対魔忍RPGクロスオーバー集 (不屈闘志)
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Chapter1 ジャングルの王者ターちゃん♡
No.1 ターちゃん日本へ行くの巻


 『ゲノム党とマリア会は、先の選挙で「バリッ!」議席数が遂にゼロになり、両党首の二条 憲政氏と十文字 篤彦氏は、この結果を受けて「ボリッ!」辞職する方向…』

 

 五車町にあるふうま邸のお茶の間で、テレビから流れる他愛の無いニュースと共に何かを砕く音が響いていた。

 

「やっぱり、このちょび髭とロンゲ…『バリバリッ!』人気無いと思ってたのよね〜『ボリボリッ!』」

 

 その音は、別次元から連れてこられた居候の『若さくら』が、テレビを見ながら、お気に入りである稲毛屋の煎餅を豪快に食べる音であった。

 

 そんな騒がしいがゆっくりとした雰囲気の茶の間に、その邸の一応の主人である『ふうま小太郎』が入って来る。ふうまは、煎餅を齧りながらテレビを見ているさくらを見て、呆れたような顔になった。

 

「あんまり破片こぼすなよ…さくら。鶴さんがこの前、机の下がお菓子の破片だらけで大変だって言ってたぜ。」

 

「ふぁひふぁーひ…」

 

 さくらは、煎餅を咥えながら了解したと言うふうに敬礼した。

 

「一応は注意したからな…テレビ変えていいか?」

 

「ゴックン…いいよ! 何見るの? アニメ?」

 

「いや、この前録画した全世界格闘王トーナメントだけど?」

 

「またぁ? 相変わらずターちゃんのファンなんだから。私は、他の部屋でゲームしてるし。」

 

 若さくらは、つまらなそうに他の部屋に行ってしまった。

 

 ふうまは、若さくらの後姿を見ながら軽く溜め息をつく。

 

(まぁ、この前のトーナメントは、ユンケル帝国やパンピングアイアンホテルと違って、誤魔化してるけど人が何人も死んでるっぽいしなぁ。さくらは、そういうの嫌いだし…けれど、審判や一般の観客がいる分、カオスアリーナやデモンズアリーナと比べるとまだ健全だ。何より女の子は、MAXのロザリー以外出てないし、あまり痛々しく無いんだよな。)

 

 そう考えながらふうまは、リモコンの再生のボタンを押す。すると、テレビ画面に草の腰蓑を着た金髪の筋肉質な青年と鉄のマスクを嵌めたニmを超える大男が、リングの上で激闘を繰り広げている映像が映った。

 

「なんかターちゃんは、東京キングダムの用心棒や傭兵と違って、あのアイアン・マスクが相手でも優しさを捨てずに戦うから、誰でもファンになっちゃうんだよなぁ…おお、この動物の象形拳みたいシーンが凄いんだ。」

 

 ふうまにターちゃんと呼ばれた金髪の青年が、アイアン・マスクと呼ばれた大男の攻撃を動物の真似をして受け止めている。

 

『サイッ!「ガキッ!」 ゴリラッ!「バシッ!」 ゾ…「ピンポーン」カチッ…』

 

 二人の戦闘を見ていたふうまだったが、インターホンの音が耳に入ると玄関の方を向きながら、画面を一時停止させた。

 

「ふうまぁっ〜! 近くまで来たから寄って上げたわよっ!」

 

「その声は、アスカか?」

 

 玄関から響く声は、友達である米連所属の対魔忍『甲河アスカ』であった。対魔忍と米連という違う組織に属する二人だが、仲良くなってからは幼馴染である『相州蛇子』や『山中鹿之介』のように、アポ無しで家に来ることが多くなっていた。

 

 ふうまは、早速アスカを玄関から招き入れ、先程までテレビを見ていた茶の間へと彼女を案内する。

 

「丁度、時子達は全員、用事で外に行っててさくらもゲームに夢中だから、一人でこの前の世界格闘王トーナメントの動画を見てたんだ。アスカも一緒に見ないか?」

 

 アスカは、ふうまの一人という言葉に心のなかでガッツポーズをする。

 

「ほぼ誰もいないんだ…ヤッタ! フフフ、しょうがないわね。男の子ってやっぱり格闘技好きだから、ふうまのつまんない薀蓄にも付き合って上げるわよ。」

 

「おお、サンキュー!」

 

 そう他愛もない会話をしながら、二人は茶の間にドアの前に着き、ふうまが扉を開ける。

 

「今、良いところで一時停止し…!?」

 

「へぇ〜良いところってターちゃんとペドロの師弟対…ってなんてもの見せるのよ!? この変態!」

 

 アスカは、顔を赤面させながら左手を振りかぶる。

 

「待て!? これは誤解…『バシィッ!』あがっ!」

 

 ふうまは、アスカのアンドロイドアームによる容赦ない平手打ちで思い切り吹き飛んだ。

 

「し、しまった…」

 

 茶の間の大画面のテレビには、モザイクがかかっていても解る象のようにイキリ立ったターちゃんの包◯の男性器がどアップで映っていた。

 

 数分後…

 

「あはは、ごめんね…」

 

「いや…こっちも悪かったよ。」

 

 頬に紅葉を付けたふうまとバツが悪そうに笑うアスカは、気を取り直してテレビを仲良く見ていた。やがて試合は、アイアン・マスクがロザリーと抱き合い、そんな彼らを満足そうに眺めるターちゃんの笑顔で終わる。

 

 試合を見終わったふうまは、テレビをまた地上波のニュース番組に戻すと、興奮冷めやらぬといった顔でアスカに向き直る。

 

「ふぅっ〜ターちゃんって強いよなぁ…もしかしたら、アサギ先生とは言わないけど、紫先生とならいい勝負ができるかもしれないよな。アスカは、どう思う?」

 

「まぁ、間近で見た身から言わせてもらうけど、もし戦えば私でも楽には勝てないわね。」

 

「間近って…まさかアスカ!?」

 

 自分の言葉に驚いたふうまを見て、アスカは腕を組みながら自慢気に背を仰け反った。

 

「ふふーん♪ 実はCIAにバッグアップを頼まれて、私と所長はあそこの島に行っていたのよ!」

 

「本当かよ!? ってうか、なんの手伝いで行ってたんだ?」

 

 アスカが所属しているDSO(米連防衛科学研究室)は、基本的に国外には行かない対魔忍と違って、魔界関連の事件であれば、海外に行くこともあるのだ。

 

「本当は秘匿事項何だけど…まぁ、もう解決したからいっか。いやさぁ、実はあのトーナメントの裏には、MAXが支援しているケルベロスっていう組織がいてね…」

 

 アスカは、ふうまにトーナメントのことを自慢気に話し始めた。

 

 アスカ曰く元々MAXは、デモンズ、カオスアリーナと同じような裏の格闘団体を営んでいたこと。最初は、単に強いだけの只の人間を戦わせていただけだったが、ノマドによる魔界の技術が流入し、改造人間を作り出すことに成功したこと。彼らを使い、表の格闘技団体制圧を目論むもターちゃんに邪魔されたこと。そして、同じく魔界の技術を悪用しようとしているケルベロスという組織と組み、ターちゃんのクローンを創り出したこと。しかし、最後にはその計画も失敗し、CIAにすべて捕縛されたこと。

 

「…てな感じで、もしターちゃんが敗れてたら、私か所長があのアイアン・マスクと戦ってたかもね。」

 

「マジかよ…どおりでMAXの選手は、普通の人間とは違うなって思ってたんだよな。(ゆきかぜが白蓮仮面を見て、雷遁の術だわとか言って大騒ぎしてたことは…秘密にしとこう…)」

 

「驚くのはまだ早いわよ。押収したケルベロスのデータを見たら、ターちゃんってエドウイン・ブラックやカーラ・クロムウェルと並ぶ吸血鬼の真祖の一人を倒してたらしいわ。」

 

 対魔忍の不倶戴天の敵であるエドウイン・ブラックと同格の相手を倒したと聞いて、ふうまの顔はさらに興奮気味になるが、すぐに不思議そうな顔に変わった。

 

「す、すごいな…けど、何でDSOはそんな実力者であるターちゃんを仲間に誘わなかったんだ? 所長である仮面の対魔忍なら絶対に誘うはずだろう?」

 

 ふうまの最もな問いに、アスカは少々残念そうな溜め息をつく。

 

「一応、誘ったんだけど『悪いが私の仕事は、米連の手助けではなく、アフリカの平和を守ることなのだ。』って言われて断られたのよ。」

 

 「そうか…殘念だなぁ〜もし、DSOの仲間になってくれたら、対魔忍との共同作戦の時に会えるのに。まぁターちゃんは、元々ジャングルの王者だから仕方ないか…」

 

 ふうまは、残念そうだが納得した様子で軽く頷いた。

 

 そんな彼を見たアスカは、少し複雑な心境であった。

 

 (本当はその答えの前に、朧さんの仮面とコートの中の対魔スーツを見て『SMの女王様なのだ〜!』って、粱さん?と黒人の人とで大喜びして、隣の太った女の人に全員しばかれたんだけど、やっぱり内緒に「そういえば!」え!?…)

 

 ふうまの突然の声にアスカは、思考を中断し彼を見る。

 

「そういえば、ネットの噂なんだけど、ターちゃんは飛べるって本当か!? 本当だったらどういう風に飛ぶか、具体的に俺に教…え? 何、顔を赤く『バキャ!』何でっ!?」

 

「やっぱり変態っ!」

 

 ふうまは、まだ知らない。数日後、その憧れのターちゃんと予期せぬ出会いを果たすことに…

 

 

 それは、まだアフリカが動物達の楽園だった頃、大陸を愛し、そこに生きる動物達を愛する一人の勇者がいた。その勇者の名は、『ターちゃん』。彼は、赤ん坊の頃に親に捨てられたが、父であるチンパンジー、母であるアフリカの大地に力強く心優しい人物として育てられる。やがて時が経ち、青年になったターちゃんは、その性格故に、強大な敵達と悩み苦しみながら激闘を繰り広げることになる。しかし、彼のその強さと優しさに惹かれて集まった仲間達に助けられ、危ういながらも全てに勝利してきた。

 

 そして…

 

ダダダダダダダダダダダダ!!!!!!!!

