カイドウがウィーネを娘にするのは間違っているだろうか? (リーグロード)
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転生したら竜女が娘になった

カイドウの小説が増えて欲しい!ダンまちがアニメ化!この2つの影響で書き始めた見切り発車な小説です。
まだまだ書き上げなければいけない小説があるというのに、テンションと勢いで書き上げてしまったので投稿しますた(笑)


 ある日俺達は転生した。

 

 前世の記憶は全員が令和の日本で終わりを遂げたというのが共通点だった。

 全員といっても4人だけだが、4人とも気がつけばどこぞの王国の孤児院に子供の姿でいつの間にか転生を果たしていたというだけだった。

 神様に会った覚えもなければチートを授かったという感覚もなし、全員変わらずそこら辺にいる一般人と前世の記憶を持つという点以外では何一つ変わらない存在だった。

 

 不満はある。悲観もした。だが、絶望はしていない。

 前世にあった物すべてを失ってしまったが、命はまだある。今日を乗り越えられる肉体だって存在している。

 

 それに何より仲間がいた。同じ前世を持ち、何より好きを共有できる友になれると断言できる者達。

 そう、転生者は全員漏れなくワンピースに登場する敵の百獣海賊団のファンでもあった。

 

 

 ♦

 

 

 

「ウォロロロォォ! それにしても、まさか転生するだなんてな」

 

「「「…………」」」

 

 1人特徴的な高笑いしながら空を見上げ、地面に転がる同士に同意を求める言葉を投げかけるが、3人共屍のように返事を返そうとはしなかった。

 

「あん? まだ寝てんのかよ。さっさと起きやがれ!!」

 

 体中のあちこちを傷だらけにした()()()()()()()()()()()の3人は()()()()である俺の叱咤を受けてようやくノロノロとゾンビみたく緩慢な動きで起き上がる。

 

「ぐっ、こんな傷だらけにした張本人が言う台詞じゃねぇな」

 

「まったくだ! っと同意してぇとこだが、そもそもの原因はお前がカイドウさんに喧嘩を吹っ掛けたのが始まりだろうがバカキング!」

 

「だが、これで俺らのリーダーはやっぱりカイドウさんで決まりだな」

 

 何故この3人が傷だらけになって倒れていたのかと言うと、彼らは自身が目覚めた孤児院の神父から自身の名を聞いて驚愕した。

 そして、自分以外にもあのワンピースのキャラの名を持つ者がいると知って出会ってみれば、全員が自身と同じ日本人の転生者だという。

 

 そうなれば、カイドウの名を持つ男が「なら、今日から俺様がキャプテンだな」と言うと、キングの名を持つ男は「ふざけるな。言っておくが俺は自分よりも弱い奴に従う気はない。特に、法治国家でないこの世界ならな」と反発したのきっかけに、クイーンの名を持つ男も「ムハハハ! 確かにそりゃそうだ。俺様もその意見に賛成するぜ!」と参戦を始める。

 残ったジャックの名を持つ男は2人と違ってカイドウの意見を否定せず、争うことに消極的ではあったが、流石に戦いもせず負けを認めるという性格でも無かった為に大人しく3人の喧嘩に割って入った。

 

 結果、早々に倒れたのはジャックであり、キングとクイーンの2人から態度が気に入らねぇという理由で一時期に共闘されて一番にノックダウンさせられた。

 次に倒れたのはクイーンで、キングの攻撃をガードしきれずに吹っ飛ばされた所をカイドウの怒涛の連撃により地面に沈められた。

 最後に残ったキングも勢いに乗ったカイドウの攻撃を受けきることが出来ず、最後には渾身のラリアットによる一撃を顔面で受けてしまい宙を一回転して意識を失った。

 

 そして、最初のカイドウが問いかける場面に続く──―

 

「それにしても、転生したはいいがここは一体どういった世界なんだ? 魔法ってのがあるのは耳にしたが、それを使えるのはエルフのみって話じゃねぇか」

 

 目覚めたこの世界が前世と違ってファンタジーな世界というのは理解したが、転生にも2種類あるのは知っている。

 まったく未知の知らない異世界と二次創作と呼ばれる前世で有名な小説の世界へ行くというものだ。

 

「それなら俺が知ってますよカイドウさん」

 

 カイドウの質問に答えたのはジャックで、どうやらジャックはこの世界がどういったものなのか知っているようだ。

 

「ほう。そいつはいい早速教えろジャック!」

 

「ええ、ここはライトノベルでも有名な作品、ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか? の世界です」

 

「あっ、それ俺も知ってる! 確かロリ巨乳のカッワイイ女神ちゃんが出てくるやつだろ。アニメだけなら俺も見たぜ!」

 

 どうやらクイーンも知っているようで、カイドウとキングは内心『なんだその妙に長ったらくてバカみてぇなタイトルは?』と首をかしげていた。

 

「そうか、知ってる奴が2人もいるなら情報の食い違いや記憶違いが起きてもある程度は対処できそうだな」

 

「だな。とはいえ、クイーンのアホはアニメしか見てねぇんだろ? それがどこまで役に立つかは疑問だがな」

 

「んだと!? 何にも知識のねぇ無能キングに文句を言われたくねぇんだよ!!」

 

 原作と同じ様にキングとクイーンの仲は最悪のようで、相手を先程の喧嘩でもキングはクイーンを吹っ飛ばしたからクイーンを下に見ており、クイーンは不意を突かれたからカイドウに負けたが、そうでなければキングと違って相打ちにまで持って行けたと考えているのでキングを下に見ている。

 互いに互いを下に見ているせいで喧嘩腰になっているのをカイドウも理解はしているが、わざわざ自分が仲裁する義理はねぇし原作もこんな感じだからいいかと黙認している。

 

「それでジャック、この世界がテメェの知っている世界なら、ここで一番面白れぇ場所は何処だ?」

 

「それなら簡単だ。世界の中心であり、この世界の舞台となっている場所。モンスターが湧き出る最悪のダンジョンが唯一存在する迷宮都市オラリオだ!!」

 

 

 

 ♦

 

 

 迷宮都市オラリオには様々なファミリアが存在する。その数は地上に降り立ち眷属を持つ神の数だけ存在する。

 そんなファミリアにもランクは存在する。それは所属する眷属の数や作り上げた実績で決まるが、大抵の場合は所属する眷属のレベルによるもので決定される。

 

 本来の原作でのオラリオでは最強派閥とされる2つのファミリア、ロキファミリアとフレイヤファミリアの眷属はロキの団長が6、フレイヤの団長が7といったレベルの持ち主であった。

 この世界ではレベルが1つ違えば勝つのは困難とされており、故にオラリオで唯一のレベル7であるオッタルは都市最強の冒険者と称えられていた。

 

 だが、この不純物たる転生者が混じった世界ではレベル7は最強にはなりえなかった。

 

 現在のオラリオで最強のファミリアは? と聞くと、誰も彼もが一切迷うことなくこう言うだろう。

 

「最強のファミリア? そんなの決まってる。あの怪物どもがいるケルヌンノスファミリアさ!」

 

 それはロキとフレイヤのファミリアよりも隔絶した強さを誇る1人と3人の神すらもが化け物と呼ぶ存在が所属するファミリア。

 

 その誕生までをまずは語るとしよう。

 

 

 カイドウら4人は孤児院から抜け出し、子供4人で迷宮都市オラリオへ向かって旅に出た。

 これはなにも無鉄砲さからくるものだけではなかった。ジャックが言うには、この世界では神からの恩恵であるファルナを刻み込まれる事が強くなるための第一歩だそうだ。

 それさえあれば、例え貧相な見た目をした者でも恩恵(ファルナ)を刻まれていないプロレスラーにさえも力で押し勝てるという。

 

 それを聞いたカイドウによる「なら、大人になるまで鍛えて待つより、さっさと神から恩恵(ファルナ)を貰って強くなったほうが効率はいいじゃねぇか!」の一言でオラリオに旅立つことが決定した。

 

 道中は危険で溢れていたが、前世でカイドウは総合格闘家、キングは元プロボクサー、クイーンはテロリスト、ジャックは不良警察官と荒事のスペシャリストのような存在が4人もいた為に、なんとか無事にオラリオまで辿り着くことが出来た。

 

 とはいえ、子供4人だけの──―それも一文無しの旅で汚れた格好をしたガキを受け入れるファミリアなんてどこにもなかった。

 中には馬鹿にして笑ってくる者もいたが、そういう奴らには喧嘩を仕掛けてボコボコにした。だが、すぐに立ち上がられて返り討ちにあうことが大半だった。

 

 これで恩恵(ファルナ)を持つ者と持たざる者の差というのを痛感したカイドウら4人は、生きる為にスリや万引きなど犯罪に手を染める。

 元々素行の悪い前世を歩んできた4人だ。これくらいは罪悪感も抱かずに簡単に実行してみせた。

 

 それから、表から裏の世界へと移り変わった時、ようやく自分たちを受け入れてくれるファミリアに出会えた。

 それが狩猟の神にして冥府神とも呼ばれているケルヌンノス神が立ち上げたファミリアであった。

 

 ここで語らなければならないのはケルヌンノスファミリアが表ではなく裏の世界で活動するファミリアだということ。

 それすなわち、所属する眷属たちの性格は善性ではなく悪性寄りのもの。例え加入したのがガキであろうと使える者は容赦なく使っていく考えの者が大半だった。

 

「ケッケッケ、テメェらが新しくウチに入った生意気なガキ共か。聞いた通りクソ生意気な顔と魂をしてやがる」

 

 気味の悪い笑い声をあげるのは、2本の角の飾りを付けた白い獣の皮のコートを羽織ったケルヌンノス神だった。

 そんな神からの評価にイラついた感情を隠そうともせず、本音をぶつけるカイドウ。

 

「チッ、いいか俺たちはテメェを神として敬いもしねぇし崇めもしねぇ。俺たちが興味のあるのは恩恵(ファルナ)のみだ!」

 

「カァ~、最近の下界のガキ共は礼儀がねぇな。だがいいぜ。その生意気さは気に入った。精々折れずに強くなるんだな」

 

 ケルヌンノス神から恩恵(ファルナ)を授かった4人は早速冒険に向かおうとするが、先に待ち受けていたのは先達である冒険者からの洗礼であった。

 

「よぉガキ共、恩恵(ファルナ)を貰って早速ダンジョンに出発か?」

 

「偉いなぁ~。でもよ、あんまし調子に乗ってると痛い目に会うぜ」

 

「例えば、俺らみたいな極悪人からな!」

 

 そのままダンジョンへ行く前の訓練と称してレベル2の冒険者2人とレベル1の冒険者5人VSカイドウら4人による模擬戦闘が始まった。

 

 当然、恩恵(ファルナ)を授かってすぐのカイドウたちが勝てる筈もなく、レベル1の5人をダウンさせることは出来たもののレベル2の2人には完膚なきまでにボコされたカイドウらは床に転がされ、手当てを受けることなく壁際まで蹴飛ばされる始末に怒りを覚える4人。

 

「クソったれが、何が訓練だ。ようは力の差を見せつけて心を折ろうとしただけじゃねぇか……」

 

「それでどうするカイドウさん? このまま黙って奴らに泣き寝入りする気か?」

 

「冗談じゃねぇぜキング! 俺はあの野郎どもにいいようにやられて泣き寝入りなんざ死んでも嫌だぜ!!」

 

「ウォロロロォォ! クイーンの言う通りだ。だが、今の俺たちは弱い! そこは履き違えちゃなんねえ。それを認めることすら出来ねぇ弱者は理想を口にする資格すら持たねぇ……」

 

 傷だらけの体で無理して立ち上がるカイドウはそのままケルヌンノス神の元に戻っていく。

 

「ケッケッケ、随分と早い帰りだな。っで、どうしたんだ?」

 

「御託はいい。俺のステータスを更新しろ!」

 

「おいおい、こんな短時間で急に成長するほど神の恩恵は甘くはねぇぞ」

 

「うるせぇんだよ! いいからとっとと更新しろってんだ!」

 

「ったく、そんじゃお望み通り更新してやるが、結果に対して騒ぐんじゃ……っおお!! んだこりゃ?!」

 

 背中に記したステータスが驚くような数値を叩き上げていた。更に、他じゃ見たことも聞いたこともないスキルが3個も発現しており、ケルヌンノスも思わず声をあげて驚く。

 

「ケッケッケ、こりゃ随分と派手な冒険をしてきたんだな」

 

「馬鹿言うな。あれを冒険なんて呼べるか。……ただ、とりあえず気に入らねぇぶっ飛ばす相手を見つけただけだ!」

 

 殺気を放ちながら言い放つカイドウに、久しく見る下界の可能性を秘めていると思ったケルヌンノスは笑って「ならやってみせろ!」と背中を叩いた。

 

「ああ、だがそれをやるのは俺だけじゃねぇぜ。おい! お前らもさっさとステータスを更新させとけ、俺は早速ダンジョンに向かう」

 

 それだけ伝えるとカイドウはダンジョンへ向かって行った。

 

「……っで、お前らもあの馬鹿の後を追うのか?」

 

「「「当然だ!!!」」」

 

 カイドウと同じく傷だらけの体でありながら、キング、クイーン、ジャックの目は猛る猛獣の如くギラギラと輝きを放っており、我先にとケルヌンノスにステータスの更新を強請(ねだ)る。

 

 その数日後、ダンジョンから帰ってきたカイドウたちは持ち帰ってきた天然武器(ネイチャーウェポン)を片手にステータス更新を済ますと、早速お礼参りとして前回訓練に参加したレベル1の冒険者5人を吹き飛ばし、レベル2の冒険者2人をカイドウが片方を相手し、キング、クイーン、ジャックが残った片方を相手した。

 

「クソッ! なんだコイツらは!? この間とはまるで別人じゃねぇか!?」

 

「ウォロロロォォ! オメェらは強かったぜ。ただし、数日前の俺よりかはという話だがな」

 

「ぐっ……、チキショウが……」

 

「こっちは終わったぜカイドウさん。3人がかりとはいえ、流石はレベル2といったところだ。あんたもさっさと終わらしちまいな」

 

 キングたちが戦っていたもう1人の相手の方は、ボロボロの血だらけになっていてとても戦闘を続けられる状態じゃなかった。

 

「なっ、ガルマ! テメェらガキ共が調子に乗ってんじゃねぇぞ! こんなことしてウチのファミリアの上の連中がどういった行動を起こすか分かってんのか!?」

 

「ウォロロロォォ! それがどうした。テメェらが俺たちに歯向かってくるんならその度に返り討ちにしてやるよ! だからテメェもとっととくたばっちまえ!!」

 

「しまっ──―」

 

『雷鳴八卦』

 

「ガァハッ!!!??」

 

 カイドウの強力な攻撃は手にした天然武器(ネイチャーウェポン)も耐え切れず、相手ごとバキバキに粉砕して壊れていった。

 カイドウ含むキング、クイーン、ジャックの4人、冒険者として恩恵(ファルナ)を得て半月以内でレベル2を討伐する。

 

 これが後にケルヌンノスファミリア内部で起こる争いの火種になるが、それはまた別の機会に語るとしよう。

 

 その後、カイドウたち4人は幾度もの敗北と勝利を重ね上げる。時には無惨に、時には圧倒的に、時にはギリギリの差で敗北を積み重ねようとも、カイドウを始めとする4人は挫折することなく、偉業を重ね上げてもなお止まることなく邁進し続け、やがてオラリオにおいて最も悲惨とも呼ばれる大事件で大暴れを見せつけ、『闇派閥殺し(イヴィルススレイヤー)』としてオラリオ全土にその名を轟かせた。

 

 そしてカイドウたちは成長を続け、やがてケルヌンノスファミリアの団長の座にカイドウが座り、その後ろを大幹部を大看板と言い換えさせたキング、クイーン、ジャックの3人が固める。

 今やカイドウのレベルは9、キング、クイーンはレベル8で、ジャックはレベル7とオラリオ最強を名乗るに相応しい実力を手に入れたのだ。

 

 ケルヌンノスファミリアは裏から表の世界へと進出し、その眷属の数も何十倍にも増やしていった。

 ダンジョンでの到達階層もオラリオ随一で、これは部下たちとの遠征から地上へ帰る途中での出来事だった。

 

「ウォロロロォォ! 今回の遠征も中々の成果だったなキング。だが、レベルが上がるほどとは到底言えねがな」

 

「それは仕方ないでしょう。カイドウさんのレベルはオラリオ最強の9だ。そんじょそこいら深層モンスターじゃ苦戦どころか相手にすらなりはしない」

 

「ムハハハ! だな。今のオラリオでカイドウさんの相手が出来る奴なんざ俺たちくらいか、ダンジョンの最下層クラスのモンスター、それか()()()()()()()()()って野郎位じゃねぇか?」

 

「ええ、作中でも確かレベル9はゼウスやヘラファミリアの団長のみだった筈です。やはり、ここからレベルを上げるなら黒竜の討伐がキーになるかと……」

 

 現在ケルヌンノスファミリアがいる階層は20階層。中層と呼ばれる場所で本来ならば油断して会話に花を咲かせる場所ではないのだが、彼らはそれが許される実力の持ち主だということだ。

 既に部下たちは先行していて、今回の成果をリヴィラの街で換金に向かっている。

 

 そんな中、ダンジョンが冒険者を殺す為に壁からモンスターを生み出してくる。

 

 誕生したのは中層の稀少種であり最強と呼ばれる竜種であるが、過去に竜女(ヴィーヴル)を幾度も倒してきたカイドウたちは目の前に現れたモンスターの違和感を感じ取った。

 いかに人型のモンスターといえどその顔は醜悪といった言葉が似合うほどに歪んでいる。だというのに、目の前に現れた今まで倒してきた竜女と違って可愛らしいと表現できるほどに人に近い容姿をしていた。

 

「バカな! いや、時期的には合うのか……」

 

 一番初めに反応したのはジャックだった。カイドウたち4人の中で一番この世界で起こる出来事に詳しい存在である彼が反応したということは、原作関連で重要なキャラだということを瞬時に判断したカイドウらは構えていた武器をしまい様子をみることにした。

 

「ジャックよ、テメェ1人で納得してねぇで今の状況を説明しろ」

 

「まったくだ。クイーンのバカと違って原作の知識が深いお前だからこそ出来ることだ」

 

「おう! キングのアホと違って原作小説を読んでるお前にしか分かんねんだからよ」

 

『さっさと説明しねぇかズッコケジャック!!』

 

 1人グズグズして考え込むジャックにキングとクイーンが口を揃えて怒鳴り散らす。

 

「うっ、すまねぇ。この竜女は原作で登場するキャラで、昔俺が話した異端児のうちの一体だ。主人公と出会ってストーリーを盛り上げるキーキャラです」

 

「ああ、なるほどな。確か高い知性や心を持つモンスターだったか。それで、コイツは放置でいいのかジャック?」

 

「恐らくは……、このまま放置していればきっと主人公と出会って物語は進むでしょう」

 

「え~、勿体ねぇな。こんなにカワイイのに放置かよ。なんなら俺が貰っちゃおうかな~」

 

「はぁ~、趣味が悪い筋ダルのことは放っておくとして、これが異端児か……」

 

「おい! キング、テメェ今俺のことを筋肉ダルマ略して筋ダルっつたか! あぁん!?」

 

「お前の特徴を捉えたいい言葉だと思うがな」

 

 ムムム! と喧嘩一歩手前までバチバチと火花を散らすキングとクイーンに竜女は「ひっ!」と怯えた声で後ずさる。

 

「おいテメェら! 喧嘩なら他所でやってこい。ここはダンジョンだ、場所なら何処でも空いてるだろうが!!」

 

「「…………うす!」」

 

 カイドウの叱咤に互いに顔を見合わせて大人しくこの場から去っていき、少し離れた場所から先程以上の口汚い罵詈雑言を飛ばしながら大きな戦闘音を轟かせていた。

 

「うみゅう……」

 

 Lv.2相当のポテンシャルを持つ竜女は離れた場所からの戦闘音を耳に拾い上げているようで、両手で耳を塞いで固まってしまう。

 

「はぁ、キングとクイーンの喧嘩が終わり次第、さっさと地上に帰って宴会するぞ。ソーマの用意もしておけよジャック」

 

「了解です。既にソーマファミリアに連絡は完了済みなので地上へ帰還次第すぐにでも宴会は開けるでしょう」

 

「ウォロロロォォ! そいつはいいぜ。流石はジャックだな」

 

 ジャックからの返事に、カイドウは満足そうにジャックを褒め称える。

 そのままキングとクイーンをさっさと回収せんと目の前に座り込む竜女を無視して行こうとすると、不意にカイドウの服が引っ張られる。

 

「あぁん?」

 

「…………1人にしないで」

 

 震えながら必死さを声に出し、去って行こうとするカイドウを引き留める竜女にジャックは慌てたように引き離そうとするが、それをカイドウが片手で抑える。

 

「……1人は嫌か?」

 

「……よくわかんないけど、誰もいないのは寂しい」

 

 まだ生まれたばかりの竜女にとって他者との繋がりというものはよく分かっていない。

 それでも、壁の中に埋まった時から自我を確立していた竜女は孤独の恐怖を知っている。

 

「……そうか、ならお前俺の娘になるか?」

 

「っ!!? カイドウさん!!」

 

「娘……?」

 

 カイドウからの提案にジャックは驚愕、竜女は困惑の反応を返す。

 

「正気ですかカイドウさん。異端児は今のオラリオじゃ一部の連中しか知られていない。原作でさえも俺の知っている知識じゃこの異端児の一件は問題の後回しという形で終わっている。それを娘としてなんてっ──―!!?」

 

 考えを改めさせるように説得するジャックに自身の武器である『八斎戒』の銘を付けられた金棒を突き付け、有無を言わせぬ迫力で睨み上げる。

 

「黙れジャック。この決定に不服があるならファミリアから去ることを薦めてやる」

 

「っ! そこまであんたがそいつに肩入れする理由はなんだ? あんたは決して善人なんかじゃ無いはずだ」

 

「……似てんだよ。声も仕草も、前世に残してきた俺の娘にな」

 

「っ!? ……そうか。昔あんたが時々言ってた帰りたいってあの言葉は──―」

 

「感傷に浸る時期はもうとっくに過ぎたと思ってたんだがな。存外俺も親バカだったのかもしれねぇな」

 

 柄にもなく物思いにふけるカイドウは、置いてけぼりとなっている竜女の頭を優しく撫でると、未だ娘というのが分かっていない竜女に分かりやすく「娘ってのは家族を指す言葉だ。一緒に笑って泣いて飯を食って寝る。そんな当たり前な幸せを送る存在になるってことだ。どうだ理解できたか?」と説明すると、「うぅ~ん? よく分かんないけどなんとなく分かった!」と元気よく返事を返した。

 

「っは、ならこれからもっとよく知っていけばいい。そういや俺の娘になるなら名前が必要だな。……おいジャック、コイツの名前は何だか知っているか?」

 

「ウィーネ。それが彼女の名前です」

 

「そうか。よし! お前は今日からウィーネだ。それがお前が名乗る名だ!」

 

「ウィーネ、っっ私ウィーネ! えっと、ならあなたの名前は?」

 

「あん? 俺か、俺の名前はカイドウ。そしてこっちがジャックだ! それとお前は俺の娘になったんだ。だから俺を呼ぶときはお父さんもしくはパパとでも呼べ」

 

「う~ん、分かったパパ!」

 

「っぶふ!」

 

 ウィーネのパパ呼びにジャックが溜まらず笑いを噴き出してしまうが、その後にカイドウの一撃を貰ってダウンした。一応タフさが自慢のジャックはふらつきながらも立ち上がると、カイドウから向こうでまだ暴れているキングとクイーンを連れてこいと指示を受けて迎えに向かった。

 

「えぇ~! 俺らが喧嘩している間になにがあった!?」

 

「こいつは驚きだな……」

 

「…………」

 

 喧嘩を終えて戻ってきた2人の目に飛び込んできたのは、無邪気に喜ぶウィーネと、そのウィーネを肩車するカイドウの姿だった。

 この場を離れる前の会話ではあの竜女は主人公に任せて放置という結論が出ていたというのに、戻ってみれば親子かと問いたくなる程に懐いている竜女とカイドウの姿に、目が飛び出るほどに驚くクイーンと静かに驚愕するキングに無言でその反応も仕方ないと頷くジャック。

 

「おう! 戻ったかお前ら、早速だが今日から俺の娘になるウィーネだ。ほら、自己紹介しろ」

 

「はーい! えっと、初めまして。パパの娘のウィーネです!」

 

「「…………」」

 

 ポクポクポク、チーン! 

 

「ええええええぇぇぇぇ!!? カイドウさんの娘とか噓だろぉぉぉ!?」

 

「というよりも、相手は異端児だぞ。ウチのファミリアで匿って生活させる気か?」

 

 一瞬カイドウの言葉とウィーネの自己紹介を理解しきれなかった2人は脳内で情報を処理、そしてようやく理解し終えるとクイーンは絶叫、キングは至って冷静に今後のウィーネの対応を問う。

 

「うみゅう! うるさい……」

 

「おい! 口を閉じろグラサンダルマ!」

 

 ウィーネがクイーンの大声に若干涙目で耳を塞ぐと、カイドウが怒りを覚えて普段使わない罵倒をクイーンに叩きつける。

 

「うぇ、カイドウさんから久しぶりの罵倒は結構効く!」

 

「当然だろう。このバカクイーンが、お嬢がテメェのだみ声で耳を押さえてる」

 

「んだと! ってか、早速のお嬢呼びとか適応力高すぎか!!」

 

「あははっ!」

 

「「ぬぅ…………」」

 

 もはやコントじみてきたキングとクイーンのやり取りを見てクスリと笑うウィーネの姿を見て、流石にこれ以上の醜態を晒すのは大人としての面目もあるので取り敢えずは止めにする。

 その後、口喧嘩もようやく終わったところで18階層へ向けて歩みを再開する。

 

「まったく。ガキの目の前でワーキャーと喧嘩しやがって、だがまあいい。1つだけお前らに言っておくが、俺は娘を自由に育てるつもりだ。誰にも文句は言わせねぇ」

 

「っ! それは…………いや、あんたにならその権利はあるか。この街最強のあんたにならな……」

 

「まあ、面倒なことも増えるが、俺らに楯突く奴らも少なくなってきたしな。久しぶりに見せしめも悪くねぇか」

 

 キングとクイーンもカイドウの意見に賛成する。

 

「……?」

 

 まだ生まれたばかりのウィーネはモンスターである自身が地上でどういった扱いをされているのか知らないため、カイドウたちが言っている言葉の3割も理解出来てはいないが、それでもなんとなく父親が娘を愛して守ろうとしてくれている。

 そんなカイドウの親としての父性を言葉ではなく心で感じ取った。

 

「ありがとうパパ」

 

「? どうした急に?」

 

「ううん、なんか急に言いたくなっただけ」

 

「? そうか、まあいい。っさ、もうすぐ着くぞ。ダンジョン唯一の街『世界で最も美しいならず者の街(ローグタウン)』にな」

 

 薄暗い19階層を抜けて、迷宮の楽園(アンダーリゾート)と呼ばれる18階層の景色にウィーネは「ふわぁー」と感動の声を上げる。

 

 一足先にリヴィラの街に到着していた部下たちが入口で待ちぼうけていると、見張りをしていた部下の1人がカイドウたちの帰還を視認し、すぐさま地上への帰還の準備を整えろと声を上げるが、もう1人の見張りが「あれ? なんかカイドウさんの肩に誰か乗ってね?」と疑問の声を上げる。

 

 街へ到着したカイドウの肩に乗っていたウィーネの姿を見た部下たちは大声こそ出しはしなかったが、疑問に思った者の代表として最初にウィーネの存在に気づいた見張りの1人がカイドウに質問を投げかける。

 

「あ、あの……、カイドウさん。その肩に乗っている竜女は一体?」

 

「ああ、コイツか……。おい! 挨拶しろ、俺の部下たちだ」

 

「えっと、パパの娘のウィーネです」

 

 大勢に注目して見られているせいか、キングたちに自己紹介した時よりも恥ずかしがってカイドウの頭の後ろに身を隠しながら挨拶する。

 

「「「「「ええええええぇぇぇぇ!!! 本気ですかカイドウさん!! ってか、モンスターが喋ったぁぁぁ!!?」」」」」

 

「うみゅう! 耳が……」

 

 ドン!! 

 

「「「「「っ…………」」」」」

 

 ウィーネが部下たちの絶叫のような声に耳を塞ぐと、カイドウが殺気を込めた視線と手に持った金棒を地面に叩きつけることで部下たちを強制的に黙らせる。

 

「質問は受け付けねぇ。文句があるならファミリアから脱退することを薦める。選択するのはお前らだ!!」

 

 カイドウの有無を言わせぬ言葉の迫力に黙りこくってしまう部下たちだったが、誰一人としてこの場から立ち去ろうとする者はいなかった。

 それどころか──―

 

「お、俺はカイドウさんについていきますよ! モンスターを娘にしようが文句はねぇ!」

 

「俺もだ! あんたの強さに憧れて後ろをついてきたんだ。今更別のファミリアなんかに鞍替えする気はねぇ」

 

「私もですカイドウさん。モンスターを娘にしようが私の居場所はこのファミリアです!」

 

 1人の声をきっかけに、この場にいた部下の誰も彼もがウィーネの存在を認める声を上げる。

 この騒ぎに何事かとリヴィラの街の住人も様子を見にくると、あのカイドウの肩に竜女が乗っており、更には娘にしたと公言したではないか。

 この事実は瞬く間に街中に広がり、すぐさま街を取り仕切っているボールスが急いで駆けつける事態へとなった。

 

「それで、一体どういうことか説明してくれませんかジャックさん」

 

「ああ……、だがここじゃなんだ。向こうで話すとしよう」

 

 ケルヌンノスファミリアでこういった事態に対処するのは大抵がジャックの役割だ。だからこそ、ボールスは団長であるカイドウではなく真っ先にジャックの方へ向かってゆき、事態の説明を要求する。

 その間、ウィーネはカイドウの部下たちに囲まれながらリヴィラの街を散策していた。

 

 勿論、その後ろにはカイドウが目を光らせてついてきており、もしウィーネに不埒な行動をしでかそうとする愚か者が現れでもすれば、指一本動かすよりも先にカイドウの金棒が襲撃者を襲うだろう。

 

 そんな異様な光景に、リヴィラの街で商いをしている歴戦の商人たちも店の宣伝をすることも忘れて呆然と見入ってしまう。

 

「わあー、ねぇパパこれ何?」

 

「ああ、これか。これはポーションって言ってな。傷を治す薬だな」

 

「じゃあこれは?」

 

「こいつはテントだな。野外で休息する際に使う簡易的な家になるやつだ」

 

 その後も好奇心の赴くままにアレコレと店に並んである商品を指差して質問していき、カイドウもそれを律儀に答えていく。

 その姿はどこからどう見て幼子と親の日常的なやり取りだが、片方は都市最強の冒険者、もう片方は竜女という違和感がいっそ腹を抱えて笑いたくなる程にシュールであった。

 

「これ綺麗!」

 

「なら買うか? おい、これ1つ。他に欲しい物はあるか?」

 

 ウィーネが興味を持って手に取った物はカイドウが取り敢えず買うという流れを見た商人たちは、モンスターであろうとも品が売れると判断し、我先にとウィーネに声掛ける。

 

「竜女のお嬢ちゃん。ウチの干し肉は絶品だよ!」

 

「こっちには丈夫なバックが売ってるよ。買った物はこれに収納しちまいな!」

 

「さあさあ、モンスターからドロップした宝石! 綺麗だろ、買ってきな」

 

 もはやちょっとしたお祭り騒ぎになってきた大通りに、ウィーネも大勢から矢継ぎ早に店の品を見せられてどうしていいか分からなくなってきていた。

 

「えっと、えっと……」

 

 パァァン! 

 

「「「「っ…………」」」」

 

 流石に街の中だったので金棒を振り下ろしこそはしなかったが、隠す気もない殺気と怒気を込めた手拍子に商人たちを黙らせる。

 

「ウチの娘を困らせるんじゃねぇ!」

 

「「「「「すんませんでしたぁぁぁ!!!」」」」」

 

 殺されると思った商人たちは綺麗な90度のお辞儀で謝罪の言葉をウィーネに伝える。

 

「えっとねぇ、皆が見せてくれた物すっごく面白かったよ。だから、謝らなくていいよ」

 

 花が咲くような笑みで頭を下げる商人たちに優しい言葉を投げかけるウィーネの姿はまさに純粋無垢な天使かと錯覚してしまう。

 

「パパも、私の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、今のはやりすぎ! めっ!」

 

「うぐぅ……」

 

 いや、錯覚じゃなかった。彼女こそが天使だった。

 

 あの傍若無人を絵に描いたような存在であるカイドウに真っ向から立ち向かい、めっ! する可愛らしい姿とカイドウを黙らすその威光に人類は平伏せざるを得ない。

 

「おいおい、何の騒ぎかと思って来てみりゃ、本当に何やってんだお前ら?」

 

 ジャックからの説明を聞き終えたボールスはウィーネを神のごとく崇める仲間の姿に本気で困惑するが、それよりも話すことはあると何故かうなだれているように感じるカイドウに近づく。

 

「とりあえず、リヴィラの街の総意として俺らはあんたに逆らう気はねぇ。あんたがそこの竜女を娘にしようと文句を言う奴は俺が黙らす。けどよ、それが地上でも通用するかどうかは分かんねぇぞ?」

 

「ふん、ダンジョンの中だろうが地上だろうが関係ねぇ。俺たち冒険者は本来は自由な存在だ。それがギルドやらルールやらに縛られているのが可笑しいのさ、俺の邪魔をする奴は殺す! ウィーネ()に手を出す奴も殺す! それが正義か悪かなんざ関係ねぇんだよ!! 昔から知ってるよな? 俺の家族に手を出すバカ野郎どもの末路をよ!!!」

 

 都市最強のレベル9からの怒りの声を真っ正面から受けて、ゴクリと唾を飲み込む。

 怒りの矛先が自分ではないのは理解してるのだが、自身よりも圧倒的な生物的強者を前に今すぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られるボールスだが、下手な行動はより最悪な結果を招くということを無駄に長い人生経験で理解しているからこそ動かない。

 

「そうかい。なら俺から言うことは何もねぇや……」

 

 内心早く地上へと帰ってくれねぇかな~っと考えてるボールスの願いに答えるようにカイドウ率いるケルヌンノスファミリアはリヴィラの街の住人から見送られ地上へと帰還する。

 

 




もっと詳しい過去の出来事とかは連載が続けばそのうち書くと思います。

とりあえず、主人公のベル君はしばらく空気です。


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ロキファミリアの苦悩

滅茶苦茶大変だった。
これからまだヘルメスやギルドなんかも残っていると考えるとゾッとするね。

あと、土曜には出来ると言いながら日曜日になってすまない。
徹夜で仕上げたんで勘弁な……。


 時刻はすでに夕刻となっており、遠征を終えたケルヌンノスファミリアらがダンジョンを出ると、同じようにダンジョンから帰ってくる他の冒険者と鉢合わせになる。

 

「おい、あれ」

 

「デケェ……、あれが都市最強の……」

 

「あのエンブレム、それにあのモンスター級の巨体は間違いねぇ」

 

「ああ、あれが都市最強派閥のケルヌンノスファミリアか……」

 

 カイドウを先頭にダンジョンから出てくるとその巨体が目立ち周りの冒険者たちが道を開けてざわめき立ち、畏怖を含んだ強者への興味・尊敬・恐怖の声を漏らす。

 

「ってか、あの肩に乗ってるのって、もしかして竜女?」

 

「いやまさか? ケルヌンノスファミリアが地上に勝手にモンスターを連れてきたのか?」

 

「いやでも、あれ絶対に竜女だろ」

 

 最初はその堂々たるカイドウ達の姿にウィーネの存在に気がつかなかったが、1人の冒険者がカイドウの肩に乗っているウィーネに気がつくと、それが波紋して周りの冒険者たちの注目がカイドウたちからウィーネへと移り変わる。

 

「う~、パパ~」

 

 リヴィラの街よりも大勢の人に注目されたウィーネは居心地が悪そうにカイドウに抱きつく。

 

「えっ、今の聞き間違いか? モンスターが喋ってなかったか?」

 

「いやそれよりも、あの竜女、カイドウのことをパパって!?」

 

 ウィーネが喋ったのを聞いた冒険者たちは先程よりも大きな声で仲間や付近の冒険者と共に騒ぎ立てる。

 

 当然だが、娘であるウィーネが助けを求める声を出したのだ、親であるカイドウがどういった行動に出るのか。

 それをリヴィラの街である程度理解しているケルヌンノスファミリアの団員たちは即座にカイドウから距離を取る。

 

「おい!」

 

「はひっ!?」

 

 周りの冒険者の中で比較的カイドウに一番近い距離にいた男がその頭を掴み上げられ、巨体のカイドウと同じ目線まで持ち上げられ、鬼のような眼光の前に晒される。

 

「ウチの娘に何か文句があるのか?」

 

「ひっ、はぁ、あっ、いや……」

 

 今の彼の心境を語るならば、怪物に食われる前の哀れな家畜と言ったところだろう。

 目の前の恐怖にまともに口を動かすことも出来ず、呼吸と言葉にならない声を繰り返すだけの木偶となった男に返事を待つ気が失せたカイドウは視線で後ろに控える部下たちにどけ! と伝える。

 それに気づき理解した部下達は、無言で軍隊の如く一糸乱れぬ動きで壁際まで移動し真ん中に道を開ける。

 

「どうやらまだモンスター退治をするだけの余力があるようだ」

 

「へっ? うわぁぁぁぁぁぁ!!!??」

 

 カイドウに指示され道を開けた部下達の間を通り抜けるように、木偶と化した男はダンジョンに向かって凄まじい速さで放り捨てられる。

 

 その後すぐに飛んでいった男の悲鳴と壁にぶつかる衝突音がここまで響いてきた。

 

「さて、まだこの中に元気が有り余ってモンスター退治が出来るって奴はいるか?」

 

 その問いかけに今の光景を見ていた者達は全員揃って首を横に振って否定の意思を見せる。

 

「そうか、だがまだまだ暴れ足りねぇのならいつでも言ってきな、俺がすぐさまダンジョンに送り届けてやる」

 

 それは言外に肩に乗っている竜女に変なちょっかいを掛けるなら俺が相手をしてやるという意味であり、下手すればこの場にいる自分達は口封じに殺されるのでは? と思う者も居たが、これ以上は何かするつもりはないのかカイドウは肩に乗っているウィーネに声をかけてから歩き出す。

 

「もう問題ないぞウィーネ」

 

「うぅ……、ねぇパパ。さっきの人、大丈夫なの?」

 

「ウォロロロォォ! なんだ心配してるのか。冒険者ってのは頑丈なんだ、あの程度でくたばるようなモンじゃねぇ」

 

 そのままバベルの塔から出て行くカイドウの後について行くケルヌンノスファミリアの団員たち。

 そして、その最後尾に立つキング、クイーン、ジャックが今この場にいる冒険者達に警告を込めて告げる。

 

「カイドウさんはあの竜女、ウィーネを本当に娘として育てる気でいる。今この場でお前たちを殺さないでいるのも、まだウィーネに殺しの現場は刺激が強すぎるとの判断の元からだろう」

 

「ムハハハハ! 喧嘩ならいつでもウェルカムカモーンだ! 恐れ知らずのバカ野郎ども!!!」

 

「言っておくが、この件を口外するのは別に構わねぇ。だがな! ウチのファミリアに手を出そうってんなら俺が殺す!! それだけは覚えていろ!!」

 

 今の警告が噓や脅しの類ではなく、本当に実行する凄みが彼らの言動にはあった。

 

 すると言ったら確実にするのがケルヌンノスファミリア、それも闇派閥殺し(イヴィルススレイヤー)の2つ名を持つあの4人の言葉が洒落では済まないことをこの場にいる大半が周知していた。

 

 

 

 バベルの塔から外に出ると、地平線の彼方に夕陽が沈むありふれて美しい光景が目に飛び込んできた。

 

「わぁ~、ねぇパパ! あれ何? あの大きな明るいやつ!」

 

「あぁん、ありゃ太陽……いや、今は夕陽か……」

 

「太陽? 夕陽?」

 

「あぁ……、あれは常に移動していてな。太陽が本当の名前だが、ああやって地面に沈んでいく状態のあれは夕陽っていう別の名になるんだ」

 

「へぇ~、パパ物知り!」

 

「ウォロロロォォ! あんなものここで生きてりゃ常識になるさ。お前もいつか誰かに同じように教えられるようになる」

 

「本当! だったらウィーネも早く誰かに教えたい!」

 

 夕焼けをバックに仲睦まじい親子の様子を見せるカイドウとウィーネの姿に後ろで見ているケルヌンノスファミリアは驚いた顔をしていたが、何も知らない一般人含む神や冒険者は驚愕に染まった表情で固まっていた。

 あの暴虐無人で知られているカイドウが普通に笑って子供を肩に乗せて歩いている。それだけでも驚くべきことだというのに、肩に乗っている子供がよく見ればモンスターの竜女でしかも喋っている現実に『あれ? これって夢か?』と自問自答しなが己の頬をつねりあげる。

 

