芸能人と一般人 (初見さん)
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白鷺と一般人

 三作目です


 皆さんには夢があるだろうか。特に男子ならお金持ちになりたい、結婚したい。なんならエロい事したい。色々あるだろう。
 なんかもう夢というか欲なのではと思えてしまう。
『夢は一歩間違えれば欲になり、欲張ると身を滅ぼす』って死んだ親父が言ってたけどそれでも夢は持ちたいものである。そんな俺にも夢はある。それは……



 

「小さい女の子にベッドで馬乗りにされながら恍惚な顔で『貴方の可愛い顔もっと私に見せて』って言われながら顎クイされた事ないんですけど、コレって何かのバグですかね?」

「ロリコンは死んでくれないかしら?」

「何かのバグですかね?」

「仮にも芸能人の私に普通に言葉でセクハラ出来るのは貴方だけよ」

「金髪のチビが俺に辛辣なんですけど」

「去勢する?」

「すみませんでした」

 

 今俺とカフェで会話しているのは白鷺千聖(しらさぎちさと)っていう人である。

 クリーム色か、あるいはブロンズか、よく分からない色の髪という現実で見かけたらドン引きするけど、何故か俺の通ってる花咲川という学校は金髪とか緑色とかなんなら近くの羽丘学園に赤とかいるので違和感ない。しかも、その女の子達みんな可愛いし、何故かほぼ全員バンドやってるし。何かのバグですかね? 
 かく言うコイツも『Pastel*Palettes(略してパスパレ)』って言うバンド組んでるし、なんなら現役芸能人だし。アレ? これ俺がバグってんのかな? 

 

「そう言うわけだから俺は一人で珈琲を飲みたいんだよアララギさん」

「白鷺よ。それ何回目のボケかしら?」

「5回目かな。白鷺さんって言いづらいからさ。前にも言ってるけど鷺さんでも良い?」

「せめて最後まで呼びなさいと言ってるでしょ」

「だから言いづらいんだって詐欺師さん」

「眼の中にフォーク突っ込むわよ」

「それだけは勘弁してくれ……千聖さん」

「……寒気がするわ」

「うるせぇ白鷺」

 

 シラタキさんは毒舌である。まぁ、素の彼女がコレだから別に良いけど。

 

「白鷺です。別に、いいじゃない。芸能人とカフェでお茶なんて一般人の貴方には滅多にないのだから」

「逆にそれが大問題なんよな。ファンや記者が見たらパパスプラッタじゃん」

「パパラッチよ。お父さんに恨みでもあるの?」

「親父は死んだから現役スプラッタ済みだ」

「ごめんなさい。触れていい話じゃ無かったのね」

 

 そう言って謝る彼女だからこそ憎めないところがある。

 そもそも俺と白鷺が会ったのは少し前だが、元々は彼女が俺に話しかけるのをやめなかったのだ。

 俺は芸能人とかどうでもよくて、適当にあしらっていたけど、彼女としては気に入らなかったらしい。

 そりゃ確かにあの大女優の白鷺千聖だもんな。男も女も下心で近づこうとする奴は多いだろう。

 でも、俺にとってはそいつもただの人間だ。飯も食うしトイレも行くし、こうして店で何か飲む。そして、人間だからこそ……

 

「……親父だろうが芸能人だろうがなんだろうが所詮は人間だ。いつか死ぬ。当たり前の事だろう」

「……いつもそう言ってるわね」

「まぁ、俺はそれを知ってるからな……それじゃあ、俺はこの後バイトあるから。これ出しとく。釣りは取っておけ」

 

 彼女の言葉を聞かず俺はそのまま店を出た。

 

「本当に不思議な人ね」

 

 ♪♪♪ 

 

 彼と出会ったのは少し前。たまたま行きつけの喫茶店でお茶にしようとしていた時だった。カフェには多くの一般人もいたけど、変装をしているおかげか、バレてはいないようだった。

 そんな時私の隣の席に座った男がいた。ちらと目を向けると身長は180いかないくらいだろうが、整った顔に黒髪で清楚な男子高校生だ。しかも、私と同じ花咲川の生徒だった。

 でも、それだけなら私は声をかけないしなんなら興味も示さない。

 そう、彼の眼が死んでいなければ私は見過ごしていた。

 彼の眼は全てを諦めた眼、絶望していた眼であった。人の顔色を伺い、生きてきたような……これは昔の私の眼だった。

 子役の頃からテレビに出ていると、番組スタッフや有名芸能人の裏の顔とかが見える事がある。それを幼少期から知っていた私は社会の裏に絶望しながら全てを諦めた。そんな眼を私も持っていたのだ。

 だからだろうか……

 

「……眼、死んでますよ?」

「……初対面に対してははっきりと物事がいえる意味不明な奴には言われたくねぇな」

「初対面だからこそ、次に会うことは無いですから。強く言えるんです」

「……そうか、じゃあ俺も一つ」

 

 そして彼はお前は確か、と一言言ってから

 

「俺と同じ花咲川で、丸山彩(まるやまあや)? だかの大親友で同じパスパレのベーシストで、元子役やってて今でも女優として活動しているかなり有名な……」

 

 ここで私はしまったと思った。彼がそこまで知っているならば熱烈なファンの可能性がある。このまま大声で名を言われたら……そう思ったが、彼は小声で……


「……|()()《しらとり》千聖さんだよな」


「|()()《しらさぎ》よ! なんでそこまで出てるのに名前覚えてないの!」

 

 私が二度目のしくじりをした。だが、奇跡的に時間が経ち、あまり人もいなくなったおかげでこっちを見てる人はいなかった。いや、普通は人が減った分聞こえるんだけど、ガールズバンドの知り合いが大半だったので運が良かったと言える。お願いつぐみちゃんこっち見ないで。

 

「……ごめん、白鳥なら結構いるけど白鷺ってあんまいないから五感で覚えて勘違いしたぜ。後、彩が千聖ちゃんとしか言わないから苗字もあやふやだったんだ。許してくれ」


「……まぁ、名前に関しては別にいいわ。というか彩ちゃんと知り合いなの?」


「前に会話したら懐かれた。それで、しららぎさんは俺に何の用だ?」


「白鷺よ。それよりも彩ちゃんファンの人達が貴方を襲うなんて事もあるでしょう。アイドルと一般人が仲良くしてていい思いをする人はいないわ」


「本音言ってみろアララギさん」


「彩ちゃんとイチャイチャしてるのが羨ましいわね。後、白鷺よ」


「完全私情じゃねぇか」

 

 しまった。私としたことが、完全に彼のペースである。一呼吸おいて聞きたかった事を聞いてみる。

 

「そういえば貴方に声をかけた理由だけど、眼が死んでたから声かけただけよ」

「少し嫌な事があっただけだ。時期に治る」

「あくまで言わないつもりね」

「不知火さんには関係ないしな」

「白鷺よ。芸能人の私にでもできない事って逆に気になるわね」

「芸能人でも所詮はただの人間だろ。死ぬ時は死ぬ」

 

 その瞬間、私は彼の大切な誰かが亡くなったのだろうと思ったが、彼は

 

「お前の思ってる事とは違うぞ。ただ、夢が叶わなくて悩んでるだけだ」

「……夢? ロマンティックね」

「まぁ、叶えられそうで叶えられないんだよなこれが」

「……もしかしたらアドバイス出来るかもしれないわよ。芸能人の私が話しかけるなんて天変地異もいいところ。最後の夢の機会に、貴方の夢話してみなさい」

「……まぁ、たまには誰かに頼るのも悪くはないか」

「いいか、白旗さん」

「白鷺よ」

「俺の夢はな……」

 

 そう言って彼は自分の夢を語った。

 

「小さい女の子にベッドに押し倒されて耳舐められながら『貴方の可愛い顔もっと私に見せて』って言われる事だ」

「マスター、お会計お願いするわ」

「おい如月」

「白鷺よ」

 

 そんなくだらない出会いがあっただけだった。

 

 ♪♪♪ 

 

 その後は話しかけるつもりはなかったが、彼とはカフェでよく会う。しかもこの前財布にカードしかなかった時は

 

「一般人が芸能人に奢るなんて無いからな。夢の一つと考えて取っておけ」

 

 と言われて奢ってもらった。そのせいで私は彼に借りができた分離れるのも気持ちが悪かった。

 だから、今こうして会話をしている関係だが、

 

「私に対して欲が無いのもそれでムカつくわね」

 

 そんなふざけたプライドも持ってしまったのも原因かもしれない。



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まんまるお山と一般人

 皆さんこんにちは、まんまるお山にウルトラソウル。俺です。え? 誰だって? 

