、ドラゴンと言えばのブレスを吐き出してきました。

 

 話によく聞くような(ため)とか一切ありません。きっとお腹の中はエネルギー充填百二十パーセントぉとかで、いつでも撃てる準備は万端てとこだったのでしょう。そりゃ、出来るんなら戦いながら溜めるなんてしないで、最初から溜めとくよね。

 

 極太炎のブレスです。

 放たれれば村一つくらいあっさり消滅しそうなやつです。

 

 ま、来るとわかってれば避けるなんてた易い。と思ってたら次の首から二撃目が来ました。

 

 アイス(氷雪)ブレスです。

 放たれれば――、以下同文。

 

 どちらもまともに、しかも長時間喰らえばそりゃ大変な被害になるでしょうけど、飛んで逃げ回る私にはぶっちゃけ効果は期待できないです。

 

「むだむだ~!」

 

 といいながらも私にも決め手がない。

 

 あのエクスプロージョン二連発で決められなかったんです。物理的な放射技では、倒し、滅しきる効果は期待できないし、出来たとしてもめちゃ時間かかりそう。

 

 考えてたら三撃目がきました。

 

 ブレスと言うか、予想の範囲、雷撃です。

 真ん中の龍の角から放電が放たれ、うざいことに口からも普通にファイアブレスを放ってきます。ついでに両側の龍も再度同時に放ってきます。

 

「くぅ、めんどう!」

 

 雷撃はちょっと苦手です。私は奴らの攻撃から逃げるどころか、いっそ凶龍に向かい飛び込んで間合いを詰めました。

 

「マッドドーム三重! そして、こっちも雷撃脳天直撃~、ライトニングブラストっ!」

 

 マッドドームで防御しつつ、雷撃をお見舞いします。

 ふふん、私だって雷くらい使えます。プラズマ発生なんてお手の物なんですからね。

 つうかもう、魔法とか属性とか無視しまくってる使い方してます。

 

 結局この世は想像(創造)力と力技です!

 呪文とか、魔術とか、魔法陣とか……、そんな設定は人族でせこせこやっておいてください。

 

 ぶっちゃけた。

 

 凶龍の攻撃からなんとか逃れ、こちらが放った攻撃で凶龍の動きを少しの間(とど)めることで、なんとかその体の首元に取り付くことに成功。

 

 図体でかいと小回り利かないよね。

 

 小回り役であろう、胴体のうねうね竜たちはまだ復活してないしね。今のうちだね。

 

 尻尾もいるけど、本体に取り付いた私への攻撃はやりにくいみたいで右往左往しててうける。

 

 うん。

 

 やっぱ災禍の凶龍、あったま悪い。

 

 

 本能だけで動いてる感じで、言ってみればひねりがない。地中からの尻尾攻撃が限界だね。

 

 元日本のサラリーマン。そしてこの世界でも生き抜いてきたミーア様の頭脳をもってすれば貴様の攻略などた易い、うぇっ!

 

 

 油断してたら復活しだしたうねうね竜たちが私の体に巻き付いてきた。

 

「ちょ、まっ」

 

 いや待って。なんでここで触手プレイ!

 さっきに比べてやたらサイズ小さくて細くて、こまかくない?

 

 ここまでの戦いでまとっていた服は四散しボロ切れ紐状態、私は既に全裸といっていいわけ。

 

 こんなの放送禁止です!

 

 凶龍さん、復活時間を優先してダウンサイジングしやがってます!

 そりゃ私のサイズならそれでも十分か? なにが? え? エロはないよ~~~!

 

 ミーアボディは既に穴だらけですしおすし。(死語)

 

 

「いったぁい!」

 

 

 め、女神ぃ、ええっ、っざけてないで仕事しろって?

 

 女神から突っ込み入れられた件。

 

 

 くっそぉ。

 

 

「出せる限りのスライム体出動です!」

 

 

 そう、初めから狙いはこれ。

 

 

 そもそも私の役割は浄化。

 私は浄化の担い手であり、浄化を行う役目を持たされた精霊として世に広まっていくはずだった。

 

 

 うまくいかなかったけど。

 

 

 私悪くない。

 ちゃんと伝えてない女神が悪いんだもんね。

 

 

 ま、ともかく最後までがんばりますか!

 

 

 

 災禍の凶龍。

 

 その体にへばりついた私は、()()()()()()()()()()()()もその全身にスライム体をどんどん広げ……、

 

 やがて二百メートル以上の巨体、更には地中に埋まっている更に大きな部位、胴体以下をも覆いつくすことに成功した。

 

 

 

 

***

 

 

 人に寄り添おうとした大昔の精霊たち。

 

 それをいいように使われ、やがて人の悪意に染まっていき。

 ついには魔素に侵され、その在り方を変えられてしまった精霊たち。

 

 代わりに世を謳歌(おうか)しだしたのは魔素により生み出された魔獣たち。

 

 魔素の増加と反比例するように精霊は減り、それにより更に魔素は増えて行き、いつしか世界から精霊は完全に姿を消した。

 

 

 ――なんてことらしいが、そこまでなるまで放っておくとか……、存外女神も厳しいというか放任主義というか……。

 

 まぁ魔獣といってもピンキリだし。

 それがために魔法技術だって発達したわけだし。

 

 

 それでもまぁ、人を見捨てず俺……、元日本人サラリーマンであるこの私にこんな役割を与えてこの世界に呼び寄せたのは……、まだあきらめてなかったと言うべきなのか?

 

 まぁ随分放置されてた気もするけれど――。

 

 

***

 

 

 災禍の凶龍をスライム体で封じ込めてすでに七日は過ぎたと思います。

 さすがのスライム体をもってしてもこの物量を吸収するには時間が必要でした。何しろ数百年以上にも渡る魔素の塊なわけで、いつもみたいに一瞬で吸収ってわけにはいかないのです。

 

 

 それでも私はやり切りました!

 

 

 これでやっとアンヌに会える。

 

 

 スライム体により魔素を吸いつくされた、凶龍だったものはその巨大な体積を維持することは当然不可能。このままこの巨体を放置し腐敗させてしまうのもなんなので、火葬して送り出したいと思う。

 

 ちなみに。ちなみになんだけど。

 

 この災禍の凶龍の元になった精霊なんだけど。実は三体いました。凶龍だったころの三つ又の首。それがそのまま精霊たちに通ずるものだったみたいで、その元になった精霊たちがどうなったかというと。

 

 

「うわっ、ちょっと眩しいから!」

 

 

 はい。

 

 私の周りで元気に飛び回っています。目の前をキラキラしながら飛び回るのでうざ……、いえ、眩しくてしかたないのです、はい。

 

 

 火の大精霊。水の大精霊。そして風の大精霊。

 

 雷を駆使していたのは風精霊だったようです。

 この子たちにひじょ~に、懐かれてしまいました。

 

 

「はぁ。面倒がまた増えました。どうしたものでしょう?」

 

 

 

 荒涼とした大地。

 

 破壊され、更に荒涼とした風景に拍車のかかった山の中腹で巨大な龍の亡骸が燃えています。

 高火力の炎です。

 

 すべては白き灰に。

 やがて風に吹かれ、綺麗な塵となって世界に戻ってくれることでしょう。

 

 

 

「はっず」

 

 

 

 

 え、っへん。

 

 とりあえずアンヌのところに戻りま……、え?

 

 

 なに?

 

 

 

 久しぶりの女神痛です。

 

 

 

「な、なんだとぉ~! なに、勝手なっ」

 

 

 

 い、今更日本に帰す……だって?

 

 

 

 ざ、ざけんなっ。

 

 

 私はアンヌのところに……、かえ……る――――。

 

 

 

 

 





次回から短いけど終章


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Crossworld
転移?あるいは放逐



終章です


「んう……」

 

 

「んんっ……」

 

 

 

 …………。

 

 

 ……んん、何? なにか……に、つんつんされて、る?

 

 

 ……ううん…………。

 

 

 うっとうしい、なぁ……。

 

 

 

 ――――――。

 

 

 

 

 

「――くはっ、あんのクソ女神ぃ~!」

 

 

 

 

 いつから続いていたのかわからないまどろみの中、ぼんやりした気分に(ひた)っていたものの、外部から何かしらの刺激があるのを感じ、(わずら)わしく思ったのが最初の意識でした。

 

 

 そこから意識は急上昇、頭の中のもやもやも一気に晴れていきました。

 

 

 そこで思わず口をついて出たのが今の言葉。

 

 そう。

 

 あのフェリアナとかいうクソ女神、私をいいように使うだけ使って終わったらポイしてくれましたよ!

 

 結局女神の姿を拝むことすらありませんでした。

 してくれたのは、こんな存在にされた? のと頭痛だけという、とんでもない奴でした。

 

 

 きぃーーーっ!

 

 

 と、ともかく、結局私はどうなっちゃってるんでしょうか?

 

 

 さっきから私をツンツンしてる、意識が戻るきっかけになったものをまず確認しよ。

 

 どうやら横たわってるみたいなミーアボディをごそごそ動かし、上半身を起こします。何とか動きましたが久しぶり? に動かすせいかちょっとぎこちない。

 

 っていうかそれもそのはず、ミーアボディ……何とも凄惨な状態になって、スライム体で応急で欠損部位を補完してバラバラにならないよう誤魔化していたんでした。

 

 そのビジュアルのグロさに我ながらちょっと引きます。

 

 でもアンヌと再会するためにはミーアボディをあきらめることは極力したくない。

 

「ん?」

 

 目の前で三つの輝きが、目まぐるしい動きで飛び回ってます。

 時折勢いのまま私にアタックしてきたりもします。輝いてるだけの物体かと思いきや、こそばゆい不思議な感触が感じ取れます。中に核のようなものが存在してるんでしょうか?

 

 ま、いいですけど、そうか、この子たちがツンツンの原因だったのですね。

 

「君たち、どうして一緒に? でも起こしてくれてありがと」

 

 私の言葉が理解できるのか、途端に勢いと輝きを増して飛び交ってくれたので鬱陶(うっとう)しいくらいです。(言わないけど)

 

 

「私、どうなっちゃったんでしょう? それに、ここどこ……かな?」

 

 

 ミーアボディのことは、良くないけど横に置いとくとして、まずは状況確認したいです。

 

 私が横たわってたのは落ち葉交じりのふわふわした地面の上。木漏れ日が差し込んでくるぐらいの明るさがある森の中でした。感じるとれる気温も過ごしやすいと感じるくらいのもので、土の中とか、水の中っていうのじゃなく、クソ女神もそれくらいは気を利かしたってとこなのでしょうか?

 

 まぁどっちでもいいんですけどね。

 ああ、でもボロボロのミーアボディを思えば今の状況は随分マシというべきですかね。

 

 けれど、森の木の知識なんて全くない私にはこれだけでは何の判断の足しにもならないです。とは言ってもヴィーアル樹海の中でないのは間違いないとは思いますが。

 

 ってことで、周りの状況確認するためスライム体で目玉つくって、みょ~んと上に伸ばしていきます。

 上空から周囲確認です。スライム体もちゃんと普通に活動できてますが、でもいきなり自身で飛び上がるのはやめておきます。体もまだ万全ではないですし、油断禁物です。

 

 うーむ、けっこう森の奥にいるようですが、十メートルも伸ばせば森から先の景色も確認できるようになりました。

 

「こ、高速道路!」

 

 なんといきなりわかりやすいもの発見です。

 

「まじですかぁ……」

 

 はやる気持ちを抑え、さらに観察します。

 

 わかりやすいもの……、道路標識を注視。

 

 

「に、にほん、日本語……です!」

 

 長い時を生きていようが忘れたことは一度もない……。日本の文字。

 こ、これは、間違いなく……。

 

 

 私は読み取った地名から、気持ちがとても高揚しました。

 急いで更に高度を上げます。

 

 そうすることで見えてきた景色……。

 裾野からすぅ~っと優美に滑らかな曲線を描きながら伸び上がっていく雄大な景色。

 

 

「ふ、ふじ、富士山……です」

 

 

 ミーアの目から涙がにじんでいます。

 意識して出そうとしなければそんなこと出来ないかったはずなのに……、なぜか自然に、どんどんあふれ出してきています。

 

 

「まじ、帰ってきたのかよっ!」

 

 

 いけない、つい言葉が乱れてしまいました。

 

 

 女神は日本に帰すとか……、夢のようなことを女神痛で告げてきました。ですがそんなことが出来るものかって半信半疑でしたし、あの状況でいきなりでしたから、今更何言ってるんだって逆に(いきどお)りすら感じました。

 

 で、そのまま有無を言わさず意識を刈り取られた訳ですが……。

 

「日本に帰すって、ほんとのほんとにマジだったのか。だけど、だけどさっ、俺、ミーアボディで居て、スライム体のままなんだけどっ?」

 

 つい感情が(たかぶ)ってしまいます。ここは落ち着かなければっ。

 

 とは言ってもさ、グロなミーアボディそのまま、スライム体だってそのままで、どうやってこの日本生きていけと!

 

 ほんとに、あんのクソ女神ぃ!

 

 

 日本に戻れたっていうのは素直にうれしいけどさ……。

 それにしたって急すぎだろ!

 向こうでやり残したことだって……。

 

「ああ、あの後どうなったのかなぁ? 凶龍は倒したとはいえ、あいつが出す魔力に怯えた魔獣は相当浮足立ってたようだし……アンヌ大丈夫かな?」

 

 アールヴのみんなもいたし、オルガやドリスだってついてたし、大丈夫だと思うけど……、心配すぎる。

 

 

 

***

 

 

 ミーアボディは本当に損傷がひどく、本当なら新しい体に乗り換えたいところなんだけど、アンヌとの再会をあきらめていない私としてはこの体でなんとかいていきたいと思います。

 

 スライム体で体のコピーみたいなことが出来れば良いのですが、人の体もですが物質の完全複製とかは無理なのです。存在してるものの強化や増殖は出来ても同じものにはなれません。もちろん形を真似ることはでき、今もそうやってミーアボディを維持している訳ですけれど、見た目自体はスライム体であり、人の肌や、髪の毛、爪などなど、質感や色を再現するまでには至りません。

 

 無くなった足の代用はスライム体で出来ても、それを他者に見せればどうなるか……、考えたくもないです。

 ああ、欠損を治せる魔法でもあればいいのですが、無いものを無から創り出すなんてそんな都合いい魔法はありはしません。

 

 ちなみに魔法ですが。

 

 ためし撃ちとかしてみたところ普通に使えました。この世界に魔素とかは無いみたいですが、私の魔法の行使にはなんの影響もありません。

 

 ()()()()()

 

 スライム体(わたし)のお食事が出来さえすれば魔力は自身で賄えるのですけれどねぇ。

 

 魔獣のいない、この世界。どうやって燃料補給しましょうか?

 

 私に引っ付いてきた精霊たち。彼ら(彼女ら?)もその問題があるはずなのですが……、こ、こいつら、時折私にツンツンしてくるからよっぽど懐いてるのかな? と思いきや、どうやら私から燃料補給してる模様。

 

 

 …………。

 

 

 まぁいいんだけどねっ!

 

 

 とりあえず、ミーアボディで細胞の再生力を強化することで治せるところは治しました。が、やはり無くなった部位はどうあがいても無くなったままです。

 

 心臓はないし、左足は膝から下がありません。

 

 お腹の中もほとんど空っぽでしたが、残っていた胃から出口(おしり)までは、これもわずかに残っていた腸を増殖して伸ばすことでつなぎ合わせ、なんとか開通させました。これで口にものを入れるふりくらいはできますね!(まぁスライム体でごまかすことも出来ますが)

 

 うう、フランケンミーアです。

 

 ちなみに女の子特有のあの臓器は無事でした。でも、そもそも本来の血液がない状態、スライム体の力で生かされてる体なわけで……、もし()()を致したとして、出来るものなのでしょうかね? わが子孫。(ただしくはミーアの子孫だけど)

 

 ま、試したくもないですがっ!

 

 心臓は無くとも問題ないでしょうけれど、色々注意は必要ですね。血液は作れなくなり、その循環も無くなりました。体細胞の活動は完全にスライム体で行うこととなります。

 

 以前から血色の悪い肌だったわけですが、もうほんと不健康を通り越し死体のような肌色に……。これはちょっと対策しないとまずいレベル。

 

 どっかに心臓落ちてないですかねぇ? 

 

 …………。

 

 ま、スライム体を極力赤に近い色にして血管を循環させるようにしましょう。

 

 

 とりあえず。

 

 血液検査、ダメ絶対!

 いや、それ以前に異世界人の体がそもそもアウトでしょうけれど。

 

 ま、そんな心配、今してもしょうがないと言う。

 なるようになるしかないです。

 

 

 まだまだ確認しなけりゃいけないことがいっぱいあります。

 日本にまた戻れたことは素直にうれしい。

 

 けれどどうやって生きていくの?とか、問題も山積みです。

 

 それに。

 それに、このまま女神にいいように使われたままっていうのは釈然としないにもほどがある!

 

 

 元日本の……、おっと、ここはもう日本なのでした。

 

 ただの冴えない中年サラリーマンでしかなかった私ですが、あちらではそれなり……に頑張ってたはず!

 

 

 なので、もう少しあがいてみたいと思います。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新旧ご対面?


ごくごく控えめながら不快に思えるかもしれない表現ありますので注意


 今わかる範囲での状況確認を終えたところで、私は自分自身……、スライム体の現状についても確認していきたいと思います。

 

 ここ日本に強制転移させられたスライム体は、このミーアボディに浸透している分と、凶龍を倒す際に謎空間から大放出したとき、出し切れず残っていた分だけです。

 

 残りは全部、向こうの世界。

 湖に残してきた分とか、フィーラヴ村周囲の把握のため適当にばらまいた分とかがありますが、その量だってたかが知れていますしさすがに異世界のスライム体とは連携できません。

 

 ということで、今現在すべてを足してもせいぜい1DKのアパートの部屋を埋めるくらいの量でしかありません。

 

 ああ、大減量……喪失感がひどい。

 

 凶龍の魔素を吸収した大部分のスライム体は、あの状況で虹色魔石を持たせられるわけもなく……、私と離れてしまったからには残念ながらいずれ死滅してしまうでしょう。

 それ以外の虹色魔石を埋め込んであるスライム体については、何もなければ死滅せず半永久的に任せた仕事を続けてくれるはずですが。

 

 それにしても女神のやつ。私にずっと浄化作業をさせなくて良かったのかしらん?

 まぁ凶龍を滅ぼしたからには当分の間は大丈夫なのかもしれませんけど……。向こうに残ったスライム体で浄化できる範囲はせいぜい湖とアールヴ村周辺くらいのものです。

 

 っていうか私がいまさら向こうの世界の心配をしてやる義理はないですけれど。

 

 …………。

 

 

「でも……、アンヌのことは心配です」

 

 …………。

 

 そうそう。

 

 変化と言えばこれもそうです。

 

「あー、あー、あいうえお。かきくけこ。いろはにほへとちりぬるを~」

 

 ミーアの口で話すとき、全然ろれつが回らず苦労してたお喋りが普通にできるようになっているのです。向こうの言葉が不自由だったせいもあるとはいえ、アンヌの名前を()まずに言えるようになるとか、奇跡が起きました!

 

 なんて喜んでばかりもいられませんから困ったものなのです。

 

 どうやら世界を(また)いで転移させられた際、スライム体とミーアボディの同化が(いちじる)しく進んでしまったようで、おかげさまで自在に話せるようになった、まではいいのですけれど、そのせいで……私、頭機能を(つかさど)っているスライム体が、ミーアボディから出られなくなってしまったのです。

 

 もちろんスライム体全体としての連携はきっちりとれるのですが、頭機能を割り当てたスライム体の移動ができないというのはかなり大きな弱点となりうる、由々しき事態です。

 転移前スライム体の時はここが頭って決まった部位はなかったのでどこを潰されたとしても痛くも痒くもなかったわけですが……、今は違います。

 

 くっそぅ、これはもう女神の呪いとしか……。

 

 (ろく)なことをしてくれません、あのクソ女神。

 

 

 とは言ってもこの日本で、何と戦うの?って話なのでこれは余計な心配なのかもしれません。

 そもそも魔法だってありますし、現有スライム体だけでも、この世界では十分チートな能力だと言えるでしょう。

 

 

 ……何はともあれ、とりあえずこれからどうしたらいいんでしょう?

 

 

 

「うん、まずは身だしなみを整えましょう」

 

 ただいまミーアボディは血まみれズタズタぼろ(ぎれ)チュニックと、腰でかろうじて保持されてるだけのスカートみたいになったかぼちゃパンツのみでスースーしています。ツインテールに(くく)ってあった髪はとうの昔にほどけ、ばっさっばさのまま腰下までたらしている状況。残った右足にはなんとか生き残った編み上げブーツを履いております。

 

 ぷにょ袋を収めた背負い袋は死守して無事だったので中から着替えを出して着込むこととします。

 いつ誰に見られるかわかりません。痴女にはなりたくないのでそこはきっちり整えます。

 

 新品のかぼちゃパンツをはき、ドリスに選んでもらった淡い緑の可愛らしいワンピースを着ます。片足ないと着替えにくいので、翅を伸ばして、ふわふわしながら着替えます。全身汚れは全身スライムパックでキレイキレイしましょうね!

 

 

「うん、さっぱりしました」

 

 やっぱ身だしなみは大切です。

 一気に文明人になった気がします。

 

 

「さて心機一転、とりあえず、とりあえず……次はどうしよっか?」

 

 

 

***

 

 

 とりあえずふよふよ低空飛行しながら、不用意に人に遭遇しないよう注意しつつ移動しています。

 時折動物を見かけたら捉えてスライム体の(かて)となってもらっています。こちらの生き物は魔器官がないので得られるエネルギーが少なく効率が悪いですが、仕方ありません。そこは数で勝負するしかないです。

 

 ところでここが日本であることは間違いないですが、今現在がいつであるのか不明です。うん、今何年何月とか一切不明です。その辺も早く確認したいです。

 

 広い森とはいえ、ここは日本。しかも富士山の裾野であるわけで、適度に進めばあっという間に人の住むエリアへとたどり着きます。迷子になるなんて私に限ってはありえませんしね。それに高速道路に上がってしまえばそこから適当なトラックに潜り込んで移動してしまうって手もありますね。まぁ、まだ人が多くいるところに出るのは躊躇(ためら)われるのでしませんでしたが……。

   

 半日ほどかけてゆっくり辺りを確認しながら進み、ようやく人里までたどり着きました。

 過疎が進んでいるようですがそれでもそれなりの生活感があってちょっと安心している自分がいます。季節的には春をすぎてこれから梅雨の季節といったところで、苔むした道路のわきで紫陽花(あじさい)が至るところで元気に花をさかせています。

 

「ええっ、今、〇▲年の六月なんですか? マジですか!」

 

 なんとか見つけた昔ながらの田舎の商店で壁時計を発見し、ようやく今がいつなのか確認できました。ついでにつけっぱなしのTVも見て簡単な情報収集もできました。もちろんスライムアイで!

 

 まじ驚きです。

 

 今って中年サラリーマンであった私がたぶん死んだ? と思われるその年なんですから!

 私にとっては随分大昔も大昔。遠く過ぎ去った過去であるはずなのに。

 

 夜寝てそのまま、起きたらスライムだったので死んだって認識は薄いとはいえ、覚えてる限り私が覚えてる最後の月です。

 

 異世界と日本。

 

 時間の流れとか違ったり?

 それにしてもあまりに時間差激しいんじゃないでしょうか?

 

 なにもかも女神のせいです。

 そう思っておくしかありませんね。

 

 でもそうなると俄然気になるのはサラリーマンである私の家。そしてもちろん私自身の元の体のこと!

 今現在、日時的にはほぼその翌々日のはず。

 

 

「ちょっと怖いけど……、確認するしかない!」

 

 

***

 

 

 まる一日空を飛んで私の家までたどり着きました。ちょっと場所確定に手間取り、思ったより時間かかっちゃいました。

 東京の衛星都市に居を構えて……といえばそれらしく聞こえるけれど、住んでたのは中古平屋一戸建て物件。昔はもっと田舎に住んでたけど両親がそろって亡くなった時に住んでた家を売って、首都圏へ移り住んだわけなのです。衛星都市とはいえ一戸建てともなると中古でしか買えませんでした。

 

 中に入ると、さっそくいやあな臭いが出迎えてくれました。

 

 ということでまずやったことは部屋にこもった臭いを風魔法で処理することでした。

 

 これはほんとひどかった。

 部屋にこもった臭いはほぼ除去しましたが、原因はまだ残ってます。

 

 ということで引き続き、いやあなおかたづけの時間は続きます。これどんなバツゲーム?

 

「はぁ、向こうでもさんざんグロな光景を見たし、自分自身もそういうことを散々やった記憶もあるけれど、まさか元自分の体を自分の手で荼毘(だび)に付すことになろうとは……」

 

 元自分の部屋でPCの電源を入れ、すっごく久しぶりにネットの世界に浸りながら、改めて今日一日の出来事を思い起こし気分を滅入らせてしまう私です。

 

 とりあえず一日の宿を手に入れましたが問題は山積みです。

 

 何しろこの世界、日本での私はもう死んでしまっていません。

 今のこの家の環境もつかえる期間は限られてしまいます。会社も不審がることでしょう。何しろすでに三日無断欠勤!

 

 スマホを見れば着信がすさまじいことになってますし。

 

「ま、使えるものは持ち出してここからはさっさと居なくなるしかないですね。死体も処理してしまったし、謎の失踪事件とかになるしかないですね。ああ、不憫な元サラリーマンの私。ご冥福をお祈りいたします……」

 

 

 

 一晩を元自分の自宅で過ごした翌日。

 長居は無用ですのでさっさと引き払います。

 

 引き払うに際し持ち出したのはクレジットカードやキャッシュカード、お財布にスマホ、それに愛用していた腕時計。色々機能がついたごついやつです。

 それを斜め掛けのボディバッグに詰め込んで未練たらたら、家を出ました。スマホはSIMだけ抜いておきました。通信はフリーwifiだけになるけど充電は適当にできるだろうし、アプリとかもあるしね、一応持っていきましょう。

 

 キャッシュカードから貯金を下ろし、クレジットカードからもキャッシングで限度いっぱいまで引き出して、カードはそのままポイしました。

 

 後のことは知りません。

 死んだ私からお金が戻ることはないでしょう。カード会社さんすみません。

 

 当面の資金は三百万円と少々。ま、お金使うことはあまりないでしょうけれど、ないよりはあった方がいいのは間違いないです。

 

 それにしてもです。

 お金をおろすため少し街を歩いただけで、周りからの視線が痛すぎだったのですが。

 

 まぁ淡い紫の長い髪がまず目立つのと、何より小さい子供の姿であるミーアが片足義足で、しかも民族衣装のような古びたワンピースでとことこコツコツ歩いているわけで、なんというか悪目立ちに近い目立ち方をしてしまいました。

 さすがに現代日本ということで、小さい子供に変に声をかけてくるような人はいなかったのですが、心配そうに見てくる大人の人もそれなりにいましたので、やっぱ幼い女の子一人で街中を歩き回るのはなるべく控えた方がよさそうではあります。

 

「うーん、ミーボディの幼さと可愛らしさが(うと)ましい~」

 

 この時ばかりはそう思わずにはいられないのでありました。

 

 あ、ちなみに義足は森の木を切り出して棒状にしたものを脚の付け根にスライム体で保持してある感じです。ぷにょなスライム体で足の形を維持して歩くようにするのは、ふよってなって歩きにくいので、手っ取り早く義足にしておきました。

 

 人目がないところでは飛べばいいのでそんな感じで凌いでいたのでした、まる。

 

 





生きづらい現代日本!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変化

 元自分の家から出た私は今後のことを考えようと寂れた公園のベンチに座りみました。

 サラリーマン時よく飲んでいたブラックコーヒーを自販機で買ったので、とりあえず飲んで落ち着きましょう。

 

「ぶっ」

 

 に、にがっ、まっず!

 

 ミーアの子供舌にやられました。

 ついその場でふき出してしまいました。

 

 …………。

 

 気を取り直し、ココアを買って飲みました。

 

「ぷはぁ~」

 

 ココアは甘く優しい味で、とてもおいしかったです。

 

 でもなんか負けた気がします。

 

 

 そ、それはさておき。

 

 元の自分の家から出てきたものの、これからどうしたらいいのでしょう?

 現代社会は幼い体で身元保証もない私にとって、とてつもなく生きづらいところなのです。

 

 ネカフェにしたって本人確認必要でしょうし……。

 

「う~~~~ん」

 

 …………。

 

 うん、悩んでも何にもいい案浮かばないです。

 とりあえず正攻法ではこの日本に私の居場所が作れないのは間違いないです。そうとなればこれはもう能力使って裏から手を回すしかないと思うのです!

 

 で、裏からって言ってもどうすればいいのでしょう?