 そんな有象無象の衆人たちを押し退けつつ自身のホームへ帰るさなか、不意に監視の視線を感じ取る。

 見上げれば真っ白な梟がこちらを……、正確には自身の肩に乗っているウィーネを見つめていた。このまま適当な物でも投げつけて始末するのは容易いが、恐らくあれはただの目の役割を持った使い魔かなにかだろう。

 カイドウは警告の意味を込めて敵意を含んだ視線を梟に飛ばすと、動物的本能故か梟はどこぞの空へと消えていった。

 

「ふん!」

 

「どうしたのパパ?」

 

「あぁ……、なんでもねえ。それよかもうすぐ家に着くぞ。先に帰った奴らにお前のことを説明してやらねぇとな」

 

 部隊を分けて最初に帰らせた連中が既にホームで宴会の準備をして待っている頃だろう。ファミリア内にはモンスターに怨みや憎しみを持っている奴もいるが、ウチは完全な弱肉強食の世界で成り立っている。

 どんな事情があるにせよ、強者の言い分は絶対だ。ウィーネにおかしな真似をする奴が現れたら即座に雷鳴八卦をぶちかます心情でホームである『鬼ヶ島』に帰還する。

 

 

 

 

 

『ケルヌンノスファミリア遠征お疲れ様! &ようこそウィーネちゃん!!!』

 

 そう書かれた横断幕がホームの宴会場に垂れ下がっており、全員がジョッキや酒瓶を片手に今回の遠征や新しくファミリアにやって来たウィーネの歓迎と大盛り上がりの様子をみせている。

 その様子を宴会場を一望できる2階からカイドウを始めとする大看板(大幹部)飛び六胞(幹部)の面々が酒とツマミを口にしながら宴会の主役の1人となったウィーネを囲っていた。

 

 さて、ここでこの世界での飛び六胞を紹介するとしよう。

 

 黄金に光り輝く髪と宝石の埋め込まれた純金の鎧を着た美の女神に匹敵する美貌を持つアマゾネスの美女。

 

「いや~ん、この子本当にモンスター? 滅茶苦茶可愛いんですけど♡」

 

『ケルヌンノスファミリア飛び六胞"黄金郷"エルマ・オルドリッチ』

 

 

 年老いて色素の抜けた白髪と人生を刻んだような顔つきの極東文化の服装のドワーフの老人。

 

「ふむ、長年生きてはいたがまさかモンスターが喋るとはな……」

 

『ケルヌンノスファミリア飛び六胞"剣聖"ビクス・ハクローム』

 

 

 黒いムキムキマッチョな体格とスキンヘッドで傷の入れ墨が入った半裸の人間の男。

 

「俺はモンスターが喋るよかカイドウさんが父親になったってのが驚きだがな」

 

『ケルヌンノスファミリア飛び六胞"マッスラー"ガルランダ』

 

 

 個性的な面々に囲まれながらこれといって特徴の無い顔をしており、ロキファミリアの超凡夫と並べばまさにモブABと揶揄される程ではあるが、その苛烈な戦い方と普段の服装がコートにグラサンという厨二的なセンスの持ち主の人間の男。

 

「理性と知性を持ったモンスターとは……非常に興味深い」

 

『ケルヌンノスファミリア飛び六胞"深淵卿"アビス』

 

 

 ウィーネを目にした時から口を閉ざし続け、ちびちびと酒を飲む青髪の二枚目顔の猫人の青年。

 

「…………」

 

『ケルヌンノスファミリ飛び六胞"月下雷鳴"アグス・ニトラウス』

 

 

 ケルヌンノスファミリアの幹部であり、自分達とは違うこの世界の純粋な住人である飛び六胞のうちの半数がウィーネに興味を持ち、残りの半数はそれを遠巻きに見守りながらカイドウと酒を酌み交わす。

 

 そして、飛び六胞の中で最も大看板に近いと言われており、ジャックですら状況次第では足をすくわれるとすら言わしめた魔眼と呪われた隻腕の狼人の男がカイドウにウィーネの今後について問う。

 

『ケルヌンノスファミリ最強の飛び六胞"呪われた魔剣士(カース・ソードマスター)"ウォーロン』

 

「カイドウさんが連れて来たんなら例えゴライアスだろうがそれこそ黒竜だろうが文句はねぇが……。だが、あのロキファミリアの勇者が何て言うか……」

 

「ウォロロロォォ! まあお前の懸念も理解できる。だからこそ安心しろ。フィンは決して俺たちに対して手を出さない……いや、()()()()()()と言った方が正しいな」

 

 宴会場には屋根がなく吹き抜けとなっており、今宵の宴を見守るかのように夜空に満月が浮かんでいる。

 それを肴に酒を飲みながら、今頃ウィーネの噂を耳にしたあの勇者がどういった決断を下しているか容易に想像する。

 

「ウォロロロォォ! あいつが対処できるのは手に負える問題のみだ。逆に言えば手に負える問題ならば勇者らしく万が一にも取りこぼすことはねぇ。だが、道理を蹴り飛ばせる英雄でもないあいつじゃ手に負えない問題(俺達)は諦めるしかねぇ!!」

 

「そうか、ならあんたの言葉を信じよう。だが、もし手を出してくのなら一番槍はオレがやる!」

 

「ウォロロロォォ! そいつは実に頼もしいな!」

 

 盃に注がれたソーマを一気に飲み干すと、同じ月明かりの下にいるであろうフィンに「俺の部下は手強いぞ、精々足搔いてみせろ」と笑ってみせる。

 

 

 

 ♦

 

 

 

 ロキファミリアのホーム『黄昏の館』で団長フィンを始めとする幹部たちに加え、ラウルにレフィーヤまでも参加する会議が行われていた。

 

「それでフィン。私たちを招集したのは一体どういう訳だ?」

 

「よもや闇派閥(イヴィルス)についての重要な情報でも手に入れたのか?」

 

「残念ながら闇派閥(イヴィルス)関連の話じゃないよ。というより、それよりも厄介な話だ」

 

 この場に集まった皆を代表してリヴァリアとガレスがフィンに問いかけるが、返ってきた答えは2人の想像以上に厄介な厄ネタ話だった。

 

「今日の夕方ダンジョンからケルヌンノスファミリアの本隊が遠征から帰還したのは皆が知っているだろう」

 

「ああ、昼過ぎに第一陣の飛び六胞達が帰って来たからな。本隊が帰還するのは夕刻になるのだろうな……待てフィン。まさか……!?」

 

「ああ、そのまさかだ。今回のケルヌンノスファミリアによる遠征はパンドラの箱を持って帰ってきた」

 

「「「「「っ!!!?」」」」」

 

 リヴェリアの考えを読み取ったフィンは先に答えを提示する。

 そんなフィンの言葉に動揺が走る。フィンが言うパンドラの箱の正体が何か分かないからこそ声を上げることはなかったが、そのパンドラの箱を持ってきた相手が都市最強派閥のケルヌンノスファミリアだということに一同は不安を隠せないでいた。

 

「フィンよ、その抽象的な説明では皆が完全には理解出来ん。一体ケルヌンノスファミリアは何を持って帰って来たというのだ?」

 

 いっそ神のような遠回しの答え方にリヴェリアが切り込む。

 

「…………君はモンスターが喋るという可能性を考えたことはあるかい?」

 

「なに?」

 

「本日の夕方にダンジョンから帰ってくる冒険者たちがケルヌンノスファミリアと遭遇、その際にあのカイドウがモンスターを連れて帰ってきたのを目撃した」

 

「それは調教(テイム)したということか? だが、それのなにが──いや、喋るモンスターの可能性……まさか!?」

 

「そのまさかだよリヴェリア。聞いた話ではカイドウが連れ帰ったモンスターは竜女、そして一番の問題なのはその竜女をカイドウが娘にしたと公言したらしい」

 

「「「「「っっっ!!? はぁ~~~~!!!」」」」」

 

 カイドウがモンスターを娘にした。その言葉を聞いた一同は顎が外れるのではないかと心配になるほどに大口を開けて声を上げる。

 

「おい待てフィン! 今の話はどういうことだ!」

 

 最初に声を荒げて事態の説明を求めたのはベートだった。

 座っていたイスを蹴り飛ばして立ち上がり、フィンが腕を置いている机に怒り任せに拳を叩きつける。

 

「テメェ! 団長に向かって──」

 

「黙ってろバカゾネス!!」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ2人共」

 

 ベートとティオネの一触即発の空気の中をティオナが割って入り込んで諌める。

 

 だが、さもありなん。ただでさえ目の上のタンコブのような存在であるケルヌンノスファミリアが、自身から大切な者を奪ってきたモンスターを家族にしたと聞かされたのだ。

 今のベートの心中は煮えたぎる火山のように噴火まじかであり、ティオネもそんな状態のベートが自身が恋する団長に向かって拳を振り下ろす状況にキレかけている。

 

 今の2人の間には嵐が渦巻いていると言っても過言ではない重苦しい空気が出来上がっており、あのままティオナが割って入らなければ本当に拳が飛んでいたかもしれなかったのだ。

 

「ティオナの言う通りだ、落ち着け2人共。そしてベート、結論を急ぎたくなる気持ちも分かるが僕だって全てを知っている訳ではない」

 

「ちっ!」

 

 射貫くような瞳で諭されたベートは舌打ちをして大人しく自身が蹴り倒したイスを拾い上げ、再び席に着く。

 どうやら一応は激怒しても理性は残っているようで、このまま素直に会議に参加し続けるようだ。

 

「さて、とはいえボクもただ手をこまねいて噂話だけを鵜吞みにした訳じゃない。ちょうど近くにラウルがいたからね、街に出て調査を頼んでおいた」

 

「ああ、それでラウルも会議に呼ばれてたんだ! ん、じゃあレフィーヤはなんで?」

 

「えっと、それは私もよく分からなくて。団長にお願いがあるから会議に参加してくれと言われて来たんですけど……。それよりも、私なんかが来ているのに、何故()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()

 

 フィンの言葉にティオナが幹部でないラウルが何故この場にいるのか納得すると同時に、今度はレフィーヤがここにいる理由を尋ねるが当の本人であるレフィーヤもその理由は分かっておらず、それよりも部屋に来た時からずっと気になっていたアイズ不在の理由をフィンに聞いてみる。

 

「まあ、アイズが不在なのとレフィーヤをこの場に呼んだ理由は同じだ。だが、その説明に入る前にラウルからの調査結果を聞いてからにしようか」

 

「うっす! 調査の結果判明したのはカイドウと件の竜女は紛れもなく親子の関係だそうで、既にケルヌンノスファミリアは全員が竜女を受け入れているそうです。更に、その竜女に名前があるそうでウィーネと呼ばれているっす」

 

「ごくろう。この短時間でよくそこまで調べてくれたね」

 

「い、いや~、その……この調査結果、実は大半が火災(フレアディザスター)から聞いたものなんすよね」

 

「はぁ? どういうことだラウル! 説明しろ!!」

 

 ラウルの情報源が敵の大看板からだと聞いたベートは再びイスを蹴って立ち上がり、ラウルに牙を剝いて問い詰める。

 

「ひっ! は、はいっす! 実は街中で団長に命じられて調査を始めて5分ぐらいで空から火災(フレアディザスター)が襲来してきて、その際に警告としてウィーネ(お嬢)に手を出すなと言ってきて、今言った

情報を喋っていったんっす!」

 

 ベートの怒気に怯えながらも簡潔に説明するが、それで納得するベートではなく。

 それどころか、火に油を注ぐ勢いで怒りを燃え滾らせる。

 

「おいフィン! このまま放置する気か? モンスターを地上でのさばらせるなんざありえねぇよな!!」

 

「「「「…………」」」」

 

 ベートの言葉に賛成する訳ではないが、それでも間違ってはいないと考えている一同は団長であるフィンの判断を待つ。

 

「…………確かにモンスターがなんの鎖にも繋がれずに街を闊歩する光景は僕ら冒険者からも無辜な民衆たちも看過できないだろう」

 

「っ! だったら!!」

 

「だが忘れるなベート! 相手はあのケルヌンノスファミリア、そして件のモンスターを娘にしているのはあの闇派閥殺し(イヴィルススレイヤー)のカイドウだ。下手な手出しはかつての大抗争以上の惨劇を巻き起こすぞ!」

 

「っぐ! そ……れは……」

 

 思い出すのはかつての忌まわしい惨劇の記憶。そして、同時に思い出すのはあのカイドウたち4人に与えられた2つ名である闇派閥殺し(イヴィルススレイヤー)を獲得した理由となる出来事のこと。

 当時の状況を知るベートからすれば、フィンの言葉の意味の重さを十二分に理解できる。だからこそ、先程までの勢いを無くして言葉を詰まらせ立ち尽くす。

 

「「「…………」」」

 

「え、ええっと……」

 

 ベートと同じくあの頃を知るリヴェリア、ガレス、ラウルの3人もまた、ベート同様に重苦しい雰囲気を醸し出し、何も知らないレフィーヤが困惑して説明を求めようとするが、今のこの空気の中で突っ込むほどの度胸を持ち合わせていない彼女はあたふたと子供のように慌てている。

 

 そんな空気の中、フィンは今回の件の決断を下す。

 

「さて、今回の件にロキファミリアは一切関与しないものとする。これは決定事項だ。──そしてレフィーヤ、ここからが君をこの場に呼んだ理由なんだが、ティオナとティオネもよく聞いてほしい」

 

「は、はい!」

 

「うんOK!」

 

「了解です団長!」

 

 フィンからの念押しの言葉にレフィーヤ、ティオナ、ティオネが返事を返す。

 

「アイズは恐らく僕の決定に反対するだろう。だから君たち3人には、この情報をアイズに決して聞かせないようにして欲しい」

 

「「……?」」

 

「そういう……」

 

 察しの悪い2人はフィンの言葉に首をかしげるが、ティオネはフィンが想像する最悪の未来を思い描きため息を吐く。

 そんなレフィーヤとティオナにも分かるようにリヴェリアが補足説明する。

 

「アイズの両親はモンスターによって命を失っている。それは知っているな?」

 

「それは、まあ……」

 

「うん、知ってるよ」

 

「なら、アイズがカイドウに一時期教えを乞うていたことは?」

 

「「ええぇぇぇ!?」」

 

 リヴェリアからの衝撃発言にレフィーヤとティオナは目を丸くする。

 

「あれはまだアイズが幼かった頃か、ランクアップに伸び悩みどこぞの神から入れ知恵されてダンジョンに潜ったアイツはカイドウに教えを乞うていた。無論、アイツが馬鹿正直に他のファミリアの後進育成に手を貸すことなどなかったが、後を付け狙うアイズに根負けしたのか1週間もの間ダンジョンの27階層で一睡もせずに人とモンスターの殺し方を教えていたそうだ」

 

「へぇ~、だからアイズってあんなに強いんだ。ん、でもその話とアイズの反対に何の関係があるの?」

 

 確かに、今の話とフィンが危惧するアイズの暴走は結びつかない。

 

「そうだな。それだけ聞くとただの師と弟子の関係だ。しかし、いつかの酒の席でアイズの奴がポロッと零したのだが、アイツのことを頼れる父のように感じたと言ったことがあった」

 

「そ、そんな! あのアイズさんがあの暴虐の化身とすら言われたあの男を父親と呼ぶだなんて!」

 

 それはアイズを慕うレフィーヤにとっては到底受け入れられない事実で、自身が敬うべき存在であるリヴェリアからの言葉とはいえ信じられないでいた。

 

「信じられんのも無理はない。私だってその時は自身の耳にした言葉が信じられずにいたからな。だが考えてもみろ、モンスターによって家族を失ったアイツが、家族と思えるような男がモンスターを娘にしたと聞いたらどうなるか? それが想像できんほどアイツとの付き合いも短くはあるまい」

 

 そこまで説明されて2人はようやくアイズが暴走してケルヌンノスファミリアにいるであろう件の竜女を襲う未来を想像する。

 そうなればどうなるか、ロキファミリアとケルヌンノスファミリアの大戦争が勃発するだろう。

 

「で、でも、相手はモンスターなんですよ。もし仮にアイズさんがその竜女を討伐したとしても都市最強がそんなに簡単に動くでしょうか? それにケルヌンノスファミリアほどではないですが、ロキファミリアはオラリオでも大手のファミリアですし、なによりモンスターを庇うことをオラリオが──いいえ、世界が許す筈がありません!!」

 

 普通に考えればレフィーヤの言い分は正しい。たった1つのファミリアがオラリオどころか世界そのものに喧嘩を売るような真似をするとはとても考えられない。

 しかし、レフィーヤはまだ知らないのだ。都市最強と呼ばれるカイドウとその仲間たちの真の強さとイカれた狂気の度合いというのを。

 

「普通に考えればレフィーヤの言い分は正しい。喋るモンスターの存在はオラリオにとっても世界にとっても『毒』にしかならない。今まで殺し合いを続けてきた存在が対等に話せる存在であったと聞けば苦悩する者や戦闘に迷いの生じる者も出るだろう」

 

「ああ……」

 

「だな……」

 

 フィンの考える予想に、長年共に歩んできたリヴェリアとガレスが同意の声を上げる。

 

「それに、単純な話ではあるがボク達はモンスターを嫌悪している。大切な家族、友人、恋人、仲間、様々な人がモンスターどもに奪われてきた。このロキファミリアにもアイズと同じくモンスターに憎悪を燃やす者もいるだろう」

 

「あたりめぇだ……」

 

「そうっすね」

 

 世界の人々の心を代弁するフィンに同じくモンスターを憎むベートとあの大抗争によって先達が犠牲になったのを見たラウルが同意する。

 

「なら、アイズさんがもし先走ってしまったとしても……」

 

「それは絶対にダメなんだ!」

 

「「「「「っ!!?」」」」」

 

 ダン! と普段は感情を誰よりもコントロールすることが出来るフィンが珍しく怒気と共に机を叩く。

 そんな普段の団長とは違う姿にリヴェリアとガレスを除く全員が息を吞む。

 

(まったく、下手な芝居をしおって)

 

(じゃが、奴らの脅威を理解させるのは有効な手段じゃな)

 

 2人から呆れた目線を飛ばされているのを感じながらそれについて言及することなく無視し、先程の芝居で固まってしまっているレフィーヤにふぅ~と怒りを抑え込んだ仕草で安心させてから話題を切り込む。

 

「レフィーヤ、ケルヌンノスファミリアの団長と大看板の2つ名は知っているだろ」

 

「はい。団長カイドウが史上最強(ザ・ワン)、続いて大看板キングが火災(フレアディザスター)、クイーンが疫災(パンドラ)、ジャックが破壊者(デストロイヤー)と記憶しています」

 

「うん、そうだね。だけどそれらは神々が名付けたものだ。彼らの力や偉業を知る人々は巨人(ギガント)怪物人間(モンスターヒューマン)暴君(タイラント)、そして闇派閥殺し(イヴィルススレイヤー)と呼んでいる」

 

 突然の2つ名の話に今までの話とどう繋がるのかよく分かっていないレフィーヤは首をかしげてしまう。

 

「まあ、突然こんな話をされても理解できないだろうね。問題は最後の2つ名の闇派閥殺し(イヴィルススレイヤー)、これがどういう経緯でついたものか分かるかい?」

 

「えっと、闇派閥を昔の暗黒期に沢山討伐したからついたものでは……?」

 

 普通に考えればスレイヤーの称号を受けるには特定の対象を殺すことに特化せねばならず、ましてや闇派閥などどの時代であろうと悪の代名詞のようなものだ。

 それを議題に上げるということはよほど惨い殺し方をしたのか、はたまた周囲の被害も考えないとてつもない破壊を行ったのかと予想したが、現実はもっと酷く残酷なものだった。

 

「いいや違う。かつてのオラリオは闇派閥のせいでどこもかしこも余裕がなかった。追い詰められた民衆は行き場のない怒りの矛先を冒険者に向けたのさ。そしてそれは、当時まだ都市最強と謳われるようになる前のカイドウたちへも同じだった。彼らが闇派閥を討伐し終えたとき、彼らに罵倒と共に石を投げつける者がいた」

 

「そんな……」

 

 民衆を救おうとした者が救われた者から感謝ではなく怒りと不満をぶつける。人の善性を信じて戦うレフィーヤにとってそれは口を覆い隠して目を背けてしまいたくなる事実であった。

 

 だがフィンはそれよりも更に残酷な出来事を語る──

 

「そして、そんな彼らに対してカイドウ達がとった行動は正義を免罪符にした殴殺だった」

 

「へぇ……?」

 

 正義が報われない。そんな世界の真実でさえ純粋なレフィーヤはショックを受けているというのに、正義を盾とした殺戮にレフィーヤは言葉を失った。

 

「民衆の失望という名の怒りと罵倒に対してカイドウたちはその手に持った武器を振るいこう言った『やれやれ、こんなところにも闇派閥がいやがったか』っと」

 

 あの頃、誰も彼もが闇派閥によって疲弊していた。弱者は嘆き、強者は悲鳴に心を痛めていた。

 民衆は大切な者を失った嘆きと苦痛を怒りに変えて守れなかった者に怒り()をぶつけた。

 

 真実、アストレアファミリアはそれに沈黙という回答で受け入れてしまった。

 だからこそ、民衆の間で守れなかった無能には何をしてもいいという風潮が静かに広まってしまったのだ。

 

 そして、それは不幸にも民衆の為ではなく経験値(エクセリア)を得る為にダンジョンではなく地上で闇派閥を潰していたカイドウ、キング、クイーン、ジャックにもその矛先が向けられてしまった。

 

 彼らが闇派閥を討伐し終えた頃には数百もの人が死に絶え、その亡骸を抱えて泣き喚く者達がその場に何人もいた。

 そんな彼らの胸中は冒険者への失望であり怒りであった。

 

『なぜ救ってくれなかったのか』

 

『なぜあの子を死なせたんだ!』

 

『なにが冒険者だ! この役立たずども!!』

 

 罵倒と共に石を投げた者達に返ってきたのは謝罪でもなければ沈黙でもなかった。

 それは圧倒的な暴力という返答だった。

 

「へぇ?」

 

 つい先ほどまで一緒になって目の前の冒険者に石を投げつけていた者が爆ぜた。

 よく見ると目の前に新たな返り血で濡れている冒険者が立っており、その顔は怒りに染まっていた。

 

「やれやれ、こんなところにも闇派閥がいやがったか」

 

「困ったものだな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()か」

 

「ムハハハ! 安心しな。今すぐお仲間の元に送ってやるぜ」

 

「言っておくが逃がさんぞ。特にそこのお前、今カイドウさんに石を投げつけたのは貴様だろう。八つ裂きにしてなぶり殺しにしてくれる」

 

 次の瞬間、罵倒と石を投げた者は悲鳴と共に散り散りになって逃げ出した。

 だが、闇派閥からですら逃げられなかった民衆がそれ以上の存在であるカイドウたちから逃げることなど不可能で、フィン達が現場に辿り着いた頃には周囲は血に染まっていた。

 

「…………っぐ、どうしてこんなことを!?」

 

「どうしてだと? ウォロロロォォ! それはコイツらが殺されるような大罪を侵す馬鹿共だからだよ。それとも何か? テメェは命を狙ってくる敵をわざわざ見逃すってのか? そいつは随分と高潔な精神の持ち主だな」

 

 思わず目を背けてしまいそうになる惨状を作り出しておいて、当の本人はどこ吹く風とばかしに皮肉を込めた軽口を叩く。

 

 事実、後から話を聞けば先に手を出したのは死んだ彼らだという。

 だとしても(いささ)かやり過ぎているのは間違いない。

 

「それは仕方があるまい。敵の闇派閥は自爆すら厭わないイカれた連中だ。殺らなければこちらの身も危うい現状だ。背を向ければいつ刺されても可笑しくないこの現状で怪しい行動を取った者を殺した。それの何がいけない勇者よ?」

 

「…………」

 

 キングの完璧な正論にフィンは目の前の虐殺に目を瞑るしかなかった。

 それに何より、こんなところで無駄に消耗していては闇派閥を喜ばす結果にしかならないと理解しているフィンは注意だけしてその場の後始末を請け負った。

 

 以来、この事件をきっかけにカイドウたち4人に闇派閥殺し(イヴィルススレイヤー)という2つ名が民衆や冒険者の間で広がった。

 今ではレフィーヤと同じ様に、文字通り闇派閥を殺した者という認識を持つ者が少なからずいるが、その裏に隠された本当の意味が闇派閥殺し(邪魔者殺し)であるということをフィンを始めとするリヴェリア、ガレス、ベート、ラウルは知っている。

 

「噓……そんな、そんな酷いことが許されるんですか!?」

 

 カイドウたちが過去に行った非道の行為をレフィーヤは憤慨して怒鳴り散らす。

 

「仕方あるまい。あの当時は闇派閥だけで手一杯だったのだ。当時の奴らがまだレベル4かそこいらの時代だったとはいえ、相手にする戦力などなかった。それに悔しいことにそれをきっかけに民衆の暴動のリスクが多少なりとも減り、奴らも闇派閥を大量に討伐してきた。あの行為を正当化する訳ではないが、原因を作った側にも問題がある」

 

 怒れるレフィーヤを宥めるようにリヴェリアは当時の状況を語る。いや、あるいはレフィーヤの怒りの声を聞いて自身らが見逃した悪への醜い言い訳なのかもしれない。

 どちらにせよ、それは既に過去の話だ。あの頃はあれで正解だっただろう、だから今は未来についての話に戻そう。

 

「これで理解してもらえたかな? 奴らは例えどんな障害が立ち塞がろうとも自身の我を通す。仮にアイズがカイドウの娘となった竜女を襲うなんてことになれば即座に報復に出るだろうね」

 

 そうなればきっと都市オラリオを巻き込んだ戦争に発展する。これは間違いない。

 十中八九、レベル9に加えてレベル8が2人にレベル7が1人、そして飛び六胞という最悪のレベル6の6人が都市の破壊も気にせずこちらに向かって襲い掛かって来る。

 

 彼らに善性はなく悪性もまた存在しない。あるのは強者への恭順と強さへの渇望、そして神々に匹敵するやもしれん未知への探求心と好奇心だけだ。

 そんな彼らだからこそ喋るモンスターという厄ネタさえも面白がって拾い込んでしまうのだろう。

 

「さて、事情を理解してくれただろうか? これはロキファミリアだけでなくオラリオ全土を守るためのものだ。だからこそ、アイズに親しいレフィーヤたちに今回の件がアイズの耳に入らぬように努力して欲しい。なに、君たちだけに負担は掛けないさ。いざとなればリヴェリア(ママ)が全力で止めに入ってくれるさ」

 

「おい待てフィン! 今貴様何と言ったか。私のことをママと呼ぶなといつも言っているだろう」

 

「ガッハッハッハ! まあよいではないかリヴェリアよ。今回の件だけではなく、普段からフィンにはファミリアのことや闇派閥のことで頭を抱えさせておるのじゃ、今のもあやつなりの軽いジョークじゃろうて」

 

 最後のフィンの軽口に固くなっていた空気が和らぎ、いつもの空気が戻ってきたことで皆それぞれが知らずに胸に溜まっていた息を吐き出して笑う。

 

 

 

 ♦

 

 

 夜が更けてもなおケルヌンノスファミリアの宴会は続いており、誰も彼もが酒を飲んでは歌って踊り、酒瓶を抱えたまま眠る者もチラホラ居る。

 既にウィーネは団員全員と挨拶を終えてジャックを護衛に布団の中で眠りについている。

 

 そしてカイドウは下で行われている宴会を見下ろしながら、1人屋根の上で酒盛りに興じ、盃に入ったソーマをグビっと飲み干し酔いどれる。

 

「ケッケッケ、こんな所で1人酒盛りとは陰気と呼ぶべきか風情があると評するべきか……」

 

「…………ウィック、何しに来やがったケルヌンノス。つまらねぇ話で折角の酒を不味くするつもりじゃあるめぇな?」

 

「ケッケッケ、まさか……。それよりも、今回の遠征は大成功って話だな。未到達階層の到達に加えてあのモンスター、いや今はお前の娘か……」

 

 カイドウの隣に遠慮なく座ると、下から持ってきた盃にソーマを並々と注ぎ入れて飲み干していく。

 

「くぅ~、やはりソーマは格別だな」

 

「ちっ、それで何の話がしてぇんだテメェはよ!」

 

「そうキレるな。何もお前が連れ帰ったあのウィーネってモンスターについてとやかく言うつもりはない。逆に俺は面白いとすら思ってんだぜ、喋るモンスターなんざ俺達神が追い求める下界の可能性の1つじゃねぇか! これを受け入れずしてどうする!!」

 

 空になった盃をこちらに向けながら上機嫌に語るケルヌンノスに、だろうなと返答を返す。この神は面白い事ならば善でも悪でもどちらでも構わない寛容さを持ち合わせている。

 だからこそ、今回のウィーネを連れ帰った件はケルヌンノス的には大盛り上がり、酒を吞む手を休めずに次々とソーマを口にする。

 

「それで、ウォーロンから聞いたぞ。ロキんところの勇者はウィーネに対して手を出さないってな。何故そう言い切れる。あいつは人工の英雄だ。誰も彼もが求める英雄像を目指してひたすら走り抜ける男だ。今回のウィーネの件を快く思わない連中はきっと勇者にこう泣きつくぞ『お願いします勇者様。醜悪なモンスターを倒して都市に平和を!!』ってな。そうなってもアレは動かねぇって言い切れるのか?」

 

「ああ、言い切れるな。奴は確かに人工の英雄だ。だからこそ、民衆に石を……失望を投げつけられることを何よりも嫌がる。ウォロロロォォ!! かつての大抗争を思い出せ! 暴喰のザルド、静寂のアルフィアの両者に敗れた頃のオラリオを! あの地獄の光景の中で民衆共は何をした? そうさ、大敗を喫した冒険者に無遠慮に怒りを! 失望を! 果てには石を投げつけた!」

 

 感極まったカイドウは立ち上がり、腰につけた瓢箪の中に入ったソーマをラッパ飲みで口から零しながら飲み干してゆく。

 

「っぷはぁ~、そうさ、今頃フィンの奴は御託を並べてウチとの戦争を回避しようと必死になってるだろうよ。だが、奴は恐れているのさ、絶対強者(俺達)に敗れた自分達に待つ民衆からの失意の視線と遠慮容赦ない罵詈雑言の嵐に打ちのめされる未来をな!!」

 

「なるほど、確かにあの光景は今でもトラウマになっている冒険者もいるだろう。事実、あれを見た冒険者の何名かが武器を捨てたと記憶している」

 

「そうさ、だからロキのところなんざ怖くもなんともねぇ! それより今見るべきはウィーネの奴だ!!」

 

「ほぉ……」

 

 ロキファミリアを路頭の石のように扱う一方で、今回連れ帰ったウィーネに注目を向ける。

 どういうことだと視線で問うと、カイドウは少年が夢を語るように続ける。

 

「あれが前代未聞であるのはほぼ間違いない。だが、前例は作り上げられた。続く第二第三の喋るモンスターが現れるだろう! 他のファミリアはそれを醜悪と吐き捨て敵として見るだろう。だが、俺達は違う! 考えてみろ、理性と知性を持つモンスターに恩恵が刻めればどうなる? 最初から生まれ持った強者の体に新たな力が宿る。そして完成する人とモンスターのドリームチーム!」

 

 その語りはケルヌンノスの心を動かすのに十分すぎるほどの魅力を持っていた。ドリームチーム、何とも胸躍るワードではないか。

 

 そしてカイドウは断言してみせる。

 

「かつてのゼウスもヘラも成し得なかったダンジョンの完全攻略と最後の三大クエストである隻眼の黒竜の討伐の完遂。どうだ、ワクワクするじゃねぇか!」

 

 手に持った瓢箪を思わず握り潰してしまうほどに、カイドウの頭の中には輝かしい未来を思い描けているのだろう。

 

「ウォロロロォォ!! よく見ておけよケルヌンノス。かつては脆弱で舞台の端にしか立てなかった俺達だったが、今は違う! 都市最強の力を手に入れた俺達が新時代の中心だ!」

 

 月に向かって吠えるカイドウに、ケルヌンノスも同調して立ち上がり酒を吞む。

 

 この月下の語いがどこまで現実になるのか、あるいは全て泡沫の夢のように消えていくのか、どちらに転ぶにしても面白いと思いながらケルヌンノスは酒を吞む。

 

 




ロキファミリアのフィンを書くのしんどかった。
頭いいキャラって伏線とか言い回しとかメッチャ気を付けて書かへんとあかんから見直しと修正が半端なかった。

もしここが変だとか、フィンはこんなの言わへんなんてものがあったら遠慮なく感想に書いて送ってな。


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ギルドの混乱

平日に書いたからかなり文字数少なめッス!


 今日の夕方に荒唐無稽な噂話が出回りギルドはその事実確認に奔放していた。

 

「ちょっと、誰かケルヌンノスファミリアに事実確認お願い!!」

 

「無理無理! あそこに乗り込むなんて自殺行為だよぉ!」

 

「てか、ケルヌンノスファミリアが連れ込んだモンスターが喋ったとかいう情報もあるんだけど!?」

 

 もはやギルドでは嵐が通ったかのような大騒ぎになっていた。

 冒険者に民衆、誰も彼もがこの噂の真相を確かめる為にあちこちを奔走し、やがてギルドに問い合わせが殺到する。

 

 ダンジョンのモンスターが野放しに地上を闊歩する。その事実を受け入れられぬ者は大勢いる。

 だけど相手は都市最強派閥のケルヌンノスファミリアだ。直接聞きに行ける者などこの都市で数えるほどもいない。

 

 だからこそ、ファミリアを管理するギルドに殺到した。

 とはいえ、ギルドもそんな噂を知る由もなく、分からないことを理解する為に職員たちはあっちへこっちへと資料を引っ張り出し、外へ出て調査に乗り出したりと忙しなかった。

 

 それはハーフエルフのエイナ・チュールも同様だった。

 

「ん? あれは……」

 

 通常業務を後回しにして噂の事実確認に翻弄されていると、ギルドの奥からギルド長のロイマンがやってきて現場にいる職員に指示を出している。

 それを受けて皆が更に忙しなく動き回り、今では歩いている者は1人もおらず全員が走り回っている状況だ。

 

 そんな中、班長がロイマンの元へと駆け寄り、なにやら大声で話し合いを──いや、口論を始めていた。

 

「ですがギルド長! このままでは民衆がいつ不満を爆発させるか分かりません。やはりケルヌンノスファミリアに事実の発表とモンスターの処遇を言い渡さねば「それがいかんと言っているだろうが!!」

 

 班長の言い分を遮り、顔を茹でダコのように真っ赤にしてエルフらしからぬ大声で否定する。

 

「ふぅ~、いいかレーメルよ。法とはなにか分かるか?」

 

「法ですか……。それは、人の秩序を守るものだと考えてます」

 

 いきなりの質問に疑問はあるが、レーメルはハッキリと己の中にある法の意味を答える。

 

「そうだな。しかしな、世の中には秩序ではどうすることもできない存在がいる。それがケルヌンノスファミリアだ」

 

「…………っ」

 

 その真剣な表情にさっきまであれほど強く嚙みついていたレーメルもたじろぎ聞き入ってしまう。

 

「そもそも、秩序というのは群衆の意思だ。平和を望みそれを叶える為に数の力でもって小数の無秩序を粛正する。それを分かりやすくしたものが法なのだ。だが、かつての暗黒期に栄えた闇派閥のように秩序を崩壊させる存在はいる。そして、そんな存在に対して法はあまりにも無力だ……」

 

 先程まで慌ただしくギルド内を走り回っていた他の職員達も足を止めて大人しくロイマンの話にこっそりと耳を傾ける。

 多くのギルド職員が彼に対して反感や苦手意識を持っているにも関わらずだ。そこは1世紀以上ギルドに勤めているだけのカリスマがあるということなのだろう。

 

「我々ギルドは中立性をもって各ファミリアの意思を纏めるだけの存在で、ロキファミリアやフレイヤファミリアのような大手の力あるファミリアが味方になってくれねば何も出来ん弱者だ……」

 

 口を嚙みしめ、手から血が滲み出してくるのではないかと思うほどに力強く弱者の憤りを握りしめていた。

 

「いいか! 自然界において圧倒的捕食者に対面した場合、我々弱者が生き残る方法はいくつかあるが、今の我々が出来ることは1つだ。……相手に興味を持たれぬこと」

 

 それは極めて正しい正論であった。そして、酷く残酷な真実でもあった。

 

「よいかレーメルよ、これだけはよ~く覚えておけ! 今ケルヌンノスファミリアがこのオラリオの支配に乗り出さないのは、奴らの興味がダンジョンにあるからだ。もし怒りでも敵意でも、それこそ今回の件の追求で邪魔だと思われてこちらに興味でも持たれてみよ。その瞬間、このギルドは一瞬のウチに暴力によって崩壊する。それが理解出来ぬお前ではあるまい」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 誰も彼もが口を閉ざしロイマンの言葉に心の中で同意する。

 それ程にケルヌンノスファミリアの強大さを知っているからだ。

 

「ん? なにをボケッと突っ立っている! 早く仕事に戻らんかぁ!!」

 

「「「「「「はっ、はい!!」」」」」」

 

 ようやく周りの職員達が立ち止まっていることに気が付いたロイマンが怒鳴り声を上げ、それを受けて職員達も慌てて駆け出す。

 ふん、と鼻息を鳴らしていつもの嫌な上司に戻る。

 

「とにかく、ケルヌンノスファミリアへの直接干渉は基本的に我々ではなく神に任せる。分かったなレーメル」

 

「……はい」

 

 なんの力も持たない己の無力さに項垂れながら返事を返す。

 それが悔しくて情けなくて、それでも大人として感情を押し殺して業務へと戻る。

 

 ロイマンの言ったことは決して噓でも妄言でもない。それが一番正しくて大人な選択だというのに、心が認めたくないと納得していなかった。

 

「あの、大丈夫ですか班長?」

 

「ああ……みっともない姿を見せたな。悪い、もう大丈夫だ」

 

 後輩にも心配を掛けるようじゃ駄目だ。パン! と自分の頬を叩いて気持ちを切り替える。

 少なくとも今の自分に出来ることを頑張ろう。それぐらいしか今はやれることなんてないのだから。

 

 

 

 ♦

 

 

 

 ギルドの地下にある主神ウラノスの祈祷室。そこに現在いるのは主神であるウラノスとその私兵であるフェルズのみであった。

 

「やれやれ、まったく困った事になった。まさか、異端児の存在がこうもあっさりと世に明かされるとは、ケルヌンノスファミリアには困ったものだ。それで、その問題となった異端児の様子はどうだフェルズよ?」

 

「ふむ、流石は都市最強の史上最強(ザ・ワン)と言ったところか。使い魔経由で監視して僅か数十秒足らずでこちらの存在に気づいて威嚇してきた。まったく、()()()()()()()の察知能力は全能の神にすら匹敵すると噂で聞いたことがあったが、本当にそうかもしれぬな」

 

「つまり、何も分からないということか?」

 

「…………詳しいことはな。ただ、私が見た数秒の光景と、街に出回る噂を総合して考えたところ、史上最強(ザ・ワン)は本当に異端児を娘として受け入れているかもしれん」

 

 ウラノスの答えにムッときたのか、少し言い訳っぽく返事を返し、己の目と耳で得た情報を頭の中で整理し自身の考えを述べた。

 あの時使い魔を通して見た光景は噓ではない。そう思えるほどにあの異端児は史上最強(ザ・ワン)に懐いていた。

 

「そうか……ふむ、非常に悪いと思うがフェルズよ。ケルヌンノスファミリアの調査あるいは監視を頼めるだろうか?」

 

「はぁ~、監視して数十秒で見つかったマヌケに再び監視を依頼するとはな」

 

「まあそう言うな。私の知っている者の中でお前以上に監視に向いている能力の持ち主はおらん。あ~、ヘルメスのところの万能者(ペルセウス)ならあるいは……」

 

「ぬかせ、確かにあの者は噓偽りなく天才と称される部類の人間だ。だが、あの史上最強(ザ・ワン)の感知能力を搔い潜るマジックアイテムは今の段階ではまだ作れていないだろう」

 

 フェルズがウラノスからの挑発を受けて過大評価だと言い返す。

 だが、その言葉の節々には万能者(ペルセウス)の才を認めているところがあり、フェルズもまた負けられないという意思でウラノスの依頼を引き受ける。

 

 とはいえ、あの史上最強(ザ・ワン)がいるところは今のところ実質不可能だろう。念のために大看板と呼ばれている大幹部たちの周辺も辞めておこう。

 そうなると、あまり件の異端児を監視する機会は無いかもしれん。ならば、やはり今回は監視ではなく調査を主に行動した方がいいだろう。

 

 しかし、あのケルヌンノスファミリアに潜入するとなるとリバース・ヴェールや黒霧、それに幻想花は必須である。

 

 が、それでも心細く感じてしまうのは相手がこの都市最強派閥のケルヌンノスファミリアだからか。気を引き締めてかからねばならぬ、なにせあそこには自身をはるかに超えるレベル9を筆頭に化け物ぞろいだからな。

 新たなマジックアイテムの開発も視野に入れなければならぬかもしれん。

 

「それでは神ウラノスよ。私は探り程度にケルヌンノスファミリアに侵入を試みるが、あまり期待するなよ」

 

「ああ、調査結果に期待はするが、それ以上にお前が無事に帰って来てくれるのを願う」

 

「ふっ、安心しろ。冒険者は冒険者しないだったか? まだ私も人類と異端児の共存の景色を見ていないからな。必ず帰ってくる」

 

 

 

 

 

 

 




次回のフェルズの苦難に乞うご期待!