 

「小さい女の子に『貴方の味方は私だけなの。だから貴方を守ってあげるね』って言われて唇にキスされた事が無いんだが、これって何かのバグですかね」

「開始早々ど変態な事言うのはやめようね、ことのは君」

 

 あ、俺の名は(かつら)ことのはって言います。『言の葉』と『ことのは』で迷ったらしいですけど漢字よりひらがなが優しそうだよねって親が決めたらしいです。

 

「大体、なんで俺に話しかけるんだよ、まんまるお山にウルトラソウルさんよ」

「そんなつかみじゃ無いよ!? 彩りどこ行ったの!?」

「だからそれ含めてウルトラソウルだろうが。これが風情ってやつだぞ」

「へぇ、そうなんだ」

「騙されんなよ」

「……え? 騙したの! 酷いよ!」

「酷いのはお前だ。無意識かもしれんが一般人に話しかけてその一般人に嫉妬を向けさせて俺を殺す策などお見通しよ」

「そんな事しないよ! ただ、前に手伝ってくれたお礼してないから」

「墓場まで持っていけと言ったはずだ。礼を言われる事じゃねぇよ」

 

 俺に話しかけているのはふわふわピンクパールボイスの丸山彩(まるやまあや)である。茨城さんと同じ「白鷺です」パスパレ(パステルパレット)のボーカルで、アイドルとして活躍している人間だ。誰だ今の。

 出会いはコイツが俺の目の前で転んでプリントをぶっ飛ばしたところから話はスタート。拾って少し持ってやった。はい話はゴール。

 

「適当だよ!」

「寧ろ適当に説明出来るくらい大した出会いじゃねぇだろ」

「……そうだけどさ、それでも助けられっぱなしとか嫌なんだけど」

「んじゃロリになれ。身長は140くらいな。後貧乳で……あ、お前もう無理だわ」

「身長の時点で無理だよ! しかも私の胸見て判断しないで変態! 私これでも大きい……あ、貧乳だから逆なんだ!」

「……おい、彩」

「……なに?」

「変態ってもう一回言ってくれ「バカじゃないの!」デュフ、興奮するぜ」

「意味わかんない事言わないでよ! ……全く、ことのは君は」

「こんな話できるのは彩くらいだ、感謝しよう」

「褒められた感じがしないよ」

 

 そんな話を俺はアイドルとやっている。それに関してはマジで俺が悪いわけじゃないはずだ。

 

「大体小さい女の子って千聖ちゃんじゃん背も胸も私より小さいよ」

「……」

「おう、それで?」

「だからことのは君に相応しいのは千聖ちゃんだよ! 小さくて可愛くてでもドSで毒舌なんてことのは君の好みどストレートじゃん!」

「……へぇ」

「……確かに白金さんは可愛いけどよ」

「白鷺よ。もう別の人じゃない」

「いや、そもそもさいしょに千聖ちゃんの苗字覚えてないって凄いよ……ってえ? 千聖ちゃん?」

「彩ちゃんが私の事をチビで貧乳で一目で分からないくらいちびっ子だと思ってる事が今分かったわ」

「……千聖ちゃん、そう言う意味じじじじじゃななななないんだだだだよよよよよ」

「バグりましたね」

「おしおきね」

「ひぃ! た、助けてことのはく……ってもういない!?」

「彼なら今窓飛び降りたわよ」

「ここ三階なんだけどぉ!?」

「彩、頑張れ!」

「なんか下の方から私の応援聞こえるけど手遅れだよ!」

「ぶ・ち・こ・ろ・し確定ね」

 

 その後花咲川に彩の悲鳴が響いたらしいです。

 

 ♪♪♪ 

 

「……やっぱり漢の一人飯は美味いな」

「彩ちゃんと仲が良いのは本当だったのね」

「なんでいる白兎さん」

「白鷺よ。よくもまぁポンポンと私以外の苗字言えるわね。シラタキ以外」

「日本苗字技能検定試験準1級を舐めるなよ」

「技能検定試験とか言えばなんでも資格にできると思ったら大間違いよ。しかもどんな検定よそれ」

「日本苗字で使われてるのとか、ワンチャンいそうな苗字を解凍すれば取れるぞ」

「そんな無茶苦茶な事ないわよ」

「面接大変だったわ。審査員一人一人の顔見て予想で苗字当てるんだから」

「そんな無茶苦茶な事ないわよ」

 

 少しふざけ過ぎたので本題に入る。

 

「……んで、何のようだ柏木」

「白鷺よ。そうね、強いて言うなら彩ちゃんと仲良くしても良いけど気をつけてなさい。それを言いにきたの」

「アイツがいたら俺がファンに殺されるから嫌なんだが」

「それは私といても同じじゃない。貴方はそこまで敵じゃないと判断したわ。だから、せいぜいスクラップされないようにね」

「パパラッチだろと突っ込みたいけどそのバッドエンドは俺がスクラップになる未来だからあながち間違ってねぇな」

「まぁ、最悪私が何とかしてあげるわ。彩ちゃんと前の奢りの仮はそれでチャラね」

「助かるぜ白魚さん」

「白鷺よ。とうとう鷺の『い』の音で韻を踏んでいたのに白の方に似てるもの持ってきたのね」

「もうネタがねぇんだよ白椿さん」

「強引にも程があるわね。ってか、ネタ切れたのなら普通に呼びなさいよ」

「それは出来ないな」

「なんでよ」

「俺が苗字で読んでしまったらお前の変装バレるだろ」

「……思ったより考えてくれてるのね」

「まぁ、お前が全部ツッコミで自分の苗字いいやがるから意味ねぇけど」

「知ってたなら止めなさいよ!」

「嫌なこった……それじゃあな白鷺さん」

「白鷺よ……って、え? 貴方今」

「どうした黒崎さん」

「……だから白鷺よ」

 

 そんな会話で今日は終わった。



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天才と一般人

 タグ追加と短編になってたので訂正しました。すみません。


「君ことのは君って言うんだねー! 贅沢だからこー君って呼ぶね!」

「おい白柳説明しろ。俺は帰って小さい子に首筋舐められながら『私で興奮してるんだ、変態さんだね』って罵られる妄想繰り広げるから忙しいんだ」

「白鷺よ。うちの日菜ちゃんがごめんなさい後、本当にど変態ね」

「もっと言ってくれ興奮する」

「黙りなさい」

 

 花咲川にいないはずの羽丘学園生徒会長が花咲川ボッチに話しかけてきたところから今回の物語はスタート。あと、名前省略剣された。

 奴の名は氷川日菜(ひかわひな)。彩達と同じパスパレのメンバーで、ギター担当。水色の髪って可愛いよね、痛いです平高さん蹴らないで。

 

「白鷺よ。というか、知り合って結構経つのに全然いい間違いが付きないのだけど」

「苗字のレパートリーなら多い方だぞ」

「普通に呼べって言ってんのよ」

「アハハ! 仲良いんだね!」

「「よくねぇ(ないわよ)」」

「おねーちゃんとルー君見たい!」

「知らねぇやつ持って来られても反応に困るんだが」

「あのオネエ知らないの? 紗夜ちゃんの彼氏よ。因みに紗夜ちゃんは日菜ちゃんのお姉さんね」

「……ああ、なんか居た気がする。まぁ、人間は興味無いんで」

「それ言ったらこの世界で貴方の興味は愛玩動物だけよね」

「愛玩動物限定にするのやめてね。俺は小さい女の子に足で踏まれたいだけだ」

「変態だから近づいちゃダメよ日菜ちゃん」

「おいコラ宮崎」

「白鷺よ」

「ハハ……ま、待って……アハハ……お、お腹痛い……アハハハハハハ!!」

「笑いすぎだよ。笑いのレベル赤ちゃんがコイツは」

「今度は赤ちゃんプレイとかどれだけ変態なの」

「もうその話は終わったんだよ!」

「……コヒュー……コヒュー」

「あ、氷川死んでる」

 

 氷川日菜、人生初の笑いすぎて酸欠である。一旦CMです。

 

 ♪♪♪ 

 

「もー! 死んじゃうかと思ったよ!」

「死刑ね」

「ひでぇ判決だ」

 

 氷川を何とかした俺達は取り敢えず何しに来たのか話をすることに。

 

「んで、なんで日菜はここにいんだ?」

「あら、出会ってすぐ呼び捨てとか見境ないのね」

「違う。この花咲に姉がいるなら区別付けないといけないだろ。同じ苗字が今ここに実質2人いるんだからよ」

「ああ、そう言うことね。紗夜ちゃんはバンド練でもう居ないけどね」

「早く言えや千尋」

「千聖よ。とうとう名前すらイジってきたのね」

「……ね、ねぇ……あたしを……ハハハ……殺す気……!」

「だから笑いレベル赤ちゃんなんだよ」

「だから赤ちゃんプレイとか」

 