 普通のサラリーマンだった私には皆目見当もつきません。

 

 

「ああもう、鬱陶(うっとう)しいですねぇ」

 

 さっきから考え事してる私の頭をツンツンしてくる精霊たち。

 そういえばこの子たちのこと、すっかり失念してましたが街中歩いてた時も特に誰の注意もひかなかったですね。

 

 むしろ目立ってたのは私ばっかでした。

 

「あなたたち、他の人たちからは見えないんですかね? でもそうだとしてもあまりフラフラしないでくださいね。なにしろここには魔素ないんですからね。私の目の届かないところで燃料切れになっても私は知りませんからねっ」

 

 勝手についてきた精霊の面倒なんていちいちみてられませんから。

 行動は自己責任でお願いします。

 

 わかったのかわからなかったのか、よくわかりませんが精霊たちのツンツンに拍車がかかったし、まぁわかってくれたのでしょう。そう思っておこう。

 

「とりあえず困ったときは魔法です。魔法で大体のことは解決できます!」

 

 私はもう考えることを放棄し、勢いで適当に済ませることにしました。

 もうね、場当たりでなんとかなるでしょ。ヤバくなればどこへでも逃げればいいのです。

 究極、またどっかの湖にでも(こも)ればいいのですから。

 

 ああ、でも魔素を吸収できないとスライム体の増殖がはかどりません。人のご飯や普通の動物では得られるエネルギーはたかが知れてるのです。魔石も取れないし……。

 

「ま、とりあえずどっかのネカフェに(こも)ってまずは作戦会議です! ボッチだけど」

 

 

***

 

 

 目立ちたくないのでスライム体による光学迷彩で姿を隠し、空を飛んで移動しました。

 街中の移動もそれです。

 適当にネカフェを見繕って侵入。空いてた部屋を不法占拠します。

 

 不用意に入室されないよう簡易結界を展開、それと共に認識阻害も展開し、あたかもその部屋は貸し出し中であるように見せかけ、店員にもそう認識させます。システム的なところはどうしようもありませんが、それを使っているのは人です。どうとでも誤魔化せます。

 私が消費するだろう材料とか通信とか……金銭管理的な矛盾が後々出てくるでしょうけれど、そんなことは私は関知しませんです、はい。

 

(よい子のみんなは真似しないでね。まぁやりたくても絶対出来ないのですけれど)

 

 それにしても、この日本でもごく普通に魔法とか使えてしまってちょっと違和感半端ないですが、私の存在そのものが異物感満載ですし、さっきまでもさんざん使っておいて今更といったところでしょうか。

 

 

「よ~し、とりあえずの拠点ゲットです! まずは久しぶりの日本。満喫しようじゃないですか」

 

 異世界でうん百年と生きてきたはずなのに、なぜかこの日本で生きてきたことはつい最近のように次々意識上に浮かんできます。読んでいた漫画や見ていたアニメのことだって昨日のことのように思い起こせます。これも向こうで精霊とも呼ばれたスライム体というスペシャルな存在であるおかげなのかしらん?

 

 ドリンクバーで色んな飲み物をとっかえひっかえ飲み、コンビニでお弁当やお菓子を買ってきて食べ、見損ねていた漫画を一気読みし、アニメや映画を堪能したり、動画サイトで色んなコンテンツを楽しんだりしてダラダラと過ごし、ふと気づいたらあっという間に三日たってました!

 

 寝ることさえしてませんでした。

 

 ええええ。 

 

 自分で自分にドン引きです。

 

 

 これからどうするか考えるとか思っておきながらこれです。

 

 反省しましょう、はい。

 

 

 

 私はこっそり不法占拠してる部屋備え付けのソファに横になり思考を巡らせます。決して眠るわけではありませんからね。

 

 しばらく敢えて考えないでいましたが……、そろそろ現実逃避から戻りましょう。

 

「あちらは今どうなってるのでしょう? 災禍の凶龍とかいう魔素をため込みまくった災いが居なくなったわけですから、ぶっちゃけ私が居なくても大丈夫になってるのでしょうけれど」

 

 向こうの人たちだけでなんとかなってたんだから、これからもなんとかなるのでしょうし。またやばくなったら第二の私みたいなのがまた女神に呼ばれたりするのかもしれませんけれど。

 

 女神的には私は余りにも何もしなさすぎるやつ、とか思われてたのかな?

 でもそれは私みたいな引きこもり気質のおっさんだったやつを、そんな役に押し付けた女神が悪いと思いますね!

 

 うん、私は悪くない。

 

 私が湖に引きこもって、そのせいで凶龍になるまで成長していったのだとしても……、そんなことは私が知ったことじゃあないです。女神だって放置だったじゃないですか~。

 

 

 はっ。

 

 

 そんな、済んだことはもうどうでもいいですね。

 

 …………。

 

 あの世界に戻ることって出来るのでしょうか?

 

 日本はとても便利でらくちんでご飯もおいしくって、とても快適な暮らしができます。

 

 でも。

 それだけです。

 

 ここにはもう私の居場所がありません。

 サラリーマンのおっさんだった頃だってボッチコミュ障ぎみのやつでしたが……、それでもあの時は居場所がありました。

 

 でも今の私にはなんの拠り所もありません。

 誰にも認めてもらえません。

 大手を振って暮らすことも出来ません。

 

「寂しいです……」

 

 ああ、スライム体で湖で暮らしていた時だってこんな気持ちになんてならなかったと思うのに……。

 

 

「アンヌに会いたいです。ドリスやオルガ。それにリイ=ナやシイ=ナ。みんなにまた会って……、色々お話がしたい」

 

 

 私の心はもう向こうの世界が自分の居場所だって、故郷はすでに向こうなんだって……、そう認識してるのです。

 

 

「帰りたい――」

 

 

 ミーアの目からまたいつしか暖かいものが流れ落ちていきました。

 もうこの体は完全に私の一部になってしまったのでしょうか?

 

 借り物であったはずのミーアの体。

 スライム体を全身に浸透させてあったとはいえ、所詮別の生き物。交わることなどないはずだったのに。

 

 涙もそう、頭から移れなくなったのもそうですが、日に日にこの体が本当に自分であるかのように感じられてきています。スライム体を通してではなく、まさに自分の体であるかのごとく。

 

 女神の呪いだと(そし)りもしましたが、すでにこの体に愛着がわいてるのも事実。随分傷んでしまいましたがそれでもアンヌに可愛がってもらえたのはミーアボディのおかげです。

 

 膝から下がない左足を上げて見ます。

 今は出歩くこともないので義足代わりの木の棒もつけていません。

 

「ああ、この足だってスライム体であるなら意識を向けるだけでみょ~んと伸ばして終わるのに。みょ~んって……」

 

 出来ないとわかっているけど、だから……ふと、何気に願望を口にしただけでした。

 

 なのに。

 

 それは目の前で起こりました。

 

 ムズムズとしたうずきを()()()()()

 

「え、えっ、なに?」

 

 ありえないです。

 ミーアの体の感覚が私にダイレクトに伝わってくるなんて!

 

 あ、でも、いえ。

 

 もう、ありえる……の?

 

 左足が変化していきます。

 

 

「くぅ……」

 

 

 遠い遠い昔。

 まだ男の子であった頃の私が味わったあの痛み。

 

 成長痛。

 それを少し痛い方に強化したような()()が私を襲っています。

 

 

「うっそ……」

 

 

 奇跡……なのでしょうか?

 

 それとも……、ここへきてあのクソ女神のサプライズ?

 

 

「足、生えた。生えちゃった……」

 

 

 横になっていた私は半身を起こし、その突然の奇跡とも思える出来事を驚きをもって見つめます。

 そしてスライム体となり久しく味わうことのなかった喜びの感情でその体が震えるに任せ、ただ涙するほかないのでした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

確保!

「かつ丼!」

 

 ついそう答えた私は別に何かのドラマを見たわけじゃないですが……、知識として知っていたのでつい言ってしまった。

 

 後悔はしていない!

 

「お嬢ちゃん、あのなぁ……」

 

 目の前のおっさんが私の発言にあきれた様子を見せながらも、マジで叶えてくれるのか横にいた若いお姉さんに二言三言話しかけ、お姉さんはうなずき、私ににこりと笑いかけながら部屋を出て行きました。

 

 私はいまなぜか、所轄の警察署にあれよあれよという間に連れてこられ、取り調べをされるみたいな……、そんな状況になっております。

 

 

 ど、どうしてこうなったっ!

 

 

 

 事の起こりは(さかのぼ)ること二時間ほど前――――。

 

 

 ネカフェの部屋で色々自分に起こった変化について考察やら、()()()()()()()()しながら過ごしつつ、気分転換にだらりとソファに横になってアニメを見たりしていた時のことでした。

 

 

「ガチャリ」

 

 

 ドアの開錠音とともに、簡易結界、それに認識阻害をかけていたはずのこの部屋のスライドドアがいきなり開かれ、そこからスーツを着た複数の男たちが一気に侵入してきました。

 

「え? ええっ?」

 

 な、なんで? どうして?

 

 私はまさかの展開に頭パニクリ状態、知らない人が侵入してきたにも関わらずしばし呆然とし侵入者に対する対処をおろそかにしてしまいました。

 

 

「対象者を発見」

 

「怪しい動きや危険物の所持に注意しろ」

 

「わかってます」

 

 

 大きな声でやり取りしながら私の周りでにぎやかに動き回り男たち。

 ソファから半身を起こしたまま呆然としていた私は、コートのようなものを羽織らされ、ぎゅぎゅっと締め付けられる感覚とともにあっという間もなく、そのまま抱き上げられました。

 

 

「確保っ!」

 

 

 ええええええっ?

 

「よし。では二人は残ってここの責任者に説明と口止めの徹底。あとの者は速やかに撤収だ」

 

 

 ほえぇぇ?

 

 

『了解!』

 

 

 抱えられた私はそのまま部屋の外。

 ネカフェ暮らし四日目にして、あっけなく連れ出されてしまったのでした。

 

 

 横抱きにされたまま大きなワンボックス車まで運ばれ、中央列真ん中にぽいと乗せられ、両脇には大きな体の男たちが座りました。

 

「よし、署に戻るぞ。出してくれ」

 

 前に二人、後ろの列にも二人乗せたところで、ずっと指示を出してた男の声とともに車は動き出しました。

 

 突然の展開に真っ白になっていた私でしたが、ここにきてようやく落ち着いてきました。

 どうやら私、たぶん警察っぽい人たちに拘束されてしまったようです。体は着せられた拘束衣っぽいもので動けませんがそれほどきつく締められてはいないようで、()()を感じるほどではありません。

 

 男の人たちは私に話しかけてくることもなく、終止無言です。リーダ―の人も黙ったままで、それぞれの人が私を見る視線を感じるくらいです。

 

 むうぅ。

 

 一体どうしてこんなことになったのでしょう?

 

 簡易結界に、認識阻害の魔法。

 それを現代日本の人たちが破れるとはとても思えないのですが。それとも私が知らないだけで、日本にもそんなことを可能とする技術とかあるのでしょうか?

 

 結界師とか陰陽師とか……、はたまた超能力とか、ロマンです!

 

 そのものずばり魔法使いがいたりして!

 

 …………。

 

 う~ん、世の中広いですし絶対ないとはさすがに言い切れませんが、でもねぇ。

 他にも私が気付かない、思い至らない点とかあるのでしょうか?

 

 あ、ありそう、というか逆にありすぎそうで怖いです。

 

 

 それにしてもです!

 

 光学迷彩はさすがに部屋の中では解除していたので見られてしまったのはまぁ仕方ないことなのですが、認識阻害はともかく、なにより結界が破られたのがほんと、解せません。

 

 部屋に突入とか本来あり得ないはずなのに。

 

 というか今だってこの状況、結界仕事してない、よね?

 

 あ、あれ?

 

 

「あっ!」

 

 

 つい声を出してしまった。

 瞬間、車内みんなの視線が私に突き刺さる。

 

 ひいぃ。

 

 日本でのコミュ障おじさんの気が(よみがえ)ってきそうですぅ……。

 

 

 

 ああああああ、結界、仕事してない……です。

 

 うっわあ、うっわあ!

 

 やってしまいましたぁ。

 

 

 これには深い深い、あ、いや、それほど深くもない訳があるのです。

 

 それはなにより足の復活に起因します。

 無くなったはずの左足。見事復活したミーアボディについて私の探求心が(うず)いてしまったのは仕方ないことだと思います!

 

 ミーアの体からの感覚が伝わるようになったことといい……、これはスライム体とミーアボディの同期というか同調というか、そういう感じのものが進んでいるのではないかと思った次第なのです。

 

 それすなわち、スライム体の能力、復元や増殖などがミーアボディにも適用せしめられる!

 

 足が復活したのがその証拠!

 

 

 ということで色々試してしまったのです、色々。

 

 結果。

 

 今の私は五体満足な新生ミーアとなりました。

 それはもちろん中身もなにもかもすべて含めてです!

 

 無くなったものはすべて元通り。脳みそすら新品が備わってます。

 ちなみに新品なので本来のミーアの記憶などは当然ございません。あしからず。

 

 今までのミーアボディはミーアの細胞にスライム体を浸透させ、ある意味同居生活をしていたわけですが、今は違います。ミーアの細胞はもうスライム体と同じ。ミーアはスライム体細胞の一形状に過ぎないといっても過言ではない存在となりました。

 

 骨とか固いものもスライム体細胞なのが何気にすごい。

 これはある意味スライム体細胞の進化? 何しろ固くだってなれるのですから!

 

 固くも柔らかくもでき、伸びたり縮んだり、色付いたり透明になったり。

 スライム体(わたし)マジ万能化!

 

 

 したがって。

 

 

 やろうと思えば、某ゴムの人みたいに腕とかみよ~んと伸ばしたりすることすら可能です。たださすがに一瞬で伸びて縮んでとかは変化が追い付けないので無理ですけれど。(でも、ちょっとでも早くできるよう頑張って練習してみようかしらん)

 

 ま、そんな感じに変化の考察、検証から実施まで、色々やっていた中、どうやらスライム脳の時にかけてあった魔法が解除されてしまった。

 

 というのが真相のようです。

 

 

 不覚。

 まじ不覚。

 

 

 魔法が解けたせいで、小さくてかわいらし~い、でも日本人離れした薄紫色の髪をした怪しい子供がいつの間にか部屋を占拠してて、飲食を勝手にし、店をうろついてるのが確認される。

 

 そりゃ通報されるよね。

 

 でも。

 

 それだけでここまで厳重な対策されて連れ出されるものなのでしょうか?

 見た目小学校の低学年女子にしか見えない私。

 

 そんな私を複数の大人で囲んで拘束したうえに、拘束衣着せるとか。

 おかしいよね?

 

 などと色々考えていたところで、車がどうやら目的地に到着したようで停車しました。

 

「よし、出るぞ。君も出来ればおとなしくして、自分で歩いてもらえるとありがたいのだが?」

 

 乗せられた時と違い、リーダーと思われるおっさんがそう話しかけてきた。どうやらずっと暴れずおとなしくしてる私を見て、大丈夫だろうと判断したのか声掛けしてくれた模様。

 

 私も今の状況でわざわざケンカ売る必要もないため、おとなしく従うこととします。この先どうなるのか全く予測もつきませんが、この私に限って死んじゃうなんてことはありえません。

 

 しばらく成り行きに任せて様子を見たいと思います。

 

 小さな子供の体です、そう悪いことにはならない。

 なんて甘い考え……とは思いますが、ここは法治国家日本。融通が利かないことはとても多いですが、少なくとも野垂れ死にとか、奴隷落ちとかはないですからね。……ないよね?

 

 ま、どうなったとしても、どうとでもなるでしょう。

 

 

「うん」

 

 素直にそう答えた私は、両脇の男の人に支えられながら車から降り、むさい男たちに囲まれつつ、建物の中にふらふらぎこちない足取りで入っていきました。

 

 そうそう、入り口のドア脇にはしっかり県警を示す看板が据え付けられていてやっぱりかと、思ったのと、安心度合いが三倍増しでアップしました。

 

 変な組織や悪の結社とかじゃなくて良かったです!

 

 

 

 ――――そんなわけで、私は第三取調室と書かれてあった部屋に連行され今に至るというわけです。

 

 部屋に入れられ、抵抗することもなくおとなしい私はすぐに拘束衣も解かれました。ただ私の横には一人、凛々しくも若いお姉さんが張り付いていますが。

 

 しばらく色んな大人たちが行ったり来たり、忙しなく動いていましたが、ようやく一息ついたようで、「何か食うか?」と聞かれたので「かつ丼」と反射的に答えた私は絶対悪くないでしょう。

 

 ちなみに犯罪者の取り調べ時、かつ丼とかの出前は賄賂になる? とかあるみたいでやってないそうです。今みたいに単にご飯を食べるとなった場合だって当然そのお代は自腹!

 

 世知辛いです。

 

 でも私は子供!

 小さい女の子!

 

 

 そこのところよろしくです。

 

 

 

 久しぶりに食べたかつ丼、と~ってもおいしかった。とろ~りと溶けた半熟卵とトンカツの交じり合った、えも言われぬハーモニー!

 

 最高です。

 

 

 お代は請求されなかった。

 

 

 やったね!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話:警察視点!

 連絡が取れない社員の家に行ったが不審な状況なので調べてほしいと通報があったのが三日前。

 最寄りの交番から警官が確認に行ったところで問題が明るみに出た。

 

 問題となったのは郊外の少し寂れた地域にある一戸建てに一人で住む、『香住風太(かすみふうた)』という男についてだ。

 きっかけとしては、その男が三日ほど会社を無断欠勤しており、電話をかけても出ないことから会社の総務の人間が自宅まで確認に行く話になり、翌日になってもやはり出社しないことから、実際に訪れインターフォンを鳴らすも返事はなし。

 念のためドアを開けようとしたところ鍵がかかっておらず、それならば直接声をかけようと玄関に足を入れたところでかすかながら異臭に気づき、そこで怖くなった訪問者が交番へ連絡したというのが最初である。

 

 通報により交番の巡査が現地に(おもむ)き、最悪の様子を想定しつつ室内に入ったものの予想外なことに主である香住氏の姿は確認出来なかった。ただし、その痕跡は氏が就寝の際に使っていたと思われる布団に色濃く残っていた。

 

 不快感をいやでも催す人型が染みついた痕跡として。

 

 異臭の元はその跡からであり、事件性があるとしてすぐさま俺たちの部署へと話が届き、俺が現場に行くことになったわけだ。

 

 その臭いは仕事柄何度か経験したことのあるもので、本当ならそんな事態は御免こうむりたいのだが、そうも言ってられないのがこの商売。因果なものである。

 まぁ今回の場合、仏さんが存在していないおかげか? 鼻を曲げるような臭いではないので助かっている。

 

 捜査は他殺、自殺などいくつもの推測を元に進められることとなるが、一般人の捜査ということもあり数ある事件の一つとして粛々と進められることになるはずだった。

 

 

 だが一日経ったところで、さっそく進展があった。

 

 そこにあったはずの遺体がない。それは事件の可能性を疑うとても大きな不審点だったわけだが、不審なことが他にも出てきたのだ。

 すでに死んでいたはずの害者の口座から預金が引き出され、クレジットカードからもキャッシングにより現金が引き出されていたのだ。通報日の前日のことだったが、幸いなことに防犯カメラにその様子はきっちりと収められており、通常なら事件解決の一助になるのは間違いないわけなのだが、その映っていた存在が少々というかかなり問題だった。

 

 映っていたのは年端もいかぬ少女。

 いや少女というのもはばかられるぐらい小さな女の子だったのだから。

 

 年の頃はどう見ても十歳にも満たないのでは?

 ATMをなんとか覗き込みながら使う女の子の姿は小学校の低学年にしか見えず、身長も百三十センチあるかどうかというところだろう。

 

 容姿も特徴的だ。

 

 一番目を引くのが髪の毛で、淡い紫色をした長い髪を束ねることもなく腰元まで垂らしている。こんな色の髪見たことないぞ。これは脱色なり、染めたりしているのか、はたまたカツラでもかぶっているのだろうか?

 顔つきは日本人っぽくはなく、小さいながら北欧系かと思えるほど整っていて目の色はカメラではよくわからないが赤系の色と思われる。

 

 着ていた服もあまり見ないもので、ヨーロッパとかの民族衣装を連想させる、古びた若草色のワンピースを着ていて、履いていた靴もかなり年季の入ったくるぶしより少し上ほどの編み上げブーツで、小さな女の子が履くにしてはかなり野暮ったく、可愛げのかけらもないものだった。

 

 とは言え総じてとても可愛らしい女の子であり、そのATMがあった店舗でも愛らしい姿をしたその女児はかなり目を引いていたらしく、多数の目撃証言を得ることが出来た。小さな女の子が一人で出歩いている姿に心配した人も多かったようで、証言の中で、女の子の左足が義足であることもわかっている。

 

 この子供は一体何者なのか?

 

 暗証番号を何も見ず間違うこともなく入力し、普通に引き出していることから、香住(かすみ)氏の娘や(めい)という線が一番に浮かんでくるが、そういう人物が居ないということは既に確認済であり、したがってこの女児の正体は不明なままだ。

 これくらいの女の子の捜索願いが出ていることもなく、行方不明者のリストの中にもそれらしき女児は上がってこない。

 

 その女の子が犯行当事者という線も、考えたくはないものの、無くはない。

 が、遺体をどこにやったのだということや、そもそもびくびくしたり、こそこそした様子も全くなく、ごく普通に歩き回っているあたり、何ともちぐはぐで混乱してしまう。

 

 しかもそんな女児の足取りは店舗を出てすぐ、突如として消えてしまった。あれほど人目を引いていた女児であるにもかかわらずだ。

 その中で唯一目撃証言を得られたのは同じ日の午後で、害者の家からも、例の店舗からもそれほど離れていない公園でのみ。聞き込みをしていた部下はその足で確認に出向いたが当然のごとく、その足跡はつかめなかった。

 

 お手上げである。

 

 三日ほど経ち、この先どう捜査を進めるかと頭を悩ませていたところで、あっさりとその悩みが解決される報告が上がってきた。

 

 (くだん)の女児を発見したというのだ。

 

「ネットカフェに引き(こも)っているだぁ?」

 

 なんだそれは!

 そのネットカフェの経営者は何を考えている!

 

 俺はその報告を聞いて女児のことよりも、まずはそんな女児を寝泊まりさせるネットカフェに憤りを感じてしまった。

 

「警部のお怒りはごもっともですが、どうやら店側も認識していなかったようでして……、ちょっと話を聞いた店長さんも混乱している様子でして」

 

 部下の報告を聞いてもいまいち要領を得ない。

 百聞は一見にしかず。ここは行動あるのみだ。

 

「みんな、早速現場に行くぞ。子供とはいえ窃盗容疑及び、香住氏行方不明、遺体隠蔽に関する重要参考人でもある。気を抜くなよ!」

 

『了解!』

 

 俺の号令に対する部下たちの威勢のいい返事に満足しつつ、準備を整えネットカフェへと出向くこととなったのだった。

 

 

***

 

 

「知らない間に部屋にいたんです。ほんとです、嘘は言っていません!」

 

 俺たちはネットカフェに到着後、まずは話を聞くべく若い雇われ店長のいる部屋へと向かったわけだが、聞いた話は予想以上に不可解だった。

 

 使用する際に必要な会員登録されておらず、当然本人確認もなしだ。そもそもここを利用できるのは成人あるいは学生であり、子供は保護者同伴でなければ入店すらできない。学生にしても夜間の利用は出来ないとのことで、にもかかわらず問題の女児は部屋に居座っていたのだという。

 

 気付かない間に部屋に居た、会員登録出来るはずもない小さな子供。

 

 更に不思議なことに、個室の使用者名簿は三日前から空欄のままであり、しかも人気店であるこの店舗の個室が三日も空いたままなど通常では考えられないことだと言う。

 

 なぜ三日の間、そのことに誰も気付かず、店の中を歩き回っても誰も注意することなく済んでいたのか。

 

 なぜ今日になってその存在が明らかになったのか?

 

 店長はそれが少し怖く思えたため、いきなり小さな子供に問いただすことはせず警察に一報を入れたというのがここに至った理由らしい。

 

 まぁ、泣きわめかれたり、駄々をこねられたり、急に親が出てきて子供を監禁されたとか騒ぎ出すとか……問題起こされるのが嫌だったというのもあるんだろうがな。

 

 ともかくだ。

 

 店のところどころにある監視カメラのモニターを(のぞ)けば、店の施設である書棚やドリンクバーを利用しに来る客がひっきりなしに行き来している。そんなところに幼い女の子、しかもあのとびきりの容姿をした女児が紛れ込んでいるとなればすぐ話題になるだろうことは容易に想像がつく。

 

 にもかかわらずそれに誰も気付かずにいた。

 

「うーん、確かに不可解だ。害者が未だに見つけられないことといい……、あの女児には不可解なことが多すぎる」

 

 俺は余りのわけのわからなさに頭が痛くなってくる。

 

「どうしますか?」

 

 対象が女児ということもあり、同行してもらった女性の部下である茅野(かやの)が問いかけてきた。

 

 うん、ここでこうやって考えていても(らち)もないことだな。

 

「確保だ。女児には酷だが暴れられないよう拘束し、速やかに署に戻ることとする。それと外に出る時は周囲の目に注意しろ。年端もいかぬ女児だ、厄介ごとはごめんだからな。細かい話は戻ってからだ、行くぞ!」

 

 

 

 

 それからの流れは滞りなく進んだと言っていいだろう。

 女児が泣きわめくようなことも全くなく、色々騒ぎ暴れられることを想定していた俺たちは女児のその大人しさに拍子抜けしてしまったほどだ。

 

 拘束衣を着せるまでもなかったなとも思ったが、それは結果論。

 用心は絶対に必要なことだ。

 

 車から連れ出すときに歩けるかと聞いた時も素直に返事を返してきたことから、幼いながらもこちらの言葉をきっちり理解する分別もあるようだった。

 

 だから俺もつい、重要参考人ではあるが小学三年生である俺の娘よりもなお小さい、取調室のパイプ椅子に座っている小さくて可愛らしい女の子につい問いかけてしまった。

 

「何か食うか?」

 

 と。

 

 更に返ってきた返事があれだ。

 俺と茅野は思わず顔を見合わせ苦笑するしかなかった。

 

 未だ事件の全容は(よう)として知れないが、この子の将来が悪いものにならなければよいなと思うくらいには、女児は無邪気な様子で出前でとったかつ丼を食べる姿を俺たちに見せていたのだった。

 





へい、ぽりすめ~ん!


実際の組織や立場、行動となんら関係するものはございません。
あしからずご了承のほどを。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーアは自重しない

「ミーアちゃん、今日は健康診断とか精密検査をしますからね。出来れば大人しく私たちの言うことを聞いて、指示に従ってくれるとうれしいかな?」

 

 女性の警察官が私の前にしゃがみ、目を合わせてそう言ってきました。

 この人の名前は茅野瑠唯(かやのるい)といい、歳は二十六歳。見た目は年齢よりもかなり若く見え、二十歳前後といっても通用しそうな容姿で、肩口で切りそろえた髪が似合ってる、普通に可愛らしい美人です。

 

 でもアンヌのが百倍可愛いですけどね。

 

 けれど見た目はともかく刑事さんらしいし、それなりの腕っぷしはあるのかもしれないです。

 

 こんなことになったすべての原因は、かつ丼を食べたあと調査との名目で、お約束の事情聴取っぽいものを受けたことから始まるわけなのです――――。

 

 

 

 

「あなたのお名前と年齢を教えてくれるかな?」

 

「ミーア、九歳!」

 

 はなはだ遺憾ではありますが冒険者ギルドで言われた年齢で答えました。本当の年齢は私も覚えてないし、信じてもらえるわけもないですからね。

 調査の席についてるのは話しかけてくる女性警察官と、かつ丼をおごってくれたリーダーっぽいおっさん。あと記録を取ってるちょっとチャラそうな兄ちゃんです。私が女の子の姿だからかお姉さんを聞き役に持ってくるとか警察もあざといですね。

 

「ミーアちゃんかぁ。お父さんやお母さんはどうしたのかな? お家はどこかわかる?」

 

 また面倒くさいこと聞いてきました。というか私にとっては何を聞かれても面倒でしかないですね。

 

 どうしたものでしょうか?

 

 逃げてしまえば手っ取り早いですが、それは問題を先送りにするだけで解決にはなりませんし……。

 ここはある程度正直に答えて、今後の身の振り方は警察さんに放り投げてしまいましょう!

 

 混乱するでしょうが、せいぜい良いご対応をいただきたくよろしくお願いします!

 

 あはは。

 

 はぁ……。

 

 最悪、どうしようもなくなったら逃げるということでそこのところよろしく!

 

 

「パパもママもいない。お家もどこかわかんない」

 

「そ、そっかぁ、ごめんね、嫌なこと聞いちゃって。ところでミーアちゃん。香住風太(かすみふうた)って人のことは知ってる? ミーアちゃん、その人とどんな関係? その人の口座からATMを使って現金を引き出していたよね?」

 

 おお、いきなりぶち込んできました!

 っていうかもうそんなことまでバレてるんですね。まぁ、特に隠すことなく堂々とやっていたし、そりゃあバレもしますか。

 

「名前は知らないけど……なんか一緒にいたのっ。お金はおじちゃんに使っていいって言われたから。もう必要ないからって」

 

 めちゃくちゃ苦しいです。でもこれ以上言いようがないから仕方ないです。そもそも自分のことなんだし、自分のお金だし、だったら使っていいに決まってるよね!

 

 まぁクレジットカードの分は、ごめんなさい。返す当てはない!

 

 私のこの言葉を聞いてお姉さんの表情がちょっと硬くなった。

 

「そうなんだね。それで、そのおじちゃんはその後どうしたのかわかる? 実はそのおじちゃん……、こほん、香住さんがお勤めしている会社からその人のことを調べてほしいって連絡をもらってるんだよ?」

 

 核心に迫ってきました。

 これはもう私の家の状態も知ってる感じです。

 

 っていうか会社から連絡行ったわけだね。無断欠勤だし、スマホ着信も無視で連絡取れないし、やっぱそうしちゃいますよね。

 

「ええっと、おじちゃんは寝たまま動かなくなったよ。じっとして動かないし、なんか変な臭いしだしたから私が燃やしてあげたっ!」

 

 

 ミーアの可愛い声で、カミングアウトしてあげました。

 

 さてどう出るでしょう?