 

 アフリカの自然溢れる大地で、その場に相応しくない迷彩柄の服を着た数人の男達が、その手に持つマシンガンをライオンやシマウマといったアフリカの生き物達に容赦なく浴びせていた。

 

「撃て撃て撃てぇ!!!」

「やっぱり、生身の動物は良いぜぇ!」

「奴が来るまえに狩り尽くせぇ!」

 

 彼らは、条約で禁止された動物を密猟し、その毛皮を売買する世界ハンター協会の者達である。ターちゃんに今まで幾度も撃退されてきた彼らだったが、それでも懲りずに今回も動物を狩っていた。

 

 やがてハンター達は、動物達を後一歩まで追い詰める。

 

「ヒヒヒ、年貢…いや毛皮の納め時だな…ん? 何だあれは?」

 

 しかし、急に一人のハンターが真正面の遠くの方を指さした。それにつられて他のハンター達もその方向を見る。するとその先の地平線の果てから、三つの砂煙がこちらに近付いてくるのが見えた。

 

「「「あ、あれは!?」」」

 

 ドドドドドドドド!!!!!!!

 

 その砂煙は自然現象ではなく、凄まじい勢いで迫る三人の人間の脚力で起こったものだった。

 

「ジャングルの平和を乱すハンター共! このジャングルの王者ターちゃんがゆるさないのだ!」

 

 そう叫んだのは、草で作った腰蓑だけを着て、その筋肉を余すとこなく見せつけている短い金髪の男性、『ジャングルの王者 ターちゃん』だ。

 

「また、俺の中国拳法の餌食になりたいらしいな。密猟者共!」

 

 次に叫んだのは、三人の中で一番鋭い表情をし、長い黒髪を後に纏め、顔に切傷がある中国拳法の道着を着た男性、『西派白華拳最高師範 粱』だ。

 

「懲りない奴らめ! 今日は、お前らに熱いお灸を据えてやる!」

 

 最後に叫んだのは、三人の中で一番年が若いが、溢れ出るオーラは他の二人に少しも負けていない、短い黒髪に空手の道着を着た男性『ターちゃんの一番弟子 ペドロ』だ。

 

 「「「クソっ!」」」

 

 ダダダダダダダダダダダ!!!!!

 

 先程の動物に浴びせた以上の激しい弾丸の雨が、三人を襲う。

 

「「!!」」

 

 粱師範とペドロは、素早く左右に別れて弾丸を避けた。

 

 だが、ターちゃんだけは…

 

「マ、マシンガンを避けながらそのまま突っ込んで…」

 

 他の二人と違い、弾丸を避けながらもスピードを落とさずハンターに突っ込み、パンチを放つ。

 

「ターちゃ〜んっパァーンチッ!」

 

 バキャ!

 

「ぎええっ!」

 

 ターちゃんの拳によりハンターの一人が、たまらず吹き飛んだ。

 

 「クソオオオオ!」

 

 それを見た他のハンターは、弾切れになったマシンガンを捨て、目前まで迫った粱師範の顔に破れかぶれの拳を放つ。

 

 しかし、粱師範は冷静にその腕を絡めて…

 

「西派転身狭術!」

 

 と流れるように肘に白華拳に伝わる関節技を決めた。

 

 ガキッ!

 

「ギ、ギブアッーープ!!」

 

 身悶えする隙も与えない卓越した関節技に、ハンターはたまらず大声を上げて敗北を宣言した。

 

「う、うわぁ!」

 

 最後に残ったハンターは、自分達が乗って来たジープに一人だけ飛び移って逃げようとする。

 

「待て! 仲間を見捨てて逃げようとするなんて、最低な奴だ!」

 

「畜生!」

 

 しかし、それより早く後ろまで迫っていたペドロにジープから引きずり降ろされた。

 

「ごめんなさい! もう、改心してここには来ないから許して下さい!」

 

 引きずり出されたハンターは、土下座してペドロに謝る。しかし、ペドロは厳しい顔で見下ろすのみ。

 

「駄目だ。さっき言ったはずだ。今日こそは熱いお灸をすえると…」

 

 そう言ってペドロは、空手着の懐から何かを取り出そうとする。

 

 「ヒィィッッッ! 道具でお仕置きだけは勘弁して!」

 

 ハンターの顔が恐怖に歪んだ。

 

 一方、他のハンターを拘束しながらその様子を見ている粱師範は、僅かに驚きの表情になる。

 

 (ペドロが、武器を使ってハンターにお仕置きするなんて初めてだ。あいつも相当腹にすえかねて…ん?)

 

 ジジジジジジ…

 

「ここが肩こりに効くツボで、ここが腰痛に効くツボ…」

 

「あぁぁ…そこそこ……」

 

 ペドロは、上半身裸になったハンターにもぐさを盛り、火を付けていた。

 

「本当にお灸を据えてどないすんねん!」

 

「す、すいません。ヂェーンさんが最近、お灸に凝られているので、ついつい練習をしたくて…」

 

 数分後、ハンター達は、縛られてターちゃん達の前に座っていた。しかし、彼らは、制圧されているのにも関わらず、気丈にターちゃんに吠え続ける。

 

「けっ! ここでお仕置きされたって、また舞い戻って来てやるぜ。」

 

 ターちゃんは、その優しさ故に動物を狩るハンター達でさえ過度な罰を与えることをしない。だが、それ故にほとんどのハンター達は、反省してる振りをして、傷が癒えればまた動物を狩り始めてしまうのだ。

 

「こいつ! だったら、もっと…先生?」

 

 ペドロがハンターの胸ぐらを掴もうとするのを、ターちゃんが止めた。

 

「私は、これ以上ハンターであろうとも人を傷付けるのは嫌なのだ。」

 

「しかし、先生!」

 

「安心しろペドロ…しっぺや握りっ屁で反省しないなら、私が昨日考えた傷付かないお仕置きを受けてもらう!」

 

 そう言って、ターちゃんは後ろを向いて、ハンター達に腰を近づけた。

 

「な、何を…」

 

「新技! ターちゃ〜〜〜ん…大放屁!」

 

 すると鋭い音とともにターちゃんの尻から辺りを包むほどの大量の屁が出た。

 

「「「あがぁ?!ッッッッッ…………」」」

 

 ハンター達の悲鳴が響くとそれを最後に、辺りは静寂に包まれる。

 

「これでこいつらも少しは懲りただろう。だからもう許してやれ、ペドロ。」

 

 そう言ってターちゃんが振り向くと、先程まで元気にターちゃんを馬鹿にしていたハンター達は、スカンクを超える臭さのターちゃんの屁を嗅いでピクピクと小刻みに震えて気絶していた。

 

「「「………」」」

 

 ついでにいきなりの新技に巻込まれた粱師範とペドロも気絶していた。

 

「「………」」

 

「あ~〜!? ペドロ!? 粱師範!? ごめーーーーん!」

 

 一時間後…

 

「勘弁してくれよ、ターちゃん。あんな技?をやるなら、予め言っといてくれ。」

 

「そうですよ、先生。」

 

「いやーごめん。ごめん。」

 

 ターちゃん、粱師範、ペドロは、目が覚めたハンターを逃した後、自分達の家へと歩いていた。

 

「けれど、やっぱりターちゃんはこの仕事の方が生き生きとしてるな。」

 

「先生は、十円ハゲを作りながら苦しんで戦うよりも、アフリカで生き生きと動物達を守る方が向いてますよ。」

 

「もーペドロ、十円ハゲのことは言わないでくれよ。」

 

「「「あははっ!」」」

 

 にこやかに笑う三人。

 

 しかし、もうすぐ家が見えてくる距離になると、ターちゃんの表情が変わった。

 

「あれ? なんか家の近くに何かあるのだ?」

 

