東方剣神録 (上田幻)
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零れ落ちたるは蒼き青年
プロローグ


注意!
当作品は東方プロジェクトの二次創作です。オリキャラ、キャラ崩壊,残酷な表現あります。それでも良いという方のみお読みください。


――――それは、在り得たかも知れない物語。

 

――アルティメシア。

 其は、神々の加護受けし、大いなる世界。

 未だ人入らぬ前人未到の秘境を数多く持つその世界から、あるひとつの存在が小さな箱庭に零れ落ちる。

 その存在は人の形をしていながら、普人種と呼ばれる種、亜人と呼ばれる種とは遥かに異なった特徴を持っていた。

 金色の瞳。

 深海を思わせるような紺碧の髪。

 自我を自覚してより以来、かなり異彩を放つその特徴に、その存在は常々おのれについての考察をいつも思い浮かべていた。

  

 自身に十余歳から以前の記憶がないこともあり、故郷といえる国から出たその青年は、紆余曲折を経て、小さな箱庭へとたどり着く。

 

――そこは、彼が今まで生きてきた中で、最も神秘に溢れていて。

 

――そこは、彼が今まで生きてきた中で、最も残酷な世界で。

 

 

「幻想郷は、あらゆる全てを受け入れる――――それはそれは、残酷なこと」

大妖、境界を操る程度の能力を持つ、妖怪の賢者と目される彼女はそう言って嘲笑った。

 

「だとしても、僕はありのままに受け入れるだけだ。そこに、何が存在していようとも」

龍の因子を持つ青年は、そう言って己を奮い立たせるかの如き、静かな微笑みを浮かべる。

 

――――そこは、何処までも只在り続ける、神秘の、幻想の最後の秘境。

 

「貴方は……この幻想郷に来て本当に良かったと、心から言えますか?」

千年もの時を経た、風を操る烏天狗の女記者は、真剣な眼差しで訊ねた。

 

 

「アンタがどう思おうが、その力を持っている以上、この世界から出す訳にはいかない」

最強を自負する、楽園の素敵な巫女は泰然として言い切る。

 

あるいは、こうも言えるのかもしれない。

 

「貴方がどれだけやれるのか……心底から知りたいだけよ。――ねえ、〝疾風剣神〟さん?」

五百年もの歳月を生きた、永遠に紅き幼い月は嘲笑う。

 

「さあ、やりましょう?死にたくなければ、本気でかかっていらっしゃい。……それとも、すぐに死にたい?別に、私はどちらでも構わないのだけど?」

最古参たる花の妖怪は、獰猛な笑顔を浮かべた。

 

――そこは、一つの異世界なのであろう、と。

 

「私は逃げた。この世界を味わい尽くしたいがために、月から逃げたのよ」

古の物語の姫君は、そう言ってはかなく笑んだ。

 

「だまれ……黙れ黙れ黙れえええ――――!!!!」

享楽にふける、天人の少女は怒りの声を上げる。

 

 

 世界は、一人が嘆いていようが、ただそこに在り続けるのみ。

 さればこそ、妖怪の賢者は笑うのだ。

 

――それはそれは、残酷なこと。

 

と。

 

 これは、少しばかりの幻想に身を置いていた青年が、真なる幻想に至る物語。

 

――世界は、彼に一体何を見出すのか。

 

 救世の主か、はたまた、破壊の神か。

 彼の行く末に、幻想郷の未来は何を示すのか。

 

――それは、誰にも分かる筈のない、世界のみぞ知る答え。

 

……だが、これだけは言えるであろう。

 

 彼にとって、その世界がどんなに得難いものであるのか。

 彼にとって、その世界がどんなに穏やかであり続けられるのか。

 

 幻想に至りし者にとって、その世界が重要なものであることに。

 

 

 彼に、真の幸いあらん事を、ただ祈るのみ。

 




・・・という訳で、今まで読んでいただけの自分がとうとう書いてしまいました。
中2病だと笑いたければ笑うが良い・・・!
だが後悔はしていない!!


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第一章「始まりは、一人旅」

――時は十月。

 アルティメシアと呼ばれるこの世界の東の果て、ジルヴァリアの名を持つ大陸の中に、大陸唯一かつ世界でも最大規模の大樹海が広がっていた。

 名をゴルドーザとするその大樹海は、普人種の街並みが多いこの大陸において、特に多くの動植物、そして体内に魔石と呼ばれる魔力の塊を有する魔物たちが生息しており、世界でもトップクラスの危険地域に認定されている。

 

 その危険区域の入り口近くにおいて、秋の木漏れ日が照らす中をゆっくりと歩いている、この世界では珍しい蒼紺色の髪と金色の眼を持った、一見して十代後半に見える青年がいた。

 

 彼が十代後半に見えるというのも、何処となく童顔めいたあどけなさがある顔つきに、それでも男らしさも持ち合わせているという、年齢不詳に感じられる端正な顔つきからであった。とはいえ、彼はこう見えても二十五であり、その事をよく友人たちにもからかわれたりしたものだが。

 そんな青年が、辺りをよく顧みることなく、ただのんびりとした足取りで、背中に背負った旅道具と、腰に下げられた三振りの刀と共に歩いていた。

 

――――それが、どんなに異常であることなのか、気付くそぶりすら見せないままに。

 

「――――ぎゃぎゃっ」

唐突に、獣のような声と共に、通常では見えない速度で何かが青年に襲い掛かった。

「――おっと」

だが、襲撃者に驚くことなく、そして慌てる様子もなしに呟いた彼は、一歩足を踏み込むと。

 

――――同時に、銀閃が一瞬のうちに幾度も交差した。

 

「……ふう。やっぱり、ここは危ないね。さっきから、ひっきりなしに魔物が襲って掛かってくるし」

いつの間にやら抜き放たれていた刀を、ヒュンッと一振りし、チリンと軽やかに納刀する。

 

――直後、血飛沫があたりに飛び散った。

 

 近くにある街の旅人たちの間で、ノーブルゴブリンと呼ばれている、通常種のゴブリンとは格の違うその魔物。

 草叢に隠れ、隙を見せた彼に襲い掛かった十五体ものそれらは、一瞬の剣閃で首筋を切り裂かれた。

「――――グギャ?」

訳が分からないと云った風の表情は、首から未だ流れる赤い血と相まってシュールに見える。

 

 ドシャ、グチャ、と、やや時間が経ち、血の池と化した地面の血だまりに倒れていく姿を眺めながら、最後の一体が倒れた所で、

「……これで、全部終わったかな……ふぅ。やれやれ、依頼内容と数が全然違ったじゃないかもう。討伐証明部位、切るの大変なのに」

全くもう、と中性的な声で愚痴を漏らしつつ、165㎝という男にしては少し低めの背を伸ばすと、すぐさま討伐証明部位であるノーブルゴブリンの右耳と、体内を探って魔石を収集していくのであった。

 

―――――――

 

「――――ええ、これで終了となりますね。本当に御苦労さまでございました。依頼内容と数が大幅に異なっていたようなので、報酬には色をつけさせて頂いています。ただ、今魔石の量が量ですから、鑑定が少し遅れておりますので、少々時間を頂くことになってしまいますが」

「うん、ありがとう。それじゃ、待っているから終わったら呼んでほしい」

ゴルドーザ大樹海から離れた、エレボスと呼ばれている街に戻った青年は、自身が所属する冒険者のギルドのカウンター席にいた。

 冒険者とは、この世界における何でも屋としての意味合いが強い(だが犯罪行為を伴った依頼は受付けていない)職業者のことであり、青年も、故郷であるジルヴァリアの東にある、三大国が内の一国、クラム国にて旗を上げてから、こうして色々な旅をしていたのである。

 依頼が示された紙を持って受付に行き、受領サインをしてから依頼が始まる仕組みになっており、終った時に終了のタグを受付で付けてもらう事によって、初めて以来達成となるのであった。

 手持無沙汰なのか、あちらこちらを見ているイオに受付していた獣人の少女が、

「――――それにしても、本当に助かりました。かのSSランクである、『疾風剣神』イオ=カリスト殿に来て頂けるとは。此処のところ、魔物の数が増えており大変困っていたのです」

「よしてくれ、僕はまだ未熟だよ。養父だった『覇王』とは比べるまでもなくね」

恐らく、過去五〇年において最強と目されていたであろう、故郷に住む養父の元異名を挙げ、蒼紺色の髪と金色の眼を持つ青年――イオが、困ったように苦笑しつつ、受付の係員の女性を押し留める。

 

 聊か、その声が大きかったのか、ギルド内のカウンター近くにある酒場で、カウンターの方を見た者が、イオが隠していた正体に気づき始めた。

「――!?おい、あそこにいるのって……!?」

「やべえ、『疾風剣神』か!?」

「ウソでしょ……何で大物が此処にいるのよ!?」

彼がいる事に驚愕の声をあげる者。

「……すげえな、あの服。恐らく、ゴルドーザ大樹海内の蜘蛛型魔物、『ハドスキュラ』の糸で編まれた奴だぞ」

「マジかよ……!?世界でも有数の硬い糸じゃねえか!?」

「すごーい……金属みたいに輝いてる」

武具に感嘆を洩らす者。

 反応に違いがあるとはいえ、世界でも有数のSSランクがいる事に驚いている事に違いはなかった。

 

「あ、あはは……はぁ」

(……父さんが作ってくれただけの奴なんだけどなあ)

彼の髪の色に合うかのような、ゆったりとした青色のコートやズボンを眺めつつ、ちょっぴり疲れたように彼は苦笑していると、

「――では、以上が魔石の鑑定額及び報酬が加算された額になります。お受け取りください」

「あ、ああ。ありがとうね」

ドサリ、とおそらく大金が入っていると思われる袋を差し出され、そこでようやく我に返ったイオが、

「――あ、その報酬、ギルド銀行にでも入れておいて。どうせ、そんなに使う予定も今のところないし」

「分かりました。ではギルドカードをお渡しください」

「はいはい」

がさごそと隠しを探り、ギルドに所属している証を示すカードを渡し待っていると、

「お待たせいたしました」

「有難う。――――所で、ひとつ訊きたいことがあるんだけど」

「??何でしょうか」

いぶかしげに首を傾げ、そうとい返してきたその受付嬢に、

「この辺り……遺跡みたいな建造物、ないかな?」

と訊く。

 その言葉が聞こえたらしく、酒場の何人かがざわつき始めた。

「おい……今、『疾風剣神』が、遺跡について聞いてなかったか?」

「ああ……何を好き好んであんな危ない場所に行くのやら」

彼らがそう囁き合っているのも無理はない。

 何しろ、一般に知られている遺跡と言うのは、『命の危険』の代名詞でもあるのだから。よほど、宝探しに邁進している者か、何らかの目的がなければ、魔物を狩っていくだけでもそれなりに生計が立てられたからだった。

 

 事実、彼は後者のとある目的によって、遺跡を探っている。

――――それも、失われた自分の記憶を取り戻し、出生を探るという目的が。

 

 彼が今の自我を持ち始めたのは、十三の歳の頃であった。……故に、彼の欠落した記憶と言うのは十三から以前の記憶なのである。

 だが、その十三という歳でさえ、かつての外見から判断されただけであり、本当の歳はもちろん、本名さえも分かっていなかった。

 

 その事をコンプレックスに持っていた彼は、五年間共に暮らした家族にも黙って、当時通っていたリュシエール学院という、クラム国最高峰の教育機関の敷地内にある学院図書館や、元冒険者であった養父の伝手を辿って遺跡などに行ってきたものの、何一つとして有力な手掛かりもなかったために、卒業と同時に、仕方なしに事情を家族、そして友人にも説明して理解してもらい、出国と共に冒険者となったのであった。

 

 そうして、冒険者として活動も続けつつ、彼の出生を探っていたところ、ある遺跡で気になるものを発見。

 古代文明で用いられた不思議な文字――現在の研究機関では梵字と呼称されている――で、かつ古めかしい文体で記されたその古文書には、今日判明している亜人種とは別格の幻とされている種族の特徴が記されていた。

 

 その古文書の中で、通常の普人種と異なる、ある自分の特徴と似通った物が記されており、その亜人種に興味を抱いたイオは、他にもその種族の資料がないか、今日まで探って来たのである。

 

「遺跡……ですか?」

「ああ、今は魔物を狩っているけど、もともとトレジャーハンターなもので」

周囲のざわつきに目もくれず、ただニコニコとしながらありきたりな目的を告げるイオに、目の前の猫の亜人種の女性は顔を引き攣らせると、

「うーん……どうでしょう……。――――あ、いや、でもあそこは……」

「あるのかい?」

心当たりがありそうなその様子に、ずずいっと顔を近づけたイオがそう尋ねると、若干引きながら、

「え、ええ。……ただ、御期待に添えられるようなものじゃ決してないんです。以前調査隊がやってきた折に、大した所ではないと報告が挙がっているんですよ」

「――構わないよ。寿命のあるうちは出来るだけ回っておきたいし」

決意が込められたその言葉に、受付嬢は意志が曲げられないことを悟ったのか、深いため息をつくと、

「――――分かりました。では、その場所を申しあげましょう――」

 

翌日。イオは準備を済ませるとその場所へと旅立ったのであった。

 

―――――――

 

「此処……がそうなのかな」

街の北の門から出た彼が、その足を北西方向へ向け、そのまま森の中に入ってから数日。

 いつの間にか勾配が急になった事に気づき、山を登っているのだと感じさせた。

 チチチ……となく小鳥の声を、何所か遠くに感じながら、イオはとある建造物と出会う。

 

 彼が今立っている所は、多くの植物が繁茂していて、樹木にしろ草木にしろ、その伸びようから永い年月が経っている事をうかがわせた。

 その中にあって、妙な代物が草叢の中よりいびつな存在感を醸し出している。

 

 荒削りに切り出されたと思しき石造りの階段。

 その階段の根元、横列二本、縦列二本で構成されている、何かしらの鉱物で出来ていると思われる建造物。中央を大きく空いていることから、何処かの門であると何となく感じた。

 おそらく、嘗ては別の色であったのだろう、黒一色に彩られた中に、見えにくいが何かの色を、その建造物は晒していた。

 

(んー……門、なのかなあ。何か、不思議な気配みたいなのも感じるし)

取り敢えず、階段を上ってみないことには分からない為、面倒ではあったが歩き始める。

 

 カツ、カツ、と石と靴の裏の部分がぶつかり合う音を聞きつつ、長い長い階段を上って行くうちに、どうやら終点が近づいて来たらしく、森の中に空隙が生まれていた。

(やれやれ……意外に運動になるなこれ)

階段の終りの段に立ち、一息をつきながら顔を上げる。

 

 と、そこでイオの目が大きく見開かれた。

(おやおや……こりゃまた、風情のある建物だなあ。結構大きいみたいだしさ)

何処となく面白がるような表情で、イオはゆっくりと大きく辺りを見回す。

 

 先程の階段と同じような荒削りの石畳。

 銅色に、鈍く輝く屋根。

 所々風化しているものの、いまだにしっかりと立っている柱や壁。

 

(――――だめだこれ。今までのと明らかに違うタイプだ)

一般に遺跡、或いはダンジョンとされている神殿型のものや、洞窟、墓所型の物を思い出しながら、眼を細めてさらに目の前の建築物を観察した。

 

 少しばかり不安が首を擡げて来る物の、あのギルドの受付嬢が大したものは何もないという事を言っていたのを思い出し、ゆっくりと深呼吸しながら入口と見られる扉に手を伸ばした瞬間。

 

――――伸ばした手の先に、突然黒く大きな穴が開いた。

 

「――は?」

思わぬ事態に、思考が停止しかけたのが仇になったのか。

 

ッドン!

 と、大きく誰かに前に突き飛ばされ、

「ちょ――――うわあああああ!!??」

普段油断なく身構えている彼にしては、あまりにも呆気なく穴に転がり込んで行った。

 そのまま、全身がのみこまれたと同時に穴は閉じられ、静寂が舞い戻る。

 

――――人一人いなくなれど、世界はそれでも回り続けるのみであった。

 

 




改訂完了です


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第二章「落ちた先は、闇が支配する森」

「え、ちょ、何処まで落ちて行ってるの!?」

ヒュゴウッ、と耳元で空気が吠えるのを聞きつつ、闇の中でイオは悲鳴を上げた。

「っ、くそっ!!」

何とか身を起こし、体勢を整えられたと感じたその瞬間。

 

――彼は、暗い何処かの森の中に立っていた。

 

「………は?」

立て続けの不思議現象に、どうにも思考停止に陥りかけたものの、慌てて首を振る事で追い払い、正気に戻る。

 と、そこでようやく辺りを見回せるようには余裕が戻り、警戒を伴った表情で辺りを見回すと、

「……なんだこれ……」

奇妙な植物や、捩れ曲がった樹木。

 さらには、妙に大きいキノコ類が点在している事に気づき、再び思考停止に陥った。

 だが、世界はイオをそのままにはしておかない。

「――っ!?不味い、此処変な魔力が……!?」

妙な魔力を感知すると共に、体が動かなくなっていこうとする状態に、イオは危機感を覚え、中央に浄化を意味する古代文字を刻んだ、五芒星を中心に二重円の魔法陣を組上げると、

 

「祓え、『浄化(クリア)』!!」

 

体内の異物感と、周囲の異変をまとめて取り払った。

「はあ……はあ……」

(――危なかった……多分、あのキノコの胞子……あれに幻覚を伴う魔力が籠ってたんだろう。……すぐに、この森を出ないと命に関わる)

やっとの思いで息を整え、足早にその場を立ち去ろうとする。

 

 しかしそこへ、

「……お前、食べられる人類?」

この危険な森に不釣り合いな、幼い少女の声が響き渡った。

(――!?)

思わず驚愕の表情になりながら、それでも腰に括りつけられた三振りの内の一本を抜き放ち、声がした方角へ体を向けた所で、

「……え、君……誰?」

困惑と混乱が、彼に襲い掛かる。

 

 それもそうだろう。

 なにせ、目の前にいたのは魔物でも何でもなく、金色のショートボブカットに紅いリボンでちょっぴりポニテにした、少女がいたのだから。

 

「んー?私?私はルーミア。……ねえねえ、食べられる人類かって訊いてるんだけどー?」

「――は?何を言って……――――!?」

 

変な事を訊く。

 

 そう思えていられたのは一瞬だった。

 突如として襲い掛かってきた黒く大きな球体。

 とっさに大きく跳び下がらなければ、その餌食と化していた事は疑いなかった。

 やや、むっとした様子で目の前にいた少女――ルーミア――が、

「むー、逃げるなー!」

「あはは……おかしなこと言うね君。……いったいなんなんだい君は」

もはや、イオは目の前の少女を人間として見る事は出来なかった。

 魔物と相対している思いで、ただただ――――身構えるのみ。

 

「さっきも言ったでしょー?私は、『宵闇の妖怪』ルーミア。お前、美味しそうだから――食べてもいーい?」

 

そんなイオに、目の前の少女はただただ楽しそうに……ようやく、食事にありつけるとばかりに、嘲笑っていた。

 

――――――――

 

「可哀そうだけど、本気で行くよ――――!!

 

『蒼龍炎舞流』弐の型『緋炎』、奥義……『爆裂』!!」

 

裂帛の気合いと共に、脇構えから逆袈裟に大きく薙ぎ払う。

 

ッドン!という、空気が割れるような音と共に、イオの足もとから一直線に深い亀裂がルーミアまで届いた。

 慌てた様子で間一髪でよけきったルーミアが、

「あ、あぶなかった~……もう、食べさせろー!!」

と、いらいらした様子で地団太を踏み声を荒げているが、そんなことイオには知った事ではなく、

「冗談言わないでくれよ。食べられたくないんだから」

「むー…………もう怒った。これでもくらえー!!」

 

――夜符「ナイトバード」――

 

直後。

 大量の、恐らくは魔力と見られる力によって構成された、弾幕らしき物が襲いかかってきた。

 交互に彼女の前後左右から、弧を描くようにして半月の弾幕がイオの方に向って飛んで来るのが分かる。

「ちょ……!?待った待った!?」

(なにあれ、魔法なのか!?)

見た事もないほどの大量の黒い弾幕に、イオは慌てて武術で言う所の瞬動を何度も行いつつよけ続けた。

 

――一発でも当たれば終わる。

 

 そんな予感をひしひしと感じていたからだ。

 永遠に続くと思われたその弾幕は、しばらくイオを狙って襲ってきたものの、ふとした拍子に消え去った。

「!終った。――仕方ないけど、もう、見た目がどうこう言える問題じゃない……!!」

 

――『蒼龍炎舞流』最終、

 

「ちょっとの間、眠っててもらうよ――!!」

 

――『終焉』――

 

イオの姿が消え、一拍置いてルーミアの背後に現れた直後。

 

彼女の体から、無数の打撃音が響き渡った。

「――!!か、は……」

声無き悲鳴の後にどさりと倒れた彼女を尻目に、イオはチン、と軽やかに刀を納めると、ようやく安心したように大きく息をつく。

「――ふぅ……あ、危なかった~……ラルロスと闘技大会で戦った時のこと思い出したよもう」

バクバクと心臓が鳴るのを抑えつつ、かつてクラム国で行われた闘技大会で、親友の魔法使いの青年との決戦の時を顧み、

(よく生きていたなあ、あの時)

などと、黄昏れた。

 あの時ばかりは、本気になったラルロス――親友の事だが――が、トラウマになるくらい怖かったことがしきりに思い出される。

「……ほぼノータイムで放たれる古代級魔法はやばすぎだって」

ずーん、と音たてて落ち込みながらも、疲れからその場に倒れたいのを堪え、辛うじて現在地がかなり危険そうな場所であったことを思い出した。

 同時に、そこで倒れ伏している彼女の事も思い出し、少し悩んだ素振りを見せた後、彼女を背負う事にしたのか、よいしょ、の掛け声とともに抱き上げると、その場を立ち去ったのであった。

 

―――――――

 

「……お、やっと抜け出せたかな?」

背後に広がる、今までいた不気味な森を尻目に、イオは大きく息を吐いた。

 あれからというもの、体感にして二時間ほど歩き続けた彼は、不気味な森から一転して穏やかな、それでいて暑さを感じさせる木漏れ日照らす森に来ていたのである。

 どうやら、ジルヴァリア大陸のゴルドーザ大樹海周辺と季節が異なっているようで、初夏に近い気温と、そこはかとなく涼しさも感じられる気候だった。

「ん~……何処なんだろ此処。あっちからどっかに転移したのだけは分かるんだけど」

ぶつぶつと、誰も聞いていないのを幸いに呟きながら、ルーミアを背負い直す。

 

 彼の世界でも、転移するという事はさほど珍しくはない。

 ただ、その技術はまだ発見されたばかりであり、更にそんなに遠くまでは行けない仕組みであることだけは確かであった。

 なのに、こうして季節の違いを感じさせるほどまで、遠くに来てしまっている。

「……いやいや、あり得ないでしょうに」

一瞬、脳裏に浮かんだある言葉に、イオは思わず苦笑して首を振った。

(まっさか、此処が異世界だなんて)

誰が聞いても非常識だと言うであろうその言葉に、笑ってしまう。

 

 そのまま、道ともいえないような森の中を、体力を温存しながら歩き続けたイオは、ふと、出口らしき光が前方にある事に気づいた。

「やれやれ、ようやく人里につけるかなあ」

木の根が犇めく地面を歩きつつ、森から出たと感じたその時である。

 

「……なんだこれ、なになに……『香霖堂』……?」

森のすぐ近くに建てられたその妙な建物の名前らしきを読み上げ、イオは首をかしげた。

 その建物の入り口近くで、人間大の人形のような物や、よく分からない道具に壺、そして傘のようなものさえある。

「……いや、ほんとなんだろ此の、店……?」

想像もつかないその建物に、イオはルーミアを背負いながら不思議に思うのであった。

 

 




相変わらずの、物書きの難しさ。
どうもこんにちは上田幻です。
楽しんでいただけたら幸いです。

ではまた。


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第三章「辿りついた先は、人の住む里」

 

「人、いるのかなあ」

若干、警戒している様子ながらも、それでも一応入ってみる事にしたイオ。

 

――そこは、一言でまとめるならば『混沌』であった。

 あらゆるものが雑多に置かれ、どう見てもゴミのようにしか見えない代物まで置いてある。

(……ガラクタ?)

取り敢えず置きましたとしか見えない物体に、ジロジロと観察しながら思った。

 そこへ、

「――おや、お客さんかな」

静かな男性の声が掛けられる。

 

 見れば、カウンターの奥の居間らしきところから、カーテンのような布を持ち上げている、大体二十代半ばのように見える男性がこちらを不思議そうに見ていた。

 銀髪に赤みがかった黒眼、165㎝のイオとかなり離れたその高い背丈。

 涼やかなその顔だちは、さぞ若い女性が見つけたならば離さないだろうと思わせた。

「あー……と、すみません。此処って……お店だったりします?やたら、色々と置いてますけど」

自己紹介よりも先に、イオはその事が気になってしょうがなかったため訊くと、

「まあね……一応、僕としては店を経営しているつもりなんだけども。どうも、近辺の人たちには不評でね。ま、幻想郷中で一番珍しい物を取りそろえていると自負しているよ」

言外にゴミのように見えるといわれている事に気づいたのか、やや苦笑しながらカウンターに近づいた青年。

 だが、イオはそんなことよりもある言葉が気になった。

「――幻想郷?」

今まで聞いた事すらない地名に、キョトンとするイオに、

「ふむ?その様子だと、君はここの住民じゃなさそうだが……?」

「あー、まあ、旅人と言った方がいいんでしょうか。どうも、迷い込んでしまったみたいで、此処が何処なのかすら分からないんですよ」

正直、この店に入ったのも、人里までの道を訊くためですしね。

頭を掻きつつ、それでもルーミアが起きないように配慮しながらそう告げた彼に、

「……とりあえず、君が余所者だという事だけは分かった。僕の名は森近霖之助というのだが……良ければ、君の名前も教えてもらえるだろうか?」

「あ、そういや言ってませんでしたね。僕の名前はイオ=カリスト。旅をしてます」

霖之助に近づき、握手を交わしながら自己紹介をしたイオ。

 と、そこで霖之助が、

「さて……所でなんだが、君の背中にいるのはルーミアかい?どうやら眠っているようだけど」

「ええ……歩いている途中で倒れているのを見つけましてね。この辺りどうも物騒にみえたもので、助けたんですよ」

「ふぅむ……?」

嘘ではないが全部を言っていないイオに、些か訝しそうな霖之助だったものの、直ぐに別の事に思考が切り替わったのか、ちょっと真面目な顔つきになると、

「まあ、いいだろう。……ところで、道を尋ねたいという事だったが……流石に詳しくは知らないのでね。君の助けにはなれないだろう。とはいえ、人里に行けば全部分かるだろうから、そこまでの道は教えておくよ」

「本当ですか?いや~助かりましたよ。結構困っていたもので」

「ふふふ……だろうね。長らく、商売に携わっているとそれなりに人を見る目も養われるから、何となくではあるが君が困っている事は分ったよ」

さらさらと、薄い紙のようなものに、地図と見られる絵図を描きつつ、霖之助は答えた。

「へー……凄いですねえ。因みに、お店何年やられているんです?」

「――――数え切れないほど、昔からかな」

ぴっと筆を上げ、やや悪戯っ子のような笑みを浮かべながらも、イオに地図を渡してきた彼は、一見して若い男性のようにしか見えない。

(??なんか、見た目若いのになー……?)

何となく、かなりの年月を経たようなその姿に、イオは少し不思議に思いながらも受け取ると、

「――それじゃ、ありがとうございました。また、縁があればここに来ます」

礼を告げ、イオは香霖堂を後にした。

 

少しして、ばたんという音が響き、

「おい、香霖。今いたやつ、誰だったんだ?」

溌剌とした、明るくかわいらしい女の子の声に、香霖と呼ばれた霖之助は苦笑しつつも、

「そうだね。――たぶん、『外来人』だと思うよ」

背中にルーミアを背負っていた、蒼紺色の髪に金色の眼を持つ青年を思いながら、そう答えるのであった。

 

――――――――

 

 香霖堂を出てからしばらくして。

 地図を見ながら歩いて行くうちに、次第に空が赤く染まろうとしている事に気づいた。「ありゃ、不味いなあ……夕方になってきてるよ」

ちょっぴり疲れたように苦笑しつつ、イオはルーミアを背負い直しながら歩き続ける。

 

 と、そこでようやく気絶から覚めたのか、背中の気配がもぞもぞと動いた後、

「……あれぇ、此処、どこぉ……?」

と、若干寝ぼけたような声が聞こえてきた。

「おはようさん。よく寝られたかい?」

「ふぇ?……って、あー!?さっきの人間!?」

驚きの声を上げる彼女に、イオは苦笑しつつも、

「あはは……ごめんね?命の危機感じたもんだからさ、本気でやっちゃったんだよ」

と、本心から申し訳なさそうに謝る。

 内心、

(これでまた襲い掛かってきたら御仕舞いだな)

と考えている事など、微塵も見せずに、

「ちょっといいかい?ここらで休戦といかない?」

「……なんでよ」

イオの提案に、少し間が空くと不満そうな声でルーミアが訊ねてきた。

「いやだってさ?そろそろ暗くなってくし、君みたいにやばいやつも当然いるんだろ?」「……まあね。夜は妖怪の世界だし」

「(ようかい……?)まあ、やりすぎちゃったし、安全な場所まで案内してくれると嬉しいかなって思ってさ」

とてとてと歩きつつ、イオは彼女に話し続ける。

 すると、

「――なら、いいよ別に。美味しいものが食べられれば。丁度、このままだと人里に着けるし」

「およ?そうだったんだ。地図、一応貰ってたけど、迷うかもしれなかったし助かったよ」

笑顔になったイオがそう告げると、背中からため息をついたような気配の後、

「――――どうして、あの時倒れたままにしなかったの?私、貴方を食べようとしたんだよ?」

かなり不思議そうに、今更な問いをかけてきた。

「うん、まあね。――罪悪感からかな?どうにも、君みたいな姿の人外って初めて見たからさー。これでも、女性に対しては紳士的に対応する方だし」

苦笑しながら、それでもイオはのんびりとした様子でそう告げる。

 

 その答えに、しばらく背中の気配は戸惑っていたものの、本気で言っているらしいと分かり、おずおずと背中に身を預け始めた。

「……そー、なのかー。なら、このまま、寝てもいい?」

「ん。どーぞどーぞ。着いたら起こしてあげるから」

「…………ありがと」

その言葉を告げるとともに、すうー、すうー、と寝息が聞こえてくる。

 何やら、自分に妹が出来たように感じながらも、イオは足早に人里に向かうのであった。

 

――――――

 

――夕焼けが、夜に変わろうとする頃。

 ようやく二人は、人里と呼ばれている集落にまでやってきていた。

「やれやれ……やっと、人里についたよ」

近くまで迫った木造の門にイオがそう呟くと、声に反応したのか、

「…………んぅ?ついたぁ……?」

と、背中でルーミアが寝ぼけたような声で訊ねる。

「うん、着いたよ。それで……何処に行けばいいんだい?」

「けーね先生が、いるはずだから、門番の人間に訊いてー……Zzz」

「って、おいおい……もう、また寝ちゃったの?」

仕方ないなあ、と呟きながらもルーミアをまた背負い直し、里の入り口に近づいて行った。

 すると、近くに門番だろうか、何処となく純朴さが感じられるイオと大体同い年に見える青年が、槍と見える長い柄の武器を構えながら立っている事に気づく。

 

「や、どうもこんばんは」

取り敢えず、イオがその青年に近づき声をかけてみると、

「ああ……どうも。――あんた、妖怪かい?」

「(ようかいって何さ?)少なくとも、僕は人間ですよ。そりゃあ、見た目は変わってますけどね」

どうにも、人間扱いされていないように感じたイオが、やや不満そうな面持ちで返した。

 思った以上の反応に、若干驚いたのか、

「そ、そうか……それはすまなかった」

と、思わずと言ったように謝った青年だったが、直後、近づいてきたイオの背中にルーミアがいる事に気付くと、

「なあ……そこにいるの、もしかして『宵闇の妖怪』ルーミアか?」

「……ああ、そう言えばそんな事も言ってたかな?多分、そうだと思いますよ」

一瞬、聞こえてきた異名らしき物に戸惑ったものの、すぐにルーミアのことと思い到り、のんびりとしてそう答える。

 すると、青年が槍を構えて警戒し始めた。

「――どうして、そいつがそこにいるんだ?」

「ああ、それはこの子が倒れてたからですよ」

いえしゃあしゃあと、事実であるがすべてではない答えを返すと、

「この子に、けーね、先生でしたっけ?どうやらここにその人がいるという事だったので。野宿するわけにもいきませんでしたから」

「――慧音先生?……ああ、そう言えばそこの妖怪も授業を受けていたな。――まあ、いいだろう。中に入っていいが、寺子屋までは街の人に訊いてくれ。俺は門番の事があるからここを離れるわけにはいかないんだ」

「構いません。ありがとうございました。――と、所で御名前をお伺いしても?けーねさんに説明しないといけないので」

穏やかに微笑み訊ねてくる彼に、その青年は一瞬間を置いてから、

「……優吾だ。遠藤屋の次男坊の優吾だといえば通じる」

「分かりました。――感謝します」

少しばかりツリ目なその青年に一言礼を告げ、イオは彼の傍を通り中に入って行くのであった。

 

「……なんとも、不思議な奴だったな」

今晩門番の役についていた彼は、今しがたの少年のように見えた彼の事を思い、ふっとほおを緩ませる。

 腰辺りに括りつけられた、彼には少し不似合いとも似合っているとも感じたあの刀たち。

 何となくではあるが……かなり、腕が立つ人間(?)だと感じられた。

「――やれやれ、これから慌ただしくなるかね」

ついこの間に、雪止まぬ『春雪異変』があったというのに。

 ちょっぴり溜息を洩らしながらも、優吾は門番を続けたのであった。

 

 



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第四章「一夜を明かすは、慧音の家」

 

(――う~ん……言語体系、どうも向うのジルヴァリア大陸と同じみたいだね。少なくとも、霖之助さん、優吾さんは同じだったし)

先程の青年、優吾や香霖堂で出会ったあの店主の事を思いつつ、イオは考えながら人里の中を歩いていた。

 

 アルティメシアという世界の中において、そこでは、実に奇妙な事に此処と同じ一つの言語によって統一されており、彼が住んでいたジルヴァリア大陸から、遠く西に離れたレジデルスト大陸においても、同一の言語であるというから不思議なものである。

 ただ、現在の研究において、彼の世界の言語は遠い昔に誰かが広めたものではないのかという推論が発生しているのであるが、その確証やら何やらは、それこそ神代にまで遡らなければならないほどに、現在の言語に至った事由に対する資料が乏しかった。

 

閑話休題。

 

 そう言う事もあり、ここに来た時はアルティメシア世界のどこかに飛ばされたのだろうと考えていた。

 ただ、そう考えるとルーミアの存在が疑問になって来る。

 背中でのんびりと寝ているこの少女は、カニバリズムといえるほどに、食人に対する抵抗があまりにもなさすぎで、その上、あの世界ではあり得ないほど異質な力で襲い掛かっても来たのだ。

(――なんか、いやな予感するな……)

内心眉を顰めながらも、イオは足を止めることなく道行く人々に、時には驚かれたりもしつつ(イオにしろ、ルーミアのことにしろ)、けーね、と呼ばれているらしい人物が住む所に向っていた。

 

 歩いて行くうちに、そういえば、とイオは再び思考にふける。

(ここの家の壁とか……妙に、泥っぽく見えるんだよな~)

それは、この里の建築技術についてだった。

 

 イオの故郷であるクラム国は、陰陽五行思想から成る五行属性を中心として、その内の金行を除く四属性から派生する十二属性を以て魔法が組み上げられている。

 その十二属性の一つ、土行から派生した岩属性というものがある。

 元々、魔法というのは人が魔物たちに対抗する為に生み出されたようなものなのだが、

時がたつにつれ研究する人々が現れるようになり、今日に至っては建築物の造形などに使われていた。

 岩属性というのはその建築物の造形にあたり、かなり汎用性が高い魔法として、土建屋の人々に愛用されているものなのである。

 とはいえ、流石に建物一個作り出せる人物はそうそうなく、大抵は岩を用いたレンガ状の物体を積み上げる事によって、家が作られていた。

 その建築技術とは別にもう一つあるのだが、これは従来から行われてきた樹木を切り倒してその木材を以て作るやり方だ。

 以上、この二つが主にクラム国、或いは他国においても使用されている建築技術であり、少なくとも今目の前に展開している、土を用いたと思われる物は一切見かけた事がなかった。

 白や赤、茶色など、不思議な材質にも見えるその家々に、正直イオは戸惑っており、

(……んー、どうも、違和感あるなー)

などと思いつつも、それでも今のところはそんなに気にすることでもないだろうと、のんびりとルーミアをおんぶしながら歩き続ける。。

 

 次第に空が青と黒が混ざったかのような色合いになり、また、道行く人々が自然と少なくなっていき、時折明かりであろうか、球体になった紙状の物体を持って歩く姿が見えるようになったころ。

 イオはようやくにしてか、目的の場所にたどり着いたようだった。

(さて、と……どうやらここが寺子屋みたいだけど……多分、僕の国で言う所の学校みたいな所なんだろうな)

今まで見てきた、木造の屋根に白塗りの壁で構成されている建物が少し大きくなったようなその建物を眺め、イオは一人そう思う。

「まあ、そんなことより、早くけーねさんを探さないと。もうすっかり暗くなってきてるし」

ぶつぶつと呟きながら、きょろきょろと探していると、

「――おや、そこにいるのは誰かな?どうも……此処の妖怪には見えないが」

些か堅苦しい口調と若干高めの声をかけられ、イオは思わず、故郷にいる筈の友人である、女性近衛騎士の事を思い出しながらも、

「どうも今晩は。遠藤屋の次男坊の優吾さんという方に、ここを紹介されたもので、旅人のイオ=カリストと申します。――ちなみに、こんな見た目ですが人間なので」

と、振り返りながら誤解を正すとともに、その女性にあいさつした。

 サクサク……と、所々落ちている落ち葉の踏まれる音と共に、

「これはどうも、御叮嚀に。……おっと、確かに人間の方のようだな。勘違いして申し訳なかった」

謝罪の言葉を告げつつ、蝋燭の匂いと共に灯りがこちらにきて、青みがかった銀髪のロングヘアーに、黒く見えるが、恐らく紺色であろう服を着ている。

 不思議な形状をしている帽子を被ったその女性は、丁度目の前の建物のどこかから出てきたばかりの様で、紙の束を腕に抱えながら此方を不思議そうに見ていた。

「ふむ、優吾からの紹介と言っていたな?何か御用かい?」

「ええ……香霖堂の御主人にも教えていただきまして。此処に来れば、帰る方法が分かると言われ「……うぅ?あー……けーねだー……」」

説明の途中を遮り、会話に起こされたのだろうか、イオの背中からひょっこりとルーミアが顔を出す。

 えへへー……と、こちらがほっこりするような笑顔を浮かべている彼女は、どうやら寝ぼけているようで、唐突にとんでもない爆弾を放った。

「――ルーミアねー、この人間に襲い掛かったんだけど、返り討ちにあっちゃったんだー」

「な、ルーミア?――って、返り討ちだと?いったい何の話をしているんだ?」

突然出てきたルーミアに、目を白黒とさせている慧音らしきその人物に、内心厄介な事になったと思いつつもイオは、

「あー……怒らないでやってくれます?どうもお腹を空かせてたみたいで、僕の事を御飯だと思ってたみたいなんですよねー」

「はあ?……いやいや、何か勘違いしていないか?ルーミアは妖怪だぞ?」

イオの発言を頓珍漢だと感じたのか、彼女は眼を丸くしながらそう告げる。

 

「さっきから、妖怪妖怪って……何なんですかそれ。魔物か何かですか?」

 

 そこへ、イオの発言が更にカオスを加速させた。

「魔物……?いったい何の話を……って、もしや君――外来人なのか?」

「がいらいじん?いや、僕はただの旅人で、遺跡を探っていたら黒い大きな穴に突き落とされて……いつの間にやらここに来ていたんですよ」

会話に齟齬をきたしているとは何となく分かったものの、それでもよく分からないままに説明をするイオ。

 

すると、目の前の女性は額に手をやるとともに、

「――どうやら、君は迷い込んだ外来人のようだな……」

と、困惑するイオとねぼけてえへへーと笑っているルーミアを尻目に、深いため息をついたのであった。

 

―――――――

 

「――こんな所だが、どうぞお入り」

「えと……ども、お邪魔いたします」

宵に輝く月が出始めたころ、イオ、そしてルーミアは先程の女性――上白沢慧音――に案内され、彼女の家に厄介になっていた。

 

 どうやらこの家は、寺子屋と呼ばれる先程の建物に隣接する形で建てられたもののようで、すぐ近くの窓らしき薄い紙が貼られた格子から、薄らと月に照らされた学び屋の様子が垣間見える。

 

 居間と思われる、植物らしき物が編まれた床の部屋に案内され、慧音がお茶が持ってくるのを待ってから再び話が始まった。

「――さて、さっきの問いを蒸し返すようだが……君は――外来人だね?」

「……どちらかというと、旅人なんですけどねえ……此処って、そもそもいったい何なんですか?どうも、今までいた所とかなり違っているみたいなんですけど」

足の低いテーブルを挟み、目の前に足を揃えて座っている彼女に、イオは少々行儀が悪い胡坐でそう尋ねる。

 

 ちなみにルーミアはというと、イオの背中からおろされた後に、胡坐の間で旅道具に入れていた毛布を掛けられた状態で、うにゃうにゃと、寝言らしきものを呟きながら眠っている所だった。

 

 そんな彼女の姿にほっこりし、なでながら、

「此処に来る前……古代文明の遺跡を調査していたんです。すごく不思議な建物で、興味を持って調べていたら、いきなり目の前に黒く大きな穴が出来まして。呆気に取られてる内に、誰かに突き飛ばされたんですよ。……で、気付いたら変な森の中に立っていました」

ルーミアとも、そこの森の中で出会ったんです。

 回想しつつそう述懐したイオに、慧音は眼を丸くすると、

「――訊きたいんだが、その穴……眼のようなものが見えなかっただろうか?」

「???いえ、落ちている時でしたからかなり必死で……ただ、妙な色合いの空間だったのは覚えています」

キョトンとして答えたイオに、彼女は深いため息をつくと、

「先ほど、君は此処が何処なのか知りたがっていたな。此処は――幻想郷。おそらく君は……異世界からやってきたんだろう」

「――は、異世界?まさか、本気で言っています?」

「混乱するのも無理はない。――だが、これは純然たる事実だ。君自身の特徴的な容姿、服装。そして、明らかに幻想郷で知られている筈の知識がないこと……此処まで来れば、君が外来人であろう事は分かってしまったよ。……とりあえず、君の事を教えてもらえるだろうか?どうも、今回の事はイレギュラーのように感じられるのでね」

「……まあ、別にかまいませんけど」

かなり長い間をあけ、半信半疑ながらもイオは語りだした。

 

 自身の故郷、アルティメシアとクラム国の事。

 所属しているギルドの事について、そして冒険者の事。

 自身が扱う、人のみに許された魔法という奇跡。そして、極めた剣術という技術。

 家族――友人たちのことなどを。

 

 すべて語り終え、それぞれがそれぞれに疑問や質問を呈するなどを繰り返すうちに、慧音がふと、居間の片隅にあった古めかしい時計が八時を指しているのを見て、すっかり夕食の時間を超過している事に気づき慌てた。

「おっと、やれやれ……もうこんな時間か。すっかり話しこんでしまったな」

「いやー、慧音さんほんとに聞き上手でしたから。楽しかったですよー」

「ははは……それは良かった。所で、今から夕食を作るが、何か食べられない物はあるだろうか?」

「あ、いやいやお手伝いしますよ。せっかく泊めさせて戴けるんですから」

部屋から出ようとしている慧音に、イオは慌てて手伝いを申し出るが、

「いや、いいよ。それに、ルーミアを起こしてしまうだろう?」

柔らかい笑みで押しとどめられ、ちょっぴり笑顔に見とれつつも、

「――それも、そうですねえ……じゃ、待っています」

そっと眼をルーミアに寄せつつ、笑ってそう返す。

 

 直ぐに、彼女が板張りの床を歩いている音が響いた後、料理を作る音が微かながら聞こえてきた。

 静かな空間に少しだけ聞こえてくるその音に耳を澄ましながらも、可愛らしい寝息を立てているルーミアを撫でながら待っているうちに、次第に疲れからか眠気が襲ってくる。

(あ――やばい、寝る……すぅ……)

そのまま彼女の頭を撫でながら、こつんと頭をルーミアの頭の上に乗っけると、眠りこけてしまった。

 

 慧音が、料理の乗った皿と共に戻ってきたときには、すでにイオは眠りのさなかにあり、まるで親鳥が雛をくるみこむような姿に。

 容姿は似ていないが、何処となく兄妹を思わせるようなその様子に、思わずと言ったように慧音がクスリと笑みを漏らすと、

「ほらほら、寝るのは食べた後の方がいいぞ?」

と、二人を起こしにかかるのであった。

 

 そんな彼らを、障子から覗く金色の月の光がやさしく照らす。

 あたかもその姿は、祝福を投げかけているようであったという。

 

 



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第五章「向かうべき先は、博麗神社」

 

 一夜が明けた翌日。

 慧音宅にて朝食を取った彼らは、食後の片付けの手伝いをした後、緑茶をすすっていた。

「……まあ、昨日の話の続きになるが……いいかな?」

湯呑とここではいうらしい陶器のコップを、カタリ、と居間のテーブルに置いた慧音が、真面目な顔つきになって話しかけてくる。

「ええ、構いませんよ。こっちもまだ訊きたい事もありましたし」

のんびりと、テーブルを挟んだ先でイオがそう返すと、

「そもそも、幻想郷というのは一体何なんですか?今まで生きてきて、そんな里の名前など、初めて聞きましたよ」

一転して、キリッとまじめ顔になって訊ねた。

「――君は、どう思ったんだい?ここに来てから今に至るまでの感想として」

「…………失礼だとは思いましたが、あえて申し上げます」

 

――管理された、箱庭なんじゃないかと思いました。

 

「っ!…………どうして、そう感じたのかな?」

「理由ですか……この子、ルーミアの存在です。彼女自身が自身も含めて危険だと言われているのに、妖怪でしたっけ?昨日も含めて今に至るまでそのような存在が里に襲って来ている様子がないこと。たまたま、気まぐれで襲わなかったとみる事も出来ますが……向うの事、昨晩お伝えしましたよね?」

イオに言われ、慧音が一瞬考えるそぶりを見せると、眼を見開き、

「――もしかして、ぎるど、と呼ばれるものだったりするかな?」

訊ねてきた彼女に、イオは静かにうなずくと、

「ええ……ここならば、多分何でも屋と呼ばれると思うのですが……犯罪行為以外の依頼を随時受け付けている所なんです。その受け付けられている依頼の中には、魔物討伐という依頼も含まれます」

そう、彼が元いた所は危険な世界。

 弱肉強食が罷り通る、血を血で洗う修羅の世界なのである。

 力無き者にとって、意志と自我を持つ魔物、ゴブリン、そしてオーガやドラゴンといった存在は、容易に人類に対する脅威になり得るのであった。

「――集落が襲われ、人型の魔物、或いは獣型の魔物によって人類が殺されていく様を見た事もあります。女性が襲われ、魔物の苗床にされてしまった風景も、見たくはなかったですが存在しました。……それに比べて、ここはどうでしょうか。脅威とされている筈の妖怪は、人里を襲う事もなく共に在り、こうして今僕の膝の上で眠っています。……人外と人間が、こうも双方共に、穏やかに過ごしている場所を僕は他に知りません」

旅の経験と共に告げられたその言葉は、かなりの説得力を伴い、慧音の息を詰まらせる。

「……確かに、管理というのは大当たりだろう。つまるところ、この世界は力を失った妖怪、神達の最後の楽園だと言われている。他にも、行き場を亡くした者たちにとっても……だ」

真剣なまなざしに戻り、慧音は続けた。

「――八雲紫。妖怪の賢者と呼ばれる彼女。そして――博麗の巫女、博麗霊夢。この二人によって、この世界が守られていると言っていい。彼女たちが張る二つの大結界が、外界とこの世界を切り離した事によって、この世界が存在しているんだ」

「んー……でも、それだけなら、妖怪だけの世界にすればいいんじゃないんですか?なんで、人間もいるんです?」

「それは……妖怪たちが、人間によって生かされているからだろう。君は知らないだろうが、かつて外の世界では神秘と幻想が充満していた。人々が自然に対して畏怖の念を持ったりすることで、妖怪や神が生み出されて来たのだ」

「あー……何となく、わかる気がします。僕の世界でも、多神教として崇められていますし、僕自身も、木属性を司る神様と、創世神様は信仰してました」

「ふむ……やはり、人によって形作られているのだな……と、それはともかく。こちらの世界では人が進化するに伴い、神秘を信じる者が減って行ったんだ。その事を危惧した存在が、ここでは妖怪の賢者と称されている、八雲紫だよ。彼女は現状を憂えて、こうして幻想を守るために、妖怪たちの食糧の意味も含めて、人間を引きこんだこの世界を創り出したんだ」

「……下手すれば神に近くないですかそれ」

偉業といえるその行動に、イオが頬を引き攣らせると、

「ところがそううまくはいかなかった。肝心の妖怪たちが管理されるのを嫌がってね。まあ、今になってはその不満も抑えられているし、強い妖怪たちによって統率されたから」

「だったら、今僕が此処にいる理由は何なんです?全然思いつかないんですけど?」

「そう、そこだ」

真面目な顔つきのまま、イオの言葉にうなずいた慧音は、

「此処に住む人間は元々住んでいたものか、それとも外からやってきたものかのどちらかしかない。――それも、世を儚んで死のうとした者たちが、ね」

「――それ言っちゃうと僕が自殺志望者になるんですが?」

「待ってくれ。例外があるんだ。――八雲紫が、君を連れてきた可能性だ」

爆弾を投げつけてきた彼女に、イオはすっかり忘れられてすねたルーミアが、イオの膝の間で背中を預けて来たのを撫でながら凍りつく。

――それでも、ルーミアの頭を撫で続けているのは流石としか言いようがないが。

「……えー、まっさかー。何で連れてくる必要があるんです?僕とその人、全く関係ないじゃないですか」

「――彼女が常々、言っている事がある。

――『幻想郷は全てを受け入れる……それはそれは、残酷なこと』

と。たまに、何処かから人間を引っ張り込んでは、この世界の人間の存続をしているんだよ。妖怪の、神の維持をする為だけにね」

「…………さっきの言葉、取り消します。――ただの、ハタ迷惑じゃないですかそれぇええ!!!」

わなわなと身を震わせわめく彼に、

「んー……うるさいぃ」

「あ、ごめんなさい」

寝言だろう、眉を顰めながら文句を言っているルーミアに、素に返ったイオが謝るという事件はあったものの。

「とにかく、単なる迷惑で此処に来させられたのだったら、帰らせて頂きます。あっちでやらないといけないこともあるんですよ」

「――だったら、博麗神社に向かうと良い。この里を出て、東の方角へずっと行けば幻想郷の出口にあたる彼の神社があるんだ」

「……歩いて、どれくらいかかります?」

ずっと、という言葉に反応してか、若干不安そうに尋ねたイオに、慧音が困ったような表情になると、

「あー……申し訳ない。実のところ、人里の警備を任されているものだから、あまりこの里の外に出るという事がないんだ。だから、ちょっと分からない」

本当に申し訳なさそうに謝ってくる彼女に、イオは慌てて手を振りながら、

「いやいや、泊めて戴いた上に食事まで戴けたんですから。これ以上は流石に甘えすぎになりますよ。大丈夫ですよ、行く先に妖怪が出たところで、僕にとっては魔物と同じような感じですから」

あっはっは、と軽やかに笑っているイオに、慧音はやれやれと首を振ると、

「ルーミア。起きてくれないか?」

と、えへへー、と笑顔を浮かべながら眠っているルーミアに、穏やかに声をかけた。

「んぅ……けーね、どーしたのー……?」

「すまないけれど、イオを博麗神社に送ってもらえないか?歩いて行く事になるんだけれど……」

「……うん、分かったー。空から行った方が早いけど、頑張って案内するよー」

眼を擦りながらも、それでもルーミアは快諾する。

 立ち上がり、イオの傍で伸びをしているルーミアを眺めていると、ふと、先程の言葉に気になる単語があったのを思い出し、

「……空から行ける?あの、慧音さん……どういう意味なんですかそれ?」

と、慧音に向ってキョトンとした顔で訊ねた。

 

 すると、彼女はぽんと手を打ち合わせ、

「――ああ、そう言えば。君はこの世界の常識を知らないんだったな。百聞は一見にしかずというし、一回外に出てみよう」

「は、はあ……?」

妙に浮き浮きとしている慧音に、イオは益々首をかしげるのであった。

 

――――――――

 

 所変わり、寺子屋前。

「それじゃ、ルーミア……飛んで見せてくれるかい?」

「はーい。……それ~!」

フワリ。

 舞い上がる綿毛の様に浮き上がったルーミアに、イオは心底から驚愕した。

「な、なななんだそれー!?」

「――あはは!いやーいい反応だね。改めて説明するが、この世界では実力者に範疇する者は、妖怪も人間も含めて空を飛ぶことが出来るんだ」

イオの驚愕に、心底から楽しそうに笑う慧音。

「……マジか。すごいなー」

「えっへん、どんなもんだい!」

(んー……やれそうかな?)

胸を張っているルーミアを見つつ、イオは静かにイメージを固め始めた。

 そんな彼に気づかず、慧音が、

「大体、この世界で使われている力というのは、三つが主になっていてね。それぞれ妖力、魔力、霊力というんだが、妖怪たちの中には飛ぶことに特化した者もいるくら「……あ、出来た」……って、何やっているんだ君は」

楽しそうに説明している間に、いつの間にかイオが空を飛んでいる事に気づき、茫然とした様子で訊ねた。

「いやー、やってみたら出来ました。でも、意外に結構難しいですねえこれ。踏み込みから飛び上がった事はありますけど、大体すぐに落ちちゃうし」

ふわふわと、ルーミアのそれと違い不安定な自身の体に、イオは困ったように笑っている。

 その様子に慧音は頭を抱えると、

「いや、それは飛ぶとは言わないだろう……全く、君は規格外の外来人だな本当に」

こちらが笑いたいくらいだよ、と慧音が愚痴っていると、イオはあわてて、

「ま、まあこれで行き易くはなりましたよね?元々、空から行った方が早いと仰ってたんですし」

「だからってすいすいと飛ばれちゃったら、けーねの顔が立たないと思うよー?ほら、見てよ。あのけーねがすっかり頭抱えちゃった」

「いやーあっはっは、いっそのこと、今まで持ってた常識捨てちゃおうかと」

呆れたように突っ込んだルーミアに、イオは半ばやけっぱちの様に思いでそう言い放った。いっそ、清々しいとさえ言えるほどに、彼の顔が輝いている。

 その様子に処置なしとみなし、慧音が疲れたように溜息をつくと、

「では、頼んだよルーミア。そこの奇想天外な外来人を案内してあげてくれ」

「うん、行ってきまーす」

「今日、授業があるから来るんだぞー」

フワリ、と体の向きを変えて飛んでいこうとする彼女に、イオも慌ててあとからついて行った。

「うん、分かったーまた後でねー」

「さようなら、また、御縁があれば会いましょう……!」

手を振りながら飛び去って行った彼らに、慧音は少し眩しそうに眼を細めて見送ると、

(――にしても、あの賢者は何を考えているんだ?)

今までの外来人と、全く様相が異なる今回の外来人の来訪に、正直何かが幻想郷に迫っているのではないかと思ったものの、すぐにその想像を打ち消し、

(まあ、いい。ここには幻想郷最強たる、博麗の巫女『博麗霊夢』がいる。そうそう、変な事は起きないだろう)

そう考えると、慧音は今日も授業を行うべく、寺子屋へと戻るのであった。

 

 



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第六章「明かされるは彼の能力」

 

 人里を出た二人は、ふわふわと漂うようにしながら博麗神社へと向かっていた。

これも、まだ飛び始めたばかりであるイオを配慮して、ルーミアが飛んでくれたからである。正直、今まで踏みしめていた地面とは違ったこの感覚は、容易にイオの常識を破壊してくれたが。

 

 時折、妖精と思しき小さな羽根を生やした子供の姿が現れ、

『きゃはは!これでも喰らえー!!』

などと叫びつつ、恐らく慧音が飛ぶ前に言っていた妖力だろう、不可思議な力で構成された弾幕をこちらにぶつけてこようとしたものの、あっさりイオやルーミアに撃墜されていった。

 とはいえ、イオの方はまだ飛び始めという事もあり、初めて行う空の戦いでは役立たずなために、ルーミアに助けてもらってばかりであったが。

 

「……ねえ、訊きたいことがあるんだけどさ」

飛び続けてからしばらくして。

 ふとイオがルーミアがいる前に向かって声をかけた。

「んー?どうしたのー?」

両手を広げながら、のんびりと飛んでいる彼女が問い返すと、

「さっきの妖精たち?だっけ。ルーミアもなんて言うか弾幕をすごく出してたけど、いったい何なの?」

あごに手をやり、考えるようなそぶりで飛び続ける彼に、ルーミアはのんびりと笑うと、

「わはー、あれはね、スペルカードルールって言うんだー。みんなの間じゃ、弾幕ごっこなんて呼ばれてるけどねー」

彼女の言う所によれば、人妖の間で揉め事や紛争を解決する為の手段であるとされ、人間と妖怪が戦う時、そして強大な妖怪同士で争う際に、必要以上の力を出さないようにする為の決闘のルールであるそうだ。

 興味を抱いたイオが、

「へー……ちなみに、どういうのなの?」

と尋ねると、

「んー……私のはこういうのかなあ。――えいっ!」

可愛らしい掛け声とともに、何処か黒く見える粒子が集まり始め、一つのカードが形成された。見れば、目測にして縦は8cm、横6cm程の大きさであり、何処となく金属質の輝きを持っていることから、何らかの力が込められているとわかる。表側には、よく分からない紋様や、夜符『ナイトバード』と記された文字があった。

「ふ~ん……なんか、やたらと黒いねそれ」

何処か面白がるような表情で、イオがそう呟くと、

「それが私の能力だからねー。『闇を操る程度の能力』って言うんだー」

「……は?能力?なにそれ」

唐突に、よく分からない力の事を言われ、キョトンとして訊いてみると、

「んー……言ってみれば、幻想郷の妖怪や人間に備わっている力と言えばいいのかなー」

幻想郷の外にいる人間は使えないってけーねは言ってたけどねー。

 のほほんとした様子で、ふわふわと何所かとらえどころのない飛び方をする彼女はそう告げる。

「もしかりに、そう言う力を持っている人間が外の世界にいたら、保護する意味も含めて、幻想郷に招き入れてるんだってー」

「保護?なんでだい?」

「さぁ……わかんない。紫とか、霊夢――この先の神社の巫女なんだけど――に訊いてみれば―?多分、私が説明するより分かりやすいと思うよー?」

それより、早く行こうよー。

 そんな風にいいながら、とうとうのんびり行く事に堪え切れなくなったのか、飛び始めたばかりのイオを放り、いきなり速度を上げて飛んで行った。

 慌ててその後をイオが、

「わわっ、ちょっと待って……!」

とよたよたと頼りなげに追いかけていく。

 

 その様子はさながら、元気いっぱいの妹をのんびりな兄が追っているようであったという。

 

――――――――

 

 あの後、飛び続けてから三十分は経ったであろうか。

 時折、イオの為に地上に降りて休憩を取りながら、二人が空の旅を楽しんでいるうちに、ようやくにしてけもの道のような小さな細い道を眼下に見つけていた。

 それを見つけたルーミアも同じ事を思ったか、

「あー、そろそろだねー。もうすぐ、博麗神社が見えてくるころだよー?」

ふわふわと先程までのスピードをゆるめ、やっと目的地に着けるとルーミアが笑う。

 そんな彼女と対照的に、

「――飛ぶって、こんなに疲れるんだね」

と、イオはかなり疲れた表情でそう呟いた。

 というのも、実のところ彼は魔力を用いることなく飛んでいたからだ。

(……うーん、魔力、じゃない……別の力?何か、僕の中に新しく力の源みたいなのが溢れているような……何だろこれ?どうも、僕自身の力みたいだけど……)

同時に、今まで使ってきた魔力とは完全に別物の力を体内から感じ取り、イオはやや不安そうな面持ちになった。。

 だが、そんな彼に構わずルーミアが、

「もっと、うまく飛ばないとねー。慣れてないと、自分の力を無駄に使っちゃうし」

にひひ、と悪戯っ子のように笑うと、イオは深いため息をついて、

「飛び始めたばかりの人間に何を期待してるのさ……ま、いいや。早く行こっか」

「ん、そうだねー」

二人して頷きあい、獣道に沿って空を飛んで行く。

 すると、ようやくにして眼下に建物が見えてくるようになった。

 不思議な形をした、紅い色の門のような建造物。

 少しばかり古く見える、桧の様な木材を用いた、鈍色を放つ屋根のある建物。

 奇しくもそれは、この幻想郷という世界に来る前に見た、あの遺跡と酷似しているようにさえ見えた。

(……ふむ?いったいどういう事なんだろう)

不思議に思うイオであったが、こんな所で考えるようなことでもない為、此処にいるであろう巫女?に訊けば分かる事であろう。

 そう思って、イオはルーミアと共に紅い門の下に降り立った。

「れーむー?どこー?」

すぐさまルーミアが、きょろきょろとしながら目的の人物を探していると、

「――何よー……って、ルーミアじゃない。そっちにいる奴……誰よいったい」

すると、境内の奥の方から、不思議な格好をした十代半ばに見える少女がやってきて、じろりとイオの事をねめつける。

 紅白を基調として、脇と肩を露出させて腕の部分を固定した上着。緩やかに広がるスカートも、これまた紅白を基調としていた。

 何処となく、猫を思わせるようでそれでいて整った顔立ちの少女は、ファサリ、と紅白のカチェ―シャがついた漆のようにつややかな髪を揺らす。

 若干、予想していた人物像と異なった事に戸惑いつつも、

「えー……と、初めまして。イオ=カリストと言います。今回、なんか幻想郷に迷い込んでしまったみたいで、慧音さんからここを紹介されました」

と、此処に来た時の旅装姿で恭しく一礼をした。

 すると、面倒くさそうな表情になって、

「……博麗霊夢よ。何か知んないけど、他の妖怪とかからは『楽園の巫女』なんて呼ばれてる。――で、此処に来たのは帰りたいからかしら?」

「ええ、そうなんです。外来人だ何だと説明を受けまして、帰るんだったら此処が良いと言われたものですから。お願いできま「駄目ね」……は?」

にこやかに告げていた言葉を遮られ、呆気にとられた表情でイオは眼を見開いたが、

「だから、だめだって言ってんの」

話は終わりよ。

 そう言って、彼女――霊夢は居た所へ戻っていこうとする。

 その姿に、イオと同じように呆気に取られていたルーミアが慌てて、

「れ、れーむ?どういう事?何でイオの事を帰してあげないの?」

「……ちょっと考えればすぐ分かる事よ。――そいつ、『能力持ち』よ。それも、世界の根幹にかかわるような、ね」

歩きながらそう返してきた霊夢に、イオは愕然とした表情になった。

「……ま、待って。それ……本気で言ってる?一応、こっちは今まで普通に生きてきたんだけど」

半ば憔悴したような声で、イオは顔を覆いながら尋ねる。

 心配になったルーミアが顔を覗き込むと、よほどショックだったのか、彼の顔が青ざめているのが分かった。

 そんなイオに構うことなく霊夢はさっさと歩きながら、

「そうよ。――ああ、あんたの能力言っておくわ。……多分、『木を操る程度の能力』ね。何か、あんたを見るたびに『大きな木』が何となく見えるから。それと……もう一つ、見え隠れしてるのがあるみたいだけど……ま、それは自分で考えなさい」

とにかく、帰らせるつもりはないから。

 そこまで言ったところで、霊夢はふと振り返り、

「言っておくけど……あんたがどう思おうが、その力を持っている以上、この世界から出す訳にはいかない」

泰然自若として彼女は言い切り、今度こそ奥の方へ引っ込んでいこうとする。

 直後、

 

「――――八雲紫という名に、聞き覚えは?」

 

突如として、いまだに顔を覆ったままのイオが、かなり低い声で問いを発した。

 その名前に聞き覚えのあったのか、イオの様子が変化した事に反応してか、ぴたり、と霊夢が動きを止めると、

「――紫?……あー、なるほどね。あんた、あのスキマに連れて来られたの?だとしたら、御愁傷さまとしか言いようがないわね。あいつ、いっつも外来人を引っ張り込んでくるから、こっちも迷惑してるのよ。あんたの様子からして、碌に説明もないまま連れてきたんでしょうし」

「……何処にいるか、知っています?」

振り返って告げた彼女に、イオはなおも低い声のまま問い続ける。

 その表情は手に遮られて見えにくいが、その事が逆に彼の怒りを表しているようでもあった。

「……さすがに、今のあんたに教えるつもりはないわ。――知る知らざるに関わり無く、あいつの存在はこの幻想郷に必要だしね」

そっけなく、しかし自然体の表情のまま、霊夢はイオを見つめながらそう告げる。

 だが、そんな霊夢にイオは頓着せず、

「――そうですか……じゃあ、別に構いません」

 

――――――自分で、探しますので。

 

 一瞬、殺気めいた気配がその場を覆い尽くした。

 ただならぬ彼の様子に、すぐ近くにいたルーミアは思わず身構え掛け、だが霊夢は先程の表情のまま、静かに彼を見つめるのみ。

 少し間を置いてから、霊夢がイオに向って、

「……慧音だったっけ?あの人里の守護者。あいつに訊いて人里で仕事を探してもらいなさい。少なくとも、あいつは歓迎してくれるでしょ」

「……お気遣い、感謝します。――――では」

ットン。

 軽やかに地面を踏む音と共に、イオが空高く舞い上がった。

 一瞬のうちに見えなくなった彼の姿に、やっと我に返ったルーミアが、

「わ、わわっ、待ってよイオー!?」

と、慌ててその後を追いかけていく。

 あとに残された霊夢は、その姿を見送ってから溜息をつくと、

「……あーあ、知ーっらない。紫、あんた眠れる『龍』を突いちゃったみたいねー……ま、自業自得だし、いっか」

などと呟きながら、神社の中へ入って行くのであった。

 

 



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第七章「手にする仕事は何でも屋」

 

「ねえ……イオ、大丈夫?」

博麗神社を出た後、ようやく追いついたルーミアは不安そうにイオの顔を覗き込んだ。

 だが、彼の表情は既に先程まで放っていた気迫をけしており、のんびりとした雰囲気だけが感じ取れた。

 ニコニコと、イオが笑顔を浮かべながら、

「ん、大丈夫だよ。元々、目的があって旅してたから、どうしたって終点がある事は分かっていたから。流石に、故郷の家を何年も留守にする訳にもいかなかったし。終の棲家を探すのが早まっただけだよ」

 

――まあ、八雲紫に会ったら、全力の一発ぐらいは叩き込んだろうかとは思うけど。

 

 あくまでもニコニコとしたまま、物騒な一言を述べる彼に、ちょっぴりルーミアの表情が引き攣る。

(やっぱりイオ、怒ってるー!?)

先程の殺気めいた気配とはまた違った怖さに、内心ルーミアはガクガクブルブルと震えざるを得なかった。

 

 さて、所時変わり、現在二人は人里の寺子屋の前に降り立っている。

 寺子屋前に広がる広場には、慧音が子供――いや、子供のような姿の妖怪や妖精達が、思い思いに一緒に遊んでいた。

 ふと、彼女達を相手していた慧音が気配を感じ取ったのか、妖精たちに向けていた顔を上げ、イオたちの方を向き――驚きで大きく眼を見開き、固まってしまう。

「あはは……慧音さんただ今ですー」

ひらひらと彼女に向って手を振り、傍目にはのんびりとした様子でイオがあいさつした。

 その彼の横を通り過ぎ、ルーミアが妖精たちに向って、

「みんなー!おっはよー!!」

と突貫していく姿を見ながら、イオはのんびりと慧音に近づいて行く。

「……いったい、どうしたんだイオ?忘れ物でもしたのか?」

若干、驚きが抜けきっていないその表情で慧音が訊ねた。

 すると、イオは困ったように笑い、

「いや、違うんですよそれが」

 

――――――帰れなく、なりましてね。

 

「っ!?」

予想外だったのか、それともその言葉を放って尚いたって普通の様子を見せるイオに驚いたのか、慧音は益々眼を大きく見開く。

 楽しそうに騒いでいるルーミア達を放り、茫然とした様子でこちらを見てくる慧音に、

「――どうも、僕が『能力持ち』だったみたいで。霊夢さんに断られてしまったんです。いやー、本当に参りましたよ」

困ったように笑いながらイオがそう告げると、け音はややぎごちない様子で、

「そ、そうだったのか……そうなると、君は人里に……?」

「住む、という事になるんでしょうね……予想外でしたよ。おかげで、生涯の間で計画してたのが全部大幅に修正する羽目になりましたからね。ま、此処は住むには凄く良いし、終の棲家にするには打ってつけでしたから、そこは不幸中の幸いと言ったところでしょうけど」

あっけらかんとして笑うイオに、ようやく慧音も普段を取り戻せたのか、ぎごちないながらも笑顔を浮かべて、

「……そう、だな。こうなった以上、あまり気にしない方がいいだろう。所で、君の仕事はどうするつもりなのだ?」

恐る恐ると言ったように彼女がそう尋ねてくると、

「ま、外の世界でも結構やり手の冒険者として知られていたみたいですから、一応何でも屋をやろうとは思ってます」

こう見えても、元の世界では最強の一角としても見られてましたから。

 そう、楽しげに笑いながらイオがそう返した。

 すると、真剣な眼差しになった慧音が、考えるようなそぶりを見せつつ、

「そう、だな……頼むことになるだろう。今のところ、人里の方でも空いている職種の方はあまりなかったと思うから。それに、荒事をやっていたという君の腕前も、何となくではあるが……高い事は分かる。――――幸い、空家になっている場所がいくつかあったと思うから、そのどれかを住処にしてもらう形になるだろう。宜しく頼むよイオ」

「ええ……分かりました。ありがとうございます。――と、そうだ。その住居とは別に、もう一つ建ててもらいたいものがあるんですけど……大丈夫ですか?」

「ふむ……?伝手があるから別に構わないが、一体何を建てるつもりなんだ?あまり、変なものを建てられてしまうと困るのだが」

突然のイオの言葉に、やや不思議そうに眉をあげた慧音がそう尋ねると、

「――ある、二つの流派の道場の看板を立ち上げようかな、と」

一刀流と、二刀流二つの流派の……ね。

 にかっとして、ただ楽しそうにイオは笑う。

 

 その様子は、さながら悪戯を仕掛ける子供の様であったという。

 

―――――――――

 

――時は過ぎ、今は盛夏の真っ盛り。

「――さて、今日も頑張るとしますか」

人里に厄介になり始めてから、丁度一ヶ月が経とうとしていた。

 故郷にいる養父や家族、そして親友や友人たちの事は気になるものの、それでもイオは順調にこの何でも屋という職業をこなしている。時折、低度の智慧しか持っていない妖怪の討伐の依頼という、緊急性と命の危機もはらんだものをこなす時もあるが、概ね平和な毎日である。

 とはいえ、日常となると……

「……んぅ。むにゃむにゃ……」

この様に、ルーミアが共に暮らすようになったのであるが。

(……まっさか、ルーミアと一緒に住むことになるとは思わなかったな)

取り敢えず、あのままでは危なかったから背負って行っただけで、そのままあの博麗神社か慧音にでも預けて帰るつもりだった。

 結局、こうして暮らすことになったわけだが、それというのもイオの料理を、大層ルーミアが気に入って強硬に一緒に暮らすんだと主張したためである。

 正直、見た目が幼女にしか見えない彼女と暮らすのは、社会的な視線からしてかなり危ないもののように見えたため、当初は断るつもりだったのだが……。

『――くれぐれも、よろしく頼むぞ?』

あんなふうに、がっしりと肩を掴まれてニッコリ笑顔の慧音に言われればどうしようもない。

 

閑話休題。

 

 さて、そんな彼の何でも屋の依頼の仕組みについて説明しよう。

 まず、彼が住む母屋のすぐ前にある、

『犯罪行為以外の依頼を受け付けます』

という、墨痕あでやかに彩られたやや大きめの郵便受けの中に、依頼人が依頼状を投函し、イオが依頼を遂行していく事によって成り立っていた。

 当然、依頼状が投函されているわけであるから、その報告を投函した人物に直接言う事で報酬がもらえる仕組みになっているのである。

 大抵、此処の依頼というのは、

『どこどこの甘味処の手伝いをしてほしい』

や、イオが『木を操る程度の能力』を持っている事を知った人物が、

『農家の作物をどうにかして強くしてほしい』

などと、能力や彼自身の容姿を利用した依頼が寄せられたり、更には彼の剣術がかなりのものであることを知った武術者や、妖怪の被害に悩まされる人などが、

『仕合をしてほしい』

や、

『妖怪退治をしてほしい』

という様な依頼をしてくることもあった。

 だが、此処人里のルールを慧音から教えられた身としては、あの博麗神社の霊夢に妖怪退治を依頼するのが義理ではないかと思ったりもするのだが。

(だってねえ……霊夢さんみたいに、退魔の力じゃなくて剣だけで倒しているし)

正直なところその依頼をするのは面倒ではあったが、仕方なしに受けて、その報酬を博麗神社に納める事で自身のもやもやを収めていた。

 それに、いくら命の危険があるとはいえ、或いは退魔の力が無いとはいえ、かつてアルティメシア世界で『疾風剣神』と呼ばれていた身としては、対峙する妖怪たちも弱いものばかりだったため、気にする事もないことではある。

 

「……ふむふむ、今日は二件だけ……みたいだね。ま、今のところ風邪で休んだお店とかの人手を頼まれたりするだけだからそんなに忙しくなさそうかな。で、これは慧音さんので、ん?これ、は……?」

一枚一枚を広げつつ、最後に広げられたそれに目を向けた。

『――昼。道場にてお待ちします』

「依頼人は……なし。つまり匿名。…………いったい、誰が来るんだか」

見事な毛筆で書かれたその文章に、イオは困ったように居間のテーブル前にて頭をかいたが、すぐに首を振ると、

「――先に、寺子屋の依頼を済ませてから考えよ。幸い、午前中だけだからね、授業の方は」

農家の子供達もいるために、どうしても家の事情もかんがみないといけない為に、こういう午前中のみの仕儀になっているのだとは聞いている。

 まあ、それも仕方ないことではあろう。

 農家という職業はかなりデリケートなものであり、ほぼ天候によって左右されるものだ。出来る限りのことをやるのに、一人二人だけでは到底やっていけないから、子供達の手を借りる事になってしまう。

「……もっと、僕が能力をもっと使えたらよかったんだけどねえ」

幾ら植物が病気にかからないように出来るとはいえ、急激に生長をさせるわけにもいかない。

 それをすることは確かに可能だが、その後がかなり怖いのだ。

 生長させた植物の味が変化するかもしれない。

 栄養素が変質してしまうかもしれない。

 色々とデリケートだからこそ、イオは植物を強化する事はしても、生長をさせる依頼は断った。

 かつて、リュシエール学院というクラム国最高峰の学院で、何となく植物について調べていなかったら、知らずにとんでもないことを仕出かしたかもしれなかったからだ。

「……あの頃、通っててほんとによかったなあ」

と、そんな過去を思い出している場合ではない。

 慌てて準備を済ませると、居間のほうに向って、

「ルーミア―?留守番頼んだよー?」

と声をかけると、寺子屋のある方向に向かってふわりと飛び立ったのであった。

 

――この一ヶ月。

 イオにとっては、自身に顕現した能力を検証する期間であったといえる。

 霊夢に言われた、この、『木を操る程度の能力』という能力。

 その検証を始めてからというもの、イオは大いに驚かされていた。

 樹木と会話することはもとより、先程つらつらと考えていた植物の生命力の強化。そして生長の促進。

 さらにはこんなことまで出来るようになった。

 元々、アルティメシア世界において魔法を、親友の、世界最強に等しい魔法使いと比べて少ないながらも使えていたのだが、高い適性を示した五行属性がうちの一つ、木属性と、そこから派生する三属性、風・吸・雷の魔法の威力を大幅に強化してくれたのである。

 元来、イオはそんなに魔法は得意な方ではなく、長々と詠唱文を唱える事は出来る方ではなかったが、この能力によって長い詠唱文が唱えられるようになるだけでなく、無詠唱の呪文の魔法の威力がかなり引き上げられたのであった。

(でもって、木を生成し思うように形成も出来る。……なんだこれって思ったなあ)

とはいえ、あくまでも自身に存在するその力が続く限り、となってしまうが……それにしたって、かなりの汎用性を誇っている。

 むしろ、イオからすればやりすぎだとしか言いようがなかった。

 一ヶ月経った今でさえこの能力の汎用性はとどまる事を知らず、今こうして空を飛んでいるように、大気中の空気を押し固めて足場にする事も、木は気に連なるという無茶ぶりにまで応えて、体内の気を操るまでに至っている。

(……まだ、使いこなせている自信もないけど、頑張るしかないね)

むしろ、まだ伸び白があるこの能力がおかしいのだ。

 そう思いながらも、イオは誰かを救うためにもこの能力を検証し続けていくのであった。

 

――――――――

 

 さて、場所変わり、寺子屋前広場。

 子供達の授業を終えたばかりの慧音は、ちょっぴり困惑の表情を浮かべていた。

――主に、目の前に広がっている光景について。

「――――いいかい?まず、剣というのはその形の通りに、切る事に、殺す事に特化した道具だ。だからこそ、強くなりたいと思うんだったらこの道具の怖さをよく覚えておかないといけないし、相手に殺される覚悟も持たなければならないんだ」

能力で作りだしたと思しき木剣を、広場に適当に散らばった子供達に構えさせながらその前でイオが飄々と立って教えていた。

 そんな彼に、困惑から立ち直った慧音が音も立てずに近づき、

「――イオ?いったい何を教えているんだ?」

と、妙にニコニコとした笑顔で話しかける。

 その声に、目の前の青空道場に集中していたイオはびくりとなって振り返り、

「へ?って、ありゃ、慧音先生じゃないですか。今ですね、丁度剣をみんなに教えていたところだったんですよ」

「……ふむ。所で、頼んでいた所はどうしたのかな?」

あくまでもニコニコとしてそう告げてくる彼女に、イオは若干違和感を感じながらも笑って、

「ああ、それでしたら終わりました。だから、こうしてみんなに教えているんですよ」

「そうかそうか……本当に終わったんだな?具体的に……何処まで終わらせたのかな?」

ギュッピーン、という音が聞こえてきそうな彼女の目つきに、イオは終始気づくことなく、がさごそといつも腰に吊下げるようにしている、ベルトに着けるタイプのバッグを漁り、取りだした教科書を広げて見せながら、

「それでしたら、大体此処まで位ですかねえー。いや、みんなほんと凄かったですよ」

「――イオ?言っておいたはずだろうに……『出来る所までどんどん進めてもらっても構わない』――とね」

「…………あ」

「っふん!!」

ゴッスン。

 そう形容するしかない、とても鈍い音がイオの頭から響き渡る。

「……!!」(じたばた)

余りの痛みでのたうち回っているイオを見る事もなく、慧音は戦々恐々として彼らを見つめる子供達に向って、

「さ、みんな中に入るんだ。でないと……こうなってしまうぞ?」

「「「「っはい!!」」」」

大慌てで教室に向かう子供達に、慧音は凄く満足そうな笑顔を浮かべて頷いた後、イオの倒れている方に向き直り、

「さて……イオ?最後に遺したい言葉はなんだ?」

「……あ、あはは……ま、マジで頭突きは勘弁し「はあっ!」ギャ――――!?」

ずりずりと座り込んだまま後じさりした彼に、再度の頭突きがくらわされ、地面に沈んで行った。

「――天誅」

慧音はそんなイオを見ることなく、かっこよく呟き寺子屋へと向かっていくのであった。

 

 とまあ、こんなおふざけのような事件はさておき。

 こういう風にして、イオは慧音から時折子供達の教育を任されていた。

 幸いにして、イオは元々アルティメシア世界の中でも最高峰とされる、『智の国』クラム国のリュシエール学院に在籍した過去があり、しかもかなり優等生としても振舞っていた為に、こうして子供達に教える作業はさほど苦痛ではなかったのである。

 だが、偶に先程のように茶目っ気を出して、変な授業を行ったりする時があるために、慧音から必殺技『ZU☆TU☆KI』を何度も食らわされていた。

 そんな、真面目なのかそうでないのか分からないイオに、当初子供達は戸惑うことしきりであったものの、イオの生来ののんびりとした性格の事、分かりやすく楽しい授業を受けているうちに、次第に距離が縮まって行ったという。

 まして、『木を操る程度の能力』持ちである彼にかかれば、子供達の遊び道具まで創り出してしまえるのだから、自然そうなるのも分かるというものだった。

 結果として、イオはこういう風に少しずつしかし確実に、人里での人間関係を構築していったのである。

 

 




正直、いろいろと詰め込み過ぎた感じがしないでもない。
だが、あえて言おう。
『イオは強者足りえるが、最強ではない』
一応のコンセプトとしてはその通りにやっていくつもりです。
ただ、こうしていろいろと詰め込んでいるのも、イオが幻想郷でなるだけ戦える人物であることを示すためである事も否定しません


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第八章「仕合うは白玉楼の庭師」

今朝の依頼状、
『昼、道場にて待ちます』
と出した人物とは……?


さて、あんな事件があった後ではあるが、寺子屋にて昼食(塩握り三つと水が入った竹筒)を摂った後、イオは母屋の方に一旦戻っていた。

 今まで腰に佩いていた蒼刀『白夜』を片付け、ある二振りの刀を取りに戻っていたのである。

 というのも、今朝確認していた依頼の中にあった、あの匿名の仕合を依頼した人物に対し、

(道場破りだったらどうしよう……)

という不安があったためであった。

 何しろ、凶暴な妖怪も存在しているこの幻想郷である。

 こういう流派の道場の看板を掲げた以上、

『生意気な奴め、ちっと自分の位置を確認させてやらねえとなあ』

などと考える者がいないとも限らないのだった。

 とはいえ、そこは十八歳に故郷クラム国をでて七年間各地を放浪してきたイオの事、そう言う輩とあった時の行動を間違えるはずもなかったが。

 

 自室に戻り箪笥の中を少し漁っていると、朱塗の鞘に納められた、二振りの刀が出てくる。これぞ、イオが生涯の相棒として定めた、双刀『朱煉』の銘を持つ刀たちであった。

 『白夜』の方を箪笥の中にいれ、二振りの刀を腰に括り付け直すと、母屋の自室を出たイオはまっすぐ道場の方に向かう。

 母屋の十二畳の二階建て2LDKの作りと異なり、道場は広さおよそ三十畳ほどの剣道場と玄関のほかは何もない、真新しい家屋である。

 足運びの鍛錬が出来るように、隅から隅までニスがたっぷりと塗られた、板張りのその床は、出来たころから一ヶ月経った今でも、艶々と鏡のように美しく映し出していた。

 また、道場の壁には、

『一意専心』、『一所懸命』

などと、黒の布地に白く鮮やかに彩られた垂れ幕が掛けられており、道場に通う武術者にとっての指標となっているという。

 

 さて、そんな道場の中央に、一人の人物が得物らしき長い刀と、通常の長さの刀の二振りを傍らに置き、静かに座し誰かを待っている姿があった。  

 緑色のワンピースに、銀髪で生真面目そうな顔だちをしている可愛らしい少女が、その周りにアストラル体(いわゆる幽霊の事)のように見える白い物体を漂わせ、見てみる限り件の依頼主であることをうかがわせている。

(……本格的に、道場破りの類かな)

じとり、と背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、それでもイオは傍目には何でもないかのようにふるまい、彼女から少し離れた位置で正座をすると、

「……えーと……依頼人の方でいらっしゃる?」

「――はい。冥界は白玉楼、剣術指南役兼庭師を務めております、魂魄妖夢と申します。本日は今朝依頼した件でこうして参りました」

「ああ、これはどうもご丁寧に。一刀流『蒼龍炎舞流』、二刀流『龍王炎舞流』が開祖にして当主、イオ=カリストと申します」

思ったより剣呑な雰囲気ではなかったため、若干安心しつつも警戒は怠らなかった。

 なぜなら、依頼内容が仕合か死合かによって、変わってくるからである。

 深々と一礼してくる彼女につられてお辞儀を返しつつも、

「――で、今回はどうして道場の方へ?」

「ええ……この幻想郷にてごく一部の人々に配布されている新聞がありまして。その内容に此処の何でも屋と道場の事について触れられていたものですから」

「へえ……そんな物が。――あれ?でも、新聞記者の方の姿をお見かけした事がありませんね。……どうして、此処の事が?」

そんな内容が配られたにしては、記者の人物が此処に取材しに来た様子もなかったため、不思議に思ってそう尋ねると、

「何でも人里の守護者の、上白沢慧音殿に訊いたそうです。これから、貴方が何でも屋として活動していく上で、その一助にと思ってされた事のようですが」

思い出すようにして、何所か明後日の方角を見ながらそう告げた彼女に、イオはほっこりと穏やかな笑顔を浮かべると、

「……そう、ですか。慧音先生が……有り難いことですねえ。――っと、そう言えばその新聞。此処にも配ってもらえることはできそうですか?」

一応、何でも屋として営業していく以上、幻想郷の些細なことにも気を配らなければならない為、情報収集の一環として、新聞が配達されるのはイオにとってかなり助かるのであった。

 すると、その言葉を聞いてふっと彼女の雰囲気が和らぎ、

「ええ……その記者とは知己にあたりますので。もし、何処かで会えたらお伝えしておきます」

「有難うございます。ぜひ、お願い致しますね。……っと、いけないいけない。依頼でこられていたんでした。改めて、御話をお伺いしてよろしいですか?」

ポン、と両手を合わせつつ彼女に依頼内容を促すと、再び表情を引き締めた妖夢が静かにうなずき、

「――ええ、この道場の師範である貴方に、依頼として仕合って戴きたいのです。それも……真剣にて」

 

――――ぞわり。

 

 その一言が放たれたと同時に、強大な殺気が道場内を席巻する。

「……つまり、道場破りをされに来た……そうおっしゃる訳ですか?」

「っみょん!?い、いえあくまでも貴方の実力を知りたい為だけであって、道場破りをしに来たわけでは……!!」

慌てたようにそう告げた妖夢であったが、イオは先程までの穏やかな笑顔を一変させ、ひたすら無表情のまま、

「……どう聞いても、そう受け取らざるを得ないのですが。立ち合いと言うならば、木刀でも叶う事のようにお見受けしますし」

「そうではありません!あなたの実力は計り知れないものであることは、未熟者である私であっても分かりました!そんな方と戦う時が来た時、魂魄流の当主であった私の祖父が、

『真剣で以て、彼の者と相対すべし』

と言うように申しておりまして!その教えに従ったまでの事なんです……!」

もはや必死の表情になっている妖夢に、イオはようやくにして無表情を解除すると、深々と疲れたような溜息をついた後に、

「……なかなか、愉快な指導をされる方のようで。まあ……その気持ちも何となく分かる気はしますが……もう少し、言い方というものがありますでしょう?」

あきれた表情でそう告げたイオに、妖夢は恥入った表情で、

「も、申し訳ありません……未だ、未熟者で」

と小さく縮こまってしまった。

 そんな彼女に再び溜息をついた後、苦笑を洩らした彼は、

「――分かりました。仕方がありませんが……今回は、真剣にて立ち合いを致しましょう。あくまでも、これきりにしていただけますか?」

「っ!ええ、ぜひともお願い致します!」

恐縮しきりだった彼女であったが、イオのその言葉にきらきらと嬉しそうな表情になり、深々と一礼をしたのであった。

 

――――――――

 

――時は午後一時半ごろ。

 道場を出た二人は、もし万が一に道場が壊れてしまう様な事があってはならないと、イオの自宅から少し離れた所にある、それなりに広い人里の広場のような所に来ていた。

 普段、此処では祭りがあった時にいくつか屋台が立ち並ぶ場所でもあるそうだが、今のところ、円形に広がるその広場の周囲に幾つか店があること以外は、そんなに騒がしい場所でもない。むしろ、巻き込まれる人の心配をしなくていい分、彼らが戦うに値する場所にはなっていた。

 その縁系に広がる広場の中心。

 イオと妖夢はそれぞれの得物を構え、対峙していた。

 イオは、こちらに来てから購入した、夏最中に着るような、甚平と呼ばれる麻で編まれた半袖の上着とズボンを着用しており、特徴的な蒼紺色の髪と金色の眼が目立つものの、顔立ちが整っている事もあって、似合っていると言えなくもない。

 そんな彼が両手に握っているのは、先程母屋から持ってきた、イオが本気を出すに値する人物であると感じた際にふるわれる、とある二振りの刀だった。

 名を双刀『朱煉』と号するその刀たちは、薄い灰色の地肌に波打つような刃紋が目立っており、通常約六十~七十三㎝の刀と比べて、脇差と呼ばれる短い刀身の刀に分類されている。

 どちらも四十九㎝という短い刀身であり、二刀流を志す握り手にしては些か珍しい長さだと言えた。というのも、通常脇差というのは、妖夢の持つあの長い刀と短い刀の様に、自身の本来の得物とその補佐として利用するものが多く、彼の宮本武蔵の『二天一流』の理念に通ずるものがある。

 何しろ、鉄の塊である刀というのは実に重い。ぎっしりと高密度に鉄が打ち固められているわけであるから、当然のことながら重いのである。その重量故に攻撃力も高められ、切る為だけに作られたというのも頷ける話ではあった。

 

閑話休題。

 

 そう言う訳であるから、イオのような脇差二刀流というのは珍しい分類に値すると言っていいだろう。何しろ、短刀よりも長く重い刀が二振りあるわけであるから、やすやすと振るえている時点で彼が相当の膂力であることがうかがえた。元々の二刀流の意義である、大小二刀流が攻防一体であるのに対し、彼の剣術が殺しに特化しているというのも、実に推測できるものである。

 故に、打刀より短いとはいえ、妖夢にとっては油断ならない相手だった。しかも、彼女自身が告げたように、彼の件の実力が並々ならない事は妖夢にとって最悪の事実であるとさえ言えるくらいだ。何しろ、ある種の超越者(武道に励む者には『壁を超えた者』と評されるらしいが)は、『理』に至る事で、ある技術が使えるようになるという事実があったからだった。

 

――――いわゆる、斬撃が飛ぶというその事実。

 

「――推して参る……!!」

叫ぶような言葉と共に、イオは静止していた広場の地上を大きく踏み込み、妖夢に切りかかって行った。小手調べとも言えるその右手の振りおろしに、妖夢も刀を抜き放ち、

「はあっ!」

と応戦し、迎撃を開始していく。

 すさまじいまでのその剣戟音に、次第に広場に人が集まり行く中、ある一人の人物が空に浮かびながら観戦していた。

「……おやおや、これは凄い事になって来ましたねえ……」

高速を超え、もはや亜音速にまで高められたその剣戟を眺めつつ、正確にその動きを紅きその眼で追いながらつぶやいたその少女。

 ばさり、と白の半そでシャツの背中から生えた黒い翼を打ち鳴らし、悠々と空を飛ぶその人物は、黒髪ショートの頭の上に修験者の如き紅い帽子をかぶっており、黒の布地のスカートを風に揺らめかせていた。

 見るからに人外の存在であることを伺わせる彼女は、実のところ、妖夢をイオに引き合わせた張本人である。

「まさか、私の新聞を読んで何でも屋に仕合を挑む知り合いがいようとは思いもしませんでしたよ。しかも、ある意味流派同士の戦いとさえ言えるでしょうね。またまたスクープの先取りを狙えますよこれは」

にやにやと、何処か嬉しそうにも、悪戯を企んでいるようにも見える笑顔を浮かべ、手に取材メモと見える小さめの紙の束を持ち、くるくると万年筆らしきペンを回していた。

「――それにしても、イオさん速いですねえ。下手すれば、あの白黒魔法使いにも匹敵するくらいの速さですよ。……まあ私には、まだまだ届きそうには見えませんが」

笑いながらそう呟く彼女は、その言葉の通りに正確に彼と妖夢の姿を追えているようである。

 

「――一刀流二之型『緋炎』、奥義『爆裂』」

「くうっ!?獄界剣『二百由旬の一閃』!」

イオの下からの振り上げた一撃と妖夢の上からの一撃が激突し、ガッキィン!!と、特徴的な金属音が鳴り響いた。

 防がれたその一撃に、しかしイオはそこで止まることなく、更なる連撃を追加していく。

「二刀連撃、一刀流壱の型『颯天』参式『風塵』……!!」

二刀流のまま、イオは順次一刀流の技を繰り出した。

 各々が元は十連撃であるその技が、二刀流になる事によって二十連撃になり、次々に真空刃を纏いながら妖夢に襲い掛かって行く。

「え……わ、わぁ!?」

続けざまに近くを真空刃が通り過ぎていく事に恐怖を感じつつ、慌てて妖夢がギリギリのところで避けていくが、反撃できたのは僥倖としか言いようがなかった。

「っく……調子に、乗らないでいただきたい……!!」

高速で振りぬかれたその刀が、あわや技を出したばかりのイオに直撃するかに思えたその時。

 

――一瞬にして後退し、自然体で刀を構えるイオの姿があった。

 

「…………!!」

当たらなかったことを悟ったのか、妖夢が悔しそうに唇をかむと少し息を整えてから、

「――速い、ですねイオ殿。まさか、此処まであしらわれる事になるとは、思ってもいませんでした。これでも祖父からは、『すべての技術を教えた。あとは自分で昇華しろ』と言われているのですが」

「あはは……元の世界では、『疾風剣神』なんて呼ばれていた位ですからね。むしろ、これくらいで速いなんて言っていたら、もっと追いつかなくなると思いますよ?」

 

――何せ、僕はまだあと二回、覚醒を残していますからね。

 

「「「「――――!!!???」」」」

衝撃の言葉に、その時広場に集まっていた人々も、対峙している妖夢も、空を飛んでいる彼女も、驚愕の渦に包まれた。

 

 そんな彼らに構うことなく、イオは穏やかに笑うと、

「――では、一段階ギアを……上げるとしましょうか」

妖夢にとって最悪の言葉と共に、ふっとその姿をかき消してしまう。

 同時に、背中に多大な悪寒を感じ取った妖夢が、直感に従って大きく地面に身を投げ出すと、いつの間にか背後に立っていたイオが、片方の刀を振りぬいた状態で立っていた。

「……ありゃ、避けられちゃった」

なんとものんきそうにつぶやくその姿に、妖夢は今になってがくがくと体が震えるのを止められない。

(い、今の、峰でなかったら……!)

確実に死んでいた事は確かであろう。

 一方、空を飛ぶ彼女も、いまだに驚きの念が冷めやらずといった様子で、

(なに、あれ……!?)

と戦慄していた。

 その理由は、彼女の能力である、種族特性とも言える『風を操る程度の能力』にある。

 その能力は、彼女の職種にも関わるスキルも付随しているのであるが、一番の特徴としては、字のごとく風を操る事にあった。

 付け加えるならば、子の外見が年齢を表す事など人間以外では殆ど無い幻想郷においては、千年という歳月を経ている彼女ともなると、その速さは種族を超えて幻想郷最速と言っても過言ではない。

 その、アイデンティティとも言える力を、真っ向から対立しているのが、今、目の前で起きている現象なのだった。

 

 恐怖のあまり、青ざめている妖夢に、イオは困ったように頭を掻くと、

「んー……どうも、今のはまぐれみたいですね。貴方の様子からして、御自分でも悟っていらっしゃるようですし。それだけ、貴方が今まで鍛えてきたことがよく分かりますよ」

 

――でも、それだけでは、僕には決して届かない。

 

 傲慢とも取れるその発言はそれでいて絶対の確信も伴い、妖夢の心に突き刺さった。

 茫然としてイオを見つめる妖夢に、イオは穏やかな視線を向けると、

「……ここじゃ、命のやり取りをするという事はもう、殆ど無いんでしょうね。スペルカードルールにしても、はたまた今、僕が『宵闇の妖怪』たるルーミアと過ごせていることからも、平和な空気がよく伝わってきますよ。――それが、悪いことであるとは決して言いません。むしろ、命のやり取りを元の世界でやってきた分、そのことを推奨すらします。……でも、平和だからこその、鍛錬であると言えましょう」

備えあれば、憂いなしとも言いますしね。

 穏やかにありながら、ただ、アルティメシア世界で最強と謳われていたからこその言葉を、ただ紡ぐのみ。

 

 だが、そこでイオは自然体のままであった構えを解くと、

「……ま、蘊蓄はさておいて。これで一応僕の実力が分かったと思いますけど……どうですか?貴女の御眼鏡には叶いましたか?」

何てことなさそうに、腰に下げられた鞘に納刀し肩をすくめながらイオはそう告げた。

 すると、直前まで茫然とした様子だった妖夢は、はっと我に返った途端、

「――か、完敗です。本当に、申し訳ありませんでした……!」

ズザザッと正座するとともに、きれいな土下座を決める。

 その姿に慌てて、

「え、ちょ、そこで土下座しちゃ……!!?ああもう、立って下さいよ!服が汚れてしまいますから!」

と、妖夢に駆け寄り無理やり彼女を立たせた。

 

 直後、

「「「「おおおおお……!!!」」」」

「おわ!?――って、いつの間にみんな居たの!?」

どうやら、集まってきていた群衆の中に紛れ込んでいたと見えて、道場に通っている人々がいる事に、イオは驚愕の表情を浮かべる。

 すると、中から一人の男性が出てきて、

「――やっぱり、俺達の師匠は凄いねえ!!」

バシーッと、イオに近づきながら背中をどやしつけた。

 余りの痛みで眼を白黒とさせつつも、

「いたあ!?ちょ、優吾いたんだったら早く言ってくれよ!気不味くなっちゃうだろ!」

と、この幻想郷に来てから一番弟子である優吾に、ちょっぴり羞恥心で頬を赤らめながらイオが抗議する。

 だが、彼はどこか飄々として、

「いやあ、仕方ねえだろうこんな仕合見せられてよ。最高の戦いだったぜほんと。――とはいえ、全然見えなかったけどな!」

「おう、俺も見えなかったぜ!」

「俺も俺も!」

自慢するような言葉の応酬に、イオはぴきっとこめかみを引き攣らせると、

「ああもう!自慢するようなことじゃないだろ!ほら、さっさと道場に行けって!」

半ば怒鳴りつけるようにして自分の弟子たちを促していった。

 

 ――時間がたち、ようやく人がそれなりにはけた所で、やっと立ち直れたらしい妖夢が、戸惑いの表情を浮かべながら、

「ええと……あの、私はどうすれば……?」

「ん?あー……ま、お開きにしましょう。こんな状態だと、もう仕合も何もないですし」

困ったように苦笑しつつ、イオがそう提案すると、妖夢もちょっぴり苦笑して頷き、

「……それにしても、随分と人里の方から慕われていらっしゃるのですね」

「まあねぇ……そこら辺は頑張りましたよほんとに。なにせ、もう元の世界には帰れない訳ですから。自然と人間関係には気をつけるようになりますって」

「そう、みたいですね……いい、なあ……」

言いながらあの喧噪を思い出しているのか、やや羨望の声と思われるつぶやきを聞き、イオはふっと頬を緩めると、

「あはは、羨ましいんでしたら、これからもいらして構いませんよ。今回の依頼の報酬はそれという事で。貴女との戦いも結構楽しかったですから」

「ええ!?ほ、報酬は用意していますよ!其れをお渡しする心算だったんですが!?」

「ああいやいや、そんなの必要ないですよ。今のところ、農家の人たちからもらえる食糧とか、御金があるおかげでそれなりに生活が成り立てていますから。ま、これも今回だけという事で、ね?」

にっこりと笑いつつイオがそう告げると、妖夢は不承不承ながら、

「わ、分かりました……でも、ありがとうございます」

と、最後には笑って見せたのだった。

 そんな風にして、彼らが談笑をしていると、一陣の風が舞い降りる。

 

「――あややや、これはこれは。白玉楼の妖夢さんじゃないですかー!」

ばさり、と何かがはためく音共に、二人の仕合を見ていたあの少女が割り込んで来たのだった。

「あ、射命丸文じゃないですか。珍しいですねこんな所で」

突然現れた彼女に、しかし妖夢が別段気にした様子もなしにそう返すと、

「あやや!ひどい言われようですねー。私だって、此処の甘味処は好きですから来ますよー」

ま、たまにしか来ていませんけどね。

 そう言って、目の前にいる少女――射命丸文――は笑う。

 

――その背中にある、黒き両翼を、バサバサとはためかせながら。

 

 




前話から、一気に二倍近く増えた文字数。
だが、反省も後悔もしない!
ただ面白ければ良かろうなのだぁあああ!



……嘘です。なんでこんなに増えたのか自分でも(ry
ともかく、此処まで読んでいただきありがとうございました。


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第九章「来訪するは天狗の記者」

 

「えーと……どちらさまで?」

唐突に現われたとしか見えない彼女に、イオは眼をぱちくりとさせながらも訊ねた。

 すると、彼女はぺチンと己が額を叩くと、

「おおうっと、これは失礼いたしました!清く正しい射命丸文と申します!あ、これ名刺です」

「……ご丁寧に、どうも」

まくしたてられるようにして告げられたその言葉に、イオは何とかそう言って名刺を受け取る。

『文々。新聞  記者 射命丸 文』

墨痕あでやかに中央に輝く文字が書かれたそのカードは、アルティメシア世界では見たことがない、薄らと光を反射する厚紙で作られていた。

 興味深そうに紙を覗いているイオに、妖夢が恐る恐ると言った様子で、

「あの……イオ殿?先程、新聞のあてがあると申し上げたと思うんですが、それが彼女の事なんです。もし、イオ殿が良かったら……」

「へえ……新聞記者の方なんですか。この幻想郷だと、紙の供給って少ないように見えるんですけど、そこはどうしているんですか?」

妖夢の言葉を遮り、イオはとても楽しそうな声で射命丸に尋ねる。

 その様子に、言葉を遮られた妖夢が不安になってイオの顔を覗き込んでみると、初めて会った時から見て、いつにないくらいきらきらとした光を放つ眼になっていた。

 彼の問いに、よもや自分が問い詰められようとは思っていなかったのか、笑顔のままだった射命丸の表情がかなり引き攣る。

 だが、訊かれた以上は答えなければならない為に、少々渋々ではあるが、

「あやや……ま、まあそうですねえ。ここ最近、私が住んでいる妖怪の山に、外の世界から大量に神が幻想入りしてきたので、それを使わせて頂いていますよ」

「ふぅむ……それだと、結構古紙もありそうですねえ。――っと、いけないいけない。何か僕が記者みたいになってましたね、済みません。お詫びと言ってはなんですが、訊きたいことがあれば答えられる範囲でお答えしますよ」

と、ようやく名刺から顔をあげたイオが、申し訳なさそうに頭を掻きながらそう告げると、

「おおっと、宜しいんですか!?いやー、私の書く新聞、どうも他の方々には不評みたいなんですけどねえ」

「そりゃ、殆どごしっぷに近い位誇張されているからでしょ?」

「それは言いっこなしですよ妖夢さん。嘘は付いていないんですから大丈夫です!」

妖夢の呆れ声に、かえってそれなりに豊かな胸を張って射命丸は開き直った。

 そんな彼女に、イオは穏やかに笑い、

「クスクス……構いませんよ。マスコミの方が記事を面白おかしく書き立てるのは世の常ですしね。――――それに、嘘は書かないんでしょう……?」

そのまま、何処か見透かすような光を放つ金色の眼を向けられ、訳もなく背筋が伸びた射命丸の喉がごくり、と鳴る。

「え、ええ!それは勿論です。私が見た限りの客観的な社説を、余すところなく書かせて頂きますよ!」

少し言葉をどもりつつも、射命丸は安心させるように笑うのであった。

 

―――――――――

 

「――さ、どうぞおあがり下さい。今、お茶を用意しますから」

母屋の、真新しいイグサの香り立つ居間に二人を案内したイオは、そのまま台所へと向かっていった。

 少しして、ガチャガチャと音が聞こえてくるのを聞きながら、ちゃぶ台の周りに座った射命丸は、そばに座っていた妖夢の肩をツンツンと突くと、

「ねね、妖夢さん。イオさんの腕前……率直に言ってどう感じました?貴女が剣士として対峙したイオさんの印象を教えてもらいたいんですよ」

きらきらとした眼で、早速イオが来る前の前哨戦にでもするのか、ちゃぶ台の上に乗り出しかけながらそう尋ねてきた射命丸に、妖夢はあの戦いの事を思い出しているのか、何処か明後日の方を向きながらも、

「――そう、ですね。一言で言って……私の祖父と同じくらいか、それ以上の実力者であるように感じられました。あの人と祖父が戦っている姿を見たいくらいになる程です。剣に生きる人というのは、祖父の他にもいたのだなと思えましたし」

「あややや!これはこれは、妖夢さんも結構な腕の持ち主だと言うのに、そう感じられた訳ですか!いやはや、面白いことが聞けましたねえ!」

射命丸はそう言って面白がっているが、妖夢の方はさほどそう感じられなかったようだ。

「……面白くは、ないと思いますよ。なんて言えばいいのでしょうか……あの若さで、あそこまでの錬度に至っている事自体が、すでにあり得ないことなんです。あそこまでの腕になるには、余程死線を潜り抜けていなければ、到底辿りつかない境地ですよ」

真剣な眼差しで、彼の姿が消えた台所の暖簾を見やりつつ、妖夢は生真面目にもそう述べた。

 と、うんうんと納得しているような射命丸の後ろから、

「……んー?あ、文と妖夢だー」

二階の自室から降りて来たのか、少し眠たげな様子のルーミアが居間の方にやって来たのである。

「ルーミア!?え、貴女、なんで此処にいるの……!?」

思わず驚きで言葉を崩しながらそう問うた妖夢に、ルーミアは少し眼をこすってから、

「イオの家に住んでるのー。イオの料理、すっごく美味しいからねー」

とてとてと畳を裸足で歩く彼女は、何時もの黒ワンピース姿のまま、ぽやぽやとした雰囲気を出しながら、妖夢たち二人の座る卓袱台の周りに足を崩しながら座った。

 そうだったんだ、と妖夢がいまだ驚き冷めやらぬ様ではあったものの、

「人食いの妖怪だった貴女がねー……ねね、イオ殿の料理、どういうのが好きなの?」

白玉楼にて食事などの家事も行っているせいか、ちょっと他人の料理も気になるようで……眼を輝かせながら妖夢がそう尋ねると、

「そーだねー……今朝は、すくらんぶるえっぐ?とかいう、卵をかき混ぜながら焼いたやつと、イオがいつの間にか獲ってきた猪の肉を組み合わせたのかな?お昼はイオが何処で習ったのか知らないけど、小麦から直に作った手打ちの麺で、ざるうどんとか作ってくれるんだー。あ、あと昨日の夜は……確か、それなりに多くおかずがあったけど、鶏肉と卵で作った親子丼が一番だったなあー」

ジュルリ、とイオの作ってくれた料理を思い出しているのか、よだれを垂らしかけながらルーミアがそう答える。

「おおっと!聞き捨てならない言葉が聞こえてきましたねえ……!妖怪の貴女でさえ美味しい料理なら、宴会の時が待ち遠しくなりますよ!いやー、これは依頼を出さなければ……!!」

ルーミアの言葉を聞き自分も食べたくなって来たのか、射命丸がとてもわくわくとした表情であさっての方向を見やっていた。

 そこへ、御茶の準備が終わったのか、木製の御盆(イオ謹製)の上に、同じく木製の湯呑のようなコップ(同謹製)を三つ載せて、イオが彼女たちのいる居間に戻って来る。

 暖簾をくぐりぬけ、いざ座ろうとした所で、きらきらとこちらを見つめてくる射命丸とルーミアに気付き、およ?と不思議そうな表情を浮かべると、

「どうしたんですか射命丸さん?それに……ルーミアも。なんだか、すごく眼がきらきらとしているけど、何かあったの?」

心底から不思議そうな彼に、射命丸が二人を代表してか、

「あ、あのですね……ルーミアさんに、今貴方の料理がとても素晴らしい事をお伺いしまして。もし、宜しかったら宴会の際に作っていただけないかなー……と」

「へ?いやまあ、別に構いませんよ?――ただ、依頼として出されるんでしたら、報酬については気を付けてくださいね?一応、こうして知己の関係になれた事ですし、そんなに吹っ掛けるつもりもありませんから。それに、料理の材料も揃えて下さらないといけませんしね」

「ええ、ええ!それでしたらちゃんとお出ししますよ!いやー!これで、宴会の時が待ち遠しくなってきましたよー!!」

ばっさばっさと翼を喜びで羽ばたかせつつ、射命丸が嬉しそうな声を上げていると、

「はいはい。……ところで、取材の方はどうされます?ちょいと、人里の方で買ってきた大福とか菓子類があるんですけど」

「食べる!!」

「食べます!!」

コツ、コツ、とコップを三人分置いて行き、自分のは後で取りに戻ろうなどと考えつつも、最後に大福などが乗ったそれなりに大きめの皿を置くと、一斉にルーミアと射命丸の手が伸びて来る。

 思い思いに大福を味わっている二人に和みながらも、ふと、妖夢が手を伸ばさなかったことに気づき、キョトンと首を傾げて、

「ありゃ、妖夢さんはお召し上がりにならないので?これ、人里の一番いい和菓子屋で見つけてきたものなんですけど」

「え……よ、宜しいのですか?」

「ええ、遠慮なくどうぞお召し上がりを。取材はこの後でも構いませんしね」

にっこりと笑っているイオに背中を押されたのか、妖夢は恐る恐るではあったものの、大福に手を伸ばし、一口ずつ食べていった。

 しばらく、そんな穏やかな空気が流れ、時たま大福の争奪戦がルーミアと射命丸で勃発するのをなだめながらも、ほっこりとお茶を飲みながら一休み。

 

――そして、ようやくにして取材の時間となった。

「――さて……イオさん。いよいよ取材という事ですが、最初に一つ、如何しても訊きたいことがあったので、お訊きしますね?」

先程までルーミアと大福を取り合っていたとは思えない真剣な表情で、射命丸が訊ねる。

「……ずばり、単刀直入に訊きます」

 

――貴方の能力は、いったい何なのですか?

 

「……へ?あれ、慧音先生に伺ったんじゃないんですか?」

妖夢から聞いた話と違うその質問に、イオは呆気にとられた表情でそう尋ねた。

 すると、射命丸はゆっくりと首を振って、

「イオさん……貴方がいた世界はどうだったのかは知りませんが、この幻想郷では相手の能力を知る事で一種のアドバンテージになるんですよ。能力の内容を知られるという事だけで、もし仮に戦う事になったとしても、どういうように動くのか考える事も出来ますし。そう言う訳で、慧音さんには教えて戴けていないんです。――ま、当人に許可をちゃんと取ったのであれば構わないとは仰ってましたが」

真剣な眼差しのままそう返してきた彼女に、イオは納得がいったような表情になって頷きながらも、

「でしたら、知らないのも無理はないですねえ。ま、隠す事でもないですし、お答えしますよ」

その言葉に、射命丸と妖夢は揃って緊張に包まれた面持になり、彼の口からその名が告げられるのを待つ。

――若干、シリアスな空気のなか、ルーミアがふやふやと寝言を呟きながらイオの膝に頭を載せているのがおかしかったが。

 

「――――『木を操る程度の能力』。それが、博麗神社の霊夢さんに教えてもらった僕の能力ですね」

 

「ほうほう……木を――――って、えええええ!?」

取材メモに、すらすらと今しがた聞いた言葉をつづろうとした射命丸が、驚愕の声をあげた。

 余りの声量に、キーン、と耳鳴りがするのを押さえつつ、

「おぅふ。……いきなり大声を出さないで下さいよ。吃驚したじゃないですか」

若干、恨めしげな目つきでイオは射命丸をジトッと見るが、彼女はそれに頓着することなくバンバンと卓袱台を叩きながら、

「びっくりしたのはこっちの台詞ですよ!なんですかそれ!何でそんな強力な能力を持っているんですか!?」

呆気にとられている妖夢や、射命丸の声に煩げにしているルーミアとは対照的な彼女の様子に、イオは少し迷惑そうな面持ちになって、

「知りませんよそんな事。大体、こっちに来るまでそんな能力を持っていた事すら知らなかったんですから。発言したのはこっちに来てからなんですよ。……ああもう、耳が潰れるかと思った」

愚痴愚痴と文句を呟くイオに、妖夢が何かを思い出したようにはっとなると、

「で、ではあの仕合の時に仰っていた『疾風剣神』の二つ名って……」

「ああそれですか。単に僕の剣速とかが元の世界の中で断トツの速さを誇っていたからそう呼ばれていただけで、能力は全く関係ないですよ。……少なくとも、僕の速さについてこれる人は一人除いていなかったはずです」

頭を掻きながら、ちょっぴり疲れたような表情でそう告げると、射命丸は引き攣った表情になって、

「そ、そうだったんですか……(どうしよ、勘違いしてた)」

と、妖夢とイオの戦いを眺めてから今までの間で抱いていた勘違いを修正していたが、

「???何か、仰いました?」

「ああいえいえ、何でもありませんよハイ!」

訝しげなイオの言葉に、びっくーん、と背中が伸びるのを感じながら慌ててそう返した射命丸。

 そのまま、勢いを持たせるようにして、

「い、イオさんの、元の世界でのご友人などの人間関係について伺ってもよろしいでしょうか!?慧音さんからは幻想郷に来るまでのことしか伺っていないもので!」

「……いいですけど。そんなにいた訳じゃありませんよ?」

「ええ、構いません!とりあえず、新聞のネタになりそうなものは何でも取り上げたいので!」

「…………なんか、競争でもしてるんですか?」

若干せかすような彼女の言葉に、イオはかなり訝しげに彼女を見ていたが、射命丸はにっこりと笑うだけであり、何も告げる様子はなかった。

――その額に、汗が流れているのを見なければ、普通にテンションが上がっているだけだと思っただろう。

 そんな彼女に、イオは疲れたように深々と溜息をつくと、

「……そうですねえ……でしたら、まずは僕の親友の事からいく事にしますか」

銅色の髪と眼を持つ、ぶっきらぼうであるがその実熱い性格を持っている、故郷の次期公爵である青年の事を思い出しつつ、述懐していくのであった。

 

 




五千文字達成。
されど、前の話の七千よりは少なし、と。
……もっと、文字数が安定して届けられたらいいなと思う今日この頃。

とりあえず、此処まで読んでいただいたことに感謝を。


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第十章「招かれるは吸血鬼の館」

 

 口々に礼を告げながら立ち去って行く妖夢と射命丸を、眠そうなルーミアと二人で見送った後、イオは取材が始まって丁度一時間半経った、今の道場の様子を見に行く事にした。

 ルーミアに、一応ポストの中の様子を確かめてほしい事を頼みつつ、道場の玄関に入り、そこから仲の様子をうかがってみる。

 すると、丁度休憩を取り始めていたばかりのようで、皆が各々壁に靠れかかったり、床に寝そべっていたりと弛緩した空気が流れていた。

「――ん、みんなお疲れ様。調子はどうかな?」

ふっと、傍から見ればいきなり道場の中心に現れたように見えるイオが、静かに微笑みながらたまたま近くにいた友人――優吾に、そう尋ねると、

「お、おう……いきなり現れるなよな、ったく。――ま、丁度休憩に入ったとこだ。とりあえず、お前に言われた目標はこなしているぞ」

と、ちょっぴり文句を言いながらも、何てことなさそうにそう告げる。

 見れば、彼はもとより他の皆(少年やそれなりに成長した青年たちまで)の来ている道着が、かなり汗でぐっしょりと濡れていた。

 その様子からして、余程かなりの運動量をこなしたのであろう彼らの姿に、イオは一瞬何かを考えるような素振りを見せると、

「――よし、皆一回水を浴びてきなよ。この暑さだし、母屋の近くにある井戸で充分に涼んできておいで。はい、じゃ一旦解散!」

パンパンと両手を叩きながら弟子である彼らを促すと、何処となく疲れた様子ではあったものの、充実したような表情で各々道場を出て行く。

 思い思いに退去していく彼らを眺めていると、優吾の姿が残っている事に気づき、イオは不思議そうな面持ちになって、

「?どうしたのさ優吾」

と、訊ねてみた。

 すると、

「おう、さっきまであの冥界の庭師と鴉天狗の記者が来てただろ?なにしゃべってたんだ?」

すぐ近くのラックにかかっていた手拭いを手に取り、顔中に流れている汗をやや乱暴にふき取りながら優吾が訊き返してくる。

「んー……そうだね。おもに、僕の能力の事についてと、こっちに来る前にいた友人とか、どういう職種についてたのかとかね。どうも、慧音先生に此処に来るまでの経緯は聞いたけど、それ以外の事については個人情報だからって訊いてなかったみたいでさ」

「あー……なるほどなあ。確かに、慧音先生はそこら辺きっちりしてるだろうしよ。……にしても、お前の能力の話だが……あれ、完全に遊び道具になってねぇか?」

使い手の興味や遊び心を満たすのみになってしまった、彼の能力の事を思い浮かべ、優吾は呆れたように首をすくめて苦笑した。

 

 何しろ、この世界で能力を持っている事は、射命丸が述べていたように一種のアドバンテージにとなっているわけであり、それがスペルカードルールにも適用されているわけなのであるが、イオの場合それが日常にまで生かす事が出来るタイプの能力であることが、ある種の異変を起こしていたのである。

 

 その使用例を挙げるとするならば、寺子屋で授業をする依頼を終えた後、時として子供達と遊ぶことがあるのだが、その際に人間そっくりの体で出来たウッドゴーレムを創りだしたり、農家の人々に依頼された時は、容易に枯れる事がないように植物の苗の正常な状態を強化したりと、もはや便利を通り越して神が起こす奇跡にまで昇華されているのであった。――とはいえ、実際に彼を神の様に崇めている人々がいる事を、当の本人は知らされていない現実であったりするが。

 

 それはさておき。

 

 さて、話は戻るが、先ほど言ったゴーレムを創り上げる際に、

『いやー、すっごい楽しかった☆』

などと供述し、とてもイイ笑顔で言い放った彼の姿に、かなりいらっとした慧音によって頭突きで以て成敗されている姿も、ここ最近の人里の日常風景ともなっていた。

 どうにも、好奇心がふんだんにある猫のような性格を彼はしているようで、興味を抱いたもの、面白そうなものに対するセンサーがかなり凄く、一度その視線がロックオンされるととことんまで突き詰めていくタイプの様なのである。

 優吾にとっては、自身、そして家族とも言える人里の者たちの生活向上の原因になっているため、喜びこそすれ文句を言うつもりは絶対にないが、立派に殺傷能力を持つ能力が、使いどころによって見事に別の側面を見せてくれるのだと、つきつけられたような思いだった。

 

 そう言う事もあり、イオの奇行というか、善行ともいうか、とにかく彼が動くことによる人里への影響というのは、かなり馬鹿に出来ない物がある。

「びっくりしたぞあれには。のっぺらぼうでまんま人形のような奴だったのが、いつの間にか人間みたいな顔になって表情まで動くんだからよ。……あれ、ほんとに大丈夫なんだな?人形なんだよな?」

正直、彼のゴーレムの造りが本気で怖いくらいに人間に酷似していた為に、自身がなくなりかけていた優吾がそうぼやいていると、

「あー、あれはねー……いやーあっはっは、やり過ぎちゃった☆」

てへぺろ、と言わんばかりにこつんと片手を握りしめて頭に当て、パチッと片目をつむって舌を出して見せるイオに、優吾は冷たい視線を向けながら、

「男がそんな仕草をしても可愛くねっての。……と、おいイオ。どうやら『宵闇の妖怪』が何か探してるみたいだぞ?」

何かに気づいたように玄関に目を向け、そう告げると、彼の言葉どおりに、

「イオー?中にいるー?」

ときょろきょろとしながら、イオを探しているルーミアが中に入ってきた。

「??依頼あったのかな?んー……おかしいね今日は二件だけだと思ってたけど。――ま、依頼だったら優吾達は休憩してからもうちょっとやってて。もし、時間が出来そうなら僕直々にみっちり鍛え上げるつもりだから」

彼女の様子にちょっぴり首を傾げながらも、イオは優吾にそう告げると、ルーミアのいる玄関へと近づいて行くのであった。

 

――――――――

 

――午後十時ごろ。

 既に、宵闇が幻想郷を覆い尽くし、何処となく陰りが見える満月があたりを照らす中、イオは普段帯刀している蒼刀『白夜』ではなく、双刀『朱煉』を腰に佩いており、それなりに防御力がある、この世界に来た時に着用していた、魔蚕が吐き出した糸を使用した頑丈な服装で、人里の門の所に来ていた。

 あの時ルーミアから手渡されたのは、一通の赤い紙で作られた封筒であったのである。

 

『午後の十時以降に、我が紅魔館にご招待――そして、依頼を』

   館主 レミリア=スカーレット

 

 簡潔にまとめられたその一文は、血文字めいた紅き書体で綴られており、その文字が並ぶ便箋さえも、真っ赤な色に染まっていた。

(……悪趣味以外の何物でもないなあこれ)

身も蓋もない感想を抱きつつも、とりあえず何があるかはわからない為に、いつにない本気の装束で固め、今こうして人里の入り口に立っているのである。

 ちなみに、ルーミアは自身が闇に生きる妖怪であるからか、夜になると活性化しているために、今回の事に対し同行を願い出たのであるが、何があるか分からない以上、彼女に何らかの危険が迫るようなことがあってはならないと、イオによって留守番を言いつけられた為に、現在自宅にてすねているそうである。

「――じゃ、行ってくるよ。里の防衛、頑張ってね」

「おう、行ってこい。気を付けてなー」

たまたま、今夜の防衛にあたっていた優吾にそう告げ、イオは音もなく空に舞い上がった。

 風の音が耳元で吠えているのを聞きながら、能力によって空気を次々に蹴って推進力に変えると、グン、と一気に速度を上げていくイオ。

 すぐさま、空中でバランスを取り、同封されていた地図を満月に照らし合わせながら、一直線に紅魔館へと向かった。

――満月が煌く中で月の光に照らされた彼の姿は、さながら蒼き龍が身をくねらせて飛んでいるようであったという。

 

―――――――――

 

……飛び始めて優に四十五分が経過しただろうか。

 イオはようやくにして、霧の湖と地図に書かれている場所の上空にまでやってきていた。

 年中、薄く霧が張る事もあれば、厚く覆われる事もあるというこの湖は、決して霧が晴れると言う事はないそうであり、イオが湖の様子を見ていても、その事は事実であると感じられる。

 何しろ、今彼の目の前で月に照らされている霧が、風などが吹いても一向に晴れる様子がなかったからであった。

「……地図によると、ここら辺にあるという事だけど……むう、霧が邪魔で全然見えないなあ」

月の光にも、はたまた霧自身にも邪魔され、その奥にまで全然視界が利いていないのだ。

いくら見回せど、反射している光でそれらしい館の姿さえ見えなかった。

「――はあ。仕方ないけど……風、起こそうかな」

ぽつりと呟き、この世界でスペルカードルールを知ってから初めて作った、一つ目のカードを目の前に出現させると、静かな声で詠唱する。

 

――風遁『颱風の通り道』――

 

 スペル詠唱と同時に圧縮された空気が次々と生まれ、タイミングをずらしながら一斉に湖へと向かっていった。

 傍から見てでたらめのように見えるその弾幕は、実のところかなり規則性を持って動いており、湖面に近づくその寸前で――一斉に爆裂四散する。

 狙って打ち出されたそれらが、近くにある霧をどんどん払っていくその様子を、イオは眺めながら一つ頷き、

「――うん、うまくいった。出来たばかりだから、ちょっと不安だったけど……案外、お手軽感覚で使えたな。」

良かった、良かった、と声に出しながら再び頷き、紅魔館が建っているという湖の小島を探していると、すぐにその館を見つけた。

 霧が消え、満月の光に照らされたその全体の姿は、イオの世界の貴族の館と遜色ない造りになっており、唯一全体色が紅色であることを除けば、格調高い造りになっているのが分かる。

 小島へと続く橋も見つけ、終着点へと降り立ち、改めてイオがその全容をまじまじと見つめた後、

「……人の趣味を悪く言うつもりはないけど……眼に痛いなこれ」

そんな呟きを洩らすと、その声に応えが返ってきた。

「――まあ、そう仰らないで頂けますか?お嬢様にとって、この色が一番に御好きな色ですからね」

何処となく、若々しさを感じさせるような女性の声に、イオは一瞬鋭い目になったものの、すぐに聞こえてきた方へ体を向けて、

「おっと、そこにいらしたんですか。夜分遅くに失礼します。人里にて道場となんでも屋を営んでいます、イオ=カリストと申します。今晩はこちらの館主の方にお招きを頂きまして、こうして参りました」

いつの間にかすぐ近くにいた、星型の模様に龍と書かれた帽子を被っている、緑色の上着にスリットが深い所にまで入った長いスカートを穿いている赤髪の女性に、深々と一礼してのんびりとした穏やかな声でそう返した。

「これは、どうもご丁寧に有難うございます。『華人小娘』の異名で呼ばれています、紅美鈴と申します。此処、紅魔館の門番を務めさせて頂いている身です。美鈴、とお呼び下さいね。――それで、お嬢様の招待状をお持ちでしょうか?一応、こちらでは分かっているのですが念のためという事で」

穏やかながら、それでいて隙もない自然体をしている彼女に告げられ、イオはその体現に驚きを感じつつも柔らかく微笑んで、

「ええ。本日午後三時ごろに同居しているものが郵便受けで見つけてくれましてね。これがそれになります。――本当であれば、この時間帯はすでに寝ようと考えていたのですがね」

懐からあの悪趣味の権現とも言えるような手紙を取り出しつつ、美鈴に手渡しながら愚痴を漏らすと、彼女は苦笑して、

「申し訳ありません。お嬢様方は吸血鬼ですから、如何しても人間と異なる時間帯になってしまうのですよ。ま、招待を受けられている以上、そんなに大したお時間は頂かないと思いますよ?」

「――そうだと、いいんですけどねえ」

 

――――吸血鬼。

 イオの世界においても、吸血鬼という種族、或いはモンスターに値する不死人は存在していた。

 伝説、または学院の物語の書物に記されている彼らは、吸血をする事により自身を強化し、体の飢えを満たし、そして自身の仲間をも生み出すとされているのである。

 そんな彼らには弱点が存在するものの、そのデメリットを容易く破壊できるだけの力を彼らはその身に内包していた。

 

――曰く、普人種と比べ物にならないほどの身体能力。そして不死性。

――曰く、アルティメシア世界においては、土行からの派生属性『闇』との親和率が最も高く、かつ魔力を豊富に有している事。

――曰く、真祖にいたりし吸血鬼は、それまでの弱点たる流水、日光などをも克服し、最強の存在足り得る事。

 

 身体の特徴としては鋭い八重歯と紅い瞳が最も知られているものであろうか。

 少なくとも、こうして彼らの事を挙げてみれば、人間という種族から最もかけ離れている、闇の種族の頂点に存在している種族であることは疑いなかった。

 

「……ま、依頼の事もありますし、このままお邪魔しますね」

「ええ、では今案内の人を呼びますから。――咲夜さん。お客様です」

「――ええ、私は此処に」

美鈴が小さく呟くようにして誰かの名を呼ぶとともに、すぐさま反応が返ってくる。

「――ふぅん?」

唐突に現れたとしか感じられなかった女性の気配に、イオは何処かしら面白がるような表情になって呟いた。

 そんな彼に頓着せず、門の前に突然現れたメイド服を着たその女性は、深々と一礼すると、

「――ようこそいらっしゃいました。お嬢様より先にではございますが、一言自己紹介をさせていただきます。当館、紅魔館にてメイド長を務めております、十六夜咲夜ともうします」

以後、よしなに。

 そう告げ、目の前にいるメイド長が、月夜の満月に照らされた銀髪を、はらり、と風にはためかせる。

 その容貌は、人間とは思えないほどに端正であり、美鈴と比べてみるとまさしく銀月を思わせるような、完全で瀟洒な美しさを誇っていた。

 そんな彼女の、切れ長で紅き瞳と透き通るような肌の白さに、イオはなぜか故郷にいる女友達である、王侯貴族の黒髪の女性を思い出し、僅かばかり困惑する。

 だが、すぐに気を取り直して、

「御招きにあずかり、こちらに参りました。どうぞよろしくお願いしますね……十六夜咲夜さん」

と、イオはふっと微笑んで礼を返した。

 そして、キリッとまじめな顔つきになると、

「――さて、中に入らせて頂いても?」

と、丁寧な対応を崩さずそう尋ねると、

「ええ、ご案内いたします。我が主、『永遠に紅い幼い月』レミリアお嬢様の元へ」

そう答え、ちらりとメイド長は初めて薄らと笑みを浮かべると、吸血鬼の館の中へ、『疾風剣神』をいざなうのであった。

 

 




さてさて、イオを待ち受ける依頼とは……?


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第十一章「対峙するは永遠に紅い幼い月」

 

「――外だけが紅いと思ってたのに……中まで紅いなんてね」

「お嬢様の、一番お好きな色でございますから」

中に入り、咲夜が持つ燭台によって床・絵・時計など、とにかく全ての調度品や内装が紅い事に気づき、もはや呆れの色を隠す事をしないイオがそう呟くと、前を歩いていた彼女がうかがい知れない声音でそう答えた。

 そんな彼女に、若干得体の知れなさを感じたものの、

「……美鈴さんもそう仰ってましたけどねえ……ま、何となくその方がこの色を好きな理由も分かる気はしますがね。そう――たとえば、血の色と同じ色だから、とかね」

少ない窓がすべて閉じ切られ、咲夜が持つ燭台と、壁に掛けられた蠟燭だけが薄ぼんやりと屋敷内を照らす中、一歩間違えればお化け屋敷にも見えてしまうこの紅魔館は、確かに吸血鬼の館であると感じさせる何かがある。

 

 ふと、いつの間にか俯いていた顔を上げ、イオが何かに気づいたようなそぶりを見せると、

「……此処、他に何方か住んでらっしゃるんですか?どうも、幾つか気配らしき物を感じるんですけど」

と、問いを口に出した。

 推測らしい問いを口にしている割に、どうにも断定しているような彼に目の前にいる咲夜は一瞬ちらりとイオを見たものの、すぐに前に目を向けて、

「――当館で雇っています妖精メイドと、妹様。そして、お嬢様のご友人であられる魔法使いの方とその使い魔の悪魔が、現在共に暮らされております。特に、当館が幻想郷では館内が広い事もあり、妖精メイドを多数雇用しているために、その気配を感じられたのでしょう」

淡々としながらもそう答えた彼女に、イオは納得がいったような表情になって、

「ふうん……結構住まわれているんですね。やたら近くを、パタパタと飛んでいるような音が聞こえてきますし」

「……あの子たちは」

「ん?何か言いました?」

一瞬目の前にいる咲夜が何かを呟いたような気がして、きょとんとした様子でイオがそう尋ねる。

 だが、彼女は首を振って、

「いえ……そろそろ、お嬢様のお部屋に着く頃だと申し上げただけです。部屋の前までご案内しましたら、ノックをして入ってください」

「え、ええ。分かりました」

何処となく不機嫌そうな彼女に若干引きながらも、イオは何とか頷き彼女について行った。

 

――それから少しして。

 彼女に案内されたのは、重厚そうな扉の前だった。

 燭台で照らされたドアの所には、『館主室』と金属製のプレートに書かれた文字があり、どうやらここが目的地であるようだ。

 とはいえ、此処の文字だけはどうしてか紅いプレートではあるものの、文字だけが黒く見えており、流石の館主であっても客人に分かり易くせざるを得なかったのだと思われた。

 

 くるり、とその場でこちらを向いた咲夜が、出会った当初は無表情に見えたその顔を若干いらいらとしたように眉をしかめた状態で、

「この先がお嬢様のお部屋になります。どうぞ、中にお入りくださいませ。中で、お嬢様がお待ちになっています」

「え……いやでも、貴女が先に声をかけるべきでは?」

いたって常識的な対応でそう尋ねたイオであったが、当の彼女はますます眉を顰めさせて、

「……私は紅茶の準備がございますので。御先に、どうぞ」

「あ、ちょ……消えたし」

端的に告げられ、そのまま唐突に消え去った彼女に、イオは疲れたような表情になると、

「――またか、何の能力だろ。見たところ、空間か何かのようには見えるんだけど……」

ほとんど、霊夢が言う様な霊力や魔力等の力の波動を感じられなかったために、いぶかしげな表情のイオであったが、考えても仕方ないと悟ったのか、すぐに首を振って館主室のドアをノックする。

「――どうぞ、お入りなさい」

少しして、中から幼い少女の声が聞こえてきた事に若干驚きながらも、

「お呼ばれ頂きました、何でも屋のイオ=カリストです」

と言葉をかけながら中に入っていった。

 中の内装は、アルティメシア世界で見る機会があった、貴族の娘の部屋を想起させるような上品さあふれる作りとなっており、それでいて尽くが紅色に染まっている。

 普段はそこから指示を出しているのであろう、恐らくマホガニー製と思われる重厚でそれでいてやはり紅色に染められた机が、此処だけ開かれたテラス行きの窓から差し込む満月に照らされ、部屋の奥で薄らと光を反射していた。

 

 そんな館主室の中央に、丸く高めの円卓があり、一人、十歳頃にも見える水色の紙をした少女が、パジャマのような服の背中から黒い蝙蝠のような羽を出し、ゆっくりと動かしながら此方を向いて座っている。

 紅色の瞳が満月で、禍々しく輝きながらもじっくりとこちらを見定めるその視線は、どうやら何らかのイレギュラーを感じ取り、それを楽しんでいるような光を放っていた。

 

「――ようこそ、我が館『紅魔館』へ。館主である、レミリア=スカーレットよ」

「ええ……お招きにあずかりました、イオ=カリストです。――所で、早速依頼の事についてお話を伺いたいのですが?」

ふかふかな絨毯の上を歩き、イオは吸血鬼――レミリアの座る円卓の前まで進むとそう声をかける。

「あら、せっかちな事。もう少し、話をしようとは思わないの?」

机の上で指を組み、こちらを上目遣いで見詰めてくる彼女に、イオはやや苦笑しつつ、

「そうしたいのはやまやまなんですが……帰りを、待ってくれている人がいるので」

席を勧められていない為に、一応立ったまま彼女に告げたイオにレミリアは薄らと鋭い八重歯を覗かせながらも不思議そうに、

「あら?射命丸の新聞にはそんな事書かれていなかったはずだけど……もしかして、情報が更新されたのかしらね。それで……もう、この世界でいい女性でも見つけたの?」

「――まさか。確かに可愛らしいとは言えますけどね、妹のようなものですよ……ルーミアは、ね」

「へえ……『宵闇の妖怪』を妹扱いねえ……どんな力使ったの?……ああ、お座りなさい?立っているのもきついでしょう?」

すっと、いつの間にか置かれていたもう一つの椅子に手を伸ばして示し、レミリアは楽しげにそう尋ねた。

 正直、あまり話をする気もなかったイオではあったが、流石に勧められたのを断ってしまっては失礼にあたるため、それとなく溜息をつくと静かに席について、

「……別に、あの子が僕の作る料理を気に入ってくれただけの事ですよ。他に理由もないですし、そもそも……僕に人を操る力なんてありませんから」

「あらあら……私の言葉がお気に召さなかった?でも、妖怪は妖怪だし、人間と交わるのは殆ど無いに等しいからね。珍しくそう思って訊いたまでの事よ?」

上品に座る彼女が、そう涼やかな笑みと共にそう告げると、

「――分かってますよそんな事は。ですが、あくまでも僕にそんな力なんてありませんよ。むしろ……どちらかといえば貴女の方じゃないんですか?」

若干、皮肉げな笑みを口端にあげながら、苛々とした様子でイオが言い返すと、

「フフフ……そんなに怒らなくてもいいじゃない?まあ、貴方が『宵闇の妖怪』を家族の様に思っている事だけは分ったけれどね……さて、依頼の話に移りましょうか。――咲夜?」

「――此処に」

フッと再び唐突に現れた彼女が、今度は傍らに紅茶が入っていると思しきポットが載せられたキャスター付きのテーブルと共にレミリアの傍に立っている。

 咲夜から渡された紅茶のカップを手に取り、静かにレミリアは飲んでから、

「単刀直入に言うわ。――私と、戦いなさい」

「…………ふぅ。最近、この手の依頼が増えている気がしますねえ……で、どうしてまたその依頼を?」

ルーミア、妖夢……そして、今までに立ち会った武術者との戦いを思い出しつつ、イオが溜息をつきながらそう尋ねると、

「なに、簡単な事よ。射命丸の記事を読んでから、それなりに興味が湧いていたからね。――で。引き受けてくれるのかしら?」

紅き眼で挑戦的に見つめてくる彼女に、イオは疲れたような表情になりながらも、

「――構いませんよ。依頼は依頼、そう考えていますから。ただ……スペルカードルールの方ですか?それでしたら、枚数なども考えないといけませんので」

同じように出された、咲夜手ずからの紅茶を飲みつつ、静かに金色の瞳で彼女を見やった。

 

直後、

「――――あら、そんなわけがないじゃない。私が望むのは……別のものよ?」

幼き声がふとした拍子に変質する。

 

――闘いを願う、人外のものへと。

 

 その場を飛び下がり、椅子を盛大に蹴飛ばしながらイオは館主室のドアまで下がった。

「…………おやおや、お淑やかな方だと思っていたのですが……それがご依頼とは、ね」

冷や汗が背中につたうのを感じつつ、それでもイオは苦笑してただ構える。

 

――自身が最高と自負する、二刀流『龍皇炎舞流』の、『明鏡止水』の構えで。

 

「いいじゃないのべつに。そもそも、スペルカードルールが制定されたのだって、私達が異変を起こしてからだし。……あれは、遊びにはもってこいだけど、それでも退屈になってしまうのよね」

 

――なにしろ、此処は娯楽が凄く少ないから。

 

「そんな理由で戦いをさせられる身になって下さいよ?娯楽を求めてらっしゃるんでしたら、人里へ行って甘味処へと行かれたらどうなんですか?」

「それもいいけれどね……やっぱり、こちらの方が合うのよねえ。だから……相手になってくれるかしら?」

ヴオン。

 レミリアがそう告げて床に手を伸ばした途端、紅く巨大な魔法陣がイオとレミリアを包み込んだ。

「っ!?」

咄嗟にドアを開き逃げようとしたイオであったが、それより早くに魔法陣に引きずり込まれ、視界いっぱいに広がる紅の光に、思わずギュッと眼をつむった。

 

 当然、それを逃す魔法陣ではない。

 魔力がふんだんに込められたその魔法陣は、しばらく紅光を辺りに放ってから消える。そこにいた二人の姿は……忽然と消え去っていた。

 

――――――――

 

「……?――――ここ、は……?」

光が収まっている事に気づき恐る恐る眼を開いたイオは、目の前の景色にそう呟くしかなかった。

 そこは既に先程までいた館主室ではなく、金色だった筈の満月は紅に輝き、絨毯だったものは厚く覆う雲に変化。

 余りにも、ついさっきまでいた場所とは違うその景色に、思わずイオが思考を停止しかけていると、

「……貴方が、それなりにやりそうだと思ったからね。思う存分に暴れられる場所を創ったのよ。――ま、私の親友の力を借りてだけど」

「……レミリアさんでしたか……有り難いのですが、本当に闘われるつもりで?霊夢さんが此処の事を嗅ぎ付けそうな気がしますけど?」

黒きコウモリの翼を動かしながら現れた彼女に、イオは自然体の構えを体現する『明鏡止水』のまま、警告の言葉を発した。

 だが、レミリアは首をすくめると、

「私の親友を甘く見ないでほしいわね。何しろ、そこらの魔法使いとは鍛え上げられた年数が違うのよ?どんなに暴れても、この世界を守る結界には何一つ影響を及ぼさないと確約をもらっているわ」

自信たっぷりに告げられたその言葉に、イオは溜息をつき、

「――やるしか、ないか」

ポツリ、そう呟いて。

 

――一瞬にして二振りの刀を大きく振り上げ、レミリアに向って振り下ろした。

 

 しかし、視界が一瞬紅に染まったかと思うと、彼の得物たる双刀『朱煉』は、長大な紅色の、先端が持ち手に向って大きく分かれた槍によって阻まれる。

 一瞬、その槍に込められた魔力の強大さに顔が引き攣ったものの、

「……槍、ですか。しかも、どうやら魔力で構成されているみたいですね?」

と、先程引きずり込まれた魔法陣と同色のその槍に、イオは両手の刀を押し込みながらもそう尋ねた。

「フフ、私の相棒よ。『グングニル』というのだけど……カッコいいでしょう?」

「…………よりにもよって、『必中の槍』ですか。概念としての意味合いで?」

暗に、本物かそれとも単に魔力で構成されているだけなのかを問うイオに、レミリアは押し込まれて答えている様子もなく楽しげな笑みを浮かべて、

「まさか。これは弾幕ごっこで使っているだけよ。結構、これを量産して打ち出すのが面白いのよね」

「……さすがに、それはないですか。ふう……全く、吃驚させないで下さいよ。――じゃ、今度はこちらからという事で」

 

――木符『木人形=戦乙女形態(ウッドゴーレム=モード・ヴァルキュリー)』――

 

 大きくグングニルをはじき上げ、飛び下がって距離をとったイオは、そのまま一枚のカードと共に、スペルカード宣言を成し遂げる。

 すると、彼の周囲に少々大きめの女性型で鎧姿のゴーレムが複数出現した。見れば、どれも突撃槍を捧げるようにして持っており、ふわふわとイオの周囲を飛んでいる様子から、ウッドゴーレムをぶつけるタイプのスペルカードと思われた。

 

「――へぇ……貴方、幻想郷に来てからそんなに日が経っていないように感じたけど……なかなか、面白そうなスペルを考えるじゃない」

「能力が使えないと、本当に死活問題になりますからね。それに、結構楽しいですから」

こうして、物を創っていくというのは、ね。

 

 その言葉と共に、ヴァルキュリー達が一斉にものすごいスピードでレミリアに向かった。

 どうやら、イオは人形たちに木属性派生の風属性を付属した槍を持たせていたようで、突撃を繰り返す人形たちの槍から、次々に鎌鼬のような真空刃が繰り出されている事にレミリアが気づき、慌てて迎撃していく。

「――っく、面倒くさいことを……!」

「面倒くさくて結構ですよ。案外、こういう泥臭い戦いの方が性に合っているものですから」

襲い掛かって行くヴァルキュリー達を眺めながら、イオは朱煉を持っている両手をかたく握りしめ、次々に無詠唱で唱えた弾型の圧縮した空気を打ち出した。

 必死に避けているように見える彼女の近くに、その弾幕達が到達したと感覚がとらえた所で、

「さて。――『起爆』」

打ち出された空気の塊が連鎖するように破裂して行く音を聞きつつ、風で巻き上がった雲で隠れたレミリアに、油断なくイオは身構えた。

 

「――全くもう。随分とえげつない攻撃ばかりじゃない」

 

「仕方ありませんよ。どうも、貴女が吸血鬼の真祖のように感じられるものですから。こうでもしないと、貴女にダメージが効いているイメージが湧かないんですよ」

雲が晴れ、少し衣服が擦り切れた状態で飛んでいるレミリアに、イオは若干引きつった表情であったがそう告げて反駁する。

 その言葉に、レミリアは少し眼を細めると、

「ふん……どうにも、何でも屋さんは戦を知っているみたいね……それも、かなり血生臭い方の」

久しぶりに、本気で相手しようかしら。

 一転して嗜虐心が溢れているような笑顔を浮かべ、先程手に持っていた槍を、一気に増産していった。

 瞬く間に雲海の上を、満月まで隠れてしまいそうなくらいに埋め尽くされた槍に、イオは今度こそ引き攣った表情になると、

「…………どんだけ出しているんですか」

と弱弱しい声で突っ込んだ。

 だが、レミリアはそんなイオと対照的にイイ笑顔で、

「だって、なかなか楽しくなってきたんだもの。これで、全力を出さざるを得ないでしょう?――ねえ、『疾風剣神』さん?」

ニヤニヤとして告げられたイオの二つ名に、当人は顰め面になって、

「……射命丸さんの記事でご覧になったんですね。ま、許可したことですからいいですけど……ともかく、そんな事を言われたらギアを上げざるを得ないじゃないですか」

っとん、と戦いが始まってから初めて、イオが空気を踏みながら飛び上がり、両手に握りしめた刀たちを、一刀流で言う所の八双に同方向に構え、

 

「――二刀流弐式、『断空地裂』」

 

静かな面持ちで、大きく縦に振りおろす。

 直後、驚くべきことにその斬撃は巨大な真空刃と化し、何もかもを一刀両断するかのような勢いでレミリアに襲い掛かった。

「っふん!!」

だが、レミリアも負けじと、吸血鬼特有の膨大な魔力そして強大な膂力を込めて、手に持っているグングニルで以て力任せに吹き飛ばすと、すかさず先程量産した紅色の槍を撃ち出していく。

 隙間なく襲いかかって来るその槍達を、慌てることなくよけたイオは、しかしながら表情が優れなかった。

「――っ。流石に、無傷で済まされるとは思いませんでしたよ。そのお姿であっても、吸血鬼、ということですか」

「ふん、外の世界じゃどうなのか知らないけどね、これでもこの幻想郷のパワーバランスでは上位に食い込んでいる方だと自負しているわ。たかが、速いだけの剣じゃ、私は倒せないわよ?」

ま、貴方の速さは吸血鬼である私であっても、素晴らしい速度だと言えるけれどね。

 グングニル持つ手とは逆の左手を広げてこちらに向け、魔法を使う気なのか魔力を高めながらレミリアは告げる。

 その言葉に、イオはかなり自尊心を傷つけられたのか、普段穏やかなその表情をかなり厳しいものに変えると、

「そう言われても、これが僕の今まで培ってきたアイデンティティとも言えるものですから。伊達に、『疾風剣神』なんて呼ばれてたわけじゃないんです。――ですが、流石にそこまで言われて馬鹿にされるのも結構頭に来るので」

もう壱段階、ギアを上げます。

 

――気符『龍皇覚醒』――

 

唐突なスペル宣言と共に、ッドン!!という何かが爆発するような音と共に、イオの体が金色に包まれた。

 しかしよく見てみれば、霧のように見えるそれはどうやら彼の体から放たれているもののようで、かなりの勢いと共にあふれ出ているのが分かる。

「…………気を爆発的に高め、身体能力を大幅に引き上げる。その上で――限界を、僕自身の全力を出させてもらいます…………!!!」

 

――魔眼『金眼律法(ソロモン=アイ)』――

 

ドクリ。

 そのスペル宣言がなされた時。

――大気が、世界が、確かに鳴動した。

 同時に、レミリアが今なお放っている魔力と、同等の質、量を持つ、禍々しい蒼の魔力の波動が、イオから解き放たれる。

「な……!?この、魔力……貴方、死ぬつもり――!!?」

無理やり引き出された魔力であると即座に気づき、レミリアは戦慄の表情を浮かべたが、

いつの間にか俯いていたイオから、ククク……と笑い声が響き、

「――そんな訳、ないじゃないですか。ただ、勝ちを拾いに行くだけですよ」

レミリアの動揺を聞き、幽かに見えた唇の端をなおもニヤリと吊り上げた。

――そして、俯いていたイオの顔が挙げられた時。

 彼の金色の両眼には、蒼色の五芒星が禍々しい光を放ちながら浮き上がっていた。

「……僕には、ある親友がいます。この世界に来るまでにいた友人なんですが……魔法をあまり使う事がない僕の為に、詠唱破棄で全ての木、吸、風、雷の四属性の魔法を唱える事が出来る魔眼を創ってくれたんですよ。とはいえ、日に一度しか使えない上に、出て来てくれる確率も低く、しかも、一度使用しただけで眼から血が流れるは、運が悪ければ視力の低下も引き起こすはで、諸刃の剣なんですけどね」

 

――此処までしたんです。勝ち……狙いに行きますよ……!!

 

ただ、覚悟と力をレミリアに見せ付けろ。

――全ては、目の前の人外に己を認めさせるためだけに。

 

 




……再びの七千文字突破。
ち、違うんですよ?ただ、僕は書いていただけなんです……!!
戦闘に高揚して、思わず書き上げちゃっただけなんです……!!

――――だから『僕は悪くない』

……冗談です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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第十二章「知らしめるは何でも屋の実力」

一方その頃……


 

――所変わり、人里は寺子屋。

 満月に照らされる中、寺子屋に隣接している家が存在した。――言わずと知れた、人里の守護者にして寺子屋の教師である慧音の家である。

 その家のとある一室にて、慧音が静かに机に向って住みを硯で磨り上げていた。

 だが、今の姿は日中のそれではない。普段の青みがかった銀髪の頭部が、こめかみから頭頂に向って反り上がった日本の角が生え、髪の色も緑がかった銀髪へと変貌し、その上服までも緑色のワンピースに変化している。

 

――なぜ、彼女が此処まで変貌を遂げているのか。

 

 その理由は、彼女が人外と人間のハーフだったことに起因していた。

 白沢と呼ばれる、イオとは別の外の世界の大陸に存在する聖獣と人間の混血児である彼女は、普段は人間であるものの、満月の時は白沢の血が色濃く出る体質であり、持ち合わせている能力も、満月時とそれ以外で変化していると言う、珍しい体質なのである。

 

 そのハーフ白沢であるところの彼女は今、厳粛な面持ちで何かを紙に書き綴るようにして筆を動かしていた。

――そこへ、紅魔館のある方角から、あの禍々しくも何処か感じ覚えのある魔力が胎動し、波動が駆け巡る。

 ビクン、とその波動に身を震わせた慧音が、思わずその方角へ驚愕で見開かれた眼を向けると、

「――っ!これは、イオ、なのか……!!?いや、これは……あまりにも、禍々しすぎる……!!」

突然のその出来事に、慧音は慌てて立ち上がると、人里の門の方へ走り去っていくのであった。

 

――人里の皆に隠していた、慧音の白沢時の姿がばれるまで、あと少し。

 

――――――――

 

――博麗神社。

 既に、自室にて眠りに就こうとしていた『楽園の素敵な巫女』とあだ名される彼女――博麗霊夢は、恐らくは幻想郷中に胎動したであろう、あの魔力を感じ取り、思わず眼が覚めると同時に、深々と布団の中で溜息をついた。

「……あー、もう。めんどくさい事になってんじゃないでしょうね……全く、眼がさめちゃったじゃない」

愚痴愚痴と文句を漏らしながら、物憂げに体を起こし、部屋の障子を開いて紅魔館のある方角に目を向ける。

「……片方、レミリアに……これは、あの外来人かしら?変ね……あいつ、あんな魔力何か持ってなさそうだったけど……」

恐らく、何らかの手段を用いたのだろうと、あっさりその疑問を霊夢は放棄した。

 そして、金色の満月によって彩られている幻想郷の空を見上げながら、幻想郷を守る二つの大結界の一つである、博麗大結界がどうなっているのかを確認する。

「……ん、この様子だと大丈夫ね。レミリア、かなり対策練ってやっているみたいだし、心配ないでしょ」

そう、自身の最も拠り所とする『勘』で以て、博麗大結界にも、妖怪の賢者たる八雲紫が張った境界の結界にも影響はないと判断した。

 少し、その事で安心する素振りを見せたものの、霊夢は直ぐに別の言葉を発する。

「――紫。そこにいるんでしょ」

縁側に立ち、何処を見るでもなく呟いた声に、応えが返ってきた。

「――はーい、ここにおりますわ」

形容しがたい音と共に、霊夢のすぐ隣の空間がぱっくりと裂け、見れば狂死しそうな空間の中から、幻想郷を創設せし境界の大妖怪、八雲紫が出現する。

 腰まで伸びた金髪に傾国の美貌も併せ持つ彼女は、幻想郷において妖怪の賢者と呼称されており、その美貌を何処か胡散臭さを感じさせる笑顔に変え、霊夢に話しかけてきた。

「心配せずとも、あの魔力は結界には影響する事はないわ。あの吸血鬼、事前にしっかり対策を取っていたようだしね」

「……あのさ、んなこと分かってるし、そもそもそんな事を聞きたいがために呼び出したわけじゃないわよ。――紫、教えなさい。何で……あの外来人を幻想郷に引っ張り込んだのよ?」

紅魔館の門番のような、何処となくエキゾチックな衣裳を風ではためかせながら、わざとらしい言動をする紫に、霊夢は苛立ったように声をあげる。

 すると、霊夢の言葉に紫は一瞬間を空けると、尚もわざとらしい笑顔のまま、

「……そう、ねえ……気に入ったから、かしら」

「嘘をつくな」

苛烈な言葉で以て、そう霊夢が切り捨てると、

「あらあらひどい。私、泣いてしまいそうですわ……シクシク」

「ふざけないでくれる?私は真面目に訊いてるの。――アイツ、私達が外の世界と呼ぶ所とは別の場所から来たんでしょう?血の匂いもしたし、明らかに荒事に慣れてる空気があった。……ああいう手合いは、今まで紫が消してきたんじゃないの?」

すっかり冴えてしまった眼を細めつつ、目尻を吊り上げた霊夢は叩きつけるようにして詰問した。

 すると、紫は泣き真似を止め、真剣な眼差しになって姿勢を正すと、

「――まあ、いいでしょう。そろそろ、貴女にも言っておかないといけないと思っていたのよ。――彼の、本当の素性について、ね」

その言葉を聞き、霊夢はあの外来人に抱いていた勘が、正しかったことを確信する。

「……アンタ、いったい何を隠しているの?射命丸が強引に持ってきた何時もの新聞からだと、こっちでも元の世界でも珍しい髪と眼の色をしてると言う事だったし。実際、アイツが此処に来た時はちょっと吃驚したわよ。あんな、何かを見透かすような金色の眼……正直、同じ人間なのか疑ったりもしたわね」

何より今までと違うのは……アイツが、本来この世界と関係がないことかしら。

 勘に従って動くが故に、いつでも過程を無視して答えに直結する霊夢の言葉に、紫は真剣な眼差しのまま僅かに憐憫の色を混ぜると、

「――だからこそ……引き摺りこんだのよ」

と、何故か万感の思いが込められた答えを返したのであった。

 

―――――――――

 

――魔法の森。

 イオが最初に落ちてきた場所であり、ルーミアと邂逅した場所でもあるこの森は、人里において、また、妖怪たちにおいても、特異な特徴を持っている事で知れ渡っていた。

 何しろ、一度吸ってしまえば永遠に幻覚に惑わされる胞子を飛ばす茸や、方位磁針を持っていたとしても地磁気の乱れによって効果を発揮させなくされたり、切り払っても切り払っても元の通りに、いや、それ以上に生えてくる不気味な樹木もあるとあって、まさしく魔境であるとされている。

 そんな森の中であっても住むことが出来る……いや、正確には理由があって住んでいるのだが……そんな奇特な人物たちがいた。

「――凄い波動ね。久々に、興味が持てそうな魔力よこれは」

「……んー……むにゃむにゃ」

「って、聞いているの魔理沙!?」

不気味な森の中、ひときわ異彩を放つこじんまりとした洋館。

 その中のとある一室にて、二人の少女が今もなお胎動する魔力について話していた。

「そう言われてもなー……戦ってる相手、どーもレミリアみたいだし。そこまで気にするかフツー?」

部屋の中のソファの上で、ごろりと行儀悪く足をバタつかせて寝転がりながら告げた、癖っ毛のある長い金髪に、モノトーン調のエプロンドレスのような衣装を着た少女。

 名を霧雨魔理沙と言い、異名を『普通の魔法使い』と号する、『霧雨魔法店』を経営している、此処幻想郷において人間でありながら魔法を行使できる少女であった。

 その魔理沙の言葉に、ちっちっともう一人の少女は指を振ると、

「分かっていないわね。今までに感じたことないこの魔力……恐らく、最近人里に住み始めた外来人のものでしょう。見た目がかなり変わってるから直ぐに分かると思うわ。――だけどね……正直、人里での彼を見ていると、魔法を使っている所見たことがなかったのよ」

剣だけ持って動きまわっている姿しか、見てないのよね

 人形のような美しさを持つその顔を、それなりに真面目な顔つきになってそう告げる。

見たところ、魔理沙と同じような金髪であるが、彼女のそれとは異なり、ショートボブカットであり、滑らか天井に輝く『照光』の魔法の光や、窓から入って来る満月の光で輝いていた。

 何処となく、丸く見える眼の形や、青色を基調とした可愛らしいドレスの衣装も、彼女をますます人形めいたものにさせている。

――彼女の名は、アリス=マーガトロイド。異名を『七色の人形遣い』と号する、万能に魔法を操る技術を持ちながら、人形を操る技術に特化した、妖怪としての種族、魔法使いであった。

 そんなアリスが告げた明らかにおかしいと感じられる発言に、魔理沙は寝転がった状態から一気に跳ね起きると、

「はあ?じゃ、何で今魔力を感じられるんだよ?剣だけだって思ってたのなら、魔力を感じ取れなかったってことなんだろ?」

「…………この、禍々しい蒼色の魔力。無理やり、体の中から引き出しているのよ。普段、魔法を使わない剣士のはずなのに。……恐らく、かなりの代償を払う事で潜在魔力を全て引き出せているんでしょうね。――正直、魔理沙にやってほしくないやり方よ。絶対、真似をしないでね魔理沙」

何処か、考えながらも苦味が漏れ出ている彼女の言葉に、逆に魔理沙は楽しそうに笑うと、大きくソファに座りこみながら、

「だったら、一回会ってみたいな。そこまでしても妖怪に勝ちたいなんて思ってるような奴みたいだし」

「実際、かなり負けず嫌いな性格はしてると思うわよ。何せ、彼が何でも屋として寺子屋の教師の依頼を終えてから子供達と遊んでる姿を見るんだけどね……一切手を抜かないのよ。その所為で子供達からもブーイングの嵐だし、慧音からはもっと手加減しろって頭突きをくらってる姿、よく見るわ。――そのたびに、へらへら笑ってるけどね」

「……何か、ますます気が合いそうな奴だな。会ってみたくなってきた」

『七色の人形遣い』と、『普通の魔法使い』。

 彼女たちはただ笑ってその時を待っていた。

 

――――すぐ傍にまで迫った、邂逅の時を。

 

――――――――――

 

……場所は戻って、紅魔館上空の雲海。

「…………さて、参りましょうか」

蒼色の五芒星が輝く金色の眼から血を流しつつ、イオはいよいよ動き出した。

 

――木符『木人形=巨人戦士形態(ウッドゴーレム=モード・ティタンウォーリア)』――

 

スペル宣言と共に、先程消えていったヴァルキュリーとは異なった、真に巨人としかいいようのないウッドゴーレムが、レミリアの目前に出現する。

 10m強の巨大な戦士姿のそのゴーレムは、木製であるが故に、かなりの重厚さを感じ取れる鎧を着用し、そのゴーレムの身の丈以上もあるハルバードを手にしていた。

「…………もはや、何でもありなのね貴方のそれ」

驚きを通り越し呆れている様子のレミリアが、『木を操る程度の能力』で生み出されたそのゴーレムを見ての感想に、イオは逆に楽しそうに笑いながら、

「――だって、元の世界よりもずっと楽しいものがあるんですよ!?遊びがいがあっていいじゃないですか!」

 

――さあ行け!巨人戦士……!!

 

裂帛の号令と共に、ウッドゴーレムは片手に持つハルバードを振り回し始める。

 見かけによらず、高速で振り払われるその斧槍に、しかしレミリアはすれすれではあるものの避けていた。……どうやら、速さこそあれ、振るわれる剣戟の隙が大きすぎるために、この現象が起きたようである。

 その様子にイオは戦慄しながらも、

「っ、まだまだ……!!」

 

――雷遁『雷帝之鎚(ミョルニルハンマー)』――

 

 巨人の最後の攻撃に合わせ、速度性、攻撃力共に優秀な雷属性の魔法による弾幕が、レミリアに襲い掛かって行った。

 ストリーマと呼ばれる、雷が発生する直前に起きる現象もなく、唐突に現れては彼女をうちぬこうとするその雷撃に、

「っく!?ああもう、面倒くさいわね……!!」

 

――天罰「スターオブダビテ」――

 

ダビテの紋章と呼ばれる、六芒星の魔法陣を模った弾幕が、イオのスペルを打ち消さんと猛威を振るう。

「あああぁぁぁああああ…………!!!」

しかし、イオも負けじと新たにスペルを宣言した。

 

――風遁『青竜之激怒』――

 

突如として幾つもの竜巻が発生し、レミリアの弾幕が雷属性のスペルを打ち消そうとした所を、的確に妨害をして逆に消していく。

「――ホント、性質が悪いわね……!!」

戦いの醍醐味とさえ言える、敵の動きに反応して封じていくそのやり方は、もはや卓越した軍師を思わせた。

 

――やはり、『疾風剣神』の異名は伊達ではなかったのだと。

 レミリアはただただ、

「だけど、それ以上に楽しいわ―――!!」

心の底から、大笑の衝動が沸き起こるのみ。

 

――ラストスペル『紅色の幻想郷』――

 

爆発。

 それ以外に形容しようのない、紅き魔力の弾幕がイオに襲い掛かってきた。

 折悪く、今までのスペル連続宣言に加え、魔力の過剰使用による精神疲労、そして気を爆発的に増加させた反動が近づいてきており、眼痛、全身から激痛が訴えてくる。

(……だけ、ど……絶対、負けられない――――!!)

負けず嫌いの性分が思いきり出ている事を自覚しながらも、イオは最後の一撃とばかりに、自身が出せる最高の攻撃で以て終わらせることを決め。

 

――ただ、叫んだ――

 

――ラストスペル『紅蓮龍皇炎舞』――

 

本来、彼の二刀流の最終奥義として編み出されたその技。

 視界に映る全てに対し、全方位全角度から隙間なく無数の斬撃を与えると言うその技は、その強力さを反比例するかのように厳しい制約が課されていた。

――即ち、気を爆発的に高め、対象に対し何らかの強い感情を持っていなければ放つ事は絶対に不可能という、その制約。

 

……しかし今。

 

 その条件を満たし、更には強制魔力増幅と、古今東西の、木属性に加え派生三属性の詠唱文破棄を行う魔眼が付け加えられ、彼自身の『木を操る程度の能力』がそこに入れば。

 斬撃の威力向上と共に、その性質が風の鎌鼬を帯びた事により、イオが今出せる技の中において最高の技となった。

 

 その事実の通りに、視界に映る全ての紅き弾幕が彼の斬撃によってかき消され、それでもなお残ったイオの斬撃の弾幕が、レミリアに襲い掛かる。

 

――巻き上げられた雲の中から、悲鳴は、聞こえなかった。

 

故に、自身が勝てたのだと思うしかなく、フッと気を緩めた、その瞬間だった。

 

――ドスッ……!!

 

「ぐ、がは……!?」

ほぼ土手っ腹に、強大な紅きグングニルが突き刺さり、驚愕の表情を浮かべたイオは、喀血をしつつ激痛と共に意識が途絶えていくのを感じ取る。

 

――視界が霞む中、最後に見えたのは紫色のナイトガウンのような服の端だった。

 

 




主人公……死亡か!?
それとも、生き残るのか!?

――――次回に乞うご期待!

ここまでの読了に、心からの感謝を……!


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第十三章「彼を迎えるは紅魔の一族」

……とりあえず、皆さんにお詫びです。

――――――長くしてしまって、ごめんなさい!!!(ジャンピング土下座敢行)



 

「……ん……?――――っは!?」

寝ぼけ眼で覚醒し、直後昨晩の記憶を思い出し、慌てていつの間にか運び込まれていた寝室のベッドの掛け布団をはねのけようとした所で。

 

 全身に、激痛が走った。

 

「あっぎゃっぎゃっぎゃぎゃぎゃ!!??」

昨日訪れた紅魔館の一室と思しき紅い部屋に、傍目からして笑いを誘う様な悲鳴が発生する。

 余りの全身の痛みにただ呻くしかできないイオに、突如声が掛けられた。

「――お目覚めですか。……どうやら、痛みで起きられたようですね」

「おわ!?――っつぅ……」

驚きのあまり、思わず身構えてしまい再び激痛が襲いかかる。

 イオが情けなくも痛みに必死になって耐え、それでも挨拶は忘れずにとようやく笑顔らしい表情を浮かべて、

「ぁ……ぐぅ……お、おはようございます」

それでも未だに痛みに苛まれるのか、若干悲鳴を漏らしつつも、礼儀正しくイオが挨拶をそこにいたメイド長――咲夜に告げると、

「ええ……おはようございます。っと、申し上げたいところなのですが……お嬢様と闘われてから二時間ほどしか経過しておりません。最も、三日間昏睡された後の、という事になりますが」

ちょきちょき、と湿布らしき物を切り分けながらそう告げてきた彼女に、イオは驚く事もなく、

「あー……寧ろ、納得しました。結構、限界まで引き出してましたからねえ」

しみじみと、痛みに耐えながらも答えると、音もなく咲夜が近づいて来て、

「――さて、失礼いたします」

徐にイオの蒲団を剝ぎとった。

「へ?って、ぎゃー!?」

問答無用に今まで着ていた寝間着のような服を剥ぎ取られそうになり、思わずイオが悲鳴を上げて逃げようとする。

 だが、容赦なく無表情(それでも若干頬を赤らめていたが)で剥ぎ取りにかかる咲夜が、淡々として、

「おとなしくされてください。湿布が貼れませんので」

「いやいや何を仰っているん……っぎゃあ!?ちょっ、脱がさないでくださ!?」

イオがそう抗議するのも頓着せず、彼女がてきぱきと彼の下着を除いた服を脱がしにかかって行った。

 幾ら湿布を貼るとはいえ、其れにしたってもう少し何かを言ってくれてもいいんじゃないかとイオは本気で思う。

 心の底から、そう思っていた。

――だが、現実は無常で、非情で、どうしようもなく眼をそむけることすらできない物である。

 結局、ベッドに縛られたイオに逃れるすべはなく、

「――うぅ……もう、お婿に行けないよぅ……」

両手を顔に当て、傍目からすれば完全に御無体な眼にあわされた女性のようなありさまになっていた。

「……人聞きの悪い事を仰らないで下さい。私はお嬢様に仰せつかった通りの事をしたまでの事です。それに、この三日間……いつ死んでも可笑しくなかった所なのですよ?パチュリー様が治さなければ、逝ってしまわれても仕方ない状況でした。さらに付け加えるならば……」

 

――もう、この三日間でイオ様の体は調べつくされていますよ?

 

「…………死にたい…………」

ぼふ、とイオの体がベッドに沈みこむと同時に、絶望に堕ちた声が響き渡る。

 それもそうであろう。咲夜の言葉通りならば、イオの体は全裸にされてその上でパチュリ―と呼ばれている人物――恐らく女性であろう――に、隅から隅まで見られたと言う事になってしまうのだから。

「……全く、お嬢様も驚かれていましたよ。あそこまで命を削りきったような戦いは久しぶりだと」

「…………そぅですねぇ……無理やり魔力を引き出しましたし、全身の気を爆発的に高めたりしましたからねえ。かなり無茶をした自覚はあります。――ああ、それよりもレミリアさんは大丈夫ですか?無茶したなりにかなり攻撃を加えた記憶がありますから、怪我をされていないかちょっと心配なんですよ」

ようやくにして顔をあげてそう尋ねてきたイオに、咲夜はかちゃかちゃと何かを片付けるような音を出しながらも、

「そのことでしたら、お嬢様から伝言がございます」

 

『――凄く、楽しめたと心から言えるわ。ま、そうはいっても貴方の負けよ?自分でも分かっているでしょうけど』

 

「――以上でございます。簡単な御食事をお持ちいたしますので、どうぞお休みください」

と、片付け終えたのか、居住まいを正して深々と一礼し、直後部屋から消失した。

 あとに残されたイオはというと、なぜかズーンと深く落ち込んでいるようである。

「――――そうだよ、吸血鬼って……不老不死じゃないかもう。身の程知らずにもほどがあるよ……僕が馬鹿だった」

幻想郷においても、アルティメシア世界においても、不変とされる吸血鬼の真祖の不老不死性に、今更ながらイオはベッドの中に崩れ落ちるのであった。

 

―――――――――

 

――彼がレミリアと戦い、怪我の治療の為に紅魔館に逗留してから早十数日。

 イオは、見舞いと新聞の記事のネタを探しに来ていた射命丸に、ルーミアに対して伝言を頼んでいた。

「――という訳で、申し訳ないんだけど頼めませんか?不可抗力とは言え、ルーミアを放っておいてしまったので後が怖いんですよ」

「あやや、それはそれは……また、いいネタになりそうですねえ。題とするなら、『人里の何でも屋、宵闇の妖怪に尻に敷かれる!?』でしょ「止めてください(社会的に)死んでしまいます」えー……詰まらないですねえ」

土下座する勢いでベッドに顔をうずめるイオに、言葉どおりにつまらなさそうに口先をとがらせる射命丸。

 その姿に、やや疲れたような表情になったイオが、

「勘弁して下さい。ただでさえ、僕の自業自得でルーミアに迷惑をかけているのに、更にこんな記事が出たら首をつって死にますからね!?いいですか、振りじゃないですよ振りじゃ!」

と、未だ怪我人の筈なのに、かなり元気にわめいた。

 その声に、ややうるさそうに手を振った射命丸は、

「はいはい、分かっていますよ。ちょいと前のレミリアさんとイオさんの戦いについては充分貴方からも、レミリアさんからも聞いていますからね。かなり、新聞のネタとしては最高に入りますよ」

と、ニヤニヤとした表情でそう告げると、バサリ、と黒翼をはためかせ、

「――って、何処から出ようと……!!??」

「新聞、書きますよヤッホーーーー!!」

閉じられていた窓から、一目散に飛び立っていく。

 しばらく、その後を唖然として眺めるほかなかったイオは、ふと、唐突に背中に悪寒が走ったの感じて、

「…………なぜ、窓が開いているのでしょうか?」

「ひぃ!?さ、咲夜さん!?い、いやこれは僕のせいじゃ……!?」

わたわたと、湿布が複数貼られている腕を振りながら己が潔白を主張するイオだったが、瞳がハイライトになっている咲夜には関係ないことであった。

「――事前に、申し上げたと思うのですが。お嬢様方は、吸血鬼なのですよ……?もし、まかり間違ってこの部屋に入られたらどうされるつもりだったのですか……?」

「ごめんなさい!本当にごめんなさい!ゆ、許して下さい……!!」

必死になって土下座するイオの頭のすぐ横を、鈍い音が響き渡る。

 思わず凍りつき、恐る恐るそちらを見やったところで……イオの顔が恐怖に彩られた。

 

――何故なら、すぐ傍に咲夜が愛用していると思しきナイフたちが、幾つか突き刺さっていたからである。

 

「――次はありません。宜しいですね?」

「――――イエスマムッ!!!」

全力で敬礼し、フッと彼女が消えていくのをイオは見送るのであった。

 

―――――――――

 

「――あはは、それは災難でしたねえ」

「全くですよホントにもう……射命丸め、帰ったら覚えてろよ……!!」

愚痴愚痴と文句を言いながら、門番の仕事を妖精メイドに代わった、見舞客の美鈴に射命丸への復讐を誓うイオ。

 そんな彼に、美鈴はけらけらと笑いながら、

「ま、あまり気にしない方がいいと思いますよ?妖怪って、結構自分勝手に生きてる所ありますから」

「――全力でそれを実感してますよ……!!」

ふるふると、射命丸のあの苛々とさせてくれる笑顔を思い出しながら震えるイオに、ふと、声がかかった。

「……イオ~?じゃあ、私の事忘れてたのはどうなの~?」

「――全力で土下座します!!」

ガバッと美鈴の横でふてくされたように見てくるルーミアに、イオはベッドの上でジャンピング土下座を敢行する。

 そんな彼に、ルーミアはなおもジト眼のまま、

「結構大変だったんだよ?イオが帰ってこないから朝食とか慧音に迷惑かけちゃったんだから。慧音も結構怒ってたし、帰ったら覚悟した方がいいと思うよ?」

腰に手を当て、いかにも怒ってますと言いたげなルーミアに、美鈴は苦笑しながらも彼女の頭をなでると、

「仕方ないですよルーミア。イオさん、お嬢様の依頼で如何しても戦わざるを得なかったんですから。そこでもう許してあげてください」

「やー!絶対、許さないもんねー!!」

あっかんべーとイオに向ってすると、今度こそ不貞腐れて美鈴の体にルーミアは抱きついた。

 そんな彼女に、かなり困った表情になったイオが、

「――あの、ルーミア?ホントにごめんよ。帰ったら、好きなだけお菓子を作ってあげるから、それで許してくれる?」

ほとほとと、本当に困ったような口調で何とかそう告げると、ルーミアが顔を埋めていた美鈴の膝から顔を上げ、

「…………ホントに、作ってくれる?」

「うん、誓うよ」

「…………だったら、いいよ。――でも、慧音は自分で何とかしてね?」

「畜生!!それがあった……!!」

この世の終わりとばかりに、イオはルーミアに言われた言葉で頭を抱える。

 そのまま鬱々とした様子に移行するイオに、苦笑しながら眺めていた美鈴が、

「……そうしてると、本当に兄妹に見えてきますねー。数日前にお嬢様とあんなに禍々しい魔力と気がぶつかる戦いをされてたのが嘘の様ですよ」

ひょい、と自らが持ってきた見舞い品である果物の皮を剥きながらそう告げると、

「……そんなに、禍々しかったですか?あれ、妖怪のと比べたらそんなに大したことないように見えますけど」

「いやいやそう思ってたの多分貴方だけですよ?あの晩は本当に上空で魔力やら気やら、荒れ狂っていましたから。――恐らく、幻想郷中の実力者に気づかれていたと思います」

のんびりとそう返し、美鈴はルーミアに剥いた果物を食べさせていた。

 そんな彼女に、イオは何処となく納得したような表情になりつつも、

「あー……死ぬ気で掛かって行ったからでしょうかね。結果としてルーミアや他の皆さんにまで迷惑かけてしまったわけですが」

「まあ、お嬢様があんなに本気になって闘われたのは久しぶりでしたからねえ。相当、イオさんとの戦いを楽しまれたと思いますよ。実際地上からですけど、見ていて久々に誰かと組み手をしたくなった位ですから」

もしかすると、幻想郷中の戦闘狂の人たちが挙って来るかもしれませんねえ。

 しゃくしゃくと、ルーミアと共に切り分けた果物を食べながらの美鈴の言葉に、イオは衝撃を受けたように顔を青ざめさせていき、

「……うそぉ」

「いやー、それがどうにも嘘じゃなくなりそうなんですよね……ここ、平和なのはいいんですがどうしても娯楽というのが少なくてですね、お嬢様も妹様も弾幕ごっこだけやっているのもつまらないみたいで、偶に悪戯を仕掛けたりしては咲夜さんに怒られたりしてますし。人里に買い物に行っている咲夜さんに訊いても、子供達は大体わらべ歌だとか蹴鞠手鞠だけで遊んでいると聞きましたよ。――だから、でしょうねえ」

皆さん、弾幕ごっこで本気になって遊んでしまうのは。

 見ているこっちが和みそうなほんわかとした表情で物騒な言葉を吐く美鈴に、イオはそんな彼女を放ってガクガクブルブルと震える。

……どうやら、幻想郷中の妖怪達にフルボッコにされる運命が垣間見えたようだった。

 その様子に苦笑しつつも美鈴は、膝に再び飛び乗ってきたルーミアを受け止めて頭を撫でながら、

「あはは、まあ、そんなに気にする事はないと思いますよ。基本的に皆さん遊びたがりなだけですから。遊び相手を殺すなんてことはないでしょう」

「いやいやレミリアさんとかいるじゃないですか。数日前のあの、なんていうか、戦争というか、とにかくアレだったじゃないですか」

未だに顔を青ざめて冷や汗を流しながらイオが反論すると、

「――だったら、一緒に鍛錬しませんか?お嬢様と闘われている間、闘気を使われているのは分かっていたんですけど、どうも、気になっていたことがあって。……何方に、気の事について教わられたんですか?」

と、首を傾げて美鈴が不思議そうな面持ちでそう尋ねる。

 突然のその問いに、イオは先程まで青ざめていた顔色を元に戻し、キョトンとした表情を浮かべると、

「え?いやまあ、基本は元の世界で養父に教えてもらいましたけど、そこからはほぼ独学ですねえ」

なんせ、そうしないと死にかねなかったもんで。

 フフフ……と、暗い笑顔でそう告げる彼に若干ルーミアが引いているのをなだめながら、

「――だからですか。妙にちぐはぐめいた運用をされているんだなあと思ったんですよ。イオさんのやり方、私からすればかなり無駄があり過ぎて、全部を使い切れていないんです。結果的にやたらと体の外に垂れ流しになっちゃってるんですよ」

「……ゑ」

今までのやり方を否定されかなりショックを受けているイオに、美鈴はおっとりしながら、

「とにかく、怪我を治されたら一緒にやっていきましょう。少なくとも、私の能力で多少は改善されると思いますから」

「……まじかー……結構、無駄無く使ってたと思ってたのに。――はあ、仕方ないです。是非、お願いいたします」

そう告げると、イオは深々と美鈴に一礼するのであった。

 

―――――――――

 

――それからまた数日が経過し。

 慧音にルーミアの事をしばらく任せたイオは、ゆっくりと養生をしながら、ようやくベッドから歩けるまでに回復していた。

 ここまで回復出来た事に一際感慨めいた思いも湧くのだが、

(……やたら、正門の方で轟音が聞こえてきたり、美鈴が悲鳴上げてたのも聞こえたけど……あれ、いったい何だったんだろ)

同時に、養生している間の騒音に、ちょっぴり首をかしげてもいたのである。

 寝ている間の、閉じられた窓の方から述べたとおりの出来事が立て続けに起きて眠れなかったり、ルーミアが度々見舞いにやってきては、いつの間にか寝ているイオのベッドに入り込んで一緒に寝ていたりと、ある種イベントが目白押しだったのであった。

 

「……どうかした?」

「ああ、いや、ちょっと緊張してただけ。僕の友達になってくれるのかなってさ」

そう言って、何処も緊張しているようには見えないイオが、苦笑して頭を掻く。

 すると、その言葉に横を歩いていた咲夜が、

「大丈夫よ。お嬢様も含め、皆様本当に優しい方ばかりだから」

と、当初客人に対する硬い態度だったのが抜け、かなり砕けた態度と柔らかい声でそう告げた。

 横を歩くイオに、己が主達を自慢するようなきれいな笑顔を浮かべる彼女に、苦笑の度合いを深めながらも彼は、

「――だと、いいけどねえ」

と、ちょっぴり不安そうにつぶやく。

 

 今、こうしてイオが向っているのは、紅魔館の面々が食事をとる場所である食堂であった。館主であるレミリアが、イオに紹介したい友人や家族がいると言う事で、こうして咲夜の案内でそこに向っていたのである。

 しばらく、談笑しながらも廊下や階段をいくつか歩いて行くうちに、ばたり、と横にいた咲夜が唐突に立ち止まった。

 見れば、彼女のすぐ横に大きな観音開きのドアが鎮座しており、どうやらそこが目的地である食堂の様である。

 一歩足を踏み込み、昨夜がドアに向ってノックをしてからしばらくして。

『――お入りなさい。みんな、ここにきているわ』

「かしこまりました。――じゃ、イオ?中に入ってくれるかしら?私、紅茶を準備しないといけないからね」

「ん、わかった」

彼女にそう返すと、イオはフッと彼女の気配が消えたのを感じながらも、

「何でも屋イオ=カリスト、中に入ります」

と、声をかけたのであった。

 

――入ってから目前に、貴族の食堂らしい長大なテーブルが視界に入る。

 白の此処だけは外界のものに合わせているのか、白のテーブルクロスが掛けられていた。

 そんな長大なテーブルの正面、館主のレミリアが、こちらを何処となく悪戯っぽく見つめているのが、頭上に照らされる魔力が感じられる照明によって分かる。

 そんな彼女の向って右側に、レミリアとよく似た、しかし金髪のショートに七色の宝石のようなものを吊下げた、一見して骨のような翼を持っている少女が、きらきらとした瞳で身を乗り出しながらイオを見つめていた。……どうにも、年経た存在の割に純粋さをかなり感じ取れて、気まり悪く感じもしたが。

 そして、向って左側に座るは、紫色の髪と星の飾りがついたナイトキャップのような帽子をかぶる、少々野暮ったいと感じられるナイトガウンのような衣装を着た少女。

 彼女の場合、館主であるレミリアや、恐らくその妹であろう金髪の少女とは異なり、無表情無感情でこちらを見つめるばかりで、一向に読み取れなかった。

(……レミリアさんが戦いの時に言ってた、ご友人の魔法使いの人かな?なんか……ラルロスとは結構違う感じがするなあ)

元の世界にいた、普段ぶっきらぼうなくせにいざとなるとかなりの熱血漢だった青年を思い出しながら、その紫色で構成された少女の横に立つ、明らかに人外を思わせる人物に目を向ける。

 紅のロングヘアーに、スーツであろうか、何処となくピッチリとした衣裳を想起させる黒い服に、その背中から何らかの羽が見え隠れしていた。何となく、精神年齢的にはイオと同じような感じがするが、その眼は先程の金髪の少女と同じように、好奇心の光で満ち溢れているのが分かった。

 と、そこまで眺めた所で、イオはすぐ近くにかすかな気配を感じ取り、斜め後ろをこっそりと見やると、紅茶のポットが載せられた移動式の棚を連れた咲夜と、静かに自然体で立っている美鈴を発見する。

 イオが気づいた事に気づいた二人が一礼する様を見つつも、

(……見事なまでに男がいないし)

あ―元の世界が懐かしいなー、などと現実逃避をしながらも、それでもイオはレミリアのほうに向きなおって、

「お初にお目にかかる方もいらっしゃいますので、簡潔に自己紹介をば。――人里に手何でも屋にして元の世界では『疾風剣神』と呼ばれておりました、『蒼龍炎舞流』『龍皇炎舞流』が開祖にして当主、イオ=カリストともうします。以後よしなに」

長々と口上を述べ上げると、イオはにっこりと笑って一礼した。

 すると、向って左側に座っている紫色の少女が、

「……思ってたより、普通の人間なのね。かなり特徴的だけど。――ああ、パチュリー=ノーレッジと言うわ。一応、レミィの親友をさせてもらってるわ「おい一応とは何だ一応とは」……それで、体の方はどうなの?出来る限りの事はさせてもらったけど」

「おい無視かパチェ」

文句を言うレミリアを黙殺し、パチュリ―というその少女はじっとこちらを見てくる。

「あー……貴女が、やって下さったんですか。いやー、本当にありがとうございます。おかげ様で、幻想郷に来る前よりも調子が上向いている気がしますよ」

おっとりとして本当にうれしそうに笑うイオに、パチュリ―はいつの間にか用意されていたティーカップを手に取ると、

「別に、レミィに言われてたことだし、ちょっと貴方の体についても興味があったからね。ま、お互いに良いことづくめだったという事よ」

と、何処となくそっけない様子で、ずず……と、湯気立ち上る紅茶を飲んでいた。

 そんな彼女に、イオはあくまでも笑顔そのままで、

「――それでも、御麗は言わせて下さい。これでも、死んでしまうと困らせてしまう人がいるものですから」

「はいはい、分かったから良いわよもう。――っと、そろそろ妹様が堪え切れない様子ね?」

「へ?」

「っどーん!」

擬音らしき声を発しながら、突然イオの腰辺りにかなりの衝撃が走る。

 それなりに痛かった突進に、イオは一瞬バランスを崩しかけながらも体勢を整え、ぶつかってきた人物を見ようとすると、そこには気配を隠して近づいたのであろう、あの興味心身にこちらを見ていた金髪の少女がいた。

 上目遣いで見てくる彼女は、吸血鬼特有の紅い瞳を向けながら腰に一層抱きつくと、

「貴方が、お姉さまと戦った人間ね!?私、フランドール。フランって、呼んでね!」

永い時を経てなる吸血鬼とは思えないほどの無邪気な笑顔に、イオは少々、いや、かなり面喰らう。

 その姿を見て止めなければならないと思ったのか、レミリアがあきれたような苦笑を浮かべつつ、

「こら、フラン?はしたないわ。もう少し、レディとしての自覚を持ちなさい」

「えー……やだ、めんどくさい」

姉からの苦言に即座にフランドールがそう返すと、

「……むぅ……はぁ、仕方ないか、イオ。そちらのほうにちょっと座ってくれる?ちょっと、お話してみたいことがあるの」

「え、ええ……それは別に構わないのですが……」

レミリアに着席を促されたものの、イオは困惑したようにフランドールを見やる。

 レミリアも、未だにフランドールが腰にしがみついている事を分かっているのか、小さくため息をつくと、

「……申し訳ないけれど、膝の上にでも座らせてあげてくれる?どうも、今まで男という存在がいる事すら知らなかったせいで、すっかり興味を持っちゃったみたい」

「……は、はぁ……」

ちょっぴり顔を引き攣らせながらも、イオは仕方なしに席に座ると同時に、フランドールを抱えあげた。

 抱えあげられた方のフランドールはと言うと、

「わー高くなった―♪」

などと言いながら、すっかりイオの胸板に背中を預けているようである。

 無意識にそんな彼女の頭を撫でてあげながらも、

「……えーと、とりあえず、パチュリ―さんの隣にいらっしゃる方の御名前を知りたいんですけど」

「あ、申し遅れました。どうもパチュリ―様の召使をしています、小悪魔と申します。こぁと呼んでいただけたら嬉しいです」

ビシッと手を挙げのんきにそう自己紹介をするこぁに、一礼しつつ、

「あ、どうもよろしくお願いします。――所で、今回お話と言うのは……?」

至極あっさりと小悪魔と会話を交わした事に、微妙にレミリアは何か言いたげだったものの、

「……ま、いいわ。そうそう、話と言うのは他でもないの。貴方に、数日前の依頼に対する報酬と、もし出来れば別の依頼を受けてほしいということで、貴方を呼んだのよ」

と、すぐに気にしない方向で行く事にしたらしく、イオに向って真面目な顔つきでそう告げた。

「え、と……別件の依頼と言う事ですか。構いませんが……」

(また、誰かと死ぬ気で戦えなんて依頼じゃないよね?)