 

 けど死体燃やしちゃったのは失敗でしたね。死体がないっていうのは現代日本じゃ大問題。誤魔化すことはとても難しいね。

 

 私のスライム細胞製のオツムでは言い訳思いつきません。

 

「ええっ! ちょっと……、燃やしたってなに?どういうこと? でも火事にもなってないし、そんな痕跡どこにもなかったよね? えええっ?」

 

 混乱してるしてる。

 ここはもう一発畳みかけましょう。

 

「こうだよ~」

 

 私は手のひらを上にしてお姉さんに差し出し、「小さなほのお、ファイア」と、わかりやすく唱えて見せた。もちろん今更そんな詠唱必要でもなんでもない訳だけど、わかりやすいでしょ?

 

『ぼふっ』

 

 乾いて大きく膨らんだお布団に飛び込んだような音とともに、手のひら上に生まれた白くまぶしい光。それは瞬く間に『しゅぼーっ』という音とともに勢いよく燃え上がる炎となりました。

 

 かなり高温である炎柱のせいで一気に部屋の温度が上がってきます。

 あっ、精霊たちがその周りを乱舞しています。きっと魔力の発露に喜んでるのです。

 

 君たちどこにいたの?

 この子たち、人に見えてるのかな?

 

 お姉さんにリーダーっぽいおっさん、それにチャラいお兄さん、三人が三人とも驚いて立ち上がり、そろって座っていたパイプ椅子を倒しています。

 

 ちょっとおもしろい。

 

「な、な、な、なに、何なのそれ~っ!」

 

 お姉さんの驚きの声を皮切りに、その場は騒然となり、部屋の外からも異常を感じた数人がなだれ込んできました。皆が一様に私の手もとから吹き上がる炎を見て、驚きの表情を浮かべています。

 

「ミーアちゃん、もういい。もういいからそれ消してっ! け、消せるよねっ? このままじゃ火事になっちゃうから~」

 

 お姉さんが上ずった、とても焦った声で私にそう叫んできました。

 

 うんうん、十分理解してもらったようだし、私の()()()()()()()()でもその方がいいので大人しく従います。

 

「茅野、森久保っ、確保して即刻身体検査っ! おい、関係者以外は外に出ろっ! ああっ、ここで見たことは口外禁止だ。もし外で話そうものならそれ相応の処分を下す。追って報告は必ず行うから迂闊(うかつ)な言動や軽はずみな行動は厳に控えてくれ!」

 

 リーダーおっさんから矢継ぎ早に出る指示に、部屋にいた人々が戸惑いながらもしたがって動いています。うーん、さすが警察。統制取れてます。

 

「は、はいっ」

 

 お姉さんも上ずった声ながら返事して、慌ててこちら側にまわってきて私の手を取ります。その流れで腕から胸、胸から腰へ、体中をまさぐる様な動きをされ、とてもムズムズこそばゆいです。

 チャラ男のお兄さんは私を後ろから羽交い絞めにして来てちょっとムッとしましたが、なにせ心は大人の私ですから、ここは我慢我慢です。

 

 どうやら私が何か隠し持ってないか確認しているみたいです。

 でも残念。私の炎に種も仕掛けもあるはずないのです。

 

「ふわぁ」

 

 あうぅ、そ、そんなとこまで。

 

 お姉さん、そこはだめ、だめでしゅっ!

 

 完全体ミーアボディになってからのこの感覚。まだちょっと慣れないです。

 痛いとか(かゆ)いとか、こそばゆいとか……。

 

「はうぅ」

 

 まさぐりが続くお姉さんの手。

 さわさわする動きに思わず、ビクリと体が反応してしまいます。

 

「ミーアちゃん、ちょっと我慢してね」

 

 ううっ。

 こ、こんな感覚、あっても百害あって一利無しではないでしょうかっ?

 

 切り離しておいた方がいいような気もしますが、まぁ、久しぶりの人らしい感覚ですし……。問題が出ない限りそのままで行きたい……、

 

「はにゃん」

 

 ……と、思います。

 

 

「警部、どこにも不審なものを隠し持ってる様子はありません。もう、私……、何が何だかわかりません」

 

 お姉さんがちょっと冷静になった声で、でも戸惑い交じりの報告をしました。

 何も身に着けてなくてすまんですね。

 

「そう、か。そりゃそうだろうな。この部屋に入る前にも、署に連れて来た時も確認してるんだしな……。ご苦労だった」

 

 リーダーのおっさんは警部さんのようです。

 ちょっと偉い人だね。

 疲れがにじみ出てるね。

 大変だね。

 

「森久保、もう離してやっていいぞ。おい、嬢ちゃん、さっきのあれ、同じようにまた出来るのか? いや、今やれとは言っていないっ、答えだけくれ」

 

 まじめな顔をして聞いてきたおっさん。やらなくていいの? 答えるだけでいいんですか、そうですか。

 

「出来る! もっと大きいのも出来る。動かなくなって臭くなってたおじちゃんもすぐ灰に出来たよ!」

 

 ついでに情報も提供。

 

「なっ! ……そ、そうか。だがお嬢ちゃん、あの場に残骸というか、何かしらの残滓というか、何も残ってなかったんだが、それはどうしたんだ?」

 

 このおっさん、なかなか我慢強いです。よく気持ちを抑えてます。

 でもふ~む、ちょっときれいに片づけすぎたかしらん。

 

「えっと、ここにある!」

 

 続いての情報っていうか現物提示。

 

 私はぷにょ袋にしまってあった、元私の遺灰が収めてある大きめのタッパーを取り出して見せました。

 ああ元私の体、タッパーになんて収めてすまないです。入れ物がそれしかなかったんです、許してね。

 

「はっ?」

 

 渋い顔した白髪交じりのリーダーおっさんの、呆気にとられた表情が面白くてうける~。

 

「どこからそれを出したんだ!」 と、それからまた上を下への大騒ぎになりました。

 

 

 

 ちなみにぷにょ袋は背負い袋から出し、袋の代わりとして自身の体、ミーアボディに直接謎空間とのつなぎ口を設け、虹色魔石はそこへと入れ直してあります。ちょっと仕分けが大変そうですが、そこはタグ魔石の魔力違いで判断するしかないです。

 

 ああ、すぐ忘れて探しまくる未来が見えます……。

 

 当然他人がそれを確認できるすべはありません。

 初めからそうしておけよと、どこからか突っ込みが来そうですが……、私だって試行錯誤だったんです、仕方ないじゃないですか!

 

 ともかく。

 

 今はそんなこと言ってられない状況ですし、そういうこととしたのでしたのです、はい。

 

 

 

 

 ――――などということがあり、大騒ぎのち身体検査と精密検査をすることと相成りました。

 

 

 

 その際、左足が普通についてることについてもとても突っ込まれました。いやもう、ほんと理不尽な私の体がお騒がせしましてすみません。

 

 いずれにしても、身体検査はやることになったのでしょうけどね。

 

 

 

 で、ですね。

 結局私の扱いはどうなってしまうのでしょうか?

 

 色々やらかした自信はあります。

 どんなことになっていくのか今から行う検査の結果も含め、不安な気持ちも少しはある私なのでした。

 





このパターン、ちょっと前もやったなぁ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

現代日本は色々大変


面倒くさいね


 幼い女の子の手のひらから派手な炎の柱が吹き上がっていた。

 

 その炎は天井に届こうかという勢いで、目の前でそれを見ていた茅野がどうすればいいのかわからずアタフタし、気が動転しているのがまるわかりな様子を見せている。

 それは俺だって同じである。部屋の外からマジックミラー越しに中を(うかが)っていた部下たちも慌てて部屋に飛び込んできた。

 どうやってそんな現象を起こしたのか想像もつかないが、とりあえず茅野と森久保に女児、確かミーアと名乗ったのだったな……、その子の身体検査をさせるもその小さな体には残念ながら種も仕掛けもまったくなかった。

 

 在ってほしかった。

 

 だがそれ以前にも身体検査をしていたのだから、そりゃあ無いのも当然なんだがな。

 

 とてつもない問題を目の前にしつつも、聴取はとりあえず進めざるをえない。しかしやはりというか、ことはそれだけで収まらなかった。

 

 女児ミーアは、先ほどの炎を使ってあろうことか香住(かすみ)氏の遺体を焼いたとか言い出し、しかも、幼い女の子が手に持つにはいささか大きい、本物かどうかはともかく遺灰が入っているというタッパーをどこからか取り出し、机の上に置いて見せた。

 

「はっ?」

 

 一体それどこから出したんだっ!

 俺はつい間の抜けた声を出してしまい、当然周囲もまたもや騒然とした雰囲気になってしまった。

 

 しかも更におかしなことに茅野が気付いた。

 

 聞き込み調査や防犯カメラから得た情報では、ミーアの左足は簡素な木製の義足となっていたはずだった。幼子がそんな風采(ふうさい)をしていることに思うところがない訳ではないが、それを気取られないほど普通に歩いていたのでバランス感覚がよいのだろうか、などと感心したものだったが……。

 

 今のミーアは五体満足の普通の体をしているように見える。

 

 

 どういうことなんだ!

 

 

 次々出てくる異常としか言いようのない事実に部下たちが混乱の極致となったことは、もちろん俺を含め、致し方ないことだと思う。

 それ以前にネットカフェで、三日もの間その存在に気付かれなかったということからして異常なのである。

 

 俺はこのことをどう上に報告すればいいんだよ!

 頭がおかしくなったと、正気を疑われるのは間違いないぞ。

 

 そんなことを思いつつも、異常の塊でしかない女児について確認できることはやっておかなければならない。さしあたっては身体検査と精密検査は必須だ。

 

 茅野と森久保にその任を与え、俺はいったん自分の席に落ち着き、頭を巡らせる。

 

 身元、国籍も全くの不明。本人曰く名前はミーア、女児で年齢は九歳らしいが、小学校の低学年にしか見えない小ささで、そんなこともこの幼子の扱いに困る原因の一つである。

 

 未成年の子供に今回の事案に対する刑事責任を問うことは当然できず、色々やらかしているのは数々の証拠から明らかではあるが逮捕はできない。保護者の存在も今のところ確認できず、唯一の手掛かりであったはずの香住氏は灰となり果てている。いや、まだあの遺灰が香住氏のものと断定できたわけではないのでDNA鑑定もしなければいけないが。

 

 とりあえず勾留することにはなるが、今後どうするかも頭の痛いところだ。

 

 いささか倫理観もおかしいようにも見える、年端もいかぬ幼子。

 一体どう育てられればあんな風に育つのか?

 なぜ香住氏の家に居た?

 何かしらのつながりがあるのか?

 

 香住氏には子供がいた記録どころか、そもそも結婚すらしていない。親類縁者もおらず、両親や祖父母ももう鬼籍入りしている。

 

 ミーアの存在はまるでポンと現れたかのように宙に浮いている。その存在について辿るためのきっかけすらつかめない。

 

「まったく、なんで俺の管轄でこんな訳の分からない事件が起こるものかな……」

 

 俺はひっそりと愚痴をつぶやき、とりあえず女児ミーアの検査の報告を待つしかないと、喫煙という名の現実逃避をするため、ひとまずその場からはなれ、喫煙室へと向かうのだった。

 

 

***

 

 

「はい、身長は百二十七センチ。体重は……、二十五キロね。九歳としてはちょっと小柄だし血色もあまりよくないし、脈拍も血圧も子供にしても低めだけど、まぁ問題ないレベルでしょう」

 

 あ、あれ?

 しょ、しょんなばかな!

 

 私、百三十センチ越えてると思っていたのですけれど!

 くうう、もしやミーアの体を色々整える際に細胞の取り合いで身長がらみのものを使い込んでしまったかしらん?

 

 さ、再調整の時間を要求する~!

 

 なんて思う間もなく、次々検査させられる。

 視力、聴力、握力とかまで測られた。

 

 ふふ、おかしな数値にならないよう頑張った私を褒めていいのよ?

 これ以上騒がれるのは御免ですからね。

 

 胸や背中にポンポン聴診器を当てられつつ問診を受け、更には冷たい板に張り付かされ息吸って止めて~をされ、変なもの飲まされた上に、ぐぉんぐぉんと小うるさい筒の中に放り込まれ――、

 

 ようやく私の検査は無事?終了した。全部でニ時間くらいはかかったね。

 

 検査服に着替えさせられた際、私のかぼちゃパンツを見た看護師さんがちょっと驚いた顔をしてましたが、そんなのほっといてほしい。そりゃ現代おパンツと比べれば野暮ったくてダサいものかもしれませんけど!ドリスが選んでくれたいいものなのですからね!

 

 ぷんぷん。

 

 まあ、それはいいです。

 

 さて結果はどうなることやらですが、けれど、なんですねぇ。

 無事に終わる気がしないです、はい。

 

 

 待つことさらに小一時間。

 その間ずっと横に茅野さんがついていてくれました。

 

 検査施設のある病院は隣接しているとはいえ、重要参考人たる私が移動するのですからそれは間違いなく監視者なのですけど、それでもやっぱ安心できました。ついでに森久保とか言うチャラい兄ちゃんも一緒でしたが、てめえとは話すことはない、絶対にだ。

 

 

 そしてやはり、騒がれることとなったのでした!

 

 

***

 

 

 CTやMRIなどで得られた画像をPC画面で確認出来るということで、俺は担当医師の許可をもらい一緒に得られた画像を見せてもらっている。本来なら報告書を待つべきなんだろうが今は時間が惜しい。

 

 情報を早急に得たいからな。

 

 とは言っても正直詳しいことはわからないため、医師から補足説明を受けながらなわけだがね。

 

「基本的に異常は見つからなかったのですが、ただ一つ。どう見ても異常……というのも変かもしれませんが、通常とは異なる部位を見つけました!」

 

 説明してくれる医師が若干興奮気味に俺に説明してくれている。

 

「何があったのですか?」

 

 俺の問いに医師が鼻息荒く答えてくれた。

 

「はい、ここです! 見てください。心臓の後ろ、背骨との間に若干縦長の見慣れない器官があることがわかりますか!」

 

 画像を指さしながら俺に説明してくれる医師。その興奮度合いにはちょっと引く。だが確かにそこには医師ではない俺でもわかる見慣れぬ器官がその存在を主張していた。

 見た目は小さな茄子(なす)。そう野菜の『なす』だ。あれがヘタ部分を下にして配置されているといえばわかるだろうか。膨らんだ部分が心臓と嵌めあうような位置関係を示していて、感覚的な大きさはまだ育ち切れていないナスと言った感じでかなり小ぶりに思える。

 画像だからはっきりとは言えないが、心臓と比較した感じからしても当たらずしも遠からずと言ったところだろう。

 

「これは一体何なのでしょう? 人体にこのような器官があるなんてことは、医師となってまだ長いとは言えないキャリアではありますが、寡聞(かぶん)にして知らないとしか言えません!」

 

 唾を飛ばさないでほしいものだが……。俺も人体の構造は職業柄把握もしているが、確かにこんな器官、聞いたことないな。いや、これぐらいのこと、学生でもわかるレベルだと思うが。

 

「それはそれとして、他には問題はありませんでしたか? 例えば、手のひらから腕にかけて何かしら変なものがあったりとか、左足にも治療等の痕跡があったりとか……ありませんでしたか?」

 

 俺はつい先ほどの手から炎の件について何か手掛かりでもないかと聞いてみた。

 

「いえ、これと言って変わったものは……。きわめて正常で文句のつけようのない状態でしたね。とは言っても四肢については脳や内臓ほど精査したわけではないですけどね。ご希望とあらば再度……」

 

「いや、問題ないのであればいいのです。ありがとうございます」

 

 この後も医師から色々説明を受けたがはっきり言って俺にはちんぷんかんぷん。適度に話を合わせ、礼を言ってその場を後にした。詳しいことは報告書として出してもらうこととなる。

 

 だがこの検査から解るのは、今以上に問題が大きく大変になるということで――、俺は頭と、おまけに胃まで痛くなってきて、しかもその対処療法もないときたもんだ。

 

 俺は天井を見上げ、大きなため息をつくくらいでしかその気持ちのやり場を逃がすすべを持たなかった。

 

 

***

 

 

 

 検査を終え、とりあえずはと会議室っぽい誰もいない落ち着く一室に入れられた私。

 

 ようやく一息ついたと自分なりには思ったわけですが、そんな私を置き去りにし、周りは相変わらずの騒々しさのようでした。

 

「ミーアちゃんはまだ小さいからわからないかもだけど。色々問題を起こしちゃったからね、私にもまだわからないけど、逮捕はないけど何はともあれ家庭裁判所への送致はあると思う。それを踏まえて保護観察、もしくは更生施設へ送られるって流れだと思うんだけど、さすがに今回の件は特殊すぎてどうなっちゃうか全然予測できないよ~」

 

 なんだか私の面倒を見る係になってしまったような茅野さんが、そんな話を私にしてくれた。ちょっと話し方が気安くなってきたのはお互いがなじんできたからでしょうか。

 私が引き起こした騒動はそうたやすく収まるものではなかったみたいで、お疲れ気味です。

 

 とりあえず面倒かけてるこの人には軽くあやまっておきましょう。

 

「うん、わかった。そのぉ、お姉ちゃん、迷惑かけてごめんなさい」

 

「あうっ」

 

 私の上目使いに放ったこの言葉に茅野さんはしばらく動きを止めちゃったのだった。

 

 

 

 

 はぁ、この先どうしましょうか?

 やっぱ現代日本はと~~っても面倒くさいです。

 

 ほんとなら、今、すぐ、帰りたい!

 アンヌの居るあの世界へ……。

 

 

 謎空間を使ったぷにょ転移。

 

 落ち着いて考えてみたとき、私にはこの切り札がある!

 そう気付いたのです。

 

 やってみなければわからないけど、アンヌにはお守りと称して虹色魔石入りぷにょ袋を渡してありますし、湖や他にも幾つか起点がつくってあります。

 

 それをたどればもしかして……と、気づいた。

 

 のだけれど!

 そう思っていたのに。

 

 

 魔力(ぷにょ)不足でそれを実現するに至らないだなんて!

 

 

 どうしちゃってくれましょうかね、この事態っ。

 

 

 きぃ~~~!

 

 





ひすミーア


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔力獲得への手掛かり?

「魔力不足~~!」

 

 ぷにょ転移にこんな落とし穴があったなんて……。

 一人になった私はこれ幸いと色々考えを巡らせます。

 

 魔力不足などという今だかつて味わったことのなかった事態に私はとても困惑しています。

 今まで住んでいたあのクソ女神の世界であれば、有り余り(あふ)れんばかり……というか溢れまくってたスライム体により潤沢すぎる魔力を常に持っていた私です。

 日本に強制的に戻されてしまった私は、魔力を得る手段であるスライム体のほとんどと切り離されてしまいました。凶龍と戦った際、謎空間から大部分のスライム体を出してしまったのが悔やまれます。

 

 でも、あの時はそうしなければあの凶龍を抑えることは出来ませんでしたし……、今更言っても詮無(せんな)きことです。

 

 そうやってモンモンとしてる私の頭にツンツンとつついてくる三つの輝く物体。

 魔力不足で悩んでる私から容赦なく魔力を吸いとってくれます。

 

 まったく、この子たちときたら!

 まぁ大した量を取られるわけではないので影響は少ないですが……。

 

 そういえばこの子たち、ずっと私の周りをこうやってウロチョロしてましたが誰にも見られてる様子がありません。

 

 やっぱり人には認識出来ないのかしらん?

 まぁ、認識されないなら好都合です。自由気ままなこの子たちに隠れてろって言っても通じるものでもありませんし。そもそも碌に意志の疎通もできませんし。

 

 ともあれ、この子たちが私から魔力を得るしかないということからも、この世界でいかに魔力を得ることが難しいかがわかります。

 

 でもアンヌのところに戻るためにはどうしても魔力が必要です。

 それも大量に!

 

 そのためには何を差し置いてもぷにょ増量を果たさねばなりません!

 

 ここで生きていくだけなら、何も無理にかき集めなくてもご飯を食べてるだけでも十分魔力は維持できますが……、それではダメなのです。

 ミーアボディだけでは得られる魔力はたかが知れています。謎空間のスライム体もアパートの一部屋分程度でしかありません。

 

「ああ、どうすれば日本で大量の魔力を得られるようになるんですか~!」

 

 そう一人でわめきながらも今現在の自分の魔力を確認してみます。

 

 現状のスライム体での満タンを百とすると、日本についたころはかなり少なく二十五パーセントといったところでした。

 ここに来るまでは野生の動物からエネルギーを得たり、普通に食事するなどして回復に努めてましたけれど、逆に体の修復とか……それなり以上に魔力を消費していますので結局のところ六十パーセントに満たない程度の魔力量で推移している感じでした。

 

 なかなか厳しいです。

 

 地球の生き物は魔器官もってないからとっても効率が悪いのです。

 直接魔力が得られないので、自分の魔器官に得られたエネルギーを取り入れ、魔力を生成するしかないのです。二度手間で、しかも変換効率は最悪です。

 

 ああ、この世界にも魔素があれば……。

 

 っと、脱線しました。

 で、今現在の魔力量は……、ん?

 

 んんっ?

 

 うっそ。

 

「増えてるし!」

 

 

 え、なんで?

 

 ただいまの魔力量、なんと九十パーセントを若干超えるくらいにまでなっています!

 

 あくまで現状のスライム体総量に対してのパーセンテージなので、それで今すぐどうこう出来るわけではないですが……、それにしてもどうして急激に増えましたか?

 

 ここまでの行動でそんな急激に増えるようなことって?

 

 かつ丼?

 

 いや、それはないか。ないよね?

 

 う~ん。

 なんだろなんだろ?

 

 それがわかれば魔力対策の……、

 

 

『コンコンコン』

 

 

「みゃっ!」

 

 び、びっくりした。思わず変声だしてしまった、はずい。

 

 ノックですね。

 まずい、考えに集中しすぎて気配の感知とか色々(おろそ)かにしてました。

 

「ミーアちゃん、茅野(かやの)です。入るよ~」

 

 疲れがにじみ出てる感じの茅野さんが手荷物片手に入ってきました。

 

「長い時間放っておいてごめんね、色々もめちゃっててね。でね、とりあえずお着替え用意したから着替えようね~」

 

 どうやら手荷物は衣類だったようです。袋にウニクロのマークも入ってるし、わざわざ買ってきてくれたのでしょうか?

 

「ミーアちゃんのワンピース、ちょっと変わってるねぇ……、どこかの民族衣装みたいなデザインでとても古風な感じ。あ、でも仕立ては丁寧だよねー。はい、バンザーイしてね」

 

 そういいながら、私を部屋にあった長椅子の上に立たせ、有無を言わさず脱がしにかかる茅野さん。

 ま、着替えさせてくれるというなら特に抵抗する理由もないです。

 

「ミーアちゃん、お風呂とか、その、入ってないよね? それにしては、なんだか……、えっと、臭ったりしないね。ううん、それどころか、やっぱりとてもいい匂い……」

 

 長椅子の上でパンイチになった私の体や髪に鼻をよせ、スンスンしだす茅野さん。失礼ね。大人だったら怒るとこだよ、っていうか匂いフェチなの?

 

「あ、ご、ごめん。つい、いい匂いだったものだから! 前から気になっててつい。そ、それにしてもなんだかすっごい下着履いてるね。でもね、ワンピースもそうだけど随分くたびれてきてるし……、所々ほつれたり破れたりしてるし、この際、良ければ処分して……」

 

「いやっ!」

 

 私は茅野さんの言葉にすかさず反応し、スライム体を瞬時に伸ばして彼女の手からドリスの買ってくれたワンピースを取り戻し、速攻でぷにょ収納へと隠した。ついでにかぼちゃパンツもすっぱり脱いで収納行きにした。

 

 まっぱ(真っ裸)になるけど構うものですか!

 処分なんて絶対にさせない!

 

「え、え、ええっ?」

 

 私のその行為に驚きを隠せない茅野さん。あなたに悪気はないのかもしれませんが、私にも譲れないものはあるのです!

 

「ワ、ワンピース、それに履いてたかぼちゃのパンツ、消え……、どこへいっちゃったの? な、なんか、透明な細長いのがみょ~んとしてなかった? えっ、ええっ?」

 

 まっぱの私を前に混乱状態が続く茅野さん。

 私はいつまでまっぱでいればいいのでしょう?

 

 

 

「おい茅野っ、もう着替えは済んだのか? 今後の予定が決まったぞ。終わったならミーア君と一緒に出てきてくれ」

 

 ドアを叩く音とともに、外からリーダーおっさんの声が聞こえてきました。

 

「はっ」

 

 その声に我に返ったのか、茅野さんが私の方をじっと見つめてくる。そんなに見つめられるとさすがにちょ~っとだけ恥ずかしい、気がする。

 

「うううぅ、全く納得できないし、と~っても釈然としないんだけど、時間がないっ。ミーアちゃん、また後でさっきまでの……色々不思議な現象について、絶・対・説明してもらいますからね!」

 

 そう言いながらテキパキとお着換え作業に集中しだした茅野さん。

 案外根性座ってると思います。

 

 イチゴ模様があしらわれたパンツと、おそろい模様のキャミソール……だっけ?を装着させられ、くるぶしちょい上までの可愛らしい白いソックスも履かされた。

 仕上げに無地ながらも淡いピンクに染まったノースリーブのワンピースを着せられて完了みたいです。

 袖にも膝上高の裾にもひらひらフリルが付いた、いかにも女の子女の子した可愛らしいデザインで、ちょっと元男の心を持つ私に微妙にダメージが入りました。

 

「うん、とってもかわいい! 髪もちゃんとセットしてあげたいけど、今は時間もないし櫛を入れるだけで勘弁してね」

 

 いえいえもう充分です。

 アンヌといいドリスといい、なんで女性はこうも髪をいじりたがるのか。元おじさんにはちょっとその心根を理解することは難しいようです。(くく)っとけば十分だと思います、はい。

 

「あとは靴、だけど……」

 

 茅野さんの目線が立たされてる長椅子の下に脱ぎ捨ててある編み上げブーツへと向かう。私はすかさずそれも神速で収納した。

 目を丸くし、口をパクパクする茅野さんだったけど、もうなにも言ってこなかった。

 

 ふふん、慣れは全てを解決します。

 

 代わりに用意された靴は普通のスニーカー。青紫色をしたNのマークが目立つそれは、子供サイズなのでちょっと寸足らず感があり、あまりスタイリッシュではないけど、さっきまでのゴテゴテ革ブーツよりとっても履き心地が良いです。

 スライム体の完全な一部となったミーアボディにおいて、履き心地は結構重要な要素。素直にありがたいと思います。

 もちろんすべての感覚は当然カットも出来ますが、普通に暮らす分には感覚はあった方がよいのです、うん。

 

 ということで無事お着換え終了した私は、茅野さんと一緒に部屋を出ていくのでした。

 

 

***

 

 

 外には廊下の長椅子に座ったリーダーおっさんが、ちょっとイライラした様子でスマホをポチポチしながら待っていました。

 

「随分時間がかかった、な……。ごほん。む、その、なんだ。……よく似合ってるじゃないか。茅野君、対応ご苦労だった」

 

 出て早々文句を言いかけたリーダーおっさんはその言葉を飲み込み、ねぎらいの言葉をかけてる。

 ふふん、私の可愛さは怒りすら鎮めてしまうようです。

 

 可愛いは正義!

 

 気をよくした茅野さんが何気に頭を撫でてきたので、色々あって下がってた私の機嫌も登り調子です。

 

「では今後の説明をしたいのでもう一度取り調べ室へ頼む。今回はかなり異例な対応となる。茅野君にもこの後の対応については協力してもらうことが多くなると思う。では行こうか」

 

 

 うん、なんか私のこれからの扱いが決まったっぽいね。

 日本の官僚機構のくせに意外と対応早いな。

 

 さてどうなることやら?

 従えることなら従うけど、そうでないなら……、

 

 

 

 好きにさせてもらいますね!

 





色々どうなる~?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生活基盤確定?

「香住氏宅の寝具に付着していた人型の残留痕はDNA鑑定の結果、香住氏本人のもので間違いないそうだ。これで死亡は確定した。さらにミーア君が持っていた遺灰も鑑定には苦労したようだが先の鑑定結果と一致、同一人物のものという結論に至った」

 

 取り調べ室に入り、席についてまず聞かされたのはこれでした。

 仕事早すぎだし、九歳の女の子にする話じゃないと思います。

 

「賊が侵入した形跡もなく、争った跡もない。布団で横になって亡くなっていたという君の言を信じるのならば、事件性は著しく低いと言えるだろう。とは言うものの遺体がないおかげで、死因は永遠にわからず仕舞いだ」

 

 うんうん、そりゃそうですね。

 

「それに君の証言だけでは証拠としては著しく不十分で信ぴょう性に欠けると言わざるを得ず、また、遺体を焼くなどという問題行動と、その()()……についても、見せてもらった今でも未だに信じがたく、その扱いに苦慮している」

 

 リーダーおっさん、相当疲れがたまったお顔をしてらっしゃる。

 なんか大変そうだね。

 

 うん、私のせいか。すまぬ!

 

 

「そもそもの問題としてだ」

 

 

 リーダーおっさん、そこまで言うと座っていた席から立ち、私の方に歩いて来て目の前にしゃがみ、私をじっと見つめてきた。

 

 やだ、恥ずかしい。

 おっさんに見つめられても全然うれしくないです。茅野さんとチェンジ!