 以下ループ

 

「……んで、なんでここにいんだ?」

「えーと、生徒会長通しの話し合いで燐子ちゃんと話してたの。今度羽丘と花咲川でなんかやるんだー」

「ひでぇくらい目的がねぇな」

「日菜ちゃんに突っ込んだら負けよ天才だから」

「……天才ねぇ」

「一度見たこととか、初めて解く問題とか感覚で解いたり覚えたりしちゃうのよ」

「だからなんだよ?」

「……みんなから不快な視線貰っちゃうんだー」

 

 そう、日菜が寂しそうな目で言う。だから俺はこう返すことにする。

 

「心底どうでもいい」

「ちょっと!?」

「だから天才だろうが凡人だろうが、総理大臣だろうが人は人だろ。みんな死ぬんだからしらねぇよ」

「……君変わってるね。それを本音で言ってるのもすごく変わってる」

「お前に言われたくねぇ。かく言う俺もどうせ死ぬんだ。天才やら上の身分なんざにいちいちビビって生きてく人生とかごめんだね」

「……なんかあたしと同じ感じがする。ぐいいーんって感じ」

「意味わかんねぇ」

「……貴方も日菜ちゃんと同じ天才なのかしら?」

「少なくとも天才なら学年トップとか楽器で有名とか、なんかそんなのになってんだろうよ。……まぁ、強いて言うならちょっと身体にゴキブリ飼ってるだけだ。それが天才ならもうなんでもありだな」

「どう言うこと?」

「あんま言ってもなぁ、どうせ終わったことだし気にすんなよ」

「……少なくともこー君は技術とかの天才じゃないね。多分、身体的な何か。でも、それ以外でも何かあるかも」

「……お前、俺の何かが分かるのか?」

「ううん。少し考えたら分かるだけ。身体にゴキブリって多分丈夫なんだろうなぁって。だから身体的に何かあるのかなって」

「正直言うと俺もわからん。厨二病みたいに身体が鉄になるとかそんな非科学的なあり得ない話は持ち合わせてねぇ。ただ、原因不明だが、運良く死なないというか死にづらい身体なだけだ。そのせいで嫌なことも見てきた」

「それが、貴方の人に興味ない理由?」

「まぁな。……なんて、俺の話はいいんだよ。用が済んだなら帰れ、羽丘の生徒会長。ここは花咲だぞ。用が済んだものは部外者になる」

「……まぁ、それもそうかー。じゃあね、こー君、千聖ちゃん」

 

 そう言って天災は消えた。いや天才が帰ったんだけど。

 そしてポツンと残された俺とちーちゃん。

 

「その名で呼ばないで、幼馴染思い出して反吐が出るわ」

「呼ばれてたのかよ。ってか幼馴染なら大事にしろよ」

「大事だから暴言を吐くのよ」

「ツンデレ通り越して天邪鬼じゃねぇか」

「……ねぇ、貴方は何者なの?」

「いや、まじめに人間だぞ」

「そんなドブのような眼をしてるのに?」

「喧嘩売られてるね。これは生まれつきだよ」

「嘘ね、どんな状況になったかは知らないけど、私が芸能の闇を知った時よりも濁った眼をしてるわ」

「……まぁ、ある意味芸能人より酷いかもな」

「教えなさい」

「なんでお前に教える必要があるんだ」

「前に言ったことよ。芸能人に悩みを言えるのは夢の中だけ。だから、そのチャンスが現実にあるなら掴むのもいいんじゃない? それに、同じ闇を持つ同士、分かることもあるでしょう?」

「無いな」

「え?」

 

 はっきりとことのはは告げた。

 

「ねぇよ。お前と俺が同士なんて事は、覆されてもねぇ」

「私の嫌な事を越えるとでも? それくらい酷かったの?」

「そこまで言うなら教えてやるよ。俺はお前の数倍はキツい目に遭ってんだ……まぁ、人によっては全部嫌な事はキツイけど」

「どんな目なのかしらね」

「……死にかけの人間の声を、お前は聞いたことがあるか?」

「え?」

「死にたく無いと言って暴れたくても暴れられず、生きていけず、結局死んで行った人達にお前は会ったことがあるか?」

「……無いわ」

「だろうな。俺だって聞きたくなかった。そんな奴らの中で俺は生きたんだ。そりゃ眼も腐るわ」

 

 そう言って、ことのはは話す。

 

「俺は3度死にかけた。そして生きた。身体にゴキブリ飼ってんのは比喩だが、前の学校でついた渾名は『不死鳥』だ。不死鳥とか鷺とか、どうも俺には鳥に縁があるらしいな」

 

 そしてことのはは、自分の髪に手を置いて、髪を引っこ抜いた。千聖は驚愕する。

 

「っ!? 貴方それって……」

「ズラじゃねぇ、カツラだよ。桂だけにな。髪はだいぶ生えたが、まだ歪なんだ」

 

 カツラを取ったことのはから見えたのは生えてはいるがまだ不自然な形になっている髪型であった。



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病室と一般人

 俺は3度死にかけた。これは大袈裟とかじゃなくて本当の話だ。

 

「ステージ2ですね」

 

 そんな医者の話を聞いた時は何を言ってるか分からなかった。幼稚園児くらいの時肺に癌が見つかったらしい。

 俺は親の判断で訳もわからず病院に投げ込まれ、治療をした。これが1回目。

 治療の時、自分以外も同じ病室で共にした仲間がいたらしいが、覚えては居ない。幼稚園だからな。でも、大人が泣いていたと言う記憶はあるので、多分何人かは助からなかったんだろう。

 そして、俺は癌を乗り越えて、学校生活に身を入れる事ができた。だが、それも束の間、癌が移転して小学校、中学校と累計3度癌になった。中学の頃はステージ3だったらしく、そこそこ危なかったそうだ。

 小学校、中学校になるといまだに記憶が残っている。

 酸素の吸引機みたいなのをつけられて、点滴を刺されて、抗がん剤で髪が抜けた。

 辛い治療の中でも、楽しかった……こう言ったらダメだと思うけど、同じ病室で共にした患者と話すのは俺の楽しみだった。

 

「坊主も癌なのか? こんな小さいのに、可哀想だな。俺みたいにもう生きる価値とか無ければなってもいいんだが、こんな未来を背負うガキに癌を作るとは神も落ちたものだ。いや、やっぱり俺はラーメン作りてぇ,坊主、俺が治ったらラーメン食いに来い」

 

 そう言って俺とよく話をしてくれた男の人がいた。俺は彼以外にも老若男女色んな人と病室で話をした。

 当時はよく分からない話もあったが、俺にとっては治療を頑張れるたった一つの元気であった。

 だが、俺の治療が進むにつれ、一人、また一人と別の病棟に連れてかれた。

 彼もその一人だった。

 

「……死にたく……ねぇよ……なんで、俺が……死ななきゃいけねぇんだ……」

 

 そんな一言が俺の頭の中でループする。アレだけ元気そうだったおじさん。確か名前は……豪さんだかだっけか。

 それ以外にも仲良くしてくれたおばさんや俺よりも小さい子が元気だったのに死んでいくのだ。

 

「……わたしね、大きくなったらアイドルになりたい!」

「それじゃあ、有名になったら会えないからサインだけもう貰おうかな」

「……サイン決めてないから、お兄さんの手に私の名前書いてあげる!」

「ありがとう……やべぇ、読めない」

 

 そんな事を言って、俺が読めないけど一生懸命自分の名前を書いてくれていた少女も、多分亡くなったんだろう。女の子の両親がかなり泣いて、膝をついていた。中学生の俺ならこれがどんな状況か分かっていた。

 だからだろうか、誰でも死ぬ可能性があると確信してしまったのは。だが、皮肉なことに、俺は生還した。してしまった。なんならしばらくしたら親父も死んでしまったので泣いている母さんを見たらもう何も言えなかった。

 幼稚園、小学校、中学校と共にした奴らにはよく戻ってきたと喜ばれた。賞賛の意味だと思うが『不死鳥』だと、言われた。高校でさよならバイバイしたけど。

 でも、俺にとっては全てがどうでもよかった。死んでいったであろう人達、彼らだってこれからの生活があったかもしれない。特に少女も生きてたらトップアイドルになれたかもしれない。

 でも、死んでしまったら何もできない。だから、アイドルとか有名人とか関係なく人は死ぬんだ。だから俺は……

 

 ♪♪♪ 

 

「他者に興味はねぇんだ。まぁ、強いて言うなら小さい女の子が好きなのは彼女に……多分初恋してたんじゃねぇのかな? 今は違うけど」

 

