Fate/Zure (黒山羊)
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001:The Past.

 ――――これは、ゼロへと至らぬ物語。観測者の視点の数だけ存在する数多の並行世界、その内の一つの物語。そんな物語の名は強いて言うのであれば、そう。

 

 これは、ゼロで無い新たなる未来へ至る、ズレた世界の物語である。

 

 

【001:The Past.】

 

 

 彼が冬木の地を踏んだのは、かれこれ三ヶ月ぶりの事だった。新都と呼ばれるその場所は、冬木の中心、流行の最先端とも言える場所だ。そんな高層ビル、高層ホテルがそびえる新都の片隅に、彼の住むアパートがある。ボロでもなく、かと言って高級マンションでもないそれなりのアパートメント、という表現がぴったりなその部屋。そこで今、彼は図書館で借り出してきた文献の山を相手に、並々ならぬ意欲で『資料』の製作を行っていた。

 彼は文筆業を飯のタネにする身だ。本来であればサラリーマンの様に報告書や始末書を書く必要はない。しかし彼はカタカタとキーボードを指で叩きながら、一心不乱にプレゼンテーション用と思しき資料を作り続けている。

 

 その原因は彼――間桐雁夜が昼間、幼馴染にして初恋の相手である遠坂葵と再会した折に伝えられたある事実に他ならない。三ヶ月ぶりの出張から帰り、土産持参で葵とその娘たちに会いにいった雁夜に告げられたその内容は、雁夜がこの様な行動を起こす原因としては十分に過ぎた。

 

 葵の娘の遠坂凛と遠坂桜。その内、妹の桜が雁夜の生家である『間桐家』に養子縁組した、というその内容を伝えられた時に雁夜の胸に去来した驚愕と無念、そして自己嫌悪の感情は筆舌に尽くしがたい程のモノだった。もしも桜が一般的な家庭へと養子に出たのならば、雁夜も此処までは反応しなかっただろう。いや、むしろ『魔術師』を嫌悪する雁夜としては祝福の念すら覚えるかもしれない。何しろ雁夜自身、魔導の家に生まれた運命から辛くも逃れた身であるがゆえに。――しかし、しかしだ。その縁組先が自身の実家であるのなら話は別。雁夜は断固としてそれを認める訳に行かなかった。その場所が、地獄であると知っていたからだ。

 

 自身が逃げ出したという咎を、全く無関係の、幼い少女が負わされると知った時の雁夜の絶望は甚だしく、そのまま衝動にまかせて実家に殴り込みをかけようとした程であった。それを雁夜がギリギリで思い留まったのは、最も辛い筈の遠坂葵が必死に涙をこらえていたからに他ならない。大いに愛情を注いでいた娘が養子に出ると言うのは、葵にとって辛い選択だったに違いない。ましてや、『雁夜が間桐の家から逃げ出している』という事実を知る葵は間桐の家がどのような魔術を使用するのか薄々感づいている筈なのである。そんな彼女が耐えているというのに、自己満足の為に実家に殴りこむという選択ができる程、雁夜は無神経ではなかったのだ。

 

 しかし、雁夜は同時に、桜を諦められるほど外道でも無かった。冷静になった上で雁夜は葵に一つだけ質問を投げる事にした。――それの返答によって救出方法が異なってくる、と考えて。

 

「……葵さん、桜ちゃんは、いつごろ養子に?」

「……もう、一週間になるわ」

「そう、か。……わかった、近いうちに実家によって、桜ちゃんにもお土産を渡してくるよ」

「ええ、そうしてあげて。あの子、雁夜君にはよく懐いていたから」

 

 そんな短い会話の後、雁夜は葵に別れを告げてから図書館へと足を運び、必要になるであろう資料をかき集めた。――そして、現在へと至るのである。

 

 彼が一見、桜を諦めたかのような素振りで書類などを作っているのには、当然ながら訳がある。雁夜が知る限りにおいて、間桐家の真の当主である間桐臓硯は最悪の下種である。そんな臓硯であれば、既に桜に対して拷問の様な訓練を行っていることは明白だった。――ここで、一般的な心情としては、「一刻も早く桜を助けなくては」と考えるのが当然だろう。だが、その性急さは『大魔術師』間桐臓硯を相手にする上ではマイナスでしかない。単なる児童虐待のクソジジイであれば警察を突入させれば片は付くが、魔術師相手ではそうはいかないからだ。

 

 故に。雁夜はすぐにでも実家に突撃をかけたい心を抑え、『桜と引き換えにしても十分に臓硯側に利益がある』提案を模索するべく、こうしてキーボードを叩いているのである。間桐臓硯は下種だが非常に聡い。何百年も生きる化物である臓硯が極めて老獪かつ打算的な性格をしている事は、『息子』である雁夜の良く知る所だ。だからこそ臓硯から桜を助けるには、『取引』しか方法がない。そして、雁夜が選んだ取引手段は、臓硯が求めてやまない『とある事象』に関するものだった。

 

 カタカタと絶え間なく続いていたタイピング音が、止まる。最後にざっと内容を確認してから雁夜はそれを印刷し、いつも使っている肩掛け鞄に入れた。それから彼は、時間を惜しむように迅速にシャワーを浴びると、布団に潜り込んで目を閉じる。労働で疲れた頭を休息させ、翌朝の戦いに備えるために。

 

 

* * * * * *

 

 

 そして、翌日早朝。まだうっすらと霧が掛かった冬の街を抜けて、深山町までやってきた雁夜は計画を実行に移した。その先が自身の破滅であると承知しながらも、雁夜の足は止まることなく、むしろより力強く進んでいく。一夜で考案した策が臓硯にどこまで通用するかは分からないが、これ以上考えても良い策がひらめくとは思えず、更にこの策を実行する為の猶予も残り少ない。ならば迷いは不要。あとはジャーナリストとして磨き上げて来た自身の舌鋒を如何に活用するかである。

 深山町の懐かしい街並みを抜け、古びた洋館としか言い様のない実家の門を無遠慮に潜る。当然この侵入は臓硯に察知されるだろうが、元々臓硯に会いに来た以上さしたる問題はない。

 

「……よし」

 

 丹田に力を込め、昂る精神を理性で塗りつぶす。魔術師らしく電子機器のドアベルなどない間桐邸のドア。其処についているノッカーに手をかけて数回打ち鳴らす。と、恐らくは臓硯の指示で待機していたのだろう。すぐに玄関の戸は開かれ、久々に見る懐かしい顔が忌々しそうに雁夜を出迎えた。

 

「……何の用だ雁夜」

「……兄貴か。実家に帰省するのに用は要らないだろ。ジジイは居るか?」

「帰省? 家出同然に逃げ出したお前が? はっ、馬鹿を言うな。もう一度聞くが、何の用だ雁夜」

「……ジジイに用がある。……聖杯戦争関連でな」

「正気かお前? ……まあ良い、そう言うことなら、話は本人としろ」

 

 眉間に皺を寄せ、とっとと帰れと言いたげな目をしながらも、雁夜を招き入れる実兄・間桐鶴野。明らかに嫌われているが、雁夜としてもそれに関しては自身に非があると自覚している。何しろ雁夜が出奔したせいで鶴野はお飾りとはいえ間桐の当主に据えられてしまったのだ。日々臓硯と対面せねばならない心痛と恐らくは桜の調教を任されている罪悪感を考えてみれば怨まれても仕方がない。どちらかと言えば「間桐」寄りな「目的の為ならどんな手でも使う」雁夜に対し、兄の鶴野は平々凡々な一般人的思考の持ち主だ。彼にとってこの十年近い日々は地獄だったと容易に想像できる。まぁ、それも恐らく今日からは多少マシになるだろう。臓硯は鶴野よりも雁夜をいじめる事に精を出すに違いないのだから。――そんな事を考えながら勝手知ったる我が家の廊下を進み、臓硯が待ち受けているであろうダイニングの扉を躊躇いなく開けて、雁夜はようやく目的を果たす為の戦場に立った。しばしの沈黙。その後に最初に言を放ったのは、上座に座して雁夜を待ち受けていた臓硯だった。

 

「……出奔した身でよくも儂の前に現れたものよなぁ、雁夜」

 

 五百年を生きる魔術師が言葉と共に放った重圧は部屋全体を押し潰さんとするかのように包み込み、魔術の修行など毛程もしていない雁夜に抗いがたい恐怖を四方八方から捻じ込んでくる。しかし、「抗いがたい」という表現の通り、それは決して「抗えない」物ではなかった。萎えかけた精神に奥歯を噛み締める事で喝を入れ、雁夜はあくまでも挑発的に、不遜に、そして堂々と臓硯に答える。

 

「家出した息子が帰って来たんだ、喜ぶところだろう? ジジイ」

「相変わらず品の無い奴よな。して、何の用じゃ。儂は桜の教育で忙しいんじゃがのぅ」

「ぬかせよジジイ。どうせ兄貴にやらせているんだろう? ……まぁ、それは良い。今日はアンタの夢を叶えてやりに来たんだ。まぁ、タダじゃないがな」

「ほう?」

 

 言ってみろと顎で示す臓硯に、雁夜は持参した鞄からバインダーに挟んだ書類の束を取り出し、それなりの速度で投げつける。それを難なく受け取った臓硯は暫し書類に目を通し――直後、実に愉快と言わんばかりに嗤った。

 

「呵々、成程嘯くだけの事はある。確かに、儂もこの方法は考えつかなんだわ。……じゃがな、おぬしにこれを実現できるというのか?」

「……アンタが俺に協力すればな。条件に当てはまる英霊は星の数ほどいるだろう。ケンタウルスのケイロン、不死の薬を探し求めたとされるギルガメッシュ、錬金術師ニコラス・フラメル、不老不死とされるサンジェルマン伯爵、聖剣の鞘に不死効果があるとされるアーサー王……。それらの聖遺物を探すのはあんたなら出来なくはない筈だ。そして、其処に書いてある方法なら、サーヴァントを現界させ続けることもアンタには容易いだろう?」

「……ふむ。確かに。……良いぞ雁夜、この契約を結んでやろう」

「……まて、魔術的に誓約しろ。アンタは何時裏切るとも限らないからな」

「仕方がないのぉ。明日の朝までに簡易の契約魔術書を用意して置くわい。……全く、誰に似てこんなに可愛げのない育ち方をしたのかのぉ。親の顔が見てみたいものよな」

「忌々しいことだがアンタに似たに決まっているだろうが。……そもそも俺の親はアンタが喰ったんだろ。痴呆が始まったなら老人ホームを紹介しても良いぞ?」

「呵々、言いよるわ。……しかし雁夜、努々忘れるでないぞ? おぬしは儂に『身体を売り渡した』のじゃからなぁ?」

 

 ――そんな事は言われずとも分かっている。明日の朝、臓硯の作った契約書にサインを刻んだ時点で、間桐雁夜はその人生の終焉を味わうことになるだろう。だがしかし、其処には一片の後悔も存在しない。

 

 愛する女が愛した娘を、彼女の夫に先んじて地獄から救う。

 

 それは人間・間桐雁夜が最初で最後に手にする、『遠坂時臣に勝利した』というちっぽけな栄光。しかしそれは、雁夜の人生の終わりの彩りとしてはそれほど悪くはない。少なくとも、雁夜はそう思っている。

 



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002:Embezzlement case.

 自身の論文を目の前で破り捨てられる、というのはウェイバー・ベルベットにとって人生最悪の経験の一つである。構想に三年、執筆に一年を費やしたその論文につぎ込んだ熱意と努力は――たとえその論文が所謂『中二病』的な自身を正当化しようとする自己顕示欲の塊だったとしても――確かに本物だったのだ。そして、その屈辱の原因たるケイネス・エルメロイ・アーチボルト講師に怒りのやり場を向けた事も、19歳という大人に成りきれない時期の青年としてはそれほど異様な事でも無かった。その気持ちはそのまま徐々に風化し、いつしかあの頃は若かったと自省するような、極ありふれたモノなのだから。

 

 しかし、ウェイバーは実に不幸な事に――いや、訂正しよう。当時の本人からすれば実に『幸運』な事に、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト講師の鼻を明かす手段を偶然にも得てしまったのである。

 

 その手段とは、レポートを破られた人生最悪の日から数日経ち、ケイネス講師がその経歴をより高めるべく極東で行われる大儀式――即ち、聖杯戦争に名乗りを上げるという噂が時計塔に所属する魔術師とその卵達に遍く知れ渡った頃、ウェイバーの元に誤配された一つの小包であった。その小包には宛名こそ無かったが、見るからに高級そうな木箱に納められていた事が、ウェイバーの若い好奇心を刺激した。その結果『もしかしたら自分宛てかもしれないし』と自身に言い訳しながらついつい開封してしまった事こそが、ウェイバーの人生における一つの転換点になったのである。

 

 その中に入っていた『物体』はウェイバーの様なひよっこ魔術師ですら理解できる程の神秘の塊。大層曰くがありそうなそれを見たウェイバーの脳髄に瞬間的に『聖杯戦争』に関する情報が閃いたのは、時計塔がその話題で持ち切りだったせいもあるが、彼が夜な夜な聖杯戦争に参加してケイネスをズタズタにぶちのめす妄想をふけっていた事が大きいだろう。――彼の元に配送されたそれは紛れも無く英霊召喚用の触媒であった。彼の記憶によれば英霊召喚の触媒に付与された曰くや神秘がより強力であればある程、英霊の格にも期待が持てる。そして、ウェイバーが推察するに、これはケイネスが用意した触媒だと考えるのが妥当である。確かにその結論は、ウェイバーが知る限りにおいてこの時計塔で触媒が必要な男はケイネスしかいないのだから当たり前だ。

 そうして、ケイネスを見返すべくウェイバーは一大決心をした。この触媒を盗んで日本まで高跳びし、ケイネスを出し抜く形で聖杯戦争に参加することで、自身こそが最も優れた魔術師であると証明する事にしたのである。そうと決まれば善は急げ。ウェイバーは自身の有り金すべてと僅かな荷物を抱えて時計塔を飛び出し、一路日本の冬木市へと向かった。

 

 本来であれば時計塔に潜伏していた遠坂家の密偵に届く筈であったにも拘わらず彼の元に誤配された、『蛇の抜け殻の化石』と共に。

 

 

【002:Embezzlement case】

 

 

 そんな決心からさらに数日後。極東の片田舎に位置する冬木の街で、ウェイバーは毛布にくるまりながら『ウェヒヒ』と気色の悪い声を発していた。一見するとかなり危ない人だが、ウェイバーがそんな笑いを洩らすのも致し方ない程のモノが彼の手には浮かんでいる。其処にある三画の刻印こそは、ウェイバー・ベルベットが正式に聖杯戦争の舞台に上った証拠である『令呪』。サーヴァントに対する絶対命令権であるそれがあれば如何に強力な英霊であってもウェイバーの前に屈する筈なのである。

「ふふふ、むふふふふ……!」

 

 まるで片思いの相手から恋文を貰った乙女の如く、枕に顔を埋めてベッドの上をゴロゴロと転がるウェイバー。脳味噌は令呪によってサーヴァントをカッコよく従える自身の姿を早くも妄想し、瞼の裏には自身が聖杯戦争を勝ち抜く姿がありありと浮かんでくる。そんな彼の妄想の中では可愛い――青少年の皆様が一度は自身の恋人だったらと妄想する類の顔立ちの――少女がサーヴァントと自身が聖杯をその手に掲げていたり、ウェイバーが時計塔のロードになったりと実に愉快な現象が発生している。割とぱっとしない思春期を送った青年に特有の成功願望の凝り固まった様な妄想だが、こういう空想はしている本人には実に楽しいモノなのだ。

 

 だが、ウェイバーが本日20回目のムフフという声を漏らした次の瞬間。そんな妄想は、階下から響いてくる女性の声ですっかり醒めてしまった。

 

「ウェイバーちゃん、ご飯が出来ましたよ。早く降りていらっしゃい」

「……はーい。今いくよ、お婆ちゃん。ちょっと待ってて」

 

 階下の女性にウェイバーは気の抜けた返事を返し、ため息と共にベットから這い出す。下手に冷静になってしまったせいで先程までの自身の醜態にようやく気がついたらしく、その表情は苦々しい。ごほんと一つ咳払いをして、ウェイバーは気合を入れ直す。

 

「落ち着け、浮かれるな。僕はまだスタート地点に立っただけなんだ。僕、いや、私の優秀さを世に知らしめる為にも、此処は慎重になるんだ」

 

 鏡を見て自分にそう言い聞かせてから、ウェイバーは軽く身支度を済ませて階下で待つ老夫婦の元へと向かう。暗示を用いて冬木に住む外国人夫婦の家に転がり込むというのは、経済的にも隠密性からも中々悪くない手であったとウェイバーは自負していた。上げ膳据え膳の悠々自適たる生活を何のコストも無しに手に入れられるというのは、財布に余裕のないウェイバーにとって凄まじいメリットである。魔術には何かと金がかかるし、サーヴァントを召喚するにも様々な準備が必要で、それにも時間と金が掛かる。戦争において重要なのは補給線であるという言葉を、ウェイバーは此処に来て痛感していた。

 

 老夫婦と共に食卓を囲むウェイバーの脳内で今のところ最重要になっているのはやはり、生贄の問題だ。魔法陣を描くには水銀や溶かした宝石を用いる方法などもあるが、やはり生贄の血で以て陣を敷くのが手っ取り早くて簡単である。何より自然に分解される為、痕跡が残り難い。ウェイバーが見繕った召喚予定地は丁度雑木林の中にあるため、血液は地中の細菌の働きによって速やかに分解されるはずである。しかし、問題はこの日本という国では生贄の動物を手に入れるという行為が予想以上に難しい、という点だった。生きた鶏一匹が5000円と聞いた時のウェイバーの困惑は日本人にはわかるまい。時計塔ではあれほど簡単に無料で手に入っていた物が、この国では金を払わねば手に入らないのである。

 

 とはいえ、水銀を買うにはもっと手間がかかるし、宝石がウェイバーの手持ちの資金で買える訳がない。となると、だ。

 

「……腹をくくるしかない、か」

「ん? ウェイバーや、何か言ったかい?」

「あ、いや、何でもないよお爺ちゃん。ただの独り言だから」

 

 ウェイバーはここ数日でかなり上達した作り笑いと共にマッケンジー翁をやり過ごしながら、心の中で決断した。

 

――今夜、手近な鶏小屋から鶏を盗み出そう、と。

 

 

* * * * * *

 

 

 

 その日の晩。念の為、寝ている老夫婦に睡眠の魔術を掛けてから家を出たウェイバーは深山町にある養鶏場へとやってきていた。無論鶏小屋には鍵が掛けてあるのだが、魔術師の端くれであるウェイバーにとって、南京錠は大した障害にはならない。一分ほどで速やかに錠前をこじ開け、ウェイバーは持ってきていた香に火を付ける。充満する甘い香り。ラベンダーやカモミールなどのハーブを錬金術で精製したそれは、小屋の中の鶏を残さず眠らせるには充分な威力を持つ、霊薬である。その効果が、しっかりと及びきるのを待ってから、ウェイバーは雌鶏三羽を盗み出して麻袋に入れ、そそくさとその場を立ち去った。

 

 そう、そこまでは上手く行ったのだが。

 

 現在、ウェイバーは麻袋に入れた鶏を担いだ状態で全身に身体強化を付与し、夜の冬木を必死で逃げていた。その背後から追うのは、赤みがかった茶髪の青年。その手には、血みどろのナイフ。

 

 運の悪いことに、ウェイバーは此処最近冬木を賑わしている連続殺人鬼に遭遇してしまったのである。殺人鬼が偶々殺しに入った一家が畜産農家であり、ウェイバーはこれまた偶々その家の鶏小屋に盗みに入ってしまったのだ。

 

 まさしく不運。まさしく不遇。必死に逃げるウェイバーと追う殺人鬼。魔術回路を全力で回すウェイバーに分はあるが、ウェイバーは自身の本拠地であるマッケンジー宅を殺人鬼の標的にするわけにはいかないという点を加味すると、追いかけっこの勝負は五分五分といったところ。

 

 ウェイバーは可能な限り路地を曲がりくねりながら進み追跡を振り切ろうと足掻くが、殺人鬼の方も目撃者を逃がすまいと全力で追跡してくる。先程も述べたように追いかけっこならばその勝負は五分五分だ。しかしそこに地理知識の差が加わった事で、天秤は大きく傾いた。

 

 ウェイバーはせいぜい冬木に来て一週間。しかも基本は引きこもり。そんな彼が路地裏を走れば、どうなるかは明白だった。

 

「くそっ、行き止まりか! まずいぞ、早く逃げないと……」

「ふぅ。はい、ごめん。それ無理だから」

 

 ようやく追いついたと言うようにそう言って、背後から息を切らせた殺人鬼が迫る。デッドエンドでバッドエンドなその事実を前に、ウェイバーはもはや為す術もなく、壁を背にしてへたり込む。

 

 目前に迫る死の化身はぎらつく白刃を掲げ、ウェイバーの喉笛にナイフを――突き立てられなかった。

 

「そこで何をしているのですか!!」

 

 そう恫喝しながら此方に駆け寄ってくるのは、スーツ姿のサラリーマン。殺人鬼はその姿を横目で視認し、そちらに一瞬注意を向けた。へたり込んでいる青年よりも、突進して来るサラリーマンの方が脅威と判断したのか、それとも単に気になったのかは判らない。しかし、その隙はウェイバーにとって神の救いだった。

 

 まさしく脱兎のごとく、形振り構わずウェイバーは逃走。それを殺人鬼が見過ごす筈もないが、それより先にサラリーマンがウェイバーを庇うように割り込む。

 

「さぁ、早くお逃げなさい! 振り返らず、早く!」

 

 そう叫ぶサラリーマンの言葉通り、ウェイバーはひたすら走った。恐怖で小便を漏らしている事も気にせず全力で走った。

 

 そんなウェイバーの背後で、突き刺さるような鈍い音がする。

 

――あのサラリーマンがやられたのかもしれない。

 

 そんな考えをふり払うように、ウェイバーはより一層スピードを増してマッケンジー宅を目指す。

 

 故に、彼は最後まで自身を庇った人物を正視する事はなかった。

 

 

「――――捨て置け、ですか? わかりました、帰還します、マスター」

 

 そんな呟きと共にウェイバーの背後で『殺人鬼を一撃で殴り倒した』サラリーマンが、徐々にその輪郭を歪ませて夜の闇に溶けたことを知らなかったのは、彼にとって良かったのか、悪かったのか。

 

 それはまだ、判らない。

 



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003:In the winter castle.

 衛宮切嗣とその妻アイリスフィール。二人は聖杯戦争を創設した御三家の一角、アインツベルンの陣営に所属する魔術師である。そんな彼らは現在、今すぐにでも逃げ出したい思いを抑えながらアインツベルン城の礼拝堂に赴いていた。純粋培養のお嬢様であるアイリスフィールはともかくとして、歴戦の戦士である切嗣をして逃げを考える程の存在がその場所にいると言うのはピンとこない状況かもしれない。しかし、現状を理解している者であれば切嗣を臆病者と断じる事は出来ないだろう。普段であれば暗欝かつ壮麗な雰囲気を漂わせている筈の礼拝堂は今、一人の魔術師によって地獄の釜の底の様な劫火の怒りに満たされている。

 

 ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン、通称アハト翁。齢二百を超えるアインツベルンの生き字引にして、ホムンクルス創造においてはアトラス院すら超える技術を保有するアインツベルン第八代当主。彼の魔力は切嗣の数十倍とも想定される程のものであり、彼はまさしく大魔導師と呼ぶにふさわしい人物であると言えるだろう。――その大魔術師が、憤怒と共に周囲に魔力を撒き散らしているのだ。これで恐怖しないのは狂人くらいのものだろう。彼のまき散らす魔力が原因で半ば異界と化しかけているその礼拝堂で、二人は眼前の大魔導師が何故激昂しているのか判らぬままに冷や汗をかき続けていた。アイリスフィールは「私がなにか粗相をしてしまったのかしら……」と只管ここ数日の記憶を漁り、切嗣は「……僕が何かしくじったのか? いや、心当たりはない。となると聖杯戦争関連だが」と原因が何であるかをその脳細胞を総動員して思考する。そんな二人にとって年単位にも感じる数分間が過ぎた後、アハト翁は深呼吸とも盛大な溜息ともとれる大きな息を吐いて、その魔力の流出を抑えた。それでもまだ少しずつ漏れだしている辺り彼の怒りは収まっていない

様だが、貴族の当主としての自覚が八つ当たりし続ける事を良しとしなかったのだろう。彼は怒りで皺が寄った眉間を揉みながら、その口を開く。

 

「かねてよりイギリスはコーンウォールにて発掘させていた聖遺物が、盗まれた」

 

 その発言と共にまた怒りのタガが外れそうになるが、彼はそれをどうにかこらえて言葉を続ける。

 

「恐らくはマキリの仕業であろう。遠坂家の小童にあの警備を突破できるとは思えん。他の聖杯戦争参加者の手によるものという可能性もあるが……いや、犯人探しはよい。此度の聖杯戦争に参加してくる以上、いずれ犯人は自ずから名乗りを上げる事になるであろうしな。……しかし。……犯人が誰であれ、この私を此処まで虚仮にした以上、タダでは済まさん」

 

 彼がそう言った直後に漏れだした魔力の突風で、アイリスフィールのドレスが盛大にはためき、切嗣のジャケットがはだける。その嵐の様な怒りを抑える事無く、アハト翁は切嗣に祭壇に置いてあった二つの包みを押しつけた。身の丈ほどの長さの包みが一つ、腕一本分程度の長さの包みが一つ。その二つを切嗣がどうにか受け取るのを待たずしてアハト翁は切嗣に話しかける。

 

「衛宮切嗣。貴様の戦闘スタイル、性格等を加味した上でセイバークラスとして召喚しうる最良の駒を用意した。これはアインツベルンによる最大の援助と思うが良い。高い汎用性と、癖はあるが強力な宝具を持つ英霊だ。必ずや使いこなして見せよ」

「……痛み入ります、当主殿。……しかし、セイバークラスを狙うのであれば、この槍と思しき触媒はむしろ邪魔なのではありませんか?」

「……その点は攻略しておる。前回のエクストラクラス召喚時の術式とバーサーカークラスを指定する文言を改良し、セイバークラスを指定する文言を開発しておいた。……重ねて言えば、かの英霊は槍と剣を併用してこそその真価を発揮する。槍と剣の両方の触媒を用いるのはそれ故だ」

「槍と剣を持つ英霊、ですか?」

「左様。……かの英霊の名はディルムッド・オディナ。ケルトの英雄、輝く貌のディルムッドだ」

 

 そう言ってから、アハト翁は釘を刺すように切嗣とアイリスフィールに紅い双眸を向けて告げる。

 

「此度の聖杯戦争、一人たりとも生きて帰す事は許さん。間桐、遠坂、他のマスター、その全てを屠り、第三魔法『天の杯』を成就せよ」

 

 

【003:In the winter castle.】

 

 

 それから数分後。未だに怒っているらしいアハト翁から逃げる様に私室に戻った切嗣とアイリスフィールは、受け取った二つの包みを荷解きし、その中身に見惚れていた。普段は見惚れるということをしない切嗣も、流石に「宝具の現物」という奇跡と神秘の塊を目にして無反応ではいられなかった。目の覚めるような深紅の槍と、透き通るような翡翠色の片手剣。千年を超える歳月を経てもなお変質すらしない「本物の宝具」。大猪との戦いで破壊されたベガルタ、ゲイ・ボウは無いものの、英雄ディルムッド・オディナの宝具の半分が、今切嗣の手の中にある。

 

「本当にこんな物を掘り出してくるなんてね……。当主殿の本気を思い知らされた気がするよ」

「でも、おじい様はこれとは別にアーサー王の聖剣の鞘を探していたみたいだけど……。盗んだのはやっぱり、他の御三家かしらね」

「というより、当主殿の言う通り確実にマキリだろうね。……彼らが今回の聖杯戦争に本気になっているのは情報から見ても間違いない。それに何より、アインツベルンのホムンクルス十数体で護送していた聖剣の鞘を奪う、なんて芸当は遠坂家には無理だ。遠坂時臣は確かに優秀な魔術師だけど、まだ人間は辞めていない。その点、間桐臓硯は死徒一歩手前の化物。彼本人が出張ってきたならホムンクルスが敗北しても仕方ない。それに……」

 

 そう言って切嗣は机の片隅にあるパソコンのディスプレイに幾つかのテキストファイルを呼び出した。そこに記されているのは、切嗣が方々の伝手を使って手に入れた聖杯戦争参加候補たちのデータである。

 

「此処に書いてある通り、間桐は一年前に『遊学』させていた次男の間桐雁夜を本家に呼び戻して『当主補佐』に仕立て上げた。この雁夜という男は一年前まではしがない雑誌記者だったらしい。下手に一般人だったせいで完全にノーマークだったから、魔術師としての経歴はほとんど分からない。でも僕の見立てだと十中八九、今回の聖杯戦争に間桐はこの男を参加させる筈だ」

「……何故? 資料を見る限り本当に一般人にしか見えないわよ? 普通なら当主の間桐鶴野を参加させるんじゃないかしら」

「今回の襲撃で盗まれたのは聖剣の鞘だけじゃないんだよ、アイリ。ホムンクルスの死体も一体残らず持ち去られているんだ。そして、恐らくそれには意味があるはずだ。――――間桐家は、雁夜にホムンクルスから抜き取った魔術回路を植え付けて即席の大魔術師を生み出すつもりなんだよ」

 

 魔術師に備わっている魔術回路とは言うなれば内臓の様なものである。それを十数人分、しかも血縁でも無い死体から移植するというのは自殺行為に等しい行為だ。移植した臓器が免疫によって腐る様に、他人の魔術回路は体内で暴走し、寿命を削るに違いない。一応、臓器移植と同じく自己の免疫を抑制する薬剤を投与すれば寿命が減る事は無くなるが、ホムンクルスの死体から魔術回路を全て移植すればその数は数百本。それだけの数の魔術回路を無理矢理移植すればどちらにせよ肉体はズタボロになるだろうと容易に予測できる。――――そんな方法で命を圧縮して聖杯戦争に参加する間桐雁夜という存在は、一体いかなる存在なのか。アイリスフィールにはその部分がどうにも気にかかったのだが、切嗣が更に話を続けた事で、彼女は思索を打ち切って眼前のディスプレイへと意識を向けた。

 

「まぁ、間桐雁夜に関する予想は僕の憶測だから、其処まで気にする必要はないよ、アイリ。それよりも、個人的にはこの男の方が気にかかる。聖堂教会からの参加者、言峰綺礼。こいつは聖杯戦争監督役の言峰璃正の実子だったから経歴も簡単に手に入ったんだ。それが、少し異様でね」

「……私には少し多芸な男にしか見えないけれど。確かに聖堂協会の神父が魔術を使うのは珍しいわよ? でも、それを言ったら埋葬機関の第五位なんて死徒二十七祖だし……」

「ああ、いや。僕が言いたいのはそう言うことじゃない。こいつは、あらゆる学問や技能を片端から試して、恐ろしい程の修練によってすぐに努力で行ける限界まで辿りつくんだ。だけど、その後はまた別の事を始めている。……言峰綺礼は自分が夢中になれるものを探し求め、それが判らない事に絶望しているんだよ。まるで限界まで飢えた狼の様なこのあり方が、僕には恐ろしいんだよ、アイリ。……もしこの男が聖杯を手に入れてしまったら、聖杯という願望機の能力を絶望で駆動させかねない気がしてね」

 

 そう言って切嗣は暗い表情を浮かべ、目を閉じる。そんな夫の姿にアイリスフィールは話題を変えるべく、問いを投げた。

 

「大丈夫よ、あなた。私が預かる聖杯を得るマスターは貴方だけ。他の誰でも無い、貴方だけ。……ねぇ、話題を変えましょう? 他のマスターはどういう顔ぶれなのかしら」

「……ああ、すまない。今分かっているのは遠坂家の遠坂時臣と、時計塔のケイネス・エルメロイ・アーチボルトだね。……遠坂時臣は火属性の優秀な魔術師で――――」

 

 かくして冬の城で繰り広げられる、夫婦の作戦会議は続く。天の杯への挑戦者が揃うまでに残された刻限は後少し。戦争は準備段階で勝敗が決定する。たった七騎であるとはいえ、一騎が万軍に匹敵するサーヴァント同士の激突が繰り広げられる以上、聖杯戦争はまさしく戦争だ。その闘いに赴く為の準備は、やり過ぎても損は無い。

 

 

 いざ戦いが始まれば、こうして二人で語らう機会も、無くなるのだから。

 



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004:Look before you leap.

お久しぶりです。


 聖杯戦争を目前に迎える冬木の街。その土地のセカンドオーナーたる遠坂家では、いよいよもって聖杯戦争への準備が本格化してきていた。妻と娘を実家に戻す手はずを整え、召喚に使う触媒を用意し、来る日に備えて魔力を練り上げる。そんな準備の中で、遠坂時臣は”うっかり”触媒の受け取り先を間違えてしまった。本来であれば時計塔にいる遠坂家の間諜が受け取る筈だったその触媒は、時臣の不備によって時計塔の何処かの研究室へと誤送されてしまったのである。

 

 だが、そんな影響を感じさせない程に、今日も時臣は余裕の態度で優雅に過ごしていた。

 

 さて。何故彼が落ち着いていられるのかと言えば、それはこの事件が予想済みだったからに他ならない。その予想を可能にしたのは、魔術師ならではのノウハウであった。

 

 現在の世界において魔術が科学に様々な面で劣りつつある事は、魔術師たち自身も認める所である。しかし、幾つかの分野では未だに魔術師は科学者の一歩先を行っているというのも、また事実だ。

 

 その内の一つが、魔術回路などの研究から派生した遺伝学である。

 

 「起源」、「魔術特性」、「魔術回路数」、etc……。魔術師たちは古来よりあらゆる側面にから遺伝を研究し、よりよい後継者を生み出すべく努力してきたのだ。そのノウハウは、遠坂家においても開祖の代より継承されている。

 

 故に、遠坂時臣は自身が触媒の受取先の指定を間違えていた事に気付いた際、弟子の綺礼が驚くほどに冷静だった。遠坂家が代々の素養として「此処一番で間違いを犯す」特性を保有している事は、知識的にも経験的にも既知の事であったからだ。一種の「起源」とも言えるこの特性を発動させない、というのは不可能に近い。それ故に時臣は「常に次善の策を打っておく」事でこの突発性の「起源」に対応していた。

 

 今回の場合で言えば、事前に用意していた二種類の触媒がそれにあたる。そのどちらもが『本来手に入れる筈だった触媒が他者の手に渡った場合』を想定した触媒であるのは当然のこと。

 

 更に今回の聖杯戦争における遠坂陣営には、言峰綺礼の協力という大きな優位性がある。なにしろその二体を同時運用することが可能であるのだ。時臣と綺礼の公算では、防御力でサーヴァントの攻撃を絶え凌ぎつつマスターの首級を上げるという作戦ならば十分に「例の触媒」で召喚される英霊に対応出来る筈であった。

 

 そんな考えから時臣は綺礼に『アサシン』を少々変則的な方法で召喚させ、今晩にも自身が『セイバー』を召喚する腹積もりで居るのである。

 

 

【004:Look before you leap.】

 

 

 そして、その下準備も既に終えた現在。彼は家訓の通り優雅な午後のティータイムを過ごしていた。勿論、弟子の綺礼も同席している。それは遠坂邸でよく見かける日常の一コマ。だがしかし、其処には普段とは異なる点が一か所あった。

 

 サーヴァントと思しき一人の女性が同席している事である。

 

「綺礼、『アサシン』の調子はどうだ。召喚から数日経ってみて気になる点などは無いか?」

「私としては特にありません、師よ。常に魔力を消費するとはいえ、負担は微々たるものといえるでしょう。私はもともと戦闘等にそれほど魔力を消費しませんので。……アサシン、お前はどうだ。正直な意見を聞かせて貰いたい」

「宝具や身体能力の確認も兼ねて市街の散策をしておりましたが、これと言って不調はありませんよ、綺礼。……強いて言うならば、作戦とはいえ宝具の常時展開には未だ少し慣れませんね。所作などが粗野な物になっていなければ良いのですが」

 

 そう返すアサシンの所作にはしかし本人が申告する様な粗は無い。其処に居るのは優雅にカップを口に運ぶ『ナチスドイツSS将校』であった。

 髑髏の襟章と帽章、赤地に鍵十字が描かれた腕章が特徴的なその黒服は、未だに世界中で忌み嫌われる「悪の象徴」。大戦から未だ半世紀しか経たぬこの世界において大凡「英霊」とはみなされないだろうその姿。しかし『彼女』は紛れもない神秘の気配をその身にまとっている。

 

「街を散策と言ったが、まさかその姿を晒したのかアサシン?」

「時臣殿、その点はご安心を。仮にもアサシンとして召喚された以上、非戦闘状態の私を捉える事はたとえ如何なるサーヴァントといえども不可能ですから」

「そうか、ならばその調子で他のマスターなどを捜索しておいてくれ」

 

 そう言ってから時臣は再びカップに口を付ける。と、その時。彼の背後に設置されていた振り子状の装置が独りでに動き出し、真下に置かれていた紙に文章を刻み始めた。遠坂家伝来の宝石による遠隔通信である。

 その送り主はロンドンにて時計塔を探っている遠坂家の間諜。内容は参戦するであろうマスターについて。極めて重要度の高い情報であるがゆえに魔術的手段によって情報を送信する事としたらしい。

 時臣はその文書を簡易な火の魔術で即座に乾燥させ、綺礼とアサシンにも見える様にテーブルに並べる。弟子である綺礼にも文書の受け取りを任せない辺り、振り子状装置の扱いは宝石魔術を修めている者以外には存外難しいのだろう。

 

「時計塔のロードエルメロイはアレキサンダー大王を呼ぶつもりらしいな。アレキサンダーといえばかなりの大物だが……。クラスはやはり、ブケファロスの伝承からライダーとみるべきか……。君はどう思う、綺礼」

「……酒に酔って部下を刺殺した伝承からバーサーカークラス、ゴルディアスの結び目を剣で断ち切った逸話からセイバークラスの適性も無くは無いかと。ロードエルメロイはセイバークラスでの召喚を狙うと思われますが」

「ふむ。確かにその可能性は高いか。……しかし、真名が把握出来た以上、脅威では無いだろう。さて、他の情報は……アインツベルンの雇った下劣な殺し屋と雁夜についてか。正直に言えば重要とも思えないが」

「殺し屋、ですか?」

 

 疑問を口にする綺礼に対し、時臣は苦々しげな顔で説明を付け加える。

 

「ああ、”魔術師殺しの衛宮”だよ。魔術師でありながら大凡魔術師らしからぬ手段で魔術師を殺す、暗殺者の様な男……。君も聞いた事はあるだろう?」

「ええ。その名前は代行者をしていた頃に聞いた覚えがあります。魔術協会上層部の依頼で封印指定の魔術師を狩っていると聞きましたが」

「そう、その衛宮だ。どうやらアインツベルンが奴を陣営に引き込んだらしくてね。その資料を送って貰った訳なんだが、如何せん量が多い」

「師よ、それでしたら私が情報を整理しておきましょうか?」

「ああ、そうしてもらえると有難い。私は今夜の召喚の準備があるからね」

 

 そう言って時臣は紅茶を飲み干すと、綺礼に書類を託してソファから立ち上がった。つかの間の休息に別れを告げ、自身の工房で聖杯戦争の準備に勤しむ日々に舞い戻ろうとする時臣。彼に続いて綺礼とアサシンも席を辞し、時臣の工房とは逆の方向に当たる居間側の廊下へと退出する。

 

 その先で、綺礼はキャリーバッグを引き摺る妹弟子に遭遇した。

 

「……凛。随分と大荷物のようだが、手を貸そうか?」

「結構ですわ。これぐらい一人で運べます」

 

 そう言って小さな体で大きな荷物を引きずる小さな令嬢。しかし彼女の台詞を無視するように、アサシンはキャリーバックをひょいと持ち上げた。

 

「凛殿、人を頼るのもレディの仕事ですよ。どうぞ私にお任せを」

「あっ……ちょっと綺礼! 余計なことさせないでよ!」

「なぜ私を責める。アサシンが勝手にしたことで、私は何も命じていないのだが」

「なお悪いわよ! 自分のサーヴァントを制御できてないの?」

「いやいや制御しているとも。……私は凛を手伝うなとは命じていない、というだけだ」

「やっぱりあんたの差し金じゃないっ!」

 

 頬を膨らませて抗議する妹弟子、もとい遠坂凛の姿に綺礼は自然と笑みをこぼす。この少女を相手にするとついついからかってしまうのが彼の悪い癖だ。折角被った猫を引きはがされる凛の身からすれば堪ったものではないが、『嫌いな』綺礼はともかくアサシンの好意は素直に受け取っておくべきだと感じたのか、彼女はアサシンを引き連れて玄関の方へと向かって行った。

 

 それを見送ってから、綺礼は遠坂邸の居間へと移動して時臣から受け取った資料に目を通す。師が下劣と評した男――衛宮切嗣。

 

 彼に関する資料を、綺礼は一枚一枚、丹念に読み込んでいく。

 

 ――その口角を、本人ですら気付かぬ程度にゆるめながら。

 



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005:Summons of the Servants.

――――結論から言うと、個人、或いは人類としての間桐雁夜は既に死亡している。

 

 髪は白くなり、血の気の失せた肌には黒い静脈が浮かんだ醜悪なものに変化した。初見で彼がゾンビの類でないと見抜くのはほぼ不可能、と言ってしまえる程にその姿には生気が無い。しかし、その瞳だけはどろりとした執念を宿して仄暗い炎を宿している。

 

『呵々、お主の肉体も存外しぶといの?』

「俺に、死なれたら……困るのはテメェだろ、クソジジイ。……俺を苗床にしたんだからな」

『お主の計画に少々儂が手を加えてやった結果じゃろう? 本来死ぬはずであったお主を生かしてやるのじゃから、感謝せい』

「……きゃーおじーさまやさしー。かりやかんげきー」

『――――お主のひねくれ方は可愛げがないのぅ』

「……アンタに、似たからな」

 

 かすれた声でそんな会話を行う雁夜の肉体は、既に九割九分九厘が人間のそれではない。アインツベルンのホムンクルスをベースにした刻印虫を大量に植え付けられ、皮膚や毛髪以外は、全てが蟲に置換されているのである。既に雁夜の肉体には脳や心臓すら存在しないにも拘らず、雁夜が意識を保てている理由はただ一つ。

 

――――雁夜の意識は、臓硯の手により一匹の『脳蟲』に移植されているのだ。

 

 最早人間ですらない蟲の塊と化した雁夜。その肉体は現在、『雁夜』と『臓硯』の二匹が同居する、奇妙な生物になっている。雁夜は自身が蟲となってから知った事なのだが、臓硯はとうの昔に自身を蟲に改造していた様なのだ。それによって、一つの肉体に二人の意識がタンデムする事が可能になっている訳だ。肉体を操縦するには意識が二つあるというのは寧ろ欠点であるのだが、その問題は『臓硯は基本的には身体を操縦しない』という取り決めによって解決されている。

 

 しかし、これだけでは単に雁夜が二重人格まがいになっただけであり、臓硯にも雁夜にもまるで利益が無い。主観的にも客観的にも不便極まるだけである。

 

 にも拘らず、二人三脚じみた曲芸を二人が選択したのは、雁夜のアイデアをもとに臓硯が計画した大仕掛けの為に他ならない

 

 仕込みは上々。雁夜の手には令呪が宿り、念願の聖遺物も入手できた。

 

 ――――――そして今宵、間桐は過去最強のサーヴァントを召喚する事で、その計画を完遂する。

 

 

【005:Summons of the Servants.】

 

 

 間桐邸の本体とも言える地下工房、蟲蔵。平時であれば無数の虫が蠢き、這いずり、繁殖しているその場所は、今日に限って完全な静寂で満ちていた。

 

 その中で、間桐雁夜は脳裏に響く臓硯の指示通りに黙々と魔法陣を制作している。当然ながら時期的に彼が描いているのはサーヴァント召喚用の魔法陣の筈なのだが、その規模は蟲蔵の床全面を利用した大規模なもの。サーヴァントシステムの生みの親である間桐臓硯が頭脳を総動員して設計したそれは、サーヴァントの性能強化と言うよりは、召喚時にある特性を付与する事に重きを置いている。

 

 『狂化』。バーサーカークラスを指定する事によって付与されるそのスキルを強制的に刻み込む為の魔法陣は、雁夜の手によって既に最後の調整段階に入っている。陣の構成素材はこの日の為に英国コーンウォール州ドズマリー・プールから取り寄せた湖水に魔術的処理を加え、それを元に作ったインク。水の魔術属性を持つ間桐との相性は良好であり、魔力の伝導に問題は無い。召喚に使用する魔力も大量の肉――雁夜の意向により人肉ではなく豚肉――をたらふく食った事で充足しており、後は雁夜と臓硯の魔力が最も高まる深夜を待つばかり。やるべき事をなし終え、ふう、と一息吐いた雁夜は、蟲蔵の階段に腰掛け、魔力を静かに練り上げ始めた。

 

 

* * * * * *

 

 

 同時刻。冬木市深山町のとある雑木林において、ウェイバー・ベルベットは鶏の血で刻んだ魔法陣を前に、最後の仕上げに取り掛かっていた。

 

 新都にあるホームセンターで購入したパイプ椅子を魔法陣の脇に設置し、その上に慎重に蛇の抜け殻の化石を安置する。

 未だにウェイバーはこれが何の英霊の聖遺物かを判別できずに居たが、ヘビにまつわる英霊はさほど多くは無い。おそらくは赤ん坊の頃にヘビを絞殺したヘラクレスや蛇の杖をもつアスクレピオス辺りが召喚されるのではないか、というのが彼の見立てだ。

 

 もしそうであるなら、いずれも神霊の域に片足を突っ込んだ大英霊。そのぐらいなら『天才』たる自身の使い魔にふさわしい、などと考えて、ウェイバーは「にへら」と緩んだ笑みを浮かべた。深夜の寒さも彼の頭を冷やすには力不足らしく、ウェイバーは召喚予定時刻までその腑抜けた笑顔を垂れ流す羽目になる。

 

――――彼の人生において、この時の記憶は生涯悶える程の黒歴史として刻まれる事になる。彼はまだ、その原因を知らない。

 

 

* * * * * *

 

 

 同じく冬木市深山町に存在する遠坂邸。此処でも召喚の準備は最終調整を迎えていた。

 

 時臣が用意した触媒は、聖堂教会から借り受けた二重の意味で『聖遺物』と呼べる物。――――ジャンヌ・ダルク本人が掲げたフランス軍旗である。聖人に認定されたその英霊を召喚する事が出来れば、聖杯戦争において実に有益なスキルである『聖人』の入手が期待できる。

 

 溶解した宝石を用いた魔法陣は既に魔力によって活性化し始め、いつでも召喚を行うことができる状態となっていた。準備は綺礼の協力もあって滞りなく行われ、後はサーヴァントを呼び寄せるだけである。危惧された「うっかり」も既に触媒を誤配するという特大のミスを犯した為か発動せず、文字通り準備万端の状態で時臣は召喚へと臨む。その傍らには、今回の協力者である言峰親子とそのサーヴァントたるアサシンが静かにその時を待っていた。

 

 

* * * * * *

 

 

 同時刻、といっても時差の関係でまだ明るいアインツベルン城。その一角でも、召喚の儀式が執り行われつつあった。

 

 『破魔の紅薔薇』と『大いなる激情』。発掘された二つの宝具が祭壇に据え置かれ、水銀を用いた魔法陣が切嗣の魔力を受けて燐光を放ち始める。見守るアイリスフィールが思わず「そんなに簡単な儀式で良いの?」と問うてしまう程に、切嗣の魔術はシンプルに洗練されている。魔術使いならではの飾り気がない術式だが、今回はそこに一つだけアレンジが加わっている。

 

 アハト翁が編み出したセイバー召喚呪文。試す術がない以上、ぶっつけ本番で使用するその呪文に、流石の切嗣も若干の不安を感じている。しかし、御三家の一角たるアインツベルンの長が考案した術を使用するのに否やは無い。

 

 切嗣は、深呼吸をすると魔術回路を励起させ始めた。

 

 

* * * * * *

 

 

 間桐邸、雑木林、遠坂邸、アインツベルン城。異なる四つの魔法陣に、異なる四人の魔術師が魔力を流したのは、奇妙な事に全く同時だった。

 

 今宵、聖杯は英霊の座への扉を開き、人知を超えた英霊をこの世に呼び戻す――――!

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 時臣の詠唱と共に周囲に莫大な魔力が満ち溢れる。吹き上げる炎の様な魔力の昂りに、綺礼の法衣がはためいた。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ満たされる時を破却する」

 

 ウェイバーの魔力は他の魔術師と比べて決して多くは無い。しかし、彼の詠唱と魔力放出を感知してか、危険を感じた鳥たちが周囲の木々から飛び立っていく。

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に、『汝の剣は我が誓いに』。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 切嗣は、改変された詠唱を正確に唱えつつ、自身の魔力を陣に流し込んでいく。それに呼応して発光する魔法陣が、冬の城を真昼のように照らし出した。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者。『されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし物。我はその鎖を手繰る者――』」

 

 雁夜と臓硯の詠唱が蟲蔵に響き渡り、変則的なダブルマスターによる召喚に、大規模な魔法陣がうなりを上げる。

 

 

――――そして、各地に奇跡は顕現する。

 

「汝三大の言霊を纏う七天」

「抑止の輪より来たれ」

「天秤の守り手よ――――!」

 

 

 溢れる閃光。噴きだす蒸気。吹き荒れる暴風。起動した魔法陣は、各々の魔術師の元へ、各々の騎士を呼び寄せる。

 

 甲冑を着込んだ偉丈夫が、時臣に問う。

「問おう、汝我がマスターなりや?」

 

 黄金の絶対王者が、ウェイバーに問う。

「おいそこな雑種、いや、溝鼠。よもや貴様が我のマスターとは言うまいな……?」

 

 端整な美丈夫が、切嗣とアイリスフィールに問う。

「問おう、貴方が俺のマスターか?」

 

 そして黒い暴君が、雁夜に問う。

 

 

 

「虫風情が私を呼ぶとはな。――――――ところで、貴様に竜を従える度胸はあるか?」



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006:King laugh, Boy lament.

 一体、どうして、こうなった。

 

 何度目かもわからない自問自答と溜息。ウェイバー・ベルベットは本革張りのソファの上で、空になったコップを握りしめつつ、沈痛な面持ちでうつむいている。そんなウェイバーの手からそっとコップを取り上げ、オレンジジュースのお代りを注いでくれる美女。彼女はこの店のナンバー2との事らしく、その所作はウェイバーの素人目にも洗練された物であると判る。そんな彼女が注いでくれたオレンジジュースをチビチビと飲みながら、ウェイバーは自分の隣で美姫を侍らせながら飲み食いするサーヴァントを窺って、もう一度溜息を吐く。

 

 現在、ウェイバー・ベルベットとそのサーヴァント『英雄王ギルガメッシュ』は、冬木の街で一番の高級クラブを訪れていた。

 

「本当に、どうして、こうなった……」

 

 

【006:King laugh, Boy lament.】

 

 

 そもそもの始まりは数時間前、ウェイバーが首尾よく召喚を成功させた直後の事。召喚と共に吹き荒れた暴風に思わず尻餅をついたウェイバーは、魔法陣から現れた黄金の英霊を見上げて自身の勝利を確信した。

 

 琺瑯が施された黄金の甲冑は闇夜にあって太陽のように輝き、逆立った金髪は燃え上がる炎のよう。端整な顔とそこに輝く紅い瞳は、何処か蛇のような印象をウェイバーに抱かせた。そんな青年の姿で魔法陣の中に佇んでいる英霊の圧倒的存在感と、彼から放たれる絶大な神秘。神に限りなく近いその存在の力があれば、ウェイバーは容易く聖杯戦争の覇者と成る事が出来るに違いない。

 

――――だがしかし。ウェイバーはその確信を得た直後、自身に向けられた絶対零度の王者の覇気に失禁する羽目となった。

 

「おいそこな雑種、いや、溝鼠」

 

 絶対者から意識を向けられただけで、ウェイバーの存在は軋みを上げた。先程までの自信は既に塵すら残さず消し飛んで、ウェイバーは容易く自身の平凡な本性を露呈する。全身の筋肉が強張り、歯がガチガチと耳障りな音を立てる。先程まで感じていた夜の肌寒さを思い出せない程に、ウェイバーは王のたった一声で魂の底から凍えてしまった。

 

「よもや、貴様が我のマスターとは言うまいな……?」

 

 王の口から紡がれるその問いに返答しようとするのだが、ウェイバーの口は溺れるようにパクパクと動くばかり。涙と鼻水と小便を垂れ流しながら喘ぐウェイバーの姿は、あまりに無様で見っとも無い。それを暫く蔑む様な目で見ていた黄金の王はその視線から興味の色を消失させ、『虚空からひと振りの剣を取りだした』。飾り気がないごく普通のその剣を弄びながら、王はウェイバーを罵った。

 

「つまらんな、貴様。我を呼び付けるとなれば、さては稀代の賢者か稀代の馬鹿かと期待したのだが、これでは単なる凡夫ではないか。……我に無駄足を踏ませた不敬を恥じて――――死ね」

 

 振り上げられた剣はウェイバーの首を正確に狙い澄まし、無慈悲に落下を開始する。いわゆる走馬灯の類なのか、死を悟った恐怖からか、ウェイバーにはそれがひどくゆっくりとした動きに見えた。

 

 加速する思考の中で思い起こされるのは、今までの人生。自身の平凡さを隠すように周囲を見下し、全てを周囲のせいにしてきたその道筋は、ウェイバーの胸に後悔の念を抱かせた。「もっと素直に生きればよかった」「もっと真面目に人の話を聞けばよかった」「もっと謙虚であればよかった」「もっと――――自分に向き合えばよかった」。溢れだすその思いは、死を眼前にして、一つの思いに収束する。

 

――――まだ、死ねない!

――――死にたくないッ!

 

 加速された思考の果てに、ウェイバーは咆哮する。

 

「こんな所でッ! 死んでッ! たまるかァァァッッ!」

 

 そして窮鼠は、獅子に噛みついた。

 

 

* * * * * *

 

 

「ふはっ、ふははっ、ふははははははッッ! よいぞ、溝鼠! 貴様の執念と道化っぷりに免じて我を呼び出した無礼を許そう!」 

 

 雑木林の中で、黄金の王は嗤う。その眼前に色々汚い恰好で白目を剥いているのは、彼のマスターたるウェイバー・ベルベット。倒れ伏した彼の手の甲には『使用済みの令呪』が三画。死を前にしたウェイバーは令呪三画を重ねた勅令として、黄金の英霊にある一つの命令を叩きつけたのである。

 

 それは端的に言えば『自身の救命』。ウェイバーはその令呪全てで持って、サーヴァントに『ウェイバーの命を守る』という命令を飲ませたのだ。それによって、振り下ろされた剣はすんでの所で停止し、ウェイバーは九死に一生を得る事と成った。そしてその切り札全てをぶちまけた恥も外聞もない命乞いが笑いのツボにハマった結果として、先程黄金の王は爆笑したというわけである。

 

「はははははッ! クハッ! ゲホッゴホッ……おえっふ」

 

 さんざん笑って終いにはむせた黄金の王は、虚空から取り出した水差しで喉を潤してようやく笑いを止め、気絶したウェイバーを踏みつけて叩き起こした。「ぐおぇ」という叫びと共に意識を回復させたウェイバーに向け、王は高らかに宣言する。

 

「喜び、そして感謝せよ、溝鼠。我は『ライダー』クラスのサーヴァント、ギルガメッシュ。貴様に我の無聊を慰める栄誉を与えよう!」

 

 かくして、理不尽な金ぴか王ギルガメッシュは、冬木の街に暫し留まる事と相成ったのである。

 

 

* * * * * *

 

 

 そして、場面は現在へと戻る。

 

 スクリーミング・イーグル、ハーディー・ペルフェクション・コニャック、花薫光。いずれも最高級の酒をまるで缶ビールか何かのように飲み干すギルガメッシュは、クラブの美女を侍らせて実に悠々と過ごしていた。無論、隣で縮こまっているウェイバーの所持金でこの店の代金が払える訳もないので、ギルガメッシュは『打ち出の小槌』を用いて適当な量の金銀財宝を出し、日本円に換金している。この店に来るまでに小便垂れのウェイバーに着替えと称してスーツ一式を買い与えたり、一括払いでランボルギーニ・ディアブロを購入したりと馬鹿げた散財をしているにも拘らず、彼の金が尽きる様子は無いあたり、何らかのスキルが働いているらしい。

 

 そんな成金チックな振る舞いをしているギルガメッシュ。彼は聖杯戦争に関して言えば、完全に無気力であった。彼に聖杯に掛ける願いなどは無いし、そもそも聖杯程度ならば『既に数個持っている』。今さら奪い合うメリットがさらさらないのだ。強いて言うならば彼のコレクター魂が多少くすぐられる気もするが、現世での『暇つぶし』に勝るかといえば今のところはそうでもない。面白いペット――二足歩行する世にも奇妙な溝鼠(♂)――も手に入り、彼の時代には無かった珍妙な事物もごまんとある。それならば、暫しはこの俗世間で遊興に耽るとする。というのがギルガメッシュの決定だ。

 

 その手始めとしてこうして現世の安酒――英雄王個人の感想です――を飲んでいるわけなのだが。

 

「おい、溝鼠」

「ひっ! な、なな、なんだ?」

「酒がまずくなる故、その貧相な面にこの世の終わりの様な表情を浮かべるのをやめよ。我はすでに許すと言った。不敬を恥いるのは殊勝な心がけだが、行き過ぎればそれこそ不敬であるぞ」

 

 そんな彼の台詞に、ウェイバーはますます何とも言えない顔をしてオレンジジュースを啜る。ウェイバーが思い悩んでいるのは令呪を全画消費してしまった事である。そこに頓珍漢な事を言われたモノだから、ウェイバーがそんな面になるのは仕方ないことだろう。

 

 夜の蝶たちに囲まれた二人は、何処までも真逆に夜を過ごしていく。そんな中で、ウェイバーは更にため息を重ねていくのであった。

 

 

 

「いい加減にせねば禿げるぞ、溝鼠」

「……そうだな、禿げるかもな、うん。……はあ」



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007:Knight became a warrior.