 

「結局君はどこの誰なんだ? 訳の分からない不思議な能力といい、もうわかることの方が少なすぎて我々は捜査一日目にしてお手上げ状態だ」

 

 実際そうやって見せてくれるリーダーおっさん。

 いや、一日でここまでやってれば十分すごいと思います。

 

 でもなぁ、「異世界から来ました。女神から送り返されてきた元香住風太(かすみふうた)です!」って言っても絶対信じないだろうし、頭大丈夫か疑われるの間違いないでしょうし……。

 

「ミーアはミーア。どこの誰だとか体のことだなんて私だって知りたい!」

 

 うん、安定の何もわからない子設定!

 白々しくて無理ありすぎるにも程があるけれど、これで押し切るしかない!

 

 しかし、これから何回同じこと言わされるのやら?

 面倒くさいね。

 

「……そ、そうか。まっ、まだ一日目だ。そのあたりは後日調査とカウンセリングするなどして進めていくしかないか。正直手詰まり感は否めないが……とにかくだな、君の特異な体質というか、見せてくれた手品まがいの現象のこともある、それに犯罪行為を犯したのも事実だ。さらには君はつまるところ住む家もない訳だろう?」

 

 て、手品って。そう思いたい気持ちもわかりますが、存外頭固いですね、リーダーおっさん。とは言っても、まぁ追々調べられるんでしょうけれど。

 

 とりあえず住むところがないのは事実。

 なのでこう答えるしかない。

 

「うん!」

 

 

***

 

 

 そんなこんなであっという間に一週間と少しほど過ぎました。

 

 自称九歳、実際の見た目も九歳以下の幼女にしか見えない私は、少年保護法などというありがたい法律のおかげで逮捕されることはなく、色々紆余曲折あったみたいだけど最終的に保護的処置をとるとなったみたいです。よくわかりませんが。

 通常なら私の身柄は一時保護所などに送られた後、しかるべき対応となるらしいのですが私の存在があまりに特殊で少々危険性もはらんでいるためそうも出来ず――、在宅による保護観察を受ける感じとなりました。

 

 住むところがない私にはある意味願ったりな処置ですが、保護観察ですからその為の観察官が要るわけです。

 

 で、在宅させてもらうそのお宅が実は観察官さまのお宅な訳なのです。

 

 

「ミーアちゃん、お風呂準備出来たよ? 早くいらっしゃい」

 

「ふぁ~い」

 

 茅野さんに呼ばれた私は着ていた可愛らしいモコモコ部屋着をぽいぽい脱ぎ捨て、彼女が待つ浴室へとトテトテと向かいました。

 

「もうミーアちゃん、脱ぎ散らかしちゃダメ。お洗濯もしたいしこっちに持ってきて」

 

「え~、昨日着替えたばかり。まだいい」

 

「だ~め、子供は汗いっぱいかくんだから、部屋着とはいえ毎日でも洗わなきゃ」

 

「む~」

 

「可愛くむくれても、だめ。ほら、持ってらっしゃい」

 

「は~い」

 

 

 などと何とも生暖かい会話をしてる私と茅野さん。

 

 そう、私は警察署で知り合った茅野さん、茅野瑠唯(かやのるい)さん二十六歳独身!彼氏なし。のお宅にて在宅保護観察を受けることになっていたのでした。

 

 私の存在は法治国家日本においてまだまだ宙ぶらりんのままですが、幼げな子供を放置することも出来ず、かといって怪しげな行動をし、変な能力らしきものを持つ私を施設に放り込むことも憚られる……ということで、どうするか? となったとき、茅野さんが手を挙げたらしいです。

 茅野さん、見た目は二十六歳には見えない可愛い系の美人ですが、本人曰く中々の武闘派らしいです。さすが刑事部所属といったところでしょうか?

 

 いざという時安心だね。

 いや、いざって何だろね。

 

 でも結構裕福な家の出らしく、住んでるここもかなり立地のいいところに建つ高級マンションで、エントランスにはコンシェルジュがいて私にもニコニコ笑顔で対応してくれたのにはさすがに驚きました。

 

 もう茅野さん、なんで刑事さんなんかしてるの? って感じです。

 

 ちなみに十五階建てで、部屋は十二階にあり、当然エレベータでの行き来となりますです、わ~い。

 

 

 ともかく、そうなった。

 

 

 会話に話を戻せば、スライム体に汗などという概念はありませんが、現ミーアボディは人の体ベース。スライム体で構成されているチートボディではあるものの体の機能は完全人準拠。

 したがって色々出るもの出るし、出せます。もちろん、出さないようにも出来ますが、わざわざ不審がられることもないので通常は普通に人になりきることにしてるのです。だから普通に着てる服は汗でべとつきもするし、汚れもするのです。

 

 ついでに言うと体を成長させるかどうかは悩ましいところ。ぶっちゃけ現状のままだと成長もせず、永遠の幼女となります。

 

 ロリババアへの道しかない。

 うん、それはちょっといやかもしれません。

 

 ま、悩ましいと言ったものの、いつまでもこの現状に甘んじているわけにもいきません。

 成長を気にしなければいけないほど、ここに留まっているつもりなど更々ありはしませんから!

 

 

「今日も一日がんばったね、えらいえらい」

 

 大人二人が余裕で入れるバスルーム。

 私を椅子に座らせ、長い髪を洗ってくれながらそう話してくる茅野さん。

 

「うん、茅野さんもいつもありがとう。こんな私の面倒みてくれて」

 

 素直な気持ちを伝えました。

 仕事とはいえ、怪しい私の観察官を引き受け、なおかつ一緒に住まわせてくれるなんて、ほんとあなたは女神ですか!

 

 いや、女神と一緒にしてはダメです。茅野様と呼ぶ、べき!

 

「もう、お姉ちゃん、でしょ? いつまでも他人行儀はさみしいよ。署や研究所ではともかく、お家ではそう呼んでね」

 

「あ、うん、その……わかった、お姉ちゃん」

 

「う、うん、それでよし! ほーら、髪もきれいになったよ。ミーちゃん、一緒に湯舟につかって温まろ~」

 

 私の長い髪がお湯につからないようタオルで器用にまとめてあげてくれた、かや、いや、お姉ちゃん。そのまま、私の手を取りながら一緒に湯舟にイン!

 つるペタすとんのミーアボディと違い、見事なプロポーションを見せるその肢体を目の保養とばかりにガン見する私。こんなグッドな機会に見ないなどという選択肢、私には存在しません。

 

 うん、お姉ちゃんは体毛薄い方ですね。

 

 制服越しでは分からないナイスなボディはとてもグッドです。

 私は何を言っているのでしょう?

 

 スライム体である私に性欲などというものは存在しませんが、そんなものはこの際関係ないのです。美を愛でるその心こそが重要なのです!

 

 

 眼福です。

 

 

 

***

 

 

「ミーア君のDNAが人のものと一致しない?」

 

「はい、それもわずかばかりの違いどころではなく、全体の一割にも及ぶレベルで違います」

 

 訪れている研究所の主任研究員だという、班目(まだらめ)という男から聞かされた情報に首を傾げた。

 

 正直言って違うと言われてもどう捉えればいいか、判断に苦しむところだ。

 

「例えば人とチンパンジーの遺伝子の相違はわずか0.5%程度でしかありません。ちなみに一割、10%の相違はどれくらいか、わかりやすく言うのならば(ねこ)です。ミーア君は、人とネコほど遺伝子情報に相違があるのです!」

 

 所員が(つば)を飛ばす勢いでそうまくし立ててきた。

 

「ね、ネコですか? それはその、凄いのですか?」

 

「凄いなんてものじゃありません! 三木さん、これは大変な発見ですよ。見せてもらった、信憑性(しんぴょうせい)を疑ってしまったあの動画ですが、このDNA鑑定を見るとあながち嘘とも思えなくなってきました。いつ会わせてもらえますか?」

 

 ミーア君のことを上司に報告し苦虫を潰したような顔をされ、その上で『生命情報科学技術研究所』などという何度聞いても理解できない、それでも一応文科省公認の研究機関であるここを紹介されたわけだが。

 

 正直引くレベルだ。

 

 最初、例の手のひらから火を噴出した動画を見せバカにしたような目で見られ、もう二度と来たくないとも思ったが、上司の手前そうもいかず。

 今日だって預けてあったDNAサンプルの鑑定結果が出たというからいやいや訪れたくらいだ。

 

 それがどうだ。

 手のひらを返したようなこの出迎えっぷりな訳だ。

 

 何はともあれ、やはりあのミーアにはとんでもない裏がありそうな予感がヒシヒシ感じられ、俺の胃が悲鳴を上げそうだ。

 

 もう勘弁してほしいぞ、マジで。





私の頭もパンクしそう、マジでw


※組織名はフィクションです。また、出てきた数値なども作者の独断と適当で構成されています。あしからず!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

研究所の胡散臭い主任さん

「お誕生日おめでと~!」

「おめっとー」

 

 そんな声とともに朝起きて部屋から出た私を唐突に迎えてくれたのは、茅野(かやの)さんと森久保(もりくぼ)の刑事部コンビでした。なんでチャラ兄森久保がここに居るのかってことはともかく。

 

「あ、ありがと……」

 

 私、不覚にも目から汁が……。

 

 うれしい。

 

 スライム体で長きを生き、今のミーアの体になるに至るまでのうん百年。さらに言えば男時代すら含めても、今の今まで誕生日を祝ってもらったことなど一切記憶にありません。男時代の幼少期にもしかしてあったのかも知れませんが覚えてないですし。

 

「あはっ、びっくりした? 驚かそうと思って黙ってたんだよ。こいつも居てびっくりしただろうけど、ほら、せっかくのお祝いなんだし人が多い方が楽しいでしょ~、(にぎ)やかし要員だね」

 

「ひっでえ言いぐさ。茅野はもうちょっとお(しと)やかにならないと行き遅れ確定だな」

 

「あなたにそんなこと言われる筋合いありませんー。ちゃんと人を見て行動しています~! あ、あなたこそどうなの? 特定の付き合ってる子とか……、いないわけ?」

 

「居るわきゃねえだろ、そんなの。あの職場でそんな暇あるかよ。つーか、そんな話、今はいいだろ」

 

「言い出したのあなたじゃない~、って、はっ」

 

 バツの悪そうな顔をして私を見てくる二人。

 

 うん。なんですかね、仲いいね。

 

 私の感動を返して。

 爆発しろ!

 

 

 ともかく、朝からそんなサプライズっぽい出来事があり、なんのかの言っても上機嫌な私です。

 ケーキ食べたし、プレゼントももらいましたしね。

 

 

 はい、改めまして、誕生日を迎えたミーア()()です!

 保護観察処分となって早三週間が経ちました。

 

 今日は、七月七日。七夕(たなばた)でもあります。

 冒険者ギルドのエリーネさんに便宜上決められたお誕生日を迎えたのです。

 

 わー、パチパチパチ!

 

 異世界と日本で年月が一致してるの? とか、連続性があるのか? とかこの際どうでもいいと思います。これは私の気持ちの問題なのであるからして。

 

 

 この三週間で私を取り巻く環境に進展があったかと言えば、残念ながらほとんど変わり映えしないとしか言えません。

 

 私の身元は変わらず不明のままです。

 

 見た目はどう見ても日本人には見えない私は、北欧系の難民をまず疑わられたようですが現状該当者は見つからず――。

 

 まぁ当然ですが。

 

 香住邸(元私の家)に至るまでの足取りも全くつかめず――。

 

 それも当然。異世界から女神のせいでポンと現れたわけですからね。

 さすがに異世界云々なんて言えるわけないので、私の存在そのもののからして証明出来るものがない、というのがとても厄介です。

 

 更に極めつけ、私が見せた不思議能力たち。

 手から火柱~!

 何もないところからものを出す。

 三日間に渡るネットカフェ不法滞在がバレなかった理由。

 

 などなど。

 どれもこれも不明なままです。

 

 魔法なんて惜しげもなく使いまくって飽きるほどみせたはずなんですけれど。

 見せろと言われれば何度でも!

 

 手から火を出したり水を出したり、更には風を起こしたり。(もちろん省エネモードで魔力は節約)

 謎空間から色々小物を出したり、逆に適当なものをしまってみたり。

 

 何か仕掛けがあるんじゃないかと多くの人から疑われ、私の見た目がどうしようもなく幼女ということもあり、見るからに胡散臭そうな目で見られたりもしました。

 散々サービスしてあげたにも関わらず、それでもやっぱり何か仕掛けがあるんだろうと真っ裸にされた上で魔法を使わされたことすらありました。(もちろん周りは女性だけでしたけれど)

 

 そこまでしたにも拘わらず今に至るまで、まだまだ信じてもらうことは出来ていません。

 お堅い。お堅すぎです!

 ほんと日本のお役所、官僚様を納得させることなんて一生かかっても出来ないんじゃないかと思う、今日この頃です。

 

 で、誕生日である今日もそんな話の一環でどこかにあるというなんとか研究所に連れていかれるそうです。

 検査のときにとられた血液からDNA鑑定とかまでされてたようで、今日行くのはその鑑定をしたところみたいです。

 

 鑑定結果は聞かされてませんけど、ぶっちゃけ不安しかないです。

 ミーアの体はスライム体で細胞レベルで再現し、構成しているわけですが、DNAとかどうなってるんでしょう?

 

  そもそも異世界人であるミーアと日本人、いや、ここは地球人というべきでしょうか? で、世界自体が違うわけで、見た目はともかく中身や細胞とかってどうなの?

 

 まじDNA鑑定がどんなことになってるのか、不安でしかない。

 

 

***

 

 

「生命情報科学技術研究所へようこそ、お嬢さん。私はここで主任研究員をしてる班目周夫(まだらめまるお)といいます。よろしくね」

 

 テーブルとイスしかない無機質な部屋で笑顔で出迎えてくれたのは、九一分けの白髪交じりの髪に黒縁眼鏡に細目が特徴的な、三十代後半くらいに見える長身痩躯のおじさんでした。ちびな私が見上げてるとご丁寧に名刺までくれました。

 

 けれど第一印象は胡散臭(うさんくさ)い。

 これにつきます。

 

 細目の笑顔は漫画とかでも胡散臭さの鉄板ですが、実際目の前にしてみるとやっぱ胡散臭そうです。

 

 

 研究所は街中にある警察署から山手に向かって走ること一時間少々、整えられた街路樹が目に優しい紅葉時期はさぞ綺麗そうな丘陵地にありました。狭めの敷地に建つ三階建てで、窓が少なく冷たい印象を受ける建物です。面会するまでにも何回か個人認証チェックを受け、かなりセキュリティに厳しい施設でもあるようです。

 

 もちろん私に関しては認証カードとかあるはずもなく、すべてスルーでしたが。

 

 私はリーダーおっさん、ええっと、名前は三木(みき)さんらしいです。三木警部、遅まきながらやっと覚えました。っていうか~、そもそもちゃんと教えてくれなかったし~。

 その三木警部と、茅野さん、そしてチャラ兄森久保の三人に連れられてここまで来たわけです。

 

 

「遠いところご足労願いましてすみません。今日は揉めに揉めてるというミーアちゃんが起こしている、不可思議な事象について、科学的見地をもって検証したく来ていただいたわけです。私としても大変興味を()いておりまして、今日という日を大変楽しみにしておりました! ミーアちゃんにはもしかして色々嫌なことをお願いするかもしれないけど我慢してもらえるとうれしいね」

 

 班目さんが細い目を眼鏡の奥でさらに細め、胡散臭い表情が更に胡散臭く見える笑顔を浮かべながら説明をしてくれています。

 

 ああ、私は今からどうされてしまうのでしょう?

 

 ドキドキ。

 

 茅野さんが私を安心させようと思ったのか、手を伸ばしてきて私の手をぎゅっとしてくれました。優しい人です。

 

 ありがとう!

 

 

 

 手始めにされたのはまたもや検査でした。

 レントゲンから始まり、CT、MRIと矢継ぎ早に放り込まれました。

 

 ちなみに三精霊たちは相変わらず私から付かず離れずだったのですが、不思議なことにこの施設に入ってからふらりとどこかにいってしまいました。珍しいこともあるものです。

 

 それが終わると待っていたのはど本命、能力検証です。

 

 私は一人とげとげの生えた変な部屋に案内され、他の面々は壁向こうの隣部屋に入っていきました。

 床ですらとげとげが生え、とげが無いのは私が通ってきたところだけみたいな、そんな変な部屋です。

 

「ミーアちゃん、聞こえるかい? その部屋は電磁波や音波などを吸収、遮断していてね、内外の雑多な情報を遮断できる部屋なんだよ。余計な情報が入らない状況で、ぜひ君が起こしているという事象を実演して見せてほしい。ほんとはまずいんだけど、壊してしまっても構わないから思いっきりやってくれたまえ!」

 

 ふむふむ。

 思いっきりやってもいいと?

 

 まぁほんとに思いっきりやったら大変なことになるから、そこはまぁ調整してあげましょう。どうしてだか体調もとてもいい感じなんですよね。あれかな、精霊たちがツンツンしてないからでしょうか?

 

 ともかく、施設を破壊しない程度に調整してせいぜい派手に見えるよう頑張りたいと思います!

 

 私はスピーカーから聞こえるフラットな声に(うなず)き、今までに見せてきたように、手のひらから炎の柱を吹き出すことから始めるのでした。

 

 

***

 

 

「ミーアちゃんにはああ言いましたが、実はあの部屋にはもう一つ秘密があります。巨大なX線検査装置とでも言いますか……。わかりやすく言えば空港の手荷物検査ですかね? あれで中身確認するでしょう? それを部屋レベルのサイズにしたものと言えます。それでもってミーアちゃんが事象を起こす際、何か仕掛けがないかを確認できたらと思ってます。うん、体ごと丸裸です!」

 

 班目と自己紹介してくれた胡散臭い研究所主任が、ミーアちゃんの居る部屋をモニターしながら嬉しそうに補足説明してくれます。もちろん私たちも一緒にその様子を見ながらです。

 

「そ、それって放射線とか影響大丈夫なんですか?」

 

「問題ありません。短時間のことですし、言ってみればレントゲン検査の全身版にすぎないわけですからね。大丈夫です!」

 

 

 ほ、本当だろうか?

 一抹の不安を感じながらもこれも仕事の一環であり、受け入れざるを得ないのです。

 

 それに私もあの不思議な事象……、もう面倒なのでぶっちゃけますが、どう見ても超能力としか思えないあの現象が少しでも究明出来るなら知りたいということもあります。

 警察というかお役所、官僚機構において超能力なんていう非科学的な現象について、そんな言葉や文章はおいそれと報告書に書くことなど出来ません。

 

 下手に書いてしまったら君は何を寝ぼけたことをとか、ふざけているのかね? とか言って不興を買うことは目に見えているからです。ま、これについては普通の会社ですらそうなるかもしれないレベルですが。

 

 みんなだって本当は私と同じこと考えてるに違いないのに……。

 

 

 はぁ~、本当に面倒くさいな。

 

 

 とりあえずこの結果がどうなるか心配だけど見守るしかないね。

 がんばれって言う言葉が適切なのかどうかわからないけど。

 

 がんばれ、ミーアちゃん。

 





理屈っぽい
めんどい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔力元の解明?とミーアのやらかし

 日帰り検査のはずがなぜかお泊りになってしまった、囚われのスライム娘、ミーア十歳です。

 

「いやあ、申し訳ない。確認したいことが多すぎてね、とても一日では調査しきれない! 何、心配はいらないよ。ここは宿泊施設も充実していてね。それに晩御飯がとてもおいしくておすすめなのでね、ぜひ食べてみて欲しい」

 

 胡散臭い笑いとともに、帰る予定となっていた時間間際にそう告げられました。細目が線になってて、もうそれ見えてないんじゃ?ってレベルでした。

 茅野(かやの)さんやちゃら兄にそれを断る力はなく、そのままお泊りコースと相成りました。ただ、ちゃら兄森久保(もりくぼ)はさすがにずっと留まるわけにはいかないらしく、残るのは私と茅野さんの二人です。

 

 許す。

 野郎は帰ってヨシ!

 

 

 研究所の施設は外観の殺風景さとは違い、豪華とは言えないまでもなかなか充実した満足度の高いものでした。食堂は無駄を省くためかA・B2セットの選択肢しかなかったけれど班目(まだらめ)主任さんの言葉に嘘は無くとてもおいしかったです。

 

 すき焼きに生卵のコラボ。白いごはんとお味噌汁サイコー。

 日本の食文化に涙するしかなかったです。

 

 うまし!

 

 お風呂は温泉ではないし、そう広くはないものの、五、六人は余裕で入れて、しかもジェットバスや、サウナまでありました。

 

 恐るべし公益法人運営、官僚天下りスポット!

 

 多少筋肉質とはいえ脱いだら凄いを体現している茅野さんはお風呂でも甲斐甲斐しくお世話してくれて、隅々まで洗い倒され、ぴっかぴかスライム娘になりました。

 検査で被った色々なストレス(を受けてると思われてる)を癒そうと尽してくれるその優しさ、私なんて怪しさ満点の幼女なのに……、本当に感謝しかありません。

 

 このままではアンヌの次に好きになりそうです。

 

 割り当てられた部屋も十分にすぎる宿泊施設で、バストイレ付でアメニティもばっちり。ベッドも二人分、大型の液晶TVがありCS放送各種見放題。二階部屋で一応ベランダ付きですが外の景色は残念ながら空虚な研究所内の景色。そこだけがマイナスです。

 

「じゃ明日も早いしもう寝ようね、ほら、ここ、ここ」

 

 茅野さんが自分の隣をポンポンします。

 はいはい、お邪魔しま~す。

 

 ふふん、私はいつも茅野さんと一緒のベッドでお(ねむ)なのです。ベッドが一つ無駄になりました。元おっさんサラリーマンがなにやってるのって思われそうですが関係ないです。今は十歳になったばかりで見た目はもっと幼く見える色白美幼女、ミーアなのですから!

 

 そういえば今日は三精霊たちに一度もツンツンされませんでした。夕方には戻ってきましたが、いったいどこに行ってたのでしょうか?

 

 いや薄々想像は付いてきてるのですが、言葉が通じないから意思疎通するの面倒なんですよね。まぁ今は自分優先です。後回しでいいでしょう。

 

「おやすみ、ミーアちゃん」

「おやすみなさい、お姉ちゃん」

 

「!」

 

 私の最後の一言がうれしかったのかお布団の中でぎゅっとされました。

 

 寝れませんので放して、お願い。

 

 

 

***

 

 

 おはようございます。

 

 朝起きたらまた抱きしめられてて、柔らかなお胸から抜け出せないひと時を過ごした、役得でしかない元おじさん幼女です。

 

 朝食を終え、また胡散臭い班目主任さんとの検査三昧の時間が始まりました。

 今日はぷにょ収納について調べるみたいです。例によって三精霊はふらりとどこかに行ってしまいました。

 

 またとげとげルームに放り込まれましたが、昨日ちょっと焦がしてしまったり、なぎ倒してしまったところは驚くことに修理されてました。徹夜で直したりしたのでしょうか?

 

 工事をした人たちお疲れさま!

 また壊すかもだけど、ごめんしてね。

 

「じゃあミーアちゃん、手始めにそこの机に置いてある素材を君の収納?だっけ、そこに全て入れてもらって、指示したらまた出してもらえるかい」

 

 マイク越しにそう言ってきたウサ主任さん。胡散臭(うさんくさ)い班目主任さん、略してウサ主任。ウサギじゃないのでね、間違っちゃダメ。

 

 机の上に並べ置きされているのは高さ五センチくらいの円筒状の物体。材料は『木』や『金属』、それに『樹脂』系の素材がそれぞれ数種類ずつ、全部で十数個ほど置いてありました。う~ん、下準備しました感満載。これは最初からお泊りコースで調査する気満々だったと思われ。

 

 ま、いいですけどね。

 私は粛々と収納し、そしてまだ取り出すだけです。

 

 私は大人しく指示に従い、用意された素材の出し入れを行いました。

 

「ありがとう! 問題無かったようだね。うーん、本当に興味深い。じゃあ、次だけど、今度は床に並べて置いてあるパレット(荷物を載せるための荷役台、フォークリフト作業で使うための台)の上の物だけど……、順番に収納してもらっていいかい? 無理だと思った時点でやめてもらってかまわないからね」

 

 パレット上にはいかにも重そうに見える大きなコンテナバッグ。大雨の時とか土手に並べて置かれてるやつです。一個一トン。それが五つ並べて置いてありました。全部で五トン。それ以上はさすがにこの部屋では無理だった模様ですが、中身はやっぱ土砂なんでしょうか?

 

「ええっ、班目主任。……その大きさはちょっと、その、危なくないですか!」

 

 茅野さんの抗議の声が聞こえてきました。うんうん、確かにそんな重量物、もしそれの下敷きになんてなろうものなら普通にぺしゃんこになってサヨウナラになっちゃいますからね。

 

 ま、そもそも普通はそんな状況にすることすら不可能でしょうから、要らぬ心配なわけなのですけれど、私の非常識さに毒されつつある茅野さんはもしかして?と、不安に思ったのかもしれません。

 

 ふふ、私心配してもらえてます。

 うれしい!

 

 心配は無用です、茅野さん。

 私は順番に収納するのも面倒でしたので、ちゃちゃっと一瞬で全て収納してあげました。

 

 告白しますが、ここに来るまでの私であれば、全ての収納を行うことは魔力不足のせいで出来なかったかもしれません。

 

 けれど昨日今日で私の魔力はずいぶん回復しました。

 

 もちろん満充填(じゅうてん)には程遠く、スライム体の増殖に回せるほどではありませんが、毎日のご飯や身の回りの小動物から得られるエネルギーから変換して得られる魔力と比べれば、ここで得られた純魔力は数十倍は多いと思われます。

 

 そう考えてる今もまさに魔力をわずかながら得られているのです!

 私の魔器官が仕事させてもらえてるのです。

 

 ここに至って私はその(みなもと)が何であるかの想像がついてきました。

 この施設、それに聞いてないけどきっとこの部屋でだって扱われているだろう特殊なもの。

 

 それ以外にも候補はいくつかありますが、けれどやっぱり最有力候補はただ一つです。この前の精密検査の時といい、三精霊たちの動きといい……、

 

 これでも元技術系おじさんサラリーマン。

 ここまでお膳立てされて気付かないほどおバカじゃありません。

 

 

 そう、放射――、

 

 

「すごいぞ、まさか一気に全て収納してしまうとは! あれほどの質量が目の前から消え失せてしまったよ。はははっ、素晴らしいね――。っと、いけないいけない。次の指示だけれど、ミーアちゃん、次は再び収納したものを出してもらえるかい? それでだね、できれば一括ではなく、個別で出してもらえると助かるのだけどね?」

 

 思考の腰を折られましたが、今はお仕事お仕事っ、です。

 

 で、順番ですか。ちゃんと出し方を制御できるか知りたいのでしょうかね?

 面倒くさいけど、仕方ないです、魔力を得る機会をもらったお礼もありますからね。ちゃんと従ってあげましょう!

 

 けれど、ちょっといたずらです。

 私は一個一個を順番に出しました。ただし、同じ場所のその上にです。

 

 はい、だるま落としよろしく上に積み上げてさしあげました!

 わー、高い高~い!

 

 それにナイスバランス、さすが私です。

 

「ちょ、ミーアちゃん、それはまずい!」

 

 ウサ主任のマイク越しの声が珍しく焦った口調です。

 その声が先か、床の異変が先か。

 

 それは不安を(あお)りまくるピシピシ、ミシリという音から始まりました。

 

 静まり返ったとげとげルームでその音だけが嫌でも耳に入ってきます。

 そんな音がぴたり止まり、ふと気を緩めた次の瞬間。

 

 目の前に積み上げたコンテナバッグたちがズズンとお腹に響くような振動と音と共に垂直移動しました。

 

 下に。

 

 そう、床が抜けました。

 

 ミーアびっくり。

 

 重量物をどんと乗せられたパレットの形に添い、五十センチくらいは落ち込んじゃいました。

 ま、まぁ高さ的には大したことは無いし、その、大した問題じゃない……よね?

 

 

「ミーアちゃん……、さすがにそれはいけないと思う……」

 

 茅野さんがボソリと発した声がスピーカーから漏れ聞こえてきました。

 

 ううっ。

 

「お姉ちゃん、ごめんなさい」

 

 さすがにまずいと思った私は素直に謝り、積み上げたコンテナバッグを元々用意されていたパレットの上へと、一個ずつ置き直しました。別々に置いてあったのにはちゃんと意味がありますよね、うん。

 

 

 まぁ時すでに遅しですが。

 

 

 魔力の件で目途が立ちそうになったことでちょっと浮かれてしまったのは否めません。

 

 だが後悔はしていな……、い、いえ、後悔もしているっ!

 

 ミーア、フィーラヴ湖よりふか~く反省……、しています!

 

 ごめんなさい。

 





私、やっちゃいましたぁ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーアの決意

三木(みき)君、君のところの茅野(かやの)君が面倒みている例の女児だがね、友好国のとある機関が興味を示したようでね、身柄を引き渡すことが決まった」

 

 出勤早々上司に呼ばれ、唐突にそう告げられた。

 

「はぁ?」

 

 俺はつい間の抜けた声で問い返してしまった。

 

「なんだね、その顔は。良かったじゃないか君。あんな訳の分からない不気味な子供から手を引けるんだぞ。私はあれとは早々に関わりを絶つべきだと思っていたんだ。うむ、本当に朗報だ」

 

 嬉しそうに話す上司である大塚警視。警察官としてどうなんだ、その発言。

 

「いや、しかしですね!」

 

「しかしじゃないんだよ、君。捜査の方に全く進展はなく、このまま未解決事件入りするのは間違いない。重要参考人たるアレは子供であり責任能力もない。調査依頼した研究所から回ってくる報告はあまりに専門的かつ、()()()()な内容すぎて理解出来る気がしない。茅野君の報告は保育園の日誌レベルであるし……。そんなものでも上へ報告せばならん私の立場を少しは解ってくれたまえ。報告のたびに偽造、CGではないことから説明しなければいけないんだぞ!」

 

 ぐぬぅ、正論すぎて言い返す言葉が出ない。確かにアレの報告は苦痛以外の何物でもない。それは目の前の上司(くそ)への報告という前例でもって実感している。

 

 けどなぁ、いきなり国を飛び越えて海の向こうの大国へ引き渡すなんて。

 そもそもこの情報がどうやってあちらさんの知るところになったっていうんだ?

