トガヒミコが××を好きになるまでの物語 (空古)
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渡我被身子:オリジン

 三歳のときのお話です。

 猫に噛みつかれたのか、烏に啄かれたのか、血塗れになっている小鳥さんを見つけました。両手でそっと拾い上げると、血がぬるりとして気持ちよかったです。

 私は満面の笑みを浮かべます。カァイイなぁ、カァイイなぁ。パパとママにも見せてあげよう。

 きっと喜んでくれるはずだと、無邪気に、無謀に、無知蒙昧に信じて駆け出した私の前に、彼女は現れました。私と同じくらいの背丈の女の子。

 

「わ、いいなぁ!」

 

 彼女の視線は小鳥さんに向いていました。私は血のように紅い彼女の髪に目を奪われていました。

 

「いいな、いいな」

 

 彼女は好奇心旺盛なワンちゃんのように顔を近づけて、そこでようやく、私は幼子らしく、この小鳥さんは私が見つけたのだと隠すように両手で包んで背中に隠しました。そのときには、女の子はキラキラとした目で私を見ていて。

 

「わたしもそうなりたい!」

 

 満面の笑みで、言いました。私とは違う、花開くような笑みなのに、どこか私に似ている笑みだったと、今でも思います。

 

 次に会ったのは、車の中でした。何かしらをやらかして、ただ何が悪いのかも分からず、手首につけられた手錠が可愛くないとふて腐れていたような気がします。後部座席に押し込めるように乗せられると、先客がいました。きょとんとしたのも一瞬で、相変わらず人懐こいワンちゃんのようにやってきて。

 

「おそろいだ!」

 

 手錠を鳴らして嬉しそうにしていました。右手には包帯が巻かれて、血の匂いがしています。運転していたのは彼女のお父さんで、助手席に私のお父さんが乗っていました。難しい顔をして難しいことを話しています。

 

「どこに行くのかな? 遊園地かな? プールかな?」

 

 病院に向かっているにも関わらず、楽しいお出かけだと信じて疑わないワンちゃんと同じ顔をしていました。ここで私は、ワンちゃんはワンちゃんでも彼女は賢くない方のワンちゃんだと認識しました。自分の尻尾を追いかけてクルクル回るに違いない、その様子を思い浮かべるだけで、思わず笑ってしまいました。

 

「被身子!」

 

 怒鳴り声に肩がビクッと跳ねます。お父さんがこちらを見ていました。車の中が急にシンとしずかになります。彼女のお父さんは運転に集中していて見ていなかったのか、困惑しているようでした。肝心の、確実に私の笑顔を見ていたであろう彼女は、ポカンと口を開けています。そのまま、シートベルトをゆるゆると伸ばして私の耳元に口を寄せました。

 

「おっきな声。おトイレに行きたいのかな?」

 

 それならパパに言えばいいのにね、そういう彼女の顔は本気でそう思っているようです。彼女は賢くない方のワンちゃんではありません。本当の本当にお馬鹿なワンちゃんです、叱られたことに気付かないくらいの(今回叱られたのは私ですが)。

 

「お名前、ヒミコちゃんっていうんだ! わたしはアイ! ねぇねぇヒミちゃんって呼んでもいい?」

 

 大人達の様子にまるで気づかない彼女は、手錠のついたままの手首をぶんぶん振りながらニコニコ笑顔で首を傾げます。縦に頷いて、真似っ子して私も愛称で呼ぼうと少し考えて、特に捻りもなく『あーちゃん』と呼んでいいか尋ねました。すぐさま頷いた『あーちゃん』とお話していれば、いつの間にか、目的地に到着していました。

 病院です。それもかなり大きな。ここに来てようやくあーちゃんはこれが楽しいお出かけではないと気づいたようで、絶望を隠すことなく表情に出しています。その表情に緩みかけた頬を抑えて、笑わないように口元をきゅっとしました。

 連れて行かれた先にはお医者さんがいました。優しそうなお婆ちゃん先生です。しばらくお父さんとお話してから、私にもいくつか質問をします。血を飲みたいか、飲みたくなるのはどういうときか、飲んだとき身体に変化はないか。答えるたびに、お父さんが厳しい視線を私に向けてきます。幼心に何かを間違えた、と思いました。ただ、その後に差し出された輸血用の血液を舐めた幸福感で、少しだけ忘れることが出来ました。でも、個性を調べるためなので、ほんの少しだけです。それから知らない人に"変身"して、私の個性が『変身』だと判明しました。その時の私は、知らない人よりももっとカァイイ子になりたいなぁ、と鏡を見ながら思っていました。

 お父さんは来る前よりもますます難しい顔をしています。そういえば、泣きながら引き摺られていったあーちゃんはどうしてるだろう、待合室で足をプラプラと揺らしながら思いました。

 赤ん坊の泣き声が聞こえます。同時に窓が割れる音も。後から聞いた話では、赤ちゃんの“個性”による事故だったそうです。

 

「い゛っ!?」

 

 声がしました。もうすっかり聞き慣れた声です。病院に着くまで、車の中でお話していた子の声。私は、お父さんの制止の声を振り払って、走り出しました。

 窓の近くには血を流している人が何人かいて、大人達が慌ただしくしています。辺りを見回すと、赤髪の女の子も蹲っていました。近寄って顔を覗き込めば、涙目ながら笑みを浮かべています。

 

「今だー!」

 

 突然立ち上がったあーちゃんは私の手を取って走り出します。追いかけてくる人はいませんでした。当然ながら元気な子供よりも怪我人を優先しているようです。

 

「脱出大成功!」

 

 人気のない中庭まで走ってきてぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねています。右腕には大きなガラスの破片が刺さっていて、つぅと流れた血の跡が手のひらで擦ったのか、引き伸ばされていました。血にまみれた立ち姿を眺めて、カァイイなぁ、と吐息を漏らします。

 少しだけ血を舐めたことで、物足りなさがありました。近くにはお父さんどころか大人は誰もいません。血を飲みたい、チウチウしたい、その欲求を遮るものはありませんでした。

 

「ヒミちゃん?」

 

 あーちゃんの右腕からガラスの破片を抜き取ると、流れていた血の量が増えました。口角が上がるのを我慢せず、そのままガラスの破片をあーちゃんの首筋にあてます。プツリ、と皮膚が裂け、血管を断ち、血液が吹き出ました。あーちゃんの顔と肩口に、盛大な血飛沫がかかります。髪にかかったはずの血液は赤色に紛れて目立ちません。その分、白い肌には赤が映えました。

 あーちゃんはぼんやりと私を見つめています。呼吸が早く、口を開けてハッハッと息を吐いています。一度ぎゅっと目を閉じて、それから、目を開くと同時に口も開きました。

 

「カックイイ!!」

 

 こてんと、首が傾きました。そんな私にお構いなく、あーちゃんはワンワン騒いでいます。

 

「車のときも思ったけど、ヒミちゃんの笑顔ってとってもカッコいいね! しかも、血みどろになったわたしを変な目で見ないし! しかもしかも、血みどろになるのを手伝ってくれるし!」

 

 藍色の瞳は初めて会ったときと同じくらい、いえ、それ以上にキラキラしていました。

 

「わたし、ヒミちゃんのことすっごく好き!」

 

 そのとき抱いた感情が何だったのか、私はずっと、わからないままでいるのです。



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“個性”カウンセリング

 “個性”カウンセリングというのを受けることになりました。週三回、あーちゃんと一緒に大きな病院に行きます。

 歴史とか保健体育とかの教科書にも乗っているので“個性”カウンセリングという名前は皆さん知っていると思います。ただ実際にどのようなことをしているのかは、あまり知られていません。よほど“個性”が社会生活に影響しなければ、つまりほとんどの、普通に暮らしている人たちには必要のないものだからです。

 言ってしまえば、"個性"カウンセリングは治療行為です。悪い“個性”を発動しないように、皆と同じ社会生活が送れるように、矯正します。なので、治るまでひたすらカウンセリングが続きます。反対に、お医者さんが治ったと言えばカウンセリングはすぐに終わるそうです。はい勿論、私達は長引きました。

 簡単に言うとこんな感じです。

 

「かくかくしかじか、なので自分を傷つけてはいけません。血を飲んではいけません。分かりましたね?」

「わかりました!(ザシュッ)」

「わかりましたぁ(チウチウ)」

 

 先生たちの『この子たち全く分かっていない』という顔を何度も見ました。いえね、私だって先生たちやお父さんお母さんに怒られるのは嫌ですし、先生の言うことを聞いて頑張ろうと思ってました。でも、あーちゃんが一度寝たら先生の言ってたことを忘れるし、聞いていても270°くらい捻じ曲げて理解して実行するのです。