野暮用があったせいで遅れました。それに伴い今日は少し分量が少ないです。


「あははっ! たかーい!」

「ははは、あんまりはしゃぐと落っこちるぞ、イリヤ」

「大丈夫! キリツグの髪の毛掴んでるから!」

「……僕はまだ禿げたくないなぁ」

「なら落とさないようにすればいいのよ! さあ、しゅっぱーつ!」

 

 白銀の少女を肩車し、雪の中を駆ける衛宮切嗣。魔術師殺しと恐れられる男も、愛娘の前では一人の父としての素顔を見せる。優しげに笑うその姿は、彼の本性が善性のものである事を示していた。切嗣が駆けまわるたびに彼に乗るイリヤスフィールは歓声を上げ、輝くような笑顔を見せる。

 

 

【007:Knight became a warrior.】

 

 

 そんな親子の戯れを、城の窓から見守る橙の眼差しがあった。

 

 窓辺に佇むその青年は、輝く様な美貌に優しげな笑みをたたえ、静かに切嗣とその娘を見つめている。身体に吸いつくように設えられた独特の装束と、革製の腰巻。鈍く光る鋼の肩当てと小手、戦闘用ブーツといった最低限の防御以外をさっぱりと捨てたその格好は、彼の戦闘スタイルが俊敏さに重きを置いた物だと主張していた。そんな彼に背後からアイリスフィールが声をかける。

 

「何を見ているの、セイバー?」

「……主とご息女が戯れておられたので、つい」

「あら、もしかして意外だった? 切嗣は割とむすっとしてるものね」

「いえ、そう言う訳では。ただ、少し、懐かしく思ったまでです、アイリ様。……俺も幼いころは養父にああして遊んでもらいました」

「……貴方が?」

「はい。エリンにも良く雪が降りますから。……確か、現代ではアイルランドと呼ばれているのでしたか」

 

 そう懐かしげに語るセイバーに、アイリスフィールは安心したように微笑んだ。

 

「よかった。切嗣を嫌わないでくれて」

「……はて? 何故そう思われたのですか、アイリ様?」

「だって、あの時切嗣は貴方に酷いことを言ったもの」

 

 アイリスフィールはそう言って、不安そうな顔をセイバーに向ける。彼女が気に病んでいたのは、セイバーが召喚された直後に行われた『作戦会議』についてだった。

 

 

* * * * * *

 

 

「俺に聖杯に掛ける願いはありません。――――強いて言うなら今生の主に忠を尽くし、騎士としての名誉を全うする。それが俺の願いです」

 

 召喚から暫く後、アインツベルンの冬の城にある切嗣の私室において行われた作戦会議。サーヴァントとマスターの認識をすり合わせる目的で行われたその会議で、聖杯に掛ける願いは何かと切嗣に問われたセイバーは、迷うことなくそう述べた。その回答に切嗣はその眉間に皺を寄せ、大きく溜息を吐く。――――英霊は聖杯から最低限の現代知識を与えられて現界する。だが、その『最低限の知識』という点に引っかかった切嗣は、こうしてサーヴァントと自身の知識に差異が無いかを確認する事にしたのである。そして案の定、一発目から大きな齟齬が発生した。

 それを正すべく、切嗣は口を開く。――――齟齬を修正するのなら、早いに越した事は無いのだ。それが、サーヴァントの誇りを踏みにじる事であっても。

 

「セイバー。その願いは叶わない」

 

 その明確な否定の言葉に、セイバーは暫し面食らった後に、切嗣に問う。

 

「……では主に、俺の忠誠を受けとってはいただけないのですか?」

「そうじゃない。僕にはセイバーの協力が必要不可欠だ」

「でしたら……」

「だが、問題なのはそこじゃない。……騎士の誉れなんてものは、もうとっくに無いんだ」

「なっ――――!? 主、それは一体どういう?」

 

 困惑するセイバーに、切嗣は静かな、しかし微かに怒りのこもった声で説明する。

 

「もう、世の中は騎士が誇りを駆けて戦う時代じゃない。――――今の世の中じゃ、戦争は地獄なんだよ。卑劣と罵られようが、後ろ指を指されようが、お構いなしにとにかく敵を殺すだけ。罪のない人々ごと街を消し飛ばしたり、森に毒を振りまいたりするのが、今の戦争なんだ。――――だから、セイバー。君の願いは、叶わない。嘘だと思うなら、此処にパソコンがあるから、ネットで好きに調べてみると良い。長崎と広島の原爆、ベトナム戦争の枯れ葉剤。どれもこれも、今の戦争が生み出した地獄だ」

 

 そう吐き捨てた切嗣は、心底不快そうな顔でインターネットの情報を引きずり出し、セイバーの前に見せつける。それを見たセイバーは、暫しその情報を読み込んで、ガクリと項垂れる様に席にへたり込んだ。しかし、切嗣は追い打ちをかける様に淡々とした声で真実を告げる。

 

「聖杯戦争は、表向き七人の魔術師による決闘だとされている。だが、その正体は結局のところ戦争なんだ。――――それを理解できないものは、この戦争を生き残れない。」

 

 切嗣の言葉に、セイバーはただただ俯いて瞑目する。

 

 その姿を、アイリは見ている事しかできなかった。

 

 

* * * * * *

 

 

 そんな事があった以上、セイバーは切嗣を恨んでもおかしくない筈なのである。何しろ自分自身の願いを否定され、それが叶わないと見せつけられたのだ。にも拘らずセイバーは、そんな事は無いと言いきった。

 

「――――俺は主に感謝しています。あのまま戦っていれば、俺はまた道を誤っていたでしょう。……そもそも俺の願いは『もし再び生を受ければ、今度こそ忠誠に殉じたい』というただ一つ。主が騎士道を厭うならば、俺は騎士ではなく戦士として主に仕えるまでです。敵を背後から討てと言われれば討ちましょう。人質を取れと言われれば取りましょう。――――今生こそ、俺は主に忠節を捧げたいと願ったのですから」

 

 覚悟を決めた表情に迷いはない。セイバークラスの英霊、ディルムッド・オディナ。フィオナ騎士団の騎士だった頃の彼は既に死に、今ここにいる彼は衛宮切嗣に従うただ一騎のサーヴァントと成ったのである。

 

 その決意を前に、アイリスフィールは安心したように瞑目すると、ぽつりとつぶやくように言った。

 

「ねぇセイバー。切嗣は、本当は優しい人なの。……ただ、彼は、優し過ぎるからこそ、世界の残酷さを許せなかった。だからこそ、それに立ち向かう冷酷さを手に入れなくてはならなかったの。――――お願い。あの人の願いを叶えてあげて。恒久的世界平和。人類には不可能なそれを叶える為に、きっと切嗣はどんな手でも使うと思う。それこそ、悪魔の様な手段を取るかもしれない。それでも、それでもあの人の味方でいてあげて欲しいの」

 

 そう懇願するアイリスフィール。その思いに答える様に、セイバーはアイリの前に跪いた。騎士道を捨てた彼に出来る最大限の服従の証。窓から差し込む陽光が、その姿を絵画のように引き立てる。

 

 

 

「このディルムッド・オディナ、我がゲッシュに従い、その命を必ず果たして御覧に入れましょう」

 

 『貴婦人からの願いを断らない』。自らのその誓いを引き合いに出した以上、その約束が違われる事は無い。

 

 翡翠色の剣士は、更に決意を強め、窓の外に目を向ける。

 

 そこにはまだ、笑顔ではしゃぐイリヤスフィールと、切嗣の姿があった。

 



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008:Boy meets Girl”s.”

 雨生龍之介にとって、”死”というものは永遠に理解できない難解な方程式の様なものである。例えるならそれは、円周率を正確に算出する事に似ていた。

 

 ごく一般的な人間において、死とは『何と無く理解できる』存在だろう。例えばスプラッターホラー、例えばドキュメンタリー、例えばアニメーション、例えばコミックマガジン。様々な情報源から得られるイメージを元に組み上げたその『死』のイメージは、取り敢えず円周率を3.14としておいて円を描く様なそこそこの正確さを持っている。

 

 しかし、雨生龍之介にとって、その『死』はどうしても偽物だった。3.14ではなく3.14159であっても同じこと。無限の果てに存在する、否、存在するかもわからぬ小数点以下の数値まで、きっちりと正確に描かれた円。龍之介にとってはそれで漸く『死』なのである。

 

 故に彼が挑戦を始めたのは、至極当然のこと。神に臨む聖職者の様に、世界を演算する数学者の様に、宇宙を彫刻する文学者の様に。――――死を探求する殺人者は、真摯な姿勢で死を観察する。

 

 その研究は、現在冬木に拠点を移して継続されていた。

 

 

【008:Boy meets Girl”s.”】

 

 

 さて、現在龍之介には二つの問題が降りかかっていた。

 

 一つは、先日うっかり逃がしてしまった少年について。龍之介はよく分からないサラリーマンのよく分からない妨害の末、龍之介は史上初の目撃者を生み出してしまったのである。よく分からないサラリーマンが『闇に溶ける様に』消えたのを見て混乱した龍之介が正気に戻った頃には、少年はとっくに逃げきっていた。幸いにも夜のことだったので姿を正確には判別できていないだろうが、少なくとも幾つかの情報が流出してしまったのは確かであった。

 

 だが、この問題は実のところそれほど重要ではなかった。あの少年が警察に駆け込む可能性はほぼゼロと言って良いからだ。――――なにしろ、そんな事をすれば少年は『鶏を盗みに来た』時に殺人現場に偶々出くわした、という明らかに怪しい存在になってしまう。鶏泥棒は普通に窃盗罪だし、マトモな警察なら真っ先に少年を疑うだろう。

 

 ついでに言えば、龍之介に襲われた時に少年は『英語』で喋っていた。勤勉な殺人鬼である龍之介は日本各地で様々な人物を殺害してきた経験上、英会話もそれなりのモノだと自負している。――――東洋と西洋の人種の差が死にいかなる影響を与えるのかという崇高なる研究のためには、『研究対象』とのコミュニケーションは極めて重要だったのだ。英語圏の人間の死を観察するには英語を理解する必要がある。例えば日本人の『命乞い』と英国人の『命乞い』に差異があるかという問題を研究する際には英語に含まれるスラングや文法の違いによって内包される意味合いが異なってくるという点を――――――。

 

 閑話休題。何はともあれ、諸々の理由で少年から自身の情報は漏れないだろうと考えた龍之介にとっては、続く二つ目の問題がネックである。

 

 つい最近までの龍之介は、深刻なモチベーションの低下に悩まされていた。所詮、個人の想像力には限度があるという事なのか、彼は最近あまり新鮮味のある殺人をしていなかった。そこで一つ原点に立ち戻るべく帰省した実家で、先祖の黒歴史ノートと思しき『オカルト趣味の日誌』を発見した彼は、そこから得られたインスピレーションを元に『儀式殺人』というジャンルの開拓を始めたのだ。

 

 そこまでは、よかったのだ。が、しかし。

 

「うーん。やっぱり何か足りないのかな? 呪文? 虫食い部分かなぁ、やっぱり」

 

 とまぁ、現状ご先祖様が言う『悪魔』がさっぱり召喚できないのである。呪文を唱えるたびに全身を駆け廻るゾクゾクとした悪寒から、龍之介は『日誌』の表記に疑いを持っていない。しかし、どうにも古い書物ゆえに所々虫食いがあり、呪文が一部読めないのだ。

 

「うーん、みたせ……が四回じゃ駄目だったから……繰り返すつどに五度ってあるし、五回に増やしてみようかな。えー、ゴホン。『素に銀と鉄……』」

 

 めげずにどうにかこうにか思考錯誤する龍之介。人の生き血で書いた魔法陣も今日はなかなかの出来栄えである事だし、今日で無理ならそろそろこの街での殺人をやめて余所に移ろう。そう考えながらも龍之介は、過去最高の『悪寒』を感じながら詠唱を継続し――――遂に唱え切った。

 

 その、直後。発生した突風と閃光がごく一般的なリビングを蹂躙し、テレビをはじめとした家具を吹き飛ばした。その風はしかし、龍之介を吹き飛ばす事無く徐々に収束し、魔法陣の中に『悪魔』を顕現させる。実に陳腐な演出だが、それが現実に発生しているとなると龍之介のテンションは鰻登りだった。そんな彼に、顕現した悪魔は問う。

 

「――――我らの主と成る者にその名を問おう。我らキャスターを顕現せしめた貴殿は何者か?」

「あっ、俺? えっと、雨生龍之介っす。えー、職業はフリーター、趣味は殺人。最近は原点に戻って剃刀を使ってます。……って、お見合いみたいだね、これじゃ」

「……契約は成った。我らは貴殿と共に聖杯を求めよう。――――万能の釜を貴殿に捧げ、我らの悲願を果たす為に」

「……うーん、何かよくわかんないけど、さ。……悪魔さんは名前なんて言うの? それと、我らって何? 俺には取り敢えず黒いマッチョさんしか見えないんだけど」

「――――我らの名は、ハサン。我らは個にして個に非ず」

「よくわかんないなぁ。……取り敢えずはよろしく、ハサンの旦那」

 

 疑問に首をかしげたまま手を差し伸べる龍之介。しかし、その直後、彼は驚きに目を見開いた。目の前で筋骨隆々の黒い大男が、褐色の美女に入れ替わったのである。

 

「――――龍之介殿。『マリク』めが失礼をいたしました事。お詫び申し上げます。――――呪術の腕は確かなのですが、アレは少々口下手でして」

「お? お!? すげぇ、さすが悪魔、変化とかできるんだ。……ってあれ、マリク? ハサンじゃないの君?」

 

 混乱する龍之介に、美女は平謝りしながら詳しい解説を始める。

 

「誠に説明不足で申し訳ありません。――――我らは、龍之介殿に判るように言えば、多重人格。八十の人格を持つ我らの総称こそがハサンであり、各人格の名前はまた別にあるのです。故に、先程の男はハサンの中のマリク、というのが正しい呼称と成ります」

「あー、そういう? で、人格が変わると見た目も変わる訳ね」

「はい。他には人格ごとに分離することなどが可能ですね。――――ああ、申し遅れました。私はハサンの中の『ヤスミーン』と申します。キャスターのクラスで召喚されましたので、キャスターとお呼びください」

「オーケー。宜しくヤスミン。……ところでさ、悪魔召喚にはやっぱり生贄かなーと思ってこんなの用意したんだけど、どうかな?」

 

 キャスターの手をぶんぶん振りながら、龍之介はそんな台詞と共に魔法陣から離れた部屋の片隅に転がる少年を指差した。この御家庭の住人、鈴木ゆういち君(10)である。彼の両親と姉を殺した分の生き血で魔法陣が製作できたため、彼はまだ生きてその場にいた。その口には丸めた靴下が押し込まれており、恐怖の絶叫が外に漏れる事は無い。その段になってようやくキャスターは此処が殺人現場であると理解した。だが、彼女はそれに眉をひそめる事は無い。

 

「生贄を頂けるというのならばありがたく頂戴しますが……。龍之介殿。この現状をみる限り、惨殺をお望みですか?」

「うーん。いや、取り敢えず好きにやっちゃって」

「では、御意のままに」

 

 キャスターは滑る様な軽い足取りで少年に近付くと、何処からともなくナイフを取り出した。龍之介はその動作を目に焼き付けようと嬉々とした表情でその姿を見守っている。――――そして、ナイフが踊った。高速で振るわれるナイフはしかし、ごくわずかな血しか流さない。キャスターのナイフはものの数分で少年を『生かしたままバラバラに』してしまったのだ。血管を傷つけず、肉と脂をぎりぎりまでそぎ落とす。その卓越した技量によって、少年はまだ生きていた。唯一無傷で残ったその頭部は、あまりの痛みに意識を失っていたが、脈打つ心臓がその生をまだ訴え続けている。その少年の鼻と口を覆う様に、キャスターは深く口づけた。一種妖艶なその行為は、少年の呼吸を封じ、死に至らしめる。その幼い魂を、キャスターは容赦なく咀嚼した。

 

 その一部始終は、龍之介に大きな感動を与えるに十分であった。自分にはできない新たな『殺人』をやってのけた悪魔に龍之介は思わず抱きついて賛辞を贈る。

 

「すげぇ、すっげぇよヤスミン! アンタ超COOLだ!」

「お褒めに与り恐悦至極です、龍之介殿。……しかし、我らはこれより証拠隠滅作業に入りますので、出来れば離していただけると幸いなのですが」

「あ、ごめん。流石に女の子抱きしめるのは失礼だった。うん。……で、証拠隠滅って言うけど、今からやってたら朝になっちゃうよ? それよりも逃げた方がいいと思うんだけど」

「御心配には及びません。私ではなく『我ら』で片付けますので」

 

 そんな台詞と共に、キャスターの身体から湧きでる様に数人の影が出現する。先程のマリクの姿も見受けられるその集団は、ある者は死体をかき集めてミンチにし、ある者は床を雑巾で拭きとり、ある者は集められた死体や拭き終わった床に片端から洗剤と湯をぶちまける。まき散らされた湯がもうもうと湯気を立てるその状況に、龍之介は困惑しながら問いかけた。

 

「えーっと、ヤスミン。これ何してんの?」

「湯と洗剤を用いて簡易的な証拠隠滅をしております。……ひとまずは、この場に落ちた龍之介殿の毛髪や皮膚の隠ぺいのため、部屋をこの家の人間の肉片で満たします。湯と洗剤は、肉を僅かに溶かすので、部屋全体に満遍なくこの家の人間を満たせます。これで、龍之介殿に法の手が及ぶ事は無いかと」

「あー、そう言う事なのか。捜査かく乱って奴?」

「はい。流石に一家惨殺ともなれば衆目を集めますので。……龍之介殿。以降は出来るだけ我らがさらって来た人間の殺害で妥協していただきたいのですが、宜しいでしょうか。我らであれば一切の証拠を残さずに人をさらう事も可能ですし、龍之介殿のアリバイも作る事が出来るかと」

「そりゃあ至れり尽くせりだ。……ヤスミンちゃん、良いお嫁さんになれるんじゃない?」

「お戯れを。……さて、龍之介殿。此処から脱出いたしますので、しっかりと捕まって下さい」

 

 軽口を叩く龍之介に苦笑を返し、キャスターは龍之介を抱えて二階の窓から脱出する。裏路地にすたりと降り立った彼女はいつの間にか盗み出していたらしい洋服を身に着けると龍之介に尋ねた。

 

「龍之介殿。拠点はどちらでしょう? 脳裏に念じて戴ければ判りますので」

「ああ、地下にいい感じの場所があったんで其処を使ってるんだけど……」

「了解しました。では早速向かいましょう」

 

 再び龍之介を抱えたキャスターは、屋根から屋根へと飛びつうつり、音もなく夜の冬木を駆け抜ける。

 

 

 キャスターこと、ハサン・サッバーハ。本来であればアサシンであるはずの彼女達が殺人鬼の配下と成る。

 

 それは、冬木の街が、殺人鬼の狩猟場と化す事を意味していた。

 



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009:Disguised work.

 存外、伝承と言うものは当てにならないのかもしれない。それが、ここ数日をアーチャーと過ごしてみた遠坂時臣の感想であった。

 

 ジル・ド・レェ。本名は、ジル・ド・モンモランシ・ラヴァル。一般的には青髭のモデルの一人とされるその人物は、放蕩に耽り、黒魔術に耽溺し、数多の少年少女をその手に掛けた殺戮者と知られている。しかし、今現在、遠坂邸にいる一人の騎士を見て、誰がその噂を信じるだろうか。癖のある黒髪を結いあげ、時臣と優雅にチェスに興じ、アサシンと共に鍛錬に励むその姿からは、到底彼が狂人であるとは考えられない。

 

 そして事実、『この』ジル・ド・レェは狂人には程遠い人物であった。

 

 彼は遠坂時臣と聖遺物を考慮した上で最も相応しい英霊として呼び出された『英雄としてのジル』なのだ。即ち、このジル・ド・レェは、フランスを救った救国の大英雄にして『フランス軍元帥』としてのジルなのである。

 

「トキオミ殿、チェックメイトです」

「……ううむ、中々勝てないものだな」

「貴公は少々素直すぎるきらいがありますな。用兵には搦め手も重要ですぞ? 高潔なだけでは勝利できぬのが戦争というもの。その道理を覆せるのはかの聖処女の様な、一握りの天才だけです」

「肝に銘じておこう。……ところでアーチャー。そういう言い方だと自分が凡才であると言っているように聞こえるのだが」

「ええ、私は凡才どころか愚昧の類ですぞ。私の用兵は兵站を金の力で維持する力技ですので。それに――――我ながら聖処女が火刑に処された後の狂態は無様に過ぎる。慈しむべき幼子を手に掛け、最終的には私の財を求めて寄って来た禿鷹どもによって殺されるなど……」

 

 そう言ってかぶりを振るアーチャー。英霊は自身の記録を本の様に紐解く事が出来るというが、『発狂前』のジル・ド・レェにとって発狂後の自身の記録は所謂黒歴史らしい。

 そんな彼がチェスセットを片付けていると、対局に使用していた応接間の戸を開いてアサシンが訪れた。『SS』の黒服に身を包んだそのサーヴァントは言峰綺礼から離れ、この遠坂家に逗留しているのだ。

 

「時臣殿、アーチャー殿、霊器盤に七体のサーヴァントが揃いました。本日中にも聖杯戦争の開始が宣言される様です」

「遂にか。では、綺礼にはしばらく会えなくなるな」

「 私との感覚共有により、綺礼殿との連絡に支障はないかと思われます。……今夜の準備も既に九割方完了しておりますので、残るはアーチャー殿に仕上げをお願いしようかと」

「承りました。……トキオミ殿、五十万程使っても構いませんな? 使い棄てとはいえ、今回は精巧なモノを用意する必要があります」

「五十万で今後の有利が得られるならば、安いものだとも」

「では、そのように致しましょう」

 

 

【009:Disguised work.】

 

 

 夜の冬木には、無数の『眼』が飛び交っている。あるものはコウモリ、あるものは溝鼠、あるものは奇怪な蟲。選り取り見取りの使い魔を用いて、マスター達は戦場を偵察しているのだ。聖杯戦争の開催が宣言されてからというもの、これらの使い魔がありとあらゆる場所を駆けずり回っている。

 

 そんな使い魔が重点的に観察している場所は主に三つ。御三家の内で拠点が明らかとなっている遠坂家と間桐家の邸宅、そして聖杯戦争の監督役がいる言峰教会である。

 

 当然それらは魔術的な要塞と化しており、内部に使い魔が侵入する事など到底不可能だ。だが、物理的な壁があるわけではない以上、上空からの監視は盛んに行われていた。そのうちの一箇所、遠坂邸の庭において、使い魔達はある存在を視認することとなる。

 

 白いドクロの仮面を身に付けた痩身の黒い影。どこからどう見てもアサシンなその影は、踊るように遠坂邸の結界を突破していく。一陣の風のように駆け抜けるその姿からはしかし、魔力などのあらゆる気配が感じられない。――おそらくはアサシンの気配遮断スキルの影響だろう。

 

 すり抜けるだけで突破できる結界を悉く突破したその影は、次なる結界の要石を除去すべく慎重に手を伸ばす。その手の甲を、一発の銃弾が撃ち抜いた。

 

「Arschloch! 下等な蛮族風情が高等人種たるアーリア人の目を欺けるとでも思ったのか?」

 

 そんな罵倒と共に屋根に降り立ったのは、漆黒のコートに身を包んだナチスドイツSS将校。手にしたヴァルターP38をクルクルと弄ぶその姿は、ほんの50年前まで世界を震撼させていた悪の権化そのものだった。そんなサーヴァントからは間違いなく英霊特有の神秘が発せられ、手にした拳銃も宝具としての輝きを帯びている。その射程から逃げようと身をよじった『アサシン』だったが、続けて放たれた膝への一撃で地に倒れ伏してしまう。

 

「馬鹿め。『アーチャー』の射程から逃げられるとでも思ったか? ――――絶望と糞にまみれて死ね、下等人種が!」

 

 咆哮とともに放たれたのは、ナチスドイツが誇る携行兵器パンツァーファウスト。神秘を帯びたその弾頭は、遠坂邸の庭の一角ごと、哀れなアサシンを消し飛ばす。

 

それは即ち、この戦争で最初の脱落者が出たことを意味していた。

 

 

* * * * * *

 

 

 遠坂邸での戦闘が終わったのを見届けたウェイバーは、隣で晩酌しているギルガメッシュに思わず叫んだ。

 

「ライダー! アサシンがやられた!」

「戯け、喧しいわ溝鼠。ほれ、ひまわりの種をくれてやる。これでも食って寝るが良い」

「わーい、ナッツだー。……って何でだよ! 少しは驚けよ! 聖杯戦争が本格的に始まったんだぞ!?」

「だからなんだというのだ。雑種同士の共食いなぞ好きにさせておけばよかろう。王たる我に一々些事を報告するでないわ」

 

 実につれない態度の金ピカ王にウェイバーは思わず怒りをぶつけそうになるが、ぐっとこらえて深呼吸をする。――この手の手合いは、ちょっと引いて見せてから頼ると答えてくれるものなのだ。これはウェイバーが時計塔の矢鱈とプライドが高い講師陣から学んだ世界の心理の一つであった。

 

「……ごめん。確かにうるさかった。でもどうしても僕には分からないことがあったんだよ。…………ライダーならわかると思ったんだけどなぁ」

「む。その言い方は何だ、溝鼠。気になるではないか。良いぞ、質問を許す」

 

 ――――ほら釣れた。かのケイネス・エルメロイ・アーチボルトすら釣り上げたこの手法に掛かれば、プライドが高い人物ならばまず釣れるのである。コツはちょっと涙目になることと俯き加減で言うことだ。掛かったら後は訊きたいことを聞くだけである。

 

「骨の仮面をつけた奴、多分アサシンがやられたんだけど、倒したアーチャーがナチスドイツの軍人――――分かりやすく言うと世間一般で悪の権化扱いな奴なんだよ。英霊として悪人が呼ばれることってあるのか?」

「何だ、そんなことで悩んでいたのか? ――――いやすまぬ、失言であった。鼠の悩みは人の悩みより小さいのが道理。貴様のような溝鼠にとっては此れも難問であろうよ」

「アホで悪かったな!」

「そう喚くな溝鼠。詫びたであろう? さて、悪人がサーヴァントになり得るのか、であったな? 貴様が見たそれは反英雄の類であろうよ。倒されるべき悪は時に人類を結束させる。その行為は悪であれ結果として人類を導いたならば、英霊の座に登ることはあり得るだろうよ」

「そうなのか。……うぅん」

「あまり悩むとハゲるぞ。溝鼠。ハダカデバネズミになりたいのか?」

「……本当にハゲるかもなぁ」

 

 ウェイバーはここ最近多くなった溜息を吐くと、ギルガメッシュに押し付けられたヒマワリの種を頬張りながら再び使い魔と意識を同調させる。夜はまだ始まったばかり。これを機に他のマスターも動き始めるだろう。となれば、ウェイバーはまだ眠るわけにはいかなかった。

 

 

* * * * * *

 

 

 一方その頃。戦闘の舞台となった遠坂邸では首尾良く成功した作戦に満足した様子の時臣が、二騎のサーヴァントに手ずから茶を振舞っていた。

 

「作戦は上々。二段構えのこの策により、我々はサーヴァントを一騎『秘密裏に所有出来る』ようになった。綺礼も教会に敗退したアサシンのマスターとして保護を願い出た様だし、まず見破られないだろうな」

「然様。トキオミ殿の策を元にさらに改良したこの策を破るのは至難でしょうな。私の『放蕩元帥』(ジル・ド・レェ)とアサシン殿の宝具を使用したのですから。……仮に見破られたとしても、それなりの時間稼ぎができましょう」

「アサシンを倒したという偽装がまず一つ目。そしてそれをあえて見破らせることで『アーチャーがアーチャーではない』という大きな嘘を隠す。見返してみると実に狡猾な策だ。私なら確実に騙されてしまいそうです。…………ところで時臣殿、私のドイツ語、上手く出来ていたでしょうか?」

 

 ドイツ人であるはずのアサシン。彼が言った『奇妙な問い』に対し、時臣はコクリと頷いた。

 

「ああ。若干古臭い訛り方だったが、許容範囲内だろう。生前から使っていたのかな?」

「ええ。出身はフランスなのですが、武者修行の旅をしていた時期があったので片言であれば話せますね。加えて、サーヴァントには現在の各国語がある程度知識として与えられていますのでその関係もあるかと」

「ふむ。……では基本的に日本語を用い、所々でドイツ語を入れていけばボロは出にくいだろう。今後はその方向で頼む」

「了解しました。では今後は私が時臣殿のサーヴァントとして振る舞い、アーチャー殿には遠坂邸から援護射撃を行っていただく形になりますね」

「心得ました。我が宝具はそもそも支援向きですからな。私としてもそれが一番ありがたい」

 

 三名はそう言って頷くと、若干冷めてしまった紅茶を啜る。

 

 

 策謀渦巻く戦争は、これより加速していくだろう。その中で誰よりも早く行動した彼らは、少なくない有利を得てこの戦争を一歩リードした形となる。その一歩が今後にどう響くのかは、神のみぞ知る所であった。

 



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010:Diversionary tactics.

 着古してクタクタになったコートに身を包んだ切嗣は、朝一番の便でドイツから日本へと渡り、冬木の街に入り込んでいた。現在彼がいるのはビジネスホテルよりは多少マシ、といった程度の安宿である。切嗣は此処で、先んじて冬木に潜入していた弟子兼助手の久宇舞弥と合流し、作戦会議を行っていた。

 

「昨晩の遠坂邸での展開、舞弥はどう見る」

「疑問点が二、三ありますね。アサシンが霊体化しなかった理由、遠坂がわざわざサーヴァントの姿を見せた理由、そしてアーチャーの正体です」

「そうだな。聖杯戦争に関して遠坂はベテランだと言って良い。そんな奴が、サーヴァントの真名に関する手がかりをわざわざ出してくる意図がわからない。昨日の戦闘だけでも、アーチャーからはあまりに多くの情報が得られているからね」

 

 聖杯戦争において、真名が看破される事は即ち死を意味すると言って良い。英雄というのはその弱点すらも有名なのである。例えば、ジークフリートを召喚した場合、真名がばれたが最後、只管背中を狙われるだろうし、クーフーリンの場合、犬の肉片を口に突っ込めば大幅に弱体化できる。

 

 中にはこれと言って弱点がない英霊と言うのも存在するが、その場合は逆にガチガチに対策されてしまうのがオチだろう。炎を操る英雄ならば炎対策を入念にすれば大幅に戦闘が楽になる。魔眼の類を持つ英雄ならば、磨き上げた銀の盾でも用意してやればいい。かくも真名と言うものは、発覚すれば非常に厄介な代物なのである。

 

 それを知った上で、遠坂はサーヴァントの姿を公開したのだ。それは即ち――――

 

「どうやら真名を知られても問題ないか、真名が絶対ばれない自信があるかのどちらかみたいだな。……僕は後者だと思う」

「そうですね。事実、ナチスのSS将校と言うのはヒントの様で全くヒントになっていない。なにしろ該当者が多過ぎ(・・・・・・・)ですし」

「ああ。それに、宝具も『判りすぎて意味がわからない』。ワルサーP38とパンツァーファウストってのはわかるんだが……あれに逸話なんてあるのか?」

「当時としては優れた兵器ですが、宝具になるかと言われると否ですね」

「だが、現にあれは宝具だった、か。……考えれば考えるほど混乱するな。もっと情報が必要だろう。……遠坂邸への監視を増加、それと教会もだ。言峰綺礼の動向も気になる。……代行者が指示したにしてはあのアサシンのやられ方は間抜けすぎるからね。何か策があると見るべきだろう」

「了解です」

 

 そう答えた舞弥は、コウモリを増員するべく部屋を退出する。その間に、切嗣は舞弥に準備させておいた兵装のチェックを行う事にした。これらの兵装で戦うのはかれこれ九年振りだ。事実、愛銃トンプソン・コンテンダーのリロードも、昔の倍は遅くなっている。一刻も早く勘を取り戻す必要があった。中折れ式の銃身を開き、薬莢を抜き出し、次弾を装填、銃身を戻す。たったこれだけの動きの速度が、命運を分ける事があるのだから。

 

 そんな訳でひたすらパカパカとリロードの練習をする切嗣。そんな彼の携帯に、公衆電話からの着信があったのはその直後だった。

 

『もしもし、斎藤さんのお電話でしょうか?』

「……はい。斉藤ですが」

『待ち合わせは"セブン"で良いんですよね?』

「…………セイバーか。そのままの口調で話せ。不自然にならないようにな」

『あー、わかりました。俺は今冬木入りしたところです。"彼女"も連れて来てますけど、大丈夫です?』

「ああ」

『あ、大丈夫ですって。俺は取り敢えず今回は"盛り上げ担当"なんで、"可愛い子誘っときます"。斎藤さんは遠慮なく"ハート射抜いちゃって"ください』

「了解。僕も"パーティグッズ"は準備した。いい忘年会にしよう」

『わっかりましたー。じゃ、また"夜に"』

 

 そんなセリフとともに切られた電話。ごく普通の会話に見せかけた『セイバーからの連絡』は、そこに込められた符号を読み解けば『アイリスフィールを連れて冬木に到着した。これより陽動として行動し、他のサーヴァントを釣り上げる。夜に開戦予定』となる。それに対して切嗣は『武器の調達が完了した』と返事を返したわけである。

 

 セイバーが意外にも暗号の重要性を理解してくれた事により、二人はある程度連絡を取ることが可能になっていた。

 

 加えて、セイバーは現在、切嗣の指示で現代風の装いに身を包んでいる。風邪予防用のマスクとマフラーで口元を完全に覆っており、読唇術は不可能。厚手のパーカーとコーデュロイのズボンを身に着けた冬としてはごく一般的なその着こなしは、冬木の街に問題なく紛れている。更に保険兼『魔貌封じ』の為に取り寄せた特殊なサングラスは、簡易の変装としては充分効果的だろう。

 

 いよいよ冬木に集結したアインツベルン陣営は、二手に別れて本格的に行動を開始する。最後の御三家が揃ったことで、聖杯戦争は大きな動きを見せようとしていた。

 

 

【010:Diversionary tactics.】

 

 

 連絡を受けた切嗣が部屋に戻ってきた舞弥と様々な準備をしている頃。セイバーとアイリスフィールの二人組は、冬木の街を散策していた。美男美女の取り合わせは道行く人の目を引くが、それを気にする素振りを見せずに二人は街をゆっくりと巡り、その姿を周囲に見せ付けていた。当然、冬木に跳梁跋扈する使い魔達は二人がアインツベルンの魔術師とサーヴァントであると見抜いているが、白昼堂々戦闘を行う訳にもいかないため今のところは監視に努めている。

 

 そんな状況に晒されている二人だが、自身の役目が陽動であると弁えているセイバーとは対照的にアイリスフィールは純粋に冬木の観光を楽しんでいた。彼女は誕生以来、アインツベルンの城から出たことがない。それ故、今回の冬木訪問は彼女にとって生まれて初めての外出なのである。切嗣が陽動作戦にアイリスフィールを組み込んだのはマスターの偽装の為だというが、そこに妻に一目でも世界を見せてやりたいという細やかな優しさが込められているのは明白であった。

 

「凄いわ、こんなに高い建物があるなんて!」

「観光ガイドによれば、冬木ハイアットホテルというそうですよ。三十二階建てで、ケーキバイキングが楽しめるとか」

「セ……アドニス、入ってみちゃだめかしら?」

「残念ですが、またの機会としましょうか。土地を一通り把握しておきたいので。……ところで、わざわざ俺を偽名で呼ぶのはなぜですか、アイリ様?」

 

 アドニス、というのはセイバーの偽名である。神話の美男子にちなんだこの名前は、一応真名のカモフラージュに成っているが、それを目的としたものではない。セイバーという人名は無くはないのだが、名字なのだ。故に、偽造パスポート用の名前として『アドニス・セイバー』なるトンチンカンな名前が採用されたのである。

 

「だって名字で呼び捨てって変じゃないかしら?」

「確かに欧州ではそうですが、日本においてはごく普通のことだとか。……なので、俺の事はセイバーとお呼び下さい」

「わかったわ、セイバー。それで、次はどこへ行くの?」

「はい。橋を渡り、深山町の方に向かおうかと」

 

 そう言って、セイバーはアイリスフィールをエスコートしつつ冬木大橋方面へと足を向ける。新都を巡っているだけでも十分に『手応え』は得られたものの、釣果が多いに越したことは無い。サーヴァントならではの清冽な闘気を周囲に撒き餌のようにばら撒くことで、セイバーは自身を囮にする。

 

 その囮が美味そうであればあるほど、釣り人は獲物に対して確実に針を突き立てられるのだから。

 

 

* * * * * *

 

 

 さて、アイリ一行がハイアットホテルを離れた直後のこと。その最上階で地上を睥睨していた一人の人物がつまらなさそうに鼻を鳴らしていた。

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。征服王イスカンダルを召喚し、時計塔から遠路はるばる冬木の地までやって来た高位の魔術師である。彼の隣では、同じように彼のサーヴァントたるイスカンダルが地上を睨みつけているが、此方は対照的に随分と楽しげに笑っている。

 

「ほほう。あの清冽な闘気、彼奴は今夜にでも打って出るとみたぞ。どうだケイネス、誘いに乗ってみんか? 余は俄然やる気が出てきたのだが」

「……好きにしろ。どのみち倒さねばならん相手だ。……しかし、あと一歩で我が工房の餌食となったのだが、随分と幸運なことだ」

「そう言えば、この館を丸々借り上げて工房とやらに仕立て上げたのだったか? 余にはよく分からんのだが、工房っつうのはどういうもんなんだ、ケイネスよ? 取り敢えず、拠点は天辺だけでなく丸ごと借りておけとは助言したものの、それ以外は結局どうなったかよく分からんのだが」

 

 その問いは、どうやらケイネスの琴線に触れたのか、彼は誇らしげに語り始めた。

 

「よくぞ聞いてくれたなランサー。……お前に言われて当初の三十二階付近のみから全館借り上げに移行した際、いっそ限界までこの館を強化してやろうと踏ん切りがついた。建物全体の構造強化はもちろん、建物自体に偽装結界を付加して外部からは変化を悟られない。さらに二十四層の結界により仮に隕石が直撃しようが、ビクともしない強度を誇る。……まぁ、構造強化だけでも爆破魔術の十や二十は容易く耐えるがな」

「それはまた、凄まじい城だな。……後で余にくれんか?」

「自分の城を切り売りする馬鹿がどこにいる。そもそも、此処はお前の拠点でもあるだろうが。……コホン。さて、このホテルはただ硬いだけではない。内部はこの最上階を除いて完全に異界化させており、番犬代わりに数百の悪霊を住み着かせており、魔力炉も十基据え付けてある。加えて、億を超えるトラップが……」

「……何と言うか、そりゃあやりすぎじゃあないのか?」

「お前がやれ爆撃機が欲しいだの、クリントン大統領がどうのと騒ぐからだろうが。…………まぁ、爆撃機の情報は一種の指標にはなったのだが」

「とすると、まさか!」

 

 ケイネスの発言に、ランサーはクワッッとその目を見開いた。只でさえ厳つい顔が一層厳つくなり、子供が見たら泣くような顔になってしまっている。……髭の大男の時点で泣かれそうではあるが。

 

「……このホテルは三トン爆弾の爆撃に耐えるということだ」

「おおおおッ! でかしたぞケイネスッ! 今まで半信半疑であったが、貴様は真に大魔術師であったか!! 余は優秀な臣下を持って鼻が高いぞ」

「だ・れ・が、臣下だ。お前はサーヴァント、私はマスター。お前が私の臣下だろうが」

「ハハハ、そういう事は嫁の一人でも作ってから言うものだぞ、ケイネス。なぁ、ソラウ嬢」

 

 そう言ってランサーはケイネスの婚約者であるソラウに無茶振りをする。それに対しソラウは紅茶を飲みながら気の無い答えを返した。

 

「……まぁ、そうなんじゃない? 知らないけど」

「ほれみろケイネス。余と覇を競うならばまずはそこからだ」

「ぐぬぬ」

「おいおい、そう顔を赤くするな。……そうだなぁ。貴様がもうちっと漢気ある男ならばソラウ嬢もクラっといくかも知れんぞ? ほれ、古来より益荒男はモテる。そうだろう、ソラウ嬢?」

「まぁ、そうかも知れないわね。 多分」

「そうだろう、そうだろう。……そこでだケイネス。今晩、余と共に戦場に立ってみんか?」

 

 征服王はそう言って、いじけたケイネスの尻をベシリと叩く。そこまで挑発されては否とは言えず、ケイネスは二つ返事で出撃を了承した。

 

 

 

 その姿を見たソラウがーーーーなんだか征服王に良いように丸め込まれてるわね、あの人。という感想を抱いているのだが、ケイネスがそれを知る由はない。

 



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011:Destructive fight.

「おい溝鼠よ。その眼を瞑るのをやめよ」

「……使い魔を操ってるときはこうしてないと気が散るんだよ」

「ならばそんなモノ操るでないわ。そうしておると我の前で鼠風情が惰眠をむさぼっている様に見えて不快ゆえな」

「…………前から思ってたけど、お前、理不尽過ぎるだろ」

「王故に致し方なし。そも王とは理不尽なものであろう? しかしまぁ、溝鼠が見つけた唯一の趣味が覗きであれば、それを奪うだけというのも哀れではある、か」

「おい、人を覗き魔みたいに言うな。これは偵察だってば」

「…………む!? まさか貴様、それ程覗き見に熱中しておきながら女の裸すら拝んでおらんのか? ――――フハハハハハハハハハッッ! やはり貴様は愉快よなぁ、溝鼠! 小心者にも程があろうよ!」

「何でッ! 覗きをッ! してなくてッ! 馬鹿にされるんだよォォォッッ!!!!」

 

 というのが、英雄王がお買い上げした高級マンションにおいて行われた、ライダー陣営の愉快な朝の会話である。その後、英雄王が爆笑しながらも取り出した『遠見の水晶玉』なる宝具が問答無用に見たい場所を写せるという反則極まりないアイテムであり、これを使って偵察する様にウェイバーに提案。取り敢えずウェイバーも便利は便利なので暫くは使用していた。が、そこで英雄王が水晶玉の映像をどこぞの女風呂――恐らくは日本の何処かの温泉宿――と接続したものだから、ウェイバーが茹で蛸の様に赤面してしまい、ギルガメッシュは抱腹絶倒。その後ウェイバーがいじけたり、英雄王が笑い過ぎてむせまくったりと色々あって、現在は夕方。

 

 取り敢えずギルガメッシュはその後は流石に悪戯はしなかったため、ウェイバーは取り敢えず水晶玉の映像――構造的にはプロジェクターに近いのか、空中に映像が浮かび上がっている――で以て、アインツベルン陣営らしき二人組を追っていた。その間、ギルガメッシュは隣で『週刊少年ファンガス』だの『月刊えっぐぷらんつ』だのといった漫画雑誌を読み漁ったり、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の全巻読破を試みたりと読書を堪能していたが、どうやら読む本も無くなったのか、気晴らしのウェイバー弄りを再開し始めた。

 

「む、どうした鼠。何やら先程からその女を追っている様だが。……さては、惚れたか?」

「なわけないだろ。あれは多分、アインツベルンのマスターだと思う。銀髪赤目はアインツベルンの特徴みたいだし。で、隣にいる怪しいのが多分サーヴァントだ。顔が良く見えないけど」

「……なんだ、つまらん。貴様の童貞力はその程度か溝鼠」

「いや、童貞力ってなんだよ」

「英雄王ジョークだ。笑ってよいぞ」

「……何処で笑えと?」

「む。溝鼠にはちと高度であったか。……まぁよい。ところで鼠よ」

「なんだよ? ……また下ネタか? どうせ、『服だけ透ける機能がある』とかそんなんだろ」

「む、確かにその水晶玉には服だけを透視する機能があるが、今はその話題ではない。……貴様が見ているアインツベルンとやらが、仕掛けるようだぞ」

「……これは、倉庫街の方に向かってるのか?」

「獲物を見つけたのであろうよ。…………我の無聊を慰める程度には愉快な闘いだとよいのだがな?」

 

 そう言ってカラカラと笑うギルガメッシュは、虚空からワインと摘みを取り出した。野球中継か何かを見る様なその態度にウェイバーは『もっと真面目にしろよ』と言いたくなったが、その言葉をぐっと飲み込んで映像に意識を向けた。――――その中では、アインツベルンのサーヴァントと、ひげ面の大男が対峙している。その大男の隣には、ウェイバーも良く見知ったケイネスの姿がある。

 

 聖杯戦争の第二幕は、夜の帳が落ちた海浜倉庫街にて開けようとしていた。

 

 

【011:Destructive fight.】

 

 

 倉庫街にやってきたセイバー達を出迎えたのはサーヴァントと思しき髭面の大男とロード・エルメロイ。時計塔にその名を轟かせる若き天才魔術師を前に、アイリスフィールとセイバーは静かに戦闘態勢に移行する。切嗣は先回りして狙撃ポイントに移動している筈であり、そうとなれば切嗣が必殺のタイミングで敵マスターを抹殺出来る様にセイバーは相手の注意を全力で引き付けなくてはならない。故に、彼から先に声をかけるのは必然だった。

 

「その荒々しい闘気、サーヴァントに相違ないな?」

 

 そう問いかけたセイバーに対し、相手のサーヴァントは――――とんでもない答えを返した。

 

「うむ。余は此度の聖杯戦争においてランサークラスで現界したサーヴァント――――征服王イスカンダルである!」

「ほう、ランサーか。…………ん? いや、ちょっと待て。俺の聞き間違いでないなら、貴様今とんでもない事を言わなかったか?」

「ん? 聞こえなんだのならばもう一度言ってやろう。――――余が征服王イスカンダル、偉大なるマケドニアの王である!」

 

 大事な事を二回言ったランサーの態度に、その隣のケイネスは諦めの表情を浮かべ、セイバーは「コイツ頭おかしいんじゃなかろうか」と思いながらもその両手に自身の宝具を出現させる。――――現れたのは青い短剣と黄の短槍。槍と剣を触媒にして召喚された彼だからこそできる、『セイバークラスにあるまじき槍装備』に、ランサーは興味深げに眼を細めた。

 

「ほほう。剣と槍とはまた珍妙な組み合わせだな、セイバー」

「ほう? 俺がセイバーだと決めつけて良いのか、征服王。エクストラクラスの類かも知れんぞ?」

「その時はその時よ。取り敢えずは余がランサーである以上、貴様をセイバーと言う事にしておいた方が無難だろうさ」

「そうか。ならばそう言う事にしておくとして、だ。――――サーヴァントセイバー、推して参る」

 

 そう言いきるとともに、セイバーは青と黄の閃光をランサーに叩きつける。どちらも必殺の威力で以て放たれたその連撃はしかし、ランサーが出現させたひと振りの長槍によって弾かれた。

 

「……そう易々とは討ち取らせてくれんか」

「易々と討ち取られるようでは余は征服王などと呼ばれておらんわ」

 

 お互いに冗談を叩きあいながらも、二騎のサーヴァントは常人では到底捕えられぬ速度で武器を交える。セイバーの流れるような武技に対し、ランサーのそれはまるで嵐の様な剛槍である。二人が交錯するたびに足場と成ったコンクリート敷きの地面は砕け散り、巻き起こる暴風で周囲のコンテナが揺さぶられてガタガタと音を立てる。

 

 そんな戦闘の傍らで、マスター同士の戦闘もまた始まりつつあった。

 

 ケイネスが小脇に抱えた壺から取り出したのは、まるでスライムの様に蠢く水銀の塊。常に流動するその礼装はケイネスの持つ風と水の二重属性が生かされた万能兵器『月霊髄液』(ヴォールメン・ハイドラグラム)である。対するアイリはアハト翁仕込みの錬金術によって針金の鷹を生み出しているのだが、明らかに見劣りしているとしか言いようがない。

 

「……最高峰と呼び声高いアインツベルンのホムンクルスにしては随分と貧相な礼装ではないかね? 私の月霊髄液を侮っているのか、それとも戦闘タイプのホムンクルスではないのか。……いや、そんな事はどうでも良いか。アインツベルンのマスターよ、私の前に立ったのが君の不運だったと思いたまえ。――――Scalp!!(斬!!)

 

 超高速で迫る水銀の刃。液体であるそれを受け止める事は不可能であり、その斬撃は大きく弧を描いてアイリスフィールの退路を塞ぎながら彼女の胴を横薙ぎにせんとする。しかし、それを見過ごす程『剣の英霊』は甘くない。イスカンダルとの激闘の最中でありながら、セイバーはまるで軽業の様に天高く跳躍すると紅槍を召喚し、『足で投擲』した。その一撃は狙い違わず高速でアイリスフィールへと迫る水銀の刃に直撃し――――その直後、月霊髄液は只の水銀と化して地面に零れ落ちる。

 

「魔術封じの宝具か!? ……厄介な!」

 

 思わず舌打ちをするケイネスを尻目に颯爽とアイリの前に降り立ったセイバーは、紅槍を引きぬき黄槍と持ち替えた。それは即ち、次からはノータイムでこの槍がケイネスの魔術に向けて放たれるという事である。

 

「英霊を甘く見るなよランサーのマスター。俺の目の前ではアイリ様に指一本たりとて触れる事適わぬと思え」

「……敏捷値でランサーを大きく上回るとはな。……ランサー、宝具の開帳を許す。全力で奴を食い止めろ。――――その隙に私はアインツベルンを仕留める」

 

 ケイネスは素早く月霊髄液を復元させ、ランサーに指示を飛ばす。それに呼応するように、アイリとセイバーもより一層緊張を高めつつ武器を構えた。

 

 

――――直後。

 

 

 全身の毛が逆立つような感覚を感じたセイバーと、同じくそれを感じたらしいランサー、そして倉庫街から少し離れた位置に陣取っていた切嗣の三名は、お互いの相棒を抱えて全力でその場から退避した。セイバーはアイリスフィールを抱えて跳躍し、ランサーはケイネスを『空間の裂け目』へと引きずり込み、切嗣は魔術による超スピードで持って舞弥を抱えて戦線を離脱する。

 

 その一瞬の後に、倉庫街を黒い極光が灼き払う。視界を塗りつぶす暗黒の輝きの中で、セイバーの聴覚はその直前に放たれた咆哮を捕えていた。それは、まさしく宝具の真名解放。――――そして、その武器の名が示すのは、流石のディルムッド・オディナも肝を冷やすような大英雄。

 

 彼の耳が捕えた咆哮は、確かにこう聞こえたのだ。

 

 

約束された(エクス)ッッッ!! ――――勝利の剣(カリバ)ァァァァッッッ!!!!」

 

 

――――と。



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012:All too bad.

 黒いごんぶとビームが倉庫街を綺麗に直後吹き飛ばした直後。その一撃を放った張本人であるバーサーカーは、冬木大橋の上でつまらなさそうにフンと笑っていた。その脇ではマスターたる間桐雁夜が血反吐を吐いているのだが、彼女にそれを気遣う様子は無い。伝令用の蟲数匹を引き連れて、彼女はマスターを放置したまま橋から倉庫街へと川面を駆ける。――――挙げ句に、置き土産とばかりに雁夜と通じる伝令蟲に向けてこう言い放つのだから、かの英霊はクラス通り「狂って」いるのだろう。

 

「出力が低いぞ雁夜。とっとと再生して魔力を寄越せ。全く、『不死身になった』というのに情けない。どうせ再生するのだから骨の髄まで魔力にしてしまえ」

『……ッ』

「ほう。やればできるではないか。その調子だ。――――さて、臓硯よ。貴様の指示通り『挑発』してみたが、この後はどうする? 敵も此方を警戒しているようだし、威力偵察がてらこのまま一戦交えようと思うのだが」

『……普通は挑発で宝具を放つもんなのかのぅ』

「ブリテンでは挑発と言えば私の剣かガウェインの剣を敵軍に放つ事を指すのだ。蛮族相手ではこの程度はせねば話にならん。奴らは宝具の一発二発程度では死なんぞ?」

『蛮族というレベルではない気がするのじゃが、それ。……まぁ良い。バーサーカーよ、暴れるのは構わんが、先ほどの一撃を避けた以上並みのサーヴァントではあるまい。相手の出方が判らん以上は油断するでないぞ。今日のところは情報収集ができれば十分なのでな』

「心得た」

 

 

【012:All too bad.】

 

 

「……さて、そろそろ戻ってきてはどうだ? 有象無象のサーヴァント共よ?」

 

 焼け爛れ、ガラス化した地面に降り立ったバーサーカーの挑発。それに呼応して姿を現したセイバーとランサーは、どちらもマスターを伴っていない。この怪物を前にマスターを気遣う余裕はないと判断したためだ。既にセイバーは切嗣にアイリを引き渡しており、同様にイスカンダルもケイネスを彼の拠点に帰還させていた。

 

 その二騎を前にして、バーサーカーはようやく名乗りを上げた。

 

「どうせ気付いているだろうが、一応名乗ってやる。バーサーカークラスで現界した、騎士王アルトリア・ペンドラゴンだ」

「随分また気が短いヤツが来たと思ったが……まさかかの騎士王が女丈夫であったとはな。しかもバーサーカーの癖に口をきくとは」

「なんだ征服王。私が女だと不服か?」

「おうおう、そう怖い顔をするな。驚いただけだろうが。なぁ、セイバー」

「俺に振られても困る。……まぁ確かに驚いたが、先程の攻撃に比べれば大した衝撃でもないだろう。バーサーカーの身で会話するのには驚いたが、大方狂化のランクが低いのだと考えればそれ程異常なことではない」

 

 

そんな事を言いながら、セイバーとランサーはバーサーカーへと武器を向ける。この場において最も脅威たる存在を前に、二騎は自然と共闘の姿勢を取っていた。

 

 だが、バーサーカーの言う所の『挑発』は、冬木市全域にいる英霊を刺激したらしい。

 

 フードで顔を隠した不気味な英霊。ナチスの黒服に身を包んだアーチャー。脱落したアサシンともう一人を除いたほぼ全ての英霊が、この場に集結したのである。無言で遠くから見ているだけのフードのサーヴァントは戦闘に参加するつもりはないらしいが、アーチャーだけは武器を構えてバーサーカーに向き直り、戦闘に参加する姿勢を見せた。

 

 そんな中で、最初に動いたのはランサーである。

 

「ぬうんッッ!!」

 

 裂帛の気合いと共にランサーは長槍を振るう。と、同時に、バーサーカーの周囲の空間を突き破った無数の穂先が彼女に殺到した。直感によって一瞬早く魔力によるロケット推進を行ったバーサーカーに直撃させることは叶わなかったが、その一撃は彼女の四肢に無数の切り傷を生み出している。

 

「よくぞ避けた騎士王よ!」

 

 さも愉快そうに言うランサーだが、その槍は止まることなくバーサーカーを攻め立てる。彼が突きを放てば、無数の槍が突きを放つ。彼が槍で薙ぎ払えば、無数の斬撃が放たれる。そしてバーサーカーの反撃に対しては、無数の盾がそれを阻んだ。空間を突き破って現れる無数の武器による全方位攻撃。並みのサーヴァントならば数秒で屠りうるその武力は、先程のセイバーとの戦闘が手抜きに思えるようなもの。ーーまぁ事実、先ほどの戦闘では征服王はマスターに初陣を経験させるべく手を抜いていたのだが。

 

 だが、バーサーカーとて大英雄。その身に纏った魔力の暴風は迫り来る槍を悉く退け、漆黒の聖剣を振るえばその刃は盾を貫いて征服王に肉薄する。

 

 しかし、その拮抗は、征服王を援護する二騎のサーヴァントによって、徐々にバーサーカー不利へと傾いている。セイバーの剣撃、アーチャーの射撃。そのどちらもが必殺の威力で以ってバーサーカーに振るわれているのだ。徐々にバーサーカーが防戦一方となり、ひたすらに猛攻を受け続ける的と化すのは必然であった。

 

 だが、バーサーカーはそれに怯えることもなく、戦場から一歩離れた場所にいるマスターの名前を呼ぶ。

 

「おい、雁夜。ーー気張れよ?」

 

 その直後、バーサーカーは咆哮とともにその魔力を周囲に放出する。雁夜から絞り上げた魔力を竜の心臓によって増幅し、爆風として周囲に放出する。たったそれだけの動作で、攻め立てていた三騎は軽く十メートル以上吹き飛ばされた。

 

 そうして間合いを取ったところで、バーサーカーは髪の中に潜り込んでいる蟲に呼びかける。

 

「大体こんなところか。……臓硯。情報収集の調子はどうだ?」

『うむ。あのランサーの攻撃のタネは大方見抜いた。遠坂のアーチャーとアインツベルンのセイバーはランサーの火力を良いことに手の内を隠しておるようじゃが、漁夫の利狙いの輩もおるようじゃし今日のところはここが切り上げどきかの』

「そうか」

 

 そう答えるとともに、バーサーカーはまるで矢のように飛び上がり、間桐邸の方角へと空中を駆ける。先ほど見せた魔力の噴射を応用し、弾道ミサイルのように『飛ぶ』バーサーカーの後を追う事は、今まで戦っていた三人のスキルでは不可能である。あれほどの魔力放出を再現できるのは、竜の因子を持つ者だけだろう。いきなり乱入しておいていきなり消えたバーサーカー陣営は身勝手極まるが、威力偵察とはそういうものである。

 

 さて。乱入者も去った以上、本来であればセイバーとランサーの戦いが再開されるのが筋というものである。しかし、征服王もセイバーも、これだけ他のサーヴァントがいる中で戦い始めるほど命知らずではなかった。

 

 誰からともなく、一人、また一人と霊体化して消えるサーヴァント達。

 

 彼らが去った後に残るのは、先頭の余波でもはや原形をとどめない程に破壊された『元』倉庫街だけであった。

 

 

* * * * * *

 

 

 その一部始終をまるで映画の様に見ていたのは、ウェイバーだけではない。倉庫街に居たフードの英霊こと『キャスター』のマスターである雨生龍之介は、キャスターの一人であるザイードがハンディカムで撮影してきたその映像を、興奮と共に鑑賞していた。

 

「すげえよヤスミンちゃん!  これ、特撮でもVFXでもないマジの映像なんでしょ?」

「はい。龍之介殿から頂いたビデオカメラでザイードめに撮らせました。……しかし、この映像をどうするのですか?」

「いや、まぁこれを撮ってもらったのは俺が見たかっただけなんだよね。……でも、ヤスミンちゃんは、こいつらの名前当てないといけないんだっけ?」

「はい。聖杯戦争において、敵の情報は非常に重要な武器になります。搦め手でしか戦えない我々にとって、彼らの真名が得られることは作戦立案に非常に役立ちますね」

「なら、俺が調べてみようか?」

「……お気持ちはありがたいのですが、どのように調べるので?」

「そりゃもう、インターネットで調べるに限る。ヤスミンちゃんのお陰で拠点に電話線引っ張り込めたし、パソコンも盗んできてもらった。これを使わない手はないでしょ? さてと……英雄、美男子、黒子、槍、剣、っと。えー、ケルト神話研究……これかな? ヤスミンちゃん、あのセイバーって奴、ダーマッドって言うらしいよ」

 

 龍之介が指差すブラウン管に映し出されるのは、個人サイトと思しきホームページ。魔術師でもなんでもない龍之介にとってはネットで調べるという発想は自然なものだが、その威力は聖杯戦争においてバカにはできない。とりあえず名前という手がかりを得られれば、後は図書館なり何なりで調べれば良いのだから実に容易い。いちいち英霊の情報を脳味噌に叩き込まずとも、現代文明の集合知は名前程度なら容易く調べてくれるのである。

 

「じゃ、明日は一緒に市民図書館でも行こうかヤスミン」

「はい。……龍之介殿、お力を貸していただきありがとうございます」

「いいよいいよ、気にしないで。……あ、でもそうだ。明日のデートのついでに、何人か獲物捕まえてきてよ」

「了解しました。生きの良いものを捕えておきます。……『兵士』の数もまだまだ必要ですので、それもついでに揃えておきましょうか」

「あ、また『アレ』売るの? 足つかないように気を付けてね」

「無論です」

 

 冬木の外部から一切の証拠なく獲物を回収する回収班。冬木を偵察する諜報班。キャスターとしての任務を果たす呪術班。そして龍之介の世話を焼く生活班。もはや組織として動きつつあるキャスター陣営は、その集合知で以って冬木を手中に収めんとする。

 

 戦争による物理的被害と、暗躍する幾多の魔術師による人的被害。のちに語られる冬木の大災厄は、この夜から始まった。



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013:We are Legion.