 

 ザルすぎるだろ、わが国の情報セキュリティ。

 

「いやぁ、良かった良かった。女児は保護観察官である茅野君の住まいに同居しているのだったな? 彼女も物好きなことだが、この際それは好都合だったな。身柄の引き渡しの手間がかからなくていい」

 

 くっそ、この冷血漢上司め。

 

「女児の……、ミーア君の人権はどうなるんですか? 我々が勝手にあの子の所在を……、国を越えてまであちこちに動かすなど、そんな勝手が許されていいものなのですか?」

 

「くくっ、何を言い出すかと思えば。三木君、君もアレに(ほだ)された口だったのかね? そもそもアレ……自称ミーアだったかに日本国籍は認められていないんだぞ。どこの馬の骨ともわからないものの人権などと言われてもね。――とは言うものの、少なくとも国外退去もさせず衣食住の面倒をみてやっている時点で最低限の責任は果たしていると、そうは思わないかね?」

 

 それを言われるとまたもや返す言葉がない。

 頭のいい弁護士でもいれば何か言い返すことも出来たのかも知れんが……。

 

「ともかくこれは決定事項だ。引き渡しは二週間後となる予定だからそのつもりで準備を(おこた)らないように。あと茅野君にもよく言い含めておいてくれたまえ、問題ないよう頼むぞ」

 

 大塚警視は話は終わったとばかりに手を振り、まだ反論する気満々だった俺はすげなく追い払われてしまった。

 

 

***

 

 

 結局三泊四日になった研究所での検査から帰ってきた異世界人、元おじさんサラリーマンのスライム娘、ミーア十歳です。属性多くて困る。

 

 茅野さ、いえ、お姉ちゃんはスマホに入ったメッセージを見て青い顔をして、お化粧もそこそこに出ていきました。いつもニ、三十分はかけて顔作(メイク)ってるのに。

 

 そもそも今日はゆっくり昼からの重役出勤だって言ってたのに、何があったのでしょう?

 

 でもまぁ私的には好都合。

 研究所で得た情報をじっくり考察出来ます。

 

 研究所ではとても検査とは思えないことまで色々やらされましたが、ある意味ミーアの体で出来ることの再確認にもなりちょうどよかったです。私は自重などせず、出来ることはなるべく見せてあげました。もちろんやりすぎずほどほどにです。

 

 床を抜いたことは反省……させられましたし。こってり。主にお姉ちゃんから。

 

 あちらで知り合った胡散臭(うさんくさ)班目(まだらめ)主任さんにはとても喜ばれました。

 スライム体コーティングの光学迷彩や、謎空間を使った転移はことの外お喜びでした。これにはお姉ちゃんもお口ぽか~んで驚いていました。

 

 うん、光学迷彩や転移は初公開だったね。ごめんよ。

 

 でもまだ翅出して飛んだり、スライム体でみょ~んとかは見せてないのです。

 さすがにそれは人外っぽくなりすぎてまずいかなぁと思いまして。

 

 っていうかスライム体は向こうの世界でだって大っぴらには見せたことないんじゃないかな?

 

 どうだっけ?

 う~ん、ま、どうでもいいですね。

 

 謎空間転移は魔力の都合もあり、見せたのは目の届く範囲くらいの距離でしたが、体よく研究所(あそこ)にもぷにょを配置できました。これでいつでもあそこに転移できちゃいますよ、ふふん。

 

 で、本題なわけですが。

 

 あそこではっきりしたことはただ一つにして究極。

 

 ずばり、魔力が微量ながら回復する、その原因がほぼ確定できたこと!

 

 きっかけは警察での身体検査。あの時魔力が増えたことが一つ目の気付き。

 

 そして今回の研究所での色々な検査……というかもうあれは実験だと思うけど。あのとげとげルームでの一連の実験時、私の魔力はとてもとても増えました。

 

 クソ女神に日本に強制転移させられて以降、じわじわ減っていく一方だった私の魔力。それを補うどころか回復させるほどの増加ぶりなのでした。

 

 ついでに言えば三精霊たちの行動でしょうか。

 

 いつも私をツンツンしていたあの子たちが私のそばから離れるなんて、この世界においてはあり得ないことなのです。あの子たちにとっての死活問題ですから。なのに身体検査を行ったあの日以降、三精霊たちは頻繁に私の側から離れるようになったのです。

 

 今思えばあの子たち、私を差し置いて、魔素を求めてあちこち飛び回っていたのじゃないかしらん。

 

 ズルイ!

 

 

 ……ゴホン。

 

 いい加減もったいぶるのはやめましょう。

 この世界に魔素はない。それは間違いありません。

 

 ただし、それに置き換わることが可能なもの。それがあったのです。

 

 そう『放射線』です。

 

 身体検査時に受けたレントゲン検査。その時に微量ながらエックス線を浴びています。微量とはいうものの自然界から一日で普通に被ばくする量に比べれば遥かに多くの線量を受けることになります。

 

 もちろん、いずれにしても普通の人にはなんの影響も変化もありません。

 基準となる量がそもそもとてもとても少ないんですからね。多いと言っても誤差範囲レベルです。

 

 でも私は違います。

 そう魔器官があるのですから!

 

 スライム体自身ももちろん魔素を吸収しているわけですが、魔素の応用という面ではやはり魔器官が重要になります。魔器官は元はと言えばミーアボディ由来の器官なわけですが、今はスライム体細胞で再構築され別物となった、アップグレードハイスペックモデルなのです!

 

 結果、とっても魔力収集が(はかど)ったわけなのです。

 

 特にとげとげルームは最高でした。

 思わずいたずらで床を抜いてしまうくらいには。

 

 重ね重ねすまぬ。

 

 

 魔素も放射線も共通して言えること。

 それは微量ならばその体に悪い影響はほぼ出ない。使いようによっては役にも立つ。

 

 けれどその量を誤れば。

 

 魔素も放射線もその牙をむいてきます。

 

 魔素は魔物を生み、更にそれが進めば魔獣へと化します。放射線だって細胞に異常をきたして癌化したり、色々な病を発症させるし、場合によっては生物の変質を(うなが)したりします。

 

 こうやって比べてみるとなんだかちょっと似てますね。

 

 あちらの世界ではさっきから言ってるように魔器官がありますから放射線を浴びすぎたこちらの生物とは違い、すぐさま異常をきたすようなことはありません。それどころか魔力が増え、魔法が使えるなど恩恵を得ることも多いわけです。

 

 まぁそれにも限度があるわけで、過ぎたるは(なお)及ばざるが(ごと)し。

 

 ほどほどを越えて、限界突破しちゃったなれの果てが、かの災禍の凶龍となり牙をむいてきたわけですけれど。

 

 おお、そういえばこちらの映画でもありましたよね?

 放射能のせいで生まれた、口から背びれから、なんかズビシーと吐き出して街を豪快にぶち壊していく怪獣のやつ。

 

 あれ好きでよく見てました。

 シンを冠した映画、大好きでした。

 

 

 ま、それはともかく、魔力回復の目処はそう言うことで立ちました。

 でこれから考えなきゃいけないこと。

 今のままでもここで暮らすことだけを考えるなら十分な訳です。

 

 けれど。

 だけど私はそれでは満足できないし、したくない。

 

 アンヌのところに帰る。

 それは今もぶれず変わらない唯一の目標であり、私の心のよりどころ。

 

 それを実現するために必要なものは何でしょう?

 そしてこの日本でそれを大量に得られるところはどこでしょう?

 

 

 おのずとそれは限られてきます。

 

 

 今のままではいつまでたっても元の世界に戻るための『魔力増量=スライム体増量』は(かな)いません。

 

 

 実行あるのみです!

 





百話くらいで完結の予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの事情





 放射線を大量に出している場所といってまず思い浮かべるのは断トツで原発、『原子力発電所』でしょう。日本で現在稼働している原子力発電所がいくつあるか知らないですけれど、ネットで検索してみると私が今いるところからだと車で三時間もかけずに行けるところがあります。

 

 飛んでいければ楽なんだけど、魔力が心許(こころもと)ない中、どうやって行くのが一番楽で簡単でしょう?

 

 ちなみに、ネットについてはお姉ちゃんの部屋にあるPCやゲーム機が自由に使えるのでそれを使わせてもらっています。保護観察中である今の私の立場はとても微妙です。一応条件付きながら外に出ても良いとは言われてますが、わざわざ面倒が起きそうな外に出ることはしないで、高級マンションのやたら広いリビングで日がな一日ダラダラ過ごしています。

 

 私の立場は保護観察の身となってすでに一月になろうかというところですが、未だにはっきりとした結論が出るに至っておらず、国籍についても宙ぶらりんのままです。外に出る時の条件であるスマホ所持ですが、これは当然現在位置の把握や行動確認のためでしょうし、何も言われてませんが監視やらなんやら付いてきたりしそうですしね。

 

 日本のお役所仕事ですからね、なんのかの結論出るのは一年くらいかかるのではないのかしらん。いいえ、怪しさ満点の私です、もっとかかるかもしれません!

 

 お姉ちゃん(かやのさん)は私を学校とか行かせたいみたいですけれど、現状だとまだまだ厳しいみたいです。ま、私は今更そんなものに行きたいとは全く思えないので、それは実現しない方がありがたいです。

 

 元おじさんサラリーマンが中の人である私が小学校に通うとか、どんな苦行でしょうか?

 

 

 おっと、いつもの癖でまた話がそれました。

 やることないと思考が色々迷走しちゃいますね、いけないいけない。

 

 放射線とか調べてみると、世の中普通に微量ながらもそれが存在していることがわかります。遠い宇宙からだってそれは届いているのです。もし私が宇宙空間に行けたなら、魔力問題は即解決できるのでしょうか?

 

 まぁそれ以前にさすがの私でも、そんなところでは生きていけないでしょうけれど。

 

 ――いけないよね?

 

 

 と、ともかくです。手っ取り早いのはやはり原発。

 自然環境から大量に、一気に摂取することは難しいと言わざるを得ません。

 

 そうとなったら、善は急げ。

 

 お世話になってるお姉ちゃん、茅野瑠唯(かやのるい)さんには大変申し訳ないことだけれど、近日中にはここを引き払い、うまくいけばそのままアンヌの居る異世界へ戻ってしまいたい。

 

 現地までどうたどり着くかについては頭の痛いところですが、多少強引であってもそれは致し方ありません。

 

 手段を選んでたらいつまでたっても帰れませんから。

 そう意気込んでしまう私なのであった!

 

 

***

 

 

「警部――、ミーアちゃんのネット検索でちょっと気になるところがあるんですが。これ、どう思われますか?」

 

 茅野がそう言いながら自分のノートパソコンを俺の席まで持ってきて、書類が散乱しているデスクの上にバサリと置き、俺の仕事の様子などお構いなしにその画面を見せつけてきた。

 

 上司である大塚警視の話を展開して以来、茅野の俺に対する対応はとても冷たい。

 

 彼女はミーアを小学校に通わせ普通の子供としての生活を送らせてやりたいと考えていたようなのだが、警視の話はそれを真っ向から否定し、その考えを粉砕してしまうものだったからだ。

 例の話が滞りなく進めば、一ヶ月とかからずミーアのその身柄は海の向こうの大国へと移ることとなる。当初は二週間後とか言っていたが、さすがにそれはどちらも準備が間に合わないということで、一か月後となったわけだが。

 

 その話を聞いた茅野は珍しく感情を露わにして俺にかみつき、そのまま大塚警視のもとに殴り込みに行く勢いだった。

 俺、それに森久保も一緒になって彼女を留まらせるのに必死になり、なんとか落ち着かせるのに小一時間はかかった。涙ながらに理不尽を訴える茅野を説得するのは、仕事ながらやるせない気持ちにさせられる嫌な役目だった。

 

 茅野だってそれを俺に当たっても仕方ないとわかってはいるだろうが……、そうはいっても人の心はそう簡単に割り切れるものでもないしな。この状況は甘んじて受け入れるしかあるまい。

 

「お、おう、ど、どんな検索かけて……」

 

 茅野が指し示すところに目をやる。目に入ったのはなん言えばいいのか、なぜそんな検索を? と疑問に思うしかないワードの連続に言葉が詰まる。

 

「放射線……、それに原子力発電所……か。所在地の検索や、施設の様子とか、結構詳細情報まで閲覧しているな」

 

 ワードから更に掘り下げ、どんなページを閲覧したかまで確認していくと、あんな小さい女児が見ているとは思えない、その閲覧履歴に俺は何とも言えない不気味さを覚える。そんな知識をどこで? という思いもある。

 

 一ヶ月近くあの女児の様子を見てきたわけだが、友好国が目につけた、超能力としか言いようのないあの力はもちろん一番の疑問点であり謎だが、それ以外にも日本人、もっと言えば欧米人でも見ないような髪や目の色をし、それでいて日本語は堪能で、常識はずれな面が多々見受けられるとしても十歳の女児とは思えない知性を持ち合わせているように見える。

 

 本当に不思議で謎が多い、多すぎる女児だ、あのミーアは。

 

「どうしてそんな検索をしてるんでしょう? あの子の普段の様子からは何も(うかが)い知れないし……、どういういきさつでそんな検索かけてるのか全然わからないです」

 

 茅野が不安げな表情で俺を見る。

 

 ミーアの茅野宅での様子はいたって普通であり、歳のわりに無邪気さはなく、甘えてくることもほとんどないとのことだが、それはまぁ、身柄を確保するまでの分かっているだけの状況からみてもそうなるのは仕方ないかと思える。十歳児とは思えない理解力で、一度言ったことはきっちり覚え、茅野を困らせるような行動をとることもないそうだ。

 家のリビングでゲームしたり、インターネットで動画サイトを見ていることがほとんどで、外に出ることはほぼないという報告も受けている。動画閲覧の履歴も確認しているが、それを含めても今しがたのネット検索につながるようなヒントは無いように思える。

 

「ふむ、確かにこれまでの情報からだけではこの検索に繋がる動機が浮かんでこないな。まだ我々が知らない、あるいは気付けていない何かがあのミーアにはあるのかもしれない。今以上にミーアの動向には気を付けて、残り(わず)かな期間ではあるが気を抜かな……」

 

 ここまで言ったところでノートパソコンが壊れるんじゃないかって勢いで閉じられ、それを取り上げた彼女は踵を返して自分の席へと戻っていってしまった。

 

「しくったな……」

 

 俺は周りに聞こえないくらいの小さな声でそう(つぶや)き、ちょっとその場の空気的に居づらいものを感じたこともあり、喫煙室へとっとと逃げることにしたのだった。

 

 

***

 

 

 突然の話に戸惑いを隠せない、引きこもり系幼女、ミーア十歳です。

 

 仕事から帰ってきたお姉ちゃんに呼ばれ、ダイニングテーブルで向かい合って座り、おみやげで買ってきてくれたコンビニスイーツに微妙に床に届かない足をプラプラさせながら舌鼓を打ってたところで話を切り出されました。

 

「え? お姉ちゃんと一緒に居られるの、あと十日もないの?」

 

 そう、お姉ちゃんとの短い期間ながらも優しさと(いや)しを感じられた生活の終わりを告げられたのです。具体的な話はまだ言葉を(にご)していますし、お姉ちゃん、茅野さん自身も納得していないのか、かなり不満げな表情を浮かべながら話となっていますが、要約すると――、

 

 

 私は日本国から()ん出されるようです。

 

 あらあら、これはミーアちゃんも一本とられちゃいました。

 

 お姉ちゃんの口から出てくる、回りくどい言い方からまとめた情報から(かんが)みるに、私は海の向こうの某大国に能力がらみで目を付けられ――、日本側も面倒を押し付けられると、これ幸いとばかりに私を差し出したみたいです。

 

 

 まじかー。

 

 お尻に火がついてきました。

 

 これは原発行、マジ早くしないとドンドン面倒なことになっていくパターンです。

 某大国まで(から)んできたら……、いや、まぁ、それでもやることは変わらないでしょうけれども。

 

 

 「ミーアちゃん、不甲斐なくて頼りない私でごめんね。向こうに行っても絶対会いに行くから!」

 

 私はこちらに回り込んできたお姉ちゃんにぎゅっと抱きしめられました。

 ああ、いつの間にかこんなにも大事にしてもらえるようになってたんだなぁ……。

 

 でもね。

 これ以上の面倒ごとはゴメンだし、私の決意はお姉ちゃんには申し訳ないけれど変わりません。

 

 

 ごめんね、お姉ちゃん。

 

 

 

 ミーア、今夜決行します!

 





そんなの関係ねー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔力確保への道のり

 こんばんは。

 

 魔力問題で昼も眠れないほど悩んでるスライム娘、ミーア十歳です。

 

 さてさて、おこちゃまな外見をしている私は、夜も午後9時を回る頃にはベッドに追いやられ眠りにつくというのが、茅野さん宅に引き取られてからのルーティーンとなっています。

 お姉ちゃんが眠りにつくのは早ければ0時前、遅い時は1時を過ぎることもあるようです。そもそも私が眠る時間に帰ってこないことなんてざらですから。

 

 いくら若く見えるからといっても無理をしていいお年(二十六歳)じゃないのですし、美容のためにも早く休んだ方がいいと思うのですけど、そうはいかない公僕のかなし~い(さが)

 

 ちなみに寝る時間になっても帰れないときは、スマホに寝るようにって連絡入ってきますです、はい。

 

 そんなお姉ちゃんとの暮らしは決して悪いものではありませんでした。いや、むしろ楽しかったといっても良いと思います。

 変な力を使う怪しさしかない身元不明女児である私に対しても気味悪がったり、恐れるようなそぶりを見せることも無い……どころか、一貫して普通の女の子に接するような態度でとても優しかったし。

 休日に街に連れられてショッピングしたり、おいしいものを食べさせてもらったりと、現代日本の便利さを再認識出来る、とても充実したひと時を過ごすことも出来ましたし。

 

 

 ――今後についての話をされ、ちょっと湿っぽい空気になったあと、一緒にお風呂に入り、眠る前に髪やお肌のケアをしてもらい、ベッドに入れられた私。普通ならお姉ちゃんはしばらく自分の時間を過ごした後にベッドに入ってきますが、今日は珍しくそのまま一緒に眠るみたいです。

 

 ぎゅっと抱きしめられました。今日はよく抱きしめられる日です。

 

 

 う、うれしいけれど、でも困る。

 

 

 私、もうこのままここから居なくなるんですよ、お姉ちゃん。

 

 

 私が居なくなったらお姉ちゃんは悲しむでしょうか?

 

 

 うん――、きっと悲しんでくれると思います。私はなんて罪作りな幼女スライムなんでしょう。

 

 

 でもこのままここに居続けることに何のメリットもありません。

 

 

 お姉ちゃんにだって何かしらの迷惑がかかる恐れすらあります。警察官だろうがなんだろうが、気にしない人たちなんて世の中にごまんと居るに違いないのですから。

 

 私の意をくんでいるのかいないのか? 精霊たちがベッドの上でふよふよ飛び回っています。最近魔力に余裕が出てきたのかとても美しく輝いて見える三精霊です。まぁ、とは言ってもこのきれいな輝きが見えるのはこの世界では私だけでしょうけれど。

 

 ぎゅっと私を抱きしめたまま寝入ってしまったお姉ちゃん。

 

 このままでは私は身動きが取れません。あまりやりたくはありませんが、眠りが深くなるよう、お姉ちゃんの頭の中に干渉します。動いたことで下手に目を覚まされるとその後の対処が余計面倒になりますからね、面倒は避けるに限ります。

 

「お姉ちゃん、このまま深い眠りに落ちていってね。その眠りはとても安らかで、体にたまった疲れもふっとんじゃうとてもとても良い眠りだよ。――フォーススリープ」

 

 相変わらず私の魔法は適当なものです。自分なりにやりたいことを明文化することで指向性やイメージの補完をするだけですからね。でもそもそも詠唱なんてそれでいいのではないでしょうかね? それともこれは魔力が多いものの特権なのでしょうか。ぶっちゃけ詠唱破棄でいいよね。でも何か言わないと寂しいし、様にならないしね!

 

 ま、ほんと、どうでもいいですね。

 

 

***

 

 

 お姉ちゃんの抱きしめという名の拘束から逃れた私は、短い期間にもかかわらず私のために買ってもらった多数の小物や衣類をぷにょ収納に収め、リビングのテーブルに短い書置きをしたためてそっと置いてからバルコニーに出ました。

 

 少ないながらも築いてしまったお姉ちゃん、茅野(かやの)さんとの思い出のせいでちょっとしんみりした気持ちが芽生えます。

 

 が、それを振り切るように久しぶりとなる(はね)を背中からみょんと出し、ちょっとフルフルしたり、魔力の調子を確認してから……、

 

 

 思いを断ち切るように、(いさぎよ)くぽわんと十二階の高さから飛び立ったのでした――。

 

 

 

 

 はい、飛び立ったのは良いですが、今の魔力保有量ではそう長くは飛んでいられません。目指すは一直線に海です!

 

 海に入ってしまえばこちらのもの。水を得たスライム。(おか)の上では色々障害物がありすぎてまっすぐ進むことすらままなりませんが、海なら目標に向かってひたすら突き進むことが出来ますから!

 

 夜は飛んでいる私を隠すには好都合、私は人目を気にすることなく遠慮なく大空をぶっ飛ばしていきます。

 

 ごめんなさい、いきりすぎました。

 時速五、六十キロ程度しか出せません。

 

 朝までに海につけるのかしらん?

 不安でしかない。

 

 

***

 

 

 えー、なんとか長靴っぽく見えなくもない半島の先に、夜が明けるまでにたどり着きました。

 三精霊たちはちゃっかり私の頭や肩に乗っかって力の出し惜しみをしていて図々しいことこの上なしです。ちょっとイラっとしますね。

 

 君たち、私に魔力をくれたっていいんだからねっ?

 

 飛行機は大丈夫だったのかって話もあるでしょうけれど、あちらと私とでは飛んでる高さが全然違いました(もちろん圧倒的に私が低高度)しね、ニアミスするとすれば離着陸前後でしょうけれど、そんな偶然は万に一つもないでしょうし、そもそもそんなところはルートにありませんでしたから無問題でしたね。

 

 まぁ、もう海に入るから全てがどうでもいいんですけれども。

 

 

 都市近辺の海岸線の海水は私の故郷たる湖の水と違い、ぶっちゃけめちゃ汚かったです。まぁ首都のある湾にも近いわけでそれも仕方なしなのでしょうけれど、浄化の精霊?たるこの私にケンカ売ってるとしか思えない汚れた海です。沖に出ることで少しはましになることを期待しましょう。

 

 それでも水を得たスライム娘、ミーアちゃんは頑張って目的地に向かって突き進みます!

 

 今の見た目は残念ながらもうミーアの姿をしていません。完全スライム細胞による体となったミーアには、不定形ボディとなるための妨げは何もないのですから。ただ、元のミーアの姿にきっちり戻れるのか? ちょっと心配。

 

 き、きっと、大丈夫。うん、間違いない!

 

 ということで私はすごく久しぶりにスライム体の姿に戻り、海中を進みやすくするためその身を紡錘形(ぼうすいけい)をしたコンパクトなものに変えます。

 そのうえで、体表を前から後ろに波打たせる動きをし、更には前面にいくつかの開口部を設け、水流を体内に取り込み、そのまま後ろに噴出して強力な推力を得る、いわゆるジェット推進のようなことを行い、どんどん速度を上げていきます。

 

 ここまでやっても案外魔力は使いません。これはもう水中でのスライム体の本能というか生来の動きであり、過剰な魔力を必要としないのです。スライム体さえあれば、あった分だけの動きが永久に出来る……というのは言い過ぎですが、まぁそれに近いことは出来るのです。

 

 スライム体凄い、ばんざ~い!

 

 まぁ、故郷の湖でそんな早く動くようなことはほとんどなく、まさに宝の持ち腐れのよう能力だったわけですが。

 

 と、ともかく。

 後は迷わないように目的地に向かって進むべし、です。

 

 海岸線に沿って進んでいけばいやでも目的地にたどり着けるのですから楽なものです。場所だって魔力感知の要領で、スライムセンサーを張っておけばよいのですから見逃すことはまず無いでしょう。

 

 

 

 たぶん。

 

 

 

***

 

 

「なに、ミーアがいない? 私物も無くなっていると? スマホは? スマホは持って行ったのか?」

 

 まだ早朝と言える時間、部屋のベッドで寝てた俺の枕元で目覚まし代わりに使っているスマホ鳴り、何だと思い画面を見れば茅野からだった。

 不審に思いつつも出てみれば、ヒステリックな涙声で同じことを繰り返すばかりの茅野の声で耳を射抜かれ、一瞬で眠気が吹っ飛んでしまったわ。

 俺は何とか茅野をなだめ、落ち着かせ、話を聞きだすことに成功した。茅野との仕事上の付き合いもそこそこ長くなってきたがここまで取り乱した様子を見せたのは初めてではなかろうか?

 

「私物というのはお前がミーアに買い与えた衣服類や身の回りの小物類という認識でいいんだな? さっきも聞いたがスマホはどうなんだ? 持って行ったのであれば――、そ、そうか、そこにあるんだな……」

 

 スマホを持っていってくれたら良かったんだがな……。幼子とはいえ十歳にはなってるし、()()ミーアだしな、そこまでこちらの思惑に乗ってくれるはずもないか。

 それにしてもまた面倒なことになったな。これは警視がまた癇癪(かんしゃく)おこすぞ……。このままミーアが見つからなければ警視の面子(メンツ)丸つぶれだからな。

 

「とりあえず、詳しいことは署で聞く。俺も今すぐ出るからお前も出てこい。気が動転しているのもわかるが頼むから落ち着いて、しっかり状況を確認したうえで報告できるようしてくれ。出来るな?」

 

 俺の呼びかけにスマホの向こうから涙声ながらもしっかりとした返事が返ってきた。ま、あいつもそろそろ警部補になろうかってところなんだ、そう来なくては困るというものだ。

 

「はぁ、しかしあの娘には最後まで振り回されるな。くっそ、胃がまたしくしくしてきたわ」

 

 俺はそのうち胃にでかい穴が開くんじゃないかと思いながらも煙草に火をつけ、気分を紛らわすことにするのだった。





進行遅くてすみませぬ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

うそでしょ?


やっと投稿


 汚かった海も都市部から離れていくにつれ、ましになっていってくれたのでホッと一安心のスライム娘――、いや、今の姿を娘と言っていいか至極(しごく)疑問ではありますが、まぁ細かいことは置いておいて。

 

 今は人の姿をしていない、でも可愛いらしい幼女、ミーア十歳です!

 

 夜明け前に海に入り、大きく突き出た半島を越えてからはひたすら岸沿いを北上していくようなイメージで突き進んできたわけですが、一体今はどのあたりまで来ているのでしょう?

 スマホとか使えればアプリで位置や時間とか確認出来るのでしょうけれど、さすがにあれを持ってくることは(はばか)られました。あんなの持ってきたら色々情報だだ漏れになってしまうのは目に見えてますから。

 まぁそれ以前に私が茅野(かやの)さんの部屋でネット使って色々調べてたことだって筒抜けになってるに違いないのです。けれどそんなの気にしてたら情報社会である現代では何も出来ないのです。調べるなら好きにすればいいです。邪魔できるものならやってみろ! ってなものです。

 

 自重しない私に敵はないのです!

 

 ただし、魔力が潤沢(じゅんたく)にあれば……の話ですが。

 

 そういえば三精霊たちはどこに行ったのでしょう?

 空を飛んでる間は付かず離れずで側にいましたが、海に入った時点で離ればなれの行方知れずです。

 

 まぁ腐っても異世界の火、水、風の大精霊なのです、はぐれてもどうとでもなるでしょう?

 

 

***

 

 

 たまには外の様子を見てみようと海面にぷかりと浮かび周囲の様子を(うかが)えば、お日様が西に傾き出しています。あと二時間もすれば日が沈むでしょう。ここまでどれくらい進んだのか知るすべがありませんが、少なくともその辺の船よりは早い速度で移動してきたのは間違いないです。

 

 そろそろ目的地近くまで到達していると思うのですがどうでしょう?

 

 私はスライムセンサーを広範囲に広げ、魔力、まぁ今は放射線なわけですが、その残滓(ざんし)となるものを探ります。

 

 日本の原発は環境にうるさい世間の圧力に見事に応え、放射性廃棄物は極力抑えて排出しているはずですが、どうあがいたってゼロには出来ないのですから。

 

 半身を水中に沈め、移動速度も少々落として外の様子を確認しつつ、周囲の探知を続けます。

 

 

 お日様が水平線に届こうかという時間。

 

 

「みつけたっ!」

 

 

 ついにその反応を探り当てました!

 

 急ぎ海中に身を沈め、かすかに(つか)んだその反応のもとへと全速でもって突き進みます。

 くふふっ、これでようやく魔力確保できます。ここまでほんと長かったです。魔力を得るのにこんなに苦労をしなきゃいけないなんて……、ほんとあのクソ女神のやることときたら。

 

 いや、そりゃね、現代日本に帰ってこれたのも嬉しくないわけじゃないけれども!