 例としてはこんな感じです。

 

「痛いでしょう? やめましょう?」

「痛いのは最初だけだよ! やるしかない!」

「見てる先生が痛くて悲しいの」

「大丈夫! わたしは痛くなくて嬉しい!」

 

 実にお馬鹿さんです、カァイイ。え、せめて私くらいはチウチウやめなさいって? どうして私だけ我慢しないといけないのですか? それにあーちゃんはチウチウすると大人しくなるのです。血まみれになると興奮した犬みたいに駆け回るので、手当を優先する大人達によって私の行為は黙認されています。許されています。

 安心してください。あーちゃんはどうか知りませんが、私はこの行為が見つかったら良くないことだと、よく理解しています。つまり見つからなければいいのです。見つからないためには、取り繕うという方法の他に隠れるという方法があります。やらない、という選択肢? ないです。

 取り繕うのは疲れます。先生たちの言葉や態度から期待される反応を返したり、感情を抑えて作り笑いに終始したり。笑顔もそうですけど、期待されている返事がことごとく私の本音とズレていて、胸がムカムカします。

 隠れるのは楽です。周りの人に気づかれなければいいだけなので。上手く(・・・)使えるようになったのは三年後、つまり六歳くらいのときからですが、あーちゃんをチウチウしたり笑うくらいなら普通にできます。

 

 ですがもし、カウンセリングを受けるのが私一人であれば、取り繕うことを選んだでしょう。見つからないということは、認識されないということです。認識されないということは、いないものと同じです。ひとりぼっちは、さみしいです。

 

 そんなこんなで、カウンセリングの休憩時間。大人達の()(みみ)をくぐり抜けて、中庭のすみっこでのんびりと、血まみれで丸まっているあーちゃんの頭をナデナデしています。

 

「いい天気だねぇ」

「ねー」

「お散歩にでも行きたいです」

 

 大人達から移った敬語で、ぽつりと漏らした言葉は本音でしたが、本気ではありませんでした。あーちゃんがぴょんと起き上がります。

 

「お散歩! 行きたい!」

「駄目です。先生に怒られちゃいますよ」

「いつものことだよ?」

「確かに」

 

 手を打ちました。お散歩行きます。首輪とリードがないので、手を繋いでこっそりと病院を抜け出しました。血まみれの幼女は見つかったら大変なので、お散歩中もずっとこそこそします。あーちゃんは隠れるのが苦手なので私が手を引いて隠していました。

 

「あ」

 

 だから、あーちゃんが勝手に動くと困ります。血まみれなあーちゃんは私よりずっと力が強いので、捕まえておくことは出来ません。走り出した彼女は一台のバイクの前に躍り出ると、両手を前に出し、バイクを掴んで停止させました。あーちゃんの後ろスレスレを車が走っていきます。あーちゃんが止めなければバイクと車は衝突していたでしょう。

 

「え、は、あ?」

 

 私があーちゃんに追いついたとき、そんなマヌケな声がバイクに乗っている男の人から漏れてきました。

 

「血、血だよな……俺、轢いちゃった……?」

 

 血まみれのあーちゃんを見つめて声を震わせています。違います。ほとんど私がやりました。

 

「き、救急車? 何番だ? 999?」

「わー!? 待って待って! 病院には電話しないでよ!」

 

 携帯電話を取り上げ、あーちゃんは胸を張って言い放ちます。

 

「わたしの“個性”は『被血』! 血を被れば被るほど強くなるんだ!」

「お、おう。そうか……あー、つまり血を被ってるだけで怪我はしてないんだな?」

「してるよ? ほら、血がダラダラ」

「ぎゃー!!」

 

 悲鳴が響きました。うるさいです。

 

「駄目だろそれ! 早く治療しねぇと、失血で死んじまうぞ!」

「失血?」

「血を流しすぎると死ぬってこと!」

「そうなの!?」

「そうだぞ!?」

 

 そうなんですか? 今まで結構チウチウしましたが、けろっとしていましたよ?

 首を傾げますが、二人はパニック状態です。声をかけてもアワアワしたままです。アワアワしたまま、とにかく手当だと男の人の家にお邪魔することになりました。男の人はバタバタと部屋の中に駆け込むと、救急箱からガーゼと包帯を取り出して、あーちゃんをぐるぐる巻にしました。

 

「ありがとう!」

「いや……つーか、俺の方こそ、礼が遅れたな。あのままだったら事故ってた。助けてくれてありがとな」

 

 男の人は深々と頭を下げます。それから顔を上げて、しゃがみ込み、私達と視線を合わせました。

 

「俺は仁。分倍河原仁だ」

 

 これが、仁くんとの出会いでした。

 

 さて、病院への帰り道。行きと同じく手を繋いで歩いています。

 

「あーちゃん」

「なぁに、ヒミちゃん」

「どうして急に走り出したの?」

 

 思ったより低い声が出ました。繋いでいた手を振り払われたことがそれなりにショックだったみたいです。

 

「へ?」

 

 あーちゃんはポカンと口を開けて、それからバツが悪そうに眉を下げました。

 

「だって、だって……怒らない?」

「理由によります」

「そんなぁ」

 

 泣きそうなカァイイ顔をしながら、しどろもどろに話し始めます。

 

「もしあのまま事故が起きて、誰かの血が流れたら……ヒミちゃんのカックイイ顔が他の人に向けられるかもって……そうなったら、やだなって……」

 

 しょんぼり、そういう他ない顔をして、最後にか細く呟きました。

 

「勝手に走り出して、ごめんなさい……」

「……いいですよ、許してあげます」

「ほ、ほんと?」

「はい」

 

 あーちゃんの頭をよしよしと撫でてから、手を引きます。

 

「帰りましょうか」

「うん!」

 

 なお休憩時間はとっくのとうに過ぎていたので、たっくさん怒られました。



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普く通じ常に識る?

 悪魔の証明とはその名の通り、悪魔みたいなものです。

 『ない』ことを証明することは難しい。例えば『白いカラスは存在しない』ということを証明するには世界中のカラスを調べなければいけない、という話です。ちなみに白いカラスはいるらしいですよ、日本で見つかった個体は“個性”も持っていただとかなんとか。

 でも、カラスといえば黒、という常識には敵いません。目の前に白いカラスがいたとしても、『普通カラスといったら黒だよねぇ』という考えを多くの人が持っています。

 正しいとか間違っているとかではなく、数の問題です。社会的存在である人間にとって数とは大いなる力なのです。多数決パワー、少数の存在は圧殺されます。数が多ければ多いほど、それは普通で、常識で、少ないものを磨り潰すことに躊躇いを覚えません。

 一人じゃ何も出来なくても仲間がいればどんな行為も出来るのです。それが絆ですか? 正義ですか? 随分と、カッコ悪くないですか?

 ……少し感情的になりすぎました。こういうときはあーちゃんの話でもして気を紛らわせましょう。そういえばいつだったか、あーちゃんとこんな話をしました。

 

「数が多ければ普通なの? じゃあ仁兄ちゃんにヒミちゃんを増やしてもらってヒミちゃんだけの国を作ろうよ! そうしたらヒミちゃんが普通になるね!」

「普通にヤです」

 

 建国初日に国民同士の殺し合いが起きて国が消えて無くなりますよ。何をどう考えたらそんなことが思いつくのでしょうか、たぶん何も考えてないんじゃないですかね。

 さて、一息いれたところで、引き続き昔話を続けましょう。今回は小学生になる少し前のお話をしようと思います。

 でもですね、幼い頃の話って、幼い自分を思え返す必要があって、どうにも気恥ずかしさが勝ります。それよりもっと最近の話をしません? あーちゃんのトマト嫌い克服大作戦だとか、オール仁くんサッカー大会だとか、マグ姉主催のファッションショーだとか、焦凍くんに燈矢くんの猫耳写真を見せたときの反応だとか、そういう話をしませんか? 駄目です? そっかぁ。

 

 きっかけはランドセルでした。両親が買ってくれた真っ赤でカァイイそれに、私は思わず笑顔でお礼を言いました。そして、両親の複雑そうな表情を見て、直ぐに笑顔を隠します。気が緩んでいた、気をつけないと。ちゃんと笑顔が隠せているか不安で、俯きながら謝罪の言葉を述べました。

 両親はそんな私におずおずと「大丈夫、あなたは頑張っている」「今度から気をつけよう」と声をかけました。あれ、と首を傾げます。てっきり、いつもの調子で叱られるとばかり思っていました。そういえば、しばらく叱られていなかったな、と気がつきます。家ではずっと両親の目から逃げるように隠れていました。カウンセリングでの出来事は、この様子だと知らないみたいです。