休み明け初、一週間ぶりの投稿になります。


 冬木市郊外の山道を駆け抜ける、一台の高級車。本来はアイリスフィールの移動手段として用いる筈だった、その車の名はベンツェ300SLクーペといった。現在セイバーの手によって運転されているそれに乗るのは、助手席の久宇舞弥、そして後部座席の切嗣とアイリスフィールというアインツベルン陣営御一行様である。バーサーカーの予期せぬ乱入によって合流せざるを得なくなった四人は現在、アインツベルンが冬木に程近い森一つを占拠して作り上げた拠点に向かっていた。

 

 地図を片手に案内をする舞弥の指示に従い、セイバーは流れる様なハンドリングで車体を滑らせていく。セイバークラスの騎乗スキルを持ってすれば道交法通りに車を操る事など他愛ないことである。故に彼は、運転の片手間に切嗣達と今後の打ち合わせをしていた。

 

「主、俺が不甲斐無いばかりにみすみすランサーのマスターを逃してしまい、申し訳ありません」

「……気にするな、セイバー。あの場ではあれが最善だった。……『あの』宝具があるとはいえ、あそこでイスカンダルとアーサー王を相手にするのは無謀だったからね。――――しかし、やはり間桐がアーサー王を召喚したのか」

「俺が見た時、あのバーサーカーは蟲の様なものを数匹連れていました。間桐以外の蟲使いが参戦していない限りは間桐のサーヴァントとみて間違いないかと」

「…………おじい様の勘が当たったってわけね。アーサー王にイスカンダル、よく分からないナチスのアーチャー。今回はまた随分な色モノ揃いみたいだけど……残りのサーヴァントはまともな事を願うわ」

「まともだろうとまともで無かろうと、どの道倒さねばならない事に違いは無いですよ、アイリ様。――――俺の役目は陽動と、隙あらば敵マスターの首級を上げる事。その方針に変更はありません」

「そうだな、アイリとセイバーには引き続き陽動に徹して貰おう。その隙に僕と舞弥でマスターを仕留める。セイバーの宝具はどれも対人宝具だが、対サーヴァントの足止めとしては強力無比だからね」

「はい主。いかなる魔術、如何なる防御も我が宝具の前には無意味だという事を敵に見せつけて御覧に入れましょう」

 

 そんな会話を交わしながら、切嗣は今後の予定を練る。既に舞弥のコウモリや街中に仕込んだ小型カメラによってランサーのマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの拠点がハイアットホテルである事は承知している。しかし、ホテルを丸ごと貸し切った上であそこまで改造されては、拠点を狙うのは大凡不可能だ。やはりサーヴァントなどの餌で戦場に引きずり出すしかないだろう。

 

 同様の理由で、間桐と遠坂も拠点に穴熊を決め込まれては手の出し様がない。間桐に至っては拠点から出て来た所で『殺せない』可能性すらあり得るのだ。遠坂時臣は切嗣にとって狩りやすい典型的な魔術師だが、間桐臓硯は下手をすればアハト翁を凌駕する『人外』の大魔術師だ。何百年も生きる彼を前に切嗣の奥の手が通用するかと言われると、微妙な話である。間桐臓硯だけは、セイバーの手で葬る必要があるかもしれない。――――だが、それ以外に関しては切嗣の礼装で対処可能な相手。詰め将棋の様に徐々に詰めていけば、自ずとチャンスは訪れる筈である。焦らず、慎重に事を進めていく必要があるだろう。

 

 そう切嗣が現状に結論を下した直後。セイバーは車体を緩やかに減速させて路肩に停め、全員に注意を促した。

 

「主、アイリ様、舞弥殿、俺の後に続いて下車して下さい。――――狙われています」

 

 その言葉を聞いた三人の反応は早かった。各々武器を手に取ると、セイバーの指示通りに速やかに下車。集合してアイリスフィールを防衛する形で円陣を組んだのである。

 

 そしてその直後、飛来した無数の『ボルト』をセイバーはひと振りの片手剣で以て残らず叩き落とした。全方位からの射撃を打ち落とすその離れ業は、セイバーの技量だけによるものではない。

 

――――セイバーの持つ四つの宝具の一つ、『大いなる激情』(モラ・ルタ)。かの剣が持つ逸話は『一太刀で以て全てを倒す』。その逸話の通り、この宝剣は剣として基本にして究極の能力を持っている。即ち『絶対切断』。どんなものでも斬れるというだけのその能力は地味ではあるが、あらゆる防御行動を無意味にする必殺の攻撃でもあった。そして、『どんなものでも』斬る以上、セイバーが矢を防ぐのは実に容易い。まるでバターか何かの様にアスファルトを切り取ったセイバーは、畳返しの要領でそれを蹴り上げ、即席の盾としたのだ。それでも防ぎきれないものだけをセイバーが叩き切った事で、アイリスフィールや切嗣に負傷は無い。

 

「……ボウガンによる攻撃とは随分と古風だな……? アーチャーか、或いはキャスターか。どちらにしろ――――次は俺の番だな」

 

 そう言うやいなや、セイバーは剣を振るいながら駆け抜け、周囲の林を容赦なく伐採する。ボウガンは装填に時間を要する代物であり、一度防ぎきった以上セイバーの行動を阻める訳もない。次々と木々がなぎ倒され、その陰に据え付けられていたボウガンは悉くスクラップと化した。だが、肝心のサーヴァントの姿はそこに無い。あるのは無数のボウガンのみである。そのボウガンも暫く後に塵と化し、周囲に残るのはなぎ倒された木々だけである。

 

「…………アイリ様。一撃離脱したのか、それとも単にトラップだったのかは判りませんが、サーヴァントの気配が消えました。――――直ちにここを離れましょう」

「ええ。そうした方がよさそうね」

「作戦の練り込みはまだまだ必要みたいだな……。トラップじみた攻撃をするキャスターか」

「切嗣。マスターの仕掛けたトラップの可能性も考えられます。魔術師らしからぬ戦法を採るマスターがいるとすれば、かなりの脅威になるかと」

 

 本日二度目の『襲うだけ襲って逃げる』サーヴァント。順当に考えればキャスターであろうそのサーヴァントの手がかりを得られぬまま、四人は意見を交わしながら再び車に乗って一路アインツベルンの森へ向かう。幸いにもタイヤにボルトが刺さっていなかったため、スペアタイヤを履く事も無く、ベンツェは夜の冬木を再び駆け抜けていく。

 

 

――――その姿を一羽のフクロウが遥か上空から見下ろしていた事に、セイバー陣営が気付く事は無かった。

 

 

* * * * * *

 

 

 セイバー陣営が奇襲を受けた場所から撤退したその直後、遠坂邸では真の『アーチャー』たるジル・ド・レェが時臣の用意した水晶玉を覗き込みながら思案を巡らせていた。

 

 新たに五十万程用いて用意した簡易トラップ。有効射程が三十メートルにも満たない安物ボウガン千丁という貧相なモノではあるが、マスターを庇う以上サーヴァントはそれを何らかの手で以て撃退する必要がある。その迎撃法を観察することで、ジルは敵の能力を読み取ろうとしていた。

 

 例えば先程のセイバー陣営の場合、防御法から鑑みるにあのサーヴァントは飽和攻撃に対応する事が困難であると思われる。わざわざ地面を盾にせねばならないというのは『防御用の宝具が無い』事と『範囲攻撃系の宝具が無い』事を示しているのだ。直接戦闘で以てあのサーヴァントを下すとなれば超速度で振るわれる斬撃刺突の嵐を掻い潜らねばならないが、マスター諸共に無数の砲火で鎮圧すれば先にマスターを仕留める事で勝利できるだろう。

 

 それに比べると、ボウガンの一斉射を自前の礼装で難なく防いだランサー陣営のケイネスや、ボウガンの一斉射を『全弾くらった』というのに意に介する事無くそのまま歩いて帰ったバーサーカー陣営の間桐雁夜、そして踊る様な動きで「他愛なし! 嗚呼他愛なし! 他愛なしッッ!」などと叫びながらクネクネと全弾回避したフードのサーヴァントなどの方は、アサシンとの連携で制する必要が出てくる。フードのサーヴァントはキャスターらしからぬ身のこなしから、エキストラクラスの可能性もあるため、注意が必要。ケイネスもサーヴァントのみならず自身が強いと言う厄介な相手だ。アサシンの宝具と自身の宝具の合わせ技を生かして闘わねばならないだろう。

 

 そんな考えを巡らせながら、アーチャーは水晶玉をにらみ続ける。チェスのプレイヤーの如く戦場を俯瞰するその眼差しは、獲物を狙うフクロウの様に鋭く光っていた。

 

 

* * * * * *

 

 

 第一回目の大規模戦闘から一夜明けた翌日。

 

 昼の新都で二人の男女が歩いている。豹柄のジャケットを着込んだ赤髪の青年とその脇を歩く「ギャル系ファッション」に身を包んだ女性。エレキギター用のケースを背負う青年の姿は、一見バンドマンの類に見える。ロックスターを目指す青年達が奇抜なファッションをするのは珍しくも無いことだし、もしも性格まで「ロックンロール」な人種だったら妙な言いがかりをつけられかねない。一般人はそういう手合いとは眼を合わせない様に、無意識に無視を決め込む物である。

 

 そんな訳で、冬木の一般市民達の注目を引く事も無く、龍之介とキャスターは買い出しを終えて帰路についていた。

 

「存外、気付かれないものですね。龍之介殿。……私は明らかに肌の色が濃いのでこの国では目立つと思ったのですが」

「あー、それでビクビクしてたんだ、ヤスミン。大丈夫、メイクのおかげで今はガングロギャルにしか見えないって。髪も金髪に染めたし。……で、本屋でお目当ての本は買えたの?」

「はい。怪しまれないようにファッション誌を数冊買うはめになりましたが、購入できました。……無用な出費をしてしまい、申し訳ありません」

「ギャルが神話とか伝説とかの専門書買うのは目立つからしかたない。だから、必要経費って思ってよ。……でも、現代っぽい格好しとけば街にも溶け込めるだろうし、案外ファッション誌は便利かもね?」

「……ふむ。確かに現状で私が目立たない以上、龍之介殿の言う通りかもしれません。……このクラスで召喚されたおかげでアサシンクラスと違い漆黒の肌ではありませんが、我々は基本黒人かアラブ系なので変装は必須ですね」

 

 そんな事をひそひそと話す龍之介とキャスターは、するりと何気ない路地裏に入るとマンホールの蓋をこじ開け、地下にもぐり込んだ。一般的に下水道と言えば臭いイメージがあるが、今龍之介達が入り込んだ下水道は極めて無臭に近い。キャスター達が魔術の残渣を隠す為に浄水設備を設置した為、新都周辺の下水道はかなり清潔になっているのだ。キャスターの説明によれば『下水中に流出した魔力をエネルギー源に下水を浄化する術式』が刻まれた石板を下水中に設置することで、魔力の流出と汚水の流出の両方を一挙解決するシステムらしい。僻地に居を構えたアサシン教団にとって水は重要物資だった為、浄水法が研究されたとのことであるが、水が豊富なこの国で生まれた龍之介にはいまいちピンとこない話である。だが、自分達のアジトが臭くないというのは素直に歓迎すべき事だったので、キャスター達の行動には多大な謝意を示しておいた。

 

 閑話休題。下水道沿いの点検道をテクテクと歩く龍之介達は途中数名のキャスター達と合流したりすれ違ったりしながら、拠点の深奥に向かう。地下放水路を改装したその場所はかなりの広さがあり、簡易の結界によって一般人の侵入は不可能になっている。床には薄く水が張っているが、精々雨の日の水たまり程度なので問題にはならない。更に周辺の下水道をキャスター達が掃除した事により雨が多少降った所で放水路に流れ込むまでもなくそちらに流れてくれる為、水没の心配もほぼ無い。

 

 そんな空間は、多数のキャスター達と龍之介によって地下に再現された、アサシン教団の城であった。彼方此方で作業に励むキャスター達によって日々発展していく地下空間。――――其処には不思議な事に、どう見ても一般人らしき人々の顔もある。多くは不良少年と思しきその面々は、恍惚とした表情でキャスター達にこき使われたり、筋力トレーニングの類と思しき運動に励んだりしている。正直に言えば、少々異様だ。

 

「ふむ。兵士もだいぶ増えてきましたね、龍之介殿」

「……うーん。あのキモイ顔どうにかならないかなぁ」

「まだ調整が甘いので、暫くはあの様な顔のままかと。……あと数日鍛えてやれば、多少はマシになるでしょうし、なんでしたら仮面の類を付けさせればよろしいかと」

「あー、仮面はカッコイイかもなぁ。……あ! 良いこと思いついた! ヤスミン!」

「はい、何でしょう?」

「骨の仮面にしよう!」

「骨、ですか? 確かに我らハサンは髑髏を模した仮面を付ける習慣がありますが……」

「それもあるけど、確かヤスミンの話だとアサシンってサーヴァントがそんな見た目なんでしょ? 偽装にならないかなぁ、と思ってさ」

「……成程。確かにアサシンに偽装すれば、疑いは我らではなくアーチャー陣営に向きますね。普通ならアーチャー陣営が何らかの手でアサシンを温存したと考えるでしょうから。……流石は龍之介殿です。我らはどうにも頭が固いのですが、貴殿がいればこの聖杯戦争もどうにかなりそうな気がしてきました」

 

 そう言って笑みをこぼすキャスターに、龍之介は照れたように頭をかきながら謙遜の言葉を述べる。

 

「いやぁ、俺もヤスミンには色々教えて貰ってるもん。ナイフで人を生きたままバラバラにする方法とか、痛いのに死ねない拷問法とか、逆に全く暴力的じゃ無いのに頭逝っちゃう拷問とか。だから、お互い様だよ。それに、ヤスミン達ハサンの皆と俺の目的は一緒でしょ? 持ちつ持たれつで、頑張ろ?」

「……そうですね。まぁ、その目的も龍之介殿からのご指摘で気付けたのですが」

 

 キャスターは笑みを深くすると、彼らの目指す目的が変化した瞬間を思い返す。

 

 

【013:We are Legion.】

 

 

 当初、彼女を含めたハサンの大半は『多重人格を治療する方法』を求めてこの聖杯戦争に参加したのだ。まぁ、ザイードなどのごく少数は「暗殺王に、俺はなるっ!」やら「僕は新世界の暗殺神になる」やらと言っていたが、概ね全員の目的は一致していると言ってよかった。だが龍之介からのある一言によって、ハサンの面々はその目的を変更する事になったのである。

 

「そういえばさ、ヤスミンの願いってなんなの?」

 

 そう尋ねた龍之介に素直に答えたキャスター。それを聞いた龍之介の言葉で、キャスターはその方針を大きく揺らがせる事になったのだ。

 

「なんだ、願いもう叶ってるんだ。……これからどうすんの?」

 

 そんな聞き捨てならないその台詞の意図を問うたキャスターに、龍之介はあっけらかんと回答した。曰く「だってさ。身体の方が増えたんだから、一個の身体に一個の人格でしょ? もう多重人格じゃ無いじゃん」。その言葉は、キャスター達にとって思いもつかない不意打ちであった。――――今まで一個人の一人格であった自身が、自分専用の肉体を持っている。その事実を、キャスター達は今まで深く考えて来なかったのだ。だが、確かに龍之介の言う通り。

 

 最早、我々は一人格ではなく個人なのではないか。その認識が広まる内にキャスター達の目的は自然と変化し、龍之介の目的と迎合する『聖杯戦争らしくない』目的へと進化したのだ。即ち。

 

「我々の目的は『現状維持』。現界し続ける事こそ我らの望み。……下手に受肉など願って『元の多重人格』になられても困りますからね。……それに、マスターである龍之介殿も筋が良い。貴方が我々と同じ信仰ならば、我が名を継いで頂きたい程に。龍之介殿の『成長』を見守るのは我らにとっては楽しみでもあるのですよ」

「あー、ありがと。でも入信は無理かなぁ。俺、日本人チックな思考だし。――――トンカツ好きだし」

「……そうですね。龍之介殿があのおぞましい物体を食べている時は、正直に言えば引きました」

「うーん、おぞましいっていうけど本当に美味しいんだよ? まぁ、この国では『信仰の自由』が謳われてるから、善良な市民の俺はヤスミンの信仰を否定はしないけどさ。――――入信しないだけで。ウチ、代々神道なんだよね」

「ふむ。…………信仰の話は喧嘩になりそうですので止めておきましょうか」

「そーだね。喧嘩になったらヤスミンに勝てる気しないし、そうして貰えればありがたいかなー」

 

 

 そんな他愛もない雑談を交わす二人。着々と友好関係を深めつつある彼らは地下に身をひそめ、今は静かに準備に励む。――――――聖杯戦争の終了を『自分達が被害を受けない』状態で迎える為に。

 



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014:The vanguard.

明日は忘年会の予定が入ったためお休みです。ご了承下さい。


 冬木ハイアットホテル三十二階。ケイネスの工房における居住スペースであり、同時に最も防御力が高いその場所で、ケイネスは渋めの紅茶を飲みながら下界を睥睨していた。冬木の街の凡庸さはケイネスにとってあまり好みではない。しかし、その夜景に関しては見るべきものがあると思わせてくれるものだった。この国の人間は、寝る間も惜しんで働くことを美徳とするアリかハチの様な連中である。その性質が、煌々と輝く夜景を形成しているのだ。そう考えればこの国の人間も悪くは無い、かもしれない。

 

 そんな風な事を考えながら、ケイネスは紅茶を啜る。僅かな時間ではあったが初陣を飾った事で、ケイネスは多少の自信を得ると同時に少なくない反省の念を抱いていた。例えば、月霊水銀。敵のサーヴァントがセイバーであったからこそ『一時的に術が解ける』だけで済んだが、キャスターであれば制御を乗っ取られていた可能性もあるのだ。いっそゴーレム化することで独立した礼装として運用し、ケイネスの魔力とは切り離しておいた方がいざという時安心だ。月霊水銀を強制的に解除された際に自身の魔術回路に駆け抜けた痛みは、予期せぬ術のキャンセルによって流れを乱したケイネスの魔術回路が引き起こしたモノだ。あれが土壇場で起これば重大な隙になるだろう。

 

 それに、ケイネスは頭で考えていた程この聖杯戦争が甘い物ではないというのも身に染みて体感している。ランサーによって戦場から強制退避させられた後も、ケイネスは使い魔越しに戦場を観察していたのだ。バーサーカーが仕掛けた問答無用の不意打ちとそれに応戦するランサーの戦いは、ケイネスの考えていた聖杯戦争のイメージを覆すには十分だった。――――彼は知ったのだ。この儀式は断じて魔術師同士の神聖な決闘の類ではない、本物の『戦争』なのだと。

 

 決闘の作法など考えていては次の瞬間に自身はバーサーカーに消し炭にされてしまうだろうし、戦争である以上不意打ちは許容される。現にケイネスは昨晩の戦いの後にランサーを伴って外出した際、ボウガンによる奇襲を受けていた。決闘であれば許されないその行為に、本来ならばケイネスは激怒していた事だろう。だが、初陣後のケイネスはその襲撃に対して不愉快さを露わにこそすれど、怒りを示す事は無かった。――――優れた頭脳を持つ彼は、意外にも素早く思考の切り替えに成功していたのである。

 

――――これは戦争であり、どんな横紙破りも起こりうる。

 

 最初からその前提でどっしりと構えていれば、いざという時に慌てて無様を晒す事もない。結局のところ『最終的に勝ち残り、聖杯を勝ち取る』というたったそれだけの聖杯戦争の目標に勝手に決闘のイメージを抱いていたのが悪いのだ。これは単なるバトルロワイアルなのだから、そんな考えは邪魔なだけである。

 

「――――得るモノは存外多い、か。極東の辺鄙な街の儀式だが、参加した価値はあった様だな」

 

 思わずそうこぼしたケイネスの横に、ぬっと現れたのはランサーだ。何が気に入ったのか世界地図のマークをその胸板にでかでかとプリントしたシャツを着ている彼は、ケイネスの所有するワインの内一本をまるでコーラの様にラッパ飲みしている。その態度に当初のケイネスはよく激怒したものだが、最近では諦めて好きにさせている。酒や喰い物であの戦闘力が賄えるならばケイネスにとっては安い買い物だ。

 

 そんなランサーは、ケイネスの座っている横のソファにどっかりと座り、ラッパ飲みを続けながらケイネスに問うた。

 

「ケイネスよ。お前さん、随分機嫌が良いようだがどうかしたのか?」

「む、ランサーか。……そう言えば此度は貴様の槍捌き見せてもらったぞ。征服王の名に恥じぬ奮戦、見事だった。――――速度面では些か不満が無くは無いが、宝具による面制圧は使い勝手が良く凶悪だったな」

「よせよせ、照れるではないか。――――まぁしかし、貴様こそ中々面白い武器を持っとる様だな、ケイネス。あの水銀、まるで生きておる様に動くではないか? ありゃ一体どういうタネだ?」

「ああ、『月霊髄液』か。あれは私の得意分野である『流体操作』で以て、水銀を操作するというシンプルな礼装だな。シンプルであるが故にコストもそれほど掛からず、感覚的な操縦が可能なのだが……。今晩で改良の余地がいくつか出て来た」

「――――セイバーの槍、か。確かにありゃぁ魔術師殺しだわな」

「うむ。……取り敢えずは私の魔術回路から切り離しても制御できるように小型の魔力炉を内蔵する事で急場を凌ぐ。それに、私の礼装はあれだけではないのだよ、ランサー。そうだな……例えばコレだ」

 

 そう言ってケイネスが自身の魔術回路を励起させると、たちまち一振りの剣が現れた。――――どうやらケイネスは自身の工房内でなら自在に礼装を召喚できるらしい。現れたそれは一見何の変哲もないロングソードだが、宙にプカプカと浮いているという点で、異彩を放っていた。

 

「――――これは?」

「先程言っていた新型月霊髄液の試作品だ。今日作ったモノなので些か詰めが甘いが、使い勝手が良いので保存してある。コレのよい所は、内蔵してある小型魔力炉でも十分駆動する点と、一度命令すれば後は放置で良いという点だな。命令で指定された物を『自動で叩き切る』というだけのものだが、インスタントな礼装としては悪くない」

「成程。これであれば確かにあのセイバーに妨害されてもどうにかなるか。破壊はされるだろうが、今日作ったというからには量産も容易なのであろう?」

「基本的に只の鉄だからな。――――操作も容易であるし、これならばソラウの護身用にも悪くない」

「そりゃ良いかもしれんな。……だがなぁ、ケイネス」

「どうした?」

 

 口ごもるランサーに、ケイネスは問いかける。戦闘の専門家であるサーヴァントの意見を無視するという選択肢は、あの化け物じみた戦闘を目撃したケイネスには無い。彼は格下は眼中にも入れない人間であると同時に、自身と同格以上のものには素直に敬意を払う事のできる人間なのだ。

 しかし、ランサーの答えは、ケイネスの予想とは思いっきりずれていたのだが。

 

「その、なんだ。余は女に送るならば、武器以外のモノもこさえてやった方が良いと思うのだが。……お前さん、何と言うか、色恋沙汰が不得手過ぎやせんか?」

「………………忠言と受け取っておこう。しかし、そこまで言うのならば案はあるのだろうな?」

「む。余を誰だと思っておるのだ、征服王イスカンダルだぞ? 色恋沙汰の百や二百経験済みよ。――――そうさなぁ、ソラウ嬢はスミレ色を好んどるようだし、魔術を込めた紫水晶でも一つ贈ってやればどうだ?」

「……スミレ? 赤ではなく?」

「むぅ、お前さん、本当に女慣れしとらんのだな。――――女というのは、好みの色を目立つモノよりアクセントやら小物やらに使いたがる。女の感覚が良く分からんのは余も同じだが、知識で知っていて損は無い。ソラウ嬢は確かに赤を押しだしとるが、あれは髪色に合わせとるだけだろうさ。よくよく見れば香水瓶などはスミレ色だぞ?」

「――――言われてみればそうだが、そういうものなのか?」

「そういうもんだ。…………もうちっと、魔術以外も容易くこなせる様になれば、ソラウ嬢も心動かされるだろうに」

「……善処しよう」

 

 しょんぼりとするケイネスは、冷めかけの紅茶を啜る。天才と持て囃されてきた彼だが、『不測の事態』と『色恋沙汰』には脆い。そのどちらもを絶妙にフォローする兄貴分じみたサーヴァントに対して、ケイネスはそれなりに感謝を寄せていた。昨晩の戦いではバーサーカーの脅威から瞬時に救助された事もあるし、自身の初陣を飾るべく、ランサーがわざとセイバーを敵マスターから引きはがしてくれたのも承知しているのだから、当然ではある。

 そして、マスターの落ち込みに活を入れてくれるのもまた、このランサーの良い所であった。

 

「そう肩を落とすな、ケイネス。初戦でお前さんは敵マスターをあと一歩という所まで追いつめたんだぞ? 取り敢えず男を見せたってわけだ。それに、バーサーカーさえ来なけりゃアレはお前さんの勝ちだった。初陣で勝利を飾れるやつは少ないがな、初陣を生きて帰るってのはそれだけで勝利なのだぞ、ケイネスよ」

「――――ふん。そんな事は分かっている。次は必ず仕留めるに決まっているだろう。……まぁ、貴様の称賛は受け取っておくが」

「素直じゃないよなぁ、お前さん」

 

 そう言って苦笑するランサーに、ケイネスはもう一度鼻を鳴らすと席を立ち、ティーセットで茶のお代わりを淹れる。二人分(・・・)の茶が、湯気と共にその香りを漂わせる中で、ランサー陣営の夜は更けていった。

 

 

【014:the vanguard.】

 

 

 言峰綺礼は『表向き』では、既に敗北したアサシンのマスターという事になっている。であるからには、彼は遠坂の計画遂行の為にも教会から足を踏み出す事は出来なかった。無論、代行者として磨き上げた彼の腕前を持ってすれば監視の目を逃れて敵マスターを暗殺することも不可能ではない。だが、それは些かリスクの大きい判断である。それ故に彼は、質素に誂えた私室で時臣からの命が下るタイミングを待っていたのだが。――――現在そこに、一人の客人が訪れていた。

 

 ジル・ド・レェ。時臣の召喚した真のアーチャーたるその英霊が、酒持参で綺礼の部屋を訪れた際は流石の綺礼も驚いた。初めは師である時臣からの命かとも思ったが、アーチャーが『個人的な用事』であると告げた事で、綺礼は困惑を深める事となる。

 

 そして現在、「まぁ、何はともあれ一献如何ですか、綺礼殿」というアーチャーの誘いに乗る形で酒の席を共にしているわけだ。――――取り敢えずはアーチャーの持ち込んだワインで唇を湿らせた後、綺礼は彼に来訪の理由を問うてみる事にした。

 

「――――で、結局何の用だアーチャー」

「アサシン殿から綺礼殿が何やら悩んでおられるようだ、と聞きましてな。此処は一つ相談に乗ってしんぜようと参じた次第です。――――彼から、貴殿の悩みは少々根が深そうだと聞きましたので」

「……なぜ、アサシンがその様な事を?」

「サーヴァントとマスターはお互いの記憶を夢に見ると言うでしょう? アサシン殿は図らずも綺礼殿の記憶を覗いてしまったようですな」

「…………そしてお前が要らぬ節介を焼いた、という訳か。」

「要らぬ節介にはならぬかと思いますぞ。何せ――――」

 

――――私は綺礼殿と同じ性質の人間ですので。そう告げたアーチャーの言葉に、綺礼は思わず目を剥いた。その反応を見たアーチャーは、綺礼が言葉を紡ぐよりも早く、トドメの一手を投げかける。

 

「酒に溺れようとも満たされず、如何なる学問を収めようとも満たされず、苦行の果てでも満たされない。無感動で、無関心で、無気力。自分がどうしてこんなにも空虚なのかを理解できない。自分は何を以て快楽とすればよいのだ。――――そう、思っているのではありませんか」

「な、にを……」

「その表情、どうやら私の推測は当たっているようですな。綺礼殿、やはり貴殿は私に似ている。――――さて、改めて問いましょう。『先達として』御相談に乗らせて頂きたく思うのですが、如何ですかな?」

 

 ニコリとほほ笑むジル・ド・レェに、綺礼は恐怖と希望が綯い交ぜになった様な強い感情を抱いた。一つはかの「ジル・ド・レェ」に同類とみなされた事への恐怖。もう一つは自分の同類、引いては理解者が現れたのかもしれないという希望。その狭間で揺れる綺礼の感情は、代行者にあるまじき混乱を見せている。そこから、何とか精神を持ち直すのにたっぷり三分。酒を一息に呷って漸く落ち着いた綺礼に、ジル・ド・レェは優しげな声音で言葉を投げかけた。

 

「綺礼殿、貴殿は聡明だ。その顔色から察するに、私が言いたい事が分かっておられるのでしょうな」

「……私が、お前の様に成るというのか? 世紀の大殺戮者に?」

「ええ。このままではいずれそうなるでしょうな。今のところ、貴殿は生前の私と似たような道を歩んでおられるが故に。ですが、御心配召されるな。そうならぬ為に私が此処に来たのですから。――――私の二の轍を踏みたくは無いでしょう?」

「……お前に、私が救えると言うのか」

「かつて『救われた』者が、未だ苦しむかつての自身に手を差し伸べるのは当然でしょう?」

 

 そう言って差し伸べられたジルの手を、綺礼は逡巡の果てに掴んだ。まさしく、藁にもすがる思いだ。

 

 そうして、果ての分からぬ道を歩み続けた求道者はその日、予期せぬ旅の先達を得たのであった。



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015:The declaration of war by the Kings.

 冬木市新都にある、蝉菜マンション。新築ホヤホヤの高級マンションである其処を一人で買い占めた男こそ、英雄王ギルガメッシュその人であった。幸い分譲開始直後のことであったから、追い出しの憂き目にあった者はいなかった。しかし、マンション一棟を買い占めるというその暴挙の被害は確実に一人の青年の胃を苦しめている。

 

 その青年の名はウェイバー・ベルベット。ギルガメッシュことサーヴァント・ライダーのマスターであり、最近ストレスでハゲるのではないかと本気で心配し始めた魔術師見習いだ。そのストレスの原因たるサーヴァントは今日は家でのんびりとする気分らしく、宅配寿司の特上を摘みに昼間から酒を飲んでいる。その傍らで相変わらず水晶玉を眺めるウェイバーは、今日も今日とて、冬木の街を観察していた。とはいえ、ウェイバーは所詮魔術師見習いでしかない。――――故に、彼がそれに気付けなかったのは致し方のないことであった。

 

 

【015:The declaration of war by the Kings.】

 

 

 轟音と共に、蝉菜マンションが崩落していく。

 

 白昼に起こったその惨事に、多くの冬木市民があんぐりと口を開けてその様を見ていた。自重により垂直に落下するその崩れ方は、発破解体と呼ばれる高層ビル解体工法の特徴である。だが、そんな事を一般市民が知る由もなく、一瞬の沈黙の後新都は大混乱に包まれた。キノコ雲のように舞い上がる粉塵、逃げ惑う人々、泣き喚く子供達。そんな惨状を少し離れた路地裏から観察していたのは、セイバーのマスターである衛宮切嗣である。古今東西の破壊工作に精通する彼は、発破解体にも当然精通していた。

 

 今まで捕捉できていなかったライダーのサーヴァント。そのサーヴァントをたまたま発見できたのは、切嗣が昼食を採りに新都のファストフード店を訪れた時のことだった。マスター固有の透視力により、切嗣はたまたま街中を出歩くライダーを捕捉したのである。そのステータスは確実に最底辺。マスター諸共容易に屠ることが可能と判断した彼は、ライダーを使い魔で追跡し、電話回線を傍受した。あとは暗示によって「寿司の出前」とすり替わった舞弥と共にマンション内部に侵入し、発破解体の仕込みを行ったのである。

 

「舞弥、ライダーのマスターが逃れた痕跡はあるか?」

 

 携帯電話にそう呼びかけた切嗣に、電話先の舞弥は「いいえ」と短い答えを返してきた。舞弥も魔術使いの端くれである以上、その程度の事を見逃すはずもない。つまり、ライダーはマスター諸共地上に撃墜した訳だ。瓦礫の中のマスターの生死は不明だが、もし生きていた場合はまた別の手で殺せば良い。

 

 切嗣はくるりと踵を返し、現場から速やかに離れていく。魔術師殺しと呼ばれた魔術使いは、全盛期の感覚を徐々に取り戻しつつあった。

 

 

* * * * * *

 

 

 粉塵がもうもうと立ち込めるその中で、英雄王ギルガメッシュは立っていた。その手に掲げる盾は紛れも無い宝具の輝きを放っており、彼と彼が首根っこを掴んでぶら下げているウェイバーを守るように球状のバリアを形成している。その盾で、ギルガメッシュは爆発の難を彼のマスター共々逃れたのである。

 

 彼はそのまま空間の揺らぎから『黄金の船』に似た飛行宝具を取り出すと、ウェイバーをポイと上に乗せ、自身も操縦席らしき玉座に腰掛けて浮上させる。その船体は粉塵の中を上昇しながら『光学迷彩』と共に『魔術・物理・電磁ステルス』を展開。粉塵から抜ける頃には完全なる『不可視』の空中戦艦として冬木の大空を舞っていた。

 

 その船を駆るギルガメッシュは、気の弱いものがみれば心臓麻痺で死にかねない程の憤怒の形相を浮かべている。――――首が絞まって気絶したウェイバーがそれを目撃していなかったのは、実に幸運なことだろう。

 

「天上に仰ぎ見るべき我を地に墜とすとは、どうやら余程死にたい阿呆がいるらしいな……!!」

 

 憎々しげにそう吐き捨てたライダーは、気絶しているウェイバーを蹴り起こすと声を張り上げて宣言する。

 

「おい! いつまで寝ている溝鼠! 観戦を決め込もうかとも思っていたが、事情が変わった。――――聖杯なぞには興味は無いが、このまま我が舐められたままでは居れぬ故、参戦するとする!」

「うぐぉぇ……わかった、分かったから具足で踏むなっ! 死ぬ!」

「む。……そうか、貴様は鼠であったな。鼠が人に踏まれれば、命の危機もあろうよ。我が悪かった、飴をやろう」

「……いい加減に慣れたけど、オマエ、謝ってんのか煽ってんのかどっちかにしろよ。……で、参戦するって言っても、今は昼だぞ。夜までは戦われちゃ困る」

「たわけ。それは魔術師の都合であろう。――――魔術なぞ使わずともなんとでも戦えるではないか。宇宙に出て手頃な小惑星を探して叩き落とせば、この街にいるマスターなぞ皆殺しにできる」

「宇宙に行けるわけないだろ。酸素がないと死ぬってぐらい、さすがに科学に疎い魔術師でも知ってるぞ。……それよりオマエ、今晩どこで寝るつもりなんだよ。僕は最悪マッケンジーさんの所に潜り込めるけど、お前はどうせ民家に下宿は嫌なんだろ?」

「……溝鼠」

「なんだよ?」

「忠言褒めてつかわす。……我としたことが、あのあばら屋が吹き飛んだのを忘れていたな。些事であった故、致し方無いが、さすが鼠、小さい事にも目が届くではないか?」

「お前、自分が落下したことのほうがマンション吹っ飛んだのより大事なんだな。……あと、高層マンションは普通あばら屋とは言わない」

「鼠の基準でものを語るでないわ。あんな安物、王たる我にはあばら屋以外の何物でもないではないか」

 

 そんな風に、いつもの調子で漫談する英雄王とウェイバー。だが、彼は怒りを夜に持ち越しただけであり、収めた訳ではない。英雄王の怒りを招いたことにより、戦局はより大きく乱れることになるのだった。

 

 

* * * * * *

 

 

 ――――さて。視点は切り替わり、蝉菜マンション崩壊より少しの間をおいた新都。しばらく現場を観察して任務を終えた舞弥は、切嗣からの次の指示が来るまで少々時間を持て余していた。ライダー陣営が現場を脱出した様子は『見受けられなかった』為、舞弥の仕事がなくなったのである。もし脱出していれば舞弥はそれを追撃する必要があったのだが、丸々その時間が浮いた形になる。

 

 その時間を利用して、舞弥は栄養補給に努めることにした。兵士たるもの採れる時に食事を採っておかねばならないのである。そして、栄養補給と言うからには極力高カロリーなのが望ましい。そう、例えばケーキ、或いはブリオッシュ、若しくはプリンアラモード。ブドウ糖は細胞のエネルギーとして最もポピュラーなものであり、必要不可欠なものである。

 

 故に舞弥は甘味を食すべく、深山町にある商店街『マウント深山』にある甘味処へとやって来ていた。目当てはこの店が提供する『ギガンティック・クリーム白玉フルーツあんみつ』である。小豆餡、白餡、うぐいす餡の三種の餡のハーモニー。ふんだんに使用されたカットフルーツ。そして止めとばかりに天辺に鎮座する自家製アイスクリーム。二千六百キロカロリーという破格のカロリーと総重量三キログラムのインパクト。カラフルなプラスチックバケツに入れて提供されるそれはまさしくカロリー爆弾である。これ程のカロリーであれば、兵士の過酷な任務を賄う事が十分に可能だろう。――――そう、これは効率的なカロリー摂取であって、舞弥が甘い物を食べたいだけという事は、全く、一切、これっぽっちもあり得ないのだ。

 

――――――という訳で、兵士の職務に対する義務感を胸に甘味処を訪れた舞弥であったのだが。

 

 彼女は現在、少々気まずい事になっていた。無論、自身の精神を完全に制御する能力を切嗣から仕込まれた舞弥はそれを表に出す事は無いし、普段は内心ですら感情を動かさない。だが、流石にこの事態は舞弥でも内心穏やかではいられなかった。

 

 甘味処は大変な人気であり、満席となっていた。これは、仕方がないことだし舞弥としてもむしろ期待に胸が高鳴る状態――――いや、義務感を再燃させる重要なファクターであると言えるだろう。その結果として舞弥が店員にどうにか席は無いかと訊き、一人で来店していた別の客と相席する事になったのだがこれにも不満は無い。自分が言い出した事だし、相手方も実に寛容に相席を了承してくれた。そして、相手方も『ギガンティック・クリーム白玉フルーツあんみつ』を求めて此処に来た甘党の同士――――ではなく同じく効率的なカロリー摂取を求めてこの場を訪れた者だった。此処まで全く問題は無い。むしろ良いことまみれである。

 

 

 問題なのは、相席相手が、ゴシックロリヰタファッションに身を包んだバーサーカーであるという事であった。

 

 

 結果として、怪しまれる訳にもいかないので自分から提案した相席を断れない舞弥は、気まずい状態でバーサーカーと対面しながら二人仲良くバケツ入りあんみつを食す羽目になったのである。そうなるとテーブル席を形容しがたい沈黙が覆うのは、もはや自明である。黙って無表情で馬鹿デカいあんみつを黙々と喰らう美女二名。しかも片や無国籍な装いのピッチリハイネック謎スーツ、片やガチガチの金髪ゴシックロリヰタファッションである。異様な空気を放たない訳もなく、そして二人が「流石にこれはどうなんだ」と思わない訳もなかった。が、タイミングが見いだせず、沈黙の中で『ギガンティック・クリーム白玉フルーツあんみつ』を食べ終わってしまった二人。――――その何とも言えぬ空気を打破したのは、バーサーカーである。

 

「――――この店の『ギガンティック・クリーム白玉フルーツあんみつ』を食べきる者がよもや私以外にいようとはな? ……あの蟲どもは人間が食える量ではないなどとぬかしておったが、女の胎には無限に甘味が入る様に出来ている。――――貴様もそう思わんか? ――――店主。お代りだ」

「……まぁ、その意見には同意ですね。――――店員さん、私にも追加を」

 

 そんな簡単な会話ではあったが、空気を和ませるのには一役買ったらしく、お互いに甘味に関する無難な会話などを行う事で舞弥はどうにかバーサーカーとの接触を穏便に済ませる事に成功した。結局舞弥は二杯、バーサーカーは三杯を食べた所で会計となり、二人は共に甘味処を後にする。

 

 その去り際に、バーサーカーと舞弥が交わした会話は、商店街の喧騒に飲まれて消えた。

 

 

「――――貴様は聖杯戦争の関係者だろう? どの陣営かまでは流石に私の鈍った勘では分からんが、あのマンションは私が今夜にでも消し飛ばそうとしていたのだ。――――手間を肩代わりして貰い感謝すると貴様の味方に伝えておけ」

「聖杯戦争? 陣営? 何の事です?」

「――――まぁ、白を斬るならそれも良し。立ちはだかるならば消し飛ばすのみだ。――――ではまた、何れかの夜に逢おう」

 

 

 バーサーカーとの接触。当然ながらその報告は舞弥を通じて切嗣へと伝わった。――――ずば抜けた直観力をもつそのサーヴァントに、衛宮切嗣が難しい顔をしたのはいうまでも無い。この聖杯戦争、衛宮切嗣最大の障害となりうる候補は、目下のところ間桐陣営という事になりそうだった。



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016:This is not a natural disaster .

 夜。最近の物騒な事件の数々に、冬木市民はもう殆どが外出を控えるようになったこの時間に出歩くのは、自分の強さを信じて疑わぬ思春期の不良少年達と、止むに止まれずこの時間に帰宅する事となった会社員の皆さん。――――そして、聖杯戦争に参加するサーヴァントとそのマスターのみである。

 

 そして現在、人気の無い海浜公園で二騎のサーヴァントが対面していた。

 

 空中に浮遊する玉座から地上に立つ敵を睨みつけるのはライダー。対して地上からそれを凄絶な笑みで迎え撃つのはバーサーカーであった。

 

「おい、其処な雑種。誰の許可を見て我を仰ぎ見る?」

「許可? 王である私に誰の許可が必要だと言うのだ、金ピカ。――――それに、高いところは危険だと昼間の一件(・・・・・)で学習しなかったのか」

「――――ほう? 貴様、何故我の拠点が崩壊したと知っている」

「無論、今日にでも貴様の拠点を吹き飛ばす算段だった(・・・・・)からだが?」

「そうか。――――では、せめて散りざまで我を興じさせよ、雑種!」

「面白いことを言う。私を容易く散らせると聞こえるぞ、金ピカ――――!」

 

 斯くして冬木に於ける三度目の戦闘は、この夜この場所で始まる事となる。――――嘘はついていないが、誤解させる様な言い回しをしたバーサーカーのせいで。

 

 

【016:This is not a natural disaster .】

 

 

 閃光が空を灼く。閃光が地を薙ぎ払う。

 

 騎士王の放つ黒い極光を英雄王が回避し、英雄王の天翔る王の御座(ヴィマーナ)から放たれるレーザーを騎士王は力任せに叩き落す。当然周辺への被害は凄まじく、もはや海浜公園に原型は残っていない。震えながらも英雄王の玉座に辛うじてしがみ付いているウェイバーの懇願――――プライドを投げ捨てた全力の土下座付き――――によって英雄王が結界宝具で周囲に幻を映し出していなければ、今頃聖堂教会の工作班は胃痛で死んでいただろう。――――まぁ、現状でも土地の管理者たる遠坂時臣は眩暈を引き起こして頭を抱えているのだが。

 

 そして戦いの気配を察知した他のマスターやサーヴァント達がそのまま座して観戦しているかと言われれば、答えは否である。

 

 王と王が激突する戦場に現れたのは、またしても王。空間を切り裂いて現れた巨漢は征服王イスカンダルことランサーであった。長槍を振り翳し、彼は高らかに吼える。

 

「我が名は征服王イスカンダルッッ! 騎士王はさておき、そこの貴様も王と見受けるが、余を差し置いて王道を競い合うとは片腹痛いわ!」

「……おい、小鼠。先程から不遜にも王を名乗る雑種が多い。どうにかしろ」

「どうにかしろって言われても、あいつら本当に王だぞ!? お前が今攻撃してるのはアーサー王だし、あっちのデカイのは聞いての通りアレキサンダー大王だ! お前聖杯の知識で分かるだろ!?」

「たわけ、俺以外の王など紛い物に決まっているであろう」

「お前がそう思うのは勝手だけどさ! それを僕にどうしろと!?」

 

 ここ数日で死にかけまくっているウェイバー。――――例えば初対面で英雄王に殺されかける、ギルガメッシュに踏まれる、英雄王に首根っこ掴んでポイされる、ギルガメッシュと共にスレスレで破壊光線回避などなど――――それらの影響で身に付いた胆力は、戦場でもギルガメッシュのボケを拾える突っ込みスキルとして昇華していた。だが、それほど胆力を持っていても、苦手なものは苦手である。

 

「おや? 新たなサーヴァントのマスターは誰かと思ったが、見知った顔が居るではないか? ウェイバー・ベルベット君、落ちこぼれの君が英霊召喚を成功させたのは降霊科講師として涙を禁じ得ない感動を覚えるが…………君、この戦争に参加すれば私と戦う事になるとは考えなかったのかね?」

「ケ、ケイネス先生……」

 

 隠しもしない呆れを含んだその声は、ランサーの隣に立つケイネス・エルメロイ・アーチボルトから放たれたもの。ウェイバーとしては自身の論文を引き裂かれた恨みを向ける相手であり、同時に最も恐れを抱く相手でもある。今横をかすめて行った黒い極光よりも下手をすれば怖いと感じているかもしれない。――――まぁ流石に超高速で変態機動を行うヴィマーナにケイネスが攻撃を行えるとは思わないが、ストレス的にはあの「何考えてるんだこいつ」的な眼差しで充分ウェイバーにダメージを与えていると言って良いだろう。

 

 だが、ケイネスはしばらくウェイバーに胡乱げな視線を向けた後、公園隅の暗がりに目を向けた。ケイネスにとってウェイバーがどうでもいい相手だったのは、この場に限って言えば幸運であった。――――いや、無論ムカつくのだが、怖いよりはマシである。

 

 そして、ケイネスが目を向けた先には、真っ暗な闇が蠢いている。……蠢くソレにケイネスが目を向けた瞬間、それは寄り集まって白髪の男性へと変貌した。――――間桐雁夜。バーサーカーのマスターはこの日初めてその姿を晒したのだ。その顔は能面のように青白く、まだ年若く見えるにも関わらず長年苦役を課せられた罪人の様な苦悶の跡が顔に張り付いている。その男性の口から放たれたのは、不思議なことに老人の声(・・・・)であった。

 

「さすがは時計塔のロードといったところかの? 粗方気配は絶っておったのじゃがな」

「マキリの当主とお見受けする。――――サーヴァントへの強力な魔力供給を行う以上は完全に隠蔽は不可能だ。まぁ、私が言っても祖母に卵の吸い方を教える様なものだろうが」

「ケイネス、此方では釈迦に説法と言うのではなかったか? ふんッッ!」

「お前は揚げ足を取るよりも戦闘に集中しろランサー。……さて、マキリの当主殿。一戦お相手願いしよう」

「呵々、仕方あるまい。――――しかし、お主はマキリと『水場で戦う』という意味を解っておるのかの?」

 

 雁夜の口で話す老人――――間桐臓硯はそう嗤って川面から無数の水の触手を立ち上がらせる。それに無言で応じたケイネスは白銀の流体で以ってその触手を打ち払った。

 

――――王達が戦う傍らで始まる、マスター同士の魔術戦。

 

 それに呼応する形で、王達の戦いも激戦の様相を呈し始めた。ライダーは虚空より無数の宝剣、宝刀、宝槍の類を出現させると爆撃宜しく地を這う雑種――――もといランサーとバーサーカーに向けて投下する。一つ一つが紛れも無い宝具の輝きを持つにも拘らず、それをライダーは何のためらいも無く放出していく。それに加えて彼が駆る黄金の船からは強烈な熱線がまるで雲間から差す太陽光の如く容赦無く地を焼いていくのだ。当然ながら市民の税金によって建設された海浜公園はもはや跡形も無く消し飛んでおり、露出した地面が赤く焼け爛れる地獄のような状態になっている。

 

 だが、その惨状は何もライダーのみの仕業ではない。数秒に一発という馬鹿げた頻度で地上諸共天を切り裂くのはバーサーカーのエクスカリバーである。その暴挙に彼女のマスター、間桐雁夜は今日も今日とて毎秒毎秒死んでいるが、その現状は寧ろ間桐臓硯が雁夜の身体を操るお題目としては好都合。死と再生を繰り返す雁夜の魂は磨耗しているが、彼に埋め込まれた聖剣の鞘(・・・・)はその魂すら再生させる。――――雁夜に鞘を埋め込み、その雁夜の肉体と臓硯が融合する。この回りくどい方法の利点は、臓硯とバーサーカーが『雁夜の肉体』を好き放題に食う事で『間桐陣営が悉く不死になる』という凄まじい恩恵を得られることである。さらに言えば『臓硯の本体』にも聖剣の鞘の一部は埋め込まれており、バーサーカーとのパスを構築している。これにより臓硯の回復支援と雁夜の魔力支援を受け、バーサーカーは無尽蔵の戦闘力を獲得していた。

 

 その結果がこの暴虐としか形容できない、公園の惨状であった。彼女の周囲は陥没し、聖剣から放たれた熱量でガラス化している。周囲の気温はなんと摂氏百度。サウナ並みの熱量が、英雄王の張った幻惑の帳の内部を覆う。幸いな事に帳を突き破って天に達する彼女の破滅的な攻撃は、その『黒』という色の関係で冬木市民に気付かれることはない。が、成層圏を通り越して宇宙までブチ抜くその攻撃で、墓場軌道にいた日本の初代気象衛星ひまわり1号やら無数のスペースデブリやらが悉く消し飛んだ。バーサーカー化した事により遠慮も自重も無くなったアーサー王の一撃は、皮肉な事に星の作り出した神造兵器の威力を遺憾なく引き出したのである。

 

 そして、その圧倒的暴力を振るう二騎に対して、ランサーは自身の宝具を限定的に解放した。

 

 次元を引き裂いて現れる百騎の兵士達。ソラウからの潤沢な魔力支援によって、征服王は自身の宝具を十全に使用できる。その『宝具』は未だ真名解放をすることは無いが、それでも自身の軍勢の一部を現世に呼び出す程度は可能であった。Eランクサーヴァントを自由に召喚するという破格の宝具の猛威は、バーサーカーをして梃子摺るものであった。何しろ倒しても倒しても、次元を切り裂いて続々と湧き出してくるのだ。完全に死兵と化して吶喊してくるサーヴァントの群れはミツバチがスズメバチを熱殺するがごとくバーサーカーを包囲する。

 

 更にランサー本体はその広範囲を槍で埋め尽くす『槍衾』で以ってバーサーカーとライダーの双方に無限の刺突、斬撃を行っている。一本一本は、それなりの神秘を帯びた長槍に過ぎずとも、万にも届く槍が突き刺されば如何なるサーヴァントといえども死ぬしかない。ライダーはこれを同じく無限の宝具群で以って薙ぎ払い、バーサーカーは再生力と鎧の防御力で以って対応しているがどちらも無傷とはいかなかった。――――まぁ、当然ながらランサーもバーサーカーの熱波とライダーの宝具群で負傷しているのだが。

 

 基本無傷なライダーと、ゾンビ宜しく再生するバーサーカー、そしてケイネスとソラウの援護で回復するイスカンダル。それに加えて傍らでは無数の蟲と瀑布の如き水流を操る臓硯と月霊髄液を初めとする無数の礼装を展開したケイネスによって魔術バトルが開催されているのだ。もはやこの世の地獄である。いかに幻で誤魔化されているとはいえ、その戦闘の余波は冬木に連続して震度三相当の揺れを引き起こしたという事からも、如何に凄絶な争いであったかはご理解いただけるだろう。ケイネスと臓硯が戦闘開始前にお互い結界を張っているというのにこれである。

 

 そんな地獄の戦いはケイネスと臓硯がどちらも堅実な戦いをしていること、そして英霊たちの戦闘が拮抗したことにより、永遠に続くと思われた。

 

 

――――だがしかし、その戦闘はあっけなく終わりを迎える事になる。

 

 

 日の出だ。魔術の秘匿を大前提とする聖杯戦争において、時計塔のロードであるケイネスと間桐の当主たる臓硯が『昼』に闘う筈もなく、二人は東の空が明るくなった辺りでどちらからともなく撤退した。ルールを守るためというよりは、衆目に晒される事で自身の魔道が『神秘を失う』事を恐れての結果である。そして、マスターの撤退に呼応してランサーとバーサーカーも勝負の持ち越しをどちらからともなく提案する。――――ライダーからすればその提案を飲んでやる義理は当然ない。彼にとってはこれは罪人の処刑であって、決闘でも何でもないのだから。……それでも彼が矛を収めたのは、彼自身の理由によるところが大きい。ウェイバーのダメージが深刻な為である。魔術回路を一晩中駆動させ続けたウェイバーの顔面は蒼白で、既に意識もない。単独行動スキルを自前で持つライダーと言えど、魔力供給を断たれた状態で全力戦闘を続けるのは無理があったのだ。――――重ねて言えば、如何に英雄王と言えども令呪を三画重ねた命令ともなれば『考慮に入れざるを得ない』。ウェイバーの命を削る行為を無意識のうちに避けた結果とも言えるだろう。

 

 こうして解散した三騎のサーヴァントは、無言の内に再戦を誓いあう。ライダーにとってそれは罪人を必ず処刑するという決定であり、ランサーにとっては三者三様に異なる王道を競うという王の矜持であり、バーサーカーにとっては単に聖杯を手に入れる為に他のサーヴァントを抹殺せねばならないと言うだけの事実であった。

 

 

 そして、彼らが消えた後に残るモノは何もない。

 

 

――――――そう、本当に何も無くなっていた。かつて海浜公園であった場所は周囲の地面ごと消滅し、海水が流れ込んで海の一部と化しているのだ。

 

 

 教会の隠蔽工作により地震による地盤の液状化で海の底に沈んだとされたその公園は、日本における著名な液状化現象の例として後世社会科の教科書に載る結果となるのだが、その真実がたった五人の化け物どもによって引き起こされた災厄である事を知る者はいない。



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017:Thinking Time.