 そう、躊躇いなく言う彼がそこにいた。私は何を言えばいいのだろうか。

 最初に会った時は誰か彼の身内が大勢亡くなったのかと思った。誰かに殺されたのかとも思った。

 お父さんが亡くなったとは聞いた。でも、それ以上に、彼が家族と同じくらい仲が良かった人達が死んでいくのを直接ではないが見ていたのだ。

 芸能人の闇とか、そんなのとは比ではない悲しみやそんな中で生きてしまったと、罪悪感があるんだと。

 私は自分を恥じる。腐った眼をしていると私は言った……彼が何を見てどんな思いをしたのか分からないのに。貴方の過去を教えろ、解決できるかもしれないとも言った……解決も何も出来ない話を聞いて何ができる。

 何が白鷺千聖だ、何が芸能人だ、何がある程度ならなんとか出来るだ。

 どれだけ偉くても、人に死にはどうする事も出来ないのだ。

 

「……何しけた面してんだ白鷺」

「誰のせいよ……ごめんなさいなんて言葉じゃ足りないわ」

「俺の考えに、お前まで同意する事はねぇだろ」

「それでも、私は貴方に謝らないといけないわ。何も、出来ないから」

「まぁな、お前には何も出来ねぇよ。ただ……」

「割とお前と会ってから楽しいんだよな。死んでしまった人達には申し訳無いけど。なんか、こうやって人と話てるお陰で、生を実感してんだ」

「だからよ、あの時は気まぐれかもしれないけど、俺に話しかけてくれてありがとう。千聖」

 

 そう言った彼の眼はなぜか少しばかり濁りの薄い眼をしていた。彼の見た事ない優しい笑みにあっけに取られた私に彼は言葉を続ける。

 

「だから、アレだ……俺より先に死なないでくれ」

「……っ、ええ」

 

 その言葉に、少しばかり私の顔が赤くなったのは、彼の笑顔に心が少し奪われただけだ。



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アイドルバンドと一般人

「はいこれ、あげるわ」

「どうした黒鷺、紙切れなんざ渡してきて」

「白鷺よ。腹黒の意味で言ったからお仕置きが必要ね」

「んで、このチケットは何だよ?」

「パスパレのライブチケットよ今度ライブあるから来てちょうだい」

「強引だな」

「来ないと刺すわよ」

「逃げ場がねぇ」

 

 やれやれ、強引なお姫様だ。儚いな。

 

「今から死んでくれるかしら?」

「ちょいまて!? 何でそうなる!」

「私の幼馴染と同じ事言うからよ」

「このセリフ素で言うってどんな幼馴染だよ!」

「一度羽丘の王子様よ」

「男かよ」

「女よ」

「嘘だろ!?」

「残念な事にね」

 

 そんな女いるんだなと、感嘆していたら白老(しらおい)が言った。

 

「白鷺よ。それで、来るの? 来ないの?」

「予定ねぇから行くわ」

「そう、良かったわ。来ないって言ったらチケットごと貴方を燃やそうとしたもの」

「怖」

「それじゃね、ことのは」

「……おう」

 

 急に名前で呼ばれた事に驚きながらも俺はライブの日まで時を過ごした。

 

 ♪♪♪ 

 

 ライブ当日はやはりパスパレだからだろうか。人だらけでどこ座ったらいいか分からんかった。チケットに書いてる席番号とか当てにならないくらい人でごった返してるせいで椅子ひとつ見つけられもしない。

 どこだと探してようやく辿り着いた席の隣は『彩ちゃんハァハァ』というTシャツを身につけたそこそこデブなオタク。関わらないようにしようとすると、

 

「……ライブは初めてですかな?」

「……ええ、まぁ、運良く当たったもので」

「そうですか、本当はコールとかがありますけど、初ライブの人は楽しみながら覚えていけばいいですぞ。私は気にしませんから、どうぞくつろいで下さい」

 

 ……前言撤回、めっちゃいい人だった。因みに左の席の人は

 

「ライブ始まったら起こしてくれ」

 

 何だこいつ。とりあえず、ライブが始まる時間まで待って、彼を起こしてからライブはスタート。

 

「皆さんこんにちは! まんまるお山にウルトラソウルPastel*Palettesふわふわピンク担当の丸山彩です!」

「あいつマジで言いやがった」

「ベースの白鷺千聖です。本日は皆さんが楽しめるように精一杯頑張ります!」

「流石、化けの皮は一流だなオレオレ詐欺さん」

「白鷺です……って、私は何を言ってるのかしら」

 

 そんな自己紹介を終えてから演奏が始まる。初めてのライブだが、ここまでの盛り上がりや技術は流石アイドルバンドというべきか。

 

「彩ちゃぁぁぁぁぁん!!」

「千聖さぁぁぁぁぁぁん!!」

「両席がうるせぇ」

 

 寝てたお前なんなの? キャラ違くね? でも、

 

「ここまで心が踊るのは治療終わって以来かもな」

 

 そう言いながら、俺はライブを楽しむ事にしたのだった。

 

 ♪♪♪ 

 

 時は変わってカフェテリア。俺は珈琲を飲んで今日のパスパレのライブを頭で考えていたのだが……

 

「いやー! 盛り上がったねー!」

「お客さん、いっぱいいたから緊張しちゃった」

「今日も一網打尽なライブが出来たでしょうか?」

「イヴさん、なんかそれは違うっスよ」

「……何で俺の席にパスパレのみんながいるんだよ」

「あら、不満かしら? アイドルが貴方の元に集まるとか、一般人には夢のような話でしょう?」

「千代の里までいんのかよ」

「千聖よ。しかも千代の富士だしね。というか自己紹介ではよくも突っ込ませてくれたわね」

「俺何もしてないけど」

「心の声が聞こえたわ」

「エスパーですか?」

「貴方が分かりやすいのよ」

「眼が濁ってるのに分かるのか?」

「どうせくだらないこと考えてるって事くらい分かるわ」

「うわ酷くね?」

「アハハハハ!! もう、二人ともやめて! お、お腹痛い! ハハハハ!」

「日菜ちゃんがお腹抱えて笑ってる。こんなの見たことないよ」

「まさにホーフクゼットですね!」

「抱腹絶倒だな。えーとキーボードの牛若丸(うしわかまる)イブだっけか?」

「違います、私は若宮(わかみや)イヴと申します! 牛若丸もブシって感じがしてかっこいいですね!」

「面倒だからイヴな。にしても白髪って珍しい」

「イヴちゃんはフィンランドのハーフなのよ」

「成る程。珍しい髪色なわけだ。んで、そこの育実(いくみ)さんは?」

「それ中の人っスよ!? ジブンはドラムの大和麻弥(やまとまや)です。上から読んでもしたから読んでも大和麻耶です。千聖さんからことのはさんの事は聞いてます」

「おい稀勢の里何言いやがった?」

「千聖よ。やっと間違えないで力士言えたわね。強いて言うなら私を弄れる人間かしらね」

「弄ってねぇよこざとへん」

「もう考える気ないでしょう?」

「……コヒュー……コヒュー」

「日菜ちゃんが死にかけてる!?」

「なんなんだこのアイドルバンド蓋開けたらポンコツばっかじゃねーか。あ、彩だけ元からポンコツだったわ」

「なんでさ!?」

「俺の目の前で転んでプリントぶっかけたお前には言われたくねぇな」

「うっ……確かに」

「……コヒュー……」

「日菜さんはスルーですか!?」

「そこのぶっ倒れてる天災は俺と千聖の前から()()させとけ。()()だけに」

「……かっはぁ!」

「日菜さぁぁぁぁぁん!!」

「めんどくせぇ」

 

 何がアイドルバンドだ芸人じゃねぇか。いや、人間か。そんな事を考えてたら千聖が俺に言う。

 

「……私達のライブ、どうだったかしら?」

「……良かったんじゃねぇの。少なくとも俺にはお前らが生き生きしてたぜ」

「そう、でも、それを見て少しだけ貴方の眼の濁りが薄まったのは気のせいかしら?」

「……分からん。でも、俺は(みそぎ)が楽しそうに真剣に演奏してるのを見るのは好きだったぞ」

「……っ、本当貴方って分からない人ね。あと、白鷺よ」

「お前らから見た俺は死んでんだろうな……でも、少なからず少しずつ死んだ人達の分まで生きてみるかって、そう思ったのはお前と出会ってからだよ」

「それじゃあ約束してあげるわ。私が貴方の眼を掃除してあげる。綺麗にして、清らかにしてあげるわ」

「ザリガニとか流すなよ」

「汚れるじゃない。私が流すのはニジマスよ」

 