「あ、先生!」

 

「待てよ、ターちゃん!」

 

 ターちゃんは、視力5.0の目で家の近くに止まる何かを捉えると家に向かって走り出した。

 

 やがて家が近付くにつれ、その何かの全貌が見えてくる。

 

「あ、あれは?」

 

 それは、一台のセスナ機だった。

 

「あ、ターちゃん大変よ!」

 

「ウキウキ!」

 

 ターちゃんの驚きの声に相撲取りの様に太った女性と一匹のチンパンジーが家から慌てて出てくる。ターちゃんの妻である『ヂェーン』とターちゃんを赤ん坊の時に拾って育てた『エテ吉』である。

 

 そして、その二人の後を追うようにある人物も家から出て来る。

 

 ターちゃんは、その人物を見てさらに驚きの表情になった。

 

「あ、あんたは…」

 

 その人物は、かつて自分の実の父と名乗ったアレクサンド・コーガンであった。

 

 すぐに粱師範とペドロがターちゃんに追いつき、ターちゃん一家が集まると、アレクサンドは泣きながら話し始めた。

 

「ターちゃん、助けてくれ! リサが攫われたんだっ!」

 

「「「な、何だって!?」」」

 

 

 十時間前、アレクサンド・コーガンが経営しているパンピングアイアンホテルの地下格闘場。何百人といる観客が観戦する中央の四角いリングの中で、二人の女性が戦っていた。

 

「ハァ…ハァ…」

 

 肩で息をしているのは、清楚な雰囲気を思わせる白いレオタードのようなリングコスチュームを着た長い金髪の美女。

 

 彼女は、コーガン家の長女『リサ・コーガン』。

 

「フフフ…♪」

 

 そのリサと対面して薄く笑みを浮かべているのは、年頃はリサよりもふたまわり上、リサの白いリングコスと相対するよう派手な銀蒼色のリングコス、青みがかかった緑色の髪と金色の瞳、そして、目元を隠すマスクをしてもわかる妖艶な美女であった。

 

 マスク美女のリングネームは『スネークレディ』。

 

 彼女は、パンピングアイアンホテルの試合場に彗星の如く現れた新人選手であった。主に大衆受けするような派手なプロレス技とサブミッションを使い、さらにその美貌で、人気を博し、僅か数試合で女子格闘技のチャンピオンであるリサに挑戦してきたのだ。

 

 「リ、リサッ!?」

 

 主催者専用の観戦室で、張り付くようにアレクサンドは、試合を見ていた。

 

 アレクサンドは、試合前はリサの圧勝だと思っていた。僅か数試合見ただけだが、スネークレディはよくいる関節技が得意なプロレスラー程度だと思っていたからだ。

 

 そして、それはリサも同じであった。

 

(あ、甘かった! こいつ、他の試合では実力を隠していたんだ! いや…というよりも他の選手相手には差が有りすぎて、実力を見せる必要が無かったんだわ!)

 

 スネークレディの攻撃に、リサは防戦一方であった。スネークレディは、パワーはもちろん、スタミナ、耐久力などあらゆるものがリサと比べ物にならず、何よりも蛇のように絡みつく関節技は、一流を超えて芸術の域までに達しているようだった。

 

「頑張っていたようだけど、これで終わりよ…♪」

 

「え、消えた!?」

 

 スネークレディは、どう攻めるか考えていたリサの一瞬の隙を付いて眼の前からいなくなる。

 

 リサは、急いで辺りを見回すがスネークレディを見つけることが出来ない。

 

「ど、どこに?」

 

「ここよ♪」

 

「!?」

 

 リサが背後からの声に反応する前に、スネークレディの両手が、彼女の首に蛇のように絡みつく。

 

 ギリッ!

 

「ぐあっ!?」

 

 そして、流れるような裸締めで、リサは抵抗する間もなく一瞬で落とされた。

 

『ワァッッッッッッーーーーーー!!!!!!!』

 

 カンカンカンカンッ!!!!

 

 観客の怒号のような声を止めるように試合終了のゴングが鳴り響く。

 

 ゴングが鳴った直後にスネークレディは、技を解いて、気絶してぐったりとしたリサを抱きかかえた。そして、投票券が桜吹雪のように舞う中、スネークレディは、リサを抱えたまま退場する。 

 

 その様子を見た観客達の目には、スネークレディがリサに敬意を払って、自ら医務室に連れて行く尊い行為に映っていた。

 

 だが、スネークレディの顔は、相手に敬意を払っているような顔ではなく、獲物が手に入った喜びに溢れる残酷な顔であった。

 

「この娘、多分処女ね♪ カオスアリーナでまた勝負した時が楽しみだわ♪ その時は、その大切に守ってきたそれを私が…あら?」

 

 しかし、リサを抱えて廊下を歩くスネークレディの前に、二つの影が立ちはだかった。

 

「待てよ、そっちは医務室じゃねえぜ。」

 

「妹は、兄である私達が受け取ろう。」

 

「…へぇ♪」

 

 一人は、長い金髪の勝ち気そうな雰囲気溢れる青年、コーガン一家の一人『マイケル・コーガン』。そして、もう一人は、黒髪で顔はその兄に似ているが、落ち着いた雰囲気の青年、彼はマイケルの弟『マット・コーガン』だ。

 

 二人はリサと同じく、このパンピングアイアンホテルのスター選手であり、ターちゃんや改造人間相手以外なら負けたことがない実力者であった。

 

「あらあら、スター選手が二人も…これは光栄ね♪」

 

 しかし、そんな実力ある二人を目の前にしても、スネークレディの表情は、恐れや焦りといった感情が見えない。

 

「心配しなくても大丈夫よ♪ 私は、医務室じゃなくてロッカールームで彼女を休ませたかっただけなの♪ 貴方達、女子のロッカールームにまで付いてくる気?」

 

 スネークレディは、構わずにリサを抱えて二人の間を通ろうとする。

 

 しかし、そんな場に、マイケルとマットとは違う男の声が響く。

 

「待て…スネークレディ…」

 

 ドサドサドサドサ…

 

 声が途切れると同時に廊下の角から、東京キングダムやヨミハラに巣食っている何人ものオークや鬼族の傭兵達が宙を舞って、スネークレディの目の前に積み上げられた。

 

 そして、それを追って声の主もスネークレディの前に現れる。

 

「「ロド兄さん!」」

 

 出てきたのは、短い金髪で鋭い目付きをしているが冷静な雰囲気を匂わせる、マイケルやマットより年上の男性。彼は、かつてをコーガン一家と敵対していた、マイケル達の腹違いの兄『ロド・ソドム』である。しかし、現在は和解し名を改めてコーガン一家に入り『ロド・コーガン』と名乗っている。

 

 いきなり現れたロドを見て、今まで余裕だったスネークレディの表情が、わずかに真剣味を帯びたのが、マイケルとマットにはわかった。

 

「へぇ♪ 流石、元MAXNo.1のロド・ソドムね♪ 改造されてなくても、そこいらのオークや鬼族じゃ相手にならないか…」

 

「俺を知っているのか? 東京キングダムカオスアリーナの主であるスネークレディ…いや、カリヤ! ミスターQから聞いたことはあったが、そんな裏の大物がまさか、表の舞台に出てくるとは思わなかったぞ。」

 

 鬼気迫るロドを前にして、カリヤは慌てずにゆっくりとリサを壁近くに横たわらせた。

 

「最近、アリーナもマンネリ気味なの。対魔忍や米連といった裏の娘達を連れてくるのもいいんだけど、最初から有名な表のスター選手を連れて来る方が、客入りも良くなると思ったのよ。」

 

 そう言って、カリヤはゆっくりと三人に向かって構えを取る。

 

「笑わせるぜ。俺達三人を同時に相手するなんてな。」

「いくら、リサを倒したとはいえ調子にのるなよ。」

「俺達を相手にして勝てるのは、この世で俺達兄弟の長男だけだ。」

 

「フフフ…いいわよ♪ 坊や達からかかって来なさい♪」

 

「「「ウオオオオッッッッッ!!!!!!」」」

 

 その数分後、彼らの父親であるアレクサンド・コーガンは観戦室から出て、リサの元へと急いでいた。

 

「リ、リサ!」

 

 しかし、アレクサンドが、試合場近くの廊下に付くとそこには恐るべき光景が広がっていた。

 

「うぅ…」

「か、体が…」

「く、クソ…」

 

 自分の自慢の息子達が、三人共苦しみながら廊下に横たわっていたのだ。周りには、トーナメントの関係者や医者が大声で指示を与えている。

 

「マイケル!? マット!? ロド!?」

 

 急いでアレクサンドは、三人の元へと駆け寄った。

 

 三人の体に外傷は、目立った見当たらない。しかし、彼らの肌は、段々と薄黒くなっている。

 

「三人共、どうしたんだ!?」

 

 アレクサンドの問いにロドだけが苦しみながら答える。

 

「ス、スネークレディの…正体は…と、東京キングダムカオスアリーナの主、カリヤだ。リ、リサは、そいつに攫われた…」

 

