ウルトラマンザイン (魚介(改)貧弱卿)
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ZYIN's STORY エピソード1

 

 

「うわっ!?」

 

 べしゃ、と潰れるように書類の束が崩れ落ちる

分を超えてあまりに重ねて束ねられたが故に重力の頸木に抗えなかった紙の群れが瓦解し

その場に白い水溜りを作った。

 

「あ〜……やっちゃったよ……」

 

ため息をつきながら紙束を再び集める青年、急いでいるのだ

文句の一つより時間が惜しい。

 

 

「えっと……よし」

 

 集めた紙束を再び握り直して

今度こそ大切な()()()の元へと向かう。

 

「アリサちゃん、入っていい?」

 

 コンコンコン、とノックをして

為人を伝えるために声を入れる

程なくしていらえが掛かり、扉の鍵が開かれた。

 

「どうぞ」

 

黒い髪の小柄な少女が

扉を開けて青年を迎える。

 

――毒ヶ丘有彩《ぶすがおかありさ》 15歳

都内在住の中学3年生だったが、現在は不登校

そして、家庭教師のアルバイトをしている青年の教え子だ――

 

「お疲れ様、先生」

「ん、これが仕事だからね

じゃあまず、昨日の宿題を出してもらおうか」

 

 回収した『昨日の宿題』内容は国数社英理+美家の7種類の復習

中学3年に相当する内容ではないが

彼女の思考力を以ってすれば7教科全てをまとめてでも2時間は掛からないレベルだ。

 

「それじゃあこっちは採点するよ

はい、今日の一時限目は社会科です」

 

 回収した紙束と入れ替えるように、新しい紙を渡す

そちらの内容は古代の日本史だった

彼女の学校で今やっている授業と連動するようにカリキュラムを組んでいるため、彼女にとっては遅い内容だが、彼女の学校復帰のためには必須な内容でもあった。

 

「教科書と合わせて読めばわかる内容だから、質問はいつも通りに」

 

 それっきり宿題の採点に取り掛かる青年、椎名雄介(シイナユウスケ)

都内でも最高峰と言われるT大学に進むため、都内最高の家庭教師となったアルバイターだ。

 

「先生、質問

蘇我氏派の推古天皇が対抗になるはずの厩戸王を立てるの?

女性の君主なんて国内でも珍しいし、当時は男女平等なんて概念はなかったはず

できる限り独裁体制を整えるべき」

 

「たしかに推古天皇は当時初の女性天皇だったけれど、聖徳太子を立てる必要はなかったよ、身内は全体的に蘇我派で固められていたから身内の裏切り以外に警戒する必要はほとんどなかった

身内の中で扱いやすくて政才ある子供を引っ張り出したらたまたま聖徳太子だったんじゃないかな

それに摂関政治による間接支配を考えたらうわぁっ!?」

 

 地面が揺れる、爆発の音

土煙が舞って眼下が割れる

猛烈に揺れる地面に転び掛けながらも椅子から落ちそうになった有彩を支える。

 

「大丈夫かい?」

 

「ぅ、うん」

 

 激震の後は落ち着いたが、それは台風の目のような儚い時にすぎないことは分かり切っていた。

 

「避難が必要だ、もしかしたら災害だけじゃなく……怪獣かもしれない」

 


 

「ギシャァァァア!」

 

岩石怪獣ガクマ、地底より出現

 


 

 

「BURKはもう感知しているか……やっぱり怪獣だな」

 

 視界を横切るBURKの戦闘機

曲線的なフォルムを特徴とする新型機、BURK|Crusader 略称を『ビークル』だ。

 

「それならBURKの逆方向に行けばいい」

 

 有彩に逃げるべき方角を指示して

その方角から向かう避難所を算定する雄介

このご時世であるからして避難所は多いのだが、地下シェルター・高層ビル・地上階の学校等広場

怪獣によって何処に逃げればいいかが違う

まずBURK広報部による怪獣情報を拾得しなくてはならない

しかし。

 

「ドキュメントに該当なし?……面倒なッ!」

 

 スマートフォン端末に表示された怪獣警報の文字列の後ろにはtype:Unknownの文字

歴代のウルトラマンや防衛隊によって倒され/放逐され/送還された怪獣たちのデータ集積ファイル、アーカイブ・ドキュメント

その中に今出現した怪獣のデータは無かったようだ、これは長い歴史に於いて複数回出現し、『定石』が知られた怪獣ではなく未知の存在であることを意味している。

 

「アリサちゃん、まずは一旦離れよう

地割れを起こしたと言うことは形象属性は地!つまり空気に干渉する能力を持つ確率が低いと言うことだ、ビルに逃げ込め!」

「先生は?」

 

「俺はこれでもライセンスホルダーだから、民間人の救助と避難誘導に行く」

 

 たった一言、それだけを言い残して

雄介は走り出した

崩壊した街並みに向かって。

 

 

 

「ダェア!」

「ギシュアァッ!」

 

 空中から突如出現した『脚』が、ガクマの背甲を蹴り飛ばす

それは突如現れた怪獣に対する、新たなるウルトラマンの登場を意味していた。

 

「あれは……」

「ウルトラマン!?」

 

 カイナ達とも、かつて地球に飛来した過去の戦士達とも違うその姿

機械的なアーマーと一体化した体表装甲と電子回路紋(サーキットシール)

マッシブな肉体に銀赤のボディ

絞り込まれた筋肉と骨のシルエット

堅い意志を映した鋭い眼光。

 

「データ照合できません!完全に新しいウルトラマンです!」

 

 その場にいたBURK隊員から無線報告が飛び、同時に司令室にいたBURK日本支部の即応部隊隊長、弘原海(ワダツミ)が叫んだ。

 

「ウルトラマンを援護し怪獣を攻撃せよ!

可能であれば撃滅する!」

《了解!》

 

 ビークル部隊の各機から紅色のレーザーが放たれるが、強化な岩盤の鎧を纏ったガクマには通じない

しかしそれは全くの無駄ではない!

 

「ギシュアァッ!」

「ダァァァァッ!」

 

 装甲から火花が散り、注意が逸れたその瞬間、裂帛の大声を上げたウルトラマンによる横薙ぎの蹴りが入ってガクマを横倒しにする

爬虫類型特有の身体特徴である四肢の短さが仇となり、起き上がるのに十分な反動を作ることができなくなったガクマ

ウルトラマンは身動きの取れないガクマに対して必殺技の構えを取った

その瞬間、巨大な地割れが再び発生し

ガクマに集中していたウルトラマンの体勢を大きく崩した!

 

「ディアッ!?」

 

「ギシュオォオオッ!」

 

甲殻怪地底獣ゾンネル 地底より出現

 

 ビルが揺れ、大地が罅割れ

ゾンネルの体内核から解放される熱エネルギーによって気温が上昇していく

さらに、怪獣災害は加速する。

 

「二体目!?それにまた知らない奴か!」

 

 

 

 避難誘導中であった雄介はそれほど近くにはいなかったため詳細な特徴は見えないが、少なくともキーラやネロンガなどの爬虫類型に分類される怪獣とは異なる存在であることは明白、願わくばサラマンドラのような再生能力まで持たないでいて貰いたい所だが、それにしてもとにかく。

 

「……暑い」

 

 徐々にだが、二体目の登場から気温は上昇し続けている

これ以上暑くなっては救助や避難だって進みが遅れてしまう!

 

「急いでくれウルトラマン、二体目の方を早く!」

 

 雄介は気温の上昇は二体目の能力によるものであると当たりをつけて叫んだ

尋常ではない聴力を持つウルトラマンならば、この距離からの声であっても十分に聞こえている筈だ。

 

「ジェアッ!」

 

 横倒しになって動けない一体目よりも万全な二体目を優先的に攻撃する事にしたウルトラマンは素早く飛翔し地割れから足を抜いて

頭部から刃を撃ち放つ

数多のウルトラマンの中でも使用者の少ない物理刀剣、さらにその中から限られた数人のみが扱う念力感応型宇宙ブーメラン『スラッガー』だ。

 

「ギシュオォ!」

 

 しかし一体目(ガクマ)とは違い、二体目(ゾンネル)には遠距離攻撃手段が存在した

スラッガーを無視してウルトラマン本人へ溶岩弾が放たれ、直撃は回避したものの念力操作の乱れたスラッガーは不発に終わってしまう

そして落ちてきたそれはというと。

 

「うわぁっ!」

 

 雄介の目の前、約2メートル

巨人の感覚で言えば指一本程度の間隔しかない場所へと着弾し、地面に深々と突き刺さったのだった。

 

「危ねぇ……」

 

 しかしこれはある種、困った結果である

巨人が武器を地面から引き抜けばその瞬間、突き刺さっている部分の地面は抉られ

抜けたスラッガーに付着した土岩が落下してくる、それはもはや崖からの落石も同然であるからして、ウルトラマンは自らのスラッガーを使うために民間人を落石に晒してしまう事になる

そして極限的なお人好しであるウルトラマンにそんな選択はできない

つまり、ウルトラマンはその武器の一つを失ったも同然になってしまったのである。

 

「ジェアッ!」

 

 スラッガーを諦め、格闘攻撃を挑む

しかし、背後で一体目(ガクマ)がついに立ち上がり、ウルトラマンへと迫る

格闘特化型の地底怪獣の突撃、それは岩盤すらも容易く掘削する天然のドリル。

 

「グウォオ!」

 

 低い重心から足元へのタックルが入り、転倒するウルトラマンに対して二体の怪獣に容赦はない

体を構成する物質の殆どが金属や岩石で出来ている二体は、その重量を生かしての体当たりとボディ・プレスでウルトラマンを締め上げに掛かった!

 

「デェァァ!」

 

 流石にこれには悲鳴をあげたウルトラマンは必死に二体を押し退けようとするが

凄まじいパワーによって攻撃を仕掛けてくる二体に対しては抗い切れないのか、次第に力が失われていく

しかし、そう思うがままにはさせない。

 

《特殊照明弾使用許可!》

「了解!サンライトスターシェル投下!」

 

 司令官による指示により、BURKの戦闘機達から青白く輝く照明弾が投下される

それは化学の結晶、太陽の光と同じ波長スペクトルを出力する照明であり、地球環境において十分な光エネルギーを得られないウルトラマン達に力を注ぐための光

ウルトラマンはその光を吸収して消耗した力を取り戻すことが出来る、ウルトラマンと共に戦うための人類の努力の結晶である。

 

「ディエェァァア!」

 

 ウルトラマンは再び裂帛の大声を上げ、己にぶつかってくる二体目(ゾンネル)に輝く左の裏拳を打ち当て、さらに力を込めた。

 

 

ウルトラ念力

 

 爆発的な念力によって弾き上げられ

空に飛ばされた二体目に、さらに必殺技が直撃する。

 

 巨人が両手を広げると同時に、薄紅と蒼白の二つのエネルギー弾が生成され

それらが二体目の肉体へと直撃し

その体内に二つの光が重なり合った。

 

 

ザイナスフィア

 

 

 重なる二つの光は鮮烈に輝き、同時に怪獣は爆発四散した

だがウルトラマンも相当量のエネルギーを消費したのかエネルギー残量を計測する装置、カラータイマーが鳴り始めた

しかし、戦いはまだ終わっていない。

 

「ギシュアァァアッ!」

 

 一体目(ガクマ)が真の力を解き放ち

周囲一体へと吐息を注ぎ始めた

そして、それに触れたものは、石へ。

 

石化能力(ゴルゴン)

 

 まさにその名を冠するガーゴルゴンなど、幾らかの怪獣が使用する特殊能力

名が示す通りに対象を石化する力だ

物質を石にする能力というだけあってこの能力を破ることは困難であり、使用する怪獣によっては機械などの無生物すらも石へと転換されてしまうために防御も困難な能力であった。

 

 霧のような吐息が拡散し、周囲の領域を石の神殿へと変質させていき

その中に突っ込みそうになって急遽旋回離脱を試みるBURKクルセイダー

しかし回避は間に合わず半分ほど石に変えられてしまい、墜落。

 

「デェァァッ!」

 

 することはなく、ウルトラ念力によって確保されたクルセイダー

しかし、その代償は大きく

ウルトラマン自身はその霧の中に取り残されてしまう。

 

 霧が晴れたそのとき、ウルトラマンは既に石像と化していた

物言わぬ大きな、そして冷たい石像へと。

 

 

「嘘だろ……やられたのか……!?」

 

 地球に来て、初戦

圧倒的な力を見せつけるケースの多いこの状況で、敗北

それも敵の能力で石化されての完敗

()()()や先代が駆け付けてくれるなどと甘い事は考えられない。

 

 なんとか退避できたらしい残り2機のクルセイダー達も攻撃は通らず近づけば石化するという状況にはお手上げのようで、無意味な旋回ばかりを繰り返していた。

 

 咆哮を上げる怪獣と沈黙する石像

しかし、そのカラータイマーはまだ石になってはいない

赤い点滅は失っても、金剛石のように透き通るそれからはまだ、光は失われていない

それを目にした時、雄介は考えた

今すぐ出来る事はなんだ、と

答えは一つ、試みる事

ウルトラマンとの、融合を。



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エピソード1

 宇宙ブーメラン、ウルトラセブンのアイスラッガーに端緒を発するそれらはウルトラ戦士達の中でも限られた数人のみが使用している武器である

その理由は単純に操作が困難である事や習熟難易度の高さ故に訓練期間が長いことであると言われている

たしかに常時装備型の実体剣装備を自在に白熱化し、飛行させるだけの念力を磨くより己の拳を磨いた方が良いのかもしれない

だが、それを差し引いても、念力感応型宇宙ブーメランには特異な利点が存在する。

 

 それは、使用者と精神的にリンクしているということ

使用者の念力を間接的に行使するための起点となったり触れたものに使用者の思念が干渉するなどの他の武器にはない特性があるのだ

そして、今目の前に落ちているそれも

その機能を宿しているに違いない!

 

「…………ッ!」

 

 左手を、スラッガーへ

その刃に触れて、告げる。

 

(聞こえてるか、ウルトラマン)

 

(あぁ、聞こえる、君の声が聞こえる

俺のスラッガーに触れているのか?)

 

 思う通りに帰ってきた返事に口の端を歪めながら、雄介は叫んだ。

 

「そうだ、ウルトラマン

俺と融合しろ!」

(相分かった!)

 

 二つ返事、突拍子もない提案だと言うのに、己の命を他に預けた

そんなお人好しのウルトラマンと

共鳴した一人の青年が繋がり、融け合う。

 

 

望め、光を

燃やせ心を

変えろ運命を

 

叫べ、その名を!

 

「ウルトラマンザインッ!」

 

 光が弾ける、稲妻が駆ける

炎よりも烈しく、鉄よりも靭く

流れる血よりもなお紅く

回路を駆け抜けた新たな光が

カラータイマーを抜けて魂へ。

 

「デェァァアッ!」

 

 石と化した肉体に光が満ち

灰色の体表に赤銀の色が戻る

溢れる光が電子回路から左腕へと流れ、その手を向けた先から飛来するスラッガーへと宿る

三千以上の原子を宿した超重元素スペシウムが加速器のサークルを巡り光速を超えて電子が剥離しイオン化すると同時に集約され

元素崩壊の青白い放射光と共にスラッガーが伸延する。

 

 

スペシウムソード

 

 

 岩に閉ざされた神殿に、一条の光が差した。

 

 


 

「……全く、心配させる……」

 

 大きくため息を吐いた弘原海、それを皮切りに数人のため息や座り込む音

そして両断された怪獣の倒れ込む音がスピーカーから届く。

 

「怪獣、殲滅を確認!」

 

 新たなるウルトラマンと、人類の勝利がまた一つ、積み重なった。

 


 

「で、だが……」

(あぁ、とりあえず自己紹介をしよう

私はウルトラマンザイン

細かい情報はもう()()()()()筈だ、後で()()()()()くれ

君は椎名雄介であっているな?)

 

 脳裏に響く声が語る内容はいささか信じ難いが、間違いはなかった。

 

「あぁ、合ってるよウルトラマン」

(『ウルトラマン』とは一般に我々M78星雲光の国に出自を由来する人物の総称だろう?

私のことは個人名として『ザイン』で良い、何よりこれからしばらくの任期を共に戦う相棒となったのだから、堅苦しく振る舞う必要はない)

 

「お、おう」

 

(それと、コミュニケーションは大切だが他を鑑みなければならない

以後の対話について手段は念話を原則としよう)

 

 頭の中に流れてくる声は明るいが、理解しがたい情報を込めた物だった。

 

「どうやるんだよそれ……」

(繰り返すが()()()()()()()筈だ、後でちゃんと思い出してくれ)

 

 思考を諦めた雄介はとりあえず避難指示が解除されたのを見計らって自分の家へと帰る

流石に今日はもう家庭教師云々という状況ではない、有彩も避難したことだし

後で連絡をすれば良いだろう。

 

(雄介、部屋が荒れているぞ

片付けが必要だな)

「いつものことだよ」

 

 去年『彼女』が亡くなってからは、まともに片付けられていない部屋の扉を開けて

ため息をつく、どうやら部屋が汚いのは『彼』にとってマイナスポイントのようだ

今日は掃除に追われることになるだろう。

 

(一時的に掃除が行き届がなくなることは仕方ないが常態化しているのはよくないな

衛生管理は大切だぞ、雄介)

「分かってるよ……はぁ……」

 

 ザインと話す自分の姿を顧みれば完全に不審者であることを思い出してため息をつく雄介

そして部屋の床に座り、座禅を組む。

 

(おお、ジャパニーズ『ゼン』!

パワードが言っていたヤツだな!)

「それはどっちかというと漫画的なフィクションの話だろう?こっちのはただのポーズだよ」

 

 意識を集中し、ノイズを遮断した雄介は記憶をたどり、融合に伴って共有されている記憶を遡る

それは己に宿ったウルトラマンの記憶、かつての戦いや振る舞い、そしてそれの操る力や技術の根源だ。

 

「よし」

(理解した)

 

 記憶からそれらの情報を『思い出した』事で扱いを習得した念話でザインへと話しかける

これならば他人に怪しまれることもあるまい。

 

(案外上手く行ったようだな

複雑な情報を念話で伝えられるようになるには技量と力量の両方を揃える必要があるが、まずは簡単な情報だけでも念話が出来るようになったのは大きな進歩だ、おめでとう)

 

(案外ってどういう意味だよ)

(簡単だよ、私と雄介の融合は不完全融合だから、知識記憶も完全に共有されてはいないんだ)

 

 完全に無音で行われる二人の対話はそのまま日が落ちるまで続いた。




 完全融合
人格や記憶、肉体など全てを統一して融合する手法
分離不可能な深度の融合である
変身しなくても融合者の能力を扱えたりする
ウルトラマンの中ではエースやヒカリがこれに当たる

 不完全融合
肉体のみ、精神のみなど、一部に限定して融合しする手法
被融合者と融合者の自我は分離しており、それぞれ別者として振る舞う
融合者の能力は変身無しでは使用不能
分離は容易で、ウルトラマンの中ではギンガやコスモスなどがこれに当たる


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エピソード2 宇宙から 1

 我々は長い時間をかけて、文明を発展させた

野生動物を狩り、植物を採集し、皮や骨、繊維や木質を加工して道具を作った

武具を、工具を、農具を、さまざまな道に使われるそれらが文化の礎となり

それらをより高度に成長させた

鉱石資源を採集し、加工してより強度を高め、精度の高いより良い道具を作り出し

その果てに我々は牧畜と農耕からなる安定社会を実現した。

 

 しかし、我々は時間をかけ過ぎた

祖先が生まれてから数億年、常に頭上にあった太陽はすでに赤色巨星となり

一時凌ぎの核融合はそう長くは続かないことは明白だった。

 

 そして我々は、禁忌を行った

人工太陽 プラズマスパーク

傲慢な話だ、我々は星によって生まれ育まれ星と共に死ぬ定めであるにも関わらず

我々は太陽を捨てて新たに作り出した

果てなき永久の陽光を求めて。

 

 そして我々は誤った

結局、何が原因だったのかはわからない

太陽が爆発した事で浴びたエーテル波動による誤作動か、人工太陽に細工が施されたのか

とにかく、我等が求め作り上げてしまったそれは求めていた機能と異なる力を発揮してしまったのだ

人工進化 アルティマエボリューション

その光を浴びた我々は進化した

己の深層心理のままに。

 

 赤い体は力の証

戦士の肉体、至高の鉄腕

闘争の意志が目覚めし血染め色

 

 青き体は賢者の衣

思考の果てに辿り着く境地

静寂の宇宙を映す深空色

 

 銀の体は光の結晶

進化の力、光操る巧者

変異の果てに得た白銀の色

 

 

 そして我等は-ー

 

 

 

「っ!」

 

 体を起こす、横へと向いて

鎮座する時計を流し見る

時刻は午前5時、まだ早い。

 

「あ''〜〜」

 

 起きるには時間的に早すぎるが、二度寝しては遅刻する微妙な時刻に目を覚ました事を悔やみながら体を起こし、ひとまず朝食を摂りに冷蔵庫へ

解したサラダチキンとキャベツベースのサラダとコーヒー牛乳を注いだグラノーラ

僅か二分で用意した簡単な朝食をゆっくりと平らげる。

 

「ご馳走様」

 

 一言だけ残して皿をシンクヘ放り、水に浸けて放置

昨日の夜に残した書類を束ねてファイルへと挟み鞄に詰めて服を着替える

白いワイシャツに紺のジーパン、黒のネクタイが実にダサい印象を形作る

総評して凡庸な男となった雄介は皿を洗ってそのまま大学へ、今日は午前と午後の講義に両方出るために家庭教師はお休みだ

一応朝に家を訪ねて宿題と今日の分の授業内容だけは交換するが。

 

(ここから私たちの共同生活の始まりというわけだな)

「うおっ」

 

 唐突に念話で話しかけられて驚きのあまりに声が漏れる雄介とは対照的に、構う事なく話を続けるザイン。

 

(私達はこれから任期の約1年の間を共に過ごす事になる、昨日も言ったが改めて

よろしくお願いする、雄介)

(あぁ、わかったよ……って)

「お前どっから話してんだよ!?」

 

 相変わらず頭の中に響くような念話だが、その発信源は明確に昨日とは違う

その中心となっていた部分は自分の胸元に提げられた銀色の鍵

いやかつて鍵だったもの、と呼ぶべきだろうか。

 

(君が寝ている間に、暇だったのでハブを作らせてもらった、

これならばより効率よく会話できるだろう)

(いやそれは……)

 

 言い淀む雄介はそのまま言葉を切り、ため息をついた。

 

「はぁ……もういいや」

 

(ん?なにか大切な物だったのか?すまない、私は雄介の記憶を限定的にしか知らないから、知らぬ内に大切なものを作り替えてしまったというのなら元に戻そう)

(いや、それはもう使われることがない物だから、気にする必要はないよ

それよりも急がなければ間に合わない、バスが来る時間だ)

 

 彼女が持っていた家のスペアキーであったそれを諦めて、雄介は走り出した。

 


 

 

「今日は平和ですね……」

 

「全く、天気も良いし対して暑苦しくもない、こういう日はめでたい物だ

だが、気を緩めては居られないぞ」

 

 ヒラ隊員に激を飛ばしながら書類を取り上げる弘原海、その中には予算案や抗議や通達だけでなく入院している負傷者達の容体一覧などもあった。

 

「奈良坂はもうじきギプスも取れるか、ありがたい

……八木はもうダメか……」

 

 定期的に更新されるその書類

怪獣が現れる度に著しい人手不足に襲われる防衛組織に取っては極めて重要な物だ

負傷者の容体と、そして現場復帰が可能かどうかを知る為に。

 

「はぁ……八木さん……」

 

 希少な女性隊員であり、B85をマークするFカップの爆乳と浅栗色のサイドテール、むっちりと肉が乗った太腿をロングブーツで締める制服に詰め込んだ彼女は既に現場復帰は絶望的

2週間前、アキレスの最終戦闘となった対クトゥルフ戦で民間人を庇って建物の崩落に巻き込まれガスに肺をやられてしまい、瓦礫に足を潰されて片足は粉砕骨折と神経断裂を併発し、不随状態という憂き目に遭ってしまったのだった。

 

「それでも民間人を守り通したってのは良いが……功労者に勲章だけ渡して名誉除隊、ってのは筋じゃねえよなぁ……」

 

「ですが我々には……なにも……」

 

言い淀むように言葉を切る駒門と弘原海

そう、負傷除隊者など掃いて捨てるほどいるこのご時世、一人一人に拘っていられるようなものではないのだ。

 

「ままならねぇ、ってことかねぇ」

 

 弘原海は大きくため息をついた。

 


 

「ピポポポポ……」

 

 遙か空に凶星が瞬く

しかし地上の人々はそれを知る由もない。

 

 

「はい、今日の講義ここまで

次回までにレポートを提出するように」

 

 午前の講義を終えた雄介は大きく息をつきながらキャンパスの近くにある喫茶店《Föhn》へ。

 

「ブラックコーヒー、アイスで」

 

カウンター席に座り端的に注文をして、目を閉じる。

 

(ここは落ち着くな)

(だろう?俺のイチオシだ、コーヒーも美味いし雰囲気もいい

昔から彼女と一緒に来ていたよ)

 

(店名はなんて言うんだ?)

『Föhn』(フェーン)意味はなんだったかな……風?)

 

 他愛無い会話の先は軽やかに

届けられた一杯のコーヒーの香りと共に、穏やかな日々を彩る

 

 

【ピポポポ……ゼットォーン】

 

 機械のような音と共に、地響きが鳴る

 

宇宙恐竜ゼットン テレポートにより出現

 


 

 

「怪獣警報発令!特種だ!」

「特種怪獣警報発令!ゼットン出現!半径100キロメートル以内の住民に避難命令を発令、シークレットハイウェイ機密レベル5までの全道を解禁します!」

 

「クソッ!スペーシー何やってん!奴は宇宙恐竜やぞ!宇宙から来たんはモロ解っとるやろがい!」

「おそらくワープで警戒網をすり抜けて来たな……いつもいつもやってくれる!」

 

机に書類を叩きつけて叫ぶ者、マイクを慌てて握る者、警戒の甘さを詰る者、冷静に分析する者、種々様々な反応を見せるが彼らは怪獣対策を生業とする特殊部隊、その名に恥じず迅速に対応を開始した。

 

 

 一方現場ではというと。

 

「嘘でしょ……」

 

 明るい茶髪の少女が呟く

絶望を湛えて

そう、ゼットンがワープアウトした場所は少女が今まさに走り抜けんとしていた道の目の前

ほんの10メートル前に、ゼットンの足が出現したのだ

1000種を超えてさまざまな怪獣の中でも知名度が群を抜く特種怪獣

ウルトラマンを倒した実績のある超人殺し(ウルトラスレイヤー)のゼットンが、目の前に現れたのだ。

 


 

(雄介、『ユウスケ』という語にはどんな意味があるんだ?)

(ん?唐突だな)

(私達ウルトラマンにはそれぞれの名前一文字一文字に意味があるから

気になったんだ、例えば私のザインは三文字で『球体』を表す、日本語に直訳するなら私の名前は『タマ』になる、……文節を切り離せばザイで『雷』ンで『至高』を意味するな)

 

(タマって……それで良いのかよウルトラマン……)

(いや、タの音は『勇者』マの音は『拳士』を意味するから『タマ』を意訳するなら『勇気ある拳闘士』だぞ?)

 

(それはそれで猫とかがイカツイ名前になるけど?)

 

《特種怪獣警報発令》

 

 

《特種怪獣警報発令》

 

「何ぃ!?」

(怪獣警報だと!?)

 

 スマートフォンの画面から喧しい警告音が鳴り、そのまま画面が点灯してアラームを表示する

特種怪獣警報発令の文字列は赤く

そのすぐ後に流れる文字列は『ゼットン』

 

「ゼットン!!」

(焦るな雄介ッ!ゼットンは倒し方がマニュアル化されている!過酷な訓練を思い出せッ!)

 

「あ、ああ!」

 

 急いで店を離れ、そのまま走る

コーヒーの代金はテーブルに置いて来た

 

「雄介 燃やせ、心を!」

 

 胸元の鍵から光が湧き上がり

人の身に施された封印を破る、真の姿を取り戻す為のその最後の一押しに

自らの心臓に光る鍵剣を突き立てる!

 

「ザイン……イグニッション!」

 

 鍵を大きく回し、暗闇の内に火花が散る

灯された火が内燃機関を起動した。

 

 

「ゼァアアッ!」



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エピソード2 宇宙から 2

ウルトラマンザイン対ゼットン戦



(雄介!ゼットンの倒し方は!)

「分かってる!意識を逸らして防御技(シャッター)を躱しつつ至近距離から光線っ!」

 

 宇宙恐竜ゼットンは怪獣の中でも特に強力な種族であり、その実力は宇宙に蔓延る有象無象の怪獣達とは一線を画する

故にウルトラマン達もその存在には警戒を払い、経験則から対ゼットン戦におけるセオリーを作り出していた

『バリアを躱して光線技』という一種の脳筋解決ではあるが、パワードやゼロ、ジャックといった数人のウルトラマン達によって考案された立派な作戦である。

 

(ゼットンはブリーダーによって強さが上下する、テレポートを使った以上は中間程度(ミドルランク)は超えてるだろうが……)

「とにかく行くぞ!」

 

 被害を広げる前にゼットンを街から離すべくゼットンの背後をとる

ゼットンの足元にいた少女は念力で浮かせ、飛ばして避難させてもらう

少し強引だが片手間ではこれしかできない!

 

「ゼァアアッ!」

【ピポポポポ……】

 

 初手から光線は悪手という前例を踏まえ、万力の拳で格闘を挑むザインに対して、ゼットンもそれに応じて飛び込んでくる。

 

(移動はダッシュ、格闘応戦

少なくとも念力特化ではないぞ!)

(了解っ!)

 

 特徴的な蛇腹の腕が振り回され、ザインの腕を薙ぎ払う

見た目には雑な振り回しにしか見えないが、巨大な腕から繰り出されたそれはウルトラマンすら吹き飛ばすほどのパワーを発揮した。

 

「ゴゥワッ!」

 

 しかしこの程度では倒れない

反撃の拳が黄色く発光する顔面に叩き込まれ、しかし。

 

【ピポポポポ】

 

 意に介した様子すらなく、さらなる攻撃を続けるゼットン

裏拳、膝蹴り、体勢を崩したザインは殴打されて吹き飛び、ビルを巻き込んで倒れ込んでしまった。

 

「シウワァァァッ!」

 

 しかし、それだけで済ませる超人殺し(ゼットン)ではない、すかさず光弾が放たれ倒れたザインの全身を撃つ。

 

 爆発が上がり、煙と共にその姿が隠れる

風に煙がかき消されたその時

倒れ伏したザインのカラータイマーが鳴り始める。

 

(なんてフィジカルだ!拳を顔面に受けて怯みすらしない!)

「クソっ!エネルギーが!」

 

 爆炎による致命傷を防ぐために膨大なエネルギーを消耗してしまったザイン

未だ敵に有効打を与えられていないにも関わらず、限界が近づいて来る。

 

(焦るな雄介!)

 

 雄介はダメージを堪えて立ち上がろうとするが、ザインはそれを制した。

 

(よく見るんだ、ゼットンの様子がおかしい!)

 

 そう、ゼットンは倒れたザインには目もくれずに風に舞う砂埃を振り払い腕を振り回して何もない空間を薙いでいる、暴風で吹き飛ばされ、足元に転がった自転車を蹴り飛ばしている

明らかな脅威(ウルトラマン)を無視してだ。

 

(まるで近寄る者の全てを無差別に攻撃しているようだ……)

「戦うにしては動きが無軌道過ぎる……アイツは一体何が目的で暴れてるんだ?」

 

(聞いたことがある、『ゼットン』とは作られた人工生物であると

ゼットンはゼットン星人がとある惑星にありとあらゆる生物を集めて殺し合わせ

その結果生き残った強者達の遺伝子を交配して作り出した遺伝子の怪物なんだ!)

 

「人型昆虫みたいな外見の癖して恐竜とか呼ばれてるのはそのせいか!」

 

 通常、地球における生物の外観に似通う特徴を持つ怪獣は『爬虫類型』や『昆虫型』などそれぞれに分類されるが、ゼットンは違う、なぜか『分類不明』に属しているのに冠する二つ名は"宇宙恐竜"そう呼ばれるのは既存の遺伝子タイプどれにも似つかわしくないその特異な遺伝子が所以だったのだ。

 

【ピポポポポ……】

 

 竜巻じみた砂に業を煮やしたか、ゼットンはテレポートして火球を放つ

結果として旋風は吹き飛ばされ砂埃は無くなったが、その行動は明らかな無駄

ただの風にエネルギーを使うテレポートを切り、挙句の果てに過剰極まりない火球まで使う

その様はまさに暴走

戦う敵か、ただの現象かの区別すらついていないのだ。

 

(戦うために生まれた弄ばれし生命

他を殺すために作られた殺戮者、と言うわけか)

 

「じゃあアイツは……戦うことしか知らない生物だってのか」

(おそらくな、あの様では動くもの全てを破壊することしか頭にないのだろう)

 

 

「なら……」

(ああ!念力を使うぞ、意識を集中しろっ!)

 

ウルトラ念力

 

 巨大な脳にシュミレートされる仮想現実が量子的相似性を発現して現実と同期し、仮想現実を書き換えて現実へと干渉する

波動理論からなる現実の書き換えによって世界へと干渉したザインの脳波に従い空間が捩れ、七色の波紋が不可思議な紋様を描き出す。

 

「ゼァアアッ!」

 

 ザインが、そして雄介が行っているのは脳波同期、ウルトラマンパワードが得意としていた念力による相手の意識への干渉、そして説得

戦意を解消し、理解を促し、平和的方向へと導くための念力である。

 

「戦うことしか知らないと言うのなら

平和を教えてやればいい

飯食って、働いて勉強して、帰ってきて寝る!そんな平和な生活ってやつを!」

 

(雄介の記憶を送り込んで、平和な在り方というものを教えてやれば……!)

 

 ザインを介して送り込まれる記憶がゼットンへと届く

メフィラス星人、ザラブ星人、ガッツ星人、ヤプール人、イカルス星人

さまざまな惑星を由来とする祖先達から優秀な脳を受け継いでいるゼットンに、それが理解できないはずはなく

念力によって注がれるその記憶を認識し、理解して

そして自分の行いを省みる。

 

【ピポポポポ……ピポポポポ……】

 

 沸き立つ念力が二つの脳を接続し、一方に宿る意思と記憶を送信しきり

そして、干渉紋様が薄れて消えていく。

 

【ゼットォン】

 

「……これで……」

(いや油断するな!思考転写で記憶は送れてもそれだけだ!アイツがどう解釈するかはわからない!)

 

 そう、記憶や感情を送信することはできても、それらを自分の体験のように実感できるわけではない

思い出を感想文にしたためた所で、それを読んだ人からのレスポンスが必ず自分と等しいということは無いのだ、特に戦うために生まれた存在であるゼットンには感情があるかどうかすら疑わしい

記憶を送信した所で例の声と共に火球を出されてもおかしくはないのだ。

 

 カラータイマーが点滅する中、瓦礫に半ば埋まったままのザインが見つめる先で

ゼットンは立ち尽くしている

そして。

 

【ピポポポポ……ゼットォン……】

 

 ゼットンは蛇腹に折れた脚を動かして、ザインへと近寄ってくる。

 

「ザインっ!」(来るかっ!?)

 

 雄介は身構え、そしてザインも念力を備える

しかし膨大な消費によってエネルギーは限界寸前、時間経過も二分を過ぎている

これ以上念力を振り絞ればザイン自身が危うい。

 

【ゼットォン】

 

 ザインの目がゼットンの水晶体を見つめる中、ゼットンは腕を振り回して

ザインを生き埋めにしている()()()吹き飛ばした。

 

 的確に瓦礫だけを吹き飛ばして

ザインへと手を伸ばし、その腕を掴んで引き上げる。

 

「デヤァ!?」

【ピポポ……ゼッ……トォン】

 

 そしてそのまま、ゼットンはテレポートして姿を消した。

 

 

 




これがコスモス流、ゼットンの倒し方


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エピロード2 宇宙から 3

「あぁ、全く酷い目にあった……」

 

 全身の痛みにうめきながら肩を回す雄介

ウルトラマンになってはいても、全身のダメージは消え失せるわけではない

むしろ変身自体が人間の肉体にとっては大きな負担になり得るのだから

ダメージと疲労は増える事すらある。

 

(まさか地球に来てすぐにゼットンとは、なかなか運が悪いと言ったところか

まぁアレは倒さずとも解決できたのだからむしろ良かったと言うべきだろうか?)

 

「そーだな、初代みたいに疲弊してたりエネルギー不足で戦うよりはよっぽどマシ」

 

 大きく息をついて、雄介は再び歩き出す

コーヒーをもう一杯飲むために。

 

(見ろ雄介、警報が解除されたぞ!)

「お、もう解除されたのか、ずいぶん早いな」

 

 無人の街を二人で歩く

ウルトラマンと人間は、日常の平穏を取り戻した。

 


 

「よっしゃぁぁぁああ!」

「祝ゥー!ゼットン撃破ァァ!」

 

 一方BURKの司令室も、祝勝ムードに包まれていた

ゼットンは強力でありながら地球に現れた例も少なく、撃破困難な怪獣であったのだから、それを倒したことを祝する事は責められないだろう。

 

「喝ッ!」

 

 あまり騒ぎ過ぎなければ。

 

「貴様等ゼットンを倒して喜ぶのは良いが手を緩めるな!シークレットハイウェイを閉鎖し警報を解除!混乱防止のために帰還流を想定して交通量の多い道路の各所に交通整理を要請しろ!国土交通省に急遽の渋滞対策の申し込みと警察署の交通課の方に話を通せ!財務省に連絡して防衛費の繰上げの申請と被害額の査定を!

住宅及び財産損害者に対する支援を自衛隊、付近の病院で怪我人を受け入れるように掛け合え!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 弘原海の怒号が司令室に響いた

そして、慌てて動き出すメンバーたち

BURK日本支部は本日もフル回転

これが日本の日常である。

 


 

「あ〜あ、やられちゃったよゼットン

せっかく呼んだのに、ね」

 

 人影は笑う、自分の仕込みが無駄になった事を、そしてそのために使われた物を。

 

「次は何にしよっか、誰にしよっか

なるべく闇があるやつを探さなきゃ

さっきのおっさんじゃダメだったし

もっと色々狙い込まなきゃ行けないね

今度こそ、いい怪獣を見つけたいな」

 

 人影は笑う、新たなる生贄を探して

無人の街を彷徨いながら

人影は笑う、新たなる光を

光届かぬ陰の中から。

 

「さぁ、新しい闇を映し出そう」

 

 黒いコートを纏った女が、影の中から姿を現し、そして闇の内へと消えていく。

 

 


 

「ゼットンを倒した新しいウルトラマン……」

 

一方、有彩は自宅で自分のスマートフォン端末を眺めていた

ゼットン特別警報の解除、それはつまりゼットンの撃破を意味する

怪獣災害の中でも特種怪獣に当たるゼットンを撃破できる実力を持ったウルトラマン、それが新しく赴任してきたという事実の証明だ。

 

まだその勇姿は見れていないけど

戦闘回数が嵩めばBURK広報部のほうから映像が出回るはず

その時にゆっくりと確認すれば良い

新しい英雄(ヒーロー)の姿を。

 

「待ってるよ、ウルトラマン」

 

 最初に出てきたトカゲ型を倒した時の爆発はアキレスの光線のそれよりも大きかった

光で出来た剣は戦場から離れた家からでも見えていた。

 

「カッコよかったなぁ……」

 

 写真一枚として存在しない

名前も姿も知らないウルトラマンへ、有彩は思いを馳せる。

 


 

 本日行われる予定だった午後の講義については明日に送られ、休講となったため、やることのなくなった雄介

営業を再開したカフェでの一服も終え

暇ができたので市立図書館へと来ていた。

 

(ザイン、お前はこの場所は知ってるか?)

(“図書館”は書類・論文・本の集積保存及び情報公開の為にある、という事は知っているが、それ以上のことはよく分からないな)

 

(実は図書館には本だけじゃなく古い新聞や雑誌も残されている

その中でも特に価値のある物は閲覧禁止の“禁書庫”に置いてあるんだけど……今回見に来たのはそれじゃない)

 

 雄介が手にとったのは1983年発行の怪獣図鑑。

 

(それが、どうしたんだ?)

(地球側での記録とザインの記憶データとを照らし合わせて相互補完するため

それに過去のデータをあたることは“温故知新”といって新しい知見を得る為に役立つからな

今後戦う怪獣の対策も、ここから得られるかもしれない

それでなくても画像や説明文を見ながらなら()()()()効率も良くなる)

 

 本棚を離れてテーブルスペースへと図鑑を運び、そこに置いた本の立てた重々しい音に驚きながら装丁された表紙を開く。

 

(最初の怪獣とされるベムラー、正式に地球で観測された中では初期のものだな

正式記録ではないがリトラやペギラなども確認されている)

 

(宇宙中で見ても極めて希少な抗スペシウム能力を持つアントラー、そもそも『存在しない』ために攻撃できないグリーザ、そう言った特殊例と言うべき怪獣を先んじて観測できているのはせめてもの救いか)

(そうだな……もし自分が戦うことになったらどうするか、それを考えておこう)

 

 ページを次々にめくりながら、雄介とザインは言葉を交わす

時折に離席して本を持ち変え、水分や軽食を補給しながら閉館時間の寸前まで、二人の読書は続いた。



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エピロード3 蒼き空ある星へ 1

 ゼットン出現事件から1週間が経過し、復興は完了した

幸い被害一部地域の家屋損壊程度であったため、4日目ほどになるとほぼ回復しきっていたが、やはり家屋の再建や電柱の再設置などの細やかな仕事には時間がかかるものだ。

 

そして、社会も会社も平常運転へ。

 

「おいウメコ!アタシのカバン落とすなよ!」

 

 学校もまた、そしてイジメもまた

いつも通りの平常運転。

 

「よく見たら髪汚ったな!」「なに一丁前にヘアピンとか付けてんの草っ」

 

 積極的に攻撃してくるもの

いつも通りに傍観するもの、イジメられる弱者を嘲笑うもの、そして不干渉を貫く教師

 

「宿題よろしく〜♪」

「あ、でも」「アタシら友達じゃん?友達の宿題くらい手伝ってくれるのが普通でしょ」

 

「じゃあ私もよろで」「バレるから丸写しすんなよ」

 

不都合を押し付けるもの、金をせびるもの

どこにでも居て、誰もが私を傷つける。

 

 

「学校は社会に出る前にその在り方を学ぶ場所です」

 

「学校は勉強する場所です」

 

「学校は青春を過ごす場所だ!」

 

 教師たちはイジメを知っていながら無視し、容認し、あるいは気付きもしない

そんなものが社会だというのなら

いっそこんな社会なんて。

 

「滅んでしまえばいいのに」

 

 

「良いね、君、ありふれた闇だけど、それなりの量はちゃんとある」

 

 彼女の背後から、闇が微笑む。

 

 

「ウルトラウム、シンクロナイズ」

 

 人の精神から解き放たれた闇が溢れ出し、形を変えてエネルギーへ

天空へと伸び上がる闇の柱が降り臨む者の道標

 

 邪悪な力に触発されて解放された精神波が現実へと干渉し世界を書き換える七色の干渉紋が浮かび上がり、そしてそのエネルギーに同調する怪獣が召喚される。

 

 

「今度はディノゾールか、今回もまた見込み通り良いのが出たねぇ」

 

 

「キシュアアア!」

 

宇宙斬鉄怪獣ディノゾール 飛来

 


 

「高エネルギー反応を検知!場所はT-185、東京都足立区上空です!」

 

「なにぃ!?」

 

 突如として湧いてきたその反応に驚くよりも早くレーダーの画面をスクリーンに表示

近すぎるせいで全身は見えないが

紺青色の巨体に赤橙色の発光、それをみた青年、霧島が叫ぶ。

 

「ドキュメントGUY!ディノゾールです!」

「なんやて?!」

 

「怪獣警報を発令する、霧島!奴の特性と攻撃範囲は!」

「危険等級3、ディノゾールはあまり積極的に攻撃を行う怪獣ではありませんが、遠距離まで舌を伸ばしてそこら中の物質を切り裂いてしまうんです!舌による斬撃の射程距離は何キロメートルもあります!

至急半径100キロ圏内の市民を避難させてください!」

 

「避難命令を出します、現場を押さえてください!」

霧島の言葉に応じた駒門が電話をかけ始め

 

「BURKクルセイダー出撃!怪獣を撃滅せよ!」

 

 弘原海の指令が掛かり、慌ただしく基地から出撃していくクルセイダーズ

しかし、真空の宇宙空間から水素を掻き集めて吸収するための捕獲器官、断層スクープテイザーは伊達ではない

尋常ならざる延伸によって周囲を薙ぎ払い、コンクリート製のビルを両断するほどの鋭さを見せつける。

 

「なんだありゃあ!見えない剣か何かか?」

「レーザービームと言われた方が納得できそうですね!」

 

 何もしていないディノゾールの目の前にあったビルの二階から上が()()()と滑り落ちる

恐ろしいほどに鋭利に切り裂かれた袈裟斬りの軌跡を、目視どころかカメラですら記録できていなかったのだ。

 

空の雲も地上の霞も等しく切り裂く万物切断(エクスカリバー)、それがディノゾールの保有能力。

 

《各自散会!多方向から一斉攻撃を仕掛けるっ!》

《了解っ!》

 

 4機のクルセイダーがそれぞれ別の軌道を描いて飛翔し、ハードポイントに備え付けられている各々採択した武装で攻撃を開始する

しかし、融合ハイドロプルパルサー

酸水素爆鳴気の塊を超高速で放出する遠距離攻撃が発射され、ミサイルは全て、ビームの半分以上が撃ち落とされてしまった。

 

 なぜ重粒子加速ビームが爆発で撃ち落とせるのかは分からないが、とにかく凄まじい防空能力を発揮しているディノゾールに効果は出なかったという事実だけを認識する。

 

「キシャァアアアア!」

 

「うわぁぁあ!」

 

不可視の斬撃によって翼を両断された不幸な機体が墜落し、不時着した

 

 

「シルバーシャーク使用許可、地上目標のため誤射に注意せよ」

《了解!》

 

「シルバーシャーク!コンダクト」

 

 基地の地下シャッターが開き、迫り上がって砲台が出現、発射準備を完了する。

 

「リフレクター展開します!」

 

 水平から仰角しか取れないシルバーシャーク砲の構造で地上目標を狙う為に、一旦別の場所に弾を当てて反射させる曲撃ちを行うためのリフレクターが展開される。

 

《照準誘導を行う!》

 

 現場ではスクープテイザーの軌道を勘で躱しながら攻撃を続けるクルセイダーから照準レーザーが放たれ、目標へとシルバーシャークの照準を定める。

 

「喰らえシルバーシャーク……発射っ!」

 

 紅のビーム弾は上空へと飛び上がり、人工衛星の展開したリフレクターに反射して地上へ

そしてビームがディノゾールの頭上から直撃した。



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エピロード3 蒼き空ある星へ 2

「シルバーシャーク 命中確認っ!」

 

「目標は!?」

 

 誰もフラグを立てるような言動はせず、しっかりと爆発後を観察する

そして、爆発で起きた煙が晴れるとそこには

頭部を消し飛ばされて倒れ込んだディノゾールが沈黙していた。

 

「目標沈黙!やりましたあっ!」

「よっし!」

 

 ウルトラマンに頼らない単独での怪獣撃破、100年前から悲願とされ、度々に実現されてきたそれ

代々の対怪獣組織のレジェンド達

今代のBURKもその列に並んだ瞬間である。

 

「ついにここまできたか……」

 

 大きく息を吐く弘原海

彼の主導するチームが怪獣を討つ事は初めてではないが、今のメンバーではこれが初めて

ようやくこれで、地球防衛隊を名乗るにふさわしい水準と言えるようになった、と言ったところか。

 

「目標、エネルギー反応低下……いやこれはっ!エネルギー値マイナス!明らかに異常ですっ!」

 

「シルバーシャーク!もう一発だ!」

「了解っ!え〜……リフレクターセット!」

 

 すぐにスクリーンに向き直った霧島が複雑な操作を数秒で終え、シルバーシャーク砲の照準を委譲する、しかし。

 

《照準再誘導をおわァァァァッ!》

 

 融合ハイドロプルパルサー

今まで単に迎撃に使われていたそれが、初めて本来の使用法で使われ

照準レーザーを出していたクルセイダーに直撃して爆発した。

 

「タケハルぅぅっ!」

《もう無理だ諦めろっ!》

 

現場では横にいた機体が旋回してベイルアウトを確認しようとするも、爆炎の影響で視界は悪く、それを確認するまでもなく墜落していく、そして機体には脱出の際に爆破されるハッチが残っていた

 

《クソっやられた!シルバーシャークの照準をこっちに回せ!》

《陽動を仕掛ける!》

 

 残った2機のクルセイダーがそれぞれ反対方向に回るが、

極性を反転して復活した双頭のディノゾールには死角はない。

 

宇宙斬鉄怪獣ディノゾール リバース

反転再生

 


 

「キシャァアアアアッ!」

 

「デヤァァァッ!」

 

 エンジンごと翼を破壊され揚力を失って墜落していくクルセイダーを、光と共に現れた巨人が受け止めた。

 

「ウルトラマン……!」

 

「ゼァッ!」

 

 明らかになんらかの力が働いている軌道で低速垂直落下したクルセイダーはそのまま地面に着地し

それを確認したウルトラマンはディノゾールの方へ向き直った。

 

「キシャァアアアア!」「キシャァアッ」

 

 双頭の咆哮と共に断層スクープテイザーが2本連続で振るわれ、同じ場所を薙ぎ払う

鋭利極まるブレードが、まるで一定距離に近づけないための防御柵であるかのように空気を切り裂き続ける。

 

「………………」

 

 2本のスクープテイザーが空間を薙ぎ払って作り出す刃の結界

しかし、元来が分子を掻き集めるための捕食器官であるスクープテイザーを重力下の大気圏で十全に扱う事はそもそも無理がある

徐々にスピードは落ちていっているが

ディノゾールには諦める様子はない。

 

「…………」

 

 ただ、立っているだけ

それだけでディノゾールは疲弊していく。

 

 


 

(雄介、無理に突っ込むのは止そう

戦うなら相手が疲れてからの方が良い

どのみちこの速度で振られている刃の中に突っ込むのは自殺行為だ)

 

「……そうだな……」

 

 振り回されるブレードの速度は徐々に落ちて行くが、止まる様子はない

三分の時間が過ぎるのが先か、スクープテイザーが止まるのが先か

消耗戦が幕を開ける。

 

 振り回されるブレードによって作り出される結界は徐々に緩んでいく

しかし迂闊に突入すれば切り刻まれてしまうのはこちらだ、雄介とザインは逸る精神を抑えて待ち続け、そしてその時間を利用してディノゾールを観察する。

 

「ザイン、あのディノゾールは……もう、死んでるよ」

(何!?)

 

 雄介は気付いていた、胴体の下にある筈の推進器官の発光が無くなっていることに

宇宙空間で推力を失えば待っているのは永久漂流だ、重力下では長く生きられない筈の宇宙鳥が推力を失うなど死んだのと同義である

それを指摘されたことで、ザインも気づいた。

 

(そうか!ディノゾールの特性は本来宇宙空間で生きるためのもの、それらが機能していないというなら、あの状態は本来ではあり得ないイレギュラーな進化形態ということか!)

 

 死してなお、生き続ける体細胞達が起こした奇跡、脳によって制御されていない暴走によってカルス化し、ES細胞のように全能性を発現した体細胞がかつての頭脳部に相当する部位を代用したイレギュラーな形態

反転復活と引き換えに極めて繊細な反重力推進器官が機能停止している、生物としての致命的な欠陥を抱えた生命として行き詰まった形態なのだ。

 

(ディファレーター光線によって進化した私達が言っても烏滸がましいかもしれないが……こんな進化は誤りだ!間違っている!)

 

「そうだな……もう、終わらせてやろう」

 

 宇宙に出ることも出来ず、地上で生き続けることも出来ない宇宙鳥(ディノゾール)

籠の鳥と言うにはあまりにも惨いそれは、もはや見るに堪えないものだった。

 

「「完全に、細胞一つに至るまで!」」

 

 


 

 

「デェアァァッ!」

 

ザイナスフィア

 

 両手に光弾を生成したザインはザインスラッガーを放ち、一本のスクープテイザーを食い止め、左腕を振り払って打ち当てることでもう一本も無効化し

右ストレートを顔面に叩き込んで、逆上がりのように蹴り込んで反転

上下逆になったまま更に半回横に回って左裏拳をもう一つの頭に直撃させる。

 

 

「「キシャァアアアアッ!」」

 

 

 怒りの咆哮を上げる双頭、しかしもう遅い

首を伝った薄赤と青白のスペシウムエネルギーが体内で交錯し、混合し

融合して原子崩壊

大爆発を起こし、欠片すら残さずに爆散した。

 

(おやすみ、名も知らぬ碧き鳥よ)

 

 



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エピソード4 降り注ぐ罪禍 1

 高級マンションの一室の扉がガチャリと開き、家主がその身を滑り込ませる

玄関でハイヒールのパンプスを脱いで揃え、そのままフローリングの床に足を下ろす

絨毯もなく冷たい床にも動じることなく、表情ひとつ変えずに女は部屋の奥へと向かう。

 

「……ねぇ、聞いてくれる?

今日また部長に無茶振りされてね?朝言われた見積もり昼に終わらせろ、なんて無理に決まってるじゃない、私だって他にも仕事あるんだし、本当は部長がやってる筈の仕事なんてやってらんないわよ

新人くんだって入ってたばっかりなんだし、まだエクセルだって怪しいんだからちゃんと誰かにつけないと行けないし、教育の報告書だって読まなきゃなのに私に仕事押し付けて自分はデスクでコーヒー飲んでばっかりでさ、

隙あらばお尻触ろうとしてくるし、もう最悪、訴えたら勝てるでしょ」

 

 

 明かりも灯されていない、暗く誰もいない部屋でアクアリウムの水槽に向かって話しかける女

ジャケットを脱いで投げ捨てるように放って、愚痴ばかりを水槽へと注ぎ込む

黒のビジネススーツは暗い部屋の中ではほとんど見えないが、逆に顕になった白いシャツだけは浮かぶように強調される

女が覗き込む水槽では、一匹のウナギが泳いでいた……。

 

 

「ねぇ、キング」

 


 

「ぷぁ……あぁ紅茶美味い……」

 

 雄介はというと、買ってきた12時の紅茶(ストレートティー)を一気飲みしていた

流石に雄介とて話すことも多い家庭教師をやっていれば喉も乾く

そんな時に彼がよく飲むのがこの紅茶であった。

 

(もう夕食の時間だろう?あまり水分をとり過ぎると体調を崩してしまう、それに一気飲みは体に悪い、控えるべきだ)

「走ったり飛んだりしたし、喋ると喉が乾くからな、乾きと飢えはその場の事だろ?」

 

 今日はディノゾールリバースを撃破したばかりであるし、砂埃で何度もえずく羽目になったのも事実なのだから、雄介の意見も認めざるを得ないと考えたのか、ザインは押し黙った。

 

「そういえば、ウルトラマンって飯食うのか?」

 

(光の国ではスパークの光エネルギーを直接補給するのがスタンダードなので一般的ではないが、食事の概念・文化は存在している、我々の顔には口があるだろう?口腔は存在しない、あくまで痕跡器官ではあるが人工進化以前には我々も食事していたらしいな

それ以外にも、地球に来たウルトラマン達によって限定的ながらにその文化は伝えられている

メビウスがカレーライスの味覚データを保存複製していたし、食材さえあればエース・タロウ・ユリアン・80といった数人は料理自体もできると聞く)

 

(ほーう……じゃあカレーライスは食ったことあるのか、今度食材買って作ってみるか?)

 

(自分で作るのは流石に初めてだな、指導を頼むぞ雄介

……そういえば、地球では金銭の概念も発達しているな、やはり食事や物品の使用・所持に影響するからなのか?)

 

 雄介は立ち上がるとペットボトルのラベルを剥がして捨てて、ボトルを水洗いしてペットボトル用のカゴに放り込み、そのまま料理の準備を始める。

 

(そっか、食事がないと食材買う事もないよな、人間は物的資源を常に消費するから、どうしても取引のために金銭の概念を発達させざるを得なかったんだよ

職業で手に入る資源が限定される社会の構造上、海漁師が山菜を、狩人が武器を、建築屋が食事を、それぞれ手に入れるためには相互交換が不可欠だからな)

 

 二口のコンロに火をつけ、片方に水を入れた鍋を、片方にフライパンを置く。

 

(なるほど……社会構造は生物の構造に大きく影響される、ということか

必要のないことは発展しないが、必要なものはその限りに成長する

まさに師に聞く通りだ)

 

 卓袱台に椀を置き、袋詰めのサラダを平皿に

油を敷いたフライパンに玉ねぎを刻み込んで軽く炒め、溶き卵を流し入れ、素早く巻き上げていく

味噌汁になる予定の湯が煮立つ頃には卵焼きは綺麗な長方形に巻き込まれて五等分されていた

 

(さて今日のメインは……これ)

 

 和布と麩を刻んで鍋に入れた雄介が冷蔵庫を開けて取り出したのは。

 

(肉、だな)

(豚バラ肉、他の生き物を殺して食う人間のカルマがよく現れてるだろ?

なるべく生きてた形が分からないように血を抜いて分解して部品ごとに売ってるんだ

まぁ肉質が部位によっても違うから一緒くたにするのは良くないってのもあるんだけどさ)

 

 フライパンに油を敷き直し、醤油とボトル出汁を注いでチューブ生姜とニンニクを適当に追加して温め、タレを作ってから豚バラ肉を投入

当然焦げ付いていくがこのコゲこそカラメル化したタレであり、創作合成料理:生姜/照り焼きの最大の味わいなのだ。

 

(大丈夫なのか雄介!焦げ付いていないか!?)

「まぁ見てなさい」

 

 油跳ねに耐え続け火加減を見ながらひっくり返した豚肉には見事な透き飴色の照りがつき

漂う醤油とカツオ出汁の古風な匂いと生姜ニンニクのエスニックな香りが重なり合う。

 

「よし、完成」

 

 サラダの上に適当に置いた豚肉にフライパンに残ったタレを掛け直し

その味をサラダの方にも染み込ませる。

 

「それじゃあいただきます」

(いただきます)

 

 卵焼きは炒め玉ねぎの絶妙な堅さと舌で崩せるほどにふんわりとした卵の歯ごたえが心地よく、プレーンなだけあってあっさりとした味わい

米を一口入れて消費しつつ味をリセットし、湯気を立てる味噌汁の椀を取る。

 

(同化してるから分かる、これは美味いな……光の国ではエネルギー補給しかしなかったから初めて食べる筈だが、どこか懐かしい味だ)

(多分俺の影響だろうな、シャキシャキのキャベツの食感に震えろ)

 

 冗談混じりに会話しながら食事をすすめる二人は次にサラダの上側を僅かに取って米に乗せてセットで口に運んだ。

 

「うん、良い味」

 

 醤油ベースの濃いめのタレは味の薄いキャベツと米にこそよく似合う

味噌汁を一口飲んで麩を噛み切りつつついにメインへと箸を付けて

生姜照り焼きを米に乗せて口へ。

 

 スーパーの薄めのバラ肉は焼き上げられても硬くなりづらく、簡単に噛み切ることができる

焦げが出来ているのは表面のタレだけで肉の断面は白く、歯で噛み切ったそこから溢れ出した肉汁とタレの味が雄介に米を掻き込ませる。

 

「ぷぁ〜……」

 

 米を一頻り掻き込んだ雄介は口の中をリセットするべく一旦茶を飲もうとして……卵焼きへ。

 

(「あ、いいなこれ)」

 

 薄味プレーンの玉ねぎ卵焼きの歯応えと口の中に残る肉汁の味が重なり合い想定外の即興曲を奏でるのを感じた雄介の一言とザインの念話が重なった。

 


 

 

(「ごちそうさまでした」)

 

 空になった皿に手を合わせた雄介とザイン、念力を活用して皿をシンクに運びながら湯船に湯を張り布団を出して寝る用意を整え

その後は普通に皿を洗って風呂に入り、今しがた脱いだ服を洗濯機に突っ込む。

 

(こういう動作も初めてなんだよな)

(あぁ、そもそも衣類の概念も多少の装飾やプロテクターくらいに衰退しているからな

人間態に変身するタイプならそれなりに衣装を拵える必要もあるが

私は雄介に融合しているからそれも不要だ)

 

 喧騒に満ちた昼と違って

夜は静かに、思い思いに過ぎていく




たまには怪獣出てこなくてもいいよね……?


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エピソード4 降り注ぐ罪禍 2

(地球では星がよく見えないな

大気が濁っている影響なのか?)

 

(だろうな、ここ150年くらいか?内燃機関と蒸気機関の発明によって物を燃焼させる量が急速に増加しその副産物としてSOX(硫黄酸化物)NOX(窒素酸化物)が大気中に増えてる

埋蔵していた鉱毒やガスも噴き出てそれでもやめず、酸性雨やスモッグが有害性を振い始めてからようやく気づいて

今は代替燃料やら再生エネルギーやらと躍起になってるけど、総括して人間の愚かな行いのせいだよ)

 

 枕の上で腕を組みながら窓の外の夜空を見上げる二人、そして自嘲する雄介。

 

(蔑む事は無いぞ、光の国だって文明の発展のために多大な時間と資源の損失を生んだ、人類もその過渡期にあるのだ

環境の復元と真のクリーンエネルギーの発明に至るにはしばらく掛かるかもしれないが

我々は必ず人類が未来を、そして希望を掴むことを信じている)

 

「なんか仙人みたいだな」

超人(ウルトラマン)なのでな)

 

 民は眠り、戦士は徹する夜が過ぎる。

 

 


 

 金曜の朝、朝のうちに有彩の宿題交換を終えて大学へと向かった雄介

今日の午後には取っている講義がないため暇になる、その分は有彩とのコミュニケーションに使おうと考えていたところ。

 

「おっはよ〜っ!」

「お?!」

 

 背中に衝撃を受けて、すぐに姿勢を取り戻す。

 

「どうした?今日は嫌にテンションが高いな」

「ふっふ〜ん!今日は金曜週末デー!……地球に週末をもたらしてくれよう〜」

 

「自動的にくるだろそんなの……」

 

 ぶつかってきたのは同じ講義(生物工学)をとっている同級生にして小学からの友人

闘心寺小鳥(トウシンジ・コトリ)、高校こそ別なれど大学で再び出会った幼馴染である。

 

「いつもなら朝起きれなくて一限サボる癖して週末は元気だよなぁお前」

「モチロン!モットクレロン!」

 

「お前な……」

 

 モチロンとモットクレロンはそれぞれタロウに倒された(というかどうかだが)怪獣である

語感は近いが誤用でしかない。

 

「今日は午後暇でしょ?一緒にゲームしよっ!」

「……FER」

「えぇ〜!メビウスが良い!」

 

「うるさいネビュラコンボ決めるぞコラ」

「フォッフォッフォウ……」

 

 意味深げな含み笑いをしながら両手をチョキにする小鳥、おそらくそれは。

 

バルタンのネビュラ(背後ワープ攻撃)のやつか……まぁバイト終わったら行くよ」

 

「そそ、馬鹿みたいなやつね……あ、そろそろ行こっ!?」

「ん?……やべ」

 

 二人して無言でスタートを切り

二人で並ぶのは危ないので前に小鳥をいかせる

小鳥の方が足が早く、小柄なので雄介の視界が塞がらない、非常に合理的な位置どりだった。

 

「間に合ったっ!」

カン・コーン!

「っし!」

 

「はーい闘心寺OK椎名遅刻〜……そんな顔すんなよ、まぁ……なんかあったんだろ?

理由があるときはちゃんと言えば間に合った扱いに出来るから書いてけ」

 

 自分の生徒は全員覚えている、と豪語する女性、煙王瑠璃(エンオウ・ルリ)教授が咥えタバコで自分の横の書類入れを指す。

 

「そんじゃあ講義を始める、宜しいか」

 

 いつもの一声と同時に一気に空気が引き締まる

たかが一声、されど一声というべきか。

 

「前回の最後は航空機の気密についての説明だった、今回もそこから続く

材料工学の資料集75ページ、開け

よいか、低気圧環境下では空気抵抗が希薄となり、高速を維持しやすくなるため、一般的に航空機は高高度ほど効率よく飛行する事ができる

しかし高高度では気温が低く、金属が収縮するためハッチなど隙間の出来る部位に於いては気密の破壊が起きやすくなる、そのため温度による熱膨張はできる限り小さい材質が望ましい

しかし高密度・高重量の金属は当然ながら航空機自体の重量を増加させ

これが燃費の低下へと繋がる

以上を踏まえて航空機に於いては約70%、機体のウイングおよび外装部は軽量なアルミニウムを主とするジュラルミン系合金によって形成され、強度を要するフレームやエンジン、ハッチ外縁部など変形を許容する事ができない部位にのみ高強度且つ膨張率の低い金属を利用するのがセオリーとなっている。

 また近年、炭素繊維を織り込んだ強化プラスチックおよび化学繊維ワイヤーを利用した多重構造のフレームカバーなどによるさらなる高強度/軽量化が進められている

これによって航空機自体の重量を低減し、燃費を改善しようとしている訳だ

ではここで諸君らに尋ねよう

教科書の81ページより熱膨張率と強度および耐熱性を両立しうる材料を三つ挙げよ」

 

 タバコを離して灰皿に押し付けた直後、一気に表情を変えた教授は平坦な声で説明文と問題を読み上げていく。

 


 

「や〜っと終わったあ〜!」

 

 同時刻、境商事の藤井真理営業課長は社屋内で大きく伸びをしていた

背筋を反らすと同時に豊満な胸が更に持ち上げられてブラの容積限界をオーバーし、シャツの胸元を大きく押し上げる姿は幸運な数人以外には見られる事はなかったが、その中でも手元のコーヒー缶を握り潰した愚かな男はせっかく用意させた会議資料を染み抜きする作業に熱中させられる羽目になった。

 

「間に合った〜凱君もありがとうね」

「い、いえ」

 

 まだ若さを色濃く残した青年は課長へと軽く頭を下げて自分の仕事へと戻る

新人の彼が任されるのは主に型式の定まった書類をコピーして届ける程度の雑用だが、毎度課長へ押し付けられる膨大な仕事量においては簡単な仕事だけでも分配できるのは大きな助けとなっている事に違いはない

任されるのがショボい仕事であっても不満らしい不満も出さず、腐らず手を抜かず

一つ一つに確認を取り、自己判断を避けて冷静。

彼の振る舞いは新人としては良くできている、その点には謙遜も遠慮もさせる事はなく、組織を取り仕切る長として

真理は正しく彼を評価していた

即ち、未熟ながら芽を持つ才人と。

 

「そうだ、お昼はもう決めてる?

良かったらランチに行かないかしら?」

「え?良いんですか」

 

「誘っておいてダメとは言わないわよ

じゃあ後で食堂いきましょ?」「はい!」

 

 覚えることも緊張することも多い新人時代、らしいミスも多い青年だからこそ

メンタルケアも指導者の仕事

真理は仕事に手抜きをしない女だった。

 


 

「ねね、午後暇?ひまでしょー!」

「朝に言ったろ、3時くらいから行く」

 

「むむむ……女!?」

 

「お前は一体何を言っているんだ?

バイトだバイト、ほら飯行くぞ」

 

時刻は11時、昼には少し早いが

大学から毒ヶ丘邸は遠い

今から軽く食べるくらいなら12時には間に合うかもしれないが、長話に付き合ってはいられない。

 

「はーい、そんじゃあまたね」

 

 小鳥の軽快な足音が去ると同時に雄介はコンビニダッシュを始め

そして昼の分の弁当を確保して

毒ヶ丘邸まで向かう。

 

「よぉし12時ジャスト、しつれいしまぁーす」

 

 信号に止められて少し焦るも、結局いつもの時間にたどり着き、館へと入った雄介

そしてそれをわざわざ出迎える有彩。

 

「いらっしゃい、先生」

「あぁ、来たよ……それじゃあ早速、昨日の宿題を見せてもらおうか」

 

 いつも通りそっけない雄介に対し、明るい表情の有彩はその抱えたバッグを指差して。

 

「先生、まだお昼食べてないでしょ、今日もコンビニ?」

「あ、あぁ……効率がいいからな」

 

 雄介はカバンから若干寄ってしまっている弁当を取り出して見せる。

 

「も〜!ビニ弁ばっかじゃ体に悪いよ!円盤とか添加物とかさ」

「塩分な!?円盤は弁当には入らん」

「間違えただけ!それにお弁当サイズの円盤もない訳じゃない……よね?」

 

 軽口を叩きながら、雄介は屋敷の食堂へと移動して、そこを使わせて貰う

電子レンジに弁当を突っ込み、約40秒ほど待つ

 

「……あれ?」

 

 途中まで機嫌良く音を立てていた電子レンジが急に止まる

それだけではなく電灯の光も消えてしまった。

 

「停電か?」

 

 スマートフォンの画面を表示してみるが、そのような情報は提示されず、不審に思っていると直ぐに電気は回復した。

 

(一体なんだったんだ……)

(分からない、だが計画的でない停電ならすぐに原因究明のための捜査本部が設置されるはずだ、その報告を待とう)

 

 ザインの言葉は冷静だったが、結局直ぐには原因を確認できず

電灯が使えなくなってしまい、非常用の懐中電灯で勉強するわけにいかないので今日は休みにして解散となった。

 


 

「みぎゃーっ!データァァァァッ!」

 

 無事二時間分の進捗が飛んだ小鳥の絶叫は3軒隣まで響いた。

 

 


 

 そして日曜日の朝、例の停電の原因は未だに掴めていないが、高圧電線の破損ではないかという推測だけは立てられている

幸い病院や大学などは天候や怪獣など災害を見越した対策の無停電電源装置があるために問題はなかったが、一般家庭ではそうもいかず、数多くの被害が出ている

警察もBURKもそれなりの人数を出して調査を行なっているそうだ。

 

「今のうちに充電しとくかな」

 

 現状ではまだ停電する可能性は否めないため、スマホ用のモバイルバッテリを購入した雄介はコンセントにそれを繋いだ。



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エピソード4 降り注ぐ罪禍 3

こ、公式と被った……だと……?


 日曜の深夜、また停電が起こった

 

「きゅいぃいい」

 

「あぁキング、おかえりなさい」

 

 月夜の朧光に照らされながら、水槽から顔を出したウナギを撫でる

スーツを脱ぎ捨てた女は、ペットを甘やかす事にかけては妥協しない女だった。

 

頭を撫でられて心地良さそうに鳴く白ウナギは月が雲に隠れると再び家を出て行った

己の為に、それ以上に大切なものの為に。

 

「あら、もう行くの?」

「きゅいい……きゅういいい」

 

 

 禍は再び飛翔した。

 

 


 

(雄介!また停電だ!この間から感覚が狭まっているぞ!)

 

「なんだって!原因は全く掴めないし停電も止まらないなんて!」

 

 初めて起きてから二日に一度、一日に一度、そして朝夕と徐々に間隔は狭まり

今ではもう電子機器の使用自体が困難なほどに

独立した発電機構を備える工場や施設以外はまるで仕事にならず

電気に頼った都市機能は麻痺しかかっていた。

 

(今回は近いぞ!エネルギーの流出を感知した、それがなんであれ原因を叩くぞ!)

「了解っ!ザイン、イグニッション!」

 

 己の胸に輝く鍵を突き刺し

封じられたエネルギーを解放する雄介

そしてザインが夜空を飛翔し、エネルギーが漏出した地点へ赴く

そこには。

 

「(何もいない……!?)」

 

 雷光を放っていたはずのその場所には、既に何もいない。

 

 

「デア……?」

「キュイイイッ!」

 

 突如伸び上がる白い尾がザインの左腕を締め上げる。

 

「うわぁぁぁっ!」

 

 爆発的に拡大し出現した四肢の無いエレキングがザインの体に絡みついて攻撃する

重力任せな体構造も多い陸上生物と違い、全身の挙動全てを筋肉に依って制御する必要がある海棲生物、その特有の凄まじい筋力が発揮され、ウルトラマンの強靭な肉体すらも破壊せんとしていた。

 

「キュイイイイイイ!」

 

 そして、さらに。

 

(不味いぞ雄介!こいつ、私のエネルギーを吸収している!)

「なにぃ!?じゃあこいつが停電の原因か!」

 

 バチバチと鳴る空電はザインが抑え込んでいる体内エネルギーを吸収されている証拠

ザインの全身を満たす電気エネルギーが急速に奪われ、その力を削いでいく。

 

「ザイン!変身解除だ!」

(無理だ!このまま抑え込むのが精一杯だ!)

 

 電気エネルギーとは不安定なものであり、肉体を構成するエネルギーとしては本来、適切とは言えない

ザインは己の優れた念力によって内側にそれを留め続ける事で肉体の安定を実現していたが、その安定を崩されてしまった以上、常に放出されて奪われるエネルギーを引き止めることに力を尽くさねばならなくなってしまったのだ。

 

 しかし、ザインのエネルギーを吸収していたエレキングが突如として離れる

いつものBURKクルセイダーが2機、そして中国支部新規開発型重爆撃機、BURK炮龍(バオロン)の攻撃に晒されたのだ。

 


 

【クルセイダーでは火力が足りない】

 

 現状の武装ではディノゾールに対して有効打といえる攻撃はシルバーシャーク砲のみ

そしてアステロイドバスター級の威力があるシルバーシャークを地上で使用する事は困難

故に、高火力の武装を積むフィニッシャーとなる事を計画の基礎として中国支部で作られていた新型機『炮龍(バオロン)』を強引に駆り出して持ってきたのである

無論試作機なので動作安定も微妙である為、クルセイダーがサポートについているが、

少なくともエレキングに対して使用する火力としてはそれは極めて有効だった。

 

「キュイイイッ!」

 

 ずるりとザインから離れたエレキングが道路を這い回り、山間の方へと逃げようとする

しかし、それを逃すクルセイダーでも、炮龍でもなかった。

 

「ピアッシングパルサー!」

「バリアントスマッシャー!」

 

 二機のクルセイダーからビームとミサイルが放たれ、怯まされたエレキングに炮龍がロックオン。

 

「丈晴!やれ!」

「おう!神虎(シェンフー)炸裂誘導弾(ミサイル)!発射!」

 

 火星から採掘された天然スペシウム結晶を使った液化濃縮スペシウムのシリンジが爆砕され、圧縮し、空気と混ざり、急激に活性化して原子崩壊

スペシウムの爆発が起こる。

 

 青白い爆発がエレキングの体表を焼き、苦悶の悲鳴を上げさせる、しかし。

 

「ギュシイイイイイイッ!」

 

 口から連続放射された光弾がクルセイダー二機を過ぎて炮龍へ

鈍重な爆撃機である炮龍にそれを回避する術はない。

 

「デェァァアッ!」

 

 ザインとてただ座して見ているわけではない、念力によってエネルギーの暴走を抑え込み、そのまま念力を応用して空間を歪め、放たれた三日月型の光弾を吸収無効化してのけたのだ。

 

「ジャッ!」

「よし!今だっ!」

 

 クルセイダー二機と炮龍の一斉射撃が命中してよろめくエレキング、しかし逃げようとする様子はなく、(とぐろ)を巻いて待ち受ける

その腹が光り蠢く様を、ザインは見逃さなかった。

 

(まさかあいつ、子持ちなのか!?)

 

 ザインの経験から来る推測は正しく、このエレキングは産卵を控えた母親個体

エレキングの産卵は十分な電気エネルギーの蓄えがなければ子個体の活動に支障をきたし、成熟が進まなかったり卵の中で死亡してしまうリスクがある

そのために特に電気が豊富な市街部でエネルギーを吸収して産卵に備えていたのだった。

 

「デェァァアッ!」

 

 ザインはスパークと共に一瞬で移動し、BURKとエレキングの間に入った!

 

「何っ!?」

「射線が通らない!」

 

 爆撃を中断した炮龍とクルセイダーが上昇・旋回して場を離れ

一瞬の猶予が生まれる。

 

「ザイン何で!」

(このエレキングは母親だ、親が子の為に働くのは当然、そうだろう!

それに親の行いが如何なるものだろうと、子の命まで傷つける事は出来ない

新たに生まれる命に罪はない、M78ウルトラ法でも天の川銀河連盟の共通法でもそうなっている!)

 

「だがこのままじゃあ市街地が壊滅してしまうぞ!」

(あぁ、だからこうするんだ!意識を集中しろ、雄介ッ!)

 

 ザインは左手を前に突き出し、エレキングへと向ける。

 

 バチリ、バチリ、バチバチバチバチ

空電が走り、紫の雷は白く変わった、空間に波紋が広がり、現実の次元を超越した光の道が降臨する。

 

(「トゥインクルウェイ!)」

 

 エレキングへと突撃したザインはそのままトゥインクルウェイのゲートへと飛び込み

超長距離を空間転移。

 

(ここなら邪魔は入らない……そうだろうエレキング)

 

 光の国が公認する生存可能領域を保有する惑星(ハビタブルプラネット)の中でも生物のいない星、天の川銀河系テイン太陽系第五惑星、惑星ユアンへと降り立ったザインは

その鉄腕からエレキングをそっと下ろした。

 

「キュイイイッ!」

 

(よせ、我々が争う必要はない)

 

再び(とぐろ)を巻く攻撃態勢を取ったエレキングを念話で制止し

そこから少し離れる。

 

この惑星はハビタブルゾーンこそあれど重金属の雲から常に雷が降る為に環境が厳しく、大した資源もないためリゾート星にも向かず、資源採掘もされていない半ば放棄された星、

ザインは恒点観測員に就任した友人から聞き及んでいた惑星であったためにエレキングにこの星の環境を提供する事ができる筈だと判断したのだった。

 

(この星ならばエネルギー補充にも事欠きはしないだろう?大した外敵もいないから安心して産卵できる筈だ)

「キュイ……キュウウイイイッ!」

 

 くるくると回る頭の角から感情を伺うことは出来ないが、概ね満足できる物件だったようだ。

 

 再びトゥインクルウェイによって地球に帰還したザインはそこで変身を解除した

そもそも光エネルギーを扱う事を得意としないザインがトゥインクルウェイを維持するのは困難であり、時空干渉のコントロールを失えば時の果てや宇宙の彼方、果ては別次元にまで飛ばされてしまう可能性が否定できない為にかなり神経を使っていたのだ

エネルギー消耗も疲労も尋常のそれではない。

 

「うぉ……やっべ……」

 

 エネルギー消耗の影響で変身解除直後の雄介にも疲労感が圧しかかり

思わず倒れそうになる体を支える

光がなければ回復すらままならないウルトラマンとは違い、地球環境下なら自力で回復できる人間の体を持つ雄介ならば二、三日も休めば十分に回復できるだろう。

 

(さあ、我々も眠ろう

明日は月曜だからな)

「言うなよそれ……」



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エピソード5 心に降る雨 1

「ねぇ、先生」

 

「ん?」

「先生って、何で体育は見てくれないの?」

 

 教え子(アリサ)の質問は普段、学習内容にまつわるそれに限られるが

今回に限ってはそうではなかった。

 

「俺は教員免許持ってないから、私塾とか家庭教師には必要ないけど

体育については他学科よりも専門的な面が大きいからね」

 

 特に体育と技術については理解と教育が別の所にあると言わざるを得ない

家庭科や芸術ならば屋敷でも教える事も出来なくはないが、体を動かす事を学ぶ体育についてはグラウンドやコートなどトレーニング施設が不可欠であるし、

競技のルール把握など運動そのもののみならず、各筋肉の使用度やその割合など、生徒の肉体的成長に責任を持たねばならない体育教師は職掌が違う、

技術科は扱う物品ごとに取り寄せたり自作したりと手間や金が掛かるため、私塾では教えることが困難である。

 

柔軟運動(ストレッチ)とか簡単な基礎運動くらいならまだしも、100メートル走とかできないでしょ?」

「家じゃ……だめかな」

 

 長いこと体育着を着ていないだろうむっちりと肉の詰まった体が揺れる

今の年齢は15歳、女としての成熟を迎えるちょうどその時期。

 

ダメかどうか(Go / No go)よりも出来るかどう(Can / Can't)かの面だよ

……さて、今日学ぶのは受動態だ

『私はピアノを弾く』の短文を英語にした時、『I play the piano』になるのは知っての通り

でも主語・be動詞・目的語の順番になるのは鉄則じゃあない

受動態というのは文の構造がまた変化する例だ

といっても大きく変わる訳じゃなく、意味の配置が変化する

She loves me(彼女は私を愛する)』が 『l'm loved by she(私は彼女から愛されている)』に変わるだけ

むしろ無理に他者表現で書いていた文を自己表現にする分、わかりやすいかもね」

 

「……」

 

 教科書の内容ほぼそのままであるが、一応の概論は既に理解しているらしいので、あまり複雑に語る必要もないだろう。

 

「『loved by she』に着目して、『by(〜から)』がこの文の鍵になる」

 

 どうにも面白くなさげな表情の有彩を宥めながら授業を進める

ただでさえ遅刻寸前まで寝かけてしまうような醜態を晒している以上、授業はスムーズに行きたいところだが、どうも今日は進みがよろしく無い。

 

「例文が良くなかったかな?」

(だろうな、この場合なら教科書通りに

a door is opened by he(彼によって扉が開かれた)』を解説したほうがいいだろう)

 

 結局有彩はその日ずっと不機嫌なままだった。

 


 

「バイト終わり!……っあ〜〜……」

 

 思いっきり背筋を伸ばして、疲労に凝り固まった体をほぐす雄介

封印中なので肉体がないザインはその動きを興味深そうに見ている。

 

(そういえば、ウルトラマンって変身していない時はどうなってるんだ?