 そう作っていない笑顔で言う彼女に、俺の眼を預けてもいいと思ってしまったのは、胸に秘めておこう。

 

「……彩さん、あの二人って」

「まだ付き合ってないよ」

「……えぇ……」



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芸能人と芸能人

「いってらっしゃい、ことのは。今日は何が食べたい?」

 

 そう聞いてくるのは俺の実の母親、桂世界(かつらせかい)である。親父を亡くしてから前の仕事を(テレビ関係とか言ってたけどあんま分からない)辞めて俺を育てながら別の仕事(事務系)で食い繋いでくれていた。前の仕事の方が楽しかったんじゃないかと言った事があるが、彼女は

 

『貴方が生きてくれれば仕事を辞めるくらいどうって事ないわ』

 

 と、まるでドラマの1ページのような台詞を言ってくれたのだ。そのおかげか、癌で生還してしまったと考えた俺だが、死のうとは思わなかった理由の一つでもある。

 

「行ってくる。そうだな、もやしとほうれん草のおひたしが食べたい」

「そんな安物でいいの?」

「普通に好きだしな。しかも、親父も死んで母さん一人で生計立ててるんだ。贅沢はできん」

「……ありがとう、ことのは。最近、貴方変わったね」

「俺が?」

「うん。なんか、楽しそうだよ、お友達でも出来たの?」

「あー……弄れる芸能人達が出来たかな」

「え?」

「んじゃ、行ってきます」

 

 そう言って俺は家を出た。

 

「……花咲川……芸能人……もしかして……」

 

 そう呟いた世界は何処かへ電話をかけた。

 

 ♪♪♪ 

 

「よう、マラドーナ彩、今日のテスト大丈夫か?」

「丸山だよ! って言うか今度は私に標的向いたの!?」

「だって千聖仕事でいねぇんだもん」

「……何で千聖ちゃんだけ名前で弄るの?」

「あれだよ。初対面で名前間違ったんだけどさ、あまりにもあいつがツッコミ綺麗だからはまっちまったんだ」

「……成る程、好きとかはないの?」

「いや、好きだぞ? 俺は千聖が大好きだ。だから弄るんだ! 超楽しいぜ!」

「あ、恋愛的な話じゃないんだ。しかもいつものことのは君と違うくらいにしかテンション高いね」

「アイドルと一般人の恋愛ってアニメとかじゃないと成立しなくね?」

「うちの事務所恋愛OKだよ? 死にたいならだけど」

「……地獄絵図じゃん」

「とにかく千聖ちゃんの事気に入ってるんだね」

「俺に話しかける奴もいなければ俺にツッコミ入れる奴もいないからな。流石芸能人ってやつだ」

「芸能人関係無いよ」

「それよりテストは?」

「……不安かも」

「教えてやろう、俺に感謝しろ……ゲホッ、咳出たごめん」

「何で上からなの!? ってか大丈夫?」

「大丈夫たまたまだ。後、最近暇つぶしに誰か困ってるやつに勉強教えるゲームしたいだけだから」

「何そのそこそこ悪意ある遊び! ……まぁ、分からないのは事実だから、この数学教えて貰おうかな」

「数学は赤点ギリギリだから無理ですね」

「さっきの言葉取り消してよ!」

「冗談だ。数学は苦手だけど赤点ほどじゃねぇからな」

 

 そう言って、ことのははメモ用紙に絵と図と言葉を書く。

 

「……ってことでこことここは同じなんだ。証明完了」

「……え? めっちゃ分かりやすいんだけど? ことのは君勉強出来るの?」

「教えるのは得意だ。中学の時入院中に小さい子とかに勉強教えてたから」

「……まぁ、その中の1人2人亡くなったけどな……」

 

 声のトーンが下がったことのは。地雷を踏んだ彩は慌てて答える。

 

「……ことのは君……だ、大丈夫だよ! 千聖ちゃんが私の事信用出来るからって言って、私に教えてくれたけど、わ、私や千聖ちゃんがことのは君のそばにいるから! そりゃ、人間だから死んじゃうかもしれないけど、それでもことのは君より長生きするよ! だからことのは君は安心して私たちより先に……あ、間違った!」

 

 丸藤彩最低の失言である。「丸山だよ!」

 だが、ことのはは苦笑して言う。

 

「おっと急にふわふわさんから暴言が飛び出したぞ? 私たちより先に死ねってか……まぁその方がアレだよな俺は悲しまないな」

「ご、ごめんなさい! そう言う意味じゃなくて……え、ええと!?」

「焦るなよ彩。別に本心じゃねぇのも本当に言いたいこともわかるから。安心しろってことだろ? 全く。急に知り合ったやつがアイドルで、俺の過去を知られた挙句諭されるなんざ、今期アニメでもそんな展開ねぇよ」

「……ごめんね」

「いいや、ありがとう、彩。千聖にも、なんならパスパレのみんなにも礼をいわねぇとな」

 

 そう言ってことのはは少し笑顔になり、彩に勉強を教えるのだった。

 

(もしかして日菜ちゃんが言ってたのはコレなのかな?)

(こー君は天才だよ。身体もそうだけど、やっぱり何か天才なのはあたしに似てる。多分隠してるか気づいてないかどっちかだねー)

(……教えるのが上手いのも才能の一つだよね)

「だから答えは毛利○五郎だ」

「なんで言うねん!?」

「どうした松島」

「丸山だよ!」

 

 天才……なのかな? 少なくとも言葉選びは上手いよね。後、千聖ちゃんの話する時楽しそう。

 

 ♪♪♪ 

 

「全く、今日は撮影が長引いてしまったわ。遅くなったし、早く帰らないと……」

「こんにちは、白鷺さん」

「……貴方は……?」

 

 とある事務所内で撮影を終えた千聖はある人物と出会った。黒髪のロングストレートヘアーに、どこかで見たことのある優しい眼……どこだったか? 千聖は分かっていなかった。

 

「ここは一般人のいる場所では無いですけど?」

「……伊藤世界って知ってる? これでも有名なんですよ。白鷺千聖さん」

「……伊藤世界……貴方もしかしてあの女優の!?」

 

 聞いた事はある。伊藤世界はテレビ界では知らない人はいない名俳優で、かなり前に電撃引退をした女優である。原因は子供の病気とか、旦那さんの葬儀とかで引退したとは聞いていたが……

 

「まぁ、今は桂……自分の苗字にしてるけどね」

「桂……聞いた事があるわね……」

 

 ふと、彼こと桂ことのはの顔が浮かぶ。濁った眼をした彼に似ているのだ。眼の色ではなく、眼の形とか、美形な所とか、ことのはに似ていた。

 

「……花咲川の芸能人なんてことのはが言うからもう貴方か丸山彩さんしかいないのよ。若宮イヴさんは……多分あの子とはあまり話さないと思うから」

「彩ちゃんも弄られてますけど……ってことのは? ……まさか貴方ことのはの……」

「ええ、私はことのはの母です。桂世界って今は名乗ってるの。子供の頃の病気は……癌は多分ことのはから聞いてると思うけど」

「……はい、聞いてます」

「旦那の件は……まぁ、それも多分ことのはが言ってると思うわ。旦那が死んでから私は旧姓を名乗る事にしたの。ことのはって仲良くなりずらいけど、一度仲良くなったら自分の事いっぱい話すから」

「……お世話になってます。白鷺千聖です。まさか貴方が……ことのはの母が、あの伊藤世界さんだとは思いませんでした」

 

 そう言って頭を下げる千聖に、世界はクスリと笑う。

 

「別に取り繕わなくてもいいわよ。謝る必要も、身構えるのも無し。今日は昔の事務所に無理言って私が貴方にお礼を言いに来たのよ」

「私に?」

「ええ、ことのはと仲良くしてくれてありがとうってね」

「それだけで?」

「私にとっては大切なのよ。あの子は癌になって生きてたけど、いろんな人が別の病棟に移されるのを見てる。まぁ、簡単に言うと亡くなってしまったとか、危篤状態でって理由なんだけどね。そのせいで人は死んでしまうって理解してしまって、あの子が癌を治したときにはもう、人を脆いものだと、すぐに亡くしてしまうものだと強く思い込んでしまってるの」

「だからね。あの子は誰とも仲良くならずに高校生まで成長していた。きっと私の事もなんとも思ってないと思うわ。だから私も実は芸能人だったって事を伝えてないから。彼は、人はいつか死ぬ脆いものだからみんな同じだと、だからこそ、大切だと思いたくないって。思ってしまったら、無くしてしまうから」

 

 そして彼女は笑いながら千聖に言う。

 