 途端に、胸の中でドロリとしたものが湧き出ました。変わっていない自分と変わってしまった両親の態度に気持ち悪さを感じます。隠せば無いものと同じではありません。隠したところで有ることに変わりないのです。そんなことに、ようやく気づきました。

 遊びに行ってくるね、そんな言い訳と共に逃げるように家から飛び出しました。何も考えずに走り出せば、辿り着くのはいつもあーちゃんと遊んでいる公園で。彼女は一人、ブランコに腰掛けてぼんやり宙を見上げていました。

 

「おろ? わーい、ヒミちゃんだ!」

「……その顔、どうしたのですか?」

「あ、これねー」

 

 こちらに気づくといつものように駆け寄ってきます。しかしいつもと違って、ニコニコと普通の笑顔を歪めるように、頬が赤く腫れ上がっています。

 

「お母さんに叩かれてさー」

「え」

「叩かれるのはやだね、痛いだけで血も出ないし」

 

 つまらなそうな顔で、心底どうでもよさげにボヤきます。感情表現の激しいあーちゃんには珍しい、冷たい表情をしていました。

 

「どうして、叩かれたんです?」

「なんかねー、『女の子がそんな怪我をしてどうするの』だって」

 

 首元を撫でる彼女の手元を見れば、いつも巻かれていたはずの包帯が外れています。私がつけた切創が綺麗に残っていました。苦虫を噛み潰して舌の上で転がしている気分です。こんなことなら最初から隠せる位置につけておけばよかったと考える自分の思考に対して、あまりにも嫌悪が湧いて。

 そんな私の思考を打ち切るように、あーちゃんは柏手を打つように手を鳴らしました。

 

「だからわたし、いいやボクね、男の子なるんだ!」

「んん?」

 

 そして次に思考が『何言ってるんでしょう、この子』に染まります。あーちゃんと話しているとよくあることです。

 

「女の子は弱くて守られる存在だから、血を流しちゃいけないんでしょ? じゃあ、男の子は強くて守る存在だから、血を流したって構わないんだ」

 

 胸を張って、自信満々に、そうかなぁ? という感じのことを言います。

 

「だからボクが男の子になってヒミちゃんを守るよ! ヒミちゃんが笑顔でいられる世界にしようね!」

「……あーちゃん、昨日はどんなアニメを見ました?」

「男の子がボロボロになって褒められるアニメ!」

「そっかぁ」

 

 夕方くらいにやっていたアニメでしょう。主人公がヒロインに『僕が君を守るよ。君が笑顔でいられる世界にしてみせる』と言っていました。確かにその主人公がボロボロになっていましたけど、褒められていましたっけ? 敵が『やるなヒーロー!』みたいなことは言ってましたけど、味方はみんな悲しんでいました。

 

「ね、早速マグ姉ちゃんに男の子になる方法を聞きに行こうよ!」

「今からですか? マグ姉は仁くんのお隣さんですから、かなり遠いですよ?」

 

 マグ姉は優しくてお話していて楽しいお姉さんです。身体は男の人なので、あーちゃんはマグ姉に相談したいのでしょう。

 ちなみに仁くんはビックリするほどお人好しです。初めて会った日からカウンセリングついでにちょくちょく遊びに行っていますが、いつも邪険にせず相手してくれます。それにマグ姉が行き倒れていたのを介抱して、就職先まで斡旋したらしいです。仁くん曰く、助けたのはたまたまで、就職先もちょうど仁くんの職場が人手不足だったから、らしいですが。どうにもお人好しすぎていつか詐欺にでもひっかかりそうです。マグ姉に見守ってもらうよう伝えておきましょう。

 それはさておき、仁くんたちの家は病院の近くです。病院は私たちの家から車でしばらくかかるほどの遠さです。

 

「歩いていったら日が暮れちゃいます」

「ボクがヒミちゃんおんぶして走るよ」

 

 あーちゃんはスカートを少し捲くって、太腿あたりをハサミで切りつけました。痛みで涙目になりながら、その場でぴょんぴょんと跳ねます。

 

「これで仁兄ちゃんのバイクくらいの速さで走れるかな」

「外で“個性”を使っちゃダメって言われませんでした?」

「へ? うーん、言われてないよ、たぶん!」

 

 カウンセリングのたびに言われています。ただ、このときの私の心中は複雑で、それこそ友達とおバカなことでもやって気晴らしをしたいなぁ、という想いが無きにしもあらず。つまり、あーちゃんの背中に乗りました。

 

「安全運転でよろしくねぇ」

「任せて、無事故無違反!」

 

 既に違反はしていますが。

 ところで、ここで少しあーちゃんの“個性”について解説しておきまさょうか。カウンセリングを半分諦め始めてきた先生がカウンセリングもそこそこに私たちの“個性”について調べていたので、結構詳しいんです。

 『被血』。血を被れば被るほど強くなるとは彼女の言ですが、より正確に言うと血を肌から吸収して血液を増やすことで身体能力を上げています。なんでも彼女の父親は『吸水』、母親は『増血』らしいので、まさしくハイブリッドな“個性”です。

 そんな彼女が怪我をするとどうなるでしょう? 流れ出た血が吸収され、より多くの血が作られます、ただ傷の回復力は常人と変わりないため、血は流れ続け、肌から吸収されて、血が増えて、ということです。“個性”で作られる血液よりも多くの血を流すと不味いですが、少なくとも頸動脈から血を吹き出すくらいなら元気に庭を駆け回っていました。あと、肌から血を吸収しているときは痛みを感じなくなるらしいです。

 さて、なんで急にこんな解説をしたかといいますと、血液は全身を巡るからです。あーちゃんはどこを怪我しようと全身が強化されます。脚を強化するために脚を傷つける必要はありません。ましてや外で少しとはいえスカートを捲る必要は全くもってありませんでした。女の子男の子以前にその辺りはきっちり言い聞かせておきます。服ごと『変身』するため裸んぼにならないといけない私じゃあないのですから。

 

「あら、二人ともいらっしゃい!」

 

 マグ姉の家につきました。突然の訪問にも関わらず、笑顔で出迎えてくれます。

 

「おじゃまします!」

「おじゃましまぁす」

 

 挨拶は大事です。笑顔でハキハキ、マグ姉は微笑ましそうに私たちを見ています。始めは、仁くんにもマグ姉にも威嚇代わりに笑顔を見せたものです。二人ともあっさり受け入れるものですから、試しに幼稚園でも少し笑ってみたりしまして……はい、やめましょうか、この話。

 

「ってアイちゃんケガしてるじゃない!」

「いつものことだね!」

「そうだけど! ほっぺたのは血が出てないでしょ?」

「それはいつもと違うね! でも大丈夫!」

 

 あーちゃんはブンブンと頭を振って、大丈夫だとアピールします。むしろ大丈夫じゃなさそうに見えますが、マグ姉は引き下がってくれました。

 

「それより、マグ姉ちゃんに質問!」

「なにかしら? 何でも聞いてちょうだい」

「男の子になるにはどうしたらいいの?」

「あらまぁ」

 

 マグ姉は少し困ったような笑みを浮かべます。

 

「なりたいの?」

「なりたいよ!」

「そうねぇ……」

 

 あーちゃんの真剣な眼差しを受け、マグ姉は少し考え込みます。そうして、ゆっくりと言葉を紡ぎました

 

「その気持ちがあるなら、アイちゃんはもう男の子よ。無理に自分をどうこうする必要はないわ。自由に、ありのままの自分でいればいいの。周りの人に……色々、言われるかもしれないけれど、私は味方よ。何でも相談してちょうだい?」

「うん! ありがとうマグ姉ちゃん!」

 

 「ありのまま……じゃあ、わたしかな? でもボクの方がいいなぁ」と呟くあーちゃんにどれだけ伝わっているのか分かりませんが。

 

「ヒミコちゃんも。素敵な笑顔の女の子なんだから、そのままでいいのよ?」

 

 マグ姉はとっても、優しいです。

 

 あーちゃんが好きです。あーちゃんみたいになりたいです。仁くんが好きです。仁くんみたいになりたいです。マグ姉が好きです。マグ姉みたいになりたいです。

 でも、みんなにはなりたくありません。私のことを好きだと言ったり、受け入れたり、そのままで良いと言う人になりたくないのです。

 

 私は、私が、大嫌いです。

 

 いくらみんなが優しくしてくれても、お父さんとお母さんの言葉がいつまでも頭にズシリと乗っています。カウンセリングの先生が、何度も何度も、私は『普通』じゃないと突きつけました。どんなに隠してしまおうと、心の澱みはそこに有るのです。普通の、常識で作られた、大多数による世界が嫌いです。

 ……いつか私が『普通』になって、大多数に加われば世界を好きになれるでしょうか? 私自身を好きになれるでしょうか?