俺の体の中にいるんだよな?)

 

(正確には、内的空間(インナースペース)に存在する、物理的にあるのではなく、概念の存在となって……ちょっと地球の概念で説明するのは難しいが、その人物の有する精神の世界……いわば小宇宙(ミクロスペース)にいるんだ)

 

 バイクで家に帰りながらザインに尋ねた内容は、ウルトラマンの実態についてだ。

 

(……)

(理解できていない反応だな、まぁ物理に対して精神科学があまり進んでいない地球の文明では仕方ないが

いや地球の物理化学の発展は凄まじいぞ、特に爆発物に於いては宇宙でもキル星人やペダン星人と並ぶ技術レベルⅦだ、光の国をも上回っているんだぞ)

 

(精神科学は?)

(正直に言えば技術レベルⅠだ、文明監視員も困惑するくらい不均衡、まさに未熟という他ない

今まで例のないくらいに偏った進歩をしている、どうしてこんな事になったんだ?

正直何かの関与を受けて急速に、かつ不均衡な成長を強いられたようにも思える)

 

 光の国、および銀河連盟の基準において、技術発展は

物理・エネルギー・精神・空間の4つの基礎分類とそれらに属さない特殊科学が存在し

それぞれにⅠ〜Xのレベルが設けられている

通常それぞれはほぼ均等に成長するのだが、地球は物理Ⅶ・エネルギーⅡ・精神Ⅰ・空間Ⅲと物理のみが飛び抜けて成長している特殊なモデルなのだ。

 

(精神科学が発展していないから念力や予知と言った精神的技術の概念への理解が進んでいない

エネルギー技術が未熟だから他の分野の発展の基礎が足りず、空間技術は……一部の突出した才人に頼りきりだが、一応極短距離テレポートの理論実証が始まったレベルだ

別星系の技術も取り入れてこれ、というのがまた悲しみを覚えるレベルで進んでいない)

 

「随分言うなぁ……」

 

 地球文明の一因として若干ヘコんだが、雄介は家に帰り着いた。

 

(いや悪い、傷つけるつもりはなかった

だが地球が本来理想的な成長モデルとはかけ離れた歪な成長を遂げているのは事実なんだ、それは理解してくれ)

(わかったよ)

 

 思考を切り替えて今日の夕食の方に頭を巡らせ始めた雄介は、しかし異常な気配を感知した。

 


 

 もう陽も落ちて、暗くなった公園で、砂場に掛かるブランコの影

 

キエテ・カレカレータ(私は・満足している)……なんてね」

 

 その中から現れて、軽く笑った女は少年へと語りかける。

 

「ねぇ、何で泣いてるの?

お話を聞かせて?」

「……ん、おねえちゃんが……おねえちゃんがね、ぼくの絵を捨てちゃったの

あさってのコンクールにだすのに!」

 

 泣き噦る少年と視線を合わせた女は嗤う

この闇は薄いが、その分激しい。

 

「そっかぁ、じゃあお姉ちゃんが悪いね、君の絵を捨てちゃったお姉ちゃんが

そんなお姉ちゃん、捨てちゃおう

思いっきりに叩いて、今度はぼくが捨てちゃおう、さぁ、怒りと憎しみを解き放って

ウルトラウム シンクロナイズ。」

 

 彼女の声と共に暗雲が生まれ

虹色の干渉紋が溢れ、激情が倫理の軛を超えて現実のレイヤーを上書きし幻想が世界の条理を傷つける

そして現れた理不尽の形は。

 

「ホー……微妙かな」

 

 煽りが足りなかったのか、憎悪や怒りの(ヘート)ではなく強い悲しみが核となった水属性(ソロー)

それも凍結や石化を持たない虚愁の怪獣ホー

勢いこそ激しいが大した力はない

これではあの光を討つほどの力は期待できないだろう。

 

「じゃあね、お姉ちゃんと仲良く……ね」

 

精神力の全てを怪獣に捧げさせられた少年が倒れ込むなか、女は笑顔でその場を後にした。



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エピソード5 心に降る雨 2

「この異様な気配……ザイン!」

(無理だ!よせ雄介!

体力が限界の状態で変身なんて自殺行為だぞ!)

 

 胸に掛けられたザイナスキーは光を放つ事なく揺れて、止まる。

 

「だがこれは……!」

(だとしても無理だ、大人しくBURKに任せるしかない)

 

 肉体疲労が限界に来てしまった雄介はザインに変身できず、しかし怪獣がそれで手を緩めることはない。

 


 

 

「ホーッ!」

硫酸怪獣ホー 住宅街に実体化。

 

 


 

「ポイントK-27 周辺空間エネルギー値、急速に低下!マイナス域突入、なおも低下中

これは以前のディノゾールと同じです!」

「なに!クルセイダーズ、聞こえたな、K-27に出撃、ただし手を出すな

住宅街の夜中ともなれば人が多い筈だ、警察当局にも連絡して避難誘導を急げ!」

 

「カメラ画像からドキュメント照合しました、ドキュメントUGM及びGUYより硫酸怪獣ホーと断定、観測された通りマイナスエネルギー怪獣です!」

 

 マイナスエネルギー怪獣の厄介なところは2つ、通常方式によって感知を行う一般的なレーダーでは発見できない逆位相のエネルギー体であるということと

非物理的な存在であるということ

つまり既存の兵装による物理攻撃・エネルギー攻撃の悉くが真っ当な効果を発揮しないのである

 

BURKの基地本体に備えられた複合レーダーは逆位相のエネルギーにも対応できるが、流石に航空機であるクルセイダーにそんな御大層な装備はない

つまりは現代的なレーダー観測射撃ではなく、化石の如き第二世代戦闘機の得意とした有視界戦闘を強いられるということだ

さらにはミサイルなどの誘導兵装の一切が機能しない

これがどういうことかというと。

 

「2番機ハードポイント急いでピアッシングパルサーに換装してくれ!」

「今からですか!?無理ですよそんなの!ジェネレーターとの兼ね合いもあるんです、予備運転もしてないような武装に交換なんてとても出来ません!」

「いいからやるんだ!必要なんだよ非実体兵装が!」

「できませぇぇん!」

 

 ロックオンしてからでなければ撃つことができない精密誘導ミサイルも、備え付けの小火器もどちらも無意味となってしまったBURKクルセイダー2番機は実質的に戦闘不能になってしまったということだ。

 

「仕方ない、3番機、先に出るぞ」

 

バオロンも実体兵装に偏重している武装構成からお役御免となってしまい

空に飛び上がったのは普段の三機編成から残った3番機のみとなってしまった。

 


 

 

「BURKが来たか……」

(しかし数が少ない、前のエレキングの時の新型機体もいないようだ

大丈夫だろうか?)

 

 変身できずとも走ってホーの近くまで来たが、流石にナイフ一本でチグリスフラワーやら改造ベムスターやらに挑むような気概はない雄介にとって、硫酸の雨による高い物理破壊力を有するホーは生物機械問わずに破壊の危険を撒き散らす凶悪な存在

これ以上接近することはできない。

 

「少年だけでも……っ!」

 

 ウルトラマン特有の超視力で捉えたのは、公園で気絶している子供

変身できずともエネルギーの流用くらいは造作もない。

 

「ザインっ!」(ああ!)

 

 両脚に稲妻混じりの光が宿り

金色の軌跡を描きながら駆け抜ける

雄介がホーの足元を通り過ぎた時には、その腕には少年が抱えられていた。

 

 だが、やはりこれでは根本的問題は解決できない

BURKも攻撃しているようではあるが、そもそもホーとは虚な影に過ぎないため実態が伴わずに物理的攻撃が当たらないのだ。

 

激しく荒れ狂うマイナスエネルギーが硫酸の雨となり都市を穢してゆくなかで

雄介は身を守るために屋内へ身を隠した。

 

「流石にこりゃあ無理だ……」

 

 極悪な酸性雨を避けながらコンクリート製の天井に祈りを捧げる雄介は

しかしホーへと対処を諦めていなかった。

 

(どうすれば良い……どうすればホーを…)

逆にザインはマイナスエネルギー怪獣の厄介さを熟知するが故に焦り

変身できない事実と街を守らんとする使命感に板挟みされていた。

 

「ザイン、念力だ

念力で幻影を作るぞ!」

 

(よくわからんが何か策があるんだな!)

 

念話の密度を上げ、一瞬にして雄介の思惑を理解したザインがウルトラ念力を展開

上空に現像を作り出し、投下する。

 


 

「デアァッ!」

 

幻像ウルトラセブン 出現

 


 

 片膝をつくヒーロー着地したセブンの幻に湧く人々の声を聞きながら、ザインはセブンの幻を操作する

硫酸の雨に焼かれることもなく大きく踏み込んでファイティングポーズを取り、ホーへ駆け寄って殴り飛ばす

当然実体がない幻同士であるためぶつかることはないが、その勇姿は人々に歓声を上げさせる

ホーの動きを先読みして、よろけたりのけぞったりと不安定に揺らぐそれを攻撃の成果のように見せかけているだけの人形劇(グランギニョル)は進んでいく。

 

(本当にこれでいいのか雄介!?)

「あぁ、聞こえるだろう、この声が

セブンの攻撃が当たるたびに上がる歓声が」

 

(だが決定力はないんだぞ)

「ウルトラマンが戦っている、派手に光や音を出しながらカッコよく

だから、勝てる『かもしれない』

倒せる『かもしれない』

そんな根拠もない空想のことを、人は『希望』って呼ぶんだよ」

 

周囲の歓声が、応援が

精神エネルギーを増大させ

黄金の光がセブンへと集う。

 

「デアァァァァッ!」

 

ワイドショット

 

 肩胸部プロテクターから両腕に黄金の光が収束し、そこから解放された光帯(きぼう)負の精神エネルギー(かなしみ)でできた怪獣を掻き消していく

そして、跡形もなく、消えた。

 

 



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エピソード6 BURK - 不屈 -

「ねぇねぇねぇねぇ雄介聞いて聞いて聞いて!FERデータ飛んだ!」

「首掴みながら言うことかっ!」

 

 ガタガタと振り回されながら雄介が抗議するのを聞く事すらなく

小鳥は普段の非力など微塵も感じられない程のパワーで雄介の首を掴み上げる。

 

「ゆーすけぇぇぇえ!」

「やめるうぉおぉお!」

 

 UPSを備えていなかった小鳥の家庭用ゲーム機は残念ながら停電に耐えられなかったようで、そのセーブデータは電子の彼方に消滅してしまったのだった。

 

「あのねぇ……ゲームのデータが消えたって、それで殺人事件とかやめなさいよね」

「え?殺人事件!?どこどこ!?」

「ここに決まってるだろうがぁ!」

 

 窒息寸前の雄介が腕を振り解いて怒鳴る、流石に幼馴染に首絞められて死ぬ訳にはいかない。

 

「今どき暴力系ヒロインはモテないわよ、今はほら……巨乳で貞淑で優しくてお金持ってて男の趣味に口出さずに金出す女がモテるんだから」

「それ利用されてるだけじゃん」

「……否定できないわね」

 

 小鳥と明の言い合いは雄介をよそに進んでいく、

 

「人の首を絞めるなバカ!

……まぁ俺だから良いが、他人だったら今頃殺人犯だぞお前」

「あ……ごめん」

 

 突然頭が下がったために小さくなったように錯覚するが、元々かなり小柄なので実際はあまり変わっていなかった。

 


 

「で、今回の議題ですが

『新しいウルトラマンについて』

やはりこれが主題でしょう」

 

「…………」

 

「交戦した怪獣はエレキング、ディノゾール、ゼットン、そして未確認怪獣二体

既にそれなりの戦闘力は確認できているけれど、今まで光線技は使用していない

これが珍しい点ですね」

 

 BURK日本支部の会議室には現在スクリーンが降ろされ、アンリミテッドネットによる超高速回線と各支部に設置された各国それぞれの最新型量子コンピュータによるリアルタイム翻訳で行われるリモート会議が始まろうとしていた。

 

「そうですね、中国支部としてはバオロンの有用性をアピールしたいところですけれど

やはりウルトラマンの話が喫緊と考えますわ」

 

 各支部の代表または代理とその秘書の2人一組、それが10組

日本・アメリカ・中国・ロシア・イギリス・ローマ・フランスの7大国、そして南極(アンタクティカ)宇宙(スペーシー)公海(オーシャン)の三基地からの出席者達だ。

 

「オーストラリアより失礼する」

 

そして、11番目の参加者が通信に入った。

 

「グローリアス氏、お久しぶりです」

「……久しいなルクシウス、君とは17週間は話していなかった、現場復帰かね」

「はい、ようやく傷も癒えましたので」

 

 ローマ代表を親しげに呼ぶ彼は、いささかに異様な風貌をしていた

氷の結晶のような濁った透白色の体、首から上には横に広がる逆さ角

青く鋭い瞳は尋常ならざる光を宿す

凍気満ちるその姿はそう、グローザ星系人

彼はグローザ星人グローリアス

天の川銀河公認二等法務官である。

 

「我エリアルベース、現在はオーストラリア大陸上空を巡航中である

アンリミテッドネット回線接続良好、通信阻害は確認されず

第0エリアルベース、代表者として議会の出席を宣言する」

 

 エリアルベース、それは常に高空を巡航する空の防衛基地、そして第1アメリカ本部から設立順に振られた番号を唯一持たない非公認扱いの極秘基地である。

 

「さて、時間ね、

議会に全員の出席を確認しました、定刻につき現時点よりBURK首脳部総会を開始します、

今回の議長はロシア支部よりわたし、ユーリャ・ニコラエマ・ナザノヴァが務めさせていただきます」

「副議長はローマ支部より私ルクシウス・アマリティウス・ザキーマが務める」

 

議長は持ち回り制でそれぞれ2カ国が務めることになっているため、今回の議長・副議長にはロシア・ローマの支部長がそれぞれ付くことになった

その勢いのままユーリャが口火を切る。

 

「第一議題は、新たなウルトラマンについてです

先日確認された新たなウルトラマン、仮称トライとしますが、このウルトラマンについて

最初の出現が確認された日本支部からデータをいただき、分析に掛けた結果

観測された量子データはM78星系のウルトラマンの有するβディファレーター光波と約50%一致しました」

 

「約50%?妙だな……」

 

「約50%の一致率は高いとは言えませんが、行動などから過去のウルトラマン達と概ね一致する行動方針を有するとみて、我々としてはトライをザ・サードウルトラマンと認定したいと思います」

 

「それでは規定により、投票決議を行う

本部及び各支部長の投票に基づき、組織としてBURKの行動指針を決定するものとする

仮称トライのザ・サード認定に対して賛成する者は挙手を」

 

手を上げたのは日本・アメリカ・ロシア・ローマ・南極・宇宙、そして天空

11の投票権のうち6票を得たことで、この提案は可決された。

 

「では、彼をザ・サードとして認定します

ついては彼の『変身者』の発見を急がなくてはなりません、日本支部は現場人員に対しての捜索指示の徹底をお願いします」

「承った」

 

 日本支部長が重々しく答える中、

年老いたフランス支部長アメリエラが口を開く。

 

「時に彼らは秘密主義的です、我々では思いもよらない手段を以って自らの正体か、さもなくば変身者を隠蔽し、平常を装わせて擬態し、我々を欺きます

しかし、我々は彼らと争いたいのではなく、協調したいのです、

信じ合い、力を重ね、共に守り合うことが出来るはずの二者が、お互いを疑い、すれ違いながら個々に戦う姿のなんと悲しい事か」

「そのために、我々は探すのでしょう

全ては説得のため、協調のために」

 

「しかし、言葉通りにはいかないのが真実というものです

消耗を重ね、路傍に転がっている者を拾うのでは遅いのです、出来る限りに早く見つけて組織という防壁に入れて庇い、足と目を提供する環境を構築しなくてはなりません

我々はセブンに対する失態を忘れてはいけないのです

それだけではない、カイナもアキレスも、ジードもロッソとブルも

皆10代の青少年に過ぎなかった

ウルトラマンがどうではなく、人には限界があるのですよ」

 

 アメリエラはなおも言葉を重ねる

彼女はフランス支部長の座についてから30年以上も同じ座を守り続けてきた鉄腕を振るう事はなく、ただ語った。

 

「人の身には限界がある

神に等しいウルトラマンの力でもなお、限界は必ずあるのです

それを目の当たりにした時、10代の若い精神がどれだけ耐えられるでしょうか

私には耐えられない

理を超える神の力を手にしておきながら、目の前で人が死ぬ姿を許すことはできない

しかし、必ずそうなるのです

そうなった時、近くには大人がいなくてはならない

自立し、他者を支えることができる大人がいなくてはならないのです」

 

 目の前に置かれたティーセットには触れる事すらなく。

 

「ただ探すだけでは足りない

何らかの形で組織に取り込み、そのリスクを低減しうる環境を整えなくてはならない

そのためには……懐柔策が必須であると思います、それも全世界的に展開しうる、広域的かつ柔軟なものが」

 

「……一理ある」

 

 老女は嘆息し、そして再び視線を上げた

スクリーンに映る瞳は真っ直ぐにこちらを見つめてくる

物理距離9600キロ、視覚的には4メートルを結ぶ視線を受けて、日本支部長は応えた。

 

「我々BURK日本支部は変身者を発見次第勧誘に赴く、現時点ではまだ確認できていないが、最優先事項として候補者の割り出しと勧誘を急ごう」




おまけ〜BURK内での武装の段階分け〜

仮面舞踏会(マスカレイド)
個人携行可能な小火器
対人には十分な程度

超兵器(ハイパー)
基地に常備される防衛装備、対怪獣用兵器の大半がこれに当たる

小惑星破壊(アステロイドバスター)
彗星の破片などを粉砕するために使われる兵器、この段階からは使用に隊長以上からの特別許可が必要になる

災害(ディザスター)
僅かにでも扱いを誤れば破滅的被害を起こす可能性がある危険な兵器

最終兵器(エクスカリバー)
使用に基地指令以上の許可が必要となる、人類の最終兵器
特別な目的のために作られた特殊兵器もこれに当たる


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エピソード7 海の掟

「あーあ、また面白いのいないかなぁ〜……流石にポンポンゼットン級のはいないよねぇ

もっと遊びたいなー」

 

 握った拳は空を薙ぎ、風切り音と共に軽い感触を伝えてくる

パスパスと気の抜けた音が鳴るそれは、クマを模るぬいぐるみ。

 

「待ってるよ、ゆーくん」

 


 

 

 

 記憶、残影

 

 エコーの掛かった昔日の声

掠れる夕陽が彼女の姿を覆い隠して

そのロングコートが日暮れ時の風に揺れる

河原の草原に、コンクリートの路外に、そして安らぎある家に。

 

「見てるよ、ずっと」

「覚えててね」

「私がいつかいなくなっても」

 

 膝より低い位置に揺れる裾を翻らせて

フードを被った彼女が笑う

黒い色に滲んだ姿が微細なディテールを潰してしまう。

 

「私に苗字をあげますって、そう言ってはくれないのかな」

 

 もはや不定形な影となった彼女が

滲んだままの姿で近寄ってくる。

 

 

 黒い影は俺自身の頬に手を当てて

ぬるりと紅い、手形を残した。

 

愛してる

 


 

(雄介!雄介起きろ!)

「はっ!何っ?どうした!?」

 

(単純に時間だ!火曜とはいえ午前は講義がある!)

「やっべ」

 

 ザインに起こされて目を覚まし、そのまま上着を被ってベッド下に放置してあったジーンズを穿いて走り出す

大学の講義開始時間と相談することにはなるが、コンビニで昼を買えば十分だろう。

 

「間に合えぇっ!」

 

時刻は8:17

家からのタイム上ではやや遅いが、講義開始には少しだけ余裕がある

しかし悠長に買い物をしているほどではない。

 

「飯は1限2限の間で確保するか!」

 

 カーブを体重移動で躱し切り、大型トラックの横につけて少し離れる

トラックの側からはほとんど見えない死角位置に居るのはどちらにとっても非常に危険な行為だからな。

 

「よし間に合った!」

「あ、来た……」

 

 呑狼 明(トンロウ・メイ)

同じ材料工学を受講している大学生の一人だ。

 

「ほら、こっち座って」

 

 栗色のサイドテールを提げた女に手招きされて、その隣の席へ座る雄介。

 

「髪、解いてあげる」

「え?いやいいよ手間だし」

「寝癖つきっぱなしだから」

 

 明は慣れた手つきで櫛を取り、そのまま雄介の髪を梳き始める

周囲からは視線が突き刺さっているが、そんな事を気にした様子は微塵もなかった。

 

「滅茶苦茶見られてるんだけど?」

「いいの、別に私は彼氏いたりしないから」

 

 言葉少なく返した彼女は飽きることもなく髪を梳き終えて櫛をカバンに戻し

時計へと視線を向ける。

 

「そろそろ時間よ」

 

 ちょうどその時、教授が鞄を抱えながら駆け込んできた。

 

「そ、それでは本日の講義を始めます!

……まずは材料工学1の52ページ、単元の12を見てください、ここに載っているのはセルロースの構造式です

セルロースはご存知の通り植物の持つ生体由来の構造材であり、高い強度と軽さ、更に保存性を兼ね備える強力な天然材料です

硬い繊維は高度に密集し、特殊な方法で破壊するかか同じく高硬度の物体を衝突させて掘削するなどの方法を取らねば破壊は困難です

しかし材料は炭素・水素・酸素の重合体で、基本的な炭水化物と同じ材料からなるため、金属材料などに対しては比較的軽量です

アルミなどに比べると重いですが、それにしても工夫次第ですね」

 

人造セルロースの生成実験はいまだに研究室の気密扉を出ず、

ちゃっと表面を加工してそれらしく見せかける程度の偽マホガニーや漆塗で誤魔化した産地偽装オーク材が出回る現状の話や安いそれらは今後も駆逐することは不可能であろうという悲観的観測が教授から語られる。

 

「植物の特性として、それ自体が非常に堅牢な細胞壁を持っていることが挙げられます

ではこの細胞壁ですが、物理的性質以外にも特筆するべき性質がいくつかあります、

……山本さん、2つ挙げてください」

 

「…………」

「ぉぃ、玲子!れーいーこー!」

 

 こんこんと机を叩きながら声を掛けると、居眠りしていた女性がパッと姿勢を正す

が、もう遅い。

 

「えっと……」

(細胞壁の性質だって)

 

「え!?」(だから細胞壁の性質っ!)

 

 小声で隣の友人が囁いているが、さっきまで寝ていたような輩には理解が及ばなかったようで

 

「では野守さん、代わりにどうぞ」

 

 無情にも、その名は出席者名簿から消されてしまうのだった。

 

「さて皆さん……教科書を

閉じてください」

 

 ここからだ、教授の授業は前半は座学

そして後半は実技を行うことが多い。

 

「さぁ技術棟の方にセルロース材と木工用の機材を用意しています、

今日のテーマ通りに木工細工を作ります、板は選別されていないものなので、木目や節には気をつけてください

特に節を読み違えると、その部分だけが腐って抜けてしまいますからね

合板は許可しますが相応に評価が下がりますので覚悟して使っててください」

 

 全員で荷物をまとめて移動する

そこはノコギリやバンド、釘などが置かれる技術棟の細工室、材質としてセルロース材の性質や構造を理解し、その上で木材としての木の扱いを学ぶ

実技が役に立つことは珍しいが、全くないわけではない

それに状況や理論、構造や性質、その全てに於いて、理解するには実際に体験することが一番良いのだ。

 

(なかなかアクティブな先生なんだな)

(そうだね、俺もフィールドワークで電気炉を使って実際に七宝焼きを作ったときは驚いた

最初の授業では紙飛行機と竹蜻蛉をマジで作るくらいの人だから、気にしたら負けだろ)

 

 ヘリコプターと航空機の飛行理論のためには非常に実践的な方法なのだが

やり方がやり方だけに受け入れがたいものではあった。

 


 

 

「はぁ……」

 

 ため息をついて

公園のベンチから立ち上がる。

 

「きてくれないなー」

 

 退屈を殺すために

影は一歩踏み出した。



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エピソード7 海の掟 2

「椎名、ちょっと待って」

 

「どうした?昼飯買いに行くんだが」

「小鳥と一緒にお弁当作ってたら作りすぎたの、分けてあげるわ」

 

 実に都合のいい話だ、雄介に断る理由はない

完全に足を止めた雄介に、明が更に言葉をかける。

 

「椎名ってBURK隊員だったよね?」

「いや正確には入隊資格者(ライセンスホルダー)、受験だけはしてるけど入隊はしてないよ」

 

 小鳥は雄介の幼馴染であり、小学校時代からの親友でもあるが明は違う

高校の折に彼女の仲介で初めて出会ってからの関係だ

彼女がいなくなってからは自然に疎遠になりかけていたが、小鳥が両者を引き合わせ、全員が同じ大学に進学したことで関係は維持されている。

 

「じゃあ残念……ま、いいや

最近また出てきた怪獣がどこの出なのかとか、聞きたかったんだけど」

 

 薄茶色の瞳をこちらに向ける明。

 

「今度の秋、お盆にさ

みんなで一緒に、お墓参りに行こう」

 

 『誰の』とは言わない

この二人の間にいた人間など、一人しかいないからだ。

 

「……わかった」

 


 

 雄介達が分かれてから1時間程後、昼下がりの商店街

喧騒はそこにあった。

 

「だから!お前がチャリ倒したんだろ!お前が!」

「風に文句言ってくださいよそんなの!スタンドロック掛けてても倒れるレベルの突風なんて知ったことじゃない!」

 

 コンビニの前で言い合う筋肉質な大男と中学生くらいの少年、

少年の自転車が買い物中に風で倒れ、車に傷がついたから弁償しろと言われているのだ。

 

「だいたいあなたが僕のチャリの前に車止めるのが悪いんじゃないですか!

『かもしれない』は運転の基本なんでしょう?空いてる駐車場に停めるのは良いにしてもそれで文句言われたらこっちが堪らないんですよ!」

「お前がちゃんと距離開けてねぇのが悪いんだろうがボケ!もういい警察に連絡するからな被害届け出してやるせいぜい退学しろバカ」

「僕は社会人だし退学もクソもないが」

 

 

「うるさいなぁもう」

 

 

 肉饅を手にした女は面倒臭そうな顔でその二人の横を通り過ぎ、そのまま立ち去る

臭い血染めの肉饅なんて食べたくはない

だが、男は怒りが収まらないのか口論の勢いを強め、そのまま拳を振り上げる。

 

そして。

 

「暴力は良くないよ、ねぇ」

 

 めきり、という音と共に

男の拳が砕けた

花が咲くように皮膚が裂け、芳香と蜜の代わりに骨と血を撒き散らす。

 

「怖い?怖いよね

でもお前が悪いんだよ、自分が振るおうとした力の責任を思い知れ」

 

黒いオーラが放たれ、

触発された精神波を増幅し、解放する

男を支配する恐怖が世界とシンクロし、それを求める怪獣が出現した

 

 


 

「ゴァアアアッ!」

 

竜巻怪獣シーゴラス 東京湾沖より出現

 


 

怪獣出現に驚きながらも警報や推奨される避難場所へと意識を巡らせる者達

慌ただしく出撃するクルセイダー

しかし今回は様子が違った。

 

クルセイダーズの機体達はいつも通りなのだが、そのパイロットは

丈治、轍、竜弥のいつもの三野郎組ではなかったのだ。

 

「…………」

 

戦闘型(B・T)機動火器管制(・F・R・)人工知能(A・I)

略称してバタフライ、日本の持つ最新鋭量子コンピュータ『恒河沙』と直結した最強の戦闘知性体である。

 


 

「しっかし、あんなのに任せて良いんですか本当に!」

「今回ばかりは上からのご指示だ

……私だってあんなのが信頼できるとは思えん、機械に頼って戦うのは効率的かもしれないが、人間性を損なう」

 

 揃って渋面を突き合わせる男たち

そう、人類が頭を捻り心血を注いで作り上げるような大兵器、最新鋭武装

怪獣の生体能力を凌駕するような武器というものは、大概においてまともに運用できないのだ

最も良い部類で自爆特攻を前提とした使い捨てだったり、使用後に壊れてしまうような使い捨てだったり、悪い部類では暴走したり乗っ取られたりでかえって迷惑になる事も多い

かつての『プロトマケットゼットン暴走事件』や『ウルトロイドゼロ乗っ取り事件』は防衛チーム内では有名な話だ。

 

「……私にどうすることもできん以上、現場に期待する他あるまい」

 

 その一言はどこまでも重い。

 


 

「無人機なのか?」

(そのようだな、コックピットにもプローブだけが設置されている)

 

 シーゴラスの起こす竜巻が上空を掻き回して気流を荒らすが、まともな航空機では飛行困難なその気流変化すらも予測した量子コンピュータの演算速度が上回り

人間の限界を顧みない超機動で回避していく

非生物である機械にしかできない無茶苦茶な回避運動だ。

 

(さすが、ただのブリキの案山子ではないようだ)

 

 無人戦闘機達へ賞賛を送りながら構え直すザイン、そして、水底から姿を現したシーゴラスへと拳を叩き込む。

 

「デァァァッ!」

 

 しかし、その頭部はかの合体怪獣の王、暴君(タイラント)に使われる程の強度を持つもの、殴りつけた拳にも相応の反動が響く。

 

(いってぇ!?!)

(こいつ、硬い!)

 

 殴った拳の方が痛むような鱗を持つ頭を派手に殴りつけたことで右手を痛めながらも再びファイティングポーズをとり、今度はレスリングよろしく掴み技を仕掛け、

掴んだ両手をぐいぐいと左右に捩って体重を動かし、体勢を崩したところを引き切り背負い投げ、揺れる水面に叩きつける!

 

「ギュァァアアッ!」

 

 波濤で砕けたコンクリートの粉末が混じり攪拌されたことで疑似的なダイラタンシー流体となった海面に衝撃を与え、コンクリートの壁以上の硬度を発揮した水面はシーゴラス自身の体重に比例する運動エネルギーを弾き返した!

 

 これには流石のシーゴラスも鱗による防御はできず、全身を打ちつけられる痛みを悲鳴を上げた。

 


 

「案外飛べるみたいですね、蝶々なんて名前のわりに」

「……認めん……」

「いや我々でもあんな無茶苦茶な風の中じゃまともに飛べませんって」

 

 紛糾する会議室は静寂を極める現場の様相とは裏腹に過熱していく。

 

 急遽搭載されたビデオカメラに映った画像が中央モニターに出されているが、その映像はひどい物だ

嵐の影響で地場が荒れ、電波接続も状態が悪いのか画像はひどくブレている

それでも嵐に振り回されて飛来する看板の破片やら電灯だったと思しきガラス片やらといった危険な破砕物も回避できているあたり、流石は最新鋭機といったところか

注目する面々達の前で、翼下から放たれた紅い重粒子ビームがシーゴラスの目に直撃した。

 


 

「で、どーするんですか?これ」

 

 BURK公海支部、第8オーシャンベース

深海2000mを航行する巨大な潜水艦である

海底に建物としての基地があったり各海域ごとに拠点があったりするのだが

BURK基地として正式登録されているのはこの巨大潜水艦なのだ。

 

「まさか海中にまであの嵐の影響が及ぶとは思わなかったわね」

 オーシャンベースの怪獣対策チーム隊長、岬がぼやく通り、

シーゴラスの起こした嵐は凄まじい勢いで空気のみならず海の底板までひっくり返すような大波を作ってしまったのだ、これでは当分視界も効かず、沈没はせずとも帰還することすらできない。

 

「砂に埋もれちゃう前に離脱するわよ、アルバコアに連絡は?」「ダメです!海底ビーコンの通信網もやられています」

 

「……万事休す、か」

 

 オーシャンベースの連絡子機として海を回る200m級の潜水艦、アルバコア

基地そのものを戦闘参加させることは流石に困難であるために戦力として用意されたものなのだが

現時点では行方不明の上に連絡不能

このままでは既に出撃している()()()()に期待するほかないだろう。

 

「任せたわよ、メイ」



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エピソード7 海の掟 3

「いくぞザインっ!」

(ああ!)

 

 引き倒して投げ飛ばし、そのまま飛び蹴りで脊髄を折り破り、背から飛び出した骨を引きちぎって投げ捨てる

なんともバイオレンスだが、脊椎動物の中でも特に原始的な作りを持つシーモンスは脊髄に神経瘤を持ち、これが水中での立体機動を担保するという神経構造があるため、たとえ頭を丸ごと吹き飛ばしても攻撃してくるのだ

ならばこうする他にない。

 

「ザイナスぐわぁっ!」

 

 弱点である神経瘤と脳、まとめて二箇所を吹き飛ばすために力のチャージを始めた雄介だが、技が発動するより前に攻撃を受け

集中が途切れた事でエネルギーは霧散してしまった。

 


 

 

『……』

 

 

「お、おい何してんだよバタフライ!」

 

『…………』

 

 

【enemy:type・giant】

 

 正面モニターの画面に映ったそれは

怪獣の分類識別に他ならなかった。

 

「シャットダウン!」

「ダメです間に合いませんっ!」

 

 突如ウルトラマンに攻撃を仕掛けたクルセイダー、そのプローブに載った人工知能は

人類の最新鋭武装で手こずる怪獣を圧倒する力を持つウルトラマンをこそ、人類を圧倒し、滅ぼしうる強敵と認識してしまったのだった。

 

「クソっ!リアルタイム対抗入力です!こちらからのコマンドが妨害されてます!」

「恒河沙を直接止めるのは!?」

 

 霧島がコンソールを叩きながら悲鳴を上げる中、駒門が頭を巡らせる

しかし、敵に基地侵入されただけで量子コンピュータを直接攻撃させてしまうような脆弱な構造はしていないのが防衛基地、対策は思い当たる限り完璧だ。

 

 過去には電子化してネットワークに侵入する敵だっていたのだし、例のゼットン事件やウイルスプログラムによるサイバー攻撃を対策するため、基地内の電気系統もネットワークもそれぞれに独立している。

 

「人類の敵とウルトラマンを間違えるなんてそれでも最新コンピュータかよ!」

「だからこんなの嫌だったんだ!」

 

 各々の声が上がる中、クルセイダーはウルトラマンへの攻撃を続行する

そして弘原海に、一本の連絡が入った。

 

《こちらオーシャンよりシードラゴン、予てより準備はしていますので、バタフライはこちらで対処します、日本支部は量子コンピュータに直接対処を》

「……ならそちらは任せた」

 

《承ります》

 

 そして、空に碧羽が舞った。

 

 


 

「なんだ!無人機が攻撃してきた!?」

(おそらく敵と私たちを間違えたんだろうな、そして機械というのは基本的に頑なだ……まずいぞ雄介!)

 

 いかにウルトラマンといえど流石に光ゲート式をも超える電磁スピン式量子コンピュータの処理速度が相手では自身をデータ化送信してもネットワークに侵入する前に弾かれてしまう可能性もある

しかしここで迂闊に撃退しようものならそれこそ人類の脅威のレッテルは避けられないだろう。

 

「牽制しつつ粘るぞ」

(ああ、彼らの相手をするのは先にシーゴラスを手早く倒してしまってからとしよう!)

 

 二人の思考を一致させ、同時に動き出す

その時、閃光と共に銀騎士に火花が散った。

 

「そこのウルトラマン、下がりなさい

こいつらは私が始末をつけます」

 

 拡声器によって大音量で放たれる声、これほどの嵐の中では風に掻き消されて聞こえないかもしれないが、あいにくウルトラマンは針の落ちる音さえも聞き分ける程の聴力を備えていたため

 

「BURKシードラゴン、戦闘開始(エンゲージ)

 

 はっきりと、その声を聞いた。

 


 

「隊長?今のはどちらからですか?」

「ああ、今回のお目付役様からさ

来たぞ、ほら」

 

 指差された場所に映る姿はまるで青い翼を持つ鳥だった。

 

「あれは……」

「対怪獣用多目的攻撃機海龍(シードラゴン)

オーシャンで独自開発された海上用機だ、昔の海鳥(シーウィンガー)から直接繋がる系譜なんだと」

 

 60年前、ウルトラマンメビウスと共に戦ったGUYSジャパンの基幹組織、ガイズ

その組織形態や考え方は今にも繋がる11基地の基本となり、多くが残され継承されているのだが、一方でほとんど残されていないものがある

地球外由来の技術を利用した兵器、メテオールだ。

 

 暴走事件やメテオール兵器自体の奪取、流失の危険を鑑みて殆どの武装は封印され、秘密裏に処理されてしまったため、スペシウム弾頭弾やスペシウムリダブライザーなど有名なものは情報こそあれど実物は存在しないというケースが多い

しかし、その例外としていくつかの装備や機体に搭載されたメテオールはそのものが丸ごと継承されている

つまり、飛行技能されあれば追尾するエネルギー弾すら振り切ることを可能とするあの機能が、シードラゴンには存在しているのだ。

 


 

「…………」

 

 クルセイダー3機は徐々に弱まってはいても、依然として吹き荒れる嵐の中で翼を操り、見事にフォーメーションを維持しているが、繰り返し放たれる重粒子ビームの束はシードラゴンを捉えられない。

複雑な風を編むように舞い上がるシードラゴンの優美な飛翔を妨げるには

光を上回る計算速度を有する量子コンピュータを以ってしてもなお足りないのだ。

 

「甘い、甘い、まるでチョコラテね」

 

 蔑むような視線を切って、余裕たっぷりにビームを回避していくシードラゴン

しかし、クルセイダー側の攻撃が当たらないからといって反撃ができるわけではない

嵐の中を飛び回るのはそもそも格闘性能の高いクルセイダーの方が有利であり、今は雨滴と暴風という多層の装甲に守られているだけなのだから。

 

 風のヴェールが、雨の垣根が、天を舞う海龍を銀騎士の槍から守り続ける。

 


 

「……隊長、アレは一体……」

「あたらねぇ……」

 

「海の上は嵐の影響を受けやすい、対策もあるだろうし軽いクルセイダーよりも重いシードラゴンの方が飛びやすいのは道理だろうが……だとしても……」

 

 格闘性能こそ低いが、シードラゴンは多目的攻撃機であり、爆弾やビーム砲などのメジャーな武装以外にも電撃砲など装備はある、しかしクルセイダーを破壊したいのではなくあくまで足止めを狙う以上は使えない

となれば彼女はこのまま燃料切れまで粘るつもりなのだろうか、だが長引けば長引くほど嵐は引き、彼女は不利になっていくだろう。

 



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エピソード7 海の掟 4

 「ギシャァァァッ!」

 

 最後の抵抗と言わんばかりに千切れかけの尾をひらめかせ、鋭い薙ぎ払いの一撃を仕掛けてくるシーゴラス、左腕で受け止めるが、そのままの勢いで吹き飛ばされるザイン。

 

「グァァッ!……デェアッ!」

 

 ビルに肩から突っ込んで転がり落ちながらも姿勢を整え、雨に光るスラッガーを飛ばして反撃

しかしシーゴラスの出している暴風が盾となり、スラッガー自体の速度が奪われてしまう

ならば……こうだ。

 

「デヤァァァァァッッ!」

 

 ザイナスフィアを中断した際に漏出したエネルギーを転用し、そのままスペシウムエネルギーを砲撃へと変えて射出

スラッガーへ直撃させてエネルギーを増幅し、さらに念力で推力を増した前回し蹴りを放つ

爆発的な加速によって風の壁を突き破ったスラッガーが飛翔し戦闘能力の中枢を担う神経瘤を破壊して、そのまま爆砕

シーゴラスの爆発を背で受けながら

臨戦態勢を維持するザイン。

 

 シーゴラスが死んで源が絶たれたために急速に衰退する嵐、そしてそれを盾にしていたシードラゴンの有利もまた失われる。

 

「あっぶ……!ないっ!」

 

 

 粒子ビームを掠らせながらも回避するシードラゴン、大型機であるシードラゴンは格闘戦向きの戦闘機であるクルセイダーとの相性は悪い、

相手の電波通信も回復して絶好調、さらには戦闘開始から時間が経ってシードラゴンの動きを学習し始めているコンピュータ

このままではジリ貧になる

そう判断した明は切り札を切った。

 

「……マニューバモード!」

 

 この作戦に先んじてオーシャンに配備された全装備の独断使用の権限を与えられている明は、通信を絶った状態でもこの機能を使うことができる

流れた髪のかかる左手がレバーを押し込んだ直後に機体の各所から慣性制御能力を備えた光の翼が展開し、さらに翼自体も大きく広がり光の粒子を撒き散らし始めた。

 

 空戦機動形態マニューバモード、数少ない現在にまで残されているメテオールの現物だ。

 

「ファントムアビエイション・スタート」

 

 神速の切り返しが残像を産み、無数の幻影がばら撒かれる

左、右上、下、停止、下急ターン上、右右左下

無数の影に隠れながらクルセイダーのビーム連射を掻い潜っていった。

 


 

 BURKに長く勤める駒門と弘原海でも資料のいくらか、オペレータを専業とする霧島もいくつかの映像程度でしか知らないマニューバモードの超機動

最新鋭機であるはずのクルセイダーすらも軽々あしらう異様な飛行に旋律する丈治。

 

「隊長……あれは……」

「昔から、最新兵器に対抗するなら骨董品の職人芸って相場が決まってるんだよ」

 

 そう言いながら、弘原海は万感の思いを込めて深く頷く

かつて彼自身も繰り出した、いっそ驚くほどにレトロな装備による最新武装への対抗という奇策

同じフォーマットにないからこその有利性が、金色の海龍を勝利へと導く、そしてさらに画面の向こうの彼女は続ける。

 


 

「ゾディアックウェポン・キャンサー、起動!」

 

 黄道の第四宮、巨蟹宮(キャンサー)を司る秘密兵器、最終兵器(エクスカリバー)級、全十一機のゾディアックウェポンの4番目

無人探査機プレセベが起動する。

 

 

 

(なんだアレは!?)

 

 思わず棒立ちになるザインが見る前で、ビーム砲撃をなんでもないように躱しながら飛び回るシードラゴンと、その黄金の軌跡に導かれるように海面を破って現れた巨大な機械蟹。

 

(新手ッ!!)

 

 金属的な表面から纏った海水を落とすそれ、全長にして50メートルを上回る巨大な蟹が背後に突如現れたことで身構えるザイン、しかしシーゴラスとの戦闘にエネルギーを使いすぎたせいかカラータイマーが鳴り始める。

 

「大丈夫です、ウルトラマン

その蟹は私が呼びました!」

 

 金の翼を翻した青い龍が前を横切りざまに叫んだその時、一瞬操作が疎かになった隙をついてミサイルが飛来する、が、それは脅威にならなかった

無人探査機プレセベが強烈なエネルギーバリアを展開し、その爆風を完全にシャットアウトしたのだ

そしてプレセベから2つの部品が分離射出され、シードラゴンへと装着。

 

「プラズマスタナーネット展開」

 

 機体底部に追加装備されたランチャーからエネルギーバリアの要領で形成された光の網が投下され、瞬時に加速したシードラゴンがクルセイダーを絡め取る

都合3度の爆音が鳴り、全てのクルセイダーが囚われた。

 

「捕獲確認……シードラゴン、状況終了」

 

 エネルギーネットがクルセイダーを拘束し、その推力を上回る強度で押さえ込んだ直後、破壊的な電流がクルセイダーの電気系統を焼き完全に沈黙させた。



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エピソード8 急転直下 1

「なんだったんだよ原因は!」

「それがわかったら苦労しないんですよ!」

 

 言い争いになる整備班とパイロット、その二人の間に入った人影の正体は駒門。

 

「よしなさい、鍋島君も困っているでしょう

それに結局レコーダーまで焼けてしまったのだから、今更騒いだって無駄よ

今回は諦めるしかないわ」

「そもそもおかしいじゃないですか!フライトレコーダーは体当たり自爆しても残るなんて代物なんですよ!?たかが1億ボルト、たかが高圧電流ごときで壊れるわけがないんです!」

 

 それでもなお反論しようとする竜弥を静止し。

 

「確かに、フライトレコーダーは現状最高峰の加工技術で作られた『壊れない部品』ではあるわ

でも、破損することも故障することも全くないわけではない、貴方も知っているでしょう?

解析して結果が出るならそれを待ちましょう、でなければそれも仕方ないことだわ」

 

「しかし!」

「くどいわ」

 

 理屈では納得の行かない様子の竜弥を一言で切って捨てた。

 


 

 それと同じ頃

雄介とザインは有彩の家で化学を教えていた。

 

「Cの意味は『炭素』『元素番号6番』で『第14族元素』

これで良いですか?」

「うん、これで一応は暗記できたね、水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素、フッ素、ネオン

最低限ここまでは覚えておこうってあたりだけど、意外と間違えたりしがちなんだ

水兵Liebeボクの船ーなんて語呂合わせもある」

 

「……なんで1から18族なんて中途半端な数なんですか?」

「それはね、原子核に対して釣り合う電子の安定する位置と個数のせいなんだが……これを見てくれるか」

 

 さらさらと手帳に球とそれを囲う円を描く雄介。

 

「この真ん中のが中性子と陽子で作られた原子核、それに対してこっちの円の縁に付いてる点が電子ね、原子核には陽子と中性子が同じ数づつ入っている、その陽子と同じ数だけ電子もくっつく、しかし電子は原子核に直接くっつくわけではなく、外部にあるこのリングに入ることで安定する、陽子の数が増えるたびに電子も一番内側のK殻に2個、入り切らなくなったら次のL殻に8個って風に18、32、50個とどんどん増えていくんだけど、この3番目、M殻の最大容量18個を基準にしてるからなんだ

それとなんでKで始まるのかってのは

最初に電子殻を発見した人が『これが何層も重なってる以上、現在見えている一番内側が本当に1層目なのかわからない』って言ってアルファベットの真ん中のKをつけたらしいよ

まぁこれは結局現在までさらに内側が見つかってないんだけど、安直に決めた結果の例としては設定された電流の流れる方向と実際に電子の流れる方向が逆なせいで面倒なことになってるから、これ決めた人達にはもっと慎重になってほしかったね」

 

 1つの電子が持つ電価はマイナス1、高い(プラス)方向から低い(マイナス)方向に電流が流れるという設定がされている以上、実際に電子が流れる方向と電流の方向は逆になってしまう

これは高校生達に頭を掻きむしらせた科学者のミスの一つである。

 

「H 水素 1とHe ヘリウム 2

この二つがK殻で…?L殻は8種類分、M殻は18種類、でもそれなら第3周期は18個全てが埋まるのではないの?N殻の32種類とO殻の50種類は複数の周期で正しく表現出来ているの?

表の正確性が疑われない?」

 

「良い質問、それも割と人間のご都合主義ね

そもそも周期表は『縦軸=族』『横軸=周期』で『性質が似たものを並べた表』であって隣がどうとかは意識されていないんだよね

だから窒素と炭素が隣だったりする

基本気体な窒素を液体窒素にするのは-196°C必要なのに炭素は常温で固体だろ?、ぶっちゃけ隣にあるのは『同じ数の殻があって元素の数字が隣だから』なんだ。

……んで逆に縦に見ると

極端だけど『ヘリウムHe』『アルゴンAr』『ネオンNe』『キセノンXe』『クリプトンKr』わかりやすいことにこれらは『非常に変質し難い』という性質を共有している

とても安定していて化合物を作りづらいのがこの18族元素の物質的特徴、ってわけさ」

 


 

 

「むぅ……雨やんだのに……」

 

 大学の門の前で、女は思案する

買い物は多少楽しかったがただそれだけ、やはり最近は腕一本潰したくらいで満たされない。

 

「はぁ……」

 

 薄い記憶の中で想い出を探りながら

どこにいるかもわからない彼を探す

見つからなくても良い、永遠に、見つかるまで探し続ける

それが彼女の、愛の形なのだから。

 


 

「ねーねーねー、ねーねーねーねー!」

「……猫か」

「鳥じゃあ!」

 

 ぺち、と頭を叩いてきたのは小鳥

鳴き声は猫なのに頭は鳥とは難儀なものだ。

 

「こないだゼットン出てきたじゃん?」

「おう」

 

「あの時私もいたんだけどさ」

 

「……おう」

 

 いつのまにやら死の危険に瀕していながら、至極明るい声でなんでもないように告げる彼女に軽い恐怖を覚えながら、雄介は応える。

 

「見たよ、新しいウルトラマン」

 

 

 その瞬間、時が凍った。

 

 

「あれさ、中身雄介でしょ?」



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エピソード8 急転直下 2

「中身雄介でしょ」

 

「…………なぜ?」

 

 

 衝撃的な一言を受けた直後、雄介が出せたのはそれだけだった。

 

なぜ正体がバレたのか、そもそもどこから見ていたのか、いつから気づいていたのか。

 

(ザイナスキーは普通の人間の視界には映らない、外見的な変化もないはずだぞ雄介!)

(わかってる、でもこれは明らかに確信的だ!)

 

「私ね、雄介とずっと一緒にいたんだよ

なかに何か変なのが入ったことなんて、最初からわかってた」

 

 彼女の細い腕が伸びる。

 

「大丈夫、大丈夫だよ、私はずっといっしょ」

 

 這いずる白い蛇のように、小鳥の腕が雄介の首を絡めとる。

 

「だから、もういなくならないで」

 

 小鳥の持つスマートフォンに保存された連絡先には、この三年で連絡のつかなくなってしまった相手も多い

クトゥルフ戦、ルガノーガー戦、ドドンコ戦、バードン戦、遡れば遡るほど失われていくそれらに、小鳥はもう耐えられない。

 

「私はどこにも行かないから、雄介もどこにも行かないで、もういなくならないで」

 

「……ごめん

俺はもう、ウルトラマンとして戦うことを選んだから

誰かに任せておくことなんてできない」

 

(雄介……無理をしなくても良い

帰る場所があるならそこに落ち着いていてもいいんだぞ)

 

 鍵から届くザインの声にも返事はせず

戦いの決意だけを意識する

そう、雄介は既に選んだのだ

戦う道を

血に染まり、骸を踏み進む鬼の道を。

 

「そう……」

 

 首に巻き付いたままの腕が、さらりと離れた。

 

「痛いよ?」

「知ってる」

 

「死ぬよ?」

「覚悟した」

 

「待つ方も、辛いんだよ?」

「それはすまない」

 

 短い問答の果てに、小鳥が雄介から離れる。

 

「ひどいよ、我慢しろなんて

女の子泣かせてさ、それで行っちゃうなんて最低だ」

「そうだな、俺は……きっといろんなものを無くして、その最後に死ぬ事になるよ」

 

 戦士なんて碌でもない物に、なった以上は

その一言を押し殺して、雄介は窓の外を眺める

きっと、今日見る月が二人の最後の月だから。

 


 

 

「ああもう、面倒くさい

みんな殺しちゃっても良いかしら」

 

 至極軽く、明るく、愛らしく

女の声が夜空に響く

近くにいるはずだ、彼がいるはずだ

だというのに一向に見つからない

そのストレスは彼女に怒りを蓄積させ、それが無差別な暴力として振り撒かれようとしている。

 

 

 ただ偶然、通り過ぎる人の一人に目を止めた。

 

「ねぇ、貴方」

 

 通り過ぎるサラリーマンに声をかけて、呼び止める、その瞳に映る姿は。

 

「ウルトラウムシンクロナイズ」

 

 


 

「エネルギー反応を感知しました!

ポイントはK-11です、カメラを出します!」

「種別確認しました!これは……円盤生物ブラックエンドです!」

 

「クルセイダーは」

「ダメです、全部修理中ですよ!」

 

 弘原海の尋ねに対し、霧島が応える

高電圧にやられた機体は、流石に二、三日で全ての修復を終えられるような簡単なものではない。

 

「隊長、俺はセイバーを使います!」

「セイバー!?無理ですよクルセイダーに機種変してからはロクに整備されてないんですよ!?」

 

「炮龍で出る」「陸上から車載砲で援護します」

 

 三者三様の声と共に走るクルセイダーズ

しかし竜弥は止められてしまったようだ。

 

 


 

(話の途中で悪い……怪獣だ)

「俺は行くよ、小鳥」

「……うん、いってらっしゃい」

 

 お互いに顔を見る事なく、一言を掛け合う。

 

「止めないんだな」

「どうせ止めても無駄でしょ、私を置いていっちゃうんだから」

 

「ごめんな」

 

 そうして雄介は駆け出した

涙ぐむ幼馴染を置いて。

 


 

 

「ごめんザイン、俺やっぱ最低だ」

「違うぞ雄介

私はお前を軽蔑しない」

 

「そうか……行くぞ、ザイン」

 

「(ザイン、イグニッション)」

 

 二人で声を重ねて、力を合わせて

心臓に突き刺さる剣は、なぜかいつもより重かった。



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エピソード8 急転直下 3

(やつはブラックエンド、危険な怪獣だ

特にレオ氏が戦った『円盤生物』種に類する怪獣の中で最もパワーがある個体だと聞く!)

 

「なら拳はダメか?」

(いや、過去に出現した同種はレオ氏の格闘戦力の高さゆえに普通に倒されたらしい

身体的な意味で高い能力を持つものも多いが円盤生物最大の本領はやはり特殊能力による搦手だ、ここは正面から一気に格闘で沈めるぞ!)

 

「おう!」

 

 一気に拳を握り込んだ左手を体の前に出し、右手は甲を下にして腰横へ

深く腰を落として重心を安定させ、格闘に専念するための構えを取る

光の国に伝わる宇宙拳法の一つの構えだ。

 

(レオ氏のようには行かないにせよ、私達も戦えるところを見せてやろう!)

 

 ザインの意識に先導され、知らずのうちに宇宙拳法の型を振るう雄介

雄介の意識と同調し、自らの技能を発揮するザイン

肉体の動作は完璧、しかしどこか精神が噛み合わない、これでは万全な状態とはいえない。

 

「ギィイエエエッ!」

 

 身に染み付いた動きが拳を振り抜かせ、飛び込むと同時に体重を込めた左バチカルを入れる

ブラックエンドの牙も角も炎もその脅威を発揮する隙を見せずに拳足が次々に振り抜かれるが、押してはいても押し切れない

それは雄介の心がザインのそれと一致していないからだ。

 

「くっ……!」

(焦ってはいけないぞ、雄介、初手からエネルギー技は極めて危険だ、まずは弱らせるためにとにかく格闘を仕掛ける!)

 

 ごく稀にはこの法則が当てはまらないものもいるが、ほとんどの場合においては格闘戦を仕掛けてから光線技で締めることになる

これはなにもわざわざ時間をかけてプロレスをしているのではなく、単純に格闘は基本的に出しただけ得であり、逆に消費エネルギーの多いエネルギー技を初手に使って対策を返されたら致命的な状況を招くという戦況を考えた上での定石である

しかし、そんな事を言ったところで焦る若者には通じない。

 

 拳の射程から離れたブラックエンドを追撃するべく跳び蹴りを仕掛けるザイン

しかし、ブラックエンドの吐いた火炎弾が直撃し、爆発が起こり衝撃で体勢を崩したその直後に尾が叩きつけられ、その勢いで地面に激突してしまった。

 

(くっ……まずいぞ雄介!一旦下がるんだ!)

(いや、ここで下がったらやられる!)

 

 プロテクター越しの一撃であってもダメージを受けた状態で無理に格闘を続けるのは危険であると判断したザインも

遠距離攻撃持ちを相手に詰めた間合いを無駄に失うことこそリスクと捉える雄介も、どちらの意見も正しい

しかしザインの意識を優先した事で肉体は宙返りして50メートル以上を飛び下がる。

 

「今下がっては!」

(冷静になれ雄介!今の雄介は過剰な攻撃性に振り回されている!)

 

再び身構えるザインに対して火炎弾を吐きかけたブラックエンド

しかしザインの意識を全面に押し出した状態のザインには全く持って効果はなく

せっかくの火炎も受け流されて空の星になるばかり。

 

「ギィイエエエッ!」

 

 だがブラックエンドとて最強、終末の名を冠する怪獣である

そんな醜態を晒すだけの愚か者では無い

力という一点においてはザインを上回る以上、ブラックエンドが取るべきは着実に攻撃を当てる策、ザインを撹乱するために後方の尾部分を伸ばして二方面から同時攻撃を仕掛けてくる。

 

「まずいッ!」(大丈夫だ!)

 

 ザインはスラッガーを念力で回転させ、ヌンチャクのように振るって左右から迫る炎と尾を迎撃する

受け止めるのではなく受け流す形で衝突点を逸らして回避する。

 

「これ……俺要るのか?」

(もちろん必要だ、雄介がいなければ私は立っていることすらできないからな

やはり精神的なダメージがあるようだ

普段ならこの程度では動じる雄介では無いだろう?)

 

「なんの……!」

 

 気色ばむ雄介を冷静に諌め、戦況を改善するべく距離を詰める。

 

(気に病む事ではない、誰とて親友と喧嘩別れでもすれば荒むこともある

ウルトラマンだってそうだ、それに老成した人格者も昔は若者だったのだから

無鉄砲を諌めこそすれ、咎めはしない)

 

「……そうか」

 

 左手で火炎弾を弾き、右手で手刀を叩き込む、鋭い手刀が尾に生えた角を叩き折って気づく。

 

「(……)」

 

 シンクロ精度が向上している

動きのキレが上がり、明らかに体の動きは滑らかだ

なるほど、どうも気が軽くなったらしい。

 

(行くぞ雄介、攻め時だ!)

「行くぞザイン!攻め時だ!」

 

 二人の言葉が重なり、強く一歩踏み込む

ブラックエンドもまた突撃姿勢を取った。

 

ザイナスフィア

ストライクエンド

 

 ブラックエンド本体の双角が怪しく輝き、突進を開始したブラックエンド

しかし、ザインの方が一手速い。

 

 両手に作られた赤青の光弾がスパークし、原始崩壊と対消滅によって質量の100%をフォトンへと転化したスペシウムがブラックエンドを消しとばした

 



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エピソード9 同調と協調 1

「結局セイバーは飛ばせたにせよ役には立たなかったか……」

「役に立たないじゃなく現場に着いた時にはもう終わってたんですよまったく

間に合わなかっただけじゃないですか

そんなボロクソに言わんでください」

 

「あ、あぁすまない」

 

 ブラックエンドは雄介の変身したザインによって現場で倒されたため、結局二の足を踏まされた部隊の展開は間に合わずに周辺避難程度のことしかできていない、そもそもが怪獣対策の専門チームであるにも関わらず出遅れる失態を演じ、即応戦力でありながら行動が間に合わないというのは堪えたようで、ついついこぼれた弘原海のらしくない一言を咎めた野次を飛ばすヒラ。

 

「……で、結局どうなんですか、アレは」

「いやまだだ、まだ特定とはいえない」

 

 二人の脳裏に浮かぶのは疑わしい人物の名前

しかしまだ絞り切れてはいない

ならばまだだ、疑わしきは断じず。

それがこの国の基本原則なのだから。

 


 

 翌日の朝、雄介は朝に若干の目眩を覚えるくらいで済むレベルまで回復し

大学に課題を出しに行っていた

今日は取っている講義はないため、ここからすぐに毒ヶ丘邸まで取って返すことになる。

 

(雄介、大丈夫か?)

「いや……割と厳しい」

 

 しかし精神的な負担を受けながら肉体的なダメージのある変身を繰り返し、最近は頻発どころか毎日レベルの頻度で変身を強いられている状態

これではスタミナ切れがいつ来てもおかしくはない。

 

(もっと上手く戦わなくては……)

 

 内心に心配を強めるザインであった。

 


 

「先生まだかなぁ……」

 

「待たせたなあ!」

 

色々あったせいでやや遅刻気味になってしまったが、家庭教師業務の時間である。

 

「さて……課題は今回作れる時間がなかったのでこの場で作ります

ごめんね、最近忙しくてさ

その代わりきっちり作るから気にしなくていいよ」

 

サラサラとノートにボールペンを走らせる雄介、今回の一限は国語の文法解説がメインとなる

五段活用における

『終止』『連体』『未然』『連用』『仮定』『命令』の六段変化についてを解説しながらそれらについての質問を投げていく

 

「では、なぜ五段活用が五段と呼ぶかわかる?」

「五段活用では活用形の末尾が母音の五音全てにわたって変形するから」

正解(エサクタ)……これは流石に簡単すぎたかな」

「教科書読んでればわかるからね」

 

「終止形にして、『本を読む』はどうなる?」

「変わらずそのまま『本を読む』」

 

「なら未然形は?」

「『本を読もう』」

 

「連用形」「『本を読みたい』とか『読みながら』とかかな」

「どれも正解」

 

 

(これは為になるな、後で私にも資料をくれないか?)

(別にいいがちゃんとしたコピー用紙で作ったような資料じゃないし、手書きだから雑なものだぞ?)

(構わない、貰えるだけありがたいものだ

光の国の地球言語学分野の知識に役立ってくれる、どこの言語もネイティブから教わることこそ最大の効果を発揮するものだからな)

 

 約50年前の先人は非常に奇妙なエセ日本語を喋りまくることになった反省を活かして光の国のウルトラ学校では言語学分野にも力を入れている

ザインはその一助とするべく資料を要求したのだが、後日資料をまとめた雄介が思った以上に喜んでくれたので時間以上の価値はあったと思うのだった。

 


 

 国語社会音楽数学と各授業を終えてしばらく後、12時を過ぎた頃になって、雄介が昼食を調達するべく邸を離れようとすると、それを有彩が引き留めた。

 

「先生、今日時間なかったんでしょ、お昼食べていく?」

 

「え?……どうしようかな、また適当にビニ弁でも」「だーめ!」

 

最近雄介の食事においてインスタント食品の頻度が高いのは事実だが、健康に影響を及ぼすほどのレベルには入らない程度に抑えている

はずだったのだが、なぜか有彩は至極嬉しそうな表情で雄介の手を引く。

 

「今度は私が作ってあげる」

 

「……あぁ、ありがとう」

 

手を洗ってピンクのエプロンを掛けて、咥えたヘアゴムでポニーテールに髪を括る

エプロンの布を押し上げる豊かな胸によって見事な空白のデルタ地帯が出来上がっているのだが

その姿を眺めながら雄介は空白部分の面積を求めて目測で『底辺×高さ÷2』を計算するのみであった。

 

 


 

「雄介…いなくなんないでよ……」

 

 大学を無断で自主休講し、電灯も付けずに膝を抱えて自分の部屋に引きこもっていた小鳥に、光が差し込んだ

開かれた扉の向こうから声が掛けられる。

 

「ねぇ小鳥ちゃん、流石に鍵もかけないで居留守するのは無防備過ぎないかな?」

 

 部屋の中へと入った女が屈み込んだままの小鳥を見つめる。

 

「……んぇ?」

 

 突然かけられた声に思わず顔を上げる小鳥、そして。

 

「えっ?スイちゃん?!なんでスイちゃんがいるの?もう」「はいそこまで」

 

 混乱する小鳥へと平手を出して静止した女はにっこりと微笑むと、容赦なく小鳥をさらに混乱させる。

 

「あんまり情けないことしてるから、帰ってきちゃったよ、わたし」

 

 黒いコートと真新しい白帽子

相変わらずモノクロ調な彼女の姿を見て、小鳥はそれを指摘するよりも前に、意識を失った。

 

「ウルトラウムシンクロナイズ」

 

 力に触発された精神が解放され、その心の形に現実を書き換えるべく虹色の干渉紋が部屋中に満ちる

傷つけられた女の心が切り開かれ、血を滴らせた。

 

「いいのが出たね、やっぱり見込み通り

小鳥ちゃんありがとう

 

これでアイツも始末できる」

 

 悲しみに暮れる女の波動にシンクロしたそれは、幸福な夢だった。



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エピソード9 同調と協調 2

「オムライスとは、なかなか凝ってるな」

「でしょ?先生に食べて欲しくて色々勉強したの、やっぱり先生も男の人なんだから、満足感あるもの食べたいでしょ?」

 

「まぁ、確かに、コンビニのサンドイッチとかパスタは多少物足りないね」

 

 最近コンビニの棚に並ぶそれら惣菜は異様なほどに『リニューアル』を繰り返してその度に小さくなったり軽くなったり皿の形に“工夫”を凝らしたりして利率を上げているため、往時のそれよりも遙かに小さくなっている

18歳の新成人である雄介にとってそれらは耐え難いまでではなくとも厳しいものだ。

 

「はーい、どうぞ」

 

 色味鮮やかなチキンライスを使ったオムライスとコンソメのハニーブラウンが透けるオニオンスープ、千切ったキャベツにコーンビーフ+ポテトサラダと品数こそ少ないが主要な所を押さえたプレート、普段は質にこだわったフレンチやイタリアンなど、およそ一般的とは呼べない物を食べている彼女だが、掛かる時間と量の観点から作るのは敢えて家庭料理を選択したらしい。

 

「おお……意外なほどに手際いいな」

(これは明らかに……いや黙っていよう)

 

 実は雄介が何を言おうと最初から昼食自体は用意するつもりだったようで、二人が赴いた時には既に厨房で白米が炊けていたあたりに周到な用意の痕跡を感じるザインもそれについては敢えて言及をしなかった。

 

「でしょう?練習したの、食べたら感想と先生の好きな味付けも教えてね?ちゃんと反映するから」

 

「ではいただきます」「はい、召し上がれ」

 

 有彩自身の分は雄介よりもだいぶん少ない

中学生と大学生という年齢に基づく体格差と性別の差、それに普段の食事やそもそもの運動量の違いが相俟って二人の食事量は全くと言っていいほど違う物だ。

 

「じぃーっ」

 

「なんだよ」

 

 擬音付きでこちらを見つめてくる有彩の視線を感じながら目を上げると、慌てて向こうは目を逸らす

それを何度か繰り返すとやがて飽きたのか見てこなくなった。

 

「……ん、美味しい」

 

 さすが頭脳明晰にして眉目秀麗、才色兼備の彼女の事だ、事前の練習も欠かさずに朝から仕込みまでしていた甲斐もあって、雄介に取っても満足のいく味に仕上がっている。

 

「ほんと!?よかったぁ」

「使ってるのは普通のトマトケチャップにチキンブイヨン、マーガリン……いや無塩バター?」

 

「正解!先生そういうのわかるんだ」

「まぁ細かいところまでは分からないな、ワインのブラインドテイスティングとかはやめてくれよ?」

「漫画とかのあれは半分意地悪だし普通に誰でも外すよ、正答の方を先に教えられてるとか最初から銘柄年代産地まで注文してる方が多いから大丈夫」

 

「なんで知ってるんだそんな事……」

 

 微妙に知りたくなかった真実を知らされて落ち込む雄介だが、僅かな時間で思考を切り替え、ひたすら目の前の飯を掻き込んで皿を置く。

 

「ご馳走様、美味しかった、ありがとう」

「えへへ、こちらこそ」

 

量の差から先に食べ終わっていた有彩は笑顔と共にお皿を片付けていく。

 

「それで、ここからどうする?」

「あぁ実はね、今日は学校の方が半休で、カリキュラムも空いてるんだ

なんでも一斉の健康診断だかでね

それで今日の午後は丸ごと空きなんだけど……今日はちょっと遠出しようと思っています」

 

「え?どこ行くの?」

 

 雄介は空中に伸ばした左手で大きく左側(東)を指差した。

 

「向こうの東京〜神奈川の方、怪獣被害が頻発してるから瓦礫撤去とかがあんまり進んでないんだそうだ、ちょうど今日の午後1時から災害復興ボランティアの開催があるからそこに飛び入りで参加するつもり」

 

「……うん」

「それで、良ければなんだけどボランティア兼社会研修ということで、一緒に行かないか?」

 

 雄介の言葉に対して、一瞬表情をこわばらせた有彩と、その顔色の変化を感じ取った事でまだ早かったかと考えを変える雄介、しかし。

 

「私、行くよ」

 

「……わかった、じゃあ骸塚さんに車を回して貰おう」

 

 彼女の下したその決断を尊び、雄介は繋げる言葉を変えた。

 


 

「ねぇ、雄介」

「どうした?」

 

「私、やっぱり雄介のこと、好き」

 

「俺もだよ、小鳥」

 

 

 

ふわふわと 眠い

 

 

「おめでとう、これでずっと一緒だよ」

「よかったじゃん」

「ご成婚おめでとう、小鳥ちゃん」

「二人とも、お幸せにね」

 

 

浮いていて、声は遠くて

 

 

「みんな、ありがとう!」

「これからはずっと一緒にいられるよ!」

 

 

霞んでいて

 

 

これはとても、しあわせなゆめ

 

 

あぁこれを、みんなにも

いっしょにみせてあげたいな



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エピソード9 同調と協調 3

「ついたぞ、ここだ」

「うん」

 

 後方、左右を確認しつつバックギアを入れ、後ろに注意しながら慎重にバック、初めて使う車なので緊張しながらもうまく枠内に収め、安堵しながらギアをパーキングに入れてシートベルトを外し、エンジンを切って鍵を抜き取りながら有彩に降りるように促しつつ自分も車外へ出て、バタンと扉を閉める。

 

「大丈夫か?」

 

 そう声をかけながら彼女の座る左側後部座席の扉を開けて手を差し伸べる雄介。

 

「無理なら待ってるか?」

「ううん、それは嫌」

 

(流石に車の中で二、三時間は辛いだろう)

(まぁ……そうだな)

 

「暑いか?」

「大丈夫、最近はほら、ちゃんと涼しくなってきたから」

 

 雄介の手をとって車外へ降りる有彩。

 

「雄介先生、ありがとう」

「おう」

 

 しばらく歩いた二人はボランティアの皆さんと合流して手袋とペットボトルのお茶を受け取り、こまかな砂礫や建材の破片などの撤去を有彩、雄介はライセンスホルダーなので大規模なままのコンクリート塊や柱などの撤去を行うことになった。

 

「じゃあ俺は向こうでショベルカー動かす方に行くから、がんばってくれ

……あまり無理はしないようにな?」

 

「うん」

 


 

「オーライ、オーライ、オーライ!」

 

 

「はーい止まってー」

 

「シャベル下します!」

「はーい!」

 

 瓦礫撤去として行政から貸し出されたはいいものの、重機を扱える免許の持ち主は割と希少であり、宝の持ち腐れといったところだったのだが、雄介がライセンスホルダーだったことで一気に活気ついている。

 

 一方有彩も参加者のおばさま達に指南を貰いながら砂礫の撤去を行うのだが、一般用品の厚い軍手は排熱には適さず、そこだけに熱がこもっていく。

 

「あつい……」

 

流石に夏盛りほどではないにせよ、直射日光が長時間当たったコンクリートは尋常ではない高熱を帯びることになる、軍手をしていても焼けてしまいかねないほどに。

 

「はぁ……」

 

 わらわらと集まってきた有閑マダム達はどうやら自分達自身で好き好んで参加に来たわけではないようで、先ほどから有彩の周りに座って話し合うばかりで動いていない

一応数人の働きアリ達はいるが、半分近くはどうやらキリギリスな様子だ。

 

(この人達も、冬になったら死んでしまうのかしらね?)

 

 童話に準えて微笑みながら、有彩は黙々と作業を続けた。

 


 

「予定よりだいぶん早く進みました!先生のおかげです!」

「いえいえ、わざわざショベルカーを貸してくれなければこうはいきませんでしたよ

こちらこそ、ありがとうございます」

 

 大きく頭を下げた町内会長さんにこちらも会釈を返した雄介は有彩のいるであろう方角へ顔を向ける。

 

「……あれ」

 

そこに先ほどまでいたはずの数人のマダム達の塊がなくなっていた。

 

「……」

 

 連絡用のスマートフォンを見てもやはり一件の着信もない

通話を掛けてみても返信してくれない。

 

「まずいな」

(探すぞ)

 

 言葉少なくウルトラ念力を発動し、超視力と透視、念写の複合技能で場所を探る。

 

「……いた」

 

 コンクリートの破片やさまざまな色の残骸が転がる住宅街の跡地を歩いている

ここから約800メートル程度、少し遠いが追えないほどに遠いわけではないようだ。

 

 

 先ほどのマダム達と一緒だが、なぜか様子がおかしい

全員が一つの道を進んでいるにもかかわらず全く会話や交流、譲り合いなどの行いが見られず、まるで同じ方向へ進んでいるだけの他人であるかの様に無言で歩いている。

 

「これは一体……?」

(わからない、だが急ぐ必要はありそうだ)

 

 ザインのエネルギーを転用する高速疾走ではなく、通常の自動車での移動

しかし離れていても1キロ程度であるはずの彼女たちの歩みは妙に早い。

 

「本当に速度メーターあってるんだよな?」

(合っていないなら整備不良で警察行きになるぞ、なんら問題ない……いや、これは一体)

 

 割れたコンクリートの塊、それ自体は散々見てきたものだ、しかし

コンクリートの破片とは、そんな簡単にあるものではない

怪獣災害の被害ならば頷けるものではあるが、その中心地点からはむしろ遠ざかっているというのに、柱や車の残骸など転がっているはずがないのだ。

 

「ここは一体どうなっているんだ……?!」



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エピソード9 同調と協調 4

 

 幻の中で、くるりくるりと踊る

わたしだけの王子様

 

 愛していると、伝えられたから

わたしの隣にいてくれる

 

 ずっと昔から好きだった、ずっと前から恋してた、わたしだけの王子様。

 


 

 とある平日の昼日中、聴講を終えて帰宅中の男の元に、華が咲いた。

 

「大和大我様、貴方宛の招待状をお預かりしております」

「は?なんだそれ」

 

 角から現れた白衣姿の女に声をかけられる筋肉質な男、常で在れば大喜びなのだが、今回ばかりは突拍子もない事過ぎて流石に怪しまれる。

 

「闘心寺小鳥様からのご招待でございます、それではパーティ会場へお連れいたします」

「は?何言ってんだよ俺バイトあるんだって、もう行くからな」

「パーティ会場へお連れいたします」

 

 女の赤く柔らかな唇から湧くのは判で押したような同じ言葉、そして黄色い微細粉

瞬時に昏倒した男を見かけによらない剛力で抱え上げた女はそのまま男を連れて去っていった。

 

 


 

 

「気象レーダーより報告、空気中の重金属粒子量が増大しています、PM5.0の含有量注意域に入りました!」

「は?どうなってるん?最近は黄砂も落ち着いてるし台風も過ぎた後やろ?」

 

 間抜けな声を返したヒラに霧島が切り返す。

 

「わかりません、ですが事実です」

「とりあえず空気質調査は気象庁と環境省に任せとけ、何でもかんでも怪獣の仕業って事もなかろう」

 

 先の一件の責任を取らされて大分給料袋が薄くなってしまった弘原海だが、流石にここで行動を焦るような愚はしない

先手先手と空回れば待っているのは真綿の首輪だ。

 

「一応監視は厳にしておけ」

 


 

 

「佐城薊様、貴女に招待状が届いております」

「え?何?もしかしてナンパ?」

 

「それでは会場にお連れいたします」

 

 イケメンに声をかけられて反射的にナンパと出る頭の緩い女子大生

彼女が気絶したその直後だった。

 

「おい」

 

 その更に後ろから、もう一人の声。

 

「さっきから見てればお前、ウチの生徒に何してんだ」

 

「貴女は…」

「ウチの生徒に何してんだって聞いてんだ」

 

 互いに白い服を羽織る男女が対峙し

そしてお互いに視線を向けた。

 

「キモいクソ華野郎が、ウチの生徒に手なんざ出しやがって」

「排除する」

 

 拳を向け合う二人、咥えたままのタバコを地面に落として踏み潰す、その音が合図。

 

「宇宙拳法 妙妖拳型 天海葬送拳の煙王瑠璃」

 

「……排除する」

 

 左逆拳をスイングと同時にテレポート

空中上方から左ストレートを叩き込む

さらに落下しながら襟首を掴んで引き下ろし、そのまま背負い投げへ移行して腕の力と遠心力で投げ飛ばし、投げた先へテレポートして右後ろ回し蹴り。

 

「いきなりコナ掛けんのはノーマナーだ、女の扱いってもんがなってねぇ

義務教育からやり直しな」

 

 戦闘開始から撃破まで、この間わずか4秒。

 


 

 「重金属の鑑定結果が回ってきました!データを霧島さんに回します」

「僕?……わかりました

って、これ宇宙由来の金属じゃないですか?!」

 

「なに?」

 

 質量やら組成やらのデータを一瞥して悲鳴をあげる霧島に弘原海は視線を注いだ。

 

「これ、ソリチュラ化合銀ですよ

宇宙でも自然には生成されないバイオメタルです!」

「つまりなんなんだよ!」

 

「つまり、つまりですね、この地球にはいま存続の危機が迫ってるんです!

宇宙植物ソリチュラ、星と同化するほどの規模の能力を持った植物怪獣が地球に潜伏してる可能性が高いんです!」

 

 それを聞いて皆顔色を変える

船舶の一隻やオイルコンビナートを襲撃する怪獣程度なら週イチで来る世界でも、そうそう星を危機に晒すような怪獣など出てはこないものだ

 

「レーダーは?」

「エネルギー及び生命反応ありません」

 

「では衛星からの自動索敵」

「反応無しです、全く」

 

「時空変動帯の干渉」「ありません」

 

「じゃあ一体どこで何をしてるんだ!」

 

 弘原海とて翼を捥がれた鳥と、目を潰された盲人を行き来するのはごめんだ

だが、彼は追い詰められた時にこそ輝く現場指揮官。

 

「よし、そのナンタラ化合銀の多いエリアを洗うぞ、密度の高い場所が攻撃の起点になりえる筈だ、ロシア支部に“フリズスキャルヴ”使用許可を要請しろ

ローマから来た新型の動作テストも含めて機体を回すぞ、炮龍とケルベロスを爆装して暖機しておけ、アメリカ支部には軍事衛星と防衛衛星のカメラ映像も回してもらえ、もちろんリアルタイムでな」

 

 しかし、現状の逆境を顧みたヒラが弘原海に問い返した。

 

「今のタイミングで他国に頼るんですか?」

「確かに我々は先日無能を晒しているが、先方にだって貸しがある、それにな」

 

 一旦言葉を切った弘原海はヒラに強い視線を向けて言い切る。

 

「我々は仲間なんだ、いくら内ゲバがあってもスクラム組んで防衛線張ってる仲間に手を貸さないほど薄情じゃないさ」

 

 


 

「ここは一体どうなっているんだ!?」

 

「いらっしゃい、雄介(わたしの王子様)

 

 荒れた土地、ひび割れたアスファルト、転がるコンクリート、そこここに蔓延る植物の根

困惑する雄介の前に、女が現れる。

 

「小鳥……?」

 

「うん」

 

 白緑の豪奢なドレスを纏った小鳥の姿に一瞬正体を疑うが、どうやら本物で間違いないらしい。

 

「これでみんなずっと一緒だよ

みんならで幸せになれるね

誰も泣いたりしない、誰も悲しまない世界を作れるよ」

 

「は?」

 

 虚な目、突拍子もない発言

本物は本物でもどうやらまともな状態ではないらしい。

 

(ザイン!)(あぁ!)

 

 透視によって彼女を『観る』事で状況の正体を暴く、その瞬間、雄介は後悔した

これほどならば、見なければよかったと

彼女の体内には無数の植物繊維が入り込み、また彼女自身の体組織が流出し、足元の地面と一体化している

もはや半分以上植物と化した状態だ。

 

(植物と同化している……?)

「ぐ……おぉ……」

 

 あまりに衝撃的すぎる不自然な形をした生命を直視した事で吐き気を催しながらも必死に耐える雄介。

 

「雄介、ほら」

 

 ヒールを鳴らして歩み寄ってくる小鳥の笑顔は、既に人間のそれではない

雄介の手をそっと握る柔らかい手も、その内には無数の枝葉が入り込んでいる。

 

(離れろ雄介っ!)

 

 ザインの側から体を動かして飛び退った次の瞬間足元から触手の様な根が生え上がってくる。

 

(そいつはソリチュラ、宇宙植物だ

最大の特性は……現地生物と同化する融合能力だ!)

 

「ほう……それが例のウルトラマンか?

雄介の中にいる邪魔者(きせいちゅう)

消すか」

 

 

融合能力(フュージョン)

 

 

 ずるり、ぼとりと実が堕ちる

既に融合され、同化され、元がなんだったのかすらわからない植物もどき(デミプラント)

それらが形を成し、立ち上がり、吠える。

 

「ごめんね、雄介、ちょっとだけ我慢して

何、痛みは一瞬だとも、すぐに終わる

終わったら治してあげるからね

私の苗床になってもらおうじゃないか」

 

 枝垂れる枝が鞭となり、硬い樹皮が鎧となり、彼女自身の体を覆う

猟犬を伴った騎士の様に

さぁ、狩りが始まった。

 

 


 

「高エネルギー反応でました!場所はエリアS-2、種別は仮称トライです!」

「よし!すぐに急行するぞ、クルセイダーズ!徹はクルセイダーで乗機待機、竜弥はバオロンで現場へ回れ、丈治はケルベロスのオプション武装換装するまで待機、換装完了次第出撃しろ!」

 

「「「了解!!」」」

 

 銀騎士は格闘性能は高いが広範囲に攻撃できる武器は少なく、ショックウェーブや拡散設定にしたブラスターくらいのものしかない

どちらも堅牢な樹皮の装甲を持った植物の怪獣であるソリチュラへの効果は怪しい

故に、クルセイダーを直衛として爆装した重火力機体をぶつける判断だ。

 


 

 

「ソリチュラ……!」

「もう、そんな無機質な呼び方やめてよ、私は小鳥だよ?」

 

「嘘を……吐くな……ッ!」

 

「雄介、これ以上連続で変身すれば命に関わる、ここは私一人で戦うから離れるんだ!」

 

 ザインが雄介から分離し、単独で等身大サイズのまま戦闘を開始する。

 

「デァァァッ!」



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エピソード9 同調と協調 5

「……あぁ、()()()()()

 

 小鳥と同化したソリチュラはゆらりと微笑むと同時に、ただ一言を放った。

 

「雄介から離れてくれて」

(狙いは雄介の方かっ!?)