若干、数日前のレミリアと戦った夜の事を思い出しながらもそう返したところ、パチュリ―がいつの間にか取り出していた本を読みながら、

「――たぶん、貴方が考えているような事にはならないから安心しなさい。というのも、この依頼は恒久的に受けてもらいたいものだからよ」

と、時折紅茶を飲む行為を挟みながら告げる。

「……依頼期間を恒久的にというと、かなりの厄介事の様に伺いますが」

「おおむね、その認識で合っているわ。――此処、紅魔館には幻想郷で唯一と言っていいほどの巨大な図書館が地下に存在しているの。私はその管理をレミィから任されているのだけどね、前にある事を私達が起こしてから、ほぼ毎日のようにある人物が突貫してきて、図書館の蔵書、それも、魔導書の類を沢山持っていかれているわ。ただ、借りて返してくれるだけならば、まだましな方なのだけど、彼女、その魔導書を持って行ったまま返してくれないものだから、結構困っているのよね」

はぁ……と、深いため息を漏らしているパチュリ―に、イオはその話を聞いて納得したのか、ぽんと両手を打ち合わせると、

「――つまり、その、彼女を迎撃もしくは蔵書の奪還を、この幻想郷にいる間は恒久的にやってほしいという事になるんですか?」

「ええ、ぜひともお願いしたいわ。貴方の、レミィとほぼ互角に戦えるような実力であれば、魔理沙――その彼女の事なのだけど――を捕まえる事は出来るでしょう。……正直、彼女は同じ魔法使いとしてはそれなりに努力している事は分かっているのだけど、それでも蔵書を盗られ続けるわけにはいかないから。咲夜も忙しいし、こぁはこぁでそんなに弾幕ごっこで実力があるわけでもないしね」

「……あのぅ、パチュリ―様。私は……?」

名前が挙げられなかった美鈴が、自分を指しながらそう尋ねるが、パチュリーは彼女にとって至極まっとうな現実を告げる。

「――論外よ」

「ひどい!!?」

ぐさぁっ!と何かが突き刺さるような音が聞こえた気がして、ちょっぴりイオは泣き崩れている美鈴に同情してしまった。

 とはいえ、先程の言葉に気になる言葉があったため、

「――そういえば、その方……魔法使いなんですか?」

「ええ。――もっとも、私やもう一人の魔法使いとは違って、人間として魔法使いになった子なんだけどね」

と、何処となく柔らかくなった表情でパチュリーがイオの問いにそう返す。

(んん?人間として魔法使いになったってどういう事だろ?…………ま、いいか。この人の様子だと、そんなに気にする事でもないみたいだし)

まるで、頑張っている孫を影ながらに応援しているようなイメージを彼女から感じたイオは、得心がいった、と言う様な表情になると、

「はーなるほどなるほど。――わかりました。ただ、そうなると家を引き払って此処に住む形になるんでしょうか?それだとかなり困るんですけど」

「そんな無理は言わないわよ。こちらの方で、貴方の家と地下図書館を魔法陣を使って繋げておくから、こぁか私がその魔法陣で呼んだら、すぐに来てほしいの。そうすれば、すぐに対応できるでしょう?――ただ、ね……美鈴、今日はまだ来ていなかったわよね?」

と、突然、泣き崩れたままの美鈴にそう声をかけて訊ねた。

 問われた方の彼女は、目尻の涙を拭きとった後何処か明後日の方に視線を向けながら、

「ですねー。今日は皆さん早くお集まりになっていましたし、私も門の所を開けたままにしていますから。多分――すぐに来ると思いま――」

ドォオン!!

 彼女が言い終わるか終らないかの内に、突如として轟音が鳴り響く。

 まるで、壁を強引にでも破壊したかのようなその音に、深々と溜息をついたパチュリ―が、

「…………やれやれ。どうやら本人がきたみたいね。――イオ?さっそくで悪いんだけど、お願いできるかしら……?」

呆れたように呟き、そう告げてきた彼女に、イオは今朝あてがわれた部屋で、腰に括りつけておいた双刀『朱煉』をチャキリ、と刀を鳴らすと、

「――ええ、何でも屋……出動させてもらいます」

静かに微笑み、イオはその金色の眼を輝かせるのであった。

 

 




最近、どんどん文字数が増えてきている……むう、少なくするべきか?
それとも、もう少し区切りよく……難しいですねえ……

とりあえず、ここまで読んでいただいた方に感謝を。


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第十四章「迎撃するは普通の魔法使い」

やっと投稿することができました。
お待たせいたしました、次話投稿します!!


 

「ぃぃいいいやっほーーー!!」

大忙しで地下にあるという大図書館の方へ、パチュリーを伴って走っていると、遠くからドップラー効果を伴って、誰かがやって来る事に気づいた。

 見れば遠目ではあるものの、遠方より何かに跨った白黒の服をきていると見られる少女らしき姿が、蝋燭に照らされながら図書館の方に向っているのが分かる。

「――やれやれ、急がないといけませんね。かなり速いですよ彼女は」

「……はぁ、はぁ。む、むきゅんむきゅん。……だ、大丈夫よ。まだリミットはあるわ」

魔法で飛んでいると思しきパチュリ―が、変な音を出しながらイオの後ろでそう告げた。

 そんな彼女に、ちょっぴりいやな予感がしたイオは、

「……あの、大丈夫なんですかお体」

「え、ええ。ちょっと、ね……喘息だけど」

「駄目じゃないですか!?」

せき込みながら告げられたその言葉に、イオは吃驚して突っ込んでしまう。

 慌てて彼女を押しとどめながら、

「ちょ、いいから休んでいてください!倒れられたら僕が怒られますって!」

「だ、大丈夫よ、今日は調子がいいし…………多分」

「最後の一言で台無しだー!?」

絶対に休んで下さい!とイオはやや強引に近くにあった客室と思しき部屋に飛び込むと、

パチュリ―をベッドに寝かせ、大急ぎで白黒の服を着た少女の向かった方向へ、全速力を以て追いかけ始めた。

「あ!ちょっと……もう、話を聞きなさいよ」

きっちり寝かせられる格好になったパチュリ―が慌ててイオを呼びとめようとするが時すでに遅し。

 仕方なしにこの部屋で休んでいると、咲夜がいきなり現れた。

「パチュリ―様?大丈夫ですか?」

「ええ……大丈夫だと言ったんだけどねえ。イオに強引に引きとめられちゃったわ。……全く、私だって、たまには体を動かしてるのに」

何処となく不機嫌そうになりながら、パチュリーはイオに寝転ばされた状態で文句をぶつぶつと言う。

 そんな彼女の様子に、咲夜は苦笑して、

「体を労わって下さっているんですから、そんな風に言わないで上げてください。彼はああ見えてかなり紳士なんですから」

「…………そんなの、分かっているわよ」

それでもやっぱり、パチュリーは不機嫌にならざるを得ないのであった。

 

―――――――――

 

「――ここ、か……!!」

バタン、と白黒服の少女を追った先にあったドアを開き、イオは目的地と思われる部屋へ入って行った。

――そして、すぐに驚愕の表情を浮かべる事になる。

「うわ……なんだこれ」

眼の前に広がっていたのは、ひたすらに広大な数多くの蔵書が収められた図書館だった。

 入口から見える範囲は元より、よく遠くを眺めてみると、どうも、視界に入る以上にこの図書館は広大であるようだ。

 好奇心が湧き、思わず近くにある本を手に取りかけて、

「と、いけない」

先程入って行ったと思しき少女を追わなければと、きょろきょろとイオが姿を探していると、

「よしよし、今日はなぜか知らないけどパチェも美鈴もいなかったし、大量にゲットなんだぜ♪」

そう言いながら、恐らく盗ったと思われる大量の蔵書が詰まった袋らしき物を肩にかけながら一人の少女がやってきた。

 先が曲がったとんがり帽子に、白黒のモノトーン調のエプロンドレスを着た少女。

 一眼見て、目的の人物らしいと直感を抱きながら、

「――ちょっと、そこのお嬢さん?何をしているのかな?」

と、声をかける。

 突然、聞こえてきた声にビクリと反応を返し、彼女が慌ててこちらの方を向いた。

「お、お前誰だ?紅魔館の奴じゃないな?」

何時の間にか(と彼女は思っている)現われていた、蒼紺色の髪と金色の眼を持つ青年に、彼女は恐る恐るそう尋ねる。

「……そう、だね。とりあえず……今言えるのは、この紅魔館の館主に雇われた何でも屋という事くらいかな。イオ=カリストと申します。以後よしなに……そして、お休み」

「――!?」

聞き覚えのある『何でも屋』という言葉、そして特徴的なその容姿が一瞬にして消えたのを知覚し、肌が粟立つとともに咄嗟に彼女は魔力で補強した箒で迎撃した。

 直後、ギリギリの所で彼の一撃を受け止めきる事に成功する。

「……んー、そんなに遅く振りぬいたつもりはないんだけど……やれやれ、やっぱり腕が落ちたかなあ。結構休んでたし」

ギリギリ……と箒と刀が拮抗する中、イオがのんびりとしかし残念そうな面持ちでそう呟いた。

 その言葉に、彼女は血の気が下がって行くような感覚を覚えつつも、

「……く、こんな力持ってるくせに、腕が落ちただって?何の冗談だ」

「まあねえ……レミリアさんと戦った後、怪我やら筋肉痛やらで結構ベッドの上だったしね。――と、それより君の名前、そういや訊いてなかったね」

「はっ。――霧雨魔理沙。至って『普通の魔法使い』だぜ!」

イオの言葉にそう言い返すと同時に大きく飛び下がる。

 腰の辺りをごそごそと探りながら、何やら不思議な機構をしている、魔力が感じられる道具のようなものを取り出し、こちらに向けた。

「お前がパチェとどんな関係なのか知らないが、邪魔するようなら遠慮なくぶっ飛ばすまでだぜ!」

「――言ったね?じゃ……スペルカードルールで戦ろうか」

あ、ちなみに五枚ね。

 その言葉と同時に、イオはするりと空に浮かび上がると、次々に木や雷、そして風の弾丸を打ち出していく。

「おわっ!?い、いきなりはないだろう!?」

「パチュリ―さんの事も考えずに、盗みに入るような子はこれで十分だよ」

慌てる魔理沙に、イオは淡々と弾幕を張りながらそう言うが、彼女はそれに笑って、

「はっ。違うね。私はただ、死ぬまで借りているだけだぜ!!」

言葉の応酬がなされ、しばらくの間イオと魔理沙の間で弾丸が飛び交った。

 撃って、避け。撃ち返す。

「――さて、じゃあ僕から行こうか」

一瞬弾丸が止まったところで、イオは後方に大きく飛び下がると、光輝くカードと共にスペル宣言をした。

 

――木符『木人形=戦乙女形態(ウッドゴーレム=モード・ヴァルキュリー)』――

 

レミリアとの初戦で用いた、ウッドゴーレムの召喚スペル。

 木で作られた戦乙女たちが、次々に突撃槍に大気の渦を纏いながら突貫していく姿を眺めつつ、イオはどんどん彼女達を創造していった。

 休みなく襲いかかって来るヴァルキュリー達に、しかし魔理沙は箒に飛び乗り危なげなく避けていく。

 そうしてよけながらも彼女はイオの事を忘れることなく、魔力で構成された弾丸を撃ってきた。

 星型や光の球体が主にあるその弾幕達は、見るからに派手であり美しさを競う弾幕ごっこにおいては最高に近い弾幕であろう。

 だがしかし、イオはそんな弾幕など歯牙にもかけずにグレイズをしまくっていた。よく見れば紙一重の部分を、持前の瞬発力であろうか、次々に避けるその様は、『疾風剣神』の異名面目躍如といったところだろう。

「ちょ、避けるスピードが速いって!何をすればそんなに速くなるんだぜ!?」

彼女にとって予想外だったのか、慌てたようにそう叫ぶと、

「ああもう、いっぺんぶち当たれ!!」

 

――魔符『スターダストレヴァリエ』――

 

箒に飛び乗り、イオに向って突貫してきた。

 だが、そんな見え見えな攻撃などイオの敵でも何でもなく、

「――よっと」

結果として彼は何でもなさそうに避けたのである。

 楽しそうに笑いながら、魔理沙に向って、

「ほらほら、当ててごらんよ。でないと、君負けちゃうよ?」

などと言いながら挑発していった。

「うざい!どっかのブンヤみたいにすげえうざい!!」

「あっはっは、ほらほら行くよー!」

両者言い合いをしながらもお互いに距離を取り、ほぼ同時にスペルカード宣言。

 

――雷遁『雷神之鎚=収束型(ミョルニルスパーク=レーザー)』――

――恋符『マスタースパーク』――

 

突如として二人の掲げ持つカードから、同系統と思われる極太のレーザーが照射され、ほぼ同時に激突した。

 互いに拮抗しているそれらの光線に、

「く……!くそ、なんてやつだ……!?」

「んー……ちょっと、こりゃきついね」

両者一歩も譲らず、互いの実力を認め合いながらも込める魔力をどんどん増やしていく。

 そのまま両者ともスペルブレイクするかと思われたその拮抗は、だが、魔理沙の魔力が付きそうになる所で均衡が崩れた。

「――やっべ!ちょ、タンマタンマ!!?」

次第に押されていく自身の光線に、魔理沙は慌てるしかない。

 しかし、

「あ――こりゃだめだ」

その言葉と共に、撃墜される音が響き渡った。

 その機を逃さず、イオはフッと掻き消えると落下地点へと急ぐ。

 

 その先にいた、今まさに地面へと激突しようとしている魔理沙は、体中からすすけたような煙を出しながらギュッと眼を瞑っていたものの、何時までたっても激突の痛みが襲ってこない事に気づき、薄らと眼を開け――直後、大きく眼を見開いた。

 

――目の前で、童顔ながら端正な顔立ちをした、イオの安堵したような笑顔があったからだ。

 

「な……!?ちょ、放せ変態!!」

「(ぴきっ)……言うに事欠いて変態?ねえ、魔理沙だっけ?ちょーっと、反省が足りないんじゃないかなー?」

御姫様抱っこされている事に気づいた彼女の叫びに、笑顔のイオのこめかみに、青筋が立った。

 ただでさえ、命の恩人とも言えるパチュリーの蔵書を盗んでいる上、激突の落下から救ったのにこの扱いをされる。

 いくら温厚なイオであってもこれには憤慨せざるを得なかった。

 故に、

「O☆HA☆NA☆SHI、必要みたいだねえ……!」

凄くイイ笑顔でそう告げるイオに、かなり嫌な予感を感じ取ったのか、魔理沙が慌てて腕の中で暴れながら、

「は、放せ!何するつもりだぜ!?」

と、逃れようとして叫んだ。

 だが、そんな彼女をギュッと抱きしめたイオはというと、相変わらずイイ笑顔で、

 

「――え?何するって……くすぐり?」

 

「――っひ!?や、止めろーー!!?」

広大な図書館に、魔理沙の悲鳴が響き渡ったのであった。

 

――――――――――

 

「――ふぅ」

汗をぬぐい、いい仕事したと言わんばかりに輝いているイオ。

 そんな彼に、ようやく体調が戻ったのか図書館に入ってきたパチュリ―が声をかけた。

「…………えげつないことするのね」

視線の先でびくびくとけいれんしている魔理沙を見つめながらそう告げると、

「え、だってただでさえ犯罪行為してる上に、弾幕ごっこで打ち負かして落ちそうになったのを助けたのに、変態扱いされたんですもの」

 

――少しくらい、罰があったっていいですよね?

 

かなりのイイ笑顔なイオに、パチュリ―と傍について来ていた小悪魔の表情がひきつる。

 中でも、小悪魔の方は痙攣している魔理沙が気になるようで、

「うわ……パチュリ―様、あれ、元に戻るのに結構時間かかりますよ?」

「でしょうね。……はあ、しょうがない。――こぁ?治しておいて」

どうしてこうなったとばかりに溜息をついたパチュリ―は、そう言ってこぁを促した。

 彼女の意向を受け、一礼して魔理沙を運んで行く彼女を見送ってから、

「……まあ、依頼通りに止めてくれたのは助かったのだけど……他に、方法はなかったのかしら?あれでは、あの子のトラウマになってしまうわ」

ちょっぴりジト眼でそう告げ、こちらを見てくるパチュリ―に、イオは静かに笑うと、

「――逆に考えるんです。トラウマ植え付けて、そうそう盗もうとする気持ちを起こさせないようにすればいいんだと」

開き直ったような彼の言葉に、パチュリーは益々溜息をついて、

「そういう問題じゃないでしょうに……はあ、ま、いいわ。困るのはあの子だし、依頼を受けさせたこちらが文句を言うのはあり得ないわね」

やや仕方ない、といった表情を浮かべてから、すぐに真剣な眼差しになって、

「――さて、依頼である侵入者撃退をしてくれたからには、私の裁量の範囲で出来るだけの事はしてあげるけれど……何がいいかしら?」

フッと微笑みながらそう言われ、イオは考えるような表情になると、

「うーん……そう、ですねえ……。――あ、そうだ」

悩むような顔だったイオが、ふと、何かを思いついたような表情を浮かべる。

 そんな彼に、一瞬首を傾げたもののすぐに、

「……なにかしら」

「ええ……あのですね。今、僕はある魔眼を有しているんですけど――」

イオとパチュリ―、そして戻ってきた小悪魔の三人でそう談笑していた頃、魔理沙の方はどうだったのかというと。

 

「――も、もうゆるしてくれぇ……!!」

 

とある一室にて、イオに操られた木の蔦に永遠にくすぐられると言う悪夢を見ていたのであった。

 

――合掌(ちーん)。

 

 



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第十五章「集い来るは人妖の宴」

 

――幻想郷上空より先に存在する冥界。

 其処は、命あるものにとって、けして訪れてはならない禁断の場所であった。

 

――怨嗟の声あげる亡者たち。

――死して後に、魂となりて訪れた亡者たち。

 

其処は、死後の裁判を受ける者たちにとってはある種の待合室と言っても過言ではない。

何しろ、この幻想郷では死後の転生が必ずと言っていいほどに存在しているのだから。

 

 そんな、亡者のみが存在する冥界に、白玉楼と呼ばれる屋敷があった。

 その家主である、見た目からはとても想像できないほどに大食いな亡霊少女と、半人半霊の庭師の少女二人が、その冥界における唯一の住人である。

 つい先だって、イオがこの幻想郷に来る前に発生した異変、『春雪異変』と巷では呼称されているのだが、これの張本人が彼女たちなのであった。

 なぜそんな事をしたのかといえば、彼女たちが住む白玉楼の庭に、春になれど咲かない桜――西行桜――が存在しており、その桜が咲くところをみたいがために起こされた異変なのである。

 とはいえ、今に至っては博麗神社の巫女によって退治され、のんびりと日常を過ごしているのみだったが。

 

「――ようむー?何処にいるのー?」

 

とてとて、とそんな擬音が聞こえてきそうな歩みをしているのは、冥界の主にして白玉楼の家主たる西行寺幽々子。

 何処か、のほほんとした美貌に、ピンク色の髪、そして、何処となく肌寒さを感じさせる薄い蒼色の服と渦模様が一つつけられた帽子を被っていた。

 そんな彼女の言葉に、

「はい、只今参ります―!」

慌てたような声で何処かから妖夢の声が聞こえてくると、どたどたと言う音と共に彼女が現れる。

 見れば、どうしてか沢山の荷物が入っていると思しき大きな風呂敷包みを背負い、腰のあたりに己が得物である楼観剣と白楼剣の二振りを括りつけた彼女が、大荷物で走ったせいか息を切らしていた。

 そんな彼女に幽々子は溜息をつくと、

「も~……遅いわよ妖夢。早くいかないとみんな待ってるじゃない」

「も、申し訳ありません。イオさんに渡したいものがあったものですから」

彼女にぼやかれ、妖夢が慌ててそう言ったのが不味かったのか。

 妖夢の一言に、きらーん☆と眼を光らせた妖夢の主は、

「――あらあら。もしかして、恋文かしら~?」

「な!?ち、違います!ただの依頼状です!!」

顔を赤らめて妖夢が叫ぶが、これは妖夢がわるいだろう。

 何せ、気付かずに誤解を招くような発言をしたのだから、からかわれるのは当然であった。――さらに言うならば、生真面目な彼女が慌てるのが楽しくて幽々子が遊んでいると言ってもいいだろう。

 結局のところ、彼女は愛され体質なのであった。

 

「そ、そんなことより、早く参りましょう!皆様、御待ちでいらっしゃるんでしょう!?」

「……むぅ~……仕方ないわねえ。じゃ、行きましょうか――博麗神社へ」

そう言うと、幽々子はいつの間にか持っていた墨染色のセンスを広げると、にこやかに笑っているその口元を覆うのであった。

 

――――――――

 

――博麗神社。

 紅魔館の面々が引き起こした『吸血鬼異変』並びに『紅霧異変』、そして白玉楼の面々が引き起こした『春雪異変』があってから、少なくとも異変の後に宴会を開くのが常になっていた。

 幻想郷内において中立の立場をとる博麗神社によって退治された彼女たちは、大抵此処で宴会を開くのが当たり前のようになっていて、神社の主たる博麗霊夢は頭を悩ませていたりしていると言う。

 ただ、今回之宴会は、そんな異変を起こした者たちにくわえ、ある新参者がここに来ていた。

 

「――ふぅ。こんなに大量の料理を作る事になるなんて初めてだよ」

 

言わずと知れた、人里の何でも屋にして『疾風剣神』の異名持ちのイオ=カリストである。

 ただ本来であれば、彼はここ厨房ではなく宴会にて肴を突いていたりしている筈であったが、紅魔館のメイド長、そして白玉楼の庭師の二人が余りにも忙しそうにしているのを見て、居てもたってもいられなくなり、こうして厨房にて腕をふるっていたのであった。

「……本当に、ごめんなさいね。本当だったら、貴方の歓迎の宴だったのに」

そう告げたのは、困ったように眉を下げた、紅魔館のメイド長である十六夜咲夜である。

 かなり申し訳なさそうな彼女の様子に、今もなお目の前の中華鍋と呼ばれる代物をふるいながら、

「大丈夫、構わないよ。紅魔館の人たちにも、霊夢ちゃんにも、いろんな人にお世話になってるからね。今回はむしろ、いい恩返しになると思ったからさ」

と返し、よいしょっと声を出しながら一層中華鍋を大いに振るった。

 中に入っているのは、米を原材料とした炒め物であり、美鈴の故郷では炒飯と呼ばれる代物であるそうだが、こんがりと狐色に炒められたそれは、香ばしいにおいを辺りに放っている。

その様子を見て、

「……なんか、滅茶苦茶料理がうますぎませんか……!!?」

戦慄したような表情で、冥界の庭師、魂魄妖夢がガン見でイオの料理姿を眺めてそう言うと、

「んー、旅先だとどうしてもねー……干し肉とか、干した果物とかになっちゃうからさ。それが嫌になっちゃってね、料理は結構研究したよ。学院に通ってた頃は、一緒に旅した親友とかは、すごくおいしそうに食べてくれた覚えがあるなあ」

若干、遠くなってしまった故郷に思いをはせながらも、それでも振るう腕は止まらず、あっという間に大盛りの炒飯の一皿が出来上がった。

 鍋にあるそれを、大皿に移し終えたイオは一息ついてから、

「さて、と。次は何を作ればいいかな?咲夜さん」

「……イオ。私、その呼び方でなく普通に呼び捨てで構わないと言ったはずだけど?」

「いやいや、何を仰るメイド長。基本的に僕は紳士ですから、普通に呼び捨てなんて出来る筈がないじゃないですか」

ジト眼で見つめてくる彼女に、イオは笑ってそう告げる。

――ただ、そういう割には、若干、冷や汗のようなものが流れているような……?

妖夢がこっそりと、イオの顔を見ながらそう思っていると、咲夜が何かに気づいたような素振りを見せた後、

「――もしかして、年増に見えるとか言いたいわけ?」

ジャキッ、とナイフを瞬時に取り出し、イオの首筋に突きつけながらイイ笑顔でそうのたまった。

「!?い、いやそんなわけないじゃないですか!――ただ、凄く、完全で瀟洒に見えるというだけで」

「それ結局ほめてないし誤魔化せていないわよね……?」

「ヒィィイイイ――――――!!?」

「さ、咲夜!?ちょ、血!血が出てるってば!!」

暗雲漂う紅魔館のメイド長の笑顔と共に、薄らイオの首筋に血がにじみ始めた所で、大慌てで妖夢が抑えるのであった。

 

――――――――

 

場所は変わり、博麗神社の境内。

 既に宴会場と化しているその場所で、命からがら逃げ切ったイオは、首をさすりながら自分の作った料理を味わっていた。

「……ふぅ、もう咲夜さんてば……容赦なさすぎですよう」

疲れたようなその言葉に、応えが返る。

「――どう見ても、貴方の自業自得でしょう?女性に対する礼儀がなっていないと言わざるを得ないわ」

「いや、僕はそんなこと一言も言ってないですよレミリアさん!?ただ、凄く完全で瀟洒に見えると言っただけなのに……どう思いますパチュリ―さん?」

 

「――有罪ね。あの子は結構自分の見た目を気にしているんだから、言っちゃあ駄目よ」

 

むしろこっちに振るなとばかりに、パチュリーはここでも本を読みながら、そうイオに突っ込んだ。

「……はぁ。僕、女性に対してそんなこと言わないのになぁ……」

「ま、仕方ないんじゃないの?貴方だって、その見た目で二十歳半ばでしょう?かなり子供に見られていたんじゃない?」

若干、意地悪そうな笑顔のレミリアがそうイオに尋ねると、その言葉に触発されたのか、フランドールが酒を飲んだせいで頬が若干赤らんだ状態で、不思議そうに首をかしげて、

「イオ兄様が、年相応に見られたことってあるのー?」

「……五百年も生きられていてその姿な貴女方に言われたくないんですが……ああでも、向こうの世界でもガキ扱いされたなあそう言えば」

餓鬼が此処にくんじゃねえよとか、なんで此処に餓鬼がいやがるんだとか……。

黒歴史とも言える記憶が呼び覚まされたのか、酒も飲んでいないのに次第にハイライトの眼になってぶつぶつと文句を呟き始めた。

「あははイオ兄様、変なのー♪」

既に酔っ払い始めているのか、フランドールがきゃはは、と楽しげに笑っていると、レミリアが頭に手をやりながら、

「ああもう、フランも苛めない。――それで、イオ?そう言えば以前まだ館にいた時に、此処に来た時の事……教えてもらったわよね?」

「?ええ、慧音先生から、もしかすると八雲紫と言う人が僕を連れてきたんじゃないかとか言われました」

突然の言葉に、イオはキョトンと首をかしげてそう告げると、レミリアは少し考えるようなそぶりを見せながら、

「――もしかすると、あのスキマの大妖が此処に来ているかも知れないわね」

「……此処に、ですか?」

彼女の言葉にびくりとイオの体が反応した事に気づいているのかいないのか、レミリアは考える素振のまま、

「ええ。大体、こういう時の宴会って、ほぼ皆が集まって来ているからね。多分、いると思うわ」

「――そう、ですか……有難うございます」

唐突に立ち上がり、すたすたと立ち去って行くその姿を見送りながら、パチュリ―が深いため息をつくと、今まで呼んでいた魔導書をぱたんと閉じて、

「……レミィ?気づいているでしょう、イオの事」

と、やや呆れたようにそう尋ねる。

 すると、今まで普通にイオに接していた筈のレミリアが、ニヤリ、と悪魔のような笑顔を浮かべて、

「――気づいていない訳、ないじゃないかパチェ。たまには、あのスキマも痛い目に会った方がいいんだよ。……ま、最もどういう態度で接するのかまでは、イオの自由だけどね?」

そう言って、紅魔館の主としての威厳を解き放つのであった。

 

――――――――

 

「……あら、イオじゃない。こっち来なさいよ」

何処となく、ぼんやりとしたような雰囲気で歩いているイオに、ふと、そんな声がかかった。

 聞き覚えのあるその声に、イオはその方角へ眼をやると、

「あぁ、霊夢ちゃんか。……ねえ、何かお酒臭いんだけど……もしかして、もう酔っ払ってない?」

と、呆れたように、目の前の酒臭く頬を赤らめた霊夢にそう告げると、

「あによー、別にいいじゃない。いつも世話になってる仲でしょー?」

ひっく、としゃくりあげる彼女に、イオははぁ……とため息をつくと、

「そりゃねえ、商売繁盛と安全祈念のためによくここにきて賽銭納めてるけどさ」

尚も呆れたまま、それでも彼女のそばに行き差し出された盃を手に取ると、グイッと勢いよく呷る。

 その様子に、霊夢が悪戯っぽく笑うと、

「あら、いい飲み方するじゃない。いつになく男らしいわよ?」

「ねえ……その言い方だと、僕普段女々しい奴みたいじゃないか。全く……単に、やけ酒をしたくなっただけだよ」

霊夢のからかいに、イオはいつになく静かな眼でそう呟いた。

 そんな彼に、霊夢が同じように静かな目つきになると、

「……今でも、帰りたいと思ってる?」

「――あたりまえだよ。おそらく、此処にいる誰よりも、幻想郷に住む誰よりも、ね。殊更、訳も分からず連れて来られた時は、特に」

何かに対して怒りを零しているかのように、淡々としたイオの様子に、霊夢はふーんと言いながら明後日の方角を見やる。

――そして、

「まぁ……そうよね。――ねぇ、アンタが帰れない理由、教えてあげるわ」

「……は?」

何物にも捕らわれない。

 その特性を持つ彼女が、何の理由か、盃を抱えつつ彼が此処にいる理由を告げようと言うのである。不審に思っても仕方無き事ではあった。

 訝しげにイオが見つめてくるのに頓着せず、霊夢は相変わらず明後日の方を見ながら、

「――もう、気付いているかも、知っているのかも知れないけど。イオ、アンタは紫にこの幻想郷に連れて来られた。アンタの意志も何も確認せず、ね。……しかも、更にあり得ないのが、元々この幻想郷の外に広がる世界とは別の異なる世界から、というのが、よ」

言いながらクイッと己が盃を飲み干す。

 そのまま、トクトクと盃に新たな酒を注ぎながら、

「アンタが紫に対して思う所があるかもしれないけれど、これだけは言っておくわ」

 

――紫は、何の理由もなく人を誘ったりしない。

 

確信が込められた彼女の言葉に、イオは少し眼を丸くするが黙ったままだった。

 そんな彼に構わず彼女は言葉をつづける。

「……アンタが能力持ちだと言うのもあるかもしれない。だけど、根本的な理由が一つ、あるのよ。――アンタが、幻想の存在かも知れない、という理由が」

「…………ねぇ、僕の耳がおかしくなったのかな?今、あり得ないような言葉が聞こえてきたんだけど」

到底、荒唐無稽にしか聞こえない彼女の言葉に、イオは何処となくこわばった表情でそう尋ねると、

「……現実逃避しても、事実は事実よ。アンタは、幻想の存在。恐らく、アンタの中に見え隠れしているそのもう一つの能力が、アンタの本質」

と、そっけなくもイオに言い聞かせるようにして霊夢がそう告げた。

 くしゃり、と顔をしかめさせたイオが叫ぶようにして、

「っ馬鹿じゃないの?あり得ないだろそんなこと。もし、僕が幻想の存在だったら、なんで今更そんな事を言われなきゃ「アンタがいたのが異世界だったからよ」――は?」

まくしたてるイオの言葉を遮り、端的に告げた霊夢の言葉に、ぽかんと口をあける。

そして、次に放たれた言葉が決定的だった。

 

「……もしかすると、イオの中ではもう気づいている事かも知れないわ。アンタの世界で、もし幻想郷に来るとしたらどんなものが流れ着くのか……なんてね」

 

「へ?…………まさ、か……!……そんな、筈は――!!?」

「…………どうやら、思い当たる節、あるみたいね。何、それは?」

愕然とし宙を見つめるイオに、そう霊夢が促すと、

 

「――『龍人』。向うの世界では、もう伝説としか言いようのない幻の存在……とは、僕の見つけた古文書にはそうあった。色々と、存在自体が反則だって書かれているくらいに、他の亜人種と比べて別格の存在であること。……不老不死に加えて、身体能力が一番高く、かつ強靭な肉体を有しているとか、後は……『龍』に、変化出来るって。……本当かどうかは、分からないんだけどね」

 

「――ふうん、だから、か。……イオ、アンタの中……多分、『龍』が住み着いてる。なーんか、影みたいでよく見えないけどさ、どーも寝てるみたいね」

「…………は?」

自身が幻想の存在である、などと衝撃的な言葉を告げられ、更に自分の心の中に龍が住み着いていると言う彼女。

「いやいやいや……ちょっと待って。君、おかしいこと言ってるって気づいてる?」

冗談通り越してもはや笑い話にしかならないその言葉に、イオは頭を振りながらそう言うが、彼女はそれにふん、と鼻を鳴らすと、全てを見通すような瞳でイオを見ながら、

「信じるも信じないもアンタの自由よ。もしかすると、アンタが龍人の中でも上位に食い込む龍の因子を持っているかも知れないじゃない。そうだとしたら、この幻想郷の中においてはかなり重要な位置を占めてくるわね」

「いや、だからさ……そんなの分かるわけないだろ?そりゃあね、こんな見てくれだし、十三歳までの記憶がないからさ、生まれを気にした事はあったよ?でも……そんなの関係ないじゃないか。養父さんに育ててもらった、それだけで生きてきたんだから」

頭を乱暴に掻きながら、いらいらとしてイオがそう告げると、霊夢が深々と溜息をついて、

「――はぁ。そりゃ、アンタが言うならそうなんでしょう。でもね、聞いておきなさい。この幻想郷で『龍』という存在は、かなり重要な位置を占めてる。アンタは知らないだろうけどね――――支配者として存在してるなんて、ね」

 

「――あらあら。霊夢ったらなかなかに口が悪いわね」

 

音もなく。

 するりと目の前に現れた女性――不思議な意匠が編まれた紫色の服装――は、そう言って、不思議な雰囲気を持っている扇子で口元を覆いながら、顔の上半分でも分かるほどに胡散臭い笑みを浮かべていた。

 余りに自然にかついつの間にか現れた彼女に、イオは呆けて固まっていたが、彼女の正体に勘付くとともに、一瞬にして飛び下がり、チャキリと腰に透け付けたままの二振りの刀、双刀『朱煉』に手をかける。

「――八雲、紫――――!!」

ただ、その眼に堪え切れない憎悪と悲痛を載せて。

 

 




どんどん投稿ですよー!
ヒャッハー!!


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第十六章「その金眼が向うは隙間の大妖」

 

「――何故、貴様が此処にいる」

流れ着きて一カ月過ぎ、幻想郷の実力者にふさわしき圧倒的な殺気と威厳。

 その様子は奇しくも彼自身を、王者の様に見せていた。

「先ほど、吸血鬼に言われなかったのかしら?探してごらんと。――まぁ、最も、探したところで容易に見つかるつもりもありませんでしたが」

くすくす……と笑いつつ、尚も扇子で口を覆いながらそう告げてくる紫に、イオは普段からかけ離れた気迫で以て応じる。

「……ふん、どうだか。大方、能力でも使って何処かからこっそりとのぞき見でもしていたんじゃないのか?あれこれ謀を巡らすのは、さぞ楽しかろう?」

レミリア達紅魔館の面々や慧音に向けている普段の言葉使いとは異なり、今のイオは目の前に存在する敵に対して、その扱いが相応しいとばかりに辛辣であった。

「おやおや、随分な物言いです事。それほど気に入りませんでしたか?」

若干、眼を細めながらそれでも胡散臭い笑みを止めずにニヤニヤとしてイオを見つめる。

 そのまま、二人が硬直したようににらみ合っていたが、

「――気持ち悪っ」

唐突に、そんな霊夢の声が聞こえた事で、一気にその空気が弛緩してしまった。

 静かに頭を抱えたイオは、

「…………ねぇ、霊夢ちゃん。今凄く緊迫した空気だったんだけど?」

「知るかそんなこと。私が言いたいのはね、何時になく紫が今回の外来人の騒ぎで妙に真面目な雰囲気出してるのは何でなのってこと。全く、気持ち悪いったらありゃしない」

「き、気持ち悪いって……!また、気持ち悪いって……!!」

(……流石にこれは同情する)

どうやら、普段大切にしているらしい霊夢からの暴言で、半ば泣きそうな表情になっている紫に、イオは顔を引き攣らせながらも同情の思いを抱く。

 そんな彼らに構う事無く霊夢は、

「大体ねぇ、今イオが紫を睨んでるのだって、紫の自業自得じゃない。何をそんなにイオに執着してるの?ほら、とっとと答えなさいよ。コイツ、アンタの胡散臭さと違って、いっつもお賽銭入れてくれるし、何やら人里でも人気者みたいだし。ちっとは恩返ししたいとは思ってたとこなのよね」

(……まさか、お賽銭入れてくれるだけでそう言ってるわけじゃないよね?)

酔っ払っている霊夢が指を折りながら、イオの長所を挙げていく姿に、若干腑に落ちないながらもイオが黙って聞いていると、

 

「――っと、そうそう。これもあるわね……こんな目に遇っていてさえ、それでも幻想郷で暴れてたりしてないわよ?」

 

(――おぅふ)

思わぬ最後の言葉に、イオは凍りついた。

 だが、現実は非情である。

 そんなイオに構わず、紫と霊夢は各々談笑していた。

「……全くもう、霊夢には負けたわ。しょうがないから、そこの外来人には後で出来るだけの便宜を図る事を約束する」

「ええ、そうしなさいよ。でないと、また気持ち悪いを連呼する事になるわよ」

「絶対にさせていただきますわ」

無駄にキリッとしながら紫がそう告げるのに、霊夢ははいはいと手を振りながらそう告げるのみ。

 しかしイオはそんな事よりも、

「…………あ、あの……ちょっと待って下さい。先日、レミリアさんと戦ったのは、暴れた内に入りません?」

かなり冷や汗をだらだらと流しながらそう尋ねたイオに、二人はそう言われて初めて思い出したかのような表情になると、

「いや、あれは違うでしょ?なんか戦ってたみたいだけど、あの後何日か経ってレミリアが来てさ、イオに依頼をして戦っただけだから気にするななんて言ってたけど?」

「それに、そもそもあの吸血鬼の親友である魔法使いが結界を強固に張っていただけあって、この幻想郷の結界には何一つ作用していませんわ。ただ、知らないようですから申し上げておきますが……ここでいう暴れるというのは『異変を起こす事』……ただ、それだけにつきます」

もしやってしまえば……霊夢が出動する事になりますので。

(――それはマジ勘弁!!)

異変というのは何だか知らないが、『霊夢が出動する』というその言葉だけで、どんなに厄介事なのかをイオは悟った。

 なにせ、今はこうして酔っ払っているものの、一度自分が気に入らない事をされた場合は、すぐに陰陽玉が飛んでくるのである。

 とはいえ、肝心の異変の事が分からなければ、その対処もしようもなかった。

 故に、

「……あのぅ。そもそも、異変って何なんですか?」

此処に来た当初から、慧音やレミリアなど色々な人物に会ってきたが、それっぽいようなことを言っているのはパチュリ―だけだったのである。

 とはいえ、そんな彼女さえも異変が何なのかさえ言ってくれなかったが。

 そんなイオの困惑の言葉に、霊夢が少し面倒そうな表情になって、

「あー……平たく言えば、妖怪とか人外の悪戯とか、我儘で起こした現象の事を云うんだけどね。最近何かだと……亡霊が起こした『春雪異変』かしら」

「呼んだ~?」

噂をすれば影と言うのだろうか。

 霊夢が言い終わってから直後、突然一人の女性が宙からにじみ出るようにして出現し、ぎょっとイオを驚かせた。

 そんな彼に構わず、霊夢が彼女を見て一言。

「あら、亡霊じゃないの。丁度、アンタの事話してたのよ」

「もう、霊夢~?確かに、私は亡霊だけど……西行寺幽々子という名前があるのよ~?」

そう、のんびりとではあるがしっかりと訂正するように告げたその女性は、不可思議な意匠、そして周りを漂う冷気のような靄を漂わせているほかは、普通の女性のように見えた。

 と、そこで今まで驚きで硬直していたイオが、

「って、は?亡霊?え、本当に……?」

どう見ても、ピンク色の髪であること以外はただの女性にしか見えない彼女に、驚愕の表情を浮かべたままイオがそう尋ねると、紫は自慢げに笑って、

「ええ、私の大切な親友で、冥界を管理しているのよ」

「…………あっはっは、まっさかー。だって、どう見ても可愛らしい女性にしか見えな」

「あらあら、嬉しい事を言ってくれるわね~。妖夢が言ってた通りに、凄く、礼儀正しい子なのね~?」

ホンワカとさせるような声でイオの言葉を遮り、彼女――幽々子は、頬を赤らめながらいやんいやんと、手や首を振っている。

 そんな彼女の言葉の中に、知り合いの名前を聞き、この人が妖夢の上司にあたる人物であると、ようやくにしてイオは実感した。

「――はぁ。まさか、ね……最早、何でもありじゃないですか幻想郷」

同時に、この世界がいかに幻想で満ち溢れているのかを再確認した彼は、動揺と共に頭を抱えてしまう。

 そんな彼の様子に心底楽しそうにして、

「えぇ、そうでしょう。幻想郷は、何もかもを等しく受け入れるのですから」

クスクス笑い声をあげながら、紫はそう告げたのであった。

 

――――――――

 

 妖怪や人外が騒ぐ宴会場の外。

 はるか上空において……ある存在が、広く、薄く、方々に散って偏在していた。

 其れが見つめる先で、博麗霊夢と八雲紫……そして、何でも屋であるイオ=カリストが談笑している。

 ふと、そんな彼らを見つめながらその存在が口を開いた。

「――へぇ。戦いになるかと思ったけど、巫女が止めちゃったか。……あの吸血鬼との戦いは、波動こそ感じられたけど全然中が見えなかったからねえ」

若干、残念そうにつぶやくその存在は、瞬時にしてその意識を切り替えると、

「ま、仕方ない。――当初の計画通りに、みんなを引きずり出そうじゃないか」

 

――楽しんで、くれるといいねぇ。

 

何処か、幼くも感じられるその声が消えたと同時。

 薄く広く偏在していたその存在は、すぅっと、煙の様に掻き消えたのであった。

 

 

 



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第十七章「飛びゆくは太陽咲き誇る畑」

この章では、ある原作キャラとの出会いがあります。
 想像できる人は……いる、かなぁ?
 それではどうぞ。


「――ふぁああ……ったた……」

大きな欠伸を洩らしながら、同時に襲ってきた頭痛に頭を悩ませるイオ。

 間違う事無きその頭痛は、ここ最近突発的に起こっている宴会による二日酔いであった。

(……ああもう、何でここ最近宴会ばっかりあるのやら。そろそろ、本業の方にまで影響しそうなくらいなんだけど)

ずきずき、と痛む頭を抱えつつ、とりあえずイオは朝食を作ろうと台所に行く事にする。

 二階にある自室から、ぎしり、ぎしり、と階段を軋ませながら降りていき、さて、今日も頑張ろうかと思いながら台所をのぞいた時であった。

「……ん?」

頭痛のせいか、はたまた寝ぼけていたためか、そこでようやく誰かが台所に入り込んでいる気配を感じ取り、イオは寝ぼけ眼をぱちくりとさせる。

 不審に思いながらそちらの方へ体を向け近づいてみてみると、

「――何してるの、ルーミア」

「みゃっ!?」

こそこそと、何かを探し求めているかのように動く、宵闇の妖怪がいた。

 ぎぎぎ、と軋むような動きでイオの方へ顔を向けた彼女は、引きつったような笑顔を浮かべて、

「……あ、あはは……お、おはようイオ」

「うん、おはよ。――で、何してるの?」

愛想笑いでごまかそうとしている彼女を、

『逃しゃしねえぞ?』

とばかりに不機嫌そうな面持ちでねめつける。

――実際の所は、単に眠いのと、頭痛に悩まされているだけなのだが。

 彼女の方はそうはとらなかったようであり、ビッシィッ!と何処ぞの軍隊張りにきれいな敬礼の姿勢になると、

「お、お腹が空いてしまったのであります、サー!!」

「いや僕は将軍じゃないし。――はぁ……食事。作るからちょっと待ってて。すぐに用意するからさ」

凄く眠そうに、だがシッカリと彼女のボケには突っ込むと、イオは欠伸を噛み殺しながらもかなりの手つきで料理を手早く作って行った。

 とはいえ、彼の魔法適正の中では火行の適性はほんの少ししかない為、そこら辺はルーミアに手伝ってもらって、妖力で火を形成した後になってしまうが。

「――ほいっ。よっと」

人里で見つけたフライパンや鍋を動かしながら、イオが味噌汁やスクランブルエッグを作っていると、

「……(ダラダラ)」

「……ルーミア。お腹が空いているのはその様子で十分わかったから、お皿用意してくれる?でないと、何時まで経っても食べられないよ?」

イオの振るうフライパンを見てよだれを垂らしまくっている彼女に、イオは苦笑しながらそう告げた。

「うー……だって、美味しそうなんだもん」

「はいはい、嬉しいけど速く、ね?」

くすくすと笑うイオにあっかんべーをしながら、それでもルーミアはイオの言うとおりにお皿を居間のちゃぶ台に並べていく。

 すかさずイオがその後を追って皿の上にスクランブルエッグ等のおかずを順においていった。

 そして、二人して朝食を摂ろうとし始めたその時である。

「あややや、おはようございますイオさん!今日も宴会ですよー!」

「おいこら何処から這入って来たの君」

何時の間にか入り込んで勝手にお茶を飲んでいた射命丸に、イオは思わず突っ込む。

 パタパタ、と黒翼を動かしながらはふぅ……と人の家にありながらかなりリラックスしていた。

「……ていうか、お茶勝手に入れちゃってもう……しかも、一番いいのだし」

はぁ……と、食べながらイオは射命丸のこの傍若無人振りに、深いため息をつく。

 だが、そんな彼に射命丸はからからと笑って、

「いやー、頂いてます♪」

「開き直るな。……で?どうしたの今日は。なんか、また宴会なんて言葉が聞こえたように思うんだけど」

「ええ!まさしくその通り!今夜満月ですからね、また皆さんで集まって飲もうと言う事になったみたいですよ?」

「……またぁ?いい加減、二日酔いばっかりで結構きついんだけど」

「いやいや、そんなに顔色蒼くさせていないのに何を仰いますか。知ってるんですよ?イオさん、ご自身の能力で、自分だけお酒の酒気から逃げ切ってるって♪」

「……あのねぇ……言っておくけど、万能じゃないんだよこれ」

そう、イオは疲れたようにそう告げた。

 それもそのはず、もともとイオはこうした使い方を想起していなかったのである。

 たとえここ最近、空中の大気を押し固めて飛んだりすることはあれど、流石に自身の体調に対する策など、浮かばなかったのであった。

「……全く、これが使えるなんてわかったのほんのちょっと前なんだよ?なのに、また宴会あるなんて……これはあれかい?僕に酒の飲み過ぎで身を滅ぼせとか言うつもりかい?」

むしゃむしゃと、サラダを頬張り噛んで飲み込んでからそうイオが文句を言うと、

「えー……だって、料理食べたいのにー(チラッチラッ)」

ちらちらとこちらを見ながら言った彼女に、イオはいらっとしながらも、

「――へぇ、そうかい。じゃあ依頼になるね?言っとくけど、もうまけるつもりはないよ?」

とイイ笑顔でささっと金額が書かれた紙を出しながらそうのたまうと、

「えー!?そんなに金とるんですか!?」

と、射命丸はその金額に驚愕し、卓袱台に手を叩きつけながら叫んだ。

「あたり前でしょ?たまにする宴会だけだったらまだ話は分かるけどさ。ここんとこほぼ三日おきで宴会起きてるよね?言っておくけどさ、僕はなんでも屋ではあるけど、流石に人里の皆を差し置いて、宴会料理ばかり作っていくつもりは毛頭ないよ?」

「うー……そこをなんとかお願いできません?実のところ、皆さんに安請け合いしてしまったんですよう……イオさんをなんとか宴会に引っ張り出してくるって」

「自業自得だよねそれ。とにかく、今日は休ませてもらうよ。慧音先生にかなり睨まれてて、結構肩身が狭いんだからさ」

話は仕舞いだ。

 そう言いたげに打ち切ると、今度こそイオは朝食を全て食べ始めた。

 

 にべもないイオの様子に、うう……と、涙目になって顔をうつむいている射命丸の服の裾を、ちょんちょんと誰かが引っ張る。

 言わずもがなルーミアなのだが、彼女は不機嫌そうなイオとは対照的に、キョトンとしたように射命丸を見つめていた。

「……ねぇねぇ、文。どうしてイオにばかり頼むの?そんなにイオの料理っておいしい?」

「――そりゃそうですよ!あの紅魔館のメイドである咲夜さんや、いつも大量の料理を作り慣れてる妖夢さんとかが絶賛するほどの料理なんですよ!?」

そりゃ、毎回宴会で食べたくもなるじゃないですか!

 こぶしを握り、ガッツポーズをするように告げる射命丸に、食べ終わったイオは、

「……本気で言ってるの君たち?いくらなんでも僕の料理だけがうまい訳じゃないでしょ?」

「それは確かにそうなんですけれど……評判が、はっきり言って高いです。妖怪は普段人肉、そして人間の感情を糧にしている者が多いのですが……あのイオさんの料理を食べた後全員が全員絶賛して、むしろ、御持ち帰りしたいくらいだとか仰っている人もいました」

「――何だって?ねえ、ちょっと。僕の聞き違いかな?『御持ち帰りしたい』って言った?――――『何』をだい?」

聞き捨てならない言葉に、イオはジト眼になって射命丸を見やる。

 もし、その言葉が『物』であるのか『人』であるのかで、彼女、そして今後宴会に出てくる人外に対する扱いを決めるつもりだったからだった。

 イオの言葉に、射命丸は一瞬しまった、という顔になると、

「いやー……馬鹿な事を言わないで下さいよう。もちろん、『料理』の方ですよって」

「――ねぇ、射命丸?あのさ……隠し事は、だめだと思うんだ♪」

「あっきゃああああ!!?」

一瞬にして射命丸の背後に回ったイオが、全力でアイアンクローを彼女の頭に見舞ったために、激痛で射命丸が悲鳴を上げる。

 そのままギリギリ……と締めあげながら、イイ笑顔で、

「ほら、さっさと吐かないと、脳漿ぶしゃーだよ?」

「ひぃ!?言います言いますから!その手を止めてぇええ!!?」

何時にない自身の頭の危機に、必死になって射命丸が止めたのであった。

 

――――――――

 

「……はぁ。死ぬかと思いました」

「冗談。そんな簡単に君たち妖怪は死なないでしょ。精神によって形作られているものなら特に、ね」

ぐてー、と卓袱台上で体を伏せている射命丸に、イオは片付け終えた後の仕事にしている、服の繕いをしながらそう告げた。

「……全く、まさか『僕』の方を御持ち帰りしたいなんて言ってたやつが居たとはね……これは一回、彼女たちとの関係を見直した方がいいかな」

幾ら問い詰めても、射命丸はその事を云った人物の名前を出さないし。

などと、ジト眼で彼女を見ながら文句を言うと、

「勘弁して下さいよぅ……言ったら私が死にますって。ていうか、いいですかイオさん?貴方、思っている以上に皆さんに人気なんです。」

人里にも、人妖の人たちにも、ね。

そう言うと、ぐったりとしたまま、射命丸はイオの評判をつらつらと述べていく。

 

いわく、神秘的な輝きを放つ金色の眼と、幻想郷にはない海のような色の髪。

いわく、だれにでも穏やかに、それでいてたまにはっちゃけて笑わせる。

いわく、何でも屋としてはかなり良心的な価格の依頼報酬の事。

いわく――――二十五歳という、童顔めいた見た目からしてかなりの好物件。

 

「……ねぇ、世迷い事を言うのこの口?ねえ、この口?」

「ひたいひたい、いほさんひたいですよぅ」

ぐにぐにと、今度は射命丸の頬を両手でひっぱりあげながら、イイ笑顔でイオが言うのに、引っ張っている手を叩きながら射命丸が抗議した。

 既に涙目になっている彼女が、引っ張られたままそれでも言おうと、

「ひゃって、いほさん。こっひきてかあおんだけめでっあとおほっえるんえすか!?」

「ごめん、言っている言葉がよく分からない」

なんとなく、言っているであろう内容には推測がつくが。

「うー……あったらはなしてくだひゃいよぅ」

「はいはい……で、どんだけ目立ったと思ってるんですか、だったっけ?」

「そうです。……もう、すごく痛かった」

慰謝料を請求せざるを得ない、などと世迷い事をまたもや口にしている彼女に、イオはにっこりと笑いながら、

「いやー、ゴーレムの事だったら申し訳なかったね。あれ、楽しくてさ」

「……むぅ、イオって、かなり子供っぽいね」

と、楽しげなイオに対し、射命丸と同じように卓袱台に突っ伏していた、見た目が子供なルーミアがそう言うと、イオは苦笑して、

「それ言われちゃうとねえ……否定できないけど。でも、わかんないかなー?今まで殺伐とした世界にいたせいか、こういう楽しいことがどうにもねえ」

結果として、あんなに人間そのものなウッドゴーレムを創り出してしまったのだと、イオは笑いながらそう告げる。

 その様子に、ようやく元の様子に戻った射命丸が頬を抑えながら、

「それ、何か分かる気もしますけど……なんで、私が頬を引っ張られなきゃいけないんです?」

涙目のままジト眼になるという器用なことをやってのけながら、射命丸はぶつぶつと文句を呟いた。

「だって、聞きたくもないような言葉を言われたんだもの。それに、この間、僕への迷惑も顧みずに紅魔館の窓から飛び出していった分も含めてね」

「あれ!?わりと自業自得だった!?」

今更ながら叫ぶ射命丸に、イオは深いため息をついてから、

「……さて、と。まあいろいろと事情が重なってるから、今日の宴会は出れないと言っておいてくれる?」

「うー……やっぱり無理ですか?霊夢さんとか、魔理沙さんとか、アリスさんとかに怒られちゃうんですけど」

「――待った。なんでその三人だけピックアップした?」

再びジト眼になったイオは、そう言って射命丸にずいっと詰め寄る。

「えぅ!?い、いやだなあイオさん別に何でもないじゃないですかあははは」

「……はぁ。ま、いいけどさ。よいしょっと……じゃ、ルーミア留守番お願いね?今日、なんか慧音先生から授業とは別に依頼があるらしくてさ」

そんな事を言いながら立ち上がると、かちゃ、と流しの桶に皿を漬けてから、普段から使うようになった二振りの刀『朱煉』を腰に括りつけると、からからから……と玄関の戸を開き出て行った。

 あとに残された二人はと言うと。

「……どうしよ、ホントに」

「…………まあ、なるようにしかならないんじゃない―?」

打ちひしがれている射命丸と、おっとりのんびりとしたルーミアと言う対照的な図が生み出されたのであった。

 

―――――――

 

「――つまり、『太陽の畑』という所に行って、花の種を分けてもらってきてほしい……という依頼ですか?」

「あぁ。『四季のフラワーマスター』と呼ばれている風見幽香という女性なんだが、この幻想郷においてもトップクラスの古参の大妖怪でね。とはいえ、以前からちょくちょく人里に来ては花屋に寄ったりしているんだ。かく言う私も、出会った当初はちょっと険悪だったんだが、幾度も話をして行くうちに花の話題で盛り上がるようになった。それはもう、色々な花の話題を、な」

そう言う訳でね、今度子供達に花の育て方を教示したいものだから、行ってきてほしい。

 何時ものように生真面目な顔つきで、慧音が深々と頭を下げると、イオはにっこりと笑って、

「ええ、構いません。正直、ここ最近の宴会続きにはもう辟易していたものですから。こういう依頼でもない限り、かなりの割合で料理を作らされてたと思います」

いや、どちらかというと苦笑に近い笑みを浮かべてイオはそう言った。

 そんな彼の言葉に、頭を上げた慧音は少し顰め面になって、

「むぅ……確かに、そうだろうな。私も君の料理を食べさせてもらったが、あのおいしさは結構病みつきになると思うぞ?」

「……そうですか。射命丸の奴、嘘を言ってるわけじゃなかったんだ」

正直、いつもの新聞ネタの様に誇張しているものと思っていたイオは、かなり意外そうな面持ちになってそう呟く。

 その言葉に、慧音は苦笑すると、

「まぁ、あの鴉天狗も普段はふざけているがな……記事に対する思いは純粋だと私は思っているよ。とはいえ、誇張に誇張を重ねたものは流石にだめだが。……ま、とりあえずだ。風見幽香に対する注意をすこしばかり言っておくよ」

 

――絶対に、失礼な態度は出すんじゃないぞ。

 

「いやだなあ……それなりに気心の知れた人ならともかく、初対面で失礼なことしませんよ僕は」

至極真面目な顔つきになった慧音に言われ、それでもイオはおっとりと笑った。

 その様子に、慧音は呆れたように首を振ると、

「あたり前だろう。どうにも君から子供のような気配をかなり感じるからな。普段寺子屋の授業でやっているのと同じ態度で彼女をからかうんじゃないぞ?いいか、これは振りじゃないからな?彼女は、古参の大妖怪であるだけあって、かなりプライドが高い。しかも、彼女自身が花の妖怪であるせいか、彼女の目に入る範囲で花に何かしてみろ。すぐに消し墨にされるからな?」

ただでさえ、レミリアとの戦いで人里まで魔力の波動を飛ばしたのだから当然だろう?

「あれぇ!?僕、どれだけ信用ないんですか!?」

ひどいと言えばあまりにひどい彼への評価に、イオは眼をむきながら叫ぶ。

 どうやら自覚がないらしい、そう思った慧音は深くため息をつくと、

「……まあ、とりあえず行って来なさい。気を付けてな」

「――くっ、帰ったら絶対その評価覆してやりますからね!覚悟してて下さい!!」

傍から聞けば負け犬の遠吠えにしか聞こえないセリフを言い放った後、イオはずんずんと大股で寺子屋に隣接する慧音の家から出て行った。

 其のあとを見送りながら、慧音は不安が胸のうちにどんどん湧いてくるのを止められない。

(……本当に大丈夫だろうか……)

明らかに頭に血が上っていると思しき彼の後ろ姿に、深く彼女は溜息をつくのであった。

 

――――――――

 

「……えーと、太陽の畑は、と……あっちか」

出がけに慧音から渡されていた地図を見ながら、イオは空気を押し固めて足場にしつつ飛んでいた。

 眼下には森林が、山脈が、夏の真っ盛りの象徴である深緑色を見せて、風に揺れている。

「……此処まで、心が落ち着く自然は見たことないなあ」

ぽつり、呟きながらイオは尚も空を駆けた。

 時刻は午前九時ごろ。

 既に暑くなりつつあるこの好天に、イオは夏の季節に着る旅装、そして腰に『朱煉』を括りつけて飛んでいたのであった。

 空を飛んでいるとはいえ、それでも飛べる妖怪や妖精等が、襲い掛かってくるためである。

「……くらえ」

 

――風遁『颱風の通り道』――

 

「きゃぁああ!?」

少し強烈な弾幕を浴びせ、難なく妖精を倒していきながら飛んで行くうちに、

「やい!そこの奴あたしと戦え!」

突如、これまでの妖精達とは格の違う妖精が現れた。

 背中に氷のような三対の羽根を持ち、蒼天にあって溶け込みそうなくらいに蒼色のワンピースを着た、ウエーブが入ったセミショートヘアの彼女。

「……いや誰よ君」

唐突に現れたとしか思えない彼女に、イオは若干呆れたようにそう呟くと、地獄耳なのか耳聡くその声を拾った彼女は、

「あたい?あたいの名前はチルノ!『湖上の妖精』チルノだよ!!」

胸を張り、堂々として自身を誇示した。

「おや、御叮嚀に。僕はイオ。みんなの間じゃ、『疾風剣神』なんて異名で呼ばれてる」

油断なくそれでいて自然体のままイオがそう返すと、彼女はその勝気そうな顔を怒らせて、

「イオ……それが、お前の名前か!やいやい、よくも皆を倒したな!?」

「いや、倒さないと死ぬのはこっちだし」

もしかして、この子あほの子なのだろうか。

 攻撃に対して迎撃するなとはこれいかにと考えるイオは、そう言って呆れたように首を振る。

「五月蠅い!馬鹿にするんじゃないぞ、あたいはさいきょーなんだ!これでもくらえ!」

 

――氷符『アイシクルフォール』――

 

「おわ!いきなりかい!?」

唐突なスペルカード宣言に、慌ててイオは身構え、呪文を練り上げた。

 

『砕けろ刃、滅せよ命。其は全てを破壊する雷神の象徴なり……!』

 

――雷遁『雷神之鎚=収束型(ミョルニルスパーク=レーザー)』――

 

ばりばりばり、と雷の轟音と共に、イオのスペルカードから極太の雷のレーザーが発射される。

「!?な、魔理沙のと同じレーザー!?」

自身の氷の弾幕が彼に襲い掛かる前に出たそのスペルに、チルノは驚愕しながらも撃つ手を止める事はない。

 

――だが、その判断が誤りだった。

 

「っ!?けされ――――」

その言葉と同時に、彼女はレーザーに撃ち抜かれて墜落していく。

 何処からともなくぴちゅーんと幻聴が聞こえてきたように感じたがそれはそれとして、イオは首を振りながら空に立っていた。

「……全く、油断も隙もありゃしない。妖精まで襲い掛かってくるなんてさ」

文句を口にしながらも、それでもイオは辺りを見回し警戒を怠らない。

 一度油断したせいで魔物に切りかかられた覚えが、旅をし始めたころにあったためだった。

「――大丈夫、だね。さて……と、行くか」

っとん、と軽やかに踏みしめ、イオは空中を駆けて行く。

 

 しばらくして空を飛び続けていくうちに、ふと、眼下に金色が舞い踊った。

「……うわ、こりゃ予想外だ……花、なのかなこれ?」

すとん、とすぐ近くに降り立ち、イオはまじまじと花を見つめる。

――直後、声ならぬ声が聞こえた。

 

『――誰?』

『知らない、空飛んできたみたい』

『何か、妖怪の匂いする』

『それに、私達と同じ気配する?』

『幽香ー、お客さーん』

 

「なん、だ……この、声」

突如として脳裏に響いてきたその声に、イオは言葉が詰まってしまうほどに驚愕する。

 何故かと云えば、そもそも、彼の能力である『木を操る程度の能力』は、樹木と会話することが出来る代物なのだが、樹木の中においてはっきりとした自我を持っている固体がなく、あってもぽつりぽつりとしか意志を伝えるものしかなかった為だった。

 それが此処にきて、しっかりとした自我を持っている植物に出会えたのであるから驚きもかなりのものである。

 

『わぁ……大きい力ー』

『んー、木?風?雷?』

『とにかく、大きいねえ』

 

「……えーと、君たち?ちょーっと、人探しをしているのだけど」

意を決し、イオは少しばかり緊張しつつも彼女?達に向って話しかけた。

 すると、脳裏に感じる彼女たちの気配が驚いているような気がした後、

『聞かれた?』

『私達の声、聞かれた?』

『幽香ー?このひと、やっぱり私達と同じ気配ー』

 

誰かを呼んでいるのか、しきりに騒がしくなってきた声にちょっと眉をひそめつつ、この花たちの事をよく観察してみると、

「……やっぱり、か。此処の花たち、かなり妖力もっているみたいだ」

通常の花にしては不思議だと思っていたが、まさか妖怪化しかけている花だとは、イオは思いもよらなかったのである。

 しかも、この気配からするに、かなりの大妖怪がバックに付いていると思われた。

(多分、幽香と言う人がそうなんだろうけど……ん?幽香?)

慧音から聞いた、『四季のフラワーマスター』と同名であることに、ようやくイオが気づいた所で。

「――はいはい、今行くわよ。……って、貴方……そこで何をしているのかしら?」

唐突に、背後から威厳たっぷりな若い女性の声が聞こえ、思わずイオは凍りついた。

 声を駆けてきた当人は、その様子に気づいておらぬようで、

「しかも、何だか妙に魔力を感じるし……貴方、いったい何者?この『太陽の畑』になにか御用?」

若干、冷酷さが増した声が彼を叩く。

 冷や汗を流しながらもイオは振り返り、深々と一礼して、

「あ、あははどうも今日は。人里の何でも屋、イオ=カリストと申します。本日は、上白沢慧音さんから依頼を受けまして、貴方に花の種を頂きに参りました」

顔と声が引き攣るのを感じながら、それでも笑顔を浮かべてそう告げると、

「慧音?……ああ、貴方あの半獣の教師の御使いで来たのね。――そう、分かったわ。こちらに付いて来なさい」

「わ、わかりましたが……貴女が、『風見幽香』さんでよろしかったですか?何分、詳しい容姿の事には触れられなかったものですから」

恐る恐る、目の前に立っている襟元に黄色のリボンをつけた白のブラウスの上に赤のチェック柄のベスト、そしてスカートを穿いた緑色の髪に紅い眼を持つ女性に向ってそう尋ねた。

 すると、彼女はにこり、と何処か凄みのある笑顔を浮かべて、

「えぇ、そうよ……改めて、自己紹介しようかしら。『四季のフラワーマスター』……風見幽香よ。宜しくね……人里の、『疾風剣神』さん?」

その瞬間を、けしてイオは忘れないであろう。

――冷酷な笑顔と共に放たれたその妖気は、あの隙間の大妖である八雲紫と、同等の気配を放っていたのであるから。

 ただただ、戦慄するばかりであるイオに、風見幽香は嘲笑うだけであった。

 

 



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第十八章「巡り合うは旧き花の妖怪」

 

(…………なにこれこあい)

本心から、彼女の放つ強大な妖気に戦いていると、

「ほら、早くしなさい。それとも、鎖を付けて引っ張った方が早いかしら」

「滅相もございません、マム!!」

ビッシィ!と、恐怖のあまり敬礼をしながら叫んだイオ。

 傍から見ればもはやギャグにしか見えないが、彼にとっては冗談でも何でもなく本気にしてしまったのであった。

「そう……だったら早くしなさい。私も暇ではないのだから」

ギラリ、と笑っていない眼を光らせつつ、もはや凶悪としか言えない笑顔に、イオはおとなしく従うほかない。

「わ、分かりました。ついていきます」

慌てて彼女の後を追いかけ、イオは万が一の事を考えながらも歩き始めた。

 

『幽香、怒っちゃメッ』

『イオ、幽香の仲間!』

『仲間仲間!』

 

――そこへ、周りに咲き誇る花たちからイオを庇う発言が飛び出る。

ぴくり、と身を震わせた彼女は、前を向きながら不機嫌そうに、

「……何を言っているの貴方達は。このヘタレが仲間?冗談も程々にしなさいね?」

呆れたように首を振り、幽香がイオの聞こえる限界の小さな声でひまわり達にそう告げたが、

 

『イオ、幽香と同じ能力かも!』

『でも、木?風?雷?ちょっと、不思議~』

『世界そのものかもしれないよ~?』

 

(ちょ!?花たちちょっと黙ってくれるかな!?)

あっさりイオの能力についてばらされかけ、彼は大慌てになりながらも必死になって黙り、幽香の後を付いて行く。

 と、そこで突然幽香が立ち止まり、こちらに振り返りながら、

「…………貴方、本当に何者なの?あの鴉天狗の新聞はたまにしか読んでいないけれど……それでも、貴方がここ最近人里に住むようになったのは知っているわ。だけど、何の力を持っているかまでは、知らないのよねぇ……この子たちが言うには、貴方、私と同じような力を持っているという事なんだけど……本当かしら?」

「……あの、言わないとだめですか?」

この大妖怪が持っていると思われる能力と、同形質の能力であることは推測に難くなかった。

 なにせ、周りの花たちの声が聞こえるのと同時に、幽香と話している姿を間近で見ているのだから当然である。

 正直なところ、答えるのは出来るのだが……後が、かなり怖い。

 だが、そんなイオの葛藤など歯牙にもかけず幽香は、

「?あたり前でしょう。なぜ答えないという選択肢があるのかしら?」

「ですよねー……『木を操る程度の能力』なんです」

あっさりとイオは前言を覆し、内心眼幅涙を流しながらも答えた。

「……へえ?」

そして答えた事にかなりイオは後悔する。

 なにせ答えた途端、彼女の笑顔がますます凄みと凶悪さが増したからだった。

「いやーあはは……多分、幽香さんが考えているようなカッコいいものじゃないと思いますよ?」

「馬鹿なの貴方?何を言っているのかしら。古来より木は調和を司る属性でしょうに。私のように、『花を操る程度の能力』とは大違いじゃない」

「……えーと、とりあえず下位互換と言う事で。あ、ちなみに僕の方がですよ?」

「ますます馬鹿なの貴方?どう考えても、貴方の能力の方がよっぽど上じゃない?ねぇ……何でも屋さん?」

(もう、何言えばいいのさ!)

どんどん殺気めいた気配が増していく事に、イオは正直逃げ出したい気分だ。

 だが、イオは知らなかった。

 

――大魔王からは、逃げられない。

 

ガッシィ!と、音高くイオの方が両方掴まれた。

 ビックゥ!と恐怖で体が引き攣ったが、それでもイオは何とか彼女を見つめる。

 だが、腰が引けている事に気づいたのか、彼女の笑みが何処か、サディスティックなものに……!

「さて。――――いっぺん、死になさい?」

「いやちょ嘘早っ、まっ、あっぎゃあああああ……」

抜けるような青空の下、断末魔が響き渡ったのであった。

 

―――――――

 

「……うぅ……ひどいよぅ。僕が一体何したって言うのさ」

 

『……あー、うん。幽香はあれでプライド高いからー』

   『たぶん、同じような能力持ってるの、気に食わなかったんだと思うよー』

 

「――まじでどうしろと」

絶望した!と言いそうなくらいに落ち込んだイオは、そう言うしかない。

 だが、幽香にとってはどうでも良かったことのようで、

「――ほら、とっとと持って行きなさい。中にいくつか種分けて入れてあるから、あの半獣にそう言っておくように。あ、あとまたどこかで会えるといいわねともね。もし、伝えなかったら……分かっているわね?」

「その大妖力で僕を滅多打ちにするんですね、分かります」

ふざけたように言いつつも、イオはしっかりと種が入った袋を受け取ると、彼女に向って一礼し立ち去ろうとした。

「ああ、待ちなさい。ちょっと忘れていたわ……貴方、何でも屋なんでしょう?依頼……してもかまわないかしら?」

「……内容によりますが」

「そんなに大したことじゃないわ。――だって、貴方と戦うだけですもの」

その言葉を聞いた時、イオがとった行動は一つ。

 

「三十六計逃げるにしかずぅぅううう!!」

 

――すなわち、全速力で逃げる事であった。

 能力を用いて空中に足場を造り、力の限りに踏み込んで空を駆ける。

 だが、天丼としか言いようがないほどに、それはかなわなかった。

――なぜなら、大魔王が彼の腕をつかみ取っていたからだ。

「あらあら……何をそんなに急いでいるのかしら?私、ただ言っただけなのにねぇ……?」

「あ、あははいやだなあ幽香さんそんなわけないじゃないですかあははは」

見事なまでの棒読み口調で、イオは脂汗をだらだらと流しながら笑顔でそう言うが、幽香はそれを見逃す事はしなかった。

「簡単な話じゃない。単に、貴方と私が戦うだけよ?」

「……その簡単な話が、命に直結しているから困ってるんですが?」

流石にイオも観念したのか、逃げる事はなくなったもののジト眼で幽香を見やるが、彼女はそれに頓着せず、

「あら、いいじゃない。ここ最近、私の悪評ばかりが広まって全然骨のありそうな奴が来なくなっちゃったのよね。正直、体がなまって仕方ないから、こうして貴方にお願いしているのよ?」

「たぶん、その悪評はまちがっていないと「何か言ったかしら?」何でもありませんマム!!」

ぼそりと言いかけた言葉に凄い笑顔になった風見幽香に、イオは再びあのきれいな敬礼を決めて叫ぶ。 

「戦らせてもらいます、マム!!」

「よろしい。だったら私の方で文句はもう言わないわ。……っと、そう言えば報酬の話があったわね」

「あ、でしたらなるだけ食料になりそうな物を」

恐怖の表情から一転して商人のような雰囲気になったイオに、幽香は一瞬驚いた表情を浮かべたものの、すぐに笑顔に変わると、

「ええ……そうね。とりあえず野菜の種はどうかしら?一応、私も食べないといけない体ではあるから、そう言うのはこの子たちに頼んでいたりするけどね」

「かまいませんよ。ここまで来たらどうせ覚悟決めないといけませんから」

すっかりおびえた表情を消し去り、いつの間にか話されていた手を腰の刀たちに向けながら、イオは静かな闘志を見せつけた。

「うふ、うふふ、ふふふふふ……!!」

楽しそうな笑い声と共に、幽香は、イオは、激突する……!!

 

―――――――

 

「――――さて、行くわよ?」

浮かべた嘲笑と共に、大気の中にありながら轟音が轟く。

 見れば、一瞬にして間隙を埋め、イオに肉薄している幽香の姿があった。

 その手にある、どうやら妖力でコーティングしたと思しき日傘が、イオの片方の刀と拮抗しているのが分かる。

 

『幽香、戦う?』

   『イオと戦う?』

『がんばれー!』

 

「……ふぅ。やっぱり、スペルカードルールじゃないんですね」

「あたりまえでしょう?あんな、温い以外の何物でもない戦いはごめんよ。そもそも、私は昔からこういう戦いでしかしなかったわよ?」

金色の花たちの応援を耳にしつつも、イオと幽香は戦いを繰り広げた。

「ったく、無茶苦茶過ぎますよ……!っくう、はぁああ!!」

裂帛の気合いと共に、瞬時に大きく飛び下がり、直後、スペル宣言。

 

――気符『龍皇覚醒』――

 

ッドン!という、空気を叩くような音とともに、イオの体が金色に包まれた。

 とはいえ、レミリアと対峙した時とは異なり、垂れ流しの状態であった金色のオーラが、薄らと立ち上るまでに抑えられており、それだけでもかなり修練をしたことがうかがえる。

「もう、のっけから本気で行かせてもらいます!――開け!」

 

――魔眼『金眼律法(ソロモン=アイ)』――

 

ドクン。

 あの夜に出現した、蒼く禍々しき魔力の波動が大気を席巻した。

 前回魔眼を開放した時とその様子ははるかに変化しており、吹き出るままになっていた気と魔力が、イオの体に収束されているがごとくに、薄らとしか見えないようにまでなっている。

 これも、鍛錬をしてくれた美鈴と、魔眼の制御を成し遂げたパチュリ―によるものだった。

 今まで存在していた弱点さえも、この鍛錬と修学によってなくなり、ほぼ彼には死角が存在しなくなったのである。

 

「魔眼と、気、ねぇ……どうも、この間の夜の時に感じた魔力、貴方のだった様ね?」

「……レミリアさんとの事だったら、そうですよ。こうでもしないと、貴女のような大妖怪と呼ばれている人たちには到底追いつけませんからね。――そう云う訳で、こちらから参ります……!!」

 

――二刀流参式『断空地裂』――

 

八双に構えたイオが、大気に巨大な真空刃を創り出した。

 気刃と呼ばれているそれは、あたかも世界を真っ二つに割る勢いで幽香におそいかかっていく。

「く……なかなか、やるじゃないの」

思わず、幽香がそれなりに妖力を込めてコーティングした日傘で迎撃しながらそう呟くが、その声に応えが返った。

「感心されているのもいいですが、遅いですよ?」

「――!?」

一瞬にしてイオが肉薄し、風見幽香に向って二撃目の参式を撃ち放とうとしていたためである。

 瞬時にして幽香はその場を飛びのき、追撃してきたイオと対面した。

「……驚いた。こんなに速いとは思っていなかったわよ?」

「あはは……レミリアさんにもそれは言われましたねぇ。でも、これが全力なんですよ。高速とび越えて音速くらいには入れましたけど、流石にまだ光速には至っていないので、修行が必要だと思っているくらいですから」

速ければどうという事はないなんて言いますしね。

 ぎりぎり……と、拮抗する刃と傘を見つめながらも、イオは笑ってそう告げる。

「言うわねぇ……」

さしもの大妖怪もこの台詞には笑うしかないのか、引きつったような笑みであるが、それでも未だ余裕のようなものが感じられた。

 その様子に気づいたのか、イオはなおも笑顔のまま、

「――とりあえず、まだ本気出されていないみたいなので、もうちょっとギア上げますね?」

ッドン!!

 再び空気が叩かれるような音とともに、イオが音速の速さで以て飛び離れる。

 そして、スペルカードを顕現させると、

 

――世界神樹『イグドラシエル』――

 

全力全開の、魔法を解き放った。

「――な……!!?」

驚愕の表情を見せ、幽香の眼が大きく見開かれる。

 

――それもそうであろう。何故なら、彼女の目の向く先に、巨大というには生ぬるいほどの、小惑星級の巨木が出現したのだから。

 

「っ!何を考えているの!!」

「……別に、いいでしょう?言っておきますが、僕はこれでもかなり手段は選ばない方なんです。脅しではないですが……全力で、貴女にぶつけますよ」

こうでもしないと、貴女は納得しないでしょう?

「っ、あり得ないわよ!あんなに大質量の巨木を生み出せるほど、普通の魔法は便利なものじゃないわ!」

「――でしょうね。……実はこれ、元々僕の親友が探し出してきたものなんですが、遥か古代の文明において、戦争で実際に使用されたものらしいですよ。その上、どうも文献をあさっていくと、この魔法を使うに当たり、およそ百人級の魔力が必要になるとも書かれていましたしね。とはいえ、僕の場合どうも潜在魔力が豊富だったみたいで、この魔法をなんとか扱えていますけど」

次第に彼らに向って落ちてくる巨大な質量を眺めつつそう告げるイオは、それでも慌てる様子が見当たらなかった。

 流石の幽香もこのイオの泰然とした様子を見て考えを変えたらしく、一気に勝負を決めようとしてか、大きく日傘を振りかぶった後、スペル宣言。

 

――元祖『マスタースパーク』――

 

直後、イオや魔理沙と同じような極太のレーザー光線が、今なお落ち続けている巨木に向って照射された。

 瞬時にして辺りに木が燃えるような匂いが充満していくのを感じながら、それでもイオはあわてる事はない。

「……無駄だと思いますよ。それ、いくら極太のレーザーとは言え全部焼き払われるわけじゃないでしょう?」

そう。イオの言う通りであった。

 そもそも、小惑星なんて代物は、ともすると、その全長が数十キロにも及ぶことがあるのだ。

 たかが数百メートルにしか及ばないそのレーザーでは、まさしく焼け石に水になってしまうだろうことは、想像に難くなかった。

「くぅ……!!とっとと、落ちなさい……!」

眼下に広がる広大な金色の花たちが傷つくことを恐れているのか、先程までの余裕が完全に消え去り、ただただ焦りの表情でレーザーを撃ち続ける。

 

――しかし、現実は非情であった。

 

「――二刀流、龍王炎舞流が最終奥義」

 

――ラストスペル『紅蓮龍王炎舞』――

 

「が、は……!!?」

全てを切り裂く刃と共に、幽香の口から紅い血があふれ出る。

 ぶん、と刀から血振りをして血を払ったイオは、そのまま冷徹な瞳で彼女を見やった。

 

 なぜなら、彼女がまだ生きているからである。

 

「……ぐ、貴方……!」

「悪く思わないで下さいよ。――ああそうそう、言っておきましょう。実のところ、幽香さんが正しかったんですよ。――これ、『幻』なんです」

「――は?」

きょとん、としたような声を幽香が挙げると同時に、今まで落ちてきていた巨木が消え去った。

 あるのはただ、普通のスピードで落ちて来ている普通の樹木があるだけ。しかも、すぐにイオに切り裂かれて、木端微塵になってチリへと化していた。

 

 その事を知覚した時。

「……フフフフフフ……!!」

彼女から漏れ出たのは、笑い声であった。

 思わずぎょっとしたようにイオが幽香の方を見やるが、彼女は未だに、そして顔をうつむけながら笑い続けている。

 はっきり言って、恐ろしい以外の何物でもなかった。

 じりじり、とイオは後ずさりを始めると、そのままこっそりと太陽の畑から立ち去ろうとする。

「――待ちなさい」

「ヒィッ!!?」

背後からガッシィ!と肩を思いきりつかまれ、イオは恐怖で縮みあがった。

「な、何でしょうか……?」

恐る恐る、前を向いたままでイオは訊ねる。

 そうでもしないと、彼女の眼の温度がどうなっているのか、強制的に知らされる羽目になるからだった。

 戦々恐々として戦いているイオに、幽香は頓着せず冷たい笑顔になりながら、

「……貴方、私をこけにした訳ね?おかしいと思ったのよ、何かやたらとあたりに貴方の魔力が感じられる割に、あの巨木からはほんの少ししか魔力を感じなかったんですもの。あれ……私の周りに、幻覚の結界を張ったのね?」

「…………あー、こんなにあっさりばれると思わなかった。ただ幻だって言っただけなのに」

観念したようにがっくりしながらイオがそうボヤくと、

「あたり前でしょう?これでも、以前魔法使いと戦ってから、あまり攻撃がよく分からなかったから修学して取り込んだ口よ?あまりの大きさで幻惑されたけど、幻と言われてから何となくその仕組みくらいはわかったわ」

「……これでも、紅魔館の『動かない大図書館』に教えてもらった奇策なんですけどねえ」

「はん、私の年月をあまりなめないでほしいわね」

ようやく振り返って疲れたように告げるイオに、心から楽しそうに笑って幽香は言い返す。

 その様子に、イオは深いため息をついてから、今なお肩をつかまれたままで、

「――で?どうされます?これで依頼は終わったと思いますけど」

「えぇ、楽しかったわぁ……また、戦りたいと思えるくらい、ね?」

「……今度から、『決闘御断り』の文句書こうかな……」

浮き浮きとしている彼女の様子にもはや逃れられない定めと悟ったか、それでも現実逃避のような言葉を呟きながら、イオはそっと幽香の手をほどいた。

「じゃ、報酬を。一応、種と言う事でしたけど」

「ええ。私の厳選した野菜の種でも進呈するわ。たまに、貴方の所に行って確認するから、ちゃんと育てるのよ?」

「……そうしますよ。能力使って、野菜たちが病気で枯れないように強くしたりしますから、それで構いませんか?」

しゅうう……と、魔力と気が抜けていくのを感じながらイオがそう尋ねると、幽香は少し考えるそぶりを見せてから、

「……あまり、そういう不自然な事はしてもらいたくないけれど……仕方ない、か。まあ、ちゃんと育てるなら文句は言わないわよ。ただ、急激な生長は絶対にしないように」

「心得てますよ。あまりにも自然の法則とかけ離れているのは、僕だっていやですから」

何時の間にやら浮かんでいた蒼の魔法陣が消えた両眼を細めながら、イオは微笑む。

「それじゃ、ちょっと待ってなさい。すぐに用意するから」

「ええ……お待ちしてます」

そう返すと、幽香は出会ってから初めて、まさに『花開く』という表現が似合う笑顔になると、浮き浮きとした様子で日傘をさしながら、家に戻って行った。

 

 彼女が、そうして帰って行く姿を見送ったその時である。

 

「――ぷはっ。つ、つっかれたー……」

 

ぐてー……と、地上に降りてから大の字になって寝転がった。

 その様子に、脳裏に聞こえてくる花たちの気配が慌てたような気がした後、

 

『大丈夫?イオ、大丈夫?』

      『怪我、してない?』 

『すごかったよー』

 

「んー、ありがとね。……そういや、君たちってどういう花なんだい?ずっと聞きそびれて忘れてたけど」

 

『向日葵ー。私達は向日葵って呼ばれてるー』

『でもって、ここが太陽の畑なんて呼ばれてる理由ー』

 

ふわふわとしたような答えが、脳裏に浮かんできて、イオは穏やかに微笑むと、

「なるほどなー。慧音先生が危ないけど一度行ってみるにはいい場所だなんて言ってたしねぇ。言われてるだけはあるや」

(にしても、あーもう……疲れた。ちょっと、ねよ……)

すぴー♪

 心底から疲れ切ってしまったか、イオはぐたり、と体から力を抜くとそのまま眠り始めてしまった。

 

 その様子に、花たちは今まで騒いでいたのを少し収めると、

 

『幽香ー、イオ寝てるよー』

『すごく疲れちゃったみたいー』

『完全に無防備で寝てるよー?』

 

と、花から花へと、声ならぬ声を届かせていく。

 何よりも、この世界に飽いたような気配を漂わせていた幽香を、再びの好敵手として、生きる意志を持たせてくれたイオの為に。

「――あらあら、もう……持ってきたのにねぇ?」

 

『仕方ないよー幽香』

『イオ、凄く頑張ってたもん』 

 『こうなってもおかしくないよー?』

 

「……まあ、そうよねえ。でも、本当に驚いたわ、あの魔法には。まさか、威圧感だけで幻を実体めいたものに見せるとはね」

さく、さく、と大の字になって寝ているイオの傍に、しゃなり、と幽香は膝を崩しながら座ると、ゆっくりと彼の頭を持ち上げ、膝の上に乗せた。

 

『あー!幽香が膝枕してるー♪』

『わあぁ……!いっつも、人間には辛辣なのにねー♪』

 

「ああもう、貴方達……イオが寝ているんだから、もう少し静かになさい?全く、私だって気にいった人間がいない訳じゃないわ」

ちょっと照れたように頬を赤らめながらもひまわり達をギンッと睨み、それでいてイオの頭を静かに撫でているその様子は、あたかも無茶ばかりしている弟を休ませている姉のように見える。

 と、そこでイオが頭上の異変を感じ取ったのか、

「ん……ふぇ?あー……って、幽香さん!?」

がばり、と飛び起き、イオが驚愕の表情を浮かべながら立ち上がった。

「あら?もういいのかしら?見たところ、魔力と気が回復しきれていないように見えるけど?」

「……あー、膝枕に関して感謝を申し上げます。で、その二つですが……どういう訳か、少し寝るだけでそれなりに回復するんですよねえ」

これ、もしかすると属性の特性かも知れません。

 

――特性。

 イオの世界、アルティメシア世界において、研究が進められていくうちに判明した代物である。五行属性に加え、派生十二属性においても、魔法の起こす影響と言うものが調べられていた。

……たとえば火。燃え上がり、対象を破壊するという特性。

……たとえば水。全ての生物に宿り、流転を司る特性。

 調べが進むに従い、これが人体においてどのような効果を発揮するのか調べたところ、驚きの事実が判明した。

 

『――魔法属性の適性により、彼の身の特性が定まる』

 

研究者たちが発表したこの事実は、人の身にありながら、世界を顕現する肉体を持つことが出来ると言う事なのである。

 故に、またたとえになるが、もし火の特性もつものであれば、その肉体が破壊に特化したものとなり、土の特性を持つものは頑健な肉体を持つことが出来るようになる事を示したのであった。

 

――そして、イオの適性は……『木』。そして、派生の『風』、『吸』、『雷』。

 

 彼が持つ能力、『木を操る程度の能力』は、その特性――『自然治癒能力』をも秘めていたという事になる。

 

「……ねぇ、貴方の世界の魔法、かなりぶっ飛んでいないかしら?あの紅魔館の魔女が聞いたら、発狂しそうなくらいじゃない」

「……実際、根掘り葉掘り聞かれた記憶がありますねぇ。パチュリ―さん達の使っている魔法と言うのは、今までの先達たちが遺したものをさらに発展し、我がものにするようなものですから。正直、完全に新しい趣向になると思いますよ、僕の世界の魔法は」

イオはそう言って、幽香が持って来てくれたバスケットの中にあるサンドイッチに向ってぱくついた。

 おりしも、すでに太陽が高く上っており、このままでは昼食がと思っていた所に、いつの間にか幽香が持参していたバスケットによって、足をとどめられたのである。

 正直、この間の事もあってルーミアが心配なイオは、当初こそ辞退したものの幽香に押し切られ、現在こうしてつかまっていた。

 だが、持ち帰りにサンドイッチを示されてしまえば、どうしようもない……などと、イオは内心言い訳をする。

(ちょっと遅れるだけだし、大丈夫だよね!)

ただ、その代りに慧音に思いきり頭突きをくらわされそうだが。

 授業の手伝いの依頼を受ける度、色々な事でかなりの強烈な頭突きをくらってきた覚えがあるだけに、もうあの威力の頭突きは喰らいたくなかった。

 そう思いながらもイオは四切れ程のそれなりに大きいパンで作られたサンドイッチをもらいうけると、

「……では、またどこかで。これ、本当にありがとうございます。洗って返しますね」

「いいわよ別に。久しぶりにいい戦いが出来たから。そのままもらってくれてもかまわないわ」

「ですか。じゃ、ありがたく頂きますよ」

よっこいしょと体を持ち上げ、イオは振り返り一礼すると、空を駆け抜けていく。

 

 その後ろ姿を見送りながら幽香は、ふと、太陽が強くなってきた蒼天の空を見上げながら厳しい目つきになると、

「……ふん、どこの誰だか知らないけど……これでイオの実力は測れたかしら?私以上に気をつけなさいよ、そこの誰とも知れない妖気の主さん?」

そう言って、彼女は再び日傘をさしながら帰ったのであった。

 

『――やれやれ。あの花妖怪に助けてもらった形になるのかねぇ。ま、あの何でも屋の実力の範囲が分かったから、いいことではあるんだろうけど。……にしても、いやーまさか、あんな巨大なのを幻にして戦うなんてねえ。真正面からかかって行ったりしてるわりには、奇策を使ったりしてる。あの戦い方は、なかなか見られないよ』

 

そして、上空でそう呟く一つの気配。

 薄く、広く、それでいて誰にも悟られないであり続けるその存在は、イオ=カリストという人物の力を知りたいがために、ある種幽香をけしかけたようなものであった。

 とはいえ、当の幽香はその妖気に気づいてはいたが、特に何も害意を感じなかったために放っておいたのであるが。

 

『……何にせよ、これで舞台は整ったかな?後は、イオの事をあの宴会に引きずり出してやるまでだよ』

 

そう言って笑う気配がした後、すぅ……と、空に溶け込みその気配は消え去った。

 

 



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第十九章「行き着くは人里の権力者」

――人里。

 あれからというもの、イオは来た道を飛んで戻りながら、時折妖精達を撃ち落としていきつつ人里に戻ってきていた。

 途中、道行く知人の顔を見つけては挨拶をしたり、世間話をしたりと時間を消費しつつ、寺子屋の所にまで歩いて行く。

 

――と、寺子屋まで来た時、イオは思わず足を止めてしまった。

 なぜなら、慧音がいつにないくらい満面の笑顔を浮かべながら腕を組み、仁王立ちしてこちらを見ていたからだ。

「……」

すぐさまUターンして、イオはその場を逃れようとした。

 

『あの笑顔はヤバい』

 

本能的にとも思えるくらいの直感が、イオを動かしたためである。

 

「――なぁ、イオ?なぜ逃げるのかな……?」

 

そして、この声が聞こえてきたと同時に、イオは大きく足を踏み込んで全速力で飛びだした。

(ヤバいヤバいヤバいーー!!?)

あんな笑顔の慧音、今までに授業の時にアホやらかした時しか見た覚えがない……!!

 だが、自分は何一つやらかした覚えは今回の依頼の中ではない筈!

(単に種をもらいに行って、そしたらどうしてか決闘の依頼を受けさせられる羽目になって、って、もしかしてこれかぁー!?)

あの時、本気を出して気符と魔眼の二つのスペルカードを開放した覚えがある。

 だが、そうでもしないと本当に命が危ない所だったのだ。どうしてその事で慧音が怒っているのだろうか?

「ちょ、慧音先生、なんでそう怒ってらっしゃる!?」

未だ笑顔のままイオを飛んで追いかけ続けている彼女に、イオが首だけ振り返りながらそう尋ねると、一瞬ぴくりとこめかみが引き攣った後で、

「……なぜ?なぜと言ったかイオ?それはお前も分かっているだろう……!!」

 

『あの魔力の波動!もう二度と出すなと言っただろうーー!!』

 

「ちょ、理不尽!?」

「何が理不尽か!もう、怒った。今日という今日は連続頭突きしてやる――!!」

「うひぃいい!!?」

必死になって戦ったのにこの仕打ち。まさしく無常を感じざるを得ない一幕であった。

 

――――――――

 

――慧音宅にて。

「……はぁ、痛かった……」

「す、すまなかった……まさか、幽香が襲いかかっていたとは……私の事をちゃんと言ったんだよな?」

「ええ、さっきからそう言ってます。全く、こっちは命の危険があったんですよ?なのに、こんな仕打ちされて……」

未だにひりひりと痛む頭をさすりながら、イオはジト眼で慧音をみやると、彼女はますます縮こまるようにして、

「ほ、本当にすまなかった。あとで、風見のにはちゃんと抗議をしておくから、それで手を打ってくれないか?」

「……はぁ、それでいいです。でもどうせ、幽香さんまた僕に決闘の依頼だしてくるでしょうから意味ないと思いますけどね」

もう何かに諦めたような表情で、イオがぶつぶつと言いつつもそう告げると、慧音は一瞬驚いたような表情になって、

「……また、そんな依頼を出すと言ったのか?」

「かもしれない、と言うだけですよ。どうも、僕と戦ったのがかなり楽しかったみたいで、すごくイイ笑顔で再戦したいなんて言ってましたから」

ごそごそとポケットを漁りつつそう告げ、ようやっとの所で幽香から手に入れてきた花の種を慧音に渡した。

「はい、慧音先生。これが依頼の種です。幽香さんの話だと、中の種、種類別に分けてあるからその通りにしてくれとの事でした。あと、説明書も在中です」

「あ、ああ……わかった。説明書の通りに育てる事になるわけだな?」

「みたいですね。僕も、幽香さんと戦った後、色々と野菜の種貰って来ましたし、それにも説明書は付いていましたから」

「ほう……珍しいな、あの大妖怪が種をくれるなど」

プライドの塊でしかないあの花妖怪は、人となれ合う事を特に嫌っていた筈だが。

 慧音が眼を丸くしてそう言うが、イオはそれに苦笑すると、

「いやいや、そう言う訳じゃないんですよ。元々、依頼は依頼である以上、この野菜の種を依頼の報酬にさせてほしいと頼んだんですから。おかげで、自給自足の生活ができそうです」

いやー儲かったなどとほっこりとした笑顔でそう告げるイオに、今度は慧音が苦笑して、

「全く、君はいつも突拍子もない事を平然とするな。……っと、そうだ。君があの太陽の畑に出かけている間に、一人君に客が来たんだ」

「およ?依頼の客ですか?」

「いや、恐らく別件だろう。というのも、『稗田』の者だったからな。多分、人里で活躍している君の事を聞きつけて、新たに『幻想郷縁起』に盛り込もうとしているんだろう。この人里の中ではトップクラスの権力者とはいえ、そんなにひどい事は言われないだろうから、会ってみたらどうかな?」

「『稗田』、ねぇ……先生、その当主の人、『幻想郷縁起』書いてる人……なんですよね?」

「ああ、阿求は私の生徒でもあるんだがな、元々の始まりを『稗田阿礼』という、この幻想郷の外に広がる世界、その国の一つの日本と言う所にいた人物なんだ。かつて、日本の歴史を編纂し、本にまとめ上げた傑物だよ。何でも、一度聞いた事をいつまでも忘れないでいる能力を持っていたらしい事は分かっている」

「……ふぅん、完全記憶能力、ということですか。でも、今代の人はその人の子孫になるんですかね?」

「いや、違う。そこが転生のからくりだ。――記憶を引き継いだまま、幻想郷の人妖達の全てを記述する為だけに、転生を許された人物なんだよ。とある神に取引を持ちかけて、そういうことになったらしい。今だと……そうだな、九代目に当たるのか。それくらい、年月と生命を犠牲にして、『幻想郷縁起』の編纂作業をしているんだ。ある意味、かなり長生きしている人間だと思ってくれていい」

(…………うん、ちょっと訳が分からない。何度聞いてもそうだけど)

たかが、人妖を記す為だけに、己が人生を犠牲にする。

 最初人里で住み始めたばかりの頃に聞かされたその話は、正直、イオにとって別次元の人物のように感じられたのだ。

 何せ、短い寿命の中において、それだけを人生の目標に定めている事自体が、あまりにもぶっ飛んだ考えの様にも思われた。

(……人間ってさ、結構わがままだから、楽しいことを追求したい気持ちだけで生きてるのかなと思ってたんだけどねえ)

どうにも、話が合うのかすら、不安に思えてくる。

 とはいえ、客を待たせてしまうのも何なので、慧音にイオは訊ねてみた。

「……今、その人はどちらに?」

「ああ、もうお帰りになったよ。とはいえ、時間があればおたずね下さいともいっていたし、私の紹介状と地図を渡しておくから」

「ええ、ありがとうございます。それじゃ、待ってますね」

イオはそう言って一礼すると、慧音宅から一旦出て、子供達が遊んでいる広場へと向かっていったのである。

 

―――――――

 

――イオが本気で子供達と遊んでいる頃。

 慧音はしずしずと筆を走らせ、彼の紹介状と稗田邸までの道程を記した地図を作成していた。

 かたり、と筆を硯の近くにおき、ふぅ……と、深く息をつく。

(ふむ、出来たな。……にしても、阿求が幻想郷縁起の為に会いたいと言っていたそうだが……本当に、それだけなのかな?どうにも、イオの事だからまた突拍子もないことが起きそうで怖いな)

そして脳裏に浮かぶは、かの『御阿礼の子』に対する不安であった。

 むろん、彼女が元々病弱の身であまりこちらに来ることはないとはいえ、普段から接しているために性格はそれなりに把握しているから大丈夫だと思うのだが……それを覆しそうなのが、あのイオだ。 

 なにせ、どうも厄介事がその身に付いて回っているようで、大体騒動が起きる所にイオがいる、そんな雰囲気に人里がなりつつあった。

「しかも、当の本人はこっちの気持ちも考えずにいろんなことをやらかすからな……」

あのトラブル体質はどうにかならないだろうか。

 正直、慧音は阿求に会わせる事を望んではいなかったが、それだとこの人里の中で権力者であるあの家の者からして、とんでもないことだと眉をひそめられる可能性があった。

 ただでさえ、異人の象徴たる蒼き髪と金色の眼を持っている上に、細く見える腕から想像もつかないほどに強烈な斬撃を繰り出すのだから、長老衆などは彼らに代わってこの人里を統率するつもりなのかと、戦々恐々している者もいる。

 実際の集まりの中でそう言った者はいなかったが、婉曲的に告げたものは少なくなかったと慧音は記憶していた。

(……むぅ、本当にままならないな。あいつはそんなやつではないと言うに)

そう、イオは単に力を持っているだけであって、そんな大それた事は絶対に考えていないのである。

(『権力?あはは、そんなのあった所で使う気もないですし、そもそも他所者ですし』……か。己の本分をわきまえているのだろうな)

あくまでも移り住んだ外来人というだけであって、イオは楽しく生きていきたいだけなのだろう。

 普段のイオの態度からしても、その思いが如実に表れている事は疑いない事実だった。

「……とはいえ、なぁ……もし、対応を間違えれば、彼の『御阿礼の子』の家からも敵対されるかもしれないだろうし」

書き終わった地図や、紹介状を眺めつつ、慧音はしばらく悩むのであった。

 

――――――――

 

 革ひもで編まれた球体を蹴り上げ、イオは思い切りゴールにたたきこむ。

「――さあとんでけシュート!!」

「ちょ!?イオ兄ずるい!!」

あまりにも素早いその動きに、ついていけない子供達が一斉にブーイングをした。

 ふふふ……と、それに何故かイオは悪だくみしているような笑い声をあげると、

「……なあみんな?世の中にはこういう格言がある。――勝てば官軍、負ければ賊軍ってね」

「大人げなさすぎるよイオ兄!!?」

イオの剣技を学んでいる子供の一人が、そう言ってぽかぽかとイオを叩く。

「あっはっは、いやー楽しい!」

「――あまり、慧音を怒らせない方がいいんじゃないの?」

笑い声をあげているイオに、ふと、そんな声がかかった。

「およ?アリスじゃないか。今日は人形劇かい?」

「ええそうよ。……でも貴女の方は珍しいわね。今日は別に授業でも何でもないでしょう?」

呆れたように手を振ってから、物珍しげに人形遣いの魔法使い――アリスが、そう尋ねると、

「ん、今まで慧音先生から依頼を受けててね。子供達の教育の為にって、風見幽香さんから花の種を貰ってきてほしいって頼まれてさ……死ぬかと思ったよあれは」

るー、と目幅涙をこぼしながら告げるイオに、アリスはかなり驚いた表情になると、

「あのフラワーマスターにですって?……よく死ななかったわね」

「魔法使って幻作ってから最終奥義で切り裂いたよ。……おかげで、勝つ事は出来てもまた闘わされる羽目になったし」

うふふ……と暗い笑みを浮かべているイオに、周りにいた子供達はどん引きである。

 とはいえ、アリスはそんな様子を、以前彼の歓迎会でもある宴会でも見たことがあったために、早々驚く事はなかった。

「……それで、何時になくぼろぼろに見えるわけね……そういえば、確かにちょっと前にあの蒼の魔力の波動は感じたわ……かなり本気出したのね」

人形劇やって―、とアリスの服を引っ張りながらせがんでいる子供達を制しながらアリスがそう訊くと、イオは同じように服を引っ張られながら、

「そうでもないと、本気で死にかねなかったからねえ。何なのあの人、ほんとに戦うことしか知らない感じしかしなかったよもう」

愚痴るような言葉を紡ぎながら、イオはアリスに近づいて、人形劇の準備を手伝おうとする。

 すると、彼女はイオの手を制し、

「大丈夫よ。それより……教えてくれないかしら?貴方のゴーレム技術」

「……へ?まだ諦めてなかったの?」

「当然よ。私の生涯の目的とも言えるわけだしね」

きらーん☆と眼を輝かせ、イオにずいっとアリスは詰め寄った。

 一気に近くなったその距離に、若干イオが慌てながら、

「ちょ、近い近い……ていうかさ、言ったと思うけど、僕の場合能力に完全に頼りきって作ったものだし、あまり参考にならないと思うよ?」

「馬鹿言いなさい。既存のゴーレム技術と全然違うじゃないの。少なくとも、貴方のように木を媒介にして球体状にしたコアなんて、見たことないわ。私の場合、宝石とか、金属などでコアを作ることが多いのに、どういう手順でそうなるのか、知りたいのよ」

逃がさない、とばかりにぎゅっと服をつかみ、爛々とした眼でアリスは問い詰めていく。 その様子に心底から困惑したように頭を掻きながら、

「……弱ったなぁもう。――って、あ、慧音先生」

「……お前たち、もしかして恋人なのか?」

困惑したようにそう尋ねるは、地図や紹介状と思しき紙を持った慧音。

 いつになく近いイオとアリスの距離に騒いでいる子供達を抑えつつも、

「別に、お前たちがそうなら祝福はするが……あまり、人前でいかがわしいまねはするなよ?」

「――な、なっ!何を言っているの慧音!!」

顔を真っ赤にしつつアリスが猛抗議をしていると、イオも疲れたような顔で、

「そうですよ慧音先生。いくらなんでもその勘違いはないです。……ていうか、アリスにはゴーレム技術を教えてくれと言われてただけで、そんな関係じゃないですよ」

と、かりかりと頭を掻きながら告げた。

 完全に、アリスの事をそう言う対象においていないことが丸わかりである。

「……そうばっさりと言うものでもないと思うが」

「甘いですよ慧音先生。そんな事を言ってたら――」

「イオさんとアリスさんが恋人関係だと聞いて!!」

「――こういう馬鹿が飛び出てくるんですから」

ひょこっと、いきなり現れた射命丸に気を込めた拳骨を全力で叩きこみつつ、イオは疲れたようにそう言った。

 頭を押さえ、ごろごろと悶絶している射命丸に戦きながらも、

「そ、そうか……それはすまなかった。っと、これが紹介状と稗田邸までの地図だ。なくさないようにしなさい」

「ありがとうございます。じゃ、行ってきますね」

「あ、ちょっとイオ!?後で覚悟しておきなさい!」

慧音に一礼を、アリスには手を振り、イオは一気に飛びあがる。

 瞬く間に消えていったその姿を見送った後、アリスは今もなお転げ回っている射命丸に体を向けると、

「……さて、射命丸?いつどこで私達が恋人だなんてうわさが出たのかしら?」

と、眼が笑っていない笑顔で、周りに彼女が作りし人形を展開しつつ、問い詰めていくのであった。

 

―――――――――

 

「んー……この地図だと、ここら辺になると思うけど……」

人通りがまばらな人里内の道を行きつつ、イオは地図と周りを見渡しながらぼやく。

左側にそれなりに大きな邸宅が広がり、右側には商店街のように家々が立ち並んでいた。 改めてよく見れば、簡易的な地図ではあるものの、左側に広がる邸宅が恐らく稗田邸になるのではないかとイオが考えた所で。

「……でかすぎない?いくらなんでも」

恐る恐るそちらの方向を見やり、イオは若干戦いた表情でその邸宅を見上げた。

 言うなればイオの知らない外の世界にあったという、貴族の邸宅にも見えるその家は、絢爛さを抑えつつも、権力者としての威容を誇っているようにさえ見える。

(……まさか、こんなとこにあるとは思わなかった)

幾らこの人里で権力者としてあるとはいえ、此処まで大きな邸宅を所有しているとは考えなかったイオが悪かったのだろうか。

 とはいえ、やはり動かなければならないわけであり、

(そうなると……やっぱり、入口を探さないとだよねえ……)

余りに大きすぎて、塀が視界の端から端まであるとなると、かなり探すのが面倒になりそうだった。

「でも、行かないとねえ……どうしたって長老衆とかに睨まれそうだし」

たまに依頼を受けている依頼の中には、長老衆と思われるものもあるのだが、そのどれもが一見まともそうに見えて、その実彼を見定めているようなそんな気配を感じる。

 むろん、最近来たばかりである上、通常の外来人とは遙かに容姿も異なっている事に対する警戒なのだろうとは思うが、イオは流石に疲れてもいたのだった。

(……いくらなんでも地雷臭がするようなのばかりさせないでほしいなほんと)

明らかに政略結婚めいたお見合い話だとか、わざわざ年頃の少女がいる家などを使って農家の仕事を手伝わせたりしてフラグ建築させるなど、もってのほかである。

(あ、思い出したらムカついてきた)

全く、あの人たちは人の事を何だと思っているのだろうか。

 自然と足早になっているのを自覚しつつも、イオはきょろきょろと入口を探していく。

――しばらくして、やっとそれらしい門が見えてきた。

 前を固めている二人の門番に対し、イオは渡されていた紹介状を見せながら、

「……あの、慧音先生に紹介されました、イオ=カリストと申します。本日、こちらの稗田阿礼さんにお招きをいただきまして、こうして参りました」

不動の姿勢で立っていた二人の門番のうち、一人がイオの差し出した書類を手にしてまじまじと眺めると、深々と一礼して、

「お待ちしておりました、何でも屋のイオ様。只今、中にご案内いたしますので少々お待ちして下さい」

と告げると、もう片方に向って「後は頼む」「わかった。任せておけ」などと会話した後、ぱたぱたと何所か慌ただしく中に入って行った。

 むろん、流石に案内の者が来るまではどうにもならないわけであり、イオは残っていた門番のものに話しかける。

「僕が呼ばれた理由……ご存知だったりします?」

「む……申し訳ござらん。それがしは特に何も。……とはいえ、この人里で住まわれるようになったのならば、我が主の事についても知っていそうなものだが?」

何処となく、武人めいた空気を放っているその門番は、そう言って不思議そうにこちらを見つめた。

「ええ、それはそうなんですが……それ以外で、何かありそうだと思ったもので」

例えば、依頼であるとか、ね。

 穏やかに微笑みつつそう告げたイオに、一瞬その門番は眼をみはった後、

「…………なるほど、そう言う事もあり得るか。されど、申し訳ない。それがしは本当に何も聞かされておらぬのでござる」

重ね重ねすまない、そう言って頭を下げる門番に、イオは少し慌てて、

「いやいや、別に構いませんよ!そもそも、単なる僕の興味だけでしたから」

そんなに気にされる事はありませんって。

 そう言って、彼に頭を上げるように言っていると、もう一人の方が中から誰かと共に戻ってくる。

 気配に気づきそちらを見やったイオは、傍らに大きな花飾りの様なアクセサリーを頭に着けた、古風の着物少女を連れ立ってきた門番に、穏やかに微笑むと、

「おや、そちらの方が案内の方でいらっしゃる?」

「む?……ある「こほん!」……あい分かった。門番の仕事に戻るでござる」

一瞬、武人めいた雰囲気を持つ門番が、少女の方を向いて何かを言いかけたのに、いきなりもう一人の門番が咳払いをしてとどめた。

 なにやら、様子がおかしい事にイオは気づいたものの、すぐに彼女が一礼をして、

「では、奥の方にご案内させて頂きます」

という言葉に気を取られ、すぐに我に返ると、

「え、ええ。宜しくお願いします」

言いながら、イオは彼女の後を付いて行くのであった。

 

「――なぁ、雅氏殿。なぜ、主がわざわざ……?」

「さあな。多分、好奇心からじゃないか?あの外来人、かなり変人みたいだしな」

妖怪と共に住むあの青年を思いつつ、もう一人の粗野な雰囲気を持つ門番はそう言うしかなかったのであった。

 

 



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第二十章「遭遇するは輪廻の少女」

 

「……おおぅ。こりゃまた、雅な御庭ですねえ」

「ふふっ。ありがとうございます。当家の庭師が丁寧にそろえているんですよ」

邸内を歩くうち、縁側と思しき所に出たイオがつぶやいた感想に、目の前を歩く少女は嬉しそうに笑いをこぼしながら告げた。

 キュッキュッと鳴る縁側の廊下を歩きつつ、夏真っ盛りにある生命力あふれる庭の花を眺めながら、

「ここまでされるの、かなり時間と手間がかかったんじゃないですか?」

「さあ、私は庭師ではないので何とも。でも、彼らが楽しそうに剪定をされていたりする姿はよく見かけましたよ」

「なるほど、好きこそ物の上手なれですかねぇ。あんな見事な枯山水、初めて見ましたよ」

そう言ったイオの言葉に、彼女の背中がぴくりと反応して、

「……貴方の世界にも、枯山水はあるんですか?」

「んー……正確には、ある列島諸国にと言う所でしょうか。僕の故郷であるクラム国という東国があるんですけど、そのさらに東にある洋上に、この幻想郷と同じような文化を持つ諸島があるんですよ。あそこはまさしく、風光明媚なところでしたねえ」

およそ七年間の旅の中で訪れた、緑溢れる彼の地を思い出しながらイオが穏やかに笑うと、彼女が考えこむような気配がしてから、

「もしかして、その諸島には魚を生で食べる文化も……?」

「お、よくご存知ですねえ。確かに、彼らの食文化にはそう言うのがあります。とはいえ、本当に生で食べるわけではなく、こちらで言う醤油でしょうか、魚を発酵させて作ったとされるものにちょっと漬けて食べてましたねえ。正直、初めて見たときは驚きましたよ。大抵の所だと串に刺して焼いたりして食べるのが普通でしたから」

あの美味しさは筆舌に尽くしがたい。

 ちょっぴり思い出してジュルリ、とよだれが出そうになるのを抑えつつ、イオはそう言ってほほ笑んだ。

 そんなイオの言葉に、彼女は益々思考の海に沈んで行きながら、

「そう、ですか……」

と呟くのみであった。

 

――やがて、かなり屋敷の奥まった所にまでやってきた彼らは、とある一室の前にてその足を止める。

 目の前で止まった彼女につられるようにして立ち止まったイオは、障子と呼ばれるドアのようなものが連なる周囲を見回しながら、

「え、と……ここが御当主のお部屋ですか?」

「はい、少々準備がございますので、中にお入りになってお待ちください」

此方を向き、深々と一礼した彼女に言われ、イオは恐る恐るながら中に入って行った。

 目の前に広がるは、イグサ香る畳の部屋。

 ある種、此処は当主と客人が会う客間のような部屋なのだろう、少し広々とした空間に色々な意匠を拵えた柱や欄間、そして掛け軸などの芸術品が目を引いた。

 特に、掛け軸の方は水で薄めた墨を使ったのであろうか、見事なまでに濃淡を描き分けた絵画となっている。

(……ふーん。こっちの世界にある絵画って、大体こういうのばかりなのかな)

池を、花を描ききったその絵画に、まじまじと視線を寄せながらイオがそう思っていると、ふと、入ってきた方から誰かが近づいて来る気配がした。

(およ、御本人きたかな?)

とりあえず、座って待っていようと入った所の近くの畳に、正座で来るのを待っていると、すぐに障子が開かれ、そこから先程の少女が入ってきてイオの目の前に座る。

 一瞬、何故かその事に納得がいきかけて、慌てて素に戻ると、

「あの、まだ何か?」

と尋ねた。

 すると、彼女はにっこりとその幼いようで何処か大人びた顔に笑顔を浮かべると、

「大変、長らくお待たせいたしました。私が稗田阿求、この家の主でございます」

と告げた後、深々と一礼をしたのであった。

 

―――――――――

 

「……なるほど、どうも門番さんの様子がおかしかったのでなんだったんだろうと思っていたら、貴女が御当主だったんですね」

そりゃ挙動不審にもなるわけだ。

 納得がいき、うんうんと頷いているイオに、当主――阿求が苦笑して、

「申し訳ありませんね。流石に色々とあるものですから、どうしても貴方の人柄を図りたかったもので」

「かまいませんよ。いくらこの人里が外に出ない限りは安全であるとはいえ、どうしたって思惑が絡んでいるんでしょうから」

そう、幾ら慧音が紹介者だったとしても、能力を持つ人間と言うのは、容易く脅威になり得るのだ。

 たとえ、その人間が善性だったとしても、である。

 そのあたり、イオは七年間の旅の中で色々な人間と関わってきたために、事情を察する事も出来た。

「――長老衆にでも、頼まれましたか?僕の素性、そして危険性を探るように、なんて」

差し出された茶を飲みながら尋ねた彼の一言に、笑顔だった阿求が凍りつく。

 だがすぐに元に戻って、

「何の御話ですか?私は唯、あなたに幻想郷縁起の、『英雄の章』に載せても大丈夫かどうかで、貴方をお招きしたのですが」

「くすくす……別に構いませんよ。僕の素性を知りたければ存分におたずね下さい。その方が貴女にとっても都合がよろしいでしょう?」

笑みを漏らしつつそう告げたイオに、それでも阿求は笑顔のまま、

「はてさて……とはいえ、教えて戴けるんでしたら、私としては願ったりかなったりです。あの、『幻想郷最速の新聞記者』にも話は伺いましたけれど……やはり、本人に聞いた方が正確性は上がりますからね」

「まあ、色々とカムフラージュにはなるでしょうね、あの新聞の記事を見ると。事実はしっかり書かれているものの、誇張した表現なども結構ありましたし」

正直、イオはそんなに好戦的な性格でもないのだが、あの新聞はその思いを裏切るかのようにかなりとんでもない事を書いていたりするから性質が悪すぎる。

 とはいえ、逆にそこまで書かれると弱小の妖怪は容易に襲ってこないようにはなる為に、結果としては助かってはいた。

――助かってはいたが、だからこそあの新聞の書かれようにはちょっと腹も立つ訳で。

「……ま、阿求さんが求められている以上、僕はただ普通にあり続けるだけですよ。さて、じゃあ僕の素性と、恐らく本当の正体と思われるものについても述べていきましょうか」

「っ、どういう意味ですかそれは」

いつもののんびりとした笑顔のまま、恐らく阿求にとって予想外であっただろう事実を告げられ、困惑している彼女にイオは構わず続けた。

「――まず、初めにお伝えしておきます。実のところ、僕は純粋な人間ではありません。おそらくではありますが……龍人と呼ばれる、向こうの世界での亜人種にあたると僕は考えています。まあ、そうはいっても先祖返りしたタイプだと思ってますけど」

普通に考えて、この蒼い髪と金の眼はあり得ないですからね。

 イオはそう言って、何の準備もしていないであろう彼女に、怒涛の事実を叩きこもうとしていく。

 慌てて彼女がメモ帳らしき物を開いているのを流し眼で確認しつつ、イオはなおもつらづらと自身の事について述べていった。

――曰く、彼の能力は『木を操る程度の能力』であること。

――曰く、彼の特技としては、一刀流、二刀流の剣技であり、共に最高峰の技術を持っていると自負している事。

――曰く、自身の記憶が、十三の年より以前がないこと。

――曰く、持っている技術の一つに魔眼、そして闘気術がある事。

 その他、魔法をある程度行使できること、元の世界において『疾風剣神』の異名を持てるほどには剣速が速いことなどを伝える。

 

「――大体、こんなもんでしょうかね……おや、阿求さんどうされました?」

目の前でかなり疲れたような表情をしている彼女に、イオはその原因であることを自覚しつつも、笑顔でしらじらしくもすっとボケたように訊ねた。

 すると、彼女はうつむいていた顔を上げ、その眼を生ぬるく湿ったものに変化させながら、

「……あの、イオさん?いくらなんでもこんなに怒涛の勢いで言われても」

「え?慧音さんから阿求さんは完全記憶能力をお持ちでいらっしゃると聞いたんですけど?」

何を仰る阿求さん、とばかりににこにこしたままイオがそう告げると、とたんに引き攣った表情になった阿求が、

「……あー、もしかして、お怒りになられています?」

「怒る?なぜです?僕は貴女が知りたいと思っている僕の事を淡々と述べただけですよ?なぜ怒るという言葉が出てくるんです?」

おかわりの茶を飲み干しながら、なおもニコニコと笑顔を浮かべて言うイオに、ますます阿求の顔は引き攣って行く。

(あー……対応、まずったかなぁ。イオさん、多分だけど、色々と警戒されているのに結構傷ついてるみたい。とはいえ、長老衆の方は、ねぇ)

何でも屋としての、依頼報酬の金額などの設定においても、かなり良心的で信用が出来る上に、好感も持てるけれど。

 やはり、力を持っている……この事実が、彼の事をよく思わない者にとっては邪魔であるのであろう。実際、長老衆の中においても、彼が幻想郷の、ひいては人里の平和を打ち壊すのではないかと恐れているものさえいたのだから。

(でも、当の本人はそれを嫌がっている……と)

どうにも、里の人々と仲良くしたいという空気がよく感じ取れた。

 同時に、それは難しいだろうとも考えている。

(……二十五歳と話には伺っていたけれど……かなり、老獪ねこの人は)

 よほど、政治的な分野での経験を積んで来たと見た。

(もしくは、それが積める環境におかれていたか……かしらね)

ちょっぴり、まだひきつっている笑顔を浮かべながらそう思っていると、イオは深くため息をついてから、

「……ねえ阿求さん。腹、もう割って話しません?一応、このような会話は以前にも経験がありますから対応できますけどね……黒いのは嫌いなんですよ」

 

――結局、人里での僕の評価は一体どうなっているんです?

 

「っ!」

「里の方々を見れば、僕の力を歓迎してくれている人が大半ですけど……それでも、忌み嫌い、僕を妖怪と思っている人がいる。同時に、何となくではありますが……神様のように崇めている人も、いると思います。――ですが、長老衆の人たちだけは、一貫した態度です……怖れ、恐怖。その感情しかないんですよ」

そのくせ、取り込もうだとか考えているのか、お見合い話だとか、年頃の女性がいる家へ依頼で行かせたりしたりしてますけどね。

 すっかり不機嫌そうな顔になって言うイオに、阿求は一見笑顔ながら内心かなり冷や汗を流していた。

 そんな彼女に頓着せず、イオは不機嫌そうな顔を崩さぬまま、

「大体、僕はまだ結婚するつもりはありませんよ。そう言うのは、お互いが本当に好き合っていなければ、とてもじゃないですが生活なんて続かないと思いますしね」

そう言う訳なので、長老衆にはそう言っておいてください。

 言いたい事を全て言い切ったとばかりにそう告げたイオは、最後に残っていた茶を一気に飲み干し、ふう……と深く息をつく。

「……あの、イオさん。本当に申し訳ありませんでした。長老衆の方へは、私の口からそうお伝えいたします。それでなんですが……もう少し、貴方の事を教えて戴いても構いませんか?たとえば、こちらに来る前におられた、貴方の世界の事だとか」

「…………まあ、別に構いませんけど。正直、話す事結構ありますよ?それこそ、一日だと足りない位に」

「ええ、大丈夫です。今回の幻想入り……珍しいを通り越してイレギュラーに近いですから。こちらのほうには、何の説明もありませんでしたしね」

若干、すねたような表情になって阿求がそう言うと、イオは訝しげな顔になって、

「……?八雲紫はどうなんです?あのスキマが何か言いそうなものですが」

「――一切、何も。それどころか、貴方が人里に暮らされてからはずっと音信不通です。

今までだと、毎日とはいかなくとも、たまに来ては私とよく話したりはしていたのですけどね」

ちょっと寂しそうな表情を浮かべながら、阿求がそう告げると、イオは訝しそうにしていた顔を、何処か思考の海に入り込んでいるような顔に変化させると、

「……ふむ。あの幻想郷を一番に考えている大妖怪が、ねぇ……」

と、呟くようにして言葉を漏らした。

 八雲紫によって此処に連れて来られた……イオとしてはそう考えているし、慧音も最初会った当時はそのように告げられ、そこには何の疑いもない筈……である。

 阿求の言うとおりに、自身が連れてきたことなど……ましてや、それなりに話す仲であるというのなら、言わなければいけない要項であろう。

 それが道理であり、通さなければならない筋だとイオは思うからだった。

(ま、妖怪の考えることだしねぇ……人間の言う事なぞ、歯牙にもかけてなかったりするかもね)

湯呑を持ったまま、イオはなおも思考を明後日の方に向けている。

 そこへ、阿求が吹っ切れたような表情になって、

「さ、もうその事はよろしいでしょう。イオさん、私の幻想郷縁起の為にも、ぜひとも教えてください!」

と、わくわくしたようにそう告げるのであった。

 

 



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第二十一章「一口呷るは月下の美酒」

 

「……おや、暗くなってきましたねえ……」

「――あ。す、すみません!こんな時間になるまで拘束してしまって!」

「いえいえ、大丈夫ですよ。ルーミアも一応作り置きの料理を食べるようには言っていますから。何せ、ここ最近やたらと宴会ばかりあって、ルーミアにそうすることが多かったんですよねえ」

はぁ……と、深いため息をついて明後日の方を見るイオ。

 その背中がどうにもすすけているように見えて、阿求はちょっぴりひきつったように笑うしかなかった。

「あ、あはは……皆さん、酒が好きですからねえ、どうしたって美味しい料理を作ってくれる人がいれば、頼りきりになると思いますよ」

「面倒です。ちょっとたまにならともかく、三日置きにせがまれちゃ、面倒以外の何物でもないです。……全く、射命丸の奴め、よく考えろよもう」

若干、言葉使いが崩れてきているイオに、ますます阿求は表情がひきつってしまう。

「はいはい、ちょっとそこで止まりません?流石に、イオさんもお疲れだと思うのでそういう事を仰ってしまうんだと思われますよ」

「疲れてるだけならまだいいんですけどねえ……問題は、あいつらが次から次へと酒を飲ませようとするところですよ。ついこの間なんて、危うく酒におぼれかけましたからね?すんでの所で何とか能力使って酒気をなくさなければどうなっていた事やら」

ぷんぷん、という音が聞こえてきそうなくらいに憤慨しているイオに、阿求は疲れたように溜息をつくのみであった。

 

「……ところで、イオさんこれからどうされますか?もし、食事をとられるようだったら、こちらで準備いたしますが」

「ああいや、大丈夫ですよ。今日も宴会やってると思いますので、ちょっと博麗神社によっていきます。どうせ、飲むだけ飲んで騒いでいるだけですから、少しは料理もありそうですしね」

すくっと立ち上がり、程よく痺れを足のふくらはぎ部分に感じつつも、イオはそう告げて暇を告げようとする。

 とそこへ、阿求が慌てて立ち上がり、

「あ、ではお見送りしますね」

「いえいえ、大丈夫ですよ。どうせ、すぐ飛んでいけば済む話ですから。じゃ、失礼しますね。また今度、僕のいた世界を教えますよ」

にっこりと笑ってイオはそう告げ、そのまま玄関へと向かうと下駄をはき、からころと音を鳴らした後に、一気に飛び立ったのであった。

 

―――――――

 

「……おやおや、やっぱり騒いでたか」

眼下に広がる、提灯が程良く境内を照らしている博麗神社を眺めながら、イオはそう呆れたように呟く。

 見れば、飲み比べをしている妖夢や魔理沙、一塊になっている紅魔館の面々、ゆったりとして飲み合わせている幽々子と紫。

 そして、主催者であろう霊夢はと言うと、飲み過ぎたのかすっかり出来上がった様子で眠りこけていた。

 そのままだと確実に霊夢が風邪をひきそうなので、イオは仕方なく境内に降り立ち、霊夢に近づくと、ゆさゆさと揺らしながら、

「ほら、霊夢?そこに寝てたら風邪確実にひくよ?せめて、母屋の方でねなきゃ」

「う~……う?あ~イオじゃない。ど~したのよう~?」

へべれけな状態でそう尋ねてきた霊夢に、イオは深くため息をついて、

「ここ最近、霊夢が酔っ払い過ぎるとどうなるか身にしみてたからね。とにかく、ほら立って。寝るんだったら布団の上で寝なさい」

手のかかる妹に世話をする兄のようなイオの態度に、霊夢はすっかり真っ赤になっているその顔を不機嫌そうにしかめさせると、

「う~る~さ~い~っての。別にいいじゃない」

「良くないよもう。霊夢に倒れられると、護符が無くなっちゃうからね?」

色々と彼女の護符にはお世話になっているのだ。今はストックはあるものの、それでもいつまでもあるわけではない。

 これでも、霊夢の神社の氏子?といったであろうか……それでいる気持ちは充分にあるのだ。

「ああもう、すぐに寝ようとしないの。ほら、酒瓶も離す」

よっこらせっと言いつつ、イオは霊夢を背中に背負った。 

 と、そこで遠目から眺めている紫と幽々子の二人が見え、とりあえずそちらのほうに会釈をしつつも彼は霊夢が住んでいる母屋へと向かう。

 

 そんな彼らを見送った後、紫は深くため息をついた。

「あら?珍しいわね、紫がそんなに疲れたようにしているなんて」

おっとりと扇子を口元にやりながら、幽々子が面白がるようにそう言うが、

「仕方ないじゃない。あの子たち、気付いてないようだけど兄妹みたいになっているんだから。正直、私としては予想外よ?」

――博麗霊夢の『空を飛ぶ程度の能力』。

 彼女の持つ能力は、単純に空を飛ぶだけにとどまらなかった。

 概念の上からも、物理的にも、何物にも捕らわれないというその反則的な力。それは、異変における彼女とは別に、日常においてもそれは現れていた。

『――捕らわれないが故に、誰に対しても執着せず、ただあるがままに』

彼女を知る、或いは知り合った人物は彼女をそう評する。

 だからこそ、魔理沙は彼女と幼い頃より共に在りながら、天才である彼女に置いて行かれる思いを痛感しているし、紫も、そんな彼女の性質と言うものを理解しているが故に、博麗の巫女にした思いもあった。

 だが、翻って現在イオと共に在るその姿はどうであろうか。

「……まあ、予想外ではあったけれど……でも、霊夢が人間としての感情を持てるなら、私としては特に問題はないわね」

――其れがたとえ、あの子が苦しむことになったとしても。

 人は、悩み、苦しみ、如何しても届かない物があれば、諦めるか執着するかのどちらかでしかない。

 心を持つが故に、苦楽も同時に併せ持つのが人間であると、紫は常々思っているからだった。

「……ふぅん。まあ、私としては、多く料理も作れてしかもそれがおいしいとあれば、妖夢の婿にでもと思ってたけどねえ」

「駄目よ幽々子。イオはいるだけでもかなりパワーバランスを崩してしまうのだから。正直、彼が中立であり続けてくれたことには感謝してるわ。そうでなかったら、あの好青年を殺さないといけなかったから」

イオが人里にい続けることが重要なのではなく、『何でも屋として』犯罪行為以外の依頼を一身に受けてくれること……このことが重要だったのである。

「何せ、世界の根幹に関わる『木を操る程度の能力』だから、どの陣営にあっても、等しく幻想郷の妖怪たちに警戒を抱かせる原因になりうる。妖怪の山の天狗達然り、紅魔館の吸血鬼然り、ね」

特に、紅魔館はここ最近イオを取り込もうとしているのではないかとさえ見えた。

 博麗神社が存在する理由足り得るのが、この幻想郷の全勢力内で唯一の中立であるからだ。そうでなければ、博麗大結界の事を抜きにして、全ての妖怪に対して最強である霊夢の存在は、無視できないものになってしまう。

 故に、イオの事もまた然り。

 『何でも屋』という、博麗神社とは別の形ではあるが、それでも中立であるという意味としては最上の形でイオがあり続ける事は、紫にとっても大変意義のあるものだった。

 さらに、中立の存在である博麗霊夢とそれなりに仲が良いとなれば、それはある種一つの勢力として換算出来てしまう。――博麗神社と何でも屋の共同勢力として。

 今のところ、彼は人里の長老衆から見合い話などを設けられ、その全てを断っていることから、推測ではあるが、彼も自身の事にはそれなりに注意を払っているようなのは感じられた。……もちろん、例によってスキマで覗き見ていたのだが。

 ぱさり、と扇子を広げながら紫がつらつらと考えていると、

「でもねえ、紫?色々と考えているようだけど、つまるところ霊夢とイオをくっつけようだなんて考えてるんじゃ、ないでしょう?」

「…………まさか。幽々子の勘違いじゃない?流石にそこまで考えているわけではないわ。せいぜい、霊夢が人間らしく笑ってくれるのを期待しているだけよ」

くすくす、と口元を扇子で覆いながら笑う紫に、幽々子は同じように笑みをこぼしながら、ぽつりと呟く。

「そう……だったらいいのだけどね」

冥界を司る亡霊と境界を操る大妖怪の二人は、その後も談笑しつつ盃を酌み交わすのであった。

 

――――――――

 

「――ふぅ。さて、と……料理はまだ残ってるかな?」

霊夢を母屋に寝かしつけてから、イオは再び宴会場に舞い戻ってきていた。

 きょろきょろと大皿がある所を見回し、ひとつ小皿を手に取ってからいくつか酒の肴になりそうな物を見つくろい、小皿に移していく。

 おそらく大吟醸と思しき日本酒と呼ばれる酒の瓶を手に取ると、イオはすっと屋根に飛び上がった。

 どっかと屋根に胡坐をかいて座り、イオは天に輝く金色の月を眺めて、ほぅ……と感嘆の吐息を洩らす。

 と、そこへ声がかかった。

「――お。イオじゃないか。射命丸から今日はこれないって聞いてたんだが?」

ふよふよと、箒に乗りながら魔理沙がそう尋ねてくるのに苦笑して、

「たまたま、用事が早く終わってね。食事をそこで頂くのもなんだし、料理をつつきに宴会に来たんだよ」

「ふぅん、そっか……なあ、私もいいか?」

伺うようにして聞いてくる彼女に、イオはまた苦笑すると、

「いいも何も、好きにすればいいんじゃない?ここ僕の家じゃないんだからさ」

「……それもそうだ。私らしくなかったぜ♪」

ちょっと待ってろ、そう言いながら彼女はすーっと眼下に広がる宴会場に降り立ち、きょろきょろとあたりを見回して酒を見つくろうと、こっちに向って飛んでくる。

 邪魔にならないように注意を払い、彼女がうまく屋根に座る様子を見てから、イオはゆっくりと酒を徳利から飲み始めた。

 おりしも、時はすでに宵を回る頃であり、金色の月が辺りをやわらかく照らしだす中、宴会場もそろそろ騒がしさから離れて、静かさを伴うようになってきている。

 そんな中にあってイオは、その空気と月を楽しむかのように穏やかに酒をあおっていた。

「……なぁ、イオ?お前が居たとこの世界さ、どんな夜空だったんだ?」

同じように小さな杯を傾けながら、魔理沙がそう問いかけると、イオは郷愁漂う笑みを浮かべてから、

「そう、だねぇ……。向こうだと、月は二つもあったし、此処まできれいな金色の月じゃあなかったよ」

言いながらその金色の瞳を、同じ色である月に向って投げかける。

 そんなイオに魔理沙はちょっと驚いたような顔になると、

「やっぱり、世界が違うと星まで変わるみたいだな。結構珍しいよなあ月が二つだなんて。どんな色してたんだ?」

「うん、一個が銅色で、もう一個が銀色だったかな。たまに、流星群とかあったけどね、それはもうすごかったよ。何せ、月がないときは本当に辺り一面を照らしだすくらい輝いているからさ。圧倒的だったねあの光景は」

くすくすと笑い、イオはいつか眼にしたあの光の矢が次々に消えていく様子を顧みつつ、尚も酒をあおり続けた。

 ふぅん……と、魔理沙はその言葉に納得したように声を漏らし、ちょびちょびと盃の中の酒を飲み続ける。

 しばらく、穏やかな空気がその場に流れているのを感じつつも、再び魔理沙が口を開いた。

「――イオ、こっちにとどまって、後悔してないか?」

「まさか」

恐る恐る尋ねられ、イオは笑みを覚えながら、

「僕は突然此処に連れて来られたけど、でもね、それでもこの世界が嫌いにはなれない。何よりも心が落ち着くし、むしろ、終の棲家を探す手間が省けたからね。だから、後悔はしていないよ。――ただ、ね」

そこで言葉を区切り、イオはさびしそうな眼を天上の月に向けて、

「……義父さん、マリア。あとはラルロス達かな……別れくらいは、言っておきたかったな」

遠く、今となっては遥か彼方のアルティメシア世界を思う。

「なぁイオ。浸ってるとこ悪いんだけどさ、お前、元の世界じゃ結構モテた口じゃないか?」

だが、隣にいる魔理沙が、その空気をぶち壊してくれた。

 余りのいいように、流石のイオも表情がひきつって、

「……唐突に何だよ魔理沙。その質問、今する必要あるの?」

「いいじゃないか別にさ。結構気になってるんだぜ?いろんなとこから話を聞いてみれば、お前、元の世界でも結構珍しい容姿だったみたいじゃないか。騒がれただろうにそんなに普通でいられるなんて、モテてたんじゃないかと思ってな」

「いくらなんでも下世話すぎるよ魔理沙……はぁ、そう言われても、僕はモテた記憶ないよ?やたらひっつかれた覚えはあるけどね」

「お?言ってみろよそれ。私はそれが聞きたいんだから」

呆れたようなイオの視線に、魔理沙はむしろ眼を輝かせてそう告げる。

 やはり、少しばかり崩れた言葉遣いであっても、女の子と言う事なのだろう。流石に、こういう恋話に対しては嗅覚が鋭いのも納得であった。

「……そう言われてもねえ……ほぼ、毎日のように突貫してきては決闘を挑んでくる人とか、やたらいたずらしてくる人とか、僕と親友のラルロスに対して変な事を考えていたりだとか、後は……そうだね、やたら僕に抱きついて来ては頬ずりしてきたりする人とか、そんなんばっかりだったよ」

「んでもって、全員女だろ?」

にやにやと、いつも紅魔館で撃墜されている仕返しなのか、悪そうな笑顔を浮かべながら魔理沙がそう訊くと、思わぬ一言にうっかり自分の過去を思い出し、

「……そういやそうだ。僕、ラルロス以外に男の友達いなかったような……結構へこむなあこれ」

「まま、こっちに来ちまったんだし、もうどうしようもないんじゃないか?」

「簡単に言ってくれるねえ君……いくらなんでも、暴言として許されてもいいレベルだよその一言は」

じっとりとした眼で魔理沙を見つめイオがそう文句を言うが、彼女は我関せずとばかりに盃を傾けるのみ。

 仕方なしに再び徳利を手に取り、ぐいと呷りながら、

(……ラルロスがこっちに来ることがないように祈って置こうかな)

普段、ぶっきらぼうでありながらその実かなり熱い性格をしている彼が、イオの失踪を耳にしたとすれば。

 自身が貴族であり、しかも次期公爵であることさえかなぐり捨てて、イオを探しに来ることだけは確かだったから。

(頼むから、絶対来ないでくれよラルロス)

でなければ、貴族から排除されてしまうのは彼だ。

 かなり不安を抱えながらも、それでもイオは天上の月に祈るしかなく。

 いまなお金色に輝く月下、龍の因子を持つ青年と、普通の魔法使いは穏やかに盃を交わすのであった。

 

 



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幕間「智の国の賢人」

――さて、イオが消えたアルティメシア世界ではというと……?


 

――アルティメシア。

 幻想郷の外に広がる地球という世界とは別の、位相も星もそして流れる歴史すら異なる、地球の日本と呼ばれる国と同言語を使用する世界。

 そして、何よりも忘れてはならないのが、現在の日本よりも幻想に満ち満ちているという事であろう。

 そんなアルティメシアと言う異世界の中、東のジルヴァリア大陸内に存在する三大国のうち、クラム国と言う国が、ジルヴァリア大陸の東側に存在していた。

 

――別名、『智の国』と号すると言われている。

 

「――なに?イオの形跡が途絶えた?」

「はっ。『疾風剣神』殿は、かのゴルドーザ大樹海の周辺に点在する街のギルドにて、古代遺跡の探掘を行うという旨の言葉を受付嬢に告げたまま、立ち去られたそうであります。……少なくとも、此処二カ月の間は全く姿を見せていないとか」

「…………あの、馬鹿。油断してどっかの遺跡に取り込まれやがったな。――もう少し、行方を探ってみてくれ。もし、それでも見つからないようなら……俺が、出る」

赤銅色交じりの金髪に、赤き瞳を持つイオと同年代に見える貴族の青年が、自邸の自室にて苛立ち紛れに騎士に向ってそう告げた。

 当たり前のようにそう言われた下僕は、彼の言葉に顔を青ざめさせると、

「な……ラルロス様が、お出でになられると……!?」

「あたり前だろう。ずっと学院じゃ一緒に馬鹿やってきた仲なんだ。色々とアイツには借りもある事だしな。……ここで行かなかったら男じゃないぜ?」

向き合っていた机から眼を離し、ラルロスと呼ばれたその青年は騎士に向ってそう告げる。

 だが、そうはいかないのが貴族の常であるわけで、

「何を仰っているのです!貴方様は次期、ルーベンス家の当主になられるお方だ!御親友の事はなにとぞ、我らにお任せを……!!」

「それこそ馬鹿言うな。あいつが手間取った遺跡何ぞ、お前らの実力じゃ到底踏破できねえよ。少なくとも、あいつと同じくらいの実力持った奴でないとな」

がりがりと頭を掻きながら、青年――ラルロス=クロム・フォン・ルーベンスは自室より出て、己が真の武器を手にしに動き出した。

「っく!ラルロス様はお優しすぎる!我らの事など、気にかける必要などないのですぞ!」

「――お前。本気でそう言ってやがるのか?」

ぞくり。

 本気でブチ切れた様子のラルロスが、足を止めぎらぎらと光るその瞳で騎士をねめつける。

 余りに明白なその怒りの色に、しかし騎士はひるむことなく受けて立ち、

「何度でも、申し上げるまでであります!幾つも、我らは若の命に従って参りました!拾って戴いた御恩を返そうと誓ったからであります!」

と、堂々たる意志を以て突きつけた。

 その様子に、ラルロスは深くため息をついてから、

「――こんの、大馬鹿野郎が!!」

兜を脱ぎ、全身を金属鎧で固めたその騎士を殴り飛ばす。

 絨毯が敷かれたその床に、けたたましく金属音が響き渡るのを聞きながら、ラルロスは怒りのままに騎士を睨みつけた。

「……どうも、俺の騎士たちは気づいていないようだがな。俺は無駄死にを許すつもりはない。それに、言っただろう?」

 

――お前らでは、完全に足手まといだと。

 

「――っ!どういう意味でございますか!我ら、日頃より鍛錬は怠らずあり続けてきた自負がございます!それを!」

「阿呆。お前はあいつと同じ位の腕前に至ったと言えるのか?あの、冒険者ランクがSSランクである、『疾風剣神』とよ」

アイツがいなくなるほどの危険さ……お前に分からない筈がないだろうが。

 焦燥の色を浮かべたラルロスがそう吐き捨てるように告げ、騎士はその言葉に、かつてこの国で開催され、今なお語り継がれる伝説の闘技大会の事を思い出してしまった。

 

『――二刀流、龍王炎舞流最終奥義……!!』

『集え、集え。この星に刻まれし最古の記憶。全ての始源よ、集い来たりて彼の者を穿て――!!』

 

――『紅蓮龍皇炎舞』!!

 

――『虹之光輝』!!

 

斬撃の嵐と、全ての属性が込められた魔法の嵐。

 イオ、そしてラルロスが決勝戦にて魅せたあの技の数々は、まさしく神話にも挙げられそうなほどであったと、当時同僚に頼んで警備を代わって見に行っていた騎士は思い返した。

 その、とんでもなさを見せつけた彼らの内の一人が手こずっているという古代遺跡。

 すぅー……と静かに青ざめていく騎士の顔に、ラルロスはやっとわかったかとでも言いたげに頬を掻くと、

「……アイツがこの二カ月で姿も現さないというのは、かなり珍しい部類に入る。完全に俺達と縁を切ったつもりでいなくなったか。誰かによって何処かに飛ばされたかのどちらかだ。そこまで出来る奴がいること自体、あいつよりも強大な力を持っていると推測せざるを得ないんだよ」

 おそらく、アイツが油断していたところを見計らって行ったに違いないからな。

 『賢人』と呼ばれる異名の通りに、恐ろしいまでに頭の冴えを見せつけたラルロス。

「……くっ。この身が御身の邪魔になってしまおうとは……!」

「落ちつけ。こんなことなんかそうそう起きねえよ。滅多にあいつと打ち合って勝てる奴なんかいないし、そもそも『壁』を超えた奴等しか対応できねえからな」

アイツの義父とかな。

 考えるようなそぶりを見せつつ、ラルロスはよし、と呟くと、

「――おい。もしもの事があれば、姉上を次期当主として立てるように父上には言っておけ。おそらく、かなり修羅場になること請け合いだからな」

「!!?何を突然――!!」

あっさりと、通常の公爵家のものとは思えないその言葉に、騎士が驚愕していると、ラルロスはそんな彼をほっぽいて、己が準備をする為に立ち去ったのであった。

 

――――――全ては、あの穏やかに笑う、若き剣神を助けんがために。

 

 




はい、というわけでクラム国でした。
ちょいと短いですが、次へと進みマース。


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第二十二章「分かち合うは空を駆ける友」

 

――一夜明けた翌日、イオは依頼を受けて遂行する生活に戻っていた。

「……ふぅ。これで、どうにかなりましたよ。とりあえずですが……この作物を収穫するまでは病気にかかりにくくしておきました」

「あ、ありがとうごぜえますだ、イオさん!正直、おらの畑の作物、どんにも病気にかかりやすぐで。今年も収穫時期に採れないんじゃと思って心配だっただ」

おっとりとした、田舎に共通の訛り言葉でしゃべる目の前の百姓の男に、イオは少し考えてから、

「……おそらく、立地条件と言うものだと思います。農地だって、場所の相性と言うものがあるわけですしね。とはいえ、今回の場合此処はそう悪くはない筈なんですが……」

むしろ、土壌的に見ればかなりいい方だと思われる。

 何時ものように依頼でやってきた、今回の農地を見回しながらイオは口ごもった。

其れなりに広く、赤茶色が広がる畑の周りに、囲むようにして木が生えているその農地。

 先程土を掘り返してみたが、良い土壌であることを示す小動物の類が多数存在している事、加えてそれなりに住んできているのであろう彼の言葉からも、この土地がいかに良い土地なのかをイオは感じていた。

――だからこそ、ちょっとばかり不審に思う訳なのであるが。

「……だめですね。流石に、植物たちの免疫性を高めることはできても、そこまで農業の事に詳しい訳ではないので……申し訳ありません。お力になれなくて」

「いや!謝らなくてもいいですだ。わだしたち、食っていければ大丈夫だがら」

きにしなくていい、とそばかすが頬に浮かぶ、いかにも農場の息子と思わせる彼は、笑って手を振る。

 だが、イオは何でも屋である以上、なるだけアフターサービスも行わなければならない身だ。幸い、その手の事に詳しそうな伝手には心当たりがあるため、その事を言ってみる。

「……もし、良かったら僕の方でつてをたどってみますが」

「……え!?い、いるんだか?そんなひど」

驚いたように彼が叫ぶが、イオはその言葉に苦笑すると、

「まぁ、厳密には人じゃあないですけどね……『風見幽香』さんですよ。一応、人里の守護者慧音さんから依頼として彼女の所に行くことがありまして。その縁で少しばかり土の事を教えてもらったことがありますので」

そう言って笑う彼に、だが目の前の青年は、とんでもない名前を聞いた気がして戸惑っていた。

「……あ、あのざイオざん?いま、なんが凄い名前をぎいた気がすんだけど?」

「え?ああ、『風見幽香』さんですね」

至って何てことなさそうに告げる彼であったが、彼にとってはそうではない。

 むしろ、その名前を聞いて落ち着いていられるはずもなかっただろう。

「じ、『四季のフラワーマスター』!!?」

「おぅふ。……いきなり、大声あげないで下さいよ」

「だ、だっで、大妖怪でねぇか!イオざん、なんでそんなに普通にしてるだ!?」

「…………ああ、そっか。普通の人は妖怪と聞いたら警戒するよね」

慌てている彼に、イオはむしろ納得したような声を上げた。その様子からは、大妖怪と対峙したという事など、微塵も感じられない。

 それよりも、友人がそんな大層な妖怪であったことを今更ながらに思い出したかのような……。

 怖くなってきた彼が、恐る恐るながらイオに訊ねてみた。

「あ、あのざイオざん……その、フラワーマスダーとは、友達がなんがで?」

「あっはっは!それだったらどんなに良かったことやら」

思いもかけない言葉に、イオは思わず笑ってしまう。

 あの孤高の大妖怪の友人?むしろ、殺し合いをする関係だろう。

 むろん、そればかりではないとは分かっているが、彼女はそれでも、一人であり続ける妖怪であるのだ。

――気高きプライドと、家族である花たちを守るためだけにかの存在はある。

「……どうにも、この間戦って勝つとはいかないまでも引き分けにしたのが不味かったみたいで。あれから、やたらと勝負をふっかけられるんですよねー」

「ちょ!?それ、ほんどのこどだか!?」

戦って生き残っている事もそうだが、彼が幾度もあの花の大妖怪と対峙している事に、彼は本気で驚いた。

 そんな彼女に、イオは困ったように笑いながらも、

「ま、そういうわけなので彼女に色々と訊いてみますよ。もしかしたら、原因も分かるかもしれませんので」

そう告げると、イオはぐぐっと背を伸ばしてから、

「じゃ、今日の依頼はこれで遂行できたと思っていいですか?」

「え……あ、そうだ!ほんとに、ありがとうごぜえました!すくねえようですが、これが報酬になりますだ」

慌てて彼が懐を探り、小さいながらもしっかりとしたつくりの袋を取り出し、そのまま彼に渡してくる。

――だが、彼はそれを受け取るつもりはなかった。

 優しく袋を受け止め、イオは穏やかにしかししっかりと返しながら、

「いいんです。農家の方々の生活もあると思いますから、金銭での報酬は構いません。その代り、今度人里に来られた時、お野菜などが頂けたらなあと」

その方が、十分生活も出来ると思いますしね。

 おっとりと笑いつつ告げた彼に、彼がかなり申し訳なさそうな表情になると、

「うう……申し訳ねえですだ」

「いえいえ。こういうのは仕方がないと分かっていますから。じゃ、失礼しますね~」

そう言って今度こそイオはふっと飛び上がり、そのまま去っていった。

 残された農家の青年はというと、彼が飛び去って行った方角を見つめながら、

「はぁ~。ほんどに、イオざんはものすげえお人だっただなあ。怪我とか病気とか、しないでほしいだ」

眩しそうに空を見上げつつ、イオの平穏無事を祈るのであった。

 

――――――――

 

――人里。

 時折、眠いのだろうか欠伸を洩らしながらも、イオはおっとりと街を歩いていた。

 八百屋に並ぶ商品達を眺めては、美味しそうな果物やみずみずしい野菜に楽しそうに眼をすがめつつ、呉服店に訪れては、『たまにはおしゃれも考えないとな~』などと考えながら。

 そこへ、空から一陣の風と共に降り立った存在が居た。

「――あやや!イオさんじゃないですか!なにされて――」

「そぉい!」

「あいったーー!!?」

迷惑も顧みず、いきなり突っ込んできた人物に、イオは全力で気を込めた拳骨を繰り出す。

 余りの激痛に、ごろごろと地面を転がりまわる鴉天狗――射命丸はしばらくそのまま転がっていたが、すぐに立ち上がると、

「い、いったい何すんですか!かなり痛かったですよ!!?」

「君、良く周りを見てから言うようにね?土埃とか、商品につくだけでも致命的なんだよ?」

涙目な彼女に、しかしイオはけして容赦することなく淡々と言い切った。

 しかし、この場では彼の方が正論であろう。

 と言うのも、今なお彼は人里の街にいるわけであり、直前まで訪れていたのは呉服店だったとなれば、その言葉にもうなずける話ではあった。

 とはいえ、元々が妖怪である鴉天狗だけに、なかなか人間を見ることが出来ないようではあるのだが。

 イオにとってそんな事は知ったこっちゃねえ話であった。

「うぅ……イオさんに会う度、やたらと鋭い突っ込みされてる気がしますよぅ」

ぷすぷす……と煙が上がっている頭をさすりつつ、射命丸がそう呻くがイオはそれに構うことなく、

「申し訳ありません。彼女、僕の友人なのですが……時たま、人の迷惑も顧みず行動してしまう所があって……ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」

と、騒ぎを聞きつけたか、中から出てきた呉服屋の主人に謝っている。

 人里で有名になりつつあるイオに謝れられ、慌てている呉服屋の主人は頭を上げさせようとしたが、頑としてイオは譲らなかった。

 そんな彼らを尻目に眺めつつ、射命丸はいつになくすねたような面持である。

「……もうちょっと、私の事気にかけても罰当たらないと思うけどな~」

否、完全にすねた様子であった。

 まあ、それもむべなるかな。

 普段穏やかで通っているイオが、唯一射命丸に対してはかなり辛辣なのである。いつも取材対象にかんして気にかけない彼女であっても、それはかなり堪えた。

 さらに付け加えるならば、彼の作る料理は本当に美味しく、いつも作ってほしいと思ってさえいただけに、彼の態度がかなり辛い。

(逆にいえば、それだけ遠慮がないってことなんだろうけど……さすがにそこまで前向きにはなれないなあ)

あの態度、無茶ばかりする者に対して強制的に元に戻す為の作業にしか見えなかった。

 そうして、思考にふける射命丸に、声がかかる。

「――ほら、文?この人たちに謝らないと」

「……ふぇ?え、ええ……申し訳なかったです」

突然、下の名前で呼ばれ、戸惑いながらも彼女は言葉に従って頭を下げた。

 呉服屋の主人は、その様子に苦笑しながらも、

「いえいえ。イオさんがいつか自分の服を買う為に来ると言う事で手を打ちましたから。天狗様はもう謝らずとも構いませんよ。むしろ、こちらの利益となりかなり嬉しい悲鳴です。なにせ、『あの』イオさんに御厚意になって下さると言うのですから」

「は、はぁ……?」

どういう意味なのか、新聞記者でありながらそこには気づけない射命丸が、困惑したようにイオを見やると、彼は彼女に向って息を吐いてから、

「詰まる所、僕の人里における人気を利用した事になるね。そうだね……外の世界でたとえを挙げるなら、国王が懇意にしている店と言う事になるのかな?流石に、そこまで極端ではないけど、『イオ=カリスト』と言う、『何でも屋であり人里においては最強に近い剣士』である事実を以て、行ってみれば客寄せ、看板娘みたいな感じで利用されるってこと。迷惑かけちゃったし、実の所此処の品ぞろえと模様が結構気に入ったからね。もし出来るようだったら龍の紋様も今度頼もうかなと思ってたくらい」

こういう着流しの背中に、うねるような青龍の紋様とかね。

 やはりこういう所は男であるからか、何処となくきらきらとした眼で楽しそうに語るイオを、呉服屋の主人は嬉しげに見ると、

「ええ、イオ殿の注文にこたえきれるかどうかはともかく……私どもは誠意を見せたく思いますよ。今後とも、よろしくお願い致します」

「こちらこそ。いい服、期待してます」

にっこりと笑い合い、がっしりと握手をし合うその姿は、まさしくひとかどの商人同士の商談を思わせた。

……なお、イオは何でも屋であり剣士ではあるが商人になった覚えはないので念のため。

 

 そうして、呉服屋の主人に謝罪が済んだ所でイオは射命丸に向きなおった。

「……で?文?今日はどうしたのさ?」

「むぅ……イオさん、最近私の扱いひどすぎません?」

「うーん……そんなひどかった?僕、結構普通にしてたつもりだけど」

「むしろあれで普通だったんですか!!?」

あっさりとしたイオの態度に、射命丸はただ驚愕するしかない。

 だが、それよりも彼女には気になることがあった。

「……まあ、それは別に置きましょう。イオさん、今まで私の事名字でしか読んでいなかったのに、今あの店の人と話していて、私の名前、呼びましたよね?」

「……あれ?そうだったっけ……ああそうだ。忘れてた。ずっと射命丸のままで通してたなあ、ごめんね?」

最初訝しげに首をひねっていたイオだったが、すぐに心当たりに至ったのだろう、申し訳なさそうに謝って来る。

 とはいえ、射命丸はその謝罪を求めていた訳ではなかった。

「いえ、その事は別に構わないんですけど……どうして今なんです?」

「へ?別にいいじゃない。友達なんだから」

何を言っているんだと言わんばかりのイオの表情だが、むしろそれを言いたいのはこちらの方である。

「……あのですねぇ。友達だと思ってらっしゃるなら、私に対する今までの行いは?」

「だって、ああでもしないと君絶対止まらないでしょ?友達の事を思ってやってるんだから」

「それであの威力!!?」

絶望した。どうしようもないこの現実に絶望した!

 友人(イオの認識)の筈なのに、この扱いには大いに抗議をしたい射命丸だったが、よくよく考えて、自分の書いてきた新聞やイオに対するちょっかいの事を思い出してみると、

「……あるぇ?な、なんか私が悪いような……?」

「うーん……悪いと言うより……行きすぎ、だね、この場合は。だからああしているんだけど。なかなか君が僕に向って突進してくるのが止まらなくてさ、困ってたんだよね」

女の子なんだから、もう少し慎み持ってほしい。

 共に歩きながら告げられたその言葉に、射命丸が撃沈した。

 まさか、自分の行いのせいで女の子として慎み持てと言われるとは思っていなかったため、射命丸は歩きながらずーん……と暗い空気になっている。

 だが、そんな彼女に構わずイオはなおも続けて、

「ま、そう言う所を除けば僕は君の事、結構好きだよ?」

「…………うえぇ!!?」

余りにもさらりと出されたその言葉に、数秒たってようやく射命丸が反応した。

 頬を赤くさせながらワタワタとして慌てつつ、

「す、好きって……!!?」

「へ?友達として好きだっていう意味だけど?」

何をそんなに慌てているのか分からず、イオはいたって普通にそう返す。

 そこには何の羞恥も、感情も、邪推出来るような部分はなかった。どうやら、完全に友人としての気持ちだけの様である。

「…………ねえ、イオさん。貴方、人から女の敵とか言われた覚えないですか?」

「……うーん……なんか、やたらとため息つかれた覚えだったらあるね」

はて、あれはいったいなんだったんだろう。

 そう言いたげに首をかしげている彼に、射命丸は深くため息つくと、

「……もう少し、自分の容姿と言葉について、気をつけた方がいいですよ?ただでさえ、色々とイオさんは規格外なんですから」

ようやく落ち着いてきた胸を抑えつつ、ジト眼になって彼に向って文句を告げた。

 その言葉にイオは納得がいかなさそうな表情になりつつも、

「むぅ……善処する、としか言いようがないね。多分、僕自覚がないんだと思うから」

と、小さくぼやくのみ。

 

……と、それはともかく。

「――そういえば、文って今日はどうしたの?なんか、訊く前に色々あったからすっかり忘れてたけど」

今更ながらに今日射命丸がイオに突っ込んできた理由について問いかけたが、当の本人は先程の事をまだ引きずっているのか、すねたように頬を膨らませながら、

「……(ツーン)」

と、そっぽを向くばかりだった。

 その様子に、流石にやり過ぎたと反省したのか、イオが困ったような表情になると、

「もう、何度も謝っただろ?何をそんなにすねてるの」

「……イオさんにはわからないですよーっだ」

あっかんべー、とイオに向って舌を突き出し再びそっぽを向く射命丸。

 いつにない彼女の様子にイオはほとほとと困ってしまい、頭を掻きながら。

「はぁ……また宴会の事?それだったら今日は余裕があるし、いけるよ?」

「ほんとですか!?……って、あ。……ふ、ふん!そんなこと言っても許してあげる気はさらさらありませんよ!?」

「今揺らいだよね文?」

何となく、故郷にいる義父とは別の、もう一人の家族であるとある少女の事を思い出しながら、今度はジト眼になって射命丸を問い詰める。

 だが、そんなイオに彼女はふしゃーっと猫のような声を上げた。……どうやら、今に至ってもなお許すつもりは全然無いようである。

(むぅ……困ったな……場所聞き出さないと、手伝いにも行けないし)

一体何をそんなに怒っているのだろうか?

(さっきの友達として好きって発言かな?でも、本当に友達としてしか感じないんだけど)

何せ、元の世界では文のような、外面は美しいがとんでもなく個性的な女性の友人に恵まれていたために、そうそう勘違いを起こすようなタイプではなかったのだ。

 やたらとひっついてきては頬ずりしてくるような女性までいたのだから、イオの女性観と言うものが変質してしまうのは仕方ないことだった。

(……まぁ、そう言う意味だと、ラルロスのお姉さんには感謝かな?)

次から次へと現れるハニートラップのような女性に対応する術を得たのだから。

 とはいえ、今現在彼女に対していう事ではないことは確かだったが。

(なんて言ってあげればいいんだろ……ってあ、この手があった)

故郷で学院に通っていた頃、こう言えば大抵、なぜか許された覚えがあったある発言を思い出し、イオは意を決して射命丸に話しかけた。

「――えと、何でも言う事ひとつ聞きますから、許してくれません?」

「――――なんですって?」

ぴくり、と肩が跳ね上がりこちらを見つめてきた瞳には驚愕の色しか浮かんでいない。

(ありゃ、だめだったかな?)

予想外の反応に、イオは逆に驚きながらも、

「うん、何を怒ってるのか分からないから、ちょっと最終手段に出てみた」

「アホですか!!」

すぱーん!

 何処からともなく取り出してきたハリセンで思い切りはたかれ、イオは思わずおお?と驚きの声をあげた。

「おお?じゃ、ありませんよ!言いましたよね!もっと自分の容姿とか行動に気を付けてって!」

がみがみ、と腰に手を当てつつどなり声を上げる射命丸に、イオは困惑したように首を傾げながら、

「いやだってさ、文っていつまでも怒ってるんだもの。何言ってもつーんとしか返さないし。どうしようもなくなったからこうしたんだけど……?」

「まさかのブーメラン!!?」

周りの人々がぎょっとして彼らを見るのもかまわず、驚愕の声を上げる彼女に、イオはますます困ったようにして、

「そう言う訳だから、文にそう言ったんだけど……不味かった?」

「……はぁ。ほんとに、アホですか貴方は。もう、いいですよ許します。その代り、美味しい料理、たくさん作ってもらいますからね?――後、今日も博麗神社で宴会やるみたいです。宜しくお願いしますよ」

「……うん、分かった」

ようやく許された安堵でほっこりと笑うイオに一瞬射命丸は見とれかけ、慌ててぶんぶんと首を振りながら、

(イオは友達、イオは友達……ええ、誰がどういっても友達ですはい!)

と、自身に暗示をかけつつ、

「とりあえず、イオさんが来ること霊夢さんとかに言わないといけませんから、一旦此処で失礼しますね」

「うん、ありがとね。今日は頑張って腕振るうから」

おっとり笑うイオと別れたのであった。

 

――――――――

 

「――さて、と……何やってるんですか慧音先生?」

手を振りながら別れた射命丸を見送り、イオはずっと視線を感じていた方へ眼を向け、呆れたようにそう尋ねた。

 彼の眼の先にいた慧音は、その声に身を潜めていた影から慌てて身を離すと、

「や、やぁこんな所で奇遇だなイオははは」

「完全棒読みですよ?こっちをこっそり見て、いったいどうしたんです?」

ジト眼になって慧音を見つめつつ、イオはなおも言い募る。

 それもそうだろう、恐らく、イオに対して用事があったのだろうが、だからと言って射命丸と会話している所を追跡し、多分ではあるがあまつさえ会話内容まで盗み聞きしているのだ。普段、真面目だと思っていた人物がこの事をしただけに正直驚きが禁じえなかったが。

「いや、あのだな……妙に睦まじげに話し合っていたものでな、入ろうにも入れなくて……遠慮していたんだよ」

「はぁ?普通に話しかければいいじゃないですか。言っておきますけど、文とはただの友達ですよ?」

完全に呆れかえったと言わんばかりのイオに、慧音は羞恥で顔を赤らめつつ、

「し、仕方がないだろう!?……と、それはともかく、だ。イオ?少し、君に話があってきたんだよ」

こほん、と咳を一つして、慧音はきりっと真面目な顔になるとこちらに向ってそう告げたのであった。

 




次章から、本格的に三日おきに行われる、あの異変が始まります。
――まぁ、その雰囲気は作中においても結構感じられたと思いますが、イオがなぜ影響を受けていないのかは追々。
 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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第二十三章「集まりたるは妖力の霧」

 

「――空に、妖力が集まって来ている?」

「……ああ。どうにも、最近空の様子がおかしいと思っていたんだが……よく空を見つめてみたら、かなり薄くはあったが、妖力が確認できた」

――人里、慧音宅。

 イオと慧音はあれからと言うもの、立ち話もなんだろうと言う事で空を飛び慧音の家にやってきていた。

 そこで、イオに告げられたのは先程の会話の通り、空に妖力が集まり始めている事である。

「……ふむ。気の所為……と言う事はあり得なさそうですね」

「そうだな。この私がここ最近空を眺めていてやっと見つけたんだ。気の所為である筈がないよ」

ずず……と湯呑を傾けつつ、茶を飲みながら告げた慧音に、イオは少し訝しげな表情で、

「ですが、おかしいですね……異変だとしたら、そう言う気配がしそうなものですけど。

『春雪異変』や、『紅霧異変』のような、話に聞いていた異様さは感じられませんよ?」

 以前この幻想郷全体規模で発生した、過去の異変を挙げてイオがそう告げると、慧音も同じように顔を顰めさせて、

「そこなんだよ。どうにも、異変らしいものが感じられないんだ。ただ、な……妖精たちや、力の弱い妖怪たちが、この頃妙に騒いでいるのが気になる」

「む……それもありましたね、たしか」

異変の度に騒ぐ、妖精達と妖怪たち。

 ある種、お祭り騒ぎにもなっているようなものだが、実際の所人里においては死活問題に近かった。

 なにせ、畑で作物を育てていれば、妖怪であれば食べられ、妖精たちならば悪戯で引き抜かれる。その仕返しをしようにも、彼らはなぜか力を増しており、おかしなことになっている。

 こうした危険性もあり、人里ではかなり頭を悩ませている問題なのであった。

「……参りましたね、それだと異変が起きている証になってしまうじゃないですか」

「それなのに、それらしいものが見当たらないとなるとな。……はぁ」

二人して溜息をつき、ふと、お互いの状況に気づいて苦笑する。

 しばらく、茶を飲みながら各々考えていると、ふとしてイオが言葉を紡いだ。

「……とりあえず、今日の所はどうしようもないので、失礼させて頂きます。このまま、考えていてもらちが明かなさそうですしね。慧音先生も、何か分かればご連絡ください」

「ああ、そうさせてもらうよ。……そうだ、この後どうするつもりだ?」

「文に誘われましたからね、とりあえず博麗神社に行って料理でも作ってますよ。色々とあの妖怪の賢者に訊きたい事もあることですし」

おっとりと笑いつつイオはそう告げると、慧音も笑い返し、

「ああ、楽しんでおいで。おそらく、いつもどおりに宴会だろうからな」

(……ん?なんだろ、今……)

妙に、違和感を感じたような……。

(…………気の、所為……か)

一礼しつつイオは玄関に向かいながら首を振り、博麗神社へと向かうのであった。

 

――――――――

 

「……お、気付いたかな?あの何でも屋」

空の中、薄く漂う妖力の霧の中に、響く声一つ。

 はるか上空に今まで霧として漂っていた存在は、ふと自身の体を集めさせ、小さな影を雲海に投げかけた。

 その姿は、一言でいえば角の生えた幼い少女であろうか。

 角は二本あり、どちらもかなり捩れた形をとっており、その上服装は何処となく山賊を思わせるような、茶色で構成されたものであった。

 おそらく、イオの元の世界であればこう表現されたであろう――オーガ、と。

 とはいえ、オーガの名で彼女を表すにはかなり遠い。

 

――なぜならば、彼女はこの幻想郷において、失われし最強の種族……『鬼』であるからだった。

 

 だが、今現在彼女を、そして彼女の一族を知る者はいない。

 その理由は、かつて存在していた彼らが、人間の浅ましさ、そして嘘をつかれたが為に、義侠心を持ち、嘘をつく事をよしとしない真っ直ぐな心を持つ彼らは、今まで人間に抱いていた愛想と言うものを尽かしてしまい、その身を地底と呼ばれる場所へと隠してしまったのだった。

 とはいえ、残らなかった者もいないではない。……一人だけ、ではあるが。

「くっくっくっ。面白くなってきたかな?」

腰に括りつけた瓢箪を取り出し、ぐぐっと一気に呷りひとり呟いた。

「正直、いきなり私の領域から抜け出せたのには驚いたけどねえ……やれやれ、あいつの能力、意外に馬鹿に出来なかったなぁ」

『木を操る程度の能力』。

 それは木と言う属性を、世界を操ることが出来ると言う代物であったわけだが、同時に自身の肉体を、木そのものに組み替える力でもあったわけであり……。

「あの花妖怪と戦った後、ぐったりしてたのに直ぐに体調が元に戻ったのも、あの何でも屋が言っていた通りに、『調和』を司る特性がすぐに治してたんだろうね」

故に、精神的なものに関わって来る能力に対しては、ある種免疫性を持っているとみていいだろう。

「いやはや……こんな方法で逃げだされるとは思わなかったなあ」

けらけらと笑いつつ、またぐぐっと酒を飲み干しつつ呟く鬼。

 

――『密と疎を操る程度の能力』。

 

 それが、彼女の持つ能力であり、ここ最近の宴会が続いている原因であった。

 とはいえ、今のところ違和感を抱いたイオ以外、気付いている様子は全くないが。

「……ふむ、そうだね……依頼、出してみるかな?」

恐らく、すぐには博麗神社にはいかないだろう。

 なにせ、料理を作ると言うのだから、どうしたって色々と準備があるわけで……。

「あいつの家行って、待ち伏せするのもいいかもねえ」

けらけら、と再び彼女は笑うと、すう……と霧へと身を変化させたのであった。

 

――――――――

 

――人里。イオ=カリスト宅。

「――さて、と。ルーミア……留守番大丈夫かい?」

「うん、だいじょぶだよー?」

こてん、と首を傾げ、イオが作った棒のようなお菓子を食べながらルーミアが返事する。

 その様子に、イオは申し訳なさそうな表情になって、

「……ごめんね。ここ最近落ち着いて家にいなくて」

「いいよー。美味しい料理たくさん作っておいてくれてるから」

居間のちゃぶ台の上に並ぶ、ルーミアの今晩の夕食の数々を見ながら、ルーミアはおっとりと幸せそうに笑った。

 実際、それが彼女の幸せなのだろう。

 だが、イオはそれでも申し訳ない気持ちが大きかった。

「……多分だけど、今日の宴会が終わればしばらくは家にいるからね?色々と、ルーミアに買ってあげたいものもあるし」

「え!?いいの!!?」

「うん。僕の身勝手でルーミアがこの家にいるようなものだからさ」

思った以上に歓びの声を上げる彼女に、イオはそう言って笑った途端。

 

「――おやおや。人間とはいえない位妖怪に優しすぎじゃないかい?」

 

「――だれだ!?」

いきなり、家の中より聞こえてきた若い女の声に、イオは思わずルーミアを抱えあげ、大きく飛び下がって縁側に行くと、ちゃきり、と腰に据え付けた朱煉に手をかけた。

 おおお?と抱えられているルーミアが吃驚しているが、その様子にも構わずただ身構え続ける。

 だが、再びその声が聞こえてきたのは、背後からだった。

「くっくっく……いい動きだねえ。うん、合格だ」

「なん、だって……?」

心底驚愕した表情で、イオは恐る恐る背後を見やる。

 するとそこには、不可思議な衣装を着て、頭から二本の角を持った少女が立っていた。

冷や汗を流しながらも未だに警戒しているイオを見て、一瞬考えるそぶりを見せてから、

「ふむ、ちょいと自己紹介が必要なようだね。……私の名は伊吹萃香。『小さな百鬼夜行』、『技の四天王』と呼ばれた、鬼だよ。ちょいと、お前さんに用事があってきたんだ」

腰に括りつけた瓢箪を取り出し、グイッと呷った後にそう告げたのであった。

 

―――――――

 

――場所変わり、博麗神社。

 ここ最近、ほぼ毎日のように行われる宴会は、とある鴉天狗がもたらした一報により、ますます盛り上がろうとしていた。

「ふふふっ、イオさんが来るイオさんが来る~♪」

そんな中にあって、やはりと言うべきなのだろうか、一報をもたらした射命丸はイオの料理が食べられるとあって、かなり浮かれまくっているようである。

 その様子に、普段は思いのままに飲んでいる霊夢がいらっとした様子で、

「ねぇ、さっきからうっさいわよそこの鴉天狗。丸焼きにされたい?」

「……言うに事欠いて丸焼きかよ。そんなん食いたくないぜ」

呆れたように首を振って言うのは、『普通の魔法使い』である魔理沙だった。

 彼女も、大いに酒を飲んでいるのか、それなりの大きさである盃を傾けて、美味しそうにそれでいて大事に飲んでいる。

 だが、そんな彼女たちに構うことなく射命丸は、

「だって、あのイオさんの手料理ですよ!今までも食べてきましたけど、あの人の料理本当に美味しいんですからね!?なんて言うんでしょうか……そう!力が回復するような、そんな感じを味わえるんですよ!」

握り拳を作り、眼を爛々と輝かせながらそう力説した。

 その言葉に、魔理沙も何処か思い当たる部分があったのだろうか、あー、と納得したような声を上げた後に、

「……そういや、あいつの作った料理大抵美味い上に、私も魔力が増えるような感覚を感じたんだよなぁ。ちょっと前まで出てきてた宴会の後、チルノとやったら何か威力が増してた感じがしたし」

「……ちょっと待ちなさい。魔理沙?貴女、本気で言ってるの?」

妖夢や咲夜が作った料理をつつきながら、アリスがそう言って真面目な顔つきで魔理沙に問いかけると、彼女はやや赤味がました顔を上下に振りながら、

「ああ。多分だけどな。と言ってもなあ……宴会の後って大体皆酔っ払ってること多いだろ?気のせいかと思ってな。それに、すぐにその感覚は消えちまうし」

近くにあった大皿から、いくつか肴を取って食べながら魔理沙がそう告げると、アリスは少し考えるようなそぶりを見せてから、

「……普通に考えれば、イオの料理が一時的な魔法薬に近いものになってるってことよね……ねぇ、パチェ?」

「……ふん、そうね。言われてみれば、私もそんな感覚がしたわね。後からすぐにその感覚は消えてしまったけど、でも、私の場合そこまで酔いつぶれていた訳ではないから、すぐに原因を調べたわ。……だけど、体に影響ない範囲で魔力が増幅していただけという事実しか、大して分からなかった。……一回、イオを問い詰めてもいいんじゃないかしら?」

宴会のさなかにありながら、『動かない大図書館』の二つ名のごとく、何時もの通りに魔導書を読み進めるパチュリ―の瞳から、一瞬きらりと光が飛びだした。 

 何が何でも原因を突き止めてやろうという、そう言う意志を感じられて、思わず魔理沙が息をのみこむ。

 普段図書館に侵入しては彼女に怒られている事しかないが、彼女も先達であるという事がよく感じられた。

――とはいえ、自分の先に存在する彼女たちに追いつきたいと思っているのも確かなのだが。

「……んじゃ、イオに訊いてみるってことで。ほい、酒どんどん飲もうぜ~♪」

「貴女ねぇ……普通に考えればあり得ないことなのよ?たとえ一時的にとは言え、通常のやり方と異なる魔力の増幅なんて、滅多にあるものじゃあないわ。貴女の場合、たとえば瘴気が漂う魔法の森でとってきたキノコあるいは植物を使用する事で魔法を行使している。その中には、当然魔力を増幅させるものもあるでしょう?ま、そうはいっても身に余る魔力なんて、大抵魔力酔いにしかならないけれどね」

真面目な顔つきのまま、アリスはそう言って続けた。

「とにかく、しばらくの間はイオの料理はやめておきなさい?食べすぎで魔力酔いになるなんて醜態、見ることになるなんて嫌だからね?」

「げっ……マジかよぉ。あいつの料理、ほんとに美味いのにさあ。いっそのこと、永久に就職してもらいたい気分になるくらいなんだぜ?」

そう言って魔理沙が料理を掻きこんでから顔を上げると、何時の間にか、この場所だけ沈黙が漂っている事に気づく。

「……?何だよ、皆どうしたんだ?私、おかしいこと言ったか?」

不機嫌な霊夢。

何故か無表情の中に楽しげな光を浮かべているパチュリー。

困ったような表情のアリス。

――そして凍りつき、愕然とした様子の、射命丸。

「お、おい……射命丸?お前、どうしたんだよその顔。すっげえひどい顔になってるぞ?」

余りに変貌した射命丸の表情に、魔理沙が仰天してそう問いかけると、彼女はすぐに我に返って、

「い、いやだなぁ魔理沙さん。そんなわけないじゃないですか。ええ、気の所為ですよ気の所為」

かたかたと、どう見ても動揺しているような動きで盃を手に取り、ごくごく……と、人間どころか妖怪までどん引きになるくらいに一気飲みした彼女は、そこでにっこりとひきつったような笑顔を浮かべると、

「ほ、ほら、大丈夫でしょう?はいはい、皆さんどんどんお召し上がりになってて下さいよ。ちょっと私、出掛ける所があるので」

いわゆるこの一杯を以て抜け出す口実にしようとでもいうのだろうか、動揺が抜けきらないまま、彼女はそのまま飛び立っていった。

「……どうしたんだよあいつ。いっつもへらへらとして記事のネタ探してるくせにさ」

いくらなんでも、あの様子はおかしいと魔理沙は呟く。

 その言葉に、アリスは一瞬考えるそぶりをしてから、

「……多分、貴女が思っている以上に爆弾だったと思うわよ?あの、『永久に就職してもらいたい』って発言は」

「…………それかぁ?どちらかと言うと、その発言で勘違いして、で私の様子見て間違ってたことに気づいた顔のようだったけどな」

胡坐に肘をつき、頬杖のようにして魔理沙がそうボヤくと、

「……はぁ。あのさ、魔理沙?言っておくけど……イオをやるつもりはないわよ?――いろんな意味で、ね」

突如、今まで不機嫌だった霊夢が宣言した。

 その発言に、慌てて魔理沙が霊夢を見やれば、彼女は今まで発生した異変の中で見せた、とらえどころのないような、まるでこの世から浮かんでしまっているかのような表情を浮かべており、細くなりつつある月下の光によって、神々しさまでともなっている。

「……おいおい、いきなりどうしたよ霊夢。何物にも捕らわれない筈のお前が、どうしてそんな事を言い出すんだ?」

一瞬その気配に気圧されたものの、すぐに気を取り直して魔理沙がそう尋ねると、彼女は深いため息をついてから、

「……あいつが、この博麗神社と同じく、『中立』の立場として存在しているからよ」

これはあのスキマの受け売りみたいなもんだけどね。

 彼女はそう前置きをすると、

「あいつが、この世界に来てからどれだけ妖怪たちと戦ってきたか知ってる?恐らく私達が思ってる以上に危険な戦いを、何度やって来たのかをよ」

と、逆にその場にいた人妖達に訊ねてきた。

 その言葉に、魔理沙やアリスは指折り数え始めたりしていたが、霊夢がすぐにその答えを言った事により、その動きを止めることとなる。

「――――大妖怪と戦った回数はこれまでに把握している中では二回以上。人里に下りて小妖怪や雑魚妖怪の退治をしたのはもう十数以上に上っていると言うわ。で、さ……そこの紫もやし。あんた、あいつに依頼だしてるみたいね?」

「……否定はしないわ。そこの魔理沙が、どうしても普通に借りてくれないんだもの。仕方がないから、イオに頼んで自宅と図書館にパスをつないで直ぐに来てもらえるようにしたのだけどね。そのおかげで、かなり助かっているわ」

満足げにうなずくパチュリ―とは対照的に、魔理沙が少々蒼い顔になっているのをアリスが見咎めて、

「……何されたの?」

「…………ほぼ、死ぬかと思うくらい蔦とかの植物使ってのくすぐり。……しかも、耐久二時間ぐらいでかつ死なないように手加減された上でだぜ?」

頭の魔女帽子を深くかぶりこみ、ぼそぼそと告げてきた彼女に思わずアリスが表情を引き攣らせるのを見ながら、霊夢は静かにうなずいて、

「ま、その他にも人里の守護者の慧音とか言ったっけ?あいつからも依頼は受けてたらしいし、そもそもの大妖怪との戦いだって、あいつに依頼してから戦ってた。……んで、こうして並べて言ってみたけど……あんたたち、気づいた?」

 

「――イオが依頼の貴賎を選ばず、犯罪行為以外で妖怪、人間両方から、依頼を受けているってことね?」

 

引き攣らせていた表情を元に戻し、アリスがそう言って頬に指を添えた。

「そうよ。そう言う訳で、イオがこの博麗神社と同じく中立の立場であろうとしているのが何となく、ね……分かったのよ」

ま、多分だけど当人はそうとは自覚してないかもね。

 面倒くさそうに付け加えられたその一言に、今までうつむいていた魔理沙ががばっと顔を上げると、

「ちょ、ちょっと待ってくれ。だとすると、逆に危なくないかそれ?だって、下手すれば異変の片棒を継がされる羽目にもなるってことだろ?」

「……それなのよねえ。どうしたってその危険が絶対にある。ましてや、あいつ自身能力も使わない状態でさえ、剣だけだと最強だし。正直、武術であいつと戦いたくないわね。下手すれば瞬殺よ瞬殺」

ひらひらと手を振りながら、困ったような表情で告げる霊夢に、その場にいた人妖達は心底恐怖せざるを得なかった。

 あの博麗霊夢が、困ると言う感情さえ出してしまうほどの、イオのイレギュラーさに。

 

――だが、彼女たちは知らなかった。

 今、まさにその異変の片棒をつがさせられそうになっているなどと……!!