 それでも帰り方というかね。

 

 スライム体のまま戻すなよっ!

 

 現代日本にですよ、ミーアの体があるとはいえスライム体のまま放り込まれてですよ、どう生活していけばいいんですか? って話です。この日本で、人と関われない、仙人みたいな暮らしを私はしたいとは思いません!

 

 はっ。

 

 こんなところで熱くなってどうするんですか、私。

 いけませんね、女神のことを考えるとどうしても気分が(たかぶ)ってしまいます、落ち着け私、自重自重。

 

 進むにつれてどんどん反応が大きくなってきたところで様子を窺うため再びぷかりと海面に浮かびます。

 

 おお、遠目からでも大きな発電施設があることが確認できます。

 防波堤っぽいのがにょきにょきと施設前の海を抱え込むように伸びていて、その奥に白い壁の大きな建物が幾棟も建ち並んで見えます。合間に高い塔もそびえ立っていて、いかにも発電所って様相を(てい)しています。

 

 さてあそこにどうやって侵入するか、ですが。

 

 そんなの決まってます。

 

 何のために海から来たのって話にもなりますが、もちろん移動が楽だっていうのが一番の理由ですが、副次的に排水口経由からの侵入にそのまま移行できるってこともあるのです。

 

 ミーアはちゃんと先のことを考えて行動できるすごいやつなのです!

 だてに中年サラリーマンしてたわけじゃないのですよ。

 

 さあ、早速侵入しようとスライム体をまたも水中に沈めようとした矢先、私のスライムセンサーがやたらでっかい魔力を察知します。急に反応が現れました。これほどの反応、どうして今まで気付けなかったのでしょう?

 

 っていうか、なんでこの日本近海で魔力反応?

 

 そりゃもう私は大困惑です。何しろ日本どころかこの地球上に魔力を持つ生き物とか居るはずないんですから!

 そりゃあ私だって地球全て(あまね)く確認したわけじゃありませし、絶対なんて言っちゃいけないのかもしれないですけど、ほぼ間違いなく居ませんよね?

 

 なんでウダウダ考えてる間にもその反応は私に向かって急速に近づいてきます。反応は水中からで、スライム的第六感がとてもとてもヤバい感を私に警告してきます。何しろ魔力反応の大きさが半端ないです。少なくとも今の私が脅威を感じるほどの魔力量です。

 

 ま、マジですか……。

 

 このまま水中に居ることに危機感を覚えた私はすかさずミーアの姿に変態し、同時に翅を展開し海中から一気に空へと躍り出ます。

 

 さらに飛び出た勢いそのままに高度を取り、自分が飛び出したばかりの海面を注視します。

 

 空中に出たというのに未だ魔力は感知できているというか、さっきよりさらに分かりやすいというか、もう肌で感じれるレベルになってきました。

 

「これもう、なんかヤバいんですけど! っていうか、この魔力の質、私知ってるんですけど?」

 

 誰かに聞いてもらえるわけでもないのに、私はそう(わめ)き散らさないとやってられない心境です。そう、この魔力の質は知っています。知っているというかこの魔力は私にとって日本に来る切っ掛けとなった因縁の相手――。

 

 

「災禍の凶龍!」

 

 

 まさかの奴が海中から空中に居る私に向かい、海を割りしぶきをまき散らしながら飛び出してきました。

 

 現れたのは特徴的な三本の長い首。

 海面から伸びる首の長さは三階建てのビルくらいでしょうか?

 

「むう、大きさはあちらで見た時よりも明らかに小さいです。それに、なんかちょっと……」

 

 魔力量にビビッて思わず空中に逃げ、いえ、飛び上がってしまいましたが、以前の凶龍に比べるとあまり凶悪な雰囲気が感じ取れません。以前は体中からおびただしい魔素が感じ取れ、口からはそれが溢れ出ていたものですが、それもない感じです。

 感じ取れる魔力の質は間違いなく凶龍のものですが、脅威ランクは相当劣ってるイメージです。

 

 凶龍の赤、青、緑色をした三つ首が上にいる私を確認すると、その(あぎと)を私に向け大きく開きました。頭の様相も以前に比べれば随分大人しいというか凶悪感が薄れ、すっきりした西洋ドラゴン風の面持ちが強く出た感じであり、東洋ドラゴン風味も抜けています。

 

 なんて少ない時間の中で考えてみたものの、こちらに害意を向けていることに変わりはありません。三つ頭それぞれ開いた顎から、相変わらず溜めもくそもない、いきなりの三属性ブレス攻撃を放ってきました。

 

「うっわ。いきなり三つ頭同時だなんて、もう!」

 

 私は愚痴りながらもヒラヒラそれをよけて、直撃から(のが)れます。雷撃も含まれているので、逃げるにしても気を使います。けれど動作が緩慢(かんまん)なこともあり当たる気はしません。見た目もそうですが、どうやら相手もまだまだ本調子ではない様子です。

 

 各属性のブレスを放った凶龍は、それを逃れた私の行方を確認すると、こちらに首を向け(にら)んできます。

 

 う~ん、首から下、胴体とかどうなってるんでしょう?

 

 以前の凶龍なら、魔素をまき散らすドラゴンヘッドイソギンチャク風襟巻(えりまき)をしていて、しかもその下は結局確認できず謎だったわけですが……。今のところ襟巻は確認できないし、そういう所からもまだ完全体とは程遠いように思えます。

 

「あれってやっぱ、あの三精霊たちがまた……ってことなのかな」

 

 考えたくはありませんが、先ほどの三属性のブレスといい、体色といい、そもそも災禍の凶龍のベースとなったのはあの三精霊です。

 

 この地球であれが出たとなれば、そういうことなのです。

 

「……バカ精霊。せっかく解放してあげたっていうのに、またこうなっちゃうなんて……、ほんと――」

 

 私は決して多くないスライム体を左右に広げた手からずりゅりと引き出し、そのまま海面から突き出す三つの首を覆いつくさんと放射状に広げ落とします。

 

 不思議なことに凶龍はそれを避けようとする素振りを見せません。

 夜空で花開いた花火が広がり、そしてしだれ落ちるかの(ごと)く、スライム体が凶龍の三本の首を覆いつくします。

 

 凶龍の三つ首と目が合います。

 その目からは狂気は感じ取れず、ただ寂しさだけが伝わってきました。

 

「だったらどうして?」

 

 そう思わずにはいられません。

 

 一緒に行動してた時だって、悪意や狂気を感じたことは一度たりともありませんでした。

 感じられたのはただただ、穢れのない好意。ただそれだけ。

 

 間違いなく懐いてくれていました。

 

「なのに、なぜなの?」

 

 スライム体は三つ首を完全に覆いつくし、更に海中にある本体にもその範囲を広げつつ浸透していき、魔力を奪い取っていきます。

 

 この魔力の源は、きっと私より先に発電所に到着した精霊たちが放射線を存分に吸収した結果得たものなのでしょう。私以外に存在を認識しえない三精霊ならば、私なんかよりもいっそう簡単にその行為に(およ)べたでしょうしね。

 

 

「くっそう!」

 

 

 私はどこにぶつけたらいいのかわからない(いきどお)りを空に向けて放ちました。

 

 

 そんな空に浮かぶ私の下、魔力を奪われすでに海中にその身を沈めた凶龍は、とうとうその巨体を維持することも出来なくなり、ボロボロと崩壊しだしました。以前の凶龍はその魔力、というか魔素を吸い出すのに七日以上かかりました。それに比べればいかに今回の凶龍のランクが低かったかということが(うかが)われます。

 

 

「三精霊だけでこんなことになるなんて……、そんなこと、あるわけ、ない」

 

 

 崩壊した凶龍の体。

 

 包み込んでいたスライム体の包囲網の中には何もない。

 体組織も何も残らない完全な崩壊――。

 

 そもそも異世界での、きっと魔獣ベースから成り立ったのであろう凶龍とは違い、物理的な存在ではなかったのだと思います。

 

 

 だから魔力がなくなった凶龍は跡形もなく消え去ってしまった。

 

 

 

 そして――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 三精霊の存在すらそこには無かったのでした。

 

 







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ありえない状況

 ――発電所安全管理部にて――

 

 

「部長! そ、外、外見てくださいっ、外っ!」

 

 構内の外回りを巡回中の一人から無線連絡が入ってきたのを皮切りに、他の人員たちからも続々と慌てた声で同じような内容でひっきりなしに連絡が入ってくる。

 

「何なんだ、一体?」

 

 俺もそうだが、周りで事務処理をしていた数名もその無線報告につられ、皆興味深げに窓際へと歩み寄る。

 

「少し沖の方です! あれヤバイ、ヤバいですって!」

 

 無線は相変わらず、続々入ってきていてスピーカーからのがなり声が非常にうるさい。

 

「うわっ、マジか~」

 

「と、特撮? 怪獣映画の撮影?」

 

「海上で、しかもあんなバカでかい実物大の特撮撮影なんてあってたまるかっ、ありえないだろ!」

 

 窓から外を見た安全管理部の部下たちが、驚きの声音で矢継ぎ早に感想を出し、ああだこうだと意見を述べ合っている。

 

「あれは現実なのか? ううむ、し、信じられん……。俺は白昼夢でも見ているのか?」

 

「部長! みんな見てるんです、夢じゃないですって! ど、どうしましょう、あれっ」

 

 皆、(そろ)いも(そろ)って浮足立っている。

 

 どうしましょうと言われても正直、我々であんなものをどうにかしようもないだろ……、というのが本音だ。だが、俺の立場上そんなことを口にするわけにもいかない。

 そういえば朝一で県警の方から、『原子炉周りの施設警備に不備がないよう、より一層の警戒をしてほしい――』なんて、よくわからない通知も来ていたが、まさかあれのことってわけではないよな?

 

 俺は背中に嫌な汗をかきながら西の空が夕焼けに染まる窓の先、海岸沖に見える現実離れした光景を見つめる。

 

 十数メートルはありそうな、巨大な生き物が、海面からその首を伸ばしている。そう、首だ。しかもそれは三叉に別れ、それぞれに頭がついている。

 

 その見た目はありていに言えば、竜。三つ首のドラゴンだ。首から下は海に沈んでいて、その様子を確認することは出来ない。

 

 信じられん。

 アニメや漫画じゃないんだぞ、ありえないだろ。

 

「と、とりあえずこのことを警察に連絡。総務部も当然わかっていると思うが、誰か連絡入れたか? しょ、消防にも通報した方がいいのか? 自衛隊に出動してもらうにはどうしたら――」

 

 相当混乱しているのは自分でも自覚しているが、こんな状況、落ち着ける方がおかしい。

 

「あれ? えっと……、周りに何か小さいものが飛んでます。うっそぉ、羽が生えた女の子みたいに見えるんだけど!」

 

 俺の言葉に被せるように双眼鏡を持ち出して外の様子を見ていた部下が叫ぶ。

 

「っていうか、あの子裸なんだけどっ! なんなのあれ。天使かなにか?」

 

「うわ、裸ロリ天使!」

 

「スマホであれ撮れるかな? ちょっと遠すぎて無理っぽいかも~」

 

「うわ、やっべ! ドラゴン口からなんか(はな)った! まじ怪獣みてぇ。女の子大丈夫なのか?」

 

「あれこっちにきたらマジやばくない?」

 

 皆がもう好き勝手に騒ぎ出し、収集がつかなくなってきている。窓から見えるその様子はまさに怪獣映画を彷彿(ほうふつ)とさせるような状況を呈していて、俺はもう言葉が出ない。構内の無線も相変わらずお祭り状態で、対応している担当者が泣きそうな顔でこちらを見てくる。

 

 とりあえず、今すぐこちらがどうこうなる感じではないが、とても楽観できる状況でもない。

 

 部下たちが騒ぎまくってるせいで逆に俺は冷静になってきた。部長の俺がしっかりしなくてどうする。

 数時間前に発電部の廃棄物管理課から、使用済み核燃料貯蔵プールの放射線量が異常に低下し、水温の低下も見られるとの一報も入ってきていて、それについての状況連絡会議にも出なきゃいけない。まぁ、そんな会議やってる余裕がこの後あるのかどうかわからんが。

 

 色々なことがこの数時間の間に起きている。

 

 四の五の騒いでもどうしようもなく、順番にやれることをやるしかないが……。

 

「あっ!」

 

「なんだあれ、半透明のキラキラした膜?みたいなの……、つか、めちゃでかいな! そいつがドラゴンを覆ったぞ!」

 

「なんだか綺麗~」

 

 ドラゴンと羽の生えた少女? の状況に驚くような変化が起こったようで、発電所内各部署からの連絡や、外回りの部下たちへの対応に追われていた俺も周りにつられ外を見る。部下が双眼鏡を用意してくれたのでその様子がよく確認出来る。

 

「見ろ、崩れてくぞ!」

 

「え、ドラゴンもうおしまい?」

 

「おいおいおいおい~、あれって、女の子がなんかしたって理解でいいのかよ?」

 

「あの膜がなんかやったのか?」

 

「ドラゴン消えていくね~」

 

「もうちょっと見てみたかった気もするなぁ」

 

「もう、そんなこと冗談でも言わないでよ~」

 

 部下たちも気が緩んだのか、会話にも余裕が出てきたな。

 俺は刻々と変化する状況に、正直ついていくのがやっとだが……。

 

 遠くから見ていてもわかる、異様な大きさをしていたドラゴンのような怪物。それがボロボロと崩壊するように崩れ落ち、我々の前から消え去りつつある。

 

「こ、これは……、とりあえず重大な危機は去ったと考えていいのか? 総務部はすでに緊急事態に対処する動きをとっているかもしれん、至急確認をとらなければならないな」

 

 あれほど現実離れした恐ろしい光景を見せていた外の様子は穏やかさを取り戻した。

 

 空には今までの出来事が嘘でなかったことを証明するように、羽の生えた幼い少女? が力の抜けた様子で空に浮かんでいる姿があるのみで、沈む夕日を受け、淡く輝く半透明な羽と共に寂し気な様子が妙に印象に残る。が、あれが今後どう動くのか? まだまだ予断を許さない。

 

 このまま何もなく済んでくれるといいのだがな――。

 

 

***

 

 

 まさかの凶龍の魔力を得たことで私の魔力量は爆上がりしました。

 代わりに三精霊の存在……が、代償となってしまいましたけど。

 

 得た魔力は早速スライム体増殖へと割り当てさせてもらっていますが、それでもまだ元の世界に戻るための魔力量としては足りません。どれだけ転移のために魔力が必要なんだって話ですが、足りないのなら足せばいいだけの話です。

 

 予想外の出来事で魔力を得られたとはいえ、元々ここへは自ら魔力を得るために来たのですから予定通り進めるだけのことです。

 

 さすがにあれだけ派手にやるとあっちからも見られてしまったようで、ちょっと発電所周辺が騒がしくなっています。増量の成果で感度の上がったスライムセンサーにビンビン反応が上がってきます。

 

 ですが、まぁ気にしないで突入してしまうことにしましょう。

 

 とは言ってもわざわざ目立つ必要はありません。余裕ができたので飛びながらの光学迷彩だって余裕! もう水中進まず、姿を消しつつこのまま飛んで行っちゃいましょう。

 

 

 夜の(とばり)が下りると共に私は発電所の施設内に堂々と降り立ちました。当初は水中から排水口とか通ってこっそり侵入しようかと思っていたのですけれど、あれだけ騒いだ後です。もうどうでもよくなってしまいました。

 

 手早く済ませ、おしまいにしたいと思います。

 とは言っても光学迷彩をやめたりするほどの目立ちたがりでもありませんけれどね。

 

 見つかったら見つかった時。

 見つからなかったらラッキー。

 

 そんな心づもりで行きたいと思う、今日この頃です。

 

 目指すは原子炉!

 もうダイレクトにそこを目指します。

 

 使用済み核燃料貯蔵プール、なんなら排水からでも吸収は可能でしょうけれど、もうそんなまどろっこしいことはいいです。

 

 場所はネットでも大体わかってますが、それ以上にスライムセンサーからくる魔力、いえ、放射線反応でいやでもわかります。

 

 行きましょう。

 

 

***

 

 

 ――発電所発電部にて――

 

 

「お、おい、これどう思う? なんで急にこんなこと……」

 

「そっちもか、こっちもちょっと変なんだ」

 

「どうした? 私語はやめて、すぐ報告しろ」

 

 部下たちが計器を見ながら議論を始めている。少々緊張感に欠けているように思え、私は苦虫を(つぶ)したような気持になる。つい先ほど、発電所の目の前の海岸沖でまか不思議な出来事が起こったばかりだというのに……。

 

「あ、はい。たった今ですが、原子炉炉心の放射線量の減少、あととそれに伴う若干の水温低下が認められましてですね……」

 

「こちらは、蒸気圧力が不安定になってきています。今のところ発電出力に影響が出るには至っていませんが、このままだと……」

 

 なんだとぉ!

 

「それは悠長に議論している問題ではないだろう! 私は関係各部署に連絡を入れるから、君たちも早急に原因を究明しろ。緊急停止する事態になってからでは遅い。だが場合によっては――」

 

「なんだあれ!」

 

「うそ、だろ?」

 

「冗談きつすぎ……」

 

 な、何だ?

 みんな急にどうした?

 

 皆の視線は一点に集中している。そこは原子炉の様子を見るためのモニターが並んでいる。

 私もそれにつられそちらを見る。

 

 皆が皆、その光景を見て絶句し、その場の空気が凍り付いた。

 

「あ、あり、えん……」

 

 原子炉を収めている原子炉圧力容器。それが収められている原子炉格納容器。それは運転時に外部から人が入れるところでは決してない。

 そもそも原子炉建屋内に入られている時点で論外なのだが、それ以前に、人が、生きている人間が、容器内の圧力抑制プール内にいるという状況。そんなことはあってはならず、あるはずもないことなのだ。

 

 その絶対あるはずのない状況に私、そしてその場にいる全員が言葉を失ってしまう。

 

 

「ど、どうして……、どうやって女の子がそんなところに……」

 

 

 その小さな女の子は、青白く見える透き通った水で満たされたプールにその長い髪をゆらめかせながらも原子炉にその細い腕を伸ばし、手のひらを容器外郭に添えたまま微動だにしない。

 

 

 私は、かすれた声でそう絞り出すのがやっとなのだった。

 

 






発電所、原子炉などについての描写は完全創作ですので実際のものとは色々ことなります。突っ込どころも多いかもしれませんがご容赦いただけると幸いです^^;


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

介入!


いっぱい


 結局、原子炉の中に入るのは人の姿のままでは無理だったので、一度スライム体になって原子炉内への給水?経路を辿(たど)って侵入を果たしたスライム娘、ミーア十歳です。

 

 もうこのフレーズも使いすぎて()きてきました。

 

 ただいま元気に稼働中の原子炉に手を添えて、鋭意(えいい)放射在線吸収中であります。原子炉圧力容器? っていうんですよね、これ。ネットで勉強したのでわかります、ふふん。

 

 魔力がみるみる増えていくと共に私の体がとてもきれいな、でも凍りついてしまいそうな冷たい青色で発光しだしておりまして自分でも驚いています。

 

 けれどおかげさまで大変はかどっております!

 

 で、なぜ中に侵入してからまたミーアの姿になってるのかと言えば……、やっぱ元おっさんサラリーマンの自我を持つ自分的には人の姿が一番なことと、あとは単純にイタズラ心が()いてしまったってことでしょうか。

 

 中に私が居るって気付いたら、さぞやびっくりするのではないでしょうか?

 

 異世界に戻る私にとって、身バレして困るなんてことは全くありませんから、置き土産的にちょっと驚かしてやろう……なんてね!

 

 とは言っても私の存在を知ってる人なんて限られてて、原子炉内に人が居るって現実を関係者が世間に公表するなんてことをするとも考えられませんから、その情報はごく限られた狭い範囲にとどまることになるに違いないです。

 

 きっと。

 

 あ、けれど、ちょっとだけ電力供給に迷惑かけることにはなるのは申し訳ないとは思いますけど。

 でもでも短時間のことですし、原子力の膨大(ぼうだい)な力は私程度がちょろまかしたエネルギーなんかあっという間にリカバリーできちゃうことでしょう。

 

 きっと。

 めいびぃ(maybe)

 

 だから私は何の気兼ねもなく、やりたいことは存分にやらせていただく所存でございます!

 

 

***

 

 

「こんなことあっていいのか? 私は一体何を見せられているんだ……」

 

 こうして原子炉格納容器内の映像を視覚化してモニターできるようになったのは過去の地震災害時の教訓と、高温高圧な環境での使用にも耐える超小型カメラが開発されたおかげではあるが、まさかこのような事態を目にすることに活用されることになろうとは……予想だに出来なかった。

 

 こんな事態に対処するすべなんて私は想定していないぞ!

 

 これは緊急停止するしかないのか?

 

 だが災害が起きた……というわけじゃない。

 

 そもそもなにかしらのトラブルが発生した場合、緊急停止は自動的に実行されるシステムになっているが、それが機能しないということはまだそういった状況には至っていないということでもある。

 

 だいたい停止してどうなる。

 原子炉の蓋を開けて、中にいる女の子を引っ張り出すのか?

 

 人命を尊重しなきゃならんのは当然とはいえ、いつの間にか中に居た子供だぞ。

 いや、あれは本当に子供なのか? 原子炉圧力容器内に存在しえる人間なんて居てたまるか!

 

 見ろ!

 

 子供自身がだんだん青白く光りだしてきてるぞ。

 まるでチェレンコフ光のようじゃないか。

 

 あんなもの、私は人だとはとても思えない。私は悪夢を見せられているのか?

 

 原子炉格納容器と圧力容器、それぞれの蓋を外すためにかかる時間と労力、それにコストは莫大だ。その間は発電だって停止することになる。当発電所が被る損害は計り知れない。

 

 モニターはずっと出来るとは言え、開けたら居ませんでしたじゃ洒落(しゃれ)にならん。

 

 こんな訳の分からない、理解できない事態に対する責任をどうして私が?

 

 私はどうすればいいんだ!

 

 

「部長! な、内閣官房室から、れ、連絡が……、その直接入ってきました。どうしましょう?」

 

 電話を受けた部下が情けない声で、私に聞いてきた。

 このタイミングでまた面倒くさい事案追加だ。

 

「な、なんだと? た、確かに上層部には報告したし、そこから何らかの動きはあるのかもしれんが早すぎだろう。それも直接だなんて……、間違いないのかそれは」

 

「総務部からの転送です。ま、間違いはない、と、思います」

 

 部下を困らせても仕方ない。ここは出ざるを得ない。

 

 考えようによっては今現在の状況判断をあちらにゆだねることも出来るかもしれない。この場の責任者としてはどうかとも思うが、そんなプライドなんて捨てたってかまわない。私に今この場での判断をするなんて酷すぎる。

 

「お電話代わりました。はい、発電部部長です。えっ? こ、こちらに……ですか。あちらの軍の、特殊部隊? な、内密にと……、は、はぁ」

 

 

 電話の内容は驚くべきものだった。

 

 電話をかけてきたのは内閣官房長官ご本人であり、しかもこの場に自衛隊はもちろん、さらには友好国の特殊部隊まで派遣すると言ってきたのだから。もちろん私だけに話が来たわけではなく、当然このことは上層部も承知の上での話らしい。

 

 ここでの出来事が筒抜けになっていることはひとまず置いておくとして、正直この話は私にとっては渡りに船、自分自身で責任を負わずに済みそうな流れに不謹慎ながらホッとしている私が居る。

 

「わ、わかりました。出迎える心づもりをしておきますし、周知徹底しておきます。はい、守秘義務については普段より徹底していますから問題はありません、はい」

 

 

 この後どうなるか私には想像すら出来ないが、どうか最悪の事態にならないようにと、願うしかない。ここの責任者としては情けなく、忸怩(じくじ)たる思いではあるものの、かといって私からどうこう出来ることがあるはずもなく。

 

 私、そして部下たちも、今この時も原子炉圧力容器に手を添え、その体からチェレンコフ光のような青白い光を発している、謎すぎる幼い女の子を見守るしかないのだった。

 

 

***

 

 

 む?

 

 発電所の外がなにやら騒がしくなってきました。

 

 おお~、大きなヘリが二つほど下りてきて、中から人がわらわらいっぱい下りてきました。十数人はいますか。おお、片方のヘリはプロペラがエンジンごと90度回転するやつです、かっこいい!

 

 魔力の増加と同時進行でスライム体の増殖を進め、それに伴い周囲、四方八方へ触手(スライムセンサー)を伸ばし、警戒をしていたところ引っかかってきました。これって自衛隊? でもあのヘリって自衛隊も持ってるんでしたっけ?

 

 それにしても、随分動き早くない?

 ここ、日本ですよね?

 

 こんなにテキパキ迅速な行動、指示できる国でしたっけ?

 

 って、あれ、なんか外国の人も混じってない?

 

 

 あ、ああ、そういう。

 

 外国、某大国さん介入ですね、なるほどなるほど。

 圧力かかっちゃった系ですね、わかります。

 

 あっ!

 

 見覚えある顔が居ます。

 名前忘れちゃったリーダーおっさんと……、茅野(かやの)さん。それにチャラ男です。

 

 どうやら引っ張り出されちゃったみたいですね。っていうかですよ、あの三人がここに来たってことは、すでに私のこと把握されちゃってるってこと?

 

 判明した事実に驚くとともに、やっぱあちら様の諜報活動っていうの? そういうのってすごいんだなって関心してしまいました。映画やアニメの世界だけじゃないんですね、こういうのって。

 

 ヘリから降りてきた団体さんは迷いも(よど)みもなく、整然とした様子で発電所内に入ってきて、どう見ても私の居る原子炉建屋内へと向かってきてるように思えます。

 

 う~ん、思ってたより展開が早いです。

 異世界へ転移するための必要魔力量を稼ぐにはもうしばらく時間が必要です。

 

 こうなったら使用済み核燃料貯蔵プールにも(スライム)を伸ばしておきましょう。あちらは三精霊たちが随分吸収したようなので手を出しませんでしたが、少しでも早く終えるためです、やらないよりやった方が早くなるのは間違いないです。

 

 おっと。

 

 とうとう発電所の原子炉を管理してる部屋にまでみなさんご到着のようです。ほんと仕事早い人はきらいです。しがない普通のおっさんサラリーマンだった私への当てつけに違いないです!

 

 いや、そんなこと知ってるわけないので私のひがみ根性です、ごめんなさい。

 

 むむ、なんか偉そうな態度のでかい外人の軍人さんが進み出てきました。横に自衛隊の人が引っ付いてて、更にその横、茅野さんが後ろにいた軍人さんに背中をグイグイ押されながら前に出されました。ちょっと! お姉ちゃんを雑に扱わないでくれる!

 

「おい、もう少し丁寧な扱いをしてくれ、茅野君が痛がってるだろう」

 

「ふふ、これは失礼した。だがこれくらいのことで文句が出るようでは日本の警察は随分たるんでいるようだな」

 

「なっ」

 

「まぁまぁ、三木警部、ここは穏便(おんびん)に願います。大尉殿、あまり挑発するような言動や行動は控えていただけると助かるのですが?」

 

 

 むぅ、スライムセンサー全開で様子(うかが)ってみる限るなんかあまりいい空気ではないような。お姉ちゃ、いえ、茅野さんをいじめたやつ、覚えましたからね!

 

「ふふ、これは失礼。そうでしたな、ヤマトナデシコというのでしたか? 弱そうに見えても実際はしっかりした強い女性であるという。彼女もきっとそうなのでしょうな。ともかく、さっそく役目をはたしてもらおうではないですか?」

 

 こいつ、偉そう。嫌い!

 

 なんか茅野さんにさせるつもりなのかな? ありがちといえば日本のお家芸、人情がらみ、お涙頂戴の説得と交渉とか?

 

 お母さんが泣いてるぞ! とか、多くの人に迷惑がかかるんだぞ! とかね。

 そんなこと言われてもねぇ、どうしようもないけどね、うん。

 

 

 お母さんいないしね。

 

 

 それでもしいて言えばクソ女神……、なのかしらん?

 

 ――いやすぎです。

 

 今の考えは奈落の底に沈めておきましょう。

 

 

「ミーアちゃん……」

 

 

 茅野さんがちょっと寂しそうな表情を浮かべこちら(まぁ便宜上モニターを見てって感じですが)に話しかけてきました。そんな表情を浮かべさせてしまった自分にほんの少し、自己嫌悪の気持ちが生まれますが、これは致し方ないことなのです。重~い(ふた)()せて、出てこないようにしましょう。

 

「おおっ、中の子供が反応したぞ。本当にアレが例の超能力少女であるのは間違いないようだ。しかもこちらの状況も把握できている。なんとも興味深い。――どうした? 続けたまえ」

 

 ううん、勝手言ってるなこの軍人さん。

 まぁ私も茅野さんの言葉につい反応してしまったしね。めんどくさいですねぇ。

 

「ミーアちゃん! あなたが誰で、それにどこから来たのか、結局わからないままだし、何をやろうとしてるのかも知れないけど。でもね、忘れないで。私はあなたを犠牲にしていいなんて思ってないから――」

 

「おい貴様、何を言い出す。取り決めと違う発言をしないでもら――」

 

「だから、あなたの思う通り、やりたいようにして! ただ、ただね、出来れば世の中の人たちに影響が出ないよ、きゃっ」

 

 偉そうな軍人の言葉をぶった切ってまで私への言葉を続けた茅野さん。その茅野さんの肩に偉そうな軍人が後ろからごつい手を伸ばし、あろうことか強引に引き倒した!