 海浜公園消滅から数時間たった昼過ぎの事。中立地点である冬木教会に、六匹の使い魔が訪れていた。蝙蝠、梟、鼠、鳩、蟲、そして鴉。いずれも聖杯戦争に参加する陣営の使い魔である。教会からの信号弾によって呼び出された彼らに対して、監督役たる言峰璃正が提案した新ルール。それは、『三王の優先撃破』であった。

 

 聖杯戦争の隠蔽工作を困難にするライダー、ランサー、バーサーカーの三騎を討伐した場合、言峰璃正が保管する預託令呪から一画が貢献したマスターに提供されるというそのシステムは表向きは『甚大な被害を出した三陣営へのペナルティ』という扱いになっている。――――その内実は、ジル・ド・レェの提案により時臣が教会と結託して仕掛けた三王への牽制。このシステムのミソは「三王同士の共食いを誘発する」所にあった。このシステムは「三王が一騎でも敗退した時点で終了」という期限が付いている。これにより生き残りたい三王はお互いに殺し合い、それに追い打ちをかける形で他のサーヴァントが追撃するという訳である。無論それによる被害も発生するだろうが、不意打ちを恐れる三王は全力で戦う事は少なくなるだろう。その隙を狙うハイエナがいると言うのにわざわざ隙を見せるバカはいないからだ。

 

 それ故に、三王陣営は自ずと疲弊し、不利になっていく。無論、サーヴァントの話ではない。マスターの体力的問題だ。あのレベルのサーヴァントを連日闘わせ続けた場合、マスターにかかる負担は甚大なモノがある。つまり、この策はマスターを衰弱させるための作戦であった。

 

 

――――新ルールの追加によって、各陣営は今後の方策を大きく練り直す事になる。

 

 

【017:Thinking Time.】

 

 

 ランサー陣営のケイネスは、意外な事に新ルールに肯定的であった。彼も時計塔のロードとして、神秘の保護がいかに重要であるかは誰よりも理解しているつもりである。それに、令呪やマスター権の剥奪ではなく『キツネ狩り』をペナルティとするのは、彼としても望む所であった。ウェイバー・ベルベット。今回追われる『キツネ』として最有力候補になるこの青年の実力は、ケイネスが最も把握するところだからだ。

 

――――敢えて言おう、雑魚である。ウェイバー・ベルベットはケイネスからすれば一分で百回殺せる程に雑魚であった。無論、あの黄金のサーヴァントは強力無比だ。如何にイスカンダルと言えども一騎打ちでは手も足も出ないだろう。だがウェイバーの魔力は昨晩の戦闘の時点で既に枯渇寸前であるのは想像に難くなかった。とすれば、あのサーヴァントは戦えば戦うほど不利になる(・・・・・・・・・・・・)

 

 であれば、まず攻めるべきはライダー陣営だ。

 

「――――と思うのだが。ランサー、貴様の意見を聞こう」

「余としてもあの金ぴかを仕留めるのは賛成だ。あれほどの難敵を前に心踊らぬわけがない。――――だが、奴と再び相見えるとなれば、流石に余も宝具を温存していられんぞ? 奴はそれ程に強い」

「……宜しい。ランサー、宝具の開帳を許可する。存分に貴様の力を見せつけてやるが良い」

「そうこなくてはな! では、さっそく戦の支度をせねばならんな。…………ケイネス、此処は一つ街に繰り出して『お好み焼き』でも喰いに行かんか?」

「…………それの何処が戦支度だ。そんな事より礼装の開発などをした方が――――」

馬鹿者(ばかもん)。腹が減っては戦は出来ぬという言葉を知らんのか? 腹ごしらえはいかなる時代であっても戦争の最重要項目だぞ。そうとなれば、やはりお好み焼きを喰いに行かねばなるまい?」

「……理屈は分かったが、貴様妙にその料理を推すな?」

「ふふふ、貴様も喰えば分かる。――――鍾馗のモダン焼き、ありゃ絶品だぞ?」

 

 そう言ってケイネスの肩をガシリと掴み、イスカンダルは昼過ぎの冬木へと繰り出した。――――無論お好み焼きを食べたいだけで出歩く訳ではなく、これは敢えてイスカンダルが現界して出歩く事で他のサーヴァントを挑発する狙いもある。血気に逸り攻めてくるならば返り討ちにするつもりであった。攻撃に転じた瞬間ほど大きな隙は無い。それを知るイスカンダルは若干出不精なケイネスを宥めすかしつつ、周囲を油断なく警戒する。積極的な策にでたランサー陣営。その作戦がどうなるかは、他の陣営の出方次第だろう。

 

 

* * * * * *

 

 

 さて、ケイネス達がお好み焼き屋に向けて出陣した頃。セイバー陣営もアインツベルンの別宅、もとい迷いの森の城において、ハンバーガーなどを摘まみつつ今後の予定を立てていた。昨晩の戦いを鑑みれば、切嗣達セイバー陣営にとって最も御しやすい『三王』はやはりランサー陣営である。典型的な魔術師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルト。その礼装は確かに脅威だが、彼の魔術が強力であれば強力である程、切嗣の起源弾は強烈なカウンターとして機能する。

 

 更に言えば、実のところセイバー自身もランサーとは比較的相性が良いのだ。————セイバーの戦法は超高速機動によるヒットアンドアウェイ。ランサーはそのクラスにしては非常に広い攻撃範囲を持つのだが、その反面敏捷性はランサーにあるまじき遅さになっている。セイバーの圧倒的機動性を以って翻弄すれば、かの征服王を相手取っても十分に『陽動』の役目を果たしてくれるに違いなかった。

 

 では、その他の陣営はどうだろうか。————そう考えてみると、ライダー、バーサーカー共に非常に厄介な相手である。

 

 まず、ライダーのマスターには起源弾が意味をなさない。あのマスターは切嗣の目から見ても魔力が低く、下手をすればいわゆる『魔術師初代』である舞弥にも劣るのだ。無論時計塔に所属する以上魔術の知識はそれなりにありそうだが、魔術回路が貧弱ではその知識も十全には活かせないだろう。昨夜のケイネス発言で判明した本名から素性を調査したが、新興の家系の三代目で魔術刻印も僅かに二画らしい。……だが、その貧弱さが起源弾を封じてしまうのだ。魔術回路を滅茶苦茶にした所で元の本数が少ないため、大した被害が無いのである。————百本の糸を滅茶苦茶に繋ぎあわせればグチャグチャになって収拾がつかないが、二本の糸で同じ事をしても簡単に解けてしまう。そう説明すれば分かりやすいだろうか。

 

 では普通にライフルで狙撃したり、マシンガンで蜂の巣にすればどうだろうか。————それもまた、難しいのだ。コレは起源弾にも言える事だが、彼らは高速機動する宝具に乗っているのである。その上神秘の欠片もない通常兵器では、普通に防がれて終わりだろう。起源弾であればその神秘によってサーヴァントに多少の傷を負わせることが可能だが、結局防がれそうな事に変わりは無かった。あのライダーがなんらかの防御宝具を持っている可能性が高い以上、ライダーを攻略するにはセイバーで対抗する他無さそうだ。幸いにもセイバーのモラルタを使えばあの爆撃の様な宝具の雨も斬り払うことが可能だろう。絶対切断の能力は意外にも汎用性が高いのである。

 

 

 次に、バーサーカーの場合だが、あの再生力はセイバーの『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を以ってすれば無効化できそうである。が、あの破壊の化身の様なバーサーカーにどう戦うかが問題だった。間桐臓硯や間桐雁夜はその『身体が蟲』という特性から暗殺が難しい。————一応対抗策としてナパーム剤を用いる火炎放射器と焼夷弾を発射可能なコルトM79グレネードランチャーを準備したが、効果の程は不明である。

 

 バーサーカーに関してはあの破壊光線を回避しながら接近して鎧の隙間からゲイ・ボウでチクチクと突く地味な戦闘をセイバーに強いねばならない。だが、それによってバーサーカーを仕留め切るにはかなりの時間が必要だろう。その長時間、針の穴にダーツを命中させるような繊細な作業をミス無くこなせるかと言われれば、さすがのセイバーも少々厳しい。何しろ相手はバーサーカーだ。倒れる瞬間まで全力で戦ってくるのは容易に想像できる。

 

 結果として、まず狙うべきはランサーなのだ。————だが、それは今すぐにではない。

 

「————ライダーとバーサーカーを狙う陣営は必ずいる筈だ。特にライダーはマスターとサーヴァントのステータスだけ見れば(・・・・・・・・・・)弱小陣営だからね。その隙に、漁夫の利を狙う。他の陣営に便乗してバーサーカーとライダーを狙ってくれセイバー。ランサー陣営はこの機会でなくても十分に勝機がある」

「了解しました、我が主。————今回は、サーヴァント狙いですね?」

「ああ。マスター殺しが容易に出来ないなら、サーヴァントを殺しに掛かるしかない。無論僕も全力で援護する。————頼んだよ、セイバー」

「如何なる手段を以ってしても、必ずや敵の首級を挙げて御覧に入れましょう」

 

 形振り構わぬ陣営が本領を発揮する。その事実は、他陣営のみならず、冬木市民にとっても実に厄介な事になるだろう。

 

 

* * * * * *

 

 

 セイバー陣営が悪い笑みを浮かべている頃。アーチャー陣営の時臣はなんとも言えない微妙な顔をしていた。————アーチャーとアサシン、そして綺礼が満場一致で賛成した作戦は、時臣にとって少々受け入れ難い内容だったのだ。

 

「————アサシンの宝具による軍用機の奪取だと?」

『はい。幸い付近に航空自衛隊の基地がありますので、十分に可能な案かと。戦闘ヘリであれば師が市内に保有されている土地に隠蔽可能ですし、師の魔術であれば隠蔽も容易でしょう』

「……ジル卿の宝具でどうにかならないだろうか」

「確かに我が宝具であれば大抵の兵器は再現可能ですな。……しかしトキオミ殿。我が宝具が比較的割安で兵力を整えられるとはいえ、どうしても五億(**)ほど必要になるのですが」

「ゴッ————!? ……確かに無理だな、それは。うーむ、魔術以外の手段に頼りたくはないのだが……」

『時臣師、アサシンの宝具は元となる武器が強力である程有利なのです。ご理解ください』

「————仕方がない、か。了解した、作戦を進めてくれ綺礼。幸いにもナチスドイツの格好をしている事だし、ヘリ程度なら乗れてもおかしくはあるまい」

『……確かにナチスにはフォッケウルフがありましたが、流石に無理があるかと。————時臣師。教会の伝手を用いれば、一応ドイツらしい兵器も調達可能ですが、そちらを用意致しましょうか?』

「そうして貰えればこちらとしてもありがたいな。綺礼、無理を言ってすまない」

『いえ、魔術師である師にとっては近代兵器が信用できないのも当然です』

 

 その様な会話の末に、アーチャー陣営の会話は終了し、綺礼は素早く教会の工作員に連絡を取る。アサシンの運用法を決定した時点で既に、綺礼はありったけのナチス兵器を教会の伝手でかき集めていた。それらは冬木沖の洋上に配置された『貨物船』に保存されており、魔術的に隠蔽されている。

 

 それらの武装の中でも、最も凶悪なその一品を、綺礼は使用する事とした。————先に時臣が嫌がりそうな『自衛機奪取』を提案しておいて後に出す『ナチス兵器の使用』を承認させるというこの策は、実のところジル・ド・レェ発案である。それ故に、綺礼が調達して来た機体は既にジルの宝具による改造が完了していた。整備を行われたその機体はいつでも大空を駆ける事ができるだろう。

 

 メッサーシュミットMe262改。元々搭載されていた四門の30mm機関砲に加えて翼の下にBK37 37mm対空機関砲二門を装備するという暴挙。それに重ねてエンジンをターボジェットエンジンからターボファンエンジンに改良したキチガイじみたカスタム機である。協会が鹵獲してきた兵装やエンジンをジル卿の宝具で無理矢理一機に纏めたその怪物は、カスタム費用二千万円を犠牲にアサシンが駆るに相応しいパワーを獲得していた。既にアサシンは何度か搭乗して念入りに『宝具化』を行っており、出撃準備は万端である。

 

 

綺礼からの指示で手近な民間飛行場を借り上げて人払いと偽装用の結界を敷設。そこにこの機体を運び込む事で、準備は完了した。————冬木の空に季節外れの『ツバメ』が舞う夜は近い。

 

 

* * * * * *

 

 

 バーサーカー陣営。その本拠地たる間桐邸では、雁夜の手によって地下の蟲蔵の改装が行われていた。バーサーカーを召喚した魔法陣をベースに三次元的に組み上げられている巨大な魔法陣。それは、間桐がこの戦争を『程よい所で抜ける』為に重要なものである。設計は大魔術師間桐臓硯。敷設は間桐雁夜。そしてそれを起動する上で重要なのは、バーサーカーであった。魔力炉を複数設置しているとはいえ、その起動時には莫大な魔力が要求される。その魔力を供給するのは、バーサーカーでなければ不可能であり、さらにバーサーカーでなければ意味がなかった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 そしてその大魔術は、今日ここに完成を迎える。雁夜が特製のインクで以って書き上げたそれは昨日の昼過ぎに漸く蟲蔵内を埋め尽くし終わった。臓硯のチェックを経て、遂にこの日起動段階にこぎつけたのだ。

 

 魔法陣の中心部。自身が数日前に召喚されたその場所で、バーサーカーは全力で魔力を放出する。当然ながらいつもの様に雁夜は生死の境で反復横跳びする羽目になるが、仕方のないことだろう。それほどの魔力がこの術式には必要なのだ。————余談ではあるが、ここ数日の度重なる死と再生に雁夜は魂に刻まれる勢いで死を理解し、それに適応しつつあった。具体的に言えば、不幸にも後天的に起源が『再生』になるレベルで。それが原因で雁夜は死ぬ度に少しづつ刻印蟲の負荷に耐える時間が延びているのだが、まぁバーサーカーの要求量の前には焼け石に水である。

 

 閑話休題。

 

 バーサーカーのドス黒い魔力を取り込んで駆動する魔法陣。それは蟲蔵に貯蔵されていた魔蟲を飲み込んで行き、一種の疑似生命として胎動を始める。————アインツベルンが敷設した大聖杯。その一部機能の模倣品。————それがこの巨大魔法陣の正体だ。その機能はサーヴァントの『匣』。即ち、英霊をサーヴァントとして現界せしめる為の『魂の容れ物』である。バーサーカークラスの英霊一騎分という限られた機能しか持たないその匣はしかし、間桐の悲願を達成する為には重要なものだった。

 

 時間を掛けて、サーヴァント一騎を召喚可能な量の魔力を注入していくバーサーカー。その顔に浮かぶのは、悍ましさすら感じる狂気的な笑みである。

 

————狂った彼女が掲げる願いは、祖国の救済から変質した歪なモノだ。

 

 彼女の国民は時の流れによって死に絶えた。かつて彼女が治めた国土は彼女の子孫でも何でもない者共によって統治され、最早この世に彼女の残滓は残っていない。————そして、間桐臓硯より伝えられた『第三次聖杯戦争』によって冬木の聖杯は汚染されているという事実。現に彼女自身が臓硯、雁夜と共に大聖杯を確認しに行き、そこに満ちるドス黒い魔力を視認している。

 

 正気であれば、心が壊れ、挫折していたかもしれない。自害し、自身の王国が救えなかったと嘆きながらあのカムランの丘に舞い戻って死を受け入れていただろう。

 

 だがしかし、彼女は狂っていた。狂っていたからこそ、挫けなかった。もう最早、祖国を救う手立てはない。————であるならば、彼女が願うのは祖国の救済ではない。『第二次ブリテン王国の建国』。滅びた祖国を復活させ、現代に騎士の国を再臨させる。そんな馬鹿げた願いを馬鹿正直に願ったバーサーカーにとって、雁夜と臓硯が組み上げた策はひどく魅力的だった。それ故に彼女は彼らに協力し、その魔力を巨大な魔法陣に叩き込んでいるのだ。

 

 

————事前にバーサーカー自身が魔力を充填した『匣』に、バーサーカー自身を再召喚する。その策を成功させる為には後一手を残すのみ。

 

 

 バーサーカーは自身が『一度死ぬ』に相応しい夜が来るまで、魔法陣に魔力を注入し続ける。————復活した暁には、自身の糧として死に続けている雁夜の功に恩賞を与えてやらねばならないな、だのと考えながら。

 

 

* * * * * *

 

 

 バーサーカーが家臣の功に釣り合う恩賞は何が良いかと考えながらその家臣をブチ殺し続けている頃。

 

 ライダーもまた、家臣、もといペットについて考えていた。

 

「……溝鼠。貴様が貧弱であるのは我も承知していたが、よもやここまでとはな?」

「そう、だな。……ごめん、ライダー」

「たわけ。誰が謝れと言った。————確かに貴様が虚弱、貧弱、おまけに気弱でついでに童貞なのは貴様の責任だ。だが、貴様は昨夜一晩我に魔力を供給し続けた。恥じることはなかろうよ」

「お前、なら、さ。……あの時、勝てたはず、だろ? 最後の最後で、僕が倒れたばっかりに、勝機を……逃したんだ」

「くどい。その上声が擦れて唯でさえ聞きにくい鳴き声が一層聞こえにくい。耳が不快になる故に、喋るでないわ、小鼠。————まぁ、それでも尚すぐさま立ち上がり、この我の為に働きたいと申すのであれば、手がないこともないがな」

「……思わせぶりだな」

「うむ。我秘蔵の霊薬を用いれば貴様はたちどころに回復し、それどころか総身に気力が満ち溢れ、一生無病息災となろう」

「……なんだよ、そのチートじみた宝具。……まぁ、どうせ、『貴様に使うには勿体無いわ、溝鼠』とか言って使わないんだろ?」

「む? 我には不要故、貴様に下賜してやらんこともないぞ? 在庫もそれなりにあるし、同様の薬は無数にある故な。————だが」

「だが、なんだよ」

「どれも副作用がある。『去勢される』、『五感が一生消し飛ぶ』、『どれだけ眠くても一生眠れなくなる』、『性転換する』など、副作用別に四種類あるが————飲むか? 我的には貴様の見目からして性転換の秘薬を勧めるが」

「何でよりにもよって性転換……」

 

 そう言いながら、ウェイバーはむくりと布団から起き上がる。現在彼は、ギルガメッシュが保有する一軒家にいた。————この英霊、高級マンションのみならず節操なしに資産を買い占めているのである。その上、結果的に必ず利益を上げるのだから恐ろしい。彼が株を買った企業は軒並み急成長を遂げ、配当金で悠々自適である。名義上はウェイバーのモノになっているため、ベルベット家は何故か当代で経済的に急成長を遂げていることになる。

 

 その資金で以って買った一軒家。ギルガメッシュの言う所の『四阿(あずまや)』で、ウェイバーは休息をとっていたのである。取り敢えずギルガメッシュがくれたお小遣いで購入した栄養ドリンクと牛丼で腹を満たした彼は、冬木教会からの呼び出しがあるまで眠り続けていたのである。

 

 その後、彼は布団に横になって安静にしていたのだが、何時までも寝ているわけにはいかないと覚悟を決めて起き上がったというわけである。————聖杯戦争は、彼の不調を無視して進む。いかに辛くとも、彼は立ち上がらねばならなかった。

 

 まぁ、辛うじて立っているとはいえフラフラとかなり危なっかしい。————これではとても戦闘どころではないだろう。故に、ウェイバーはギルガメッシュに手を伸ばした。

 

 

「一生寝れなくなる奴がいい」

「————む、それを選ぶか。あぁ、服用後は眠くなる故、運転前には飲むでないぞ」

「その副作用コンボは悪辣過ぎるだろ!? 作ったやつ何考えて作ったんだよ!? ————まぁ、飲むけど」

 

 かくして、ウェイバーは強引に体調を戻す事に成功する。とはいえ、気力が満ち溢れるのは一時的なものだし、長期的に見れば一生不眠と引き換えに一生病気にならなくなるだけである。————だが、自身が弱いのが原因な以上、泣き言は言っていられなかった。飲んだ直後に襲い来る眠気を買い置きしていた缶コーヒーで誤魔化しながら、ウェイバーは戦いの為に準備を進めていく。

 

————一度飲めば耐性がつく故、次に貴様が倒れた折には性転換の秘薬にしてやろう。

 

 そんな事をいうギルガメッシュの言葉に、ウェイバーが一層「二度と倒れてなるものか」と覚悟を決めたのは言うまでもない。

 

 

* * * * * *

 

 

 そして、同時刻。ウェイバーと同じく覚悟を決めたのは、キャスター陣営に所属する漢だった。

 

 三王の戦闘が、彼らに齎した影響は大きかった。あれ程の破壊に、キャスター達は対抗する術を持たない。にも拘らず彼らが聖杯を求める以上、確実にキャスターの身は狙われることになるのだ。その恐怖に、キャスター達はどよめいた。

 

 静観するだけでは生き残れない。その事をまざまざと思い知らされた彼等だが、対抗手段を持たない以上嬲り殺しにされるのを待つ他なかった。————倉庫街での戦闘にも結構ビビっていた彼らが、その戦闘が三王にとっては手抜きであったと知った時の衝撃は言い表わしようがない。取り敢えず各々の日常を過ごしつつ打開策を模索するものの、煮詰まったキャスター達は身動きが取れずにいた。

 

 その状態で動いたのは、彼らの中の一人、ザイードという男だった。————特にこれといった特徴も特技もなく、キャスター中で最弱と言っていい個体だ。

 

「私に良い考えがある」

「お。ザイードの旦那じゃん。旦那はビビんないの?」

「龍之介殿、私は暗殺王になる男。いずれ後世に名を残す私にとってこの程度、いたずらに恐るには足りませぬ」

「…………いや、そうは言うが、ザイード。貴様の案とはなんだ?」

「ヤスミーンか。よくぞ聞いてくれた。私の案はだな、私が兵士を引き連れ奴等を暗殺するというものだ」

「…………お前は阿呆か?」

「私のどこがアホだというのだ。————大丈夫だ、問題ない。貴様らに迷惑はかけんよ。私が教育していた兵を用いるのでな」

「しかしだな! お前、私達の中で一番弱いだろうが!」

「フッ、女の貴様よりはマシだ」

 

 ザイードはそう言い放つと同時に、自身が被っていた骨の仮面を投げ捨てると、兵を率いて下水路に向かう。

 

 当然、他のキャスター達は総出で食い止めようとするが、それに待ったを掛けたのは龍之介だった。

 

「マスター命令ね。みんな一旦ストップ。————ザイードの旦那。旦那の願いは、何? 確か、暗殺王になる事だっけ?」

「………ふぅ。————龍之介殿。このザイードめの願いは『後世に暗殺王として名を残す事(・・・・・・・・・・・・・・)』にございます。故に、ご心配召されるな」

「……そっか。旦那は自分の願いがあるんだ。じゃあ、止めちゃいけないね。————旦那は、暗殺王になれるよ」

「かたじけない。————ではな、我が兄妹! 私の勇姿を精々その目に焼き付けるが良いわ!」

 

 そう告げて、今度こそザイードは地上に向かった。龍之介の命もあり、キャスター達はザイードの進む道を遮ることなく道を譲る。その人垣の中を素顔のザイードは兵士を引き連れ、胸を張って突き進んでいった。その背が見えなくなった頃、ヤスミーンがポツリと龍之介に苦言を呈する。

 

「龍之介殿。奴は誠に我らの内で最弱。————あの様な戯言を信用するつもりですか?」

「…………いや? ザイードの旦那の作戦は全然これっぽっちも信用してないよ。ぶっちゃけ無理でしょ」

「でしたら————」

「でもね、ヤスミン。俺、ザイードの旦那は信用してるんだ。————ねぇ、ヤスミン? 暗殺者ってさ。どうやったら後世に名を残せると思う?」

「……まさか」

「うん。だから、俺は願いを聞いた。————ザイードの旦那はさ。正直ありゃビビりまくってる。でも、それでも、旦那は最高にCOOLだ」

 

 

 そう言って、龍之介は悲しげな顔で苦笑をこぼす。

 

————ザイード。『幸いなる者』を意味するその名を背負った青年は、兄妹に幸いを齎すべく覚悟を決めたのだ。その覚悟の結果がいかなるものになるか。それを口にする事は、龍之介にはできなかった。

 

 

 そんな、COOLじゃないことは、とても。



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018:The etymology of the Assassin.

 結論から言おう。鍾馗のモダン焼きは、確かに美味であるとケイネスも納得するものであった。

 

 ジャンル的には具を練り込んだパンケーキの一種なのだが、蒸し上げられた中華麺を生地の繋ぎとして用いる事で独特の食感とボリュームを保持。さらに店主の目利きによって厳選されたキャベツの甘みと豚肉の肉汁がその生地にたっぷりと染み込み、その上から止めとばかりに採れたての卵を目玉焼きの様に落としてある。それに自家製ソースと手作りマヨネーズをトッピングしたその一品は、当初はその庶民派な外観から内心落胆していたケイネスが、ランサーに勧められて食した瞬間に一秒前の自身を恥じた程。

 

 口の中でソースと絶妙に絡み合う豚肉とキャベツ。目玉焼き状態の卵は表面はカリッとしていながらも、黄身は半熟。麺入りの生地はふんわりとして柔らかく、何よりパンケーキ状なので外国人のケイネスでもフォークで食べられる。

 

 そんな訳で、ケイネスはランサーがやたらと推して来た理由を理解すると共に、今度はソラウを連れてこようと思う。————何せ、ケイネスもソラウも上流階級の出身だ。下町に降りて庶民ならではの美味を味わうなどある意味初体験だった。この国に来た当初は西洋の猿真似ばかりだと思っていたものの、どうやらこの国は食文化に於いては西洋を凌駕する程に奥が深いらしい。

 

「然り。————信じられん事だが、この国の連中はタケノコやらキノコやらを象った菓子に対して喧々囂々の大論争を繰り広げ、一部地域では夏の台風襲来で『これでうどんが茹でられるな』などと天災よりうどんを茹でる水の不足を心配しておるらしいぞ。余がかつて征服した国にも此処まで食い道楽に走った国は無かった」

「イギリスとは真逆、という訳か。————街並みやその歴史こそ文化の映し鏡だと思っていたのだが、何にでも例外はあるらしいな」

「そこが、余が世界を征服しておった頃の楽しみよ。様々な国には様々な文化がある。砂漠の民には砂漠の民の、海の民には海の文化があるのだ。それ故に、まっこと、この世は征服し甲斐がある!」

 

 そう言ってガッハッハと笑うランサーを引き連れて、ケイネスはハイアットホテルへの帰路につく。————と、その途中で、ケイネスはある一団が気にかかった。

 

 

 冬の街に似つかわしく無い、薄い木綿のカンドゥーラ——アラビアの男性が着る白いワンピースのような服——に身を包んだ青年達。その各々が犬か何かの骨で作ったらしい獣骨の仮面を付け、冬木の街をスタスタと歩いていく。————その行き先は、ケイネスが事前に調べた土地に関する知識に当てはめればアインツベルンの森がある方向だ。

 

 だがそんな事よりもケイネスが驚いたのは、彼ら自身についてであった。

 

「ランサー、アレをどう見る。————どうにもキャスターが何か動いているようだが」

「む? まぁ確かに異様だが。……いや待てよ、ありゃ、全員————」

「ああ。信じられんが急造品の魔術師だ。————こんなことが出来るのはキャスターしかおるまい。追うぞランサー。奴らの向かう先が何であれ、今まで情報が無かったサーヴァントが動いたのだ」

「おうとも。————霊体化せねばならんのは気に入らんが、仕方あるまい」

 

 そんな会話を小声で交わしながら、ケイネスとランサーは白装束達の後を追う。夕暮れの近い冬木の街は、ここ数日で三度目の不穏な気配を帯び始めていた。

 

 

【018:The etymology of the Assassin.】

 

 

 ザイードには魔術や呪術の才はあまり無い。呪殺が得意な『兄妹』もいるし、使い魔を操る兄妹もいる。そんな訳で当然彼にも魔術を使用すること自体は可能である。だが、その腕前はへっぽこと言うしかない腕前であった。彼の場合、魔術よりも投げナイフで仕留めたほうが早い、というのも原因である。

 

 だが、彼等の名の由来にもなっている『ソレ』の調合は、ハサンの名を継ぐものとしていつでも調合できる。————暗殺教団の長のみが調合できるその秘薬の名は『ハシシ』。

 

 そしてその伝説を元に生み出された宝具こそキャスター達が持つ『秘術夢幻香(アサシーニ)』であった。肉体を強化し、感覚を鋭敏化させ、常人を強靭な意志を持つアサシンへと変貌させるその秘薬で以って、歴代のハサン達はその教団を維持してきたのだ。————この宝具は、厳密に言えばキャスタークラスの道具作成スキルに近い。ハサン達の脳内に刻み込まれたレシピに沿って宝具レベルの秘薬を製造する能力、というのが正確な表現である。

 

 そしてキャスター達は見込みのありそうな不良達に片っ端からこの秘薬を売りさばいていた。吸引して良し、食べてよしなその『ドラッグ』を摂取した人間には、素晴らしい力と同時に『ハサンへの忠誠』が強制的に刻み込まれる。彼らこそ、キャスター達が集めていた兵士の正体であった。

 

 そして現在。兵士達の内でザイードの手下になっている十名の内三人は、あえて目立つ白装束姿で冬木の街を彷徨いたのち、アインツベルンの陣地に向かっていた。彼らはザイードの手下の内、魔術回路を保有するメンバーである。無論、高位の魔術は使えないが、魔術による身体強化という初歩の初歩であれば、彼らは使用できる。————その上、彼等の肉体はキャスターの宝具によって強化されている。サーヴァントのステータスと比較すると全能力オールEといったところだが、それでも常人とは比較出来ないほどの戦闘力を持っていることに違いはない。————そんな彼らが身体強化と共に森を駆ける。当然ながらその動きは、森の結界を管理するアイリスフィールによって完全に捕捉されていた。だが、彼らは一向にアインツベルン城へとは向かう事なく、ただ森の中をひた走っている。

 

 謎の魔術師らしき集団による謎の行動に疑問を覚えた切嗣とアイリスフィールが困惑するのは当然であった。————だが、その困惑を一瞬で忘れさせるような存在が現れた事で、アインツベルン陣営はそちらに意識を集中させざるを得なくなった。

 

 サーヴァント・ランサーとそのマスターたるケイネス・エルメロイ・アーチボルト。この戦争における最強角の一つが攻め入ってきたのである。

 

 正確に言えば彼らは白装束を追ってきただけなのだが、アインツベルン陣営にそんなことがわかるはずもない。直ちに切嗣の命によりセイバーは迎撃に出る事になり、アイリスフィールと舞弥は裏門から逃走を開始する。白装束達はアイリスフィールの感覚で容易く回避出来る為、保険として舞弥を伴えば十分に脱出できるだろう。————そして切嗣は、彼女達の脱出と同時に城内に武器爆薬の類を設置する。ケイネスを前にしては足止めにすらならないだろうが、その起爆は『鳴子』の役割を果たし、切嗣にケイネスの位置を知らせてくれる。無論切嗣は自身が設置した罠にかかるような間抜けではない為、罠まみれの城内でも自由に動き回ることが可能だ。

 

 万全の防備で以って侵攻してくるケイネスを迎え撃つ。その覚悟を決めた切嗣は、要塞化した城でセイバーの戦いを見守ることとした。————彼がランサーを足止めしてくれれば、切嗣がケイネスを打倒する勝算は十分にある。

 

 

* * * * * *

 

 

 セイバーは一陣の風と化してランサーに斬りかかる。その手に握るゲイ・ジャルグとモラルタは、対ランサー戦において有利な武装であった。————ケイネスの魔術を無効化し、ランサーの防御や攻撃を斬り払う。今の斬撃でランサーの長槍をセイバーは難無く切断した事からも、この手段はランサーと相性が良いのは間違いない。

 

 とはいえランサーは容易く倒せる相手ではない。空間を切り裂いて現れたランサーの軍勢がセイバーを包囲し、苛烈な攻撃を浴びせてくる。跳躍する事でその攻撃を回避したセイバーはモラルタの斬撃で鎧ごと兵士を叩き切るが、次々に溢れ出す軍勢は減る様子を見せなかった。その乱戦の中でなお、ケイネス以外(・・・・・・)を城方面に行かせないセイバーの技量は驚嘆すべきものがある。

 

「ほう。倉庫街では邪魔が入ってよく分からなんだが、セイバーというだけあって随分と達者な剣技ではないか。————それにその剣、かなりの業物だな」

「そういう貴様は随分とランサーらしからん。サーヴァントがサーヴァントを召喚するとはな」

「余の臣下は死してなおも余に仕える果報者ばかり。そして王が臣下を戦に引き連れていくのは当然の事よ!」

「……滅茶苦茶だな。その理論が罷り通るならば俺の愛犬を俺が召喚できる事になる」

 

 そんな会話を交わしつつも、ランサーとセイバーは戦いを続行する。幾人もの兵士を纏めて一刀両断するセイバーと、兵士達と共に長槍を振るうランサー。先程切断した槍では無く兵士から借りた長槍を使っているランサーだが、時空を超える槍衾を問題なく展開できている辺りアレは槍では無くランサー自身の能力なのだろう。

 

 セイバーはそれらを斬り伏せてはランサーをその紅槍でチクチクと突き刺していく。傷は浅く、鎧を通すには足りないが、挑発には十分。ランサーが隙を見せれば即首を獲りに行くと言わんばかりの猛攻に、さすがのランサーも足止めを食わされている。また、森の中というこの地形も、森に馴染み深いケルトの英霊には有利に働いている。大英雄たるランサーはともかく、周囲の兵士達は森の中で槍を扱う事に慣れてはいない。時に樹上から、ときに藪の中から。現れては消える縦横無尽なセイバーの三次元機動は、確実にランサーを足止め出来ていた。

 

 

* * * * * *

 

 

 さて。視点は白装束達に移る。わざとランサー陣営をアインツベルン城に誘う事で戦闘を誘発させた彼らは、森の中である程度駆け回った後に脱出し、ザイードが拠点としている廃屋に帰還していた。当然ながら白装束は森を出た瞬間に廃棄済みである。

 

「ザイード様。指示通りセイバー陣営の領域にランサー陣営を誘導してまいりました」

「ご苦労。……後は残りの連中が『聖杯』を捕捉できるかどうかだな」

「アインツベルンの女ですね? 我々も追跡任務に就いたほうが良いのでは?」

「いや、お前達はアインツベルンに魔力パターンを識別された。以降は他陣営との接触は避け、私のマスターとして振舞え。我々はキャスター陣営(・・・・・・・)なのだから、マスターが居なければ話になるまい」

「畏まりました。————ところでザイード様。アインツベルンの陣地にてこのようなものを発見したのですが」

 

 そう言って手下が差し出したのは、クレイモア。対人用指向性地雷である。ワイヤートラップとして設置されていたそれはワイヤーの引っ張り力で起爆する信管が取り付けられている。丁寧に回収されているため起爆はしていないが、まだ生きている地雷だ。当然ながらザイードにもその仕組みは分かっても、安全に解体する方法はわからなかった。

 

 だが、解体できないならば使ってしまえば良い。ワイヤートラップ程度であれば、ザイードにも心得があった。そしてその技術を部下に伝えていたことが、この地雷の獲得につながったのだ。コレを使わないという選択肢はあるまい。

 

「数は幾つだ?」

「移動の際に撤去する必要があった物のみを回収しましたので……十二個ですね」

「上出来だ。衝撃を加えないように安全に保管しておけ。————何かに使えるやもしれん」

 

 ザイードはそう言って、次なる計画を練る。ランサー陣営を用いた小聖杯の燻り出しは今の所順調。ならば次はどのタイミングでその女をさらうかだ。————よりキャスターらしく、といった思考から典型的なアラビアの富裕層と言うべき姿に変装した彼は、ひたすら知恵を巡らせる。

 

 確かにザイードはキャスター中最弱だ。だが、それでも山の翁である以上、彼もまた並大抵の暗殺者を凌駕する暗殺の手腕を誇っている事を、忘れてはならない。その蛇のような狡智は、『暗殺』の為に磨き上げられてきたものなのだから。



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019:Attacking each other simultaneously.

活動報告のサーヴァントステータスを更新しました。


 森の中で繰り広げられるセイバーとランサーの激戦。始まってしまったそれを止める術は無く、故にケイネスは進路をアインツベルンの城へと向けた。――――既に敵対してしまった以上、アインツベルンを相手に戦闘せざるを得ないとの判断からである。先手を取られるよりは此方から仕掛けてしまった方が幾分有利だろうし、アインツベルンのマスターは倉庫街での一戦から察するに戦闘能力は低い。あの白髪のホムンクルスであれば、ケイネスは五分とかからず始末できる。自身の魔術に対するカウンターに成りうるセイバーは既に足止め済みとなれば、攻め込まない理由は無い。

 

 現在の礼装は魔術で圧縮して試験管に収めた月霊髄液と、同じく縮小してローブの袖口に仕込んである自動攻撃剣が六本。月霊髄液に魔力炉を搭載する事に成功したため、最高出力で起動したとしてもケイネスの魔力は以前に比べて七割程度の消費で済む様になっている。その代わりに月霊髄液内に魔力炉という固体部分が出来てしまったのが問題と言えば問題だが、その大きさは精々テニスボール程度。さして問題にはならないだろう。自動攻撃剣は、名前すら特に付けなかった試作品だが、使い捨ての武器としては優秀だ。搭載した魔力炉は低出力だが、それでも剣を振るうだけならケイネスは微小な魔力操作のみで行える。

 

「――――Fevor, mei sanguis(湧き立て、我が血潮)

「――――Saltatio mei gradio(踊れ、我が剣)

 

 起動キーを詠唱する事で、待機状態に突入するケイネスの礼装達。重ねて自律防御と自動索敵、指定攻撃の命令を入力したそれらで以て進路を塞ぐトラップの類を破壊し、ケイネスは遂に森の中の魔城へとたどり着いた。道中に仕掛けてあった地雷などの『魔術に依らない兵器』を見るに、アインツベルンが魔術師らしからぬ手段を用いているのは確実だが、それに関してはケイネスにさして怒りは無かった。――――これが尋常な魔術師同士の果し合いだという考えは、ケイネスにとって過去のものだ。そもそも街の一角を海に沈め、マンションを崩落させるような闘いが魔術師の決闘ならば、世界はとうに滅んでいる。決闘とはお互いにルールを決めた上で行われる、闘いによる儀式だ。だが、この街で行われる聖杯戦争は儀式のための闘い。ルール自体が「いかなる手段を用いても良いので、他のマスターを抹殺せよ」というふざけたモノな時点でケイネスの求める闘いとは毛色が違う。

 

 故に、ケイネスはアインツベルンが如何に下劣な手段を用いようと怒りはしない。ルールには違反していないのだから。――――しかし、別種の怒りはある。

 

「この私にこの様な小細工が通じると思われているとはな……」

 

――――即ち、ケイネスは自身がナメられているという事態に関して盛大に怒っていた。いっそ対戦車砲でも仕込んであればケイネスもある程度の脅威を感じつつ、それを自慢の礼装で粉微塵にしただろう。だが、仕掛けてあるのはどれもこれも豆鉄砲。例えるならば、『木刀担いで喧嘩を売ったのに、くたびれたスポンジでひたすらペシペシされた』というような気分である。――――せめてそこは釘バットとか持ってこいよ、という感覚になるのはご理解いただけるだろう。

 

 よって、ケイネスは自身のストレス発散も兼ねて、礼装の猛威を城にぶつける事とした。彼の指示に従って、鎌首をもたげる蛇のように無数の刃を生じさせた月霊髄液。超高速で振るわれる銀の刃は、城の正面玄関とエントランスを瓦礫の山へと変貌させる。更に内部に侵入した刃は目につく範囲のありとあらゆるモノを切り刻んで行った。流石にケイネスも城に押しつぶされるのは本意ではないので、柱だけは無事だ。だが、それは逆に言えば柱以外の悉くを月霊髄液が豆腐の様に切り刻んだという事実に他ならない。壁、ドア、内装、調度品。その全てが吹き飛んだ城は随分と風通しが良くなっている。その劇的なリフォームを行った事でケイネスは自身の中の激情を発散し、冷静な思考を取り戻していた。

 

 ケイネスは何も、考えなしに当たり散らした訳ではない。玄関は有力な侵入経路の一つなのだから、其処には無数のトラップが仕掛けてあるのが当然だ。現に、月霊髄液の攻撃に反応して無数の地雷が炸裂し、壁に据え付けてあった機関銃が火を噴いた。それらを事前に破壊するならば、玄関ごと粉砕してしまえば早い、というのがまず一つ。次の理由が、怒りを発散させることで冷静な思考を取り戻すためだ。

 

 子供が癇癪を起し、物に当たり散らすのは何故か。と考えた事はあるだろうか。――――多くの人はこの問いに関して間髪入れずにこう返すだろう「考えた事もない」と。

 

 その答えは単純だ。人類は多かれ少なかれ、破壊に対して快楽を感じる種族であるというだけの事である。それはケイネスとて例外ではないし、彼自身もそれを自覚している。故に、彼はこの場で怒りを発散する手段として破壊を行ったのだ。怒りは確かに人を強くするが、同時に人を阿呆に変えてしまう。ならば、この場で怒りは不要。戦争に生き残るのに必要なのは、『理性に飼いならされた暴力』なのだから。

 

 そうして、怒りを脳裏から追い出したケイネスは、瓦礫の山へと足を踏み入れ、周囲をぐるりと見渡してから静かに立ち止まる。どうやらこの攻撃でアインツベルンのマスターを巻き込んだ様子はない。ならば、この城の中をしらみつぶしに探すしかないだろう。――――立ち止まった彼の足もとから伸びる無数の触手。月霊髄液の探査端末であるそれが城内を調査するのを、ケイネスは静かに待っていた。

 

 

【019:Attacking each other simultaneously.】

 

 

 城を蹂躙する銀の刃。それを目撃していたのはケイネスだけではない。城内に配置された数多の監視カメラによって、二階にいる切嗣はケイネスの行動を見届けていた。――――とはいえ、監視カメラ諸共城のエントランスが崩壊した後の情報はない。より狙撃に適した位置へと移動する為の猶予は、残りわずかだろう。

 

 そう考えた切嗣は、素早く銃器を装備するとドアから廊下に出ようとする。――――だが、その手がドアノブに掛かるよりも早く、ドアの鍵穴から銀の触手が顔を覗かせた。自動索敵をこれ程の速度で行えるとは。そう驚嘆すると同時に、切嗣は懐からキャレコ軽機関銃を抜き放ち、床を斬り裂いて現れたケイネスに向けてフルオート射撃を叩きこむ。だが、その弾丸は薄膜化した水銀の壁に阻まれた。九ミリ弾の速度を凌駕する瞬間防御。それに驚くよりも先に、切嗣は自身の魔術を行使する。

 

Time alter(固有時制御)――double accel(二倍速)!!」

 

 彼の魔術は、衛宮家に伝わる固有結界。時間の流れを操作するというその能力を、切嗣は自身の肉体に限定して行使する。まるでビデオテープの早送りの様に不自然に加速するその肉体は、ケイネスが放った銀の斬撃を回避して床の大穴から階下に飛び降りる。そのまま速やかに廊下を駆け抜けた切嗣は、曲がり角に身を潜め、魔術を解除する。倍速移動の反動は彼の肉体に負荷をかけるが、『二倍』までなら肉体の崩壊は少ない。精々全力疾走で一キロほど駆け抜けたのと同等のダメージである。わき腹は痛み、動機が激しくなるが、鍛え上げた心肺機能はそのダメージから数秒で立ち直る。

 

 それと同時に、切嗣はあの水銀の能力について高速で思考していた。

 

 アレは恐らく攻防一体の万能型の礼装だ。展開速度のタネは恐らく圧力。高圧でその防御力、攻撃力、そして機動力を維持するならば、その力の根源は基部の水銀塊にある。先程の攻撃を目視したが、その攻撃は非常に直線的。であれば、回避は容易いだろう。そして、あの水銀という構造上、その索敵能力の仕組みは限られてくる。視覚、嗅覚、味覚などはより複雑な器官が必要な為、除外していいだろう。残るは触覚と聴覚。だが、先程あの水銀は切嗣に触れる前に切嗣の存在をケイネスに伝えた。――――となると、アレは恐らく糸電話の様に水銀の糸で周囲の振動を『聞き取る』事によって索敵を行っている筈だ。

 

 そこまで考えた切嗣は、小声で魔術を行使する。この場で用いるべきは、倍速ではなく停滞。魔術行使と同時に切嗣の肉体は周囲の三分の一の速度にまで減速した。それと同時に彼は呼吸を止める。たっぷりと吸いこんだ空気は、彼の低速化と合わさる事で通常の三倍の長さの『無呼吸』を可能とするのだ。

 

 その直後切嗣が潜む廊下に水銀で出来た触手がやってくる。が、目論見通りその触手は切嗣の存在を感知する事無くすぐに姿を消した。その後をツカツカと歩いてくるケイネスの前に飛び出して、切嗣はキャレコの掃射を浴びせる。――――当然の如くそれは水銀の膜によって弾かれ、ケイネスには当たらない。だが、それこそが切嗣の狙いだ。薄膜化した水銀に圧力をかけるのは至難。故に、九ミリ弾は防ぎきれても、その薄膜ではコンテンダーの大口径弾は防げない――――!

 

 響く銃声。その直後血を噴いたのは、『両者』の肩口だった。ケイネスの肩口を切嗣の放った弾丸が抉ると同時に、切嗣の肩もまたケイネスの自動攻撃剣によって斬り裂かれたのである。射撃直後の隙を突くようにケイネスの袖から飛び出してきたロングソードに、流石の切嗣も対応できなかった。首を撥ねられる事だけはギリギリで避けたものの、一撃を貰ってしまった事に変わりはない。すぐさまその場から『二倍速』で逃走した切嗣は、自身の肩に軽い治癒魔術を行使して止血を行う。――――その後を追ってくるロングソードを壁ギリギリで回避し、壁につき立った所をキャレコの乱れ撃ちでへし折っておくのも忘れない。想定外の礼装に一撃を貰ったが、どうやら強度は一般的な鉄と大差ないらしい。

 

 無論ケイネスも自身の肩を治療しながら全速力で切嗣を追い詰めていく。月霊髄液で周囲を切裂きながら進む彼は解体重機さながらの大破壊で以て城を崩壊させながら、切嗣の後を追う。今までの味気ない攻撃とは異なり、切嗣の拳銃は厄介だと判断したためだ。アレほどの威力を受け止めるには、月霊髄液をより複雑な構造にせねばならない。その為の術式制御を瞬時に脳裏で行いながら、ケイネスは切嗣を遂に城の一角へと追いつめた。

 

 振るわれる月霊髄液の刃を、切嗣は踊る様に回避する。その両腕には先程と同じ軽機関銃と拳銃の組み合わせ。――――火を噴く機関銃に対し、ケイネスは先程組み上げた術式を起動する。

 

「同じ手が二度も通じると思うなッッ!――――Fevor mei sanguis(滾れ、我が血潮)!!」

 

 剣山の様に地面から伸びあがる無数の水銀柱。その針の一本一本は強烈な硬さを誇り、九ミリ弾をはじき返した。だが、それだけで防げるほど切嗣の持つコンテンダーは生易しい銃ではない。ライフル並みの破壊力を持つその拳銃から放たれる弾丸の対策としてケイネスは月霊髄液の柱の一本に強力な負荷がかかった際に、『捩じり』を加えるようプログラムした。寄りあわされる無数の水銀柱は、一本の柱となってコンテンダーの一撃を受け止める。

 

 そう、受け止めてしまった。

 

 次の瞬間、ケイネスは激痛に身をよじり、喀血しながら地面へと崩れ落ちる。――――魔術回路の暴走。滅茶苦茶に繋ぎ合わされショートしたその魔力が、ケイネス自身の肉体を破壊した。衛宮切嗣が持つ唯一の礼装、起源弾。その芯材には彼の脇腹から摘出された肋骨が用いられており、弾丸に対して魔力で緩衝した者に不可逆の破壊をもたらす。ケイネスは、その有能さゆえに自身の首を絞める事になったのだ。切嗣の見立てではケイネスの水銀を全力駆動させるには、ケイネスはその魔力を一時的に全力にする必要がある筈だった。

 

 床で苦痛に悶えるケイネスは、このまま放っておけば死ぬだろう。――――だが、念のために此処で殺しておくべきか。

 

 そう考えた切嗣は、キャレコを構え、ケイネスの脳天へと照準を付ける。

 

 

 しかし切嗣が引き金を引くより早く、鈍い刃が切嗣の腕に突き刺さる。肩、二の腕、肘、前腕部、そして掌。五本の長剣で壁に縫い付けられた腕ではキャレコの小銃が付けられる筈もなく、九ミリ弾は壁にめり込んだ。

 

「な――――!?」

 

 まさか起源弾を受けてなお、ケイネスが魔術を行使するとは思ってもみなかった切嗣は、床で這いつくばるケイネスに目を向ける。血反吐を吐きながらも、そこに倒れるケイネスの眼は死んでいない。起源弾を受けてなお意識があるという事は即ち、彼はあの防御に『全力を出していなかった』という事になる。そして、壁に縫われた切嗣に、ケイネスが掠れた声で発する声を止めるすべはない。

 

「ラ、ン……サー」

 

――――その声と共に、ケイネスの手の甲から令呪が一画消失する。所有者の意思を正確に反映したその命令は空間を跳躍し、セイバーと戦っていた筈のイスカンダルをその場に瞬間移動させた。だが、切嗣のサーヴァント、セイバーもその転移を黙って見過ごす程抜けてはいない。一秒の差で壁を突き破って現れたセイバーは、切嗣を庇うようにランサーの前に立ちはだかる。そのタネは単純だ。――――セイバーは空気抵抗を無視するべく、『大いなる激情(モラルタ)』の真名解放で大気を斬り裂いて(・・・・・・・・)此処まで全速力で馳せ参じたのである。

 

 互いのマスターを庇うように睨みあう両雄。その緊迫した空気の中で第一声を放ったのはランサーであった。

 

「セイバーよ、此処は一つ停戦と行かんか? このままではどの道共倒れだぞ。――――それでも貴様が我がマスターの首を取るというのであれば、余は魔力の許す限り暴れまわる所存だが、どうする?」

「…………」

 

 沈黙のままに、セイバーは構えを緩める。それを見たランサーは、ケイネスと彼の『水銀』ごと空間の裂け目に消えていった。――――その気配が完全に消えると同時に、セイバーは切嗣の腕を壁から解放する。剣を引き抜けば失血死は免れない為、壁を斬り裂く形での救出だ。その後、切嗣のコートの一部を斬って圧迫止血を施し、彼を抱えて崩壊した城から脱出する。切嗣を横抱きにしたセイバーは、唇をかみしめて詫びる。

 

「主。俺が不甲斐無いばかりに、ランサーを喰い止められませんでした。申し訳ない」

「……いや、今回は僕の戦術的ミスも大きい。……それより、アイリと合流を。彼女なら僕の腕を治せる筈だ。……事前に僕が確保していた武家屋敷がある。そこで合流を」

「了解しました」

 

 夜の森で行われたマスター同士の激戦は、こうして両者痛み分けの形で幕を下ろした。敢えて勝敗を言うなれば完全ではないとはいえケイネスの魔術回路を破壊した切嗣に軍配が上がるだろう。だが、ケイネスの魔力が激減したというのにどういうタネかランサーの魔力は少しの陰りも見せず、セイバーと切嗣を威圧していた。今宵の戦いの結果は、サーヴァントの戦力差も加味すればケイネスの優位である。――――どちらが勝ったとも言えぬ、尻切れトンボの戦闘だった。

 

――――――そして。森の中に潜み、双眼鏡とビデオカメラを持ちながらその一部始終を目撃していた『魔力の欠片もない男』は携帯電話で自身の主に連絡する。

 

「ザイード様、セイバー陣営のマスターとセイバーが小聖杯との合流を測る模様です。マスターは負傷していますが、セイバーはいまだ健在。アインツベルン城はランサーのマスターにより崩壊しました。――――どうなさいますか?」

『小聖杯捕獲班の二名は任務を観察に切り替えろ。アインツベルン城観察班二名は任を解く。一時帰還し、録画映像を検証してくれ。検証には私も同席する』

「畏まりました。これより帰還します」

 

 暗躍するキャスター、負傷した切嗣、満身創痍のケイネス。この夜、三者のを取り巻く状況は一変した。――――激化する戦争に、この結果がいかなる影響をもたらすのか。それはまだ、分からない。

 




活動報告のサーヴァントステータスを更新しました。


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020:He awakes.

 キャスター陣営の地下空間。その空間に鳴り響くのは、大凡英霊の工房らしからぬ爆音であった。あちこちで鳴り響くのは工事現場でお馴染みの重低音と、金属を繰り返し硬いものに叩きつけるような高音。彼らが防音用の結界を張っていなければ、確実に冬木市民から下水管理局に苦情が入っただろうその音は、キャスター陣営が昼夜を徹して穴を掘っている音である。

 

 下水道の壁の一部を破壊してむき出しの地盤をひたすら掘削したキャスターとその部下達は泥塗れになりながらも概ね目的の深度まで到達していた。その深さなんと地下五百メートル。アラビアでお馴染みの風の加護をマリクが施してくれなければ、呼吸も儘ならない深さである。手持ちの削岩機と大型シャベルとツルハシで掘りに掘った結果がコレだ。地下鉄より深いのは言うまでもなく、下手な核シェルターよりも十倍は深いと言えば、その凄まじさが判るだろうか。

 

 そんな地下空間では現在、拡張作業と共に急ピッチで壁の左官工事やら、排気ダクトの取り付けやらを行っていた。専科百般スキルの内、工作術を持つ面々が、ヤスミーンが購入してきた「土木施工管理技士」だの「電気工事士」だの「空調給排水管理監督者」だのを始めとする各種土木業関連の書物を読み漁った結果、この地下掘削工事は安全に進行していた。文書の速読丸暗記は間諜の基本である為、即席の土木業者になる事は工作班にとって他愛ないことだったらしい。

 

 そんな訳で、拡張工事の騒音が響く中、龍之介とその側近ポジションにいつの間にか収まったヤスミーンは完成済みの区画で水晶玉を見ていた。キャスターの内でも数少ない「伝令担当」が捕まえて来たカラス。それにマリクを筆頭にする魔術・呪術班が使い魔化を行い、挙句に宝具「秘術夢幻香」をドーピングした結果異常に強化されたそれは、現状ザイードの監視用、というか心配した兄妹達による見守り用としてザイードの拠点を監視している。流石にザイードも高度一万メートルから透視の魔術を用いて監視されているなど夢にも思うまい。

 

 仲間外れを嫌うキャスター達の過保護っぷりは並大抵では無かった。

 

 その間諜能力を他のマスター暗殺などに生かせればいいのだが、最弱のサーヴァントの最弱っぷりは伊達ではない。アサシンクラスならまだしもキャスタークラスである彼らは気配遮断を持たない。そんなザマでマスター暗殺など夢のまた夢であった。本音を言えばザイードを連れ戻したいのだが、その許可は龍之介から降りていない。――――暗殺者の命は自己責任が基本なのでそれに反発するキャスターはいなかったが、それでも気になるものは気になる。この水晶玉はそういう事情で設置されているのだった。

 

 それを暫し眺めていた二人だが、工事状況を報告に来た工作班の班長に声を掛けられ、意識をそちらに向ける。

 

「龍之介兄貴に姉貴、ちょっといいっすか」

「――――ん? ああ、アリー君じゃん。ヘルメットと作業着で一瞬判んなかったよ。なんか出稼ぎ労働者って感じだね」

「まぁ、だいたいやってる事はその通りっすね。で、報告なんすけど、居住区画と呪術班の工房の引越し完了したっす」

「やったじゃん。取り敢えずこんだけ深けりゃ街が吹っ飛んでも俺らは無事でしょ」

「サーヴァント的にはヘタレ極まりないっすね、まぁ俺らは生き残るのが目的なんでヘタレ上等っす」

「その意気だぜアリー君で、次はなんだっけ。酸素?」

「そうっすね。マリクの兄貴達が細工した苔を使って酸素発生用の部屋を確保する予定っす。なんでもコーゴーセー効率がどうとか言ってたんすけど、俺にはよくわかんないんでマリクの兄貴に聞いてもらえるとありがたいっす」

「成る程。報告ご苦労、アリー。引き続き工事を続けろ。――――龍之介殿が窒息されては一大事だ。換気設備を充実させておくように」

「了解っす、姉貴。あ、コレ、今の所の拠点地図っす。居住区画は換気ダクトも稼働してるんで今日からでも住めるっすよ。若干ペンキ臭いっすけどね」

 

 そんな会話を交わし、アリーという名の作業着を着たキャスターはヤスミーンに地図を手渡して去っていく。その背を見送った後、龍之介はふと思い立ったように彼付きの兵士を手招きし、何やら耳打ちしてから財布を持たせ、地上へと送り出した。それからさらに、ヤスミーンに楽しげな顔で提案する。

 

「ヤスミン。ちょっと良いこと閃いたから、アトリエ(・・・・)行かない?」

「畏まりました。アトリエの移転先は――――居住区画最奥部ですね。参りましょう。ストックも移動済みのようですし」

 

 即了承したヤスミーンは、龍之介を伴って居住区画の奥へと向かう。キャスターの工房は最早、地下に潜り過ぎてダンジョンの様相を呈し始めていた。

 

 

【020:He awakes.】

 

 

 冬木教会。新都の小高い丘の上に立つこの協会にある綺礼の私室にアーチャーが訪れたのはその日が二度目だった。前回の訪問で彼は綺礼が自分に似ていると語り、このままでは取り返しがつかなくなると綺礼に説いた。曰く、綺礼は人の不幸を蜜の味だと感じる性質を持って生まれて来た人間であり、それを自覚せねばならないとの事である。

 

 当然ながら綺礼にとってその言葉は否定するべきものであり、否定したいものであった。だが、アーチャーはそんな彼の心を解きほぐす様に、救いの言葉を投げ掛けた。

 

————悪徳を為さずとも、綺礼は細やかな喜び程度なら体感できるのだ、と。

 

 何を馬鹿な、と一蹴する事は綺礼には出来なかった。彼は今までの人生全てを費やして、その手段を求めていたのだから。

 

 そして現在。アーチャーは綺礼にその手段を説いていた。

 

「————綺礼殿。要するに我々の心を満たす手段で以って、善行という結果を得る。ただそれだけの事なのです。何も難しいことはありますまい」

「すまないがアーチャー。もし我が身が他者の不幸を快となすのならば、他人を不幸にしながら善行を積むというのは矛盾するのではないだろうか?」

「ふぅむ。存外綺礼殿は頭が固いのですな。————そうですね。では、例えば貴方に子供がいるとしましょう」

「例えば、ではなく子供ならいるとも。————まぁ、孤児院に預けているのだがな」

「それなら話が早いですな。さて、貴方のお子さんがケーキが好きだと仮定しましょうか。貴方のお子さんが、何か悪戯を行い、貴方が普通にに叱ったとしましょうか。————想像してみて下さい。その状況を」

 

 取り敢えず言われた通りに夢想する綺礼。()が甘味を好んでいると仮定した上で、彼女の悪戯を綺礼が叱る。————特にこれといって、感慨はない。そんな状況になれば、綺礼は一応彼の知る範囲での父親らしい行動を模倣するのだろうが、それに対して思う所は全くなかった。

 

 一体これを想像して何の意味があるのだろうか。そう綺礼が首を傾げた直後、ジル・ド・レェは新たな『仮定』を語った。

 

「では、少し異なるパターンを想像してみて下さい。貴方は彼女を叱りませんでしたが、おもむろに冷蔵庫から二人分のケーキを取り出し、彼女の眼前で実に美味しそうに平らげました」

 

 ふむ、と綺礼は再び空想する。————その場合、娘は恐らく初めは激怒する。何故、自分の分(・・・・)を綺礼が食べるのだ、と。そしてその直後、はたと気付くはずだ。自分が悪戯さえしていなければ、アレを二人で食べる予定だったのではないかと。その直後、幼い彼女は数刻前の自身を憎悪する。やり場の無い怒りと悲しみ。そして遂に少女は俯いて泣き出してしまう。恐らく綺礼に縋り付き、次からは悪戯をしないと自発的に誓約するだろう。

 

 と。そこまで想像して、綺礼は自身が微笑しているのに気が付いた。それを見たジル・ド・レェは、深くうなづくと綺礼に語りかける。

 

「幼子の世界は狭い。自身の好物を目の前で食われるというのは彼らにとっては地獄の責め苦に他なりません。その絶望に歪み、涙に濡れる表情はきっと素晴らしいものでしょうねぇ……。まぁ、そこから逸脱して本当に地獄の責め苦を味わせてしまうと私の二の舞ですが。————何故に私はあの様な勿体の無いことをしたのやら。一瞬の快楽のために長く楽しめた筈の幸福を捨てたのですよ、私は」

 

 何やら自分を責めるジル・ド・レェ。その責めるポイントが『勿体なさ』である辺り、彼が発狂後の自分を嫌う理由は『サディストとしての美学の違い』によるものらしい。————しばし苦悶していた彼は、ごほんと一つ咳払いをすると、綺礼に想像させた仮定の真意を説明した。

 

「————今し方の例え話の要は、『どちらも第三者から見れば単なる教育的指導』になるという事です。後者も単なる『悪い子はおやつ抜き』というだけの事ですし。ですが、我々の嗜癖という点では前者と後者には大きな隔たりがあります」

「後者は私を満足させてくれる、という事か?」

「その通り。ごく普通の『子供の教育』も、盛り付けや調理法次第で極上の美味へと変じるのですよ、綺礼殿。如何に他者から見て『善行、或いはごく普通の事』と認識されたまま、我々の嗜好を満たすか? ————それを考えながら生活するだけで、世界は楽園へと変じるのです」

「…………成る程。大凡理解はしたが、俄かには信じ難いな。今までの私の苦悩が、思考一つで変わるなど」

「そうでしょうな。ですが、ここは一つ騙されたと思ってその思考を続けてご覧なさい。————さて、そろそろトキオミ殿と今後の戦略を考えねばなりません。今日はここでお暇させて頂きましょう」

「そうか。ではな、アーチャー」

「ええ。またいずれお邪魔しますよ。綺礼殿」

 

 そんな言葉とともに、アーチャーは実体化を解いて消えていく。彼が使っていた酒盃を片付けながら、綺礼は自身の思考を変えてみようと少しづつ試みるのだった。

 

 

* * * * * *

 

 

————クッソ眠い。

 

 ギルガメッシュに連れられて、今日も今日とて冬木の街を周るウェイバー。彼は、今強烈な眠気に襲われていた。不眠の呪いは彼に睡眠を許さないが、眠気が来ない訳ではない。そんな訳で彼は、眠気をどうにかするべく、薬局でカフェインを買い求めていた。最早軽いカフェイン中毒だが、これが無いと頭が痛くて仕方がないのだ。

 

「溝鼠、眉間に皺がよっているぞ。————我と違って貴様の面構えではむくれている様にしか見えぬのが難点よな」

「頭が痛いんだよ。……この薬、目は覚めるんだけど頭痛がなぁ」

「中毒症状ではないか。貴様、薬物耐性も脆弱とは心底溝鼠……いや、天竺鼠よな」

「誰がモルモットだ、誰が。それより、お前魔力は大丈夫か? 僕は頭痛以外は体調良いし、魔術回路も好調だけど」

「うむ。この時代のモノはどうにも安っぽいが、取り敢えずは食事によって十全に回復しているな」

 

 そう言ってギルガメッシュは鼻を鳴らす。安っぽい安っぽいというが、彼が喰っているのは基本的に三ツ星かつ一見さんお断りレベルの高級店である。同席するウェイバーはそのせいで強制的にテーブルマナーが磨かれているといえば、どういう店に出入りしているかは想像がつくだろう。取り敢えず箸が使えるようになったのは良かったといえば良かったが、心労と比較するとプライスレスとは言い難い。

 

 まぁ、ギルガメッシュは偶に『王の勘』などと言って深山町の隠れた名店だのを掘り当てているので、毎食毎食ストレスフルな訳ではないが。————因みに英雄王の勘は高級品関連にのみ働く為、ウェイバーは何らかのスキルかと疑ったのだがそんな物はマスターの透視力でも見えない。

 

 だが、確かにここ数日ギルガメッシュは食事をしっかりと採って魔力を回復させていたのだろう。そのステータスに不調の影はない。

 

「そう案ずるな鼠。ハゲるぞ」

「お前どんだけ僕をハゲ扱いしたいの?」

 

 今日も喧しいライダー陣営。その脇を通り過ぎて行った一人の男。その直後、ギルガメッシュが一瞬だけ足を止めて振り返る。

 

「どうかしたのか? ライダー?」

「————いや、気にするな。牙の抜けた豹を狩ってもつまらんのでな。捨て置くとする」

 

 その発言を受けたウェイバーが首を傾げる中、ギルガメッシュがチラリと目で追った不良は業務用食料品店へと入って行った。

 

 

* * * * * *

 

 

 視点は再び地下に戻る。夕方、キャスター陣営のアジトでは、新設された集会場で龍之介主催の完成記念パーティーが行われていた。酒も豚もNGなキャスター達が飲み食いするのは飲むヨーグルトと鯖の塩焼き。丸々一匹を串に刺して炭火で焼いたそれは、キャスター的にも意外と抵抗なく食べられるものらしい。無論調理担当のキャスターが生きた状態から〆て調理した為、調理法も問題ない。

 

 換気ダクトの完成により、地下でのバーベキューが可能となっているのだ。酸素プラントも順調に稼働している。

 

「いやー。これで漸く安心して旦那のサポートに専念できるね」

「ザイードめの為に此処までの工事に踏み切るとは、龍之介殿はお優しい」

「いやいや、旦那の為になるって事は、俺たちの為になる事だからね。ヤスミンも分かるでしょ」

 

 

 そう言って、龍之介は口角を上げた。安全策を講じに講じたキャスター陣営は、これより外部で戦うザイードのサポートに移行する。その指揮を執る龍之介は、今日の会心作である「人間ソファ」に腰掛けながら飲むヨーグルトを飲むのだった。

 

 

「…………ところで、なんで飲むヨーグルトなの、ヤスミン? しかも甘くないし。塩っぱいヨーグルトって新鮮だね」

「ああ、ラバンですね。我々は生前よく飲んでいましたので、取り敢えず自作してみました。美味しいですよ、ラバン」

 

 

————なんだか締まらないのは、相変わらずである。



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021:Holy Grail war of wives.