 

――――――――

 

「――なるほど……要するにだ、貴女はこの異変の主であり、今まで彼女たちを宴会に引っ張り出してきた当の原因である……ってことなんだね?」

「ああそうさ。私の能力である、『密と疎を操る程度の能力』。この力で、みんなの気持ちを楽しくさせるように萃めたんだよ。まあ、お前の場合は多分肉体の特性によってこの力からのがれることが出来たんだろうねえ」

「……いつの間にか力使われてた事に恐怖しか感じない」

何せ自分の感覚にさえ引っかからなかったのだ、普通の人間そして妖怪たちは容易に引っかかってしまうのもむべなるかなであった。

 カリスト宅の居間にて、二人盃を交わし合うイオと萃香。

 イオが元々持っていたそれなりにきつい日本酒と呼ばれる種の酒を酌み交わし、穏やかに話を進めた。

「で、だ……お前さん。何でも屋だろう?さっきも言ったとおり、ちょいと手伝ってもらいたいんだよ」

「はぁ……何をするつもりで?一応、依頼として受け付けますけど」

酒を飲みつつも、イオはキョトンとしたように彼女にそう尋ねる。

 すると彼女はにやり、と悪い笑顔になり、

「なぁに、簡単な事さ。私が異変起こしているのを、手伝ってもらいたいだけさ。何せ、『春雪異変』から以降、ろくに桜を見る宴会なんか開かれないんだもの。どうしようもないから、ついでに私以外の鬼たちも呼び寄せようと思ってさ、今回宴会ばかりの異変を起こしたんだよ。いやぁ、酒は集まるし、霊夢と言ったかなあの巫女は。時折人間の女の子と派手にやらかして夜空に花を咲かしてくれたりよう。いやはや儲かったねえ」

心底楽しそうに、今までの宴会の事を口にする。

 その様子に、イオも触発されたのか、ちょっぴり悪戯っけたっぷりに笑い、

「……ふむ、聞く限りには結構楽しげだね。だったら、依頼を受け付けるよ。報酬としてはそうだね……『僕の血の中に眠る、龍の因子を萃める』ってのはどうだい?」

それでも、これはあくまでも『異変の片棒を継がせる』という依頼であることを強調し、自身が楽しいなんてことがないかのように告げた。

 その言葉に、ますます萃香がニヤニヤとして、

「おいおい、鬼の前で嘘をつく気かい?そうだったらぶっ飛ばすぜぃ?」

「そんなわけがないじゃないか。これはあくまでも、『方便』ってやつだよ」

くっくっくっと、かなり悪そうな笑い声を洩らしつつ、イオは萃香が差し出してきた手をしっかりと握ったのであった。

 

「……でだ、お前さんよう?『龍の因子』ってそりゃどういうこったい?確かに、お前さんの体からは人間とはちょいと違った匂いが感じられるけどよぅ」

ひとしきり悪い笑みを交わしあった後、萃香が訝しげな表情になってイオに訊ねる。

 すると、彼は同じように顔をしかめさせるようにすると、

「それなんだけどね、僕の記憶が十三歳から以前がないもんだから大したことは言えないんだけど……色々と資料を探したりあさったりしたり、あと、此処に来てからは霊夢にも教えてもらったりしたんだ。……で、そこでどうも僕が元の世界の幻の亜人種にあたる、『龍人』らしいって推測が立ってさ。そう言う訳だから、いっそのこともし出来るのなら『龍人』になっちゃおうなんて思ってね。…………けど、そうか……やっぱ、普通の人間とは違ってたか」

目の前の彼女によって、自身の体が普通ではない事をようやく実感できたのか、しみじみとしているイオに、萃香はふぅむ……と考えるような顔つきになると、

「……お前さん、それでいいのかい?それやるつもりなら……間違いなく、以前の生活には戻れないかもしれないんだぜぃ?」

「――覚悟の上でそう言ってるよ。どうせ、この閉じられた世界に閉じ込められた以上、終の棲家として生きていくつもりだったし、何より、霊夢達の事見守っててあげたいからね」

ニコニコとして笑い、イオは穏やかにそう告げた。

 その言葉に嘘がないという事が分かったのか、萃香はしょうがないなと言う顔になると、

「後悔したって遅いぜぃ。……ほいじゃ、前払いってことで萃めてやるよ」

「――え、ちょはや――――」

直後、イオの家から閃光が迸り出た。

 真夜中に入っているこの時刻において、突如として発光したイオの家は、すぐにその光をだんだんと収めていき、そして、静寂に包まれるのであった。

 

――――――――

 

「「「――――――!!?」」」

同時刻。

 霊夢は、魔理沙は、アリスは、パチュリーは、人里の方から白に輝く発光現象を見た。「ちょ、いったい何があったんだぜ!?」

がたり、と箒を手に取りつつ身構え叫んだ魔理沙に、しかし霊夢は動じない。

――動じていないが、心底から、怒りを抱いていた。

「――あの、馬鹿。……人間を、やめたわね……!?」

「――はぁ!!?」

唐突にしか感じられないが、霊夢のその言葉が先程まで話題の上がっていたある人物を指していると気づき、魔理沙は大いに驚かされる。

「ちょっと待て!?それ、イオの事――」

 

「――やぁ、みんなこんばんわ。今宵も、いい月夜だねえ」

 

「「「――っ!」」」

おっとりとした、穏やかな日だまりのような、そんな声。

 余りにも聞き覚えのあるその声に、魔理沙は、アリスは、霊夢は思わず空を見上げた。

 ざざっ、と石畳の上に舞い降りたその人影は、初めこそ夜の境内の樹蔭に覆われて見えなかったものの、すぐに月光の元へとその身をさらけ出す。

「……おい、もしかして……お前、イオ、なのか――?」

そして同時に、魔理沙は困惑せざるを得なかった。

 

――その腕が、顔の一部分が、鱗に覆われた彼の姿に。

 

「――うん、そうだよ。……さて、此処で皆に提案だ」

――ちょいと、お祭り騒ぎをしない……?

 

 変わり果てたその姿からもたらされたその言葉に、七色の人形遣いと普通の魔法使いは身を強張らせた。

 唯一、自然体のままであり続けている博麗の巫女は、その眼を険悪にとがらせながらイオに叫ぶ。

「――馬鹿なこと、言ってんじゃないわよ――イオ!!」

――その叫び声は、あたかも身近にいた人物が遠くに行ってしまった事を嘆いているかのような、そんな声だったという。

 

 




こんな展開になりました♪
いろいろといいたい人もいるでしょうが、あえてこれを言います。

――面白ければ、よかろうなのだぁぁあ!!

……まあ、現実的に言えば、僕の身勝手かつ想像の世界なんですけどねははは。


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第二十四章「――顕れたるは龍に連なる一族の青年」

さて、龍人の身体的な能力とは……?


 

「……いったい、何をしたらそんな姿になるんだよイオ」

恐怖だろうか、顔をこわばらせた状態のまま、魔理沙がそう尋ねると、

「いやあ、ちょっと裏技使える人に出会ってねえ。助かったよ、これで……僕が僕であると信じられる」

くすくす、とイオは何がおかしいのか、笑い声を洩らしながらそう告げた。

 そのまま、霊夢達の方へ改めて体を向くと、穏やかに今の心境を語り始める。

「……正直、来たばかりの頃はどうしようもなく恨んだりしてたよ。いきなりこんな所に連れて来られるしさ。だけど、此処に住んでいる人たちはここが現実であり、けして幻想何かじゃないってこと、見せつけられてね。おかげで、笑う事も出来るようになったよ」

――まぁその代り、人里の皆と最期まで付き合っていきたいと思えるようになってね。

「……あれか、お前……私と霊夢が死ぬのを見送るつもりか?」

「だって、僕にとってこの世界で友人と言える人間って、稀なんだよ?人里の皆は大抵僕の力を畏れて崇めたり、忌み嫌ったりして来てさ。一緒にいて思い切り笑い合える人間って……道場に通ってくる人とか、寺子屋の子供達以外でほとんどいなかったんだよね」

さびしそうな笑顔と共に言われ、魔理沙は思わず息を詰まらせた。

 苦しそうにイオを見つめる彼女に、イオは一瞬目を閉じると、

「だから、僕はこの世界でいらない存在なのかなぁとか、思っちゃった時もあるわけ」

 

「――何をばかなことを言っているのやら」

 

突如、イオの言葉を紫色の魔法使いがさえぎって言い放つ。

 ふわり、と宙を浮かぶようにしてやってきた彼女は、いつものように魔導書らしき書物を手にしながら此方に近づくと、

「貴方が来てから、格段に私の苦労は減ったわ。その上、貴方が知っている範囲において貴方の世界にある魔法の事についても教えてもらったしね。おかげで、また興味深い研究対象が増えてこちらとしては嬉しい位なのよ?」

淡々として、だが事実は事実と言わんばかりに告げるパチュリ―に、イオは思わず顔を綻ばせて、

「あは、パチェさんはそうだろねえ……正直、あの時ほどパチェさんが怖いと思った事はなかったよ?凄く僕の目の前まで近づいて来て訊いてきたときには、ね」

あれにはぎょっとしたなあ。

 あの時の無表情でありながら眼が爛々と光り輝いていた事は、もはや驚き通り越して恐怖そのものであったとイオは思い返していた。

「……なぁ、イオ。私らの最期まで見届けるって、それってその姿でないと、その体でないと、いけないことなのか?」

そこへ、如何しても納得がいかないのか、魔理沙が苦しそうに尋ねてきた。

 普段、ガサツな振りして実は優しい事を知っているイオは、その姿に苦笑しつつ、

「うん……まぁね。だって、そうだろ?この『龍人』と言う種族は、ほぼ不老不死に近い種族だなんて古文書にあったんだから。丁度、この種族にすることが出来る人と会って話した後、そのこと思い出してさ、僕思ったんだよ」

 

――――ああ、これで誰も悲しませずに生きられるって、ね。

 

「……この世界の人妖たち、本当に優しすぎるんだよ。見た目も何もかも、イレギュラーすぎる僕が、まさか、受け入れられるとは思わなかった」

だから、恩返しの代わりに少なくとも皆より先には死なないようにしようって、考えたんだ。

 龍の因子持つ青年は、そう言って笑った。

 

――だが、そんな事は、彼女にとって知った事ではない。

 

「……で?イオ……あんた結局、この宴会が続く原因、知ってるんでしょう?ついさっきまで気づかなかったけど……今、この場に薄くではあるけど何でか妖力がひろがって来てるし……アンタ、もしかしなくともグルになったのね?」

「ひどいなぁその言い方。依頼されたからここにいるのに」

完全に険悪な顔つきの霊夢に、イオはそう言って苦笑した。

「せめて、依頼人の要請にこたえたって言ってよ。僕、何でも屋なんだからさ」

「うっさい。私にとって重要なのは、あんたが異変の片棒担いでるってことだけよ。ほら、とっとと私に倒されなさい」

 臨戦態勢で以て死刑宣告してくる彼女に、イオはあちゃぁ……と頭を掻きながらつぶやき、

「……あの、霊夢さんや?やっぱり、怒ってる?」

「はあ?何言ってんのよ。今の私見てどうしてその台詞が出てくるわけ?」

「いや、霊夢。普通その状態の事、人は怒ってるって言うからな?」

意味が分かんないと言わんばかりの霊夢に、思わず魔理沙がそう突っ込むが、霊夢はそれに頓着することなく瞬時に御札を構えて見せ、

「んなこと知ったこっちゃないわ。ほら三人とも……本気でかかりなさい。でないとすぐに倒されるわよ」

「ひどいなあもう。そんなに僕が暴れん坊のように見えるの?」

 

――そりゃ、今回ばかりは本気でかかるけどさ。

 

 その言葉と共に、イオは空高く舞い上がった。

「……さあみんな。――踊ろう?」

 

新生弐刀流『龍皇炎舞流』――新生壱式『天剣絶刀』。

 

 スペルらしき言葉が紡がれたと同時に……天より刀の雨が、降り注がれる。

「っく、マジかよ!!?」

全くもって自然体のまま放たれたそのスペルに、魔理沙は驚愕しつつも動き出した。

 同時に、そばにいたアリスやパチュリ―も各々宙に浮かび、降り注いで来る刀から一人は悠々と、もう一人は見る事もなく避けていく。

 やはり、流石に先達と言える実力者であるせいか、今のスペルに対して簡単に対応できたようであった。

「……あー、うん。やっぱり、剣術とスペルカードごっこ……合わないのかなぁ……ま、いいか。僕にはまだこれがあるし」

恐ろしい一言を最後に漏らしたイオは、静かに目を閉じ……直後、カッと眼を見開いて叫ぶ。

 

――神眼『黄金律眼(アルスマグナ=アイ)』――

 

……その宣言がなされた時、それは、あまりに静かすぎた。

 スペル宣言がされた割には、特に何も起こっていない様子に、魔理沙が困惑した顔で、

「はぁ?何も起こってないじゃ――「逃げなさい魔理沙!!」っ!!?」

困惑する魔理沙に、アリスが突然真剣味が増した声で叫ぶ。

 直後、魔理沙に大量の魔法弾が襲い掛かった。

 泡食って逃げだす魔理沙をよそに、アリスはイオの方をにらみ続け……そのまま、ある事に気づいてしまう。

 

「なんて、こと……その魔眼……進化させたの!!?」

 

「――だいせいかーい。すごいやアリス、すぐにばれると思わなかった」

戦くアリスに、イオはそう言って六芒星に変化した、彼の蒼の魔力が籠りし魔眼を彼女たちに目を剥くようにして見せつけた。

「……うん。正直魔力が漏れてばれるかなあと思ってたけど……これは良い方に予想外だった。いやあ、儲けた儲けた」

くすくすと、何がおかしいのか笑っているイオの姿に、魔理沙がちょっぴりいらっとした表情で、

「おい、だからよ……何が起こってるんだ?正直、よくわかんないんだが」

「絶対、うかつに近づかないで魔理沙!イオ……今、以前とは違う魔眼を覚醒させたのよ!恐らく、前の魔眼と比べてはるかに危険性が高いし……潜在魔力も大幅に増えてる!」

その眼でイオの体をサーチしているのであろうか、色が変化したアリスの眼に、魔理沙は驚かされたが、すぐに我に返ると、

「アリス、イオの体どんなふうになってる?すぐに対策練らないとやばそうか?」

ようやく、アリスの言葉を聞く気になったか、若干冷や汗を流しながらアリスを促すと、彼女は唸るような声を出してから、

「――不味い。どうしようもなく不味いわ魔理沙。イオ、多分だけど……全属性を使えるようになってるかも知れない」

「……何それ怖い」

戦いた表情で魔理沙がそう呟いた時であった。

「だいにだーん。いっくよー!!」

 

――蒼炎白華『アビスインフェルノ』――

 

突如として、夜空に炎の大輪が咲き誇る。

 人里で言う所の花火のごとく爆発しては、次々に生み出されていく弾幕に、アリスと魔理沙は同時に顔を引き攣らせた。

「ヤバい、ヤバいって何なんだよこれ!!?」

次から次へと襲ってくる火属性の魔法弾に、魔理沙が驚きの声をあげながらもよけ続ける。アリスに至ってはかなり真剣な眼差しで、タイミングを見計らって避けるありさまだった。

 それだけ、イオの弾幕が恐ろしい事になっているのだろう。

 だが、そんな弾幕でさえ霊夢の敵ではないようで、ひらりひらりと風に舞うタンポポの綿毛のごとくよけ続ける姿を、魔理沙とアリスは見ていた。

「――ったく、あれ絶対初見殺しだよな?何で避けられるんだよ霊夢は」

こっちは必死になって避けてるのによ。

 思わずといったように魔理沙が愚痴っていると、アリスは同じように避けながらも苦笑して、

「仕方ないでしょうに。それが博麗の巫女でしょう?とにかく、よけ続けるわよ。イオがスペルカードルールに準拠してくれているのなら、すぐにこのスペルはブレイクされるはず」

アリスがその言葉を言い終わるか終らないかくらいに、言葉どおりに二つ目のスペルカードがブレイクされる。

 あー!?と、何処か物悲しそうな声を上げるイオに、霊夢が容赦なく襲いかかった。

「おわ!!?ちょ、いきなりぃ!!?」

「ほら、とっとと落ちなさい!こんなことしてくれたし……アンタで思い切りうさ晴らしてやる!」

「いっそ清々しいくらいの八つ当たりだね霊夢!?」

追尾性能がつけられた御札を、うまいこと誘導して打ち落としながらイオがそう叫ぶが、

霊夢にとって知ったことではない。

「はん、悔しかったら私を倒してみなさいよ!」

御札を何枚も繰り出しながら霊夢がそう叫ぶが、イオはそれに当たらないように投擲術である『魔弾』と呼ばれる技を用いながら、

「好き勝手言ってくれるよねぇ霊夢!ちょっとは努力している人を見習いなよ!」

ほら、三つ目だよ!

叫ぶ声と共に、再びスペルカードが宣言される。

 

――流星金槍『メタリックメテオ』――

 

銀色の流星群が、あたりに降り注がれていくのをパチュリーは眺めながら、ぽつりと呟いた。

「……むぅ。これはまずいわね」

まさか、単にかなりの腕を持つ剣士だと思っていたら、魔法も同時に扱えたなんてね。 言い合いながら弾幕を撃ちまくっている霊夢とイオをさておき、パチュリーは近年にないほどに焦っていた。

 とはいえ、その表情は無表情のままであり、大して何かが起きたようには見えない。

「全く、イオは……使うにしても、もう少し何かあるものでしょうに。あの魔眼、正直必要魔力量が多すぎて、イオの潜在魔力量であっても使えないと思ってたのだけど……まさか、あんな方法でやるとは思わなかったわ」

種族自体を変えるという手法は、実のところパチュリ―やアリスが至った魔法使いという種族にあるように存在しているのだが、そもそもイオ自身が剣士であるがために、その方法を伝えることなく使用する事をあきらめるか、それとも以前のように欠陥を持つ魔眼を使用し続けるのかをパチュリーは示したつもりだった。

 所が、蓋を開けてみればイオは斜め上の予想外な方法をとっていたのである。

「……あれか?パチェ達が使ってる捨虫・捨食の魔法とは完全に別物だってことなのか?」

「いえ、そもそもあれは……魔法なんかじゃ、決してない」

「…………はぁ?」

訳の分からない事を言い出した魔法使いに、魔理沙があきれたように視線を向けるが彼女はそれに頓着することなく魔理沙に尋ねる。

「魔理沙?そもそも、人間とはどうやって発生したか……貴女は知っているかしら?」

「おいおい……いきなり話題が飛び過ぎてないか?」

本当にいきなりなその言葉に、魔理沙が苦笑しながらイオに向っていくつか星きらめく弾幕を撃っていると、パチュリーは相も変わらず静かな眼で、

「いいから。答えてくれる?」

「……そういや、慧音に昔聞いたな。猿という動物から人間が生まれたってよ」

少し考えるようなそぶりを見せつつ、魔理沙がそう答えるとパチュリーは深く頷き、

「そう――――それが、今のイオに対する答えになるわ。隔世遺伝というのを知っているかしら……自分の二代前の祖父、或いは祖母から受け継いだ特徴の事を云うのだけどね、まあ、はっきり言ってしまえば先祖がえりと同じということよ。昔の外の世界だと、生まれ変わりだ何だと騒がれたりもしていたわね」

「……おい、だとしたら……あいつの先祖って」

弾幕を張ったり、或いはイオからの魔法弾をよけたりしつつ、魔理沙がちょっと信じられなさそうな表情で言葉を告げようとするが、それを遮ってパチュリーは、

「……そうね。間違いなく、彼はその血の中に龍の因子を持っていたんでしょう。それに、この世界に来る前に、自分の素性を探るために旅に出たと確かイオがレミィに話しているのを聞いたわ」

「……くそっ。聞けば聞くほど、ヤバいだろいくらなんでも」

そう言って魔理沙は焦燥を浮かべた表情で、いまなお霊夢と戦っているイオを見つめながら、後方より援護していると、

 

「――二人とも、何話してるのー?」

 

「「っ!!?」」

何時の間にか……そう、本当にいつの間にかとしか言いようが無いほどに、イオが彼女たちの背後に浮かんでいた。

「…………おいおい、笑えないぜ。いつの間に後ろに立ってやがったんだ?」

「んー……一言でいえば……今霊夢と戦ってるの、あれは分身だよ?」

「――は?」

とてつもなく驚愕の言葉を放ってきたイオに、思わず魔理沙の眼が点になる。

 と、そこへ、

「――こらー!!イオ!何処に行ったの!!?」

どなり声をあげてイオを探す霊夢の姿を発見した。

「まじ、か……イオ、お前どんだけ反則なんだよ」

もはや驚きつかれたと言わんばかりに脱力している魔理沙に、イオはからからと龍の特徴を持った顔で笑うと、

「いやーだってさ、いまだにまともに一撃はいらないんだもの。しかも、そうやって霊夢と戦っているのにあの子の後ろの方から次々に弾幕が飛んでくるし。仕方ないからこっち先につぶしに来ました♪」

「笑って言う事じゃねえだろ!!?」

えへへ、と笑っているイオに、魔理沙が渾身の突っ込みをかました。

 まあ、それも無理ないだろう。

 なにせ、下手すればこの幻想郷においてもトップクラスの実力を持っているのであり、その人物に狙われるとあってはかなり心臓にきそうなくらいだった。

「くっ……どうするパチェ。あいつ、完全に臨戦態勢だぞ」

「むしろ、声をかけてきている時点で負けたと思った方がいいわね……何せあの速さよ?普通だったら声もかけずに倒すところなのに、ああしている事で余裕を見せつけているとみていいわ。正直、いらっとさせられはするけど……多分、私の詠唱速度とイオの剣速だと後者の方が速いのは確実だから」

あくまでも、正々堂々で対応する気なんでしょうね。

 ざっと魔導書を開きながらそう告げるパチュリーは、既に自身が出せる最高の魔法を出せる状態にまで何とか出せているようだ。

 その様子に魔理沙も腹をくくったのか、きっとイオを睨みつけると、

「だったら、のっけから力押しで行かせてもらうまでだぜ!!」

 

――恋符「マスタースパーク」――

 

開口一番、どでかいレーザーを撃ちだした。

「――おおっと……いきなりかい、もう。君がそうするつもりなら、僕も容赦しないよ?」

 

――光刃一閃『オーバーレイ』――

 

続けざまにイオが、そうして光属性の魔法を封じたスペルで応戦すると、瞬く間にぶつかり、あたりに魔力の残滓をまき散らしながら相殺される。

「……ふむ、やっぱり魔理沙のと僕のは大体同じ位の威力なのかな。どうにも撃ち合う度に消えてばかりな気がする」

「はっ……全くもって同感だ。つーかお前……手加減してねえか?」

「いやいや……普通するでしょう?ルーミアから、元々そう言う仕組みだって教えてもらったよ?」

すねたようにしている魔理沙に、イオはそう言って苦笑した。

「だとしてもだ……もうちょっと力入れても罰当たんないんじゃないか?どーも、必要以上に力を抑えてる気がするぜ?」

「まっさかー。これでも精一杯だよ?なにせ、他の三人とも闘わなきゃいけないんだし」

「――ふーん、で?放って置かれたこっちは、どういう対応が正しいのかしら?」

直後、イオは音たてて凍りつく。

 ぎ、ぎ、ぎ……と軋むような動きで背後を見やれば、そこにはどす黒いオーラを纏った霊夢が空に浮かんでこちらをにらみつけていた。

「あ、あはは……い、いやだなぁ霊夢。普通に接してくれていいよ?」

「それこそ嫌よ。なに、私の相手は面倒だって言いたいわけ?」

キキキィン、と音高く霊力を御札に収束させながら、尚も険悪な表情で訊いてくる彼女に、今度こそイオは表情を引き攣らせる。

「ちょ、ちょっと霊夢怒りすぎじゃない?何そんなに青筋立ててるの?」

「はん、そんなの自分の胸に訊きなさいよ。とにかく、アンタ倒してとっとと異変を終わらせるつもりなんだから倒れなさい!!」

「ちょ、僕を倒した所で異変は終わらな……って、危な!!?」

大量にやってきた御札の数々に、イオが慌てて遠ざかって行くのをほっとして魔理沙が眺めていた、その直後だった。

「ああもう!もうちょっと霊夢は落ち着きなって!!」

 

――世界神樹『イグドラシエル』――

 

かのフラワーマスターに使用した、あの巨木のスペルを撃ちだす。

ッドン!と現れたそれは、幽香に使用した時とは異なり、境内にその身を顕現させると一斉に枝や葉を震わし、弾幕を張り出した。

 緑や、黄色に輝く葉っぱを模したようなその弾幕は、ヒラリヒラリと風に舞うがごとくに舞い踊り、次々に霊夢やパチュリー、魔理沙、そしてアリスへと襲いかかって行く。

 その動きに最初に泡を食ったように動きだしたのはアリスだった。

「くっ!もうちょっと時間が稼げるかと思ったのに!」

どうやら、イオを倒さんとするがために色々と策を練っていたようで、かなり悔しそうな顔になりながら、襲ってくる緑黄色の弾幕を避けつつ、イオに向っていくつか人形を飛ばしてくる。

「あはは、そうそう策は練らせないよアリス。何せ、僕が一番警戒しているのは君なんだから」

人形たちが傍に着て爆発するのをよけつつ、イオはそう言って笑いながらどんどん弾幕を張って行った。

 その様子にますます悔しそうに顔をしかめながらも、

「お褒めにあずかり、光栄だとでもいえばいいのかしら?いくらなんでも今の貴方にだけは言われたくない言葉ね」

「ふふ、ごめんごめん。だって楽しいんだもの――こうして、遊べるってことがさ。ちょーっとね、最近は色々と人里の長老衆が僕を取り込もうとでもしてるのか、やたらとお見合いばかりさせられてて結構ストレスに来てたんだよねぇ。全く、僕はそんなつもりないし、こうして人間だけど人間じゃない亜人種になったから、そう言うのも無くなってくれてると嬉しいなあほんと」

「……おいおい、マジで霊夢の言うとおりだったか」

暗い顔になってふふふと笑うイオが告げたその言葉に、魔理沙がちょっと引き攣った表情になって呟く。

 まあ、取り込みたいという長老衆の思惑はさておき、よくよく考えてみると、イオは黙っていれば結構映える、顔だちも特徴も持ち合わせてはいた。

 その分、どうにも子供のような精神が目につきはするが。

(……まあ、多分記憶喪失の関係で、十二年分ぐらいの精神構造しか持っていないんだろうな)

何となく、魔理沙がそう考えながら魔法弾を撃っていると、それまでパチュリ―達の弾幕をよけていたイオが、ここにきていきなり刀を抜き放つ。

「っ!!?おい、いきなり何を――」

「せやあ!!」

驚いて制止の声をあげかける魔理沙だったが、イオはそれに止まることなく大きく朱煉を振り払った。

 すると一斉に斬撃が発生し、イオに襲い掛かっていた弾幕達がすべて取り払われ、

「――まったくもー……面倒くさくなっちゃったから、本気、行くよ?」

とんでもないことを平然とやってのけた当の本人は、そのまま朱煉を静かに鞘に戻すと、

 

――新生ラストスペル『終焉:龍皇炎舞』――

 

この世界に来て編み出した、最後で最高の剣技を以て撃ちだす。

 

 




さぁさぁ、盛り上がってきましたよー?

『――てめぇら、祭りの準備はできているか?』


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第二十五章「〆はやはり宴会で」

 

――新生二刀流である、『龍皇炎舞流』において存在している技の数は合計七つである。

 その全てが『超越者』とされるイオの最高の技であるわけなのだが、この技たちが編み出されたのは、実のところレミリアとの戦いの後だった。

 それまでは、旧二刀流であるところの「龍王炎舞流」でどうにか出来てしまうほどにはイオの実力は高かったのであるが、ここ、幻想郷に至り、レミリアという吸血鬼と呼ばれる大妖怪の一角と対峙する事により、自身において進化させるきっかけとなったのである。

 魔眼、気はもとより先達である人妖達がいた為に何とかなったのであるが、肝心の剣技の方はどうなったのか。

――実際の所、イオは悩んでいた。

 この平和となった幻想郷において、唯一危険があるとすれば、レミリアのような大妖怪と(当然のごとく霊夢や魔理沙は除く)万が一戦う羽目になった時である。事実、慧音の依頼の後に風見幽香と戦った事もあり、イオはなおさら技の進化を求めていたのであった。

 故に、依頼の合間合間に考えられ、試行され、そのたびに修正するの三拍子で続けられた技の全ては、その後こうして奥義となりうるまでに成長する事になる。

 

――新生壱式「天剣絶刀」――

――新生弐式「断空貮撃」――

――新生参式「洸輝煌剣」――

――新生肆式「黄金秘弾」――

――新生伍式「煌龍牙刃」――

――新生陸式「蒼天裂槍」――

――新生漆式「青嵐華焔」――

 

 この七つを以てイオの最高となし、彼が完成させた技であった。

 つまるところ、イオが打ち出した最後のラストスペルは、この技たちを組み合わせた最終奥義でもある。

――故に、彼女たちに逃れるすべはない……筈であった。

 

――『夢想天生』――

 

「……うそでしょ」

茫然としてイオがつぶやく先にいたのは、撃墜されるはずであった……霊夢の姿。

 その他の全員が、境内に倒れ伏している姿をイオが眺めつつ、

「なんで、君が立っていられるのさ……?」

力無くそう尋ねると、霊夢ははぁ……と深い息をついてから、

「正直、危なかったわよ……アンタの技はね。何せ、私の能力関係なしにいきなりかすったから。――でもね、こんな事で私が倒れるわけにもいかないし、そもそも剣だけで私を倒そうったって百年早いわ」

だって、単に速いだけの剣なんてあの亡霊剣士で見飽きているし。

 とんでもない事を淡々とつぶやく霊夢に、イオが思わず頭を抱える。

「……一応、今の技には次元を切り裂く技もあったんだけど」

「あら?思ったより強烈な奴だったのね。でも、そんなのこの博麗の巫女の最終奥義たる技の前には無意味よ?」

 

――だって、全てから浮くことが出来るのだから。

 

さらりと告げられたその言葉に、イオは頭を抱えながらも表情がひきつった。

「……まさか、霊夢……物理法則やら何やら、全部から浮いてるの?」

「さあ?それはアンタが気づくべきことであって、私が教えるようなものじゃないわね」

そう言いつつも、彼女はなぜかにやりと黒い笑みを浮かべている。

 その様子にいやな予感がしたイオは、全速力でそこから飛び下がろうとした。

「――逃がさないわよ、イオ」

「ちょお!!?」

瞬く間に距離を詰めてきた彼女に、イオは慌てて手をかざして魔法を打ち出そうとする。

 

――雷神之鎚『ミョルニルハンマー』――

 

かつて魔眼「金眼律法」時に使用されていたこの雷属性の魔法スペルが、その威力も数も大幅に上昇した状態で霊夢を迎え撃った。

――だがしかし。

「…………うそでしょ」

先程と同じ言葉ながらその響きが全く異なる声音で、イオは驚愕した。

 それも、絶望の響きを伴って。

 なぜなら、イオの放つ弾幕の全てを避けようともせずにそれでいて全ての弾幕をすり抜けさせていたのだから。

「……いやいや、いくらなんでもあり得ないでしょ……!!」

全くの無表情で大量の御札を投げつけてくる霊夢に、心底から恐怖を抱いたイオは、ほぼがむしゃらに魔法を撃ちまくる。

火であったり、金であったりと属性弾の多種多様さを見せつけたイオであったが、それでもその全てがすりぬけ、一つとして彼女にあたる様子はなかった。

 何よりも許せないのは……

「おーい……霊夢、流石にそれ反則じゃない……!!?」

「はぁ?知らないわよそんな事」

彼女の放つ弾幕全てが、イオにあたる可能性があると言う事である。

 いくらなんでもこれはすでに弾幕ごっこの範疇を超えているとイオは文句を言うが、彼女はそんなことはどうでもいいとばかりに御札を撃ち続けた。

……そして。

「――ほら、今度こそあんたをぶちのめしてあげる」

「ちょ!?霊夢!!?」

 

――『夢想天生』――

 

色とりどりに輝く陰陽玉が八つ集い、どれもが霊力をふんだんに込められた状態で霊夢が立ち止まると、全てを、解放した――――

……イオが、最後に見たのは、虹色に輝く、霊力の光であったと言う。

 

――――――――

 

「ぅうーん……うぅーん……光、光がぁ……」

「うわぁ……」

境内に墜落し、黒煙を上げながらしきりに魘されているイオの姿に、思わず魔理沙がどん引きした。

 近づいて、しきりにちょんちょんと突く彼女の傍に、霊夢が降り立ってイオに近づき、

「おら、とっとと起きなさいよこのあんぽんたん」

げっしぃっと音たててイオをけり飛ばす。

「……うわぁ」

あんまりといえばあんまりな彼の扱いように、どんどん魔理沙が引いていると、アリスがその近くに降り立って来て、

「……ふぅ。今夜はかなり恐怖を覚えたわね。流石に、あのラストスペルは衝撃的だったわ」

と、安堵の息を漏らしていた。

「おいおい、イオの事ちょっとは心配しないのかよ?」

「いいでしょそんなの。私達を甘く見た結果よそれは。イオがどんな人生を送っていようが、私にとっては今のイオしか知らないもの。ああいう風に悩んでいるなんて思ってもいなかったし、そもそも相談すらしてくれなかったからこういう扱いでいいと思うわ」

ふん、と鼻を鳴らし、じっとりとした眼で今なお黒煙を上げるイオを見やるアリス。

 こちらも、どうもイオに対して怒りを抱いているようだった。

「……災難だなぁイオ。ま、私だって怒っていない訳じゃないんだがな」

だからと言って霊夢みたいに乱暴に扱う気もない魔理沙は、そう言って深く黒の魔女帽子をかぶり直す。

 と、そこへ声が響き渡った。

 

『――おやおや、もう倒れちまったのかい?やれやれ、かなりいいとこまで行ってたのによぅ』

 

「――誰だ!」

薄く広く、それでいてはっきりと分かるその声に、魔理沙がすかさず八卦炉を構えて辺りを見回しながら叫ぶ。

 アリスも、そしてすぐ近くの方に降り立っていたパチュリ―さえも警戒したように辺りを見回していたが、全くもってその姿が見えなかった。

 だが、霊夢はそうではなかったようで、イオをけるのをやめると、辺りの空間に向って、

「……アンタが、イオの依頼人でこの宴会ばかりの異変の主?この妖力の霧みたいなのがアンタの本体かしら?」

『おぉっと、いきなり気づくかい。やれやれ、イオが負けたのも何となく分かる気もするねぇ』

その言葉と共に、彼女たちの前に妖力が終息していく気配と共に、何かが姿を現す。

 いわずもがな、それは伊吹萃香であるわけなのだが、霊夢達がそれを知っている訳もなく、当然問いが発せられた。

「――誰よあんた。立派に二本の角持っちゃって。その姿からするに妖怪みたいだけど、いったい何なの?」

「ふぅむ……おかしいねぇ。私達の事はもう忘れ去られているのかな?『鬼』なんて、これでもこの世界では最強だと自負している種族なんだがね」

ぐびぐびっと腰にある瓢箪から酒を飲みつつ、萃香はそう言って頬が赤い状態でそう告げる。

「はぁ?『鬼』ぃ?知らないわよそんな種族。今まであったことすらないわ」

だが、霊夢はそんな不遜な態度を示し続ける彼女に、眉を顰めながらはっきりと言い返した。

「……やぁっぱり、みんな居なくなっちまってたんだねぇ。はぁ……私がこの異変を起こしたのは、春の桜の宴会が行われなくなっちまった事で三日置きに宴会して、ついでに鬼たちも呼び戻そうかと思ってやったんだけどさ」

やれやれ、これじゃぁ骨折り損じゃないかい?

 つまらなさそうに鼻を鳴らす萃香に、びきり、と音たてて霊夢のこめかみに青筋が立つ。

「アンタ、そんな理由でほぼ毎日のように宴会開かせたわけ?傍迷惑もいい所だわ全く」

再びキキキィンと音高く霊力を込めながら御札を構えた霊夢に、萃香は面白がるような表情になって、

「およ?私とやるつもりかい?もっと相手をよく見て言いなよ」

「はん、知ったこっちゃないわ。私にとって異変は解決すべきものだし、いちいち相手の実力何か見てられないわよ」

どうせ、全部撃ち落とせばいいだけの話だしね。

 険しい顔つきのまま、霊夢は勢いよく動きだした。

「くっくっく、此処まで気持ちのいい人間は久しぶりだ、どれ、本気で掛かってあげるよ」

対する萃香も、その瓢箪を腰に括り付け直し、大きく動き出す。

 

――そして、激突した。

 

―――――――――

 

「う、うぅーん…………ん?何処ここ?」

何やら、やたらと周囲が騒がしい気がして、イオはようやく気絶から眼を覚ました。

 寝ぼけ眼を擦りながら、しきりに本殿内と思しき部屋で辺りをきょろきょろとしていると、

「お、ようやく起きたかこの寝坊助」

魔理沙が盃と日本酒と共にこちらに近づいてくる。

 見ればやたらとニコニコとしており、どうやらイオの眼が覚めるのを待っていたようだった。

 イオはその姿に一瞬戸惑いを覚え、

「……あれ、魔理沙?え、ちょっと待って、えーと……あぁぁあ!!?」

と、ようやく飛んでいた記憶が戻って来たのか、大きな声をあげてしまう。

 すると、霧が集まるような気配と共に、

「およ?イオ、目が覚めたんだねぇ……調子はどうだい?」

萃香が自分の瓢箪と共に、イオの寝ている所にやってきた。

 よくよく見てみれば、彼女の服装が何処かすすけているようにも見えて、イオは思わず彼女に問いかける。

「え、もしかして異変、終了しちゃいました?」

「ああ、負けも負けたよ。いやぁ……此処まで気持ち良く負けたのは久しぶりだねぇ」

あっはっは、と本当に楽しそうに笑う彼女に、依頼を受けた当初感じていた空虚感はすでに見当たらなかった。

 その様子に、イオは正直ほっとしながらも、申し訳なさそうに頭をさげて、

「その、すみません。全然大したことできなくて」

「うん?いやいや、何言ってるのさ。鬼の私から見ても、かなりの戦いだったよ。いやぁ、今度はお前さんとも手合わせをしたくなった位だ」

「止めてください、死んでしまいます」

流石のイオも、萃香と戦うのはまっぴらごめんなのか、申し訳なさそうだった表情がすっかり青ざめ、恐怖に震えている。

 その様子につまらなさそうな表情になったものの、すぐに別の用事を思い出したのか、ちょっぴり悪そうな笑顔になって、

「おう、そうだそうだ。イオ、お前さんよく料理を作っていたよな?依頼として出すからちょいと作ってくれねぇかい?なに、またお前さんの龍の因子を濃くしてあげるからよ」

「……えと、そんな毎回やれるもんなんですか?しかも、この一日中で」

正直、霊夢との戦いは別として、その他の人妖達の攻撃に対する耐性をつけたかったイオは、戸惑いながら萃香に向って尋ねた。

 その言葉に、すぐ近くにいた魔理沙が怒ったような顔になって、

「おまえ、そのまま人間やめるつもりなのかよ?」

とかなりきつめの言い方でそう尋ねる。

 その様子にイオは苦笑して、

「いやあ、あれだとまだ全力とまではいかないんだよ。何せ、文献の通りなら、もっと潜在魔力がある筈なんだから」

「……けっ。好きにすればいいや。言っとくが、私は止めたからな。あとでどうなっても知らないぞ」

そう言うとすっかり興が冷めてしまったのだろうか、持ってきた酒と盃をそのままに、イオが横になっていた部屋から出て行ってしまった。

「ありゃりゃ……怒らせちゃったかなぁ」

「ま、決めたのはお前さんだしな。あの子供はそう言う点ではお前さんを支持するつもりなんだろうよ。其れにしちゃ、かなりひねくれた性格をしてるみたいだけどなぁ」

ぐびり、と再び酒を飲みつつそう告げた萃香に、イオは苦笑すると、

「まぁ、文の事もありますから。なるべく、友人との別れをさせたくないんですよ。結構、アイツの事は好きですからねぇ」

「お?なんだいなんだい。結局そう言うことなのかい、あの天狗の事は?だったらもっと早く言ってくれたらやってあげたのによぅ」

「いやいや、色恋事じゃないですよ。少なくとも僕はそう言う感情を文には持ってません。ま、単に色々と話したりするうちに友情がわいちゃってですね」

恐らく、霧になった状態で眺めていたのだろうことを察しつつ、それでもイオは笑って首を振る。

「そもそも、文に僕が釣り合う様な気もしませんし」

「――それはどうかねぇ?」

「……へ?」

ぽつりと呟いたイオの言葉にそう返され、彼は思わず萃香を見やった。

 その視線の先にいた彼女の顔が、どうにも真剣な眼差しになっている事に気づき、内心ぎょっとしてしまう。

 そんな彼に構わず萃香は相変わらず酒を飲みながらも、真剣な眼差しのままで、

「おそらく、あの鴉天狗の方はそうはおもっていないはずだぜぃ?ほぼ毎日のようにお前さんの家に行っては料理をたかったり、ふざけてお前さんにちょっかい掛けたりしてる姿……楽しそうだったんじゃないかい?」

「……止めてくれます?その話」

どうにか、笑みらしき物を浮かべながら、何とかそう告げたイオに、しかし彼女は容赦しなかった。

「――いいや、止めないさ。何せお前さん……『嘘』ついているからねぇ」

「……は、ははは……貴方の前で嘘をつく?冗談も程々にして下さいよ。僕は……普通に、文の事を友人としか見ていないんですから」

「ふぅん?……だそうだぜ、そこの鴉天狗」

「――は?」

突如として萃香が障子のある方向へ声をかけ、イオはその言葉に凍りつく。

「…………お久しぶりです、萃香様。地上に戻っていらっしゃったのですね」

そして、見たくない現実が、そこにはあった。

 どうしようもなく凍りついた、無表情の射命丸の顔。

 それは、彼女に黙って龍人へと変化したイオへの怒りと、先程の言葉に対する怒りもあるように感じられた。

「あ、あはは、文……怖い顔だよ?いっつも笑ってる姿はどうしたの?」

どうにか、そう言うしかないイオだったが、射命丸はその言葉には何も返さず、萃香に向って正座をすると、深々と一礼して、

「この度、イオに依頼をされたそうで……何か、不都合な事は御座いませんでした?」

「いやいや、予想以上にやってくれたよこの何でも屋は。正直、また依頼をしたくなったし、料理を作ってもほしくなった」

くっくっくと笑いを洩らしながらそう告げた鬼に、鴉天狗はなお無表情のまま、

「――そうですか、それは御結構な事で。……ところで、萃香様」

 

――イオが、様々な人たちに黙って、種族を変えたと言うのは本当でしょうか?

 

ぎくり、とその言葉にイオは身をこわばらせ、萃香はその言葉ににやり、と笑いながら、

「おぅ、イオの報酬とやらがそれだったからねぇ。ま、初めてやることではあったが、今こうしてイオを見れば、それが成功だったか分かるだろう?」

「ええ、そうでございますね……憎たらしいほどに」

ぎろり。

 その瞬間、イオは心底恐怖する。

 背筋に氷水を叩きこまれたかのようなその迫力は、なるほど千年もの時経た鴉天狗ならではの迫力であった。

 直ぐに彼女がその視線を外したことにより、イオは息をつくことが出来たが、もしあのままであった場合、彼は気絶していたかも知れない。

 あの迫力は、かつて本気で養父と戦った時の事を否応なく思い出させた。

「……ふぅ。――萃香様。今一度、イオを連れて行きたいのですが、宜しいでしょうか?」

「おぅ。存分に持ってけ持ってけ。どうせ私の力でもう治してあるんだ、怪我なんざもう一つも残っちゃいないよ」

くすくすと、何やら楽しげな鬼の少女だったが、イオにとっては笑いごとではない。

(まず確実に殺られる……!!)

その予感を、ひしひしと感じていた為であった。

「こんな所には居られるか!僕は帰らせてもらいます……!!」

「――誰が逃がすと思うの?」

全速力で以て彼女から逃げだそうとしたイオに、冷たい声がかかった。

「っ!くぅっ!!」

その声にますます恐怖を抱いたイオは、気と龍人の力で以て大きく飛び上がり、空へと逃げようとする。

 其のあとを、射命丸は完全に表情が抜け落ちた顔で追いかけ始めた。

「……あーあ、やっぱりああなったか。骨は拾っといてやるぜ」

なむなむ、と手を合わせ彼らの追いかけっこを眺めるは霧雨魔理沙。

「どう見てもあれは自業自得にしか思えないけれどねぇ。だってイオ、あの鴉天狗に黙って種族を変えてしまったんでしょう?それは流石に怒ると思うわよ。まして、普段から楽しそうにイオと話している姿とか見れば特に、ね」

グラスを傾け、呆れかえったような表情で空を見上げながらアリスがそうボヤくと、近くにいた妖夢がちょっぴり複雑そうな表情で、

「……でも、何となくではありますが、イオさんの気持ちも分かる気がするんですよ。何せ、人の身は寿命があり、どうしたって死からは逃れられない訳ですから。ああする事で、少なくとも関わりのある人たちを悲しませたくないと思うのは、あると思いますよ?」

「だからって、躊躇なく種族変えるかしらね?少なくとも、一言くらいはほしかったんだと思うわよ、あの鴉天狗は」

逃げるんじゃないわよ!、嫌だっ!絶対捕まってたまるか!などと騒いでいる頭上に流し眼をくれながら、アリスがそう言ってまたグラスを傾けた。

 今なお空を見上げながら、彼らの様子に苦笑した魔理沙が、

「……正直、痴話喧嘩してるようにしか見えないんだがな」

 

『『誰が痴話喧嘩か!!』』

 

「ぅお!?」

空を飛んでいた筈の二人がいきなり魔理沙の目の前に現れ、思わず盃を取りこぼしそうになったが、すんでの所で耐えきる。

「訂正を要求する!僕は、死にたくないから逃げてるだけだ!」

「はぁ!?ふざけんじゃないわよ、今の私の何処にイオを殺そうなんて要素があるわけ!?」

「今の君の様子をよくよく考えてから言いなよ!」

がみがみ、ぎゃーぎゃー。

 うるさいを通り越し最早騒音にしかなっていないイオと射命丸の喧騒に、とうとうとある少女が動き出した。

 

――神霊『夢想妙珠』――

 

「ちょ!?――ぐはっ」

「きゃあ!!?」

瞬く間に駆逐され二人が揃って吹っ飛ばされたあと、霊夢はふん、と鼻を鳴らしてから、

どっかと魔理沙達の近くに座り、ぐびっと勢いよく酒を飲みだす。

 余りに不機嫌そうなその様子に、魔理沙が苦笑して、

「おいおいどうしたんだ?やたらと不機嫌そうじゃないか霊夢」

「……不機嫌にもなるわよ。あいつ、いまだにあの姿のまんまなんだから。全く、あのままだと……ブツブツ」

「はぁ……すっかりやさぐれてんなおい。ま、私には関係ないことだけどな」

そう言って、闇のようなオーラを背負った霊夢を放り、魔理沙が盃を傾けていると、

「――ねぇ、二人とも。流石に放置は求めてないんだけど?」

イオがぼろぼろの状態になりながら、霊夢達の傍にやってきた。

 傍らには射命丸の姿もあり、こちらも少し不貞腐れたような表情でイオの後を付いて来ている。

「うっさい。大体、あんた何でまだその姿のまんまなのよ。人里で見られたら絶対怖がられるわよ」

「およ?もしかして心配してくれてる「はっ」ですよねー……」

思いきり鼻で笑われ、嬉しそうな顔だったのが一転して、思いきり落ち込んだような影を背負うイオだった。

 淀んだオーラがイオの周囲に集っているのをあえて無視しながら、霊夢はなおも言葉をつづける。

「で、結局その姿のままで生きるわけね?射命丸や、他の人妖達との別れをそうそうしないように」

「……霊夢達の最期まで見届けるとは言ったけど、そこまで言っていなかったと思う」

にょきっと音がしそうな勢いでイオが失意体前屈から体を戻しながら尋ねたが、

「あん?そんなの勘よ勘。アンタが言ってたこと、他の人妖にも当てはまりそうな気がしただけ」

霊夢はそう言って振り振りと手を振りながら、そう返した。

「ま、私はどうなろうが知ったこっちゃないけど……アンタ、どっかに所属するつもり、ある?」

博麗神社の主としての言葉なのか、そう訊いてきた彼女にイオは首を傾げながら、

「うーん……まあ所属するったって結婚したいかとかそんなのでしょ?今の所はする気もないし、そもそもどっかに所属するっていう感覚がねぇ……基本的に僕はのんびりマイペースな方だし」

「…………マイペースの中でも、かなり特殊な方だと思いますけどね」

「ん?文?なんか言ったー?」

ぼそっと、妙な方向へ顔を向けながら何かを言った射命丸に、イオはキョトンとしながらそう尋ねるが、彼女は首を振るばかりで何も言わない。

 そんな彼女に違和感も抱いたものの、とりあえず霊夢に言うべきなのは、

「ま、あえて言うなら中立だねぇ。霊夢の事と比べると、依頼に限定して、という事になるけどさ」

もちろん、気に食わないことがあったらそう言う奴とは敵対するつもりだよ。

 おっとりと笑いつつそう返したイオに、霊夢はふぅ……とため息をつくと、

「そ。それ聞いて安心したわ。もし、何処かに所属するなんて言っていたら」

 

――私があんたを殺さなきゃいけなくなる所だった。

 

「……あー、結構、ヤバいところだったりする?僕の扱い」

「さぁ?紫も何も言わないし、私も人里の事は伝えでしか聞いた覚えがないから分からないけど、いずれにしてもアンタの力は見逃せないと思うわよ?それこそ、一つの勢力としてみてしまえるくらいには、ね」

いちいちめんどくさいから考えたことすらなかったけどね。

 ぐいっと盃をあおりつつ、霊夢がそう言ってイオをじろりとねめつけた。

「全く、本当にめんどくさい奴だわね。言っておくけど、そんな顔しても納めるもんは納めてもらうわよ!」

衝撃を受けたような顔のイオに、霊夢がそう言うと、ようやく我に返った彼が、

「あ、ああ……そう、だね……異変、起こした分、また後で詫びを持ってくるよ」

「ええ、存分にしなさい。今回、かなり派手に動いた気分だから」

ふん、と鼻を鳴らし、霊夢はそう言ってまた盃を傾ける。

 と、そこへ、宴会と聞きやってきて今の今まで黙っていた紅魔館の主たるレミリア=スカーレットが、

「やれやれ、イオもとうとう幻想郷の実力者に数えられるようになったのか……私達もうかうかしていられないわね」

と、傍らにたたずむ咲夜に向ってそう言い放った。

 対する彼女はその言葉に一礼しながらも、

「ええ……正直、なぜ一言も話してくれなかったのかという思いはありますが……」

と、ジト眼でイオを見やりながらそう呟くようにして言う。

 その言葉に、たまたま近くにいたイオは顔を引き攣らせて、

「いや、あの……そんなに怒ることですか?」

「……はぁ。では、お嬢様?少しばかりここの台所へ行こうと思いますが……よろしいでしょうか?」

「あれぇ!?まさかのスルー!!?」

溜息をつかれた後のまさかの行動に、イオが驚愕して叫ぶが、紅魔館の主従はそれに頓着せず、

「ええ、いくつか作って頂戴。此処にいる皆の分もね」

「かしこまりました」

と会話を交わすと、すぐに咲夜の姿が消え去った。

 あんまりといえばあまりの扱われように、再びイオが失意体前屈の状態へ移行する。

 だが、そんな彼をよそに、宴会はなおも続くのであった。

 

 



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第二十六章「再び訪れるは平和(?)な日常」

――やや、時は過ぎて一ヶ月半を過ぎる頃。

 イオは、清々しい気持ちで空を見上げていた。

 無論、あの小さな百鬼夜行が起こした異変の後は、色々な人たちから怒られもしている。特に、かなりの怒りを見せていたのはやはりと言うべきなのか……あの、人里の守護者である上白沢慧音であり、彼女が一番に心配していた人物といえた。

 何せ、あの異変の前に妖力の事を話し合った直後に、イオの家から発光現象が飛び出たり、或いは異変が終わった後に変わり果てた姿のイオにあったのだから、その怒りはすさまじいものがあったと言う。

 連続の頭突きをくらった上に、長時間にわたる説教(もちろん正座で)を受けさせられ、正直イオにとってあの時ばかりは死ぬかと思えたひと時であったがそれはさておき。 その事もあってか、優吾を始めとする道場に通う人々からは変わらぬままのイオの性格に、ほっと安堵したり、また稽古を頼むと言ったりと各々の形で受け入れてくれたそうである。

 

 さて、今イオはなぜ空を見上げているのかというと……。

「――ほら、強くなったんだったら、ちょっとくらい私と戦ってくれてもいいんじゃないの?とっとと構えなさい」

……イオにとって恐怖の象徴たる、風見幽香が来ていた為であった。

 空を見上げていたのは、あまりにも現実離れしたこの情景に、半ば現実逃避をしていたからに他ならない。

「……幽香さんとはもう戦う事なんてないと思ってた僕が馬鹿だった」

るー、と目幅涙をこぼしつつ、イオはそう言って嘆いた。

 だが、現実は非情である。

「あら?貴方とはいい勝負ができそうだから、これからもずっと闘わせてもらうわよ?何せ、私が全力で当たっても早々に壊れないし」

「あの、僕の事おもちゃか何かに思ってません……?」

余りのいいように、流石のイオもジト眼になって幽香を見た。

 その様子に、珍しく彼女は動揺して、

「な、何よそんな眼をして。いいじゃない私の勝手でしょう?」

「その勝手に付き合わされる僕の身になってくれません……?」

尚もジト眼でそう言い切ったイオであったが、それでも逃げることはせず深いため息をついた後、

「……仕方ありませんから、相手をしますよ。ただ、此処だとどうしても人里の皆に迷惑をかけてしまいますからね。ちょっと高く飛んで、上空の方で今回はします」

「そうそう。それでいいのよ。ほら、先に行くわよ?」

そう言って幽香がふわりと花弁のごとく、イオの家宅前のポスト脇から飛び上がり、そのまま上空の方へと向かっていく。

 その様子を見送ってから、イオは再び深くため息をついた後、近くに寄ってきていたルーミアへ体を向き直り、

「……そう言う訳だから、ちょっとの間幽香さんと戦ってくるよ。帰ったらおやつ作ってあげるから、待っててね?」

「おやつ!?うん、分かった!待ってるね~!!」

きらり、と光輝く眼でイオにそう言うと、ルーミアは飛び上がるイオにブンブンと手を振り、見送るのであった。

 

――――――――

 

「――さて、ここらあたりで大丈夫でしょう」

もはや、人里が霞んで見えるほどの高さにまで飛びあがった所で、イオがそう言って幽香に声をかけた。

 くるり、くるりと日傘を回しながらふわふわと飛んでいた彼女は、その言葉にぴくりと、動きを止めると、

「ふふふ……あの時の戦いからもう壱ヶ月以上経っているのよね……どれだけ、貴方の力は増えたのかしらね?」

凶悪な笑顔と共に、イオに向って強烈な殺気をぶつける。

 だが、イオはその殺気をさらりと受け流すと、

「ま、一応お望みどおりにはなると思いますよ。あの『小さな百鬼夜行』と呼ばれた、伊吹萃香に僕の血の中に眠る力を覚醒させてもらいましたから」

と、先程までの嫌がりようから一転して、静かな面持ちで幽香と相対した。

 

――そして、激突の瞬間が訪れる。

 

「――さて、参りますよ」

 

――神眼『黄金律眼』――

 

初めに動いたのはイオ。

 彼は、あの三日置きに宴会が繰り広げられる異変の際に顕現させた、魔眼で以て戦端を開いたのであった。

 続けざまに空中に魔法陣を浮かべ、イオは一言、スペルを発する。

 

――氷雪吹雪『フリーズブリザード』――

 

突如として、上空に吹雪が誕生した。

 あまねく全てを凍りつかせんと暴れまわるその吹雪は、当然のことながら幽香へと殺到し、その身を凍らせようとうごめく。

 だが、幽香も大妖怪の一端を担うものらしく、かなりの強引な力技で吹雪を吹き飛ばした。

 

――元祖『マスタースパーク』――

 

妖力に任せて薙ぎ払われたそれは、あっさりとその熱量で以て吹雪をかき消す。

 笑いの衝動に身をまかせながら、

「ふふふふふ!!あは、あはははは!!!」

それでも幽香はなおもイオに向ってマスタースパークを放ち続けた。

 しかし、イオもさるもの。

 同じように魔法陣を構えると、大きくスペルを詠唱する。

 

――光刃一閃『オーバーレイ』――

 

光の速さで撃たれたそれは、あっさりと幽香のレーザーへと到着し、そのまま拮抗状態へともつれこんだ。

 しばらく、その拮抗が続いた後にそれらはあっさりと相殺され、イオと幽香は再び激突した。

「うふふ、やるじゃあないの……!!」

「死にたくありませんからね……!!」

思い思いの言葉をぶつけあい、日傘と朱煉の弐振りが衝突する。

 かなりの力が込められたそれらは、ギンギギィン!!と音高くぶつかり合いながらも、刃も日傘も損なうことなく続けられた。

 だが、次第にその均衡が崩れようとする。

 その始まりに気づいたのは、幽香の方だった。

(……っく!何よコイツ、いつの間にかどんどん速くなっていないかしら!!?)

そう、少しずつではあるがイオの剣速が次第に速くなっている事に。

 とはいえ、それだけならばまだ驚きは少なかった。というのも彼自身の異名が『疾風剣神』であったからであり、たかが速くなるだけならば特に何も言う事はない。

 だが、彼の速さは速いだけが問題なのではなかった。

(くぅっ……重い!)

一振り一振りに込められた力が、以前のものと遥かに比べ物にならないほどに重くなっていたのである。

 鱗がところどころ見えるようになったイオの顔を睨み、幽香はまくしたてるようにして告げた。

「……貴方、その姿になってからかなり力が増えていないかしら?おかげで、私の腕がしびれそうになるほどなのだけど」

「あー……多分それ、龍人の特徴ですねぇ。高魔力と高耐魔力に強靭な肉体なんて古文書に書かれてましたから。おそらく、僕が居た世界では最強の一族だったと思いますよ」

ぎりぎりと何度目かの拮抗状態にもつれこんだ現状には何も言わず、彼はそう言ってのんびりとして笑う。

 しかし、幽香にとっては笑いごとでも何でもなかった。

「全く、本当に笑えないわ……この私が負けそうになるなんて、ね!!」

全力の妖力を込めた、日傘の一撃を大いにイオに見舞う。

 ぎりぎりと拮抗していた状態に振るわれたそれはイオにとっても予想外だったらしく、

「おぉ?っとと……危ないなぁもう。僕の身にもなって下さいよ。流石にあの一撃は僕の頭がぱーん、ってはじける所でしたよ?」

「そのままはじけてしまえばよかったのよ。……全く、次で終わりにしましょう。正直今回は色々と油断が過ぎたわ」

言外に、お前を見くびっていたと言っているようなセリフを吐き、幽香はすっと目を閉じると、静かにスペルを詠唱した。

 

――幻想『花鳥風月、嘯風弄月』――

 

「あはは……そのまま油断されてくれれば僕も色々と頑張ったんですけどねぇ」

すっかり油断が消え、多くの弾幕で以て襲い掛かってきた彼女に苦笑しながら、イオもまた同じくスペルを詠唱する。

 

――虹輝『オーラバースト』――

 

かつて、親友と故郷のクラム国にて戦った際に、親友のラルロスが使用した全属性を使用する魔法を、イオは唱えたのであった。

 火が、水が、土が、金が、木が、辺りを覆い尽くす勢いで彼女に迫って行く。

 対する幽香のスペルも負けていなかった。

 圧倒的なイオの弾幕に、彼女は自身に対して致命的になるような物を的確に除き、食らいつかんとする勢いでイオに迫る。

 

――そして、全てが掻き消えた。

 

「……っと、相打ちですかぁ……今日は、これまでにします?」

「ええ、そうするつもりよ。全く、まさか今までしなかった修行が必要になるだなんて思いもしなかったわ」

何せ、今までは妖力の大きさで勝っていたようなものだったし。

 疲れたように、だが何処となく満足げな表情で幽香がそう告げるのに、イオは少々ひきつったような顔になって、

「そ、そうですか……頑張って下さいとしか言いようが無いんですけど」

言ったら言ったで彼女はその言葉の通りに、やる気を出して自身の実力を高める事であろう。

「あら?応援してくれるの?」

「……しないと何か怒りそうな気がしたもので」

明後日の方角へ顔を向けつつ、幽香にそう言うイオであったが、何分彼女が強くなること=イオの負担が増す、という事になるわけであり、正直かなり複雑な心境なのは間違いなかった。

 そんなイオに、彼女はしっとりと上品に笑うと、日傘を肩にかけ、

「フフフ、また、闘りましょうね♪今度は、私もいくらか成長した状態で戦えるでしょうから」

と、ある種イオが失礼な言動をしたのにもかかわらず、穏やかに立ち去って行くのであった。

 一方、あとに残されたイオはというと。

「……はぁ。また、決闘したいなんて依頼が来るのかなぁ……本格的に決闘御断りの紙張っとかないといけないかも」

若干嘆きの声を出しつつも、普段どおりに依頼を遂行していくのである。

 

――――――――

 

――アルティメシア世界。

 ゴルドーザ大樹海と呼ばれるその場所の近くに点在する町の一つに、とある人物が訪れていた。

 魔物が襲い掛かってくる故にかなり頑丈な作りをした門の下にあって、その格好は周りの冒険者たちが使用する旅装束と比べ、銅色に上品に輝いているローブ姿であり、見る者が見ればかなりの防御の補助魔法が施されていて、薄らと魔力の光が漏れ出ているし、端的にいえばかなり目立つ格好である。

 ざく、ざく、と地面を踏みしめるその靴も、やはり通常のものとは大違いであり、ひたすらに使用者の魔力を高めるためだけに作られた逸品であると、その時近くで偶然見た魔法使いはそう考えた。

 ふと、そんなとんでもない服を着ている人物に、声がかかる。

「――あー……そこにいる人、何者だ?身分を証明するもの、渡してくれるとありがたいんだが」

一応の礼儀をもった人物であろうか、何処となく物々しい鎧姿に身を固めた兵士と思しき人物が、頭を掻きながらそこにあった。

 その声に、呼ばれた方は足をとどめると、文句も何も言わずサッとあるものをさしだす。

 一見して、そこらの冒険者が持っているカードと思しき物に、一瞬その兵士も眼を丸くしたがすぐにそれを改め。

 そこに書かれた名前、そして二つ名に思わず声をあげかけた、所で、

『――何もしゃべるな』

一気に近づいたローブ姿の人物に留められ、コクコクと脂汗を流しながらうなずいた。

 その様子に満足そうに彼の人物は頷いた後、

『……此処の、ギルドは何処にある?少しの間、此処で調べなければいけないことがあるんだが』

「は、はい!このまままっすぐ行って右方向にございます!!」

ビッシィ!と大げさなほどに敬礼をしながら叫んだその兵士に、一瞬ローブ姿の人物が何か言いたげな様子になったものの、すぐに頭をさげ、

『――感謝する』

と端的に告げ、そのまま立ち去って行く。

 直ぐに、ぷはぁ……と大きく息を吐いた兵士に、知り合いと思しき冒険者が話しかけた。

「おいおい、いったいどうしたんだよ。アンタがそんなに慌ててるなんざ珍しいじゃねぇか」

「……慌てたくもなるさ。――クラム国の、『賢人』だった」

「――はぁ!!?」

余りにもネームバリューのあるその二つ名に、その冒険者も驚きの声を上げ、周りの注目を集めさせてしまう。

 思わず身をちぢみこませながらも二人はなおも会話を続けた。

「いくらなんでもあり得ねぇだろ?『賢人』はクラム国の貴族だって前に通達あったじゃねぇか」

ギルドに行けば必ずと言っていいほどに、全世界にあるギルドへの通達というものが存在していた。

 最近の魔法事情というのも、どんどん便利なものに変わろうとしていて、ちょっとした小さなものであれば簡単に、移送魔法によって送られるのが常になろうとしていた為に、ほぼ全世界でギルドの通達を見ることが可能になったのである。

 冒険者が言っているのは、そのシステムが軌道に乗り始めたここ数年間に活躍していた『賢人』の本当の素性というものであった。

「……間違いない。カードに記載されていた顔も、名前も全て同じだった……いったい、何があったんだ?」

「いやおれに訊かれても分からねえよ……?」

ぽつりと呟くようにしてささやかれたその問いに、思わず冒険者が突っ込みを入れるがそれはさておき。

「とりあえず、手の空いてそうな冒険者たちに、何が起きているのか確かめてくれないか?それ見て動きを決めないと」

「あぁ……俺も気になったし、顔見知りの奴とかいるから確かめてみるよ」

こうして、『賢人』たるローブ姿の人物……ラルロスの預かり知らぬ所で、ひっそりと騒ぎが起きるのであった。

 

――――――――

 

――所時変わり、紅魔館。

 イオはよもやラルロスが、この世界に来る前までにいた街に来ているとはつゆも知らずに、パチュリ―に色々と彼女が使う所の魔法について習っていた。

「――つまり、この六芒星という形は、もともと宗教の中に存在していた物がいつの間にか魔女の使う魔法の紋章であると言う事にされたものだ……ですか?」

「ええ。ダビテと言う人物がいるのだけど、その人物の人物の子、ソロモンが居てね、その二人を象徴する三角形の形が組み合わされたものだから、信仰の対象になっていたの。あと、貴方の使用している魔法、五行属性といったかしら?それについてもこの幻想郷の外に広がる世界においては、陰陽道という形で出ているし、この六芒星もその陰陽道を行使していた術師の紋章としても知られているわ」

机に座り向かい合って話し合うイオとパチュリー。

 彼女の話す、幻想郷の外に広がる地球という世界で使われて居た幻想の術に、イオも興味を抱いたのでこうして、色々と習っていたのであった。

「……へぇ。すごいですねぇ……世界変われば使われるものも変わると思ってましたけど……そこまで似通ったような術があるなんて」

「……多分、貴方の使う術とは似ても似つかないものだと思うわよ?そもそも、五芒星と円を描く所は同じでも、中心に魔法文字を書く時点で違うと言い切れるわね」

ぱらり、と魔導書から眼を離すことなくパチュリ―がそう告げると、イオも笑って、

「ま、言ってみただけですよー♪そもそも、この世界と僕の世界は違うって分かってますから」

ぎしぎし、と古そうな木製の椅子を軋ませながら後ろに靠れかかるようにして座るイオに、パチュリーは何処か疲れたような表情で溜息をつくと、

「……今日は、妹様と弾幕ごっこはしないのね?」

「あはは……さすがに、風見さんと連戦はきついですからねぇ……どうしようもなかったので今度デザートを作る約束で断りました。いやもう、やっぱり僕の料理は人気なんですねぇ……すっごく眼がきらきらとしていたのが印象的でしたよ」

「――そう。それはよかったわね」

若干、含みがあるような視線を向けながら、パチュリーは再び魔導書に目を向ける。

 その様子に、ちょっぴりイオは不思議に思い、

「??どうしたんです?」

「……まぁ、ね。貴女に訊きたいことがあったの、今思い出しただけよ」

「へぇ……珍しい、とはいえないか。僕の魔法について聞きたいことですか?」

先日、爛々とした眼でかつ無表情に詰め寄られた過去を思い出し、イオはそう言って尋ねると、

「――違うわ。貴方の料理について……よ」

「…………はぁ?」

余りに唐突なその話題に、イオは眼を丸くして困惑の声をあげた。

 だが、彼女はそんな彼に構わず、

「前々から聞きたいと思っていたのよね……あの鬼が引き起こした異変の時、魔理沙が言ってたことがどうにも気になって仕方がなかったのよ」

自分の身でも同じようなことがあったからね。

 魔導書から眼を離さず、一心にぺらりぺらりとめくりながら告げられたその言葉に、イオは眼をぱちくりとさせながらも、

「はぁ、僕には美味しいからまた作ってねとかよく言われているんですけど」

「単に気のせいだと思っているのが大半だからよ。あのね、貴方の料理……私達の力を、いや、違うわね……どちらかと言えば、存在する力と言えばいいのかしら?まぁ、人妖によっては違うでしょうけど、ほぼ私達に必要な力を授けてくれているのよ」

「……いやいや、パチュリーさんの言うとおりに、単に気の所為じゃないんですかそれ」

突拍子もないその言葉に、身構えていたイオは肩透かしを食らったような気分で、呆れたように首を振る。

 それもそうだろう。どんな話題かと思えばあまりにも荒唐無稽な話題だったのだから、彼の言う事にも間違いがあるわけではなかった。

 だが、現実はそうではないのだ。

 パチュリーは彼の言葉にそう思い、少し顔を彼のほうにむけてから、

「……あの三日置きの宴会の時、よく貴方が料理を作ってくれていたわね?」

「?え、ええ……ほとんど文に引っ張りだこで困ってたくらいですけど」

「そう……あのね、貴女の料理を食べた……およそ、数時間後ぐらいかしら?レミィ達と一緒に帰ろうとした時に、妙に体が高揚して仕方がなかったの。こう見えても、結構長生きしている方だから、どうしたって感情というのは擦り切れざるを得ないのだけど、それが嘘のようにわくわくする気持ちが止まらなくてね。レミィ達にも驚かれた覚えがあるわ」

「……え、いやちょっと待って下さい。本気で仰ってます?」

 

感情が擦り切れていたのが、嘘のように戻りつつある。

 

 もし、その事が本当ならば、彼の料理には――

「――まさか、一種の魔法薬のようなものになってるんですか?」

「ええ……色々と実験もしたし、体の様子を探るための魔法も使ってみたけれど……結果は『単純に魔力が増幅した』、それだけしか返さなかったのよね。他にも、普段からきつくなっていた喘息が、どうにも軽減されてる感じがするのに、結果としてはそれだけなのよ……おかしいと思わないかしら?」

「……もしかしなくても、僕の料理の所為だと?」

「あれから、咲夜が作る他の物も食べたけれど、一向にそんな気配がないからね……どうしてもそう思わざるを得ないわ。何か、思い当たることでもある?」

ぱたぱたと、小悪魔が図書の整理をしているのを横目で見ながら、パチュリ―にそう尋ねられ、イオは今一度よく考えてみる事にした。

 だが、一向にそれらしい覚えなど、イオにはない訳で。

(……うーん……料理に使った材料は、人里でとれた野菜とか、猪の肉とか、屠殺された鶏とか牛の肉とかだけど……ん?人里で、とれた野菜?)

まさかとは思うが……イオは、とりあえずパチュリ―に訊いてみることにした。

「……あの、皆さんが持ち寄ってくれる料理の材料って、大抵人里でしか買ってきてませんよね?」

「…………さぁ、どうかしら。――咲夜?」

 

「――――此処に」

 

パチュリーの呼び声に、瞬時にして咲夜がパチュリーのすぐ傍に、紅茶の用意が成されたカーゴと共に現われる。

 しずしずと紅茶を注ぎながら、

「お呼びでしょうかパチュリ―様。ご用件をお伺いしても?」

「ええ……ちょっとだけ、訊きたいことがあってね。貴方、いつも料理を作る時材料は人里で買って来ているのよね?」

「?ええ、そうですが……」

首を傾げながら答えた咲夜の言葉に、イオは少し確信めいたものを抱きながら、

「その時、八百屋さんとかでなにか言っていませんでした?」

と尋ねると、彼女は何処か遠くの方を見ながら思い出すようにして、

「そう、ね……」

 

――『あの龍人様が、お力を込めてくださった野菜だよ』

 

「確か、そう言っていたと思うわ」

「…………申し訳ありません、パチュリーさん。どうも、僕の所為みたいです」

「そのようね」

咲夜の言葉にがっくりとテーブルに突っ伏すイオに、パチュリーは淡々とそう告げる。

「ただ、それならばなぜ咲夜が料理しても変わらなかったのか、疑問に思うわね」

「……恐らく、引き金めいた条件があるんだと思います」

 

例えば――『木を操る程度の能力を持つ者』が、『その力で育った野菜を料理する』とか。

 

「……考えられる条件としては、多分これ以外にないと思いますよ。はぁ……まさか、此処までの事になってるなんて思っていなかったや」

疲れたように苦笑しているイオに、パチュリーは彼の言葉にうなずくようにして、

「ええ、そうみたいね。やっと喉のつかえが取れた気分だわ」

無表情でありながら、どこか満足げに見える顔でそう告げた。

 そこへ、咲夜が納得したような表情で、

「……そうなると、貴方の料理を食べ続けるだけで、力が増幅される結果になると言う事になりそうね」

「また、パワーバランスが崩れていくわけですね、分かりたくないです」

ぐてー、と机に突っ伏したまま、イオはぐったりした様子でそう呟く。

 また料理ばかり作り続ける羽目になるのかー、などとぼやいているイオに、咲夜は慰めるようにイオの頭を撫でながら、

「ほら、また貴方の事がこの世界で重要になったという事だって、考えればいいじゃない?」

「……どうしてこうなったし。僕の安穏な日々は何処に行ったのさ……」

ぐちぐちと机に突っ伏したまま愚痴を漏らしているイオに、咲夜は苦笑するしかなかった。

「――それにしても、イオの人里での人気はどうなっているのかしらね?」

しばらく愚痴愚痴と何かを呟いているイオを放り、パチュリ―が再び口を開く。

「……多分、もう神として崇められ始めている頃ではないでしょうか?普段、イオが相手している農家の人々からは、しか聞いておりませんが、恐らくそうなっているはずです」

そう、二人の紅茶を注ぎ直しながら咲夜がパチュリ―に言葉を返すと、パチュリーはその言葉に目を細めた後に、

「……ふぅん、そうなの」

と呟くのみ。

 その様子に、突っ伏していたイオが顔だけをあげて、

「どうしたんです?また何かに気づかれたんですか?」

と、若干暗い顔つきでそう尋ねた。

 すると彼女は肩をすくめて、

「何でもないわ。もう、イオがこの世界に完全に馴染んだ事に驚いているだけだから」

「……いや、全然表情動かしていないじゃないですか」

無表情のまま驚いたと言われても冗談を言われている気分にしかならないイオ。

 まぁ、そのまま此処でぐだぐだとしているのもしょうがないため、そろそろお暇しようと声をあげかけた瞬間だった。

 バターン!と音高く観音開きのドアが開かれる音と共に、

 

「――いやっほー!!パチェ、遊びに来ったぜー!」

 

「……魔理沙、か。なんか、嫌な予感しかしないんだけど」

少しばかり表情が引き攣った状態で、イオがそう呟く。

「ここ最近は貴方がいるから、少なくとも本を借りに来たわけじゃなさそうだけどね」パチュリーがそう言って、ドアがある方向へと顔を向けた。

 ずかずかと静かな図書館の中にあって響いた足音が近づくとともに、

「やー、アリスとかがうるさくてさー。イオの料理を調べるべきだって言い張ってばかりなんだよ。しょうがないからパチェに訊きにきたんだ!」

「――タイムリーだねぇ魔理沙。今その話が丁度終わったとこだよ」

再び自分の力のとんでもなさを思い出したか、再び机に突っ伏した状態でイオが魔理沙にそう告げると、彼女はぎょっとしたようにイオを見つめ、

「な、なんだイオもいたのか。……って、今丁度終わったとこ?あ、じゃあ結局何だったんだ?」

とイオの言葉に首をかしげた後にそう尋ねる。

 その言葉に、イオが答えを返そうと言葉を紡ぎかけたのを遮り、

「――イオのせいよ。少なくとも自覚して行われたわけではないそうだけど」

と、パチュリーが新たな魔導書を取り出しながら、魔理沙に向ってそう答えた。

「??どういうことだぜ?」

「あー……パチュリーさん。その言葉だけじゃ分からないですよ。あのね魔理沙、僕の作る料理、もともと材料の中に人里でとれた野菜とかが入ってるんだけどさ、それ、僕が枯れないようにって力を込めた物みたいでね、僕がそれを調理する事によって、食べた人にとって必要な力を供給してくれるものになるみたいなんだ。今それ知って、料理を作るのに躊躇してるとこだよ……はぁ」

ぐだーん、と机の上で伸びながら、イオが魔理沙に向ってそう告げる。

 すると、魔理沙が眼を輝かせて、

「おお、じゃあお前の料理は、私達にとってドーピング剤みたいなものになるわけだな?凄いじゃないか」

「全然凄くなんかないやい。はぁ、料理するの結構楽しいのになぁ……封印しないといけないかなぁこれ」

野菜の方止めようったって、絶対無理だろうし。

 ゴロゴロとしながらイオがそう呟くと、魔理沙と咲夜が思わずぎょっとしたように彼を見やった。

「お、おいおい、早まるなよ?いくらなんでもそれはないぜ?」

「そうよ?貴方が手伝ってくれるおかげで結構楽が出来ているんだから」

慌てたように魔理沙と咲夜がそう言うが、

「……だったら、どうしろって言うんですか?多分、あの妖怪の賢者も気づいている事だと思いますよ?」

ましてや、冥界の主であるあの人もです。

 じとーっとした眼で三人を見やり、イオはなおも言葉をつづける。

「幽々子さん、かなりの量食べてましたからね……おそらく、あの人自身の力まで強化されている事になるんですよ?」

「……やばいな、確かに」

 

――『死を操る程度の能力』。

 

 彼女の能力の一つであり、生きとし生ける者たちにとってまさしく天敵であるこの能力。実のところ、生前持っていたとされる能力が一つあるようだが、此処幻想郷において有名なものはこれだろう。

 龍人となり実力者の範疇に入ったイオでさえ、もしかすると死にかねない、そう言う能力なのだ。

「……まあ、初対面で言った言葉が良かったのか、結構お世話になっている事もありますけどね」

正直にいって、どの意味であっても戦いたくない人物の一人である事は確かだった。

 だが、そんなイオに対して、二人はと言うと。

「「…………だけどなぁ(ねぇ)」」

揃って名残惜しそうな様子で、イオの事を見つめるのみだった。

 一拍置いた後に、咲夜が口を開く。

「――やっぱり、封印はしない方がいいと思うわよ?ただでさえ妖夢が忙しくなってしまうし、そもそも、あの亡霊が満足するほどの量を作りきれると思えないから。私は時間を止めながらする事は出来るけど、ね」

「そうそう。咲夜だってこういってるんだし、そんなに気にするほどでもないと思うぜ?」

うんうんとメイド長の言葉にうなずきながら、魔理沙にまでそんな事を云われ、イオはどうしようかと頭を悩ませた。  

(……何より、文の反応が怖いなぁ……)

いつもイオが料理してくれるのを、手ぐすねひいて待っていると言っても過言ではない彼女が、イオが料理を封印するなんて噂だけでも耳にすればどうなるか。

 まずもって面倒な事態に陥ることだけは確かだった。

「……とりあえず、保留にしておくよ。色々と妖怪たちのパワーバランスの事も考えなきゃいけないし、もし均衡を崩しただけでもダメだったらどうしようもないしね」

色々と考えた末に、イオはそう言って、彼女に笑いかける。

 

――だが、イオは気づいていなかった。

 

 身近な存在の中に、この世界に来てから一番彼の料理を食べているであろう存在の事を。

 彼は、気付くべきだった。

――真に、警戒すべき存在がいると言う事を――

 

――――――――――

 

――それは、闇の中において蠢いていた。

 魔法の森において、瘴気というのは実のところ妖怪たちにとっては一種のえさになる。淀んだ気というのは人の感情が生み出すものと酷似しているためだった。其れがなぜ妖怪たちにも危険なのかと言えば、端的に言って『お腹がいっぱいになって気持ち悪くなる』のと同じようなものなのである。 

 魔法使いにとっても、この瘴気は同じような理由で魔力をふんだんに感じられる場所であり、自身の魔法実験にも応用しているのであった。

 

閑話休題。

 

 さて、そんな魔法の森の中において、黒く、光さえ通していない闇の塊が存在した。球体のように見えたり、或いは煙のように立ち上っていたりと、その姿は千変万化しているが、何れにせよそこに何かがいる事は確実である。

 

『――うーん……これ、取るのがめんどくさいなぁ』

 

ふと、日中にありながら闇に包まれている魔法の森の中、場違いな子供の声が響いた。

 どうやら、闇の塊の中から聞こえてきているようで、それ以外からはそれらしきものさえ見えない。

 

『……うんっしょっと……やっと、とれたのかー』

 

一体、何が取れたというのであろうか。

 小さな少女の声と思しきそれの気配が、一瞬にして強大なものへと変貌した。

 普段、共に暮らすとある青年に見せているその妖力とは桁違いのそれに、魔法の森、そして周辺に存在する普通の森から、動物たちがどんどん逃げだそうとする。

――だが。

 

『――お腹、減ったなぁ――』

 

ザクン!

 切り裂かれるような音と共に、一瞬にして魔法の森近辺の森にいた鹿が、ぐちゃり、と生々しい音と共に倒れこんだ。

 見れば、首筋の部分があり得ないほどに深々と切り裂かれており、そこから流れ落ちる血が、どうにも非現実めいたものを感じさせた。

 

『――うん。鹿ゲットできた♪イオに、料理作ってもーらおっと』

 

先程まで聞こえてきた幼い少女の声はせず、何故かとある青年と同年代に聞こえる少女の声が響き、すぐにその気配が集束されていくと、元どおりの幼女の気配のそれに変わって行く。

 そして、魔法の森、そして近辺の森に平穏が訪れたのであった。

 

 



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第二十七章「動きたるは偽月の夜」

さて、今回からは永夜抄となります。
人里で行われる前に起こる、この異変においてイオがどのように動くのか……今のところ、作者自身も考えていません(ぉぃ
まぁ、何とかなると思いますのでお待ちください。


――秋に入り、人里は収穫の時で賑わっていた。

 人間から、先祖に連なる龍人へと種族を変化させた青年によって、強化された秋野菜たちが、米類が、大いに販売される中……イオは、のんびりとルーミアと共に買い物に来ていたのである。

「……」(だらだら)

「ああもう、ルーミア?帰ったらおやつとかあげているでしょ?何でそんなに涎垂らしてるの」

いいにおいがしてくる料亭と思しき家屋を見つめ、よだれを垂らしているルーミアに苦笑しながらイオがその顔を拭ってあげていると、

「うぅ……だって、焼き魚の匂いが……」

「はいはい。また今度ね?今日は別に、お肉とか買いに来たんだから」

「お肉!!?」

きらきらとした眼で見つめてくる彼女に、イオは笑いながらうなずいた。

 とたんに嬉しそうな様子になる彼女に苦笑しながら、イオはざわざわと人の声でごった返ししている通りを、のんびりと彼女と二人歩いて行く。

 

『おい、あれ見ろよ……龍人様だ』

    『おお、ほんとだ。ありがたや、ありがたや』

 

 そんな中聞こえてきたこの会話に、イオは思わずがっくりと肩を落とした。

「……いつまで続くんだよ、これ」

流石に、崇められるとは予想すらしていなかったために、イオは正直疲れ果てていたのである。

 そんな彼に慰めるようにしてぽんぽんとルーミアが叩き、

「しょうがないと思うよー?イオの力って、結構珍しいを通り越して神の御技に近いものだし。こうして食材がいきわたっていくから、みんな嬉しくて感謝するんじゃないかなー」

最近、何処となく知性を感じられる発言をするルーミアに、ちょっぴり違和感を感じたイオであるが、どうなろうとも彼女は彼女であると割り切って、

「そっかー……やっぱり、もう少し考えて動けばよかったなぁ」

と、疲れたような表情でそう呟くのであった。

 

 さて、そんな事はさておき。

 二人が色々な物を買い、両手にそれぞれ荷物を抱えながら帰宅すると、玄関に見覚えのない履物が存在していた。

 何処となく、良家のお嬢様を想起させる華やかな雪駄に、イオは少し考えるようにしてそれとなく当たりをつけながら中に入って行く。

「――あ、御帰りなさい。お待ちしておりました」

案の定、そこには稗田阿求がのんびりと、持参して来たのであろうか、イオのうちにはなかった茶道具をいじりつつ、居間に座っていた。

「およ、阿求さんじゃないですか。本日はどうされたんです?」

「ええ、この秋、人里で祭りを行おうと思いましてですね、勝手ではありますがこうして待たせて戴いておりました」

「……うーん、屋台の話ですか?」

かたり、と特徴的な形の湯呑らしき物を卓袱台におき、イオに勧めてくる彼女に、イオはよっこいせっと、台所に物を運びながら尋ねる。

 ルーミアは阿求の言葉に興味があるのか、わくわくとした表情で卓袱台の前に座っていた。

「まぁ、そう言う事になりますね。何せ、ここ最近は本当に豊作と言う事で、結構な賑わいを見せていますから」

――『龍人様のお陰』だと、人々が皆申しておりますよ。

「……勘弁してほしいなぁもう。此処でもそう言われなきゃいけないわけ?」

阿求の漏らした最後の言葉に、イオは再び頭を抱えながら彼女の近くに座る。

 彼の言葉に阿求は苦笑しながら、

「仕方がございませんよ……イオさんが来られるまでは、どうしても不作の時というものもございましたから。私が転生を繰り返しても、この事だけはどうしようもないことだと、皆があきらめている姿をよく見かけましたしね」

ずず……と、傍目に見てもきれいな作法で茶を飲んでいる阿求に、イオは深いため息をついて、

「……そういう時って、大体あの妖怪の賢者が放っておかなかったはずじゃ?妖怪にとって一番よりどころである人間がいなくなる事なんて、幻想郷を一番に考えてるあの妖怪なら、見逃さないことだと思うし」

「ええ……それでも、何人かが死んでしまう様な事にはなりました」

「――そう言うことか。全く……どうせなら、全員を生き残らせなよあの賢者は」

悲しげな阿求に、イオはがしがしと頭を掻きながらぼやく。

 こんな話題など続けているだけでも不毛なので、イオはとっとと変えることにして、

「……で、話は戻るんだけどさ……具体的に祭り、何処で行うんだい?連絡さえ来てないから僕の方じゃ、把握していないんだけど」

と、阿求に向ってそう尋ねた。

 すると彼女がいきなり不機嫌そうな表情になり、

「ええ……その事に関しては申し訳ないとしか。長老衆がどうしたわけか、人里に関する連絡はするなと言いだしましてね……理由を聞いてみても、絶対に連絡するなとばかり。あの時ばかりは本当に怒髪天を突くかと思いましたよ――慧音先生が」

「君じゃないのかい」

思わず肩をこけさせながらイオがそう突っ込むと、阿求はコロコロと笑って、

「いやですねぇイオさん。私がそんな暴れるようなことすると思いますか?こう見えて、結構病弱な方なのに」

「いやいや……そこまで顔色がいいのに病弱はあり得ないでしょ。……ん?って、まさか」

首を振りながら、途中で何かに気づいたのか真剣な眼差しで彼女を見やると、阿求は穏やかに苦笑して、

「あっと……気づかれましたか。ええ……転生する代償ですよ」

ま、その事は今は置いておきましょうよ。

 かなり気にしていなさそうなその口調に、イオは一瞬気遣わしげな視線を送ったものの、すぐに表情を普通に戻し、

「で?長老衆が人里に関する連絡するなって言ったのかい?……そりゃまぁ、徐々に慣れつつあるとはいえ、数カ月いただけの余所者だしねぇ……そりゃ、長老衆も力もあるような人間の対処には気遣うかもしれないなぁ」

あの時阿求さんにはちょっぴり苛立ったかもだけど、分からない話ではないし。

 疲れたようにぐったりとちゃぶ台に突っ伏しつつ、イオがそう言うと、阿求は苦々しげな表情に変わり、

「人里にとって恩人な貴方を、わざわざ排除するような人たちですよ?もう、何が何だか……正直に言って、切りたい気分です」

「こらこら、不穏な言葉を言わない」

眠くなって来たのか、こっくりこっくりと舟を漕ぎ始めたルーミアを膝枕してあげながら、イオは苦笑しつつ阿求を制する。

「結局、祭りの事から話題がそれちゃっているよ?どうしてほしいんだい?」

「……失礼しました。では、イオさん……屋台を、出していただけますか?」

「ふむ……何となく、予想はついてたけれど……どうしてだい?一応、文とかに僕の料理がもたらす作用を教えたこと、アイツの新聞にも載っていたと思うけど?」

 秋になる前のここ一ヶ月半の間の事を思い返しつつ、あの妖怪の賢者とも話し合った内容を、イオは阿求に告げた。

 その言葉に、阿求は分かっているとばかりに深く頷き、

「――だからこそ、ですよ。通常の人ならば食べる量も異なる事も分かっていますが、それでも人妖の者たちとは大いに量が少ない事を考えて、です。普通の人間が多少強くなった所で、精々雑魚妖怪を追い払える程度か、そんなものだと思っていますから」

「……つまり、妖怪たちにとってはそれ程脅威にはならない?」

「ええ。それに、ついこの間音信不通のままだった八雲さんがいらっしゃいましてね。しきりにイオさんの作る料理がおいしかったことについて話されていたものでしたから。私も食べてみたくなってしまったんですよ」

茶目っ気たっぷりに笑う彼女に、イオは苦笑しながら首を振り、

「やれやれ。正直、この幻想郷内の勢力間のパワーバランスを崩したくないんだけどね。そこまで言われちゃうとねぇ……しょうがない、屋台、やらせてもらうよ」

ととうとう根負けしたと言わんばかりに溜息をつく。

 その言葉を聞いた彼女がどういう反応を返したのか……それを言うのは野暮なので此処では記さないでおくことにする。

 

―――――――――――

 

――その夜の事。

 イオは、昼に買ってきた酒を徳利にいれ、縁側にて十六夜の月を眺めていた。

 この世界に来てからというもの、彼はよくこの金色の月を肴に酒をたしなむことが多くなっており、少々の酔いとともに眠りにつくのがここ最近の日常ともなっている。

 そう言う時に考えるのは、やはり、故郷において来てしまった友人、そして家族の事だったりした。

(……ふむ、今日も良い色しているなぁ)

イオの金色の眼と同じ今宵の満月を見上げ、イオは約体もなくそんな事を思う。

(あれから、何カ月も経っているけど……やっと生活には慣れたかなぁ)

向うでも同じような生活はしていたため、そんなに生活リズムが崩れない事は結構有り難かった。

 何せ、ただでさえ異世界にいるのである。技術面からして異なっていたりすることもありうるわけだった。

「♪~♪」

ちょっぴり、機嫌がよさそうな雰囲気をかもしながら、イオはまた徳利から静かに酒を呷り、また暗き夜空を見上げる。

――と、そこでイオはある異変に気づいた。

「……なんだ、ありゃ。妙に端っこ部分が欠けているような……飲み過ぎたかなぁ?」

ごしごしと眼を擦りながら、よくよくじっくりと月を眺めれば、常人では分からぬほどに、月の端の部分がまるで陶器の端が欠けるかのようになっている。

「……何事だろ?あんなの初めて見た。この世界特有の現象かなぁ?」

きょとん、と首を傾げながらも、とりあえずイオは酒を飲もうと御猪口を傾けた、その時であった。

「――ごきげんよう、何でも屋さん」

「ごふっ!!?」

突如として空中から八雲紫が現れ、あまりの唐突さにイオは思わずむせてしまう。

 ごほごほとせき込んでいる彼に、しかし紫はそれに頓着することなく言葉を紡いだ。

「イオ……この夜は――異変よ」

「……あの、ちょっと待ってくれません?いくらなんでも唐突すぎますって」

ようやく落ち着いたのか、少々涙目になってはいるものの、イオが紫に向ってそう声を返した。

 だが、彼女はその言葉を聞くことなく、尚も言葉を紡ぎ続ける。

「――今宵の月は、真実の月に非ず。偽りの月故に、この世界の妖共は狂うやも。故に私は貴方へと依頼をしなければならない」

――この偽月の異変を、解決する手助けを。

「……あの月が偽物?――まさか、一種の幻術ですか?」

普段、胡散臭そうな雰囲気が消え、あまりにも真剣な彼女の様子に、ようやくにしてイオの何でも屋としての嗅覚が動き出した。

 彼が紡いだその言葉に、紫は深くうなずいた後に扇子を取り出して口を覆うと、

「ええ。つい先ほど、昼と夜の境界を弄ったわ。しばらくの間、この偽物の月が浮かび続けることになるけれど……あの月のまま、日々を過ごせば……狂う妖怪は必ず出現する。

なんとしてでも、月を偽らせている者を止めなければならないわ」

「……やれやれ。確かに、あの月のままというのは僕としても違和感があり過ぎますからねぇ……しょうがないですが、お手伝いいたしましょう。――ちなみに、場所はどちらで?」

用意するべく立ち上がったイオが、自室に戻る前に振りむき訊ねたその言葉に、紫は静かに眼を閉じると、

「――竹林。『迷いの竹林』と呼ばれる、不自然の自然の迷宮よ」

そう、答えを返したのであった。

――『疾風剣神』、『妖怪の賢者』、『楽園の巫女』……参戦。

 

―――――――

 

――魔法の森、マーガトロイド邸。

「――ん、これで準備は終わったぜ。アリス、そっちはどうだ?」

「ええ、こちらも丁度終えた所よ。……にしても、本当に面倒な事態になってきたわね」

はぁ……と深いため息をつくのは、『七色の人形遣い』こと、アリス=マーガトロイドだった。

 その言葉に、彼女に言われて魔道具である八卦炉の手入れをしていた『普通の魔法使い』こと霧雨魔理沙は、少し訝しげな表情で彼女に体を向けると、

「そんなに大したことなのか?『月が偽物』っていうのは」

「大いに大したことよ、魔理沙。魔法使いにとって、月が異常であることはそれに関する儀式も行えなくなると言う事になるわ。私の生涯の目標が、『自律した人形を作成する事』である以上、どんな方法でも模索していかないといけない身にとって、この事態は止めなくてはいけない事なの。魔理沙にも、関係のある事なのよ?」

「……うーん、そう言われてもな~……私としては、いつの間にか終らなくなってるこの夜を終わらせたいだけだしな。どう考えても、あのスキマがやらかしてるに違いないから、ぶっ倒して止めるつもりだぜ?」

あっけらかんとして笑う彼女に、アリスは頭痛を感じているのかこめかみに指をやりながら再びの深いため息をつくのであった。

 

――『七色の人形遣い』、『普通の魔法使い』、参戦。

 

―――――――

 

――霧の湖にたたずむ、吸血鬼の館たる紅魔館。

「……全く、無粋にも程があるわね……ねぇ、咲夜?」

「ええ、そう思いますわ」

『永遠に紅き幼い月』レミリア=スカーレットに言われ、『完全で瀟洒な従者』十六夜咲夜はともにいたベランダにて、言葉を交わした。

 何時ものようなメイド服に身を包んだ咲夜は、その実、大量のナイフを体に忍ばせていて、いつどこでも襲撃があった際、迎撃者として動く。

 『時を操る程度の能力』持ちである彼女が、時を止めてしまえば侵入者はいやおうなしにその身を凍らせ、直後にナイフで剣山のごとくハリネズミにされてしまうのが常だった。

――故に、けして吸血鬼の足手まといになることすら、心配は無用なのである。

「……行きましょうか。今宵の月を取り戻しに」

 

「――仰せ(イエス・)の(ユア・)まま(ハイネス)に」

 

メイド長が一礼するとともに、彼女たちの姿は消え去った。

 

――『永遠に紅き幼い月』、『完全で瀟洒な従者』、参戦。

 

――――――

 

――幽玄なる世界……冥界。

 今宵もまた魂魄が漂う、かの死者の世界において動く影があった。

「……妖夢、出掛けるわよ」

「どちらへ……いえ、お供いたします」

静かな視線に言葉を遮られ、何時にない緊張を感じ取った妖夢は幽々子の言葉に、そう言って跪く。

「本当は、誰かに任せるつもりでいたけれどね……あまりにも、この月は肴にする者たちにとっては無粋に過ぎるわ」

――だから、私達が止めなければ。

「……かしこまりました」

静かなる死の世界において、霊魂司る者たちの姿が消え去る。

 

――『幽冥楼閣の亡霊少女』、『半人半霊の庭師』、参戦。

 

――――――

 

「――さて、と。優曇華?そちらの準備はどうかしら?」

「ええばっちりですよ、師匠。絶対、月の奴等は追い返して見せますからね!」

――迷いの竹林の中。

 かくも暗きこの不自然なる自然の迷宮の中において、周囲と同化するかのように人里でも見かけないほど広大な敷地を持つ家屋が存在した。

 静かなるこの時の中において、過ぎゆく年月とともにあったこの家屋は、とある一軒を経て幻想郷にその姿をさらそうとしている。

――もっとも、此処に住む住人達はそんな事を考えてもいないのだが。

「……永琳。本当に……動くつもりなのね?」

彼女達の様子を眺めていた、この家屋の主人たる人物は物憂げにそう尋ねた。

 すると、優曇華と呼んだ人物にまた幾つか指示を与えていた彼女が、主の方へ顔を向けると、

「大丈夫でございますよ、姫様。やっと手に入れた平穏なのです……やすやすと奪わせませんよ。――いえ、もっと言うならば、奪われたくない、でしょうか」

と、安心させるような穏やかな笑顔で、そう告げる。

「まぁ、そう簡単にはいかなさそうだけどね~」

「こら、てゐ!余計な事を言わないの!!」

両手を頭の上で組みながら、この竹林にてとある動物たちの王として動く妖怪に、優曇華と呼ばれている人物が、腰に手を当てながら注意を促した。

「事実だろ?姫様達の昔話を聞くに、相手の方はどうやらとんでもないみたいじゃないか。私だって負けるつもりはないけれどね、もしものことを考えないとどうしようもないとも感じているんだから」

真面目な顔つきでそう言うてゐと呼ばれた人物に、優曇華は表情を引き攣らせて言葉に詰まってしまう。

 だが、永琳と呼ばれた人物は自信たっぷりに笑った。

「――大丈夫よ、てゐ。貴方の張ってくれた、命の危険がたっぷりの罠もある。優曇華の類稀なる銃術もある。私の作る、毒薬もある。そのうえ……あの偽月の術も編み出したのよ?これだけそろっていれば、どんな敵であったとしても、命の危険を冒してまでやって来る事はそうそうないと考えているから」

てゐや優曇華の事を最も信頼しているのだと、その笑顔で言い切ったのである。

 その言葉に、てゐは元より、彼女の弟子たる優曇華もやる気に満ちた顔つきになり、決意が籠った笑顔で以て頷いたのであった。

 

――全ては、彼女たちの平和を、護らんとするがために。

 



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第二十八章「偽月の夜に舞うは人妖の舞踏」

ハーメルンよ
わ た し は か え っ て き た

……すみません、色々と切羽詰ってたのでネタに走りました。
あ、それと新年あけましておめでとうございます。
……すっごい後になりましたけど。


――イオ=カリスト一行。

 優雅に空を浮かぶのは、その一行の主たる博麗霊夢。

 『空を飛ぶ低度の能力』の使い手たる彼女は、その力を余すところなく行使し、平素であれば誰しも感嘆の吐息を洩らすであろう事は確かだった。

……とはいえ、当の本人はすでに寝る時間帯であるはずなのに、いきなり妖怪の賢者に引っ張り込まれたせいなのか、かなり不機嫌そうな面持ちである。

――否、実際に不機嫌だった。

「ったく、月が変だって言ってもそんなに大したことじゃないでしょう?すぐに寝る心算だったのに、如何してくれるのよ、紫」

ギン!と鋭く紫を睨みつけながら飛ぶその姿に、同行する事になったイオは苦笑しながら抑えようとする。

「落ちつきなよ、霊夢。この人だって、今回の事は寝耳に水だったと思うからね」

ねぇ、そうでしょう?

 そう言いながら、イオは何処となく目が笑っていない表情で紫を見つめた。

……どうやら、霊夢ほどではないものの、憩いの時間を邪魔された事にそれなりに苛立っているようである。

 そんな不機嫌真っ盛りな二人に、紫は何処となく慌てたような様子で、それでも優雅さを醸し出しながら笑うと、

「あらあら、そんな事を言われるとは思ってもいませんでしたわ。イオだって、一人酒はさびしいものでしょうに。他の皆とも飲めばよろしいでしょう?」

「……騒がしいのは嫌いじゃないけど、一人で飲む酒も好きなんだよ。いいだろ別に」

当初、紫に対して使っていた敬語をかなぐり捨て、イオは普段友人たちにするような言葉遣いでそう言い返した。

 その様子に、紫は少し眼を見張ってから、

「あら、もったいないわねぇ。貴方、黙っているだけでもかなりの美青年なのよ?人里で結構引っ張りだこなんじゃないの?」

「…………貴女までそう言うか。言っているだろ、僕は誰とも結婚する気はないと。その事は貴方だってよく分かっている筈だ」

何よりも幻想郷内でのパワーバランスを考えるのなら、ね。

 すっかり不機嫌そうな表情になったイオが、それ以上言われるのは避けたいのか、一瞬にして彼女たちの先へと跳んで行く。

「あ、こら待ちなさい!異変解決するのは私の役目よ!」

其の後を、慌てて霊夢が追って行くのを見送りながら、紫は静かに扇子を広げると口元を覆いながら考えていた。

(……やれやれ。頑なに、誰かを愛する事を、誰かから愛される事を拒む理由……恐らく、元の世界で何かがあったのだとは思うけれど)

幾らパワーバランスを変えてしまう存在になりつつあるとはいえ、紫はイオの事をそれなりには気に入っているのだ。彼の幸せも考える事は、幻想郷を愛するが故に住民たちも愛している彼女にとって重要な事だった。

(手っ取り早いのは霊夢と結ばせる事なんだけどねぇ)

一番中立の存在であり、かつこの幻想郷を維持するために存在する博麗の巫女ならば、紫ももろ手を挙げて歓迎するだろう。

 何せ、あの幽香との戦いの折、自らの体の特質を『調和』を司るものであると言いきっていたのだ。幻想郷内におけるパワーバランスを考えれば、彼の存在はまさしく重要とも言えた。

(だからこそ、なかなか難しいのだけど)

遅れないように後を追いつつ、紫は考え続ける。

 最近ではあの新聞記者の鴉天狗が最も接近しているであろう事は確かだったから。

(あの天狗の様子からして、自分でも分かっているけど気づいていないふりをしているわね)

関係が壊れるのが怖くて、なかなか言い出せないのだろう。

 千年も長く生きている鴉天狗でさえ、そうなのだ。

――ああ、かくも種族の違う者たちが想い合う事こそが、こんなにも難しいとは……。

「……どうにか、しないといけないわね……いつか」

パチンと扇子を閉じ、紫はスキマに扇子を放りこむと彼ら二人の後を追うのであった。

 

―――――――――

 

――一方、こちらはマーガトロイド一行。

 彼女たちはと言うと、イオたち一行と同様に竹林にたどり着いてはいたが、入ると同時に襲い掛かってきた妖精達に、いつになく手古摺らされていた。

「――ったく!どうしてこう妖精が多いんだよ!明らかに目的地此処なのに、ちっとも進まないじゃないか!」

文句を叫びながら次々に弾幕を張る魔理沙に、アリスはその援護をしながらも、

「仕方がないでしょう?異変の時はいつもそうだったじゃない」

と冷静な様子でそう返すのみ。

 彼女たちが此処にたどり着いたのは、ひとえに人里で遭遇した、満月時の白沢姿の慧音からこの場所が怪しいと聞き及んでいたためだった。

『――イオのあの魔力が今のところこの人里では感じ取れない。もしかすると、すでに誰かに言われてこの竹林に来ているかも知れないから、注意してくれ』

下手すると、命の危険があるかもしれないからな。

 真剣な眼差しで魔理沙達二人にそう言った彼女は、どうやら異変によって人里が襲撃される事を恐れてか、いつになく臨戦態勢だったのである。

 その事も加え、イオが人里からいなくなっている事も合わせて考えてみれば、魔理沙にとってもこの異変がどうやら危険であるらしい事はうすうす分かるようになった。

「くそっ、アリスちょっと下がっててくれ。一発でかいのを撃ちこむから」

魔理沙がそう言い放ち、「ちょ、ちょっと待ってよ魔理沙!」と叫ぶアリスには目もくれずにスペルカードを宣言する。

 

――恋符「マスタースパーク」――

 

 極太の光線が暗中を貫き、その途中であっさりと妖精達を吹き飛ばし、或いは搔き消していった。

 どんなもんだ、と胸を張る彼女に呆れたようにアリスが頭に手をやると、

「……初めから飛ばしているじゃない。大丈夫なの?」

といかにも呆れていますと言わんばかりの表情でそう尋ねる。

「はっ、誰に向って言っているんだよアリス。ここ最近はパチェとかにも訊くようになったからな、結構これでも絞った方だぜ?しかも、イオが作ってくれた料理のお陰で、ある程度魔力が増えてるからな。いやー、流石人里の何でも屋様様だぜ♪」

嬉しそうにそう話す彼女に、アリスは心底から溜息をついて、

「全く、未だにイオの料理に副作用があるかもしれないのに、食べ続けていられる貴女には本当に参るわ。そりゃ、私もいつも食べたくなる味ではあるけど、分からない事をそのままにするのはかなり心に来るのよ?」

ぐちぐちといつものような小言を言う彼女に、魔理沙はややうっとうしげに手で払うと、

「私にとっちゃ、ありがたい以外の何物でもないからいいんだよ。少しずつでも、霊夢の奴に追いつかなきゃいけないんだから」

きっと真面目な目つきになり、また集い始めた妖精達をにらみつけながらそう言った。

 

――あの天才の少女は、全てを軽く凌駕する故に。

 

(……アイツには負けたくない)

一方的にではあれど、魔理沙は彼女をライバル視しているのだから。

……とはいえ、生半可なことではないのは確かだった。

 何せ、大した修行もせずにあれだけの弾幕、そして実力を兼ね備えているのである。

『あん?修行?……そう言えば、生まれてこの方やったことないわね』

あっさりと、通常の人間なら努力するであろう事を放棄していながら、あの実力なのだ。

 いつもあっけらかんとして笑う魔理沙であっても、この事実は堪えた。

――だからこそなのだろうか。

 イオに作ってもらった料理が、自身の魔力という実力を伸ばせる事に気づいた後、魔理沙は何としてでも霊夢に勝つために動いた。

『……まあ、別に料理を作るのは問題じゃないし、好きな方だけど……大丈夫?僕もおんなじような修行を積んできたから分かる部分だけど、実力が高くなる時というのは、壁を超えた先が凄いしなおかつ実感も出来るようにはなってる。――だけど、それまでに至る過程というのが一番きついもんだよ?僕の親友も、僕が元いた世界では最強の魔法使いだって騒がれているけど、それでも研鑽は怠らなかったからそうなったと言うだけなんだから。しかも、才能を無駄にすることなく、ね』

だからこそ、才能が足りない人は禁呪を使ってでも強くなりたいなんて思えてしまう訳だけど。

 分野こそ違えど、最高に至った青年がそう言っていた事を思い出しながら、魔理沙は妖精達を倒し続ける。

(……アイツの優しさは、ありがたいとは思ってる。――でも、私は勝ちたいんだ)

親友だから。親友であるからこそ。

 最も時を共に過ごした仲だからこそ、彼女は霊夢に勝ちたいのであった。

 

――そのことが分かる故に、アリスは心底から嘆息する。

(……全く、そんなに焦らずとも実力はちゃんとあるのに)

魔法使いは、冷静さを保ってこそ真価を発揮することが多かったために、今の魔理沙の様子を見ているに正直じれったさしか感じられなかった。

 それでも、彼女の辿る軌跡をあの動かない大図書館と共に見ていこうと思っていたからこそ、突き放そうとは思っていないわけなのであるが。

 人形たちを使い、方々に弾幕を張りながら彼女がそう考えていると、

 

「――おやおや。こんな月の晩に何を騒いでいるんだい?」

 

 何処となく蓮っ派な女性の声が響き渡った。

 いつの間にか近づいてきていた妖力の主に、アリスは驚くことなく冷静に彼女のいる方角を見る。

 そこには、何処となく赤みがかった桃色の翼をもった、少々かっぽう着にも見えなくはない出で立ちをした、妖の少女がいた。

 見るからに「旅館の女将」を想起させるようなその少女に、アリスは少々眼を見張ると、

「……こんな時に、妖怪が出現するとはね」

と何処となく苦々しげな表情でそう呟く。

「ふん、出てきて何が悪いんだい?こんな夜なんだ、私達妖怪が最も力を発揮できる時に、部屋に引きこもっていたって何も面白くないだろう?」

(まずいわね……偽月の所為で妙に力が安定していない。まあ、それは相手も同じことではあるけれど……)

人と同じく特に影響されやすいものが、妖怪には存在していた。

 

――それは、月。

 

 人狼、吸血鬼、或いは珍しいものでは日本における桂男であろうか。

『古事記』にも、月の神である月読の尊が保食神を殺害したという記述がみられることから、月は神秘の最たるもののと同時に、陰の気が最も出る衛星であると言っていい。

 さらに付け加えるならば、その陰気を祓うのは陽の気の最たる太陽であろう。

 影、陰、翳。形こそ違えるどれもが人の忌み嫌う属性を纏ったものであり、人の陰気より生まれいでる妖怪たちにとっても、重要なものなのであった。

――故に、月に異常あれば、狂うが道理。

「どうせだったら、家でのんびり過ごしていた方が良かったんじゃないか?とりあえず、とっととそこどいた方がいいぜ?」

八卦炉を構えつつ、魔理沙がにやりと笑いながらそう挑発する。

 だが、彼女はそんな魔理沙にあざ笑うかのように切れ味鋭い笑顔を見せ、

「――はん。たかだか人間共が、妖怪に敵うとでも思ってんのかい?だったら……聞かせてやろうじゃないか『夜雀』の歌をなぁ!!」

語気荒く、それでいながら妖怪――夜雀の少女は、声を張り上げて歌いだした……!!

 

――――――――

 

――一方、イオ=カリスト一行はというと。

 誰かが仕掛けたと思しき、竹林の罠に苦しめられていた。

……いや、苦しめられていたというのは語弊だろう。

 どちらかと言えば、面倒くさいことになったとは思っていた。

「……元の世界の遺跡の家屋を思い出すなぁ」

襲い来る竹を加工した致死性の罠に、イオは懐かしさを覚えながらも切り払う。

 その言葉に、霊夢が微妙にいやそうな表情になりながら、

「なに、アンタの居た世界って、こういうのが常套手段だったの?」

と、同じく罠を霊力が籠った御札で吹き飛ばしながら、そう尋ねてきた。

 おもわず、その表情に笑ってしまいながら、

「僕たちの家にはこんな物騒な罠なんてないよ。せいぜい、警戒音とかつけて泥棒よけにしているくらいかな。こういうのが付いていたのは、大体古代人が作った遺跡にばかりあってね……いやーもう、ほんとにてこずったよあのときは」

なにせ暗号があるかと思えば、失敗しても成功しても罠が発動することだってあったし。

 明らかに殺す気でやっているとしか思えないほど、罠が発動することが多く在った。

「どうやら、本当の住人でないと解けない仕組みになってたみたいでさ、いやー、死ぬかと思ったね」

「……少なくとも、笑いながら言うものでもないでしょうに」

呆れたようにそう言うのは、八雲紫。

 彼女の場合、襲い掛かってくる罠達を隙間の中に誘導するようにして避けていた。

 相変わらずの無茶苦茶ぶりだな~と思いつつも、

「まぁ、そこまでの物が隠されている事が多く在りましたからね。何せ、古代文明を築き上げた古代人というのは凄い技術力を持った人ばかりでしてね、なおかつ、どうも自分たちの作りだしたものがいかに危険なものなのか分かっていたみたいで、大抵それを守るためのものが多かったんですよ。ま、おかげで稼がせてもらった時もありましたから、一概には悪く言えませんけど」

あっさりと盗掘まがいの事をしていたと言わんばかりの台詞を吐かれ、思わず紫の表情が引き攣る。

「……色々と、経験しているのね……その歳で」

「そうじゃないと生き残れませんよあの世界は。僕の養父で今の僕の剣術の元になった人でさえ、歳月によって体の衰えを感じたら、すぐに引退をするようにと先輩の人から言われていたと言っていた位ですから。いくらでも命の危険は転がっていました」

其れに比べて今のこういう罠を見ると、何処となく温くは感じますねぇ。

あっはっは、と笑うイオに、ぽつりと紫が一言つぶやいた。

「…………いったい、どういう教育方針だったのやら」

「少なくとも、通常の一般家庭じゃ習わないほどの、危険に満ち満ちた特訓だったと思いますよ?何せ、魔獣がはびこる迷宮に、七日七晩放り込まれた時もありましたから。剣術の特訓を始めたばかりの頃でしたから、脱出するのはかなり骨が折れましたよ。一度ならずとも死を覚悟した事もありましたしねぇ」

紫のつぶやきに、イオは苦笑しながらかつての養父の所業を思い出す。

 

『――おい。少しはましなもんになったし、今からお前を近場の迷宮に放りこむ』

『……はぁ?い、いや父さん?何をいきなり――ぐっ!?』(――ドサリ)

『ちょっ!?お父さん何をしているの!!?』

『……命がけの特訓だよ。そうでもしねぇとこいつは育たないからな』

 

そう言う会話をしていたと、ぷんぷんと怒るもう一人の家族である彼女にあとから教えてもらったのだ。

「…………ああうん。ホントに今どうして生き延びているんだろ」

遠い目になりながらつぶやいているが、その間でもイオの手は休むことなく襲い掛かってくる竹達を全て切り裂いていた。

 その様子に思わず紫が扇子を閉じ、なでなでと隙間を通して頭を撫でながら、

「……苦労してきたのね、本当に御苦労さま」

と声をかけるのであった。

 

「――イオの苦労話もいいけど……何か、いるわよ?」

 

そこへ、我関せずとばかりにいた霊夢が、声をかけてくる。

 いったん、全ての罠を焼き払ってから危険はないと判断したようで、それでも油断なく辺りを見回していた。

 そんな彼女の様子に、イオは少し不審を覚え同じように周辺を見回す。

――だが、

「……特に、何もいなさそうだけど」

「私の勘だと何かがいるのは確実よ。まぁ、幻覚を使われてるのかも知れないけど」

「……ふぅん?」

眼を閉じ、静かに集中してからイオは眼を開いた。

 

――そして、周辺の様子が激変する。

 

 今までいた、竹ばかりが密集していると思われた場所が、いつの間にかかなり開けた場所に彼らは出ていたのであった。

「はぁ……僕が気づかないほどの幻術か。ま、肉体の特性で何とか避けられたみたいだけど……」

心底面倒くさそうな様子のイオに、霊夢が相変わらず辺りを見回しながら、

「私の眼には、竹が密集しているだけにしか見えないわよ?」

「たぶん、肉体に直接作用するタイプの幻術だよ。こういう術の使い手は自分のテリトリーに気づかれないように誘導してから倒すことが多い。でしょ?そこに隠れてる、兎耳のお姉さん?」

開けた竹林の広場を、ぐるりと見渡してからの視線の先に感じるその気配に、イオは朱煉を自然体に構えながらそう尋ねる。

 

「――なんで、私がいる事に気づけるのよ……?」

 

少しして、どうにもならないと観念したのか、渋渋といったように現れたその女性に、イオは元より、紫や霊夢も自然と身構えた。

 何処か作り物めいている兎の耳に、丈夫そうな生地で出来た紺色の上着と、短めのスカート。

 そんな出で立ちで現れたその女性は、どうやら一見してイオと同年齢のように見えた。

その手には何と表現すればいいのであろうか、外見からして無骨な作りをした弩のような形をした武器があり、どうやら彼女の専門が飛び道具であると思われる。

(うん、まあどんなのが飛び出して来ても斬ればいいや)

何せ、死ぬような思いまでして手に入れた斬鉄の技量だ、たとえどんなに速く弾が来ようとも斬れる自信はあった。

 静かに闘争の意志を見せだしたイオに、相手のウサ耳女性はぎょっとしたように身をこわばらせる。

(……なによあれ。あんなのがこんな穢れた星にいるの……!!?)

どう転んでも自分が死ぬヴィジョンしか見えない事に、正直逃げ出したい心境ではあったが、彼女は目的の事を思い出し、きっとなって彼らを見据えた。

 その様子に、おや?とイオは少し感心めいた思いも載せて見返す。

 それだけでなく、

「……普通の人は僕の闘気にはなかなか耐えられない筈だけど……ふぅん、そっか」

と、何かに気づいたような発言をした後、

「――二人とも、先行ってくれる?この人は僕が相手しておくからさ」

そう言って紫達に目を向けた。

 その言葉に、紫は閉じていた扇子を広げながら口元を覆うと、

「……大丈夫なのね?」

「あはは……誰に言っているんだい?此処にいるのは――ただの『疾風剣神』……それしかいないよ?」

ぞくり。

 舐めた口をきくなとばかりに、イオから尋常ではない迫力が迸る。

ぎらぎらとばかりに発されるその剣気に、紫はむしろ面白がるような色を眼に浮かべると、

「――行きましょう霊夢。私達は一刻も速くこの夜を終わらせなければ」

「はいはい。じゃ、イオ……後でね」

「うん、すぐに行くよ……この人を、倒してから、ね」

くすくすとイオは笑いながら、霊夢は面倒くさそうな何時もの表情で、彼らは別れようとした。――しかし。

 

「――させると思っているの!?」

 

何かが弾けるような音と共に、イオの知覚に何かがものすごいスピードで飛んでくるのを感じ取ると同時だった。

 

「――邪魔はさせないよ」

 

金属音と共に、彼の朱煉が唸りを上げる。

 動きのないまま、それでいて全てを切り裂かんとした音が聞こえた事に、相対する女性はその紅い眼を見開き……すぐさま、次の行動に移った。

「っく!食らいなさい!!」

「……だから、邪魔させないって言ってるだろ?聞こえなかった?」

パパパッと彼女の持つ何かから火が飛び出ると同時に、イオの感覚にまた飛んでくるような気配がした為、すぐさまそれらを切り裂いていく。

 撃ち続ける彼女の脳裏にはただ、

(なんで……なんで、撃ち落とせるのよ……!?)

その驚愕の思考のみが存在していた。

彼女が教えられてきた常識の中において、人間は「銃」と呼ばれる概念の存在を知らない筈であり、その故にその弾丸をも切り捨てる者などもってのほかである。

 だからこそ彼女はその恐怖におびえるのだが……口に出した、言葉が不味かった。

「ば……化け、物め……!?」

「……あのさ。訳も分からず、襲い掛かってきておいて何それ?ねぇ……馬鹿にしてるの?」

「――っ!!?」

指向性を伴った剣気。

 あるいは、怒気を伴った殺気であろうか。

 とんでもない勢いでぶつけられたその感情の気迫に、女性は思わず息がつまり、がくがくと膝をふるわせた。

 既に、紫達二人の姿は竹林の奥へと消えており、場はイオと兎耳の女性しか残されていない。

 小説などの創作物ならば、あとに残された闘う人物が死ぬといういわば死亡フラグのようなものが建っていると言うが、生憎ここには剣を極めた剣神のみしかいなかった。

――ゆえに。

「……はぁ……幻術を使うみたいだから警戒してたのに、あっけなかったや。ま、いいか……じゃ、さようなら」

ちゃきり、と刀たちを鞘におさめ、イオは恐怖のあまりに動かなくなった彼女を放ると、霊夢達を追う為に動き出した。

……だが、すぐにその足が止まる。

「……まち、なさいよ……!」

「…………驚いた。あの状態から持ちこたえるなんて」

心底から驚いたような表情で、がくがくと震えながら立ち上がった彼女に、イオはそう呟いた。

 その言葉に、彼女ははっと笑い声を上げると、

「――あいにくと、譲れない物があるのよ……アンタを倒して姫様を守らなきゃ、いけないんだから……!!」

「……ふぅん、そっか。守りたい人、いるんだ……そっかぁ……」

だったら、僕もその意志に敬意を示す事にするよ。

 ちゃき、とイオは再び朱煉を構えると、静かに彼女と相対する。

「……うん、そうだね。名前を言うつもりもなかったけど……気が変った。――二刀流、『龍皇炎舞流』が開祖にして当主、イオ=カリスト。異名は『疾風剣神』……貴女の、名前は?」

「ふん……鈴仙・優曇華院・因幡(れいせん・うどんげいん・いなば)。月の兎にして、至高の賢者八意永琳(やごころえいりん)の弟子よ!異名はないけど……私の能力は、『狂気を操る程度の能力』!アンタの狂気を、操ってみせる……!!」

「――やれるものなら、やってみなよ。初撃は君に譲ってあげる……!!」

遠き異世界より来たりし青年と、遠き星より来たりし少女が今、ぶつかりあう……!!

 

――――――――

 

『――妖夢よ……お前には、全てを教えた。あとは、己が力のみで昇華せよ』

……竹林を主と共に飛びながら、妖夢は考え事をしていた。

 むろん、その間にも異変の影響か襲ってくる妖精達をどんどん切り捨てながら、である。……傍から見ていると、正直恐怖が湧いてくるような図であったが。

「……あらあら、妖夢?気が散っているわよ?もっと前を向いて飛びなさい」

くすくすと、考え込んでいる妖夢に笑いながら、妖夢の主――西行寺幽々子がそう声をかける。

 その声ではっと我に返り、妖夢は慌てて、

「も、申し訳ありません……少々、考え事をしていたので」

すぐに、任務に戻ります!

 言葉と共に、一瞬にして彼女が主よりやや離れた場所に飛んでいくと、どんどん邪魔になりそうな妖精達を切って行った。

 その様子を見送りながら、幽々子は幽玄漂う扇子を広げ静かに自身を扇ぐ。

(……ふぅ。イオちゃんとの戦いが後を引いているのかしらねぇ?もしくは、あの子が種族を変えた事を気にしているのか……何にも言ってくれないから、本当に困るわぁ)

思いつめたような、張りつめたような、そんな表情を浮かべた可愛い従者に、彼女はこっそりとため息をついた。

 正直、彼女には普通に笑っていた方がいいし、慌てたり怒っていたりしている姿の方がよっぽど似合っていると思う。

 そっちの方がよほど生き生きとした表情だし、なにより女の子らしくあっていいと思うのだが。

(……当の妖夢本人は、その気配さえない、と)

やはり、無理やりにでもイオとの縁談をまとめるべきだろうか。

 あの穏やかで優しい心根の青年ならば、生真面目な性格の妖夢でももらってくれそうではあるのだが。

(紫に駄目だしもらったしねぇ……はぁ、本当にままならないわ)

――その瞬間、竹林のどこかでくしゃみをする音が聞こえた気がした。

(……あら?気のせいかしら……そういえば、この月なのに紫の姿を全然見かけないわねぇ……もう先に来ているのかしら)

おっとりとした笑顔を浮かべつつ、生物を否応なく死へと誘う蝶を自分の周辺に舞わせる。

 冷たい色をしたそれらが、偽りの月光でぼんやりと幻想的な光景を生み出すのを見ながら、幽々子はふよふよと漂うようにして、妖夢のあとを追って行くのであった。

 

―――――――

 

「――まったく、面倒以外の何物でもないわね、この迷宮は」

かなり苛々とした様子で、レミリアがそう言葉を吐き捨てる。

 その様子に何時にないほど緊張した様子の咲夜が、

「おそらく……今宵の偽月がこの竹林の迷宮化に影響を及ぼしているものかと。あとは、術者自身がこの竹林を迷宮化したとも考えられますわ」

レミリアの羽が空気を打つ音と共に、竹林内の高いところを飛ぶ二人は、妖精達を撃ち落としたり、或いはよけたりすることで、この、自然にありながら不自然に生み出された迷宮を進んでいた。

 ごく偶に、妖怪化したものであろうか、大きめの蟲が襲いかかってきたりもしたが、所詮は雑魚妖怪であり、彼女達の進路を阻むものはいないに等しい。

 だからといって、この迷宮を抜け出せている訳でも何でもないのだが。

「……はぁ。とっととこの無粋な物を取っ払いたい気分なのだけど。あの娘にも、悪影響になってしまうし」

家族を案じるような表情で、レミリアがそう呟いた。

 

――彼女の妹、フランドール=スカーレットは、本来であれば地下に長く閉じられていた筈の存在である。

……なぜならば、彼女は霊夢達、そしてイオに会うまでは狂気に彩られた生涯だったのだから。

 彼女の持つ『あらゆるものを破壊する程度の能力』、そして、狂気という精神の問題……それらが絡み合えば、どうなるのかは自明のことであった。

『ウフフ……みんな、みんなコワレチャエ――――!!』

泣き笑いのような表情で叫びながら、全てを壊すかのように暴れる様は、この幻想郷に来る前にも、否、彼女が生まれた時から共に在ったものなのである。

 今思い返しても、あの時のフランドールほど痛々しく、そして恐ろしいものはなかったとレミリアは考えていた。

(……だからこそ、この幻想の里に来る事を決意したのだけどね)

レミリアが持つ、『運命を操る程度の能力』。

 その力は、見ることだけに留まらず……操る事さえ、可能な代物なのだ。

――さてここで一つ問いを挙げてみるが、一概に運命と言うとどういうものが言えるであろうか?

 辞書によれば、『人間の意志を越え、人間に幸福または不幸を与える力を指す。また、そのような力によって並び起こる巡りあわせのこと』とある。

 巡り合わせというなら、一つ、たとえを出すとすると、

『起こり得なかったもう一つの世界』

と言えるのかも知れない。

 並行世界、異次元。言い方はそれぞれであるが、『今この時、この場所ではない何処か』、『自分という個体の名を持ちながら、それでいて差異を見いだせる』そんな世界。

 レミリアの能力は、その世界を引き寄せることが出来る能力であると言えた。

――全ては、可愛い妹の為に。

 その思いで何とかこの世界に来るまでの、運命線とも呼べる代物を引きずり出し、彼女の狂気に彩られた運命を変えようと動いたのであった。

(……おかげで、何とかフランが普通の状態になってくれたわ……霊夢達は勿論、イオにも感謝しないといけないわね)

元々、レミリアが依頼をしてからというもの、イオが図書館の警護に来るたびに弾幕ごっこをやっていたのだが、彼があの三日置きの宴会騒ぎで龍人という種族に変化したことにより、ますますフランと長時間にわたって戦えるようにまでなってくれたのだ。

 正直、イオが此処に来る事を止めてしまうのではないかと危惧した事もあったが、彼はそんな自分たちの思惑をよそに、警護に来るたびにフランの相手をしてくれた。

 御蔭さまで、フランの調子はどんどん通常の吸血鬼のそれと変わらぬものになりつつある。

 とはいえ、今回の偽月騒ぎのように、吸血鬼にとって重要な存在に異変があると、フランの様子がおかしくなってしまうため、今夜だけは血の涙を流す勢いでフランを地下に幽閉せざるを得なかった。

 恨み事を言われてもおかしくないことではあったが、フランはあの無邪気な笑顔で、

『帰り、待っているからねお姉さま♪』

と言ってくれたため、その笑顔で完全に奮起して出てきたのである。

「――咲夜?とっとと終わらせてあの子の元に帰るわよ」

「――仰せのままに。マイマスター」

 

『――行かせると思う?』

 

ぞわり。

 唐突な妖力の発生と共に、あたりにざわざわと気配が満ち始めた。

「……邪魔が現れた、か。とっとと出て来なさい……場所が丸わかりよ」

ヴヴン、と幾つか槍の形をした紅き魔力弾を形成しつつ、レミリアがとある一点を見つめながらそう告げる。

 すると、見つめていた先に存在していた茂みから、月夜に紛れて黒い影が飛び出してきた。

「……僕の仲間に手を出しておいて……なんで、そんなに平然としていられるのさ?」

その言葉にこもるは、激烈な怒気。

 くるりとまかれた、緑色の頭上にある二本の触角を震わせながら怒りが籠った視線を向ける、一見して男のように見えるその存在に、レミリアはふんと鼻を鳴らしてから、

「あいにくと、貴方の仲間にあった覚えがないわ。それより、そこをどいてくれるかしら……やらないといけないことがあるのよね」

ずずず……とレミリアの中に存在する妖力をどんどん引き上げながら、彼女は高位の妖怪らしく傲慢にふるまった。

 だが、その気配を感じながらも目の前にいる存在はけしてひるむことなく、逆に目つきをどんどん鋭くさせていく。

「……戯言を。僕の仲間の蟲達を、吹き飛ばしているのは分かっているんだよ!!」

「あら、なんだ……貴方、蟲の妖怪なのね?道理で、妙に覚えがあるような妖力の気配をしていると思ったわ……ま、確かに道中で襲ってきた蟲達は全部返り討ちにしたけど」

 

――で?それがいったいなんだというの?

 

「…………本気で、そう言っているの?」

愕然とした様子で、何処となくイオを思わせる中性的な声でレミリアの前にいる妖怪はそう尋ねたが、レミリアは黙したまま語らず。

 その様子に、本気で何も感じてはいないのだと彼――あるいは彼女であろうか――は感じ取り……今度こそ、激怒した。

「……ふざけるな。ふざけるなふざけるなぁあああ――!!!!」

爆発的な妖力の高まりとともに、妖蟲は名乗り上げる。

「――『闇に蠢く光の蟲』、リグル=ナイトバグ!アンタを……殺してやるっ!!」

「……はぁ。咲夜、下がっていなさい。コイツは私が相手をするわ……『永遠に紅き幼い月』、レミリア=スカーレットよ」

存分にいたぶってから、吹き飛ばしてあげる。

 

――蟲の大群と、紅魔の吸血鬼が、激突する――――!!

 

――――――――

 

「――!幽々子様……どうやら、敵が現れたようです」

「ええ、そうみたいね……あら?」

「やれやれ……のっけからこんなヤバい奴等と戦う羽目になるなんてね」

妖夢が身構える先に、どことなく皮肉気な笑みを浮かべた、イオと対戦している鈴仙とは別の兎の女妖怪が、月下の元で竹に寄りかかりながら立っていた。

 全体的に桃色で統一されたその服装は、何処かで泥遊びでもしたのであろうか、薄らと汚れている部分が散見できる。

 最も、彼女は現在の自分の服装がどうなっているのか気づいていないのか……泥に汚れていながら、かなりあっけらかんとした態度で、

「全く、お師匠様に言われて防衛にやってきたのにさぁ……で?あんたたち、何者だい?見るからに寒そうでこっちまで凍えそうなんだけど」

冷たい色を放っている妖夢たちに、そう言って兎は寒そうに身を擦った。

「……普通、名を訊くならば自分から名乗るべきでは?」

静かな面持ちでそう妖夢が指摘すると、彼女ははっと嘲笑うような声を上げ、

「それもそうだ。――『幸運の素兎』、因幡てゐ。一応、この竹林にいる兎達のボスをやっているよ。これでいいかい?」

「……『半人半霊の庭師』、魂魄妖夢です。そこを……どいていただけますか?」

「あらあら、妖夢……私の事、忘れているわよ?」

おっとりと笑いながら妖夢の主たる彼女がそう告げると、妖夢ははっと我に返り、

「も、申し訳ありません、幽々子様。すぐに対処するものとばかり……」

「落ちつきなさい。いまなお、この偽月の夜は続いているわ。そろそろ、かなりの時間に及ぶ筈なのにね……まぁ、多分紫がやってくれたことだと思うから、そんなに気にしていないけれど」

そちらの方は、どうなのかしらねぇ?

 扇子を広げて口元を覆いながら、幽々子は流し眼で兎の妖怪てゐを見ながら、

「『幽冥楼閣の亡霊少女』、西行寺幽々子よ。少し訊きたいことがあるのだけど……いいかしら?」

と、普段の穏やかな声音のまま彼女に問いを発する。

 その言葉に、

「……?ま、この偽月の夜を引き起こしたのが誰なのかって質問なら、私は答えるつもりは毛頭ないよ?」

「いやねぇ……そんなの、分かり切っている事じゃない。私が聞きたいのはそう言うことじゃないのよ」

 

――貴女……おいしそうだとか、言われないかしら?

 

「……はぁあ?」

「……あの、幽々子様?もしかして……」

素っ頓狂な声を上げるてゐをよそに、完全にいやな予感がした妖夢が恐る恐る主にそう尋ねると、彼女はおっとりと笑ってから、

「ええ、この異変が終わった後の宴で、月を見ながら兎鍋と言うのもいいかと思ってね」

と、扇子を持ったままいかにも楽しそうにそう言った。

 ずざざっと後じさりする音と共に、てゐが恐怖の表情を浮かべながら、

「あ、あんたいいいいったい私をどうするつもりだい!!?」

と、完全におびえきった声で二人に詰問する。

「あら?文字通りの事よ?だって、貴女本当に美味しそうなんですもの……(ジュルリ)」

完全に捕食する肉食動物の眼になった幽々子が、ぎらぎらとてゐを見つめながらつぶやいた。

 よだれまで垂らしている辺り、どうやら本気でそう言っているのが丸わかりである。

「……幽々子様、流石に人格ある人妖まで調理したくないのですが……」

流石の妖夢も、てゐの事が哀れに思えたのか、苦笑しながら彼女を押し留めようとするが、

「えぇ~嫌よ。あ、そうだわ。だったらイオに頼もうかしら♪」

「ヤバい、この人本気で言ってるよ……!!」

ぽん、と両手を鳴らしつつ言うその姿に、本格的に逃げの姿勢に入ったてゐが戦いたようにそう呟いた。

主人の意志が全くもって変わらぬことに、慌てて妖夢が、

「イオも、流石にそれはしないと思いますよ?」

どちらかと言えば、竹林にいる兎より野原にいるような兎を狩って作る方が、余程現実的です。

 完全に戦る気を失っているのか、妖夢が引き攣った表情でかちゃりと納刀しながらそう提言したが、主の様子は依然として変わらず、女性としてははしたないくらいよだれを垂らしながらてゐを見つめている。

(――うん、逃げよう)

永く生きている妖怪であるてゐだったが、他の妖怪と比べてはるかにてゐは弱かった。

 通常、妖怪・妖獣と言う存在は、永く生きれば生きるだけの力を得ることが出来る存在なのだが、てゐに関してはその法則が当てはまらなかったのである。

 妖力だけにとどまらず、膂力においても。

 故に、弱いがために身につけた本能的な部分で、

『三十六計、逃げるにしかず』

の名言の通りに遂げようと動き出したのであった。

 幸い、この辺りは完全に自分のテリトリーであり、仕掛けた罠も致死級のものから、いらっとくるような罠まで盛りだくさんに仕掛けてある。

(そちらのほうに誘導しながら、私は逃げるとするかね)

どちらかと言えば、てゐは前に出る方ではなく後ろで采配を振るうか、後方支援しかできないタイプなのだ。こういう手合いでやっていけば、奥の方には行かせてしまうとしても、かなり時間がかかるであろう。

 そう考え、てゐは静かに足を動かし――逃げた。

「――あ」

「こら妖夢、あの子を捕まえなさい!」

余りの事に硬直する妖夢に、主から叱責をかけられる。

 慌てて刀を再び取り出した妖夢が、イオも使用する瞬動にててゐを捕まえようとしたその時であった。

「――っが!!?」

横からの突然の衝撃に、対応できずに彼女は吹き飛ばされる。

「!?妖夢!!」

どさりと倒れた彼女に、慌てて幽々子が駆け寄り容態を確かめた。

――所で、傍らにある巨大なあるものに目を奪われる。

「……竹?」

 

「いやはや、うまい具合に罠に引っ掛かってくれて助かったよ。さて、これでアンタの要望を聞いてくれる従者はいなくなったわけだ」

 

「…………貴女がこんな真似を?」

ちゃっかり元の場所に戻ってきていたてゐに、幽々子がぎろり、と亡霊本来の恨みつらみ籠る視線を向けた。

 余りの迫力に、妖怪となれどあくまでも生者の範疇でしかないてゐは内心震えあがる。

 殺気、そして生気を失わせるかのようなその迫力は、確かにこの幻想郷における実力者としての貫録があった。

――だが、やはりそれでもてゐは退くことを良しとはしない。

(……はっ。鰐のときだって、だまくらかして何とかやっていけたじゃないか。何をビビる必要がある。こんなの、いつも悪戯しているのとかわりゃしない……!!)

覚悟を決めた弱者と、ただ己が可愛い従者を傷つけられた亡者と。

 今、此処において戦いは始まった。

 

―――――――

 

「――食らいなさい!!」

鈴仙が、突如として幾つにも分たれ、全方向から弾幕が張られる。

 おそらく、能力を用いて自分の姿を分身させているかのように見せたのであろう。

 

 こうして、イオと鈴仙が戦うまでにあたり、まずイオが考えていたのは、

 

『この幻術めいた能力が、何処までの事が出来るのか』

 

であった。

 こうしてみる限り簡単な分身めいたものを出現させて、対象を幻惑させるが為の事は出来るようだが、それはイオにとっては少しも脅威ではない。

(全部、切ってしまえば済むことだしねぇ)

だが、もしも彼の考えている事が当たっているならば……。

 

 と、そこへ突如として何もない方角から弾幕が襲いかかってきた。

「おっと……やっぱりか。鈴仙さんだっけ?君の能力……どうやら自分を見えなくさせる事も出来るみたいだね?」

(っく!?もうばれたの!!?)

そう。狂気を操るという事は、対象の五感でさえも狂わせることが出来ると言う事である。

 おそらく、彼女の実力がイオと同等のものだったならば、確実に殺ることができる代物であることは疑いなかった。

「やれやれ……相手が悪すぎたんだね……安心しなよ。多分、僕と霊夢ってさっきの巫女の子なんだけどさ、それ以外の人間は絶対かなわない能力だと思うよ。僕の場合、もともと肉体に備わっている特性が特性だからさ」

それに、眼が基準になっているみたいだからね。

 自身も同じように魔眼と言う強力な物を扱うだけに、その弱点も特徴も分かるイオと言う存在は、恐らく彼女にとっては最悪の相性であろう。

「あえて言うけど……僕にとって、相手が見えないなんてことはさほど重要じゃないんだ。どちらかと言えば素人が突拍子もない行動で動くのに驚かされるのが苦手なだけで、君みたいに何処かで訓練されたような動きと言うのは、武を極めた人たちにとっては読みやすかったりするよ?」

 

そう、君が今襲いかかろうとしている事まで、ね。

 

今まさに、竹林の広場中央にいるイオに襲いかからんとしていた鈴仙が、その言葉に思わず足を止めた。

(だ……大丈夫。見つかるわけない。五感だって、全部狂わせて私がいないと思わせている筈……!)

念には念を入れて、周りの竹林の中にいくつかダミーの気配がするようにしておいた以上、絶対に分かる筈がないのだ。

「……今、君はこう思っている筈だ」

 

――絶対に分かるはずないって、さ。

 

「残念だけど……周りにある気配、全部偽物だってことは分かってる。生憎と、人の気配についてはさんざん養父さんに叩き込まれたからね……感じられる気配は、全部作り物めいたものばかりしかないよ。そんなのに関わる気は毛頭ないし、どうせ罠が仕掛けられてるだろうからね」

そこ……いるんでしょ?

 正確に鈴仙が居る方向へと金色の眼を向けたイオに、心底から鈴仙は恐怖した。

「ぁぁぁあああ……!!!」

連続して破裂するような音と共に、鈴仙がイオに向って発砲する。

 続けざまに指で鉄砲の形を作り、恐らく霊力と思しき力で弾幕を張って行く念の入れようだった。

 

――しかし。

 

「……やれやれ、全然かすりもしていないよ。初撃譲るって言ったのになぁもう」

はぁ……と深いため息をつきながら、イオはようやく現れた鈴仙に向ってそう告げた。

 その身には何一つとして傷はなく、それどころか服に汚れさえ付いていない。

「……なんで、なんでアンタのような存在がいるのよ。アンタなんか、月にいたときには全然見かけなかったのに……!!」

「……?ねぇ、何か勘違いしてない?元々、僕は此処の住人なんだけど」

正確に言うと、この世界の、だけどね。

 支離滅裂な事を言い出した彼女に、イオは訝しげな様子だったものの、そう言って、言葉を聞き茫然としている彼女の傍を離れようとした。

 だが、すぐに肩をつかまれ、思わず前にのめりかける。

「……なに?とっとと霊夢達の後を追いかけたいんだから離してくれると助かるんだけど?」

「――この世界、って何の話をしているの?私、貴方が月からの追手だと……!」

焦ったようにそう問いを発する彼女に言われ、イオはまたか、と面倒そうな顔になりながら、

「あいにくと、僕は何処にも所属した覚えはないよ。兵士になった覚えも、ね」

ていうか、そもそも襲い掛かってきたのはそっちじゃないか。

 やや苛々としてそうイオが詰問すると、彼女は突如、膝から崩れ落ちた。

 すんでの所で捕まえ、ゆっくりと彼女に怪我がないように落ち着かせると、イオは静かに鈴仙に質問する。

「……さっきから、何を言いたいのかさっぱりだけどさ……追手がどうとか言ったよね?なに?誰かかくまってでもいるの?そういやさっき姫様とか言っていたね」

正直、これ以上かかわりたくはなかったが、気になる単語がどんどん飛び出してきたからどうしようもなかった。

(……まさか、ね……)

そして同時に、今夜の異変が彼女の言う追手に関係しているのではないかという、その疑問。

 色々と問いただしたい内容が多かったが、それでもイオは彼女が落ち着くのを待ち続けた。

――だが、

「お、お師匠様に言わなければ……!!」

慌てたようにそう呟くのみの彼女に、イオは仕方なさそうに溜息をつくと、

 

「――何を呆けている!鈴仙!」

 

「ひゃっ!!?」

あまりの声量に思わず彼女が縮こまると、イオは真剣な眼差しになって、

「何を慌てているのか知らないけど、言ってくれなきゃ何も分からないよ?なにか僕に、相談したいことがあるんじゃないのかい?」

と穏やかに優しい声でそう尋ねる。

 その言葉に、鈴仙が思わず眼を点にさせると、すぐにイオにしがみつくようにして抱きつきつつ、

「ひ、姫様を……姫様を助けて!!」

と、彼に助けを求めたのであった。

 

―――――――

 

「……ふぅ。なっがいわね……何時になったら着くのよ」

「落ちつきなさい、霊夢。あと少しだから、ね?」

「そう言われてもねぇ……かなり、時間が経っていないかしら」

不機嫌そうな表情で、霊夢が周りの竹林を見回す。

 その様子に、紫は苦笑めいた表情になると、

「仕方がないでしょう?私もこの式を何とか解こうとしている所なのだから」

まさか、こんなにも堅固な作りの幻惑結界になっているだなんて、思いもしなかったわ。

 そう、明後日の方角を見やりつつぼやいた。

……どうやら、紫にとっても今夜の異変はどうしようもなかったものらしい。

 いつになく困っている様子の紫に、若干溜飲も下げながら霊夢は飛び続けた。

その時。

 

「――撃つと動くぜ!」

 

言葉と共に、突如として霊夢達をレーザーなどが襲いかかった。

 慌てることなく霊夢が対処し、すぐさま結界が張られてことごとくを防ぎきってしまう。

 だが、その様子を眺めながらも――妙にすすけた格好で――魔理沙は慌てることなく告げた。

「いや、間違えた……動くと撃つぜ、だ。動くと撃つ」

八卦炉を構えながらそう訂正している彼女に、霊夢が嫌そうな表情に変わって、

「ねぇ、魔理沙。いったい何なの?私、とっととこの偽物の月を作った張本人倒さないといけないんだけど」

「はっ、何言ってんだよ。そもそも夜が終わらない理由が霊夢のすぐ後ろにいるだろ?私はそいつをぶっ倒してこの夜を終わらせたいがために来ただけだぜ」

「……魔理沙?いくらなんでもそれは通じないと思うわよ?」

と、言い合いをしているその場に、魔理沙と共に来ていたアリスがあきれたような表情で彼女にそう突っ込みを入れる。

 だが、いつになく頑なな魔理沙にその言葉は届いておらぬようで、

「何だよ、私は間違ってないだろ……って、そうだ。霊夢、イオ見てねえか?アイツに手伝ってもらいたかったんだが」

「……手伝うも何も、あいつ今戦ってるわよ?なんか、みすぼらしい感じの兎のかっこした女と」

「…………おいおい、じゃあ何だ?イオはとっくにそこのスキマに依頼受けてたってことなのか?」

思った以上にとんでもないメンバー構成に、いまなお八卦炉を構えながら魔理沙が冷や汗を流した。

 そんな彼女に、霊夢は不機嫌そうに息をはくと、

「さぁね。私はすぐ眠るつもりだったのに、紫に隙間まで使われて強引に引きずり出されたのよ。アイツとは、竹林の入り口で合流して、そこからずっとこのメンバーの中にいたわ……結構、罠対策で助かったけどね」

なんせ、次から次へととがった竹とかが襲いかかって来るから、面倒だったし。

 はぁ……と深いため息をついている彼女に、魔理沙はキョトンと首をかしげて、

「なぁ、アリス……あのぶっ倒した鳥妖怪が出てくるとこ、そんな罠なんてあったか?」

「……少なくとも、貴方と同じように見てはいないわね」

「はぁ?何それずるすぎるじゃない。私達、かなり無駄な事したってわけ?」

ぎろり、と後ろにいる紫を睨みつけながら、霊夢がそう文句を告げた。

 だが、紫はそんな事はどうでもいいとばかりに扇子を広げて扇ぎながら、

「逆に考えるのよ霊夢。この道が、この異変を終わらせる最短距離なんだって」

「出来るわけないでしょばかばかしい」

 

「――ところがどっこい。その道が正しいんだよね」

 

突如としてイオの声が響き渡り、四人は思い思いにそちらの方を見やる。

 霊夢は面倒くさそうに。

 紫は胡散臭そうな笑みを浮かべつつ。

 魔理沙は変わらず警戒をしていて。

 アリスは静かに人形たちを侍らせている、といったように。

……果たしてそこには、先程まで戦っていたと思われる兎耳の女性とイオの姿があり、何やら彼の表情が真剣な色を見せている事に、この場にいた四人が気づいた。

「……よお、イオ。どうにもすれ違ってたみたいだが……何があった?」

警戒したままの魔理沙がイオに向ってそう問いを発すると、彼は一瞬目を閉じてからすぐに開き、

「――八雲紫さん。どうやら今宵の異変は……とんでもない勘違いによって起きたようですよ」

と、疲れたような表情でそう言い放ったのであった。

 




驚異の、一万五千越え。
……いつになったら、文字数が安定するのだろうか。


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第二十九章「荒れ狂うは弾幕の嵐」

 はてさて、この異変の行方はいったいどうなるんでしょうか……?

ーー正直に言おう、作者もわかってない(おい


「……イオ、勘違いとは一体?私は単純に、この偽月の夜を終わらせたいがために「いや、勘違いってのはそっちの方じゃないです。今夜の偽月の異変……どうやら、僕たちの事を何処かからの追手だと思いこんだ結果のようなんです」……詳しく、聴かせてもらえるかしら?」

途中の言葉を遮ってまで言われた彼の言葉に、紫は眼を眇めてイオ、そして兎耳の女性を見つめた。

 それにイオは頷きながら、

「……この異変の発端は、そもそも此処にいる鈴仙という人が、もともと持っている能力によってある念話、というか通信でしたっけ?それを受け取った所から始まったみたいなんです」

と、この異変に至るきっかけを話しだす。

 

―――――――

 

――鈴仙の故郷、月。

 其処は穢れなき土地であると、遥か古代の神々が移住を決めた星であった。

 むろん、その事が示されている歴史書など、当然存在しない。

 現人類が発生する前に、現人類における歴史と言う概念が生まれる遥か前に、神々が生まれたからだった。

 最も、神と言うよりはイオの世界で言う所の古代文明人に近いものがあるが。

 

 月の兎である彼女鈴仙はとある家で生まれた、初めは他の兎達と同じように普通だった。すぐに、軍人として生きるようにはなってしまったが、そこで彼女の才能が発掘される。ほかならぬ、綿月という月においては名家中の名家の軍人になる事によって。

 

――軍人としての身体能力、技能、そして……『狂気を操る程度の能力』へと。

 

その技能を、忌憚なく発揮したのであった。

……だが、過ぎた力は同時に扱い切れなければ暴走する。

 その故に、綿月の二人の娘のうち、剣を主体として神降ろしを武器とする少女、綿月依姫という人物によって日々鍛えられる毎日であったと彼女は述懐した。

 

『あの時ばかりは、本当に楽しい日々でした。依姫様はもとより、その姉上であられる豊姫様にも色々と御世話になりました。いつまでもこんな毎日だと思っていたんです』

 

――だけど、そうではなかった。

 

彼女が、何時もの通りに訓練として能力を使いこなそうと躍起になっていた所に、その通信は入って来る。

 

『――総員、第一種警戒態勢に入れぇええ!!!』

 

「なに、第一種警戒態勢?どこ、何処からやって来たのよ!!?」

傍らで叫ぶ同僚の兎に、やや茫然とした様子でそれを見ながら鈴仙は震えていた。

――武者震いによってか?……否。

――困惑によってか?……否。

 

彼女の脳裏に浮かんでいたのは、ただただ、恐怖だけだった。

(ころ、殺され、殺される……!!)

闘う覚悟も、あの優しき主人たちに報いようとも思っていた筈の彼女の心は、突然降ってわいたようなこの災難に対し、逃げの心を見せつける。

 

――そして。

鈴仙は、月から逃げだした――。

 

……其れからと言うもの。

彼女が幻想郷に存在する竹林に墜落し、そして過去に重罪人として追われた蓬莱山輝夜、八意永琳の両名の月人。神代の時代より生きる兎、因幡てゐの三人に発見され永遠亭という、現在における彼女たちの拠点に共に暮らすようになったのであった。

 

――さて、徒然と鈴仙の過去の話を回想してみたはいいが、今回のこの偽月の異変にこの事がどう関わってくるのか……その事を述べていく。

 

……始まりは、鈴仙がとある念話を受信したことからだった。

 

『上層部より、『月の賢者』八意永琳。そして蓬莱山家長子、蓬莱山輝夜の両名、及び脱走兵レイセンの捕獲命令始動』

『了解、降下し目標の捜索に当たる』

 

この通信が、月の兎達によって交わされていたのである。

 さて、まず一つだけ言っておきたいのは、鈴仙の能力は〝狂気を操る〟それだけにとどまらないということだった。

 元々、彼女の能力は自然界に存在する波長を操ることが出来る能力であり、生物の五感を狂わすといった部分は、あくまでもその派生に過ぎないのである。

 さて、波長、と言う言葉が出てきたがこれは生物にとっては欠かせない大切なものだ

――光の波長がなければ、人は視界全てが暗闇の中にあり。

――音と言う空気の波長がなければ、人は聴覚全てを失い。

そう言ったように、波長が関わっているのである。

 また、ついでに言うならばイオの世界で言う所の念話、これは思念通話の略称であるのだが、これはある種脳から発生する脳波と言う波長を操る事によって出来るものであると、今日における月の技術では判明している事だそうだ(鈴仙談)。

 故に、イオが彼女と戦った際に思った、『イオと同等の技術を持っていた場合』なら、まず確実にイオを殺す事が出来る能力であるという事は間違いでも何でもなく、実際に出来る可能性があるということの証明だった。

――何故なら、高速を通り越した光速の戦いの中で、波長を一瞬でも操られてしまえばそこで戦いの趨勢を決める事になるのだから。

 

閑話休題。

 

以上告げた理由故に、彼女の波長を操る能力は、月の兎達の通信まで聞き取れてしまう仕様になっており、そこで交わされていた念話の内容がかなり重要なものだった。

 

――すなわち、八意永琳、蓬莱山輝夜、レイセン(つまりは鈴仙の事)の三人の捕獲。

 

 すぐさま彼女が永琳に相談した事によって、今回の異変が成ったということなのであった。

 

――――――――

 

「…………つまり、貴方達が壮絶な勘違いを起こした事で、私達が迷惑を被ったと……?」

ぱきり、と手の中にある扇子を余りの握力で壊してしまいながら、紫はこちらの身が震えるほどの笑顔のままで鈴仙に詰問する。

 余りに迫力が出ているその様子にヒィッと悲鳴を洩らしながらも、

「だ、だってしかたないでしょう!!?私達の平穏な時間を奪われてしまうと思ったんだし!」

「黙りなさい。……はぁ、この様子だと、イオ?貴方、この世界の結界の事を話したわけね?」

「まぁね。聞いてみればどうにも何か僕の聞いた話とだいぶ異なった部分があったからさ。この幻想郷に無理やり侵入してくるような、出来るような存在なんてそうそういないと考えてたし」

とどのつまり、そう言う事だった。

 

 彼女たちが想定していたのは、

『月の技術力によって彼女たちの居場所を特定する』

という、彼女達の常識によっての月の者たちの動きだったのである。

 しかしながら、此処は幻想が最後に来る秘境であり、八雲紫による統制が成された楽園であることが、彼女達の勘違いの元になっていた。

――なぜならば追手など入ってこれるような、そんな柔な結界などではないのだから。

 さて、その理由を挙げる前に、まず幻想郷を守る結界について述べよう。

 端的にいえば、この幻想の箱庭に存在する結界は二つあり、一つは、博麗の巫女が張る、物理的、霊的な意味での『博麗大結界』。

 もう一つは、妖怪の賢者、『境界を操る程度の能力』を持つ八雲紫によって張られた、

『常識と非常識の境界』である。

 追手がかからないというのは、実のところ後者の結界の効果によるところが大きかった。

 なぜなら、月の者たちが技術力を以てしてしまえば必ず見つかるという、彼らの『常識』を、八雲紫による結界が完全に邪魔をするのだから。

 

「……だから、早く師匠達を止めないと……とんでもない奴らがいるって!!」

「――待ってくれよ。流石に僕までトンデモ扱いはきついんだけど?」

 元々、紫に依頼されてきただけのイオが、そう言って鈴仙を押し留めた。

 だが彼女はきっとイオを睨みつけると、

「仕方ないでしょう!あなたのような、武術が極限まで振り切ったような存在がいるなんて初めて知ったのよ!?他にも何やらあり得ないほどのメンツがいるみたいだし!この分だと、師匠達まで吹っ飛ばされちゃうと思ったんだから!」

「誰がするか!ねぇ、ちょっと待って、僕の事何か勘違いしてない!!?」

自分に対する評価があまりにもひどく、ぷんすかと怒りながら反論するが、

「自業自得でしょ」

「自業自得ねぇ」

「自業自得だぜ」

「自業自得よ」

「味方がいない、だと……!!?」

がっくり、と膝をつき、失意体前屈になりながらこの世の無常を嘆くイオ。

 鈴仙との様子を見ていた四人の人妖達に揃って同じ言葉を返され、流石のイオもこれには心に来たようであった。

 先程までの戦いの気勢は何処へやら、彼らの雰囲気がすっかりコメディの空気になりかけた所で、

 

「――あら、スキマに霊夢に、コソ泥にアリス……後、イオもいるじゃないの。こんな晩だけど今晩は」

 

と、竹林の影からレミリアと咲夜が現れる。

「およ?レミリアさんたちも来ていたんですか。やっぱり、この月が原因で?」

「あたり前でしょう。妹に悪影響しかもたらさないから、私達がこうして出張ってきたんだけどねぇ……必要なかったかしら?」

明らかに一部が戦力過剰なこの面子に、レミリアが苦笑しながらそう呟くが、

「どうせ、終ったあとで皆さんで宴会すると思いますし、一緒に行きません?」

「あら、いいの?そちらのスキマが何かいいそうだけど」

「……別に、私は構わないわよ。ただ……ね」

此処まで来ると、他にも来ているのがいそうだと思っただけよ。

 扇子を閉じながら告げられたその言葉に、イオを含めた六人は思い思いに彼女を見たのであった。

 

――――――――

 

――場所は変わり、幽々子、てゐのいる竹林広場。

 今だ気絶したままの妖夢を静かに、枯れ落ちた竹の葉が多く在る場所に横たえながら、幽々子はてゐを睨みつけていた。

 余りの怒りに、辺りに眠る亡者まで触発されて目を覚まし、鬼火となって辺りを漂うようにして浮かんでいるのが、てゐがいる場所からよく見える。

 

「……はっ。何をそんなに切れてんだか。アンタの従者、大してアンタの役にも立っていないだろうに。むしろ、手間が省けてよかったんじゃないか?」

「――黙れ、畜生めが。私の従者に手を出した報いを……今、受けさせてやる」

ぞくん。

 怒りが込められた一言と共に、ますます冷気が辺りに噴き出した。

 冷酷さが極まった視線を向けながら、彼女は扇子をてゐに向け……スペルを発動する。

 

――死符「キャストリドリーム」――

 

 その瞬間、彼女を中心として幻想的な光景が、偽月の照らす光の下で展開された。

 蝶を模った弾幕が同心円状に広がり、波のごとくてゐを飲み込まんとして蠢く。その様子は流石に幻想郷の実力者としての貫録があり、かなりの攻撃、そして華やかさを備えていた。

 相変わらず背筋が凍えるような思いを感じながらも、てゐは引き攣った笑みを浮かべ、

「はっ、そんなちんけな弾幕が当たるかよ!食らいな!」

同じように、己が自信の元であるスペルを開放する。

 

――「エンシェントデューパー」――

 

放射状のまるで花のごとくに開く弾幕を中心として、後から幽々子を囲い込むようにして曲線型の橋のような弾幕を張ってきた。

 その上、てゐのいる方向から彼女を挟んで左右にレーザーが展開され、ますます幽々子の逃げ場がなくなって行く。

 だが、おりしも自身のスペルがブレイクされた状態であったために、じっくりと弾幕を見て避けるといった芸当を見せつけた。

「……この程度、か。――覚悟はできた?」

「……やれやれ、これは……死ぬかもしれないね――」

静かに覚悟を決めたてゐは、脂汗を流しながらそれでもきっと幽々子を睨みつける。

 対する白玉楼の主人はそんな彼女に、相変わらず冷たい視線を向けるだけであった。

 と、そこへ突如として、

 

「――はいはーい。流石に人死は勘弁ですよ?」

 

と、『人里の何でも屋』にして『疾風剣神』の異名たるイオ=カリストが参戦する……!

 

「……どういうことかしら、イオ。今私はそこの兎を鍋にするだけじゃなく、この世の恐怖の全てを味わってもらってから戴こうなんて考えていたのだけど」

「…………あー……そこの兎妖怪さん、いったい何したんです?幽々子さんがここまで怒っているの初めて見たんですけど。いつもは穏やかにニコニコ笑っている素敵な女性なのに」

半ばあきれたような面持でイオがてゐに向ってそう尋ねるが、彼女は彼女で突如として知覚に入ってきた異物に警戒感を見せるばかりで、態度が改まる様子がなかった。

「……アンタ、なにもんだい?気配も何も見せずに、しかもそんな鱗だらけの体しているようだし……人間かい?」

「正確に言うと、亜人種に入りますけどね~。申し遅れました、イオ=カリストと申します。此処へは知人からの頼みによって偽月の夜を終わらせようとしに来たんですけど……イレギュラーが発生したので、取り敢えず誰か戦っていないかと言うのと、けが人がいないかとか探してました」

いやー、見つかってよかった。

 ニコニコと笑いながらそう言われ、てゐは思わず動く事を躊躇してしまう。

「何なんだい、その、いれぎゅらーってのは?あたしゃ、師匠からここ護るようにと言われてんだがね」

「そもそも、ここ護る必要なんてなかったんだってことです。――先程、鈴仙さんと会いましたよ?」

「――!!?あの子に、いったい何をしたんだい!?」

自分と同じように持ち場につき、永琳や輝夜を守っていた筈のもう一人の兎の名前が出てきたことに、てゐは思いきり飛び下がって身構えた。

 余りの警戒されようにイオが思わず手を振りながら、

「いやいや、彼女には一切手を出していませんよ?戦いこそしましたけど、鈴仙さんが恐怖で自滅して倒れこんだだけです。その時、色々と御話も伺いましてね……今、その事を説明しに、この世界に住む人たちと一緒に永遠亭と言う所に向っていますよ?」

「――なん、だって?」

もし彼の言うことが本当ならば……自分たちは、とんでもない勘違いをしていたことになってしまう。

(……どうする?師匠達の所へ行けばいいのか?それとも、此処にとどまった方がいいのか?)

正直なところ、てゐは前線で戦う様な妖怪ではないのに此処にいるため、もし彼が本当の事を言っているのであれば、わざわざあの亡霊と戦う必要がないという事になるのだから。

「……確認、する為に……永遠亭に戻っていいかい?そこの亡霊さんよ」

「…………ねぇ、なぜわざわざ私に訊くのかしら?」

「仕方がないだろう。アンタの従者を傷つけたのはこっちなんだから。さっきまで戦ってたアンタに話を通す筋があると思ってね」

「……ふん、そもそもが勘違いだったんじゃないの。迷惑千万だわ本当に」

何時の間にか先程までの殺気が嘘のように消え失せ、ややむすっとした表情の幽々子に、イオは苦笑しながら、

「申し訳ないですね、幽々子さん。後はもう霊夢達がいますから、すぐに終わると思いますよ。宴会で存分腕をふるいますから、それで勘弁してもらえますか?」

となだめにかかった。

 だが、彼女は相変わらずむすっとした表情のままで、イオの方を見ると、

「……どうせだったら、貴方と戦ってみたいわね。――むろん、本気で……よ?」

「――あれ?藪蛇?」

苦笑いの表情のまま、イオの額から一筋冷や汗が流れおちる。

 瞬く間にいつものような穏やかでおっとりとした笑顔の幽々子に戻って行くが……なぜか、彼女の笑顔が思いきり黒く見えた。

 その様子に背筋に氷が突っ込まれるような感覚と共に、イオは倒れている妖夢へと向かって走り出す。

 

――だが、その進路を白玉楼の亡霊がさえぎった。

 

「あら?あらあら?何でイオは私の妖夢に近づいているの?」

ふわふわと宙を漂いながらイオに近づき、扇子で以て彼の顎をつつ……と一撫でしながら幽々子は訊ねる。

 穏やかに見えて何故か真黒な笑顔に見えるその表情に、イオはやや表情を引き攣らせながら明後日の方角を見やり、

「あ、あのぉ……幽々子さん?僕、紫さんや霊夢にすぐに戻るように言われているんですけど?」

恐る恐るながら、質問を返した。

――しかし、それに対する彼女の返答はと言うと、

「うふ、うふふ、ふふふふ……イケナイ子ねぇ、イオ。妖夢との勝負は受けたくせに、私との勝負は受けてくれないのねぇ?」

(ヤバい。地雷踏んだ……!!)

どっと脂汗を流しながらイオは自身の選択を誤った事を、身を以て実感する羽目に陥る。

「や、やだなぁ幽々子さんたら怖いですよぅ。妖夢さんが汚れちゃうから、ひとまず安全な場所で過ごしてもらおうなんて考えただけですってあはは」

「あら、そうなの優しいわねーイオ。ありがとうねぇ」

「いえいえ、そんなお気になさらず。人助けですから、ええ」

引き攣った笑顔と、真黒な笑顔。

 しばらく乾いたような笑い声が竹林に響いた後で。

 

「――じゃあ、先にこっちやっちゃいましょ♪」

 

「ああもう、逃げれると思った僕が馬鹿だった――!!」

一段とにっこりした彼女の笑顔に、イオは頭を抱えながらも絶叫したのであった。

 

――――――

 

「妖夢ごめんねぇ。刀、借りていくわよ~♪」

「――なん、ですと……!!?」

開幕一番に幽々子が成したその行動に、イオは全力で驚きながら飛び下がる。

 空中で気体を固めて足場としながらも、彼は次に幽々子が何をなそうとしているのかを見極めようとしていた。

「あら?なぜそんなに驚いているの?」

「……驚きもしますよ。いきなり従者の刀を借りて、しかも構えた時の隙が全く見当たらないんですから」

「うふふ……これでも妖夢のおじいちゃんからは免許皆伝はもらっているのよ~?」

にっこり笑いながら構えるその様子は、以前戦った際に見た妖夢の『魂魄流』のかまえと同じでありながら、その実凄みがまったくもって異なっており、イオは知らず朱煉を握りしめてしまう。

「……あの、幽々子さんと戦いたくないんですけど」

「駄目よ?逃げちゃ。さっきあの駄兎とやっていて、ちょっと体が火照って仕方ないんだから。貴方にまで逃げられちゃ、私この疼きをどうすればいいのか分からないわ」

「その実、僕をフルボッコにする気ですね分かりたくないです」

明らかに戦意が十分な彼女に、イオは今なお偽月のままの夜空を見上げつつ眼から一筋涙をこぼす。

 明らかに見え見えなイオの態度に、幽々子は黒さで一杯の笑みを浮かべ、

「さ、時間稼ぎはもういいでしょう?ほら、さっさと準備をしなさい」

「でもって結局ばれてるし。……はぁ、紫さんに連れて来られた時が運のつきだったのかなぁ……」

ぐちぐちとぼやきながら、それでもイオは眼を閉じると、

 

――気符『龍皇覚醒』――

 

 

普段、後になってから開く筈のそのスペル達を展開した。

 技が封じられたカードがヒラヒラと彼の目の前に落ちてくるのを、眼を閉じたままぐしゃり、と握りしめた後に、かっと眼を見開く。

 

――同時に、イオの全身から気のオーラが噴き出された。

 レミリア戦、風見幽香戦、そしてあの三日置きの宴会騒動から、イオのスペルと言えるこのスペルは断トツに効果が跳ね上がっており、流石の幽々子も普段の笑みがすっかり鳴りをひそめ、いつにないほど真面目な表情になっている。

「……全く、今の貴方の雰囲気は僕の故郷にいる義父さんを思い出してしまいますよ。あんなにも、勝てないと思わせるような人はもういないかと思っていたのに」

この世界に来てから、何もかもが想定外です。

 暗く紺色の夜空に映えるその金色の瞳に、静かなる闘志を見せながらもイオは、相変わらずのんびりとした普段の彼のままだった。

 その事が、何よりも彼自身の実力が跳ね上がっている事の証左であると知りつつも、幽々子は真面目な表情を崩さない。

 奇しくもその表情は、彼女の従者である妖夢を思い起こさせるような様であった。

 

「――二刀流、『龍皇炎舞流』が開祖にして当主。イオ=カリスト……参る!!」

 

「――楼観剣、白楼剣二刀流、『魂魄流』が免許皆伝。西行寺幽々子……来ませい!!」

 

二刀流の開祖と、免許皆伝たる亡者が――音高く、金属音を響かせる――!!

 

――――――

 

「――あら?この剣気……イオと幽々子かしら。(ぐぐっ)……おかしいわね……二人で戦っているみたい」

「…………はぁ?何やってんのよあいつ。『怪我してる人とかいないか、探してくるねー』とか言ってたのに……なんでそんな事態になってんのよ」

やれやれ、と首を振りながら霊夢が呆れているが、紫はなおも開いたスキマを除きつつ首をかしげたまま、

「う~ん……どうも、仕合というか、幽々子が先に手を出したみたいね。珍しいわ……普段からおっとりしている子なのに」

とやはり幽々子の反応に納得がいかない様子で、しきりに首をひねっていた。

 その言葉に魔理沙が食いつく。

「はぁ!?あののんびり大食い幽霊が?あり得ねぇだろ、イオあんなに剣を極めてんだぜ?あっという間に負ける予想しかしないんだが」

「いえ……元々、あの子は妖夢の剣術指南役の先代である妖忌から、既に免許皆伝をもらっているのよ。普段、剣を使わないだけで、十分剣聖の領域に入っているわ」

「……想像すらできないわねぇ……いつもぽや~としてるのに」

不思議そうな紫に、レミリアが何処か引き攣った表情でつぶやいた。咲夜はその後をしずしずと辺りを警戒しつつも飛んでいる。

 現在、彼女たちは鈴仙の案内によって永遠亭と呼ばれる邸宅にやってきていた。

 窓の障子から漏れ聞こえてくる鈴虫の音を耳にしながら、邸宅の外見からは想像できないほどに広くなっている、木張りの床の上を飛んでいるのである。

「……それで、その仕合の趨勢はどうなっているの?」

人形たちを傍に侍らせつつ警戒しているアリスが、その青の眼を紫に向けながらそう尋ねた。

 すると、紫が予想外な一言を発する。

 

「……かなり、予想外な事だけど……イオが、押されているように見えるわね」

 

「「「「ええええ!!?」」」」

余りの事に、咲夜、アリス、魔理沙、そして鈴仙が驚きの声を上げた。

 驚愕の表情を浮かべたアリスがぽつりと呟くようにして、

「あそこまでの剣速について行くどころか、押しているだなんて……紫、スキマで見ているのでしょう?間違いはないのね?」

「ええ……だから、おかしいのよねぇ……あんなに本気になった幽々子なんて初めて見たわ。見てみなさい、この剣速。あの子が今まで見せた動きの中では最速よ?」

ずががっ、ずがががっと奏でられる、もはや金属音通り越して破壊の音になっている彼らの現況をスキマで紫に見せられ、一斉にげんなりとした表情になる(通常の感覚を持つ)四人。レミリアはそこまでいかずとは言えその表情は呆れに染まっていて、霊夢は通常通りの態度(つまりは面倒くさそうな表情)のままであった。

 もはや、その場所は竹林にあって竹林に非ずといった塩梅であり、地表に散っていた竹の葉っぱはすでに吹き飛ばされ、地面でさえも所々どころか、ほぼ全面にわたって土がめくれ上がっている様で、どれだけの激しい戦いなのかを感じさせる。

「……私、いまだに三日置きの宴会騒動の戦いがトラウマなんだが」

思わずといったように魔理沙がつぶやくと、その言葉に他の三人がうんうんと深くうなずいた。

 だが、そんな彼女たちの様子を気にも留めることなく、紫はスキマからじっと彼らの戦いを見据えている。

 その胸中にあるのは……疑問、であった。

(――おかしいわ……いくらなんでも、あり得ないでしょう?)

境界を操るその能力で今と過去の境界を操る事により、現代の外の世界で言う所の『コマ再生』のようにして彼らの戦いを見ていたのだが……双方、怪我をしている様子が全くないのである。

 あそこまでの剣速に至ると、もはや衝撃波や鎌鼬などの真空刃が生まれていてもおかしくないのであるが。

――現に、この音で判断できるほどに、だ。

(イオはまあ、ね……あれはもうどうしようもないほどの領域だとしても、相手をしている幽々子さえも怪我していないのはどういうことなのかしら?)