 そんな、叶いもしない夢物語を、胸の奥底に抱えていました。



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強火で餅を焼くと焦げます

「もしかして燈矢兄は……猫又なのか?」

 

 焦凍くんに燈矢くんの猫耳写真を見せたときの反応です。焦凍くんの天然っぷりはあーちゃんのお馬鹿っぷりに引けを取りません。

 

「その発想はありませんでした」

「聞いてみる」

「あっ」

 

 止める間もなく、焦凍くんは燈矢くんに電話をかけると一言二言やりとりし、こちらを見やります。

 

「ヒミ姉、燈矢兄が今から電話するって」

「ですよねぇ」

 

 このあと滅茶苦茶電話がきました。

 

 さて、こんな話をしていることからお分かりでしょう。燈矢くんのお話、飛ばしません? いや本当、かなり本気で。燈矢くんだって曲がりなりにもヒーローなんですから、過去の話を暴露されるとメディアイメージ的に困りますよね? え、私の嫌がる顔が見れるなら別にいい?

 

 焦凍くん! 燈矢くんが猫耳つけてニャーニャー言ってる動画をお送りするのでご家族で観てくださいねぇ!

 

 はい、というわけで中二ヒーローオッドアイに引き出されるレベルの黒歴史についてお話しましょう。……ヤだなぁ。

 

 幼い私はふわぁと欠伸を漏らします。いつものカウンセリングではなく定期検診でやってきた病院は、いつも以上に退屈でした。

 ようやく終わった検査に思いっ切り伸びをして、あーちゃんは終わってるかなぁと辺りを見回します。残念ながら姿は見当たりませんでしたが、遠くからあーちゃんの声が聞こえました。

 

「なれる! 絶対なれるよ!」

 

 弾むソプラノボイスは、憧れのヒーローを応援する少年のような熱を纏っています。聞き慣れたはずのそれに首を傾げ、隠れ癖をそのまま抜き足差し足忍び足に変えて声の方向へと歩いていきました。

 

「燈矢兄ちゃんはオールマイトを超えるヒーローになれる!」

(あーちゃんと、白髪の男の子?)

 

 場所は病院に付属している図書室です。子供向けの絵本から“個性”の専門書まで揃っていて、誰でも自由に利用できます。

 あーちゃんはこちらに背中を向けていて、白髪の男の子はこちらを向いています。なので白髪の男の子の表情は見えるのですが、なんでしょう、サンタさんからリクエスト通りのプレゼントを貰ったはいいものの実際に手にしてみたら思っていたものと違ったような、そうでもないような、よく分からない表情をしています。またあーちゃんが変なことを言ったのでしょう、とフォローについて考えながら、声をかけようとあーちゃんの横顔を見ます。

 

 そこでようやく、あーちゃんがキラキラとした目で、白髪の男の子を見つめていることに気が付きました。

 

 彼女、いえ彼はよくあんな目をします。純粋に、心から、好意を抱いているのだと分かる目を、私はよく知っています。常日頃向けられていますからね、本当、カァイイです。でも、知りませんでした。あの目を他の人に向けることもあるのですね。ふぅん。

 

「あーちゃん」

「うわっ!?」

「あ、ヒミちゃん! 燈矢兄ちゃん、この子が――」

「そろそろお迎えが来ますよ、検査着も着替えないと」

「ありゃ、もうそんな時間かぁ」

 

 私の声に驚いている男の子のほうを見ないようにして、あーちゃんの手を引きました。残念そうに眉を下げる彼は、すぐパッと顔を上げて、もう片方の手を大きく振ります。

 

「またね、燈矢兄ちゃん。さっき言ってた修行のこと忘れないでよ!」

 

 繋いだ手を、より強く握りました。

 

「さっきの男の子はお友だちですか?」

「ん、燈矢兄ちゃんのこと?」

 

 所変わって更衣室、カーテンで仕切った一画で果物ナイフをあーちゃんにサクサクと刺しています。検査着は汚れないように脱いでいるので安心です。

 

「友だちというより師匠かな? 修行してボクも燈矢兄ちゃんみたいになるんだ!」

「……へぇ」

 

 ザクリ、と深めに刺したナイフを抜くと真っ赤な血がトクトクと流れ出ました。床に滴り落ちることがないよう、溢れた血を指で掬って舐め取ります。

 

「あーちゃん、その燈矢くんについて詳しく教えてくれませんか?」

 

 私はニッコリと笑いました。

 

 数日後、実際に会ってみよう、と言い出したあーちゃんに背負われて瀬古杜岳という山にやってきました。遠目に見ても分かる大きさの炎が上がっています、あれ、山火事とか大丈夫なんでしょうか?

 

「うわ、本当に来たのかよ。しかも増えてるし」

「来たよ! よろしくね!」

「トガです、よろしくおねがいしますねぇ」

「……訓練の邪魔だけはするなよ?」

 

 目は口よりも物を言います。口ではぶっきらぼうなことを言いつつ、目は優しく……ないですね。気にはかけているけれど、そこまで気にしていないような、意識から外そうと意識している? うーん、燈矢くんは複雑で分かりにくいです。カウンセリングの先生とか分かりやすいですよ、最近はすっかりモルモットを見る目をしていますから。

 リュックサックからレジャーシートを取り出して隅っこの方に広げます。家から持ってきた水筒とお菓子も取り出して、燈矢くんから放出される炎を眺めます。ハッピーターン美味しいです。

 

「すげェくつろいでやがる……」

 

 はい、今の気分はキャンプファイヤーです。橙色の炎がキレイですねぇ。チラリと隣を見れば、あーちゃんが真剣な顔で燈矢くんを見ています。あ、私の視線に気付いてふにゃっと笑いました、カァイイ。

 

「ボクも燈矢兄ちゃんみたいな修行したいなぁ」

「うーん、たぶん彼が今やっているのは“個性”を最大出力で使って出力を底上げする訓練ですよね。あーちゃんの場合は全身血塗れになったりするといいんでしょうけど、流石に隠しきれないのでダメです。他の訓練を真似しましょうね」

「他の訓練?」

 

 あーちゃんはコテンと首を傾げます。

 

「燈矢兄ちゃんはずっとアレやってるって言ってたよ?」

「……はい?」

 

 火傷するくらいの火力をさらに上げ続ける? コントロールの訓練もせずに? 指導役の大人もいなく一人で?

 

「焼身自殺でもするつもりですか、彼」

「燈矢兄ちゃんなら大丈夫だよ!」

「いえ、あのエンデヴァーでさえ一度、自分の炎で死にかけていますからね?」

「は?」

 

 冷たい声が飛んできたのは、轟々と燃えている炎の中からでした。

 

「おまえ、トガだっけ? なんだよ今の話」

「なにって、“個性”暴走の話です。聞いたことありませんか?」

「……ない。ガセだろ」

「や、本当だと思いますよ。映像で観ましたもん、あーでもそっかぁ」

 

 その映像を観せられたの、先生がカウンセリングと研究の間で揺れてる不安定なときでしたからね。本当は観せちゃいけないものだったのかもしれません。あの病院そういうとこあります、というか子供に人が燃えている映像を観せないでください。

 それにしても、燈矢くんがこのままウェルダンになったら困り……困りませんね、むしろ……いやいや、あーちゃんが真似したら困ります。うーん、なんでこの子、燈矢くんに憧れたんでしょう? いえ、私の笑顔をカッコいいとかいう感性の持ち主ですから変な角度で琴線に触れたのでしょう。困ったワンちゃんです。

 ということで、燈矢くんの焼身自殺を止めないといけません。半信半疑どころか疑いと苛立ち混じりの目を向けられているので、言葉での説得は無理そうです。となると、うーん、とりあえず先生に頼んで燈矢くんにも映像を観せてみましょう。先生はモルモットが増えて幸せ、燈矢くんは自分が何をしているのか理解できて幸せ。世界は平和になります!

 

 と、考えていた時期が私にもありました。

 

「お父さん……」

 

 え?

 

「この人、燈矢兄ちゃんのお父さんなの?」

「…………あぁ」

 

 ええ?

 

「よく燃えてるね!」

 

 待ってください。そういうの先に言ってください。

 

「俺もこうなるんだろうなァ……失敗作だもんなァ……」

 

 オールマイトを超えるヒーロー、エンデヴァーの子供、失敗作……あ、ヤです。ヤな感じに点と点が繋がります。あと燈矢くんの目が死んでいます。

 先生! 映像切ってください先生! 違います、音量が小さいわけではないんです! 音量上げないで! 子供に父親の断末魔を大音量で聞かせないで!