「でも、貴方と出会ってことのはは前みたいに明るくなった。完全ではなくても、少しずつ昔のあの子に戻ってる。話を聞いたら花咲川の芸能人を弄ってるからなんて答えが飛んできたけどね。若宮イヴさんは弄れる人ではないから同じ高校なら彩さんか千聖さんのどちらかだと思ったのよ。まぁ、まさか千聖さんだとは本気で思わなかったけど」

「私は彼に謝りたいんです……ことのはは、彼は、不思議な人なんですよ。芸能人の私や彩ちゃんを見ても、演技とかじゃなくただ純粋にひとりの人間って思って接してくれてるんです。確かにそれは彼が悲しい思いをしたからです。でも、私は最悪なことに、それを利用してるだけなんです」

「……どう言う事?」

「彼の性格を利用して、彼といれば安全だなんて思っていた。でも、彼がそんなに苦しい思いをしていたなんて、知らなかった……だから」

「……申し訳ない気持ちなら私も貴方に負けてないわ」

「……え?」

「彼を癌にしたのは私が彼を産んだから。仮に否定されても私はそう思うのよ。彼がこの性格になったのは癌で病院に行ったから。それを繋げてしまえば、私のせいになるの」

「そんなの……」

「私のせいじゃない、仕方ない、そう言われても私自身がそう思い込んでしまったら止められないのよ。貴方もそう、彼の気持ちを踏み躙ってって思ってしまえば後は自己嫌悪なの。だから……」

 

 そう言って世界は千聖の頭に手を置いた。

 

「私が貴方を否定するわ。貴方はことのはの心の命の恩人よ。ことのはと仲良くなってくれてありがとう」

「……なん……で」

 

 千聖は、泣いた。子役から芸能人になり、人の闇を知り尽くし、上部だけの演技が出来る白鷺千聖が本気で涙した。

 それくらい、千聖の中には彼に対しての気持ちがあったのだ。

 

「私はことのはを救えなかった。でも、貴方は救ってくれた。だから、ありがとう。どんなキッカケでもあの子が変わっている事が一番私にとって最高なのよ」

「……こと……のは……ごめん、なさい……」

「謝るならもっとことのはに構ってあげて。あの子どうせ千聖さんくらいにしかもう懐かないから」

「……それなら、私も、否定します……」

「え?」

「貴方が……ことのはを癌にさせたとか……苦しめたなんていう、自己嫌悪を……私が否定します……ことのはと出会わせてくれて、ありがとうございました……!」

「……全く、流石天才子役ね……ここまで芯が強いなんて、思わなかったわ……」

「……世界さん。私は……彼が……好きです」

「名前弄ってくるけど……眼が濁ってるけど……私達が悲しまないように自分を傷つけて……でも、私を一人の女の子として優しく見てくれる……そんな彼が……私は好きです」

「……千聖ちゃん……大丈夫よ。彼は貴方といれば、きっと幸せになれるわ」

 

 そう千聖に言いながら、世界は眼に水を溜めながら言葉を小さく発した。

 

「……ことのは、後で弄り倒すからね。こんなに貴方を思ってくれてる子と……ましてやあの千聖ちゃんを弄ってるんだから」

 

 その言葉はもちろん千聖にも届いてない。




桂ことのは、桂世界、伊藤世界……うっ、頭が。


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血と一般人

「え? 俺の母さん女優だったの? ケホッ」

 

 千聖と世界の件から翌日。ことのはは千聖から世界が芸能人であることを聞いた。

 

「寧ろ知らなかったことに驚きだけど」

「いや、俺が癌になってから辞めたならそりゃ分からんわ。ゴホッ……母さんも自分語りあんましないし。んで、昨日ミサトの収録現場だか事務所だかに行ってたんだな」

「千聖よ。まさか貴方に内緒だったなんてね」

 

 その千聖の発言に少し考えてことのはは言った。

 

「……多分俺のせいなんだろうな。俺が人に興味を無くしてるからよ、芸能人って言っても反応無いからって言わなかったんだと思うぞ」

「……成る程ね。でも、かなり有名なのよ」

「TV売ったからしらねぇよ。全く、俺を優先してくれたのはありがたいけど、女優辞めてまで……いや、それ言ったらダメだな」

「女優辞めてまで俺を面倒見てくれてたんだもんな。文句なんかいえねぇや」

「……優しいのね」

「そりゃ親だからな。親父がいない分、母さんしか俺に肉親はいねぇ。親戚とかいたんだろうが病気とかでいなくなったんだとよ」

「……貴方含めて、病気と縁が出てしまうのね」

「でも、俺が今生きているんだよな。死んだ人の屍を越えるって訳なのか分からんけど、とにかく俺は生きてる。たまに申し訳なく思うが、それを言ったら今こうして仲良くしてくれる千歌にもあやねるにも顔向けできん」

「千聖よ。しかも彩ちゃんすら弄り出したわね。……ええ、もし貴方が自分を否定するなら全力でビンタして、顔腫れてもやめてあげないわ。それくらい、私の中では、ことのはが大事な人になっているから」

「それは演技か? ゴホッ……咳ウゼェ」

「……どうでしょうね」

 

 そう言って千聖は笑う。

 

「でも、前より考えが前向きになってきたんじゃない? 前は生きてていいのかみたいな感じだったのに、今はみんなの分も生きるなんて言葉が出てくるんだから。しかも、あなたから私に声をかけてきてくれる。その時点で、全く人間に興味がないわけも無くなってるんじゃない?」

「……確かにな。それも千聖のおかげか」

「千聖よ……あ、合ってるわ。所々正解言うのやめてよ。突っ込めないわ」

「それは弄り倒していいって許可得てることになるけどいいのか?」

「ええ、私も楽しいもの貴方といるの」

「……そうか」

「そうよ。そういえば貴方今日声変ね? どうしたの?」

「少し前から喉痛くてな。風邪というか喉だけ痛い……ケホッ、ゴホッ」

「あら、お大事に」

「言われなくても。にしても今日は特段ひどいな。なんか喉も腫れてる気がする。とりあえず薬でも飲んでおくか」

「事務所から貰った媚薬あるけど飲む?」

「なんでもん飲ませようとしてんだ」

「フフッ、冗談よ。でも、変態の貴方ならこういうの好きでしょ?」

「小さい女の子と付き合いてぇな」

「150センチよ」

「は?」

「私、150センチくらいよ。小さい女の子には該当するんじゃない?」

「……どういう事だ?」

「……鈍感ね、ズラ君」

「ズラじゃねぇ、桂だ」

「……フフッ」

「……ハハっ」

 

 そう言って、俺と千聖は笑い合うのだった。

 

 ♪♪♪ 

 

 千聖と別れて俺は家に帰ってきた。母さんはまだ仕事らしいので適当にご飯を食べることにする。

 

「……げっ、醤油しかねぇじゃん。食材買ってくるか……」

 

 そう言って俺はスーパーに出かける事にした。

 

「ちと買いすぎたか? まぁ、調味料も無かったし別にいいか……ゲッホ! まだ治らんのかい」

 

 そんな事を口ずさみながら俺は呑気に歩く。

 

「……いつからだろうな、こんな何も考えないで今を生きているのは。普段ならずっとあの病室が記憶に残るのに、今日は全然残ってねぇや。多分千聖のおかげなんだろうな」

 

 白鷺千聖。俺が高校生で初めて出来た友達で、芸能人で、俺を救ってくれた人。考えを変えてくれて人、俺が楽しく生きられるようになったキッカケ。

 気がつくとアイツの顔が浮かぶ、今度はなんて名を呼んでやろうかと、そんな事ばかり考える。

 

「……彩が言ってる恋ってこんな感じなのかな? まぁ、どのみち一般人の俺にはどうにも出来ないけど」

 

 そう独りごちた瞬間

 

「離して!」

「……あん?」

 

 聞いた事のある声、だけど声は震えていて、俺は嫌な予感がして、声のする方に向かった。そこにいたのは

 

「大人しくしろ!」

「嫌よ! 誰が貴方に……ってことのは!?」

「あ? 誰だテメェ!」

「誰だはこっちの台詞だよ。俺の級友に何しようとしてんだテメェ……ケホッ!」

 

 刃物を持って、千聖の腕を掴む男。俺の声にビビったのか手を離した。

 

「動くんじゃねぇ、コイツがどうなってもいいのか?」

「……ことのは、逃げなさい。私がなんとかするから、一般人の部外者の貴方はすぐに逃げて!」

「うるせぇ!」

 

 千聖の言葉に男が怒る。だが、俺にとっては

 

「しらねぇよ、どうせ俺含めてテメェら人間だろ」

「……は?」

 

 そう言ってことのはは男に向かって全力で走る。驚いた男は千聖を押し退けて、ことのはに刃物を向ける。

 