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フェルズ確保ぉ!!

ランキングに乗ったり、評価や感想を一杯貰うのも嬉しいけど、どこぞの神絵師さん!
ウィーネを肩に乗っけて歩いてるカイドウの素敵なイラストを下さい!


「ングングッ、プハァ~。ソーマもいいが日本酒もやっぱり酒好きには欠かせない物だな」

 

「カイドウさん。あんた昨日から飲み過ぎだ。1人で一体何本開ける気なんです? ソーマだって安酒じゃないんですけどね……」

 

「ムハハハ! ジャックも大変だな。それで、昨日だけで遠征で得た金をどんだけ消費したんだ?」

 

「…………ざっと4割以上です。そのうちの3割がカイドウさんが飲んだソーマ代ですね」

 

 ソロバンを弾いてのザックリ計算で昨日の宴での費用ならぬ被害額を口頭で述べると、クイーンは大爆笑するがカイドウは気まずそうに酒を煽る。

 だが、そんなことがどうでもよさそうに座っている者が1人。

 

 いや、どうでもよさそうと言うよりはそんなことに気を遣う余裕が無いといったところか……。

 

「さて、そろそろコイツの話に移るとするか」

 

「っ!!?」

 

 カイドウが目を向けると、向けられた者はビクリと体を震わせてついに来たかと覚悟を決めたような雰囲気を醸し出す。

 部屋の中央に設置されているソファーに座っているのはカイドウとクイーン、そして対面には黒衣のローブを着た胡散臭さ全開の魔導士のような者。

 

 一体どうしてこうなったのか、話は今よりも少し遡る。

 

 

 

 ウラノスからの依頼でケルヌンノスファミリアにやって来たのはいいが、まずホームの異様さにフェルズが固まってしまった。

 

(ガネーシャファミリアのホームも中々に奇抜ではあったが、ここはそれよりも更に邪悪といったような場所だな)

 

 ケルヌンノスファミリアのホームである鬼ヶ島は聞くところによると、クイーンとジャックの趣味によって作り直されたホームらしい。

 その外見は極東に出没する伝説のモンスター鬼の頭蓋骨をイメージしているのか、その混沌とした異様さは一般人を一切寄せ付けずにいた。

 

 ホームの外堀もジャックが掘り進め、一周グルリと大きな掘りを作り出し、そこにわざわざメレンの港から部下たちを派遣して海水を流し込むという意味不明な行動を取ってはいるが、潜入する身になってその厄介さがよく分かる。

 鬼ヶ島へ通ずる道は真っ正面に設置されている超大型の吊橋しか存在しておらず、もし仮に吊橋を利用せずに海水の中を泳いで潜り込んだとしても、海水の潮の臭いでバレやすくなるだろう。

 

 誰にもバレずに鬼ヶ島に潜入するには自分のように装着者の姿を透明にするリバース・ヴェールで堂々と吊橋を渡るか、万能者(ペルセウス)が持つ飛翔靴(タラリア)で空から侵入するしかないだろう。

 

 なんにせよ、透明となった私の存在に気付く者はおらず、楽に潜入することに成功した。

 あとは史上最強(ザ・ワン)や大看板との不幸な接触事故などが起こらなければ調査ぐらいは無事に成功する……そう思っていたのだ。

 

 

 

「──っとまあ、俺は異端児をこれから受け入れていこうかと考えている」

 

「そうですか。まあ、転生者である俺たちにとって異端児はゾオン系の能力者にしか見えないですからね。この世界の他の住人達よりは理解も共存も上手くいくでしょう」

 

「ああ、だからジャックには悪いがこれからは原作ブレイクを主体に行動しようと思っている。あいつはこの世界のファンだからな。出来るだけ原作順守はしてやりたかったが、目の前にこんなに旨そうな異端児()をぶら下げられちゃ無視出来ねぇだろ」

 

「ですね。それと、ルーク『eの6』これでチェックメイトですカイドウさん」

 

「……あ~~~~~」

 

 遠征から帰ってきてからの宴会で蓄積したアルコールを抜きがてら、一局チェスをしないかと持ち掛けたカイドウにキングも同意し、昨晩神ケルヌンノスと語った異端児を仲間にしたドリームチームの話を進めながらゲームを楽しんでいたが、キングの一手にチェックメイトをコールされ、どこか抜け道はないかと頭を搔きむしりながら長考する。

 

「おい~っす! 居ますかカイドウさん? って、ゲェ! キングの野郎もいるのかよ」

 

「何しに来やがったクイーン? 朝っぱらから酔いが残ってる状態でテメェの醜い姿を視界に映してくんじゃねぇ」

 

「んだとぉキング! 前々から言ってるが、俺のこの体は全身筋肉だボケぇ!」

 

 出会い頭に罵詈雑言のオンパレードに酔いがまだ消えておらず、チェスで負けているカイドウがブチ切れる。

 

「えぇい、うるせぇ! 朝っぱらから下んねぇことでぎゃいぎゃい喧嘩すんじゃねよお前ら! ガキかってんだまったく……」

 

「「す、すんません」」

 

 カイドウにブチ切れられたことで申し訳なさそうに謝る2人にフンと鼻息を鳴らしてクイーンに視線を向ける。

 

「っで、用事は何だクイーン?」

 

「ああ、そうそう。カイドウさんが言ってた喋るモンスターの情報をジャックの奴から聞いといたぜ!」

 

 異端児についての情報を書き記した紙を取り出してくる。そこに書かれていたのは異端児を捕まえて売買するイケロスファミリアについてのことや、ギルドが異端児の保護を裏で行っているという内容だった。

 

「成程な、原作知識はやはり役に立つ。ウォロロロォォ……」

 

 クイーンから手渡された紙の内容を読み進めると、悪党らしい笑みを浮かべる。

 

「まずは当面の目標としてギルドへの接触とイケロスファミリアの商品のブン盗りを計画に入れろ。部隊の編成はクイーン、お前に任せる」

 

「アイアイサー! それじゃ俺は計画を練っとくんで失礼しますね」

 

 ピュ~っと即座に部屋から出ていくクイーンのあからさまな態度にキングは嘆息のため息を吐くが、自身もあのバカとこれ以上顔を合わせる気はないという気持ちは同じなので引き止めるつもりはなかった。

 

「ん? クイーン? おおそうか!」

 

「どうしたんですかカイドウさん。クイーンにまだ用事が?」

 

「いや、そっちのクイーンじゃねぇ。こっちのクイーンだ!」

 

 チェス盤に置かれた自分のクイーンを動かしてキングのチェックメイトからチェックへと移し替える。

 

「これでチェックだな。とはいえこれは……」

 

「ええ、互いに千日手以外の展開はありませんね。これじゃ、パーペチュアル・チェック。引き分けですね」

 

「ウォロロロォォ! まあ、負けかけた身からすれば大健闘ってとこだな」

 

 勝負がついたチェスを片付けソファーに倒れ込むカイドウは世間話をするようにキングには話しかける。

 

「さてと、おいキング! いつからこの鬼ヶ島に()()()が入り込んだ?」

 

「ご心配なく。カイドウさんがその紙を読んでいる間に、既に連絡版で部下たちに指示は出しておいたので、直に捕まるでしょう」

 

 読み終えた紙をテーブルに置くと、対面に座っているキングにこの鬼ヶ島に入り込んだネズミの存在を訊ねる。

 すると、どうやらクイーンから渡された紙を読んでいる間に既に対処を完了しているようだった。

 

「ウォロロロォォ……、流石はキングだな。とはいえ、この時期のネズミか……。やはり狙いは……」

 

「ええ……、恐らくはお嬢の事が目当てだと考えるのが妥当でしょうね」

 

「ジャックの奴が警護に付いているから問題はねぇと思うが、あいつはまだまだ気配の察知には不慣れだからな。それに、ネズミのこの大胆な動き、恐らく不可視の透明化の魔道具かスキル持ちだろうな」

 

「はぁ~、俺は一応ジャックの奴と警護を変わってきます。何かあれば連絡版で連絡してください」

 

 相手が仮に不可視の透明化の術を持っていたとしても、レベル7のジャックなら心配はないはずだというのに、万が一があると考えるカイドウさんは相当な親バカになっているなとため息を吐く。

 それでもこうやって行動する自分も相当にカイドウさんに甘いのかもしれないなと考える。

 

「──っと言う訳だ。理解したかジャック」

 

「了解しました。俺も微力ながらネズミの捜索に向かいます」

 

「ん~? ジャックどこか行くの?」

 

 キングから事の一件を聞かされたジャックはウィーネの警護から一旦外れ、鬼ヶ島に入り込んだネズミの探索へ向かおうとすると、文字の読み書きを習っていたウィーネが引き止める。

 

「すみませんお嬢、ジャックの奴は緊急の仕事が入ったのでそちらに当たらせます。その代わりに俺がお嬢の警護に当たるのでご安心を……」

 

「え~、キングよりジャックがいい!」

 

「…………勘弁してください。こっちもカイドウさんからの指示なので……」

 

「む~、パパからのお願いなら我慢する……」

 

 ジャックの方がいいと言われて露骨に落ち込む様子のキングだったが、カイドウからの指示だと伝えるとウィーネも渋々膨れっ面をしながら我慢してくれた。

 一方でジャックはキングからの無言の圧力を掛けられて冷や汗を流し続けている。

 

「どうしたジャック? さっさとネズミの捕獲に走れ!」

 

「は、はい!!」

 

 怯えた様子で即座にその場から消えて逃げていったジャックは早くネズミを捕まえないとという思いと、こんな面倒な事を起こしやがってという怒りで感覚を研ぎ澄ませ、鬼ヶ島に入り込んだネズミの気配を追う。

 

 その気迫は凄まじく、ものの数秒でネズミの気配を捉えて移動する。

 

「はぁ、はぁ、まさかもうバレたというのか? だが、敵も私の姿を捉えてはいない。いや、あれは指示された動きだな」

 

 現在の鬼ヶ島内ではケルヌンノスファミリアの下っ端が廊下を横並びで通り抜ける隙間を作らずに移動している。

 だが、その動きは自分を狙ってしているというよりかは、見えない何かを炙り出そうと追い詰めるようなもののように感じる。

 

「だとすると、敵の幹部クラスが動き出す前に早くここから逃げ出さねば……」

 

「ほぉ、逃げ出すか……。一体どこへ行こうってんだ?」

 

「っっっ!!!?」

 

 いつの間に! っと声を上げそうになったが、それよりも早く目の前に立ち塞がったジャックが掴みかかってくる。

 それをなんとかギリギリのところで避けることに成功はしたが、それでも事態は最悪の展開を迎えている。

 

「はは……、まさかいきなり破壊者(デストロイヤー)と出くわすとはな。これはいよいよ覚悟を決めねばならねばいけないかもしれんな」

 

「そうか、なら諦めてとっとと捕まりやがれ!」

 

 ズン、と殺気すら纏った剛腕が自身に対して飛んでくる! 

 とっさに魔道具を使用しようにもレベル3つ分のステータス差の前にはそれすらできず、呆気ない程にその剛腕に掴み取られてしまった。

 

「っぐ、しまった!?」

 

「さて、本来なら侵入者はその場で即座に拷問といくところだが、お前には色々と聞きたいことや、やってもらいたいこともある。ひとまずはカイドウさんのところへ案内する。大人しくついてこい」

 

 なにやら恐ろしい単語が聞こえたが、どうやらこのままカイドウのところへと案内してもらえるようだ。

 ならばこれはいっそ好機と捉えるべきか、何故異端児をダンジョンから地上へ連れ出したのかや、あの竜女を娘にした理由等も問いただしたかったところ。

 

 単純な力勝負なら絶対に勝てぬ相手ではあるが、交渉を前提にした舌戦ならばこちらが有利な筈だ。

 厄介な神がいれば状況は悪くなるかもしれんが、少なくとも無理に逃げ出すよりかはよっぽど希望が持てる。

 

「さて、ここがカイドウさんが待機している部屋だ。分かってると思うが、妙な真似を少しでも見せた場合、俺がテメェの首をへし折る。ただでさえ、お前のせいで厄介な目に遭ってるんだからな

 

 ボソッと何か呟いたようだが、それよりも扉の向こうから感じる謎の圧迫感とプレッシャーにたじろいでしまう。

 

(っ、これが超一級冒険者の放つオーラというものか……)

 

 仮にこの部屋に神を殺す為の漆黒のモンスターが待ち構えていると(ホラ)を吹かれても信じてしまいそうになる程のオーラが渦巻いている。

 今からこれを相手に舌戦を強いられるというのは気が重くなるが、それでもやらねばなるまいと覚悟を決め直す。

 

「どうやら準備は出来たようだな? それじゃ入るぞ」

 

 コンコンとノックをすると中から「入れ」と許可が降りる。

 

「失礼しますカイドウさん。例のネズミを捉えて連れてきました」

 

「お初にお目にかかる。私の名前はフェルズ。今回は黙っての侵入に心からの「鬱陶しい前置きはいい! そこに座れ!!」っ!!? ああ、分かった失礼する」

 

 申し訳の謝罪をつまらんと切り捨てられ席へ着くことを促される。

 どうやら相手は酒を飲んでいるようだ。その証拠にこの部屋には酒の臭いと空になった酒瓶が転がっている。っというか、今もカイドウの手に酒が握られており、それを大口を開けてガブガブと飲み干している。

 

「お~い! 部隊の編成が終わったぜカイドウさん。って、そこにいるフードは誰だ?」

 

 空気を読むことなく部屋に入ってきたクイーンはソファーに座っているフェルズの存在に今気がついて尋ねる。

 

「ああぁん? テメェ、クイーン! まさか、そこの入り込んだネズミの存在に気づいてなかったなんて言わねぇよな?」

 

「え? ネズミ? ももももも勿論気づいてましたよ。いや~、そこのフード野郎がそのネズミだったんすね!」

 

「なんだ気づいてたのか、ウィック。もし気づいてなきゃ特別訓練の再開だったぜ。ウォロロロォォ!!」

 

 ふぅ~と一安心の息を漏らすクイーン。幸いにも酒で酔っているからクイーンの下手な言い訳も通じたが、先程のアルコールが幾分か抜けた状態だったのなら、まず間違いなく深層行きの特別訓練の再開だったから滝のような汗を流す。

 そして再びカイドウは酒を飲み、冒頭へと戻るのだった。

 

「それで、フェルズと言ったか……。目的はウィーネの事だな?」

 

「ウィーネ? ああ、お前達がダンジョンから持ち帰った異端児の事か。そうだな、私の目的はその異端児の扱いをお前達がどうしているのかの調査だ」

 

 ウィーネと聞かされて最初は誰のことだと疑問に思ったが、すぐにあの竜女の事かと思い至り肯定の言葉を紡ぐ。

 

「ウォロロロォォ……。まあ、異端児を保護しているギルド……いや、ウラノスなら心配はするわな」

 

「っ!? 何故それを、それは一部の神しか知らない事実!?」

 

「ウォロロロォォ! 俺らには優秀な情報員が1人いるからな。大抵の事は知っている。まあ、全知って訳じゃねぇから知っている事だけなんだけどな」

 

 愉快に笑ってのけるカイドウだが、フェルズはその情報に凍りつく。

 カマを掛けているわけではない。だとしたら、情報を知り過ぎている。

 

(まさか、異端児の存在どころか、それにウラノスが関わっているのを知っているだと? いや、それだけではない筈だ。恐らくガネーシャやヘルメスもこの件に嚙んでいる事も知っている筈。なら……)

 

「そうか、ならこちらも腹を割って話した方がいいな。率直に聞こう。何故お前たちはウィーネを連れて帰った?」

 

「…………随分と思い切りがいいな。俺はもっと遠回しに聞きに来ると思ったが、さっきの俺の発言で吹っ切れたか? それとも、それがお前の交渉術か?」

 

「そうだな。君の質問の答えには前者と答えておこう。っが、私は自分では策士タイプだと認識しているが、存外想定外の事になれば弱いらしい」

 

 そう自虐的に言うフェルズに沈黙したまま何か考えるカイドウ。

 そのまま数秒経過し、やがて酒瓶に残った酒を一滴残らず飲み干すと酔った目でフェルズを真っ直ぐに見つめる。

 

「俺があいつを娘にした理由か……。そうだな。敢えて言うなら俺の気まぐれと、……あとはただの好奇心だ」

 

「そうか、随分と優しい気まぐれと好奇心だな」

 

「ああぁん?」

 

 挑発とすら受け取られん返答にカイドウが殺気を振りまく。

 

「っっ、失礼、だが以前に君とウィーネが2人仲良く帰る場面を使い魔越しに見させてもらった。あれは誰がどう見ても家族の団欒そのものだった」

 

「そうか、やっぱりアレはテメェの使い魔か。……まあ、そうビクつくな。まだテメェには利用価値がある。今この場で殺すことはしねぇ」

 

「…………そうか、それは良かった。いや、私の方こそ礼を欠き過ぎた。ここに謝罪しよう。すまなかった」

 

 立ち上がり謝罪するが、カイドウはそれに興味もなく酒の補充に気をまわしている。

 その後、異端児についてのこれからのケルヌンノスファミリアの意向と対処の仕方を説明する。

 

「本気か? 異端児……モンスターとの共存どころか、恩恵(ファルナ)まで与えるなど? そんなことになれば民衆の暴動が起こりかねんぞ!?」

 

「それがどうした? あいつらが騒ぎ立てて何になる? 束になって数で対抗すりゃ俺達にも勝てるってか? ウォロロロォォ……。そいつは夢の見過ぎってやつだぜ」

 

「ムハハハ! そりゃそうだ。数で押し勝てる時代は当の昔に終わっている。神時代になってからは圧倒的な質こそがものを言う時代だ」

 

「まあ、仮に奴らが武力ではなく財や物質の面で抵抗を見せるというなら、俺達が奪い取るまでのこと。一切の反抗をそぎ落とす暴力ってのを心と体に刻み込んでやる」

 

 その時フェルズは恐怖した。っというよりも思い出したというべきか、先程までの理性的な対応と、ウィーネや異端児達への差別感の無さに忘れてはいたが、彼らは闇派閥殺し(イビルススレイヤー)の2つ名を持つ飛び切りの悪党だということを……。

 

「そうか……。お前達の考えは理解した。正直言ってあまり納得は出来ない内容ではあったが、私にお前達を止める力も術もない。この件はウラノスに相談することにする」

 

 頭が痛くなりそうな思いだったが、取り敢えずこのことをウラノスへ報告しなければと会話を切り上げてギルドへと帰っていった。

 

 

 

 

 

 地下にある主神ウラノスの祈祷室に舞い戻ったフェルズは事の顛末を報告する。

 

「っというのがケルヌンノスファミリアの見解だ。異端児達にとってはいい事かもしれんが、共存を望む者にとっては劇薬にすらなりかねん存在だった」

 

「ふむ、これはまた厄介さに拍車が掛かったな。だが、彼の者たちを止める術などロキファミリアとフレイヤファミリアの共闘なしでは到底敵わんだろう。しかし──―」

 

「ああ、あの2つのファミリアが共闘するなど天地がひっくり返ってもありえない。特にフレイヤファミリアの団員のロキファミリア嫌いは筋金入りのものだ。神フレイヤの鶴の一声でも掛かれば話は別かもしれんが、彼女もまた共闘なぞ望むべくもないだろう」

 

 結論から言ってしまえばどうしようもないという結果しか生まれず、一応対策は考えはすれど結局は自分達ではどうしようもないという現実にぶち当たるだけだった。

 




ウラノスのキャラがよく分からないから脳内バーン様を代理にして書いたけど、なんかおかしいっていう点があったら感想ください。

一応、前回の感想で指摘されたウラノスとフェルズの会話の雰囲気が逆と指摘を受けたので自分なりに気を付けたのですがどうでしょうかしらたキングさん?


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過去編:怪物祭  前編

本編の話が中々思いつかなかったから急遽過去編として怪物祭の話を書きました。



 ガネーシャファミリアが毎年取り仕切っているオラリオ最大級の祭りの1つである怪物祭(モンスターフィリア)は例年一定の盛り上がりを見せており、今年も例に漏れず誰も彼もがお祭り騒ぎである。

 

 そしてそれは、あのファミリアとて例外ではなく……。

 

「ズムズム♪ ズムズム♪ ズムズム♪ ズムズム♪」

 

 意気揚々とホームの訓練場で歌いながら踊る肉の塊が1つ。その周りでは肉風船の部下がその軽快な踊りに合わせて音楽を奏でる。

 それを目撃したキングが今も踊っているクイーンに大声で注意する。

 

「はぁ、クイーン! テメェのそのくだらねぇ趣味に団員達を使ってんじゃねぇ!」

 

「っち! うるせぇぞキング! こっちは怪物祭に向けての大事な練習中だ! なんせ、オラリオ中のカワイイ女達が俺様のポップで軽快な踊りを見に来るんだからな!!」

 

「アホが、女共が見に来るのはガネーシャファミリアの調教(テイム)だろうが、お門違いな期待はしてんじゃねぇよ」

 

「カッチーン! もう我慢出来ねぇ、表に……いいや、ダンジョンに出やがれキング! 今日という今日は立場の違いってのを教えてやる!!」

 

「立場の違いだと? 今更確認せずとも、俺が上でお前が下だマヌケめ……」

 

「「ああぁぁん!!?」」

 

 お互いの胸元を掴み上げ、ヤクザ顔負けの迫力でメンチを切りあう2人に部下である団員達は急いでジャックへと対応の連絡を回すのだった。

 その見事な対応の早さから普段からどれだけ2人のいざこざに巻き込まれているかが推し量れる。

 

 もはや導火線に火が付いた状態の2人は、ダンジョンへ行くよりも先に爆発寸前だったところに高らかな笑みが辺りに木霊した。

 

「ワァーハッハッハ! 俺が! ガネーシャっだぁ!!」

 

「「…………」」

 

 人間、自分よりもテンションが高い者を見ると急に自分もああなのかと冷静さを取り戻すことが時として起こりえるから、何が幸いするか分からないものである。

 そのままガネーシャは喧嘩をしていた2人の間に割って入ると「クイーンを借りるぞ!」と言い残して去っていった。

 

「…………相変わらず神のテンションは2ちゃんねらー共みたいにクソ高いな」

 

 クイーンを連れて去って行ったガネーシャの後ろ姿を見送りながら、あのテンションは肌に合わんとその場に残されたキングは嘆息を吐いて立ち去っていった。

 

 その数分後、慌てて駆け付けたジャックの目の前には誰もいなくなった綺麗な訓練場を目にし、呼びに来た部下に本当にキングとクイーンの兄御達はここで喧嘩してたのかと尋ねていたとか。

 

 

「いやはや、祭りの打ち合わせを行おうとクイーンの元へ向かったら喧嘩しているからガネーシャ、ビックリ!!」

 

「いや、マジすまんません。だから、そのテンションもうちょっと落としてくんない? 周りの視線がちっとばかし痛てぇ……」

 

 いつもテンションの高いクイーンも流石に神ガネーシャの異常過ぎるハイテンションについて行けず、周りからのいつもとは違うジロジロとした視線に居心地が悪そうだった。

 

「ヌゥ!? それは失敬、だが残念だがこれがいつものガネーシャだぁ!!」

 

「あっ、そうっすか……」

 

 これは酔ったカイドウさん並みに手が付けられねぇと判断したクイーンは、せめて隣ではなく後ろに歩こうとその巨体でそそくさと後ろに並んで歩く。

 

「ん? どうしたクイーンよ? なにを後ろに立って歩いている! 我らは共に祭りを盛り上げる同志だぁ!! 仲良く歩こうではないか!!」

 

「はぁ……」

 

 本当は肩を組みたいのだろうが、体格差のせいで腰に腕を手を巻きつける。

 そのせいで余計に目立ってしまい、さしものクイーンもガネーシャの陽気過ぎるキャラクター性に力無く返事を返すこととなった。

 

 そうして大衆から奇異の目で見られ続けて疲れ果てたクイーンだったが──―

 

「おーい! シャクティじゃねぇか。お前もウチのファミリアに来いよ! 幹部の席は今は無いが、俺様がお前のためにいずれ用意してやるぜ~!」

 

 ガネーシャファミリア団長のシャクティを一目見た瞬間に元気を取り戻し、ガネーシャを置き去りにして口説き文句を垂れる。

 

「またその話か……、前に一度その勧誘は蹴った筈だ! 私はガネーシャファミリアの団長なのだぞ!」

 

「そう冷たい事言うなよシャクティ~、お前みたいなイイ女は俺様に相応しいからな。意地でも手に入れてやるぜ」

 

 怪物祭を行う会場に先にいたシャクティを見つけると、共に来たガネーシャを放り捨てて口説きにかかった。

 当然、前々からウンザリするほど口説かれ続けてきたシャクティはいつも通り冷淡にその口説き文句を切って捨てたが、それでもクイーンは諦めようとはしなかった。

 

 はぁ~、っとため息が零れるがそれよりも祭り開催が迫る今はそんなことを気にしてはいられない。

 

「いいか、確かにお前はガネーシャがどうしてもと言い張って呼んだ特別ゲストではあるが、主催は我々ガネーシャファミリアだ。いいからそこら辺で大人しくしていろ」

 

「ガーン! っでもそんなの関係ねぇ!! 俺様は俺様のしたいようにやるのがモットー♪ それはシャクティでも譲れぬポリシー♪ ドゥユーアンダスタン?」

 

「何故にちょっとラップ風なのだ?」

 

 そうして茶番を終わらせ、各々が祭りに必要な準備に取り掛かる。

 ガネーシャファミリアはテイム用のモンスターをダンジョンから搬入し、クイーンは自身の部下を総動員して舞台の飾り付けからダンスに必要な衣装に機材の搬送に動く。

 

「ムハハハ! お前らしっかり働けよ。もし祭りまでに間に合わなけりゃどうなるか? 分かってるよな……?」

 

「「「「ウッス!!」」」」

 

 レベル8からの脅しに必死こいて動き回る部下たちを眺めながら優雅にワインを嗜むクイーンを横目にシャクティが睨みつける。

 

「貴様は働かんのか? 上に立つ立場の人間が率先して動くことで周囲に示しがつくというものだろうが」

 

「ん? ムハハハ!! 生憎とウチじゃ周囲への示しは行動じゃなく力で示せがモットーなんでな。こうして俺様が楽をするのも力を持つ者の特権なのさ!」

 

「団長、あまりケルヌンノスファミリアの人間に関わるのは……」

 

「っち、まあいい。くれぐれも我々の祭りの邪魔だけはしてくれるなよ」

 

「え~、シャクティってば冷たいな~。お前も団長なんだから部下に指示だけ出して俺様の横でくつろいでりゃいいのによ~」

 

「生憎と、私のとこのファミリアは力ではなく行動で示しを見せる所なのでな。それじゃあ失礼する」

 

「ちぇ〜、つまんねぇな〜」

 

 去ってゆくシャクティを面白くなさそうに見送るクイーンをはらはらした気持ちで見ていたケルヌンノスファミリアの団員達は八つ当たりを受けまいと作業に勤しみ、僅か1日でライブの準備を終わらせたのだった。

 

 

 

 そして怪物祭当時の日、ガネーシャファミリアとケルヌンノスファミリアの合同で行われるとの告知がオラリオ中に広がり、大丈夫か? という不安もありつつも期待もあり集客の方は問題は無かった。

 

「ムハハハ! 随分と盛況じゃねぇか、客席の方もどこも満員だな。流石は俺様! 俺の歌と踊りで客を盛り上げるぞお前ら!!」

 

「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」

 

 祭り開催前のクイーンの鼓舞にケルヌンノスファミリアの団員は拳を天に突き出して声を挙げる。

 

「ケルヌンノスファミリアに負けるな! 我らこそがこの祭りの主役だということを知らしめろ!!」

 

「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」

 

 それに負けないようシャクティの鼓舞にガネーシャファミリアも同じく声を挙げる。

 

「ムハハハ! 盛り上がってきたじゃねぇか。さて、俺様はライブの時間まで裏で喉を潤す為にお汁粉を飲んでくるから、出番が来たら呼びに来いよ」

 

「はい!」

 

 そうして部下に指示を出した後は、裏で用意されているお汁粉を飲みにクイーンは会場の奥へと消えていった。

 

 それから残されたクイーンの部下達はガネーシャファミリアの手伝いをしながらテイム用のモンスターを逃がさないように見張りについていた。

 

「ふわぁ~、いくらクイーン様の命令とはいえ、折角の祭りの日だってのにほぼ毎日見飽きたモンスターをただこうしてボーっと監視するなんざ面倒だよな?」

 

「おいこらバカ!? そんなこともしクイーン様の耳に入ったらどうする!」

 

「別に平気だって。クイーン様も今は吞気に裏でお汁粉を飲んでいるだろうし、態々こんなモンスターしかいねぇ場所に来たりしねぇって」

 

 あくびをしながら適当な態度で壁にもたれかかる同僚の言葉に周りの者たちも「まあ、そうか」と納得の表情を見せる。

 実際に、この場にいる全員がクイーンからの命令とはいえ折角の祭りの日をモンスターの監視という役割につかされて内心では辟易していた。

 

「あら、なら見るなら私なんかいかがかしら?」

 

 暇をしていたその時、美しい女性の声が聞こえてきた。普通ならば何故こんなところに女性がと疑問に思う筈だが、その時既に全員がその声に魅了されて美しいとしか考えることが出来ないでいた。

 

「とりあえず、私がここに来たことは内緒にしてくれるかしら?」

 

「「「「「はい……」」」」」

 

 蠱惑的に唇を指でなぞりおねだりするその美女の願いにため息混じりの返事で返す。

 この場にいる全員が美女のたった一言で骨の髄まで魅了されてしまったのだ。そしてそれは人だけでなく、知性を持たないモンスターであっても例外ではなかった。

 

「さあてあなたたち、この私が欲しかったら奪いに来なさい。この女神をね……」

 

 やがてその場から消えた女神を自らの手で捕まえる。その一心のみでモンスターは自身らを捕えていた檻を破壊し、一心不乱に女神の気配を追って街へと飛び出していった。

 

 

 ♦

 

 

「ングング……っぷは~!! やっぱりお汁粉は俺様の酸素だぜ。これがなきゃ生きていけねぇな!!」

 

 既に空となったお汁粉が入っていた大鍋4つが床に転がっており、クイーンの口元はお汁粉で真っ黒に汚れていた。

 そんな吞気にお汁粉を食べていたクイーンの元に大慌ての様子で駆けつける部下がやって来た。

 

「た、大変ですクイーン様!!」

 

「なんだ騒々しい!! まさかもうライブが始まったなんて言うんじゃねぇだろうな!?」

 

「ち、違います!!」

 

 自身の慌てた様子に出番を伝えるのを忘れていたとクイーンに誤解され、空になった大鍋を顔のすぐ横に凄まじいスピードで投げつけられる。

 そのことに恐怖を感じるが、今はそれどころの騒ぎではない。下手をすれば今以上にキレて何をやらかすかは知らないが、それでもここで伝えておかなければ後にどんな酷い目が自分に降り注ぐか分かったものではない。

 故に、男は意を決して今起きていることを口にする。

 

「祭りの為に捕まえていたモンスターが逃げました。更には監視を任せていた部下たちが魅了された状態で発見! このままでは祭りもといライブの開催は中止になるやもしれません!!」

 

「えええぇぇ~~~~?!」

 

 あまりの衝撃内容に目玉と舌がありえないくらい飛び出るが、カイドウがなにかやらかした際に稀に見る現象なので男はあまり驚かない。

 それよりも、今はクイーンからの指示を仰いでもらい事の鎮圧に向かわねばなるまい。

 

「っち、ああそういえばこんなイベントもあったっけか……。よし! モンスターの鎮圧には俺様が出向く!! お前はまだ使えそうな部下共を集めて被害の拡大を防げ!!」

 

「はっ、了解しました!」

 

「いいか! このライブの成功にゃ俺様の今後のリア充生活が懸っている。なんとしてもライブを開催させるんだ!!」

 

 今回のライブで活躍し、美女からの告白で今後の人生にバラを咲かせるという野望を秘めていたクイーンは、必死の形相で部下に指示を出した後に急いでモンスターが暴れているであろう街中へ急行する。

 その動きは肥満体な体に似つかわしくない程に俊敏で、部屋を飛び出して僅か1分足らずで外へと脱出したモンスターの群れを発見し、全体を把握できる建物の上に着地する。

 

「ひいふうみい……、何体かは別の場所に分かれたか。まあ、シルバーバックなら主人公君の為に譲るつもりだったし、ここにいないなら無理に追う必要はねぇな」

 

 あらかじめ見世物用に護送したモンスターの種類と数を確認し頭に入れておいたクイーンは、見下ろした先にいるモンスターたちの数が足りない事に気が付き状況をある程度把握する。

 

「すぅ~、止まれクソモンスター共!!!」

 

「「「「「っっっ!!!?」」」」」

 

 頭上から響き渡る大声に街中を彷徨っていたモンスターたちは頭上を見上げて立ち止まる。

 そこに立っていたのはモンスター達にとっては死の化身とも呼ぶべき存在だった。

 

「よ~し、いい子だお前ら! いいか、今すぐ元いた檻の中に戻りやがれ。もしこの命令を拒絶したら……」

 

 精々がレベル1~2程度の強さしか持たないモンスター達にとってはレベル8のクイーンは雲の上の化け物だ。発せられるその声を聞くだけで初心者冒険者がミノタウロスの咆哮(ハウル)を直に受けたように怯えて動けずにいた。

 

 だが、モンスター達は既に女神から魅了を掛けられており、本能的恐怖と魅了に板挟みにあったモンスター達はどうすることもできず狼狽えている。

 

「なんだ~? 俺様の命令が聞けねぇのか?」

 

「──―っグガァ!!」

 

 この場にいるモンスター達の中で一番強いモンスターが板挟みの末にクイーンに向けて威嚇の声を上げる。

 

 その瞬間、この場にいるモンスター達の命運が決まった。

 

「そうかそうか。俺様に威嚇とは随分と舐めた態度を取ってくれるじゃねか……。まあ、もう面倒だしとりあえず死んどけや

 

 頭を搔きながら心底面倒そうに見下してモンスターを一瞥する。

 それだけでモンスター達は心臓もとい魔石を握りしめられたかのような感覚に陥る。

 

 それと同時にクイーンは建物から飛び降りると、次の瞬間には文字通りモンスター達の急所である魔石を抜き取ってゆく。

 

「ギュガッ!?」

 

「グモッ!?」

 

「ゴガッ!?」

 

一切の抵抗すら許さない圧倒的な蹂躙にモンスターは悲鳴を上げることしか出来ずにいる。

 

「スゲェ……」

 

「あれがケルヌンノスファミリア最高幹部のクイーンか……」

 

「モンスターどもが全部灰になりやがった!!」

 

「強いぞ!流石は冒険者様だ!!」

 

 次々と灰となって死んでいくモンスター達を見て物陰で怯えていた民衆は歓声を上げて表に出てくる。

 

「ムハハハ! 相変わらずモンスターは魔石を抜き取れば灰になるんだから後始末が楽で助かるぜ」

 

 その手に握られた多数の魔石を転がしながら笑うクイーンは、バリバリと口に魔石を放り込んで食い散らかす。

 

 現在のクイーンの内臓は改造に改造を重ねた結果、魔石循環内蔵器官と名付けられた物へと変貌していた。

 それは非常に強力な力を持っており、魔剣並みの万能さと殲滅能力を秘めた破壊力を保有する。

 ただし、使用するには魔石を食してエネルギーを蓄えねばならないために、あまり多用し過ぎれば魔石の消費量がエゲツないことになる。

 

「さて、大半は消えていなくなったな。これじゃテイムによる見世物は出来ねぇか……。まあ仕方ねぇよな……」

 

 地面に散らばった灰となったモンスターの死体を踏み潰しながら残りの逃げたモンスターの後を追いかける。

 

 




クイーンを魔改造した結果、なんか怪人っぽくなったけど原作でも化け物みたいな存在だったし別にいいよね♪

それと、少々話が長くなりそうなので前編と後編に分けました。
後編の方は今週中に投稿……すると思います!!


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過去編:怪物祭 後編

はい約束通り今週中(FGOやヘブバン基準)に書き上げました。
え?もう月曜日の4時じゃないかって?

俺は確かに今週中とは言ったが日曜日の0時までとは言ってない!!!