 身振り手振りは意思疎通に向かない。トガは学習しました。

 

「……見ていられない、ってのは分かった」

 

 燈矢くんの瞳から、ポロポロと涙が溢れます。

 

「それでも俺は、お父さんに見てほしいんだ」

 

 ……正直、燈矢くんのことは好きではありません。しかし、今回のことについては、こう、流石の私も申し訳ないと思っています。それに、親へ向ける複雑な目は、私に勝手な親近感を持たせるのに十分でした。そして、先程の「よく燃えてるね!」と発言した瞬間にあーちゃんの口は両手で塞いでいます。なので、私が口を開きました。

 

「今の君が見ていられないなら、見られるようになればいいんです」

 

 どの口が言うのか、自嘲しながら続けます。

 

「まだ君は、何者にもなっていないでしょう? オールマイトを超えるヒーローになりたいのでしょう?」

 

 あーちゃんは君ならなれると信じています。期待を裏切らないでくださいね、ヒーロー。あぁ、そうだ。

 

「ほら笑いましょう、燈矢くん。ヒーローはいつだって笑顔ですよ?」

 

 そんなことを、笑顔を隠して、なりたい普通になろうともしない私が言うのでした。



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閑話『朱紅藍:オリジン』

あいつはトガヒミコ全肯定ワンちゃんであってそれ以上でもそれ以下でもないよ、というだけの話。



 ボンヤリとした赤ん坊だったらしい。どんなおもちゃにも興味を持たず、ご飯も積極的に食べようとしない。痛みにだけは敏感で、直ぐ泣いたそうだ。

 好きの反対は無関心、という言葉がある。とすれば、ボクは何もかもが好きではなくて、痛みだけが特別だったのだろう。

 だがそれもヒミちゃん、渡我被身子と会うまでの話だ。ボク、朱紅藍(シュコウアイ)の原点は、紛れもなく彼女である。つまり、ボクはヒミちゃんから生まれたということで、ヒミちゃんはボクのお母さんだった……? そんなことを言ったらヒミちゃんに慈愛の目を向けられた、嬉しい。燈矢兄ちゃんが『可愛そうなものを見る目だろ』って言ってたけど、同じようなものだよね。

 

 それは、一目惚れだった。

 満面の笑みを浮かべる彼女を見つけたとき、全身を稲妻が駆け巡るような衝撃を受けた。恋をすると世界が変わるというのなら、ボクの世界はヒミちゃんを見つけたことで始まったのだ。

 彼女は手の中の何かに笑顔を向けていて、ボクはその何かになりたいと強く思った。自己紹介も何もせず、ボクはただ自分勝手にそう伝えたのを覚えている。反省点その一。

 

 彼女が手にしていた血みどろの小鳥になりたい。

 そう考えたボクはまず小鳥になろうとした、まだ発現していない“個性”でどうにかこうにか小鳥になれないかとウンウン唸ったり、カーテンをマントのように羽織ってベッドの上から飛び降りたり。前者はともかく、後者はお母さんにとても怒られた。

 お母さんは怒ると痛いことをする。叩いたり、打ったり。痛いことをされて凹んだボクは一度、血みどろの小鳥ではなく血みどろの人間になることにした。キッチンから包丁を持ってきて、左手で持って右手に向ける。たぶん、すっごく痛いだろう。浅くなる呼吸を自覚しながら、それでも、一目惚れした笑顔を思い浮かべれば、ボクは躊躇うことなく包丁で手のひらを切り裂くことが出来た。

 お父さんに変な目で見られながら『どうしてこんなことをしたんだ』と聞かれて、『血みどろになりたかったから』と答えたら手錠付きで病院へ行くことになった。右手は包帯でグルグル巻きなってるのになんでだろうなー、と考えていたら、ボクが一目惚れした少女、ヒミちゃんと一緒に行くらしい。ボクは歓喜した。しかも手錠がお揃いでこの上なく上機嫌だった。

 病院についたらヒミちゃんと引き離された。泣き喚いて暴れたが、ボクは無力である。力が……力が欲しい……! お医者さんと話しているときに、手の甲に少しだけ血液を垂らされた。少し力が湧いたのでヒミちゃんのところへ行こうとしたら取り押さえられた。力が欲しい……もっと……!!

 願いが届いたのか、突然窓ガラスが割れた。願っていたこととはいえ、痛いものは痛い。蹲っていたら、ヒミちゃんがボクの顔を覗き込んでいて。お父さんもお医者さんも近くにいない。今なら彼女と一緒にいられると、手を取って駆け出した。

 

 辿り着いた中庭で、ヒミちゃんはボクに笑顔を見せてくれた。感動のあまり、自分でも何を言っているのかわからない告白をしてしまった。反省点その二。

 

 それから、なんだっけ? “個性”カウンセリング? というのを受けることになったけれど、あまり覚えていない。いや、ヒミちゃんと一緒にいられてすっごく嬉しかったことやヒミちゃんとお話した内容は覚えているけれど、嬉しすぎて他のことは頭に入ってこなかった。

 でも、このときボクがヒミちゃんに抱いていたのは、独り善がりで自分のことしか考えていない、幼稚な独占欲でしかなかった、と思う。

 そのことを自覚したのは仁兄ちゃんと出会ったときで、マグ姉ちゃんが仁兄ちゃんのお隣さんになったくらいにこのままじゃダメだ! と奮起した。

 

 だって、ボクはヒミちゃんに貰ってばかりいて、何もお返しが出来ていないのだから。これは反省点ならぬ猛省点、許されざることだ。

 

 考えてみてほしい。ボクはヒミちゃんと一緒にいると楽しくて、幸せで、生きててよかった! と、思う。であれば、ヒミちゃんを楽しませて、幸せにして、生きててよかった! と思える人生にすることは義務と言っても過言ではない。

 だけど、ボクがしてきたことは? 気を引こうと血みどろになってはボクだけを見てほしいと我儘を言って、ヒミちゃんに迷惑をかけてばかりいる。このままでは『拾ってください』と書かれた段ボールに入れられて河川敷に捨てられても文句を言えるはずがない。ヒミちゃんは優しいからそんなことしないけど! それくらいボクはボクを許せないのだ!

 だから、前のめりになってヒミちゃんに尋ねたことがある。

 

「わたしに何かしてほしいことはないかな?」

「んー、大人しくしてほし……いえ、そうですね。あーちゃんは何もせず、ただ側にいてくれるだけでトガはとっても嬉しいなぁ」

 

 優しい。ヒミちゃんが優しすぎてボクはダメになってしまう。既にダメダメじゃないかって? それはそう。とても悲しい。

 

「それに、いつもチウチウさせてもらってるから、むしろ私があーちゃんに何かしてあげたいです」

「ダメだよ! いつもわたしが貰ってばっかりなんだから!」

「えー、何もあげてないですよ?」

 

 貰っている。生きる意味とか、生きる喜びとか、生きる活力とか。ヒミちゃんは顎に指を当てて、こちらを見る。

 

「それじゃあ、あーちゃんが私にしたいことならどうです?」

「したいこと?」

「はい、なんでもいいですよ。あーちゃんがしたいこと。ふふっ、あーちゃん。君は私をどうしたい? なぁんて……」

「幸せ!」

 

 ヒミちゃんの問いに、思考する時間は必要なかった。脊髄反射で答えたとも言う。

 

「わたしは、キミを、幸せにしたい!」

 

 答えを聞いた彼女は少し目を丸くして、それから、いつもとは違う笑みを浮かべた。

 

「なんだか、プロポーズみたいだねぇ」

 

 クスクスと笑う彼女に見惚れて、つられて、ボクも笑う。ヒミちゃんの新しい表情が見れて嬉しい、その表情の理由が楽しいとか幸せとかだったらもっと嬉しいな。ところで、プロポーズってなんだろう?

 

 プロポーズとは、結婚を申し込むこと。結婚とは、好きな人同士が家族になること。好きは好きでも友達じゃなくて、恋人同士が結婚するらしい。へー!