「人間はいつか死ぬんだよ!」

「おい止まれ! 止ま……ひっ!」

「オラァ!」

 

 ことのはは男の持ってる刃物を左手で押し退けて右手で首を掴み倒した。

 

「人質だろうが、偉い奴だろうが所詮は人間。いつか死ぬならそんなもんにビビる必要はねぇよな?」

「お、お前……人の心は……無いのか!?」

「少なくとも俺の大切な人に刃物向けるテメェには言われたくねぇよ!」

 

 そう言った瞬間、ありえないことが起こった。

 

「……ぐっ!? ゴホッ!」

「「……え?」」

 

 ことのはが急に咳き込み、大きく咳をした瞬間、赤い何かが、男にかかった。

 

「……血?」

「……ひぃ!!」

 

 男はことのはの吐いた血に驚いたのか情けない声と共に失禁をしながら恐怖に怯えていた。やがて、もう一度血を吐いたことのはによって、男の視界は赤に染まり、そのまま意識を手放した。

 

「……なんだこりゃ、なんで血吐いてんだ俺……は……」

「ことのは!?」

 

 気絶したことのはと男。頼れるのは白鷺千聖ただ一人と、男の持っていた()()()()()()()()()()刃物の音が響く瞬間であった。



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死人と一般人

「ステージ4ですね。リンパにも癌の転移が見つかりました」

 

 そう言った医者の言葉を私は信じていない。いや、信じられない。

 確かに咳は酷かったが、血を吐いたのは今日初めて。ことのはが隠す? いや、本人も驚いていた。

 だからこそ、信じられない。ことのはの癌が再発し、転移してるなんて。

 事務所でパスパレのみんなにも言ったが、一番私に寄り添ってくれてたのは同じ学校の彩ちゃんであった。

 

「……千聖ちゃん。大丈夫?」

「これが大丈夫なら……良いわね」

「……だよね。なんでことのは君ばかりなんだろう」

「知らないわよ」

「……え?」

「知らないわよ。そんなの、私も、彩ちゃんも今はいないけど、パスパレのみんなもそう思ってる。どうしてことのはだけが癌になるのか、ならないといけないのか。言ってしまうけど、私を襲おうとしたあの男に全部ことのはの癌を丸投げしてやりたいわ」

 

 淡々と言いながらも感情が篭ってる千聖の言葉に、彩は何も言えなかった。

 

 ♪♪♪ 

 

 抗がん剤治療はことのはには慣れっこである。苦しくても、ギリギリなんとかなっているのだろう。

 意識が覚醒して、そのまま抗がん剤を投与することにした。

 

「迷惑かけたな千丸(ちさまる)

「私と彩ちゃんを合体しないで頂戴」

「相変わらずなんだねことのは君は」

「こー君……大丈夫?」

「これが大丈夫に見えたら俺はこのまま学校にいるんだろうよ……薬は相変わらず気持ち悪い、二日酔いの気分だぜ。後、また髪抜けるのは嫌だな」

「ことのはさん……ジブン達に出来ることって無いんですかね……」

「コトノハさんに向かって演奏するのはどうですか?」

「イヴ、他の患者の迷惑になるしなんならアイドルのお前らがいるだけでも軽く大変なのに一般人1人のために演奏なんてしたら角が立つぞ」

「ことのはのいう通りね。私たちにはただ祈るしか方法は無い」

「かくいう俺も神頼みだけどな。4までいったらちとどうするかって話だし。末期じゃないだけマシだがよ……うっ……」

 

 俺の言葉に千聖がすぐゴミ袋を手渡してくれる。俺はなるべく、まぁ難しいけど、あまり視界に入らないよう心がけながら背を向けて静かに吐く。

 

「……恥ずかしいから見るなよ」

「気にしないわ。人間だもの」

「……お前も俺に似てきたな」

「誰のせいかしらね」

「うるせぇ千鶴(ちづる)

「千聖よ」

 

 そんな冗談めかした事を千聖が続けてくれるあたり、俺の事を思いながら話してくれてるんだろうなと思う。日菜も笑いを堪えてくれてるし。酸欠とかで俺より先に死ぬなよ? 

 

「……少し横になる。ありがとう、お見舞い来てくれて」

「ええ、今日は運良く全員OFFだから話し合って来れてよかったわ。ねぇ、ことのは」

「……なんだ?」

「……私より先に死なないで」

「っ! ……どうだかな」

「ちょっとことのは君! 「いいのよ彩ちゃん」」

 

 俺の言葉に彩が反応するが、千聖はそれを止めた。こういうのは口約束でどうすることも出来ないのはお互い知ってるからだ。

 そうして、俺とパスパレのみんなは別れた。

 

 ♪♪♪ 

 

 しばらく目を閉じていたせいで視界は暗い。かなり寝てたなと目を開けると、何故か俺は暗闇に立っていた。

 夢か、なんて簡単に思ってしまったがどうにもリアルな夢だ。でも、身体が苦しくないので、夢なんだろうな。

 

「……なぞのばしょなんだが」

 

 少し歩くと白い光が一つ、二つ、いや、複数はある。

 その一つが人の形をしだして……

 

「……よぉ坊主、デカくなったな」

「……貴方は……」

 

 会ったことがある。どこで会ったか思い出せない。でもすぐに彼は言った。

 

「病室では世話になったな。ことのはって言ったか?」

「……豪さん?」

「ああ、お前と同じ病室で死んじまったけどな。元気……ではないんだな」

「まぁ、また癌です」

「……そうか」

 

 彼は悲しそうな眼を俺に向けて言った。

 

「……ごめんな」

「え?」

「俺がお前に死にたくねぇなんて弱音を吐いたばかりによ、ガキだったお前からしたらトラウマになるなんてちょっと考えりゃわかったのに……本当にすまねぇ」

「死にたくないのは人間誰でも同じですよ。貴方も、俺も、あの少女とかだって。でも、最悪な事に、俺だけ生きてしまったんです」

「いや、お前が生きてくれて良かった」

「どうして?」

「俺みたいなおっさんよりも、若いお前が生きてくれたら将来的に救いがあるってもんよ」

「……それはあの子だって「お兄さん」……誰?」

 

 豪さんと話をしていた時隣から何か声が聞こえた。それは髪が昔よりも長くなり大人びた、でも、俺より幼い少女。

 

「……覚えてますか? アイドルの話をした私のことを」

「……今日は不自然な夢だね。俺が関わって死んでいった人達が俺を道連れにする夢なんて」

「違いますよ。貴方は生きるべきです。私達の分まで、今日はそれを言いたかったんです」

「私は小さい時癌になって、助からないって言われてたらしいです。でも、馬鹿みたいに夢をお兄さんに語って、死んでしまいました。仕方ないことだったんです。だから、お兄さんとお話が出来た事が、私の中で人生一番の楽しい事だったんですよ」

「大袈裟だよ。俺だって誰かと話して現実逃避したかったんだ。お互い様だよ」

「でも、ことのは。お前は俺達のことを考えてマイナスな言葉を使わなかっただろ? 気づいてなかったかもしれないが、お前はずっと前向きな言葉で俺とこのお嬢さん達を励ましてくれたんだぜ? 俺に言った言葉覚えてるか?」

「言葉?」

「お兄さんのラーメン食べたいです。って言ったんだよ。それだけ? って思うかもしれないけど、俺はその一言でめっちゃ嬉しかったんだぜ」

「私もアイドルになったら一般人は会えなくなるからサイン貰うよって言ってくれたのは嬉しかったです。その時よく分からなかったからお兄さんの手に下手な字で読めない名前しか書けなかったけど……でも、希望が持てたんです」

「……俺はただみんなに頑張って欲しかった。生きていて欲しかった。だからマイナスな言葉を言いたくなかった」

「それがお前の才能だよ」

「才能?」

「ああ、言葉選びの天才なんじゃねぇか? 人に希望を持たせる言葉……言の葉を乗せるってそういうことなんだと思う」

「……言の葉を乗せる……」

 

 少し考えていると別の所から声がした。

 

『兄ちゃん! 勉強教えてくれてありがとう!』

「……っ!? 今のは?」

「ああ、多分お前が今までに救ってくれたガキどもの言葉だろうな。お前をここに呼んでも言いたかったんだと思うぜ。かく言う俺もだけどよ」

「……豪さん」

「お兄さん、私達の分まで生きて下さい。私達はもう死んでますから現実を生きることは出来ませんけど、貴方はまだ、生きている。だから、生きて」

「お嬢さんの言う通りだ。ことのは、生きろ。俺はお前を見守ってやる。変な事したらあの世こら脱獄してまで喝入れに行ってやるよ」

 