 モンスターが逃げ出したという話は一瞬にして広がり混乱が起こったが、その混乱も第一級冒険者たちの登場によりすぐに治まった。

 

「まったく、折角の祭りの日だってのにモンスターが逃げ出すだなんて。ガネーシャファミリアは一体何してんのよ?」

 

「だね~、でもモンスターの様子も何かおかしくなかった? こっちを気にしてないっていうか、別の何かを探してるみたいだったような?」

 

「そうですね。ダンジョンじゃないからってのは違いますよね?」

 

 いつも戦っている時とは様子の違うモンスターの行動に疑問を抱いていると、一陣の風が周囲に巻き起こる。

 

暴風(テンペスト)

 

 その暴風は街中にまだ残存していたモンスターを全て灰に変え、陽に反射して輝く金髪を持つ碧眼の美少女が現れた。

 

「ティオネにティオナにレフィーヤ?」

 

「アイズさん!」

 

 現場に既にいたティオネ達に何故ここに? という疑問の声を上げるアイズを視界に入れたレフィーヤは満面の笑みで駆け寄っていく。

 

「あんたもコッチに来てたんだね。今日はロキの付き添いだったんでしょ? そっちはいいの?」

 

「うん。ちゃんとロキには許可を貰って来たから平気……」

 

 肩の力を抜いて談笑する4人。だが、目に見えるモンスターを殲滅したことで気が緩んでいた4人は足元から迫りくる存在に気が付かなかった。

 

 

 ♦

 

 

「おいおい! 全くなんだってんだこの草共は? こんなモンスターはリストどころか俺様の記憶にすら該当しねぇ。これがジャックが言っていた闇派閥(イヴィルス)の手駒の1つか……」

 

 地面から複数生え出てきたハエトリグサのようなモンスターがこぞってクイーンを狙って飛び出して来た。

 食人花の対応できる冒険者のレベルは精々が3かそこいらだ。レベル8のクイーンに挑むだなんて自殺行為にもほどがある。

 

 それでもこうして食人花がクイーンに群がってくるのはクイーンの体内に蓄えられた魔石の魔力に反応しているからだ。

 

「ありゃりゃ、もしかして俺様エサに思われてんのか? そりゃあちっとばかしナメ過ぎだろ!」

 

 食人花の狙いが自身であることと、敵ではなく魔力を求めてきたことに感づいたクイーンは青筋を立てて食人花に無造作に近づいていく。

 それをチャンスと見たか、食人花は一斉に襲い掛かる。

 

「随分とノロっちい動きだな? それが限界か?」

 

 目前に迫る食人花に一切の動揺を見せることなく、あっという間にそのステイタスに物言わせた速度で全て掴み上げると、侮蔑と嘲笑を込めた言葉を吐く。

 ジタバタと必死にクイーンの手の拘束から逃れようと足搔いてみせるが、クイーンの手は固定されたかのように微動だにせず、じりじりと自身を掴む握力が増していってゆく。

 

「もう少し強けりゃ遊び相手の玩具に出来たんだが、これじゃ時間の無駄だな」

 

 その言葉を最後に、クイーンは掴み上げていた全ての食人花を地面に叩きつけ、ブチブチと音を立てて胴体を力任せに引きちぎってゆく。

 高い物理耐性を持つ食人花といえど、クイーンの圧倒的な力のステータスの前ではまるで意味は無く、その場にいた食人花は全てクイーンの手によって魔石を抜かれ灰となった。

 

「ほぉ~、随分と変わった魔石だな。これも含めてジャックの奴に聞くことが増えたぜ。さぁ~て、実験材料になるモルモットの数はまだあったっけかな?」

 

 食人花から採取した魔石を手に取って観察し、ジャックから聞くことが増えたなと上機嫌で騒ぎがまだ起こっている場所へ向かう。

 

 

 

 ♦

 

 

 

「ギギャァァァァァ!!!」

 

 唐突に地面から現れた未確認モンスターの出現にアイズ達は面を喰らうも、第一級冒険者としての経験からその隙をすぐさまカバーする。

 

「ちょっと何よコイツは? こんなものまでガネーシャファミリアは地上に運んできたっていうの?」

 

「っていうか、コイツら硬いんだけど! 殴っても全然効いてないっぽい!」

 

「そ、そんな!?」

 

 ティオネとティオナの2人がかりの攻撃でもびくともしない食人花に驚くレフィーヤは及び腰になっていた。

 

「大丈夫、私がなんとかするから……」

 

 この中で唯一武器を帯刀していたアイズが前に出て食人花を相手にする。

 

「ジャアアァァァァァ!」

 

 暴風(テンペスト)を纏って突っ込んでくるアイズに反応した食人花は、攻撃を続けているティオナたちを無視してアイズを狙う。

 だが所詮は食人花の適正レベルは3が精々のところ、アイズの纏う暴風は容易く食人花を粉砕してみせた。

 

「流石アイズさん!」

 

「相変わらずね」

 

「アイズやる~!」

 

「…………」

 

 先程まで苦戦していた相手を一瞬にして倒して見せたアイズに称賛の声を上げるが、アイズはその声に応えることはなく、未だに周囲を警戒している。

 アイズだけは気付いていたのだ、まだ戦いは終わっていないのだと……。

 

 ゴゴゴゴゴォォォ……!!! と地面が揺れたかと思えば、新たに食人花が複数体出現する。

 

「噓ぉ……!? まだ現れるなんて!!」

 

「やるしかないわね……」

 

「やったるぞぉ~!!」

 

 新たに現れた食人花にレフィーヤは驚くが、ヒリュテ姉妹はやる気満々の様子で拳を握りしめる。

 そのまま戦闘再開かと思われたその瞬間、突如として食人花が共喰いを始めたのだ。

 

「え? なんです? 仲間割れ!?」

 

「いや、これは……」

 

「うん。あれだね……」

 

「くる……」

 

 共喰いを終えて最後の一匹となった食人花の体表が毒々しい斑模様へと変化した。

 そして変わったのは見た目だけではない。全能力値が全て大幅に上昇している。

 

 だが──

 

「問題ない……」

 

 確かに強化種は通常よりも遥かに強い個体ではあるが、レベル6のアイズの敵ではなかった。

 

「はぁぁぁ!!!」

 

「キギャアアアア!!!」

 

 暴風を纏ったアイズの剣戟は食人花を切り刻んでゆき、着実に弱らせていく。

 更に幸運だったのは、食人花は魔力を優先的に狙う傾向があるため、アイズの暴風(テンペスト)の魔力を狙って襲い掛かってくるので、武器を持たないヒリュテ姉妹や魔法を発動させていないレフィーヤに向かっていかないために集中して戦えている。

 

「これで、終わり──!!」

 

「──っ!!?」

 

 アイズの剣が食人花を真っ二つに切り裂くと、灰と魔石だけを残して食人花は消えていった。

 

「これで終わり……」

 

「やりましたねアイズさん!」

 

 剣をしまったアイズに飛びかかるようにレフィーヤは抱きつきに行った。

 その様子を見ながらヒリュテ姉妹も互いに顔を見合わせてニッコリと微笑んでから、今回の立役者であるアイズを労おうと近づいていく。

 

 そして、そんな一部始終を遠く離れた建物から見下ろしている人物が1人。

 

「ちっ! あっちもこっちも全部ぶっ殺されてんじゃねぇか……まあ、クイーンの方はまだいい。あれは正真正銘の化け物だからな。だが、ロキファミリアの連中、それもフィンや大幹部連中じゃねえ奴らに圧倒されるたぁ~、情けねぇな~おいコラ!!」

 

 倒されて灰に成り果てた食人花に唾を吐き捨てながら、汚い言葉遣いで貶める。

 そして時期尚早ながらに、対ケルヌンノスファミリア用のモンスターを解放することに決めた。

 

「さあ、暴れやがれ化け物が!! このオラリオ──いや、ケルヌンノスファミリアの連中を始末しろ!!」

 

 手に持った魔石に似た何かを砕き割ると、オラリオの地下に封じ込められたモンスターが目を覚ます。

 

 

 その異変はすぐに現れた。まず地鳴りが先程出現した食人花の群れ時よりも段違いに激しく、次に地面を突き破って出現したのは9つの頭を融合させた食人花だった。

 さしずめ、ヒュドラ食人花とも言える

 

「また同じモンスター!?」

 

「ううん、なにか……さっきまでのモンスターとは違う」

 

 再び出現した食人花にウンザリするティオネだが、アイズは直感からか目の前に現れた食人花がさっきまで相手していたのとは次元の違う存在だと察する。

 

「キギャアアアア!!!」

 

 9つの頭が一斉にアイズへと襲い掛かってくる。その速度は強化種であった個体よりも更に速く、咄嗟に剣でガードしたがあまりのパワーに紙くずのようにアイズは吹き飛ばされてしまう。

 

「そんなアイズさん!?」

 

「ヤバイよこれ! あたしらも助けに行かなきゃ!!」

 

「っち! 武器さえあればもっとマシな戦いができるってのに!!」

 

 憧れの対象であるアイズがまともに相手することも出来ずに吹き飛ばされた事にショックを受けて固まるレフィーヤ。ヒリュテ姉妹もアイズがやられたことに危機感を覚えてすぐさま助けに向かう。

 

「クギギャッ!」

 

 9つの頭のうちの1つが後ろから迫りくるヒリュテ姉妹に気が付くと、体の蔓を伸ばして迎撃に当たる。

 

「───があ!」

 

「ティオネ!」

 

「ティオネさん!」

 

 レベル5のティオネでも対処出来ない速度で打ち出される蔓にティオナとレフィーヤが顔を青ざめて叫ぶ。

 アイズは剣を盾にすることで直撃を回避したが、ティオネは武器も持たない丸腰の状態だ。

 2人は足を止めて血の気を引かせるが、次の瞬間に瓦礫を吹き飛ばして怒りに狂った元の荒々しい性格でティオネが戦場に復帰する。

 

「クッソガァァァ!!! いつまでも調子に乗るなよクソモンスター!!!」

 

「クギャギャギャ!!!」

 

 自身のスキルである憤化招乱(バーサーク)によって大幅にパワーを上昇させたティオネは先程自身を吹き飛ばした蔓を掴むと、力任せに綱引きのように引っ張り上げる。

 

「どうりゃぁぁぁぁ!!!」

 

「ゴギャギャギャ!!!?」

 

 ティオナによって宙へと投げ飛ばされる。フゥーフゥーと獣のように息を荒げるティオネにティオナとレフィーヤは若干引いてはいるが、それ以上に頼もしく思う。

 

「ほらそこ! なにボサッとしてんの!! まだアイツはこれぽっちも効いちゃいねぇぞ!!!」

 

「「はっ、はいぃ!!!」」

 

 怒りの矛先がコッチに向けられてビビりながら返事を返す。

 

「てか、アイズは何してんのよ!? あれぽっちの攻撃でダウンするほどヤワじゃないでしょ!!」

 

 その頃、最初に吹き飛ばされたアイズはというと…………

 

「どうしよう……?」

 

 あのヒュドラ食人花の攻撃を受け止めた際に借り受けていた剣が根本からへし折られてしまった。

 既に食人花や街中で暴れていたモンスターを倒す為に暴風(テンペスト)を付与し続けていたダメージがここにきて限界を迎えたのだ。

 

 デスペレートの修復中の代剣のレイピアの値段は4000万ヴァリス、現在の手持ちでは弁償出来ないと落ち込んでいると、吹き飛ばされた場所から大きな音が聞こえた。

 音の正体はティオネがヒュドラ食人花を投げ飛ばした時のものだが、そこでようやくアイズもその場に置いていったレフィーヤ達の存在を思い出して暴風(テンペスト)を纏って戦場に戻る。

 

「みんなゴメンナサイ。今戻った……」

 

「あっ、無事だったんだアイズ!」

 

「遅いのよあんた! お陰でコッチは団長に見せられない傷を負っちゃったじゃない!!」

 

「けど、本当に無事でよかったですアイズさん!」

 

 3人とも自分のことを心配していたようで、剣を折ったことに落ち込んで中々戻ってこなかった身としては罪悪感で一杯になるが、ひとまず感謝の言葉を口にしようとすると、ティオネに投げ飛ばされたであろうモンスターが立ち上がる。

 

「キギャアアアア!!」

 

 自身を投げ飛ばしたティオネを無視して、再びアイズ目掛けて突進を仕掛けてくる。

 だが、それを許すティオネではなく、横を通り過ぎようとする食人花を引っ掴み上げると力一杯にヒュドラ食人花の動きを止める。

 

「今のうちにさっさと始末しなさい!!!」

 

「分かった!」

 

「うん!」

 

 ティオナは真っ正面からヒュドラ食人花の胴体に拳によるラッシュを叩き付け、アイズは剣を失ったがそこは第一級冒険者、体術にもそれなりに精通しており、ヒュドラ食人花の頭の真上に飛び上がると、その細い足からは想像のつかない重いかかと落としを決める。

 

「「はぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 重厚な打撃音が街中に響き渡るが、そんなこと知るか! とばかしにヒュドラ食人花は暴れる力を衰えさせずにティオネからの力任せの拘束を振りほどかんと抵抗をみせる。

 

「も……う……無理!!」

 

 いくらスキルの恩恵を受けてパワーアップしたといっても、ヒュドラ食人花を完全に上回る程のものではなく、その激しい抵抗についに膝を屈して拘束を解いてしまう。

 

「キギャアアアア!!」

 

 自由になったヒュドラ食人花はまず真っ先に魔法を発動しているアイズに殺到する。

 

暴風(テンペスト)

 

 それに対して、アイズは体に纏った風を腕に集中させて螺旋のドリルを思わす形にへと変化させ、襲い掛かる頭を全て迎撃してみせる。

 

「うわ! なにそれスゴォ!!」

 

 アイズが殴り飛ばした頭は暴風のドリルに削り取られて吹っ飛ばされ、それを見たティオナが素直な感心の声を出す。

 

 しかし、集中させるということはそれだけ負荷も集中させるということ、ヒュドラ食人花を迎撃し終えたアイズの腕はナイフで切り刻まれたようにズタボロになっていた。

 

「っく、やっぱりまだ暴風(テンペスト)を使いこなせてない……」

 

「え? ヤバイじゃんその傷! 大丈夫なのアイズ?」

 

「ポーションがあれば問題無く復帰できるけど……」

 

 アイズの腕の傷を見て心配そうに駆け寄ってくるティオナにポーションさえあれば問題無いと言うが、現状は誰もポーションを持っておらず、つまるところ事実上の戦闘不能というわけだ。

 

 更に最悪なことに、先程アイズが削り取ったヒュドラ食人花の頭がボコボコとビデオの逆再生のように再生し始める。

 

「ちょっとアイズ! あんた剣はどうしたのよ!?」

 

「ごめん。さっき吹き飛ばされた時に折れちゃった……」

 

「はぁぁぁ!!?」

 

 腕が使い物にならなくなったアイズを守るように駆け付けたティオネの疑問に答えるとあんぐりと顎を開いて驚かれた。

 

 しかし、頭を再生し終えたヒュドラ食人花はアイズの方を睨むだけで先ほどのように突進を繰り出すことはなかった。

 

「どうしたのかしら? アイズを警戒している……訳じゃなさそうね」

 

 まるで興味を失ったかのようにアイズから目を逸らすと全く別の方向を見つめるヒュドラ食人花。その視線の先には魔法を詠唱しているレフィーヤの姿があった。

 

「マズい! レフィーヤが狙われてる!?」

 

「ウィーシェの名のもとに願う。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ。繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか──力を貸し与えてほしい」

 

 ずっと見ているだけだった。強者であるアイズさん達に甘えて何もせずにただ指をくわえて見ているだけの自分に嫌気が刺した。

 吹き飛ばされたアイズさんを見て絶望した。同じように叩きのめされたティオネさんを見て恐怖した。

 

 その時に自分は何をしていた? ただ失うことに怯えながら自分は彼女達よりも弱いから足手まといになると思い込んで何もしないでいた。

 そんな自分は何者なんだって自問自答した結果、答えは目の前の光景(傷だらけになっても戦うアイズ)を見て簡単に出た。

 

「私だってロキファミリアの冒険者なんだ!」

 

【エルフ・リング】

 

 そして解き放たれた魔法は何も起きないでいた。不発したのか? 否、これは召喚魔法。

 それ単体では効果を成さない魔法なのだ。本命は次に唱えられる詠唱で、レフィーヤの背後に魔法陣が広がる。

 

 だがしかし、そんな暇を与えるべくもなくヒュドラ食人花が無防備状態のレフィーヤに襲い掛かる。

 

「させるかぁぁぁ!!」

 

「キギュガァァァ!?」

 

 武器がないなら瓦礫でいいじゃない! とばかしにティオナがヒュドラ食人花の背後から手にした瓦礫を叩きつける。

 あまり効いてはいないが注意は十分に引き付けられたようだ。

 

「おかわりでもう一発!!」

 

 更に追撃でティオネが先程よりも巨大な建物丸々1つ分の瓦礫を持ち上げてヒュドラ食人花の脳天目掛けて叩きのめす。

 その隙にレフィーヤが詠唱を完成させる。

 

「終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬。間もなく、焔は放たれる。忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲な猛火。汝は業火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを」

 

 時にレベルの差すら凌駕させる超長文詠唱による魔法は強大で、その威力を知るティオナとティオネは即座にレフィーヤの射程から離脱し安全地帯へと退避する。

 

「焼きつくせ、スルトの剣──我が名はアールヴ」

 

 すぅ~っと息を整えると目の前に迫りくるヒュドラ食人花を視界に入れる。

 

 そして──

 

【レア・ラーヴァテイン】

 

 膨大な魔力によって作り出された獄炎がヒュドラ食人花を飲み込んでゆく。

 その威力は絶大で、レフィーヤの目の前にあったモンスターも建物もそれら一切が消し飛ばされていた。

 

「やった……?」

 

 呆然としながらペタっと地面にへたり込むレフィーヤを後ろから抱きしめるようにティオナが飛びかかる。

 

「やったよレフィーヤ! あんな凄い魔法リヴェリアみたい!!」

 

「よくやったよレフィーヤ。正直言って助かった。あんたの魔法が無けりゃどうなってたか……」

 

「ティオナさん、ティオネさん……」

 

 はしゃぐティオナと落ち着いた様子に戻ったティオネから褒められたレフィーヤは、まるで夢でも見ているかのようにぼんやりとした思考で言葉を返す。

 

「よく頑張ったねレフィーヤ。さっきの魔法凄かったよ……」

 

「アイズさん……」

 

 憧れの人からの褒め言葉に、ついに涙腺が崩壊して「うわぁん! ありがとうございます!!」と涙ながらに感謝の言葉を口にする。

 そのまま泣きじゃくるレフィーヤをティオナが宥めながら、アイズは自分が何かやらかしたのかとオロオロしてティオネに「大丈夫だから落ち着きなさいよ」と頭をはたかれている。

 

 そんな全てが終わって弛緩しきった雰囲気をぶち壊すかのように、レフィーヤが破壊した跡地の地面が揺れ動く。

 

「この振動って、まさか……!?」

 

 ティオネの予想通り先程倒したと思われたヒュドラ食人花が地面の中から飛び出して来た。

 

 見れば、9つの首のうち7つは炎によって焼けただれており、残った2つの首は無傷だった。

 恐らく、レフィーヤの魔法の威力を瞬時に悟ったヒュドラ食人花が首7つを犠牲に盾として身を守り、咄嗟の判断で地面に潜り込むことで消滅を避けたのだろう。

 

 しかも、厄介なことにその再生能力は些かも衰えておらず、地面から飛び出して数秒で焼けただれた首が元の状態へと戻ってゆく。

 

「そ、そんな……」

 

 最早レフィーヤの魔力はほぼ無い状態で、今にもマインドダウンを起こしそうな体で立っているのもやっとの状態だ。

 だが、希望は突如として歌となって現れる。

 

「ズムズムズム♪ 瘦せちまったらモテ過ぎるから、敢えて瘦せないタイプのファンク!」

 

「ジャアアァァァ?」

 

「あれは……」

 

「もしかして……」

 

「「…………??」」

 

 あまりにも現状の雰囲気とマッチしない陽気な歌を口ずさみながら近づいてくる丸い物体にヒュドラ食人花を含めたアイズとティオナが首を傾げ、そのバカみたいな歌詞に聞き覚えのあったティオネとレフィーヤが微妙な顔つきでやって来る男の正体に気がつく。

 

「お~や~? なにやら派手な爆音が聞こえたと思えば、ロキファミリアの連中じゃねぇか!? 相変わらず美形揃いだな。おい、ウチに来ねえかお前ら!」

 

「嫌!」

 

「無理です!」

 

「う~ん、ちょっと無いかな?」

 

「えっと、ごめんなさい」

 

「わぉ、やっぱし全滅!! てか、丁寧に断られる方が傷つくぜ!!」

 

 上からティオネ、レフィーヤ、ティオナ、アイズの順となっており、ズガビーン! と効果音を出して心臓を押さえるリアクションを取るクイーンに、呆れた目線を送る女性4人。

 

 そんなふざけたノリをいたたまれなさそうにヒュドラ食人花が見つめてくる。

 

「まあ、冗談はさておき……。コイツはまた手強そうな相手じゃねぇか!」

 

「キシャアアァァァ!!!」

 

 ようやくコッチに目を向けたクイーンに威嚇するような声を上げるヒュドラ食人花。

 

「ちょっ!? いくらあんたでも無茶よ! ソイツは素手でどうこう出来る類のモンスターじゃないわよ!!」

 

 そう、いくらレベル8の冒険者といえど、見たところ武器も装備しておらず、対する敵は物理攻撃に高い耐性に加えて再生能力を持つタイプ。

 そんな相手に無策で突っ込もうとするクイーンに待ったをかけるティオネだが、そんな静止の声を無視してクイーンはヒュドラ食人花に近づいていく。

 

「ジャアアァァァ!!!」

 

 無防備に近づいてくるクイーンを仕留めようと、9つの頭が一斉にクイーンに迫りくる。

 そして案の定、クイーンは防御すら出来ずにまともにヒュドラ食人花の攻撃を受けてしまう。

 

 だが、その結果は多少たたらを踏む程度で、ダメージはほぼノーダメのカスみたいなものだった。

 

「…………ほぉ、中々の攻撃力だ。深層クラスのモンスターにも匹敵するなこりゃ~」

 

「キイジャァァ?」

 

「けどな……、俺様を相手するには少々気合いが足りねぇぞ!!」

 

 クイーンはヒュドラ食人花の攻撃を涼しい顔で受け止めきり、グッと腰に力を込めて自身に突っ込んできた9つの頭を抱きかかえる。

 そしてそれを、どうするのかというと──

 

「ほぉれ、高い高ぁいだぁ!!!」

 

 クイーンによるただの力技による投げ飛ばしで、巨体を誇るヒュドラ食人花は遥か上空へ放り捨てられる。

 だがそれだけでは終わらない。上空へ放り投げられたヒュドラ食人花は重力に引き寄せられ、地上へと真っ逆さまに落ちてくる。

 その着地地点といえば? そう、放り投げたクイーンの元だ。

 

「とりあえず、どこまで耐えられるのかの実験だな」

 

 拳を握り締めて、空から落ちてくるヒュドラ食人花にひたすらにラッシュを叩き込む。

 

「ドララララララララララララララ!!!」

 

 どこぞの奇妙な冒険の4部目の主人公を思わせる凄まじい拳の連打に、ヒュドラ食人花は原型を見失いそうなほどクイーンの拳で肉体を凹まされていく。

 

「キギャアアアア!!!」

 

「おっと……」

 

 ついに断末魔とも思える声で叫ぶヒュドラ食人花はクイーンのラッシュから抜け出し、クイーンも圧し潰されて下敷きにならぬように軽快なステップで回避する。

 

「グッ──ギャ……」

 

 高い物理耐性を持つヒュドラ食人花は血反吐を吐きながらも、その高い再生能力で元の肉体へと戻っていく。が、それでもダメージは深いようで中々元の姿へは戻れずにいた。

 

「ほぉ、俺様の連撃を喰らってもまだ倒れねぇか……」

 

 それは圧倒的強者だからこその台詞だった。

 

 あれ程までに厄介だったヒュドラ食人花が実験動物のような扱いで倒されている光景に、アイズ達は言葉も出なかった。

 

「ケルヌンノスファミリア大看板が1人であるクイーン。強いのは知っていたけど、まさかここまでだなんて……」

 

「あれが、ケルヌンノスファミリアの力……」

 

「やっぱしレベル8なだけあってティオネよりもパワーがあるんだね」

 

「…………」

 

 クイーンの強さに驚嘆の声を上げるティオネ、レフィーヤ、ティオナ。ただアイズだけはクイーンのその強さに驚嘆ではなく嫉妬に近い感情を抱いていた。

 

「さて、休憩ももう充分に取ったろう。パワーも耐久性もある程度は把握した。後は何か特殊能力でもあれば面白れぇが……」

 

「クギャッ!?」

 

 再生を終えかけているヒュドラ食人花に再び近づいていくクイーン。

 そんなクイーンに怯えたような声を漏らすヒュドラ食人花は、9つの頭をクイーンに向けると、一斉に口を開かせてみせる。

 

「ん?」

 

「──────ッッッッ!!!!」

 

 まるでドラゴンのブレスのように光線のような攻撃が放たれる。

 間抜けにも観察に夢中になっていたクイーンは真っ正面からその攻撃を喰らってしまった。

 

「ちょっと、今のは流石にマズいわよ!?」

 

「た、助けなきゃ!!?」

 

 流石に今の攻撃はシャレになっておらず、いくらレベル8といえどあんなものを無防備に喰らえば無事では済まないだろう。

 即座にティオネとティオナが飛び出してヒュドラ食人花に攻撃を仕掛ける。

 

 だが──

 

「ぐぅ、やっぱしコイツ素手じゃ全然ダメージを与えらんないよ!!」

 

「こんなのを拳だけでボコボコにしたなんて、目の前で見てなきゃ信じられないわよ!?」

 

 やはりティオナとティオネの攻撃ではダメージを与えることが出来ずにいた。

 

(ここはやっぱり私の魔法で──、でも今の私の魔力じゃ……)

 

 この現状を打開するためにはもう一度自分が魔法を使わなければ。しかし、もう既に魔力は底を尽きており、先程のような強力な魔法を撃つことはできない。

 どうしたものかと悩んでいると、ふと隣に立つアイズがなにやらブツブツと唱えていた。

 

「やっぱり……モンスターは全て敵……全て私が殺さなきゃ……」

 

 いつもとは雰囲気が違っており、例えるなら黒い悪意を纏っているような、そんな不気味さすら感じる様相であった。

 アイズが覚悟を決めて一歩を踏み出そうとしたその時だった…………

 

「ムッハァ~! 随分とドギツイ攻撃をかましてくれんじゃねぇか!!」

 

 全身から火傷の痕を見せるクイーンだが、その動きや言動からまだまだ戦えるようだ。

 そうして、先程のヒュドラ食人花からの一撃でようやく本気を出すようになったクイーン。

 

「ムハハハ! そういやさっき素手じゃどうこう出来ないって言ってたな怒蛇(ヨルムンガルド)?」

 

「あんた生きてたの? ……ええ、そうよ。で、こんな状況で何よ急に? さっきの自分の攻撃が効いたって言いたい訳?」

 

「ムハハハ! 違う違う。あんな殺せねぇようなパンチじゃ自慢にもなりゃしねぜ。まあ、俺様が言いたいのはよ、武器ってのは何も剣や槍だけじゃねぇってのを言いてのよ」

 

 論より証拠とばかしに改造した自身の肉体を変形させていく。

 ガシャガシャと人体から決して聞くことの無い音がクイーンの体の中から聞こえたと思えば、肌の色がメタリックな色へと変化していき、やがては全身がメタルボディに変貌してみせた。

 

「ムハハハ! どうだ驚いたか? これが俺様の原作を超えた最高傑作の1つメタル絡繰(からく)りサイボーグボディだ!!」

 

 ただ肌の色がメタリックになっただけではなく、指はドリル、足はドラム缶のような分厚い鉄柱を思わせるサイズに変化させ、腹には何に使用するのか不明な穴が開いており、この場に男子がいれば目を輝かせて涙を流しているだろう。

 

「それにしても、さっきはよくもやってくれたじゃねぇかクソ草野郎!! こっちもお返ししてやるぜ!!」

 

 プワーンとエネルギーが集まる音がクイーンの腹辺りから聞こえてくる。見れば光の粒子がクイーンの腹の穴に集まりだし、そして一瞬腹の穴が煌めいたかと思うとレーザービームが飛び出した。

 

「デストロイバスター!!」

 

「シギャアアアア!!!」

 

 太い光の軌跡がヒュドラ食人花の胴部を通過すると、レーザービームの着弾地点であるポイントが大爆発を起こす。

 

「ムハハハ! 貫通能力は抜群だが、貫通し過ぎて着弾による爆発攻撃が敵にヒットしねぇのが今後の改良点だな」

 

 目の前の結果に満足そうな声を出しながらも、今後の改造予定を頭の中で組み立てるクイーン。

 そんなクイーンを完全に恐れたヒュドラ食人花はあろうことか逃亡を選択した。

 

「キギギャアアアァァァァ……」

 

 自身の肉体に空いた穴などお構いなしに一刻も早くクイーンから逃げまいと地面を掘り進める食人花の姿はすぐにその場から消え失せ、残ったのはヒュドラ食人花が残した大穴のみだった。

 

「ちょっと! なに逃がしてんのよ!?」

 

「余裕見せ過ぎだよクイーン!!」

 

「ちょっ、ティオネさん、ティオナさん!?」

 

 むざむざとモンスターを逃したクイーンに詰め寄るティオネとティオナだったが、先程の戦闘を見てすっかり及び腰になったレフィーヤは突っかかる2人を止めまいとワタワタと手を握って引っ張る。

 

「ムハハハ! 安心しな。あのモンスターの始末ならもう既に済んでいる」

 

「「「???」」」

 

 

 

 ♦

 

 

 

 クイーンから逃れ元いた地下空間に逃げ延びたヒュドラ食人花は、胴部に空いた穴を塞ごうと再生を始めようとするが、空いた穴は一向に治ろうとはしなかった。

 それどころか、体中に謎の痛みが走り出し、地面をのたうち回りながら血反吐を吐き散らかす。

 

「クギャァァァ!!?」

 

 ジタバタと暴れるも痛みや傷痕は一向に治おる気配も無く、痛みは益々酷くなるばかりだった。

 そんなヒュドラ食人花の様子をジッと見ている者が1人。

 

「おいおい、何やってやがんだチクショウが!! 俺はテメェをケルヌンノスファミリアに勝てるように改造したんだぜ? なのになんだあのザマはよぉ?」

 

 ついには痛みで動くことさえ出来ずにもがくように身をくねらせるヒュドラ食人花に近づいて蹴りを入れてくる。

 

「せめて大看板の腕の1本でももぎ取ればまだテメェの存在価値があったってのによ……この失敗作のクズモンスターが!!」

 

 やがてピクピクとしか動かなくなったヒュドラ食人花を充分に蹴り回した男はクイーンによって空けられた穴をジッと観察する。

 

「こりゃ毒か? 光による毒…………放射線か? だとしたらなおの事厄介だな。クイーンの奴め、どれだけの実験を繰り返したんだ!?」

 

 ギリッと歯を食いしばって未だ地上にいるクイーンを怨讐の目で睨み付けながら、男はその場から去っていった。

 

 

 

 ♦

 

 

 あれからロキファミリアの連中をホームへと帰したクイーンは、この現場を覗き見していたマナーの悪い男の元へと向かっていた。

 

「けっ! なんだテメェかよオッタル。なら正解はもう一つの視線の方かよ……」

 

「…………どうやら、俺の手助けは必要無かったようだなクイーン」

 

 あの時、クイーンは2つの視線を感じていた。どちらかがあのヒュドラ食人花を差し向けた黒幕であると当たりをつけたクイーンは、適当に現場に近い視線の元へと駆けつけた。

 まあ、そこにいたのはオッタルだったわけだが、クイーンはそのオッタルの言葉にピクリと反応する。

 

「…………おい、俺様の聞き間違いか? 手助けだぁ~、言っとくが俺やあのバカキングと同じレベル8とはいえ、その実力の差は天と地程に離れてんだぜ? 勿論、天が俺様で地がお前だ!」

 

「どうとでも言えばいい。俺はただフレイヤ様に相応しい剣となるだけだ。そして、いずれはお前らの団長から最強の座は返してもらう」

 

 オッタルの挑戦的な言葉にバキリとクイーンが立っている地面が威圧感だけでひび割れる。

 いつ開戦が起こっても不思議ではないその状況で、オッタルは一切の警戒や敵意をクイーンには見せないでいた。

 

「おい、テメェ如きがカイドウさんから最強の座を奪い返すだ? おこぼれで貰った座がそんなに惜しいかオッタル? 言っとくがな、お前さんも分かってる通り、さっきの戦闘で見せたのは俺様の実力のほんの一部でしかねえ! 俺様はあともう2段階上の変身を残してる。その意味が分かるよな?」

 

「承知の上だ。その上で俺はお前たちに勝つと宣言した……」

 

「そうか……」

 

 オッタルの揺るぎのない宣言に威圧感を霧散させたクイーンは不機嫌ながらに一言だけ返してその場から去ろうとする。

 

「じゃあな堕ちた者(イカロス)さんよ。精々足搔いて強くなんな……」

 

「…………」

 

 去りゆくクイーンの背を見つめながら、オッタルは今の自身の2つ名に静かに激昂して背に背負う剣に手を伸ばす。

 

 

 




オリキャラとかクイーンの圧倒的パワーとかちゃんと伝わった?
ちなみにオッタルの今の2つ名はこのままでOK?


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プチ遠征開始

お盆休みずっと寝てた……


 現オラリオにて最強のファミリアであるケルヌンノスファミリア。

 そんなケルヌンノスファミリア団長であるカイドウの命令により全団員が集結していた。

 

 ホームの2階から1階の大広間に集合していた団員達に対してカイドウが前に出て演説を始める。

 

「ウォロロロォォ……、テメェらよく集まってくれたな。今回オメェらを呼んだのは他でもねぇ、俺の娘ウィーネの例があるようにダンジョンには未確認の知性を保有するモンスターがいると俺は睨んでいる!」

 

 カイドウの演説にざわざわと動揺が広がる。そんなざわめきを鎮める為にキングが一喝する。

 

「黙れ! カイドウさんの演説はまだ終わってねぇぞ!!」

 

「「「「「──―っ!!」」」」」

 

 殺気の立ち込めたキングの一喝に、ざわついていた団員達は開いていた口を両手で塞ぎ、一瞬でざわめきは静まり返った。

 

「ウォロロロォォ……、流石だなキング。ご苦労だった」

 

「いえ、これくらいは当然です」

 

「さて、オメェらもグダグダと長ったらしい話は聞きたくねぇだろうから要点だけを言うぞ! 今回遠征から帰って来たばかりだが、再び遠征を再開させようと思う!」

 

 今度は誰も口を開けてざわつくことは無かったが、その顔や目線から困惑していることは明らかで、誰も彼もが隣にいる者にどういうことだ? と目配せをする。

 

「まあ、お前らが疑問に思うのも無理はねぇだろう。要は俺達冒険者が未だ探索出来ていない未開拓領域の何処かに知性を持つモンスターが潜伏していると考えている。今回の遠征では18階層のリヴィラの街を拠点とし、19階層以下の未開拓領域をしらみつぶしに探りを入れることが目的だ!」

 

「ムハハハ! そういう訳だ。言っとくがこれは決定事項で異論反論は認めねぇ!」

 

 そう言われてしまえば下っ端の自分達は何も言えなくなってしまう。

 誰もが口を閉ざして黙ってカイドウの命令に従う雰囲気の中、飛び六胞最強の男ウォーロンが意見を飛ばす。

 

「ちょっと待ってくれカイドウさん。確かにあんたの言う通りウィーネお嬢のようなモンスターが存在しているかもしれねぇ。だけどそいつらを見つけてどうするんだ? 今回の目的のその先が俺にはよく見えて来ねえ?」

 

「ウォロロロォォ……。いい質問だ。確かに今回の目的である知性を持つモンスター、これから知性モンスターのことを異端児(ゼノス)と仮称する。異端児(ゼノス)の発見は俺の目的の第一段階だ。第二段階は異端児(ゼノス)をファミリアに加入させての戦力強化、そうして第三段階が異端児(ゼノス)がダンジョン内で住処にしているであろう場所を第2のリヴィラの街とする。それが俺が考える今回の遠征の目的だ!」

 

「「「「―――っ!!?」」」」

 

 それを聞かされたケルヌンノスファミリア団員達は胸に熱い想いが込み上げてくるのが抑えられなかった。

 人類の歴史に名を刻むレベルの偉業、そんな大事業に参加するのだ。これで興奮するなと言う方が無理だ! 

 

「すまねぇカイドウさん。あんたにそんな壮大な考えがあったなんてな。変に演説を止めちまって悪かった!」

 

「問題ねぇよ。ウォロロロォォ……、お陰で連中の士気も上がったからな。結果オーライだ!!」

 

 ウォーロンからの謝罪を快く許すカイドウに部下たちも胸を撫でおろす。

 そんな緩くなった空気を引き締めるようにキングが部下たちに向けて声を上げる。

 

「テメェら!! 気を引き締めておけ、今回の目的は今までとは違う。俺達が探す目標は敵ではなく将来的に味方になるモンスターだ。戦闘をするにせよ交渉をするにせよこちら側が上の立場だと認識させなきゃなんねえ!! 浮ついた気持ちで出来る仕事じゃねぇぞ!!」

 

「「「「はい!!!!」」」」

 

 この場の全員が改めて気持ちを切り替え、異端児(ゼノス)探索の遠征に乗り出すこととなった。

 だがそれに反対する者が1人……。

 

「い~や~だ~!! パパもジャックもどっか行くなら私も行く!!!」

 

「はぁ~……、何度も言うがダンジョンはまだお前には早い。ケルヌンノスの奴から恩恵を貰ってまだ間もないからな。レベル1程度の強さじゃ中層には連れていけねぇ……」

 

「や~だ~!? 私も行きたい行きたい!!?」

 

 ジタバタと駄々をこねながらカイドウを困らせるウィーネに手を焼いている。

 こうした子供の我儘に対してどう対処すればいいのかカイドウには経験が無かった為に分からなかった。前世での娘は言うことを聞く大人しい子供だから我儘は言わなかったが、ウィーネは良くも悪くも子供らしい活発さがあり、このような駄々を捏ねる姿に愛らしさすら湧くが困ったことには変わりない。

 

「おい、あんな困った顔したカイドウさん見たことあるか?」

 

「いやねぇよ。流石はウィーネお嬢ってやつだな」

 

「ああ……、でもこれどうするんだ?」

 

 や~だ~! と駄々を捏ねるウィーネとそれに困って頭を抱えるカイドウの構図はただ見ている分には面白いかもしれないが、いつカイドウが爆発するか分からない今の現状は近くにいる自分達の身が危険だ。

 例えるならば、いつ爆発してもおかしくない巨大な爆弾とその導火線に着火しまくる子供、それが今のカイドウとウィーネだ。

 

 しかも、タチの悪いことに被害を喰らうのは傍で見ている自分達だけだということ。今すぐウィーネお嬢に苦言というか我慢してくれ! と言いたいが、下手に前に出て今のカイドウさんに目を付けられたくないというのも事実。

 

((((頼む神様! どうか俺達を助けてください!!))))

 

 そんな必死な祈りが天に通じたのか、遠征の準備から戻ったウォーロンが部屋に入ってきた。

 

「嫌な予感がしたが、まさかカイドウさんが子育てに苦戦するなんざ神様も予見出来なかったんじゃねぇか?」

 

「っち、何しに来やがったウォーロン! グチグチと説教をかましに来たわけじゃあるまいに!?」

 

「……今回のホームでの留守は俺が担当することにした。当然、ウィーネお嬢の警護も俺がする」

 

「……?」

 

「何の冗談だ? 今回の目的は圧倒的な力を示すことが必要だ。なら、テメェの重要性がどれ程のものか、分からねぇほどマヌケじゃねぇだろ?」

 

「当然そうかもしれねぇ、っが! 俺はあんたや認めたくはねぇが大看板の3人程強くはねぇ、他にも俺以外に飛び六胞は5人いる。正直、今回の遠征に連れて行くには過剰戦力とすりゃ思っている」

 

「正論だな。……だがもし、俺達がまだお前らに黙っている情報があるとすればどうだ?」

 

 確かに、既にジャックから聞いている情報ではレベル6どころかレベル7や8がいれば充分に目的は達成できる。

 そこにレベル9の俺も加わって動けば過剰戦力という言葉は間違いではないだろう。

 

 だが、それでも無視できない不穏な動きがここ最近のオラリオにあった。

 

 ジャックの情報は完璧ではない。俺達がこの街で活動することで原作に干渉することによって生まれるバタフライエフェクトやジャックの知りえない裏の設定や未来で明かされる事実。

 それらが合わさって予期できぬ事態に陥ったことも何度かあった。

 

 だからこそ、今回の遠征は失敗を許さぬ為に万全を期して行動したかった。

 

「……時々、カイドウさんらが未来を知っているかのように行動するのは知っている。黙っている情報ってのはそのことか?」

 

「っ!? ほぉ、驚いた。まさかバレてたとはな。そうだ俺達……というより、ジャックはこの世界でのごく限られた限定的な未来を知っている。今回の遠征もその未来の情報を元に組み立てられたものだ」

 

「やっぱり……」

 

「それで? そういや何でお前が留守を担当するって言いだしたのか、その理由を聞いていなかったな」

 

「今回の遠征じゃ明確な場所が把握できちゃいないからな、いつ戻れるか分からない。それに、目的の1つでもある第2のリヴィラの街を建築するにせよギルドや他のファミリアへの説明も必要だ。俺も地上で故郷への支援も近々しなきゃなんねえからその辺りの雑務を引き受ける。だから今回の遠征には俺を外してはくれねぇか?」

 

 なるほどな、そういや確かにもうそろそろウォーロンが故郷への支援活動をする時期か……。誰か適当に部下共に任せればいいものを、コイツは律儀に自分が率先して支援の準備をしたがる。

 まあ、ウチのファミリアはチンピラの集まりと言っても過言じゃねえくらい素行が悪いからな。半端な奴に任せれば故郷の支援物資がちょろまかされたりするかもしれんし、そういった行動を取るのも分からなくもねえ。

 

「ウォロロロォォ……、いいぜウォーロン。今回の遠征はお前抜きで行うことにする。ホームの留守とウィーネの子守は任せたぞ」

 

「ええ……、ウィーネもパパと一緒に行くの!!」

 

 先程まで真面目な話故に黙っていたウィーネも、結局自分を置いて行くのだと分かれば精一杯の我儘を捏ねる。

 再び始まったウィーネの駄々にどうしたものかと頭を悩ませていると、なんとも以外なことにウォーロンが解決策をいとも容易く提示してみせた。

 

「わぁ、キラキラだ!」

 

 小さな女の子が好きな物といえば甘い物やキラキラした可愛いらしいオシャレなアクセサリー等だ。

 

 ケルヌンノスファミリアの幹部らは何か緊急時用に換金用として宝石や金塊等を持ち歩いていることが多い。

 今回はウォーロンが持ち歩いていた4000万ヴァリス相当の宝石が付いたネックレスを渡すことでウィーネの御機嫌取りに成功し、後は口八丁手八丁でウィーネにお留守番を認めさすことが出来た。

 

 後は置いてきぼりに若干膨れっ面状態のウィーネを部下たちに任せ、カイドウとウォーロンはそれぞれ遠征に向けて動き出す。

 

 

 

 ♦

 

 

 

 バベルの塔前にてオラリオ最強のファミリアであるケルヌンノスファミリアが再び遠征の装備で集まっていることに周囲の冒険者は何があったんだと怪訝な顔で遠くから見守っている。

 そんな最中、見上げるほどの巨体を持つ4名のヒューマン、カイドウと大看板のキング、クイーン、ジャックが遅れてやって来た。

 

「ウォロロロォォ……、今日はいい天気だ。ここしばらくは快晴が続くが、もって一週間くらいだろう。地下にいるモンスター共はこんな青空なんざ拝んだことはねぇだろう。一週間だ! 一週間で遠征を終わらせるぞ!!」

 

 澄み渡る青空を突き刺すように突き上げた指に込められた想い。

 それは熱を持ち、周りへと伝播する。思わず拳を握り締めて振るいあがった者もいるだろう。

 

 誰も彼もが武器を握る力を強めると、最強の男の背を見上げてダンジョンへ向かう。

 

 

 

 

 




なんかこの小説もインパクトが薄くなってきたような……。
ウィーネちゃんとカイドウの親子関係をもっと魅力的に書けるような文才が欲しい。


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これは遠征じゃねえ!蹂躙だ!!

俺は最新話を攻撃表示で召喚!ターンエンド!!!