 

 

 

 私の頭は真っ白になった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

騒動と決着

 大塚警視からの突然の指示により私と三木警部、それに森久保君はわけがわからないまま、航空自衛隊の基地まで(おもむ)くことになった。

 

 ワンボックス車で基地へ移動する際、大まかな説明を警部から受けた私や森久保君は言葉を失うほど驚いてしまった。

 

 要約すれば、関東圏で唯一の原子力発電所の沿岸部に空想の生き物であるドラゴンのような巨大生物が出現し、しかもそのドラゴンの周りに小さな物体がで飛び回っていて争っているように見えるとの話。

 ドラゴンは海面から見える部分だけでも身の丈二十メートルほどはあったそうで、頭も三つあり、その口からは何かしらを吐き出すことまでしていたみたい。

 

 なにそれ?

 まるで怪獣映画じゃない。

 

 発電所から県庁や警察など行政への通報はあったものの、関係部署が動きだすまでに多少時間差があったようで、だけどそれも致し方ないことかも。

 

 だって、海上にドラゴンが現れただなんて、にわかには信じられないと思うから……。それでも今どきはスマホやSNSで事件や事故などもすぐネットにさらされたりして、驚くほど早く映像として確認も出来てしまうこともあり、半信半疑ながらも動き出しはしたらしい。

 

 まぁ、それと私たちが今こうして自衛隊基地へ向かうことになっているのは別口らしいんだけどね。

 

 どうやら友好国の在日軍が国に働きかけ、なぜか私たちに自衛隊基地に来るよう召集がかかってしまったらしい。どうして私たちに? って疑問しかなかったんだけど……、

 

「ええっ、ミーアちゃんが?」

 

「そうだ、ドラゴンのまわりをうろちょろ飛び回っていた物体。――あれの映像を拡大して確認したところミーアで間違いないと断定された」

 

 自衛隊を通し連絡してきた在日軍の士官からの情報らしいんだけど、なんであちらの軍隊がミーアちゃんのこと知ってるの? どうしてそんな映像を在日軍が持ってるの? って思ったけど、そういえばミーアちゃんが急に居なくなった一番の要因はあちらのなんらかの専門機関へ身柄を引き渡す件であったことを嫌でも思い出す。そこと在日軍が通じ合っていてもなんらおかしくない。

 

「ミーアのことならもう何を聞いても驚かないと思っていたが……、どうやら背中から羽を伸ばし、自在に空を飛び回っていたようだ。しかもあろうことか、その場に出現した巨大なドラゴン、そいつをミーアがどうにかして消し去ってしまったらしい」

 

 は?

 な、なにそれ?

 

 私は自分の耳を疑ってしまったけど、警部のそれからも続いた説明で信じざるを得ないということは理解した。

 

 いや、納得なんてとてもできないけど……。

 でも結果としてドラゴンは居なくなった? んだから信じるほかないんだけど。

 

「だが話はそれで終わりじゃないらしい。俺たちが呼び出された理由もそこにあるようだが、その先は俺もまだ教えてもらっていない。どうにも嫌な予感しかしないが、上からの命令だ。聞かないわけにもいかん」

 

 そんな説明を聞きながら私たちは航空自衛隊の基地へと到着し、そこから自己紹介や状況説明もほとんどないまま、あれよという間に自衛隊の大きな輸送ヘリに乗せられて空の人となったのだった。

 

 

***

 

 

 発電所の管理をしてるだろう部屋に案内というか、連れてこられた私たちは、在日軍の偉そうな軍人が指し示すモニター群を見て、今日何度目になるかもしれない驚きにまたも言葉を失った。

 

「ミーアちゃん……、う、うそでしょ……」

 

「なんだこれは? そんなこと、あり得るのか?」

 

 ここまで連れてこられる中で自衛隊の人から説明を受け、わかってはいたものの……それでもその目に映る光景は余りに衝撃的だった。

 

 

 ミーアちゃんは全身から青白い光を発しながら、巨大な金属の塊、原子炉? に手を添えた状態で(たたず)んでいた。一体何をしているのか全く理解できないし、そもそもどうやってあそこに入ったのか想像も出来ない。

 

 っていうか、人が、生身であんな中に入っていいはずがない。

 

「こ、呼吸は? あんなところ窒息しちゃうんじゃ? そ、それに原子炉だなんて……放射線とか……ああ、だ、だれか早くあの子をあそこから出してあげ――」

 

「そう、我々もそれを望んでいる。素晴らしい意見の一致だ」

 

 そんな言葉と共に私はその偉そうな軍人に背中をぐいと押されました。

 

 警部や森久保君がかばってくれ、自衛隊の人もその行為に注意してくれてるけど、そんなことはお構いなしに私はミーアちゃんが映っているモニターの直前まで押しやられた。

 

「ミーアちゃん……」

 

 モニターを見ながらぼそりとつぶやいた私の言葉にミーアちゃんが反応した。普通なら聞こえるはずもないのに、まさかの反応があった。

 

 ――私はミーアちゃんを懐柔(かいじゅう)し、大人しく言うことを聞くよう言い聞かせるようにと依頼されていた。その時の私は訳も分からず、再び顔を合わせられるのなら……と、うんうん頷きながら聞いていたけど、今さっきのえらっそうな軍人の態度を見て、それがミーアちゃんにとっていいことだとはとても思えなかった。

 

 だからついこう言ってしまった。

 

「ミーアちゃん! あなたが誰で、それにどこから来たのか、結局わからないままだし、何をやろうとしてるのかも知れないけど。でもね、忘れないで。私はあなたを犠牲にしていいなんて思ってないから――」

 

 案の定、軍人が怒ってきたけど構わず続けた。

 

「だから、あなたの思う通り、やりたいようにして! ただ、ただね、出来れば世の中の人たちに影響が出ないよ、きゃっ」

 

 

 私の言葉を(さえぎ)ろうとした、えらっそうな軍人に後ろから引き倒された。

 勢い余って尻もちをついてしまった私。

 

 

 その時それは起こった。

 

 

 部屋の至る所から何かキラキラした透明なもの、一見すると水にしか見えないものが(にじ)み出てきた。

 

 それは見る見るうちに足元一面に広がり、更に天井からもまるでツララのように下がり落ちてきて、それの落ちる先には在日軍の人たち。一番の標的? になっていたのは私を引き倒したえらっそうなやつだった。

 

「な、何だこれは? くっ、水、いや、まるで意志を持っているかのように動いている! おいっ、軍曹なんとかっ」

 

 えらっそうな軍人、たしか大尉さんだったと思うけど、部下の人たちに何とかさせようとアタフタしてたけど、残念ながら部下の人たちも状況は同じ。みんな滲みだしてきたキラキラした動く水に自由を奪われ、ついには立っておられず床にへたり込みだし、それにより更に身動き取れなくなってしまったみたいだ。

 

 私たちはと言えば、自衛隊やここの職員の人も含め、その謎の現象の標的にはなってなくて、みんな無事。

 

『パパンッ』

 

「きゃっ」

「ひいぃ~」

「ばかな、こんなところで発砲だとっ」

 

 び、びっくりした!

 

 慌てた軍人の誰かが携帯していた拳銃を発砲したみたい。急な状況変化に慌てたんでしょうけど、こんなとこで銃を撃たないでよ!

 

 ここ原子力発電所を制御してる部屋なんでしょ?

 壊れちゃったらどうするのよっ!

 

『パパン、パパパンッ』

 

 そんな私の文句なんてどこ吹く風で、他の軍人もやみくもに撃ち出してしまった。

 

 私たちはいつ流れ弾や跳弾に襲われるかとひやひやし、体を(ちぢ)こまらせて撃ちやむのを待つしかない。

 

 ただ、そんな心配は杞憂(きゆう)だった。

 

 撃たれた銃弾は全て謎のキラキラ物質に当たった瞬間、衝撃など無いかのように包みこまれ、銃弾は無力化されてしまった。更には撃っている軍人の銃もキラキラに包み込まれあえなく使えなくされてしまった。室内設備もすでにキラキラに(おお)われていて、そのおかげか銃弾による被害が出るには至っていないみたいで良かった。

 

「何ということだ。まさかこのようなことまで出来るとは。おい、おん……ミス茅野(カヤノ)! 君からあの化け……、いやミーア君にこの拘束を解くように話を通してくれたまえ。先ほどの態度は私としても軽率だった。わが軍としてもこの先悪いようにしないと保証す――」

 

 やっぱりこれはミーアちゃんがしていることなのかな?

 

 キラキラに包み込まれ動けなくなった大尉さんがいまさらなセリフを言ってきたけど、そこでまたびっくりする出来事が起こった。

 

「お姉ちゃん! だいじょうぶ?」

 

 へ?

 

 目の前にミーアちゃんがいる!

 その状況に私の頭がついていけない。

 

「お姉ちゃん、どっか痛いの?」

 

 はっ、いけない。しっかりしなきゃ。

 

 そうそう、これって確か転移。転移ってやつだ。研究所でやって見せてくれてたじゃない。

 

「おおっ、ミーア君。ようやく会うことが出来た。さあ、話し合おうじゃないか。先ほどのミス茅野への非礼は()びよう。どうだろう、まずはこの拘束をといてもら……」

 

「うるさい! おまえ嫌い、黙れ。氷の(おり)、アイスケージ!」

 

 ミーアちゃんが二言三言、何かをつぶやいたかと思ったら、床に()いつくばっていた軍人たちがまるで雪の結晶に覆われたかのように次第に白くなっていき、ついには氷のように固まり、ピクリとも動かなくなってしまった。

 

 今までも不思議で目を疑うような出来事をさんざん見せられ、十分驚かされていた私たちだったけど、その仕打ちを見てただただドン引きするほか無かった。

 

「み、ミーアちゃん? そ、それ、死んじゃったのかな?」

 

 私に抱き着いてきたミーアちゃんの頭を撫でながら、恐る恐る聞いてみる。さすがに殺してしまっては眼ざめが悪いし、いくら扱いがひどかったとはいえ、友好国の軍人さん。国際問題になりかねない。

 

「だいじょうぶ。仮死状態? なってるけど死んでない。時間たてば元戻る。……血のめぐり止まっちゃってパーになっちゃうかもだけど――知らない」

 

 なんだか恐ろしい言葉がちょっぴり聞こえた気がしたけど……、き、気にしないことにしよう。

 

「ミーアちゃん、もう私何が何だかわからないけど……、とりあえずまた会えてよかった! 何も言わず居なくなっちゃうんだもの、ほんとにもう」

 

 私は胸元で上目遣いに私を見てくるミーアちゃんを改めてぎゅっと抱きしめた。相変わらず小さくて華奢(きゃしゃ)な体。淡い紫の髪に色白を通り越して青白く見えてしまう肌で、(はかな)げな印象すら抱かせる女の子。

 

 こんな子がさっきまでの騒ぎを起こしてただなんて信じる方が難しいくらい。

 

 でもそれは夢でも幻でもなく、現実に起こったこと。

 顔を上げ、周りを見回せば氷漬けの軍人が哀れに床に転がっていて、物言わぬ氷像と化している。部屋中を(おお)っていたキラキラはいつの間にか消えていて、床も普通に戻ってる。

 

「ごめんね、お姉ちゃん……」

 

 ミーアちゃんが短くそう答え、私の胸に顔をうずめた。

 私はそんなミーアちゃんの柔らかな髪をすくように、その感触を確かめるようにして優しく撫でてあげる。ミーアちゃんはその小さな手でぎゅっとしがみついてきて、おかげで可愛いすぎて萌え死ぬかと思った。

 

 

 

 そんな私たちの周りで発電所の職員さんがなにか計測機器を持ち出して来て、恐々(こわごわ)とした様子でその数値を確認し、驚きの表情を見せていた。

 

 

「許容範囲内の数値だ。信じられない……、さっきまで原子炉格納容器内にいたはずなのに。それなのになぜ?」

 

 そんな言葉が聞こえてきたし、警部や森久保君も何か言いたそうにしてるけど無視。

 

 

 いましばらくはミーアちゃんとの再会にひたらせてほしい。それがたとえ……、

 

 

 

 

 つかの間の時間に過ぎないのだとしても――。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お別れと期待

 お姉ちゃんたちを前にして今までにも増して人外的なことを色々やらかし、もうまともな接し方はしてもらえないと覚悟してました。

 

 にもかかわらず普通に抱きしめられ、更には心配までしてもらえました。

 

 伝わってくるぬくもりについ甘えたくなり、やわらかそうな胸に顔をうずめてしまったミーア十歳です。元日本人おっさんサラリーマンですが、そんなことはとてもとてもどうでもいいことだと思います!

 

 氷漬けにしなかった人たちが、私とお姉ちゃんを遠巻きにして様子を(うかが)っていますが、見るからに不気味なものを見るような態度でミーアちょっと傷付きます。びくびくしながら放射線量を確認しに来たここの職員さんも計ったらソッコー離れていきましたし。

 

 まぁ私がさっきまでにやらかしたことを思えばそうなるのは当然で、むしろお姉ちゃんの態度こそ私には不思議で仕方ないのですが。

 

「お姉ちゃん……。私のこと、怖くないの?」

 

 私の問いかけに返ってきたのは更なる抱擁(ほうよう)と高速頭ナデナデでした。

 

 お、お姉ちゃん、やりすぎだからっ。

 スライム脳が撹拌(かくはん)されちゃうから。

 

 

「み、ミーア……君。そ、そのなんだ。ちょっと話をさせてもらいたいんだが……。どうだろうか?」

 

 半泣きのお姉ちゃんと抱擁(ほうよう)を交わしていたら、遠巻きに見ていた人たちの中から一人、いえ、その後ろから更に二人。近寄ってきました。

 

 ああ、リーダーおっさんにチャラ兄、森久保ですか。リーダーおっさんは三木警部……でしたっけ。残りは、うん、迷彩服だし……自衛隊の人だね、きっと。

 おっさんとちゃら兄は少しは打ち解けたかなって思ってたけど、ちょっとビビり入った態度になっちゃっててウケる。自衛隊の人も緊張してるのが見え見えで、その手が腰元から離れないのがなんだかね……って感じ。さっきの見て無駄とは思ってるでしょうけど、やっぱ怖いんだろね。

 

 見た目ワンピース姿のかわいらし~い幼女とはいえ、未知のものに恐怖を覚えるのは当然だよね。

 

 だから余計にお姉ちゃんが私を受け入れてくれるのがとても……ウレシイ。

 私は確かめるように、お姉ちゃんの背中にまわしている両の腕に力をこめました。

 

 

「ミーア……君? 聞こえているだろうか?」

 

 ん?

 

 ああ、そう言えば話しかけられてるんでした。

 

「なに?」

 

 

 私は相手するのメンドクサイなと思いながらも、まぁ一応世話になったってこともあり、いやいやながらも三木警部の方を見て答えます。

 

 

「す、すまない。その、なんだ。色々確認したいことがありすぎて……だな。出来れば我々と一緒に来てもらえると、だな――」

 

 警部さんが言いにくそうに私に話を振ってきて、色々言葉を並べ始めました。自衛隊の人も一緒になって話しかけてきました。チャラ兄は一歩引いたところに居ますが、下がりたそうな雰囲気ぷんぷんです。

 

 一緒に来てほしそうですけど、今更私にそんなことをする必要性は微塵(みじん)も感じられません。こうしている間にも私の魔力は恐ろしい勢いでドンドン増えて行ってるのです。謎空間のスライム体総量はすでに異世界に居た頃に匹敵する量にまで増殖しているのです!

 

 なんか、しゅごい。

 

 異世界の魔素より、放射線のほうが効率が良いのかどうか知れませんが、増量比が魔素の二百%以上はあるんじゃないでしょうか?

 

 

 ということでもうアンヌのところに戻る準備は万端、整いましたの!

 

 

「警部さん、自衛隊の人? ごめんね。私、もうこの世界から居なくなっちゃうから、付いてくことは出来なかな。せっかくのお誘いだけど、お断りさせてもらっちゃいますね」

 

 私の返した言葉に、話し出して調子が出てきてたらしいお二人さんの言葉が詰まります。

 

 そして何より、私を抱きしめていたお姉ちゃんが、がっつり私の肩をつかみ立膝をつき私と向かいあう体勢に変えたところで、(あせ)った様相で問いかけてきました。

 

「ミーアちゃん! それどういうことなの? 居なくなるって……、この世界からって……いったい」

 

 切なげな表情を見せるお姉ちゃん。

 どこの誰かも知れない私のことをそんなになるまで心配してくれてるなんて……、ほんとにうれしい。

 

 けど。

 

 やっぱり、この世界に私の居場所はないのです。

 

「お姉ちゃんごめんなさい。いっぱいお世話になったのに勝手に出て行ってごめんなさい。それに、色々内緒にしていてごめんなさい」

 

 信じてもらえるわけもないけど、これだけは言っておこう。

 

「私ね、この世界、地球で生まれた存在じゃないの。なんていうか、異世界っていえばわかりやすいかな。ここじゃない世界、きっと宇宙すら違う世界? そんなところから来た存在なんだよ?」

 

 急に語りだした突拍子(とっぴょうし)もない話にお姉ちゃんも、周りの大人たちも(きつね)につままれたような顔をしてますけど、それでも私が言ってることを聞き()らさないとばかりに話を聞いている感じです。

 

ここ(原発)に来たのは、元居た世界に帰るため。帰るために必要な魔力を得るために原子力? の力が必要だったからなの……。おっきな三つ首龍、出たでしょ? あれは私の居た世界で災いを呼んだ生き物の姿。私と一緒に付いてきた大精霊たちだったんだけど、あんなことになっちゃって……、ほんと残念。きっとあの()()()()()ノセイ――」

 

 あ、最後にちょっと余計な愚痴(ぐち)が入っちゃった。

 

 っていうか一気に詰め込み過ぎちゃったかな?

 いい大人が、呆けた顔しててちょっと面白いけど。

 

「発電所の人たちには迷惑かけちゃってごめんなさいだけど……、文句言うならクソ女神に言ってほしいな。って言ってもわからないよね、あはは。まぁ、おかげさまで、帰る準備できたのです。だから――」

 

 周りの人たちのことなんて全無視してお姉ちゃん、茅野(かやの)さんをじっと見つめます。

 お姉ちゃんも何かを察したのか、私のことを見つめ返してきます。その目はもう涙でいっぱいになってます。

 

 私が話をしてる異世界云々(うんぬん)については理解することなんて無理に決まってるけれど、それでも私が居なくなってしまうことは嫌でも通じちゃったんでしょう。

 

 

「居なくなっちゃうん……だね」

 

「うん」

 

「向こうの世界? に、家族はいるの?」

 

「家族……というものは私には()()……けど、でも、大切に思ってる人はいるよ」

 

 私の言葉にちょっと(さみ)し気な表情を浮かべるお姉ちゃん。

 

「そっか……。もう、ここには戻ってこない……んだよね?」

 

 

 そ、それは……。

 

 

 今の今まで考えてもいませんでしたが……、きっと出来ます、ね。

 まだ帰ることを成功していない今、絶対とは言い切れませんが、帰れたなら再びこちらに来ることが可能となるのは必然です。

 

「えっとね、先のことはわかんないけどね。これ持ってて?」

 

 指先からぷにょを(にじ)みださせ、ぷにょ収納からミーアお手製虹色魔石入りお守り袋を取り出し、それを中にしまってお姉ちゃんに渡します。

 

 はい、転移のための目印ですね。

 

 ただ、こちらの世界では魔石に魔力を吸収させることなんてないし、お姉ちゃんから魔力を得ることもできないため、もって一ヶ月がせいぜい。

 

 放射線を当てればいいのかもしれませんけど、ちょっとお姉ちゃんには現実的じゃありません。

 

 

「これを私に? お守り……かな。ふふっ、大事に、大事にする、ね」

 

 お姉ちゃんが零れ落ちる涙をぬぐいながら、私が手渡したぷにょ袋お守りを受け取ると大事そうに胸に(いだ)きます。

 

 

 ただのお守りと化してしまうのか、私が再び会いに来るための(いしずえ)になるのか?

 

 それは先のことで、未来のことは私にもわかりません。

 

 

 私はゆっくりお姉ちゃんから下がるようにして離れます。

 

 お姉ちゃんも立ち上がり、後ろに下がっていきます。

 

 

 

 周囲にちらしてあったスライム体や、使用済み核燃料貯蔵プールにやっていたスライム体もすべて合流済です。

 

 

 時は満ちました。

 

 

 せっかくなので派手な演出といきましょう。

 この場に居る人たちへの迷惑料込みのサプライズです!

 

 

 背中から(はね)を伸ばします。

 伸ばすとともに、魔力を末端にまでいきわたる様、ドンドン送り出します。

 

 やがて広げた翅は部屋いっぱいになるほどとなり、魔力で満たされた翅は、(まぶ)しいほどの青白い光を放ちだします。その光は翅で収まらず、ついには私の体も同じように光り出します。

 

 原子炉内に居た時の様子ふたたびと言った感じです。青っぽい光は水属性の色を連想させますけど、この輝きはそれとは違い、どこか神々しさすら感じるとても美しい輝きです。ちょっと放射能由来の魔力光は性質が違ったりするのかもしれません。

 

 ま、魔力は魔力。使えれば文句はないですけれど。

 

 

「ま、待ってくれ、ミーア君。どうか一度こちらに――」

 

 

 警部さんや自衛隊の人が目の前を手で覆いながらも何か言ってますが、もう今更です。

 

 外から見た私はきっと青白い光に溶け込んでいき、いずれその光と共に消え去っていくことでしょう。

 

 

 

「さよなら、お姉ちゃん……」

 

 

 

 私の言葉、聞き取れたでしょうか?

 

 青白い光が部屋中に満ち、もうそれを確認するすべもありません。

 

 

 謎空間のスライム体のすべてが魔力で満たされ、すべてが同じように発光しているであろうことがわかります。

 

 

 気持ちを切り替え、有り余る魔力を頼り、スライム体の繋がりを辿(たど)ります。

 

 それはもちろん、私にまつわる全てのスライム体について、です。

 

 

 

 

 

 まず感があったのは、もちろんお姉ちゃんに渡したぷにょ袋。

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 さらに辿ります。

 

 

 

 ………………………………。

 

 

 

 

 

 …………………………………………ああ。

 

 

 

 

 見つけ……た。

 

 

 見つけました!

 

 

 

 異世界――。

 

 

 

 ――私の生まれた湖。

 

 

 

 そこに残ったぷにょたち。

 

 

 

 

 そして……、

 

 

 

 

 アンヌ!

 

 

 それにシイ=ナに渡した……お守り(アミュレット)

 

 

 

 

 ああ……。

 

 

 ちゃんと辿れました!

 

 

 

 まだ私の分身、ぷにょたちは存在していました!

 

 

 

 

 

 そんな感動に打ち震えながら私は、懐かしいその場所を目指し、謎空間へと自身の体を(ゆだ)ねたのでした。

 

 






ちょっと百話で収まらない感じですが完結間近です。

あと少しだけお付き合いいただければ幸いです!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対決?

 謎空間。

 

 私がこう呼んでいるところは、元中年おじさんサラリーマンの中途半端なヒキオタ系知識を持って例えるなら、亜空間とか、次元の断層とか、そんなもので表現されるようなところで間違いないと思います。

 

 たぶん。

 

 まぁ少なくともずっと居たいと思える場所じゃありません。

 なにしろ光の存在しない空間なので視覚が全く役に立ちません。それどころかここには音の発生する要素もなくひたすら無音で何も聞こえません。

 

 果てがあるのか、ないのか。それすらもわかりません。

 

 でも何もないのかと言えばそうでもなく、何らかの物質で空間が満たされているような気もする……、マジ何とも言えない場所なのです。

 

 学のない私には説明も理解も出来ない場所。

 

 まさに謎空間です。

 

 私自身を弁護しますけれど、きっと世界中の頭のいい学者さんが集まったとしてもきっとわからないに決まってます!

 

 

 はっ。

 

 そんなことは心底どうでもいいことでした。

 

 

 ともかく。

 

 今はアンヌに再会することだけを考えて、ぷにょのお守り(アミュレット)目指し、謎空間を突き抜けましょう!

 

 

 

「――う、くうぅ!」

 

 

 そんな矢先。

 

 

 私の頭に久しぶりに感じるあの痛み。

 

 謎空間に入り、あの世界に戻ろうと意識を向けた途端、これです。

 

 

「くぅ、クソ女神~。やっぱきましたか!」

 

 まるで波状攻撃のように私の頭に強烈な痛みが襲ってきます。

 

 

【……戻り……なさ……い。あなた……の居る……べきところ……は、ち、きゅう……】

 

 

 うっさい!

 

 うっさい!

 

 うっさい!

 

 

 勝手なこと言うな!

 

 

【私の世界、……で、あなた……は、もう必要ありま……】

 

 

 やかましい~!

 

 

 

 かつてないほどの頭痛に襲われています。

 スライム体である私に対し、どうやってこんな痛みを与えているのか? ほんと謎ですけど、一種の精神攻撃みたいなものなんでしょうか。病は気からといいますし?

 

 違いますか?

 

 

 そ、それはいいです。

 

 

 クソ女神が何も干渉してこないのなら、このままアンヌのところに戻ろうかと思っていたのですが。

 

 手を出してくるのなら話は別です。

 いつまでもそっちの思惑通りにいくとは思わないことです。

 

「今からそっち行ってやる、待ってろっ!」

 

 ああ、つい言葉使いが乱れちゃいました。

 

【 ! ……なにを……おろか、な……。来れるはずも……な――】

 

 

 あま~い。

 

 謎空間転移。私はぷにょを目印にして転移を行っているわけですが。

 何も絶対ぷにょじゃなきゃいけない、って訳じゃないはずです。

 

 要は私がその場所、座標を認識出来れば問題ないのです。

 

 私だって進歩していってます。

 座標さえわかれば、そこに謎空間を繋げて見せましょう!

 

 

 三精霊。

 火、水、風の大精霊たち。

 

 あの子たちはあの世界で災禍の凶龍と化し、元に戻ってからは私に付いて地球までやってきました。

 付いてきたと思ってましたが実際のところはどうだったのでしょう?

 

 あのクソ女神の差し金であったとしても私は驚きません。

 

 三精霊たちは地球で劣化版とはいえ再び凶龍化するという憂き目にまであいました。

 

 そんな悲しい顛末(てんまつ)を迎えたあの子たちは最後の最後、その大精霊の存在の(みなもと)。遠い昔、クソ女神より生み出された根源の精を私に吸収されることを望み、それを(かな)えました。

 

 結果。

 

 精霊たちが生み出されしその地。

 

 私には女神の居場所、天国だか、天界だか、もっと別の場所なのか……知る(よし)もないし、興味もありませんが。

 

 

 そこに転移することが出来るのです!

 

 寄り道になりますが、仕方ありません。

 

 

 邪魔するクソ女神が悪いんです。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

【ありえない。ありえない!】

 

 こんなことがあっていいはずがない。

 

 

 ――我が世界にある『魔素』は毒にも薬にもなるエレメント(元素)。我が守護するヒト()種の助けにもなるが、それは反する力の成長をも促してしまう、純然たる力の源である。

 

 何事も過ぎたるは毒と化す。今回は悪いことに我が生み出したる大精霊たちが(よど)みを帯びた魔素(だまり)にとらわれ、それをきっかけに更に魔素を際限なく吸収していってしまう状況に陥ってしまった。

 

 これを放置すれば凶龍化まで行くのは必然。

 

 しかるに世界に対して我は直接力をふるうことは出来ぬゆえ、迂遠(うえん)ではあるがより高次の世界、地球の神より一つ魂を(ゆず)り受け、それをもって世界に増えゆく魔素を処理させ、凶龍化を抑え込む手筈(てはず)であった。

 

 無作為にたまたま命の(ともしび)が消えた魂を(すく)い上げ、こちらの世界に精霊として転生させた。

 

 我の世界より成熟した高次世界である地球の魂は、力強く、魔素の影響を受けにくい。

 

 それが悪影響を及ぼしてしまったのか……、転生せし魂はまずいことに地球世界での自我を引き継いでしまい、我の影響力を及ぼすことが(いちじる)しく困難となった。

 

 啓示を行おうにも魂の力が強く、それがなかなか叶わず、苦慮するうちに数百年の無為な年月が過ぎてしまった。

 

 怠惰なる地球の魂が生まれいでし湖のほとりは、我の守護するヒト種の民が住まうところでもある。

 

 紆余曲折(うよきょくせつ)あったものの、そこにある我の像を依り代(よりしろ)として、我の命をようやく伝えることが出来たものの、時は既に遅きに失し、我の生み出したる大精霊たちは災禍の凶龍と化し、世に顕現(けんげん)せしめてしまった。

 

 ああ、悲しいかなわが眷属(けんぞく)たちよ。

 

 だが地球の魂は我の意図せしものとは違う、なんとも面妖なものへと進化?を遂げていたものの、それでも災禍の凶龍の討伐を果たしてくれた。

 

 だが、である。

 

 我の想像を上回る力をもって、凶龍を倒したそれ。

 あれをそのまま我の世界に留めおいてよいものだろうか?

 

 我は即断した。

 

 今であればあのものの力を分断するに好機。直接滅することは叶わぬが、分断するは可能。

 あのものが前世の魂に引きずられヒト種の姿で行動していることも幸いした。

 

 我はそのものを元の世界、地球へと即刻(そっこく)転移させた。

 

 元の世界に帰ることの是非(ぜひ)を問うことすらしなかった。あのものの力が分散しているこの時を逃せず、復元の時間を与えたくもなかった。

 

 合わせて、もとの姿に戻った精霊たちには悪いが、私の影響力を残すため、あのものと一緒に地球へ送った。地球に魔素はないゆえ、あのものの力も次第に(おとろ)え、いずれ脅威あるものではなくなっていくはずである。

 

 それは精霊たちにも言えることだが、それは致し方ないこと。高次世界である地球へと還元されることを是として受け入れてもらうしかあるまい。

 

 

 そう。

 

 それですべてはうまく収まるはずであった――。

 

 

 

 なのになぜ?