しかも、である。

――髪にさえ、仕合の影響が全く及んでいないのだ。

 幾ら妖怪の賢者であるとはいえ、流石に剣の世界にまで首を突っ込んだ覚えはないため、如何してもその事実示すものに行き当たらない。

 

――だが、その均衡は唐突に崩れた。

 

 ばっと風を切るような音と共に、二人が突如として飛び離れる。

「お、おい!終ったのか!!?」

思わず声を荒げてしまう魔理沙に、こちらも動揺してかアリスが人形で突っ込みを入れながら、

「黙っていなさい!イオたちの声が全く聞こえないでしょう!」

と、スキマから漏れ聞こえてくる彼らの会話に耳をすませたのであった。

 

『――ふぅ……まさか、ここまでの剣の腕をお持ちだったとは……久しぶりに養父と戦った気持になりましたよ。どうあがいても絶望のように感じられた、あの頃の思い出が、ね』

 

苦笑の気配をにじませながら、イオは対峙する彼女に向ってそう声をかける。

 対する幽々子はひどく汗を流しながらも、

「良く言うわよ、もう……結局、そこから一歩も動かずに私の剣の威力に耐えきったんだから。……あーあ、妖忌に叱られちゃうわね……」

と、先程までの剣気が漲っていた様子から覚めたように、いつもどおりの穏やかでおっとりとした笑顔を浮かべる彼女に戻っていた。

 

思わぬ親友の言葉を聞きパチンと扇子を閉じながら、紫が思慮を浮かべ……

(その場から動かず?――まさかっ!?)

同時に気づいたある事実の確認をするために、慌てて紫がスキマを動かしながらイオの足もとを覗き見ると(当然魔理沙達に抗議を受けたがスルー)、そこにはとある異常が存在したのである。

 

――いわゆる、イオが動いた形跡のない、竹の葉で覆われた地表と言う異常が。

 

「……ちょ、ちょっと待ってくれ。いくらなんでもぶっ飛びすぎじゃないか!!?」

流石に魔理沙も周囲の竹林の様子から判断したのか、頭に手をやるようにしてそう叫ぶが、霊夢がそれを否定した。

「……はぁ、だろうと思ったわ。アイツがあんなんでそう簡単にやられるなんて想像もつかなかったし」

さ、さっさと行きましょ皆。

 見る物は全部見たとばかりに先を急ごうとしている彼女の肩を、思わず押し留めるようにして魔理沙が、

「いやいや、流石にそれだけじゃ全然分からないぜ!!?」

と抑え込む。

 その様子に面倒くさそうな表情になった霊夢が、そのまま箒に飛び乗った魔理沙と共に空を飛びながら、

「いいでしょ別に。あの三日置きの宴会騒ぎの最中に言ったと思うけど……アイツは、この私が認めるほどに、アイツが居た世界において最強の剣士なのよ?あの亡霊もやるようだったみたいだけど、多分今まで剣を置いて弾幕ばかりしていたんでしょうね……ま、当然の結果よ。これで、剣ではイオに絶対敵わないってみんなも思い知ったんじゃない?」

面倒くさそうな表情のまま霊夢がそう解説すると、思い思いの表情を彼女たちは浮かべた。

 

――レミリアは、成長したイオの剣技に思いはせ。

――魔理沙は、ぶっとんだイオの実力に頭を悩ませ。

――アリスは、はぁ……と深いため息をつき。

――鈴仙は、思わずよく生きていられたと思い。

――紫は……ひどく、厳しい表情をしていた。

 

(……これは、一刻も早く彼の将来の伴侶を決めないといけないわね……)

その胸中に、彼の子孫に渡る力の継承を定めんと欲して。

 

 



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第三十章「永久に願うは共生の生涯」

ーーさぁ、ここで原作との乖離が始まりますよぉー♪


「――どうしたのかしら。あの子たちからの通信が途絶えているなんて……」

永遠亭のとある一室。

 至高の月の賢者たる八意永琳は通信の為の機械を目の前に据え置きながら、ある時点から動く気配がなくなったそれを見つつ呟いていた。

 偽月の夜を進行させるための術式を編み続けながら、同時に展開するという作業は実のところ賢者である彼女にとってさえも難航するものであったために、鈴仙やてゐがこの現地における住民たちとの衝突したことなど知るはずもない。

 増してや、ただでさえ彼女自身ともう一人、そして永琳ともう一人が真に仕えている人物を守るために強力な結界も合わせて展開していたとなるとなおさらだった。

 そのまま彼女がどのような作戦に移行しようかと思案していると、

 

「――永琳、大丈夫?何だか顔色が優れないみたいだけれど」

 

フッと静かな気配と共に声が永琳にかけられる。

 僅かな驚愕と共にそちらの方を見やれば、そこには薄桃色のワンピースを着た、腰まであるような黒髪の持ち主の少女が立っていた。

 物憂げなその表情は、どうやら今現在この永遠亭が置かれている状況を察してくれているらしく、彼女の召使たる永琳を心から思ってくれているのだろう。

「……なんだか、本当にごめんね?私があの薬を飲んだばかりに……」

「――姫様」

何処か、悔やむような表情を浮かべている永琳の主に、永琳は眼を閉じ微笑みを浮かべながら遮った。

「元々、私の大切な教え子なんですもの。私は全力で守りに入るだけです。そもそも、私もあの月から放逐された身なのですから、これくらいは当然のことでしょう」

「――ま、そんなに気にするようなことでもないと思うぜ?何せ、この俺が付いているんだからよ」

永琳の言葉に被せるようにして、すぐ傍の襖の向こうから若い青年の声が響き渡った。

 同時に、すらりと開かれた襖から一人の人影が静かに出現し、隙のない動きで彼女達の前に立つ。

 その人物に向い、永琳は穏やかに微笑むと、

「……何処に行っていたのかと思ったら。吃驚したわ」

「すまんな。ちょいとこの永遠亭にかかってる結界をいじりに行ってた。少なくとも、これでかなり侵入者がはじき出される筈だぜ」

何かの動物からとったと思われる皮製の上品なローブを着たその人物は、深々とフードをかぶった状態のまま真剣な声で語った。

「このピリピリとした空気……どうにも気になって仕方がなかったもんでな。事後報告になっちまったが」

「構わないわ。異世界の「賢人」と呼ばれる程の人物が掛けてくれた結界ならば、私としても文句はないし、闘うにしたって敵が少ない方がまだやり易いしね」

「……はっ。至って同感だ。――ところで、何だがよ……さっき話が聞こえてきたが、あの兎達と連絡が取れていないんだってな?」

腕を組み、不思議そうにローブ姿の人物がそう尋ねると、

「ええ……何か、想定外の事でも起きたのかしら」

「……いや、むしろ……もうとっくに侵入されているかもしれねぇな」

この緊迫した空気……あの若き剣神と戦った時の事を容易に思い出させる。

「――俺が出よう。二人は此処で警戒していてくれ」

「……大丈夫なの?」

「っは、誰だと思ってんだ……此処にいるのはクラム国随一の魔法使いだぜ?」

ローブのフードを強引に撥ね除け、銅色の髪を持つ青年――ラルロスは、無詠唱で炎を手の平の上に発現させながら傲岸不遜に笑った。

 そのまま炎を消し去ると、侵入者が入ってきた方向へと向かっていく彼を見送りながら、永琳は静かに自身の得物である弓を確認し始める。

……どうやら、彼女も侵入者の可能性を考えていたようだった。

「……姫様、奥の方へ。すぐに此処は戦場となります故」

「ええ……分かっているわ。――でも、いくら私達が蓬莱人であるとはいえ、危険な事はなるべく避けてね?」

「大丈夫ですよ……私に、倒れるつもりなど毛頭ございませんから」

物憂げな表情のままだった主――輝夜に、永琳はそう言って安心させるように微笑んだ。

 

 かつてないほどに、穏やかなこの空気――されど、戦場はすぐそこにまで迫っていた。

 

――――――

 

静かなる竹林の中。

一人、偽月の下を走り抜ける小さな影があった。

「――はぁ、はぁ。早く、お師匠様に言わなければ……!」

霊夢達と共に在る鈴仙と異なったルートを辿りながら、てゐは兎ならではの俊足で竹林を駆け抜けていく。

 その表情は、

『何としてでも、永琳達に会わなければ……!』

という思いではちきれんばかりであり、あの恐ろしき亡霊との戦い、そして彼女がこっそりと覗いたイオとの戦いによって、益々その思いが増していた。

 とはいえ、幾らてゐが兎から成った妖怪である事や、この迷いの竹林に対する知識が豊富であるとはいえ、足で駆け抜けるが故にかかる時間が大きいことに加え、てゐ自身が仕掛けた侵入者対策の為の罠を避けていく事も重なり、かなり時間をロスしていた事は否めない。

 

――故に、既に永遠亭の玄関先とも言える場所で、戦いが始まっている事など思いもよらなかったのであった。

 

――――――――

 

 

「……おっと。こっから先は通行止めだ。通るんだったら通行料……払ってもらうぜ?」

 

そんな言葉を掛けられたのは、イオたちと別れている七人の人妖達であった。

 突然現れたとしか思えない不審なローブ姿の人物に、思い思いに彼女たちが警戒をしていると、そのローブ姿の人物は広げていた両手を下ろした後に頭を掻きながら、

「おいおい。そこは山賊かよって突っ込むところだろうに。全く、ジョークすら分かってもらえないなんてな」

と、溜息をつきながらぼやく。

 その言葉に、驚きで凍りついていた鈴仙が元に戻り、

「あ、貴方、お師匠様達は!?」

「……ん、まぁいまんとこは大丈夫だ。で、何でお前さんがその人たちと一緒にいるのか聞かせてもらいたんだが?」

じろり、とフードを下ろしながら、銅色に輝く髪を持つその男がジト眼で鈴仙を問い詰めた。

 思った以上にきついその視線に、鈴仙が思わずたじろぎながら、

「そ、その事なんだけどね……私達、こんなことをする必要なかったんだって言われたのよ」

「あぁ?んだそりゃ。その根拠はいったいなんだってんだよ」

ガシガシ、と乱暴に頭を掻きながらローブの人物がそう訊くと、そこで黙っていた紫がすっと前に進み出て、

「今晩は。その理由を聞いてもらう前に、貴方の名前を聞かせてもらえるかしら?」

と、いつにない緊張したような表情で目の前の男に誰何する。

 すると、面倒くさそうな表情になった後に、

「あいよ。――ラルロス=クロム・フォン・ルーベンスだ。一応、この世界ではない異世界で、貴族の次期当主になることが決まってる人間だよ。で、差支えなきゃ、あんたたちの名前も聞いておきたいところなんだが?」

 

「――ラルロス?」

 

名乗り上げられたその名前に、魔理沙が思わずといったように口を開いた。

 すぐさま、ばっと口元を手で覆った彼女に、ラルロスが一瞬目を見張ったものの、すぐに細く眇めて、

 

「……あの馬鹿、この世界に来てたか」

 

明らかにイオがいると確信したような表情で、そう呟く。

「……貴方、どうやって幻想郷に?私、貴方のような人間を招待した覚えも、感知した覚えもないのだけど?」

扇子を口元へとやり、警戒を最大にまで高めた状態で紫が尋ねると、ラルロスはあ?と不機嫌そうな声を上げ、

「んなの簡単だろうがよ。アイツが消えたところ探ってたら、どうにも空間をいじられたような感覚がしたもんでな。ちょいと突いてみりゃ、いきなりこの竹林の中に飛ばされたんだよ……流石に吃驚したっての」

はぁ……と疲れたような表情で溜息をついた。

 

――だが、そんな事はあり得ない筈なのだ。

 

「……待ちなさい。空間を弄るだなんて……しかも、世界間の壁さえ越える魔法なんて、イオの口から聞いた覚えがないわよ?」

アリスが人形たちを臨戦態勢にさせながらラルロスにそう問うが、彼はそんなこと知ったことではないとばかりに明後日の方を向き、

「新しく作っただけに決まってるだろうが。アイツから俺のこと、何も聞いていないのかよ?」

「……イオの一番の、自慢の親友だってこと以外は特に何も聞いていないぜ?」

恐る恐るながら魔理沙がそう答えると、ラルロスが思わず眼を見張った後に、

「マジかよ。……ってことは、この世界に来た時点でアイツ諦めてたな?」

忌々しいとばかりに不機嫌な表情で呟く。

 だが、いきなりそんな結論に至ったラルロスに魔理沙が驚きを隠せずに、

「な、何でそう決めつけるんだ!?アイツ、どうしようもなくてこの世界にい続けてるのに!」

「はっ、決まってる。大方そこの紫色のアンタがやらかしたことなんだろう?なぁ……どういうつもりだ、そこの胡散臭い奴」

 

――イオから、何故帰りたいと思う気持ちを奪いやがった?

 

 その言葉と共に、イオが本気で神眼を開放した時と同量の魔力が、辺りにまき散らされた。

「「なっ!?」」

驚く魔理沙と鈴仙を余所に、レミリアは興味深そうに、咲夜は瞑目したまま、アリスは警戒を伴って、霊夢は面倒くさそうな表情で、紫は無表情のままで、ラルロスを見やる。

 慌てたように鈴仙が彼を止めようとして、

「ちょ、ラルロス待って!此処で戦っちゃあ……!」

 

『黙れ』

 

怒りと共に吐き出されたラルロスの言葉で、あっけなく口を閉じてしまった。

「……なぁ。答えてくれんだろう?」

「…………はぁ。まず、先程の名前に関して言っておくわね。私の名は八雲紫。この幻想郷の管理者にして妖怪の賢者と呼ばれている者よ。それで、貴方の疑惑に関してだけど……彼が、この世界に必要な存在だから、としか言いようがないわね」

「な、待てよ紫!その言い分だと、お前がイオを引きとめてる原因だってことか!?」

怒りの表情を浮かべた魔理沙が紫にそう食ってかかるが、彼女はそちらをちらりと一瞥してから、

「ま、そうなるわね。言っておくけれど、今回のイオの事は私にとってもイレギュラーではあったのよ?ただ、そこからイオが元の世界に帰ろうとするのを止めることだけはしたけれど、ね」

相変わらず扇子で口元を覆いながら告げたその言葉に、ラルロスがけっと吐き捨てるように呟くと、

「はん、どうせアイツが持っている力を必要とでもしてるんだろう?向こうにいたときからアイツは利用されやすい部分がいくらでもあったしな。で?そんだけか?」

「ええ、後はそうね……あの子が、この世界の神になれる素質があることもかしらね?」

紫が告げたその一言に思い当たる節があったのか、魔理沙がはっとした表情になると、

「……な、なぁそれって……アイツが『龍人』であることと何か関係があるのか?」

血の気が下がったのか、幾分か冷静な表情で彼女が紫に尋ねると、その言葉にラルロスが反応する。

「……『龍人』、だと?おい、そこの紫さんよ、あいつの素性が此処で分かったってのか?」

「正確には、もともとの種族が、と言う所でしょうね。相変わらず記憶の方はどうにもならなかったわ。私の能力であっても、記憶を操り別のもののように仕立てる事は出来ても、基が完全に消えているようなのは管轄外だもの」

「ふん。かなりあいまいなものに対してしか、効果がおよばねぇって事か……それが、アンタの力……大方、『境界を操る程度の能力』と言ったところか?」

察したように呟くラルロスに、魔理沙はもちろん、その場にいた霊夢と紫以外の全員があれだけのやり取りで紫の能力を察した事に驚いた。

 その言葉に紫は眼を眇めると、

「貴方の世界に、能力の概念はなかったはずだけど……どうしてわかったのかしら?」

「たとえその概念がなかろうとも、それに至る素地と言うのはこっちの世界でも資料として散見出来たからな。ま、大抵は魔力を介さない、言わばいきなり発生する現象としてだけどよ」

そう、これは幻想郷の外に広がる外の世界においても、幾らか知られた事実でもある。

 たとえば、『パイロキネシス』。

 人体から発現する、意のままに炎を操る能力の事であるが、これと似たような事件が過去において発生していた。

 いわゆる、『人体自然発火事件』という名で。

 どんな科学的な根拠を探っていても、一瞬にして足首以外の肉体が焼失した上に、辺りに災害を巻き散らかさなかったこの事件の真相を暴くことが叶わなかったように、ラルロスとイオの世界においても、魔法や化学という根拠で現されなかった事件と言うのは存在した。

 あるいは、『恐怖の海域』。

 バミューダ・トライアングルと呼ばれる魔の海域が存在しており、そこへ到る船や飛行機が軒並み沈められているという恐怖の海域。

 これも、見方を変えれば一種の『海底に転移する程度の能力』であるともとらえられた。

 あるいは、『セントエルモの火』。

 これは、現在においてはその原理が解明されてはいる物の、それでも不気味な火として扱われているものである。

 どのミステリーも大抵ホラーものとして扱われているのは共通だったが。

 怒りの表情を浮かべたまま、ラルロスがフッと息をはくと、

「ま、人間どんな状況でも適応する動物だしな。ただでさえ、脳の事を分かっている奴なんて全然いないしよ。しかも、まだまだ潜在能力が隠されてるとあっちゃな」

「……貴方達の世界、どこまで医学が進んでいるのやら」

幻想郷の外の世界へと時たまに入り込み、数多くの知識を有する賢者故に、イオ達の学問の進みようが気になったのか、相変わらず緊張したような雰囲気と共に紫が訊ねた。

「馬鹿言え。回復魔法をかけるにしても、体の構造知っていればそれに沿って動かせるだろうがよ?回復魔法なんぞ、もともとが体に負担をかけるようなものだから自然とそういう知識が生まれたってだけだ。……で、話がだいぶそれちまったが……ちょいとここらで聞いておこうか」

 

――イオはどこだ?

 

その言葉に、魔理沙が身を強張らせる。

 表情が変わった彼女に、ラルロスはちらりと彼女の方を見やると、

「――どうやら、此処にやってくることだけは間違いないみたいだな」

「な、なんでだぜ!?私は何も……!」

「あのな……表情をそんなに変えてる時点で、答えを言っているようなもんだろが。アイツが今のお前さんを見たら、呆れたように首を振る筈だぜ?」

もしくは、引きつったような笑顔を浮かべているか、だな。

 イオの性格を知り尽くしたが故のその発言の後、意外な人物が声を上げた。

 霊夢がラルロスを見やりながら、

「――ラルロスとか言ったっけね。アンタ……今回の事が終ったあと、イオを連れて帰るつもりかしら?」

「ああそりゃな。イオを利用しつくそうとしか考えてないような奴がいる世界なんぞ、アイツには毒でしかない。わりぃが……諦めてもらうぜ?」

その言葉と同時に、ラルロスがまき散らした魔力が一斉に彼の元へと集う。

 一気に凝縮されたその魔力に魔理沙は息を飲んだ後八卦炉を構え、アリスは警戒を怠らず人形たちを集めて障壁の準備を始め、霊夢はジャッと両手の指の間に御札と針を挟みながら身構え、咲夜は銀のナイフを多数手に挟み持つようにして構える。

 

――そして、戦いへの火蓋が切って落とされた。

 

―――――――

 

「……よいしょっと。じゃ、幽々子さん。参りましょうか」

気絶している妖夢を背負い上げ、イオは彼女の主に顔を向けるとそう告げた。

 主――幽々子はその様子を見つつニコニコとした表情でイオを見ると、

「ええ。帰りの道まで宜しくねぇ~イオ。妖夢、一度眠っちゃうとなかなか起きないから、悪戯しても大丈夫よ?」

「誰がしますか、誰が」

ジト眼になってイオが幽々子に突っ込みを入れたが、彼女は我関せずとばかりに明後日の方角を見ている。

 その様子に、心底から溜息をついた後、

「全く、本当だったら起こした方が安全なんですからね?唯でさえ、こんな夜なんですから」

道中に出てくる妖精達が弱くなければ、一目散に里にいる慧音先生に渡してたところですよ。

愚痴るようにそう言いながらも、イオはしっかりと自身の体に妖夢の体を括りつけ、動きに支障が出ないか確かめてから、何時ものように足場を造ると同時に大きく踏み込んだ。

 ふよふよとあたりを漂うようにして妖夢の主が、

「あら、結構役得だとは思わないの?そんなにしっかりと体括りつけてちゃ、分かりやすいと思うけれど?」

「……セクハラで訴えていいですか?」

完全にジト眼になったイオがじろりと彼女をねめつけ、そのまま先程逃げた兎が行った方向を見ると、そのまま飛び立っていった。

「あらあら……嫌われちゃったかしらねぇ……でも、仕方ないことなのよね」

どうしたって今、本当に婿に出来ると思える男の子なんて、そうそうないもの。

ぽつり、と幽々子が何処か寂しそうな笑顔と共に呟き、彼の後を追うのであった。

 

――しばらくの間、そうして三人が竹林の中を飛んでいると、ふと、イオが顔を上げ、

「――何か、戦いの音がしませんか?」

と、鱗が目立つその顔を不思議そうにしながら、傍らを飛ぶ幽々子にそう尋ねる。

 その問いに何処からともなく扇子を取り出した彼女は、静かな目つきで前方を見やると、

「……そうねぇ……もしかすると、また勘違いをされちゃっているかも知れないわね」

「考えたくないですねぇその思考は……」

心底から嫌そうな息をついたイオは、そのまま戦いの場へと向かい……そして、絶句した。

 

「――な、んで……ラル、ロス……?」

 

其れも無理ないだろう。

 なぜなら彼の視線の先にあったのは、ボロボロになりながらもイオと共にやってきた人妖達全てを相手にしている親友の姿があったのだから。

 

――此処に、再び剣神と賢人は邂逅した。

 

―――――――

 

「――へっ。やべぇな……流石に此処までとは思わなかったぜ」

傍らに幾つもの魔法陣を展開しつつ、ラルロスがボロボロのままそれでも不敵に笑う。

 今だにその眼に活気ある光を認め、紫は静かに息をつくと、

「……なぜ、そこまでしてイオを連れて帰ろうとするのかしら?」

と、近くにイオがいる事を感じ取りながらも、そう尋ねた。

 その言葉に、ラルロスははっと笑うと、

「そんなん、当たり前だろうがよ。いきなり親友が消えて……探さない奴なんざいねぇ。殊に……俺達の世界においては最強の剣術を持つ奴が消えたとなればな。おそらく、各国でもかなりしのぎを削ったんじゃねぇか?――アイツを捕まえてねぇか、をよ」

少しずつ魔力を魔法陣に溜めていきながら、尚もラルロスは動く。

「――さあて、まだまだ行くぜ?」

 

「――燃えよ。燃えて全てを飲み尽くせ。大地のうちに太古よりあり続ける焔の力、今此処に顕れん……!」

 

――焔華地溶『マグマインフェルノ』――

 

詠唱文と共に吐き出されたその魔法は、大地より溶岩を噴出させた。

「っくぅ!?アチッ、アチィ!!?」

「魔理沙!?」

運悪く、近くに立っていた魔理沙が悲鳴を上げ、慌ててアリスが引っ張り上げる事で何とかそれを回避する。

 そのまま、次から次へと吹き出る溶岩の柱をよけながら、魔理沙が毒づくようにして、

「……くそ、なんてやつだぜ。これがあいつと同力量だと?」

そう言葉を漏らすと、地獄耳宜しく聞いていたラルロスが、

「あくまでも、総合力を比べればの話だけどな。俺達の故郷じゃ、アイツと俺とで『剣の神』と『魔の神』と呼ばれたくらいだ」

そうそう、魔法じゃ劣るつもりは毛頭ないぜ?

 同じ魔法使いであると感じられた二人の少女に、ラルロスは怒りの色濃き笑顔を浮かべた。

 

――だが、イオはその笑顔を認める事ができない。

 

「何で……何で皆が争ってるのさ……ねぇ、止めてくれよ……」

苦しそうな表情で、イオはただ届かぬ声を漏らした。

「……イオ。さっき妖夢押しつけちゃったけれど……止めたいんでしょう?」

しかし、届かぬ声を聞いていたのは彼一人だけではない。

 白玉楼の主は穏やかに笑いながら、彼の体に括りつけられていた紐を外すと、妖夢をよっと言いながら抱っこをしつつ、イオを見つめた。

 その気遣いに、イオは心から感謝しつつも、

「ええ、止めてきます。とっとと、この異変を終わらせるんだ――!!」

決意と共に……龍人は立ち上がる。

 

――彼にとって大切な……友たちを救うために。

 

 



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第三十一章「語り合うは友の言葉」

 イオが戦場に躍り出てまず行った事は――

 

――全てを、壊す事だった。

 

『龍皇炎舞流、最終奥義……!!』

 

幻想郷の彼女たちにとっては聞きなれた、そしてラルロスにとっては本当に久しぶりに会う友人の声に一斉に体を強張らせると同時。

 

『――終焉:龍皇炎舞……!!!』

 

「ちぃ!?アイツ腕あげやがったな!?」

この世界に来る前には聞いたことすらない、彼の新たなる剣技を叫ぶ声に、ラルロスが全力で魔法障壁を張ると同時に悪態をついた。

 

――そして、蹂躙が始まる。

 

――大気を四分割する、巨いなる貳撃。

――幾つもの星が駆け巡る、光速の乱れ突き。

――同時に振り撒かれた、妙なる軌跡を辿りし魔弾。

――彼らを同時に攻撃する、徒手空拳の嵐。

――直後に展開された、斬撃の嵐。

――瞬後、納刀した後の次元を斬り裂く刃。

――そして……天より刀の大群が降り注いだ。

 

「ぐぅ……!!?」

「ちょ、イオ私達まで巻き込んでるぞ!!?」

さしもの紫でさえ、次元にまで干渉する刃を見つけたときには全力で隙間にもぐり、霊夢はちゃっかりとその隙間に潜る事で回避し、魔理沙とアリスは力を合わせながら障壁はる事でよけきった。

 鈴仙は丁度その二人の後にいたおかげで、何一つ食らうことなく障壁の中におり、レミリア達紅魔組はそれぞれ槍やナイフで以て斬撃を受けたり、弾き飛ばしたりする。

 そして、完全に手加減された状態で放った最終奥義で、しばらくの間廊下に使用されていた木材や壁などから埃がもうもうと辺りを舞い上がった。

「……ったく、無茶しやがんなほんと。――よぉ、三ヵ月半ぶりだな」

イオ。

親しげな声と共に、ラルロスは彼と彼女たちの間に降り立つ、生涯の親友と定めた、鱗が見え隠れする青年を見やる。

「……ホント、久しぶりだねラルロス。ごめんね、今まで連絡できなくてさ」

「ああ大丈夫だそんなん。大方、そっちの紫とかいう奴の所為でそうなったのは知ってる。で……何で、今俺達全員を攻撃した?」

つらそうな表情でこちらを見てくるイオに、ラルロスはある一つの予感を抱きつつも、それでも尋ねた。

 その問いにイオはくしゃり、と顔をまたゆがませると、

「そんなの……きまってる。何で、僕の親友と友達が争う事になってるのさ?」

鈴仙さんとかに、今回の偽月騒動がどういうものなのか……教えてもらったんだよ?

 ほぼ、涙を目尻に浮かべるようにして訊ね返してきたイオに、ラルロスは笑って、

「どうにもそいつらがイオを離さないって言ってたもんでな。しようがねぇから、戦ってたまでさ。俺だって此処までやるつもりは毛頭なかったぜ?」

「……ラルロス」

向こうにいた時となんら変わらない親友の言葉に、イオはホッと安堵したような表情になると、

「そうだよね……ラルロスは、いっつも熱い奴だし」

「おめえには負けるけどな」

あはは、と笑い合う男二人に、いつしか周りの者は静かになって行く。

 その状態を感知しつつもイオは、ひどくさびしそうな笑顔を浮かべ、

 

「――でも、ごめんよラルロス。僕……もうそっちに帰る心算はないんだ」

 

「…………理由、訊いていいか?」

何となく、イオがそう言いだすと心のどこかで分かっていたのか、ラルロスは思ったよりも怒りが湧くことなく訊ねる。

 その問いに、さびしそうな笑顔のまま、

「うん、こんな体になったのはいいし、別に向うの人たちにも会って大丈夫ではあるんだけどね……見守っててあげたい、そういう人たちがいるから」

「ふん、てことは不老不死にでもなったか?」

「たぶん。ラルロスにも見せた古文書……あれ、結構古いものだし、信憑性もあるって太鼓判を押されたから、龍人と言う存在が、恐らくは永く生き続けられる種族なんだって分かったから。幾らなんでも長生きし続けるというのは、向こうでも結構煙たがられるような存在だし、どうせだったらこっちの方がかなり落ち着いた生活が出来るしね」

親友だからこそ、分かりあえる存在であるというのか。

 静かながら男二人は完全に世界に入りきっていた。

 そんな中にあって、ラルロスは静かに瞑目すると、

「……カルラ達の事は、如何する心算だ?」

「――ちょっと待ちなさい」

ラルロスの言葉に聞き逃せない物があったのか、紫が扇子を口元にやりながらいきなり話に入りこんだ。

「イオ、貴方……もしかして、故郷に残してきた恋人とかいないでしょうね?」

ズコッ。

 真面目な雰囲気だったイオが、その言葉で思い切りずっこけた。

 ばばっとすぐさま立ち上がり紫に向って、

「い、いきなり何の話してるんですか!!?」

「いや、結構重要だろうに。言っとくがカルラとチェルシーもお前さんの気持ちを狙ってんだぞ?」

「はぁ!?」

ラルロスから告げられた衝撃的な言葉に、驚愕の表情を浮かべてイオが彼を見やる。

 その様子に魔理沙がポンと手を打ち、

「あ、やっぱりそうなんだな?こっちでも大人気だぜイオは」

「あー……イオ、とりあえず言っとく。――爆発しろ」

「何でさ!?」

大いに抗議したいと言わんばかりにイオが叫ぶが、ラルロスはつい、と視線を明後日に向けるばかりで何も言わなかった。

 その様子にくっとイオが声を漏らしてから、

「そ、それより!カルラさん達の事、今初めて聞いたよ!?」

「そりゃあな……今じゃ冒険者ランクSSとはいえ、平民は平民だしよ。いくら戦力としてとんでもなかった所で身分はどうにもできねぇから虎視眈々と待ってるんだよ」

お前が騎士か名誉貴族にでもなって、釣り合うようになるまでな。

「そんなの聞いてないよ……ラルロス、なんで教えてくれなかったのさ?」

がっくりとしたように肩を落としながらイオがラルロスに抗議するが、彼は飄々としたままで、

「んなの決まってんだろうが。――明らかに殺される運命しかないからだよ」

「……カルラさん達バイオレンスじゃなかったと思うんだけど」

「いやいや、古来から言うだろ?『恋の邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ』ってよ」

先程まで浮かべていた怒りの表情はすっかり消え去り、イオをからかう為だけの笑顔になっているラルロスに、イオはとうとう崩れ落ちた。

 だが、更にラルロスは続ける。

 

「――それに、もうこの世界とアルティメシア世界と繋げているしな」

 

「待って。もしかして、世界間の転移魔法陣組上げちゃったの!?」

いきり立つようにして立ち上がりラルロスにそう詰め寄るイオだったが、ラルロスの、

『言わなくても分かるだろう?』

と言わんばかりに輝いている笑顔に、再び崩れ落ちた。

「……勝手な事をしてもらうのは困るのだけど?」

「はっ、イオをこの世界に留める条件としてだ。そうでなかったら問答無用で連れ帰ってない事を感謝するんだな。色々と興味深い世界だし、俺もちょくちょくここに来ようと思ってるくらいだ」

「……魔力、膨大な量が必要になるんじゃないの?それこそ、死んでもおかしくない位」

失意体前屈のまま、イオが顔を上げつつラルロスに問うと、彼は鼻を鳴らし、

「そりゃな。異なる位階、異なる世界に飛ぶなんざ、本当だったらどだい無理な話だ。ただでさえ転移では魔力を食うしよ。だがな、最近俺が働いてる研究所で、新たに技術が生まれたんだよ」

「何それ。三ヶ月経ったくらいでもう創ったの!?」

新しい技術と言うのはそんなにぽんぽん出てくるようなものではなかったはずだと、イオが驚愕の表情を浮かべて立つと、ラルロスはニヒルに笑って、

「おうよ。――魔力の、蓄積だ」

「……あ、確かにそれなら、魔法陣にも十分行くよね」

友の言葉に瞬時に対応するイオの様子に、ラルロスは楽しそうに、

「まぁな。魔獣たちから出てくる魔石を使用して、国家間における転移魔法陣を編み出したのが最初のきっかけだったんだけどよ。どうせだったら応用できねぇかと思ってな。イオを探してた三カ月間の間、此処で術式を編みまくってた。ま、ちょくちょく手伝ってもらってた部分はあるけどな」

「なにそれ。ラルロスの魔法技術についていけるような人っていたんだ……僕の生涯で初耳すぎるよ」

「こっちに来てからだったしなぁ……最初の頃、思ったより上手くいかなくてよ、どうしようもなかった時にアドバイスくれたから、かなり助かったぜ」

すっかり話題にのめり込んでいる男たちを眺め、魔理沙とアリスがこっそりと会話を交わす。

「……随分と楽しげね。妬けちゃうくらいよ」

「だなぁ。アイツ、やっぱり同性の友人に憧れてた部分もあったんじゃないか?いっつも私達にやってる会話とはかなり違うぜ」

「そうよねぇ……むぅ。ちょっと納得いかないわね」

普段冷静な性質のアリスが珍しくむっすりとした表情を浮かべている事に気づき、魔理沙がニヤニヤと笑って、

「お?珍しいじゃないかアリス。もしかして、アリスもイオを狙ってる口か?」

「馬鹿言いなさい。そんなわけないじゃないの。……でも、正直ほっとしてる部分はあるかもね」

そう言ってイオ達の笑顔をアリスは眺め、

「イオに帰られちゃったら、ゴーレムの事訊けなくなっちゃうから助かったわ」

「おいおい、そっちの話かよ……」

明らかに色恋事から離れているその言葉に、魔理沙は思わず鼻白んだ。

 そこへ、霊夢が声をかける。

「ねぇ……あいつ等放ってもう行っちゃわない?とっととこの異変終わらせたいんだけど」

「待ちなさいよ霊夢。勝手に行ったら後でイオがすねちゃうわよ?」

「すねるって……アリス、イオの事なんだと思ってんだ?流石にその言葉を言った方がよほどすねると思うんだが」

アリスの余りにもイオに対する扱いが、子供のそれと同じであることに魔理沙は呆れながらそう突っ込むが、霊夢はそんな彼女たちの言葉をスル―し、

「私は私がしたいようにやるだけよ。あいつらとの戦いにでもなったら少なくとも此処にいる半数がやられる事は確実だからね」

そう言って、レミリアと紫を何処となく神々しいまでの輝きを秘めた眼でみやった。

 その様子に紫は苦笑して、

「その言葉はどうにも否定できないわねぇ……あの子たち、私達が知らない血がにじむような努力の果てに手にした力を、躊躇なく振るうと思うわ。先ほどのあの斬撃は、どうにも手加減されたもののようにも感じたしね。恐らく、本当に本気でやっていたならば彼が張っていた結界も、私達が施行した結界そしてスキマでさえも切り捨てる事が出来た筈だから」

「あー……剣だけならば最強だって霊夢も言ってたしなぁ……なんだよ、これじゃかなりの過剰戦力でしかないじゃないか」

どちらかと言えば、イオあっちに味方しそうだしな。

 ちぇー、と言いつつ口をとがらせながら、魔理沙がそう呟くと、

「でも、イオたちは自分の持つ力を充分に把握できているから、今まで放っておかれたんじゃないかしら?ねぇ、紫。そうでしょう?」

「そうね。イオが何でも屋として中立であり続けてくれているから、私としてもあの子の将来の伴侶も決めないとと思えてきたくらいだし。かなり魅力的なのよねぇ……イオの、あの力と実力と言うのは」

「まぁだ、そんなこと考えてたわけ?私は嫌よ?アイツと結婚するなんて」

面倒くさそうな表情で霊夢がそう言うと、紫は再び苦笑して、

「少なくとも、今どうこうする心算は毛頭ないから安心しなさい」

そもそも、今はまだそこまでの事は起きていないしね。

 薄らと微笑みを浮かべながら紫がそう呟くのに、レミリアはフッと笑うと、

「あら、だったらイオを婿に取るという事も出来そうよねぇ、咲夜?」

「……お嬢様……流石に、弟のようなイオと結婚するというのは……」

流石の咲夜も、レミリアの無茶ぶりには呆れてしまったか、苦笑しながらそう苦言を呈するが、彼女の主は気にすらせず、

「いいじゃない。結構お似合いだと思うし」

貴方の性格、もともと優しい方だしね。

 暗にイオのおっとりとした、まるで大樹の様に包み込む性質と合うだろうと言っている。

 流石の瀟洒なメイド長であってもこの話題は少々きついのか、薄らと赤面しつつも黙るだけであった。

 

――そして、そんな話題が聞こえていないとも限らない訳で。

 

「……いいのかイオ。あいつ等勝手なこと言ってるぜ?」

「…………何も聞いてない何も聞いてない何も聞いてない……」

「あ、だめだこりゃ現実逃避してやがる」

彼女たちのいる方向を絶対に見ないようにしつつ、ぶつぶつと暗い顔で呟くイオに、ラルロスは仕方なさそうに溜息をつく。

 と、意を決したようにラルロスが紫達に向って、

「……とりあえず、俺の雇い主の所へ案内するぜ。さっきそこの紫とかいう奴からまだ話も聞いていねえし、道中それを聞かせてもらいたいんだが……いいだろう?」

すっかり落ちついた様子になっているラルロスに、紫は内心驚きを感じたものの、すぐに扇子で以て口元を覆い、

「そう、ね……案内してもらおうかしら。元々貴方達と戦うつもりでやってきたわけではないしね」

「はいよ、じゃちょっと連絡取るから待っててくれ」

紫の言葉にそう返しながら、ラルロスが何やら集中し始めたのであった。

 

――――――

 

『――永琳。ちょいとイレギュラーな事態が発生した。ひとまずそちらにお客さんを連れて行くから迎撃は勘弁してくれ』

 

突如として届いた、ラルロスからの念話による一報。

 その内容に永琳はやや不審そうに眉をひそめたものの、すぐに教えてもらった念話の方法で言葉を返した。

 

『いいけれど……いったい何があったわけ?こちらにも貴方が戦っている音がかなり聞こえて正直ハラハラしていたのよ?』

『わりぃわりぃ。俺の親友が見つかったもんでな。そいつを返してもらおうとして戦ってたんだ。ま、肝心の本人からはこっちに永住する心算だと聞いたし、あっちの世界とこっちの世界もつなげ終わったしよ。目的は果たせたぜ』

『そう……ところで、イレギュラーな事態とは?賢人が想定していなかった事態と言うのが私にも想像がつかないのだけど?』

『まぁ、その件についちゃそっちについた時にでも追々話すよ。多分だがよ……俺達、そんなに心配せずとも平穏な時間は守られていたみたいだぜ?』

 

「……どういう意味?」

ぷつり、と糸が切れるような感覚と共にうち切られた念話に、永琳は思わずそう呟く。

 と、そこへ彼女の主たる姫――蓬莱山輝夜が声をかけてきた。

「永琳……モニターを確認してみたけれど、月の追手らしきものは何一つとして見当たらないわ?どういうことなの?」

「……やれやれ。もしかしなくともラルロスの言ったとおりになりそうだわね……」

苦笑する永琳の傍ら、輝夜は眼を白黒とさせていたのであった。

 

 



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第三十二章「偽月消えゆきて真月戻れり」

「……そう。そう言うことだったのね……」

「ああ。ま、俺達のやってたことがまるきり勘違いの暴走だったってわけだ」

ラルロスがそう言って永琳に向ってにやっと笑う。

 一行は永遠亭の奥深く普段客を招いている部屋の中におり、思い思いにゆったりとラルロスと永琳の会話を聞いていた。

 ちなみに、気絶していた妖夢は永琳に既に診てもらっており、体には問題ないことが判明している。

 すやすやと眠る妖夢の表情をいとおしげに眺めている幽々子を見つつも、イオはおっとりとした表情で彼らの会話に参加した。

「それで、もう月は元に戻してもらえるんですか?」

「……そうね。私としては姫様の事が一番にあったものだから、護るためにこうしたわけだし。妖怪の賢者と言ったかしら……直ぐにこの術を止めるわ」

「ぜひともそうして頂戴。私はこの偽物の月が浮かんでいる事が我慢ならないのだから」

ツン、とそびやかしたような表情で、口元を扇子で覆いながら紫が瞑目してそう返す。

 何やら妙に不機嫌そうではあるが、幻想郷を一番に愛する彼女の事だ、月が偽物と言うだけでも幻想郷を否定されたような気持になっているのであろう。

 彼女の思いも何となく分からないではない為に苦笑を浮かべるイオだったが、すくっと立ち上がり、お茶などを飲みながらゆっくりとしている面々に、

「じゃ、僕先に帰って博麗神社で宴会料理作って待ってますね。色々と準備しなきゃいけませんし」

おっとりとして告げられたその一言に、ラルロスから声が掛けられた。

「お?久しぶりにお前の料理が味わえるわけだな!何か必要なのあるか?」

「……そうだねぇ……じゃ、近くの森とかに行って鹿とか狩ってきてよ。肉料理を中心に鍋でもやろうかと思ってるからさ」

月見酒ならぬ、月見鍋ってね。

 ニコニコとしてラルロスに向ってそう告げると、イオは彼女たちに一礼してすぐ近くにあった庭に降り立つと、一気に空を駆けあがって行く。

 その様子をのんびりと見送ってから、ラルロスはよっこいしょっと呟いて立ち上がり、

「それじゃ、俺もぼちぼち行かせてもらうとするか。永琳も輝夜も一緒に博麗神社に行ったらどうだ?後で俺もそっちの方行かせてもらうしよ。……東の方で合ってたか?」

最後の一言を霊夢に尋ねて答えを得てから、ラルロスも庭に降り立ち、フッと転移によって去って行った。

 あとに残された紫達は、自由な青年たちに苦笑をしつつも、

「やれやれ……やぁっと終わったってわけね。あーあ、イオの料理が早く食べたいわ」

「私も料理を作るんだけれどね?」

「咲夜の料理もおいしいけれど、やっぱりイオの方が何かねぇ……」

霊夢と咲夜は、このところの宴会料理に対する考察を述べあい、

「そうねぇ……ほら、妖夢?起きなさい」

幽々子は妖夢をおこしにかかり、

「アリス……結局、そんなに大したこと無くて良かったよな」

「ま、そうね。にしても……今度こそ、イオのゴーレム技術が訊けるかしら」

「お前まだ諦めてなかったのかよ!?」

アリスと魔理沙は楽しそうに会話をしつつ、

「おい、スキマ。イオにこの世界にい続けてもらえてよかったな?」

「……ま、一概にいい話ばかりでもないけれどね」

紫とレミリアはなかなかにスリルたっぷりな会話を交わしている。

 思い思いに動き始めたこの幻想郷の住民たちに、永琳と輝夜、そしてやっと追いついたてゐと同行していた鈴仙は苦笑を洩らしたものの、暖かい空気に包まれていたのであった。

 

――――――

 

「……えーと、肉の臭みを取るには香辛料と、あとは……」

――博麗神社の台所。

 イオは、何時もの通りに料理を作る作業に入っていた。

 毎回の通りに動かされているその腕は、この世界の台所に慣れたせいもあってかかなり速い。

 それでいて、きっちりとしているのだから訳が分からなくもなって来る。

「……相変わらず、料理はきっちりしてるのな」

イオの元に肉を届けた本人、ラルロスがそう言って苦笑を洩らした。

 その言葉に顔を向けることなくイオが、

「仕方ないでしょ。マリアにさんざん叩き込まれたんだから。癖にもなるって」

と、ちょっぴり恨めしそうな本音が見え隠れしている声でそう返す。

 その様子がどうにもすねた感じにしか見えない為に、ラルロスは再び苦笑めいた笑顔を浮かべると、

「どうした。相変わらずマリアとはそんなに仲が良くないのか?」

「知らない。だって、旅始めてからずっと帰ってないもの。ラルロスの所にはずっと顔出してるけどさ」

「おいおい……それじゃクリスさんも困るだろうに。ああ、だからクラム国出る前にお前の家行った時、やたらとマリアが不機嫌そうだったわけな」

眼をこんなにして吊り上げてたぞあいつ。

 わざわざ見える位置に移動しつつ、そうして眼を指で以て吊り上げたラルロスに、ふん、とイオはそっぽを向き、

「どうでもいい。僕のこと全然分かってくれさえもしてないくせに、旅に出るの反対してたんだもの。もう知らない」

普段温厚なイオの、余りにもそっけないその様子にラルロスは引き攣った表情になると、

「……こりゃ重症だなぁ。多分だが、マリアはカルラ達から聞いていると思うぞ?でなきゃ、『何でこっちには帰ってこないのよ』なんて文句は言わない筈だしな」

「今度会った時自業自得って言っておいて。とにかく、僕は絶対帰るつもりないから」

一皿料理を仕上げながら、イオはラルロスに向ってそう告げた。

「おいおい、俺に死ねと?いくらなんでもその物言いじゃ結局仲直りできねぇだろうが」

「しなくてもいい。どうせこっちにはこれない筈だしね……でしょ、ラルロス」

「……まあ、な。基本的に俺しか通れないようにはなってるが」

言外にラルロスが創り出した世界間転移魔法陣の事を持ち出すイオに、ラルロスは頭を掻きながら、何やら言いづらそうにしている。

 だが、そんな不審な親友の態度には気づかず、イオは宴会料理を作り続けていった。

(……はぁ。これじゃ言えねぇな……俺が認証すれば、誰でもこの世界に来れるってよ)

全く、七年前のあの旅立ちに一体何があったのやら。

 流石にラルロスも家族間の事に関してはあまり立ち入るわけにもいかない為に、少々ばかり気をもんでいる。

「……イオ。料理の方はどうかしら」

とそこへ、咲夜が妖夢と鈴仙を伴って台所にやってきた。

 どうやら、彼女たちはイオの手伝いをするつもりでやってきたようで、各々が割烹着であったりエプロンであったりと、食事を作る際の格好になっている。

「……あー、まぁ少しは進んでるよ。今イオは料理に集中してっから、他の事で手伝ってやってくれ」

「そうね……見る限りどんどん出来上がっているようだし。妖夢、鈴仙、運んでしまいましょ」

「……ラルロス。イオってかなり料理が出来るのね。あんな童顔めいた見た目から全然想像できないんだけど」

咲夜と妖夢がてきぱきと料理を運んで行く中、鈴仙は余りに美味しそうな料理の数々に、やや女性としてのプライドを傷つけられたのか、引きつった表情だった。

「あー……俺も結構世話になったしなぁ。学院に通ってた頃なんか、昼休みにわざわざ先生に許可貰ってお菓子作ってた事もあったし。……だよな、確か」

「うん。何か知らないけど後から聞いたところだとさ、僕の作ったお菓子廻って争奪戦が勃発したって聞いたよ?ラルロスは聞いてる?」

「……思い当たる節があり過ぎてちょっとなぁ……」

大抵甘い物好きな少女たちやら、イオに思い寄せる少女たちやらでかなりヒートアップをしていたと、当時を顧みてラルロスが遠い眼になる。

「……聞くからにとんでもないわね。これで剣術の方もかなりのものだし。後は勉学だけど……これまで揃ってたら何処の超人だって突っ込む所よ?」

「……すまん。コイツ、学院に通ってた頃は『毎年学年一位をとれば学費が免除される』と言われてたもんで、かなり勉強家だぞ?俺に匹敵するくらい、魔法にも其れなりには造詣が深かったしな。後は……古代遺跡から出土した古文書の解読作業が得意だったような……」

「うん、カルラさんのお父様からはそう言う風に聞かされてたからね。結構頑張ったよー。おかげで知りたい事も、今まで知らなかった事も結構教えてもらえたし。僕としては上々の結果だね」

其の時ばかりは笑顔になったイオが、料理をしつつラルロスに向ってそう返した。

「……いる所にいるのねぇ……天才って」

「鈴仙、そいつは違うぜ」

鈴仙が溜息と共に呟いたその一言を聞き逃さず、ラルロスが真剣な眼差しになってそう告げる。

「こいつの場合、何が何でも自分の素性を知りたいがために努力した結果が、さっき言ったことなんだよ。コイツは天才じゃ決してない。死ぬほどの努力を得たから、こうして剣術も何もかも、ほぼ一流の結果に収まっただけだ。コイツの特訓聞かされるとよく分かるぜ?何せ、危険な魔獣が多くはびこる洞窟や迷宮やらに落とされてはそのたびに生き残ってきた奴だからな」

「……ラルロス、思い出させないでよ……あの時ばかりは本当に死ぬかと」

がくがくぶるぶると震えながら、イオが青ざめた表情でラルロスに苦言を呈した。

 その様子にどうやら本当の事らしいと感じたのか、

「成程ねぇ……っと、いけない。料理を運ばなくちゃ」

納得した鈴仙が、慌てた様子で台所から料理を運びだしていく。

「……ねぇ、ラルロス。君はいつ帰る心算だい?」

彼女の気配が台所から消えていったのを確認してから、イオが親友に向って尋ねた。

 すると、ラルロスが考えるようにして、

「そうだなぁ……とりあえず、二週間ぐらいで後は帰る心算だ。家の奴等にも、そう伝えてあるし、どうせ、この世界にい続けたとしても、あの胡散臭い奴に警戒されるだけだろうしな。俺としては、この世界と俺達の世界をつなげられた事で上々の結果になったしよ」

「ふぅん……そっか。カルラさんとかに宜しくね」

「……お前、結局どうするんだ?あいつ等がお前に向けてる気持ち」

ラルロスが、異変の途中で明かした、元の世界において友人だとイオが思っていた彼女たちの事を、イオに尋ねる。

 すると、イオはしばらくの間黙りこんだ後、

 

「――ごめん。この世界にいる以上、応えることすら出来なくなっちゃったし。向うに帰ったら、その事も伝えておいてね」

 

寂しそうな笑顔と共に、ラルロスに向ってそう告げたのであった。

 

―――――

 

――博麗神社、宴会場。

 そこでは既に騒がしい空間となっており、誰かが誰かと飲み比べをしたり、或いは元の月に戻った満月を眺めながら月見酒をしたりと、思い思いの空間を広げていた。

 そんな中にあってラルロスは、境内にある其れなりに大きな木の根元にて、取ってきた小さな徳利と盃を手に、一人酒である。

「……ふぅ。美味いな、この酒。あっちじゃワインばっかだったが……こういう酒も、悪くない」

貴族である以上、普段から酒を嗜んでいる事もあり、すいすいと飲んで行くその様子は、かなり酒に慣れている事がよく分かった。

 そんな、一人酒を楽しんでいる所に声がかかる。

「――ラルロスさん、と言ったでしょうか……ちょいと、訊かせてもらいたいことがあるんですけれど、いいでしょうかね?」

ばっさ、ばっさ、と何時になく背中の黒翼をはためかせながら、射命丸がラルロスに近づいて来たのであった。

「……その手の中にあるメモ。ふむ……どうやらお前さんは何かの記者の様だが……名前、聴かせてもらえるか?」

「あやや、これは失礼をば。――鴉天狗の射命丸文と申します。『文々。新聞』というこの幻想郷における新聞を書いております。これ、名刺です」

「お、おぉ……こういう字か。なるほど……で、聞きたいこととは何だ?答えられる範囲であれば、答えるがな」

やはり、マスメディアが相手となると警戒もするのか、ラルロスは渡された名刺を見つつも、ややきつめの表情で彼女に向ってそう告げる。

 すると、彼女はにっこりと普段イオに向けているものとは異なった、いわば営業スマイルと言える表情を浮かべると、

「ええ、イオさんの御親友と言う事で、色々と。貴方からしてイオさんはどういう人物なのかということとか、みっちり聞かせてもらいたいんですよ」

今回の異変の事についても、貴方の視点からの見解も載せたいですし。

 ニコニコとした表情のまま射命丸がそう言ったが、ラルロスは何やら考え込むような表情になった後、

「…………ふむ。お前さん……もしかしなくとも、イオに惚れた口だな?」

「ぶっふぅ!?」

突如として言われたとんでもない爆弾に、思わず射命丸が驚きで噴き出した。

「いいいいったい、何を根拠に!?」

「ああそりゃあな……どちらかと言えば俺のことよりもイオの事を知りたがっている風に感じたし。大方……そうだな、向こうにいた時のイオの人気ぶりやら、どういう子が好みとか、そんなのが聞きたいんだろう?本人には全然聞けない事だろうしな」

ニヤニヤと笑いつつ、ラルロスがイオのいる台所の方へと目を向けながらそう告げると、射命丸は驚きで口をパクパクとさせるのみであり、何も言い返せないようである。

「……ちなみに、お前さんからしてイオはどういうやつだ?」

「え?そ、そりゃ……って、何ナチュラルに訊こうとしているんですか!?」

「っち、ひっかかんなかったか。チェルシーの奴はこれであっけなく墓穴掘ったのによ」

あからさまにけっと言わんばかりのラルロスに、ぴくぴくと射命丸が怒りに震えた。

「……貴方、いい性格してますね……!?」

「おう、そうでもしねぇと貴族の世界じゃ生き残れねぇからな。アイツだけだよ……本当に心から親友と言えるような奴は」

悪気ない様子で笑いながらラルロスがそう告げると、射命丸ははっと表情を変え、

「……確か、学院に通われてたと伺いましたけれど……もしかして?」

「おう、元々俺達が通っていた学院は、本来であれば貴族か、それとも平民であっても多額の寄付金をくれた奴にしか入ることが許されない場所だったんだ。確か、アイツから始まったんだったかな……あの制度は。『中所得者及び低所得者の学生奨励』って長ったらしい制度なんだが、この制度があったおかげで今のおれたちがあると言っても過言じゃないだろうな」

穏やかな表情でそう語るラルロスに、思わず射命丸が息をのんだ。

 そんな彼女の様子には構わず、ラルロスはイオとの出会いを語り続けた。

「……大体、俺達が十三歳くらいだったか。イオの中等部の入学が決まって、教室で初めて顔合わせをした時は。その頃からアイツの、言っちゃあ何だか神々しさと言えば分かるか?まさしく紅顔の美少年としか言いようのない顔形で、やたらと同級生になった女生徒達が騒いでんのがよく聞こえたよ。丁度その時は俺も貴族と言う事で、かなりすり寄って来るような奴等が多くてな……めんどくさくなって逃げてた時に、あいつと鉢合わせしたんだ。思い切りぶつかってよ、いやーあんときゃ、やたらと痛かったのだけは覚えてんだよな」

くすくすと笑うラルロスに、射命丸はゆっくりと息を吸うと、

「……いったい、イオさんが学院に入れるようになったきっかけと言うのは何なのです?貴方の身分やら何やらを聞いたら、公爵だとイオさんは仰ってましたけれど……後からレミリアさんとかに聞けば、余程の身分だというじゃないですか。それなのに、平民だったイオさんがなぜ?」

真剣な眼差しでそう問う彼女に、ラルロスは思い出すようにして、

「そうだなぁ……アイツに聞いた話だが、元々アイツの義理の親父さん、元貴族だったらしくてな。その頃の親友がカルラっていう、王侯貴族の娘さんの親でよ。ずっと行方をくらませていたもんだから、やきもきしてたらしい。んで、クリスさん――イオの親父の事だが――がな、将来が楽しみになるほどの子供を拾ったって報告に行ったんだと。それで、どうもイオがその王侯貴族に気に入られたようでな……元々、市井の王都の民の中にあっても、かなりの能力を持っている者がいるって知る人ぞ知る事実もあって、本格的にイオを中心として、能力持った奴を学院で育てようなんて話になったんだよ。卒業すれば、自身の望む場所へ行き、国の為に働けるようにってよ」

恐らく……俺達が始まりなんじゃねぇかな、あんなにすげえ奴等が出て来たのって。

 楽しげに笑うラルロスからは、イオと出会えたことに感謝する事はあれど、貴族の特権だった勉学に、平民が入りこんだことに対して忌避感はなかったようであった。

 しきりにメモに色々な事を書き連ねながらも、射命丸がラルロスに向って、

「それじゃ、かなり目立ったんでしょうね……イオの容姿は」

「そりゃあな。出会った時のことを今でも思い出せるが、正直単純にきれいだとしか言いようがないんだよなあの金眼は。その所為で見つめられた奴が思わず気絶してしまうくらいにはかなりの魅力があったと思うぜ?」

「ふ、ふーん……」

かなり複雑そうな表情になりながら、射命丸がメモを取り続ける。

 そんな彼女に再びラルロスがにやりと笑い、

 

「――さて、お待ちかねのアイツの好みやら何やらだが……」

 

その言葉で射命丸がぴくりと反応するのを楽しみながらも、

「そもそも、あいつは然程容姿に関しては意外なほどに何も言わない。俺だって、結構磨いている自信はあるんだがな、それでも何も言わねえんだ。ありゃ、気付いていないタイプだなあ。ま、そう言う訳だから近くにどんな美女がいようが、少しは反応するがそいつが自分を狙ってそうしてるって事に気づけば、あっさりとどうでもいいと言ってのける奴なんだよ。大抵、容姿よりも内面を結構重要視するな」

「……そうなると、どういう子が?」

今までよりも格段に迫力が跳ね上がった射命丸に、ラルロスはにやりと笑うと、

「そうだな……まず、一番に大切なのはあいつをあいつとして認めている奴だ。知っての通りあいつはかなり自分のことがコンプレックスになっていてな。記憶がない、やたらときらきらと輝くような容姿、極めつけに色々と出来る奴でもある。だが、そういう能力の事ばかりに目が向いて、アイツ自身を見てくれてない奴がほとんどだ。人里とか言ったか……そこでも、かなり迷惑被っていたんじゃないか?」

「確かに……私の知り合いの人に訊いても、大抵イオさんがまるで神様のように崇められている事がほとんどですね。ここ最近来たばかりだというのに、イオさん自身が農業に直結するような能力を持っていたせいで、『龍人』様などと言われ始めてます」

自身の取材メモを捲りながら射命丸がそう告げると、ラルロスは一瞬目を瞬かせ、

「おいちょっと待ってくれ。アイツが能力持ち?そんなの初めて聞いたぞ?」

「あれ、イオさんから聞いていないんですか……?」

「知らん。はぁ……こりゃ、カルラ達とかが聞いたらブチ切れるだろうな」

帰った後に絶対待ち構えているであろう彼女たちの事を思い返し、溜息をつくラルロスに射命丸は、

「う~ん、でしたら申し上げておきましょうか。『木を操る程度の能力』とイオさんは霊夢さんから教えてもらったそうです。ただ、気になるのはもう一つ彼の種族にちなんだ能力があると聞いているのですが……それについては何とも」

「……なーるほどな。ま、ありがとよ教えてくれて」

「いえいえ。イオさんの事が分かれば私としても結構嬉しいですしね」

うふふ、とかなり素敵な笑顔で笑う彼女にラルロスは少々どん引きだったが、

「ま、まぁそれは置いとくとするとして……アイツは、基本的にはだが性根が穏やかな奴が好みなんじゃないかな。以前アイツに話題持ちかけたら、『傍にいてホッとできる、そんな子がいいね』ってかなり暗い表情で言ってたからよ」

「…………それ、単に周りの女性に振り回されるのが嫌になってたからそう言っただけでは?」

明らかにうんざりとしているようにしか聞こえないイオの言葉に、射命丸が冷や汗を流しながらそう突っ込む。

 ともすれば自身にも当てはまりそうなその女性達の行動を、内心是正していこうと考えていたからだった。

 そんなやや挙動不審な射命丸に、ラルロスは一瞬不思議そうな視線を彼女に向けたが、すぐに考えるようにして、

「…………あー、もしかするとそうかもしんねえ。カルラから始まって、マリアにチェルシーに、エオリアに……俺の姉貴も、やたら構ってたからなぁ……あれで、ちょっと女性に対して苦手意識が出てしまったか?」

「ちょ、如何してくれるんです!?」

「…………いや、マジで済まん。俺も流石にカルラ達の行動まで止められねぇ。止めた時点で、攻撃魔法がこっちに向って飛んでくる可能性がかなり高いからよ」

「……ちょっと待って下さい。イオさんを好きになった子って、そんなに暴力的なんですか?」

そっと明後日の方を見るラルロスに射命丸が慌ててそう訊くが、彼はじっとりと冷や汗を流すと、

「基本的に『ライバルは蹴落とす』が、うちの貴族に共通している意識でな……恋の事なら、なおさらそれが顕著になっちまう。多分だが……イオには分からない場所で、かなりしのぎを削り合ってたと思うぜ」

「……そりゃ、イオさんも女性にうんざりするでしょうに。じゃ、こっちの世界に来た時点でかなり安心していたとみるべきですかね?」

「あー、イオはそう言う状態で合っても友人は大切にしようって考えてるやつだし。穏やかな気候のこの世界を直ぐに気に入った要因にはなったと思うが、流石に嫌いになったわけではないな。――ま、ちょいと例外があるけどよ」

イオの旅立ちの際に、マリアが猛反対していた事を思い返し、やや暗い表情になってそう呟く。

 その様子が気になった射命丸が首をかしげて、

「??どういう意味ですかそれ」

「――いや。何でもないさ。忘れてくれ……っと、これで大体イオの事は言ったと思うんだが。このぐらいでいいか?」

すぐさま元に戻ったラルロスに、射命丸も仕方なしに取材メモを広げ、

「……そう、ですねぇ。イオさんの事も大体聞き終わりましたし。異変の事はそもそも起こした御当人の口から聞かせてもらいましたし、いいです。じゃ、これで取材を終わらせてもらいますね!」

「おう、出来上がり期待してるぞ」

空を飛びあがろうとした射命丸に向ってラルロスが手を振りながらそう告げると、彼女はこちらを一瞬見てにっこりと笑ってから、空を駆け去っていくのであった。

 

―――――――

 

「……っと、徳利の酒がなくなったか。補充しに行こうかね」

幻想のブンヤを見送った後、ラルロスは徳利を持ってこようと立ち上がり、今までいた暗い木の陰から出ると、月明かりで幻想的に照らされた宴会場にやってきた。

 既に、何名かは酔って出来上がっており、真っ赤になった顔からしても、楽しそうにしているのだけは確かであろう。

「……随分と無防備だなぁおい。男が少ない事もあるんだろうがよ」

ぽつり、と惨状にしか見えないその空間にラルロスが呟くと、その声に応えが返ってきた。

 

「――まぁ、私達の流儀だし……基本的に襲われても何とか出来る奴がほとんどだしね」

 

よっと、声をあげながら近づいて来たのは、二本のまっすぐ伸びた角を持つ幼女。

 まあ、言わずと知れた伊吹萃香であるわけだが、ラルロスはその事は知らずに、

「……あー、アンタは妖怪?ってことでいいのか」

「おう。力比べだったら誰にも負ける事無き、『鬼』という種族さね。伊吹萃香ってんだ。お前さんの名前、教えてもらっても構わないかい?」

「おっとすまん。――ラルロス=クロム・フォン・ルーベンスだ。一応、ある貴族の家の生まれで、近々当主を任されることになってる」

近づいてきた萃香に手を差し出し、がっしりと握手を交わしたラルロスは、そう言って自己紹介を済ませた。

「で、俺に声をかけてきた理由は何だ?」

そのまま歩き始めながら、ラルロスが流し眼で萃香を見つつそう尋ねると、彼女は豪放磊落に笑い、

「なぁに。あの若き何でも屋が親友と認めるような奴なんだ、気になってもおかしくないだろう?」

「……まぁ、別に構わんがな」

少しの間が空いた後にラルロスがそう呟くと、萃香は楽しそうに笑って、

「そうそう。そんなに気にしなくとも、私は危害を加えるつもりはないぜ?ま、多少なりとも挑発くらいはするかもしれんが」

「堂々と目の前で言うことかよ……ったく、勝手にしろ。――おーい、永琳。酒、もらいに来たぜ!」

騒がしい中にあって妙に静かな一角を見つけ、ラルロスはそこにいる彼女たちの中心的なリーダーとも言える薬師の名を叫ぶ。

「あらあら……イオって子とは話さないの?そろそろ帰るつもりなんでしょうに」

「いや、さっき充分に話したからな。こうして無事が確認出来りゃ、俺もそんなに慌てる事はない。それより……酒、まだあるか?徳利の中が無くなって、ちょいと口がさびしくなってたんだよ」

「十分あるから安心しなさい。……それで、聞きたい事があるのだけれど……」

妙に真剣な眼差しをした永琳が、ラルロスに向って問いを発した。

 

「――あのイオって子。本当に人間?」

 

「……当人は、亜人種だとか言っていたがな。ま、あの姿にはちょいと心当たりもある。『龍人』と呼ばれる、俺達の世界において幻であり、最強の身体能力を持つ種族だとされてる種族なんだとよ」

ラルロスはそう言いながら、彼が今までイオに見せてもらっていた数々の古文書を挙げつつ、彼の肉体について述べていく。

「……そう、なのね。道理で、妙に鱗だらけの割には目も余り蛇のような形になっていなかったし。亜人種と言うなら、もっと彼の体に動物的な特徴があるかと思ったんだけど」

「そもそもが、通常の亜人種とは別格の存在だしな。見つかった古文書によりゃ、神代よりアルティメシアと言う女神に任命されて、世界を見守る役目を持った種族だったって、眉つばのような話もあるしよ」

聞いたところだと、不老不死に強大な潜在魔力。色々と持ってるらしいぜ?

 皮肉気にゆがめられた口の端を見つつ、それでも永琳は言葉を返した。

「なかなか、超人的な能力を持っているのね……でも確かに、私としては気になる部分ではあるわ。――特に、不老不死の部分は」

「そうだな……姫さんの事もあるしよ」

 

『――私は逃げた。永琳が作った「蓬莱の薬」を用いることによって、この世界を味わい尽くしたいがために、月から逃げたのよ』

 

かつてラルロスがなぜ彼女たちがこうして隠遁生活を送っているのかを聞いた時の、蓬莱山輝夜の言葉が、これである。

 萃香が傍らで大いに飲みまくっている姿に苦笑しつつも、ラルロスは徳利から酒を一献注ぎ、ぐいと御猪口を傾けた。

 そのまま、

「……正直、永琳には助かった。世界間転移魔法陣を組上げた時は、特にな」

「あら、別にお礼はいらないわ。私としても、魔法を用いた技術と言うのは結構興味があったから。結構面白い物も見れたし、私としてはかなりいい結果よ」

瞑目と共に微笑みながら永琳が言葉を告げ、ラルロスは思わず笑い声をあげながら、

「はっは、そりゃよかった。…………おっと、もう月があんなに上がってやがんな……しゃあねぇ。俺はもう帰るよ。イオによろしく伝えといてくれ」

と、既に傾きつつある満月を見ながらそう告げると、フッと音も立てずに永遠亭へと帰って行ったのであった。

 

「――ありゃ、ラルロスもう帰っちゃった?」

 

見送ってから数瞬。

 突然の声に永琳はもの思いから元に戻り、声をかけてきた人物――イオに目を向けた。

「ええ……ほんのちょっと前にね。……今回は悪かったわね。迷惑をかけてしまって」

「いやいや、別に構いませんよ。依頼でしたし、一応報酬も戴いていますからね」

慌てたように手を振りながらそう告げるイオに、永琳はフッと微笑むと、

「……そう。ならいいのだけど……。そう言えば、ラルロスから聞いたけれど……貴方、『龍人』と呼ばれている種なんですってね?その鱗の色からするに、何かの属性を司っているのかしら?」

イオの髪の色と同じ蒼紺色の鱗が目立つ彼の腕や顔などを見ながら、永琳がそう尋ねると、イオはおっとりと笑って、

「ええ、そうなりますね。僕は五行魔法の属性の一つである、『木』属性及び派生三属性の『風・吸・雷』の四つの属性の適性が、かなり高いと診断されました。この姿になってからは特に、その傾向が強いですねぇ」

「……ちょっと訊きたいのだけれど……『吸』属性とは何なのかしら?何となく、元の属性に関したものである事は分かるのだけど」

考えるような素振りを見せながら、永琳が再び尋ねると、イオはやや苦笑めいた表情になり、

「あー……元の世界でも、結構考えさせられた部分ですね。そうですねー……元の属性が木属性と言う事はさっき言いましたけれど、そもそも木は何を以て栄養となしていますか?」

謎かけのような、ある種答えにしかなっていないようなその問いに、永琳が一瞬考えてからすぐに目を見開くと、

「……土の中から、栄養素を『吸って』成長する……という事は、その吸属性というのは」

「そうです。――『対象の中にある体力を吸い尽くす』、それが主になる攻撃を行う魔法なんですよ。吸われた対象の体力は、そのまま自身の者へと換算されていくわけですね。ま、かなりえげつない魔法ではあると思いますよ。専用の魔法陣を組上げて罠として設置する事で、殆ど気づかれずに対象を死へと追いやることができますから。実際、僕がかつて潜っていた古代遺跡などは、そういう侵入者を徹底的に排除するような罠がたくさんあって、吸属性専用の魔法陣の罠もありましたねぇ……気づいていなければ、僕はこうしてここにはいられなかったこと請け合いですよ」

ニコニコとした表情のまま言い放つ彼に、思わず月の賢者でさえも表情を引き攣らせ、

「そ、そう……よく生きていられたのね」

と言うしか選択肢には存在しなかった。

 そんな彼女にイオは構うことなくその場に座って言葉をつづける。

「ラルロスの助けもありましたし、そんなには苦労もしませんでしたから。むしろ、楽しかった思い出しか、ありませんでしたねぇ……」

金色に輝く満月を見上げながら、イオは何処か寂しげな光を瞳にたたえつつ呟いた。

 その様子に、しばらく近くで黙っていた萃香が声をかける。

「……何でも屋、お前さん……やっぱり帰りたいんじゃないかい?」

「否定はしませんよ……でも、こっちにいると決めましたし。幾ら帰る手段が出来てしまったとはいえ、流石にほっぽり出していくわけにもいきませんしね」

萃香の問いにイオは瞑目してそう呟くが、彼女はぐいっと瓢箪にある酒を呷ると、

「自分にばかり嘘をついて、本当に会いたいやつに会えなくなっても私は知らないぜぇ?」

「……それ言われると、どうにも言い返せませんけどね……」

フッと苦笑めいた笑みを浮かべながらも、イオはただ手に持っていた徳利から直に酒を飲んで行くのみ。

 少しばかり沈んだ空気にはなってしまったが……それでも、真月の夜は過ぎていくのであった。

 

 




これにて、東方永夜抄は終結。
しばらくは日常が続くかも?


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第三十三章「共に遊ぶは人妖混じりし子等」

――壱夜明けた翌日。

 朝早くからイオは色々と台所で仕込んでいた。

「……うん、これならみんなも喜ぶかな?――ルーミア!こっちにきて味を確かめてくれる!?」

――無論、近く行われる秋祭りの屋台の準備である。

 居間にいたルーミアが、ととと……と台所に駆け込みながら、

「待ってた!この時を待ってたよ……!」

とえらく興奮したような表情で、イオの近くにある竈まで近づくと、ひょこっと鍋を覗きこんでみた。

 すると、そこには湯気ほのかに立ち上る、お湯に入った茶色い物体。

 何やら、肉のような香りもするし、はてこれはいったいなんだろうと目を丸くしたルーミアが、

「……イオ。これ、茹でたお肉の匂いがするけど、いったい何なの?」

「ありゃ。こういうのってまだ知られてなかったか……フランクフルトって言うんだよ。豚肉を腸詰にしたお肉なんだけどね、これにマスタードやら、トマトのケチャップやらかけて食べるんだ。前に、マスタードとケチャップについては教えたでしょ?」

「うん……てことは、美味しい?」

きらきらと期待しているかのような眼でイオを見つめる彼女に、イオはにっこりと笑うと、

「もちろんさ、僕も結構これは好きだったねぇ。ま、万が一これがだめだった場合も想定して、切り分けて焼きそばとかに混ぜて食べる事も考えてるけどね」

「おおぉ……」

じゅるり、とよだれを垂らしているルーミアに、イオは苦笑すると、頭を撫でてあげながら、

「ま、とりあえず一本食べてみなよ。全部臭みとかはないように抜いてあるからさ」

「うん!いっただきまーす!」

恐るべきスピードでぱぱっと鍋の中から箸でフランクフルトをつまみ取り、大きな口を開けて一気に頬張る。

 ぱり、ぱり、と口の中で皮の部分が避けていくのを感じ取りながら、ルーミアがしっかりと味を確認した。

 と、いきなり眼を見開き、イオの方へばばっと顔を向けると、

「……イオ、これ……すっごく美味しい!」

もはや輝く笑顔になっている彼女の様子に、イオは安心したように溜息をつくと、

「――良かったぁ。毎度のことながら、結構不安になるんだよね」

ニコニコとしてそんな事を云うと、ルーミアはきょとんとして、

「いつもイオの料理は美味しいよ?皆、絶対食べてくれると思うんだけど」

「ん~……ま、色々とあるから」

純粋で優しい彼女の言葉に、イオはある事を思いながらもそっと彼女の頭を撫でてあげた。

 くすぐったそうに笑う彼女を見つつも、イオはそっと内心で思い浮かべる。

(……さて、長老衆たちはどう出てくるかな……)

恐怖の対象としてしか、イオを見てくれない彼らは今回の出場にどういいだすのか。

 阿求にきちんと要請された事であるとはいえ、やはり、長老衆がこの事に関して色々と言ってくるだろうことは間違いなかった。

(面倒な事だよねぇほんと。でも、人里で生きていく以上、どうしたって長老衆とのかかわりは避けて通れないし)

やれやれ本当に困ったものだ、とイオが内心溜息をついていると、がらがらと玄関の方から誰かが入ってくる音が響く。

 およ?とイオが不思議に思って台所へ続く暖簾を押しのけて玄関へ行ってみれば、そこにはとある人物が手持無沙汰に立っていた。

 一瞬イオは眼を丸くしたものの、すぐに立ち直って、

「……ありゃ、なんで君がいるのさチルノ。どうしたんだい?」

道中では襲い掛かってきた事もあった彼女に、イオはそれでも穏やかにそう尋ねた。

 すると、ばばっと彼女が顔を上げ、

「る、ルーミアがいるって聞いたんだよ!何か悪い事でもある!?」

「なんだ……そうならそうと言えばいいだけだろ?全く、ルーミア?友達きてるぞー」

「え、誰誰――――って、チルノ!おはよー!」

ばたばたと台所から玄関へとやってきたルーミアが、勢いのままにチルノへと抱きつく。

「ちょ!ルーミア冷えちゃうって!あたいの体のこと、知ってるだろ!」

「ええー、そんなの闇で全部吸い取っちゃえばいいだけだよー」

通常考えもつかないような事を言い出したルーミアに、イオは当初出会ったころと比べてみて、

「……なんか、最近とみにルーミアが賢くなってる気がするなー……気のせいかなぁ」

首をかしげてイオがそう呟くと、その声にルーミアがびくっとなってイオを見て、慌ててチルノの傍を離れて敬礼しながら、

「い、イオが留守の間勉強してました、サー!」

「いや、だから僕は将軍でないと言うに。……勉強?もしかして……慧音先生のとこでかい?」

「う、うん!妖怪の子供達にやってる授業があるの!ね、チルノそうでしょ!」

「お、おお?そうだぞうん!」

慌てているルーミアにつられるようにして頷いているチルノに、イオは深くため息をついてから、台所の方へと体を向け、

 

「――ルーミア。隠し事ある事は別に何も言わないけれど……どんなルーミアだって、ちゃんと僕は受け入れるからね?」

 

明らかに、何かに感づいているとしか思えないその一言と共に、彼は台所へと引っ込んで行った。

 思わぬ一言でルーミアが凍りつくのを見ながらも、チルノはキョトンとして彼女に、

「……イオ、行っちゃったぞー?いいのかルーミア?」

と声をかける。

 その声で我に返ったルーミアは、少しぎごちないながらもチルノへと笑顔を向けて、

「そ、そうだね……多分、大丈夫だと思う。大ちゃんいるんでしょ?さっさと行こう?」

そう告げると、彼女たちは楽しそうに何をして遊ぶかを言い合いながらカリスト宅を出て行ったのであった。

 騒がしい声が遠ざかるのを聞きながら、

「……全く。僕も結構甘いなぁホント。ま、ちょっと考えてみれば分かることだったよね」

――ルーミアが、一番僕の料理を食べているんだから。

 ちょっと、さびしそうな笑顔を浮かべながらも、イオは近日に迫る秋祭りの為に色々と仕込んで行くのであった。

 

―――――――

 

――さて、こちらはルーミア達一行。

 彼女たちが集まる機会は、実のところかなりあった。

――例えば、慧音が行う人妖の為の授業の時。

――例えば、チルノがいつもいる霧の湖にて。

――例えば、リグルがいる竹林の広場であったり。

 集まる場所も時間もバラバラではあるものの、一貫して彼女たちは共に遊びたいがために集まっている。

 ここ最近の異変が重なる事もあり、その度に彼女たちの仲間に誰かが加わって行くのが常であった。

「――ねぇねぇ、チルノちゃん。人里に行った時に噂を聞かなかった?何日か後に、人里で秋祭りやるって」

チルノの一番の親友を自他ともに認める、大妖精と呼ばれる妖精がチルノに向ってそう訊くと、

「う~ん……アタイは聞かなかったけどなぁ……ルーミアは?」

「私は聞いたよー?丁度、イオもそれで料理を作ってる最中だし」

のほほん、と幻想郷にあるどこでもない森林の切り株の上で、足をぶらぶらとしながらルーミアがそう告げる。

 何処か、近日に行われる秋祭りで食べまくることを想像しているのか、かなりよだれを垂らしていた。

「……ルーミア。すごくよだれ垂れてるよ?拭かなきゃ」

何時も常備しているのか、ハンカチを差し出しながら『昆虫王子』と仲間内であだ名されている妖怪――リグル=ナイトバグが苦笑している。

 その横で夜雀の妖怪であるミスティア=ローレライが、

「……むぅ、ルーミア。何でも屋ってそんなに料理が得意なわけ?結構プライド刺激されるんだけどなぁ」

等と言いながら、妙にイオに対して敵意を抱いているようだった。

 まぁ、それもむべなるかな。

 彼女はいつも幻想郷のどこかで屋台を引きながら、自慢の歌を歌いつつヤツメウナギの蒲焼を提供している人妖なのである。料理人としてのプライドは、当然のことながらかなり持っていると言って過言ではないだろう。

 そんな彼女にルーミアがふふん、と何故か不敵に笑い、

「そんなに気になるんだったら、一度イオの家来て一緒に食べてみようよ♪絶対、唸ること間違いなし!」

と、料理を作っている訳でもないのに胸を張っていた。

 くぅっ!とそれに何故かミスティアも便乗して、

「だったら、行かせてもらうよ!あたしゃ、料理に関して負けるつもりなんか全然無いんだからね!?」

等と、瞳に焔を宿らせ気炎を上げる。

 その瞬間、何処かで龍の青年がくしゃみするような気配がしたようにルーミアは感じたが、気のせいと思うことにした。

 

――そう言う感じで、この五人(?)の人妖がいつも集まるメンバーなのである。

 さて、今日の彼女たちの活動はと言うと……

「――よぉっし!じゃ、今日こそはあの真っ赤な御屋敷の方行って、中を探検するんだ!」

チルノがそう言ってルーミアの近くにあった別の切り株の上に乗り、そう宣言した。

 直後、

「えぇー……大丈夫なの?あそこ、吸血鬼の館だって言うじゃない」

ミスティアが不安そうにそう言い、

「チルノちゃん……美鈴さんに迷惑掛かっちゃうよ?」

大妖精がチルノを思いとどまらせようとして、いつも遊んでくれる門番の名前を出し、

「……僕、あそこには行きたくないんだけど。あの吸血鬼、僕の仲間をいじめてきたし」

リグルが、狂気に染まりかけていた偽月異変の最中の薄らとした記憶を引っ張り出しながら、文句たっぷりに言い、

「う~ん……イオに、あんまり危険な事はしないようにって、言われてるしねぇ」

と、ルーミアが大事な“家族”であるイオからの言いつけを守ろうとしてそう呟く。

 口々に危機や不安を隠しきれない彼女たちに、チルノはなぜか胸を張って、

 

「大丈夫!美鈴に言えば何とかなる……筈!」

 

ずここっと面白いぐらいにその場にいた全員がずっこけた。

「チ、チルノちゃん……流石に、美鈴さんでも無理があると思うよ?なんて言ったって、私達侵入者になっちゃうし」

「へ?しんにゅうしゃ?」

言葉の意味が捉えられなかったのか、大妖精の言葉にキョトンとするチルノに、大妖精があっと表情を変えてから、

「うん、私達が勝手に入っちゃ、怒られちゃうしか思えないってことだよ。ただでさえ、美鈴さんがあのメイド長さんにナイフで刺されてばかりなのに」

「私は、あの頃イオがいたから、お見舞いと言う事で入る事が出来たけどねぇ。そうじゃなかったら、普通は入れないと思うよ?」

最近、智慧をつけ始めてきたルーミアと、元より妖精達の中では断トツの頭脳を持つ大妖精の二人によって否定され、チルノはうぐぐ……と唸ってから、

「じゃ、じゃあどうすればいいのよ!?あたい、絶対あの屋敷に入りたいんだい!」

「……そう言われてもねぇ……ルーミアちゃん、何か考え持ってない?」

「…………そう、だねぇ。ん~……あの屋敷にいる、妹の方の吸血鬼と仲良くなりたいって言ったら、怒られるかな?」

考えに考えたルーミアの一言に、一斉にその場にいる人妖達が息をのんだ。

「……あの、狂気にまみれた、妹の方の吸血鬼と?ルーミア、それ一番危険だって分かってる?」

忌避感も露わに、リグルが苛々としてそう言うが、ルーミアには確固たる持論があるようで……

「う~ん……イオが言ってたんだけど、いつもその妹の方の吸血鬼と弾幕ごっこやって行くうちに、どんどん普通の女の子になって行ったんだって。だから、ちょっと怖いけど話す価値はあるかもしれないよ?イオも、男が相手するより女の子が相手している方が本当はいいかもしれないって言ってたし」

「……ルーミア。どんだけその何でも屋を信じてるのさ。そいつ、人間だろ?」

「ううん、正確には人間じゃないんだって。亜人種って言って、動物的な部分を持ってる種族で、本当の人間じゃないそうだよ?実際、私もイオの体から、なんか不思議な気配を感じた事があるもの。それに、多分刀を使うだけなら最強だし」

リグルの不審そうな声に、しかしルーミアはけして戸惑うことなくリグルの言葉を否定する。

 とはいえ、リグルもそんな些細な事はどうでもいいようで、

「そんな細かい事は知らないけどさ、でもあいつ人間の味方してるんだろ?だったら、信じる必要もないんじゃない?」

「あ、リグルそれは違うよ?イオの立場って何でも屋だから、妖怪も人間も何もかも同じように接するんだ。だから、どちらかと言えば霊夢に近いかもね」

「……あの、傍若無人な巫女とぉ?なんか、いまいち信じられないなぁ……」

不信たっぷりなリグルに、大妖精がそこでまぁまぁ、と宥めるようにして、

「と、とにかくルーミアの作戦でやってみようよ。もしかすると、私達に仲間が増えるかもしれないし!」

「……狂気たっぷりな妹吸血鬼が、仲間、ねぇ。ある意味、箔が付きそうではあるよね」

ミスティアがやや苦笑めいたものを浮かべながら、チルノに向ってそう呟くと、

「でも、やる価値はある!絶対、成功させるんだ……!いくよ、皆!」

チルノの号令と共に、本日のチルノたちの活動は始まったのであった。

 

―――――――

 

「――え?妹様と仲良くなりたい……ですか?」

ぱちくり。

 そう形容するしかない表情で、美鈴が彼女たちに向ってそう尋ねると、代表である大妖精が頷いて、

「ええ、噂で、此処の吸血鬼の人には、妹さんがいると伺ったんです。みんなと話し合って、もしかしたら友達になれるかも知れないって思ってここに来ました」

大妖精らしく丁寧な物言いで、彼女は美鈴に向って訴えかけた。

 しかし、美鈴はちょっと困ったように頭をかくと、

「……う~ん……ちょっと、私の一存では答えきれませんねぇ……分かりました。ちょっと咲夜さんを呼んで「――呼んだかしら、美鈴」……っと、もう来られましたか」

昼日中に突如として現れた咲夜に、思わず美鈴が驚きながらもそう呟く。

 すると、メイド長はじろり、といつも突貫してやって来る彼女たちを見やって、

「なぁに、また貴女達この屋敷を探検しに来たの?何度も言うけど――」

「いや、それが今日に限って違うみたいですよ。何だか、妹様と仲良くなりたいんだとか」

彼女の言葉を遮り、美鈴が困ったように笑いながらそう告げると、咲夜は驚いたように目を見張った後、

「……普段から馬鹿だと思っていたけれど……やっぱり、貴女達は馬鹿だったのね」

「な、何を言うんだ!あたい達の何処が馬鹿なんだよ!?」

ぷんぷんと余りの言われようにチルノが怒ったが、彼女は溜息をついた後、

「噂で聞いているのなら、当然妹様の様子についても知っているわけでしょう?馬鹿としか言いようがないわよ」

ま、ここ最近はイオのお陰で普通になってくれているけれどね。

 ぽつりと付け加えられたその一言に、大妖精ががばっとうつむいていた顔を上げ、

「だ、だから来たんです!ルーミアが、イオと弾幕ごっこやっている間に、普通の女の子に変わって行った事を教えてもらえたって言っていましたから!」

「……その言葉、本当なのかしら?」

再び驚いた様子でルーミアを見つめる咲夜に、ルーミアはしっかりと頷いて、

「そうだよ~?イオ、いつも此処の図書館に行って妹の吸血鬼と遊んでるって言ってたから~」

「……もう。イオ、もう少し考えて話しなさいよね……」

何時の間にか漏れていた屋敷の内情に、思わず咲夜が頭に手をやりつつ呆れていると。

 

『――構わないわ、咲夜。その子たちを中に入れてあげなさい』

 

突如として、本来吸血鬼として寝ている筈のレミリアの声が、宙に響き渡った。

「お、お嬢様!?まだ、起きられていたのですか!?」

恐らくは念話であろう彼女の魔法に、思わず咲夜がそう叫ぶと、

『ウフフ……運命を覗いてみたら、何だか面白いことになっているからね。妹の友達になってくれると言うんだ……言葉通りにしてあげた方が、フランの為にもなる』

「か、かしこまりました……」

気配が消え去ると同時に、咲夜はやや面持ちを不審な物に変えつつ、チルノたちに向って、

「……仕方ないから、中に入れてあげるわ」

「やった!」

「ただし!!」

歓声を上げる彼女たちに、しかし咲夜は厳しい声音で、

「一回でも屋敷内で暴れたら……その時は、覚悟しておきなさい!」

「うん、分かった!早く中に入れさせて!」

本当に分かっているのか、若干浮かれているようなチルノの言葉に、何やら咲夜が言いたそうな表情だったが、主に言われた以上は職務を全うするのみと意識を変え、

「ほら、さっさとついて来なさい。言っておくけれど私からはぐれたら、即迷子になるから」

「「「「「はーい」」」」」

仲良く手を挙げ返事する五人組に、思わず美鈴が笑ってしまい咲夜に睨まれるのであった。

 

――――――

 

「――うわ~……真っ暗だねぇルーミア」

「相変わらずとも言えるけどね~。ねね、メイド長……イオ、普段は此処で何をしてるの?」

大妖精の言葉に頷きつつ、ルーミアは同居人の動向が気になるのか、咲夜に向ってそう問うた。

 すると、日中であるために窓を閉めているメイド長が、

「メイド長言わない。……そうね、いつもイオはあの白黒の撃退をしてもらっているけれど、その他にもパチュリ―様に魔法の事で訊いていたり、妹様と弾幕ごっこで遊んでいたりしているわね。まぁ、騒がしいのはほぼいつもどおりだけれど……特に、妹様と弾幕ごっこで遊んでいるときが、一番騒がしいかしら」

と、意外にも丁寧に答える。

 その事実に目を丸くしつつも、ルーミアはあえてその事には触れずに、

「そうなのか~……妙に、イオがすすけた状態になって帰って来る日があったけど、そう言う理由からだったのか~」

と、納得の声を上げた。

「……何で、煤けるんだよ?」

そう尋ねたのは、リグル。

 彼女の方はどうやら、普段やっている弾幕ごっこでどうしてその状態になるのかが気になっているようで。

 その言葉に咲夜が一瞬言い惑いかけるが、

「……ま、端的に言って弾幕ごっこの範疇に収まっていないからでしょうね。私も、偶にあの状態の妹様と戦った事はあったけれど、そう言うときは大体威力の事なんか頭にはない状態になっていらっしゃるから」

「……ルーミア。やっぱりやめておいた方が良かったんじゃない?結構怖くなってきたんだけど僕」

青ざめた表情でルーミアに提言するリグルだったが、ルーミアはそれに頓着せず、

「大丈夫だよ~。――多分」

「その一言で台無しだよ……!!」

がくり、と膝をつくリグルに、しかし味方は居らずどんどん先へと進んで行く一行。

 仕方なしに後を追ったリグルであったが、そこでチルノが、

「大丈夫!もし弾幕ごっこになったとしても、あたい達なら何とかなる!」

「どっから出て来たのさその自信!?」

すぱーん!といい音と共に、何処からともなく出したハリセンでリグルが突っ込んだ。

「あ、あはは……ミスティア。ちょっと面白くなって来たね」

「どこがなのよ……あたしゃ、まだ死にたくないし。はぁ……ま、覚悟決めるしかないかね」

苦笑している大妖精と深いため息をつくミスティア。

 どうにも、彼女たちの役割と言うのはわりと決まっていることらしかった。

 

 そうして歩いて行くうちに、イオがこの館に来て最初に訪れた館主室までやってきた一行。

 ドアにつけられたプレートの文字が読めないチルノに、大妖精が、あれは館主室と読むのだと教えていると、咲夜がドアをノックして、

「……お嬢様。五人組を連れて参りましたが」

と声をかけた。

『――入りなさい』

その声が返ってくると同時に咲夜がそっとドアを開くと、後ろに向って、

「……貴女達、お嬢様に失礼のないようにね……特に、蟲と氷妖精は」

「分かってる!おとなしくしてるもん!」

「……言われずとも。あの晩に既に負けを認めてるし意味ないしね」

それぞれが咲夜の警告にそう返すと、その様子に大丈夫だろうかと思いつつ咲夜が中へと招き入れる。

 

「――ようこそ、吸血鬼の館へ。ま、ちょっと予想外ではあったわね……特に、そこの蟲妖怪は」

艶然と笑い、リグルを見やる机上のレミリアに、リグルはふんと鼻を鳴らし、

「別に……チルノの無茶ぶりに付き合っているだけだ。本当だったら、僕はこんなとこには来てないよ」

やや苦々しげな表情でそう言い放った。

 その様子に思わずといったようにレミリアが笑い、

「あはは!確かにそうかも知れないわねぇ……ま、あの晩の事は異変の事もあったし、少々急いでいたからね。酷な話だろうが……運が悪かったとしか言いようがないわ」

「……ふん、もういいよ。誰だったか、偽月異変の所為で妹の方に影響出るからと、姉が頑張っていたらしい位の事は聞いた。蟲達の事は結構恨んでるけど、どう考えても邪魔だっただろうし、何も言うつもりはない」

そっぽを向くようにしてレミリアにそう告げると、リグルはすっかり黙り込んでしまう。

 と、そこへ慌てて大妖精が声を上げた。

「あ、あの!今日ここに来たのは……此処の妹さんと仲良くなりたいと思ってきたんです!ルーミアがイオさんから聞いたところによれば、妹さん此処に来る魔理沙さんやイオさんと弾幕ごっこはするけれど、紅魔館以外にいる人たちとは何も接点がないんだって教えてもらいました。だから、良ければですけど……」

言葉の途中でレミリアが先程の笑みを消し、真剣な眼差しになっていることに気づきどんどん尻すぼみに言葉が消えていく。

 やや緊張したような面持ちの大妖精に、レミリアはふぅ……と息をはくと、

「……正直に言うわ。あの子が今、狂気に彩られることなく普通の吸血鬼として在り続けていられるのは、そこの宵闇が言ったように、イオとそしてあの白黒がよく弾幕ごっこをしてくれていたおかげなのよ。特に、イオはあの子の能力が発現する直前をよく見計らって手首をうまく斬り飛ばしてくれているから、紅魔館にあまり被害が行っていない。しかも、弾幕ごっこの途中でもフランに対して兄が妹に接するような態度でい続けてくれたから、そうなったの」

「……お嬢様。そこまで仰って宜しいのですか?」

やや、眉根を寄せるような表情になった咲夜が、そう主に問いを発するが、レミリアは首を振って、

「幾らなんでも、事実を曲げるような事は言うつもりはないわ。ましてや、うちの妹と仲良くなりたいと言ってくれているような者ならば特にね。――まぁ、そう言う訳だから、イオとも話していたのよ。特定の人物だけに留まらず、他の人妖達ともうまく付き合えるかどうか、ね」

妹の為に、ただレミリアは誠意を以て話し続けた。

 その様子に初めの予想では騒ぎそうだったチルノがすっかり押し黙り、他の人妖達もなかなかに真剣な眼差しになっている。

 そんな中、チルノたちの間でブレーン役を担っている大妖精が再び声を上げた。

「えと、だったら私達がその、妹さんと仲良くなりたいと言ったのは……」

「ええ、端的に言えば渡りに船、と言えるわ。私達にとってはね」

「(だ、大ちゃん……渡りに舟って?)」

思わずチルノがこっそりと大妖精に小声をかけると、

「(うん、都合が良かったってことだよ、チルノちゃん)……でしたら、妹さんと会わせて戴いてもよろしいですか?」

同じように小声で返した彼女は、しっかりとした眼差しでレミリアを直視しつつ、問いを発する。

 その大妖精の様子、そして他の四人も思い思いにしっかりとした眼で見つめてくるその様に、レミリアは瞑目をすると、

「ええ……紅魔館の主として要請をするわ。是非とも、妹のフランドールと仲良くなって頂戴ね?」

「……正直、今日は御屋敷の中を探検する心算だったけど、でも、あたい決めたよ!アンタの言うとおりにする!」

きっぱり。

 妖精らしく純粋に、フランと友とならんがためにチルノは宣誓するのであった。

 

――――――

 

「……ようやく、ここまで来れたわね……」

咲夜に連れられて退室していった五人組を見送ってから、レミリアは深い吐息と共にそう呟いた。

 そして、ややぐぐっと背伸びをするとそのまま館長室から出て、自室へと戻っていく。

 その道中、レミリアはある事を思っていた。

(……フランには、本当に悪い事をしたからね……幾ら、狂気の所為でとはいえ、家族を閉じ込めるだなんて……どうにかしていたとしか言いようがないわ)

かつて、自身が最愛で最後の家族の一人である妹を忌避し、毛嫌いし、恐怖の感情で以て見ていた過去。

 あの時の自分を思い出せば思い出すほどに、レミリアは自身が憎く感じられてならなかった。

(望まぬ能力も、狂気に彩られてしまった精神も、何もかもあの子の責任じゃあないのに……責任であると勘違いしたのが、私の一番の、罪)

しかも、閉じ込める事が最善なのだと、最も勘違いしていた想いは、フランにとってはどうしようもないほどに最悪の選択だったのだ。

 その故なのか……フランは、自室から出る事を許された今でさえ、大図書館や、イオの来た時は厨房に行くこと以外では、自室に閉じこもるばかりだった。

――すべては、『家族に迷惑をかけてはいけない』という思いから。

「……はぁ、駄目ね。もう、フランはあの頃とは違う。イオもいるし、あの白黒もいる。咲夜も、パチェもこぁもいるんだ。その上、噂を聞いても友になりたいと言ってくれる者まで現れた。……これ以上は、望めないほどに最高の結果だ」

首を振りながら、レミリアはそう呟くと自室に戻る足を速めるのであった。

――赤の絨毯が色濃く燭台の光に照らされる廊下を、鈍い靴音が響いて行く――

 

――――――

 

「――ね、ねぇメイド長。此処が、さっき姉の方の吸血鬼が言ってた、フランドールって子がよく来る場所なの?」

――さて、こちらはチルノたち+α一行。

 目の前に広がる大図書館の蔵書の数々に、思わずといったようにリグルが呟いた。

 目を完全に丸くしているルーミア以外の面々に、咲夜は深くため息をついて、

「だから、メイド長と呼ばないで頂戴。――ええ、此処がヴワル大図書館よ。イオも、妹様もいつも此処で読書をしたり、魔法の勉強をされていたりしているわ」

ちらり、と文句を言いつつもリグルに向ってそう答える。

 そして、再び館主室の前で見せた真面目な表情になると、

「お願いだから、妹様に悪影響になるようなものはやめてね?イオのお陰で穏やかになりつつあるけれど、やっぱり不安だから」

「……大丈夫だよ。私、イオからおやつにって渡されたお菓子とかもあるし、遊んだ後で一緒に食べる事も出来るし!」

楽しそうに笑いながらルーミアが胸を張ってそう告げると、咲夜はそれでもやや不安そうな表情で、

「……そう、だったら後で紅茶も持ってくるけれど……」

と言いつつ、五人組をいつもパチュリ―が座るテーブルの近くに案内すると、

「それじゃ、頼んだわよ?パチュリ―様、今日は少し騒がしくなるかもしれませんが、申し訳ありません」

「……ま、何となく話の流れは分かっているから、構わないわ。成功したら、ちょっとお祝い事になりそうな感じだしね」

ぺらり、ぺらり、と頁をめくりながら、『動かない大図書館』はそう言って薄らと優しく微笑む。

「それに、いつもこちらの方で魔理沙が侵入してきた場合に備えているから、イオを呼び出す事も出来るし」

「ん~?あれ、今日はイオ、秋祭りの仕込みに掛かっている筈じゃ?」

家を出る前のイオの行動を思い返しながら、ルーミアがキョトンとしてそう尋ねると、パチュリーは苦笑して、

「何でか知らないけれどね……イオ、どんな用事があったとしても、すぐにこちらに駆けつけてくれるのよ。おかげで、結構助かっているわ」

「ふ~ん……そうなんだ~」

何となくではあるが、イオがあの時かなりの大けがを負って養生していた事を思い返してみると、パチュリ―に返しきれないほどに恩があると感じているのではないだろうか。

 ルーミアは最近よく回るようになった頭でそう考えながらも、

「……じゃ、チルノ。妹の吸血鬼の方、もしかすると今はまだ眠たい時間かも知れないし、のんびりと待っていよう?パチュリーに訊きたい事があれば、大体の事って分かる事が多いから、勉強にもなるだろうし」

「え!?いきなり此処で待つの!?」

ぎょっとしたようにリグルがルーミアを見て叫ぶが、ルーミアは動じることなく、

「だって、さっきも有ったでしょ?姉の方の吸血鬼がこの朝の時間に起きてることに、メイド長さんが驚いてたの。う~んと確かね、慧音先生が吸血鬼は元々夜が行動する時間帯だって言っていたし、結構明るい頃にいるってことがあり得なかったんだと思う。そうなると、妹の方も当然吸血鬼だから……」

「……うん、そうだね。まだこの時間帯は寝ているかも」

「……なんだよ、だったら夜にこればよかったじゃないか。緊張してて損した」

むっすぅ、とすねた表情でそう呟くリグルに、大妖精は苦笑して、

「仕方がないと思うよ……なるべく早くに、ふらんどーるだったっけ?その子と会って話できる時間を確保しておかなきゃ」

「そうだ!なるようになる!」

「それで死んだら元も子もないからね!?」

スパーン!とハリセンでチルノの頭を引っ叩きながら叫ぶリグル。

 そのまま、チルノを正座させて説教を始めてしまった。

「……ありゃりゃ。どうやらリグル、結構ストレスため込んでいたみたいだねぇ……」

「あわわ……チルノちゃんが大変な事に」

苦笑するミスティアとおろおろしている大妖精。

 そんなカオスな状況の四人を放り、ルーミアはパチュリ―に向ってある事を訊ねていた。

 

「……何ですって?闇を用いた魔法?」

「うん。どうせだったら、今のうちに習えるようなものあるかなって思ったんだ」

「貴女……それを習ってどうするつもり?場合によっては、拒否させてもらうけど?」

何処か、心の奥深くまで見透かすような、そんな視線と共にパチュリ―に言われ、ルーミアは迷いながらもその一言を告げる。

 

「――イオの、お手伝いをしたいんだ」

 

「……ふぅん。それはまたどうして?」

ぺらり、ぺらり、と常人では計り知れないほどに速読を行いながらも、パチュリーは訊ねた。

 その視線は、時折魔導書の方を見ていながらも、しっかりとルーミアも見ている。

「……えっと、笑わないでほしいんだけれど……やっぱり、美味しい料理をいつも作ってくれるから、かな」

普通であれば、それは幼き少女の余りにも純粋な思いの塊。

――だがしかし、

「……ん?……――!?貴女、もしかして……!」

その一言だけで、パチュリーが何かに弾かれるような勢いでルーミアを見やった。

(まずっ!バレた!)

まさか、自分のこの一言だけで気づかれると思わなかったルーミアは、慌てて手を振りながら、

「や、やっぱりいい!妹さん、探してくる!」

そう叫ぶと一目散に走り出す。

 あとから、

「こぁ、その子を捕まえなさい!」

「ふぇ!?わ、分かりました!」

何時にない召喚主の鋭い声にビクンと反応し、慌てたように小悪魔が一直線にルーミアに迫った。

「な、何でもないのに何で追っかけてくるの!?」

「馬鹿を言いなさい!貴女、自分の力が前よりも増している事に気づいているのでしょう!?」

ルーミアの叫び声に、パチュリ―が相も変わらず鋭い声でそう叫ぶ。

 すると、次第にその騒ぎを聞きつけたのか、ばたばたと言う音と共にチルノ達がやってきて、追いかけられているルーミアを発見すると、口々に驚いたような声を上げた。

「る、ルーミア!?どうしたんだよ!」

「ちょ、パチュリーさん!どうしてルーミアを追っかけているんですか!?」

「とんでもないことに今気づいたからよ……!」

空を駆けつつ追いかけるパチュリ―が、何時にないほどに真剣な表情と声で叫び返す。

「と、とんでもないことって一体何なんです!?ルーミア、私達の友達なんですよ!?」

たまらず大妖精が声を張り上げるが、図書館の賢人たる七耀の魔女は苦笑めいた表情と共に、推測を述べた。

 

「……全く、どうして今日まで気づかなかったのかしら。貴女元々……大妖怪の一角だった存在なんでしょう!?」

 

その言葉に、ルーミアは体を強張らせて動きを止める。

「あ!や、やっと捕まえられましたぁ……」

そのすきを逃さず、小悪魔が身を躍らせて彼女を抱き締め、ようやくにして突発的な追いかけっこは終了したのであった。

 黙り込んだままのルーミアに、チルノは近づきながら不安そうに彼女を見つつ、声をかける。

「……ルーミア、大丈夫?」

「……パチュリ―。どうして、そう思ったの?」

だが、ルーミアはチルノに言葉を返すことなく、小悪魔に抱えられたまま俯いた状態でパチュリ―に問うた。

 その様子に、小悪魔の前にまでやってきていたパチュリ―が溜息をつき、

「イオの料理を一度でも食べたものであるならば、彼の料理が持つ力は当然のこと身に覚えがあるわ。かくいう私も、そしてこの紅魔館に住む者であれば、一度は必ず食べた事があるからね。だからこそ、力がわき出てくるような感覚を、忘れたりはしない」

だったら、毎日のように食べ続けていた貴女は?

 鋭く、確信もった問いをパチュリーは発する。

「なんで、バレたかなぁ……イオにも、此処に来る前に明らかに分かっているような発言もらったし。私、隠しきれていると思ってたのに」

「……実際、貴女の隠蔽は素晴らしいものだったのは確かね。私達があの紅霧異変を起こした際に、霊夢と戦った様子を水晶球で眺めていたけれど、そんなに妖力を持っているようには感じられなかったし、こうしている今も、貴女はうまい具合に隠しきれている」

だけど、そもそもどうして力を隠していたのか、それが気になるわね。

 油断なく普段使用している魔導書を抱えながら、パチュリ―がそう尋ねると、ルーミアは自嘲気味に笑って、

 

「あはは……ねぇ、私が元々封印されていた存在だったと知ったら、皆はどう思う?」

 

「……どういう意味、それは?」

流石のパチュリ―も、その言葉に不審を覚えたのか、いぶかしげな表情になってそう問うと、ルーミアはなおも笑って、

「言葉どおりだよ。だって私、『幻想郷にとって危険な存在』と言う理由で、封印されたんだから。チルノたちは覚えていないかなぁ……私が、リボンを付けていたの」

そう言って彼女は何もないショートボブの金髪を揺ら揺らと揺らす。

 その言葉で、大妖精がある事を思い出したのか、はっと表情を変えて、

「あ、そう言えば……ルーミア、前に御札のような模様がついたリボンつけてた……」

「!?……誰に、封印されたの?」

その言葉に、パチュリーが語気荒くルーミアに詰問した。

そして、彼女が答えたその言葉に驚愕することになる。

 

「……う~ん……そうだね。数え切れないほど昔だったけど……幻想郷の、始まりの巫女……かな」

 

「待ちなさい……貴女、本気で言っているの……?」

愕然とした様子でパチュリーがそう尋ねるが、彼女はいつの間にか顔を上げた状態で、さびしそうに笑うのみで、何も話さなかった。

 その事が、どうしようもなく事実であると賢者に悟らせる。

――だが、賢者は直ぐに我に返った。

「ふぅ……後、もう一つだけ訊くわね?ルーミア……貴女は、力を取り戻してどうするつもりなの?」

もし、幻想郷に復讐を企んでいるのなら……親友とその妹の為にも、大いに力を振るうつもりでパチュリーは問う。

 ピリピリとしたその空気に当てられ、チルノたちも思い思いに構えた。

 そして、彼女の答えを待ち――

 

「――え?別にどうもしないよ?」

 

――聞こえてきた言葉に、皆揃ってずっこける。

「……本気で言っているのかしら?」

流石のパチュリ―でさえずっこけ、思わず苛々とした調子でそう尋ねた。

 すると、ルーミアは苦笑して、

「だってねぇ……幻想郷を滅ぼすなんてことしたら、イオに大目玉食らっちゃうもの」

美味しい料理も食べられなくなっちゃう。

 いかにもルーミアらしいその言葉に、だぁああ!とリグルが喚き、

「君、もうちょっとシリアスな発言とかできないの!?言うに事欠いて料理優先とか、あり得ないでしょ!!?」

すぱぱーん!

 音高くハリセンでルーミアを引っ叩き、眼を吊り上げて叫ぶリグルに、あははっと楽しそうに笑い、

「いや~そう言われても、イオの料理本気で美味しいんだから。仕方ないでしょ~?」

「ええい!その呑気な面が妬ましい……!」

本気で焦っていたと思しきリグルが、ぷんぷんと怒りながら何故かチルノまで一緒に正座させて説教を始めてしまう。

 その様子に、今度こそ安心をしたのか、ミスティア、小悪魔、そして大妖精がホッと安堵の溜息を洩らした。

「……まさか、身近な所で地雷があったとは思わなかった……」

「ほんとだよねぇ……ったく、ルーミアに何があったのか知んないけどさ、ちゃーんと、私達受け入れるつもりなのに……全く、ホントに人騒がせな」

「私、凄く近くにいましたし……死ぬかと」

思い思いに愚痴を言い合いながら、日中は過ぎていくのであった。

 

 



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第三十四章「連立ち行くは人妖の友たち」

やっと、本当の三十四章をお届けすることができます。
ご迷惑おかけし、本当に申し訳ありませんでした。
というわけで、お詫びになるかは分かりませんが、今回の話はネタ回でありんす。
笑って頂ければ幸いであります。


――夜。

 半月照らす下で、紅魔館はゆっくりとその時を動き出そうとしていた。

『――ふぁ……よく寝た~』

ある時は地下室にて。

『……ふぅ。今宵は……まぁ残念な半月だけれど……いい晩になりそうね』

ある時は館主室にて。

『よぉーし、夜になったぞー!』

『……チルノちゃん、流石に大声は出さない方がいいと思うよ?』

『じゃじゃーん!イオの作ってくれた転移魔法陣―!こ・れ・で、イオの作ってくれた夕食を食べまーす!』

『なにぃ!?あの何でも屋の料理だと!ルーミア、ちょっと一口だけ食べさせてよ!絶対私が勝っている筈なんだから……!』

『落ちついてミスティア!何か目がおかしなことになってるから!』

『――はぁ。ま、こんな晩も偶にはいいかもね、こぁ』

『あはは……そうですねぇ』

ある時は大図書館にて。

『…………何か、私忘れられているような……』

ある時は、正門前で。

『ふぅ……さて、そろそろお嬢様達が起きられる時間帯だけど……大丈夫かしら、あの妖怪たちは』

ある時は厨房にて。

 ゆっくりとではあるが……彼女たちが邂逅する時間が、すぐそこまで迫っていたのであった。

 

「――さて、夜になったわけだけど……」

そう言ってパチュリーは自身の座るテーブルの上を見渡し、ぽつりと呟く。

「……見事なまでに遊びまくったわね」

「え、えへへ……」

「笑いごとじゃないわよ」

愛想笑いをしているルーミアに、テーブル上に散乱する遊び道具(イオ謹製のチェス盤やオセロ等)を指し示しながらパチュリーは突っ込んだ。

「全く……いくら貴女がイオのお陰で頭が良くなったからって、大妖精と一緒にボードゲームばかりするのは何故なの?全く、おかげで進行が気になってしょうがなかったじゃない」

「意外に邪魔してた!?」

思わぬ一言でリグルが吃驚したように声を上げるが、パチュリーはふん、と鼻を鳴らすと、

「仕方がないでしょう?普通、妖精と言う存在は自然の存在であるが故に純粋で、かつ何も考えずにあるがままに存在する筈なのだから。チルノや貴女の様に智慧をいくらかなりとも付けている事の方が、かなり珍しいを通り越して不可思議に近いのよ?その事……貴女達は分かっているのかしら?」

 

「全然!」

 

スパーン!

 考えなしに何故か胸を張って言いきったチルノに、リグルからハリセンを頂戴される。

 そのまま再び説教へと移行していった二人を放置し、パチュリーは大妖精に向って再び尋ねた。

「で、貴女は分かっているの?」

「……正直に言って、私はそれ程難しく考えていませんけど……でも、なんて言うか普通じゃない、と言う事は分かります。だって、他の妖精の皆と会っても、怖がられたりすることがほとんどですから」

まぁ、こうしてチルノちゃんとそして他の皆に会えただけでも幸せですけどね。

 苦笑しながら大妖精がそう答え、その言葉にパチュリーは瞑目すると、

「なら、大事にしておきなさい。どんなに時が経とうとも、友人と言うのは得難いものであるし。……話がそれたわ。まぁ、そう言う事もあるから、ルーミアもよく考えて行動しなさいね?イオは、気付いていても自分から言わない限りは突っ込みはしないと思うから」

「……うん。分かったよパチュリー」

帰った時の事を考えているのか、やや沈んだような表情でルーミアがそう答える。

 その時だった。

 

『――あれ?パチュリー……その子たち、お客さん?』

 

「おっと……今晩はかしら、それともお早うかしら、フラン」

ひょこっと飛びだした金髪紅眼の少女に、パチュリーは何処となく面白がるような雰囲気と共にそう尋ねる。

 その言葉に、フランは笑うと、

「どちらかって言うと、私はおはようだね!……でも、本当にどうしたのその子たち?」

と、途中から不思議がるような表情でパチュリ―にそう訊くと、

「フフ……貴女の、友達になりに来たそうよ」

静かな微笑みを浮かべながら、パチュリ―がそう答えた。

「……え?」

思わぬ一言でフランドールが眼をぱちくりさせたその時。

 

ババッ!と目の前にいた五人の少女たちが一斉に構えた。

「冷たく光るは氷の力!『湖上の妖精』チルノ!」

ッドン!と天を指差すポーズになったチルノ。

「…………へ?」

びしっと決めたチルノに、フランが驚きで目を点にした。

 だが、彼女たちは止まらない。

「全てを闇で覆い尽くせ!『宵闇の妖怪』ルーミア!」

ズビシッと鳳凰のポーズになるルーミア。

「う、動かすものは無限大!『清らかなる黄風』大妖精!」

恥ずかしがりながら、大妖精がよく分からないポーズ。

「操るは全ての蟲達!『闇に蠢く光の蟲』リグル=ナイトバグ!」

やや頬を赤らめた状態でマントを翻らせるリグル。

「私の歌を聴け!『夜雀』ミスティア=ローレライ!」

羽ばたきのポーズでビシッと決めたミスティア。

 

そうして、五人が思い思いのポーズを取ってから、一気に中央に集合すると、

 

『――幻想郷戦隊、人妖レンジャー!!』

 

余りに直球な戦隊名と共に、どどーん!と花火が上がる幻影が、フランドールには見えた気がした。

 ぽっかーん、と口を開けた状態で固まったフランドールに、チルノがダメ押しとばかりに叫ぶ。

「あたい達、新たにフランを仲間にする為にやってきた、遊びの遊びによる遊びの為の集団だ!宜しく!」

「……え、えと、宜しく?」

思わず挙動不審になりながらフランドールが言葉を返したが、すぐさまパチュリ―に食ってかかった。

「ちょっと、どういうことなのパチュリー!私、こんなの聞いてない!」

「……あら?おかしいわねぇ……レミィから、すでにフランには話が通っていると聞いたのだけれど?」

「お姉さま――!!?」

混乱することしきりなフランドールに、パチュリーは内心にやりと笑う。

(……もちろん、話が通ってるなんてのは言われていないけれどね)

だが、その方が一番面白い気がしたのだから仕方がなかった。

 ついでに言うならば、こんな面白いを通り越して爆笑になるようなポーズの考案なども、すべてパチュリーが行った事である。

 因みに五人組の方はと言うと……

「……ねぇ。流石にこれはないと思うんだよ僕は」

「……恨むよぅ、チルノちゃん……」

がっくりと失意体前屈になっている常識人タイプに。

「ふふふ、結構楽しかったー♪」

「あのポーズとか結構よさそうじゃないかい!」

面白ければいいという享楽タイプに。

「あたい、頑張った!」

一番の大真面目なのが逆に救われないタイプに分かれていた。

「えと、結局貴女達、どういうつもりで此処に来たの?」

未だに混乱している様子のフランドールに、チルノは胸を張りながら、

「言っただろ!あたい達、フランと友達になりにきたんだ!」

「……何で?」

再びキョトンとしたようにフランドールが尋ねると、キッとチルノが真剣な眼差しになって、

 

「一緒に遊びたいからだ!」

 

「っ!?」

思わぬ一言に、フランドールが驚愕で大きく眼を見開く。

 そんな彼女に構うことなくチルノは言葉を続けた。

「フランの姉の吸血鬼に、お願いされたのもある!でも、さっき大ちゃんとルーミアから色々と教えてもらって、アンタと仲良くなりたいって思ったんだ!」

眼を見開いたまま、フランドールはチルノの言葉を聞き続ける。

 その脳裏には、毎回パチュリ―に呼び出されるたびに図書館の警護にあたっているイオとの会話が、蘇っていた。

 

『――フラン。友達と言うのは、凄く得難い宝物だよ。何かしらの障害をも撥ね除けて友になりたいと言ってくれるような人は、特にね。だから、絶対逃がしちゃ駄目だよ?』

 

穏やかな笑顔と共に語ってくれた、あの龍の青年。

 彼は、誰かを思い出すようにしながら、彼女にそう言ってくれていた。

 その事を思い出しながら、

「……私、狂ってるって、みんなから言われているんだよ?それでも……いいの?」

「別にいい!あたいは今のアンタしか知らないし!どー見ても狂ってるようには見えないし!」

幾ら普通の精神状態へと移行している状態であるとはいえ、フラン自身もまだ自分に対して自信が持てないでいたが故の発言に、だが、チルノはあくまでもきっぱりと純粋なまでの思いで以て対峙する。

「(……ふふ、チルノちゃんカッコいいよ)私達もね、今のフランちゃんが噂と違ってる事はもう知ってる。それに、ルーミアも……色々となんでも屋さんから教えてもらっていたから、貴女の事を誤解する事は絶対にしないよ」

大妖精が、チルノの様子を微笑ましそうに見ながらフランに告げ、

「……正直言って僕は君が怖かったけどさ、でも、チルノたちが心配でもあるし……それに、君の今の様子見てるとどうにも怖くなくなっちゃったしね。友達に、なるよ」

「そうそう!私達が揃えば、結構何でも出来ちゃう気もするしねぇ!」

ややぶっきらぼうにリグルが、陽気な声をあげながらミスティアが、フランを囲むようにして告げ、

「うふふ、フラン。逃げられると思っちゃ駄目だよ?結構、私達しつこい方だしね?」

おどおどとしたようにフランが最後の一人であるルーミアを見れば、ぱちっと片目ウィンクと共に宣告された。

 だが、フランはまだ、不安を隠しきれないでいる。

「ど……どうしよう?」

自身がかつて狂気に彩られた生涯であった事は、理性をなくしかけた状態であっても覚えていた。

 けたたましい笑い声をあげながら、姉を、魔女を、メイドを、そして門番でさえも傷つけていた、あの時。

 恐怖に彩られた姉の眼が、特にはっきりと鮮明に脳裏に描き出された。

「あ、あぅ……」

じわり。

――本当に信じてもいいのか。

――心震えるような言葉を言っておきながら、自分を見捨てるつもりじゃないのか。

 そんな事を考えながら、狭い紅魔館の世界しか知らないフランは、自身に友が出来る事をまだ疑っていた。

 涙が目尻に浮かぶのを感じながらも、彼女は必死になって親しい誰かに助けを求めようと視線を彷徨わせる。

――だが、フランの背後から、誰かがふわりと両腕で彼女を抱きしめた。

 

「……フラン。貴女……やっぱり、あの時の事を覚えているのね……」

 

誰よりも愛しくて、誰よりも怖くてならなかった姉が、ひどく優しい声で彼女に声をかける。

「大丈夫よ、フラン。イオもいる。あの白黒もいる。私達もいる。だから、友達が出来ることに怯えてはダメ。元々、私はもうあの事を気にしてはいないわ……それよりも大きかったのは、貴女をあんなところに閉じ込めたことへの罪悪感よ。ずっと、ずっと閉じ込めてごめんなさいね」

背後のレミリアが、穏やかな声ながらその実泣いていることに気づき、フランは涙目のまま目を大きく見開いた。

「許してもらえるとは到底思ってもいないし、それよりも偽月異変の事もある。私の身勝手で、貴女を再び閉じ込めることになったのは、本当に済まなかったわ」

「っお姉様……」

辛そうな表情になるフランに、しかしレミリアは静かに笑うと、

「――でもね。それでも貴女の事が一番に大好きだから。生まれ出でてきた貴女を、初めは確かに怖がったけれど……それでも、貴女のおねえちゃんだから」

 

――だから。もう部屋に閉じこもる事は、しなくていいの。

 

「……今、此処に誓うわ。部屋の外にも……いえ、紅魔館の外にも、私の付き添いなく遊んできてくれて構わない。その代り、ちゃんと門限は守ってね?パチェにも、十分、太陽に対する耐性をつけさせるように、ね?」

ぎゅっと抱きしめられながら、妹に優しい姉は静かに宣言する。

「お姉様……ありがとう」

流す涙を隠しもせず……フランは、静かに彼女に礼を告げると、そっと彼女の手を剝してチルノへと向き直り、

「……こんな私だけど……友達に、なってくれる?」

恐る恐るながらのフランに、チルノたちは笑顔になって頷いた。

 すぐさまフランに抱きついて頬ずりするルーミアや、ミスティア。

 笑顔でフランに話しかけるチルノや大妖精。

 そんな彼女たちを苦笑して眺めつつも、それでもホッとした雰囲気を出すリグル。

 思い思いの態度を取る彼女たちの中で、フランは確かに――笑っていた。

 

―――――――

 

――さて、翌日の夜。

「――で、そうして君たちは友達になれたんだね」

「うん!」

楽しそうに笑うルーミアに、しかしイオは少し苦笑すると、

「……ま、別に構わないんだけどさ。いつの間にか此処が集合場所みたいになっているのはどうなんだい?」

と、思い思いにくつろいでいる人妖レンジャーの面々に、そう呟いた。

「え?だってイオの所だったら一番安心だってお姉様が言ってたよ?」

「レミリアさん……幾らなんでも、いつも僕が転移するのに使う魔法陣で飛ばして来ても」

まぁ、道中を迷ってしまうかもしれないからなのだろうが……。

 キョトンとしたように見つめてくるフランに、しかしイオはまぁ仕方ないかと呟くと、

「でも……本当に良かった。正直なところ、フランが僕と魔理沙が訪れて遊ぶ以外はほとんど一人ぼっちだったからさ。心配していたんだよ」

「……えへへ。お陰さまで、こうして皆と一緒になれたよ」

穏やかに微笑みながら撫でてくるイオに、フランはくすぐったそうにしつつも笑っている。

 と、そこへミスティアが、

「……うぅ、ねぇ何でも屋。どうしてアンタ、こんなにおいしい料理作れるのさ……?」

と、目前に広がるイオの作ったカルメ焼きやら、りんご飴やら、とにかく縁日で出されているような御菓子類や食べ物を恨めしげに眺めながら問いかけてきた。

 余りにも憎々しげにそれらを見ている彼女に、イオは苦笑しながら、

「いや、そんなに恨めしげな眼で見てもねぇ……旅先で乾いたのばかりしか食べられなかったからとしか言いようがないかな。というか、この質問なんか既視感を覚えるんだけど」

とチルノやリグルが大人しくぱくついている様子を、微笑ましげに見ながらも突っ込む。

だが、ミスティアはその言葉に納得がいかぬようで……

「う~……こうなったら、ヤツメウナギの蒲焼で勝負するしか……!」

「いや、そもそも何で勝負みたいになってるの」

流石にイオもジト眼になってぱしん、とハリセンを取り出して突っ込みを入れた。

「あはは!ミスティア、私の言ったとおりでしょ~?イオの料理には敵わないって」

「……ルーミア、君が原因か。もう、そもそも僕の料理は、食べるだけでも力が湧くような仕組みになっているんだから、ちょっとは考えてほしいよ」

「え?何でも屋の料理、本当にそんな力があったのか!?図書館でもあいたっ!」

リグルが何かを途中で叫びかけたが、すぐさまルーミアに叩かれて何処かに連行されていく。

 その様子に苦笑しつつも大妖精は、ちょっと考えるようにしながら、

「でも、イオさん本来『木を操る程度の能力』なんですよね?……何で、料理にそんな効果が付いているんですか?」

「あはは……まさしく、その能力が関係しているんだけどね」

苦笑しながらイオが、以前パチュリーと話し合った結果を報告すると、一律にその場にいた全員が眼を丸くした。

「……あれ?でも今出ているお菓子って」

だが、そこで大妖精は違和感を覚えたらしく、目前に広がる御菓子類を見ながらイオに目を向けると、

「ま、普通は考えないだろうけどねぇ……そもそも、砂糖って何からできていると思う?」

「え?……あ!」

「気づいたみたいだね。そうだよ、『サトウキビ』っていう『植物』から作られているんだ。前に依頼で、本来だったら南国の植物なサトウキビを、どうにかして栽培していきたいなんて言う農家の人がいてね。僕も、ルーミアに作ってあげてるお菓子の為にも、砂糖が結構重要だったりしたから、この時だけは自分のルールを破って、品種改良をしたんだよね」

おかげで、幽香さんに思いきり半死半生の眼にあわされたなぁ。

 あっはっはと軽やかに笑うイオに、ルーミアに叱られて戻ってきていたリグルがジト眼になって、

「いや、笑うことじゃないだろ。フラワーマスターと戦ってそれだけで済んでたのが驚きだよ?」

「ま、それだけ僕が頑丈になれたってことなんだろうねぇ。何せほら、『龍人』だし」

自身の体に輝く、蒼紺色の鱗を見せながらイオがそう告げる。

おぉ……と、イオが使用した『照光』の魔法で照らされた鱗の美しさに、人妖レンジャーの面々が感嘆の息を漏らしていると、ふと、チルノがイオに訊ねた。

「――ねぇねぇ。その鱗って剥がれるの?」

「……言うに事欠いていきなり何を言い出すんだ君は」

思わぬ一言に顔を引き攣らせてチルノに突っ込んだイオであったが、

「え?だってどう見ても蛇とか魚の鱗に見えるんだもん。あいつらって確か脱皮するんでしょ?」

「チルノちゃん……幾らなんでも、イオさんに失礼だよ?」

苦笑に染まった表情を向けつつ、大妖精がチルノに向って突っ込む。

 イオはと言うと、あまりの言われように完全に頭を抱えてしまっていた。

「……種族変えてから初めて言われたよそんな事。もしかして、君たちもそう思ってたりする?」

リグルやミスティアに目を向けながらイオがそう尋ねると、流石にそれはあり得ないと感じていたのか、苦笑しつつも首を振り、

「いや、幾らなんでも蛇とは間違わないよ。あいつ等、結構独特な匂いを持ってるし、そもそも何でも屋の体からは、それとは別の雰囲気が感じられるから」

「私もそうだねぇ。蛇だったら美味しそうな感覚をアンタに感じる筈だもの」

「うん、鳥らしい意見をどうもありがと。……じゃ、結局大丈夫だね?」

鳥妖怪らしい言葉を告げるミスティアに表情が引き攣ったものの、すぐにイオは安心したような表情になって溜息をつく。

「ねぇねぇ、イオ。ルーミアからも聞いたけどさ、今度の秋祭り、屋台を出すんでしょう?どんなのを出すつもりなの?」

と、そこへフランが目をきらきらと輝かせながら、近日の秋祭りでのイオの動向を問うた。

「……わりと洒落にならない誤解があった気がするけどまぁいいや。――んとね、基本的にこういう御菓子類を中心とした食べ物屋さんかな。阿求からも、是非開いてほしいって頼まれたしね」

「へぇ……やっぱりそうだったんだ。ルーミアからも聞いてたけど、本当においしいし、当日は期待せざるを得ないかな」

リグルがまじまじと目の前にあるカルメ焼きを見ながらそう呟くと、

「う~ん……気を付けなよ?幾ら妖怪が入っても危険でないなら大丈夫だとはいえ、流石に警戒もされるだろうし」

特に、フランはね。

 行きたそうな眼になっていたフランが、その言葉でキョトンと眼をぱちくりさせる。

「え?どうしてなの?」

「……まぁ、フランが吸血鬼であることと、やっぱり噂になっている事が問題なんだと思うよ。もし、それとばれないようにしたかったら、やっぱり妖怪の力である妖力やその羽を無くして人間の様にすることも、後は外見年齢を高くすることもありだね。そこまですれば、誰もフランだとは気付かないだろうし」

考えるようにしながらイオがそう告げると、フランも考える表情になって、

「……お姉様、許してくれるかなぁ……外に出させてくれるようになったけど、やっぱり『人間には気をつけなさい』って口を酸っぱくさせて言ってくるし」

やや不安そうなその表情に、イオはちょっとむぅ……と顔をしかめて、

「流石に、僕も外見を変化させられるような魔法には縁がないしねぇ……ま、光の屈折を利用した幻程度だったら、水を薄く張って作る事は出来るんだけど。パチュリーさんのだって、よく魔法を勉強しないとそこまでの領域には至らないだろうし。何より儀式を用いた物が多いから、そうそう簡単にお手ごろで変身できるようなのは……ん?」

最後の辺りで何かに引っ掛かったのか、妙にしかめっ面になって、

「そういや、どっかで噂聞いたような……何だったかなぁ……」

とん、とん、と頭を指で叩くようにして自身の記憶を探っていると、リグルが少し思いついたような表情になって、

「もしかしたら、あそこだったら出来るかも知れない。――『永遠亭』」

「え?それって偽月異変を起こしたところなんだよね?」

いつも届けられる『文々。新聞』の中にあったその単語に、フランが吃驚したようにリグルを見やる。

 姉であるレミリアが、あの晩、

『フラン、ごめんね……今日の月、どうもおかしくてならないの。貴女が覗きこんだら、狂気が再発してしまうかもしれない……』

とても悲痛な表情になって言っていたのをよく覚えてもいた。

 フランの問いにリグルが頷きながら、

「うん、まあそうなんだけど。確か、あそこは今じゃ、人里に薬を卸しているらしいよ?もしかすると、あそこでフランの希望に沿う様な薬、作ってもらえるかも」

「……ああ、思い出した。うん、確かにリグルの言う通りだね。ここ最近、通っている八百屋さんのとこで聞いたけど、何でも兎の耳をつけた女性が薬を卸しに来てるってさ。それがかなりの薬効を持ってるって評判の噂だよ」

まあ、月の技術を用いているらしいからね。

 指を立てながら告げたイオに、それまで黙っていたフランが頷くと、

「……ん、行ってみたい。流石に、人里で変に噂になりたくないし」

決意を秘めた表情でフランがそう宣告すると、チルノがすくっと立ち上がって、

「じゃ、あたいも一緒に行く!フランの事だし、なによりも何か楽しそう!」

「……ま、僕も行こうかな。ちょいと、気になる事もあるし」

ラルロスの事を思い出しながらも、イオがそう呟いた。

「??気になることって?」

ルーミアが不思議そうにそう尋ねると、イオは少し笑って、

「まあね。――僕の親友が、今そこで帰りの為の準備をしているんだ」

僅かなさびしさを感じつつも、そう告げるのであった。

 

―――――――

 

――『迷いの竹林』。

 偽月異変から後、あの凶悪なまでの竹などを使用した罠は消え去り、てゐが鈴仙に悪戯するだけに作った落とし穴ばかりがぽこぽこと開いている状態であった。

 無論、その落とし穴さえもイラッとはさせられるが命には別段異常もない為に、大抵の人は汚れるのも覚悟して竹林内に存在する『永遠亭』へと足を運ぶこともある。

 そんな竹林に、イオと、フランを始めとする人妖レンジャーの面々は、相談をした次の日の夜に訪れていた。

「……結構、竹って特徴的な匂い持っているんだね」

すんすん、とフランが興味深そうにしながら、闇の中にある竹達の匂いをかぐ。

「色々と役に立つものも作れるんだよ。僕だと、『竹光』という竹を削って作った木刀のような物も出来るし、水筒にも遊び道具にもなるし。筍もとれるから」

さく、さく、と地面を踏み締めながらイオがフランに向ってそう解説すると、

「へぇ……そうなんだ」

とやや興味津々といったような表情で、フランが呟いた。

 既に、秋祭りはあと三日後と近づいてきてはいるが、それでも薬が作られるのにはまだ余裕もあるため、一行もどこかピクニックのような様相になっている。

 しばらくそんな状態で歩き、ようやく永遠亭が見えたそんな頃に、声が掛けられた。

「――あら、誰かと思えば……トンデモ剣士じゃない。やたらと集まっているようだけど、何か用かしら?」

永琳が何処かから帰って来たばかりなのか、玄関先で鈴仙と会話している状態から、イオたちが来ることに気づいたらしくそう言葉をかけてくる。

 そんな彼女たちにイオは一礼した後、

「ええ、ちょいと僕はラルロスへ。貴女に用があるのはこの子たちなんですよ。多分、噂で聞かれたと思うんですけど、近く人里で秋祭りをすることになってましてね……」

「――イオ、待って。こういうのは自分からちゃんと言わないといけないと思うの」

ちょいちょいとイオの服の袖をひっぱりながら、フランが真剣な眼差しでそう遮った。

 およ?とイオは少し眼をぱちくりとさせたものの、すぐににっこりと笑って、

「……どうやら、自分で説明したいみたいなので。ラルロス、まだ此処で魔法陣をいじっていますよね?」

「ええ……鈴仙に案内させるわ。こちらは任してもらっても構わないわよ?」

ふふ、と永琳が何かに気づいているかのような素振りで笑いながらそう告げると、イオは彼女に一礼し、一人だけ鈴仙とともに中に入って行く。

 あとに残された彼女たち人妖レンジャーに、永琳は改めて向き直ると、

「お初にお目にかかるわね……この永遠亭の薬師、八意永琳よ。イオが先程言いかけていたようだけど……貴女達、確固たる目的があるようね?」

「うん……永琳先生に、私がお願いしたい事があってきたんだ。私の名前はフランドール=スカーレット。紅魔館館主、レミリア=スカーレットの妹です。よろしくね?」

しっかりとした意志持つ眼で以て永琳を見つめ、フランがそう頷くと、月の最高峰たる調合師はにっこりと微笑み、

「ま、玄関先で立ち話もなんだし、お友達と一緒に中に入りましょう?」

と、永遠亭の中へといざなうのであった。

 

―――――――

 

「――へぇ。あの子が異変の時に来ていた吸血鬼の妹なのね」

「ああ。昔はどうだったのかは知らないけれど……今のあの子は、心やさしい子だよ。レミリアさんが大事に思うのもよく分かるね」

とっ、とっ、と足音を木造の廊下に響かせながら、鈴仙とイオは会話を交わしていた。

 既に両者は異変の事は引きずっておらず、こうして会話を交わせる程度には知り合いの関係へと発展しているのである。

「でも、そうだったらあの姉が一緒に来ていないのが不思議ね?」

「まぁね……二日前ぐらいに、ルーミアとさっきの人妖の子たちが紅魔館に行った時に、紆余曲折あって友達になれたんだけどね、その時にレミリアさんから許可をもらったそうだよ。『自分の同伴がなくとも、幻想郷を回る事が出来る』ようにね。そう言う事もあって、今回フランが此処に来たのはある薬を作ってもらう為なんだ」

「……あの見た目だしねぇ。ま、うちの師匠だったら問題ないと思うけど。何せ、『薬を調合する程度の能力』を持ってるし」

「…………聞くからに、ものすごい能力持っているよね永琳先生。僕のいた世界の医者が聞いたら、かなり渇望する位の代物だよ?」

魔法、そして学問が進み進化してきた医療技術だが、それでも完治できない病気もまた存在した。

 人類の医療技術は、切り傷や刺し傷などの単純なものから始まり、現在では内臓の調子を測定する技術も生まれている。

 とはいえ、完全に細胞レベルにまで干渉出来るような薬など有るわけもない訳で……

「薬を調合するって単純な言い方ではあるけれど、でも、どんな薬でも作ることが出来ると言う事だけはわかる。そうなると、姿を変えさせる薬も妖力を抑える薬も当然作れるという事でもあるわけだ」

「そうねぇ……実際、医療向きの能力である事は確かよね。……毎回実験台は勘弁してほしいけど」

ぼそ、と呟かれた最後の一言に、イオはちょっぴり表情が引き攣ったものの、聴かなかったことにして、

「ま、フランが自分で言うって僕に言ったわけだし、頑張る姿見守らせてもらおうかな」

そうと決まればさっさとラルロスに会いに行かなきゃ。

 やや、楽しげな様子でイオがそう呟くと、鈴仙も笑って、

「仲がいいのね貴方達って。ちょっとうらやましくもあるわ……ほら、こっちよ」

「ありがと。さぁて、今日はどんな夜になりそうかな」

如何なる技術によってか上部が輝いている廊下を歩きながら、イオは一直線に親友の元へと歩いて行くのであった。

 

「――ふむ。一時的に人になれる薬と、そのきれいな翼を消すための薬を、ねぇ」

「うん、秋祭りに行きたかったけど、私妖怪だし、人間に怖がられちゃうかもしれない。流石に、それだとお祭りを台無しにしてしまうから。因みに、此処にいる他の子たちもおんなじような理由で来たの」

真剣な表情でそう語るフランに、噂で聞いていたような狂気は見当たらなく、永琳はその事にやや感心の想いも抱きながら、薬師としての言葉を告げる。

「……確かに。私の能力であればその効果をもたらす薬も作る事は可能よ?実際、貴女の言葉を聞いて知識の中から探してみれば、そういう薬があるのも分かったしね。ただ、そうなると……一種類の薬を飲むか、もしくは二種類の薬を飲むかに分かれることになるわ」

「と言う事は、十分大丈夫ということなんだよね?」

チルノがやや、不安と期待とが入り混じった声を発した。

 その言葉にうなずきながら、永琳は尚も言葉をつづけて、

「ええ、そうよ。――まず、一つ目の一種類だけの薬と言うのは、端的に言ってしまえば、人里にいる人間の誰かに変身する薬。これは、貴女の要望にもある一時的な人間化と羽根を消してくれる薬ではあるんだけど、そもそも同じ人間が二人いたらかなり混乱を引き起こしてしまうから、危険な手段ね。それに、もしイオと一緒に回るつもりであるならば、その変身した人物が誤解を受けられる可能性もあるし」

「……実質的に一つになっちゃうね、それだと」

やや苦笑めいた表情を浮かべた大妖精に、フランはそれでもしっかりと頷いて、

「永琳先生。もう一つの方法でお願い。混乱を引き起こすのは不味いもの」

「ええ、分かっているわ。――最後の方法は、まあ、直球で言ってしまうとやはり人間化の為の薬と、翼を消し去る薬。だけどね……胃の中で混ざった時にどんな効果が発生するか、ちょっと判断がつきづらいのよ。狙ったとおりに行くか、もしくは別のものになってしまうか。正直、不安材料が大きすぎるわ。無論、薬の効果が絶対に残らないように制限時間のある薬を調薬しているけどね」

「……具体的に、混ざった時に起こる効果って何?」

「そうねぇ……とりあえず、普通に人間化して翼も消える場合と、人間化及び翼も消えるけれど、外見年齢が変化してしまう場合に大別できるかしら。鈴仙に使用した時の実験結果ではあるんだけどね」

さらりと人体実験を行っていた旨の発言をする永琳に、その場にいた一同は(よく分かっていないチルノはさておき)一様に表情を引き攣らせる。

 慌ててリグルが、

「(ねぇ、ホントに大丈夫なのこの人。聞くからに怪しい薬作っているようにしか聞こえないんだけど)」

「(私に言われても困るよ!ていうか、リグルが元々言いだしっぺだろうに!?)」

「(そりゃそうだけどさ!こんなことになるなら、あの動かない大図書館に言った方がまだましだった気がするんだよ!)」

小声で云い争うリグルとミスティアに、近くで聞いていた大妖精はますます表情を引き攣らせたものの、

「ふ、フランちゃん。どうするの?私、ちょっと怖いんだけど」

と、恐る恐るながらも声をかけた。

 その言葉に、フランは随分と悩んだ表情を浮かべていたが……

「――先生。お願いしていいかな?」

「……という事は、飲むつもりなのね?」

「うん。一応、命の危険もないようだし、その副作用の効果さえ気を付けていれば大丈夫だと思うから」

にっこりと、何処か覚悟を決めたような表情でそう宣言するフラン。

「そう……じゃ、今から作るからそこで待っていなさい。それで、他の人たちは?」

「あたい、飲む!」

「チルノちゃん!?」

手をはっきりと挙げ宣言するチルノに、大妖精が驚きの声を出した。

 だが、チルノはけしてその声にひるむことなく、

「あたい、いつも体が冷たいまんまだから、皆に触れるようになりたいんだ!」

「……チルノ」

結構真剣な理由で飲むことを決めた彼女に、リグルはやや複雑そうな表情で呟く。

「はい、じゃあ二人目ね。他はどうするつもり?」

「そ、それじゃ……私も」

大妖精が恐る恐る手を挙げ、

「ん~……私もそうしよっかな」

ルーミアが両手を広げながらそう告げ、

「……僕は、いいよ。幸い、いつも蟲の知らせサービスで人里には姿を知られてるし」

リグルはやや迷った末にそう答え、

「リグルに同じ。私、今回の秋祭りで屋台をやる心算だし、姿が変わってたらお客さん吃驚しちゃうから」

やや苦笑しながらミスティアが永琳に向かって告げた。

「ふむふむ……じゃ、結局フランの他には三人が薬を飲むことにした訳ね。了解したわ……ちょっと時間もかかるし、イオの所にでも行っていてくれるかしら?」

すらすらと、メモ帳らしき物に何かを書きつけながら、永琳が彼女たちに向ってそう告げると、何やらそれを覗き込みながら、

「……先生、いったい何を書いているの?何か、文字とは思えないんだけど」

一見して落書きにしか見えないその文字に、ルーミアがちょっと不思議そうな表情になりながらそう尋ねると、永琳はフッと笑って、

「そりゃあ、月で使われている文字なんだから分からないのは当たり前でしょう。患者の事もあるし、そうそう読まれたらたまらないわ。さ、イオの所にお行きなさい?」

「わかった~、イオの魔力、一応感知できるしそっちの方へ行ってみるー」

ぴょこん、と覗き込むのに使っていた患者用の椅子を飛び降り、ルーミアは他の人妖達と共に診察室を出て行くのであった。

 あとに残された永琳は、書きつけていたメモ帳を見ながら、

「さて、と……本格的な臨床はちょっと初めてになるけれど……まあ、何とかなるでしょう。鈴仙だと、外見がただ年をとったような感じだったのに対して、あの子たちの場合を想定しておかないとね……イオが怒り狂ったらたまったものではないし」

――幾ら死なないからだになっていると言っても……ね。

ぽつり、と呟くようにして誰もいない空間に、その声は響き渡る。

 あたかも、その様子はひっそりと誰にも知られる事がないようにという思惑でもあるかのようだった。

 

――――――――

 

「――やっほ、ラルロス。遊びに来たよ」

一方その頃。

 イオは鈴仙に連れられながら、彼の親友の所にまで辿り着いていた。

 ごちゃごちゃと魔法関連の書物が溢れる、現時点での彼の拠点には何やら魔力を感じさせる魔法陣やら棒状の物体などが散乱しており、どうやら近日に帰ることになったとはいえ、まだ調べつくしていない事があることを伺わせる。

「お?何だ、イオかよ。俺に用か?」

ガサガサと卓上で何かを漁りながら、ラルロスが見もせずにイオに向ってそう言い放った。

 なんら変わる所のない親友の様子にやや苦笑めいたものが浮かぶのを感じながらも、イオは首を振って、

「いや、今回はある妖怪の子たちの連れそいだよ。近く行われる祭りに遊びに行きたいって、ことでね。一時的に人間になれるような薬を求めてきたんだ」

積み上げられた普通の書物に腰かけつつそう告げると、やっとそこでラルロスが興味を掻きたてられたのだろうか、イオのいる方へと体ごと向けながら、

「へぇ……かなり珍しいんじゃねえか?妖怪が人間に迷惑かけないようにって動くなんざ」

「まぁ、ね。噂が噂だから。ほら、聞いたことない?レミリアさんの妹の事」

今日連れて来たのは、その子とあとは友達になった他の人妖達の子でね。

 ニコニコと笑いながらイオがそう告げると、何かを考えるような表情になった後、ああ、と声を上げて、

「こないだ来てたレミリアか。ま、あの後レミリアから宴会で会話はちょっとしたけどよ、そん時は妹らしい姿なんざ見なかったが」

「自分の力の危険度を自覚しているせいもあってね……最近まで、自室に閉じこもってたんだけど、さ。つい三日くらい前かなぁ……ルーミア達――さっき言った人妖の子たちね――が、紅魔館に突貫してほぼ強引に友達になっちゃったんだよ。いやぁ、最初聞いた時は眼が丸くなったよホント」

「成程な。……そうなると、今この部屋に近づいて来ているのはその子たちか」

ちらり、とルーミア達が近づいて来ている気配を感じているのか、その方角へと目を向けるラルロスに、イオは瞑目しながら微笑み、

「うん、そうだろね。多分、永琳先生から待つようにって言われたんだと思うよ。それよりも気になるのがね……」

ぞくり。

 一瞬にして剣呑な気配を放ち始めたイオに、ラルロスは苦笑を浮かべ、、

「……もしかして、分かっちまったか?姫さん達の大げんかに」

「分からない方がどうかしてる。やたら殺気が入り混じっていると思ったら……この気配、本当に殺し合いしている奴だよ。全く、ちょっと止めに行ってくる」

「……ホントは止めなくとも大丈夫なんだがな。ま、付き合うさ」

ばさり、と最高峰のローブと己が家の家宝である『ロードオブヴァ―ミリオン』と呼ばれる至高の魔法杖を手に持ちながらラルロスがそう告げると、イオも呼応するようにして二振りの刀たる双刀『朱煉』を改めて腰に据え付けながら、

「だね。ルーミア達には悪いけれど……ちょいと、本気で止めに行かなきゃ」

真剣な眼差しを、蓬莱山輝夜ともう一人の気配がする方向へと向けながら、イオは静かにそう呟くのであった。

 



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第三十五章「猛るは不老不死の姫たち」

微エロ注意報発令。
微エロ注意報発令。

そして、仄かに漂うラブコメ注意報発令。
……作者としていわせてもらおう……イオよ、爆発しろと。


 

「――やれやれ、ようやく近づいてきたか。毎回のことながら、騒がしいったらありゃしねえな」

「全くもって同感だよ。何が楽しくて殺し合いをしているのやら」

しゅたた……と竹林の中を駆け抜けながら、イオとラルロスは近づいてきた爆音に嫌そうな表情になりながらそう言葉を交わし合う。

 既に、彼らは部屋を出ており、三日月の薄らとした光が道中を照らす下を、イオが『照光』の魔法を用いるとともにラルロスと連れだって走っていた。

 次第に近づいている爆音からして、そろそろ着きそうなのは分かっているが、そもそもスペルカードルールが準拠されている筈のこの幻想郷内で、イオが戦うこと以外で人妖達が殺し合いをすることなど稀を通り越して、あり得ないと思っていたのだが……

「――ラルロス?いつから彼女たちはこうしているの?」

もはや怖い気配しか放たなくなっているイオの様子に、ラルロスは溜息をつきながら、

「……俺がこの世界にたどり着く前から、ずっと。いや、もしかすると何百年もやりあってるかもしんねえ」

「…………本気で言ってる?」

幾らなんでもあり得ないとしか言いようのないその言葉に、思わず剣呑な気配を霧散させながらイオが尋ねると、彼は頷いて、

「そもそも姫さん達は『蓬莱人』と呼ばれる不老不死の人間だからな……死ぬ事も老いることさえも無いんだ。なにせ、魂の形が固定されているみたいでよ、その情報に則って再生する仕組みになっているんだと」

「……つくづく、幻想郷はいろんな種族があり過ぎる。元の世界じゃ、幻想は真龍か、龍人くらいしかないのにさ」

愚痴るような言い方でそう呟くと、イオは一段と速度を上げ――

 

「――龍皇炎舞流、陸式……『蒼天、裂槍』……!!」

 

気を溜めつつ刀から気刃を撃ち出した。

 槍の突きを模ったその気刃が、空気を裂くを通り越し――衝撃波となって彼女たちに襲い掛かる。

「ぐぅ!?」

「きゃぁ!?」

悲鳴を上げながら吹き飛ぶ二人に、ラルロスはやや冷や汗を流しながら、

「おいおい、あれ致死傷になってねぇか?」

「大丈夫だよ。単純に空気を撃ち出したのと変わらないし。ま、この世界に来て能力が発現しなかったら、そうなってたのは確かだけどね」

油断なく身構えながらイオがラルロスに向ってそう答えると、

 

「――何処のどいつだ?私達の殺し合いを邪魔する奴は」

 

轟っ!と風が唸る音と共に、鳳凰が顕現した。

「……ラルロス。僕聞いていないよこんなの」

あきれ果てたような眼で、ラルロスを見ながらそう突っ込んだイオだったが、彼は仕方ないだろ、と言って、

「そもそも、俺が最初に止めた時は遠慮なく氷の中に閉じ込めた時だったからな」

「やれやれ……ラルロスも結構大概だよね」

苦笑するようにして呟き、イオは瞑目の後にカッと目を見開くと、

 

――気符『龍皇覺醒』――

 

自身の刀を一旦納刀し、手の中に現れたスペルカードをぐしゃりと力込めて握りしめる。

 ッドン!と気が体からあふれ出そうになる感覚を覚えつつも、イオはぐぐっと体内を循環させるようにして留めた。

「……おい、ラルロス。コイツいったい何なんだ?」

どうやらすでに知己であったらしい、白く長い髪を持ち服中に御札を模した模様が描かれているもんぺと白い服とを着た少女が、ラルロスに向って不機嫌そうな声で誰何する。

 だが、ラルロスは苦笑して、

「まあ……俺の親友だ。また姫さん達が喧嘩してるって分かったもんだからよ、止めに来たんだよ……『蓬莱の人の形』である、藤原妹紅さんよぉ?」

 

「――はぁ、余計なおせっかいねぇ……ラルロス、貴方もう知っている筈でしょうに」

 

ラルロスの言葉が放たれると同時に、もう一方からもう一人の声――蓬莱山輝夜の声が響き渡った。

 見れば、やや焦げ付いた跡が散見される状態の彼女がおり、こちらもやや不機嫌そうな表情である。

「わりぃが……眼と鼻の先で殺し合いをされちゃ、捗る筈の研究も捗らねえからよ。前回は一対二でやり合ったが……今回は、ちょいと違うぜ?」

にやりと笑うラルロスに、イオは溜息をつくと、

「そろそろ止めよう、ラルロス。秋祭りが近いのにこんな喧嘩してるバカ達を止めないとさ」

――いつまでも楽しい気分になんか、なりゃしない。

 やや冷ややかなその声に、目の前の蓬莱人たちが一様に青筋を立てた。

「……言うじゃないか、まだまだひよっこにしか見えない青二才が。幾年も生きる蓬莱人の相手を、十分務められる自信はあるんだろうなぁあ?」

完全にやくざにしか聞こえないセリフで、藤原妹紅が獰猛な笑顔を浮かべながらそう言えば、

「あら、二人とも私の獲物なのよ?妹紅、取るのはやや行儀が悪いんじゃないかしら?」

何かの力を秘めていると思しき、宝石のような輝きを放つ枝状の物体を持ちながらそう告げる輝夜。

「本音を言わせてもらえれば。なぜ、不老不死になった後で不毛な戦いを続けているのか大いに興味はあるけれど……貴女達が殺し合いしている様子はルーミア達の教育にも悪いし。申し訳ないけれどとっとと終わらせるよ、ラルロス」

「ああそうだな。前は思い切り力技で封印したけどよ、今回はコンビの妙美を見せつけてやるぜ?」

龍の青年と至高の賢人のクラム国最強のコンビが、蓬莱人に向って牙を剥いた……!

 

――――――

 

――その時、永琳は目を細め。

――その時、ルーミア達は漂い来る波動に、思わず身を震えさせ。

――その時、鈴仙はびりびりと震える大気に警戒を抱いた。

 

……そして、蓬莱人たちは。

 

「――ラルロス。あれやって」

「あいよ」

 

――強大無比な攻撃が生まれようとしている様を、今まさに目の前で見ていた。

「ぉぉおらっ!!」

させじとばかりに妹紅が爆焔を生み出し、彼らにぶつけようと画策するが、イオは後ろで魔法陣を展開しているラルロスの邪魔にならぬように技を繰り出す。

 

――弐式『断空貳撃』――

 

大気、そして竹林をも斬り裂く勢いで斬撃が空を舞い、鳥の形をとりし焔は一気に四つに分かたれた。

 斬撃の衝撃で吹き飛んで行く妹紅をよそに、

「はぁっ!!」

輝夜はスペルカードを手の中に顕現させ、大声量で宣言する。

 

――神宝「ブリリアントドラゴンバレッタ」――

 

古の物語に出てくる『龍の首の珠』を模した、輝く弾幕がイオたちを襲った。

 しかし、イオは慌てることなく静かに自然体に戻ると、

 

――漆式『青嵐華焔』――

 

龍皇炎舞流が漆式であり、極めし斬撃で以て全ての弾幕を斬り裂く。

「っ、しぶといわね……とっとと落ちなさいよ、似非龍神が」

「全くだ……此処まで面倒くさい奴等、初めてだよホント」

口々に罵って来る彼女たちに、イオはただ冷やかに笑うと、

「長く生きるだけ生きておいて、その程度の語彙しか持っていないの?だとしたら長生きするのも考えものだね」

暗に、年よりは黙っていろと言っているかのようなその台詞に、再び彼女たちのこめかみに青筋が立った。

 だが、彼女たちが行動を起こそうとしたその途端。

「――待たせた。いつでもやれる」

「じゃ、合図したらお願い」

強大な力と共にラルロスがイオに向って呟き、イオはそれに頷きながら八双に身構えた。

 明らかに先程の弐式を放つ構えを取っていることに気づき、妹紅が両手に焔を顕現させながら、

「させるかバカたれ!」

 

――不死『火の鳥―鳳翼天翔―』――

 

 鳳凰を模った弾幕が、彼らの元へと襲いかからんと唸りを上げるが、彼らは全く慌てることなく淡々として、

「――今だよ」

「おう。――『集え集え、この星に刻まれし最古の記憶。全ての始原よ、今こそ集いて彼の者を穿て――』」

「――龍皇炎舞流、最終奥義……!!」

 

――『虹之光輝(オーラバースト)』――

 

――『終焉:龍皇炎舞』――

 

「――からの合成!見ろ、これが僕たちの連携技――!」

 

――『虹之煌剣(オーラスラッシュ)』――

 

 五行魔法の全属性が付与された斬撃が今、唸りを上げて彼女たちに襲い掛かる……!!!

 

――――――

 

――轟音が遠く永遠亭にまで轟いたその時。

「……やれやれ。まさかとは思うけれど……」

以前にも感じたラルロスの魔力の波動、そして、もう一つ気の波動とも言うべきものを感じ取り、永琳は疲れたような表情になって、深いため息をついた。

「師匠……これって、明らかにあの二人ですよね?」

「でしょうねぇ……全く、ラルロスのお節介には困ったものだわ。姫様たちのは、もはや日常になっているのに……」

「というか、あっちから感じる波動、月にいたときに綿月依姫様がデモンストレーションでやった斬撃と同じくらいの圧力を感じるんですけど」

引き攣ったような表情でラルロス達がいる方向を見ている鈴仙に、永琳は内心、

(まぁそうでしょうね。何せ、ラルロスが言う五行属性全てが込められた魔法を放ったんでしょうし)

と感じられた波動から推測してそう思いながらも、

「……とりあえず、回収してきて。姫様達、もしかすると素っ裸になっているかも知れないし」

「!!いけない、急いで回収してきます!」

いつも輝夜と妹紅の戦いではそうなっている事を今更のように思い出し、鈴仙が慌てて彼らがいる方向へと一目散に駆けていく。

 

 さて、こちらはイオたちがいる現場だが――

――果たして、彼女たちはその言葉通りになっていた。

 

「――!?……!?ちょ、服!服を着てくださいよ!何で裸になっているんです!?」

戦いを終え、回収しようとしてイオが彼女たちに近づいた時に放たれたその言葉。

 ラルロスはその背後であっちゃぁ……と言わんばかりに顔を覆っていた。

「……わりぃ、イオ。いつも戦った後姫さん達はそうなるんだ」

「いやあり得ないでしょ!?服まで再生するんじゃないの!?」

混乱したようにイオがラルロスに向ってそう叫ぶが、彼はフッと笑って首を振ると、

「――あのな。魂の形を復元する形で再生してるとはいうけどよ、服まで魂の範疇に入るのか?」

「なん、だと……!?」

驚愕の表情でラルロスを見やるイオだったが、すぐさま顔をそむけることになる。

 なぜならば、ラルロスがいる方角から、輝夜が近づいてきたからだった。

「……ま、そう言うことね。にしても……貴方、女の裸見て何でそんなに慌てているの?ラルロスから聞いた限りだと、貴方、二十五歳だそうじゃない?その歳だったらもういわゆる懇ろになった子とかいるでしょうに」

輝夜が肌を隠すことなく、むしろイオに見せつけるようにしながら詰め寄ると、イオはその方角へ顔を向けずに喚く。

「悪いですか!女性から抱きつかれたりしたことはありますけど、そもそもそんな関係になった子なんて一人も――!」

「あらあら……これは面白い事を聞いたわ。ねぇ……妹紅?」

「そうだなぁ……あれだけ私達を痛めつけてくれたんだ……ちょっとはお仕置き、しないとなぁ……!」

同じように素っ裸になっている妹紅が、ニヤニヤと笑いながら輝夜とは別の方向からやってきてイオに詰め寄った。

 追い詰められたイオは顔を引き攣らせ、思いきり身を翻すと、

「!!さ、三十六計逃げるにしかずぅーー!!?」

全力、全開でその場から駆け去っていくのであった。

 その様子を頭に手をやりながら呆れているラルロスが、

「……イオ、お前そんな状態だと、本当に好きになった奴と全然触れ合えねぇぞ……?」

とほとほとと疲れたような声でそう呟いた。

――そこへ、

「おいおい……他人事のように言ってるが、お前も当然お仕置きだぞ?しかも……痛い方のなぁ」

「そうそう。私達の裸、ただじゃまからないわよ?なんて言ったって、この世においてかなりきれいな方だと自負しているしねぇ?」

ころころと鈴の鳴るような笑い声をあげる輝夜と、獰猛な笑顔を浮かべている妹紅の二人。

 だが、ラルロスはそちらを見ることなく、

「あー……チェンジで」

「「はぁ!?」」

驚愕の声を上げる二人に、ラルロスは溜息をつくと、

「いや、当たり前だろう?そんな恥ずかしげもなく全部見せつけるようなの……俺は好きじゃないんだよ。それに、もう一個言わせてもらうとだ……『年考えろ、千年以上生きてる婆ども』」

ぶちっ。

『はぁ、萎えるわー』

と言わんばかりのラルロスに、二人から糸の切れるような音が響いた。

「い、今なんて言ったのかしらねぇ……ラルロスぅ?」

ぴく、ぴくぴくとこめかみを引き攣らせながら笑顔で、外見上は少女である輝夜がそう尋ね、

「すっげえあり得ない単語が聞こえた気がしたんだがよぉ……?」

こちらはむしろ無表情になっている、同じように外見上は少女である妹紅が、ごごご……と気配を強めながら詰め寄る。

 

――だが、ラルロスは怯むことなく告げた。

「言ってんだろうが……『年考えろ、婆ども』」

「「おし来た戦争じゃワレえぇぇ!!」」

再び、轟音と弾幕が辺りを席巻していく。

 

「――ちょ!?何事!?」

丁度その場にたどり着いた、服を抱えている鈴仙があまりの惨状に思わず叫んだのは蛇足というものであろう。

 

――――――――

 

「――やれやれ。いったい何があったの?」

ラルロスの部屋に入った永琳は、そこでがくがくぶるぶると震えて座っているイオを発見し、呆れたような声でそう尋ねた。

 

――だが、しかし。

「おんなこわいおんなこわいおんなこわいおんなこわい…………」

ぶつぶつと青ざめた表情で何かを呟いているイオには全く以て聞こえていないようであり……

「はぁ……――ってい!」

「ぎゃふん!?」

永琳が深いため息をついた後に強烈な手刀を繰り出し、妙な悲鳴と共にイオが倒れる。

 シュゥ……と煙を上げているのが何となく幻視出来た永琳は、再び溜息をつくと、

「何をそんなに怯えているのか知らないけれど……そろそろ元に戻ってくれないかしら?貴方の連れであるルーミア達の薬が、もう出来上がっているのよね」

「…………あの、幾らなんでも扱いがひどいと思うんですが」

にょきっという音が聞こえそうな動きで、イオが倒れていた状態から身を起こしつつ永琳に抗議した。

 しかし彼女はしれっとして、

「あら、別に起こさないでも良かったのよ?だって、そのまま薬の実験台に使えるわけだし」

「なにそれこあい」

ややマッドが入った薬師の発言に、イオは再び青ざめながらそう呟く。

 そんなイオに頓着することなく永琳は明後日の方を見ると、

「さて、と……ラルロスはどうしたの?まさか、まだやりあっているのかしら?」

「あ。…………置いてきちゃいました」

はっとなった後にずーん……という音が聞こえてきそうなほどに、失意体前屈の状態でイオが呻いた。

「全くもう。ラルロスにも困ったものだわ……姫様たちのは、あれで日常になっているのだから、そんなに介入しなくてもよいと伝えてあるのだけどねぇ」

腕を組みながら永琳がそう困ったようにそう呟くが、イオはその事でちょっとモノ申したいことがある。

「いや、流石に何百年も殺し合いやってるなんて話、聴かされたら十分止めようなんて気持ちになると思うんですが」

ジト眼になり先程の体勢のままイオがそう突っ込みを入れるが、永琳はしれっとして、

「あら、しょうがないじゃない。元々、姫様が起こした厄介事が原因なんだし」

「……はぁ?」

思いもよらないその言葉に、イオの眼が思わず丸くなった。

 だが、永琳はそんなイオに構わず、

「それで、結局何があって貴方はあんなにおびえていたのかしら?傍から見て理解しがたい何かに遭遇したような表情だったけれど」

とやや強引に話題を転換させ、イオに詰め寄る。

「え、ええと……なんというか」

イオはその様子に思わず言葉を詰まらせ、あちこちへと視線を彷徨わせた。

……どうやら、永琳の様子につられたようである。

 内心安堵しつつも、永琳がイオの言葉を待っていると、

「……あの、お宅の姫様がた……露出狂の趣味でもあるんですか?」

「……はぁ?」

思わぬ言葉に、今度は永琳の眼が丸くなった。

 それから呆れ顔を覆うように顔に手をやりながら、

「いったいどうしてそんな言葉が出てきたの?貴方、ラルロスと一緒に姫様達の殺し合いを止めに行ったんでしょう?」

「止めに行った時に大技繰り出しちゃって。で、それで姫様達の服が吹っ飛んじゃったんですけど、その状態のまま、邪魔したお仕置きと称して詰め寄って来ました」

永琳の問いに青ざめた表情で真顔になって告げられたその事実。

「…………本気で言っているのかしら?」

呆気にとられた表情になり、顔から手を下した永琳がそう問い質すと、

「事実です」

「……はぁ。姫様には十分な教育を与えてきたつもりなのだけどねぇ……」

まぁいいわ。後で薬の実験台になってもらいましょう。

恐ろしい言葉をサラッと吐きながら、永琳はひとまず話題を転換させることにしたようだった。

「――とりあえず、フラン・大妖精・チルノ、そしてルーミアの四人に薬を調合して飲ませて置いたわ。貴方達の戦いが続いている間に出来たものだから、ね。此処まで轟いてきたから驚いたわ」

そう話すわりには表情はそれ程驚いているようではなく、イオはその表情に先程まであった事を淡々として伝えているだけであると思う。

 イオがそんな思考に入っているとは思いもせず、永琳は傍らにおいていたカルテという患者の事を記したものらしいものを手に取ると、

「結果としては四人とも彼女たちが望んだ通りにはなったけれど……ま、これは見てもらった方が早いかしらね」

「――え?」

最後の言葉がよく聞きとれず、思わず永琳に訊き返した所で、

 

「――イ~オ♪」

 

突如として後ろから誰かに抱きつかれた。

「…………は?」

思わぬ出来事、そして何やら聞き覚えのあるその声にイオは凍りつく。

 恐る恐る、肩越しに後ろを振り返った先には、見た事もない人物がイオに向ってニコニコとしながら抱きついて来ているのがよく見えた。

 肩甲骨の間にまで届くほどに髪が長く、黒のワンピースを着た、現在のイオの背丈と同じ位のその人物は、どうやらイオの知っている人物の様だが……。

 そこまで考えた所で、イオは驚愕の表情を浮かべた。

 

「――まさか。ルーミ、ア……?」

 

想像しているものより、遥かに飛び越えた結果で戻ってきた彼女に、ひたすら呆気にとられるしかない。

「うん、そうだよ~。大人になっちゃった♪」

「ええええ永琳先生!!?」

大声をあげながらイオはルーミアから飛び下がり、永琳に向って混乱しているかのように呼びかけた。

 しかし、至高の薬師はしれっとして、

「あら、何か問題でも?」

「いや、要望は叶ってますけど!大人になってますって!!」

「そうね。丁度、貴方の年と比べると少し……そうね、大体七歳ほど年下になっているわ。肉体的にはね」

「はぁあ!?」

次から次へと明かされる薬がもたらした結果に、イオは心底から驚きの声を上げる。

 だが、薬師はなおも悪びれることなく、

「元々、彼女たちが飲んだ薬は二種類あったのだけどねぇ……ま、副作用という事よ」

「分かっててやったんですか!?」

けして医療機関の人間がやっていいことではない事を平然として言ってのけた永琳に、イオは怒涛の突っ込みを入れた。

「まぁね。副作用とはいっても単純に外見年齢が変化するだけの代物だし、そんなに危険じゃない事は確かね」

「…………ふつう、副作用がないようにするのが常識では?」

「元々別々に作っていたんだもの。鈴仙に投与して実験進めてたら、こういう副作用が初めて分かったのよ?仕方がないわ」

「しれっと人体実験発言するのをやめてくれません……?」

がくり、と脱力したように言うイオであったが、そこで今までイオに飛び下がられてむっすりとしていたルーミアが、

「……イオ、なんで飛び下がるの」

と、彼らの話題に割り込んだ。

 そこで初めてイオはルーミアが不機嫌な状態になっていることに気づき、慌てた表情になると、

「いや、別にルーミアが嫌いになった訳じゃないんだよ?ただ、びっくりしちゃって」

と、何やら傍からして恋人が痴話喧嘩をしているかのような状態へと移行した。

「むぅ……私、結構頑張ったんだよ?」

「そ、それは本当にごめんね?流石に、知ってる子がいきなり大きくなったからさ」

平謝りに謝るその様子に、ふと、永琳が一言。

 

「……貴方達、付き合ってるの?」

 

「ぶふっ!!?」

突然投げ込まれた爆弾に、思わずイオが吹き出し咳きこむ。

「そ、そんなわけないじゃないですか!永琳先生も、この子が大人になる前の姿は当然分かってるでしょう!?」

ルーミアの両肩を掴み、裏返して永琳に見せつけるようにしながらイオがそう抗議すると、

「だって……傍からしてどうもそうとしか思えないんだもの。もうちょっと、周りや自分の言動に気をつけたらどうなの?ルーミアが大人になっている事は私が原因だからまだいいけれど……イオの言葉、へたれな男の言葉にしか聞こえないわよ?」

「…………」

がくり、と失意体前屈の状態へと移行したイオ。

 そこへ冷たくルーミアがジト眼になった状態で、

「……イオ、かっこ悪い」

ぐっさぁ!

 音たてて何かがイオに刺さり、イオはぐったりと倒れこんだのだった。

 

 



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第三十六章「共に歩むは秋祭りの夜」

――秋祭り当日がやってきた。
はてさて、人妖レンジャーはもとより、彼らのラプソディはどうなるのであろうか……?


――あれから数時間後。

 イオとルーミア、そして人妖レンジャーの面々は祭りの夜が来るまで、イオの家でボードゲームをしていた。

……主に、ルーミアVSフランという形で。

「……(カタン)」

「…………(タン)」

チェスとこちらの世界で言う所の戦略ゲーム。

 単純な動きながら、その実ある種の戦争ゲームと言っていいそのボードゲームは、何故か、始まりの和気あいあいとした状態から一気に白熱状態へと移行していた。

(…………どうしてこうなったし)

永琳の薬の副作用による、大人の姿になった薬を飲んだ人妖達に、イオはやや遠い目で明後日の方向を見ている。

 そんなイオは放っておき、とりあえず薬を飲んだことによる変化を述べていこう。

――まずは、当初から薬を飲むことを希望していたフラン。

 癖っ毛のある金髪のショートボブはそれなりに伸びて肩ほどまでになり、幼くも可愛らしかったその容貌は、大人の姿になった今、とんでもなく妖艶なものへと変化していた。一度イオがそれを見たとき、思わず彼女に見とれた事を追記しておく。

 一時的に人間となっている所為か、普段背中にあった輝く宝石を吊下げた翼は消えているが、紅い瞳、そして鋭い八重歯は微妙に残っているようであった。

 ある種、半妖の吸血鬼とも見れるであろう。

――次に。氷妖精という、氷の力を具現化していることによって常時体が冷たく、他の者からは触れられない体になっていたチルノ。

 彼女はその望みの通りに一時的に体が人間のそれとなり、大妖精と触れ合える事が出来ると分かってかなり楽しそうにきゃっきゃと大妖精と戯れていた。

 そんな彼女であっても、大人と化している事は避けられておらず、普段着である薄い藍色のワンピース姿は大きくなった姿に順応しているが、その中身は二十代の女性とそうは変わらない(水色のような髪も変わらず、である)。

 傍から見て子供のような大人にしか見えない彼女に、正直戸惑いしか覚えなかった。

――次に、そんなチルノと戯れている大妖精。

 緑色のサイドポニーの髪はそのままに、彼女も大きく成長していた。

 チルノの様に能力は持っておらず、人間と化したおかげで妖力さえも無くなった彼女は傍からして普通の異人にしか見えず、イオは後が怖いと正直にそう思う。

 戯れている二人の妖精だったチルノと大妖精は、象徴たる羽はなくなった。

 なくなったが、チルノ・フラン・ルーミアの三人が持つ、元々の能力(あらゆる全てを破壊する程度の能力・闇を操る程度の能力・冷気を操る程度の能力)は残っているようで、人間と化した事で霊力をもとにして発動する事は可能なようだ。

 とはいえ、妖怪・妖精だったころと比べると、遥かに限定されたものになってくるようだが。

――例えば、『あらゆる全てを破壊する程度の能力』。

 人間という種族に変化して、妖怪だったころの名残なのか、それなりに霊力は多かったが、この能力を使用する際にかなりの制限となった。

 霊力をそれなりに込めて霊視しなければ、彼女が言う所の破壊点『目』が出て来ないようになったのである。その上、一度だけその目を握りしめることによって全破壊が可能だったそれは、数回に分けてからでなければ全てを破壊する事が出来なくなった。

 とはいえ、雑魚妖怪或いは中級の妖怪に遭遇しても、大丈夫にはなっているが。

――『冷気を操る程度の能力』。

 元々、妖精にしてはかなりの実力者(ただし、妖精の中においてとつくが)だった彼女は、人間となってもあまりその実力に変化はなかった。冷気を固め氷となし、敵にぶつける戦法はあまり変わっていなかった為に、イオが色々と不安になって指導し始めたのがきっかけになったのか、色々な形に変化させながら対象に向って撃ち放つという形に落ち着き、それなりには実力はついた。

 故に、妖怪と遭遇しても逃げ切れる程度には大丈夫であろう。

――最後に、ルーミアの容姿、そして『闇を操る程度の能力』の変化について述べよう。

 まず、最初に『闇を操る程度の能力』であるが、これは人間となったことにより、それなりに多い霊力として換算され、ある程度の形を持たせる事も可能ではあるが、その分霊力を消耗する使用法へと変わった。ある種、投影の魔法と似たようなつくりになっているのだろうか、イオの持つ武器をある程度は模造し、武器として振るえるようにはなっている。とはいえ、人間と化した事で筋力は少々衰え、霊力で以て身体強化するほかは、普通の女性のようになってしまった。

次に彼女の容姿について触れていくが、イオが永琳亭にて会っていた時と変わらず肩甲骨の間にまで金髪が伸びており、おっとりとしていた幼き可愛らしさが、大人へと変化するに当たり、慈愛に満ちた可愛らしい女性へと変貌していた。黒ワンピースに赤いリボンを胸元に着けているファッションは変わっておらず、全身が黒ずくめであるために妙にミステリアスな雰囲気を纏っている。

 体も、イオと同じ位にまで成長し、女性らしい体つきになっている事はさておき、イオにとってはかなりやりづらくなってもいた。

(……明らかに変わり過ぎだよ、ルーミア)

何処となく、大きくなった娘に複雑な思いを抱える養父を想起して、ちょっと遠い眼になるイオ。

 そんな彼に、ルーミアは相変わらず甘えており、料理の事もそうだが、食いしん坊な部分は変わっていないようだった。

 つまりは、イオに抱きついて来る事も変わっていないと言う事でもあって……

(…………ホント、どうしてこうなったし)

完全に遠い眼になったイオであるが、しかし現実は非情である。

 遊び戯れる人妖レンジャー+αは、その時が来るのを待っているのであった。

 

――――――

 

「――……お前……」

「ラルロス、何か言ったらその場でぶっ飛ばすよ?」

イオと共にやってきた人妖レンジャー達の姿を見て、人里の祭りに来ていたラルロスが明らかに何か言いたそうであったが、イオはそれを凄みのある笑顔で黙殺しようとする。

 だが、ラルロスは溜息をつくと、

「…………お前にそんな趣味があったとは思わなかった」

「マジでぶっ飛ばそうかラルロス?今なら僕、幾らでも喧嘩は買うよ?」

ごごご……!とどんどん殺気を強めていくイオに、ラルロスはあきれ顔になって、

「仕方がないだろうが。お前、学院でもカルラ達以外女子を近づけさせなかったしよ。ま、俺達が肉食過ぎんのが悪ぃんだろうが、幾らなんでも……『幼女を大人化させてハーレム』なんぞ俺でもしねぇ「よーし、表でろ。ひっさしぶりに殺意湧いたし」」

ぼきぼきと両手の骨を鳴らしながらイオがラルロスに詰め寄って行く。

 余りの殺気、そして闘気を高めていく笑顔のイオに、ラルロスは落ちつけと笑いながら至極冷静な態度で制し、

「冗談だ、冗談。いつもイオが真面目なのは分かってるしよ、どうせ永琳先生の薬なんだろ?」

「…………そうだよ。その効果が、想像以上だったけどね……!!」

がくり、とくず折れるようにして失意体前屈へと移行したイオが、振り絞るようにして告げると、ラルロスは、イオの後ろ側にいる秋祭りの為に着物を着た人妖レンジャーの面々を見て、

「そりゃもう……お前が吃驚したのはよく分かるぜ。あの子等、やたらときれいになってるしなぁ」

最早、あの一角だけが別世界になっているような気がして、ラルロスも遠い眼になった。

 そんな彼らに構わず、彼女たちは実に楽しそうに会話を交わしている。

「――ねね、あそこの屋台にあるの、凄く美味しそうだよ?」

「う~ん……流石に、イオの料理と比べちゃうとさぁ……」

着物の袖を引張りながら大妖精が告げるのを、ルーミアはイオのいる方をちらちらと見ながら(恐らく今夜の屋台を期待しているのだろうが)やや不満そうであった。

「今なんでも屋があそこにいるんだし、何処で屋台やってるのか聞いておいた方がいいんじゃないかい?元々、屋台を出すのは今夜しかできないとか言っていたと思うし」

「私の屋台もあるし、そんなに一緒に回れないしねぇ」

リグルとミスティアは薬を飲む事はしなかった為に元のままであるが、その故に大人たちの中に紛れ込んだ子供にしか見えていない。

 ある意味周りの注目を集めているようにしか見えないそれに、イオは頭を抱え込んでしまった。

「…………どうしよ。こうまで目立ってるとなると……」

余りにも変化している彼女たちに、イオは本当に心配で仕方がない。

 見目麗しい女性というのは、幾らでも興味を集めさせてしまうし、同時に危険なものまで連れ込んでくるのだ。彼女たちの保護者代わりを自任している以上、彼女たちが遠い場所にまでいかないようにしておかなくてはならなかった。

「ちょっといいかいみんな?言っておかないといけないことがあるんだけど……」

やや、彼女たちの会話を邪魔してしまうことに罪悪感を感じながら、イオがそう声をかけると、彼女たちは一様にキョトンとした様子でイオを見つめてくる。

「イオ、何かあったの?」

彼女たちの代表ということなのか、ルーミアが最初に口火を切ると、イオは真剣な眼差しになって、

「分かっているだろうけど……なるべく、遠いところにはいかないようにね?一応、ラルロスに頼んでおいた魔力による発信が可能な魔道具を渡してあるから大丈夫だと思うけど、それでもかなり気をつけないといけないし」

「大丈夫だよ、イオ。能力があるんだから」

何時になく過保護になっているイオに、フランドールが苦笑しながらそう言うが、イオは真剣な顔のまま、

「能力があるとは言っても、だよ。はぁ……これだったら、咲夜さんに来てもらった方が良かったかなぁ……」

 

「――呼んだかしら?」

 

ため息交じりにそう呟いたイオの一言に、フッといきなり十六夜咲夜が現れイオの肩に手を置きながらそう尋ねた。

 びっくぅ!と思いきり肩をはね上げさせたイオが、慌てたように飛び下がり、

「い、いきなり脅かさないで下さいよ!?咲夜さんのそれ、かなり怖いんですからね!?」

「あらあら、あれだけ普段から図書館で魔理沙と凄絶な闘いを繰り広げてるのに、脅かしは怖いの?」

やや、サディスティックな笑顔を浮かべながら咲夜がイオをからかうと、イオはジト眼になって、

「……なんか、いつの間にか僕に対する態度変わってません?」

「気のせいよ、気のせい。……それで、私に何か用なのかしら?お嬢様から、今日は休暇を上げるから秋祭りへ行ってきなさいと言われたばかりなのだけれど」

「…………大丈夫なんですか、それ」

数ばかりはあるとはいえ、妖精メイドたちはそんなに仕事が出来ると言う訳でもない為に、イオがやや冷や汗を流しながらそう尋ねると、彼女はにっこりと笑って、

「あら、今は違うわよ?イオのお陰で妖精メイドたちがかなり規律を整えてくれるようになってくれたから。――仕事を完全に細分化するなんて、方法でね」

かなり楽になったわ。

 楽しそうな笑顔でそう告げられたイオは、その言葉でやや引き攣った表情になると明後日の方を向いて、

「そ、それは良かったですねぇ」

とねぎらいの言葉を返す。

 

――彼がこんな態度になるのには理由が存在した。

 余りにも妖精メイドたちが咲夜の仕事を増やしてしまっている事を憂いて、彼女たちを特訓させようと思って動いた時なのであるが……

『――貴様らは何だ!?』

『『『『只の豚であります、サー!!』』』』

(……どうして軍隊ばりに特訓させたし。あれで皆の性格がすっかり変っちゃって……)

げに恐ろしきはノリである。

 やや遠い眼になっているイオに、咲夜が穏やかな表情になって、

「それで、私に用があったみたいだけれど」

「あ、はい。後ろ……ご覧になれば分かると思います」

咲夜に言葉を掛けられて我に返ったイオが、恐る恐る、そして後ろめたそうな表情で彼女に告げると、やや訝しげに彼女が後ろを振り返り……そして凍りついた。

「あ、やっぱり咲夜だったんだ~。やっほ~♪」

なぜなら、そこには大きく美しく成長した、人妖レンジャー(リグルとミスティアは除く)の面々が揃っていたからである。

 着物姿で咲夜に手を振る笑顔のフランに、かなり呆けたような表情で、

「…………もしかして、妹様であられますか?」

かなりの間を空けた後にそう尋ねると、フランの笑みが尚更深くなって、

「あ、分かった?結構大きくなっちゃったから吃驚したでしょ?」

「…………イオ、ちょっとこちらに……って、いつの間に!?」

冷たい氷のオーラを吹き出しながら咲夜がイオへと振り返るが、姿が見えないことに驚いた。

「……あー……すまん。あいつ、アンタに妹さん方を押しつけてどっか行っちまったよ。あまりに速かったんで止められなかった」

近くで彼らの様子をまだ眺めていたラルロスが、申し訳なさそうに謝罪する。

 その姿に咲夜がやや訝しげな表情になると、

「貴方……竹林の所にいた魔法使いじゃない。イオの親友だったかしら?」

「おう。ラルロスってんだ。改めてだが、よろしくな」

にこやかに笑うラルロスに咲夜は深いため息をつくと、

「全く。イオの事だから、妹様達が大丈夫かどうか見ていてほしいということなんでしょうけど……」

「アイツ、屋台の事もあるから長く見ていられねぇんだと。一時的に人間化している所為で、ちっと能力が劣化した状態になってるからかなり不安なんだろうさ」

「――待ちなさい。今、貴方何といったの?」

とんでもない言葉が聞こえてきたのに、思わず咲夜がそう尋ねると、

「……ああ、何だ妹さんから教えてもらってないのか?今夜秋祭りがあるからその関係で人里に余り迷惑をかけないようにって、その方法を模索してたら一時的な人間化が出来る薬を永琳先生に作ってもらったんだとよ」

「…………妹様、本当なのですか?」

「うん!パチュリーとかだと、どうしても儀式を用いたものになってしまうからかなり大掛かりになっちゃうし、すぐに人間化できるという訳でもないから。永遠亭の先生、凄く快く受けてくれたよ?」

外見上は咲夜と同じ位になったフランが、ニコニコと妖艶さの中に幼さも感じ取れるような魅力的な笑顔を浮かべながら頷いた。

「これは、一度本気でイオに問い詰めないといけないわねぇ……?」

イオと同実力たるラルロスでさえ身震いするほどの殺気を放ちながら、咲夜が呟く。

「ま、まあ落ちつけって。イオも悪気があってやった訳じゃねぇんだからよ」

「だからよ。イオ、偶に神経逆なでするようなこと無自覚でやるんだから」

「……あー……すまん、イオ。擁護できねえ」

かつて故郷にてカルラやチェルシー等の女性陣に、無自覚で落としにかかるような発言ばかりをしていた頃を思い返し、ラルロスは明後日の方を見ながらじっとりと冷や汗を流した。

「……仕方がないわね。――妹様、少しよろしいですか?」

「ん?なぁに咲夜?」

キョトンとしたように首を傾げながら問うたフランに、咲夜は屋敷にいる時と同じように一礼をしてから、

「イオが、屋台の事で手が離せないということでしたので……ここから先は、一緒に行動させて頂けますか?丁度、お嬢様からも休暇は頂いておりますから」

「そうなの!?じゃ、じゃあ一緒に行こ♪あ……でも、御金どうしよう」

「大丈夫だよ~。私、イオから大量にお金貰ってきてるから♪

『どうせたくさん食べるつもりなんだろうし、多めに渡しておくよ』

って言われたしね~♪」

不安そうな表情になったフランに、ひょこっと脇から大人化したルーミアが現れ、ニコニコしながらイオに渡された大きめの財布を見せつける。

 そんな彼女に、咲夜がやや驚きで見開かれた眼で見ながら、

「……貴女、宵闇?……もう、なんでそんなに大きくなってるのかしら。後ろのほうも、何やらみたことあるような顔がいくつか見受けられるし」

それに……何だかやたらと胸も大きいし。

 通常の女性と同じ位の大きさである自身の胸と、大人化した影響か、着物を着ていても其れなりの大きさを誇るルーミアの胸を見比べながらややジト眼で咲夜がぼやいた。

 その様子に困惑したような表情になったルーミアが、

「そう言われても~……私、薬のんだらこうなっただけだよ?」

「……だからよ」

やはり、女性としてはかなり複雑な心境なのか、色々と思惑が混じったような溜息を吐くと、さて、と前置きして、

「それでは、今宵の祭り……楽しむと致しましょうか?」

やや悪戯っぽい笑顔と共に、人妖レンジャー、そして傍らに立っているラルロスへと声をかけるのであった。

 

――――――

 

「――いらっしゃい、いらっしゃい!美味しいお菓子にフランクフルト、揃えているよ~♪」

楽しそうに客引きをしているのは、この人里の何でも屋にして『龍人』であるイオ。

 次から次へとカルメ焼きを始めとして多くの菓子を作ったり、そして事前に用意していたフランクフルトにトマトケチャップを載せたりと大いに動きまわっていた。

(うん、丁度いい感じに咲夜さんに役目を渡せたし、これなら何とか出来るでしょ♪)

人はそれを、丸投げという。

 にこにこと営業スマイルを浮かべながら、内心でほっとしているイオは、ものすごい動きを見せながら、一気に全てをやり遂げて行った。

――まぁ、後がかなり怖い事になる事は確かなのだが、イオはその事を気づかないでいる。

 どうしようもない位に自業自得な為、はっきり言って同情の余地はなかったが。

「――あら。イオじゃない」

と、作りに作りまくっているイオに、一つ声がかかった。

「およ?……って、幽香さんじゃないですか。今晩は」

おっとりと笑いながら、それでも手を休めることなしにイオは幽香に挨拶をする。

 夜であるために、普段彼女が携行している日傘がない状態で、彼女はにやりと笑いながら、

「ええ、今晩は。今夜が秋祭りと聞いてね……あの半獣から、イオが店をやると聞いたものだから。どういうものか見に来たのよ」

と、興味深そうにイオの作る料理を見ながらそう告げた。

「へぇ……慧音先生にですか。どうですか、お一つ」

カルメ焼きなどを示しながらイオが勧めると、彼女は肩をすくめてから、

「ま、ひとつだけね。あの胡散臭い奴からはあまりイオの料理を食べないようになんて言われていてね。正直従うのには面倒だったけど、私はただ花が見れればそれで構わなかったし」

しょうがないから、従うことにしたわ。

「……かなり珍しいんじゃありません?普段、幽香さんってあるがままにそこにいらっしゃいますし」

いつもイオに戦いを吹っ掛けてくる姿を思い返しながらイオが彼女にそう告げると、

「いいじゃないの。正直、アイツと戦うのには骨が折れるしね。拳での戦いだったらともかく、アイツにはあの能力があるし」

「ああ……まあ、分かる気もしますけどねぇ」

実際イオとしても、紫と争う気にはもうなれなかった為に、納得の声を上げる。

 理由としては、彼女があまりにも汎用性そして凶悪極まりない能力を持っているからであった。

 何しろ、境界を操ると言う事は、イオの中に眠る龍人としての境界と人としての境界を弄れるという事でもあるわけで、その時点で彼にはとんでもなく不利なのである。

「僕も、大体物理で戦い合うんだったら勝てそうな気も……いや無理か」

彼女の持っているスペルカードの一部には、大質量のとんでもなく速い動きでぶつかって来る硬い物体まで存在する為に、面倒以外の何物でもなかった。

 それに、スキマで移動させられてしまえばイオの攻撃は当たらない訳で……。

「……考えれば考えるほど、面倒ですねぇ」

「そうよねぇ……困っちゃうわ。アイツ殴り足りないのに」

「……おぅふ」

いかにも困ったわとでも言いたげに腕を組みながら、それでいて暴力的な彼女の言葉にイオが思わず冷や汗を流す。

 慌てて話題を転換させようと頭をひねり、

「ま、まぁそれはともかく。祭りを楽しんで行って下さいね。今日は結構人里の皆も張り切っていますから」

「ええ……聞いたわ。何でも、貴方のお陰だそうじゃない?あちこちで『龍人様のおかげじゃー!』なんて、声をよく耳にするもの」

「…………まだそんな事を言っているんですか皆さん」

話題を転換しようとしたら地雷だったという事実に、イオががっくりと肩を落としながらそうボヤいた。

 むろん、その間も手を休めることなく、である。

 ほとんど神がかりな動きを見せているイオに、やや苦笑を洩らしながらも、

「元々、農業のことだって貴方が私に訊きに来ただけなのにねぇ」

「ええ、ほんとですよ。幽香さんに、土壌の事で聞いて教えただけなのに……はぁ」

納得が行かなさそうに溜息をついたイオ。

「幾らなんでも、植物を強くさせるためとはいえ、元々の土壌が良くなかったら意味がないから幽香さんに聞いたんですけど……皆さん、全然信じてくれないんです」

けっと言わんばかりにそうぼやき続けるイオに、幽香はフッと笑い、

「ま、私としては余計な者が来なくて良かったけれどね。じゃ、頑張りなさい。もう少し、私は人里を回ってみるわ」

イオと戦っていた時の獰猛な笑顔でなく、穏やかな笑顔でそう告げるとしゃなり、しゃなりと鈴鳴るがごとくにして去っていくのであった。

 思わずイオが見とれかけ、その後ろ姿を見送っていると、

「――あら、イオじゃない。屋台やってたのね」

紅白の衣装をひらめかせながら、霊夢がのんびりとイオの目の前に立ってそう声をかける。

 何故か片手に御払い棒と、もう片方に巻物らしきものを持ちながら、興味津々にイオの作る料理を眺めていた。

「あ、ああ霊夢か。今晩は」

「はい、今晩は。……にしても、どれも美味しそうねぇ……特に、そこのお肉」

ビシッと御払い棒で指しながら、勘であろうか、イオも美味しそうだと感じられたフランクフルトの一本をまじまじと見つめる。

 涎をたらさんばかりに、かつ眼が爛々と輝いているその様は、普段のおっとりとマイペースな彼女の姿とはかなりかけ離れていた。

「……いや、食べたいんだったら、御金払ってよ。そんなに高くないでしょ?」

一本十銭と書かれた紙を示しながら、イオが呆れたように苦笑しつつそう告げると、彼女はうっ……と言葉に詰まり、

「い、いいでしょ別に。今月カツカツなんだから」

「……また調子に乗って使い過ぎたの?もう……仕方ないなぁ。一本だけだよ?」

仕方がなさそうに笑み、イオがはい、と言いながら霊夢が示した一本を渡す。

「えへへ……戴きます」

嬉しそうに笑いながら霊夢が受取り、大きく口を開けてかぶりついた。

 飄々とした態度を貫いている彼女も、どうやら今夜の祭りの空気に当てられているようで、やや浮かれているような雰囲気が漂ってくる。

「どう、美味しい?」

「――うん、最高よ。味付け」

にっこにことしながら塩胡椒というアクセントがよくきいているフランクフルトに、もう一回かぶりついた。

 微笑ましそうにそれを眺めていたイオは、ふと、誰かがこちらに視線を向けていることに気づき、そちらの方へと目を向ける。

 すると、そこには驚きで大きく眼を見開いた二人の魔法使いの姿があった。

「……霊夢が楽しそうに笑ってるとこ、初めて見たぜ」

「ええ……これ、異変かしら」

「おいこら私をどういう目で見てんのよ」

ギン!と、彼女も気配に気づいていたのか、鋭い光を眼に宿しながらアリスと魔理沙をきつく睨みつける。

 その姿に、やや照れ隠しの様な物も感じ取れたイオは、苦笑しながら、

「はいはい。流石に屋台の傍で暴れるのだけは止してね。僕も……キレるよ?」

「お、おう……」

にこり、と眼だけが鋭い光を放っている笑顔のイオが、魔理沙達に向ってそう言い含めた。

 思わぬ迫力に魔理沙が息をのんでこくこくと首を縦に振る姿を見て、イオはあっさりと殺気を収めると、再びお菓子や何やらを作りだしていく。

(……相変わらず怖いぜ。料理の事になると)

(今のはアンタが悪いと思うわよ……霊夢だって女の子なんだから)

「何か言いたいことがあるなら受け付けるわよ?」

ババっと御払い棒を構えながら、霊夢が鋭い眼のままで魔理沙達に詰め寄ると、

 

「――レイム?イッタハズダヨネ……?」

 

おどろおどろしい声が、霊夢の背後から響き渡った。

「あ、あわわ……」

「ちょ、ちょっとイオ、怖いわよその顔!」

目の前の二人が恐怖で青ざめる中、霊夢はというと……。

(……やばい。やっちゃった)

ただ、冷や汗を流すのみ。

「ホコリ、カブッチャウダロ……?」

ネェ、レイム……?