【021:Holy Grail war of wives.】

 

————身体が、重い。

 

 目を覚ましたケイネスが、初めに思ったのはそれだった。布団からどうにか身体を起こしてみても、足の感覚がボヤけている。そんな彼に声を掛けたのは、彼が眠るベッドの傍らでウトウトとしていたソラウだった。

 

「————ケイネス、目が覚めたのね。ランサーが貴方をここまで運んでくれたのよ」

「…………ああ。覚えている。————ソラウ、私の治療は君が?」

「ええ。————魔術回路は三割を残して滅茶苦茶。魔術刻印は全部無事だけど、滅茶苦茶になった部分は私じゃ元には戻せないわ。身体の方は内臓と太股から上の神経は修復できたけど、足先が完全に麻痺してる。運び込まれた時の貴方はズタズタで、生命活動に重要な部分を優先して修復するしかなかったの」

「そうか。————ありがとうソラウ」

「あら、怒らないの? 貴方なら、『下賤な犬が高貴な私の血を流すなど許されん!』とか言いそうなものだけど」

「今回は私のミスが大きいのでね。————アインツベルンはサーヴァントのみならずそのマスターも対魔術師戦に長けていた。あの黒コートの男が使う魔術は恐らく敵の魔術回路をショートさせ、駆動中の魔力を暴走させるものなのだろう。拳銃を使い、身体強化らしきしか使っていなかった事から力量を見誤ったのだ。あの銃弾型の礼装は、下手をすればサーヴァントにも届き得るほどのものだった」

 

 そう語るケイネスはあくまで冷静で、その姿にソラウは少々困惑した。果たして、自分の知るケイネス・エルメロイ・アーチボルトという男はこのような人物であっただろうか、と。————その思考を中断させたのは、紙袋を提げて部屋に入ってきたランサーだった。

 

「おお、起きたかケイネス。いやぁ、なかなか善戦しておったようだが惜しかったなぁ。————まぁ、セイバーのマスターは随分と戦慣れしとるようだったからな。三度目の戦場でアレは荷が重かったか?」

「随分と言ってくれるではないかランサー。まぁ、事実ではあるがな。アレは恐らく私とは方向性が異なるにしろ、天才の類だ」

「そりゃあそうだろうな。何しろ聖杯戦争だ。サーヴァントだけでなくそのマスター共も一筋縄ではいくまい。————ところでケイネス、お前さん一皮向けたではないか。余のマスターとしてもまずまずの面構えになってきた」

「…………何やらソラウにも先程似たようなことを言われたな。まぁ、この戦争で圧倒的な格上を多く見て来た事で多少鼻を折られた自覚はあるが」

「挫折を知って男を上げたというわけだな。————さて、それはともかく丸一日ぶっ倒れておったのだ。腹が減っておるだろう? 商店街の方に中華料理屋の泰山ってのがあるんだが、そこの粥も鍾馗のモダン焼きと張る絶品具合でな。店主に三人前包んでもらったのよ」

 

 そう言って紙袋からテイクアウト用と思しき発泡スチロールの丼を取り出したランサー。ソラウには、プラスチックのレンゲが付いているそれは、ケイネスや自身の様な貴人が食すには不適に見えた。だが、自身の婚約者が普通に受け取ってランサーに礼を言い食し始めたのを見ると、どうにも空腹を認識してしまう。ソラウはソラウで、ケイネスの治療の関係で食事を取っていないのだ。

 

 お腹は空いている。でも、食べていいのか分からない。————そんな世間知らずのお嬢様を救ったのは、三人前と言いつつ何故か自分だけ巨大なドンブリを抱えているランサーだった。

 

「む。ソラウ嬢、食わんのか? 余が急いで持ってきた故、アツアツのままだぞ?」

「それはそうなのだけれど、ちょっとこれは『貴族』が食べていいものなのか分からなくて」

「————こりゃまた、今時珍しい『良い子』だな。おい、ケイネス。貴様、何故気付かなんだ…………いや、そう言えばこういう機微には疎かったか」

「待て、少し待て。何が何だかさっぱり分からんぞランサー。私がソラウに何かしてしまったのか?」

「ああ、いや。ソラウ嬢の様な女はよくいるのだが、お前さんがもうちっとなんとかできなんだのか? と思っただけのことよ。————ソラウ嬢、お前さん親の目を気にしすぎとるなぁ。この場に居るのは余とケイネスのみ。そう肩肘を張らんでもよかろう。この場で自分がどうするかは、自分が決めるのだ」

 

 そう言って苦笑するランサー。その言葉は、確実にソラウの内面を見透かしていた。

 

————ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリには自己判断ができないのだ。幼い頃から『お嬢様』である事を周囲から命じられていた(・・・・・・・)彼女には自分で判断するという経験が無い。経験していない事を成すにはきっかけが必要だが、今の今まで彼女にはそのきっかけが無かった。それがこの瞬間、突如として征服王からきっかけを与えられたのだ。困惑し逡巡するのも仕方の無いことだった。

 

 数分迷ってから、ソラウはレンゲを手に取り粥を食べる。————余人には些事であろうが、彼女が人生で初めて自分で選択したのは、一杯530円の中華粥を食べる事だった。

 

 さて。

 

 取り敢えず食事を終えたランサー陣営は、今後の戦略を話し合う事にした。ケイネスが脚を悪くした以上、彼の役目は留守番である。そして流石にソラウを戦場に出すわけにはいかない。つまりランサーが戦場に単騎で出撃する羽目になるのだが、征服王はその宝具によって万軍を率いているため実のところ問題はなかった。

 

 ケイネスはランサーに宝具の全力展開を承認し、自身はソラウと共に魔力供給を行うことにしたのである。残っているのが三割とはいえ、ロードの名は伊達では無い。彼は出力三割でもウェイバー・ベルベットと同程度の魔力は生成できるのである。単純に見習い一人分の魔力を追加された形のランサーはすこぶる好調であり、サーヴァントに限ってみれば寧ろ強化されていると言っていいだろう。

 

 そんなランサー陣営の話し合いの結果は取り敢えずケイネス用の松葉杖を購入する事だった。

 

 

* * * * * *

 

 

 一方その頃。深山町にある武家屋敷では、アインツベルン陣営が同様に会議を行っていた。アイリスフィールの治癒魔術——正確には錬金術による負傷部位の錬成——によって腕の負傷が完治した切嗣はリハビリも兼ねて銃のメンテナンスをしながら会話に参加している。

 

「————ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは工房に引きこもった様ですね。あの工房を突破するのは困難かと。ビルごとセイバーの宝具で切断する事も可能でしょうが、周辺被害と神秘漏洩の危険性を考えると些か無謀ですね」

「そもそもあの工房に近づいた時点でランサーが出撃してくるのは明白だからね。…………ケイネス陣営は一旦放置しよう。取り敢えず弱体化したのは間違い無いんだ。僕たち以外が奴を討伐する事も十分にあり得る」

「そうですね。……では主。次は何処を攻めるのですか?」

「そうだな……ここはひとつ、穴熊を決め込んだ遠坂を燻り出してみるか」

「アーチャー陣営ね。————でも切嗣、遠坂はケイネスの要塞程ではないけど十分に堅牢な魔術工房よ? どうやって攻略するつもりなの?」

 

 そう問いかけるアイリスフィールに、切嗣はごく自然に回答する。

 

「ガソリン代わりにナパーム剤を満載したタンクローリーを、隣町の駐車場に確保してある。遠隔操縦可能なように改造してあるから、それを遠坂邸に突っ込ませるつもりだ」

「ナパーム?」

「軍用火炎放射器などに使われる焼夷剤ですね、マダム」

 

 相変わらずと言えば相変わらずな外道作戦。魔術師殺しの名は伊達では無く、そんな夫の悪辣な思考にアイリスフィールは少々引き気味である。こんな事を容易く決断実行する辺り、魔術師殺しの衛宮(・・・・・・・・)が往年の勘と戦闘力を取り戻しているのは間違いないだろう。

 

「さて、そうと決まれば準備をしよう。————そうだな。セイバーは街に出て遠坂邸の調査。勘付かれないよう、遠目にで構わない。僕はタンクローリーの回収に向かうから、舞弥はアイリの護衛を頼む」

「了解しました、主」

 

 作戦会議はこれにて終了。そう言うかのように席を立つ切嗣に続き、セイバーも街へと繰り出していく。その結果、武家屋敷に残るのはアイリスフィールと久宇舞弥だけ。————こうなると、途端に気まずい沈黙が流れてしまうのは必然だった。正確には、気まずいのはアイリスフィールだけである。彼女は、切嗣の浮気相手らしき女性を前に気が気ではなかった。一方舞弥はというと、事前にホームセンターで購入してきたという炬燵を押入れから取り出し、手慣れた様子で組み立てている。

 

 数分後、舞弥が炬燵を電源につなぎ、商店街で買って来たらしいミカンをセッティングした頃に、ようやくアイリスフィールは舞弥に会話を振った。炬燵で温もった結果、多少勇気が湧いたらしい。

 

「ねぇ、舞弥さん。切嗣とはいつ頃出会ったの?」

「私が成長期を迎える前ですので……恐らくは十年以上前です。当時の記憶は曖昧ですが、切嗣は私を二、三年前間育てたのち、アインツベルンに招かれました」

「…………切嗣に育てられたの?」

「はい、マダム。私は孤児だった為、少年兵として活動していた際にある戦場で切嗣に拾われました。そういう点で言えば、私は切嗣の養子に近い存在でしょう。さらに言えば、魔術使いとしては弟子にも当たります」

「うーん、切嗣の養子って事は、私の義理の娘って事になるのかしら?」

 

 アイリスフィールのその言葉に、舞弥は珍しく表情を変えた。目を丸くしている辺り、アイリスフィールのセリフが余程意外だったらしい。

 

「……その発想はありませんでした」

「ふふふ。そういう事ならお母さんと読んでくれてもいいわよ?」

「マダム。せっかくの提案ですが、その場合切嗣を父と呼ぶ事になるので遠慮しておきます」

「あら。なんで切嗣を父親扱いするのがダメなの?」

「————ご存知ないのですか? 切嗣には若干老けて見られることにコンプレックスがあるのです。私が娘として振舞えば切嗣はストレスを溜めてしまうでしょう」

「あら、そのコンプレックスは初耳ね。————舞弥さん。切嗣のこと、もっと教えてくれない?」

 

 アイリスフィールの求めに応じ、昔語りをする舞弥。いつの間にか気まずい空気はかき消えて、武家屋敷からは女性同士の談笑が聞こえてくる。

 

 

————それを路地裏から観察する者達は、機を見極めるべく、ひたすらに息を潜めていた。



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022:The question and answer of Kings.

 その出会いは必然だったのか、それとも偶然だったのか。――――いや、そんな事はどうでも良い。どちらにせよウェイバーが神を呪うことに違いは無いのだから。

 

 時刻は真昼。食事を取ろうとした英雄王がウェイバーを伴い、紅洲宴歳館泰山に訪れた時のこと。ウェイバーはピータン粥、ギルガメッシュはフカヒレの姿煮を注文し、テーブル席で料理を待っていた。この店の中華は英雄王が来店するだけあって超一流。店長の「魃」女史――実年齢不明、外見年齢八歳。若さの秘訣は中国四千年の歴史が生んだ薬膳とかなんとか――はその料理の腕をウェイバーが食べるような安いものから英雄王が食べる超高級食材まで全てにおいて遺憾無く発揮していた。

 

 その味に惹かれたのはライダーだけではなかったらしい、というのが今回ウェイバーを襲った不幸の原因だ。

 

 偶然にも同じ日の同じ時間帯に泰山を訪れたのは、ライダー、ランサー、バーサーカーのサーヴァント達。どれもこれもが単騎で国を滅せる化け物であり、また歴史にその名を轟かせる王でもあった。そんな彼等が偶然にも同じ店で出会ったとなれば、お互いに会話を交わすのは必然だったと言えるだろう。――――そこでランサーから提案されたのは、王の格を酒の席で問うというウェイバーからすれば意味不明な聖杯問答というモノだった。まず王の格を問うだのという時点で凡人なウェイバーには雲の上の話だ。挙句にギルガメッシュがそのよくわからない宴会場に所有物件の一つを使うと言うのだから、ウェイバーはただただ胃をさすりながら粥を啜るばかりである。それを見た魃店長が「胃に効くヨ」と冬瓜のスープを出してくれた際に、ウェイバー少年がちょっとキュンとしてしまったのも仕方ないだろう。

 

 

――――とまぁ、そんなこんなで、現在ギルガメッシュが購入した高級住宅のリビングで王様三人が面を付き合わせて飲み会を行っている訳なのだ。

 

 

【022:The question and answer of Kings.】

 

 

 上座で一人用ソファに腰掛けるギルガメッシュ、担いできた酒樽を脇に置いて二人用のソファを占拠するイスカンダル、そしてなぜかクッションを座布団代わりに一人だけフローリングなバーサーカー。持参した酒も『黄金に輝く見るからにクソ高い酒』『高級ワインを樽ごと』『缶入り黒ビール500ミリサイズ』と多彩なその三者は――――。

 

「って、何でバーサーカーはやたら庶民的なんだよ!? ……王様的にビールってどうなのさ」

「この国のビールは薄いからな。コレを飲むと、貴重なエールを円卓の騎士たちと私で、水で割って分けあった懐かしい記憶が――――」

「困窮しすぎだろブリテンの国庫……。イギリス人の夢が崩れていく……」

「正確に言えば、戦場に嗜好品を持って行く余裕がなかっただけだが。――――ところで貴様、ブリテンの民だったのか?」

「たわけ、雑種。溝鼠は我の所有物だ」

「そうか」

 

 そんな会話を交わすライダーとバーサーカー。本来であれば殺し合うのが通常であるはずの二人は、この場に限って武器を交わす事はない。酒の席で奇襲してすんなり勝てる相手でも無い、というのもあるが、その根底にあるのはお互いに持つ王としてのプライドであった。――――騎士王たるバーサーカーにとっては『騎士道』。英雄王たるギルガメッシュにおいては『自身の法』。それらを確固として持つがゆえに、二人は剣ではなく杯を手にこの場にいる。

 

 それは、当然ながらランサーも同じ。彼自身は自己の『王道』に懸けてその場に武器を持ち出す事を良しとしなかった。――――だが、かの征服王にとっては、剣を以てではなく杯を以ての戦争も、相手に仕掛けるに足る征服である。

 

「おいおい貴様ら、今宵は王の格を聖杯に問う前に、一つ酒杯に問うてみんかと集まったのだろうが。貴様らが乗ってこんというのであれば、やはりこの征服王の王道こそが真の王道であるという事になるが」

「随分と、冗談というものを弁えておるではないか、雑種風情が。王に足る男は天地に我一人。貴様が王を僭称するなど、片腹痛いわ」

「まぁ、私は誰の王道がどうのと言われても困るが。――――なにしろ、わが身は既に王ではない。私の国が滅んだ以上、私は単なるアルトリア・ペンドラゴンだ。王道争いなど好きにしてくれ」

「そりゃまた随分な意見だのぅ、騎士王。お前さん、自分の王道に誇りは無いのか?」

「そう言われてもな…………私の国は象徴君主型議員内閣制国家だ。狭義の意味での円卓は、私を除くと十二人の騎士による合議制。しかし下部組織として存在する三百人のキャメロットの騎士も広義では円卓の騎士にあたる。最高議会にあたる十二人の元に騎士たちが民草の意見を収集して、最終的に多数決を取る形だな。――――つまり、私の王としての職務は貴様らとは形態がまるで違う。私の職務は国家にとって最強の軍事力である事と、『騎士』の象徴である為の清廉潔白な行動だ。故に、貴様らと比べるというのは、『食料と物理学のどちらが優れているか』と議論する様なものだ」

「ふ、雑種にしては中々の喩えよな。良いぞ、貴様らの討論を肴に我が酒を飲んでやる。感謝せよ。」

「お前は、なんというか、どうしようもない奴だのう、英雄王。――――しかし騎士王、そもそも比べられんと貴様は言うが、それならば何故貴様は王と呼ばれるのだ。円卓が全てを決めるのであれば、貴様は『要らん』のではないか?」

 

 征服王のその問いを聞いたバーサーカーは、二缶目のビールをプシュッと開けながら呆れたような表情で言い返す。

 

「…………そんな事も分からないのか? 責任をとる為に決まっているだろう。私は、円卓の決定を『承認』する立場にある。故に、その決定が間違っていた場合は、私が民に詫びるのだ。承認すべきではなかった、とな。……騎士は民草の意見を責任を持って円卓に伝え、円卓は責任を持ってそれを議論し、判断する。――――――故に。私は国の全ての責任を背負って王として君臨するのだ」

「そんなモノが王だと? 騎士王、それはな、人身御供というのだ。断じて王ではない」

「ぬかせ征服王。民を背負い、騎士を背負い、国そのものを背負う私が王でないなら何だというのだ。――――まぁ、貴様の王道とやらには相容れんだろうが、お前の基準を私に押し付けるな」

「むぅ。国に殉じるのが貴様の王道とでも言うつもりか?」

 

 眉根に皺を寄せ、如何にも理解しがたいという表情の征服王。――――その『勘違い』に、思わずバーサーカーは爆笑した。少女の姿をしているとはいえ、彼女の本性は竜。その哄笑は最早竜の吐息(ブレス)に近い。窓は揺れ、酒器はガタガタと音を立て、酒を波打たせるその笑いはバーサーカーが漸く落ち着くまで数分間に亘ってその場を蹂躙した。声だけは花の様に可憐であるにも拘らず、音量が桁違いに大きいというのは、中々に違和感のある光景であった。

 

「――――ふふふっ、征服王。貴様の勘違いはよく分かった。私が国に殉じる、と貴様は言ったな? ははは、ああ成程。貴様にとって国と己は別個のモノなのだろう。王たる前に人間であるのが征服王イスカンダルなのだからな? くふっ」

「何がそれほど可笑しい、騎士王。――――国と己が別個である等、当然のことであろうが。余は王として人の臨界を極めし者。我が王道は清濁を併せ飲み、その生き様で以て民を導くものだ。その結果として余の国がある。余の民がある。……貴様は、そうでないというのか」

「当然だ、万民を魅了した人間の王よ。――――貴様と私は、その生まれからして比較対象になりえない。私は竜で、貴様は人だ。我が国とはすなわち私自身。例え民が死に絶え、騎士が血に倒れようと、私が倒れぬ限りブリテンは決して滅びぬ。私は騎士を導き、民を愛そう。民の為の治世を行い、騎士の為の法を敷こう。私は国であるが故に、その背に乗る民草を『守護』する。――――完全なる秩序! 自由無き自由! 徹底した統治こそ我が王道だ!」

「――――なるほど。貴様と余はとことん相容れんらしいな。……だがまぁ、貴様の言う通りそもそも比較するのが間違いであるというのも分からんではない。竜には竜の生きざまがあるのであろう。だが余とて人の王。貴様の王道を認める訳にはいかん」

「では槍を取れ征服王。言葉を尽くして尚、相容れぬならば、最早剣で語る他ないだろう。…………とはいえ、今は宴席だ。勝負は預ける」

「当然だな」

 

 そう言ってお互いに酒を呷る征服王と騎士王。其れを眺めていた英雄王は、ニヤリと愉快気に笑うと自身もまた杯を呷る。そんな彼を含めた、その場の全員に征服王は問いを投げた。

 

「ところで、貴様らは聖杯に何を願う? 万能の願望機を求める以上、何かしらの願いはあるのだろう?」

「たわけ、我は願望機程度に掛ける願いなぞ持ち合わせておらんわ」

「私はあんなモノ(・・・・・)は要らないが……まぁ、強いて言うなら再び国を興すにあたり当座の拠点が欲しい所だな」

「はて? 貴様らは聖杯を求めたからこそ召喚に応じた訳ではないのか? 余はそのクチなのだが。おい、ライダーのマスターよ。其処の所はどうなんだ? ん?」

「え、僕? ――――うーん。ライダーは触媒で呼び出したから、本人の希望を無視して呼んじゃった可能性はある、かな。多分、触媒は英霊を指定できる代わりに、英霊の聖杯への思いが『くれるなら欲しい』程度でも呼んでしまうんだと思う」

「鼠、貴様は洞察に関してだけはそれなりだな。流石、日がな一日覗き見に耽っているだけの事はあるではないか? 概ねそういう仕組みだろうよ」

「覗き見とな? ふむ。ところで坊主、もう湯殿は――――」

「王は皆そればっかりかよ!? 何なの? 王って下ネタ好きなの?」

「おい、私を巻き込むなライダーのマスター。男の王は可能な限りタネを残す必要がある影響で、精力が強いのだろう」

「……あー、筋は通らなくはない、のか?」

「何だ、人を種馬扱いしよって。余は至ってまともな話しかしとらんぞ」

「男たるものやはりその結論に至って当然よな。溝鼠、貴様も男であればいい加減に諦めるがよい」

「……もうやだこの王」

「ふむ。私は何とも云えんが……ああ、男を止めたいのであれば、かつてモルガンが私を男に性転換させた魔術が――――」

「それ結局ウチのライダーの提案だから! 何一つ僕が救われないから!」

「暫く後にモードレットが生まれたと事後報告があったので、外見だけでなく機能面でも万全だが?」

「そういう問題じゃねぇぇッッ!? というか、性転換かつ近親相姦かつ子供が病んでるとかどれだけ特殊性癖盛られてんの、アーサー王伝説。不倫騎士とかその現場を集団覗きした騎士とかいるし……」

「否定はしない。――――ところで、貴様。妙に私の伝説に詳しいな。見た所ブリテンの民ではなくサクソン人の様だが」

「一応、人種は違っても大抵のイギリス人はアーサー王に憧れてるんだよ。だからこそなぁ…………はぁ」

 

 幼いころの憧れにたっぷりダメージを負わされたウェイバーが真っ白な灰になった事で、王たちはウェイバー弄りを中断して本題に戻る。既にバーサーカーは持参したビールを飲みつくし、征服王が持ってきたワインに手を付け始めている。しっかりと事前に許可をとっている辺り律儀だが、彼女は大食いと同時に酒豪でもあるらしかった。

 

「さて、しかし貴様ら、願いが無いというならば余に聖杯を譲ってくれんかのぅ? 余のマスターの話によると、聖杯はサーヴァント四騎で取り敢えず願望機になるらしいではないか。余と貴様らで残る陣営を蹂躙すれば良い」

「はっ、確かに我に願いなぞ無いが、雑種に手を貸してやる道理もない。それにまぁ、我の鼠めがその杯を欲しがるのであれば、取り敢えずは何時か恩賞として賜わす為にキープしておいてやるのも王の計らいというものよ」

「私としてもアレを渡す気はない。我がマスターの悲願らしいのでな」

「むぅ。つれん奴らだなぁ。――――我らが盟を交わせば向かうところ敵無しだというのに」

「足並みが揃わぬのだから寧ろ弱体化するかもしれんぞ、征服王。私は竜、貴様は人、ついでに其処の金ぴかは――――私の直感が確かなら神殺しの化物だ。統制が乱れ過ぎて話になるまい」

「お? 貴様もライダーの真名に心当たりがある様だな? どうだ、英雄王。名乗ってみる気はないか?」

「何故我が雑種に名を教えてやらねばならんのだ。我が面前に拝謁し、その上言葉を交わす栄を得てなお我が真名に思い当たらぬ雑種風情に、『王』を名乗る資格など無いわ。まぁ貴様らの言う王なぞ、どれもこれも我からすれば劣化品だがな」

「――――つくづく傲岸不遜な男だなぁ、お前」

 

 そう言って苦笑する征服王は、バーサーカーの頭をその大きな掌でポフンと叩くと、子供じみた提案を投げる。

 

「どうだ騎士王、ここは一つ奴の真名を同時に言うというのは」

「おい、女の頭を無闇に触るな。シニヨンが崩れたらどうしてくれる? ――――まぁ、同時に言うというのは乗ってやらんでもないが」

「ほう? 我の名を口にする以上、過てば死ぬ覚悟はあろうな?」

「おいおい、そう脅かすなよ。なあ――――」

「貴様に容易く我が首を取れると思うなよ――――」

 

――――ギルガメッシュ。

 

 二人が異口同音に述べたその名を聞いて、英雄王ギルガメッシュは蛇の様な笑みを浮かべた。その真名を見抜いた以上、ギルガメッシュもそれなりの態度で相手をしてやると決めたらしく。パチリと指を鳴らして虚空から三つの酒器を呼び寄せた。其処に満ちるのは、何れも神代の美酒である。

 

「ランサー、そしてバーサーカーよ。よくぞ見抜いた、褒美を取らす」

「おお、こいつは凄まじい代物だな? 神の手によるものか?」

「ふむ。天上の美酒に興味がないと言えば嘘になる。貰っておこう」

 

 誰からともなく杯を掲げた三名は、カチンと乾杯を上げ酒杯を呷る。

 

――――王達の宴はその後、夜を徹して行われたのだった。




あけましておめでとうございます。
本年も拙作をお楽しみいただければ幸いです。


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023:DARE-DEVIL.

 宴会の後、というのは片付けに手間取るものである。

 

 それは昨晩行われた王達の饗宴においても同様だった。アーサー王は自分の飲んだビール缶をビー玉サイズまで握りつぶしてゴミ箱に捨て、イスカンダルは持ってきた樽は担いで帰った。無論ギルガメッシュは自身の酒器を彼の蔵に仕舞い込んでいる。――――しかし、彼らが酒の摘まみに注文しまくった無数の出前はどうしようもなかった。それぞれのマスターから小遣いでも与えられているのか、ランサーとバーサーカーは寿司、ラーメン、お好み焼き、ピザ等のパーティ用食品を好き放題に出前で取り寄せたのである。その丼や皿は幸いプラスチック製の使い捨てタイプだったが、それにしてもゴミが多い。

 

 軽くゴミ袋を満タンにさせたそのゴミを捨てるついでに、ウェイバーは冬木の街を散策する事にした。かなりの間この街に暮らしているおかげで大方地勢は把握したが、やはり肉眼による探索は聖杯戦争を戦う上で重要である。ライダーの飛行宝具があれば移動するのは容易いが、空から見るのと自身の目で見るのではやはり見えるモノも異なってくるのだ。それに、今日のウェイバーは少々買いたいものもあった。

 

「――――というわけで、僕はちょっと出かけて来るから」

「む、待て鼠。貴様が首輪も付けず街を歩くなど、許されると思うまいな?」

「逆に何で僕が首輪をつけなきゃいけないんだよ。――――で、ついてくるなら何処か寄る所でもあるのか? 僕はゴミ出ししてから商店街の本屋に行くんだけど」

「そうよな。……出歩けば我が足を運ぶに値する店があるやもしれん。貴様について行ってやっても良いぞ?」

「ありがたき幸せだよ、まったく」

 

 相変わらず面倒くさい英雄王に嘆息しつつ、ウェイバーはゴミ袋片手に玄関に向かう。そのウェイバーを追い越して先に行く英雄王を、ウェイバーは早足で追いかけるのだった。

 

 

【023:DARE-DEVIL.】

 

 

 一方その頃。年中カーテンが閉じている間桐邸では、朝帰りしたバーサーカー、雁夜と臓硯、鶴野、そして慎二と桜という間桐家の面々がダイニングにて朝食をとっていた。魔術師の工房という特性上、外部の人間を女中として招き入れる訳にもいかない。その為、意外な事に料理は雁夜や鶴野、そして臓硯が自作していた。――――とはいえ、彼らは魔術師である。繊細かつ微妙な配合が必要な魔法薬などの調合を行う彼らにとって、料理程度の単純なレシピは容易なものだった。そもそも、雁夜は実家に帰還するまでは一人暮らしをしていた以上、ある程度の料理は可能であった。

 

 そんな訳で、本日の朝食は『アレをアレしてあんな感じにしたピラフ』と粉にお湯を注ぐタイプのカップスープ。そして子供達にはフルーツゼリーといった所である。――――ピラフの名前を正確に言えば『食用魔蟲を塩ゆでして海老の代わりに入れた海老ピラフっぽい何か』であるが、問題はない。雁夜と臓硯の契約により苛烈な調整を免れた桜は現在、この様な形で『食事』によって間桐寄りに改造されていた。雁夜とて、臓硯に魔術の手ほどき、もといシゴキを施された以上、桜の素質が世間の魔術師からすれば垂涎の代物だという事は分かっている。それ故に、契約により安全が確保された間桐家で保護した方がマシという結論で妥協していた。……雁夜が到着して契約を結んだ時点で初期改造は完了しており、遠坂に戻そうにも戻せなかった、というのも妥協の要因である。

 

 さて、そんな桜は海老っぽい海老味の蟲が入ったピラフを元気良く食べている。臓硯の魔術により封印ではなく『一週間分の記憶を完全に消滅させられた』桜は、体内に蟲が入っていない事も相まって、少女らしい元気さを取り戻していた。この一年間はホームシックだなんだと泣いたりぐずったりしていたのだが、一年という月日が経った事でようやくこの家にも慣れたようである。臓硯があっさり不死をゲットした事で、桜はごくごく普通に間桐の養子として育てられていた。

 

 そして桜の存在が影響したのか、最近慎二――雁夜の甥で、鶴野の息子。癖毛は父親譲り――が兄としての自覚を持ち始めたのも良い事と言えるだろう。臓硯の気まぐれで『留学先から呼び戻された』慎二は、臓硯の手慰みとして少々の改造を受け、魔術回路を一本獲得している。魔術というより呪術の類だが、臓硯は今『歳の近い慎二と桜をシンクロさせたらどうなるか?』という実験がお気に入りらしい。相互に感応させることで形質を徐々に同化させ、双子と同様の魔術的シンクロニティが云々……というその実験内容は意味不明ではあるが、基本的には慎二と桜に重篤な害が無い――精々、ちょっと不味い薬を偶に飲まされる程度の――間桐家としてはソフトな改造なので、雁夜も黙認していた。下手に臓硯の趣味を邪魔して契約を反故にされても困る、というのがその実情である。

 

「ごちそうさま……あれ、兄さん、ゼリー食べないの?」

「ふん、僕は甘いのが苦手なんだ。……お前が食えよ桜」

「……ありがとう、兄さん」

「はっ、何の事だかさっぱりだ。やっぱり桜は能天気で困るね」

 

 そんな会話を交わす兄妹にすさんだ心を癒されつつ、雁夜はポツンと呟きをこぼす。

 

「……素直じゃないのは、兄貴そっくりだな」

「おい、誰が素直じゃないって? 随分生意気言うじゃないか雁夜?」

「いや? 何故か俺が逃げ出した時に持ちだした鞄に身に覚えのない万札が数枚突っ込んであったのを思い出しただけだ」

「……そんなモノ、俺は知らん。お前の勘違いだろ」

『呵々、食事時に見っとも無いのぅ鶴野、雁夜。――――ところで、慎二に移殖した桜の魔術回路も順調に動いておる様じゃの? ……上手くいけば、虚数属性を後天的に獲得できるやもしれん』

「……おい、ジジイ。また何か無茶をするつもりじゃないだろうな」

「おうおう、そう怖い顔をするでないぞ、雁夜。お主との契約通り、薬物と身体に害のない範囲での蟲しか使っておらんではないか」

「…………麻酔で眠らせて尻から蟲を突っ込むのが慎二くんの身体に害がなかったかについての議論はまた今度にするとして、それにしたってどうやって桜ちゃんから魔術回路を抜き取った? アレは内臓みたいなもんだろうが」

『あれだけの量ともなると、魔術師はメインとサブの回路を無意識に構成するからのぅ。サブの方を一本拝借しただけの事よ。方法は慎二と同様じゃな』

「それなら良い……事もないな。ジジイ、お前さては浣腸マニアか何かか?」

『儂を変態扱いするでないわ。年齢などを加味して体内に侵入させるのに一番安全なのは肛門じゃろうが。喉と違って呼吸を阻害する危険も無く、便を排出する構造上多少の拡張が可能となれば、侵入経路はそこしかあるまい』

「なら良いんだが。――――幼女性愛、幼児性愛、肛門愛好をこじらせたジジイと融合してるなんてぞっとしないからな。いやぁ、良かった良かった」

 

 周囲に聞こえない程度の小声で体内の臓硯に憎まれ口を叩く雁夜は、ここ最近の度重なる臨死体験のせいで尋常ならざる肝の太さを獲得していた。臓硯としては大きな誤算である。よもや拷問されても平然としている程に痛みにたいして強靭になるとは、予想外としか言いようがないだろう。

 

 そして、その『予想外』の元凶は、普段着にしている黒のドレス姿で蟲ピラフを食べながら、雁夜と臓硯に告げた。

 

「臓硯、雁夜。今日あたり、死のうと思うのだがどうだ?」

「ん? ……そうか。まぁ、計画の内だし、止めはしない。しかし、死ぬって言ったって手段はどうする?」

「昨晩、散々喧嘩を売っておいたので問題ない。あわよくば道連れに出来るかもしれんぞ?」

『ふむ。のぅ、雁夜。令呪を一画使え。儂が思うに、此処はバーサーカーを強化しておいた方が良いやもしれん』

「まぁ、道連れに出来そうならその方が良いか。『令呪を以て、間桐雁夜が命じる――――』」

 

 子供たちが迸る令呪の魔力に眼を丸くし、鶴野が頬を引きつらせる中、雁夜は令呪の上から更に渾身の魔力を込めて命令した。

 

――――我が騎士バーサーカーよ、今宵、死力を尽くして戦え。

 

 今日の夜限定の強化。短時間という制限をかけた事で令呪はその効力を上げ、バーサーカーのステータスをこの夜に限り激増させる。朝の食卓で行われたその命令に、バーサーカーは不敵に微笑んだ。

 

 

* * * * * *

 

 

 さて。時刻は夕刻。先に散策しまくっていたギルガメッシュを追いかけたウェイバーが漸く本屋に辿り着き、目的の本を手早く購入する事が出来た頃には既にこんな時間になっていた。如何にギルガメッシュが自由かが良く分かるというものだろう。ギルガメッシュが詠鳥庵という骨董品屋で「ほう、これは良いものだ」と壺を購入したり、公園にてその金ピカっぷりから子供たちのヒーローと化していたりした結果がこれである。

 

「……お前、子供には甘いんだな。さっき滅茶苦茶よじ登られてたじゃないか」

「当り前であろう。幼児というのは存外世界の真理が見えておるものだ。故に、我の王気を目ざとく見つける。それが我が財に集る塵芥であれば消し去るのが道理だが、我の王気に憧憬する幼子であれば我とて甘くもなろうよ」

「相変わらず良く分からんが、子供好きって事で良いのか?」

「一概には言えんが誤りではないな。……ところで鼠? 貴様、何を買った。見せるがよい」

「あ、ちょっ!? 人のモンを勝手に取るなよ!?」

「ほう? ギルガメッシュ叙事詩…………。貴様、これは我の本ではないか? こんな物に頼らずとも、我に訊けばよかろう。よいぞ、質問を許す」

「質問しようにも事前に知識がないから買ったんだよ……」

「む。貴様我の伝説も知らず我を呼び出したのか?」

「仕方ないだろ、偶々手に入れた触媒がお前のだったんだから」

 

 最近癖になってきた溜息とともに、ウェイバーはギルの手から本を奪い返して自身の鞄に仕舞い込む。そのままギルガメッシュと共に新都にある拠点に帰ろうとして――――――――その直後、ウェイバーは魔術回路がのたうつ苦しみに身を悶えさせた。

 

 大気中の魔力の急激な変動。魔術師にしか分からないだろうその変異を文字通り体感したウェイバーの隣で、英雄王は愉快げにほくそ笑んだ。

 

「河か。――――奴め、何か企んでおるとは思ったが、随分と気が早いではないか?」

 

 

* * * * * *

 

 

 異常な魔力の乱れを感知したのは、ウェイバーに限った事ではない。今夜にも遠坂邸を吹き飛ばそうとタンクローリーを整備していたセイバー陣営の面々も、河から迸る異常な魔力を察知し、作業を一時中断して行動を開始していた。河を観察するにはちょうどいい、建設途中のセンタービル。其処に陣取った切嗣とセイバーは、異常な程に生温かい霧が立ち込める未遠川をそれぞれの手段で観察する。

 

「クソっ、川の中央の熱源が邪魔でスコープが役に立たない。……セイバー、そっちは何か見えるかい?」

「ええ、どうやらバーサーカーの様です。川面に立っているようですが……すみません、詳しい事は判り兼ねます。あの蜃気楼の様な歪み、恐らく風の魔術の類かと」

「そうか。……セイバーはアイリを護衛しつつ、川に向かってくれ。僕は舞弥と合流して『船』を回収してくる」

 

 そう言ってビルから駆け下りていく切嗣。セイバーもまた、主からの命を完遂するべくその身を霊体化させ、アイリスフィールの元に馳せ参じる。

 

 

――――冬木市民の心が休まる暇もなく、再び竜の脅威が街を脅かそうとしていた。



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024:See you later.

 生暖かい霧は河に近付くにつれて湯気と言える熱さに変じ、セイバーとアイリスフィールが川沿いの遊歩道に差し掛かった頃にはもはや蒸気と呼べる高熱に達していた。その中心に立ち、漆黒の剣を川面に突き立てるのはバーサーカー。彼女が発生させた霧を通して間桐臓硯が行使した暗示の魔術により、市民達はすでに皆『真っ直ぐ家に帰って眠る』という強迫観念に駆られてそれぞれの自宅に引き篭もっている。

 

 魔術による深い眠りに落ちた冬木市の中で動くのは、臓硯の術をレジストしたマスターとサーヴァント達のみ。その中で最も早くその場に到達したセイバーとアイリスフィールは、バーサーカーの動向を探るべく遊歩道から川面に立つバーサーカーを観察する。河口にほど近いこの場所にあっては、さしものセイバーも無策で川に飛び込む勇気は無かった。水に足を取られたままで騎士王に挑むのは分が悪いにもほどがある。

 

 なんとも歯痒い現状に歯噛みする彼ら。其処に、空間を切り裂いて現れたのはランサー陣営だった。杖を片手に持ち、足を引きずりながらも現れたケイネス・エルメロイ・アーチボルトと、ランサーこと征服王イスカンダル。因縁の相手であるはずのセイバー陣営を前にしているにも関わらず、彼らの表情に険はない。

 

「――――よォ、セイバー。貴様は流石に足が速いな!」

「……ランサーか。先日の意趣返しに来たわけでは無さそうだが」

「ふん、当然だ。――――時計塔のロードを舐めるな。このような事態を前に私情で動く事など有り得ん。アインツベルンのホムンクルス、『セイバーのマスター』に策はあるのか?」

「……相手の動きが分からない事には立てようもないわね。ロード・エルメロイ、貴方はどう?」

「策がない事もないが……正直に言えばランサーとあの騎士王の実力は拮抗、いや、おそらく令呪によるブーストを受けているだろう現状では彼方に分がある。単騎で打ち取ることはできんだろうな」

「ええい、魔術師ってのは面倒だな。――――おいセイバー。今宵に限り、奴を倒すには手を組むべきではないか?」

「甚だ気に食わんが確かにアレは難敵だ。――――だが俺の独断では決めかねる。少し待て征服王」

 

 そう告げたセイバーは瞑目し、パスを通じて切嗣に念話を送る。仮にも妖精を義父とする彼は、その程度の魔術であれば行使できた。彼が瞑目したのはほんの数秒だが、それで話は纏まったらしい。

 

「マスターより許可が下りた。一夜の盟だが、宜しく頼む」

「そう来なくてはな! となると早速…………って何だ、彼奴も来たのか」

 

 そう言って上を見上げる征服王。その視線の先にあるのは、黄金の船。ライダーが現れたのだ。それを確認したのはバーサーカーも同じらしく、今まで黙していた彼女は漸くその柔らかな唇を開いた。

 

 しかし、その桜色の舌が紡ぐのは、最早人語に非ず。

 

「――――――――GRRRRRAAHH!!!!」

 

 物理破壊力すら帯びた風属性ブレス。一動作(シングルアクション)の魔術行使にも関わらず、竜の息吹は冬木市全土を震撼させた。バーサーカーを中心として、上流側では海嘯が発生し水が河を駆け上がり、逆に下流側では思わぬ加速を得た河水が土砂を巻き込みながら一息に海に流れ込んだ。暴風は冬木大橋をブランコのように揺さぶり、河原にいたセイバー陣営とランサー陣営、そして空中のライダー陣営を吹き飛ばさんとする。

 

 だが、それだけの破壊を伴う竜の息吹も竜の身からすれば一声咆哮したのみに過ぎない。咆哮の直後露呈した川底を踏み締めたバーサーカーはその身に暴風を纏い、荒れる冬木の空へと飛び上がる。魔力放出によって飛行するなどという燃費の悪い手段を用いているにも関わらず、その圧倒的魔力精製量によってその速度は速やかに音速を突破。人間砲弾と化してライダーを強襲する。

 

 流石に音速を超えた攻撃とはいえ騎乗した状態の騎兵のサーヴァント(ギルガメッシュ)がそのようなモノを受けるはずもなく、その黄金の船は変態じみた機動でバーサーカーの突進を回避した。

 

 狙いを外したバーサーカーは、上空で暴風を撒き散らしながら姿勢を変更すると、その手に持った漆黒の聖剣を振りかざしながら再度ライダーに特攻せんとする。――――しかし、その脇腹に一発の砲弾が叩き込まれ、騎士王は姿勢を崩して地上に落下する。

 

 メッサーシュミット。赤地に白丸、鉤十字というナチス党のシンボルを機体に刻んだ改造機体は、紺色の魔力をその身に帯びながら満載された弾薬を容赦なく騎士王に叩き込む。遠坂陣営が呼び出したアーチャー、名も知れぬナチスSS将校がそのコックピットに座しているのはいうまでもない。

 

 だが、地上に落ちたとは言え、竜の脅威は衰えない。迫る弾丸をその聖剣で打ち払ったバーサーカーは、苛立たしげに吼えた。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)! 約束された勝利の剣(エクスカリバー)! 約束された(エクス)ッッ――――勝利の剣(カリバー)ッッッ!!!!」

 

 間隙を挟まぬ三連発。ほぼ同時に放たれた斬撃は互いに増幅し、連発による劣化を補ってなお余りある驚異の破壊力を発揮する。黒い極光は空を灼き、雲を貫き、幾つかのスペースデブリと人工衛星を消滅させた後、地球の重力すら振り切って、星々の彼方へ消えた。辛うじて回避したものの乗機の片翼をもがれたアーチャーは、生き残ったガンポッドをもぎ取ると乗機を騎士王に突っ込ませながら緊急脱出する。

 

 その神風特攻すらもバーサーカーの前には無力。爆炎の中を突破してきた彼女は、アーチャーを捨て置き手近に居たイスカンダルに切りかかる。一合一合が必殺の威力を持っているその斬撃をどうにか槍で捌いたイスカンダル。其処に助太刀に入ったセイバーがバーサーカーを蹴り飛ばした隙に、イスカンダルは雷轟の様な胴間声で大きく叫んだ。

 

「彼奴を余の宝具で引き摺り込むッ! セイバー、ライダー、アーチャー!  余に合わせろよ! 騎士王を倒さねば明日は無いぞ!」

「了解した! アイリ様、俺に捕まって下さい!」

「ふん、この我に命令するな! だが、貴様の案に乗ってやるぞランサー!」

「是非もありません」

 

「征服王、私を殺すと言うならば、その宝具を見せてみるがいい!」

 

 口々に応えるサーヴァント達と、愉快気に吼えるバーサーカー。それを聞くと同時に、征服王は手にした槍を掲げて彼の宝具を展開した。

 

 吹き荒れる砂塵と乾燥した空気。それらがその場にいたサーヴァントとマスターを残さず飲み込んでいく。――――彼の持つ唯一にして最強の宝具、『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』。それが発動した結果こそがこの光景。無限に続く熱砂の砂漠。太陽は焔と化して地を焦がし、額から流れる汗は滴った直後に砂に吸われて消えていく。

 

 万軍、否、億軍の総力に依って維持される、超ド級の固有結界。――――だがそれはこの宝具の付属効果にすぎない。この宝具の真価は、もっと凄まじいモノ。地の果てまでを埋め尽くす無数の軍勢。かつてイスカンダルが率いた英雄豪傑をサーヴァントとして結界内に招集するという規格外さこそが、この宝具の真髄なのだ。

 

 その上、今宵の『王の軍勢』は一味違う。ケイネスが令呪を一画使用してイスカンダルに命じたのは『宝具を用い、固有結界内に全盛期、最強最大のマケドニア軍を召集せよ』。その命によって強化増幅されたこの宝具は、その異常さを一段階引き上げていた。

 

「嘘、だろ? 化物にも程があるぞ!?」

「騒ぐでないわ、見っとも無い。――――しかし、ランサーめ、中々愉快な奴ではないか。見るがいい、鼠よ。あの軍勢、『一分野に限ればイスカンダルを凌駕する』雑種どもが何匹かいるようだぞ?」

「それが分かってるから騒いでるんだよッッ!!!!」

 

「ガッハッハッハッハ! 余のマスターは流石大魔術師だけはある! 真に全盛期の余の軍勢を呼び出すとは!」

「当たり前だ。令呪は『サーヴァントとマスターと令呪の魔力を使って可能な命令』なら奇跡を起こしうる。しかも今回は命令をこの宝具の発動に限定した極めて一点集中な効果にしたからな。失敗されては困る」

「言うようになったではないかマスター。――――さて、では騎士王よ! 余の総軍と、ライダーにセイバー、ついでにアーチャー。数で勝るこちらに分はあるが、どうするね?」

「ふふふ、相変わらず面白いな征服王。――――竜を殺すならば、万軍を引き連れた英雄が必要なのは幼児でも分かる事だろう? つまり今ようやく、貴様は私を殺すスタート地点についたのだ。だがまぁ、流石に英雄王まで敵に回すとなると私の分が悪いか? それに……いや、言うまい」

 

 そう言ってバーサーカーはチラリとアーチャーに流し目を送ってから、その漆黒の剣を構え直す。その可憐な顔に浮かぶ表情は、笑顔か、それとも牙を剥いた竜の顔か。どちらにせよ、場を仕切り直してもなお、彼女はあくまで余裕の表情で闘いに挑む。槍を掲げて突撃する軍勢と、それらを巻き込みかねない勢いで飛来する宝具の雨。アーチャーの魔力を迸らせた機関砲と、セイバーの大いなる激情。その全てを前にしても、彼女の戦法は変わらない。

 

――――砂丘を幾つも吹き飛ばして直進する黒い極光が、彼女の敵に襲いかかった。

 

 

* * * * * *

 

 

 バーサーカー諸共サーヴァント達が姿を消してから、約一時間。舞弥と共に氾濫する川を突っ切って大型船舶を川に運び込んだ切嗣は、予め見繕っておいたポイントに船を座礁させ、既に舞弥と共にどうにかこうにか陸に引き返している。パスから感じる魔力の繋がりがある以上、セイバーはいまだ健在。『可能な限り周りを戦わせてうまく立ち回れ』と命じたのが功を奏しているらしい。

 

 切嗣は荒れる川を眺めながら、彼が装備し得る限りの武装を装備してその時を待っていた。

 

 その直後、魔力が火花を散らせ、世界から隔離されていた面々が現世に帰還する。ランサーはそのマントを焦げ付かせ、ライダーは黄金の船を失ったのか仕舞い込んだのかは不明だが地上に降り立ち、セイバーはアイリスフィールを庇いながら肩で息をし、アーチャーは武器ごと持って行かれでもしたのか片腕が無い。

 

 そして彼らの中心で、無数の槍にその身を串刺しにされ、英雄王の宝具で以て雁字搦めに縛りつけられ、セイバーの宝具で片足を斬り飛ばされ、アーチャーの砲火に両腕を吹き飛ばされて尚、口で聖剣を咥えているのはバーサーカー。

 

 彼女は、この状態でもなおギラギラとした殺気をその身にまとい、周囲を睨みつけていた。

 

 結界内部で何があったのかを切嗣が知る由は無い。――――ましてや、そこでハリネズミになっている騎士王がイスカンダルの軍勢の半数、ライダーのヴィマーナ、アーチャーの片腕、そして今はアイリスフィールの治癒で再生しているとはいえセイバーの四肢を数回破壊しているとは想像もつかないだろう。後わずかに天秤が彼女に傾いていれば、正しくこの戦いの勝者はバーサーカーだった。

 

 そして。

 

 それでもなお、この場で勝ったのは同盟側だった。――――疲弊し、実体化するのが精いっぱいといった表情のアーチャー、自身はともかくアイリスフィールの損耗が激しい為動けないセイバー、同じくケイネスの消耗が凄まじいため動くに動けぬランサー。だが、その中でただ一人、英雄王のみは悠然と変わらぬ姿を見せつけている。地獄の様な闘いの中で尚その慢心を崩さなかった最古の王は、悠然とほほ笑むと、騎士王の善戦を称賛した。その手に握るのは、紅く螺旋を抉るドリルの様な剣らしき武器。

 

「よくぞ、我に乖離剣(エア)を抜かせた騎士王。否、アルトリア・ペンドラゴンよ。貴様との戦いは中々に愉しめた。――――我の寵姫になる気はないか?」

「ふ……ふふ。貴様も、愉快な……男、だ。今、殺そうと、している、女に……求愛する、とはな。――――だが、まぁ。来世で……会う、機会があれば……王でなく、姫に……なってみるのも良いのかも、なぁ」

「そうか。――――では疾く死ぬが良い、騎士王。そして来世にて我に会いに来い(・・・・・・・)

 

 そう言って、騎士王に歩み寄ったギルガメッシュは手ずからその細頸を締め上げる。唇を血で濡らした少女の首を絞めるその姿は何処か艶かしい美しさを帯びながら、数瞬で終わりを告げた。

 

――――――――光と化した騎士王は、消滅するその瞬間も、その顔に勝ち誇ったような笑みを浮かべながら消えていく。

 

 

 この戦争における最初の脱落者となったバーサーカー。彼女の笑顔の意味を他の陣営が知るのは、もっと先の事である。

 

 

【024:See you later.】

 

 

 そして同時刻。間桐邸の蟲蔵で、雁夜はその手に焼きついたままの二画の令呪を眺めつつ、彼のサーヴァントと同じ笑みを浮かべていた。――――大凡彼の思い描いた中で完璧に近い状況で、事態は進行しつつある。

 

『ふむ。随分と良い顔をしておるのぅ、雁夜よ』

「仕方ないだろ? 何しろ、俺のサーヴァントは最強なんだからな」

『その意気や結構。……しかし慢心するでないぞ雁夜よ』

 

 

「————わかってる。俺たちにとってはこれからが、重要なんだから」



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025:A Moment's Rest.

 昨夜の死闘は教会によって『超強力なダウンバーストの発生』という報道が行われ、神秘の漏洩は起こらなかった。新都は立て続けに発生した災害の影響か人通りが少なくなり、市民の中には疎開する者もちらほらと出始めている。

 

 そんな中、ハイアットホテル最上階に位置するケイネスの工房ではソラウが何をするでもなくソファに腰かけていた。昨晩の戦闘で疲労したケイネスは未だ就寝中、ランサーは食料の調達に出かけており不在。そんな訳で、彼女は朝からワインを飲むという享楽的な行動に出ていた。ソラウは酒に強い性質らしく、酔いは一向に来ないのだが。

 

 ソラウは、酒の味は嫌いではない。名家の令嬢として培った味覚は、酒の美味さを十二分に理解させてくれる。だが、彼女は『酔えない』という一点において、酒を本当の意味で楽しめていない。無論、幾ら強いとはいえアルコールを摂取して酩酊するという意味での酔いは経験した事がある。だが、普通ならば感じる筈の感情の昂りとしての『酔い』が、彼女には全くなかったのだ。

 

 彼女の心は、空っぽだと言っても良い。ゼロを幾ら倍加させようと思ってもゼロのまま。昂るべき情緒が無いソラウにとって、酔いとはひたすらに眠くなる事を指していた。

 

――――その筈だったのだが。

 

 ワインセラーの片隅に何気なく置いてあった琥珀色の酒が入った酒瓶。ラベルも何もないその酒がふと目にとまったソラウは、中身をグラスに少しだけ注ぎ、匂いを嗅ぐ。独特の芳香は、これが酒である事を示している。鑑定の魔術を掛けてみるが、毒の類でも無い。――――毒でないならば、飲んでみても問題ないだろう。そう判断したソラウは、舐める程度の量が入ったグラスに、口を付けた。

 

 その直後。ソラウは、脳が爆発したのではないかと錯覚した。自我が膨張し、全能感と幸福感が脳の中で火花のように駆け巡る。その体験は僅か一瞬の事ながら、ソラウはソファに崩れ落ち、心地よい脱力感に全身を弛緩させる。自身の鼓動が鼓膜を擽る感覚がどうにも面白く、ソラウは思わずクスクスと笑い始めた。その状況に陥った自分自身が面白くて更に笑ってしまうのだから、もう止めようがない。

 

 そうして一頻り笑った頃、いつものように食事を包んだ紙袋を持ったランサーが帰って来た。ケイネスの枕元にあるテーブルに一人前の『絶品カツとじ丼』を置いた彼は自身とソラウの分を持って彼女に近づき、ソラウが飲んでいる酒と何やら様子がおかしい彼女に気付いて、さも面白そうに笑った。

 

「ぬぅぅ、酒瓶の中に隠しておったのだが、よもやケイネスの奴じゃなくソラウ嬢に見つけられるとは。――――この征服王から簒奪して見せるとは、ソラウ嬢も中々やるな!」

「あら、このお酒は貴方のだったのね、ランサー。ごめんなさい、つい飲んでしまったわ。……ふふ、変ね、私。なんだかすごく面白いのよ」

「ほう、ソラウ嬢は笑い上戸か。――――いや、この美酒はあの金ぴかから簒奪した物故、その効果か?」

「魔術の類は掛かっていないから、純粋に凄く美味しいだけかもしれないわよ」

「まぁ、神代の酒だしなぁ。……ところで、ソラウ嬢は『とろーり中華餡かけ丼』と『がっつりステーキ丼』のどちらが――――」

「中華餡かけでお願いするわ。朝からステーキは流石に重いもの。……いや、そもそも丼自体重い気はするのだけれど」

「朝と昼をたっぷりと摂るのが健康的な食生活なんだぞ? 逆に夜は喰わんでも構わん。――――いつの間にやら夕餉を大量に食う文化が世界に広まっとる様だがな」

 

 そういいながら、ライダーはソラウに中華丼を渡して自身はステーキ丼を食べ始める。今回は新都の丼専門店で買ってきたらしい。ここ数日のうちに、ソラウは順調に庶民的な食べ物に順応しつつあった。最低限のマナーさえ守っていればいい食べ物というのは思いのほか気分を軽くしてくれる。毎日毎日コース料理三昧でテーブルマナーにひどく気を使う食事をしてきたソラウにとって、それはひどく新鮮な事だった。

 

――――――この街に来てからというもの、毎日が新しい事ばかりだ。

 

 そんな事を思いながら、ソラウはプラスチックスプーンで中華丼を上品に食べるのだった。

 

 

【025:A Moment's Rest.】

 

 

 家政婦も、凛も、葵もいない遠坂邸。自身の他にはサーヴァントだけしかいないというその館で、時臣は額の汗を拭う。

 

 バーサーカーの脱落で事態は大きく動いた。アサシンと感覚共有をしていた綺礼の口から明らかになった他のサーヴァントの情報は、どれもこれも規格外のものである。英雄王ギルガメッシュの『乖離剣』。征服王イスカンダルの『王の軍勢』。そのどちらもが、通常の英霊の枠には収まらぬ究極宝具だった。此方には二騎のサーヴァントを所有するという優位はあるものの、依然として分が悪い事に変わりはない。

 

 そして、セイバーはセイバーで、宝具と戦術がこの上なく時臣と相性が悪かった。隙あらば背後を狙い、砂で眼潰しを仕掛ける。絶対切断、魔術無効、治療不可の嫌がらせ宝具を容赦なく使う。そんな英霊に加えて、マスターはあの『魔術師殺しの衛宮』である。正直に言えば、反吐が出るほど不快な陣営だ。――――恐らく彼らが次に狙うのは遠坂である。アインツベルンに雇われた魔術師殺しはこの戦争中にライダー陣営の拠点を爆破し、ランサー陣営のマスターには痛手を負わせている。間桐がいち早く敗退した今、次に狙われるのは自分たちだと容易に想像できた。

 

 それに加えて、行方が杳として知れないキャスター陣営の事も気にかかる。冬木市の近隣で行方不明者がちらほらと発生している辺り、どう考えてもキャスターが暗躍しているに違いないのだ。しかし、入念に神秘の秘匿が行われ、偽装工作もされている以上、時臣にはキャスターの行方を追いようがない。

 

 単純に力が強過ぎるランサーとライダー、裏でこそこそとしていて厭らしいセイバーとキャスター。対象的なグループに分けられる今回の参加陣営に対し、講じるべき対策は山ほどあった。

 

 アサシンの腕を治療して戦力を復旧し、ジルの宝具を生かすべく資金繰りをする。といった基本的な事から、キャスター対策の魔力感知結界の増設、ライダー対策として空への監視強化、ランサーの固有結界対策として敷地内をごく僅かに異界化させる――――などなど、逐一対策を講じていく。後手後手に回っているような気もするが、今は伏して機を窺うべきだというのが、遠坂陣営の総意であった。

 

 そしてその意見の通りに準備を急ピッチで行った結果、どうにか昼過ぎに急場しのぎの対抗策が完成し、ようやく一息つけるようになったのだが。

 

 ドン、という振動が時臣の耳に響く。教会からの呼び出しは、昨晩の戦闘に参加した全マスターに向けてのものだった。

 

 

* * * * * *

 

 

 言峰璃正神父にとって、今回の聖杯戦争は実に骨が折れるものになっている。

 

 昨晩の騒動を隠ぺいするために教会と協会が手を取り合って証拠隠滅に励んだと言えば、その苦労がどれだけのものかはよくわかるだろう。昨晩から作業を始めたのにもかかわらず、つい今しがた漸く証拠を完全に消滅できたのである。

 

 そして現在。昼下がりの冬木教会で、神父は最も面倒な事態に対面していた。――――昨晩の戦いにより令呪の獲得権を得たマスターは四人。遠坂時臣に一人勝ちをさせたい璃正にとって、これは歓迎できる事態ではない。だが、監督役が前言を撤回する訳にも行かず、璃正は各マスターを協会に呼び出した。

 

 当然ながら、マスター本人が来ている陣営は半数だ。令呪は譲渡可能なモノであるため、代理人による出席でも問題はないのである。だが、璃正は不正を防止するため、最低でもサーヴァントを同伴させるように要求を出した。その結果、璃正の前には現在セイバーを連れたアインツベルンのホムンクルス、ライダーとそのマスターの少年、ランサーとケイネス、そして、アーチャーに扮するアサシンが訪れている。アサシンは個人での参加だが、その手には時臣の持たせた瑪瑙の板がある。魔力が込められたその板に、令呪を刻みつけて持って帰る算段らしい。

 

「監視係からの報告によれば、貴方方が今回の功労者であるという事ですな。霊器盤でもサーヴァントの脱落が確認されております。バーサーカーの討伐により、令呪一画を進呈いたしましょう……それでは皆様、お手を」

 

 そう言って、璃正はそれぞれのマスターや代理人の手を順に取り、令呪一画を譲渡する。ライダーのマスターは使い果たしていた令呪を一画取り戻し、ケイネスは今回の戦闘で使用した分がチャラに。時臣とセイバー陣営は追加の令呪を得た形になる。一応令呪の数だけ見れば時臣が優勢だが、やはりネックとなるのはライダーとランサー。この二陣営に令呪が渡ったのは、実に痛い。

 

 璃正は、内心で苦虫を噛みつぶしながら、教会を去っていく各陣営たちを見送るのだった。

 

 

* * * * * *

 

 

 ウェイバーにとって、今回のバーサーカー討伐戦は非常に意味のある闘いだった。眠気に襲われ、眼の下にクマを作り、カフェインの副作用による片頭痛に苛まれながらも、その顔は晴れやかである。

 

「鼠よ。令呪一画を手に入れた程度で大層な喜びようだが……よもやその様なもので我を縛る事が叶うとは思っておるまいな?」

 

 そう言って凄んでくるギルガメッシュにも、ウェイバーはそれほど恐れずに答える。この聖杯戦争を通じて、彼の心臓は毛が生えるどころかそろそろ鱗まで生えてきそうなほどに強くなっていた。

 

「思ってる訳無いだろ。三画使っても平然としてるような奴に一画でどう命令しろって言うんだ?」

「ほう? 分かって居るではないか。――――だが、解せんな。それならば何故、貴様は其れほどまでに嬉しそうにしている?」

「いや、確かに一画で新たに命令は出来ないけどさ。――――重ね掛けならできるだろ?」

「む!?」

 

 恐らく、ウェイバーがギルガメッシュを不意打ちするなど、後にも先にもこれっきりだろう。そんな思いを抱きながらも、ウェイバーは彼のサーヴァントに命令できる唯一の命令を、叩き込む。

 

「ウェイバー・ベルベットが令呪を以て英雄王に願う! ――――――僕の命を助けてくれ!」

 

 その命令は速やかに遂行され、ウェイバーの手から令呪が消えうせる。

 

「鼠、貴様何を考えている? 確かに流石の我も令呪四画で以て助命嘆願されたとなれば保護してやらざるをえんが……」

「一応言っとくが、考えなしにした訳じゃないからな?」

「では、説明してみよ。言い分次第では、聞いてやらんでもない」

「…………僕はこの戦争で最も弱いマスターだ。まず間違いない。その上寝不足で、かれこれ一週間は寝てないんだ。いつでも誰でも殺せるだろ?」

「道理だな」

「――――だからこそ、『僕の命を守る』令呪が生きてくる。多分お前は僕が危険に陥るたびに令呪のサポートを受ける。一画分なら大したことはないけど、四画分だったらかなりのもんだろ?」

「確かにそうだが。――――仮に貴様が死にかけていた場合、今の我は令呪の効果によりステータスが軒並み上昇するだろうな」

「それを利用する。僕がお前と一緒に戦場に出続ける事で、お前のステータスは今まで以上に跳ね上がる。戦闘時の強化ブーストってのは便利じゃないか?」

「……限定的な命令であるがゆえに令呪のバックアップは強力になり、その限定的状況を敢えて発生させることでバックアップを常時発動する、か。鼠にしてはなかなか考えられた策ではないか。――――だが、鼠。貴様、自分が死ぬとは考えんのか? この策は貴様が死地に赴かねば完成しないのだが」

 

 眉間に皺をよせてそう問いかける英雄王に対し、ウェイバーは溜息を吐いてから、啖呵を切る。

 

「あのなぁ…………。お前は確かにマスターをネズミ呼ばわりするわ、遊び呆けるわ、慢心するわ、調子に乗って宝具失うわと、中々最悪なサーヴァントだけどさ。――――それでも間違いなく、お前は最強のサーヴァントだ。そんなお前が僕程度を守れない訳がない。世界最強の味方がいるのにビビる奴なんている訳無いだろ! ……只でさえ最強のお前をより最強にする為なら、ちょっとぐらい僕が怖い位、どうってことないさ」

「――――――――ふ。ふははははははははははははははッッッ!!!!!! よくぞ言った鼠! いや、ウェイバー・ベルベット! お前は俺が嗤うに値する道化(ピエロ)だ! ふはははははッッ!!!!」

「誰がピエロだ!」

「そう怒るな道化よ。我はな――――貴様が我に対し不敬を働いても全て赦すと言っているのだ。道化を飼うのは王の嗜み。そして道化の狼藉は笑って流すのもまた王の嗜み故な?」

 

 そう言ってギルガメッシュは、ウェイバーの背をバンバンと叩きながら爆笑する。

 

 叩かれたウェイバーの目に浮かぶ涙は、叩かれた痛みによるものか、多少なりとも自身が英雄王に認められた喜びによるものか。――――それを知るのは、本人のみである。



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026:SHE COMES BACK.