 

 

 

 

「やあ、女神さま。初めまして……、ですかね?」

 

 

 

 

 どうしてこのものがここに居る?

 

 

 

 

***

 

 

【そ、そなた……】

 

 

 転移した先にいたクソ女神。

 

 

 いやまじいたよ。

 存在感やばい。

 

 

 

 アールヴの樹上宮(ツリーヴィラ)で見た女神像は人の姿をしてたけど、目の前の女神様は人の姿っていうより、なんとなく人に見えなくもない、やたら(まぶ)しい金色(こんじき)の光の塊でした。

 

 

「前から文句言ってやりたかったんですよね……、め・が・み・さ・まっ……って、いったっ!」

 

 

 私がそう言った途端にまた例の頭痛が襲ってきました。

 

 そうきちゃうわけ?

 

「くぅ~、バカの一つ覚えめ~!」

 

 

 私は一気に内包していたスライム体を解放し、背中の翅からも魔力全開で抵抗します。全身からは女神の金色の光に対抗するかの(ごと)く、青白い光がこれでもかっていうくらいに発せられてます。

 

 私の小さな女の子の背中から扇状というか放射状にドンドン(はね)が伸び広がってていき、その(よく)面積はとんでもないものになっています。更にスライム体も手足どころか、至る所から伸び広がり、翅の更に外側で私、そして女神を取り囲むよう、巨大なドーム状にその形を形成していきます。

 

 そのすべてから青白い光が放たれていることもあり、私と女神のいる空間はもう青白い光で満たされた世界と化し、我ながらなんとも神々しいな……なんて感心してしまうほどです。

 

 

【な、なんなのです、この力……】

 

 

 女神の発している金色(こんじき)の光を上回る、私の青白い光。私は威圧を込め、さらに魔力を送れば、その光はもう青白さを通り越して真っ白に近い、目も開けられないほどの輝きを帯びていきます。

 

 

【むううっ……】

 

 

 女神様の苦しそうな思念が私の頭に響いてきます。

 くふふっ、だって私は今スライム体から女神の力を吸収しちゃってますから。

 

 おかげで私の力は倍々ゲームで増えて行っています。

 ああ、この万能感。

 

 ミーア、このままなら神様にだってなれそう!

 

 

 おっと、それはさすがに(おご)りすぎ。自制自制(ステイステイ)

 女神も相当抵抗してはいたのですが今の私にとってみればそんなものはそよ風みたいなもの。

 

 更に魔力強化、あーんど、吸収強化!

 

 

【や、やめ……。は、話し合い、ましょ……う】

 

 

 女神の金色の輝きが衰えてくるとともに、なんと人の姿が現れてきました。

 

 うん、女神像と同じ姿。

 

 その姿はさすがに神々しくて美しいのですが色素が全く感じられず、まるで大理石でできた像のようにも見え、やはり生物ではないのだな……なんて思ってしまいます。

 

 

 お話ですか。

 

 

 むぅ……、ま、いいですか。

 お話は大事です。

 

 私にとってはクソ女神でも、あの世界にとってはやっぱ必要な女神様。

 色々文句がありすぎて困りますが、あの世界を守るためには必要なことだったのでしょう。

 

 ここでつい調子に乗りすぎたことで、手痛いしっぺ返し食らうってことだってあり得ます。例えば他の神様が出てくるとか……ね。

 

 居るかどうかも知りませんけれど。

 

 

 うん。

 

 

 お話しようではありませんか!

 






平和的解決方法。

お話し!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女神とミーア、そしてアンヌ

 女神のいた世界? 空間には何もありませんでした。

 

 映画やアニメ、神話のような天界と呼べるような物質を伴ったようなところでは全くない、まさに虚無でしかないところ。

 

 ある意味、私の謎空間にも似た場所でした。

 それでも光源不明な、謎の明るさがあるだけ謎空間よりはましでしょうか。

 

 明るい灰色に染まった世界。

 

 普通の人がこんなところに一日でも居たらちょっと精神的にやばいかもしれません。

 

 

 目の前に確かに存在している女神の姿も、結局のところ私がアールヴの樹上宮(ツリーヴィラ)や、人の街で見かけた女神像のイメージをもとに作り上げた見せかけの姿であるのだということです。高次的存在……わかりやすく言うなら意識体のような存在……である女神や神にとって、物質世界とそこから無秩序かつ数多(あまた)に生み出される低次的存在である生物は、女神たちにとって興味の対象であり、遥か昔からまさに神の視点で(なが)め、観察され、時には干渉すらしてそのあり(よう)と変化を興味深く見守ることが常なのだという。

 

 カッコつけて話てるけど、それって壮大な箱庭遊びみたいなものじゃないの?

 案外稚拙(ちせつ)だし、よっぽど暇だったのかしらね。

 

 自らを女神だ、神だなんて称して、それってちょっと痛い存在じゃない? なんて私は思います。まぁ、人々がそう呼びだして、それを気に入り受け入れただけなのかもしれませんけれどね。

 

 ちなみにアンヌのいる世界と地球世界のヒト種はとても似ていますがそれも当然で、地球人類を元にして女神があの世界でヒト種を広めていったそうです。

 

 それとは逆に、地球における伝説の幻想生物なんかは、女神世界の生き物が渡ったものらしい。

 

 なにそれ、めちゃくちゃ干渉しまくってるじゃんか。

 

 

 そんな干渉も、宗教戦争が頻発(ひんぱつ)し、それになにより科学技術の発達、通信、ネットを代表とする情報化社会になったことにより、下手な手出しはヤバいとなり、地球における神の干渉は次第になくなっていったのだとか。

 

 ふ~ん。

 

 

 ま、いいか。

 余談がすぎました。

 

 

 

 そんなこんなで女神との対話は最初の一触即発(いっしょくそくはつ)な状況からは抜け出し、いつしか女神様の苦労話を聞かされる羽目になっている私がいました。

 

 

 どうしてこうなった。

 

 

【ヒト種のわがまま、傲慢(ごうまん)さには本当に手を焼いているのです。あなたもそう思うでしょう? 見ていましたよ。閉じ込められたり、(さら)われたりしていたではありませんか】

 

 

 ああ、うん、そうだね。

 でも見てたのなら助けてよね。

 

【我がせっかく魔素溜まりに対する啓示をアールヴたちに出しても、あろうことかそれを迫害し、無駄にしてしまったのですよ? あきれ果て、我はもうヒト種を見放そうかと思ったほどです】

 

 

「けど、私を呼んだじゃない?」

 

 

【地球の神に(なだ)められました。地球の神もヒト種にはほとほと手を焼いているようで、それに比べれば私の世界なんて可愛いものだ……なんて、ため息交じりに言われたものです】

 

 

 ああ、うん。そだね。地球って、どこ行っても戦争ばかりだしね。核兵器と比べたら災禍(さいか)の凶龍も可愛いものかもしれない。

 

 っていうか意識体であるはずの神がため息って……。

 

「そ、そっか。でも、でもさ、だったらどうして私のことずっとほったらかしに……」

 

【ずっと啓示を出そうとしてました~、我は頑張っていました~!】

 

 

 うわ、駄々っ子か? かぶせ気味に主張してきたっ!

 

 

【あなたときたら何もしようとしないし、湖から一向に動き出す様子もないし……、どうしたものかと。本当にやきもきさせられました!】

 

 

 ううっ、怠け者ですみません……。

 

 おかしい、なんで私が責められることに?

 

【ようやく動き出したら出したで訳の分からない、意味不明な進化を始めますし。元素(エレメント)の精霊として生を与えたはずでしたのに、どうしてそのような訳の分からない存在へと変わっていってしまうのです! アールヴたちと共生し、そこから災禍の凶龍を抑え、ヒト種への教導を緩やかに進めて行ってもらうことこそ、望みでしたのに】

 

 

「うえぇ。そ、そんなこと言われましても……ねぇ」

 

 しがない日本の中年おっさんサラリーマンに、そんな高尚なことを求められましても。

 

【はぁ。ですが我としても色々行き届かなかったことがあったことはお詫びいたします。(わが)世界より高次である地球のヒト種の、強固な魂の力を見誤っていたゆえの手違いでした】

 

 驚いたことにお高くとまっていたはずの女神様がなんとも素直に私に謝ってくれた。どこから仕入れた知識なのか、日本風のしっかり腰を折った、頭を深く下げてのお詫びです。

 

 ここまでされれば、さすがの私もこれ以上何かを言おうという気持ちにはなれない。

 ああ、ここでも弱腰中年おっさんサラリーマンの心根が……。

 

「ああもう、わかりましたから頭を上げてください」

 

 私の言葉に女神様がゆっくりと頭を上げます。大理石のような冷たい印象しか持てないクソ女神であったはずなのに、上げられた顔は、微妙に人間味の現れた多少冷たい印象は残っているものの、とても優しい雰囲気をもつ美女に変わっていました。

 

 これは私の心象変化によるものなのかしらん。

 

 意識体である女神。

 その見た目は見るものの心のあり様によって、いかようにも変化するものなのかもしれません。

 

 

「じゃあ私がこのままあの世界に戻っても、もう文句ないよね?」

 

【ううぅ、い、(いた)し方ありません。ですが、本当に無茶しないようお願いします。今のあなたの力……、地球世界で得たあまりにも強大な力は、扱いを誤れば我の世界が崩壊(ほうかい)してしまいます】

 

 女神様がちょっと恨みがましそうな表情を浮かべながら私に言いますが、そんなこと私に言われても。

 

「こうなったそもそもの原因は()()()のせいなんだから。私を地球に戻さなかったら、こうはなってなかったんだからね?」

 

【そ、それはそうかも知れませんが……】

 

「はいはい。もういいでしょ? 私だってちゃんと常識ある日本人のサラリーマンだったんだから。世界壊すような恐ろしい真似はしないです。女神……、え~っと、フェリアナ様でしたっけ? 心配しすぎです」

 

【そ、そうでしょうか……】

 

「そうです! もうきりないから私は行きます。くれぐれもこれからは余計なことしないでくださいね。もうここにはいつだって来れるんですからね? お仕置きしますからね?」

 

 

 

 私はそんな言葉を残し、なんとも余計な手間がかかったものの、再びアンヌのもとを目指し、謎空間転移の旅に戻ったのでした。

 

 

 あっ、別れ際の女神フェリアナの不安そうな表情に、ちょっとSっ気が()いてしまったのはナイショです。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ミーアちゃんが居なくなってから三年の年月が過ぎました。

 

 

 ミーアちゃんが災禍の凶龍のもとへ向かったのち、当初は色々大変でした。

 

 あの当時、スヴェン隊長たちは慌ただしくアールヴの人たちの村を後にし、ヴィーアル樹海から脱出し、領都の安全確保のため対応に追われたようです。女神フェリアナ様が封印していたという災禍の凶龍? が暴れ出した影響で、騒然となった魔獣たちはヴィーアル樹海から逃げ(まど)うようにあふれ出し、どんどん海峡を渡って、ヴィースハウン領はもちろん、それ以外の領、更には他国にすらその暴走の影響が出たようです。

 

 私と冒険者の二人、オルガさん、ドリスさんは村に残ってミーアちゃんの帰りを待つことにしたわけですが、ヴィーアル樹海の奥、凶龍の封印地にほど近かったアールヴ族の村は当然のことながら安全とは言えない状況になるはずでした。

 

 けれど意外なことに、ミーアちゃんが残していってくれた虹色魔石についてスヴェン隊長指示によるヨアン副長の指導がなされていて、村の結界魔道具にそれを用いたことにより絶大な効果が得られたのです。おかげさまで村への魔獣の侵入は最小限となり、被害はほとんどなく、多少出た怪我人も樹海の様子を見るため、巡回していた一部の人たちに限られていました。

 

 ほんとに意外でした。

 

 私も治癒で協力したり、オルガさんたちも冒険者の経験を生かし巡回に協力したりして、アールヴ族の人たちとうまくやっているようでした。

 

 後から聞いた話では、スヴェン隊長たちも砦や領都の結界魔道具の魔石を虹色魔石に置き換えることで相当な効果を得られたようで、各個撃破で討伐して回る守備隊にとって、かなりの助けになったのは間違いないようでした。もちろんそれでも被害は出たわけですが……。

 

 隊長に再会したときは、それはもう、なんとも複雑な表情を見せていたものでした。

 

 虹色魔石を得られていない他国は甚大な被害が出たそうなので、ほんとミーアちゃん様様(さまさま)で、再会がかなった暁にはスヴェン隊長からも何かしら感謝や(ねぎら)いの言葉をかけてやってほしいものです。

 

 う~ん、無理なのかな……。

 

 

 肝心の災禍の凶龍のことだけど、ミーアちゃんが居なくなって数時間後、伝わる地響きがとても激しくなり、更に数時間後、その激しい揺れがぴたりと収まり、その後再び揺れが起こることは無くなりました。

 

 あの当時の私たちはそれにひどく安堵(あんど)し、きっとミーアちゃんがうまくやってくれたものと思い、その帰りを心待ちにしていたのです。

 

 激しい揺れが収まった後も、ヴィーアル樹海の騒然とした様子はしばらく続いていましたが、徐々にそれも収まっていき、海峡を渡る魔獣もその数を減らしていき、平常な状態へと収束していきました。

 

 

 でもミーアちゃんは待っている私たちのもとに帰ってこなかったのです。

 

 他所(よそ)の部隊の心無い人たちが、もう死んだに決まっている。とんだムダ金使いであり、領都に戻れと陰口を言われているのも知っています。

 

 けれど、それでもあきらめきれず、自費を出してでもアールヴの村でオルガさんたちと一緒に帰りを待ち続けていました。その間、お父様からも帰ってくるようにと、魔伝書簡(マナエピスル)を再三にわたって受けていたけれど、距離があることをいいことにそれを(かわ)していました。

 

 ただ、それもクルトとかいうやつがエリクと共にスヴェン隊長の命令書を持参してアールヴの村にやってきたことで終止符を打つことになり、私はとうとうヴィースハウン領へと戻ることになったのでした。

 

 

 ミーアちゃん。

 

 あなたはもう居ないのでしょうか?

 

 災禍の凶龍……と、共倒れになってしまったのでしょうか?

 

 

 そんなことは考えたくもありません。

 でも時は無常に過ぎて行ってしまうのです。

 

 私はミーアちゃんに渡されたお守り(アミュレット)を掲げ持ち、それに魔力を込めながらミーアちゃんのことを思います。その行為を一日も怠ったことはありません。

 

 

 これがミーアちゃんとの唯一の繋がりになると信じ、私は今日もミーアちゃんの帰りを待っています。

 

 

 

 無事な姿を見せてくれることを信じて……。

 

 







次で最終回。

あと一話、お付き合いいただければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーアの幸せ

 謎空間に再び戻った時それは起こりました。

 

 

「え、なに、なんなの?」

 

 

 光など存在しない、ただ闇がどこまでも広がっているだけの空虚な空間のはずなのに。

 

 

 まるで私の存在を取り囲むように(まばゆ)い光の塊が周囲に多数、それこそ数えきれないほど存在しています。

 

 こんなこと、今まで経験したことはありません。

 

 その強い光は、ずっと輝いてはいるものの不定期に明滅していて、それはまるでお互いで対話をしているかのように見えます。私は何とも言えない嫌な感覚を覚え、全スライム体へ瞬時に魔力を(みなぎ)らせます。何が何だかわかりませんが警戒するに越したことはありません。

 

 周囲の光はそうこうしている間にも更に増えていき、いつしか無限の闇であるはずの謎空間が、光の洪水で埋まってしまったかのようです。

 

 

 

「うくっ!」

 

 

 突如、頭に激痛が走りました。

 

 

 なっ、これは……。

 

 激しい頭痛が続き、収まりません。

 

 

 この痛み、忘れもしません。

 

 

 

「め、女神……、ふぇり、アナ~ッ!」

 

 

 

 周囲の光がその頭痛に合わせるかの如く、激しい明滅を始めます。それはまるでストロボ発光のように刺激が強い光で、それの明滅は私の神経を著しく逆なでしてきます。

 

 消えた瞬間は完全なる闇、暗黒の世界。

 光れば辺り一面影すらない完全な光、真っ白な世界。

 

 

 頭痛と光と闇の明滅という精神的に来る刺激に、私は気が狂ってしまいそうです。

 

 

 そんな最中、私を囲んでいた無数の光の塊たちがどんどんその輪を縮めてきました。

 謎空間に漂う? スライム体の総量は相当なものであり、魔力に至っては数百年にわたって尽きることは無いほどの保有量になっています。原子力の力は恐ろしいものなのです。

 

 どうやらこの光たちは、そんな私を封じ込めようとしているようです。スライム体がその光を浴びると、まるで表面にラップを張ったかのように硬直化していきます。

 

 

「く、くそ、女神~~~!」

 

 

 クソ女神!

 

 あんにゃろ、私をたばかりやがりました。

 

 周囲の光からは、女神同様とても強い意識体の圧を感じます。私と女神が、あの女神の世界でグダグダやってた裏で、周囲のお仲間を寄せ集めたに違いありません!

 

 

 私、スライム体になり、魔法を使い、スライム体を駆使し、わざとじゃないにしろ、今まで散々やらかしてきた自覚くらいはさすがにあります。

 

 です、がっ、マジのマジ。今初めて全身全霊、全力をもってこの光たちの圧力に対抗してやるって、心に誓いました!

 

 

 

「クソ女神~~! もう許さないんだからっ!」

 

 

 私の魔力、スライム体の増殖、それらを一気にどば~っと膨れ上がらせました。

 

 

 なのに。なのに。

 

 

 驚いたことに私の周囲を覆っている光たちもそれに負けず劣らずの勢いで、圧力を返してきます。

 

 

「くうぅ」

 

 負けてたまるかっ。

 

 私はアンヌのもとへ帰るん、だ~!

 

 

「クソ、め、が、みぃ~」

 

 

 うざすぎる光を浴び、スライム体の表面はドンドン硬直化していきます。

 まるで紫外線を当てたら固まる樹脂のようです。

 

 これは良くない。

 よくないですっ。

 

 

 私は固まったスライム体を剥離させ、内からはスライム体を湯水のごとく増殖増加させ、負けじと奴らから魔力か何だかわかりませんが、力の源をガッツリ吸収してやります。

 

 ですが一瞬(ひる)みはしますが、それを乗り越えるように新たな光の波が襲ってくるのです。

 

 そんなことの繰り返しで、事態は一向に動かず、拮抗しています。

 なんというか、周囲の光たちが多すぎます。

 

 クソ女神、一体どれだけの世界からお仲間さんを呼び寄せたんですか!

 負けてやる気は毛頭ありませんが、これではいつまで経っても終わりません。

 

 

 こ、こうなったら。

 これは賭けです。

 

 

 クソ女神、一柱(ひとはしら)

 あいつをどうにかすれば周りの奴らは引き下がるかもしれません。それに賭けます。

 

 

 この場はこの場で奴らを引き付けるために維持。

 ミーア単体であっちにいって、女神をやります。

 

 ふ~ちゃん(風精霊)、ここまかせましたよ。私の代わりにスライム体の制御お願いね。

 

 ふふん、実は三精霊の意識体を魔力ともども取り込んでいたのです。まぁ、今は完全に私の一部と化しているのだけど、取り込んだことにより並列処理能力的なものを獲得しちゃったのです。疑似的な多重人格という方がわかりやすいかな?

 

 もちろんほんとに別人として存在してるわけではないので、私であることに変わりありません。

 

 ただ、自分でもわけわかんなくなるので、便宜上そういう呼び名で意識を使い分けてるのです、はい。

 

 でも、これにより私は、完全に分離した状態で別々の行動が出来るようになったのです。あ、三精霊ぶんなので、別動隊として三つまで行動させることが可能!

 

 風精霊(ふ~ちゃん)

 火精霊(ひ~ちゃん)

 水精霊(み~ちゃん)

 

 です。

 わかりやすさがすぎる。

 

 

 ミーア凄い!

 

 

 はっ。

 

 そんなことをのたまってる場合じゃなかった。

 

 

 

 ということでミーア()は分離して、女神のところに舞い戻ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ば、ばかなっ! なぜ、ここに】

 

「あんた私のこと舐めすぎ!」

 

 

 そう言葉を返した瞬間、凄まじい頭痛が私を襲い、更には女神から初めて攻撃を受けることになる。

 

 全方位から百を超えてるだろう光の槍が私を向き、それがまさしく光速で、一斉に私に突き刺さる。

 

 うへぇ、針ねずみミーア……。

 

 刺さったところから硬化が始まるけど、それがなにっ。

 

 私はそんなものを上回る魔力を内から放出し、同時にミーアからスライム体へと即変化、そのままの勢いで女神に襲いかかり完全に覆いつくした。

 

όχι(いや)Βοήθεια(たすけて)!】

 

 女神自身が私に覆われたことで、自らを射ることになる光の槍での攻撃は出来ず、なにより私に覆い被さられてしまった女神は、その瞬間からその力を吸収され続づける運命となったわけで。

 

 

【ああ、ああ、うそです。そんなこと、あるはずが……】

 

 

 ぶつぶつ言ってる女神のことなんかお構いなしに私は女神から力を奪い続けます。

 

【どうして、なぜ、ここに……これたの、です……】

 

 

 立っていられなくなったのか、膝を落とし、四つん這いの姿勢になった女神が苦しそうな表情を見せながらも私に問うてきました。

 

 意識体であるはずの女神ですが、私のこうあるべきという思念の前に、その姿がそんな格好の悪い姿で物質化してしまっているのです。

 

 うける~。

 

 

「ヒント、三精霊の意識体――。ひどい女神さまから見捨てられた精霊さんの意識体、私が有効活用させてもらってるわけです。あんだすた~ん(understand)?」

 

 

【う、くぅ……】

 

 

「そんなわけだからあっちはあっちでお相手させてもらってますけどね。ほんと、あんたうざいわ。もういい、消えちゃて」

 

 私はそう言いながら吸収のペースを上げていく。

 

 

【や、やめ……ろ! 我には我の考えがあっ……、そん……な……】

 

 

 

 

 女神の意識体の圧が消えました。

 

 

 私はスライム体から、ミーアの姿に再び戻り足元で四つん這いになったまま真っ白な、まさに大理石の石像のようになった女神を見下ろします。

 

 

 苦痛にゆがんだ顔で固まったクソ女神の顔。

 私は腰を落として女神と向かいあい、女神の額にデコピン入れてやります。

 

 

 それをきっかけに女神像全体に細かく亀裂が入り、ついには形が維持できなくなって、その場に白い粉となって崩れ落ちてしまいました。

 

 

 その瞬間、どこからか、なんとも言えない暖かな何かが私の体に流れ込んできました。

 

 

 …………。

 

 

「ふ~ん……、めんどくさっ」

 

 

 

 私は改めてただの白い粉になってしまった、女神の痕跡を見つめます。

 

 

「女神フェリアナ様――。どうせ死滅なんてしないんでしょ? また一から出直してきてね!」

 

 

 さて、謎空間に戻りますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戻ってみれば相変わらず膠着(こうちゃく)状態は続いていました。

 

 

 ですが、私がその場に現れたとたん、相手の圧が止まりました。

 

 

 

 うざいストロボ発光がやみ、スライム体の硬直化も止まりました。

 私はその(すき)にふーちゃんと合流、一つのスライム体に戻りました。

 

 

 光の集団がぽつぽつと次第にその数を減らしていきます。

 

 

 どうやら終わった感じ?

 

 

 みるみるうちにその数を減らしていく光集団。

 

 

 

【……する】

 

 

 残ってる中の一つの光が明滅を繰り返して何か意思表示してる。

 つうか、何か言ってる?

 

 

「聞こえな~い? もう一度お願い?」

 

 

 ダメもとで聞き返す。

 

 

【新たなΘεός(かみ)よ、歓迎……する。σταυρός(クロス)κόσμος(ワールド)……を楽しみ……たま……え】

 

 

 ええぇ……。

 

 切り替えはやっ!

 

 

 でも。

 

 

 

 

「ぱす!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 深い深い、どこまでも澄んだ水の中。

 

 

 はぁ、(いや)される~。

 

 

 

 転移して戻るのに最初に選んだのはアンヌのところではなく、生まれ故郷。

 懐かしの湖にしました。

 

 まじ懐かしすぎて癒されまくりです。

 

 

 こここそが天国。

 女神(ミーア)の座となった場所は空虚すぎて(むな)しさしかないです。

 

 

 

 それはどうでもいいとして、なにしろお守りを目印に転移しちゃうと場所によってはアンヌも困っちゃうかも知れません。

 だからワンクッション置いて、湖に出ることにしたのです。ここならどんな出かたしても誰も驚いたり、迷惑かけたりもしませんから。

 

 うん、私は出来た()

 

 

 それにちょっと心配な点が。

 

 

 ぶっちゃけ、あれから今までどれくらいの時間経過があったのかわからないのです。

 

 渡したお守り(アミュレット)がちゃんと機能しているのはわかるので、アンヌが元気でいるのは間違いないと思うのですけれど。

 

 ああ、おばあちゃんになってたらどうしよう?

 

 だってね。ここで生まれて数百年経ってたのに、地球に戻ったら、向こうの私が死んでから三日しか経ってなかったとかね。

 

 時間経過が謎すぎるのです。

 

 

 だから。

 

 

 まずはこっそり様子を伺いに行って、確認してから突入したいと思うのです。

 

 

 

 

***

 

 

 

 気がはやる私はお守りの魔力を辿(たど)って、さっそく空に飛び立ちました。

 

 すぐ近くにシイ=ナに渡したお守りの反応もしっかりありました。

 が、それは後まわし。

 

 アンヌが最優先事項です!

 

 

 樹海上空を飛べば、ワイバーンとか他にも飛んでるやつをいくつか見かけましたが、私を見るとなぜかみんな慌てて逃げていきます。

 

 

 むぅ。

 

 私、悪いスライムじゃないよ?

 

 

 ま、いいですけれど。

 

 

 海峡を渡り、大陸側に入り、いくつか見覚えのある景色を見下ろしつつ、私は整えられた森に囲まれた大きめの敷地の中にある、いかにもお貴族様の館っぽいものが建つ場所へとたどり着きました。

 

 

 私はお守り(アミュレット)を辿ってここまで来ていましたが、ここに来るに至れば、もうお守りなんて必要ありません。

 

 だって、そんなものを必要とするまでもなく。

 

 

 魔力が。

 

 

 アンヌ本人の()()()()()()がわかるのですから!

 

 

 

 ああ、ああ。

 

 

 こっそり様子を伺うはずだったのに。

 

 会いたいという気持ちが止められません。

 

 

 

 たとえアンヌがおばあちゃんになっていても(かま)いません。

 

 私は今すぐ会いたいんです。

 

 

 

 大きな(やかた)のバルコニー。

 

 います!

 

 あそこの奥からアンヌの魔力を感じます。

 

 

 背中の翅が大きく震え、有り余る魔力があふれ出し、透明感のある青白い輝きを辺り一帯にまき散らします。それはまるで私の気持ちを表しているかのようです。

 

 

 そんな私がまき散らす魔力光、それとも魔力自体に気付いたのでしょうか? バルコニー奥の扉の窓越しに人影が見え、その扉が開かれます。

 

 

 出てきたその人影。

 それはもう、ぜったい間違うはずもない……。

 

 アンヌです。

 

 あの頃よりちょっぴり成長して、更に美人さんになってます!

 髪が随分伸びてる気がします。

 

 ああ、でも、それほど時間は経過してなかった。おばあちゃんじゃないのです。

 

 よかった!

 

 

「 っ! ミ、ミーアちゃん?」

 

 

 空に浮かぶ私をいち早く見つけ、その懐かしくも優しい声で、私の名前を呼んでくれました。

 

「ミーアちゃん!」

 

 バルコニーの手すりまで駆け寄り、私の名前を呼びながらその両腕を高々と差し出してくれてます。

 

 おかしい。

 なぜだか前がかすんでよく見えません。

 

 これじゃアンヌの顔が見えないじゃないですか。

 とりあえず、そんなことにお構いなく、勘と魔力でもってアンヌの胸に飛び込む所存です!

 

 

「ミーアちゃん!」

 

「あんにゅ~!」

 

 

 あっ、()んだ……。

 

 

 

 うそだ~。

 

 

 

 おかしい。

 口調はしっかり出来るようになってたはずなのです!

 

 

「おかえり、ミーアちゃん!」

 

「あんにゅ、あんにゅ、あんにゅ~!」

 

 

 何回言っても、噛む……。

 

 

 ま、まぁ、いいです。

 落ち着いたらきっと直ります。

 

 

 私はアンヌに抱きかかえられ、私もアンヌに(すが)り付きます。

 ああ、この匂い、この柔らかさ。

 

 すべてがみんな優しく、懐かしくって、心から安心できます。

 

 

 ああ、やっとこの場所に帰ってこれた。

 

 

 色々面倒なことは山積みのような気もしますけれど。

 アンヌの居るここに帰ってこれたなら、それらはみんな些細(ささい)なことです。

 

 

 きっとなるようになるに違いないのです!

 

 

 そう思いながらも、私はアンヌのふくよかな胸に(いだ)かれ、戻ってこれた喜びに心が満たされていくのを感じるのでした。

 

 

 

 ああ、アンヌのナデナデ気持ち良い。

 

 

 

 幸せ!

 

 

 

 

 

おしまい

 







ここまでお読みいただき感謝です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。