「な、何だって!?」

 

 アレクサンドは、すぐにカリヤを追おうと出口に向かおうとするが、それをロドが震える手で止めた。

 

「お…追っても無駄だ。あいつには、毒を操る力がある。その能力の前には、俺達三人がかかっても余裕綽々で……ご、ご覧の有様だ。あいつには、警察を使っても止められない。」

 

「じゃあ、どうしたら!?」

 

「い、行き先は、おそらく東京キングダムだろう。し、しかし、奴の本拠地に行き…うっ!?…カリヤを倒し、リ、リサを取り戻せるのは、この世で唯一人。俺達の尊敬するに、兄さんだけ…『ガクッ…』」

 

「ロドォ!?」

 

 

「信じられねぇ…一人の女があの三人を同時に相手して、しかも数分で倒してのけるなんて…」

 

「もしかしたら、その女性は、改造人間やヴァンパイア戦士とは比べ物にならないほど強いのかも…」

 

 コーガン一家の実力を、文字通り痛いほど知っている粱師範とペドロは、背中に冷や汗をかく。

 

「あの三人は、まだ毒で苦しんでいる。医者曰く手作りの毒で、解毒するには毒の作成者の協力が必要らしい」

 

 涙を流しながら、事の次第を語り終えたアレクサンドは、ターちゃん達に土下座した。

 

「た、頼む。ターちゃん! わしの全財産をあげてもいい! 日本の東京キングダムに行ってリサを取り返し、スネークレディから解毒の方法を聞き出してくれ!」

 

 土下座するアレクサンドをターちゃんは、優しく顔を上げさせた。

 

「た、ターちゃん…」

 

「血が繋がっていないのを分かっていながら、私をまだ兄と呼んで慕ってくれたマイケル、マット、リサ、ロドを見捨てることなんて、私には出来ないのだ。」

 

「じ、じゃあ…」

 

「初めてだな日本へ行くのは…」

「日本は、空手の発祥地ですから腕が鳴りますね。」

「東京見物、一度はしたいと思っていたのよね。」

「ウキウキ(日本猿でカワイイ娘いると良いな)」

 

 ターちゃん以外の者達も、後は任せろっといった笑顔でアレクサンドを見ている。

 

「み、皆さん…有難う…だが、気を付けてくれ。東京キングダムは、日本の領地でありながら、各国のならず者が集う法律が通用しない治外法権都市でもあるんだ。」

 

「東京キングダムだろうが、黒部ダムだろうが関係ないのだ! みんな!」

 

「「「「「「いざ日本へ(ウキキ!)!!!」」」」」

 

 ターちゃん一家は、地平線の向こうを指さした。

 

「皆さん、そっちは日本じゃなくて南極ですけど…」

 

 ドタっ!!!!

 

 そして、全員仲良くズッコケた。

 

 ◇

 

 ターちゃん達がセスナ機に乗って、日本へ向かった数分後…

 

 ひと目で高級車とわかる派手な車が、ターちゃんの家の前に止まり、運転席から豪華な服を来た黒人の男が降りてきた。

 

「ターちゃん! 日本に東京キングダムっていう凄い歓楽街の島があってさ! これから粱ちゃんやペドロと一緒に男だけでその島に行って、MAXとケロベロスの祝勝パーティーを…あれ…」




極道兵器の執筆が進んでいないなか、徳弘正也作品にハマり、気晴らしで投稿させて頂きます。

感想等お待ちしております。


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No.2 暗黒の東京キングダムの巻

五車学園の校長室…

 

「蛇子が攫われたんですか!?」

 

 対魔忍の頭領である伊河アサギが目の前にいるのにも関わらず、ふうまは大声を上げた。

 

「そうよ。一緒にいた山中君によれば、貴方の家に向かう途中でフュルストが現れて、いきなり攫われたらしいわ。」

 

 フュルストは、『裏切りの対魔忍 甲河朧』や『魔界騎士 イングリッド』と並ぶ魔界随一の魔術を使うノマドの大幹部の一人である。

 

「ごめんっ! ふうま! 俺が付いていながら蛇子が攫われるなんて!」

 

 アサギの近くに立つ背が低く一見すれば美少女にしか見えない少年、蛇子とふうまの同級生である山中鹿之介は、泣き腫らしながら土下座をする勢いでふうまに頭を下げる。

 

 そんな泣いている鹿之介をふうまは、優しく頭を上げさせた。

 

「鹿之助、お前の責任じゃないとまでは言わないけど、あのフュルストが襲って来て、お前まで攫われなくて良かった…」

 

「ふ、ふうま〜! ありがとう…」

 

 鹿之助は、泣きながらもお礼を言う。

 

 ふうまは、鹿之助を慰めると再び厳しい顔になり、アサギに向き直った。

 

「アサギ先生、今の状況を教えてもらえませんか?」

 

「解ったわ…」

 

 アサギ曰く、蛇子が攫われて数時間後、学園に蛇の使いと名乗る者から連絡があり、その連絡によれば蛇子は東京キングダムで囚われの身になっており、ふうまを名指しでそこに呼び出していること。すぐに救出部隊を結成したいが、今現在動けるのは、ふうまが隊長をしている独立遊撃部隊しかいないこと。

 

「…ということよ。」

 

「どうする? ふうま?」

 

「分かりました。そうなれば…」

 

 

 東京キングダムは、元々は日本政府が臨海副都心に次ぐ都市を作ろうと開発を進めていた人工島だった。しかし、予算の問題や戦争で開発は中止し、いつの間にか、当初とは真逆の裏世界の者達が集う欲望渦巻く治外法権な島となった。

 

 そんな島の入口で、ある四人と一匹が会話をしていた。

 

「なんか噂には聞いていたけど、凄いところねぇ…」

 

 元都会育ちであるはずのヂェーンが、珍しそうに辺りを見回す。

 

 東京キングダムに着いたターちゃん一家は、島の入口辺りで、この街の退廃した雰囲気にたじろいで一歩を踏み出せないでいた。

 

「アメリカのラスベガスも凄かったけど、ここは何か妖しい感じですね。」

 

「しかも街だけじゃねえ…コーガンの親父が言っていた通り、人間じゃねえ魔界の住人って奴がゴロゴロいやがる。」

 

 そう言いいながら、粱師範は道を闊歩しているオークや鬼族、淫魔族といった亜人達を少し注目して見る。

 

「うぅ、木々が生えているところが全く無いのだ。」

 

「ターちゃん…」

 

 ヂェーンは、少し俯くターちゃんを心配そうに見る。ターちゃんは、アフリカの自然で育ち、そこでずっと戦ってきた。故に長い時間自然が無い場所にいれば、元気が出なくなるという弱点があった。

 

「ここでウダウダやってても仕方ねぇ。とにかく、カオスアリーナはどこにあるか、そこらへんの奴に聞いてみるか…」

 

 気弱そうなターちゃんを見た粱師範は、率先して進んで行く。

 

 ペドロは、東京キングダムの妖しい雰囲気に物怖じしない粱師範を尊敬の眼差しで見る。

 

「さすが、粱師範。こういうときには、頼りに…」

 

「あ、あの僕ら、ちょっと外国から来てて、地理に詳しくないから、ここらへん君に案内して欲しいな…つ、ついでに君のお名前なんかも…」

 

「え!? あ、あの?」

 

 粱師範は、セクシーランジェリーだけを纏った娼婦の女性を照れながら口説いていた。

 

「どさくさに紛れてナンパしないで下さい!」

 

 ペドロが突っ込む。

 

 そして、それと同時に娼婦の近くにいた客引きをしていた小柄なオークが、ニヤニヤと笑いながら粱師範に話しかけて来た。

 

「お兄さん、この娘買うのかい?」

 

 いきなり現れたニヤけた小オークが視界に入ると、粱師範はいつもの鋭い顔に戻る。

 

「いや、違う。道案内を頼もうと思っただけだ。あんた、スネークレディが経営してるカオスアリーナってどこにあるか知ってっか?」

 

 質問された小オークは、数秒間だけ怪訝そうにターちゃん達を品定めするかのように見るが、いきなりフレンドリーでにこやかな表情になった。

 

「ああ、知ってるぜ。あんた達、あそこに行きたいのかい?」

 

「ああ。」

 

「いいぜ、案内してやるよ! 兄さん達、本当にここらへんのことを知らなさそうだしな。付いてきな!」

 

 そう言って、小オークは手招きしながら近くの路地裏に入って行った。

 

「良かったわね。親切な人?がいて、ターちゃん。」

 

「やっぱり見かけで判断しては行けないね。」

 

「ウキキ!」

 

「「……………」」

 

 ターちゃん、ヂェーン、エテ吉は素直に、粱師範とペドロは真剣な顔を崩さずにオークに着いていった。

 

 しかし、数分後…

 

「ちょっとあんた? なんかどんどん道が怪しくなってるんだけど?」

 