 そう言ってサムズアップする豪さん。あんた、もし生きてたら最高のラーメン屋出来てたと思うよ。

 

「……ありがとうございます。でも、俺の癌は……」

「俺達があの世に持っていってやるよ!」

「そんな事出来るんですか?」

「いや、しらねぇけどお前が生きたいって思えば可能性はあるだろ」

「そうですよ。あの白鷺千聖さんのために生きて下さい。私も、彼女のファンなんです」

「……千聖……そうだな。あいつを弄れんのは俺だけだ。生きるか」

 

 そんな決心をしたのも束の間、白い光が俺を包み込んだ。

 

「……お別れだな。じゃあな坊主。また会う日までだ!」

「豪さん、ありがとうございます。それと……」

「ことのはさん。私は、すぐに死んでしまったので名前を言い忘れてましたね。字も、読みづらくてごめんなさい。私の名前は……ことり。白露(しらつゆ)ことりです。どうか、お元気で!」

「……ありがとう。ことり、豪さん!」

 

 そう言ってことのはは消えた。

 

「……お嬢さん、いいのか?」

「ええ、本当は渡したかったけど、彼にはもう、最高のアイドルがいますから」

 

 そう言ったことりの手の中にはことのはが昔欲しがっていた、自分が渡せなかったサインの紙が一枚あったのだった。

 



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最終回 白鷺千聖と桂ことのは

「……んん、今何時だ……身体怠い「ことのは!」え? 千聖?」

 

 どういうことだ? 千聖とはさっき別れて眠ったはず。だが、千聖は驚くことを言う。

 

「10日間、意識無かったのよ」

「……怖。あ、髪の毛全部抜けた。また生やすか」

「話聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。お前が俺に馬乗りになってキスしながら俺を睡眠姦したとこまで知ってる」

「……変態ね」

「今の間はなんだ?」

「……とにかく説明するわ」

「今の間は!?」

「……キスしたのは本当だけど」

「ちょっと千聖さん? 今の間って何ですかね?」

「聞こえてないならいいわ。一から説明するから鼓膜破いて聞きなさい」

「それじゃあ聞こえねぇよシカトさん」

「千聖よ」

 

 千聖曰く、あの眠りから呼吸が乱れ、心拍数も乱れて危篤並みの状態になったらしい。だが、日数を重ねる内に癌が不思議と消えていって、医者も驚きの声を上げるくらいだったそうだ。今は完全に癌が消滅したとか。不死鳥とかのレベルじゃねぇだろこれ。

 

「……とりあえず生きてたのか俺は」

「ことのは、眼が覚めたのね」

「母さん?」

 

 病室のドアが開くと同時に母さんが入ってくる。

 

「仕事なんて投げて来たわ。息子が目を覚ましたって千聖ちゃんから聞いて仕事するバカはいないでしょ?」

「……不死鳥伝説、続いたんだな」

「無事で、よかった」

 

 そう涙を流した母さん。そうだ、俺は彼女に言わないといけない事があったんだ。

 

「……母さん、今までごめん。俺癌になって、自分の事しか考えて無かった。死んだやつも、生き残った俺を恨んでるとか、人なんていつか死ぬから弱いものなんだって、勝手に思ってた」

「でもさ、千聖達と会って気がついたんだ。俺が生きているから千聖達とも会えたし、こうして母さんと話ができる。だから生きてるのって割と幸福なんだなって」

「夢の中でさ、病室で死んだ人達に会ったんだよ。夢だから俺が良いようにしてたかもしれないけど、俺にみんな生きてくれって言ってくれた」

「だから、それが事実かわからなくても、俺はみんなの分まで生きるよ。死んでしまったみんなの分まで、この寿命を捨てない。だから」

「俺を育ててくれてありがとう、世界母さん」

「……ことのは」

「……ゲッホ! ゴホッ! 畜生今度は唾気管に入った!」

「しまらないわね」

「うるせぇ! ゲッホ!」

 

 きっとこの言葉は俺が本心で思ったからスラスラと出てきたんだ。じゃないとこんなにも心が晴れたような気持ちで母さんに言えるはずなかったから。

 母さんは案の定泣いてた。千聖も静かに見てたけど、なんかこういうのは恥ずかしい。

 その後は癌は無くなって、少しのリハビリ後学校に復帰した。

 

 ♪♪♪ 

「彩、相談がある」

「ことのは君が名前を弄らないなんて珍しいね、どうしたの?」

 

 俺は呼吸を整えながらずれたカツラも少し整えて言う。

 

「……この前、俺の家で千聖に馬乗りにされて『こういうの好きなんでしょう?』って言われて頬にキスされたんですけど何かのバグですかね?」

「なんでそこまでされてるのに付き合わないの?」

「うるせぇぞハリテヤマ」

「丸山だよ! 太ってないもん! ……無いよね?」

「大丈夫だ可愛いぞ」

「えへへ……ありがとう……じゃない! 千聖ちゃんが冗談でそんなことやらないってことのは君が一番わかってるよね!?」

「……まぁな」

 

 あの件の後から千聖の様子がおかしい。俺の腕に抱きついて来たり、普段以上に一緒にいる事が多くなった。おかしいというか、俺の勘違いで無ければ……アレだな。うん。多分アレ。

 スキャンダルは如何? なんて怖い事を言って脅してみたが、母さんがなんとかするから頑張れともうなんか外堀埋められてる。流石芸能人ですね。元だけど。千聖と母さんはめっちゃ仲良いので良いことなんだろうな。

 

「……それで? ことのは君は千聖ちゃんの事好きなの?」

「俺は小さい女の子が「答えろ」……ア、ハイ好きです」

 

 怖、彩さんどうしたマジで。まぁ、確かに俺も千聖が好きだけどな。

想いが固まったのリハビリ中だけど。千聖が献身的に見舞来てくれるんだもん。そんな女の子芸能人でもいねぇよ。あいつ芸能人だったわ。

 

「だったらもう後は行け行けGOGOだよ!」

「言葉が古いよ古山さん」

「丸山だよ!」

「随分と楽しそうね、ことのは」

「……ようコウノトリ。随分とストレス溜まってんじゃねぇか?」

「白鷺よ。鷺。そうね、私と言うものがありながら、彩ちゃんとお忍びデートなんていいゴミ分ね」

「ゴミって言わなかった?」

「千聖ちゃん誤解ですわよ」

「口調変だぞ四角谷さん」

「丸山だよ! 無理に逆にしなくていいから!」

「誤解ねぇ?」

「ひぃ!? ことのは君助けて!」

「おい千聖、落ち着けよ。今日はお前休みって聞いてたから彩と話してただけだ。来るって分かってたらこのポンコツよりお前を優先するよ」

「ねぇ、私の味方いないの?」

「……買い物、付き合いなさい。それでチャラよ」

「はいよ、何買うんだ?」

「そうね……」

 

 そう言って千聖は近づいて……俺にキスをした。

 

「「……え?」」

 

 呆気にとられる彩と俺に千聖は言う。教室のみんなも俺たちに釘付けだ。嬉しくねぇ。

 

「コウノトリが持ってくる道具でも買おうかしらね♪」

「……え? ちょっ!? 白鷺千聖!? 何言って……」

「いいえ、名前違うわよ?」

「……桂千聖よ、私と付き合うならそれくらいの覚悟を持ってね♪」

「……嘘だろ? ってか、さっきの聞いて……」

「さぁ? どうでしょうね?」

 

 呆然としてる俺にさらにキスをして来た千聖。さて、これから俺はどうなってしまうのか。

 でも、芸能人に振り回される毎日は一般人にとって刺激的なものなのかもしれない。

俺は千聖の眼を見つめながらこう言ってみた。

 

「……仮にだ、数万歩譲歩して、俺とお前に子供が出来たら……名はことりでいいか?」

「そうね、鷺と不死鳥よりはマシなんじゃない? というか告白より先に子作り出てくるのは流石ロリコンの変態ね」

 

 冗談でも、本気でも、そう言った千聖の頬は赤くなっていた。

 

「……千聖、いや、千聖が好きだぞ」

「合ってるのになんで言い直したのよ、そうね、ズラ君、いいえ、ことのは私も好きよ」

「ズラじゃねぇ、桂だ」

「別に髪がなくても気にしないわ、人間だもの」

「俺もお前がアイドルとか、芸能人とかしらねぇよ人間だからな」

「「……フフッ(ハハッ)」」

「砂糖吐きそう」

 

 そう言って一つの異端カップルが出来たことに血ではなく砂糖を吐いた丸山彩がいたのだった。

 

 




 最終回でしたね。今回のお話は賛否あると思うんで、次は平和な話にします。
 


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