 神聖で厳かな雰囲気に支配されたとある一室に、不遜とも捉えられかねない程にズカズカと遠慮容赦ない歩みで神ウラノスの元に急ぐ者がいた。

 

「ウラノス! 非常に言いにくい事だが面倒な事になった。ケルヌンノスファミリアがリヴィラの街を拠点に18階層以降の非正規ルートの開拓に乗り出している。狙いは十中八九異端児(ゼノス)の捜索だろう」

 

「ぬううう……」

 

 フェルズからの突然の報告を聞いたウラノスは唸り声を出しながら眉間にしわを寄せる。別にこの事態を想定していなかったわけではない。

 だが、あまりにも行動をするのが早すぎる。ファミリアというのは組織であると同時に家族でもある。

 一蓮托生とはまでは言わないが、それでも個々人の意思や意見を尊重するというのは当然のことであり、異端児(ゼノス)を仲間にするために行動するというカイドウの考えのもとで行動するには多少なりとも時間がかかると予想していたが、まさかカイドウが鶴の一声でファミリア全員を動かしてしまうとは想像だにしていなかった。

 

 今はまだ異端児(ゼノス)を表舞台に出すには早すぎる。それはフェルズやウラノスだけでなく、ヘルメスやガネーシャも同意見の筈だ。

 今回のケルヌンノスファミリアの遠征で異端児(ゼノス)達を地上に連れ出したとしても、それは人類との共栄ではなく圧倒的力を持つケルヌンノスファミリアの名での恐怖による支配となんら変わりはしない。

 

 それは我々の望む未来にはなりえはしない。だからどうにかしてケルヌンノスファミリアの遠征を止めたいところなのだが……

 

「無理だろうな……」

 

「ああ、無理だな」

 

 言葉による説得? 相手は情で動く人間ではなく、自身の快不快の感情で動く獣だ。自分達にとってメリットとならない話に貸す耳はないだろう。

 

 ならば力による強制終了か? 説得以上の無理難題だな。ケルヌンノスファミリアはかつてのゼウスやヘラ以上の戦力を保有している。

 

 下手をすれば人類の3大クエストである黒龍ですら討伐出来かねない強大な力だ。

 そんな相手を力任せに止めようぜ! なんて提案するのはバカだ。

 

 そうすると後は何が残る? 物資の凍結による脅迫か? 否、そんなことをすれば強奪という力任せな行動で全て奪われるのがオチだ。

 彼らは善ではなく、どちらかと言えば悪寄りの存在のファミリアだ。

 こちらが卑怯卑劣と言った手段で対抗すれば即座に暴力による飽和攻撃でぺんぺん草一本すら残さずにありとあらゆるもの全て奪い取られるのは目に見えている。

 

「結局、神と言えど弱者は強者の蹂躙にただ指をくわえて黙って見ていることしか出来ないというのか……」

 

「ウラノス……」

 

 悲壮感が漂うウラノスに何も言えずにただ少しでも良き未来に繋がることを、フェルズは全知無能な神の前でただ祈るのみだった……。

 

 

 ♦

 

 ダンジョンは人間に対してモンスターという牙を持って襲い掛かる。

 それはどのような相手であろうと関係がなく、生み出されたモンスターはただ母であるダンジョンに侵入してきた不埒者を屠る為にその力を振るう。

 

「「「グモォォォォォッッ!!!」」」

 

「邪魔だ!」

 

 だが現実は非情かな、圧倒的強者による一撃でモンスター達はすぐさま殴り殺され灰へと姿を変えたのだった。

 その勢いに続いて、後ろをついてきている団員達も武器を手に声高らかにダンジョンを進む。

 

「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」

 

 中層程度のモンスターの大群ではケルヌンノスファミリアの進行を止めることなぞできる筈もなく、団長であるカイドウを筆頭にキング、クイーン、ジャックは勿論のこと、飛び六胞を始めとする団員達もモンスターを蹂躙する。

 

 その勢いはとどまることを知らず、各階層に部隊を分けてもモンスターからの進撃を跳ね返し続け、次々とマップに載っていない未開拓領域を埋めていった。

 

「首尾のほどはどうだ?」

 

 襲い掛かるモンスターを片手で灰に変えたジャックは、マップを書いていた団員の1人に成果のほどを訊ねてみる。

 

「へい! 指示通りマップに載っていないエリアの壁も間隔を縫って破壊し、奥に続くルートがないかの確認の結果のところ、3つほど新発見したルートがありました!」

 

「なるほど……。それで、異端児(ゼノス)が暮らしていた痕跡は?」

 

「それは確認できませんでしたが、未発見の素材や未知のモンスターを発見、捕獲と討伐にも成功しており、これだけでもかなりの利益になります」

 

「バカ野郎!? カイドウさんらが欲しているのは異端児(ゼノス)に関する手がかりだ!! その他のモンで満足する訳がねえだろうがぁ!!!」

 

「ひっ!! す、すみませんでした!!!!」

 

「分かったらさっさとマップの完成を急がせろ!」

 

「「「「了解しました!!!」」」」

 

 団員達のケツを叩くように怒鳴り上げるジャックの声に、全員が死に物狂いでマップを完成させていった。

 そしてそれは他の階層でも同じことだった。

 

 カイドウは唯我独尊と言わんばかりにダンジョンを破壊しながら進み続け、ダンジョンの防衛本能であるジャガーノートも自慢の金棒の一振りで肉体が半壊し、後続の団員からの追撃によって討伐された。

 

 キングは冷静に効率よくマップを埋めてゆき、未開拓領域で発生したイレギュラーにも即座に的確な判断の下で対処していった。

 

 最後に残ったクイーンはというと──

 

「ウィ~♪ 当たりを引いたの俺様の方か……」

 

「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」

 

 現状、目の前で武装したモンスターが自分のところの団員と争っている。

 

 原因は単純に異端児(ゼノス)たちが自分達ケルヌンノスファミリアが他の仲間を攫っていったイケロスファミリアの連中だと勘違いしたからだ。

 

「オノレ! 同族ヲ返シテ貰ウゾ人間!!?」

 

「悪いが抵抗するなら痛い目を見るのは覚悟してもらうぜ!」

 

 異端児(ゼノス)のリーダー格である石竜のグロスと蜥蜴人のリドが前に出て戦うが、部隊のリーダーであるクイーンの元に辿り着くことはおろか、普通の団員すらまともに相手することが出来ずに徐々に押されていっている。

 

「ムハハハ! ウチのファミリアを舐めんじゃねえぞ異端児(ゼノス)共!! そいつらは日頃からカイドウさんや俺達の無茶ぶりで鍛えられてるからな。こんな所でのんびりしているテメェらじゃ勝つことなんざ不可能なんだよ!!」

 

 葉巻を吸いながら余裕の態度で、抵抗する異端児(ゼノス)達を煽るクイーン。

 それを睨みつけながらもジリジリと追い込まれていく自分と仲間たちに焦りを覚える。

 

「クソ! ドウスルリド!?」

 

「どうするもこうするも! 足搔くっきゃねぇだろ!!」

 

 既に相当数の仲間がやられて捕縛されていっている。ここで自分達が諦めれば仲間たちが酷い目に会わされる。

 その思いが今にも倒れそうな体に鞭を打ち立ち上がらせ続ける。

 

 それに、希望ならまだある。

 

「ムハハハ! 流石はモンスター共だな。俺達ファミリア相手にここまで粘る奴らは地上でもそうはいねぇ。だがな、それだけだ。結果は変わらねぇ! これは俺からの優しさだ。大人しく投降しろ! これ以上、無駄に痛い目には遭いたくねぇだろ!!」

 

「誰がそんな真似するか!」

 

「寝言ハ寝テホザケ!」

 

 クイーンの提案を速攻で蹴飛ばすリドとグロス。

 

 だが現実は非常かな、ただの一般団員ですらまともに倒せていないこの現状でどれだけ吠えようとも事態は好転しない。

 

 このまま健闘虚しく捕まってしまうのかと思われたその時──

 

『ブモォォォォォ!!!!』

 

 ダンジョン内にモンスターの咆哮が轟いた。

 

 その咆哮の正体にいち早く気づいたのは異端児(ゼノス)達だった。

 

「やっと帰って来たか!」

 

「ソウイン! ココガ踏ン張リドコロダ!!」

 

 そして、次に彼らが取った行動は自傷覚悟の突撃だった。

 

「ああん? なんだなんだ?」

 

 未だ余裕の態度を崩そうとしないクイーンだったが、その次の瞬間には咆哮が聞こえてきた方向から部下の団員達が異端児(ゼノス)達によって押し負かされ、一本の道が出来上がっていた。

 

「へっ?」

 

『ブモォォォォォ!!!!』

 

 その出来上がった道を全力疾走で駆け抜けてきた黒い体色のミノタウロスが、間抜けた面をしているクイーンに強烈な一撃をお見舞いする。

 

「ぶっへぇぇぇぇ!!?」

 

「「「「「よっしゃー!」」」」」

 

「「「「「ク、クイーン様ァァァ!!??」」」」」

 

 まともにミノタウロスからの攻撃を受けたクイーンは思いっきり吹き飛ばされてダンジョンの壁に豪快に叩きつけられて沈んでいった。

 

『ブオォォォォ!!!!』

 




感想と評価お待ちしてます!!!


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圧倒×和解

待たせたな!受け取れ、最新話だ!!


 突然の黒いミノタウロスからの襲撃を受けて一同が衝撃を受けているなか、いち早く正気に戻った異端児達が今までのお返しだと言わんばかりに勢いに乗って押し返して来た。

 

「今がチャンスだ!! ここで奴らを一気に押し返すぞ!!!」

 

 リドの号令の元に異端児達が自身の爪と牙を存分に奮って襲い掛かる。

 っが、いざ敵意をぶつけられるとケルヌンノスファミリアの団員達は意識を戻してすぐ応戦してくる。

 

 場は一気に硬直し、互いに一進一退の攻防を繰り広げていた。

 この均衡を完全に崩すにはどちらかの総大将が決着を付ければいいのだが……

 

「ドウシタ、アステリオス?」

 

「…………手応えが変だった? 今まで硬い敵、柔らかい敵と幾多もの敵を殴ってはいたが、硬いのか柔らかいのか? どちらともつかない妙な感触だ。……構えろ、アレは十中八九無傷で生きている」

 

 吹き飛ばした敵の追撃に出ないアステリオスの様子に疑問を覚えたグロスが訪ねると、アステリオスはクイーンを殴り飛ばした手の感触を確かめながらその疑問に答える。

 

「ナルホド、確カニ奴ハ他ノ冒険者トハ違ウヨウダッタ……」

 

 その言葉に警戒心を強めたグロスは油断することなくクイーンが吹っ飛んで出来た瓦礫の山に目を光らせる。

 

 事実、2人が臨戦態勢に移行して戦う覚悟を見せると、瓦礫の頂上の石コロがガラリと崩れ落ち、それを合図にしたかのようにクイーンが瓦礫の中から勢い良く無傷の状態で飛び出してきた。

 

「ムハハハ! ちょ~っとビックリしちまったぜ!! だが俺様は~~無傷☆」

 

 クイーンの身体は土で多少の汚れが目立つものの、アステリオスに殴られた箇所や壁にぶつかった箇所にも傷どころかアザ1つ出来てはいなかった。

 

「ん~♪ 無駄だぜ無駄! 俺様のこれは脂肪じゃなく筋肉! それも人工強化筋肉だ。俺様の研究によってアダマンタイト級の硬度と衝撃によってゴムのような弾力性を発揮する優れものよ♪」

 

 パン! と自身の腹を叩いてその頑丈さをアピールする。

 

「「ムゥ……!」」

 

 ただそれだけの行為だというのに、アステリオスとグロスにとってぶ厚い障壁が突如として出現したかのように思えた。

 

 だが、それだけで戦意喪失するほど2人はヤワな精神をしておらず、互いに拳を構えてクイーンに相対する。

 

「アステリオスヨ、奴ハオレが少シノ間ダケ引キ付ケル。奥ニ貴様ガ前ニ頼ンデイタ武器ガ置イテアル! 行ケ!!」

 

「……了解した」

 

 一瞬の間、アステリオスは悩みもしたがグロスの言葉を信じてこの場を任せ、奥にあるという自身の武器を取りに急ぐ。

 

「ムハハハ! たった1匹で俺様を足止めか? 勝算があっての行動かもしれねぇが、随分といい度胸じゃねぇか! だが、そういうのは嫌いじゃねえぜ」

 

 奥へと消えていったアステリオスの後を追うことなく、クイーンは目の前で自身の足止めに努めるグロスのみに注意を払う。

 これはグロスを脅威に思ったからではなく、単にそうした方が面白そうだと考えたからだ。

 

「さあ、どうした? かかってこいよ異端児!!」

 

「ムオオォォォ!!!」

 

 両者の力の差は歴然であり、少しでも時を稼ぐ為にグロスが選んだのは突進によるタックルだった。

 

「ん~? 俺様と押し合いで勝負しようってか~?」

 

「ヌウゥゥゥゥ!!!!」

 

 だが、全力のグロスのタックルを受けてもクイーンは微動だにせず、まるで子供と相撲を取るかのように頑張れ頑張れ♪ と応援すら送っていた。

 

「おいおい、それでお前の全力ならもう終わっとくか?」

 

「ヌゥ!? グワァァァ!!!」

 

 一切の抵抗を許すことなく、ズガァァン! っとグロスはクイーンに上から抑え込まれる形で地面へと叩き潰される。

 

「ムハハハ! 呆気なかったな。だが誇っていいぜ! なんせ、この俺様から5秒も時間を稼げたんだからな」

 

「グゥ……ウゥゥ……」

 

 地面が陥没する程の力で叩きつけられたグロスの肉体はたった一撃でボロボロに成り果て、まともに立ち上がれることすら難しい。

 

(コレガ地上ノ第一級冒険者ノ実力ナノカ……、ダガ、セメテ……)

 

 意識が飛び飛びになるなか、せめてあと数秒だけでもとズタボロの身体で這いずってクイーンの足にしがみつく。

 

「あぁん? まだ動けんのか……。つっても、ほとんど死に掛けみたいなもんだがな」

 

 道端のゴミを蹴飛ばすようにグロスの手を蹴り飛ばすと、クイーンは奥へと消えたアステリオスの後を追わんと歩を進める。

 そんなクイーンの背後に力尽きたように倒れていたグロスが立ち上がる。

 

「マ……テ……」

 

「おいおい! そんな体でまだ立つのかよ!? 無茶すりゃ死ぬぜ?」

 

「…………」

 

「はっ、喋る気力……っというより、内蔵がいくつかペシャンコにされて逝っちまったか? まあ、モンスターに内蔵があるかは知らねぇがよ!」

 

 愉快そうに笑うクイーンの戯言に怒鳴り返す気力も残っていないなか、グロスはよろよろと歩くだけで精一杯ながらも笑い続けるクイーンに掴みかかる。

 

「ムハハハ! 無様だがいい根性してるぜお前さん。だがな、圧倒的に力不足なんだよ!」

 

「ガッ……!」

 

 服に着いた虫でも払うかのように呆気なくグロスを払いのけたクイーンは再びアステリオスの元へ足を運ぶ。

 流石に今度こそ立ち上がるだけの力も残ってはいないようで、グロスは指一本動かすことなくクイーンを睨むことしか出来ないでいた。

 

 そんなグロスの視界の先に希望が現れた。

 

「…………随分と待たせてしまったようだな」

 

 巨大な戦斧を片手に戻ってきたアステリオスの視線が地に倒れ伏せたグロスの姿を捉え、怒りの感情を表に出さないまでも、その声色はクイーンに対しての怒りと殺意で溢れていた。

 

「…………カテ」

 

「了解した」

 

 のどの痛みを無視してグロスはただ一言だけ勝てと口にした。それに対してのアステリオスの返答もまた簡潔なものではあったが、それだけでグロスは何の憂いもなく肉体の限界を迎え意識を落とした。

 

 そして、グロスが意識を失って倒れるのを合図にアステリオスがクイーンに向かって飛び出した。

 

「グモォォォォォ!!!!」

 

「ムハハハ! 来い黒いミノタウロス!! テメェの力がどれだけのモノか俺様が試してやろう!!」

 

 アステリオスの振り回す戦斧とクイーンの拳がぶつかり合う。

 ただそれだけでこの階層一帯を吹き荒れる程の強風が発生する。

 

「「「「ぐっ──わぁぁぁぁ!!!」」」」

 

 ただの真っ正面からの殴り合い、それだけで周りにいた団員や異端児達が吹き飛ばされそうになっていく。

 

「ほう、やるじゃねぇか! この俺様とパワー比べで吹き飛ばされねぇとはな!」

 

「ぐうウゥゥ!!!」

 

 一見すれば互いに互角の競り合いをしているように見えるが、両者の表情からしてクイーンが優勢なのは明らかだろう。

 しばらくアステリオスとクイーンの鍔迫り合いが行われたが、両者が互いに後ろに飛んで仕切り直しとなる。

 

「ほれ、どうしたどうした? もっと本気を出してかかってこい!!」

 

「…………っ!」

 

 素手による単純な殴打ではあるが、深層クラスにすら通用する戦斧が一撃ごとに形を歪められていっている。

 もしこれが自身の拳で撃ち合っていたらとゾッとするが、それでも攻撃の手は緩めない……否、緩めることを許されない。

 

 こっちの全力の攻撃に対して、奴は遊び半分で対処してきている。もしここで一瞬でも攻撃の速度を落とそうものなら、すぐさまクイーンの拳の嵐に押し切られて地面に沈められることとなるだろう。

 

 ……見えない。これまで深層で自身の力量を上げるために無数のモンスターとしのぎを削る日々を過ごしてきたが、こうまで勝利の道筋が見えない敵と相対したのは初めてだ。

 

 今のアステリオスの胸中に浮かぶのは焦燥と不安。同胞の最後の言葉である勝てを守りきることができるだろうか? 

 いいや、そんな弱い意思では己に希望を託して足止めを引き受けてくれたグロスに申し訳が立たない! 

 

「グモォォォォォ!!!」

 

「おっ! ちょっとは力が上がったか?」

 

 引き継いだ同胞の意思を力に変えて攻撃の手をさらに強めるが、クイーンにとっては獲物を狩る手応えが多少強まった程度にしかならなかった。

 

「おい……アレ……!?」

 

「マジかよ、クイーン様と真っ向勝負で互角の勝負をしてやがる」

 

「あれが地上の冒険者か?」

 

「アステリオスが苦戦してるなんて……!?」

 

 それでも、周りの異端児や団員達からすれば怪物同志の常識を超えた激しい嵐のような攻防戦に、つい自分達が争うのも忘れてその超常レベルの戦闘に目を奪われてしまう。

 

「ムハハハ! どうした異端児? もっと攻め立てこい!」

 

「──ッッッッ!!!」

 

 クイーンの挑発に、アステリオスは再び互いの距離を取るよう為に真後ろへと飛んだ。

 そして、次にとった行動は武器を捨てて2足歩行の態勢から4足歩行の態勢に切り替え、地面を強く踏みしめ、自身の最大の武器たる角が敵に当たるよう前傾姿勢の形になる。

 

「ほぉ、お次はミノタウロスご自慢の突進か? いいぜ、避けねぇでやるから突っ込んできな!!」

 

「ヴオオオォォォォォッ!!!!」

 

 大地を吹き飛ばす程の脚力で標的(クイーン)に向かって最大の武器である角と体格によるフィジカルで吹き飛ばさんと突っ込んでいく。

 

 周りにいた異端児やケルヌンノスファミリアの団員達は、アステリオスの踏み込みで起きた土煙で視界を塞がれてしまい激突の瞬間は目にすることは出来なかった。

 だが、両者がぶつかった際の轟音は否が応にも耳に入り、この対決の勝者がどちらになったのか目にせんと土煙を払って2人の姿を探す。

 

「い、いた! あそこだ!!」

 

 団員の1人がアステリオスの突進した方向のずっと先を指差すと、クイーンが突進した筈のアステリオスをがっしりとキャッチして受け止めていた。

 

「お~イテテ! おいおい、俺様ご自慢の人工筋肉で出来た腹に傷が出来てるじゃねぇか」

 

 どうやらアステリオスの角が突進でぶつかった際にクイーンの腹に穴を空けたようだ。だが、出来た傷はたったそれだけ。

 それ以外はまるでダメージは無く、平然とアステリオスを捕えて拘束している。

 

「流石はあの石コロモンスターが足止めを買って出るだけの実力者ってわけだ。……だが」

 

「っ?!」

 

「その程度の実力者なら俺達のファミリアに腐るほど……は言い過ぎだが、それなりの数はいるんだぜ。勿論、お前以上の実力者も俺様を含めて複数なぁ!!」

 

 驚愕するアステリオスの腰を引っ掴み、そのまま頭が地面の方向になるよう逆さ吊りしたまま一気に落として叩きつける。

 

 次の瞬間、地面が叩き割れるほどの威力のパイルドライバーを決めた。

 

「グオオオオォォォ!!?」

 

 大量の土煙が発生する中心部で、技を完璧に決められたアステリオスは上半身を地面に埋められて戦闘不能の状態に陥っていった。

 

「そんな……アステリオスがいとも容易く!?」

 

「あんな化け物が他にもいるってのかよ! 地上には!!!」

 

 大地に腰までぶっ刺さったアステリオスの姿を見て他の異端児達が茫然自失となってしまった。

 これほどの化け物が地上にはさらに複数体も存在しているという言葉に戦意がぽっきりと折れてしまったのだ。

 

 仮に、今の言葉が噓であったとしても、現状で異端児たちの最高戦力であるアステリオスが傷1つ程度しかつけられない敵を前にどうすればいいというのだろうか? 

 ついには武器を落とし、観念したように地面に座り込む者まで出始めた。

 

「おい! みんな!?」

 

 次々に戦意喪失していく同胞の姿にリドは奮起の声を上げようとするが、一体どんな言葉を投げかければよいのだろうか? 

 いや、アステリオスが敗れた時点で降伏するのは間違った判断ではないのだろう。

 

 例えこの先にどんな未来が待っていようとも、殺されるよりかは……。

 

 そうリドが絶望しかけたその時だった。

 

「ま……だだ……!」

 

「あん?」

 

 地面に埋まっていたアステリオスが自力で這いずり出し、怪我による出血はあるものの、その肉体と眼から伝わる気迫からまだまだ戦闘は出来ると言っているようだ。

 

「ヌゥゥ──」

 

 敵は遥かに強大、勝ち筋がまるで見えてこない。

 このまま戦っても勝機は1欠片も無いだろう。……なら諦めるのか? 

 

 否! 

 

 自身の中に生まれついて存在している飢えの正体である夢……あるいは憧憬か。その存在は自身よりも非力であったものの、恐怖に体を震わしながら己に立ち向かってきた。

 そんな朧気な記憶が今の自分の背中を押してくれる。

 

 そして吠えろと魂が叫ぶ! 今こそ強者の喉笛に弱者の咆哮と共に牙を突き立てろと!!! 

 

「勝つんじゃない! 勝ちたいのだ!!」

 

 目の前の敵に、そして夢に見続けるあの(ベル)の存在に負けない為に戦う。

 その思いが叫び声として自然に口から飛び出した。

 

「ムハハハ! なんだそりゃ? だが悪くねぇ思いだな! ますますお前ら異端児が気に入ったぜ!!」

 

「ウオオオオオオオッ!!」

 

 クイーンの言葉を遮るように放たれたアステリオスの咆哮(ハウル)は、もはや物理的な破壊力すら持ち合わせたそれは地面をめくりあげ、衝撃波がクイーンを襲う。

 

「ぐおぉぉぉ!! み、耳が……」

 

「ヌゥアアアァァァ!!!」

 

「ふべぇ──っ!!?」

 

 その強烈な咆哮(ハウル)を真っ正面から受けたクイーンは肉体にこそダメージは無かったが、鼓膜がイカレたのか耳を押さえている隙を突かれて再びアステリオスからの一撃を喰らってしまう。

 

「諦めるな同胞たちよ! 武器を拾え、希望はまだある。絶望の未来は己が手で切り開け!」

 

「──ッ! ウォォォ!!!」

 

 アステリオスの奮起の声にいち早く反応したのはリドだった。

 

「そうだ! オレっち達はまだ負けてねぇ!! ここで勝って仲間を! 同胞達を助け出すんだ!!!」

 

 その言葉に地面に落とした武器を拾い上げる者が続々と出てきた。

 そして、異端児達のその目には再び抗う意思が炎のように燃え上がっている。

 

「ぐっ、こいつら……」

 

 また再び戦闘かと武器を構えて戦おうとする団員達の耳に突如として後ろから何者かの声が届いた。

 

「お前ら逃げろ! 巻き込まれるぞ!!」

 

「「「「────っ!!?」」」」

 

 その言葉に即座に反応して対応したのはケルヌンノスファミリアの団員達だった。逃走という本来ならば屈辱的な行為を強者であるはずのケルヌンノスファミリアの団員達が迷いもなく動いたのには1つの理由がある。

 

 それは単純にして明白な理由。文字通り巻き込まれてしまうからだ、同じファミリアに所属する強者の圧倒的な攻撃に──。

 

黄金の絡めとる縄(ゴールデン・アレストロープ)

 

 ダンジョンの奥から金色に輝く縄がまだ捕まっていない異端児達を次々に捕縛していった。それは武装した者も、空を飛ぶ者も、逃げ足の素早い者も、例外なく全ての者をだ。

 

 もし仮に動くのが遅れて未だ異端児達と対峙していようものならば、あの黄金の縄が敵味方関係なく拘束していただろう。いつもの日常のように……。

 

「やれやれ、大看板ともあろう人が何をこんな所で手間取ってんの?」

 

 眩いばかりの黄金の塊を周りに浮かばせたケルヌンノスファミリアの飛び六胞が1人、黄金郷のエルマ・オルドリッチが姿を現した。

 

「ぬぅ! くそぉ! なんだこの縄は!?」

 

 縄に拘束されたリドが引きちぎろうと全力で力を籠めるが、縄はビクともせずその拘束を緩めることは無かった。

 

「無駄よ。それは文字通り黄金で出来た私専用の荒縄。そんじょそこらの輩に引きちぎれるほどやわな作りはしちゃいないわよ」

 

「ムハハハ! 流石はエルマちゃんだぜ♪ 仕事が早いな!」

 

 アステリオスに殴られて倒れてた筈のクイーンがケロッとした様子で増援にやって来たエルマに軽いステップで近づいてきた。

 

「あんたが遅いのよデブダルマ!」

 

「だ・か・ら! これは筋肉! おっれっは~♪ 瘦せちまったらモテ過ぎるんだって~♪」

 

 一応は大看板と飛び六胞という上下関係はあるものの、ケルヌンノスファミリア内において団員同士の上下関係なんてあって無いようなものだ。

 こういう気軽いスキンシップは常日頃からで、それはダンジョンの中でも変わらないものだった。

 

「グモォォォ!!!」

 

 そんな2人の会話をぶった切るようにアステリオスが黄金の拘束を引き千切り、投げ捨てた筈の戦斧を片手に突っ込んできた。

 

「噓!? 私の黄金の絡めとる縄(ゴールデン・アレストロープ)から自力で抜け出したっていうの?」

 

「おっと、言い忘れてたが、ソイツのパワーは俺様程じゃねぇがジャックくらいなら苦戦する程度の強さを持ってるぜ」

 

「それを先に言いなさいよ!!」

 

 今のアステリオスの標的はクイーンではなく、同胞を縛り上げたであろうエルマへと移っていた。

 自身を標的に突っ込んでくるアステリオスを鬱陶しく思いながらも、闘牛士のように軽やかな身のこなしで避けていくエルマは捕らえた異端児達が他の団員達によって回収されたのを横目で確認し終えると、自身の周りに浮かんでいる黄金に少し触れてその形を変えていく。

 

「私の触れた黄金は私の意のままに操ることが出来る。ほら、ご自慢のパワーでこれが壊せるかしら?」

 

黄金の盾(ゴールデン・シールド)

 

「グォッ!!? ──ッ! ヌウァァァァ!!!!」

 

 ぶ厚い大盾へと変化した黄金が迫りくるアステリオスの目の前に立ち塞がり、ガァァァン!! と凄まじい衝突音を立てて大盾にヒビが入る。

 普通ならそれほどの速度と威力で頭からぶつかれば意識を消失してもおかしくないのだが、パワー以上の耐久力でギリギリ意識を踏み止まらせたアステリオス。

 目の前に現れた大盾を砕かんと、さらに力を込めて角によるすくい上げの一撃で黄金の大盾を粉砕した。

 

「まさか!? アレは深層のモンスターの攻撃にも耐えるレベルだってのに!!」

 

 自慢の大盾を、破壊されて驚愕と苛立ちに支配された顔つきとなったエルマ。

 

「くひぃっ♪」

 

 しかし、その顔はやがて段々と喜色の笑みへと変わっていき、面倒臭さそうだったその表情は獲物を狙う狩人のものへと変貌した。

 

「クカカカ……! ナルホドねぇ、これはクライがいがある獲物だぁ!!!」

 

 中層でのつまらん狩りかと思えば深層のモンスターよりも喰いごたえのありそうな獲物を目に、アマゾネスの女王の血が湧き上がってくる。

 強者との飽くなき戦闘への渇きと飢えが今のこの身体を支配しており、このようなご馳走を目の前に我慢など出来ようものだろうか? 

 

「否、イナ、いなァァァ!! 喰ろうてやるぞぉぉ!」

 

 過度な興奮により、この世界の共通語とアマゾネスの言語が入り混じった聞き取りにくい言葉で叫ぶエルマ。

 

「あっちゃ~、完全にスイッチが入っちまったぜ。おいお~い、分かってんのかエルマちゃん。今回の標的はDEAD OR ALIVE(生死問わず)じゃなく、ONLY ALIVE(生け捕りのみ)だってのは理解してるよな?」

 

「五月蠅い! 私に命令スルナ!!」

 

 完全に目がイッており、口は獣じみたように大きく開き、ジュルリと涎が垂れている。

 

「クッソォ! 男ならぶん殴って言うこと聞かせるのに、流石の俺様もエルマちゃんは殴れねぇ~ぜ!」

 

 困ったように身をクネらすクイーンと凶暴化し暴走しかけているエルマ、そしてその2人に敵対するアステリオス。

 

 場は完全にカオスと化しており、どのように事態の収めるか分からなくなっていたその時、3人を分断するように燃え滾る炎の壁が発生する。

 

「「っっっ──!?」」

 

「あ~、あのカス野郎が来やがったか……」

 

 突如として現れたと炎の壁を見て、ポリポリと不機嫌そうにクイーンは葉巻に火を点けて煙を吸う。

 

「アイツが来たってことはカイドウさんももうすぐ来るだろうし、エルマちゃんのことは……って、アイツどこ行った!?」

 

 少し目を放した際に先程までいた場所からエルマの姿が消えていた。

 

「ダラァッシャァァァ!!!」

 

 燃え盛る獄炎の壁をその身1つで突破し、火傷した体の痛みを無視して、その先にいるアステリオスに向かって黄金で龍の手に武装した右腕を振るう。

 

爛輝の龍腕(マム・クロウ・タロト)

 

「な、なんだ!?」

 

 それはまさに黄金で出来た巨龍の腕、その凶暴さはまさに龍と相異ないが、あんなものが細身の女性の右腕から生えているのだから、驚愕するなと言う方が難しいだろう。

 

 とはいえ、その程度の驚きでアステリオスが動きを止める筈はなく、すぐさま回避運動を行うがそれを見逃してくれるほど相手も優しくはない。

 回避した先の場所を予測したエルマは右腕を振るい追撃を仕掛ける。

 

「まズは一撃ぃ!」

 

 だがそれは1人の男の乱入によって阻まれる。

 

「いい加減にしろ! このバカゾネスが!!」

 

「ぬぅ?!」

 

「ちっ!」

 

 急に2人の間に割り込んできた大男、キングの登場にアステリオスは自身を庇ったことへの疑念の声をエルマは不快げに舌打ちを鳴らす。

 

「俺達の目的を忘れたか?」

 

「うるサイ! 私はソイツを喰らう!! どケ! キング!!!」

 

「ちっ! これだからアマゾネスという種族は嫌いなんだ」

 

 グルルルッ! と野獣のような敵意を見せるエルマにキングは不愉快そうな顔を隠すことなく腕組をした状態のままエルマの前に立ち塞がる。

 流石のエルマもクイーンはともかく、キングを相手に出し抜けるとは考えておらず、歯を剥き出しにしたまま唸り声を上げて睨むことしか出来なかった。

 

 そんなある種の硬直状態のなか、不意にダンジョンに特徴的な笑い声が響き渡った。

 

「ウォロロロォォ! どうやら無事に異端児達を発見することが出来たようだな?」

 

「キャン♡ カイドウさん。どうしよう? はしたない姿を見せちゃった♡♡」

 

 カイドウがその姿を現した瞬間、先程までの野獣のような風貌を一瞬の間に消して、大学のサークルにでも居そうな女のあざとい口調で恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 

「こ、この女……」

 

「なによ……?」

 

 そんなエルマの変貌ぶりっというよりぶりっ子アピールに、キングは頭の血管がブチ切れそうになっていた。

 

「ウォロロロォォ! 別に恥ずべき行為じゃねぇさ。お前のああいう姿が気に入ったからこそエル・ドラードから連れてきたんだからな」

 

「キャー! 私の戦う姿に見惚れたから花嫁として連れて来ただなんて///」

 

「…………アホくせぇ」

 

 都合のいい耳でカイドウの言葉を捏造するバカと、それに呆れて溜息を吐くキング。

 そんな2人の後ろでアステリオスは新たに現れたカイドウを見て本能で格の差を理解した。

 

「──っ!!」

 

 あのキングという男も自身を超える強者であるが、カイドウという男はその遥か上の絶対者。

 体が恐怖で震え、本能で敗北を確信してしまう。

 

「なるほど、テメェがアステリオスって奴か」

 

「っ!? 何故オレの名前を……?」

 

「そんなことはどうでもいい! 聞け!! この場にいる異端児共よ!! 今からテメェらは俺のファミリアの傘下に入ってもらう。勿論、テメェらの選択肢はイエスかはいの実質1つしか存在しねぇ!!」

 

 その脅迫とカイドウの覇気に当てられた異端児達は絶望に沈む。

 もはや希望は残されていない。そう諦めたその時だった。

 

「みんな、彼らは怖い人達だけど悪い人達ではないわ!」

 

 絶望に下を向く彼らの耳にこの場にはいない筈の消えた同胞達の声が聞こえた。

 顔を上げて見れば、カイドウの後ろから消えて居なくなった筈のかつての同胞達が一切の拘束をされずに立っていた。

 

 彼らは別の階層を探索中だったキングが偶然発見したイケロスファミリアの連中が捕えていた異端児達で、解放したキングがそのままここへ連れてきたのだ。

 

「彼らは私たちを悪い奴らから助けてくれた。それに、地上に連れていってくれるって言ってるわ!」

 

「馬鹿な……この連中がそんな約束を……」

 

「ウォロロロォォ! 噓じゃねぇさ。俺達は別に奴隷が欲しい訳でも、テメェらを家畜として見てる訳でもねぇ。ただまあ、この現状を見ればそう考えてしまうのも無理からぬことだろう」

 

 この空間にはおびただしい血の匂いと争いの跡が残っている。こんな状況でそんな言葉を言われたところで信じられる訳は普通はないだろう。

 

「しかしだ、今この瞬間、勝者と敗者は決定している。俺達だってお前ら異端児のことを完全に信用しているわけでもない。故に、圧倒的な力の恐怖という鎖をつけさせてもらった」

 

「「「…………」」」

 

 それは政治家の演説のような知的さを思わせる声色で、信用の前に理解をさせようという意思が込められていた。

 そう、これはいわば両者との格付け。逆らえばどうなるかのデモンストレーション。あの戦闘はそういう目的があったものなのだと異端児達の中でも知恵のある連中の何人かが気付いたようだ。

 

 それ以外の者たちは不安と困惑の表情で固まっているが、ひとまず暴れる様子は無いようだ。

 

「さて、ここまで聞いてまだ納得出来てねぇのなら、別の言い方に変えるとしよう。お前らが地上の景色を! 太陽の輝きを!! 魂に焼け付いた憧憬を目にしたいと望むならば!!! 俺達の仲間になれ!!!!」

 

 その言葉にいったい何人の異端児が心を揺さぶられただろうか? いつも夢見る地上への進出が目の前にある。

 騙されてるのかもしれない。裏切られるかもしれない。だがそれでも、この胸を焼くような衝動が付いて行きたいとそう叫ぶのだ。

 

「わ、私! 地上に出たい!」

 

「オレも……太陽を目にしてみてぇ……」

 

「あの夢で見た景色を、今度はこの目で……」

 

 誰かの声を皮切りに、次々と地上進出の願いを口にする異端児達が現れる。

 その流れはもはや止めることは出来ず、次第に半数以上の異端児達が傘下に入る決意表明を明らかにする。

 

「そうか、なら歓迎するぞお前たち! ようこそ、俺達ケルヌンノスファミリアへ!!!」

 

 笑顔で異端児達を迎え入れるカイドウ、これは人間とモンスターの融和の物語ではない。だが、ダンジョンという地下に囚われた異端児の救済の物語ではあるのだろう。

 

 




メッチャ長くなった。なんかエルマのキャラ書いてたら楽しくなったし、戦闘シーンを盛り上げようとしたら難しくなるしで大変だったぜ!

あと、いつも長文感想送ってくれるRhdsgさん。執筆意欲が上がるのでサンキューです♪


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衝撃的報告

亀更新ですまぬ!