 ヂェーンが言うとおり、オークが進んでいくうちに周りの景色は、どんどんと薄暗く、たむろしている者達もガラが悪くなってきた。

 

「ここが一番近道なんですよ……………ククク、ついたぜ。」

 

 やがて、ターちゃん達は予想に反して薄暗く広い港の倉庫街に着いた。

 

「あれ、ここがアリーナなの?」

 

 ターちゃんが不思議そうに辺りを見回した。

 

 そんなターちゃんを見た小オークは、面白そうな笑顔になる。

 

「ヒヒヒ、最近は東京キングダムのマップ本も出てるから、獲物が少なくて困ってたんだ。あんたらみたいな絶滅危惧種と出会えて良かったよ。」

 

「絶滅危惧種って、私達は佐渡ヶ島のトキってこと? まさか乱獲するのか!?」

 

「例えが分かり難いわっ! つまり、俺はお前らの有り金を頂くためにここに誘い込んだってこと!」

 

 小オークの怒鳴り声を合図に、周りの物陰からナイフや棍棒を持った大柄なオークが三十人程現れた。

 

「大人しくしてれば、命までは取らねぇよ。まぁ、これも東京キングダムの高い授業料ってことで快く払ってくれや。」

 

 小オークは、案内したフレンドリーな態度の仮面を捨て、本来の性格を見せつけるように嫌らしく笑う。

 

「何か怪しいと思ったらこういうことか…」

 

「まぁいいぜ、どっちにしろ行き先は答えてもらうんだからよぉ。ちょっと質問の仕方が変わるだけだ。」

 

 ただの人間なら手を上げて許しを請う場面である。しかし、ペドロと粱師範は、こんな修羅場は慣れているというふうに、会話しながらゆっくりと身構えた。

 

「ヂェーンとエテ吉は、そこの物陰に隠れていてくれ。」

 

 ターちゃんもアフリカでハンターと対峙したときのような真剣な顔になる。

 

「わかった! ターちゃん、ボコボコにしちゃいなさい!」

 

「ウキキ!」

 

 一方、自分に従う気のないターちゃん達を見た小オークは、笑みを崩さずに大声で叫ぶ。

 

「抵抗しなけりゃ、怪我なく済んだのによぉ…みんな! やっちまえ!」

 

『ウォォォォォォォッッッッ!!!!!!』

 

 叫び声を上げながら四方八方からオーク達が、ターちゃん、ペドロ、粱師範に襲いかかった。

 

「馬鹿め…対魔忍やサイボーグでもないただの人間が、銃も持たずに俺達を相手に……え“!?」

 

 多勢に無勢で簡単に殴って終わると思っていた小オークだったが、三人の様子を見ると顔色がみるみる変わっていった。

 

「いくら人間より力が強くても、改造人間やヴァンパイア戦士と比べると大分劣りますね…てやぁ!」

 

「そうだな。こいつら相手なら気を使うまでもねぇ! オラァ!」

 

 ペドロと粱師範は、何十という棍棒やナイフを上手く捌き、体格を上回るオーク達を次々と倒していた。

 

「ぐ、クソ…え!? な、なんだ!?」

 

 さらに小オークを驚かせたのは、ターちゃんの戦闘である。

 

「ターちゃん…デコピン! ターちゃん…しっぺ! ターちゃん…握りっ屁!」

 

「ギャッ!?」

「いだぁ!?」

「クサァァァァッッッッッ!!??『ガクッ』………」

 

 ターちゃんは、子供でもわかるほどの手加減をして屈強なオークを倒していたのだ。

 

「な、何なんだ!? こいつら!? もういい、銃を使えっ!」

 

 ズドン!ズドン!ズドン!

 

 オーク達は、ターちゃん達にナイフでは敵わないとみると何の躊躇もなく銃弾を発射した。

 

 しかし…

 

「やっぱり、遮蔽物が無いサバンナよりも町中の方が避けやすいな。」

 

 ペドロは、時には自慢の足で、時にはそこら中にあるコンテナを使い上手く避けながら、相手の銃を叩き落とす。

 

「三花聚頂…天花乱墜…百歩神拳っ!!」

 

 ズドォォォッッッッッ!!!!!!!!!

 

 「グァッ!」

 「ギャッ!」

 

 粱師範は、百歩神拳という体内の気を放つ技で遠くで銃撃しているオークを吹き飛ばす。

 

 そして、その彼らの中で一番目を引いたのはターちゃんであった。

 

「な、何だあれは!?」

「人間じゃねえ!?」

 

フニフニフニフフニフニフニ…

 

 ターちゃんは、関節や筋肉など関係ないようなゴムのような動きで弾を避けていた。ハンターのマシンガンを避けるときに使う『フニフニ避け』である。

 

 オークが次々と倒れていき、戦闘はターちゃん達に有利となる。

 

 しかし、その時だった。

 

「や、やっぱりこいつら対魔忍だったんだ。クソッどうしたら…ん!?」

 

「いいわよ~ターちゃん!『あいつだ!』え!?」

 

 物陰から隠れているヂェーンがうっかり顔を出し、小オークに見つかってしまったのだ。 

 

「ヂェーン危ない!」

 

 ターちゃんが素速く助けようとするが、小オークがヂェーンに銃を突きつける方が早い。

 

「形勢逆転だな! これを見ろ! お前ら!」

 

 小オークは、これみよがしにヂェーンのこめかみに銃をグリグリと押し付ける。

 

「ヂェーン!」

「クソッ! 卑怯者め!」

「止めろこの野郎!」

 

 ターちゃん、ペドロ、粱師範は、小オークを攻撃しようとするが、小オークが銃の引き金に指を掛けているためうかつに動くことができない。

 

「クックックック…もし、手が滑ったりしたらこいつの額に風穴が開くぜ! 言っとくがその猿もだぜ!」

 

「ウキ…」

 

 エテ吉も動いたら、ヂェーンが危なくなるのが解っており動けないでいる。

 

 歯ぎしりをするターちゃん達を見て、小オークは、自由な片方の手でもう一丁の銃を取り出し、ターちゃんに狙いを定めた。

 

「念の為、手足を撃って動けなくしてから金を巻き上げてやるぜ。だから、動くなよ〜!」

 

「ちょっとあんた卑怯よ!」

 

「うるせぇっ!」

 

 ヂェーンが苦し紛れに非難するが、小オークは聞く耳を持たず、ターちゃん達に弾丸を発射しようとした。

 

 だが、その瞬間…

 

「お前ら…俺達の縄張りで何やっている…」

 

 と小オークの背後の暗闇から若い男の声が響いた。

 

「え!?」

 

 背後の声に驚いた小オークは、素早く振り向こうとする。

 

 しかし…

 

 バキャッ!

 

「オゴッ!?」

 

 それより早く暗闇から拳が飛び、小オークを吹き飛ばした。

 

「ここは獣王会の縄張りだぜ…カツアゲ程度ならまだしも、銃撃してさらにそんな卑怯な真似をされちゃあな…おいっ! お前らっ!」

 

「「「「「はいっ兄貴っ!!!!」」」」」

 

 複数の叫び声と共に暗闇から、数十人の者が現れた。

 

「「「な、何だ!?」」」

 

 ターちゃん達は、暗闇から出現した彼らを見て驚きの声を上げる。何故なら彼らは、体は人間だが頭が獣の亜人だったからだ。

 

「今度は、こいつらにルールを教えこんでやれぇ!」

 

『ウォォォォッッッッッッッ!!!』

 

 獣王会と名乗った獣人達は、驚くターちゃん達を無視して、銃撃していたオークや鬼族達を捕らえ始めた。

 

「あいつらがここらを仕切ってるギャングみたいなもんか…」

 

「けれど、正直助かりましたよ。」

 

 粱師範とペドロは、構えを解き胸を撫で下ろした。

 

「ヂェーン! エテ吉! 大丈夫か〜!?」

 

 ターちゃんは、助け出されたヂェーンの元へと急いで駆け寄る。

 

「大丈夫よ。この人が…」

 

「済まねえな、俺達の縄張りでこんな危険な目に合わせちまって。けれど、あんたらも悪いんだぜ。いくら腕に覚えがあっても、あんな小悪党に着いてくなんてよぉ。」

 

 ヂェーンの背後の暗闇から出てきたのは、顔が狼の獣人だった。

 

「本当に有難う。私の妻を助けてくれて…」

 

 狼の獣人にターちゃんは、頭を下げる。

 

「良いってことよ。俺は、ここを取り仕切ってる獣王会…の灰狼…一郎太……」

 

 『灰狼一郎太』という獣人は、名乗るのを止めていきなりターちゃんの顔をマジマジと見つめだした。

 

「何? 私の顔に何か付いてる?」

 

「もしかして、あ、あんた…タ、ターちゃん…か?」

 

「そうだ! 私はジャングルの王者ターちゃん!」

 

 自分の名前を言われたターちゃんは、ビシリとポーズを決めた。

 

「ううう…ウウウ…!!!」

 

「?」

 

「うォォォォォッッッッッッ!!! 本物だ! 本物のターちゃんだ!」

 

 ターちゃんが名乗った瞬間、一郎太は辺り一杯に聞こえるほどの雄叫びのような声を上げた。

 

「あ…兄貴! 雄叫び上げてどうしたんですか!?」

 

 いきなりの大声に、オーク達を捕らえ終わった他の獣人達があわてて一郎太の周りに集まる。

 

「凄いぜ!! お前らもテレビで何回も見ただろ。表の世界最強のターちゃんだ!」

 

「ほ、ほんとだ!?」

「よく見たら、空手のペドロに中国拳法の粱もいるぜ。!」

「何でこんなところに!」

 

 他の獣人も一郎太と同じく歓声を上げる。

 

 そして、三人はすぐに人気のアイドルがファンに囲まれたような状態になった。

 

「いやぁ…こんなところに僕らのファンがいるとは…」

「なんか、嬉しいぜ。サイン? OKだ!」

「ナハハ…照れるのだ。」

 

 緊張した雰囲気から、いきなり明るい雰囲気に変わったため、三人は思わず笑顔になる。

 

 だが、ヂェーンだけは一郎太のことを不思議そうな顔で見ていた。

 

 (この喜びようは…どうやらさっきの嘘つきとは、違うようね。けれど、表の世界最強ってどういうことかしら?)