 ガシッと肩を掴みながらそう告げるイオに、ますます霊夢がびくつく。

先程の笑顔の彼女と合わせて珍しいを通り越して稀少な彼女の姿に、アリスと魔理沙は驚愕しているが、今の霊夢にとってそれは知ったことではなかった。

――というより、そんな余裕がない。

「――正座」

「……はい」

普段穏やかな気性の人物を怒らせたらどうなるかの実体験を、霊夢は味わう羽目になるからであった。

――合掌。

 

―――――――

 

「……うぅ……ひどい目にあったわよもう」

やや涙目の霊夢が、長時間(とはいえ、ほんの一時間程度だが)の正座によってしびれた足をさすっている姿を見ながら、魔理沙が恐る恐るイオに声をかける。

「……な、なぁイオ……アイツ、あんなに感情が豊かだったか?」

「うん?どういう意味?」

良く分からないような彼女の言葉に、イオが首を傾げながらそう尋ねると、魔理沙は言い淀み、

「いや、まぁな……アイツとはちっちゃい頃から知ってんだけどよ……いっつも縁側で湯呑傾けながら昼寝してるような奴でさ。いっつもめんどくさがってばかりだったんだよ。イオが来てからだぜ?やたらと感情見せるようになったの」

やや興奮したようにまくしたてる彼女に、イオはやや苦笑しながら、

「あのね……魔理沙?流石に霊夢に失礼だよそれ。毎回、僕が日々の妖怪退治で稼いだ金を賽銭に入れると、いつもあんな感じで笑ってる事が多かったよ?」

「いや、でもなぁ……」

「……じゃ、いつも神社にやってくる僕に慣れたんでしょ。あれじゃない?ひな鳥が親に餌ねだってるのとおんなじだよ」

「……かなり言い方きつくないかそれ」

思わぬ毒舌を吐くイオに、魔理沙が冷や汗を流しながら突っ込みを入れるが、イオは飄々として料理を作りつつ、

「いいじゃない別に。霊夢、すぐにお金使い切っちゃうんだから」

「……なんだかんだで結構根に持ってたのなそれ」

「あやや!イオじゃない、こんばんはー!」

ビュオォ!

 風の唸る声と共に、魔理沙と話していたイオに一陣の風が舞い降りてきた。

「なんだ、ブンヤじゃない。またネタでも探しに来たの?」

やや呆れたような表情で、アリスが舞い降りてきた射命丸にそう尋ねると、彼女は胸を張って、

「ええ!ここ最近でもないほどに、大盛況ですからね!幾つかお祭りの写真でも取ろうと思って!」

「その実、本当は何かあるんじゃないの?」

ニヤニヤとアリスが射命丸とイオとを見比べながらそう尋ねると、射命丸はにっこりと笑って、

「何の話でしょうか?私は取材に来ただけですよ?」

「だろうねぇ。僕が幻想郷に来た頃の、あの時の取材の様子と同じ雰囲気出してるし」

息が合っている彼らの言葉に、思わずアリスが言葉に詰まる。

 いたって何でもなさそうな表情で、イオが料理を作り続けながら、

「文、今のところそんなにお客さんも来てないし、一本どう?美味しいよ?」

ババっと動きながらそう彼女に告げると、彼女は一旦何かを考えるようなそぶりを見せてから、

「じゃ、フランクフルト二本で。結構おいしそうだし、これからちょっと回るから。腹ごしらえをしておきたい所だったのよね」

ふっふっふ、と目を輝かせながら射命丸がそう告げると、イオはおっとりと笑い、

「はいはい。じゃ、御金」

「二十銭ね。じゃ、これでお願い」

ちゃりちゃり、と幻想郷での金を渡し、代わりに二本のフランクフルトを受け取った彼女は、

「それじゃ、失礼しますね霊夢さんがた」

その言葉と共にまた風を残して立ち去るのであった。

「……相変わらず、フットワークが軽いわねあのブンヤ」

「そうでもないと、とてもじゃないけど新聞なんて出来ないと思うよ?僕が元いた世界でも、大体出来事が起きれば直ぐに新聞記者とか来てたし」

ぐつぐつと煮えている鍋を覗き込みながらイオがアリスのぼやきにそう返すと、彼女は呆れたように頭に手をやり、

「そう言うことじゃないわよ……で、ちょっと聞きたいのだけど。貴方、射命丸と妙に距離を取っていないかしら?何だか、妙によそよそしく感じられるのだけど?」

「……ねぇ、それって今聞くこと?」

苦笑を浮かべたイオが、カルメ焼きを作りながらそう尋ねると、アリスはジト眼になって、

「あたり前でしょう。貴方、その作業をしながらちゃんと会話が出来ているじゃない。だったら、別に遠慮する必要もないわよね?」

「いや、割と切羽詰っているんだけどなぁ……」

流石に、調理をしながら釣銭まで渡せるわけがない為に、イオが困ったようにそう返すが、アリスは容赦せず、

「黙らっしゃい。だったらその状態で聞いていればいいわ」

そう前置きすると、怒涛の勢いでまくし立てる。

「まず、あの偽月騒動からよ。貴方、あれから射命丸と話したの?」

「…………あ、これですか?御代は書いてある通りですよ?」

長い間の後、イオに話しかけてきた人里の人間に、彼は営業スマイルを浮かべながら言葉を返した。

 その様子に頓着せず、アリスはなおも言葉をつづけていく。

「それともう一つ。人里だと、結構な割合で貴方と射命丸が一緒に歩く姿をよく見かけたけど、それがあの宴会騒ぎの異変からぱったりと見なくなったわ。私は、人形劇の時しか余りここには来ていないけれど、魔理沙も妖夢も……それに、鈴仙も見かけてないそうよ。でしょ、魔理沙?」

「ああ、楽しそうに話してる姿、見かけなくなっちまったぜ」

割と楽しかったんだがな、見るの。

 イオから買ったフランクフルトを頬張り噛んで飲み込んだ後に告げた彼女に、イオは相変わらず苦笑を浮かべながらも客の相手をしていった。

 その様子に、動揺のかけらさえ見あたらないことに、アリスは眼を細めながら観察する。――どう見ても、内心の心情を隠しているようにしか見えないからだった。

「……ふぅん、そう。あくまでも貴方は自分を偽るつもりなのね?」

其の呟きに、しかしイオはなおも動じない。

「全くもう。アリスは色々と考えすぎだよ?僕は、単に文の事は親友だと思っているだけだし」

「――ま、そう言うことにしておくわ。どうせ、決めるのは貴方なのだし。……それより、如何しても教えてくれないのかしら?――ゴーレム技術の事」

「……いい加減しつこくないか、アリス。流石に何度も何度も聞いてる姿見るのは飽きるんだがな」

性懲りもなくアリスがイオに詰め寄る姿に、魔理沙が呆れて首を振りながらそう言葉をかけるが、アリスは飄々とした態度で、

「だって、どうしようもない位に知りたいんだもの。イオを監禁して拷問して吐かせたいくらいよ?」

「…………流石に暴力的なのは勘弁してほしいんだけど」

霊夢が落ち着いた状態に戻り、イオに手を振る姿に振り返しながら彼が抗議する。

「あら、貴方がひた隠しにするのがいけないんじゃない。言っておくけれど、貴方の技術は私の魔法にとっては重要極まりないのよ?何せ、木という物質でありながら、魂を持たせているのだから」

「……正確には、意志だけどね」

はぁ、と深いため息をつき、イオがとうとうそう言葉を紡いだ。

 その言葉を聞き、ギン!と、眼に鋭い光を浮かべたアリスが、ややイオに詰め寄りながら、

「そうそれよ。貴方の技術……あれに、能力をふんだんに使っているのは分かっているわ。ただ、予想と違っていたのは……あのコア部分に、何も文様が描かれていなかったことなのよ」

――通常、魔道具の類は、どこかしらに必ずその魔法陣などの紋様が描かれている筈なのに。

 腕を組み、考える仕草を見せながらアリスが自身の考察を述べていると、イオは面倒くさそうにして、手を振り、

「はいはい。面倒そうなのは後で答えるよ。今はこっちに集中させて。でないと……」

「――やっほーイオ。来たよー?」

「……恐ろしく大食いな子達もやってくるんだからさ」

イオを見つけ不機嫌そうな表情になった咲夜に連れられてきた、大人化したルーミア達を見つけて苦笑しつつアリスにそう告げた。

「……待って。貴方、ルーミアなの?」

余りにも雰囲気そして元の少女の姿からは想像もつかないほどに成長した彼女に、アリスが茫然となって訊ねると、ルーミアはにっこり笑って、

「えへへ、永琳先生に薬を作ってもらって、一時的に人間になってるんだ~。妖怪の姿だと皆が怖がっちゃうからね」

「……………………ねぇ、イオ。貴方……ロリコンの気でもあるのかしら?」

「はい待とうか。どうしてその台詞が飛び出て来たわけ?」

余りの言われように、イオがジト眼になってアリスに尋ねると、彼女は同じようにジト眼になってイオを見返しながら、

「どう見てもそうとしか言いようがないわよ。何よこれ、イオと同年代くらいにまで成長しているじゃない。貴方、もしかして幼い女の子たちを育てて悦に入る趣味があるわけじゃないわよね?」

「……そんなに喧嘩を売りたいの?そう、だったら僕はもう何も教えない」

フン、と完全に不機嫌な表情になったイオが、そっぽを向きながらルーミアに声をかけようとすると、アリスが慌てた表情になって、

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。違うんだったらそうと言えばいいじゃない。そこまで怒らなくともいいでしょう?」

「あのね……同居人に対して劣情持ってるなんて疑われたら誰だって怒ると思うよ?そもそもさ、僕は慧音先生によくよくルーミアの事を頼むよって言われたから、こうしてルーミアと一緒に暮らしてる訳だし。それにさぁ……幾らなんでも子供に対してそんな感情持っちゃったら終わりでしょ」

ぐつぐつと煮えたぎっている鍋の中のフランクフルトを覗き込みながら、イオが尚も不機嫌な表情でそう言い返すと、アリスは流石に悪いと思ったのか、ばつの悪そうな顔になって、

「わ、悪かったわよ……ごめんなさい」

「あはは、イオにかかっちゃアリスも形無しだな。だけどさ、イオ?こんなに成長したルーミアを客観的に見てお前はどう思ってるんだよ?」

からからと笑いながら、魔理沙が興味津々といった風でイオにそう尋ねると、そこでイオはようやくにしてまっすぐにルーミアを見やり、

「……ま、浴衣がよく似合っているとは思うよ。元々顔だちもきれいだしね。でもねぇ……幾らきれいになった所で妹分は妹分のままだし」

そしてばっさり、と切り捨てた。

 その言葉で、がくり、とルーミアが膝から崩れ落ちる。

「イオ……流石にその言葉はないだろ?女の子って結構着飾るのが好きなんだからさ」

今の自分の姿(つまりは普段の白黒姿と言う事だが)を棚に上げ、魔理沙がちょっと顔を顰めて文句を言うが、

「そうかなあ……どっちかって言うと、僕は咲夜さんの方がまだいいと思ってるし」

しれっとしてイオが、流し眼で現在の咲夜の格好を見ながらそう告げた。

「えっ!?」

思わぬ一言に、秋祭りの為に購入した浴衣に着替えていた彼女が、驚きの声を発する。

 だが、イオの言う事も最もであろう。

 それと言うのも、彼女の銀髪に合った色合いを持ち得ているからだった。

 淡い色合いの薄い藍色の布地に、所々にして十六夜の月が描かれたその浴衣は、銀髪と相まってかなり神秘的なものとなっており、近くにいる人里の男達もちらちらと彼女の格好を盗み見ているのをイオは知っているために、尚更そう思えるのである。

 とはいえ、イオの好みとしてはそうであったとしても、見とれる事はなかったであろう。

 それはなぜなのかと言うと……

(ま、カルラさんには負けるとは思うけどね)

何せ、イオの友人とも言える彼女は、鴉の濡れ羽色とも言えるような艶やかな黒のロングヘアーを持っており、その上、近隣諸国でも騒がれるほどの美貌の持ち主なのだ。

 どういう訳か、彼女と十三歳の時に縁を結んでからよく彼女の邸宅に呼ばれる事が多かったが、その時その時で彼女は色鮮やかなドレスを着こなし、当時の若きイオがよく見とれた事もあった。

 そうした事情もあり、彼はここ最近では女性の着飾った姿に見とれることがなくなりつつあったのである。

 つまるところ、彼の基準がカルラと言う知人にある以上、原因はそこに集約されていると言ってもいいであろう。

「あ、あの……イオ?私、そんなにいいと思う?」

普段は淑やかにレミリアの傍にたたずむメイド長は、あわあわと動揺しているような姿を見せつつイオにそう尋ねた。

「うん、よく似合っていますよ?銀髪って結構色合いとしては主張が激しい色だし、難しいだろうなとは思ってましたけど……うまい具合に服装が合ってます」

所々に、咲夜さんのモチーフとも言える物もありますしね。

 どこぞの審査員のようなイオの言葉に、それでも咲夜は嬉しそうに笑って、

「そう……嬉しいわ。普段、こういうのを着た事があまりなかったものだから。実の所、お嬢様から休暇を言い渡されて結構驚いたのよ?」

先程のイオに押しつけられたフランたちの警護の事での恨みも忘れたか、ニコニコとした表情でそう告げる咲夜。

 そんな二人の会話に、

「……ねぇ、フラン。あの何でも屋ってさ、結構女たらしだったりする?」

「う~ん……否定は出来ないかも」

ミスティアがこそこそとフランに耳打ちしてきたその言葉に、フランは成長した姿で苦笑を浮かべ。

「おい、もしかしてお前チルノか?やたらでっかくなったなぁ」

「えっへへ、アタイったら大人になったよ魔理沙!触られても大丈夫な体にもなった!」

「はぁ?って、そういや確かにいっつも冷たい空気があったのに……お前、もしかして人間になったのか?」

「あはは……フランちゃんとルーミアちゃんと同じなんですよ。あの永遠亭の先生に薬をもらったんです」

そっちのけにして魔理沙がアリスと共にチルノと大妖精に話しかけたり。

「うぅ……イオの馬鹿ぁ……」

「……まぁ、いい事があると思うよ?」

しょんぼりと体育座りをしているルーミアに、リグルが慰めの言葉をかけていたりと。

 やや、カオスな空間が出来上がっていた。

――そうしているうちに、イオがあることに気づく。

(およ……もう無くなってきてる?)

其れなりに多く用意していた菓子類やフランクフルトの在庫が、そろそろ底を尽きかけていたのだった。

「ふぅむ……どうしよっか」

「?どうかしたの、イオ」

ルーミアが覗きこむようにしながらイオにそう尋ねると、イオはやや困った風にして、

「いやあ、在庫が無くなって来てさ……ま、無くなったら無くなったで屋台を閉めるつもりでいたから別に良かったけど」

「そうなのかー……あ!だったら、この後一緒に秋祭り行かない?欲しいのがあるんだー」

先程落ち込んでいた様子から一転して、ニコニコと笑顔でルーミアがそう言うと、イオは相変わらずも其れなりに忙しそうにしながら、

「そう、だね……じゃ、一緒に行こっか。そろそろ、僕もちょっとお腹が空いてきた所だったし」

「えへへ……じゃ、フランたちにも言ってくるね~」

嬉しそうな笑顔でルーミアがそう告げると、イオの屋台からちょっと離れた所にいた人妖レンジャー六人+αωβに告げるべく、とことこと駆け出して行く。

 その後ろ姿を見送りながら、イオがふぅ……と息をついていると、

「――今晩は、イオ」

「!!?って、なんだ紫さんか……全く、驚かさないで下さいよ。思わず身構えてしまったじゃないですか」

何時の間に来ていたのか、イオが振り返った先には、八雲家の首長たる紫と、藍、そしてもう一人二股の尾を持つ、猫耳が頭頂部につけた少女が立っていたのであった。

 人里の祭りで見かけるにしては余りにも珍しい姿に、

「どうしたんです、紫さん?何か、僕迷惑かけちゃいました?」

ちょっと不安そうな表情になったイオが、恐る恐るそう尋ねると、紫は穏やかに笑って、

「あらあら、そんなに警戒しなくとも貴方はよくやってくれているわよ?貴方が何でも屋として中立で続けているから、私としてもそんなに気を揉まなくともよくなっているからね。今夜はただ貴方のフランクフルトを食べに来たのと、ある子を紹介しに来ただけよ」

「……ああ、見かけない人がいるなと思ったらそうだったんですか。お名前を伺っても?」

「ええ……ほら、橙(ちぇん)。挨拶しなさい?」

「はい!え、えと今晩は!八雲藍しゃまの式をしております、橙(ちぇん)と申します!」

「今晩は。イオ=カリストと申します。以後よしなに。で、フランクフルトでしたら、此処に書かれている通りですよ?そろそろ、在庫が切れ始めてますけど」

「あらあら、かなり人気だったのねぇ。見るからに美味しそうだし、何だか分かる気もするわ」

くすくすと口元を扇子で覆いながら楽しそうに笑う紫に、イオは苦笑しつつも三本のフランクフルトを彼女に手渡した。

「ま、結構自信作ですからね。どうぞ、お召し上がりになって下さい」

ちょうど、彼女たちに渡した分でフランクフルトの在庫が無くなったイオが、ニコニコと笑いながらそう告げると、橙が目を輝かせ、大きく口を開けて頬張る。

 と、すぐに目を見開き、

「お、美味しい!」

「そりゃよかった」

料理人にとって何よりもうれしいその言葉を聞き、イオは一層ニコニコしていた。

「フフ……本当に美味しいわ。藍にはかなりの御馳走なんじゃないかしら?」

「ええ、久方ぶりに肉の類を、それもかなりの上物を頂きましたよ。パリパリと腸の皮が弾ける感覚が、とてもたまりません」

元が肉食動物と言う事もあってか、かなり嬉しそうな笑顔で藍がそう告げる。

 その時だった。

 

「――あー!?フランクフルトが、も、もう無くなってるー!?」

 

悲痛な声が、提灯で照らされた夜道に響き渡る。

 ぎょっとしてイオが屋台から顔を出してそちらの方を見やれば、そこには絶望に彩られた表情で立ち尽くしている阿求の姿があった。

 そこで、イオはあー……と呟き、

「そういえば、阿求さんの分用意するの忘れてたや。どうしよ……御菓子類はまだ残ってるから、それで許してくれないかなぁ?」

ぶつぶつとイオが呟く言葉に、紫が後ろで苦笑すると、

「幾らなんでももうちょっと考えてあげなさい。阿求、今日の祭りを随分楽しみにしていたんだから」

「ですよねぇ……」

顔を出した状態で後ろに振り向きながらイオが苦笑していると、

「――イオさぁん……酷いですよぅ」

うるうると眼を潤ませながら、いつの間にか近づいてきていた阿求がイオに向って詰め寄る。

 そのまま、屋台から顔を出していたイオの胸倉を思いきりつかみ取ると、ぐらぐらと揺らし始めた。

「わ、私凄く楽しみにしてたのに―――!!」

「わ、ちょ、あきゅ、うさん、揺らさないで!?」

思いのほか強い力でぐらぐらと揺らされ、イオが驚いて制止を呼び掛けるが、彼女は相も変わらず涙目のまま、

「酷いです酷いです酷いですよぉおお……!た、楽しみにしてたのにぃぃ……ひぐ、うわああんっ!」

とうとう泣き出しながらイオを弾劾する。

 しかも、ぽかぽかと彼の胸を叩き始める始末であった。

「ちょ、ちょっといた、痛いですって!あーもう、分かりましたから!今度阿求さんの御宅に伺って料理を作らせて戴きますから、それで勘弁して下さい!」

必死になって彼女の攻撃を止めながらイオが叫ぶと、ぴたり、と阿求の動きが止まる。

 恐る恐るながら、イオが彼女の顔を覗きこもうとすると、がば、といきなり阿求が顔を上げた。

 ぎょっとなりながらもイオが、

「あ、阿求さん?」

と声をかけるが、無表情になった彼女は何も告げない。

 そのまま、膠着状態に陥るかと思えたころ、無表情な彼女から声が上がった。

「……ほ、本当に作ってくれるんですか?」

否、無表情と思えたのは錯覚であり、彼女は眼だけが爛々と光り輝いた状態で、イオにもう一度詰め寄る。

 期待がかなり込められている彼女の眼に、イオがたじろぎながらも、

「え、ええ。お詫びの証しとしてですけど」

「構いません!ええ、構いませんとも!!材料はたっぷり用意いたしますから、遠慮なく作って下さい!」

「あ……阿求さん、キャラが変わり過ぎじゃないですか……!!?」

初めの頃淑やかな女性だと思っていた彼女が、今現在かなりはしゃいでいることにイオが心底から驚愕した。

 そこへ、呆れたように首を振りながら紫が、

「……もう、阿求?幾らなんでもはしたなさすぎるわよ?もう少し落ちつきなさいな」

「へ?……わひゃ!!?ゆ、紫さん!?」

阿求がイオの後ろにいる紫にやっと気づき、驚きの声をあげながらイオから離れる。

 その様子に紫は尚も呆れた表情のまま、

「紫さん!?じゃないわよもう。全く、一応イオの料理はあまり食べないように通達はしてあるんだから。その事を分かっているでしょう?」

「う、うぅ……でもぉ……」

どうしようもなく諦められないという態度が見え見えな阿求は、もじもじと両手の人差し指をつんつんとさせながら、口からうめき声の如き思いを発した。

 その様子に、ふぅ……と、疲れたように溜息をついた紫は、彼女に対し静かに言葉をかける。

「イオが料理をあまり人里の人間たちに作らないのは、人間が余計な力を得て妖怪たちに警戒されないようにと言う理由があるのよ?それに、無駄に人里の長老衆に警戒されたくないがためにそうしてるのも、ね」

「……そう、ですよね」

しょぼん、と顔を俯けながら阿求がそう呟く。

 その様子を見ていられなくなったのか、イオがちょっと困ったような表情で、

「いや、流石にそこまで食べたがっている人がいたら、料理を作るようにしていますよ?」

「ちょっとイオは黙っていなさい」

「イ、イエッサー!?」

殺気と共に紫に睨まれ思わずイオが敬礼をした。

 そんな彼に頓着せず紫は扇子で口元を覆ったまま、阿求に向き直ると、

「まぁ、食べたければ別に止める心算もないけれど……くれぐれも気をつけなさいね?」

遠まわしにイオの料理を食べてもいいという許可を、示すのであった。

 その言葉を聞いた彼女がどうしたのかは……言うのも野暮と言うものであろう。

 

 



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第三十七章「見上げるは夜空の大輪の花」

遅れた……!!
済みません、めっさ本当に済みません!!
……RBに嵌りまくってました。言い訳のしようもございません……。


「……あれ?そういえば、ラルロスはどうしたんです?」

僅かばかり売れ残っていた菓子類を阿求にあげていたイオが、ふと、咲夜達と共に歩いていた筈の親友の姿がないことに気づき、咲夜へ不思議そうに尋ねる。

 すると、咲夜は苦笑して、

「彼だったら『何か嫌な予感するから、博麗神社の方にでも行ってくるぜ』なんて言っていたわ。多分、あのスキマがいる事を感知したんでしょうね」

「……あぁ、そういやラルロス紫さんが苦手と言うか、結構敵視してたね……」

「仕方ないでしょうよ、貴方の事なんだから」

ただでさえ、あの胡散臭さには辟易していたようにも見えたしね。

 苦笑したままの表情で咲夜がそう告げると、イオはあぁ……と、再び何処か納得しているような声を上げ、

「ま、結構胡散臭く見えるのは僕も同感ですけどねぇ。ああいう態度でもなければ、この幻想郷の管理者として振舞うことなんか出来ないでしょうし」

「――あらあら、私の事を言っているような気配がしたけれど……どうかしたのかしら?」

ずずず。

 至近距離で何かが引きずられるような音と共に、イオの顔近くで隙間が開くと中から紫が上半身のみで覗きこんできた。

 だが、イオはその様子に驚くことなく苦笑するだけで、

「いや、別に紫さん自身の事を言っていたわけじゃあないですよ。ラルロスの姿がないので探していたら、どうも紫さんの気配を感じ取ってたみたいでと言う様な事を話してたんです」

と、いかにも困ったような口ぶりである。

「……全く、私に対する扱いと言うのがなっていないような気がするわ。もうあの夜の事は、もう済んだとばかり思っていたのに」

やや、不満そうな表情を浮かべながら、紫は何もない空中で頬をつきながらぼやいた。

 流石にイオもその言葉に対してはなんのフォローも思いつかなかった為、

「あ、あはは……」

と苦笑するにとどめる。

 と、そこへルーミアが人妖レンジャー達との輪から抜け出して来て、

「イオ!片付け終ったんだったら早く行こうよ!博麗神社の方、花火がよく見えるんだって!慧音が言ってた!」

「お、おっとっと……そんなに急がなくても大丈夫でしょ?まだ花火が打ち上がるにはちょっと早いし」

手をひっぱりながら告げる彼女に、イオはちょっとこけかけながらも苦笑してそう言ったが、ルーミアはなおも引っ張りながら、

「だからだよ!こういうのは速度が重要なんだから!一番いいとこ知ってるんだ!」

そのまま空へと飛びあがっていこうとした。

 慌てたようにイオがそれに合わせて空を駆けあがり、博麗神社の方へと彼らが飛び去っていく姿が見える。

 ルーミアが大人化しているせいもあってか、彼らの様子が何だか恋人のそれのように見え、見送っていた咲夜が思わず微笑ましそうに表情を変化させた。

 同じように楽しそうなルーミアを微笑みと共に見つめながら、

「……やれやれ。ルーミアは一直線ねぇ」

と、紫が静かに呟く。

「……見る限りではありますが、彼女はイオの事が好きなのでしょう。彼のような穏やかな気性で人間、妖怪分け隔てなく接してくれる人物と言うのは、とてもじゃないですが見つからないと思われますし」

フッと紫の傍に藍があらわれ、夜空へと消えようとしている二人を眺めながらそう告げた。

 咲夜も、そんな彼女たちの言葉に否定するものがないようで、穏やかに微笑みながら黙って彼らを見送っている。

 すると咲夜に、人妖レンジャーと共に見送っていた魔理沙とアリスが近づいてきた。

「あいつ等も行っちまった事だし、咲夜も一緒に博麗神社行こうぜ?霊夢もそろそろ神社に戻ってる頃合いだろうしな」

「イオに、ゴーレムの事訊けるかしらねぇ……」

「止しなさい。あの二人の邪魔をすれば、馬に蹴られるわよ?」

ニヤニヤと何かを企んでいるような笑みを浮かべている魔理沙と、真剣な眼差しのまま色々と考えている風なアリスに、咲夜が呆れたような表情でそう突っ込んだ。

 だが、魔理沙は悪びれもせず、

「いいじゃないか。一遍アイツの気持ちと言うのにもちょっと興味があったんだし。この幻想郷の事も含めて、アイツが本当に好きな奴が誰なのか、賭けてみないか?」

「……イオがブチ切れても私は知らないわよ。イオ、そういう気持ちを大事にするでしょうし。怒りのあまりにきついお仕置き受けても私は無関係を装うからね」

はぁ、とため息をつきながら魔理沙にそう告げた咲夜は、静かに目を閉じるとフッと空へと飛び上がって行く。

 すかさず魔理沙が箒を召喚し、飛び乗って後を追いかけると同時、アリスもまた空を飛びあがって行った。

「……やれやれ。今夜は嵐が吹き荒れそうねぇ……」

彼女たちの姿が消えた、月が浮かぶ晴天の夜空を見上げながら、紫はやや疲れたように溜息をつく。

「警戒をしておいた方がよろしいでしょうか?」

「でしょうねぇ。結界、よく見張っておきなさいね?それと、イオの事もそれとなく見ておきなさい。ルーミアがいるとなると、あの鴉天狗も黙っていないかも知れないから」

ちらり、と何処かに視線を向けながら、紫は藍の言葉にそう返すのであった。

 

―――――――

 

――博麗神社、境内。

 月明かりで薄らと見える石畳に降り立ったイオとルーミアは、ルーミアが案内する先にある神社――の屋根上へと上がっていた。

「……いやまあ、ここならよく確かに良く見えるけどさ。かなりひねりがなさすぎる気がするんだけど」

「むぅ……いいでしょべつに~」

ちょっと呆れたように首を振っているイオに、ルーミアがやや膨れ面になりながら言い返す。

 そっと屋根の瓦部分に腰かけながら、二人は会話を続けた。

「……にしても、もう秋か……冬の景色って、どういう風になるんだろうね?」

「う~ん……前に、やたらと寒い思いだけはしたことはあるけどねー」

腕を組みながら、ちょっと考えている風のルーミアに、イオは少し驚いて、

「へぇ?ちなみにどういうのだったの?」

「うん……前に、終らない冬なんて異変があったんだけどね~……」

そのままルーミアが、彼女の視点で感じた異変、即ち以前イオが霊夢から聞いた『春雪異変』の事を説明していく。

「――ふぅん……霊夢からちょっとだけ聞いた事があるけど。すごく寒かったんじゃない?その異変の間は」

「寒いを通り越して痛かった。風が強くてね、吹雪が毎日起こってたくらいだから」

もう二度とああいうのはごめんだなー。

 ぶらぶらと足を屋根の淵から出して遊ばせながら、ルーミアがやや沈んだ表情になってそう呟いた。

 そんな彼女に、イオが安心させるようにして微笑みを浮かべると、

「ま、今は僕の家があるし。今年の冬はそんなに寒くはないと思うよ?薪だって僕の力でたくさん生み出せるし」

ポゥ……と、右手に能力を用いて生み出した乾いた木の角棒を持ち、ひゅん、ひゅんと風を切りながらイオがそう告げる。

 そのまま短いナイフ状にも、或いは木刀にも自由自在に変化させながらイオが黙ったままでいると、ルーミアはやっと吹っ切れたのか、にっこりとイオの方を向いて笑い、

「うん、そうだね。……えへへ」

少しの間の後に、何処か照れくさそうな笑みに変化させ、彼女はそっとイオの肩に頭を載せた。

「ん?……どうしたの?」

いつもと違う様な雰囲気を漂わせているような気がして、イオは不思議に思いながら彼女にそう問うと、すりすりと頭をすりつけながら、

「うふふ、なんでもなーい♪」

そう言いながら、彼に甘え続けているルーミア。

 そっと眼を閉じてそうし続ける彼女は、大人となった所為もあってか、何だかさびしそうにも見え、イオはちょっとだけ目を見張った。

 だが、すぐに好きなようにさせようと思ったのか、フッと穏やかな笑みを浮かべてその金色の瞳を空へと向ける。

――そんな彼らを、頭上に輝く月は……優しく穏やかな銀光を投げかけていた。

 

―――――――

 

「――ね、ねぇ……もうやめにしない?あの二人の空気に毒されそうなんだけど」

えらいもの聞いたとばかりに、砂糖を吐きそうな表情でアリスがそう声をかける。

 だが、彼女が声をかけた当人は、咲夜達と共に人里を出てから興味津々と言った風で屋根上の二人を見続けており、

「いいだろ別にさ。あんなにいい雰囲気出してるの、初めて見たんだし。……にしても、こりゃルーミア一択かぁ~?」

ニヤニヤと笑いながら出歯亀をし続けている魔理沙は、隠し持っていた双眼鏡と呼ばれる遠望する時の道具でジッと眺め続けながら呟いた。

 どうして彼女たちがイオ達の会話を聞けているのかと言うと……

『――シャンハーイ』

アリスの作った人形である、『上海人形』が彼女たちの耳となっているためである。

 アリスがこの人形に対し、一時的に光学迷彩のようにして周囲の景色に溶け込ませているために、かなりの近距離で魔力による盗聴が可能になっているのであった。

 とはいえ、流石に一つの物体に対して二つも付与はかけられない為に、聞くことだけに特化した状態であり、故に魔理沙が双眼鏡を用いているのである。

「こ、これ絶対ばれるから!早く止めましょうよ!?」

「まあまあ、そんなに慌てんなって。よく見てみろよアリス、あいつ等全然気づいている風じゃないぜ?」

尚もニヤニヤしながら魔理沙がそう言った時だった。

 

「――何やってんだお前らは……」

 

ぎっくぅ!!

 呆れたようなその声に、アリスと魔理沙が揃って肩をすくませる。

 恐る恐るといったように後ろを振り返った二人は、そこでイオの親友――ラルロスがやれやれと首を振っているのが見え、一気に顔を青ざめさせた。

「い、いや別に何にもしてないぜ!月の表面どうなってんのか見たかっただけだし!」

慌てたように魔理沙がそう告げるが、ラルロスの表情は呆れたままで、

「……かなり無理がありすぎねぇかそれ。全く……アリス、その盗聴とっとと止めとけ。――とっくにアイツは気づいてるぞ?」

「――嘘ッ!!?」

驚愕の声を思わずアリスが洩らすと同時に、パキャァン……と、何かが割れる気配をアリスは感じ取る。

 ぎくり、と再びアリスが肩を竦ませたのを見つけ、魔理沙がどんどん顔を青ざめさせると同時に、ごくりと唾を飲み込んでアリスに問いかけた。

「も、もしかして今の……」

「……上海にかけてた光学迷彩の魔法が、解けた……?」

信じられないという表情で、茫然とアリスがそう声なき声を洩らすと同時。

 

「――マリサ。アリス。ナニヲ・ヤッテ・イルノカナ……?」

 

地獄から響いているのかと思わせるような、おどろおどろしい声が彼女たちに掛けられた。

「あー……うん、まぁお前らの自業自得だなこりゃ」

目の前ではぁ……とため息をつきながら呟いたラルロスが、ガシガシと頭をかいているのを見ながら、魔理沙とアリスはぎ、ぎ、ぎ……と後ろを振り返る。

 

――そして、後悔した。

 

「ウフフフフフフフフフフ…………!!」

 

そこに、修羅が顕現していたからである。

 ガシャリ、と刀の鍔を鳴らしながら双刀『朱煉』を両手に持ち、乾いた笑い声をずっと響かせている彼は眼に光が存在していなかった。

 その彼の後ろ側にルーミアが、金髪のロングヘアーで、丁度アリスが今着ているような、トリコロールカラーの衣装を着ている人形を両手で抱えながら立っており、どうにも苦笑しているように見える。

「……どうも、変な魔力が漂ってるなぁと思ったらさぁ、近くで違和感を感じて斬り払った結果がこれだよ?ねぇ……何を、あの人形の子にさせてたのかなぁ……!!?」

バシッバシバシッ!と空気が弾けるような音を響かせながら、体の所々で気を暴発させている彼はどうやらかなり頭に来ているようで……

「な、なんでそんなに怒ってるんだ!?私達、そんな悪いことしたか!?」

「…………へえええ、しらばくれるんだ……?――オシオキダネ?」

 

――参式漆式合成、『絶刀空牙』――

 

参式『煌輝光顕』と、漆式『青嵐華焔』の二つの技が合わさった居合と斬撃の剣術が、アリスと魔理沙に襲い掛かった。

「ひ、ヒィィィ!!?」

「ま、魔理沙はそこに止まっていなさい!――ハァッ!!」

大慌てでアリスが全力で以てバリアを張ると同時に、ギギギギィン!!と金属音がアリスのほぼ目の前で発生し、幾つもの銀閃が煌いたのをかろうじて視界が拾う。

「ちょ、ちょっと今のは洒落にならないわよ!?」

「知った事じゃないよそんなの。僕たちの会話、盗み聞いて楽しかったかい?」

眼が笑っていない笑顔を浮かべながら、イオが尚も超光速の居合を繰り出した。

「く……ち、力込めすぎよ!!?」

必死になって防ぎながらアリスが抗議するが、イオはその声に耳も貸さずに黙々と居合を繰り出し続ける。

 

――そして、全力で張った強硬な障壁に罅が入った。

 

「――!?」

驚愕で眼を見開いたアリスが、慌ててその罅が入った箇所を直そうとしたその時。

「――はあああ!!」

 

――貳式『断空貳撃』――

 

八双からの強烈な十文字斬りが、彼女の障壁に襲い掛かり、

 

――パッキィイイイン!

 

音高く、驚くほど呆気なく破壊されてしまった。

「あ、あああ……」

「ちょ、ちょっとこれは……!?」

恐怖で身が凍り、がくがくと震えている魔理沙とアリスに、しかしイオは淡々と刀を納めると静かににっこりと笑い。

 

――能力で以て、彼の脚元より大量の木の蔓を召喚した。

 

「ちょ、それ……!?」

「い、嫌だぁああああ……!!」

トラウマを刺激されたのか、魔理沙が心底からの恐怖の表情を浮かべ、箒に飛び乗り一目散に逃げ出そうとする。

――だが、それは叶わなかった。

 なぜなら、彼女の足に蔦がものすごい勢いで絡みつき、しっかと逃がさなかったからである。

「ひ、嫌だ嫌だ嫌だあああ!!?」

大声で叫び足をばたつかせる魔理沙。

「く、は、離しなさいよ……!?」

魔理沙の様に早く動けなかったがために、あっという間に蔓に絡みつかれたアリス。

 そんな二人にイオは彼女たちの目の前に立つと。

「さて、と……魔理沙、アリス」

 

――カクゴハデキテルヨネ……?

 

「「い、いやあぁぁ……………………!!??」」

夜空に、少女たちの悲鳴が高く響き渡るのであった。

――合掌。

 

―――――――

 

「……えげつねぇぞ、流石に」

「静かに過ごしたかったのに邪魔したのは彼女たちだよ?僕は悪くない」

開き直るようにしてそう言い放ったイオに、ラルロスは頭を抱える。

 そんな彼らの前の石畳の上では、ルーミアがつんつんと何かをつつきながら、

「……大丈夫?凄く擽られてたけど……」

と、ぴくぴくと痙攣を続ける罪人たちにそう尋ねた。

「こ、これが大丈夫に見えたらそいつは絶対医者にかかるべきだぜ……」

何とか這いあがれる程度にまで回復したのか、罪人の一人――魔理沙がプルプルと震えながら体を支えるようにして両手を突っ張りつつそう告げる。

 その顔は先程の青ざめたものからそんなに変わっておらず、いかに彼女がイオに対してトラウマを植え付けられているのかが察せられた。

 その横に倒れ伏したままにある、もう一人の罪人であるアリスはというと……

『しゃ、シャンハーイ……?』

彼女の作った人形である上海が、人形にしてはそれなりに表れている戸惑いの表情で、アリスを揺り起こしているのが見える。

 だが、どうやらアリスはイオの報復である地獄の擽りタイムからの生還が成されておらぬようで、上海人形がだんだん戸惑い→困惑→慌てるの三拍子で表情が変化していくと共に、どんどん揺り起こす動きが激しくなっているようだった。

『シャシャシャンハーイ!!?』

必死になって上海人形が呼びかけている姿を、イオは意図的に無視してルーミアに向き直ると、

「さて、と……時間が来そうだし、屋根上に登ろっか?」

「うん!」

声をかけると同時に、ふわり、と空へと飛び上がって行く。

 その姿を見送ったラルロスは、しっかりと彼らが屋根上へと姿を消したのを確認すると、

「やれやれ……行ったぞ二人とも」

と、呆れたように首を振りながら声をかけた。

――ガバリ、とほぼ同時に二人が立ち上がり、ぜぇ、ぜぇ、と何かを我慢していたかのように荒い息をつきながら、

「や、やっと解放されたんだぜ……も、もう二度と、あの擽りは食らいたくない……!」

「ど、同感よ……あんなに凶悪だったなんて思いもしなかったわ。あれじゃ、拷問そのものじゃないの……!」

恐怖によって彩られている二人の表情に、ラルロスは深いため息をつくと、

「お前らアホだろ。あいつは単純に家族と一緒に静かに過ごしたかっただけだろうに」

「……あれ、家族に対する態度なのか?なんか、恋人みたいになってた気がするんだけど?」

やや、息が乱れているのを整えながら、魔理沙がジト眼でイオ達が消えた方向を見てそう尋ねるが、ラルロスはそれに同意するように少し頷き、

「基本的に、アイツは身内に対してはかなり甘くなる傾向にあるからな。傍からすれば恋人に見えたとしても、アイツにとっては妹を甘やかしてる兄のつもりでいると思うぞ」

「なんだそりゃ。あの態度でかよ……聞いてたこっちは砂糖を吐きそうになったぜ」

やれやれ……と、やっと調子が戻って来たのか呆れたような表情で魔理沙が首を振りながらぼやく。

 そんな彼女にラルロスがジト眼になって、

「さっきまでニヤニヤしていた奴が何言ってんだ」

と、突っ込んでから深いため息をついた後に、首を数度横に振って、

「ったく、ホントにアイツはからかわれやすいことばっかりしてんなぁ。何時か刺されそうで怖えよ」

女難の相が浮かんでいるとしか思えないイオの女性関係に、呆れたようにそう呟いたのであった。

 

―――――――

 

……息を吹き返した罪人たちが、イオを怒らせるのはもうやめにしようと内心で誓いあっていた頃、ルーミアとイオは再び屋根上へ戻っていた

「……やれやれ。変なのに邪魔されたけど、これでやっと落ち着いて花火を見れるね」

「うん、そうだね~、すっごく楽しみ!」

えへへっと輝くような笑顔を浮かべているルーミアに、イオもほっこりとして笑い、そのまま視線をやや弱い光を投げかけている月へと向ける。

 秋に入ったためなのか、やや肌寒くなりつつある空気に一つ息を吐き、イオがルーミアを流し眼でみやりながら、

「ルーミア、寒くないかい?寒かったらちょっと裏技で温めるけど」

「ううん、大丈夫。秋らしくていいよね~」

「……そう、だね」

相変わらず、月を見るたびに故郷を思い返すイオは、彼女の言葉に再び月へと目を向けてやや上の空で言葉を返す。

 そんな彼に、ルーミアは静かに微笑を浮かべ……

「……ねぇ、イオ。今更になっちゃうけどさ」

 

――私を、イオの家に住まわせてくれて、有難う。

 

「……どうしたんだよいきなり」

一瞬驚いたようにルーミアを見やった後、イオはやや苦笑めいた微笑を浮かべてそう尋ねた。

「んーん。何となく、今しか言えないような気がしたから」

ちょっぴり寂しそうに微笑みを曇らせ、ルーミアがそう呟くようにして告げる。

「なに言ってるんだよ。お礼なんかいらないって。……僕の、料理を美味しそうに食べてくれるのが一番嬉しかったから。それに、情が湧いてきた事もあるし」

瞑目しながら、イオが屋根の淵から出している足をぶらぶらとさせつつそう言うが、ルーミアは首を振って、

「イオ、普通の人にも、人里の人間にも、私のように人を喰う妖怪は恐れこそしても、こうして暖かく迎えてくれるような人なんていなかったよ?」

イオがこの世界に来て、ルーミアと出会って、そうして穏やかに暖かく過ごせる一時を得られた事は、僥倖を通り越して奇跡に近かった。

 そもそも、人里は妖怪の脅威を正しく伝え、妖怪を恐れることによって妖怪たちを存続させんがためにあったわけであるが、此処にイオという異分子が混ざることにより、ある種の変化が発生したのである。

 それまでにもやや人間と妖怪との遭遇と言うのは、人里の外では恐怖でしかなく、人里の中にあっても、幾ら襲わぬように言われているとはいえ、その異形の姿、そして人と異なる身体能力によって畏怖の対象でしかなかったのが、イオと言う緩衝材が間に入ったことによって、幾らかそれが薄らいできたのであった。

 そしてそれは、ルーミアにも言えることであり……

「――温かいご飯なんて私には想像できなかったし、そもそも人間しか、それもそんなに多くもない数しか食べなかった私に、あんなに多く食べさせてくれた。何でもないように私に接してくれる事が、私には、本当に嬉しかった」

そっと、イオの体に身を寄せながら、ルーミアは述懐する。

「夜に、何だか眠れなかった私が、こっそり寝床に入り込んでも腕枕してくれた事も。毎日のように、レパートリーが豊富な料理もたくさん食べさせてくれた事も。――何より、私が妖怪であっても、私と言う自我を見ていてくれた事も」

凄く、嬉しかったんだよ?

頭を肩に預けるようにしながら、ルーミアは微笑みを浮かべたままそう告げた。

 その言葉に、イオは黙したまま瞑目するのみ。

 だが、ルーミアはその様子に頓着せず、ある言葉を告げた。

 

「――あのね。私……イオのお陰で、元の力を取り戻せたみたい」

 

「……そう。紅魔館に向った時から、どうにもルーミアの様子が可笑しかったからさ……何らかの隠し事があるんだろうなとは思ってたけど」

とうとう自分の抱えていた秘密を打ち明けた彼女に、イオはしかし、別段驚くそぶりもなく静かにそう告げる。

 その様子にルーミアは苦笑して、

「うん……やっぱり、ばれてたんだね。――あのね。私、もともと封印されていた存在なんだ……って言ったら、イオは信じられる?」

「――封印……?どういうこと?」

流石のイオも、思わぬ言葉を聞かされ、ぎょっとしたようにルーミアを見るが、彼女はそんな彼に微笑みを浮かべるばかりで何も告げなかった。

 その様子を見て、思い当たることがあったのか、イオがはっと表情を変化させ、

「もしかして……元々ルーミアは子供の状態ではなかった……そう言うことなの?」

普段の幼い少女の姿を思い返しつつ、勢い込んで尋ねる。

 すると、彼女は静かにうなずき、

「うん。今みたいに、成長した姿の状態になるまでには時間がかなりかかったけれど……それでも、こうしてイオと話している今の姿で、それなりに長い間過ごしてたんだー。たま―にお腹がすけば、食べ物持ってる旅人襲って、飢えを満たしてね」

で、そうこうしていくうちに、幻想郷にたどり着いたの~。

おっとりとした雰囲気でルーミアがそう告げると、その言葉の中に聞き捨てならないものを聞き取ったイオが慌てた様子でルーミアに、

「ちょ、ちょっと待って……幻想郷って、どれくらいの歴史があるわけ?」

見た目が少女であるとはいえ、妖怪である以上は見た目と違って年経ている事は分かっていたものの、彼女の言葉を聞いていると、彼女が思いもよらぬほどの歴史を積み重ねているとは到底思えなかった。

「んー……多分、一千五百年くらい前……だったかなぁ?少なくとも、覚えている限りだと、その位結構昔に紫が創ったと思うよ?」

「……はぁ。なんてこった」

割と予想外だったこの事実に、イオはやや疲れたように頭を掻く。

「そうなると、ルーミアも同じ位ってことだよねぇ……はぁ……身近な人が古い歴史持ってるなんて到底思わないって」

「慣れるしかないと思うよ~?……それでだけど、私が幻想郷にやってきたときにね、初代の博麗の巫女に、目をつけられちゃったんだー」

「……あっ」

 つい先日、イオが萃香と共謀して起こした宴会続きの異変、あの時の霊夢の数倍怖いのが襲いかかってきたと推定すれば、呆気なく死ぬ運命しか見えないことに、イオはやや冷や汗を流した。

「もう、本当に容赦なかったからねぇあの巫女。リボンにした御札で封印の蓋を模られて、完全に力と経験を封じられちゃったんだよー……お陰で、起きた時はもうイオに会う前の、いかにも子どもとしか思えないような状態にまで成り下がっちゃったんだ」

「……それで、僕が拾った後に料理を食べさせていたおかげで力と経験がどんどん戻ってきたんだね……」

彼の料理を食べ続けていた所為で、出会った当初は子供らしかったルーミアが、不自然なまでに知識を持ち始めた事によって、イオは彼女の異変に気付けたが、そうでなければいつまでもルーミアを子供の妖怪として接し続けていただろう。

 そう考えてみると、それなりに数奇な運命をルーミアは辿っているようであった。

 考えにふけるそんなイオが、ふとして、とある問いを投げかける。

「今更すぎるようだけどさ……どうして、ルーミアは自分の正体を明かしてくれたんだい?君が元々強い妖怪だったなんて言われた所で、大したことじゃないようにも思えたしさ」

紅魔館に赴く前の、ルーミアとチルノの掛け合いで、危うく自分の正体を明かしそうになって慌てていた事を知っているだけに、イオはかなり不思議に思っていた。

 その言葉に、ルーミアはやや苦みが強い苦笑を浮かべて、

「イオの、私を見る目が……変わっちゃうのが怖かった。結局のところ、それがすべてだったんだと思う。イオの優しさが、私の正体を知った所為で消えたなんて、考えたくもないことだったから」

「……はぁ。ルーミア、君、馬鹿すぎるよ。僕がいちいちそんな事を気にするような奴だと思ってるんだったら、大いに間違ってる。あの時言っただろ?どんな事だろうと、僕はルーミアをちゃんと受け入れるってさ」

呆れたように溜息をつき、イオは彼女の頭を撫でながら微笑みを浮かべてそう告げる。

 その表情、そして言葉に、なんら嘘のかけらさえない事は明白だった。

 その事実に、

「……えへへ。うん、だから、こうして打ち明けようなんて、思えるようになったの」

照れくさそうに、そして目端に光る物を浮かばせながら、ルーミアは大人しくなでられるがままに甘える。

――そして、ヒュルヒュルと何かが空に向って打ち上げられた。

 

「ィォ。――――」

 

特徴的な爆発音と共に、夜空に大きく花が開く。

 イオは色鮮やかに光放った花火達を眺めながら、ルーミアに向って、

「ねぇ、ルーミア。今、何か言わなかった?」

と尋ねたが、彼女は笑って何も言うことなく空を見上げたままだった。

(……おかしいなぁ。確かに、ルーミアが何かを言ったような気がしたんだけど)

この分だと、気のせいなのだろう。

 そう思い、イオは気にしないことにした。

――だから、気付く事が出来なかったのだと言えよう。

(……言えない、もう一回『大好き』だなんて言うの。照れちゃうし)

仄かな思いを、イオに撫でられ照れくさそうに笑う少女が胸中に抱いているなどとは。

……どうやら、イオをめぐる女性関係は、それなりに複雑になりつつあるようであった。

 

――――――

 

「……むぅ」

彼らの様子を見て、かなり複雑そうな表情を浮かべている者が一人、空にあった。

「ん?どうしたってんだい鴉天狗。…………お?ありゃ、何でも屋じゃないか。横にいるのは……何かおっきくなってるけど、宵闇の小さいのかい?……ははぁ、成程なぁ」

ふわふわと空中に浮かびながら酒をかっくらい、ニヤニヤと同行者である鴉天狗――射命丸文に向って、意地悪そうに呟く。

 その様子に、ややたじろいだ射命丸が、

「な、何ですかいったい。私、何も言っていませんよね?」

自身の心を悟られまいとしてか、剣呑な目つきになって同行者――伊吹萃香に向ってそう言い放った。

 そんな彼女に、萃香は尚もニヤニヤしながら顔を射命丸に近づけ、

「いやいや、普通の天狗だったら、それなりに強いだけの人間程度に友情も恋情も持たないからねぇ。アイツの何処を気に入ったのか、今更ながら気になり始めてきたんだよ」

「れ、恋情は持ってませんよ!?何を言い出すんですか萃香様!?」

イオはただの友達です!!と叫んでいる文に、萃香はほほぉ?と言いながら、

「おや、そうなのかい?だったら、なんであいつの横に可愛らしい子がいるだけで、そんなに不機嫌そうな表情になってるんだろうなぁ?」

けっけっけ、と笑いながら絡みまくる。……傍からすれば、酒飲みの絡み酒でしかない。

――その上、彼女は今の射命丸にとってとんでもない爆弾を放ってきた。

「それに、だがよぉ……あの宵闇の、どうやらイオに懸想を抱いているみたいだしなぁ」

「……え……?」

目を丸くし、まじまじと萃香を見つめる射命丸。

 やや、月下の光で青ざめたようにも見える彼女に、萃香は気づいているのかそうでないのか、眼を閉じてクックックと笑いながら、

「何ともいじましいじゃないか。ま、あの何でも屋が誰に対しても分け隔てなく接してくれるからだろうが。霊夢と同じような感じがするねぇ……変な所で、まるで兄妹みたいに性格が似てるんだものなぁ」

面白いねぇ、と再び酒を飲みながらそう萃香が呟くと、

「……仮に、あの宵闇の妖怪がイオの事を好きだとして……それが、一体私に何の関係があると思ってらっしゃるんですか?先程から申し上げていると思うんですが……イオは、私にとって大切な友人。それ以上の何者でもありませんよ?」

表情が抜け落ちたかのような真顔で、射命丸がそう言い放った。

 およ?と萃香がそこでやっと射命丸の方に顔を向け、直後驚いたように目を見張った後、やれやれ、と言わんばかりに深いため息をついて、

「全く……からかったのは謝るよ。そんなに警戒せんでも私は別にお前さんの気持ちなんざ言いふらす気は毛頭ないさ。これは鬼の血に誓って言えるね。ただなぁ……お前さん、本当にあの何でも屋の事はそれで押し通すつもりかい?」

それだと……いつか、壊れてしまうぜぇ?

 射命丸よりも長くそれなりに生きし故の萃香の言葉に、射命丸はそっと顔を俯けると、

「……だから、イオとは別に何でもないと、申し上げているじゃないですか……」

力無い声で、そう言い返す。

 月光の影に遮られた彼女の表情は、萃香のいる方からは見えないが、どうにも泣いているようにさえ見え。

 

 そんな彼女を嘲笑うかのように、ドドーン、ドドーン、と相も変わらず色鮮やかに花火が打ち上がり続けていたのであった。

 

 




さてさて、イオの女性関係にまつわるお話でした、と。
これからまとめて連続投下しますので、よろしければお読みくださいませ。


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第三十八章「慌ただしきは師走の年末」

 

――冬。

 あの秋祭りから二カ月と少しして、彼にとって初めての季節が訪れようとしていた。

 無論、元の世界でも冬を経験した事がないわけではないのだが、元々が温かい気候のせいもあってか、ジルヴァリア大陸最東端の国であるクラム国では、あまり雪を見かけたことがなかったため、幻想郷での冬景色と言うものにかなり興味を抱いている。

――そんな彼の思惑とは裏腹に、今朝の空は隅から隅まで晴れ渡っているのが皮肉であったが。

 玄関近くにある郵便ポストの横で、空を仰ぐようにして見上げ、

「……ラルロス、大丈夫かなぁ……」

そう呟きながら、恐らく仕込んだであろう魔法陣があると思しき方向へ眼を向ける。

 彼の親友は、あの秋祭りの後、永遠亭にて仕込んであった世界間転移魔法陣をこの幻想郷に遺し、元の世界へと帰還したのであった。

『また、こっち来るからよ、この魔法陣は残しといてくれ。あのスキマの妖怪もちゃんと知ってることだから安心しな』

(……全く。本当に抜け目ないんだから。紫さんかなりやきもきするかもなぁ)

幻想郷の外に広がる世界とは別の異世界からの転移魔法陣など……正直、かなり危険なのではないかと思ったが、ラルロスを見送ってからも紫が一向にあの魔法陣を消す様子がない為に、まぁ、大丈夫だろうとは考えている。

(紫さん、どうやら進み過ぎた技術が持ち込まれないようにしているだけで、魔法等の幻想そのものが入ってくることに対しては余り何も言わないつもりらしいし)

もしかすると、イオ達の世界を幻想の避難先としても見ているかも知れない。

 聞いたところによれば、幻想郷の外に広がる世界と言うのは、アルティメシア世界とは異なって人であふれかえっており、魔法等の幻想は消えうせた代わりに技術が進み過ぎているのだそうだ。

 そうなると、イオ達の世界と比べ、遥かに幻想が住めなくなっている世界なのであろうとイオは見ていた。

(……あの妖怪の賢者の事だし、もし、幻想郷の結界が消えてしまうかもしれない事態に陥ったならば、僕たちの世界へ飛ばすとか考えるかも知れないしね)

「まぁ、そうなったらそうなったで別に何も言うつもりはないけどさ……それなりに、歓迎はするだろうし」

「――何を呟いているのー?」

ぶつぶつと、イオがこれから先の事を呟いていると、声を掛けられる。

 ん?と、イオが声のした方へと目を向けると、そこの玄関の上がり口に、もこもこの半纏に包まれた何かがいた。

――否、何かではなく、どうやら寒さからかなり着こんだルーミアの様である。

「……そんなに寒いんだったら部屋で温まればよかったのに。どうしてわざわざ外に出てきたんだい?」

「うー……だって、部屋で眼を覚ましたらイオの姿が何処にも見えなかったんだもん。寂しかったんだよぅ」

若干、うるうると眼を潤ませながら、ルーミアが半纏に包まれたままイオに近づきそう告げてきた。

 その様子にイオがやや驚いたように眼を開いてから、疲れたように嘆息すると、

「いや、あのさ……ルーミア?その姿に戻ってから、何かやたらとくっついてくる度合いが増してない?大丈夫なの?」

と、子供の姿に戻ったルーミアへ、呆れたようにそう尋ねる。

 すると、彼女が頬を赤らめて、

「べ、別にいいでしょー?寒いだけだし!」

と言うと、そのまま玄関から出てきてイオの腰にひっついてきた。

 若干、その耳が赤くなっているようにも見えたイオは、やや心配そうにその顔を覗きこもうとするが、彼女がうまい具合に太腿に顔を埋めているために、その様子がうかがい知れない。

 諦めたイオが溜息をつき、ふと、そこで何やら視線を感じて周りを見回した。

 すると、イオの家の近くで聳え立っている大きな木の陰から、こっそりと誰かが覗きこんでいる気配がするのを感じ取る。

「……?どなたですか?依頼があるなら受け付けますよ?」

犯罪以外で、ですけど。

 そう言いながら、イオがルーミアをくっつけたままの状態で木の陰に近づくと、慌てたようにそこから誰かが飛び出してきた。

「あ、といや、そのだな……」

わたわたと、慌てたように手を動かしているのは、いつも世話になっている半妖の慧音。

 何やら、イオとルーミアを見比べては何を想像しているのか、少しばかり頬を赤らめているのがおかしく見えた。

「……何やってるんですか慧音先生。何かご用だったんでしたら、声をかけてくれればよろしいでしょう?」

呆れたように首を振りながらイオがそう慧音に尋ねると、彼女はびくっと何故か体をはね上げさせ、

「い、いやその私は邪魔だったんじゃないかと」

「何がですか、もう。少し落ち着かれてください。ルーミアもキョトンとしてますよ?」

挙動不審な慧音の姿に、イオはやれやれと思いながらもそう告げる。

 ルーミアも、やっと先程の様子から戻る事が出来たのか、眼をぱちくりとさせながら、それでもイオにくっついた状態で慧音を見ていた。

「それで、今日はどんなご用事ですか?依頼でしたら、受け付けますけれど」

一応、年末年始を除いて年中無休のつもりでいますし。

 ルーミアの頭を無意識に撫でながらイオが慧音に向ってそう尋ねると、慧音はやっと我に返ったようで、こほん、と咳払いをすると、

「……済まなかった。そうだな、今日はイオに依頼を持ってきたんだよ。知っての通り、今は冬だ。どうしても、懸念を抱かざるを得ない物があってね」

「う~ん……慧音先生が懸念しているとなると……もしかして、薪などの燃料ですか?」

食料であれば、今年は豊作でしたから大丈夫でしたでしょう?

 考えるそぶりを見せながらイオがそう慧音に尋ねると、彼女は深く頷いて、

「ああ、私とした事が……この事を忘れていたんだ。幸い、人里の方は普段から備えるようにと注意している事もあって、蓄えはちゃんとあるんだがね。心配なのは、私の友人の方なんだよ」

「……あぁ。あの露出狂で、きれいな白い髪の蓬莱人の方ですか」

彼女の言葉を聞き、ぽん、と手を打ちながらイオがそう告げると、慧音は頬を引き攣らせ、

「…………その、なんだ。妹紅は露出狂ではないからな?」

「ええ、隠れ露出狂なんですよね?あんな普段から言動が荒い割に、かなり変態ちっくな趣味をお持ちだとは思いませんでしたから、初対面の時は本当に吃驚しましたよ」

ニコニコとしながら毒を吐いてくる、普段の温厚で穏やかな気性のイオから想像も出来ない姿に、慧音はますます頬を引き攣らせ、ルーミアも驚いたように彼を見つめている。

 幾分、カオスな状況になっていることにそこで気付いたのか、慧音がこほん、と再び咳払いすると、

「……君の、妹紅に対する態度はさておいて、だ。幾ら蓬莱人という死なない体であったとしても寒さにはやはり堪えるようでね……申し訳ないんだが、あいつに薪を作ってあげてくれないだろうか?ある程度、束を作っておけばあいつも少しは温まれるだろうしな」

本当だったら、妹紅を私の家に引っ張り込みたいほどなんだがね。

 はぁ……とため息をつく慧音に、イオはやや目を丸くすると、

「およ?慧音先生が諦めているなんて、余程頑固な方みたいですね?」

あの時の彼女とは少ししか会話を交わしていないが、それなりに義理人情はあるらしきような感じもしたのだが。

 イオの問いに、慧音は再び溜息をつくと、

「そうなんだよ……全く、あいつの頑固さにはほとほと手を焼いているんだ。気にしなくてもいいような事を、あいつが気にしているから……」

そのまま、ぶつぶつと妹紅に対する愚痴なのか、呟き始めた彼女にイオは慌てて話題を元に戻そうとして、

「じゃ、じゃあ僕は家に戻りますよ。また、慧音先生の所に行きますから、その時薪の束持っていきますね」

「……むぅ。まだ、あいつに対する愚痴が終わっていないのだがな……仕方がない。イオ、薪の事は頼んだぞ?」

まだまだ言い足りなさそうだった彼女だったが、最終的にイオに依頼を託すことが最優先と思ったのか、やっと眉間を元に戻すと朗らかに笑いながら去って行った。

 やれやれ、とイオは慧音の愚痴から逃れられたことに安堵の息を洩らし、ふと、ルーミアがこっそりとイオを覗き込んでいることに気づいて苦笑すると、

「……どうしたの?何か気になるような事でもあった?」

穏やかなその声に、ルーミアがはっと我に返ると慌てたように首を振り、

「う、ううん!何でもない!」

「……変なルーミア。っと、いけないいけない。今日の依頼を確認しておかなきゃ」

フッと穏やかに微笑んだイオが、すぐに慌てたようにポストの中身を確認しようとして動きだす。

 置いて行かれる形になったルーミアであるが、何やらイオの姿ばかりを見ているようで、やや茫然としているようにも見えた。

 そんな彼女の様子にイオは気づく様子もなく、慌ただしい様子でポストの中身を覗き込んでいるようである。

「……むぅ。やっぱり、年末が近づいてきてるせいか、結構依頼があるなぁ」

恐らくではあるが、年末だからこその行事とも言える大掃除の手伝いをしてほしいという様な依頼かも知れない。

 流石に、こういうものは一人で賄いきれる量ではない為に、イオはいつも裏技を持ち出していた。

「……アリスに見つからないようにしないと。流石に、分解はしないだろうけどさ」

やはり、生涯(不老不死である点で生涯も何もないが)の目標たる『自律人形の制作』というものが関わっている所為か、アリスの付き纏いようはとんでもないものがある。

 よし、とイオは一言洩らすと、ぱん、と何かに祈るようにして柏手を打ち――直後、イオを中心として其れなりの大きさの魔法陣が生み出された。

「わわっ!!?い、イオ何してるの!!?」

慌てたようなルーミアの声に、およ?と首をかしげたイオは、ルーミアのいる方へと目を向けてみると、あと少しと言う所で魔法陣の外円に触れかけている彼女を見つける。

「ありゃ、ごめんよルーミア。ちょいと言い忘れてたや」

あっはっはー♪と笑うイオに、ルーミアは憤激して、

「忘れてたやじゃないよ!いきなり魔法陣をつくってどうする心算だったの!?」

「ん?いや、創ってたゴーレム召喚するだけだよ。安心して、そんなに大したもんじゃないし」

「そう言う時点でとんでもないのが来そうだから怖いんだよ!?」

あっけらかんとして笑っているイオに、ルーミアは今までのイオが創り出したものを思い出しながら大声で突っ込みを入れた。

 それもそうなのかもしれない。

 というのも、イオが作るゴーレムたちは、皆狙ったように人間そのものを模しており、尚且つイオ自身が与えるコアが自我を持っているがために、無表情でありながら情感たっぷりな身振り手振りをするのだ。

 イオの作ったものであるとちゃんと理解していなければ、結構ブラックユーモアなゴーレムになっているのである。

思い出しているのか、若干涙目な彼女にイオはしかし困ったように笑いながら、

「でもねぇ……人間の体のつくりって結構良く出来てる部分もあるしさ。あえて人間そっくりに作ってるのも理由がちゃんとあるんだよ?」

「分かってるよそんなの!でも、怖いのは怖いんだよ!?」

ぷんぷん、と涙目のまま怒る彼女に、イオは仕方なさそうに溜息をつくと、

「むぅ……もう少し、ゴーレムの表情が変わるようにしないといけないかなぁ……」

などと、改良する部分を模索するのであった。

 

―――――――

 

「――さて、と。……目覚めろ、『フルナ』、『アルラウネ』」

目前に片膝をつくようにして佇む、眼が閉じられた二体のゴーレムに、イオは厳かに声をかけた。

 

――直後、二体のゴーレムが佇む魔法陣から緑光が広がり、周りにいた人々がなんだなんだと覗き込んで行く。

 直ぐに、イオがゴーレムを起動させようとしているのだと分かり去って行ったが。

「ん、まぁまぁかな。――どう、二人とも。何か異常はないかい?」

能力を持つが故に、コアにした木の異常を悟れるイオが真剣な眼差しで目の前をじっと見ながらそう尋ねる。

 

『――お呼びですか、マスターよ』

『――また依頼のようですねぇ?』

 

テレパシーのような言葉が、二体のゴーレムから飛び出た。

 がしゃり、と木でできている筈のボディーから重厚な音を響かせつつ立ち上がったそれらは、なるほど、『疾風剣神』或いは『蒼き龍の血族』と呼称されるイオの従者らしい佇まいである。

 片方、堅苦しい物言いのゴーレムは、男性型のようで男らしい体つきをしており、幾らかその装備はきっちりとした風にも感じ取れた。

 もう片方は、のんびりとした物言いからしても分かる通り、女性型に相応しい体つきであり、こちらは優雅なドレスにも見えるようにして装甲が作られている。

 そんな二体のゴーレムたちに、イオは満足げに笑って頷くと、

「うん、大丈夫みたいだね。今日君たちを起こしたのは、これから年末が近づいて来ている所為か、依頼がちょっと増えているんだ。その手伝いをしてもらうよ?」

『『御意』』

ざざっとフルナとアルラウネがそれぞれの型にはまった一礼をし、了承の意を告げた。

 それぞれ異なる顔形をしている彼らに、イオは再び満足そうにうなずくと、

「さて、と……後二人とも?――アリスにはくれぐれも注意しておいでね?」

流石に我が子とも言えるようなゴーレム、分解されるのは嫌だからさ。

 疲れたように表情を暗くさせながらそう告げた自分たちの主に、思わずゴーレムたちが固まる。

『……あの、マスター?そんなに危険な状態にまで陥っているのですか?』

フルナがやや怯えたような念話を飛ばしてくるのを聞きながら、イオは深いため息をついて、

「正直、僕も疑いたくなかったんだけどねぇ……アリスの執念深さを見誤ってたかな。まさか、実際に作ったコアを強奪されるとは思わなかったよ」

秋祭りの時に出会ったあの人形遣いは、あのちょっとした騒動の後イオの家にまで押し掛けてきて、イオの作ったゴーレムの核を要求してきたのであった。

 製法そしてどういう仕組みであるかを一応提示して見せはしたが、流石のイオもそこまでしてあげる気もなかったために突っぱねたのである。

――だが、それは間違いだった。

「――本当、見縊ってたねぇあれは」

人形たちを勢ぞろいさせながら、にっこりと眼だけが笑っていない笑顔と共に家を壊されるか、命を奪われるのどちらかを選べと告げてきた彼女は、可憐な見た目とは裏腹にかなりの悪魔だったとイオは断言できる。

(……おかげで、本気でコアを作らないといけなくなったしさぁ……ちょっと、流石に恨むよアリス)

ルーミアもあの時は恐怖で涙目になりながらブルブルと震えていたのをよく覚えていたイオは、流石に同居人の命までも危険に晒せれるわけもなく、大人しくコアを作り上げた。

 とはいえ、たかだかコアを組み込んだ程度では、今自分の目の前にいるゴーレムたちのように感情豊かな物を作り上げることなど、到底できはしない。

 故にイオは彼らに警告を促したのであった。

「……とにかく、二人とも本当に気をつけるようにね。普通に接していれば、アリスに感づかれる事はない筈だからさ」

アリスの作りだすであろうゴーレムと、イオの創り上げたゴーレムとはほんの些細な、しかし重大な差が存在するが故に、そうそう気づかれる事はないとイオは踏んでいたので、楽観視をしていると言っていい。

 そんな彼に、主人に忠実なゴーレムたちは再び姿勢を正すと、

『ええ、気をつけます』

『マスターも、御気を付けて』

「はいはい、じゃあこの依頼状をよく読んで、それぞれの場所に向って。失敗は……出来ればしてほしくないけれど、しょうがないときはしょうがないから。後は……相手方に失礼のないようにね」

『『御意』』

深い一礼と共に、イオの用いる体術の一つである『縮地』を使用し、一気に飛び去って行く彼らを見送った後、イオは幾つか残った依頼状を見てから、

「――じゃ、ルーミア。お留守番頼んだよー?」

「あ、うん……って、結局ゴーレム呼び出してる!!?」

っとん、と空に飛び上がったイオに、ルーミアの叫び声が届いたのであった。

 

―――――――

 

「……ほい、阿求さん。こんなのはいかがかな?」

「…………頂きまぁす(ぱくり)。……やっぱり、美味しいですねぇイオさんの料理は」

えへへ、と嬉しそうに笑い、そう言いながら転生を繰り返している少女はまた一つ、イオの差し出した料理――否、お菓子を頬張る。

「甘く、口の中でとろけるようなこの食感……!うふふふふ♪」

「……いや、まぁその……楽しんでいるようでなによりです」

年相応とも言えるような彼女の態度に、イオは苦笑するしかなかった。

――さて、イオが何故阿求の所へと訪れているのかと問われれば、あの祭りの事が原因である事は言うまでもないことである。

 年末も近づいていることとあってか、イオはアルティメシア世界での年越しの料理、そして、年明けの料理を稗田邸の料理頭の者へと伝授していたのであった。

 まぁ、年越し年明けの料理とは言っても、年越しの方は温かい物を、年明けでは豪勢な料理を食べるのはどうやら世界を越えても変わらぬ共通点であるようで、しかも、割と手軽に作れるとあってかかなり好評の様である。

 にこにこと笑っている阿求を見れば、イオの料理が如何に美味しいものであったのかがうかがえようというものだった。

「……にしても、こっちの年明けの料理は見た目華やかですねぇ」

「イオさんの所のは、そんなに色鮮やかではないですね」

川などでとれた海老や岩のりを使用した物や、妖怪の賢者が特定の業者に仕入れているという魚介類。

 そして、幻想郷で獲れる鹿や猪等の肉類を薫製した物等。

 とにかく、幻想郷の年明けのお節料理と言うのは豪勢を尽くしたようなものであった。

 それと比べてアルティメシア世界、それもクラム国首都リュゼンハイムにおける料理と言うのは少々ばかり彩りが足りないように阿求は思う。

 彼女の言葉に、イオがやや苦笑するようにして、

「最近は魔法が発達してきた事もあって物資が届きやすくはなっているんですけどね。そもそも、転送魔法を使用するにあたって其れなりに魔力を使う事もあって、大体が王城等の緊急時にしか用いられないんですよ。しかも、個人で扱えるものでも少ない荷物しか転送できませんしね。だから、行商人の方は大体荷馬車で荷物を運んでますし、街の商人の方は、専任農家の人たちと契約する事で仕入れているんですよ」

城壁から農家の畑や田はそれなりに遠いこともありますしね。

 付け加えるようにして告げられた一言に、

「……大変ですねぇ、それは。農家がすぐ近くにある幻想郷とは大違いです」

はふぅ……と、悩ましげな息をつく阿求が、世界を超えた先でも苦労している農民たちにそう感想を漏らした。

「まぁ、それでもこの幻想郷のように海が無いなんてことはないから、栄養の面ではかなり助かっていますけどねぇ」

当初この世界に来てから、魚介類を取り扱っている所を探したものの、イオが今行ってきたところしか扱っていないという事実を知り、驚いた事を思い返しながらイオが苦笑する。

 そんな彼に、興味津々と言った様子で阿求が、

「どういう魚介類がいるんですか?私、幻想郷の外に広がる世界にいる魚たちは知っているんですけど、そんなに多くは知らないんですよね」

「そうですねぇ……イカやタコ、海老などはこちらの外の世界と同じようなものです。ただ、海の中にも魔物はいますから。漁船の護衛と言う形で冒険者の人が同乗して、報酬にその討伐した魔物や、釣り上げた魚とかをもらっている人なんてのもいます。普通の魚もいますけど、討伐した魔物も大体は泳ぐことに特化してますから、普通の魚に似た体のつくりをしているんですよねぇ」

まぁ、かなり命がけになりますけど。

 苦さが濃い、それでも穏やかな笑みを浮かべながら告げたイオに、阿求はやや戸惑ったものの、すぐに話題を転換させようと声をあげかけた、その時――

 

「――もう……こんなに食べちゃって。太っても知らないわよ?」

 

「失礼な!!……って、あれ?紫さん?」

突如として聞こえてきた妖怪の賢者の声に、阿求が反射的に反応し、すぐに不思議そうな表情で首をかしげた。

 一見する限り、阿求の目の前の空間にはイオが右隣に座っているだけで紫の姿が見当たらなかったからである。

 そんな彼女にイオが苦笑して、

「阿求さん、後ろ後ろ」

「後ろ……?――わひゃぁあ!?」

不思議そうに阿求が後ろを振り返り、そこで紫がスキマから上半身だけを乗り出して現われていることに気づき、思わずイオのいる方へと正座から一気に飛びあがった。

「……相変わらずですねぇ紫さん。人を脅かすのがそんなに楽しいですか?」

苦笑を浮かべたままイオが紫に向ってそう苦言を呈すると、

「あら、仕方ないじゃない。妖怪の本質は人間に恐怖を抱かせることなのだから」

「分かりますけどねぇ……幾らなんでも悪趣味過ぎますよ、それは」

はぁ……と、ほとほと疲れたように溜息を洩らしたイオに、紫はくすくすと扇子で口元を覆いながら笑う。

 そんな彼女に、阿求はやや頬を膨らませると、

「……紫さんのいじめっ子。今日は何の用なんです?」

「ええ……まぁ、イオの料理の監視よ?名目上は」

「それ、単につまみ食いをしに来たとしか聞こえないんですけど……?」

ニヤニヤと笑いながら告げた紫の言葉に、イオは呆れたように首を振りながら突っ込んだ。

 だが、紫はそれに頓着することなく、その場にあった取り箸用にしていた箸を手に取ると、イオの料理を一口一口、偶に美味しそうに舌鼓を打ちながら食べ始めた。

「あー!?ゆ、紫さんなにどんどんたべているんですかぁー!?わ、私の為に作ってくれたんですよぉ!?」

「こう言うのは早い者勝ち。ほらほら、悔しがってた所でわたしは待つつもりは毛頭ないわよ?……にしても、本当においしいわねぇ」

ひょひょい、とそれぞれの料理を一口ずつつまみながらぱっちりと片目ウィンクをしてのけた紫が、美味しそうにまた箸を運んで行く。

 負けじと阿求もそれに乗っかり、紫の食べる速度に迫る勢いでイオの料理を食べ始めて行った。

(……なんて言う低レベルな争い)

思わずこっそり内心でそう思ったイオは、やれやれと首を振るばかり。

 まぁ、それはそれとして、だ。

(――あの子たち、大丈夫なのかなぁ……?)

フルナと、アルラウネの二体のゴーレムたちが今、どうなっているのだろうか。

 マスターとして、或いは、我が子がお使いに出かけたかのような思いで、イオは障子の窓からのぞいている青空を見上げるのであった。

 

―――――――

 

――所は変わり、こちらは寺子屋。

 イオの作ったゴーレムの一体、『フルナ』は寺子屋の教師である上白沢慧音の前に立っていた。

『――本日の依頼を代行するフルナであります。以後よしなに』

「お、おお……イオのゴーレムか。以前にも会ったかな?」

いきなり木でできた人形が現れ、少々ばかり驚きで凍りついていた慧音が、フルナからの言葉でやっと我に返り、彼――と呼んでいいのか分からないが――にそう尋ねると、彼は首を振り、

『恐らく、それはもう一体のゴーレムの方かと。因みに、名をアルラウネと言います』

「そ、そうなのか……そういえば、確かに君のように男らしい体つきではなかったな。済まない、勘違いをしていたようだ」

『お気になさらず。ゴーレムを見るというのはそうそうないだろうとマスターも仰せになられていましたから』

一見して、無表情に見える彼の顔――無論、木で模られたものであり、それに色がついているものだ――に、イオでしか見抜けないような小さな笑みを浮かべ、フルナは首を振って否定する。

 主人と同じように礼儀正しい彼に、慧音はやや微笑みを浮かべて頷くと、

「うむ、よろしく頼むよフルナ。今日の依頼についてなんだが……年末の事もあるから、子供達と共に寺子屋と広場の掃除を手伝ってもらいたいんだ。何分、一人だと皆をみてやれないからね。だから、二人で監督することになるだろう」

『畏まりました。では、何時頃に始める予定でしょうか?』

「ふむ、そうだな……授業の事もあるし、大体午後一時頃を目安にしようか。幸いというべきか、子供達の家はもう既に大掃除を済ませているようでね。午後いっぱいは子供達全員でかかれそうなんだよ」

お掃除手伝う―なんて、嬉しいことを言ってくれてね。

 嬉しそうな笑顔を見せながら、慧音がそう述懐した。

『そうですか……それなら、早く来すぎたようですね』

寺子屋の慧音の部屋の壁にかかっている柱時計を見ながら、そうフルナが呟き、

「いや、それならそれで一緒に授業を受けてみないか?聞く所だと、イオに作られてからまだ数ヶ月くらいしか経っていないんだろう?」

『……私が、授業を?』

困惑したように眼をぱちくりとさせるフルナに、慧音は楽しそうにうなずくと、

「ああ。どうだい?」

『…………あの、知識の方は大体マスターから植え付けられているので、大丈夫なのですが……?』

恐る恐るといったように、フルナが慧音に提言すると。

 

「――受ける、よな?」

 

『――謹んで受けさせて頂きます』

にこりと笑んだその顔にとてつもない殺気を感じ、フルナはあっという間に意を翻した。

 その様子はまるで、慧音に頭突きをくらわされる直前にあるイオのようであったという。

 

――――――

 

――場所は変わって、こちらはアルラウネ……のいる紅魔館。

 彼女は、イオに代わりフランの家庭教師として紅魔館にやってきていた。

『――はぁい、ではこちらの魔導書でございますねぇ』

おっとりとした声(に聞こえる念話だが)で、アルラウネはヴワル大図書館のとあるテーブルの上でフランに魔導書を開いて見せる。

 ちなみに、その魔導書は元の世界においてラルロスが書き上げた代物であり、イオが彼から譲り受けたものだった。

 内容としては、アルティメシア世界における魔法とは何かを中心に据え置き、主に普人種(ヒューマンともいう、)が使用している五行属性の魔法、そして派生の十二属性、更に、最近見つかった複合属性という二種類以上の異なる属性を合成した魔法についても触れられている。

 アルティメシア世界においては、リュシエール学院及びクラム国内では最高峰の魔法に関する教養を持っていたラルロスは、その知識量から『賢人』とも称されていたほどであり、故に、アルティメシア世界の魔法を教えるのは、彼の著述した本が最も最適であるとも言えた。

『さて、本日は複合属性について述べていきますねぇ』

「はい、よろしくお願いします」

にっこりと笑い、机に座ったままフランが深々と一礼すると、一時的な教師であるアルラウネへとそう言葉をかける。

『ええ、よろしくお願いしますねぇ。――さて、私達の世界では、魔法陣の構成によっては単一で強力な魔法を生み出す事も、はたまた、複数の属性を組み合わせる事で、別の新しい属性を生み出す事が出来る事は、マスターから伺ったと思いますが……』

「はい、イオからは凄く丁寧に教えてもらいました。実際にどういうのが魔法になるのかも実践も含めて見せていただきましたし」

『じゃあ、基礎としては大丈夫みたいですねぇ……それじゃ、今日の所は実際に魔法陣を組上げてみましょうか。フラン様の適正だと、主に炎のようですからそれをベースに色々と組み合わせてみましょう』

「はい!お願いします!」

たのしそうにきゃっきゃっと談笑する声が図書館に響く中、それを流し眼で見つめていたパチュリーが深いため息をつく。

「……?どうかされましたか、パチュリ―様」

「いえ、大丈夫よこぁ。単に、フランが凄くイイ子になったことに戸惑っているだけだから」

本当に、あの頃とは大違い。

 複雑そうな光をその眼に浮かべさせながら、パチュリ―はぺらり、と自身が読んでいる魔導書を紐解いて行った。

「当初、あの祭りから帰ってきたフランを見たときは本当に驚いたわよ、もう。いきなり大きくなっているわ、妙に大人びているわであのレミリアが卒倒したしね。初めてだったわあんなに驚いたのは」

ぶつぶつと文句を呟く主に、小悪魔は苦笑するしかない。

「でも、すぐに効果は切れましたよねー?だったら、そんなにピリピリする必要もないんじゃないんですか?」

「甘いわよ、こぁ。ああして簡単に種族を変えられるのなら、私達魔法使いだって苦労はしない。全く、あの永遠亭の薬師は……もうちょっと、考えて薬を作りなさいよ」

小悪魔の言葉に、今度は不機嫌そうな光を眼に浮かべると、そのまま自身の作業へと没頭して行った。

 何気にイオが創り出していたゴーレムがほぼ、いつもこの大図書館で資料を探しているアリスの最終到達点に近いことなど、気にも留めずに。

(……なんだかんだで、イオさんも結構反則気味ですよねぇ……)

ぽりぽりと頬を掻きつつも、小悪魔は黙って自分の仕事へと戻って行った。

 

『――さぁ、どうですか?』

「……く、意外に魔法陣を創るときが難しいですね」

単一属性だったら、簡単に出来上がるのですけれど。

 イオが来るまでは子供のような言葉遣いだったフランが、いつの間にやら淑女めいた姿へと変わっている事は姉であるレミリアを始めとして、それなりに多くの知人達を驚かせたものだったりする。

――最も当人は、尊敬している人物がいつも礼儀正しくある事を真似しているだけなのだが。

(……兄様に、恥ずかしい姿は見せられないものね)

いつも穏やかに笑っている、この幻想郷において最強の剣士であるあの何でも屋を思い、フランは出会ったころの事を正直恥じていた。

 何故なら、あの時ばかりは自身の感情への拙さが原因で、いつも彼が現れるたびに突進していた事が、彼を苦痛へと苛んでいた事を覚えていたからである。

(考えてみれば、吸血鬼の膂力で全力突進って相手がパーンって、はじけちゃうよ普通)

イオはその点、何でもないように回転させながら受け流していたが、それでも衝撃や痛みはかなりのものだった筈だった。

 

――吸血鬼の膂力は、彼の『鬼』と同等であるとされているからだ。

 

(……お姉様が、いつも淑女としてあるようにと言っていた理由が分かってきた気がする)

レミリアは、いつも優雅にただ吸血鬼としての誇りを見せつけていた。

 イオに、決闘の依頼をしたあの晩、レミリアは確かに全力を出し、彼と戦っていたが。

――いわゆる、種族としての膂力を前面に押し出すことなく、弾幕と格闘が混ざった戦い方をしていたのであった。

 その事をフランは……こっそりと地下室を抜け出した時に見ていたのである。

 

 故に、フランはたびたび狂気に染まりながらもイオと戦っていった後に、どんどん理性を取り戻していったと同時に、今までの事を省みることが出来たのであった。

 そういうことで、彼女は今まで以上に淑女として振舞っていく。

――奇しくも、レミリアが普段言っていたように、理知的な吸血鬼として。

(そういえば、お姉様……何だか最近、私を見るとちょっと溜息をつくのは何でだろ)

ふと、魔法陣を維持しながらフランがそう思った。

(お姉様の言うとおりにしているだけなのになー?)

首をかしげ、それでも同時に魔法陣に意識を割けるのは、流石魔力の扱いに長けた吸血鬼と言ったところだろうか。

 とはいえ、イオの従者である――否、彼にとっては子供に等しいのだが――アルラウネにとっては充分不満の要素であったようで……。

『……フラン様?物思いにふけるのは構いませんが……お手元がお留守ですよ?』

不意に、今までのようなおっとりとしたものから変化した、しっかりとした口調で告げられ思わずフランがその場から飛び下がった。

――同時に、振るわれるは一見して木剣のようにも見えるそれ。

 だが、実際の所フランはそれが見た目通りではないと知っていた。

「あ、あはは……ごめんなさい。ちょっと、お姉様の事で考えていました」

若干冷や汗を流しながら、フランは手元の魔法陣を崩すことなく維持し続ける。

 何故ならば、その木剣はイオが創り出した、木製のように見えて木製のような脆弱性を持ち合わせていないという非常識な物体だったからである。

――ダマスカス鋼という、木目調が特徴的な物質をご存じだろうか?

 現実世界においても、アルティメシア世界においても硬度が高い金属として知られている物質である。

 そう、金属として、だ。

 さて、御存知の通りイオは『木を操る程度の能力』の持ち主である。

 当然、生み出せるものはゴーレムを始めとする、木製のものだけだ。

――故に、金属など生み出せるわけがない――筈であった。

(……幾らなんでも、金属と同等に硬度が高い木ってあり得ないでしょ……?)

その上、フランのスペルカードにも存在する武器、破壊と火の象徴であるレヴァンティンさえも防いでしまうあの木剣に、フランはじっとりと汗を流す。

 正直、イオの剣技を受け継いでいると言っていい彼女――アルラウネとは、戦いたくないというのが本音だった。

『そうですか。まぁ、魔法陣の方も維持は崩しておりませんし、大丈夫のようですね』

もし、維持さえも崩していた場合は斬り飛ばしていたでしょうが。

 楽しげな空気を念話に載せながら物騒な言葉を告げる彼女に、思わずフランはそっと眼を逸らす。

(……兄様、一体だれの性格を基にしたんだろ……)

普段おっとり加減で、キレたら怖いというアルラウネの性格。

 イオが、元々の性格として穏やかなタイプであるが、怒ったとしても大体相手の事を思って言ってくれている事がほとんどだった。

 訳も分からない位の理不尽さがあるようなキレ方は、少なくともフランの前ではしていないのである。

「……全く、あまり図書館内で暴れないでほしいのだけど?」

と、そこへやや不機嫌そうな光を眼に浮かべたパチュリーが、とてとてと彼女たちの方へ近づき、抗議をしてきた。

 その台詞に、キョトンとしたようにアルラウネが首をかしげると、

『あら、そこまで物騒でしたか?』

「…………いや、あのね?普通は図書室で暴れようなんて思わないわよ?」

眼を瞑り、額に手をやりながら呆れたようにパチュリーがそう突っ込んだが、

『おかしいですねぇ……マスターに植えられた記憶には、大体マスターの事をめぐって暴れているような女性の方ばかりだったような気が』

「兄様向こうでどんな人に囲まれてたの!?」

フランが驚愕の表情を浮かべながら、アルラウネにそう突っ込んだ。

――だが、その一言はかなり余計なものだった。

 その瞬間、アルラウネから醸し出している雰囲気が、良くないものへと変化したからである。

『――そんなにお聞きになりたいと?あの、マスターの周囲にいた少々キチガ……ごほん、あまり頭の宜しくない人たちの事をですが?』

「ヒッ!?」

一気にダウナー系の空気を出し始めた彼女に、思わず近くにいたフランが悲鳴を上げた。

 どんよりとした空気を纏っていながら、その実表情としては無を通り越して虚無なのだから悲鳴を上げたくなるというものであろう。

 だが、

「止めなさい」

『あうっ』

すぺん、と間抜けな音と共にアルラウネの頭がパチュリ―に叩かれた。

 それによって彼女から放たれていた雰囲気が通常のものへと変わり、ようやくにしてフランは一息をつく。

 同時に、今まで維持していた魔法陣を消すと、

「……ああ、怖かった。もう、アルラウネさん?いきなりあんな雰囲気にならないでほしいよ、もう」

やや、先程までの敬語を捨てながら、フランがアルラウネに向ってそう抗議をすると、彼女はなぜか指を振り、

『甘い、甘いですよフラン様。この程度の雰囲気に呑まれていたら、到底マスターの本気で怒った時の迫力には耐えられませんよ?』

「……むしろ、本気で怒った時の兄様の様子が思いつかないのだけど」

フランが困ったように眉根を下げながら、そう呟いた。

 いつも、彼がこの図書館に来るときは決まってニコニコと笑顔を浮かべているからだ。

 だがしかし、アルラウネはゆっくりと首を振ると、

『普通は、そうなんですがねぇ……マスターが怒るときは、決まってある事が絡んでいる事が多いのです。――例えば、身内の者が傷つけられた時、と言う状況だと特に』

「ふん。ある意味、イオらしいとも言えるわね。……で?その状況になった時どう対応すればよいのかしら?」

やっと騒動が収まったと判断したのか、近くにある長机にある席につき、パチュリーが再び魔導書を捲りながらアルラウネにそう尋ねた。

 

『――逃げてください。手に持っているもの全て捨てて』

 

「――っ!?」

思いもよらない彼女の言葉に、フランは再び驚愕の表情を浮かべる。

 そんな彼女とは対照的にパチュリーはいたって冷静な態度で、

「……なぜ、そんな言葉が出てくるのかしら?」

 

『――簡単な事です。その時のマスターは……理性を、完全に失っている状態ですから』

 

「……はぁ、全く……たかだか理性を失った状態で何故そこまで警戒しなくてはならないのかしら?どう見ても、人間の体である以上は動きも制限されると思うのだけど?」

真剣な様子を醸し出しているアルラウネに、パチュリーは流し眼で彼女を見ながらぺらり、と再びページをめくりながらそう尋ねると、

『警戒せざるを得ないと思われますよ?――マスターがある二つの姿へと変化するからです』

「……」

アルラウネが告げた言葉に、パチュリーがページをめくる手を止めた。

「……どういう、こと?兄様が、二つの姿に変われるって」

そんな事、兄様には教えてもらわなかったよ?

 きょとん、と首を傾げながら、フランがそう尋ねるとアルラウネはそっと顔を俯け、

『ええ……通常であれば、知る事は叶いませんでしょう。私が知っているのは……偶然の産物に近いものがあります。というのも、マスターから最近の知識を植え付けられた時、マスターの力のことに関しても流れ込んできたのですから』

恐らく、マスターもあずかり知らぬことだと思われます。

真剣な雰囲気のまま、アルラウネがそう答える。

「……はぁ。で?貴方はそんな事を私達に告げて、どうしようと思っているの?何だか、嫌な予感ばかりがするのだけど」

溜息をついたパチュリ―が、魔導書を置いてアルラウネに向き直ると、やや鋭い気配を眼に浮かべながら詰問した。

 聞いたもう一人であるフランも、先程のキョトンとした様子から元に戻り、真剣な眼差しでアルラウネを見ている。

 

『ええ……申し訳ないのですが、殴ってでもマスターを御止めして下さい』

 

「……無茶な事を言っているという自覚は?」

『十分に』

頭を抱えながらパチュリーが告げた言葉に、しれっとアルラウネはそう返した。

 ぴきっと青筋を立てたパチュリーが、ごごご……と魔力を高めていくのと共に、

「馬鹿にしていると取っていいわね?そう、ならちょっとお仕置きが必要かしら」

「ま、待ってパチェ!アルラウネさん、もう少し言葉を選んでください!!」

慌ててフランがパチュリ―を押し留め、アルラウネに向って諌言する。

 だが、アルラウネは仕方がなさそうに肩をすくめ、

『どうしようもないのですよ。マスターがその二つの姿に変化した時……少なくとも、フラン様のレヴァンティン並の強力なスペルでないとほとんど効果がないのですから』

と、とんでもない一言を放ってきた。

「待ちなさい。その言葉から考えるに……イオは、何らかの鎧を身にまとっているととらえていいのかしら?」

すっと目を細め、パチュリ―がほぼ詰め寄るようにしてアルラウネに問いただすと、

『ええ。概ね、そのように思って戴いて構いません。――鎧という定義が成すかどうかは……少しばかり疑問ですが、ねぇ』

知識の中に存在する、イオが変化した二つの姿を思い浮かべながらアルラウネがそう返す。

「どういう意味?」

「……もしかして」

やや、不審そうなパチュリーと、何かに感づいたような表情を浮かべたフランの二人に、アルラウネは静かにうなずくと、

 

『――ええ。おそらくはマスターの種族に関連するものではないかと』

 

と、自身の考察を述べ始めたのであった。

 

 



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閑章「戻りし賢人は騒動に巻き込まれる」

さて、一旦本編はさておき、幻想郷からアルティメシア世界に戻ったラルロスはというと……?



 

――所変わり、アルティメシア世界へと目を向けてみよう。

 あの秋祭りから少しして、ラルロスが故郷であるクラム国へと帰ってきたときはかなりの御騒ぎが起きていた。

 それも無理はない。

 きちんと事前に話をつけておいたとはいえ、もしかするとこれが今生での最後となる会話になるかもしれなかったのだ。只でさえ、次期当主になるという事もあるのに、だ。

 故に、彼が自宅へと帰って来た時の事をダイジェストでお送りしよう。

 

『――只今―。帰ったぞー』

『………………わ、若が帰って来られたぞー!!?』

『うるさっ!!?』

 

――とまぁ、このような仕儀に至ったわけである。

 当然のことながら父である現当主は喜びもしたし、あまり心配をかけさせるなとも怒っていたのは御愛嬌。

 彼より三つばかり上の姉も、色々と複雑そうな笑顔ではあったが喜んでくれた。

 最も、彼女の関心は弟よりもその親友にあったようで……。

 

『……イオは、いたのか?』

『おいおい……弟の心配よりもイオかよ。――ま、異世界に行ってしまってはいたが、元気でやってたぜ』

『――そう、か。――ラルロス?お前の事だから、当然行くようにはしてある筈だが?』

『誰が教えてやるかよ。アイツ、随分とのびのびとやってたからな。姉上も含めて、女難騒ぎを起こしたくねぇよ』

『あー……そのことなんだが』

『……?』

『――カルラが王侯家の現当主になった』

『――はぁあ!!?ちょ、まだ早くねぇか!?』

 

と、時折思いもよらないことを言われたりはしたものの、ラルロスはけしてイオの入る世界へ通じる魔法陣のことに関しては、黙秘を貫いていた。

 

そうして、過ごしていた時である。

 

「――あの、若様。カリスト家の者だと言う女性が……」

「――はぁ……来やがったか。――マリア」

のんびりと部屋でいつものように魔導書を読んでいたラルロスは、屋敷に勤めているメイドによって告げられたその言葉に、溜息をつきながらも覚悟を決めるのであった。

 

――――――

 

「……随分と、久しぶりねラルロス」

「まぁな。色々と楽しかったぜ」

「そう……まぁ、それは良かったとしか言いようがないし、そこまで興味はないけれど。――イオは、こっちに帰ってくるつもりがない。そう言う事でいいのね?」

「そう言ってたな、確かに」

ラルロスはそう言って、応接室の中で目の前に座る金髪碧眼の、大人らしくなった少女を見ながら静かに頷き、そっとティーカップを傾けた。

 いたって何でもなさそうにふるまうラルロスに、相変わらずね、と静かに少女が呟いてから、同じようにティーカップを傾けると、

「……で、どんな様子だったの、アイツは」

「……そんな事でいいのか、聞きたい事は」

「っ。……全く、人が嫌がるような事を平然と聞いて来て……性格悪すぎよ?」

苦笑のようで、何だか泣き出してしまいそうな表情を浮かべる少女――マリア。

 だが、ラルロスは冷然として振舞った。

「面倒な事はとっとと済ませてしまった方が楽だからな。ま、お前さんの聞きたいことが何なのかは分かってるつもりではあるし、答えを先に言っとくよ。――自業自得、だそうだ」

後、絶対許さないとも言ってたな。

「っ……そ、う……」

辛そうな表情になったマリアが、ぐっと涙を堪えながら顔を俯ける。

 その様子に、ラルロスもやや決まり悪そうな表情になった後、ガシガシと頭を掻きむしってから、

「……なぁ。アイツがあんなに帰りたがらないのは結構珍しいと思うんだがよ。いったい何をアイツに言ったんだ?」

ちょっとやそっとじゃ、アイツは怒らないだろうに。

 心底から不審の表情を浮かべ、ラルロスはマリアに詰問した。

 すると、マリアが再び顔をゆがませ、

 

「……もう、自分の事を探さなくてもいいじゃない、そう言っちゃったのよ」

 

「…………あー……すまん。何とも言えねぇや」

イオの気持ちも、マリアの気持ちも均等に測っているつもりであるラルロスにとって、その言葉は分かり過ぎるほど心に響くものだ。

――家族としてならば、過去にとらわれることなく誰かと愛し合い、子を成せと言うであろう。

――だが、友としてならば、止めることなく彼の意志を尊重したいであろう。

「そっか……マリア。かなりブチ切れたんじゃないのかそれ」

「大当たりよ……まさか、善意のつもりで言った言葉が、あんなに傷つけちゃうなんて思いもしなかった」

「だろうなぁ……アイツ、家族にはちゃんと説明してたからよ。今更のように言われてかなり揺らいじまったんだろう」

自分を探さなくとも、幸せは見つけることができるなどと言われて動揺しない人間などそんなにはいないであろう。

 少なくとも、ラルロス自身も自身の記憶がないと分かれば、死に物狂いで探し求める人間になっただろうから。

――それでなくともイオの記憶喪失は一般人が受けるものとは少しばかり異なっている。

 通常、記憶喪失というのは頭蓋に何らかの強い衝撃が当たり(もしくは起こり)、そのショックによって過去の一部分、つまりはエピソードが思い出せない場合や家族や友人を忘れてしまった場合など、単純に一つの症状しか見いだせないことが多い。

 だが、イオの場合はどうなのか。

 彼の記憶喪失は――致死傷を受けたものによるのではないかとされているのである。

 推定十三歳頃、つまりはカリスト家に引き取られる前の出来事になるが、カリスト家家主であるイオの養父――クリスが当初、裏路地の中で彼を見つけたときは……辺り一面が血であふれかえっていたという。

 その時点で、元冒険者であったクリスはもう死んでいると確信したほどだったそうだ。

 だが、その血だまりの中心にあるイオの体に触れたとき、幽かに、本当に僅かに息をしていた為に、クリスが冒険をしていく中で習得していた神聖魔法を全力でかけることによって何とか息をとりとめたのである。

 その後、何とか安静状態にまで持ち、眼を覚ました時――既に、彼から全ての記憶が失われていた。

――己が名前は元より、自身の家族、友人、果ては日常生活に至るまで。

 ある意味、一度死を経験し、赤ん坊として生まれ変わったのと同意義なのである。

 故に、家主であるクリスは元より、マリアもイオが人として生きられるように励んできた。

 その甲斐もあったのだろう。イオの精神は十二歳のまま……剣士として極まったのだ。

 子供の精神でありながら大人へと成長していく過程の肉体だからこその、柔軟性を過分に生かし切るという形で、イオの才能が育まれたのである。

 ラルロスは、イオがいない時にそうしてクリスに話を聞くことによって、イオがどんなに歪な状況にありながらまっすぐ育ってきたのかを、聴かせてもらった。

――故に、ラルロスはイオを認め、そして親友として支えていこうと決心したのである。

「……まぁ、アイツも分かってるだろうさ。本当だったら、飛ばされた時点で自分の本当の素性なんざもう調べられないと思っただろうしな」

「……?ねぇ、その言い分だと、イオがまだ調べているようにも聞こえるけど?」

「――それどころか、本当の自分の種族が分かったようだぜ?あいつ……向うの世界で見つけやがったんだよ」

「…………え?」

思わぬ一言に、マリアが凍りつく。

 その状態に頓着することなくラルロスは語り続けた。

「信じられるか?アイツ、異世界の住民味方にして、元々人間だったのを、自分に流れてる血を濃くすることで亜人に変えやがったんだぞ?正直、アイツに再会した時は驚きもした。怒りも感じた。だが……アイツの、覚悟を決めたような表情見て、何も言えなくなっちまった」

寂しげでありながら、穏やかに笑うアイツの姿見たら……ホントに何も言えねぇよ。

 やや、今更ながらのように後悔するような口調で、ラルロスは嘆く。

「ちょ、ちょっと待って……種族って、変えられるようなそんな代物じゃないわよね?」

「普通だったらな。……イオの辿り着いた異世界は、そう言う事が出来る力を持った奴ばかりが住んでる。俺も、其の世界にたどり着いたときは帰れねぇかもしれねぇと覚悟した事もあった。だが、ある人の助けがあったおかげで、この世界に戻れたんだよ」

「じゃ、じゃあ……イオは、もう今までのイオじゃ、ない……?」

愕然としたように、マリアが呟いた。

 だが、ラルロスは眉を顰めると、

「馬鹿野郎。確かにアイツは姿は変わったがな、いつまでも優しいアイツのままだ。いくらマリアでもその発言は見過ごせねぇぞ?」

「っ!ご、ごめん……怖く、なっちゃって」

「分からないでもないが……アイツを否定する事だけは、止めてやれ。アイツは、確かにイオ=カリストなんだからよ」

これは変えられねぇ、事実だ。

 勢い込むようにして告げ、ラルロスはやっとそこで一息をつく。

……しばらく、互いにティーカップを置く音が響く中、静かに黙っていたマリアが恐る恐る、ラルロスに声をかけた。

「……ねぇ、ラルロス。イオがいる世界には、行けないの?」

「……」

だが、ラルロスはマリアの問いに黙して語らず。

 それを見て、マリアが聞こえなかったかと思い、言い募った。

「ラルロスが、こっちに戻ってこれたのなら、行く事も出来るはず……そうでしょう?なんて言ったって、ラルロスがそれを考えない筈ないんだから」

「……」

しかし……それでもラルロスは眉を顰めたまま何も言わない。

「ラルロス、お願い……イオに、謝りたいの。もう止めないって、貴方らしく生きていてくれれば、もう私は何も言うつもりはないからって」

 

「……マリア。結論だけ言っとく。――俺は、あの世界に行く手段を、確かに持ってはいる」

 

言い募るマリアに、ラルロスは端的にそう告げた。

 思わず言葉を詰まらせたマリアに、彼は葛藤しているような表情のまま彼女に語り続ける。

「だが、アイツがのびのびとやっていけてるのを見てな……正直、こっちの事は言わない方がいいと思ったんだよ。ただでさえ、女性にやたらと言い寄られてたのを見てればな。カルラも、チェルシーも本当だったらアイツへ依存するのをやめるべきだったんだ」

「っそれは……!」

リュシエール学院という、本当であれば通える筈のない場所で出会ったマリアの二人の親友の名前が出たことに、マリアは言葉を荒げかけた。

 だが、それ以上にラルロスも真剣な口調になって、

「こっちに帰ってきてから、姉上に教えてもらったんだがよ……カルラ、アイツは王侯家の現当主になったんだそうだ。――まだ若い筈の、リュウさんが何故か退いた事でな」

「あ……」

家の前に投げ込まれていた号外の新聞を思い出し、マリアはやや茫然となる。

 ラルロスはそれに構わず言葉をつづけ、

「そうなると、だ……当然ながらカルラが望むだけではイオと結ばれる可能性が無くなってきていることになる。だが、逆にいえばアイツの家と同格たりえると思える貴族であれば、結ばれるということになるだろう。……アイツは、本気でイオを名誉貴族として取り込もうとしてるぞ」

そもそもが、冒険者ランクでSSという、あの若さでイオは最強の一角なんだからな。

 マリアにも分かりやすいように告げられたその言葉に、ハッと彼女が息をのんだ。

「じゃ、じゃあこっちにいたままだったら……」

「まず間違いなく、アイツは雁字搦めにされるな。だから、そっとしておいてやろうかと思ってたんだがよ……」

この分だと、俺が向こうに行ける手段を持ってることを嗅ぎつけそうで怖えな。

 ラルロスが、あまりのカルラの用意周到さにそう苦笑していると、

「――失礼いたします、若様。カルラ=エルトラム・フォン・クラム様がお越しになりました」

「…………ったく、噂をすれば影ってかぁ?ちっ、不用意に言うもんじゃねぇなホント」

立った今まで話題に出していたとんでもない人物が訪れたことに、ラルロスは全力で頭を抱えながらそう呟くのであった。

 

――そして、歯車は動きだしていく。

 

 




さて、以上の話により、イオの記憶喪失が起こった経緯が判明しました。
ここで皆さんが疑問に思うことであろうこと。

何故、永遠亭の薬師である永琳に事情を説明し、治さなかったのか。

それはおいおい説明に回ろうと思っております。
ヒントとしてとある魔術のインデックスにある箇所に、答えは存在します。
……まんま答えやんという突っ込みはなしで。


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第三十九章「降り積もるは白銀の雪」

さて、この章では当初イオに存在していたもうひとつの能力の詳細が明かされることとなります。
霊夢が見え隠れしている能力と告げていた部分ですね。
まぁ、ここまでお読みになってこられた方々ならば、十分に察せられる内容と思いますので、何もいうことはありません。


 

『……あの、慧音殿?』

「ん?おお、どうしたんだフルナ?」

――場所は変わり、こちらは寺子屋。

 フルナは、あれからというもの慧音の授業(阿求曰く『自分がやった方が面白い』)を受け、その後子供らと共に掃除をしていた。

 その中で、実直で真面目なタイプであるフルナが大いに働いていた為に、かなりの時間短縮になっていたのは慧音にとっては思わぬ結果にはなったが。

『掃除も終了したことですし、まだ何かやるべきことはないでしょうか?もし、力仕事があるならばお手伝いいたしますが』

キリッとした雰囲気を念話に混ぜながら、フルナは気をつけの体勢で彼女にそう尋ねる。

 すると、慧音は穏やかに笑って、

「大丈夫だよ、フルナ。君がかなり働いてくれたおかげで、今年の年末はかなり楽になったからな」

いや、本当に助かったよ。

 ニコニコと嬉しそうな笑顔と共に告げられ、フルナからホッとしたような雰囲気が漏れ出た後、

『それはよかった。マスターからは、失敗してもいいが気を付けて行くようにと言われていたので、少々ばかり緊張していたんです』

ほっっこりとしたような、穏やかな雰囲気を洩らしながら、フルナが嬉しそうに念話でそう語ると、慧音は深く頷いて、

「そうか……まぁ、恐らくイオはお前たちの経験を積ませようと思ってそう言ったんだろうが、こちらとしてはかなり助かったからな。また、こう言う事があればお願いしたい」

『そうですか。では、マスターにはそのようにお伝えしておきます』

きちっとした一礼をしながら、フルナが慧音に向ってそう告げた時であった。

 

「――あら?授業が終わったと思ってきたのだけれど……何か、取り込み中かしら?」

 

フルナにとって、或いは、彼のマスターたるイオにとって危険な人物が到来する。

 思わず凍りついたフルナに気付くことなく、慧音はニコニコと笑いながら彼女に近づき、会話を開始する。

「いや、大丈夫だ。単に寺子屋の年末の大掃除をしていただけだからな。それも、フルナのお陰でもう終った。――子供達!アリスが来てくれたぞ!」

「えっ!?アリスお姉ちゃんが!?」

「人形劇だ!!」

「みんな、早く来いよ!アリスお姉ちゃんが来てくれたよ!」

ばたばたと、寺子屋内の教室で屯していた子供たちが、口々に騒ぎながら寺子屋の広場へと駆けてきた。

「ふぅ……いつも思うけれど、私の人形劇はそんなに大したものじゃないのよ?」

「いいじゃないか。子供たちの笑顔を見るのは嫌いではないだろう?」

やや、照れくさそうにしているアリスに、にやりと、慧音がらしくない笑みを浮かべながらそう告げる。

 むぅ……と、そんな慧音に口をとがらせたアリスが、

「別に、嫌いだという訳ではないけれど……それでも、結構大変なのよ?」

「ほぅ?あんなに鮮やかにやってのけているのにか?」

「うう……慧音、今日は何だか性格が違わないかしら?何で来ただけでこんなにいじられないといけないのよ……ん、そう言えば、あそこにいるのは誰?」

やや頬を赤らめながらアリスが慧音に向って文句を言った後、その後ろ側にいたフルナの存在に気づき首をかしげた。

「ああ、アイツか。イオの創ったゴーレムで、名前をフルナというんだそうだ。彼のお陰で今日の大掃除が終わったと言っても過言ではないな」

『……では、慧音様失礼いたします』

無機質な声音へと変化させたフルナが、そう言って人形のようにぎごちない動きで一礼すると、そのまま空へと飛び立っていく。

「あ、おい!……どうしたんだ、いきなり。まだ報酬も渡せていないのに」

横で訝しげに慧音がそう言うのを上の空で聞きながら、アリスは今しがた飛び去って行ったフルナに小さな違和感を感じていた。

(……あのゴーレム……もしかして)

「――リス。アリス?おい、聞こえているのか?」

「っ。ごめんなさい、少し上の空だったわ。それで……どうしたの?」

慧音に呼びかけられ、一旦アリスは自身の考察を止め、彼女の方へと体を向ける。

 すると、慧音が呆れたような表情になり、首を振りながら、

「どうしたもこうしたも……子供たちが待っているぞ?」

「……あ」

きらきらとした眼でこちらを見つめてくる子供たちに、アリスはやや慌てたように人形劇の準備を始めるのであった。

 

――――――

 

『……危なかった。あのままでは確実にばれていたでしょう』

ホッと一安心しながら、フルナが小さくそう呟く。

 いや、もうばれてしまっているかも知れない。

『そうなると……マスターに、警告が必要かもしれませんね。また呼び出されるまで私達を隠しておけば問題ないと思われますが』

いつしか曇り始めてきた空を見上げながら、フルナはそうひとりごちた。

 さて、依頼の事は終わった事であるし、これからどうしようかとフルナは考える。

『……一応、渡された依頼はこれで最後のようですし、アルラウネの所にでも行きましょうか』

ぽつり、と呟くようにして念話を発すると、フルナはその言葉のとおりに紅魔館へと足を延ばすのであった。

 

―――――――

 

「「――種族としての、能力?」」

『ええ……私の推測によるものでしかないため、何ともいいにくいのですが』

考えるようにして告げながら、アルラウネは小悪魔を呼び、少しばかり大きめの紙を用いて説明を始めた。

 パチュリーとフランが揃って覗きこむようにしながら見ているのを確認しつつも、アルラウネは筆談のようにして、イオの変化した姿と言うものをまとめていく。

『……こんな所でしょうか。とりあえず、最近マスターが下さった知識の中に、こう言うものが含まれていました』

そう言って示された紙の中には、とんでもない物があった。

「なによ、これ……でたらめじゃない」

魔法を追求し続ける者たちの中でも、この幻想郷内ではトップにあるパチュリ―がそう言えてしまうほどの代物。

 それは、ある意味一つの到達点ともいえた。

『・変化『転変龍神(チェンジ・ドラグーン)』

詳細……別格の存在足る龍人そのもの、或いはその因子が濃く出ている者のみ発顕できる固有能力。人の身から龍を模した人型や龍そのものへと変化出来る大技。先述の通りに、二つの形態が存在する』

 

紙の中に記されていたその言葉に、パチュリーは小さくため息をつくと、

「……イオ、もしかしなくてもこの事を隠していたわね?」

『恐らくは。とはいえ、最近発見したことかも知れませんし、確証は得られませんが』

アルラウネがそう告げるのを聞きながら、フランは少し首をかしげると。

「……ねぇ、パチェ。これだけだとよく分からないよ?」

「まぁ、それだけならば、ね。フラン、考えてみなさい。あのイオが変化する姿よ?以前、あの子と鬼が起こした異変の事、話したと思うのだけど……その時、あの子はとんでもないことをやってのけたわ――全属性の魔法を、しかも適性のないものまで扱える魔眼を、使用したという、ね」

「…………ああ、そう言えば。……そうなると、兄様の事だしオーバースペックのものが出てきそうだねぇ」

『ただでさえ、剣術その他諸々でかなりの反則気味なのに、これ以上を出されたらほぼ敵わないと思いますよ?恐らくは制限もあるんでしょうが』

その魔眼にしたって、言っていないだけで制約がありそうですし。

 アルラウネが考えるそぶりを見せながらそう告げると、パチュリーはやや不機嫌そうな表情へと移行し、

「あり得ないと言えない所が恐ろしいわね。全く、イオは何処に向って進んでいるつもりなのかしら?あまつさえ、今更だけどアルラウネの作り、もはや単純なゴーレムとはいえない位だしね?」

『そのことに関しては黙秘をお願いします』

御口チャック、と言わんばかりの動作をする彼女に、フランが苦笑している。

「あはは……まぁ、アリスが怒りそうだしねぇ。私黙っているよ?兄様が此処に来られなくなるのは寂しすぎるし」

『私としても、あの危険な人形遣いにはあまり会いたくないですしねぇ』

「…………どれだけ怖がられているのよ、アリス」

はぁ……とため息をつきながら、パチュリーはとことこと歩きだした。

『おや?パチュリ―様どちらへ?』

「気にしないで。ちょっと用事が出来ただけよ……具体的には、レミリアに会うことだけど」

「ふぅん……?」

そのまま立ち去って行ったもう一人の魔法の師匠に、フランもやや首をかしげる。

 それにつられたか、アルラウネも首を傾げ、すぐに何かを思い出したようにポンと手を打つと、

『……あ、フラン様。マスターがブチ切れた時のことなんですが……』

「……そうだねぇ。まぁ、大丈夫なんじゃないかな?いざとなればあのスキマ妖怪もいるし、霊夢もいる。それに、鬼もいるし、もしかするとお姉様も参戦するかもだし。過剰戦力だったら、十分イオを止められると思うよ?」

授業が終わった事によるのか、フランはすっかり普通の口調になってそう話した。

『……そういえば、マスターもそうですけれど、この世界は強者が多かったんでしたね。はてさて、私が心配性なだけでしょうか?』

「……うーん、何とも言えないなぁ。そもそも、皆本気で戦った事なんてないと思うよ?そう言うの嫌がってこっちに移り住んできただろうし。それに、実力を隠して生きているのもいるだろうし、ね?」

まぁ、それでもにじみ出てくるものはあるんだけどさ。

 机の上で頬をつきながら、フランが呟くようにしてそう告げる。

 ぷらぷらと足を振りながら、ふと、フランはある事を思い出した。

「と、そうだ。アルラウネさん。結局、兄様の変化する姿は『龍を模した人型』と、『龍そのものになる』と言う事でいいの?」

『……私の知識にはそうありましたね。もしかするとまだマスターが隠してる事があるかもしれないですが』

「ふーん……そうなると、『全身鎧』か、『生体鎧』と言うことになるのかなぁ……むぅ。ちょっと考えるだけで、かなり面倒なんだけど」

ちょっぴり冷や汗を流しながら、フランがそう呟くのを聞き、

『?なぜです?』

「え、だってさ……一般的に、『龍は幻想の最上種』なんだよ?私も、暇な時に色々とここの本を読んだけどさ……一筋縄じゃ行かないことは結構知られてることなんだよね」

単なるドラゴン――竜にしたって、多くの犠牲を伴って退治されているしさ。

 かつて読んだ伝説を思い返しながら、フランは一つ一つ指折り数えながら、龍の強大さを述べていく。

 曰く、龍鱗の硬度はとてつもなく高く、通常の攻撃では通るどころか跳ね返ること。

 曰く、加えて身体能力が高いこと。

 曰く、さらに言うならば、属性に左右されるが、殆どの龍は魔力を有する上に、強大な魔法も放つ事が出来ること。

「ざっと挙げてみたけど……これに加えて、兄様の判断力やら、剣術やらが混じるともう駄目だね。多分、兄様がその姿になるというだけで、十分強くなっちゃう。多分、元々の兄様の剣術も、『どんな武器を使っていても技を使う事が出来る』というのをコンセプトにしているだろうから、龍になっても技を使えちゃうと思うよ?」

『……あー、その。頼まない方が良かったですかねぇ……?』

じっとりと冷や汗を流しているかのような雰囲気を放ちながら、アルラウネが恐る恐るといった風で訊ねてきた。

 その様子に、フランはジトっとした眼を向けながら、

「何をいまさら。いいんじゃないの別に。私としては良い暇つぶしが出来たと思ってるし。多分、お姉様もそう思うんじゃないかな?」

『……え?』

あっさりと言ってのけたことに、そして、なぜレミリアの名前が此処で出てくるのかと不思議そうなアルラウネに、フランは少し溜息をつくと、

「さっきパチェがお姉様のとこに行ったでしょ?あれ、多分不測の事態に備えてもらおうとしたんだと思う。まぁ、兄様の普段が普段だし、そうそう怒るようなことってないと思うけどね」

アルラウネが言ってたような事が起こりでもしない限りは。

フランはそう言ってまた足をぶらぶらとさせるのであった。

――その後、フルナが大図書館へと来訪し、交流を交わしていくのである。

 

――――――

 

「――ふぅ。さて、お二人とも……何か言い訳は?」

呆れたように首を振りながらイオが眼の前に向ってそう尋ねるが、

「…………う、うぐぅ……」

「……(ツーン)」

阿求はやや冷や汗を流しながら目をそらし、紫に至っては扇子で口元を覆いながらそっぽを向いている始末だった。

「全く……争いが低級すぎるにもほどがありますよ?もうちょっと、淑女としてのたしなみはないんですか?」

完全にジト眼になったイオが、がみがみと正座をしている二人に向って説教をする。

――あれからというもの、二人の食欲は留まることを知らず(お菓子は別腹などと言うことなのだろうか)、あっという間にサンプルとして提出していた料理を、尽く食べつくしてしまったのである。

 イオとしては、稗田邸の料理人たちに見せる心算で作っただけに、二人の暴挙にはあきれ果てるしかないというのが心情だった。

「……やっぱり、料理は封印した方がいいんでしょうかねぇ」

「えええ!!?」

ぽつり、呟いたイオの言葉に、思いきり阿求が食いつく。

「ちょ、殺生な!私の、私の心のオアシスが!!」

涙目でイオに詰め寄りながらそう叫ぶ彼女に、イオははぁ……とため息をつくと、

「仕方がないでしょう?たかだか一個人の料理でそんなに騒ぐんだったら、いっそのこと失くしてしまった方がいいと思いますし。……幻想郷を管理する上からも、パワーバランスを保つ事の方が重要でしょう?」

ジト眼で阿求を見ながら告げ、最後の言葉を紫に向ってそう問いかけるようにして告げた。

「ふふふ……こちらの事情を先読みしてくれているようでなによりね。ま、別にそこまできつく言うつもりはないわ。この幻想郷は、たかだか少しばかり力をつけた程度じゃあ、壊れないし壊させないしね」

私もそうだけど、妖怪の山の天魔や吸血鬼、果ては博麗の巫女が黙っていないから。

ふふん♪と楽しそうな笑みをこぼしながら、紫は扇子でイオを指しながらそう告げる。

「……成程、幻想郷の平穏を望んでいるのは紫さんだけではないということですか」

「あたり前でしょう?皆、望んでこの幻想郷に来ているのだから、最低限のルールはちゃんと遵守するわよ。でなければ、此処は今みたいにこうして妖怪と人間が笑い合える事なんて、けしてなかったでしょうからね」

自信たっぷりにそう言い放つ紫は、確かに幻想郷の管理者として最高の人妖であるのだろう。

 楽しそうな彼女に仕方なしに嘆息すると、

「ああもう……色々と僕の周りが何だか面倒なことになってる気がしますよ?唯でさえ、厄介な能力持ってるのに」

と、酒を飲んですらいないのに半眼になって二人に絡み始めた。

「あ、あら?」

「ちょ、イオさん……?」

いつもの彼の様子から想像も出来ない今の様子に、思わず紫と阿求は戸惑う。

 だが、イオは止まらなかった。

「大体、いつもいつも僕ばっかりが巻き込まれるのはどうなんだよ。カルラさんにしたって、チェルシーさんにしたって、僕は何もしてないのに……」

ずーん……という、暗く澱んだ雰囲気を醸し出しているイオに、阿求がおろおろと紫とイオとを見比べながら困惑している。

「最近だって、僕と戦いたいなんて言う輩まで出てきてるし……いっぺん、吹き飛ばさないと分からないかあいつ等」

かなり物騒な言葉まで発していることに、阿求が混乱した様子で紫を見るが、彼女は何処か冷や汗を流しながら明後日の方を見ていた。

――どうやら、今のイオの様子には手を出したくないようである。

(ちょ、紫さん!どうにかしてあげてくださいよ!)

(流石に無理よこれは!こんなに沈んだ様子になってる彼なんて初めて見たもの!)

まぁ、それも無理ないだろう。

 普段、紺色に近い髪はうっすらと日に照らされるとやや煌くのだが、それさえ起らず、更にはその金眼までもが、どんよりとした、それでいて虚ろな雰囲気を醸し出していた。

 そんな様子でぶつぶつ愚痴愚痴とされていれば、かなりのホラーである事は明らかである。

 だんだん危険な色合いを見せ始めているイオの金眼に、二人して慌てていると、

「――阿求様。お客様がいらしております」

「ふぇ?って、はいわかりました!直ぐにそちらに参ります!……もう、イオさんがこうなっている時に、いったい誰が来たのよぅ……」

部屋の障子の外から声をかけられ、一瞬ビクリと身をすくませたものの、すぐにそちらへ向かわんとして仕方なしに歩き始めた。

「こっちはやっておくから、さっさと行ってらっしゃい。すぐに元に戻しておくから」

「お願いします。いつまでもこんなイオさん見たくないですし」

扇子を口元に持って行きながら告げた紫に、阿求は振り返りながらやや苦笑しつつもそう返す。

 そうして、彼女がパタパタと慌てたように駆け去った後だった。

 ふぅ、と少し溜息をついた紫が、イオに向って話しかける。

 

「――で?阿求を追いだしてまで、何を聞きたかったのかしら?」

 

静かなその言葉に、淀んだ空気を出したままの筈のイオが、答えた。

「いやぁ、ちょっと、阿求さんには聞かれたくなかったものですから」

先程までの空気は何処へやら、ニコニコと明るい笑顔を浮かべながらイオがそう返す。

「もうちょっとどうにかならなかったの?私からすれば、大根役者以外の何物でもなかったわ」

「あはは……それは申し訳なかったんですけど。ここに来てからやたらと決闘を吹っ掛けられることにストレスを感じてたのは事実なので。阿求さんには済みませんでしたけど、その欝憤も晴らしてました」

「酷いことするわねぇ」

呆れたように首を振りながら、扇子を口元に持って行く紫は、それでも何やら楽しげであった。

「……で?結局何を聞きたかったのかしら?私、まだそれを聞いていないと思うのだけど?」

「ええ、お聞きしたい事が少しばかり、あったんですよ」

そう言ってイオは穏やかに笑うのであった。

 

―――――――

 

「――ふぅ。さて、と……聞きたい事も聞けたし、後は何をしようかな……?」

厚手の着物の両側の袂に手を突っ込み、イオはぽつり、とそう呟く。

 時折、冬の冷たい風が着物の内側に舞いこんでくるのに身震いしながらも、イオは稗田邸に来た頃は青空だった曇り空を見上げた。

「雪が降りそうだなぁ……向うの雪とおんなじかな?どうなんだろ?」

思考にふける彼は、そんな事を呟きながらとてとてと人里の路上を歩く。

 と、そこへ声を掛けられた。

「――考えにふけっている所悪いけど、ちょっといいかしら?」

『七色の人形遣い』が、やや剣呑な目つきと共に彼の目の前に現れる。

「うん?どうしたのさアリス。何か用?もうゴーレムの事は全部教えたと思ったけど?」

彼女にとっては白々しい態度で、当人にとっては純粋に疑問に思って、イオは首を傾げながらそう尋ねた。

「ふん、全部じゃないでしょうが。答えなさい……ゴーレムたちの心は、何処から盗ってきたの?」

「……はぁ?」

イオは、ただただ困惑する。

 なぜなら、彼はそんな事をしていないからだ。

 そもそも、彼が創り出すゴーレムは能力からもたらされた恩恵であり、アリスのように魔術、或いは魔法を用いたものでは決してない。

 故に、コアはどうして自我を持ち得たのかという疑問に当然ながら行き着くわけだが……。

 

――彼ら自身が、コアなのである。

 

……この言い方では、ゴーレムという本体自体に意志が宿っているかのようになってしまうが、そうではない。

……元々、イオの持つ『木を操る程度の能力』というのは、単純に木製の物を生み出す、形状を変化させる、風といった空気を操るだけに留まらず、ある能力も付随していた。

――すなわち、『植物との会話』である。

 それは、かのフラワーマスターの有する花畑、『太陽の畑』における花たちとの会話からしても察せられるであろう。

 であれば、論理は帰結する。

――そう、『意志の宿る木を媒介に、コアを創り出す』のである。

 当然、簡単に言えるようなものでは決してないことは言えよう。そもそも、意志が宿る木など、相当の樹齢を誇っていなければ不可能であるし、而も、能力の主であるイオと会話が出来るほどまで老獪なものはさらに稀だ。その上、切りだしたものにしっかりと自我が根付くことさえ、判断しようがないのである。

 だが、イオは見出した。

――他ならぬ、紫自身の手によって。

「あのさ、勘違いしているようだから言っておくけど、元々僕はアリスのように生涯かけて自律人形を作ろうと思ってやったわけじゃないからね?僕のなんでも屋稼業が忙しくなって来ちゃったから、仕方なしに紫さんに頼んで僕のゴーレムのコアになるような部分を抜き出してもらっただけだよ?」

「……そう。成程ねぇ……つまり、イオは私の怒りにふれたってことよね」

「いや、なんでそうなるの!?」

わたわたと、イオが目前にたたずむ怒りの形相を浮かべるアリスに抗議した。

 だが、アリスはジト眼でイオを見やると、

「当然じゃない。私の目の前に私の生涯の目標を簡単に成し遂げた人間、それも魔理沙のように魔法使いとしてではない、亜人種だけど普通の人間で、よ?これで喧嘩売ってないなんてことはない筈よね?」

ごごご……と、怒りによってか魔力が漏れ出ているアリスに、イオはややたじたじとなって、

「その……ごめんなさい?」

「っ!いっぺんぶっ飛びなさいこの大馬鹿――!!」

突発的に、人里の中で弾幕ごっこが始まる。

――奇しくもそれは、人里の中に舞い降りた雪の中で行われた。……まるで、全ての音さえも吸い込むかのように。

 

 




さて、とうとうというべきか、イオのゴーレム技術がそのままアリスの怒りに触れる結果となってしまいました。
まぁ、その片鱗はちらちらと見えかけていたので、どうしようもなく避けられない事態だったのですが、はてさてどうなることやら……?


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第四十章「雪中舞うは蒼竜と人形遣い」

――ぶつかり合うは、意地と意地。
さあ、剋目せよ。
これが、『疾風剣神』の本気だ。


――弾幕ごっこは、熾烈を増していく。

 イオによる、新しく考えだされた気刃の弾幕と、アリスが張る七色の弾幕が宙を舞い、互いに喰らわんとして撃ち出されていた。

 一見して互角、そして勝負の趨勢さえ見えないほどの、圧倒的な戦い。幻想郷の実力者にふさわしい、弾幕ごっこである。

――まぁ、当人たちにとってはプライドの有無、そして命の有無にまでかかわるような出来事なのは御愛嬌と言う所だが。

「――ああもう!いい加減やめてくれよアリス!」

「馬鹿言わないで。今やらなくて何時するのよ?――少なくとも、私は今、貴方をとことん絶望的なまでに叩きのめすからそのつもりで」

「完全に死刑宣告じゃんか!!?」

喚いているイオに、アリスは冷静に、しかし怒りを以てスペルカードを宣言した。

 

――魔符「アーティフルサクリファイス」――

 

次から次へと人形が投げつけられ、段差的に爆発を起こしていく。

 まともに爆風をくらえば、幾ら龍人となったイオであっても気絶は免れ得ぬ為に、必死になって彼は空を逃げ惑った。

「ひやああ!?ちょ、アリス容赦なさすぎぃ!!?」

「何をいまさら。私は殺すつもりでやってるわよ?」

「ちょお!!?」

逃げ惑うイオに、アリスは淡々としかし怒りを込めながらも再びスペル宣言をした。

 

――戦符「リトルレギオン」――

 

爆風で逃げ惑っているイオに、人形が方陣を組んで囲い込んで行く。

 思わずぎょっとしたイオは、咄嗟に自身の技である第参の剣技を合成した。

 

――壱式漆式合成『絢爛舞踏』――

 

直後、イオの周囲に円を作るようにして気刃が生まれ、それぞれが天を向くと、一直線に人形に向って射出されていく。

 ドスドスッと鈍い音を響かせながら相殺していく彼の妙技に、アリスは内心感嘆を抱きながらも容赦する事はしなかった。

 

――咒符「上海人形」――

 

突如として、アリスの頭上にあった上海人形が、その両腕から魔理沙のようなそれでいて範囲が絞られた魔砲撃が繰り出される。

 しかし、イオは慌てることなく一つのスペルカードを宣言した。

 

――雷神之鎚「ミョルニルスパーク=レーザー」――

 

頭上から降り注ごうとしているレーザーに、ほぼ相殺する形で撃ち消えた魔砲撃を気にかけながらも、イオは油断なくアリスを見やる。

 既に、先程まで慌てていたようなコメディちっくな空気は取り払われており、変則的な弾幕ごっこではあるが、戦いの空気が漂っているのが見られた。

(……チッ。完全に今までが様子見だったと言わんばかりじゃない。上等よ、こっから地獄を見せてあげる……!)

怒りのままに、だがしかし、それでも戦いの趨勢を見極めんと、七色の人形遣いは空を舞い、駆け抜ける。

 対するイオの方も、襲い掛かってくる弾幕を風の、いや音の速さで避けながら、少しずつアリスへと近づきつつあった。

 それを冷静に眺めつつ、アリスは今出せる強力なスペルを詠唱する。

 

――魔操「リターンイナニメトネス」――

 

直後、イオの眼前で大きく爆発が発生した。

 思わぬ一瞬の出来事に、さしものイオも反応できずに爆風にあおられる。

――一瞬踏ん張り、そして足を止めた――そこは、すでに死地の範囲であった。

 故に、

「さて、これで終わり。――死になさい」

「ちょ、それは洒落にならな……!!?」

言葉と共に、アリスの放った強力極まりないスペルが宣言される。

 

――咒詛「蓬莱人形」――

 

前方に、アリスの創った人形の一つである蓬莱人形が、複数の体からレーザーが照射された。

 すぐさま、爆発と共に赤色を伴った煙が辺りを蔓延していく。

 しかし、アリスはそんなさなかにあっても冷静さを失うことなく、イオの生存を確認できるようにと、ただ待ち続けた。

 

――果たして、イオは地面に墜落していた。

 厚手の着物や髪からはやや黒煙らしき物が見え、更には自身の相棒でかつ得物である朱煉でさえも、その手から離れているのが見える。

 そこに至って、ようやくアリスは安堵の息を洩らす事が出来た。

「……ふぅ。手古摺らせてくれたわね、本当に」

静かに眺め、イオの魔力がどんどん弱まって言っている事を感知しながら、アリスは静かにそう愚痴る。

「ま、恨まないでほしいわね。――貴方が、最初に喧嘩を売ったのが悪いのよ?」

呆気ない、剣においては最強の何でも屋の最後に、七色の人形遣いはそう言って踵を返そうとして、あ、そうそうと言う言葉と共にまた振り返ると、

 

「――貴方の人形。私のものにするから宜しく。……さて、と……どう分解してやろうかしら」

 

最後の一言を、前に向き直りながら呟いたその時だった。

――ゾクリ。

その場に、濃密な殺気で溢れ返っていることに、ようやく肉体が感知したのである。

「……ふぅ、本当にてこずらせてくれるわね……流石ね、頑丈さでは鬼に近い程よ?」

呆れたように、だが同時に感嘆したようにそう言いながら、アリスがイオの倒れている方向へと体を向け直した。

 その視線の先には――顔を前に俯け、髪によって表情がうかがい知れない、立っているイオの姿が。

 見れば、いつの間に回収したのか、両手に朱煉を構えており、ただただ無防備であるかのようにふるまっていた。

 

「――ネェ、アリス?今、君ハ……何ヲ言ッタノ……?」

 

恐ろしく片言のように聞こえるイオの言葉に、アリスはしかし肩をすくめながら、

「あら、そんなに不思議かしら?――人の研究成果を結果として奪ったような貴方には、当然の報いだと思っているのだけど?」

と、あっさりと彼女は切り捨てる。

「フーン……ソレ、僕ガ許ストデモ?」

濃密な殺気と共に、俯いた状態のまま首をかたり、とイオは傾けた。

「さぁ?やれるものならやってみなさい。言っておくけれど、怒っているのはこちらの方なのよ?」

「――殺ス……!!」

 

――転変「チェンジ・ドラグーン」――

Mode:龍神剣士……stand by……換装(レトロフィット)。

 

ズゴゴゴゴゴ……!!

 

「……GGYAAAAAA――!!」

 

理性の解放と共に、イオは『龍人としての』真の姿の一つを開放する。

――さながら、それは『龍を模したヒトガタのナニカ』であった。

「……やれやれ、笑えないわねこの状況……流石に、イオを煽り過ぎたかしら」

生きて帰れるかしらね……?

冷や汗を流しながら、アリスが眼の前の状況を見てそう呟く。

――そして、両者は激突した。

 

――――――

 

『『――マスター!!?』』

其の時、紅魔館ではイオの二人の従者が、驚愕の声と共に思わず立ち上がった。

「ちょ、ちょっとどうしたの二人とも?吃驚したよもう」

たまたま二人(勿論、フルナとアルラウネの事だが)の近くにいたフランが、ぎょっとしたように二人を見て、すぐに安堵の息を洩らしながら抗議する。

 だが、二人にとってはとんでもないことが起きていた為に、雇用主の妹という、何でも屋稼業を営む彼らの主にとっては重要な人物を放りだし、会話を始めてしまった。

『不味い、とんでもなく不味いですよフルナ。マスターが……!!まさか、いきなりこんなことになるなんて!!』

『っく、しかし、本気になられた時のマスターは、最早あの射命丸殿までも抜き去っているのだぞ!?どうする!!?』

「……ねぇ、御兄様が、いったいどうしたの……?」

叫ぶようにして念話を周りに飛び散らせているがために、フランはいやがおうにも彼らの会話を聞き、そして不安を抱く。

 そんなフランに、フルナ達はハッと我に返ると、

『……フラン様。先ほどの会話、覚えていらっしゃると思いますが……』

「え、まさ、か……御兄様、もしかして……?」

『恐らく。――感じた所では、まだそこまでに至っていないようですが』

フルナの言葉を聞きながら、フランは恐る恐るながらにある方向へと顔を向けた。

 その視線の先にいた、『七耀の魔女』は、静かに瞑目しながら何かを思索し続けている。

――そして眼を開き、呟いた。

「……ああもう。いきなり今日とんでもない話を聞かされたあとに、いきなりの実戦ですって?魔法使いをなめているのかしら本当に」

ジト眼そしてやや怒りによってか魔力を微妙に洩らしながら、パチュリーは勢いよく空を飛びあがり、一気にレミリアのいる館主室へと向かっていく。

「フラン、咲夜と共に人里の方へと向かいなさい。フルナとアルラウネはそのまま待機していて。恐らく、アリスがいるかもしれないから」

『賢人』と同程度以上の実力を持つ賢者が、ゴーレムたちにそう告げ、あまりな言葉に、その姿を呆気にとられたようにゴーレムたちは見送るほかなかった。

「……あー、うんコホン。そうときまったら早く準備して行こう!――咲夜?」

「――此処に。妹様、どうかされたのですか?」

呼ぶ声と共にはせ参じた吸血鬼へ忠実なる従者は、静かに一礼をしてから当主の妹へとそう尋ねる。

 そして、妹は動き出した。

「――決まってる。すごく怒ってる御兄様を止めに行かなきゃ!!」

「……御意。すぐに準備を致しましょう」

いつものように、ただただ従者は従うのみ。

――そして、『冬の龍の怒り』の異変は、突発的に発生したのであった。

 

――――――

 

「……あらあら?ちょ、ちょーっとこれは不味いかもしれないわねぇ……」

幻想郷上空。

 管理者たる隙間の大妖は、眼下に広がる戦争とも言えそうな戦いを眺め、一人冷や汗を流した。

 イオが次から次へと能力を用い、木でつくられた短槍のようなものをアリスに向って射出する。

 しかも、それが数本ではなく数十本に至っているのだ。

 完全に殺す気で掛かっているのがよくわかった。

「う~ん……本当に、不味いわ。一見して外からすると難易度がルナティックの弾幕ごっこしてるようにしか見えないし」

イオの怒りを、能力を用いて覗いているがために、それはあり得ないのだと分かってはいるが、やはり感情が激していても、イオはイオなのだと示している。

「というか、あんな状態でもルール遵守しているってどうなの……?」

やや呆れたような笑みを口端に寄せながら、紫はやれやれと言わんばかりにゆっくりと首を振った。

「困ったわねぇ……誰に止めてもらおうかしら。この程度の小さな異変だと、霊夢が動くかどうか、分からないしねぇ……」

はてさて、困ったものだわ。

ぽつり、と呟くようにして困惑の言葉を紡ぐ紫。

 そうしているうちに、イオが一つのスペルカードを宣言した。

 

――龍爪『ドラグナルクロー』――

 

ぐぐ、と両手に力を込めると同時に、イオは自身に爪を現出させる。

 さながらバグナクの様であるが、その爪の長さは常軌を逸していた。

 イオ自身の腕の長さの半分ほども、その爪は有していたのである。

「……え?」

流石にアリスも、一見して通常の手甲に見えるそれに、そんな機構が隠されているとは思いもよらなかったようで茫然としているが、戦況は出来た隙を逃さなかった。

「グルゥァア!!!」

最早獣になってしまったかの様な咆哮と共に、アリスに向って致命的な一撃が繰り出されようとした、その瞬間。

 

――恋符「ノンディレクショナルレーザー」――

 

「グルッ!!?」

複数のレーザー光線が直撃し、驚愕の声を上げるとともにやや大きく吹き飛ばされた。

 

「――やれやれ、アリス一体何をしでかしたんだよ?」

 

ニヤニヤと笑いながら、『普通の魔法使い』――霧雨魔理沙が、此処に登場する。

 その言動にややむっとしながら、

「言っておくけれど、あっちが最初に喧嘩を売ってきたのよ?私の生涯の目標にしてた、自律人形の作成に成功してたんだから」

「あっちゃあ……そりゃ流石にアリスが怒るのも分かるぜ。だけどよ、それで何であんなことになってんだ?あれ、イオだろ?」

ぐるる……と、唸り声を発している目の前の全身鎧のような物を着ている人物を指差し、魔理沙が困惑したようにそう尋ねた。

 すると、アリスが今度は眼を泳がせ、

「……ち、ちょっとイオの創ったゴーレム強奪して、分解しようって言っちゃったのよ」

「……アリス、幾らなんでもそれは悪手だぜ。いくらゴーレムったってあれはイオの家族だぞ?だったらトラウマの事知ってたはずだろ?ラルロスに色々と聞いてたんだし」

「こ、此処までと思わなかったのよ!あの秋祭りに訊いた時は、ラルロスも軽い感じで話してたから!」

『――邪魔スル心算カ、魔理沙』

姦しい言い合いのさなかに響いた、一つの思念。

「……おいおい。もしかして本当は理性持ってんのか?」

思わず魔理沙が恐る恐るといったようにイオの方へと目を向け、冷や汗を流しながら彼にそう問うた。

 だが、現実は非情。

『フン、ダカラ何ダ。……ソレヨリ、トットトソコヲドケ。ソイツヲ殺セナイ』

ぐる、と唸りながら、空中で一歩アリスのいる方へと足を進めた。

 だがしかし、

「流石に、私の友達殺されちゃたまんないからな。邪魔させてもらうぜ♪」

向けられる殺気をものともせず、魔理沙がそう宣戦布告する。

『……本気デ言ッテイルンダナ?ソウカ……ナラバ、眠レ』

ドクン。

 更なる殺気が空を駆け巡ると同時に、イオは一つのスペルカードを宣言した。

 

――龍翼「ドラグナルウィング」――

 

直後、イオの背中の肩甲骨部分から魔力で形成された翼が生み出される。

 一見して、鴉天狗などが展開する翼とは大きさ・形が異なっているようであるが、見れば見るほどに、異形の翼であった。

 何しろ、羽根の一枚一枚が薄く蒼色の金属のようなもので重なって構成されているのである。普通であればその重量で倒れそうなものだが、イオは平然として立つばかりであった。

「……おいおい、何だその格好。ますます人間離れしてやがんな」

何処か面白がるような表情で、魔理沙がそう言って笑う。

 そんな彼女とは対照的に、アリスはますます表情を厳しくさせていた。

「……むぅ、不味いわね」

「ん?どうしたんだよアリス。とっととイオを止めようぜ?」

「簡単に言ってくれちゃって……いい?魔理沙。あの状態のイオは、簡単な攻撃くらいじゃひるむどころか突っ込んでくるわ。さっき、私がイオに向っていくつか爆弾を投げたんだけどね……あっという間に切り裂かれちゃったのよ。それも、いま出してる爪じゃなくて、刀の方で、ね」

「ああくそ……マジか。ってことはだ、私に匹敵する位の速さに、防御力が付いて、更に攻撃力も高い……おいおい、何だこれ。詰んでるじゃねーかよ」

『ダカラ言ッタンダ。――邪魔スルツモリカ、ッテ』

ソモソモ、魔理沙ハ何モシテナインダカラ。

 ぎゃりぎゃり、と爪を合わせるようにして鳴らしながら、イオはそう思念を飛ばす。

『サァ……覚悟ハイイカ?――ボクハ出来テル』

「っ!?ちぃ!!」

「くぅ!?」

ごぉ!!と風の唸りと共に襲い掛かってきたイオに、魔理沙とアリスは必死になって逃げ惑った。

――襲い来る飛ぶ斬撃。

――吹き荒れる、能力を用いた風の生成。

――そして、何よりもアリスたちにとって厄介だったのは、イオが魔法を使用してくることだった。

「ホント、躊躇も遠慮もなく撃ってくるよなぁ!!?」

何時も身に付けている八卦炉を用いながら、魔理沙がイオに向ってそう叫ぶ。

『ダイジョウブ、魔理沙ハ死ナナイ。――死ヌノハ、ソッチノ人形遣イダケ』

ギラリ、と無機質な兜に覆われた眼から、視線がアリスに向った。

「あのね!言っておくけれど私は捨虫・捨食の魔法を使っているから、死なないわよ!?」

『ダカラ?――ソノ分、タップリ恐怖ヲ染ミコマセテアゲル』

「藪蛇!?」

「ばっか、アリス!それじゃ逆にイオを煽るだけだろ!?アイツ、普段隠してるけどホントはドSなんだからな!?」

『――気ガ変ワッタ。魔理沙モ一緒ダヨ?』

「ぎゃー!?」

「魔理沙が余計な事を云う所為でしょ!?」

 

「……なにこれ」

大慌てで紅魔館を出て、人里でその戦いを見つけたフランドールは、その場の様子に茫然とした様子で呟く。

 その横では、紅魔館に待機を言われていた筈のアルラウネとフルナがおり、

『……あれぇ?マスターが激怒してるのかと思ったんですけど……』

『……私の眼には、マスターが遊んでいるようにしか見えないな。どう思う?アルラウネ』

『ちょ、ちょーっと待って下さい……うーん……マスターの精神状況をサーチするに、確かに、怒ってはいるようなんですけどねぇ……』

予想と違う目前の結果に、イオの従者たちは混乱した。

「……あれじゃない?体動かしてる間に怒りが冷めてきたのかも」

『……あー……そう言えば、マスター二十五歳ではあるけれど、精神年齢は十三歳位だったような』

『確か、十三歳から以前の記憶が全て抜け落ちている所為で、精神的にはまだ子供だ、という話だったか。……何となく、マスターが単純な性格をしているような気がしてきたのは気のせいか?』

「……かなり、好き勝手言ってるよね二人とも。兄様が聞いたら多分泣くよ?」

アルラウネとフルナの、イオの従者にしてはらしくない暴言が飛び出たことに、話題を振った側ではあるが、フランが苦笑して首を振っている。

「……茶番ね。全く……レミィが笑ってた理由がよくわかったわ。教えてくれればいいのに、もう」

出てくる前に大急ぎで館主室へ急行していたパチュリーが、呆れたように頭に手をやりながらそうボヤいた。

「ですが、そろそろ止めないといけないのでは?見る限り、白黒と人形遣いの両名がイオの魔手に囚われそうな気がしますし」

「魔手と言うな魔手と。……全く、いつもおっとりしてるくせに、変な所で律義なんだから」

ほら、さっさと止めるわよ皆。

 パチュリーの号令と共に、紅魔館組は眼下に広がる戦いへと参戦した。

 

――――――

 

――妖怪の山。

 標高が高いこの山はすでに秋の紅葉も落ち、人里より早く訪れた雪景色で彩られていた。

 白に染まった木々の間に、ふと、一陣の風が舞い降りて呟く。

「――風が、唸りを上げている?……いったい誰が……?」

気遣わしげな表情を浮かべているのは……『文々。新聞記者』である射命丸文だった。

 とはいえ、現状の妖怪の山を見た者がいたならば、彼女の言う事に疑問を抱くであろう。

――何故ならば、現在妖怪の山はしんしんと雪が降り注いでいる事はあれど、風など全く吹いていないのだから。

 だが、射命丸文はただただ不安そうに表情を顰めていた。

「……気になりますね。とりあえず、人里へと向かいましょうか」

ばさり、と普段は隠している鴉の両翼を広げ、彼女は飛び立つ。

――胸の内に湧いた、不安をあえて無視しながら。

 

――――――

 

「――やれやれ。これでやっとこの小さな異変は終わりそうかしら」

幻想郷上空にて、八雲紫は自身が創り出した隙間に座りながら、そう呟く。

 いきなり突発的に異変が起こったために、正直にいえば慌ててはいた。とはいえ、眼下の戦い方を見るに、イオは怒ってこそいるが、理性を完全には消していなかった為にああいう律義な戦い方をしていたのだろうと考え、すぐに冷静を取り戻せたのである。

「全く、イオの身内には手を出さないように、通達をしておかないといけないかも知れないわね」

今はああして魔理沙とアリスで遊んでいるが、そもそも、彼の身内たるゴーレムに手を出そうとしたからイオは怒ったのだ。

 そう言う事をしなければ、イオもああして切れる事はなかったはずだろう。

――結局のところ、誰が悪いと決めつけられるようなものでもないが。

「――ふわぁ……そろそろ、力の温存の為にも眠りにつかなければならない頃ねぇ……ホント、面倒だわ」

アクビをしながらそう呟いた妖怪の賢者は、ずるり、と自身の隙間にもぐり込むと、静かに閉じた。

――後には、地上の戦いだけが残るのみ。

 

――そして、フランたちが参戦してから数時間が経過した頃だった。

「……兄様。いつになったら止まるつもりなの?」

呆れたように首を振りながら、フランがそうイオに諌言すると、未だに鎧姿のイオはフン、と鼻を鳴らしてから、

『決マッテル。ソコノ人形遣イガ諦メルマデ、ダヨ』

「……く、徹底的に私達を狙ってたくせに、よく言うわよ。――それにね、言っておくけれど私はまだ諦めるつもりはないわ」

イオの使用した木属性の槍型の弾幕を幾つか貰い、ボロボロの服になっているアリスがイオをにらみながらそうボヤく。

 魔理沙も、その横でボロボロになりながら、箒に乗ったまま睨みつけていた。

『……ダッタラ、僕ハ何時マデモコノ姿ニナルシカナイネ』

空中に浮いたまま、イオは背中の翼を広げてそう告げる。

――あくまでも視線を、アリスにとどめたままで。

 そして、イオは唱えた。

 

『巡レ大気ヨ。廻リ廻リテ渦ヲナセ。全テヲ巻キコミ吹キ飛バセ。其ハ空ヲ駆ケ巡ル、大空ノ子供ナリ』

『砕ケロ刃。滅セヨイノチ。其ハ全テヲ破壊スル雷神ノ象徴ナリ』

 

一瞬の内にとなえられた二つの言霊に、傍観していたパチュリーの中で警鐘が鳴らされる。

「――っ!いけない、イオを止めて!!」

『――遅イ。モウ終ワッタ』

 

『荒レロ、荒レロ。空ノ怒リ顕ス災イヨ。渦巻キテ全テヲ破壊セヨ』

 

――蒼嵐龍巻『グレートトルネード』――

 

――そして、蹂躙が再誕した。

 

――――――

 

……初めにみたそれは、強大な竜巻だった。

 だが、急速に集束していくうちに、一つの形を取っていく。

――二つに分たれた、槍の形へと。

 

――天槍『蒼雷神槍』――

 

「……幾らなんでも、出鱈目すぎないかしら?」

呆れを通り越し、最早感心しているような声音のパチュリ―。

『制御ガカナリ難シイデスケドネ。デモ、創ッテオイテ本当ニ良カッタ』

『……マスター、やっぱりもう元に』

『――アルラウネ、フルナ。二人トモ退ガッテテ。今一度……皆ニ僕ノ力ヲ示シテオカナキャイケナインダカラ』

何かに感づいたようなアルラウネの言葉を遮り、イオはただただ身構えた。

――そして、動きだす。

 

――『龍皇覚醒』――

 

黄金に輝く気のオーラが、薄らとイオの体から漏れ出てきた。

「……全員、死ぬ気で身を守りなさい。――死ぬわよ」

パチュリーが、収束されているエネルギーとイオの現状を観察し、今この場にいる全ての者に警告を発する。

『……ソウダネ。最後ニ一ツダケ、訊イテオコウカ。――アリス、君ハ諦メル心算ハ、ナインダネ?』

「……そうね、私は諦める心算はないわ。だって、私のアイデンティティですもの。貴方だって分かっている事でしょう?」

殊に、人形のことに関しては、ね。

『……フゥン。ジャ、覚悟ハ一応出来テルミタイダシ。……一度デ終ワラセテアゲル』

ボロボロな状態であっても、真剣な眼差しと覚悟を決めたその表情に、イオは少し考えてからゆっくりと静かに溜め始めた。

――スペル宣言。

 

――陸式『蒼天裂槍』――

 

龍王炎舞流が伍式「裂空蒼槍」が進化した技であり、基本的な動きは変化していないものの、速度が亜光速にまで達した上、力を溜めて撃ち出す事も可能になったこの技。

――それは、全てを貫かんがために作りだした槍技。

 そして、イオが投げる動作をした時であった。

 

「あややや!これはこれは、皆さんお揃いのようですねぇ!」

 

この場にいる筈のない、一人の人妖が現れる。

 ぴくり、と本当に微かに動揺したイオは、しかし、すぐに我に返ると、

『……文。一体ドウシテソンナトコニイルノ?コノ時期寒イカラッテ、山ニ引ッ込ンデイルンジャナカッタッケ?』

「っ。その心算だったけど。いやあ、妙に風が騒いでいるから気になっちゃったのよ」

一瞬言葉を詰まらせ、直ぐに射命丸がそう言って笑い、目の前で槍を構えているイオの背中をパンパンとたたいた。

『…………ムゥ。ソンナニ暴レテタ気ハシテナインダケド……マ、イッカ。ソレヨリ文ハ退ガッテテクレル?』

 

「――なーに言ってるのよもう!ほらほら、こっちに来なさいって!」

『チョ、文!!?』

 

あっという間にイオは空中でありながら、問答無用に射命丸に引きずられていく。

 思わず呆気にとられた様子でその場にいた二人以外の者が見送っていると、ふと、彼女がこちらを真剣な眼差しで見て、静かに口を動かした。

 

『――早く、散って』

 

静かに告げられたその言葉は、イオを、そしてその場にいた者を案じたもの。

 幸いと言うべきか、イオはその全身鎧に覆われているために見る事は叶わず、ただ肩の辺りを引っ張られ続けるだけだった。

 殊に、鬼までとはいかなくとも、天狗も大概膂力は高い為に、必然的にそうなっていると見える。

 とはいえ、イオ自身が人型の龍になっている所為か、普段の彼女の速さからは少々劣ってはいたが。

『チョット!!文、僕ヲ何処ニ連レテク心算ナンダヨ!?』

「あら、決まってるじゃない。イオの家よ、い・え」

『ハァ!!?放シテクレヨ!!僕ニハヤル事ガ……!!』

「それは私の用事が優先だから却下」

『理不尽ダ!!』

なにやら喚きながら去っていく風を操る二人に、ふと、そこで安堵の息が誰からともなく漏れた。

「…………助かった……と言う事でいいのかしら。はぁ……本当、生きた心地がしなかったわ」

やっと一息をつける、とばかりにアリスが大きくため息をつく。

「ま、そもそもどっちともが悪かったってことじゃないか?だって、イオの奴、アリスが人形の自律化を目指してたって知ってたんだろ?で、それなのにゴーレムを作り上げちまった。アリスもアリスで、イオが練りに練り込んだ創りのゴーレムを大切にしてること知ってて奪うって言っちまったんだし」

「……ひとつ、訂正ね。イオと出会う前に、もうあの二体のゴーレムに近づけてたみたい」

「じゃ、結局巡り巡ってアリスが悪いってことになるぜ?」

ニヤリ、とボロボロな癖に悪戯っぽく笑える魔理沙に、内心感心もしつつもアリスは冷たく告げた。

「少なくとも、いつも図書館に突貫してはイオにお仕置きされてる子の言うことじゃないわねそれ」

「ぐ……い、いいだろ別に!」

あっかんべーと舌を出しながら魔理沙がやや不機嫌そうになるのに時間はそうかからず。

 顔をしかめ始めた彼女を、ちょっぴり呆れながらも、

「……とりあえず、イオに関してはもう手出しはしない。――そこのゴーレムたちにも、ね」

『……先程まで戦ってた方の台詞ですか?それを聞かされても、私としては警戒せざるを得ないのですが?』

『よせ、アルラウネ。……私は、その言葉を信じよう。マスターにもそう伝えておく』

「ええ、ぜひともそうして頂戴。……全く、結局イオにはしてやられたということなのかもね」

「ん?そりゃどういう意味だぜ、アリス」

心底疲れたような表情をしているアリスに、魔理沙が不機嫌そうな顔から不思議そうな顔へとシフトチェンジした。

 その様子にやや呆れながらも、

「まぁ、ね……アイツの身内に、手を出した馬鹿は当然の報いを受けるってことよ。それも、普段の性格がああだから、究極的に手を出した相手が全面的に悪いことになるしね。はぁ……本当、割に合わなかったわ今回の事は」

後で、イオに何か菓子折りでも持っていかなきゃ。

ぐたり、とやや肩を落としながら、アリスがそうボヤく。

「……アリス、流石に兄様がそれで許してくれると思えないんだけど」

「覚悟のうえよ、フラン。まぁ……怒りが収まってくれてることを祈るしかないけれどね」

「……大丈夫かなぁ……?」

やや苦笑するようにして不安を示すフランに、咲夜が一礼して声をかけた。

「妹様。そろそろ、屋敷へ戻られませんか?寒さが厳しくなってきているようですし」

「ん……そう、だね。じゃ、魔理沙!アリス!また会おうね!」

にっこりと素敵な笑顔と共に、フランはパチュリ―達と共に紅魔館へと帰って行くのであった。

――こうして、雪が静かに降る最中に起きた小さな異変は、これまた突発的に乱入した鴉天狗によって幕を閉じたのである。

 

――――――

 

「……さ、着いたわよイオ。いつまでそんな恰好でいるのよ」

『……問答無用デ引ッ張ッテ来タ癖ニー』

やや拗ねたように、射命丸に引きずられたままのイオがぶつぶつと文句を言う。

 その様子に、射命丸はむっとなって、

「いいから、さっさとその鎧を脱ぎなさいよ。出来ない訳じゃないでしょ、もう」

「――イオ?おかえりなさいって、どうしたのその格好!?」

『アアモウ、ダンダンカオスニナッテキタシ』

玄関につき入った二人の様子をみたルーミアに、イオは仕方なさそうに静かに構えると、

 

『――換装解除』

 

一言、言霊を呟くと同時に、イオの体からゆっくりと鎧が空中に溶けていった。

 まるで、大気の中の何かに吸い込まれたかのようなその様子に、射命丸は勿論のこと、ルーミアも驚いたように彼を見つめている。

「……で、解除したけどこれで満足?」

やや不機嫌そうな面持ちで、元の着物姿に戻ったイオはその金眼で以て射命丸を見やった。

 そんな彼に、射命丸はやっと我に返ると、

「一つ、訊いていいかしら?――あの姿は、一体なんだったの?」

「……答えたくない、って言ったらどうする心算?」

言い辛そうな、答えたくなさそうな表情で、イオは射命丸の問いにそう問い返す。

 だが、彼女は怯むことなく言い返した。

「絶対に教えてもらうわ。言っておくけどね、友達に隠し事なんて流行らないわよ?」

「…………はぁ……。――僕の、もう一つの能力、そう言っても構わない。龍人と言う種族に、もともと付随されている『固有能力』としか言いようがないかな」

鱗が垣間見えるイオの肌を見せながら、イオは何かを諦めたかのような表情を浮かべつつそう答えた。

 射命丸はその様子に、考えるようなそぶりを見せると、

「……と言う事は、それが最初の取材の時に、イオが霊夢さんに聞いていたもう一つの能力なのね?言うなれば、『龍になれる程度の能力』と言うことになるけれど」

「そうだね……は~あ、余り人に見られたくなかったんだけどな」

やや、その場の怒りだけで成ってしまった事を後悔しているイオ。

 それに、射命丸はなおも考えるそぶりを見せながら、

「ねぇ、イオ。もう一個訊いていいかしら?――『制約』は何なの?」

ぴくり。

 射命丸の思わぬ一言に、現在絶賛後悔中のイオが体を強張らせた。

 射命丸はその様子に気づかず、

「貴方が以前の異変の時……そう、萃香様が起こしていた異変だけど、あの時使った魔眼には当然、副作用があったわけよね?」

「…………まぁ、そうだね。因みにあの魔眼の時は、龍人になったばかりだったし、僕の体にある全魔力を注ぎこむことでああいう風になれたんだよ」

(その代り、龍になった時は使えないけれどね)

 じっとりと、背中に冷たい汗が伝うのを無視しながら、イオは尚も説明を続けた。

「……ふぅん。と言う事は、やっぱり龍になる時にも何かしらの制限はあるようね?」

じっくりと、射命丸が普通を装っているイオを見ながらそう尋ねる。

「さぁ?今回使ったのが初めてだったからさ、いまいちそう言うのは考えてないんだよね。さて、と……文、夕食食べてく?そろそろそんな時間になりそうだし」

 

「――待ちなさい」

 

顔を俯け、射命丸が台所へと向かおうとしていたイオを呼びとめた。

「……?どうしたの?ルーミアもいるから、早く作らないといけないんだけど」

表面上は不思議そうに、だが内心は訊かれたくない事ばかりな為にドキドキしながらそう告げる。

「……ねぇ、イオ。私も訊いてみたいな……その『制約』っていうの」

だが、そんなイオの逃げ道を塞ぐかのように、にっこりと笑い、しかし何処かうすら寒い雰囲気を醸し出しているルーミアがそう告げる。

 ぎくり、と何故かその様子に動揺しているイオに、射命丸が続けて、

「思い返してみれば、大体イオの使っている能力や剣技は何かしらの制限が少しの物から大きめの物まで沢山あったわ。――という事は、龍になる事も当然、何かがありそうな気がするのよね……果たして、これは気のせいかしら?」

「あはは、気のせいだと思うよそれは。話がそれだけなら、夕食作るね」

「あ、こら待ちなさい!」

笑って駆けだし中に入っていくイオに、慌てたように射命丸が声をかけるが、彼は止まることなく台所へと入って行った。

「……くっ。逃げられた」

明らかに何かを隠しているようにしか見えない彼の様子に、射命丸がやや悔しがるが、そんな彼女にルーミアはおっとりと笑い、

「まぁ、食事の後でも尋問出来るから良いじゃない」

と、やっぱり何処か黒いものを感じられる雰囲気と共にそう告げる。

……どうやら、ルーミアも射命丸と同じようにけしてイオを逃すつもりはないようだった。

 射命丸は、ルーミアが意外なほどにイオの隠し事に執着している姿に、ある種最高の味方を見つけたような思いで、ギュッと彼女と握手を交わす。

 此処に、イオに対する尋問同盟が結成されたのであった。

 

――――――

 

「――はい、用意出来たよ~。早く、二人とも座って座って」

鍋つかみを使いながら、イオが居間の炬燵机の上に土鍋を置いて行く。

 置いてすぐに蓋を開け放てば、そこから漂うはほかほかのスープの香りだった。

 見れば、中には鰯をつみれにした物が、独特の美味しそうな臭気を放っており、舞茸や白菜、そして豆腐屋で値切ってきた絹豆腐がぐつぐつと煮えながら湯気を放っている。

「……」(ジュルリ)

思わず無言で涎を垂らしているルーミアに、イオは苦笑しながら、

「ルーミア。凄く食べたくなっているのはよく分かるから、とりあえずお皿を用意するのを手伝って。まだ運ぶものだってあるんだからさ」

「うぅ~……早く、食べたい」(ジュルリ)

後ろ髪を引かれるような思いなのか、ルーミアが盛んにイオを見ながらも台所へと行った。

 その様子を仕方なさそうに笑ってみていたイオは、ふと、射命丸のいる方から全く声が聞こえて来ないことに気づく。

「ありゃ?文、なにしてる、の……」

「……」(ジュル)

「…………君もか」

きらきらと目を輝かせながら、口元から涎を垂らしかけながら、射命丸がじっと鍋を覗き込んでいる姿に、イオはがっくりと肩を落とした。

「ねぇ……流石にげんなりするんだけど」

「え……はっ!?い、いやイオ!?これは違うのよ!た、ただ美味しそうだなぁって」

「安心して。まごうことなく君はルーミアと同類だよ。もう、文ってばもうちょっと女の子らしく出来ないの?」

ぐさぁ!!