「はぁ……はぁ……はぁ……お前らもっと速く走れ!!」

 

「む、無茶言うなディックス! これ以上速く走れねえよ!」

 

 突如としてアジトに雪崩れこんできたケルヌンノスファミリアの強襲に、商品である筈の捕らえた異端児を全て捨てて全力の逃走をしているイケロスファミリア。

 

 後ろを振り向く余裕すらなく、ただ一刻も早くこの場から逃げ出さんと駆ける。

 その後ろに追ってくる者が1人としていなかろうと逃走以外の選択肢はない。

 何故なら、闇派閥と結託している現状であのケルヌンノスファミリアとの会敵はすなわち死を意味するのだから。

 

「くそぉ! なんでキングの奴がクノッソスに来やがるんだ!?」

 

 いきなり壁を破壊して現れたキングに愚痴を零しつつ、ディックスは地上を目指す。それは共に逃走する仲間の声の代弁でもあった。

 

 やがて地下から地上に出る出口に辿り着いたディックス達は所有する鍵を使用し、オラリオに帰還すると──

 

「あぁん? なんだよこれは……?」

 

「どうした? ディッ……クス……」

 

「噓!? 何よこれ!!」

 

 目の前に広がる景色にディックス達は困惑の声を漏らす。

 

 そんなディックス達にひっそりと近づいてくる存在が1人。

 

「待っていたぞ、ディックス」

 

「……誰だテメェ?」

 

 ディックス達を待ち伏せしていたのか、この秘密の通路の出入口付近で張り込んでいたであろう目元までフードを深く被った男が声を掛けてきた。

 

「って、そんな怪しいナリをしてんだ。聞くまでもねぇか……」

 

「話が早くて助かる。実は貴様に大切な話があって待っていた。

 あの御方からの言伝だ。耳をかせ──……」

 

 他の者に聞こえぬようにディックスに何やら耳打ちすると、次の瞬間、ディックスは目を見張る。

 

「──っ!? なるほどな……。このオラリオの現状はそういう……」

 

 男からの伝言を聞いたディックスは驚愕の表情を浮かべた後、すぐさま目の前の現状に納得する。

 

「道案内をしよう。俺の後についてこい……」

 

「へっ、いいぜ! さっさと俺達をあの御方とやらに会わせてもらおうじゃねぇか!」

 

 ニヤリと悪い笑みを浮かべたディックスはクノッソスを背にしてフード男の後をついていく。

 

 

 ♦

 

 

「…………っ、ここは?」

 

 目を覚ましたグロスの視界には真っ白な知らない天井が見えた。

 気を失う前までの記憶はある。あれからどうなったのか確認すべく起き上がろうとすると、それを察したように天幕の入り口からリドが姿を現した。

 

「おっ、本当に目を覚ましたじゃねぇか!」

 

「……リドカ。アレカラ一体ドウナッタ?」

 

「ああ、結論を言うとな、俺達は負けた」

 

「…………ソウカ、ダトシタラコノ待遇ハナンダ?」

 

 リドの口から敗北したという事実を告げられ、数秒ほど押し黙った末その言葉に納得した。

 だがそうなると理解できないことがある。今のこの現状だ。

 周りを見渡せば清潔さのあるテントの中のようで、自身の体を確かめてみれば傷痕1つとして無かった。

 恐らくは治療されたのだろうが、手足の拘束もなく見張りの者も存在しない。

 てっきり、奴らは自分達異端児を奴隷として捕えに来たのだと思っていたぶん、余計にこの待遇の良さに疑問を抱いてしまう。

 

「ん~あ~、なんつ~かよ、全部オレっち達の勘違いみたいだったんだわ。あの戦闘の原因は……」

 

「ハ?」

 

「つまりだな。同胞を攫ってたのは別の奴らで、あの人間達はオレっち達を仲間にする為に探してたらしいんだ」

 

「ソンナ話が信ジラレルカ!?」

 

 あの一方的とも呼べる戦いが勘違いの結果などと信じられる訳がなかった。

 ましてや、あの連中の目的が自分達を仲間にする為だなんて到底信用出来る筈もない。

 

 グロスは声を荒げてリドの言葉を否定する。それに対してリドも困ったような表情を浮かべて「だよなぁ……」と口にした。

 

 だが実際に今の話は事実であり、今の自分たちは彼らの仲間として傘下に下ったと話すとグロスは怒りと不信感、そしてほんの少しの困惑を見せて押し黙ってしまう。

 

「「…………」」

 

 気まずい沈黙した空気が流れたこの空間をどうしたものかとリドが話題を振ろうとしたその時だった。

 

「ムハハハ! なんだこの雰囲気は? 葬式会場かここは!?」

 

 喧しい笑い声をあげながらクイーンが現れた。

 

「キサマ!」

 

「おっと、やめとけよ。お前と俺様との力の差はとうに理解してるだろ?」

 

「グッ──」

 

 いきなりのクイーンの登場に睨み付けるグロスだが、クイーンからの静止の声に動けず前のめりの態勢で警戒するだけにとどまった。

 そんなグロスの前に遠慮なくクイーンが腰を下ろして座り込む。

 

「さて、そこにいるリドから話は聞いたな? 今日からお前らは俺達の傘下に入る訳だが、当然お前のようにウチに不信感を抱いている奴らや地上進出に不安を覚えている奴らもいる」

 

「ダッタラドウスル? マタ力尽クカ?」

 

「お、おい、グロス!」

 

 喧嘩を売るようなグロスの発言にリドは酷く慌てる。

 だが、そんな心配は無用とばかりクイーンはニヤリと口元を歪める。

 

「虚勢を張ってんじゃねぇよ。体がびくびくと震えてるぜ」

 

「ッ!?」

 

 無意識にグロスは圧倒的な格上であるクイーンの存在に怯えていた。

 だがそれも無理からぬこと、たった一撃で沈められた事実がモンスターとしての本能的な恐怖を呼び起こしているのだろう。

 

 そんな自分の情けない姿を見られたことに歯嚙みする。

 

「ムハハハ! まあ、安心しろよ。別にとって食う訳じゃねえさ、地上に行く行かないはお前らの好きにすれば良い。だが、ウチのファミリアの傘下に入ったからには仕事はしてもらうぜ」

 

「仕事ダト?」

 

「おう、お前らが住んでいたあの場所に俺達は第2のリヴィラの街を建設する! だからお前らには、その為の工事作業に取り組んでもらうぜ!」

 

「「……な……っ……!?」」

 

 街を作るというスケールのデカ過ぎる話に驚きの声を上げるリドとグロス。

 確かにあの場所は自分達が住処にできる程に広く大きい。それに加えて自分達が住んでいたこともあって他の場所よりも快適さはある。

 

「街ってあれだよな? あの18階層にある人間達が暮らしてるあの……」

 

「おうよ! まあ、この案を出したのは俺様じゃなくカイドウさんなんだけどな」

 

「へぇ、あの人がねぇ……全然想像つかねえな?」

 

 あの時現れたアステリオスよりもデカイ体の人間がそんな知恵を出せるとは信じられず頭を捻る。

 

「まあ、確かにあの人は大抵力尽くで物事を解決してくが、それをする前にちゃんと考えてたりするんだぜ」

 

「信じらんねえけど、やっぱし、ファミリアの団長ってそういうもんなんだな?」

 

「待テリド!? オ前ソノカイドウトヤラニ会ッタノカ?」

 

「え? そうだけど。って、そうか。お前気絶してたから見てねぇんだったな」

 

 いつの間にかリドがそのカイドウとやらに会っていたことにツッコミをいれるグロスにリドは軽く返す。

 

「そうか、そうだったな。なら俺様が会わせてやろうか? ま、ケルヌンノスファミリアの傘下に入るんだ、今後は嫌でも目にする機会はあるがな」

 

 そう言って出て行くクイーンの後を追うか迷うグロスの背を叩いてリドが立ち上がらせる。

 そうしてリドとグロスが天幕から出ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 

 陥没する床と壁。傷だらけになった同胞に人間達。そして、その中心に立つのは山ほどにデカイ体をした大男だった。

 

「コレハ一体?」

 

「ああ、まあ驚くのも無理ねえはな……」

 

 隣にいるリドは驚いた様子はなく、ポリポリと頬をかいて「ははは……」と乾いた笑いをこぼす。

 本当にこの現状は一体どういうことなのかと問い詰めたかったが、それよりも先にこちらに気が付いた大男がこっちに向かってやって来た。

 

「ウォロロロォォ! 目が覚めたようだな。テメェがグロスって奴か……?」

 

「…………ッ!! ア……アア……!」

 

 目の前に立たれてよく分かる生物的強さの格差に声が震えてしまう。

 こうして返事を返すことができたことに自分でも驚くが、ここで震えていては駄目だと自分を鼓舞して気丈に振る舞う。

 

「ソレデ、オレニ何カ用ガアッテノ対面カ?」

 

「ああそうだ。クイーンやジャックからお前が恐らく地上へ行かない反対派の異端児達のリーダーになるだろうと聞かされてな。そこで俺が直々に仕事を依頼しようと思ったまでのことだ」

 

「アンタガ直々ニ仕事ヲオレニ……?」

 

 正直言って信じられなかった。そんな雑事と呼べるような事をこの目の前の男がわざわざ自分からするだなんて。

 そんなもの、そこいらにいる人間にでも任せればいいものをという思いが頭の中で渦巻く。

 

「この一件はダンジョン攻略において重要なものだ。すなわち、俺の野望の成就を早めることに繋がる。なら、俺が直接依頼するのがいいだろう」

 

「野望……ダト……?」

 

「ああそうだ! 俺は最強に焦がれ憧れる。この世界の住民共が俺を最強と認めるには2つの決定的な条件がある!!」

 

 1つは3大クエスト最後のモンスターである黒龍の討伐。

 それはかつてのゼウスとヘラのファミリアでも成し得なかった偉業の1つ。

 

 もう1つはダンジョン最下層の完全攻略。

 古代から続く人類とモンスターとの争いの歴史に終止符を打つにはこの2つの条件をクリアしなければならない。

 

 その2つをクリアした時、世界はそれを成し遂げた英雄こそを真の最強だと認める。

 

「だからこそ、俺が今回テメェらに任せる仕事の重要性は高え。分かるよな? これを成し遂げた時、お前らの評価は更に上がる」

 

「ウム……」

 

 考えれば考えるほどに双方にメリットしかないように思える。人間側はダンジョン攻略に必要な休憩地点が手に入り、異端児側は今後の保護価値が上がる。

 ここで意地の為に拒否してもデメリットしかないだろうとグロスは考える。

 

「それでどうする? この仕事を受けるのか受けないのか?」

 

 まだ自身に人間を信じる気持ちはない。

 だが、目の前の男が種族がどうだとかそんな小さな問題を気にしていないことだけはよく分かった。

 ならば、答えは決まってる。

 

「了承シタ。ソノ仕事ヲ受ケルトシヨウ!」

 

「ウォロロロォォ! そう言うと思ってたぜ! よ~し、お前ら起きろ! 今日はめでたい日だ宴を開くぞ!!」

 

「「「「……お、おお!!」」」」

 

 カイドウの宴宣言に先程まで倒れていた奴らがゾンビみたくノロノロと立ち上がり宴会の準備に走る。

 そこに人間も異端児も関係なく、ただ自分達に与えられた役割をこなす姿があった。

 

「何故ダ? 何故アイツラハオレ達異端児ヲ忌避シナイノダ?」

 

「そうだよな……。オレっちも最初はそう思って聞いてみたんだよ。そしたらなんて言ったと思う? お前らよりもウチの団長や大看板の方が恐ろしいから気にならねぇってさ」

 

「ナンダソレハ……?」

 

 リドの言葉には疑問しか浮かばなかったが、少し考えてあの男とクイーンとかいう奴の強さを考えれば確かに自分達よりも化け物で恐ろしいなという考えに至る。

 

「まあ、ここの連中は色々おかしな奴らだけどさ、オレっち達の敵じゃねえってことだ」

 

「フッ……マア、今ノ所ハソウダナ……」

 

「お~い、2人共! そんな所で油売ってる暇あるなら手伝って~!」

 

「おう! 分かった分かった」

 

「…………仕方ナシ」

 

 いつまでもここでボーっとしているのも忍びないので、リドとグロスも宴会の準備の手伝いに協力する。

 

 人もモンスターも互いに酒と肉を手に持って、中央のキャンプファイヤーを囲んで飲めや歌えのどんちゃん騒ぎに興じる。

 誰も彼もが笑っている。例外として人間に不信感を抱く異端児が隅で酒を飲んではいるが、リドや他の陽キャな異端児達が絡みに行っているおかげで気まずい雰囲気にはなってはいない。

 

「ウォロロロォォ! お前ら、酒は持ったか? 今日は俺達ケルヌンノスファミリアと異端児達との祝うべき運命の日だ!」

 

「「「「うおおぉぉぉ!!!!」」」」

 

 一体いつまで騒いだのだろうか? ダンジョン内でこれだけ騒げばモンスターの大群が襲ってきても可笑しくはないのだが、やってくるモンスターのことごとくがケルヌンノスファミリアの団員達の手によって魔石へと変えられていく。

 

 そんな光景を見せられて異端児達も驚きの声を上げるが、気の毒そうな顔でいずれお前らも強制的に似たようなことが出来るようにさせられると言われてしまう。

 本当に一体何なんだこのファミリアは? と戦々恐々とするが、今はそれよりも酒だと注がれて潰れるまで飲まされる。

 

 そして一昼夜が明け、宴に参加した者の大半が酔いつぶれて死に体ではいるが、団長であるカイドウの鬼の一喝でゾンビの如く立ち上がりノロノロと片付けに入る。

 

「よし、残りの後片付けは現場班に任せて俺らは地上に戻るぞ!」

 

 こうして、第2のリヴィラの街の建設の為の現場班と地上から物資を運ぶ運搬班に分かれて異端児達を連れてケルヌンノスファミリアはダンジョンを出る。

 

 現場班はリーダーにケルヌンノスファミリアからはジャックが、異端児からはグロスが選ばれ、物資が運ばれるまでの間、地形を地図に書き写し街の設計図を作成することとなった。

 

 運搬班はリーダーにはクイーンとリドが選ばれ、地上に戻り次第、木材に鉄を主として食料や建設機材を調達し搬入する流れとなっていたのだが──

 

「おい、俺は夢でも見てんのか?」

 

「いや、これは確かに現実だぜ、カイドウさん」

 

「ムハハハ! こりゃ、8年前を思い出す光景だな」

 

 ダンジョンから出るとオラリオの街が見るも無残な瓦礫の山と化していた。

 右を見ても左を見ても倒壊した建物で埋め尽くされ、辛うじて無事な場所もチラホラとあるようだが、今はホームへ帰ることが優先だろう。

 

 倒壊した建物を踏みつけながら一直線にホームである鬼ヶ島を目指して歩く。

 すると、視界の奥からこっちに向かって誰かが駆けつけてきた。

 

「だ、団長! 大変です!!」

 

 どうやら、俺達の帰還を知ったホームで待機中の団員の1人が走ってこのオラリオの現状を知らせに来たようだった。

 

「そんなもん。この惨状を見りゃ分かる」

 

「ち、違うんです! お嬢が……()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

「「「な、なんだってぇ──ー!!?」」」

 

 この日がオラリオを震撼させる大事件の幕開けとなることを世界は知ることとなる。

 




とあるショートストーリー

クイーン「さて、お前らには第2のリヴィラの街を建設する前にやらねばならぬことがある!」

リド「やらねばならぬこと……?」

クイーン「リヴィラの街の名前の由来はその創設者である女冒険者からとってある。だから、俺らが作る街は今のところ第2のリヴィラの街と仮称をつけちゃいるが、もっといい名前があんじゃねぇかってことよ!」

グロス「ナルホド、ツマリオレ達ニ名前ヲ考エロト言ウンダンナ?」

リド「っつてもな~、オレっち達にそんなの考えるのが得意な奴はいねぇし、もっとこう第三者の目線を持ってる奴の意見が聞きたいな(チラッ)」

クイーン「なるほど、俺様のエレガントな活躍を見てファンになった奴の意見とか採用するのは面白いな(チラッ)」

グロス「例エバ、ヨク分カランガ原作トヤラヲ知ッテル者ノ意見ハ参考ニナルナ(チラッ)」

クリグ「「「誰かそういうネーミングセンスのある奴はいねぇかな~?(チラッ)」」」


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ウォーロンが手加減状態で無双www

亀更新ながらによく頑張ってる方だと思わない?
もうちょっと文章能力を上げた方がランキング上位になるのか、投降頻度を上げた方が上位になるのか?

あと、毎度Rhdsgさんの感想にエネルギーを貰ってますぜ!ありがとうッス♪


 ウィーネの行方不明という衝撃的報告を受け、急いでホームへと帰還するカイドウら一行を待ち受けていたのは土下座の状態でカイドウの帰還を待っていたウォーロンの姿であった。

 

「お嬢を守れず申し訳ない、カイドウさん」

 

「……立てウォーロン。此処じゃなんだ、場所を移すぞ」

 

 流石に今回のウィーネの行方不明という失態はあるものの、いつまでも幹部が他の団員の見ている前で情け無い姿を晒し続けるのは体裁が悪い。

 故に、ひとまず幹部のみが出入りを許される2Fの特別室へと場所を移す。

 

「それで、俺らがたった1日ホームを空けている間に何があった?」

 

「…………」

 

 本来ならば怒りに顔を歪めていてもおかしくない筈のカイドウが比較的冷静に事態の経緯を訊ねてくることに恐怖を覚えるが、口を閉ざし続けるのは不敬であるとオラリオに起きた出来事を説明する。

 

 

 

 あれはカイドウ達がダンジョンに遠征に出て半日が過ぎた頃だった。

 ウォーロンは故郷への支援の為に物資をまとめて送り届ける準備をしていた。

 

 ここで本来ならば厄介事を避けるためにウィーネはホームで留守番させるのが一番安全なのだが、父親であるカイドウと離れ離れになり、まだ精神的に子供であるウィーネにとって自身の好奇心を満たすような未知が沢山あるオラリオの街に興味を持つのは必然の事だった。

 故郷支援のために外出するウォーロンに駄々を捏ねて連れてけと騒ぎ立て、一応飛び六胞最強であるウォーロンの傍にいるならある意味ホームよりも安全では? との部下の言葉もあってウィーネの外出を認めて連れ出したのだが、そこで事件が起きた。

 

「キャアアア!!!」

 

 突如として市民の悲鳴が街中に響き渡り、警戒すると同時に黒い竜巻がオラリオの街に入ってきた。

 

 ゴオオオオオォォォオオオオッッッッ!!!! 

 

 それは1つだけでなく、複数の黒い竜巻が周囲に被害を出しながら一直線に()()()()()()()()迫ってきた。

 

「なんだあれは?」

 

 自然災害……の類ではない。ダンジョンでよく見る光景の1つ。人類への敵意がその黒い竜巻にはあった。

 ならばモンスターの攻撃か? しかし、あんな攻撃をしてくるモンスターに覚えは無かった。

 

「っち! お前らはお嬢を守れ! 俺があの黒い竜巻を始末する!」

 

 ウォーロンはすぐさま他の団員に指示を出し、最優先でウィーネの保護を命じる。

 このタイミングでの襲来、恐らく敵の目的はウィーネである可能性が高い。

 

 あれが人為的なものかどうかは分からないが、今はカイドウさんに任せられたウィーネを守らんと黒い竜巻を排除しようと武器を抜く。

 

「鬱陶しいんだよ!!」

 

 ウォーロン本来のダンジョン用の武装ではなく万が一の為の予備での武装と義手ではあったが、2本の双剣による斬撃が一瞬の間に黒い竜巻というヴェールを剝ぎ取り、中に潜んでいたモンスターの正体を白日の元へと晒す。

 

「やはりモンスターか。だがなんだこのモンスターは? 見たことがねぇな……」

 

「グオオオオォォォ……!!!」

 

「だが所詮はモンスター、倒せば灰となって終わるだけだ!」

 

 その言葉通り現れた黒いモンスターは一切の抵抗を許す間もなくウォーロンの双剣による連撃を浴びせられて灰と化した。

 

 しかし、現れた黒い竜巻はこれ1つだけではない。

 ウォーロンが1つを倒している間に、2つ3つと次々にここに集まってくる。

 

「お前ら、1撃を狙うな! 削るように攻めていけ! そんで何よりも、お嬢に一切近寄らせるな!」

 

「「「おおう!!!」」」

 

 だが、ここにいるのは都市最強のケルヌンノスファミリアの団員達。幾日も人外クラスの化け物である団長を始めとする大看板や飛び六胞にしごきを受けて強さに磨きをかける猛者たちだ。

 たかだか竜巻の1つや2つが攻めてこようが、即座に連携を組んで敵の排除を行う。

 

「グオオオオォォォ……!!!」

 

「よし、黒い竜巻が剝がれたぞ! トドメはウォーロンさんに任せて守りの陣形に入れ!!」

 

 勿論のことながら、背中に守るべきウィーネが控えている為、積極的に倒しにいかず自分達を盾のようにしながら黒い竜巻を相手取っている。

 そして、黒い竜巻が剝がれて本体が剝き出しになったところを速攻でウォーロンがトドメを刺していく。

 

「────っ!?」

 

「これで10体目か、何体いやがるんだコイツラは!?」

 

 狩り慣れてきたのか、ついには断末魔をあげる暇さえ与えることなく瞬時に灰へ変えていく。

 しかし、まだまだ現れる黒い竜巻に愚痴を零す。

 

 とはいえ、何体いようがそのことごとくがウォーロンと団員達の手によって倒されていく。

 このままいけば相手が全滅するまでウィーネを守り切ることは出来るだろう。

 

 そう、このまま何事もなければ……。

 

「あれがケルヌンノスファミリアか……。なるほど、飛び六胞もそうだが、一般団員の力も中々に侮れないな」

 

 その周辺で唯一無事な建物の屋上から男は眼前に広がる光景を前に、ケルヌンノスファミリアの戦力を測る。

 

「どうなさいますか?」

 

「今回のようなチャンスは多分もう2度と来ないだろうし、俺がウォーロンの相手をするから、お前らはあの竜女を攫ってこい」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 白く濁った様な色のローブを纏った集団は男の命令に返事を返して即座に行動に移す。

 

「さて、偽物の悪党共の狼狽える顔を見れないのは残念だが、俺も悪党らしく卑劣に最低にいくとしようか……」

 

 トンと建物から飛び降りると、戦場の中心に降り立つ。

 

「っ!?」

 

「ハロー♪ 早速で悪いが君には俺の相手をしてもらうぜ、ウォーロン君」

 

 突然目の前に現れた飄々とした態度の白髪のヒューマンはバスターソード片手にニヤリと笑って立ち塞がる。

 

「テメェか? このクソみてぇな騒動を起こしたのは?」

 

「俺っていうか、神様が命じたって感じだけどね。ともかく、俺の相手をしてくれよ!」

 

 バスターソードを軽々と振り回しながらウォーロンに斬りかかってきた。

 そのスピードからしてLV5の中堅クラスかそこいら、パワーも恐れるほどではない。

 

「ウォーロン様!?」

 

「俺のことは気にするな! お前らはとにかくお嬢を守ることだけを最優先に行動しろ!」

 

 敵の襲撃に狼狽えることなく、目の前に突如躍り出たコイツをお嬢から遠ざけんと斬り合いながら場所をほどほどの距離まで引き剝がす。

 

 そして、斬り合うこと数合で相手の実力は把握できた。厄介なスキルや魔法でもあれば別だが、完全に実力は自分の方が上だろう。

 このままいけば1分と経たずに決着はつく。

 

「って考えてんじゃねぇか?」

 

「っ!? ちっ!」

 

 カチッ! と音が聞こえたと思えば白髪の男の服の内側から無数の棘が散弾のように飛び出してきた。

 それを舌打ちを鳴らしながら後ろに飛びながら全弾回避する。

 

「流石だな! 今のは大抵の奴らなら喰らうか避けられてもかすり傷程度は負うタイミングだったんだがな!」

 

 酷く愉快そうに笑いながら白髪の男はバスターソードを鞘に収める。

 この状況なら諦めたかと思うが、相手の目は余裕綽々といったもので、懐から短杖を取り出して装備を付け替える。

 

【遥か古代に存在せし原初の水から生まれ落ちた邪悪な大蛇】

 

「詠唱か!?」

 

【地の底より唸りを上げる怪物の脈動よ、一の魂。十の兵器。百の獣。千の兵隊。万の雄叫び。弱者の()を喰らいて腹を満たせ】

 

「させっかよ!」

 

 膨れ上がる魔力を前にウォーロンが詠唱を阻止せんと駆けるが、その前に3つの黒い竜巻がその行く手を阻む。

 

「「「グオオオオォォォ……!!!」」」

 

「このぉ……っ! 邪魔だぁぁぁ!!!」

 

 1振りで竜巻を削り取り、2振りで3匹まとめて横一閃に斬り飛ばす。

 その間僅か5秒足らず。

 

 しかし、その5秒は敵に距離を稼がせるのに充分な時間だった。

 

「奴は!? ……ちっ、やっぱり並行詠唱が出来るか!」

 

 邪魔なモンスターを倒した先には白髪の男はおらず、詠唱を続けながらそのずっと向こうまで逃げていた。

 

【強者の悪意(混沌)善意(太陽)を飲み込み、世界の秩序を(あざけ)り笑いて噛み砕く。有象無象の人間共に破滅の闇をもって喰らい殺せ】

 

 詠唱が完了し、短杖の先端に埋まった宝石が光輝いて後は発動を待つだけの状態となった。

 

「くたばれ!」

 

【アポピス】

 

 一陣の魔法陣が出現し、そこから魔力で出来た漆黒の鱗を纏った巨大な大蛇が現れた。

 

 アポピスとはエジプト神話に登場する怪物の1体であり、太陽神ラーにより太陽の地位を追いやられた、秩序が生まれる前に誕生した存在。

 故に、混沌を象徴し秩序を破壊する悪の化身として神話に描かれている。

 

 魔法で生み出された偽物とはいえ、エジプト神話にて太陽神ラーの最大の敵とされていた化け物。

 その鱗はそんじょそこらの冒険者の武器では傷1つ付かないどころか、逆に破損してしまうほどの硬度を持ちながら、大蛇の動きを一切阻害することはなかった。

 

 そして、その外見は心の弱い者が見れば発狂を起こしかねない邪悪さを持っており、巨大、硬い、怖いの3Kを持ち合わせていた。

 

 そんな大蛇が地面を抉りながらも、そのスピードは巨大ながらも術者よりも俊敏で機動性も高く、周囲の建物を破壊しながら縦横無尽にクネクネと蛇行しながら襲い掛かる。

 

「ったく、面倒くせぇ真似しやがって!」

 

 そして、ウォーロンは逃げる動作を一切見せず、双剣を構えて大蛇を迎え撃とうする。

 当然だろう、今ここで離れたらコイツは次にどうするか? 決まっている。ここから少し離れた場所にいる部下たちを殺してお嬢を連れ去るつもりだろう。

 

 部下たちも決して弱くは無いが、黒い竜巻に加えて推定レベル5のコイツや他にもいるかもしれない敵がいるかもしれないこの状況下で離れることは出来ない。

 だからこそ、この大蛇はここで始末してあの白髪の男も殺す。

 

「──」

 

 大蛇が暴れる音がデカすぎてウォーロンが何か口にしたようだが、その轟音にかき消されて口が動いたくらいしか分からなかった。

 

「ジュラララララッッッッ!!!!」

 

 地面を大きく抉りながら、術者とウォーロンの間にいた黒い竜巻も一緒に丸吞みにして大蛇はウォーロンを呑み込んだ。

 

「──ッ!」

 

 一瞬だけウォーロンが大蛇の口を双剣でこじ開けたが、すぐに力負けしたのか、そのまま大蛇の胃の中へと消えていくのが見えた。

 

「くっくっく、俺のアポピスに恐れず立ち向かったか。だが、仮にもエジプト神話最大の化け物を模した魔法だ。たかがレベル1つ違いの冒険者じゃソイツは止められなかったようだな?」

 

 大蛇が破壊し倒壊した建物の影響で大量の砂煙が発生して少し先の景色も見えない状態だ。

 とはいえ、ウォーロンがアポピスに飲み込まれたのは確実に見えた。

 

 アポピスの恐ろしさは術者である本人が1番良く知っている。その巨体から繰り出される突進攻撃はミノタウロスはおろか深層に生息するブラックライノスすら容易く轢き殺すことが出来る。

 更にその牙はアダマンタイトすら貫通し、胃の中の胃酸は第一級冒険者ですら溶かしかねない強力な酸で出来ている。

 

「さて、厄介者の始末も済んだし、残りの仕事もちゃっちゃと済ますとするか」

 

 生死確認もまだ済んでいないが、アポピスに吞み込まれたのだ。既に装備1つ残らず胃酸で溶けてしまっているだろう。

 

 そんな楽観的な考えが次の瞬間の生死を分けた。

 

 ブワッ! 

 

「──なっ!?」

 

「死ね」

 

 砂煙を切り裂いて現れたウォーロンが白髪の男の胸に剣を突き刺す。

 その位置は心臓の真上だった。そのまま奥まで突き刺すことが出来たらウォーロンの勝ちが確定しただろうが、ボロボロに消耗した剣の方が先に限界を迎え砕け散った。

 

「ちっ!」

 

「クッソがぁ!!」

 

 心臓に届く寸前で剣が砕け散ったことにより、辛うじて一命を取り留めた白髪の男は持っていた短杖で振り払う。

 その胸には未だ剣の刃先が突き刺さった状態のままで、ドクドクと赤い血が流れ続けている。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 クソったれめぇ!? 一体何がどうなった? 俺は確かにウォーロンがアポピスに吞み込まれたのを確認した。

 あそこから生還する可能性は──!? 

 

 時間が経ち砂煙が風に流されて見えた先には、尻尾が無くなって無残に内部を切り刻まれたアポピスの亡き骸が横たわっていた。

 

「中々に斬りごたえのあるデカブツだったぜ! 俺も魔法を使用してなけりゃ脱出することは無理だったろうな」

 

 あの時、吞み込まれる寸前に口にしていたのは魔法!? それも短文詠唱による何か? 

 逃げずに呑まれたのは俺を殺す為の最短距離を走る為か!? 

 

「イカレてやがる!!」

 

「当たり前だ。俺達ケルヌンノスファミリアの飛び六胞がイカレてねぇ訳ないだろうが!」

 

 狂ったような微笑みを浮かべながら、残ったもう1振りの剣を天に掲げる。

 

【断罪せよ、我が罪は剣に宿りて敵を穿つ】

 

 ウォーロンの短文詠唱による魔法。それはアイズと同じ付加魔法(エンチャント)

 その効果は呪詛による斬撃の強化と敵の弱体化。

 

 自身の背負いし罪の重さに比例して呪詛はより強力になっていき、今のウォーロンの背負いし()ならばアダマンタイトすら切り裂くことも可能とする。

 

「ざけるな! カスがぁぁぁ!!!」

 

 牽制変わりに持っていた短杖を投げ捨てて、鞘からバスターソードを抜き放つ。

 

 がしかし、

 

「ぬるい」

 

 短杖ごとバスターソードを切り裂き、そのまま白髪の男に斜めに袈裟切りをいれた。

 

「がはぁ!」

 

 大きく体を斬られた白髪の男は口から血を吐いて後ろに倒れる。

 

 それと同時にウォーロンの剣も限界を迎え、先の1振りと同じように刀身に罅が入り粉々に砕け散った。

 

「やはり予備の武装ではこれが限界か……」

 

 ここに至るまでに十を超える黒い竜巻のモンスターを斬り殺しながら、アポピスの胃酸の中を走り抜けながら切り裂いていったのだ。

 これで武器を消耗させるなと言う方が無茶だろう。

 

「ぐ、獣化どころか……魔剣も魔眼も使わずにこの実力差とは、本当に恐れ入ったよ……」

 

 傷を負った体に鞭を打ってよろよろと立ち上がる。

 もはや決着は着いた状態だというのに、白髪の男からは悲壮感だとか敗北感といったものは一切感じさせず、不敵な笑みを浮かべたままだった。

 

「ほぉ、まだ立てるのか? なら好都合だ。そのままキングにでも渡して知ってる情報を全て吐いてもらうとしようか」

 

「いいや……俺はまだ負けてねぇよ。だってまだ生きてんだからな!」

 

「なにを──!?」

 

 ドゴォォン!! 

 

 白髪の男を確保しようと動き出したその直後、ウィーネ達がいる場所の方角から爆発音が鳴り響いた。

 

「アッヒャッヒャ! ほ~ら、早く行かねえと大事なお姫様が丸焦げになっちゃうぜ?」

 

「テメェ! やっぱり他にも仲間がいやがったか!?」

 

「仲間ぁ? 違うな、あれはただの駒さ。俺が死ねと命じれば素直に死んでくれる都合のいい駒。チェスで言うところのポーンでしかない!」

 

「くだらねぇ、ならテメェを人質にでもしてそいつらを大人しくさせればいいだけの話だ!」

 

「それは無理だね」

 

 ボン! と懐から手のひらサイズの玉を取り出し、地面に叩きつけると一瞬で白い煙が辺りを包み込む。

 

「野郎! ──うっ!?」

 

 しかも、その煙から凄まじい悪臭が広がる。ただでさえ鼻のいい獣人にとってそれは最悪の攻撃であった。

 思わず煙から距離を取って離れると、その煙の中からあの白髪の男が飛び出し、翼のような魔道具を使用して逃走していった。

 

「あ~ばよ! 次は確実に殺せる時に会いに行くぜ!!」

 

「クソがぁ! どうする追うか? いや、お嬢の保護が最優先だ!」

 

 敵にまんまと逃げられるという失態に怒りに震えるが、感情に吞まれることなく自身にとっての最優先事項を守らんとウィーネがいた場所に向かい走る。

 

 そこにはボロボロになった部下が倒れ伏していた。

 幸いなことに酷い火傷を負ってはいたが、全員死んではいないようで何とか生きている状態だった。

 

「おい! まだ意識のある奴、返事をしろ!!」

 

「……は、はい!」

 

 倒れた部下の中でも一番耐久力があった男が立ち上がって返事を返す。

 

「お嬢はどうした? 何故どこにも姿が見えねぇ!?」

 

「お嬢は先の爆発に巻き込まれる前に俺が遠くへ投げ飛ばして爆発から遠ざけましたが、そこから先は……」

 

「いや、上出来だ。それで、お嬢をどっちに飛ばした?」

 

「む、向こうの方へ……。お嬢にはホームへ先に逃げるように言いましたが、逃げ切れたかどうかは?」

 

「了解した。後は任せろ!」

 

 部下たちをそのままにウォーロンはウィーネを投げ飛ばしたという方向へ向かって走り出す。

 本当に最悪なことに、先程の悪臭付きの煙幕のせいで鼻が機能しづらくなっており、ウィーネの匂いを追うことが出来ないでいた。

 

 そして、半日ほどオラリオの街を探索し続けた結果、その成果は何もなく、一縷の望みを掛けてホームに戻ったがそこにウィーネの姿は無かった。

 

 これがカイドウ達が遠征に出て行ったまでの1日で起きた出来事だった。

 

 

「…………」

 

「許して欲しいとは言わねえ! 全てはお嬢を守れなかった俺の責任だ! 罰はいくらでも受ける覚悟はしている」

 

 今の報告を聞いたところウォーロンには否はなく、むしろよくやった方だと言えるだろうが、当の本人がそれを認めてはいなかった。

 

「……俺はもはや地上で俺達ファミリアに逆らう奴はいねぇと思っていた」

 

 ウォーロンからの報告を聞いている間ずっと口を閉ざしていたカイドウの口から出た言葉は嘲りの声でも非難の声でもなく、ただ静かな怒りの声だった。

 

「ここ数年で俺を筆頭にキング、クイーン、ジャックに加え、飛び六胞の力はオラリオの歴史においても名を残すに値する絶大な力を手に入れた。今のオラリオで名実ともに実力№1は間違いなく俺達ケルヌンノスファミリアだ。例え闇派閥でも手出しすることはねぇと……地上には敵はいねぇのだと慢心していた」

 

 その言葉の節々に込められた怒りの声に覇気が宿り、部屋全体がメキメキと悲鳴を上げて叫んでいる。

 もしここに幹部以下の一般団員がいようものなら、この空間の圧に耐えかねて泡を吹いて倒れていただろう。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 そんな空気の中、ここに揃った幹部達は一切の動揺もなく平然と正座の姿勢でカイドウの言葉を拝聴していた。

 

「今回の失態は俺の慢心と油断が原因だった。むしろ、ウォーロンはよくやってくれたもんだ。もし今回の遠征にお前を連れ出していたら更に最悪の事態になりかねていただろう……」

 

「……っ! 待ってくれ、カイドウさん! それでも俺は──!」

 

「ああ、分かってる。許せねえんだろ。信頼して託されたものを裏切っちまった自分自身が……。俺にもその気持ちは痛い程分かる。だから、ケジメは必要だろうな!」

 

 カイドウは己の相棒とも呼べる八斎戒を手に取り立ち上がる。

 それを見てカイドウの正面で土下座していたウォーロンも立ち上がり、その後ろに座っていた他の者達も立ち上がって横へずれる。

 

「1発だ! この1発でケジメをつけることとする。手加減は一切しねぇ! 生きてウィーネを見つけ出し、汚点を自分の手で拭い去れ!!」

 

「はっ!」

 

 両手を後ろに組んで、真っ正面から防御一切無しでカイドウの全力の一撃を受け止めんと覚悟を決める。

 

ッッ雷鳴八卦!

 

「ッッッッガハ──ッ!!?」

 

 充分な溜めを込めた深層の階層主すら葬り去るレベルの一撃にウォーロンは一切の抵抗を許されることなく、そのまま壁や地形をも突き破る勢いで水平線の果てまで吹っ飛ばされた。

 

 外へと吹き飛ばされた先を見れば、厄災でも通り過ぎたのかと見まごうほどの破壊の跡が出来上がっていた。

 元々黒い竜巻騒ぎで瓦礫の山が出来上がっていたから被害はそこまで大きくは無いが、ウォーロンが吹き飛んでぶつかったことによって倒壊した建物が6軒を超えていた。

 

 普通の人間ならば即死したであろう一撃ではあったが、この場にいる誰もがウォーロンの生存を疑ってはおらず、キングがすぐさま団員を呼びつけてウォーロンの回収と手当てを命じた。

 

「これでウォーロンへのケジメはしっかりとつけた。異論のある奴は……いねぇようだな」

 

 誰もが今の一撃で文句をつけよう筈もなく、黙って座り込み続けている。

 

「ふぅ~、ウィーネの捜索は当てのある奴を1人知っている。そいつに話を聞きに行く。今は黒い竜巻とウォーロンが敵対したっていう白髪の男の方だ!!」

 

「カイドウさん。少しいいか? 恐らく今回オラリオを襲ったっていう黒い竜巻を纏ったモンスターに心当たりがある。それは多分、ベヒーモス・オルタナティブだろう」

 

「……ベヒーモスか」

 

 キングの口から語られたベヒーモスという名前にカイドウは深く考えるようにその名前を反芻する。

 それはかつての記憶、自身が敗北した苦くとも大切な者との戦いを思い出させた。

 

「……最強を名乗った癖にこの体たらく、あいつらに顔向けできもしねぇな」

 

 歯を強く嚙みしめ、八斎戒を自身の頭に思いっきり叩きつける。

 

 ガキーン! と金属同士がぶつかる甲高い音が部屋中に鳴り響く。

 そして、カイドウの額が割れて真っ赤な血がタラリと口元まで垂れ流れてきた。

 

「不甲斐ねぇな。こんな情けねぇ姿はこれっきりだ!」

 

 吹っ切れたように口元にまで垂れた血を舐め上げ、この場にいる全員に指示を出す。

 

「いいかお前ら、この血は未来に流す敵の血だ!! もはやネズミ共に容赦はいらねぇ、傘下のファミリア全てに連絡を入れろ! これより、闇派閥に対して()()()()()()()を発令させる!!」

 

 




ついにバスターコールを発動させっちまった。
次回からベル君を登場させっけど、モブにならぬか心配でござる。

もっと文才が欲しいでそうろう。


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ベル君と初邂逅

今年最後であろう最新話を投稿完了!


 コツコツと石畳を音を鳴らしながら眷属の1人がやって来よった。

 

 先日、イシュタルからの依頼を受けてオラリオへ出向き、ロキファミリアの連中にボコボコに打ちのめされたことでテルスキュラに帰還したばかりなのじゃが……。

 

「しばらくは面倒事は無しにして欲しいんじゃがのぉ……」

 

「神カーリー。オラリオから手紙が届いています。こちらを……」

 

「なんじゃ一体。オラリオからはほんの少し前に帰ってきたばかりなんじゃぞって……なんじゃとぉ!!?」

 

 受け取った手紙を面倒そうに破いて中身を読み上げると、先程までの表情を一変させて玩具をプレゼントされた子供のような顔で椅子を蹴り飛ばして駆け回る。

 

「お前たち急いで支度せい! さっさとオラリオへ再び向かうのじゃ!!」

 

「なっ、今帰ってきたばかりですよ。戦士達も一時の休憩を求めるでしょうし、今すぐには……」

 

「なら、あの破壊者(デストロイヤー)が呼んでおると伝えい! そうすれば例え足腰が砕けていようと奴らは起き出すじゃろうて!!」

 

 これほどカーリーを興奮させる手紙の内容とは何だったのだろうかと疑問に覚えるが、あの破壊者(デストロイヤー)からの呼び出しがあったと言うのならば、早いところ戦士達の耳に入れねばなるまい。

 もし私の口より先に誰かがこの情報を耳にすればなぜもっと早く言いに来なかったと怒るだろうからだ。

 

「それにしても、ジャック様からのお呼び出し。ふふ……」

 

 なにせ、ここテルスキュラの戦士でジャックに恋せぬ乙女はいないのだから。

 

 

 そんな騒ぎはテルスキュラだけではなく、世界各地のオラリオ外のファミリアの一部。それもダンジョンに潜っていないにも関わらず、複数回のランクアップを果たした強者の所属するファミリアにも起こっていた。

 

 そのいずれもがケルヌンノスファミリアの傘下にあたるファミリアだ。

 

 何故オラリオ外にケルヌンノスファミリアの傘下のファミリアが複数存在するのかというと、カイドウ達は劇場版オリオンの矢でも出現したように、古代の時代から存在するモンスターを討つ為に度々オラリオを出てダンジョンではなく地上へと遠征を行っていた時期があったからだ。

 

 何を隠そう、ケルヌンノスファミリアの飛び六胞であるエルマとウォーロンは元々はオラリオ外で生まれており、カイドウらの遠征によるモンスター退治がきっかけとなって仲間入りを果たしたのだ。

 

 そんなファミリアの元に召集令状としての手紙が送りつけられ、闇派閥に対しての徹底的な殲滅作戦であるバスターコールへの参加を言い渡される。

 

 どのファミリアもケルヌンノスファミリアには多大な恩と彼らの強さへの憧れや尊敬を持ち合わせており、世界を滅ぼすから手を貸せと言われても頷く連中ばかり。

 故に、どのファミリアも手紙の内容を読み次第、続々とオラリオへと集結していく。

 

 

 ♦

 

 

 突如としてオラリオを襲って来た謎の黒い竜巻に誰も彼もが被害を受けていた。

 

 そんな中、冒険者である腕の立つ者は一般人を守らんと武器を持って黒い竜巻に立ち向かっている。

 そこには今話題となっている新進気鋭のヘスティアファミリアの姿もあった。

 

「くそがっ! なんだコレは!? ふざけろってんだ!!」

 

「無駄口を叩いてる暇はありませんよ!」

 

 襲い掛かってくる黒い竜巻を相手にヴェルフが剣を振るい、リリがその後ろで援護に走る。

 だが、そんな抵抗は無意味だと言わんばかりに黒い竜巻は2人の攻撃を意にも介さず破壊を続けている。

 

「ファイアボルト!!!」

 

 そんな黒い竜巻に唯一有効打を与えることが出来るのはヘスティアファミリア団長であるベル・クラネルだった。

 

「みんな大丈夫!?」

 

「ええ、リリ達は無事です。ベル様!」

 

「それにしても流石だな、ベル。あの竜巻を一発とはな!」

 

 爆炎で黒い竜巻は動きを止め、段々と風が止んで中にいたモノの正体が露わになっていく。

 

「竜巻が晴れたぞ!! って、なんだありゃ!?」

 

 黒い竜巻の中から現れたモンスターの姿にヴェルフが驚きの声を上げる。

 

「グオオオオオォォォォ!!!!」

 

 その咆哮は心の弱い者ならば即座にくじけてしまいそうな迫力があった。

 だが、この場にいるのは常日頃から死線をくぐり抜けている冒険者。未知のモンスターの出現に驚きこそあれど、恐怖して動けずにいる者は1人としていなかった。

 

「ぬわぁ~!? な、なんだいアレは!! た、助けてくれベル君~!!」

 

 訂正、たまたまこの場に居合わせた神ヘスティアは腰を抜かしてベルに甘えた声でしがみついてきた。

 

「ちょっとヘスティア様!? こんな時に何どさくさに紛れてベル様に抱きついてるんですか!?」

 

「お前もこんな時に一々ヘスティア様に突っかかてる場合か!?」

 

「か、神様!? 危ないので少し離れて下さい!!」

 

 そんなコント染みたやり取りをしていると、黒いモンスターが痺れを切らしたのか襲い掛かってきた。

 

「っ! ヴェルフ、神様をお願い!!」

 

「うわぁわぁぁ!!?」

 

「よっしゃ! 任せろベル!」

 

 流石にこのままおふざけを続けていては流石に不味いと判断し、腰に引っ付いていた神様を無理矢理引っぺがしてヴェルフへと投げ渡した。

 そして皆を守るためにヘスティアナイフで黒いモンスターの攻撃を真っ正面から受け止める。

 

「グオォッ!!?」

 

 まさか自身の攻撃がこんな小さな人間に受け止められるとは思っていなかったとばかしに困惑したような声を上げる。

 

 今のベルはアポロンファミリアやイシュタルファミリアとの抗争を経てレベル3上位の力を有しており、生半可な力だけの突進ではベルを吹き飛ばすことは出来ない。

 

「はぁっ!! ファイヤボルト!!」

 

 お返しにとばかりに、今度はベルが力任せに黒いモンスターを吹き飛ばして魔法を当てる。

 

「ゴオオォォォ!!!」

 

 その一撃で黒いモンスターは断末魔を上げて黒い灰へと姿を変えたのだった。

 

「すごいぞ! 流石はボクのベル君だ!!」

 

「お見事です! 流石はリリのベル様です!!」

 

「「ムムム……!!」」

 

「あっはっは……」

 

 どちらのベルか取り合うように唸り声を上げながら睨み合いをするヘスティアとリリに苦笑いを返すベル。

 

 誰か……、誰か助けて! 