 

 一本の太さがゆうに腕一つを超えるほどの触手が次々に噴出し、ザインを素通りして背後の雄介を狙う

だが。

 

「ゼィァァッ!」

 

スペシウムソード

 

 

 光の力によって延伸されたスラッガーが刃を振るい、次々に触手を切り落としていく

切り落とされた端から再生していっているが、流石に瞬時に完全回復はできないようだ。

 

「私の相棒に手は出させん!」

 

「は?」

 

 

「そっちこそ、何言ってんの?雄介はわたしの王子様なんだけど?」

 

 剣が鈍る、いや違う

光の力が衰えたのではない、もっと単純に

触手の力が増しただけだ。

 

「死ね」

 

融合能力(フュージョン)
「ジキタリス」

 

 小鳥とソリチュラの持つ植物の組成が変化して、より毒々しい色を帯びる

見た目通りに有毒なそれはオオバコ科の植物ジキタリスの性質を宿した心臓を冒す槍。

 

「死ねぇっ!ウルトラマンッ!」

 

「デヤァァァッ!」

 

 投擲された槍、まともに回避したら背後の雄介を貫きかねないそれ

しかし、今のザインは雄介よりもたらされる地球の祝福を失いスペシウムソードも持って10秒程度の維持しかできない。

 

「くっ……!」

 

 スペシウムソードが光を失うより早く、槍を迎撃するために鋒を当てるザイン

しかし、鋭い槍は見た目以上に硬く

ザインのソードと競るほどの勢いがあった。

 

「グァァァッ!」

 

 直撃こそ免れたが右腕は完全に使用不能となり、最大の奥義であるザイナスフィアを失ったザイン、だがたとえ命を落とすその時であっても、ウルトラ戦士に絶望はない。

 

「……デァッ!」

 

ウルトラ念力

 

 万全ではない肉体、万全ではないエネルギー、万全ではない精神

それがどうした、私はウルトラマンだ、そう言い放つかの様に

現状唯一の武器を放つザイン。

 

「ふん」

 

 めきり、という音と共に

ゆらめく空間へ拳が突き刺さる、鍛えてもいない女の子の片手が空間を捻り潰し、そのまま現実へと干渉する前に塗りつぶした。

 

「さすが肉体のあるなしは違うな

雄介……待っててね」

 

 草原の全ては彼女の下に隷属し、花冠戴く女王が空間すらも支配する

今の状況で勝ち目などない

今の状況では、だが。

 

「なに?!」

 

 轟音と共に、爆発が起こった。

 

「そちらは上手く隠形していたようだが、あれだけ盛大に力を使った以上……私の方を感知するさ」

 

 ザインの一言と共に、飛翔してきたバオロンとケルベロスが爆撃を開始、周囲の土地に広がるソリチュラの根を焼いていく

ソリチュラとて植物、木石のみならず生物とでも同化する能力を備えていても、さすがに炎とは同化できない。

 

「やめろ……!やめなければこの女が死ぬぞ!」

「その状態では放っておいてもどのみち死ぬだろう?」

 

 アストラル体の憑依や肉体の物理的な操作であればなんとでもできたが、生体そのものが融合してしまっている状態ではどうしようもない

たとえソリチュラを分離しようとも5分と保たない体になってしまっているのだ。

 

「やめろぉおおおお!」

 

 


 

「日本支部へ、こちら炮龍、攻撃対象の本体を捕捉した。」

 

〈攻撃を許可します〉

 

 ソリチュラは早く処理しなければ星を取り込むほどの規模の力を有した大怪獣

早期に処理するためならば……たとえ、それが人を取り込んでいてでも。

 

騰蛇(トウダ)焼夷弾、投下

 

クソ……やってられねぇ……」

 

 もはや助けることは叶わなくても、元がなんなのかもわからなくても

それが人ならば助けたい

だが、彼の職務に甘えは許されない。

 


 

「うわぁぁっ!!」

 

 雄介の体に熱が掛かる

焼け落ちる木々、燃える黒い獣

周囲の全てを焼き払うと決めたのだろうか、ザインと対峙するソリチュラにも炎が降り掛かっていく。

 

振り返った雄介にあたる熱波は、その中心にいる小鳥とは比べ物にならない

ソリチュラと同化している彼女がそう簡単に死ぬとは思えないが、そう言った手合いを殺すことだって彼らの職掌なのだから、できないとは思えない。

 

「くそ……!」

 

 握りしめた手の中には、何もない

愚か者には何も残らない。

 


 

 

「ぎぁあああああっ!」

 

 ケルベロスのオプション武装、地獄の炎(カノ・エッド)に焼かれた根が失われ、周囲の森そのものと一体化していたソリチュラの隠蔽が解除された

消えない火が徐々に根を伝って迫ってくる中、炙り出されたソリチュラが周囲と接続している触手を自切して小鳥を取り込み、本体を顕現させる。

 

「まぁ、そう来るだろうな」

 

 ザインも巨大化してソリチュラのブロッコリーめいた頭部へと鉄拳を叩き込む。

 

「ジュェアアッ!」

「ギシャァァァッ!?」

 

 拳が突き刺さったことでソリチュラは大きく体勢を崩し、そのまま転倒

ザインはすぐさま必殺技の構えに入った

そう、怪獣と一体化した生物はもう救えない、本来ならセパレーション能力を有する外部の力を借りるのが正しい対処だが、ソリチュラの能力規模は厄災級であるため、そんな悠長な方法をとる事はできない。

 

「……」

 

力を左腕に収束させ、スラッガーへと青のスペシウムマイナスエネルギーのみを取り出す

同時に生成されるプラスエネルギーは処理できないために腕に蓄積し、スラッガーがソリチュラの体表に衝突したところで拳に集めたプラスエネルギーの光を叩きつける。

 

ザイナスフィア.extra edition

 

「グ……ジィぁぁぁぁっ!消える……私が……けて……」

 

 滅びを具現化した原始崩壊の力が、ソリチュラの体表からその奥までを爆散させた。

 


 

 随分と燃え盛っていた火はソリチュラの体表に接続していた仮足部分のみを焼き払ったようで、概ね鎮火してきていた

単独でザインが戦う姿を見ながら、雄介は走り出した

目の前の燻る炎の中へ、そして戦う二人の元へ。



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エピソード10 BURK - 沈黙 -

 

 夢が覚める、霧が晴れて、風が流れ出す

夜明けの蒼い日が差して、私の指に蝶が止まった

あぁ、また、新しい一日が始まる

永遠だったはずの幸せが溶けて、秘匿のベールが破られたから、敗者は過去へと去っていく。

 

 

「ソリチュラ……わたしたち……負けちゃった……ね」

 

 ずるり、ずるり、体が崩れ始める

植物で作られたドレスが腐り果ててちぎれ、すぐに土へと還っていく

私の体は半分以上彼女のそれとなっていて、彼女が死に始めてしまったから

常に頭上に吊られ続けた、ダモクレスの剣が落ちてしまったから。

 

「ごめんね、雄介、助けてあげられなくて」

 

 体にヒビが走って、指先から感覚がなくなっていく

赤い視界は燃えていて、煽りを受けているはずなのに寒くて、私の体はもう、震える力も残っていない。

 

 指に止まった蝶が飛びさり、私の左手が落ちる

もう痛みも感じないくらい

黒く煤けたその手には、もう白い手袋(約束の証)はなかった。

 


 

 

 あれから数日、なんともひどい目にあったがなんとかソリチュラに囚われていた人たちは救助され、平穏な日常が戻ってはきていた

ソリチュラの方も直接本体に人間を同化するのではなく、触手に接続してゆっくりと同化するつもりだったらしく、ソリチュラが短時間で死んだのもあって同化そのものの影響は殆ど無いと言っても良かった。

 

「…………」

 

 雄介と小鳥の二人を除いては。

 

 小鳥はソリチュラと半分ほど肉体そのものが融合している状態、生体同化状態にまで同化が進行していたため、ソリチュラの爆散に巻き込まれてしまい、連鎖崩壊による死亡こそ免れたものの昏睡、植物状態に陥っている。

 

「これでもまだマシな方、というのが救いないな……」

 

 まさか出先でこんな目に遭うとは誰も思ってもいなかったが、大怪獣級との戦闘にしては被害は少なく済んだというところだろう、だが。

 

「……割り切れるかよ」

 

 連続変身を繰り返した影響は厳しく、既に雄介の肉体が持たない時が来ているとはいえ、自分さえもう少し頑張れば小鳥を救えたかもしれないというのも事実、そんな事を雄介にたやすく割り切れるほどの精神的な強さはなかった。

 

(雄介、無理に割り切れとは言わないが、覚悟しなければならない

我々とて神ではないんだ、まったく犠牲を出さずに勝つことはできない)

「分かってるさ……そんなこと」

 

 血を垂れ流すように痛む全身を恨みながら、雄介は眠り続ける小鳥を想う。

 


 

「……被害を報告しろ」

「はい」

 

 駒門のまとめた報告書がBURK日本支部長、朽木竜胆(クチキ・リンドウ)の手に収まる。

 

「宇宙植物ソリチュラの出現・地球落着時期は測定できませんでしたが、今回出現した個体のエネルギー波長と過去のガイズが遭遇した個体のデータに類似する点がないことからおそらく過去100年以上前に落着していた、あるいは現防衛能力を超えた技術を持つ宇宙人によって持ち込まれたと推測されます、

被害についてですが、人的被害が重症2名、死者0名、軽傷・現場遭遇42名となっております、このうち軽傷のものは既に記憶埋没処理もしくは規約に基づく補償及び誓約の締結後に解放しています、重症の方は後に記載しておりますが、打撲傷や骨折・火傷等の治療中1名、同化に巻き込まれたと思しき未知の生体損傷が1名となります、こちらも基地付属病院のICUに収容しており現在集中治療中です、土地資源損傷等の被害についてはS-7地区及びS-12地区に大規模な地下空洞が発生、おそらくソリチュラの根による侵食活動が原因と思われます

また地下水脈の流量が大きく増加しており、これは地下根の吸水が停止したことが原因と断定されました

この環境変動に伴って地質が多少変化しており、今後の土壌質変化を随時監視するとの報告があがっています」

 

「…………」

 

 ペラペラと15頁にも及ぶ資料をめくってため息をつく支部長、それを流し見しながら駒門は状況の報告を続ける。

 

「環境変動への対応は関係各所と協議中ですが、概ねいつも通り人工土による土壌補填と改質コンクリートによる表面舗装で道路を復旧しつつ空き空間はシェルターやビル地下へと転用する方針です

その件についてのコストはいつも通り環境省と国土交通省から出すことになるとの事ですが、いかが致しますか?」

 

「……その点についてはいつも通りの対処で良かろう、問題はこの一点だ」

 

 ペシペシと4頁めの一条を指で叩く支部長の子供っぽい仕草に若干呆れつつも駒門はその辺りに書かれた内容に目をやる、そこには。

 

「重症者、ですか」

「ここ2ヶ月は出ていなかったものだ、こりゃあ国からまたせっつかれるぞ、防衛省(ウエ)とかから特にな

隙あらば予算がどうこうと聞こえよがしに愚痴を漏らす輩だ、こいつは長いコトになる」

 

 デスクには既に山と積まれた書類の塊が出来ているが、それに輪をかけて忙しくなる可能性があると呟きつつ手元の書類に次々に目を通し始める

これから忙しくなる前に庶務が積み上げる書類達を一掃するつもりなのだ。

 

「環境変動にも面倒なことを言われそうだな、しかも出てきたのがソリチュラだろう?これさ、農林水産省にも植物ならウチの管轄とか言われかねないよ、BURKはあくまで防衛省管轄なんだから林業の営業許可なんてないしな」

 

「……はぁ」

「まぁ……うん、現場はよくやったよ

レーダーにも掛からんような敵相手に基地から戦うのは並大抵じゃ出来ん

俺じゃ良くて現場特攻だからな」

 

「特……!?」

「あぁ、今じゃ禁句なんだっけ?

昔はよくやってたんだ、取り敢えず人突っ込ませて『強行威力偵察』ってな……実際たしかに有効ではあるんだが、それで殉職が出過ぎてなぁ、今じゃ明示的に禁止されてる作戦でもあるってんだ

俺も何度もやったし、その度に一緒にメシ食った連中は減ったよ」

 

 竜胆支部長は軽く片手を振って駒門を制しながら目線を戻した。

 

「それは……心中お察しします」

「いま良いよそんな事

それより今の事にどう対処するかだ、わざわざ災害(ディザスター)級の兵器まで使った以上はそれなりの説明責任ってものがある」

 

 そう、支部長クラスからの許可が必要になるディザスター級は使用する自体が危険な兵器、最悪の場合自らの首を絞めかねない

必然的にその使用そのものも甚大な負担となる。

 

「最悪切れるカードなら良かったが、ローマからの借り物でもあるからな、それに今回はデカい損失がある、上には俺から被害は最小限に抑えたって事で説明するが、やっぱ予算がどうこうは避けられないと考えてくれ」

 

 重い雰囲気はどこまで行っても変わらなかった。



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エピソード11 変わり始める世界 1

「あーあ、ことりちゃん惜しかったのにー……嫉妬(グリーンアイズ)の怪獣の中でも相当の大当たりだったのになぁ

ゆーくんじゃなくてウルトラマンの方を狙えば良かったんだけど……ねぇ」

 

 ばきり、残った根の一本を割って咥えて、彼女は笑った。

 

「残念だけど、ここで脱落ね」

 

 空いた窓から風が吹き込み、カーテンが揺れる

風に煽られたコントローラーが床に落ちて、騒々しい音を立てる

そう、そこは小鳥の家の中。

 

「また次を探さなきゃ」

 

 心に傷を持つものを探して、女は窓から身を投げた。

 


 

「……はぁ……」

「どうかした?雄介最近元気ないけど」

 

 大学の構内で、やけに重いため息をつく雄介と、それを心配してか、後ろから声をかけてきた明

今は材料工学の講義前の準備時間、いつも教授が少し遅れることで有名な講義であるため、もう少しだけ時間に余裕がある。

 

「あぁ、明か」

 

 あれから1週間が経過した、雄介の体表に残った怪我は最新医療の賜物によってすぐになくなったものの、小鳥は未だに附属病院の治療病棟の中

雄介自身の退院後も毎日通ってはいるが、その状態が更新されたことはない。

 

「小鳥が前の怪獣被害に巻き込まれたことは知ってるか?」

「え?あぁテレビでやってたね、あの戦いから2ヶ月ぶりだっけ?重傷者出したんだよね」

 

 オーシャン所属の明も日本支部の騒ぎについては知っているが、立場上部外者の雄介に内部機密に当たるその話を詳しく語ることはできないため、あくまで噂語りに済ませるように話す。

 

「……小鳥がその重傷ってことね、そりゃ元気出ないよね」

「正確には小鳥と……俺も重傷判定だそうだ、俺は骨折と火傷で済んだが小鳥はよくわからない、未だにBURKの病棟から出ていないらしい」

 

 ソリチュラとの同化による生体組織の脱落と欠損、全身がスカスカのスポンジも同然になるような未知の損傷、どう治療するのが正しいというのかも定かではないものだ、とりあえず生命維持装置で心臓や脳を保護しつつ本人の生命力に期待する他にないというが現状であろう。

 

「待つことしかできないというのは……苦痛だ」

 


 

「先生、大丈夫かな」

 

 私が救助された時、先生はヤケドしていた

私を抱える左腕、黒く煤けた顔とは対照的に左手が真っ白になっていて、それでも先生は一度も『痛い』とは言わなかった。

 

「Ⅲ度熱傷、深部へのダメージ、表面の白化と蛋白質の熱変性……これか」

 

 お父様の書斎にあった医学関係の本、その中の火傷に関するページを漁って見つけた該当する症状、明らかに深刻なこれを見つめる。

 

「火災などによる発生の場合、煙を吸って呼吸器・気道へのダメージがある可能性もある……」

 

 指で文章をなぞりながら読むそれは、果てしない恐怖を振り起こす

先生の腕はもう、治らないかもしれないという恐怖を。

 

「重症の場合、皮膚の再生は望めない可能性が高い…こんな……こんな事になるなら……!」

 

 暗い寝室に、啜り泣きが響いた。

 


 

 一方その頃、ロシア支部の担当する北極海周辺エリアでは、異常な振動波が検知されていた。

 

「これは……一体……」

「わかりません、至高の玉座(フリズスキャルヴ)にも該当地点の異常は観測できませんでした、

通常レーダーもエネルギー反応含めた全てで規定値以内です」

 

「最近日本では怪獣がまた目覚めていると言います、我が国にも現れるかもしれません

我が国の国土面積は日本と比べるべくもないほど広いのですから、日本の何倍にも警戒しなくてはならない」

 

ロシア支部も最近フリズスキャルヴの使用権を日本に求められたばかり、ソリチュラ事件直後ということもあってBURKの全支部は殺気立っていた

それ故に、気づいた。

 

 

「時空変動確認!これは空間転移です!」

「こちらも予兆確認しました、予測座標はAT-17地区中心から半径75キロメートル、メインモニターに予測円を展開します!」

 

「周囲の避難指示を急いで、住宅街が入ってる、今ごろには人も多いはず、転移出現予測時刻は!?」

「波長揺れからすると……もう15秒とありません!」

「BURKクルセイダー各機、対夜間戦闘装備への換装は終えていて!?」

 

「もちろんです!ただ外気温低下のためビーム攻撃時には十分なプレドライブによる暖気が必要です」

「聞こえたわね、各パイロット出撃なさい!

それとユーリャさん、各支部長に報告して、最優先は日本よ」

 

 ちょうどこの時、空間転移が完遂され、浅異空間から巨大な飛行物体がワープアウトした。

 

「あれは……!?」

「出現座標はAT-24地区、予測中心地点より南東40キロ、誤差範囲内ですがズレ大きい、クルセイダー各機の飛行ルートの再設定を行います!」

「データ照合中……出ました、バルタン星人の円盤です!」

 

 空間転移を完了して、縮小化を解除したバルタンの円盤が意味ありげに回転しながら上空から降りてくる。

 

「あぁ……」

 

 あれははるか80年前、バルタン星人が最後に姿を現した時

その時から、人類は待っていた

奴等が再び現れる日を

今度こそ、確実に、人類の力で奴等を凌駕するために。

 

「ようやくか」

 

 

 

「BURKロシア支部対怪獣対策室長ナターシャ・セルゲーノヴナの権限に於いて第Ⅲ分類(アステロイドバスター)級以下全兵装の使用を許可する、各科戦闘員は演習に基づく配置で総員出撃、直ちに立体陣形を組みなさい、第三種戦闘体制発令、非戦闘員は所定ブロックへ退避、広報課は避難指示の放送を継続して、輸送科に緊急通信を打ちなさい『直ちに陸戦大隊の輸送車輛の用意を完了させよ』よ、空戦部隊と連携する陸上部隊を現場へ展開するわ」

 

「はい!」「はい!シークレットラインレベル4までを解放します、市民の避難を急いでください」「車輛科長に通信入れました!」

「通信です!海軍南部方面軍旗艦モスクワより入電あり、内容は『我ガ隊、演習ヲ中断セリ、直チニ転進スル』!」

 

 海底に目覚めしクトゥルフを放逐してからの2ヶ月間、全く現れなかった宇宙からの侵略者

BURK本来の敵に対して、歯車が回り始めた。




よりにもよって割り当てられた支部がロシアなのヤバい、あんまり有能にしたくないけど
無能では防衛できない……


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エピソード11 変わり始める世界 2

 

 ロシア支部で戦端が開かれようとする、まさにその時、雄介は講義を受けていた。

 

「……えー……以下のことから、空力ブレーキおよび揚力確保のために翼の一部を展延し、安全に減速して着陸するわけです。

このために翼の面積はある程度変化しますが、確保するべき強度は面積的な最大値、すなわち着地直後の状態に耐えうる強度であり、また対衝撃性と耐熱性を兼ね備えなくてはなりません、比較的強度の低い純鉄製のシリンジなどでは捥げてしまうというわけです

……よろしいか?雄介君」

 

「はい」

 

 教授が突然生徒を名指ししてくるのはいつものことだが、今日は訳が違った

 

「では、熱膨張の観点から航空機の翼部にふさわしい材質は以下の内何か?」

 

 突然提示された5つの選択肢の中で、雄介は2番目のそれに着目して答えた。

 

「超ジュラルミン合金がふさわしいと思います、熱膨張の小ささではタングステン材に劣りますが難削材であるタングステンより加工性は高く、コスト面でも優秀で、かつ軽量であることと高硬度のステンレス材以上の強度があるため、前提として航空機に主材料として用いる事とするのならこれが最も良いと思います」

 

「まぁ、正解と言うことにしましょう、あくまで熱膨張の観点から答えてほしかったですが」

 

「……すいません」

 

 平和な講義のその裏で、大山は鳴動し海は時化、野原の悉くを焼く戦いが始まった。

 


 

 

「……第一陣、照明弾投下!

戦車部隊は特殊徹甲弾照準合わせ、のち一斉射!」

 

 爆圧が空気を震わせ、地磁気すら揺るがす砲撃が放たれ、バルタン星人の円盤へ。

 

「……無傷ですか」

 

 想定内とはいえ当たれば鋼鉄、いやエネルギーバリアさえ突破するという特殊徹甲弾を浴びるほど受けてなお健在とは涙が出てくる

苦労して開発した必殺の砲撃が足止めにもならないこの気持ちは戦車部隊によく伝わっているだろう。

 

「ハイパー級へランクを上げます」

 

 だがまぁこの程度は想定内だ

そもそも『当たった対象の時間を止める攻撃』などという一般相対性理論、熱力学、量子力学その他諸々に喧嘩を売るものを身体機能として繰り出してくる連中なのだ、アインシュタインとニュートンは泣いていい

ただもし良ければ私も泣かせて欲しい。

 

「ハウリングカノンを使って!」

 

《了解!》

 

 超兵器(ハイパー)級 狂鳴砲(ハウリングカノン) 波と粒子の二重性によってあらゆる物質が必ず持つ固有周波数の振動をぶつけることで発生する共振現象(ハウリング)を利用した自己崩壊誘発レーザー、元はなんと治療用に開発されたという技術ではあるが、軍事的に転用されてしまったと思いきや正しく地球に襲い来る病原菌を討つのだから数奇なものだ。

 

「さぁ、どうでますか?」

 

 これを塞がれたら流石にアステロイドバスターを使わざるを得ない

固唾を飲んで見守る者たちの前で滅びの光を正面から受けた円盤は……

破壊されなかった。

 

「…………」

 

 だが、反応はあった

流石にこの攻撃は脅威と認めたのか、怪獣を射出したのだ

高度800メートルから落下してくるそれは、とても見覚えのある、始まりの怪獣。

 

恐竜戦車(ディノザウリア)

そう名付けられた怪獣だった。

 

 


 

 

(雄介、なにか奇妙な感覚がする

磁場の流れが乱れているようだ)

(……それ、どうなんだ?何が影響があるのか?)

 

(何があるかはまだわからない、なんらかの影響を受けて磁場が乱れることも有れば、逆に磁場の乱れ自体が自然発生してからそれに影響を受けるものもある

だが少し妙だ、震度で言えば0と判定されるだろうが、先ほどから微弱な振動を感じる)

 

 雄介の脳内で意思が交わされ

お互いの思考はそれぞれ別の思惑へ至る。

 

(感知できない程遠い別の場所で戦っているかもしれない)(地震か何かか?)

 

 この星は銀河でも珍しいほどにプレート運動が盛んであり、地震も多い

だからこそ、雄介はそれに慣れていたがために地震を先に考え、ザインは遥か遠くで戦っている可能性を考えた。

 

(雄介はこのまま講義を受けておいてくれ、私は少し情報を探る)

 

 ザインからの念話が途絶える、それと同時に鍵のペンダントが僅かに光り、消えた。

 

「雄介君、いいですか?」

「はい、揚力を得るために翼の付け根部分に2.5度の捻りを加えつつ全体のシルエットを保つ形に削る、ですよね」

 

「……その通りです」

 


 

「シルバーシャーク砲は円盤を照準しつつ待機、先に恐竜戦車を叩きますよ、前線の戦車部隊および歩兵部隊は連携しつつ退避して、爆撃機隊攻撃用意!」

 

 私の命令と同時にCICを担当していたオペレーターから通信の報告が来る。

 

「室長、支部長からディザスター及びエクスカリバー級の使用許可が降りました!」

「……ユーリャもまだまだですね、今はまだ機ではない」

 

 おおかた恐竜戦車を見て焦ったのでしょう、などと当たりをつけながら微笑んだ。

 

「陸戦部隊の退避完了!」「機械化歩兵部隊も全隊退避完了報告が来ました!」

 

「ならば爆撃を開始しなさい、あの腐れたスシ戦車に動く間を与えるな!」

 

《了解っ!》

 

 一声と共に、一斉攻撃が幕を開けた。

 

〈ケルヌンノスを使用します!〉

「射撃管制システム偽神(ヤルダバオト)起動、デミウルゴスレンズ反応良好、狙撃ポイントはS(シュガー)とします」

 

「人工衛星よりリフレクターフィン展開!シルバーシャーク砲とリンクしました!」

 

「円盤を撃ちなさい、装甲を突破できなくても構わないわ、圧力をかけるの

雷帝(イヴァン)は?」

「ポイントSより応答なし、中継機がやられました!」

「すぐに接続を変えなさい、ただし近場は避けて、味方に当たります」

 

「ポイントZ(ゼブラ)へ接続変更、エネルギー再蓄積開始、所要時間は58秒です!」

「宜しい、その間は爆撃を維持させます

各隊に通達、アステロイドバスター級雷帝(イヴァン)発動まで残り55秒、敵を釘付けにしなさい!」

 

 恐竜戦車は戦闘機隊(ストライダー)が撹乱し、風龍(ファンロン)が爆撃を繰り出す

残弾数や周囲への被害を一切考えない全力の飽和攻撃(サチュレーションアタック)を受けてうずくまる恐竜戦車、しかし。

 

「やはりこちらも硬い」

 

 過去にカイナと戦闘した同型は旧式機とでも言うつもりなのか、尋常ならざる強度を見せつける。

 

〈こちらエアリー2、弾切れだ〉

「ドラゴン隊、エアリー隊と交代してください……シルバーシャーク砲発射!」

 

 基地のメインモニターに表示される戦況はフリズスキャルヴからもたらされる統合情報を元に次々に変化していく、その中でも味方の損耗は一際目まぐるしい

表示される機体数にこそ変化はないが、残弾数や周囲への被害を表す数値は凄まじい勢いで減っていく。

 

〈ベルクシュナイダー投下!〉

 

 エアリー隊の風龍に搭載されていた照明弾の代わりにドラゴン隊の風龍に搭載された物理弾、ドイツで作られた特殊武装である鋭利な形状の金属板が投下され、恐竜戦車の装甲を突き破った。

 

「よし!」

「仕事に集中なさい」

 

 血飛沫を噴き上げて悲鳴をあげる恐竜戦車を尻目に快哉を叫ぶオペレーターに檄を飛ばしつつ、円盤の動向を注視する

いまだに破壊できないこれが動けば、全てが変わる可能性を残しているのだから。

 

「発動までのカウント!」「残り20秒!」




おまけ 機体群

BURKストライダー
高機動戦向けの戦闘機、局地戦用にカスタムされた機体
セイバーの1世代前の汎用戦闘機
装備には規格化が施されており、旧式から最新式まであらゆる装備を使用可能

BURK風龍(ファンロン)
重装爆撃機 爆龍の1世代前の機体
爆撃機としての基礎的な性能は高いがストライダー同様にスピード型であり、搭載可能な弾数にはやや不安が残る

BURKクルセイダー
最新式の戦闘機 上昇・旋回などの格闘性能の高い機体である反面、速度ではストライダーに劣る
爆装はないがハードポイントにミサイルや爆弾を搭載可能


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エピソード11 変わり始める世界 3

(原始人どもめ、愚かな真似を……!)

(良いさ、話の通じるような賢さは期待していない、せいぜい足掻かせようじゃないか)

 

 思念を交わすバルタン星人たち

もっぱらの議題はこの文明的に未熟な未開惑星の原住民から攻撃を受けているという事実に関する話だ。

 

(まぁ恐竜戦車の一台如き捨てたところで大した損害でもあるまい?

我々の占領計画には何の影響もない)

 

(元々バリア突破に使い捨てるつもりだったのだから在庫処分にはよかろう

せいぜい我々の身代わりになるがいい)

(バリアに傷を入れたのは誰か知らんが良くやってくれた物だ、アレほどの強度のバリアにまで傷を作るとは)

 

 円盤の住民達から見捨てられたなどとは微塵も考えていない哀れな戦車が戦場を駆ける。

 


 

「戦車隊は砲撃を続けろ、包囲殲滅に於いて我らの前に敵はない!」

 

 日本から譲り受けたBURK十八式戦車を駆る戦車隊が砲撃を中断、弾を入れ替える

徹甲弾による貫徹を諦め、チタン芯弾による焼灼を狙うつもりだ。

 

「戦闘機隊は一時退却、射線を開けなさい!」

 

 イヴァン発射のカウントを聞きながら、空戦部隊を退かせて道を作る

いかに超電導領域による道を作っても大電流は空気の壁を貫いてしまう以上、万が一の事故は避けねばならないからだ。

 

「カウント5.4.3.2.1」

 

「総員衝撃に備えろッ!

雷帝(イヴァン)、発射ッ!」

 

 基地から遥か17km、地下ケーブルを通ったその先に、それはあった

いかにもな古典的発電所にある鉄塔として偽装された砲身が輝き、超伝導領域が形成され、1.7テラワットの電流が放射される

大気という分厚い絶縁防壁を紙切れよりも容易く貫き、空間に走る雷光は秒速100kmを超え、発射と同時に着弾した。

 

ズガァァァン

 

 爆発じみた音を連れて訪れた閃光、そして雷光の残滓が風に払われる

一撃の元に吹き飛ばされた円盤のバリアが剥がれ、その防御を失ったバルタン星人たちは即座に撤退していく、無論それを許す無能ばかりではない。

 

「撃ち落とせ!シルバーシャーク!」

「発射!」

 

〈ベルクシュナイダー投下ッ!〉

「ローマ支部より超長距離弾道狙撃砲(ヘファイストス)着弾っ!」

 

「日本支部より高度1万メートル天球周囲5万キロに銀嶺庭園(エネルギー減衰領域)展開完了とのことです!」

 

「これで逃しはしないと言うことですね……続けて撃ち込みなさい、今が好機です!」

 

 溶鉄の弾丸による地平の彼方からの狙撃、鍛治の神の名を冠した一撃が円盤の一部を貫き、その姿勢を大きく崩した

スピードを保てなくなった円盤の逃げる先には同じく彼方から展開された半球型のバリア、一定以上の運動エネルギーを持つ物を停滞させるエネルギー減衰領域がその脚を絡め取った。

 


 

 

(何だこれは!どうなっている!)

(被害を報告しろ!)

(コンディションイエロー、装甲を貫通された以上長距離テレポートは危険だ、耐次元シェルが使えない)

(運動エネルギーが低下している、おそらく300年ほど前に流行ったエントロピー増大エリアだ、既に通常動力の限界まで使っているが十分に加速できていない、このままではバリア突破どころか大気圏すら突破できん)

 

(ええい猿どもめ!やってくれる!)

(討って出る、私は帰らんと思え)

 

 座っていた一体のバルタン星人が立ち上がり、そのまま円盤を出る

そして。

 

バトルナイザー モンスロード

 

 

 


 

 突然の光と共に出現した怪獣に騒然とするCIC。

 

「新たな怪獣出現!タイプアンノウン……いえ虫型(バグズ)!これはサタンビートルです!」

 

 巨大な角を生やしたカブトムシに近い形状の怪獣、サタンビートル

昆虫型(バグズタイプ)の中でも高いパワーを有するハイクラス種族のなかの一つ

その姿を見て、即座に決断した。

 

「……仕方ありません、エクスカリバー・サジタリウスを使用します、承認を」

 

 己の握る最終兵器(エクスカリバー)の使用を

確実に円盤を潰さねばこちらがやられると確信しのだ。

 

〈はい〉

 

 通信と同時に返事が届く

サブスクリーンに映された支部長が、自分の首から提げた剣型のペンダントを引き抜き、机に置かれたコンソールへと突き立てた。

 

〈ゾディアックウェポン・サジタリウス、起動〉

 

 彼女の高い声と共に、黄道の第九宮、人馬宮(サジタリウス)を司る最終兵器(エクスカリバー)

11機のゾディアックウェポンの9番目、規格外口径電磁加速砲(レールライフル)、英雄の剣クラデネットが円盤に向けて放たれた。




おまけ 兵器群

ディザスター級 銀嶺庭園
一定以上の運動エネルギーを持つ物体のエントロピーを増大させる事で運動速度を低下させる領域
あらゆる動く物(流水)動かぬ姿(枯山水)へと凍て付かせる
故に、銀嶺庭園

ディザスター級 ヘファイストス
超長距離弾道狙撃砲、溶鉄の弾丸を射出する超高出力の狙撃銃
地平の彼方より噴火の如く、鉄の弾丸が飛来する
故に、鍛治と火山の神(ヘファイストス)


ハイパー級 ベルクシュナイダー
ストライダー等戦闘機に搭載された『金属薄片』
マッハ3で飛来するそれは刀よりも鋭く薙ぎ断つ刃
故に、破山刃(ベルクシュナイダー)


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エピソード11 変わり始める世界 4

「何っ!?」

 

 咄嗟に円盤の上から跳び退いて分身、多数の影を散開させて狙いを散らしつつ被害を確認する

円盤を狙われた、それも運動エネルギー減衰の効かないビーム兵器で

300年前によく流行った戦法を完璧に使いこなしている。

 

「原始人どもも少しは勉強しているようだ……な……っ!?」

 

円盤の被害を確認しようとして、己の複眼を疑うバルタン星人

そこには何も無かった

そう、跡形もなく消し飛ばされたのだ

バンタンの技術を結集した最新の円盤、とまでは言えずとも築30年ほどの新型機であるあの円盤を。

 

「バカな……」

 

 バンタン星人エヴェト、帰還手段を喪失してしまった哀れな漂着者になることが確定した愚か者の名である。

 

 


 

「円盤は完全に消滅しました!」

「よろしいわ、皆注意しなさい、油断した時こそ命取りになる、隊列を変更、サタンビートルには戦闘機隊、恐竜戦車には爆撃機隊を当てて、戦車隊は各隊ごとに援護に当たりなさい、くれぐれも残弾数と彼我の距離には気をつけて、怪獣同士に連携を許さぬよう、バルタン星人の残存個体は居る?」

 

「……1体確認しました!回収しますか?」

「いいえ、相手は侵略行動を仕掛けてきた以上、絶対的な敵と考えるべき存在です

容赦せずに殺しなさい、ただし必要以上に嬲るな」

 

 虫の手合いはとにかく増える

単なる残像や幻影ならまだマシで、物理的に分身したりテレポート装置を持ち込んだり、その場で増殖したりと縦横無尽なのだ

だからこそ、早くトドメを刺す

絶対的に敵なのは確定している以上、不殺を心がける必要などないのだから。

 

「風龍隊は神虎ミサイルの、ストライダー隊はベルクシュナイダーの残数を報告なさい」

 

〈残数ゼロです〉〈残り2投分程度〉〈1発残っております〉〈残数ゼロです〉

 

「流石に少ないか、なら他から補えばよい……そろそろくるかしら?」

「はい、もう5分ほどかと」

 

「……戦車隊には持ち堪えてもらいますか」

 

 


 

 一方、恐竜洗車の方へ割り振られた戦車隊の現場指揮官イヴァンナは恐竜戦車のその悍ましい形状もさることながら圧倒的なフィジカルに舌を巻いていた

そもそもこいつがモスクワ川の向こうに投下されてから戦端が開かれたと言うのに、未だにこのラーメンカレーじみた均整の無いキメラサイボーグは沈んでいないのだ。

 

「怯むな!我々が沈めば国が滅ぶぞ!」

「隊長、お供いたします」

「いらん、退却しろ!ガンダ、お前も降りろ、俺だけで十分だ」「はい、いいえ隊長、至近距離砲撃のためには砲手も必要です」

 

 通信で流れてくる煩わしい声

市街地の方で隊長自ら陣頭指揮を取り陣形を形作る対サタンビートル部隊は、奴のミサイルと毒ガスに苦戦している。

 

「仕方ない……軍法会議が怖くない馬鹿だけついて来い!突貫する!」

「隊長に続けっ!奴の毒ガスを止めるんだっ!」

 

 

 

「どうだ、俺たちの棺桶は立派だろう?お前も一緒に連れて行ってやるっ!」

 

 

 

 サタンビートルの方へ向かった戦車隊の総隊長ニコライ・タイラ・カザロフは奴の吐き出す毒ガスを止めるために突撃戦法を敢行し、その角と引き換えに殉職した。

 


 

「イヴァンナ!隊長が!」

「……くっ……!」

 

 後ろから届く操舵手ミーシャの悲鳴、

途切れた通信、遠くから聞こえた爆発音

もう何が起こったかは明らかだった。

 

「タイラが殉職した以上、私が最高階級だ、指揮権は私が引き継ぐ!」

 

 凍水の仮面を被って、非情な女を演じる

いつもの事だ、その筈だった。

 

〈イヴァンナ隊長、報告です!ニコライ隊長以下3名が殉職!〉

「総員後退!陣形を維持しなさい!」

 

〈イヴァンナ隊長に報告!10番機残弾数僅か!〉

〈隊長!サタンビートルのミサイル止まりません!〉

 

「くっ……!第7小隊は退却、速やかに補給、第15小隊と交代して、ミサイルは根性で回避するか……腹部の突起を破壊しなさい、おそらくそれが一番です!」

 

〈こちら戦闘機隊よりエアリー5、イヴァンナ副長応答してくれ!〉

〈隊長!3番機インシデント発生!機体放棄します!〉

〈21番機です、申しッーー〉

〈敵、突撃姿勢に入りました!〉

 

 圧倒的情報量

指揮官としての訓練こそ受けていたが、 50機もの戦車隊全てを統括するほどの管制能力は彼女にはまだ備わっていない

前隊長が作戦行動中死亡(KIA)となり、指揮権が彼女に移った事で報告が集中し、そのために一手、反応が遅れた。

 

「ひぃっ……っ!」

 

 最初からここまでひたすらに耐え凌いでいただけだった恐竜戦車の無限軌道が急激に回り

姿勢を落とした恐竜戦車が突撃してくる

体長50メートルの怪獣が、それも自らがよく知る戦車の体格(シルエット)を持つそれが

時速100キロ近い速度で突撃してきたのだ。

 

 時速100キロの自動車に衝突すると人間は砕ける、轢かれるとか吹き飛ぶとかの次元ではなく、砕けるのだ

若くして軍に勤める彼女は知っている、その遺体の凄惨さを

故に竦んだ、それだけのこと

たったそれだけが、彼女の死因となった。

 

「きゃぁぁぁっ!」

 

 

「デヤァァッ!」

 

 仮にも大河であるモスクワ川を飛沫を上げて走り抜け、縦横無尽に暴れ回る恐竜戦車に、飛び蹴りが叩きつけられた。

 

 

 

「あれは……ウルトラマン……」

 

 それは、誰の声だったのかもわからない

ただ一つ頷いた彼は、拳を握って恐竜戦車を迎え撃つ。

 


 

(状況は把握した、だが2体1……いや、向こうは足止めが効いている、私が相手をするのはこいつだけでいい)

 

 直前まで陣を敷いていた戦車隊は砲撃を浴びせながらもついに河を越えて来た恐竜戦車の前に敗走を余儀なくされている

だが足元に人がいるのは危険だ

その点で言えば退却してくれた方が助かる。

 

「デヤァァッ!」

 

 銀鉄の拳がひらめき、恐竜戦車の顔面に炸裂した。

 

 


 

「まさかウルトラマンまで来るとは思っていなかったわね……まぁ良い

戦車隊はサタンビートルに注力、戦闘不能機体は撤退なさい、自力で退がれないなら機体を捨てても構いません

まずは生き残りなさい!」

 

 室長の命令に従い撤退を始める僚機に引き連れられる形で退がるイヴァンナ機

彼女の瞳には涙と、そして色濃い恐怖が残っていた。

 

「戦車隊の指揮権はデュバルが引き継ぎ、部隊の臨時再編のため基地側より時間稼ぎを行います」

 

 

 円盤の迎撃のために膨大な量の上級兵装を使ったため、怪獣二体に対しては決定力が足りず、爆弾や照明弾による牽制・目眩しで時間を稼ぐ現場部隊達

そこに、通信で声が届いた。

 

〈総員後退なさい、彼らが来るわ〉

 

 その瞬間、戦場は沸いた

歓声に、勝利の確信に。

 

特殊兵器(エクスカリバー) 走れ、我らが友の為に(メロス)
 到着



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エピソード11 変わり始める世界 5

「最精鋭部隊、BURKアメリカ・チームスティンガー

及びBURKジャパン・チームクルセイダーズ、現着した」

 

 超大型超音速輸送機、走れ、我らが友の為に(メロス)

BURKアメリカ所有の特殊兵器(エクスカリバー)、最高速度マッハ8、輸送規模は中隊(16人)

軽量戦闘機に限れば……満載8機(二個小隊)搭載可能。

 

「行くでぇっ!」「Igoooooo!」

「出撃する」

「HAHAHAHAHA!Ican fry!」

「もう大丈夫だ、救援に来た」

「oh……crazy……」

一緒に行こう(Let's go together)兄弟(My brother)

Doyou speak English?(えっ?お前英語できんの?)なら英語でいいか?」

 

「できれば日本語で……行くぞっ!」

 


 

 次々に輸送機から投下される銀色の機体、8機すべてがBURK最新鋭戦闘機、クルセイダーだ。

 

「出来る限り速やかに退却を終えなさい、立つ鳥跡を濁さず、彼らの為に道を開けるの」

 

室長の言葉のとおりにできる限りの速度で退却していく各部隊

戦死者の遺品回収すら後回しだ。

 

〈こちらチームスティンガー目標を確認した、サタンビートルを目標A(アルファ)とし、そちらに戦力を集中する!〉

〈クルセイダーズ了解、こちらはウルトラマンと連携して恐竜戦車を叩く!〉

 

 国際混成の舞台は作戦中に限り言語を英語に統一するため、ここからの会話は全て英語で行われているが、彼らの意思疎通に澱みはない

高速戦闘機に乗る以上は僅かなタイムラグが致命的になるため、英語力も鍛えているのだ。

 

「さぁ行こうぜウルトラマン!久方ぶりの共同作戦だ!」

「そっちは頼んだぞ兄弟ッ!」

 

「ディアッ!」

 

 日米共同編成の2個小隊が翼を広げ、片方は虫へ、もう片方は恐竜へ

今の地球の覇者(ニンゲン)の力を思い知らせる。

 


 

(彼らはBURKの部隊か……仕事熱心で頼りになることだ)

 

 呼吸を一つ挟んで再びは恐竜戦車へと向き直ったザインは、ウルトラ念力でそれを締め上げに掛かる

無論逃げようと身を捩りながら軌道を動かす恐竜戦車へとミサイルが16発同時直撃し、流石に衝撃が強すぎたのか大きくのけぞる。

 

 同化している変身者がいない以上、星の加護を持たないウルトラマンには力が出せない

もはや形振りに構ってはいられない

そして侵略の道具に、慈悲は要らない。

 

「ウォォォッ…デヤァァッ!」

 

 敵の抵抗が弱ったのを良いことに、ウルトラマンをも上回る超重量の質量体を念力一つで逆さ吊りにし、持ち上げてそのまま川に沈めるザイン

川底に溜まった汚泥が濛々と湧き立ち、恐竜戦車の姿が隠れる、その前に。

 

 

ザイナスフィア

 

 両腕から放たれた正負のスペシウムの対消滅反応が膨大なフォトンを生成し、奴の半身を爆砕した。

 


 

「ヒューッ!痺れるわねぇ新しいのは!」

「見た?今の!なんて念力!」

「すげえ!俺の念力なんかとは比べ物にならねぇぜ!」

 

「……来るわ!」「「「回避ッ!」」」

 

さすが最高峰、最精鋭部隊(スティンガー)は伊達ではない

無駄話を叩きながらでも大量に降ってくるミサイルを見事に回避していく。

 

「幸い、奴のミサイルは着弾時のみ起爆する仕様なようね、作戦はA-2とする!」

《了解!》

 

〈こっち片付いたから応援に行くでー!〉

「来なくていい、こっちも時期に片付くわ!」

 

 ヒラ、本名比良泉 榊(ヒライズミ・サカキ)の通信音声ににべもなく返しながら

ウルトラマンを見やり、スティンガーの隊長はかつてアメリカで戦った時のことを思い出す

ニューヨークに現れた怪獣ベムスターとの戦いを

そう、あの時も別の赤い戦士が飛来して、あの憎き鳥面に飛び蹴りを叩き込んだのだ。

 

「……やっぱり、誰でも同じなのかな、こういうのは」

 

 顔見知りでもあるロシア戦車隊副隊長・イヴァンナ、間違いなく前線に出ていたであろう彼女に心配を向ける、それと同時に飛来して来たミサイルを平然と回避・バレルロールしながら翼下からビームを発射して反撃

全ての作業を一瞬のうちに完了させて軌道を再び上げる。

 

「それとも相性の問題?て気にしてる暇もないわよね」

 

 戦車隊にはスピードがなく、戦闘機隊には堅牢性が無い、一概には比較できない

だからこそ戦車隊がパワー負けするサタンビートルを一方的に翻弄できるのだ。

 

「まずは一当て、腕の一本

そこから始めようかしら!」

 


 

「さて、我々も出ますよ」

「室長?何を!?」

 

「外国から援軍を呼びつけておいて、自分たちは何もしない、とは筋が通らないと思いませんか?」

 

 すぐ目の前にあるデスクコンソールの中の非常防護ガラスを叩き割り、基地の緊急モードを起動した室長が微笑む。

 

「私のガンブレイバーを使います

勇気ある者だけが着いてきなさい」

 

性能がピーキーすぎるが故に封印されて使うものがいなかったライドマシン、ガンブレイバー

ガイズの残した遺産であるそれは現代の技術でさえも問題を解決しきれていない

ゆえに、勇気ある者(ブレイバー)のみに使用を許される。

 

「キース、防衛指揮は任せます」

 

「はい、室長……ご武運を」

 

 CICを務める彼女の声を背に受けながら、老齢の戦士がサングラスを捨てた。

 

 


 

「さっきはああ言われたけどどうします?」

「無論援護、俺たちはミサイル使い切ったし、これ以上はビームだけで戦うことになる

それに向こうの奴にはビームの効き目が薄いのはさっき見た通りだ」

 

 丈治の言う通り、サタンビートルの甲殻強度は並のそれではなく、ビームをほとんど弾いていた

主兵装ではなく内蔵火器の重粒子ビーム程度など、大した意味もないだろう。

 

「じゃあ高速撹乱ですねぇ……うへぇ」

「苦手だからって、泣き言言うなよぉっ!?」

 

「撹乱するからそっちでミサイルを当ててくれ!」

〈わかったわ〉

 

 急激に加速したクルセイダー達がサタンビートルに肉薄してビームを放ち、通り過ぎる

至近距離を飛び抜けていくクルセイダーに注意を奪われ、後ろを振り向くも、何度も周囲を旋回してはビームが繰り返され、すっかり方向感覚を失ったその時には。

 

「Hello、nice beetle」

 ターンを終えて笑顔で待ち構える星条旗付きのクルセイダー。

 

「and goodbye」

 

 ミサイル4連撃が一斉着弾し、爆発。

 

「ギシィィィイイイッ!!」

 

自慢の甲殻ごとミサイルの発射口を破壊され、思わず悲鳴をあげて地面に倒れるサタンビートル

そして、そんな無様な隙を最精鋭部隊は見逃さない。

 

「やっぱキショい、ごめん死んで」

「……いやそれナイスボートやんけ」

「なんか言った!?」

 

 残る三機のミサイル一斉着弾と同時に全機のビーム砲が突き刺さり必殺のフォーメーション攻撃が完璧に決まった

これには流石に甲殻を以ってしても耐えきれなかったようで、サタンビートルは崩れ落ちて爆散するのだった。



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エピソード12 理由を求めて 1

「あーあ、向こうでドンパチしてるだけかぁ……せっかく頑張って仕込んでみれば、あんな中途半端な奴に先を越されて使われるなんて……屈辱だよまったく」

 

 唇を噛む顎を開いて、笑う

 

「セミ如きがミンミンジージー騒がしい

真の自由、真の力、真の愛って奴を知らないんだよ」

 

「その真のってやつを、お前は知ってるのかよ」

 

 雄介を眺めながら、笑う

 

「もちろん、じゃなきゃ女の子なんてやってられないでしょう?ゆーくん」

「……あの時と同じ答えか……」

 

 ベランダで風に吹かれながら

とびきりに甘い声と共にコートを翻す彼女の答えに辟易しながら、雄介は彼女の言葉を待った。

 

「ねぇ、ゆーくん、ただいま」

「……お帰り、翠」

 


 

 既に死んでいるはずの人物

自分がこの手で看取ったはずの彼女

布良翠風の帰還

こんな事はあり得ないはずだった。

 

『死人は蘇らない』原則、古今東西全ての叡智の頂に立つ、誰もが求め欲した死者の蘇生技術

ゾンビに始まり降霊術、魂の召喚などの魔術儀式、彼岸や死者の日などの年中行事、ミイラや読経などの葬儀法ありとあらゆる場所にそれは関与し、そしてそれらは諦められ、形骸化している

故に、あり得ない

他ならぬ雄介自身が一時期それに傾倒したが故に知っている、死者の蘇生はあり得ないのだということを。

 

「ねぇゆーくん、どうしたの?

さっきからずっと怖い顔してるよ?」

 

「……なんでもないよ、大丈夫」

 

「そう?なら良いんだけど」

 

 彼女の姿、彼女の声、一度として忘れたことはない

その記憶と相違はない

他人が化けているのなら、多少なりともズレがあるはずだ。

 

 思い当たる点には、『死体人形』という操術技法がある

実に悪辣だが、人の死体に防腐処置と改造を施し、糸を通して筋肉を操り、まるで生きているかのように動かすものだ

だがそれは人形操士がいなければ動かず、常に操られるだけの人形にすぎない

彼女には明らかな体温や明確な意志が見られる、違う

宇宙には念力による動作で操る方法もあるが、死体に生きた生物の思念を入れることは困難を極める

よって違うと考えるべきだろう。

 

「ねぇ、一緒にお料理しよ?

お昼ご飯まだだからさ、ひさしぶりに肉じゃが、作ってあげるね」

「……あぁ」

 

「また、暗い顔してる」

「あ、いや、本当になんでもないんだ、大丈夫さ」

 

 相棒(ザイン)は未だ帰らず

ただ彼女だけが目の前に。

 

「さて、料理だろ?まずは買い物に行こうか、ジャガイモ買ってないし」

「そっか、じゃあ一緒に行こっ!」

 

 雄介は彼女から一歩だけ離れて、隣を歩く。

 


 

 

 

「……」

 

 怪獣2体を撃破したことを確認し、ザインは実体を解いて雄介の元へと帰る

その前に一つ頷いて、視線を基地へ。

 

「……デヤッ!」

 

 インフィニティネットへ接続したザインのデータが分解され、急速に日本へと転送される

ウルトラマンとしてみても文句ない速度のデータ転送が速やかに完遂され、日本の上空で再実体化

再び実体を解いて今度はアストラル体へ

等身大サイズでアストラル体のまま飛翔し、家にいた雄介と再び同化する。

 

(彼方はまだ朝だったが、こちらではもう昼過ぎという頃か)

(あぁ、戻ってきたのか、ザイン

こちらでは妙なことがあった)

 

(どうした?)(俺の彼女が帰ってきた)

 

 その瞬間、ザインは怪訝げな声を上げる。

 

(確か、亡くなったのでは無かったのか?)

(ああ、明らかに、確実に死んだよ

奴に刺されて、俺の腕の中で死んだ)

 

(それでは……)

(だがこの肉じゃがを見てくれ、事実として存在している)

 

 冷蔵庫を開けると、そこにはラップの掛けられた深皿に収められた肉じゃが

一食分としてはやや量が少ないように見える、そして雄介は割と大雑把に食材を切る癖があるが、この芋や人参は見事に細かく一口分に切り揃えられてネギまで添えてある、雄介が一人で作るのならここまで手を込ませはしないだろう。

 

(たしかに、雄介が作ったのではないようだな)

(彼女が作り置きして残してくれたものだ、久しぶりでたくさん作りすぎた、と言ってな

潜入中の他人だとすればそんなわかりやすいミスをするものだろうか?)

 

(一理ある……しかし、生物が死から蘇るということは基本的にないだろう?

我々ウルトラマンだって、『死者の蘇生』ではなく『死にかけの人物との命の共有』が限度だ、完全に死んだ人物はどうにもならない)

 

 そう、ウルトラマン及び光の国が有する技術『命の固形化』とて完全に絶命した生物を救うことはできない

できるのは『原型を止めるような死に方で、かつ死に切っていない人物』の傷を治し、生命力を補完する程度にすぎない

それは見かけ上は死んだものを生き返らせているように見えても生者を回復させているだけにすぎないのだ。

 

(それが不思議なんだ……何故彼女が現れたのか、本当に彼女なのか

本人だとすれば今更に蘇った理由はなんなのか、偽物だとすれば公的に死んでいる彼女の姿を騙るのは何故か

全てが謎なんだ)

 

(それは……深く考えざるを得ないな)

(やはり直ぐには分からない、と言う事か)

 

 わずかな時間の思案の後に、そこには深いため息と謎だけが残った

肉じゃがは二人で夕食に食べた。



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エピソード12 理由を求めて 2

(それで、雄介は私と別れてからどこに行っていたんだ)

(大学の2限、小鳥の見舞いと入隊願いの提出、それで帰り際に翠風に会ったんだ)

 

翠風(スイフウ)彼女のことだな)

(ああ、日本・中国人の半々で、劉・翠風(リウ・シイフォン)

日本名が布良翠風なんだ、名前は変えたくなかったから読みだけを日本語に合わせたんだと)

 

(なるほど、多民族・多国家の惑星というのは面倒だな、早く統一しないのか?

今の文明レベルなら十分に惑星全体を統一できるだろう?)

(出来るだろうけど、するとなるとほとんどの国の固有文化や言語が絶滅することになる、伝統的な文化が失われるんだ

それに現状世界を一番リードしてる欧米最大級の国家がアメリカ、それと対立してるのが中国とさらにロシア

現在世界情勢はアメリカ率いる勢力と中国・ロシアの勢力って二分されているんだ

だから世界を統一しようとするとどっちが主導となるかで喧嘩する

最悪世界全土を戦場とする絶滅戦争になりかねないんだ、だから今はどの国もそんなことを言い出さない

ただでさえ……今は数多くの国が『最悪の災厄(NCW)』を保有しているからな)

 

(なるほど、理解した

つまり、統一は技術的には可能だが文明的・及び民族的に危険、と言うわけか

文化に対して武力が進歩しすぎている文明というのも考えものだな)

 

(そうだな)

 

 翌日、喫茶店(Föhn)にて

ザインと雄介が話し合っていると。

 

「お待たせ、雄介」

「お、来たな……んで、早速だけど」

 

 ドアベルと共に姿を現したのは明だった。

 

「BURKライセンスホルダーは知り合いにも少ないからね、入隊希望なら私が指南してあげよう」

 

「それはありがたいね、なにせ色々説明とか書類がどうとかあるらしいし

入隊自体にもしばらく掛かるんだって?」

 

「そう、私も2ヶ月くらいかかった

それに訓練期間も結構長かったよ

その間も素行調査とか色々されてるらしいけれど、そのへんは機密だからごめん

で、その間は『入隊試験待機者』って扱いで、その間に入隊試験の受験ができるかどうか決まるの、それで受験に合格したら晴れてBURK訓練生、でもライセンスホルダーなら2週間くらいの講習訓練で直ぐ正隊員になれるよ」

 

「なるほどな」

 

 どうやら時間が掛かるのは素行調査や適性検査、健康診断の結果待ちや身体的な意味での訓練期間などが大きいようだ。

 

「じゃああまり長くは掛からなそうだ」

「そうなるんじゃないかな」

 


 

「ゆーくんと直接会えたぁ」

 

 指を舐める、指先に伝う血を舐める

愛しい人へと注いだその血を、ゆっくりと。

 

「ゆーくん、ずっと会いたかった

私のゆーくん……でも

ウルトラマン、あいつが……邪魔ね」

 

(来い)

 

 強烈な思念が現実を歪め、その力が宇宙で眠り続けていた怪獣へと伝わり、覚醒を促す

まだ完全覚醒には程遠いが、やがて目を覚ますだろう。

 

「もうしばらくはハネムーン、かな?」

 

 蜜のように甘い血を舐めながら、彼女は唇の端を歪めた。

 


 

「さぁ、ゆっくり構えてみて」

「あ、あぁ」

 

両手に握ったのは、BURKガン

BURK内て作られ、制式採用された外部には一切流通しないはずの銃

本来ならばこの射撃訓練場にはオモチャじみた塗装を施された訓練用レーザーポインターガンしか置かれていないはずだが、なぜ実銃を雄介が持っているかというと。

 

「ほら、しっかりグリップ握ってね、自分の腕と手首と銃口は常に一直線、弓引く時みたいに」

 

 現役BURK隊員に手を引かれているからである。

 

「こうか」

 

 肩から一本の芯を入れる

肩、肘、腕、手首、手指まで芯が通ると同時に銃弾がどこに向かうかがはっきりとわかる。

 

足踏み(立ち位置を決め)胴作り(姿勢を整え)弓構え(引鉄に指をかけ)打起し、引き分け(コッキング)(狙って)

的を正面から真っ直ぐに見据える。

 

「よし、撃て」

 

離れ(引鉄を引き切り)残心(命中を見届ける)

 

 

 

「……8点、初めにしては良いかな

弓だとちょっと堅すぎるみたいね

実戦では構えている暇がないから……」

 

 明が銃を受け取ったその直後、こちらを向いたままの姿勢で脇の下を倒した銃口が的を狙いノールックで極小の満点部分を貫いた。

 

「さすがにこれは少ないけど、こんな感じで破型で撃つことが多いかな、どんな姿勢でも撃てるようにしとくといいよ、逆さまでもパルクールとかやりながらでもね」

「……難しそうだな」

 

(命中精度を高めるための練習には私も付き合うぞ、なにやら最近キナ臭すぎるからな)

(頼むよ)

 

 軽く微笑んだ明の手の中で揺れるBURKガンを再び受け取り、射撃訓練を続ける雄介であった。



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エピソード12 理由を求めて 3

 

「……本当に二週間で訓練終わりか」

 

 入隊試験も筆記98/100、実技89/100と高得点でパスした雄介は晴れて入隊試験待機の扱いから脱却し訓練生扱いになった、毎日少しずつ明からの手解きを受けて講習訓練と並行してこなす事で練度を高めるつもりだったのだが、クルセイダーズのような精鋭の部隊という訳でもない一般訓練生に与えられる要求ラインは予測以上に低く、雄介はすぐに隊員としての待遇を得ることができた

実際は雄介のレベルが高いだけなのだが、BURKの全ての支部の中でもトップクラスの練度を持つ明が相手ではそうは思えなかったようだ。

 

(この程度の水準でBURK隊員とはな、少し才能がある程度の人間ならすぐにでもなれるんじゃないか?すこしBURKの戦力が不安になってきたな……)

 

 諸々と手続きを終えてBURKジャパンに入隊、配属先の支部振り分けで希望を求められたが流石に宇宙だの南極だのには行けないので雄介は普通に日本支部を選択していた。

 

(正確には予備隊員だがな、一応配置はされるようだが、扱いとしては非常召集の時のみの増員戦力、急場凌ぎのための応急的な存在と考えたほうが良いだろう)

 

 この予備隊員の扱いはいわばアルバイトであるようで、別職とBURK隊員を兼業両立している人も割といるらしくシフト等も無し

初期教育訓練を終えた同期が配属されるまでは本格的な配属はされないため、本当に何もすることがないようだ。

 

(それにしたって随分と雑だよ、これじゃあまるで無理矢理に欠員を埋めようとして必死になっているブラック企業か何のようじゃないか)

 

(それは否定できないな、戦う以上は一定の犠牲はどうしようもないという部分もあるだろうし、その人員補充も考えなくてはいけないのが組織だからな)

 

 ザインは応用に理解を示したが、雄介はそうもいかなかったようで、話題をすぐに変える。

 

「……ガイダンスみたいなのもなかったし、初期教育とアラームの種類と緊急集合先の説明くらいか」

(あぁ、受けた説明はそんな事だ、しかし隊員が身分を公表してはいけないというのは厄介だな

親族等への危害対策というのは理解できるし、ライセンスが仮免許のような機能を持っている分言い訳があってマシかもしれないが)

 

 そう、BURK隊員になってもそれを言いふらしたりはできない、隊員の身分については機密事項として守秘義務が課せられるからだ

当然雄介も言いふらすつもりはないが、身分を秘す事で身元バレで親類縁者や友人に攻撃が飛ぶことを防ぐというのは合理的ではあってもなかなか難しい

その点、雄介は素晴らしく有利だった。

 

「俺の交友関係は深く狭いタイプだからな、両親もいないし、バラすやつもいなかろう」

 

 階級章と通信機を兼ねる隊員証バッチを指先に置いて、弾く

くるくると回転する表には階級ごとに異なる模様とBURKの刻印、そしてアルファベットで統一表記された名前

裏にはBURK日本支部の支部章である舞い散る桜の花片

これにも実はさまざまな機能があるらしいが、そのあたりはまだ知らされていない。

 

(さて、これがどう出るかだな)

 

 雄介の呟きは誰にも聞かれることはなかった。

 


 

 所変わってここはとあるビルの屋上

昼過ぎの暑い日差しの中でも黒コートを着込み、汗一つ掻かくことなく屋上の落下防止策へと腰掛けていた。

 

「ふーん……ゆーくん、向こうに行っちゃったんだ、残念……でもいいや、どうせ同じだから」

 

 黒コートの女はビルの屋上から飛び降りて、着地することなく姿を消した

その背後にたなびく影を残しながら。

 

「次に会うときは何作ろっか」

 


 

 時間帯は昼過ぎ、BURK日本基地を辞した雄介はT都からK県までスクーターで日帰りする驚異的な移動で大学へと蜻蛉返りし、昼飯として適当に買った炒飯を食べながら、大学の構内で思考を巡らせる

最近の社会は平和そのものだ

大気質の悪化の兆候も見られず、変な虫もいなければ天気も良く、怪獣や宇宙人の類が現れることもない。

 

(最近怪獣は出てきていないな

なぜだろうか?)

 

 少し前まで毎日のように出てきていた怪獣が最近急に来なくなったのを不審がってか、ザインがその理由を考え出すが、雄介はそれを一言で切って捨てた。

 

(分からん、ただ怪獣なんぞは出ないほうがありがたいというのは事実だ

それに俺も忙しいし、毎度の対応などしていられない)

(それはそうだな)

 

 二人の掛け合いにもいつものキレが帰ってきた頃、ようやくBURKジャパンのCクラス隊員となった訓練校卒業生達が揃い、雄介はめでたく陸戦課から研究課へと転属になったのだった。



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エピソード13 BURK -深部-.

 

 暗い作戦室の中、声が響く

それは男女一人ずつの声

この作戦室の主である弘原海と駒門の声だった。

 

「……それで、彼の健康診断の結果は?」

「おそらく黒です、彼の血中からは光遺伝子と思われるF系統情報因子が確認されました

遺伝子マップはまだ作成中ですが、人間のそれとは明らかに異なる遺伝子情報が入り込んでいることは明らかと思われます」

 

「…………これをどう見るべきか……」

 

 ひどく大きなため息を付いた弘原海と、それに同調して姿勢が下がる駒門

ひどい隈をろくに隠せていない彼女らはここ数日寝ていなかった

それもそのはず

最近怪獣に襲われた事件で重傷を負った事がきっかけなのか突如として入隊を志望し、成績も良く極めて高得点で入隊試験をパスした青年の健康診断結果がコレなのだ

素行調査もすればするほど潔癖じみたクリーン経歴に磨きがかかり、悲劇的事実が説得力を振り掛けるばかり。

 

 明らかに怪しすぎる

ウルトラマンが彼にすり替わっているのか、それとも彼と同化しているのか

あるいは何かの別の理由で遺伝子が混入したのかは分からないが、とにかくこの青年は純粋な人間ではない事が明らかになったのだ。

 

「候補者ですら無かった所から変身者が出てくるとは……」

 

 サードウルトラマン変身候補者のリストが突然ウルトラマンがロシアに出現するという珍事によってお釈迦になった直後に、突如として明らかな怪しさを晒しながら現れた青年である、混乱もしよう。

 

「ヒュウガ・ユニア精神疾患診断も陰性、特に問題点も無し、BURK式身体機能測定に於いても高得点、普段の生活態度も良く大学の出席率も高くアルバイトでやっている家庭教師としても実績ある優秀な人物で

以前の入院時の素行も問題は確認されませんでした、

高校一年生時にBURKライセンス取得、専科は陸戦科戦車隊……」

 

 駒門が読み上げる経歴はまるで無理矢理に『真っ直ぐな人間』を表現するかのよう

いっそまるっきり捏造と言われたほうがまだ信憑性があるほどであった。

 

「とりあえず予備隊員待遇として研究棟の方に流しましたけれど……」

「うむ、その件では人事には迷惑をかけた……」

 

 また、二人揃ってため息をつく。

 

「さて、彼の配属はとりあえず後陣にできたはいいものの、後のことを考えなくてはな」

「はい、もしウルトラマンの変身者か本人なら戦場には出てもらわねばなりませんし、仮に全く異なる人物であるなら戦場に出してはなりません、しかしウルトラマンであるかどうかを試すわけにもいかない」

「……全く頭が痛いが、暫定変身者と認識して泳がせておこう

敵ならばそのまま飼い殺しか、速やかな処刑を考えなくてはならないな」

 

 本当にウルトラマンの変身者ならばともかく、怪しすぎる彼を疑わないという選択肢はなかった。

 


 

 いつもと変わらない支部長室

安い蛍光灯と卓上LEDライトが照らすデスクの前に深深と座り込む青髭の中年が

事務の若い子が運んできた書類を取って目を通す、そこには新たに入隊した人物についての詳細報告が連ねてあった。

 

「ほぉう?」

 

 その第一頁(プリンケプス)を戴く人物に目を止める。

 

「椎名雄介・ユウスケ-シイナ

これが彼のウルトラマンの変身者なら、我々は早期に新たなウルトラマンの変身者を確保できたということになる」

 

 だが、逆にそれが誤りだった場合は特大の爆弾を抱え込んでしまったということになる

続く二文目はあえて口にせず、ただニヤリと笑った

不敵に、大胆に、かつ紳士的に

そうする事が有効だと知っているから。

 

「あぁ、君……茶を淹れてくれ

とびきりに熱くな」

 

事務の若い子に迷惑をかけながら飲む緑茶は美味かった。

 


 

「さて、雄介はしっかりできてるかね」

 

 冷めた紅茶のカップに同じくらい冷めた眼差しを向けて、そこに映る整った顔を眺めながら思案する

自分のつけていた訓練は確かに高度かつハード、しかしそれが明確な有利となるかというと、否

一対一の訓練は連携訓練など、人数が必要な訓練には手が出せず、個人技術の向上に止まる。

 

 たしかにスペックを見る書類選考や個人技術を見る入隊試験には有利になるだろう

だが現場で重要となる『和』即ち連携には力は及ばない

訓練期間の短さもあって、そこはどうしても地金が出てしまう

そしてスタンドプレイヤーはどこでも嫌われてしまうものだ。

 

オーシャン(こっち)に引き込めばよかったかな」

 

 深海800メートルを北へ向かって航行する連絡艦スワローテイルの中で、冷めた紅茶を喉に流し込む

地上基地以外の各基地に於いて、真水は相応の貴重品

安物の茶葉で淹れる薄い紅茶の一杯も、相応の貴重品だ。



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エピソード14 ラプソディ 1

「え?」

 

 その日の朝は、何も無かったはずだった

その連絡さえなければ、橙に染められたカーペットと壁に架けられた十字架が落ちることもなかった。

 

「夢乃さんが行方不明?」

「ええ、八木さん、BURK隊員用の病院でリハビリを終えた後、しばらくは自宅周辺に目撃されていたのですが……」

 

 聡明で名の通った駒門が鸚鵡返しという珍しい反応を返したことに隊員達が驚くよりも早く、その頭は巡り廻る。

 

「ここ三日間、全く情報がないんです!それに周辺のスーパーなどの聴き込みも空振りで、本当に急にいなくなったとしか思えない!」

 

 事実として、数人のBURK隊員は引退後に殺害されたり急死したりするケースがある

どこぞの異星人、過激派団体や宗教屋の狂信者などとも戦う職である以上、やはり退職してからもそれらの恨みある連中と遭遇することは避け難い。

 

「しかし妙なんです、八木さんは退職時に記録・記録総合抹消処理を受けていないので、BURK隊員としての護身術などは忘れていないはずなんですが」

「争った形跡も見られず、かしら?」

 

「はい、どころか車椅子も自宅にそのまま残されていたそうで、まるでちょっと買い物に外出する程度の感覚で居なくなってしまったようなんです」

 

 しかし、下半身付随の夢乃が車椅子無くして移動など考え難い

現場でも特段の異常らしきものは発見できていないらしく、誘拐拉致を疑っても周囲の監視カメラ等にはそれらしい映像もない。

 

「何者か、超常的な存在が関与していると考えるべきね」

 

 駒門の判断は決して尚早とは言い切れないものだった。

 

「頼れるかどうかはわからないけれど、彼に当たってみるのはどうかしら」

「彼、ですか?」

「えぇ、ちょうど入ったでしょう?優秀な新人が」

 

 頭に疑問符を浮かべたオペレーターに、駒門は曖昧な笑みを返した。

 


 

 どこか、荒れた、公園のような廃棄場

倒れる者達、煌めく星々、吹き荒む風。

 

「……」

 

 顔のない体、未来のない子供達

ヴィジョンの中でも眠るだけ

あぁ、どうして

こんなにも腐ってしまうのか。

 

 

「……」

 

 魔女は笑う、世界中を満たすために

魔女は笑う、世界中から奪うために。

 


 

「で、これが私に回ってきたというわけですか」

 

 雄介が呼び出されると同時に手渡されたのは分厚い資料のファイル

日付や場所だけの付箋がついた写真や状況の簡潔な説明のレポート

こんな怪奇現象を説明するなど、作るだけでも相応に苦労したのであろう文書の束だった。

 

「そう、諸々の資料は用意したけれど、一応口頭でも説明しておきます

先日、元BURK隊員、八木夢乃氏の失踪事件が発生しました、事件現場はおそらく自宅と考えられます

しかし周辺の監視カメラ・車載カメラ等映像監視システムにはそれらしき姿が残っておらず、不審な車等も確認されないため、誘拐拉致とも考え難い状況です

自宅には氏が使用していた車椅子が残されており、また暴行等の痕跡は認められませんでした」

 

 駒門から渡されたファイルが雄介のデスクを軋ませる。

 

「これらから鑑みるに外宇宙的あるいは高次元的存在による関与と判断し、犯人及び被害者の確保のため犯行手段及び犯人の特定を願います」

 

「承りました……しかしなぜ私に?こんな新人がしゃしゃり出てくるような場面ではないのではないでしょうか?」

「まぁそれはそうなんだけど……この件はちゃんと課長の方にも伝えてあるし、BURKの伝統的に新人の能力試験をするのよ……私も新人の時に色々あったわ」

 

 駒門が哀れみの色を浮かべた目で雄介を眺める中、雄介は徐にファイルを開く。

 

「その件、よろしくお願いします」

「わかりました、微力ながら全力を尽くします」

 

 詳細情報を確認するために100ページ近い資料を眺める雄介

過去の事件の時との類似性や聴き込みを担当した捜査官の所感報告など、ほとんどは益体もない情報だが、幾らかの部分には引っ掛かりを覚える。

 

(ザイン、宇宙人の仕業かもしれん

いかにも超常的な風体を感じる)

(……断定は難しいが、できるかも知れないな、短距離テレポート程度ならイカルス星人やガッツ星人、バルタン星人など生身で使用できる種族も多い

他者の意識を速やかに奪う事が可能なのも同じだ、その分どこの誰がやったかを特定することも困難、せめて現場の状況を直接把握できればいいんだが……)

 

(なら遠視(クレアボヤンス)すればいいだろう?)

 

 雄介の意識が視覚を高め、左目が青く閃くと同時に遥か彼方の住宅街まで視野を広める

たしかにこの方法なら直接目視する事ができるだろう、しかし。

 

(あまりそういうことはするのは良くない、念力の乱用は肉体機能の低下だけじゃなく世界法則の混乱も起こしかねないからな)

 

 たとえ研究者であっても、やる事が探偵ならば探偵の流儀に倣うのが吉

現場百遍と言われるように、直接訪れるのが一番良いのだ。

 



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エピソード14 ラプソディ 2

「で、現場を見にきたはいいものの」

(妙な気配や痕跡は見当たらない、か)

 

 流石に三日も経っていれば気配など薄れて消えてしまう、何が行われたのかも杳として知れず、と言ったところだ。

 

「……」

 

 そもそも本人が行方不明とは言え女性の家であるし、事件現場だからと不作法に上がり込むなんて真似はできない

よってするべきは周辺調査なのだが。

 

「大したものは無さそうなんだよなぁ」

 

 流石に雨が降ったりしたわけではないが、三日も経てば野外に残った痕跡など無いに等しい

のだが。

 

「……ん?」

 

 外壁に触れた指に残る粉

壁の塗材ともまた違う白色の粒粉だ

念のため一部採取して物質の特定を試みることにした。

 


 

「さぁ、どうぞ」

 

 尖り帽子にリボンを巻いて、大きく開いたハートカップの黒いドレスが色香と彩りを両立する、飾り気のないシルクの手袋が上品な一方、左手に掛けた鞄は不相応に大きくおもちゃのそれのよう

ドレスの背中に巻かれた橙色の蝶結びの大きなリボンはプレゼントボックスを彷彿とさせ

しなやかな大腿を飾るガーターベルトとレースに肌の透ける黒いハイソックス、反面ごつく見える大きめのローファーが全体のシルエットをデフォルメする。

 

 黒尽くめの美少女が、この肌寒い季節をまるで省みないような格好で、子供達にお菓子を配っていた。

 

「ふふふっ、さぁみんな、お菓子はちゃんと用意していますから、順番ですよ」

 

 豊かな胸を揺らしながら、壁に靡く髪を晒しながら、手にした鞄から魔法のように飴を取り出して

並ぶ子供達に手渡していく。

 

 


 

〈雄介君、聞こえるかしら?、駒門よ〉

「はい、通信感度良好、問題ありません〉

 

 突如として耳に届いた着信に驚きながらもすぐに回線を繋いだ雄介

そこに届いた駒門の声。

 

「例の件だけれど、発見報告が上がったの

場所はN県の北方、詳細情報はガジェットに転送するから急いで現場に向かって

車は回してあげるから、指定ポイントで合流後シークレットハイウェイのレベル2、N-02を使って」

〈了解!〉

 

 雄介は合流地点として指定されたBURKの息のかかったコンビニへと走り出し

そこに滑り込んできたBURKの制式採用している四駆(国産車)

BURKシルバーアローへと駆け寄る。

 

「乗って!」「はいっ!」

 

 運転席から顔を出した女性、山中梨沙(ヤマナカ・リサ)

車輛科(ロッジ)の部隊、陸戦歩兵部隊を現場に輸送する運送屋(ポーターズ)の一員だ。

 

「シートベルト締めてね、安全にかっ飛ばすから!」

「せめてどちらかにしてくださいっ」

 

「どっちもやるのが私達のおしごとよ!」

 

 ギアはまさかのサードで発進、

マニュアル車でどういう動きをしているのかわからないが、彼女はプロなのだから任せればいいだろう。

 

「殺人的な加速……!」

 

 内臓を痛めそうな勢いで急加速した車体と慣性で肋骨を折りに来るシートベルトに悲鳴じみた感想が漏れるが、彼女の方は慣れているらしく特に変わった様子もない。

 

「シルバーアローは最高時速450キロ、出してみる?飛ぶわよ」

「本当に“飛び”かねないのはNGです」

 

 スペック上の最高速度だとしてもそんなスピードを出せば本当に地面を滑って揚力を獲得してしまう

時速300キロの新幹線でも浮き上がらないように車体自体を流線形にして空気の流れを制御しているというのに一般的な装輪車型でそれはシャレにならない。

 

 偽装社屋の地下駐車場から入ったシークレットハイウェイを突っ走り

たったの30分で現地近くへと到着した。

 

 

「呼んだら十秒で来いとか言われる所ではあるが……流石に30分も前の目撃情報を追えるか……?」

 

 公道に出てからは一般的な速度で普通に運転してくれているため、そこそこ余裕があったが周囲は見渡す限り普通の住宅街

数台の車がすれ違い、草臥れた会社員のような人達がてんでバラバラに歩いているだけで

どこにも怪しげな点は見当たらない。

 

 そもそもなんらかの阻害技術あるいは能力を有する相手に今現在以外の全ての情報は当てにならない、古い情報に踊らされてはならないのだ

現在の彼女の位置を把握したいなら今現在の彼女を探さねばならない。

 

「目撃情報があったのはこの辺りよ、取り敢えず合流するからポイント教えてくれる?」

 

カーナビのように取り付けられた情報端末ガジェットに視線を送り

合流地点と思しき赤いピン留めされた地点の座標を読む。

 

「もう通りを一つ進んだところの交差点を左、アーケードの前ですね」

「はーい、次左ね」

 


 

「あなたも欲しいんですか?でもあげません

だってもう子供じゃないんですから

逆に言ってあげますね、trick or treat」

 

 大人はこうして追い返し、子供だけにお菓子を配る、子供達だけを狙って繰り返す

それが一番良質な、甘い夢を持っているから。

 

 秋深く、冬近い今

豊か穣るを言祝いで

いざや今宵これを祀らん。



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エピソード14 ラプソディ 3

「さっきまでそこでお菓子を配っていたはずなんですが……」

「逃げられた、という事ですか」

 

 目撃情報を提供してくれたエージェントから情報を聞き出してみるが、やはり決定的な形で足取りを掴むことはできない。

 

(しかし妙だ、半身不随という話からすれば出歩くことすらままならないはずのその人物が、菓子を配り歩くだなんて)

(ああ、これは明らかに超常的な現象だろうな)

 

 黙り込みながらザインと対話していると、視界にそれが映る。

 

「飴……」

 

 見たところ市販品ではない、特殊な包装の飴が落ちていた。

 

「配る中で落とした、と言ったところか?」

 

 別人が落としただけの全く関係のない品という可能性は捨てられないが、取り敢えず証拠品として確保し、慎重にケースへ収める。

 

「取り敢えず周辺を足で探すほかないな」

 

 探偵ならコツも持っているのだろうが、あいにく雄介は大学生

だいそれたテクニックなど持ってはいない。

 

「地道にやるか」

 

雄介は聞き込み作業を開始した。

 

 


 

 一旦撤収してBURKシルバーアローの中、後部には兵器や追加人員用のスペースがあるため、そちらに座っている

 

「さて、得られた情報を総合すると……」

(一つ、彼女は黒いドレス姿でお菓子を配っていた

一つ、配っていたのは間違いなく先ほど確保した飴

一つ、白い煙が上がった直後に姿を消した

一つ、彼女が飴を与えたのは子供だけ

このあたりか?)

 

(そうだな、この辺が重要な情報になってくるだろう

さっき用意した彼女の写真と聞き込みで得られた情報を総合すると、だいたい……こんな感じの格好になると思うが……)

 

 手元のガジェットにCG(コンピュータグラフィック)による画像合成と編集によって表示されたのは黒いドレスを着た美少女の姿

だが。

 

「これは……目立つだろう、明らかに」

 

 それは明らかに衆目を集めるような華やかな姿であり、これで歩いているとすれば目撃情報など山のように出てくるであろうことは請け合いである

だというのに一般的な筋からは情報が入ってこず、エージェント達の捜査網を持ってしても1件確認されたのみ

ありえない。

 

(姿を隠している……?いや待てよ

最初から隠れてなどいないのではないか?)

 

 雄介よりも先に、ザインは気づいた

そして。

 

(いかん雄介!すぐにさっきの場所へ向かうんだ!)

(わかった!)

 

 シートベルトを外し、後部ドアを開けて走り出し、そして。

 

(やはり!)

 

 アーケード街の入り口、彼女が飴を配っていたというあたりに辿り着くと同時に、ザインが叫んだ。

 

(異次元空間への回廊が開いた痕跡がある、ここから奴は別の空間へ移動していたんだ!

先ほどの粉は上位次元から空間を穿通する時に出た余剰次元体だったんだ!)

 

「そういうことか……」

 

 木の板を錐で貫くように次元の壁を貫けば当然、押し出された次元閉鎖壁の破片が溢れ出る

その破片こそ、周囲に散っていた白い粉であり、消える姿を隠した煙だったのだ

 

(テレポーションだ、空間転移で次元閉鎖を突破するぞ!)

 

 ザインと雄介の実体が描き消え、上位次元へと移動した事で閉鎖された次元回廊のその内側へと不法侵入。

 

「うわ……」

 

 超空間の中には、無数の遊具や食器、測量器具に釣り竿、筆記用具に帳簿や眼鏡とまとまりのないものが乱雑に置かれていた。

 

(ここは一体……)

 

 悪趣味な空間に辟易しながらも

雄介は着実に周囲を確認し、進んでいく。

 

 


 

(なんだこれは?乱雑なものばかりだな、管理清掃が行き届いていないのではないか?)