 

「ところでターちゃん。ここに住んでる俺が言うのも何だが、何でこんな自然が無い薄汚い所に来たんだ?」

 

 興奮が少し冷めてきた一郎太が、ターちゃんに問う。

 

「あんた達になら、本当のことを話せそうだ。実は…」

 

 ターちゃんは、一郎太にリサがスネークレディに攫われたことを話した。

 

 最初は、面白そうに話を聞いていた一郎太と獣王会の面々だったが、スネークレディの名が出た途端、顔付きが変わった。

 

「ま、マジかよ。あんたら、カオスアリーナのスネークレディを倒して、女戦士を取り返すのか?」

 

 一郎太は、驚く声でターちゃん達に再度問う。

 

「そうだぜ。その顔色だとあいつ、かなり強えのか?」

 

 粱師範がターちゃんの変わりに答えた途端…

 

「止めとけ! 殺されるぞ!」

「あいつは、無理だ!」

「ターちゃん、死んじゃうよ!」

 

 再度、辺りは喧騒に包まれた。

 

 尋常じゃない止めろという声に、ターちゃんは一筋の汗をかきながら一郎太に向き直る。

 

「一郎太、スネークレディのことを私達に教えてくれないか?」

 

「ああ、わかったぜ。お前ら静かにしろ! ターちゃんが追ってるスネークレディって言うやつは、ナーガ族っていう蛇の亜人で、一族のベスト3の実力を持つ三族長の一人だ。」

 

「なんでぇ。たかだか、一部族での最強かよ。(アナベベレベルか…)」

 

 粱師範が、少し拍子抜けしたような口調になる。

 

 しかし、一郎太は真剣な顔を崩さずに続ける。

 

「…その三族長は、俺が知る限りここ何千年か変わっていないらしいぜ。」

 

「何千年だと!? じゃあ、スネークレディはダン国王と同じくらい生きているのか?」

 

 ペドロが驚きの声を上げた。

 

「ダン国王はだれか知らねぇが…ちなみにあんたら、インド神話のカーリヤって知ってるか?」

 

「え、『ダメだこりゃ!』や『次行ってみよう!』の!?」

 

「それはドリフターズの『いかりや』でしょ! カーリヤってのは、紀元前1500年前に書かれたインド神話に出てくる蛇の女神のことよ!」

 

 ヂェーンがターちゃんの勘違いに元気良く突っ込むのに対して、ペドロと粱師範の顔が険しくなる。

 

「まさか? そのカーリヤってやつが…」

 

「そうだぜ…そいつがスネークレディだ。あいつは人間の間では神と呼ばれて、何千年も生きてる化け物ってわけさ。だから、喧嘩を売るのは止めとけ! あいつは、享楽的だから本気を出すことは滅多にないが、それでも俺達レベルなら楽に皆殺しにされちまう。」

 

 一郎太は、ターちゃん達を真剣に説得する。

 

「ありがとう…一郎太。初めて会った私達を心配してくれて…」

 

 ターちゃんは、心配する一郎太に笑顔を見せた。

 

「ターちゃん…」

 

「けれど、私は行くよ。攫われたのは私にとって大切な人なんだ。」

 

「面白そうじゃねえか! 神に俺の白華拳がどれだけ通じるか見せてやるぜ。」

 

「先生が行くなら、このペドロも行きます!」

 

 三人は、今まで何度も修羅場をくぐり抜けてきた時に見せた力強い笑顔になった。

 

「いや、しかし…兄貴!?」

 

 その笑顔を見た獣王会の面々は、それでもターちゃん達を止めようとするが、一郎太がそれを遮った。

 

「やっぱり、あんたらテレビで見たまんまで爽やかな奴らだな…気に入ったぜ! 直接の手助けはできねえが、カオスアリーナに着くまで、俺達が誰にも手出しを出来ないように警護くらいはしてやるよ。」

 

「本当かい? ありがとう!」

 

 そして、ターちゃん達は、獣王会の案内でカオスアリーナに向かって行った。道中であからさまに治安が悪い場所もあったが、東京キングダムの一区画を支配する獣王会に誰も手を出すものは無く、ターちゃん達は、スムーズに進むことが出来た。むしろ一郎太が、危険な地域やサービスが良い風俗店などをバスガイドのように紹介してくれるので、ターちゃん達はこの時だけは、少しだけ観光気分で楽しんでいた。

 

「あそこの店は、淫魔族の娘が経営してて…」

 

「へ、へぇ~っ」

「こ、これは勉強になるなぁ〜…」

「み、みんなかわいいのだ…」

 

 紹介された優良店の店先にいるエルフや淫魔族、鬼族の娼婦がウインクをするたびにターちゃん、粱師範、ペドロの三人は股間を膨らませていた。

 

 (後でこいつら、オシオキね…そういえば…)

 

 浮かれる三人を怒りの目で見るヂェーンだが、一郎太のある言葉を思い出した。

 

「ちょっと、一郎太ちゃん。聞きたいことがあるんだけど?」

 

「なんすか、ヂェーンさん? 俺に答えられることなら何でも。」

 

「倉庫街でターちゃんが表の世界最強って言ってたけど、あれはどういうことかしら? 知ってると思うけど、ターちゃんは、何回も世界中の格闘家を集めた大会で優勝してるわ。大会には、魔界の人間は出てないけど、結構裏の世界の人達も出てたわよ?」

 

 ヂェーンの言葉を聞くと一郎太は、また真剣な顔になった。

 

「ヂェーンさん…俺達だって、ターちゃんがそこいらのやつより強いってことは解るぜ。けど、テレビ中継されて、さらにサイボーグや遺伝子操作されていても、人間だけが出場者の大会なら、裏の世界ではあまりステータスにはならないんすよ。」

 

「そ、そうなんだ…じゃあ裏の世界最強って誰? まさか、スネークレディじゃないでしょうね?」

 

「…難しいな。スネークレディも最強格だが、吸血鬼の真祖の一人『エドウィン・ブラック』、獄炎の女王『アスタロト』、魔界の踊り子『ナディア』、九貴族も桁違いだしなぁ。そもそも魔界のやつらは人間と違って、誰が最強かトーナメントを開く事なんてやらないし。あ、そうだ! 裏の世界の人間最強ならわかるぜ。」

 

「誰なの? それは?」

 

「それは、対魔忍のアサ…」

 

 

『ウワァァァァァァァァァァァァァ!!!!』

 

 種族を問わない数千人の観客達の叫び声がカオスアリーナに木霊する。アリーナの中央にある闘技場のリングでは、十代半ばを越えたくらいの緑髪のロングの少女が、複数のオーク達と戦っていた。少女は、両手に持つ苦無で苦戦しながらも、一人、二人とオークを倒していく。しかし、注目すべきは、その倒し方ではなく、彼女の下半身である。彼女の下半身は、タイツに包まれているが、まるで怪物のスキュラのように足が蛸になっていた。

 

 彼女の名は、『相州蛇子』。ふうまや鹿之助と同じ、対魔忍の一人である。フュルストに攫われた彼女は、スネークレディに買われ、闘技場の女戦士として、無理矢理カオスアリーナの試合に出場させられていたのだ。

 

「これで最後ォ!」

 

「ぐはぁっ!」

 

 蛇子は、自慢の蛸足で最後まで残っていたオークを吹き飛ばす。

 

『蛇子ちゃんの勝利ぃーー!!』

 

数秒後、会場内のアナウンスが蛇子の勝利を告げた。

 

「何だよ。つまんねぇ!」

「犯される方に賭けてたのによぉ!」

「次こそ、頑張って負けろぉっ!」

 