 どうやら好きというものには種類があるらしい。ヒミちゃん以外に好きなものがないからいまいちピンとこない。ヒミちゃんは好きを何個も持っている。血が好き、カァイイものが好き、そして普通も好き、なのかな? 血やカァイイものを前にしたヒミちゃんはニコニコしてて好きなんだなぁ、って分かる。普通は、よく分からない。仲良しな家族とか楽しそう友達とかを見るときに、ちょっとだけ目を細めて、「普通になりたいねぇ」と呟くのだ。

 

「……あーちゃんは、私が普通になったらどう思う?」

 

 ヒミちゃんがなりたいというなら、なりたいものになれるようボクも手伝いたい。だから、もっとヒミちゃんのなりたいものについて知りたくて尋ねる。

 

「普通になるって、どんなふうになるの?」

「どんなふうに、なるかなぁ。わかんないねぇ」

「わかんないかぁ」

「だけど、たぶん、今のトガとは全く違う何かですよ」

 

 彼女は悲しそうに呟いた。ボクはおろおろとしながら、笑ってほしいと手を取った。

 

「わたし、今のヒミちゃんが好きだよ」

「……うん」

「でも、普通になったヒミちゃんも好きになるよ、絶対!」

 

 ボクの言葉を聞いたヒミちゃんは苦笑しながら言う。

 

「あーちゃんは、私ならなんでもいいんです?」

「つまりヒミちゃんじゃなきゃダメなんだよ!」

 

 うんうん。過去のボクはこの世の真理をしっかりと理解しているね。そして、この会話から、ボクは普通というものを意識することにした。ヒミちゃんのなりたいものだから、ボクもなりたい。

 なので男の子になろうと思った。ボクはどこからどう見ても普通の男の子である。ランドセルだって黒だった。完璧である。

 

 そんなボクに、血みどろの小鳥よりも憧れる人が出来た。

 

 出会ったのは病院の図書室で、出会った瞬間、とても驚いた。

 彼はボロボロで、一生懸命で、血の匂いは自分の血の匂いに紛れて分からないけれど、こんなに火傷まみれなのだ、血の匂いもするに違いない。

 つまり、あの人は、いつかマグ姉との恋バナでヒミちゃんが言っていた、ヒミちゃん好みの人。

 ヒミちゃんが好きになるであろう人。

 ヒミちゃんの好きな人。

 

 ……いいなぁ! ボクもそうなりたい!

 

 居ても立っても居られず、ボクはその人に話しかけた。彼、燈矢兄ちゃんは初め鬱陶しそうな顔をしていたけど、ボクの首元あたりを見てから、ポツリポツリとお話してくれた。燈矢兄ちゃんのことがしれて嬉しかったし、なにより彼は。

 

「……俺は、オールマイトを超えるヒーローになるんだよ」

 

 ヒーロー! たくさんの人が目指している、つまりはごくごく普通の夢! すごいや燈矢兄ちゃん! ヒミちゃんの好きなもの詰め合わせセットかな! あぁ、だから!

 

「なれる! 絶対なれるよ! 燈矢兄ちゃんは、オールマイトを超えるヒーローになれる!」

 

 オールマイトが何か知らないけど絶対超えられる! だって君は、ヒミちゃんの好きな人(ヒーロー)なんだから!




副題『何もしていないのに百合に挟まれた燈矢くん』


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めざせヒーローアカデミア

 進路に関する話題とかでよく、親の言うことなんて関係ない、自分のなりたいものになればいい、という無責任な発言があるじゃないですか。親が親である限り関係ないなんてことはないというのに。それこそ日本の親権ってすごいですよね。親が子供に“個性”を使っても躾で済まされることがあるらしいですから、驚きです。

 そんなわけで、燈矢くんが進路を決めたときのお話をしましょう。私たちの進路は「燈矢兄ちゃんと同じとこ!」「そだねぇ」で決まったので。その結果、受験勉強は地獄を見ましたが。皆さん、進路はしっかり考えましょうね。

 

 瀬古杜岳、訓練場と呼べばいいのか遊び場と呼べばいいのか悩ましいその場所に、私たちはレジャーシートとお菓子を広げていました。

 

「もしもし、仁兄ちゃん? 燈矢兄ちゃんの身元保証人になってくれない? うん、雄英の入学願書の……わかった、ありがとう! ね、仁兄ちゃんハンコ押してくれるって!」

「もしもし、マグ姉? 仁くんのお説教をお願いします。はい、かなり強めに」

「おまえらコントやってないで真面目に考えてくれよ……」

 

 燈矢くんがジト目でこちらを見ています。あーちゃんをめっ、ってしてから答えました。

 

「考えていますよ、仁くんの将来大丈夫かなぁ、って」

「俺の将来は?」

「小学生を頼ってる時点でダメじゃないです?」

「正論やめろ」

 

 燈矢くんは苦々しい顔でガシガシと頭を掻きます。彼としても苦肉の策なのでしょう。相談できるお友だちとかいなさそうですし。

 

「おまえ失礼なこと考えているだろ」

「いえ別に」

 

 あーちゃんがいてくれてよかったなぁ、って考えていました。0と1には大きな隔たりがありますから。どんぐりの背比べという言葉については耳を塞ぎつつ。そのあーちゃんはしょんぼりとしながら唸っていました。

 

「うー、どうしたら燈矢兄ちゃんのお父さんがハンコ押してくれるかな?」

「親の問題を私たちに振る時点で間違っていると思いますけどね」

「そういえばフライパンから炎がぶわってなるの、フランペっていうんだって!」

「急にどうしたのかなぁ、あーちゃん?」

「なぜだか急に思い出したんだー」

 

 そっかぁ、急に思い出したのなら仕方ないねぇ。燈矢くんの目が若干死んでいますけど。

 

「……悪気はないのですよ?」

「知ってる……」

「へぇ、燈矢くんがあーちゃんの何を知っているって言うんです? ねぇ?」

「おまえはおまえで面倒くせぇなぁ!」

 

 おっと、燈矢くんの問題とはいえ親について考えるとカリカリしてしまいますね。感情の揺らぎは目立ちますから、平常心平常心。

 チョコレートを一粒、口に放り込みます。溶けていない、いいことです。燈矢くんの“個性”訓練がコントロール中心となり、さらに言えば“個性”よりも身体を鍛えるようになったから、熱い思いをせずに済みます。今は冬ですが、マフラーとコートを着込んでいるので焚き火は必要ありません。

 

「まァ、いい。本題はこれからだ」

 

 燈矢くんは栄養管理をしっかりしているようで、お菓子に手を伸ばしません。ペットボトルの水を一口飲んで、ピッと私を指さします。人を指さしちゃいけません。

 

「トガ、おまえ人の心が読めるだろ」

「はい?」

 

 一体、何を言っているのでしょう、少し考えて、あぁ、と手を打ちます。

 

「ついに頭の中でも茹で上がりましたか」

「ぶっ飛ばすぞ」

「わぁ、相変わらず二人は仲良しだね!」

 

 よしよし、あーちゃん大人しくしてようねぇ。

 

「確信したのは、トガが病院の先生を煽り倒したときだよ。俺には人の良い学者先生としか思えなかったが、おまえはあいつのイカれた研究欲を見抜いていた」

「燈矢くんは人を見る目がないのです」

「はっ倒すぞ」

 

 いやだって、表情を見れば分かるでしょう?  そう思った私の心を表情から読み取ったのか、額に青筋を浮かべた燈矢くんが続けます。

 

「とにかく! 今日、俺がお父さんを説得するから、トガはお父さんのことを見てくれ」

「え、ヤです」

「はぁ?」

「なんで私が燈矢くんのお手伝いしなきゃいけないの?」

 

 心底疑問です。確かに私は燈矢くんに勝手な親近感を抱いていますが、基本的に好きではないので。私がここにいる理由の十割は、あーちゃんがここにいるからです。

 

「……理由が欲しけりゃくれてやる」

 

 悪い笑みを浮かべた燈矢くんは、私の膝の上でうとうとしているあーちゃんの肩を叩きます。

 

「なぁシュコウ、俺の家へ遊びに来ないか?」

「えっ、行く!」

 

 あっこの、そういうところですよ!

 

 昔話に出てくる大きな日本屋敷、それがそのまま現実にありました。勝手知ったる様子で燈矢くんが中に入っていきます。うわぁ、本当にココが燈矢くんのお家ですか。

 

「ただいま」

「あ、おかえ……燈矢兄がちっちゃい子たち攫ってきたー!?」

「おい」

 

 白髪の女の子がパタパタと廊下を走っていきました。続いてドタドタと白髪の男の子がやってきます。

 

「何言ってんだよ! 燈矢兄がそんなことするわけないだろ!」

「夏くん……!」

「うわっ本当だー!!」

「夏くん……?」

 

 また燈矢くんの目が死んでいます。燈矢兄、ということは妹さんと弟くんでしょう、カァイイ子たちです。見た感じ二人とも年上ですけど。

 そして、静かにやってきた女性、おそらく燈矢くんのお母さん、が驚きを隠すように微笑みました。

 

「おかえり、燈矢」

「……ただいま」

「そちらの子たちは、お友だち?」

 

 燈矢くんと顔を見合わせます。

 

「……(お友だちではありませんが、そう紹介しても黙認してあげますよ、の顔)」

「……(友だちじゃねぇけど、おまえがそう名乗る分には黙っててやるよ、の顔)」

 

 そんなだからお友だちがいないのです。

 