(そうみたいだな)

 

 死角の多い場所ゆえに警戒を深めながら少しずつ異次元空間を突破する雄介

その背後から声が掛かる。

 

「大人が何故ここに?」「仕事だ」

 

 素早く背後に向けられたBURKガンの威力設定は最大、岩石を撃ち抜く(マスカレイド級最高)威力を発揮する。

 

「でも効きません」

「インチキにも程があるわ」

 

 毒吐きながら再び銃を構え、ビームが貫通したはずの体どころか服にすら傷ひとつないその姿を観察する。

 

「やっぱりそういう事か」

 

黒いドレスに三角帽子、オレンジのリボンが二条巻かれて、帽子と腰を鮮やかに彩る

白い長手袋と左手の鞄に剥き出しの大腿、申し訳程度のガーターベルトが黒レースのハイソックスへと繋がる分だけ隠されている

目立ちすぎる魔女の出立ちをした、八木夢乃がそこにいた。



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エピソード14 ラプソディ 4

「もう一度、問います

貴方は何故ここにいる?」

「仕事だ、それ以外に答えはない」

 

「そうですか……では、可及的速やかに終えてください、私からは以上です」

 

 全くの無表情で彼女はくるりと背を向けた

ただでさえ短いスカートが振れてさらに裾が持ち上がるが、雄介は視線を奪われることなく彼女の全体を見続ける。

 

「さぁ、続きをどうぞ」

「…………」

 

 そもそも彼女を探すのが仕事であった以上、任務自体は達成と言っていい

しかし今の彼女は明らかに精神的干渉の影響下にある

となれば彼女に干渉している異次元生体にまで遡ってケジメを付けさせなければならない

しかしBURKガンでは火力不足であることは先ほど証明されてしまった。

 

(いやそれはおかしい、流石に岩を撃ち抜くほどの攻撃を受けるなんて想定をするとは考え難い)

(そもそもコスト・パフォーマンス比率がおかしいだろう、適当に拾った現地民くらいなら無駄に防御を施すよりも使い捨てるほうがマシと考えることの方が多い筈だ)

 

((つまり))

 

 二人の思考が一致する。

 

(彼女の中に本体がいる!)

 

「ザイン・イグニッション!」

 

 心臓に鍵剣を突き刺し、大きく捻って光を解き放つ

赤と銀の戦士の姿へと変じた二人が再び彼女へと一手を放つ。

 

「待ちなさい」

 

 その時、彼女が表情を変えた。

 

「流石に高エネルギー攻撃を受けては保護し切れないので、やめていただきたい

それより、お話をしましょう

紅茶とコーヒーはどちらが良いかしら?」

 

「……」「紅茶で」

 

 ザインと肉体を入れ替え、雄介へと戻る

紅茶はもちろん飲む気はないが、形だけは貰っておこうというものだ。

 

「ではティーセットをお出ししますね、レモンとお砂糖、ミルクはご自由に、ケーキはいかが?」

「結構だ」

 

 彼女が手にしたステッキが振られるたび、星やハートや音符が飛んだり跳ねたりと騒がしく動き回り、テーブルやティーセットにケーキスタンドが現れる。

 

「あら残念ですね、とっても美味しいですのに……」

 

 本当に残念そうな表情ではあるが、それで騙されて死ぬわけにはいかない。

 

「さぁ、どうぞ」

 

 そこにはこだわりがあるのか、席を立ってまで自分で淹れた紅茶を供する彼女

湯気のたつティーカップ

淹れる温度は高いほどよいとされる紅茶だからこそだろう。

 

「さて、では私から

私は異次元魔女ギランボ、と言われる種族の一人なのですけれど、まぁわかりやすいのでギランボとお呼びくださいな」

「やはり人格を乗っ取っているのか」

 

「はい、とはいっても体の娘のためでもあります」

「なに?」

 

 魔女は嘘のような笑みを深める。

 

「皆さんは普段、何を食べていらっしゃいますか?水、炭水化物、硫化水素、アミノ酸、電気、どれも一般的ですけれど

私たちギランボは『夢』を食べるのです」

 

「それが?」

 

「夢とは正確には脳の電磁パルス、『これをしたい』『あれを作りたい』という未来へのイメージです

これが生来実体を持たない私たちに『未来』を与える」

 

 相槌だけで続きを促しながらも雄介は視線と武装を維持して警戒を続ける

一方彼女はクリームの乗ったクッキーを少しずつ食べながら紅茶を一口

気品ある優雅な所作だ。

 

「私たちはイメージによって成り立つ幻像であり、本来は実体として存在しない架空の存在に過ぎません、しかし」

 

 紅茶を飲みきり、彼女は強い視線を雄介に向ける。

 

「私たちとて、生まれた以上は生きる義務がある、それに選り好みする程度には意志もあるのです」

「……」

 

 雄介の前の茶器には未だに湯気を立てる紅茶が残ったまま、彼もまた押し黙ったままだ。

 

「しかし昨今、夢は腐敗している

子供達は夢想し、仮想に立脚した自由思考を以て幻想という枝葉を広げ、現実へとそれを投影する力を失いつつあります

子供という木に生りながら地に堕した夢は腐敗して、もはや食べられるものではない」

 

「だから、どうだというんだ」

「最近の子たちに未来を問えば、やれYouTuber、やれ国家公務員、やれ自衛隊員

テンプレートの解答で求めるのはみな安定ばかり

これではいけないのです、

なりたい理想の自分、脚光を浴びる新たな発見、焼け付くようなスリルと世界を塗り変えるような革新的な物品や技術の発明を『考える』ものでなくてはいけない

そこに発展がなくては夢は夢ではなくただの欲望であり、自他含めて『変わる』未来を思い描くことこそ夢を持つということなのです」

 

「だから、それと八木隊員の体を使っていることがどう繋がるというんだ!」

「はい、それはこの体の…………八木夢乃の夢に関係します」

 

 白い羊がテーブルクロスの下から現れ、ウールが綿飴へと変わる

彼女はそれをステッキに乗せて軽く息を吹きかけると、こんどはそれらが綿毛へと変わって飛んでいき、うずたかい廃品の山に着地するとすぐに育って花を咲かせる。

 

「彼女の夢は、『もう一度立って歩くこと』」

 

 その声と共に咲いたタンポポが空へと浮き上がり、拡大してスクリーンへと変わった。

 

「以前の邪神降臨儀式が行われた際、乗機を失った夢乃はそれでも避難誘導を行い、結果として足を失いました」

 

 夢乃本人から抽出されたのであろう記憶がスクリーンに写されて流れる。

 

「そして、足を失い歩くことができなくなった夢乃は除隊を余儀なくされましたが、それでも諦めませんでした

現時点でもそれは変わっておらず、私自身がそれを蝕んでいてもなお夢乃の夢は折れていない

今停滞し沈んでいる状況からかつての自分へと返り咲こうとする、変わり進む意志があるのです

ですが、現在の地球の医療で神経・骨、筋肉全てが損傷した足を回復する手段はありません

それこそクローニングや器官をまるごと移植するほかにないのです」

 

「……」

 

 もう、雄介にも彼女の目的はわかっていた。

 

「私が憑依し、融合することで彼女の下半身は外部から操り、動かすことができていますが、解除すればたちどころに足は動かなくなり、すぐにでも倒れ込むことになります」

 

「私は彼女の夢を守りたい、腐った林檎ばかりのこの世で、やっと見つけた黄金の林檎の生る木を守りたいのです

これは私のためでもあり、同時に夢乃の為でもある

……お分かりいただけましたか?」

 

「なるほど、概ね分かった」

 

(それで、どうするつもりだ

言っていることは感動的だが)

(やっていることは寄生虫だな)

 

 本人の自我を乗っ取っていることが既に社会性を損なう危険な行為であり、侵略行為に該当する行動でもある、が彼女を守りたいという発言に嘘は感じられない。

 

「……」

 

 これは難しい議題になりそうだ。



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エピソード14 ラプソディ 5

「さて、私の言い分はここまでです」

 

彼女は新たに淹れた紅茶を眺めながらそう言い、雄介のやや冷め始めたカップ、そして雄介自身へと視線を上げる

2人席で向かい合いながら。

 

「では今度は俺が語ろう

BURKの定めるところに於ける侵略行動の定義として、①地球又は人類に対して間接的あるいは直接的に攻撃する行為

 

②予告なく誘導に従わず各国の定める非常防衛線を超過する行為

 

③ドキュメントオブフォビドゥン及び各組織の定める規則に従う秘匿情報の無断開示

としている、このうち1.2両方に該当する以上、ギランボは敵性存在として認識せざるを得ない」

 

「ではどうすると」

「無論、こうする」

 

 二つのティーカップの湯気越しにBURKガンを向け、そのまま睨みつける雄介。

 

「これが防衛隊としての仕事だからだ、民間人であろうと元隊員であろうと敵ならば殺す

だが特例規則として②は予測不能な非常事態及びあらゆる手段を用いても意思疎通が困難な場合にのみ黙認されることもある

①については……解釈次第だ

極小スケールかつ他に害がなく、本人に利益があるならそれでいいとする事もできるだろう」

 

「銃を突き付けられながらの平和とは、随分と刹那的なあり方をしていらっしゃるようで」

「はあ……」

 

皮肉げに微笑みながら今度はチョコレートケーキへフォークを入れる彼女はあくまで余裕の様子を崩さない。

 

「これは本人と議論するべき事だ

お前が精神を乗っ取っているのなら解除してくれ、一応言っておくがまず本人の了承を得ずに乗っ取りを行うこと自体が既に攻撃行為だからな」

 

「ええ、分かりました

でも彼女の方がすこし混乱してしまうかも知れないので、時間を下さいな」

 

 軽く頷いて了意を示した雄介の前で、彼女は椅子を立ち、それと同時に廃材の山からパイプや板が飛び上がってベッドを形作る。

 

「はい、幽体離脱」

 

するり、と本当に彼女の肉体を残して精神体となったギランボだけが起き上がり

今度はふわりと浮いてテーブルまで戻ってくる。

 

「さぁ、彼女が起きるまでは準備の時間

まずはティーセットを揃えましょう」

 

 四脚の椅子と同じ数のティーカップが揃い、雄介の冷めた紅茶もどうやったのか再び湯気が立ち始める。

 

「何か入っているわけでもないのですけれど、疑り深い人」

 

 ギランボは霊体化してなお夢乃と同じ姿のまま笑って、片手に取った杖を振る。

 

「でも用意しないのも失礼だから、淹れ直させてもらいました」

 

 彼女の声と指先の一振りが超空間の様相を変えていく

夕焼けの公園から都会の片隅の住宅街、その一棟の建物の中即ち夢乃の家に近い姿へ。

 

「落ち着ける場所の方が良いですから……あぁ、普通のお宅にティーセットは似合いませんね

こういう時は卓袱台かしら?」

「ちゃぶ台って……まぁいいが」

 

眠り姫をよそにくだらない話をするうちに目が覚めたのか、今度はそちらが身を起こした。

 

「……んぅ……?」

「これで良いかしら、ねぇ夢乃」

 

「うん……うん?貴女はだれ?」

 

 同じ顔をしている2人が向かい合う。

 

「我は汝・汝は我、なんていうつもりは無いわ、以前一度会っているのだけれど

覚えてはいなかったかしら?私はギランボ、異次元から来た奇夜祭(ハロウィン)の魔女よ」

「ハロウィンの?……えっと」

 

 記憶を辿っているらしい彼女と向かい合ったまま、ギランボは姿を変える

彼女と以前に会った時に取っていたものなのだろう、銀髪長身碧眼の麗女へと。

 

「目を覚まして、記憶を開いて、縁を結んで、3つ数えるの

アン・ドゥ・トロワ」

 

 指先から星を散らしたギランボが三つ数えると同時に夢乃は一気に目を見開いた

精神体のギランボが憑依していた間の記憶をどこかに封じ込めていたのだろう

暗示のキーワードと共にそれを解除したのだ。

 

「貴女、私の体で随分と好きにしてくれたわね!」

「えぇ、楽しいこといっぱいしたわね、遊園地にも行ったし、花鳥園とか港とか色々見て回ったわ」

「そういう事じゃなくって!」

 

 勢い強く言葉を遮った夢乃は今度は急に言葉を止める。

 

「す……スカートが……短い……っ!」

 

 

 

「確かに」(一般的基準よりも短いのは事実だな)

 

 空気を読まない男どもに険しい視線を向ける夢乃と、それが悪いとは微塵も考えていないギランボの姿は対照的。

 

「でも短い方が可愛い事って多いじゃない?ミニスカの方が人の集まりも良いし」

「だからそれが恥ずかしいって事よ!」

 

 もはや彼女は涙目だった。

 

「まぁ今はそれを議論する時間じゃない、まず考えるべきはギランボの影響についてだ」

「うぅ……」

 

 長い長い沈黙が始まった。



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エピソード14 ラプソディ 6

「夢乃はもっと肌を出した方が良いと思うのよ、そんなに可愛いんだからちゃんと見せるべきだわ」

「そんなの私の勝手じゃないですか!」

 

「(……」)

 

 男どもはキャットファイトを流し見ながら待ち続け、その果てに決着がついたのは懐中時計で2時間を過ぎた頃だった。

 

「もうそれで良いからぁ……はぁ」

 

 諦めたのは夢乃の方だ、二時間も続いた議論をようやく打ち切った彼女は疲れ切った顔でベッドへ倒れ込む。

 

「あとね、脚のことなんだけど」

(「「…………」」)

 

 三者が一様に押し黙る一瞬を過ごし

全員で彼女を見つめる。

 

「私は部隊復帰を諦めない、現実(じぶん)には負けないから

必ずこの夢は叶えてみせる」

 

「えぇ、待っているわ

貴女の夢が叶う、その時を」

「でも、それだけじゃない」

 

 共に冷めてしまった紅茶とクッキーを分かち合い、その味に誓う。

 

「貴女と一緒に、私は進む

他でもない貴女自身が認めてくれた金の林檎(私の夢)だから」

「へぇ」

 

 

「茨の道になるわよ」

「覚悟してるわ」

 

「殺されるかも知れない」

「死ぬ覚悟はとっくにしたわね」

 

「生きたまま解剖とかもあり得るわ」

「流石にそれは誰もしないわ」

 

「結局叶わないかも知れないのよ?」

「夢なんだもの、それが叶うかどうかは人次第、でしょう」

 

 ギランボは自らのティーカップを高々と放り投げて、捨てる

カップに残ったままの紅茶がアーチを描き、それが虹へと変わる。

 

「貴女の未来に祝福を、貴女の希望に幸福を

幻想たる奇夜祭の魔女が唱う」

 

 七色の光がやがて集まり、白く変わり、天井が掻き消えて青空へと駆け上り太陽へ。

 

「我ら屍骨と腐肉の饐える墓所よりいでて

かつて栄華ありし館へと歩まん」

 

 夕暮れが駆逐され、廃材は組み変わり

錆びた鉄と腐った材木が生まれ変わる

 

「不幸と悪霊が我らの伴者

憎まれ疎まれ阻まれる敗者」

 

 鉄を炙る火が錆を落とし、鑢がかかり磨き上げられて骨組みへ

落ち枯れた枝華が再び瑞々しく姿を取り戻し、地へと根と葉を茂らせて咲き乱れる

 

「我ら萎えた足で歩まん、

我ら朽ちた喉で語らん

全て、遥か希望(太陽)の元に辿り着くために」

 

 放棄され、朽ちた廃材ばかりが捨てられた廃棄場が生まれ変わり

落ち掛けた太陽は新たにされ高々と昇り。

荒れた荒野は柔らかな草原へ、泥の積もった溝川は花咲く小川へ

かつて遊具や機械だった鉄屑たちは枯れ枝と共に絡み合い、鉄と枝で組まれたガボゼへ

まさに希望を象徴する輝かしい姿へと変わる。

 

「これが貴女の心、今の希望と夢を象徴する世界

さぁ、私を受け入れて」

「うん、一緒に頑張ろう!()()()()()!」

 

 夕暮れに止まった世界に新しい風が吹き渡る。

 

「クラリッサ、それが私の新しい名前なのね」

「可愛いでしょ?」

「言えてるわ」

 

 2人で笑い合う夢乃とギランボ

いや、クラリッサ

そして完全に蚊帳の外になってしまった雄介とザイン。

 

「椎菜君、ありがとう

私を見つけてくれて、クラリッサを捕まえてくれて」

「……それが仕事ですので」

 

 その一言の直後、2人の精神にリンクした超空間が破断し、次元隔壁が穿孔されて通常空間へと放逐された。

 


 

 一方、BURK日本支部では。

 

「空間転移の前兆確認!時空変動帯に振動あり!」

「怪獣あるいは超獣出現の可能性がある、緊急警戒体制!」

「レーダーに反応は?」

「ありません!ステルスの可能性があると思われます!」

 

 

 次元振動に慌ただしく対応していた

無論、全てギランボ改めクラリッサの影響であり怪獣が出現することもなく

ただただ無駄に駆け回るだけなのだが

そんなことを知る由もなく連絡不能に陥っている雄介達を心配しながら現場指揮をとるべく情報を集め出す駒門は置いてあった南瓜の置物を踏んで転び

豊満な胸が地面に押し付けられて歪むさまを幸運な一部隊員に見せつける事になるのだった。



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エピソード15 マクシムス 1

「怪獣出現!エリアはT-9です!」

 

「気温異常上昇を確認、おそらく炎系の怪獣です、高熱攻撃に気をつけてください!」

 

霧島オペレーターの言葉と同時に我先にと出撃していくクルセイダーズの面々

特に平坂はディノゾールに壊されて以来ようやく回ってきた乗機にご執心のようだ。

 

「ですがフリーザー系の武装なんて持ち合わせないですよ!?」

 

 オペレーターが悲鳴をあげるが、それを弘原海が黙らせる

 

「そんなの現場でどうにかするに決まってるだろ、水に落とすなり富士山麓にでも放り込むなりどうとでもなるっ!」

 

 かの伝説のチームZATは航空機から吊り下げた鉄球で敵を殴りつけたりしたし、当時地球にいたポリバケツで怪獣に水をかけるウルトラマンと共闘したのである

酔っ払いに言うこと聞かせる難題を突破した以上は多少の無茶程度ならどうとでもなるのだ。

 


 

 

「研究チームの特派員として現場に同行、ですか」

「そう、課長からの正式依頼だから……あぁそう、パイロットスーツはちゃんと着用するように

クルセイダーは耐G性能が無いと死ぬような動きをするから気をつけなさい」

 

「は、はい!」

 

 着替えて駒門に先導されてクルセイダーズと合流し、よろしくお願いしますの一言だけで後部座席へ

研究チームのお守りなんて付いてないと嘆く徹を尻目に集中する。

 

 出撃の際の轟音と内臓を押しつぶす加速

この時点で尋常ではないほどの負荷が掛かっているが、彼らにはそんなことは慣れっこなのだろう、全く素面と変わらない。

 

「怪獣を発見、アレは……タイプサンドロック?」

「いえバーディアです、種別はパンドン

お達しの通りに火を吐く大怪獣です!」

 

 岩肌のような立体的な造形の目立つ皮膚から岩石型と誤認しそうになるが

やつの頭部をよく見ればすぐにわかる

特徴的な黄色いクチバシと短い腕足

体型だけを見れば胴長な雛鳥だ。

 

「パンドンは高いフィジカルと遠距離まで届く火炎放射が最大の能力です、高機動戦で翻弄するしか無い」

 

「あぁそうですかっ!」

 

 後ろに非戦闘員がいる以上は大きく前に出ることも難しいため、後塵を強いられている徹の不満げな声と共に急加速、敵の頭上を取って旋回する。

 

〈攻撃許可を要請!〉〈攻撃を許可!〉

 

 クルセイダーズの一斉攻撃によって全身を粒子加速ビームに焼かれるパンドン

だが一万度以上の高熱に耐えるパンドンの外皮には目立った損傷は見られない

クルセイダーを含めた高機動型の戦闘機に標準装備されているビーム砲は効果的ではなかった。

 

「あぁもう……ミサイルは!」

「ダメです、まともな攻撃じゃあ奴にダメージは通らない!」

 

そもそもウルトラセブンすら苦戦させるフィジカルの強敵であり、高い再生能力を備えた敵には軽戦闘機が出せる火力では対応できない

炮龍(バオロン)は正式量産化のために中国に送り返してしまった、メンテナンス中のケルベロスは持ってきていない。

 

「まずい……!」

 

 火力不足

 セイバーからクルセイダーに機体を更新し、性能は大きく向上した筈が、何度攻撃してもまるで効果がない事実に打ちのめされるクルセイダーズ

だが、彼らとて歴戦の猛者

効かないからと攻撃を諦めるようではとっくに死んでいるような死線を潜ってきたのだ。

 

〈眼球を狙うっ!〉

〈二機一斉攻撃を行う〉〈追従する!〉

 

 丈治を筆頭に竜弥と平坂も攻撃を再開、生物的には弱点とおぼしい眼球を狙撃し、ミサイルの一斉攻撃で体勢を崩す

パンドンも反撃を試みるも、遠目から徹の放ったバルカンがクチバシを抑え込んで火炎放射を放つ隙を与えない

 

 だが、一方的にやられるほど弱いのでは、大怪獣とは呼ばれない。

 

「ギュシャァァッ!」

 

 爆発的噴火、地面の溶岩を操ったのか

凄まじい火力の噴火が起こる。

 

「うわぁぁっ!」

 

流石にクルセイダーズもこれは予測していなかったのか、大きな回避運動を余儀なくされ

正面に集中していた徹機も爆発の勢いで安定を失ってしまう。

 

「ヤバいっ!クルセイダーがっ!」

 

必死に操縦桿を握る彼の背後で、雄介はペンダントを光らせ無言でザインへと変わり

バランスを崩したクルセイダーを受け止める

さぁ、戦闘開始だ。

 

 

「デュアァッ!」

 

 拳を構えて突進、正拳を叩き込み、鳥頭を深く抉りこむように殴りつけ、正面に踏みとどまってのラッシュ!

 

「クキャァァッ!」

 

 炎を噴き上げるパンドンのクチバシがザインの左腕を捉え、そのまま火炎をゼロ距離発射する

だが、ザインの左腕はスチールどころかアダマントを上回る宇宙チルソナイト・オーステナイト合金、ただの火炎程度ではダメージにならない。

 

「デヤァァッ!!」

 

 スペシウムを宿したスラッガーを念力操作し、直接飛行させて、その双頭を叩き斬る。

 

「……」

 

 最後に首無しになったパンドンの骸を殴り飛ばし、それでフィニッシュだ

上空で爆散するまでを見送り、血の雨の中を帰還する。



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エピソード15 マクシムス 2

「それで、失踪事件の方はどうなったんですか」

 

「はい、八木さんは先日無事保護しました

精神的・肉体的損傷も確認できず、現在は完全に復帰しています」

 

 雄介と話しているのは近くの交番勤めの巡査(オマワリサン)、小森ユウタロウ氏だ

彼は以前からBURKと警察組織の仲立ち役であるが、最近は頻繁に顔を出している

そのため研究課に転属する以前の予備陸戦隊員だった雄介とも面識があり

その縁を引き継いで転属以後もそれなりの頻度で話をしている人物である。

 

「まぁ冷蔵庫の中身は犠牲になりましたが」

 

「……あぁ……」

 

 なかなか家に帰れない警察官であるゆえに幾度かはあるのだろう

日持ちしない食材が悲しい存在へ生まれ変わってしまった経験が。

 

「まぁそんなくらいですかね

大事にはならなくてよかったですよ」

「捜索願いも取り消しですかね」

「そうですね、また明日あたりに事務さんがそちらに伺うと思います

一応事件の記録はあるんですが、こちらもただ寝ている彼女を拾っただけ、というものなので……結論としては夢遊病みたいな扱いになると思います」

 

 本日、日本は平穏無事。

 


 

 先に上がらせてもらえた雄介は家庭教師としてのアルバイトを来月で切り上げることを伝えに毒ヶ丘邸を訪れていた。

 

「それで、大変申し訳ありませんが、一身上の都合により、退職させていただきたい」

「……娘はどうするつもりだね?」

「学習内容については高校2から3年に準じるものまで進んでおります

各教科の習熟度及び内容に於いては支障ないと思われます」

 

 有彩の父親である屋敷の当主が重々しく問う内容を完全に聞き違えている雄介はしゃあしゃあと答えるが、巌雄は一喝して繰り返す。

 

「そういう話ではない!娘の将来はどうすると聞いているんだ!」

「ですから、英才教育としての内容には間違いありません、就職に於いて障害になることは無いと考えております」

 

「……わかった、では良い

今月末をもって有彩の教師役を解任する」

「ありがとうございます」

 

 深く長い溜め息をついた親父さんの一言に頭を下げた雄介は、最後の授業に向けての準備を始めるべく有彩の部屋へと向かった。

 

 


 

 

「あのパンドンなかなかだったのに、すぐやられちゃったよ

ざぁんねん」

 

 喫茶店でコーヒーを飲みながら笑う

溶岩を操る能力は炎系の中でも上位の種族が持つ力、代表的にはキリエロイドやEX化したレッドキングだが、小規模ながら噴火まで起こしてみせるあのパンドンもかなりの強個体だったということだろう。

 

「でも、面白そうなのも見つけた」

 

 女の目に映るのは遥か彼方の毒ヶ丘邸

その一室に、強烈な色を見た。

 

「炎、花、水、それに風なんてのまで

なんでも持ってるなんてずるいなぁ」

 

 くすくすと笑いながら、女は牙を剥いた

 

……支払いは580円なり。

 


 

「それじゃあ今日の授業を始めよう

今日の一限は音楽なので何も無いんだけど、個人的に若干目立ってるから公民にします」

「えぇ?なんでですかぁ!」

 

「残念なことに一番成績が低いからです」

 

 雄介の無慈悲な一言にうなだれる有彩

こんなやりとりもあと3週間程度と考えると気が重くなってくる。

 

「はいまずは教科書の48ページ、日本の経済状況についてなんだけど

このグラフから見ると何が一番目立つかな」

「……国債?」

 

「正解、日本って収入より支出が多い赤字経営が常な上に毎年経済規模を拡大しようと躍起だから毎年国債を作るんだ

債権ってつまり借金なんだけど、これを毎年作ってるってことは……?」

「借金の雪達磨ってこと、だよね」

 

 上目遣い気味にこちらを見遣る彼女を正面から見返して正解と告げ、説明を続ける。

 

「国債は額面と利子と償却期間の要素で構成され、この紙切れが信用によってウン万円の価値を保証される……つまり、何年後かに増えて帰ってくるよっていう約束と何も変わらないものなんだ

でもそれを毎年作って、しかも増えていく

これがどうなるかと言うと……まぁ当然借金地獄さ」

 

 しかし、と雄介は指を一本立てる。

 

「日本の国債は基本的に円建て、つまりは『日本円での価値』なんだ、で日本円に対して通貨発行権を持つ造幣局を持っている日本政府は

『円を作りまくる』ことで自分達の懐を無理矢理潤わせて返済することができる

まぁ実際はデータ上の預金額を上げるだけなんだけど」

 

 円が社会に出回る量が急増すれば猛烈なインフレを起こして物価が急騰し経済的没落の第一歩になりえるという一種の禁じ手ではあるが、借金地獄自体は解決できるのである。

 

「そんで日本は通貨スワップって言う経済的条約を結んでいる国があったり外貨準備高も結構な額でさ、色々安定している国際的信用の高い通貨だから、外国に対しての債権も割と円建てだったりする

 あと日本人ってのは衆愚教育されてて無能豚ばっかりだから、自分達が崖っぷちどころか落ちてる最中でも気づかない

だから経済的な意味での衝撃によるバブル崩壊のような不況は発生しづらかったりもね」

 

 気づく人は逃げ出すのだが、泥舟が沈みかけていても気づかない奴は気づかない

そして社会の大半が『一万円札には一万円分の価値がある』と考えていれば信用に担保された価値を維持することはできる

 

「話が脱線したけど、その債権をどう処理するかってのが毎年議員が話し合ってるけど何の結論も出ていないアホらしい問題なんだ

さて、ここからは考える時間

有紗ならこの膨れ上がる債権をどうやって削る?」

「税収を増やす、かな」

 

「良い方法だ、では税収を増やすためには?」

「税率を上げる?」

 

「それもまた一つのやり方だ」

 

 理想的なやり方では無いが、明確な失敗でも無いであろう方法

もちろん衆愚からのブーイングは避けられないが。

 

「自分でやるなら、経済を加速する

例えば企業優遇の政策を打ち出し、製造系の企業を活発化させることで競争を誘発し、広告とかから購買欲を煽って消費者に大量購入を迫るんだ」

 

 単価を上げるのではなく、薄利多売による収入増加を目指す方法

一気に多量に回収するのではなく、徴税の機会を増やした上で少しずつ僅かに回収することで収入を嵩増しするのだ。

だがそれもまた、インフレの危険を孕む

方法としては一長一短ではあるが、少なくとも好景気という名目に隠し安くはある。

 

「あぁ……嘘だろ」

 

突然端末から鳴った警告音に目を向ければ怪獣出現のアラーム

やや遅れてスマホからは怪獣警報発令の警告が点灯する。

 

「なに?」「行かないといけなくなった」

 

 そこに大きく書かれた名は

タイプバーディア パンドン。

 

「待って先生!なんで行くの!?」

 

 席を立った雄介へ有紗が問うが、雄介は一言だけを置いて走り出した。

 

「これが俺の選んだ道だから」

 

 その言葉に不安を覚えた有彩も慌てて雄介を追うが、そもそも人を抱えて走れるくらいには鍛えている雄介と貧弱引きこもりである有彩では絶対的に速度差があり、追いかけられていることにすら気づかないまま雄介は屋敷を離れていく。

 

 そして正門の裏、敷地内の監視カメラの視界から外れ、門の外からは見えないギリギリの位置に立ち、呼吸を整える雄介。

 

(行くぞ雄介!)

「ああ!ザイン・イグニッション!」

 

 己の首に掛けられた光の鍵を胸に

堅く閉ざされた扉を開き、心の光を解き放つ

全身から雷の入り混じる光が迸り、電子回路を体に備える銀と赤の巨人が拳を掲げて現れた。

 

「先生…!」

 

 どれだけ息が苦しかろうと諦めずに、背を追ってきた少女に目撃されながら。



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エピソード15 マクシムス 3

「ジャァッ!」

 

左腕を前に立て、右拳を握り、腰を落として構える宇宙拳法の型

すぐに跳躍し、飛行に移る

ザインの飛行速度はマッハ3、北海道から沖縄まで3分で行くには十分な速度とは言えないが、近場の山林に飛ぶならば30秒で十分だ。

 

「ギシャァァァッ!」

 

 浅い緋赤色のパンドンは土煙をあげて着地したザインを見て叫びをあげながら突撃してきた!

 

「ダッ!?デヤァァッ!」

 

 無論、拳にはザインも自信がある

宇宙拳法の中でも特にローカル、身体的な特徴を持つ種族がその特徴を活かすためにカスタムした特殊な拳を総称する妙妖拳型に属する赤心貫徹拳はこと防御において極めて優秀である。

 

 双方駆け寄って間合いを詰め、パンドンの叫びと共に突き込まれた嘴を受け止める、右腕で頭を押さえ込みながら左足で胴体を蹴り込み、腕力で空中へと放り投げ、自分も飛翔して拳を打ち込み、そのまま三度打ち付ける

顔面を抉る様な一撃がパンドンをのけぞらせた。

 

「デヤァァッ!」

 

 ザインの拳に光が満ち、そのまま大きく体勢を崩したパンドンの胴体を貫通する

完全に致命傷だ。

 

「クキャァァァァァァッ!」

 

 甲高い絶叫を上げながら地面に落下したパンドンは爆散し、それを見下ろしたザインはそのまま飛び立つ

そして空の果てへと飛んで消えて行った。

 


 

〈反応、消失しました……〉

「クソッ!」

 

 現場に急行していたクルセイダーズも基地へと取って返す、その最中

竜弥が膝を叩いた

 

「どうして……なんでいつも間に合わないッ!」

 

 クルセイダーへと機体を更新し、強くなったはずだった、怪獣の撃滅さえ単独でできる性能を備えた

だというのに、間に合わない

何度も、何度も、出撃してはただ帰るだけ

その苦しみの、何と大きなことか。

 

「クソォォオオッ!」

 

 プロテクターは拳を通さず、その衝撃までもを掻き消して

自責の痛みさえ伝えない。

 


 

「ふぅん……なるほど、やるじゃん……あのパンドン、本命はこっちってことか」

 

 小さく笑って、陰の内へ

女は姿を消していく。

 


 

「先生……先生が、ウルトラマンだったんだ……」

 

 今しがた見た光景が、繰り返し再生される

目に焼きつけられた姿は光へと変わる雄介の姿。

 

「先生……」

 

 怪我を心配する自分、勝利を祝福する自分、帰る彼を待つ自分

さまざまな感情に心を分断しながらも彼女は時を過ごしていく。

 

「帰ってきてね、先生……!」

 

 純粋な応援と純真な心

創傷への心配と傷つく心

そして自分にさえわからない、彼を待つ満たされない心。

 

 燃える様に、沈む様にそして焼け付き燻る様に、彼女の心は傷ついていく。

 


 

「おーい!大丈夫かー!?」

 

 怪獣の撃破後、宇宙からテレポートで帰還してきた雄介はすぐさま門の裏手から屋敷側へ。

 

「先生!」

 

 同じく息を切らして屋敷側から駆け寄ってきた彼女と衝突しないように足を止めて

そっと彼女を受け止める。

 

 

「怪我はなかったか?」

「うん」

 

 腕を回して抱きついてきた彼女を引っ剥がし、時間を見て一時限目はちょうど終わった頃であることを確認する。

 

「じゃあ2限の授業のための準備をしようか」

「ん」

 

 こくり、と頷いた彼女と共に

屋敷側へと歩く

どことなく幸せそうな表情の彼女を見遣り、雄介は次の授業が彼女の得意教科だったことを思い出した。

 

「雄介先生も、怪我してないよね」

「大丈夫、そう簡単に怪我するような鍛え方はしてないから」

 

 大学生(ゆうすけ)の背は、中学生(ありさ)からは大きく見えた。

 

 

 


 

 地面に、水に、浸透する

落ち腐りゆく果実にも、焼け付き焦げる草花にも

我燃える、ゆえに我あり

 

 紅き炎が猛るがままに。



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エピソード15 マクシムス 4

「また怪獣出現です!今度は神奈川!?」

 

「はぁ?ちょっと待てよ流石に一日一回ペースはおかしいだろ!」

 

 ドローンカメラに映った巨大な鳥頭

そう、またパンドンだ。

 

「しかもまたこいつかよ!」

「クルセイダーズは急ぎ出撃、今度こそ現場を抑えるんだ!」

 

 あまりの煩わしさに頭を抱えた丈晴とそれを叱咤する弘原海

強い勢いに背を押され、駆け出していくクルセイダーズ

既に出撃準備は万端だ。

 

「緊急招集を発令、現場対応を急いで!」

 

 とはいえ、流石に三度目ともなれば現場も慣れてくる

これまでの観察によってこの怪獣の行動パターンはおおよそ読めてきていた

そう、近場の避難所やビル街など人の多い場所にはほとんど向かおうとせず、山林や港湾など人気のない場所にばかり出てきては謎の足踏みを繰り返し、ウルトラマンが出現すればそれに真っ先に向かっていく

まぁ周辺に被害が少ないことは良いことだが、これが周囲に気の緩みを誘発していた。

 


 

「またか……ザイン、行けるか」

(雄介、最近は連続変身が続いている、これ以上かさめばまた変身不能に陥るぞ)

 

「……やっぱり体が限界か……」

 

 深く息を吸って、痛む喉奥と脇腹を務めて無視する、そしてもう一度

光へと変わるために

己の胸へと短剣を突き刺した。

 

「ザイン・イグニッション」

 

傷ついた体に掛かる負荷が骨を軋ませ、肉を破断する

光へと変わるその時には全て、溶けて無くなっていくけれど

人へと戻ればまた、深く棘が突き刺さる。

 

「ジャッ!」

 


 

拳を突き上げて出現し、跳躍飛翔するザイン

時間は限られている

ただ地球上での活動限界が3分というだけではなく、雄介の体の限界が近い点を踏まえて慎重に戦わなくてはならない

可能な限りに損耗をおさえて戦うのだ。

 

「デヤァァッ!」

 

 消費エネルギーを削減するため、格闘も抑えて素早くスラッガーで戦うことを選択

着地前にスラッガーを投げて脳波コントロールし、弱点である首を狙いに行く

が、流石にそんな甘い狙いでは通らず、火炎放射で振り払われる。

 

「ヌゥン……デヤッ!」

 

 脳波コントロールしたスラッガーが急曲線を描いて旋回し、パンドンの背後へと回り込み、そちらからの攻撃を警戒したパンドンが後ろを向いたところで急接近し、飛び蹴りを叩き込んでスラッガーを回収

念力で空中停止したスラッガーへと回し蹴りを叩き込み、その勢いを受けて爆発的に急加速したスラッガーがパンドンの胴体を貫通する。

 

「ギュゥゥゥッ!」「クェァァァッ!」

 

 首の片方は悶絶するも、もう片方は痛痒も感じないと言わんばかりに奇声をあげて突撃して来た。

 

 


 

「ちょっとこれを見てください」

「なんだ?」

 

モニターに小さく映ったのは波型パターンのグラフ、咄嗟に何の表示グラフなのかわからずに困惑の声を上げる弘原海に、霧島が補足説明を行う。

 

「これは以前出現したパンドンの生体力場のエネルギーパターンです、

それと2番目がこれで、今出現した3番目の波形はまだ解析中ですがおそらくこうなると思います」

 

「全部同じじゃないか!ふざけているのか!?」

「いや本当に同じなんです、通常双子どころかクローンですら有り得ない精度で完全に一致している、これはつまりですね、この2体、あるいは3体は完全に同一の個体であることを表しているんです」

 

 並べられたグラフのあまりの一致度に激声をあげかけた弘原海の頭は湧水よりも冷たい情報で冷やされた。

 

「つまり奴は」「はい、完全に爆砕しても1日で復活できるクラスⅣの再生能力(リジェネ)を備えているということです」

 

「何ということだ……」

 

 再生能力の極みであるクラスⅤの分子レベルの再集合による復活にまでは届いていないとはいえ、破壊規模が細胞レベルでは再集合して復活するという段階

完全に破壊しても復活するならば、細胞一つ残さずに分解・消滅させるしかない。

 

「ケルベロスの地獄の炎(カノ・エッド)猟犬(ハント)も完全破壊にはスペックが足りません

神虎(シェンフー)ミサイルもおそらく上半身を吹き飛ばす程度です」

 

「ではどうする、アメリカ本部の協力をもってしても細胞以下の単位にヤツを分解することは困難だぞ」

 

凍結性(フリーザー)の武装であれば細胞以下の単位で凍結することは可能だろうが、現在は移送中であるため、時間は掛かる

しかしクルセイダーズでもディザスター級兵器を受領してすぐに取って返すことは出来ないし、したとしても間に合わない

勿論日本支部にフリーザー系の強力な武装は配備していない。

 

「はい、現状ではやはり凍結武装の受領を急ぐほかないかと」

 

「やはり……結局は外野任せか……」

 

 拳を握ることすらできない立場

弘原海には慣れた事であった。



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エピソード15 マクシムス 5

(雄介!こいつは明らかに強くなっているぞ!)

「火炎放射が…痛いっ!」

 

 以前の個体ではザインの拳に傷をつけることさえなかったはずの火炎放射が

いまや明確にダメージを与えている

格闘スキルも向上したのか、ザインの拳に的確に攻撃を合わせて来ている

スラッガーによる奇襲攻撃も実質的に失敗した以上は既に学習されていると考えるべきだろう。

 

「デヤァァッ!」

 

 全身の電子回路から電流を呼び起こし、ザインの拳に黄金の光が流れ出す

空電を鳴らして右腕を肩の位置まで引き絞り、満身の力を込めて殴りつける

レールガンの要領で電磁加速した拳がパンドンの顔面を殴り飛ばす!

 

(ギアを上げるぞ雄介!しっかりついて来い!)

「ああ!……行けるっ!」

 

 普段は強力無比な念力によって体内に抑え込まれているザインの電気エネルギー

極めて不安定ゆえに抑え込むしかなかったエネルギーを解き放つ

常にどこぞへと流れ出し、急速に消耗し、自然に補充することは極めて困難、体を構築するエネルギーという点に於いてこれ以上使い勝手の悪いエネルギーはない

だからこそ、他を傷つける武器としては一流。

 

(「エレクトリック!)」

 

 超高速移動で背後を取ったザインが今度は電磁加速した左脚で背を削ぎ取るように蹴り上げ、垂直に吹き飛ばし、さらに上に回って地面へと蹴り落とす。

 

ザイナスフィア

 

 スペシウムマイナスエネルギーは左腕に、スペシウムプラスエネルギーは右腕に

抽出され、分解された不自然なエネルギーが安定を求めてスパークし、引き合い

そしてフォトンへと転化する。

 

 

 丸ごと爆散したパンドンの死亡を確認したザインはすっと飛び立ち

戦いの疲れを癒すべく家へと帰っていった。

 

 


 

「いってて……」

 

 パンドンの嘴が突き刺さった右肩と火炎放射に炙られた左腕

さらに変身の蓄積ダメージによって軋む全身の骨、今夜は長風呂が確定したという所だが、雄介も腹は減るし眠りもする、何より明日はまた大学と毒ヶ丘邸に赴かねばならない

今のうちに準備が必要だ。

 

「……」

 

 念力で参考書や資料の束を動かして多少楽をしながら準備を済ませた雄介は

久方ぶりに思える濃いコーヒーを口にするのだった。

 

「まだ昼間だしな……」

 

 流石に即寝落ちというのはていが悪く、たまたま予定のない日であっても生活リズムは守らねばならない

丁度パンドン戦に緊急招集もかかったことだし、応じないのはそれだけで給料泥棒扱いで懲戒もあり得る重大な服務規程違反になる

パンドンのせいで火傷を負った(事実)ということにしておけば問題はなかろうが、一応現場にいた証明はできるようにしておかねばならない。

 

「移動するか」

 

 運転免許と財布を携えたヒーローがバイクのエンジンを吹かすまで、あと2分。

 


 

「これより、第Ⅳ分類(ディザスター級)兵装、ポラリスレイの引き渡しを実施する

立ち会いは私、アメリカ本部車輛科(ロッジ)次長(サブマスター)、ジョン・ケンタッキーが務める」

 

一方その頃、ついに凍結性の武装であるディザスター級、北極光(ポラリスレイ)が日本支部に引き渡されようとしていた。

 

「受け取り証明書にサインを」

「日本支部長代理として、整備科(メカニカ)科長(マスター)陣内啓司が第Ⅳ類兵装を受領する」

 

「兵装の納庫、および署名捺印を確認した、これを以て当該兵装の移管を完了したものとする」

 

 形式的なやりとりだが第Ⅳ分類、災害(ディザスター)級の兵装は扱いを間違えば火山を氷土に、森林を砂漠に、ビル街を荒野に、山岳を峡谷に変えかねない力を持つ危険な兵器

管理責任者も仰々しいと知りながらでも、なお慎重にならざるを得ないのだ。

 

「おつかれ、また今度飲もうや」

「……当分仕事ばっかで飲めなそうだ、すまんな」

 

 日米は安保条約やBURK本部と怪獣最頻出という立地の関係で共同作戦の多い都合上

お互いの支部・本部で人員に顔馴染みも多いのだった。

 


 

 翌朝9時頃、出勤して来た雄介は

 

「せんせぇ!」「あいってぇ!?」

 

思い切りハタかれた左腕の痛みに悲鳴をあげることになった。

 普段なら何の問題もないが、昨日の3戦目で明らかに火力の増したパンドンの火炎放射に焼かれたことで左腕には火傷が残っている

彼女は普段の感覚でペシペシしているつもりなのだろうが、そっと触れても引き攣るような痛みを感じる火傷の跡に直接攻撃は効きすぎる。

 

「先生?……大丈夫?」

「…いやなんでもない、大丈夫だ」

 

 明らかに顔色の悪い雄介の無理な台詞には流石に気づいた有彩が伺うように雄介を覗き見て、そして気づいた。

 

「先生また、怪我したの?」

 

「…………」「黙るな」

 

 流石に教え子に嘘をつくわけにもいかず、黙り込んだ雄介の左腕に彼女の指が握り込まれ

咄嗟に上がる声には耐えたものの、引き攣る表情は明白にそれを答えとして明かす。

 

「したんだ」

 

 流石に中学生の少女の腕力程度では傷口を抉るほどのところまではいかない

しかしだからと言って痛くないわけではない。

 

「パンドン戦ではちょっとしくじってな、うっかり……」

「それで、また火傷したんだ」

 

 怪獣にも防衛にも熱を使う攻撃手段は多く、だからこそ傷もそれに偏りやすい

一番堅い部分であることも相まって、雄介とザインは敵の攻撃を左腕で受けることが多く、そのフィードバックダメージもまた同じ箇所に現れる

雄介が左腕に火傷を負うのはこれで3度目なのだ。

 

「ちゃんと処置は医務官の人にやってもらったし、軟膏とか色々もらったから、これもすぐに消えるよ、だから大丈夫」

「……なら、いいけどさ」

 

「あぁ……それより、今日の一限は英語だよ、ちゃんと宿題やった?」

「勿論、終わってるよぉ」

 

 雄介は手早く話題を逸らし、そして敵からも目を逸らす

連続で出現するたびに強くなるパンドン、蓄積するダメージ、勝てなくなる日は近いかもしれない

そんな悲観的思考を、今だけに向けることで誤魔化して

雄介は家庭教師として教鞭をとった。



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エピソード15 マクシムス 6

「先生……やっぱり怪我してる、それにまた火傷……」

 

その夜、ベッドの中で

有彩は蛆虫のように蠢いていた。

 

「今度は怪我しないなんて言ってたけど、絶対嘘、次も怪我する」

 

驚異的な勘であるが、有彩は変身しなくても前線に出て行く雄介の性格を踏まえた上で、現状を極めて正しく評価していた。

 

「先生はこれからも怪我し続ける

それにずっと前みたいに戦って、戦って、戦って……」

 

 死ぬ、その一言だけは

ただの睡話でも語れない、奇妙なまでの現実感を伴っていた。

 

「先生……」

「いつか死んじゃいそう、かしら」

 

 言いたくなかった一言が、誰かによって唱えられる

知らない声

余人入らぬ寝室にあるはずのない声。

 

「誰っ!?」

「お姉さんかな?」

 

 黒い長髪とコート姿の女性

閉じたままの窓の内側に立っていたのでなければ、美しかっただろう姿。

 

「愛してるんだよね、好きなんだよね雄介のこと

なら、ちゃんと行動で示そうよ

 

創傷同調(ウルトラウム・シンクロナイズ)

 

震えて

 

赤く、痛い傷が

 

裂けて

 

燃える

あぁ、ここは寒い


 

「……あぁ……」

 

 敢えて薄めに淹れた緑茶の二杯目を飲み干して、スーパーで仕入れたトンカツ(半額税抜200円)をレンジ加熱

余熱を利用して鰹出汁で卵綴じを作る簡易カツ丼とこちらもスーパーで仕入れた『半日分の野菜』が売り文句なサラダ(税抜230円)に箸をつける。

 

「よし、いただきます」

 

 ワンコインでそれなりの夕食を拵え、明日の予定を確認しながらキャベツを噛む

予備隊員といえど給与は出るため、そこまで厳しい生活ではないが

貧乏苦学生には一生物の根性が染み付いていた。

 

 

「?」

 

 一瞬、背筋に走った悪寒を頭を振ってやり過ごし、雄介は新しく茶を淹れるのだった。

 

 


 

「で、朝っぱらからこれか……」

(雄介、もう本当に体が保たない、次変身したらしばらくは変身不能になるぞ)

 

 うるさく鳴り続けるアラームは常の目覚ましとは異なる怪獣警報

耳障りなそれを止めもせずに走り出し、目指すはパンドンの暴れる山際

オフィスビルの集中する市街部や避難所に指定されている学校に隣接する山の上で戦うなど正気の沙汰ではないので、奴をどうにかしてそこから引き離さなくてはならない。

 

(わたしは反対したからなっ!)

 

「イグニッション!」

 

 肉体の悲鳴を押し退けて光へと変わり、すぐさまに構える、もはや肉体には一刻の猶予もない

すぐにでも決めなくてはならないが、すぐに大技を使うのは下策中の下策

まずは隙を狙わねばならない!

 

「ジェァァッ!」

 

 電撃と陽光のエネルギーが迸り、肉体の結束を失いかけながらもスラッガーに力を注ぎ込む

 

「デェイッ!」

 

ライトニングスペシウムソード

 

 

 念力による肉体結束が半ば解かれ、その出力で無理矢理にスペシウムソードを維持する

持ちの良いスペシウムソードだとはいえ、電気エネルギーの燃費は劣悪

必殺の一撃のために取っておかねばならない。

 

「……ディアッ!」

 

 左手のスペシウムソードを維持しながらドロップキックを放ち、飛行能力との組み合わせで連続空中攻撃

初めて見る攻撃には防御が追いつかないのか、パンドンはされるがままに殴られて吹き飛ばされる

 

「ディ……デェヤァぁァァァァッ!」

 

 再び大きく蹴り抜いて市街地周辺から吹き飛ばしたパンドンの中心部にスペシウムソードを突き刺し、エネルギーを流し込んで

そのまま右上に逆袈裟に切り上げ、背を向けて振り切る。

 

「ギュァイァァァァッ!」

 

 使用したエネルギーの量が量なだけにザインもカラータイマーを鳴らしながら

背後で起きる爆発に乗って飛翔する

 

その時だった。

 

 

「ギュゥイジシイィィィッ!」

 

 爆発四散したはずのパンドンが再び炎の中から立ち上がってきたのだ。

 

「デ……デュァッ!」

 

 ザインも再び構えをとるが、カラータイマーの示すエネルギー残量は既に限界、もはや一刻の猶予もない。

 

「間に合ったァァァァッ!」

 

 空を切り裂く蒼い閃光がパンドンを貫き、その全身からありとあらゆる熱を奪う

パンドンは巨大な氷像となって再びその動きを止めることになった。

 

 


 

 作戦室に、霧島オペレーターの声が響く。

 

「やつはポラリスレイによって一旦完全凍結しました、これは事実です、しかし依然としてエネルギー反応は消滅しておらず

一度著しく減少した内在エネルギー量も増大を続けています

現在は休眠状態であっても、いずれは氷を割って活動を再開するものと思われます」

 

 正面モニターに表示された予測復活時間は8時間後の18時17分

ディザスター級の凍結武装である永久凍結光線を受けてこれである

どれほどのエネルギーを内蔵していたのかなど考えたくもない。

 

 

「やはりか……!」

 

「しかし現状、マクスウェル熱分子分布偏移装置の燃料枯渇のため、ポラリスレイは再使用不可能

アメリカにも予備燃料棒は置いていないそうで、作成には1年掛かるとの話です」

 

「でもそれじゃあ間に合わない……」

「そこで、我々が提案する作戦は以下の通りです」

 

モニターに新たに表示されたのは

氷漬けのまま宇宙に垂直上昇していくパンドンのイメージ画像

そしてその足元にはGRAVITYの文字

重力偏向板を使用した宇宙への質量投擲、つまりは違法投棄であるが、相手がまともに倒せない怪獣であるならこれを視野には入るだろう。

 

「このように、8方位から同時に重力偏向板による抗重力を展開することで通常限界の6Gを大きく上回る出力を発揮することが可能となります

ただ同時に偏向板を起動するためにはそれぞれの箇所に人員を配置しなくてはなりません

またパンドンの周囲200メートルほどの至近距離にまで近づかねばならないため実行する作戦人員は非常に危険です」

 

「……なるほど」

 

 作戦の概要が共有されたところで承認の是非を問う霧島に厳しい目を向ける弘原海。

 

「代案はあるのか?」

「いえ、残念ながら」

 

 つまり、これ以外にはもっと非人道的な作戦しかないという言外の言葉に瞑目し

そして周囲を見回す。

 

「わかった、作戦を承認する」



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エピソード15 マクシムス 7

「オペレーションフェニクスインザコフィン発令!総員配置を確認してください!」

 

「こちらポイント4問題なし」

 

 急ピッチで行われた重力偏向板の設置は日本の建設業者の驚異的技術力によって恙無く終了しており、その起動装置は高さを揃えた周囲の残存ビルの屋上やベランダなどに設けられていた。

 

「……日暮れに合わせて作戦開始、自分の仕事はタイミングあわせてデカいスイッチレバーを下ろすだけ、簡単だな」

(それで済むなら良いんだがな

忘れるなよ、今はエネルギーも枯渇して体力も限界、まともには戦えないんだからな)

 

「そりゃあもちろんわかってるよ」

 

 パンドンの背部にあたる側面、ポイント4に単独で配置された雄介はコーヒーの魔力(カフェイン)に頼って意識を保つという荒技を使いながら変わらぬパンドンの背中を睨みつける

今は16:45、作戦開始時刻17:00に合わせた配置が完了したその頃だ

突如として、地響きが鳴り始める。

 

「な、なんだ!?」

 

 予測よりもはるかに早く、パンドンの復活が始まった

そしてその衝撃のせいで、小柄な少女の足音を聞き逃した。

 

「ぐ……ぁ……」

 

 灼熱の塊を押し付けられるように、熱を感じた雄介の体側に突き立ったのは、つい先日まで調理台に載って俎と菜箸を相棒としていたはずの肉切包丁

もっとも、自分の横腹に突き刺さったものなどよりも、なによりもまず雄介に衝撃を与えたのは

それを握り、なおも笑う少女の姿。

 

 

「そん、なッ……! どうして、こんなッ……!」

 

 その瞬間、氷を内から砕いたパンドンが復活し、先ほどまで纏っていた冷気を上書きするように高熱を纏い始める

こうなってはもはや手遅れ

今になって重力偏向板を起動してもやつは自力で復活してしまうに違いない。

 

「ひ、ひどい怪我だよね、雄介先生。そんなにひどい怪我なら、もう戦えるわけない、よね? 私だけの雄介先生で、居てくれるよね……!?」

 

 泣きながら笑う彼女は金色に霞んだ狂った目をして

もはや物質化するほどの負のエネルギーを全身から放出していながらも

乱れた髪も黒く美しく、指を通せば滑らかな

幼げな顔に似合わぬ豊かな体を持った少女

 

そう、毒ヶ丘有彩だった。

 

(有彩のマイナスエネルギーがあの怪獣を……!? ここまで濃くならないと、ウルトラマンの俺すら気付けないなんてッ……!)

 

(雄介、無理をするな!

致命傷ではないが重傷だぞ、すぐに処置を行わねば危険だ!)

(いやだめだ、すぐに仕留めなくては

有紗のマイナスエネルギーがパンドンに流れ込んでいる、このままでは有彩も精神力を吸われて死んでしまう)

 

 そう、本来なら怪獣を呼び寄せ、アキレスの残した『盾』のいまだに残るバリアを突破させるための呼水に過ぎないエネルギーを既に顕現した怪獣へと繋いだ結果

イレギュラーとして発生したこの状況

彼女のマイナスエネルギーを際限なく吸収してパンドンは常に強くなっていく

そして、エネルギーを奪われる彼女は……。

 

「えっ……雄介先生、まさか、まだ戦うつもりなの……!?」

 

 死んでしまうのだから、その前に。

 

「そんなの、そんなこと出来るわけないじゃん! だって先生、私にお腹刺されて……ひどい怪我してるんだよ!?」

 

 そう、その前に、奴を屠らねばならない

だから、今は。

 

「そんなことは関係ない……!」

 

「そんな身体で戦うなんて無理だよっ! だって私、そのために先生をっ!」

 

 狂った目をした女の声は、もう雄介に届いていない、今まさに溢れゆく血の一滴すらも

奴を倒すために捧げんとする

恐れを知らぬ戦士に、乙女の声は届かない。

 

「ダメだよ……ダメだよダメだよそんなのッ! 雄介先生はもう、ウルトラマンなんてやらなくていいのッ! これからもずっと、私だけの雄介先生でいてよッ! あんなところになんか、もう行かないでよッ! なんでBURKが居るのに、雄介先生まで戦わなくちゃいけないのッ!」

 

(征くぞ)(無理だ雄介!これ以上体に負担が掛かれば死んでしまうっ!)

 

(たとえ我が身が朽ちるとも……守るべきもの背に立たば)

 

 命を捨ててでも戦う覚悟を決めた鋼の闘士、そんな彼が、震える足に力を込めて立ち上がろうとする姿に、有彩は胸を打たれ――再び包丁を握り直していた。

 

「……あ、あはは、そうか、そうなんだ。雄介先生は、お腹刺されたくらいじゃ諦めてくれないんだ……! そりゃあそうだよね、今までずっと私達を守ってくれていたウルトラマンなんだもん……! これくらいで止まってくれるわけなんてないッ……!」

「有彩……!?」

 

「ごめんね先生、気付かなくて

先生を止めるなら……足の腱を切ればいいんだって!」

 

 血塗れの包丁を握った彼女は華のような笑顔を作って、確実に雄介を止める策を実行に移す

その瞬間。

 

「そこまでだッ! 大人しくしろ、毒ヶ丘有彩ッ!」

「あうッ!?」

 

 背後から突如として奇襲を受け、策は潰えた

その奇襲を仕掛けたのは―小森ユウタロウ巡査だ

一撃で手元の包丁を叩き落とし、そのまま彼女を投げると素早く手錠をかけて、足元に転がった包丁を片足で圧し折った。

 

「小森巡査……!? いや、あなたは……!」

 

 尋常ならざる怪力を以ってでなくばあり得ぬほどの一撃、そして全く異なる気配

その気配には覚えがある。

 

「全く……詰めが甘いぞザイン。灯台下暗し、とはよく言ったものだが……注意深くこの娘を見ていれば気付けていたはずだ。女心に鈍いからこういうことになるのだと知れ」

「クライム教官……なのですか!?」

 

 人が聞けばお前が言うなと返されるだろうが、事ここに絞れば正論極まりない

少女を締めながらでさえなければ正座で説教でもしているといった風情だが

そんな余裕はここにはない。

 

「ぅうっ! 離せこのっ、このおぉッ!」

 

 運動不足気味な少女としてみれば異様なほどの出力でユウタロウを弾き飛ばそうとする有彩

相手がプロレスラーやウルトラマンでさえなればそれも叶うほどの力であった。

 

「待ってくださいクライム教官、その子は……!」

「あうぅうッ! 離せ、離してよおッ! 私は、私は……雄介先生を止めなきゃいけないのにぃいッ!」

「……辛い思いをして来たという過去は、今の悪事を正当化出来る免罪符ではないッ! そこを履き違えるなッ!」

 

 マイナスエネルギーによる力は世界のエントロピーが増大すればするほど強まる

負の感情が強まれば強まるほど、彼女自身の肉体の出力も増していく

だが、それは一時的なものに過ぎず

力を出せばそれだけ強い負荷が体を傷つけていく

無理にユウタロウを退かそうと力を込めることは、彼女自身の肉体損傷に繋がる

だからこそ、雄介は状況を即座に終わらせなければならない。

 

 

「ぐ、うッ……おぉッ!」

 

 避難指示の出ていた範囲を超えるほどのエネルギーを発揮したパンドンの火炎が街を焼き、ビルを倒壊させてゆく

状況は有彩や雄介だけの話ではない

奴を止めなくてはならないのだ。

 

 雄介はビルを離れて走り、パンドンの元へと急ぐ

彼我の距離は200メートル、短い距離だが、傷を負った体で走るにはあまりに長い。

 

 

「……!? おい、待てザインッ! 間も無く救急車と応援の警察官が到着する、お前は安静にしていろッ!無理に動けば傷が広がるぞッ!」

「先生、雄介先生ッ!お願い行かないでぇッ!」

 

 二人を置き去りにして、戦士の剣が光に満ちる

街を焼く炎を映す鏡のように

どこまでも赤く、赤く、赤く。

 

(すみません教官、ごめんな有彩……! 俺が、俺がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかったのにッ……!)

 

 燃え盛る街の中を駆け抜け、パンドンの巨体を仰ぐ彼は。誰も責めることなく、ただ己の責任を完遂することにのみ心血を注ごうとしている。

 

(だからせめて……奴だけは、奴だけは俺がッ!)

 

 

「ザイン――

――イグニッションッ!」

 

 



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エピソード15 マクシムス 8

「ジュァァッ!」

 

 変身を終えてなおも金色の粒子が舞い、全身から光が零れ落ちていく

もはや念力による身体結束さえも維持できないほどに衰弱している

そんなことは関係ないとばかりに飛行能力で加速してパンドンの懐に飛び込み、そのまま連続殴打を叩き込む

都合17発、連続で叩き込まれた拳

以前のパンドンならば跡形もないであろうその連撃。

 

 だが、有彩のマイナスエネルギーをふんだんに吸収していたパンドンの耐久性は、ザインの見立てを遥かに凌いでいた。

 鉄拳の乱打を浴びながらも、一歩も下がることなく耐え抜いていたパンドンは、カウンターのボディブローをザインの腹部に叩き込んだのである。

 

 先ほど有彩に刺された、腹部を。

 

 

「「ギシャァァァッ!」」「……グゥアァアッ!」

 

突き込まれた一撃に耐えかねて倒れ込んだザインを見下ろしながら、パンドンは追い打ちを仕掛ける

火山岩すら蹴り退ける脚から繰り出された蹴りが頭部を直撃し、額の緑雲母が破片となって砕ける

エネルギー漏出がいよいよ以って致命的となり、ザインのカラータイマーが鳴り始める

その時。

 

「クライム・イグニッションッ!」

 

 炸裂音と共に、光が降り立った。

 

 光の国に於いては希少な体色である紺色のラインが紋様を描く銀の巨人

レッド族よりの顔つきと体内埋め込み式のカラータイマーを有するその巨人は光の国宇宙警備隊訓練校格闘科教官、人呼んでウルトラマンクライム。

 

「シュァッ!」

 

 ザインと入れ替わって戦闘を開始したクライムの繰り出す拳は、弾かれることなく敵の芯を捉えて押し退け、焼けたビルの残骸へとそれを打ち飛ばす

倒れ込んだパンドンもすかさず起き上がって火炎を発射するが

散弾も放射も爆発も、どんなに火を吐きかけても通じない

やがてパンドンの下へ歩いて到達したクライムはチョップ一撃で二つの嘴を吹き飛ばし、その再生よりも早く。

 

「アトミック――クライムッ!」

 

 明瞭に、地球人に聞き取れる発音と共に、右拳が振り抜かれ、パンドンの胴体を貫通する

ザインの拳を全く受け付けないほどに強化されたパンドンをさらに上回る一撃だ。

 

「ダメだ!それではまた!」

(いや、これで良いのだ)

 

 脳裏に響く彼からのメッセージ。

 

(周りを見るがいいザイン、青年)

 

 新たなウルトラマンとその圧倒的な力、強化されたパンドンをさらに圧倒する姿

まさしく希望の象徴が燦然と輝くそこに、絶望の暗雲はない

有彩がついに精神限界を超えて意識を失った事もあり、開戦当初ほどの能力は発揮できないパンドン

これならば、確かに。

 

(この状況なら!)

 

(一撃で焼き尽くすのだ、完全に

細胞一片たりとも残さず!)

 

(クライム教官ッ……!)

(……今さら退けと言っても、どうせお前は聞かんのだろう? ならば最後の一撃くらいは付き合って見せろ、この私に逆らったからにはな!)

 

(……はいッ!)「行くぞッ!」

 

 テレパシーを打ち切ったクライムの両腕に集う光の粒子、掲げられた右腕にはプラス、交差する左腕にはマイナス

正負のスペシウムエネルギーが衝突し、スパークする

原子崩壊によるフォトンのエネルギーをさらに濾過して

破壊の力を一極集中する。

 

 ザインもそれを横目に見ながらスペシウムを流したスラッガーを投擲し、念力により座標を固定

その両手にもスペシウムが収束し、光の球体を生成する

 

 

ライズアップ光線

ザイナスフィア

 

 ウルトラ戦士の光波熱戦と重粒子砲を受けたパンドンは今度こそ再生の追いつかないダメージを受けて爆散し

その破片一つ一つすらとらえる爆発によって霧散した。

 

 

(……申し訳ありませんでした、教官。俺は有彩のことを何も……)

(我々ウルトラ戦士の中にもベリアルという者が居たように、地球の人々も決して善き者ばかりではない。

……その前提を踏まえた上で、我々は彼らと向き合わねばならん。心して掛かるのだぞ、この地球でウルトラマンと名乗るからにはな)

 

 厳しい言葉と共に与えられる激励

響くタイマー音と共に、彼は蒼い宇宙へと飛び去っていった。

 



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エピソード16 眠り 1

「で、繰上げで退職ってこと?」

「あぁ、結局有彩も逮捕されちゃったし、教える事も無いからな」

 

 BURK日本支部併設の病院、変身解除後の肉体負荷で死にかけていた雄介はビル崩落に巻き込まれた他隊員と同様そこ

に回収されて命を拾っていた。

 

「……コーヒー飲む?」

「無理、刺激の強い飲料はダメなんだと」

 

「そっか、じゃああたしが飲みたいから買ってくる」

「これ見よがしに飲むのはやめてくれよな」

 

 明がベッドの横から離れると同時に雄介は枕に倒れ込み、そのまま深呼吸を繰り返す。

 

「……はぁ……クッソ……」

 

(生きているだけで幸運と考えるべきだな、雄介の肉体負荷は実に深刻だった

1ヶ月は諦めた方が良いだろう)

 

(そういうもんかね)

 

 コーヒーすら飲めない生活を一月というのは長いが、連続変身の代償といえば短い程度だろう。

 


 

「大学どうするつもりなのかな、あれ

小鳥と一緒にダブるの?」

 

 病室を離れて廊下に設置されていた自販機で缶コーヒー……ではなくカフェオレを購入した明がボヤく

流石に留年にまでは付き合っていられないが、数少ない友人たちを取り残したくはない

ただでさえ二度と会えない友人も多いのだから。

 

「全く……バカどもめ」

 

 カフェオレを開けて一口。

 

「あっつ!?」

 

 どうやらここにもバカはいたようだ。

 


 

「……あぁ厄介だなぁ……」

 

 警察の家宅捜索で荒らされ切った有紗の部屋、インテリアから花瓶から無数のファイル、さまざまな書類、本や古い人形、そこにあったはずの品々はみな押収され姿を消し、来年あたりには捨てられて

そして二度と帰ってはこないだろう。

 

「入院なんてされちゃったら看病できないし」

 

 林檎を剥きながら笑う。

 

「おかゆかな、うどんかな…やっぱりリゾットとかかな?でも味わかんないよね」

 

 剥き切った林檎を8等分にして、その一つを口にした彼女は

残りを全て放り捨てる。

 

 

「食え」

 

 彼女の命令と同時に地面に落ちる林檎たちは、そのまま影の中へと沈んでいく

いくつかの星の住民たちが可能とする侵影能力(シャドウ)だ。

 

「ゆーくんにもあげたかったけどね」

 

 彼女の能力を以ってしても流石に病院に侵入することは難しい、できないわけではないが危険は伴うだろう。

 

「来い」

 

 未だバリアに阻まれたままの彼女のしもべを呼び、そしてうなだれた。

 

「まだかぁ……」

 

 

 

「まぁ取り敢えずしばらくは放置かな」

 


 

「しかし、結構見舞来ますね、彼」

「そうね」

 

 霧島が書類整理をしながら横の駒門へ話しかけるが、返事は渋い。

 

「あんまり交友関係広いわけじゃないそうですけど、なんででしょう

今日だけで2件目だそうですよ」

 

「まぁ、人徳でしょう

あなたもそのくらい見舞いが来ると良いけれど」

「よしてくださいよ、俺の友達なんてもうみんな死んじまいましたって」

 

 軽く笑ってお互いに話を流し、また仕事に戻る。

 

「……生命エネルギー反応増大?……いや消えた」

 

 霧島の見つめるレーダーの反応が一瞬だけ大きく上昇したものの、すぐに消えてしまった

レーダーのブレや誤認はよくあるが、逆に宇宙人などになる干渉で反応が一瞬しか残らなかったという疑いがあるため、基準値を一瞬でも超えた場合は警戒する必要がある

霧島はすぐに緊急回線を開いた。

 

「緊急報告、緊急報告

生命エネルギー感知レーダーに反応あるも消失を確認」

〈了解、疑い晴れるまで第二種警戒体制、レーダー監視待機を厳とし待機せよ〉

「了解」

 

 3日に一度はあるような事務的な報告と同じ程度には事務的な返事

端的でかつわかりやすく具体的な指示だ。

 

「今日はなんですかねぇ……」

 

 机に貯まった書類を片付けながら聴覚にも気を配る

今回のパンドン事件では重傷者も複数出た上、地区の道路や建物にも被害が出てしまった

いくら時間がない中で急場凌ぎの作戦だったとはいえ前提から破綻してしまえば仕方ないの一言では済まされないため、また締め付けが厳しくなるかもしれない。

 


 

おまけ

 

本作では『ウルトラマンの体表色はエネルギー量で決まる説』を採用しています

これはエネルギーが少ない方から

黒→青→銀→赤→金の五段推移で順に増えていくという説です。

 

この説には体表のエネルギー量が高ければ格闘戦向きのレッド族、逆なら頭脳戦向きのブルー族、平等に流れていればマルチ対応なシルバー族

そしてエネルギーが充溢している時はグリッター(金色)と、ある程度種族ごとの能力性質に説明がつけられる利点があります。



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エピソード16 眠り 2

「ウルトラマンめ、余計な事を……」

 

転送装置を片手に、鎧姿の男はつぶやく

いや違う

甲冑を纏ったように見えた姿はその男の生体装甲に過ぎなかったのだ

生まれをサーペント星に持つ男

地球風に呼ぶならば、サーペント星人アコナ。

 

「パンドンといいホーといい、厄介な星なだけあって怪獣も強力

捕まえて見たかったところだ」

 

 挙げた二体は共に体の90%以上が水で構成される自分の性質とは相性の悪い怪獣であったことから自分が運用することはないにせよ、売り飛ばせば相応の収穫にはなっただろう怪獣だった。

 

「だというのに!

このままでは円盤代さえ賄えない、せっかく100年ローンを組んだというのに……と、いっても無駄か……」

 

 彼はこの遠征のためにわざわざ円盤を新形にしたというのにまるで役に立てていない

どころかこれで丸二年は祖星に帰れてすらいない

アキレスの盾のバリアが健在なうちはワープでさえまともにすり抜けられないことは彼自身が実証済みなのだ。

 

「あぁ、しかし地球の中でも特に水が良い日本を潜伏先にしていてよかった

でなければとっくに肉体を維持できなくなっていただろうな」

 

肉体の90%以上が水という性質上、水質が良い場所こそ望ましい

しかし、流石に名水といえども純度が高いにも限度はある

数年を地球で潜伏し続けた彼の肉体には既に不純物が限界寸前まで蓄積し、ひどい体調不良を誘発していた。

 

「連絡記録

地球時間西暦2057年、11月30日

天の川銀河標準時11.40

経時劣化による体水分子汚濁は厳しく、もはや肉体は限界に達した、私はこれより一か八かの賭けを行う

付近の病院に潜入し高純度精製水を入手、あるいは地球人の肉体へと憑依しての復調の試みである。」

 

 彼は円盤の中で、記録装置に向かって最後になるかもしれない記録を残していた

同族やそれでなくともボーグ星人のような近縁の星人に発見されればその記録が持ち帰られるであろうと信じて。

 

「もはや作戦と言えるほどの計画性はないため、これは賭けである

我が命を懸けた賭けをこれより実行する」

 

 多少状態が悪かろうと、生体融合する事でお互い回復することができるのは周知の事実

病院という施設には体調が悪化した人間がいる

その中でもいくらかマシな状態の個体に憑依すれば行動自体はできる程度にはなるだろう

その後は高純度精製水を確保して自分自身の状態を万全とは言わずとも回復させたい。

 

「記録終了、我が最期の記録を発見した人物がいるのなら、サーペント1076-74の12へ、運んでくれるなら幸だ」

 

 最後の言葉を記録して、記録装置のエネルギーをカットする

もう幾許もないエネルギーはできる限りに節約しなくてはならない。

 

「せめて純水か人体、どちらかだけでも……」

 

 環境の違うこの星では純粋な水はなかなか手に入らない、降下成功後約1年は円盤も正常に動いていたために問題はなかったのだが

ノーバが無差別に降らせた赤い雨の影響で急速にフィルターが劣化して濾過装置がやられ、純水の精製が不可能となり、燃料不足でイオンジェットエンジンも使用不能になってしまった

そして離脱できないままモタモタしているうちにクトゥルフが現れ

アキレスの盾がバリアを展開して、強行突破を試みるも失敗、不時着で今度は発電主機まで破損した結果、私は地球に幽閉され枯死を待つだけの哀れなサーペント星人に成り果てたわけだ。

 

「……行動を、開始する」

 

 怪獣ハンターとしてそれなりに戦ってきた彼のサーペント星人は

素早く思考を切り替え、賭けを開始した。

 


 

「暇だなぁ……」

 

 脳内でテトリスやクロスワードを解きながら知恵の輪をカチャカチャ弄り回す雄介

自分で設定して自分で解くのはなかなか苦痛だが、たまに用意していなかった回答が出てきたりすることもあるため、彼は暇潰しにこれを活用していた。

 

(これを機に鍛え直したいところだな

雄介の身体にばかり負荷をかけてはいられない)

 

(それはいいや、俺も入院期間は鍛え直すよ)

 

 こうしてBURK入隊試験の時は自分の運動不足を実感した雄介も都合よく暇な時間ができた事で本格的な錆び取りを始めることにしたのだった。

 



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エピソード16 眠り 3

「……うぅーん、なんの反応もないですねぇ……」

 

 報告後、一時間ほど複合レーダーの監視情報を見つめていてもなんの反応もない

反応が出た座標も録に絞り込めず、これは流石にスカと考える方が良いだろう。

 

 規定の警戒時間を過ぎてもしばらくレーダーを見つめながら仕事を続け

ついに日が暮れるというその時に、わずかながら持続的な反応をとらえた。

 

「緊急連絡!複合レーダーに反応あり、反応即時消失せず!隠蔽工作を施された敵性体と判断!」

〈その反応の座標は!?〉

 

「あまりに微弱なため、絞り込み切れていませんが、おそらくT-20〜23と思われます!」

 

 ヘッドセットから聞こえる弘原海の質問に対して答えたのはBURK日本支部基地に程近い座標、敵はすぐ近くにいる可能性が高いのだ。

 

〈事態の緊急性を認める、憶測でも構わん、敵の正体はわかるか?〉

「本当に憶測ですが……生命感知レーダーにすら微弱な反応しか無いということはまともな生命活動はしていない生物と考えた方がいいでしょう」

 

〈それは?〉

「菌類、岩石、あるいは単元素鉱物、ガス生命体など、我々炭素系生物の常識では考え得ない生態を有する生物のことです

これらは基本的に生命エネルギー反応が弱いので感知しずらいものなんです」

 

 霧島は手元にある端末を引き寄せてタイプし、サーバーのメモリ領域へアクセス

アーカイブ・ドキュメントの中に幾らかの例を見出し、それらを表示する。

 

「たとえば『フェミゴン』は霊体とされる性質を持つ怪獣で、人間に憑依することで実体化します

非憑依状態では物質に接触することすらなく、またエネルギーをほぼ持ちません

本質が光そのものである『プリズ魔』はそもそも生命反応を持たず、無差別に光を吸収するためレーダーを撹乱します

また、これはちょっと違いますが虫型『インセクタス』は幼虫状態に於いては人間の体内に潜伏するほど小さく、これもエネルギー感知はほとんど効きません

それとこいつは電磁波を吸収する体表構造を持っているため、普通の物体感知用レーダーも効きません

このようにセンサー類を掻い潜る常識はずれな手段を持った怪獣というものは一定数存在しています」

 

〈しかし、それらをどうやって警戒すればいいんだ?〉

 

 明確な解決法、特効的な対策は存在しないと言っていいそれらに対して

解決を求める弘原海の声。

 

「……すみません、僕にもそれは分かりません、ですがなんらかの行動を起こすタイミングでは、人間にアクセスしたり巨大化したりと反応が増大する場面があります

常に警戒を維持すれば、あるいは」

 

〈そうか、よし、レーダー監視は常に付けるよう、24時間態勢で任務に当たってくれ、槙島をスライドさせて2人でしばらく保たせろ

俺は事務局にあたって増員を入れるよう働きかける〉

「了解しました」

 

 自分の仕事がもし間違っていたらただの待ちぼうけになってしまうが

なんにせよ警戒に越したことはない

レーダーが一定の反応を示した以上は、警戒に入るべきなのだ。

 

「よし、がんばろ」

 

 今夜は濃いコーヒーのお世話になるのだろう声が、インカム越しに弘原海に届いた。

 

 


 

「あぁ……動くことすらままならん」

 

 かつては銀色にゆらめいていた生体鎧装も黒く燻み、滑らかであった関節もギシギシと軋む

幸いセンサー類の技術は未熟で設置も甘いようで、人目さえ掻い潜れば問題なく潜入できるようだが、この状態では歩くことさえ苦痛だ。

 

「…………」

 

 沈黙と共に歩き、軋みと共に進む

命を懸けて、進む。

 


 

おまけ

霧島裕一(キリシマ・ユウイチ)

本作オリジナルのキャラクター

 

年齢22 BURK在職歴3年

BURK 日本支部作戦室付きチーフオペレーター

好物は大豆

苦手はコンビーフ

 

怪獣の種類、名称、生態に詳しく

直接視認さえできれば既知の怪獣・宇宙人なら一目で種別を看破することができる

 

以前はBURK日本支部京都分所に勤めていたが、アキレス編中盤にてBURK日本支部東京基地に転属してきた。



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エピソード16 眠り 4

「あ、熱源センサー?……」

 

 一瞬のみ僅かな反応を示したのは、基地周辺に存在する侵入防止用のセンサー

時刻は午前1時だった。

 

「この位置だと、病院の方かな?」

 

 槙島花音は即時病院の警備員に連絡をとった。

 


 

「賭博第一段階を完了、恙無し

第二段階に移行する」

 

 僅かな反応を残しながらも病院内部に侵入成功したサーペント星人アコナは

そのまま病院内の構造を把握し、入院用の病棟へと向かっていた。

 

(しかし、直観的に把握できるような図形で院内の構造が掲示されていて助かった

なんにせよ分かり易い)

 

 細心の配慮によって他民族にも非識字者にも理解できるようにさまざまなシンボルで掲示された院内の案内図は、意図通りに容易な構造把握を可能とし

全く意図にない侵入者へその情報を開示していた。

 

 

 センサー類を掻い潜って接近するための下調べである第一段階、そして実際に病院内に侵入してボディを調達する第二段階

最後にあれば純水を確保するか、あるいは脱出する第三段階

作戦の1/3を達成した彼の目論見は決して甘くはなかった。

 


 

(明らかに地球人とは違う脳波出力だ、異星人、それもこんな夜中に忍び込んで来るくらいだ

どう見ても敵性と言える

……こっそり医療品を盗りに来たのか、あるいは擬態もできないほどに弱った状態で命を繋げる可能性に賭けに来たか、というところだな)

 

(つまり怪我人か、なら条件は対等だな)

(彼我の状態にもよるだろう、十分に気をつけるんだ、接近してきたらナースコールだぞ)

 

 ザインは雄介の自己対処前提の言葉を嗜めるが、ナースコールで呼ばれるのは一般の看護師さんにすぎず、対宇宙人戦に於いてはむしろ危険に晒すだけだろう。

 

(ナースがなんの役に立つってんだよ、宇宙竜のほうならともかく、一般人なんだから危ないだろ)

(……確かにそうだな、軽率だった)

 

((言っている間に来たぞっ!))

 

 二人で悠長に話し合っているうちに、サーペント星人が接近してきた

この病室は通り過ぎるつもりのようだが、それを見過ごすウルトラマンではない。

 

(ザインッ!)(変身は禁止だ、エネルギーの方なら可能な限り支援する)

「おうっ!」

 

 光の軌跡を残してベッドから飛び起きた雄介はそのまま扉を引き開け

廊下に飛び出して、そこをヨタヨタと通り過ぎようとしていたサーペント星人に飛び蹴りを見舞う。

 

「ぐっあっ!?何者だっ!」

「お前こそ不法侵入者だろうが」

 

 空電が鳴るほどにエネルギーを高めだ左拳がサーペント星人星人に突き刺さる

が、大気中の水分を吸収して再生してしまうようで、一瞬のみ砕けるものの、すぐに修復される。

 

「お前も異星人なら私の邪魔をするな!

私は今命の危機に瀕しているんだ!」

 

 夜間の病院という都合上、警備員が駆けつけるようなことがないように最低限の音量まで抑えた声

しかし雄介はそれを意に介さない

そもそも見つかって困るのは雄介の側ではないのだから。

 

「あいにく、俺は地球生まれ地球育ちの地球人なんでな、遠慮なく邪魔させてもらう」

 

 雄介の言葉と共に、手刀に光が宿る

爆発させないように切断攻撃で倒すために。

 

「ザァイッ!」

 

 少し離れた距離、雄介の速度は雷と同じ

そして向こうは錆びた足

どんなに急いでも、止まっているのと変わらない。

 

 突き込まれた手刀がサーペント星人の体表装甲を貫き、そのまま臓腑まで突き抜ける

しかし。

 

「ぬっ……ぬぅん!」

 

 ずぶり、と自らの胴体から雄介の腕を引き抜き、なおも歩きだす

まるで攻撃そのものを意に介していないかのように。

 

(雄介ここは一旦退くんだ、有効打ではない!)