 

「……あれ? 今誰か助けてって言ってませんでしたか?」

 

「ん? そんな声聞こえたかいサポーター君?」

 

「いえ? ですがこんな状況ですし、助けを求める声があってもおかしくありません。それに、リリ達よりもステイタスの高いベル様だからこそ聞こえたのかもしれません!」

 

「なら早いとこ助けに向かおうぜ! ベル、その声ってどっちから聞こえた?」

 

「多分だけど、こっちから聞こえた気がした!」

 

 声の聞こえた方に向かって駆けつけると、ローブで顔を隠した小さな子が数人の男達に追われている光景が目に映った。

 

「っ!? 待て! その子になにするつもりだ!?」

 

「っち! 冒険者か? どうする?」

 

「バカが! どうするもこうするも無い。あの化け物が追いかけて来る前に捕まえねば我らの目的が果たせんだろうが!」

 

 突如現れたベル達に戸惑いの声が上がるが、連中のリーダー的存在が剣を抜いた事により、強行突破する決断に至った。

 

「え? え? ええぇぇ?」

 

「クソォ!? 何がどうなってやがる?」

 

「とにかく、今はあの子を助けよう!」

 

 ベル達は黒いモンスター絡みの問題だと思って駆けつけたのに、まさかの誘拐現場に遭遇した事で若干パニックを起こしたが、ベルはあの子を救うと叫ぶ。

 そして始まる開戦、敵のリーダーはレベル3と思わしき実力者であったが、ジャイアントキリングを果たし続けてきたベルにとって、同レベルの存在程度では負けることはなかった。

 

「ぐうぅ!」

 

「もう止めてください。どんな事情があるかは知りませんが、こんな状況で小さな子を誘拐するだなんて!?」

 

「クソォ!こんなガキにこの俺が……!」

 

「いいぞ! ベル君!! ほら、君ももう安心だぞ!」

 

「──―っあ!」

 

 ヘスティアは誘拐犯を倒したベルの活躍にピョンピョンと飛び跳ねながら助けた子に抱きつく。

 それが不味かった。ヘスティアが遠慮なしに飛びついたせいで被っていたフードが脱げ、その隠していた素顔が露わとなった。

 

「んな!?」

 

「おいおい! なんでこんな街中にモンスターが!?」

 

「ふえ? ええぇぇ!?」

 

 まさか助けた子がモンスターだとは思ってもおらず、ヘスティア達は驚愕の声を上げた。

 それを見て好機と悟ったのか、誘拐犯のリーダーが声を大にして叫ぶ。

 

「見たか! 奴はモンスターだ! 俺達は奴を倒すために追っていたのだ。分かったらそこをどけ!!!」

 

 まさに形勢逆転とばかしに、男達は余裕の態度を見せる。

 

「おい……、これって」

 

「ええ……、状況はよく理解出来ませんが、モンスターを庇い立てしたなんて事実が広まれば間違いなくリリ達は街中から白い目で見られるでしょうし……」

 

 モンスターは古代の時代より人類の敵なのだ。それを庇い立てするということは人類に弓引く行為と同義である。

 これにはリリもヴェルフも流石に尻込みして剣を下ろす。

 

「さあ、分かったならそのモンスターをこちらに渡して貰おうか!」

 

「…………っ!」

 

 誘拐犯のリーダーはベルを押しのけてヘスティアの陰に隠れるウィーネを差し出せとばかしに近づいてくる。

 

「──―っ!」

 

「っ、大丈夫だよ。悪いけどこの子は君達に渡す訳にはいないね! ボクはこれでも竈の神でね、迷い子をみすみす悪党共の手に渡すようなことはしないのさ!!」

 

「っ神様!」

 

 安心させるように背後に隠れるウィーネを撫でたあと、ビシッと誘拐犯のリーダーに指差して渡さないと言い切った。

 そんな神様の姿勢にベルは曇ったような顔から晴れた顔へと変える。

 

「っく! 何を馬鹿なことを!?」

 

 まさかモンスターを庇い立てされるとは思っておらず、苛立ったように声を荒げる。

 

「た、大変です! あの化け物が追ってきています!!」

 

「なに!? っち、ならあの御方が負けたということか……。仕方が無い、ここは一時撤退するぞ!!」

 

「「「っは!!!」」」

 

 誘拐犯の仲間と思われる男が何やら伝令を持ってくると、リーダーは舌打ちを鳴らして撤退の指示を出し、それを受けた誘拐犯達はその場から素早く姿を消した。

 

「マジで一体何だったんだ?」

 

「さあ、ですが今は一刻も早くホームに戻りましょう。こんな厄ネタをいつまでもここに居させる訳にはいきません!」

 

「そうだね。えっと、君もボク達と一緒に来てくれるかい?」

 

「……いいの?」

 

「うん。さっきは迷わず助けられなくてごめんね。ボクの名前はベル・クラネル」

 

「ベル……。わ、私の名前はね! ウィーネ!! ウィーネって言うの!!!」

 

「そっか、ウィーネって言うんだね」

 

 戸惑った顔を一変させ、今度は満面の笑みで自分の名前を告げるウィーネにベル達は心から助けることが出来て良かったと思えた。

 

「いや、あの……。ベル様、さっきからごく自然に会話しておられますが、モンスターって喋れましたっけ?」

 

「「「へっ……。ほ、本当だぁぁぁ!!!?」」」

 

「……?」

 

 モンスターが喋っているという事実に遅まきながら気づいて絶叫するが、当の本人はキョトン? とした顔で首を傾げるのだった。

 

 

 ♦

 

 

 

「っと、此処までがウィーネがヘスティアファミリアに保護された経緯だ」

 

 現在、ケルヌンノスファミリアのとある一室にて、ウラノスの私兵であるフェルズが行方不明になったウィーネの居場所とそこに至るまでの大まかな経緯をカイドウ達に説明していた。

 

「ヘスティアファミリアか……、これもまた運命か……」

 

「ん? どうかしたのか?」

 

「いや、テメェが気にする必要はねぇ。それで、こっちの必要な情報は貰った。その対価としてお前らは俺に何を要求する?」

 

「……今回の事件で現れた黒い謎のモンスター。あれの大元となるモノを討伐してもらいたい」

 

「なんだ? その程度の条件でいいのか?」

 

「ああ、こちらとしては今回の一件はケルヌンノスファミリアが積極的に討伐に躍り出てくれたおかげで都市が被った被害はそこまで大きくは無い。多少の建築物の崩壊はあるが人的被害はごく少数と聞いているからな。それらを考慮した結果のこの条件だ……」

 

 なるほど、コッチとしてはウィーネの情報を対価に今回の事件の大元であるベヒーモスオルタナティブの討伐やらこちらの持つ秘匿している情報のいくらかを要求されるかと思ったが、アッチもそこまでがめつく要求して、今の関係に亀裂を入れたくないと判断したか。

 まあ、俺も謙虚な姿勢を示す奴は嫌いじゃねえ。恩を笠に着て立場も考えずに行動するバカを見るとついぶっ殺しちまいたくなるからな。

 

「いいだろう。その条件を飲もうじゃねえか。元々、ベヒーモス討伐は俺達も動こうと考えていたからな」

 

「っ!? あのモンスターがベヒーモスだと! いや、確かに類似する点は色々とあるが、まさか……」

 

 カイドウからの何気ない一言でブツブツと考え込むフェルズだったが、やがて自分1人で対処できる問題ではないと開き直ってウラノスに丸投げしようという考えに至った。

 

 

 

 ♦

 

 

 

 今の時刻は陽が沈み切った真夜中、昼の事件の事もあり復興作業を終えた各ファミリアは念の為に拠点での待機をギルドから命じられていた。

 

「「すぅ、すぅ、すぅ」」

 

 暖炉の前のソファーで子供用の英雄譚を読み聞かせていた春姫とその膝の上で聞いていたウィーネが2人して仲良く眠っている。

 

「こうして見てれば普通の子供と何も変わんねえな」

 

「うん、そうだね」

 

 風邪をひくといけないと思い、寝室から毛布を持ってきたヴェルフとベルはぐっすり眠っているウィーネを見てとてもモンスターとは思えないと口にする。

 

「それにしても、本当に何者なんだろうな?」

 

「それはリリが今調べに行ってるけど、そろそろ戻ってくる頃じゃない?」

 

 その言葉がきっかけとなったのか、玄関先でドタバタと慌ただしくこっちへ向かって走る音が聞こえてきた。

 

「べ、ベル様ぁぁぁぁ!!!」

 

「「し~~~!」」

 

「むぐっ!」

 

 寝ている2人を起こさないように騒ぎ立てるリリをベルとヴェルフがし~っと口を手で塞いでくる。

 幸いなことに2人は身動ぎしただけで目は覚まさなかったが、そんなこと知ったことかとばかりに、リリは2人の手をどけてさっき仕入れてきたトンデモない情報を話し出す。

 

「ップハ! こ、こんなことしてる暇ないですよ! 彼女、ウィーネの事を調べてたんですけども、大変なことが発覚しました!?」

 

「「大変なこと?」」

 

 ベルとヴェルフが2人して首を傾げてリリの説明に耳を傾ける。

 

「ウィーネがどうやってダンジョンから地上へやって来たのか情報を探ってたのですが、どうやらとあるファミリアが関与していたようなんです!?」

 

 とあるファミリア? モンスターを地上に運ぶファミリアと聞いてまず真っ先に思い付くのはテイマーが複数人所属しているガネーシャファミリアだが、リリの様子からして恐らく違うのだろう。

 

 ベルが首を傾げて疑問に思っていると、リリがそのファミリアの名前を口にする。

 

「そのファミリアが最悪なことに! あ、あのケルヌンノスファミリアなんですよ!?」

 

「「……ええ~~!!?」」

 

 このオラリオに住んでいて……否、冒険者を目指す者としてその存在を知らぬ者はいないとされるほどに有名なファミリアが関与しているという事実に驚きの声を上げるベルとヴェルフ。

 

 まさに雲の上の存在ともいえるファミリアが連れて来たとは夢にも思わなかったベルはソファーで寝ているウィーネを見ながらどう対処すればいいのか頭を悩ませた。

 だが、それ以上にこの情報を持って来たリリがあたふたと頭を搔きむしりながら混乱したようにブツブツと独り言を漏らし続けている。

 

「どうしたんだいベル君? 何か大声で叫んでたけども、ウィーネ君の事で少しでも進展があったのかい?」

 

 ベルの大声を聞いて別室で休んでいたヘスティアが心配してやって来た。っと、その時だった。

 

「た、大変です! 皆様方ぁぁ!?」

 

 バン! と扉を乱暴に開けて入ってくる命の声に何事かと全員の視線が集中し、寝ていた春姫とウィーネもそのあまりの騒がしさに目を覚ます。

 

「どうしたんだい命君? そんなに慌てて……」

 

「げ、げ、玄関先にケルヌンノスファミリアのカイドウが訊ねて来ました!!?」

 

「「「「……えええぇぇぇぇ!!!?」」」」

 

「っ! パパが迎えに来たの!?」

 

「「「「「パパ!!?」」」」」

 

 ウィーネの発言に驚きつつも、カイドウをなるべく待たせまいと全員が玄関先に移動すると、玄関先の庭で酒をぐびぐびと飲んでいる巨漢の男が立っていた。

 

「パパ!!」

 

「おお! 無事だったか、ウィーネ。怪我も無さそうで安心したぞ!!」

 

 笑顔で飛びついてくる娘を抱きかかえながら、その体に特に目立った傷跡もないことに心底安堵している様子だった。

 

「あれが都市最強の冒険者……」

 

「確かにスゲェが……」

 

「あわわわわ……」

 

「おっきいねぇ……」

 

「ウィーネ様も再び会えて嬉しそうで何よりです」

 

「これが、タケミカヅチ様も認める最強の男……」

 

 それぞれがカイドウの姿を見て様々な言葉を漏らすが、ウォロロロォォ! と笑いながらグルグルと抱きかかえて回る様子は紛れもない親子の姿であった。

 一通り満足するまで親子として触れ合ったカイドウは、そっと地面にウィーネを降ろして後ろに待機させてあったウォーロンにウィーネを連れ帰るように指示を出す。

 

「おい、ウィーネを鬼ヶ島まで連れ帰れ! 今度はヘマやって出し抜かれるんじゃねぇぞ!」

 

「はっ!」

 

「もう帰るの?」

 

「ああ、ウィーネもこいつらに世話になったなら挨拶ぐらいしておけ」

 

「うん! またね、皆バイバイ!!」

 

 元気よく腕を振って別れの言葉を告げるウィーネにベル達はとりあえず手を振っておき、そのままウォーロンに手を繋がれて去っていくウィーネを見送ったあと、未だこの場に残り続けているカイドウに視線を戻す。

 

 別に何か悪いことをしたわけでも、敵対行為を見せたわけでもないのだが、ただそこに存在しているというだけでとてつもないプレッシャーがベル達を襲う。

 

「さて、まずはお前らには礼を言っておかねぇとな。ウチの娘のウィーネが世話になった。感謝するぜ……」

 

「い、い、いえそんな! ボクらはただ当然のことをしたまでで……」

 

「「「うんうんうん……」」」

 

 人形のようにかくついた動きで謙遜の言葉を口にするベルとそれに同調するヘスティア達はダラダラと冷や汗を垂れ流す。

 

「ウォロロロォォ!! そう緊張するな。お前らはウチの娘の恩人だ。別にとって食う真似なんかしねぇさ!!」

 

 バンバン! とその巨大な手でベルの肩を叩くが、当の本人であるベルは攻撃されたと勘違いしてしまうほどの衝撃を肩に喰らっていた。

 

「それじゃ本題に入ろうか。今回の一件はウチとしても非常に大きな大恩だ。その褒美として俺からテメェらに1つ貸しを作ろう!」

 

「「「「「っ!!!??」」」」」

 

 あのオラリオ最強冒険者であるカイドウが貸しを作ると言ってきた。

 それはつまり、程度にもよるだろうが、カイドウへの命令権を1つ得たと言っても過言ではない。

 

 この世界で誰も縛り付けることが出来ない理不尽の権化ともいえる存在への命令権など、一体いくらの金を積めば手に入るのか想像すらできない。

 

 まさかの展開にあわあわと慌てるベルだが、それ以上に後ろでキュー! と悲鳴を上げて倒れる音とそれを心配して騒ぐみんなの声が聞こえるが、とても目の前の人の圧が気になり過ぎて後ろを振り向くことができない。

 

 要件は済んだ筈、だというのに一向にカイドウはこの場を立ち去る気配もなく、視線を真っ直ぐに向けられ続けている。

 

「あ、あの、まだ何か御用で……?」

 

「…………1つ聞くが、ベル・クラネル。お前は何故冒険者を目指した?」

 

「っ、えっと、それは…………」

 

 まさか名前を知られているとは思っていなかったベルは驚きに言葉を詰まらせるが、それ以上に自身の冒険者を目指した理由を問われて言葉を迷わす。

 別にベルが冒険者となった理由は高潔なものでも誇れるものでもない。

 

 祖父の教えで持ったハーレムという夢は人によっては下品だとかふざけていると言われても仕方のないことだと理解もしている。

 

 だから別に本当のことじゃなく当たり障りない噓を語った方がいいとは思う。

 だけど、今目の前に立つこの人に噓をつくのはマズいと本能的に感じ取り、ベルはゆっくりと自分が冒険者になった理由を口にする。

 

「僕は……英雄になって、お……女の子と出会いを求める為に冒険者になりました!」

 

「「「「──―っ!!!」」」」

 

 後ろから声にならない悲鳴が聞こえるが、それよりもカイドウの反応の方が気になる。

 ふざけているのかと怒るのか呆れるのか? 恐る恐るカイドウの顔色を窺うが、その表情は困惑であった。

 

「…………??」

 

 まさかの理由にカイドウも? マークを脳内で発生させる。

 

 カイドウが前世で読んでいた漫画やラノベの主人公は大抵女性関係は清く、夢や目標は青少年らしい熱いものを持っている。

 だが、まさかこの世界の主人公であるこの少年、ベル・クラネルが女の子との出会いを求める為に冒険者になったと聞いて脳内が宇宙ネコに支配される。

 

「……そうか」

 

 なんとか口に出せた言葉はそれだけだった。もし部下のクイーンやジャックからこの世界のタイトルを普段からダンまちと略称ではなく正式名称である『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?』と呼んで思い出せていたなら反応はもっと違っていただろう。

 

「えっと、あの……すみません。変な目的で冒険者になっちゃって」

 

「別に謝る必要はねぇだろ。テメェが決めた目標に高潔も低俗もねぇ、あるのはそれを叶えられるかどうかだけだ……」

 

「へっ……」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 まさかの肯定的な言葉に全員の口がポカーンと開いて閉じることがなかった。

 噂で聞くカイドウはこの世で並び立つ存在がおらず、常に唯我独尊的で悪人という印象の強い強者。

 だが、こうして向き合って対峙するカイドウからは噂ほど酷い人物とは思えなかった。

 

「さて、少し話しただけだがテメェの人となりは分かったつもりだ。……1つ提案だが、お前、俺と今から少し戦ってみるか?」

 

「えっ!?」

 

 突然のカイドウからの手合わせの誘いにベルは困惑の声を上げる。

 




次話にはベル君とカイドウの一騎打ち!

もうやめて!カイドウ!とっくにベル君のライフはゼロよ!


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果てしない壁

新年あけましておめでとうございます。
これからもこの小説をよろしくお願いいたします。

あと、サブタイトルで他にいいタイトル思いついたってひとは感想などで聞かせて。


 突如として提案されたオラリオ最強の冒険者であるカイドウとの手合わせに、ベルの返事はNO寄りの戸惑いの言葉を口にする。

 

「えっと……僕とカイドウさんが戦うだなんて、無茶っていうか、無謀っていうか……」

 

 もじもじと指をいじりながら断ろうとするベルにカイドウは怒るわけでも失望するわけでもなく、ただ冷淡なまでに冷たい声でベルの目指すものを問うた。

 

「なあ、テメェは何になりたいんだ? 臆病者か、それとも平凡なただの冒険者か?」

 

「へぇっ……?」

 

「勇敢と蛮勇は違うように、無茶と無謀の違いを知れ。英雄を目指すのなら挑戦し続けることだけを忘れるな……」

 

 それだけ言って立ち去ろうとするカイドウにほっと息を吐いて安心するヘスティアファミリアの面々だったが、唯一ベルだけがカイドウの言葉を耳にして心の中で言いようもない不安、戸惑い、焦燥感といったものが胸に浮かんでいた。

 

 そして気づいた時には立ち去ろうとするカイドウの背に向かって大声で待ったを掛けていた。

 

「……っ、待ってください!!」

 

「……ああ゛ぁん?」

 

 ベルの掛け声に去ろうとしていたカイドウの足は止まり、後ろを振り向いて見ると、何やら覚悟と決意を決めた男の顔をしたベル・クラネルが立っていた。

 

「ちょっ!? なにしてるんだいベル君?」

 

「おい、ベル!? まさか下手な考えを浮かべてんじゃねぇよな!?」

 

「ベル殿! 流石に相手が悪すぎます!!」

 

「べ、ベル様! もしベル様の身に何かあれば春姫は……」

 

 皆が心配してこれから先の言葉を口にしようとする僕を止めようとしてくる。

 分かっている。僕とこの人とでは勝負にならないどころか、死ぬ危険だってあることくらいは……。

 

 口の中がカラカラに乾く、次に続ける言葉が頭の中を行ったり来たりを繰り返している。

 もう今すぐにでも全てを忘れて逃げ出したくなる衝動に駆られてしまう。

 

 でも、ここで逃げてしまえば……。今この人の誘いから逃げて戦わなきゃ、英雄には……あの人、アイズ・ヴァレンシュタインの隣に立てなくなる。

 

 そんな確証もない想いが心の底から湧き上がってくる。

 

 だから、僕はここで逃げたくない! だから僕は今ここで、冒険するんだ!! 

 

「カイドウさん! 僕と……戦ってください!!」

 

 勇気を振り絞って出した声は震え上がり、手足は謎の寒さで震えるようにガクついている。

 後ろで皆が騒ぎ立てているが、僕は振り返ることなくカイドウさんの返事を待つ。

 

「…………」

 

 こうしてただ相手の返事を待つほんの数秒の間に、心臓が何度バクバクと鼓動を重ねたか分からない。

 そうして待つこと数秒後、ようやくカイドウさんが口を開く。

 

「……撤回の言葉を出さねえってことは、咄嗟に出した答えって訳じゃないようだな?」

 

「──―っ!」

 

 睨むような目で見つめてくるカイドウさんの視線に心臓が張り裂けそうなほどに跳ね上がる。

 正直怖くて仕方がない。バクバクと鳴らす自分の心臓の音を聞ききながら、その恐怖心を必死に抑え込んで言葉を返す。

 

「はい、僕は本気です!」

 

「…………」

 

「…………」

 

 2人の間に沈黙が流れる。皆の声や風の音も聞こえないほどの静寂が場を支配し、まるで時が止まったかのように感じたその時、カイドウが口を開いた。

 

「……実力が隔離した相手との戦いは肉体ではなく精神の闘いだ。テメェが出したその一言は賞賛されるべき勇気だと! そう口にする者もいるだろう……。だが! それは戦士の答えだ。賢者であればそれは無謀で蛮勇的な答えだと吐き捨てるだろう!!」

 

 そう言い切った直後、カイドウさんは気づくと僕のすぐ前に立っていた。

 

「ッ!?」

 

 その体格差から僕はカイドウさんから見下(みお)ろされる形になっている。だが、決して見下(みくだ)されているわけではない。

 その眼からは僕に期待? しているかのような意思を感じられた。

 

「だが! それら一切に耳を傾ける必要はねえ。それが戦士の称賛だろうと、賢者の苦言だろうと、例え英雄の言葉であったとしてもだ……。己の道1つ自分で決められねえ弱者じゃ大切なもの1つ守れねえからな!」

 

「は……はい……!?」

 

 まさかのアドバイスについ上擦った声で返事を返してしまう。

 そんな僕の反応が面白かったのか、カイドウさんは小さく笑って距離を取る。

 

「さて、つい無用なアドバイスを送っちまったな。そろそろお前の力を見せてもらおうか……!!」

 

「──―っ!!」

 

 拳を握ったカイドウさんの雰囲気がガラリと変わる。

 ただでさえ暴風が如き圧を放っていたというのに、手合わせを始めると言ったその瞬間、放たれる圧に無数の針を乗せて飛ばしてきているイメージが脳裏に浮かぶ程のプレッシャーが襲い掛かって来る。

 

「ウォロロロォォ! まあ、安心しろ。オレは武器も使わねえし力も半分以下で相手してやる。更にハンデとしてオレは一切お前には攻撃を直接当てたりはしねえ!」

 

 確かに大きなハンデだが、それでも安心は出来ない。

 当然だ、相手は都市最強の冒険者。

 いかに武器を使わず半分の実力で攻撃を当てないと言っても怖いものは怖い。

 

 だとしても……、

 

「それでも、僕はやるんだ……」

 

 震える手足を押さえつけて自分が最も信頼している武器であるヘスティアナイフを構える。

 

 スタートの合図はない。誰もが息を呑んだその時、最初に仕掛けてきたのはカイドウだった。

 

「──―えっ!?」

 

 拳を握り締めたカイドウは限界ギリギリまで体を捻りあげ、砲丸投げのような体勢で固まる。

 それは弓で矢を射る為の溜めに近しいような動作であると感じる。

 

 明らかな無防備さに困惑の声を出してどうしていいのか分からずに固まるベル。

 こんな状態の人を攻撃してしまっていいのかと良心で攻撃を躊躇してしまっていると、カイドウさんの攻撃準備が完了してしまう。

 

「いいのか? 絶好の攻撃チャンスを逃したぞ……」

 

 本来の力を大幅に抑えた状態ながらも、極限まで溜めた拳の一撃をベル・クラネルのすぐ足元の地面に向けて叩きつける。

 

 それは力という概念の爆弾とも言うべき一撃だった。

 

 拳がぶつかった地面は水面に岩を投げ入れられたかのように大きな土の津波を起こし、呆然と立っていたベル・クラネルの目の前に土と衝撃波の壁を作り出した。

 そして、次の瞬間にはベルの視界は闇で覆われ体中に痛みが走る。

 

「ぐっ、がぁぁぁ!!?」

 

 叫んだ拍子に口の中に大量の土が入り込み、全身を丸ごと土に埋められた。

 

「べ……ベルくぅぅん!!!」

 

「おいおい、なんだありゃ……」

 

「きゅ~~~っ」

 

「は、春姫殿ぉ!!!」

 

 離れて見ていたヘスティア達にはカイドウの一撃によって破裂した地面の土がまるで怪物のようにベルを襲い掛かったかのように見え、そのあまりの衝撃にその顔色を蒼白に変えて叫び出す。

 特に心の弱い春姫などはそのあまりの光景に気を失って倒れてしまう。

 

 たったの一撃でこれだ。もし本格的に戦闘にでもなったらと思えば……。

 全員の脳裏に最悪の事態が浮かび、みるみるうちに顔面蒼白になっていく。

 

 皆が戦いを止めようと動き出したそのとき、土に埋もれたベルの腕が顔を見せ少しもがくと、続いてもう片方の腕も現れて、次の瞬間に引っこ抜かれた野菜のように、ベルが土中から姿を現した。

 

「うっ、ぺっぺっぺ! っまだ!! 僕はまだ戦えます!!」

 

 体中を泥まみれにして口の中に入った土を吐き捨てながらも、その目の奥に秘める戦意は喪失しておらず、逆にカイドウの一撃を喰らう前よりも輝いて見えた。

 

「油断や慢心……ましてや俺を相手に戸惑いや躊躇なぞ自殺行為以外のなにものでもないぞ……」

 

「はい! すみませんでした!! だから、次からは全力でいきます!!!」

 

「目が覚めたんなら! さっきみたいな間抜けな姿を晒すなよ!!」

 

 再びナイフを構えるベルに、カイドウは拳を鳴らして戦闘続行の意思を受け止める。

 この戦いを止めに入ろうとしたヴェルフや命も2人の間に流れる戦意という名のプレッシャーに押されてしまい動きを止める。

 

「はああぁぁぁ!!!」

 

 今度はベルの方から先に攻撃を仕掛ける。真っ正面から攻撃して決まるとは思っていない。

 だから持ち前の敏捷性を生かして側面から攻撃に入る。

 

「…………」

 

 カイドウは身動ぎ1つせず、それどころか側面に入ったベルの姿を目で追おうともせずに棒立ちのままの状態だ。

 再びの無防備さ、だが今度は遠慮も躊躇もしない。走る勢いを殺さぬまま、ベルはカイドウの腕目掛けてナイフを振りかざした。

 

 っが、その攻撃はカイドウに届くことは無かった。

 

「──なっ!!!」

 

 たった指2本でナイフを受け止められた。それも、こっちをチラリとも見ずにっ!!? 

 

「速さはいい。今度は躊躇しなかったのも褒めてやろう。だが、狙いは甘ちゃんだな。腕を斬りにかかったんだろうが、側面に入ったなら一撃で仕留めるように首や頭部、もしくは肺を狙っての刺突の一撃を決めるべきだろうが!!」

 

 ベルの攻撃にダメ出ししながら掴んだナイフをベルごと乱暴に投げ飛ばす。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

 空中に放り出されたベルは悲鳴をあげながらも、地面に落ちた際にしっかりと受け身をとって立て直す。

 そして見据える先に不動の構えを崩さぬカイドウの姿。

 

 高すぎる壁の存在に心が折れそうになるも、その強さに憧れを抱いてしまう。

 

 自身の憧憬は確かにアイズさんだ。それでも、あの強さに……あの堂々とした立ち振る舞いに焦がれ追い求めてしまう。

 

 だからこそ、この戦いで何かを掴み取りたいとナイフを持つ手に力が入る。

 

「そうだ、それでいい。この戦いで成長してみせろ!!」

 

 心が折れず抗おうとするベルに好戦的な笑みを浮かべ、拳を突き出す。

 

「指銃の応用技が1つ。拳による飛ぶ弾丸の一撃を見せてやる!」

 

 ニヤリとほくそ笑むカイドウに嫌な予感がしたベルは即座に後ろに下がって距離をとった。

 しかし、それだけでは甘かった。

 

 カイドウは動きを見せると、その場から一歩たりとも動かずに拳を空に殴りつけた。

 

 ただのパンチ一発だ。避ける必要もガードする意味もない。だが、そのパンチの危険性にベルだけが見るよりも先に感じ取り、更に後ろに下がったのと同時にナイフを盾にガードをとった。

 

「正解だ……」

 

パァン!! 

 

 空気が爆ぜた。そして、それは砲弾となりて真っ直ぐにベルに襲い掛かる。

 

「っぐ!?」

 

「ウォロロロォォ!! どうだ、指ではなく拳で叩き込む指銃と鉄塊の応用技『獣厳(ジュゴン)“砲”』だ。空気の塊に殴られるのは初めてか?」

 

 何もない空間を殴った筈なのに何かが弾ける音が聞こえ、それと同時に拳の当たらぬ離れた距離にいた筈のベルが何かに殴られたかのように吹き飛ばされたことに焦りと驚きの声を上げるヴェルフ達。

 

「おいおい! ふざけろってんだ!!! 一体何が起こりやがったんだ!!?」

 

 驚愕に眉をひそめるヴェルフの隣で命は冷や汗で顔を濡らしながら、かつての武神が語ったことを今に思い出す。

 

「ま、まさか、……昔、タケミカヅチ様に聞いた覚えがあります。武芸を極めた達人の技は木の枝や水を武器に変えて戦うことができ、更に極めた超人ともなれば形なき空気すらも砲弾に変えて敵を穿つことすら可能となると……」

 

「それじゃ何か? ベルの奴はカイドウが殴りつけた空気の塊をぶつけられて吹っ飛んだっていうのか!? 現実味が無さすぎるぜおい!」

 

「自分もこの目で見ても正直信じられません! いっそ魔法やスキルの効果と言われた方がまだ理解出来ますが、先程のあの技の構え……。一寸のブレもなく、芯を穿つようなあの鋭さは何十何百ではない! 何万何億と積み重ねた修練の結晶だと思われます!」

 

 自身の口から語っているというのに、命自身も半信半疑ながら今目の前で起こった事実に眩暈すら覚えている。

 遠くから見ている自分達ですらこれなのだ、実際にカイドウの目線の先で立って戦っているベルは一体どんな気持ちでいるのか想像だに出来ないでいた。

 

「今ので終わりじゃねえぞ! もっと足搔いてオレを楽しませてみろ!!」

 

 不敵な笑みを浮かべカイドウは続けて2発目を撃とうと構える。それを見た瞬間、ベルは考えるよりも先に前へと走り出していた。

 

「っく! このままじゃダメだ! 前に出なくちゃ!!」

 

 カイドウからの再びの攻撃に距離を取るのは悪手だと察したベルは逆にカイドウに接近して近接戦闘に挑みかかる。

 

「ウォロロロォォ!! 俺を相手に近接戦闘か? いい度胸だと褒めてやるが、まともに動けるのか?」

 

 確かに強者からの恐怖や圧は動きを曇らせ、思い通りの動きを出すことは難しくなる。

 現に今もベルの手は若干ながら震えている。だが、こんな経験はレベル1だった頃にミノタウロスとの戦闘でとうに体験済みだ。

 腹の底から声を吐き出し、震えるナイフを持つ手に力を籠めて攻めに入る。

 

「はああぁぁぁ!!!」

 

「ほぉ、臆せず向かってくるか!」

 

 逃げずに真っ向から向かってくるベル・クラネルの姿にオレはニヤリと笑い、アイツの必死の特攻を攻撃の構えを解かずに、残っているもう片方の左腕で全て迎撃してみせた。

 そして技を放てる程度に溜めが終わり、オレの攻撃の番に変わったというのに、アイツは距離を取るどころかオレの右手に逆に近づいてきやがった。

 

「面白れぇ! 直接攻撃は無しのハンデを逆手にとるとはな!! だが……!!」

 

「わっ!?」

 

 距離が近くなったということは、わざわざ獣厳を放つ必要もなくなるということ。

 そして、ご丁寧に手の届く距離に飛び込んできたベルの身体を掴んで投げ飛ばす。

 

「どおりゃああぁぁ!!」

 

「うっわわぁぁぁ!!?」

 

 それにしても、いくらハンデで直接攻撃はしないと約束したとはいえ、桁外れの破壊力を持つ拳の前に飛び込むなんざ並みの心臓の持ち主じゃ絶対に選択しない行動に益々ベル・クラネルの評価が上がっていく。

 だが、所詮は冒険者歴数ヶ月のルーキーだ。その胆力と行動力には目を見張るものがあるが、攻めや受けのノウハウはまだまだベテランの領域とは言い難い。

 

 そんな、まだまだ未熟な部分を遠慮容赦なく攻めていき、ベルの荒い箇所を削っていく。

 

「っぐううぅぅ!!」

 

「ウォロロロォォ! どうした、未完の新人(リトル・ルーキー)? 話題のルーキーといえど、この程度か?」

 

「っぐ! 違います!!」

 

 まだまだぁ! と諦めずに攻撃の手を止まないベルの猛攻にカイドウはその全てを軽く受け流し捌いていった。

 

「うおおぉぉぉぉ!!!!」

 

 本当に強い! ただレベルが高いだけじゃない!? この人は……カイドウさんは戦いが上手いんだ。

 僕が攻めようとしている箇所を瞬時に見抜いて守り、時には逆に囮として受け止めて反撃仕返してくる。それもその場から1歩たりとも動かずに!? 

 

「ファイアボルト!!!」

 

「それがテメェの魔法か? そんなんじゃ、ロウソクに火を点ける程度しか役に立たねえぞ!?」

 

フゥー! 

 

「なっ!?」

 

 まさか、僕の魔法を尋常じゃない肺活量にモノ言わせた空気のブレスで搔き消してしまうなんて!? 

 遠くで見ていた神様たちがチートだろぉぉ!!! と叫んでいた。まあ、僕もファイアボルトをフゥー! っと息だけで消されたのは正直驚きよりも理不尽だ……って思うけども。

 

「驚いてる暇があるなら足を動かせ!!」

 

「うわっ!?」

 

 またあの飛んでくる拳の技に足をやられる。咄嗟のこととはいえ攻撃される前に声をかけられたからギリギリのところでかする程度の傷で避けられたけど、当たった箇所がジンジンと痛みを訴えてくる。もし直撃していたらもう走れなかっただろう。

 最悪な想像に寒気が走るが、ここで怖気づいて立ち止まる訳にはいかないと奮起して戦い続ける。

 

「ウォロロロォォ! もっとテメェの力を見せてみろ!」

 

「っく! せめて……せめて一歩くらいは……」

 

 最初は勝てぬまでもせめて対等な勝負が出来ればという気持ちで挑んでいたが、もはやその次元の相手じゃないということに気づかされ、今はせめてどうにか足の1歩でも動かしてやろうという気持ちで挑んでいるが、こちらの攻撃は一切通じていない。

 

「あれ?」

 

 これで本当に手加減しているのか? とも思ったが、戦っているウチに僕がカイドウさんの動きを目で追えていることに気付く。前に僕がアイズさんと修業しているときは、格上のアイズさんが時折手加減をミスして意味も分からずぶっ飛ばされるなんてことがよくあったが、今こうしてカイドウさんと戦っているなか、僕が倒されている原因が記憶を辿ればハッキリとよく分かる。

 

 さっきのは魔法を息で搔き消された際に驚いて攻撃の手を止めて立ち止まった際に足を狙われたから……。その前のは攻撃がキマった瞬間の一瞬の気の緩みを突かれてしまったから……。

 他にも記憶を遡れば全て僕の失敗を突かれて攻撃を当てられたり倒されたりしている。

 

 こうして今もカイドウさんが攻撃してきている箇所も僕が意識していない部分だし、攻撃を受け止めるのも戦闘に支障が出ない浅い攻撃のみを判断して受け止めている。

 

 戦っているうちにますます理解していくカイドウさんの強さに僕は思わず内心で歓喜してしまう。 

 

 凄い! これが都市最強の冒険者の実力なんだ……!! 

 

「ウォロロロォォ! いい目をしてきたじゃねぇか。敵だろうが味方だろうが、こうして強い相手と戦うのならまずは学べ! どう動き、どう対処するのかを……」

 

「はい! わかりました!!」

 

 右がダメなら左を……!? ダメだこっちも無理。後ろをとりにいっても近づく前にカイドウさんの回し蹴りが体に当たる直前の距離で放たれる。

 360度全方位から攻めにいっても対処されてしまう。とはいえ、それで戸惑い足を止めれば即座に攻撃の手が飛んでくる。

 

 状況は完全にこちらの圧倒的経験不足によって不利となっている。

 なのになんでだろう? こうして戦うたびに自分に不足している部分が補われていく感触に高揚している僕がいる。

 

 最初はただ痛かった攻撃が段々と「ここがダメだ!」「こっちにも意識を向けろ」「ほら、甘い攻撃は反撃されるぞ」とカイドウさんから指導を受けているように感じていく。

 もう今の僕に怖いなんて恐怖心はなく、ただもっとこの人と戦いたい! もっとこの人に教わりたい! という気持ちが溢れていた。

 

「おい? ベルの奴、なんか戦う前よりも強くなってないか?」

 

「自分もそう思います。ベル殿の動きがあのカイドウとぶつかり合う度に洗練され高まっているような……」

 

「べル君……」

 

 遠くでただ見ていることしかできないヴェルフ達がベルの動きが目に見えて良くなってきていることに驚いているなか、神・ヘスティアはかつて眷属たるベルが言ってきた言葉を思い出す。

 

『神様……、僕、強くなりたいです』

 

(ベル君、君がいま彼に立ち向かうのは、強くなって君の目指す英雄になりたいからなんだね。……だったらボクは何も言わないさ。だから君は精一杯戦って強くなるんだ!)

 

 何も出来ず見守ることしか出来ないヘスティアは、ただ静かに夢の為に強くならんとする最初の眷属であるベルの成長を祈りながら2人の戦いを静観する。

 

「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

 

「流石に息が途切れてきたようだな。だが足を止めないのはいいことだ。ここがダンジョンならば、悪意を持ってそういった冒険者の隙を狙ってくるからな!」

 

 再びアドバイスを送るカイドウの言葉を聞きながら、ベルは更にその脚を速める。

 

 もっと強く! もっと速く! この人に追いつきたい!! この人の背中を追いかけていたいんだ!!! 

 高まる心の熱さが背中を押して、さらにスピードを上げていく。

 

 既に体はカイドウからの攻撃でボロボロになり、息も大きく乱れている。だが、それでもベルは止まらない。

 今の彼は最強の冒険者を相手に冒険している。その経験は何ものにも代え難く貴重なものなのだから。

 

 永遠に続けられそうな、そんな興奮感で走っていたベルの身体についに限界がおとずれる。

 

「なっ!!?」

 

 走っていた脚が急に動きを一瞬止め、バランスを崩しそのままの勢いで地面に転げるベル。

 その無防備となった隙をカイドウは狙い撃つことなく、静観してベルが立ち上がるのを待っている。

 

 だが、数秒待てどもベルは立ち上がることはなかった。

 

 ベルが転んで倒れ、大きく肺の中の空気を吐出した瞬間、体が呼吸することを思い出したかのように酸素を欲し「ぜひゅ~、ぜひゅ~」と口を開いて思い切り空気を吸い込む。

 されど胸の苦しみは取れることはなく、逆に激しくなるばかりであり、今度は呼吸に続いて体に火が付いたように熱くなっていくように感じ、ポツポツと玉のような汗が体中から溢れ出てきた。

 

 手足も動かし続けた影響で痛みを訴え始め、立ち上がろうとするベルの意思を無視して足は上がらず、腕は鉛を流し込まれたかのように重くなっていく。

 そんな体の不調を頭の中で冷静に確かめていると、戦いの興奮で忘れていたカイドウさんからの攻撃で受けたダメージがここで悲鳴を上げる。痛くて苦しい感覚が、なおも戦い続けようとするベルの意思をだんだんとへし折って来る。

 

 これは代価だ。限界以上に体を酷使した結果の後払い。だったら大人しく支払う他ないだろう。

 

「っかはぁ! はあっ……はあっ……はあっ!!」

 

「もうダメか? 限界を超えられずにそのまま地に伏していくつもりか……?」

 

 倒れて呼吸困難に至り点滅する視界の隅でこちらを見つめるカイドウさんの姿が映り込む。ぼんやりとする意識のなか、自分の呼吸する音も遠く聞こえるのに、何故かカイドウさんの言葉だけがハッキリと耳に届いて離れない。

 

「諦めるのは簡単で容易いことだ。でもオレは期待してんだぜ、未完の新人(リトル・ルーキー)よ。お前がもしオレの期待通りの男なら……立ち上がれる筈だ!! 

 

 誰が……? 僕に期待? こんな弱くて小さな僕に期待している? どうして? 