 煮え滾るコールタールの様な闇の中で、ソレ(・・)は蠢いていた。バーサーカーのサーヴァントが脱落した事で新たに流入して来た魔力は、おおよそ並みのサーヴァント二騎分。召喚時にマスターからの魔力供給が充分だった事と、竜種である事が幸いしたらしい。思わぬお得感を感じながらも、それは莫大な魔力の塊として、誕生の時を待っている。

 

 そんな折に、ソレは聞くはずのない言葉を聞いて、首を傾げた。一体全体どういう訳で、今更あの呪詛が届くのか?

 

『――――素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ』

 

 サーヴァントの召喚。だがその召喚には意味がないはずだ。脱落したバーサーカーは、少々特殊な来歴の関係で英霊の座ではなくカムランの丘へと舞い戻っている。だが、未だバーサーカーを構成していた魔力は『匣』の中に収まっているのだ。大聖杯の中にある七つの匣がどれも塞がっている以上、もはやサーヴァントは召喚されるはずもない。――――だが、そこまで考えたソレ(・・)は、声の聞こえる方向に、もう一つやたらと禍々しい魔力に満たされた匣があるのに気が付いた。

 

――――おいおい、驚いたな。まさか匣を自前で用意するとは!

 

 だが、サーヴァントを召喚しても、大聖杯の外部にある匣では聖杯戦争に参加することはできないはずだ。令呪の付与は当然ながら行われない。術式の関係上サーヴァントは大聖杯を通じて召喚される。その際に『令呪への服従』を刻まれてはいるが、これはそもそも令呪がなくては意味がない制約だ。それに、サーヴァントは本当に大聖杯を素通りするだけ。匣が大聖杯から独立している為、マスターは大聖杯のバックアップ無しでサーヴァントを現界させる事になる。当然、マスターには重大な負担がかかるだろう。――――ソレが今パッと計算してみた所、大体当社比で十倍の超負担である。並みの魔術師ならせいぜい一日現界させるのが良いところといえる。

 

 そう考えていたソレ(・・)は、詠唱の中に織り込まれていた一節を聞き、より一層混乱の極みに叩き込まれた。

 

『――――されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者』

 

――――正気か? よりにもよってバーサーカーだと?

 

 どう考えても自殺行為。召喚した瞬間に哀れなマスターは死んでしまうだろう。そう考えながら、大聖杯の中のソレ(・・)は召喚されて行くバーサーカーを観察する。

 

 そのサーヴァントを確認した直後、ソレ(・・)はもはや呆れを通り越して爆笑した。――――彼女は過去から現在へと舞い戻り、再びその身を狂気に染めて、現世に降臨しようとしている。

 

 この段になってソレ(・・)はようやく理解した。どうやら今サーヴァントを召喚しようとしている何者かは、荒唐無稽な策に出たらしい。聖杯戦争とは完全に無関係なあのサーヴァントこそが彼らの目的。彼らは初めから、あのサーヴァントを『聖杯戦争から独立させた状態で運用する』のが目的だったのだ。

 

――――なかなか面白くなってきた。

 

 そう思いながら、ソレ(・・)は再び闇の中で微睡んでいく。――――彼が聖杯として完成するには最低でもあと二騎のサーヴァントが必要だった。

 

 

【026:SHE COMES BACK.】

 

 

 ザイードは部下からの定時報告を聞き、満足げに頷いた。――――アインツベルン陣営が擁する小聖杯は、現在体調を崩している。その原因は間違いなくバーサーカーの脱落だろう。アレほどの英霊ともなればその魂の格も凡百のそれとは異なるものである事は、想像に難くない。そんなモノを一時的にとはいえ体内に留めるのだから、幾らホムンクルスといえども正常ではいられないだろう。

 

 サーヴァントの魂の大本は大聖杯にある匣に保管されており、現界しているのは其処にある魂の情報を元に魔力で編まれた肉体に、魂の一部を宿したモノだ。そして、脱落したサーヴァントの魂は大聖杯にある大本と合流して英霊の座に帰還しようとする。小聖杯の役割はその魂の欠片を一旦内部に貯めておく事、そして優勝者が『望み』を願った瞬間にそれらを一気に開放し、空間を跳躍して大聖杯に至る孔を構築する事だ。その孔によって現世と接続された大聖杯が、英霊の魂が座に帰還する際に生じる莫大な魔力を使って『願いを叶える』という寸法である。

 

――――いわば、小聖杯とは蛇口である。水道管の水圧が上がれば上がるほど蛇口に負荷がかかるのは当然のことといえよう。

 

 そして、ザイードにとって、小聖杯が弱っているのは間違いなく好機だった。セイバー陣営は恐らく、ザイードの配下を察知できていない。彼らは宝具で洗脳・強化されてはいるが、所詮は一般人だ。まさかバーコード禿げの中年サラリーマンや、道端のホームレス、ランドセルを背負った小学生という一般市民がキャスター陣営に所属しているとは、普通考えない。セイバー陣営の情報は、郵便配達員や放送協会の集金係として働く部下たちによって筒抜けになっていた。

 

「……セイバーとそのマスターが外出した際の隙を狙って、小聖杯を奪取する」

「畏まりました、ザイード様。――――時に、作戦は我々のみで実行するのですか?」

「いや、私と精鋭数人の部隊で担当する。私は他のステータスを下げて敏捷に回しているからな。仮にセイバーが来ても足止めを上手く行えば逃げ切る事も出来るだろう」

「……セイバーとは、それ程に速いので? 自分は屋敷の監視係だった為いまいちよく判らないのですが」

「現代の知識で分かりやすく言えばコンコルドより速い。音の二倍から三倍程度といったところか」

「化物ですね。――――しかし、古代人ってのは、そんなに化物まみれなんですか、ザイード様?」

「昔は大気に馬鹿げた量の魔力が充満していたし、神も実在していたらしいからな。古い人間が強力なのは仕方のないことかもしれん。と言っても、あくまでらしい、という話だが。私は精々十四世紀ごろ、この国で言えば兼好法師と同年代の人間だ。七百年前でも今よりは魔力も神秘も濃かったが、アーサー王やらイスカンダルやらの時代となると分からないな。仮に実在するとしてアーサー王が私から見て九百年前の人間だ。確実に実在するイスカンダルが千七百年。セイバーのディルムッドに至っては神話に登場する架空の人間だから、詳細不明だな。説によっては半神という説もあるが、取り敢えず今回のセイバーは人間らしい」

「……随分とお詳しいのですね、ザイード様。————まぁ、取り敢えず、古代人には気をつけろ、ってことですね」

「間違ってはいないな」

 

 そんな会話を部下と交わしながら、ザイードは新たな拠点の中で小聖杯獲得の為の作戦を練り上げていく。――――冬木市に建造された出来たてホヤホヤの市民会館。そこのスタッフを全て『秘術夢幻香』で制圧したザイードは、その内部を着々と自身の『工房』へと加工していく。

 

 取り立てて長所の無いザイードだが、それはある意味で『器用貧乏』とも言える。一応の陣地を構成する程度ならば、陣地作成スキルの補助を受けて行う事が出来るのだった。

 

 

* * * * * *

 

 

 間桐邸、地下。元々は蟲蔵であったその場所は、今は脈動する肉壁に覆われた異空間と化している。その中で、間桐雁夜は一日ぶりの苦痛にのた打ち回っていた。死と再生を繰り返すその肉体は、かの英霊を現世に縛り付ける為の鎖。その負担は通常のサーヴァントの比ではなく、彼女を現界させるだけで雁夜は『バーサーカーを全力戦闘させられる』レベルの魔力を要求されていた。床でビクビクと痙攣する雁夜はその肉体を構成する蟲が崩壊しては再生し崩壊しては再生する事により辛うじて人の形を保っている。

 

 そんな彼に、近付く足音が一つ。ガシャリ、と具足を鳴らす彼女は、冥府より舞い戻った雁夜のサーヴァント、バーサーカーである。彼女は彼女自身が魔力を充填した『間桐の匣』と、雁夜の体内に埋め込まれた聖杯の鞘を媒体に、二度目の召喚を果たしたのだ。

 

 彼女はその足元で蠢いている雁夜の傍らに膝をつくと、その頭を掴んで持ち上げる。バーサーカーから直接魔力を注がれた事で拮抗していた再生と崩壊が再生寄りに傾いたのか、雁夜はどうにか人の姿に戻ってバーサーカーに肩を貸してもらう事が出来た。

 

「カハッ……すまない、バーサーカー」

「気にするな――――ところで雁夜、私が死んでから何日経った?」

「丸一日、だな」

「そうか。……ああ、そうだ。生き返った折には貴様に渡そうと思っていたものがあるのだ。受け取るが良い」

「ん? なにを――――――ゴッフォエッッ!?」

 

 雁夜が疑問を口にするより先に、バーサーカーは聖剣の刃で自分の親指に深く切り傷を付けると、雁夜の口内に捻じ込んだ。相当深く切ったらしく、それなりの勢いで流れ出る血は雁夜の喉を伝い、体内に流れ込む。その直後、雁夜は全身が焼ける様な錯覚にとらわれた。

 

 喉を押さえて悶える雁夜。それを満足げに眺めつつ、バーサーカーは雁夜から少々多めに魔力を吸い上げて指の傷を再生する。それと同時に雁夜の肉体はまたしても崩壊し始めるが、その進行は先程よりもはるかに遅い。

 

「――――貴様の功に報いる恩賞を考えていたのだがな。どうにも釣り合う物が見当たらなかった。そこで一先ず先日までの功労に対しての恩賞として私の血をくれてやる。仮にも竜種の血だ。ジークフリートの如くとはいかんが、貴様の身体も丈夫に成っただろう?」

「確かに、そうかもな……負担が増えたせいで、あんまり実感はないんだが」

「まだ意識があるという時点で、十分効果があるのはわかるだろう? 後は貴様がどれだけ魔術師として強くなれるかにかかっている」

「いや、回路数だけなら、俺も一応中堅なんだが……」

「質の問題だ。まだ改造が足りていないのではないか? そこの所はどうなのだ、臓硯」

『ふぅむ。単純に蟲を増やせば魔力は伸びるがのぅ』

「では増やしておくと良い。――――私の直感が確かなら、戦闘の機会がない訳ではないようだ」

『ほう? では素直に従っておくとしようかの。……雁夜、今から蟲の調製じゃ』

「…………わかった。バーサーカー、桜ちゃんと慎二くんに先に会いに行っといてくれ。心配してたからな」

「心得た。――――――では、気張れよ、雁夜」

 

 そう言って蟲蔵の階段を登っていくサーヴァントを見送る雁夜。――――その直後、雁夜の穴という穴に蟲が襲いかかった。

 

 背後から聞こえるくぐもった悲鳴に振りかえる事も無く、バーサーカーは地下から脱出して子供部屋に向かう。その性格からは考えられない事に、バーサーカーは間桐家の子供たちにそれなりに懐かれている。悲しい事にバーサーカーにとって子供達の優先度は雁夜の貞操の危機より高かった。

 

「慎二、桜、今戻った。大事ないか?」

「あ、バーサーカーだ! 兄さん、バーサーカーが帰って来た!」

「耳元で叫ばなくても聞こえてるよ、この馬鹿桜。……バーサーカー、お前一回死んだって聞いたけど大丈夫なのか?」

「生き返ったので問題ない」

 

 そんな会話を慎二と交わす傍らで、桜は嬉々としてタンスからバーサーカー用の服を引っ張り出してくる。バーサーカーのファッションが妙に乙女チックな原因が此処にいる幼女の着せ替え人形になっているからだとは、英雄王でも見抜けまい。そして、バーサーカーの着替えをうっかり見てしまった慎二が鼻血を吹いたのは、シンジ、桜、バーサーカー三人の秘密である。

 

 相変わらず素直でない慎二、若干天然気味の桜、何だかんだでよく働いている雁夜、元気なご隠居の臓硯、ついでに鶴野。そんな間桐家の面々と顔を合わせた事で漸く、バーサーカーは自身と間桐の計画がスタート地点に乗った事を実感する。

 

――――大目標は第二次ブリテン王国の建国。その目的を果たすべく、まずは慎二と桜を臣下として教育しよう。

 

 そんな気長な事を考えつつ、騎士王は子供部屋で二人と戯れる。気ままな竜の王様は、次は反乱が起きないような国を作るべく臣下候補とのコミュニケーションを図るのだった。

 



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027:Ain't War Hell?

 冬木市郊外にある貸しガレージから一台の『トイレの汲み取りトラック』もといバキュームカーが走りだしたのは、夜も更けて来た頃のこと。無論夜中にバキュームカーが走る訳もなく、その正体は切嗣が偽装工作を施した『ナパーム満載の小型タンクローリー』である。

 

 運転席に座るのは、汲み取り作業員に化けたセイバー。助手席には怪しまれない様にする為の人間そっくりの人形が乗っており、切嗣の勿体ない精神によってその内部にはつい最近実用化されたばかりの超高性能爆薬ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンが限界まで詰め込まれている。TNTの二倍の威力を持つこの爆弾とまき散らされるナパーム材は、手筈通りに行けば間違いなく遠坂邸を焼却できるに違いない。

 

 騎乗スキルにより軽やかにトラックを走らせるセイバー。彼は既に深山町まで車体を移動させ、遠坂邸に向けてアクセルを命いっぱい踏みこんでいる。その結果セイバー自慢の『紅槍』をフロントガラスから突き出したバキュームカーは、遠坂邸の結界を大胆に無効化しながら遠坂邸の庭に突撃し、正面玄関に激突して轟音と共に爆ぜた。

 

 暴れ狂う紅蓮の炎、吹き飛ぶ庭園。撒き散らされるナパームは遠坂邸のレンガの壁を焔で包み込み、一瞬にして大火事を発生させる。その焔の中から平然と出てきたセイバーは、遠坂の動きを確認するべく油断なく眼を光らせる。――――サーヴァントには通常の攻撃が効かない。それ故にセイバーは、全くの無傷で自爆テロを行ってのけたのだった。

 

 

【027:Ain't War Hell?】

 

 

 遠坂時臣が結界の破壊によって侵入者を感知した頃には、全てが遅過ぎた。セイバーが乗ったトラックは遠坂邸の玄関に激突すると同時に爆発炎上したのである。この優雅さのかけらもない狼藉は、アインツベルンの雇った衛宮切嗣の策に違いない。

 

 幸い館の壁には構造強化を施している為、その被害が邸内に及ぶ事はないが、時臣は速やかに今必要な魔術礼装以外の礼装や研究資料などを宝石翁から与えられた宝石箱――某人気漫画の四次元ポケットの様なもので、内部は非常に広い異次元空間になっている箱――に収納する。先日のマンション爆破から拠点の破壊もあり得るとは踏んでいた為、既に地下の工房にあった魔術用品はすべて収めている。この宝石箱さえ守る事が出来れば、例え遠坂邸に万が一の事があっても安心だ。

 

「アサシン、セイバーを迎撃しろ。アーチャーは私と共に此処でアサシンのバックアップだ」

 

 そんな命令を下しつつ、時臣は通信用礼装で綺礼を呼び出した。

 

『師よ、御無事ですか?』

「ああ。問題ない。だが、綺礼。現在、遠坂邸が衛宮切嗣の襲撃を受けている」

『アサシンとの感覚共有で承知しております』

「それならば話が早い。――――アサシンの宝具を使うならば今しかない。綺礼、令呪でブーストしてアサシンを援護するんだ。タイミングはアサシンと合わせてくれ」

『畏まりました、師よ』

 

 そう言って通信を終えた時臣は、溜息を吐きつつお気に入りの礼装である宝石の杖を握りながら、顎鬚を撫でつける。そこに声をかけたのは、傍らに立つアーチャーだった。

 

「トキオミ殿。念押しとして言わせていただきますが、恐らくセイバーは陽動ですぞ。相手は魔術師殺しと呼ばれる本職の暗殺者なのでしょう? 恐らく、この隙に邸内に侵入し、トキオミ殿を暗殺する算段では無いかと思われますな」

「分かっているとも。……あのロード・エルメロイに傷を負わせる男だ。油断はできない。その為に、貴殿をこの場に残したのだよアーチャー」

「分かっておられるなら宜しいのです。……では一つ、私もアーチャーらしい事をすると致しましょうか」

 

 そんな台詞と共に、ジル・ド・レェはパチンと指を鳴らす。トキオミが長年魔力を込めた宝石を二、三個代償にして彼が取り出したのは、フランス軍を勝利に導いた大砲だ。その数は何と十門。それらは遠坂邸の屋根に出現し、アサシンが到着するよりも早くセイバーに砲撃の雨を降らせた。

 

 そして、その隙をついて両手にMG42を抱えたアサシンが、上空からセイバーを強襲する。『ヒトラーの電動ノコギリ』という渾名が付いたそれの発射速度は、宝具化する前でも『一秒に二十発』という第二次世界大戦中の機関銃としては驚異的な速度。それが宝具化された影響で『秒間二千発』という狂気の性能になったのだから、流石のセイバーもこれは回避せざるを得なかった。聖堂教会の作業員がチマチマと手作業で数日かけて装弾した、六十万発装填のベルトリンク式マガジンを背負ったアサシンは、控えめに言ってドラム缶を二個背負ったような間抜けな格好になっている。

 

 だが、その間抜けなドラム缶から供給された弾丸はアサシンの手によって宝具化された事で、一発一発が確実にセイバーに深刻なダメージを与える手段と化していた。たった一人の手による『壁の様な弾幕』は、全力で回避し、斬り払うセイバーにさえも腕や腿に熊にえぐられたような傷跡を残して見せる。時臣が速やかに再展開した防音と幻惑用の結界により外界から隔離された中で、その鉛玉の集中豪雨はたっぷり五分続き、セイバーの全身に隈なく弾痕を刻み込んだ。

 

 それでも行動に必要な器官だけは完璧に防御したセイバーを称えるべきか、最優のサーヴァントを間諜のサーヴァントの身でありながらほぼ一方的に攻撃しているアサシンを称えるべきか。いずれにせよ全弾発射の影響で太陽の様に白熱している機関銃を今度は焼きごての様にセイバーの脇腹にえぐり込むアサシンの技量は、並大抵のものではない。

 

 切嗣から普段より多くの魔力を吸い上げてどうにか銃弾による傷跡を塞いだセイバーに、今度は宝具化した焼きごてとも言える武器が襲いかかった。流石に二度目は『破魔の紅薔薇』で宝具化を無効化して斬り払ったが、その直後アサシンはもう一方の機関銃を投げつけて時間を稼ぎ、背負い紐を引っ掴んで背中のドラム缶をハンマーの様に叩き込む。

 

 二つのドラム缶による猛打はその『大きさ』の影響で紅槍による破壊を行っても容易には壊れない。紅薔薇の効果は穂先にしかない為、一撃でドラム缶サイズのものを斬り飛ばす事は難しい上、二個による同時攻撃である。

 

 もろに喰らったセイバーは盛大に吹き飛ばされ、足で地面を擦りながら十メートルほど後退した。だが、防戦一方であってもその闘志に陰りは無い。右手に紅槍、左手に『大いなる激情』という最強装備に切り替えたセイバーは、その『絶対切断』によって追撃のドラム缶を叩き切る。アサシンはそれを見るや速やかにドラム缶を放棄し、腰に装備していたパンツァーファウストをセイバーに叩き込んだ。

 

 戦車を吹き飛ばす為の兵器が宝具化した事により、その威力はとんでもないレベルへと変化している。アサシンはそれをあえてセイバーの間合いの外の地面に着弾させ、爆風で以てセイバーを攻撃したのだ。

 

「くっ、次から次へと厄介な武器を……! だが、もう『兵器』はあるまい。先程の爆発物はもう持っていないようだしな。――――さぁ、その腰の剣を抜けアーチャー。でなければ俺が叩き切ってしまうぞ。俺は()相手でも容赦はせん」

「女……? ああ、そう言えば今の姿は女でしたね。……まぁいいでしょう。剣を抜くのが御所望であれば、その様に」

 

 そう言い放つと同時に、アサシンは綺礼に向けてパスを通じた念話を送る。精霊に育てられた(・・・・・・・・)アサシンにとってその程度の魔術行使は造作もない。

 

————綺礼、令呪によるサポートをお願いします。

 

 その念話を受け取った綺礼が『宝具を開帳し、セイバーを打倒せよ』と命じた事で、アサシンは漸くその真の姿を公開する。腰に刺した一振りの魔剣を抜き放った直後、ナチスドイツの軍服を着た女性は霞のように消え去り、黒い堅固な鎧に身を包んだ長身の騎士が姿を現した。————衛宮切嗣にアサシンの真名が看破できなかったのも無理はない。その正体は、ナチスとは全く関係のない存在だったのだ。

 

「————無毀なる湖光(アロンダイト)ッッッ!」

 

 宝具を解放した事によって判明したその正体は、湖の騎士ランスロット卿。フィニアンサイクルにおけるディルムッドのポジションと酷似した立ち位置をアーサー王伝説において与えられた『裏切りの騎士』である。

 

 

* * * * * *

 

 

 同時刻。遠坂邸への潜入を果たした切嗣は、クリアリングを行いながら邸内を捜索していた。随所に仕掛けられたトラップはどれもこれも正統派なものであり、魔術師殺しと呼ばれる切嗣にとっては注意こそすれ畏れるには足らないものだった。

 

 そうして切嗣は遂に時臣の書斎に至る。だが、其処のドアを開けた瞬間に、切嗣は全力で逃走を開始した。————想定外の事態が起こったためである。

 

 彼を待ち構えていたのは、サーヴァント。

 

 初期に敗退したことになっているアサシン、つまりハサンが居たならば、切嗣が泡を食って逃げ出すこともなかっただろう。だが、ドアの向こうで弩を構えて切嗣を迎撃したのは、どこからどう見てもアーチャーのサーヴァントだった。

 

「アーチャークラスが2人だって!? ————くそッ、固有時制御(タイムアルター)二倍速(ダブルアクセル)ッッ!」

 

 全力の魔術行使で窓から飛び降りた切嗣は、庭で戦闘中のセイバーに合流を図る。だが、庭で彼が目撃したのは、謎の騎士の猛攻に押しに押されるセイバーだった。

 

「主! アーチャーの正体はかのランスロット卿のようです」

「なんだって? ————そういう事か。遠坂はアサシンをアーチャーに偽装していたらしいね。おそらく変身能力を持つランスロット卿がアサシンだ。……二対一だと出し惜しみはできないな」

 

 切嗣はそう言いながら、令呪にその魔力を込める。新規に獲得した一画を消費して、切嗣はセイバーに強化を施した。

 

『衛宮切嗣がセイバーに命じる! 敏捷力を強化しろ!』

 

 その命令と同時に、セイバーは令呪のバックアップをその敏捷のみに受け、異常な加速を発揮した。

 

 アサシンの無毀なる湖光は、ステータスを一律強化し、魔力行使・回避等の成功率を二倍にする。だが、全体強化ではなく一点特化の強化を行ったセイバーの速度は現状においてA+++。物理法則を無視したその速度は第一宇宙速度を超越し、サーヴァントでなければ衛星になってしまうほどである。それに対抗するべく、アサシンは自身の宝具をさらに行使する。

 

————無毀なる湖光は、一度の使用毎にアサシンの維持に必要な魔力を倍加させる常時発動型宝具だ。重ねがけを行う事でステータスをさらに二段階引き上げ、回避力を六倍にまで強化したアサシンはその卓越した技量でセイバーの残像すら見えない高速攻撃に対応するが、それは同時に彼の『戦闘可能時間』を著しく減少させる。

 

 アサシンクラスのランスロットは燃費が良く、普通に無毀なる湖光を発動した状態でも綺礼の魔力で半時間は全力戦闘が可能だ。だが、今回の無理な発動は、その戦闘時間を僅か七分にまで短縮していた。

 

 其処に畳み掛けるように、切嗣は更に一画の令呪を使用する。

 

『重ねてセイバーに命じる! 大いなる激情(モラルタ)を全力で真名解放しろ!』

 

 その命令に従い、セイバーは全力で以ってモラルタを抜き放った。アサシンの無毀なる湖光によって防御されたその斬撃は神秘の差により無毀なる湖光に傷一つ与えることは叶わない。だが、セイバーの狙いはそもそも無毀なる湖光ではなくアサシン本人。

 

 弾いた反動を生かしてランスロットの鎧に『掠った』斬撃は、その『刀身に触れた相手に斬ったという結果を押し付ける』という因果干渉能力を発揮し、小手ごと彼の片腕を切断した。

 

————アサシンの戦闘可能時間は更に激減し、持って二分。

 

 流石の円卓最強もその顔に苦痛の色を浮かべ、切嗣はアサシンの無力化を確信する。あと二、三合打ち合えばアサシンは限界に達し、戦場から消え去るだろう。

 

 だがその予想は、もう一人の『騎士』によって覆される。切嗣を追う形で現れたアーチャーは、無数の砲撃を切嗣に向けて行った。流石にそれを見過ごすわけにもいかず、セイバーは攻勢から一転し、守勢に回らざるを得なくなる。

 

「ランスロット卿、貴公はトキオミ殿を保護しつつ撤退を。————ここは私がくい止めましょう。其処のセイバーのマスターはどうやら邸内に大量の爆薬を仕掛けたようです。一刻も早くトキオミ殿を! ()()()()殿()()()()()()()()()()!」

「————ッッッ!? 心得た! アーチャー殿、御武運を!」

 

 アサシンと入れ替わるように立ちはだかった真のアーチャー。彼は雨霰という表現すら生温い数の砲弾を相手に叩き込みながら、アサシンが気絶した時臣を担いで窓から逃げていくのを見送った。

 

 そんな彼に、切嗣はセイバーの傍から疑問を投げる。

 

「僕は、遠坂時臣を気絶させた覚えも、遠坂邸に爆薬を仕掛けた覚えもないんだけどね?」

 

 その問いに、弓兵の英霊は微笑んだ。

 

「嘘も時には方便となりましょう。————それに、これより起こる戦いには、トキオミ殿は少々場違いですのでね」

 

 その言葉とともに、遠坂家の庭木が消える。庭の彫像が消える。館の調度品が消える。そして最後に、館自体が消え失せる。

 

 有り得ざる現象に目を丸くするセイバーと切嗣の前で、アーチャーは高らかに名乗りを上げた。

 

「我が名は救国の英雄、ジル・ド・モンモランシ・ラヴァルなり! セイバーよ、私は我が名誉にかけ貴公を討ちましょう。さぁ、思い知るがいい! ————————圧倒的な数の暴力を前に、個人の武勇は無力であると!!」

 

 

————その宣言と共に、アーチャーは宝具『放蕩元帥(ジル・ド・レェ)』を解放する。

 

 

 今宵の戦いの第二幕が、今開かれようとしていた。




活動報告にて今後の更新に関するご報告をさせて頂きましたので、ご拝読いただければ幸いです。


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028:Consecutive robbery.

 アーチャーの宝具『放蕩元帥(ジル・ド・レェ)』。その能力は、まさしくジル・ド・レェの逸話に相応しいものだった。

 

――――動産、不動産を問わずあらゆる資産を『換金』し、魔力に変換。その魔力から更に『動産、不動産』へと変換するという『錬金術』に酷似した能力。注目すべきは、そのレートだった。ジル・ド・レェはその黄金率により、財産を高く売り捌き、品物を安く買い叩く事が可能なのだ。

 

 故に変換結果は等価交換の法則を逸脱し、一万円相当の財産を換金して一億円相当の物品を購入する不条理を引き起こす。――――それはまさしく、わらしべ長者的にその財産を増大させていき、卑金属を金に変換する錬金術を追い求めたジル・ド・レェを象徴するような宝具といえよう。

 

 そして現在、総額十億は下らない遠坂の貯蓄を全て食い尽くした『放蕩元帥』は、遠坂邸跡地にとんでもない物を顕現させていた。――――ジル・ド・レェの居城、ティフォージュ城。自身の城を召喚したジルは、その城壁の上からセイバーとそのマスターを見下ろすと、城の武装を展開する。

 

 次々と武装を生やし変貌していくその城は、もはや機械仕掛けの巨大な針鼠にしか見えない超重武装へと変貌し、切嗣とセイバーは思わず顔を青褪めさせる。戦地を渡り歩いた切嗣も、流石に『二人』を殺す為にこれ程の武装が展開された所は見た事がなかった。

 

 大砲五百門、トレビュシェット百機、設置型機械弓八百機。それら全てがその照準を衛宮切嗣に合わせ、火力を放出する。砲弾は先程アサシンのパンツァーファウストが効果的であった点を考慮して榴弾を採用。トレビュシェットは油壺を投擲し、機械弓が火矢を射かける容赦の無さは、流石に百年戦争においてジャンヌダルク軍に所属していただけの事はある。

 

 いかにセイバーが最速と絶対切断を兼ね備えようと、切嗣を狙われては動くに動けない。大いなる激情がある限り砲弾や矢から切嗣を守る事は造作も無いが、ジル・ド・レェを切ることは非常に困難だ。

 

 完全に千日手に突入したセイバーとアーチャーの対決は、セイバーの集中力がいつまで持つかにかかっていると言っても過言ではない。ジル・ド・レェは宝具に任せて砲撃し続ければいいのに対し、セイバーは自身の手で迫り来る砲弾の数々を防御しなくてはならないのだ。令呪のサポートによって一時的に性能を向上させている大いなる激情は爆風や炎といった気体やプラズマに相当する物すら切裂く事が出来ており、セイバーは防戦に徹することでどうにか切嗣を守りきれている。また、切嗣自身も可能な限り姿勢を低くして被弾率の低下に努めていた。

 

 状況は、先程のアサシン戦からは一転し、セイバーの不利に傾いている。セイバーの周囲の地面は度重なる攻撃で隕石でも降ったかのように抉れ、放たれる火矢と油壺によって辺り一面が燃えだすその状況は、何処からどう見ても地獄であった。切嗣は煙に巻かれぬよう尚一層姿勢を低くし、袖口を口に押し当てる。それを庇うセイバーは、主人が窒息死しない様に敢えて風を巻き起こしながら攻撃を行う様にしていた。

 

――――だがそれは、セイバーの疲労が加速することを意味している。

 

 恐らく持ってあと一時間。それまでに打開策が無ければ、セイバー陣営は三画目の令呪を使用する羽目になるかもしれなかった。

 

 

【028:Consecutive robbery.】

 

 

 遠坂邸の激闘と同時刻。衛宮邸を、全身黒づくめの連中が包囲していた。

 

 キャスターの一人であるザイードと、その配下から選りすぐった八人。均等にばらけた位置から衛宮邸に侵入した彼らは、警報代わりの結界が作動したことを気にもせず、風のように邸内を駆け抜ける。バーサーカー脱落による負担によってアイリスフィールが極めて弱っているのは、彼等にとって既知の情報。いたずらに恐れる必要はない。邸内の警備が衛宮切嗣の弟子と思しき女魔術師一人によって行われている事もすでに把握済みである以上、それさえ無効化してしまえば、あとは簡単だった。

 

 護衛はあえて殺さずに手足をへし折って緊縛し、追手が『護衛の救出と治療』に気をとられる事を期待する。土倉に居たホムンクルスを確保し、待機していた輸送担当の部下の手で市民会館に移送する。セイバーは依然としてアーチャーに攻め立てられており、この場に駆けつける事は難しいだろう。ならば、部下に移送を任せ、自身は更なる任務に向かうというのはごく自然な判断だった。配下は人間とはいえ、キャスターの宝具によってそ性能はサーヴァント並みに強化されている。数分で彼らが無事市民会館についた事を確認してから、ザイードは『彼の願い』を遂行するべく次なる行動を開始する。

 

「ホムンクルスの奪取に伴い、続いて他サーヴァントマスターの暗殺を実行する。狙いは新都の冬木教会。遠坂時臣は現在瀕死のアサシンに担がれて教会に向かっている。そこに襲撃をかけるぞ」

 

 そのザイードの指示と共に、あらかじめ待機していた配下十名が合流。十八名の部下を伴ったザイードは、その駿足を生かしていち早く遠坂時臣を担いだアサシンを補足すると、時臣の背に向けて短剣(ダーク)を投擲する。――――当然気配遮断が出来ないザイードの攻撃はランスロットによって回避される。しかし、その攻撃に足を止めてしまった事で、ランスロットはその周囲をアサシンの配下に包囲される。一人一人が下級サーヴァント並みの戦力であるその集団は、手負いのランスロットにとって荷が重すぎる。

 

「やれ」

 

 短い号令とともに、襲いかかる十八人の刺客。アサシンはそれを迎え撃つべく、再び無毀なる湖光を抜き放つ。

 

 だが、直前のセイバーとの戦闘で限界を迎えていたアサシンにとって、その勝負はあまりに絶望的だった。

 

 

* * * * * *

 

 

 その頃、ザイード以外のキャスターは、地下の隠れ家で龍之介と共にザイードを見守っていた。使い魔による観察で、彼等はリアルタイムでザイードの動向を把握している。

 

 使い魔からの映像を映し出す水晶玉の中では、鬼の形相を浮かべた隻腕のランスロットが、ザイードの部下を一人、また一人と切り裂いていく。正直な話、配下のスペックは敏捷を除いてザイード以上なのだが、鬼気迫る様相のランスロットにじわじわと一人づつ斬り倒され、今は半数ほどに数を減らしていた。八十分割されたキャスターの戦闘力は、基本的にE-ランクしかない。故に配下がザイードより強くとも、そのスペックは精々D程度である。

 

 見守るキャスター連中が心配してしまうのも仕方ない事だった。

 

「あんの馬鹿野郎、戦力の逐次投入は悪手だろ! 何やってやがる!」

「いや、ザイードは粘り勝ちを図っているのでは? アサシンは既に疲労困憊している訳ですし」

「己が思うに、それにしてもあまりに時間が稼げていない気がするのだが」

「ざいーどぴんちなう」

「いやいや『なう』じゃないでしょ『なう』じゃ。どーすんのこれ」

 

 喧々囂々、侃々諤々。やかましく野次を飛ばす者もいればザイードの策を推察する者もいて大変賑やかな地下の拠点。その中心、水晶玉に最も近い位置でザイードを見守るのはやはり、龍之介とヤスミーンである。

 

「ヤスミン、ザイードの旦那はあと何秒持つ?」

「おそらく、三十秒かと」

「あの騎士っぽいのは?」

「魔力の減り方が凄まじいですが……おそらく一分は戦えるかと思われます」

「……そっか。――――よし決めた。ヤスミン、この令呪って奴はどう使えば良いんだっけ?」

「令呪を使うと意識して強く願えば自動で発動します」

「そりゃ便利だね。出来ることに制限は?」

「余程無茶で無い限りは可能なはずです」

「わかった。――――じゃあ、こうしようかな」

 

 そう言って、龍之介は令呪の刻まれた拳を天に突き上げると、景気良く宣言する。

 

『そこのあご髭オヤジの背後にワープしろ! ザイードの旦那!』

 

 令呪による短距離ワープ。その願いは、十分に可能な願いと判断され、龍之介の手から令呪が一角消え失せる。

 

 

 そうなれば、令呪の命令として龍之介との声を聞いたザイードの行動は早かった。転移と同時に時臣の令呪を手首ごと短剣で切り落とし、奪って逃げる。

 

 令呪のサポートが有効な一瞬の内にその行動を済ませたザイードは、配下を足止めに全力疾走で逃げに逃げる。敏捷Aは伊達ではなく、ザイードは速やかに手近なマンホールへと時臣の手首を叩き込んで更に逃走。そして闇夜に紛れたザイードは、尾行を想定して複雑なルートを選択しながら、市民会館へと帰還した。本家アサシンは伊達ではなく、ゴミ捨て場の中や塀と塀の間という狭苦しい場所を通って逃走したザイードに、ランスロットが追いつける筈もない。

 

 それに、ランスロットは『恐らく死を覚悟してあの場に残った』アーチャーの為にも、時臣を教会まで送り届けなければならない。令呪を失ったとはいえ、教会にさえ辿りつけばまだ手はあった。故にランスロットは逃げるザイードを深追いする事より、時臣をいち早く教会に担ぎこむ事を優先したのである。

 

 結果として、ザイードの手駒はランスロットに皆殺しにされたものの、今宵のザイードは漁夫の利を得てどうにか勝利したといえよう。

 

 

 そして、彼がマンホールに投下した令呪はザイードの意を汲んだ他のキャスターによって回収され、呪術師のマリクの元へと速やかに運ばれる。

 

――――その令呪の内三画を龍之介に献上する為に摘出した直後、残った一画と時臣の手首を用いて、マリクはある呪術を行使した。

 

 

* * * * * *

 

 

 遠坂邸の戦闘は、依然アーチャー優勢のまま続いていた。砲火はいよいよ激しさを増し、セイバーは必死に切嗣を庇う。このままではいずれ限界が来るのは明白。――――そう判断した切嗣がいよいよ三画目の令呪を行使しようかと思ったその時、不意にピタリと砲火が止んだ。

 

 その機を逃す訳もなく、セイバーは必滅の黄薔薇を取り出すと、矢のように跳躍する。その勢いのままに黄薔薇はアーチャーの心臓を寸分違わず抉り抜き、回避することもなく串刺しになったアーチャーは喀血しながらセイバーにもたれかかるように倒れ、魔城の機能も停止する。あまりに不自然な決着に首を傾げるセイバーの前で血塗れになって消えゆくアーチャーは、無念そうに語りかけた。

 

「どうやら……何処ぞの不届き者が時臣殿から令呪を奪った様ですな…………。無念、実に無念だ。――――あと少しで貴公を押し潰せたのですがねぇ、セイバー」

「……奪った令呪による自滅命令だと? 他人の令呪を強奪して使用するとなると、キャスターの仕業か?」

「ふ、む。……我々、は…………うま、く……踊らされ……様で……気を……つけなさ…………」

 

 警告めいた遺言を残して消えたアーチャー。その死に様は、セイバーと切嗣に恐ろしく不吉なものを感じさせる。彼が遠坂邸と引き換えにその場に残したティフォージュ城は、アーチャーが唯一現世に残した、忘れ形見と言えるだろう。他の武装は魔力の粒子と化して消え去ったにも拘らず城だけが残ったのは、それを編み上げる際に用いられた莫大な魔力によるものか、アーチャーの最後の悪あがきによるものか。未だ時臣の幻惑結界で外部からは遠坂邸に見えているその城は、城主の死を看取り、新たな主の帰還を待つ。

 

 そこから立ち去った切嗣とセイバーは、二騎目のサーヴァントをその手で打倒したというのに、後味の悪そうな表情を浮かべて舞弥とアイリスフィールが待つ()の衛宮邸へと帰還する。

 

――――その衛宮邸で、舞弥が両手足の骨を砕かれた上で雁字搦めに縛られ、痛みに悶えているなど、彼らには知る由もない。無論、キャスターが首尾よくアイリスフィールを拉致した事など、予想できる筈もなかった。

 

 満を持して動き始めたキャスター陣営。影も形も見えないその陣営、聖杯戦争を終末に向けて加速させ始めた事を、切嗣とセイバーはヒシヒシと感じていた。

 

――――バーサーカー、アーチャーが脱落し、アサシンが瀕死。そして切嗣は二画の令呪を失った。運命は既に狂い切り、そのズレは決定的にして致命的だ。

 

 

 

 杯が満ちる時は、近い。



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029:A Teacher and Pupil.

 遠坂邸が劇的なビフォーアフターを遂げた翌朝。ウェイバーは童顔に真剣な表情を浮かべて、英雄王に提案していた。

 

「ライダー、ランサー陣営に攻め込もう」

「む、道化よ、随分やる気ではないか。どうしたのだ?」

「ああ、いや。――――僕は考え無しに聖杯戦争に参加したから、今まで特に目標も無く戦ってきたんだけどさ。折角良い機会なんだ。いっそのこと、前々から勇気が出なくてやれなかった事をやっとこうと思って。それに、そろそろ正気でいられなくなりそうだしな。眠すぎて吐きそうだ。動ける内に、動かなきゃ、後で絶対後悔する」

「ほう? ああ、そう言えば貴様はランサーのマスターと因縁があるのだったな? ――――ふむ、構わぬぞ。我もランサーの奴とは決着をつけねばならんと思っておったのでな?」

 

 そう言って鷹揚にうなづくギルガメッシュは、戦争が佳境に入ったというのにもかかわらず、相変わらず酒を片手にソファに身体を沈めている。英雄王の余裕っぷりは、ウェイバーを或る種安心させると同時に不安にするという奇妙な効果を発揮しているが、

 

「じゃあ、善は急げだ。今晩にでも攻め込もう」

「そうか。では道化よ、少々こちらへ来い」

 

 その言葉に首を傾げながら近寄るウェイバーに、英雄王は綺麗にスリーパーホールドを極める。「きゅっぷい」というよくわからない断末魔をあげて気絶したウェイバーをソファに横たえたギルガメッシュは、そのまま何事も無かったかのようにテレビの電源を入れ、ニュース番組を見始めた。

 

 呪いによって今までぶっ通しで起きていたウェイバーを強制的かつ物理的に就寝、もとい気絶させたその行動を親切と取るか、いきなり気絶させる理不尽と取るかは人それぞれだろう。ただ一つ言えるのは、英雄王がそれなりにまともにランサー陣営と戦う腹積もりだということだった。

 

 

【029:A Teacher and Pupil.】

 

 

 ケイネスは、自身の工房で額に汗を浮かべながら集中していた。少し離れた場所では何かあった際に迅速に対応できるよう、ソラウとランサーが静かに彼を見守っている。

 

 現在、ケイネスは自分なりに考えた方法で『滅茶苦茶に再結合された魔術回路』を修復しようと試みているのだ。――――その方法は、魔術師であれば誰もが経験した手段である。

 

 魔術回路の構築。本来一度開通すればそれで良いはずの魔術回路を、一から作り直すその行動は、精神力が僅かでも揺らげば弾けた魔術回路により使用者はほぼ確実に死に至るという大博打だ。

 

 だが、不可逆的変化を加えられた魔術回路を使うより、一度破棄して再構築した方が良いと判断したケイネスは、彼の礼装や持てる技術の全てを動員して再構築の準備を整え、成功率を限界まで上げた状態でその荒業に挑むことにした。――――相手こそいないものの、その作業は正しくケイネス・エルメロイ・アーチボルトが挑む一世一代の大勝負である。

 

 傍目に見れば、それは『血管を一本も傷付けずに首に槍を貫通させる』様な自殺行為。側で見ているソラウは、ケイネスが噛み砕かんばかりに歯を食いしばり、額に血管を浮かび上がらせてまでその作業に挑戦する様を見て、初めて『他人の身を本気で案じた』程だ。

 

 普段は豪放磊落なイスカンダルも、流石に今回ばかりは神妙な面持ちで静かに椅子に座しているといえば、ケイネスがどれほどの無茶をやらかしているかが判るだろうか。

 

 現在の時刻は昼を過ぎ、朝から魔術回路の構築を行っていたケイネスは最後の一本を仕上げに掛かる。彼の魔術回路はメイン三十本とサブが二十本の計五十本。それらを一つづつ丁寧に構築していく作業は、彼の精神力を大幅に消耗させている。

 

 だが、ここまで来て失敗するわけには行かない。ケイネスは深呼吸してから最後の一つを構築した。

 

――――バチリ。

 

 電流が走る様な感触とともに、ケイネスは自身の魔術回路の再構築を完了する。今まで磨いてきた魔術回路からすれば作りたてのそれは、質が大幅に劣化して全盛期の半分程度の魔力しか生成できない。

 

 だが、それでも今までに比べれば、大きな進展だ。新たに2割を取り戻し、ケイネスは安堵の息を吐く。それを聞いて漸く彼の無茶が終わったと理解したソラウとイスカンダルもまた、別の意味で安堵の息を吐いた。

 

「ケイネス、大丈夫なの? ……私は見ているだけで心臓が止まりそうだったのだけれど」

「ああ、問題ないよソラウ。数年掛ければ、全盛期の魔力量を取り戻せるだろう。――――私としてももうこんな真似は二度とやりたくはない。……生き延びても決死の手段を使わねば回復できないとは、つくづくセイバーのマスターは強力な礼装を持っているものだ」

「決死の手段とはいえ再生されるとはよもやセイバーのマスターも思ってはおらなんだろうがな。――――さてケイネス、此処は一つ昼飯と行かんか? 買い出しであれば市場を冷やかすついでに余が行ってくるが」

「すまない、ランサー。頼まれてくれるか」

「おうとも。――――余の勘だが、今日はしっかり腹ごしらえをしといた方がいいぞ。昨夜のアーチャー脱落でそろそろ大詰めに入る陣営が多いだろうからな。……っつう訳で、今日は余がこの前発見した商店街の高級ステーキ弁当をだな」

「わかった。別段金に困っているわけでもないし、好きにしろランサー。……私は、少しだけ仮眠をとる」

 

 そう言ってソファに深く腰掛け、自身に向けて睡魔の術を行使するケイネス。彼はすぐに寝息を立てて、一時の休養に専念する。――――その傍らで、ソラウがイスカンダルに『ご飯少なめ』を要求しているのは、いつも通りのランサー陣営の日常であった。

 

 

* * * * * *

 

 

 衛宮切嗣は、極めて厄介な現状に、頭を悩ませていた。――――その傍らでは包帯でミイラ宜しく各所を固定された舞弥が、申し訳なさそうにしている。切嗣の治癒魔術はその起源の関係で大雑把な接骨は得意なものの、神経をつなぎ直したりといった精密作業には極めて不向きだ。そんな訳で取り敢えず骨だけは治った舞弥は、切嗣が調合した軟膏とセイバーの使える範囲の精霊魔術でその傷を緩やかに癒している。当然、治癒の為に今もセイバーは実体化して舞弥の傍に控えている。衛宮邸に集合したセイバー陣営は、昼の時間を利用して現状把握に努めようと努力していた。

 

「マダムをみすみす盗まれてしまったのは私のミスです……すみません切嗣」

「――――いや、キャスターは魔術で強化した人間を引き連れてたんだろう? 今回は仕方がない。キャスター陣営が潜伏しているのは知っていたけれど、まさか直接小聖杯を獲りに来るとは読めてなかった。普通に考えれば、マスターである僕を狙うと踏んでいたんだが……」

「主の話では、小聖杯を起動するには、最低でも後二騎のサーヴァントが必要だったのでは? キャスターが現状でアイリ様を確保しておく意味がいまいち判らないのですが」

「……おそらく。いや、確実にアイリは殺されている、もしくは体内から小聖杯を奪い取られていると考えるのが妥当だろうね。キャスターは恐らく小聖杯を人質にして立ちまわるつもりだ。アレが壊されちゃ聖杯は成就しない」

「聖杯を人質にする陣営、ですか。……となると小聖杯、もしくはアイリ様の御遺体の奪還が最優先ですね」

「ああ。これは聖杯戦争存続にもかかわる問題だし、アインツベルンとしては遠坂に助力を願っても良いんだが……」

「昨日攻め込んだ訳ですし、協力は不可能でしょうね。……では、ランサーは?」

「そもそも、ランサーのマスターであるケイネスを殺しかけている時点で無理だろうね」

「……切嗣、ライダー陣営も拠点を爆破した影響で同盟は難航するかと」

 

 生き残った陣営の全てと因縁を生じさせているセイバー陣営。当然同盟など組める筈もなく、切嗣はその案をいったん破棄してキャスターの拠点の割り出しに勤しむ事にした。

 

 相手がキャスターである以上、魔術に造詣が深いのは当たり前の事とみて良いだろう。そうなってくると、やはり聖杯を降臨させられる場所の何処かに拠点を築いている筈である。冬木市内の霊脈の流れ方からすると、候補地は教会、遠坂邸、間桐邸、柳洞寺、そして新都にある新興住宅地。この内、昨晩戦場と化した遠坂邸を除外すると、残る候補地は四か所である。

 

「一見すると怪しいのは柳洞寺だけど、あそこはサーヴァントにとって厄介な『参道からしか入れない』結界が貼ってあるからね。――――個人的には新興住宅街の線もあると見てる」

「あの近辺で拠点になりうる建物と言えば、建設中の市民会館でしょうか?」

「間桐邸や教会という線は、それぞれがキャスターとは異なる陣営の拠点である以上、あまり考えられないですからね。柳洞寺と市民会館の二手なら俺と主で手分けして両方同時に探索しますか?」

 

 セイバーのその提案に、切嗣は暫く考えを巡らせた後首を振る。

 

「いや、舞弥の回復を待って、全員で一つづつ探索しよう。各個撃破される訳にはいかないからね。――――さしあたっては、手近にある柳洞寺からかな」

 

 その一言で方針は決定し、セイバー陣営のディスカッションは終了する。――――アイリスフィールを即断即決で諦めた彼らは、この戦争を冷徹な機械となって処理する腹積もりだった。

 

 

* * * * * *

 

 

 夜。気絶から自然回復したウェイバーは多少すっきりした体にカフェインをぶち込んで気合を入れた。英雄王が戦争開幕直後に購入していたランボルギーニ・ディアブロに乗って、ハイアットホテルにやってきたライダー陣営。彼らは今宵、無謀にもケイネスの工房に真正面から挑もうとしているのだ。

 

――――超一流魔術師の工房に挑戦できる機会なんて滅多にないし、どうせ死ぬ気でケイネスに挑むのだから工房にも挑戦しよう。

 

 そんなウェイバーの提案に英雄王が「魔術師の工房とやらを見物するのも暇つぶしには成るやもしれんな。それに加え、正面から堂々と、というのは実にアホらしいが我も嫌いではない。――――よいぞ、その無謀を許す」と意外にも乗ってきたため、二人は態々ご丁寧に正面玄関前へとやってきたのだ。当然ながら、その姿は最上階のケイネスにも捕捉されており、魔術を用いた遠隔音声で、ケイネスはウェイバーへと問いを投げた。

 

『これはこれは、ウェイバー・ベルベット君ではないかね。我が工房へようこそ。――――して、こんな夜更けに何の用だね、ベルベット君?』

「――――ッ」

 

 ケイネスの声には、いつもの様な嘲りはない。この戦争を通じて慢心が少々無くなったケイネスは、ウェイバーの事もギルガメッシュという強力なライダーを運用しているという点でそれなりに評価している。それゆえの、まともな態度であった。

 

 その一方で、ウェイバーはケイネスの『嘲りの無い』声に一瞬恐怖した。自身を軽く見ていない事は素直にうれしいが、油断が無いという事は勝機が若干減った事になる。――――だが、そもそもが無謀極まりない蛮行だ。それならば何を恐れる必要がある、この震えは武者震いだ。そう自身に言い聞かせたウェイバーは、事前に考えていた台詞を腹の底から声を張り上げて宣言する。

 

「ベルベット家、三代目当主。ウェイバーが此処に推参仕る。――――ロード・エルメロイ、貴方に挑戦する事を御許し願いたい!」

 

 その台詞に、ケイネスは少なからず驚いた。自身の知るウェイバーという生徒は、卑屈で、才覚の無さを虚栄で以て誤魔化す凡俗であった筈だ。――――それが今、家名を懸けてケイネスに挑もうとしている。その変化に、ケイネスはウェイバーもまたこの戦争で成長したのだという事を理解し、ウェイバーの言葉に返答する。

 

『アーチボルト家、九代目当主。ケイネス・エルメロイが受けて立つ。――――ウェイバー・ベルベット。我が工房をとっくり堪能した後に、此処まで上がってくると良い。最上階で私は待っている』

 

 その言葉は、アーチボルト家当主として挑戦者を迎え入れる余裕であり、誇りである。――――そして同時に、自身に牙を剥く程度には成長したらしい生徒への、ある種の激励であった。

 

 

 新興の魔術師と名家の魔術師。三代目と九代目。教師と生徒。そして、ライダー陣営とランサー陣営。――――様々な関係性を同時に持つ師弟が、今。激突しようとしていた。



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030:Dual Duel.