 

 切った端から再生した装甲が伸びて来る、流石に再生にも限度はあるだろうが

こちらのエネルギー量にも体力にも限度はある、千日手になるのは不利だ。

 

「いやダメだ、ここで退く訳にはいかないっ!」

 

 サーペント星人の鎧を切り裂く手刀、損傷にも構わずに再生を続けるサーペント星人

時間はこちらの味方だが、エネルギーの消耗は激しい

しかし、病院という施設内で何をするかもわからない相手を前に引き下がることはできない!

 

スペシウムスラッシュ

 

「ゼェアッッ」

 

 切断技を飛ばしてより深く攻撃を入れるが、両断寸前の状態からすらも再生してのける星人の再生能力(リジェネ)に雄介は戦慄を余儀なくされた。

 


 

 時は少し遡り、戦闘が開始される寸前

BURK日本支部防衛基地の対怪獣作戦室では、オペレーター二人が隊長へと連絡を試みていた。

 

「熱源感知レーダー及び生体エネルギーレーダーも反応しました、座標はおそらくTP-07地区内、本基地併設病院内です!」

 

〈わかった〉

「しかし隊長、この時間この場所じゃあ人なんて動員しようがないですよ!」

 

 槙島と霧島、二人の報告は弘原海へと届いた、が、さすがに午前1時という時間と基地併設病院という閉鎖環境の中では警備隊や防衛隊を動かすにも限度がある。

 

〈心配ない……俺が行く〉

 

 


 

 そして、左腕に宿したスペシウム崩壊光が完全に残光となって消えるその時に

ようやく援軍は到着した

弘原海隊長の放つBURKガンが装甲に着弾し、火花を散らす

 

「霧島!種別は!?」

 

〈ドキュメントGUY、サーペント星人ですっ体内の90%以上が水のため、周囲の水分から再生します

塩か高熱が有効です!〉

「了解っ!

さて、サーペント星人さんよ

まずは御退場願おう、ここは病院なんでな」

 

「そういう訳にはいかない

私も命を懸けているが故」

 

 無言で双方の放った光線銃の弾丸は、お互いに身を翻したために廊下の先へと消える。

 

「椎名隊員、使えっ!」「はいっ!」

 

 左ホルスターからもう一丁のBURKガンを抜いた弘原海は背後の雄介へと向けてそれを投げ

雄介もそれを即座に構えて撃つ

 

「厄介な……ふんっ!」

 

 右脇腹に貫通痕を作りながらも身体を流体化して欠損を再生しつつさらに廊下を進み、そして窓から飛び降りた!

 

(巨大化するつもりかっ!?)

(いや、サーペント星人は単独ではスケールの大きい巨大化能力は持たない

せいぜい5メートル程度が関の山というところだ

おそらくあれは付近に円盤を隠しているのだろう)

 

(って、それ冷静に言ってる場合か!」

 

 走り出した雄介も窓から飛び降りようとするが、肩を掴まれて止められる。

 

「お前は寝てろ、俺が追う」

 

「しかし」「これは命令だ」

 

「了解」

 


 

 雄介が病院の窓から夜空を見上げると、僅かに光が昇っていくのが見える。

 

「逃げられたか……」

 

 随分な低速で飛行していく円盤は、それを追うように放たれた光条に貫かれて爆発した。



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エピソード17 白雲白霞 1

 

「あのサーペント、やられちゃったんだぁ……馬鹿な奴、水なんてどこにでもあるでしょうに」

 

 他人のことなど知りもしない癖にその無様を嘲笑う、その女の姿はいつものコート。

 

「ゆーくんの退院はいつかな〜……」

 

 ゆっくりと足を動かして、夜の街を歩く

眩しいネオンと刺激的なイラスト、そして漂う退廃の匂い。

 

「こういうのも良いかも……いややめとこ」

 

 女は蠢く影と共に、陰の中へと消えた。

 

 


 

「私達のいないうちに問題があったと聞きましたが、問題は無さそうですね」

 

 翌朝、超音速でワシントン出張から帰ってきた駒門の言葉に弘原海が手を振る。

 

「いや今回は運が良かった、たまたま病院にいた椎名隊員の足止めが無かったら何をされていたかわからなかっただろう」

 

 そう、いくらレーダーで微弱な反応しかないからと見過ごしていたら大惨事が起きていただろう今回の事件、基地周辺まで侵入してきたサーペント星人の手腕が凄まじいだけなのか、それともそのくらいの水準が一般的なのかは不明だが、二度と再発させてはならないものだ。

 

「そうですねぇ、常人と大差ない身体能力しかもたない星人だってわかってたならともかく、フィジカルの強い連中だったらそのまま彼も今頃、殴り殺されてるかもしれませんし」

「やめてくれ縁起でもない」

 

 霧島も物騒なことを言い始め、弘原海はその制止のために話を打ち切った。

 


 

「はぁ……」

 

 雄介もベッドで寝ながらクロスワードに飽きて、軽くイメージトレーニングをしていたのだが、ザインの修めた拳である妙妖拳系 赤心貫鉄拳とは相性が良く無いようで、見様見真似以上の出来にはならなかった。

 

(私はこれ一本でやっているが、もしかしたら雄介は形象拳系の方が合っているのかもしれないな)

(だと良いけどな)

 

 実際にはそもそも宇宙拳法自体が地球の人間を想定していない拳法であるため、あまり向いていないという可能性もありうるだろう。

 

(さあ雄介、昼食の時間だぞ)

(ハムでも良いから肉食いたい)

 

 雄介は実際に入院するまで無いものと思っていたが、肉も蛋白質確保のために多少は献立に出る

ただ油の多い調理法などは基本的に運動量が少なく、油脂が蓄積しやすい入院患者などには向かないために煮込みなどが多く、また味も薄いことが多いというだけだ。

 

(思ったよりは不味く無かったけど、やっぱ味薄いんだよなぁ……)

(現代の地球人は濃い味に慣れているというだけだろう?大人しく自然派になるべきだな)

 

 ザインは塩分管理には厳しかった。

 

(健全な肉体にこそ、力はふさわしい

病み傷む者に力を与えてはいけないんだ)

(思想論か?たしかに狂人に銃ほど危険な組み合わせはないだろうけど)

 

(そういう意味では無いのだが、な)

 


 

「あ、ちょっと待って凱君、これ永田課長に持っていってくれない?」

「わかりました」

 

「伊狩、届け物頼めるか」

「あっはい」

 

「ごめんちょっと手伝ってくれっ!」

「どうしたお前」

 

「伊狩君、私、こういう時どんな顔したら良いかわからないの」

「笑えば良いと思いますよ」

 

 

 境商事の新人、伊狩凱は忙しかった

アホらしい量と種類の書類を集めては確認して部長に出し、最近無能上役が何か考え出してそのまま丸投げされた加湿器の清掃と補給を済ませて判子がどこにいったか分からんと言い出す先輩に場所を思い出させ

友人が百円落とした側溝の蓋を開けてついでに掃除もして自分もそれはそれで書類を書く

気付けば予定の3倍近い時間を無駄に費やしていたせいで昼休憩時間に出遅れ

社食で長々と待ってくれていた藤井課長には真面目な声で映画のような台詞を言われてしまった。

 

「あークソ、仕事マジでクソ

やってらんね……飛行機とか落ちてこないかな……」

 

 窓の外を眺めながら黄昏ているとお局様が凱を呼びつけてガミガミと説教を始めるが

真面目に聞かない方が良いというアドバイスに従って脳内に音楽を流してやり過ごす

今日はは特に忙しい上にストレスも溜まる、たまにあるそんな日だった。

 

「は?」

 

そう、その時までは。

 

 



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エピソード17 白雲白霞 2

「遥かかつて、我々とガンダーは一つであった」

 

 ポール星人、個体識別コード14:184-957の言葉が響く。

 

「我らが祖先はかつて、星の寒冷化に対して大型化と小型化、対極的な二つの選択をした

小型化した祖先は肉体的な力を失い、その代わりに念力と高い知能を獲得した

大型化した者は知能を大きく失うことを代償にして、圧倒的なサイズと身体能力、そして特異な身体組成を獲得した

地球でいうのならばそう、ゾウとネズミのように、同じ祖から大いなる者と小さき者に別れたのだ」

 

「無論、その変異に対応しないものも多かった、そしてそれらは皆滅んだ

もはや我らが祖先を礎にするものは我らとガンダーのみだ」

 

 -100°C、ポール星の一般気温は厳しすぎた

故にそれに適応した生物のみが残った

しかし、それも徐々に過酷化していく環境の前に限界へ至り、そしてついに彼らは禁忌を犯す

他星への侵略攻撃である。

 

「もうじきポール星も冬が来る

我らもまた、冬に備えねばならない

故に、我らはこの星を守るウルトラマンに対し宣戦を布告する」

 

 空中に投影された巨大な映像の中で、ポール星人が叫んだ。

 

「十四日後、地球にガンダーが降下する

その時こそ、我々はウルトラマンを打倒し、地球の第三氷河期が開始されるだろう」

 


 

「……んなことさせっかよ!」

 

「落ち着け、翻訳が正しければ時間はある

市民にもシェルターへの避難の準備を促す程度で十分だ」

「それに14日、二週間の猶予は大きいですよ、過去ポール星人を撃破したセブンはエネルギー技のゴリ押しでしたが、今度は奴の弱点を探すことだってできる」

 

 飛び出そうとする竜弥とそれを止める2人、オペレーター達が動き始めた。

 

「各プラントとシェルターの確認をしつつ防寒設備の点検を急がせてくれ

お役所仕事では話が始まらん」

「はい、民間企業にも依頼を入れますか?」

 

「……いつもの3社でいいだろう、連絡の方は頼んだ、俺は上に行く

現在動ける隊員の全てを動員するぞ、これは地球単位の危機だ、ガンダーが一体程度ならともかく、インペライザーのように何体も降下してきたら本当に全世界が凍結しかねないからな」

 

「はい」

「まずはアメリカ本部議会へコンタクトを取れ、霧島は作戦の立案を頼む」

 

 その言葉を最後に弘原海は席を立ち、その代わりに駒門が場のイニアシティブを取った。

 

「それではポール星人及び冷凍怪獣ガンダー、撃破計画の作成に入ります

過去のデータは?」

「はい、まずはこれを見てください」

 

 正面のモニターに移されたのは拡大されたガンダーの画像、そして今しがた空中に投影されていたポール星人の映像だった。

 

「両者の体格差等は不明ですが、星人の方はおそらく一般的なヒューマノイドよりも小さいと思われます、あまり信用なりませんが当事者の発言から肉体的スペックもあまり高いわけではないでしょう

過去の例からするに、戦闘はガンダー任せであると思われます

ガンダーのデータはこちらです。

 肉弾戦においては当時のミクラスとほぼ同格であり、最終的にはこれを上回っています、フィジカル面では強敵と考えるべきでしょう

一方特殊能力としては飛行と凍結能力(フリーズ)を兼ね備え、無尽蔵に冷気を生成するものであると思われます

地球に過去2度の氷河期をもたらしたという彼らの口ぶりが事実だとすれば、単独でも惑星級の凍結能力を備えるものと考えるべきでしょう」

 

「弱点はないのか?」

「撃破方法は首の切断でした、おそらく強力な再生能力は保持していないと思われます

故に、ウルトラマンの光波熱戦による殲滅が効果的であると考えます」

 

 霧島の言葉によって、作戦の主軸は決まった

しかしウルトラマンが必ず出現するわけではないため、ウルトラマンに頼るのはあくまでサブプラン。

 

「神虎ミサイルを使うのが一番だと思います、火星産スペシウム133の最高精度結晶を使っているので、まとめて叩き込めばリダブライザーなしでもそこそこ程度の火力にはなるはずです」

「……ってもよ、炮龍は中国に送っちまっただろ?ミサイルだけあっても規格が合わなきゃ撃てないだろ」

 

「いいえ、風龍にも搭載可能よ

そもそもが試作機とはいえど量産前提の機体なのだから、専用設計にはしていないの」

 

 丈治の言葉を遮る駒門がオペに指示を出し、メインモニターの前に立つ。

 

「炮龍はデータ用試作機として送り返してしまったけれど、風龍なら一般機モデルは更にあるわ、ドイツやロシアにも配備されている機体を融通してもらえないか掛け合ってみます

ミサイルの方は中国頼みだけれど、スペシウムの精製工場の拠点は日本、断らせはしない

クルセイダーズは至急、風龍への機種転換訓練を開始して

スペシウム兵器は外せないわ」

 

 そう、スペシウムとは重元素

爆発には放射線が付随する、非常に危険な兵器なのだ。

 

「シュミレーターの準備を依頼してきます」

「ほな輸送科と整備科に話を通します」

 

 オペレーターとヒラが受話器を取り、本格的に作戦概要が決まり始める。

 

「まずはガンダーの降下ポイントを絞ります、霧島君」

「はい、映像の投影された範囲は日本における東京都、オーストラリアにおけるシドニー、アメリカにサウスカロライナ、以上3箇所

おそらくこのポイントがそのままガンダーの降下点になると思われます

日本は我々、オーストラリアにはオーシャン、アメリカは本部がそれぞれ対処を行うものと想定します」

 

 アメリカ本部の総戦力は各国支部の倍以上、他との連携を必要とせずに撃破可能だろう

シドニーに出現した立体映像のポイントは近場のオーシャンと他支部が連携して対処すると想定した上で、土地勘や戦力運用の都合で多少の問題は噴出するかもしれない

一方我らが日本はというと、戦力自体は十分ながら、実際に有効な兵装は少ないという珍妙な状況に追いやられていた。

 

「東京に直接降下してくるのなら、首都圏一帯から関東周辺までは-50°を超える超低温地帯になると考えられます、豪雪による交通障害等を考えて、やはり航空機メインでの戦闘が最適でしょう

ただし、通常用の不凍液より低音に対応できるものが必要になると思いますので、極地対応のをアンタクティカから輸送してもらいます」

 

「わかりました」

 

 人類による対抗作戦の用意が始まった。



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エピソード17 白雲白霞 3

「作戦決行はガンダー降下タイミングに合わせて14日後、いつでも開始できるように用意は万全に備えるよう

また、本作戦の呼称はオペレーショントライデントとします」

 

《了解!》

 

 駒門の声が会議を打ち切り、全員が行動を開始

まずは事務方が各方面に連絡を取り始め、それと同時にシュミレーターのために実働部隊が席を立った。

 

 

「それでこの作戦、彼には伝えるんですか?」

〈伝えて良い、なんなら作戦人員に入れてしまえ、14日あれば復帰できるだろう

できる限り支援に徹してもらおう〉

 

「了解しました」

 

 作戦室裏の階段で無線越しに密談する駒門、無線の先にいるのは無論弘原海だ。

 

〈一応マグネリュームを用意しておけ〉

「では、そのように指示しておきます」

 

 二人の間の連絡が切られ、お互い一つ息をついた。

 


 

「しかし、妙だな……

アキレスの時も、カイナの時も変身者にここまでの反動はなかった、

変身回数は確認できる限り15回、だけだ

それにアキレスは重傷を負うことはあっても変身者本人が動けなくなることはなかった……」

 

 弘原海は日本支部の支部長室へと続く長い階段を歩きながらつぶやく。

 

「変身自体を止めるか、あるいはもっとサポートを手厚くできればいいが」

 

 流石に毎度毎度入院させてしまうわけにもいかない以上、なんらかの手段でダメージを回避するか、あるいは変身自体を抑制すればダメージは抑えることができるだろう

それを本人が良しとするかは別として。

 

 

「失礼します」

「お、来たか」

 

 長い階段を登り切り、扉を開いた先にはいつものヒゲ、朽木竜胆日本支部長が座っていた。

 

「俺も聞いたぞ、14日後というじゃないか……策はあるのか?」

「はい、作戦は決定しました

まずは民間企業への依頼費とお役所の手続きすっ飛ばしでのお小言の方を片付けます

して、問題ですが

アメリカ以外の支部から風龍を借り受けたいのです、宜しいですか」

「……何機だ?3機?」

「いいえ、私も出ます」

 

 それを聞いて、支部長のメモに走らせる筆が止まる。

 

「……その言葉の意味は、わかってるんだろうな?」

「もちろんです」

 

「そうか、ならいい

諸々は事務にやらせるから、お前達は最優先で慣熟訓練を済ませろ

それと奴はどうなった?」

「はい、彼ですが……生体損傷により身体に復元困難なダメージを負っています

14日あれば復帰には間に合うかもしれませんが、潜性損傷の回復は十分ではないかと」

 

 支部長は指を空中からデスクに戻して、引き出しから新しい紙を取り出し

それにパンパンと判を押していく。

 

「わかった、じゃあ復帰次第サポート人員に入れておけ、いつものように誤魔化してな、これが命令書だ

いくら強情でも長官印付きなら従わざるを得んだろうよ」

 

 そうして、日は過ぎていく。

 


 

 

「作戦開始日となりました、依然ガンダーは確認されず

「了解、引き続き警戒されたし」

 

 BURK風龍への機種転換を終え、クルセイダーズは出撃待機に入っていた

長期待機に備えて半数ずつ仮眠をとり、半数は出撃に備える

 本作戦は元来日本支部のみで実行するつもりだったのだが、エリアルベースからの出向という形で2機の風龍が更に追加されている

速度重視の機体である風龍(フェイロン)は炮龍ほどの火力はないが、一撃離脱に徹する運用での成績は信頼できる域にあるだろう。

 

「……流石に午前0時なんてこたぁ無いか……」

 

「複座式で実戦なんて何年振りですか?全く嫌になりますねぇ」

 野郎のケツなんて眺めても仕方がないため、諦めて前方に意識を集中する二人

風龍A-1、待機中。

 

 

一方、機体ごとエリアルベースから一時出向してきた美女達の方は乗り慣れているのか特に文句も無いようで、二人して顔を見合わせていた。

 

「どれに乗っても性能は同じなのに、わざわざ所属で分けるなんて意味あったんでしょうか?」

「私たちが野郎にセクハラされない、かしらね、昔あったのよ」

 

〈……交代までは集中を維持して〉

 

 駒門の乗る風龍B-2からの通信に肩をすくめた風龍B-1メインパイロットの結陽菜(ユイ・ハルナ)

正面に視線を戻した同機サブパイロット三河秋穂(ミカワ・アキホ)がそれに気づいた。

 

「外気温急速に低下、ガンダー来ますっ!」

〈総員出撃!迎え撃て!〉

 

《了解ッ!》

 

 待機中の風龍A-1 B-1 B-2の三機が未明の空に飛び立つ

パイロットはそれぞれ竜弥+徹、結+三河、そして駒門+雄介だ

残りの機体はA-2に丈治+比良泉、A-3には弘原海と戦闘型(B・T)機動火器管制(・F・R・)人工知能(AI)のタンデムである。

 


 

「君の仕事は奴の観察

できる限り奴の弱点を探って」

「はい」

 

 ザイン=雄介は突貫で爆撃機の操縦訓練を終わらせ、副操縦席に座っていた

できる限りスリムな流線形状に保ちたいがためにコックピットのピラミッド型という座席配置はわかるのだが、前席メインパイロットの操縦席は大型バイクのような騎乗型、後席副操縦席及びその後ろに逆向きに備わる2つのオペ席は座席型とアンバランスなのは謎だ。

 

「機体は副側からでもコントロールできるようになっているけれど、操縦は私がします

攻撃についてはそちらに一任するから適宜、ただし76ミリ単装砲は40発のみ、レートは1/1sの再装填なし撃ち切りなので注意されたし

シュミレーターなら山ほど撃てるけれど、実際は弾数もないしブレるから確実に当てられる時以外は撃たないように

なお本作戦に於いては特別改修で取り付けた翼下ハードポイントから撃つことになるミサイルの複数同時着弾が鍵となります

これは私がやるから意識する必要はないけれど、落とされたら即座に作戦失敗と考えなさい、まぁ……あなたが落ちることはないから安心して良いわ」

 

 雄介が思い出すのは駒門の声

シュミレーターでの成績は高いわけではなかったために緊張の取れない雄介を励ましながら、同時にできる限り詳細に説明をしてくれた声だった。

 

「ガンダーは凍結能力と飛行能力を持ち、天候を操る力を持った強大な怪獣、狙うなら一点突破よ

スペシウム兵器である神虎ミサイルなら6発同時着弾すれば理論上それができる

だからあなたには通常兵器でそのための隙を作ってもらう」

 

「手順さえ間違わなければ誰が撃っても当たるもの、恐れずに、

あなたの感覚で撃って構わないわ」

 

 

 

「……よし!」

 

 操縦桿に存在するバルカン発射ボタンに指を掛け、保護カバーを開ける

サブパイロット側の席は武装コントロールに注力するため、メイン側と同等である操縦系の機器を敢えてカットしてある

間違って飛行軌道がブレる心配もない。

 

「接近する、牽制を!」

「了解ッ!」



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エピソード17 白雲白霞 4

 凄まじい振動、エンジンが爆発しているということは知っていてもそれを実感することになるとは思わなかった雄介は悲鳴をあげ掛けるが、男の矜持でそれを堪えながら速射砲をぶっ放した。

 

「残弾は!」「残り30です!」「よし!」

 

 ガンダーもただ撃たれるだけの的ではない、頭部からの冷凍放射攻撃を急旋回で回避しつつ上昇の負荷に耐えながら爆弾倉を開放

機首は再び敵へ向かい、その前方に狙いをつける。

 

「投下します!」「はい!」

 

 降下してくるガンダーを水際で叩き、あわよくば撃ち落として空中で爆殺する

その作戦の中核として極めて重要な武装である中国製スペシウム弾頭誘導弾、神虎を除いた全ての武装がいま、雄介の手に委ねられているのだ。

 

「命中した、戦果確認!」「了解」

 

 背後に上がる爆炎と噴煙は確かにガンダーの体表を焼いている

1000°cに及ぶ高熱を発するナパームの焼夷効果に苛まれているであろうガンダーは暴れ回るが、ゲル状の高粘性液体燃料は易々と剥がれはしない。

 

〈ナイスぅ!〉〈お前天才かっ!〉

 

 通信に流れる声を聞き流して旋回上昇する機体の軌道を先読みしつつ再び機関銃の発射準備

遅れて出撃してきたA-2、A-3の2機も合流して左右からガンダーを挟撃する。

 

〈今が好機だ!体勢を崩すぞ、一斉攻撃!〉

 

 突撃してきた弘原海の機体が人外の軌道で敵の背後を取り、背に生えた羽根を撃ち千切った

その瞬間。

 

「コンタクトまで2.1.今っ!」

〈うぉっしゃぁぁぁっ!〉

〈fireッ! 〉

 

 隊列が整いガンダーは空中、こちらの準備は十分だ、弘原海の指示に従った5機の風龍全てが翼下ハードポイントに積まれた装備の使用を宣告する。

 

《神虎炸裂誘導弾(ミサイル)、発射!》

 

 火星地層下で採掘された高純度スペシウム鉱を更に純化した再精製スペシウム結晶を弾頭として搭載したミサイルが放たれ、一斉に爆発

爆風がスペシウム結晶を加圧・加熱し、瞬時かつ高度に圧縮されたスペシウムが原子崩壊を起こす

核弾頭となんら変わらない条約違反の秘匿兵器が青白い死を振り撒いた。

 


 

「日本の方は大丈夫かしら?」

 

 ところ変わってオーシャンベース

呑狼明は考えていた

日本/天空・アメリカ以外各支部からの精鋭チーム派遣ということも相まって非常に混沌とした戦場となることが予測される

シードラゴンは大型の攻撃機であり、軽戦闘機であるセイバーや高速爆撃機である風龍とは速度規格が合わない

性能が統一できない機体では連携は困難だ

無論阿吽の呼吸が有れば地上車両とすら連携を取ることはできるのだが、急造された捏上げチームでそんなことは期待できない

シードラゴンを使うべきか、性質を合わせて対怪獣爆撃機、海蛇(シーサーペント)を使うか、あるいは速度を合わせて戦闘機海馬(シーホース)を使うか

どうするべきか、何ができるか

優先するべきは何かを考えていた。

 

〈作戦開始日となりました、ガンダー出現に備えて出撃してください〉

 

 彼女が咄嗟に選んだのは、海馬(シーホース)

他支部ではBURKケルピーとして知られる哨戒機を改造した転用戦闘機である。

 

「仕方ないっ!」

 

 作戦は単純だ、止めは南極基地が担当してくれる、私たちはひたすら機を作るために足止めに徹する

アンタクティカのディザスター級兵器、黒縄地獄(インフェルノ)がガンダーを焼くまで。

 

「オーシャン呑狼明、シーホース、出撃ッ!」

 

 音声で起動したシーホースがハンガーから注水されたカタパルトへ降ろされ

そのまま潜水出撃、海面を突き破って空へ飛び出した!

 

 隊列は複横陣、私のシーホースも大外に付く。

 

「攻撃準備完了!」

 

〈こちらローマ支部空戦隊隊長アスティカ、オーシャンの空戦隊は一人だけなのね〉

「私だけで十分なの、全生命の起源(うみ)、舐めないでもらいます!」

 

〈ごめんね、その子アスカちゃんなの〉

「ちょっと!?」

 

 突然聞き捨てならないワードが飛び出してきた気がしたため、目の前の計器に視線を落とし

そして急激に上昇した環境指数を見た。

 

「来るっ!後で説明してもらうからねぇっ!」

 

 直上に出現した反応を追って真上に機首を向け、ジャベリンを射出するが

ロックした相手を追尾するはずのミサイルは特に芸もない回避で躱されてしまった。

 

〈明、そいつ熱源反応がないわ!〉

「嘘!?サーマルロックできないの?!」

〈回避してっ!!〉

 

 オペレーターの絶叫と同時に身を捩りフルフラップ展開、急減速した私の機体は隊列を外れて大きく左へと逸れる

そして身を戻した瞬間、戦慄した。

 

「凍って……る!?」

 

 遥か天空から海面を突き破って海底まで、巨大な氷の柱が貫いた

そうとしか形容できない現象

空中の水分すらも瞬時に凍結するほどの凍結能力が振るわれたのだ。

 

「やってくれるじゃない!」

 

 フラップを戻して再加速、安定を取り戻すが

幾らかの僚機も凍結に巻き込まれて氷に閉じ込められてしまったようで、各隊も混乱している

いかに戦闘機とはいえど無数に僚機飛び交うこの状況では衝突事故を起こしかねないため、単独での突撃はできない

少なくとも全体指揮を取り戻さなくてはならない。

 

「ジャベリン残弾2!」

 

 それでも仕事は変わらない。



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エピソード17 白雲白霞 5

 スペシウムは質量が増すほど、加速度的に反応速度が増加し、安定性が低下し、そしてなぜか半減期も短縮される

つまり大質量であればあるほど爆発しやすく、爆発威力が高いのだ

5機の風龍から発射されたスペシウム弾は見事にタイミングを揃えて爆発し

相互に爆風を煽り合って青白い光を振り撒いた

それはウルトラマンのスペシウム光線にも劣らないほどの火力を発揮してガンダーを焼き尽くす

はずだった。

 

「ギシュァァァァッ!」

 

 爆発的な大音声と共に、全方位に衝撃波が放たれ、各機それぞれに隊列を崩しながら安定を取り戻すために機体を制御する。

その刹那に、ザインは見た

爆発の寸前に凍結能力で氷の鎧を作り出し、防ぎきれずに削られて飛散した氷片を再凍結したガンダーの姿を。

 

〈総攻撃ッ!削り倒せっ!〉

 

 現在の最大火力であるスペシウム兵器を使ってしまった以上、既にそれ以上の戦果は望めない

だからといって、諦めはしない

弘原海の叫びよりも早く各機全武装をアンロックし、飽和攻撃を仕掛けた!

 

〈いっけぇぇぇぇえっ!〉

〈オラオラオラオラオラオラァァッ!〉

〈死ねぇぇぇぇ!〉

〈っ!〉

 

 単装砲の連射が、急降下爆撃がガンダーの氷質組織を破壊する

普通の怪獣なら、これで撃破できたのだろう

それができないからこそ、スペシウム兵器に頼ったのだろう

それを忘れたわけではない

だが、ただ座して死ぬほどに人間というモノは諦めが上手くない。

 

〈まずいっ!〉〈くっ!〉

 

 反撃に出たガンダーの凍結光線が機体下部を掠り、ハッチが凍結して作動しなくなる

爆撃機にとってそれは致命傷だ

まして一度攻撃態勢をとっておきながらその有様を晒せば、それは大きな隙となる。

 

 ガンダーの攻撃はその機体へと、風龍B-1へと集中した。

 

〈退けっ!〉

 その直後に比良泉の駆るA-2が急降下爆撃による突撃を仕掛け、連続着弾した爆弾がガンダーの体表に大きな衝撃を与えて後退させる

が、B-1の飛行姿勢は安定せず、武装もほぼ全てを失った状態だ。

 

〈風龍B-1、緊急退却せよ〉

〈了解……まさか私たちが最初に落とされるなんてぇ……〉

〈撤退します〉

 

 弘原海の指示と結の嘆き

そして翼を翻した機体が退却していく。

 

「カバーに入る、弾は?」

「速射砲15発、焼夷弾ゼロ、爆弾ゼロです!」

 

 しかし、こちらもほぼ全てを打ち尽くしたため、残りの武装はわずか

弘原海の声にも焦りがチラつく。

 

〈機動に自信のあるものは撹乱に入れ、隙を作って核を狙うぞ!〉

〈支部長権限によりアステロイドバスター級兵装を解禁した、これより砲撃支援を行う〉

 

 そして、その直後

頭上から紅い閃光が降り注ぎ、ガンダーを叩き落とした。

 

「なにっ!?」〈砲撃だと?〉

〈シルバーシャークです!〉

 

 反応はさまざま、しかし対応は皆同じ

一斉に残弾全てを吐き出して、最後の一斉攻撃を行った

風龍は設計時点からエネルギー兵器を想定せず、実弾兵器のみで火力を賄うように作られている

ジェネレーターさえ動いていれば際限なく撃てるビーム砲を備えていないが故に、弾切れは常に悩みの種となる

だが逆に、やりきれない事こそ最も忌むべき失敗として考えるのが戦士達。

 

「……(行くぞ)」

(ああ)

 

 前方に集中している駒門の背後で固定ベルトを外した雄介は光へと変わり

キャノピーをすり抜けて降り立つ

ウルトラマンとして。

 

「デュァッ!」

 

 巨大な光の戦士としての肉体を持つザインは変身直後こそ一瞬体感速度の誤差に硬直するも、すぐさま身体をコントロールして着地し、構えをとる。

 

「ギシュァァァァッ!」「デェァッ!」

 

 空中から体が半分ほど焼失したガンダーが降ってくるのを視認するや否や両手にスペシウムエネルギーを出力し、それを発射

直撃したガンダーはさして抵抗もなく爆散した。

 

 

〈……よし!帰還するぞ〉

〈いや、まだだ!ウルトラマン!オーストラリアのチームが壊滅的状況にある、行ってくれっ!〉

 

 オーストラリアは日本から見れば地球半周の位置にある、ウルトラマンの音速を上回る速度をもってしても時間は掛かる

しかし、それは大気圏内の通常航行での話

一旦宇宙まで出ればもうエネルギー減衰も制限時間もソニックブームも気にする必要はない

マッハ50を超える真の限界速度を発揮できるのだ。

 

「デュァッ」

 

 ザインは去りゆく戦闘機に視線を合わせると、ひとつ頷いて飛翔する

遥か、遠く星の空へ。

 


 

 ローマ支部の風龍に搭載された通常兵装、ダンツァトリーチェ

ドイツ支部のベルクシュナイダーから発想を受けたと言われるそれは、二枚組のプロペラのような形をした極薄ブレードを内蔵するクラスター爆弾

風に乗って回転しながら半径数百メートルを巻き込む拡散領域とコンクリートでも切り刻む斬撃性能、そして製造の容易さを以て、一時期は主兵装にすら抜擢された

生命倫理に背いた非人道的兵器である。

 

「まさかこうも効かないなんてね……」

 

 ローマから出向してきた隊員、ソフィア・アグリーコラが表情を引き攣らせたのは、そういう理由だ

人道的でないとして、対生物使用を禁じられるほどの火力を持つ兵装が、全く効かない

鉄すら切り刻むブレードが、ただの氷に止められてしまっているのだ。

 

 氷から僚機を脱出させるべくダンツァトリーチェをぶつけたはずが、氷の柱は多少削れた程度であり、既に復元しかけていた。

 

「どうすりゃいいってのよ!」

 

 


 

 

〈メテオール使用申請っ!〉

「艦長!メテオール使用申請です!」

 

「……全機能解放を許可する、生き延びろ!」

 

 現場の明からの要請に応え、BURKオーシャンの基地母艦、オーシャンベースの艦長にして全海洋域防衛支部の支部長

アルメンタム・ニトリオが支部長権限を使用して地球外技術による兵装をアンロックした。

 

〈了解、permission shift to maneuver!マニューバモードッ!〉

 

 次の瞬間、機体から展開される三対六枚の光の翼

黄金の粒子を振り撒きながら揺れる姿はまるで鋼鉄の天使のようだ。

 

〈音響爆雷起動〉

 

 対海底攻撃用兵装、音響爆雷

水の中でこそ真価を発揮する衝撃波攻撃であるが、今回の使用法はむしろ逆

威力が高すぎると危険なのだから、空中で暴発させる

その瞬間凄まじい高音が鳴り響き、耳を劈く。

 

 衝撃と爆圧が空気を叩き

戦闘機達の飛行軌道を揺らし、その黄金に輝く姿を強制的に見せつける

その姿はあまりにも輝かしく、神神しく、ガンダーすら吹雪を止めて見入るほどに眩しかった。

 

〈総員一時撤退!態勢を立て直せ!〉

 

 その言葉に動かされた各機が撤退を開始した、メテオール維持時間残り55秒。

 

〈ここは私が凌ぎ切るっ!〉

 



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エピソード17 白雲白霞 6

「くっ……オラァッ!」

 

 160°急速旋回した海馬がその姿勢のまま軌道を直角にずらし、真横に動いて冷光攻撃を回避し、さらにビームで反撃する

 

「ふぅ……はぁ……ふぅ……」

 

 戦場の熱に浮かされて、荒い呼吸と共に全身に汗が湧く

目に伝った痛みさえも戦意へと変えて突撃した。

 

「ギシュァ……キュシャァァッ!」

 

 まともに狙っては当たらないと気づいたガンダーは多方向への連続攻撃を仕掛けた、たしかに数を打てば盲撃ちでも有効ではあるだろう

だが、甘い

その程度に撃ち落とされる程度では人類最高峰の一人を名乗れない。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 再び直角に軌道を変えた海馬が跳ねる

上昇と下降を繰り返して、飛び跳ねるように攻撃を躱していくのだ

もちろんついでの反撃は忘れない。

 

 

 メテオール維持時間、残り30秒。

 


 

「ザイン、間に合うか!!」

(間に合わせるんだ、そのために宇宙まで来た!)

 

 星の海へと飛び込んだ雄介とザインは急加速して限界速度まで一気に増速

地球半周という繊細かつ大胆なコーナリングを決める。

 

(雄介、エネルギーチャージ頼む!私は移動に全力を集中する)

「分かった!」

 

 雄介の意志がザインの肉体に太陽エネルギーを呼び込み、常に擦り減る力に光を注ぎ続け

ザインは無尽蔵の補給を受けながら際限なく力を解放する

僅かでもバランスが狂えば重力ターンに失敗し、月軌道まで弾き飛ばされるか大気圏に落下するか

鉄骨の上よりも細い辿るべき道を全速力で駆け抜けて

そしてようやく辿り着いた。

 

「うぉぉおおっ!」

「デェアアアアアッ!」

 

 大気摩擦と断熱圧縮で尋常ではない熱を起こし、その全てを現実改変して足へと集め

錐のように右足を突き出して、鋭く貫く。

 

 爆発でも切断でもなく、貫通

ウルトラマン一人分の穴が空いた巨大な氷の柱と共に、爆発的な衝撃波が戦場の空気を掻き回す。

 

「ジャッ!」

 

 片膝から立ち上がって、振り返り構える

左拳を下段前に、右拳は立てて守りに

いつものように。

 


 

 メテオール維持時間残り4秒

その瞬間、わずか4秒で事は起こった

レーダー観測すら間に合わないほどの速度で超高エネルギー体が突撃してきたのだ

そして氷の柱を打ち抜いてガンダーを蹴り飛ばし、そのまま吹き飛ばした

はるか彼方まで吹き飛んでいったガンダーの姿が視界から消えたその時、ようやく翼が消えて超機動形態マニューバモードが解除される。

 

「……ウルトラマン……」

 

 汗が目に入った痛みを思い出して目を閉じる寸前、瞼の裏には彼の姿が焼き付いていた。

 

 

「……戦闘再開ッ!」

 

 しかし、ガンダーの反応はまだ消えていない

一旦上がった気温は再び低下して氷点下に突入、季節は夏であるはずのオーストラリアの湾岸がまた凍結してしまった。

 

「デェァッ!」

 

 拳を構えたウルトラマンはすぐさま飛び上がって空中戦を仕掛け

頭部のスラッガーを投擲した

舞い上がる短刀型武装がガンダーの体表の氷組織を削るが、やはりガンダーの能力柄復氷してしまう

スケートリンクなどにも起こる、周辺の水分を取り込んで再凍結する現象だ

強力なものではないが、再生能力(リジェネ)とみて間違い無いだろう。

 

「デュァ……ダァァッ!」

 

 流石にスラッガーでは埒が開かないと判断したのか、彼自身が突撃して格闘を仕掛けに行く

通常なら高速空中戦では小規模なビームやハンドスラッシュなどの小技で牽制を繰り返すものだが、彼は遠距離戦が苦手なのかもしれない。

 

「デュェッ!」

 

 極めて不自然な挙動で体を回転させた彼はガンダーの凍気の中を突っ切り

そのまま左フックを叩き込んで凍った海面にガンダーを叩きつけた。

 

「……今ッ!」

 

 海馬(シーホース)の武装はメテオール兵装を除けば機首バルカン砲とミサイル6門、翼下にビーム砲2門

ミサイルは使い切ってしまったがビーム砲は撃てる

咄嗟に出力をmaxにまで上げたビーム砲、ドルフィンが遥か遠くのガンダーの額に熱烈なベーゼをプレゼントする。

 

「キヂィィィっ!?」

「デェアアアアアッ!」

 

 体勢を崩したガンダーにスペシウムの光を宿したスラッガーが叩きつけられる

その瞬間。

 

絶対零度(ゼロケルビン)

 

 

 

 

 空間が凍結した

地水火風の全てが、命が、光が、全ての力が失われた死だ

使い手自身の命すら犠牲にした凍結能力(フリーズ)の極地、絶対零度、宇宙の熱的限界の体現。

 

「クソ……」

 

 全てが凍り、全てが止まる、絶対の名は伊達ではない

突入すればこの機体ですら持たない

生身などもっての外だ

だから、何もできない。

 


 

「……私が出る、皆後は頼んだ」

「支部長!?しかし」

「こんなものを見せつけられて、黙っているわけにはいられない

それに、こんなところで活動できるのは私くらいのものだ

 

時間がない、出るぞ」



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エピソード17 白雲白霞 7

〈そんな……ウルトラマンまで……!〉

 

 絶望的な事実に目を伏せても、無線から耳へと届く声、暗い感情の奔流が雪崩れ込んでくる。

 

〈諦めるな!凍結したと言ってもウルトラマンだ、そう簡単には死なないっ!〉

 

〈でもどうすりゃいいんだよ!凍っちまったら動けねぇだろ!〉

〈エネルギーを注入するんだ、黒縄地獄(インフェルノ)でなら空間エネルギー量は〉

〈お前はウルトラマンを焼き殺す気か!?〉

 

 無線からは種々様々な声が響く

希望を信じ続ける者、悲嘆する者、右往左往するだけの者、具体的な方法を考える者

十人十色の声が響く。

 

 そんな中で私はとっくに麻痺した生白い指先を無理矢理に動かしてシーホースを陸上基地にランディングさせるのだった。

 

「どうしよう」

 

 日本チームは遠すぎるし、アメリカチームも掛かり切り、私達は今、私達だけでウルトラマンの救助をしなくてはならない

そんな状況でどうするか、私達には経験が足りなかった。

 


 

「これより降下する、超低温領域に入るため通信は途絶するが気にするな」

 

 上空10000メートルで戦闘態勢をとっていたエリアルベースの下部ハッチを開き

人影が降下してくる

人間の生存領域をはるかに超えた低気温と強風をものともせずに突っ切って

ノンパラシュートで降下してくる彼は

天空防衛拠点エリアルベースの支部長、グローリアス。

 

「極低温は慣れたものだからな……」

 

 極限まで温度が低下した空間は全ての物が停止する、空気すら固体化し、真空となり急激に気圧が低下して爆発的な衝撃を生み出し存在するもの全てを吹き飛ばすほどの風が生まれる

その中でさえも動かないのだ

そも『熱』とは原子運動量を指すものであり、それが低下するという事はつまり、動かなくなるという事

絶対零度の中で動く原子はない。

 

 しかし、グローザ星系人は違う

彼らはもとより絶対零度近い温度の星に住み、そこに生きる生物

冷却という概念についてはどの星よりも知り、それを扱う術に長けている。

 

「…ッ!」

 

 凍結した通信機から最後の音

言葉にならない叫びが聞こえて、そのまま消える

電子機器のことごとくが機能を失っているのだ。

 

「無理もない…………」

 

 長く、息をついた彼は重く固い制服を捨て、氷の鎧を生成

そのまま凍りついた海面を歩き進んでいく。

 

 

 そして、その元へとたどり着いた。

 

「ウルトラマンよ」

 

 凍結し、光を失ったウルトラマンの氷像の下から巨大化し、グローザ星系人としての本来の姿を現した彼はウルトラマンのカラータイマーに触れる。

 

「目を覚ませ、お前が死ぬにはまだ早い」

 

 氷の結晶が光を回折させ、体内に取り込むことで輝くように

グローリアスの体もまた、光を取り込むことができる

全身から太陽光を受け、それを収束させてカラータイマーへと注ぎ込み続ける

やがて太陽の熱に焼かれて自らの肉体が溶け出してもなお、止めることなく

己の生命さえも鋳込むように。

 

「蘇るのだ……!」

 

 


 

 アメリカチームの戦闘は極めて長引いていた

本部長すらエクスカリバー・スコーピオンの投入を検討するほどに決定打に欠け

アメリカのディザスター級兵器であるポラリスレイとヘルズゲートは共に使用不能というところまで追い込まれていた。

 

 日本の銀嶺庭園、エクスカリバー・カプリコーン

イギリスの連合国旗(ユニオンフラッグ)雪原銀狼(カレイジャス)、エクスカリバー・ジェミニ

アメリカのポラリスレイとヘルズゲート、エクスカリバー・スコーピオン

それぞれの支部が保有する最終兵器(エクスカリバー)と併せてその所持数は3つに限られている

その内のポラリスレイは燃料製造の目処が立たず、そもそも凍結怪獣には意味がない、強制恒星間転移装置ヘルズゲートは先んじてゲートが破壊されてしまった。

 

 それに伴って非常電源さえほとんどやられてしまい、基地本体に存在するエネルギー武装はほぼ使用不能、生存領域の維持のために全力を注ぎ込まねばならない状態に陥り、チームブレイカーやチームスティンガー達によるアステロイドバスター級以下通常兵器での戦闘も難航している、厳しい状況だ。

 

「……戦況は」

「スティンガー2が落とされました、他は無事ですがクルセイダーのほうのジェネレーターが限界です!」

 

「ヒドラはどうした、砲撃支援に入ったのではなかったのか?」

「その…凍結攻撃で全滅しました」

「……」

 

 貴重な攻撃手段であったアステロイドバスター級ヒドラは運用人員ごと凍ってしまったらしい。

 

「融塩炉は?」

「未だ加熱中ですが、現在温度2000°を超えています

もう2分もすれば十分かと」

 

 太陽光を収束し、発生した超高温による塩化ナトリウムの分解で直接電気を得る、通称太陽炉

限りない太陽のエネルギーを直接人類の利用可能なエネルギーへと変えるこのシステムはあまりの高温と規模からまともな場所には建設できないとされていた

そしてそれらは事実として衛星軌道上に建設され、そこから無線送電が為される構造になっている

BURKの保有する最高機密の一つではあるが、ガンダーの凍結能力によってダウンしてしまった通常電源と発電所に代わる非常用電源確保のために止むを得ず緊急稼働を試みているのだ

 

「2分は長い……あと2分持たせられるのか?」

〈指令、大丈夫です、お望みとあらば何時間でも持たせて見せる!〉

〈隊長の言う通りです、頑張って見せますよ〉

 

「……頼む、お前たち

シルバーフラグズの状況は」

〈レストア完了、丁度今から飛べます!〉

 

「よし、チームシルバーフラグズ、出撃ッ!スティンガーズは帰還せよ!」

〈了解ッ!〉

 

 BURKクルセイダーの夜襲用カスタム機ナイトレイダーに乗ったチームスティンガーが帰還し、代わりに空へ飛び立つのは旧式機BURKストライダーに乗ったチームシルバーフラグズだ。

 

〈スティンガー1、帰還したわ〉

〈スティンガー3、補給と修繕を頼む〉

〈スティンガー6、帰還〉

 

〈こちら機械科(メカニカ)、クルセイダー受け入れまでは少し掛かる、我慢しろ

それより中身(パイロット)の体力は大丈夫か?〉

〈冗談、機体より先にヘバるわけ無いでしょ〉

 

 憎まれ口と共に帰還したスティンガーズの面々は次々に機体を降りて司令室へと帰ってくる。

 

「スチームない?私指冷えちゃった」

「湯でいいか、今沸かしてる」

「ちょっと!火傷しちゃうでしょ!」

 

「……バカは風邪をひかないと聞くが……?」

「アンタねぇ!私の事馬鹿にしてんの?!それに風邪と冷え症は別でしょうこのっ!」

 

「喧嘩はそこまでだ、今は作戦中だぞ

ブレイカー3ッ!?」

 

 諌めようとした指令の目の前で、ガンダーの攻撃を受けて爆砕したブレイカー3の駆るスカイマッケンジー

パイロットの安否を求めるが、衝撃でモニター画像にも砂嵐が混ざり、細かい姿までは追えない。

 

「クソっ!融塩炉はまだか!」

「あと20秒っ!」

 


 

「……ッ!」

 

 全身がひび割れ、溶け出してなおも力を、命を注ぎ続けたグローリアスが崩れ落ちる

ウルトラマンとグローザ星系人、高熱と低温のエネルギーを旨とする星人達の相性は最悪であり、生体エネルギーすらもその性質がまるで合わないのだ

故に、どれほど力を注いでも

その力がウルトラマンの熱を呼び覚ますことはない

 

 その、はずだった。

 

「……やったか……!」

 

「……ディ」

 

 カラータイマーに注ぎ込まれたのは太陽光、地球に於いてウルトラマンの活動エネルギーを支える光源の力

そして、いかに力にならないといえど

その心まで無駄にはしない。

 

「ジュァッ!!」

 

 凍りついた表面を破砕し、ザインが再び立ち上がる

そして砕け散った氷の破片から鎧を生成し、グローリアスのそれと同じように身に纏った。

 

 氷像と化し、完全に凍結して永久停止した2体目のガンダーを一瞥し、最後に残るアメリカの個体を倒すため北を向く

その時

白いヒビ割れが音もなく空間に走り、空がガラスのように砕け散って穴が開く。

 

「デュッ!?」

 

 囁くような声が聞こえた。

咄嗟に引いて構えをとったザインの視線の先には、砕けた次元隔壁とそこから伸びる超空間の道

そしてその先に見えるBURKの戦闘機達だ。

 

「早く行きなさい、遠すぎて長くは持たないわ」

 

 

 白いドレスを着た銀髪の美女が巨大な次元回廊を展開し、次なる戦場へとウルトラマンを導いた。



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エピソード17 白雲白霞 8

「融塩炉発電開始しました!」

「あれは……っ!」

「送電システム起動、電気回線再起動します

過電圧に注意してください!」

 

「送電再開まで3.2.1.来ますッ!」

 

「ネットワーク再オンライン、インフィニティネット接続完了」

「無人シルバーシャーク砲台再起動しました!」

〈こっちもデッキ再起動を確認した〉

〈こちらロッジ、シャッターオープン〉

〈こちら陸戦隊、ヒーターを付けてもいいか?〉

〈後にしろ〉

〈こちらサーチャー、送電再開を確認した〉

 

 太陽炉により大量の電気が無線送電され、各機器が緊急再起動し、それと同時に。

 

「あ、時空振動!?」

 

 モニター左下に小さく表示されていた時空連続体のモデルが歪み、それを警告した

その直後、空間が音もなくガラスのように砕けて穴が開き

その中から飛び出してきたのはウルトラマン。

 

「!前とは格好が違う!」

「ウルトラマンだ!」「あれは…氷?」

 

 ザインの体を覆う氷の鎧に気づいたスティンガーズの面々をよそに地響きを上げて着地したザインは氷の剣を召喚した。

 

「総員撤退だ!シルバーフラグズ、ブレイカーズは総員撤退、地上部隊も退却しろ

これ以上は彼の足を引くだけだ!」

 

 素早く判断を下した司令の怒鳴り声に反応した戦闘機といくらかの陸上機が基地方面へと撤退してくる

氷の鎧を纏ったザインと、アメリカのガンダーが相対した。

 

「ディァァッ!」

「ピギシャーーッ!」

 

 いつも通りのウルトラ発音とくぐもった声とがぶつかり合う

そして、ガンダーは空中へと飛び上がり、凍結攻撃を連発してくる。

 

「デュァッ!」

 

 飛行したザインの体を覆うほどの直径を持った氷の柱が形成され、槍のように飛来する

が、ザインの氷の武装の前には通じない。

 

「デュゥゥーアッ!」

 

 左手に握られた氷の剣が盾として砕け散り、その破片達が周囲の雪を吸い上げて花のように咲き

空に浮かんだ無数の氷華がガンダーの凍結光線を妨害していく。

 

「ジャッ!」

 

 ザインの両手に蒼白と薄紅のスペシウムエネルギーが収束し、それぞれに結ばれザインの必殺攻撃ザイナスフィアが放たれた

2本の白い飛跡を描きながら飛ぶ光弾がガンダーを追尾する中、ガンダーは縦横無尽に雪空を飛び回ってそれらを振り回し、氷結晶の矢を背後へと乱射して相殺してみせる。

 

「やっぱり強い……!」

(ああ、だが二番目ほどではない

速度も体力も、回復力もな)

 

 ザインが見据えるその先、ガンダーの左羽に突き刺さったままになっている、なんらかの機体の装甲片

それが剥落もせず、氷に覆われてもいないところからして、3体目の回復能力はそれほどではないようだ。

 

(ギランボの次元回廊、グローリアスの氷結エネルギー、私たち以外にも

地球人でなくとも、この星を守るために力を貸してくれる者は居る

それらの全てを背負って戦うのだ

この程度の輩に、負ける気はしないッ!)

 

 氷のエネルギーを宿したスペシウムソードが伸長し、青白く輝く

スペシウムが氷の中に閉じ込められ、低温かつ高圧の条件が揃ったことで純スペシウム結晶として析出しているのだ

 

(いくぞ雄介!気合を入れろッ!)

「応ッ!」

 

ブリザードスペシウムソード

 

 巨大に展開した光の結晶剣を構えたザインが突撃し、念力による加速と自身の飛行能力を重ねて超加速

ガンダーの凍結光線を鎧で受けながら突撃し、そのまま巨大な羽ごと横薙ぎに両断した。

 

「デュァッ!」

 

 凍結光線を防ぎ切った鎧が砕け散り、スペシウム結晶も空気に溶けて消える

普段と同じ姿に戻ったザインは

空へと飛び去っていった。

 

 


 

「ありがとう、ウルトラマン……」

 

 BURKアメリカ本部、全電源復活まであと2時間

怪獣による異常寒波と吹雪が消え去り、わずかだが日光が差してくる

それは紛れもなく、彼らの掴んだ希望の光だった。

 



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エピソード18 BURK-祝宴-

「……祝、ガンダー撃破っ!」

「クリスマスパーティッ!」

 

 クリスマスパーティは随分飛んだ形になったが、日本支部は平常運転

もちろんエリアルベースの二人も参加している。

 

「シャンパンなんて飲んでよかったんですかね?」

「良いんじゃない?あんな連中と比べたら生身の私達なんで戦力外も良いとこだし」

 

 生身でもそこらの星人と格闘戦できる2人を見ながら、結と三河の二人はグラスを傾ける。

 

「で、あんた随分気合い入ってるじゃない、なに?それ」

「み、ミニスカサンタ……です……その、私が着たかった訳じゃなくて、ですね

相応しい格好っていうか、その、クリスマスコス、こういうのしかなくって……」

 

 特別カスタムのクリスマス制服はなぜかサンタコスやトナカイコスなどさまざまな種類があるのだが、オーソドックスな一般制服を着て出ていた結隊員と違って三河隊員はその特服の中で一番人気のなかった

趣味的に作られたものを着て出席していたのだ。

 

「別に無理にコスプレする必要ないんだし、私みたいに普通ので出ればよかったんじゃない?」

「勿体無いじゃないですかそんなの!せっかくのクリスマスなんですよ?それに雪も降ってたんですから!ねっ?」

 

 たしかに上空で飛ぶエリアルベースに勤務していたのでは天気も季節感もクソもない

正月も夏祭りもなんにも無いのだから、せめてクリスマスくらい乗りたいと考えるのも当然だろう。

 

「で、ミニスカ?」

「……はい……」

 

 脚周辺の防御力のなさすぎるその格好に、到底緊急出撃はできないだろうと内心考えながら、結隊員は再びグラスを傾ける。

 

「じゃあほら、向こうの連中にも見せてきたら?あんた脚綺麗だし」

「恥ずかしいじゃ無いですか!そんなの見せられないですよぉ」

「じゃあなんで着てきたし……」

 


 

「お、エースのご登場だぜ?ほら持てよ」

「やめて下さいよ駒門さんが上手かっただけですって」

 

 丈治がふざけながら雄介にグラスを手渡し、一気を囃すが、周囲は誰も乗らなかった

一気飲み自体体に悪いというのもある上にそもそもノンアルでやっているために全員素面だからである。

 

「大学は良いんですか?」

「はい、今日はもう出る講義ないので」

 

 霧島からの声を軽くいなした雄介はターキー代わりのガーリックチキンを皿に取る。

 

「椎名君、作戦後に急に教授に呼ばれて行っちゃったって言われても困りますよ

せめて事前に我々に連絡してくださいよ」

「……すいません」

 

 徹の魂の叫びだった。

 

(どういうことだ?)

(俺もよくわからない)

 

 ザインと二人して内心混乱していると、背後にいたらしい駒門から声が掛かった

 

「椎名隊員」

「はい」

 

「あの時急にいなくなったのは大恩ある教授に呼びつけられたから、でしょう?」

「あっ……はい」

 

(カバーストーリー、というわけか

確かに戦闘中にコックピットから急に居なくなったら怪しまれるか)

(上手く誤魔化してくれたのかな)

 

 急場凌ぎに作られたような嘘話ではあるが、それで周囲が収まっているなら構うべきではないだろうと判断した二人は口をつぐむ事にした。

 

「肉ばかりは体に悪い、野菜も取っておくことね」

「はい……」

 

「あんま気にすんなよ、いっつもああなんだから」

「そ、そうですか」

「そこ、何か言ったか?」

 

「「いえ何もッ!」」

 

 丈治の耳打ちはどうやら聞こえていたようで、丈治はすぐさま撤退して行く

判断力の高さも行動の速さも見上げたものだ。

 

「……そうね、椎名君、あなたは向こうの二人を誘ってきなさい

私一人じゃ華がないでしょう?」

「十分では?」

 

「お上手って言いたいところだけれど、季節行事は毎年広報用の写真に使うから必要なの

……実を言うとこの臨時出向自体もそれで仕組まれていたらしいわ」

「えぇ……人類存亡の掛かった戦いなんですけど……」

 

「それは毎度のことよ、だから外見と実力を兼ね備える彼女たちって訳、実際足手纏いにはならなかったでしょう?ほら行ってきなさい」

「はい」

 

 雄介はシーザーサラダを探す体で二人のもとへ赴いた。

 


 

「……ん、来たわよ」「あ、椎名さん」

 

「結さん、三河さん、その節はお世話になりました」

「そう言う事は一番に落とされた奴に言わないの、ok?」「はい」

 

 頭を下げる雄介と空のグラスをかざして断る結、そしてさりげなく結に隠れつつミニスカを引っ張って伸ばそうとする三河。

 

「どーせ男衆に呼んで来いって言われたんでしょ?ほら行くわよ」

「あ、待ってくださいよぉ!」

「……完全に俺じゃなくて良かったじゃないですか」

 

 特製クリスマス制服の中でも最も人気のなかった事で最後まで残されていた

ミニスカサンタ制服、そのあまりに高い裾の終端から生脚を晒しながら

三河は手を引かれて去っていった。



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エピソード19 BURK-年末-

「んで、年末だけれど……コーヒー飲む?夜更かしする?お酒とか入れちゃう?」

 

「俺はしない、コーヒーは飲む

酒は飲まないかつツマミは食う」

 

 年末という事で家に帰った雄介の前には勝手に上がり込んでいた翠風の姿があった。

 

「じゃあ前と同じだね、ピザとか宅配取っちゃう?」

「お前が買いたいなら良いが、それより寝させてもらって良いか?疲れてるんでな」

「寝正月だね、どーぞ、でも寝顔は見せてね」「誰が見せるか」

 

 中身のないトークをやり過ごした雄介は家に彼女が上がっている事自体を勤めて無視しながらベッドに横たわる。

 

「先お風呂入っちゃいなよ、私も入るから一緒にね」

「流石に狭いからよせ、それに寝られなくなるだろう」

「あははっ!」

 

 二人の話を打ち切って、雄介は風呂のためにガスをつける

 

「……はぁ……いっちゃった」

 

 雄介が視界から消えた途端に、翠風は表情を完全に消して廊下を見つめる。

 

「ゆーくんよりも……いや、ゆーくんの方が厄介かな……なかなかイカれメンタルしてるし、命とか軽く賭けちゃいそう」

 

 上下黒スーツに足元はタイツ、ここだけ見ると完全なOLだが、そんな事は関係ない

格好がどうあれ彼女は地球を滅ぼすべく侵略を行う存在である事に変わりはないのだ。

 

「どうせみんな死んじゃうんだから、そんなの意味ないのにね

それに魂になったらウボ=サスラもグラーキもみんな節操なく受け入れちゃうんだからダメだよ、ゆーくんはちゃーんと大いなるクトゥルフ様に帰依しなきゃね」

 

 

 融けた瞳で笑う彼女は

見紛うこともない、狂信の彩を滲ませていた。

 


 

「年末帰省とか、若人ならではの特権ですねぇ……」

「気が滅入るのは事実だが、我々もMACのように全滅したくなければ警戒を怠ることはできん」

 

「まぁそうですけれど……」

 

 コーヒーを飲みながら弘原海の言うように、年末年始や祝祭日であろうと、そんなことは怪獣や侵略者にとって何の意味もないのだから警戒を怠ってはおけない

だからこそ、年末年始などのタイミングでは一部を除いて若者達は家に帰しているのだ。

 

「お前もその若人なはずなんだがな」

「僕の方はとっくに詰んでますからね、友人家族なんてもういませんや

家なんて帰る場所もなきゃ帰りませんよ」

 

 生体エネルギー、空間エネルギー、時空振動などさまざまな種類のレーダーを統合した複合レーダーの探知結果を眺めながらぼやく

怪獣被害の被害者として、自宅周囲のほぼ全てを薙ぎ払われもはや家そのものも残ってはいない彼にとって、帰るべき場所など存在しないにも等しいのだ。

 

「たまたま外出してなきゃ死んでましたね、あの時は……まぁ、死んだようなものでしたけど」

 

 現代社会では施設や環境の復興が早すぎるあまりに犠牲者が軽視されるといった社会的問題もある

中学生の身でありながら友人や家族を突然失った彼に、社会はあまりにも厳しかったのだ。

 

 両親が死んだからなんだ、家を失ったからなんだ

ローンや税などの社会的義務、土地の管理、葬式の喪主、世帯主、突然様々な責務を押し付けられた挙句

誰にも顧みられる事はない

『そんなことは日常茶飯事だから』『自分も被害者だから』などとと言い訳をする社会は

彼を助ける事も導くこともなかった。

 

「そのあとは被災児童養護施設に引き取られて、家のあった土地も持っていかれちゃいましたけど

そのおかげで勉強に運動に集中できましたし、今の僕はそれがあってこそでしょうね」

 

「……気が滅入る話はやめだ、アンパン買ってくる」

「どうぞ」

 

 BURK日本基地、本日も平常運転。

 


 

「時差あるとこういう時面倒ですねぇ」

「それはそうね、各国基準とかあるし」

 

 エリアルベースに帰った二人もまた、新年を待っていた

特製クリスマス制服の恨みは忘れていないのか、ミニスカコスプレを勧めてきたスタッフ(男性)を少しだけ睨みつける三河隊員。

 

「イギリス基準なんでしたっけ?こういうの」

「グリニッジの本初子午線だったはずよ、あんまり正確に覚えてないけど」

 

 針式の腕時計を見つめていた三河が叫ぶ。

 

「あ、日変わりますよ皆さん!それじゃあみんなご一緒に」

 

 ちょうど口をつけたところだったホットチョコレートを慌てて空けた結が息を整えるのと同時に

その場にいたエリアルベースの隊員達が声をそろえる。

 


 

 場所は変わって、深海4000メートルの海溝の中、連絡艦スワローテイル艦内にて

 

「ん、日変わるわよ」

「深海だとLINEとかもみんな使えなくなるの厄介よね……」

「そりゃしょうがないじゃない、ほら行くわよ!」

 

 どうしたって季節感のない場所ではあるが、明と咲のオーシャンコンビも一斉に声を合わせた。







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エピソード20 年始

「新年明けましておめでとうございます」

 

「新年、明けましておめでとうございます」

 

(新年の挨拶というやつか、季節行事でも有名なものだ、光の国でも地球滞在歴のある方々は大半やっているが、私が自分でやるのは初めてだ

まぁとにかく、明けましておめでとうございますっ!)

(声大きすぎ)

 

 三者三様の年明けを迎え、お互いに頭を下げる

特に、いつのまにかいつものコートではなく紅白の振袖に着替えていた翠風は簪と口紅までばっちり決めている気合いの入りようであった。

 

「で、化粧は良いにしてもどうやってそれ持ち込んだんだ?」

「先に褒めてくれないの?

ほら、似合ってる可愛いよえっちだよ抱かせろとかさ」

「いや可愛いのは事実だけど最後のはちょっと言えないかな……」

 

 雄介が頬を掻きながら視線を逸らすと、その先の方へと割り込んでくる翠風

そのまましばらく謎の追い駆け合戦が続き、流石に疲れた雄介が動きを止める。

 

「ん」

 

 そのまま雄介に組み付いてきた翠風が唇を頬につけて囁いた。

 

「ゆーくんは私のものだよ、我愛你(ウォアイニー)

「……お、おぉ」

 

「ほらほら、年越えたしもう寝ちゃお?私もお風呂入ってくるね!」

「ん、行ってらっしゃい」

 

 精神的衝撃から疲労がぶり返してきたのか、急速に霞む視界を無理に持ち直して姿勢を戻す雄介に、さらなる一撃が加えられる。

 

「覗いても良いんだよ?」

「誰がだ全く……俺の自制心をバカにするな」

 

 しかし、光輝く鋼の意志の前には悪魔の囁きさえ通用しないのだった。

 

「ざーんねんっ!」

 


 

「……グルルルルゥ……」

 

 地球圏、月天周防衛線

季節感どころか地球の環境そのものとすら隔絶された宇宙ステーションに設営された防衛基地

宇宙防衛拠点スペーシーベース。

その新年はやや物騒な幕開けとなった。

 

「これは……マザーケルビムッ!

隔絶した強豪個体だ、心して掛かれッ!」

 

BURKスペーシー ステーション2

現在アキレスの盾によるバリアは度重なる強引な突破や謎の干渉による損傷が相次ぎ、防御力が低下している

そのためBURKスペーシーの防衛線は従来より外側に拡大し宇宙機雷や対宇宙船兵装なども配備されているのだ

 

「来るぞっ!回避っ!」

 

 BURKスペーシーの有する宙間戦闘機

BURKワイバーンが12機、4機編隊で飛んでいく。

 

「アステロイドバスター級兵装の使用を許可、ウェーブカノン一斉射ッ!」

《了解ッ!》

 

 ワイバーンの中でも一際大きな追加武装を背負った機体、隊長専用機ドレッドノートはその追加武装コンテナに載ったビーム砲を連射し

それなら追随する僚機も機首に搭載されたビーム砲をぶっ放す。

 

普段は悩みどころが多く、基本的には副武装として配されるが、宇宙でのみ例外的に扱いの良くなる武装がある

それがビーム兵器

宇宙では地上環境と違い空気がない・対流がない・遮蔽物がない

即ち弾速が制限されず、弾道がブレず、減衰が少ない

そのため実体武装よりも圧倒的にビームの使い勝手が良くなり、結果的に宇宙でのみ例外的に近接防御兵装以上のビーム砲が全機標準装備されているのだった。

 

 一斉に降り注ぐビーム砲を全身に受けてなおマザーケルビムは進行をやめない

どころかそれでは自分を止める火力にはならないとばかりに勢いついて、周囲に浮いていた隕石片を操り防衛部隊へと射出して来た!

 

「ギュルウォォォッ!」

 

 しかしBURKスペーシーとは宇宙から攻めてくる怪獣宇宙人と真っ先に対峙する第一の防壁であり、故に最も多くの戦闘経験を積んだ海千山千の猛者達である、ただの隕石如きでは撃墜されるだけに終わるのがオチだ

だが射出された隕石は内部にケルビムの幼体を内包した擬似卵殻であり、それらが意志を持って特攻してくるという仕掛けを持っていた。

 

 どう運用しても高密度な放射線を振り撒くため、条約で地球環境での使用が禁止されているハドウジェネレーターから出力されるハドウエネルギーで稼働する準永久機関であるワイバーンであっても、メテオールであるイナーシャルウィングを用いたファントムアビエイションのような無茶な機動を取ることは基本的にできない

それこそ内臓を犠牲にするような負荷が掛かるからだ

だが、それでも宇宙の戦士達は躱して見せた

意志を持った鉄砲玉達の特攻を、ものの見事に躱して見せたのだ。

 

 

「グルルルルゥッ!」

 

 ケルビムの怒りの声が上がる、が、そんなことは防衛隊にとってなんのノイズにもならない。

 

「むぅぅんっ!反撃開始!ワイバーン隊、全武装を解禁するッ!」

 

 叫ぶが早いか、隊長は最低限の防御力を担保するための電磁防壁を解除して、その余剰出力を推力へと回すリミットアウトモードを発動した。

 

「リミットアウト!クアッドウェーブカノンッ!」

 

 通常機体下部に1門しか搭載されていないアステロイドバスター級兵装、ウェーブカノン

それを追加装備に3門という無茶な積み方をしているため、単純に考えれば彼の機体は他の4倍の火力を発揮するのだ

だが、話はそう単純ではない

特別にチューンアップされた隊長専用機とはいえ、他機と大元の出力は同じ

ワイバーンの出力規格でまともに撃つことができるのは2門のみである、それゆえに通常時は冷却時間の短縮のためにしかつかえず、4門同時発射ではエネルギー不足を起こして大した火力にはならないのだ。

 

 だからこそ、リミットアウト

姿勢制御も誘導ビーコンもレーダーセンサーもロックオンも機内電灯も他のエネルギー全てを廃して、ただ一撃に注ぎ込む

それでようやく放つことができる規格外武装、四連装収束波動砲、クアッドウェーブカノン。

 

 一つのジェネレーターから出力され、完全に重なる波動が共振し、増幅しあい、相乗して莫大な火力を発揮する。



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エピソード20 年始 2

「隊長ッ!……」

 

 全くあの人はすぐにリミッターを外す癖がある、誘導装備も防御装備もなしの宇宙戦など自分には恐ろしくてできないと言うのに。

 

「下手すれば帰還すら出来なくなってしまうんですよ」

 

 リミットアウトのために通信回線すら切られているので、この声はただの独り言

単独行動を決め込んだ隊長に代わって

副隊長の私が指揮を執らねばならなくなってしまったので、すぐに通信回線を切り替える。

 

「隊長はいつも通りに突撃したので私が指揮を執ります、異論あるか?」

 

《ありません!》

「よろしい、では総員一旦後退、ステーション前に防衛線を構築します、アームズフォート武装コンテナ、ライトンR30マイン及びペダニウムランチャー準備よろしいか!」

 

〈もちろんです!〉

 

 皆作戦はわかっている、最高火力である隊長の突撃癖まで作戦に入れなければならないのは辛いところではあるけれど、それを補うのが全員による一斉射

拡散射撃によって面制圧を仕掛けるワイバーン隊には流石に押されたのか、ケルビムが僅かに後退する

その隙に一斉に部隊を下がらせ、私も隊列の後尾に着いて後退する、ちょうどその時に宙域に漂っていたコンテナが解放され防衛兵器を展開する。

 

 無線連絡はバッチリだったとはいえ、なんの指示もなくテールブースターを掠るようなタイミングで展開された危険物(アステロイドバスター)に背筋を寒からしめながら駆け抜けて反転し、そのままウェーブカノンの準備に入る

私の使うワイバーンは固有名をシュートザムーン、機動性を犠牲に最高速度と武装射程に極振りしたカスタム機であり、搭載されたウェーブカノンは極細の超収束ビームを放つ狙撃型

理論上では月軌道から大気圏を抜けて地球にいるネズミを狙撃できるほどの射程と精度がある

 

〈ライトンR-30マイン、展開完了!〉

「了解、起爆タイミングはこちらで指示します、総員ビームバルカンで牽制しつつ陣形を整えなさい、十字鏃陣です、アステロイドバスターの真価、見せて差し上げましょう!」

 

 アステロイドバスター級の威力基準は宇宙における小惑星の破壊、つまり戦闘機に搭載されるデブリ排除用のブラスターが元来のそれ

始まりのアステロイドバスターの流れを汲むビーム砲、ウェーブカノンがチャージされていく。

 


 

「向こうは準備よしか!」

 

 リミットアウト状態から復帰し、識別ビーコンを発信してウェーブカノン発射を待たせつつ幼体ケルビムの背後に周って卵殻を壊す

こんな作業を一頻り繰り返してから戦域を離脱して隊列へと戻る、その寸前

ついにブチ切れたマザーケルビムが体当たりを仕掛け、R-30マインが連鎖起爆して凄まじい閃光を撒き散らした。

 

「うぉおぉっ?!」

〈遮光シャッターッ!〉

 

 何機かの僚機は遮光に成功したのか、無事な様子の通信が聞こえるが、衝撃波で隊列が乱れてしまった

強烈な閃光で視界が潰された者達は誤射を恐れて一斉射撃には加われなくなる

だが、彼女は別だ

シュートザムーン、夜逃げを意味する不名誉な渾名だが、彼女の機体は違う

本当に月を穿つことすら可能にする、超遠距離狙撃機なのだ

閃光がどうでも、衝撃波がどうでも、動かされた味方機が射線を遮っていても

必ず当てる、当ててくれる

だからこそ俺は彼女に副官を託したのだ。

 

「ワイバーン隊、可能な者は一斉射撃!」

〈〈〈〈了解!〉〉〉〉

 

 返事はたった四人分、射撃態勢を整えた状態でありながら、衝撃波と閃光から生き残ったのはそれだけだ

だが、その四人は全員特別。

 

副隊長 白山真白の2番機シュートザムーン

 

分隊長 ソラウ・ウェンディの6番機ワイズマン

 

一般隊員 劉基の4番機プロミネンス

 

一般隊員 リットリオ・ベージスの12番機トルネイダー

 

そして俺ことワイバーン隊隊長 浄川飛龍の1番機ドレッドノートを合わせた五機のワイバーンが一斉射撃を行う。

 

《リミットアウトウェーブカノン!》

 

 真白を除いた4機でリミットアウトし、それぞれのウェーブカノンを発射する

俺のは四連装、ワイズマンは湾曲、プロミネンスはヒート、トルネイダーは竜巻型

そしてシュートザムーンは超収束

リミットアウト状態の最大火力はディザスター級に迫るウェーブカノンの集中砲撃

面制圧を重視した拡散型とは違う、一点集中砲撃がマザーケルビムを貫く。

 

「グガァァァァッ!」

 

 装甲や肉体を貫通して、なお体内の中枢部分を貫くには至らなかったのか咆哮を上げるマザーケルビム

しかし、我々とてその程度のことは分かっている。

 

〈ペダニウムランチャー発射!〉

 

 その一声と共に、背後から極太ビームが放たれ、マザーケルビムの頭を消し飛ばした。



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エピソード21 兆候 1

「来た、ようやくだね……!」

 

 遙か上空、バリアの向こうに視線を向ける

私の用意した最強の使者、智天使の名を冠する怪獣ケルビム、祖なる神ほどではない、限りあるものではあるが桁外れの規模を持つその生体組織が全て子たるチルドケルビムの素材となり、死骸からすら無数の子を発生させる

たとえ地球襲来そのものが阻止されても、砕けた無数の破片が流星群として降り注けば地球中に拡散したケルビム細胞が同時多発的に無数のケルビムを誕生させるだろう。

 

 死ぬ事すらも計算に入れた一手

流石にマザーケルビムほどの巨体を肉片ひとつと残さずに完全消滅させるような兵器を使うことはないだろうと踏み、そして確かにその通りになったのだ。

 

「さぁ、おいで、かわいい子供達」

 

 天より降り注ぐ流星群に、微笑みを向けた。

 


 

「んゆ〜……」

 

 目を覚まし、星降る夜空を見上げて顔を上げる

纏った薄緑の衣は軽く柔く、いかにも頼りないものだ。

 

「……………

あぁ、そうか

…………」

 

 深い眠りから目を覚ましたのは未だ半分、力あるもののみ

本来の主人は未だ底知れぬ眠りの中にある

それを知った彼女は、ただ燃える星屑の群れを眺めていた。

 

 


 

「失礼します」

 

「たぁく、いつまで待たせるんだよ!」

「業務開始時刻には間に合ってますよ!」

「……失礼しました」

「逃げんな」

 

 挨拶を残してくるりと反転して研究棟の方に向かおうとする雄介の襟を掴んだのは竜弥だ。

 

「僕も仕事があるんですが……」

「お前の仕事場はここだろ、ほら人事」

 

 竜弥が握っていた辞令書を受け取って見ると、そこに書かれていたのは実に理不尽な謎の配置転換だった

対怪獣作戦室付き分析官とはなんなのかまるで理解できないが、とりあえず仕事場が変わった事だけは受け入れる雄介。

 

「ちょっと何言ってるのか分からないですね」

「安心しろ俺達も分からん、いつもの事だ」

 

「いつの時代も上の考えることなんて理解できないものなんですよ、そんなこと考えるより今ことを考えましょう

具体的にはほら、椅子の配置とか……椎名君、席はどこがいいですか?」

「動かす荷物が多いので、できれば扉近くが良いですね、オペ席とか空きありますか?」

 

 徹、竜弥とかわるがわる話掛けられて忙しく首を動かしながら応える雄介

席自体にこだわりはない様だ。

 

「お前コーヒー飲めるか?」

「あんまり濃くなければブラックでいけますね、濃いのはミルク使いますけど」

「俺と同じだな、ここブラック人気ないんだよ、飲もうぜ、ほら淹れてやるよ」

 

「それより!先に荷物動かしませんか?」

「……そうだな」「ですね、手伝いますよ」

 

 珍しく雄介の側から話を打ち切り、もはや古巣同然となった研究棟のデスクを引き払うための準備を始めた。

 


 

「……流石に無茶が過ぎたのでは?」

「なんの件だ?」

「人事異動です、新年早々に配置転換などほぼないことです、それに存在しない役職をでっち上げてまで彼を作戦室に引っ張り込む必要などないのではないですか?」

 

 弘原海の視線は鋭い

しかし朽木支部長の口調もまた堅かった。

 

「人事異動も役職設置も俺の職務の権限内だ、なんの問題もない

それにな、折角ウルトラマンを味方につけたというのに遠巻きに眺めさせるだけでは味気ないだろう?」

「それで!嵐真がどれだけ怪我をしたと!」

 

 弘原海はデスクに詰め寄るが、朽木支部長は表情を変えない。

 

「……では彼の犠牲は、果たしてどれだけの命を救ったと思う?我々(BURK)も国連も軍隊も、もはや存在しない暗雲に満たされた醜悪な世界が出来上がる寸前にまで行ったのだ、

彼と彼のウルトラマン無くしてこの世界は無いよ

だからこそ、より早期に新たなウルトラマンを取り込む姿勢を取った、その判断を私は下した、これを間違いだとは言わせない」

 

「……しかし!彼らはまだ若い、戦闘組織であるBURKは成長の途上にある彼らを歪めてしまう、戦いの中でしか生きられない兵士なぞ、存在するべきではない!」

 

 なおも食い下がる弘原海に対し、あくまで冷ややかな眼差しを向ける朽木支部長。

 

「より大いなる善のために、犠牲を見逃す事は必要だ、我々はそうやって星を守ってきた

犠牲無くして成功はない

一見無いように見える時も、水面下には犠牲者が転がっているものだ

科学特捜隊も、ウルトラ警備隊も、ZATもTACも、GUYSも常に犠牲を支払ってきた

我々BURKもまた、それに準じるというだけだ」

 

「……くっ……」

「組織内でのいがみあいは悲劇しか呼ばない、我々が睨み合っていても何も解決しないのだ、話を戻そう」

 

 デスクの上に積まれた書類の束を取り上げて、数枚の写真と英語の報告書を見せる朽木支部長。

 

「昨日襲来した宇宙凶険怪獣(brutal space monster)ケルビム、その超大型個体だが、どうやら多数の隕石を従えていたそうだ

聞く話によると、その中には幼体と思しき個体が紛れ込んでいる、と」

 

「……」

「現在地球周回軌道に乗った隕石は極めて広範囲に流星群として降り注いでいる

この事態に対し、国連は機密クラスⅣとして秘した上で大規模怪獣災害警報を発令しBURK全基地に対応を求めている

我々日本支部としてもこの対応は行わざるを得ない」

「わかりました、陸戦部隊との連携訓練を進めます」

「いや、それには及ばない」

 

 即座に現在の空戦メインである作戦室メンバーと一般的なケルビムの戦力を比較して、陸戦部隊の武装車輌や戦術の共有を必須と判断した弘原海だが、支部長はそれを制した。

 

「日本基地のエクスカリバー・アリエスは封印中だ、ディザスター級以上の兵器の制限数にカウントされない」

「しかしそれは」

「まぁ否定されたんだが地球の危機だ、なんとか言いくるめてもぎ取って来た

これで1枠、ディザスター級を増やせる

そこでだ……何がいい?