 腰に手を当て、あきれ顔でそうイオが告げると、胸を押さえて畳に倒れこむ射命丸。

……どうやら、自身の心の内に思い当たる節が多すぎて突き刺さったらしい。

「はいはい、馬鹿なことしてる暇あったら手伝って。もうちょっとで終わるんだからさ」

「すぐ行くわ!」

すぐさま起き上がって動き出した射命丸に、イオはやれやれと思いながらも後を追った。

 

―――――

 

「……ふぅ、食べた食べた~♪」

お腹がいっぱいなのか、さすさすと射命丸が自身の腹を撫でている。

 その対面席では、ルーミアが畳の上に寝転がりながらえへへ、と笑っている様子が見えた。

 そんな彼女たちを穏やかに笑いながら見ているイオは、何となく、彼女たちの母親のようにも見えてしまう。

……当人にとっては、『誰が母親か!』と突っ込むことだろうが。

 ニコニコと笑いながら、イオはどんどん洗い場へと皿を片づけていった。

「……毎回思うけど、やっぱりイオって女子力高いよねぇ……」

「同感。あれじゃ、誰にとっても嫁になりかねませんね」

性別上は男であるイオに、何やら好き勝手な事を二人は話しているようである。

 とはいえ、会話の内容的に、片方は少女、片方は幼女がしているとなるとかなりの違和感しかもたらさないが。

 ぐてー、と炬燵のぬくぬくとした温かさに包まれながら、二人はなおも会話を交わし続けた。

「大体、ほぼ何でも出来ちゃうような男って、女の立つ瀬がありませんよほんと」

「そうだねぇ……私、自分でも料理が出来るようにした方がいいかなぁ……」

「少なくとも、自活できる程度には習っておいた方がいいと思います。とはいえ、イオの料理を知っちゃうとどうにもなりませんけどねぇ……」

彼女の言葉に、ルーミアは眼を閉じておっとりと笑ってから、

「イオがおかしいんだってことにしようよ」

「さんせ~」

「……君たちは一体何を話し合ってるんだい」

呆れたようにそう言いながら、イオが台所から居間に戻ってくる。

 見れば、彼の手に何やら新しい皿が載せられていた。

「なに、それ?」

「……もしかしてお菓子!?」

「ん、当たり。今日のはね、『センベイ』とか言ってたかな、あのお菓子屋さんは。御餅をうすーく伸ばしてね、ぱりぱりに焼き上げたものなんだってさ。向うの世界じゃ、僕はお目にかかった事はなかったなぁ」

恐らくは醤油によって味付けされたものなのだろう、焦げ茶色に輝くそれはこの世界においてはそれほど珍しくもない菓子。

 とはいえ、イオにとってはそれなりに好奇心を満たされたようで、ニコニコと楽しげに笑っていた。

「……その煎餅、作るにしても結構修行がいるって聞いたんだけど、間違いだったかしら」

「間違いじゃないよそれは。僕のは所詮素人が作ったようなもんだしね。……でも、なんでかあの煎餅屋さんには、凄く驚かれたし、ぜひとも『家を継いでくれ!』なんて世迷い事まで言われたんだけど」

「あー……」

イオの困惑に、むしろ射命丸は何でわからないのかと内心突っ込みながらも、納得の声を上げる。

 そんな彼らをさておき、ルーミアは置かれた傍から一直線に煎餅に向っていた。

「(ぱり、ばりばり、むしゃむしゃ、ごくり)……うん、美味しいよ!イオ」

嬉しそうな声に、ようやく二人も我に返ると煎餅を食べ始める。

「……うん、我ながらよく出来たかも。美味しいな」

「……ま、美味しいわね。毎回思うことだけど」

くすり、と射命丸がイオに向ってほほ笑みながらそう告げた。

「その言葉は嬉しいけどさぁ……」

はぁ……と、やや憂鬱そうな表情を何故かイオはして、ぱりぱり、と眼の前の煎餅を食べる。

「どうしたのよ、そんなに辛気臭い顔して」

「……正直、料理を作り続けるのはダメかなぁと思ってたんだよね。だってさ、食べるだけで『自分の力を増幅する事が出来る』んだよ?いくら美味しいからってさぁ……流石に幻想郷内のパワーバランスを崩すわけにもいかないのに」

当の管理者である紫さんは、別に構わないとまでいってきたし。

 自分の警戒がまるでなかったことにされた気分のイオは、そう言ってややいじけた。

「今更すぎないかしらそれ。考えなくてもいいってことなんじゃない?少なくとも、私はイオの料理が食べられるのは純粋に嬉しいしね」

にやにや、とやや意地悪そうな笑顔を浮かべながら、射命丸はイオに向ってそう告げる。

「……それで本当にいいのかなぁ……文が住んでる妖怪の山の天狗達だって、一枚岩だって言う訳じゃないでしょ?」

「ああ、うちの大天狗様達?だめだめ、頭とんでもない位に固いから、それでいて謀略やら何やら腹黒いのばっかりだから八雲紫にはほとんど賛成しないわ。天魔様が八雲紫に賛同しているから、一応それに従っているだけよ。元々の気質からして、強い妖怪にはとりあえず阿るものだからね。昔、萃香様達鬼の妖怪が住んでいた頃は、へりくだってたそうよ」

「……何か、ますます不安になるような言葉なんだけどそれ」

じっとりと冷や汗を流しながら、イオはジト眼で射命丸を見やった。

「大丈夫、大丈夫だって。いざとなれば私だっているんだし……というか、せっかく美味しい食事にありつける場所見つけたのに、それ邪魔されたら私が怒るわよ?」

具体的には龍巻起こすけど。

最後の一言だけをやたらと怖い雰囲気を醸し出しながらそう言う射命丸。

「……それやって追い出されたら、僕の所に来るつもりじゃないだろうね?」

なんだか、それを狙っているような雰囲気を察し、イオは再びジト眼で彼女を見やった。

 だが、彼女は悪びれもせず、

「…………ダメ?」

と上目遣いでイオに顔を近づけてくる。

「近い近い」

すかさずイオはぐっと額を掌で押しのけた。

「何よー……嬉しくないの、こんな美少女が一緒に住んでくれるって言うのよ?男としてはどうなのよ?」

「別に。向うじゃハニートラップまがいのスキンシップ受けてたし。そりゃ、文はきれいだけどさ……友達だし」

いまいちどうとも思わないかな。

 至極あっさりと言ってのけた彼に、がっくりと射命丸が肩を落とす。

「……少なくとも、私は結構自信ある方だったんだけど。……はぁ、ラルロスさんの言ってた事は本当だったみたいね」

「ちょっと待った。……ラルロスから何聞いたの?」

ぼそっと呟かれた射命丸の言葉に反応し、やや不機嫌そうな面持ちになったイオが炬燵に入ったまま射命丸に詰め寄った。

 思わず、これまた同じように炬燵に入った状態のまま引いた射命丸が、

「な、何よいきなり。……って、あ」

「あって何さあって。……ねぇ、何を、聞いたんだい?」

うっかり、自分がイオに抱いている仄かな思いの事で相談していた事を思い出し、頬を薄らと赤らめた彼女に、ますますイオが不審そうな表情になる。

「正直に答えないと、もし文が山追い出された時此処に住まわせないよ?」

「こ、答えないといけないわけ!?」

割と必死になった射命丸が、身構え叫ぶようにして言うと、

「あたり前でしょ。……もしかして、僕の好きな女性のタイプでも訊こうとした?」

彼女にとってはどんぴしゃりなその言葉に、思わず射命丸は動揺し、

「(ぎっくぅ!)な、何の話……」

「はい、その反応で分かったよ。……全く、ラルロスの奴、親しき仲にも礼儀ありの言葉を叩き込まないといけないなぁもう」

完全に不機嫌な表情になったイオが看破し、ぐちぐちと今この場にいないラルロスに向って文句を呟いた。

 思ったより動揺も何もしていない彼に、射命丸は逆に驚くと、

「き、聞かれたらダメな話?もしかして」

「まさか。もう聞いちゃっただろうし、そんなにきつくは言わないよ。前に、ラルロスに訊かれた時に答えたのを聞かされたんだろ?」

至極どうでもよさそうにイオがそう聞くと、射命丸はややどもりつつも頷き、

「え、ええ……確か、『大人しめで傍にいて安心できるような人がいい』……そう言ってたって教えてもらったわよ?」

「う~ん……大人しめ、はいらないね。少なくとも、それを抜かしたのが今の僕の好きなタイプかな?」

「…………随分とあっさり答えてくれるのね。てっきり他の人には黙ってると思ったわ」

「別に隠してるわけじゃないしねぇ。それに、人生どんな子を好きになるかなんて、その時じゃないと分からないしさ」

拍子抜けしたように訊いてくる彼女に、イオはこれまたあっさりとそう答える。

 ぐてー……と炬燵の机上に頭を預けて和んでいるそんな彼は、どうやら射命丸の問いになんら思う事もないようだった。

(何よ、もう……緊張して損した。というか……やっぱり、イオにとって私は友達でしかない訳ね……はぁ)

やや口先を尖らせながら内心で愚痴っていると、ルーミアが何故か射命丸を労わるような笑顔で見つめていることに気づく。

「な、何ですかルーミアさん」

ややたじろいだ彼女がそう尋ねると、

「んーん……別に」

何処か、見ていてなんとも腹立たしくなる笑顔を浮かべたまま、ゆっくりとルーミアは首を振った。

 思わず射命丸がイラッとして彼女を問い質そうとすると、

「――お、ドサッて音がした」

外の様子をうかがっていたのか、イオが障子の窓を見つめながらそんな事を言った為に、射命丸が毒気が抜かれたような表情になって言葉を噤む。

 そうして、沈黙が訪れた。

(……な、なんでこんな黙ってるのかしら)

(んー……やっぱり、文ってイオの事、好きなのかなぁ?)

(ふわぁ……ねむ。なんか眠くなってきた……Zzz)

三者三様に、思惑は絡み合いそれでいてすれ違いながら、時は過ぎていく。

 

――と、そこで玄関口が開かれる音が響いた。

「およ?こんな晩に誰だろ?」

転寝しかけていたイオがぱっと目を覚まし、不思議そうにしながらもやや寝ぼけ眼で玄関へと向かう。

 するとそこには、彼の代わりに幾つか依頼に向わせていた二人の従者が居た。

『――ただいま帰りました、マスターよ』

『はぁ……いやあ、妹様の頭の良さはちょっと異常だと思いましたよ、ホント』

きっちりとした礼を見せるフルナと、のんびりとした念話を向けてくるアルラウネ。

 どうやら、少々ばかり雪に降られていたようで、やや頭の辺りに雪が積もっているのが分かった。

「お疲れ様―。どう、フランの様子は」

あれだけの現場に居合わせたというのに、至って普通に接してくる二人に、イオもまた同じようにのんびりとしてそう尋ねる。

 そんな彼に、フルナは一瞬黙ってから、

『マスター。あの人形遣いから伝言です。――もう二度と、ゴーレムも貴方の技術も狙わない……とだけ』

「!……やっと、わかってくれたのかな?」

告げられたその言葉に、イオは一瞬目を開いてから眼を細めてそう呟いた。

 その言葉に反応してか、アルラウネが手を挙げ、

『少なくとも、私達を狙う事はもうしないと、他の方がいる前でもはっきりそう明言していらっしゃいましたし……大丈夫かと』

「ま、それだけ言うならもう大丈夫かな。正直、もう二度と戦いたくない相手だとも言えるしさ」

友達としても、或いは敵としても、ね。

 やや、苦々しげに顔を歪ませながら、イオは呟く。

――どうやら彼にとって、戦っている間はかなり苦痛だったようだった。

『(……無理もない)……では、あの人形遣いに関しては、今後どうされるお心算ですか?』

「そうだね……まぁ、向こうからまたやってくると思うし、大丈夫だと思うよ。――二人とも、本当にお疲れ様。また、何かあれば呼ぶから」

『『ははっ』』

ザザッと二人して気をつけの体勢になったのを確認すると、イオは静かに目を閉じ、彼らを普段常駐させているある空間へと転移させる。

「……」

「……ん?どうしたんだい、ルーミア」

彼らを送り終わった後、ふと、背後でルーミアがひょこっと頭を覗かせながら立っていることに気づき、イオは微笑みながら穏やかに訊ねた。

 すると、彼女は微妙に何かを言いたそうにしていたものの、

「ううん……何でもないよ、イオ。――そうだ、お風呂の準備をしてくるね!」

「あ、ルーミア……って、行っちゃったか。どうしたんだろ?」

やや、彼女の様子に不審を覚えつつも、イオはゆっくりと居間の方へ戻っていく。

「イオ?誰だったの?玄関にいたの」

「ん、僕のゴーレムたちだよ。こんな時間になるまで紅魔館の方に行っててくれたみたいだからね」

「ふぅーん……」

納得したような声をあげながらも、射命丸はのんびりと残っている煎餅をむしゃむしゃと食べていた。

 その様子を横目で見ながら、ふと、イオがポンと両手を打ち合わせ、

「あ、そうだ文。お風呂今準備してるけど入る?」

「ぶふっ!?」

さらり、といきなり告げられた言葉に、思わずむせた射命丸。

――何故なら、一瞬イオと一緒に入るのかと想像してしまったがために。

 不自然な様子を見せる彼女に、イオが当然のことながら不思議そうに首をかしげると、

「どうしたんだよいきなり噎せて。何か不都合なことあった?」

「べ、別に何もないわ。入れるんだったら別に構わないわよ。でも、こんな雪だし、薪がうまく燃えないんじゃないの?」

「あ、それは大丈夫だよ。僕の魔法の事、そう言えば教えたっけ?」

イオがやや楽しそうに笑い、射命丸はキョトンとしてから首を振って、

「聞かされてないけど……大丈夫なわけ?」

「うん、僕とラルロスが使ってる魔法は、五行思想を基にしているんだけどね。魔法を発動する時は魔法陣を使用するんだ」

「へぇ……魔法陣、ね。って事は?」

何かに気づいたそぶりを見せながら、射命丸が促すと、

「そうだね。地面に専用の魔法陣を描く事で、魔法を発動させられるようになってるんだ。だから、火の心配はそんなに無いよ。……ま、ちょっと外に行って魔法陣を作動させるという面倒はあるけどね」

「……貴方、普通の魔法も使えたのね」

「どういう意味だよそれ……後、何か勘違いしているようだけど、僕たちの世界じゃ、適正で使える魔法は限られてる場合もあるけど、ある程度は使用出来るんだからね?僕だって、木属性一辺倒ではあるけど、少しぐらいは火属性も使えるんだからさ」

ぼぼっと言葉通りに火属性の魔法を使用して見せながら、イオは苦笑しつつ浴室へと向かう。

「ふぅん、成程ねぇ……ちょいとメモメモ」

そして射命丸は抜け目なく何時もの取材メモに記入するのであった。

 



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第四十一章「湯浴み浸りし後は雪月下酒」

戦いを終え、一日の終わりとともに休息の時を迎えるカリスト邸。
言葉のとおりに湯浴みの準備をしていたイオは、男女で別れている浴室へと向かったが……?



「――ふぅ」

ちゃぽん、とお湯を鳴らしながらイオは一息をついていた。

 イオの家にある、浴室は実のところルーミアも一緒に住むことになってから男性と女性の浴室の二つに分かれており、まかり間違ってもうっかり誰かが入ってくることもない為に、イオは尚更落ち着いている。

 それどころか、湯船の淵に顎を乗せ、うとうとと眠る始末であった。

 これでは、そのまま寝落ちしかねない状況なのだが……。

『――イオ?そっちにいる?』

「わひゃい!?ね、寝てないよ!?」

『……何やってるのよ』

突然掛けられた声にはね起き、イオが叫ぶようにして告げる声に起こした主――射命丸は呆れたような声音でそう告げた。

 そこでようやくイオも寝ぼけ眼をしゃっきりとさせ、少々ばかり不機嫌そうになると、

「……なんだよ、文。今、いい感じでのんびり出来てたのに」

下半身をタオルで覆った状態で、イオは湯船の中から女浴室の方へと声を返す。

『そのまま眠っちゃったら流石に風邪ひくでしょう。ま、それはそれとして……イオ、結局龍になることに対するデメリット、教えてもらってなかったなと思ってね』

浴室にいるせいもあってか、何処か響くようにして聞こえてくる彼女の言葉に、イオはやや複雑そうな表情を浮かべると、

「……まだ、諦めてなかったの?というか、あの状態になるのは別に何も制約なんてないって」

『あり得ないわ。力と言うのは大体相応にして何かが返ってくる仕組みになってる。私の風だって、無茶苦茶に振るえば大体ふっ飛ばしちゃうのと同じようにね。……こんな時でもないと、貴方の事知ることができそうにないから、私は訊きたいの』

「む……」

(どうにも、やり辛いなぁ……)

イオの事を思ってくれているからこそのその言葉に、イオは突き放すつもりでいたのをやめ、迷いに迷った。

 そんなイオの様子を知る事もなく、射命丸は独白を続ける。

『さっき、夕食の前にも言ったけど、貴方が持っている魔眼。あれだって、一つ目の方は失明する事もある奴だし、二つ目のほうだって要求される魔力量がけた違いに多いって事も、あの『動かない大図書館』パチュリー=ノーレッジに教えてもらったわ。それに、貴方の振るう剣術も、何かしらの犠牲があった後で到達したなんて、あの半人半霊の剣士に教えてもらったしね』

(あー……不味い、かな流石に。此処まで分析されてるとは思わなかったや)

かなり冷静に、かつ多方面からの視点をも使用した分析ぶりに、イオはかなり複雑そうな表情になった。

『さて、此処まで挙げてみたけど、本人からは何かないのかしら?』

「……参ったなぁもう。そこまで分析されてるなんて思わなかったよ。これじゃ、うかつに喋れないじゃないか」

苦笑しながらそう告げた彼に、射命丸はフン、と鼻を鳴らすと、

『そう言うこと言うんだったら、『龍になること』にも制約がありそうね。とっとと吐いてくれると嬉しいんだけど?』

「…………参ったなぁ。……黙秘権は?」

『ある筈ないでしょ?というか、その様子だとだんまり決め込むつもりだったみたいね。……全く、油断も隙もないわホントに』

呆れたように射命丸がそう言うが、イオにも反論はある。

「そう言われてもねぇ……こっちに来てちょっとしてから君が来た時、君に言われたと思うんだけど?『能力を知ることがアドバンテージになる』ってさ。ま、それはもう知られているからともかくとして――もう、簡単に情報は渡すつもりはない、そう言うことだよ」

すっと雰囲気を変化させながら、イオは射命丸に向ってそう告げた。

 『戦いを知るもの』であるが故に、射命丸はその雰囲気を敏感に感じ取り、仕方なさそうに溜息をつくと、

『しょうがないわね……そこまで情報を秘匿するって言うんだったら、私の方から一個ずつ推測挙げるから、それ聞いた反応で判断することにするわ』

「ねぇ……幾ら本当の事訊けないからってそこまでする?」

『当り前よ。私の知らない所で無茶するの、止めてもらうつもりでいるんだから。――さあてと、じゃあ言うわよ。……一つ、あの状態になるには『何らかの力を一時的に代償に捧げている』、どうかしら』

「……さぁ、どうだろうね」

至ってどうとでもなさそうな様子で、イオはお湯を手で遊びながら空返事のようにかえす。

『……もう一個、言っておくわ。――『鎧を纏った場合、魔眼は使用できなくなる』、どう?』

「……なんでそう思ったの?」

一瞬、体を強張らせたイオが、静かに射命丸に向って問いを発した。

 一瞬間が空いたその言葉を聞き、射命丸はこれが当たっていると思ったのか、俄然言葉の勢いが増す。

『簡単な話よ……貴方が前に魔眼を開放した時は、大体にして魔力が空気中に溢れている状態だった。だけど、さっき戦っている時、貴方が龍に変化したことによる空気の胎動はあったけれど、魔眼解放時による魔力が動いた気配はなかったからね。だから、そうじゃないかと思った訳』

「ふーん……ま、本当かどうかなんて言うつもりはないよ。そもそも、どれが本当の情報なのかも、僕にはまだ、分かっていないしね」

ざぱり、と湯船から体を起こしながら、イオは浴室を出ようとする。

――だが、しかし。

『……まぁ、その反応であらかた分かったわ。――あと、今度、あの姿になる事があったらぶん殴ってでも止めるから』

その言葉を聞き、一瞬足を止めたものの、すぐにイオは立ち去っていったのであった。

 

――――――

 

「――はぁ……ちょっと、緊張したわもう」

湯船につかったまま、射命丸は自身の胸を押さえ溜息をつく。

――イオが立ち去る時に発した雰囲気に、一瞬飲まれかけた。

「全く、あんな怖い雰囲気を出してくるなんて、どういうつもりよ、イオ……」

千年も生きた自分が、思わず呑まれかけるほどの気迫。

「はーあ、幾ら言っても無茶するのを止める心算ないようだし。いっそのこと――」

――イオを、自分の家に引っ張りこんでしまおうか。

「…………いやいや、流石にそれはダメよ私。……というか、なんでこんな言葉が出てきたんだか」

ちゃぷり、と水音を響かせながら、射命丸が自身の胸中に浮かんできたものに苦笑した。

 

「――何がダメなのー?」

 

直後に、いきなり入ってきたルーミアに驚かされ、思わずざぱり、と動いてしまう。

「?どうしたの?」

「……お、驚かさないで下さいよ、ルーミアさん。ああもう、心臓に悪い……」

どきどきと高鳴る胸を押さえながら、射命丸はややジト眼になってルーミアを非難した。

 そんな彼女に、ルーミアはやや不満そうな表情を抱いて、

「そんなこと言われても、私ただ入ってきただけでしょ?文がぼーっとしているのが悪いと思うんだけど」

「う……」

全くもってその通りな為に、射命丸が思わず言葉を詰まらせていると、ルーミアがおっとりしながらいつも体を洗う場所である鏡のある所へと行き、椅子に座って体を洗い始める。

 見れば、イオが作ったものなのだろうか、そこには花の香りがする石鹸が置かれていた。

「……ねぇ、文」

薄ぼんやりとして、射命丸がその石鹸を眺めていると不意にルーミアが話しかけてくる。

 はっとして我に返り、射命丸が彼女のいる方へと目を向けると、鏡越しに目があった。

 何事かと彼女を見つめていると、ルーミアが口を開き。

 

「ずっと訊こうかなぁと思ってたんだけど……文って、イオの事好きでしょ?」

 

「っ!!?ちょ、ちょっといきなり何を言い出すの!?」

ざぱぱ、と動揺の余り湯船の中で翼が荒れ、どもりながら射命丸が叫んだ。

「普通に!普通に友達なだけよ!?」

「……そうかなぁ……?普段の行動とか見ていると、イオの事を想っているのがかなり伝わってくるんだけど」

突然の恋バナ発生で慌てまくっている彼女を苦笑しながら見つつ、ルーミアがざぱり、とお湯を頭にかけながらそう呟くが、

「ど、何処をどう見たらそういう結論に行くのよ!?あくまでも、あくまでも私は友達として心配しているだけだからね!?」

動揺の余りに、普段ルーミアとの会話では敬語の彼女が、言葉を崩していることに気づきながらもそれに対しては突っ込まず、

「ふぅん……じゃ、一個訊くけど。――もし、イオが文と結婚したらどういう生活を思い浮かべられる?」

「へ……」

唐突な問いに、うっかりその言葉の意味する所を考えてしまい――直後、ぼふん、と音たてて顔が赤くなり、顔が俯いた。

「……何想像したの?」

にやりと笑い、体を洗いながらルーミアが意地悪そうに射命丸に尋ねると、はっと我に返った彼女は、

「は、は、謀りましたね!!?」

と羞恥の所為か顔を更に赤くさせながら、ルーミアに向って詰め寄る。

「どう見ても自爆にしか見えないけどー?私、ただ訊いただけだし」

つーん、とわざとらしく明後日の方を見ながら、ルーミアが楽しげにそう言うが、射命丸にとっては面白くも何ともない話であるために、うぐぐ……と悔しそうであった。

「……なんか、文って天狗らしく見えないね。聞く限りだと、結構腹黒いなんて言われてるのに」

ニヤニヤと、見ていて腹立たしくなるような笑顔と共にルーミアに言われ、射命丸は拗ねたように湯船の淵に顎を載せると、

「さぁ?私だって分かりませんよそんなの。……まぁ、以前までだったらそう言う性格だったかもしれませんけどねぇ……」

はてさて、こんなに心穏やかにかつあるがままに在れたのは何時からだっただろうか?

 湯船の淵に顎を乗せたまま、射命丸は考え込む。

 そんな彼女に、体を洗い終え、もう一度湯船からお湯を洗面器に移し、自身にかけていたルーミアが、やや優しげな表情になると、

「――もしかすると、イオが文を変えたんじゃない?」

「え……」

考えたこともなかった可能性に、射命丸が眼を丸くしていると、そんな彼女を置き去りにして、ルーミアが何故か納得したように頷きながら、

「うん、きっとイオが変えたんだと思うよ。だって、文……イオの家に取材に来てた時と比べると、凄く顔が優しくなってるもの」

「……」

無意識に、自分の顔に触れながら射命丸は考え込んでいた。

(……イオと会ってから、私は変わったのかな?)

静かに思索にふける姿を見ながら、ルーミアはゆっくりと湯船に浸かってほふぅ……と、心地よさそうな声をあげている。

 しばらく静かな時が続き、ルーミアが湯船の淵まで移動して顎を載せていると、

「……ねぇ、ルーミアさん。イオが無茶する姿を止めるのは、どうしたらいいと思います?」

自身の心の行方については一区切りがついたのか、射命丸が別の話題を持ち出してきた。

 ルーミアが彼女のいる方向を流し眼でみやれば、そこには真剣な表情で見つめてくる彼女の姿が。

「むぅ……そうだね。そもそも、イオの無茶ってほとんどが誰かのためだったりするのが主なんだよね。フラワーマスターから言われて戦ってるのも、大体は彼女から頼まれたから、というのが中心に来ることが多いし。言ってみれば、『お人好し』の塊なの。だから、『大抵の無茶を無茶と思わない』んだと思う」

ちゃぽん、と水音を響かせつつ、ルーミアがそう見解を述べると、

「やっぱり、か……そうなると、イオが幻想郷で何でも屋についたのは、イオにとってはまさしく天職だった訳ね。はぁ……不味いわね。下手すれば、ずっと戦いに身を置くことになるわ」

憂鬱そうな表情でぼやく射命丸は、どうすればイオを戦場から遠ざける事が出来るのかを考えているようで、とんとん、と湯船の淵を人差し指で叩いている姿は、何処か苛立っているようにも見えた。

「……まぁでも、結局のところその場その時に動かないと分からないんじゃないかな?いつだって無茶している現場を止めるのは、当人が無茶しているって自覚している所を突かないと、なかなか分かってくれないと思うし」

とはいえ、結論としてはそうならざるを得ないこともあり、ルーミアはイオにそこまできつく言うつもりもないからこそ、そう言うのだ。

 だが、射命丸はイオの愚直なまでのお人好し振りを、何処かで歯止めをかけておかなくてはならないと感じていた。

「ですが、ルーミアさん……イオがそうそう隙を見せてくれるでしょうか?何だか、最近私を避けているような気もしますし……」

「あー……うん、大丈夫だよ、文。ちょっと距離を掴みかねているだけだと思う。その証拠に、さっきまで同じようにお風呂に入ってて話せれたんでしょ?だったら、そこまで心配するようなことじゃないよ。――ただ、ね……流石に『恋愛事情』はどうかな?」

「そうですね――って、勿体付けていきなり何を言い出すんですか!!?」

突然の話題転換に射命丸が頷きかけ、そして驚愕の表情を浮かべて突っ込む。

 だがルーミアは止まらなかった。

「えーだってさー……いつまで真面目な話を続けなきゃいけないの?お風呂に来たんだから少しはのんびりしようとしてるのにー」

「うぐっ……」

考えてみれば確かにその通りなため、言葉を詰まらせる射命丸。

 いつの間にやら緊迫していた空気は霧散し、後にはぐだぐだな空気が残るのみとなった浴室の中で、

「……で、結局イオの事はどう思ってるの?」

しつこくイオへの恋愛感情を追求するルーミアと、

「だ、だから私は普通に友達だと思ってますって!!」

わたわたと慌てている射命丸の二人が、姦しく騒いでいるのであった。

 

――――――

 

「――うん、雪見酒ってのもなかなかいいね」

「というか、寒い筈なのになんで此処だけ温かいのよ?」

「魔法なんでしょ。いちいち気にしてたらやってられないよー?」

屋根裏にある小さな一室。

 そこは、イオが趣味である天体観測をしたいがために要求したようなものであり、その事もあってか、観測用の道具がそれなりに置かれていた。

――大体、イオの御手製のものだったりするが。

 小さな天体望遠鏡や、星座表、果ては三角儀等、最早地図を作製するのではないかと思えるような道具まで揃えられており、そんな中のとある畳の上で三人は硝子製の窓から覗く雪を眺めながら、雪見酒を楽しんでいた。

 とはいえ通常、屋根裏と言うのは大体木造の家ならば隙間風と無縁ではないものなのだが、射命丸が言ったように、何故かほんのりと暖かい。

「パチュリ―さんの依頼の報酬の一つかな。いやあ、部屋を暖かくしてくれる魔道具なんてちょっと初めて見たよ。なんか、どうもパチュリ―さんが僕の魔法見て思いついたものらしいけどねぇ……」

ニコニコと笑いながら猪口に注がれた一杯をイオは飲み干した。

 それに付き合うように射命丸もちびちびと酒を飲みながら、

「何だかイオの家を調査するだけでもそれなりに新聞のネタになりそうなのは気のせい?」

「流石にそれは勘弁してよ。プライベート全て開放なんて、誰にとって得になるの?凄く損する以外に何も思いつかないんだけど」

新聞のネタになるのは他の奴でも大丈夫でしょ?

 例えば僕の魔法教室とかさ、などと言っているイオに、射命丸が呆れたように首を振って、

「それやったらあの図書館の魔女に半殺しの目に合うわよ、イオ」

「冗談だよ。流石にパチュリーさんを敵に回すつもりはないって。色々と御世話になってるしね」

既に酔い始めてでもいるのか、やや頬を赤らめながらけらけらと笑うイオ。

 その様子に、ルーミアが射命丸と同じようにあきれ顔になって、

「イオ、酒を飲むのは慣れてないんじゃない?さっき幾らか御猪口何度か飲み干しただけで赤くなるなんて相当だよ?」

「いや、単に肌が白いから目立ってるだけだよこれは。大丈夫大丈夫」

明らかに信用できない言葉を告げながら、イオは美味しそうに日本酒を嗜んでいた。

 普段、おっとりと笑っている彼からは想像も出来ない醜態に、射命丸は驚きも感じたが同時にちょっと嬉しくも思う。

(ま、これもイオが私をちゃんと形だけの友達だと思ってない証拠だしね)

恐らく、こうして穏やかに過ごしているのは少々ばかり珍しい方なのだろう。

 彼の選んだ職業が職業である故に、幾らか血生臭い物が多い日常ではあるが、こうして射命丸の目の前で寛いでいる姿は、精神年齢としては年相応にも見えた。

 心持ち、射命丸がイオの事を優しい目で見つめていることにルーミアは気づきつつも、とりあえずイオが摘みとして持ってきた、幻想郷では珍しい海産の魚介類を調理した物を突いている。

――そうして、イオは酔っ払った。

「……ヒック。あ、駄目だちょっと酔っ払った」

しゃくりが出てきた事で、ようやくイオは自身が飲み過ぎていることに気づき、やや慌てる。

 とはいえ、自分が酔っ払っている事をしっかり自覚出来ているのは少しおかしいが、そこは自身の能力である『木を操る程度の能力』を用いることで察したのだろう。

 相変わらずの規格外な能力に呆れながらも、射命丸は仕方なさそうに溜息をつくと、

「じゃ、これでお開きにする?正直私は飲み足りてないけど」

鬼と同格である、とさえいわれている天狗の酒好きを垣間見せながらも、イオにそう尋ねた。

「んー……文にも悪いし、もうちょっとだけ付き合ってもらうよ。うん……にしても、ホント人里のというか、この世界の酒ってちょっと変わってるね」

御猪口に再び酒――日本酒を注ぎながら、イオはまじまじと盃を見つめる。

「まぁ、お米から出来てるわけだし。……イオの世界はどうなの?」

「そうだねぇ……旅している間はうかつに酒飲むと後が怖かったから、あんまり飲んでないけどさ。大体安い麦酒が多かったかなぁ。紅ワインとか白ワインなんて、それこそ貴族の人が飲んでいる以外はあんまりいなかったし」

過去に、成人してから訪れた貴族の邸宅(例:ルーベンス邸、エルトラム邸等)では、祝成人と言うことで振舞われたワインを思い出すようにして首をかしげながらそう告げた。

「結構物騒ねぇ……まぁ、昔の日本もそうだったけど」

「まぁ、魔物がいるとはいえ、それでも選ぼうと思えば幾らでも隠れ場所は探せるし。だから、結構面倒だったんだよね盗賊の捕獲依頼って」

考えもしないような所で隠れている事が多かったからさ。

 懐かしそうな表情と共に、かなり冒険者らしいセリフを吐いたイオ。

 同時に、冒険者になったばかりの頃を思い出した。

(人殺しをしたことも、自分の実力が足りないせいで見殺しにしてしまった事もある。苦しかったし、遣り切れなかった……)

――だけど、それがあるから今のイオがある。

(やりきれないけど、こう言うのはどれだけ割り切れるかって事だしね)

手に持っている御猪口を見ながら、イオは静かにそう思っていた。

「……イオ?」

何処か、沈んだような空気を出していることにルーミアが気づき、気遣わしげな様子でイオをそっと覗きこんでくる。

 はっとそこで我に返った彼は、

「あ、ああ……大丈夫だよルーミア。ん……酒、無くなっちゃったか。ちょっと取りに行ってくるよ」

陶製の小さな瓶を揺らし、中の酒が無くなっていることに気づいたイオが下へと向かっていった。

「うーん……イオ、やっぱり向こうで結構修羅場を駆け抜けているみたいです。一瞬血の匂いを感じた気がしたくらいですもの……かなり、精神的に来る物もあったんでしょうね」

「……本当に、大丈夫なのかなぁ」

心配そうな眼でイオが下りていった階段を見下ろしているルーミア。

 その様子に、射命丸が心配性ね、と苦笑すると、

「大丈夫ですよ……ああして空気が沈んでいても、この世の終わりを味わったかのような顔にはなっていませんから。そこまで堕ちていたら、何が何でもイオを慰めないといけなくなりますけどね」

やれやれ、なんとも手のかかる友人だこと。

 なんとも面倒そうな言い草ではあるが、表情はそれとは違い何処までも慈しんでいるように暖かいのであった。

 

――――――

 

 

――深夜。

三人して酒を飲み、それなりに酔いが体に回ってきた所で小さな宴会は幕を閉じた。

 酒の匂いを落とすために再び風呂に入った三人は、イオとルーミアは自室、射命丸は念のために作られていた客室で布団を敷き、就寝することになる。

 そう言う訳で、イオは少なくとも心穏やかに寝顔をさらけ出していた。

 完全に無防備なその寝顔は、普段のおっとりした表情からも見受けられそうなほどに、妙に子供らしく見え、同時にひどく犯しがたい何かを発しているように見える。

 そんな彼の自室は、妙に簡素なもので仕上がっており、何処となく殺風景にも見受けられた。

 窓際の近くにある小さな木造の机。

 小さくまとまった床の間に、違い棚を高い所に一つつけ、その真下にはこれまた小さな押入れがあり、その中にはイオが偶に取り出している書道道具がしまわれてあった。

 その向かい側、いつもイオが使用している寝具が仕舞われている普通の押入れがあり、その中は大体が着替えの入った棚や、ちょっとした本等が寝具が仕舞われている所の下の空間にある。

 灯りとしては、イオが自身で作り上げた天井の提灯に、『灯火』の魔法陣が刻みつけられることによって光源が作られていた。

 最も、イオが寝ている現在は使用されることなく、闇の中に漂うばかりであったが。

――ススス。

 ふと、襖が開く音と共に、誰かがこっそりとイオの自室に入り込んできた。

 抜き足、差し脚、忍び足、と完全に音を殺す方向で忍んでいたそれは、部屋の主であるイオによって止められる。

「――誰だい?凄く静かに歩いて入ってきたけど……もしかして、暗殺者かな?」

「ち、違うよイオ!?」

何処か、悪戯っぽく告げられ、慌てて侵入者――ルーミアは言葉を荒げて否定した。

 だが、その姿は常の子供の状態ではない。

――あの、秋祭りにおいて永琳によって成長させられた姿に変わっていた。

「……どうしたんだよ、そんな姿になって。なにかあったの?」

どうもただ事ではないように感じたのか、イオの口調がやや心配そうなそれへと変わる。

 だが、ルーミアは、

「ううん……違うの。元々、夜が本領だから……どうしても力が湧き出て来ちゃって。仕方がないからこうして力を分散させてるんだ」

「ふぅん……そっか」

静かに横になっているイオがそう頷いていると、彼の寝具の傍に座り、ルーミアは黙りこんだ。

 いつにない同居人のその姿に、イオはやや眠たげではあったものの話しかける。

「じゃ、それとは別にだけどさ。今日はどうしたの?いつもだったら自分の部屋で直ぐに寝てるじゃないか」

「うん、そうなんだけど……一緒に、寝てほしいかなぁ……って」

雪が止んだのか、辛うじて入ってきている星光と月光から、イオはルーミアが頬をかりかりと書きながらそう告げてきたのが分かった。

「……なんか、そっちの姿で言うとかなり印象が変わっちゃうね。ま、いいよ別に。布団は別になるけど「あ、一緒がいい」……そりゃまた、どうしてさ?」

言葉の途中を遮って告げられたその言葉に、イオは呆れながらそう尋ねる。

 すると、ルーミアはえへへ、と笑ってから、

「いいでしょ偶には。ちょっと、甘えてもいーい?」

「……子供の姿でやるのと、成長した姿でやるのとじゃ大違いなんだけど?」

腕を枕にしながらルーミアの方を向きつつ、イオは呆れたようにそう告げた。

 だが、どうあってもルーミアの意志は変わらぬようで……

「ほらほらいいから!」

「あちょ……はぁ、もう」

「えへへ……あったかぁい」

無理やりに入り込んできて、着物を着ているもののひと肌の温かさを感じているルーミアを、しかしイオは仕方なさそうに溜息をついて追い出す事はせず、静かに彼女の頭を撫で始めた。

「あ……」

「……何があったのか教えてくれないからよくわかんないけどさ、ルーミアの味方は僕だけじゃないし、文もいるんだから。頼ってくれていいんだよ?」

穏やかに、優しく告げられたその言葉に、ルーミアはちょっと頬を赤らめると、

「えへへ……うん♪」

と嬉しそうに頷いたのであった。

 

――と、そこへ再び襖が開かれる音が響く。

「……今度は文なの?」

「今度って何よ!?……って、もしかしてルーミアもいるの?」

呆れたようなイオの声に反射的に反応し、すぐに、射命丸はイオの言わんとしていることに気づいてやや茫然としながらそう尋ねた。

「うん、イオの体温で温まってま―す♪」

「楽しそうに言うんじゃないの。……で、文はどうしたのさ?」

「い、いやーちょっっとね……」

(言えない!私も一緒になって眠りたいなんて言えない!)

流石に自分の願望を口に出すには憚られるために、口ごもる射命丸。

 だが、イオは部屋の入口でもじもじとしている様子が薄らながらも視認できた為に、何やらイオに用事があってきたのだとは何となく分かった。

 そうなると、ルーミアがいる事を知って尻ごみしている事も鑑みれば……

「――もしかして、文も一緒に寝たかったの?」

「ふぁ!?い、いや違うのよイオ!?ちょ、ちょっと一人で寝るには少し広かったから!?」

「あー……まあ、うん。文が意外に子供っぽい部分があったのは良いとして「良くないわよ!?」……とりあえず、布団は持ってきたら?一応、まだ余裕はあるしね」

射命丸がこんな夜なのに騒いでいるのをさくっとスルーし、イオはルーミアが無理やり入り込んだおかげで空いた空間を指す。

 そんなイオに射命丸は何故か黙り込んでから、はぁ……とため息をすると、

「いいのね?じゃ、下から持ってくるわ」

「はいよー……んじゃ、寝るとしますか」

階下へと気配が遠ざかっていくのを感じながら、イオはさっさと寝始めた。

「……もうちょっと、文が来るまで待てないかなぁ……?」

余りの速さに、呆れたようにルーミアが呟いたのは御愛嬌。

――そうして、イオの家での年末は過ぎていくのであった。

 

 

 

 




むむ、ちょいと今回は短かったかな。
まあ、繋ぎの回なわけですので当然と言えるかもしれませんが。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
次話も繋ぎの回となります。


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第四十二章「春来たるは花の楽園で」

――春。
皆々様に置かれては、出会いと別れが数多く経験されたかと思われます。
かく言う作者も、昨年度と合わせて多くの出会いと別れがありました。
そして今、幻想郷の中。
多くの花咲き誇る、異変ではない異変が起きることと相成ります。
イオは、そこで誰と出会い、別れを告げるのでしょうか――?


 

――雪が解け、春が来た。

――命めぐる、春がきた。

 

「――なーんか、木がやたらと騒がしいなぁ……?花たちも、妙にざわざわと意志を伝えてこようとしている気がするし。何が起こってるんだろ」

 

――振るえ振るえ、命の祭典よ。

――振るえ振るえ、有情の者たちよ。

 

「……ああもう、ホント騒がしくていけない。むぅ……こりゃ、もしかすると異変かなぁ……?」

 

――其は、四季の花咲き誇る、色鮮やかなる幻想なり――

 

――――――

 

――それは、唐突に始まった。

「……おや?何事だろこれ」

いつものようにイオが念の為にと着ている冒険者姿で、玄関近くにあるポストを覗こうと、外に出た時の事である。

「うっわ、今年、なんかやたらと咲いてるねぇ」

道端近くの雑草や木達に、溢れんばかりにして色が湧いていた。

「というか……幾らなんでも咲き過ぎでない?」

イオが、色鮮やかに咲く花達の中に、本来ではこの季節に咲くものではない者まで含まれていることに気づき、やや冷や汗を流す。

 参ったなぁ……などと呟きながらも、イオは一旦花の事を置いてポストを覗き込んだ。

 すると、いつもどおりに幾つか依頼が入っていることに気づく。

「ふぅ、こんな時でも依頼は来るし、これは後で調べることになりそうかなぁ?」

がさがさとポストを漁りながら、イオがそう呟くと、

「何を調べるって~?」

と、丁度遊びに出かけようとしていたのか、ルーミアがとんとん、と靴で地面を蹴りながら外にやってきた。

「ああ、見てよこの景色。なんか可笑しいと思わない?」

「あー……まぁ、うん。凄いよねぇ」

ルーミアがイオの言葉に釣られ、彼共々呆れたように幻想郷の春を眺める。

――二人の言うとおり、今日の風景は何かがおかしかった。

 先程挙げたように、本来の季節には咲かない筈の花も咲いている事もそうだが、その数が圧倒的なまでに視界を半分ほど埋め尽くしているのである。

 最早、風情を通り越して暴力に近かった。

「ま、イオには関係ないことかもしれないし、頑張ってー」

「結構他人事みたいに言うね!?」

手を振りながら去っていくルーミアに、イオが本日初の突っ込みを入れながら。

――このまま、普通に一日を過ごすのかと思われた――。

 

――だが、しかし。

 

「――見つけた。ちょっと、話聞いてもらうぜイオ……?」

――とある魔女が近づいてきたことにより、その平穏は乱されることになる――

 

――――――

 

――事は、博麗神社で起きた。

「――なぁ!これ、明らかに異変だろ!?一切合財、季節すら無視していろんな花が咲いてるのは!その上、妖精にまで襲い掛かられたんだぜ!?」

バン!と派手に音をたてて卓袱台を叩きながら、白黒の魔女――霧雨魔理沙がこの博麗神社の主に向ってがなりたてる。

 そんな彼女を見つつ、一緒に来ていたもう一人の魔女が、

「……まぁ、全部それを打ちのめしていったけどね――魔理沙が」

「っ!?それは言うなって言っただろ!?」

ぽこすかと殴りかかろうとする魔理沙を、人形たちをうまく使いながら抑えつつ、魔女の一人――アリス=マーガトロイドは霊夢に向って声をかける。

「――さて、博麗の巫女はこの事態をどう受け止めているのかしら?」

「さぁ?わたしもちょっと今回のは色々と迷ってんのよねぇ」

ずず、と自分で用意していた茶を飲みながら、霊夢が何処か遠くを見通すようにして呟いた。

 その言葉に、魔理沙が不審な表情になり、

「なんだそりゃ。いつもの霊夢だったら即決だろうに」

「いやあのね……まぁ、大体勘でやってるから簡単に行けるだけよ。たまには考えないと頭が錆び付いちゃうしね」

再び湯呑を傾けながら霊夢がそう告げると、アリスが考えこみながら尋ねる。

「……もしかしなくとも、この能力が関係しそうな人物がいるわね?」

「当たり。――さぁて、どっちなのか……うーん、勘だと、割と関係ないって感じるんだけどねぇ。元々の性格が性格だし」

「あー……まさか、『イオ=カリスト』か、『風見幽香』のどっちかってことか?」

元より頭のいいアリスと、勘で全てを見通す霊夢が言っていることに気づいた魔理沙。

 その言葉に頷きながら、アリスが尚も考えるそぶりを見せつつ、

「まぁ、そう言うことよ。元々あの二人はこの異変に限定してみると、直球でどちらも植物を操るタイプの能力持ちだし、イオは……もしかすると、誰かからの依頼でやったのかなんて思っちゃうけど、それだと風見幽香が黙っていないだろうし……」

「――とにかく、動くしかないかもね。流石に、動かないでいたらイオに怒られちゃうもの。……あれは、あのお仕置きだけはちょっと勘弁してほしいわ……」

遠い明後日の方を見ながら、何処か虚ろに見える表情を見せ始めた霊夢。

 慌ててアリスがぱん、と両手を打ち鳴らすと、

「さ、さあ皆速く動きましょ!急がないと、夕方になっちゃうわ!」

『シャンハーイ!』

『ホ、ホラーイ……』

元気に返事をする上海と、怖い雰囲気を醸し出している霊夢に怯える蓬莱人形。

 その様子を見ながら、魔理沙が一言。

「――それ、自作自演じゃないのか?」

「……え?」(黒くにっこり)

「え?」(ビビクゥ!)

少しばかり、アリスがO☆HA☆NA☆SHIする事はあったものの、概ね特に問題はなく、それぞれがそれぞれに分かれて、怪しい人妖へと飛んで向うのであった。

 

――――――

 

――そして、今。

「――で、君は僕がこの異変を起こしたんじゃないかと思って此処に来た、と。……バカじゃないの?」

「そ、そんな一言でぶった切らなくたっていいだろ!?」

珍しくゴミを見るような目つきで斬って捨てたイオに、白黒の魔女――魔理沙が何故かボロボロになりながら涙目で抗議した。

 既に時間は朝の中ごろにまで迫っており、イオはやるつもりであった依頼を、アルラウネ達に代行させることによって何とかキャンセルすることなく続けたのである。

――そうさせた犯人は、こうしてイオに襲い掛かってきた魔理沙なのだが。

「全く、いきなりマスタースパーク撃ってきたかと思えば……そんなくだらない推論だけで襲い掛かってきたなんてね。ねぇ、君、考えなしだとか言われない?」

目の前で木の蔦によって縛られ、転がされている魔理沙に、イオは変わらずゴミを見るような眼で見ながら冷たくそう告げた。

 普段のイオとは少々ばかりかけ離れているが、これはかなり怒っている時の状態であるために、なかなか見られないものだったりする。

 まぁ、そんなレア物を見たというのはさておくとしても、魔理沙が馬鹿をやった事は事実であるために、同情の余地は如何ほどもなかったが。

「うぐ……だ、だって仕方ないだろ!イオがややこしい能力持ってるのが悪いんだぜ!」

「まだ言うか君は。……はぁ、もっかい擽り攻撃で」

ぱちん、と音高く鳴った弾指に、魔理沙がさぁ……と蒼くなると、

「や、やめろおーーー!!?」

じっくりと近づいてきた木の蔦を見て、じたばたと暴れ回ろうとしたが、そんな簡単にほどけるようにはしていないのは明白なわけであり……

「あ、あはっ!?あははははやめ、やめろって!!?あははは……!!」

こうして、脇下擽りの刑を受ける羽目になったのだった。

 ちなみに、その間イオはと言うと。

「あー、いい天気だなぁ」

と四季折々の花が花開く中、すっきりとした蒼天を見上げて何やら黄昏ていた。――まぁ、単なる現実逃避とも言えるが。

 すっかり擽りによる笑いに染まった悲鳴が聞こえなくなってから、イオはようやく魔理沙の拘束を解くと、仕方なさそうに溜息をついてから、

「やれやれ、これは早急に幽香さんに訊かなきゃいけなくなっちゃったな……」

とそう呟くと、っとん、と軽やかな踏み込み音と共に空を駆けあがったのであった。

 あとに残されたのは、真っ白に燃え尽きた白黒魔女の死体のみ。

 

――かと思われたが、がばり、と死体になっていた筈の魔女が立ち上がった。

 

 思わずおお、と歓声を上げ、拍手している周りの町人達を思いきり睨みつけて立ち去らせると、魔理沙ははぁ……と深いため息をついて、

「……えらい目にあったぜ。相変わらず、こう言うことではえげつないのだして来るしよ」

まあ、慣れて来たのか直ぐに立てるようになったけどな。

 ぶつぶつとイオに対する文句を呟きながらも、彼女も当初案じていた件が無くなったことによって肩の荷が下りたような気持になってはいたが。

「ったく、仕方ないな。どっかで関係ありそうな事、探しに行かなきゃな」

頭の中に浮かんでいる異変犯人容疑者と思われる人妖達のリストからイオの名前を消すと、魔理沙は箒を呼び、飛び乗って空を駆け抜けるのであった。

 

――――――

 

「――あ!そこにいるの、何でも屋じゃんか!」

ひとまず、太陽の畑に向う前に寄るところがあったため、イオがとんとんと大気を踏みながら空をかけていると突如として声を掛けられた。

 聞き覚えのある声にイオは足を止め、そちらへと顔を向けると、

「およ?……って、ありゃ。チルノじゃないか、お早うさん」

「うん、おはよう!」

元気いっぱいにそう返事するのは、あの秋祭りから少しして元の子供姿の氷妖精に戻ったチルノ。

 イオは、紅魔館にいるパチュリ―に会いに行こうとして、霧の湖を横断していた所で彼女に出会ったのだった。

「妙に元気いっぱいなようだけど……何か用かい?」

「うん!フランに会いに行くなら一緒に行っていーい?あたい、フランと遊ぶ約束してるんだ♪」

「なんだ、だったら別に構わないよ。……っと、それはともかくだけどさ、大妖精はどうしたんだい?」

いつもチルノの傍で穏やかに笑っているあの妖精の少女がいないことに気づいたイオが、チルノにそう尋ねると、彼女は眉を顰めながら首をかしげて、

「……うーん、分かんない。大ちゃん、あの秋祭りの後からなんか焦ってる気がするんだ。聞いても答えてくんない。どうしたらいい?」

「……どう焦ってるんだい?」

「…………分かんない。何に焦ってるのかも、何もかも。――ねぇ、何でも屋」

不安そうに顔を俯け、そして上げてイオを見つめたチルノは一言、

 

「――大ちゃんを見つけたら、助けてあげて?」

 

「ふぅ……やれやれ。そうだね、今回は友達からの頼みということにしておくよ。まぁ、何となくあの子の不安と言うのは何なのか、分かったような気もするしね」

何処か、鋭いまなざしでありながら、それでもイオは穏やかに優しく微笑んだ。

「有難う!じゃ、紅い御屋敷に行こっか!」

「ああもう、そんなに慌てなくても紅魔館は逃げないって」

イオの手を引張りながら楽しそうに飛んで行くチルノに苦笑しつつも、イオは慌てることなく静かに彼の屋敷の正門へと近づくのであった。

 

 

「――よっと。やぁ、美鈴さん。お早うございます」

「おっと、これはイオさん!お早うございます!今日はどういうご用事で?」

とん、と軽やかに地上に降りてあいさつしたイオに、美鈴は爽やかな挨拶を返す。

「いや、まぁね……ほら、今朝からこんな様子だからさ、パチュリーさんにちょっと聞いてみたい事があってきたんだよ」

「ああ、成程……ん?もしかして、犯人だと疑われました?」

イオが指し示した幻想郷の現状に、美鈴は納得しながらもちょっと気になってそう尋ねた。

 すると、イオは苦笑して頷き、

「ばっちりその通りだよ、よりにもよって僕がこの異変起こしたんじゃないかって思われたみたい。…………まぁ、やろうと思えばやれない事もないかもしれないけどさ」

はぁ、とため息をついてからぼそっと呟いた最後の一言を耳聡く聞き取り、美鈴はちょっぴり頬がひくつく。

「(可能性はあるんですねぇ……)ま、お待ちください。すぐに咲夜さんがきますの「美鈴、客みたいね」でって……せめて、最後まで言わせて下さい」

すっと、登場した相変わらずの神出鬼没な咲夜に、怒る事もせず美鈴はがっくりと肩を落とした。

 その様子をあはは……と何処か引き攣ったような笑顔を浮かべながら、

「ま、まあいいことあるよきっと」

ぽんぽんと優しく美鈴を慰めてから、

「それじゃ、咲夜さん。パチュリーさんの所に案内してくれますか?」

とイオはにっこりと笑って告げたのであった。

 

「……あたい、何か忘れられてる気がする」

「……あ!?本当にごめん!?」

ぼそり、と呟いたジト眼のチルノに、ようやく気が付きイオが慌てて謝るという事態もあったが。

 

―――――――

 

「――いらっしゃい、イオ。今日はどうしたのかしら?」

無表情ながら、歓迎の色を見せる大図書館の主に、イオは穏やかに微笑んで、

「やあ、どうもパチュリ―さん。今現在起きていることについて、ちょっとお話を伺いに来ました」

「ふぅん……?」

パチュリーが呟き、じろり、と今度は観察するような眼つきでイオを頭から足まで眺めると、

「成程、魔理沙が勘違いして突貫してきたのね?」

「……やれやれ、一足も二足も飛んでそこまでいくんですねぇ……流石過ぎます、ほんと」

あっという間に原因を突き止めた彼女に苦笑しながら、彼女が座る席の対面に座り、彼女と向きあった。

「ま、御察しの通りですよ。流石に、僕が犯人のように思われてはこれから先の依頼も少なくなってしまいますから。えぇ、ちょっと、O☆SHI☆O☆KIがもしかしたら出てくるかもですが」

「笑顔が黒くなっているわよ。ま、私はこの異変が何なのか朧げには分かりかけてきたと思っているわ。――情報を渡す代わり、貴方の対価は何かしら?」

「速いですねぇ……ま、これならどうですか?――『』という物なんですけど」

イオが懐から取り出した何かを見て、パチュリーは珍しく通り越してレアな、眼を丸くするという表情へと変化する。

 そして、呆れたような光を眼に浮かべると、

「貴方……かなり苦痛を伴ったんじゃないそれは」

「いや、大丈夫ですよ。だってこれ、あの姿になった後に壊れた奴ですから」

蒼色にも、紺色に近い黒にも見えるその手のひら大の塊を指しながら、イオはにこにこと笑った。

 そして、

「恐らくですが、本物の龍の鱗と同程度には堅いと自負しています。多分ですけど、今の幻想郷だと最上の幻想になると思うんですが?」

「……ふぅ。これじゃ、私が貴女に返す物が多くなっちゃうじゃない。もしかして、それもねらってたのかしら?」

半眼になった(ここ最近少し多くなった表情の一つ)パチュリ―が、イオに向ってそう告げるが、イオは笑って手を振ると、

「いや、流石にそんな事は考えていないですよ。ただ、渡してもらう情報を多くしてもらおうとは思いましたが」

「はぁ……全く、そんなこと言わなくとも、私は充分情報は渡すわよ。でなければ、こんなにもらったのに罰が当たっちゃうわ」

まぁ、とりあえず対価は戴いたからよいとして。

 パチュリーはそうつげると、

 

「――結論からして。これは『異変ではない』と私は考えているわ」

 

「――へぇ?」

若干、イオは何かを面白がるかのような表情へと変化した。

「何を以て……その答えへとたどり着いたんです?」

「……そうね……原因とされている四季折々の花が咲き乱れているこの現象だけど、簡潔に纏めると。――これは、『霊が現世に溢れたことによるもの』よ」

「…………はい?」

何らかの能力によってもたらされていたと思いこんでいたイオは、パチュリーのその言葉に唖然となって訊き返す。

 その様子にパチュリーは何ら表情を変えず、

「まぁ待ちなさい。何を言っているのかと思っているでしょうけど、これは断言できるわ。外に咲いている花を、どれでもいいから触って能力で確認してみなさい。そうすれば、貴方も私の言いたい事は分かると思う。……まぁ、それは後で出来ることだから放っておくとして。とにかく、一番に目指す所は白玉楼よ。理由は言わなくとも分かるわね?」

「……はぁ。まさか予想と大違いな物が出てくるとは思いませんでした。道理で、妙に騒がしかったんですかねぇ……」

自身の能力がもたらした『植物たちとの会話』という、副次的な効果を思い出し、そして今朝がた、花たちが妙にざわついていた事を思い返しながらイオは首を振った。

 そんなイオにパチュリーは静かに目を瞑ると、

「まぁ、とりあえず、あの亡霊だったら何かを確実に知っているのは確かだと思うわ。幽霊のことに関してなら、尚更……ね」

そして静かに目を開いてそう告げる。

 イオはそんな彼女に、静かに一礼をすると、

「有難うございました。とりあえず、白玉楼に向ってみますよ。どうせ、本日の依頼は全て僕のゴーレムたちに任せていますし」

「……そう。なら、気を付けていってらっしゃい」

本に目を戻し、そのまま熟読を始めながらこっちに告げたパチュリーに、イオは穏やかに笑ってから、

「ええ、そうさせてもらいます。では、パチュリーさん……これで失礼させて戴きますね」

そう告げると、イオは小悪魔に見送られながら図書館を立ち去っていった。

 その姿を横目で見送りながら、パチュリーは静かにそこを立ち上がると、イオからもらったばかりのとある物質を片手に、図書館の何処かへと姿を晦ましていく。

――そして、すぐにそこから戻ってきた。

「……全く、かなりとんでもないものを渡してきたわね、ホント」

「パチュリー様―?イオ様をお送りしてきましたー」

ぶつぶつと何か文句らしき物を呟いているパチュリーの元に、イオを見送ったばかりの小悪魔が報告の為に現われる。

 何処かを見つめながらぶつぶつと、考えるようなそぶりも見せつつ呟いている主を見つけた小悪魔は、ちょこん、と首をかしげると、

「どうかされたんですか、パチュリー様?」

と疑問の声と共にパチュリ―に近づいた。

 すると、彼女の主はふぅ……とため息をついてから、

「………………何でもないわ、大丈夫よ」

と、普段通りの彼女へと変化する。

(……?何があったんでしょう……?)

事情をあずかり知らぬ小悪魔は、ただただ首をかしげるばかりであった。

 

―――――――

 

――時は少し遡る。

「――よぉ。そっちはどうだったんだ?」

「……どうもこうも、手掛かりは殆ど無いわ。というか、魔理沙はどうだったのよ?」

びゅおん、と風を切る音と共に現れた白黒の魔女に、博麗の巫女――霊夢はやや疲れたようにしつつも彼女にそう尋ねた。

 すると、魔理沙は胸を張って、

「おう!少なくともイオはこの異変に関わってない事は分かったぜ!」

「……成程ね。で、その他は?」

「そうだな……イオが私をくすぐりまくって悶絶させられたんだが、あいつ、私が倒れた後風見幽香の所に行こうかなんて話してたぜ?」

自信満々にそう言ってのける魔理沙に、霊夢は面倒そうな表情になると、

「イオもそう考えたってことよねそれは……ふぅ。ま、アリスが此処に来れば、もう少し何か分かるでしょ。にしても……ホント、豪華よね今年の春は」

と、人里の入口付近の切り株の上に座り、辺りを咲き誇る花達を眺めながら呆れたようにそう呟く。

 魔理沙も、それに追随するように少し切り口が広めのその切り株に座り、

「だなぁ。太陽の畑のとこもそうだったけど、こうも色々と咲いてるの見るのはいいな!」

楽しそうな声を上げた。

 しばらく、動く雲や風にたなびく花達を眺めていると、

「――お待たせ、二人とも。とりあえず少しは情報収集してきたわ。それで、ちょっと連れてきた人がいるんだけど……」

「お?アリス来たか……って、妖夢?お前、如何してここにいるんだぜ?」

ふわり、と地上に降りてきたアリスの後ろで、何やらかなり疲れたような半人半霊の庭師を見つけ、魔理沙はぱちぱちと目を瞬かせる。

「……と、とりあえず座らせて下さい……」

「お、おう……」

ぐったりとした様子で切り株に座る妖夢に、魔理沙が驚きつつも席を譲った。

「いったいどうしてそんなに疲れてるのよ?何かあったの?」

霊夢も流石に友人がそうなっている訳を知りたかったのか、やや興味深げにそう尋ねる。

 すると、妖夢ががばっと顔を上げ、

「幽々子様が、酷いんですよう!!」

と涙目で叫んだ。

「な、何事なんだよほんと。お前の御主人が酷いのはいつもどおりじゃないのか?」

やや面喰ったようにそう告げた魔理沙だが、妖夢が彼女にがばっと取りつき、

「だ、だって!私の手に負えない位の量なのに、『出来る限りでいいからどんどん幽霊を閻魔様の所に連れて行きなさい』なんて仰るんですよ!?」

 

「――はい、ちょっとそこで待とうか。お前は一体何が言いたいんだ?もう少し落ち着いてくれよ」

 

ぱん!と妖夢の目の前で猫だましのように手をたたき、一旦彼女の頭を冷やそうとした魔理沙。

 それと言うのも、妖夢の言葉に色々と聞き逃せない言葉がいくつか出てきたからだった。

 霊夢もそれに気づいていたようで、妖夢に真剣な眼差しを向けると、

「まず最初に訊こうかしら。――『幽霊』とは一体何の事を言っているの?」

「……へ?あれ、霊夢達は聞いていないんですか?今回の事」

きょとん、と首をかしげながら妖夢が不思議そうに尋ねるが、生憎と霊夢達には分からぬわけであり……

「悪かったわね知らなくて。というか、今朝起きたら既にこんな状態だったし、しかも、分かりやすい位に異変だったからね?こんな時ちゃんと働いていないと、イオが後で怖いのよ。……全く、あの長時間の正座に、イオの笑っているようで笑ってない笑顔はきついわ……」

愚痴るようにして呟いている霊夢に、アリスと魔理沙は苦笑しながらも、否定する事はなく、

「ま、あいつらしいとも言えるんじゃないか?」

「そうね。だれよりも霊夢のことちゃんと見ていてくれているんだから、感謝しないといけないわよ霊夢」

「あーあー五月蠅いっての。……で。結局幽霊って何のことよ?」

何処か友人たちの眼が微笑ましいものを見るような眼に変わっているのに気づきつつも、霊夢はそれを追い払うようにして手を振り、妖夢に向って詰め寄る。

 すると妖夢は先程の動揺が嘘のように冷静になっており、

「えっと、まず今回の出来事は……」

と説明を始めたのであった。

 

―――――――

 

――所変わり、こちらは白玉楼。

「――……成程、今起きている事は、外の世界から流れ込んできた幽霊たちが起こしたもの……幽々子さんはそう仰る訳ですね?」

「ええ。妖夢にはその事を言って、閻魔様の所へと幽霊達をなるべく送るよう言いつけて置いたわ。……そもそも、この現象は自然に齎されるものであって、誰かが意図して起こしているわけでは決してないの。幽霊をあの世へと連れて行く為に、死神と言うのが閻魔様の下についているのだけどねぇ……どうにも、その作業が追い付かなくなって飽和状態に陥ったと見るわね。ま、妖夢には良い修行になるでしょうから、手伝わせたんだけど」

彼女によって用意された、点てられた抹茶の入った椀を持ちつつ、幽々子はおっとりと笑いつつそう告げた。

 同じように椀を傾けながら、密かに味の濃厚さに驚きつつも、イオは言葉をかける。

「と言う事は、今回の出来事は異変ではなく、また、その現象を起こした犯人もいない……と言うことでまとめられる訳ですか。いやぁ、良かった良かった」

呑気にそう言ってまた椀を傾ける彼に、しかし幽々子はやや物憂げな表情になると、

「どうかしら……ここ最近、外の世界から漏れ出た幽霊の数が減ってきているようにも思えるのよねぇ。まるで、何処かに流れ行っているような気もしないではないのよ」

「ふぅん……?それって、何か問題でもあるんですか?単に、なかなか死ぬようなことがなくなってきたということでしょう?」

「そうとは限らないわ。まぁ、紫の話だと外の世界の技術が大いに高まっているようだし、それで延命技術も伸びてはいるみたいだけど、それでも死と言うのは誰にでも訪れるものよ。何をどう足掻いても、逃れられるようなものではけしてないわ。――まぁ、例外としてはあの蓬莱人たちがいるけれど、ね」

やや剣呑な光を浮かべている白玉楼の主。

 心なしか、ぎしり、と空間がきしんだようにも思えた。

 だが、異世界からの稀人であり、当世最強の一角たる剣士のイオは、死が間近に接近しているというのに平然と抹茶を呷り、

「まま、落ちついて下さいよ幽々子さん。可愛らしいお顔が台無しですよ?」

と、彼女の怒りを煽っているのか、それとも単純に天然なのか分からない言葉で、白玉楼の主を宥める。

 流石の胆力とも言えるその所業に、逆に彼女は呆れて、

「……至って何でも無いように言える所は凄いわね。もしかして、本気で言っているのかしら?」

「え?そうですけど?というか、客観的に見て幽々子さん美人じゃないですか」

あっけらかんとばかりに言ってのける彼だが、幽々子は首を振って、

「大体、みんなして亡霊だの何だの、私をちゃんと名前で呼んでくれる人なんてほとんどいないのよ?貴方が大切に思っている霊夢だって其れは変わらないわ。ま、あの子の場合はここ最近貴方がいる事で少しずつ人間らしく見えるようになってきたけどね」

ここ最近の宴会や、偶に白玉楼の座敷の一つに紫に送られて来ているときは、大抵にして年頃の少女らしい素直な感情変化をみている事が多かった。

 これも、ある意味イオのお陰と見れるのだろうか?

 イオは、目の前の麗しい女性に対する皆の偏見とも言える評価に、やや憤って、

「まさか!だったら、皆して目が眩んでいるとしか思えないですね。そりゃ、種族の事もありますでしょうけど、ちゃんと一人の人格もった存在として見なかったら、誰もが誰もを信用できなくなりますよ?」

 現に、僕がいた世界ではかつて亜人と普人の戦争まで起きてましたから。

自身が元いた世界である、アルティメシアにおいてかつて起こっていた亜人に対する差別。

 それらが齎されたものを、彼は学院でしっかり知識として学んでいたからこそ、この言葉を告げる事が出来た。

 

――それが、何よりも貴く、何よりも幻想郷にふさわしい思想なのだと、彼自身は気づかぬままに。

 

(……全く、生まれながらにしてこうして何もかもを受け入れる。普通、年を重ねれば重ねるほど知識も経験も増えるけれど、この様にあっさりと受け入れる事は出来ないわ。紫、かなり良い青田買いをしたわね)

扇子で口元を覆いながら、幽々子は静かに微笑む。

(ますます、妖夢を貰ってほしくなったわ……さて、どうしようかしら)

きらん☆と目を輝かせている幽々子がそっとイオをみた所で、イオがのんびりと縁側からのぞく冥界の空を見上げていることに気づいた。

「あら?珍しいかしら冥界の空は」

「ええ……春なのに、こうも灰色が続くとは思いもしなかったので」

空と、冥界の階段を駆け上がってきたからこそのイオの感想に、幽々子は苦笑して、

「そりゃあそうよ。元々此処は閻魔様の裁判を受けて転生や成仏を言い渡された幽霊が駐留する所なんだから。明るかったら、冥界らしくなくなってしまうわ」

「それもそうですねぇ……っと、いけないいけない。長々とお邪魔しちゃいました」

ぼんやりとした後、はっと我に返ったイオが慌てたように辞去しようとするが、

「あらあら、そんなに慌てなくともいいでしょう?もう少し、ゆっくりしていっても罰は当たらないわ」

「いやぁ、霊夢達に今回の出来事の原因が分かったので一応教えて置こうと思ったんですよ。色々と、あの子たちも動いているようですしね」

「……そう。なら、『無縁塚』と言う所に行くといいわ」

どうあってもイオが立ち去ろうとしている事を察したのか、幽々子はやや寂しそうな表情ではあるものの、止めることなく一つの名詞を挙げる。

「……『無縁塚』、ですか?聞き慣れぬ名ですけど……」

不思議そうにイオが立ち上がりかけた状態のままそう尋ねると、彼女は先程とは違った、悲しそうな表情になり、

「――ええ。そうでしょう。ある意味、『忌み嫌われるもの』に近いものがあるから」

 

――其れもそのはず、彼の地は、『忘れられたモノが行き着く』、最後の土地なの。

 

 その声は何処か、何かを悼んでいるようにも見えた。

 

 



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第四十三章「眺め見やるは死者訪れる地」

花々が咲き乱れる幻想の里の中。
イオは白玉楼から、霊夢たちは人里からそれぞれの場所へと赴く。
異変でない異変というこの現象に、彼らは戸惑いながらも空を駆け行く。
その果てに、何を得られるのか……知りもしないままに。


 

「――なぁるほど、ねぇ……と言う事は、ある意味死神が原因でもあるわけね?」

霊夢がハタ迷惑な、とでも言いたげな表情でそう言うが、妖夢は少し考えるそぶりを見せつつ、

「一概にはそう言い切れませんけど……でも、幽々子様も仰っていた事なんです」

と、真実を知らぬが故にやや口を濁すようにしてそう告げた。

 と、そこへ魔理沙が息せき切って、

「だったらよ、私達は死神を探さないか?とりあえず、幽香の所為じゃない事が分かっただけでも儲けもんだしな」

「……魔理沙、そんなにがっつく必要、あるのかしら?」

あらかじめ、初めに会った時に妖夢から事情を聞いていたアリスが、呆れたように魔理沙に向ってそう告げたが、彼女は態度を全く変えることをせず、

「せっかくこうしてこの現象に立ち会えたんだ。どうせだったら最後まで見ようぜ?」

「はぁ……全く、魔理沙らしいのにはいいけど。霊夢はどうするの?」

「私も行くわ。もしかすると、どっかで幽霊が滞っているかも知れないし。まぁ、人里含めて人妖には影響ないみたいだけど、それだって本当かもわからないしね」

ざっと自身が持つ札や封魔針を確認しながら、霊夢はどうやら臨戦態勢に移行しているようだった。

「私も行きます。元より、幽々子様に言われた事でもありますから」

「妖夢の場合は心配しちゃいないわよ。それより、もしかするとどっかでイオとカチ合うかもしれないのに、いいの?」

「いや、流石にもう大丈夫でしょう。というか、そうなる可能性があるんですか?」

思わぬ一言に、流石の妖夢も呆れたように首を振るが、

「そこの馬鹿が、イオに喧嘩売っちゃったのよ。おかげで、もしかするとアイツと弾幕ごっこをすることになっちゃいそうなのよね」

霊夢が魔理沙を指し示したことであっさりと崩れる。

「何やってるんですか魔理沙――!!?」

てへぺろ☆と舌を出している魔理沙に、妖夢はなんてことをしてくれたとばかりに絶叫した。

「いやあ、勘違いが過ぎてな。おかげで、イオに思いきりお仕置きされちゃったぜ☆」

「されちゃったぜ☆じゃ、ありませんよ!イオさん、そう言う力の話は結構真面目なんですから、うかつに刺激したらそうなるのは自明でしょう!?」

軽そうに言ってのける白黒魔女に、妖夢は青筋立てて詰め寄る。

 だが、魔理沙はあっはっは、と軽やかに笑い、

「いやあ、そりゃそうなんだけどな。アイツが万が一誰かから依頼されて異変の片棒継がされてるんじゃないかって思ってたのも事実なんだよ。――現に、アイツは萃香と契約を交わし私達の前に敵として弾幕ごっこを挑んできた。それ、忘れてないよな?」

「そ、それは……」

余りにも理由が理由な為に、妖夢も反論できなかった。

 黙り込んでしまった妖夢を見ていられなくなったのか、ぱんぱん、と両手を叩いた霊夢が、

「ほら、とっとと行くわよ。会った時にでも訊けばいい話だから、今は置いときましょ。……で、アリス。一応訊いておくけど、私達が向かうべき場所と言うのはどこだったかしら?」

「……またなの?もう一回だけ言うわよ」

 

――『無縁塚』。忘れられたモノたちが集う場所よ。

 

――――――

 

「――ふぅ。思ったより拘束されて焦ったなぁ。いけないいけない」

白玉楼を後にしたイオが、慌てたように空を駆けて行く。

 既に、時刻は昼に近くなってきていた為に、イオは幽霊たちと共に作った昼食を幽々子と共に食べた後、こうして動き出したのであった。

 腰には何時ものように双刀『朱煉』が括りつけられており、更には幾つかポーチのようなものまで一緒に着けられている。

 念のために用意していた、応急治療の為の道具であった(因みに永遠亭から買い取ったもの)。

 つまりは、人里にいる時のような着流しではない、冒険者としてのイオが此処に存在していたのである。

 これも、元々は魔理沙が今回の出来事で襲い掛かってきたせいであった。

「……まぁ、誰かと戦うなんてこと、そうそうないと思うけど。魔理沙の事もあるからねぇ」

全く、本当に余計なことしてくれたよ。

 はぁ……とため息をつきながらぼやくイオ。

 その背中はどうにも煤けているようにさえ見えた。

――さて、そんな事はさておき。

 イオは今、こうして空を駆けているわけであるが、この現象が起こっている所為もあるのか、妖精達が妙に騒がしく、度々弾幕ごっこを仕掛けてきており、その度に足止めされている状況だった。

 とはいえ、異変の影響でいくら強くなっていたとはいえ、結局の所は妖精として強くなっているだけであるために、歴戦の古強者たるイオにとっては雑魚を蹴散らすようなものである。

 と言う訳で、イオの第弐剣技『龍王炎舞流』が大いに振るわれることと相成った。

 まさかの蹂躙に妖精達も次々に墜落して行く姿を見ながら、イオはなぜかすっきりしたように笑顔である。――もしや、隠れドSなのか?

「いやぁ、此処にきて色々と技を試せるとは思わなかったや。お陰で、今までの技をちゃんと見なおす事が出来たし。一応、遠当ての技術に近いから妖精達も死んでないし。うん、良いことづくめだ」

死ななかったらいいとは思えないが。

 慧音がいたならばそう突っ込んでいただろうイオの台詞であった。

 とまあ、こんな感じでイオが爆走していると、ふと、眼下に小さな紫色が集まった場所があることに気づき、っとん、とその近くに降り立つ。

「――凄いな、こんな所に鈴蘭畑があったなんて知らなかった。へぇ……太陽の畑と言い、かなり植物が群生しているんだなぁ、幻想郷って」

そんな事を言いながら、イオはすっと近くの鈴蘭に近づくとそっと手に触れた。

 

『……何者?』

    『私達に近づくな!』

 

突然の念話に、思わずイオは眼をぱちくりとさせ、

「あー……っと、ごめんよ」

イオは苦笑しながら謝る。

(まさか、太陽の畑と同じように自我を持ってるとは思わなかった)

よくよく気配を探れば、何とか妖怪化している事には気づけたのだが、それでもかなり集中してみなければ分からないほどの気配の薄さだった。

「君たちの主は誰なんだい?ちょっと会ってみたくなったんだけど」

 

『五月蠅い!余所者が私達に近づくな!』

          『人間が私達に近づくな!』

 

はっきりとした敵意。

 人間に対する憎悪を感じ取り、イオは朧げながらに理由を探ろうとした。

 そして、一つの推測を打ち立てる。

(……まさか、此処は……)

何となく、彼女等(?)が人間に対する憎悪を抱いている理由が分かった気がしたイオが、口を開こうとした時だった。

 

「――スーさんから離れろ!!」

 

幼く、可愛らしい声と共に殺気がイオに襲い掛かる。

「ちぃっ!!?」

当たってはいけないと警報が脳内で鳴り響くと同時に、本能的に体が空へと駆け上がった。

――直後、鈴蘭を通り越して、毒々しい紫色の弾幕がつい先ほどまでイオがいた場所に突き刺さり、轟音を響かせる。

「……どうやら、此処の主人みたいだね?」

あくまでも余裕を崩さず、ただただ目の前に浮かんできた幼い少女を見ながら、イオは淡々としてそう尋ねた。

 だが、彼女はその問いに答えることなく、

「……一体何の用なの、人間。スーさんに……いったい何をしようとしたの……!!?」

ただ激昂した表情で、イオを睨みつけるばかり。

「スーさんって……鈴蘭のことかい?だったら何もしていないよ。単に、きれいな鈴蘭畑だと思って近づいただけだって。何かしていたら、鈴蘭の悲鳴が聞こえるはずだろ?」

「!!?貴方……スーさんの声が聞こえるの!?」

自我を持っていると分かっていない限りは知らない事実をイオが挙げることにより、目の前に浮かんでいる小さな人形とともにいる少女は眼を丸くして叫んだ。

 そこでようやく、イオは相手をよく見ることができるようになった為、静かに彼女を観察し始める。

――まず、大きく眼につくのはアリスや魔理沙と同じような金髪だった。容姿が幼い事もあってか、太陽の光できらきらと反射しているのが見える。

 そして、上半身を黒のブラウスに赤いリボンで胸元を飾った服、下半身を赤のふんわりとしたスカートで飾り上げていた。

 ふわふわと彼女の傍らに、彼女と同じような服装の小さな人形がいる事を視認しながらも、

「まぁね。ある能力のお陰で、そうなったんだけどさ」

ある意味、幼い子を騙しているような思いにかられつつそう告げる。

 すると、その言葉を聞いた少女が、

「……そう。貴方は、人間なのに聞こえるんだ……」

イオの言葉に、先程までの敵意が嘘のように静まって行くのを感じ取り、イオは内心ほっとしながらも、彼女に声をかけた。

「良ければ、君の名前を教えてもらえるかな?お互い初対面だしね」

「……メディスン・メランコリー。スーさんと一緒に住んでいるわ」

「イオ=カリスト、人里では何でも屋をしているよ。『疾風剣神』なんて二つ名で呼ばれる事もあるかな。……ところで、君はどうしてここに住んでいるんだい?何だかさっきも、人間に憎しみを持っていたような言葉が聞こえたけど」

自己紹介を交わし、イオはさり気無く彼女に此処に住んでいる理由を問う。

 その眼には真剣さが浮かんできており、どうやら返答次第では何かしらのアクションを起こすつもりのようだった。

 

 メディスンはそんなイオの問いに、一瞬何かを逡巡するような表情になってから、

「ねぇ、イオだったっけ。此処、なんて呼ばれているのか……知ってる?」

と、イオに向って逆に問い返す。

 その質問の意図するところが分からなかったものの、イオは素直に首を振って、

「いや、こっちに来てからはそれなりになってはいるけど、まだまだ幻想郷全部を回れていないからね。知らない所が多いよ。此処なんか特にそうだ」

と穏やかな表情でそう返した。

 すると、メディスンは無表情になり、静かに俯く。

 余りにも凍りついたその表情を見て、思わずイオがぞくり、と肌を粟立たせた時だった。

 

「――此処は、『無名の丘』。間引きされ、殺される子供達の行き着く場所。そして私は……人に捨てられた、人形」

 

「っ!!?」

 

――それは、悲しみと苦痛の物語――

 

―――――――

 

――イオが、思わぬ事実を聞いて驚愕の表情を浮かべている頃。

 霊夢はアリスと妖夢、そして魔理沙の四人と言う大所帯で、妖夢から聞いた『無縁塚』と言う場所に、飛んで向っていた。

「……ふぅ。妖精達の相手は面倒だわね、本当に」

一応、辺りに霊力を飛ば薄く広く伸ばして感知するという、天然のソナーのような使い方をしながら霊夢がそうボヤく。

「まぁまぁ、そんなこと言わずに。……にしても、如何にも雰囲気が変わり始めてきたわね」

そんな彼女に、アリスがやや苦笑しながらなだめた後、ゆっくりと辺りを見回した。

 彼女の言葉通りに、周囲は四季折々の花が咲いていた風景から、何処か物寂しく、そして息苦しく感じられるようなものへと変わっている。

 具体的には、咲いている花が一種類になった事。――それも、死者の花と称される、『彼岸花』が咲いていた。

 禍々しき紅色の花達を眺め、アリスが溜息をつくと、

「此処まで来ると、無縁塚と言う場所自体が危ないと思えてくるのだけど?」

此処の場所を教えてくれた妖夢に、やや半眼になってそう尋ねる。

「うっ……そんなこと言われても。大体、私だってそんなに来る方じゃないんだから。だって、幽々子様の上司である、閻魔様が此処に来ることが多いのよ?」

皆から『敬語なしで。でないとフルボッコ』と脅された妖夢が、砕けた言葉遣いとやや苦手そうな表情でそう答えた。

「へぇ?閻魔様なんているのか、この幻想郷」

この幻想郷の住民の一人である魔理沙が、ニヤニヤしながら妖夢に尋ねる。

「あたり前でしょ!でなかったら、今回だけじゃなくて死んだ人の魂魄が幻想郷中に溢れ返っちゃうじゃない!」

「……となると、今回のこと……そいつに訊いた方が手っ取り早そうね」

ききぃん!ききぃん!ぴちゅーん、と次から次へと出てきた妖精達を吹き飛ばしながら、霊夢がやや剣呑な目つきでそう呟いた。

 その言葉にぎょっとなり、

「だ、駄目だよ霊夢!?怒られるどころじゃ済まないよ!?」

あわあわと、霊夢に妖夢が脂汗を流しながら必死で止める。

 だが、霊夢は何を慌てているのか分からず、眉をひそめて妖夢の方へ顔を向けると、

「いや、普通に訊くだけなんだけど……」

「……え。――はっ!!?」

ようやくそこで何かを勘違いしていたと気づいたか、妖夢は表情を青くさせた。

「……………いっぺん、アンタが私に抱いてる印象、訊いておいた方がいいようねぇ……!?」

「ひっ。ち、違うんだよ霊夢!?わ、私何も考えちゃ……!」

澱んだオーラを出しながら妖夢に詰め寄る霊夢に、半人半霊の剣士はやや涙目になって首を振る。

「やれやれ、ああも素直に顔に出してたら、弄られるのも仕方ないだろうにさ」

くっくっく、と楽しげな笑い声と共に、魔理沙がアリスに向って呟いたが、アリスはアリスで仕方なさそうな表情で笑っていた。

「そうね。まあ、そう言う所もイオは好きそうな気もするけど」

「……ん?ああ、そういやアイツイオのとこで一緒に鍛錬やってるんだったか。ふぅん?」

悪戯っぽい笑顔で魔理沙が何かしらを吟味した後、

 

「――なぁ妖夢。イオのこと、どう思ってるんだ?」

 

「はぁっ!?」

霊夢に詰め寄られていた妖夢は、唐突な魔理沙の質問に泡を食って驚く。

「い、いきなり何!?どうしたのよ魔理沙!?」

わたわたと、何処かイオを思わせるような慌て方に、魔理沙はにやりと笑って、

「いや、な。なんだかんだで結構イオと知り合ってからはそれなりに長いほうだろ?ま、それは私もそうなんだが、大体がイオにお仕置きされるばかりだから単純に『悪い子』扱いされてると思ってんだよ。で、だ。――妖夢だったらどうなのかなぁっと」

「……そういや、妖夢、アンタアイツのとこで一緒に模擬戦やってたわね。――吐きなさい。きりきりと」

ずん!と澱んだオーラが倍増し、びびくぅっ!?と妖夢がその気配に怯えた。

「ま、待って待って待って!?わ、私別に何も思ってないよ!?」

手と首をブンブンと振りながら、妖夢が全身全霊で否定しにかかるが、

「いや、何もはないだろ?どんな形であれ、イオとつながりが出来てるんだ。人間、何らかの感情がなきゃ、到底そいつと付き合えないぜ?」

にやにや。ぎらぎら。

 魔理沙のニヤケ面と、霊夢の睨み顔が半端でなく怖い。

(こ、こんな時どうすればいいの~!?)

はわわ、と涙目になった妖夢がいよいよ進退きわまったと見えたころ。

 

――突如として、声が響き渡った。

 

「――おやおや。こんな所に大勢のお客さんとは珍しいねぇ。それも、幽霊の方じゃなさそうだし」

 

「誰?隠れてんだったらとっとと出てきなさい。漏れなく封魔針の錆にしてやるわよ?」

じゃきと指と指の間に言葉通りに針を挟み、霊夢が警戒してそう声をかける。

「おうおう、怖い怖い。今代の巫女さんは妙に喧嘩っ早いなぁ。……って、それはどの時代でもそうだったか」

頭を掻き掻きしながら、彼岸花が咲いている所の近くにあった岩陰から一人の女性が登場した。

 赤の髪に豊満な肉体を包んだ蒼の上着に白袴、そして……何よりも特徴的だったのは、片手で肩に乗せた、大きく湾曲している大鎌。

 くるり、と慣れた様子で大鎌を動かしながら、その女性は朗らかに笑って、

「死者が集う、再思の道へようこそおいでなすったね、生者の御嬢さん方。まぁ、何もないところではあるけれど、歓迎するよ?」

と各々身構えていた四人組に、そう声をかけたのであった。

 

―――――――

 

「――この幻想郷でも、間引きは起きているのか……」

やや、驚きを通り越して茫然とした様子でイオがそう呟く。

 何故、彼がその様子になっているのか……『到底信じられる内容ではなかった』、その一言に尽きた。

 その理由として、そもそも幻想郷という土地が、『全てを受け入れる』という特性を持っていたことに端を発する。

 『全てを受け入れる』と言う言葉は、聞いただけでは如何に素晴らしいものであるかと思いがちになる事も多いのだが、イオは、ただその一面だけを見て裏を見ていなかった、それが彼の驚愕へとつながったのであった。

 その裏面とは即ち――『何もかもが自業自得となりうるのだ』という、一面である。

 通常であれば、この長閑な場所において子どもと言う存在は何よりも農業における労働力となり、家業を継ぐものとして育てられることが多いものだった。

――しかし、『双子が生まれた場合』はどうなのか。

 そう、現代においては双子が生まれたとしても、ただ祝福されるだけに終わる。それは、イオの元の世界でもそうであったし、少なくとも人生において最も誇りに思える宝と言えるであろう。

…………だが、過去においては、その常識が容易に覆された。

 単純な話、貧しい農村において、子供の数が増える事はどうなのか……そう言うことなのだ。

それも、双子と言う存在が、である。

――古来より、双子と言う存在は神秘・幻想の存在とされていた。

 西欧の神話においては神族の中にも双子が確認されているし、普通であればあり得ない全く同一の存在としてみられていたようだ。

――だが、この『同一の存在』という言葉が、時には牙を剥いた。

 簡単に述べれば、同じ顔に同じ動きであるということが気味悪がられた、と言うことなのだろう。そして同時に、現実的に考えても貧しい農村であれば、一人の女性が二人の子供に拘束されてしまう時点で働き手が少なくなってしまう事もあったであろう。

――故に、というべきか。

 

『間引き』が行われたのであった。

 

「――はぁ……ちょっっとショックだったなぁ」

嘆息し、膝の上で眠っているメディスンの頭を撫でてあげながら、イオは空を見上げる。

 あれからというもの、イオは驚愕を直ぐにおさめ、彼女と会話を交わしていた。

 時折、メディスンが口にする『人形を開放する』との言葉を聞き、それが本当にどういう意味を持つものであるのかを教えたりしながら、のんびりと時を過ごしたのである。

(……まぁ、アルティメシア世界とは違うし、そう言うことが起きうると思ってなかった自分が駄目だったんだけどね。それにしたって、もうちょっと救いがあればいいのになぁ……)

救える命を救うという理想を掲げてはいるものの、現実もしっかり見ているためにイオはそんな事を考えていた。

「……すぅ。むにゃむにゃ……」

「っと。……何だか、こっちに来てから子供ばかりに懐かれる事が多いなあ?気のせいかなぁ」

よっと、彼女を背負いあげながら、イオはそう呟く。

(とりあえず、『無縁塚』に行ってみるとしようかな。……メディスン一緒になっちゃうけど、まぁ、護っていれば大丈夫でしょ)

呑気にそう考えると、イオはすっと足に力を込め、大きく空へと飛び上がったのだった。

 

――――――

 

「貴女が……死神、なのかしら」

アリスが眼の前に立つ、何処となく姉御肌のような人物に見える女性に告げると、

「おうさ。……っと、そっちにいるのは半人半霊の剣士ちゃんじゃないかい。よう、随分と久しぶりじゃあないかい?」

彼女はそれに答えながらアリスの近くにいた妖夢に気づくと、挨拶をするかの様に鎌を持っていないもう片方の手を挙げた。

「……あの、小野塚小町さん、でしたよね?」

「うんまあそうさね。……そんなに会う方でもないから、こっちも忘れてたけどさ……お前さん、妖夢とか言ったかな?」

恐る恐るといったように訊ねてきた妖夢に、からからと笑いながら女性――小町はそう告げる。

 ニコニコと笑いながら、彼女が妖夢に向って近づいていこうとした――その時。

「――ちょっと待ちなさい。アンタ、死神ってんだったら、なんでこんな所に居んのよ?」

霊夢が不機嫌そうな表情になり、小町に詰め寄った。

「さっき妖夢に訊いたけど、今回こんなに花が咲き乱れてるのは、外界から魂が大量に流入してきて溢れ返ってるのが原因だそうじゃない。なのに、死者を連れて行く筈のアンタが、何でそんなにのんびりしてんのよ?」

ぎらぎらと、彼女の目尻がつり上がり、疑惑がしっかりとあるその眼で小町を射抜く。

「あ、あはは……いやあ、そんなに睨まれちゃ、答えようにも答えられないよ?ま、大丈夫さ。私の同僚が頑張ってやってくれているからねぇ」

あくまでものんびりと(とはいえ少々冷や汗もかきながら)小町は答え、よっこらせっと五人からして丁度近くにあった腰までの高さにある岩の上に座った。

 そのままリラックスし始めた彼女に、呆れたような視線が四人分突き刺さる。

「(……妖夢。幽霊を連れて行く仕事と言うのは、こんなのんびり出来るものなの?)」

「(わ、私に訊かないでよ!?そもそも所轄が違うし!)」

器用にも小声で言い争うなんてことをやってのけている常識人(?)コンビのアリスと妖夢。

 そんな二人を横目で見ながら、霊夢は小野塚小町の言葉に嘘がないか、勘で以て探り当てようとしていた。

(……まぁ、あの亡霊の上司に当たる奴だっているわけだし、そうそう人手不足になるとはおもえないけど、ね……)

もし、その同僚とやらがいるのであれば、この死神のちゃらんぽらんさにあきれているかも知れない。

 とはいえ今はそう言うことが知りたいわけでもないので、

「……小町、とか言ったわよね?ねぇ、幽霊が連れて行かれる所、連れてってくんない?」

「…………おいおい、お前まさか死にに行くつもりか?」

思わぬ一言に、小声で言い争っている常識人コンビを笑いながら見ていた魔理沙が、真剣な表情で霊夢に詰め寄った。

 どうやら勘違いしているらしいと分かった霊夢が、呆れ顔になって、

「んなわきゃないでしょバカバカしい。まだイオの作れる料理の全部、食べてないんだから。

それよりどうなの?連れてくの?行かないの?」

霊夢が手を振って否定した後、小町の方に顔を向けて訊ねる。

 すると、小町は幾らか悩んでいるかのような素振りになると、

「い、いやあ……流石に、元々は死者が辿る道であって、生きている奴を引っ張ってくるのはなぁ……そもそも、映姫様が許さないし」

「映姫?そいつ、もしかして閻魔ってやつなの?」

「ちょ!?幽々子様の上司の方じゃないですか!?れ、霊夢お願いだから怒らせるような真似は謹んでよ!?」

驚愕と恐怖、ないまぜになったような表情で妖夢が霊夢に向って叫んだ。

 その言葉に、霊夢はやれやれと首を振ってから、

「全く、イオからも厳重に言われてるし、そうそう誰かに突っかかるような真似はしないわよ。というか、したらしたで後でばれたら絶対強烈なお仕置きが待ってるんだから」

最近、過保護にも御説教にもなってきたから困ってるのよねぇ……

 何処か遠く明後日の方を見ながら、霊夢が遠い目でそう呟いた。

 と、そこで小町がイオの名に反応する。

「およ?その名前……もしかして、人里の何でも屋のイオ=カリストって奴かい?いやぁ、偶に人里行って甘味処行くんだが、よく聞かされるんだよねえ……何でも、身内に手を出されたらブチ切れて龍になるって言うじゃないか。まあ、普段は優しくてよく甘味処の依頼で手伝ってくれるとも聞いたけどさ」

「…………なぁ、あれってお前がイオにちょっかい掛けたせいだよな?」

「……(サッ)」

思わぬイオの評判が出てきたことに、魔理沙がジト眼になってアリスに言うが、彼女は冷や汗を垂らしながらも明後日の方を向くばかりで何も告げる事はなかった。

 だが、反応した者はいる。

「アリス……何やったの?アイツが怒るなんて、そうそうないのに」

呆れたようにアリスに向って霊夢がそう言うが、彼女は相変わらず冷や汗を大量に流すばかりで何も言わなかった。

 代わりに、魔理沙が口を開く。

「コイツ、イオの身内に手ぇ出してブチ切れさせたんだよ。怖かったぜ?あの時龍に変身したイオは」

「――アリス。後で夢想封印ね」

「理不尽よ!?」

即座に告げられた霊夢の言葉にアリスが猛抗議をするが、霊夢はそれをさくっとスル―して、

「で、イオの事訊いてきて結局何なの?アイツに用?」

と、相変わらず警戒したように眼を細め、小町に詰問した。

 何やら後ろで誰かが騒いでいるようだが、霊夢はそんなこと知った事ではない。

 そんな彼女に、小町もやや苦笑して、

「おいおい、そんなに警戒しないでおくれよ。私としては、映姫様がそのイオの事を仰っていたから、ちょいと気になっただけさ」

「――どういうことですか?死後の裁判官が、現世の生者に興味を持つなんて。私、今まで聞いた事がないんですが」

妖夢がやや訝しんでそう尋ねると、

 

「――なあに。そんな大したこっちゃないさ。ま、映姫様は『何処かの皇太子』だとかおっしゃっていたけどねぇ」

 

「「「「…………はぁ?」」」」

素っ頓狂な声を上げ、全員が驚愕した。

 慌てて魔理沙が声を上げ、

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!今、なんて言ったんだ!!?」

「うん?ああそっか、お前さんらは知らないんだったね。閻魔様と言うのは、往々にして役職としてあるわけだけど、其の御力の一つに……『過去を見る』と言うのがあるんだ」

 

「「「「――!!!?」」」」

 

声なく、驚愕が四人にもたらされる。

 何故ならば、その閻魔の力は『記憶を求めるイオにとって』、正しく追い求めるものであろう代物だからだった。

「……何時、アイツが皇太子とか、分かったのよ?」

やや、力ない声が、霊夢の口から洩れる。

「んー……そうだねぇ……何時だったかな。まぁ、閻魔と言うのも役職ではあるから、偶にお休みがもらえる事もあるそうでね、映姫様が一度休暇を取って、人里へ向かわれたんだよ。まぁ、大抵が誰かへのお説教になる事も多いんだけど、そこでイオと会った事があるらしくて、ね。まぁ、向こうはまさか閻魔様が来ているなんて思わないから、普通の世間話しかされてなかったようだよ?映姫様がイオの過去をこっそり覗いたのはそのときらしいねぇ」

がくり、とその言葉を聞いて霊夢が膝をつき、

「…………そ、っか……」

酷く弱弱しい声が、霊夢から再び紡がれた。

 思わぬ博麗の巫女の様子に、無縁塚に共に来ていた三人はぎょっとして彼女を見やる。

「い、いきなり何で霊夢そんなに弱ってるんだぜ!?」

「そ、そうよ!別に、イオの記憶が戻ったとしてもいい筈じゃない!?」

 

「――本当に、そう思う?」

 

「な、どういう意味だぜ!?」

彼女から力無い視線を向けられ、魔理沙は思わず怒鳴る。

「……イオが『誰も好きになるつもりはない』『誰とも結婚なんてしない』なんて言ってたの、覚えてる?あの言葉、確実にこの幻想郷に、本当に骨を埋める気がないと考えた事はある?」

「まさか!アイツ、私達人間を最期まで見る心算でいるって、前の異変の時そう言ってただろ!?」

「……その言葉は、本音でしょうね。でも――『ずっと幻想郷にいる』とは、言っていないのよ」

「……いや、だけど……そんなのただの言い方だろ?気にしないでもいいんじゃないか?」

何だか、深読みをしすぎているような気がして、魔理沙が恐る恐る霊夢にそう尋ねると、

「そう、かな……最近、イオがお節介焼いてくるのよ。お賽銭の事とか、しっかり自己管理しろとか、凄く、構ってくるのよ。まるで、『自分がいなくたって大丈夫』なようにしているとしか思えなくて」

不安そうな彼女の様子に、三人は言葉に出さずとも驚愕した。

 イオの、霊夢に対する事もそうなのだが、何よりも驚愕すべき事は、『誰にも執着しない性格』だった筈の彼女が、イオが居なくなるのではないかという不安に苛まれ、『人間らしい感情を持った年頃の少女』のように感じられたこと。

「……不安、なの?イオが居なくなりそうなのに」

驚愕の表情から、何処か穏やかで優しい表情へと移行したアリスが訊ねた。

「……わかんない」

「――大丈夫さね。人は、故郷と定めた所を離れようなんてそうそう思わない。それは、ずっと三途の川の船頭をして、死者たちと会話を交わしていた私が保障しよう」

やや、何処かの迷子のような表情を浮かべている霊夢に、小町はすっと瞑目して優しく霊夢の頭を撫でる。

 その様子はまるで、母親のようであった。

――その時。

「やぁれやれ。やーっと無縁塚っぽい所に着けたや。……っと、ありゃ?霊夢達はさておき、そこで霊夢の頭なでてるのはどちらさん?」

……メディスンを途中の太陽の畑に預けてきたイオ=カリストが、ようやくにして無縁塚に辿り着いたのであった。

 

 



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第四十四章「裁かれるは己が罪」

死者が訪れる先に集った青年と少女たち。
降り立った先に出会ったのは、その身に合わぬほどの大きな鎌を持ちし女性。
自らを死神と名乗った彼女は、イオに向かい、とある言葉を授ける。
果たして、それは――?
――そして、三途川の付近、一人、誰かが空を見上げていた。


「イ、 イオ!!?」

弱った自分を見られたと思い、羞恥心からかやや頬を赤らめた状態で小町から飛び下がった霊夢。

「??どうしたのそんな恥ずかしがって。霊夢らしくないね?」

挙動不審な彼女の様子に、当然ながらイオはその問いを発した。

「べ、別に何もないわよ!と言うか、アンタこそどうしたのよ?」

無理やり強引に、霊夢は自身に向う不審そうな表情を転換させるために話題を逸らす。

「ああ、そりゃねえ……最初、パチュリーさんの所行ったんだけどさ、この現象が『幽霊によるもの』だって教えてもらったんだよ。で、その関係で白玉楼まで行ってきてね、無縁塚行くといいって言われたもんだからさ」

霊夢達が居たら教えるつもりでいたけど……

 そう言いながら此処にいるイオ以外の人妖を見やると、

「……妖夢もいることだし、必要なかったかな?」

ぽりぽりと頬を掻きながら苦笑した。

「そうだな、ま、骨折り御苦労と言いたくなるぜ☆」

「いやな言い方するなぁもう。……で、着いたときから気になってたけど、そこの方はどちらさん?」

魔理沙のおちょくるような言い方に、苦笑の度合を深めつつも、霊夢の近くに立っていた小町の方を見やり、誰何する。

「おや、こりゃ失礼したね。私は小野塚小町――今のところ、『三途川の船頭』をやっているものさ。現時点じゃ、同僚に代わってもらっているけどねぇ」

「あ、どうもイオ=カリストです。人里で何でも屋をやってます、よしなに。で……その鎌からするに、貴女は死神なんですか?」

知的好奇心が刺激されたのか、イオの眼がやや煌きを帯びて小町に向った。

 その眼にやや苦笑しながら、

「安心しなよ。別にあの世に連れて行く心算で出てきた訳じゃないんだ。此処にいたのは単なる偶然さね」

「いや、別にそれは気にしてないですよ?殺気が放たれてませんでしたし。それより興味があるのは、この先にあの世に通じる場所があるかどうか?で、ちょっと好奇心が出ちゃって」

「いや、気にしていないって…………案外、お前さんも大概変わってるねぇ」

あっけらかんとして告げるイオに、小町の苦笑が深くなる。

「普通の人間なら、死後の事やら何やら、気になりそうなもんだけど?」

「あっはっは、まぁ、少なくとも僕に迎えが来るのはまだ先ですし。只でさえ、僕の種族が種族ですからねぇ」

自身の体の各所に顕れている龍鱗を指差しながら、イオはそんな事を云った。

 そこには自分が普人種でなくなったことなど、瑣末な問題であるかのように見える。

 そんな彼をじろじろとみた小町は、何故かうんうんと頷きながら、

「そうかい、そうかい。成程ねぇ……うん、こりゃ映姫様が気になさられるのも分かる気がするよ」

「……??誰のことですか?」

訊き覚えのない名前だったのか、イオが首をかしげて小町に問うが、彼女は静かに笑うばかりで答えない。

「丁度いいねぇ……じゃ、御嬢ちゃん達映姫様に会ってみたくはないかい?」

「はぁ?アンタさっき、生きてる人がどーのこーの言ってたじゃない」

言っている事が食い違っているのに、霊夢が代表して呆れたようにそう突っ込むが、小町はさぁて、どうだったかな?などと白けるばかりであり、

「まあ、単に気が変っただけと見ればいいさ。ま、何だったら、依頼という形で御同行願おうかねぇ」

「……ふぅん?そこまでして僕をそこに連れて行きたいみたいですね」

何処か、見透かすような眼の色に変わったイオが、小町の眼を覗きこもうとしながらそう尋ねた。

 すると、彼女は笑い、

「あっはっは、そりゃ、此処まで変わった人間が居たら知り合いに紹介したくもなるさね!まあ、嫌だってんだったら、それなりに報酬は用意するさ」

 

――例えば、『失われた記憶』、なんてどうだい?

 

ぞくり。

小町が最後に呟いた一言によって、その場に気迫が漏れ出る。

 思わず、その場にいた死神と龍人以外の四人が一斉に攻撃態勢に移りかけ、すぐにはっとなって我に返った。

 その気迫を発した当の本人は、すっと真顔になり静かに小町を見つめている。

「――その話題……僕にとっては鬼門であること、分かっていて言ってます?」

淡々としたその口調は、真顔になった事も相まってかなり迫力を周りにもたらしていた。

 だが、そんな彼に小町は変わらぬ態度で、

「ありゃりゃ、怖い怖い。そんなマジな眼で私を見つめないでくれよ。思わず胸がときめいちゃうじゃないか」

(ちょ!?今のイオを茶化すようなのは……!!?)

怖いもの知らずな彼女の態度に、魔理沙が内心で絶叫する。

 最早、誰にも会話に混ざる事が出来なくなった空気の中、イオは真顔だったその表情を呆れたようなものに変え、

「……今の僕に、そこまで言える貴女が逆に凄いですよ。普通なら、結構怖がられる事が多いんですが」

「いんや、十分怖かったさ。ただねぇ……それより怖い存在を知っているから、ね」

にやり、とまるで怖がったそぶりも見せないままに、小町は面白そうにそう返した。

 空気が元に戻りつつあることを悟ったのか、魔理沙がほっと安堵の溜息を洩らすと、

「……いきなり、臨戦態勢にならないでほしいぜ。マジで焦った」

「ああ、ごめんよ魔理沙。でも、君なら分かるでしょ?」

 

――誰だって、自分の消えた記憶が、戻れるなんてわかったら。

 

「っ……ま、まあな。つか、私だってそうする。けどなぁ……」

「?どうしたの?」

ちらり、と何所かを見やった魔理沙に、イオが首をかしげて問うが、

「いや、いいぜ……何でもない」

言葉少なにそう返し、ぐぐっと帽子を深くかぶり直す。

「……話はもういいかい?そろそろ休憩から戻らないといけないからね。ま、こっちについて来ておくれよ?」

にこやかな言葉と共に、小町は先頭に立って歩き始めた。

 思い思いに五人が其の後をついて行き、言葉を交わすことなくついて行く。

 

 しばらく、沈黙が彼らを支配した。

――と、そこで耐えきれなくなったのか、魔理沙がすぐ隣にいたアリスに小声で話しかける。

「(お、おい……結局、イオが記憶を取り戻しそうだぜ?どうする?)」

「(……どうするもこうするも、暫くは彼の好きなようにさせるしかないわ。記憶を取り戻してから、彼の行動を注意深く観察しないとね。……全く、後手に回ったわね……ま、仕方ない部分が大半だけど)」

冷徹に、冷静に、アリスは自身の考察を述べた。

 そこには普段から魔女である事を貫こうとしている、彼女ならではの矜持が見える。

 そうして魔女たちが会話を交わす中、もう一組の少女達もまた言葉を交わしていた。

「(霊夢……大丈夫?)」

「(何がよ)」

「(うん、何だか……霊夢が焦ってるように見えて)」

若干、顔が憔悴しているように感じられた妖夢が、不安そうに霊夢の顔を覗き込む。

 そんな彼女を、五月蠅そうに払いのけながら、

「(大丈夫よ。別に、何ともない)」

「(……辛かったら、言ってね?)」

「(だから、うっさいって言ってんの……大丈夫よ、うん)」

何処か、自分に言い聞かせているかのような霊夢の言葉に、妖夢はますます心配そうな表情になりながらも、大人しく下がった。

 その姿を横目で見ながら、霊夢は一人思う。

(何よ…………皆して、腫物扱うみたいな態度しちゃってさ。……私は、大丈夫なのに)

後ろで、何やら魔女たちが騒いでいるような気配も、同時に感じていた霊夢はただただ自分自身に言い聞かせた。

――大丈夫、イオはけして自分と言う存在を置き去りにしない、と。

と、そこで霊夢のすぐ前にいたイオが、

「――何か、いきなり寒気が増してきたような気がするんですけど、気のせいですか?」

と、左斜め前を歩いていた小町に向ってそう尋ねた。

 突然のその問いに、声に驚いたか何人かがびくりと体を震わせる気配を感じたが、イオはそれに構わず小町に向って、

「心なしか、目の前の空気にも何かが混じり始めているような気がしますし……どうなんです?」

「あはは、そりゃあそうさ。幽霊が沢山並ぶんだから。大方、向こうの彼岸に着くまでの乗客だろうよ」

楽しげにからからと笑いながら、小町がそう返すと、

「……へ?幽、霊……?」

何故か、妖夢から強張ったような戦いたような声が響く。

 およ?と不思議に思ったイオが彼女の方を振り返ると、どうしたのだろうか、妙に青ざめた表情になっていた。

「?どうしたの、妖夢。なんかすごく顔が蒼くなってるけど」

「い、いえ!!?何でもないよ!?」

「……ふぅん?」

挙動不審な彼女の様子に、イオは前面から漂ってくる雰囲気と今の彼女の様子を照らしあわせると、すぐに解答が頭の中に導かれる。

「――なんだ、幽霊が苦手なの?」

「(びびくぅ!)い、イエだだ大丈夫ですよ!!?」

わたわたとしていながら、それでいてまだ顔色が蒼い妖夢に、イオは苦笑して、

「いや、ホント無理しなくったって構わないんだよ?元々、僕のことなんだし」

「ほ、本当に大丈夫なんです!が、我慢すればいいだけの話なんですから!!」

必死になってイオについていこうとするその姿に、イオは呆れたように首を振ると、

「あのね……人はそう簡単にトラウマ克服なんて出来ないんだからね?」

「つーか、さ……妖夢だって半分幽霊だろ」

「…………あ」

魔理沙がイオのように呆れた表情で妖夢に告げると、彼女は今思い出したとでもいうかのようにぽん、と両手を打ち鳴らした。

「あ、じゃないだろ。全く……というか、仕事上幽霊とも関係は出来るだろ?」

魔理沙がそう言ってやれやれだぜと言わんばかりに大きく首を振る。

「うぅ……返す言葉もないです」

やや涙目になりながら、妖夢はそう返したのであった。

 

――――――

 

……そうして、和気藹々と会話を楽しんでいた頃。

 彼らが向う先にある、此岸と彼岸の境目たる『三途の河』は、何時も通りに深い霧が降り、此岸の方では船頭に渡してもらおうと、多くの幽霊が詰めかけていた。

 

『……おぉ、どうだいそっちは』

   『まぁまぁだ。とはいえ、どうも今回のはやたらと数が多いらしいな』

『ああ、俺も聞いたよそれ。何でも、俺達は今回丁度数が多くなる年に来てんだと。だもんで、妙に此処が滞ってるみたいだなぁ。まあ、人員増えたみたいだし、俺達は大丈夫だろ』

 

幽霊になったばかりの者同士で、そんな事を言い合う。

 時たま、

 

『――どけどけぇ!――様がお通りだ!』

    『下賤の者は消毒だヒャッハ―!!』

 

何処の世紀末かと思えるような性格の霊魂も存在するようだったが。

 そんな彼らを、三途の川の渡し屋たる死神達が忙しそうにより分けていた。

「――番!そっちじゃなくてこっちの船だ!ああもうそこ!聞こえなくなるから騒ぐんじゃない!」

時折、自由に振舞っている霊魂達を叱り飛ばしながら、大忙しでどんどん渡していく。

 

「――はぁ……恒例のことながら、本当に忙しいこと」

 

そのような最中、丁度此岸の方に来ていたとある女性がいた。

 艶やかな緑色の髪(正面から見ると右側が長い)に、冠を模したような金属製に見える帽子をかぶり、宝石であろうか、薄い紫色の透明な楕円形のボタンが付けられた紺色のベストから、白のブラウスらしき袖がふんわりと出ている。

 下に着ているのは、ベストの色と同じスカートであり、裾の部分がフリル状となっていて、更には飾りとして赤白のリボンが縫い付けられていた。

「とはいえ、大切なことです。白黒をはっきりさせて彼らの罪科を償わせるのが閻魔の仕事。それは、誰にも譲れません」

きっと眼を怒らせ、ぐぐ……と、握っている悔悟棒(罪状を書き込むことにより罪の重さや数によって重量が変化し、叩く数が増える棒)に、更なる握力が加えられる。

「……にしても、小町の姿が見当たりませんが?もしや……サボったのですか?」

ぞくり。

 びびくぅ!と、彼女の周りにいた霊魂が思わず身を引くほどの迫力であり、その様子に気づいた死神達さえも顔を青ざめて見て見ぬふりをした。

……どうやら、彼女は死神からも恐れられる存在であるらしい。

「全く、あの子は……他の者の身にもなっていただきたいものです。帰ってきたら説教をしないといけませんね……?」

ふふふふ……と、怖い笑い声が暫く響いた後、直ぐにそれは収まった。

「まあ、それはさておき、と……先程交代したばかりですし。また、人里へ行って説教をしてきましょうか」

静かに微笑みを浮かべたその女性は、そう言って幽霊たちが集う桟橋付近から一歩踏み出そうとした時である。

 

「――へぇ……此処が、幽霊たちを送る三途の河なんだ。果てが見えないなぁ」

 

『おだやか』『のんびり』、そんな雰囲気が感じ取れる声が響いたのは。

「あら……?あそこにいるのは?」

何処となく、聞き覚えのあるその声に、その女性は足を止めてその声が聞こえる方へと目を向けた。

 

――そして、イオと目が合う。

 

「あれ?貴女は……?」

何処となく、見覚えがあるような気がしたイオが、その女性に声をかけた。

 イオの突然の行動に、他の者――特に、小町は大いに驚き、止めようとするが、彼は構うことなく彼女に近づく。

「あのー……どっかで会いませんでした?」

どこぞのナンパのようなその台詞に、一瞬彼女は眼を丸くさせ、

「……忘れたのですか?あの時、甘味処で会いましたでしょう」

呆れたように嘆息し、彼女はイオに体を向け直すと、

「まあ、会った事のないものもいるようですし……改めて名前を言いましょうか。四季映姫・ヤマザナドゥと言います。まあ、『地獄の最高裁判長』などと幽霊たちにはあだ名されているようですが」

「……ああ!そうだそうだ。いやーお久しぶりです、映姫さん。また人里で説教されに行くんですか?」

ぽん、と手をたたきながらイオが思い出したようにそう言うと、彼女――映姫は深々と溜息をつき、

「……未だ生者たる貴方が、何故此処にいるのかは……まあ、そこの小町から聞いたのでしょう、私の持っている物に関することのような気がしますが、どうでしょう?」

「……ああなるほど。確かに映姫さんなら僕の記憶……読み取る事は出来ますよね」

告げられた言葉に一瞬考え、そして小町の方を向いてそう告げるイオ。

 すると、観念すべきと感じたのか、嘆息した後にイオに向って、

「……まぁ、映姫様がお会いになられた時、説教が足りないなどと帰って来られた後で仰っていたからね。今日何でも屋が来たのはどんぴしゃりだったわけさ」

「――おぉっとぉ。流石に説教は勘弁してもらいたいのですが」

冷や汗を流しながら、イオが若干映姫から身を引いてそう告げると、彼女はジト眼でイオを見やり、

「今更すぎるでしょうに。貴方も私の性格は十分知っているでしょう?幸い、私も丁度閻魔の仕事を交代してきたことですし……まずは一人目、行ってみましょうか」(ぎらり)

「――っ!!」(ダダッ!!)

即座に無言で彼女から逃げだしたイオだったが、

 

「――逃がしません」

 

――審判『ラストジャッジメント』――

 

「ちょまっ……アッ―――――!!?」

容赦ないスペル宣言により、呆気なく捕縛されることと相成ったのだった。

 

――合掌(ちーん)。

 

―――――――

 

「……見るからに、説教好きな奴なのね」

がみがみと映姫に怒鳴られているイオ(と何故か小町も共に)を眺めながら、霊夢がやや嫌そうに表情をしかめてそう呟いた。

「あー……なんて言うか、ずっと一緒にいたくない相手だぜ」

魔理沙の言葉に頷いたのは、先程から黙って見ているアリス。

「同感。あの様子からするに、私達が今まで冒してきた罪さえ問われそうな勢いよ?全く、イオが不用意に動いたせいで、私達にとばっちりが来たらたまらないわ」

 

「――グサグサと突き刺さるようなこと言うの、止めてもらえないですかねえ!!?」

 

流石に、普段共にふざける事もある友人からのフルボッコに耐えきれなくなったか、イオが涙目になりながら彼女たちに抗議する。

 その頭をすぱーん!と音高く悔悟棒で叩きながら、

「自業自得でしょう!そう、貴方は少し自分勝手にすぎる!!大体、浄玻璃の鏡で覗けば、貴方は誰にも相談することなく自身の本当の種族を見出し、そして相談することなく種族を変えた!それも、『限りなく不老不死に近い』種族に!幸い、私が見たところ寿命は存在する様ですが、そうでなければ貴方は永遠に不老不死になった罪を雪がなければならない所だったのですよ!!?」

「あ、あはは……その、申し訳ありません?」

スパーン!!

「疑問形で謝らない!!反省が足りなさすぎます!!」

スパパパ――ン!!

「ちょ、痛い痛いですって!!?」

悲鳴を上げるイオに、しかし閻魔は容赦することなく叩き続ける。

「あーあ、イオの奴自分から墓穴掘りに行ったぜ……馬鹿だろアイツ」

くっくっく、と笑いながら、魔理沙はニヤニヤとしてそう言った。

「もうちょっと自分の迂闊さに気づけばいいのよ。何だかんだで私もそうだし、誰かの機嫌そこねてる事もあるんだから。大体、普段察しがいい癖に、妙な所で鈍感な所は直した方がいいと本気で思うくらいよ?」

「え、えーと……」

ぷんすか、と怒りを露にしているアリスに、妖夢は弁護をしてあげたかったが、結局の所は事実な為に口ごもってしまう。

 そうして、イオは長時間説教され続けるのであった。

 

――イオ正座中――

 

「――さて、と。貴女に対する説教はこれまでとします。今後、貴方が積むべき善行は、『友人達に偽ることなく接し、助ける事』です。さすれば、死後は地獄に落ちる事はないでしょう」

「……まことに、ありがとう、ございました」

すっきり、としたような映姫とは裏腹に、長時間の正座(+映姫の説教)を食らってていたイオは当然のごとくグロッキー状態だった。

 普通であれば、真面目なものでなくとも説教と言うのは大体聞き流してしまうものが多いのだが、イオ自身が妙な所で律義な為に結果として通常よりもダメージが大きかったりする。

 しかも、彼女のもたらす説教は、全てが自分の至らないところをグサグサとつくものであるために、三倍どん!となるほどにきつかった。

 ぽふー……と、イオの口から魂が抜けかけている状態を見て、霊夢達が揃ってどん引きしている姿がよく見えているが、映姫は色々とイオに抱いていたストレスを充分に発散したのか、かなりいい笑顔である。

「ふむ、どうやら充分に反省をしたようですね。ならば、いいでしょう」

(……死ぬかと思った……)

終了宣言に等しいその言葉を聞き、ぐったりとイオは正座から上半身を前に倒す形で安堵した。

 と、そこへ小町が頭を掻きながら、

「えっと、その……映姫様?わたしゃ、イオに用意していた物があるんですけど」

「?何をです?」

小町がイオに対して依頼をしていたとは知らない映姫が、首をかしげて小町に問う。

「いやー、つい先ほどですね、私はイオにある依頼をしたんですよ。で、その依頼の報酬に『彼が失った記憶』を取り戻してやりたいと思いましてですね……」

「おや……そう言うことでしたか。貴方達が此処にいる理由は」

彼女の言葉を聞き、映姫は納得したように頷きながら小町に向けていた視線をイオも含む霊夢達に向けた。

 ふん、とそこで今まで黙っていた霊夢が初めて口を開き、

「まあ、私の要件としてはそれだけじゃないけれどね。今朝初めて起きた時は吃驚したわよホント。いきなりいろんな花が咲き誇ってたんだから。お陰で疑わなくてもいい奴を疑っちゃったし」

 まあそれは結果的にそうじゃなかったから良いけど、と霊夢は続けて、

「此処にいる妖夢から今回の事がどういうのかは聞いたから、一応博麗の巫女としては異変として考えられるかもしれないって思ったものだからね、幽霊が滞ってないか見に来たのよ」

彼女がとったスタンスに、映姫は一旦考えるように眼を閉じてから、

「……小町、貴女、今更ですが……サボって此処にいるわけでは、けしてありませんね?」

霊夢の言葉になんら反応を示すことなく、ぎろり、と小町をねめつける。

「うぇ!!?さ、サボってなんかいませんよ!?ちゃんと同僚の者と交代したばかりです!!」

「ほう……その言葉、真実ならば別に誰かほかの死神にでも訊いても大丈夫なわけですね?いいでしょう、まあ貴女は大体こういう死者たちが大量に流入してくる事態においてはしっかりしているようですし、不問とします」

「あ、あはは、ありがとうございます」

「――しかし」

再び、ぎろりと映姫が小町を睨みつけた。

「ひぃ!?な、何でしょうか!!?」

「……本来であれば、生者は元より死者に対して過去が覗ける事を明かすのは、正直に言ってあまり好ましくない。反省するように」

「は、はい!猛省いたしますぅ!!」

頭を地面に擦りつけるようにして、小町は深々と謝る。

 その様子を満足そうに眺め、一つ頷いてから、

「さて、小町が貴女に対する報酬と言うことで、貴方の記憶を知りたいのだということでしたが……」

ザッと未だイオがぐったりしている所に近づき、

 

「貴方は、本当に記憶を取り戻したいと……願っているのですか?」

 

鋭いまなざしで以て問いかけた。

「……」

その言葉に、音もなくイオは立ち上がると、

「そんなの、当然のことだと思いますが?何せ、記憶がない所為でこちらはずっと、自分が自分であると確信できなかったんですから」

やや、剣呑な眼つきとなって先程のおっとりした様子からかけ離れた雰囲気で言い返す。

 その様子は、常ならばのんびりとマイペースな彼から想像も出来ないほどに、焦っているようであった。

 映姫はその様子に深々と溜息をつくと、

「……何をそんなに焦っているのです。それほどまでに自分の記憶が欲しいのですか?」

「ええ」

「――それが」

 

――元の世界の義理の家族との別れのきっかけになった事も分かっていて?

 

「――――っ!」

映姫の言葉に、イオは思わず動揺する。

「ねえ、それどういう意味よ?」

霊夢がやや目を吊り上げ、映姫に向って問いを発した。

 その眼に浮かぶ感情には、納得がいかないと言わんばかりの迫力がある。

 映姫はその様子をちらり、と流し眼で見ると、

「……言葉の通りです。イオはかつて、アルティメシアと言う世界にいた頃、望めば自身を恋い慕う少女の思いに応える事も、友と共に国を守り、安定した仕事に就く事も出来た筈なのです。それは、今まで貴女方が眼にしたであろう、イオの仕事に対する態度からしても、分かる事でしょう」

「っ!霊夢達には言わないで下さい!」

映姫が言わんとする事に気づいたのか、血相を変えてイオが止めようとした。

 しかし、彼女は冷たくイオを睨みつけ、

「遅かれ早かれ、知られていた事です。それは、貴方の友人であるラルロスと言いましたか……彼が、彼女たちに教えていたかも知れない」

「く……だからと言って!」

 

「――黙りなさい。家族である少女の追いすがる手さえ払いのけた、大馬鹿者が」

 

「ぐ……!!?」

よりにもよって、イオが旅に出てから一番に気にしている事を言われ、思わず逆切れしそうになるが、寸での所で何とか抑え込む。

「な、なあ、それ……イオが、納得できるような説明をしないで、旅に出たということなのか?」

「……ふむ、結果としてはそうなるでしょう。彼にしてみれば、十分に説明はしていました。ただ、家族である少女にとっては納得できない事であったということです。――それもそうでしょう、十三歳頃からといえど、それなりに長く触れ合ったのです。そして、時間と言うものは、かかればかかるほど他人に容易く情を抱かせるもの。いくら憎まれ口を叩き合っていたとしても、家族は家族としてあったのですから」

そう、だからこそ……と、映姫は眼を閉じながらつぶやき、

「先ほども言いましたが……貴方は少し、自分勝手にすぎる。今ある自分の友人や家族以上にかけがえないものはないというのに、無くなった記憶の事を、貴方は愚直なまでに求め続けた。無論、貴方が大けがをした状態で今の家族の元に運び込まれていた事は知っています。今後の為にも、知りたいという思いもかなりあるでしょう。ですが……その道は、イバラの道です。下手をすれば――友と家族と、切り結ぶこともあるかもしれない」

最後に告げられたその言葉に、泰然自若としている霊夢以外の四人はぎょっとなり、イオは息せき切って映姫に詰め寄った。

「……もしかしなくても、映姫さん。貴女は……僕の過去を、知っているんですね……!!?」

「――ええ。ですが……私は、『今の』貴方には教えたくありません」

「…………え……?」

拒絶の言葉を告げられ、イオは愕然として立ちつくす。

 そんな彼に構うことなく、映姫は淡々として、

「龍人となりはしたものの……人としての幸せを求めることなく、ただただ己が目的だけに執着する姿は、余りにも周りを顧みなさすぎます。貴方がそれを手に入れたと思う頃まで、私は沈黙を貫きましょう。――小町、交代して来たばかりといったはずね。だったら私の供について来なさい」

そう告げて、彼女は小町に向ってそう言い放つと、そのまま連れだって歩き出そうとした。

 

――その時。

 

「――待って、ください」

ぴたり、と彼女たちはその声に足を止める。

「……はぁ。まだ何か?色々とこの後は結構忙しい身なのですが」

「まぁまぁ、映姫様。多分、彼は言いたい事があって呼びとめただけでしょう」

やや不機嫌そうな表情の映姫に、小町がそう言ってなだめていた。

 その様子を、やや茫然とした状態のままイオは視界に納めながらも、

「……どうして、僕が幸せを求めていないと……?」

 

「――それは、『貴方が一番分かっている事』ではありませんか?」

 

「……!!」

問いに返されたその言葉に、イオはぐっと奥歯を噛み締め拳を力いっぱいに握りしめる。

 その様子を見て、映姫は一瞬痛ましそうに表情を歪めたものの、すぐに元に戻って歩き始めた。

 イオの横を通り、霊夢達の間をすり抜け、地獄の裁判長と三途の河の渡し守の二人は人里へと歩いて行く。

 その姿を見送る事もせず、イオはただ、前を向いたまま顔を俯けるだけであった――。

 

 




というわけで、皆様方が気にされていたであろうイオの記憶。
色々と伏線あるいはフラグとも言いますが、後々に向かってそれは明かされていくことと相成ります。
とはいえ、彼がその記憶を手にするときは、誰かが傍に立っているかもしれませんね……ふむ、はてさて、誰になることやら?
シリアス続きでしたが、ご読了ありがとうございました。


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閑章「集い騒ぐは花見の席」

イオの記憶を巡る騒動は収着し、何時も通りの宴会が始まる。
騒がしい宴の最中、イオは何を思うのか――。


 

……あれから少しして。

 丁度、昼を少し過ぎたくらいには時間が経過していることに気づき、霊夢から、

『――イオ。取り敢えず花見の宴会やっちゃいましょ?去年のは色んな意味でバタバタしてて、落ちついてやれなかったし』

と言われたため、イオ、そして今回の出来事に加わったものを始めとして、宴会をやる事が決められた。

 すぐさま、射命丸によって多くの人妖達に知らせが行き届き、風見幽香を始めとして、メディスン・メランコリーやチルノ等、多くの人妖が博麗神社に集められたのである。

 当然のことながら、料理やら肴などは妖夢を始めとして鈴仙や咲夜等の従者たちに、イオを加えた料理人衆によって、大いに振舞われていた。

 とはいえ、

「……」(ジュー、ジュー)

厨房において、無言で作り続けているイオの姿に恐怖を覚え、誰もがどん引きしている、なんてこともあったが。

 

「――さて、と。みんな、今日の宴会は、やたらめったらに咲き始めた花達を眺める事を目的にしているわ。所謂、お花見よ。……まあ、細かい事は放り投げるとして、行きましょうか――乾杯!!」

 

「「「「かんぱーい!!!」」」」

 

霊夢による音頭から宴会が始まり、大いに騒ぎながら、飲み明かす人妖の面々。

 そんな中で、イオは彼女たちから離れて、一人神社の欄干に腰かけながら飲み明かしていた。

「――やぁ。久しぶりと言えばいいかな?」

「……霖之助、さん……」

恐らくは、この幻想郷内において数少ないであろう男の知人に、イオはややぼんやりとしてそう返す。

 普段のイオからして、もう少し隙がないようなものだが、未だに映姫に言われた事が堪えているのだろうか……殆ど無意識の状態で、酒を口元に運ぶばかりであった。

 いつにない沈んだ彼の様子に霖之助は少しの間迷うと、欄干に寄りかかり、

「……どうしたんだい?おっとりしている君らしくなくない」

「……あ、あはは。ちょいとですね、記憶を知る事が出来そうなとこまで行きつけたのに、今の自分が駄目だからという理由で……教えてもらえなかったんですよ」

ようやく霖之助の言葉に反応し、苦笑めいたものを浮かべたが……それは笑顔には程遠く、無理やり顔を歪めさせているようにしか、霖之助は思えない。

「ふぅん……そうか」

だが、彼は何かしらを言うつもりはないようで、手に持っていた杯を傾けるばかりだった。

「……何も訊かないんですね」

「まぁね……僕が出来る事は、単に誰かの悩みを聞いてあげるだけさ。知っているかい?悩みと言うのは……話している当人が、解決策を持っているものなんだ。確かに、誰かがアドバイスをしてくれる事もあるかもしれないし、一緒になって悩んでくれる事もあるかもしれない」

 

――でも、答えを出すのはいつだって自分だよ?

 

「……」

遥か年上の身であるが故の、的確なアドバイスにイオは黙りこんだまま。

 少し時間がたってから、杯をくるりと手で回しイオはふっと空を見上げた。

「……うん、何かすっきりしました。有難うございます、霖之助さん……多分、何とかやっていけると思います」

「そりゃあ良かった。僕が此処に来た甲斐があったというものだよ」

(……ま、此処にいるのは頼まれてたしね)

霖之助がそう言いながら、とある方向をちらりと見やる。

 その視線の先には……射命丸を始めとして、イオがよく関わる人妖の少女たちがいた。

 霖之助の視線に気づいた一人、射命丸がホッとしたように安堵するのを見ながら、イオに話しかける。

「……さて、と。イオ、どうせだったら他の皆とも一緒に飲んだらどうだい?見た限り、今君は料理を作っていないようだしね。一人で飲むよりは、凄く健全だと思うよ?」

すっと欄干から離れつつ、そう告げた霖之助に、イオは一瞬目を丸くしてから、

「……それもそうですねぇ。文の所にでも行きますか」

ようやく取り戻した笑顔を、満面に浮かべたのであった。

 

―――――――

 

「……」

むすっとした表情で、射命丸はイオを見つめていた。

「…………えーと、文?」

何故彼女がそんな表情になっているのか分からず、首を傾げながら声をかけると、

「……霊夢達から、聞いたわよ。イオ、貴方……私に黙ってたこと、あるわよね?」

ジト眼になって見つめてくる鴉天狗の少女に、イオは思い当たる節があり過ぎて思わずあちこちに視線を彷徨わせる。

 ダラダラと脂汗を流し始めた彼に、射命丸はなおもジト眼で見つめながら、

「今回の異変めいた出来事はまあ、私も知っていたから良いとしても……貴方の記憶の事、私は知らなかったのだけど?」

ましてや、この幻想郷の閻魔様に訊くなんてね。

「――済みませんでした!!」

明らかに今日の出来事全てを知っていると思しきその態度に、イオは速攻で土下座に移行した。

 ぐり、とその頭に射命丸の脚がのっかり、

「すみませんですんだら、私の気持ちはどうなるのかしらー?というか、いい加減こっちの気持ちも考えてくれると嬉しいんだけどー?」

何時にないサディスティックな表情を浮かべた彼女に、イオは顔が見えないながらもぞくり、と背筋を震わせ、

「……面目もございません」

と平謝り。

 ちなみに彼らの姿を見ている他の人妖はと言うと、あまりの光景にどん引きしていた。

 そんな彼女たちの様子に頓着せず、射命丸はなおもイオの頭をぐりぐりと足でやりながら、

「謝るだけなの?ねぇ、何らかの誠意があってもいいじゃない?」

ハイペースで飲み続けたために、酔いで頬が紅くなった状態で尚もイオを弄る。

 何やら雲行きがおかしくなって来たような気がするが、イオは自分が悪いと分かっているために黙って頭を下げ続けるしかなかった。

「な、なぁ、流石にそこでやめておいたらどうだ?イオだって悪気があってやったわけじゃないんだからよ」

魔理沙が恐る恐るそう声をかけたが、射命丸はギンッ!と彼女を睨みつけると、

「大体、私の知らない所で無茶ばかりしているイオが悪いんです!そう思いませんか!?」

「お、おお……(すまんイオ。私には止められそうにもないぜ)」

思った以上の彼女の迫力に、魔理沙は内心イオに謝りながらも止めざるを得ない。

 

――その時だった。

 

「……文。足をどけてもらってもいいかな?」

とても申し訳なさそうな声で、イオが射命丸の足の下から話しかける。

 一瞬、その言葉に逆らってずっと足を置いたままにしようと思いかけたが、イオの様子がどうやら変化しているように感じられ、素直に足をどけた。

 すぐさま立ち上がったイオは、直前の声の調子と同じように申し訳なさそうな表情になっていて、

「……ごめんね、文。色々と暴走しちゃっててさ」

「…………分かっているわよ。貴方がどれだけ、本当の自分が何なのかって事に執着しているのかなんて」

私達に黙って、本当の種族を見つけて変わっちゃうくらいだもんね。

 酔いで頬が赤い状態のまま、先程とは打って変わって寂しそうな表情を見せる彼女に、イオはうん、と頷くと、

「今日……幻想郷の閻魔様である、四季映姫・ヤマザナドゥと言う人に会ってきたんだ。そこでその人に言われちゃったよ。――『自分の幸せを求める事もしないで、目的に執着する姿は周りを顧みなさすぎる』ってさ」

穏やかな口調になってきた事を悟った他の人妖達が、少しばかり離れて思い思いに騒いでいる姿を見ながら、イオはそう告げる。

 その姿に、射命丸はやや顔を俯けると、

「……私は、そうは思わない。イオはちゃんと、周りを気にかけてる。でなきゃ、この間のように龍に変化した時も、スペルカードルールをちゃんと守っていられないわ。私だって激情に駆られている時、周りの事を気にしていられる自信はないしね」

「どうかな……周りの人の気持ちもちゃんと量れていないし、それの所為で、家族と喧嘩別れになっちゃったから」

映姫さんに、その事でも怒られちゃったんだよね。

 あはは……と力なく笑う彼は、やはりというべきか、後悔が見え隠れしていた。

 流石に霖之助と話してからすぐには気持ちが戻るわけではないようで、射命丸が見る限りではどうやら空元気で話しているように見える。

 その様子を見ながら、イオに座るように勧めつつ射命丸は口を開いた。

「――仕方がないと思うわ。貴方がそれだけ本気だってこと、分かっていなかったんだと思う」

「……多分、そうなんだろうね。でも、それでも、僕はもっと話し合うべきだったって思ってる。正直、さ……それだけが心残りなんだよね。――マリアと、仲直りしたい、なぁ……」

はぁ~……と、イオが辛気臭いため息をついていると、

「イオ~!」

ととと、と駆け足で誰かが近づいてくる。

 ん?と不思議に思ったイオが俯けていた頭を挙げた直後だった。

 

――ドスッ!

 

「ごふっ……!!?」

何かがものすごい勢いでイオの脇腹に突き刺さり、思わずイオはむせかえる。

 けほけほとせき込む彼に、慌てて射命丸が、

「だ、大丈夫?」

「あ、うん。ちょっと衝撃が強かっただけだから。……えーと…………あれ?ルーミア?それに……メディスンまで?」

金髪コンビとも言える付喪神の人形の少女と宵闇の少女が、二人してイオの脇腹に抱きついているこの状況にイオは困惑して声をかけた。

 その声に反応し、二人が脇腹付近につけていた顔を上げ、そして何故かジト眼でイオをじっと見つめてくる。

「……どうしたんだよ、いきなり。何があったの?」

困惑したままのイオが、そう二人に尋ねると、

「……イオ、私達を構ってくれてない」

「(コクコク)」

むすっとした表情でそうのたまったルーミアに、同意するようにして頷いているメディスン。

 何と言えばいいのか、どうやら彼女たちはある意味兄であるイオが誰かに取られている(ルーミア・メディスン視点)と思いこんでいるようだった。

 だが、イオの受難はこれだけに留まらない。

「…………ねぇ、増えてない?」

射命丸が今更ながらに、イオの周囲に集う幼女、もしくは少女の数が増えたことに言及してきた。見れば、若干ながらこめかみ部分が引き攣っているようである。

 笑顔でありながら妙な迫力を醸し出して来ている彼女に、イオは慌てて、

「文?勘違いしてるみたいだけど、僕は単に保護しているだけだよ?というか、普通この位の年頃の女の子が、外でふらついている姿見たら誰だってそう思うって」

と弁解した。

 だが、そんな事は射命丸にとっても百も承知している部分である。

「で?それがどうかしたというのかしら。あのね……貴方こそ勘違いしているようだけど、私はそんな事が言いたいんじゃないわ。――また、女の子を増やしてるってことなのよ?」

「それ僕の責任じゃないじゃんか!!?」

未だに腰部に二人をくっつけたままの状態で、イオは焦りまくった。

 射命丸が一体何を言いたいのかさっぱり分からず、どんどん目の前にいる彼女が不穏な雰囲気へと変わっていく姿に脂汗を流しながら、

「大体、この幻想郷に住んでいる妖怪の殆どが女性ばかりじゃないか!そうしたら当然関わる人も女性ばかりになるのは明らかだよね!!?」

と必死になって弁明する。

 傍からして『浮気を見つかった夫』にしか見えないイオに、辺りからニヤニヤと面白がるかのような空気が漂い始めた。

 射命丸はそれに気づいているのかいないのか、判断しづらい笑顔(但し井桁マーク付き)を浮かべながら、

「あら、だったらもう少し人里で男衆と関わっていけばいいじゃない。最近の貴方を見るに、大抵女の子と関わっている事が殆どよね?」

じりじりとイオに詰め寄っていきながら、少しずつイオの頬に向って手を伸ばしてくる。

 恐怖しか誘わないその迫力に、腰部にひっついている二人はすでに涙目で震えているし、イオも内心泣きたいくらいだった。

 そんなイオに、射命丸はいきなり表情をむすっとしたものに変えると、

「――馬鹿」

小さく彼を罵り。

 明らかに気分を害したと感じられる乱暴な歩き方で立ち去っていった。

「え、ちょ、文……?」

いきなりの豹変に、イオは何が何やらといったように混乱していると、

「何やってんだイオ。そこは追いかけてやるところだろ?」

頭に両手をやりながら、魔理沙がニヤニヤと楽しそうに笑いながらそう告げる。

「は?どういう意味だよそれ」

「……はぁ~あ、どうも本気で言ってるみたいだぜ皆。――どう思う?」

 

「「「「「有罪」」」」」

 

首をかしげたイオの言葉に魔理沙が首を振って人妖達に尋ねたところ、返ってきたのはただの宣告だった。

「ちょ!?何をいきなり!?」

次から次へと突発的に起こる出来事に、イオは混乱しながらも無意識に身構えたが、

「あら、女の子の気持ちを量る事は大事なことよ?」

「!!?」

八雲紫がスキマを用いて上半身だけを覗かせながら、突然イオのすぐ傍にまで現れてそう告げたために、思わずびくり、と体が震える。

「び、びっくりした……脅かさないで下さいよ、紫さん」

胸を押さえながら、イオがやや息をついて紫に抗議した。

「それは今言うことじゃないでしょう?全く、妙な所で頓珍漢なんだから」

呆れたような彼女の言葉に、イオは何故か寒気を感じ、

「い、いや、あの。何で僕罵られてるんです?」

「…………はぁ」

良く分かっていない様子のイオに、しかし紫は何処となく彼が怯えているような気がして、思わずため息をつく。

(もう……今までもそうだったけど、イオ、本当に誰かから好かれる事を恐れているのね。もう少し……前を向いてほしいわ)

「わぷっ!!?」

突如として紫がイオを抱きしめたことにより、思わず驚愕の声を上げたイオ。

 そんな彼に構わず、撫で撫でと何故か頭を撫でてくる紫。見れば、彼女もいい具合に酔っ払っているのか、妙に頬が赤く酒臭い状態であった。

「あー!!?」

思わぬ出来事に、腰部にひっついたままだったルーミアから、抗議の声が上がる。

 焦った様子でイオを引張りながら、

「イ、イオから離れてよー!!?」

「ぐえっ!?ちょ、ルーミアも紫さんも、首!首極まってる!!?」

意外に強かった彼女の膂力と、何故か母性溢れる笑顔を浮かべた紫の膂力が拮抗しあい、間にいるイオは当然のことながら、悲鳴を上げた。

 図らずもイオを取り合う女性達の図になってしまった訳で……そうなれば、至極当然のことながら、怒る人物もいるわけである。

 

――突風『猿田彦の先導』――

 

突如として、横方向に渦巻く突風が発生し、思いきりイオだけをカチ上げた。

「ちょ!?ま、ギャーーーーー!!?」

本当に突然の出来事だったために、呆気なくイオは吹き飛ばされて博麗神社の本殿を遥かに超えて、山中にまで吹っ飛んで行く。

「……ふんだ」

完全に不機嫌そうな表情になった、先程放たれたばかりのスペルカードの主たる射命丸が、すねたようにそう呟いたのであった。

……ちなみに、ルーミアと紫はと言うと。

 ちゃっかり紫がイオの腰にくっついていたルーミアを回収することで、射命丸のスペルカードから逃れていた事は余談と言うものであろう。

 

 




ちょいと短いですが、これにて東方花映塚は終了と相成ります。
次話からは、少しばかり日常へと華を咲かせることでありましょう。

……というより、こっから先の展開を思いついていないなんて言えない(おぃ


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第四十五章「春来りては歩む幻想の郷」

さてさて、異変でなき異変とわかり、四季折々の花々が咲き誇る中。
この幻想郷に来てからずっと働きづめだったイオは、とある人物の勧めによって少しの間休暇を取ることを決めたのだが……。


 

「――はぁーあ……昨日は酷い目にあった」

酒飲み交わし、ちょっとした暴走もあった花見から一夜明け、イオはやや疲れたような表情で溜息をついていた。

 まあ、この世界に来て種族が変わった所為か、それなりに頑丈になった身体であっても、あんなふうに飛ばされてしまえば衝撃で思わず噎せ返るほどには酷かったということである。

……それでも、ほんの擦り傷程度に収まっているのは、ある意味凄いとも言えたが。

「……というか、女の子の気持ちを量れって言われても……」

昨日の騒動の原因?である、『イオの女性に対する態度』。

 そもそも、イオは男女の精神の違いを、よく分かっていなかった。

 故に、かつて学院に通っていた頃であっても、友人である女性の一人が何か言いたそうにこちらを見ていたとしても、首を傾げるばかりだったのである。

 その時の女性は、自身のオシャレを見てもらい、感想を聞かせてもらおうと思ってそうしていたのだが、生憎と此処にいるのは朴念仁たるイオ。

 むしろ、イオはそうした外見上の変化よりも、内面の方(恋愛は除く)を重視するタイプであった為に、結果として気づいていなかった。

 この辺り、どうにもイオの精神年齢が低い状態である事も、原因に挙げられそうである。

 そうした理由もあり、

「……ま、いっか」

結局イオは普通に接していればいっかと考え、思考を放棄するのであった。

 

――それがのちに、大いなる災いを招き寄せることとなるとは知らずに。

 

―――――――

 

 さて、イオのそんなぼやきはさておき。

 昨日の喧騒から一夜明けた今日ではあるが、珍しくイオは普段は休まずにいる何でも屋の家業を、三泊四日という形で休みを取っていた。

 それと言うのも、寺子屋の教師である上白沢慧音に、『働き過ぎではないのか?』という言葉を告げられたからである。

『……去年もそうだったが、大体殆どの日時を依頼で埋めているだろう?体力的にはかなりきついんじゃないのか?』

『ああ、それでしたら僕のサーヴァント(ゴーレムたちの事)がいますし、僕自身もちゃんと休んでいますよ?』

何時も通りに寺子屋の依頼である『教師役』を任されていた後の時間で、イオは慧音と話し合っていた。

『うむ……その点では別に心配はしていないのだが、な。毎日のようにあちこちで依頼を達成している姿を見て、人里の皆が心配していたんだよ。「龍人様がお休みになられている姿を見ていない」……とね。それに、長老衆の中でも、君の事を気にかけている者がいる。下手をすれば過労で倒れるんじゃないかともね』

『…………全く、騒ぎ過ぎですよ皆さん』

『ははは、まあそう言ってやるな。何時もしっかりしている方の君を、見守ってくれているんだ。そんな事を言っていたら罰が当たるぞ?』

あからさまに「僕は大丈夫なのに」と言わんばかりのイオに、慧音は軽やかに笑いつつ悪戯っぽくそう言う。

 その言葉に、イオは考えるようなそぶりを見せると、

『…………そう、ですねぇ……僕も、偶には休みを取りましょうか。ルーミアや文と一緒にピクニックに行くのも楽しそうですしねぇ』

そうと決まれば文に連絡しないと……妖怪の山にでも行ってみるかな?

 そう呟いているイオに、若干苦笑いを浮かべた慧音であったが、

『うむ、まあ大丈夫だろうとは思うが……くれぐれも天狗をあまり刺激しないようにしておくんだぞ?何せ、彼らはかなりプライドが高い妖怪だ』

『あはは、大丈夫ですよ慧音先生。早々、僕の方から刺激するような事はしないですし。――まぁ、邪魔するとなったらぶっ飛ばせばいいだけの話だし(ぼそり)』

『――ん?何か言ったかイオ』

『いえいえ~ピクニックが楽しみだなぁといっただけですよ~♪』

慧音の不審そうな表情にイオはそう言って笑ったのであった。

 

―――――――

 

――話は冒頭に戻る。

 ある意味、昨日の文に対する詫びと思って今日のピクニックを計画しているイオは、台所にてどんな料理を持っていこうかと思案していると、

「……」

ひょこっと台所の入口の暖簾下から顔をのぞかせたルーミアと、何故か鈴蘭畑に居る筈のメディスン=メランコリーが揃ってこちらを見つめていることに気づき、やや苦笑を浮かべた。

「どうしたんだよ二人して。何かあったの?」

メディスンが此処にいる事に対する質問はせず、イオが穏やかな表情でそう尋ねると、

「ううん、何か珍しいなぁと思ってたの。――イオが休みを取ったの」

「あはは、まぁこの世界に来てから殆ど休みを取らずに働いてたからね。ま、お陰でお金も貯められたし、食事にも不安は出なくなったから偶にはいいかなと思ったんだよ」

行楽用の重箱を取り出しつつ、イオは彼女たちに向ってそう言うと、

「だけど……メディスンが此処に来るとは思わなかったなあ。大丈夫なの?今日のピクニックについてくるの」

と、何故此処にメディスンがいるのかに対する、疑問を呈する。

 その言葉に、彼女は大丈夫、と首を振ると、

「スーさん達と一緒にいられなくても、ある程度は存在が確立されているから。それに、スーさん達からも『楽しんでおいで』と言われているしね」

「なら、いいんだけどねぇ……」

ふむ、と呟きながらイオは再び思考の海に埋没した。

 そんな彼の姿を見ながら、ルーミアとメディスンは楽しそうに会話をしている。

「ねぇねぇ、イオの料理、どんなのが出てくるかな?」

「そうだねぇ……うん、ふんわり甘い卵焼きとか、タコさんウィンナーとか、俵おにぎりとか…………とにかく、美味しいのがいっぱい出てくると思うよ♪」

「……(ジュルリ)」

ウキウキと楽しそうなルーミアに、料理の内容を想像しているのか、涎を垂らしかけているメディスンだった。

 浮かれまくっているルーミア達に苦笑しながらも、イオはようやくにして料理に着手した。

 暫くの間は、包丁の音が途絶えることなく、近くの民家にまで響いているであろう……。

 

――そして、数時間後。

 イオは彼女たちと共に、人里の門前に立っていた。

 今日は行楽日和ともいうべきか、澄んだ青空が遠くにまで広がっていて、春の暖かな日差しが、穏やかに降り注いでいるのを感じられる。

「良く晴れたなぁ、今日は」

「ああ、お陰で門番してると眠くなるがな」

にやり、と笑いながらイオの言葉にそう返したのは、この幻想郷に来て以来、数少ない男の友人たる優吾だった。

 普段は、道場で顔を合わせる事が殆どな彼であったが、こうしてイオが外に出ようとすると、何故か大抵彼が立って門番をしている事が多い。

 その為、そうした時間によく会話を交わす事も当然ながら多かったのである。

「その荷物からするに……お前さん、今日は行楽にでも出るつもりか?」

優吾がそう、イオが左手に持っている大きめの風呂敷包みを指差しながらそう尋ねると、彼は頷き、

「そうだよ。慧音先生から働きすぎだって怒られちゃってさ。偶には休みをしっかりとれ、ってね。そう言う訳だから、今日からちょっとの間、何でも屋を休業中だよ」

まぁ、流石に誰かに助けを求められたら、動くかもしれないけどね。

 そんな事を云うと、動きやすいように作られた片袴の上に着た羽織を引っ張る気配を感じた。

 およ?と思い、後ろを振り返ると、どうやら早く行楽を楽しみたいのか、むくれた様子の二人がそこにいる。

「あはは、ごめんよ二人とも。……ま、そう言う訳だからさ、道場もお休みなんだ。みんなにも伝えておいてくれる?」

「ああ、お安い御用だ。その二人もいるし、お前自身も強いからな……何もないとは思うが、気を付けて楽しんで来い」

「うん、ありがとね。……お待たせ、二人とも。行こっか」

イオは優吾にそう返し、二人に向って声をかけると、トンッと軽やかな音と共に空へ駆けあがっていった。

 其の後を、金髪コンビの人妖が追いかけていく姿を見ながら、優吾はふと振り返る。

 するとそこには、普段であれば寺子屋で授業をしているであろう筈の、慧音が立っていた。

「おや珍しい。慧音先生が此処に来るとは。今日は寺子屋がお休みですかい?」

「そうだな……今日は休みにしてある。正直、イオが休まずに依頼を遂行しようとしていたら説教を噛ましていた所だったが。まぁ、大丈夫なようだな……あの姿からするに」

「ああ、成程。そう言うことで……あはは、アイツも信用されていないですねぇ」

短いつきあいながら、優吾はそれなりにイオの性格を知っているために、笑ってしまう。

 まぁ、人里の人々の依頼を叶えようとして東奔西走している姿を見ているからこそ、慧音も悪戯っぽく笑って言えるのだろうと彼は思い、

「まぁ、アイツも最初の頃はどこかしら焦っていたような気配がしてましたし。其れがどうしたことか、何でも屋を休業してお休みを取るなんて余裕も持つようになれた」

何かしらの出来事があったんでしょうかね?

 そう、優吾がやや門に体を預けるようにしながら、慧音に向ってそう尋ねると、

「ああ、博麗の巫女が昨日から続いているこの現象を利用して、花見の宴会を開いたんだがな。そのちょっと前に、イオがこの幻想郷を担当されている閻魔殿と出会ったようでね……まぁ、詳しい事は聞けなかったんだが」

「へぇ……あの閻魔様が」

幼い頃から幻想郷に住んでいる故に、閻魔の事を知っている優吾は、そう呟いてあの閻魔の姿を思い返し、

「……子供のころから住んでますが……ちょうど子供の時分に、人里の中でいきなり閻魔様に会ったのは本当に吃驚しましたよ。思わず怖くなって泣いちまった事は鮮明に覚えてまさあ。――そんな自分を見ておろおろと困惑されている閻魔様も、ね」

あの心優しくも厳しい閻魔の言葉……どれだけ、あの若き龍人の何でも屋には突き刺さったことだろう。

 今だ絢爛豪華な姿を見せ続ける眼前の花達を眺めながら、優吾がそう思っていると、

「ふむ……そうだったのか。だとすると……恐らくあのことだろうかな」

「おんや?慧音先生はイオがあの閻魔様にあった理由を御存じで?」

「まぁ、推測程度だがな。とはいえ……ふむ」

少しばかり考えるような表情になった慧音は、ふと、優吾が心配そうにのぞきこんでいることに気付いて苦笑すると、

「ああ大丈夫だ、優吾。そんな大したことではないよ。ま、ちょっと考えが頭に浮かんだだけだ。……それじゃ、門番頑張っておくれ」

「ええ……言葉のとおりにしまさあ」

ニッと笑い、優吾は慧音を見送ると、青空を見上げ、

「……ちょいと、気になるな」

そう言ってやや不安そうな表情を浮かべたのであった。

 

―――――――

 

「――よっと」「――それっ」「――っと」

三者三様に掛け声を出しながら着地をする。

 草原が広がり、四季折々の花々が広がる中、イオは眼前にそびえ立つ壮大な山を見上げた。

「……此処が、『妖怪の山』、かぁ……」

「おっきい……」

「ふわぁ……」

思わず感嘆の言葉を呟いてしまえるほどに、雄大で豊かな自然が溢れ返っているその山。

 幻想郷の中においては『太陽の畑』・『無縁塚』に続く危険な場所として知られる(紅魔館は別の意味で危険だが)妖怪の山は、天狗をヒエラルキーの頂点として、数多くの妖怪・そして神々が住んでいる事でも有名だった。

 神としては、人里においては秋の双子の女神が人里に来て己が権能を行使している様子を、イオは去年の秋の時に目撃している事もあり、少しばかりの接点を持っていると言えよう。

 何よりも、この山には友人である射命丸文が住む場所でもあるわけで、親近感を感じていた。

「……よし、じゃあ文を探しに行こうか」

「「おー!!」」

こうして、三人の人妖達が、天狗住まう山へと足を踏み入れていくのであった。

 

――のだが。

 

「――止まれ!!そこの三人組!!」

制止の呼びかけと共に、幾つもの風が今まさに入ろうとしているイオ達をとどめた。

「……およ?」

明らかに警戒している様子のその声に、イオは驚きながらも一応その声に従う。

 彼が立ち止まると同時にルーミア達も立ち止まったその時だった。

「…………見かけぬ者たちだが……この妖怪の山に何用だ。此処が、天狗の縄張りと知っての行動か!?」

明らかに生真面目と見えるきっちりとした天狗。……のような、背中に翼を生やした犬耳少女?に言われ、

「……え、と……友達に会いに来たんだけど、駄目だったかな?」

取り敢えず、イオが代表してそう尋ねると、

「……その友人の名は」

「うん?射命丸文っていう子だけど、知ってる?」

「…………貴方は、もしかして……『人里の龍人』か?」

イオが返した友人の名に、一瞬その眼の前にいる少女が目を細めてから丸くなるに徐々に変化しながら、恐る恐るといったようにイオに訊ねる。

「うん、まぁそう言われちゃいるね。なんせ、こんな体だし」

何やらいつの間にか二つ名らしき物が新しくついていることに苦笑しながらも、イオは袖を捲り上げて、そこかしこにある蒼き龍鱗を示して見せた。

「……どうやら、御本人のようですね。申し訳ない、これも任務の一環な物ですから」

生真面目そうにキリッとしたその少女は、そう告げると構えていた盾や剣(不釣り合いなほどに大きな物だった)を、背中の方に括りつけ、そっと一礼して見せる。

「ふうん?僕の事、一応、天狗の皆さんには知れ渡ってるみたいですね?」

何処となく、故郷の友の一人である近衛騎士になっている女性を思い出しながら、イオは取り敢えず、といったようにそう尋ねた。

 すると、犬耳少女は瞑目してから、

「ええ、射命丸様がよくお話になられている事もありまして。それに、幻想郷内のパワーバランスに変化が起きたとなれば、大天狗様も天魔様も気になさられる案件になりますからね」

「…………会ったばかりでそこまで組織の内情を話していいのですか?」

呆れたようにそう告げたイオだったが、彼女は躊躇うことなく頷くと、

「知られようがどうなろうが、こちらは数で貴方に勝っているので。戦を知っている貴方であれば、数の暴力が如何に恐ろしいものであるか、御存じでしょう?」

「こりゃまた、手厳しいですねぇ。――まぁ、一応一対多の戦いも経験しているので、そうそうやられるつもりもありませんけど?」

ぞくり。

 すみ渡るような青空の下にいる筈なのに、その場にいた全員に揃って寒気が襲いかかる。

 言わずもがな、イオの殺気であるわけだが、これはある意味試しに近い為に、そこまで凶悪な代物ではけしてなかった。

 とはいえ、普段から慣れているだろうルーミアはともかく、初めて感知したメディスンにとっては少々荷が重い。

「……」

思わず口ごもり、そっとルーミアに近づくと彼女のワンピースの裾の端をそっと握りしめた。

 そのまま、穏やかに苦笑しているルーミアと共に、イオを怖々と見守っていると、

「……成程、どうやら言葉だけではないようですね。失礼をいたしました」

すっとその場の雰囲気が柔らかくなり、イオの前にいる少女は何処となく好戦的な光を眼に浮かべながらも、笑ってそう言う。

「フフッ、構いませんよ。……所で、貴女の名前、まだお聞きしていなかったと思うんですが」

「ああ、これは申し訳ありません。――我が名は犬走椛。白狼天狗にして、天狗の哨戒隊長を務めております。以後よしなに」

きっちり四十五度で一礼して告げた少女――椛に、イオは破顔して、

「では、改めまして、僕はイオ=カリスト。此方の二人は、黒のワンピースを着ている方がルーミアで、人形を連れている方が、メディスン=メランコリーと言います」

「そうですか……では、大天狗様の方に行ってから、射命丸様の方に行くことになりますがよろしいでしょうか?」

「およ?どうして大天狗さんの方に?」

単純に射命丸に伝えるだけでいいのではないかと、イオが訝しんでいると、椛は苦笑して、

「まぁ、それはその……ある意味、イオ殿はこちらでは有名人なので……」

「??まあ、別に構いませんけどねぇ。いつも僕の友人が世話になってると思いますし。一度挨拶に来たかったんですよね」

ニコニコと笑いながらそんな事を言うイオに、椛は穏やかに微笑みを浮かべると、

「そうでしたか。ならば、大天狗様もお喜びになると思われます」

――何せ、射命丸様と友人関係を結ばれた事を、殊のほか気にされていましたからね。

「成程ねぇ……」

恐らく、射命丸文自身が年経た鴉天狗である所為もあるかもしれない。多分ではあるが、大天狗と呼ばれている人物は、もしかすると妖怪の山の力関係が変わるかもしれないと考えている可能性があるだろう。

 イオはそんな事を思いながら、

「大丈夫なのかな?僕がこの山に立ち入っても。幾ら友人に会うためとはいえ、入る事を許可されるとは思わなかったんだよね。精々、文を呼んでくれるだけに留まるのかなと思ったからさ」

「それはそうなのですが……それについては通達が哨戒部隊に来ていたので」

「ふぅん……」

何処か、考えるようなそぶりを見せているイオに、椛は後ろを向くとこちらに向って顔を振りむけながら、

「さて、その荷物からするに、射命丸殿と何処かに出掛けられる心算のようですし、私の後をついて来て下さいますか?」

「おっと……お願いしようか。さ、ルーミアもメディも一緒に」

そう、後ろの二人に声をかけると、イオは目の前で翼を広げ飛び立った椛の後を追い、空を駆けあがっていくのであった。

 

―――――――

 

「――おーい、イオー?いるかー?」

『本日より数日間何でも屋をお休みさせて戴きます。御了承下さい』

と書かれた札が貼られている、イオの家の玄関の戸をガンガンと叩く不逞の輩。

 白と黒のモノトーン調で色調を整えている衣服を着たその人物は、幾ら声をかけても叩いても応えが帰ってこないことにやや焦りを生じていた。

「ったく、なんで出て来ねえんだよあいつ。幾ら何でも屋を休んでいるからって、そんなに娯楽はない筈なんだけどな?」

よもや、イオがその少ない娯楽の一つである(しかも下手すれば命の危険に及ぶ)遠足に出かけていることなど知らないその人物――霧雨魔理沙は苛立たしそうに愚痴る。

 と、その彼女の肩を抑える一人の女性がいた。

「落ちつきなさい。取り敢えず、近場で知っていそうな人に声をかけるわよ。差し当たり、慧音が知っているかも知れないし、寺子屋に行ってみましょ」

何やら片手にバスケットを持っているその女性は、青赤白のトリコロールカラーが春の日差しに眩しい、人形遣いのアリス=マーガトロイド。

「……それもそっか。そうと決まったら、とっとと行こうぜ?何せ、イオに訊きたい事が結構あるんだ、何でも屋やってる最中だと、大体忙しそうにしてるから声かけ辛かったけどな。暫く休み取るって言うんだったら、魔法の事、教えてもらおうと思ってんだよ」

「私に目的を話しても意味ないでしょうが。兎に角、慧音は家にいるだろうし、早く行きましょ」

其の方がよほど時間を大切にしているわ。

 人形遣いがそう告げ、フッと魔力で以て空に浮きあがると同時に、魔理沙も合わせて箒に飛び乗ると、一直線に人里最北端にある寺子屋へと飛んで行くのであった。

 

――しばらくして。

 

「……ふぅん、アイツ、いないのか……面倒だわね」

緑の髪に、赤のチェック柄のベストとスカートが目立つ、一人の女性がそう呟いた。

「人里で何でも屋が何日か休むつもりだと聞いて、少し闘わせてもらおうかと思ったけど……削がれたわ、全く」

後で、しっかりと搾り取ってやらないとねぇ……。

物騒な言葉を吐きつつ、その女性は歩み去っていったのだった。

……こうして、イオの休暇となるはずだったこの数日間は、何やら先行きに暗雲がたれ込めていくこととなる。

果たして、イオは安寧の時を過ごす事が出来るのであろうか……?

 

――――――

 

「……こちらが、我ら天狗が住む隠れ里と、相成ります」

「へぇ……此処が、そうなんですか」

山中に聳え立つ、目の前の巨木を見上げ、イオは感嘆の吐息を洩らす。

 樹齢何千年に上るのだろうか、イオが依然能力で以て作りだした樹と同程度の巨大さを誇るその樹の周囲を、何やら回廊らしき物がぐるりと回っているのが樹の色に紛れて見えた。

 通常であればツリーハウスが幾つか回廊状に作られているものだと思うのだろうが、この天狗の隠れ里は、そんな常識をあっさりと破ったのである。

 

――何故ならば、樹の上半身部分の枝やら何やらがバッサリとそぎ落とされていたからだった。

 

言うなれば円柱状に樹を形成させ、その頂点に樹下から見上げる限りではかなりの敷地を誇るこの世界における神社の形がそのまま大きくなったかのような建造物が建てられていたのである。

「……これはまた、かなり奇抜な建物ですねぇ……しかも、見る限り樹はまだ生きているようですし」

青々と茂る、そんな巨大樹木から伸びた幹や葉を眺めながら近くにいる椛に聞かせるようにして呟くと、彼女は笑って、

「ええ、こちらを初めて訪れた方は大体そのように驚かれる事が多いです。とはいえ、何分隠れ里と号している以上、この方が迎撃する際にも都合がよかったりするのですよ」

「ああまあそうでしょうねぇ……言ってみれば、高見からの弓矢などによる攻撃でしょう?昔は幻想郷は無かったとも聞いていますし、人間が容易に入り込めないようにはなっているでしょうねぇ」

かつて、学院での研修旅行の一環として、将来騎士を務めることになるだろう学生らと共に、砦に行った経験もあったため、イオは思い出しながらそう告げた。

 その言葉に椛もやや驚いたように目を丸くさせてから、

「……いやはや、説明する前にされてしまいましたね。ええ、そうです。私が生まれる前のことになりますが、嘗ては政府軍が此処に押し寄せてきた事もあったとか。それも、我らの敵たる陰陽師を引連れてということもあり、妖怪である以上、かなり厳しい戦いだったと」

「まぁ、そう言うこともあるでしょうねぇ」

何せ、人と言う存在は己が持ちうる常識と違う部分があれば、容易く排除しにかかる事もあるのだから、妖怪と言う存在である以上人間との戦いは避けられないものだっただろう。

 とはいえ、阿求の館で調べてみたところでは、それでも人間と交友を結んでいた頃もあったそうだが……まぁ、あまり詮索するようなものでもない。

 故にイオは少し考えるそぶりを見せてから、

「とりあえず、大天狗さんの所にでも案内していただけますか?挨拶をさせていただきたいですし」

「ええ、ご案内いたします。――こちらです」

そう告げると同時にトン、と飛び上がった椛が、一直線に樹上の建物へと向かった。

 其の後を追いかけながら、イオは思う。

(……やれやれ、何だか嫌な予感がするなぁ……)

そう思うのも、以前文の口から聞いた、

『天狗の上層部は頭が固い』

という、不穏な情報を思い出しており、どうにも先行きが怪しくなってきているような気が、ひしひしと感じられた為だった。

 それでなくとも、今まで見た限りでは、人里の男衆を除き凡そ幻想郷の強者としてはほとんど唯一の男性(それも結婚適齢期の範疇)である。

 またぞろ、人里の長老衆のような、人の気持ちも考えない行動に出る輩が出ないとも限らなかった。

(……まぁ、自意識過剰で済んでほしいけどねぇ……)

つらつらと考えながら、イオは彼女の後を追い掛け続ける。

 

――そして、樹上に躍り出た。

 

「……こりゃまた、質量法則無視した造りになってるなぁ……」

目の前に広がる、巨大な邸宅とも言える建造物を見ながら、イオは呆れとも感嘆ともつかない呟きを洩らす。

 其れほどまでに、目の前の建物はかなり規格外だったのだ。

「……あの、何か勘違いされているかも知れませんが、これは全天狗の住まいではけしてないんですよ?」

「こんなに大きいのに?というか、そう言う割にはやたら頑丈にも見えるし、部屋数も多いような気がするんだけど?」

幾らか窓が見えるその建物にイオは呆れたようにそう言ったが、椛は苦笑して、

「いえ、厳密には住まいではないんですよ……これは、我々天狗の仕事先とも言える場所でして……」

「……あー、成程。つまりはお役所みたいな所だと、言うことですか」

妙に常識から外れたような作りであったが、そう言うことだったのかとイオは納得し、ぽんと軽やかに両手を打った。

 その様子に、どうにも調子が狂わされているような気がした椛は、再び苦笑を浮かべると、

「まぁ、此処に常勤している者もいますから、間違いではないんですけどね。因みに、射命丸様は此処に住まわれています」

「へぇ?そっかあ……じゃあ、次に此処に来た時はこの建物に向えば、文に会うことができそうだね」

「ええ……まぁ、射命丸様は大抵記事の内容を確保する為に、それなりに飛びまわられていますから、早々会える可能性は低いと思いますけど」

そういいながら彼女の姿を思い浮かべてでもいるのか、何処となく敬意の込められた言葉を発した椛。

 そのまま、四人してその建造物の入り口付近に降り立つと、フッと何処からともなく二つの影が建物の中から出てきた。

「……止まられよ、犬走哨戒隊長。如何なる御用向きでこられた?」

目尻が鋭さを帯びている、恐らく椛とおなじ白狼天狗と呼ばれる天狗なのか、真っ白の翼を動かしながら、イオ達からして右側にいた若き男性天狗が問いを発する。

 見れば、その手には槍が握られており、足運びに隙が見えにくいことから、それなりに腕の立つ者と知れた。服も、どうやら天狗達の中で使用されているものらしく、首から紐状にして綿の珠のようなものを下げ、白を基調とした質素な出で立ちである。

 もう片方に立っている者も、彼と同じように男性であり、こちらは左腰部分に打刀と脇差二本を括りつけ、いざとなれば襲いかかれるようにか、静かに手が掛けられていた。

 

 声をかけてきた門番と思しきその天狗に、椛は真剣な眼をすると、

「――人里より、『龍人』殿が参られた。大天狗様に御目通りをされた後、ご友人である射命丸様に会いに来られたとのことだ。中に通させて戴こうか」

「む……成程、『龍人』殿が、か……その腕にある鱗からするに御本人であられるか。――相分かった。暫し待たれよ、今大天狗様の所にまで連絡を取る」

「忝い。……イオ殿、申し訳ないが……」

一礼をした後にイオの方を向いてそう申し訳なさそうな声とともにいかけた椛を遮り、

「いや、大丈夫ですよ。元々、それなりに長く休みを取るつもりでいたので。のんびり待たせてもらいますよ。お気遣い、有難うございます」

ニッコリと笑ったイオに、ホッとしたように胸をなでおろした椛は、そのまま門番に目を向けてアイコンタクトを交わす。

 その眼に頷いた門番は、そのまま振り返るとバッと翼を広げて飛び去っていった。

「……さて、と。ルーミア、メディ。疲れていないかい?もし疲れてるようなら、丁度いい具合に木もあるみたいだし、膝枕してあげるよ?」

「大丈夫だよ、イオ。まだ出かけたばかりだし、そんなに疲れていないから」

「私も」

イオの優しさが込められた言葉に、二人は揃って大丈夫だと首を振る。

「そっか。……にしても、ちょっと待つのは退屈だね」

「あ、あはは……本当に申し訳ないです……」

きょろきょろと周りを見渡しながらそう呟いた言葉に反応し、椛がへにょり、と犬耳らしき物をへたれさせて見せた。

 見れば、腰部から伸びている尻尾も、彼女の感情に合わせて同じように萎んでいる。

「……初めて会ったときから気になってたけど、その耳、犬耳なの?」

ルーミアがひょこっと浮かび上がり、椛に近寄るとその頭についている耳をじっくりと凝視し始めた。

「し、失礼な!私は狼ですよ!?」

ぴん!と尻尾も耳も逆立てるようにして椛が怒る。

 いきなりの失礼な発言に驚いた事もあるだろうが、それなりに怒っている彼女の様子にイオは申し訳なさそうに一礼すると、

「申し訳ありません、椛さん。ほら、ルーミアも失礼なこと言ったんだから謝らないと」

「う……その、ご免なさい」

しょぼん、と浮き上がったままの状態で、上目遣いになりながらルーミアは謝った。

 

――とまあ、そんな一幕があったのはさておき。

 

 そうして入口の前で立ちながら待っている五人に、一つの影が降り立った。

「……中に入る許可が下りた。『龍人』殿、犬走哨戒隊長、どうぞこちらへ」

「ふぅむ……やっとか。前もって手紙を出しておけばよかったですかね?」

門番の白狼天狗に言われたイオが、苦笑交じりに椛に向ってそう尋ねると、

「さぁ……どうでしょう。少なくとも、私を始めとして白狼天狗達がいつも見まわっていますからね。恐らくは哨戒部隊の誰かに渡される形となったでしょうが」

「……今度から、そうしましょうか。いちいち待たないと天狗の方々の上層部に会えないとなれば、大事な要件が遅れることにもつながりかねませんし」

少しばかり嘆息するようにして椛にそう告げると同時、イオはルーミア達二人と共に白狼天狗の門番の後をついて行くのであった。

 

――――――

 

――天狗大屋敷内部、大天狗の部屋。

 男二人、茶を前にして己が得物を近くにおき、対峙していた。

 静かな山中にあり、イグサの香引きたつ畳の部屋で――

「……ふふ。よもや、あの『龍人』殿が来られるとは思いもよらなかった」

――部屋の中で、一人、鋭い眼つきと、同じように鋭利さが見受けられる顔立ちをした、見た目は若い男が胡坐で以て座っていた。

 その眼前、紺碧の髪に金色の瞳……そして、蒼の輝きを放つ龍鱗を随所にのぞかせた若者が一人、武装を解除した状態で正座をしている。

 鋭さを感じさせる男の方は、蒼紺の髪を持つ若者が先程出会った白狼天狗達が着ていた服装と異なり、何処となく雅さを感じさせるような漆黒色が際立つ武官束帯に、笏を持ち左脇に一振りの太刀が置かれていた。

 見るからに、雅さと気品を持ち合わせた人物であるかのように思われたが、実のところ若者――イオはじっとりと冷や汗を背中に感じ取っている。

(……はぁ、全く。なんでこんな所で父さんと同じ位の実力持ってる人に会うんだか)

持っている気配と言うか雰囲気が、故郷にいる筈の養父を容易に思い出させる目の前の人妖に、イオは内心呆れながらもそう思った。

 そう思いながらも、彼から言われた言葉には、

「まぁ、以前から射命丸文さんにはお世話になってる事もありますし。大天狗さんにはそろそろ挨拶に向わないといけないと思っていたので。事前に連絡も何もなくて申し訳ないです」

と、申し訳なさそうにして言葉をかえす。

 其れを聞き、目の前の大天狗はほう……と呟きを洩らすと、

「いやいや、聞く限りではどうやら今日は何でも屋を休暇と言う形でお休みしているそうではないか。仕事の休みにこの山に憩いに来られているのだとしたら、別段咎めるような事はせん。寧ろ、儂が会いたいと申し出てもこうして時間を費やして下さる当たり、この幻想郷では珍しいほどに有り難い御仁だ」

「……そこまで言いますか。いやまあ、他の人妖の方だと、色々と柵があるでしょうから仕方ない部分だと言えますけど。僕としては単純に、友人の親戚にお会いしているような気持ちなんですが」

やや苦笑して見せるイオは、確かに少しばかり初見の相手に緊張しているようには見えても、大天狗と言う天狗社会の幹部に会っているという気負いは見当たらなかった。

 かなり肝が据わっていると大天狗は内心驚嘆しつつも、

「ふふ……そのような言葉を、この幻想郷で何人の者が言えることだろうな。だが、まぁ……『龍人』殿だけだろう。其他の人妖なぞ、腹黒い者で一杯だ。鬼の皆様方にしても、萃香様や茨木様などは、かなり智慧が御達者であらせられることも多い。此処まで気持ちがすくような、穏やかになれるような会話は本当に久方ぶりなのだよ」

「……皆さん方がえらく僕に付き纏ってくるのはその所為ですか。……むぅ……」

人づきあいがよすぎるのも考えものかな……と考え、苦笑しているイオに、大天狗はぽん、と手を打つと、

「ふむ、こうして会うた縁もあることだし、少し……飲まぬか?」

くいくいっと指を摘むような形にして、何かを動かすような仕草をした大天狗に、イオは呆れたように笑い、

「そんなことしたら、後で文に怒られるのは僕ですよ?そもそも、今日は文を誘って行楽にでも出ようかと計画しているんですから」

「むぅ……そうか、それは済まんかった。――逢瀬の邪魔をして」

「ぶふっ!!?」

茶を飲もうとしていたイオが、突然の言葉に思わず噴き出す。

 けほけほ、とせき込んでいるイオに、大天狗はさも心配しているような面持と声音で、

「おやおや、大丈夫か『龍人』殿。慌てて飲もうとするからそうなるのだ」

「い、いえ大丈夫です……じゃなくて!!なんで文と行楽に行くだけで逢瀬になるんですか!!?」

言っておきますけど他にも友達やら家族やらいるんですよ!?

慌てまくっている『龍人』に、大天狗は意気消沈して、

「何じゃ詰まらん……あの自由気ままなお転婆娘にも、ようやく春が来たと思うとったのに」

「幾らなんでも其れは失礼過ぎますよ!?」

明らかに弄る気満々な彼に、イオは井桁マークをこめかみに張り付けながらそう突っ込んだ。

 ぷんぷん、と湯気をたてて怒っている彼に、大天狗は大笑いし、

「はぁっはっは!!いやあ済まんのう。『龍人』殿が思いのほか面白うて」

「面白いで弄られたら堪りませんよ、もう……」

傍目からしていたずらに成功した悪がきにしか見えない大天狗に、イオはジト眼になって睨みつける。

「というか、結構イイ性格してますよね?」

「ん?いやぁのう……こりゃ、儂に限った話ではないぞ?そりゃあ、天狗は今でこそこうして真面目ぶっとるがな、天魔様でさえ、お若い時は悪戯をして竜巻を生み出していたと聞いておる。儂なんぞ、まだまだじゃ」

「……悪戯の規模が大きすぎますよそれ……下手すりゃ天災じゃないですか」

何をやっているのやらとイオが頭痛を感じ始めてきた頭を押さえながら突っ込みを入れた。

 そうして男二人、和気藹々と会話を楽しんでいるのであった。

 

――――――

 

――時は少し遡り……天狗大屋敷内、回廊。

 

イオから、『大天狗さんとは僕だけでいいから、文を探してくれない?』と頼まれたルーミアとメディスン、そして犬走椛の三人組。

 こちらはこちらで、『三人寄れば女姦しい』の諺の通りに、楽しそうに喋り合っているように見えた。

「――という感じでねー。ホント、イオの料理は美味しいんだよ!」

「今日はピクニックだって言うし、お昼が楽しみだなぁ~♪」

「……むぅ、聞くからに涎が湧いてきそうですね」

――否、単にイオの料理自慢をしているだけである。

 とはいえ、イオの料理は単純に美味しいだけに留まらない為に、ルーミアやメディスンは半ば公然の秘密となりかけてはいるものの、彼の料理がもたらす効果については何も告げなかったのは、ある意味ファインプレーとも言えるかも知れなかった。

 そうして会話をつづけていくうち、ふとルーミアが真面目な表情になると、

「そういや、このまま歩いているけど、大丈夫―?」

「ええ……この先には、上位の鴉天狗様を始めとして、多くの同僚たちが住んでいる寮がありますので。射命丸文様も、当然のことながら此方に住まわれていますよ」

何せ、新聞の記事を書く際は、此方の寮にある記者室で書かれている事が多いですから。

穏やかに笑みを浮かべた表情で、椛が二人に向ってそう告げる。

 ルーミアがその言葉を聞き、若干呆れたような表情になってから、

「……外から見た時もそうだったけど、本当に大きくて広いよねこの屋敷。どんな技術を使ったの?」

「…………建設当時にいた訳ではないので何とも言えないのですが……この妖怪の山に住む妖怪の一派である、河童によって技術が齎されたんだそうです。何でも、当時は河童たちも天狗の下についていたんだとかで、彼らが好む胡瓜を交換条件にこの屋敷を作るよう要請したと、こちらの方の歴史書には書かれていたと思います」

「……胡瓜?胡瓜ってあの胡瓜?……ちょっと待って、え、胡瓜だけで?」

「ええ…………流石に、これは眉唾かなとも思ったのですが……友人の一人に河童がいまして。その子はやたらと胡瓜を勧めてくるんですよねぇ」

ルーミアが完全に呆れた表情になって訪ねてきた言葉に、椛は遠い眼になってあの時の河童の友人の荒ぶり様を思い出しながら告げた。

「……どれだけ胡瓜好きなのよ。イオが胡瓜料理を作ったらどうなるのかしら……ちょっと見てみたくもなるなぁ、それ」

確か、胡瓜と木耳を使って酢の物こしらえてた記憶があるし。

そんな事を呟くルーミアに、椛はやや吃驚したように眼を丸くし、耳と尻尾をピン!と立たせると、

「……出来る料理の種類、かなり多いんですね『龍人』殿は」

「そりゃ、今のところ幻想郷で唯一『嫁にしたい男性』なんて言われてるくらいだからね。多分だけど、家事だけだったらかなり有能だと思うよ?」

「……その言葉、けしてあの方には言わない方がよろしいかと……」

彼と一緒に住んでいるルーミアの口から飛び出て来た言葉に、椛が苦笑しながらもじっとりと冷や汗を流す。

 どうにも、イオの同居人でありながら彼女たちはイオに遠慮するということをしていないようだった。

(……わりと、苦労人ではないのかあの方は)

この幻想郷に住む人妖達は大抵一癖も二癖も有る様な者ばかりな為、取り敢えず妖怪の山では常識人(妖怪?)な方の椛としては、イオがこれからも色々と巻き込まれそうな宿命を思い、そっと涙を拭いている。

 とまあ、そんな風にして彼女たちは親しくなっていっていると、ふと椛が辺りを見回して、

「おや……そろそろですね。もう直ぐ、射命丸様が現在住まわれているお部屋まで近いですよ」

「やっとかー……結構歩いた気がするなぁ……」

「ふふ、もう少しですからね」

メディスンが疲れたように呟いた言葉を聞き取り、ぴくぴく、と頭の耳を動かしながら椛が微笑んだ。

 

――そして、その足がとある扉の前で止まる。

 

「おぉ?此処が文の部屋なんだ?」

ひょこ、と椛の陰からルーミアが覗き込みながら、彼女に向ってそう尋ねた。

 椛はその言葉に頷き、

「ええ、今いらっしゃるかどうかはさておき……いつも此処で記事を書かれていますよ」

と、鴉天狗と言う身分であるからか、かなり重厚そうな漆塗りの木造の引き戸を指す。

 そのまま、コンコン、とノックをして見せると、

「――射命丸様。御客人が来られていますよ?いらっしゃいますか?」

と声をかけた。

 思いのほか、軽やかに響いたその音に反応したのか、中で何やらごそごそと蠢く気配をルーミアが感じ取ったと同時。

「…………なによぉ、もう……さっきまで記事を書いてたんだから休ませてよ……」

ゴロゴロ、という引き戸の下の部分に滑車を入れているのか、低い回転音が響く中で射命丸が空いた隙間からひょこりと眼だけ見せつつ、眠たそうに椛に抗議した。

 その様子に苦笑しながら、椛は尚も、

「御勤め、ご苦労様です。が、貴方にお会いしたいという方がいらっしゃるので……」

「……一昨日来やがれって追い返して」

椛の陰に誰がいるのか分かっていないのか、そう返してきた射命丸。

 その言葉に、片方の眉根を上げて見せた椛は、

「おや、本当によろしいのですか?」

「かまわないでしょ、もう。大体、私は大天狗様に言って今日の休暇貰ってるんだから。こんな時でもないと、記事が仕上がんないのよ」

「……そうですか……誠に残念ですね」

 

「――今、イオ=カリスト殿が此処に来られているというのに」

 

ガタガタッ!!