「燈矢兄ちゃんの弟子です!」

「お弟子さん?」

「うん! 燈矢兄ちゃんすごいんだよ、えっとね、この前なんかマシュマロ炙ってもらって、すっごく美味しかった!」

「まぁ、そうなの」

 

 それ訓練中の燈矢くんの炎で私たちが勝手に炙っただけですよ、と思いつつ口に出しません。燈矢くんも物言いたげな顔をしながら黙っています。

 

「今日は遊びに来ました! たくさん遊びます!」

「……えぇ、燈矢のことお願いね」

「はい!」

 

 とてとて、あーちゃんが戻ってきました。

 

「お願いされた!」

「おまえの面倒見てるの俺の方だけどな」

「いつもありがとう師匠!」

「はいはい」

 

 むぅ。

 

「お母さん、冬美ちゃんと夏くんと買い物行くんだろ? 俺たちのことは構わなくていいから」

「でも……大丈夫?」

「大丈夫だよ。俺だってもうちょっとしたら高校生なんだからさ」

 

 そう言ってずんずん進んでいく燈矢くんの後をついていきます。あーちゃんがマフラーを外そうとするのを止めつつ、燈矢くんのお母さんが『高校生』という単語を聞いたときの表情を見るに、どこもかしこも親との関係はうまくいかないものなのだとこっそり嘆息しました。

 

「じゃあ俺はお父さんのところ行くから、おまえらはあのへんの窓から見てろ」

「雑ぅ……」

「つまり、かくれんぼ?」

「うん、そうだな」

 

 嘘だぁ。何も隠れてないですよ。全てが晒されています。そう思っていたのですが、いざ燈矢くんの指さした窓のあるところまでやってきて、立ち止まり、見上げます。

 

「窓に! 窓に! 届かない!」

「何も見えないねぇ」

 

 身長が届かず視界が隠れてしまったので、かくれんぼで合っていたかもしれません。しかし、このまま壁とお話してても仕方ないのでなんとかしましょう。まぁ、この建物全体が何かを隠そうとしている気配があるのでそっちを探す方がかくれんぼっぽい気もしますけど。燈矢くんは真面目なので貸しはちゃんと返してくれます。未来への貯金ということで。

 

「あーちゃん」

「はーい」

 

 屈んだあーちゃんの肩に脚をかけて、肩車してもらいます。

 

「おぉ?」

「どんなかんじー?」

「燈矢くんがお父さんに殴りかかってます」

「へぇー、仲良しさんだ!」

「……前々から思っていたけど『喧嘩するほど仲が良い』という言葉をあんまり信用しちゃダメだよ?」

「え! 喧嘩をすればするほど仲良くなるんじゃないの?」

「そういう人もいますけどねぇ」

 

 あーちゃんの頭を撫でながら、予想以上の面白そうな光景に目を凝らします。燈矢くんが少なからず身体を鍛えているとはいえプロヒーローには分が悪く、軽くあしらわれていました。立ち位置からお父さんの表情はちゃんと見えます。

 

(驚きニ割心配二割ごちゃまぜ六割、うぅん、遠目なのもあってわかりにくいです)

 

 遠くて声は聞こえませんが、口元が見えれば言ってることも分かりますね。えーと、『諦めろ、お前はヒーローにはなれない』……あー……。

 

「ヒミちゃん?」

「……ん、燈矢くんが蒼色の炎を出しましたよ。キレイですね」

「なにそれカックイイ!」

 

 より正確に言えば橙から蒼のグラデーションです。燈矢くんの周りは橙色で遠くなるほど蒼になっています。そして、炎に注意を反らしたお父さんの視界から外れて、顔面にパンチを叩き込みました。

 立ち位置が変わって、燈矢くんの顔が見えます。ヒーローみたいな笑みを浮かべながら、その目は濁っていました、どっぷりと。いつも複雑で読みにくい彼の感情がさらに複雑骨折を起こしています。

 

『安心しろよ、ヒーローはヒーローでも、おまえみたいなヒーローにはならないからさ。クソ親父』

 

 そして燈矢くんはクールに去る、はずもなく。再び殴りかかって、体勢を整えたお父さんに反撃されて、それでも拳を振り上げて。

 

「なにしてるんだ?」

 

 そんなときに、半々の髪色をしている男の子がひょっこり現れました。

 

 自己紹介、というよりあーちゃんの質問に男の子が答えたところによると、彼は轟家末っ子で、焦凍くんという名前だそうです。

 傷一つない(・・・・・)綺麗な顔立ちをしていて、将来はさぞかしイケメンになりそうな男の子です。あと血が薄そうだなぁ、って思いました。

 さて、見知らぬ同年代の子供が(焦凍くんは一つ下の学年なのであーちゃんが何かとお兄ちゃんぶっていましたが)自分の家で窓を覗き込んでいれば、何をしているのかと気になるのも当然です。君のお兄ちゃんとお父さんが喧嘩してますよ、と口で言うのは簡単ですが、焦凍くんとお話していたのは私ではなくあーちゃんだったので。

 

「ねぇねぇ! ボクすっごいことに気づいたんだけど、肩車って三人でやるものじゃないのかも!」

「そうだねぇ、気づけて偉いねぇ、やる前に気づいてほしかったかなぁ!」

「肩車ってむずかしいんだな……」

 

 こうなりました。なんで?

 

「トガ! シュコウ! 見ろよ、親父のやつ勝手にしろって、アイツから――おまえらなにやってんだ?」

 

 焦凍くんが私を肩車して、私を肩車した焦凍くんをあーちゃんが肩車しています。なお、奇跡的なバランスで保っていますが今にも崩れ落ちそうな模様。私たちの心は一つになりました。

 

「「「助けて、燈矢兄(兄ちゃん)(くん)!」」」



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幕間『焦凍ショート』

トガヒミコ誕生日おめでとうSSと言い張る勇気。


【What Is Your Name?】

 

 燈矢兄と親父の殴り合いを遠くから眺めたあの日以来、家で燈矢兄とよく話すようになった。それに、ときどきアイ兄とヒミ姉も遊びに来てくれる。そんなときはお手伝いさんの目をこっそり盗んで、燈矢兄の部屋で遊んだり学校の宿題をしたりしていた。

 

「そういや燈矢兄ちゃん、コードネームはどうするの?」

 

 その日はみんなで宿題をしていて、教科書やノートを広げながらアイ兄がふと呟く。俺は急になんの話かと思わず声に出した。

 

「コードネーム?」

「『オールマイト』とか『エンデヴァー』とかのことですね。要はヒーロー名です」

 

 ヒミ姉の答えになるほど、と頷く。燈矢兄も雄英に入ったから、そういうのも考えないといけないんだな。

 

「あぁ、もう決めてある」

「ほんと? 知りたい!」

「……ったく、しょうがないな」

 

 ヒミ姉が隣でボソリと「ウズウズしてる……」と呟いた。燈矢兄はノートのはじっこにシャーペンを走らせて、俺たちに見せた。

 

「ちゃ、こん?」

荼毘(ダビ)だ」

「へぇ、なんて意味なんです?」

「火葬」

 

 ヒミ姉がマジかコイツ、みたいな顔をした。

 

「殺しはご法度ですよ、ヒーロー?」

「敵を火葬するわけじゃねぇよ」

 

 燈矢兄は肩をすくめて続ける。

 

「昔の俺。そいつを燃やして、弔って、今の俺は前へと進んでいくんだ」

「へー! 格好いいね!」

「いいと思う」

 

 なんというか、前向きで。

 

「でもヒーロー名で火葬はないと思います」

「うるせ」

 

 燈矢兄は消しゴムで書いた文字を消すと、ヒミ姉を指さした。

 

「そういうトガは?」

「……私は私ですからね、もしヒーローになっても『トガヒミコ』ですよ」

「いいのかよ、それで」

「いいんです」

 

 ヒーロー名って本名でもいいのか。そして、アイ兄がヒミ姉に抱きついた。

 

「好き!」

「いいと思う」

 

 自分は自分ってところとか。燈矢兄はつまらなそうに頬杖をついた。

 

「ふーん、シュコウは?」

「ボク? ボクは『アイ』!」

「おまえも本名かよ」

「名字はいつか渡我になるからね!」

「はいはい」

 

 燈矢兄がこっちを見る。

 

「焦凍は?」

「今決めた」

 

 ノートの真ん中に『ショート』と書き付ける。

 

「俺は俺で、名字は変わるかもしれないからな」

 

 燈矢兄たちは顔を見合わせた。

 

「うちの弟に悪影響与えるなよ、おまえら」

「与えてませんけど?」

「いいと思う!」

 

 ちなみに、燈矢兄の『荼毘』は先生に止められたらしく、今もヒーロー名『トーヤ』で活動している。

 