実際に使うのはお前たち実戦部隊、使えない兵器などあったところで無用の長物に過ぎんからな」

 

「……では、あれを」



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エピソード21 兆候 2

「よ、大丈夫?」

 

 日が落ちるより前、程度の時間にデスクを移動し終わり息をついてると、突然肩を叩かれた。

 

「あぁ明か、いつ来たんだ?」

 

 明はカクカクと首を揺らしながら努めて胸を逸らし。

 

「ん〜?このオーシャン最強のパイロット様に向かってー良い態度じゃないかー」

「……寒いぞ」

 

「なんで言うのさ」

 

 スンとばかりにニヤけた表情と姿勢を戻して真顔になった。

 

「いやなに、この前のガンダー戦で直接の設備損壊とか吹雪の災害とか色々あったじゃない?それでアメリカ・アンタクティカ・ロシア・イタリアといろんなところに結構な被害が出たからね、組織再編とか新体制の樹立とかで色々忙しくって、日本基地にきたのもついでみたいなもんよ」

 

「そうか、じゃあすぐにまた移動か?」

「いや、今日はこれで終わり……かな、一応ね、あとは書類輸送くらい

ほら、どんだけ頑張って機密やってても地球より上位の技術持ってるなんてデフォだし、暗号とか意味ないんだよね、だから一周回ってお手紙郵送ってわけ」

 

「なるほど」

 

 たしかに現物のみで物理的にやりとりするならコピーや盗聴のリスクはないに等しい

特にアメリカ基地の量子コンピュータK.I.N.G.は設備破損による電力不足で十分なスペックを発揮できていないらしいので、いつもよりもそういったアナログ手法の利用が多いのだろう。

 

「どうする、ついでだし紅茶でも飲んでいく?」

「よし、じゃあ俺も紅茶にしよう」

 

 二人して廊下の自販機で紅茶を購入する、午前の紅茶(レモン)を明が、午前の紅茶(ストレート)を雄介が買って二人でベンチへ。

 

「あー……そっちの方は最近どうよ」

「こっち、日本支部の方か?あんまり変わったところはないな、俺は新部署に移動になったと言ってもそれもペーパーっぽいし」

 

「そっか、じゃあお暇だね」

 

 二人で窓の外の風景を眺めて、味気ないペットボトルの紅茶を飲んだ

たったそれだけの事でも、多分必要な事だった。

 


 

 日も落ち、談笑のめぼしい話題も尽きたその頃、突然ことは起こった。

 

緊急出撃(スクランブル)緊急出撃(スクランブル)!エリアH-17にて爬虫類型(レプタイル)確認!50メートル級とのこと!〉

 

「クルセイダーズ緊急発進!」

「こっちゃ寝てんだよぉぉぉっ!!」

 

 けたたましいサイレンが鳴り、仮眠室から飛び出してきた竜弥達が我先にと走り込む先は格納庫

整備科(メカニカ)の皆さんがきっちり整備してくれたクルセイダーと戻ってきたセイバー、そして諸々の件で置いてあったシーホースへと全員が乗り込んだ。

 

〈1番ゲート開きます!〉

「ready set 」

「BURKジャパンクルセイダー1、スタンバイ!」

 

「スクランブル!」

 

 諸々のコールを省略してゲートを開き、格納庫から直接緊急発進したクルセイダー達

一方海馬(シーホース)側は落ち着いたもので、ヘルメットを被った明が主機を起動する。

 

「BURKオーシャン呑狼明海馬(シーホース)出撃する」

 

「ちょっなんで俺まで!?」

「は?」

 

 落ち着いていたのは表面だけだったようだ。

 

 


 

「クルセイダーズ戦闘開始(エンゲージ)!」

「シーホース戦闘開始(エンゲージ)!」

 

 雄介を後ろに乗せたままシーホースで超速機動し、クルセイダーズの後方からビーム砲で支援砲撃を行う

クルセイダー2機は前に出て、外付け兵装である実体弾の200ミリキャノンを発射

大威力の砲撃でそのまま敵怪獣の装甲を食い破ろうとする。

 

「ギジャァァァ!」

 

 半身像の如き無様な、不自然な姿の爬虫類型怪獣、ケルビムの幼体だ。

 

(おそらく流星群に紛れて地球に来たは良いがマザー個体が倒されてしまったために不完全な状態で孵化したのだろう)

(なるほど、じゃあ弱いのか)

(おそらく、通常の成熟した個体よりは弱いだろうな)

 

 ザインの念話の通り、戦いは一方的に進み、ケルビムの武器たる遠距離攻撃、弾道エクスプルーシットはかすりもしないどころか無駄に体力を奪うだけに終わり

逆に未熟な体表装甲ではキャノンの物理衝撃を受け止められず、弾を受けるたびに緑の血と肉片が飛び散る。

 

「なにこいつ……弱い」

 

 明はふらついているケルビムを不審がっていたが、それよりも倒すことを優先したようで、容赦なくビームを連射する。

 

「撃破……!?」

 

 ビームと実弾が同時に突き刺さり、そして爆散、実にあっけない戦い、いや戦いですらない一方的な殲滅だった。

 

〈……おかしい〉

〈何かきそうな気配がしますね……〉

 

 クルセイダー達もあまりにあっさりとした攻略には違和感を覚えたようで、それを訝しみながらも撤退していく。

 

 そして、それを見つめる影も消えた。



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エピソード21 兆候 3

「敵は思っていた以上に強力なようだ、強力な怪獣を持たない我々は奴らとは違う戦術を取らねばならない」

「しかしあのケルビムは非常に未熟な個体だった、成熟したケルビムならば結果は違うのではないか?」

「成熟したマザー個体すら撃破された、敵を侮るべきではない、まずは作戦を考えるべきだ」

「仮に見せた戦力に倍する力を有していたとしても完全体に至ったゼットンならば撃破可能と判断する」

「推測にすぎない、完全体ゼットンを用意するのにどれほどの時間と育成コストが掛かるかを考えれば有効であっても使用不可能なことは自明だろう」

 

 影達の会話は続く。

 

「『彼女』による怪獣召喚はランダム性が高く、狙った怪獣を呼ぶことはできない

事前に用意されたケルビムは倒された、これは彼女を討つ機会でもある」

「彼女は非常に強力であり、我らよりも高度な戦闘能力を有する、行うべきではない」

「しかしこれまでの我らに対する扱いはもはや目に余るものである、我らを侮る彼女ならば一撃で暗殺する事は可能だ」

「彼女の肉体強度は我らのそれを上回る、故に一撃で『終了』可能かは疑問が残る」

 

「生き延びれば我らが滅ぶ、殺さねばならない」

「このまま使い潰されるばかりにはなれない」

 

「しかし慎重を期さねばならない、我らの力は僅かであり、我らはこの星では影の中でなくば存在を維持できない

我らは星の加護を持たぬ故に」

「我らは死してはならない、我らは誇り高き影の一族の生き残りである

たとえ影より暗き闇に屈しても、種の繁栄を取り戻すために無駄死にをしてはならない」

 

 言葉は重なり、うねりとなってただ響く。

 

「我らが動かざれば捨て石とされるは必定、然らば彼女を討たねばならぬのも、また必定

我らは動かねばならぬか」

「我らの巨躯は動かせない、故に考えねばならない」

「肉体なき者にこそ、打てる手もあるというもの、まずは私が行きましょうぞ」

 

 群れる影の中から、一つが抜け出て姿を消した。

 

「影より出でまし同胞のために」

 


 

「なんだよもー!未熟児ちゃんなんて保育器にでも入れてろー!」

 

 ビルの屋上で、最強の手駒をむざむざと使い捨てさせられた女が叫ぶ

子ケルビムが自ら卵殻を破壊した時は戦力個体かと注視したものの、完全な身体形成すらしていないような未熟な個体、放っておいても死ぬような状態の輩が出てきたせいだ

彼女の落胆著しい表情は昼日中の陽光に照らされていた。

 

「まったく……もう、随分経ってるってのに、アイギスは砕けないしザインも倒せない、(パノプリズマ)(ヴェルエスタム)戦車(テトリオート)も壊したっていうのに!」

 

 ぐしゃり、コンクリートを叩き潰してビルの屋上の一角を削る

もちろん大音を立てるような無様なやり方ではない、彼女は力任せな野蛮人とは違うのだ。

 

「最後の(アイギス)に施された放逐の呪さえなければ!あれさえなければ神が降臨する、だから楯を壊したいのに外とは連絡も取れなければ外から破壊してくれるようなやつもほとんどいない!

隙間抜けて来るだけでドヤ顔するバルタンなんかじゃ役に立たないんだよ!」

 

 自分を棚に上げて騒ぐ女

事前に用意されていた最大の駒を使わされた挙句に十分な成果は出せず

新たな要素を併せてもせいぜいちょっとした嫌がらせや戦力分散程度にすぎない

彼女の想定通りならマザーケルビムの体格を利用してバリアを突破して、流星群ごともっと多くのケルビムが成体で降下してきているはずだったのだが、そういった個体はほとんど全部スペーシーの外殻防衛線で撃ち落とされてしまったようで、有効な戦力個体は降下から三日経っても出現していないというのが現状であった。

 

「あーもー!」

 

 極度のストレス故か頭を掻く彼女の創傷同調(ウルトラウム・シンクロナイズ)は人の心の欠損を投影する能力

深く傷ついた心に働きかけ、その心の発する感情を中核として、その精神波と同調する怪獣を召喚する

それと同時に人類の『心の力』によって支えられている(アイギス)のバリアに欠損を投影し、傷つける

宇宙中のどこかに共振し、同調する存在さえあればそれを必ず呼び寄せることができる強力な召喚能力であり、そして楯の力を削ることに最も向いた能力でもあった。

 

「まぁたしかにバリアの破壊なら……私が一番向いてるんだろうけど……

だからって一人に任せる事じゃ無いでしょ……」



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エピソード22 襲来 1

「また出現しました!エリアI-29です!」

〈私が急行する!クルセイダーよりシーホースの方が早い、敵の戦闘能力を鑑み、各機は帰投待機されたし〉

 

〈クルセイダー1了解〉

〈クルセイダー2了解です〉

〈クルセイダー3了解〉

 

 他機を基地に帰らせた明は隊列を離れて北を目指す、エリアI-29の地図上のグリッドをチラ見して方向を時折修正しながら突き進んでいくと、突如飛来した火炎弾。

 

「ッ!」

 

 鋭く息を吸い込む音と共に操縦桿を大きく引いて急上昇、斜めに機体を倒して旋回し、敵を視界にとらえた。

 

「来た!」

 

 連射速度はそう高くないようで、飛んでくる火球は単発かつまばら

追尾などもしないようだ、この程度ならば余裕で回避できる。

 

「またこいつか」「ケルビムな」

(いや、この個体は比較的成熟しているようだ、体格が大きいし足もあるぞ)

 

「一応警戒は強めてくれ」

 

 後ろの席でレーダー監視を続けながら市街地に出現したケルビムを睨みつける雄介

ビルが多く、場所が悪いせいで大きく動き回りながら連続攻撃を加え続ける基本の戦闘スタイルが取れないことが悔やまれるが、その程度の制約なら問題はない。

 

「行けるね、問題なし!」

 

 90°ターンして再びの火球を回避した明の目には明らかな余裕が浮かんでいた。

 

「ミサイル使うよ!」「了解」

 

 軌道を戻して再コンタクトと同時にミサイルを射出したシーホース

飛翔したミサイルは特に妨害もされずに真っ直ぐ飛んでケルビムに着弾、派手な爆炎を噴き上げる。

 

「着弾!確認して!」

「了解!」

 

 煙の向こうから飛んでくる火炎弾、やはり成熟個体は桁が違うか

生体装甲でミサイルを防ぎ切り、そのまま目眩しに利用して反撃してきたのだ

しかし悲しいかな盲撃ちとなったそれは大きく目標をそれて空へ飛んでいき、逆に発光から位置を割り出す標となってしまった。

 

「回避」

「甘いっ!」

 

 鋭い叱声と共に急降下し、アスファルトを削るような超低空から再浮上

今度は下半身を狙ったビームを打ち当て、再び上昇してビルの影を離れる

その瞬間だった。

 

「ッ!」

 

 尋常ならざる表情を見せた明が全身を大きく動かし、操縦桿を全力で捻る

当然それに追従した機体も大きく揺れて傾きながら軌道を変更し、ビルの上を横切りながら縦回転する。

 

「うぉぉぉ!?」

「新手!」

 


 

 一方その頃、基地に搭載されたレーダーを監視していた霧島が突如として出現した新たな反応を捉えていた。

 

「ポイントN-1に新たな反応、異常な高速で南西に移動しています!出現地点からしておそらくこれは

タイプ鳥類型(バーディア)、グエバッサーです!」

「休眠中の個体か……!帰投中のクルセイダーはそっちに回せ!位置的におそらくケルビムのエネルギーに引き寄せられている、海馬(シーホース)が挟撃されるぞ!

 

「はい!」

 

 そして、こういう時

主戦力となる空戦部隊が出払った時というのは大抵良くないことが起こる

その空気をなんとなく察していた弘原海と駒門は二人してアイコンタクトを取り

お互いの仕事を分掌する

即ち陸戦隊による基地周辺の防衛と空戦隊への指揮だ、今回は弘原海が前者を、駒門が後者をそれぞれ行い統制ある防御を展開した。

 

 そして予測した通りに、それは出現した。

 


 

「ギィィィィッ!」

 

 有翼怪獣アリゲラ 宇宙より出現。

 


 

「さらに反応出現!種別は分類不能(アンノウン)、レジストコードアリゲラです!この軌道……基地に突っ込んできます!」

「出動するわよ、陸戦隊の準備はいいわね、電磁バリアを展開する、部隊出動急いで」

 

 比良泉と霧島の二人体制でオペレーションを行い、それぞれが陸空を担当する

戦況は複雑だ、まずエリアI-29地区にケルビム、交戦中のシーホース

そこに後発で出現したグエバッサーが接近し、クルセイダーが帰投コースから取って返した

そしてちょうどそのタイミングでアリゲラが基地付近に出現し、接触する

現状展開されているのは空戦部隊(クルセイダーズ)が戦うエリアIと基地周辺の防衛の二面作戦である

 


 

「まずい、散開挟撃か……ふっ!ちょっとキツいの行くから、耐えて

私も……我慢するからっ!」

 

 ぐっと速度を落として緩急差で爆風を躱し、そのまま乱れた気流の中を抜けて再加速し、ケルビムへと突撃するシーホース。

 

「ああぁぁぁぁあッ!」

「ぐぅぅぁ……」

 

肺から空気を搾り出される痛みを我慢しながら超軌道で突撃したシーホースが敵正面のベストポジションへ到達したと同時に残るミサイルを射出し、ビーム砲の出力をマキシマムにして発射

発揮可能な全火力を顔面に集中させる。

 

「グギャァァァッ!」

 

「やっぱ効かないか!」

 

 悲鳴こそ上がるものの、それは顔面右ストレート直撃くらいの感覚に過ぎず、戦闘不能に繋がるダメージではないことは明らかだ。

 

「雄介、ベイルアウトしな!

この戦い、勝てない!」

 

 そう、発揮可能な全火力を出して敵の殲滅ができないのなら、この戦いに勝利はない

ならば戦闘目的を敵の誘導に切り替えるのが正しく、そのための連続回避や牽制には人外の機動を繰り返す必要がある

特殊対G訓練を受けたエースパイロットならともかく、雄介には耐え難い負荷を強いることになるのだ。

 

「くっ……ベイルアウト!」

 

 後部オペ席から雄介が脱出し、それと同時に暴風に吹き飛ばされる

時速100キロを超える超高速の暴風、グエバッサーの遠距離風撃だ。

 

「うぉおあああぁぁぁっ!」

「雄介っ!?きゃぁぁっ!」

 

 上空に射出されながら吹き飛ばされた雄介と、機体ごと風に煽られて姿勢制御に気を取られる明

明は完全に雄介を見失い、雄介は暴風が直撃した影響で意識を失った。

 

「デェアッ!」

 

 雄介の意識が失われたことでザインが肉体を動かして変身し、巨大化して着地

直撃コースで飛来したケルビムの火炎弾からシーホースを庇う。

 

「ヌゥン……ディアッ!」

 

 ケルビムに向き直ったザインが大きく腕を振るい、続け様に飛来する火炎を振り払って、もはや誰もが見慣れた宇宙拳法赤心貫徹拳の構えを取った。



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エピソード22 襲来 2

(一旦グエバッサーは無視してケルビムに攻撃を集中するか……あぁ、クルセイダーもこっちへ来ているようだ、ならばシーホースとクルセイダーにグエバッサーを足止めしてもらってこちらはケルビムをできる限り早く倒し、取って返す方がいいだろう)

 

「ディアッ!!」

「ギシャァァァッ!」

 

 短剣のようなツノと鉤爪を振り翳して近接戦闘(インファイト)を挑んでくるケルビムに迫り、拳と蹴りを振り抜いてツノをへし折らんとするザイン

しかしケルビムも伊達に智天使の名を冠しはしない、彼らはベムスターと同じ、うまくやれば星系全てを殲滅しうる大怪獣なのだ

今さっき生まれた程度の個体にそこまでの実力はないにせよ、時間をかけた成熟を許せば1人のウルトラマン程度では手に負えなくなってしまう可能性は十分にある。

 

「ディ……デュゥァアッ!」

 

 左手で鉤爪を受け止め、ゼロ距離発射される火炎弾を首だけで躱し、逆にザインスラッガーでツノを切断し、落ちたそのツノを握って突き刺し、ケルビムの左腕を貫いた。

 

「デェィッ!」「ギシャァッ!」

 

 絶叫を上げるケルビムに対して冷静に追撃を仕掛けるザイン、スペシウムエネルギーをスラッガーに充填し、両手を押し込んで体制を崩させ、そのままスペシウムソードで幹竹割して両断した。

 

「グギャァァァッ!」

 

 爆散したケルビムに背を向けて飛び上がったザインはそのまま空中戦に移行する

雄介の意識がない今は制御能力不足のため、スペシウムか電気かどちらかを選ばなくてはならない、ザインはスペシウムソードを破棄して電気エネルギーを全身に回して加速し

遥か東北へと向かった。

 


 

「エリアI反応消失!ケルビム撃破しました!」

「よくやった!聞こえたなクルセイダーズ!呑狼隊員に続け!」

 

〈了解!〉

 

 日本基地作戦司令室空戦隊指揮所に臨時設定された作戦室の右側で弘原海が檄を飛ばすなかで、左側の陸戦隊指揮所では駒門が沈黙を噛み潰していた。

 

「状況報告せぇ!おい聞こえとんのか!?」

〈ザッ……ザァ……!隊長!……ない……!〉

 

 アリゲラの空襲攻撃を受けた日本基地は電磁バリアによるエネルギー装甲を展開し

アリゲラの突撃を弾き返すことこそできたものの、謎の通信障害によって陸戦隊の十八式戦車に搭載された旧式の無線は使えなくなってしまった

これでは指揮の意味がない。

 

「ダメです、依然、九重陸戦隊長につながりません!」

「諦めるな!何度でも繰り返して!

クルセイダーには繋がっているんだから無線が通じない訳がない、ならば何らかの妨害を受けていると考えるべき、原因を特定しなければならないわ!」

 

「しかしこの有様では!」

「直接指揮しかない……陣頭に出る!」

 

 陸戦隊の指揮のため基地外へ出ようとする駒門、しかし。

 

「これは……!?」

 

 普段の強化リノリウムタイルの床などどこにも見えない、一面の黒

生けられていた花すら無くなっているその状況を見て、即座に例を類推する駒門。

 

「どう見てもロクな状態じゃないわね……」

 

 触れたら即死、テレポート、拉致誘拐、拘束、さまざまな可能性があるだろうその黒化した床に、胸ポケットから抜いたボールペンを投げ捨てると

常ならば鳴るカツンという音すらせずに沈んで消えていく。

 

「……」

 

 彼女は司令室へと取って返した。

 


 

「周囲の風速は90メートル以上、飛んでいるのがやっとですよ!」

「クソッ!こんなに風が強いなら実体武装よりビームで来るんだった!」

 

 グエバッサーは遥か上空を飛び回りながら旋回と遠距離攻撃を繰り返し行い、まずは獲物を弱らせようとしていた

鉄翼の鳥に疲労などという概念はないが、それにしても手出しができない

ここ最近特に物理攻撃の機会が多かっただけにハードポイントは全機実弾武装であり、標準装備のビーム砲は機首のそれのみ

細く低出力なビームでは荒れる大気内の分子との衝突で減衰してしまいまともな攻撃力を維持できないのだ。

 

「かくなる上はぁ……っ!」

 

 最後の手段である特攻を試みることすら視野に入れ始めたクルセイダー達の目に映る、希望の光

ウルトラマンが飛来したのだ。

 

「デヤァァッ!!」

 

 見事な飛び蹴りを披露したザインによって翼が止まり、それによって生まれていた風も止まる。

 

「いよっしゃぁぁ!」

「ガトリング使いますッ!」

「接近するぞ!」

 

 手詰まりとも言える状況から一気に進展した戦況、有利を決定付けるべく

彼らはグエバッサーに全火力を集中した。

 


 

「デヤァッ!」

 

 クルセイダーズが空中からグエバッサーを叩き落とし、そのまま山際に墜落させるとザインはマウントポジションをとってひたすら殴り付ける

鳥型のグエバッサーは飛翔に特化した体型の関係上、地面に叩きつけられればその能力の大半を使用不能になるため、一方的な攻撃が可能なのだ。

 

「ディッ!ディッ!ディアッ!」

「ギピィィィィッ!」

 

 苦し紛れに羽を爆発させるグエバッサーだが、十分な威力は出ない

そもそもその羽は遠距離から無数に直撃させてこそ真価を発揮する武装であり、牽制程度の火力に過ぎないものなのだ

完全にマウントを取られた状態からでは有効打にはならない。

 

「デェェエアッ!」

 

 無数の仮想リングに掛けた電圧によって電磁砲の要領で左腕を加速させ

雷を纏った拳を放つと、拳はついにグエバッサーの背骨を貫いてそれを完全に絶命させた。



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エピソード22 襲来 3

「……廊下ですか?それも丸ごと?」

「えぇ、全体的にね、試しに投げ込んでみたボールペンは何かに飲み込まれるように消えた、おそらく別の空間に繋がっているわ」

 

「慌てて走り出してたら即落ちしてたって事ですかいな」

 

「しっかし、空間接続ならそんな大規模にする必要も……いや、あぁ足止めですね、それもわかりやすい形での示威行為を含めて」

 

 グエバッサーもケルビムも片付き、残るはアリゲラのみ、しかし陸戦隊への直接通信は使えず、陣頭に出ようにも司令室前の廊下は何らかの空間操作を施されたのか黒いトラップ床と化している

緊急脱出にもあの廊下を使うことは変わらないため、BURKの司令室メンバーは部屋に閉じ込められてしまった

お互いに連絡の取れない状況での分断、現状打つ手はない。

 

「いやーまさか空間自体を操って基地内に攻撃を仕掛けてくるなんて思いませんでしたよ、どうしますこれ?こんなの漠然とし過ぎて僕にもよくわかんないですし対処法なんてすぐ思いつくようなもんじゃないですよ?」

 

 現象の観測も十分ではない上に邪神やそれに類する存在の能力だとすれば無数の選択肢がある

流石の徹にもこれだけの情報で使用者の素性を特定することはできなかった。

 

「幸いバリアそのものに干渉はされていませんし、直接これから攻撃してくるわけでも無さそうです、我々に対してはおそらく、足止めが目的と思われますが……」

 

「んなけったいな事するくらいなら正面切って殴り込んで来んかい星人どもめ!」

「……そうだな、随分慎重な手だ」

 

 弘原海達もそれは同じようで、比良泉にも悪態一つ吐くのが限界だった。

 

「しかし、彼らも詰めが甘いようだ」

 

弘原海はBURKガンの出力を下げて横にあった窓を撃ち抜き、その枠を蹴り飛ばして外す。

 

「降りるぞ」

 

 地上十数階の高度からの降下作戦が始まった。

 


 

「こちら陸戦隊、司令室応答求む!」

 

 何度目かもわからない通信を送って、帰ってくるのはノイズだけ

他の隊員達も同じように通信が通じなくなっているようで、各自判断で事前訓練に則った無線封止後の戦術を取っている

しかしやはり連携は相互の情報共有あってこそ活きる物、お互いの状況を直観で推測するほかない状態ではどうやっても連携モドキ程度にすぎない。

 

「司令室!応答求む!」

 

「もうやめとけ、それより動くぞ!」

 

 九重隊長の静止に従って操車に集中した俺は必死になって骨鳥怪獣の動きを見極めようとするが、速すぎて目で追えないまま残像ばかりを眺めることになってしまう。

 

「10時方向から来るぞ!」

「はいっ!」

 

 咄嗟に回避のため右方向にハンドルを切って加速すると、その回避軌道ギリギリを掠めるように奴の放った光弾が着地した。

 

「あっぶねぇ……!」

「よく避けた、次!弾込め良いか!」

「はい!」

 

 自動装弾装置はとっくに弾を込め終えているため、あとは狙って撃つだけなのだが、爆発の影響で土煙が上がって敵の飛跡すらろくに見えない!

 

「来るぞ、12時方向正面上!」

「ロック!」

 

 車載の主砲と砲塔制御AIの応答はほぼ同時、俺自身は見えないままだが、隊長の指示を信じてぶっ放した。

 

「よし!直撃ッ!」

 

 突撃をしながら顔面に直撃弾を受ける経験はなかったのか、鳥型は姿勢を崩して勢いが死に、そしてその隙を周囲の仲間たちが容赦なく突いた

対怪獣用徹甲(A・M・A・P)弾が敵の顔面や翼に着弾してめり込み、また骨のような表面装甲を削って行く。

 

「ギシャァァァッ!」

 

 絶叫を上げる鳥型だが、そんなことは関係ない、俺達防衛軍の前に現れたことがこいつの運の尽きだ。

 

「よし!次発装填!」「装填よし!」

「撃て!」「発射ッ!」

 

 数百を超える弾を撃ち込んだ末に、全身を挽肉同然の有様にした奴は

それでもなお光弾を放った。

 

「中山ぁぁぁっ!!」

 

 俺の二つ隣、12のナンバーを冠する車両に光弾が飛来し、そして爆発した

次は俺だ、今までは運がよかったんだ

あぁ、死

 

 

「……あ?」

 

「ボサッとするな!機銃でも撃て!」

「……はいっ!」

 

 目の前まで飛んできていたはずの光弾が突如として停止して消え、呆気に取られた俺は半ば思考を止めたまま副兵装の機銃2門を発射した。

 


 

「銀嶺庭園、起動終了しました」

 

「完全に間に合わせることはできなかったようだな……」

「仕方ない事だ、お前ら後で黙祷するぞッ!」

 

 所変わってこちらは基地内のハンガー、そしてそこに収められたディザスター級兵器、銀嶺庭園の起動装置前である

緊急事態に於いて上長との連絡が取れない場合にのみ、科長以上の判断で使用が認められる、ディザスター級の原則を逆手に取った急速起動により基地の側に発射された光弾は防ぐことができた

しかしエリア設定が十分でなかったのかエネルギー不足かは判然としないながら防ぎきれない弾が出てしまったのは事実だ

人命は悔やまれるが今はそれ以上の被害が出ないように食い止めることを優先する。

 

「次長!第三接続完了、エネルギー充填率90%、起動準備できました!」

「よし、あとは俺がやる!1分で間に合わせてやる!パイロットは新だな?」

 

「いや甲崎次長、乗るのは私だ」

 

「な、動かせるんですか!?」

「無論。そのために訓練してきた」



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エピソード22 襲来 4

〈システムオールグリーン、急速起動します!〉

 

「起動完了確認した、BURKセブンガー新3改出撃する!」

 

 渋い声と共に、基地正面のハッチを開けて出撃する鉄の巨人

戦闘モードで起動したセブンガーは名前通りにウルトラセブンと同等の格闘能力を有する戦士なのだ。

 

 ギギギギギィィィと耳障りな大音を立てて、鋼の拳脚がアリゲラへと迫り、迎え撃つ追尾光弾を装甲で無視して突撃していくセブンガー

流石に突如出現した戦力に驚きつつも後を任せて各自撤退する戦車隊達。

 

「ギシャァァァォーッ!」

「舐めるなアッ!」

 

 羽や脚に攻撃し続けていた戦車隊が居なくなったことで羽を再生させて飛翔しようとするアリゲラだが、その隙を見逃すはずもない

普段は司令室にいる弘原海とて歴戦の勇士なのだ。

 

 弘原海の繰るセブンガー新3改はアリゲラを正面から蹴り飛ばして仰向けに転がし、そのまま更に蹴りつけて基地から大きく引き離した

セブンガーは仮にも起動限界である3分間のうちに都市一つを更地にできる戦力としてディザスター級に指定された兵器、怪獣一体如き相手にするようなものでは無いのだ。

 

〈隊長!左膝は不調って言ったじゃないですか!〉

「この程度で壊れるなら整備不良だ!右腕、ドリル旋回機構は?!」

〈問題ありません!穿削ドリルアーム起動します!〉

 

 セブンガーは右拳をパージし、代わりに提供された新たなパーツ、ドリルアームを装着する

五十年前、かつての地球防衛組織であったストレイジが運用していた防衛戦力、50メートル級巨大ロボット『特空機1号 セブンガー』一度は撤廃・再設計されたその必殺兵装、硬芯鉄拳弾および超硬芯回転鉄拳を由来とする武装だ、作業用アームでもある通常の腕とは違う、完全に攻撃力に特化したウェポンである

流石にロケットパンチに類する機能はないが、その代わりに繊細性もない

故に全身精密機械であるセブンガーの体躯で唯一、乱雑に叩きつける事が可能な部位として機能するのだ。

 

「行くぞ」

 

 アリゲラとてただやられるだけではないが、流石に受けたダメージが大きすぎた、

左の羽根はほぼ全損し、右の羽根もかろうじて捥ぎ取れていない程度に過ぎず、外骨格も無事な部分のほうが稀という有様は50メートル級の怪獣であるアリゲラからすら戦闘力のほとんどを奪っていた。

 

「突撃するッ!」

 

 レッグキャタピラを限界まで回したセブンガー新3改の速度は時速140キロ、

シルバーアローのような馬鹿げた速度ではないが、その質量と比すれば桁外れだ

そして、その運動エネルギーと重量が、ドリルアームの先端にのみ集約され

ようやく体制を立て直したアリゲラへと突き刺さる

 

ギガドリルブレイク

 

 

 胴体へと直撃したドリルがアリゲラの外骨格を貫通し、そのまま突き抜ける

もはやどうとも言い訳のしようがない致命傷だ。

 

「ギシャァァッ!」

 

 巨大な双翼が、骨格の装甲が、そして全身が爆散する

10秒の後、立ち上る煙が去った後には何も残ってはいなかった。

 

 

 

 

「……回収回収っと」

 

 突如出現した影が微笑う

爆散したアリゲラの骨肉片を影に沈めて、跡形もなく消し去ったのは影だったのだ。

 

「アリゲラはマテリアが残れば再作成できる、今回は惜しかったと考えましょう」

 

 影の狙いは一つ、あの女よりも先にウルトラマンを、そしてBURKを滅ぼすことだ

地球の守りを引き剥がして、今度こそ邪神を降臨させるために

そして、邪神の力で種族の繁栄を取り戻すために。

 


 

「ハヤナが失敗したか……」

「だがアリゲラは回収したし、予測外の戦力を確認することはできた

戦果は十分だろう」

「結局戦闘に敗北しているのだから、十分とは言えまい……あの女は?」

「はい、観測を騙す別空間に居ます、今回の件は認識していないでしょう」

「フフフッ 愉快なことだ

普段我らに上から目線で命令ばかりするあの女が、欺かれて気付きもしないとはな」

 

「あまり笑ってやるな、彼女とて我らと同じ立場なのだ……腹が立つのはわかるが、悪戯に嘲笑うのは良い行いではない」

「やがては殺す敵になど情を持つものではないだろう」

「情などいらぬというのは私も同じだ、だが態度が悪ければ警戒もされるというものだ、警戒は出来る限りない方が望ましい

……次は私が出る、影より出し同胞の為に」

 

 

 影より出てて影へと去る者達の中に、波紋が浮かんだ。



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エピソード23 西風来たれり 1

「セブンガーは修理費770万円、自動開閉装置も交換で10万円、いやーこれは……重いっすよ」

「隊長……」

 

「あの時は必要だった、それにノーマルの作業アームでパンチなんぞしたらそれこそ大故障になるだろう

人命を優先した上で最善の選択だ」

 

 机の上に載った見積もりや請求書や予算の表は想定外の大型ロボット兵器であるセブンガー運用における最大の問題を弘原海に突きつけていた

そう、コストである。

 

「……にしてもなぁ……予算が……」

「仕方がない話だと思うんですけど」

 

 雄介もそれについては理解があるが、さすがに金銭云々というのは如何ともし難いものだ。

 

「まぁディザスター級は扱いどころか置いとくだけで厄介ごとを引き込むような兵器ですからねぇ、年度予算案にもなかった訳ですし、それぁ予算も圧迫しますよ」

「だから今補正案を組んでいるんだろうが!」

 

 周囲の視線に圧され、弘原海の肩身は狭くなったものの、流石は隊長と言った所か、事務方を通して防衛省と財務省の方にはもう話は通してあると言い切るのだった。

 


 

「さぁて、今日もお仕事行きますか」

 

 午前7:00、出勤時刻

とある電力会社の発電所に勤める青年はいつも通りにリュックを背負い

車に積もった雪を払ってエンジンを掛ける。

 

「…………」

 

 時間が時間なので都会の大通りとはいえ車通りは多く、すぐ先さえも見通し難い

また雪が降るほどに寒いため、フロントガラスの曇りもあって一層視界は悪かった。

 

「ん?」

 

 一瞬、曇る視界の中に何かのシルエットを捉えたような気はした

しかしそんなはずはない

フロントガラスの正面視界に置いて上半分に空以外のものが写るならそれは道路標識か信号以外にありえないからだ

僅かに疑問を浮かべながらも彼は運転に再び集中する

仕事のため、人命のため、そして何より自分のために。

 


 

「そ、それでは講義を始めます

材料工学では、一般に材料の性質と加工品の性能の相関性を知り、これを操る事を学びます

例えば鋼鉄の炭素含有量を上下させる事で硬度を上げたり靭性を高めたりすることが有名ですね

しかし、導電性については疎かになることが多いです

まぁこれは、半導体や導電線など専門的な部分にしか考える必要がないということ、単純に導電性の高い物質として純銀という最適解が既に存在しているということが大きいでしょう

ですが、我々はこれを超える事を考えなければならない、その理由は分かりますか?叶君」

 

「はい、銀は貴金属であり、埋蔵量が限られた物質です、そのためリサイクルなどによって最大限に利用したとしてもその最大量は常に一定か微減であり、いずれは利用不可能になる可能性が高いからです」

 

「その通りです」

 

 教授はいつも通りに捲し立てるが、叶誠司はそれに応える

そう、物質は混合することは容易くとも分離することは難しい、合金などの加工品から純物質を取り出すことはとても難しいため、銀として使える物質量は常に減少し続けているのだ

銀やレアアースに限らず、それらは常について回る問題である

たとえば石油、例えば水、例えば貴石

ありとあらゆるものには限りがあり、いずれは尽きるものなのだ。

 

「その限界を越えるためのアプローチの一例として、金属を使わない超伝導セラミック材を用いた超高効率導電線を実用化した発電所があります、資料を配りますので目を通してください」

 

 工業化学・電気工学の分野の話になるが、超伝導状態とは全ての物質がもつ『電気抵抗』がゼロかあるいはそれに極めて近い数値になった状態を指す

従来ではそれは極低温環境に特定の金属類といった特殊な条件を揃えなければ達成できなかったが、最近の研究によって常温での超伝導を可能としたのだという。

 

「はい、行き渡りましたね

流石に今回は直接行けないのでパンフレットを渡しましたが、非金属材料(セラミック)によって超伝導状態を作る技術は世界的にもここにだけしかありません」

 

 教授の話は続く。

 

 


 

「ふーん……まぁ、見どころもあるのかもね」

 

 当然のように不法侵入した女は無数の機械類の絡み合う発電所内に立っていた。

 

「なかなか面白いことやっているみたいだし、でもサービスは良くない」

 

「君!なぜそんな所にいる!?」

「別に、私の勝手でしょう」

 

 機械の上部、メンテナンスハッチに続く階段の上から地面を見下ろし

彼女を見上げる作業員を嘲笑う。

 

「なかなかだけど、あまり質は高くない

まぁいいか、ウルトラウムシンクロナイズ」

 

 上から飛び降りた女に作業員が驚くよりも早く、その精神を強制解放された作業員から紫の波紋が放たれる。

 

強欲(グリード)の怪獣、良いのが出るわ」

 

 憎悪の炎、嫉妬の植物、悲哀の水、空虚の無、絶望の闇、さまざまな形質を持つ感情に相応する怪獣達

その中でも上位に位置する強欲の属性は捕食、絶え間ない欲に突き動かされる衝動性だ。

 

「来た」

 

 現実を捻じ曲げ、幻想を上書きする現実改変が行われ、そこに召喚されたのはウラン怪獣ガボラ

放射性物質を主食とし、無限にそれを捕食蓄積しようとする暴食の怪獣である。

 

「ガボラね、微妙だけど……殺戮能力なら高い方かな」



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エピソード23 西風来たれり 2

「あぁそうだ、組織再編に伴って配属がいくらか変わる事になった、今日からここはBURK日本支部東京基地怪獣対策室だ」

「目が滑る名前ですね……」

「いつものことだ、お偉いさんはどんだけ名前が長いかで見てるんだよ」

 

 わざとゆっくり発音した弘原海の紹介すら聞き遅れかねない程に長ったらしい名前であるが、前半は省略しても問題ない

実質的には『対策室』の名称が使われるため、前とさほど変わりないのだ。

 

「それと、以前のアリゲラ戦を経て分かっただろうが、クルセイダーズのみに頼っていては戦力不足、今後は陸戦隊との連携を強めていく予定だ

人員交換や混合編成での演習・出撃が増えることになると思う、心するように」

《了解》

 

 全員の返事を聞き届けた弘原海の満足気な表情と共に、今後の編成予定などが提示される。

 

「それで陸戦部隊の皆と指揮系統を一本化する事になったから、今後は色々調整しつつ最適化を目指していく

差し当たっては人員の融通から始めるつもりなので陸戦科出の徹と雄介は特に出向くことも多くなるだろう」

「はい」「わかりました」

 

 二人が頷くと同時に、アラームが鳴り響き、徹は自分のコンソールへと飛びつき、霧島が叫んだ。

 

「エネルギー反応あり、これは……?逆性反応です!周囲の空間エネルギー値大きく減少、止まりません!」

 

「なんだと?」

「生体エネルギー反応増大、光学レーダーに反応、放射線を検知しました!怪獣の種別は爬虫類型(レプタイル)

出現位置はT-70……山中にある発電所です!」

 

「ドキュメントSSSP、レジストコード『ガボラ』です!」

「ウランを食っちまうやつか!」

 

徹が全域監視ドローンの画像に映ったガボラの名を叫び、その名を聞いた竜弥が即座に反応する

核分裂炉による原子力発電所があった市の出身である彼はその種の危険な怪獣のことは頭に残していたのだ。

 

「よく知ってましたねその怪獣です、ご存知の通りこいつは常に体内に放射性物質を取り込み、濃縮している生きた核爆弾です、なので衝撃性・炎熱性武装で爆散させたら危険です、拘束ないし例の重力偏向板での宇宙投棄などの特殊な対処をしなくてはなりません」

 

「まずは人員の救助を優先する、現場に向かうぞ、クルセイダーズ出撃、丈治と竜弥はいつも通り、ヒラと徹は今回予備戦力として待機、雄介は戦車隊に合わせて後詰め、俺は駒門と出る、今作戦は初の陸戦隊との共同戦となる、誤射・射線遮蔽に注意しろ!」

《了解!》

 

 前アリゲラ戦に於いては予備戦力に空戦部隊がなかった、陸空を別に扱うのならむしろ他兵科は邪魔になることもあるため構わないのだが、戦力・指揮系統の一体化を進めるべき時にこれは非常に危険だ

単純に空戦系の怪獣に著しく対応し難く、戦車隊や砲兵隊に練度による相性の超克を求めることになるだけではなく、一歩間違えば『空戦部隊側から歩み寄る気はない』というメッセージにも見えかねない。

 

(雄介、クルセイダーの性能は高いが、突出した火力は却って誘爆リスクを呼び込む、気をつけるんだ)

(わかった!)

 

 雄介は今回後詰めであるため、陸上車輌と発進タイミングを合わせて出撃し、現場後方にて事態の全容を見渡すポジションとなる

直接ガボラと接触する確率は高いとは言えないが、だからといって油断が許されるような敵ではない。

 

「BURKジャパン・クルセイダー 椎名雄介、出撃ッ!」

 

 宣言と共に音声認識でメインシステムが起動し、エンジンの轟音と共に戦闘モードに移行したクルセイダーが飛び立つ

それと同時に、ビジライズ処理されたモニタの眼下ではシルバーアローの三輌

低速飛行とはいえ地上走行で飛行機についてくる速度を発揮するシルバーアローのトルクの暴力は、しかし徐々に勢いを減じていき、最終的に時速120キロ程度に収まる

いかに地下シークレットハイウェイでもその速度で爆走できるのは流石の妙だが、クルセイダーとは徐々に距離が開き始めた。

 

(雄介、旋回を入れて間隔を詰めるべきだ)

(いや、ここでチンタラする訳にはいかない)

 

 そもそも高機動を活かして先行し、露払いを務めるのも戦闘機の仕事

地上車輌との連携も考慮する必要はあるが、行軍速度の差自体はあって当然のものである。

 

〈こちらクルセイダー1、現着した!目標を発見、これより交戦する!〉

〈クルセイダー2、援護に入ります!〉

 

 ガボラを施設から引き離すため、戦闘に突入する先鋒達

奥に陣を敷いた戦車隊と周辺の避難誘導を担う歩兵部隊

場所が場所なだけに人は少ないが、発電所は重要なライフラインであるため、出来るだけ傷つけずに怪獣を狙い撃ちする必要がある

幸いにも原子力を扱う発電所としてすらも異様なほど堅牢な防壁や密閉構造を持っていたがために繰り返されるガボラの攻撃にも大した被害を受けている様子はないが、放射熱線はそれだけで周囲の放射線量を跳ね上げる環境破壊兵器にも等しい攻撃だ。

 

〈森林火災には注意してください!〉

 

 通信から霧島の声が聞こえるが、数千度の高熱を宿す放射熱線などもはや火事云々の話ではない

直撃すればクルセイダーといえども焼かれる程度のことで済ませられないだろう。

 

「クルセイダー3、現着しました

これより陸戦隊と合流します!」

〈了解、よーく見とけよ雄介(しんじん)!〉

 

 火炎放射を見切って回避し、急接近して機関砲を撃ち込むクルセイダー2機

練達の武技が可能とする曲芸飛行でヒットアンドアウェイを繰り返し、少しずつダメージを与えながらガボラを建屋から引き離していく。



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エピソード23 西風来たれり 3

「旋回が鈍いっ!」

 

 急旋回を繰り返して火炎放射を回避していたクルセイダー1、しかし放射熱線の真の恐ろしさはその火炎だけではなく、真価はむしろ含有される放射線の方だ

認識不能なウォーターカッターが全方位に撒き散らされているとでも考えれば良いのか

瞬間的に接触するその僅かな時でさえ、放射線によって原子核を削り飛ばされているのだ

それによって機器に僅かなズレが生じた

極限の集中がなければ認識すらできないほどの、僅かなズレが。

 

「いかんっ!」

 

 そのズレが、致命的となる戦況だった。

 


 

 ガボラの激しい攻撃によってシェルターを破壊され、もはや絶体絶命の窮地に追いやられた発電所にて。

 

「康二!お前は奥にいけ!緊急注水システムがどこかにあるはずだ!」

「はい!」

「純子は人を探せ!対放射線シェルターの位置はわかるな!」「確認しました!突入します!」

 

 ガイガーカウンターを肩に、陸戦部隊の救助隊(レスキュー)が発電所に入り、ガボラのすぐ背である原子炉建屋という超危険地帯にまで突入して退路の確保と要救助者の救助と避難誘導を敢行する

彼らもまた、命を懸けて戦う戦士なのだ。

 

 あぁしかし何たる無情か、高圧電線が破損した事で漏電し、建屋のリノリウムを焼いて電気火災を起こしはじめた。

 

「まずい火事だ!」

「スプリンクラーは!?」

「不明です!それに電気火災じゃダメだ!」

「クソ!とにかく火の手が回る前に!」

 

 レスキュー隊ですら二次災害で死にかねない、状況は劣悪だった。

 


 

「クルセイダーが!言うことを聞かん!」

「くっ……!隊長!ベイルアウトを!」

 

 放射熱線に炙られながら旋回を繰り返すなか、なんとか致命傷を避けていた駒門と弘原海

しかし彼らに残された手段などない

ビーム兵器は誘爆リスクを避け得ず、実弾兵器もまた同じ、火力の低いバルカンは気を引く程度にしかならず、装甲を繰り返し炙られた影響で姿勢制御システムに異常が発生していた。

 

「すまん、不時着だ、緊急脱出する!」

 

 弘原海はその声と共に後を預けて山間にクルセイダーを向け、エンジンをカットしてベイルアウト

木々を薙ぎ倒し山肌を削りながら、無人となったクルセイダーは停止した。

 

「降りるぞ」「はい」

 

 歩兵戦においては武装の火力がものをいう、BURKガンはマキシマムモードでもマスカレイド級最高位の火力にすぎず、対怪獣用のハイパー級とは威力規格が違うため、怪獣には針に刺された程度の痛みしか与えることはない

その時点で既に絶望感が漂っているが、弘原海の目は腐ってなどいなかった。

 

「多少でもガボラを引き離す、陸戦隊の陣地まで曳ければ我々の勝利だ」

 

 勝利条件とは、ライフを削り切るだけではない

相手の山札を枯らし、時間切れを狙う事もある

彼らの戦いも、そういうものだ。

 


 

(雄介、クルセイダーが堕ちた!)

(仕方ない、行くぞザイン!)

 

((ザイン・イグニッション!))

 

 首に提げた鍵剣を抜き放ち、己の胸へと突き刺してそこに隠された古傷を抉じ開ける

機体のコントロールをAIに委任し、雄介は光となって機体から抜け出した。

 

「デュゥァッ!」

 

 拳を突き上げるポーズで出現し、着地と共に身構える、宇宙拳法赤心貫鉄拳だ。

 

 その瞬間、罠が起動した

背後の空間が揺らぎ、それが姿を現す

透明と化していたトラップ、潜伏していた怪獣だ。

 

 

透明怪獣ネロンガ

能力解除により出現

 

 

「ギィィィィッ」

 

 電位差による誘電でザインの生体電流を吸収強奪し、そのまま力尽きるまで吸い上げようとする

が、ザインとて奇襲一つで潰されるほど未熟な戦士ではない。

 

「ディアッ!」

 

 逆に高い電圧を一気に掛け、オーバーフロー状態にして内部破壊を仕掛ける

膨大なエネルギー量を有するからこその無茶である。

 

「ギィィィィッ!?!」

「デェェエィ!」

 

 背後に転がるそれをつかみ、正面のガボラへと投げ飛ばす

ガボラの放射熱線を受けないように遮蔽にするためだ。

 

「デュア!」

 

 拳を握って油断なく構え直すザイン

しかしガボラはそんなことは関係ないとばかりに火炎を放ち、ネロンガは身をくねらせてその射線を回避した

遮蔽の向こうから唐突に直撃コースで飛来する熱線を回避できず、真正面から受けてしまう。

 

「デュゥァァァァァッ!……デェァ!」

 

 その勢いに一度膝をついたザインだが、スラッガーを抜き放って顔の前に出して構え

ガボラの放射熱線の切れ目を狙ってネロンガへと攻撃を仕掛ける

やはり先に倒すべきはネロンガだ

ガボラは下手に倒すと核爆発を起こしてしまう可能性がある。

 

「各車両、不時着機を探しつつウルトラマンを援護せよ、攻撃開始(ファイア)!」

《了解》

 

 陸戦隊が危機を顧みずに山中まで乗り入れて砲撃を開始するが、やはりガボラの放射熱線の火力の前にその装甲は頼りない

火炎放射の正面に立っては危険だ。



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エピソード23 西風来たれり 4

「デェェェェアッ」

 

 瞬間最速は雷速と等しいザインの高速移動(ソニックムーヴ)

元が地底出身の怪獣であるガボラの視力など高が知れているため、それに追随できるのは電気を感知できるネロンガのみ

そしてネロンガの有する最大の能力である透明化は、飢餓状態でなければ発動できない

この瞬間、ザインは完全な優位に立った。

 

「デュゥァッ!」

 

 雷を撒き散らしながらの蹴り上げがネロンガに直撃し、そのまま吹き飛ばす。

 

ウルトラ念力

 

 両手を真上に、数百メートル上空にまで飛ばされたネロンガを白い両目が見据え、その姿に掌を重ねる

空間を歪める念力がネロンガの体ごと周囲の次元を捻じ切り潰そうとする中で、背後から攻撃が()()()()()

そう、突き刺さったのだ。

 

「ジュァ!……デュ……」

 

 複相現実レイヤーへの位相干渉に必要な精神集中が失われ、ザインの念力攻撃は中断

逆に空中から落下してくるネロンガの下敷きになってしまう。

 

「デュゥアアアッ!!」

 

 響く絶叫と共に幾らかのコンクリート片を砕き、木々を潰して地に臥せる赤き巨躯

その背中に突き刺さっていたものは

圧縮された槍状のウラン塊

そう、劣化ウラン芯弾と同じ原理をもつ徹甲武装である

その正体はウランを捕食・濃縮する生態を持つガボラの体内に生成された排泄物(ふようひん)、放射性の低い劣化ウランのその塊だ。

 

 機械的な謎の高音を立てるネロンガと吼えるガボラ、共に健在

対してザインは背部に突き刺さった槍、そしてネロンガのボディプレスによる甚大なダメージ、エネルギーは枯渇寸前という状態に陥り、カラータイマーが鳴り始める。

 

「くそッ……! なんとしても、こいつらを発電所に入れるわけには行かないッ!」

 

 ザインは未だ、援護を受けない多対一の実戦を経験したことは無かった

そのため、奴等の攻撃に対して為す術をもたないのだ

しかし、この背にするのは原子力発電所

一歩も引くわけにはいかない。

 

「デュ……ダッ!」

 

 残り少ないエネルギー量で念力を振り絞ってネロンガの巨躯を投げ飛ばし、構えを取り直したザイン

彼の瞳に映ったのは、彼の背後から駆け抜けて、光線銃での狙撃を試みる二人の姿

大多数の怪獣に共通する弱点、ビームの発射口となる部位を狙ったピンポイント射撃

しかし嗚呼、ヒトの身に許される力のなんと僅かなことが

確かに直撃したはずの蒼い光弾は、その(弱点)にさえ損害を与える事は叶わないのだ。

 

「くそったれッ! やっぱりBURKガン程度じゃ蚊が刺す程度にも効かねぇってことかよッ……!」

「しかし、今から退却してもザインが敗れれば我々も助からないでしょう……! 隊長、ここは腹を括るしかありませんッ!」

 

 二人の狙いは全く正確であったが、マキシマムモードでのピンポイント射撃を持ってしてなお火力不足という現実を知る

そして二人は攻撃するポイントを統一する事での火力向上を狙いながら叫んだ。

 

「分かってらァッ! 駒門、ここまで来たらお前も覚悟を決めやがれッ!」

「元より私は……そのつもりですッ!」

 

 

 二人の射撃はネロンガの角の一つを焼き続け、僅かながらに抵抗の証を刻み続け、人類の勇姿を示し続ける

その心意気に応えぬほど、ウルトラマンは惰弱ではない。

 

「デュゥァァァアッ!」

 

 拳を開いたザインは出現時と同じポーズを取り、意識を統一し

生体電流を高圧で回し、誘電によって発電所のエネルギーを引き込んで吸収する。

 

「デェィ!」

 

 しかし、急激な給電は物理的な影響をもたらしてしまったのか発電所の一角の配電がショートし、火事の勢いが強まっていく。

 

「隊長、発電所内にはまだ逃げ遅れた職員達が居る模様です! 自分が避難誘導に向かいます!」

「江渡……!?済まん、危険な任務になるが……頼んだぞッ!」

「いいか、決して無理はするなよ! 入隊早々死なれては寝覚めが悪いからなッ!」

 

 雄介と同期入隊の陸戦部隊(キャバリアーズ)所属、江渡匡彦(エト・クニヒコ)

前線を押し上げてきていた戦車隊のなかで、乗機を失いながらも脱出・合流してきた新人隊員である。

 

「分かってますよ!」

 

 機体を失った彼もまた、BURKガンを抜いて射撃を仕掛けていたのだが、彼の射撃精度は御世辞にも高いとは言えず、散漫な光弾は火力たり得ていない

自分でもそれが分かっていたのか、彼は潔く銃をホルスターに戻し、建屋に向かって走り出した。

 

「……しかしあいつ、ここ最近は異様に勇敢なんだよなぁ。ついこの間までは、ちょっと頼りないくらいだったんだが……」

「もしかしたら彼も雄介に……ウルトラマンザインに刺激されているのかも知れませんね」

「ハハッ、俺達も負けていられねぇなッ!」

 

 発電所を目指し、ネロンガの電撃を掻い潜りながら走り続けている匡彦。その背中を一瞥する弘原海と琴乃は不思議そうに顔を見合わせる

入隊から半年も過ぎていない彼の行動は、しかしその経歴に反して熟練の戦士じみた判断であり、それに違和感を覚えつつも好意的に受け取っていた二人は彼の戦士としての成長としてそれを喜んでいた。

 

「くッ、火災がどんどん激しくなって……」

 

 一方、発電所に到着した匡彦は、職員達の悲鳴が聞こえる方向へと走り続けていたのだが――行手を阻む火の勢いに思わず足を止めていた。

そして、次の瞬間に起きた爆発に巻き込まれ、激しく吹っ飛ばされてしまう。

 

「うわぁぁっ!しまった……!」

 

 その弾みで彼の懐からは、スティック状の『装置』が落下していた。火の海へと転がり落ちてしまったその『装置』を目にした匡彦は、焦燥の表情を浮かべて顔を上げる。

 

 彼の『力』その点火装置である『装置』を失ってしまった国彦の頭上からザインの声が聞こえる。

 

「ジュアァ、ァァアッ……!」

「ザイン……!」

 

 発電所の門前では、ザインがネロンガとガボラの猛攻に晒され、防戦一方となっていたのだ

 ネロンガの角から飛ぶ電撃と、ガボラの大顎から吐き出される放射能火炎、その両方から発電所を守るべく身を挺している彼のカラータイマーは、先程にエネルギーを補給したにも関わらず、すでに激しく点滅している

エネルギー量の減少でも、残時間限界でもないカラータイマーの点滅

それはウルトラマンにとって、命の危機を示していた

ザインのピンチを目にした匡彦は、険しい面持ちで拳を握り締める。

 

(ネロンガに遅れを取るようなあいつではない……! やはりガボラかッ……!)

 

 スペシウム133も放射性元素であり、その自己崩壊による核爆発こそスペシウム光線の威力の源

スペシウムの+ーの双極を分離し、敵に直接打ち込んで反応させるザイナスフィアの原理は、スペシウムの核反応で相手を自爆させるというものだ

生ける核爆弾たるガボラに打ち込めば東京周囲一帯は更地どころでは済まない。

 

 ネロンガから先に始末しようにも、2体が肩を並べているこの状況では、どうしてもガボラを巻き添えにしてしまう。

 文字通りの爆弾を抱えているガボラが相手では、本来のペースで戦うことは非常に難しい。まともな多対一の経験もないままその窮地に立たされているザインはまさに、絶体絶命となっていたのだ。

 

(やはり……俺がなんとかするしかないッ! 済みませんクライム教官、俺にはあいつを放っておくことなんて出来ないッ!)

 

 意を決した若き戦士が炎の壁の中へと飛び込んで、その身に熱い抱擁を受けながらも壁を抜け、転がりながらもその手に再び収めた装置を見遣る。

 

「弟弟子・・・の窮地に……熱いとか苦しいとか、言ってられるかよッ!」

 

 ――そう。彼の肉体には数日前から、ウルトラ戦士が憑依していたのである。

 かつては共に師ウルトラマンクライムの元で修行を積んでいたザインの『兄弟子』それが匡彦と一心同体になっていたウルトラ戦士の正体だったのだ。

彼が火の海に飛び込んでまで取り戻したスティック状の物体は、本来の力を呼び覚ますための『起動点火装置(イグニッションキー)』だったのである。

 

「ゼファーァァッ!」

 

 彼は意を決して、スティック状の変身アイテム――『ゼファードスティック』のスイッチを押すとその先端部を点灯し、空高く突き上げる

100万ワットの輝きが放たれ、周囲の炎光さえも巻き込んで、真紅の巨人の姿を露わにするのだった。



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エピソード23 西風来れり 5

「あれは……!」

「新しい、ウルトラマン……!? 一体あそこで何が起きてるんだ、江渡は無事なのかッ!?」

 

 匡彦が変身した真紅の巨人――ウルトラマンゼファーはザインの背後で深く息を吐き出し、戦闘態勢を整えている。

 ほぼ全身が赤く、頭頂部に備わっている長めのスラッガー、ツリ目がちで横長な六角形の黄色い眼はどちらも極めて高純度なレッド属の特徴、非常に攻撃的なデザインであり胸部に伝う楔模様のプロテクターも、彼の雄々しさに彩りを添えている。

 

「ジョワァアァッ!」

 

ウルトラ水流

 

 彼は水流をその紅い両手から放つと発電所を飲み込む炎の海を一瞬で鎮火する

散水機程度の水量では逆効果になりかねないものだが、超人の物量(スケール)を持ってすれば焼石を海に沈めるが如し、

九死に一生を得た職員達が顔を上げている間に、彼は地を蹴って高く飛び上がっていた。

 

 やがてガボラの顔面に鋭い飛び蹴りを叩き込んだ彼は、怪獣が怯んでいる隙に弟弟子たるザインの傍らに着地する

予期せぬ兄弟子ゼファーの参戦に、ザインは思わず仰け反っていた。

 

(ゼファー先輩、どうしてこの次元の地球に……!? 別の次元の惑星に正規配属されたはずでは……!)

 

 そう、彼は宇宙警備隊有人惑星防衛課所属の正規隊員として別の任地に赴任中であるはず、もし別のウルトラマンによる救援があったとしても、彼だけはあり得ないというポジションだったはずなのだ。

 

(有給使って、弟弟子のツラを拝みに来てやったのさ。クライム教官からは手を貸すなと言われたが……生憎俺は昔から、聞き分けのない問題児だったからな、さっさとこいつらを片付けるぜ、ザインッ!)

(……はいッ)

 

 念力によるテレパシーで会話し、互いに頷き合う二人の戦士が二体の怪獣へと向き直り、構える。

 

「デュァッ!」
「デェァッ!」

 

 二人の構えは宇宙警備隊の格闘訓練に於いての標準対爬虫類型姿勢、両手を前にし、安定した四脚による低高度タックルに備えるために深く腰を落とした姿勢だ

だが、構えをとった二人の戦士を前にした怪獣達にも怯みなどない

おびえ、すくみ、ひるむ

そのような感情など、暴走する本能の前に理性の警鐘など届きはしない。

 

けたたましい彼らの咆哮は、全面対決の始まりを告げていた。

 

「ジュァアッ!」「ギィィィィッ!」

「ジョオワァッ!」「ギリィィィ!」

 

 

 裂帛の奇声と共に双方は真っ向から激しく組み合い、苛烈な格闘戦へともつれ込んで行く。チョップやキック、尻尾による殴打が乱れ飛ぶ大混戦となっていく

 

(ゼファー先輩!ネロンガは俺が!)

(任せるッ!)

 

 ザインは既にネロンガの能力を把握済み、

格闘戦能力では上回り、特殊能力は同系統故に相互に耐性を持ち

エネルギー量においても完全優位

この状況、時間以外に憂慮すべき条件などない

 

 対してガボラの放火能力(フレイム)は混ざり物のザインには有効であっても純正のM78(プラズマスパーク)型ウルトラマンとして光熱耐性を有するゼファーの前に無力であり、格闘でザインに打ち負けるガボラにはゼファーの相手など役者不足だ。

 

「デュァッ!」

「ジュェアッ!」

 

 拳を振り抜いたザインの一撃がネロンガの角を折り、

ゼファーの放つ鋭い手刀がガボラの首を打ち据える

隣り合った二人はすれ違いざまにポジションを交代し、今度はザインがガボラを回し蹴りで転がし、同時にゼファーの空中回転踵落としがネロンガの胴を弾ませる。

 

「「デュワッ!」」

 

 二人の戦士は息を合わせて前蹴りを繰り出し、それぞれの敵を別方向に押し飛ばした

しかし、ネロンガはともかくガボラを相手に光線技は使えない、スペシウムを用いた攻撃を躊躇うザインに対し、その背後からゼファーはスラッガーにエネルギーを収束させる。

 

(ゼファー先輩、そいつは体内に……!)

(分かってるさッ!……そういう時はな、こうするんだよッ!)

 

ゼファードスライサー

 

 

 ガボラは息も絶え絶えの状態でありながら、なおも目の前のウランに突き動かされて放射熱線を放つ、向かい合ったゼファーは身を翻して幾筋もの火炎放射を躱しながら接近し

必殺の間合いに敵を収めたと同時にその剣を放った。

 

「ゼァッ!」

 

 猛火を斬り、空を裂く光刃は瞬く間にガボラの首を、頭部の襟もろともに刎ね飛ばしてしまう。

胴体部の大半を占める濃縮嚢のウランには全く傷を付けることなくガボラの命を刈り取った刃は、素早くゼファーの元へと戻って来るのだった。

 

「す、凄い……! ガボラのウランは首のすぐ下にまで詰まっていたのに、それを一切傷付けずに頭部だけを……!?」

 

 確かに頭部だけを切断してしまえば、誘爆の危険性はない。だがガボラの体内に蓄積されていたウランはすでに、頭部の手前にまで達していたのだ。僅か数センチの誤差でも命取りになるような、危険過ぎる手段であることには違いない。

 

 そのウランを一切傷付けることなく本当に()()()()を切り落とすなど、並のウルトラ戦士に出来る芸当ではない。飛翔しているミサイルの起爆装置だけをピンポイントで切断しているようなものだ。

 怪獣の首を一瞬で切断出来る光刃の精製と、念力によるスラッガーの精密操作。その両立が為せる妙技を目の当たりにしたザインは驚嘆の声を上げる。

 

(ザイン、一気に決めるぞッ!

ガボラを倒した今なら……もう遠慮はナシだッ!)

(……分かりましたッ!全力で行きますッ!)

 

 全身の電子回路を開放したザインのエネルギーは急速に消耗していくが、とどめの一撃に際してはもはやエネルギー残量など些事にすぎない。

 

 ザインは長きに渡った戦いに決着を付けるべく、トランスコンダクションポイントから二つのスペシウムエネルギーの球体を出現させる。

 

 ゼファーも両腕を胸の前で交差してエネルギーを集中させ、ザインに合わせるように右腕を天に、左腕を水平に伸ばす前動作を終わらせ、L字に組んだ両腕をネロンガに向けていた。

 

ザイナスフィア

×

セフィニウム光線

 

 ザインの光球がそれぞれネロンガへと着弾すると同時に、ゼファーの腕から放たれた光線がそれらをまとめて吹き飛ばす

異なる波長のスペシウム光波を対消滅させる行動技術、合体光線だ。

 

 放たれた軌道そのままに山を貫くほどの光線はネロンガを跡形もなく吹き飛ばし、完全に消滅させ

共に闘った者達が歓声を上げるなか、ゼファーはザインへと激励をかける。

 

(……成長したな、ザイン。これからもしっかり頼むぜ? この星の未来は今、お前に懸かってるんだからよ)

(もちろんそのつもりですよ……応えて見せます、必ず)

 

 星を守る戦士として、彼等の言葉は重い。



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エピソード24 幕間物語-バレンタイン-

こんなんで2600字ってマジ?


 暗い天井に吊るされた電灯が光を放つ、無機質な建屋の一角に作られたハリボテのスタジオ

その中で彼女は笑顔を浮かべる。

 

「はじめまして、地球のみんな

私はクラリッサ、夢の魔女

今日は私が主役になって、みんなにとってもあまーいチョコの作り方を教えてあげるわ」

 

 ギランボ=クラリッサ、本来なら夢乃の精神世界に潜伏しているはずの彼女だが、普段濃紫や黒のドレスを纏う彼女もこの日ばかりは白衣に濃茶色のエプロンと伊達メガネとバンダナを付けて調理台に臨んでいた。

 

「クラリッサ、それじゃあ説明不足過ぎるでしょう?初めまして皆さん

私は八木夢乃、BURK日本支部の元隊員で、今は引退して隠居しています」

 

 その横から現れた夢乃はクラリッサを制止し、その横に立って自らもお辞儀をする

夢の世界と現実の狭間であるこの小さな空間は彼女が万全に行動できる数少ない領域の一つだ。

 

「今日はクラリッサと一緒にチョコレートを作ろうと思います

みんなも一緒に作ってみようね」

 

 同じような格好でクラリッサと並んだ夢乃が会釈して、クラリッサが軽く指を振ると唐突に音楽が鳴り始める。

 

「まずはみんな、手は洗いましたか?

食品を扱うことになるので、どれだけ気をつけても過剰ということはありませんよ」

 

 夢の属性を強く反映したこの世界に雑菌など存在しないが、彼女たちにとっては重要事項であるらしい

一通り手を洗った後、クラリッサが語り始める。

 

「今日作るのは簡単に、板チョコを溶かして再整形するものよ、ご家庭の設備でも簡単に作れるから気負わずにやってみましょう」

 

 クラリッサが召喚したのはいかにも歴史ありげな大鍋、俎板、板チョコと包丁、大と小のボウル、ゴムへらだ。

 

「まずはチョコを小さくしていくわ、こんな風に……あまりこだわり過ぎるのも良くないけれど、出来るだけ細かく刻んでいくわね」

 

 大きな塊では湯煎して溶かす時に熱が伝わりづらく、熱の通り方に斑ができてしまう

そのため溶かす時にも時間がかかる、溶かした後にも風味が飛んでしまったりと問題が起こるのだ

そうならないように熱の通り方を可能な限りに均一にするため、チョコレートはできる限り細かくしたほうが良いのである。

 

「よいしょっと」

 

 彼女の声と同時に振られた指にしたがい、大鍋が空を飛んでコンロに乗り、自ら火に架けられる

夢乃達がチョコを刻んでいるうちに十分な温度を受けたのか、さっと火を止めて再び二人の元へと飛んでいく。

 

「それじゃあ湯煎に入ります、小さい方のボウルに細かく刻んだチョコレートを入れて、大きな方のボウルにお湯を注いだら、小さい方のボウルをお湯に浸かるように重ねるの」

「こうする事で、直接チョコレートに触れさせずにお湯の熱をチョコレートに伝えて溶かすのよ」

 

 ちなみに50〜55°Cの湯が適温である

これ以上では熱が通り過ぎてしまう事が多く、これ以下では溶けないことが多い。

 

「そのままでも待っていれば溶けるけれど、ゆっくりかき混ぜてあげた方が均一に溶けるので、混ぜていきます」

 

 そっとゴムへらを差し込み、細かく刻まれたチョコレートをかき混ぜていく

一分程度で徐々に原型を失いはじめたチョコレートはやがて完全に溶け切るのだった。

 

「うん、ちょうどよく溶けてきたわね

それじゃあ引き揚げるわよ

あんまり長く湯煎しているとチョコレートの油分が浮いて分離してしまったりして品質が落ちるから、こういうのは確認と思い切りが大事よ」

 

 溶けたチョコレートのボウルを持ち上げたクラリッサはそれに少しだけ指を当ててみて、その指さわりに満足したように微笑を浮かべる。

 

「生地が出来たら後は型に入れて固める……のだけれど、ここからは温度管理と手際が命だわ

気をつけて、ついて来れる人だけついて来なさい」

 

 彼女の動作が急加速し、人差し指に残ったチョコが空中に軌跡を描くとそれらが実体を得たようにオーブンシート、バットやハートの型へと変化する。

 

「ちょっと待ってよぉ」

「待たないわ、貴女の方こそついて来なさいよね、さぁ貴女はコルネを作っておいて」

 

現在のチョコの温度は約40°Cと言ったところだ。

 

「湯煎に使ったボウルに今度は冷水(10〜15°C)を入れて同じように重ねてチョコレートを冷やすわ

大体30°Cくらいまで冷えたら……粘りが出て来て手指に結構な力が要るけれど頑張りなさい、気合いよ」

 

 大体40〜50回程全体をかき回したらチョコは全体的にペースト状になった

テンパリングの完了である。

 

「ねぇコルネってこれで良いの?」

 

 夢乃がオーブンシートを巻いて作った漏斗型をクラリッサに手渡すと、彼女は一瞥と同時にそれを目の前に置く。

 

「ええ、上出来よ

みんな見えるかしら?こうやって物を巻いて作る簡易の絞り口のことをコルネっていうの

ヤギの角笛と似ているらしいわね」

 

「あー、もしかして意地悪?」

「さぁ?知らないわね」

 

 もう、と頬を膨らせる彼女(ヤギ)とそれを見て微笑む魔女。

 

「さぁ、型に流していくわよ

できる限り空気が入らないようにね、マヨネーズとかケチャップとか、残り少ないのを絞り出そうとした時に暴発する悲劇はみんなも経験あるんじゃないかしら?」

「うわ……絶対面倒くさいやつじゃん」

 

 本当に面倒臭そうに呟く彼女の声を聞き流したクラリッサは手際よくチョコレートを型に流し込み、それを冷蔵庫へと静置した。

 

「あとは大体1〜2時間置いておけば完成よ、型を外したらラッピングすることになるから、今のうちに包装を選びましょうか」

 

 彼女が手を叩くと煙を立てて現れる無数の包装紙とリボン達、さまざまな色と柄のそれらをじっくりと吟味して、その中から2人が選んだのはそれぞれ

銀の散らされた群青の包装紙に橙色のリボンと赤一色の包装紙に銀と白のリボンだった。

 

「そろそろ良いかしら?」

「えぇ、もう固まっているわね」

 

 水を除いたおおよその物質と同じくチョコレートは冷え固まると体積が縮むため、型とチョコの間には僅かながら空間ができる

その隙間が固まった頃合を見計らうにも、型からの剥離のためにも役立つのだ。

 

 トントンと衝撃を与えて型から外したチョコレートをシートに乗せて

そのシートを基準にボール紙を折って箱を作り、それを包装紙でラッピングし、最後にリボンを留めたらこれでようやく完成だ

準備から数えれば2時間と言ったところだろうか?

 

「お疲れ様ね、じゃああとはお片付けをしましょうか」

 

 訂正、2時間半は掛かった。




ちなみにBURK日本支部は一括の名義で全員に配布します
ホワイトデーも一括で全員にお返しがありますが、それぞれ個人で購入・プレゼントするのも自由としています。


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エピソード25 机上の空論 1

「それでは、デブリーフィングを始めます

今回の作戦は今年度初の陸・空部隊による合同作戦、作戦名『二天一流』です

まず、今作戦の概要を説明します」

 

 作戦終了後、対策室メンバーは全員で反省会(デブリーフィング)を開いていた。

 

「今作戦は発電所に対する怪獣の奇襲を受け、これに対するスクランブルという形で発動されました

襲撃して来た怪獣は『ウラン怪獣ガボラ』及び『透明怪獣ネロンガ』の2体です」

 

 霧島オペレーターが指を差すなか、画面に2体の怪獣の画像がそれぞれ表示される。

 

「急拵えのものですので、作戦はシンプルに

クルセイダー2機で陽動・誘引して南部の開けた地点に陣を取った戦車隊と合流し、戦車の火力で止めを刺すというものですが、実際の流れは以下の通りとなりました」

 

 原子力発電所の発電区画の中には『uranium』の文字が現れ、同時に周辺の放射線量のグラフが出現した。

 

「発電所の防衛および人命救助のため、シルバーアロー3輌と十八式戦車5輌、クルセイダー3機で急行し

クルセイダーは先行して攻撃を仕掛け、陸戦隊の陣地へと誘導します」

 

 画面に映された3Dモデルの山と発電所、そして車輌と戦闘機のモデルが現れ、動き始めた。

 

「しかし、ガボラの攻撃によってクルセイダーが撃墜され、やむなく離脱しました

そこでウルトラマンが出現したわけですが、ウルトラマンが出現した直後にネロンガによる奇襲を受け、エネルギーの大半を喪失してしまいました」

 

 ポリゴンで適当に作られた初代ウルトラマンのモデルが表示される

初代モデルなのは分かりやすさを優先したからだ。

 

 

「その後、残るクルセイダーによる再度の誘導が試行されましたが、ネロンガの電撃光線に撃墜されて、全機行動不能に陥りました」

 

 この段階では既にだいぶ発電所から引き離しており、空戦隊が撃墜されたことでここからは陸戦隊が攻撃の主導を担うことになった。

 

「キャバリアーズの十八式もこの時点で一輌落とされ残り4輌となり、河原隊員は殉職、江渡隊員は脱出しました」

 

 モデルの戦車が一台爆散し、そこから現れた2つのマーカーのうち片方が変色、もう片方は猛然と移動を開始して、ネロンガのモデルの側を抜けて発電所へ。

 

「江渡隊員はこの後人命救助に向かいましたが、爆発と発電所の特殊磁場の影響で一時的に消息不明になり、そこでもう一人のウルトラマンが出現しました」

 

 今度はセブンのウルトラマンモデルが出現し、ガボラを引き離して交戦を開始する

激しい格闘戦は流石にフル再現とはいかず、3Dモデルは4体全てが一箇所に集まる形で『Battle』の表示を出して代用する。

 

「各部隊の援護もありましたが、ガボラはここで引き離しに成功し、第二のウルトラマンがこれを討伐、

ネロンガは両ウルトラマンによる同時攻撃で撃破されました

ここまでの流れに何か質問はありますか」

 

 全員の中に沈黙が流れる

 

 徹とヒラは今回は基地待機、弘原海と駒門がその間を埋める臨時編成であったが

特に動きに非があったようには思えない。

 

「クルセイダーが落とされたのは放射線被曝による機器の検出誤差であり、高濃度の放射線に被曝してしまったクルセイダーは重度の汚染状態にあります、一応湿式除染処理はしましたが本機体はおそらく廃棄となるでしょう」

 

「……残念だ」

「幸い、我々のスーツは対放射線性能も標準的な宇宙服程度には備えているので、二人に健康上の問題はありませんでしたが、機体の方はというと……」

 

 霧島はやはり沈黙する

放射能に汚染されてしまった以上はなんらかの除染処置を取らねばならない

物品であれば表面を削り落とす処置や硫酸等で表面を溶かす処置が一般的であるが、超合金でできているフレームや外装を削るのは余りにも無理があったため、最終的には塩酸・硫酸を大量に注いだプールに沈めてこれを除染処置とした

のだが、そんなものを再び飛ばすのは困難であるし、一度ズレてしまった精密機械に以前ほどの精度など臨むべくもない以上は除染処置は形だけにして廃棄になるだろうという事だった。

 

「話を戻します、この戦いを経ての反省点ですが我々待機組としては連携に関する練度の低さが露呈したものと考えています

十分な誘引ができずに落とされたクルセイダー、前進中に沈められた十八式と各々の任務を全うできなかったのは練度不足ではなく、事前の連携訓練の不足ではないかと」

 

「そもそも敵の誘導などそうそう経験を積むこともなかったからな」

「そうですね、我々は基本的に発見次第撃滅って感じでしたし……でも今後は増えるんでしょう?こういう作戦」

「……そうですね、敵を陸戦隊の陣地まで引き込む、あるいは安全な場所に引き込んで撃破、というのは今後は増えると思います」

 

「やはり作戦の練り直しと練度の向上が必須か……」

「私としてはやはり連携の不足を感じたわ、実際のところ陸空の連携というよりブロックごとに分けた二段作戦の様相が強く、互いの作戦時の援護を得ることはできなかった、三式弾のような対空砲はこちらも危険だから仕方ないとはいえ、最低限の火線は通して起きたかった場面もあったもの」

 

「難しいところですね……」

 

 各員の意見はやはり連携に関する話題に終始する、今回は怪獣達には高度なコンビネーションは見られなかったが、たまに複数の怪獣とそれを操る怪獣使いなどによる戦略的なコンビネーションを行ってくる敵もいる

人類がお互いの欠点を埋め合って今まで地球を守ってきたように、怪獣達もそれを行うのならば基礎性能で劣る人間の勝ち目は大きく薄れてしまう

それだけに連携は人類だけでなく、ウルトラマンにとっても重視するべき話題であった。



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エピソード26 総集編 1

「みんな、いつも応援ありがとう

私はウルトラマンザイン、M78星雲からやってきたウルトラマンだ

最近なかなか怪獣が出てこないから、今日はみんなと一緒に今までの戦いを振り返っていこうと思う」

 

 背景空間インナースペースの中で、ザインが語り始める

インナースペースとはありとあらゆる生物に存在する内的空間、世界においてその生物が占有する領域であり、生物の精神に応じた様相を呈する精神内世界であるが、雄介のそれは全く変化のない海底空間だった。

 

「まずは私が地球に来て最初の戦い、私は地球に降りて早々、地底怪獣ガクマと甲殻怪獣ドンネルの二体と戦ったんだ」

 

 ドンネルとガクマのそれぞれの体格や強度、そしてパワーと特殊能力が表示される

ドンネルの能力は溶岩エネルギーによる砲撃、そしてガクマの能力は石化能力ゴルゴンだ。

 

「私はガクマの能力によって石にされてしまったんだが、そこで雄介と合体し、完全に石にされてしまう事態を免れることができた

体さえ動けばあんな怪獣は目じゃあない、すぐに倒せたぞ」

 

 その言葉と共に爆散する二体の姿、そして次に写った怪獣は黒白のボディにオレンジの点灯部を持った昆虫じみた姿のそれ。

 

「ゼットンは強敵だった、私と雄介で協力してもまるで手が出ないんだ……だが、機転によって活路を見出すことが出来た、私達が成し遂げたゼットンとの和解は、歴史的な事柄だったと思うぞ」

 

 一方的に殴られるザインの姿と、インナースペースの雄介、そして念話に成功して最後に飛び去っていくゼットン。

 

「そしてこの後に降りてきたのはディノゾールだ、こいつは宇宙の渡り鳥とも呼ばれる怪獣で、生物のいる文明圏にはあまり降りてこないはずなんだが……なんでか降りてきてしまった

仕方ないので迎え撃ったんだが、あまり気持ちの良いものではなかったな」

 

 画面に映されたのは降下してきたディノゾールの振り回す断層スクープテイザーによってビルが切断される映像だ。

 

「こいつは人類の兵器、シルバーシャークによって狙撃され、撃破されたんだが……次の瞬間、反転再生して襲い掛かってきたんだ」

 

 頭を吹き飛ばされた直後、絶叫と共に再生したディノゾールリバースが二振りに増えたスクープテイザーを振り回す姿が映されるが、ザインの口ぶりはあくまで冷静だった。

 

「しかし、長くは持たない無理な再生だったようだ、残念ながらディノゾールを救うことはできなかった……さて、次に現れたのはエレキングだ、それも足のないタイプの特殊な個体だったぞ」

 

 新たに現れた映像は蟠を巻く改造エレキング、全身から電撃を迸らせる攻撃態勢だ。

 

「このエレキングは神出鬼没で、どこにでも瞬時に現れることを可能としていた、能力を活かして発電所などの電気が豊富にある場所を襲撃していたんだ

俊敏で、筋力を活かしたジャンプすら可能とする身体能力はまさに圧巻だったな」

 

 全身から雷光を迸らせ、ザインに組み付くエレキングの映像の時間が少し進み、その腹が蠢く。

 

「だが、最大の特徴はこいつ、なんと母親個体だったんだ、だから私は倒すのをやめて別の星に送ることにした

銀河連盟の共通法では体内に子を持つ親を殺してはいけないことになっているんだ」

 

 映像がさらに進み、トゥインクルウェイによって惑星ユアンへと送られるエレキング

そしてその映像が切り替わると現れたのはホー。

 

「さぁ、次に行くぞ、エレキングの次に現れたのは硫酸怪獣ホーだ、こいつは涙に含まれる硫酸を振りまく迷惑な奴だが、最大の問題は普通に格闘戦ができないことだ

特性上こいつは幻のようなもので、物理的に干渉することはできない

そこで雄介はセブンの幻を作ることにしたんだ、普通なら幻どうしなら殴り合っても意味はないが、この場合だけは話が違う、この幻はあくまでマイナスエネルギーでできたホーにダメージを与えるために、プラスのエネルギーを高めてぶつけるための媒介にすぎないからな」

 

 硫酸を振り撒いて幻像のセブンと殴り合うホーは、しかし周囲の人々のエネルギーによって消滅していく。

 

「このように、私たちではなくみんなの心の光によって、ホーを消滅させることに成功した

私たちの戦いになにより重要なものは力じゃなく、心なんだ、言葉で言うのは簡単だが、私はこの時初めてこれを実感したな」

 

 ザインの言葉と共にホーの映像が消える。

 

「次はシーゴラス、こいつはものすごい嵐を起こす能力を持っていて、尋常ではない風のせいで防衛チームの戦闘機もろくに飛ばせない状態になってしまったんだ

けれどオーシャンのエース、呑狼明がオーシャンの多目的機シードラゴンで出撃してきた

自動制御装置の実験中の事故で暴走してしまったクルセイダーを、本人の技術だけで抑え込んで見せたぞ!」

 

シーゴラスの出現からクルセイダーの暴走、そして彼女がキャンサー・プレセベと共にクルセイダーを撃破したシーンが次々に映される。

 

「彼女の力量は本当に凄まじいものだ、弘原海隊長すら彼女には一目おくことになるだろう

さて、この戦いでは人類の切り札、エクスカリバーが初めて披露された」

 

 映し出されたのは第四宮キャンサーのプレセベ、巨大な機械蟹だ。

 

「こいつはプレセベ、エクスカリバーの一つだ、見た目はカニのお化けだが、現人類最高戦力の一つなんだ

ビームキャノンや電磁ネット、豊富な武装を使って戦うぞ!」

 

 様々な武装コンテナを引き出し、交換して装備し、それらを使い潰しては換装して攻撃を再開するプレセベ、その戦闘スタイルのコンセプトはまさに蟹であり、装甲で攻撃に耐えた上で換装による修復能力にまかせて押し切るというパワー特化にのみ許される豪快なものだ。

 

「こうやってゴリ押すのは正直あまり好きではないが、有効なことは事実だな……

さぁ次に行こう」

 

 次に現れた映像はブラックエンド、強力な円盤生物型怪獣だ。

 

「こいつは円盤生物のブラックエンド、同種族の中では最も高いパワーをもっている……んだが、そもそもアベレージの低い種族である以上、強いとは言ってもそんなに無茶苦茶強いと言う訳ではなかった

どちらかと言うと機動力によって神出鬼没に現れては消える特性によって、全国中を駆け巡るような逃げ方をした方が良かった気がするな

とは言えブラックエンドも強力な怪獣、星を滅ぼすほどではないが、街一つ程度なら三分と掛からないほどの強力な放火能力を持っているんだ」

 

 そこらのビルを破壊しながら突撃してくるブラックエンドの姿は流石に種族最強なだけあってか、格闘特化型の怪獣にも匹敵するほどの迫力を滲ませていた。

 

「だが、こと力においては私たちだって負けてはいない、宇宙拳法で返り討ちにしてやったんだ

だが、次の怪獣はそう簡単には行かなかった」

 

 緑の髪、揺れる木枝に似た触手

迫り来る蛇の如きそれはまさしく根。

 

「なんと、宇宙植物ソリチュラが人知れず周囲一体の何もかもにに同化していたんだ、その中には雄介の友人もいた

彼女は特に侵食率が高く、今も目を覚ましていない」

 