 結論を先に言おう。――――ウェイバーの工房攻略は、彼自身にとっては散々な体験であり、英雄王にとっては抱腹絶倒爆笑必至の体験だった。

 

 ウェイバーなりに探査の魔術で危険を避けて進んだものの、ロード・エルメロイの工房が弟子程度の探査魔術でその全容を明らかにする訳がないのは自明の理。一歩歩けばギロチンが飛来し、二歩歩けば底なし沼に落ち、三歩歩けば即死級の魔術が発動する。そんなトラップの数々に全て引っかかりながらも、ウェイバーはその度に爆笑する英雄王の手でギリギリ救われていた。

 

 空飛ぶギロチンをウェイバーの皮膚から一ミリで寸止めし、底なし沼から釣り竿で釣り上げられ、即死の魔術は英雄王の手で僅かに目標を逸らされウェイバーのこめかみを掠めて行く。その度に絶叫し、泣きそうになるウェイバー、それを見て一層爆笑する英雄王。

 

 ある意味ケイネスからすれば完全に想定外な事に、ライダー陣営は全てのトラップに引っかかりながらも上を目指している。その様を監視の魔術で見ているケイネスは「やれやれ」といったふうに頭を振り、それを横から覗き見るランサーは爆笑する。

 

 だが、幾多の死線を潜り抜けたことで、ウェイバーは階を登るごとに学習していた。――――ウェイバーの真価は、戦闘能力でも、魔術でも、知恵でもない。その観察眼と魔術の最適化に関する才能こそが、彼の持つ唯一無二の才覚だ。英雄王は敢えて指摘せず、ウェイバー自身が自覚していないその才能は、この死線の中でじわじわと成長している。

 

 探査魔術の最適化を経た上で、トラップに引っ掛かり続けて得られた様々な罠のパターンを組み込まれた結果、ウェイバーの探査魔術は魔力消費をそのままに気色の悪い程神経質な物へと変貌している。惜しむらくは感知出来てもウェイバーがショボすぎて回避できない事だが、そこは英雄王がカバーしている。――――まぁ、カバーを前提にしているとはいえ「反応が悪くなってつまらん」とウェイバーを新たな罠に掛けるべく全階層をマッピングした英雄王がウェイバーの精神を著しく削ったことは言うまでもない。

 

 そうして、地獄の行軍の果てに、ウェイバー達はどうにかこうにかケイネスのいる最上階に辿り着いた。

 

 

【030:Dual Duel.】

 

 

「サーヴァント頼りとはいえ、良くぞ心折れずに此処まで来た。ウェイバー・ベルベット君。――――後にも先にも私の工房のトラップを全て作動させながら踏破したのは君だけとなるだろう」

「でしょうね。――――というか、僕ぐらいの馬鹿じゃないとそもそも先生には挑まない」

「おいおい、もう少し面白い事を言えんのか? 道化よ。――――しかし、フロア一面のマグマの海、フロア丸々水没、異界化した森の中にワープするトラップ……ケイネスとやら、なかなかに楽しめたぞ」

「伝説の英雄王のお褒めに与るとは光栄だ。――――さて、お喋りはここまでにしよう、ウェイバー・ベルベット。掛かってくるがいい。決闘の見届け人は、我が許嫁のソラウ・ヌァザレ・ソフィアリが務めよう」

 

 そう言って懐から月霊髄液を取り出すケイネス。それに合わせてランサーがその槍を振るい、彼の固有結果を展開する。ケイネスの手の甲で輝く閃光は、かの征服王の宝具が真の状態で以って顕現する事を示している。――――令呪一画と引き換えの宝具の拡張展開。イスカンダルに仕えたマケドニア軍を装備諸共召喚するその技は、まさしく規格外宝具の名に相応しい。

 

 だが、それを面白げな表情で迎え撃つウェイバーのサーヴァント、ギルガメッシュもまた規格外である。彼の背後で無数に波打つ黄金の波紋は、その一つ一つが宝具の原点。人類が開発し得る全ての物品と、彼が生前集めた無数の宝具を内包したその蔵は、個人を億軍と対抗し得る戦力に昇華させる。

 

 激突する『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』と『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』。その神話の再現から離れた砂漠の一角。暗黙の内に両軍が手出し無用と決めたその場所で、ウェイバーとケイネスの決闘が、ソラウ立会いのもと行われようとしていた。

 

 

 ケイネスが装備するのは、彼の誇る礼装、月霊髄液。水銀を流体操作の魔術で自在に操るというその発想は、水と風の二重属性であるケイネスならではのものだろう。

 

 その一方で、火の単一属性という一山幾らの極々一般的な魔術師のウェイバーが持つ礼装は、正直言って貧弱だった。祖母から受け継いだ唯一の魔術礼装。一発限りの使い捨てであるそれは、一見するとただの葉巻だった。ウェイバーが一本一本全力で魔術を込めたそれは、火を灯すと使用者の周囲に結界を張る能力を持つ。――――結界を張る、だけである。攻撃力もクソもない、極めて貧弱な礼装と言えるだろう。強いて言うなら火の魔術を使う際の火種にはなり得るだろうが、せいぜいその程度。月霊髄液に比べれば玩具同然だ。

 

 そんな訳で、ウェイバーも当然ながら別個月霊髄液対策を講じている。彼が懐に隠し持っているのは、英雄王から借り受けた小さな袋。この袋自体は『見た目よりも遥かに多くの物を容れられる』というよくある魔術用品なのだが、ウェイバーの秘策はその中身だった。――――ウェイバーは、その拙い錬金術の知識を補強するべく読んだ科学関連の雑誌から、月霊髄液を完封する手段を思いついたのである。ウェイバーとて、勝機も何もなく『ランサー陣営を攻める』と発言したわけではない。彼が拠点で水晶玉を覗く傍ら作り続けたある粉末が、この袋に入っているのである。

 

 だが、切り札を見せ付けるのは愚策だ。ウェイバーは懐を全く気にすることなく、初歩の魔術で葉巻に火をつけて結界を張ると、その人差し指をケイネスに向けて突き出した。一工程(シングルアクション)の中でも初歩の初歩、ガンドの魔術による牽制である。速度も威力もまあ及第点といったそれは、直撃すれば込められた呪いによって腹痛などのダメージを受けるだろう。だが、月霊髄液の前にその拙い魔術は無意味。

 

 素早く板状に展開した水銀は、ガンドを弾くと同時に斬撃用の触手を伸ばし、ウェイバーを切り裂かんと襲いかかる。その攻撃はウェイバーの張る結界を容易に貫くものの、ウェイバーは結界による僅かな時間稼ぎで以って、水銀の攻撃をギリギリのラインで回避する。超高速の斬撃は、超高速であるが故に直線的だ。身体強化を駆使すれば、流石に皮を切られる程度の軽い傷は受けるものの、致命の一撃は回避できる。

 

 そうして水銀を回避し、ウェイバーはガンドを打ち込みながら、ひたすらケイネスを目指して吶喊する。彼の策を成す為には、少しでも距離を詰めなくてはならない。ウェイバーは魔術回路を限界以上に駆動させながら、四肢を強化し、眼に魔力を回し、ひたすらに前を目指す。その代償に皮膚には血管がビキビキと浮かび上がり、口の端に血の泡が滲む。だが、極々平凡な魔術師見習いが天才魔術師に挑むのであれば、然るべき代償を払わねば成らないのは当然だ。

 

 そうして、ひたすらに駆け抜けたウェイバーは、避ける素振りもなく砂漠に立つケイネスに身体強化で硬化させた拳を叩き込む。

 

 

 その直前で、無数の水銀の槍が、ウェイバーを貫いた。

 

 

* * * * * *

 

 宝具の雨が降り注ぎ、砂丘諸共兵士を吹き飛ばした。それと同時に、珍しく手ずから武器をとった英雄王はその手に握った大斧をイスカンダルへと振り下ろす。

 

 ウェイバーがケイネスを相手取るという無謀によって、ギルガメッシュには強力な令呪のサポートが付与されている。その筋力から放たれる攻撃は、イスカンダルという益荒男を以てしても実に重い斬撃だ。だが、この状況は、どちらかと言えばイスカンダルの優勢に傾いている。

 

 無数の宝具の原点を所有するギルガメッシュに対抗するは、無数とは言わずとも、万を超える英霊たち。――――しかもその半数が自前の宝具片手に殴りかかってくるとなれば、流石のギルガメッシュも少々劣勢に成ってしまうのは仕方がないだろう。それに加えて数名混じる大英雄は、どれもこれも半端ではない宝具を展開してのけるのだから非常に面倒くさい。プトレマイオスは『アレクサンドリアの大灯台』からビームを出し、クレイトスがバーサーカー化し、エウメネスが魔術を行使しながら槍を振るう。

 

 そんな普通の英霊であれば数十回は死んでいる戦場において、ギルガメッシュは慢心の度合いを少々下げつつあった。

 

「ふむ。――――既に目にした物ではあるが、成程これ程の数を束ねれば、雑種が王と嘯く様にもなるか」

「ほう? 余を王と認める気になったのか英雄王?」

「たわけ。天下に王はこの我一人。それ以外の王など有象無象の雑種にすぎん。……だがまぁ、貴様に限って言えば、我が手ずから裁くに値する『賊の首領』であるとは認めてやろう、簒奪者。――――その眼に真の王を焼きつけて、死ね」

「ふん、孤高の王道か。――――余とは相容れんが、それもまた王道には違いあるまい。であれば、余はそれを蹂躙制覇するだけの事! 続け我が同胞! 人類最古の英雄王に、目に物見せてやろうぞっ!!!!」

 

―――― AAAALaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaie(アアアアラララララララララララララライッ)!!!!!!

 

 イスカンダルの号令を受け、鬨の声を上げて殺到する英雄たち。津波の様なその集団を前にして、英雄王も宝具の射出数を増大させていく。大英雄同士の激突は、青々とした無窮の空を揺るがせ、固有結界内に爆ぜるような轟音を引き起こした。

 

 

* * * * * *

 

 

 僅かに、十メートル。その距離を全力で駆けてくる弟子を、ケイネスは決して侮ることなく迎え撃った。ウェイバーの懐にある僅かな魔力を感知し、その魔力源諸共ウェイバーを串刺しにする。極力、急所を避けてやったとはいえ、全身数カ所に穴が空いた見習い魔術師は彼の目の前で血反吐を吐く。

 

 だが、その直後。ケイネスはその魔術回路に、術が破壊されたフィードバックを感じて仰け反った。――――月霊髄液の不調。術が破壊されるほどの魔術的干渉が見受けられ無いにもかかわらず、ケイネスの礼装はその動きを停止してしまったのだ。

 

 流石に眉を顰めるケイネスは、目の前で血を吐きながら不敵に笑うウェイバーに問いを投げる。

 

「ウェイバー・ベルベット……貴様、何をした……?」

 

 そう問い掛けても、ウェイバーはゲホゲホと血を吐くばかり。だが、彼が噎せた拍子にその懐から溢れた『数種類の金属粉末』を見た瞬間、ケイネスは全てを理解した。

 

 ウェイバーは恐るべき事に初歩の初歩にあたる子供騙しの錬金術で以って、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの魔術礼装を破壊したのである。――――錬金術における初歩的な魔術には、反応を加速させる幾つかの術式がある。ケイネス自身も幾度と無く使用したその術は、材料に触れて術を行使するだけの簡易な物だ。

 

 ウェイバーは、その術式を月霊髄液に対して(・・・・・・・・)使用したらしい。彼は、なんらかの魔術で体積を圧縮した大量の『銀、錫、亜鉛、銅の粉末』を月霊髄液に限界まで近づいてぶち撒ける事で、月霊髄液を固めてしまったのだ。

 

 

――――一般的な用語で言えば、銀錫アマルガム。歯の詰め物にも使われる水銀合金であるそれは、歯の詰め物と言うだけあってもはや固体である。当然ながら、ケイネスは固体を操作するには属性が向いていない。月霊髄液は完全に活動を停止してしまったのだ。

 

 

 そして、この礼装破壊に伴うウェイバーの生命の危機こそが、ウェイバーの計画の二段目である。

 

 

「ライ、ダー……ッ!」

 

 その声は、ランサーと激突するライダーにパスを通じて伝達され、英雄王の元へと届く。その声に応える様に、征服王の軍勢相手に戦闘を繰り広げていた黄金の王は取り出した『空飛ぶ絨毯』に乗って固有結界内の青空に飛び立つと、秘蔵の宝剣を開帳した。鍵剣によって開かれた『王の財宝』の系統樹。その一枝から取り出したるは、英雄王が誇る最強宝具にして、バーサーカーを屠った宝具『乖離剣エア』である。その剣を手にしたまま、英雄王は征服王に向けて、或る種の祝福を投げ掛けた。

 

「喜び、誇るが良い。今宵我は漸く『戦う』気になったぞ、征服王。――――倒すべき『敵』に相応しい(つわもの)どもを目の前にし、その上『命を救ってやる』と我に言わせた道化が、今まさに死にかけている。――――我は約定を違える事はせん。我が臣下の窮地とあらば、助けてやらねばならんだろうな」

 

 そう言って、エアを頭上高く掲げるギルガメッシュ。身に付けた鎧が弾け飛び、その総身からおぞましい程の魔力を発露させた英雄王に、流石の征服王も度肝を抜かれる。

 

――――乖離剣エア。その究極宝具の真価を発揮するには、大きな制限が二つある。一つは、英雄王が本気に成る事。これはそもそもエアを抜かせうる格が敵に求められる上、英雄王自身のテンションも大いに関係してくる。

 

――――――そして、二つ目は、『解放場所が地球上ではない』事。その点で言えば、固有結界という隔離空間はまさしく理想的だった。

 

 

 『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』。かつて世界を斬り裂いたその一撃は、固有結界という地上から隔離された空間で遂にその真価を発揮する。

 

 

 三層の次元断層は、さながら銀河の如く渦巻きながら、原初の世界を再現する。――――星があらゆる生命の存在を許さなかった、灼熱の世界。ギルガメッシュはこの瞬間に限りその『神性』を本来のA+へと変貌させ、神としての権能を行使したのだ。

 

 そしてそれは、配下の軍を巻き込んで、イスカンダルへと叩きつけられる事になる。

 

 

 

 乖離剣の最大開放を受けた世界が閃光と共に粉砕するなかで、死に体のウェイバー、ランサーに向けて令呪を行使したケイネス、成り行きを見守っていたソラウの三名は閃光に包まれ、意識を喪失する。

 

 冗談抜きに神話の再現をやらかした英雄王もドヤ顔のまま閃光に呑まれ、砂漠の世界はハイアットホテル最上階へとまき戻って行く。それは即ち、ランサーの最強宝具がギルガメッシュに敗れた事を意味していた。

 



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031:The will of the hero.

 ハイアットホテル最上階。イスカンダルの固有結界からその場に舞い戻ったケイネスとソラウは、閃光による短時間の気絶から回復すると同時に、膝をつくイスカンダルを見て自陣営の敗北を理解した。ケイネスとソラウという優れた魔術回路の持ち主二人の魔力によって、ランサーは辛うじて現世に留まっている。だがその霊核は破壊され、数分後には消えゆく運命である事に変わりはない。だというのに、イスカンダルはその傷だらけの身体で立ち上がると、頭をかいてケイネスに詫びた。

 

「――――いやぁ、すまんな。ケイネス。避けろと令呪で命じられたが、避けられるもんでも無かったようでなぁ」

「……ああ。分かっている」

「此度の遠征は此処で終わり、か。……ふっ、中々に愉快な遠征だったな。――――おい、英雄王」

 

 そういって、イスカンダルは少し離れた場所で、気絶したウェイバーの口に何やら流し込んでいる英雄王に声をかける。その呼びかけにギルガメッシュは視線をそちらに向ける事で答えた。――――イスカンダルが知る由もないが、令呪四画分の強制力によってギルガメッシュは瀕死のウェイバーを治療する手を止める訳にはいかないのである。

 

「――――英雄王。お前さんにこんな事を頼むのは妙だろうが、余の遺言を聞いてはくれんか?」

「……申してみよ。事と次第によっては聞いてやらんでもない」

「そこのケイネスは、さっきので令呪を全て使い果たした。――――つまりは、もう余のマスターではないのだ」

「その様だな。……ふむ、良いぞ征服王。そこな雑種は我の道化との決闘に『勝利』した。まぁ、道化も中々奮闘したようだが、武器を失ったとはいえあの状態ならばケイネスとやらの魔術でいかようにも出来たであろう。――――故に、貴様の遺言は聞き入れておいてやる」

「――――まだ何も言うとらんではないか。……だがまぁ、お前さんらしいと言えばらしいなぁ。…………ではな、ケイネス、ソラウ嬢。――――英雄王、頼んだぞ」

 

 とぎれとぎれに言葉を紡ぐイスカンダルは、最後まで仁王立ちのまま魔力の粒となって消え失せた。――――状況が飲み込めないケイネスからすれば、現状は極めて危険であると言えた。自身のサーヴァントは敗北し、敵陣営のサーヴァントは健在だ。その上、ケイネス達が気絶している内にウェイバーは英雄王によって回収されている。

 

 だが、英雄王は困惑する二人に構う事無く、ウェイバーの口に流し込んでいた霊薬の効果が発揮された事を確認すると、ウェイバーを部屋に備え付けてあるベッドに投げ込んで、ソファに腰掛けてくつろぎ始めた。――――完全に自分の家だと言わんばかりのその振る舞いを見てケイネスは一層どうしていいか分からなくなる。

 

 そんな状況で、口を開いたのはソラウだった。

 

「……ライダー、私たちにはさっぱり状況が読めないのだけれど、私たちを殺さないのかしら?」

「雑種が我に問いを投げるな。……と言いたい所ではあるが、貴様の言い分は尤もではあるな。良かろう、質問に答えてやる。ランサーめは、有体に言えば我に貴様らを売り渡した。つまり、貴様らは此れより我の奴隷という訳だ。貴様らのこの城と、貴様ら自身。どれも然したる価値はないが、我は貢物を受け取らぬ程狭量ではない故な。――――そこな道化と共に飼ってやろう。感謝せよ」

 

 非常に回りくどく伝えられたそれは、端的に言えばイスカンダルによる助命嘆願であった。――――イスカンダルは、ケイネスとソラウをギルガメッシュの庇護下に置く事で、その安全を確保したのである。その事実を漸く脳が理解して、ケイネスとソラウは、総身の力が抜け落ち床にへたり込んだ。

 

 その姿に英雄王は「ふん」と一つ鼻を鳴らすと、蔵から取り出した酒を片手に、テレビ鑑賞を開始する。

 

 只一人ベッドの上で気絶しているウェイバーのみが、この事態を知ることも無く、眠り続けている。――――だが、ある意味一番異常事態なのがウェイバー自身だというのは、実に皮肉なモノである。

 

――――英雄王が瀕死のウェイバーを救う際に呑ませた秘薬は『二本』。その事実を知って、ウェイバーが可愛そうなほどに号泣するのは、翌朝の事であった。

 

 

【031:The will of the hero.】

 

 

 一方、その頃。日付も変わりいよいよ真夜中となった冬木市の中で、異常に賑やかな場所が一つ。――――冬木市民会館。ザイードが拠点としたその場所に全戦力を率いて地下から侵入した残りのハサン連中は、龍之介の命で市民会館の突貫工事を行っていた。

 

 無論ザイードは「帰れ」と一蹴したものの、大挙して押しかけたハサン達を喰いとめられる筈もなく現在は既に説得を諦めパイプ椅子に腰かけている。とはいえ、流石にザイード以外の連中もザイードの邪魔をしに来た訳ではない。龍之介からは工事が終了次第『兵士を残して』撤退するように言われているし、彼らもそのつもりである。

 

 この大改装は、『小聖杯の獲得とアーチャー打倒』という大金星を挙げたザイードへの、ハサン達なりの祝いである。まぁ、本人が喜んでいるかと言われると、ムスッとした顔で頭を抱えている訳なのだが。――――そんなザイードの元に、龍之介とヤスミーンがやって来た事で、ザイードは久々に会った自身のマスターに思わず毒づいた。

 

「龍之介殿。このザイードめの『願い』を御存じなのでは無かったのですか?」

「知ってるよ。でもまぁ、後一時間もしないうちに兵士だけ残して俺らは引き上げるからさ。ま、旦那への餞別だと思ってよ。――――それに『願い』を叶えるなら兵士はたっぷりいた方がいいでしょ?」

「……それはそうですが」

「ザイード、龍之介殿のご厚意だ。受け取っておけ」

「だがな、ヤスミーン。此方に兵士を集中させて良いのか? 地下拠点の防衛はどうする」

「その点に関しては案ずるな。お前が別行動を開始した直後に我々は更に深い位置へと拠点を移した。発見は我々ハサンレベルで無ければ不可能。そしてこの聖杯戦争では、我らの他にハサンはいない。――――つまり、現状で兵士の大半はごく潰しという訳だ。お前にくれてやった方が遥かに効率が良い」

 

 そういって仮面の奥で笑うヤスミーンの台詞に、仮面を外したままのザイードは一先ず納得する。――――そして、事態を受け入れるとなると状況把握は必須であった。

 

「ところで、ヤスミーン。これだけの速度で工事を進行するとなると、予め設計図でも作っていたのか?」

「ああ。市役所に図面があったのでな。写しを作り、改造予定を練った。――――最終的な図面は、これになるな」

 

 ヤスミーンが差し出すのは、棒状に丸められた模造紙大の設計図。それを受け取ったザイードは、手近な壁にそれを画鋲で張り付けて観察し、意見を述べた。

 

「成程。――――さてはお前ら、馬鹿だろう」

 

 そこに書いてある設計図の通りに行けば、この市民会館は最早ダンジョンと化す。近隣都市から集めて来た日用品を悪用して生産したらしい無数のトラップ。子供だましからエグいものまで選り取り見取りな無数のトラップ類は、キャスターの手により正確無比に設置されていく。まさしく『暗殺者』の為の戦場と化す市民会館の中で、場の支配者であるはずのザイードは頭を抱えるのだった。

 

 

* * * * * *

 

 

 時刻は流れ、翌朝。教会では意識を取り戻した時臣を交えて、遠坂陣営の会合がなされていた。アサシンもどうにか回復したとはいえ、アーチャーの脱落は痛い。あの場においては確かに『時臣を気絶させて逃がす』というアーチャーの策は間違ってはいなかった。だがキャスター陣営の介入によって計画が狂い、アーチャーは脱落してしまったのである。

 

 片手を失った時臣には綺礼が取り急ぎ手配した『稀代の人形師』が制作した義手が据え付けられており、その体調は万全である。だが、その表情は綺礼や璃正と同様に暗く落ち込んでいた。――――その原因は、気絶した彼の懐に入れられていたアーチャーの『手紙』にある。

 

 

――――もしも私がセイバーに敗れる等の理由で脱落した場合、時臣と綺礼は教会に隠遁しアサシンを運用する事。時臣は強いが、衛宮切嗣や英雄王ギルガメッシュ相手では勝ちの目が無い。アサシンを綺礼から譲り受けるのも策ではあるが、その場合は綺礼を単独戦力として運用する必要があり、綺礼の死亡率が上昇する。時臣、綺礼の両名を『生存させる』策は、前述の通り戦闘経験が豊富な綺礼がアサシンに指示を送り、二人とも教会に隠れておくことである。そしてアサシンは『言峰綺礼』に変身した上で常時綺礼と感覚共有せよ。――時臣殿、貴族たるもの家の存続のためであれば泥を啜ることも受け入れなければなりません。賢明なご判断をなされますよう。Prov3112, Col321

 

 

 いわゆる、『死せる孔明』的なこの手紙。この策であれば、綺礼と時臣の安全は確かに確保される。一応、時臣なりのアレンジとして彼が魔力を練り込んだ宝石をランスロットに呑みこませることでパスを構築し、擬似的なダブルマスターとしてアサシンの強化を行ったが、大筋では結局手紙の策に従う事になったのである。

 

 そんな訳で、現在綺礼に化けたアサシンを街に差し向けた遠坂陣営は『セイバー陣営一極狙い』の方針で動いているのである。――――聖杯は恐らく、セイバーかライダーの手に渡るだろう。そうなってくると、どう考えても『テロまがいの手段で闘う危険な輩』であるセイバー陣営を勝利させる訳にはいかないのだ。教会としても時臣としても、そんな『碌でもない事に聖杯を使いそうな』陣営に聖杯を渡す訳にはどうしても行かなかった。それ故に、三人はアサシンをセイバー陣営捜索に充てている。

 

 その結果が先程の暗い顔なのだが、その理由は実のところ三人とも異なっている。

 

 時臣は言うまでも無く、聖杯を得られない確率が高いという非常に残念な結果によるもの。そして、優雅さも余裕もない自身の現状を恥入ってのものである。一方で、璃正は時臣の様な『根源に至る』という魔術師らしい『無害な』願いに聖杯が使われる事を願っていた、聖堂教会としての立場による落胆だ。

 

 そして、綺礼は、意外な事にアーチャーの死を『悼んで』のものである。

 

 彼にとって、アーチャーはこの短期間で『時臣を上回る』尊敬の対象に昇華していた。彼が長年願っていた『神の教えに背かない手段で、喜びを得たい』というささやかな望み。その望みが成就する道標を付けてくれたのは、紛れもなくあのアーチャーである。世間一般には悪徳の化身として伝承されるジル・ド・レェは、その『悪を為さずに悪を感じる』という手段を教える事で、綺礼に救いを齎したのだ。――――そんな『先達』の非業の死は、綺礼にとっては非常に残念なものだった。

 

 これが『本人の意に沿わない』死であったなら、綺礼はその苦悶を想像し、悼むよりも先に愉悦を感じる事ができただろう。だが、アーチャーは遺言状を残し、死を覚悟してあの場に残ったのだ。其処に綺礼が愉悦を感じる余地はない。――――そして何より、綺礼はアーチャーが綺礼に宛てた『遺言』を受け取って尚、その非業を喜べる程に恩知らずでは無かった。

 

 Prov3112,Col321。一見意味不明なそのアルファベットと数字の羅列は、神父である綺礼と璃正にとっては容易に『聖書の一節』を示していると理解できる。だが、その内容に込められた意味を理解したのは、アーチャーに自身の身の上を打ち明け、教えを請うていた綺礼のみ。箴言31:12と、コロサイ書3:21。それぞれ『彼女はその命の限り、悪では無く、善で以て彼に報いた』、『父達よ、子を怒らせてはならない。彼らを気落ちさせない為に』という一節を示すその符号は、綺礼にジル・ド・レェの言葉をしっかりと伝えていた。

 

――――綺礼の妻は綺礼を愛していた。故に、綺礼はその子を愛してやらねばならない。

 

 ごく短いそのメッセージは、綺礼に一つの決意を抱かせる。

 

 

 

 生きて『娘』を迎えに行く為に、綺礼はいかなる手を用いても此処で死ぬわけにはいかなくなったのだ。――――それは、言峰綺礼という男が、アーチャーとの会話で『人を愛する事が出来る』と学んだが故の決意だった。



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032:Hall of the trap.

 時刻は昼過ぎ。参拝客を装い柳洞寺の調査を行ったセイバー陣営の一行は、其処にサーヴァントの気配はおろか、あらゆる魔術の痕跡すらも感知できなかった。――――敵はキャスターである。それ故に、極めて高度な魔術の隠蔽を行っている可能性も無くはない。だが、それ程の魔術師の工房に踏み込んで無事で済むとは考えにくく、切嗣はキャスターの根城は柳洞寺に非ずと判断した。

 

 そうなってくると、いよいよ怪しいのは市民会館である。とはいえ、すぐにでも突入するという訳にはいかなかった。万全の状態で戦闘に臨む為には、色々と準備が必要なのだ。現在の装備は柳洞寺を想定した装備なので、さしあたっては一度衛宮邸に帰還し、装備を換装する必要がある。

 

 更に言えば、作戦行動の為には栄養補給も重要だ。サーヴァントであるセイバーはともかく、切嗣と舞弥はカロリーを補給せねば激しい戦闘行為に耐えられない。食休みの時間も考えると、攻め込むのは夕方頃になるだろう。

 

――――その時が、この戦争の最終決戦の幕が切って落とされる瞬間になるとは、この時のセイバー陣営には思いもよらなかった。

 

 

【032:Hall of the trap.】

 

 

 ウェイバーが己の不幸を深く嘆くのを、初めはケイネスとソラウはよく分からないままに眺めていたが、昼過ぎになって漸く彼が落ち着き、その悲しみの理由を聞いた頃には、ソラウはともかくケイネスはすっかり彼に同情していた。

 

 『去勢』、そして『性転換』。二つの副作用を持つ霊薬を同時に用いられた事で、ウェイバーは命こそ助かったものの、その肉体は骨格レベルで変化し、女性のものへと変貌してしまっている。同時に投与された『去勢』の霊薬の影響で胸が急激に膨らむなどといった被害は無かったものの、元々非力だった身体にも多少ついていた筈の筋肉が柔らかな脂肪に変わり、胸元はうっすらと膨らみ、そしてウェイバーと長年連れ添った『相棒』は初陣を果たす事も無く死んでしまったのである。

 

 ケイネスは、男性として、そして魔術師としてウェイバーの不幸を完全に理解している。性転換はそれを望まぬ者にとっては正しく拷問であり、去勢は魔術師にとって致命的である。魔術師とは一代で成る物では無く、子々孫々と修練に励む事で根源を目指す存在であるからだ。

 

 故に、ケイネスはその同情心からウェイバーに掛けられた呪いをレジストしてみようと試みたのだが。――――結論から言うと無理だった。その呪いの強度は仮にも宝具だけあって並大抵のものでは無く、それをどうこうする事は流石のケイネスでも不可能だったのだ。

 

 そんな訳で、すっかり可愛らしくなってしまった声で啜り泣くウェイバーの悲しみをどうにか出来るのは英雄王だけとなったのだが。

 

「愉快故、そのままでいるが良い。――――良いではないか、合計で秘薬三本を摂取した貴様の肉体は長命だ。子が絶えても問題なかろうよ。加えて我の機転で『去勢』と『性転換』を組み合わせた事で月経も無い。男として生活するのも不可能ではないと思うがな」

 

 などと供述しており、ウェイバーを元に戻すのはどうやら絶望的らしい。それを聞いて一層さめざめと泣くウェイバーを肴に酒を飲むのだから、この英雄王は本当にどうしようもなく暴君だった。

 

 それから約二時間。漸く諦めの境地に達したウェイバーは、涙と鼻水でずぶ濡れになった服を非常に不本意ながら英雄王の用意した妙にひらひらした服――と言っても女装ではなく一応男性用のフリルシャツ――に変え、今後の策を練っていた。

 

 ランサーを打倒した上でケイネスを味方に引き込めたのは大きく、実質マスター三名体勢でギルガメッシュを運用できる。欠点は誰一人として令呪を持っていない事だが、ギルガメッシュに令呪は無効と言っても良いので、あまり痛手では無い。ケイネスは魔術回路の影響で魔力量自体は快調とは言えないながらもその魔術の冴えに衰えはなく、現在は月霊髄液の代用品として自動攻撃剣を数本生産して所持している。ソラウはその魔術自体はウェイバーより多少優れている程度だが、魔力量はウェイバーの比では無く、名家の令嬢にふさわしい莫大な出力を誇っている。

 

 そして、ウェイバーは代償として『不眠』『性転換』『去勢』の呪いを受けながらも、代わりにかなり強靭な生命力と、毒や病に対する耐性を獲得している。とはいえ不死身に成ったと言う訳でもなく、耐久性が上がった訳でもない。ただ、怪我の治りが良く、長生きができるというだけのものだ。それでも『傷が早く治る』というのは、ウェイバーのピンチに合わせて強くなる英雄王とは相性が良かった。

 

――――戦況はよくなった。では、現状で残っているアサシン、セイバー、キャスターを相手にどう戦うべきか?

 

 ウェイバーがそう思考を巡らせ、師であるケイネスに意見を仰ごうとした直後。

 

 そろそろ夕暮れとなりつつあった冬木の街に、『ドン』という魔力の衝撃が響き渡った。それは、魔術師が連絡用に用いる、魔術師以外には関知できない魔力パルスによる狼煙の様なものだ。それを感知したケイネスとウェイバーはすぐさま窓際きかけ寄ると、パルスの発生源を探す。――――程なく見つかったその場所は、冬木市民会館。その屋上から打ち上げられたらしいパルス信号と魔術の火花は、間違いなくどこぞの陣営による挑発だった。

 

 三色の火花がそれぞれ、一つ、四つ、七つずつ。タロットになぞらえた符丁で言えば、四は『皇帝』の『達成』、七は『戦車』の『勝利』。となると一は『魔術師』の『機会』であると見るのが普通だろう。だが、聖杯戦争参加者であるケイネスとウェイバーは、その意味する所を正確に理解した。『魔術師が勝利を達成』というそのメッセージは、紛れもなくキャスター陣営からの挑発だ。

 

「おい、ライダー。挑発されてるけどどうするんだよお前」

「ふむ。我を差し置いて王を僭称する輩は討ち果たした故、無視するとする。――――雑種同士の共食いを肴とするのも一興だ。道化よ、酌をする栄誉を与える。励めよ」

 

 そう言ってウェイバーに酒瓶を押し付け、空の酒杯を掲げて酒を注げと暗に示すギルガメッシュのやる気の無さに、ウェイバーは『そう言えばこいつはそういう奴だった』と諦めの溜息を吐く。――――だが、何故今日に限ってウェイバーに酌などさせるのか。普段は手酌で飲んでいた筈である。そうウェイバーが主張すると、英雄王は呵々と笑ってこう答えた。

 

「ふははは、何のために性転換の秘薬を飲ませたと思っているのだ。アレはランクBの逸品なのだぞ」

「おいいい!? 僕の性転換ってお前の酌をさせる為なの!? やっぱりアホなのお前!? いや、アホだろ!」

「そう喜ぶな、道化よ。王たる我に酌が出来る者など滅多におらん故、興奮するのは判るがな」

 

 結局のところ、いつも通りのライダー陣営と、そのノリにいまいちついていけず『ウェイバーも苦労していたのだなぁ』と思考放棄気味のケイネス。そして、案外早く場に順応してちゃっかりワインを飲んでいるソラウ。

 

 彼らが英雄王の手も加わりさらに強化された完全無敵要塞ハイアットホテルの頂上でやんややんやと騒ぐ中、地上では、遂に最後の舞台が始まろうとしている。

 

 自身がその舞台の唯一の観客となる事を、英雄王が取り出した『遠見の水晶玉』を覗く三人は知る由もなかった。

 

 

* * * * * *

 

 

 狼煙を見たセイバー陣営は、舞弥の運転する車で市民会館に乗りつけると錠前を素早く破壊して内部へと侵入した。だが、一歩踏み込んだ直後に切嗣と舞弥は足元の不快感と不安定さに歩みを止める。タイル敷きの会館内部の床には全面水たまりになる量の液体がぶちまけられていたのだ。それは塩酸や硫酸といった危険物ではないが、ある意味一番危険物でもあった。

 

 切嗣達が知る由もないが、百の貌のハサン八十名は専科百般や此処の性格ごとに、この市民会館に二人一組で一個ずつ、計四十の罠を設置している。その内、第一の罠がこの『床一面ローションまみれの罠』。薬問屋や通販で買い求めたポリアクリル酸ナトリウム百キログラムを用いて合成した十トンものローションで溢れかえる廊下は、サーヴァントはともかく人間が歩くには不向きにも程があった。

 

 ローショントラップと聞くとコミカルな印象しか湧かないが、実物は中々凶悪なモノである。人間は、二本脚という不安定な構造を重心移動で無理矢理直立させている動物だ。そんな生物が『足場の摩擦がほぼ無い』空間でまともに立てる訳もなく、切嗣達は足止めを喰らわされてしまう。

 

 だが、この悪辣で悪趣味な仕掛けからすると、キャスターがここを拠点にしているのは間違いない。そう判断した切嗣の行動は速かった。姿勢を低くして重心を下げ、同時に片手を地面につく事で転倒のリスクを減らす。いわゆる第一匍匐前進の姿勢に移行した切嗣と舞弥は、ローションで服がべた付くのも厭わず館内に侵入する。唯一この状況下でも直立二足歩行が可能なセイバーを斥候に、三人はじわじわと廊下を進んでいく。だが、キャスター陣営とてローションだけで敵陣営をどうこうできるとは当然考えていない。

 

 切嗣達が館内に侵入した事で作動した第二の罠。無線によりスイッチが入れられたそれは、斥候のセイバーの動きを感知し、その全身にボールベアリングを叩き込む。流石にそう易々と打ち取られるセイバーではなく、器用に槍を回転させて迫りくる鉄球を弾き落とすが、その一発は切嗣達の背筋に寒いものを走らせるには十分だった。キャスター陣営第二の罠、『セイバー陣営からザイードの子分が盗ってきたクレイモア地雷』である。数は少ないものの、このトラップが狙うのは相手に心理的な疲労を生じさせることだ。一個のクレイモア地雷は、相手に無限の地雷に対する警戒を生じさせる。『一個あった』ということは『二個目もあるかもしれない』と考えてしまうのが、人間という生き物だ。その考えは、常時の緊張を生じさせ、精神を疲弊させる。

 

 そしてこれの厄介な所は、ローショントラップとの相性の良さである。逃げるに逃げられないその状況は地雷をより一層の脅威とするのだ。

 

 切嗣にも当然それは分かっているが、地雷に対する対処法など『気をつける』他にはどうしようもない。そして、キャスターのトラップはそれだけでは無かった。続く第三の罠は、これまた原始的で悪質な嫌がらせだ。その『液体』は、防災用スプリンクラーの水源にたっぷりと満たされており、先程の爆発をキーに作動した火災警報――無論消防局には警報がいかない様に加工済み――によって館内に一斉に放水される。ザイード達がいる一画は予めスプリンクラーを撤去した為被害に遭っていないが、それ以外の場所には『取り敢えずスプリンクラーが詰まらない程度に濾した下水に酢と各種芳香剤をブレンドした物』という強力な匂いの兵器が放たれる。下水は好きなだけあるし、芳香剤は業務用品店で詰め替え用を幾つか買うだけ、酢も業務用ならそれなりに安い、と中々に財布に優しいそのトラップはしかし、敵には全く優しくなかった。

 

 鼻を直撃する強烈な悪臭は、流石の切嗣と舞弥をして鼻を顰める程のもの。衛生的にも大変宜しくないそれが目などに入ればただでは済まない事は明白で、二人は視野角が多少減ることを承知で懐から取り出したゴーグルとガスマスクを着用し、対策を講じる。

 

 廊下は悪臭とぬるぬるとした粘液に満たされた魔窟と化し、降り注ぐ汚液が視野を妨害する。その状況下で第四のトラップ『館内放送』が使用された事で、切嗣達は視覚、嗅覚、聴覚において妨害を受ける事になる。随所に設置されたスピーカーから大音量で流れるのは、いわゆる『エッジボイス』『エッジサウンド』と呼ばれる人の声だ。カセットテープに録音されたそれはキャスターと愉快な仲間達総出で地下拠点にて収録された為、経費ほぼ皆無のエコノミートラップだ。だが、そのゾンビが出しそうな独特の音は、非常に耳障りかつ、やかましい。下手に人の声であるがゆえに耳が反応してしまう上、他のトラップの作動音が聞き取りにくくなるという効果もあるのだ。

 

 そんなわけで、セイバー陣営がそれらの地味ながら不快なトラップに手古摺っている頃。

 

――――修道衣(カソック)に身を包んだ綺礼(アサシン)は、切嗣達とは別の侵入経路から市民会館に侵入しようとしていた。

 




次回更新は予告していた通り、3月です。
2月はお休みをいただきますのでご了承ください。


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033:Hall of the drip.

お久しぶりです。


 正面玄関からにしろ、裏口からにしろ、この市民会館に踏み込んだという点でアサシンとセイバー陣営は『侵入者』という点で等価である。故に、キャスターの罠は彼らに対し、平等に襲いかかる。

 

 アサシンが正面玄関に足を踏み入れ、ローションのヌメりと、漂う悪臭、不快な騒音に顔をしかめた直後。彼の頭上、エントランスの天井から、静かに起動した第五のトラップが強襲した。 侵入者を感知する結界をキーとしたそのトラップは、非常に簡易な魔術トラップである。仕掛けてあったのはロープで天井の梁にぶら下げたバケツ。ロープが初歩の着火の魔術で燃えるとバケツが落下する、というお手軽な仕掛けだ。

 

 そして、ポリエチレン製のよくある青バケツの中に仕込まれていたのは、濃硫酸である。車のバッテリー液を電気分解して煮詰めてバケツに詰め込むという完全に違法な行為で生成されたそれは、数個のバケツに汲み分けられ、侵入者を待っていたのだ。濃硫酸を撒き散らしながら落下する数個のバケツ。しかし、ただただ自由落下するだけのそれを食らうほどアサシンはバカではない。だが、彼の悲劇は『濃硫酸の特性を理解していない』ことだった。

 

 水浸しの床に落下した濃硫酸は急激に水と反応し、高熱とともに『硫酸の霧』を発生させる。綺礼の姿をしたアサシンはその霧をモロに浴びたことで全身に強烈な激痛を感じ、思わず身を強張らせた。

 

――――呪詛付与済み濃硫酸。マリクの呪術で呪われたその薬物は、確かにアサシンにダメージを与えることに成功したのである。

 

 英霊たるもの全身に硫酸を浴びた程度で死にはしない。だが、痛いものは痛いということに変わりはないのだ。そしてこの霧は、もう一つ重要な効果を持っていた。

 

「くっ、目が……!」

 

 目潰しとしてはオーバーキル気味だが、英霊にはこの程度やらねば意味は無い。そもそもこの罠が正面玄関にあるのは『正面から入ってくるのは実力に自信がある英霊』という想定の上の事なのだから。

 

 悶えるランスロットの元に軽快な動きで迫るのは、キャスターの『秘術夢幻香』で強化された兵士たち。頭から『石鹸水』をかぶり、覆面なども石鹸水でずぶ濡れにし、その上に水中メガネを付け、『カンジキ』を履いた彼らの姿はひどく滑稽だ。だが、ローションと硫酸の霧の双方を無効化する装備としては実用的なのは間違いない。――――酸はアルカリで中和するというのは中学生レベルの常識である。そして足の接地面積を増加させれば立ちやすくなる、などというのは最早小学生でも本能的に理解できることであった。

 

 まるでスケートでもするようにローションまみれの床を滑りながら迫る数名は、ランスロットに対し、手に持ったハンマーで殴り掛かる。斬撃には技量という要素がどうしても絡んでくるが、打撃であれば当てるだけで良い。素人を手っ取り早く戦力にするにはハンマーという武器は悪くないものだった。――――それに加えて、このハンマーは只のハンマーでは無い。

 

 龍之介のエコな発想で生まれた『生贄の大腿骨をリサイクルして柄に利用した手作りハンマー』は『苦悶の果てに死んだ人骨』というベストな素材を用いた呪具として生まれ変わり、人の血に漬け込まれて錆びた鉄塊は濃密な怨嗟の念を迸らせながらアサシンを猛打する。古典的でカルトな黒魔術であっても、それを『魔術師』の英霊が行使すれば、サーヴァントにすら通用するのは当然のこと。無窮の武練と無毀なる湖光によって辛うじて攻撃を凌ぎきるものの、鉄槌の一撃は確実にランスロットの腕に衝撃を与えていく。

 

 裏口とはうって変わって最初から殺意丸出しかつ、霊体化封じも兼ねた呪具まみれのトラップは、アサシンを十分に足止め出来ていた。

 

 

【033:Hall of the drip.】

 

 

 さて。視点は切り替わり、市民会館最奥、大ホール上の照明室。そこに安置されているのは、厳重に封印された黄金の杯。黒い泥を器の中程まで満たしたそれは、イスカンダルとアーサー王、そしてジル・ド・レェという三騎の英霊の魂で以って、大聖杯への路を開きつつあった。

 

 あと一押しで決壊すること確実なその物体。それはザイードの予想とは異なり、到底『聖杯』と呼べるものではない。だが、それならそれで使いようはあると、ザイードは『蔵知の司書』スキルで他のハサンから魔術知識を借り受けつつ、この汚染された聖杯を分析していたのだ。

 

 その分析結果を裏付けるべく、ザイードは『龍之介に連絡を取り』、他のハサンが生み出した使い魔で大聖杯を確認して貰っていたのである。ザイードがその使い魔から情報を受け取るまでの時間稼ぎこそが、アサシンとセイバーを苦しめるトラップの役割なのである。

 

――――そして、『答え』を導き出したこの瞬間、時間稼ぎは不要となった。

 

 最後の仕込みとして聖杯を大ホール直上の屋根裏へと隠し、大ホールの舞台に陣取ったザイードは、手駒達に『時間稼ぎ』から『サーヴァント討伐』へと作戦を切り替えるように指示を出した。それと同時にザイードは、その総身に魔力を漲らせ、館内の二陣営を挑発する。――――その魔力を感知した二騎のサーヴァントは、間違いなくザイードの待ち受ける大ホールへと向かうだろう。この市民会館に訪れた以上、彼らの目的はキャスターで間違いないのだから。

 

 現状を頭の中で整理し、計画が順調に進んでいる事を確認しながら、壇上でパイプ椅子に腰掛けるザイードはその時をただ静かに待っていた。

 

 

* * * * * *

 

 

 吊り天井、床を爆砕する事による落とし穴、壁から突き出る鉄の杭。一体全体、何処の忍者屋敷だと言いたくなるような無数のトラップに加えて、迫り来るのは明らかに人外じみた動きをする人間達。キャスターの魔術の影響か、下級サーヴァント並みの性能を持つその兵士達を相手に、切嗣、舞弥、そしてセイバーの三名は持久戦を強いられていた。

 

 如何に強化されているとはいえ、所詮は人間だ。頭に銃弾を叩き込めば死ぬし、セイバーの魔槍、魔剣の前には巻き藁に等しい。だが、それらの欠点を補いうる程に、その数は驚異的だった。――――廊下を埋め尽くす人、人、人。ゴキブリ宜しく次から次へと湧いてくる敵に、戦況は膠着状態に陥っていた。

 

「くそっ、動きを見せないとは思っていたけれど、まさかここまで大量の手駒をかき集めていたなんてね」

 悪態をつきながらキャレコの弾丸をばら撒く切嗣は、傍で戦うセイバーに小さく声をかける。

 

「セイバー、一先ずこの場から抜け出そう。隙は僕が作るから、モラルタで床をくり抜いてくれ。僕の入手した図面だと、この下には役者用の控え室があるはずだ。そこから非常用通路を使えば、このホールの外に抜けられる。この分だと、外からミサイルでも撃ち込んでキャスターを叩きだした方が効率が良い」

「確かに此処は相手に有利過ぎる。一度引いて体勢を立て直すのには賛成です、主」

 

 セイバーの返事を聞いた直後、切嗣は自身の魔術を発動させる。――――固有時制御(タイムアルター)二倍速(ダブルアクセル)。自身に流れる時間そのものを加速させた切嗣は、手榴弾をキャスターの兵士達の頭上に向けて投擲する。

 

 本来ならば、四秒程度の待機時間の間に手榴弾は地面に落ちてしまうはずであり、数を頼みとする敵相手では『数名が覆い被さり封殺する』などの対処で被害が抑えられてしまう。だが加速した切嗣は、その手榴弾の殺傷力を最大限に発揮させる事が可能だ。――――加速した世界の中では、手榴弾の起爆時間は体感で八秒。きっかり『六秒』数えて投擲されたそれは、兵士達の頭上ピッタリで炸裂し、鉄片と爆風を降り注がせる。

 

 その直後、セイバーの斬撃で床ごと階下に落下した三人は、出口に続く道をひた走る。限界まで身体を強化し、滑る床の上で必死に走る彼らと、それを追う無数の兵士達。出来の悪いゾンビパニック映画のようなその光景は『観客』である英雄王を中々に楽しませる事となっているのだが、それを当人たちが知る由はなかった。

 

 

* * * * * *

 

 

――――結論から言えば、やはり円卓最強の騎士は伊達では無かった。時臣と綺礼のバックアップを受けたランスロットは無毀なる湖光の能力を以って、迫る兵士達を斬り伏せることに成功したのである。

 

 キャスターの誤算は、ランスロットのマスターが『治癒魔術においては遠坂時臣以上』の腕前を持つ言峰綺礼だった点である。パスを介して彼の治癒を受けたランスロットにとって、キャスターの操り人形は確かに『足止め』にこそなるが『敵』ではない。それらを文字通り『粉砕』したランスロットは、エントランスからホールに侵入することに成功し、舞台の上で待ち受けるキャスターを睨みつけた。

 

 流石にホールの中には粘液が撒き散らされることもなく、その優美な内装は未だ穢されることなく新品の輝きを見せている。――――そのホールの最奥。舞台の上で異様な魔力を迸らせるキャスターは、じっとランスロットを見つめている。前回の遭遇時にはフードで隠されていたその素顔は、特徴のないごく平凡なアラブ人青年のもの。間違い無く英霊でありながら、凡そ英霊らしい要素のないその姿に、ランスロットは思わず呟いた。

 

「それが、貴様の素顔か、キャスター。……隠しているからには顔が割れれば正体が割れる英霊だと思っていたが、どうやら思い違いだったようだ」

 

 その呟きに、舞台の上のキャスターは答えない。――――客席にずらりと並んだ百名近い兵士達も主と同じく微動だにせず、ただただランスロットを見つめている。妙に焦点の合わぬその視線は、薬物に溺れた物に特有の狂気を帯びていた。

 

 それらの異様な光景に、ランスロットは多少当惑しつつも、油断無く周囲に気を配りながらキャスターに向けて歩を進めていく。――――と、客席の中程までランスロットが歩を進めた瞬間、兵士達に異変が起きた。

 

 一人、また一人。バタバタと糸が切れた人形のように崩れ落ちる兵士達。ランスロットが混乱を強める中で、ホール中の兵士から魔力が立ち昇り、キャスターへと吸い込まれていく。――――魂喰い。その行為によって数百人の命を吸い上げたキャスターはその魔力を大幅に増大させた。その行為を理解した瞬間、ランスロットは激しく憤った。

 

「――――キャスター、貴様ッ!」

「……」

 

 霊体として存在する以上、サーヴァントは魂喰らいの化物であるというのは間違いない。だが、かつて英霊であった者にとって、その手段は忌避すべき行為であるはずだ。ましてや、『仲間』を喰うなど、騎士であるランスロットにとって認められるものでは無い。変装や近代兵器の使用といった騎士らしからぬ行為に手を染めようと、彼はその誇りまでは捨て去っていないのだから。――――そして当然ながら、敵の『自己強化』を黙ってみている理由はない。

 

 無毀なる湖光の能力を発動したランスロットは、弾丸の様にホールの客席を駆け降りる。舞台上のキャスターまでものの三秒で到達したランスロットは、その魔剣を大上段に振り被ると、裂帛の気合いと共にキャスターへと振り下ろした。――――果たしてキャスターは抵抗せず、無毀なる湖光の刃はその霊核を破壊してのける。相手を切った確かな手応えを感じながらも、あまりに呆気ないその最期に、ランスロットは先程までの憤怒が一気に冷めていくのを感じた。

 

――――何かが、おかしい。

 

 そう考えるランスロットの前で、キャスターは初めてランスロットに語りかけた。

 

「……他愛無し」

 

 魔力の粒子と化して霧散する直前にキャスターが発したその言葉に、ランスロットがどういう意味かと問い返そうとした直後。キャスターが仕掛けたトラップが、彼の『頭上』から滴り落ちる。百人の魂を取り込んだザイードが生贄に捧げられた事で遂に決壊した『聖杯の中身』はホールの天井を侵食し、落下してきた黒い泥を浴びたランスロットは、断末魔をあげる暇もなく泥に吸収されて果てた。

 

 

――――自身を引鉄に最強のトラップを発動させたザイードは、その身を犠牲にランスロットを『暗殺』したのだ。彼の狙いは、『キャスター陣営の敗退を演出する』事。本来の計画ではギリギリまで粘った後に聖杯を相手に取らせて終わるつもりだったその計画は、聖杯の中身を知った事で『敵と心中する』計画に変貌したのだ。

 

 本来ただ負けるはずの役回りを演じる筈だったザイードは、期せずして歴史に名高いランスロットと相討ちするという大金星を挙げた形になる。

 

 そしてザイードの最期をひそかに見届けた一匹のカラスは、泥によって燃え上がるホールから飛び立つと、遥か上空へと飛び去っていく。その後には、甘い香の薫りと、焔を上げる市民会館、そして天に穿たれた黒い孔だけが、残されていた。



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034:Hole of the drip.

 黒い太陽が燃えている。街が燃えている。天空から滴る泥が、全てを焼払っていく。その、呪われた結末を、ほぼ全てのマスターが目にしたのは、一体いかなる運命の悪戯だろう。

 

 アサシンのマスター、言峰綺礼は、教会の窓からそれを見つめ、滾る幸福感を噛み締めていた。

 

 キャスターのマスター、雨生龍之介はザイードを悼みながら、煉獄の焔の『赤』をその目に焼き付けていた。

 

 バーサーカーのマスター、間桐雁夜と間桐臓硯は、判り切った結末だと思いながら、黒い太陽を見上げていた。

 

 バーサーカーだった英雄は、気にくわないといった表情で窓の外を眺めつつ、眠る桜と慎二の傍らにいた。

 

 ライダーのマスター、ウェイバーは、何が起きているのか理解できず、ポカンと間抜け面を晒していた。

 

 ライダーは、その顔に毒蛇の様な笑みを浮かべながら眼下に広がる地獄を肴に酒を飲んでいた。

 

 ランサーのマスター、ケイネスとソラウは、事態を速やかに理解し、自分達が酷いペテンに掛けられていた事を知った。

 

 アーチャーのマスター、遠坂時臣は、聖杯の汚染という予想外の事態に愕然として、普段の優雅さと余裕を失っていた。

 

 そして、セイバーのマスターと、セイバーは――――。

 

 

【034:Hole of the drip.】

 

 

 どうにかこうにかホールから脱出した切嗣は、目の前の光景に、彼らしくもなく愕然と立ち尽くした。――――熱に焼かれ、捩じれた幼児の死体。火を吹き上げる嘗て民家だった建造物。どす黒い泥に呑まれ、溶けてしまった公園。あちらこちらで人が死に、あちらこちらで街が死ぬ。

 

 彼にとって見なれた筈のその地獄は、彼がもう二度と起こらぬように願っていた光景で。そして、彼が願いを叶える為に求めていた聖杯によって引き起こされた事態だった。

 

「そんな……!? 聖杯が暴走したっていうのか!? それとも、まさか」

「……主、上です。市民会館の上に」

 

 セイバーが指し示すその先には、天に浮かぶ黄金の杯。ドロドロと汚泥を吐き出しながら市民会館だった場所の上空を浮遊するそれは、切嗣が求めていた聖杯からは、あまりに遠い。――――それを見たとき、衛宮切嗣は理解してしまった。聖杯は、彼がこの戦争に参加した時点で、もうどうしようもなく汚染されてしまっていたのだと。そして彼の妻、アイリスフィールの死が、無駄だったのだと。

 

 それを悟った切嗣は、絶叫する様な声と共に令呪を振りかざし、セイバーに命令を下す。

 

「セイバァァァッッ! 全力で聖杯を破壊しろッッ!!」

 

 それを受けたセイバーは、その右手に一振りの青い短剣を顕現させると体を弓の様に反り返らせる。その剣の銘は『極小の憤怒(ベガルタ)』。セイバー唯一のAランク宝具である。その能力は、必中、即死に加え、Aランク相当のダメージを相手に与えるというふざけたものだ。――――では、それほど強力な武器を、なぜセイバーは使わなかったのか? その答えは、非常に単純だ。――――この宝具、一度きりしか使えないのである。

 

「砕けろッ! 極小の憤怒(ベガルタ)ッ!!!!」

 

 怒号と共に放たれたベガルタは音速を突破し、ソニックブームを撒き散らしながら聖杯に突撃する。その刀身に貫かれた聖杯は死の呪いに犯され、その輝きに罅が入った。其処にダメ押しの如く、この宝具の神髄が襲いかかる。青い閃光と共に爆発四散するベガルタにより、聖杯は木っ端微塵に弾け飛んだ。――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。ベガルタが一度しか使えないという原因であり、『刃が砕けながらも魔獣の頭蓋を砕いた』という逸話の再現であるその能力は、聖杯を破壊するに十分な威力を帯びていた。

 

 だが、聖杯を破壊した所で、天空に開いた『穴』が閉じるまでには暫くの時間が必要となる。その歯を噛み砕きかねないほど食いしばった切嗣は、聖杯の破壊を見届けると同時に、舞弥とセイバーを連れて冬木の街に駆けだした。――――彼は、少しでも多くの人間を救う為に、今まで生きて来た。その願いを叶える手段が外道であったとしても、その手を血に染めようと、その願い自体は色あせず、衛宮切嗣という機械を駆動させる。

 

 何処までも不器用な殺人機械(キリツグ)と、殺人機械の補助部品(マイヤ)と、殺人機械の武器(セイバー)は、一人でも生存者を救う為、冬木の街をひた走る。――――劫火と呪いを斬り裂いて進む彼らの姿は、皮肉な事に、正義の味方の様だった。

 

 

* * * * * *

 

 

 小聖杯の破壊。使い魔によってそれを確認した時臣と璃正は、自身の悲願が潰えたにもかかわらず思わず安堵のため息を漏らしていた。聖杯の汚染という事態は、セカンドオーナーとして、そして聖堂教会として容認できない状態だ。そもそも、聖杯は一度しか使えないという訳ではない。例え今回を逃したとしても次回で聖杯を手にすれば良いのである。――――故に現状で最優先となる事態は、一つだ。

 

「璃正殿、申し訳ないが、聖堂教会の御助力を願いたい。この惨状を隠蔽するのは、私一人の手には余ります」

「勿論ですとも。この災害が聖杯によって引き起こされた事は明白。であれば、監督役の私にも隠蔽の責任がありますのでな」

「……時臣師、父上。一先ず私がスタッフを率いて現場に向かいます。お二人は、各方面への手まわしを」

「おお綺礼、それは助かるよ。璃正殿、私としては綺礼の案に賛成ですが」

「ふぅむ。確かにそれが一番でしょうな。――――綺礼、くれぐれも油断せぬようにな。『孔』は未だ完全には閉じておらん」

「無論です」

 

 そう答えるが早いか、綺礼は数名のスタッフを引き連れ燃え盛る街へと駆け出した。――――ジル・ド・レェの教えに従う綺礼は、全力で『孤児』の保護に努める心算である。無論、それは一見すれば善行であり、綺礼の『一般市民、特に女子供といった弱者を救出する』という命令はスタッフたちにも好意的に受け入れられた。修道衣を身に纏う綺礼は時に燃え盛る家屋の戸を貼山靠で吹き飛ばし、時に道を塞ぐ瓦礫を震脚で踏み砕きながら逃げ遅れた市民達を救出し、暗示の魔術で記憶を改竄していく。

 

 天空に開いた孔は先程より僅かに縮んでいる様だが、このペースでは下手をすれば明日の朝まで穴が開いたままという可能性もあるだろう。――――流石にそうなっては隠蔽が困難になる。そう思いつつ、綺礼は『善行』を積みながら愉悦の為の下準備に明け暮れる。

 

 孔を閉じるのは、彼の役目では無く彼の父親や師匠の役目。彼らが如何に他の陣営の協力を取り付けられるかに、聖杯戦争の隠蔽は掛かっていた。

 

 

* * * * * *

 

 

「……ほう? あの穴を閉じろとな。……監督役殿も、随分年寄り遣いが荒いのぅ」

『間桐翁、そこを何とかご協力願いたい。……聖杯はマキリにとっても悲願である筈だ』

「ふむ。……それを言われると弱いのう。じゃが、この埋め合わせは高く付くと遠坂の小倅に伝える事じゃな」

 

 そう返して昔懐かしの黒電話に受話器を置いた間桐臓硯は、どうしたものかと首を捻る。……と、彼から肉体のコントロールを奪った雁夜が、さも当然の様に言い放った。

 

「……エクスカリバーでぶっ飛ばせばいいだろ」

『む。苦しむのはお前じゃが、良いのかの? 雁夜よ』

「今の俺は時臣が泣きついて来たという事実に嘗てない程滾っている。――――今の俺の魔力供給は最強だ!」

『…………儂は最近お前は小物過ぎて、一周回って大物なのではないかと思えてきたのじゃが』

「なんとでも言え。そしてざまぁ見ろよ時臣ィ……俺のバーサーカーに恐れ戦け!」

 

 聖杯戦争始まって以来のハイテンションを見せる雁夜。――――その呼びかけに答えて、パジャマ姿の騎士王は屋根の上に上ると気だるげにその宝剣を振りかぶる。

 

「……約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

 覇気もなく放たれたその黒い極光はしかし、毎度の如く雁夜の魔力を悉く吸い上げ、雁夜は電話の前に倒れ伏すとジタバタと苦しみもがき始める。――――その実に間抜けな自身の主に呆れたのか、バーサーカーはそそくさと子供達と共用の自身の寝室に舞い戻り、布団を被って眠りについた。

 

 その直後、彼女の放った黒い極光が天上の孔に到達し、流出していた泥を力技で押し返した。それと同時に、孔の口径が二周りばかり縮んでゆく。その大役を果たした間桐のマスターは、ここ数日ぶりの『死』を味わって撃沈し、黒電話の前で無様に倒れ伏す。――――後ほどトイレに立った桜が、『また雁夜おじさんが死んでる』と気付き、雁夜を叩き起こすまで、その『死体』は暫し夜のリビングに捨て置かれるのだった。

 

 

* * * * * *

 

 

 天上の孔を貫く黒い極光を目撃した人物は、僅かに四人だった。衛宮切嗣一行は生存者を捜して下を向いていたし、綺礼はその時ちょうど崩れかけの家の中に押し入った所だった。そして当然、教会で方々に手回しを続けている時臣と璃正に空を仰ぎ見る余裕はなく、地下で今後の動向を考えていた龍之介達は外の観測を一時中断していた。間桐雁夜は、言わずもがなぶっ倒れている。

 

 故に、この冬木でその極光を目撃したのは、ウェイバー、ケイネス、ソラウ、そして英雄王ギルガメッシュのみ。その極光の意味する所を悟ったギルガメッシュは、さも愉快だと言わんばかりに大笑する。

 

「クハハハハ、そうか。あの竜め、存外早かったではないか。――――我の寵姫となるが余程待ち遠しかったと見える」

「……あれ、やっぱりバーサーカーのエクスカリバーだよな。間桐の屋敷から飛んできてたし」

 

 そんな会話を交わす余裕を持つウェイバーとギルガメッシュ。絶賛炎上中の冬木市のど真ん中にあって尚その余裕が保てるのは、一重に英雄王の御蔭である。神楯アイギス、火鼠の皮衣、ネメアの獅子の革鎧といった宝具の原点を次々と展開して防御を固めたギルガメッシュの手際により、ハイアットホテルには火の粉の一つとて掛かっていない。――――故に、ウェイバーは、現状無事な訳だが。

 

「なぁ、ギルガメッシュ。お前ならこの惨状、どうにか出来るんじゃないか?」

「くどいぞ、道化。この我の臣民でもない者に、何ゆえ我が庇護を与えてやらねばならぬ。――――義憤に駆られるのは構わんが、それは自力で問題を解決できる者だけに許された行動であると心せよ」

「……ッ」

 

 ギルガメッシュの言葉に、ウェイバーは眼下の惨状を見つめながら歯ぎしりする。――――自身の安全『だけ』が確保されている状況が、此処までもどかしく、惨めなモノであったとは、ウェイバーは今の今まで知らなかった。

 

 

 そうして――――何も出来ぬまま、劫火に焼かれ逃げ惑う人々を、ウェイバーは、ただただ見つめ続けていた。

 

 

* * * * * *

 

 

 爆心地の市民会館から離れた教会近くから救助活動を始めた綺礼とは異なり、市民会館の間近で救助活動を行う切嗣達は、未だ生存者を見つけられずに居た。滴る泥を『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』で斬り払いながら進む一行の内、切嗣の眼には隠しきれぬ焦燥が浮かんでいる。――――屈折しながらも、誰かを助ける為に生きて来た衛宮切嗣にとって、誰一人救わぬまま犠牲を払うというのは許容できるものではない。

 

 

――――そうして、血眼になっていた切嗣が、漸くその少年を見つけた時。

 

 

 少年は既に、死に掛けていた。

 

 

 幼い体躯は焼けただれ、辛うじて無事な両目は涙を湛えながら切嗣を弱弱しく見つめるばかり。痛みを訴えるべき喉が焼けている。痛みを感じるべき皮膚が焼けている。痛みを感じていた神経は焼き切れている。もはやその命すらも焼き尽くされようとする中で、切嗣と舞弥の治癒魔術のみが、その命を辛うじて繋ぎ止めている。――――とはいえ、二人の魔力は無限では無く、何れは終わりが訪れるだろう。

 

――――漸く救える筈のその少年が死ねば、最早切嗣が精神の平静を保てぬ事は明白だ。それが分かっているからこそ、舞弥は無言で治癒に協力している。

 

 では、セイバーは? そう問うたのは、他ならぬセイバー自身だ。――――騎士の誇りを捨ててまで追い求めた忠義の道。その最後の最後で、自分はまたしても忠を果たせぬまま消えるのか? そう考えた直後、セイバーの脳裏には、つい数週間前の記憶が舞い戻っていた。

 

――――ねぇセイバー。切嗣は、本当は優しい人なの。

 

 そう言って冬の城で微笑んでいた女性はもういない。――――されど、ディルムッドがあの時誓ったゲッシュは、彼女が死してなお破られる事はない。

 

 あの時、セイバーは何があっても切嗣の味方である事を誓った。その誓いを、嘘にする訳にはいかない。――――その思いが、セイバーの口を動かしていた。

 

「主! 俺をお使い下さい! ――――俺の肉体を令呪でこの少年に分け与えれば、令呪の奇跡により命をつなぐことも可能ですッ!」

「ッ!? ――――セイバー、それはどういう意味か分かってるのか」

「無論です。――――このディルムッド・オディナの総身は毛の一本まで全て主に捧げました。それを使い尽していただけるならば、本望というもの」

「…………そうか。――――すまない、ディルムッド(・・・・・・)

 

 

 そう告げて、切嗣はその手に残った最後の令呪を発動する。

 

 

「衛宮切嗣が、我が剣に令呪を持って命ずる! この少年の血肉となって、彼を生き存えさせろ!」

 

 

 その命令に首肯を返し、ディルムッドは一瞬輝くとこの世から消えうせる。

 

 ――――その光を悲壮な顔で見送った切嗣の前には、傷が癒え、気を失った赤い髪の少年(・・・・・・)が静かに横たわっていた。



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035:Fate/Zure

【035:Fate/Zure】

 

 その災害が起こったのは、二日前の事である。

 

 川向うの深山町とハイアットホテルを覗く新都のほぼ全域を焼きつくした焔は、明け方に天空に開いた孔が閉じた後もおよそ半日の間燃え続けた。消防隊にも手が付けられぬほどの原因不明の大火が鎮火した原因は『周囲にもう燃えるモノがない』という凄まじい理由によるものだ。――――聖堂教会スタッフと言峰綺礼による『破壊消火』によって辛うじて冬木市内から焔が溢れだすのを喰いとめたが、それでも大都市に分類される冬木の一区画が丸々焼失したこの大災害は、推定死者五百人、負傷者一千人以上、焼失した建造物百三十四棟という凄まじい爪痕を街に刻んだ。

 

 これだけの被害にも拘らず死者が五百名足らずであったのは、此処数週間の『無差別連続殺人事件』『地盤沈下による公園沈没』『都市ゲリラによる倉庫街爆破』『同じく都市ゲリラによる蝉菜マンション爆破』などの不穏な事件の数々によって、冬木市全域で『疎開』が進行していた為である。皮肉なことだが、その点で言えば今回の聖杯戦争の規模が過去最大クラスであったからこそ、この災害の被害が軽微で済んだと言えるのだ。――――五百名という、小学校一つ分の児童数とほぼ同等の死者を『軽微』とするかは意見が分かれるだろうが。

 

 そして現在。ボランティアで敷地を開放した冬木教会と柳洞寺、及び避難所である『私立穂群原学園』の弓道場や体育館などを利用して被災者たちは酷く不安な一日を過ごし、負傷者たちは深山町内の複数の診療所に分散して治療を受けている。――――そんな中に、ある赤毛の少年がいた。

 

 ごく普通の日常を終えて眠りについた筈の少年は、その夜、燃え盛る自室で目を覚ました。その時の状況で辛うじて覚えているのは、自身を守ろうと覆いかぶさる母と、その上から更に妻子を守るべく覆いかぶさる父の姿。何が起こっているのかもわからぬまま、母の言う通りに目を閉じて災厄が過ぎ去るのを待っていた彼は、両親とともに火に呑まれた。――――そうして、両親の尊い犠牲によって辛うじて『燃え残った』少年は、空に浮かぶ黒い太陽をぼうっと見つめながら、ただ死んでいく筈だった。

 

 その今際の記憶はあいまいだが、彼は二つだけ、覚えている事がある。――――彼は無精ひげを生やした『おじさん』と美人の『お姉さん』に助けられ、『誰か』から『身体を貰った(・・・・・・)』のだ。幼い頭でも、『身体を貰う』などというのが不可能である事は十分に理解できる。

 

 だが現に、あの場所で死んでいた筈の少年は今、『奇跡的にほぼ無傷で助かった』という検査結果を受けて、診療所のベッドに寝かされていた。

 

――――それはつまり、あの時、あの場所で、本当に自分は何者かに『身体を貰った』という証拠なのではないだろうか?