【編み出せヒーローコスチューム!】

 

「ふんふーん、だびだびだーびー」

 

 宿題が一段落したのか、アイ兄が鼻歌を歌いながら絵を描いている。

 

「ダービー……馬……(エン)()ぁー! そういうことだったのか!」

 

 どういうことなんだろう。

 

「よし出来た!」

「……一応聞くが、何が出来たんだ?」

「燈矢兄ちゃんの勝負服!」

「せめてヒーローコスチューム言いましょうよ」

 

 アイ兄の手元を覗き込んでいたヒミ姉が笑いをこらえながら言った。

 

「この頭から生えてんのは?」

「馬の耳!」

「こっちは?」

「馬のしっぽ!」

「却下」

「そんなー」

 

 アイ兄がしょんぼりとした顔になる。

 

「コスチュームの希望はもう出してあるしな」

「そうなの?」

「あぁ」

 

 燈矢兄が取り出した紙を見てみると、ヒーローコスチュームの絵が描かれていた。

 

「ライトセイバー持ってそう!」

「いいと思う」

「うーん、男の子の感性はよくわかりません」

「まァ、そういうわけだ。考えるなら自分のやつでも考えとけ」

「むむ、ヒミちゃんはどんなのにするー?」

「可愛くてヒーローっぽいのです」

「つまり鎧甲冑かぁ、いいね!」

「違うよ?」

 

 アイ兄は暫く考えてから、真剣な顔でこう言った。

 

「でもヒミちゃんは服ごと変身するし、ボクも血が肌に直接触れないとだし、全裸のほうがよくない?」

「ダメです」

「全裸は無理だな」

 

 ヒミ姉が指でバッテンをしている。燈矢兄もため息をついていた。

 

「えっなんで」

「法律」

「法律はいつもボクらの邪魔をする……!」

 

 『ヒーローコスチュームにおける露出についての規定法案』という法律があるらしい。スマホで調べていたアイ兄が手を上げた。

 

「いや、待った! 異議あり! やっぱり全裸は認められているよ!」

 

 机に手をついて、スマホを見せながら続ける。

 

「ガイドラインには『コスチュームを着用した状態で局部および肌面積の三割以上が人目に触れないこと』って書いてあるんだ。つまり“個性”で『透明』だったり異形型でモフモフして隠れていたらセーフ! ケモセーフ!」

「じゃあ、あーちゃんはアウトだねぇ」

「そうじゃん!!」

 

 アイ兄は両手を床について項垂れている。

 

「……焦凍、服は着ろよ?」

「うん」

 

【To Be Or Not To Be】

 

 初めて食べたお菓子について、アイ兄が質問してきた。

 

「焦凍はきのことたけのこどっちが好き?」

「たけのこ」

「ボクと同じだね、多めにあげよう!」

 

 俺の皿にたけのこが増える。アイ兄はお菓子の箱を抱えて燈矢兄のところへ向かった。

 

「燈矢兄ちゃんは?」

「きのこ」

「へぇー、ヒミちゃんと一緒だ!」

 

 何故か空気がピリッとした。

 

「そういや、この前猫がいて、尻尾が二本あるから猫又だと思ったら二匹いたんだ」

「猫が二匹も? いいなぁ、ボク猫好き! 犬より猫派!」

「俺も猫のほうが好きだな」

 

 ピリついていたヒミ姉に話題を振る。

 

「ヒミ姉は?」

「ワンちゃんのほうが好きですね」

「お、燈矢兄と一緒だ」

 

 何故だか空気がピリピリッとした。

 

「燈矢くん、真似っこやめて下さい」

「してねぇ、おまえが俺の真似をしてる」

「へぇ?」

「なんだよ?」

 

 喧嘩する二人に慌ててアイ兄の方を見るが、アイ兄はニコニコと笑っていた。小声で理由を尋ねたら「あの二人は喧嘩するほど仲が良いんだよ」という答えが返ってくる。

 

「まぁまぁ、見ていたまえ」

 

 アイ兄が胸を張って答えた。不安だ。

 

「二人に質問! こしあんつぶあんなら?」

「「つぶあん」」

「唐揚げにレモンは?」

「「かける」」

「うどんと蕎麦!」

「「うどん」」

 

 蕎麦じゃねぇのか……そうか……あと二人ともお互いを見合って微妙な顔をしてる。

 

「ね? 二人は仲良しさんだよ」

「いやいや、ほら、燈矢くんお魚キライですけど私は好きですよ? お寿司があったらお魚だけ食べるくらい好きですし」

「邪道食いやめろよ」

「おいしくいただいてるんです!」

 

 ふと気になったので聞いてみた。

 

「……寿司といえば?」

「「玉子」」

 

【雄英VS士傑】

 

 ヒミ姉が燈矢兄の部屋にかけられている雄英の制服を見上げて呟いた。

 

「雄英の制服ってあんまり可愛くないです」

「そう?」

「うん、それなら士傑のほうがカァイイです」

「へぇー」

 

 アイ兄は顎に手を当ててヒミ姉に尋ねる。

 

「じゃあ士傑にする?」

「それもありですね、うん。どっちにしろ家を出る必要がありますし、雄英も士傑もおんなじです。それなら制服がカァイイほうがいいのです!」

 

 アイ兄とヒミ姉が士傑なら俺も士傑に行ってみたい。いや、オールマイトは雄英出身だ。それならやはり……でも親父も雄英だしな……いやいや燈矢兄だって雄英だ。うんうん唸ってると、燈矢兄がボソリと呟いた。

 

「……士傑は恋愛禁止だぞ」

「あ、雄英にします」

 

 恋愛の出来ない女子高生なんてタコの入っていないタコ焼きみたいなものらしい。知らなかった。

 

【Happy Birthday!】

 

 そして、珍しくアイ兄だけが遊びに来たときの話。

 

「ヒミちゃんのお誕生日が来る!」

 

 そう言ったアイ兄は何故か正座をした。

 

「誕生日プレゼント、なに貰ったら嬉しい?」

「牛さんヨーグル」

「それ焦凍の好きなもんだろ」

「うん」

 

 燈矢兄は「そろそろ借り溜まってきたから誕生日にかこつけて返すか」と胡座をかいて座った。

 

「で、去年は何プレゼントしたんだ?」

「ボク!」

「もう少し詳しく言え」

「一日ボクのこと好きにしていいよって言って、それで、ヒミちゃんにボクの身体を」

「いや、もういい。それ以上喋るなバカ」

 

 燈矢兄げっそりとした顔では「士傑にぶち込みたいなこいつら……」と呟いた。

 

「じゃあ今年もそれでいいだろ」

「今年もそれだけど毎年のことだから、バリエーションは豊かにするんだ! ヒミちゃんに飽きられないためにも!」

「バリエーションってあるのか?」

「あるよ! 一昨年は犬耳としっぽと首輪つけたらいっぱい可愛がられた!」

「おまえら本当に焦凍の教育に悪いな。つーか、それシュコウがつけたんだよな? 男がつけて何が楽しいんだか」

「カァイイって褒められたよ」

「あいつの感性は理解できねェ……ま、シュコウは女顔だしまだ分かるか。メイド服でも来たらいいんじゃねぇの、犬耳メイド」

「えー、女装はしないよ?」

「トガがやれって言ったら?」

「喜んで!」

「こいつもなぁ……」

 

 燈矢兄とアイ兄が話している間に考えがまとまったので口にする。

 

「アイ兄は蕎麦をただの蕎麦じゃなくて、天ぷら蕎麦にしたいってことだな」

「よくわかんないけどたぶんそう!」

「わかりにくかったか」

 

 うまく例えられたと思ったのだが。少し落ち込んだが切り替えて質問する。

 

「ヒミ姉が好きなものってなんだ?」

「えっとねー、カァイイものかな?」

 

 となると、アイ兄にカァイイを足せばいい。

 

「うん、アイ兄はそのままでカァイイから、全裸でいいと思う」

「おいおい、流石にネタでも攻めすぎだろ焦凍、まったく誰のせいで焦凍がこんなことを言うようになったんだか」

「全裸なのはいつものことだからお誕生日の特別感がないかなー」

「おまえのせいだバカ!! ってかマジかよ最近の小学生進みすぎだろ!?」

「ならリボンとかつけたら特別感でるし、もっと可愛くなるんじゃないか?」

「なるほど、いいね!」

「……俺が焦凍と仲良くしてんの、半分クソ親父への嫌がらせ入ってるけど、流石にクソ親父のことが気の毒に……ならねェな、よしシュコウもっとやれ」

「よくわかんないけどわかった!」

 

 よくわからないならわかってないと思う。なお、プレゼントはヒミ姉に結構好評だったらしい。



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