 昏睡状態からいまだに覚醒していない小鳥のベッドがわずかに映されて、すぐにソリチュラへと戻る。

 

「ソリチュラは非常に強力な大怪獣で、惑星破壊(スターライトブレイカー)級の同化能力を持っている、植物の怪獣でありながら非常にアグレッシブな動きが特徴だ」

 

 ソリチュラの振り回す触腕と堅固な樹皮の装甲、そして同化した生物を分離して操る能力

ソリチュラの中でも種子や苗木に相当する未成熟な個体であるはずの飛種でありながら既に星のテクスチャを侵食して強力な能力を発揮するその個体、たまたまそれがエリート的な強個体だったのか、それともソリチュラという種族が全体的にそれほど高度な種族なのかはわからないが、ただ手こずらされたのは事実である。

 

「雄介の不調もあって十分に戦うことはできなかったが、我々は幾らかの犠牲を払いながらもこれを焼き払い、最終的には撃滅した……はずだ

実際、万全のコンディションだったら勝てたのかと言われても疑問符をつけざるを得ないだろう」

 

 BURKローマの爆撃機、ケルベロスのディザスター級兵装、地獄の炎(カノ・エッド)によって消えない炎に周囲一体を焼き尽くされ、火を避けるために中核部のみを切り離した事で弱体化したソリチュラを最後の力を振り絞って仕留めるザインの一撃、そして爆散して消えたソリチュラの姿を最後に、ここまで浮かんでいた映像が消える。

 

「さぁ、今日はここまでだ、続きはまた今度見ていこう」



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エピソード26 総集編 2

 

 インナースペースのザインがこちらに目線を合わせるとともに語り出す。

 

「やぁ、地球のみんな、今度もまた私と一緒に今までの戦いを振り返っていくぞ

今回の最初はこいつ、バルタン星人だ

こいつが連れてきた怪獣は恐竜戦車とサタンビートルの2体だ」

 

 それに合わせて手元に浮かび上がった映像は3つ、バルタン星人と恐竜戦車、そしてサタンビートルのそれぞれを映したものだ。

 

「こいつらはアキレスの張ったバリアをすり抜けて、ロシアに出現したんだ

そのため私たちも気づくのが遅れてしまったが、現地のBURKロシアがなんとか対抗してくれていた

武装は最新型の揃った日本よりは劣るが、それでも数と練度はかなりのものだったぞ」

 

 練り上げられた戦術と戦技、練達の指揮官を擁する盤石の体制が侵略者を迎え撃ち、食い止めたのだ

ウルトラマン(外部戦力)に頼らない人類独力の防衛、これぞ本来の星の戦士の在り方というものだ。

 

「残念ながら結構な被害を出してしまったようだが、民間人は完全に守り切った、殉職していった隊員達も己の戦果を誇りとするだろう

さぁ次だ、次に現れたのは異次元魔女ギランボ、個体名クラリッサ

珍しくも和解に成功した異次元人だ」

 

 現れた映像に移るのはハロウィンの魔女コスに身を包む八木の姿、目の瞳孔の開き切った彼女はある意味では恐怖を誘うが、コメディチックな衣装の外見がそれを薄らがせる。

 

「これは憑依されていた時の八木元隊員だ、彼女は昔に大怪我をしてしまって、動くことができないんだが、クラリッサの魔法によってそれを動かすことを可能としていた

これ自体は別に悪いことではないが、良いとも言い切れないグレーな行為だ

とはいえ私たちがそれを一方的に決めつけて弾劾することはできない、だから慎重に接する必要があったんだが、雄介はそれをさらっと片付けてしまったな」

 

 さらに別の映像には雄介とテーブル越しに向かい合うクラリッサの姿。

 

「結局、害性はないと言うことになった

これで話は終わったんだ……この後どうなるかは別として、な」

 

 結局彼女が夢=命を削られ続けていることは変わらず、いつかは破綻する関係ではあるが、直ちに害性はなく、またそのそれを敢えて破棄する理由もないと判断した雄介は報告を保留して話を誤魔化した

そうするしかなかったとは言え、それで済んだとは思い難い話であった。

 

「……よし、次だ」

 

 別の画面で映されたのは双頭の赤鳥、烈火の大怪獣パンドンだ。

 

「こちらも少々嫌な話だ、雄介が勉強を教えていた少女、有彩が謎の敵の手によって精神に干渉を受けてしまった

それによったらパンドンが異様なほどのパワーを発揮して襲ってきたんだ

まさか倒したパンドンが爆発の炎を吸収して自己再生するなんて無茶をしてくるとは夢にも思わなかったぞ」

 

 そしてそこに立ち向かうザイン、最初の数戦は圧倒するが、有彩の全身から汲み取るまでもなく溢れ出す異様なほどのエネルギーがパンドンの全身に絡みつき、その行動法則を完全に支配し、その存在を概念レベルで強化してしまう

単独で発揮できる人間の限界レベルを遥かに超えた次元の、実体化するほどに莫大な精神エネルギーが現実世界そのものを書き換えているのだ。

 

「愛の力というものは恐ろしいな、まったくどんな理不尽であろうと成してしまう

絶対に勝てない敵にすら打ち勝つことが出来るのだから……まぁその敵側として体験するのは御免被りたいところだな」

 

 ザインが言葉を切ると同時に、さらに次の映像へと切り替わる、その中にいたのはサーペント星人だ。

 

「こっちはサーペント星人、彼は人間の肉体か、それでなければ純粋な水を手に入れるために行動していたらしい、そもそもが不法侵入者なため容赦はなかったが、それ自体に侵略性はないと言っても良いだろう

だが、場所と狙ったものが悪かったな……

この戦いでは、弘原海隊長が意外なほどのフィジカルを見せてくれたぞ」 

 

 狭い廊下でありながらサイドステップで敵の光弾を躱し、一切動じずに駆け寄りながら発砲し、その後逃げるサーペント星人に幾度か直撃させながら廊下を走り切って窓から飛び降り、尚も逃げる星人を追跡していく隊長。

「人間は時に凄まじい事をする、鍛えた時の身体能力の上がり幅は宇宙でも有数のものだ。

さて、この後に現れたガンダー戦では人間達も全世界的に全力で抗戦することになる」

 

 白く染まっていた画面に出現したのは、ポール星人の操る冷凍怪獣ガンダー。

 

「3体がほぼ同時に別地点に降下してきたガンダーは、それぞれが非常に強力かつ厄介だった、特に二番目は異様なほどの超低温を扱う才に溢れた個体だったな

エリアルベースの支部長、グローリアス氏が助けてくれなければ、私はここで氷漬けになったままだったかも知れない」

 

 3体がほぼ同時に降下してくるという状況下、日本はウルトラマンとともに、オーストラリアは他の基地から戦力を抽出して、そしてアメリカは最大規模だけあって独力で立ち向かい戦ったのだ。

 

「……凄まじい脅威だったが、なにより恐るべきはまず、ポール星人自体はまるで本気ではなかったと言う点だろう、こいつらにとっては地球などどうでも良く、進行方向にあったから立ち寄った程度の感覚だったようだ

まぁ、追加戦力が無くて助かったと言うべきだろうな

次に行くぞ、こいつは私たちは直接戦っていないがマザーケルビムだ」

 

 尋常ではない巨躯と大火力、纏った遊星体の群れ、そして一般個体には持ち得ない遊星体に卵を寄生させて隠す知性

生半なウルトラマンでは立ち向かえない巨大個体だ。

 

「このサイズとなると撃破に必要なスペシウムも並大抵の規模ではない、正直相性が悪すぎる、私たちがこいつと戦っても多少足止めするくらいだろうな」

 

 そう、エネルギーの絶対量は多くとも、スペシウムの制御が上手くいかないザインにスペシウム光線は扱えないが、この巨大生物に有効な攻撃といえばやはりスペシウムの直接注入を置いて他にない

故にザインが無理に立ち向かっても数分の足止めが限界な可能性が高いのだ。

 

「こいつが地球に降りて来ていなくて助かったよ……さて、次はこちらだ、アリゲラとグエバッサー、未熟児のケルビムも一緒に出現したがこれは特に強くもなかったな

だがこの二体はスピード型の飛行タイプで、非常に強力な怪獣だ、特にグエバッサーの起こす暴風は戦闘機すら飛行不能にしてしまうほどに強力だぞ」

 

 未熟児個体のケルビムは表示さえ無かった事になってしまったようだ。

 

「明はここでも凄まじいテクニックを見せてくれた、飛行経路を制限する周囲のビルをものともせずに市街戦でグエバッサーと戦ったんだ」

 

 反重力機構や慣性制御もなしにほぼ直角なコーナーを曲がり、ビル上に出てビームを撃つシーホースの勇姿と、同時に編隊を組んだクルセイダーズの急行する映像

そして基地を強襲するアリゲラの姿

そう、この日は基地防衛には成功したが、やはり陸戦隊から数人の犠牲者が出てしまった悔やむべき日でもあるのだ。

 

「ここから空戦隊と陸戦隊の協調の機運が高まっていく、そして迎えたのが直近の戦い、原子力発電所の防衛作戦『二天一流』だ」

 

 陸戦隊とともに出撃していく雄介と、ザインを迎え撃つ二体の怪獣達。

 

「核廃棄物を食うウラン怪獣ガボラ、透明化して電気をくすねる透明怪獣ネロンガ

核燃料と電気が揃う原子力発電所というロケーションはまさにこの二体にぴったりだったんだろう

発電所を襲撃した怪獣達は非常に精強で、かつ賢かった

変身直後にエネルギーを吸収する罠戦法や周囲を巻き込む放射熱線、非常に危険な相手だったんだが、ここに新たなウルトラマンが来てくれた、師を同じくする、私にとっては兄弟子に当たるウルトラマンゼファーだ

ゼファーは素早い動きと斬撃・切断技による攻撃を得意とし、特にスラッガーはセンチメートル単位で操る事を可能としている

私には困難だろう『ガボラの体内の放射性物質に触れずに首を切り落とす』なんて仕事をやってくれたんだ」

 

 ゼファーの大技、ゼファードスライサーがガボラノ首を切断し、そのまま活動を停止させる

そして2人してネロンガへと向き直り、必殺の合体光線が放たれる。

 

「こうして、二体の怪獣との激戦を我々は制した

だがこれで終わったわけじゃない、黒幕を倒せていない以上、まだまだ戦いは続いていくだろう

みんなも、この長い戦いが終わるまで、ちゃんと応援してくれよ」

 

 



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エピソード27 総集編Ⅱ 1

「初めまして、みんな、俺は雄介、今日はザインの代わりに俺が解説を担当するぞ」

 

 今回は変身時同様、雄介のインナースペース背景(コスト省略のためザインと同じもの)のようだ。

 

「これを見てくれ、彼らは俺たちと共に戦ってくれる地球の戦士、BURKだ、カイナやアキレスとも一緒に戦ってくれていたぞ

だが今度の彼らは一味違う、科学力も飛躍的な進歩を遂げているんだ

見てくれ、これが今の主力戦闘機、BURKクルセイダーだ!」

 

 雄介の手の中に画像が表示される、ザインと違って浮遊型ホロスクリーンには慣れていないはずの雄介だが、凄まじい適応力で既にイメージトレース入力を使いこなしているようだ。

 

「クルセイダーはセイバーやブースターよりも強力な戦闘機で、大きな羽が特徴なんだ

高速かつ高火力の理想を高水準で実現した機体でもある、必殺技は全ての内蔵火器の一斉発射『ブラスターシュート』だ」

 

 翼下ハードポイントに搭載された大口径ビーム砲2門『バリアブルパルサー』機首のバルカン『ポラリス』標準装備の内蔵型ビーム砲1門『重陽』による一斉射撃を行うクルセイダー

本編ではあまり活躍の機会のないクルセイダーだが、一般的な怪獣であれば十分に撃破可能な性能を持っているのだ。

 

「俺たちも何度も助けられた名機だな、

続いては炮龍(バオロン)、こいつは中国製の爆撃機で、強力なスペシウム・ミサイル『神虎(シェンフー)』を搭載している

爆撃機だけあってクルセイダーより脚は遅いが、何度も怪獣撃破に貢献しているミサイルの威力は素晴らしい物だ」

 

 浮かび上がった画像は銀赤、シルバー系ウルトラマンをイメージしたカラーリングの試作爆撃機、炮龍

そして赤系ウルトラマンの体色をイメージした彩色をもつほぼ同じ形の正式機、爆龍(バオロン)

名前の通りを優先して字は違えど同じ読みなのだそうだ。

 

「そして試作機としての仕事を終えて正式ロールアウトされた改良版、爆龍だ、こちらはまだロットの制作も完了していなくて、少々部品不足を起こしていてな

もうそろそろ量産が出来るはずだが、本当はどうなのかは中国支部しか知らない」

 

 空中に描かれた2機は雄介の手の中を飛び出してドッグファイトを始め、やがて加速し切って光の粒子となり姿を消した。

 

「ケルベロスはローマ支部の機体で、ディザスター級に指定された強力な兵器を内蔵している

本当はディザスター級は車載どころか基地に巨大な装置として置かれるような規模感なんだが、特殊ナパームによる火炎放射という武装の都合上の話だろうな

これは文字通りに消えない炎で、特殊な消火剤を用いないと水をかけても泡をかけても消える事がない、武装の性質からして非常に危険な兵器なんだ

ソリチュラの焼却に使われたときも、ソリチュラだけで無く周囲にも大きな影響をだしてしまっていた

後で物議を醸してしまったそうだが当然だろうな」

 

 新たな映像には黒をベースに赤ラインが入った曲線的な大型機体、ケルベロスが映され

その攻撃としてソリチュラを焼いたディザスター級兵装、地獄の炎(カノ・エッド)が呈された。

 

「これで俺ごと焼かれそうになった時はかなり命の危機を感じたけど、結局ソリチュラを倒すために必要な手だったのだから仕方なかっただろう

うん、そう言うことにしておく」

 

 雄介自身ごとまとめて焼かれそうになりながらソリチュラが本体を分離して炎から逃れようとするシーンが映り、雄介もかなり引き攣った表情ながらにその妥当性を肯定する。

 

「次は3機、BURKオーシャンで運用されている多目的攻撃機シードラゴン、哨戒戦闘機シーホース、重爆撃機シーサーペントはそれぞれがお互いの相性を補完する関係にある

速度ならソーホース、火力ならシーサーペント、機動力を失う代わりに攻撃力は他の倍近いシードラゴンとな、

本来はライセンスによってそれぞれ扱える機体が変わるが、明はBURKの有する全ての機体を実戦レベルに習熟している7人の人類最高峰(マイスター)の1人だ」

 

 

 更に映し出された3機の映像の中では唯一出撃していないシーサーペントのみが残され、シードラゴンとシーホースが拡大され

それぞれが今まで見せた武装や性能が表示される。

 

「サーペントはいまだその性能の全貌を明らかにしていないため、ここではまだ紹介できない、残りの2機の性能は以下の通りだ」

 

 速度や旋回性能、そして武装と装甲、様々なスコアが表示される。

 

「シーホースはメテオールの翼外縁部白熱化装甲を待っている、これは起動すると主翼自体がヒートブレードとなりそのまま敵に体当たりする事で切り裂けるというユニークな装備だ、

対してシードラゴンのメテオール装備は慣性制御翼イナーシャルウィング、そして陽電子砲プラスパーの2種、こちらは標準的な装備でまとめた感じだな

重力や慣性を無視した超機動を実現する慣性制御翼による機動力向上と、他にはない超大火力を発揮する陽電子砲というメテオールの代表のような装備だな

ただ内蔵装備が大きすぎるが故に通常時はやや機動性に難があるらしい」

 

「他の兵器の説明に移るぞ

まずはマスカレイド級、通常兵器と携行装備だ」

 

 複数の画像が浮かび上がり、それぞれが回転しながら整列する。

 

「まずはBURKガン、BURK隊員の標準装備の一つだ、威力調節で壁一枚くらいなら撃ち抜くことが出来る

小型の怪獣ならこれ一つで倒すことも可能な優れものだ

ついでに増設装備の『トルネードブレイカー』ユニットを付けることで攻撃力と射程が4倍ほどに向上し、分類もマスカレイド級からハイパー級になる、かなり反動が強くなるから専門の訓練を受けないと使えないぞ」

 

 一撃で古代怪鳥バードンの毒袋を射抜き、その毒を逆流することに成功したBURKガン(トルネードブレイカー)

この頃はまだ決まっていなかった正式名称はバードンの起こす暴風ごとバードンを撃ち抜いた実績から付けられたものだ。

 

「これは去年の話だが、この時のガンナーは八木隊員が務めたらしい

次だ、次はBURKソリッドシールド

こっちはオプション装備で、暴徒鎮圧用なんかに使われる突撃防楯だ

武装した宇宙人の攻撃なんかもある程度は防げる、とはいえ重いし使用する側も視界を遮られるから、あんまり使うことはない

どちらかというと基地にまで押しかけて来たりするような侵入者の足止めに使うようなものだろうか?

こっちは同じく暴徒鎮圧用の近接戦向け非殺傷型スタンロッドで、これも警察が使っているものと大差ない造りだな」

 

 2つまとめて出された映像はどちらもあまり目立つことがないものだが、なければ無いで困るようなアイテムだ。

 

「あと実はハーシュ・ハチェットという片手斧も有る、これは明確に殺傷用だから使う人はあまりいないが、近接戦装備のなかでも珍しい特殊機能を一切持たない単純な武器で、その分堅牢性が非常に高い

昔の文献記録によく有るようなフィジカルタイプの戦闘員が使うためのものなんだろうな」

 

 あまりに無骨な片手斧が提示され、すぐに消える

次は超兵器級の解説だ。



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エピソード27 総集編Ⅱ 2

「さぁみんな、次はハイパー級の兵器紹介に移るぞ

まずはロシアのハウリングカノンだ、

これはビームを当てることで特殊な振動を伝え、共振を利用した振動破壊を行うという兵器だ

どんなに固い装甲でも破壊できる、極めて強力な兵器だぞ

本当は医療用に開発されたんだが、どこの世界でも軍事転用というのは頻発するものだな」

 

 バルタンの円盤を貫こうとするビームが発射される映像が現れ、次の兵器へとその枠を譲り渡す。

 

「同じくロシア支部から至高の玉座(フリズスキャルヴ)、ハイパー級の兵器に分類されているが、これ自体に破壊力があるわけじゃない

レーダーやソナー、探査装置の複合設備で、あらゆる地点の怪獣を捜索できるんだ、日本支部もお世話になっている」

 

 雄介が実際にその機能を体験したわけではないが、その名前は何度も聞くものだ

世界中のどこでも監視可能なシステムというのはやや物騒だが、それくらいしなければ怪獣達に対抗できないのだろう。

 

「ドイツ支部で発案・制作されたベルクシュナイダー、日本刀のように鋭い金属片を投下するというだけのシンプルな兵器だ、これも搭載型で航空機から投下して使う、高速で投擲される分手持ちの刀剣よりも終端速度はずっと速いので切れ味も桁違いだ

木の枝とかレンガくらいならスッパリ斬れてしまうから、敵の装甲を切り裂くのに使う

そしてその派生型のダンツァトリーチェ、こっちはローマ支部で作られている、より拡散範囲が広がり、独自の2枚羽形状で竹蜻蛉のように回転するため滞空時間も長くなっている

代わりに多少切れ味が落ちるのと、無誘導が災いして周囲のものをなんでも切り刻んでしまう、注意が必要だな」

 

 二つの武装はそれぞれが航空機からの投下式、投げきりで低コストな分、扱いやすい高火力武装でもある。

 

「こちらはプラズマスタナーネット、シードラゴンに搭載されているオプション武装だ、非殺傷型で主には拘束に使われるぞ」

 

 こちらは頻繁には使われないが、スタン系の武装は捕獲任務には頻繁に使用することになる

無くすわけにはいかないような武装だ。

 

「アステロイドバスター級、シルバーシャーク

何度もお世話になった防衛兵器だ、各所の基地に必ずと言っていいほどに複数基配置されている、空中の対象に対してはそのまま直撃させられるが、地上に対しては衛星リフレクターを通して反射させる必要がある分、難度が高いな

だが基本的には高高度の対象を撃退するのに使われる」

 

 現れた画像はアメリカ・日本・ロシアの各基地のシルバーシャーク砲、日本は地下から迫り出すタイプであり、アメリカは基地の隔壁を開くタイプ、そしてロシアは常時展開の雨曝し

各基地のスタンスの違いがよくわかる。

 

「ライトンR-30マイン、こっちはスペーシーで使われている宇宙機雷だ、ペダニウムを軟化して加工する技術の名をとって付けたのだそうだ、名前通りに対象を瞬間的に軟化して溶断する特殊機雷で、これが地球圏を守っている防衛網の一端を担っているぞ」

 

 宇宙でワイバーン隊によって使用されたR-30マインの映像、だがその凄まじい閃光が画面を埋め尽くしてしまい、爆発の瞬間から何も映らない。

 

「ロシア支部の雷帝(イヴァン)、これも基地設備型で、普段は発電所の鉄塔に偽装されている

尋常ではない電力で人工的に落雷を起こし、地球外技術由来の超伝導領域デミウルゴスレンズでコントロールするメテオール兵器で、射撃管制システム偽神(ヤルダバオト)が周囲の部隊や他兵装とのバッティングを避けての発射と射線のコントロールを担当するんだ」

 

 これも雄介は見たことはないものだが、雷撃を操るアステロイドバスター級武装である雷帝、文字通りの災害である落雷を自在に操り標的を焼き切る光の槍だ

そしてついにディザスター級の紹介へと入る雄介。

 

「この装置は銀嶺庭園、日本のディザスター級兵器の一つ、エントロピーの極大化による運動阻害を行い敵の行動を制限する

これ自体に攻撃能力はないが、エントロピー増大によるエネルギーロス増加は都市機能に甚大なダメージをもたらしうる、そのためディザスター級に指定されている」

 

 本来なら大規模に展開するエリアジャマーであるそれだが、基地で使われた時は極少規模短時間の限定展開で敵の攻撃のみを防ぐという離れ技を見せた銀嶺庭園、その使い方は多岐に渡る。

 

北極光(ポラリスレイ)はアメリカで開発された車載型の凍結ビーム砲で、当たった物の熱エネルギーを急速拡散し、超低温状態にする武装だ、これはとても危険で、生き物に当たったら瞬間的に凍結されてしまう

もし破壊された時に燃料が込められていたら暴走して周囲を処構わず凍結してしまう可能性もある、だから普段は燃料とは別にして保管しているんだ」

 

 パンドンを封じるため使われたディザスター級の凍結兵装、ポラリスレイ、クルセイダーに搭載して空中からパンドンを狙撃して凍結に成功する瞬間が流れる。

 

「ペダニウムランチャー、もはや説明するまでもない伝統武装だな、最大の特徴は都市どころか惑星を丸ごと破壊できるほどの規模のエネルギー放射に耐えうる堅固なペダニウム製の砲身だ

だがそんな大量のエネルギーなんて用意のしようがない、どちらかというと制約の都合上ディザスター級に収まっていると言ってもいいようなものだ」

 

 マザーケルビムにトドメを刺した巨大な金色のビーム砲、ペダニウムランチャー

ペダニウム自体の加工難度の高さから複製に成功していない唯一の機体であり、また火力として非常に高い武装である。

 

「ヘルズゲートは結局起動する前に破壊されてしまって、一度も使われていないが、太陽周辺の高重力場帯に空間ごと対象を転送してそのまま地球から放逐しつつ太陽(焼却場)に放り込むという無茶苦茶ながら確度の高い兵器だ」

 

 アメリカはなぜこれを作ったのか心底疑問だが、グリーザなど一部対処不可能な敵との戦闘時に太陽圏に投げるというのは現実的な方法ではあるだろう。

 

黒縄地獄(インフェルノ)、これは周囲一体のエネルギーを収束・熱転換して局所的な超高温領域を作り出す、ポラリスレイとはまさに対極と言っていい兵器だ、ガンダーを倒すために持ち出されたはいいが、これも結局使わずじまいになってしまったがな」

 

 こちらはオーストラリアで使われる事になっていたディザスター級で、周囲のエネルギーを拡散するポラリスレイと真逆に収束し、高エネルギー領域を作り出す領域型の兵器である

どちらも周囲の熱エネルギーに作用するものであり、マクスウェル熱分布偏移装置の機能さえ逆にすれば全く同じ働きができるものでもある。

 

「セブンガー、ずっと昔に変身能力を失ってしまったセブンへ戦力として渡された戦闘用マシンを原典とする巨大戦闘ロボだ、これは中に人が乗って動かすタイプで起動限界はウルトラマンと同じ3分間、時にウルトラマンを上回るほどのパワーを発揮することも可能だぞ、必殺技はドリルアームから繰り出すギガドリルブレイク」

 

 アリゲラを貫くセブンガーの映像と共にディザスター級の紹介が終わる

そして最終兵器、第Ⅴ類であるエクスカリバー級兵装

街をだの小惑星をだのとは言わない、星すら滅ぼしえる危険な装備であり、同時に世界を救うための最後の希望でもある最終兵器だ。

 

「エクスカリバー級、ゾディアックウェポン巨蟹宮(キャンサー)・プレセベ

50メートル級のデカい蟹型のマシンだ、

武装コンテナによって形成されるボディはどこからでも武器を出すことができ、ありとあらゆる武装を使用できる

またコンテナの交換によってコアユニット以外は全て簡単に修繕することが可能で、耐久戦では全てのエクスカリバーのなかで最高位に位置する」

 

 その言葉と共に明が起動したときのプレセベが映される

海を割って紺青の巨大な機械蟹が出現するその様はまさに英雄譚の一節に記されしものである。

 

「ゾディアックウェポン人馬宮(サジタリアス)英雄の剣(クラデネット)は衛星軌道上に配置された狙撃用レールライフル、名前には剣を冠するが、高質量弾をプラズマ化して射出する半重粒子ビーム砲がその本質だ、バルタン星人の円盤を狙撃し、一撃で消し飛ばしたな」

 

 一撃で円盤をバルタン星人の野望ごと砕き、消滅させたサジタリアスの矢は地に狙い撃てば地殻どころかマントルまで貫通するほどの威力を有する

場合によっては地球の核を撃ち抜き、そのまま貫通してしまう可能性すらある

それほどに危険な物だ。

 

「アメリカのゾディアックウェポン天蠍宮(スコーピオン) アンタレス

日本のゾディアックウェポン磨羯宮(カプリコーン) 万物切断(エクスカリバー)

封印中と言われているゾディアックウェポン白羊宮(アリエス) イカロスの太陽

それぞれ言及のみされているが実態は明らかではない兵器だ」

 

 本体の映像はないが、それぞれに対応する鍵が映される

一つは日本支部長朽木の首に掛けられた金の短剣型ペンダント、もう一つはアメリカ支部長ジョージ・パトリオットの右手に掛けられた腕環

最後の一つはなにも映されないままだ。

 

「11機あると言われるゾディアックウェポン、その中でもまだ使用されたのは2機のみ、今後も戦いは激化するかもしれないが、これほどの切り札があるならばどんなものが来ようとも打ち倒せるだろう、俺はそう信じている」



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エピソード28 モンスターレックス 1

「始めようか」

 

 闇の中から抜け出した女、翠風が物影を出て道へ、歩く先にあるのは大型商業施設(ショッピングモール)

 

「ウルトラウム・シンクロナイズ」

 

 彼女の足の進むたびに、街の日陰に満ちる邪念が湧き上がり、形成し、具現化して顕現する

湧き上がった茫洋たるものたちは憤怒、嫉妬、憎悪、悲哀とさまざまな姿を現す。

 

 ベムスター・レッドキング・バラバ・シーゴラス・ハンザギラン・キングクラブ、無形の怨念が集合して怪獣たちを遥か彼方から呼び寄せたのだ。

 

合体(ユニオン)

 

 

 現れた光が集い、結束して一つになり、そして顕現した。

 

「タイラント」

 

 


 

 

「ギュェァァァ!」

 

 暴君怪獣タイラント、上空より出現


 

「こっちも本腰入れてやんないといけないんだ、そろそろ遠慮は抜きに行くよ」

 

 人間自身に直接依存しない闇である感情の残渣、その一つ一つは限りなく弱いが、世界中につながる気脈の結節点に置かれたモールという欲望の器を利用する事で無数に溜め込み、その蓄積した力で怪獣たちを呼び寄せたのだ

アキレスの楯を傷つけるためには人の精神を直接解放しなければならないが、それを無視すれば裏技も叶う

本意ではないが、これも必要な事だ。

 

「無数の怨念を束ねて呼び寄せる都合上、こんなのしか呼べないけれど……行け、暴虐王(タイラント)!」

 

 素材となる怪獣一つ一つの力の規模では比較にもならないほどに強大な大怪獣、始まりの合成怪獣でもある暴君タイラントを呼び起こした翠風はそれを無差別に解き放つ

他とは異なり怨念の具象でしかないタイラントは方向性を持たず、無軌道に暴れ回るしか出来ないのだ。

 


 

「S-1地区に巨大なエネルギー反応を確認!まもなく映像出ますっ!」

 

 霧島の叫びと共に映像が正面モニターへ

そこに映されたのはさまざまな怪獣たちの部位をつなぎ合わせたTYPE Khimaira

約90年前の初出から伝説的な能力をみせつけ、その後もたびたびに出現する強豪怪獣の姿。

 

「……こいつぁ……」

「タイラントだと!」

 

 故に、防衛隊の中でも極めて高い知名度を持ち、これに対処するための戦法も練られている

ベムスターの腹部『吸引アトラクタースパウト』に対処するためには80考案の伝統戦法であるオペレーション・ヤマトが

バラバの両腕に対抗するためには超硬繊維ワイヤーを用いた拘束戦法が、目立った各部位に対応する装備や戦術が用意されているのだ。

 

「クルセイダーズは急行して足止めに掛かれ、できる限り奴を市街地から引き離すんだ!

怪獣警報発令、周囲20キロメートルから全住民を避難させろ!」

「政府に非常事態宣言を要請しました!」

 

〈室長こちらも怪獣を確認した、奴を叩くには現状の装備では戦力不足だ、HEET弾と専用砲身に換装を行うため、十八式の出撃には時間が掛かる〉

「了解した……聞こえたな、各員間を持たせて見せろ!総員出撃!余力を残せる相手ではない、心して掛かれ!」

 

《了解!》

 

雄介はストライダーに1人乗りし、

駒門と弘原海、丈治と竜弥、比良泉と徹の2人乗りで出撃する

もちろん1人でも動かすことはできるが、そもそも複座式であるクルセイダーは単独より複数で乗る方が戦闘力は上がるのだ

レスポンスの問題はあれど頭数を揃えるより戦力の質を重視しなければならない現状ではバラけることはできない。

 

「クルセイダーズ出撃!」

 

 弘原海の号令の下、一斉に全機出撃して編隊を組む、陣形は楔形陣だ。

 


 

「さて、こちらも対応するぞ、緊急事態宣言は出したな?」

「はい」

 

「では支部長権限により第Ⅲ及び第Ⅳ分類武装使用を解禁する、霧島くんにシルバーシャークを使わせたまえ」

 

 朽木支部長も秘書の川中に指示を飛ばし、アステロイドバスター及びディザスター級を解禁する

流石に場所が遠く、運用上の問題でセブンガーは戦力たり得ないが、銀嶺庭園を面展開してクルセイダーの到着まで時間を稼ぐのだ。

 

「メカニカに銀嶺庭園を起動させろ、部位1つだけでも奪うぞ」

「わかりました……作戦室、聞こえますか、こちらは支部長室より川中です、今第Ⅲ及び第Ⅳ分類武装が解禁されました、シルバーシャークで狙撃を行ってください」

 

〈わかりました、シルバーシャーク及びサテライトリフレクター起動します〉

 

 電話越しの霧島の声と共に窓の下から迫り上がってくるシルバーシャークが回転し、その砲口を晒した。

 

「……こちら支部長室より川中です、整備科(メカニカ)聞こえますか」

 

 やや鳴らした後で内線が繋がり、息を切らした若い女性の声が返ってくる。

 

〈はい!こちら整備科より葛木です!〉

 

 応えたのは葛木紗奈、新人整備士だ

おそらくたまたま近くにいたのだろう、急いで駆け寄って電話に出たような雰囲気だ。

 

「科長に伝えてください、作戦室と連携して銀嶺庭園によるタイラントの足止めを行います

直ちにエネルギー充填を開始してください」

 

〈了解しました、座標はどうしますか〉

「作戦室のレーダー盲従でお願いします〉

〈はい!伝えてきます!〉

 

 最後に一言を残して電話は切れる。

 

「……タイラントなら一応他支部にも警戒を呼びかけるべきでしょうか」

「いや、今は他支部もケルビム幼体の対策に忙しい、やめておけ」

「わかりました」



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エピソード28 モンスターレックス 2

 

「ストライダー現着、攻撃許可を要請します」

〈まだ待て、攻撃は全員揃ってからだ、それにミサイルみたいな大質量の兵器は銀嶺庭園に引っかかる〉

 

「了解、上空で旋回待機します」

 

 ストライダーの方が足が速いため、単身先に向かわされた雄介だが、攻撃は待たされる

ここで突撃して撃墜されながら変身を予定していた雄介としては肩透かしだが、防衛隊としては当然の判断だろう

しかし、旋回待機というのは流石に目立つ、原典とは違ってイカルス星人を合体してはいないため、アロー光線を撃ちはしないものの、それだけが遠距離攻撃の手段ではない

 

「ギシャァァァァッ!」

 

 吠え猛る暴君の腕から発射された鎌がエントロピー増大による速度減衰を継続的加速によって打ち破り、無理矢理に空へと伸びる。

 

「うぉっ!?」

 

 しかし雄介は未来予知じみた直感によって咄嗟にこれを回避し、そのまま減衰領域ギリギリまで接近する。

 

「ギィィキュェァァア!」

 

 金管楽器を擦るような独特な響きを持つ高音を鳴らしながらタイラントは攻撃を繰り返すが、本来の全身凶器としての性能を封じ込められた状態でのそれは身軽なストライダー相手に致命傷とするにはあまりに遅い

しかし、軽さ故に火力の低いストライダーの攻撃も重厚な装甲を有するタイラントには通じない

と、思われていた。

 

「ストライダーアウトフレームカスタム『革命者(レボルシオン)

改造機体なのはこっちも同じだ」

 

 流星を思わせる機動で攻撃を回避し、嘲笑うように続きを誘う

未だ攻撃許可が降りないために反撃こそ最低限だが、このまま続ければ間違いなく削られるのは向こうのほうだ。

 

〈クルセイダーズ現着!総員攻撃を許可する!一斉攻撃でできる限り削るぞ!〉

《了解!》

 

〈ピアッシングパルサー!〉

〈フェザーランダー〉

〈バリアブルパニッシャー!〉

「マウンテンスクレイパー」

 

 武装名をコールし、ロックを解除、発射ボタンに手を掛け、慎重に狙って発射する

翼下収束ビーム砲、小包型爆弾、質量投擲弾、そしてバルカン、4種類の武装がそれぞれ命中する。

 

「ギシュゥェァ!」

 

 だがやはり、超獣に由来する部位をも持つだけあってか通用していない、肩や首など単なるパーツにすぎない程度の認識しかないのだ。

 

「ギシャァァァァッ!」

 

 凄まじいオーラを放ったタイラントが爆炎を振り払い、エネルギー放射で銀嶺庭園のエネルギー減衰を領域全体を無理やり満たす事で中和する。

 

〈これは…パルス逆流!銀嶺庭園がダウンします!〉

「散開!絶対に喰らうな!」

 

 霧島の言葉と共に、支部長たちによる無形の拘束が振り解かれ、タイラントはその巨大な全身を突き進ませる。

 

「まずい……!」

 

 オーラのエネルギー放射は凄まじく、その余波がストライダーを激しく揺らしていた

クルセイダーとは違い、そもそもが速度特化型のストライダーは一度姿勢を崩すと脆いのだ。

 

〈いかん雄介!〉〈俺達でカバーを!〉

 

 安定を失ったストライダーが揺らぐなか、いち早くそれに気づいた弘原海と竜弥

近い場所にいた竜弥機が大きく動いてタイラントの気を逸らし、囮となって時間を稼ぐ。

 

「ギィォウァァアッ!」

 

 射出された鎌がクルセイダーに迫り、狙われた竜弥が身を躱すが、有線兵器はワイヤーそのものを利用することが出来る

射出状態のままで振り下ろされた腕に追従した鎌が地面に突き刺さり、その中間に張られたワイヤーが真上からクルセイダーを押しつぶそうとする。

 

「ぐっ!」

「ヤベッ!」

 

 その瞬間、突如として赤い奔流が空からワイヤーを貫き、そのまま消失させる

これまで沈黙を貫いていた霧島隊員が伏兵としてワイヤーを狙撃したのだ

全身に凄まじい強度を持つタイラントとは言え流石に射出兵装の、その打突部ですらないワイヤーにまではアステロイドバスター級のビーム兵装に耐え得る強度は無かったようだ。

 

〈反撃っ!〉「「了解ッ!」」

 

 丈治と竜弥のコンビネーションは全組み合わせの中でも最高峰、即座に意思疎通を終えた2人は退却ではなく突撃を選び、そのまま武装を起動する。

 

「徹甲爆弾」「行くぞ!」

 

 2人が積んできた爆弾は普遍的な一般爆弾ではなく、装甲の貫徹力に優れた徹甲型、それを急降下とともに顔面に叩きつける

合わせて駒門と弘原海も急加速し、左上からバルカンでの牽制と共にミサイルを叩き込む。

 

〈椎名君、カバーに入ってください!〉

「了解!」

 

 徹の呼びかけと共に雄介も突撃し、味方機の交錯のための一瞬を稼ぎだそうとする

しかし、相手は並大抵のそれではない。

 

「ギシャァァァァッ!」

 

 キングクラブの尾が独立した生物のようにうねり、クルセイダーを叩き落とそうとする

咄嗟に右へ翼を捩って回避した駒門だが、左側面から正面へずれ込んだことで、タイラントの中でも最も特殊な武器の使用を許すことになってしまう。

 

吸収能力(ドレイン)

 

 今、死神が大口を開けた。



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エピソード28 モンスターレックス 3

「きゃぁぁぁっ!」

「ぬぅぉぉっ!」

 

 空間ごと吸い上げるような吸引、その勢いは遥か昔のジェットビートルならば最高速でも逃れられないほどだ

クルセイダーの速度はジェットビートルやマックアローよりはよほど速いとはいえ、アトラクタースパウトの吸引速度に対抗するには機体の剛性が足りないのである

ぐちゃり、ぐちゃりと音を立てるように開かれた五角形の口が内部の肉質を見せびらかしながらクルセイダーを喰らわんと迫る、否、吸い上げる。

 

「キュゥウェァァァア!」

 

「隊長!」(雄介!)

 

 ザインの呼びかけと共にマイクを切った雄介はザイナスキーを握りしめ、その光を解き放つ。

 

「ザイン・イグニッション!」

 

 叫びと共に輝くシルエットが人のそれを外れ、大いなる光の戦士へと変わる

地響きを鳴らしながら着地したザインはひとまずタイラントの横面から打撃を加えて腹腔を閉じさせようとする。

 

「デェヤアッ!」

 

 拳の一撃は確かにクリーンヒットした、しかし、怨念のもたらす凄まじいフィジカルによってタイラントはダメージを無視して吸引を続行している

アトラクタースパウトの空間自体を自己を中央に収束するという特殊な構造からしてクルセイダーの自力脱出は望めないため、なんとか救出するかあるいはタイラントの吸引そのものを止めるかなのだが、後者は荷が重いようだ。

 

「クライム教官のようにパワーがあれば……!」

 

 技の重みで言えばカタログスペックに大差はない、無いはずなのだが、やはり経験によるものか、そこには確かに格の差が存在している

雄介と一体となったザインの拳よりも、彼の拳の方が遥かに鋭く強い

今ここにいるのが自分ではなくクライムならば、タイラントの体幹を崩せずに難儀しているなどということはなかったはずだ。

 

「だなんて、言ってられねぇよなぁ!」

(まさしくだ、気合いを入れろ!)

 

 拳を握り直して全身の力を一点に注ぐ、光が拳に収束し全力の右拳で敵の胴を打ち貫く

そのイメージを明確に作り出した2人の心が現実を塗り替えて、理想のあるべき姿へと変える。

 

ライトニングナックル

VS

デスファイヤー

 

 雷の力に依らない光の拳が数千度の炎を貫通し、そのままタイラントの胴を押し除けて殴り飛ばす

爆発と共に燐光の残滓が煌めき、風に溶けて去っていく

完全に決まった一撃だが、タイラントとてパンチ一発で沈むなら暴君など呼ばれてはいない

殴り飛ばされてアトラクタースパウトの次元収束は中断されたが、それは割り切って直接叩く方向にシフトしたのか、不時着したクルセイダーに目もくれずに猛進してくる。

 

「キャシャァッ!」

「デェアッ!」

 

 ワイヤーを切られて欠損した鎌、それを落としたメガネのようにひょいと元の位置に掛け直して調子を確かめもせずに振り回してくる、なるほど、元が射出兵装ならば固定具となる機能も備わっているはずだ

一方ザインも頭についたスラッガーを抜き、念力とスペシウムエネルギーを込めて対応する

切断武装同士での戦いならばより強度の高い方が有利だが、スペシウムによって擬似的に刃を形成しているスラッガーはエネルギー尽きぬ限り作り直すことが可能だ。

 

「押し切るぞ!」〈おう!)

 

 剛力のタイラント相手にも鉄腕のパワーを生かして対抗するが、片腕の対処に躍起になっていれば全身凶器たる合体怪獣の能力が火を吹いてきた

キングクラブの尾がうねり、頭越しにザインに直撃する。

 

「デュァァッ!」

 

 足元の高架路線を盛大に踏み崩しながら倒れるザイン、しかし不幸中の幸いでもあるが、距離が離れたことで誤射のリスクを無視して遠慮なく攻撃できるようになった。

 

〈総員一斉射撃!〉

 

《了解!》

 

 ようやく到着した十八式のチタン芯徹甲砲弾の斉射とクルセイダーズ全機のミサイル一斉射撃

流石にこの一斉爆発は衝撃を殺せなかったのか、タイラントが姿勢を崩して大きく後退る。

 

「デェアッ!」

 

 雄介(ザイン)も気合いを込めて全力の念力で空中回転させて頭からタイラントを突き落とし、そのまま頭が地面に埋もれるほどにめり込ませて固定する。

 

(雄介、エネルギー消耗は激しい、ザイナスフィアは撃つな!)

「……くっ!」

 

 トドメにザイナスフィアを使うつもりだった雄介は一瞬手が止まるが、すぐに再び動き出し、無理やり地面から頭を抜いて復帰を試みるタイラントに拳を叩き込む

エネルギー消費の少ないスペシウムソードによる切断を試みるため、スラッガーにエネルギーを込めて。

 

「ギシャァァァァッ!」

 

 しかし、再び紫のオーラが全身から放たれ、至近距離にいたザインを吹き飛ばす。

 

「デュェアッ!」

 

 その背後から現れた光がザインを受け止めた。

 

(待たせたな、ザイン)

(ゼファー先輩!)

 

 度重なるダメージとエネルギー消耗で点滅していたカラータイマーを見たゼファーは自らのエネルギーを分け与えてその点滅状態を回復させ

2人の戦士が頷きあう。

 

「ジャッ!」「デュアッ!」

 

 構えをとった2人の突撃に対し、タイラントも姿勢を取り戻して反撃に出る

全身のオーラは著しく目減りしているがなおも健在であり、各武装も使用不能というわけでは無い

戦力としての己に些かたりとも不足はないと判断したのか、歴戦の勇士相手にも果敢に立ち向かう。

 

「ギュィァァァアッ!」

 

 絶叫を上げたタイラントの胴を突き、肩を殴り、腕の鉄球を削るゼファー

背面に回って蹴り付け、回転と同時にスラッガーで薙ぐザイン

多様な武装や怪獣の部位を合体しても、あくまで頭は一つであるタイラントに対して連携戦法によってお互いのマークを外しあう攻撃を繰り出す2人

やがて弱り切ったタイラントに向けて、必殺の一撃が放たれる。

 

スペシウムソード

×

ゼファードスライサー

 

「「デェァァァッ!」」

 

 2人の剣がX字状に交差し、暴君を切り裂いた



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エピソード29 栄光なき勝利 1

「2人目のウルトラマン、インスタントじゃないサブトラだったのか……」

 

 影のなかから声が湧く、邪神クトゥルフの狂信者たる眷属の一つ、影の輩達だ。

 

「早急に量産体制を整えねばならない」

 

「だがいかに量産する、数を揃えても所詮アリゲラでは例の人形すら対抗できん」

「ならば種を変えるまで、ちょうど良い素材が落ちたところだ」

「拾えるか」「可能だ」

「しかし隠密性に劣る我々の影では発見のリスクがある」

「私が行こう、市民を使えば容易いはずだ」

 

 同じ声同士の話は打ち切られ、影の一つが群れから抜け出て行き、崩落したビルや高架の下からその影を広げていく

まずは容易く広げられる範囲の、拾いやすい破片を回収する

おそらくハンザギランを由来とするであろう棘、バラバのワイヤーの切れ端、レッドキングと思われる蛇腹革、様々な素材を回収して残る大きな破片は人を利用して回収するため、BURKの処理班到着までは影に潜み待つ姿勢を取る。

 

 体長50m級の大怪獣……だけに限らず、怪獣の死体というものは粉々にしようと焼き尽くそうとどうあっても影響を残す

ことに植物型などは残骸の炭化片から再生して埋め立て場から発芽、なんて可能性すらある

そのため古くから怪獣の死骸や生成物は可能な限りに回収して封印・破却処理を行うのだが、そのための回収人員に乗っ取りを仕掛け、その身分を利用して残骸を回収するつもりなのだ。

 

「あ〜〜……んっしょと!……めんどくさぁ……」

 

 キャリーを引きながら哀れな隠キャ少女が通りがかったその瞬間、彼女の影へと入り込む。

 

「お゛っ!ん゛ん゛ん゛っっほぉ゛っっおっ……おっ……おっほぉ!」

 

 突如として体内に異物が挿入されて内臓を攪拌されながら脳味噌を弄くり回されるのは堪えたのか、物凄い音が上がる、もちろんそんな事があれば周囲の人が集まるのだが、速やかに乗っ取りを完了させた少女のガワを被った狂信者は素早く誤魔化し始める。

 

「大丈夫かー!?」「なんかあった?」

「わかりませーん!」

 

 さも今現在到着したかのばかりのように見せかけてキョロキョロと周囲を見まわしながら問いに答える狂信者。

 

「すぐそばでなんかすごい声が聞こえたんですけど、何があったんでしょう?」

「……さぁ?怪獣の死に損ないってわけでも無さそうだが……?」

 

 周囲との距離があったことに加えて明らかに常ならぬ声音であった先ほどの叫びと少女の声は繋がりを感じさせなかったのか、周囲は怪獣の死体片の回収を再開する

少女もその流れに乗って同じようにパーツを回収し始めるのだった。

 


 

「体が……」

 

 激しい疲労が運動を阻害するなか、煙王教授の講義を受ける雄介

そもそもウルトラマンへの変身という行為は肉体自体を粉々に分解して作り直すにも等しいため、多大な負担が全身に掛かる

パートナーが肉体に特殊な事情を抱えたザインである雄介はさらに5割増しの負担を受けることになり、早々に限界寸前に至っていた

頻繁に休養を取ってはいても、肉体の限界というものは融通が利くわけではない。

 

「雄介」「ん?」

 

 隣にいた明に話しかけられた時に、即座に反応できたのも奇跡と言っていいだろう。

 

「眠い?」

「……正直に言えば」

 

 教授が教授なだけあってマシだが、これが小森教授のような声の小さく抑揚のないタイプの人だと本当に寝てしまいそうなくらいな眠気に襲われているのだ。

 

「次コマは講義ないでしょ、食堂行って寝よ?」

「……そうする」

 

 2つ後のコマには別の講義が入っているため移動の必要があるのだが、そこまで意識が保つか怪しい雄介は安全を鑑みて大人しく眠る選択を取る。

 

「素直でよろしい」

 


 

 

「……もう、小鳥の次は明ちゃんも?ゆーくんの浮気性」

 

 タイラントを失ったばかりの翠風であるが、そのリアクションはいつものそれと変わらない能天気なそれ

所詮本腰といったところで本人が努力をするわけではなく、ただ単に触媒として力を貸すだけである彼女の仕事は楽なものだ

とはいえ闇というものはそう簡単に見つかるわけでもない、彼女からすればこの前のモールはまさに奇跡的な代物だったのだ。

 

「まぁ……今はこっちもお探し中だし、許してあげる」

 

 ため息を一つ残して翠風は姿を消した。

 



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エピソード29 栄光なき勝利 2

「真理姉まってよ!」「♪〜〜」

 

 

 中学生ほどの姉妹2人が道路を駆ける、白線を踏み越えてコンクリートブロックに乗り、電柱を躱して駆け抜ける

真理と呼ばれた逃げ側は素早く歩道を飛び回り、自転車や他の歩行者をひらりひらりと躱して駆け抜けているが、追いかける側はそうもいかずに度々足を止めてしまっている。

 

「もぅ待ってよぉ!」

 

 突風に靡く三つ編みに押されたメガネがずり上がり、そのまま飛ばされそうになった彼女は咄嗟に眼鏡を押さえていたがために、その瞬間を見ずに済んだのかもしれない。

 

 姉の方はちょうど信号のある横断歩道へと足を踏み入れたその時に風が吹き、僅かに体勢を崩してからすぐに取り戻す

その一瞬の間、ミディアムヘアが風にさらわれて広がり、左側の視界を塞いでしまっていた

人間の反応速度からすれば、塞がれていなくても変わらなかった

ただ、気づくのが遅くなるだけ

信号無視の乗用車が通りがかったその事実は変わらない。

 

 ドン、と軽く、大きな音が鳴った。

 

「危ないよ」

 

 次の瞬間、少女の目に飛び込んできたのは乗用車のボンネットが蹴り潰されて止められる、あまりにも現実性のない状況だった。

 

「……え?」

「ほらお姉ちゃん返してあげる」

 

 すらりと伸びた脚の持ち主の声は涼やかで、まるでなんということもない一コマであるかのように軽い

だからこそ、理解できない。

 

「きゃん!」

「ふぎゅっ!」

 

 体ごと押し除けるように突き出された姉を真正面から受け止める羽目になった妹はそのまま転びかけて、寸出の所で踏みとどまる。

 

「次はないからねー」

 

 呑気な黒い女性の言葉に気を取り直した姉妹がひしゃげた車を見やると、ちょうどそこからでっぷりと太った男が降りてくる。

 

「おいテメェ俺の車に!」

「黙れよ」

 

 気迫と共に翠風が短い一言と共に地球人の限界をはるか上回る力で一息に車を蹴り潰し、悲鳴をあげて逃げようとする太った男をその足元から湧いた影の糸が縛り付ける。

 

「ひっ!ひぃぃい!た、たすけてくれぇ」

「……お前の恐怖は使ってやる」

 

 意味不明な雑音を撒き散らす男に心底まで嫌悪感に満ちた表情を浮かべながらその能力によるシンクロを施し、即座に気絶した男の精神力の弱さを笑いながら影に沈める。

 

「こっから離れなよ、せっかく助かったお姉ちゃんなんだから」

 

 姉妹を突き放した翠風の頭上には天を衝く紺色の光柱、恐怖に濁ったその色が呼ばれる怪獣の特徴だ。

 

「……滅びの片割れ、コダラー」

 

 かつて姿を現し、古代の戦士によって海の底に追放されし滅びの巨神、海魔神コダラー、天の果てに追放されし天魔神シラリーと対になる邪神の一柱

仮にも神たるそれをこのような浅ましく醜い輩が喚び出した事に感慨を沸かせながら翠風は告げる。

 

「2人とももう助からないかもね」

 


 

「怪獣警報発令……タイプアンノウン!」

 

 出現地点がオーストラリアという遠方だったのもあり、認知の進んでいないコダラー、それを即座にタイプエビルに分類することはできなかったのか、まずは識別不明とするBURKの公式発表が市街地中に流れる。

 

「……あれは……!」

 

 非公式情報ファイル、禁忌書庫(ドキュメントオブフォビドゥン)に残されしその姿

あらゆる生物の潜在意識に恐怖を喚起する滅びの具現を目の当たりにした時、霧島裕一は悟った

あれは“神”だと。

 

「即時対応を取る、クルセイダーズ総員出撃!」

〈キャバリアーズ総員出撃!〉

 

 それを見た時、2人の隊長は拳を握った

かつて何の抵抗も出来ずにただ駆け回り、ただ叫ぶ無様を晒した己への怒りに

滅びの具現、神たるそれはかつての狂気の邪神クトゥルフのその形態を思い起こさせる醜悪な姿だった。

 

〈この件は俺が直接管轄する、指令権限は日本支部総括として執行させてもらう、九重・弘原海両隊長は各部隊にて陣頭指揮を取れ!

オペレーターとして霧島と槙島、それぞれの情報整理と作戦監督を」

 

 その声と共に作戦室に駆け込んでくる朽木支部長と秘書の秋さん。

 

「レーダーと救護の管制については私が行います、皆さんは戦闘に集中してください!」

 

「はい!お願いします!」

〈手をお借りします、先輩!〉

 

 元オペレーターであった秋からすれば槙島は後輩に当たるのだが、あくまで秘書として勤めている彼女からすればその呼び方はもうやめて欲しいものであるのだが、今だけは仕方ないと諦める。

 

「まずは周囲の非常勤を呼び集めろ、避難誘導を開始する!」

 

 ハリのある声に仕切られて支部長の直接指揮が始まった。



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エピソード29 栄光なき勝利 3

「日本に邪神型出現ですか、なるほど、かつてのクトゥルフを思い出す

しかし今度は我々も案山子ではない……否、案山子にされてはいない

レオに海越えは酷ですが、ここは頑張ってもらいましょう」

 

 フランス支部のアメリエラ支部長が日本への支援派兵を宣言し、自らの袖内に隠された鍵で机の錠を開き、その中に隠されたレバーを引いてエクスカリバー・レオが解禁される。

 

 

 

「邪神というなら我々も黙ってみているわけにはいきません、度重なる恩を返す時が来ました、さぁ皆さん、力を貸してください

我々ロシア支部は助けて貰ってばかりの腑抜けた恩知らず共ではないということを見せつけてやりましょう!」

 

 ロシア支部長ユーリャが首から掛けた短剣型アクセサリーを書類机の上の小さなコンソールに突き立て、遥か天上に配されしロシアのエクスカリバー・サジタリアスが起動する。

 

 

 

「……海魔神コダラー、かつてオーストラリアに現れたというかの邪神であるか!」

 

 支部長としてドキュメントオブフォビドゥンの秘匿情報に対する閲覧権限を有するローマ支部長ルクレティウスは唸る

コダラーは海に自身の肉体から削り出した古代藻を繁殖させて酸素を奪い、硫化水素によって生きる嫌気性生物以外の全ての生物を駆逐した実績がある、古代藻がコダラーの力によって維持されているような眷属であれば良いが、もしそれが物質として残り、あまつさえ繁殖などしてしまえば世界の海はたちまちのうちに生物達の姿を消してしまうのだ。

 

「滅ぼさねばならない、文字通りに一片残さずだ……致し方あるまい」

 

 核の発射ボタンの如く厳重に保護されたそのボタン、ローマ支部の最終兵器(エクスカリバー)を稼働させるためのボタンを前にして、彼は躊躇う

ローマ支部のエクスカリバーは他のエクスカリバーとはルーツを異にするものであり、性質もまるで異なる

そのため迂闊に起動すれば自らの心臓に自らナイフを突き立てる事になりかねないのだ。

 

「……事態が致命的になるその時まで、これを使うわけにはいかない……」

 


 

(チェン)、日本から電話ってのは?」

「はい、邪神降臨だそうです」「逃げんぞ宇宙まで」

 

 中国支部はこの日、予定していた衛生の打ち上げを急遽早めて(対外的には人工衛星の乗った無人)ロケットを打ち上げた。

 


 

 

「見つけた!アレが日本に来たっていう邪神ね!チームスティンガー、総員攻撃開始よ!」

 

「「「ラジャー!」」」

 

 アメリカから飛んできた惑星探査及び異星環境用戦闘機BURKスコーピオン、わざわざスペックの劣るスコーピオンで出撃してきた理由はコダラーの能力にある

コダラーの肉体から生成される古代藻は周辺の酸素を食い尽くす、それは陸上に繁茂した場合極端な酸素濃度低下を引き起こしてしまう可能性がある、大気圏内に於いて普通のエンジンは外気を吸収して燃料を噴霧・爆発することで加速するが、大気成分に酸素が無ければ爆発を起こすことができない、それでは戦えないどころかまず飛ぶことさえ出来ない、故に通常の戦闘機に於いて想定される大気環境と異なる環境になっても通常通りの稼働を行うことができる異星環境用の機体であるスコーピオンで戦いに来たのだ。

 

「見てなさいよね!神だの何だのって上から目線してる奴らなんて木っ端微塵に吹っ飛ばしてやるんだから!」

 

「言ってるうちに来たぞ!」「散開!」

 

 邪神の権能によって湧き上がる海の赤い海面から現れた異形の魚型怪獣をいなして反撃、眷属はそこまで強いわけではないのか即死して活動停止するが、こいつらは無限に湧いてくる眷属にすぎない。

 

「新種の怪獣まで出てくるのか、厄介だな」

「無尽蔵に出てくる眷属ってんなら雑魚掃除は程々にしないとな」

 

 諦めの色の濃いメンバーだが、それで戦意が途絶えるほど甘くはない

眷属全てを殲滅することはできなくても、無限に湧くそれを一体一体処理していくことには意味があるのだから。

 


 

「……総員防護装備着用せよ、これより戦闘区域に突入する!」

「了解!」

 

 陸戦隊は主戦場が至近距離であるため、一応防護装備を着用して急行する

江渡隊員もそれは同じだ。

 

「今作戦は使用弾に制限はない、できる限りに争い続けろ!」

「了解!」

 

 戦闘区域に突入するや否やメテオール兵装の起動許可が支部長から降り、各々の車輌に搭載された特殊兵装・機能が起動する

ペダニウムランチャーを基礎とするビーム砲もその一つだ。

 

「……総員攻撃開始!」

 

 陸戦の華たる戦車隊が列に並び、その巨砲に砲火を咲かせる

人類の生存を賭けた戦端が今開かれた。

 

 


 

 

 雄介は総員出撃の際、もちろん本人にも知らされていないが、あえて別の機体に乗せることで自然に離脱して変身できるように配慮されている

そのための自律不時着機能さえ備えている革命者(レボルシオン)は軽快に飛翔し、真っ先に戦闘区域に突入していく。

 

(雄介、奴は邪神コダラー、かつてウルトラマングレートが戦った強敵だ

なんと必殺技のバーニングプラズマをバリアもなしに打ち返して反撃してきたという!)

(反射能力じゃなく物理的に押し返したのか!?なんてフィジカルだよ!)

 

(慎重に戦うべきだ、気をつけろ!)

 

〈総員、メテオール兵装発動承認!〉

 

 その警告と同時に届いた支部長の声、人類史にあらざる異文明由来の超技術・メテオールが解禁される

全員が戦闘領域に突入すると同時に各機はそれぞれメテオール・イナーシャルウィングを展開して超機動を開始するのだった。

 

「ファントムアビエイション・スタート!」



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エピソード29 栄光なき勝利 4

 ファントムアビエイション、直訳すれば幽霊飛行、それは地球外由来超高度技術メテオールによる慣性・重力制御で行われる既存の航空力学に喧嘩を売った超機動。

 

「うぉおおお!」

 

 人外の飛翔を授け、その代償に極めて高度な空間認識能力と瞬間的な判断力を要求するあまりに玄人向けの機能、それこそメテオール・イナーシャルウィングによる超機動ファントムアビエイションである。

 

「ガァァアアッ!」

 

 邪神の戦哮による大気の揺らぎすら乗りこなし、そのまま突き進んで攻撃を開始、わずかな時間のみ許される超機動によってできる限りに肉薄してミサイルを叩き込む

邪神の固有領域が展開された以上、光を束ねるビーム砲は減衰して大した成果にならないのだ。

 

〈よし!行けっ!〉

〈食らえぇぇっ!〉

 

 比良泉と駒門の2人の駆るクルセイダー2.3がそれぞれの収束ビーム砲とガトリングを発射する、やはり火花をあげる程度に過ぎないビームと、それに対して肉を抉るガトリング

 

「グギャァァァァアッ!」

 

 邪神の咆哮に海が唸り、水位が上がると同時に赤く染まった血色の海水が触手のように持ち上がる

水の触手のそれぞれが複雑に畝り、その質量を持ってクルセイダーを捉えようとする

本質は(レーザー)である以上、シルバーシャークも流石に大量の水をまとめて蒸発するほどの威力は発揮できないだろう。

 

「デヤァァッ!」

 

 故に、変身する

ウルトラマンの肉体によって膨大な水を受け止め、同時に念力ではじき返すのだ。

 

 

 その判断と共に即座にレボルシオンを乗り捨てた雄介はザインと肉体を置換して、そのまま海水の触手を止めて反撃に出る

邪神に支配された領域の環境はそれそのものが怪獣級の脅威になり得るが、現実を書き換える固有領域といえば念力も同じ事

強力なウルトラマンは必殺技や強化態の発揮などに伴う膨大なエネルギー放出を二次的に利用して固有領域を展開する事もできるのだ

ウルトラマンゼロのシャイニングフィールドやネクサスのメタフィールド、父のウルティメイトゾーンがそれに当たる

雄介(ザイン)はそこまでのエネルギー量を持たないにせよ、相手の領域の支配率を削ぐ程度なら実現可能な実力はある。

 

ウルトラ念力

VS

海魔神殿(オースデモニウム)

 

 

「グキャオァァァアア!」

「デッ……ダァァアッ!」

 

 百を超える触手群達に対抗こそすれど相殺までに至らず、咆哮を正面から受けてダウンするザイン

しかし、そこに太陽が現れる。

 

〈特殊照明弾投下!〉

 

 弘原海の機体に積まれていた6発の特殊照明弾、マグネシウム粒粉と高濃度酸素の混焼による白炎が放つ凄まじい光がわずかに闇を焼き払う

人類の掲げる勇気の灯火が戦士の助けとなり、邪神の眷属どもを薙ぎ払ったのだ。

 


 

「止むを得んケースだ……使うべきか……?」

 

 一方、防衛基地では支部長が1人思案をめぐらせていた、エクスカリバー級ゾディアックウェポン、エクスカリバー・カプリコーン

日本支部の有する最初のエクスカリバー

最終兵器(エクスカリバー)級という括りを制定するきっかけとなった始まりの聖剣、ビーム砲・高次元バリア・巨大マシン・戦艦・光通信装置・超高速輸送機などさまざまな種類の兵器達に対してあまりに無骨かつ無茶苦茶なそれ

怪獣の能力の再現を期待して製造されたウルトラマン用巨大兵装にして純粋物理刀剣、その名を『エクスカリバー』である。

 

 固有領域によるビーム減衰・無茶苦茶な再生による超耐久能力・巨大すぎる出力による妨害の突破・圧倒的なパワー

邪神の揃える能力に対抗できる最終兵器として、まさにそれは相応しい。

 

「……うむ」

 

 対外的には気象観測用人工衛星『つるぎ七号』、その内部に格納された聖剣を解放するための鍵、それは竜胆支部長自身の左目

正確にはその眼窩に収まる義眼に内蔵されたICチップである

支部長は迷いなく自らの左目を引きぬき、そのままコンソールの上部パネルへとそれを読み込ませる。

 

「最終兵器級ゾディアックウェポン、エクスカリバー・カプリコーン、投下」

 

音声認証と共に11種それぞれに異なる鍵とそれを受ける錠、その中で最も秘匿性の高い義眼のチップが認証され、遥か彼方の星が天より堕とされた。

 


 

「デュァァッ!」

 

 拳を構えて突撃するザインと、それをフィジカルの差で受け流し続けるコダラー

粘性を帯びた表皮は鰻のように打撃を滑らせ、正確な打撃を無為にする

しかしザインもそこで諦めることはなく、スラッガーを抜いて光剣による斬撃を仕掛けた。

 

「デュアッ!」

 

 

 

 一方身分を完全に秘匿しているために変身に手間が掛かる江渡(ゼファー)は自分と同情している街岡隊員を如何に撒くかを考えていた

戦車はその複雑な操縦系統から基本的に複数人で動かす物であるため、雄介のように1人では出撃できない、そのため同乗者を如何にして撒くかという問題はどうしてもついて回ってしまうのだ。

 

(せめて被弾でなくても衝撃か何か受けてくれんものか……!)

 

 一瞬失礼なことを考えてしまうが、そんな事はおくびにも出さずに操車を見守りながら機銃で反撃しに行く江渡

その奮戦を背にして怪魚や触手による攻撃を次々に交わしていく街岡の手腕はますます冴え渡るのだった。



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エピソード29 栄光なき勝利 5

「ガァァアアッ!」

 

 一度は閃光に退けられた邪神領域が再びの戦哮に湧き上がり、空が闇に覆われる

血色の雨雲が空を満たし、空と海が一つに繋がる。

 

「ジュァッ!」

 

 鋼鉄の拳と光の剣、共に必殺のそれを振るいながらも、徐々にザインは追い込まれていく

力を消耗し、ダメージを負い

なおも立ち上がって再び輝く剣を振るう

戦いの中でコダラーの動きを学習し、その能力を理解してゆく

しかし、ウルトラマンに対しては絶対的な不利要素である時間が迫り、邪神領域による光の減衰がそれに拍車をかける。

 

「グッ!……ダァッ!」

 

 触手が、怪魚が、ザインを捕え

そこにコダラーの拳が叩き込まれる。

 

「グァァァアッ!」

 

 ビルを潰しながら倒れ込み、そのまま身体の光子結束が維持できなくなって粒子崩壊する寸前の状態にまで追い込まれながら、ザインはなおも立ち上がる

いまここで倒れるわけにはいかないのだ。

 

 もはや光の剣さえ維持できないほどの状態になり、白熱しない銀色のスラッガーを握り

襲いかかってくる触手を斬りつけるザイン、しかし一歩進む度にスペシウム光の残滓が体から溢れ落ち、金のエネルギーが無為に散っていく

もはや動くことさえままならないのだ。

 

 

 

〈全員に通達!ローマ支部のエクスカリバー・ヴァルゴが起動する!総員撤退しろ!〉

 

 駒門・弘原海の機体から支部長の声が聞こえる、拡声器による広域宣言だ。

 

〈ウルトラマン!一度下がるわよ!〉

 

 背後にまわっていたスコーピオンから電磁ワイヤーが投下され、それによって引きずられる形で後方へそのまま移動していくザイン

その直後、天から降り注いだ一条の光芒がコダラーの胴を撃ち抜く

エクスカリバー・サジタリアスの一撃が闇によって作られた邪神領域すらも貫き穿ったのだ

そして天の彼方から陽光が降り注ぐ。

 

「……ジャッ!」

 

 ウルトラ念力がわずかに光を収束させ、巨大な領域のなかのごくわずかな場所に注ぐ陽光を手繰り寄せる

光とは決してなくなる物ではない、ただ見えず、届かなくなる物なのだ

この空を覆う暗雲もまた、光を拡散させ、通さぬようにしているに過ぎない

ならば、ごくわずかな場所にのみ穴が空いた時、光はどうなるか

そう、その穴に皆降り注ぐのだ。

 

「デァァッ!」

 

 膨大な領域全てに注ぐ陽光を一身に受けて、強引に力を取り戻したザインは再びスラッガーに光を宿す

電磁ワイヤーをすり抜けたザインはそのまま突撃して、コダラーを抑え込み

そして周囲に光の壁が顕現する

ローマ支部のエクスカリバー、黄道の第六宮、処女宮(ヴァルゴ)

高次元絶対防御壁イージス、アテナの盾の名を冠する防御領域が邪神のそれを遮断し、同時にあらゆる干渉を無に帰した。

 

 (「命を賭けろ、雄介(ザイン)!」)

 

 2人ともに精神を統一し、一つの構えを取る

今までの左腕を軸に据えて防御、右腕を砲にして攻撃に使う基礎の構えではなく、むしろその逆

この技には左腕に、いや左半身に存在するある機能こそ必要なのだ

それは自己修復機能、ウルトラマンとして半端者であるザインがウルトラマンとして成立するために必要としたそれは機械化された半身に搭載されたスペシウムスタピライザーと共に存在する安全装置

電気という不安定極まるエネルギーの性質に振り回されて常に自壊していく肉体を引き留め、内向きの念力によって結束するその状態を維持するために機能する装置だが、一時的に念力と装置の二重結束を解除して全エネルギーを外界へ解放し、自己修復機能を全開にすることによって自身を修復する自爆技。

 

「燃やせ、全てを!」

 

 

「エレクトロ・ダイナマイト!)

 

 

 光の壁に包まれた領域の全てを消滅させるほどの一撃、50メートル級巨大生物の肉体全てを構成する物質の完全変換により、質量の100%の光子放射が放たれる

一握の砂よりもわずかな質量の転換であっても一都市を消し飛ばし得るそれを超人のスケールで行えば、惑星単位での破壊が吹き荒れる

だが、この邪神領域は光を減衰する領域、そしてその外縁に張られたバリアは上位6次元までの干渉を完全遮断する高次元バリア

一瞬で消し飛ばせば、バリアが崩壊するまでにエネルギー放射は終了する。

 

「デヤァァァァァッ!」

 

 爆散する、全身全てが、そして修復される、自己修復装置ウルトラリストレイターによる復活だ

街一つを自ら焼き尽くし、戦士は神殺しの代償を支払った。



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エピソード30 空にて 1

「ギシャァァァッ!」

 

「ちぃっ!」

 

 宇宙にて、赤い光が流星群のように過ぎ去っていく

それら全てがこのシャトルを狙った攻撃の流れ弾。

 

「……私死ぬんですねぇ……」

「うるさいぞ!死にたくなければ静かにしろ!」

 

 ロケットの外装などとうに吹き飛ばし、内部に隠されていたフライトユニットが露呈している

そのブースターによる推力の水増しがなければとっくに落とされていただろうことは明白だが、コアユニットとフライトユニットだけでは戦闘もクソもないため、ほとんど無防備に宇宙に放り出されてしまったともいえる。

 

「リブラ本体はまだか!スペーシーは!」

「ドッキング前に足止めたら落とされます!それに接近しすぎです、ワイバーンの火力に巻き込まれちゃいますよぉ!」

 

「戦娘なんだろお前なんとかしろよって!」

「いくら徒手空拳がつよくても怪獣レベルじゃどうにもなりませんよっ!」

 

 (チェン)龍華(ロンファ)BURK中国支部隊員兼支部長護衛兼秘書兼愛人、見た目は12歳ごろの少女に見えても20を既に過ぎている

特殊部隊養成施設出身の戦士であり美人秘書でもあるのだが、流石に怪獣相手にどうこうというのは畑違いが過ぎる

邪神相手ならば尚更にだ。

 

 そう、今目の前にしているのは天魔神シラリー、海魔神コダラーと対を成す空の果てに追放されし邪神である

コダラーが地球に呼び出されたことで封印が解けて覚醒したシラリーは、手始めに地球から出てきたばかりの矮小な人工物を叩き落とそうとしているのだ。

 

「デュアッ!」

 

 しかし、赤い閃光がそれを遮る、トラベルスフィアによる体当たりが光条の幾つかを叩き落とし、そのままシャトルを確保した彼はトラベルスフィアを解除して姿を現した。

 

「ジャッ!」

 

 銀主体に紺のラインが入るマッシブなボディ、ザイン達よりも遥かに筋量の多いその肉体の持ち主は我らが師たるウルトラマンクライムだ

宇宙の無重力空間にも関わらず、まるで地に足を突き立てるかのように体を固定し、構えをとったクライムはシャトルの安全を確保しながらシラリーへと飛び掛かる

超高速移動という程ではないが、到底目で追うことはできない動きだ。

 

「キャァァァアッ!」

「デェァァァッ!」

 

 天の魔神であるシラリーを相手に宇宙戦を挑んだクライムはしかし相手の土俵でも有利に立ち回ってみせる

シラリーの展開する固有領域、天魔神殿(デスペリウム)は光を奪えどクライムの意志によって展開される力場を侵食できず、相殺され

時間制限のない宇宙戦では光の減衰など意味はない。

 

「格闘戦は不利なんじゃないのかオイ!」

「……いえ、見たところ大して差は無いみたいですよ、邪神相手では光線技擦りにも意味はありませんし……ほら、お互いに殴り合いが成立しています」

 

 シャトルの中では劉支部長と燈の言葉が続いていた。

 

「今のうちに行きますよ、リブラ本体はすぐそこなんですから」

 


 

(ザイン……いかん、その技は!)

 

 かくなる上は無理やり街岡隊員を気絶させてでも変身する覚悟を固めたゼファーだったが、戦闘が終了した直後の衝撃波が大きく車体を揺らしたことで計画を変更して自ら車外に放り出される事で行方不明となり、しかるのちに肉体をウルトラマンのそれへと置き換える。

 

「デュアッ!」

 

 バリアの内側にあった全ては消し飛び、コダラーごと自爆したザインは光となって一度散ったあと、無理やりに自己修復で復活する

本来ならばタロウのウルトラ心臓のような再生器官によって行われるべき復活プロセスだが、彼の場合は修復装置による外部からの修復であるため、反動は大きい。

 

「……ッ!」

 

 復活直後にまた倒れ込んだザインを抱えて宇宙へと飛び立ちながら彼を自らのインナースペースに収容し、一時的に合体状態になって輸送する

生命維持においては鉄板の手法であるのだが、今は戦力増強の意味合いもある

宇宙では今、教官が戦っているのだから。

 

(あれは……!?)

 

 変身せずとも聞こえたエクスカリバー・サジタリアスの発射音、そしてダイナマイトすら防いで見せたエクスカリバー・ヴァルゴの防御

だが、この戦いで起動されたエクスカリバーはまだある

戦闘開始からわずかに遅れて投下されたエクスカリバー・カプリコーンはいまだ天から落ちる最中にあったのだ。

 

「デュアッ!」

 

 念力で巨大な刀を手元に引き寄せ、そのまま満身の力を込めて投擲する、狙いはただ一つ

今まさに発射されるシラリーの光線を妨害する事だ。

 

 宇宙であるゆえに音はない、ただ静かに空間を貫き、当たる物全てを切り裂く聖剣が突き刺さる

次の瞬間、エネルギー収束器官を攻撃されたシラリーの念波による絶叫が振り撒かれ、片腕が爆散した。

 


 

「…!」

 

 目の前で今放たれようとしていた光球が爆発し、シラリーの腕ごと消滅する

その様にわずかに目を奪われながらも視線は正面に保つ

飛来した何某かはともかく、シラリーを倒さぬことには未来はないのだから。

 

「ギシャァァッ!」

「デュッ!」

 

 即座に再生するほどのリジェネは持ち合わせていないのか、エネルギー漏出の赤い光を残しながらもシラリーが突撃してくるが、クライムは不動の構えでそれを受け止めた。



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エピソード30 空にて 2

「デュェアッ!」

「シャアッ!」

 

 クライムの意志による固有領域が勢いを増し、天魔神殿を削ぎ落としていく

血のような赤い残光を撒き散らしながら飛翔するシラリーの展開した暗黒星雲の領域が徐々に失われて薄れてゆく。

 

 衝突したシラリーとクライムの拳はシラリーが僅差で有利、しかし僅差程度の差など戦士にとっては、

己よりも力の強い怪獣などいくらでも倒して来た歴戦の勇者にとっては気に掛けるまでもないものだ。

 

「デュアッ!」「トヤァッ!」

 

 ゼファーのスラッガーが飛来し、骨片から産まれ出る怪鳥達を切り刻む、クライムの拳が唸り、正面からシラリーを殴り倒して吹き飛ばす

そして背後から発射されたビーム砲がシラリーの顔面を抉り飛ばした。

 

「よーやく反撃開始だぜ!エクスカリバー・リブラ!」

 

 黄道の第七宮、天秤宮(リブラ)を冠するエクスカリバー、宇宙戦艦 四神(スーシン)

フライトユニット朱雀、シールドユニット玄武、ブレイドユニット青龍 そしてカノンユニット白虎の4ユニットを組み合わせて完成する巨大な艦であり、同時にユニットを切り離してウルトラマン用の増設装備とすることもできる特殊兵装である(但しmade in China)

 

「やってやりますよ……火器管制システム、モードマニュアルで再起動完了、全兵装ロック解除、最高火力です!」

 

 轟音と共に何処かの機構から生まれる衝撃を味わいながらビームを照射し続ける

コントロールパネルは真っ赤になって異常を伝えてくるが、そんなことよりもできる限り攻撃し続けることが重要だ

燈は黒い長髪を無重力に漂わせながらありったけのマイクロミサイルを発射し、数機のコンパネの間を飛び回ってワイヤーアンカーや空間位相転移砲の発射ボタンを連打する

そのたびに甚大な異常が湧き上がってくるが、直ちに致命的な事態になり得るもの以外は完全に無視して火力を出し続ける。

 

 たった一撃のビーム照射でリミッターがイカれたのかオーバーロードを起こした白虎=カノンを即座に切り捨ててエネルギー込みの爆弾として扱い、そのままシラリーへ射出して爆発させる

破片手榴弾と同じ理論で加速した歪な低純度ペダニウム片が飛散し、シラリーの骨肉を擦り潰した。

 

「ギシュゥイアアアッ!」

「デュアッ!」「ジャァッ!」

 

 無論、悲鳴を上げるシラリーの隙を逃すことはなく、クライムはエクスカリバーで、ゼファーはスラッガーで、そして劉支部長は青龍ブレードで切り掛かった。

 

「エクスカリバーは伊達じゃねぇええっ!」

 

 艦船による直接攻撃として最も古い世代のそれ、衝角突撃により11機のエクスカリバーのうちたった二振り、物理刀剣に属する真なる聖剣が邪神を貫く。

天秤座は今までのエクスカリバーの集大成として山羊座の鍛造技術、乙女座と双子座の防御技術、蟹座のユニットブロックシステム、射手座の精密狙撃技術、水瓶座のエネルギーパック技術、様々な技術や構造が活かされている

ゆえにリブラは最も大きく、最も完成予定が遅かった、そしていまだに枢要部位となるコアユニットの打ち上げも済んでいなかったのだ。

 

「慣性制御システム異常発生!これ以上は速度が維持できませんッ!」

「構うなっ!耐えろぉぉ!」

 

 急加速に耐えられずに何処かがショートしたのか、突如としてアラートが鳴るコンソール

同時に慣性制御システムがダウンして凄まじい負荷が発生するが、フィジカルで耐えて突撃態勢を維持する、遠距離攻撃用のカノンユニットは先ほど謎の自爆()を遂げてしまったため今は青龍こそメインウェポンなのだ、ここで引けばあとはない。

 

「キュェシャァァァァッ!」

 

 赤い光条が放たれるが、玄武の盾が展開したエネルギーフィールドによって弾かれ

その陰から飛び出したゼファーの一撃がシラリーの首へと迫る。

 

「デェェアッ!」

 

 しかし、シラリーとて邪神、何もできずに無様に落とされるなどあり得ない

己の格に懸けての決死の反撃としてブレスを吐き、スラッガーを吹き飛ばした。

 

「ゴァァッ」

 

 赤暗い光線が渦を巻き、エネルギーフィールドの防御領域を外れたゼファーを打ち据える。

 

「デェイッ!」

 

 その瞬間、後ろに回ったクライムの必殺光線が死角から直撃し、腕が動かされたことで残っていた右腕までも己のブレスに巻き込まれて消し飛ぶ

両腕を失ったシラリーはウルトラマンを即死させる火力のメインウェポンを失い、隠し球たるブレスも使わされた直後ではもはや飛び回るだけの的に過ぎない

これで止めだ。

 

「使ってください!」

 

 燈の声と共に、四神の艦首右から青龍=ブレードがパージされて射出、それを掴み取ったのはゼファーだ

失ったスラッガーの代わりに青龍を握ったゼファーはその刀身に緑の光を注いで刃をさらに伸長させる

ザインやゼロといった念力を得意とする戦士が頻繁に使うスラッガーソードと同じ原理を用いたエンチャントである。

 

「デェェアッ!」「デュアッ!」

 

 二人のウルトラマンが握る二振りの聖剣が暗雲を切り開き、魔竜の首を狩り取った。



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エピソード31 レコードの裏面 

 地上に戻ったゼファーがザインを分離するが、やはり意識は回復しないままの状態で雄介に戻ってしまう

これは相当に重症だ、ダメージによる粒子崩壊や念力結束の解除でもないのにウルトラマンの肉体を維持できないほどにパワーが低下しているということに他ならない。

 

(やはりザインは光の国へ戻すべきか……高度治療を受ければ回復の目はあるだろう)

 

(師匠、ですが一年間の任期を放棄するわけには!)

(戦えない戦士に任期もクソもあるか!)

 

 クライムの一喝はまさに正論だが、邪神二柱とは一般の戦士であるザイン1人に任せるにはあまりにも荷の重いものだエリート戦士であるグレートだって片方を倒すのがやっとなのだから。

 

(しかし!ここで本人の意思無しに決めつければザインも師匠自身だって危うい!)

(私が教官であろうと無かろうと戦力が変わるわけではない、だが一つの命のあるなしは変わる、私もそう長く滞在が許される身ではないのだ、それともゼファー、お前がザインの身代わりにこの地球を守るとでもいうのか!お前には守るべき星が既にあるだろう!)