 しかし、勝利した蛇子に対しての称賛の声は、皆無であった。何故ならカオスアリーナの売り物は、賭博と凌辱だからだ。女戦士達は、賭けの対象となり闘技場で死闘を強制され、さらに敗北すればペナルティとして、観客達の前で凌辱を受けることになっている。

 

「ハァッ…ハァッ…」

 

 複数のオークを倒し終えた蛇子は、そんな観客の罵倒が気にならないほど、体力を消耗し肩で息をしていた。

 

『憎き対魔忍め! だが、次の刺客はどうだ! 新人女戦士、パンピングアイアンホテル女性格闘王リサ・コーガンだぁ!』

 

 実況の紹介と共に真正面の扉から現れたのは、誘拐されたリサ・コーガンであった。

 

 蛇子は、無表情のままリングに立つリサを見て目を見開いた。

 

(リサ・コーガン!? 彼女が、こんな所にいるなんて絶対に本人の意志じゃない! 恐らくは…)

 

『なお、試合で負けた方には、ペナルティとして次に行われるパーティーの主賓となって頂きます!』

 

 実況が興奮気味に叫ぶと、リサが出てきた扉から何十人者もの屈強なオークの集団が現れた。彼らは、リングを囲みながら、嫌らしい笑顔で闘技場の二人を見る。十数分後にリサか蛇子、どちらかを犯せるからだ、

 

 彼らの笑顔を見た蛇子の背筋に震えが走った。

 

(絶対にあんな奴らに犯されたくない! けれどどうしよう? 一般人を守るのが対魔忍の役目なら、蛇子が負けるべきなのかな…あの人数はもう蛇子だけの手に負えないし…ふうまちゃん…)

 

 蛇子は、この現状を打破しようと必死に考えを廻らしているが、試合は待ってくれない。

 

『女の子同士、可愛らしい戦いを期待してますよ! では……試合開始ィ!』

 

ダッ!

 

 (はっ!?)

 

 試合開始の声と共に先に飛び出したのは、リサの方であった。連戦で疲れている上、考えを巡らしていた蛇子は対応が遅れ、背後に回り込まれてしまう。

 

 ギリリリ…

 

 そして、蛇子は、背後からリサの有無を言わさない裸締めを受けてしまった。

 

 (し、しまった…けれど、蛇子の蛸足ならリサさんの足を小刀で刺して、この裸締めを抜け出せる。)

 

 しかし、蛇子の八本もある蛸足は、一本も動かない。

 

 (出来ない…リサさんは、恐らく無理矢理ここに連れ込まれたんだ。蛇子が勝てばリサさんがあのオーク達に…『話を聞いて…』!?)

 

 蛇子は、観客に解らない程度に締め上げる腕が僅かに緩むのを感じた。それと同時に、耳にリサの囁き声が聞こえて来た。

 

(お嬢ちゃん。私の実力なら、あの周りを囲んでいる奴らくらいなら蹴散らせる。その隙に貴方は逃げなさい。)

 

 リサは、周りにばれないよう蛇子と会話するためにわざと戦うフリをして、蛇子に裸締めをしたのだ。

 

 蛇子は、リサがライトヘビー級の世界チャンピオンを一撃で倒す程の実力があることを知っている。しかし、それでもこの何十人というオーク達を一人で蹴散らすのは到底無理であることも解っていた。リサは、自分を犠牲にして蛇子を助けようとしているのだ。故に蛇子は、必死に抵抗する振りをしながらリサに答える。

 

(そんなことは、蛇子には出来ない! 蛇子は対魔忍です。逆に蛇子が墨で煙幕を張るから、その隙にリサさんが逃げて下さい。)

 

(対魔忍ってなによ? わからず屋ね…私は自分よりも、貴方みたいな子供が凌辱される方が嫌なのよ。)

 

(蛇子もです。自分だけ助かるなんて絶対に嫌です。)

 

 両者共に自分が残ると主張し、一歩も譲らない。

 

 故にこのままでは堂々巡りになると感じたリサは、あることを思いつく。

 

(ハァ~…わかったわ。じゃあ…ゴニョゴニョ)

 

(………わ、分かりました。じゃあ蛇子がゴニョニョ)

 

「おいおい、仲良くし過ぎだ。」

「早くどっちか負けろぉ!」

「俺はもう三時間も童貞なんだ!」

 

 ずっと組み合っている二人に向けて、リングを取り囲むオーク達の野次が飛ぶ。すると、その野次に従うかのようにまた二人は、五m程度の距離まで離れた。

 

『おっと、二人ともまた試合開始の位置まで離れたぁ! 互いに仕切り直すのが目的なら、体力を消耗している対魔忍の方が不利だが…!?』

 

 実況が喋り終わる前に、リサがいきなり頭を抱えてしゃがんだ。

 

 『何だ? リサがいきなりしゃがん…「ブシャァァァ」!?』

 

 その瞬間にしゃがんだリサの頭を超えて、蛇子の蛸墨がリングを取り囲むオークの顔面に炸裂した。

 

「ギャハハ、こいつとばっちりで食らって『ブシャア!』うわぁ!」

 

 オーク達は最初は、リサが蛇子の蛸墨を狙ったかのように見えた。それ故に回避が遅れ、蛇子の蛸墨は、周りを取り囲む殆どのオーク達の顔面に炸裂した。

 

「ぎゃあああ目がぁっ!」

「ぶっかけは止めて!」

「マニアック過ぎるぅっ!」

 

 やがて、その蛸墨がリングを一周するとオークの殆どは、顔面を黒くして目を擦っている状態になっていた。

 

「よし、今よ。蛇子ちゃん!」

「はい! リサさん!」

 

 二人の作戦とは、真剣に戦っている振りで、オークを油断させ、その隙に蛸墨をかけて目を潰す。そして、疲労した蛇子をリサが背負って、闘技場から逃げることである。

 

 「この野郎! 逃がすか!」

 

 しかし、墨を免れた数人のオークが、闘技場に登って蛇子とリサに向かってくる。

 

「クソッ!」

 

 リサは、蛇子を背負ったまま身構えた。腕が使えない故に蹴りだけでオーク達を倒すつもりなのだ。

 

「こぉなりゃあ! 二人とも犯してやるぜ!」

 

 オーク達がリサと蛇子に後数mと迫ったその時であった。

 

 バリバリバリバリィィッッッ!!!!!!!

 

「「「あばばばばばは…」」」

 

 いきなり観客席から光り輝く鹿が数匹飛び出して、オークを痺れさせた。そして、その鹿と共に二人の人物が新たに闘技場に乱入する。

 

「上手くいったなふうま!」

 

「ああ、タイミングバッチリだぜ! 待たせたな! 蛇子!」

 

 対魔忍のふうま小太郎と上原鹿之助だ。

 

 ふうまは、即座に痺れているオーク達を、刀の柄で殴り気絶させる。

 

 その二人を見た途端、連戦で疲労した蛇子の表情は萎れていた花が水を得たように一瞬で蘇った。

 

「ふうまちゃん! 鹿之助ちゃん!」

 

 ふうまと鹿之助も無事な蛇子を見て安堵のため息をつく。

 

「誰なの? この子達は?」

 

 だがリサだけは、いきなり現れた二人を疑わしい目で見る。

 

「びっくりしました。アイアンホテルのリサ・コーガンさんですね。いきなり言われても信じられないかも知れないですけど、ここを逃げるため俺達に協力してくれませんか? お願いします!」

 

「………」

 

 最初こそ怪しんでいたリサだったが、背負っている蛇子の明るい表情を見ると、不思議と信じようという思いに至った。

 

「解ったわ…」

 

「よし、鹿之助! あそこのオーク達にもう一度バンビーノ・ストライクを食らわせてやれ!」

 

「よ、よし!? 痺れろっ!」

 

 上原鹿之助は、体内の対魔粒子を電気エネルギーに変化させる異能系忍法電遁の術を使う対魔忍である。操る電力は、せいぜい静電気程度なのだが、特殊バッテリーを用いて先程のような超強力な静電気を目標に放つ『バンビーノ・ストライク』を放つことが出来るのだ。

 

 鹿之助から放たれた数匹の電気でできた鹿は、出口に近い今だ目を擦っている数匹のオークに直撃した。

 

 ビリビリビリビリ!!!!!

 

「「「アガがが…!!!」」」

 

 直撃したオークは、暗闇の中わけも分からずに体を震わせる。

 

「リサさんは、痺れているオークを蹴散らして下さい!」

 

「解ったわ! でゃああ!!」

 

「あがぁ!」バキャ!

「えげぇ!」ゴキャ!

「おごぉ!」グギッ!

 

 蛇子をふうまに渡したリサは、ものの数秒で痺れたオークを蹴散らした。

 

「よし、今だ!」

 

 そして、四人はオーク達を飛び越えて出口に走って行く。

 

 しかし…

 

「オマエラニ、ニガサナイ!」

「GRURURURU……」

 

 逃げようとする出口の向こうから、オーガの集団とトロールの集団が現れた。

 

 オーガとトロールとは、知能が低い変わりに、オークを優に超える体躯と力を持ち、性格も凶暴な種族である。特にトロールは、人肉を好む。

 

「ドゲぇ!!」 バギャ!