 

 理由が分からない。僕はただウィーネを助けただけでレベルだってカイドウさんの半分もいかないレベル3程度だ。

 

 強すぎて高すぎる壁にぶつかり続け、体に引きずられ心まで弱ってきたベルの意識が弱音を吐出していく。

 

 もう立てなくてもいい、ここで諦めて楽になってしまおう。

 

 そんな弱い自分が耳元で囁いてくる。

 

「……っ?」

 

 あれ? なんでだろう……。もうこのまま倒れてもいいって思ってたのに、僕の意思に反して体がまだ立ち上がろうとしている? 

 

「っぐぐぐ……」

 

 あんなに痛くて重かった手足が僕の中の悲鳴を無視して立ち上がろうと足搔き続ける。

 なんでだろうと疑問に思っていたが、目を見開いて前を向けばその答えが立っていた。

 

 この都市で一番強い人……カイドウさんが僕を見ていたからだ。

 僕の憧憬は間違いなくアイズさんだ。でも、漢として憧れたのはこの人なんだ。

 

 こうして戦ってみてよく分かった。時折他の冒険者が口にしていたあの話……、この都市で一番強いカイドウさんに憧れるという話を。

 当然、冒険者なんだから強い人に憧れるのは当たり前なんだろうなってその時は気軽に考えていた。

 

 でも違ったんだ、もっと単純にスゴいって……、強いことって男として憧れてしまう本能なんだって気づかされた。

 

 そんな人に失望されたくない! 僕のことを例え過大評価だとしても期待していると言ってくれたあの人の言葉を裏切りたくないんだ!! 

 

 もうこれは僕の()()の問題じゃない、これは男の()()によるものなんだ! 

 

「うっ──―おおおぉぉぉ!!!」

 

 先程までは僕の意思じゃ起き上がれなかった手足は、ゆっくりとだが僕の重い体を立ち上がらせてくれる。

 もう立つのもやっとなフラフラの状態でナイフを構えカイドウに向き合う。

 

「ウォロロロォォ!! いいぞ、よく根性を見せやがった!!」

 

「はぁ……はぁ……、ありがとうございます!」

 

 カイドウさんは本当に嬉しそうに笑いながら僕を指差し、目を見開いて驚愕の一言を口にする。

 

「どうだ、未完の新人(リトル・ルーキー)? お前、オレのとこのファミリアに来ないか?」

 

「「「「なっ……!!?」」」」

 

 突然のカイドウの提案に驚きの声を上げる。それもまた仕方のないことだろう。

 この都市で一番強いファミリアの団長直々のスカウトだ。例えるならば名の売れ出した野球部員が世界一のプロ野球チームのエースもしくは監督からスカウトされるようなものなのだから。

 

「なんなら今はまだテメェはヒヨッ子だが、将来性は充分にあるからな。次期幹部候補として迎え入れてもいいぜ?」

 

「「「「──―っ!!?」」」」

 

 もう声も出せないくらいに驚いた。ケルヌンノスファミリアの幹部である飛び六胞といえば下手な中級上級ファミリアの団長以上の権力や地位を持っていると言っても過言ではない。

 勿論、アポロンファミリア団長であったヒュアキントスなぞ歯牙にも掛けないレベルの待遇だ。

 普通の上を目指そうとする冒険者であれば、この提案は即座に飛びつくような魅力的なモノだ。

 

 ましてや英雄を目指すのならば、ケルヌンノスファミリアの幹部は最も英雄に近づける道といえよう。

 

 ……でも、違う。僕の目指していたのは確かに英雄だ。

 けれども、このオラリオに来たのは出会いを求める為に……。女の子と出会いもそうだけど、一番欲しかった出会いは……。

 

『おーい、そこの君ぃ。路地裏は危ないから、行かない方がいいぜ?』

 

 あの人が手を差し伸べてくれた手の暖かさ。家族の温もりを求めていた僕に出会ってくれた神様に恩返しをしたいから。

 

「すみません! 僕は……このヘスティアファミリアで強くなりたいんです。だから、その提案には乗れません!!」

 

 頭を下げる僕にカイドウさんは何も答えないでただ黙っている。

 何秒かの沈黙のあと、カイドウさんははぁ~ッとため息を吐いて口を開く。

 

「断られるのは何となく予想はしていた。いつものオレならそんな生意気な口を叩く野郎には金棒の1発でも喰らわせて問答無用で心をへし折ってやるところだ。だが、テメェはウチの娘の恩人だ。そんな真似をする訳にもいかねえ。なにより、テメェのその目は確固たる意思を感じられる。なんなら、さっき立ち上がった時以上に強い目をしてるぜ!」

 

「えっと……?」

 

 何か物凄く物騒な発言が聞こえてきたが、下手に藪をつついて蛇どころか鬼超えて龍を出すこともないだろう。

 

「まあなんだ、野暮なことを聞いちまったなってことだ。詫びと言っちゃなんだが、次のテメェの一撃を真っ正面から喰らってやる。遠慮せずにドン! と撃ってきな!!」

 

 そう言うとカイドウさんは両手を広げて無防備な姿で仁王立ちする。

 この人と戦う前の僕だったら遠慮して攻撃なんてとてもじゃないけど出来なかっただろう。

 

 でも、この人は僕なんかと違って本当に強い! 憧れてその背を追いかけたくなるほどに、だから信頼している。僕なんかの攻撃じゃ倒れないってことを……!! 

 

「いきます!!」

 

「こい!!」

 

 意気込んだのはいいけど、どうすればいいんだろう? 技もパワーもスピードも手数も全て通じない。

 圧倒的な力を持つカイドウさんに対して有効打となれる攻撃が僕には何1つ持ち合わせていない。

 

 こういう時、魔法使いの人なんかは強力な魔法で格上のモンスターを倒したりするって話をよく聞く。僕のパーティーだったらヴェルフの魔剣なんかが……。

 そうだ、魔剣だ……!! 僕の魔法とこの神様から貰ったナイフを組み合わせれば、あるいはカイドウさんに届くかもしれない。

 

 たった今思いついた突拍子もないものだ、上手くいくかもまるで分からないが、やってみるだけの価値はある! 

 

「ファイアボルト」

 

 僕の魔法をカイドウさんにぶつける為にではなく、ヘスティアナイフに注ぎ込む為に発動させる。

 やがてその炎は熱く燃え上がり、ナイフに纏って燃え続ける。

 

 でも、これじゃまだ足りない!! 

 

 リン、リンと鈴の音が響き白い粒子が燃えるヘスティアナイフに収束していく。

 

 僕のスキル【英雄願望】によるチャージは想いの強さで強くなっていく。

 今の僕が思い浮かべる英雄は道化の英雄アルゴノゥトでも愚者の英雄エピメテウスでも大英雄アルバートでもない。

 

 僕の目の前で泰然自若といった感じで(そび)え立つあの人……カイドウさんだ。

 前々からあの人の偉業はよく耳にしていた。

 

 曰く、7年前の暗黒期で敵の闇派閥を殲滅した功績者である。

 

 曰く、未だオラリオの外で暴れる古代の時代のモンスターを倒し国を救った英雄である。

 

 曰く、黄金を生み出す竜を倒したドラゴンスレイヤーである。

 

 曰く、漆黒の獣のモンスターを叩き潰した豪傑である。

 

 曰く、下界で産まれ墜ちた闘神の化身である。

 

 そのどれもこれもが眉唾物に近い噂話であるが、その全てが真実だというのはこの都市に住む誰もが知る話だ。

 

 まあ、最後のは流石に噓なのだろうけど、何故か信じられてしまう風格を感じてしまう。

 

「すぅ~、ふぅ~」

 

 そんな誰よりも強い最強の英雄。そのイメージを武器に乗せてチャージしていく。

 

 リン、リンという鈴の音が次第にゴォーン、ゴゥンと大鐘楼の音へと変化していく。

 

 いつもよりも大きく、速く、雄大に聞こえるのは、きっとこの目で見て、この体で感じ、この心が強く揺れ動かされたからなのだろう。

 

 いつも本で読んでいる英雄じゃない、こうして僕と向き合ってくれる英雄に自分を重ね合わせる。

 

 深く息を吸って吐出し呼吸を整える。千載一遇のチャンスに心が……心臓がバクバクと音を鳴らしてうるさく聞こえる。

 

「この鐘の音? これがテメェのスキルか……」

 

「……はい! そしてこれが、今からあなたにぶつける僕の渾身の……いえ、()()()()()です!!」

 

「ッ!? ウォロロロォォ!! このオレに向けて最強を口にするか!!」

 

 クワッ! と眼を見開いたカイドウの顔はいつかダンジョンで見たブチギレたモンスターの顔を思い出させる程に怖かった。

 でも、立ち向かう勇気は既に持っている。手足の震えは驚くほどなく、呼吸も平常心で行えている。

 

 体は全身痛み疲れ果てているというのに、全てが理想的なまでに仕上がっている。

 

 既に魔力も気力も全て技を放てるギリギリまで使ってチャージを完了させ、あとは技を放つのみとなった状態だ。

 

(焦るな、我武者羅に撃ってもきっと有効打にならない。だからこそ、冷静に見極めるんだ!)

 

 体は燃えるように熱いというのに、頭はそれに反比例するようにスゥ~っと冷静になっていく。

 

(もう無駄な動きに使える体力は残ってない。だったら、もう一番楽な動きを取ろう。何故か、それが正解のような気がする)

 

 謎の確信に突き動かされるまま、ベルは一瞬ドロリと体が溶けたような動きを見せたその瞬間(とき)、これまで以上に速く真っ直ぐにカイドウへ突っ込んでいく。

 そのスピードは離れた距離から見守っていたヴェルフ達もその姿を一瞬視界から見逃す程に素早く、真っ正面から見ていたカイドウもベルが見せたその走りに驚きの顔を見せたが一瞬で気持ちを切り替える。

 

「──────ッッッッ!!!」

 

「ぬぅおっ!!?」

 

 声なき声で叫ぶベルの一撃がカイドウの胸に斜めから撃ち込まれる。

 これまでどのような攻撃がこようとも全て冷静に対処してきたカイドウから初めて焦りに似た声が飛び出た。

 

 炎の斬撃がカイドウの胸を僅か……本当に僅か程度ながら焦がし、数センチだけとはいえ地面の土を削って後ろに後退させることに成功する。

 

 これで満足だろう? あのカイドウさんに傷はつけられずとも焼け痕は残せた。それに僅かとはいえカイドウさんを動かせたのだ。これで充分に満足する結果だろ? 

 

 頭の中でやり切ったと言わんばかりにもう1人のボクが語りかけてくる。空気が欲しい。渇いたのどを潤す水が飲みたい。疲れた体を休めるベットで横になりたい。

 弱いボクの欲はとどまることを知らず、次から次へと僕の脳内にここで終われと囁き続けてくる。

 

 実際に他者の目から見ても充分によくやった方だろう。でも、それでも……! 

 

「まっだっだぁ!!!」

 

 まだナイフには残炎がある! 意識だってまだ残っている!! ならもっと……もっと足搔いてやる!! 

 

 足を伸ばし地面を蹴り上げ宙に飛び、もう一撃を喰らわせんと体を翻して斬りかかる。

 

交差(クロス)

 

「っ!? 鉄塊!!」

 

 同じ箇所に2度目の斬撃を放つベルの攻撃に危機感を感じたカイドウはここで初めて防御技を使った。

 そして、その判断は正しかった。2つの斬撃が重なることで何倍もの威力を生み出し、たまらずカイドウはその足を一歩後ろへ下げてしまい、一度目の斬撃と二度目の斬撃によって生じたXの傷痕からジワリと赤い血が滲んで出ていた。

 

「ッッッ、ウォロロロォォ!!! まさか本当にやりやがるとはな!!!」

 

「──―ッッ!!」

 

 攻撃のみに全てを注いだベルは2発目をカイドウに叩き込んだと同時に体力が底を尽き、精神枯渇(マインドダウン)と共に地面に倒れ伏した。

 そんなベルに高笑いしながらカイドウは懐からポーションとマナポーションを取り出し、気絶したベルにふりかける。

 

 高品質なポーションだったのだろう。みるみるうちにベルの傷は塞がっていき、枯渇した魔力が戻ったのか悪かった顔色が元へと戻っていく。

 

「ベル!」

 

「ベル殿!」

 

「ベル君!!」

 

 倒れたベルに心配して駆け寄ってきたヴェルフ達に抱きかかえられ、ベルはゆっくりと意識を取り戻し瞼を開く。

 

「うっ、あれ? 僕どうして?」

 

「気が付いたかベル!」

 

 目を覚ましたばかりで状況が良く分かっていないベルに安心したような顔を見せるヴェルフ達に目をやると、薄っすらと気絶する前の状況を思い出して跳ねるように飛び起きる。

 

「っは、カイドウさんは?」

 

「オレならここだ!」

 

 跳ね起きたベルの真後ろで酒を飲んでいるカイドウの姿があった。その胸元には自身がつけたであろう傷が確認でき、胸の中で何やら達成感と共に熱い想いがこみ上げてくるように感じた。

 

「ウォロロロォォォ! なあ、未完の新人(リトル・ルーキー)。やっぱオメェ、オレのファミリアに来い! ハンデ有りで手加減していたとはいえ、このオレに傷を負わすなんざウチのファミリアの連中でもそうはいねぇ! 特にレベル3の連中じゃ皆無とすら言っていい。それに加えてオメェはまだ冒険者歴1年未満の若造だろ? なら、飛び六胞どころか大看板だって狙える器だぜ!」

 

「ぼ、僕が大看板ですか!?」

 

「ああそうだ! オレはテメェに大いに期待している。こっちに来ればオメェの目指す英雄の地位だって手の届く距離に近づく!」

 

「……っ、すみません。それでも僕は先程も言った通り、ヘスティアファミリアに居たいんです!」

 

「ああ、それもさっき聞いた。だがよぉ、オレは別に今後一切ヘスティアファミリアに関わるな、なんて器量の小さな事は言うつもりはねえ。ウチで働き強くなって好きにここに戻って来ればいいだけの話だろ?」

 

 確かに、それならばここを出てヘスティアファミリアからケルヌンノスファミリアに鞍替えした方がよっぽど神様や皆の役に立つ。

 でも……、なんだろう? 利益や効率の為だけに皆の傍を離れて出て行くっていうのはちょっと……寂しいように感じる。

 

 そんな風に僕が暗い顔をして下を向いて俯いていると、神様がその小さな身を前に出して、僕とカイドウさんの間に割り込んできた。

 

「やいやいや~い!! さっきから黙って聞いていればグダグダとぉ!! ボクのベル君を引き抜きなんて絶っ~~体に認めないぞ!」

 

「っていうか! さっきのバトルを見ていたが、言いたいことが山ほどあるんだ! よっくもボクの可愛いベル君を痛めつけてくれたな! そりゃ、アレを望んだのはベル君の願望だったから途中で口出しはしなかったけども、もう我慢の限界だぁ! これ以上は僕が相手してやるぜ!!」

 

 シュッシュ! とへっぴり腰なシャドウボクシングで威嚇する神様を見て僕は迷いが吹っ切れた。

 ああそうだ、この(ヒト)はいつだって迷っている僕の手を引っ張って導いてくれる。

 

 だから僕はこの(ヒト)の元で一緒に歩いて行きたいんだ! 

 

「カイドウさん。やっぱりその件は申し訳ないですがお断りさせて頂きます。僕はこの(ヒト)と一緒に英雄になりたいんです!!」

 

「べ……ベル君!」

 

 隣に立って手を繋いでくれたベルに感動したヘスティアはおよよよっと感涙にむせび泣き、ギュッとその手を強く握りしめる。

 

「はぁ~、っち! よっぽど大事か、このファミリアは?」

 

「っ、はい! このヘスティアファミリアは僕のもう一つの家族なんです!!」

 

 ため息と舌打ちを鳴らしたカイドウはベルに最後のチャンスとして問い直す。

 

「オレのファミリアに来れば強くなる指導もしてやるし、ポーションや装備の金の工面に苦労することはねえぞ?」

 

「確かにそれは魅力的です。でも、僕のファミリアにもリリやヴェルフといった頼もしい仲間がいるので!」

 

 確かな真っ直ぐな目で己の仲間を信じるベルの心に一欠片の迷いや曇りもなく、それはまさしく漫画の主人公然とした態度だった。

 これにはさしものカイドウもついに折れ、勧誘するのを一旦諦めることとなった。

 

「楽な道じゃねぇぞ……」

 

「覚悟の上です! それが例えどんな険しい道でも、仲間と一緒ならきっと乗り越えられるって信じてますので!」

 

「ふっ、そりゃそうだろ。なにせ、険しい道の歩き方はついさっき()()()()()()()()()だからな!」

 

 乱暴に頭を撫でまわし笑いかけるカイドウにベルはふと懐かしい感覚が蘇ってきた。

 あの夕焼けの丘で同じように僕に笑いかけながら乱暴に頭を撫でてくるおじいちゃんの姿とカイドウさんの姿が重なる。

 

「それじゃ、オレはそろそろ帰るとしよう」

 

「あっ……!」

 

 離れていく手につい声を出してしまったが、幸運なことにそれを気に留める者はおらず、そのままカイドウは去っていく。

 

「ああそうだ! 忘れるとこだったぜ……」

 

 ふと何かを思い出したカイドウは帰る足を止め、ベルの方に振り向いてニヤリと笑う。

 

「今回、オラリオを襲撃したモンスターの発生原因を後日、オレ達ケルヌンノスファミリアが討伐すべく都市外へ遠征に出掛けることになった……」

 

 背中に背負っていた金棒をグッと握って装備し、天へと向かって自身の持つ最強技の1つを放つ。

 

咆雷八卦(ほうらいはっけ)

 

ドォゴォォン!!! 

 

 その一撃は暴風と雷鳴を携えて天へと登り、今のオラリオを象徴しているかのように立ち込めていた暗雲を全て吹き飛ばしてみせた。

 その後に見えるのは煌めく星々の輝きであり、オラリオに美しい夜空を生み出した。

 

「もしテメェがオレと同じ(たか)みを目指すなら、後ろを着いて来ることを認めてやるぜ!」

 

「……っ! は、はい!!」

 

 ニヤリと笑って去っていくカイドウの背中を見送ったベル達は、その姿が見えなくなってようやく息を吐いた。

 

「「「「はぁ~~~~、緊張したぁぁぁ」」」」

 

 溶けたスライムのようにグダグダになった状態で地面に座り込む。

 その後、皆が思い思いにカイドウの印象やベルの成長っぷりを話し始めた。

 

「それにしてもスゲーよな。金棒の一撃で雲を吹っ飛ばしちまうんだからよ……」

 

「だねぇ~、っていうかアレもしかして天界に直撃しちゃったんじゃないかい?」

 

「だとしても、あの御仁の技であれば驚きはしませんね。技量でいえばタケミカヅチ様と比べられる程に高いとお見受けしましたし……」

 

「あっ、技量といえば、ベル! お前いつの間にあんな凄い技作ってたんだよ!」

 

「ええっと、実はアレって土壇場の思いつきで、ヴェルフの魔剣みたいな力があればな~って考えて出来たものなんだ……」

 

「ふむ、ということはまだ技名もないということですね。なら、拙者にいい案があります! 『烈火炎熱剣』なんてのはどうでしょうか?」

 

「いやいや、俺ならこう名付けるぜ! 『ファイアストラッシュ』これでどうだ!」

 

「うわぁ! どっちも凄くカッコイイよぉ!! って、アレ? どうしたんですか神様?」

 

 頭やら胸やらを掻き毟りながらイタイイタイと転がり回るヘスティアにどこか体の具合でも悪いのかと訊ねる。

 

「い……いや、大丈夫だ。少々精神的にくるものがあって致命傷なだけだ……」

 

「致命傷は重傷ですよ神様!?」

 

 グフッと吐血したような声を上げながらヘスティアもベルの必殺技名に口をはさむ。

 

「まあ、それはさておき、アレはボクのナイフとベル君のスキルあっての技だろ? だったら、アルゴノゥトとボクのもう1つの名ウェスタの名を連ねて聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)と名付けようじゃないか!!」

 

 自身の大きな胸を揺らしながら自信たっぷりに提案する神様の名前にベル達はそれだ! とばかしに指差して同意の声を上げる。

 

「それじゃベルの技の名前も決まったことだし、そろそろ屋敷に戻ろうぜ? 気絶したリリ助や春姫もベットに運ばなければ風邪をひくだろうしな」

 

「「「「あっ!」」」」

 

 そういえばすっかり気絶した2人のことを忘れていた。僕が2人を屋敷に運ぼうとしたのだが、ヴェルフと命さんにお前は疲れているだろうからこれくらいは自分達がすると言って引き受けてくれた。

 

「それじゃあ神様。僕達も屋敷に帰りましょうか」

 

「そうだね、ベル君。と・こ・ろ・で~、さっきあのカイドウって男に頭を撫でられて随分と嬉しそうだったじゃないか? おまけに、手を離したら「あっ……!」なんて声も出しちゃったりして」

 

「えっ、神様聞こえてたんですか!?」

 

「ムッフフフ、実は聞こえちゃってたんだよねぇ。さあ吐け! 吐くんだベル君!」

 

 いじわるそうな顔を近づけて自白させようとしてくる神様に僕はしどろもどろになりながらも、結局答えを返すことにした。

 

「えっと、その、カイドウさんって、()()()()()()()()()って感じがして、その……嬉しくなったというか……」

 

「なるほどね~、確かにあの時のベル君とカイドウ君は師弟関係に見えたからね~……って、ちっが~う!! ベルく~ん、神に下界の子の噓が通じると思ったのかい?」

 

 うんうんと頷いていた筈の神様はノリツッコミ的な勢いでベルの頬っぺたを掴んで引っ張り伸ばし、正直に白状しろっとウリウリ♪ とつねりあげる。

 

「ごっ……ごめんひゃい、神様! っぷは! 実はその……昔僕が子供の頃、おじいちゃんに頭を撫でて貰った時のことを思い出して、それでカイドウさんのことをおっ……お父さんのように感じちゃって。変ですよね? ただ頭を撫でられただけだっていうのに、お父さんみたいだなんて……」

 

「そっか……」

 

 照れた顔で恥ずかしそうに白状したベルの頭を、ヘスティアは優しく自身の胸元に抱き寄せてよしよ~しと撫でてあげる。

 

「んなっ!? か、神様!!? む、胸が当たって……?!!」

 

「別にそう恥ずかしがらなくていいだよベル君! なんならベル君は特別に……って、そうじゃなくて!! こうして誰かに優しくされたら人は甘えたがるモンなんだよ。例え血のつながりが無かろうとも、家族になれない訳じゃない。あのウィーネって子とカイドウ君だって血のつながりは無い筈なのに家族になっているだろ? だから、君が彼を父親のように感じたのも間違いなんかじゃないんだよ……」

 

 優しく染み込んでくるような神様の言葉に変な気恥ずかしさは消えて無くなり、抵抗を止めてヘスティアの胸の中で大人しくする。

 

「……神様。ありがとうございます……」

 

 ヘスティアの慈愛に絆されたベルはゆっくりと瞼を閉じて、頭に感じるヘスティアの優しい手つきに身を任せて眠りに入る。

 

「お休みベル君。今日はよく頑張ったね」

 

 満点の夜空の下、神と眷属は今日という日を終えるのだった。

 




今回は今までで一番長い話になりました。もうこれ、ちょっとした短編小説ですよ。
特に難産だったのはベルに対して手加減するカイドウの描写ですよ!

下手に弱くし過ぎるのもダメだし、無双しまくりはハンデにならないしで手こずりましたよ本当に……。

次回はもっと早く投稿できるといいな……。

あと、感想送ってくれたRhdsgさんいつもありがとうございます。


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ソーマファミリアの災難

前話から3ヶ月も間があいて申し訳ない。
新作の小説が頭に浮かんだのと、この話の途中からスランプ気味で面白いのが出来なかったので投稿出来ました!

世界一の大剣豪になりたくて!っていう小説書いたので、お気に入りと評価をお願いします。

https://syosetu.org/novel/310125/


 満点の星空の下、いい気分で酒を飲みながらほろ酔い状態で自分のホームに戻る帰り道の途中、こちらを待ち伏せしていた人物が姿を現した。

 

「ウィック、なんだキング? 出迎えか、すまねえな!」

 

「……随分と機嫌が良さそうで。あの子兎が余程の器だったのか?」

 

 現れたのは自身の右腕として信用をおいてるキングであった。

 

 酔って気分の上がっているカイドウはゲラゲラと笑いながら手を振ると、その様子を見て普段は無口なキングがその機嫌の原因を尋ねてきた。

 それを聞いたカイドウは先程までの酔っ払いの顔から、1人の戦士の顔付きへと変えてその質問に返事を返す。

 

「……冒険者としての才能はねぇな。あれはただの出会いに恵まれた凡人だ。だが、その出会いを糧に出来るだけの根性と純粋さを持ち合わせちゃいる……」

 

「そうか、だからアンタが指導に熱を入れてた訳か……。外の方から見物させてもらったが、 手加減といってもレベル4相当の実力で相手してただろ? それに、最後のあの技を受ける際はレベル5まで実力を上げていたな……?」

 

「ウォロロロォォ! そうだな、レベル3相手に情けねえ真似をしたと思うが、ありゃ正真正銘のジャイアントキリングの才のある主人公だ。オレ自身の実力不足ではあっても、偶然なんかの一撃じゃなかった!」

 

 この胸についた傷がその証拠になる。ポーションで癒そうと思えばすぐにでも治る傷ではあるが、オレはこの傷を残すことに決めた。

 オレは強者が好きだ。強い奴と戦う時はいつもワクワクしていた。前世で総合格闘家だった頃も、強い奴と戦う前はいつも武者震いを起こしていた。

 

 この世界で今の俺を満足させる奴はそうはいねえ。キング、クイーン、ジャック、オッタルの4人くらいしか俺を楽しませる奴は存在しないだろう。

 その4人も未だオレを超えるような強さを持ち合わせちゃいねえ……。

 

 だからこそ、あの小僧の成長に期待しているのだ。

 

「いずれ奴はオレ達の後ろにまで迫ってくるぞ! お前も精々追い抜かれないように気を張ってるんだな!!」

 

「それについては問題ありませんよ。たかが子兎一匹に遅れをとるほど、ぬるい鍛錬をしているつもりはねえですから……」

 

「ウォロロロォォ! そりゃそうだ!! お前はオレの見込んだ男だからな! 頼りにしてるぜ相棒!!」

 

 余裕と自信からくるキングの返事に、オレは満足気に笑って腕をキングの肩に回して酔っ払いのダル絡みみたく並んで帰路へとついた。

 

 

 ♦

 

 

 カイドウが去り、平穏が戻ったヘスティアファミリアのホーム内で気絶していたリリが目を覚まし、気絶していた間にあった出来事を聞いてあまりの驚愕に顎を外してしまうほどに叫び声を上げた。

 

「はああぁぁぁぁ!! あのカイドウ様とベル様が戦ったですってぇ!!?」

 

「う、うん……」

 

 全身包帯を巻かれていかにも怪我人ですと言わんばかりの格好をしたベルを見て呆れたようなため息を吐いてから、クドクドといかにカイドウという男が危険な存在かをベルに説いて語った。

 

 それはもう真剣に語り、モンスターもかくやという気迫で説明するリリから、僕が無茶をした時に怒るエイナさんの面影を思わせた。

 

「おいおい、それくらいで勘弁してやったらどうだ、リリスケ? ベルの奴も漢を見せたんだ。俺はよくやったと思うぜ?」

 

「なにを言ってるんですか、ヴェルフ様!? あのカイドウ様ですよ! 一歩間違えばなんて言葉じゃ足りないくらい危険な相手なんですから!!!」

 

 もはや悲鳴のような声で叫び散らかすリリの様子に、ベルとヴェルフも昔カイドウ絡みで何かあったのではと思い訊ねてみることにした。

 

「……ええそうです。昔、リリはカイドウ様に出会ったことがあります。アレはまだ私がソーマファミリアでサポーターをしていた頃の話です……」

 

 

 ♦

 

 

 

 数年前、ついに猛者オッタルのレベル7を超えてレベル8に至ったカイドウは事実上オラリオ最強の冒険者の称号を手に入れた。

 それまで大抗争の事件のこともあり、無法者という印象しかなかったカイドウの価値が一変して、そこに取り入ろうとする者が急激に増えていった。

 

 そこには当時のソーマファミリア団長であるザニスの姿もあり、昔から酒好きで有名だったカイドウに取り入ろうと、神酒のソーマを献上するという名目で自らのホームに誘い入れた。

 

「ウォロロロォォ!! これは中々美味い酒だな!!」

 

 無数に飲み干された空となった酒瓶が床に転がっている。神酒ではないにせよ、そのどれもが数十万ヴァリスの値がつく程の代物だ。

 それを安酒のようにガブガブと飲んでは捨てと繰り返し、顔も随分と赤く染まってきた頃だった。

 

 ザニスが数名の団員を引き連れて市場には出回らない失敗作ではない完成品のソーマを幾つも持って来た。

 その団員の中にはリリルカの姿もあった。

 

「随分と楽しまれているようで何よりです。カイドウ様」

 

「おう、ザニスか! お前もそんなところに立ってねぇでこっちに来い!」

 

「ええ、ではお言葉に甘えて……」

 

 カイドウからの酒の誘いに少々遠慮しがちに断りを入れて酒の席に着く。

 その後ザニスは団員の1人に命じてツマミを持ってこさせる。

 

 酒だけではなく、そのツマミもレベル1……いや、レベル2の冒険者が1ヶ月ダンジョンに潜ってようやくご馳走にありつけるレベルの豪華さだった。

 

 そのままカイドウは神酒を一口飲むと今までとは違う酔いしれたような顔で神酒を見つめる。

 

「ほぉ……」

 

 ああ……、やはり最強の冒険者といえど人間では神酒には敵わないのかと落胆した気持ちになった。

 そんなリリの心情とは正反対に、団長であるザニスは上手くいったとばかしにニヤリと笑って次々とカイドウに神酒を飲ませて酔わせていく。

 

 ガブガブと飲まれて消えていく神酒を見ながら周りの連中はごくりと唾を飲み込む。

 いや、ひょっとしたら今のはリリ自身の喉から出た音かもしれない。

 

 ここに立っているだけでも香ってくる神酒の匂いだけで酔ってしまいそうだ。

 それをあんなに飲んでいるカイドウはもう神酒の毒から逃げられないだろう。

 

 これでまた1人ウチの団長の手駒が増えた。

 そう思いながらこれから始まる茶番を黙って見ていると驚きの光景が目に入ることになった。

 

 

 

 今回のカイドウ個人の為だけの宴会で何千万ヴァリスもの金が消えた。

 だが、全て問題はない。このオラリオ最強の冒険者であるカイドウを堕としさえすれば、これから何億ヴァリスもの利益が見込める。

 それだけではない。この男さえ味方になるだけで都市最強派閥であるケルヌンノスファミリアも実質の支配下に置けると言っても過言ではない。

 

「ふぅ~、なぁザニスよ。こいつはいい酒だな。前々から聞いていたがソーマだったか? 神が造ったと耳にしたが、なかなかどうして美味い酒じゃねか。神って奴は下界の人間に恩恵を与える以外は能のねぇ連中かと思っていたが、流石は酒の神と名乗るだけはあるな!」

 

「ええ、なにせ私共の主神ですから」

 

 上機嫌で神を見下す発言を口にするカイドウに対して、ザニスは驚愕や憤慨することもなく肯定するように首を縦に振る。

 まあ実際、ザニスも神である己の主神をただの金稼ぎの道具としてしか見ていない節がある為、カイドウの意見には頷けるのだ。

 

「それでカイドウ様。その酒は非常に高価なものなのですが、今回は顔合わせの意味を込めてこちら側が無償で提供しましたが、これから先はそうもいきません。ですので、ビジネスの話といきませんか?」

 

「ウォロロロォォ、いいぜ! これだけの酒だ。それなりの金は出してやる」

 

 その言葉を待っていたとばかりにザニスは予め用意していた神酒の値段が書かれた紙を1枚カイドウに手渡す。

 

 後から知ったことだが、その紙に書かれていたのはゼロが8個ほど書かれており、リリの一生じゃ到底払えない金額ではあった。

 まあ、失敗作の神酒でも何万ヴァリスもの価値があるのだから、完成品である神酒は億に値する価値はあるかもしれない。

 

「…………」

 

 それを受け取ったカイドウは数瞬見つめて固まった。そして何を思ったか、飲みかけの神酒の入った瓶の吞み口を力一杯に手のひらで叩き付け、瓶はその衝撃を受けて底の方からバラバラに砕け散った。

 当然、中身の入った瓶が割れたことで目の前に置かれていた料理に()()()()()()()()()()

 

「っな!?」

 

「「「「っっ!!?」」」」

 

 ザニスを始めとしてその場にいた全員がカイドウの突然の奇怪な行動に言葉を失う。

 

「例えどれ程上質な酒だろうが、こうして飯にぶちまけりゃただの残飯だ。この酒に一体いくらの値がつこうとも、こうなってしまえば飲むに値する価値は無くなる。だが、武器ならば、防具ならばどうだ?」

 

「え? はいっ?」

 

 怒りの感情ではなく、無表情に近い顔で語るカイドウにザニスは困惑の声を漏らす。

 

「いくら傷つき泥で汚れようとも、その価値はいささかも衰えることなく、むしろ戦士を守り傷ついたという実績を持ってその価値を高めていく。俺の言いたいことが分かるかザニス?」

 

「……っ?!」

 

「まあ、分からねぇだろうな。戦士でもない小悪党が理解できる話じゃねえ。だがな、そんなお前にも分かることはある。俺はな誰かにナメられるのが酷く頭にくる。今の俺は酒でも飲ませて酔わせれば金を絞り取れると勘違いした格下の馬鹿を今すぐ殺してやるぐれぇに怒り心頭だということだ!!!」

 

「はひぃっ!?」

 

 ガタッとカイドウの睨みつける視線に、ザニスは腰を抜かして倒れ落ちる。

 それはザニスだけに限ったものではなく、直接視線を向けらずとも、カイドウから発せられる不機嫌なオーラに部屋の中にいたリリ達も倒れてしまいそうだった。

 

 空間が軋みを上げていると感じてしまうほどのカイドウのプレッシャーにザニスは失禁一歩手前の状態でガタガタと体を震わせている。

 

「だがな、俺も馬鹿じゃねえ。小悪党には小悪党なりの使い道ってのがある。テメェが俺の役に立つ道具であるうちは生かしといてやる。だが! 役に立たないクズだったらどうなるか? 言葉にしなくとも理解出来るよな!?」

 

「……は、はい」

 

 震える口を必死に動かして助かりたい一心で何度も首を縦に振るザニスを見て、カイドウはようやく威圧感を霧散させて立ち上がり、「後でキングを来させる。もし逃げるなら覚悟をしておけよ! キングは拷問好きのサディストだ。下手な逃亡は地獄をみるぜ」とだけ言い残して帰っていった。

 

 その後、少し経った頃にキングがやってきてザニス団長と少し話をし終えると、顔面を蒼白にしたザニス団長が今後の完成品のソーマはケルヌンノスファミリアへ全て献上するということを宣言した。

 

 これに反発したのはソーマに深く魅入られた団員達だった。いくら都市最強派閥のケルヌンノスファミリアだからといってもそれは横暴だ! と抗議の声を上げた。

 

 しかしそれらの声は全て団長ザニスの手で無理矢理押さえつけられた。

 それでも、納得のいっていない団員達の不満は募っていき、今までソーマ目当てでダンジョンに潜っていた団員達は日に日にホームで安酒を飲むだけの日々を送っていくようになった。

 

 誰もが死んだような目で毎日を送っていると、突然ホームにケルヌンノスファミリアの団員達が乗り込んできた。

 何事かとホームにいた団員達が視線を送ると、ケルヌンノスファミリアの団員達は許可を取ることなくホームの中へと侵入してきた。

 普通ならば、そんなこと到底許されないのだが、相手はケルヌンノスファミリアの団員達だ。

 

 ただの平団員ですら弱小ファミリアの団長並みの力がある。

 そんな恐ろしい相手を前に文句を言えるような豪胆さを持つ者などこのファミリアにはおらず、彼らの暴挙をただ黙って見ているしかなかった。

 

 それに対して、やって来たケルヌンノスファミリアの団員達は自分達を見て大声で「なんだここは? 本当に冒険者のファミリアか?」「ただの飲んだくれの落第者しかいねぇじゃねえか!!」「情けねえなぁ!?」と侮蔑の言葉を並べ立てる。

 

 それに対して、青筋を浮かべる者もいるが、相手が相手なだけに反論などせず俯いて酒を流し込んで聞こえないフリをしていた。

 

「けっ!」

 

 そんな彼らの反応が面白くないのか近くの椅子を蹴り飛ばして奥へと消えていった。

 そのすぐ後だった、

 

「そ、そんなぁぁぁ!!!?」

 

 ずっと部屋に引きこもっていたザニス団長の叫び声が聞こえてきた。

 やって来たケルヌンノスファミリアの団員達と一体どういう会話がされたのかは知らないが、その日からソーマファミリアは変わっていった。

 

 今まで酒で支配されていたファミリアは、今度は暴力で支配されるようになった。

 

 それから、ホームで安酒を飲んでいた団員は無理矢理ダンジョンに連れ出されていき、過酷な日々を送るようになっていった。

 勿論、そんな目にあったソーマファミリアの団員達は脱退しようと動きを見せはしたが、それら全てはキングの手によって支配されたという事実ごと纏めて締めあげられ、表には決して漏れ出ぬように恐怖でみっちりと押し固められ、ホーム内はかつての暗黒期のようなオラリオを思わす陰鬱さを漂わせていました。

 

 それがリリが知るカイドウとケルヌンノスファミリアの恐ろしさだった。

 

「あれからのザニス団長の変わりようは凄まじかったです。もう何十歳と歳を取ったように老け込んでいって、いつ自殺しても可笑しくない程に酷い表情で働いていましたからね」

 

「ああ……そういや、数年前からソーマファミリアが変わったって噂を聞いたことがあるな。確か、今まで貯め込んでいた酒を売りに出して商売系ファミリアに変わったんだっけか?」

 

「ええ、それがザニス団長とケルヌンノスファミリアによって決められた決め事でした。表向きには商売系として活動し、裏ではケルヌンノスファミリアに対して非合法的な援助をし続ける。それが今のソーマファミリアです」

 

「なんだいそれは!? 悪いのはその団長のザニスって奴だけなんだろ? なんでファミリア全体で被害を被ってるのさ!!」

 

 我が事のようにプンプンと怒るヘスティア様にリリは穏やかな顔で首を横に振る。

 

「ですけど、私的にはあれで良かったと思うんです。結局のところ、私みたいなサポーターは待遇は変わらずでしたので、今までリリ達サポーターを馬鹿にしてきた奴らがひ~こらと悲鳴を上げていたのは痛快でしたしね!」

 

 その言葉に噓はないのだろう。リリの顔は非常に晴れやかに笑っていた。

 

「私だって別にカイドウ様は怖い人で悪い人だっていうのは理解しています。けど、だからといっていたずらに弱者をイジメたり食い物にする下衆ではないってことも知っています」

 

「リリ……」

 

「ですから、ベル様。きっとウィーネ様は大丈夫です。あの人は敵には厳しいですけど、味方には甘い一面を見せることでも有名な方ですからね」

 

 リリの昔話を聞いているうちに、ベル様の顔は不安で曇っていましたが、先程のリリの言葉を聞いてホッと一安心してため息を吐いた。

 

「リリがそう言うなら大丈夫だね。ふわぁ~~」

 

 安心したおかげか、カイドウとの戦闘の疲れもあって急激な眠気に襲われる。

 

「もう夜も遅いし、ベルも疲れてるんだから寝かしてやろうぜ」

 

「だったら私が寝室へお連れします」

 

「なにぉ~!!」

 

「このエロ狐! ベル様の寝込みを襲うつもり満々ですよ~!」

 

 しれっとベルを横から搔っ攫うように抱き寄せる春姫にヘスティアとリリが怒りの声を上げる。

 コ~ン! と涙目になりながらショックを受ける春姫を囮にヴェルフがいち早く喧嘩の原因であるベルを背負ってそそくさと寝室へと連れていった。

 

「ふぅ~、やれやれヘスティア様もリリ助も毎度ながらってやつだな。それにしても……」

 

 カイドウに振りかけられたポーションのお陰で目立った傷跡は残っていないが、それでも全ての傷が癒えたわけではなく、ベルの体に巻いてある包帯の下には痛々しい傷が残っている。

 

「やっぱオメェはすげえよ、ベル。あのカイドウに正面きって戦いを挑むだなんてよ」

 

 寝ているベルの頭を撫でながら、兄貴分としてもっと役に立ってやりてえと心から思う。

 

「なんか妙に目も覚めちまったし、たまには徹夜で剣でも打ってみるか……」

 

 何よりあの戦いの感動を……弟分のベルが見せた勇気と男の意地に自分も答えたくなった。

 

 その日の夜、ヘスティアファミリアの鍛冶場から夜明けまで木槌を振り下ろす音が聞こえていた。

 




酒をぶちまけたところからスランプ気味で、自分でも読んでいてなんか意味不明っていうか、面白いのかこれ?って感じになって、とっととベヒーモスの話しにいきたいから雑に書き上げてしまった感が否めないけど、お気に入り解除と低評価は勘弁して~!


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