若干意地悪そうな笑みを浮かべた椛が、からかうかのようにしてそう告げた一言に、まだ大部分が閉じられた戸の向うから、何かが崩れるような音が響いた。

 数十秒経ち、再びガラガラッと今度は勢いよく引き戸が開かれると、

「いいい、今、椛なんて言ったの……!!?」

と、少しばかり崩れた格好の、白と黒のコントラストの可愛らしい寝間着姿で、射命丸が慌てたように叫ぶ。

「?何を仰りたいのか、よく分かりませんね。御会いなさらないんでしょう?」

白々しく首をかしげて見せた椛が、そう射命丸に尋ねると彼女はぐ……と言葉に詰まってから、

「――ああもう!!行くわよ!ちょっと待ってなさい!!」

「はい、ではお待ちしております」

言葉の後に閉められた扉の向こうへと、椛がイイ笑顔を浮かべながらそう告げた。

 そして、ひょこっとルーミアが影から顔を出すと、

「……文のあんな姿、初めて見た気がするなあ。私達に気づいてる様子もなかったし、結構寝惚けてたんだね」

「ふふ……実のところ、結構噂になっているんですよ射命丸殿とイオ殿の事は。何せ、鴉天狗様達の中でも、射命丸様は断トツに実力が異なりますから。……まぁ、何故かそんな方に見出されて、こうして哨戒隊長としての仕事の他に、あの方の従士をさせていただいていますが」

「ふぅん……じゃ、待ってようか、メディ。音からするに、もうちょいかかりそうだしね」

「うん!もう直ぐお昼になりそうだし、そしたらイオの料理が食べられるね!!」

嬉しそうに笑うルーミアとメディスンに、椛も先程まで浮かべていた悪戯っぽい笑顔から、微笑ましいものを見るかのような笑顔へと変じて、彼女達を眺めているのであった。

 

――――――

 

「……もう、椛?私の下に来てから、妙に性格変わってない?私の気のせいかしら?」

「おや?そうでしょうか……少なくとも、私は変わっていないと思っていますが」

「……全く。自覚ないとか性質が悪いわ」

ぶつぶつと文句を呟いている射命丸に、椛はしれっとしており、ちゃっかりと近くにいたルーミア達に片目ウィンクをして見せた。

――どうやら、真面目な時は真面目だが、偶に悪戯っけを起こす時がある模様。

(……よくやるなぁ……)

内心、呆れたようにしているルーミアに、射命丸は話しかけてきた。

「にしても……イオも休暇を取ったんでしょ?今日はどうしてこっちに来たわけ?」

「んー?行楽に誘いに来たって言ってたよー?皆で何処かに遊びに行こうかなんて計画してたし」

此処に来る時も、凄く大きな重箱を抱えてたしねー。

もうすぐ昼になる事もあってか、嬉しそうな表情でそうのたまうルーミアは、美味しい料理を食べられるとあって、かなり浮かれているようである。

 そんな彼女の言葉に、射命丸もぴくり、と肩を震わせると、

「……イオの料理。なら、早く大天狗様の部屋に向わないとね。正直、不安要素があり過ぎるくらいなのに……とにかく、行くわよ?」

そう言い放つと同時に、足取りも荒くずんずんと先を歩いていった。

「そんな慌てなくてもいいのになぁ……どうせ、イオのことだからお茶を飲んだりしてのんびりしてると思うよ?」

呆れたようなルーミアであったが、椛はそれに苦笑すると、

「仕方ないですよ。何せ、大天狗様は射命丸様が幼い頃からの事を知っている人物の一人ですからね。幼少時の頃の、恥ずかしい思い出などを語られていないか、心配なのでしょう」

「あー……確かに、それは恥ずかしいかも。さっきの椛の様子からするに、何だか天狗達ってどうにも悪戯好きそうな所がちらほら見えるしねぇ」

「……あの天狗さんの小さい頃がちょっと気になる」

ぽつり、とルーミアと椛が語り合っている所に、メディスンは小さくそう呟く。

 その言葉にちょっぴり悪い笑みを浮かべたルーミアが頷いて、

「だねぇ。どういう子ども時代だったのか、すっごく知りたい。イオ、今どんな話しているんだろうなぁ……?」

とイオがもしその事を聞いていたら、後で訊こうと決意するのであった。

 

「――――ふぅ。投了します」

「ほい、儂の勝ちじゃのう。……ふふ、どうであったかな?初の本将棋は」

ぽんぽん、と自身が手にした駒を中に投げては取るという行動を繰り返しながら、楽しそうに大天狗が尋ねる。

 イオが盤上に向けていた顔を彼の方に向けると、そこには悪ガキのようにニヤニヤしている彼の姿があった。

「楽しかったですよ、ホント。結構勉強になりますよねぇこう言うのは」

「そうじゃろそうじゃろ。何せ、昔から戦の時によく使われておったからのう。人と人がぶつかり合い、騎馬と騎馬がせめぎ合う。そんな時代を生きておった儂らにとって、これはかなりの娯楽となったもんじゃ。其の他にもな、囲碁という白黒の二つだけで陣取りをする娯楽もあってのう。今の外の時代は知らんが、この二つが主なものじゃったな」

大天狗がそう、昔を懐かしむような面持でそう告げると、イオは考えるようなそぶりを見せながら、

「……聞くからに、結構苦労されているんですねぇ。僕らの場合、魔法と言う技術がありますから、それを使用した娯楽が結構ありましたから、退屈はしませんでしたよ」

魔力の塊を使って的当てをするゲームなんてのもありましたしね。

 しげしげと手の中にある小さな木製の駒を見つめながら、イオが彼に向ってそう返すと、

「ふむ、成程のう……龍人殿。ひとつ訊かせて戴けるかな?」

と、イオの言葉を聞いていた大天狗がふと、彼に問いを齎す。

「?何でしょう?」

手の中でもてあそんでいた駒を静かに盤上に戻しながら、イオは首をかしげつつ訊ねると、

 

「――お主の世界に、儂が行く事は出来るのじゃろうか?」

 

「――っ。そりゃまたどうしてです?この世界に不満でもあるんですか?」

思わぬ真剣な眼差しと、その言葉にイオは言葉を一瞬詰まらせ、大天狗に慌ててそう尋ね返した。

 すると、大天狗は苦笑をその若々しく見えるその容貌に浮かべ、

「そりゃあのう……確かに、この幻想郷は穏やかな場所じゃ。昔と異なり、血を血で洗うという、物騒な事は少なくなってきておる。――だがしかし、じゃ。平和になる事は当然のことながら、男衆の武による活躍でさえもなくなっていくのと同義なのじゃよ」

「……変ですねそれは。僕は、この世界に来たばかりの頃、レミリアさんや幽香さんと弾幕ごっこではない、決闘をそれなりにやりましたよ?」

不審に思ったイオが、眉をしかめさせながらそう問うと、

「……まぁ、お主の場合はな……そもそも、組織と言うには余りにも小さい。あくまでもお主の力が目立っておるだけであって、同居人であるあの宵闇の少女や、付喪神の人形の少女も其れなりに力はあるとはいえ、所詮は並よりは強いというだけじゃ。だからこそ、お主は自由な身分でいられる」

 

――だが、儂らのように、身分も力もある者はどうなるか?

 

……それは、下手を打てば天狗達の実力を決めつけられてしまうということ。

「……成程。では、別にこの世界を疎んでいるという訳ではないのですね?」

「まぁ、の。女子が戦うことに忌避感を抱いている者もおるじゃろう。あるいは、単純に戦いを好んでいる者もおる。平和になった事を喜んでいる者もおる。――はっきり言ってしまえば、一枚岩ではないのじゃよ」

儂の場合は、武を誇れなくなってきておることに不満を持っているだけじゃがの。

ほっほっほ、と軽やかに笑う大天狗は、しかしながら何処かしら寂しげにも見えた。

 そんな彼にイオはかなり困惑した表情を浮かべると、

「……むぅ。ちょっと、難しいかもしれませんね。一応、僕の親友がこの幻想郷に訪れていた事はご存じなんでしょう?文が多分、そう言う部分を報告していたと思いますし」

でなければ、イオに対して異世界間の移動は可能かなどと聞いてくるはずもない。

 彼の確認に近いその問いに、大天狗は穏やかに笑うと、

「そうじゃな。あのお転婆娘からはよーく聞いておるよ。お主の友が、お主と同程度には実力を有しておることもな。だからこそ、お主の世界で武を誇る事が出来る場所が見つかるんじゃないかと期待しておったんじゃ」

こちらではもう、そうそう期待も出来んしのう。

 そんな事を告げる大天狗に、イオは葛藤の表情を浮かべると、

「……すみません。ちょっとばかり、待って頂けますか?何分、この幻想郷の管理者たる紫さんを差し置いてこの話を進めるのは、かなり気が咎めるので」

「構わんよ。その返事が聞けただけでも、こちらとしては充分じゃ」

何せ、そう返せるということは、異世界間の移動は出来そうに思えるからのう。

くすくすと笑う大天狗に、イオはやや困ったように笑うだけで何も告げなかった。

 ある意味、言質を取られかねないと分かっていたためである。

――と、そこで大天狗とイオがほぼ同時期にぴくり、と体をすくませた。

「……おやおや。あのお転婆が来たようじゃの」

「ですね。……あんなに急がなくてもこの重箱は消えないのにさ」

苦笑を浮かべた二人に聞こえてきたのは、足取りも荒い一つの足音と、それに続くようにやや小走りになっている三つの足音。

 ようやくにして、今日のメインの一人とも言える少女たちがやってきたのであった。

 

 




驚異の一万九千越え。
……読み難くて真に申し訳ないとです。
――でも、指が、止まらないんだ……!!


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第四十六章「華舞い散る下は仄かな陽気」

――山頂に辿り着き、イオと三人の人妖の少女たちは宴を始める。
何時の間にか集まってきた他の人妖達とも昼餉を楽しむ中、イオは静かにとある決意を固めていた――。


――ガラガラ。

「失礼いたします、大天狗様。イオが此処に来ていると聞いて参りました」

引き戸が思いきり開かれる音と共に、むっすりとした射命丸の表情がそこに現れた。

「やっほ、文。休みとれたから一緒に遊ぼ?」

おっとりとした様子でイオがそう告げるのにやや苦々しい思いを抱きながらも、大天狗に先に目を向けた射命丸。

 すると、そこには好々爺然とした大天狗が、ニコニコと射命丸を微笑ましい様子で眺め見ていた。

「ほっほ。済まんのう、射命丸や。年寄りの話に付き合わせとったんじゃ。心配せずとも余計な事は言っとらんぞ?」

「~~~っ!それが余計ですよ!!」

(やっぱりこのくそ爺とは気が合わない!!)

ニヤニヤと笑みを深めた大天狗に言われ、やや頬を赤らめた状態で射命丸が叫ぶ。

 その様子に苦笑しながらイオが、

「ほらほら、大天狗様。流石にそこまでにしておいた方がいいですよ。文、追い詰めちゃうと結構ぷっつんとイっちゃうときもありますし」

「――イオ、後で死刑ね」

「ふぁッ!!?」

眼が笑っていない笑顔で射命丸に言われ、イオは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 混乱しているイオだが、誰だってそう言うことを言われてしまえば怒るということに気づけていないのだろうか。

 ふん、と射命丸は許しを請うているような眼をしているイオを放置し、

「で、とりあえずですがこれで失礼させて戴いても?イオは私に用があるようですし」

「おお、構わんよ。訊きたかったことも聞けたからのう、儂は充分じゃ。それに、この将棋で共に遊ぶことも出来た。それなりに楽しく過ごせたよ」

見た目が若い青年姿でありながら、大天狗はそう言って老人のようにからからと笑ってみせる。

 だが、イオには笑いごとではなかった。

「ちょっ!?流石に今の文に連れ去られたら何されるか分からないんですが!?」

「ほっほっほ。そりゃ、自業自得というものじゃよ、若いの。もう少し、女子の扱いと言うものを知るべきじゃ。そうすれば、射命丸も怒らんじゃろう」

まあ、傍から見る分には楽しそうで何より、じゃが。

 くすくす、と本当に楽しそうに笑っている大天狗に、射命丸もイオもやや狼狽して、

「――し、失礼します!!」

「あっ、ちょっと待ちなさい!――失礼します!」

どたばたと慌ただしく駆け去っていくのであった。

 そんな彼らを苦笑して眺めながら、

「――時に椛や。お主から見て、龍人殿はどう見えた?」

何時の間にか部屋に入り込んでいた椛に向って、大天狗は何処となくうすら寒く感じられるほどの無表情になってそう尋ねる。

 それに相対する椛も無表情であり、

「……少なくとも、人格の上ではこの幻想郷には珍しいほどの実直な方かと。義理人情に厚い性格である事だけは確かです。ただ――実力としては破格の者。恐らく、総合力としては天魔様にも通ずるやもしれません」

「ふむ……やはり、そう思うたか。儂も同じじゃよ……あの若いのは、儂らのように永き時を生きる者たちからすれば、恐ろしいほどに隙が見えなかった。全く以て素晴らしすぎるほどに、武に関してはかなりの者じゃろう。――地底に隠れた、鬼の方々が眼をつけなければ良いのじゃがな……」

やや目を心配そうなものへと変えた大天狗の姿は、まるで孫を思いやっている祖父のそれとよく似ていた。

 その姿に、直接ではないものの、大天狗を知っている椛はやや目を丸くさせている。

「……ふふ、天狗でもない者に、この大天狗が眼をかけるのがそんなに驚いたかな?」

「い、いえなんでもございませぬ」

慌てたように首を振る椛に、大天狗は楽しそうな笑みを漏らし、

「ふふふ……いいんじゃよ、椛。実のところ、儂はあの若いのが気に入ったんじゃ。あるがままにあって媚び諂いもせず、しかし敬意を以て相手を相手として見てくれるような者は、先代の博麗の巫女を除きおらなんだからのう。くく……天魔様が今おられなかった事は、少しばかり残念じゃったかもしれん」

「……そこまで、申されますか」

「ふむ、天魔様は恐らくではあるが、あの若いのを必ずや気にいるであろう。こうまで心穏やかに過ごせたのはほんに久しかった。射命丸があの龍人殿の前では素直な女子になっておるのもよう分かるというものじゃよ」

静かな笑みを浮かべた大天狗に、椛はやや驚きつつも静かに佇むのであった。

 

―――――――

 

「――もう!イオの所為で私までからかわれたじゃない!」

「本当にごめん!!――でもこんなに慌てる必要もないよね!?」

慌ただしい足音を響かせながら、イオと射命丸が揃って天狗の屋敷から出ようと画策している。

 其の後を飛んで追いかけながら、

「……はぁ。あの二人、狙ってやってるのかな~?」

「少なくとも、天然じゃないの?何だかそう感じるんだけど」

ルーミアとメディスンが目前を行く二人を見ながら、思い思いにそう呟いた。

 ばたばたと足並みをそろえて慌てつつ、どんどん先を行く二人を見れば、確かにそう思うのも無理はないだろう。

 とはいえ、彼らは完全に無意識でやっているようで、今の自分たちの様子に気づいている様子は微塵も見当たらなかった。

 そんな二人を見てぎょっとして脇に退けていく他の天狗達を尻目に、イオと射命丸はかなり急いでおり……。

 結果として彼らはものの十分程度で、天狗屋敷から脱出を遂げていた。

 やや息を乱したイオが、そこでやっと止まってくれた射命丸にジト眼を向けながら、

「……此処まで急ぐ必要ってあったっけ?」

「し、仕方ないでしょ!?あのままいたって大天狗様にからかわれ続けるだけなのよ!?」

「どれだけ苦手にしてるんだよ……」

こちらは風を操る天狗である所為もあるのか、一切息を乱さずにそれでいて狼狽しきった様子でイオに言い返している射命丸。

「……で、どうするの、これから。一応僕は予定として妖怪の山の頂上にまで行って、そこで昼食にしようかなんて考えてるんだけど」

「あ……そう言えばもうそんな時間よね。ん、私はそれで構わないけど」

イオの言葉に一瞬目を見開いてから、確認を取るようにしてルーミア達に射命丸は目を向けた。

「大丈夫だよ~。そもそも、行楽に行こうってイオが誘ってくれたんだから。山の上まで行こう?」

ルーミアがいつの間にやら彼らの傍にまで来て、おっとりとした笑顔でそう言い放つ。

 その言葉に頷きながら、イオは射命丸に向って、

「それじゃ、行こうか山の上まで。文、案内を頼んでいいかな?」

「まっかせなさい!今日は楽しませてもらうわ!」

どん、と胸を叩いた射命丸が先導となり、一行は妖怪の山頂上へと向かうのであった。

 

――――――

 

「――全く。イオは何処に行っちゃったのかしらね?」

「だなぁ。……予め、誰かに伝言頼んどけよ。もう……」

意気消沈した様子で空を飛んでいるのは、人里の寺子屋へと向かっていた筈のアリスと魔理沙だった。

 どうやら、目指す目標に向う為の情報に不備があったようで、ふらふらと空を飛んでいるようである。

「……どうする?私、アイツに魔法を教えてもらおうと思ってたんだが」

「まだ諦めるのは早いわ。――考えてみて、イオが休みを取って遊びに行くとして。必ず誘おうとする奴がいるでしょう?」

「……………………あぁ、成程。射命丸の奴に会いに行けばいいって事だな?」

アリスの言葉に、ぽん、と手を打った魔理沙が、納得がいったように声を上げた。

「ええ、そうよ。ルーミアは元からイオの同居人だから一緒にいるでしょうし。実際に家にはいなかった。そうなるとイオの交友関係からして、イオはあの天狗を誘いに絶対行くと思うわ。もし、そこにいなかったとしても、天狗の誰かに話を聞けば済むことだしね」

筋道が立ったその論理に、魔理沙もその気になったのかにやりと笑うと、

「んじゃ、そうするか。そぉいっ!」

ぐん、と勢いよく妖怪の山へと箒の魔力を走らせた。

「あ、ま、待ちなさいよ!?」

思わぬ勢いに、アリスは慌てて自身も魔力をしっかりと循環させると、彼女に追いつかんとして空を駆けて行く。

――既に、イオ達が天狗の里にいないとは、知らぬままに。

 

……さて、世界変わってこちらはアルティメシア世界最東端国、クラムのルーベンス家邸宅。

 とある一室にて、クラム国最高峰の魔法使いと評される、青年が机に突っ伏した状態で眠っていた。

 何やら悪夢でも見ているのだろうか……妙に表情が苦痛にゆがんでいる。

「……や、やめろぉ……全精霊励起魔法とかどんだけだぁ……」

何やら寝言らしき物を呟きながら、青年――ラルロスは眠ったまま魘されていた。

 とそこへ、コンコン、というノックが響くと同時に、

「――若様。またカルラ様がおいでになられていますが」

「うぅ……ハッ!?」

声をかけられた当人が、ようやくにして目を覚ましたのか、首を振りながら体を起こす。

「……若様?」

答えが返ってこないことに不審を抱いたのか、再びドアの向こうから従者が声をかけてきた。

「あ、ああ……大丈夫だ。それより、どうした?」

「ですから、カルラ様がまたおいでになられていると……」

「……マジかよ」

げんなりと気落ちした様子でラルロスが力なく呟く。

 その様子を察したのか、従者が声を低めて、

「……どうされますか、若様。体調が優れぬようでしたらお引き取りをしていただきますが」

「……いや、いい。どうしたって会わなきゃいけねぇんだ。でねえと、カルラの奴絶対に納得しねえだろうよ」

ばさり、と椅子にかけていたローブを手に取り羽織った後、ラルロスは瞑目してから小さく呟いた。

「――済まねえ、イオ。もしかすると……お前の平穏が、無くなっちまうかも知れねえ」

余りに不穏なその言葉に、しかし誰も反応することなく……少しして、部屋の中が空へと移行する。

 

 まるで、元から誰もいなかったかのように……。

 

――――――

 

「――いい天気だねえ……花も盛りだし」

「そうねぇ……」

ほふぅ……と、二人して感嘆の吐息を洩らす。

 

――確かに、彼らの言う通りに今の幻想郷は彩りに溢れていた。

 

 行く先々に生えた樹木には、赤や黄、桃色といった四季折々の花の色が目を引き、地面へと目を向ければ、そこにも草木達のシンフォニーが奏でられている。

 下手をすれば色の暴力となりそうなそれは、樹の間から見えている青空によって調和が成されていた。

 ふよふよと射命丸が羽ばたきながら滞空し、イオは大気中に透明の地面を作りだすことによって空にありながら、ぼんやりと空を眺める。ここ最近、色々な出来事があった所為もあるのか、射命丸はともかく、イオはかなり気を緩めているようだった。

 そんな二人の様子に苦笑しながら、そばを飛んでいたルーミアが話しかける。

「……二人ともー?ボーっとするのはいいけど、そろそろお昼だよ?」

「……あー……ごめん、ぼーっとしてた、うん。行こうか……そろそろ頂上みたいだしね」

目前に見える、樹木が見えないエリアを眺め見やりながら、イオがようやく我に返って射命丸とその他二人組に声をかけた。

「そうね……行きましょ」

「しゅっぱつしんこー!!」

穏やかな笑顔の射命丸と、元気いっぱいのメディスン。

 そんな彼女たちをメンバーにしながら、イオはゆっくりとしかし確実に頂上へと向かっていくのだった。

 

――そして、頂上。

 

「……こりゃすごい」

眼下に広がる風景に、イオは眼を丸くしてそう呟いた。

 春と言うこともあり、人々が田畑に駆り出されている様子が見え、中には牛や馬などを利用して耕しているようだ。残念ながらというべきか、此処からは遥かに遠い為に、薄らと見えるだけであり、声などを期待できるはずもなかったが。

「此処、結構穴場よ?……まあ、椛から聞いた話ではあるけどね」

「へえ……そりゃあいいね。今日は誰も来ないだろうし、貸し切りだ」

くすくす、と嬉しそうに笑い声を洩らしながら、イオは降り立つ所の周りを眺め見やった。

 

――そこは、樹木に囲まれた小さな広場。

 

 中央にかつては存在していたのだろう……樹の残り跡とも言うべき切り株が、雄大さを感じさせる後を見せつけ、その周りを、少し間を空けてから草達が囲っているのが見えた。

 よくよくその草達を見てみると、どうやら巷でクローバーと呼ばれているシロツメクサのようで、白の花が所々で集まりながら咲いているのが判別できる。

 長閑な風景とはこう言うものかと思わせる、美しい景色がそこには存在していた。

「……ありがとね、文。お陰でかなりのんびりできそうだよ」

輝くような笑顔と共に文を見たイオは、そこで射命丸が何故かそっぽを向いていることに気づく。

「??どうしたの、文」

「い、いや大丈夫よ、うん!ほら、さっさと行きましょ!」

「おわっ!?ちょ、押さなくてもいいでしょ!?」

背中をいきなり押してきた彼女に、イオは抗議しながらも渋渋と地面に降り立った。

 そんな二人に苦笑しながらも、ルーミア達も後を追って地面へと向かう。

――そして、少人数でありながらささやかな宴が開かれるのであった。

 

……そんな彼らを眺める、一対の眼。

「――おやおや。何やら楽しそうな事をしているねえ……よし、こうしちゃいられない。霊夢も紫も、あの亡霊の御姫さんも皆誘って宴会にしてしまおうじゃないか」

薄く広がりあらゆる場所に偏在するその人妖は、ただ笑って一瞬にして霧散した。

 

――此処に再び集い来るは幻想の花達。

――されど、美しいだけに留まらず。

――牙向かんとする花もあり。

――そして、何も知らずに宴を続けるは、実力者の一角と見られつつある「龍人剣神」。

――……彼の先行きに、幸いあれ。

 

――――――

 

「……どうしてこうなったし」

愕然と、目の前に広がる風景を見てイオは呟く。

 さあ、これから食べようという時に、いきなり少女たちが集まってきたからだった。

 ご機嫌そうな紫に不機嫌そうな霊夢、そしていつの間にやら冷気を漂わせながら白玉楼の主たる幽々子と従者の妖夢が現れたのを茫然として見ていると、

「おやつれないねえ?休みをとったのなら私らにも言って欲しかったんだけどなあ?」

「……貴方が原因ですか、萃香さん」

やや困惑したような表情になったイオが、すぅ……と近くに萃まってきた萃香を見てそう尋ねる。

 その問いに萃香はニヤニヤと笑いながら、

「おおよ。空で薄く広がってたら、何やら山の方で楽しそうな事やってるなと思ってねぇ。コリャ幸いとばかりにちょいと暇そうな皆を集めさせたわけさ。水臭いじゃないか、宴会する事、教えてくんないなんざよぅ」

何処となく責める口調で、イオに突きつける。

「……いや、あの。元々僕の休みなんですから……何処に行こうと、僕の勝手だと思うんですが」

呆れたように笑ったイオが、余りにも身勝手と思えるその言葉にそう返すと、

「ああん?何を言ってるんだい、私を抜きにして勝手に宴会をしている方が悪いんだよ。それによ……お前さんに用があった奴もいたようだぜぃ?」

「え……本当ですか?」

眼をぱちくりとさせた後、頭をカリカリと掻きながら、

「参ったなぁ……一応、書置きと言うか『今日は休む』と言うことをしっかり残していた筈なんですが」

「そりゃあ、普通の依頼人だったらそれだけでいなくなっただろうが……生憎と探してたのはそう言う奴らじゃあないぜ。――人形遣いと白黒だよ」

「……はい?」

思わぬ名前が出てきたことに驚き、イオは再び目をぱちくりとさせた。

「何でまた……」

「ん~?そうさねぇ……あいつ等の会話をちょいと聞いたんだが、どうやら白黒のは魔法を教えてもらいたいみたいだぜぇ?人形遣いの方はちょいと分からんなぁ。木の籠みたいなのは持ってたから、何か差し入れでもしてくれんじゃないかい?」

「……ふぅん」

今までが今までだったために、少しばかり不思議に思えたイオであったが、彼の従者であるゴーレムたちの言葉を思い出し、そう言うこともあるかと納得する。

「……まぁ、いいですけど。此処まで来てしまうともう追い返しも出来ませんし」

「おぉ?そりゃいいこと聞いた♪だったらちょいと摘みになるの、なんか作ってくんないかい?昼になったしねぇ」

「いや、流石に料理道具がない状態でそれは無理ですよ。出来るとしてもかなり大掛かりになっちゃいますし」

「何だい、詰まらないねぇ……なあ、紫よぅ?」

そう言いながら、萃香が近づいてきていた紫に向ってそう声をかけると、

「そうね、萃香。――大丈夫よ、私が境界を操って鍋とか出してあげるから」

「あの、そう自信満々に言われても、竈はどうするんですか?」

「ん?そりゃ私の力で土やら何やら萃めて竈を作るだけさね!ほれ、これで料理が出来ない心配はないだろう?」

「…………相変わらず、強引な事で」

最早、萃香の無茶ぶりというものに慣れつつあるのか、苦笑はしても怒りはしないイオだった。

 とそこへ、

「……むぅ」

とやや頬を膨らませている状態の射命丸が、じっとりとした眼つきでイオを見つめていることに気づく。

「御免よ、文。そう言うことだから」

かなり申し訳なさそうな表情のイオに、暫くの間射命丸は脹れっ面のままであったが、溜息を少し吐くと、

「……うぅ~……分かったわよ。その代り、料理は期待していいのね」

仕方なさそうに、だが期待が込められた視線を向けながらイオに問うた。

「ふふ、紫さんが境界を弄って機材やら何やら出してくれるらしいからね。ゴーレムたちも呼ぶし、本気でつくってあげるよ?」

休暇である事もあってか、ややテンションが高めの状態でイオがにやり、と笑いながらそう告げる。

 その言葉を聞き、当初此処に来たばかりの霊夢が、不機嫌そうな表情をあっさりとやや嬉しそうなものへと変え、

「だったら凄く期待できそうね。アンタの料理、種類が豊富で結構楽しめるから」

「あらあら、現金ねぇ霊夢。さっきまで不機嫌そうだったのに」

にやにやと笑いながら、隙間から体を乗り出している紫が霊夢をからかうと、ギン!と眼の光が強くなった睨みを霊夢がきかせた。

「うっさい。ぶっ飛ばされたいわけ?」

じゃきっと何時の間にやら用意した封魔針と御札を構えつつ、イオの目の前で紫に詰め寄る。

 だが紫は、

「あらあら怖いわねぇ。ゆかりん、泣いちゃうわ♪」

とおどけるばかりで、霊夢の迫力にも怖気ついた様子は見当たらない。

 直後、プチッと何かが切れる音と共に霊夢が無表情となり、

「年考えろっての、スキマババァ」

「あ……」

「……」

明らかにNGワードとしか思えないその言葉に、イオは嫌な予感がして思わず下がり、紫はスキマから体を乗り出した状態で無表情になった。

「――いいでしょう、そんなに言うなら弾幕ごっこで蹴りをつけてあげようじゃないの」

「はっ、上等よ。遠慮なくぶっ飛ばしてあげる」

ばばっ、という布が翻る音と共に一気に空へと飛び上がった霊夢。

 紫はそのまま隙間の中へと消えると、すぐに飛びあがっていた霊夢の前に出現し、身構えた。

「……あのー、料理冷めちゃいますよー?」

イオが恐る恐るながら、下からそう声をかけるが、彼女たちはすでに弾幕ごっこを始めており、彼の声が聞こえている様子ではない。

「ほっとけほっとけ、あいつ等はあいつらで勝手に決着付けるだろうさ」

ぐびり、と瓢箪の酒を飲みながら萃香が天を仰ぎつつそう告げると、イオも苦笑して、

「……なるだけ、出来たて食べてもらいたいんですけどねぇ……仕方ないか。じゃあ、早速作りますよ」

幸い、すでに用意してくれているみたいですしね。

 紫がスキマで移動させたものなのか、色々な機材や材料がそこかしこにあり、その多くは敷かれた布の上に転がされていて、材料は新鮮さを表すかのように水気を帯びていた。

 挙句の果てに、本来なら春の食材で十分なはずなのに、何故か秋や夏の野菜まで登場している事には苦笑せざるを得なかったが。

「これ、やり過ぎですよねぇ明らかに」

「な~に言ってんだい、男なら一度決めたことでがたがた言うんじゃないよぅ」

ああん?といちゃもんをつけるような口調で萃香が言うと、イオは諦めが多分に含まれた笑顔を浮かべ、

「……もう、仕方ないですねぇホント」

まあ、言った事はちゃんとやるんで心配はいらないですが。

 そんな事を言うと、イオは静かに瞑目して集中し始めた。

おお?と、驚いたような声が聞こえてくるが、イオは構わず魔力を集中し続け……、

 

――「『召喚』」――

 

小さく、呟く。

 直後、イオから少し離れた目の前で黄緑色に輝く召喚陣が出現し、ゆっくりと回転しながら少しずつスピードを落として止まっていった。

 そして、完全に止まったと見えたその瞬間。

――光が溢れ、ずさり、ずさりと其れなりの重量がある物が二つ、降り立つ音が響いた。

「……何だか、妙に演出過剰だねぇ」

「言わないで下さいよそれは……やあ、調子はどうかな二人とも。アルラウネ、フルナ」

光量がやや大きかったせいで眼を瞑っていた一人である萃香にからかわれ、苦笑しつつもイオは目の前に立つ己が従者に向って呼びかける。

『……ふむ、マスター。今日から何日か休むと聞いていたのですが?』

「あはは、その心算だったんだけどねぇ……どうしたわけか僕の休暇を聞きつけて宴会騒ぎになっちゃってさ。仕方ないから一緒にお昼代わりの料理を作ろうと思ってね」

『むぅ……もう少し、断る事をされた方がいいような気がしますが』

無表情のその顔ではあるが、口調でイオが暗にお人好しすぎる事を突っ込むアルラウネ。

「大丈夫だよ、アルラウネ。後できっちりお金取るつもりだから」

「ええ!?ちょっと待って!それ私も入ってる!?」

ひんやりと何処か冷たい口調になったイオが、眼が笑っていない笑顔で言い放った言葉に反応し、射命丸が慌てて立ち上がって叫んだ。

 その言葉に思わず笑ってしまい、射命丸に睨まれながら、

「文は別だよ?流石に遊びに誘ったのに、そんな事はしないってば」

「……ああもう、脅かさないでよ……」

へたり、といつも動いている翼をしんなりとさせながら、射命丸は安堵の溜息と共に文句を告げる。

「御免よ、勘違いさせちゃってさ。――という訳なので、皆さん方、たっぷり御代の方は要求しますので悪しからず」

「……結構ちゃっかりしてるわねぇ。まぁ、私としてはイオの料理が食べられるだけでもうれしいから払うわ」

くすくす、と扇子で口元を覆いながら幽々子が笑い、妖夢がそれに呆れたように首を振って、

「幾らなんでもイオさんだけにやらせるつもりはないんですが」

「ふふ、それはちゃーんと、考えているわ。ほら、妖夢?」

「分かっておりますよ、幽々子様。――では、私も手伝います」

きりっとした表情でイオを見つめてくる妖夢に、イオは穏やかに笑いながら頷くと、

「助かります」

「いえ、御気になさらず。イオさんには色々と世話になっていますから」

にこり、と年頃の少女が浮かべるにしてはひどく大人びたそれに内心驚きつつも、イオはいたって何てことなさそうに振舞い、

「じゃ、お願いします」

「ええ」

と、二人して料理し始めた。

 少しして、彼の従者であるゴーレムたちも手伝おうと、ガシャリガシャリと音を響かせながら動きだしていく。

 何だか妙に手慣れている彼らの姿に、やや射命丸の目つきが剣呑になりかけ、危うい所で首を振って普通の状態に戻るということもあったが、イオ達を遮るものは誰もおらず、どんどん料理が運び込まれることとなった。

 その頃には、紫と霊夢の弾幕ごっこも終わっており(因みに紫が勝利していた)、のんびりと酒を飲んで待っている者や、イグサで編まれた茣蓙の上で座り、風に散りゆく花びらを眺めている者もいる。

 

――彼女たちがやってきたのは、そんな時であった。

 

「――おいおい、いつの間にこんな所で宴会おっぱじめてんだ?」

男前な口調でそう言ったのは、箒に乗った白黒の魔法使い――霧雨魔理沙。

 そんな彼女に同意するように、やや眉をしかめ、

「……変ね。此処、妖怪の山よ?許可貰っているのかしら」

と不審そうに呟いたのは、人形遣いである――アリス=マーガトロイドだった。

 二人が不思議そうにしていることに苦笑しつつも、最後の一人が口を開く。

「恐らく、初めはイオ殿が食事をされている所に、皆さん方が寄られたのでしょう。大天狗様は許可されていないと思いますが……多分ですが、射命丸様がおられる事を、『監視している』という理由にして不干渉を決めているのだと推測できます。視てみましたが、周りに私の部下もいないようですしね」

そう、指を建てて推理を述べているのは、白狼天狗哨戒隊長である犬走椛であった。

 彼女の告げた言葉に、やや納得がいったような表情を浮かべながらも、アリスがとりあえず、と前置きして、

「下に降りてイオに訊いてみましょ。そうすれば分かるでしょうし」

ふよふよと自身が創りだした人形たちと共に地上に向いながら、アリスが二人の方を見てそう告げる。

 おう、ええ、とそれぞれに応える声と共に、彼女たちは妖怪の山頂上へと降り立つのであった。

 

――――――

 

「――ありゃ?こっちまで来たんだ二人とも。ごめんね椛さん、案内させちゃって」

近づいてきた三人の少女たちに、イオがそう声をかけると、

「用事があるんだから仕方ないわよ」

「魔法を教えてもらいたかったしな」

「いえ、一応客人と言うことで通してありますので」

とそれぞれの答えを返した。

 順番に返されたその答えに、イオはやや苦笑しながら、

「あのさ、二人とも。僕一応休み取ってるって知ってる筈だよね?此処にいる以上、誰かに僕の休みのこと聞いたんだろうからさ」

と料理を続けながらそう突っ込む。

 だが、魔理沙はしれっとして、

「どうしても訊きたい事があったんだよ。パチェの奴に訊いても大体自分でイオに訊いてきなさいというばかりでさ。ちっとも教えてくんないでやんの」

と不満そうに頭の上で両手を組みながら、そう告げてきた。

「私は、単純に差し入れよ。こっちの空気読めない子とは違ってね」

「あー!?そう言うかよアリス!」

肩にかけていたバスケットを取り出し、中を見せながらそう告げるアリスに魔理沙が抗議しているが、

「そもそも、僕に何かしてほしいんだったら其れなりの報酬とか出してもらわないといけないというのは分かってるでしょ?アリスはこの間の手打ちにしてほしいってことだろうし、魔理沙が魔法を知りたいって言っても、ちゃんと礼儀を知らなきゃ僕は何もしないし、むしろ魔理沙に対する心情が悪化するだけだよ」

というか、大図書館での負債まだ残ってるんだからね?

 やや呆れたような表情になって、厳しめの意見を告げるイオは、確かに公平さそして情状酌量の持ち合わせをちゃんと心がけている。

 でなければ、イオが中立の存在たる何でも屋でいられ続ける筈もなかっただろう。

 そこの部分に関してイオが譲れないというのは魔理沙にも分かっていることらしく、かなり気まずげな表情だった。

「わ、分かってるぜそれは……むぅ……だ、だったら私の魔法の研究結果を少しだけとかはダメか?」

「――どういうの?」

ジュージュー、と美味しそうな煙を上げているホイコーローを皿に載せながら、イオは油が入らないようにか、やや目を細めつつ魔理沙に鋭く問う。

「う……ま、魔法の森の茸がどういう作用を持ってるのかとかそういうの……」

言いながら自身の魔法研究について自信がないのか、魔理沙の声が尻すぼみになった。

 だが、イオは少し考えると、

「ん、だったらちょっとした基本程度は教えてあげられそうだね」

「ほ、本当か!?」

先程のイオの態度からは想像も出来ない好意的な言葉に、魔理沙が目を丸くして叫ぶ。

「まあ......ちゃんと僕の言う通りに対価用意してるからね」

「よ、よかった……断られるかと思って冷や冷やしたぜ」

ホッと一安心している魔理沙に、しかしイオはなおも冷たく、

「まあ、ちゃんと報酬を用意してなかったら教えないよ?」

「……身に染みてるぜ。わかった、ちゃんと用意する」

本気になったイオがどれだけの事を仕出かすのか身をもって知っている彼女は、渋々ながらにそう答えたのだった。

 

――とまあ、此処までが彼女たちの用事であったが。

 

「……良かったら食べてく?どうせ、こうなったらもう宴会止まんないし」

「…………いいのか?」

「なーに遠慮してるんだよ。構わないって言ってるんだから、従いなさいな。と、椛さん。良かったらどうぞ召し上がってください」

遠慮している彼女に、今更すぎると突っ込んだイオが椛に向ってそう告げた。

 その言葉に一瞬驚いたように目を丸くさせた椛は、すぐにフッと微笑みを浮かべると、

「……ええ。ありがたく頂戴いたします」

と、嬉しそうに答える。

 そんな彼女に射命丸が近づいた。

「……大丈夫なの?椛、哨戒の仕事終わっていない筈でしょ?」

やや心配そうなその面持ちに、椛は苦笑すると、

「大丈夫ですよ、射命丸様。私の部下もおりますし、早々侵入などさせませんので」

――能力も、ある事ですしね。

直ぐに、哨戒隊長としての気概が滲んだ不敵な笑顔へと変える。

 その表情は、自身が受け持つ部隊を信頼していると、口に出さずともはっきり伝えさせるものであった。

 自信がある様子の彼女に、射命丸はややほっとしたような表情に変わると、

「そう……『千里先を見通す程度の能力』持ちの椛が言うのなら、大丈夫そうね。ん~……お、イオの料理そろそろよさそう!」

イオが料理をしている所に近づき、肩越しに覗き込みながらイオに向ってそう言った。

「はいはい、すぐに持って行ってあげるから待ってて。魔理沙達も、ね?」

待ちきれない様子の射命丸に苦笑しながらも、イオはまだ残っていた三人組に向ってそう告げ、再び料理へと集中して行く。

 かなり真剣な眼差しをしているイオに、嬉しそうに笑みを浮かべた射命丸がこくん、と頷くとスキップをしそうな勢いで、三人組をどんどん宴の中心へと向かわせた。

「お、おい!?押すなよブンヤ!」

「まぁまぁ。早く一緒に食べましょうって事ですよ!」

ばっさばっさと翼を羽ばたかせながら、射命丸が慌てる魔理沙達に構わずそう告げる。

 相当浮かれているのだろう、かなりの満面の笑顔だった。

「ったく……仕方ねえ、付き合ってやるか」

「……そうね……」

呆れたような魔理沙の言葉に、アリスは少し、間を空けながらそう返すが、

(……何時になったらくっつくのやら)

と、内心イオと射命丸の現状に呆れてもいたのである。

(どこの新婚夫婦よ、もう……様になってるのが妙に憎たらしいわね)

ふぅ……と、疲れたような溜息を洩らしながら、アリスは魔理沙と共に宴会が繰り広げられている場所へと向かうのであった。

 

――――――

 

「……いい景色ね、本当に」

薄らと目を細めた紫が、敷かれた布の上に足を崩した状態で座りながら、周りで咲き誇っている桜や椿などの色鮮やかな花達を眺めそう呟く。

「ええ、本当に美しいこと。――まぁ、あの西行桜には負けるでしょうけど」

「何で張り合っているのよ……幽々子」

何処となく譲らない雰囲気を醸し出している長年の親友に、紫が扇子で口元を覆いながら苦笑した。

「むぅ……あの桜が咲いたら絶対この世の全ての草花より美しかったでしょうに」

「咲いてはならない理由があるから、そうなったのよ。仕方ないでしょう?」

どうやら、以前の異変を解決された事に薄らながら根に持っている様子を感じ取り、紫は苦笑の度合いを深めながらそう突っ込む。

「あの子に依頼して、能力で解決しようにもそもそものあの桜の存在理由が理由だからねぇ……まず、首を縦には振らないと思うわ」

「……分かっているわ、そんな事」

若干すねたようなその表情も、見た目が少女である所為か妙に映えている幽々子だった。

 

――そこへ、龍人が通りかかる。

 

「ふぅ……と、此処、相席してもいいですか?」

一旦料理を追求する声が途絶えたのだろう、やや疲れた様子ながらもその場に立っている彼の姿には、脱力はあれども隙は見当たらない。

 若い身空でありながら、そこまで武を極めていることに今更ながら驚嘆しつつも、紫は扇子を下して穏やかな微笑みを浮かべ、

「ええ、どうぞお座りなさいな。こちらにも料理は来ていることだしね」

と言いながら、すす……と、扇子で空いた席を指し示した。

「有難うございます……ふぅ、一段落したし頂きますか」

自身が作った料理達を眺めながら、満足そうな言葉を洩らしたイオはパクパクと料理を食べていく。

「ん、美味し。ああ、やっぱり今日の予定、行楽にしておいて本当に良かった」

満足そうな笑顔と共に呟かれたその一言に、紫は笑みの度合いを深め、

「ふふ……いつも忙しそうに飛びまわっていたのに、今日は珍しかったわね?」

「慧音先生から、たまには休めと言われましたからねぇ。丁度僕がこの世界に来てからというもの、大体半年ぐらい経っている訳ですから。そう言った意味でもたまには休もうかなぁと」

「そう……早いわ……もう、半年経つのね」

しみじみとした表情で、紫が小さく呟いた。

「そうですねぇ……本当に、月日が経つのは早い」

その言葉に同意しながらも、イオはこの世界に来てから怒涛の勢いで過ぎ去っていった出来事を思い返している。

――紅魔館館主、レミリア=スカーレットや、『四季のフラワーマスター』、風見幽香との戦い。

――個性的な面々の人妖達との出会い。

――魂魄妖夢や霧雨魔理沙等の、異変解決者との戦い。

――もう会えないと思っていた、親友との再会もあった。

と、そこまで思い返してきた所でイオは気づく。

(……考えてみれば、僕この世界に来てからずっと戦ってばかりなような気が……むぅ……好戦的な性格の筈はないんだけどなぁ……)

かなり複雑そうな表情を浮かべているイオに、近づいてくる影があった。

「イオだ~……えへへ」

頬が赤い宵闇の妖怪たるルーミアが、へべれけな状態でイオに抱きついてきたのである。

「あーあー、もう、こんなに酔っ払っちゃって。二日酔いになっても知らないよ?」

「妖怪だから大丈夫だもーん……えへへ♪」

甘え声と共にすりすりとイオの背中に頬をこすりつけているその様は、猫が体を擦りつけているようでもあり……些か、スキンシップが激しい妹としかイオには見えなかった。

 仕方なさそうに笑っているイオではあるが、その表情は呆れたものであってもどこか温かい。

 するり、と背中に回っている彼女を音もなく前に回らせ、イオは座ったまま彼女の頭を静かに撫でていた。

 擽ったそうに身を捩った彼女だったが、その撫で方が優しく、そして包み込むような温かさに満ちている為か、次第に瞼を下していき……遂には、寝息を立てて眠ってしまう。

 可愛らしいその寝顔に、イオはくすくすと笑って、

「……この世界で、妹とも言えるような存在に出会えたこと……気兼ねなく話しかけてくれる友人達ともも、思いきり喧嘩しあえる人たちとも出会えたことも……多分、僕にとっては幸せなことなんだと思います。少ない時間ではありますが……元の世界にいた頃よりも、この世界に住んでいる今が、ひどく心が穏やかになっているんですよね」

と、傍らで微笑ましそうに見ていた白玉楼の主と幻想郷の管理者に向ってそう告げた。

「ふふ、初めて出会った頃は、焦りばかりが貴方を苛んでいたから……尚更そう思うでしょうね。とはいえ、まだ自分の事を知りたいという気持ちは失われていないようだけど」

「……お気づきでしたか」

苦笑している紫に、イオは苦みが多分に濃い笑みを返す。

「……今回の出来事で、映姫様にお会いしましたけれど……一蹴されてしまいましたからね。正直、諦めきれない思いも確かにあります。――でも、あの方が仰っていた言葉……身に覚えがあり過ぎて、かなりショックだったんですよねえ」

これで、やっと自分の過去の事を知る事が出来ると思った先でしたから。

 撫で撫で、と相変わらず胡坐をかいた膝の上に座るルーミアを撫でてあげながら、イオは眼を落としてそう告げた。

「でも、そのすぐ後に霖之助さんと久しぶりに会いまして……彼からはこう言われましたよ。『自分の悩みの解決策は、案外自分が持っているものだ』とね。それ聞いた時、自分の心の中が妙にすっきりしたんです。――解決策はある、だったら、それを求めていけばいい……そう考える事が出来るようになったのは、有り難かったですね」

不意に空を見上げ、今の自分の心境を語るイオ。

 その表情は何処か晴れ晴れとしており……どうやら、諦める事はしないまでも、余裕を持つ事が出来た理由がそこにあるようだった。

「ふぅん……じゃあ、もしかして」

何処となく悪戯っぽい笑顔を浮かべた幽々子が、楽しそうにそう言葉をかけると。

 

「――ええ。何時になるかは分かりませんが……ちょっとは、自分の幸せ......それに結婚に関しても考えてみようかなと」

 

その瞬間、宴会の騒がしさがかき消えた。

「……な、なんですいきなり」

たじろいだイオが周りの人妖達に向ってそう尋ねるが、彼女たちは一様に黙り込むばかりで答える気配はない。

 その代わり……とあるゴーレムが手を上げて発言した。

『それって、結局この世界に定住することでいいんでしょうか?』

「?だから、そう言ってるじゃないかアルラウネ。向うにいる時よりはこっちの方がはるかに落ち付くからね。というか……なんでそう緊張してるの?」

ガッチガチになった状態のアルラウネに、イオは訝しげにそう尋ねたが彼女は答えない。

『……とうとう、このときがやって参りましたか』

というか、妙に感激しているように見えた。……その横で頭痛でも感じているかのようなフルナも見えたが。

 

――そして、様子がおかしいのはもう一人いた。

 

「――けけけ結婚って!!?」

慌てまくった表情で、射命丸が眼を見開きながら叫ぶ。

「いや……直ぐという訳じゃないのはさっき言ったよね?」

「そうじゃないわよ!――貴方、もしかしてこっちに好きな人でも出来たの!?」

「……なんでそうなるのさ」

呆れたようにイオがそう言うが、射命丸にとってはかなり重要な問題だった。

――彼女自身が、イオを憎からず思っているわけであるからして。

「あのさ……まだ此処の皆と出会って半年しか経っていないんだよ?全然皆のこと知っている訳じゃないんだから、早々好きな人なんて出来ないよ」

ないない、と手を振りながら、イオが溜息をつきつつ言い返すが、諸君、忘れてはならない事が一つある。

 

――人を好きになるのはいつだって突然であり、ふとした事で相手への好意に気づくのだから。

 

だからこそ、射命丸は焦っていた。

「だ、だったらさ!気になる人とかはどうなのよ?それだったらいるでしょう!?」

「?何でそんな必死なんだよ?……それと、今のところ気になる人もいない……かな」

会う人会う人個性的だからどうにも。

 射命丸の様子にやや不思議そうではあるが、イオはそれでも律義にそう答えを返す。

 だが、当然のことながら射命丸はその言葉にぴきっと青筋を立てると、

「……ちょっと待ちなさい。誰が個性的ですって?」

「え?違った?霊夢は守銭奴だし、魔理沙は本泥棒。アリスは人形マニアで、萃香さんは酔っ払い。幽々子さんは大食いだし、妖夢は真面目すぎる性格で。紫さんは不思議な人だし……藍さんは親ばかでしょ?」

文も文で結構ずうずうしい所あるしさ。

 キョトンとしたようにそう告げるイオはいたって純粋な眼差しであり、例に挙げられた人妖達は揃って目を逸らすしかなかった。

 何故ならばイオの言葉の内容が大体合っているからである。

 悪意以て放たれた言葉であったならば、皆から襲撃を受けていただろうが、イオはあくまでも客観的な言葉で以て告げていた為に逃れられたのだと言えた。

「……ま、まぁいいわ(……もうちょっと自分の性格を改めるべきかしら)。と、それはともかく!」

こほん、と咳払いしながら内心で自戒しつつ、射命丸は改めると、

「じゃあ、結局今の所は誰もいないということでいいわけね?」

「だからそう言ってるじゃないか。というか……何でみんなして人のプライベートに興味津々なんだよ?」

若干ジト眼になったイオが、周りを見渡しながらそう突っ込む。

 だが、冷静になった人形遣いの少女が、すこぶる真面目な面持ちになり、

「そりゃあそうよ。だって、この幻想郷で唯一といっていい実力者の若者よ?誰だって動向が気になるでしょ」

「…………映姫様に頼んで、説教してもらおうかな」

アリスの言葉に、かなり長い間黙っていたイオが、今度こそ半眼になってぼそりと呟いた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい。なんでそうなるのよ?」

「えー……だって、じろじろと見られるの、慣れているとは言っても好きじゃないし。いちいち誰かが僕のこと覗き見てるんだったら犯罪以外の何物でもないでしょ?だったら、映姫様に説教してもらえば、誰でも反省すると思ったんだけど」

割とあっさりと告げるイオだったが、その言葉の悪辣さに皆が戦慄する。

「ほ、本気でやるつもり……?」

「当然。『善意には善意を。悪意にはそれ相応の態度で報う』。これが僕の一応の立場だから」

――何でも屋らしくていいでしょ?

にっこり、と笑いながら告げるイオだが、若干漏れ出ている雰囲気が黒い事に皆は気づいた。

((((何これ怖い))))

戦慄している彼女達をよそにイオはのんびりとした雰囲気に戻ると、再び食事と向き合っていく。

 一部衝撃的な言葉が告げられる事はあれど、宴会はこうして続いて行くのであった。

 

 




というわけで、イオがこの世界に完全に居住することを決意し、何時かは誰かと結ばれることも願うこととなりました。
今のところ、彼の女性関係における趨勢というのは、それなりに混沌さを増してきているようでもあり……はてさて、誰を見初めることになるのか……それは作者も与り知らぬことである(おぃ


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第四十七章「再び来るは異世界に在りし親友」

 

――妖怪の山・山頂でのどんちゃん騒ぎからかなりたった夕暮れ時。

 イオは射命丸と共に、紅くなった夕焼けの光が射しこむ、人里の通りを二人で歩いていた。

 ルーミアとメディスンは、先にイオの家に向って直行しているためにいない。つまりは、こうしていること自体逢瀬を繰り広げているも同然なのだが……イオは至ってのんびりしているだけであり、射命丸だけがややそわそわとしていた。

 イオはそんな彼女の翼が意志に従ってパサパサと動いているのが妙に気になり、ややちらりと見る事もあるが、基本的に今日の夕食の内容をどうしようかと思案中である。

(腸詰は買い置きして凍らせてあるから良いとして……野菜もある、後は……どんなのにしようかなぁ……?)

ふわふわと思考を浮かしながら、イオは何処となくぼんやりとした様子で辺りを見回した。

 次第に夜の帳が下りてくる頃とあってか、人気は疎らだったが、それでも夕刻の食事の匂いや居酒屋から喧騒が聞こえてくる程度には、人里は騒がしい。

「……ねぇ、イオ」

と、ふらふらと視線を彷徨わせているイオに、ようやくにして、射命丸が話しかけてきた。

「ん?……どうしたの?」

「結局休みが休みにならなかったけど……大丈夫なの?」

どうやら、視線を泳がせていたのには二人きりの状態でかつ話題が見つからなかったせいの様だ。

 とはいえ、意を決したような表情であるため、自分の訊きたい事からはそう離れていないようであったが。

「まあ、今日みたいなのはそうそうないし……明日からちゃんと休むよ?大丈夫だってば」

「ホントに?何か、眼を放すと大体厄介事に巻き込まれているような感じなんだけど」

ジト眼でこちらを見つめてくる彼女だったが、それはイオに対して失礼というものであろう。

「失礼な。というか、それは巻き込んでくる方に文句言ってよ。大体、僕から何かした訳でもないのに襲撃かけてくるから困ってるんだよ?」

口先をとがらせながら愚痴る青年は、彼女のようにジト眼になって見返した。

「だったらもう少し気をつけなさいよ。イオ、たまーに人の古傷とか事情に首突っ込んでることあるから」

「……むぅ」

鴉天狗の少女からの真心こもっている忠告に、イオはしかし複雑そうな表情を浮かべるのみ。

 理解を示しているようでもあり、納得していないようでもあるそんな表情に、射命丸は苦笑して、

「まぁ、自分でも分かってるかも知れないからこれ以上は言わないでおいて上げる。……と、そういえば何の話をしてたんだったっけ?」

「ん~……なんか、有耶無耶になっちゃったような気が」

はて?と二人して首をかしげ、すぐに射命丸がポンと両手を打つと、

「そうそう、イオの休みのことに関してだったわね。――明日からの休み、どうする心算?」

「それで悩んでいるんだよねぇ……むぅ。紫さんに頼んで、こっちの外の世界に行ってみるのもいいかなぁと思ってるんだけど」

「…………はぁ?え、本気で言ってるの?」

何でも屋の青年がのほほんとして言いだしたその一言に、射命丸はがくんと口をあけ、まさしく愕然とした様子で訊ねた。

「だってねぇ……今のこの見た目だって、紫さんに普人種と亜人種の境界を弄ってもらってしまえば、普通の人間になれるだろうし。髪も染めれば大丈夫だしさ」

「あのねぇ……普通に考えなさいよ。とっくに幻想種に至ってるんだから、幻想が消えた外の世界じゃ、存在を確立させられないのよ?私達天狗も、神様たちも全部そう。人に認識されない限り……存在は確実に消えてしまうの」

あっけらかんとして言ってのけるイオに、射命丸は呆れかえったような表情で突っ込む。

「んー……じゃあさ、僕の存在の核になってるのって、何だと思ってる?」

だが、イオは何処となく悪戯っぽい笑顔を浮かべ、射命丸にとっては不可解な言葉を発した。

「何が言いたいのよ、イオ」

不審そうな眼つきとなり、射命丸がイオに向ってそう声をかけると、イオは面白そうに笑い、

「あのさ、『元々この世界に根ざしてる君たち』と、『異なる世界から呼ばれた』僕。言いたいこと……分かるかな?」

と、二つの事象を挙げ、射命丸に謎をかける。

 一瞬問いかけられたその内容に眉をしかめた射命丸は、歩きながら考えこむそぶりを見せた後、すっとイオを見つめ、

「……もしかして、元々生まれ出た場所が違う上に、イオを知ってる人もアルティメシアにいるから、存在が消えないとかそういうことを言いたいわけ?」

「当たり。天狗にしろ何にしろ、外の世界において幻想種とされてる神秘は、もう存在しないと思われてるからこそ、存在を確立できない。――でも、僕は?『龍人』になったとはいえ、それは血の中に眠る因子を濃くしたからそうなっただけで、骨子である素体は『人間である』ことは変わっていない。だったら行けるんじゃないかなぁ?」

彼の語った理論。

 その言葉がもたらす衝撃というのは、かなりのものであったと射命丸は後に述懐した。

――それもそうであろう。

 イオの語った理論は、ある意味では筋道が立っており、ある意味では到底詭弁にしか思われないような内容なのだ。

 言ってみれば、『一か八かの可能性に賭けてみる』としか言っていないも同義なのである。

 だが、荒唐無稽であると断じるには、イオの言葉にはかなり説得力が存在していた。

 イオ自身が言っていたように、その体に魔力は存在すれども、射命丸達天狗などの妖怪や幽々子達亡霊等が有している妖力は存在しない事。

 感じられる力の基盤に、人間と同じように霊力を有しているのを感じられる事もある。

――だが、何よりも雄弁に物語っていたのは。

 

彼自身が、形はどうあれ、未だに『人間』という枠から出ていなかったことであろう。

 

「……全く。そんなこと言えるの、イオしかいないわよ?」

完全に呆れかえった表情になった射命丸が、これまた呆れたようにそう告げるが、イオはからからと笑うだけであり、

「そう言うって事は、文も満更間違いでもないと思ってるんでしょ?」

くすくす、と楽しげに笑うイオは、どうにも茶目っ気が溢れている様子であり、その様子からしてからかっているのか、本気で言っているのかの判断がし辛かった。

 とはいえ、幾ら説得力があるとはいっても、あくまでも推測でしかない現状、イオはどうするつもりなのか。

 その部分が気になり、射命丸が口を開いた。

「じゃあ、結局外に行くつもりな訳ね?どうやって行くのよ?」

「そこはまぁ、霊夢に頼んで紫さん呼んでもらって~、で、まだもしかすると外の世界に幻想が残ってるかも知れないなんて言って、理由作るよ」

「おいこら」

明らかに観光する気満々なその台詞に、歩きながら射命丸はジト眼になってイオを睨みつける。

「え?何かおかしい所あった?」

白々しくも首をかしげているイオだったが、射命丸はその眼にきらきらした物が浮かんでいる事を見逃さなかった。

「明らかに違う目的があるでしょそれは」

「えー?でも、こう言う理由づけなら紫さんも納得すると思ったんだけど」

「……あのね、幾らなんでも幻想がほとんど残っていない所にわざわざ行こうとする意味が分からないわ。それに、もし残っていたとしてもあの八雲紫が気づいていないとも思えないしね」

相変わらずジト眼のまま、射命丸はイオが言わなかったその事について言及する。

「そこはまぁ、幻想郷の管理だって忙しいだろうし。こっちの折衝をつけるっていうつもりだよ?」

だがイオは予想していた模様であり、彼の口からすらすらと言葉が紡ぎ出された。

 どうだ、とばかりにドヤ顔を決めてくるイオに、射命丸は何処からともなくハリセンを取り出しスパーン!と突っ込みを入れる。

「自慢げに胸を張るんじゃないの!」

「…………流石に痛いよ、文」

それなりに加減もしないで叩かれたせいか、イオが若干涙目になって射命丸に抗議した。

 その様子をさくっとスルーした彼女は、ともかく、と続けると、

「何があってもおかしくないんだから、絶対に外の世界には行かないように!」

「……はーい」

「返事延ばさない!」

「わかったよ、もう……ちぇっ。行ってみたかったのになぁ」

ぶす、とむくれた表情のイオに、射命丸は眼を尖らせ、

「……これ以上何か言うならスペカ発動するわよ?」

「大人しくしてます、マム!!」

かなり低い声で告げられたその言葉に、イオは先日彼女にふっ飛ばされた記憶が蘇り、思わず直立不動の敬礼で以て誓約する。

……どうやら力関係としては、やや射命丸に軍配が上がっているようだった。

 と、そこでぐったりと体を前のめりにさせると、

「……あ~あ、何しよう?ラルロスに頼まないと帰郷すらできないしなぁ……」

「そんなに暇なの?」

「そりゃあ、普段は依頼とか請けてるからねえ……そこまで暇にならないんだけど。畑を耕すにしたって、食料も今のところそんなに必要じゃないしなぁ」

むぅ……困った。

 眉をしかめた状態でそんな事を呟くイオは、確かに、思いがけず出来たこの休みをどうやら持て余しているようである。

「誰かと鍛錬する事でも、暇はつぶせるんじゃないの?」

先程イオが呟いた、故郷への帰郷を念頭に置いた発言を思い出しながらも、射命丸はいたって何てことなさそうにそう尋ねた。

 だが、イオはその言葉に嫌そうに表情を顰めさせ、

「嫌だよ、休みの時まで戦い続けるなんて。今日の宴会で此処に来てからのこと思い返したら、大体戦ってる事が多かったし。少しは休ませてよもう」

死にかけたこと何度かあったしさぁ……。

死んだような眼になったイオがぶつぶつと文句を呟き始める。

「あ、あはは……ごめん」

流石の射命丸のそんなイオの様子に思うこともあったらしく、やや脂汗を流しながら苦笑を浮かべて謝罪の言葉をかけた。

 じろり、とそんな彼女を見据えたイオが、

「ねぇ、やっぱり外に行っちゃダメ?」

「……悩ましいわねぇ」

正直なところ、射命丸はイオに何かあったら嫌だと思っているがために、イオの行動を止めているのだが、その為に彼が暇を持て余すというのも、彼の精神衛生上良くない為に悩んでしまう。

 

――その時だった。

 

「――ふうん……だったら、こう言うのはどうかしら?」

するり、と音もなく彼の傍に立ち、紫が扇子を用いてイオの顔で遊びながら告げる。

「!?……悪趣味ですよ、紫さん」

いきなり目の前に現れた彼女に、イオは不機嫌な表情になり文句を告げた。

「全く、普段だったら笑って済ませてますけど、今僕は丁度機嫌が悪いところなんです。思わず斬りかかっても可笑しくなかったんですよ?」

「あらあら、だったら私は境界を使って逃げるだけねぇ」

くすくす、と悪そうな笑顔を浮かべた紫が、楽しそうにイオを弄りながらそう返す。

 そんな彼女の様子に、イオは溜息をついてから、

「……で。どのような御用件でしょう?今日の宴会の時、僕は休暇だと申し上げたと思いますが」

相変わらず不機嫌そうな表情のまま、紫を問いただした。

 すると、紫はぱちり、と片目ウィンクを返すと、

「あら、どうしようもなく暇だという声が聞こえたんですもの。だったら、貴方の暇つぶしになるような物を提示してあげるのも優しさというものでしょう?」

「――内容は?」

若干勢いがついたイオの言葉に、射命丸はジト眼を向けて、

「……ねぇ、イオ。今の自分、どんな顔してるか分かる?」

と、きらきらと目を輝かせ始めているその表情に突っ込みを入れる。

 まるで待ち望んでいた玩具を手に入れたかのような彼の表情に、射命丸は若干どきりと胸を高鳴らせつつも、ジト眼で見つめた。

「え?別にいいでしょそんな事。紫さん、何処か甘味処行ってお話しません?」

「……見事なまでに手のひら返しねぇ。ああ、別に構わないわ。このままスキマで貴方の家に行くから」

苦笑しつつも紫はすっと扇子を空に向け、一閃する。

 ぞわり、と空気が変化するのと同時にスキマが開かれ、そのおどろおどろしい中身がさらけ出される前に、イオのいつも眼にしている玄関の戸が見えた。

「それじゃ、行きましょうか」

わくわくしたような光を眼に浮かべているイオが、そう言って真っ先にスキマにもぐり込み。

「やれやれ……全く、あんな顔して……」

何処か呆れた口調のまま、射命丸がちゃっかりとスキマに入り。

「ふふ……まさか、こんな場面に出会えるとはねぇ」

何処か楽しそうな笑顔を浮かべた紫が、最後に入った。

――そして、スキマは消え去り、後には夕方の人里のさざめきが残るのみ。

 

――――――

 

――アルティメシア世界最東端・クラム国内。

 その首都たるリュゼンハイムの、ロイヤルストリート。

 その通りは、その名の通りにこの国きっての貴族の邸宅が並び建っている場所だ。

……故に、王国首都内にあって、その総面積量というのは、一般市民や裕福な中流・上流家庭とは比べ物にならないほどには、かなり広い。

 その首都が地球換算では大体にして約0.86平方kmであり、大体四分の一程度がそのロイヤルストリートの占める割合と聞けば、誰もがその広さに驚嘆することであろう。

 無論、これらの邸宅というのはいわば別宅に数えられており、本邸はそれぞれが持つ領地の中にあるわけなので、あくまでもこれらの邸宅は言ってみれば貴族の威容を誇るためだけに存在する。

 そのような貴族たちの邸宅の中で、一番に栄華と威容を誇っているとある邸宅があった。

 この国の、国王の一族の血筋の流れを汲み、尚且つ、古来よりクラム国の為に随従してきた一族でもある……エルトラム家の邸宅である。

 

――正門より入れば、優雅と絢爛さを見せつけるかのようにして、薔薇の生垣が静かに佇み。

――築かれた邸宅は、有り余るほどに多くの意匠が刻まれ。

――最も眼につく時計塔は、大盤の時計盤という姿を辺りに見せつけていた。

 

満月照らす夜にでも見れば、その姿に一様に感嘆の吐息を洩らす事……疑い無いものだろう。

 

「――で、かなり強引に俺が連れて来られた理由を知りたいんだが?」

 

そんな邸宅の応接室。

 かなり不機嫌な表情を浮かべた銅色の髪を持つ青年が、目の前に座るとある人物に向って訊ねた。

 苛立っている事が分かるほど、足で貧乏ゆすりをしながら。

 だが、その言葉にラルロスの目前に座る人物は、目を眇めて紅茶の味を堪能しつつ、

「相変わらず、いい仕事をしてくれてありがとう。――カーク」

「……ありがたき幸せ」

などと、そばに控える執事と思しき男性と談笑していた。

「あのなあ……さっさと帰らせてもらいたいんだが……カルラ」

「……随分と余裕がありませんね。何をそんなに急ぐのです」

鴉の濡れ羽色とも称せる、艶やかな黒髪に、緑の眼。

 ラルロスの目の前に座る人物は、この世とも思えぬほどの美貌を持つ女性であった。

 すっきりとした卵型の顔立ちと言えばいいのか……ともかく、並いる女性達の中にいても存在感は凄まじいものだと、容易に推測できる美しさである。

 そんな彼女は、ゆったりとした白のドレスを着ていて、美しさが相まって女神のような気品さを醸し出していた。

――だが、ラルロスはけしてその美貌にたじろぐ事はない。

 元より彼女に懸想を抱いていないせいもあるが……そもそも彼女の思いが向く先が、彼の親友なのだからたじろぐ理由がなかった。

「急ぎもするんだよ。こっちに帰ってきてから色々と研究所関係で忙しいんだからよ」

がりがり、と頭を掻きながら、ラルロスは迷惑そうにそう告げる。

 しかし、彼女はそれに動じることなく目を細めると、

「へー……それはそれは、誠に申し訳ございませんでした。魔法を極めるのが楽しいようで」

と、はっきりジト眼と分かるほどの目つきで、ラルロスにあてこすった。

「ああ?そんなの当たり前だろうがよ。世界にはまだ未知の部分が結構あるんだ……突き止めていく分には、別にお前さんに迷惑もかけていないだろうに」

用事はしゃべくり合うだけか?

そう言いながら帰るつもりなのだろう、すっと立ち上がり、応接室のドアへと向かう。

 だが、その目前を、カルラの傍に立ち控えていた執事が遮った。

「……まだ、話の内容さえ言っていませんよ?何を勝手に帰ろうとされているのです?」

「マジかよ、ったく……さっさと話してくれねえか?おれだって暇じゃないんだ」

苛立たしそうな声と共に、再びソファへと座り直すラルロス。

 その様子を見て、何とか溜息を堪えたカルラは、きっと眼つきを鋭くすると、

「――そろそろ、真面目に答えてもらいたいのですが。『疾風剣神』イオ=カリストの――現所在地について」

「あー?だから言ってるだろうが……アイツは旅しているってよ。偶々長くなってるだけだ」

つれなく、しかし内心で溜息をつきながら、ラルロスは至って普通に答えを返した。

 しかし、カルラはそれにたじろがず、すっと目を細めると、

 

「――そう。ならば何故、貴方は“ゴルドーザ大樹海へ向かった”のですか?」

 

明らかに、ラルロスが辿った道程を把握していると思しき発言が飛び出る。

「最後に確認出来た場所がそこだったからな。そっから探してっただけだ」

心配だったからそうしただけで、なんら探られるような腹はないぜ?

 ニヤリ、と笑ってさえ見せるラルロスは、確かに一見してみる限りそうだったように感じられた。

(――だけど、違うわね)

恐らくどころではない……確実に、何かを『知って』いる。

 女の勘にも等しい第六感で、カルラはラルロスを見据えた。

「単純に旅をしているだけだというのなら……何故、イオは帰ってこないのです?」

「まぁな……。ったく、こればかりは言いたくなかったんだがなぁ……。――『自分の種族が何か、掴め掛けてきた』――だそうだ」

「!!?」

ほぼようやくにして明かされたラルロスからのその言葉に、カルラは驚愕で眼を見開く。

「ま、まさか、本当に……?」

「こんなんで嘘つくかよ(まぁ、隠している事はあるが)」

さらっと答えを返して見せるラルロスだったが、続きざまに放たれたカルラの言葉に、困惑した。

「何ということ……これでは、イオが……」

「?おい、そりゃどういう意味だ」

半ば茫然として呟かれたその言葉に、ラルロスは不審に思ってそう尋ねる。

 その言葉に、はっとなって我に返ったカルラが首を振り、

「い、いえ大丈夫です……何でもありません」

「おい、そんな憔悴しきったような面見せられて何でもないだ?ふざけんじゃねえよ」

不機嫌そうな表情になったラルロスがそう言うが、彼女は答えなかった。

「……調べなければならない事が出来ました。お帰り願ってもよいですか?」

「……何をそんなに焦ってる」

奇しくも当初の言葉の主が逆転した状態で、ラルロスとカルラは対峙する。

「ふふ、別に焦ってはおりませんわ」

「いや焦ってるだろ。……何を隠してんだ、てめえ」

「おやこれは異なことを。――貴方も同じでしょうに」

打ち鳴らされるは火花。

 いたって何てことはなさそうな表情をしている彼女に、ラルロスは情報を得ようとするのをあきらめ、

「……そうかよ、ったく。妙な事で時間とられたぜ」

言いながら立ち上がると、彼は真っすぐドアへと向かった。

 今度は執事も止めることなく見送り、ドアを開いて近くにいたメイドたちの一人に向って指示する。

「……お帰りの様だ。お見送りして差し上げろ」

「ああ別に構わん。やる事もあるだろうし、このまま転移魔法で帰らせてもらうわ。――じゃあな、カルラ」

手を振り彼らの挙動を止めたラルロスが、言葉通りに意識を集中させ……魔法陣の光と共にすっとかき消えた。

 その姿を見送った彼女は……きしり、と表情を歪ませ、

「――全く。相変わらずイオの事では本当にやり辛いわ」

言葉が、空中へと消えていく。

――ひと先ずにしろ、今日の対戦はラルロスに軍配は上がったようだった。

 

――――――

 

「――此方の外の世界に行ってきてほしい、ですか?」

「……」

「ええ、私としてもこれは心苦しいのだけれど……是非、貴方に行ってきてほしいの。色々な所を、ね?」

きらきらと目を輝かせているイオと、頭を抱えている射命丸の前で、紫は優雅に微笑んでそう告げた。

「勿論構わな「待ちなさい。色々と突っ込みたいけど、まず何でいきなりそう言うことになったわけ?紫には狐の部下がいるでしょうが」……むぅ」

あっさり答えようとしたイオを遮り、射命丸が尋ねる。

 その眼には不審極まりないとばかりに、鋭い光を帯びていた。

 まるでイオの保護者のようなその佇まいに、紫は内心ニヤニヤとしつつも、表面上は真面目な顔つきになって、

「その通りね。確かに私には藍がいるわ。でもね……流石に、『神様のいる領域にまで』入らせるのはなかなか骨が折れるのよ」

「……もしかして、紫は……」

彼女が告げたその言葉に、射命丸が得心が行ったような表情でそう呟く。

 それに頷いた紫は、

「そうよ?人身でありながら、龍の力を行使する事が出来る人物……それも、妖怪ではないこと。遥かに幻想に近く、そして現実にも染まる事が出来る者はそうはいないわ。霊夢も、魔理沙も人間ではあるけれど……やはり、他の世界を見たことがない為に、不安要素はかなりある。――だけど、イオなら?」

「……性格とかは問題ないでしょうけど、今の姿で行けると思ってるの?」

少しの間の後に、射命丸は捻り出すようにしてイオの現状の問題点を挙げて見せた。

――因みにイオはというと、ちゃぶ台の上に突っ伏していじけているようである。

 射命丸の言葉に、紫はキョトンと首をかしげ、

「あら?イオだったらその点を説明出来てもおかしくない筈よ?」

「……イオ?」

ジト眼を向けられた当の本人が、突っ伏したままの状態で、

「だから言ったでしょー……パチュリーさんに変身の魔道具を作ってもらうのもあるし、今ここで紫さんに頼んで人間と龍人の境界を操ってもらうことで人間に限りなく近くするとかね。髪の方は染めればいいし、眼の方も……大丈夫でしょ」

「いや、それが一番危険でしょ!?イオの場合完全に黄金色なんだから、絶対不審に思われるわよ!?」

「あらあら、それは大丈夫よ。何せ、最近どうしてそうなったのか知らないけれど……カラーコンタクトレンズという、色つきの眼の代わりが出て来ているからね。変装の一種とでも言えば問題ないわ」

ね?と、楽しそうにそう告げる紫に、射命丸はとうとうブチ切れた。

「――今の状態のイオ外の世界に出したら、絶対暴走するでしょうが!」

「酷い!!?」

あんまりな言われように、イオが突っ伏した状態から慌てて体を起こして叫ぶが、

「さっきのイオの様子を思い出させた方がいいのかしらねぇ!!?」

「う……」

ぎらんっ!と目を光らせた射命丸によって萎んで小さくなっていく。

――どうやら、自分が子供のような態度であった事は自覚していたようだった。

 傍からして痴話喧嘩をしているようにも見えるその情景に、紫はほっこりしつつも、

「あらあら、そんなに心配ならついて行ってあげればいいじゃない」

「…………それが出来たら苦労はしないわ。お忘れのようだけど、私は鴉天狗よ?そりゃまあ、普段からして色々と飛びまわっているけど、肝心要の所属はあくまでも『妖怪の山』なの。たかが一鴉天狗が、勝手に動くわけにもいかないわ」

苦々しい思いでそう告げる射命丸は、確かにその表情を歪ませイオと共に行けない事を悔いているようである。

「……んー……だったら、ラルロスにでも頼もうかなぁ」

「――待ちなさい。何でそこでイオの親友の話が出てくるの?」

射命丸が完全に呆れかえった様子で頭を抱えるが、イオはキョトンと首をかしげ、

「あれ?聞いてない?ラルロスこっちの世界とあっちの世界結ぶ転移魔法陣組み上げたの」

そうだ、その事で紫さんに用事があったんだっけ。

そんな事を呟く彼に、真っ白に凍りついた射命丸がようやく口を開いた。

「…………何を言ってるのかさっぱり分からないのだけど」

「ん~?あれ、可笑しいなぁ……少なくとも、紫さんには言ってあるし、その魔法陣が永遠亭にある事も触れてあったはずだけど」

紫に向って不思議そうにそう告げたイオだったが、彼女は苦笑して、

「まぁ、ねぇ……流石に、これは管理者として管理する以外にないから。その魔法陣の外側からはけして入れないようにしてあるし、表だって知っている者には緘口令を敷いているもの」

「あー……そっか。じゃあ誰も知らないわけだ。となるとちょっと不味いかなぁ……大天狗さんにばれたかも」

「「はぁ!!?」」

あっさりとそんな事を口にしたイオに、幻想郷の管理者と清く正しき鴉天狗の記者は揃って驚きの声を上げる。

「一体どうして……って、今朝のこと!?」

「うん、色々と話してるうちにね……紫さん、あの方……『今の幻想郷に否やの気持ちはない。ただ、己が武を示す事が出来ない事が……悔いに残っている』。そんな事を仰ってましたよ」

あっけらかんとして射命丸に答えたイオが、直後に真剣な眼差しとなって紫に向き直った。

「あの方は、色々とご自分の今の境遇に思うことがあるようで……不満はないが、大いに暴れ足りないようでした」

苦笑へと移行したその表情を見ながら、紫は彼の言葉に内心驚きつつも同じように真剣な表情となり、

「……あの大天狗が、本当にそう言ったのね?」

「まあ、茶飲み話の一つとして挙げたんでしょうけれど……身分に囚われた状態であることに些か窮屈そうにされていたのは確かですね」

「……いつも、私のすることに妙にちょっかい出す癖に……!!」

イオの言葉に、紫が黙りこむのと同時。

 射命丸は、余りにも勝手だと思えるその事で怒りの声を上げた。

 しかし、イオは彼女を宥める。

「分からないでもないよ、大天狗さんの気持ちは。それに、妙にちょっかい出すのも、文を孫とか娘の様に思ってるからじゃないのかな?少なくとも、話している間はそう思ったよ?」

ニコニコと笑う彼の様子に、何だか気勢をそがれた射命丸は紫と同じように黙り込む。

 ふぅ……と、用意していた茶を飲みながらイオが開かれた障子の先にある景色を眺めながら

黄昏れていると、

 

「――よーっす。イオはいるかー?」

 

ぶっふぅ!と丁度飲みかけていた茶を吹き出す羽目になった。

「な、ななな、なんでラルロスがいるのさ!!?」

玄関から聞こえてきたラルロスの言葉に、慌てて立ち上がろうとしたイオだったが。

 

「――待・て☆乙女の顔に向って噴き出した事忘れてないかしら?」

「少しばかりお仕置きが必要なようねぇ……?」

 

玄関先へと赴こうとしたイオの両肩を、がっしりと掴む手により阻まれた。

「ひっ!?ご、ごめんなさギャアアァァァ……!!」

「イオ!?どうしたんだおいって…………無茶しやがって……」

ラルロスがイオの悲鳴に驚き、慌てて中に入るまで数秒間。

 彼は眼にした光景にそっと眼を閉じ、後ろを振り返って合掌するのであった。

――ちーん。

 

――――――

 

「うぅ……酷い目にあったよぅ……」

「五月蠅い、自業自得でしょうが」

「……あうぅ」

すっかりボロボロになったイオが、ちゃぶ台に突っ伏した状態で呻く姿をよそに。

 ラルロスと紫は再び相対していた。

「……随分とまあ、久しぶりだな」

「ええ、そうですわね。……要件は?あれからは半年ほど過ぎてはいますが……かなり、来訪するのが早いように思われるのだけど?」

ぱちん、と扇子を開き口元を覆いながら、紫は感情が読めない眼で以てラルロスを見据える。

「そう、だな……一つは警告だ。――イオ、ちょっと言っとく。『カルラが勘づきかけてる』」

「……」

ぴくり、とイオの突っ伏したままの肩が一瞬動いた。

「……どういうことです?」

黙り込んだままの彼に代わり、射命丸がやや困惑したような声を上げる。

「言葉通りだ。向うのアルティメシア世界……その最東端国であるクラム。これが俺達二人の故郷なんだがな……恐らくイオがこれから先も幻想郷に住むと聞いたら、誰よりもそれを阻止するであろう人物だ。年は二十五で俺達と同い年でな、黒の髪……そうだな、射命丸と同じように艶やかな髪を持ってて、緑色の目を持ってる女だ。――そして、何よりもイオを想い焦がれている奴だと言って間違いないだろう」

「……ちょっと待ちなさい。女の子の気持ち、簡単に打ち明けていいわけ?」

「元よりそいつも知ってる。だが、敢えてこっちを選んだ時点で答えを察せれるだろ?」

同じイオに思いを抱いているが故の射命丸の言葉に、ラルロスはしかし素気なく返した。

 その言葉を聞き、射命丸がイオの顔を覗き込むようにしているが、ラルロスは変わらずスル―して、

「で、だ……帰った時から、アイツはおれに付き纏ってばかりいるんだ。――イオの居場所、知らねえかってよ」

「……何も言ってないのに、いきなり来たの?」

イオが、ようやくにして顔を上げ……幾分か沈んだ様子で尋ねる。

 一瞬、その言葉の意味する事が分からなかった射命丸とは別に、ラルロスは溜息をつくと、

「まあ、な。俺と同じように、どうやらお前の動向を探っていたみたいでな……済まん。こればかりは俺にも責任がある。だが、けしてこの世界の事は口にしていないし、お前の事はまだ旅を続けていること、自分の本当の素性について掴みかけている事は言っておいた」

「……あはは。とっくに自分の種族は知ってるし、なっちゃってるんだけど」

乾いたような笑みを見せるイオに、しかしラルロスは畳みかけるようにして告げた。

 

「――ああそれと。マリアに会ったぞ」

 

「っ!?」

びくり、と大きく身を竦ませ、イオは恐怖がないまぜになったような表情でラルロスを見る。

「……なんて、言ってた?」

「……これだけは言っておこう。――泣いてたぞ、アイツ」

「……っ!」

後悔ばかりが、イオを責め苛んだ。

――だが、ラルロスはそんなイオを見て首を振ると、

「ああ、誤解させちまったな。アイツが泣いてたのはお前の所為とは言っちゃいない。……アイツ、お前のこともっと見てあげればよかったって言ってたぞ」

はっとなり、頭を上げるイオ。

 その眼にはっきりと驚愕が、信じられないという思いが現れているのを見てラルロスは苦笑すると、

「ま、アイツもアイツで悩んでたってこった。……良かったな、イオ」

「……うん」

「まぁ、今んとこ言えるのはそれくらいだな……」

そう言って一息つくように、ラルロスが眼の前に用意されていた湯呑を傾けた。

 そこへ、今まで黙っていた射命丸が口を開く。

「……詰まる所、ラルロスさんはイオに報告をしに来たというだけ……ですか」

「ああ、結局そうなるな。今んとこ、勘づき始めているとはいえ、カルラの奴は、三大公爵家の一つであり更には次期当主になる事が決まっている俺を、容易に干渉出来ない。例え、俺が転移魔法陣を使用したことによる、大気中の魔力の変動にアイツが気づき、怪しんでいたとしてもそれは無理だ。そもそも、俺は毎日のように早朝や午後の時間帯に魔法の訓練をしているもんでね、それ程不審がられないというのが一番の理由だ」

「ふむ……傍迷惑な人間が来ないというだけでも安心材料ですねぇ」

かなり皮肉が籠ったその一言に、イオは苦笑しながら、

「う~ん……流石に、その一言はやめてほしいかも。曲がりなりにも、カルラさんは僕の友達だし」

「甘いわよ、イオ。一途な女の子の気持ち、まかり間違っても侮るような事はしちゃダメ。ラルロスさんの言葉からするに、その子、下手したら地獄まで付いて行くわよ?」

「……………なんだろ、凄く否定できないような……」

射命丸の言葉に、イオはかなり複雑そうな表情へと変わった。

……ラルロスから聞いた、カルラ達の自分への想いを考えると、嘗ての学院内での騒動の事も、もしかするとその一因があるかもしれないと考えたからだ。

「あー……済まん、カルラ達。否定できる材料が微塵も見当たらねえ……」

「いや、流石に否定してあげようよ!?」

こればかりは友人として譲れないのか、イオがカルラ達の味方に立つが、

「あら、イオはこの世界で出来た友の言葉に否定するのかしら?」

「う……ちょっと複雑な気持ちになるのでそこを突っ込むのはやめてほしいかなぁと……」

紫に突っ込みを入れられ、複雑な表情を浮かべるイオはあっさりと黙り込んでしまった。

 

閑話休題。

 

「話を戻すわね?……全くイオは……妙な所で変に運を持ってるんだから」

「ん、そりゃどういうこった?」

不思議そうに首をかしげたラルロスに、射命丸はため息を再びつくと、

「どーもこーも……この幻想郷の管理者さんは、イオを外の世界に連れて行きたいのだそうですよ?」

「…………うん、そりゃ止めとけ」

「なんでさ!?」

長い長い間の後に告げられたその言葉に、イオはばん!とちゃぶ台を叩きながらラルロスに詰め寄った。

「あ?忘れたとは言わさねえぞ?お前、学院時代の時、遺跡探検で眼を輝かせてたの、はっきり覚えてるんだからな?」

「……向うでも同じ感じだったのね」

「そんな馬鹿な!僕、そんなに目がきらきらしてたっけ!?」

抗議するイオだったが、ラルロスと射命丸の二人は冷たい目をするだけ。

 その様子にイオが心をおられ、居間の隅で体育座りをするとそのままいじけていった。

「……いいの、あんな様子で」

彼の様子を見て、益々イオを外に行かせられないと思ったのか、射命丸がジト眼になって紫を見据える。

 その対面に座っているラルロスも深く頷き、

「止めとけ。……親友の俺が断言する。あいつ、任務なんざほっぽって遊んでいるうちに、どっかで誰かにとっ捕まっても可笑しくねえ。元々、顔だちも整ってる方だしな。一見すりゃ、かなり童顔の年下の男ってだけで有閑淑女が黙ってねえぞ?」

「……わりと危険じゃないのそれ!?」

ラルロスの言葉に、射命丸がちょっと間をおいてから慌てたように叫んだ。

「……あらあら、忘れてたわ。イオ、女性に対して結構紳士的だから、喰われてもおかしくないかも」

言われて初めてそちら方面での危険性を思い出したのか、紫が若干真剣な目つきになってそう呟く。

その言葉に、流石に聞き逃せないものがあったか、

「ちょっと待って下さいよ!喰われてってなんですか!?」

イオがいじけた状態から慌てたように立ち上がって喚いた。

「あら、文字通りよ?初心なネンネじゃないんだから、分かるでしょう?」

「下ネタじゃねえかよ」

呆れたように頭に手をやりながら首を振るラルロス。

 射命丸はと言うと若干イオと自分がもしそうなったらを妄想してしまい、慌てて首を振っている所だった。

 その様子を横目で眺めて内心可笑しく思いつつも、紫は表面上は真面目な顔になって、

「考えてもみなさい?イオは、元々龍人になる前からかなり顔が整ってるのよ?変装魔法にしても、大体は自分の顔を元にして作成するでしょうから、不細工である事はまず、ないわね。その上でその年ごろにしては低い背をしているし、童顔となれば……女性達が騒ぐ原因になりかねないわ。下手すれば、劇場の俳優や写真集のモデルにさせられても可笑しくないのよ」

「……ありありと想像できるのが分かるな。――という訳だ。イオ?お前、行くの禁止な」

「……むぅ」

顰め面になったイオが呻く。

「ほ~ら、結局こうなったでしょ。行かない方が安全だって。それより……さっきイオが、大天狗様の事で言ってた事がまだ残ってるわ」

「ん、まだ何かあったか?」

射命丸の言葉に、ラルロスが湯呑に茶を注いだ後傾けながら、彼女にそう尋ねると射命丸は静かに頷いて、

「大天狗様が、向こうのアルティメシア世界へと行きたがっているのよ。何でも、こっちじゃ天狗の身分が邪魔して、武を誇れないのが辛いらしいわ」

「……イオ、お前ヘマしたな?」

その言葉を聞き、あっさりイオが原因だと特定したラルロスが、ジト眼でイオを見やった。

「……誠に、面目次第もありませぬ……」

ぐったり、と体を倒しながら謝るイオに、常ののんびりした様子は見当たらず、かなり反省しているようである。

 その様子にラルロスは深いため息をつき、

「ったく……色々と油断しすぎだ。こっち来てから妙に反応が鈍くなってねえか?」

「いや~……流石に、ここ最近平和だからねえ。あっちみたいに殺伐とした空気じゃないから、結構落ちつけるんだよ?」

それでも、偶に命の危険に曝される事もあるけどさ。

あっはっはー、等と軽い笑い声を上げているイオに、射命丸がチョップを入れ、

「笑い事じゃないじゃないの。そんなに暇するんだったら、あの大図書館の魔女の魔法実験の手伝いでもしたらどう?」

「……その手があった!」

ラルロスともためを張れるあの年経た賢者ならば、色々と胸がわくわくするような実験もしていることだろう。

 命の恩人でもある事だし、と此処まで考えた所で、

「――文の新聞記事のお手伝いをしてあげられるかも」

「うぇ!?」

キラキラとした眼で見つめながらそんな事を言ってくれるイオに、射命丸は思わず挙動不審になった。

 その様子に、傍らでゆっくりと茶を嗜んでいたラルロスと紫の二人が揃ってニヤニヤし始める。

「そりゃあいいな。変な事でわざわざ騒いでるよりよっぽど健康的で健全じゃねえか」

「ねぇ、今どんな気持かしら?」

「あああんたたちは黙ってて!!」

顔を赤く染めあげながら、射命丸がラルロス達に向って怒鳴りつけた。

 余程、精神的に余裕がないのか、普段は静かな翼さえも妙に落ちつかなさそうにパサパサと揺れ動いている。

 何をそんなに慌てているのかイオはよく分からなかったが、取り敢えず反応がそんなに悪くないことからして、大丈夫だろうと考え、

「えっと、パチュリーさんの前に山に行ってお手伝いしてあげるね?」

「……本気?言っておくけれど私の記事、そんな大したもんじゃないのよ?」

「まあ、それはいつも読んでる新聞冊子でも分かってるし。とにかく暇をつぶしたいからねえ……自分で探さないと見つからないだろうし」

あっけらかんとして告げる、ニコニコとしたイオの様子に、ようやく自分の中でも折り合いがついたのか、はぁ、とため息をつくと、

「分かったわよ。じゃあ、お願いするわ」

「はい、任されました♪」

そうと決まったら色々と用意しないとねえ。

ぱん、と両手を打ち鳴らし、イオが立ち上がりながらそんな事を呟きつつ、居間から立ち去っていった。

 意気揚々とした彼の様子に、射命丸がやや複雑そうな表情で見送っていると。

「――さて。ひとつ訊こうかしら……ラルロス?『連れて行く事は可能』なの?」

イオが居なくなってからいきなり雰囲気を豹変させた紫が、再び扇子を口元に持って行きつつラルロスに向ってそう尋ねた。

「……あそこまで行けば、声は大丈夫そうだな……可能だ。行き来も出来るようにしてある。――但し、『俺が許可しない限りは』、誰も使用できない仕様にしてあるがな」

「そこは心配しておりませんわ。…………そう、貴方が許可しない限り、ね……充分に抑止力足り得るのかしらね?」

「そこは俺の魔法の腕を信じてくれるとありがたい。何せ、此方ではどうだか知んねえが、あっちの世界じゃ、取り敢えず魔法の腕は一級品ものだって言われてるくらいでな」

にやり、とあくどい笑みを浮かべたラルロスに、紫は眼を細め、

「……確かに、此処までの魔法の腕を持つ者はそういないでしょう。異世界間の転移魔法陣をくみ上げることなど……相応の知識ない限りは、計画すら出来ないでしょうね」

妖怪の賢者としては異例の言葉を紡ぎ出す。

「ははっ、世辞の言葉と思って受取って置くぜ。……話が逸れたな。イオの話に会った大天狗……『俺達の世界に連れて来て』、大丈夫なのか?」

「ふむ…………実のところ、迷っているのよ」

ラルロスが戻した話題に、紫は一瞬瞑目してから、困ったように眉根を下げそう告げた。

「正直なところ、個人的には別に行ってしまっても構わないのだけどね……幻想郷の管理者としては、パワーバランスが崩れてしまわないか、心配なのよ」

――何せ、この世界が出来上がる前から存在し続けている、実力者の一角なのだから。

そう、大天狗は見た目こそ若々しく内面が老人の様相だが、それでも古き妖であり幻想郷の設立に協力した者たちの一人でもあるのだ。

 心の何処かで、自分たちが縛られている現状に苦々しく思っていたとしても、八雲紫という大妖が提案した、『神秘が生き延びられる幻想の里を創り上げること』に賛同したのは間違いないわけであり……協同者が一人いなくなるだけでも、困ったことになりかねなかった。

「天狗の末端の者たち……それらが暴走しないかどうかが気になるわ。元々、あの男は部下からも慕われていたからね。トップである天魔ともよく酒を酌み交わしている様子を見られている事からしても、天狗達にとってなくてはならない存在だと断言できる」

「……」

「それが一身上の都合でいなくなるなんて事になれば、どうしたって痛くもない腹を探られる羽目になるのは避けられないわ。――例え、トップである天魔が許していたとしても、ね」

「……どう考えても不味い以外の何物でもないのに、大天狗様は一体何を考えて……」

苦々しい表情で、紫の言葉にそう呟いた射命丸に、ラルロスは静かに瞑目してから、

 

「――結局、どうする心算だ?アイツはどうにも、持前の性格だけで大天狗とやらと仲良くなったみてえだが。お前さんだと警戒されかねないだろ?」

 

改めて、紫に向けて突きつけた。

「…………保留にさせてもらうわ。明日、大天狗に出会って、後任の選出も含めた話もして来る。その結果がどうなるのかは……流石に、明日でないと分からないわね」

「……」

「そうか……ん、なら特に何も言うことはねえな。煩わしい話題はこれでいいのか?」

何てことのなさそうに、ラルロスが二人に向って問う。

 二人がその言葉にうなずいたと同時に、台所の奥からひょこっと暖簾をかき分けたイオが顔を見せ、

「――終わった?なら夕食にしない?」

話が終わったと見てとった彼がそう尋ねると、三人はそれぞれ嬉しそうに笑って頷いたのであった。

 

――――――

 

……夕食を終えた四人が、それぞれ居間でのんびりと時をすごしている時である。

「むぅ……」

「……ふふ」

暇をつぶそうとでもしたのか、イオと紫が卓上で何やら盤上遊戯をしていた。

 かた……かた……と間を空けながら置かれる駒の音を聞きつつ、イオは眉をしかめている。

 対する紫の方は、そんな彼の様子に楽しそうな笑みを浮かべながら、相手をしていた。

「……あー、駄目だこれ。負けた……」

と、少ししてから、イオがぐたーっと盤上の邪魔にならないような位置に頭を傾け、疲れたような声を醸し出す。

 あまりにあっさりとしたその声に、紫はくすくすと笑うと、

「伊達に、ながいこと戦略をやっていたわけではないからねぇ。ああ、楽しかった♪」

と勝者の余裕たっぷりに、そんな事をのたまった。

「うぅー……強過ぎですよぅ。何をどうすればそんなに出来るんです?」

むっすりとした表情で、イオが紫に向って問い質すが、彼女はコロコロと笑うばかりで全く相手にしてくれる様子がない。

 そんな彼に、射命丸が隣で彼の肩をつんつんと突きながら、

「妙にぐったりしてるけど、大丈夫なの?明日に差し支えたりはしない?」

「単純に頭使い過ぎただけだから大丈夫だよー。……ねぇ、擽ったいからそれ止めて?」

「やーよ。こうしてるの何か楽しいし」

「……むぅ」

言葉の通りに楽しそうな彼女の口調に、イオはややむっとした様子だったが、すぐに肩を竦めてやり過ごす事にした。

彼女の、好きな様にさせて上げたかったのもある。まあ、止めるのが面倒になったのも少しはあるが。

「……これ以上にないくらい、いちゃつきまくってんなお前ら」

呆れた表情で首を振りながら、ラルロスが二人に向ってそう突っ込んだが、イオはそんな彼の言葉に、逆に呆れたような表情を浮かべて、

「何処をどうみたらいちゃついてるように見えるのさ?単にちょっかいかけられてるだけなのに」

「……いや、今のお前らの様子見たら誰だってそう思うからな?」

額に手をやりながら、ラルロスが処置なしとばかりに首を振り、疲れたような声で突っ込み返した。

 その言葉に、若干赤面している者がいるが意識的にラルロスは見なかったことにして、

「というかだ、変わり過ぎだ。幾らなんでも、ここまでのんびりしてる姿そうないだろ?」

と、未だにぐったりと机に突っ伏しているイオに尋ねる。

「んー……異変もないしねー。休暇にしてるから、どうしたって忙しくならないし。……ふわぁ……ん」

ねむねむ、と欠伸を洩らしながらそう呟く眠たそうなイオの様子に、ラルロスはだめだこりゃと頭を抱えた後、

「……ちょいとこりゃ、修正してやらんとダメか?」

「……スー……」

「あれ、寝ちゃった……」(つんつん)

疲れたような彼の言葉をきくことなく、イオは速やかに眠りに就いていくのだった。

 

 




のんびりしているイオの下に現れたラルロス。
彼によって齎された情報について懸念を抱きつつも、イオは取りあえず休暇を楽しむことに全力を尽くそうとするのであった。


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第四十八章「駆け行く空は鴉天狗達と共に」

warning!warning!
飯テロ注意報発令!飯テロ注意報発令!

――聞こう。胃袋の準備は大丈夫か?




イオが就寝し、紫とラルロスがそれぞれ世話になったと告げて去ってから一夜明け。

 射命丸はぱちり、とイオの自室とは別の、ルーミアの部屋で眼を覚ました。

「……うぇ?」

その気配を感じたのか、隣で寝ていたルーミアも眼を覚まし、寝ぼけ声を発する。

慌てて射命丸が体を起こし、ルーミアに向うと、

「す、すみません、ルーミアさん。お部屋お借りしちゃって」

と土下座せんばかりに頭を深々と下げた。

「……うー。うん、大丈夫。でもさ、天狗が頭下げちゃっていいの?こんなことで」

と首を振って眠気を追い出したルーミアが、朝から何をしているのとばかりに呆れたような微笑みを浮かべ、そう突っ込む。

 その言葉に対し、射命丸はえへへ……と照れ臭そうに笑うと、

「いやー、イオ見ていると、そういう社会的身分だとかどうでもよくなってくるんですよねぇ。今までもそうだったんですけど」

「……それ、笑って言う事じゃない気がするけどなあ」

ジト眼になったルーミアが、呆れの色を濃くした声音でそう突っ込んだ所で。

「――二人とも、起きてるかい?」

暖かな彼の声が、二人の耳朶を柔らかく叩いた。

 その声に、二人は何故か妙に可笑しくなったのを感じ取り、眼を合わせて笑みを交わすと、元気よく返事を返すのであった。

 

――――――

 

――朝食(因みに、簡素ではあるがスクランブルエッグを中心とした洋食である)を食べ、イオと射命丸は少しばかり身嗜みを整えたあと、二人して幻想郷の空をゆっくりと駆ける。

 昨日に引き続き、幻想郷の空は青々とその澄んだ色を広げ、春が来たことを大いに祝っている気配を何処となく感じた。

 加えて、恐らくこの春の間はずっと続くであろう花達の風景が、これでもかとばかりに咲き誇っている為に、浮かれてしまいそうな思いさえする。

「……いやほんと、いい天気だよねぇ……」

五月病にでもなっているのか、空を駆けながら妙にぼんやりしたような表情のイオに、射命丸は苦笑して、

「ほらほら、昨日あれだけ言ってくれたんだから、少しはしゃっきりしなさい。私のライバルにも会わせたいんだから、そんなぐったりしていると困るわよ」

「んー……ん、そうだね」

彼女に告げられた言葉に、イオはそれもそうだと頷くと、ぐっと眉間に力をこめてからゆっくりと眼を見開いた。

「うん、ちょっとはましになったかな。妙にぐったりするんだよねぇ……ここ最近」

困ったような笑顔を浮かべた彼が、射命丸に向ってそう話しかける。

「……今までが今までだったからかしらね」

その言葉に、射命丸がこくこくと頷きながら言葉を返した。

 その、さもありなんという感情が見える表情を見つめ返しながら、

「だよねぇ……色々と張り詰めてたの、切れちゃった気分かな。――それよりも文?その、ライバルとかいってたけど……?」

と、相変わらず困ったような笑顔を浮かべつつ、射命丸に向って首を傾げながら尋ねる。

 すると、彼女はその言葉に一瞬言葉を詰まらせてから、

「あー……うん。天狗としての能力は、私と同じ位なんだけどねぇ……どちらかといえば、事務向きではあるわね」

「ふーん……文と同じ位の年数生きてるなら、相当出来そうな気がするねぇ?」

きらん☆と眼を煌かせ、やや好奇心が勝ったような眼をするイオに、射命丸はしかしジト眼を向け、

「……それ、もしかしなくても私が年増だとでも言いたいわけ?」

「……へ?なんでそうなるのさ?というか、見た目変わってないんだし、別に心まで年をとっているわけじゃないでしょ?」

大天狗さんはともかくとしてもさ。

微妙な女心を察しきれていないイオが、やれやれといったように首を振った。

 その事に気づいた射命丸が、むぅ……と、顰め面をしてみせたところで。

 

「――これはこれは。文様にイオ殿ではございませんか。おはようございます」

 

涼しげな声と共に、哨戒隊長である犬走椛がふわり、とイオと射命丸の目前に現れた。

「あら、椛じゃない。ご苦労様」

「お疲れ様です、椛さん」

続けざまの彼らの言葉に、何処となく面映ゆそうにしながらも、椛は一礼して射命丸に向って問いを発する。

「本日はどのような用件で、イオ殿を御連れされたのですか?」

近辺を哨戒しているが故の至極当然の言葉に、射命丸は頷くと、

「あんまりにもイオが退屈だって言っていたからね。今日は私の新聞の方を手伝ってもらおうと思ってつれて来たの」

「……それはまた。とんでもない実力者が手を組みましたね……」

若干じとり、と冷や汗を流しながら苦笑している椛に、

「仕方ないんですよこれは。いつも依頼をしてきた所為か、いざ休暇をとったら、すごく退屈になっちゃったんです。そしたら、文が暇つぶしになりそうなの持って来てくれたんですよ。居ても立ってもいられなくなっちゃって」

えへへ……と、童顔だからこそ許される照れ顔で、イオは頭を掻き掻きそう告げた。

「……暇つぶしだって、よく言い切ったわね」

そんな彼に、射命丸はジト眼になって睨み付けるが、

「えー?一々こんなことで目くじら立てるほどなの?」

と、純粋さがはっきり見て取れるような表情で、イオが言い返す。

 きょとんと首を傾げているその様は、見ていて腹立たしく成るほどにあざとかった。

「……(ギン!)」

故に、射命丸がにらみを利かせるのも無理ない話である。

 そんな彼女をさくっとスルーして、イオは椛に向き直ると、

「そういう訳なので、入っても大丈夫ですか?」

と、言葉をかけた。

……勇気あるなあこの人、なんて感想を抱きつつも、椛はにっこりと笑い、

「ええ、射命丸様もついてらっしゃるようですし。はたて様にもよろしくお伝えくださいませ」

と、最後の一言を射命丸に向かって告げると、ひゅん、と風を切る音とともに、椛は姿を消す。

 何やら、慌てて逃げていったようにも見える彼女に、イオはきょとんと首を傾げたが、まぁ、何かしら見つけたんだろうと思い、射命丸に向かって声をかけようとした。

――所で。

 ガッシィッ!と、音高く肩を掴まれた。

「…………あの、文?凄く痛いんだけど」

ぎりぎり……と膂力が凄まじい事になっている彼女の手に、イオが激痛と冷や汗と共にそう告げたが、

「あら?貴方が暇だって言うから私が誘ってあげたのに、あんなことを言うから悪いんでしょ?ちょーっと、O☆SHI☆O☆KI必要みたいねぇ……!?」

「ひ、ちょま……ギャーー!!?」

唸る轟音。

荒れ狂う竜巻。

そんな情景と共に、イオは空高く吹き飛ばされるのであった。

……そんな光景を、能力で以って見ていた椛はぽつりと、

「…………まぁ、自業自得だし、見捨てたほうが安全だよね」

などと、傍らを飛んでいた同僚の者にそう呟いたとか。 

 

――――――

 

「――うぅ……酷い眼にあったよぅ……」

「自業自得でしょうが、全く。これ位で済んでお礼を言ってもらいたいくらいよ?」

木やら何やらに突っ込んだ所為か、冒険者のような出で立ちの中に幾つか木の葉をくっつけ、ぐったりとしているイオに射命丸は冷たくそう言い返す。

 流石にイオも先ほどの言葉は遠慮が無さ過ぎたと反省しているのか、彼女の言葉に反駁することも無く沈み込んでいるようだった。

 

――天狗屋敷内部。

 イオたち一行は、木造の芳しき匂いを感じながら、射命丸のライバルが居るという新聞記者用の部屋に向かっているところであった。

 ずんずん、と足取りも荒い射命丸と、とぼとぼという擬音が聞こえてきそうなイオの様子に、やや広い廊下を歩く天狗の何人かがぎょっとしたように彼らを見たりしている。

……どうやら、ある意味では異色の二人が此処を歩いていることに驚いているようだが。

「ねぇ、文?さっきから僕たち見てやたらと驚いてる人が居るけど」

沈んでいたイオが、周りの気配を探りながら射命丸に尋ねた。

 俯いた顔を射命丸に向けてくるイオの様子に、射命丸もようやく怒りを収め、

「そりゃあ、イオはね。色々と噂されているのもあるかも」

と、割とあっさりと答える。

「妖怪の山でもね、去年の冬に起きた出来事は伝わっていたから、『怒らせるとまずい』なんて言われているわよ?」

「…………そんなキレてたっけ?というか、僕此処まで来てないのに、何でそう怯えられてるのさ?」

むっすりとした表情で、イオが射命丸に向かって詰め寄ったが、

「そりゃそうでしょ。あんな何処の大怪獣決戦みたいな変身、普通の妖怪でも十分驚くし、恐怖もするわ。ましてや、あの時どれだけ殺気を振りまいてたか、覚えてないの?」

腰に手をやりながら、射命丸が呆れたように首を振りつつそう突っ込んだ。

「……むぅ。納得がいかないなぁ……」

ぶつぶつと文句を呟き始めたイオに、射命丸がやれやれと再び首を振る。

――そうしているうちに、射命丸がとある部屋の前で足を止めた。

頭上に『記者室』などとプレートが掲げられたその部屋の扉は、どうやら大天狗の部屋の襖とは異なっているようであり、外開きのドアのようだ。

 小さい窓がドアの上部に設置されたそれは、外から中を覗きこめるようになっていた。

「……ん、アイツいるみたいね」

そんな事を呟いた射命丸が、こんこん、と木造の音を響かせてから、

「はたてー、入るわよー?」

と言いつつ中へと入っていく。

「……お邪魔しまーす……」

其の後を追い、余り音を立てないようにしながらイオも中へと入った。

「わ……すご……」

そして、中の様子に思わず口を開けて茫然としてしまう。

――それも無理ないだろう。

 何故なら、その部屋の内部にはそこかしこに多くの資料が貼り付けられており、幻想郷の地図であるだとか、撮ったばかりの写真と思われるものまで節操なしに散見できたのだから。

 特に、写真のほうは撮れたてである所為もあってか、くっきりと情景が写し撮られており、生き生きとした表情をこちらに向けていた。

 と、きょろきょろと記者室内部を見回すイオに、

「……なんだ、文か。吃驚したじゃない」

そう言って腰に手を当てながら文句を言うのは、焦げ茶色のツインテールに全体的に紫の色合いで占められたブラウスとチェック柄のスカートを着用した、恐らく射命丸と同じ鴉天狗と見える少女。

 やや吊りあがった目つきをしている彼女は、その表情を訝しそうなものにしており、イオと射命丸を交互に見ていた。

「おはよう、はたて。今日ね……イオが手伝ってくれるっていうから連れてきたわ」

そんな彼女に、何処かうきうきとしたような表情の射命丸が意気揚々としてそう告げる。

「……は?」

いきなり告げられたその言葉に、はたてと呼ばれた少女は眼をぱちくりとさせた。

 その様子に、射命丸が焦れったそうに身を捩ると、

「だから、イオが手伝ってくれるって言ったから連れてきたって言ってるでしょ」

「……いやいやいや、ちょっと待ちなさい。イオってそっちの鱗だらけの彼よね?……ていうか……もしかしなくても、そいつ、あの『龍人』じゃないの!?」

頭を抱えかけたはたてが、何かに気づいたように頭を跳ね上げ、まじまじとイオを見つめて叫んだ。

 その驚愕した表情に、イオはにこにこと笑顔を浮かべながら、

「やぁ、どうも。イオ=カリストです。文がいつもお世話になってます」

と片手を上げ、あっさりと軽い調子でそう告げる。

「…………(ぽかーん)」

余りの事に意識が何処かにいってしまったのか、あんぐりと口を開けたまま、はたては硬直してしまった。

 その様子に、ニヤニヤと表情を悪いものへと変えた射命丸が、彼女の目前で手を振りながら、

「おーい、はたてー?こっちに戻って来なさいよ~?」

などと、何処となく彼女を煽るかのような物言いで告げる。

 はっとそれで我に返ったはたてが途端にわたわたとすると、

「な、なな、なんで『龍人』が……!!?」

と、泡を食ったように慌て始めた。

「だから言ってるでしょ。イオが私達の記者としての手伝いを申し出てくれたって」

えっへん、と言いたげに胸を張る射命丸。

「え、ちょ、それ大丈夫なの!?明らかに不味いんじゃ!?」

「あ、それは大丈夫ですよ。僕、あくまでも友達の手伝いで来ただけなので。組織的な思惑なんて何も絡んではいませんし」

にこやかにイオがはたてが心配しているであろう案件を、やんわりと告げることで解消にかかった。

「大天狗さんにもちょくちょく遊びに来てもよいと確約してもらいました♪」

「……えー……」

あっさりと、一組織の幹部と交流がある事を仄めかす彼に、はたてはあんぐりと口を開けるしかない。

 そんな彼女の肩を突き、射命丸がドヤ顔で、

「ほーらっ。言ったとおりでしょ。さ、早く外出て取材に行くわよ!只でさえ、はたては引き籠りがちなんだから」

「え、ちょ……ま、待ってよ!?」

ほぼ強引に連れて行こうとする射命丸に、はたてが抵抗しながらそう叫ぶが、助けを求めようとしていても、傍らで立っているイオは何だか微笑ましい何かを見ているような面持ちであるために、それは叶わなかった。

 

「は、離しなさいってばーー!!?」

 

少しばかり早い朝方の空に、はたての悲鳴が響き渡る。

 遠方でぱたぱた、と鳥たちが羽ばたいていくのが聞こえた気がしたイオであった。

 

――――――

 

「……」

ぶんむくれたような表情のはたてが、ぱたぱたと翼を動かしながら飛ぶ。

 そんな彼女に射命丸が苦笑し、

「もう、そんなに怒らなくてもいいでしょー?さっきの事、ちゃんと謝ったじゃない」

「……ふんだ」

ぷい、とそっぽを向いて見せる彼女に、射命丸が困ったような笑顔に変化した。

「……どうしよ、イオ。うちのはたてが反抗期になっちゃった」

「……うん、色々と言いたいことあるけど、なんでおかんになってるの?」

イオに向って告げられた言葉に、流石のイオもジト眼となりそうつっこんだ直後。

「だ、誰が反抗期か!!」

顔を深紅に染めたはたてが、ずずいっと射命丸へと詰め寄った。

「そもそも、頼んでもないのにいらぬちょっかいかけてくる文が悪いんでしょ!なんで子供みたいに扱うのかしら!?」

ぷんぷん、と頭上に湯気立てて怒っている彼女に、射命丸がだって、ねぇ……と首を傾げるようにして呟くと、

「――弄ると楽しいし」

「おいこら」

ズパン、とハリセンが射命丸の頭に炸裂し、久しぶりとも言えるその痛みに彼女は悶える。

「ぅおお……」

「全く……久しぶりにこれを出す羽目になるとは思わなかったよ。ごめんね、はたてさん。文、結構悪戯好きだからさ」

「いや、それは重々承知してるけど……いいわけ?」

「僕もやっちゃうけど、親しい人に過剰な位ちょっかいかけたら怒られるのは当然だしね。少しは抑えとかないと、文が突っ走っちゃうからさ」

呆気にとられた表情ではたてが問うのに、イオはハリセンを仕舞いながら言葉を返した。

そんな彼の後ろから、

「……イーオー?」

「…………まぁ、自分で分かってても怒る時は怒るんだけどね」

地獄から響いてきそうな声がしたと同時に、イオは冷や汗を流しながらも笑顔のままではたてに告げる。

 

――しばらく御待ち下さい――

 

「……」

「ちょ、ちょっと大丈夫なの?」

「あはは、普段から誰かと戦っていましたし、そんなにきつくないですよ?」

ちょっぴりぼろくなったイオと、不機嫌な射命丸。

 はたては射命丸の方を見ないようにしながら、イオに問いを発した。

「……にしても、妙に文の奴と親しいように見えるけど、何時位からなの?」

「ありゃ?文、はたてさんに僕の事言ってなかったですか?新聞出してたくらいだし、幻想郷の人間も妖怪もほとんどが知っているかと思ったんですけど」

意外と、妖怪と人間の仲まで知られてないのかなぁ……と考えるイオに、はたては苦笑して、

「あー……私、ほら、文も言ってたでしょ?引き籠りなのよ」

「……少なくとも、見ている限りでは引き籠りに見えないですけど?」

取り敢えず、イオはそう言って見せるが、彼女はまだ苦笑したまま、

「此処まで人と会話できるようになったのは、文達の御蔭だからね。アイツと記事対決するまえまでは、本当に酷かったから」

そう言う意味では感謝しているわよ?

ばさばさ、と翼を動かしつつ、はたては何処か遠くを見るようにして呟く。

「ふーん……なるほど」

イオがそんな彼女の言葉に頷きをしながら、こっそりと射命丸を見やれば、

「…………」

案の定と言うべきか、そっぽを向いている彼女の頬と耳が若干赤かった。

……どうやら、彼女の言葉を聞いていたようである。

 思わず、微笑ましくなりながらも、イオははたてに向うと、

「じゃあ、昔の文、どういう人柄、というか天狗柄してたんです?」

と、極めてナチュラルに訊いて見せた。

 その問いの言葉が聞こえた途端、射命丸がぎょっとした表情ではたての方を向き、動きに気づいたはたてに、ぶんぶんと首を振って見せる。

 若干頬が赤い状態になっていることにはたては気づいたが、言うな!と言わんばかりの彼女の様相に、むくむくと嗜虐心が沸き起こり……

 

「――そうねぇ……文、昔は凄かったわよ?」

 

と、気付けばぽろりと口に出していた。

 射命丸が愕然とした表情になった姿を見て、ようやくはたてもあ……と口を抑えたが、今更にして出てしまったものはしょうがないとはたては開き直り、

「そもそも、文のように一千年も越えて生き永らえた天狗も珍しくてね……本当だったら、その格からして幹部の位を授けられていても可笑しくない程だったのよ」

と、すらすらと解けるようにして喋り始める。

 慌てたように射命丸が止めろとジェスチャーを示すが、はたてはアイコンタクトでどうせ知られるんだから今でもいいでしょ、と示しつつ言葉を続けた。

「でもねぇ……文、そういう堅苦しいのが嫌いだからって蹴飛ばしちゃってね。下手に妖力もあるもんだから止めようとする天狗達をちぎっては投げ、ちぎっては投げて、結局位をもらうことなく一介の鴉天狗として在り続けたわ。それに困っちゃったのが、当時でもかなりの位を持ってた大天狗様と、文の親である天魔様ね」

「……え、天魔様って……ちょっと待って下さい。ということは、文ってお嬢様だったりするんですか!?」

はたての昔話から、とんでもない事実が飛び出たことに、イオが驚愕の表情を見せる。

「そ。西洋風に言えば、ね。生まれてから数年で引き籠った私とは大違い。でもねぇ、そう言うのが文には一番嫌だったみたいね」

がっくりと肩を落としている射命丸を見やりながら、はたては言葉を続けた。

「はっきりいって、当時でも今でも、束縛されるのが嫌だったようでね、今でも大天狗様に就いてみないかって誘いをかけられても、にべもない返事、しているみたいよ?」

にやにやしながら、射命丸に向ってそう告げて見せる。

 そう言われた射命丸が、苦虫を噛み潰したかのような、まさしく苦々しい表情ではたてを見つつ、

「……はたて。後で高くつくわよ?」

と若干不機嫌そうな表情でそう告げた。

 むっすりとしている彼女に、はたては苦笑を浮かべると、

「いいじゃない、別に貴女がどんな家庭環境だったか教えるぐらい。それに、他にもいいこと教えてあげてもいいのよ?――恋について、ね」

最後の一言だけを彼女に近づきながら告げつつ、はたては大きく空を駆けていく。

「……えーと、文?」

動きを見せなくなった射命丸に、イオが恐る恐る話しかけた。

「……大丈夫、ナンデモナイワヨ。うん、本当……ダイジョウブ」

「僕、突っ込むべきなのかな?」

片言混じりの彼女の言葉に、イオはジト眼にならざるを得ない。

 そんな彼の様子に、射命丸は慌ててはたての後を追ったのであった。

 

――――――

 

――人里。

 今日の記事の主題として、たまに人里にやってくる天狗や他の妖怪達の為に、美味しい食事処を紹介しようということになったため、彼らは人里をのんびりと歩いていた。

 特に、イオが何でも屋をしている関係もあり、ちょくちょく食事処の手伝いもしていたために、ある意味タイムリーとも言えるであろう。

「――あ、あそこの食事処はねえ、主に猟師さんが卸す獣肉を使った料理が多いかな。血抜きも十分にされてるから、臭みもないし香辛料もあるから結構美味しいよ」

それなりに広い幅の通りを歩きながら、イオは彼女たちに紹介した。

 彼の言葉通り、通りにまで漂ってくるほど香ばしい肉の焼ける匂いに、射命丸とはたてはなるほど、と思いつつメモをとっていく。

 そして、実際に店内に入り、店主に向って取材を行う。

 そう言う風にして、彼らの新聞の元になる情報を集めていた。

「……不思議に思ったんだけどさ、イオ、どれだけ食事処知ってるの?」

――そんな中、射命丸が当然ともいえるような問いを発する。

 かりかりと、万年筆と思しきペンで頭を掻きながらではあるが、今までにとってきたメモの内容量を見ていたからこそ、そんな疑問が浮かんだのであろう。

「あはは、まあこれは依頼で手伝ってくれって頼まれることが多かったからね。かき入れ時になるとかなり忙しくなっちゃうからさ、僕も技術を仕入れられるし、助かってるんだよ」

そんな答えを返しつつ、イオがほくほくとした笑顔を浮かべていると、

「――はっ!?つまり、イオの料理の種類が豊富なのは、そこからきてるの!?」

と、閃きが走ったような表情を浮かべた射命丸が、そうイオに詰め寄った。

 キラキラとしたような彼女の瞳を見つつも、イオは容赦なく彼女の頭を押し退け、

「近いって。まあ、文の言うとおりだね。後は、向こうの世界にいたときでも、料理の技を色々と盗みとってたのもあるかな」

と、サラリと盗人発言を洩らす。

 

おおう……と若干射命丸が引いた様子に苦笑しつつも、

「カルラさんところに招かれると、大体宮廷料理というのかな?そういう堅苦しい料理を食べることもあったし。作法を覚えるのがちょっと大変だったのはよく覚えてるよ。

後は……そうだね。大衆食堂のちょっとした美味しい所とかも、よく冒険者の依頼で手伝いに行った時、賄い飯を食べさせてもらったこともあってさ。不思議と、客に出されてる奴より美味しかったりするんだよね」

と、聞いているうちにお腹が減って来そうな話を続けた。

 思わずじゅるり、と射命丸が涎を垂らしかけるのを、はたてが突いてはっと我に返る姿を見て苦笑しつつも、

「まあ、そんなわけだし。僕の料理の種類数についてはこれで分かった?」

「……凄くお腹が空いてきそうな話ではあったけど、十分よ。ええ、凄く参考になったわ」

射命丸がキリッ!とした表情でそう返す。

 その様子に、あはは……と思わずイオが笑ってしまい、射命丸にジト眼で睨まれるということはあったものの、取り敢えず彼ら三人は順調に情報を集めていくのであった。

 

――――――

 

――そんなこんなで、昼時。

 どうせだったらイオの料理を食べたいと射命丸がごねた為、仕方なしにイオ達一行はイオの家にやってきていた。

「……ねぇ、文。普通だったら食事処の奴食べればいいでしょ?」

「う、うるさーい!イオの料理食べるったら食べるの!決定事項なのよ!」

「……はぁ。ごめんなさいね、イオ。文の我儘で作らせる羽目になっちゃって」

家に帰る道中、はたてがイオに向って謝罪をするが、イオは笑って手を振り、

「いえいえ、大丈夫ですよ。文が僕の料理食べたがるの、ほぼ毎度のことですし」

と告げる。

 だが、はたては頭を抱えて、

「文、あんたねえ……もう少し、自分でも料理が出来るようにならないと悲惨よ?」

「――ぐふっ!!」

余りにも鋭すぎる彼女の言葉に、ぐさり、と射命丸に何かが突き刺さった。

 暗に、

『女子力が無い』

と言ってるも同然なその台詞に、どうやら思う所がないわけでは無かったようである。

「ぐ、ぐぬぬ……」

とはいえ、まだ立つだけの気力は持ち合わせているようで、力を振り絞るような立ち方で何とか立っていたが。

「……料理、教えてあげた方がいいですかね?」

「ああダメダメ、そんなところで甘いとこ見せちゃ。たまには文も苦労しておくべきね。でないと、文貴方にずっと依存しちゃうじゃない。幾ら身分やら何やらにとらわれてないからって、自立できないようじゃ、天狗として此方が恥ずかしいわ」

そんな彼女を見て、居たたまれなさそうな表情をしているイオとはたてが、かなり対照的であったのは確かだろう。

 

 とまあ、そんなことはさておき。

 

麗らかな春の陽射しの中、一行はイオの家に到着した。

「ようこそ、僕の家へ。まあ、狭い所で申し訳ないですが」

「ええ、お邪魔するわね」

「ウェへへ……イオの料理が食べれる♪」

「アンタはもう少し自重しなさい」

ごつん、とイオの料理を夢見てトリップ状態の射命丸に突っ込み入れる場面もあったが。

 ともかく、彼女たちは普通に招かれる形で、イオの家の居間へと案内された。

「――んー……?あ、文だー。……あれ、でもそちらの天狗の人は……?」

居間に移動した彼らが出会ったのは、何時ものように黒のワンピースを着た幼き宵闇の妖怪。

 ぐてー……と卓袱台の上で突っ伏していた彼女が、入ってきた一行を見てややのんびりと体を起こしながら首を傾げた。

「只今、ルーミア。こちらの天狗さんは、姫海棠はたてさん。文の友達だよ」

「へぇ~……宜しくね、はたて。私はルーミア」

手で彼女を指しながらのイオの紹介に、ルーミアは眼をやや驚きで見開いた後に、にっこりと笑って挨拶をする。

 微笑ましさを感じられる彼女の動作に、はたても笑顔を浮かべつつも、

「ええ、こちらこそ宜しくねルーミアちゃん。……にしても、割とイオも隅に置けないわねぇ……」

彼の手料理を食べられるとあってか、にっこにこと笑っている射命丸と、おっとりと微笑んでいるルーミアを交互に見やりつつ、はたては呟いた。

「んー?それどういう意味?」

そそくさ、と台所へと向かったイオを見送りながら、はたてに向かってルーミアが純粋そうな眼を向けつつそう尋ねる。

 その言葉に、はたての耳がぴくりと動いた後で、

「ん?ああ聞こえてたのね。……まぁ、噂の彼も今は忙しいでしょうし、丁度いいかな」

と、その場にいる二人に向って告げるかのような呟きを洩らしてから、

 

「――単刀直入に訊こうかしら。文、彼のこと……どう想っているの?」

 

静かなる問いが、急転直下の急流のごとく、二人に齎された。

 

――――――

 

居間が、ある意味修羅場と言える状況にあることを知る筈もないイオはというと、竈の上に据え付けた五徳の上に、少しばかり大きなフライパンを載せている所であった。

 通常のフライパンは接地面が平らであることが多いが、このフライパンは特殊な加工がされているようで、波打ったような接地面をみせている。

 とはいえ、今から作る物に関して、どうしてもそうならざるを得ない為に、こうした造りになっているのであるが。

「んー……と、よし。調味料は……まぁ、無難に胡椒と塩と、後はソース程度でいいかな。魚は……ああ、今切らしてたっけ。ん、どの肉にしよう?」

ぶつぶつと呟きながら、パチュリー等の識者の力を借りて創り上げた、いわゆる冷蔵庫と呼ばれる代物の中を、イオは覗き込んで肉を探し始めた。

 そして、肉屋で使用される笹で包まれた、幾つかの肉が入っていると思しき包みを取り出すと、肉の種類を確認しつつ、どの肉にしようかと思い悩む。

 因みに、現在手元にあるのは、鹿肉と猪肉、そして近くの牧場で間引きされた馬肉であった。

 当然のことながら衛生面で気遣わなければならないため、冷蔵庫に入れる前に念入りにぐつぐつに煮立った塩水の中で、それぞれに分けて茹で上げることによって危険性をなくしてある。

 故に、始めから仕込みを入れてあるも同然であるため、ある程度焼きを入れるだけで十分に食べられるのだ。

 とはいえ、どんな肉を使うにしても、色々と制限は存在した。

 例えば鹿肉。

 他の肉類と比べれば割と固めの肉質であるため、鍋かシチューにすることにより、食べ易くなる肉である。とはいえ、事前に茹で上げているために多少なりとも柔らかくなっているので、妖怪の身体能力であれば充分に噛み千切ることはできる。

 或いは猪肉。

 これは焼き肉として食べるにはかなり匂いも癖も強い為、少々ばかり悩み所だ。とはいえ、赤ワインを紅魔館でたまに給料の代わりとしてもらっているため、それで煮こめば臭みは取れるので大丈夫である。

 最後の馬肉。

 これは、基本的に牛肉と同じような食べ方でいけると考えてよい。ただ、肉質としては筋や脂が多い為に、女性の心理を慮れば、余り出さない方がいいかもしれない。

「……悩むなぁ……自家製のあの細い麺使って、スパゲッティでもいいし。あ、でもそれだと鍋、用意しないと」

ようやく料理を何にするのかを決めたのか、ごそごそと棚を探り、寸胴の鍋を取り出した。

 そして、同じく冷蔵庫に仕舞ってあった、牛乳が入っている大きな瓶を取り出す。

 ごとり、と鈍い音が響くのを聞きながら、もう一つ、別の所に仕舞っておいた生乳の入った瓶も取り出し、ごとり、と牛乳の瓶の横に置いた。

 直ぐに、寸胴鍋のほうに真水を入れると、麺が仕舞ってある所からスパゲッティ用の細麺を取り出し、傍らに置いてから、

「最初に水を茹でてー、と。材料準備しなきゃ」

肉類用のまな板を壁フックから外し、その上に鹿肉を置いて薄く切り分け始める。

 ある程度切り分けたあと、大蒜を出し、荒く微塵切りにした。

 と、そこで鍋を見やると煮立っていたので、そこで荒塩を少々鍋の中に入れてから、細麺を鍋の中に放り、感触として少し硬め程度で茹でていく。

 麺が茹であがるには少し時間がかかるため、フライパンにこれまた自家製のオリーブオイルを熱し、弱くした火で大蒜を炒め、香りが出てきた所で鹿肉を投入した。

 そして、そこへ茹で上がった麺を加え、火が弱い状態のままで、卵黄、牛乳、生乳、そしてチーズ(いわずもがなの自家製)を投入していく。

 そのころになれば、辺りに馨しい独特の匂いがたれこみ始め、最後に黒胡椒で味付けを調えれば、鹿肉のカルボナーラの完成だ。

「味は……ん、美味し。これなら大丈夫かな?……後は、サラダの材料としてレタスにトマト二欠片と、玉ねぎを水洗いした微塵切り載せれば……よし、完成」

総量四人分のカルボナーラとサラダを見据え、満足気に頷くイオは、やはり傍からすれば一端の料理人であるのだった。

 

――――――

 

それぞれに分けて置いた盆の一つを持ち、箸を添えた状態で居間に持っていったイオは、そこで何やら居間の様子が緊迫を伴った静寂を湛えていることに気づいた。

「……えーと、お昼出来たけど、置いて大丈夫?」

中でも、はたてと射命丸が睨みあうとまではいかなくとも、緊張しきった表情をしていることに驚きながら、イオが恐る恐る言葉をかける。

 その言葉に、はっとなって我に返った三人が、壁にかかっている時計を見てぎょっとした表情になった。

「……参ったわね。こんなに時間経ってたの、気付かなかったわ」

苦笑しているはたてが、イオに向かってそう告げたが、

「何を話してたんです?」

という、イオから至極当然な疑問をぶつけられ、思わず表情が凍りつく。

 幸いというべきか、イオはお盆を置く事に意識がいっていた為に、彼女の様子に気づいた素振りは見せなかったが。

「……単純に、乙女の会話をしていただけよ。男子禁制の、ね」

少しばかり間が空いてから、射命丸が渋々と言ったようにそう答えた。

「へぇ……ちょっと気になるなぁ」

「……少なくとも、イオの話をしてた訳じゃないから安心しなさい」

「嫌だなぁ……別にそんなこと言ってないでしょ?」

和やかに会話を交わす二人。

 そんな彼等を尻目に、会話をしていたであろうルーミアはというと、イオが運んでいるカルボナーラの匂いに触発されてか、キラキラと輝く瞳で涎を垂らしかけながらじっとイオの手元を見ているようであった。

「……おーい、ルーミアー?目が結構危ない輝きしてるよー?」

「――はっ!?」

呆れた表情でイオが告げてきた言葉に、ようやくルーミアが我に返ると、

「凄く……美味しそうです」

「うん、ちょっと現実に戻ってこようか」

すぱん、と軽やかにハリセンを叩き込んだイオが、すっかりやれやれと言わんばかりに首を振りながらそう突っ込む。

「全く……すっかり食いしん坊になっちゃって。美味しく食べて貰えるのは嬉しいけど、周りが見えなくなるくらいになってるのは、流石に寒心しないよ?」

「……うぅ……イオが美味しすぎる料理作るのがいけないんだい」

さすさすと、痛む頭を摩るルーミアが、そう愚痴って口先を尖らせた。

 明らかに自業自得であることは自覚しているようなので、イオはその言葉に苦笑しつつも、お盆を置いてからすぐに立ち上がる。

「文、運ぶの手伝ってくれる?それぞれお盆に載せてあるからね」

「はいはーい。おっひる☆おっひる☆」

嬉しそうな様子で今にもスキップしかねない射命丸が、イオの言葉に従い、さささ、と台所へと向かって行った。

 その様子に、はたてはかなり苦々しい表情となる。

(……結局、文は自分の気持ちを認めないのね……)

イオが料理を作りに台所へ向かった時からの回想を、はたては思い浮かべたのだった。

 

 






まぁ、幻想郷において薫製肉はあまり知られていない......ということで、一つ。



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第四十九章「内に籠るは己が恋情」

少しずつ、変わりつつあるイオの周囲の関係。
始まりは、出会った時からちょくちょく行動を共にする事もある鴉天狗の少女。
腐れ縁でもある親友から詰問を受けた彼女は……?


 

『――文、彼の事……どう想っているの?』

 

時は少し遡り、居間での彼女達の会話に戻る。

 イオの料理が出来るまでのんびり待っていようと考えていた射命丸は、ルーミアは、それぞれ驚きの表情を浮かべて硬直していた。

「……い、いきなり何を言い出すのよ。吃驚するわね」

だが、初めに我を取り戻したのは射命丸。

 心底驚いたのが分かる程に、その表情は常の飄々としたものからは若干かけ離れていた。

 そんな彼女に、はたてはかなり苦々しそうな表情になると、

「あんたねえ……今の自分、可笑しいって気づいてる?」

「……べ、別に何処も可笑しくなんか――「いいえ。可笑しいって断言出来るわよ。あの『龍人』の彼の話題になると特にね」……」

射命丸が、はたての遮りにより、とうとう表情を無へと変化させる。

 余りにもけして感情を見せまいとするその動きに、はたては深い溜息をつくと、

「……何をそんなに頑なになっているの?友達の私にも言えないことな訳?」

と腰に手を当てながら、射命丸に詰め寄った。

「彼……あんな風に妖怪みたいな鱗が出ているけれど、亜人と呼ばれる人間なんでしょう?どうにも、外見が普通じゃないから、妖怪のように見えるけれど」

眉を顰めさせたはたてが、続けざまにそう尋ねる。

「何を躊躇しているのか知らないけど、色々と噂やアンタの新聞とか見てる限り、寿命がかなり永くなっているみたいだし……好きだって、言ったとしても別にいいんじゃないの?」

「……」

スゥ……と、射命丸の瞳孔が細く切れあがった。

 怒髪天をつくような、そんな鴉天狗の怒りが込められたその視線に、しかし、はたては動じることなく真っ直ぐな瞳で射命丸を見据えると、

「答えなさい……何を、そんなに怯えているの?」

 

「――黙って」

 

今にも泣きそうな、怒りそうな、もうぐちゃぐちゃになったような声が、射命丸の口から紡ぎ出される。

 表情を出来る限り無に保とうとしている彼女に、あわあわとしていたルーミアも、彼女の友であるはたても、思わず言葉を失った。

 そんな彼女たちを尻目に、射命丸が大きく息を吸いこんで呼吸を整えると、

「……私は、イオのこと……大切な友達だって、親友だって、思っているだけ。誰に言われようとも、私はそれだけを通し抜くわ」

ようやく落ち着いたかのような表情を浮かべ、彼女が言い切る。

 だが、その言葉を聞いたルーミアは、はたては、それぞれ表情を変化させた。

 ルーミアは、遣り切れなさそうな、辛そうな、そんな表情へ。

 はたては、ぐ……と奥歯を強く、強く噛み締めた……そんな表情で。

 

――イオが入ってきたのは……丁度、そんな時だったのである。

 

――――――

 

「……ふー。西洋の食べ物だったけど、凄く、凄く美味しかったわ」

ありがとね、イオ。

昼食を終え、それぞれ完食した皿をお盆の上に置きながら、射命丸がにこにこと笑ってイオに向ってそう告げた。

「あはは、そりゃ良かったよ。お肉入れておいたけど、固くなかったか正直心配だったからね」

そんな彼女に、イオは安心したように笑うとそう言葉を返す。

「何の肉を使ってたのー?」

と、ひょっこりとイオの肩から顔を覗かせたルーミアが、好奇心と疑問が浮かんだ瞳でイオに尋ねてきた。

「ん、今日のはね……なんと、鹿肉!事前によーく塩水で湯搔いておいたから、割と柔らかめに出来たと思うよ」

「へー……」

「鹿肉って結構固かった筈だけど……へぇ、そうすれば柔らかくなるのね?」

女性として聞き逃せない案件である為か、はたても興味津々にイオに問いかける。

「ええ、他にもやり方があって、一旦血抜きを施してから、水を張った桶に塩を大匙二杯を入れてよく揉んでおけば、臭みも消えますし。そのうえ、清酒やワイン等を使ってよく煮こむことで、柔らかくてかつ美味しいお肉になりますよ」

得意げな表情を浮かべたイオが、にこにこと嬉しそうに教えた。

 

――そんな彼の、生き生きとした表情を……射命丸は、何処か、寂しそうにも、苦しそうにも見えるそんな表情で、見つめている。

 

「――?文、どうかしたの?」

その視線に気付いたのか、不思議そうな表情を浮かべたイオが射命丸に向ってそう問いを投げかけた。

 ぼーっとしていたのか、その言葉にようやくはっと我に返った射命丸が、慌てて言い繕う。

「だ、大丈夫よイオ。そ、それより早く記者部屋に戻らない?もう、人里の料理処のほとんどを調べつくしたんだし」

常の飄々とした表情を繕えているか不安になりつつも、射命丸がイオに向かってそう告げれば、彼はうーん……と唸り、

「……だそうですけど。はたてさんもそれでいいんですか?」

と、射命丸の友である彼女に向かってそう尋ねてみた。

「そうねえ……というか、イオの料理教室的な記事でやれば、何とかなりそうなのは気のせい?あれ、ちゃんとしたレシピがあるんでしょ?」

「止めてくださいよ、流石にそっち方面にまで手を出す気はないですからね?料理処の奴とか間違って載せちゃったら、大目玉食らいますし」

慌てたようにそう告げるイオに、仕方なくはたては諦めると、すっと立ちあがってからぐぐ……と背筋を伸ばし、

「じゃ、行きましょ。このままいたら眠っちゃいそうで怖いし」

「ええ、行きましょうか」

イオも答え、立ちあがろうとすると、

「あ、じゃあ私もついていっていーい?ちょっと好奇心が湧いてきたし」

と、ルーミアが立ちあがったイオの背中に飛び付き、わくわくしているような表情で、彼らに向って問いを発する。

「……あまり、気は進まないけどねえ……まあ、保証人もいることだし、大丈夫でしょ」

「一応、ではありますけどね」

はたてがイオを見つめて告げる言葉に、イオはやや苦笑を浮かべてはいたものの、身元保証人として在ろうとすること自体には何ら抵抗も抱いていないようであった。

 えへへ~と笑っているルーミアを、やれやれと思いながらも背負ったまま、イオは、射命丸達は、彼の家を後にするのであった。

 

――――――

 

「――何者……って、貴方達でしたか。お帰りなさいませ、射命丸様、はたて様」

ばさり、と翼がはためく音と共に、椛が彼ら四人の前に姿を現わした。

「ええ、ただいま。能力で確認出来るんだから、一々飛び出て来なくともいいのよ?」

「そうも参りませんよ。規定で定められてることなんですから」

顔見知りである為にそう言うはたてに、椛は苦笑して首を振る。

 その言葉を聞き、射命丸が面倒そうな表情になると、

「全く、天狗の組織でうざったいのはこういう堅苦しいのなのよねぇ……まあいいわ。じゃ、中に戻らせてもらうわね」

「ええ、どうぞお入りください。イオ殿、ルーミア殿も歓迎致しますよ」

穏やかな微笑みを浮かべた椛が一礼し、ふっと風を斬る音と共に立ち去った。

「あっという間ですねぇ……」

「まあ、私には負けるけど、あの子だって天狗だからね。早々速さじゃ負けない方だと思うわよ?」

「文と比べたら誰だって遅い方になっちゃうでしょうに……」

呆れた表情で、はたてがやれやれと首を振る。

 そんな風にして、イオ達一行は記者部屋へと向かった。

 

――記者室。

 当初来た時と内部の様子は然程変わっておらず、イオ達は思い思いに畳の上へ座っていった。

 気が利くイオが持参していた金属製の水筒から、果樹園を営んでいる農民の人からの報酬品としてもらった果実(主に柑橘系)を絞った果汁を、手際よくコップに移していくのを見ながら、射命丸が口を開く。

「……さて、はたて?皆で集めてきた情報だけど……貴方、どれくらい使おうと思ってるの?」

「それなんだけどねぇ……これ、下手しなくても人里全域の料理処回ってるものだから、本当に情報量が半端じゃないのよ……情報の提供者が提供者だし、下手に名前を載せたらイオが怒られる可能性もあるし」

「私もそう思ったわ。……けどねぇ……逆に言えば、イオの紹介してくれた料理処や甘味処は外れがないということでもあるのよね」

射命丸達が、真剣な眼差しをしながら議論を交わしていくその姿を、イオとルーミアはにこにことしながらのんびりと果汁を飲んでいた。

――と、そこへとんとん、というノック音と共に、声がかけられる。

「おーい、射命丸かはたて、おらんか?」

(およ?どっかで聞いた事があるような……?)

何やら聞き覚えがあるその声に、イオは首を傾げながらもドアの前に立って、

「はいはい、只今御二人さんは作業中ですよー?」

と言いつつ、がちゃり、とドアを開けた。

――そして、硬直する。

 何故ならば、彼の目の前に佇んでいたのは、若々しい男の姿を持つ、つい先日顔を合わせたばかりである大天狗であったのだから。

「……こりゃまた、とんでもない大物の方がいらっしゃったようで」

ようやく驚愕から覚めたイオが、苦笑しながら彼を見直すと、もう一人、誰かが大天狗の後ろに立っていることに気づいた。

 その視線に気づいた大天狗が、こっそりと口の前に人差し指を一本持ってきながら、

「ふふ、お主が射命丸とはたてと共に新聞作りを手伝っておると聞いてのう。作業の進捗具合はどうか、見に来たんじゃよ」

老成した口調で、大天狗がそう告げるのに、イオは色々な意味でやれやれと首を振って、

「そう言われましてもですねぇ……まだ始めたばかりですよ?さっき戻ってきたばかりなんですから」

「おや、そうじゃったか。むぅ……三人寄り合うて文殊の知恵と言うし、さぞ面白そうな記事になっておるかと期待しておったんじゃが」

然程残念そうに見えない口調で、楽しげな大天狗がそう言うと、

「まぁ、僕も手伝いましたからねぇ……少なくとも、楽しい内容にはなっているかと」

「ほっほ、それは楽しみじゃ。あの子たちの記事はほんに、面白いものばかりじゃからのぅ……」

くすくすと、大天狗が笑いながら傍らに立つもう一人の天狗に向かって、同意を促すかのように目を向ける。

 と、そこでようやくイオは、もう一人の天狗の容貌をはっきりと見ることが出来るようになった。

 正面から見ても覘く背中の大黒翼に、肩甲骨辺りにまで伸びていると思わせる艶やかな黒髪。

 匂い立つ気品さが溢れる、端正な顔立ち。

 大天狗が着る、武官束帯姿と似通った服装を着たその女性が、大天狗が向けたその視線に穏やかに微笑み、静かに頷いて見せた。

(……あれ?なんか、どっかで会ったことがあるような……?)

しかし、イオはその美しさに見とれるよりも先に、とある違和感を感じる。

 彼がその疑問を晴らそうと口を開くよりも早く、大天狗が言葉をかけてきた。

「ふむ、どうやら今の所は手持ち無沙汰のようであるし……どうじゃ、これから茶を喫すのは」

「……何やら御用のようですねぇ……ま、いいでしょう。彼女たちに声かけてきますよ」

「済まんのう。一応、眼につく仕事はほとんど終えてしもうたものでな。些か暇を弄んでいた所であったのよ」

「構いませんよ。幾ら手伝ったとはいえ、流石に新聞の内容にまで口を挟む心算もないですから。むしろ、お礼を言わせて下さい」

にっこりと笑ったイオが静かにドアを開いて中へ入り、すたすたと射命丸の所に戻っていく姿を見ながら、大天狗が静かに言葉を紡ぐ。

「……ふむ、どうでしたかな?」

「ふふふ……成程ね。私が会いたがると言ったのも納得がいったわ。文、随分と良い男を見つけてきたじゃないの」

何処か誰かの声に良く似た響きで、天狗の女性はにやにやと誰かを想起させる笑顔を浮かべた。

 明らかに、良い玩具を見つけたと言わんばかりの彼女に、大天狗はほっほっほ、と軽やかに笑うばかり。

「余り、あの子をからかうものではありませんぞ?」

「あら、いいじゃない。正直、あの子の伴侶探すの諦めていた所だったしね。優良物件が見つかって本当に嬉しいのよ?」

口ぐちに言い合いながら、彼らは静かに気配を消して佇んでいた。

 

――一方、こちらはイオ。

「えーと、二人とも……一応、僕の手伝いはこれで御仕舞でいいのかな?」

「「……」」

唐突なその一言に、当然の事ながら二人は押し黙った。

 その様子に思わずたじろぎながらも、尚も言葉を続け、

「情報収集ということで僕は手伝ったし、後僕が手伝えそうな事はもうない感じがするんだけど……」

「――待ちなさい」

ガッシィッ!と音高くイオの肩を掴み、射命丸が光を失くした眼でイオを睨みつける。

「何を勝手に動こうとしているの?そもそも、休暇になって暇だって言うから此処に連れて来て上げたのに……」

「うん確かに申し訳なかったです!!」

ハイライトを失ったその眼に、イオは即座に謝罪した。

 とはいえ、彼にも言い分は存在する故に、恐る恐る顔を上げ、

「で、でもね?幾ら情報収集手伝ったとはいえ、記事の内容にまで言及していいの?」

元々、文とはたてさんの記事だよね?と言われた射命丸が、取り敢えず正論であることを渋々と頷いてから、

「まあね。確かに、私達は誇りを持って作っているから、口出されたくはないわ。けどね、助言をくれる程度はしてくれてもいいんじゃないの?」

完全にジト眼になってイオの顔すれすれにまでぐぐいっと近づき、文句を言う。

「えー……流石に、新聞記事まで手を伸ばしたことないんだけど。配達くらいだったら経験はあるけどさ」

だが、イオに新聞記事作成の経験など持ち合わせているわけではないため、やや眉を寄せて困惑しているようだった。

 更に、もう一つイオには言うべきことがある。

「こうまで言うのもさ、理由あるんだよ?ついさっき大天狗さんがいらっしゃってね、お茶飲まないかって誘われたんだ」

「断りなさい。今すぐに」

「まさかの即答!?」

不機嫌な表情になった射命丸に、イオは驚きの声を上げた。

「あたり前でしょうが!ほいほいとついていったら何されるか分からないわよ!?只でさえ、イオはどっか抜けてる所があるんだし!」

「ひど!?僕そんなにのんびりしてないよ!!」

喧々囂々な痴話喧嘩を見せている二人に、やれやれと首を振ったはたてが傍らに座っているルーミアに、こっそりと話しかける。

「……ねぇ、ルーミアちゃん。あいつ等、近くに人がいること忘れてるのかしら」

「そうなんじゃないのー?まぁ、見てて飽きないけどねー」

「……いっそのこと、こいつ等撮って記事に仕立て上げようかしら……」

「止めといたらー?妖怪の賢者とか、博麗の巫女とかが突貫してきても知らないよー?」

そんな会話を交わしていることなど微塵も知らない射命丸達は、未だに喧嘩をし続けるのであった。

 

――――――

 

「――もう、酷い目にあった……」

むっすりとした表情で、イオは天狗屋敷の廊下を歩いていた。

 そんな彼に、前を歩いていた二人の天狗の内の一人、大天狗がにやにやしながら後ろを振り返りつつ、

「ほっほっほっ。相変わらず仲が良い事じゃのう?」

「何処がですか。あんなきっつい拳、久しぶりに受けましたよ、もう」

完全に不機嫌な表情になったイオが、ぶつぶつと文句を呟く。

――結局、あれからも射命丸と喧嘩を続けること優に数十分、中から喧騒が聞こえていた大天狗が流石に止めようとして記者室に入ることによって何とか事なきを得た。

 とはいえ、射命丸はすっかり拗ねてしまい、大きく振り被った拳で吹き飛ばし、

『もう、知らない!とっとと何処にでもいっちゃえばいいのよ!』

という怒鳴り声と共に、イオはほうほうの体で出てきたのである。

「むぅ……お誘いがあったってちゃんと言ったのに……どうしてあんな、むぅ……」

未だに納得がいっていないのか、不機嫌そうな表情を隠さないイオに、前を歩くもう一人の天狗である女性は、苦笑して告げた。

「まぁ、私達二人にいい感情を持っていないからねぇ。昔はあの子もかなり素直だったのよ?それが、大きくなってくるにつれて、色々と柵が増えてしまったのよねぇ……正直、やってしまったと思ったわ」

後悔が滲み出た言葉を紡いだ彼女に、イオはふぅ……と溜息を洩らすと、

「だからって、もう少し普通に言葉を交わすこと位は出来るでしょうに。あそこまで誰かを毛嫌いしているのも珍しいと思いますが?」

真剣な眼差しとなって、前方の二人を見据える。

「ふふ……まだまだ、あの子も若い。そういうことじゃないのかしら?」

だが、彼女は相も変わらず飄々とした空気を崩さなかった。

 その言葉に、ややがっかりもしつつ、イオは周りを見回す。

 

――実を言えば、彼は気になっていたのだ。

 

先程から、木造の廊下を歩いている最中、鴉天狗と思しき黒翼を有した老若男女が、今も尚前方を歩く二人を見てぎょっとなってから、慌てて片隅へと動く様を。

 それが、大天狗だけに向けられたのならば、話はまだ分かる。

 だが、不審に思えるのは、その畏れを抱く視線が、彼女にも向けられていることであった。

 とはいえ、薄々ながら彼女の正体に見当がついていたイオには、ある一つの疑問が。

「一つ、いいでしょうか?――何故、文を自由にさせてあげられなかったのですか?」

傍からすれば、大天狗に向けられたと思われるその問い。

 だが、イオは鴉天狗の女性にもその問いを投げかけていたのだった。

「――……ふふ。頭の回転はかなり良い方みたいね。そう思わない?鞍馬」

「ふふ……それはもう、十分に存知のことでありますぞ」

 

――天魔で在らせられる、『射命丸 暁』様。

 

(……やっぱり、か)

天狗達の組織のトップであり、幻想郷の有力者にして賢者の一人とされる鴉天狗の女性。

 イオは、実質的にナンバーワンとツーの後を歩いていることになるのだ。

「……たかだか、一介の龍人程度に、まさか此処までの大物が現れるとは思いませんでしたよ」

「あら、娘が世話になっているのに、挨拶もしないのも失礼でしょう?色々と仲良くさせてもらっているみたいだし、ね。それに、今まで男の影も形もなかった子が、初めて男友達を連れてきたのよ?気にならない訳がないわ」

くすくす、と楽しげな笑い声を響かせ、天魔――暁はそう告げる。

 何かを訊きたそうな表情をしているイオに、大天狗が歩きながら振り返り、

「済まんの、イオ殿。今回は、儂の我儘でなったことなのじゃ。色々と訊きたいこともあろうが……一先ず、あの時の部屋まで預けてくれるかの?」

「……ええ、構わないですよ。取り敢えず、ですが」

「忝いの。ささ、参りましょうか、天魔様」

若い男の姿でありながら、どうにも好々爺然とした雰囲気で、大天狗――鞍馬は案内を続けたのだった。

 

――――――

 

「…………」

「はぁ……もう、いい加減機嫌を直したらどうなの?イオ君だって悪気があった訳じゃないんだから」

ぷくーっと膨れた頬をしている射命丸に、はたてがほとほと疲れたような声でそう突っ込んだが、

「ふんだ。イオなんか知らない。あの二人にからかわれまくって、ボロボロになればいいんだし」

「はいはい、欠片も思ってないこと言わない。というか、アンタ単純にあの二人に搔っ攫われたのが悔しかっただけでしょ。ほら、さっさと作業進めるわよ」

「べ、別に悔しくもなんともないし!」

ぷっくりと頬を膨らませたまま、幼児退行でもしたかのような射命丸。

 その様子に、とうとうはたてはダメダコリャと匙を投げ、ルーミアに向かって肩を竦めて見せた。

 呆れが多分に含まれているその表情に、ルーミアも呆れた表情で肩を竦めると、

「――ねぇ、文。イオを束縛したくてそういってるの?」

「ちょ!!?」

はたて達が撮り溜めてきた写真を眺めながら、ぽつりと告げてみる。

 いきなりのその言葉にはたてが慌てているが、その間に事態は深刻化を増した。

 

「――どういう意味よ、それは」

 

表情を無へと変化させ、しかし眼だけをギラギラと輝かせながら、射命丸は詰問してきたからである。

「どういう意味も何も……今の文、どっかが可笑しいような気がしたんだもの。これ、私の気のせいかなぁ?」

うーんしょ、と声を出しながら、写真を見上げながらも続けるルーミアに、射命丸がふるふる、と怒りによってなのか身を震わせると、

「――馬鹿を言わないで。イオと私は飽くまでも友達。それ以上でも、それ以外の何者もないわ」

「本当にー?」

ただただ純粋な眼で、ルーミアは彼女を見据えた。

「ねぇ、文。もういい加減自分の心に素直になった方がいいと思うよー?」

なんだか、見ていて辛くなってくるから。

 心配そうな光を纏わせ、ルーミアは小さくそう告げる。

「……何を、素直になれと?」

「決まっているでしょ。――イオが好きだってことだよ」

すっと足を踏み出したルーミアが、射命丸の目の前に立って彼女を見上げた。

「今までの行動からしてもさ、文、ずっと感情を押しこんでいるでしょ?何で?」

射命丸が幾ら否定しようとも、ルーミアはけして誤魔化されることはないとばかりに、静かな瞳で見つめる。

 イオの同居人が見せた、幼き姿に似合わぬ大妖怪のような気品さと迫力が伴ったその雰囲気に、射命丸は思いもよらず固まった。

 その様子に頓着せず、ルーミアは言葉を続ける。

「……私達妖怪は、己が本能に従って生きてる。人と共にあるからこそ、人の中に生きたいと思うし、人を愛するが故に、全てを喰らい尽して物にする。妖の始まりは、そんな本能から生まれた」

歴史を司る白澤である慧音の教導による、ルーミアの知識。

 その片鱗を見せつつ、静かに歩き出しながら射命丸にゆっくりと近づく彼女は、常のほんわかとさせるような陽だまりの気配を無くし、ただただ真剣であった。

「時が経ち、私達が自我を持つようになってからも、根っこの部分は変わらぬまま……だから、私は思うんだよ」

 

――もっと、自分を出したりしたって、いいんだって。

 

「……」

その言葉に、唇を引き結んだ射命丸は、何処か苦しそうな表情になる。

 そんな彼女に、ルーミアは静かに呆れを含んだ微笑みを浮かべると瞑目し……次の瞬間、闇が辺りを覆った。

「ちょ、きゃあ!!?」

はたてが驚きの声を上げるのを聞きながら、闇が晴れた時、そこに立っていたのは大人の形態へと変わったルーミアの姿。

「!!?」

いきなりの急成長に、射命丸もはたても驚愕の表情を浮かべて硬直した。

 しかし、ルーミアは留まる心算は毛頭ないらしい。

 すっと射命丸の顔すれすれにまで近づき、じっくりと上目遣いをすると、

 

「――あんまり足踏みしているようだと、私が盗っちゃうよ?」

 

「「――!!?」」

唐突な泥棒猫宣言に、時経た鴉天狗達は一様に固まるしかないのだった。

 

――――――

 

――女同士の負けられない戦いが、今当に始まろうとしていることなど到底知ることもないイオは、大天狗の案内により、先日訪れた茶室に来ていた。

 相変わらずイグサの香りが漂っているこの部屋は、見る者を心穏やかにしてくれ、二人が上座に座ってから、ほぼ同時に座ったイオもふぅ……と一息をつく。

「ほっほっ。随分とこの部屋を気に入ってくれた様じゃな」

「ええ……落ち着きますから」

嬉しそうな大天狗に、イオはやや照れ臭そうな表情を浮かべてそう言葉を返した。

 とはいえ、見た目からして西洋の者に見えるイオが言うのもやや違和感も感じることであろうが、天魔――暁はくすり、と笑うだけである。

「見る限り、もうこの世界での生活に慣れてきているようだけど……あの子とは、普段どうしているのかしら?」

親としての心配も含んでいるのか、色々と感情が見え隠れしているその言葉に、イオは穏やかに微笑みを浮かべると、

「そうですねぇ……まぁ、仲良くさせていただいてますよ。最近だと、僕の作る料理が楽しみなのか、しょっちゅう家に来ては食べていくんですよね」

と、途中から微苦笑へと変えつつそう告げた。

「……あの子ったら……いつからそんな腹ペコな子になったのかしらね。全く、料理はちゃんと作れるように教えてあるはずなんだけど」

ごめんなさいね?と申し訳なさそうな表情になった暁が、そうイオに謝ると慌てて彼は両手を振り、

「いえいえ!大丈夫ですよ。僕の料理を美味しいって言ってくれて嬉しいですから」

と、彼女からの言葉を反芻しているのか、若干面映ゆそうな表情になる。

「でもねぇ……あの子のことだから、貴方がいる時にいつも来ている感じがするのよねぇ。正直、年頃の娘なんだから、異性の家に行くのはもうちょっと考えてもらわないと」

 

――下手すれば、そのまま頂かれちゃうかもだし。

 

冗談のように告げられたその言葉に、イオは思わず呆れた表情を浮かべた。

「何を仰ってるんです、もう。文とは単純に友達付き合いをしているだけですよ?」

微塵も動揺していない彼の表情に、暁は困ったように首を傾げると、

「あらあら、可笑しいわねぇ」

 

――だって、冬の豪雪の時、あの子貴方の家にお泊りしたんでしょう?

 

「――……」

大天狗から差し出された湯呑を傾ける途中で、ぴくり、と体を強張らせる。

「私、初めそれ聞いた時はとうとう行けたのかなんて思ったのよねぇ……?」

楽しそうな声で、しかし、何処か眼を鋭いものに変えた暁に、イオは柄にもなく冷や汗を掻いた。

(ま、まずい……もしかしなくても、文との仲を疑われてる!?)

お泊り会をしたことは事実。

 とはいえ、別の部屋でそれぞれ寝ていたのならともかく、彼の部屋で三人共に寝たのもまた事実だった。

――傍からすれば、間違うことなきアウトである。

「は、はは……嫌ですねぇ。お泊り会をしたのは事実ですが、それにしたって僕とは別々の部屋で寝ましたよ?天魔さんが気にされる程のことじゃ、けしてないです」

「ふぅん……?」

可笑しげに笑う彼女に、イオは何処となく引き攣ったように見える笑顔を浮かべた。

 と、そこへ、

「ほっほっ。天魔様もそのくらいに。イオ殿を余り委縮させるものではないですぞ」

と、大天狗がとりなしをする。

「元々、あの子が迂闊だったのじゃ。幾ら大雪が降っていたとはいえ、異性の家に泊めてもろうておるのは、悪戯に噂を掻き起こすだけじゃからのう。それに、イオ殿の性格も十分に承知しておる。普通に泊まって普通に夜を過ごしたんじゃろ?」

くっくっと笑いながら、大天狗がにやにやしつつイオに向かってそう尋ねてきた。

「え、ええ。何もしてませんよ。それははっきり誓えます」

助け舟であると気づいたイオが、キリッとした表情になり答えを返す。

「あらあら……残念ねぇ。もし手を出してたら、色々理由つけてくっつけてやろうと思ったのに」

「……かなり悪辣じゃないですか、それ」

ニヤニヤと悪い笑顔を浮かべている暁に、イオはたまらず頬を引き攣らせた。

 だが、彼女はそれだけで止まる心算はないようで……。

 大天狗が差し出した茶道の碗を傾け、抹茶を口の中で転がしてから飲み込むと、

「ふむ、そうねぇ……ちょっと疑問に思ったのだけど」

 

――貴方、私の娘のこと……一体、どう思ってくれているのかしら?

 

「……?変な質問ですね。先程、単純に友達だと言ったばかりじゃないですか」

きょとん、と首を傾げて見せる様のイオ。

 だが、暁は追及の手を止めずに、

「あら。たかだか友達程度で女の子を泊めるなんてこと出来ないわよ?貴方のように年頃の男だと、普通は女の子とお近づきになりたいなんて思うのは当然だし、何より、普段から憎からず思っている子が来てくれるとあれば、ねぇ……?」

すっと静かに碗を置いてから、イオが射命丸文に対して示している態度の不審さを指摘した。

 その言葉にイオは若干微苦笑を浮かべると、

「あー……実の所、普通とはちょっと違う人生送ってきたので。厭味じゃないですが、こんな顔をしているせいか、妙にハニートラップ紛いの騒動に巻きこまれ易いんですよね。お陰で、早々美人と出会っても、特に何ともなくなってきたので」

多分、天魔さんが考えておられることにはならないと思いますよ?

あっけらかんとしてそう告げたイオに、す……と暁の眼が細くなる。

「あら?もしかして、私の娘が魅力的じゃないと言いたい訳?」

本気の怒気を見せた彼女に、しかしイオは呆れた表情を浮かべて首を振ると、

「なんでそうなるんですか。というか、文が魅力的でないとするなら、この世の全ての女性がそうじゃないことになっちゃいますって」

全く、失礼な……とぶつぶつ文句を呟くイオに、だが、暁はあっさり怒気を収めるとにんまりと笑い、

「あら、あの子が可愛いことは認めるのね?ふぅん……」

「……助けて下さい、鞍馬さん。この方、妙に攻めてくるんですけど」

ニヤニヤしながら見つめてくる彼女に、イオは苦々しさと困惑が入り混じった表情になり、大天狗に助けを求めた。

 だが、彼はくすくすと笑うと、

「まぁ、諦めるんじゃな。何せ、ずっと一人でいたあの子の傍にいてくれそうな者を見つけたんじゃ。暫くはこのままじゃと思った方がいいかもしれんぞ?」

「あら、鞍馬。そうは言うけど、貴方も望んでいるんでしょう?何せ、ずっとあの子を気にかけていたんだし」

からかいに染まった眼で、暁は大天狗を流し目で見やる。

「そうですのう……ほんに、あの時は申し訳なかったものでしてな。性質からして自由を好むあの子に、鎖を付けようとしたのがいけなかったのですじゃ」

「……そうね。出来れば、あの子が幸せになってくれたらいいのだけど……」

暁がしんみりとしつつも、流し目でイオを見た。

 言いたいことは何となく分かりはするが、流石に気持ちも考えずに動くのはどうにも可笑しいために、

「そんな風に見なくとも、僕はちゃんとしますよ。どうせ、寿命が長引いたことですし知り合いがいなくなるのはきついですからね」

と渋々ながらそう告げる。

「あ、でも普通に友達としてですからね?」

ただし、その言葉を付け加えることも忘れなかったが。

 そんな風にして、色々と危ない茶室での人時は過ぎていくのであった。

 

――――――

 

「……何を、言って……」

「もう、鈍いなぁ……だから、イオを盗っちゃうよって言ってるのに」

強張った顔を何とか動かし、掠れ声で射命丸が告げる言葉に、ルーミアは何処か婀娜っぽく微笑みを浮かべていた。

「ふふ、正直貴方に遠慮してた部分もあるけれど……そんなに友達として突き通すつもりなら、遠慮なく行っても別に罰は当たらないよね?」

ぞわり、と大妖怪としての迫力を醸し出しながら、ルーミアは楽しそうに告げる。

 と、そこへずっと凍りついていたはたてが漸く再起動し、

「ちょ、ちょっと待ちなさい!い、色々言いたいことがあるけど、まずその姿は一体何なの!?」

と、慌てたように彼女と射命丸の間に割って入った。

「なあに、もう。今いいとこだったのに」

ぶんむくれるルーミアだったが、とはいえ彼女のお陰で若干雰囲気が和らいだのも確かである。

 仕方なしではあるが、ルーミアが渋々説明を行ったのだった。

 

――少女説明中――

 

「……」

彼女の現在の姿になれた経緯を聞き、はたてが頭を抱える。

 その様子に頓着することなく、ルーミアは射命丸の目の前に再び立つと、

「で、結局どうする心算なの、文?ずーっと見ているだけ?」

と、挑発を仕掛け始めた。

 其処に、ようやく衝撃の事実から立ち直ったはたてが再び割って入ると、

「待ってよ。どうしていきなりこんなことしたのか……幾ら何でも、唐突すぎるわ」

と、ほとほと疲れた表情で、何とかそう告げる。

 

――実際、彼女の行動には幾らか疑問点が生じていた。

 

まず、先程までのんびりとしていただけの筈が、何故此処までの事態にまで発展したのかということ。

 ルーミアがイオに対して慕情を抱いていることは初耳だったが、それにしたってこうして嗾けるような真似までしなくともいいのだから。

「……ねぇ、はたて。イオと文がさ、喋っている様子……どう思った?」

だが、ルーミアはその言葉に答えず、逆に彼女に向かってそう尋ねた。

「どうって……そうね、凄く仲が良さそうには見えたわ。文も随分と楽しそうだったし」

その言葉に、はたては困惑を抱きつつも思い返しながらそう答える。

 すると、ルーミアはフッと微笑みを浮かべ、

「――そうだよね。じゃあ、文。イオと話している時……どんな風に感じたかな?」

「……それ、貴方に話す必要……あるのかしら?」

相変わらず掠れたような声で、射命丸が問い返した。

 感情を見られまいとしてか、横に眼を向けている彼女にルーミアはやれやれと首を振って、

「重要なことだからね。答えてくれないと、私は困るんだけど」

と、イオの背丈に追いつく程度に成長させた身体を見せるように、腰に手を当てて上目遣いになる。

「…………ええ、楽しいと思ったわ。ずっと、ずっと話していたいと思える位には、ね」

真剣な眼差しの彼女に、とうとう、射命丸は心情を吐露した。

 だが、ルーミアの追及は留まらない。

「それだけ?」

「……これ以上……何を言わせたいの、ルーミア」

キッと睨みつけながら、射命丸がそう詰問するが、彼女ははぁ……と深い溜息をつくと、

「まだ隠してること、あるでしょ。さっさと言った方が、文の為にもなると思うよー?」

「そんなこと、な「あるでしょ。ねぇ、文……お願いだから、素直になって」……隠してることなんてない。それは、貴方の気のせいよ」

最早懇願に近いルーミアの言葉に、射命丸はしかしそっと眼を逸らしながらそう告げた。

 その次の瞬間。

 

「――嘘つき。イオの傍に、ずっと居たいって思ってるくせに」

 

思わずはっとルーミアを見てしまったのが悪かった。

 余りにも動揺を隠し切れていない射命丸の様子に、はたても、そして勿論ルーミアも納得した表情を浮かべる。

「……やっぱりか。イオじゃないけど、その反応……イオのこと、好きなんでしょ?」

怒ることも悔しがる様子もなしに、ルーミアは淡々と言葉を続けた。

「ち、ちが……「違わないよ。私の言葉だけでそんなに動揺してる時点で、説得力ないの、分かってるよね?」……く……」

事此処に至って、どうにも否定できない故に、射命丸は黙秘に移ろうとする。

 どうやら、飽くまでも徹底抗戦を続ける心算であるらしかった。

「……ねぇ、はたて。文ってかなり頑固だね」

「割と自由を好んでる分、我を押し通すようになっちゃったのよ、多分」

余計な質問をされる前に作業に移ろうとでも考えたのか、しきりに自分の撮った写真や取っておいたメモを取り出しじっと見つめている射命丸に、二人はこそこそと会話を交わすのであった。

 




頑なな態度を崩そうともしない射命丸に、二人の少女達は一様に気を揉む。
射命丸の心は、一体何を以てその答えを導き出したのだろうか……?


――という訳で、イオの周りにいる特定の少女達がどのような思いを抱いているのかを述べていく章となりました。
次章は、次の章が五十章になる記念SSとなりますゆえ、本編から遠ざかりますので宜しくお願いします。


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閑章「在りうべからざるは時の先に在りし未来」

この章は、
『もしイオが誰かと結ばれ子供を儲けたら』
というコンセプトで書き上げた物です。
……正直、生み出すのが難しいと思ったのですが……全然そんなことはなかった。
とまぁ、お楽しみいただけたら幸いです。
これからもどうぞ拙作を読んでいただけたら嬉しく思います。


 

――桜が、舞っていた。

――風に煽られ、ひらひらと。

――ずっと、待っていた。

――貴方とこうして、傍に在れることを。

 

――――――

 

……透き通るような、晴天の下。

 イオは、縁側に腰かけ、うつらうつらと船を漕いでいた。

 今年の春は、どうやら以前に起きた異変のあった春とは異なり、えらく静かなものであったために、何でも屋として働いているイオも、何だかノンビリ過ごしているようである。

「――イオ~?何処にいるのよ、もう……」

と、そこへ船漕ぎ中のイオを探す誰かの声が響いた。

「……んん?はれ?」

その声に反応してか、ぱちくり、と眼を覚ましたイオ。

 とはいえ、丁度いい感じに眠っていた所為もあってか、まだ寝惚け眼だった。

 金眼が、ぼやーっと辺りを彷徨う間に、どうやらイオを探している人物の方から彼を見つけたようで、

「あ!やっと見つけた!もう……こんな所で寝てると、風邪ひいちゃうわよ?」

と、呆れたようにそう告げる。

 だが、イオはその言葉に何やらうにゃうにゃと呟くと、

「…………スゥ……」

「寝るんじゃない!」

すぱん、と軽快な音を響かせ、声をかけた当人がハリセンを片手に持った。

「なんだよ、もう……もうちょっと寝かせてくれたっていいじゃないか……」

「そこで寝るより、部屋で寝なさい!子供達が真似しちゃったらどうするの!」

「今すぐに起きます」

キリッと表情を凛々しくさせたイオが、しゃきっと身を起こす。

……どうやら、親ばかたる彼は、子供達への影響を瞬時に考えた模様。

 余りの掌返しに、

「……普段から出来るんだから、もうちょっとどうにかならないの?」

「いやでもねぇ……こんな天気だよ?うつらうつらしたくなったって、可笑しくないって」

はぁ……と首を振りながら告げてくる己の伴侶に、イオは空を指し示してぼやいた。

 その言葉に、彼女は指し示された空を見上げると、

「……まぁ、そういう気分にもなるのは確かだけど……」

と、同じ様にぼやく。

「だからって、春とはいってもまだ肌寒いでしょ?もう少し、上に何か着るか何かして欲しいわ、全く」

ぷんぷん、と怒って見せる彼女に、イオはあはは……と苦笑を浮かべ、

「ゴメンゴメン。許して、ね?」

とそっぽを向いている妻に、そっと頬に優しくキスをした。

「……むぅ」

すると、若干頬を赤らめさせながら、じっとりとした眼でイオを見つめてきた彼女。

「……このタラシ」

「酷いなぁ。君が嫌なら止めるよ?」

「…………いい。存分にしなさい」

「もう、どっちなんだよ」

素直じゃない彼女に、イオは苦笑しつつもそっと抱き寄せた。

 と、そこへ突如として乱入者が現れる。

 

「――あー!また父様達いちゃついてる!」

 

不満たっぷりなその声と共に、どすん、とイオの腰に誰かが抱き付いてきた。

「おおっと。……危ないでしょ、アゲハ。どうしたんだい?」

見事な蒼紺色で肩まである髪を振り乱しているイオの娘に、彼は優しく声をかける。

 そんな彼に、彼と同じ金色の眼をしている娘――アゲハはジト眼になると、

「母様ばかりずるい!抱っこしてよ、父様!」

と両腕を伸ばし、イオに強請ってきた。

 そうなれば、親ばかたるイオが聞かない理由が存在するわけがなく……、

「ほぉーれ、高い高―い」

「きゃははっ!あは、もっともっとー!」

「あっはっは!」

「……父さん。もうちょっと落ち着いてよ……」

可愛い娘のオネダリを聞く彼に、そんな呆れたような幼い少年の声が響く。

 その声に反応したイオがおよ?と声のした方へとアゲハを抱き上げながら振り向くと、そこには幼い頃のイオに生き写しの姿をした、小さな背丈の少年がいた。

「なんだ、スバルじゃないか。稽古は終わったんだね?」

「とっくに終らせたよ、父さん。……じゃなくて。余り、アゲハを甘やかさないでくれよ。将来が不安になるんだから」

やれやれ……と首を振りながらジト眼でツッコンで来る息子に、イオはあっはっはと軽やかに笑うと、

「可愛い娘がオネダリしてくるから仕方ないね!」

「胸張ることじゃないでしょ!」

すぱん、と何処からともなく取り出したハリセンで突っ込みつつ、息子――スバルは気炎を上げる。

 全く、とぶつぶつ文句を呟き始める息子の様子に、イオはフッと穏やかな微笑みを浮かべると、

「……大丈夫さ、スバル。将来なんてものはアゲハが決めることだ。親に甘えていられる時間は、意外と短いからね。時はあっと言う間に過ぎていくし、待ってと声をかけることすら出来ないものだよ」

とくしゃり、とスバルの頭を掻き交ぜながら、優しい声でそう告げた。

「そういうものなのかな……」

そんな彼の言葉に、やや不思議そうな声でそう呟く息子へ、彼は笑ってもう一度撫でる。

 そして、さて、と声を一つ洩らすと、

「何処か、ピクニックにでも行こうか?フルナとアルラウネに仕事を回したし、今日は余裕があるからね」

「ホント!?母様!スバルも一緒に行こ!」

「……大丈夫なの?」

アゲハが歓声を上げる横で、スバルがやや不安そうに声をかけるが、

「ん、大丈夫だって。僕が強いのは十分分かっているだろ?」

というわけで、準備しようか。

 イオはそう妻に告げると、アゲハを居間に下ろし台所に向かっていった。

「ほら、スバルも準備しましょ、ね?」

優しく母が声をかけると、スバルはこくん、と深く頷き、

「アゲハ待ってよ~!」

元気一杯に走っていった家族を追いながら、何時しか笑顔になっていくのであった。

 

――――――

 

――妖怪の山、頂上。

 大きく聳え立つ桜の大樹の根元で、小さなピクニックは始まっていた。

「――えへへ、美味しー!」

重箱に容れられていた俵型の御握りを頬張り、アゲハが嬉しそうにそう騒いでいるのを慈しみの笑顔を浮かべながらイオは聞いている。

 その手には小さな杯があり、春の麗らかな陽射しにキラキラと注がれた酒が煌いていた。

「……もう、こんなに時が経ったのね」

「……そうだね。君と出会って、笑って、怒ったりすることもあったけど。今も昔も、ずっと楽しいままだ」

しんみりとした口調で妻が告げる言葉に、イオは瞑目してそう返す。

「改めて思うよ……この幻想郷に来て、本当に良かったってね。子供達も授かったし、今こうしていられるのが、凄く、夢みたいだよ」

「現実よ、幸せなことにね。ふふ……本当、貴方に出会ってから此処まで。色んなこと……あったわねぇ……」

穏やかな陽射しの元、二人してくすくす、と笑い合った。

 そこへ、新たな声が響き渡る。

「――あらあら。こんなところでピクニックしてるとはね。相伴に与らせてもらっても構わないかしら?」

ずわり、という何とも言い難い音と共に、スキマから妖怪の賢者が出現する。

 何時になく穏やかなその表情に、イオはやや苦笑すると、

「しょうがないですね……構いませんよ。身内の行楽ですし、ね」

「ふふ、有難う。それと……今日は、スバル君にアゲハちゃん。元気でいたかしら?」

「あ!紫お姉さん!お久しぶりです!」

「……今日は」

にこやかに紫がイオの子供達に言葉をかけ、挨拶を交わしている姿を見て、驚きで固まっていた妻が、ようやく一息つくと、

「貴方ねぇ……毎回突拍子もない現れ方するの、本当に止めてくれる?」

とジト眼になって紫に突っ込んだ。

「まぁまぁ、落ち着いて。紫さんがいきなり現われるのは何時ものことじゃないか」

「分かっちゃいるけどね……やっぱり文句を言いたくなるわよ」

「あら?妖怪は畏れられてなんぼのものよ。貴方だって、それは重々承知のことでしょう?」

くすくす、と笑いつつ、紫が扇子を広げて口元を覆いながら告げるのに、イオの伴侶はキッと睨みつけるばかりで、何も言わない。

 急速に不機嫌になっていく妻に、イオは苦笑しながらもナデナデと彼女の頭を撫で、

「ほら、そんなに不機嫌にならないで、ね?紫さんも、余り挑発しないでやってください。家族水入らずだったはずなのに邪魔されて、少々ばかり気がたっているんですから」

「ちょ、別にそんなこと言ってないでしょ!?」

ぼすぼす、とイオの腕を叩きながら妻が頬を赤らめて怒るが、イオはあっはっはと笑うばかりで意にも介しなかった。

「全く……惚気ちゃって。あーあ、私にも来ないかしらねぇ……」

そんな新婚夫婦ばりの惚気具合に、紫も流石に当てられたようで、暑い暑いとばかりに扇子で仰ぐ。

 やや、騒がしくもなったが、こうして小さな宴会は続くのであった。

 

――――――

 

「あー食べた食べた♪スバル、美味しかったねー?」

「うん、相変わらず父さんの料理の腕どうなってるのとか思わないでもないけど」

ややこましゃくれた言葉を言いつつも、スバルもアゲハも十分満足したようであり、イオは嬉しそうな表情を浮かべ、なでなで、と子供達を撫でていた。

「うふふ……料理の腕に衰えなしねぇ。流石だわ、人里の最高の料理人さん?」

「もう……勘弁してくださいよ。僕の能力込みなんですから、そう呼ばれたくないんですって」

楽しげな紫に、イオは苦笑しながら手を振って否定する。

「ふふ、その謙虚さも相変わらずだわね。御馳走様、美味しかったわ」

「ええ、御粗末です。お体にお気をつけて」

「ふふふっ、妖怪は風邪なんか早々ひかないと分かっているでしょうに。……まぁ、言葉は受け取っておくわ。貴方も、子供達もきをつけて……ね?」

すらり、と立ち上がった紫が、流し目でイオに告げるとそのままずわり、とスキマを開き、中へと入っていこうとした瞬間だった。

 

「――またね!紫お姉さん!」

 

ぶんぶん、と大きく手を振りながら、アゲハが声を上げる。

 紫が後ろを見やれば、こっそりとスバルも手を振っているのが見えた。

 愛らしいその姿に、紫は目尻を柔らかくさせると、片手をひらひらと振り……直後、その姿がスキマに飲まれる。

「えへへ、父様有難う!美味しかったです!」

「御馳走様、父さん」

嬉しそうなアゲハと、御礼を言うのが照れくさそうな、少しばかり頬を赤らめたスバル。

 そして、重箱を包み終わり、一緒に立ち上がったイオの妻である彼女を見て、イオは一瞬切ないような気分に襲われ顔を歪ませかけたものの、すぐに立ち直って、

 

「――ああ、御粗末様。じゃあ、帰ろうか――僕たちの家へ」

 

静かに瞑目しつつ告げると、子供達を抱え上げ、一気に空へと飛び立ったのだった。

 

――――――

 

――そんな、幸せな夢。

――ずっとずっと、求めていた幸せな未来。

――そんな、淡い夢。

――いつまでも、見ていたいと思うありえそうな未来。

 

 

……ふと、自室で眼を覚ました。

 ぱちぱち、と眼を瞬かせ、何処かを彷徨っていた焦点が合わさると、イオは自分が涙を流していたことに気づく。

 今しがた見ていた光景を思い返し、

「……夢、だったのか」

体を起こして、ポツリと呟いた。

「あんな……何処までも優しい夢なんて、随分と久しぶりに見た気がする。でも……誰だったんだろう、彼女は。それに、子供達の貌もよく見えなかった」

伴侶の顔が、子供達の顔が妙にぼやけていた夢の内容に、イオは首を傾げると、静かに滴を払ってから立ち上がり、窓の障子を大きく開け放った。

 

「――っ。ん、眩しい……」

 

直後、視界に広がった晴天と太陽の光に眼を眇め、イオは大きく背伸びをする。

 そして、んっと声を上げてから止めると、

「さて、と……今日も頑張りますか」

壱日の始まりを感じながら呟くのであった。

 

 




ありきたりな夢落ち。
そして、今までよりもかなり短い章となりました。
理由として、下手に登場人物を増やすと誰がイオと結ばれるのか簡単に想像がついてしまえる為に、このような仕儀と相成りました。
まぁ、一応のヒントとして、とりあえず今まで出てきた東方プロジェクトの作品全部の人物達が候補に挙がってることだけは言っておきましょう。

――更に言うなら、書籍版の奴も含めてですなぁ。
色々と想像を膨らませてお考え下さいませ☆


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第五十章「逃れるは旧き本の中で」

 

「――そろそろ、文の様子が気になってきたので、失礼させて頂いても宜しいですか?」

ひとしきり会話を楽しんでから、イオが椀を置き目の前の二人に向かって尋ねる。

……あれからというもの、大天狗が取り出してきた囲碁台や将棋台等でひとしきり勝負をしていたイオ達は、それなりに談笑し、楽しんでいた。

 先日の勝負の時とは異なり、幾らか場数も踏んできたため、それなりに勝負になったことは、イオにとって幸いではあったが。

「あら、今戻ったら文に怒られない?」

「あはは、多分大丈夫だと思いますよ。一回何でもいうこと聞いて上げれば、文の機嫌が良くなりましたし」

あっけらかんとして笑うイオは、暁の心配を一蹴すると、するりと立ち上がり、

「ま、そういう訳なので。楽しませて頂きまして、有難う御座いました。また、御休みが取れれば、こうして遊びに来て宜しいですか?」

と、襖の前まで移動し、振り返りながらそう尋ねた。

「構わないわよ。貴方の話も楽しかったし、またいらっしゃい。歓迎するわ」

「うむ、余りあの子の機嫌を損ねんようにな」

穏やかな微笑みを浮かべた二人が、それぞれにそう告げると、イオは苦笑しながらも一礼し、その場を立ち去る。

……スパン、と軽やかな閉まる音がしてから数分後、暫くの間茶室では沈黙が漂った。

 先程まで流れていた穏やかな空間は消え去り、そこにあるのは大妖怪としての威厳、そして……ぴりぴりという明らかな緊張感。

「……ふむ、天魔様。今日だけでござったが、あの好青年の性格……掴みとれましたかな?」

再び茶を点てた鞍馬が、静かに瞑目しつつ暁へと茶を差し出しながら問えば、彼女は少しばかり眉根を顰めた状態で、

「まあね……この、暴れん坊が多い幻想郷で、唯一と言っていいほどに温厚であり、戦いを余り好む者ではないというくらいかしら。……まあ、身内に手を出されたら、即座に怒りに転ずるだけの気概は持ち合わせているようだけど、ね」

「そうですのう……概ね、儂も同じ考えでござる。されど、何処から何処までを、身内と捉えておるか……正直、掴みきれませなんだ。――天魔様は、如何ほどに?」

「そうね。……多分、あの青年は別けているのでしょう。『天狗組織内部の幹部と首領』と、『射命丸文の親と上司』ぐらいには、ね」

「……然様でござったか。それはそれ、これはこれという奴ですな」

然もありなんと鞍馬が頷いた。

「その辺り、のんびりとしておるようでかなり厳しい分け方をするものじゃのう。恐らくでござるが……もし、あの子を見初めたとしても、個人として付き合う程度に収める心算ではなかろうかな、と儂は思っておるのですが」

「そうなると……婿入りではなく嫁入りとして、文を送りだすことになりそうね。まあ、親として言うならば、それはそれでいいのだけども」

 

――問題は、他の天狗達かしら。

 

「……まず、間違いなく婿入りをさせに掛かるでしょうな。天狗として言わせてもらうならば、あの青年の力は十分に儂等の中でも幹部を張れる程度には強大なのじゃから」

 

「頭が痛くなってくるわね……はぁ。全く、我が子の結婚相手もままならないのは、困ったものだわ」

フッと雰囲気が和らぎ、娘の将来を慮っている表情で暁がぼやく。

「ほっほっ。あの青年ならば十分に任せられるし、じっくりと長期戦と参りましょうかの」

「……結局、それしかないのね……面倒だわ、本当に」

呑気そうに笑う鞍馬と、何処までも気遣わしげな暁なのだった。

 

――――――

 

「――ただいまー……って、あれ?なんか、出た時より険悪な気が」

「……」

ずーん……という、暗い雰囲気を醸し出している記者室の様子に、イオは入ってからすぐに冷や汗を流した。

 そんなイオに対し、ルーミアとはたては頭を抱え。

 射命丸文はというと、眼の光がハイライトの状態になっており、入ってきたイオを見ても一瞬だけこちらを見るのみに留まり、スラスラと卓上の新聞記事の原稿と思われるそれに向かって、万年筆で書いていた。

「……えっと、ルーミアが何時の間にかまた成長してるのは置いとくとして……何かあったの?」

「……まあ、原因は間接的に貴方が関係してるけどね」

「???」

この場にいて話を聞いていた訳ではないイオが混乱するのも無理はなく。

 しかしそんな彼にルーミアはジト眼を一瞬だけ向けた後、深い溜息を吐いてから、

「で、とにかくイオ?どうしてこっちに戻ってきたの?」

「いや、作業の進捗が気になったからさ。新聞記事の内容には口出す心算はないけど、配達の方で手伝おうかな……なんて」

相変わらず暗い雰囲気を醸し出している射命丸を気にしつつも、イオが頬をかりかりと掻きながら告げた。

 一応、先程の会話からして複雑な心境にあるのは確からしく、ルーミアに向けているようで、実の所その言葉は他の二人にも聞こえるように話している。とはいえ、眼が何処となく泳いでいるように見えるのはけして気の所為ではないだろう。

「……ねぇ、イオ。あの文の様子見ても、まだそんなこと言える?」

挙動不審な彼の態度に、今度こそジト眼になったルーミアが若干低い声でイオに詰問する。

「あれから結構修羅場だったんだよ?」

「……いや、本気で何があったの?文が不機嫌になるだけならまだ分かるけど」

あれ、明らかに眼が死んでるよね?