「GAAAAAAA…!!!!!」 ゴギャ!

 

 二種の集団は、自分の進路方向にいる蛸墨で今だにのたうち回るオーク達を、容赦なくその手に持つ棍棒で殴り飛ばしふうま達に迫る。

 

「クソッ! みんな! 今度はあの反対の出口に向って走れ!」

 

 ふうまは、即座にこの四人ではあの集団に楽には勝てないと判断し、方向転換して違う出口に誘導する。

 

 しかし…

 

 ガシャッ…ガシャ…ガシャ…ガシャ

 

 新たに向かう出口の暗闇から、生物ではない何かの足音が聞こえて来た。

 

「ふ、ふうま、あ、あれはもしかして…」

 

 鹿之助が泣きそうな顔でふうまを見る。

 

「…まずいな。あれは多脚戦車の足音だ…」

 

 数秒後、ふうまの言う通り、虫のように六本の足を動かす自動車並の大きさの黒い機械が現れた。

 

「クーガーLAWS…あれがここの警備ロボか…」

 

 『クーガーLAWS』とは戦闘支援のために開発された小型の多脚戦車である。人工知能などが搭載されて自律的に動き、標的を判断して殺傷する能力をもつロボット兵器。

 

 ウイーーーン…

 

 驚く四人を無視するように、クーガーLAWSのガドリングガンが無機質に動いた。

 

「危ない!」

 

 リサは、クーガーLAWSの弾が発射される前に、蛇子を担いでるふうまと怯えている鹿之助を抱えてリングの上まで飛び上がる。

 

 ダダダダダダダダダダダ!!!!!!

 

「ぎゃあ!」

「げええ!」

 

 その一秒にも満たない後、四人のいた場所にガドリングの弾が撃ち込まれた。近くにいたオーク数人が、たまらずに巻き添えを食らいミンチになる。

 

「まずいっ! あれじゃあバンビーノスパークを撃っても相打ちになる!」

 

 ミンチになったオークを見たふうま達は、一瞬だけ青ざめるが立ち止まっている暇は無い。四人は、残っている最後の出口に急ぐ。

 

「待って!」

 

「「「!?」」」

 

 しかし、リサが率先して走るふうまと鹿之助を止めた。

 

「どうしたんですか!? リサさん!?」

「は、早くしないと!?」

 

 ふうまと鹿之助は、自分達を制止したリサの顔を見た途端、目を見開いた。リサの表情が、誰にも解るほど強張っていたからだ。

 

「い、いる…」

 

 

 リサが一言呟いたと同時だった。

 

「どこに行くのかしら? 試合は、まだ終わってないわよぉ…♪」

 

 暗闇の向こうから、艶やかな女の声が響いた。

 

「スネーク・レディ…」

 

 カオスアリーナの殆どのスポットライトが、出口の暗闇を照らす。するとその光り輝くライトから現れたのは、青いバトルスーツを来たスネーク・レディこと『カリヤ』だった。

 

『出たぁぁ!!! 我らがアリーナの主、スネークレディだ!』

 

 カオスアリーナの主が現れた途端、ふうま達と対象的に観客達は、興奮の坩堝となる。

 

「中々、早かったわね♪ ふうまの坊や。本当はリサちゃんか蛇子ちゃんが、ボロボロになるくらいで来るかなって思ってたけど♪」

 

「蛇子を攫ったのは俺が目的かよ…」

 

 ふうまは、焦りを隠すように普段通りの口調でカリヤに答える。

 

「貴方の能力が少し気になったから♪」

 

「じゃあ、俺が残るから他の人達は返してくれないか?」

 

「い・や♡ 目的は、貴方の能力を知ることだけど、今日は蛇子ちゃんとリサちゃんの初舞台のうえ、そこのバンビちゃんも観客受けしそうだしね♪ まぁクーガーだけは、闘技場の中だけなら、発泡しないようにしといてあげる♪」

 

「あ、ありがと…って!? ヒィィィィ!! 俺も!?」

 

 鹿之助は、カリヤの捕食動物のように舌なめずりをする顔を見ると悲鳴を上げた。

 

 ガサガサッ!!!!

 

 そして、その悲鳴と同時に目の墨をやっと拭い、怒り心頭のオーク。股間を滾らせるオーガ。人肉を喰らおうとよだれを垂らすトロールが、次々とリングの上に上がって来た。

 

「優しくしようと思ったが、もう許さねぇ。手と足をバキバキに粉砕してから犯してやるぜ!」

「オ、オンナ、ナグリナガラオカス!」

「ビチャビチャ…」

 

 凶暴な亜人達は、今度こそ逃さないよう四人を360°囲み始める。彼らの力と人数では、半人前の対魔忍数人と女性格闘家一人くらいなら、苦戦どころか一方的な嬲り殺しにしかならないだろう。

 

「前門の虎、後門の狼より非道いなこりゃ…」

「こ、こうなりゃ、やるだけやってやる!」

「ふうまちゃん、蛇子も手伝うよ!」

「コーガン家の意地を見せてやるわ!」

 

 進退極まったふうま達だが、気丈にも戦おうと身構えた。

 

 オーク達の後ろで、四人を見ながら薄ら笑いを浮かべてカリヤは指示を出す。

 

「殺すのは髪の短い男だけよ! 後は犯そうが齧ろうが、半殺しくらいなら許すわ!」

 

『ウォォォォォォッッッッ!!!!!!!』

 

 カリヤの指示が終わった途端、オーク達は我先にとふうま達に向って来た。

 

 リサは、迫りくるオーク達を目に映しながら、走馬灯が駆け巡り始めた。生まれた時のこと、マイケル、マットとの運動会、アイアンホテルでの試合、父の隠し子が三人いると聞かされた時、その長男に会うためのアフリカへの旅、そして…

 

「ターちゃん…兄さん…」

 

 リサの記憶が、自分の兄弟の長男に会う場面に差し掛かった…その時だった。

 

「龍炎拳ッッッ!!!!!」

 

 ズガガガァァァァァッッッッッ!!!!!

 

「「「「グギャァァァッッッッッ!!!!」」」」

 

 男の叫び声とともに龍の形をした何かが観客席から飛び出し、闘技場のリングを割りながら、オーク達の大多数を蹴散らした。

 

「な!? 一体何が『うりゃあ!』ゲへぁ!!」

 

 直後、その龍を追うように中国の拳法着を来た男が、リングに乱入し残ったオーク達を襲撃する。

 

「ナ、ナニモノ…『こっちにもいるぞ!』ゴボっ!」

 

 そして、拳法着を来た男と反対側にいるオーク達のところにも空手着を来た男がリングに降り立ち、次々とノックダウンしていく。

 

「も、もしかしてこれは夢なの?」

 

 リサは、自分の目の前の光景が信じられないように立ち尽くす。

 

「嘘だろ!? もしかして…この二人!」

「どういうこと…ふうまちゃん?」

「お、俺も混乱しているが、まさか!?」

 

 鹿之助、蛇子、ふうまもいきなりの光景に脳が処理出来ない。今の状況を例えるなら、応援していたテレビの中の登場人物達が、自分達のピンチを助けるために目の前に次々と現れたようなものだからだ。

 

 一方、カリヤは、いきなり乱入してきた二人を見ても笑顔を崩さない。

 

「馬鹿ね♪ 誰だが知らないけどクルーガーは、闘技場に入って来たやつにも反応するのよ♪」

 

ウィーン…

 

 カリヤの言葉通り、クルーガーに装着された二つのマシンガンが、二人を狙うために動き出した。

 

「死ね……」

 

 しかし、ガドリングガンの弾倉が回転する瞬間、一人の腰蓑だけを着けた男が、今度はクルーガーに向って飛び出してきた。

 

「ターちゃんパァァァンチッ!!!!!」

 

グシャァァァァッッッッッ!!!!!!!

 

 そして、その男の放ったパンチによって重量が何tもあるはずのクルーガーは、中の部品を撒き散らしながら吹き飛んだ。

 

「う、うそ!? 多脚戦車が人間の素手での一撃で!?」

 

 クルーガーが人間のパンチ一発で、無惨に破壊されたのを間近で見たカリヤは、先程までの薄ら笑いが消えて、驚きの表情で目を見開いた。

 

 クルーガーを破壊し終えた腰蓑の男は跳躍し、今度はカリヤから守るようにふうま達の目の前に着地する。

 

「私の大切な人を傷付けさせはしないぞ!」

 

 カリヤは、その男のマッシブな全身と服装を見てようやく正体が解った。

 

「そ、そんなまさか?! な、何でこの男がこんな場所に!?」

 

 腰蓑の男は、驚くカリヤの方を向いて、サイドチェストのポーズを決めながら名乗る。

 

「私はジャグルの王者っ!!! ターちゃんっ!!!」




まずいです。段々と忙しくなってきました。
頭の中にある展開を文章化してくれる機械が欲しいです。


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