 

(ぐっ!ですが!)

「待ってください、クライム教官」

 

 それを制したのは、雄介の声

もはや消耗のあまり意識の維持さえできないザインに代わって肉体の主導権を取る彼は自らの足で立ち上がり、声を上げたのだ。

 

(依代の青年、君もまた甚大なダメージを受けている、もう休むべきだ

ザインの代わりの隊員を派遣するから心配する事はないぞ)

 

 クライムの言葉は弟子に対するそれと異なりあくまでも地球人とウルトラマンの立場での言葉

だが雄介はそれを拒絶する。

 

「いいえ、俺は戦います、ウルトラマンとして……今はまだ、俺がウルトラマンザインです

俺が、地球に居ます!」

 

 ウルトラマンと合体した人間として、あくまでウルトラマンとして戦う覚悟を語る雄介

しかし、クライムはその感情論を否定する。

 

(甘い!怪獣どころか車一両相手にするにも難儀する地球人1人に何ができる!群れ、学び、全体として成長するがゆえに強く在れる人類の、その中でお前1人に何が出来るというんだ!)

(師匠、そこまでです)

(止めるなゼファー!)

 

 たしかに人間などウルトラマンの指先一つすら押し返すことのできないひ弱な生命だ

ウルトラマンであっても苦戦を強いられるような怪獣とまともに戦うことはできない

だが、どんな事にも例外はある。

 

「言ったはずです、俺がウルトラマンザイン、俺がこの星の戦士です」

 

 全身に雷光が満ちる、雄介と肉体を共有するがゆえに彼の内に潜在するザインの能力を引き出し、雷を操る力として行使しているのだ

たとえウルトラマンの規模には及ばぬとしても、天然の雷のそれに迫る一億Vの超高電圧が迸る様は伊達酔狂のそれではない。

 

「……」

 

 しばし、睨み合う二人

そしてその緊迫した空気を裂くように、高い音が鳴る

クライムとゼファーのカラータイマーの制限通告だ。

 

(言ったからには、やって見せろ、ザイン)

「デュァッ!」「シュッ!」

 

 二つの光が空の彼方へと去り、そしてウルトラサインが光る

それは激励のメッセージだ。

 


 

「……」

 

 ウルトラサインを見てほくそ笑む、ゼファーとクライムが引き揚げたことで今地球にいるのは当初通りにザインのみ、そして彼は見るからに疲弊している

ならばこちらも相応の怪獣を、油断なくぶつけて倒させてもらおうというわけだ。

 

「元からあったガーゴルゴンとアリゲラ以外にも多数の怪獣細胞が手に入った、培養も現状施設で十分に可能……あの女と違って我々は疲弊から回復させてやるつもりなどない」

「どこまで足掻けるか、見ものだ」

「変身不能のウルトラマンなど、怪獣の敵ではない」

「勝利を我らが手に」

 

 

 声の群れは霞んで消えた。

 


 

「燈、俺はこの職を辞めるつもりだが、お前はどうする」

 

 大気圏突入用ユニットがコアユニットから切り離されて徐々に四神が離れていくのを眺めながら、劉支部長はそう切り出した。

 

「……私は戦娘ですので、買われた身ではどこに行くこともできません、残りますよー」

 

 全世界に点在する怪獣災害被害児童保護養成施設、その中でも特にタチの悪いそれである兵員養成機関の一つ、国立湖北第七女子大学

大学と銘打たれてはいても実態は兵学校であり、幼稚園から大学まで一貫の教育課程を持っている

親を持たない子供達は外で生きる術を持たないため、その環境に適応できなければ死ぬ他にないという前提のもと、イカれた『教育』を叩き込まれるのだ。

 

「そうか。いくらだ?」

「2億ドル……くらいだったと思いますよ?私の証文なんて詳しく見てないですし良くわかりませんけど

潰式ですんで楊式のやつよりはちょっと安いはずです」

 

 身体に過剰な負荷を掛けて成長機能を極端に低下させ、肉体の外観年齢を幼いままにする潰式(カイシキ)、逆に栄養剤を多量に摂取させて長身肉厚に成長させる楊式(ヤンシキ)、燈は潰式の中でも珍しい完全つるぺたである。

 

「2億ドルなら俺が出そう」

「やーん買われちゃいましたー」

 

 対外的には彼女は劉支部長の愛人ということになっているが、事実は違う

彼女は『支部長の愛人』という役職であり、内実としては護衛と秘書を兼任する仕事をしている、そしてそこに一個人としての劉凱は関係ないのだ。

 

「……元中国支部長、人身売買に手を染める、か」

「明日の新聞に載ってそうですね、ただでさえアレな身分ですし、きっと責任取らされますよ」

 

 中国支部はお察しの通り手抜き粉飾賄賂売春とまぁさまざまにやらかしており、その屋台骨も当然腐っている

それも参謀や将師が閣僚の天下り先になるレベルであるから始末に負えず、ほぼ現場と監督官と支部長周辺で回しているような惨状である

そしてその中でも特にアレな連中はいつでも下剋上を狙っている事で有名で、彼らにかかればやらかされている支部内でのあれこれはすぐさま支部長やその他上級職の汚職ということになるのだ

エクスカリバー・リブラのカノンユニット破損喪失も特大の失点であるからしてもはや支部長も退き時と言わざるを得ない。

 

「まぁ……俺も碌な輩ではない事は事実だが、すんなりやられてやるつもりは無いさ」

 

 地球儀のように小さかった地球はいつのまにか視界の大半を埋め尽くし、青い海が迫ってくる。

 

「じゃあ、二人で日本に行きましょう?日本なら外国人でも入りやすいって聞きますし」

「んなスパイ天国なら一人で行きやがれ」

 

 結局二人は最後まで終始噛み合わなかった。



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エピソード32 非正規のマッチアップ 1

 ザインは行動不能、いまだ意識は回復せず

自身もフィードバックダメージは大きく動くのは難しい、しかしBURK側の損害はほとんどない

市街地は一つ更地になってしまったが、人的被害も初期のみで済んでいるため、被害人数は500人に満たない

あわや世界滅亡となりえる邪神級怪獣を二体相手取っての被害としては驚異的な少なさだ。

 

「……諸君、これも隊員皆一丸となって努め、戦い続けたが故の戦果である!」

 

 邪神討伐とあっては式典のひとつもなくてはならない、そのため日本基地を含めた交戦組はそれぞれに日取りを定めて式を執り行い、雄介達は重い体を引きずってその礼典に出席していた。

 

 

「今怪獣災害の犠牲者、並びにこれまで戦い散っていった英霊達に、黙祷!」

 

 前アリゲラ戦にてKIAとなった先輩の戦車乗り(キャバリアー)、中山陸曹、および輸送班(ポーターズ)バレット陸曹長

ガボラ・ネロンガ戦にて果敢に炎に挑み、そして散っていった救助隊(レスキュー)の元保陸士、戦車乗り河原陸士

そして邪神との戦いの最中、散っていった戦士は多い。

 

「……」

 

 犠牲者の慰霊、新たなる宣誓、そして神殺しの記念のために、式典は長く続く。

 


 

 同時刻、BURK 日本支部東京防衛基地の地下2〜3Fには、影が揺らめいていた

タイラント戦後に乗っ取りを受けた少女、住山千郷(スミヤマ・チサト)もそこにいる。

 

「運び出せ」

「了解した」

 

 影の中では実体などほぼ意味をなさないため、影の一族達は実体を分離した精神体で活動している

そのため物理的な影響力を発揮するためには実体を別に用意する必要があり、この場でそれを持つのは彼女だけだった。

 

「人間の肉体は弱いな」「貧弱極まる」

「個体数で能力を補うタイプなのだろう、増殖率が極めて高いようだ」

「技術はイマイチといったところだが、兵器開発と改良には目を疑うほどのセンスがある時もある」

「頭脳を発達させる道は大体の場合正解だ、無駄に脳が肥大していると言うわけではないのだろう」

「肉体ではなく脳で戦うか、我らと同じ道ということも出来るだろう」

 

 影達同士で侃侃諤諤の議論が始まるなか、千郷を乗っ取った一人がそれを制止する。

 

「貴様らまずは手伝え、囃すばかりでは遅れる一方だ」

「我らには実体が無い」「故に手伝う事は出来ない」

 

 どうも酷な仕事を一人に押し付けられてしまったようだ。

 

「貧弱な肉体でどうしろと」

「ゼロよりはプラスのほうが良いという事だ」

 

 BURK日本支部の地下階に存在していた封印庫、どうあっても有害な怪獣の生体パーツやその生成物など現時点で無害化処理が不可能な物品を封印するための場所である

彼らはそこに立ち並んでいた無数のタンクの中から選ばれた幾つかの生体パーツを盗み出しているのだ

無論、本来なら式典中であろうと警備員や防衛班はいる上、自動迎撃システムなどによって撃退されるのだが

今は邪神戦直後でただでさえ手薄になっているところに式典があり、警備なども少ない

通常の空間剪断は感知できる自動迎撃システムにも流石に浅異空間潜入による微弱な時空振動まで感知できるほどの性能はなかった

このように様々な理由が重なり合った上で公的に処理班で働いている千郷を利用して初めて侵入に成功しているのである。

 

「……マジだっる……」

 

 彼女の口調が写っていることには気づいていない。

 

 

 


 

「来い、ベムスターⅡ!」

 

 少し離れた山の中、自然樹木の影の中から3次元世界に復帰した影、ペガッサ星人アーヤが呼び出したのは、同じく影の中で培養されていた大怪獣ベムスターだ

元の怪獣がベムスターを改造素体に使用したタイラントであり、そもそもの由来から自然個体では無いため能力の一部に変化が見られるが、そんなことは瑣末な話

今は活動不能のザインを討つための最低出力が出ればそれで良いのだから。

 

「立ち、歩き、突き崩せ!」

 

 命令の言葉通りに、兵器たるそれは動き出す

自我なく、本能なく、それはまさに従うだけの兵器、ゆえにそこに躊躇はなく、そして油断もない

巨大な質量を伴った生体が歩行し、街の風景が崩れていく。

 

「アリゲラでは遅れを取った、ならば新しい怪獣を使うべきだろう」

「……だがベムスターをはじめタイラント由来の培養特殊個体のスペックは著しく低い、如何する?」

「無論、数を増やすというだけよ、それに普段の実力ならばともかく

今は回復の時間が必要な相手にぶつけるなら十分な性能だ」

 

「アリゲラはもはや対策が為されているだろうことは疑う余地もない、ベムスターは通用するのか?」

「タイラントの一部としては認識されていても単独の怪獣としてはわからない、だが怪獣に対抗可能な戦力が大幅に低下したことは間違いない、機を逃すべきではない」

 

 街にサイレンが鳴り響いた。



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エピソード32 非正規のマッチアップ 2

「緊急報告ッ!監視網よりベムスター出現!エリアN-08です!」

 

「総員第一種戦闘配置!非戦闘員は隔離ブロックへ退避せよ!繰り返す!総員第一種戦闘配置、非戦闘員は隔離ブロックへと避難せよ!」

 

「クルセイダーズは全員フライトハンガーへ集合せよ!」

「キャバリアーズ全員集合ッ!」

 

 一斉に動き出す隊員達と椅子から動きもしない重鎮達の対応の差はその温度差を如実に物語っているが、そんなことよりも今怪獣が現れたと言う事実が問題なのだ

雄介は当然変身不能であり、ほとんど全隊員が一つの建物に密集している状態からの戦闘配置には常のそれよりも余程に時間がかかる

クルセイダーやセイバーのスクランブルにもその前に発進準備位置に就くためにも、まず整備の中止と組み直しにも時間が掛かる

その費やす時間の分だけベムスターが心置きなく暴れられると言うわけだ。

 

 さらに言えば運用されるマシン達、殊に予備機のないクルセイダーは運用限界が近く、重整備のタイミングもきていると言うのに無茶な突貫出撃を強いられてしまう事になる

仮に今回の出撃を乗り切ったとしても次回がいつあるかもわからない以上は時間を取りにくい簡易・野戦整備の繰り返しになってしまう

そんな事では兵器としての信頼性を維持できないと言わざるを得ない。

 

「怪獣出現位置は近い、油断するなよ!」

《了解!》

 

 雄介の革命者(レボルシオン)はロールアウト時期の関係から整備タイミングはまだ遠いため今回の戦闘における空戦の中核となる、ザインの意識がいまだに戻っていないためウルトラマンになれない雄介は今回空戦に注力するべきと判断した。

 

「BURK JAPAN レボルシオン、椎名雄介、出撃します!」

 

 ゲートが開くと同時に飛び出す雄介のレボルシオン、竜弥・丈治のセイバー、地上からはBURKシルバーアローと車輌科の新型四駆マシン、BURKスイーパー、デリカベースの改造車だ。

 

〈椎名君、今回は僕たちも陸上から援護に入ります、敵の種別はベムスター、分類不能(タイプアンノウン)の宇宙怪獣で、以前接敵したタイラントの腹にあったアトラクタースパウトと同じ構造を持っています

正面には決して入らないようにしてください、前回はウルトラマンが助けてくれましたが、直前の戦いでウルトラマンはかなり疲弊していました、いつもいつも助けにきてくれるとは考えない方がいい〉

 

「了解」

 

 実質的に援護は期待できない状況、セイバー1機とストライダー(改造機)1と地上車輌2

キャバリアーズの戦闘車両もまだ出撃できていない

ウルトラマンにも変身できないというのはかなり厳しい制約と言わざるを得ない。

 

〈霧島隊員が基地から援護しますが、それも完璧ではないと考えてください、できる限り自衛と周辺の防衛を行い、陽動に徹することを勧めます〉

 

「了解」

 

 加速したレボルシオンが現地に到着すると同時にバルカンを発射し、牽制射撃で気を引こうとするが、やはりいくら弱かろうと元は大怪獣ベムスター、そう簡単に傷になるようなダメージは入らない。

 

〈目標への攻撃を許可する、ただし、周辺被害に最大限配慮しろ〉

「了解、攻撃開始します!」

 

 雄介の指先がトリガーを引き、砲門より放たれたビームがベムスターへと直撃する。

 

「ギュゥェエエエッ!」

 

 横面を焦がしたビームには流石に危機を感じ取ったのか、鈍い動きで振り返るベムスター、だがストライダー系列の速度を活かした高機動機であるレボルシオンは既にそこにはいない

背面をとった上で再びのビーム照射、続いて頭上は周り混んで顔面へのバルカン斉射

機関砲の弾は小さく、ダメージとして致命的な一撃ではないが、顔面には流石に効いたらしく、大きくのけざる

そして愚鈍な怪獣が急旋回や仰け反りをすれば、当然姿勢を崩す

体重数千トンのベムスターが地面に倒れ込み、その質量×速度の2乗に等しいエネルギーを自身の体に受け止めた。

 

「よしっ!」

〈目標転倒ッ!プラズマネットを使え!〉

〈隊長、レボルシオンはネット装備してないですよ!〉

〈……なら無視でかまわん、周辺避難のための時間を稼ぐんだ〉

 

 クルセイダーならば捕獲装備を標準装備しているのだが、速度のためにその他を犠牲にしているストライダーの改造機であるレボルシオンにそんな装備はない

ゆえに転倒中のベムスターの上をそのまま旋回して持続的に攻撃し、転がし続ける事で抑え込むのだ。

 

「ギュゥェェェッ!」

 

 しかし、空を仰ぐ姿勢において、上とはすなわち射程、吸引アトラクタースパウトによる次元吸収の間合いである

たとえ些か離れ過ぎていたとしても

その機能のみに特化したタイラントの腹から生まれしベムスターに出来ないという訳はない。

 

吸収能力(ドレイン)



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エピソード32 非正規のマッチアップ 3

「やっべぇ!」

 

〈そんな!ありえない!従来個体ではありえない射程からの吸引なんて!それだけじゃない、あんな姿勢から必殺技が出せるなんてそんなわけが!〉

〈どけ!雄介!マニューバモードだ!〉

 

 激しい振動と暴風、そして引力に襲われたレボルシオンの機内に、通信機からの声が響く

雄介は即座にメテオール・イナーシャルウィングによるマニューバモードを起動して反対方向に超推進するが、さすがというべきか

その機能にのみ特化した吸収能力は尋常なベムスターのそれを遥かに上回っている

肉体的にも頭脳面も貧弱だったのはそれほどにスペックを一極集約していたからだったのだ。

 

「うぉぉあ!……ッ!」

 

 マニューバモードの大気圏離脱すら可能とする推進力でもなお離脱できない引力はベムスターの捕食器官が多次元レイヤーの集積によって実現された擬似ブラックホールであることに由来する

向こうはただ食欲(ブラックホール)を開放するだけなのに対し、こちらは時限強化システムを用いてようやくの対抗、このまま抵抗だけを続けていてはいずれマニューバモードの持続時間が限界を超えてしまうだけだ。

 

「くっ……!」

 


 

 一方、シルバーアローの車内に居た駒門は即座にギアをPに入れ、車を降りて後部トランクを開ける

その中に格納されている武装を取り出すためだ。

 

「トルネードブレイカーユニット、オン!」

 

 黒く長いトランクケース状のそれを開き、追加ユニットを装着する

ストックを延伸し、バレルを拡張した狙撃銃型歩兵武装、武装等級第Ⅱ分類ハイパー級

BURKガン・トルネードブレイカーが姿を現した。

 

 ガチャリ、その音ひとつも酷く鈍く感じる、極度の緊張の中で加速された世界は色褪せて音も消え

ただ一点の狙うべき場所のみを視界に示す

ベムスターの腹部、その中央の吸引アトラクタースパウトの中核部分たる次元収束結節点クリスタディメンシオ

それこそが自己の体積を上回る物質の吸収と捕食を可能とする擬似ブラックホールの核なのだ。

 


 

「隊長!砲撃許可を!」

「メテオール発動承認する!やれ!」

 

 BURKスイーパーのルーフに存在する大きな砲台、ハイパー級兵装クラリオン砲が実体を伴うビーム弾を放った

顔面を吹き飛ばせば如何にベムスターとて吸収力場を維持することはできない

元から車載砲のビーム弾の軌道は大雑把であり、精密射撃など狙うべくもない上に彼らには使用経験が不足している

駒門副長の採った狙撃とは比べ物にもならないようなアバウトな方法ではあったが、確かに彼らに取り得る作戦であった。

 

「着弾確認!……戦果微小!目立つ傷は確認できません!」

 

「クソッ!撃ちまくれ!1発でダメなら100発撃つんだ!」

「了解っ!」

 

 黄色のビーム弾が能う限りに連射され、ベムスターの全身を打ち付けるが、爆煙はあれど十分なダメージと言えるようなものはない

アトラクタースパウトから展開される多次元レイヤーの影響で空間が湾曲し、放射状に広がって押し除けられている

そのため、ベムスターにあたっている様に見えてはいても、実際のところアトラクタフィールドの境界面に接触して爆散しているに過ぎないのだ

この防御を突破するには次元を越えるほどのエネルギーを持つか、あるいは直接次元に干渉するような荒技で突き抜けるか、または、アトラクタフィールド同士の相互干渉面のわずかな緩衝地帯を貫いて射抜くか、それだけだ。

 


 

「………………」

 

 震える指先、残りわずかなメテオール発動時間、どこまで持つか不明な剛性限界までの猶予

早鐘を打つ心拍が全身に熱を巡らせる

アスファルトの黒い地面をさらに黒く染めゆく汗に濡れながらも、揺るがさず構え続ける

狙いは極小の結晶、アトラクタフィールドの境界面は視認困難、常に揺れる空間の隙間を狙い撃たねばならない。

 

「…………」

 

 衝撃と爆音が轟く中、その全てを無視して狙撃姿勢を維持し、その機を待ち続ける

わずかでも逸れれば無為に帰してしまう極細の針で、致命の一点を穿たねばならないのだから。



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エピソード32 非正規のマッチアップ 4

「ギュウィィィィィ!」

 

 絶叫をあげるベムスターの吸収能力はますます強まり続け、ついにメテオール発動限界の20秒前というところ

雄介の扱える念力は空間を歪めるのが限度であり、テレポートの水準までには到達していない

もはやどうしようもない詰みの盤面に到達してしまった。

 

「……くっ……」

 

 ベムスターは相変わらず黄色い爆発を貰いながらもまるで動じず、爆発するエネルギー体が波打つばかりだ。

 

「ギィィッ!」

 

 メテオール発動時間残り18秒、17秒、16秒、15秒。

 

 

 揺らぎが収束する一瞬、その瞬間を狙い澄ました駒門の指先が針を放ち、ベムスターのアトラクタースパウトへと吸い込まれていく

歪曲したアトラクタフィールド同士の、わずかな相互干渉面をすり抜けて突き進み

赤い肉質を抜けてその中核へ。

 

「ギィゥアァァァッ!」

 

 見事、針の一撃は空間の大穴の中核を射抜き、それを縫い閉じる事に失敗した。

 

「……ダメか!」

 

 多次元レイヤーの集積体であるクリスタディメンシオを破壊するには、その次元収束能力を上回る破壊力が必要不可欠、所詮一般怪獣を相手取るのがせいぜいのハイパー級にすぎないトルネードブレイカーでは、一撃で次元収束を解除するほどの火力は無かったのだ。

 

 メテオール発動時間のこり8秒、7秒、6秒。

 

「悪いけど、ゆーくんをやられるわけには行かないんだよね」

 

 閃光が奔る

天から降り注いだ虹色の光の柱が雄介のレボルシオンに直撃し、そしてそのままレボルシオンを飲み込んで、巨人の姿を現した

青、銀、黒のその人型を。

 

〈新しい……ウルトラマン……!?〉

 

「ヴァァッ!」

 

 その名もカオスウルトラマン、闇より出し赤い瞳の戦士は拳を振り翳して大喝を上げた。

 

「ヌヴヴン!」

 

 片足を上げて踏み込みながら放たれた拳の一撃がベムスターの多次元レイヤーを突き破り、そのまま顔面を殴りつけ、体勢を崩したベムスターに今度は前蹴りがクリーンヒットする、いったん下がったベムスターだがまだ彼の攻撃は収まらず

片足を膝あたりまで浮かせたまま両手を天高く掲げて荒ぶる鷹のポーズを取った後、諸手突きを繰り出してベムスターをさらに吹き飛ばした。

 

「デェェアッ!」

 

 低く籠った鈍い声を上げるカオスウルトラマンの連続攻撃にベムスターはまるで反応できずに一方的に殴られている

得意のアトラクタースパウトも至近距離からの肉弾戦に使うことはできず、完全にグロッキーだ。

 

「今だ、全力で援護しろっ!」

 

「了解、リミッター解除!

リミットアウト・クラリオンッ!」

 

 黄色を通り越して金色に輝く光弾が赤い目の巨人を通り過ぎ、ベムスターの左腕を消し飛ばす

リミットアウトしたクラリオン砲の放つエネルギーはアステロイドバスターにも匹敵するのだ。

 

「ヴァァァッ!」

 

 絶叫を上げるベムスターとは対照的に冷静な巨人は両腕を前に出し、その腕の中にエネルギーを収束させる

光か闇かさえ判然としない粒子が光帯のように放出され、ベムスターを消し飛ばす

かのように思えた

だが忘れるなかれ、この個体はアトラクタースパウトのみに特化した個体、接近戦で拳相手には使えずとも

距離を離した相手ならばなんら問題はない

ベムスターの腹部から空間が展開され、その周辺のエネルギーが飲み込まれていく

やがて光線の全てを吸収しきったベムスターは反撃の雄叫びをあげた。

 

「ギュウィィァァァアッ!」

 

 クラリオン砲はリミットアウトの影響により連射不能、雄介のレボルシオンも所在不明

セイバーは攻撃の機を伺い続けているが、ビーム装備の彼らに為す術などない。

 

「ヴゥォアッ!」

「ギィィッ!」

 

 光線技によってエネルギーを消耗したカオスウルトラマンと逆にエネルギーを充足させたベムスター

大怪獣と戦士の戦力差は失われつつあった。

 


 

「これは……」

 

「ゆーくん、大丈夫?怪我してない?」

 

 虹色の光の粒子が舞うインナースペース、その周囲を見渡す雄介に声がかけられ

後ろから翠風が姿を現す

そう、彼女がこの虹色の光の持ち主なのだ。

 

「ここはカオスヘッダーの領域だから怪我してても大丈夫だけど、ちゃんと治してあげるよ」

「……いや、怪我はしていない

それよりお前、これはどうなってるんだ?いくらインナースペースでも流石に飛行機一つ丸ごと飲み込めるほどの空間的規模はないだろう」

 

 そう問われると、虹色の光を纏った彼女は表情を変える事なく語り始める。

 

「カオスヘッダーはね、どんな無茶な事も実現できる可能性があるの、生物にも無機物にも同化できる

だから私ゆーくん飛行機、それ以外にも色々と同化してるの、大丈夫だよ、ちゃんと戻せるから」

 

「戻せるなら良いんだが……それより、ベムスターは」

 

「倒すよ、この必殺技(インベーディングウェーブ)で」



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エピソード32 非正規のマッチアップ 5

 彼女の気合いと共に放たれた光帯が吸収され、そのままベムスターに食いつかれる

反撃の拳も虚しく吹き飛ばされ、そのままベムスターが吐き出す光線の直撃を受けてしまった。

 

「まっず!こんのぉっ!」

 

 翠風のカオスウルトラマンはエネルギー残りわずかとなり、実体維持が怪しくなってきているが、傷ついたベムスターはむしろ手負いがゆえに勢いを増している

セイバーのバルカン砲も牽制程度であり、わずかに時間を稼げるか否かにすぎない。

 

「俺がやる」

「でもゆーくんはもう!」

 

「これでも俺だって……いや、俺がウルトラマンだ、俺を分離しろ

あんなベムスターの一匹程度、サクッと片付けてやる」

「ゆーくん、それでさっき吸い込まれかけてたのによく言えるね」

 

 冷ややかな視線を向けてくる彼女に対しての抗弁は短い。

 

「奴の動きは既に学習済みだ、もう迂闊に射程には入らん」

 

 粒子へと分解し始めた拳でベムスターを突き飛ばし、そのまま低火力ビーム弾で牽制しつつ姿勢を変えないまま残像付きスライド移動で接近して回し蹴りを叩き込んだカオスウルトラマンが虹色の粒子へと戻って霧散する。

 

「頑張ってね、ゆーくん」

「あぁ……」

 

 虹の粒子、混沌の力を純然たるエネルギーとして取り込み、エネルギー不足で昏睡状態にあったザインを叩き起こす雄介。

 

「決着をつける、ザイン!イグニッション!」

 

 虹色の背景を伴った特殊変身の限定バンクと共に拳を突き上げるぐんぐんカットを挟み、雄介はザインへと肉体を換装した

本来ならばウルトラマン状態では雄介とザインの意識を両方含有するはずなのだが

ザイン自身がほぼ雄介と一体化しているという都合上、あくまで例外的な特殊ケースとして片方の精神力が異常に弱っている場合のみ、半ば乗っ取るような形での占有が可能なのである。

 

「デュアッ!」

 

 叫びと共にスラッガーを抜き放ち、刀剣として使用する

拳と刃の乱撃が突き込まれ、一撃が片目を貫く

雄介自身が宇宙拳法や刀剣術を修めているわけではないため、エネルギーやスラッガーなどは粗雑な使い方しかできないが、純然たる格闘能力に限って言えば特に問題はないため、そのままベムスターを押し込んでいく。

 

「デェェイッ!」

 

 ザイン最大の持ち味である防御向きの宇宙拳法である赤心貫徹拳はほぼ喪失するが、かわりにザイン本人にはないスペシウム制御能力と初撃威力に偏重した突撃型の格闘術が雄介固有の特徴として発揮されるのだ。

 

「ピギェェェィッ!」

「ヂャッ!」

 

 左足を軸とした横回転でスラッガーを振り回し、竜巻のような旋風と共にベムスターを切り刻んでいく

ベムスターも掴み掛かっては嘴を突き込んでくるのだが、片腕のない状態で掴み技など恐るるに足らず

そのまま嘴を跳躍からの垂直チョップで叩き折られてしまう。

 

「行くぞ……ハッ!」

 

 腰を落として左腕に光を蓄積し、思い切りアッパーカットを突き上げて吹き飛ばしの一撃

ビルへ突っ込むように吹き飛ばされたベムスターはなんとか起き上がるものの、姿勢は安定せず気絶寸前と言った様相である

一方雄介はゆっくりと虹の粒子を集め始めるが、やはりそこは特化型だけあってベムスターはエネルギー技を吸収する構えを取っている、やつのアトラクタースパウトの性能からすれば多少ふらついていようと離れていようと関係ないという判断なのだろう。

 


 

「いかん!再チャージまだか!」

「まだです!冷却85パーチャージ37パー!足りません!」

 

 スイーパーはオーバーヒート中の砲身冷却のために再装填が遅々として進まず、セイバーは周回しながら攻撃を続けているが、ダメージ過多の興奮状態で痛覚が機能していないのかまるで超獣のように無視され続けている

元々セイバーは集団戦向きであり、単体で怪獣を仕留めるようなスペックではない以上、もはや何もできないと言っても過言ではない

残された手はただ一つ。

 

 

「そのまま撃ちなさい!雄介ッ!」

「ディァァァアッ!」

 

ザイナスフィア

 

 雄介(ザイン)の両手から放たれた虹のエネルギー弾が吸収される直前、赤いビーム光が再びアトラクタースパウトを貫き、そのまま貫通してその機能を致命的に損壊せしめ

吸収能力の失われた腹部腔内に叩き込まれたカオススペシウムが爆裂、そのまま爆発する。

 

「……」

 

 彼女の放った2度目のトルネードブレイカー、赤い穿槍の一撃が今度こそクリスタディメンシオを破壊したのだ。

 

「ミッション、コンプリート」



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エピソード33 BURK-祝賀-

「それにしても、あの青い巨人は一体……」

 

「光エネルギーの波長も観測不能、かと思えば普通の生体反応もないし次元結節の干渉も次元レイヤーの屈曲が激しすぎて観測できなかった、熱エネルギーとかの普通のレーダーも反応してませんでしたよね?」

 

「はい、残念ながらあらゆる観測に掛かりませんでした、あの青い巨人は、外見からしておそらくウルトラマンの類い、あるいはそのものであるとは思うのですが今までのウルトラマンに該当するデータはありませんし、青い戦士として有名なゼロ・ヒカリ・Z等にも類似性は認められませんでした」

 

 作戦室にて会議を行う空戦隊、室長弘原海から提起された問いは徹に拾われ、霧島が応える

残念だがそもそもの根源(コスモス)が違う以上、この世界(M78)の常識的なウルトラマンとは全くの別物であるという前提で考えねばならない。

 

「赤い目に黒いライン、低い濁音ボイス……怪しいと言えば怪しい点もある、警戒をするべきか?」

「隊長、それは偽トラが街を破壊する〜とかそういう話であって、普通に味方してくれる分には何の問題も無いじゃないですか、ほら目つき悪いって言われてへこんでたジードを忘れたんですか?」

「そうですよ、偽物とか闇堕ちだから危ないのであって、ミラーナイトみたいに外観がちょっと尖ってるだけかもしれないじゃないですか、それにあのヒカリだって最初は見た目青いからってウルトラマン認定されなかったんですよ?今でこそブルー族の存在が明らかになってますが、ヒカリとかタイタスとか、当初そうは見えなかったとしても実際ちゃんとしたウルトラマンって事例、結構あるじゃないですか」

 

 あっという間に二人から反論が湧き出すが、ここで引くわけには行かない、隊長として簡単に引いてしまうわけには行かないのだ。

 

「だとしても、偽トラや闇トラでないとも限らん、ウルトラマンやセブンの本人だって一時期ベリアルみたいな体色になって暴れていた事だってあるんだ、尖った体に赤い目、黒い体色にはそれなりの実績がある、少なくとも警戒はしなくてはならない」

 

 そう、過去の実績や悪の勢力に属する星人のセンスからすれば、それらの要素は警戒せずにいられないものなのだ、よしんば悪の勢力でなかったとしても警戒をしないわけには行かない

現場を預かる隊長として、背後への警戒をおろそかにしてはいけないのだ

全く唐突に後ろから撃たれるのと、それを予期した上で背を晒すのとは違う

警戒とは虚を突かれないための最低限の事前準備、していて損のない物なのだから。

 

「う〜ん……気は進みませんが、まぁ最初正義っぽく見えても実際ワル、ってこともありますし

最初の頃のヒカリみたいにウルトラマンの一般的な考え方とは違うタイプの人も居ますからねぇ」

「ジードみたいに見た目がちょっとイカツめなだけって可能性もあると思いますが……」

 

「私も、警戒だけはしておく方に賛成します」

「俺もです、室長」

「雄介!お前精密検査はもう終わったのか!?」

 

 隣り合って現れた駒門と雄介、ベムスターの次元干渉能力によって時空の歪みをモロに受けていた雄介は重傷として判定され、附属病院で精密検査を受けていたはずでありながらこの場に現れた事を問うと、軽く笑って答える。

 

「大丈夫です、検査結果はまだですが検査自体は受け終わりました、ベムスターより採血のごんぶと注射器の方が怖かったくらいですよ」

 

「……なら良いんだが……」

 

「本当に大丈夫ですよ、今回はずっと戦闘機でしたから、それに最後はあの青い方……カオスが降ろしてくれましたから」

「カオス、それがあの青いウルトラマンの名前ですか?」

 

 さすが怪獣博士なだけあってか霧島が即座に食いついてくる、ウルトラマン関連の情報にも興味津々と言った様子だ。

 

「はい、彼……彼?ちょっと性別は分かりませんが、おそらく性別を超越した存在ですね、まぁとにかくカオスウルトラマンというらしいです、一時的に取り込まれた時にちょっとその辺は教えてもらいました

どうも彼は別の宇宙から来たウルトラマンで、今回ザインが動けないから少しだけ手を貸してくれたそうです

まぁ、ザインやゼファーのような普通のウルトラマンとは行動原理が違うそうなので、一応警戒だけはしておいたほうがいいと思いますよ」

「なるほど、別の宇宙……それなら別の姿でもおかしくはないですね、隊長!やっぱりウルトラマンじゃないですか!」

 

「まぁウルトラマンというならそれで良い、だがもっとも重要な問題が残っているじゃないか」

「それはなんです?」

 

 雄介の言葉を待っていた様に弘原海は再び口を開くとニヤリと笑った。

 

「決まってるだろう、広報だ!

俺も一瞬見間違えるレベルで怪しい外見のウルトラマンなんだから、はっきりアレは味方だ!とわかる様にせにゃならん、そのためにはまた大々的な広告が必要になるって訳だ

まずはキャッチコピーを決めようじゃないか」

 

《えぇ……》

 

 今ここに、室長以外の全員の心がシンクロしたことは彼の尊厳のためにも秘されるべきであろう。





たまにはこんなギャク回もあったって良いじゃない
昭和式隊長風の弘原海とウルトラ定番「おーい」をやる雄介と、頭脳メンバーでのデブリーフィング回でした


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エピソード34 塵芥 1

「あぁゆーくん、ゆーくん格好良いよ……」

 

 彼女の纏っていた虹の粒子状物質は完全に消失しているが、そんなことは気にも留めずに天を仰ぐ。

 

「神よ、大いなる神よ、盲の愚者を救いたまえ、愛したまえ、未だ目覚めぬ蒙昧を啓き高次の視座を与えたまえ」

 

 地球を守り続けていた大いなる意思、それによるバリアが完全に砕けてしまった今、もはや彼女のシンクロに寄らずとも宇宙から怪獣どもは降り注ぎ、邪悪は再び訪れる

闇の時代が始まろうとしていた。

 

「光を滅ぼし闇を臨む、我らが愛し我らが讃える、夜と宇宙の神秘の頂、深海に眠る我らが王、彼方の星より来たりて眠る、かつて降り立ち、今は眠りし、そして未来を支配する王よ」

 

 彼女の邪神賛歌は続く。

 

「愚昧なる瞳に映したまえ、信ずる者らに示したまえ、宇宙の超越と海の王土と永遠の生を下したまえ

はるか遠き我らが王よ」

 


 

「ようやく起きたか」

 

 数日後、自宅にて目を覚ました雄介は、ついに再覚醒したザインの意識へと語りかける。

 

(すまない、私の意識の覚醒まで、どのくらい掛かった?)

(……5日は待った、その間に起こった事も説明するか?)

 

(いや、問題ない……後で記憶の方を見るさ、それよりまずは先の話をしよう、以前は雄介の体の方が限界に近かったが、先日のダイナマイトを使った事で逆に私の方が限界寸前の状態だ、当分変身不能、あるいは変身後即座にエネルギー切れに陥ると考えてくれ)

 

(変身はできる限り控えるのは変わらないか、わかった)

 

(あぁ、だが出来る限りで良い、無理に渋って結果を悪化させては元も子もないからな)

 

 ザインの意識は再び雄介の感知できないレベルにまで低下する、完全に休眠状態になる事でエネルギーの消耗を抑え、同時に自己修復に努めているのだ。

 

「どのくらい掛かるか分からんが、まぁ、流石に一日二日のスパンでポンポン連続出現するってことはないだろうし……」

 

 雄介は一人、牛丼をレンチンするのだった。

 


 

 翌朝、雄介が目を覚ましたのはけたたましい怪獣警報ではなく、普通の目覚ましの慎ましやかなアラーム音

今日も出だしは平穏だ。

 

「うっし、今日は……1限からか」

 

 予定を見れば今日出席すべき講義が並んでいる、防衛隊所属という事である程度融通は効くのだが、それが許されるのはひとえに優秀であるが故

あまり成績を下げればその言い訳も効果を失ってしまうだろう

幸い時間的に余裕はあるため、まずは朝食を摂らんと棚を漁り、その中で見つけたパックのミートソースと乾麺パスタを茹で始める。

 

「朝に食うべきじゃなかった……」

 

 パウダーチーズとミートソースのパスタの味は流石に朝食には向かなかったようだ

さっさと朝食を食べ終わった雄介は皿を手早く洗って乾燥ラックに置き、歯を磨いて髭を剃る

手間ではあるが、身嗜みの一環として欠かせないポイントだ。

 

「よし、行ってきます」

 

 駐車場に停めてあるバイクのエンジンを掛け、残燃料のゲージを確認しながらアクセルを回し、左足を踏み切って走り出す

これまで何度も繰り返した朝の通例事項、大学への道程が始まった。

 


 

「霧島さん、今日のお昼はなにか予定とかありますか?」

「え〜……予定は無いですね、今日は12:00まで監視任務で……12:50まで休憩なのでその間に食堂で済ませるつもりですが」

 

「なら、私もご一緒して良いですか?」

「わかりました」

 

 陸戦隊のオペレーター、槙島さんに尋ねられたのは昼の予定、いつも通りの監視任務に明け暮れるつもりで予定なんぞ存在しなかった霧島にとっては驚くべき珍事だった。

 

「……あ、生体エネルギー感知しました!」

 

 しかし、監視任務をその程度の事で疎かにはしない、彼はプロフェッショナルなのだから。

 

「このパターン、おそらく不完全体のケルビムですね」

 

 槙島も一気に仕事人の表情になり、弘原海へと内部回線を繋ぐとケルビムの出現報告を始める。

 

「弘原海室長、こちらオペレーターの槙島です

先ほど不完全体ケルビムと思しきエネルギー反応を感知しました、出現座標は」

「エリアK-7、横浜港付近です!」

 

 朝早くから活動する漁港の付近、それも平日ともなれば活気ある場所だ

そして被害の出やすい場所でもある。



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エピソード34 塵芥 2

「椎名、おい、聞いているのか」

「勿論聞いてますよ」

 

「ならこのパイプの液体輸送に要する必要圧力の相関図、書けるよな?」

「……も、勿論ですよ」

 

 朝早くに大学に来た雄介は講義の最中に寝ないように事前に体力の回復に努めていると、講義中でも無いのに突然目の前に来た教授にせっつかれて頭を全力で回す。

 

「え〜〜……」

 

 やたら複雑な公式を頭の中に浮かべながら二次関数のようなグラフを展開する雄介。

 

「……分からんなら分からんで良い、まぁ講義中ならそれで済ますわけには行かないけどな」

 

 流体の抵抗に関する公式はなんとか思い出せただが、その公式の当てはめとグラフ化の途中でけたたましいアラームが鳴り始める!

 

「怪獣警報!?」

「すいません教授!」

 

 雄介と今入ってきたばかりの明の二人が教室を飛び出して駆け出し、それに続くように屯していた学生たちは各自で情報を確認し始める、一方舌打ち一つで話を納めた煙王教授も避難指示を出すべきかの判断のために端末を取り出した。

 

 

 

「すいませんちょっと!」

「通してくれッ!」

 

 二人が廊下を駆け抜けてゆき、人とすれ違いながら大学の敷地を出るあたりで情報の確認を終えて敵の種別とその出現地点を把握する。

 

「前と同じケルビム!K-7〜K-11!」

「了解!」

 

 ケルビムの不完全体は以前から結構な頻度で出現しているが、不完全体なのは栄養不足や成熟期間不足がゆえ、後発の個体ほど十分に養分を得て、成熟期間を経ている

つまりは徐々に強くなっているのだ、如何に不完全とはいえ以前の個体と同じように軽視することは出来ない。

 

「雄介くん、乗って!」

「はい!」

 

 敷地を出てからはややもせず、以前もお世話になった車輌科(ロッジ)の山中隊員とシルバーアローが姿を現し、そのまま雄介はシルバーアローで移動を開始、一方明は潜水連絡艦スワローテイルより無人出動した自分の乗機であるシーホースを待つ。

 

「シークレットハイウェイに入るわよ、耳抜きオーケー?」

「大丈夫です!」

 

 地下道であるシークレットハイウェイは高速での突入時に空気が押されて圧縮される都合上、爆音が鳴ってしまううえに気圧変動も起こるのだ。

 


 

「来た来た、うん、良いよ、大丈夫」

 

 ケルビムの孵化を見届けた女は軽やかに笑い、コンクリートの埠頭から海面に降り立つと、次なる影がその水面から姿を現した

 

 

「本当に大丈夫なのか?」

「……あぁ、お前も来たんだ?……大丈夫だよ、ゆーくんも必ず来るし、ケルビムは力を引き寄せる

マザーケルビムの肉片やその子達の誘引能力が怪獣を次々に引き寄せてくるから、それじゃ頑張って」

 

 影の正体は千郷の体を乗っ取ったペガッサ星人、その問いに答えた彼女は影と入れ替わるように姿を消すのだった。

 

「…………全く、ゴドラもペガッサも駒扱いか、我らが神もあれほどでは無いというのに

まぁ、けど……もう直ぐだ」

 


 

「室長、椎名到着しました!」

〈よし、レボルシオンはもう回してある、直ぐに出撃しろ!〉

 

「了解!」

 

 移動中に車の後部座席で着替えと装備の点検を終え、基地の敷地に入り次第に弘原海へと通信を掛けていた雄介は最短で報告と出撃許可の取り付けを終えて即座に通信を切ると、その終わり際を見極めてか、中山が話しかけてくる。

 

「がんばれよ、戦闘機乗り(ファイター)

「ウス!」

 

 半ば飛び降りる形で地面へと降り立った雄介はそのまま駆け出して数百メートルを走り切り、息を整えながら整備科(メカニカ)の綱吉へと視線を送る

流石に息を整える最中にまで発話する余裕はないため無言になってしまうが、彼もそんなことはわかっているようで一方的に説明を終了する。

 

「いいか、メンテナンスは十分に出来てるがまだ予暖機が十分じゃねぇ、メテオールとブラスターは使えないと考えろ、ミサイルとバルカンだけで戦え!いいな!」

「はい!」

 

 その2音だけを言い切った雄介はタラップを登ってコックピットに座り、再び呼吸を整えながらシートベルトを掛けて待機状態のシステムコンソールにアクセス、音声認識ソフトがボイス入力受付を開始すると同時に宣言する。

 

「BURK JAPAN 椎名雄介 レボルシオン、出撃!」

 

 レボルシオンが飛び立つと程なくして通信が掛かってくる、霧島オペレーターによる今作戦の概要や情報の共有である。

 

〈雄介君、まず出現した怪獣はケルビム、出現地点は横浜港付近の海です、既に上陸していますが出来る限り水際で抑えてください、ストライダーの速度なら5分と待たずに到着できるはずです、今は丈治隊員と竜弥隊員が現場で時間稼ぎを担当してくれていますが手数が足りていません、落とされる前に合流してください〉

「わかりました!」

 

〈作戦は怪獣による上陸の迎撃マニュアルより水際での火力戦を展開して物理的に押し潰します、

残念ながらレボルシオンとクルセイダーの2機ではケルビムの完全体はメテオール無しには押し切れませんので、不完全状態のままで倒すことが肝要です、なのでなにより速度を優先してもらいます、2人と合流次第最大火力で胴体を攻撃、転ばせてから脳を破壊してください

一般的な頭部への攻撃が有効です!〉

 

「はい!」

 

 なんともエゲツない攻撃を提示してくる彼の声に元気よく返事をしつつ狙いを頭部に絞った攻撃の脳内シュミレーションを練る雄介

現場到着まで残り190秒



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エピソード34 塵芥 3

「よし、視認した!」

 

〈来たな雄介!一斉攻撃だ、タイミング合わせろよ……今ッ!〉

〈いっせーのー、で!〉

 

 丈治と竜弥のクルセイダーが放つビーム砲とミサイル、追随する形で雄介の撃ったバルカンと、ビーム砲の代わりにオプション搭載してきた速射砲が同時に直撃

一つや二つならフィジカルで耐えられなくもなかったかもしれないが、流石に頭部に全武装の一斉射撃を受けて耐え切れるほどの硬さは無かったのか、一気にダメージを受けて転倒する

本来ならばここからが本番となる対怪獣戦だが、今回ばかりは手間をかけてはいられない

一挙にケリをつけるべく、全員がポジショニングを終え次第再び一斉射撃で沈めに掛かった。

 

「キュィォオオオ!!!」

 

 その、一瞬だった

飛び込んできた新たな影がケルビムを掻っ攫い、そのまま爆破したのだ。

 

「なに!?」

〈マニューバモード使用許可を!〉

〈雄介退がれ!〉

 


 

 空間転移怪獣メタシサス 異次元空間より飛来

 


 

(ザイン、イグニッション!)

 

 雄介は咄嗟にレボルシオンから緊急脱出すると同時にイグニッション、心臓に光の鍵剣を突き刺して捻り、己の心を抉り出す。

 

「デュァァッ!!」

 

 着水し、激しく水柱を上げるザインと対照的に空中に静止するメタシサス、その姿が掻き消えたのは次の瞬間だった。

 

「デュ?!ヌン!」

 

 クワガタムシのように横開きになった顎が背後から迫り、ザインの首へと噛み掛かる

しかし、精密機械じみたその動きゆえに雄介にとっては予測しやすい

テレポートや透明化、分身戦法を得意とする怪獣や宇宙人というものは、まず背後を取ることを優先する

バルタン星人やガッツ星人、そうでなくてもネロンガやサドラといった連中はみな死角から攻撃してくるのだ

ゆえに視界から消えた時点で即座にそれを察した雄介はまず咄嗟にスペシウムブレードを背後に向けて展開していたのだった。

 

 勘が当たって直撃したスペシウムブレードはそのままメタシサスの胴を貫通するが、やはりそれも大したことはないかのような動きで再び奴の姿は掻き消える

メタシサスの能力は通常の生物の認識し得る3次元空間座標の概念を超越した移動能力であり、奴にかかればメビウス時代に地球に来た宇宙量子怪獣ディガルーグのように複数の空間領域に同時に確率的に存在することなど容易いのだ。

 

「デュ……」

 

 ブレードに手応えが無かった事からそれを消したザインだが、すぐさまにカラータイマーが鳴り始める

まだ変身から30秒も経ってはいない、対邪神戦でのエネルギーの枯渇がいまだに後を引いているのだ。

 

〈雄介!クソォッ!応答しろ!雄介!〉

〈攻撃が効いていない!おいCP!どうなってる!〉

 

 クルセイダーの二人は撃墜された雄介を心配しながらも正確な射撃で怪獣を撃ち落とそうとするが、まるで手応えを感じられない

通常であれば被弾部位に破損が生じるなり火花が噴くなりするのだが、まるで蜃気楼のように揺らぐばかりでリアクションがまるでないのだ。

 

〈タイプアンノウン、未知の怪獣です!

時空連続体に歪みが発生しています、おそらく超空間かなにかを

操る能力で攻撃を無効化しているんです!〉

 

「キュィォオッ!」

 

〈じゃあどうしろってんだよ!〉

〈そんな都合よく対時空変動装備なんてあるわけないじゃないですか!根性でなんとかするんですよ!〉

 

 機械的にも生物的にも取れるメタシサスの叫びが響く中、雄介はザインのエネルギー減少を少しでも抑えるべく動きを静止し、念力による身体維持に集中する

次に来る攻撃の一瞬に備えているのだ

ガンQやグリーザ、メタシサスやディガルーグなどの持つ能力である同一空間軸上多重存在の推移による確率論的回避は、接触するその一瞬のみ無効化されるのである

接触とは存在なくして行えない行為であるゆえに、触れたときには確かにそこに存在しているのだから。

 

「ディエアッ!」

 

 意識を集中し、拳にあらん限りの力を込めてのカウンターを撃ち放つ、全力の攻撃がメタシサスへと突き刺さり、それを吹き飛ばすことに成功、すかさず必殺の一撃を繰り出す雄介だが、ザイナスフィアのエネルギー蓄積の完了前に再びメタシサスが姿を消してしまった。

 

「デュ!……」

〈あぁもう!時空変動が磁気に影響して通信が〉

 

 通信が途切れる、メタシサスの能力の影響による通信妨害だ

司令部との通信が途切れてしまったことでクルセイダーズの二人も有効な攻撃手段を見出すことが出来なくなってしまった

フィジカル型ではないとはいえマックス怪獣、たかが一、二発の拳では必殺技のために十分な隙を作れなかったのだろう、しかし雄介の側にはもう時間がない

エネルギーの減衰はいよいよ厳しいレベルに突入しているのだ。

 

「キュィィッ!」「セヤァァッ!」

 

 カラータイマーへと目を落とし正確な残りエネルギー量を把握しようとしたザインに死角となった真上から迫るメタシサスの突撃は、それよりも遥かに早く突撃してきたゼファーによって防がれる

ゼファーの飛び蹴りがメタシサスを海面へと叩き落とし、激しく水柱を上げた!

 

(ザイン、念力だ!奴を通常空間に叩き落とせ!)

 

 派手な水柱とは裏腹に、実際のところ実態の希薄なメタシサスはほとんどダメージを受けておらず

すぐにまた戦闘態勢を取り直してくる

だがゼファーの勘は正しかった

雄介の操る念力がメタシサスの能力を妨害し、確率的存在の実在可能性を引き摺り出す

メタシサスが実体化した瞬間、ゼファーはエクスカリバーを召喚して斬りかかり、インナースペースを展開して必殺技バンクに入る。

 

エクスストラッシュ

 

 翠緑のインナースペース背景を背に、国彦が握った聖剣を逆手にし、大きく振りかぶって右下から左上へ、半回転斬撃を放つ

確率論的回避能力の機能を失い、その場に実在しているメタシサスにそれを躱す術は無かった。



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エピソード35 散塵 1

「嘘、二体目のケルビム!?」

 

 突如として増殖したレーダー反応、別れた雄介が最初から確認されていた方の反応に向かっているため、明は二つ目の反応へと急ぐ

オーシャンの水上用機体であるシーホースは残念ながら重装備ではないため、単独で完全体になったケルビムの相手をするのは難しい

しかしそれでこそ。

 

「腕の見せ所ってね!」

 

 エネルギー反応があった地点はエリアS-41、静岡県の東端であるため、神奈川へ向かっている途中を少し逸れるだけで良い、燃料などの問題は気にしなくても良さそうだ。

 

「いた、攻撃開始する!」

「ギャァァァァアッ!」

 

 ほとんど完全孵化といっていい状態のケルビムを発見した明は回避機動を織り交ぜながら正面に移動し、シーホースの火力をぶつけ、それと同時に新たな機体の出撃を要請する。

 

〈達摩、シーサーペントを出して!〉

「お嬢、了解です、確認ですが武装は」

〈いつもので構わない、できる限り早めに!〉

 

「わかりました、それじゃあお届けします!」

 

 BURKオーシャンの誇る重爆撃機海蛇(シーサーペント)、高機動であることを優先したアシ、海馬(シーホース)より速度は低いが、代わりにシードラゴンに匹敵する武装を詰め込んだ高火力な重機体である。

 

「BURKオーシャン、紫波 達摩(シバ・タツマ) シーサーペント 出撃!」

 

 ゲートが開き、発進するシーサーペントから金色の光が溢れる、メテオール・イナーシャルウィングだ

翼が最大展開すると同時に超加速したシーサーペントは一瞬にして視界から消え去った。

 


 

「椎名!こっちのケルビムは任せなさい!」

〈わかった、頼んだぞ〉

 

 通信機に叫ぶと同時に火炎弾の砲撃を回避し、左右へのフェイントをつけて右上へ、腹を晒さないようにしつつ急速旋回して一気に距離を取り、再び旋回して正面へ的を据える

ビーム砲を発射して攻撃し、気を引きながら市街地から引き離すように山へとケルビムを誘導する。

 

「ギィィアアッ!」

「そうそうこっちこっち、早く来なさいよね」

 

 いくら装甲の上からなら深手にはならないとはいえ、よほどフィジカルに優れた、それこそギガデロスやギャラクトロンのような重装甲型でもない限りビームの超高温攻撃は無視できる火力ではない

撃ち続けていればそのうち中枢器官にまでダメージを及ぼすことは明白である。

 

「さぁ……て!」

 

 向こうも同じく火球(射撃)で反撃してくるが、機敏な動きで躱したシーホースはさらに反撃を重ねながら引き撃ちし、絶妙な距離を保ってケルビムを誘導する

怪獣の中では高い知能を持つ方とはいえ、流石に生まれてすぐに戦術を理解するほどのものではないのだから、上手く釣りを掛ければ引っ掛かる。

 

「メテオール発動許可を!」

〈……わかった、メテオール使用許可する〉

 

「パーミッションシフトトゥマニューバ、マニューバモードオン!」

 

 金色の光に包まれたシーホースが超機動を開始し、メテオール武装を展開、先ほどまでの回避専念とは打って変わってブラスターの連射でケルビムを圧倒する。

 

「よっ、と、もう一撃!」

 

 メテオール残時間50秒、余裕がある

この一匹だけならシーサーペントを呼ぶ必要は無かったかもしれないくらいに

だが油断はしない。

 

「この一撃で……仕留める!」

 

 ブラスターを再チャージしたシーホースは空中でバックし、上空へと飛び去り

そしてその3秒後に急降下する

加速距離を無視して最高速度での急降下突撃、旧日本軍の特攻の如き突撃だが、決死の突撃というわけではない

今の今まで使われることがなかったシーホースの超兵装である翼外縁部白熱化装甲(ブレードウィング)が起動し、翼が白く発光すると同時にケルビムの火炎弾すら切り裂いて突進する。

 

「いっけぇぇぇえ!」

 

 ズガンという鈍い音と共にその胴体を斬り抜け、地面すれすれで姿勢を回復したシーホースはそのまま距離を取り、再びビームで削る戦法を取る

一方ケルビムも近接戦のリスクを理解したのか、ひたすらその場から離れようとする

だが明からすればその行動はせっかく引き離した市街地側へ怪獣が向かってしまうということに他ならないため、市街地側へと機体を回り込ませてカバーに入る。

 

〈お嬢!只今参りました!〉

〈達摩!そのまま顔面ブチ抜きなさい!〉

 

 メテオール残時間が切れているシーサーペントだが、それでミサイルの火力が変わるわけもなし

ガトリング2門とポップミサイルの同時発射による制圧射撃がケルビムを襲い、そのまま削り散らす。

 

「ギジャァァァァ!」

 

 あまりのダメージに絶叫を上げるケルビムだが、それで攻め手を止めるわけもなく

爆弾倉を開いたシーサーペントのガス焼夷弾とシーホースのブラスターで焼き払われて爆散、消滅した。

 

〈お嬢、本当におれ要りましたか?〉

「シーホースだけじゃ倒し切れなかったから、必要だったよ……また!?」

 

 戦闘終了を確認した直後、再び発生した反応を捉えたアラームが鳴り、オーシャン組は揃って太平洋へ向かうのだった



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エピソード35 散塵 2

「ええいもう!出現率異常でしょ!」

「まぁまぁ、とりあえずやりましょうよ」

 

 

「「BURKオーシャン エンゲージ!」」

 

 二人の隊員による初動迎撃が開始されると同時に、機動力の差で最初の2体に間に合わなかったのであろうBURKジャパンの戦車隊が回されるとの通達が届く

流石に軽武装な上に武装を擦り減らしてしまっているシーホースは火力が足りるとは思えないため、その申し出はありがたいのだが、連携訓練もしていない組織同士であるため、誤爆・誤射や射線閉塞を避けるために距離を取って戦う方針を取らねばならない

近接でこそ活きるブレードウィングと小回りの利く足が売りであるシーホースはますますすることがなくなってしまう。

 

「……なにあいつ!」

「あ、あれは……分かりません!でもおれ達の知らない怪獣ってことは分かります!」

「そんなわかりきった事はどうでもいい!データがなきゃ何してくるか分かったもんじゃないって言ってんのよ!」

 

 しかし、伊豆周辺で接敵したその怪獣は

全体的に腐ったような筋繊維が表出している茶色のボディ、おそらく鰭であったのだろう部分と骨格は大きく強く発達しているのがみてとれるが、反面脚は貧弱で、尾や胴体の太さからすればなぜそれで立てるのかわからないというレベル。

 


 

ゾンビ怪獣シーリザー 静岡県沖より漂着。

 


 

「お嬢!あいつ、海面に立ってますよ!」

「違う、浅瀬の部分に立ってるのよ、でもおそらく全高はウルトラマンより高い……あぁもう!グロすぎ!達摩、あいつ吹っ飛ばすわよ!」

 

 あまりにも理解しがたいその姿、グロテスクすぎる外観は腐乱死体に対する生理的嫌悪を生じさせる

今すぐ火葬なり粉砕なりでもしてやろうと言わんばかりの勢いでシーホースがビーム砲を放つが、頭に直撃したはずのビームを無視して直進してくるシーリザー

彼女とてかつて闇の三巨人やクトゥルフが使役したシビトゾイガーは知っているが、だからと行って『バイオハザード』のような露骨すぎるホラーが得意なわけではない

ダメージを受けながら鈍い動きで直進してくるなどという常識を超えた行動は否が応でも直前のケルビムの生物的な反応と比較して、気色の悪さを感じさせるものだった。

 

「なんなのよあいつぅっ!」

 

 あまりにも気色悪いゾンビ怪獣の相手をするには火力不足という事で二人は一旦下がる

残念ながらシーサーペントのガトリングも貫通力を持つ兵器ゆえに脆い敵の体を突き抜けてしまい、衝撃力を発揮できないために有効打にならないようだ。

 

「お嬢!これ弾効いてません!一旦下がりましょう!火力のある戦車隊に任せますよ!」

「くうっ!我、通常弾にて攻撃試みるも効果確認できず、退却する!」

 

〈了解!あとはこっちの大砲に任せろ!〉

 

 ありったけの爆弾を置き土産にして叩き込み、最低限表面を焼灼して足止めしてから退却する二人

海岸線に並ぶ火砲は凄まじい威圧感を放っているが、ガトリングガンで蜂の巣にされても死体のまま再生してくるという規格外の再生能力(リジェネ)を持つシーリザーの力を目の当たりにしてはこれでも火力が足りるか不安を拭えない。

 

海龍(シードラゴン)……ううん、海腕魔(スキュラ)海魔人(クラーケン)を使うべきね、達摩、あんた人魚姫(マーメイド)は使える?」

「いえ、おれはシーサーペントとシードラゴンだけです」

 

「……まぁしょうがないか、ブルーウェーブは?」

「母艦ならスワローテイルの方が近いですよ、それにスワローはちょうど今スキュラを牽引中です」

「ならそっちで、海中移動?」

「もちろん」

 

 二人して海面をくぐり、海中へと突入するとそのまま深度を落として潜水艦の方へと向かっていく

ややもせず背後の海面付近から震動を感じるが、おそらく奴とジャパン陸戦隊との砲撃戦が始まったのだろう。

 

「ただいま!」

「お帰りなさい、また出るの?」

「もちろん!スキュラは使える?」

 

 エンジニアの友人である石動舞奈に尋ねると、無情な返事が帰ってきた。

 

「おばか、前に派手にやられたせいでまだ修理中よ、それにたかが怪獣一匹にディザスター級なんて引っ張り出す訳にいかないでしょ、アンタただでさえ無断でプレセベ使ってるんだし」

「ちゃんとエクスカリバー含めて全兵器使用許可取ったわよ!それにアレはマジでヤバい、語彙力ないけどヤバいって」

 

 焦りのあまり語彙力がそれはもうすごくすごい事になっているが、その様子を見ても彼女の表情は変わらない

青い耐水圧型の士官服のタイトスカートから覗く太腿を膝に上げて足を組み、その肉厚をこれでもかと誇示しながら静かに指を振る。

 

「映像は見せてもらうけど、おとなしくシードラゴン……か、アレね、シースパローにしなさい」

 

「シースパロー?ウィンガーじゃなくて?」

 

「イーグルのウチ流カスタム機って話、あったじゃない、アレに新しく付けられたコードネームよ、海雀(シースパロー)、元が荒鷹(イーグル)な分ちょっと格落ちっぽく聞こえるけど性能は変わってない、いつも通りワイズ・クルージングと潜航機能を確保してるわ」

「……でもイーグルって火力が足りないんじゃない?サーペントのガトリングも爆弾も効いてなかったわ」

 

「……それはちょっと予想外ね、なら今回は待機でいいんじゃ無いかしら、正直ウチで今現在用意できる火力はドラゴンとサーペントが最高だし」

「やっぱし?それじゃもうどうしようもないかぁ」

 

 そもそもの話、海を仕事場とするオーシャンの機体には火を使う武装は少ない

ヤツを火葬にできるほどの火力を発揮できる兵装というのはごく僅かだ。

 

「……スキュラが使えれば……!」

「いいわ、私から艦長に伝えます、現場にはローマの爆撃機を回してもらいましょう」

 

「あ、ケルベロスね!確かにアレなら十分だわ、よろしく!」

「言っとくけど、乗るのはアンタじゃないんだからね」



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エピソード35 散塵 3

「今オーシャンの通信員から連絡が来ました、全身が腐敗したように見える未知の怪獣と交戦、通常兵装に効果確認されず、また極めて高度なリジェネと思しい能力を持つと思われる、以上より焼却性武装の使用を求めるとのことです!」

 

「いやここに焼却性の武装なんて求められても……」

 

「イゾルテかケルベロスなら単騎で焼却性武装の使用できます、今からでも連絡を入れますか?」

「しかしあれはイギリスとローマの機体よ、いくらなんでも遠すぎるわ

一応連絡だけは入れても良いけれど、日本支部内での策を考えるべきね」

 

 槙島と霧島の言葉に駒門が反対し、より現実的な案を考え始める

この前のポラリスレイの時のように、日本支部には強力な単発式兵装は少ないのだ

その代わり優秀な機体や新兵器が多く回ってくるのでどちらが悪いというわけではないが、セブンガーとエクスカリバー・カプリコーンという事実上運用不可能な兵器で2枠を使い、残り1枠は拘束特化兵器である銀嶺庭園では流石に火力の不足が出るのは仕方ないことだ。

 

「特殊ナパームは?生物相手なら使えるでしょう」

「確認します」

 

 霧島は即座に整備科へ連絡をとり、焼却弾の在庫を求める。

 

〈焼灼ナパーム砲弾なら確か弾薬庫にあります、ですがあれは何年も前の物ですし、今も正常に動作するとは限りませんよ?〉

「構いません、何発かでも使えれば良いんです、あのナパームは自己発火性ですから高温になれば勝手に燃えます!」

 

〈分かりました、じゃあ今から引っ張り出してきます、検品含めて3分ください!〉

「ウルトラマン来ても帰っちゃうじゃないですか!もっと早くならないんですか!?」

〈なりませぇん!〉

 

 霧島も流石に無茶を言いすぎているのは自覚しているのか、それ以上を追求することはなかったが、時間がないのは事実

シーリザーが腐敗した身体を引きずって歩くだけでどれだけの生物がその汚染被害に遭うかわかったものではなく、また二次被害から同様の汚染怪獣が生まれるという最悪の連鎖を起こす可能性も拭えない

また悪臭を撒き散らしているというだけでも周囲の人々にとっては大迷惑であるからして焼却による“あとしまつ”は必須になるのだ。

 

「しょうがないわね、セブンガーを出撃させなさい、それでヤツを足止めしましょう

戦車隊にナパーム弾が行き渡ればそれで焼却、もしうまくいかなければセブンガーのアームズウェポンをファイアガンにして焼き払えば流石にナパームも発火するでしょう」

「セブンガー?いやよして下さいよ!あれ相手に有人機で接近戦なんてリスクすぎます!」

 

 どんな感染症やら汚染物質やらを保有しているかわからない怪獣相手に接近戦は危険すぎる

最悪セブンガー本体ごと全てを使い捨てる必要すらあり得るのだから、及び腰になるのもわかるだろう

戦闘機1機作るのにすら何百億円という予算が軽く飛んでしまうというのに、戦闘用巨大マシンを使い捨てるなど考えられないと言わざるを得ない。

 

「あの、ケルベロスの使用許可出ました!向こうの空戦隊員がすぐに回してくれるそうです!」

「所要時間は?」

 

「メテオール込みであと10分です!」

〈いや、もう少し早くなるかもしれん〉

 

 駒門が落胆の表情になるよりも早く、通信から聞こえた弘原海の声がそれを遮る。

 

〈アメリカのディザスター級ヘルズゲート、かつて破壊されたそれを地上地点間の転移装置に仕立て直したらしい、ついさっき申し立てがあってな、もう使用承認は取った〉

 

「空間転移での現場急行……!」

「それなら、間に合うかもしれません!」

 

 そう、ここのところまるで存在感のなかった弘原海は今別件でアメリカ本部に直接出向いており、日本支部には居なかったのだ。

 

〈今ナパーム検品終わりました!作動十分なものは58発〉

「使えるものはすぐに輸送科の方に回して下さい!」

 

 霧島が整備科からの連絡に対応し、それとほぼ同時に前線の様子を確認し終えた槙島が通信機に向かって呼びかける。

 

「室長、ヘルズゲートの使用を加味しての到着予想時刻を教えて下さい!」

〈およそ1分後だ、パイロットは俺が務める〉

 

「わかりました、キャバリアーズ全隊に通達、前線を維持し持ち堪えて下さい

1分後に支援機が到着します」

〈了解!クルセイダーズは今何してる?〉

 

「彼らも現在急行中です」

 

 向こうの戦車隊隊長の声を華麗に受け流した槙島は左隣に座る霧島の表情を伺いながらモニターを再び確認して、その画面が墜落したレボルシオンを映していることに気づく。

 

「椎名隊員からの連絡はまだですか?」

「残念ながら、やられたと考えるべきでしょう、下手な希望的観測はノイズになります」

 

 静かな声と共にケルベロス到着までの残り時間をカウントする霧島の視線はどこまでも冷たかった。



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エピソード35 散塵 4

(雄介、なにやら向こうが騒々しい事になっているようだが、どうする)

(どうもこうも、隊員証(バッジ)が生きてる以上、位置特定用の電波も出ているし

あとはレボルシオンがイカれてなければ通信機で無事を報告して迎えを貰う

もしイカれてたらその時は残念って事でその辺の公衆電話から基地に電話すれば良いさ)

 

 雄介は楽観的な回答を述べるが、ネットにアクセスして監視カメラなどの情報をリアルタイム閲覧できるザインはそうも行かない

悪臭問題はすでに海際の都市で騒ぎになり始めているのだ。

 

(そう簡単な話でも無さそうだ、わざわざ戦車隊まで出しているという事はおそらくただの騒ぎでは無く別の怪獣が現れたんだろう、向かうべきだと思うぞ)

(変身はできるか?)

 

(いや、残念ながらまだしばらくは無理そうだ)

(仕方ないか)

 

 レボルシオンを念の為確認してみるが、コックピット近くに衝撃を受けたためか通信機は明らかに破損している様子だ。

 

「やっぱり無理か……よし、公衆電話から掛けるぞ、ちょっと車を回してもらおう」

 

(向こうが何事もなく終わればいいが……)

 


 

「BURKケルベロス現着した!これより火力支援を開始する!」

〈了解!こちらも砲撃を再開する!〉

 

 怪獣の誘導と被害の封じ込めを続けていた戦車隊から歓声が上がり、それとほぼ同時にナパーム弾が届き始める

ケルベロスの地獄の炎とナパームの砲火が全身を焼き、海に身を沈めようとするシーリザーを黒焦げにする。

 

「ディザスター級兵装、地獄の炎(カノ・エッド)、起動!発射ッ!」

 

 弘原海の放つ火炎放射は的確にシーリザーの尾や背鰭を捉え続け、細胞組織の分散による別個体の復活も許さない

ナパーム弾と火炎放射によって海面が瞬時に沸騰するほどに加熱され、水蒸気爆発が発生する。

 

「さすが災害(ディザスター)級なだけあるな、海洋保全条約はゴミと化したかも知らんが」

「元からだろ、コダラーの時点で既に終わってるよ」

 

 まさに地獄のごとき様相を戦車隊の皆が見守る中、黒焦げの炭塊となったシーリザーが崩れて砕け散る

散々に苦戦させてくれやがったゾンビも火には勝てなかったのだ

夕日に照らされながら、骸は灰塵へと還った。

 


 

「ディザスター級兵装地獄の炎の活躍により、仮称シーリザード撃破……だって」

「はぁ〜〜〜よかった、あんなの相手したくないし、向こうが勝ってくれてよかった」

 

 ゾンビ系は苦手な明が大きな胸を撫で下ろす中、逆にゾンビ系が得意な達摩が笑う。

 

「お嬢はそういうの嫌なんでしたっけ?まぁ再生できるにしても撃たれてノーリアクションってのも確かに不気味ですけど」

「腐ってるしキモいって嫌すぎるでしょ、生物として明らかに不自然じゃない、生きてるのに腐敗してるなんて

毒とかで傷口が腐敗するのは分かるけどさ」

 

 確かに破傷風や敗血病など傷口から腐敗が広がる病気というものはあるが、ゾンビのようなファンタジックなそれとは話が違うとして語る明、誰にとってもあまり気持ちの良い話題ではないので、話をサッサを畳んで口を閉ざす。

 

「あ、シャワー使っていい?ずっと走ってきたから汗かいちゃったし」

「……まぁいんじゃないすか?使用申請だけちゃんとしてくれれば」

 

「めんどくさい、出しといて」

「なんでおれがお嬢名義の申請なんて出すんですか、おれは出撃報告書書かないといけないんですから、自分で出してくださいって」

 

 出撃前には湯気を立てていたというのにすっかりぬるくなってしまったコーヒーを啜る紫波隊員と、今からシャワーに直行する気満々の明はしばらく面倒ごとの押し付け合いを続けるのだった。

 

 



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エピソード36 結晶

「椎名雄介、ただいま戻りました」

「おう、怪我はなかったみたいだな、よかったよ」

「しっかしいつの間に脱出したんだ?落とされてからキャノピー外れたか?」

 

「いやぁなんとか生きてましたよ、衝突のせいでキャノピーが歪んじゃってて、蹴り開けるのに苦労しました」

 

 頭を掻きながら軽く会釈するいつものウルトラ謝罪ポーズで話を流してデブリーフィングに参加する雄介だが

そこにロシア支部から連絡が届く。

 

「緊急通信!?映像回線開きます!」

 

 正面のモニターに表示されたのは、巨大な結晶体、光怪獣プリズ魔だった。

 

「は?プリズ魔じゃないですか!なんでこんな時に!?」

 

 そう、元来プリズ魔は太陽の光エネルギーを多く吸収する地球の大気圏へ光を吸収する為にやってきた怪獣であり、その行動原理は捕食のみ

光でできた結晶は光を取り込み増殖することしか考えていないアメーバのような原始生命体である

それゆえに出現や行動に予測を立てることは困難であり、出現すれば撃破も困難を極める

過去に出現した時は同じく実体化した光であるウルトラマン自身が内部に突入して体内から光線で爆破するという危険極まりない戦法によって自爆同然の撃破を行ったジャックの例があるが、流石にそれは今回期待できない。

 

「過去のウルトラマンのデータからして、ウルトラマンは一度なるとその後にしばらく待機・冷却の時間を挟む必要がある、メタシサス戦でゼファーとザインがそれぞれ確認されている以上は我々だけで戦わざるを得ん」

 

「では、最終兵器を?」

「いや、奴に対して物理刀剣であるカプリコーンでは効果が期待できない、アステロイドバスターかディザスターで片を付ける必要がある」

「しかし、日本のディザスターじゃあ!」

 

 不可能だ、その言葉だけはなんとか呑み込んだ徹だったが、その表情は変わらない。

 

「その通りだ、日本のディザスター級である銀嶺庭園は拘束専用、セブンガーも主兵装は格闘レンジ、エクスカリバーに至っては事実上喪失している状況、だが……プリズ魔の特性を忘れたわけじゃあないだろう?」

「より強い光エネルギーに引き寄せられて移動する……まさか!?」

 

「そう、今作戦はロシアとの共同作戦となる、狙撃ポイントとなる周辺の海上までプリズ魔を誘導してそこでロシアのエクスカリバーをぶつけるんだ」

 

 ロシア支部のエクスカリバー・サジタリアスはレールライフル、光速近くまで加速された質量弾を撃ち下ろす砲台である

いかにバイオプラセオジウム結晶であるプリズ魔といえど、その物理強度には限界がある。

 

〈Mr.ワダツミ、こちらの戦術士官からも同じ結論が出ています、そちらのディザスターを以って拘束されたプリズ魔ならエクスカリバーを直撃させることが十分に可能です、その余波まで完全に抑え切れるかはわかりませんが、プリズ魔のもたらす怪獣災害は非常に重篤な問題、多少国土を削ってでも対処する必要があります〉

 

 向こうの司令官も同じ作戦を提示し、プランの具体化が始まる、切り札となるエクスカリバー・サジタリアスを直撃させるためには目標ポイントへと誘き出した後に奴の移動を封じ込める必要がある

それを完遂するためには日本支部の銀嶺庭園が最も適しているため、互いの二大兵器をいかにして運用するかに主眼を置いた運用をするべきであろう。

 

「こちらのディザスター級・銀嶺庭園を応用し、奴の動きを封じ込めます、その先に最大火力を撃ち込めれば」

〈えぇ、可能性は十分に、サジタリアスの破壊力はマントル層をも貫き得る、光の結晶であろうと貫いて見せますよ〉

 

 ロシア支部のユーリャ支部長との通信回線から、ロシア支部の作戦室へと回線が切り替わる。

 

〈日本の皆さん、はじめまして、私はロシア支部対怪獣対策室長ナターシャです、今作戦においてはロシア支部側の全体指揮を担当します

早速ですが作戦の概要を詰めましょう

現在目標は東北地方沖側から徐々に北上中、海上を抜けるまではあまり時間はありません〉

 

「日本支部怪獣対策室長の弘原海です、こちらは直前に多数の怪獣災害による被害を受け、損害は大きい状況です、平常通りに戦力を支出することはできない」

〈構いません、最後の一撃さえ撃てれば良いのですから〉

 

「そのため!ケルベロスとクルセイダーの3機編成で向かいます、地獄の炎は残念ながら弾切れですが、ケルベロスはもとより重武装爆撃機、火力は十分です」

 

 『日本支部を侮るな』言外にそう告げながら、弘原海はスクリーンモニターの先を見やると

その目線を受けたナターシャはかすかに微笑む。

 

〈承りました、では日本支部からの戦力をお借りします

パイロットはどなたが?〉

 

「雄介、ケルベロスはお前だ、丈治と竜弥がクルセイダー1番機、徹と琴乃が2番機に」

《了解!》

 

 訓練期間の浅い雄介は高度な連携を必要とするタンデムを避けて単独、特に飛行に長ける2人は前衛、現場指揮と相手の観察をそれぞれ得意とする2人は後衛機として編成する3機編隊としての出撃が決定する。

 

〈まもなくアンリミテッドネットの超高速回線も捕食対象に入るでしょう、現場での再開を待っています〉

 

「通信、終了しました、フリズスキャルブから送られてきたプリズ魔の座標情報をモニターに出します」

「よし、5人は各機の補給終わり次第再出撃、行けるな!」

 

《はい!》



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エピソード36 結晶 2

〈クルセイダー現着、これより旋回待機に入る〉

 

〈椎名君、ケルベロスの兵装はディザスター級地獄の炎の運用に特化した編成です、現状では頼みのそれが弾切れである以上はあまり火力は期待できませんが、フレアやバルカンなど牽制用の武装は充実しています、目眩しとして時間を稼ぐことに集中してください

ロシアチームのセイバーがサーチライトでプリズ魔を誘導しますので、ポイント内にプリズ魔を釘付けにするように、エリア間移動に注意を〉

 

「了解」

 

 雄介はケルベロスの速度が若干クルセイダーより遅いため少し後ろにつく形で進んでいたが、ここでブレイクし単独でプリズ魔により近づいて行く。

 

「こちらジャパンチームよりシイナ、これより進路誘導に入ります」

〈こちらロシアチームよりグリゴリー、誘導協力に感謝する〉

 

 キィィンという音と共に、独特の軌道で浮遊するプリズ魔の正面からサーチライトが照射され、不規則に揺れ動くサーチライトの光を追ってプリズ魔が動き始める

プリズ魔の結晶化光線は直撃どころか掠っただけで周辺をプリズ魔本体と同質の光プラセオジウム結晶に物質組成を転換する脅威的な性能を持つ、装甲の薄い飛行機では一撃で全体がやられてしまうだろう

その致命的な攻撃がいつ飛んでくるかもわからない中でプリズ魔の正面に立ち続けるグリゴリーの精神力のなんと強靭なことか。

 

〈このまま相対距離を保って誘導する!〉

「お願いします」

 

 雄介が周囲を飛び回りながら軌道を逸らさないように注視し、グレゴリーが誘導して引っ張っていく

だが、古来より月に叢雲と言われるように、順調な作戦とは邪魔が入るもの。

 

〈椎名回避ッ!〉「うぉっ!?」

 

 通信機からの怒号に慌てて操縦桿を捻り上げ、無理やり高度を上げる雄介の真下を潜り抜けていく一条の光弾。

 

「なんですかアレ!」

〈エネルギー反応はマイナス値!マイナスエネルギー量はまだ測定できていませんが、フリズスキャルヴの衛星からの画像出ました、これは帝国猟兵ダークロプスです!〉

 

 機械処理の都合上、基地の大型レーダーでなければ探知できないマイナスエネルギー

そのため全機標準装備の一般型レーダーでは反応が検知できず、不意打ちとなってしまったのだ。

 

(ザイン、行けるか?!)

(エネルギー不足だがやるしかない!)

 

 プリズ魔が光弾攻撃に反応して結晶化光線を放つが、ダークロプスはそれを回避し、海面に派手に着水して水飛沫をあげながらスラッガーを射出

同時にダークエメリウムスラッシュを撃つ

小手先の牽制技といえど、ゼロ水準である以上は並大抵の怪獣などこれ一つで打ち砕くことが可能な威力を持っているが、残念ながら超高硬度の結晶を砕くことはできず、体表で弾かれてしまう。

 

〈いかん!作戦中断、ダークロプスに攻撃を集中しろっ!〉

 

 その言葉が彼の遺言となった

セイバーグリゴリー機に流れ弾のスラッガーが直撃し、そのまま墜落していく

爆散しなかったので遺体は回収できるかもしれないが、生存は期待できないだろう。

 

「グリゴリーさん!」

〈落ち着いて、彼も覚悟はあったはずよ

遺志を継ぎなさい!〉

 

 駒門の言葉よりも早く、雄介はターゲットをロックオン、全火力をブチ撒ける。

 

「クッソ!食らえよフルバレットファイアーッ!」

 

 ガトリング・ミサイル・ビーム砲の束が一斉に放たれ、ダークロプスへと飛来するが、機械であれど敏捷性に秀でるダークロプスの動きは速く、射撃を回避していく。

 

「クルセイダー!弾幕ください!」

〈支援入る!〉〈了解!〉

 

 ビームやミサイルの弾幕、その一つ一つは大したことのない威力だが、束になれば流石に鬱陶しい

プリズ魔を狙うよりも先決と判断したのだろうダークロプスの指先がケルベロスへと向かう。

 

「デューアッ!」

 

「来たな」

 

 ビームに使っていたエネルギーをカットし、ジェネレータの過熱を防止しつつ実弾を消費して重量を下げて機動性を上げる雄介

ケルベロスの操縦性はそう高くはないが、ドッグファイトに突入する!

 

(雄介!)

(やってやるさ)

 

 主機となるグラヴィティエンジンを再起動させたケルベロスが弾切れしたガトリング砲を質量弾として投下、ビーム砲へのエネルギーチャージを開始すると同時に急降下し、水面のダークロプスへと迫る

質量弾の直撃を嫌ったダークロプスは逃げの一手を取るが、それを許さぬビーム砲の発射。

 

〈メテオール使用を許可する!〉

〈パーミッションシフトトゥマニューバ!

マニューバモードオンッ!〉

 

 海面に突っ込むギリギリの高度で急速反転、ほぼ垂直に上昇しながらビームを撃ち続け

逃げるダークロプスを追う

だが、ビームのエネルギーが急激に増大したことで、プリズ魔のターゲットがケルベロスへと移ってしまう

結晶化光線が雄介の目の前に迫った。



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