 

 窓から見える空を見上げてそんな物想いに耽る少年は、直後、看護士がベッド脇のカーテンを捲る音で現実に引き戻された。――――昼夜を徹して働きづめの彼女が眠そうに告げたのは、少年への『面会』の知らせ。親の死を確信している少年からすれば、自身に面会してくる人物に心当たりはなく、ただただ首をかしげるばかり。

 

 だが、看護士と入れ替わりに入ってきた『無精ひげの男性』と『無機質な印象の美女』を見た瞬間、少年は驚くより先に納得した。――――ああ、どうやら自分を助けてくれた人達らしい、と。

 

 

 

 衛宮切嗣にとって、その少年に会う事は、現状で最も重要な事であった。

 

 自身とセイバーが辛うじて『救えた』一人の少年。彼が無事この災厄を生き延びられているかどうかを確認して初めて、衛宮切嗣は『役目』を真っ当に遂行出来たと言えるのだ。――――そうして、壊れかけの殺人機械は自身が昨晩駆けこんだ診療所で、その少年と再会した。

 

「こんにちは、君が士郎君だね」

 

 窓の外を見つめている少年に向けてそう口にした自分の声が、想像していたよりも遥かに優しかった事に驚いたのは、隣にいた舞弥か、それとも切嗣自身か。いや、もしかしなくとも、その両方だったのだろう。――――自身が発したその声を聞いた瞬間に、切嗣は他人事のように『自分がたった今救われた』事を実感したのだ。

 

 なんと、自分勝手なことだろう。あの少年を救ったのは、セイバーであって断じて衛宮切嗣では無い。にも拘わらず、切嗣は今まさに、『少年の生』によって救われてしまった。その事実に、切嗣は思わず自己嫌悪に陥りかける。だが、彼がそれでもギリギリでこの病室という現実に踏みとどまれたのは、あの日のセイバーが最後に残した置き土産の御蔭であった。

 

 宝具、『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』、『大いなる激情(モラルタ)』。アインツベルンが発掘した宝具の現物は、あの時セイバーに返却された事で、彼の消滅と同時に消えうせる筈だった。――――それが、どういう理由か未だに残っている。その事実は、切嗣にある予想を抱かせていた。

 

――――セイバーは、あの少年の中で生き続けているのではないだろうか?

 

 彼らしくもない、夢見がちなその空想。だが、それをどうしても嘘と切り捨てられなかった切嗣は、少年に直接会う事で事実を確かめようとしたのである。――――故に、彼がこの病室で行うべきなのは、少年を見舞うついでに観察し、セイバーの痕跡を探す事。

 

 だが、切嗣の口を衝いて出た発言は、彼自身も驚くほどに、突拍子もないものだった。

 

「――――率直に聞くけど。孤児院に預けられるのと、おじさんたちに引き取られるの。士郎君はどっちが良いかな」

 

 その発言に、漸くこちらに向き直った少年を見て、切嗣は思わず息を飲んだ。――――観察するまでもない。その少年の琥珀色(・・・)の瞳。切嗣はセイバーをその中に幻視した。

 

 その瞳の輝きに、切嗣の意識がふと思考に埋没した中でも、切嗣の肉体の方はすっかり理性の支配を逃れ、少年を引き取る手続きや身支度についての事などを口走ってしまっている。――――そんな状況で、切嗣の意識を表層に押し戻したのは、少年のある質問だった。

 

「なぁ、爺さん。――――俺に身体をくれたのは、誰なんだ?」

 

 その質問に、切嗣は少しだけ考え込んで、こう返した。

 

 

「――――それはきっと、正義の味方(・・・・・)だよ」

 

 

 

* * * * * *

 

 

 聖堂教会と魔術協会。その二つの勢力が昼夜を徹して駆けずり回り続けた結果、漸く魔術の隠蔽に成功したのが、昨日の夕刻。――――その後、『もう十分に働いた』と言う理由で休息を命じられた綺礼は、現在手荷物をまとめた状態で、遠坂家……だった筈の場所にある『城』を訪れていた。

 

 珍しく来客用のソファに座る綺礼。その対面に座るのは、目の下に薄らとクマを作った遠坂時臣だ。――――昨晩、綺礼が『骨休めも兼ね、イタリアに一度赴く』という旨を報告した際、時臣は綺礼に出立前に自身の元へ立ち寄るよう命じた。その命に素直に従った綺礼が時臣の元を訪れ、今に至るという訳である。

 

 そして、時臣が綺礼を呼び付けた要件というのが、現在綺礼が抱えている、丁寧に包装された箱を綺礼に手渡す事だった。

 

「……これは?」

「まぁ、開けてみたまえ綺礼」

 

 その促しに応じて、綺礼は包装を解き、木箱の中身を検める。――――そこに入っていたのは、薄紅色に輝く、一振りの短剣だった。握って光にかざせば、鏡のように綺礼の貌がうつり込む程磨かれているのが良く分かる。

 

「それは、アゾット剣という。――――君が遠坂の魔術を修め、見習いの過程を終えた事を証明するものだよ、綺礼。聖杯戦争の後処理でごたごたとしているこんな時に渡すのもなんだが、君が冬木を発つ前にこれを渡しておきたかった」

「……至らぬこの身に、重ね重ねのご厚情感謝の言葉もありません」

「そう謙遜する事はないとも。君には、私も良く助けてもらったのだからね。――――さて、私からの用はこれだけだ。今から空港に向かうというのに、引き留めてすまない」

「イタリアから応援に来ていた教会スタッフ達の飛行機に便乗するつもりですので、時間についてはご心配なく」

 

 そんな問答をしつつ、時臣は席を立つと扉に向かう。綺礼は、その背を追うように歩きつつ、ふと自分の手に握られたアゾット剣を見つめた。

 

――――今、この瞬間。この剣を師の背に突き立てれば、その死に様は絶望と困惑が入り混じった実に『魅力的』な物になる筈だ。

 

 だが、そう思いながらも綺礼は剣を箱に仕舞い込み、元のように包装すると小脇に抱えて師の後について行った。

 

 『善行をつみながら、愉悦を得る』。折角その機会を得られたというのに、こんな所でふいにしては『勿体無い』。――――今ここで遠坂時臣を刺殺するのは、綺礼のもう一人の師であるジル・ド・レェの言葉を借りれば、『目先の欲に目が眩み、長く楽しめた筈の物を壊してしまう』様なモノだ。時臣さえ存命であれば、『優し過ぎる』凛と『魔術師らし過ぎる』時臣の親子関係が拗れていく様をたっぷりと楽しめる筈なのだから。

 

「では、師よ。暫しのお別れです」

「ああ。存分に羽根を伸ばして来たまえ、綺礼」

 

 結局最後まで穏やかな笑みを浮かべたまま遠坂家を辞した綺礼は、聖堂教会の用意した飛行機を目指し、冬木の街を出る。

 

――――行先は、イタリア・ミラノ。既に書類手続きは完了し、先方との合意の元『あとは引き取るだけ』の状態だ。四年ぶりに再会する少女の顔を、綺礼は正確には知らない。だが、半分は自分から、もう半分を『彼女』から引き継いだその容姿は、容易に想像がつく。

 

「願わくは、私にそれほど似ていない事を願う他ないな」

 

 

 そう呟いて飛行機に乗り込んだ綺礼はしかし、十四時間後のミラノで『外見はともかく性格の悪さが遺伝した』というどうしようもない事実を前に嗤う破目になるのだった。

 

 

 

 

――――――そうして、物語は何処までも破綻し、ズレながらも、新たなる始まりへと至る。

 

――――これは、ZEROに至らぬ物語。

 




これにて、ZERO本編は終了です。

が、この小説はまだ終わりません。

以降、蛇足の後日談が数話ほど続く予定ですので是非お付き合いください。


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番外編:設定資料集

※ネタバレまみれなので本編を読んだ後にお読みください。


【番外編:設定資料集】

 

『土地・物件など』

 

「冬木市」

 今作で原作より酷い目にあった可哀想な街。海浜公園は犠牲になったのだ、第四次聖杯戦争、その犠牲にな……。終いには汚らしい濁った粘度の高い液体でグチョグチョにされた挙句全身が沸騰しそうになってしまう。薄い本が厚くなりますね。

 とはいえ、冬木市が大変な事になるのは今に始まったことではなく、少なくとも二、三回は聖杯戦争の煽りを受け、被害が発生していると思われる。そのため、住人たちは今回もしぶとく復興する模様。健気である。

 食品関係に強く、美味しいお店がたくさんある。代表格はお好み焼き鍾馗、喫茶店アーネンエルベ、紅洲宴歳館泰山など。

 

「新都」

 冬木市の区画としては新しい方。故に新都。が、折角の町並みは戦争で消し飛び、建造し直す羽目に。近代都市だけあって、深山町とは逆に平野部が多い。それが災いし、泥の被害をモロに受けてしまった。深山町とは未遠川を境にしており、冬木大橋で行き来がなされている。

 今作の戦闘は大半がこの新都側で起こっており、住民が疎開する程の出来事となっている。つくづく不幸な街である。

 

「深山町」

 遠坂邸での戦いを除けば平和だった冬木の区画。この町があったが故に、新都の復興は多少加速した。やたらに大邸宅が多く、関西でも指折りの穏健派ヤクザの本拠地であることもあって治安は良い。

 この街に大聖杯の本体があるのだが、御三家以外は知らない。

 

「蝉菜マンション」

 発破解体された新築マンション。後に再建され、市長一家が住む。

 

「冬木市民会館」

 大きなホールを持つ多目的施設……だったのだが、キャスター陣営のトラップでゴキブリホイホイ的な魔城と化した。本編には登場していないが、パイプ爆弾や花火由来の火炎放射攻撃などの嫌がらせがまだまだたくさんあった模様。サーヴァントや魔術師はともかく、軍隊程度ならば相手にできた……かもしれない。

 

「冬木ハイアットホテル」

 ラピュタの雷はおろか、ラミエルのビームやスペシウム光線、果てはジークブリーカーにも耐える究極要塞。ケイネスの帰国に伴い元のホテルに戻った……筈なのだが、神秘の残滓が残ったのか、それとも冬木大火災を耐え抜いたことで信仰でも獲得したのか、未だに戦車の砲撃程度なら平気で弾く謎の強度を維持している。

 

「紅洲宴歳館泰山」

 その麻婆、宝具級。

 

「お好み焼き鍾馗」

 イスカンダルのオススメ。モダン焼きのみならず、ネギ焼きや豚玉、イカ玉なども美味。キャベツの甘みと肉の旨みを吸い込んだ生地がお口の中でハーモニーを奏でる。

 

「喫茶店アーネンエルベ」

 店長はスタンド使いであり、三種のスタンドにより八極拳による物理攻撃、大量の使い魔の召喚、移動式結界の展開などが可能。

 

「衛宮邸」

 切嗣が購入し、今作の後は士郎、切嗣、舞弥が住んでいる武家屋敷。部屋が大量にあり、三人で住むには広すぎる。切嗣が自分が死したのちも士郎の肉体である『セイバー』が安定するようにと、土倉に自分の血と水銀で魔法陣を敷設している。

 

「冬木教会」

 言峰親子のいる教会。最近、言峰父、言峰息子、言峰孫の三人体制になり、さらに孤児院が増設されたことで賑やかになっている。言峰孫ことカレンの反抗期に手を焼く璃正というのが、最近よく見る光景。

 

「遠坂邸」

 お城になりました。

 

「間桐邸」

 原作より住民が多く、陰気ながらも生活感はある。が、時々断末魔らしき蛙を踏んづけたような声が聞こえるとご近所で噂されている。虫がめっちゃ獲れるので、カブトムシを求めて侵入するガキンチョが後を絶たない。それを金髪の少女が追い払うのもよく見られる光景である。

 

「海浜公園」

 あいつはいい奴だったよ。

 

 

『人物』

 

「衛宮切嗣」

 酷い詐欺にあった魔術師殺しさん。夢が潰えた反動で丸くなったが、その戦闘力は変わらない。娘を詐欺ジジイの元から救い出すべく策を練っている。

 

「アイリスフィール・フォン・アインツベルン」

 今回の聖杯。9歳のグラマラスレディという設定が公式な人。ザイードに拉致られ、キュッと締められてしまった。————原作と違って出番は控えめ。だが、ある意味彼女のセリフが士郎を救った、という点では大活躍かも。黒アイリは出番なし。

 

「久宇舞弥」

 士郎の面倒を主に見ている人。親機が腑抜けたので、子機である彼女も連鎖的に腑抜けている。が、いつか親機が復活するんじゃないかと期待して、夜な夜なこっそり武器の整備をしている。

 実は作者のお気に入りキャラクターなのだが、表に出すぎるとどうしても贔屓してしまうので極力空気にしたという裏話が。舞弥さん可愛いです。

 

「ディルムッド・オディナ」

 今作のセイバーさん。結局自害して死亡といってもいい末路だが、今回は幸福な自害だった。剣と槍により自由に戦えるので、戦闘力が跳ね上がっている。RPGだと勇者ポジション。黒子の呪いはあまり出番がなかった。

 アヴァロンが無いセイバー陣営が士郎を救う為に、彼の末路は最初に決定したという裏話が。今回は恋愛関係での苦労がないので、原作よりはマシな聖杯戦争を戦えた……のか?

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 天使。が、登場はわずかに一回。

 

「衛宮士郎」

 切嗣の養子。その関係上、舞弥の年の離れた弟とも言える。体のほぼ全てを英霊に置換された為、魔術協会にバレれば封印指定待った無しである。今のところ自分のスペックには気付いていないが、時間の問題。

 彼の固有結界は、UBWではないもののしっかりと存在している。

 

 

「ケイネス・エルメロイ・アーチボルト」

 大怪我を負うも、なんとか生還。弟子とともにサーヴァントを連れ帰ったことで、その名声は更に高まった。今回の聖杯戦争のお陰で天狗の鼻が折れ、生徒からの人気も上昇している。ソラウとの結婚は近々行う予定。

 また、聖杯戦争で魔力量の多さで痛い目を見るという稀有な体験をした為、最近は低コストの魔術に興味を示している模様。天才なので既に幾つか成果を上げているらしい。

 

「ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ」

 今回の聖杯戦争の唯一の観客と言える存在。一応ランサーのマスターではあったものの、彼女が戦闘することはついぞ無かった。英雄という規格外の存在の導きを得て、魔術の名門ソフィアリ家の令嬢として以外の自分を獲得した。ケイネスとの結婚に不満はない。その冷めた性格はそのままだが、最近はどう見ても自分にベタ惚れなケイネスに愛着が湧きつつある模様。

 

「イスカンダル」

 人の臨界点である王様。臣下を魅了する気質はサーヴァントになっても健在で、ソラウやケイネスに良い影響を残した。作者としては原作の征服王の魅力をどうにか筆に乗せようとするもなかなか難しく苦労したキャラクター。元がカッコ良すぎるのも苦労すると知った瞬間である。

 ケイネスとソラウが生存できたのは、偏に彼のおかげ。イスカンダルの幸運とその優れたスペックでケイネス達の不幸属性を華麗にカバー。

 

 

「遠坂時臣」

 優雅顎髭おじさん。英雄王を召喚しなかった事が良い方向に働き、生存。真面目なサーヴァント二騎を獲得して頑張る。本人が言っていた通り、ジルとランスの組み合わせは英雄王に有利。ランスが宝具を盗みジルがそれを換金するという、英雄王の財宝を無断借用した挙句売り捌くというゲスい手が使える。

 片手が手首からスパッと逝ったものの、宝石を埋め込んだ義手によって寧ろ強化された。

 だが、その行く手には娘との不仲という暗雲が立ち込めている。

 

「ジル・ド・モンモランシ・ラヴァル」

 もはやオリジナルキャラクターレベルだが、何故か読者の皆様にはあまり突っ込まれなかった。非常に良い人かつ、作者にとって都合のいい人。ジルの宝具、という謎をカードとして持てたのはラッキーだった。

 何度でも言うが、後少しで優勝していた人。ランスとの相性が良く、彼の『他人の宝具を奪える』能力との組み合わせで相手を武装解除しつつこちらの資金を整えられるというチート宝具の持ち主。

 綺礼に悪の美学を説き、愉悦の方向性を修正したという活躍も見せた。

 

「遠坂葵」

 序盤にちらっと出た魔性の人妻。彼女を巡る昼ドラ展開もZEROの見どころなのだが、今作では空気に。原因は単純に作者が昼ドラを描けないため。

 

「遠坂凛」

 ツンデレロリ。将来は更にツンデレに磨きがかかり、伝統芸能の境地に至る。そのツンとデレのデンプシーロールで士郎くんに大ダメージ。

 

 

「ウェイバー・ベルベット」

 今作のヒロインその1。ふしぎなくすりを飲まされて女の子に変身。ギルと契約して魔法少女になったよ。不眠の呪い、去勢の呪い、性転換の呪いと引き換えに、英雄王がお墨付きを与えるレベルの長命を得た。……が、そんなもんは高位の魔術師なら皆得ているので正直割りに合うかは微妙。

 魔術の才はからっきしだが、その推察力と理論構築力はまさしく逸材。教育者としては天賦の才を持っている。

 数年後の彼は曲がりなりにもケイネスと引き分けた上その礼装を破壊したという事で一目置かれており、更にギルガメッシュにその教育の才を指摘されたことでケイネスの助手になっている。ケイネスの天性の才覚で閃いた原案をウェイバーが理論立て、それをケイネスが運用して実証するという超高効率の研究法により、ケイネスと共著で大量の新理論を発表中。

 

「ギルガメッシュ」

 みんなのヒーロー英雄王。アルトリアと並んでfateシリーズの看板。今作では大暴れした挙句生存し、ウェイバーと共に渡英。彼を連れ帰ったことでウェイバーとケイネスは一躍有名に。

 イギリスでもウェイバーをいじり倒す日々を楽しんでいるが、ちょくちょく冬木に遊びに来たり、世界を漫遊したりと好き放題。

 彼が冬木に訪れる度に大金を落としていくおかげで冬木復興の一助となった。名義はウェイバーなので、本人の知らぬ間にベルベット家は長者番付にランクイン。

 

 

「言峰綺礼」

 愉悦麻婆神父。アーチャーに導かれ、人畜無害な外道というキワモノに。生き甲斐の発見によりある種悟ったような落ち着きを得た結果、最近風格が出てきた。

 冬木大火災の犠牲となった子供達を孤児院に保護して養育中。原作と異なり子供達はスクスクと成長しているが、若さ故の過ちをダシに綺礼の愉悦の犠牲となっている。第三者視点では教育的指導だが、綺礼はその観察眼によって的確に最もその子供が嫌悪する罰則を考案するため、愉悦ポイントは高め。————ちなみに、その罰のお陰で悪行を二度とするまいと誓う子供が続出した結果、冬木市民から「教会の子達は皆礼儀正しく品行方正」だと評判。結果、綺礼は愉悦を楽しめば楽しむほど信頼を勝ち得ることに。

 

「言峰璃正」

 綺礼パパ。今作では令呪の譲渡が穏便にすんだので生存。息子の綺礼が立派な人格者(笑)に成長したので、彼に教会の運営をほぼ任せて半分隠居している。最近は教会の花壇の手入れと孫娘の世話が主な仕事内容。

 

「ランスロット・デュ・ラック」

 アサシンクラスで召喚されちゃった円卓最強さん。今作最大の不遇キャラ。一応、『Auo VS ランスロット』という彼が活躍するプロットもあったのだが、そうなってくるとウェイバーか綺礼のどちらかが死ぬ為、敢え無く却下に。

 仮にステイナイト編があれば活躍する可能性がさっちんシナリオとタイガーシナリオと月姫2が発売される確率と同程度存在する……?

 

「言峰・H・カレン」

 正式に言えば言峰・オルテンシア・カレン。綺礼の実子。今はまだ覚醒してはいないが強力な霊媒体質の素養がある。早めに優しいお爺ちゃんと不敵なお父さんに引き取られたのでそこまでグレてはいないが、しっかりと綺礼の血を引いている同類。

 

 

「雨生龍之介」

 天才殺人鬼。そしてキャスターこと百の貌のハサンの良き友人にしてマスター。キャスターを召喚した事で組織力という力を手に入れ、冬木の地下でひたすら人間を殺しては死を研究している。

 原作と違って生存したのは、彼が滅多に地上に出てこなかったせい。キャスター陣営はザイードを犠牲にしたことで『敗退した』と見做され、彼らの存在は誰も把握していない。

 描写はそれほどされていないが、人体を利用して家具を作るのが趣味。

 

「ヤスミーン」

 結局最後まで、そしてこれからも龍之介に『ヤスミン』と呼ばれることになる、百の貌のハサンの代表的な人格。リーダーシップがあるらしく、ハサンたちはなんだかんだと彼女の指示で動いている。一応暗殺者としての彼女の専門は『近接戦闘』。ハサンの中でも強めの個体である。

 

「マリク」

 口下手なおじさん呪術師。呪殺を得意とする暗殺者だった彼がキャスタークラスに引っかかった為、ハサンなのにキャスタークラスに収まった。基本裏方だが、名前の出る機会は多かった人。

 

「アリー」

 地下施設を設計、製作した大功労者……なのだが出番は一回。彼は建物などを用いたトラップによる暗殺が得意だった。

 

「ザイード」

 専門技能は『指弾』(小石などを指で弾く暗器術)。能力は下の下だったが、龍之介の『一人格ではなく一個人』という考えに感銘を受けて、他の人格に対して兄妹のような感覚を抱いていた。————そんな彼が選んだ、自分が死ぬ事でキャスター陣営の敗退を偽装するという作戦は龍之介を含めた全ハサンがすぐに見破れる程のモノだったが、『死』を尊重する龍之介が死地に自ら臨む彼の意思を尊重した事で計画は実行された。

 彼が占拠した市民会館を、最後の手向けとしてキャスター総出で改造し、ザイードはそこで死を待った。

 そんな彼は、最後にランスロットの撃破を確信して逝った訳だが、その最後の戦いは使い魔からの中継でキャスター、そして龍之介の脳裏に焼きついている。

 キャスター陣営の地下施設には彼の墓があり、その墓標には『暗殺王ザイード』の墓碑銘が刻まれている。彼の死体は露と消えたが、死体の代わりに彼の仮面が埋葬されている模様。

 

 

「間桐雁夜」

 バーサーカーの電池。バーサーカーの粋な計らいでバージョンアップしたというのに未だによく死ぬ。

 

「間桐臓硯」

 バーサーカーの事実上のマスター。不老不死の夢が叶ったので、次は子孫の強化に着手。桜と慎二をじわじわと強化しており、間桐の血筋を蘇らせる事を目論んでいる。

 

「間桐鶴野」

 間桐家の当主。基本的にお飾りだが、事務仕事は主に彼の仕事。お酒が好きだが、酔うとすぐに潰れる。

 

「間桐慎二」

 可愛い妹と優しい姉が一気に増えて内心テンションが高い八歳児。二人の前で良い格好をしようとしているのが良い方向に働いているのか、その才覚を徐々に現わしつつある。実は身内思い。

 

「間桐桜」

 遠坂から間桐にやって来た養子。養子に来てから一週間分の記憶が無いが、以降はぼちぼち幸せな日々を過ごす。優しいお姉さんのバーサーカーと、素直じゃないけど優しいお兄ちゃんの慎二と一緒に生活中。

 

「アルトリア・ペンドラゴン」

 本作のヒロインその2。バーサーカーになった事で竜の要素が強くなり、思考も人外のそれに。その結果暴君ではあるが、王としては完璧な王に。雁夜を電池にしているのでエクスカリバー打ち放題。

 冗談抜きに「第四次では他のサーヴァントに遅れを取ることはなかった」騎士王。

 死亡後に間桐が予め仕込んでおいた魔術によりサーヴァントではなく使い魔として雁夜に召喚され、その魔力を食い漁りながら間桐家に逗留する。

 夢はでっかく第二次ブリテン王国の建国で、将来的に臣下とするべく桜や慎二の世話を焼いている。



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036:一年後

後日談その1


【036:一年後】

 

 冬木市にとって『ある意味』幸いだったのは、新都が完全に燃え尽きた事だろう。木造建築は完全に燃え尽きて後形も無くなっており、唯一残った鉄筋コンクリートの建物でさえコンクリート部分は内包していた水分子を完全に失って砂利と化した。その結果、撤去が容易に成った瓦礫は早々に運び出され、新都だった場所には現在幾つもの仮設住宅が立ち並んでいる。

 

 また、深山町が無事だったというのも大きかった。深山町公民館を臨時の市庁舎とする事で、冬木市の行政能力は辛うじて生き存えたのだ。それが、復興をより加速させた要因でもある。――――そんな、焼け野原から復興しようとしている新都の地下。下水道の奥の奥から更に地下へと下りに下ったその場所に、もう一つの都市が築かれていた。

 

 地下に計画的に建造されたその場所は取り敢えず暫定的に『アリの巣(イッシュ・アンナムル)』と呼ばれている。――――聖杯戦争終了後も増設を続けるその場所は、第四次聖杯戦争におけるキャスター陣営の拠点だった。聖杯破壊後も『魂喰い』によってその身を維持したキャスターは、地下での生活環境を改善するべくこの一年間拠点を拡張し続けるとともに、様々な施設を開発していた。

 

 そして今日。キャスターと龍之介双方にとって念願の施設が完成したのである。

 

「いやー、こうやってみると正にSFって感じの施設だよね。まだ夢でも見てる気分だよ」

「龍之介殿のご要望を元に我々にとって効率の良い形態を追求した結果なのですが、気に入って頂けた様で何よりです」

「うんうん。此処までCOOLなヤツを作ってくれるなんて流石はヤスミンだ! 俺のアイデアを綺麗に理解してくれるとこ、好きだよヤスミン」

「ははは、お戯れを。……さて龍之介殿、現状の稼働率ですが。完全に完成する前から稼働可能な部分は随時稼働させておりましたので、現状は七割ほどが稼働しております。が、我々用の安定供給にはあと一年。龍之介殿に提供できる物となると後十年ほど。そして公共利用用のモノとなると二十年は掛かるかと」

「うーん、まぁ、確かに長いけどその程度なら大丈夫(・・・・・・・・・)なんじゃないの? その為にコレを使った上に今の今まで俺は『七ヶ月も寝てた』んでしょ?」

 

 そう言って五画から一画にまで減少した令呪を示す龍之介。その身体は哀れな近隣住民の魂と令呪四画を受けたマリク達魔術・呪術班によって七ヶ月の時間を掛けて改造され、不老長寿となっている。流石に不死となると難しいにもほどがあるが、不老だけならばそれなりの魔術師ならば出来てもおかしくはない技術だ。――――聖杯戦争に身近な例を上げるならば、アインツベルンのアハト翁、間桐家の臓硯。それ以外で言えば人形遣い蒼崎橙子やコルネリウス・アルバ、荒谷宗蓮などが有名な『不老』である。

 

 そして当然、現代の魔術師に出来る事を『令呪でブーストされた魔術師の英霊』が出来ぬ筈もなく、龍之介は無事めでたく老化とは無縁の肉体を手に入れたというわけだ。――――まぁ週一回マリクの煎じるエキセントリックな味の薬湯を飲まなければならない上、普通に大怪我をすれば死ぬのだが、それでも常人とは比べ物にならぬ能力である。

 

 ほのぼのと長期スパンで計画を練る龍之介とヤスミーン。そんな彼らが建造した施設は、この地下施設の心臓とも呼べる重要施設である。――――その名もズバリ『人間牧場』。拉致してきた人々の中から選出された『繁殖用個体』を用いて、人間を『アリの巣』で誕生させる為の施設である。その用途は魂喰い、龍之介の趣味、サラブレット兵士の製造など多岐にわたり、この設備の本格稼働がなれば『ほぼ完全な自給自足』が可能に成る筈なのだ。

 

「早く収穫できるようになると良いなぁ。――――あ、ところで寝る前に頼んどいた奴なんだけど」

「日記帳用の『革』と『筆』に相応しい幼児でしたね。無論、その点については滞りなく。この施設の出荷第一号を用意しております」

「おお! 記念すべき第一号なんだ。じゃあ、うんと気合入れて作らなきゃね」

 

 そんな会話を交わした後に二人は施設を立ち去り、龍之介のアトリエへと向かう。――――純粋かつ真摯な『死の探究者』は、自身の居城を得た事で、今までに増してその研究に没頭する。冬木の地下に設けられた非人道的施設の御蔭で冬木自体には被害が出なくなるというのは、実に皮肉なことである。

 

 薄暗い闇の中で生産される『人権を持たぬ』ホモサピエンス達は、恐怖も知らず、ただ刈り取られていく事となる。

 

 

* * * * * *

 

 

 冬木教会は、この一年でそれなりに様変わりしていた。綺礼が代行者時代に蓄えた資金と、『表向きの綺礼の計画』を歓迎した璃正神父の出資によって教会の横に建築された真新しい建物。それこそが、増築された冬木教会の孤児院である。

 

 一年前の大火災で生じた孤児の大半を引き受けたその施設では、綺礼を筆頭とした聖堂教会のスタッフ達が子供たちを養育している。――――孤児に対して『神の教えを説き、救いを与える』というのは聖堂教会にとっても望ましいことである。『神の奇跡』を信じるものが多ければ多いほど、聖堂教会の秘跡は力を増す。その為の投資という事で、この孤児院は割と潤沢な資金を得ていた。とはいえ、只の孤児院に易々と出資する程聖堂教会は慈愛にあふれた組織ではない。この孤児院が多額の援助を受けている理由は、ここで育成された孤児が『代行者』として活躍する事に期待されてのことである。

 

 言峰父子は、その両名共に優れた八極拳の遣い手である。そんな彼らが『運動による健全な心身育成』を目的――綺礼にとっては建前――として教育している八極拳によって、この孤児院の少年少女は身体能力の下地ができているのだ。聖堂教会がその活躍と今後の成長に投資しても良いと思える程度の能力を持つ子供たちが本人達が意識もしないうちに代行者への階段を駆け上る、代行者養成施設としての顔がこの施設の裏の顔である。

 

――――だが、この施設にはその裏の貌の影に潜む、『裏の裏』とも呼べる一面がある。言峰綺礼の為だけに存在するその要素は、今のところ誰にも気づかれず、彼一人の楽しみとして存在していた。

 

「昨日は、カレンが昼過ぎに孤児院の数名に罵声を吐いている所を発見し、注意した。……それとは関係がない(・・・・・)が、その日の夕食は泰山の魃店長に連絡を取り、孤児院全員分の出前を取った。たまには精の付く物も食べさせてやらねばならない。カレン以外は子供用、カレンは少々手違いがあり私と同じ大人用だったが、皆喜んで(・・・)食べていた様でなによりである。快く大口注文を引きうけて戴いた魃店長には近いうちに礼を言っておくこととする――――と、こんなところか。二月二十八日水曜日、天気晴れ、と。……む。来客か」

 

 教会内の自室で日記を記していた綺礼は、礼拝堂の戸が開いた音を聞きつけてカソックの襟を正すと、スタッフ用の通路を抜けて礼拝堂に向かう。――――其処にいたのは、少々珍しい客だった。

 

「ほう? 当教会に何か御用かな、凛」

「別に。暇つぶしに来ただけよ」

「……私が言うのもなんだが、君の様な小学生が暇つぶしに教会に来るとは、随分と『渋い』趣味だな」

「良いでしょ別に」

「ふむ。確かに構わないとも。――――――だが、悩みがあるようなら折角だ。この神父に告解でもしてみると良い。何ならば、告解室を用意しよう」

「……悩みなんてないわよ。アンタ、そんなにお節介な性格だった?」

「神父として勤めていれば、世話焼きにもなるというものだ」

「あらそう、そんな人間には見えないけれどね……アンタみたいなエセ神父が何で人気なのかしら?」

「エセ神父とは失礼な。こう見えて神学校にも通って居たのだがね。――――まぁ、中退したが」

「やっぱりエセじゃないの!」

 

 久方ぶりの兄妹弟子の会話は、相変わらず噛みつく凛と煽る綺礼という漫才の様相を呈し始める。――――そんな中、綺礼は凛との会話を『愉しんでいる』自身を知覚し、無意識に口角を上げる。聖杯戦争を経験する前であれば、この愉しみに気付けなかったのだ。これ程単純な事に気付かなかったなど、自分が愚か過ぎて笑いも漏れるというものである。

 

「なにニヤニヤしてんのよ。気持ち悪いわね」

「む、神父の微笑みを見て気持ちが悪いとは心外だな。営業スマイル(・・・・・・)には定評があるのだが」

「神父ならせめて心をこめなさいよッ!?」

 

 凛が綺礼のボケに関西人の面目躍如な高速突っ込みを見せた直後、もう一度礼拝堂の戸が開き、庭掃除を終えたらしい銀髪の少女が顔を覗かせた。

 

「あら、『オトーサマ』に御来客ですか?」

「む、カレンか。……そう言えば話していなかったな。此方は遠坂凛。私の師である遠坂時臣氏のご息女であり、私の妹弟子にあたる。――――既に学校で顔を合わせているかも知れんがな」

「確か、全校集会でチラリとお見かけしたような気がしますね。……ただ、私は一年生なので三年生とは教室が離れ過ぎていて中々お会いしませんから」

「……この子、本当にアンタの子供なの? 綺礼」

「凛、初対面相手の猫を被り忘れているぞ。全く、私に子供がいる事がそこまで驚く様な事かね? 私はもうそろそろ三十路目前なのだが」

「アンタの子供が『マトモ』そうなのに驚いてんのよ!」

「あら、お褒め頂きありがとうございます、叔母様(・・・)

「オバッ!? 誰がオバさんよ!? 私まだ九才なんだけど!?」

「しかし、『オトーサマ』の妹分なのでしたら、私から見た続柄は叔母になるでしょう?」

「――――前言撤回ッッ!! 綺礼、アンタの子で間違いないわ、この子!」

「何を当たり前の事を」

「そうですよ、遠坂先輩。私が『オトーサマ』の子なのは当然ではないですか」

「ああ、もう……綺礼が増えるなんて悪夢だわ。はぁ……」

 

 会話に参加してきたカレンによって親子セットになった『言峰』にいじられる凛の渾身の突っ込みと、その後に続く溜息が礼拝堂に響き渡る。――――親子揃った言峰相手に漫才を繰り広げる凛の姿は、その後暫く礼拝堂をにぎやかにするのだった。



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037:二年後

【037:二年後】

 

 聖杯戦争から二年。未だその爪痕は残るものの神秘の隠匿関連の業務は終了し、遠坂家は平時のセカンドマスター業に務めている。――――間桐雁夜が単身遠坂邸を訪れたのは、そんな魔術師達が普通の日常に戻りつつある中でのことだった。

 

「――――しかし、君が間桐の代表として訪ねてくるとは珍しいこともあったものだ。当主の鶴野氏か間桐翁が来るのが常だったのだがね」

「だろうな。俺だって自分の役目に集中したいところなんだが、ジジイは夜型で昼は寝てるし、兄貴は今うちの土地の見回りに出てるもんでな。仕方がないから俺が来たわけだ。個人的にはあんたに言いたい事が山ほどあるんだが……今日は無駄口を叩くなとジジイに軽い呪いを掛けられてるからな」

「なるほど、つまり君はさしずめ伝書鳩というわけか。――――しかし君は相変わらず粗野な口使いだな。学生時代から変わっていない」

「遠坂家と違ってウチには態度や口調に関する家訓は特に無いんでな。――――まぁ、さっきも言ったが、お互いつい二年前まで聖杯戦争に参加していた以上積もる話は山ほどあるが、今日はあまりそっちに脱線すると呪いが発動して面倒な事になる。さっさと本題に入らせてもらうぞ。……遠坂は、第四次の聖杯暴走をどう見る? ウチの生き字引曰く、アインツベルンがやらかしたせいらしいが」

 

 雁夜が何気なく言い放ったその台詞に、時臣は珍しく驚きの表情を浮かべた。時臣の見立てでは、あの大火災はキャスター陣営が聖杯を苦し紛れに発動させた影響だと考えていたのだが、事はどうやらそれよりさらに重大らしい。

 

「……詳しく聞かせてもらおうか。アレはキャスターによる物ではないと?」

「ジジイ曰く、第三次で召喚されたアインツベルンの『反英霊』が大聖杯を内部から汚染してるらしい。――――俺もジジイの付き添いで大聖杯本体を見てきたが……素人目にも異様な状態だってのは判ったな」

「それほどの状態となると……いや、待て。今君は内部からといったか、雁夜? そうなると、今回の聖杯戦争の終結は重篤な事態を引き起こしかねないのだが」

「ああ、らしいな。これもジジイの受け売りなんだが、今までの聖杯戦争と違って今回は聖杯の魔力が『極僅かしか消費されていない』って話だ。ジジイの見立てだとあと八年後か、遅くても十年後には第五次が起きる。当然、そうなると聖杯の汚染がまた冬木に撒き散らされるわけだ」

 

 甚だ不快だ、というように吐き捨てた雁夜は長口上の休憩に、出されていた紅茶を啜る。その間に時臣は雁夜の発言の信憑性を考えていた。

 

 ――――まず、雁夜の発言による間桐のメリットを考える。聖杯が汚染されているという発言が事実だった場合のメリットは、御三家の一角である遠坂を聖杯の正常化の為に協力させられることだろう。自慢というわけではないが、遠坂家は近隣ではマキリに次ぐ名門だ。歴史こそマキリより短いが、脈々と受け継がれる魔術刻印はまさしく名家と言うに相応しい画数を誇っている。

 

 次に、嘘を吐くメリットだが……現状では皆無である。そもそもこの話が嘘だとしても、時臣が大聖杯を確認しに行けばその嘘は一瞬でバレてしまうのだ。そんな阿呆な嘘をわざわざ吐くほど間桐臓硯は耄碌していない。と、なると。

 

「――――こと聖杯戦争に関して言えば、間桐がそんな嘘をつくメリットは無い、か」

「ああ。ジジイが信用ならないのは俺も全面的に同意するが、聖杯はジジイの悲願でもある。流石にそれに関しては嘘をつかない筈だ。――――で、此処からが本題なんだがな。ジジイは、八年後の聖杯戦争を逆に利用して聖杯を浄化するつもりらしい」

「ふむ。……キャスターか?」

「ああ、その通りだ。キャスタークラスで古代の大魔術師を召喚し、令呪で縛りあげて聖杯を修繕させる。――――シンプルながら、中々悪くない案だな。だが、俺はこの案は少々不味いとも思う。……聖杯に干渉できる程のキャスターが、そう易々と令呪に従うか?」

「成程。君の言う通り確かにその案は最後の手段とした方が賢明だろう。――――では、もう一つの案は? 君の事だ、その指摘を間桐翁にしていない訳がない。そうなれば間桐翁も代案を示した筈だろう?」

「ああ、その代案なんだがな。ジジイの話じゃ、アインツベルンの本拠地に居るユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンを引きずり出せばどうにか出来るかもしれんって話だ。聖杯戦争のシステムはジジイが作ったらしいが、大聖杯その物はアインツベルン製って話だからな。それに関しては俺よりアンタの方が詳しいだろう、遠坂時臣」

「……成程。確かに道理には叶っている。――――しかし、アインツベルンの本拠地は何処にあるかも判らないのだがね? ドイツ、という事だけは辛うじて分かっているが」

「それに関してなんだがな――――ジジイは、『衛宮切嗣』に訊けと言ってる」

「……ああ、そう言えばあの魔術師殺しは今も冬木に居るのだったか。間桐翁は、奴がアインツベルンの本拠地を知る手がかりだと?」

「ああ。あいつはアインツベルンの元マスターだ。当然、アインツベルンの城のありかも知ってる」

 

 そう雁夜が言いきってから、時臣と雁夜に暫し微妙な沈黙が流れた。――――はたして、衛宮切嗣に話を持ちかけるべきか、否か。そう考える二人はしかし、特にこれといった代案も思い浮かばず、間桐臓硯の案に乗る事となる。

 

 

* * * * * *

 

 

 衛宮邸。冬木でも指折りの大邸宅であるそこには、聖杯戦争以来、セイバーのマスターだった衛宮切嗣とその部下である久宇舞弥、そして切嗣の養子となった衛宮士郎が住み着いている。半ば家族のように過ごしている三人の元に来客があるのはそう珍しいことではなく、お隣さんの藤村大河などが高校の帰りに良く立ち寄っている。————だが流石に、今訪れている客は流石の切嗣も想定外であった。

 

「間桐雁夜に遠坂時臣、だって? セカンドオーナーへのみかじめ料は今月分既に振り込んだし、間桐に因縁を付けられる心当たりはないぞ……? というか、遠坂には少なからず因縁があるにしても、僕を殺す程度遠坂時臣ならこの二年のうちに何回でもチャンスはあったはずだ。————となると、襲撃ではない? いや、それならなおの事訪問理由がわからないな……」

「切嗣、いつまでも門前で待たせる訳には」

「あ、ああ。すまない。……取り敢えず、居間に通してくれ、舞弥。あそこなら最悪庭から逃げられる。————それと、士郎は?」

「今日は小学校です。切嗣、落ち着いてください」

「……すまない。僕は最低限武装してから行くから、それまで茶でも出して要件を聞いておいてくれ」

 

 混乱する切嗣と、冷静に対応しつつも額には冷や汗を浮かべている舞弥。————そんな二人がおっかなびっくり時臣と雁夜に会い、その提案にさらに混乱するのは、この少し後の話である。

 

 

* * * * * *

 

 

 復興しつつある冬木で御三家のうち二つと衛宮切嗣達がなんだかんだと策を練っている頃。

 

 時計塔でケイネスの代役として一部の授業を受け持ち始めたウェイバーは、様々な部署からたらい回しにされた挙句自分の元に転がってきた、鈍臭い後輩に手を焼いていた。十五歳で時計塔の門を叩いた彼女の名はバゼット・フラガ・マクレミッツ。伝承保菌者(ゴッズホルダー)と言われるレベルで神秘を受け継いだ、高位のルーン使いである。————そんな彼女が何故時計塔でたらい回しにされていたのかと言えば、答えは単純。マクレミッツ家は権威こそあれど権力は無い、どこの派閥にも属さない家だったのだ。

 

 そんな彼女を自陣に引き込んだのが、絶賛勢力拡大中のアーチボルト派閥である。確かに伝承保菌者ともなれば、派閥の箔付けとしては悪くない選択だった。また、彼女の扱うルーン魔術にケイネスが興味を示した、というのもある。刻印によるエンチャントは、低燃費の魔術という研究課題を掲げるケイネスにとって新しい発想を与えてくれるものだったらしく、彼はここ数日でそこそこの数のルーンをマスターしつつあった。

 

 ただ、ケイネスが必要なのは彼女の知識と家柄であって、彼女自身ではない為、その世話を焼いてやる事はない。————となると、世話役が弟子のウェイバーになるのは当然の事だった。

 

「————ってのは、まあ仕方ないとしてだ。バゼット。お前、赤ん坊以下の生活力ってどういう事なんだよ。毎食フィッシュアンドチップスとか、体壊すに決まってるだろ」

「……ベルベット先輩も似たようなものでしょう。その目の下のクマが証拠です。『黒ずみ』を通り越して『黒い』じゃないですか」

「僕とお前を一緒にするなよ。僕は呪いで眠りを奪われただけだ。————第一、今ぶっ倒れたお前に『すりおろしリンゴのパン粥』を作って食わせてやってるのは誰なんだよ。……はぁ。魔術より先に生活力つけさせたほうがいいかもなぁ」

「……魔術師なら魔術だけ修めていればいいのでは」

 

 そう言って首を傾げるバゼットに、ウェイバーは溜息と共にデコピンをくれてやる。

 

「どうしようもなく馬鹿かつアホだなお前。————まぁ、僕にもそんな時期はあったけど、それは思春期特有のイタい妄想だ。魔術師だって食べなきゃ死ぬし、そもそもお前は魔術師以前に『女の子』だろ。料理の一つや二つ覚えておかないとモテないぞ」

「……私を女扱いする人がいたとは」

「……重度の『思春期特有の脳味噌ファンタジック症候群(ち ゅ う に び ょ う)』患者だな、お前は。————まぁ、ともかくそれ食ったら料理の勉強だ。いつまでも僕に食事をたかられちゃ困るからな」

 

 そう言って、ウェイバーはほぼ未使用のバゼットの部屋のキッチンの掃除にひとまず取り掛かる。————ギルガメッシュの呪いの内、女性化の呪いに関してはこのケイネスに解呪に関する知識を手解きして貰いつつ行った二年間の試行錯誤で、かなり緩める事に成功している。現状での解除率は凡そ十パーセント。まだ性別は女性のままだが、背は男性並みに伸び、声も女性としては低めになってきている。ただ、身長の伸びが止まってから数ヶ月経っているところから察すると完全に成長期が終わったらしく、骨格ばかりは解呪だけではどうしようもなくなってしまった。このまま上手く解呪出来ても顔つきは女のままだろう、という暗い未来予想が最近のウェイバーの悩みである。

 

 閑話休題。ともかく、呪いが緩んだ影響で身長だけは成人男性並みのウェイバーは雑巾一枚で戸棚なども手早く掃除する事が可能である。完全未使用なだけあって多少埃を被っているだけなのが救いだったといえよう。仮にバゼットの不精に気づくのがもっと遅ければ、その間に台所は朽ちていたかもしれない。

 

「……なぁ、バゼット。お前は何故歴史的に男の魔術師より女の魔術師が多いか知っているか?」

「いえ、あいにく」

「魔術と科学ってのはその始まりは同じなんだよ。錬金術なんて殆ど科学に近い。————その始まりは、キッチンだったって言われてる。要するに、最初の魔術師は主婦だったんだ」

「はぁ。……あの、先輩。何を仰りたいのでしょうか?」

「要するに、お前は基本がなってないってことだ。……そもそも、師匠が使う試薬やらの調合は弟子の仕事だぞ? お前、料理が出来ないってことはロクに調薬とかしたことないだろ」

「言われてみればたしかに。……なるほど、まずは料理から始める事で魔術を教えていただけるのですね、先輩」

「そういうことだ。……というか、お前、超絶名家のお嬢様なソラウさんでさえ料理は一通りできるってことに何か疑問を抱かなかったのか?」

「考えてもみませんでした。今まで食にさっぱり興味がなかったので」

「ファック…………これは先が長いぞ、頑張れ僕。大丈夫、ライダーの無茶振りに比べれば此奴に料理を教えるほうがマシだって。うん」

 

 若干頭を抱えつつ、ウェイバーはこの後バゼットに料理を仕込んでいくこととなる。————その道が予想以上に苦難に満ちた道のりになることを、今のウェイバーは知る由もなかった。

 



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038:To the beginning.

【038:To the beginning.】

 

 結論を先に言えば、間桐臓硯が直接出向いたことで、アハト翁は意外にもすんなりと冬木までやって来た。既に第三魔法の成就にしか興味がないというのがアハト翁のスタンスなのだが、流石に間桐臓硯から詳細な現状を説明されては脚を運ばざるを得なかったらしい。

 

 そもそも、第三次でアヴェンジャーこと『アンリマユ』のマスターだったのはアハト翁自身である。その影響で聖杯が変質し、根元への到達どころか聖杯の完成自体が難しくなっていると言われたのは流石に堪えたのだろう。――――まぁそもそも、アハト翁から見ても間桐臓硯は化け物である。故に逆らう気力が起きなかったというのも大きいだろうが。

 

 事実、冬の城への道案内こそ『イリヤに一目会わせる』ことを条件にその役目を引き受けた切嗣が行ったが、行く手を阻む結界や武装ホムンクルスの殆どを始末したのは臓硯である。雁夜の肉体という魔力源を得た臓硯にとって魔力はケチるものではなくなっており、大量の蟲を使役して冬の森をゆうゆうと進む様にはさすがの切嗣と時臣も冷や汗をかいたのだ。攻め込まれている側のアインツベルンからすれば気が気ではなかった筈である。

  

 そんな訳で、半ば恐喝に近い形で文字通り「引きずり出された」形で配下のホムンクルス共々冬木のアインツベルンの森へと居城を移したアハト翁。彼を加えた御三家当主は、ようやく聖杯のメンテナンスに着手した。――――が。これまた結論から言うと、現状で大聖杯内部のアンリマユを摘出する事は、流石の御三家当主でも不可能であった。次期聖杯であるイリヤスフィールとそのプロトタイプのリーゼリットを用いても、流石に大聖杯を根本から改造するのは不可能だったのである。

 

 と、いうもののそれは現状の話である。臓硯がバーサーカーの使い魔化で得たノウハウを元にどうにかこうにか汚染除去を試みた御三家は、新造した巨大な『匣』にアンリマユを封じる事に成功したのだ。

 

 それは即ち、次回の聖杯戦争に八騎目のサーヴァントとしてアンリマユが現界する事を意味している。だが、そのままごく普通のサーヴァントとしてアンリマユを現界させたのでは結局『敗退したアンリマユが聖杯の中に取り込まれ、聖杯を汚染する』という第三次の焼き直しになるだけである。それでは全く意味がない。

 

 だが、御三家としてもその程度は対策済み。アンリマユという存在は、聖杯の中に入った瞬間魔力を絞り出され、カラカラのガス欠状態で再び今回設置した『匣』に囚われるのである。とはいえ、聖杯内部の『呪い(ねがい)』であるアンリマユを殺す事は出来ない。彼は再び力を蓄え、聖杯戦争の度に何度でも召喚されるだろう。だが、彼が倒され続ける限りその本体は聖杯の中心部には至らず、魔力を奪われまた干からびる。そんな一種の無限ループを引き起こすことで、アンリマユが聖杯を汚染する事を阻止したのだ。

 

――――とはいえ、アンリマユを大人しく匣に封じられた状態に保つには、アンリマユにも活路を作っておかねばならない。一か所だけ抜け道を作っておいてやることで、アンリマユが『やけくそになって無理矢理聖杯を乗っ取ろうとする』事を防ぐためである。窮鼠猫を噛むと古くから言うように、敵を追い詰め過ぎるのは愚策なのだ。

 

 アンリマユに与えられた活路は一つ。他のサーヴァントを下し、自身が聖杯戦争に勝利することである。マスターの居ない独立したサーヴァントとして召喚されるアンリマユが優勝すれば、当然願いを叶える権利はアンリマユにあるのだ。そうなれば彼が『この世の全ての悪』として完成する事も容易いだろう。

 

 故に、此れより先、第五次からの聖杯戦争は、今までとは多少趣の異なる展開となる。アンリマユの影響で英雄・反英雄の区別なく英霊の座から呼び寄せられた七騎の英霊。それらを率いる七人のマスター。そして、ジョーカーであるアンリマユ。少なくとも八つの陣営が、その願いを巡って戦う新たな形の聖杯戦争が始まるのだ。

 

 当然、アンリマユの勝利は人類の死を意味する。だが、アハト翁と臓硯はこれは逆に利点でもあると踏んでいた。――――明確な形で現れる人類滅亡の原因。それを討伐する為となれば、召喚される通常の英霊には抑止力(アラヤ)の加護が働く筈なのである。つまり、より位の高い英雄を呼び寄せられるかもしれないのだ。それはより上質な魂が聖杯に蓄えられるという事であり、第三魔法の成功率が上がる事を意味しているのだ。

 

 

 そんな様々な思惑が重なる中で、人々はつかの間の平穏を享受する。

 

 

――――衛宮切嗣は、協会に正体が発覚すれば封印指定間違いなしの士郎に自衛手段として魔術を教え始めている。

 

――――遠坂時臣は、自身の前で凛が猫を被っている事に気づかぬまま、彼女の修行を本格化させている。

 

――――ウェイバー・ベルベットは、漸く初歩の雑用をこなせるようになったバゼットをどうにか次の段階に進めさせようとしている。

 

――――間桐家では、慎二が昼はバーサーカーに武を鍛えられ、夜は桜と共に臓硯から魔術を教わる日々を過ごしている。

 

――――アインツベルンの森では、また切嗣の所に遊びに行っていた事がバレたイリヤが、お目付役として鋳造された『セラ』にお小言を喰らっている。

 

 

――――そして、聖杯の片隅に追いやられた『彼』は思案する。あと七年が待ち遠しい、と。




後日談は、聖杯の改造がなされた今回で打ち止めです。
ステイナイト辺のプロットは未だ出来ておりません。
製作は難航しており、正直に言えば製作は厳しい状態です。

ですので、次に皆様にお見せするのが、この作品の続編でない可能性も十分にございます。

無論、ある日ひょっこり、【039:~~~~】なんて感じで続きを投稿するかもしれません。続きを書く際にはこの小説の次話としてそのまま投稿するつもりですので、その時はまたこの小説モドキを、暇つぶし代わりにでも読んでやって頂ければ幸いです。

長くのご愛読ありがとうございました。
またいずれ何かの作品でお会いできましたら幸いです。

2015/3/15
黒山羊


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