こそこそ、とイオがルーミアに尋ねると、彼女は嘆息して、

「うん、そのことなんだけどねぇ……」

と、何やら言い難そうな様子だった。

「??」

首を傾げてルーミアをそっと窺い見れば、その視線に気づいたルーミアが咳払いをし、

「と、兎に角、イオは何もしない方がいいと思う。下手に突いたら、絶対藪蛇になることだけは保障できるわ」

「……でもなあ……」

「大丈夫よ、イオ。はたてもいるし、私も手伝えるから。取り敢えず、今日の所はもう帰っても何も言われないと思う」

渋っているイオにルーミアがそう言い含めると、チラリとはたての方を見て頷き合う。

 そして、彼を引っ張り、背中をどんどん押しながら記者室から追い出そうと動き始めた。

「ちょ、ちょっと?ルーミア?」

「いいから!早く元凶が居なくならないと、文は何時までもあのままなんだってば!」

「え?あ、ちょっ……」(ばたん)

問答無用に連れて行かれたイオがドアの向こうに消え、ルーミアがほっと一息を吐いた時である。

「……ねぇ、ルーミア。私……イオのこと、好きでいいのかな?」

ぽつり、とルーミアの背中に向かって力無い声が届いた。

 思わずぎょっとしたルーミアが慌てて射命丸の方に顔を向けると、そこには暗く沈んだ表情を浮かべている射命丸の姿が。

「……ねぇ、はたて。私、耳が遠くなったのかなぁ?なんか、今あり得ない言葉が聞こえてきた気がするんだけど」

「残念ながら、気の所為でもなんでもないわ。……文、一体どうしてそんなこと思ったのよ?幾らなんでも誇りあるべき鴉天狗がそんな状態じゃ、存在に関わって来るわよ?」

頭痛を堪えているかのような表情ではたてが射命丸に向かってそう尋ねると、彼女は益々落ちこんだ表情になり、

「だって……私より、ルーミアがいた方が……」

「――あっきれた。だから、あんなにイオのことが好きだって認めなかったのね。全く……あのね、一つ言わせてもらうけど」

 

――別に、イオを好きになったって、文句は言わないわよ?

 

「……でも……」

しょぼん、という擬音が聞こえてきそうな彼女の様子に、ルーミアは深々と溜息をついて、

「でも、も何もないわよ。そりゃあね、私だってイオが好きよ。出会ってからずっと、優しくって、心が温まる料理を作ってくれることも、我儘言っても、何だかんだで聞いてくれるのも、全部、大好き。……でも、だからって文が遠慮する必要性なんてない!」

ふんす、と気合いを入れる様相で腰の辺りで拳を握りしめると、

「恋は戦争!誰が誰を射止めようと、文句は言わないし言わせない!」

メラメラと燃え上がるような気迫で以て、ルーミアは宣言した。

「……ここまで行かないけれど、私も同じ気持ちよ?まぁ、どちらにせよ、決めるのはあの何でも屋のイオだけどさ」

そんな彼女に苦笑しつつも、はたては穏やかな慈愛の瞳を射命丸に向けつつ、事実を告げた。

 その言葉に、ルーミアががくんと体を折り曲げ、

「……そこらへんなんだよねぇ……イオ、どうも私のこと妹にしか見てないみたいでさ、結構引っ付いたり、甘えたりしてるのに……ねぇ、はたてどう思う?」

むすっ、とした表情で行儀悪く床に寝転がりながら、ぐちぐちと文句を告げる。

 そんな彼女に労わりの眼を向けながら、はたては何処か考えるような素振りを見せつつ、

「ん~……何とも言えないわねぇ。――ああ、でも、普段からちっちゃい方で接していたら、妹みたいに思われても仕方ないんじゃない?」

と、先程のルーミアの状態を鑑みてそう推察を告げた。

「初めから今のように成長した姿でずっと暮らしてたらともかく、子供姿でいるのを異性として認識しようも出来ないと思うわよ?」

「……はぁ。やっぱりそれかぁ……失敗したなぁ」

何時の間にやら和気藹々としたコイバナへと変じている話題の中、射命丸はう~だとか、あ~だとか何やら口をモゴモゴとさせている。

(……あぅ……い、いざ、自覚したら……)

――イオを、真っ直ぐに見られないかもしれない。

 艶めいた蒼の前髪の中で煌く、金の眼。

 穏やかな光を湛えているあの美しい眼を思い浮かべた所で……ポン!と顔が熱くなった。

「……」(ニヤニヤ)

「……」(ニヤニヤ)

そして、当然のことながらそれを見ている人外二人。

 頬を真赤に染め上げている射命丸へ、見ていて腹立たしい笑顔を向けてくる彼女達に、射命丸はキッと睨みつけ、

「言いたいことがあるならはっきり言いなさい。二人してニヤニヤして何なのよ」

「あら?言っていいの?遠慮なく言っちゃうわよ?」

「そうそう!ね~?」

すっかり姦しくなった記者室の外、イオはというと……。

「……どうしよ」

追い出され、ドアを閉め切られてしまった為に、中の様子を伺うことも出来ずただ困惑していた。

「参ったなぁ……むぅ。お手伝いが早々に無くなっちゃったし……ああ、そうだ。パチュリーさんのとこ行けばいいか。魔法についても色々訊きたいこともあることだし」

頭を掻きながらそう呟いた彼は、内部の様子をけして知ることなく、ぎし、ぎし、と木造の廊下を軋ませながら、天狗の屋敷を後にするのだった。

――中から聞こえていた言葉の意味について、意図的に考えようとしないままに。

 

――――――

 

「――で、私の所に来た、と……馬鹿なの?」

「ちょ、いきなり罵倒ですか!?」

これ以上にないくらいの冷酷な眼つきで罵倒され、イオは戦慄する。

「ハッ。馬鹿以外に何を言えと?あのブンヤを放っておいているのは事実なのだし」

淡々とした口調と無表情の彼女――パチュリーはそう言って、ぺらり、と自身が読んでいる本の頁を捲る。

「まぁまぁ、落ちつけって。こっちにしてみれば私の魔法のバリエーションが増えるだけでも歓迎してるんだからさ」

そんな彼女に、長椅子の背に顎を載せるようにして座っている魔理沙が、ニヤニヤと嬉しそうな悪戯っ子のような笑顔を浮かべて告げた。

「貴方が喜んでどうするのよ……と、兎も角。イオ?貴方、私の魔法実験の手伝いをしにきたと言ったけれど……そうね。じゃあ、御言葉に甘えるとしましょうか。丁度、色々と実験してみたいことがあったのよねぇ――貴方を使って」

「……おぅふ。ちょ、ちょっと待って下さい。実験の手伝いって言っても、材料の準備とかを集める作業の方ですよ?」

「黙りなさい。そんなのは魔理沙やアリスに頼んでいるからいらないわ。私が今、欲しいと思っているのは、『若い男でかつ亜人』という素体がどういう風に変化するのかを知るための人材よ」

「――即刻帰らせて頂き「おぉっと、それはさせないぜ?」ちぃっ!?」

言葉の途中で踵を返したイオが、ビュオッという風切り音と共に魔理沙に阻まれ、思わず舌打ちをする。

 ミニ八卦炉を持って此方に向けて構えている彼女に、イオが即座に動いて対処しようとしたその瞬間だった。

 

「――日光よ、汝が敵を縛りつけよ」

 

朗々たる詠唱と共に、六芒星の魔法陣がイオの足元に出現。

 属性を示すかのように黄色の輝きを放つそれに、イオはぎょっと驚き、慌てて天井の方へと飛び立とうとした。

 しかし、七曜の魔女たるパチュリーがそれを逃す筈もないわけであり……。

「――集え集え。火よ、水よ、木よ、金よ。須らく捕らえよ」

淡々として紡がれる詠唱の声と共に、赤や蒼、白に黒の光を放つ魔法陣も現れ、熱気が、冷気が、生命が、無機質が牙を剥く。

「ひっ!?ちょ、パチュリーさん本気出し過ぎぃ!!?」

「当たり前でしょう。すばしっこい貴方を捉えるのに、これくらい必要なのだから。――魔理沙、天井は頼んだわよ」

「あいよー!」

楽しそうな声と共に空中を駆ける魔理沙に、イオは再びぎょっとしつつも、ぐっと何かを握りしめるようにして拳を固めると、ばっと手を開いて魔理沙に向け、

「――『木槍(ウッドスピア)』×10!!」

眼前に小さな五芒星の魔法陣を多く組み上げ、発射した。

タイミングをずらして発出される木の槍型の弾幕に、

「おおっと!その手は食わないぜ!」

しかし魔理沙は慌てることなく避けたり、ミニ八卦炉から幾つか射出して打ち消したりしていく。

「くっ……ああもう、面倒な!」

スペル放つのもどうかと思ったけど、本気で行くよ!

 その言葉と共にイオは追い縋ってくるパチュリーの魔縄を避けながら、詠唱を放った。

 

『集え集え、太古より生き永らえし旧き者達よ。今こそその芽を出だすべき時なり』

 

「――さぁ、これが新バージョンだ!」

 

――樹符『顕現するイグドラシエル』ver.X(イクス)――

 

スペルカード宣言と共に、イオは突如空中で身を屈めると、大きく虚空を蹴り出し、魔理沙に向って吶喊する。

「うぉっ!?危ないだろ!?」

慌てた魔理沙がそう叫んでいるのを聞きながら、イオはその身体に魔力を纏わせ彼女を中心として虚空に蒼色の五芒星を描き出した。

「!!イオを止めなさい魔理沙!」

その意味する所を悟ったのか、パチュリーが魔理沙に向かってそう叫ぶが、

「無茶言うな!イオの速度半端ないんだぞ!?」

あっという間に形作られていく魔法陣を見ながら、魔理沙が叫び返す。

 そうしていく内に、イオがとある空中で足を止めた。

 その顔には何時になく自信が込められたような表情を浮かべており、その表情を見やった魔女二人が嫌な予感を感じた所で。

 

――突如として、巨木が出現した。

 

「おわっ!!?」

「……っ!!」

それぞれに驚愕の色を浮かべながら退避した二人の間隙を縫って、巨木が大図書館に顕現する。

ずず……ん、と重厚処ではない響きを齎しながら、その巨木が燦然として輝き出した。

「――さぁ踊れ。生命が齎す煌きの中で……!!」

イオのその言葉が宣言となり、直後、巨木が大きく身を震わせる。

 黄緑と蒼、緑に輝く木葉型の弾幕が、振り乱れる巨木から広範囲に、同心円状に、降り注がれた。――しかも、交互に回転と逆回転をするという流れさえ伴って。

「――くっ!相変わらず厭らしすぎる弾幕だぜ!」

「……ああもう。こんなに手間が掛かるから、直ぐにでも捕らえたかったのに……全く、魔理沙の所為よ?」

「私の所為かよ!!?」

大声で文句を返しながら魔理沙がイオを探すと、彼は巨木の頂上の枝と思しき茂みの上で立っているのを発見する。

 未だに身を震えさせている巨木に立つことなど、通常は出来る筈もないが、恐らく何らかの力を用いたのであろう。

 無表情でありながら、その瞳に怜悧な光を宿らせ推察を続けるパチュリー。無論、そんなことをしていながらも、時折魔導書を用いてはイオに反撃を加えていた。

――そして、スペルブレイクが発生する。

「……全くもう。二人とも落ち着いて下さいよ。何でこうなるんですか……」

疲労が感じられる声音でイオが文句を言うが、パチュリーはしれっとして、

「あら、逃げるのがいけないんじゃない。それに、私は別に人体解剖なんてする心算はないから安心しなさいな。――ちょっとだけ、魔法薬を飲んでもらうだけよ、ええ」

若干キラキラとした眼で告げる彼女に、イオは益々がくっと肩を落とし、

「それ、逆に生命の危機を感じるんですけど、気の所為ですか?」

「安心しろ、安全DAZE☆」

「信用できない」

ジト眼で魔理沙を睨みつけ、イオは即座にそう告げた。

「大体、魔理沙は僕に魔法を教わりたいんじゃなかったの?何でそっち側についてるのさ?」

そして、放たれる至極当然の言葉。

 ぅぐっと呻いた魔理沙が、若干引き攣った表情で無理やりに笑顔を浮かべつつ、

「いやだってよ……パチェにも負債抱えてるんだぜ?仕方ないだろ?」

「……あぁ、そういやそっか。てか、だったら普段から本を普通に借りればいいのに」

今更ながらな彼女の言葉に、イオは再びがっくりと肩を落としつつ、呆れた表情を浮かべて首を振った。

「もう、図書館での強奪行為はしなくなったんでしょう?」

パチュリーに向かって疲れたようにそう尋ねると、彼女はまぁね、と頷き、

「貴方のお陰で、今に至るまで大人しくしてくれているわ。偶に、こぁに言って本の整理も手伝ってくれているようだしね」

「……小悪魔のバカヤロー……あんだけ言うなって言ったのにぃ……」

さらりと吐かれたその言葉に、羞恥で頬を赤らめ魔理沙が悶える。

「何を恥ずかしがってるの。別に悪いことした訳じゃないのにさ」

そんな彼女にイオは呆れた表情を浮かべて突っ込みを入れると、パチュリーが何処か訳知り顔のような光を眼に湛え、

「普段がさつだから、こんな時に褒められるのに慣れていないんでしょう。……それより、結局私の実験に立ち会ってくれないのかしら?」

と、以前イオに魔法のことで根掘り葉掘り訊いてきた時と同じ、危険な輝きを秘めた眼でイオをじっと見つめてきた。

「あ、あはは……こんなのどうしろと」

絶望感溢れる表情で、イオがぽつりと呟く。

 そんな彼に、魔理沙はうん、と一つ頷くと、

「諦めた方が早いんだぜ☆」

「……うざ」

きらりん☆とぶりっ子そのものなポージングをしてみせる彼女に、イオは思わず眉を顰めて告げた。

 険悪になっていく図書館内の様相に、傍らで作業をしていた小悪魔は若干ぷるぷると震えつつも、頑張って作業を進めていく。

 何時まで経っても自身の思い通りに行かないこの現状に、パチュリーは仕方なしに溜息をつくと、

「……しょうがないわね……魔法薬は止めとくわ。その代り、貴方の血を使って実験しても構わないかしら?」

「……それ、もっと早くに言ってくれてたら、こんなことにはならなかったと思うんですが」

本当にしょうがなさそうにしている彼女に、さしものイオも若干眉をぴくぴくとさせ、眼が笑っていない笑顔でそう突っ込んだ。

「あら?いいでしょう別に。私の手伝いをしてくれるというから、私のしてほしいことを素直に言っただけよ?」

「……相変わらず、妖怪は自由な人が多いなー……」

遠い眼になりながらも、イオは深く溜息をつくと、

「……まあ、暇だと言っているのはこちらの方ですしね。仕方ないです。取り敢えず、どれだけ血を使う心算でいます?」

と、漸くにして観念したのか、諦めが多分に含まれたジト眼でパチュリーに問うた。

 すると、パチュリーは考える素振りを見せてから、

「……そうね。今の所はこの試験管の三分の一くらい出してもらおうかしら。――ああそれと、これも出してもらえる?」

そう言うと、イオに向かってちょいちょいと手招きしてみせる。

 そこはかとなく嫌な予感も感じながら、

「……何ですか一体」

と、恐る恐る近づいていくと、パチュリーが耳元まで顔を近づけ、

「――――は用意できるかしら」

「…………」

「……パ、パチェ、今何て言ったんだぜ?」

とんでもない一言にイオは硬直し、偶々聞こえてしまった魔理沙も顔を真赤に染め上げ、パチュリーに向かってワナワナとミニ八卦炉を構えた。

 だが、そんな状況を齎した張本人はしれっとして、

「あら、貴方も聞こえてたの。だったら分かるでしょう?――精液よ、せ・い・え・き」

「しれっと言うことじゃないでしょうが!!」

すぱーん!!と音高くハリセンが唸りを上げ、イオは顔を羞恥で真赤にしつつも吠える。

 むきゅん!?と悲鳴を上げたパチュリーが、

「……痛いわね。こんな強く叩かなくともいいじゃない」

「だったらそんなこと言うんじゃありません!ああもう!通りでなんか嫌な予感がすると思ったんだよ!」

摩り摩りと頭を撫でている彼女に、イオは尚も気炎を上げた。

 だが、パチュリーは深い溜息をついてみせると、

「あのねぇ……私達の魔法は生命に関わるものが多いのよ?貴方の様子からするにまだ童貞なんでしょうけど、そうした若い男性の体液ほど、魔力が多く含まれているの」

同じような理由で、処女の血もそうね。

と、永らく生きているが故の淡々とした物言いでそう講義し始める。

 余りのフリーダム振りに、イオは、魔理沙はパクパクと口を開閉せざるを得なかった。

 だが、魔女の講義は尚も続く。

「人間はね、一度でも異性と交わればその性質が変わるのよ。その前の人間というのは、言わば純粋な個人とでも称すればいいかもね。混じりっ気が一つもないが故に、レミィのように、吸血鬼はよく異性と交わる前のものを好むわ。これはこうした理由からなの」

ピン!と指を一本立て、パチュリーが何処か楽しそうに説明する姿に、イオはとうとう頭を抱えて、

「……あのですね。だからって何の相談も無しにそれはないでしょう?」

と、ほとほとと疲れた様な声でそう突っ込んだ。

 続けざまに、腰に手を当ててジトッとした眼でパチュリーを見ると、

「兎も角、一応理由があるのは分かりましたけど、絶対にそれは上げませんし、させる心算もありません。血だけで我慢してください」

と宣告する。

 だが、諦めきれないパチュリーは尚もその眼に不満を湛えると、

「……むぅ。ちょっとだけでも「まだ言います?これ以上言うなら、僕も神眼『黄金律眼』発動させますよ?」……しょうがないわね」

完全に不機嫌な表情になったイオの表情を見て、ようやく渋々諦めたのだった。

 

――――――

 

「……それで、今回どんな実験するんですか?」

いつも腰に据え付けてあるポーチから、親友のラルロスが著述した『現代魔法概論』と題された小さめで厚い本を取り出しながら、七曜の魔女へと問いかける。

 すぐ傍で長椅子に座っている魔理沙が、興味津々と言った体で覗きこんでいるのを横目で見ながら、彼女の言葉を待っていると、

「そうねぇ……取り敢えず、貴方の血を使った実験であることは確かね。一括りに実験とはいっても、千差万別あるわけだから」

グツグツと煮え滾るフラスコの内部にある魔法薬を見ながら、パチュリーがようやくにして答えを返してきた。

「まずは、この血が魔法薬の材料としてどのように効果を発揮するかを調べましょうか。内在している魔力量からして、結構応用できそうな気がするからね」

濃い緑色をしている魔法薬に、少ししてから別の材料を加える。

 すると、ぽん、という軽い空気音と共に、色鮮やかな青色へと変貌した。

 すかさず、イオから採取した血液を一滴だけ垂らす。――直後、再び空気音と共に色が変化した。

 今度の色は――眼が覚めるような金色。

「……あの、今何を作っているんです?」

「そうねぇ……正直何が出てくるか予想がしにくいのよ。普通の人間であったなら兎も角、今の貴方の種族である龍人の血なんて、未知数に溢れているから」

普通の人間の血だったら、これで麻痺や喀血を防ぐ解毒薬になるのだけど……。

そう言いながら、パチュリーはゆっくりとフラスコの管の部分を、大きめの試験管挟みで挟みこみ、上下に揺らして中の溶液を混ぜ合わせた。

 直ぐにその効果が現れ、今度はイオの髪のような蒼紺色に変わり、ゆったりと甘い匂いが漂ってくる。

 そして、マジマジとパチュリーが魔法薬を見つめた後、何処からともなくビーカーを取り出して、静かに注ぎ始めた。

――そこまでの作業をしている様子を、イオは視界に納めながらも、

「……つまり、この魔法陣における内円にある五芒星の頂点というのは、そのまま上から順々に生成されていく様子を顕したもので……逆に、五芒星が形成される順番というのはその属性に対する相克の属性を顕したものであるということだね」

と、魔理沙に向かって講義している。

「なぁなぁ、この真ん中の五芒星ってさ、一番上にあるのが起点になってるのか?」

「うん、そうだね。まあ同時に終点も兼ねてるんだけどさ、星の頂点がそれぞれに正五角形を形成できるような位置じゃないと、魔法が発動されない仕組みになってるんだ。だから、僕が学院に通っていたころは、特に魔法陣の形成能力を鍛えられたね。だって、まともに描かないとうんともすんとも言ってくれないし、下手すれば暴発する可能性もあるからさ」

流れるように言葉を紡ぎ、イオは当時のラルロスから叩きこまれた魔法の神髄を思い返していた。

――通学当時、イオは剣術・体術についての心得は十分に持ち合わせていたものの、魔法に関するものは得意な方ではない。

 しかしながら、身体能力に関わってくる補助魔法にはそれなりに造詣は深い方だった。何故なら、普段のクリスとの実戦も含めた訓練には欠かせないものだったからである。

 何せ、素の身体能力でも大幅に差があるうえ、クリス自身も補助魔法を使用しているために、ただの模擬戦が簡単に地獄へと変わった。

 幾らでも致命傷を負いかねないが故に、イオはどうにかして何とか脱却しようと画策していく内に、攻撃魔法を程々に鍛えることにしたのである。

 そうして出会ったのが、ラルロスと共に創り上げた魔眼『金眼律法(ソロモン=アイ)』だった。

 無詠唱で四属性の古代級魔法を扱える上に、威力も増大させるその魔眼は、何とか養父クリスと互角にまで持っていくことが出来るようになったのである。

(……もうほんと、父さんのあれは一体どうなってるのかなんて思ったのは一度だけじゃないよねぇ)

若干遠い眼になりつつも、イオはパチュリーの様子を窺いながらも魔理沙の世話をしていくのであった。

 

――――――

 

「――出来たわ」

そんな声が聞こえて来たのは、イオが実践として魔法陣を組み上げ、魔理沙に見せている時のことだった。

「およ?……こりゃまた、飲みたくなくなる色合いの薬ですねぇ……」

一拍遅れて反応したイオがパチュリーのいる方へと顔を向け、すぐにげんなりとした表情でそうぼやく。

「仕方ないでしょう?そもそも、色と味なんて度外視しているものが殆どよ、魔法薬は」

その手に持つビーカーをマジマジと見つめながら、パチュリーがそう言葉を返した。

……とはいえ、イオの言うことも分からないではない。

 何しろ、彼女が持っているビーカーの中でグツグツと未だに煮え滾っているその薬品は、蒼と赤が斑に入り混じったかのような色合いをしていたのだから。

「……どういう効果があるんだ、パチェ?」

今までイオの講義を聞いていた魔理沙が、興味深そうにひょっこりとパチュリーの右肩側から顔を覗かせ、そう尋ねてきた。

 そんな彼女の様子に、パチュリーは溜息をつくと、

「それを今から調べるのよ。そうね……じゃあ、まず最初に貴方に飲んでもらおうかしら」

と、若干好奇心でキラキラとした眼で、魔理沙に向かって薬を突きつける。

「はぁ!?ちょっと待て、何で私が飲まなきゃいけないんだ!?」

「普通の人間にどう作用するか調べるため、よ。イオは亜人だし、どうしたって効果が異なるのは分かりきっているわ。その他で飲ませる人間なんてそういないんだから、我慢しなさい」

「ちょ、ちょっとま――ぎゃあああ!!?」

逃げようとした魔理沙が、あっという間に植物の蔓に捕らえられ、薬がゆっくりと恐怖を煽るようにして近づけられていった。

「や、やだ!パチェ,やめろったら!!やめ……(ごく、り)」

しかし、哀れなるかな……好奇心でノリに乗った魔女に勝てる筈もなく、魔理沙は無理やりに薬を飲まされる。

 吐きだすことも出来ないが故に飲みこまれたその喉が鳴った直後、戦々恐々と魔理沙が恐怖に打ち震え、効果が出てくるのを待った。

……しかし、何時まで経っても恐れていた事態が起こる様子もないため、魔理沙が恐る恐る何時のまにか閉じていた眼をゆっくりと開いてみる。

「……あれ?パチェ?何も起こっていないんじゃないか?」

あれだけ怖がっていたのが嘘のような静けさに、魔理沙がパチュリーに向かってそう尋ねると、

「可笑しいわね……何かしらの効果が見込めると思ったんだけど」

魔理沙の体の表面に斑が出来てもおらず、むしろ瑞々しいままの綺麗な肌色をしている彼女を見ながら、パチュリーは首を傾げた。

「魔力は?表面じゃなくて内面の方が変わったのかもしれませんよ?」

真剣な眼差しを向けながら、イオがそう提言する。

「肉体に何ら反応が無かったのなら、多分変化が起きているのはそっちにあるかもですし」

「……そうね。魔理沙、一回何か魔法を行使してみなさい。その結果で判断してみるわ」

「お、おう……むぅ……だったら、さっきイオに教えてもらったばかりのアレで行くか」

少しばかり緊張に満ち満ちた表情で、魔理沙がミニ八卦炉を取り出す。

「??ねえ、魔理沙?別に媒介を使わなくても、魔法は使えるよ?でなきゃ、ラルロスも僕も、魔法なんて使えないし」

不思議に思ったイオが、きょとんと首を傾げながらそう言葉をかけると、

「あのな……お前がそうでもこっちはずっとこれを使ってきてんだよ」

ややジト眼になった魔理沙が、イオを見て不機嫌そうにそう言い返した。

――直後、ミニ八卦炉に魔力が充填され、煌々と輝きを放ち始める。

 魔力の輝きが宿ったその媒介を、魔理沙はイオに習った通りに五芒星の形を描き、内円を描き、外円も描き……そして、中央に大きく『光』の文字を描いた。

 

「――貫け!『光刃(レーザー)』!!」

 

高らかに唱えられたその詠唱の直後、地面に対して垂直に描かれた魔法陣から、チュィン!!と特徴的な音と共に光速で何かが射出され、パチュリーが構築した結界へと勢い良く突き刺さる。

 ジュワア……!!と、何かが溶けるかのような音が響いた後、イオとパチュリー、そして魔理沙の眼が揃って大きく見開かれた。

「……おいおい。なぁ、イオ。今の魔法って、確か一番低い威力なんだよな?」

「…………見た感じ、詠唱も構成も簡単な奴だったのは確かだね。幾らなんでも、こんな威力なんてある筈ない。大体、あの光属性の魔法の威力は、本当だったら小さい穴が開くだけなんだから」

冷や汗をじっとりと掻きながら、イオは目の前で『マグマの様に』融解している結界を見て、そう告げて見せる。

「となると……実質的に、この薬は魔力を大幅に引き上げる効能ということになりますね、パチュリーさん」

「そういうことね。まぁ、大した副作用もないようだし、良かったわね魔理沙」

「……なんだろ、妙に喜べないんだぜ」

むぅ……という、若干顔を顰めた状態で、魔理沙が渋々といった体でぼやいた。

「あら?常日頃、あの巫女に勝ちたそうにしているのに、どうしてそんな顔をしているの?」

「まず、この薬の効果が発揮する時間がどれくらいになるのか分からないってのと、後は……単純にイオとパチェの手を借りなきゃ出来ないってことかな。どうせだったら、自分の力で何とか増幅させたいんだよ」

やや不満そうな表情を浮かべつつも、魔理沙は何処か、決意が秘められた眼つきとなる。

「今まで、イオの料理を食べりゃちょっとずつでも力は増えてきたけど、でも、それだって考えてみればイオの力に頼ってることだしよ、余りやりたくなくなったしな」

あ、でも旨い飯は大歓迎だぜ?

にやりと笑った魔理沙が、イオに向かってそう言い放った。

「……そっか。頑張れ、魔理沙。ああ、でも無理はしないようにね?生活がカツカツだったら、食べに来てもいいからさ」

「大丈夫だって。こーりんのやつもいるし、もし困ったにしてもそっちに駆け込むから安心しろ」

「うーん……いや、流石に幾ら年の差があるにしたって、男女二人が同棲するのはどうなのさ……?」

呆れた表情で首を振りながら、イオはやや疲れたようにそう突っ込む。

 そういうふうにして、紅魔館の中の図書館は和気藹々とした空間で主に構成されていたのだった。

 

――――――

 

「……」(ぺラリ)

打って変って静かな空間に変化した大図書館の内部。

 イオは、パチュリーやアリスが用いると思われる魔導書をじっくりと読み耽っていた。

とはいえ、彼が今読んでいるのは通常の人間が読んでも何ら差し支えのない、言わば参考書のようなものであり、魔女が用いる、読んだだけで精神に異常を齎すような危険なものではない。

 パチュリーがそうさせなかったというのもあるし、何よりもイオ自身がそんな危険な魔導書を読みたくないと思ったからだった。

「……」(ひょこり)

そんな彼の後ろ。

 誰かが彼の様子を伺うようにして、見上げるような高さを誇る本棚の陰から覗きこんでいた。

 とはいえ、完全に姿が隠れきっておらず、シャラシャラ……と、涼やかな音と共に翼に垂れ下がっている宝石が揺れ動いている。

「――そこにいるの、フランかい?」

未だ、じっくりと本を読み進めながら、イオが彼女に向かって声をかけた。

「わ!?……まさかばれてるなんて思いませんでした」

「いや、ばれるも何も……それだけ翼が音立ててたら誰だって気づくと思うよ?」

「……それもそうですね」

ぽん、と手を打ち合わせる彼女に、イオは静かに笑いを洩らす。

 それに気づいた彼女――フランドールはむっとした表情になると、

「笑わなくたっていいではないですか」

「いや、御免ね。本当に淑女のようになったとはいえ、まだまだ可愛らしいのは残ってると思ったらさ。……それで、一体どうしたの?」

むぅぅ……と可愛らしい唸り声を響かせている彼女に、イオはゆっくりと振り向き、穏やかな笑顔でそう尋ねた。

 そんな彼に、何とも言い難い表情をしたフランドールは、一旦文句を胸の内に仕舞うと、

「……何か、あったのですかお兄様」

と、彼を見かけてから感じていた違和感を思い出しつつ、そっと静かに問う。

 その言葉に、イオは若干きょとんとしてから、

「んー……フランが何を言いたいのか、ちょっと分かんないな。僕の様子見て、何を感じたんだい?」

と、やや困ったように苦笑しながら問い返した。

 その問いに、フランドールは複雑そうな表情を浮かべると、

「上手く、言いにくいのですけれど……何だか、お兄様が何処か、ぼんやりされているように見えて」

と、恐る恐るといったように言葉を告げる。

果たして、イオは眼を見開き、天を仰ぐようにして顔を上げると、

「……参ったなぁ。普通にしてるつもりだったのに」

と、ぽつり、何かを堪えるかのような言葉を漏らした。

「……何が、あったのですか?」

心配そうにイオを見るフランが、間を開けながらそう尋ねると、

「んー……まぁね。大丈夫、危険なことなんてないから」

と、安心させるような笑顔になったイオが、ポンポンと優しく頭を撫でつける。

「ちょっとね、どんな関係を目指せばいいのか、不安になっただけ」

「……」

何かしらを抱えているようにしか見えない彼の様子に、しかし、フランドールは何も言えないままでいた。

 

――彼の言う『関係』に、思い当たる節が、ない訳ではなかったから。

 

 だが、彼女が言える筈もなかった。

「……そう、でしたか」

ぽつりとして言葉を告げると、一瞬俯いてから。

「……抱えたままになさらないでくださいね?」

と、色々な思いを含んだ忠告を、彼に向かって伝えた。

 心から心配している彼女の言葉に、しかし、イオは何も返さず、ただ困ったように笑うだけであった。

 

――――――

 

「――ねぇ、文」

パタパタ、と空中で翼を動かしながら、はたては傍らを飛ぶ親友に向かって声をかける。

「ん、何?」

ガサガサと新聞が詰まった鞄を探る射命丸が、尚も何かを探しながら声を返した。

 そんな彼女に、ふぅ……と溜息を漏らしたはたては、

「結局、文が自覚したのはいいけど……いつ告白するつもりなの?」

彼女が未だに逸らしているであろう現実を、改めて突きつける。

 ガサガサッ!!と、明らかに動揺した射命丸に、同じように飛んでいたルーミアがにやにやと笑いながら、

「そうだよー文。自分の心に気づいたのなら、アタックかけなきゃ!イオ、普通に女の子に対して鈍感だし、朴念仁だしね!」

「なななな何を言ってるのよ!!?」

顔を真赤に染め上げ、わなわなと震えながら射命丸が吠えた。

 そんな彼女に構うことなくはたてがにやりと嗤うと、

「ルーミアの言うとおりよ、文。聞けば、イオって女性が群がるみたいじゃない?誰かに搔っ攫われても、文句は言えないわよ~?」

「うっ!!?」

思い当たる節が多分にあり過ぎる彼の女性関係に、射命丸はやや表情を強張らせて呻く。

 なんせ、只でさえあの若き龍人はマスクが甘い。

 そのうえ、普通に接していれば十分に人格者としても魅力的である為に、人里でも、各組織においても見逃せない逸材だった。

 身内に嫁がせるだけでもその力を継承させられるうえ、彼自身が編み出した剣の技法も合わせて継承されるであろうことを考えれば、十分すぎるほどに魅力的なのである。

 しかも、どのような人物に対しても、如才なくかつ丁寧に接しているために、外交として動いても問題がない。

――故に、各組織の上層部が特に狙う人材でもあることは疑いなかった。

「……ホントにどうしよ」

完全に衝撃を受けた表情になった射命丸が、茫然としたように呟く。

 そんな彼女の様子に、二人は呆れたように眼を交わし、

「そんなことにならないように、さっさと捕まえるんでしょ」

「私はライバルだし、あんまり手伝えないけど……応援はしてあげるから」

まぁ、捕るのはこっちだけどね☆

 ニヤリ、と不敵な笑顔を浮かべるルーミアに、射命丸は大きく眼を丸くさせ、

「……全くもう」

と、呆れたように、だが、薄らと笑みを浮かべてそう呟くのであった。

 

 




少しずつ変わろうとしている周囲の環境に、イオは一人静かに悩む。
そんな彼がいようとは思わず、少女達は思う存分に乙女として輝いていた。
果たして、彼が答えを出した時……傍にいるのは、一体誰なのか?

次章、「駆け巡るは幾つもの思惑」

穏やかな龍人の周囲とは裏腹に、幻想郷の各有力者達の間では剣呑な雰囲気に包まれていた。
其々が思う、龍人への思惑とは……?
乞うご期待!!


……書いてみて思った。これ何処のアニメや!


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第五十一章「駆け巡るは幾つもの思惑」





――和気藹々と、イオが自身の休暇を楽しんでいたそのころ。

 天狗達による定期的に開かれている会合が、天狗屋敷内、大会議室にて開催されていた。

 平面としては長方形である木造の床の上、キチンと設えてある茣蓙が、上座である一段上の天魔が座るべき場所である所から、互いに壁際で平行になるようにして弐列敷かれている。

 上座にはもちろん、天魔であるところの射命丸暁がゆったりとした正装で以て静かに茶を喫しており、一段下がった傍らには一番の右腕であり、多くの天狗達が慕う大天狗――鞍馬が、右膝の傍に刀を置き、腕を組んで静かに瞑目していた。

 

「――では、これより定例会議を行わせて戴く。先ず、妖怪の山近辺においては、現状目立った妖怪は生じておらず、白狼天狗達の迅速なる対応によって侵入者を阻むように対処されている。ただ、近日において少しばかり見逃せないことが起きた」

 

司会役を務めているのであろう、大天狗や天魔と同じ鴉天狗と思しき天狗が、その琥珀色にも似た瞳色を光らせ告げる。

「……所謂、『龍人』殿のことである」

「「「「「……」」」」」

茣蓙の上に座り、大天狗までとはいかずともそれなりに歳月を経た天狗達は、その報告に対し、一様に司会役を任じられている天狗を見るか、天魔と同じように茶を飲んでいた。

「無論、彼の人が此処に来る前、妖怪の賢者によって予め通達が成されていたことは周知のことであろうが。――事の問題は、そのような些事にはない」

少し、言葉を切り、一息に告げる。

「我々の内部に、彼の青年を招きいれること……あたうるか否か……」

「――待とうか、木葉(このは)」

だが、その文上を遮る、一人の天狗が現れた。

「……大天狗様」

その言葉を発した天狗である、鞍馬を見据え、木葉と呼ばれた男の天狗は静かに呟く。

「この議題……それはもう、散々にやってきたことじゃろう。皆もまた、色々と申したいこともあったが、結局静観するとの結論に落ち着いたではないか。何を蒸し返す必要があるのかな?」

静かな物言いながら、鞍馬は薄らと半眼を開き尋ねる。

「……確かに、その通りでは御座いましょう。なれど……彼の青年が、この天狗の組織に入る可能性が、まだ無くなったわけでは御座らぬ」

「ほぉ?」

「よく御存じの筈……あの自由を謳歌する、御嬢のことを」

「……」

木葉が鞍馬に向かい、真剣な眼差しで以て根拠を提示した。

 大天狗とまでは行かずとも、十分にベテラン天狗に当たる彼のこの言葉に、ざわり……と、静かなどよめきが起こる。

 しかし、そのどよめきは驚きではなく、納得が齎すものであった。

――そんな彼らのざわめきを、鞍馬は一蹴する。

「……だから?それがどうしたというのかな?」

「――ッ!ふざけている場合では……!」

飄々とした物言いに、流石に怒りの声を上げようとした木葉だったが、

 

「そんなものあの子が此処を飛び出して向こうに行ってしまったら何の意味もない」

 

「……」

唐突に、天魔――暁が静かに告げた言葉に、一様に静かになる会議室。

 その言葉に頷かざるを得ないものがあったためだった。

 古参の天狗達の中で思い起こされるのは、かつて起こった彼女の怒りによる大騒動。結果として、この天狗屋敷を一度立て直さざるをえない被害になったことは、彼らの中でも一番に記憶が生々しいものだった。

「……天魔様。なれど、文様がいなくなることは……」

恐る恐る、木葉がそう言葉をかけると、

「あら……すると、木葉は私達がこの程度のことで揺らぐようなものであると、本気で思っているのかしら?」

「――ッ。申し訳御座いませぬ……」

嘲笑とも、憐憫の笑いとも取れる彼女が浮かべた笑みに、思わず背筋を凍らせた木葉は、静かに平伏する。

「……埒があかないのう。どうじゃ、一度此処で頭を冷やさぬか?彼の青年のことよりも、他にも懸案があることじゃろうしのう」

絶妙なタイミングで、鞍馬が言葉を告げた。

 すっと立ち上がった彼が、静かに天魔に向かって立礼すると、すすすと隙のない動きで以て退室していく。

 それを見てか、天魔も同様に席を外すようだ。

 居座る天狗達を睥睨し、すらりと伸びあがるようにして立つと、此方は優雅に歩み去って行った。

……ガタリ、と引き戸式の木造扉が閉められてから。

「……ぷはっ」

と、誰かが詰まっていた息を吐きだす。

「……木葉。もう少し、真面目な空気を保てないのか?」

呆れたような口調と共に、すぱん、と軽く彼の頭を叩く一人の天狗。

「し、仕方ないだろう!あのときの天魔様の目つき、本気で怖かったんだからな!?」

今までの口調は何処へやら、木葉が若々しい青年の言葉遣いで、恐らく友人であろうその天狗に向かって叫んだ。

「ああもう……怖かった」

そう言って体を抱き抱えるようにしてさすっている彼に、話しかけた天狗はというと深い溜息をついている。

「全く……普段から真面目にしておれば、木葉も良く見られるだろうに」

「しょうがないだろ……橘高(きつたか)」

じゃれ合っているとしか見えない彼らに、ジト眼で誰かが割りこんだ。

「あのなぁ……お前等、さっきまでの雰囲気返せや。真面目にやっとったんが馬鹿らしゅうなってくるんやけど?」

焦げ茶色の髪に琥珀色の瞳持つ木葉と、艶々とした長い黒髪に灰色の瞳を持つ橘高と呼ばれた天狗が、微妙に訛っている彼の言葉を聞き、後ろめたそうに顔を背ける。

 そんな二人の様子に、深々と溜息をついた方言口調の彼は、

「兎も角、天狗社会が変化するかもしれへん事態なんや。幾ら、天魔様が違うと言うてはっても、それはどうしようもない事実なんは確かやろ?」

「……だが、どうするんだ?噂に聞く限り、彼の龍人殿はほぼ自給自足の上、名誉にも戦いにも何ら反応しそうにないんだがな、白雨(はくう)」

「……ついでに、女にも滅多に心を動かす様はないときてる。まぁ、人格としてみれば、この上ない程にいい奴なのはわかるんだけどなぁ」

頭の上で両手を組み、木葉がいっそ性格が憎らしければ良かったのにとぼやきながら、目の前で唸っているアルビノの白髪に紅き瞳を持つ鴉天狗の青年を見ていると、

「……一回、彼の青年と話をしてみないか?」

と、静かな声音で、橘高が案を挙げた。

 既に、他の天狗達が居なくなった大会議室の中で響いたその言葉に、白雨、そして木葉も揃って眼を丸くさせ、

「せやけど……どういう名目で会う心算なん?生半な題目掲げとったら、あっちゅうまに制裁加えられへんかな?」

「そうだな……むぅ、ならばこれはどうだ?」

そう呟くようにして告げた橘高が、顔を近づけろと合図し……ぼそぼそと自分たちだけに聞こえる声で以て提案する。

 

――そして。

 

「……ふぅん、確かにそれだったらいいな。次いでに俺達も強くなれそうだし」

「妖怪相手やし、あんまり期待出来へんかもやけど……それで一回やってしまおか」

決意が込められた眼を輝かせ、ひっそりと三人の鴉天狗達が動き出した。

 

――そんな様子を、一人の天狗が能力で隠れ見ていることに、気付きもせず。

 

「……大天狗様にお知らせせねばならないな……」

ばさり、と白き白狼の翼を広げ、犬走椛が飛び立っていった。

 

――――――

 

――永遠亭、異世界より来たりし青年の部屋にて。

「……だからよ、この術式はこうなってこう動くんだって」

「あら?だったら此処はこうした方が魔力の節約になるんじゃない?」

「……そっか……そう言う手もあったな。済まん、これで結構やり易くなるぜ」

銅色の髪を持つ青年が、永遠亭の薬師である八意永琳の協力を受けながら、静かにしかし熱い議論を交わしていた。

 卓上に、魔法陣が描かれた羊皮紙らしきなめされた紙を前に奮闘する傍で、永琳が薬をためすがめす見ながら、時折指摘をする様子が妙に様になっている。

「……」(ぱりぽり)

そんな二人の姿を開かれた襖の向こうから眺めながら、永遠亭の主たる蓬莱山輝夜は、人里のものと思しき煎餅を頬張っていた。

 むしゃむしゃ、ごくり、と喉が鳴り、飲み下されてから、

「……何だか、あの二人凄くいい連携しているわよね」

と、若干呆れたようにも見えるその目つきで、傍らに控える兎耳の少女――鈴仙へと、ぼやいてみせる。

 話を振られた彼女は、何処となく不満そうに見える輝夜の様子に苦笑しつつ、

「あはは……何分、思考回路が似ているんだと思いますよ。どちらも、天才なんて呼ばれてるんですから」

「……むぅ。ちょっと詰まらないわ」

口先を尖らせ、輝夜が言葉通りに詰まらなそうな表情になった。

 そして、

「あーもう……なんか面白いことないかしらねぇ~。あの馬鹿妹紅も最近はなんか変に突っかかって来なくなってきちゃったし」

あーあーたーいーくーつーと、卓袱台の上に寝そべり、不貞寝をし始める。

 かつて、古き都の中において絶大なる美貌故に持て囃された姫とは思えない、それでいて一番に彼女らしい行動であった。

「姫様……」

流石の鈴仙もその行動には呆れるしかない。

 とまぁ、そんな風にして穏やかに時が過ぎた頃だった。

 

「――ラルロス。貴方の親友は元気にしているのかしら?」

 

ぽつり、と永琳がラルロスに向って問いを放つ。

 ちょうどそのとき、彼は新たに魔法陣を描き上げていた所であり、

「あん?なんだよいきなり」

と、羽根ペンらしき筆記用具を片手に、永琳の方を向いた。

 その視線の先にいた彼女は、そんな彼の様子に動じることなく泰然としており、

「別に、何かしらの意図を企てている訳ではないわ。ただね、最近此処にやってくるようになった患者さんからは、龍人様という言葉をよく耳にするようになったものだから」

「……そういや、あいつ人里じゃあそう呼ばれてたか。まぁ、上手くやっていけてるようではあるみたいだぜ?偶にあっちいくことがあるが、悪い噂を聞いたためしがねぇな」

人里じゃあ獲れねえ、鹿肉やら猪肉やら狩ってきているみてえだしよ。

 再び作業に戻ったラルロスが、かりかりと音を響かせながら特に考える様子もなくそう答えると、永琳はそのまま黙りこんでしまう。

「??一体どうしたのよ、永琳。妙に考えてるじゃない」

不思議そうな表情で、輝夜が行儀悪くのそのそと這い這いしながら、そう訊ねた。

「あの龍人、基本的に無害な奴でしょ?何か考える要素でもある訳?」

「……姫さんよ、アイツ曲りなりにも剣術では最高峰の腕持ってんだが」

呆れたようにそう突っ込んだラルロスだったが、彼女はそれを華麗にスルーして、

「ねぇねぇ、どうしたのよ本当に」

と、永琳の服の裾を引っ張りながら、彼女に問い続ける。

 ぴきり、と無視された形のラルロスが憤然として息をつき、猛然とした勢いで再び魔法陣へと体を向けた、そのときだった。

 

「――いえ、大丈夫よ。あの子は只の好き隣人であると再確認出来ただけだから」

 

「……その言い方……まるで、今までアイツを仮想敵として見ていたと言ってるように聞こえるが?」

親友の話題であるためか、再び体を向き直してそう問うラルロス。

 意外なことに、親友が敵性存在であるかのように言われていた点について怒っている様子はなく、ただただ冷静な光がそこにあった。

 そんな彼の言葉に、月の頭脳はふっと苦笑して、

「何もそんな真剣な眼になる必要はないわ、ラルロス。私達は、曲りなりにもかつて異変を起こし、八雲紫を始めとする異変解決者達――イオも含む、ね――に退治されることによって、この幻想郷に真に住人として認められた。……でもね、それはあくまでもこの幻想郷の住人として認められているだけで、余り、人妖と関わりを持たなかったのが現状ね。まぁ、医者と薬師が余り表に出しゃばるようなことはないのは確かだけれど」

つらつらと述べていく彼女に、しかし周りの者たちは口を挟むことなく、真剣な眼差しをしている。

 そんな彼らを見廻しながら、

「そんな折……ラルロス、貴方がこの永遠亭に研究室を構えたわ。目的としては、貴方が此処に残していったあの魔法陣の監視である訳だけれど……それは、副次効果を齎すことになった」

 

――イオ=カリストという、幻想郷の勢力の一角が、接触をするようになったのよ。

 

「……アイツはそんな堅苦しいことなんざ、考えちゃいねえぜ?単純に親友が世話になってるから、その礼も兼ねて依頼を受け付けてくれてるんだろうさ」

「フフ……でしょうね。何ら後ろ暗いことをしていないから、仮想敵性勢力である此処を訪れることが出来るわけであり、各勢力がそのことを聞いたとしても、あっさり警戒を緩める程度には――イオ=カリストという存在は認められている」

無作為の行動である筈が……何時の間にか浸透している。

(……本人はあれで、なんでもないように振舞っているのだから、恐ろしいものね)

仮にも幻想郷の有力者の一角を気取れる筈の実力者であるが……上層部の中では信頼に値すると認められ、ある種の特異点として在り続けられる彼には、その行動の本意が天然であれ、作為であれ、侮り難い人物であると伺わせるのだ。

「……難しく考えるのは仕方ねえかもしんねえが……アイツ平和主義だからな……?」

やれやれと言わんばかりのラルロスが、再び煎餅を齧り始めた輝夜には妙に印象に残ったと、後に彼女は述懐した。

 

――――――

 

「――ふぅ……今日も今日とて、花達がやたらと咲き誇っているわね」

幻想郷――遥か東に在りし、神が宿る社。

 名を博麗と号する、幾らか古びているその神社の母屋の縁側で、いつものように彼女が茶を喫していた。

 毎度、イオが妖怪退治をする度に持って来る賽銭や、自家製の野菜や保存できるよう加工された肉類のお陰で、彼が来る前とは殆ど比べものにならない程に現在の生活は充実しており、正直に言えば、彼が来るのを心待ちにするくらいには、彼を友と思えている。

 とはいえ、博麗神社の主たる巫女――博麗霊夢は、その心中を詳らかにすることは無いだろうが。

「――おぉい、れいむー」

のんびりとした幼き声がすると共に、フゥ……と何かが萃まる気配がすると、霊夢のすぐ傍に角を生やした幼女が出現した。

 言わずもがな、幻想郷から消えたとされる大妖怪の一角、『鬼』である伊吹萃香である。

「……まぁた、この酔いどれ幼女は。何?酒でもせびりにきたわけ?」

だが、霊夢はやや面倒そうな表情を浮かべ、傍に座って瓢箪から酒を飲んでいる彼女にいい顔をしていないようだった。

 それもそのはず。

 彼女がこうして現われるのは、何時だって霊夢が何処かから酒を入手してきた時に現われることが多かったからだった。

「おぃおぃ、ヒドイねぇ……只遊びに来ただけだって思わないのかぃ?」

とはいえ、そんな霊夢の態度に何ら含むものは無いらしく、けらけらと萃香は笑うばかり。

 少なくとも、霊夢が苛立つことなぞ意にも介してないことは明らかだった。

 にやにやとして見つめてくる彼女に、不機嫌そうな表情になった霊夢は、

「アンタが酒以外で用事のあったことなんてあった?大抵私がイオにもらった酒だとか、人里の酒を買ってきた時ばかり現われてるじゃないの!」

「おぉっと、流石に今回は別だぜぃ?その証拠に、今日は酒を買っても、もらってもいないだろぅ?」

食えない笑顔を浮かべながら、萃香が霊夢に向かって煽るようにして告げる。

 とはいえ、確かに今日だけは霊夢は彼女がやってくる用事など他に思いついていない為、仕方なしに溜息を深くすると、

「……じゃあ結局何の用事よ?言っておくけれど、詰まらない用事だったら退治するから」

じっとりとした眼つきで、何時の間にやら大幣を構えて萃香と向き合った。

「おおこわいこわい。……まぁ、なんだ。そんなに身構えるようなことじゃないさね。――紫から伝言だよ」

「……あのスキマが伝言?何があったのよ?」

「さぁね。空をふらふら漂ってたら紫の奴が現れて、霊夢に言付けたのさ」

 

――『カミオロシの修行を始めろ』だとよ。

 

「……まぁた、何か企んでるわね……たく、今度は何をしでかす心算なのやら」

益々不機嫌そうな表情に変化した霊夢が、大幣を下げ、憤然として腕を組む。

「先だってこの花ばかりの異変の前にイオが暴れたばかり……それだって、勝手に始まって勝手に終わったことだし。何で用意しなきゃいけないのよもう」

むっすりとした表情で、霊夢がぼやいた。

「私に訊かれても困るぜぃ。ただ伝言頼まれただけだしさぁ」

けらけらと再び笑いながら、萃香がからかう様にしてそう告げる。

「むぅ……その他は?何か言ってた?」

考える素振りを続ける霊夢がそう問えば、萃香は一瞬空を見上げると、

「そうだねぇ……ああ、こんなことを言っていたか」

 

――『月が……近くなる』とね。

 

「月ぃ?……嫌な予感してきたわね……」

思いも寄らないその言葉に、霊夢は言葉通りに嫌そうな表情になった。

「まぁ、考えるのは自由さね。紫に言われた通りにしてやんな」

「全く、もう……他人事だと思って」

じとり、と目つきを生温い物に変えながら、霊夢は仕方なさそうに溜息をつくと。

 すくっと立ち上がり、博麗の秘術が仕舞われた倉庫へと向かっていくのであった。

 

――――――

 

――此処は、境界が齎す、世界と世界の狭間。

――何処にでもあり……何処にでもない。

――ただただ、虚無ばかりが広がるのみ。

――なれど、働きかけるものありけり――。

 

「――首尾の方、どうなったの?」

紫にも、赤にも、蒼にも……とにかく千変万化していく空間の中、ひっそりと涼やかな女性の声が響いた。

しかし誰も、その声に応える者などいない筈が、凛とした声音がその静寂を打ち破る。

「……全て、順調に御座います……紫様」

白面金毛九尾。

 艶やかな狐の尻尾を九本も持つその妖怪は、誰かの式神であることを示す紙が縫い付けられた帽子を被っており、その主と同じように唐風の服を着用していた。

――八雲紫の式神たる、八雲藍。

 肉食たる獣であるが故の縦に切れあがった瞳孔に、彼女の主である紫の姿を映しながら、静かにその指示が下されるのを待っていた。

 ぱちん、とその紫の持つ扇子が開かれ、すす……と口元まで上げられる。

「ふふ……スキマで覗いてみれば、あの子もカミオロシの修行を始めたようだし。イオも、此処暫くは休みを取っている。首尾良く運べば……巻き込めるわね」

くすくす……と何時になく大妖怪の気迫を洩らしながら、紫はそう嘯いた。

「ですが……大丈夫なのですか?『月へ侵入する』など」

だが、彼女の部下であり大切な家族でもある藍が、不安を口にする。

 ちらり、と紫がそちらを見やれば、その言葉通りに不安そうな表情をする藍と眼があった。

「まぁ、あの時かなりの大打撃を食らったしね。――言わば雪辱戦とも言っていいわ。とはいえ、あの時とは違ってイオがいることだし……あの綿月の妹とどんな勝負をすることやら」

ふふふ……と黑い笑顔を見せる紫。

「やはり、『綿月依姫』と戦わせる心算でございましたか」

「当たり前でしょう?以前月に侵入した時は本当に危なかったもの。よもや、浄化の焔で焼き焦がされかける羽目になるとは……思いも寄らなかったしね」

まぁ、お陰で幻想郷に無用な争いを齎すであろう妖怪達は少なくなったけれど。

 酷薄な笑みを浮かべ、紫は嘲笑した。

 

――さて、此処で説明しよう。

 彼女たちが言う、『月への侵入』……それは、かつてこの幻想郷が出来た、或いは出来上がりつつある頃に起こった出来事である。

 当時、八雲紫は人間と妖怪が共生する世界――つまりは現在の幻想郷を指すのだが――を創り上げる際、並々ならぬ苦労をしていた。

 というのも、人間という存在なくしては妖怪という存在が存在出来ないこと……そのことに、当人ならぬ当妖怪たちの中において、嫌がる者が出てきた為である。

 それは、主にして男の妖怪が殆どであった。

……妖怪という存在のなかにおいて、男の妖怪というのは存外にして少ない。それは大概性質として好戦的であるが故に、数を減らしていったからというのも原因の一つ。

 反面、女妖は見目麗しい者が殆どであり、性質的にも争いを好むことなく種の保存へと特化していた。

 それ故に、幻想郷の人妖の構成は女妖が大半を占めているが現状なのである。

「……吸血鬼の小娘もどうやら以前の月の異変で、あの薬師がいたという月に興味を抱いたようだし……これで、こっそりと外の世界のロケットの仕組みを書いた本を入れておいたのが効を奏すわ」

「後は……どの位舞台に上がる者が増えるのかでしょうね」

「あら、大丈夫よそれは。イオが付いていく時点で、ほぼ集まっているも同然だから」

安心しなさい、と嘯く紫に、藍は未だに不安そうではあるものの取り敢えず頷いて見せるのであった。

 

――――――

 

――妖怪達の密やかな思惑を知ることなく、人里の寺子屋では何時ものように騒がしい授業が行われている。

 普段、妖怪と人間とを分けて行われているそれは、どうしたことか、今日に限って異なる種族で教室が賑わっていた。

「――はいはい、授業を始めるぞ!」

ぱんぱん、と両手を打ち叩きながら、寺子屋の教師である上白沢慧音が教室に入り、黒板の前に立つ。

 少しばかりざわめいていた彼らは、その言葉でようやく静かになっていった。

 その様子に満足そうな表情を浮かべて頷いた慧音は、こほん、と咳払いをすると、

「さて、今日皆に集まってもらったのは他でもない。いつもであれば、妖怪や人間それぞれで授業を分けてきたが、今日は皆で受けてもらうことにした。というのもだな……」

と、そこで言葉を区切った彼女が教室全体を見回す。

「皆、改めて訊くまでもないことだが……此処は、いや、この世界は一体なんだ?」

「……???」

「なんだって……慧音先生、『幻想郷』でしょ?」

彼らにとってみれば当たり前過ぎるその質問に、むしろ意図が読み取れずに生徒達が困惑した。

 だが、慧音はそれににっこりと満面の笑顔を浮かべて頷くと、

「ああ、確かに。この世界は『幻想郷』だ。――『妖怪と人間が共生する』……な」

「あれ?」

「う~ん……?一体何が言いたいんだよ慧音!」

三対の氷翼を煌かせ、チルノが頭から湯気を出しかけながらそう問うと、

「あ~……うん、まだ分からないか。もっと言ってみるぞ?――『妖怪と人間が仲良く出来る世界』だろう?」

流石に此処まで言っても分かってもらえなかったことに少々気が落ち込みつつも、慧音が何とかそう言葉を紡いだ途端。

「あ、そうか!今日の授業、妖怪も人間も一緒に遊ぶってこと!?」

がたがたっ、と音たてて立ち上がりながら、寺子屋の授業が終わった後イオの道場に通う習慣がある少年――心太が、きらきらと眼を輝かせて叫んだ。

 普通であれば、大人たちが眉を顰めるようなその言葉に、しかし、慧音は深々と頷いて、

「――ああそうだ。偶にはこんな授業もあった方が皆も喜ぶと思ってね。さて、そういう訳で今日は何をして遊ぼうか」

普段授業で宿題を忘れた者に対する粛清の時とは大幅に異なった笑顔で、静かに彼らに尋ねる。

「サッカーしよう!」

「えーでも、下手に蹴りが強いとボール壊れちゃわない?」

 「大丈夫!イオ兄が作ってくれたボール、何かの樹液で出来てるみたいで、やたらと跳ねるから!」

「……むぅ……逆に危ない気がするのは気のせい?」

ガヤガヤと騒がしくなってきた彼らの声に、慧音は苦笑して、

「ほらほら、楽しみなのは分かるが、ちょっと落ちつこう。――それで、さっかー、だったか?それで遊びたいのは何人いるのかな?」

と、再び両手を打ち鳴らしながらそう尋ねると、すぐさまばばっと手が沢山挙がってきた。

 ひーふーみー、と数えながら、慧音はその手の中にチルノ達妖怪が幾人か混ざっていることに気づく。

「チルノ……大丈夫なのか?」

思わず、と言ったようにそう尋ねてくる慧音に、チルノは何時ものように何故か自信満々な笑顔を浮かべて頷くと、

「だいじょーぶ!あの何でも屋から色々と教えてもらってるんだ!弾幕ごっこも楽しいけど、最近はサッカーもやるようになってきてるし!」

正しく天真爛漫といった風で、きらきらと笑顔を輝かせていた。

「はぁ……この状態だと、言っても聞かなさそう。仕方ないし、僕もやるよ」

そんなチルノの様子に、色々と突っ込みたいのを堪え、リグルが何時もの燕尾服めいた服装でそう告げる。

 その様子に何時もチルノと一緒にいる大妖精が苦笑して、

「あ、あはは……ちょっと、私は無理かな。そんなに体が動くわけじゃないから」

「私もちょっと遠慮したいかな。この後も屋台を引かなきゃいけないし」

そういう訳だから、私は向うの女の子達とまま事でもしているよ。

 そんな風に告げて、タッタッタと立ち去ったのは、ヤツメウナギを捌き蒲焼きなどにして作っているミスティア。

 やはり、衛生的な面も考えているのだろう、今にも駆け出さんばかりの男子たちとは別に、大妖精と共に、女子が集まっている方へと向かっていた。

 若干、その様子を見送ってから、チルノはよぉしっと声を上げ、

「じゃあさ、どういうふうに別れる?じゃんけんで勝った方と負けた方にする?」

と、周囲の子供達に話しかけていく。

 楽しそうに笑い、交流を交わすその様は、幻想郷を体現しているかのように鮮やかで……何よりも、失い難いものを、慧音は感じていた。

 

「……随分とまぁ、遊んでるねえ」

その様子を微笑ましげに眺めていた慧音に、ふと、一人の女性が話しかけてきた。

ざく、ざく、と土が踏み固められる音を敏感に聞き取りながら、

「おや……妹紅じゃないか。人里に来ているとは珍しい」

背中まで伸びる白銀の髪を持つ赤白の服を着ている友人に、慧音が表情を緩ませてそう言うが、彼女は苦笑するままに首を振って、

「いや、たまたまだよ。ちょいと足がこっち向いただけだって」

「それでも、来てくれたのは嬉しいよ。……今日はどうした?」

「――まぁね。暖かい季節になったもんだから、散歩するのもいいかなって思ってさ」

イオ&ラルロスと戦った時の迫力などなかったかのように、妹紅はにへらと笑う。

「ほぉ……いつもあの永遠亭の姫と戦ってばかりだった妹紅がね。ふふ……そうそう、あの何でも屋のイオも、ここ数日休みを取っているんだ。知っていたか?」

くすくすと、楽しげな笑みを洩らしながら慧音が告げたその一言に、妹紅がやや嫌そうな表情になると、

「よしとくれよ。アイツの話題は」

と苦々しそうに文句を言った。

 その様子に、明らかに原因を知っているかのような、正しく、西洋の童話に出てくる猫のような悪戯っぽい笑顔で、

「ふふ……どうした?」

「どうしたもこうしたも……この間の冬のとき、アイツに私のこと頼んだの慧音だろ?」

「そうだな……何時も私の言うことを聞いてくれない妹紅が悪いんだぞ?そうでなければ、私だってイオに頼むなんてことしなかったさ」

寺子屋の脇にある母屋の縁側から、子供達の騒がしくも愛おしい歓声が聞こえてくるのを聞きながら、慧音はやや口先を尖らせてつーんとそっぽを向く。

 そんな彼女の様子に、慌てたように妹紅が手を振り、

「わ、悪かったって。アイツに頼んでくれた薪は本当に助かったよ。でもよ、正直あの何でも屋と顔を合わせるのはちょいとな」

「そりゃあ、それだって妹紅が悪かったじゃないか?イオが言っていたぞ、『露出狂の変態』だとな」

「くっ!!?アイツめ……私をそんな眼で」

「言っておくが……私も同感だからな?何でも、イオとラルロスだったか、友人の男と戦ったら服が燃え尽きて、素っ裸になった状態でイオに詰め寄ったんだろう?そりゃあ、客観的に見ても変態以外の何者でもない」

「わ、私のせいじゃない!アイツ等が無駄に強力な攻撃仕掛けてきたのが悪い!」

まるで駄々っ子のように、妹紅が慧音に向かって抗議するが、

「だったら永遠亭のあの姫と戦わなければいいじゃないか」

という言葉に轟沈した。

 静かになった妹紅に、慧音はふふん♪とやや勝ち誇ったかのような表情を浮かべると、

持って来ていたお盆から湯呑を持ち上げ、すす……と静かに飲み始める。

 悔しそうな表情を浮かべていた妹紅はというと、既にお盆の上の湯呑に手を伸ばしており、やけ酒でもするかのような飲み方で茶を飲んでいた。

 子供達が一旦休憩をしにいったのか、若干静かになった広場を見ていると、先程まで騒がしかった筆頭の妹紅が言葉を放つ。

「……なぁ、慧音。あの何でも屋……人里じゃあどういう扱いされてるんだ?」

静かな調子で放たれたその言葉は、確かに慧音の耳に届いた。

 真剣な眼差しで問うてくる彼女の顔を横目で眺め見やりながらも、慧音はそうだな……と呟き、

「――ある人にとっては、『命の恩人』。――ある者にとっては、『己が実権を奪わんとする者』。そして、何よりも。大地を耕す者にとっては、『神』にも等しい人物だな」

と、再び騒がしくなってきた広場を見ながら、そう答える。

「……ふーん……」

「……しかし、またどうしてそんなことを?」

何処か上の空のように返事をする彼女に、やや訝しそうに慧音が尋ねると、

「私があの竹林に迷いこんできた奴を案内してるの、慧音は知ってるだろ?そいつ等、よく案内の途中で話してくれるんだ。最近の作物の育ちはどうだの、あそこに住んでる長老がどうだの、ね。聞く限りじゃ、あの何でも屋、色んな所で噂されてるみたいだよ?」

「……なるほど、な。ふむ……」

妹紅の齎してくれたその情報に、慧音が腕を組んで考え始めた。

――実の所、イオの立場はかなり微妙だ。

 何でも屋という職種である関係上、イオの雇い主は其れこそ千差万別。上位の実力を持つ妖怪が雇い主になることもあり、また、人里の警護を任されている慧音さえも、彼女の授業の手伝いとして雇われることもある。

 しかし、それでも彼は己が心情に従い、明らかに『悪』であると断定できる依頼はけして受付けなかった。

――寧ろ、率先して人攫いなどの悪業を積む集団を退治していると言っていい。

 彼女の言葉にあった、『命の恩人』……それは、文字通りの意味であった。

……だが、それ故に……。

「……長老衆は、危険視する」

「ん?なんか言った?」

小さく呟いたその一言に、偶々声が聞こえたのかひょっこりと妹紅が声をかけてきた。

 縁側の上で行儀悪く胡坐をかいているその姿に、若干苦笑しつつも、

「いや……イオは大変だな、とそう言ったんだ」

と言葉を返すのだった。

 

――――――

 

――揺らめき、歪み、ひっそりと企む者達。

 そんな彼ら、彼女らの雰囲気を知ることもないイオはというと……。

「――兄様!一緒に弾幕ごっこやろう!」

「ぉお!?ちょ、流石にいきなりスペル出されても困るんだけど!!?」

吸血鬼の妹が放つ、逃げ道が閉ざされたスペルから逃げ惑っていたのであった。

 

 




危険視したり、何処か憎めない奴だったり。
天狗の新聞や直接の関わりで、妖怪は困惑し、人間は戸惑う。
それはそれとして、友好を結びたいと願う者もいる。
感情を、思考を持つ以上、好意も嫌悪も等しく存在する彼らは、これから先イオにどのように接していくのであろうか?


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第五十二章「飛び交うは色鮮やかな業」

 

――禁忌『レーヴァテイン』――

 

……其は、燃ゆる枝。

……其は、火を齎す剣。

 破壊の化身たるそのスペルが、大きく薙ぎ払われた――!!

「そぉい!ちょいやさ!」

しかし、危険極まりないそのスペルを、気が抜けそうな掛け声と共に軽々と避けていく者がいる。

――言わずと知れた、何でも屋イオ=カリストだった。

 縦横無尽に薙ぎ払われ、その跡に、多くの炎弾を散りばめ、次々にイオに襲い掛かっていくそのスペル。

……だが、

「おぉっと、危ない!」

生み出される弾と弾の間をすり抜け、イオは楽しげに笑った。

 だが、フランドールはかなり不満そうだ。

「よくもそんなセリフが出ますね!先程から当たっていないのに!」

言いながら振り回す彼女に、イオはくすくすと笑うと、

「そりゃあ、フランが振り回している物が物だしね。一応、剣だけなら幻想郷随一なんて言われてるんだ。早々剣術じゃあ負ける心算はないよ!」

叫び返しながら、弾幕という名の飛ぶ斬撃を放っていった。

 既に、その両手には自身の相棒の一つである『朱煉』が握られているため、なんなく斬撃がフランの攻撃を打ち消していっている。

 

――そして、スペルブレイクが発生した。

 

かしゃん、という薄いガラス板が割れたような音と共にスペルカードが割れ消えていく。

 チャンスと見てとったイオが、大きく身を沈ませてから一気に飛び下がると、

 

――風遁『ミストルティン』――

 

小さな竜巻を無理やり槍状に変化させたスペルを放った。

 両手の刀身に、渦を巻くようにして風を顕現させ、第参の剣技たる『龍皇炎舞流』が

陸式――『蒼天裂槍』を繰り出す。

 次々に発生する小龍とも言えるその緑色に輝くスペルに、一瞬フランドールが見惚れかけ、寸での所で何とか避けきった。

「もう!こんなのノーマルの弾幕じゃあすみませんよ兄様!?」

「そう?割と簡単だと思うけどなぁ」

「そんなの兄様だけですぅ!!」

 

――禁忌『恋の迷路』――

 

叫びながら繰り出されたそのスペル。

 同心円状に広範囲に渡って放たれたその弾幕は、狙ったものか、イオの放った弾幕を相殺していった。

――そして、両者がスペルブレイクする。

 ひゅひゅん、と片手に握っている朱煉を血振りのように振り、再び構えたイオに、フランドールはきっと眦を吊り上げると、

 

――禁忌『クランベリートラップ』――

 

ただ突っ立っているだけでは、到底クリアすることも叶わないそのスペルは、縦横無尽に、あるいは三次元の立体的な動きで以てイオを翻弄しようとした。

 流石のイオもこのスペルにはやや真剣な表情となり、当たらないように隙間を縫って弾幕を避けようとしている。

 空気を踏む、タン、タターンというリズムカルな音と共に、イオが空を駆け巡った。横目で襲い掛かってくる弾幕を眺め見やりながら、冷静に対処しているようである。

 そして、とある空中の一点にトン、と降り立った時であった。

 

『砕けろ刃、滅せよ命。其は全てを破壊する雷神の象徴なり……いざ、刮目せよ。風が生み出したる、自然の力を』

 

――雷符『暁に煌くミョルニルハンマー』ver.X――

 

唐突なスペル詠唱と共に、イオが蒼の魔力を体に纏い大きく踏み出す。

「わわっ!!?」

いきなり自分の所に向かって飛びかかろうとする彼の様子に、慌てたフランドールが何とか避けきったその時。

 一瞬でフランドールを中心に、宙で輝く魔法陣を組み上げたイオが、芝居たっぷりに声を上げた。

 

「――さぁさ、どうぞ御覧あれ!自然が生み出した、雄大なる光景を!」

 

――そして、雷が迸る。

 大図書館であるが故のかなり高い天井に、それを覆いつくすかのような大きさの魔法陣が構成され、中心に刻まれた『雷』の文字から、豪雨の如き雷槍が降り注がれた。

 稲妻のようにジグザグに、しかし、はっきりと脅威を示すプラズマの光と共に襲い掛かってくるそのスペルに、フランドールは表情をやや強張らせる。

「幾らなんでも、そんなのあり!?」

淑女であるように振舞っていた口調を、見た目相応に子供のようにさせた彼女が、必死になって雷から逃れようと足掻いた。

 なにせ、掠るだけでも危険なのだ。宝石の翼を必死になって羽ばたかせるのも無理ないだろう。

「兄様のいじわる!ちょっとは手加減してくれてもいいじゃない!」

逃げ惑いながらのその言葉に、イオはやや苦笑して、

「あー……嫌がらせしてる訳じゃないんだけど。ラルロスに教えてもらった魔法って、大概が対軍隊か、対巨大魔物用の凶悪な奴ばかりなんだよね。だから、御免ね?」

あはは、と頭掻きつつ笑っているその姿に、流石のフランドールもぷちっと切れた。

「このぉ!!」

 

――禁弾『カタディオプトリック』――

 

人魂を模したかのような、青白い弾幕。

 縦列や横列に行き渡るその様は、まるで幽界からの誘いを表しているかのようであり、大図書館の壁にぶち当たっては跳ね返り、無防備に見えるイオへ襲い掛かった。

「ぅおっ!?あ、しまっ……!!?」

一瞬避けられたと思った直後に、目の前に光る魔弾を見つけて驚いてしまう。

 

――そして、勝敗は決した。

 

「……けほ、いやー参った参った」

あはは……と笑いながら、イオが煤けた状態で地上に降り立つ。

「全く……調子に乗るのが悪いんですよ、兄様」

ぷんすか、と若干頭から湯気を立てながら、フランドールが近くに降りて文句を言った。

「いや、御免よホント。でもねぇ……大体凶悪な威力なのが殆どだから、どうしようもないんだよねぇ」

やや困ったように告げるイオ。

「元々、義父さんの特訓に渡り合える為に編み出したのが始まりだからさ。――ああうん、ホント、よくイキテこれたなぁ……」

そして、当時の特訓時の地獄ぶりを思い出したのか、遠い眼でかつハイライトが消えた物へと変わった。

「というか、第二剣技で全方位全角度から攻撃しても防ぐってどういうことなの……古代級魔法も軽々と打ち消しちゃうしさぁ……もう、あの人が最強でよくない?」

ぶつぶつと、ずーんとした暗い空気を纏い始めたイオに、フランドールがあわあわとしている中、ふと、涼やかな声が青年に向かってかけられる。

「……随分と下が騒がしいと思ったら」

「あ!お姉さま!」

こつ、こつ、と絨毯に響く靴音と共に、レミリアが現れた。

 嬉しそうなフランドールがぎゅっと抱き付きにかかるのをやれやれと思いつつもうけとめ、静かに撫でながら言葉を続ける。

「どうやら、私の妹の弾幕ごっこに付き合ってもらっていたようね。感謝するわ」

「いえいえ、こちらも練習になりましたし。とはいえ、もう少し威力を絞らないといけないみたいで……怒られちゃいましたよ」

傍から見てホラー待ったなしの表情になっていたイオがしゃきっとなり、手を振りながら愛想良く返した。

「それだけ本気で遊んでくれているもの……フラン、楽しかったのではなくて?」

くすくす、と嬉しそうに笑いながら、レミリアが抱き付いている妹に向かってそう尋ねる。

「……楽しかったですわ。でも、兄様、割と凶悪なスペルばかりなんですもの」

むぅ、と口先を尖らせるフランドールに、イオが困ったように笑い、

「遊びって言っても僕にとっては十分命の危険に晒されるんだけどなぁ……本気で遊んでも別に文句言われる程じゃないような気が」

「ふふ……まぁ、こうして付き合ってくれているだけでも、フランにとってはかなり嬉しいことな「お姉さまそれ言っちゃ駄目!」……とまぁ、こんな感じね」

羞恥でやや頬を赤らめたフランドールに止められ、くすくすと再び笑声を響かせながら、イオに向かって肩を竦めて見せた。

 若干、そんな姉妹の様子に苦笑してみせたイオだったが、ふと、レミリアが幾ら騒がしいからとはいえ、わざわざこうしてやってきたことに少し疑問を抱き、

「……所で、レミリアさんはどうして此処まで?フランの様子を見るだけなら兎も角、話しかけてこられるとは……一体、何かあったんですか?」

と、表情をやや真剣な物に変え、静かな声で尋ねる。

 すると、あら?とレミリアが声を上げ、

「いいでしょう?いつも妹のことを見てもらっているのだもの……お礼を言いたかっただけよ」

「それだけですか?」

不審そうな表情に移行したイオが、若干身構えかけながら言葉を待った。

 何かしらの依頼を頼まれると考えている様子に見える彼に、レミリアはやれやれと苦笑すると、

「……どうにも、よく見ているのねぇ……」

と、呟くようにして言葉を紡ぎ……一瞬瞑目してから、

「そうね。正直に言えば私は貴方に用事があったわ。でもねぇ……私の立場からするに、その依頼は殊の外時間がかかりそうなのよ。長時間、何でも屋である貴方を拘束していたら、どこぞの組織が騒ぎたてるのは必定ね。だから、黙っていたわけなのだけど」

フッと微笑みを浮かべ、すっと背筋を伸ばすようにして立つ。

「……ふむ、そこまで仰るということは……どうやら尋常の依頼ではなさそうですね」

至極当然な言葉を、イオが何かを考えるようにしながらそう告げると、

 

「――そりゃあそうよ。だって私、実は月に行こうと思っているのだから」

 

何でもない口調で、衝撃的な一言をレミリアが齎すのだった。

 

――――――

 

「あ~……風が気持ちいい~♪」

ふわり、と棚引く風に、空を飛んでいたルーミアが嬉しそうに呟く。

 隣で飛んでいる彼女のそんな様子に、自分の新聞の原稿が入った肩掛けのカバンの所在を確かめつつ、文が呟いた。

「こんな天気が何日も続くといいけれどねぇ……雨降ってると、どうしても翼が濡れちゃうから」

やはり、基が鳥であるせいもあるのか、余り雨天は好まない彼女の様子に、はたてはクスクスと笑い、

「あら、イオに会えないことも、雨の日が嫌な理由に入るの?」

「べ、別にそんなこと言ってないでしょ!というか、さっきからしつこいわよはたて!」

羞恥でやや頬を赤らめながら、親友に向かって噛みついている射命丸に、ルーミアは苦笑しながら、ふと、表情を悪戯っぽい物に変えると、

「……まぁ、仲がよいのはいいけど……ちょーっと気になった事があるんだ。――文ってさ、何時頃からイオを好きになったの?」

と、ニヤニヤとしながら訊ねる。

「へ!?い、いきなり何なのよ!?」

照れ隠しにはたてを殴ろうとしていた姿勢を止め、射命丸がぱちくりと眼を瞬かせた。

 その様子は如何にも想像していなかったという表情であり、はたてはさり気なく射命丸から逃れながら、

「あ、それ私も気になってた。あの何でも屋が来てから、大体半年位になるんでしょ?割と早くにイオに恋心持ってたように感じるのよねぇ」

何時の間にか逃れきっていたはたてにぐぬぬ……と悔しそうにしつつも、そうねぇ……と思いだすようにして空を見上げ、

「――秋祭りの、時からかしら」

何処か、上の空のような心地で答える。

 

――あんなにも、心が痛んだのは初めてで。

 誰かに微笑んでいる姿をみるのが、どうしようもなく、苦しくて。

……そして、想いさえも操れる彼の酒吞童子に見破られ、みっともなく動揺して。

 

「……少なくともはっきりと自覚したのは、あの時からなのは確かね」

憂い気な表情になった射命丸が、ちょっぴり肩を落としつつもそう呟いた。

その言葉を聞き、へぇ……と真剣な眼差しで頷いているはたてとは別に、ルーミアは若干動揺を隠しきれない。

(え、ちょっと待って。秋祭りの時って……確か、私……)

イオに、振り向いてもらおうと、薬の力で成長した姿でいたあの時に、射命丸がいたというのか。

(……不味かったかなぁ……まさか、見られてたと思わなかった)

ちょっと、いや、かなり恥ずかしくなってきたが故に、段々と頬が熱くなってきたのを自覚しながら、ルーミアはそっと眼を逸らした。

「ふぅん……なるほどねぇ。その様子からするに、その日までイオは親友というかそういう位置だった訳だ」

「……まぁ、そういうことよ。でも、正直、イオを好きになるとは思わなかったわ」

標高が高い妖怪の山よりも少しだけ高く飛びながら、原稿を印刷出来る場所へと向かう

三人組。

 そんな中において告げられた射命丸の言葉に、はたては眼をぱちくりとさせた。

「へ?そりゃまたどうしてよ?」

はたてとしては、誰かを好きになることに理屈なんて求める方が可笑しく感じられたのだが、射命丸にとってはそれは異なっていたようで、

「考えてもみなさい。そもそもの、妖怪と人間の二つの種族には大きな隔たりがあるわ。――その大本の原因は、寿命よ」

体の作りさえも、普通の生命あるものとは違い、単純に丈夫であるということだけでは留まらない。

「人間は年老い、老人となっていくのに……私達は、精神こそ熟しても、容姿が少女、あるいは青年のそれからずっと変わることがない。それは、『イオ=カリストさえも』、例外じゃない……筈だったのよ」

それが、あの宴会ばかりが起きた異変により、それなりに永く生きられるようになって……、

「あぁ……前に、文が妙に不機嫌な表情で帰ってきたことがあったけど、もしかしなくても、イオが種族変えた所為ね?」

「――あの時程、イオを殴り飛ばしてやりたいと思ったことはなかったわ」

ふふふ……と、仄暗い笑顔を浮かべている射命丸に、二人してドン引きしながら、

「いや、でもその理由聞いたんでしょ?」

「そうだよ?私だって、あのあとイオから直接訊いたんだから」

と、今この場にいないイオのフォローをした。

 若干慌てている二人の様子に、何だか妙に可笑しく思えてきた射命丸が、くすくすと笑いながら、

「そんなに警戒しなくても、愚痴は溢さないわよ。アイツが、私やルーミアのことを思って、行動してくれていたのは分かってる」

 

『誰も、悲しませたくないと思ったんだ』

 

いっそ晴々としたような、彼の何でも屋らしい優しさと甘さを混ぜ合わせた言葉。

 それは、人間に先立たれてしまう妖怪達のことを慮っている点もそうだが、恐ろしいのは言葉通りに寿命を伸ばしてしまったこと。

 後から聞けば、あの閻魔の少女にも寿命が永くなったことを、説教されながらではあるが、認められているのである。

「そりゃあ、勝手に種族変えちゃったことは凄く怒ったわ。それでイオがボロボロになってから倒れて、萃香様に治してもらった後、イオが只の友達だって言った時は何だか妙に苛ついてさ……気づいた時には逃げるイオを追いかけてたわね」

フッと穏やかな表情を浮かべている射命丸に、しかし、二人はからかうこともせず真剣に聞き入っていた。

「まぁそれから色々とイオの隠してた能力だとか知ったり、普段のイオの表情を見て、何処か心がほっとしたり。多分、そうして魅かれていったんだと思う」

照れ臭そうに、そう言って言葉を締め括ると、

「ほ、ほら、速く河童の所行って、新聞刷って行きましょ!印刷してもらうのに変に時間掛かっちゃった!」

と、少々ばかり頬を赤らめながら、ビュオ!と風唸る音と共に空を駆ける。

 そんな彼女の後を、二人はというと……、

「あ!ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?」

「文みたいに速く空を飛べないんだからさ!」

慌てたように口々に文句を言いつつも、後を追い掛けていくのであった。

 

――――――

 

「……えーと……」

頬をかりかりと掻きながら、イオは何とも言い難そうな表情。

 場所を変え、パチュリーと魔理沙がいる長机の席に着いたイオは、先程のレミリアが告げた衝撃的な言葉に、やや困惑していた。

――いや、むしろ、彼女の正気を疑ったと言ってもよいくらいだ。

「本気で……仰っているんですよね?」

……幻想の象徴の一つとさえ言える、この星の衛星。

 イオのいた世界では、望遠鏡という代物さえあれど、その星に向かって直接行くなどという発想は考えられないことであった。

 そもそも、宗教観からして、月は神が姿を変じた物であると思われており、その他の天体にしても、触れられることというのはそんなに無かったのである。言わば、暗黙の了解という訳であった。

「あら?本気も本気。少しばかり退屈だったもの……私達にも影響がある、あの銀色にも金色にも変化する天体に、まさか、人が住んでいるなんて思いもしなかったから。ちょいと観光でもしようかなと思ってね」

「……はぁ……幾らなんでも、不可能でしょう。僕の世界においても、国を移動する時はかなりの苦労を伴うのに……まして、夜空に浮かぶ星に行こうだなんて」

戸惑った表情を浮かべているイオ。

 このあたり、ある種のカルチャーショックとも言えるのかもしれなかった。

 さて、そんな彼に対し、レミリアはというと……。

「――ふふ。非常識だと、イオは言いたいようね?」

「言っておきますが、僕たちの世界で開発された国家間転移魔法陣でさえ、画期的過ぎて秘匿されていても可笑しくないと言われていますからね?そんな話を聞かされた後、こんな話を聞くなんて思いもしませんでしたし」

揶揄するかのようなレミリアの流し目に、イオは見とれるよりも先にジト眼になって言い返す。

 そんな彼に、レミリアの近くに座っていたパチュリーがやや深い溜息をついてから、

「私としても、馬鹿じゃないのの一言で済んだら良かったのだけれどねぇ……どうにも、そうはならなかったわ」

これを、読んでみなさい。

 そんな言葉と共に渡された、一冊の本。

 表紙には、暗闇に点在するようにして輝く小さな丸のような中に、船の様にも、或いは塔の様にも見える物体が斜めにあった。

 その周りに、茶褐色の球体や、水色が少し濃くなったような球体もあり、イオにはどういう代物なのか、さっぱり分からない。

 視線でパチュリーに訊いてみようにも、彼女は自分の読書へ戻っており、レミリアに眼を向けてもくすくすと笑うだけだった。

 仕方なしに溜息をついてから、ぺらりとページを開く。

――つかの間の、静かな読書へとイオが没頭していったのであった。

 初め、胡乱気にも見えた彼の様子が、少しずつページを捲っていく内に真剣な物へと変えていく様を見つめながら、魔理沙がこっそりとパチュリーに話しかける。

「にしても……なんであんな本が見つかったんだ?あれ、明らかに『外の世界』のだろ?」

しっかりとした装丁に、色鮮やかな表紙。

 幻想郷の中において、そのような本など稗田邸における『幻想郷縁起』にしか見出せないその本に、魔理沙は疑問を抱いたようだった。

 普段、魔導書に関して色々と試行錯誤していることを知っているパチュリーは、そんな彼女の鋭い指摘に、フッと傍目からは分かり難い微笑みを浮かべつつも、

「私としても、そのような本があるなんて知らなかったのだけれど……まぁ、面白そうな内容だったしね。『誰が置いたのかはともかく』、読んでみるのはお勧めできることではあるわ」

色々と興味深いことが書かれているから。

 知的好奇心がかいま見える彼女の様子に、魔理沙はやや苦笑しつつも、

「そう言われてもなぁ……なんか嫌な予感するし遠慮するぜ」

「あら、珍しい。明日は槍でも降るのかしらね?」

「……そんな言い方ないだろパチェ」

魔術、あるいは魔道の先達として内心尊敬しているパチュリーからの、意地悪気なその言葉に、普段勝ち気そうなその眉根が情けなさそうにしょんぼりする。

 その時だった。

 

「――読まなくて正解だよ、魔理沙」

 

ふぅ……と、読了後の疲れが出ている為か、眉間を揉むようにしてイオが言葉を告げる。

 何時にないその真剣な眼差しは、どうやら、本を読んだことによるものか。

「……パチュリーさん。これ、何時の間にか入っていたと仰いましたよね?」

右手に持っているその本を指し示しながら、イオがパチュリーに向かって訊ねた。

 緊張がはっきりと分かるその様子に、パチュリーはむしろ納得したように頷きながら、

「貴方の様子からするに……やはり、気付いたようね」

「気づきますよこんなの。明らかに――僕たちの世界での、『古代級魔法並み』のことが書かれています。恐らく、魔理沙が言ったように『外の世界』の物であり……同時に、こんな本が出される程度には、外の技術力が進化しているということなのでしょう」

僕たちの世界が、魔法によって進化してきたのと同じように。

 思考に耽るイオが、静かながらも興奮したような光を眼に浮かべ、力説する。

「……それを読んだ後、疑問が一つ、出てきたんですよ。――『何故、此処までの技術力があるのに、それらが普段幻想入りを果たしていないのか』……まず、その辺りからですかね」

そして告げられたその言葉に、その場にいた四人はそれぞれに相槌を打って見せた。

「まぁ、僕の考えでは……『人間が力を持ち過ぎないように』する為であると断定しています。かと言って、生活が苦しくなる程に技術力は低くはない。けれど……それを、人間に友好的な妖怪たちが補っていると考えれば、これは、この本は、絶対に『幻想郷に入れてはならない』筈の物……」

 

――詰まりは、『誰かが故意に』入れたと考えることができます。

 

しん、とその場に静寂が舞い降りた。

 静かな眼をしているレミリアは、イオのその考察に思う所があるのか、フランドールがやや不安そうに姉を覗きこんでいても、黙ったままだ。

 ぺらり、と魔導書を捲りながら、パチュリーがぽつりと、

「……私と同じ考えに至った訳ね。誰が入れたかについては……分かった?」

「――パチュリーさんが考えてらっしゃる人と同じですよ」

 

――『八雲紫』さん以外に考えられないですね。

 

ぱち、ぱち、ぱち……。

 突如、図書館に静かな拍手の音が響き渡った。

 若干びくりと肩を上下させたフランドールや魔理沙とは異なり、実力者達は一様に鋭い目つきとなって、聞こえてきた方を見やる。

「来てましたか……紫さん」

「うふふ……御見事。そこまで考察がしっかり出来ているのならば、私が言いたいことも十分分かっているわね?」

何時ものように考えが読み取れぬ笑みを浮かべながら現れた彼女――紫が、自身で創り上げた境界の淵に座り、こちらに向かってそう尋ねてきた。

 依然として鋭い目つきのまま、イオが代表して言葉を告げる。

「何故……レミリアさんを、月に行かせようとしているのですか?」

「あら?自分は行こうとは思っていないの?」

此方を挑発するかのような彼女の笑顔に、イオは怒るよりも先に呆れてみせた。

「逆に訊きたいんですが……何故、僕が行く必要があると?」

「……ふふ……その様子じゃあ、まだ霊夢から何も言われていないようね?」

「――何を考えているんです?」

ぞくり。

 妹分のように思っている彼女に、何をさせようとしているのかとイオが眦を吊り上げ、殺気を放つ。

 何時の間にかその両手が腰にいつも提げられるようになった朱煉の柄に掛かっており、実力行使してでも、彼女の考えを訊き出そうとしているのをはっきりと感じ取れた。

 だが、そんな彼に対し、紫は焦りもせずに微笑むと、

「あらあら、そんなに怖い顔しては駄目よ?これは貴方への、何時も頑張っている御褒美なのだから」

「……は?」

するり、と気配もなく眼前にまで近づいた紫に告げられた言葉に、イオはさっきまでの雰囲気が嘘のように消え、眼をパチクリとさせる。

「御褒美って……僕、何かしましたっけ?」

「ふふ……そうして何でも屋として中立であり続けてくれている事へのお礼と思ってくれればいいわ。休みを取っているのだし、月にでも観光してもらおうと思っただけなのよ」

「いや、あの……そもそも、行けるんですか?月に」

頭痛を堪えるような表情になったイオの言葉に、同感の意を表明したのか、後ろにいる魔理沙とフランドールが揃ってこくこくと頷いてみせた。

 レミリアは、そんな二人の様子に内心微笑ましさを感じつつも、表向きは紫を嘲笑うかのようにハッと笑声を上げ、

「そのスキマが言うんだ……可能なのだろうよ、『外の技術』ではな」

「――一つ、訂正ね。……あくまでもその本は、単に月へいく為の船の内部構造を知ってもらいたかっただけ。私が提示するのは、『幻想』の力によってのみなされる方法よ」

「どちらにしても……僕が行くのは確定事項なんですか?」

がっくりと肩を落としつつそう突っ込みを入れるイオ。

「あら?うちの可愛い霊夢を、何処とも知れない所に観光に行くというのに、貴方は何もしない心算?」

「あからさまな脅迫じゃないですかそれ!?」

ずびし、と裏拳ならぬ裏ちょっぷを噛ましながらイオが再び突っ込みを入れた。

 一気に空気がコメディのそれへと変貌を遂げているのを感じつつも、イオは慌ててレミリアに向かって、

「やめましょうよ月旅行は!絶対何かありますって!」

そもそも、あの永遠亭の薬師である永琳さんの故郷なんですよ!?

 どうにかして彼女の気持ちを逸らそうとしてか、この幻想郷内で警戒に値する天才のいた場所であると警告をしたいようだ。

 

――だが、生来からして、妖怪が人間の言うことを聞く筈もなかった。

 

「だったら寧ろ面白い物に会えそうね。――スキマ、喜べ。お前の思惑に乗ってやろうじゃないか」

「ふふふ……ええ、楽しんで来なさい。館の方はどうするのか考えているの?」

「私が残るからいいわ。フランも行ってきていいわよ」

間髪を入れず、パチュリーが告げたその言葉に、フランドールが眼を輝かせる。

「いいのですか!?」

「むぅ……余り、遠くに出したくはないけれど。最近は症状も落ち着いているようだし……ふむ。いいわ、フラン。一緒に楽しみましょう?」

「やった!お姉さま大好き!」

ぎゅっとレミリアを抱きしめ、心底から嬉しそうな彼女の様子に……イオはとうとう心が折れた。

「……こんな、嬉しそうにしてるのに駄目だなんて言えやしない……」

はぁ……と深々と溜息をついてみせるイオではあったが、少しばかり、この旅行に心踊る部分があったのも確かなのだった。

 

――――――

 

「――はぁ!?月に旅行!!?」

――夕食時。

 家に帰ったイオが、何時の間にか居間でのんびりとお茶を飲んでいる鴉天狗二人と同居している妖怪がいることに驚きつつも、今日の出来事を話した時の射命丸の様子がこれであった。

 これでもかというほどに驚愕で眼を真ん丸に開き、ぽかんとしている彼女の様子にイオはあはは……と、疲れたように笑いながら、

「うん、やめようよって言ったんだけどねぇ……フランが凄く楽しみにしてるからさ。もう止められなくなっちゃって」

どうしようかなぁ……と呟くイオは、どうにも困惑していること頻りな様子だ。

「そうなると、かなりの日数を取られそうだけど……大丈夫なの?」

はたてが、イオの作ったクリームシチューという、牛乳を用いて煮こんだ料理を口に運びながらそう尋ねるが、

「そうなんだよねぇ……知り合いが結構参加するみたいだからさ。正直不安だし……仕方がないから、ついてくことにしたよ。護衛の依頼になるね、これは」

ん、美味し、と呟きながら料理を食べつつ、イオが三人に向かって宣言した。

「ルーミアはどうする?一応、僕のサーヴァントゴーレム達を置いていくから、料理には困らないけど」

依頼を代行して貰わなきゃいけないしね。

 横目で、何やら考えている様子のルーミアに、そう提案をしてみると、彼女はう~ん……と唸りながら、

「……そうだね、私は留守番してる。御土産期待してるからね?」

「御安い御用さ。向うでも、多分人みたいなのは住んでるだろうし、尋ねる分には怒られないと思うからね」

若干、紫の所為でその安心さえも揺らぎかけているような気もするが、取り敢えず大丈夫だろう、多分。きっと。めいびー。

「……むぅ。何かホントにありそうでやだなぁ……断りきれない依頼って大抵ロクなことが起きやしないし」

第六感とも言うべき感覚が、何らかの警鐘を鳴らしているのを敏感に感じているイオが、ジトっとした眼で呟いた。

「はぁ……でも。そうすると、皆とも少しばかり話せなくなる訳だねぇ……ちょっと寂しいかな」

割と楽しい毎日だし、話してるだけでも結構気が休まるんだよねぇ。

何気ない様子でそう告げた一言に、その場の雰囲気が若干ぴきりと固まる。

 少しばかり頬を赤らめ、射命丸が無言でシチューをかきこんだ。顔を見せまいとしてか、皿ごと持ち上げて食べている始末である。

 ルーミアもルーミアで動揺しているようであり、眼が泳いでいるのをはたてはしっかりと目撃していた。

(わざとやってんのかしら、コイツ)

思わずじっとりとした眼つきになり、イオを睨みつける。

 当の本人はそんなことも知らず、一口一口食べては嬉しそうに笑い、うんうんと自分の料理の出来栄えに頷いていた。

 何も考えている様子ではないのは確かな彼の姿に、

(ナルホド、文がはったおしたいなんていう訳だ……少なからず天然なのね)

やれやれ、と内心首を振りながらも、取り敢えず口を出しておこうと唇を開いて、

「……所で、依頼遂行するのは代行させるとか言ってたけど。誰にやらせる心算なの?」

「ん?ああ、それは僕が作ったゴーレム達に任せることにしますよ。まぁ、僕の能力が関わる依頼は流石に無理ですが、それ以外で鹿肉などを狩ってくることは出来るので」

余りその部分は心配していないんですよね。

 自慢げな表情でむふーと息ついてみせるイオは、まるで、我が子を思うかのような表情であり、はっきり言って親馬鹿以外の何者でもない。

(……こいつが親になったら子供は苦労しそうね)

若干呆れの色を顔に滲ませながらも、はたてははいはい、と手を振り、

「じゃあ、イオが旅行に出るにはそれほど制約はないわけね。――文、一緒に行ってあげたら?」

「うぇっ!!?」

びびくーん!と大きく身を竦ませ、射命丸が慌てた。

「月に旅行なんて、新聞のネタ的にも大きいし。行った方がかなり面白そうよ?」

「な、なんでそうなるのよ!?」

ばん!と卓袱台を揺るがす勢いで叩き、すっくと膝立ちになる射命丸。

 赤を通り越して真赤になったその顔は、果たして羞恥によるのか、それとも怒りによるものか。

 だが、それはある時を境に一気に青ざめる――。

「……料理零れちゃうから止めようね?」

ぽつり。

 呟かれたその一言に、そろってその場の天狗達が凍りついた。

 ぎ、ぎ、ぎ……と軋んだ木製のドアのように首を動かし、鴉天狗二人が青白くなった顔をイオに向ける。

 

――恐ろしいほどの無表情だった。

 

その癖、金色の眼だけが爛々と輝いているのが、更に恐怖を煽り、思わず二人がずざざっと畳を引き摺るようにして後退りするのも、無理ないことである。

「何をそんなに慌てているのか知らないけれど……料理、落ちついてタベヨウカ?」

かく、と小首を傾げる所か折れているようにさえ見える彼の様相に、二人は青ざめたままこくこくと頷くばかりだった。

 

――閑話休題。

 

未だ、イオに対しておどおどとしつつも、二人が再び会話を開始する。

「……で、どうするのよ?一緒に行きたくないの?」

「あ、うー……むぅ……というか、そもそも一緒に行って大丈夫なの?」

何時の間にか行く行かないの話に切り替わっていることにようやく気付き、射命丸がはっとなってイオに向かって訊ねた。

「あー……どうだろ。そこらへん、よく聞かなかったし。そもそも依頼だから僕一人で行こうと思ってたくらいだから」

「なんでそこで一緒に行こうと誘わない!」

すぱん!と音高くハリセンが迸り、はたてが若干キレ気味に叫ぶ。

「あたた……何で叩かれたの今」

解せぬ、と言わんばかりのイオの表情に、はたてが再び眦を吊り上げ、

「そりゃあ当たり前でしょ!滅多にない位のチャンスなのに、何でそれで一緒に行動しようなんて思わないのよ!?」

「……?何がチャンスなの?」

「ちょ、馬鹿!?」

ドガッと鈍い音と共にはたての頭蓋骨に拳骨が突き刺さった。

 丁度頭蓋骨の頂点とも言える場所を的確に穿たれた彼女が、うごぉ……!と頭を抱えて転げまわっているのを、射命丸が必死に息を整えながら睨みつけている。

「――なにこのカオス」

その様子を傍から見ていたルーミアが、ぽつりと呟くのを聞きながら、イオは取り敢えず射命丸に向かって、

「……別に、来たかったんだったら、いいけど?というか、この旅行のこと新聞に一応載せてもらわないと、人里の皆に信じてもらえないしさ」

ばっと彼女がこちらを見つめてきた。

 驚愕と、ちょっぴり嬉しそうな気配を纏っているその眼に、イオは何処となく面映ゆさを感じつつも、

「さ、話はここまで。食べ終わったから片付けるよー」

と、そそくさと立ち上がり、台所へと歩き始める。

 後ろで、拳をぎゅっと握りしめ、とても嬉しそうな表情で勝ち誇っている射命丸がいるとは思いもせず、居間から立ち去っていった。

 

「――ねぇ。何で私殴られたの?」

「言っちゃいけないこと言おうとしたから自業自得よ」

「納得できない!というか、結局一緒に行くことになってるし私殴られ損じゃない!」

 

最も、すぐに鴉天狗同士で取っ組み合いになって喧嘩をし始めた為、イオが台所から殺気を飛ばして仲裁させたが。

 

 




イオと共に旅に出かけられるとあって、浮かれる射命丸。
そんな、彼女に黙って、とある計画がとある三人組によって成されようとしていた――。


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第五十三章「新たに加わるは三人の男天狗たち」

 

――その報せは、直ぐに人里に、妖怪の山に、永遠亭や或いは博麗神社に届いた。

 

「……何だ、アイツも一緒に行くのね」

「ふふ、安心したのかしら?」

敢えて淡々とした物言いを貫こうとしているかの様な、博麗の巫女の様子に、紫がニヤニヤとしてからかう。

 ギン!と霊夢が縁側の廊下に座っている紫を睨みつけ、

「うっさい。吹っ飛ばされたくなかったら黙って」

と、鋭い物言いでそう返した。

「どうせ、アンタのことだからアイツの身内を巻き込むような形で強引に誘ったんでしょ。アイツが困惑してるのが眼に見えるようだわ」

ふん、と言葉も荒くしてそう言い募る。

 そんな霊夢の様子に、紫は常に浮かべている賢者としての笑顔ではなく、まるで、可愛い我が子を見つめている母親のような慈しみのある笑顔で、

「どちらにしても、結局イオはついてくる心算ではいたでしょう。少なからず関わりのある子がいて、何処とも知れない怪しい場所に行こうとしているのを、黙って見ていられなかったでしょうから」

「……ふん。分かりきったことじゃない」

彼女の言葉に、少しばかり間を空けて霊夢が呟いた。

「何があろうと、アイツは身内に関して驚く位に過保護よ。その癖、何処かで突き放してるとこもあるし。だけど……身内に危険が迫れば、身を呈することを平気でするわ」

「……ふぅん……」

博麗の巫女とはまた違った、誰に対しても公平さを貫く彼だが、友人や知人、そして家族が傷つくことを極端に恐れている。

 それは、かつての永夜異変に於いても見出されていた性質だった。

――そして、昨年の冬において、アリスが原因で龍へと変貌した時も、また。

「アイツが……本気でぶち切れたら、私だって止められるか分からない。そもそも、幾ら弾幕ごっこで最強と言われていても、幾ら地力が高くあったとしても、アイツの溶岩のような怒りの前じゃ、吹き飛ばされかねないわ」

アリスにあの宴会の後尋問して、龍のことを知った今なら尚更、ね。

「……」

す……と、紫が湯呑を傾けていたが、黙して語らない。

 その様は、まるでその怒りをどう転用しようかと悩んでいるかのようであった。

 

――――――

 

「――ふむ。そのようなことになったか」

大天狗――鞍馬が、顎を撫で摩るようにして呟く。

 彼の目前には、今しがた入ってきた情報が綴られた、弐枚の楮で出来た紙が卓上に置かれていた。

「やれやれ……まさか、こんなことを考えるとはのう……確かに、これならば強くもなれる上に、身近で監視も出来よう……」

さて、困ったものだ。

 怜悧な視線を、紙上に記されたその情報に向けつつ、黙認すべきかどうかを思慮する。

 飽くまでも、利用するだけに留まるのであれば、このように考えるまでもなく採用したかもしれないそれは、木葉、橘高、白雨の三人の鴉天狗達が密談に置いて提唱された案によるものだった。

 大天狗の子飼いである(射命丸その他は知らぬことだが)犬走椛の能力と、彼女自身が有する読唇術が、今回の情報となったものなのである。

 

『――人里の龍人殿の道場に堂々と現れ、弟子入りを志願する計画を立てた模様』

 

(……あの子のことを考えるならば、これは止めた方が良いかもしれぬが……一般的に、閉鎖された空間である筈の妖怪の山に、新たな風を吹き込むことにもなりうる可能性も存在する)

そしてそれは、けして無駄にはならないものではあるのだ。

 無論、天狗達は旧き古から生き続ける妖怪だという自負もある故に、己が武を鍛える者も少なからず存在はした。誰あろう、大天狗の鞍馬でさえも、それは例外ではない。

 しかも、彼の場合は外の世界において、とある武人が幼少の頃稽古をつけていたことさえあったのだ。

 近頃は、幹部の位についているが故に、武を魅せることが出来なくなりつつあったため、イオに他世界への転移が出来ないか具申しているようだが……。

 

――閑話休題。

 

「……椛や。この言葉が出た時、彼らの様子はどうだったんじゃ?」

襖の向こうにいるはずの彼女に向かって、鞍馬がそう尋ねた。

「ええ……少しばかり気負いが見受けられましたが、其れほど緊張されておられませんでした。恐らく、彼の方々は監視するというよりも、縁を繋ぎに行かれたのではないかと」

「ほぉ?友人か、知人になりたいが故にそうした……椛はそう考えておるのじゃな?」

「少なくとも、彼の御仁に関して敵意は持っておられないようでありましたので。会話をしている中でも、『いっそ、憎たらしい奴だったら問題なかったのにな』という発言を、木葉様がされたのを見ております」

「ほほ、そうかそうか。それは良いことを聞いた。なるほど……出来得るなら、あやつ等も敵対はしたくないと思っておるのか」

くすり、と天狗達の中でも熟練ではあるが若手の域でもある彼ら三人組の心意気に、大天狗が薄く笑みを浮かべて呟く。

 一瞬瞑目し、そしてすぐに開くと結論を述べた。

「――ならば、黙認するとしようか。友人になるならないはともかく、成功すれば十分に天狗の地力を高めることが出来よう。……後は、もう一つ。彼の八雲の式が齎した情報じゃが……」

はてさて。

 若干、ちょっと苦手そうな表情を浮かべた鞍馬だったが、静かに嘆息を漏らすと、すっと隅々まで視線を走らせる。

 

――そして、かっと眼が見開かれた。

 

「……ぬぅ。これ、は……」

余りの衝撃で言葉も上手く出て来ないのか、鞍馬が口ごもる。

 その紙上に書かれていた言葉を要約するならば、たった一言に尽きた。

 

――『今再び月へ、蒼き龍と共に赴く』

 

「……これは、どう捉えれば良いのか……ふむ。普段イオ殿は平和主義じゃし、まかり間違っても不法侵入に値するようなことはせんと思っておったのじゃが」

――いや、寧ろこれは巻き込まれたのか?

 何はともあれ、ことの真相を彼か、若しくは知っているであろう射命丸に問わねばならぬかもしれない。

「――椛。至急、射命丸文に訊きたいことが出来た。即刻、儂の部屋まで呼んできてくれるかの?」

「畏まりました。直ぐに呼んで参ります」

真剣な声音の鞍馬に、同じようにきっちりと真剣な声でそう返した椛の気配が、すっと消え去った。

「……どうやら、この知らせからするに、嘗てのように紫殿の力で行く訳ではなさそうじゃが……胸騒ぎがするのう」

鋭い猛禽の眼差しを、鞍馬は宙へと彷徨わせる。

 暫しの間、彼はそうして考え続けるのであった。

 

――――――

 

――永遠亭。

 渦中にある月に、最も関わりが有ると言える勢力。

 嘗て、月では賢者として持て囃され、多くの研究を残している永琳がそのことを知ったのは、何でも屋である彼が彼女のいる施設へとやってきた時だった。

 既に、時は紅魔館で話をしていた時から数日が経過しており、イオはラルロスに会いにくることも用事に入れ、常駐依頼である薬草集めをした後で、渡しに来ていたのである。

「……はぁ。いきなりこんなことを聞かされる羽目になるとは思いもしなかったわ」

「あ、あはは……いや、本当に申し訳ないです。ただ、勘違いしてほしくないのは、僕達は飽くまでも観光に行く心算で準備をしているということなんですよ」

「あのねぇ……貴方がその心算でも、その他の妖怪達はどうなのよ?」

完全にジト眼になった八意永琳が、腰に手を当てながらずずいっと彼に詰め寄った。

「聞けば、あのスキマの大妖が指示をしているそうじゃないの。それだけでも、私は十分に警戒をせざるを得ないのだけど」

「……いやまぁ、それを言われるとかなりきついんですが」

落ち着かせようとしてか、両手を上げながらもイオはそっと眼を逸らす。

 実際、彼も彼女の言葉には不審さを覚えていたのも確かではあった。

 何せ、幾らいつも何でも屋として活動していることへの褒美だと言ってはいても、これ程の大掛かりな旅行というのは準備にも、ましてや旅立つ際にも色々と慌ただしくなる。

「……はぁ、全く。事前に知ることが出来て良かったわ。とはいえ……あの子達にも連絡を取ろうにも、私達では無理ねぇ……」

自分の教え子である、飄々としていながらおっとりと笑う少女と、生真面目で己が武に誇りを持つその妹のことを思い浮かべ、永琳が溜息をついた。

「おや?何方か手紙を交わしたい方でも?」

耳聡く聞いたイオが少し永琳から離れ、小首を傾げてそう尋ねる。

「ええ……向こうの教え子達なんだけどねぇ……」

やれやれ全くと言わんばかりの彼女に、イオは若干冷や汗を流しつつも苦笑した。

「……なんでしょう。永琳さんの教え子と言われると、かとなく嫌な予感がするのですが」

「まぁ、出来たら貴方のことも伝えておくわ。――並々ならぬ強敵になりそうって」

「逆でしょう!?」

ガビン!!とショックを受けた表情で、イオが永琳に向かって叫ぶ。

「あら?だって、貴方剣だけなら最強と自負しているんでしょう?明らかに危険人物じゃないの」

「……僕、基本的に平和主義なんですけど。ラルロスに聞いてないんですか?」

がっくりと肩を落とし、イオがニコニコと笑っている永琳に向かって訊ねた。

「少なくとも私の記憶にはないわね」

「嘘だッ!!」

殊更に笑みを深めた彼女に、永遠亭中にイオの声が響き渡るのだった。

 

――そして、そんな様子を傍らで見ていたラルロスはというと。

「……気づけ、イオ。からかわれてんぞ」

楽しそうな薬師の様子に呆れながら、イオに向かって突っ込むのであった。

 

――――――

 

――帰り道。

「……全く。永琳さんにも困ったもんだよ。何でああも悪戯好きなのかなぁ」

「そりゃ、妙に隙があるように見えるからだろ」

普段おっとりしてるのが悪い。

 見送りの為、一緒に歩いていたラルロスがニヤニヤと笑いながら告げた。

「むぅ……そんなに隙があるように見える?」

「貴族やってる俺からすればな。割と、女はそこらへんよく見てることが多いぞ?」

飽くまでもニヤニヤしながら、ラルロス。

 がっくりと親友の言葉に落ちこみながらも、イオはそれでも歩き続けた。

「…………月に、行くんだってな」

ぽつり、とラルロスがイオに向かって話しかける。

 イオが傍らを歩いている親友を見やれば、彼は何処となく苦笑とも羨望ともとれそうな表情を浮かべていた。

 恐らく、天体へと旅行出来るというのが羨ましいのだろうと思いつつも、

「ん、まぁね。何でかレミリアさんに巻きこまれたんだよ。本当だったら、人里の方もやらなきゃいけないから断らなきゃいけない筈だったんだけどねぇ……」

――どうも、話に聞く限り、霊夢も魔理沙も行くみたいだからさ。

 真剣な眼差しとなった彼が、そんなことを呟く。

「ふぅん……成程な。永琳がいた所でもあるから警戒したってとこか?」

「まさにそれ。聞けば、あの人に教え子がいたっていうからさ。事前に聞いておいて正解だったね。これで、永琳さんと知り合いだって言えば何とかなるかもだし」

「いや無理だろそれ。その教え子の姉妹、俺も教えて貰ったが……中々に強烈だぞ?」

「……妹さんが真面目な方だっていうし、だいじょぶだいじょぶ」

ふふふ……と、何処かハイライトが消えているように見える眼で、イオは笑っていた。

 もう行く前から不安を抱えているのが丸分かりである。

「お前なぁ……不安になってるんだったら断ればいいだろうに。――まぁ、出来ねえのは分かってるがよ」

はぁやれやれと首を振りながら、ラルロスがイオに向かって突っ込んだ。

 とはいえ、直ぐに性格のことを思って翻している辺り、イオのことをよく分かっていると言えよう。

「ま、まぁ、文も一緒に来てくれるみたいだし、だいじょぶ。うん」

そんな彼の言葉に、イオは漸くにして眼の色彩を元に戻すと、そう言って頷いた。

「へぇ……アイツも来るのな」

「うん、旅行の写真も撮ってもらいたいし。新聞のネタにもなるでしょ?」

(……そこらへん分かってるのに、未だにアイツの気持ちには気づいてないのな)

ニコニコと笑って告げる何でも屋の龍人に、ラルロスは内心やれやれと思いつつも、

「まぁ、お前がそう言うならそれでいいんだろうが……準備はどうしてるんだ?」

「あー……それもあったね。まぁ、一応飛ばす船の中にお風呂とか作ってみようかなぁなんて思ってるんだけど。ちゃんと、男女分けてさ」

うん、能力で湯船は作れるし。御湯も魔法陣を刻みこんだ鉄の注ぎ口作ればいいし。

 若干竹ばかりが並ぶ景色を見上げながら、イオが指折り数えて準備を考える。

「……いやまぁ、教えてきたこと役に立ってるんなら本望だけどよ……」

相変わらず妙な方向に頭脳を発揮させている彼の親友に、ラルロスは呆れつつも笑った。

 

――全くこいつは……本当に変わってねぇな。

 

「ま……変わらねえ方が、俺としては嬉しいがな」

「ん?ラルロスなんか言った―?」

「なんでもねぇよ。……っと、ここ等で別れだな。月、気をつけて行ってこい」

「あはは、まだ船を創らなきゃだし、先になるけどねー♪」

じゃね、ラルロス。

 彼に向かって、ヒラヒラと手を振ってからイオが飛び立って行く。

 丁度、昼時になった中天の太陽が、サンサンと温かい日差しを降り注いでいた。

 

――――――

 

「~♪~♪~~♪♪♪」

口笛を吹きながら、空を飛ぶ。

 来たばかりの頃はそれなりに戸惑った移動方法だが、此処に来て、イオはようやく慣れてきた。

――まぁ、嫌でも慣れざるを得ないとは思うが。

 何せ、普通に歩くだけでも妖怪にカチ合うようなこの世界、地上に降りて歩いているのは確実に襲われるのが日常茶飯事だ。

 だからこそ、イオは人里の外へ行く用事があれば、必ず二振りの刀である朱煉を腰に下げるのが普通だった。

(……まぁ、別に素手でも出来ない訳じゃないけれど)

自身の技にもある、寸剄を用いた零距離打撃。

 それは、皮膚などの表面を破壊せず、内部のみを破壊する技である。

 けして、活人にはなれない殺人拳であった。

(寧ろ、僕の全ての剣術がそんなのばっかりだけど)

高らかに口笛を吹きながら、イオは自身の技について改めて思う。

――先程、永遠亭でも述べたが、あれから既に数日が経過していた。故に、イオものんびりと仕事を再開している訳であるが……。

 少しばかり気になったのは、数日前、イオが彼女たちに向かって月へ行くと告げた時。

(……椛さん、一体何があったんだろう?いきなりやってきて文とはたてさんを連れてくなんて)

射命丸は初めのんびりとしていたが、椛の告げた耳打ちに、表情をあっさりと変貌させ、慌ててイオの家を後にしていたのがとても印象的であった。

「……何かあったのかなぁ……?」

ぽつり、と呟きを漏らしながらも、イオはトン、トーン、と空を踏みながら飛んでいく。

 そして、眼下に見覚えのある平屋の道場と二階建ての一軒家が見えてきた頃、同時にあることに気づいた。

「……おんや?誰か道場の前にいるような……?」

ふむ?と、声を漏らしつつ、とりあえず道場の近くに降り立つ。

「――おぉ、手前がイオ=カリストっちゅう奴か?話あるんやけどちょいとええ?」

訛った言葉遣いできっちりとした武官姿であり、白髪と紅い眼が特徴的な男がイオに向かって話しかけてきた。

 見れば、その後ろに焦げ茶色の髪に琥珀色の眼を持つ男と、長い黒髪に灰色の眼を持つ男二人がおり、服装も何やら最初に話し掛けてきた人物とほぼ同じであるようだ。

「……まぁ、別に構いませんが。お名前を御伺いしても?」

す……と、鋭い目つきとなったイオが、若干雰囲気も鋭くさせ、誰何を問うた。

 余りに変貌したその様子に、慌てて最初に話しかけてきた男が手を振って、

「ちゃうちゃう。別段、喧嘩を売りに来た訳でも、道場破りをしにきた訳でもちゃうんや。普通のお話やさかい、そんな怖い眼ぇせぇへんといてや!」

わたわたと慌てている彼の様子に、少しばかり毒気が抜かれたような気分になったイオが、肩を竦めてみせると、くいっと母屋の方を指して、

「……取り敢えず、こちらで話を聞かせてもらいましょう。改めてですが……僕はイオ=カリスト。この人里で何でも屋を経営してます」

と、歩きながら自己紹介をしてみせた。

「お、おぉ……わいは白雨。白い雨と書いて白雨や」

「私は橘高。橘に高いと書く……以後、宜しく頼む」

「俺は木葉!よろしくな!」

わたわたとしながら白髪の男――白雨が、真面目そうな表情の長黒髪の男――橘高が、焦げ茶色で短髪の男――木葉がそれぞれに名前を返す。

「……白雨さんに、橘高さんに、木葉さんですか。ん、覚えました……それじゃ狭い家ですがどうぞお上がりくださいな」

穏やかに微笑み、イオは三人を自宅へと案内するのであった。

 

――――――

 

「……粗茶ですが、どうぞお召し上がりを」

「お、おおきに!温かくなってきたとはいえ、ちょいと肌寒かったから助かったわ」

こと、こと、と置かれていく湯呑に、白雨が嬉しそうな声を上げる。

「いえいえ……さて、ではお話を御伺いしましょうか。どうにも隠しておられるようですけれど――皆さん方、鴉天狗の方達ですよね?」

射命丸の背中に見出していた翼がなかったが、イオにはその独特の気配が友人のそれと同じであった為に気づいたのであった。

 服装も、以前鞍馬が着ていた服装と、それとなく似通っていたのもある。

 あっと言う間に妖怪としての種族を見破られ、思わず白雨がビックゥッ!といっそ大袈裟な位に身を竦ませた。

「あ、あっはっはー……あっちゅうまにばれてもうた。いや、うん流石やねぇ」

頭を掻き掻き、白雨は少しばかり引き攣った笑顔でそう呟く。

 その様子にやや深い溜息をついた橘高が、

「……済まない。流石に、堂々と他の妖怪が入っていく姿を見られるのも、イオ殿に迷惑がかかるだろうと思ったものでな」

「いえ、そこらへんは有り難いと思ってます。――とはいえ、身分を隠して接触されてこられるということは、何かしらの要求をされに来られたと思ったものですから。少々ばかり警戒をせざるを得なかったんですよ」

ずず……と湯呑を傾けた後、イオがごとり、と置いてからそう告げた。

「何分、僕の能力はあるだけでもそれなりに影響があるようですしね」

暗に、取りこもうとするならば覚悟をしろ、と副音声を以てイオが眼が笑っていない笑顔で言う。

 勢力が小さいとはいえ……トップとしての威厳が込められたその眼差しに、慌てて、

「いやいや、俺達が今日此処に来たのは別に喧嘩を売りに来た訳じゃあないんだよ。白雨も会ったばかりの時に言っただろ?」

「それはそうですがね……では、何故此処に来られたので?」

それもそうだ、とイオが頷き、そして再び本題を問うた時だった。

 

「――恥を忍んで請い願う。どうか……我らにイオ殿の剣を教えて貰えないだろうか?」

 

すっと静かに頭を下げた橘高が、真剣な声音で告げる。

「……………………はい?」

今しがた聞いた一言が信じられず、イオは眼を真ん丸に開いて聞き返した。

「あはは……いやー、信じられんのも分かるんやけどな。本気なんよ俺ら」

「俺達だって鍛えている方ではあるんだぜ?けどよ、この世界じゃあ早々戦う羽目になることだって少なくなってきてるからさ、腕が鈍らねえようにしたい訳だ」

「……まぁ、その。なんというのか……言ってみれば暇なんですね?」

イオは、何処となく頭痛でも感じているのか、眉間を揉みながら呆れたように首を振ってそう突っ込む。

 身も蓋もないその言い方に、眼に見えぬ錐がおもいきり突き刺さったように、三人には感じられた。

 眉間を思いっきり顰めた橘高が、

「…………むぅ、言い返せないな」

「いや、言っておくがそんなに暇でもないからな!?天狗って言ったって、割と通常の任務とかあるしよ!?」

「いや、こうして此処に来られている時点で、暇な時間が出来るって言ってるのと同じなんですが」

慌てて言い訳をしている木葉に、イオは冷静に(だが呆れた口調のまま)突っ込み続ける。

「ぐ、ぐぬぅ……」

理路整然として突き付けられたその言葉に、思わず木葉が口ごもってしまった。

 だが、気をとり直すと、

「まぁそれはいい!ちゃんと休暇も貰っているから大丈夫だからな!問題は、イオ殿が俺達に修行をつけてくれるかどうかなんだよ」

「……ふぅむ……色々と突っ込める部分はありそうですけど、一旦置きましょうか」

考えるような素振りを見せながら、イオは静かにそう告げると、

 

「――そうですね。個人的には教えても構わないとは思っております」

 

「っしゃ「ただし」お、おう……?」

思わず歓声を上げかけた木葉を遮り、イオは怜悧な光を眼に浮かべると、

「……そもそも、僕のことを妖怪の山の頂点である天狗さん達がどう思われているのか……そこらへんが気になりまして」

「うっ……」

「只でさえ、普段から文と親しくさせて頂いていることを知っておられるんです……何かしら思われていても不思議じゃないと僕は考えているのですが」

淡々とした口調で、だが、けして言い逃れは許さじとばかりの追撃。

 三人、揃って冷や汗を流し、一様に言葉をいいあぐねてばかりであった。

 しきりに視線を交わし合っては、お前が言えとばかりに顎をしゃくっているのが見える。

 そして、遂に橘高がその視線に負け、口を開いた。

 

「――決めあぐねている、と言えばいいのだろうかな……いや、見た限りでは、天魔様と大天狗様はその意志を固められているようには感じた。だが、俺達も含めて、天狗全体が意志を一つに出来ないでいる」

 

「……随分と、胸襟を開きましたね」

思っていた以上の情報に、イオは再び眼を見開いて呟く。

 他の二人も、その情報量に驚いたのか驚愕して橘高を見つめていたが、当の本人は苦笑して、

「そもそも、敵対する心算で此処に来た訳ではないからな……前々から噂を聞いていて、友人となれたらどんなに楽しいかとも思っていた位だ」

此方に流れてくる情報で、少なくとも交流を交わしたくなる位にはな。

いっそ清々しいとも言える彼の言葉に、イオは一瞬呆けた表情をした後、ぷっと小さく噴き出した。

「いやはや……そこまで言われちゃうとねぇ……全く、警戒していたのが無駄じゃないか」

警戒の為にしていた敬語を止め、イオはくすくすと笑う。

 張り詰めていた雰囲気は消え去り、ふんわり穏やかな表情になったイオが再び口を開いた。

「なら、もう敬語は止めにするよ。改めて、宜しくね三人共」

「お、おぉ……じゃなくてだ!ちょい待った、橘高!俺達問答無用で巻きこまれてねぇか!?」

「――何を今更。どちらにせよ、こうして関わりを持った以上、避けようがない事態だろうに。あの大天狗様が、俺達のことを見ておられないとは到底思えないしな」

「ちょ、おま……!!?」

しれっとイイ笑顔で言ってのける橘高。

……どうやら、この三人の中では彼が一番腹黒いようである。

 余りにも動揺すら欠片も浮かんでいない彼に、とうとう頭を抱え始めた木葉。

 だが、最後の一人は楽しそうに笑うと、

「ええやないか、木葉。わいはイオと友達になるんは賛成やで?」

にやり、と不敵な笑顔と共にそう告げた。

 そして、

「あー、そうしたら変に身構えんでもええちゅう訳や。ふー……ホンマつっかれたわー」

「気ぃ抜けんの早すぎぃ!!?」

二人揃ってボケをかまし始めたことに、木葉が混乱の極地に至って爆発する。

 そんな彼らの様子に、イオはとうとう声を上げて笑い始めるのであった。

 

 




ちょいと短めですが今回はこれにて。
それと、恐らく優吾、大天狗に次ぐ男キャラ達三人組でありましょう。
元々の原作組である香霖はさておき、イオに新たな男の友人が出来た章となりました。
無論、色々な場面で関わらせる気はがっちりありますので、この後の異変になどにもちょこちょこ出てきます。


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第五十四章「競うは己が武術」

 

「――さて、と。改めてだけど……歓迎するよ、三人共。僕の道場にようこそ」

 

丁度、里の若者達が集う時間帯だったこともあり、イオは紹介がてら道場に三人を招待することにした。

 たった数日経っただけなのに、随分と久しぶりに皆と語らう気がするイオは、道場に入って一礼をすると、その後に三人を従え中央にまで歩いていく。

「やぁ、皆……数日位休み取ってたけど、戻ってきたよ」

「おぉ!イオじゃねえかこのやろ!」

少しばかり休みを摂っただけなのに、これまた随分と久しぶりに会話を交わす優吾が、イオの頭をヘッドロックするようにして話しかけてきた。

 イオはそんな彼の様子に苦笑しながらも、流石に動きを封じられるのを嫌がって払いのけ、

「もう、やめてくれよ優吾。僕が休んでる間皆ちゃんと修錬は怠ってなかったよね?」

「おうともさ!」

にやり、と笑いそう請け負ってみせる優吾。

 そこへ、いつも寺子屋の授業を受けてから此方に通ってくる心太が、嬉しそうな表情で、

「イオ兄!またあの業とか教えてくれる!?」

と息せき切って話しかけてきた。

 見れば、いつも道場で使用している道着に、初めの頃とは打って変わって黒色を帯びてきた木刀を下げているようだ。

「ん、心太も頑張ってるね。大分その木刀を扱うことに慣れてきているみたいだし」

イオは、育ちつつある若き力に、やや顔を綻ばせていた。

 回りを見渡してみても、二十代や十代の若者を始めとして多くの男達が、此処最近の修錬によって身体を鍛え上げてきているのが分かる。

 少しずつ強くなっていく自分の弟子と言える彼らに、イオはにっこりと笑うと、

「皆に、新しく三人が加わることになったから、その紹介をしに来たよ。彼らも、皆の中に交じって業を修める心算で来たからね」

「ええっ!?」

心太が驚きの声を上げる中、言わば道場内の先輩とも言える他の男達が一様に見定めようとして一瞥した。

 中でも優吾は若干不審そうな色を浮かべている。

「……なぁ、イオよぉ。俺さ、こうしてお前に教えて貰ってきたけどよ……なんかな、そこにいる三人がどうにも弱いようには見えねえんだよな」

ぽつり、と鋭い眼差しで以て、優吾は呟いた。

 だが、そんな彼を含めた皆に、イオはあっけらかんとして、

「そりゃあそうだよ。――だって、この人達『天狗』だもの」

「「「「はぁっっっ!!?」」」」

一様に驚愕の声を響かせる男達。

「ちょっと待て!天狗様であられながら、人間のお前に師事したいってやってきたのか!!?」

はっきりと、『あり得ないだろ!?』と言わんばかりの表情で、優吾がイオに向かって詰め寄った。

 だが、そんな彼の心情をばっきりと折る勢いで、

「うん、そうだよー。じゃ、皆早速僕と稽古をしようねぇ」

すたすたとイオが歩きだし、三人に何時の間にか手にしていた道着を三着分を渡すと、着替えるようにと指示を出す。

 余りにも動じていないその様子に、思わず優吾がすぱーんとハリセンを取り出して突っ込みを入れた。

(おぉ、なんちゅうええ突っ込みや)

その様子に白雨が芸人属性として反応していたがそれはさて置き。

「……痛いんだけど、なんだよ優吾?」

「アホかぁ!?というか、一体何処で出会ったんだよ!?」

「えー?そりゃあ、此処最近の休みの時?」

「なんで疑問形にしてんだー!」

すぱぱーん!と軽快にハリセンが唸った。

「……うぅむ、エライ突っ込み属性やんか。ちぃとばかり組みたくなってきたわ」

「……これ以上、場を混沌とさせるなよ。頼むから」

怖いことを言いだしている白雨に、友の木葉が疲れたように突っ込みを入れる。

 そんな彼らを余所に、唐突に始まった漫才に回りの皆は呆れた表情をするか、くすくすと笑う者であるかの二通りに分かれていた。

 その中の一人である心太は、笑っている方であり、笑い過ぎによって目尻に涙を浮かばせながら、

「……あー笑った笑った。相変わらずイオ兄は面白いや」

けらけらとしているこの中でも有数の少年の姿に、先程まで気勢を上げていた優吾が拍子抜けしたように頭を掻き、

「ったく……分かったぜ、もう。取り敢えずだ、こんな所でなんだが……宜しくお願いしやすぜ、天狗様方」

と、丁度着替え終わって道場の中央に出てきた三人組に、静かに一礼をする。

 その様子は、まるで己が武術の兄弟子に対する者であった為に、橘高が苦笑すると、

「いや……寧ろ、此方からお願いしよう。この道場においては、一応は後輩となるのだからな」

「そーそー!そりゃあ、俺達も鍛えちゃいるが、あの龍人殿見る限りまだまだって思わされるからねぇ。精々業を盗ませてもらうぜ!」

渡された木刀を肩に預けながら、木葉が楽しそうに笑ってそう告げた。

「改めて、自己紹介させてもらうわ。――ワイの名は白雨。こっちが木葉に、橘高や。三人共々よろしゅうなぁ」

そして、纏めるようにして白雨が、自己紹介を成す。

――そうして、道場は何時もの騒がしさを取り戻していくのであった。

 

――――――

 

「――はぁぁっ!!」

「はい、いい踏み込みだよ!そのまま、大きく横薙ぎ!」

「はいっ!やぁぁ――!」

ダン、ダダッ。

 叩きつけるようにして行われる技。

 大きく振りかぶり、一直線に縦に振り下ろされてからの続けざまの横薙ぎの一閃に、眺めていた橘高はほぉ……と少なくない感嘆を洩らした。

「……幼き者にしては、随分と思いきりがよいな」

「だなぁ。俺達がちっちゃい頃なんざ、あんな風に堅苦しい奴を楽しそうにやることなんか無かったぜ」

同意するように、同じように見ていた木葉が、今も尚盛んに攻撃を仕掛けている少年――心太をそう評価する。

「……正直、心太は皆の中でも有望株として見られていますぜ。帰った後でも、自分で修錬をしているようで」

と、そこへ優吾が話を聞いていたのか、若干苦笑をしながら話しかけてきた。

「ふむ、そこまで強くなりたいと願うのには、何か理由でもあるのか?」

ガシッ、ダンッガガッ!

 聴覚に響いてくる木刀のせめぎ合いを聞きながら、橘高がぽつりと尋ねる。

「まぁ……そこらへんは、この世界であれば十分にあり得るような、有り触れたことでさぁ。――心太、父親を亡くしているんだそうで」

「……それでか。母を守りたいが為に……」

「ええ……本当、強い子でさぁ」

フッと、何処となくしんみりしてきた所で。

 

「――はい、此処まで」

 

「――っ。有難うございました!」

「ん、御疲れさん。向うの井戸で体を流しておいで。水も忘れずに飲んでおくこと……いいね?」

「分かったよ、イオ兄!」

丁度、心太に対する稽古が終ったようで、少年がばたた……と道場を駆け抜けていく姿が見えた。

 静かに歩いているイオが、此方に向かって、

「さて、お待たせ三人共。一人ずつやっていくよ?」

「おぉ、お願いするぜ!」

「ふむ……………滾ってきたな」

「――うぅ、ぐすっ」

「「なんか白雨が泣いてる!!?」」

二人が戦意も露わにしているのに、最後の一人が何故か泣いていたことに他の二人の天狗が揃って驚く。

 今の白雨の様子は本当に男泣きと言っていいような有様であり、なんというか、思わず後退りしてしまいそうな勢いだった。

 困惑した表情で橘高が、

「いきなりどうしたんだ、白雨」

と尋ねると、白雨は涙ぐみながらもしっかりと答えを返す。

「い、いやなぁ……あんな、ちっこいのに頑張っとる姿がなぁ……ちょいと、琴線に来てもうてん」

「……そういや、白雨って結構涙脆い所あったなぁ」

未だにぐすぐすと言わせている彼に、木葉が若干遠い眼になって呟いた。

「全く、白雨は……しっかりしろ。少なくともお前が年輩なんだ……かっこいい所見せたいと思わないか?」

「おぉ、ちょい待ってや……(ごしごし)、ん。いけるで」

眼を擦って紅い眼を更に紅くさせながら、ようやく白雨が立ち上がる。

 流石に、三人が揃って立つ姿というのはそれなりに迫力があり、見ている者達もそれぞれに驚嘆の声を漏らした。

 

――向かうは、目前に佇む『蒼紺の龍人』。

 

近寄ってくる三人に、イオは静かに微笑みを深めていた。

 

――――――

 

「……誰から行く?」

先程の心太との稽古では一刀流だった彼が、何時の間にか両手に普段使用している朱煉と同等の長さの木刀を構えていることに気づきつつ、橘高が他の二人へと声をかける。

「そうだな……白雨?」

「あー……うん、任せるわ。多分、ワイが出た程度やと、そんなに手数を出せそうにあらへんし」

「……ということは、俺か。行ってくるぜ」

とんとん、と一振りの木刀を構えつつ、木葉がすいっと踏み出した。

「最初は木葉なんだね。ん、じゃあ始めようか。――皆、よく見ておいてね。一応、これが上位の練達者の戦いだから」

 

油断してると、何も見れないよ?

 

す……と、静かにイオが自然体へ移行し、皆へと注意を呼びかける。

 

――そして、動いた。

 木葉が気づいた時には目の前にまで迫っており、

「ぉおっ!!?」

軽く体を捻るようにして薙ぎ払われた攻撃を、寸での所で受け切り、何とか力を流す。

「くっ、ハアッ!!」

そして、木葉が流した勢いのまま柄頭の部分を叩きつけようと力を籠めた。

 だが、敵もさるもの。

 その動きを読んでいたかのように、イオがもう片方の木刀で受け流して見せる。

「――せぇいッ!!」

気迫が籠められた掛け声と共に、イオは両手を最小限に動かし一気に勝負を決めにかかった。

 

「――壱刀流『蒼龍炎舞流』壱之型『疾風』壱式『碧風』」

小さく呟かれたその言葉と共に。

 

――木葉は己が木刀を奪われた。

 

(――不味い!!)

するり、と奪いとられた木刀を何とか手元に引き寄せようとするが、イオの攻勢は留まらず。

 気づいた時には、木葉の顔面すれすれにまで木刀の切っ先が近づいていた。

 はぁ……と、大きく息をついた木葉が、

「……参った」

と、両手を上げて降参する。

「うん、御疲れ様。力を受け流した所と、そのままの流れで柄頭を使おうとした所が良かったね。ただ、ちょっと読まれ易かったかな。あそこで一拍置ければ、もう少し良くなったと思う」

するり、と木刀を引いてみせたイオが、現時点での改良すべき所を指摘した。

「あー……そうだな。いや、焦り過ぎたぜ」

「まぁ、普通だったら驚きで思考を停止するとこだからさ、十分に動けているから。大丈夫だよ」

「そうかぁ……ありがとな」

軽く手を一振りし、木葉が静かに下がる。

 そのまま、歩いて来た橘高とハイタッチをしながら、

「…………思った以上に動きが読めなかった。気をつけろよ?」

「ああ、すまんな。――取り敢えず、よく休んでおけ」

「そーする。いや、俺もまだまだだな」

そんなことを言い合って、そのまま二人が分たれた。

「ふぅん……橘高なんだ。どう?先程の稽古見て」

何処か、からかっているかのような光が浮かぶ眼で、イオが彼に尋ねる。

「……そうだな。強い……というよりは、巧い、と言った方が分かり易かったな。そもそもの生物的に、天狗の方が優れた身体能力を有している筈が、こうして受け流されているのだから。恐らく……力の向く先を見ているのではないのか?」

「ふふ……そうだね。分かる人には分かる、それだけの技術だよ。何回も、暴力的なまでの力で押し切られそうになったことがあったからね。まぁ、それが僕の師匠とも言える人な訳だけど」

ざわり。

 イオが最後に漏らした一言に、初耳だったのか周りの皆がざわめいた。

「……考えたくもないな。そこまでの武術を極めた人間がいるなど」

「あはは……しかも、僕のように種族としての亜人じゃなくて、本当に只の人間だったんだよねぇ……僕がいた世界じゃあ、まず、最強の一角だったのは確かだよ」

さて、と……橘高は構えて。

静かな微笑みへと移行したイオが、尚も衝撃的な発言をした後に、再び自然体へと体を戻す。

 そして、動き出した。

 

「――参る」

 

橘高が取った戦法は、先程の木葉が行った受動的な稽古ではなく、専ら攻撃を叩きこむ積極的戦法だ。

 妖怪としての身体能力を大いに生かし、踏み込みと同時に二連撃を放った。

 左右からの、まるでイオへ喰らいつこうとせんばかりのその攻撃に、しかし、イオはけして余裕を崩すことなく、そっと体を逸らして見せる。

 一見して体勢を崩しているように見える彼の様子に、しかし、橘高は追い打ちをかけることなく下がった。

 たった一瞬の攻防。

 だが、それだけで橘高は緊張を多大に強いられていた。

(……くそ、此処までとはな)

自然体であるが故の、そして、常に余裕があるが故の動きの読めなさ。

 有体に言えば、

『何をするのかが分からない』

ということであった。

 加えて、己が武術の結晶である業を少ししか見せていないことも、橘高にとってきついものがある。

 ふぅ……と、一旦深呼吸をし、息を整えた直後であった。

 

「――呼吸を整えるのはいいけれど、少し脇が甘いかな?」

 

すぐ近くで聞こえた、何処か幼い彼の声に、全身に鳥肌が走る。

「う、うおおぉお!!?」

全身全霊で以て薙ぎ払いをした橘高だったが、しかし、薙いだ方向にイオはいなかった。

 

――トン。

 

軽やかに跳ねた音と共に、イオが宙を舞う。

 この稽古で見せた初めての大きな動きに、橘高は死に物狂いで突きを放った。

 最早、妖怪がどうのとかは言っていられる状況ではないと、本能的に察していたからである。

……しかし。

 

「――壱刀流無手『蒼龍牙刃』、模倣・貳之型『緋炎』弐式『車焔』」

 

大きく片足を伸ばし、何と、その場で縦に勢い良く一回転を行った。

 当然、それに合わせて踵落としの威力は高まることになり――

「ぐぁっ!!?」

ばきぃっ!

 何かが折れる音と共に、橘高が持っていた木刀が割れ爆ぜた。

「つ、つぅ……」

場の空気が唖然となっているのを自覚しながらも、イオは静かに佇む。

「うん、今の動きはかなり良かった。ただ、ちょっと余裕がなさすぎたね、橘高」

「あー……まぁ、そうだな。全く……まさか、言霊で心を揺り動かされるとは思いも寄らなかったぞ」

若干、まだ痺れが残っているのだろう、手首を振るようにして動かしながら、橘高は尻餅をついた状態から苦笑して見せた。

 見れば、先程まであった橘高の木刀が無残なまでに破壊されており、その様子からしてもかなりの威力が籠められた一撃だったと推察できる。

「一対一の状況だとね、言葉が重要になってくることがあるんだ。それは、政治の場であっても、戦いの場にあっても、意外なことに同じなんだよね」

――例えば、信念がぶつかりあう時。

――例えば、迷いを持つ者に対し、迷いなき者がぶち当たっていく時。

 旅をしていた中において、或いは、今もまだあの武具屋で鎚を振るっているであろう養父の修行において、イオは、そうした戦いを経験することがあった。

「僕の師匠でもあった養父さんと戦う時……少なからず、余りの実力差に動きが止まったことがあってさ。そうした時程、かけられる言葉によって思いっきり行動を誘導されたんだよね」

恐怖による行動制限に、狙ったように動きを誘導されてはたまったものではない。

 かつての養父の修行を思い出しているイオに、

「……なるほど。どうにも一連の動きが慣れているように見えたのは、その経験からか」

参った。

 尚も苦笑を留めたまま、橘高が一言呟くと、イオはそれに微笑みを浮かべて手を貸してやり、

「まぁ、木葉もそうだったけど、動きとしては悪くなかったからね?寧ろ、基礎が十分に積んであるからこそ、咄嗟の動きでもあれだけのことが出来たんだからさ」

ニコニコと笑うイオの様子に、フッと橘高も笑みを浮かべ、

「……それを聞けてかなり安心した。もう一度自分の動きを見直さないといけないと思う所だったぞ」

「あはは、それは御免よ。――じゃあ、最後は白雨だね」

「おぉ!やっとワイの出番や!」

戦意も十分に、白雨が満を持して登場した。

 イオが、壊してしまった橘高の木刀を能力で作り直しながら、

「うん、これでよし、と。――ん、始めよっか」

そう告げると、此処に来て、イオが殺気を放ち始める。

「橘高も木葉も強い部類に入っていたけれど……どうにも、白雨を一番警戒しちゃうんだよねぇ」

ぽつり、と呟かれたその言葉に、突然の殺気で凍りついていた周囲がざわめき始めた。

 そんな彼に、殺気を向けられている当の本人は冷や汗を流しながら、

「い、いやそんなに警戒せんでもええんよ?ワイ、巷やと無害で通っとるし」

「――はい、嘘でしょそれ」

「嘘ちゃうよ!?ホンマのことやで!!?」

考える間も持たずに告げられた即座の言葉に、ガビン!とショックを受けた表情で白雨が叫ぶ。

 紅い眼が若干潤みかけた所で、イオが苦笑して、

「……だったら、何で他の二人のように正眼じゃなくて、『杖術』の構えになってるのさ」

と、右手の木刀の切っ先で、白雨の構えを指し示した。

 その言葉に改めて皆が白雨の構えをよくよく見直すと、そこには先だっての二人とは全く異なった、右足を下げて半身になり、敢えて心臓を晒す形で構えている彼の姿が。

「……あれ、普通の構えじゃあないな」

優吾がぽつりと呟くのを聞きながら、イオはこの場にいる皆に話をする。

「――突かば槍。払えば薙刀、持たば太刀。杖はかくにも外れざりけり、なんて言葉があってね……恐らく、刃を持たなくても十分に殺しを行える武術だと僕は思ってる」

今が木製であったとしても、それが金属製になったらなんて考えると……ね。

 鋭い眼差しのイオに、白雨は逆に引き攣った顔で笑うしかなかった。

「いや、あのな?そないにワイは強うないよ?精々、捕縛術の一環として手始めに習うとるだけやし」

それに、大天狗様には敵わへんしな。

 苦笑して見せる白雨には、言葉の通りに気負っている様子もない。

「そもそも、ワイのこの武術を鍛えよ思て此処に来たんやで?せやから、何ら身構えんでもええと思うんやけど」

「……生憎と、その手の言葉を言う人ほどとんでもない実力だったりすることが多くてさ。――此処から先は、一段階上の戦いをさせてもらうよ」

お願いだから、耐え切ってみせてね?

 恐ろしい言葉と共に、イオからますます気迫が迸った。

 ある種、異種武術戦闘となった今回の稽古に、皆は固唾を飲んで見守る。

 

「――貳刀連撃……壱刀流貳之型『緋炎』壱・貳式複合式『迦楼羅炎』」

 

直後、イオが気迫と共に業を繰り出した。

「なっ!複合式だと!?」

「……知っているのか、優吾よ」

思わず驚きの声を上げた優吾に、橘高が不思議そうな表情で尋ねる。

「知ってるもなにも……あれは、イオにしか出来ない芸当だ!俺達はただ一刀流の技をそのままになぞり描くしかないのが、イオの場合、それを合わせることが出来るんだよ!」

下手すりゃ、無限に業を繰り出せるんだぜ!?

 興奮してはしゃいでいる優吾の言葉に、お、おぉなるほど……としか、橘高は言えなかった。

 とはいえ、己が剣術を組み合わせるというある種の離れ業とも言えるそれには、素直に感嘆の声を漏らすのだが。

「……これは、一刀流の業だけに留まらないだろうな」

「そうじゃねえか?寧ろ、弐刀流の方を組み合わせて戦えると思わない方が可笑しいぜ」

小さな声で呟きを洩らす木葉。

 

――そうするうちに、試合は進んでいた。

 

 まず、イオが繰り出した複合式『迦楼羅炎』。

 これは、壱式『車焔』に貳式『焔薙』を組み合わせた代物であった。

 これ等は縦・横という違いこそあるものの、大きく一回転を行う範囲攻撃技である。

――故に。

「うぉっ!?あっぶなぁ!!?」

自然と、その刀の軌跡から逃れんとして、白雨は大きく身を捩らざるを得なかった。

 だが、軌跡から逃れられたとはいえ、まだ忘れてはならないことがある。

――何故、この一刀流の技の中で、弐之型が範囲攻撃技であるとされているのか。

 以前、イオ=カリストが依頼を遂行していく中において、とある武芸者と戦うことがあった。

 職業を『白玉楼の従者並びに庭師』と号したその少女の名は――魂魄妖夢。

 この平和な世界の最中にあって、鍛えられたその技は確かに十分な強さではあった。

 だが、殻を打ち破れていなかったのだろう。

 結果としてイオには負けてしまったが、その後も彼女はこの道場に通ってきている。

 

 閑話休題。

 

 ともかく、かの少女と戦った際、イオはとある秘義の一つを繰り出していた。

――飛ぶ斬撃。

 少なくとも、一流に至った武芸者ならば、容易に行える業であるとされているこの技術。

 

……もしそれが、『緋炎』の業に使われたとするならば……?

 

「っ!!?」

白雨は驚愕した。

 道着に薄らと切れ目が走るその様を見て。

 死の気配がすぐそこにまで迫っているかのような、死神が此方へと手招きをしているかのような恐怖を全身で味わった。

「お、おおおぉっ!!」

槍の様に構え、眼にも止まらぬ速度で連撃に連撃を重ねる。

 対するイオは千変万化に変化する杖術の軌跡を冷静に対応し、二刀流で以て往なしてみせた。

(あかん!マジであかんぞこれは!!)

猛撃に猛撃を重ねているはずなのに、一向に届く気配が感じられない。

 いや、寧ろそこから更に遠くへと誘われている気がますますしてきた。

 必死になって喰らいつこうと足掻く白雨は、イオが怜悧な光を浮かべているのに気づかない。

 

「――壱刀流壱之型『疾風』壱式……『碧風』」

 

その動作は、一瞬で終わった。

 突如、イオが持つ木刀が蛇のようにのたくり、気付いた時には、白雨は己が武器を絡め取られ、あっけなくも手放す羽目になる。

(しまっ――)

内心で不覚の弐文字が占めるが、現実は非情であった。

「……はい。これで終わりだよ」

その言葉と共に、ごとり、と天井まで吹き飛んでいた棒が白雨の背後に落とされる。

「……はぁ。いや、ホンマ参ったわ。つか、木刀で服切れるなんて何処の芸当やねん」

疲れが一気に噴き出したのか、ぐたり、と崩れ落ちた白雨がそうぼやいた。

「そう言われてもねぇ……これ、実の所真空刃だし」

「あの一瞬で繰り出せるとかありえへんやろ!!?」

驚きの表情でそう白雨がそう突っ込む。

 だが、イオは苦笑して、

「言っておくけれど……僕の養父さん、今の僕程度の動きであっても平然としてついてくるからね?下手するとこれ以上の速度で襲い掛かってくるんだからさ」

この程度でひいひい言ってたら持たないよ?

「……そんなん勘弁してやぁ……今以上の速さになるぅ言うんは。結構必死やったんやで?」

「まぁ、此処にいる以上はね……取り敢えず、僕の極限の速さに眼が追いつけるようには鍛えてもらうからさ」

にっこりと、恐ろしい一言を告げてきたイオに、白雨が表情を引き攣らせて、

「こ、こないなとこにおれるか!ワイは帰らせてもらう!」

ダダッと勢い良く走り出した白雨に、しかし厳しい現実が待ち構えていた。

 

「――まぁまぁ、そんなに邪険にしなくてもいいじゃんか、白雨」

 

がしっと首根っこを掴まれ、思わず白雨がぐぇっと蛙が潰れたような声を出す。

 捕まった彼が恐る恐るそちらを見やれば、とってもイイ笑顔を浮かべたイオが彼の首根っこを捕まえていた。

「あ、あはは……ゆ、許してくれへんか?」

「ダーメ♪筋がいいんだから、これを鍛えなきゃ、ねぇ?」

ふふふふふふ……。

 背後に澱んだ空気を醸し出して来ているイオの雰囲気に、がたがたがた……と白雨が真っ青になって震え上がる。

 

「か、勘忍してや―――!!?」

 

青天の昼下がり、人里に大きく悲鳴が響き渡るのであった。

――合掌(ちーん!)

 

 




ここで注意。
あくまでもこれは武術であり、模擬戦なので殺し合いのような戦いにはなりませぬ。
その証拠に種族としての特性を前面に出すことなく戦っておりまする。
そもそも、全面的に出したならば、風やら砂やら竜巻やらが襲う仕様でありますが故に。
以上、注意事項でありやした。


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第五十五章「語り合うは新たな友」

武稽古を終え、一息入れようと天狗三人組とイオはイオの家の居間へと移動していた。
かなり激しい稽古だったこともあり、イオは兎も角三人組はどうやら疲れているようで……?


 

「……うぅ……えらい眼におうた……」

――カリスト宅、居間の卓袱台の上で、白雨がぐったりとしながらぼやいていた。

「ははっ。いや、マジで御苦労だったな、白雨」

思わず、と言ったように笑う木葉も、やはり、鍛練がかなりきつかったと見え、焦げ茶色の眼が、何処かぼんやりとしているようだ。

 時はお八つ時。

 計二時間程の修錬は、こうして疲れ果ててはいるものの、彼等にとっては十分な収穫だったと言えよう。

「お待たせー。人里で買ってきた饅頭だよー」

御茶と共に現れ、イオがニコニコと笑いながらお盆を持ってきた。

 見れば、そこには上質な和紙で包まれた小さめの直方体とも言える物体が皿の上にそれなりに盛られており、傍らに、湯呑に入れられた煎茶が静かに湯気を立てているのが見える。

「おぉ!何処の甘味だ?」

娯楽が少ない幻想郷において、甘味は男女区別なく好まれているものである故に、木葉がぼんやりとした様子から立ち直って、嬉しそうに身を起こした。

「ん、優吾ってさっきの道場でしゃべってた奴がいたでしょ?話を聞いたとこによると、アイツの実家が遠藤屋って甘味処をやってるみたいでさ。美味しいって評判みたいだから買ってきたよ」

ほらさっさと体起こして、白雨。

 邪魔になっている白雨の体をぺいっとどけ、イオが湯呑を置きながら説明する。

 うぐぁ、と悲鳴を漏らし、床に投げ出された白雨がようやく体を起こすと、

「……会うてからこの短時間で、えらい遠慮のうなって来たなぁ……」

「ん?うーん……なんかさ、白雨って遠慮しないでもいいかなって想わせるとこがあってねぇ……何でだろ?」

「あー…………うん、まぁ。仕方ねぇなそりゃ」

「しゃあないあらへんやろ!?いや、別にワイだって遠慮せんでくれた方が嬉しいけど!」

小首を傾げているイオに心当たりのありそうな木葉が苦笑して、白雨が柳眉を逆立てて怒った。

「――波長でも合ったんじゃないのか?少なくとも、俺はそう考えているが」

と、そこへ、今まで静かに坐していた橘高が、口の端に笑みを浮かべながらそう告げる。

「結構珍しい感じだよなぁ。こうまで遠慮しないで言い合えるのってよ」

「あはは、僕もそう思うよ。何分、なんか知らないけどやたらと周りが女の子ばかりだし」

「……おんな、のこ?」

白雨が首を傾げて不審そうに呟いた。

「…………なぁ、イオ?ワイ、イオの近くにおる女性関係考うてみたら、結構な年のおば「それ以上いけない」――はっ!?」

鋭い口調で白雨の言葉を遮り、イオが背中にどんよりとしたオーラを纏わせると、

「白雨、世の中の女性ってね。何時までも若く見られたいのが大半だってこと、忘れちゃいけないよ?殊更、年に関することにはね」

それで何度僕が吹っ飛ばされる羽目になったことやら……。

 イオが嘗て出会った少女達の中でも、年齢に反してかなり大人びた容貌を持つ、とある賢者の姉である彼の少女を思い出して、実感ましましでそう告げる。

 増してや、最近関わるようになってきた周囲の有力者達の少女達も、見た目にそぐわぬ年齢の持ち主なのだ。

 下手なことを言って粛清されるのだけは勘弁してほしい……イオは切実にそう思った。

「そ、そぉか……すまんかったなぁ、えらいこと訊いて」

「ん、構わないよ。――でも、弐度としないようにね?でないと……紫さんが何処で聞いてるか、分からないし」

あの人、偶にスキマをこっそり開いて聞いてる時があるからさ。

 きょろきょろ、と辺りを警戒しているイオに、三人揃って青ざめた。

「……本気で言うとるん?あの賢者が盗み聞きしとるって」

「本気も本気だよ。なんせ、能力が能力だし……何処で何を聞いていても可笑しくないから、ね?」

しーっと何処か子供のように指を立てて唇に当てたイオ。

 それに、こくこくと三人が青ざめた表情のままで頷いた。

 

――閑話休題。

 

「……でもまぁ、これで文にも周りが女ばっかりだって言われなくて済んだや」

「あん?そりゃどういうことだ?」

木葉がよくわからなさそうにそう尋ねると、

「ん、なんだろねぇ……会う人会う人大体が女性ばっかりだからさ。僕だって不可抗力なのに、僕の所為にされるんだよ?」

理不尽だと思わない?

 唐突に始まったイオの愚痴に、三人はそれぞれ顔を見合わせると、

(……なぁ、もしかしてこいつ気づいていないのか?)

(明らかに、焼き餅焼いとるよなぁ……?)

(というか、分かり易いだろう。どうして気づいていないんだ?)

こっそりと視線を交わし合い、そして木葉が恐る恐る訊ねる。

「……なぁ。射命丸のお嬢がそう言うってこと……どういう意味か考えたことあるのか?」

「??どういうこと?」

彼の問いに、イオが小首を傾げてそう問い返した。

 その様子に橘高が言い難そうな表情で、

「その、なんだ……焼き餅焼かれてるって思わないのか?」

「はぁ?」

素っ頓狂な声を上げ、イオが理解しがたいと言わんばかりの顔になる。

「何を思ったのか知らないけど、文とは普通に友達付き合いさせてもらってるだけだよ?というか、あんなに綺麗な子なんだし、付き合ってる人とか、もしくは許嫁みたいなのがいるんじゃないの?」

この間天魔様の娘さんだって知ったしさ。

「……あー……」

イオの言葉に、白雨が何処か理解した、というような表情になった。

(……つまり、恋人とか居るやろうから、そう考うたちゅうことか)

「「「……はぁ……」」」

「な、何だよ三人共」

揃って溜息を吐かれ、イオは動揺する。

 そんな彼に、三人は再び顔を見合わせると、

「……まぁ、イオがそう思うのだったらそうだろうよ」

「おう、せやせや」

「こういう話は、傍観者からすればいい酒の肴だしなぁ」

明らかにニヤニヤし始めた彼らの様子に、イオがぴきり、とイイ笑顔で青筋を立てると、

「……へぇ?こりゃあまた鍛錬に戻ることになるけどいいの?」

「それは勘弁してや!?」

「だったらとっとと吐くんだ。何を隠してるのさ?」

不機嫌な表情になったイオが、三人にずずいっと詰め寄った。

「あー……まぁ、もう少し周りの関係に眼を配れってとこかな」

「そうだな。概ねそれに尽きるだろう」

木葉と橘高がそう言い合い、けして、一人の少女の恋心を明かすことはしない。

「ま、そんなことよりもうええ時間やし、二人共もう帰らん?そろそろ仕事に戻らなあかんし」

先程イオに脅されがくがくふるふると震えていた白雨が立ち直り、すくっと立ち上がりながら他の二人の天狗へ声をかけた。

「むぅ……ホントに何隠してるのさぁ?」

「そりゃあ、言っちゃあいけねぇ奴だな。ま、悩みまくれ。そうすりゃ分かる……かもしれねえしよ」

「……どうあっても言わない、ってことなんだね。…………はぁ、分かったよ。じゃ、見送るね」

どうしようと彼らはけして明かさぬであろうとイオは分かり、溜息をつきながらもこの世界に来て出来た友人達を見送ろうと立ち上がる。

 そして、

「また、道場でな」

「体に気をつけるのだぞ」

「ほな、またなぁ」

口々に言いながら、天狗の三人組は立ち去っていくのであった。

 

――――――

 

「……ふぅ。うん、やっぱり同性の友人と喋ってると落ち着くなぁ」

ぽつり、とイオが彼らを玄関先まで見送ってからそう呟く。

 と、そこへ、

「イオ、只今ー」

という声と共に、ぼすっとイオの腰に抱き付く誰かが来た。

「およ?ルーミアお帰り。楽しかったかい、寺子屋は」

「うん!何時もと同じぐらいね!」

子供の姿に戻っているルーミアが、えへへ、と頬を若干照れくささで赤らめながらそう答える。

 そして、何故かイオが玄関先にいることに気づいたのか、表情を不思議そうなそれへと変えると、

「お客さんでも来てたの?」

「ん?ああ、友達だよ。まぁ、今日出来たばかりの友達だけどさ」

ニコニコと、嬉しそうな表情をしているイオに、ふぅん……とルーミアが呟くと、

「……取り敢えず、女友達じゃなさそうなのは分かった」

「あはは、何を言ってるのさ。男の友達だよ、天狗のね」

「…………それだけで十分あり得なさそうなことなんだけど」

今度は何やったの?

 ジト眼になったルーミアが、腰に抱き付いたまま上目遣いで見やった。

「最初は僕に師事したいなんて言ってくれてさー。なんか怪しいと思ってよくよく聞いてみたら、最終的に友達になりたいから此処に来たって言われてね」

「うん、待ってよ。そこからどうして友達になりたいに行ったの?」

ぺしり、と突っ込みを入れ、ルーミアがますますジト眼になって詰め寄る。

 だが、イオは小憎らしいことに小首を傾げて見せ、

「…………なんとなく?」

「文に報告しておくから覚悟しておいてね?」

「えええっ!!?」

即座に告げられたその言葉に、イオは理不尽だと騒ぐのであった。

 

 

――一方、此方は天狗の三人組。

 ばさり、ばさりと翼をはためかせ悠々自適に飛んでいる彼らは、その羽ばたく様とは裏腹にかなり神妙な顔つきであった。

「……イオってよ……やっぱ、いい奴だよな」

「ん、せやね」

「だな。……正直、個人的にはずっと交流を続けたい。それに、アイツならば、射命丸の御嬢を任せられるやもしれん」

 

――だが、それは同時に妖怪の山内部の勢力図を、変動させることになりうる。

 

「「……」」

橘高が最後に告げた言葉に、しかし、他の二人は否定しない。

「……どうする?一応、俺達の立場はイオが我々の組織に入ってくれることを想定した立場だ。そして、射命丸の御嬢が出奔をされないように反対する立場でもある」

「……わっかんねぇよ」

愚痴るように、木葉がぼやいた。

「正直に言やあ、任せられる奴ではあるし。俺達に完璧に撃ち勝って見せられる以上、実力は多大にあると見ていい。だが……仮に、俺達の中に入れたとしても、他の天狗がどう言うか……アイツと御嬢の会話を見てる奴がいれば、好意的に捉えられるだろうが、

侵略と捉える奴だっているかもしんねぇ」

参ったな……難しすぎる。

 がしがし、と己が修錬用の木刀を握る手とは逆の手で、頭を掻き回す木葉。

 と、そこで今まで黙っていた白雨が、

「……いっそのこと、大天狗様に言うたらどやろ?」

と提案をしてきた。

「アホか。何故、態々大天狗様に言わなければならん。確かに、射命丸の御嬢をよく見ておられたのは分かっているがな……恐らく、あの方は御嬢が出奔されたとしても、どうにでもなると言うだろう」

「……そっか、それもあったな。困った……いい考えが出てけぇへん」

うんうんと唸りながら考える三人組だったが、そこで木葉が、

「取り敢えず考えるのやめて、早く帰らねえか?このままだとどんどん暗くなってくぜ?もう夕方なんだしよ」

と、赤みを帯びてきた空を指し示してそう告げる。

「……こんな時間にまでなっていたか。急ごう、遅れると食堂が閉まりかねん」

「そりゃあかん!今日の夕食楽しみにしとるのに!」

ブォッ!!

 慌てまくった表情の白雨が、一目散に空を駆けた。

 その姿に苦笑しながら、二人も後を追う。

 

――そして、辺りに静寂が訪れるのであった。

 

――――――

 

――そして、一夜明けた翌日。

 イオは、何処となく気分がいい状態で眼を覚ましていた。

「……ふぁあ……ああ、今日もいい天気だねぇ」

少し、欠伸を噛み殺しながらも、イオが窓の障子を開けてそんなことを呟く。

 実際、彼の言うとおりに晴天が広がっている空は、昨日のこともあってか、イオを少なからずうきうきとさせてくれた。

「どんな朝食にしようかなぁ……味噌汁に長ねぎと豆腐を入れるのは当然として、ご飯があって……おかずは、そうだなぁ……」

体を起こし、取り敢えず普段着に着替えながらイオは考える。

 そうして、思いついた食事内容を実行に移そうと、襖を開き廊下に出た時だった。

「……イオー?もう起きてるー?」

階下から、聞き覚えのある誰かの声が聞こえる。

「んん?何だろ……誰が来たのかな?」

不思議に思ったイオが、すたすたと歩き始めるのにそう時間は掛からなかった。

 そして、いざ階下に降り、玄関まで歩いてみた所で、

「――何だ、文か」

「何だとは何よ。全く」

憤然とした様子で、射命丸文が腰に手を当てて土間に立っていたのであった。

「おはよ、文。今日はどうかしたの?」

「……貴方に呼び出しがかかってる。――大天狗様から」

「……へ?」

ぱちくり、と目を瞬かせ、イオが素っ頓狂な声を上げる。

「そりゃまた……いきなりどうしてさ?」

「――月の旅行の件よ。貴方、それで大天狗様が警戒してるわ」

「…………ちょっとまって。なんで僕が月に行くって知られてるの?」

何時の間にか私生活の一部分が流出していることに、今更ながら驚いてイオが訊ねた。

 すると、射命丸が溜息をついて、

「……三日前、貴方が八雲紫に言われて決めた時から少しして、あの方の元に八雲藍が現れ、一通の手紙を渡したそうよ。そこに、今回貴方が同行することが書かれていたらしくてね。何故かそれで大天狗様が真っ青になっているわ」

「………………なんか、聞く限りだと妙に焦ってる気がする。分かった。朝食今から作るから、文も一緒に食べる?」

真剣な眼差しで何かを考えてから、イオはふわっと微笑みを浮かべ、そう射命丸に問う。

 思わずそれに見惚れかけ、一瞬で我に返った彼女は、

「お願いしようかしら。食事してるだろうから、その後で来て欲しいとも言われてるし。何よりも、今日はじっくり腰を据えて話す心算らしいからね」

「ふぅん、そう……あ、じゃあ居間で待っててね。すぐに作るから」

ルーミアー?起きてるなら早く来てー。

 階上へそう声を掛けたイオが、すっと眼差しを鋭くさせながら台所へと向かった。

 その様は、まるで戦場へと赴く兵士のようであったという。

 

――――――

 

――そして。

 依頼、その他もろもろをゴーレム達にお願いしてやってもらい、イオは妖怪の山へと射命丸と共にやってきていた。

 以前のようにばさり、と翼をはためかせて現れた犬走椛に、

「お呼ばれに預かりました。大天狗様に御目通り願えますか?」

と声をかける。

 すると、椛は居ずまいを正し、

「お待ちしておりました、イオ殿。大天狗様からは事前に御話を伺って居りますゆえ、すぐにご案内致しましょう」

「……宜しくお願いします」

一礼する彼女に、イオは小さいが一応は組織のトップとしての威厳を醸し出し、言葉を紡いだ。

 直ぐに空を駆け始めた彼女に、同じように追随しながら、

「何やら、緊急を要するということで、食事を済ませてから、とるものも取り敢えずという感じで参りましたが……僕が月へ行くことに関して、何か言われておられますか?」

「……独り言、のようなものは呟かれておられました。ただ、何を仰っていたかは……」

前を飛びながら、椛が後ろを振り向きつつそう告げる。

「そうですか……はてさて、何を言われることやら……」

ぽつり、とそう呟くイオに、そこで初めて、傍に来ていた射命丸が口を開いた。

「――イオ。私は天狗屋敷に着いたら別行動になるわ」

「ん?あぁ、流石に文は大天狗さんの所には行けないよね」

「ええ。……後で、ちゃんと教えなさいよ。何があったのか知りたいし」

心配そうな表情を見せる彼女に、イオはにっこりと笑い、

「大丈夫。もう、黙ってるなんてことしないから」

と、誓う。

 割とあっさりとした口調こそあれ、だが、彼はこの誓いをしっかりと貫く心算だった。

 例え、何らかの裏事情を聞かされたとしても……それは、変わらないだろう。

 穏やかな彼の表情に、射命丸は一瞬口ごもったようだったが、直ぐに首を振ってみせると、

「それじゃ、気をつけて行きなさいよ?」

「分かってる。――じゃあ、椛さん行きましょうか」

言葉少なに会話を交わし、そこでは射命丸と別れた。

 風が唸る音を聞きながら、

「……宜しかったのですか?」

と、椛が何処か言い難そうな、何かを案じているかのような表情で尋ねる。

「まぁ、会うだけですから。それに、後でちゃんと教えてあげないといけませんしね……文って、自分が外れてるのは嫌みたいで」

くすくす、とイオが楽しそうに、擽ったそうに笑った。

「後で、なんか御菓子でも作って持っていこうかな、なんて思ってます」

「…………(なんというか、誠に御馳走様です)」

「……ん?どうしました?」

傍から見て惚気ているようにしか見えないイオに、椛がこっそりと呆れて見やれば直ぐに反応を返される。

 完全に表情を無のそれへと変えた椛は、

「……いえ、何でもございませんよ」

とだけ告げると、一層の勢いを上げて空を飛んでいくのであった。

 

――――――

 

――天狗屋敷・大天狗鞍馬の執務部屋。

 

座卓の近くに据え付けられた、対面式座配の座布団が敷かれたこの部屋は、以前イオが訪れた喫茶室とは異なり、正しく『仕事部屋』と評せる場所であった。

 とはいえ、客を招けないという程ではなく、程々に装飾も凝らされており、壁には掛け軸の水墨画が、或いは竹で出来た一輪差しがワンポイントのように点在している。

 座卓の上に幾つか書類らしきものが点在しているのを視界の端に認めながら、イオはそんな対面式の座布団の上に、下座で座っていた。

「……お呼ばれに預かりました。おはようございます、大天狗さん」

静かな声でそう挨拶をかけた相手は、若干瞑目をしてから、

「……うむ。朝早くから申し訳ないのう。じゃが、緊急を要することなのでな」

と、以前の老父のような温かな視線とは異なった怜悧なそれでイオを見据える。

 そんな彼の様子にイオは緊張を幾らか持ちながらも、表面上は穏やかな笑顔のまま、

「ええ……何でも、僕が月へ旅行することになったことについて訊きたいことがおありだとか」

と、本題に移った。

 すると、話しかけた相手――鞍馬は、静かに息を吐くと、

「――はっきり言おう。どうか、月へ行くことはやめてくれんかの?」

「……そりゃまた、どうしてですか?一応、僕は何でも屋として彼女達の護衛の依頼を請け負ったんですけれど」

「ああ……やはり、そうじゃったか。普段お主が自分から危険へと近づかん者であるのは分かっておった……。じゃが、言っておくぞ。――月人は余りにも……不味い」

何かを案じている鞍馬が心底から沈痛そうな面持ちになり、イオへ月に行くことへの危険さを訴える。

 余りに様子が異なる彼に、イオが静かに驚きを眼に宿して、

「……一体、何を経験されたので?」

「……それは「それ以上はなりませんわ、大天狗」……賢者か。何用ぞ……お主が入って良い場所ではないわ」

すぅ……と気配も音さえもなく現れた妖怪の賢者に、大天狗が怒りで猛禽の瞳となって睨み据えた。

「だが、それよりも儂の言葉を遮ったこと――これではっきりした……龍人殿が、何も知らされていないということが。何を考えている……八雲紫よ……!!」

ぶわり、と妖力がふんだんに撒き散らされる。

 怒りが頂点を突き放しているように見える彼の様子に、並々ならぬ理由があると、イオは感じ取った。

「……僕としても、理由を聞かせて戴きたい。貴方が何らかの思惑があって、月旅行へ同行させようとしているのか……如何も護衛をさせるという時点で、きな臭い匂いがしてくるんですよ。あの場では何も言えませんでしたがね」

鋭い眼差しをしているイオが、そう言って更に眦を吊り上げる。

「何を隠されているのか、教えて頂いても宜しいのではないのですか?一応、何でも屋としては依頼を遂行する心算で行きますが……僕は、貴方の操り人形でも、藍さんのように式神をしている訳でもないんです。説明が、余りにも足りなさ過ぎる」

それは、かなり真っ当な正論であった。

 紫もそのことはよく分かっているのか、先程まで浮かべていた笑顔が消え、淡々とした無表情へと変貌を遂げている。

 だが……言葉を、紡ぐことはしなかった。

「……」

黙したまま語らぬ彼女に、イオは痺れをきらし、

「……どうあっても答えない。――いえ、寧ろ答えられないと言った方が正しいですかね?ということは……あくまでも、先入観に寄らずに僕自身の眼で確かめろ……そういうことですか?」

考えられる視点から、熟考に熟考を重ねてそう尋ねる。

 その言葉に、鞍馬が眼を見開くと、

「……儂の言葉を遮ったのも、嘗ての戦いを挑んだ者がどうなったのかを教えぬのも、全部龍人殿が眼を以て判断せよというつもりか。――ならぬ。ならんぞ八雲紫よ……あれは、そんな物で推し量れる程、生易しきことではないわ……!!」

激昂する大天狗に、しかし紫は瞑目しているがままだった。

 だが、沈黙を貫いていた彼女が、漸く口を開く。

 

「――大天狗の言うとおり……確かに生易しきことではないですわね」

 

「分かっておるのなら、どうして――「それが、幻想郷にとっての最善であると、考えたからですわ」……何が、何が最善じゃ。むざむざ、若者を……死地へと追いやることの何処が最善なんじゃ……!!」

ドゴオッ!

 強大な膂力で以て部屋の床を叩き、鞍馬は血を吐くようにして叫ぶ。

「お主も、嘗ての戦いを知っておる筈……!!あれで、嘗て地上において力を誇っておった強大な妖怪が、全員彼奴等の攻撃で屍を晒すのみだけじゃった!そなたも、危険な眼にあったのじゃぞ!!同時に思い知った筈じゃ!――あれは、あの場所は干渉すべき所ではないと!!」

すぅ……と、イオはその言葉で眼を静かに細めた。

「……聞く限り、どうにも危険過ぎる場所のようですが……戦いがあったと仰いましたね?どんな戦いだったのですか?」

「……貴方が知っても「まだそれを言うか妖怪の賢者よ!隠しきれぬ物ではないぞ!!」……はぁ。全く……」

怒りも露にしている鞍馬に、紫は心底やりにくそうに苦笑する。

 同時に、この若き青年を亡くしてはならないと鞍馬が強く感じていることも、察しながら。

(……まさか、此処まで心配しているとは……)

射命丸と交流をかわしていることを知っているが故なのか。

 彼の必死さが伝わるこの様相に、紫は仕方なさそうに眉根を下げると、

「……知ってはならぬこともあるからこそ、私は止めたのだけれど。先入観を持つことなく、彼の月人を見て考えてほしいと思ったまで」

ぞくり、と雰囲気を激変させた紫が、イオに向かってそう告げるが、彼はそんな彼女の様子にもけしてたじろぐことなく見つめ返し、

「仰りたいことはよくわかりました。――ですが、だからこそ、歴史を知らざれば先入観を持つことさえ出来ません」

「――もういい。私は止めた……後は大天狗にでも訊きなさい。知りたかったことならば、大天狗に訊けば分かることよ……勝手になさい」

ふん、とそっぽを向いて紫が不機嫌そうになると、そのまま隙間をずわり、と開いて姿を消していった。

 場の雰囲気が元に戻りつつあることを悟ったイオが、漸くホッと一息吐いて、

「……あそこまでしつこくされていたのは、かなり珍しかった気がしますねぇ」

と言うと、陽だまりのような笑顔でおっとりと笑う。

 一気に周囲の雰囲気がほんわかとしたそれへと変貌を遂げようとしているのを感じながらも、鞍馬は苦笑して、

「……全く。結局お主の心を変えられなかったのう」

と呟いて見せた。

「あたり前でしょう。色々と混ぜ合わせると不味い子もいるんです。護衛もそうですが……僕としては、皆が喧嘩をしないようにという方が大きいですね」

「…………その言葉、あの少女達に訊かれんようにの」

さて、とそこで鞍馬がぽんと膝を打つと、

「そろそろ、気になったのではないかな?――嘗て起こった、『月面戦争』について」

「……しっかり、拝聴させていただきますよ。どうしようもなく気になっているものですから」

「そうじゃろう……ふむ。では、述べようか」

一つ深く頷いた鞍馬が、一瞬瞑目してから告げる。

 

「――あれは、幻想郷に結界が張られる前のことじゃったかの……」

 

穏やかな語り口で、嘗て、鞍馬が、八雲紫が、そして数多くの強大な妖怪達が傷つき倒れ伏した、語られぬ歴史であった『戦争』のことを……話し始めるのであった。

 

 




強い制止も余所に、イオは古の記憶を覗き見る。
嘗て、妖怪の賢者が判断を違えた、とある戦いの記憶を――。


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第五十六章「紡がれるは記憶と出会い」

古の戦いを紡ぎだす、幻想郷最古参が内の一人。
大天狗による、静かな物語が明かされる――。

そして、月面。
……戦いに晒されたが故に、訓練に明け暮れる者達がいた――。


――そうじゃのう……あれは、まだ『鬼』の方々が妖怪の山の頂点として在った頃じゃった。

 当時はの、まだ、幻想郷の枠組みや範囲まで定まっておらず、暗黙の了解とも言える規律がなされておったんじゃ。

 

――それが、『人里に近づくことなく、そして、人間が妖怪の山に入ることを禁ずる』というものじゃ。

 

……そうじゃの。そなたの言うとおりに、棲み分けという言葉がよく合っておる。

 というのもじゃ、当時からそなたも彼の伊吹萃香殿のことでよく分かっておろうが、途轍もなく『鬼』の方々は強大じゃった。

 儂等天狗は、策略を好み強者に阿る……言わば、参謀でも小心者とも言える性格だったが、『鬼』の方々は異なっておる。

――力こそ、正々堂々であることこそが、己が強大さを示す証となり、誇りとされていた。

 じゃが、彼の方々はそれを人間にもさせたのじゃよ……確かに、その昔、人間は強大な彼の方々と戦う際、それはもう凄絶さを通り越して悲惨とも言える覚悟で、臨んでおったそうじゃ。

 稀に、そうして戦って勝ち取った者もおるらしくての……その時のことを気分良く仰られていたよ。

 

――しかし、人間は……というよりも、妖怪も含めてじゃな。

 そうした鬼の方々のことを憎んでおった者も、恐怖しておった者もいた。

 その理由は……余りにも、鬼の皆々様が強大過ぎたこと、そして弱きも強きも関係なく襲い掛かっていくその気性にあったのじゃ。

 自然、天狗以外の他の妖怪はなりを潜めてしまい、人間は何時しか彼の方々にとって『卑怯』であると罵る行為へと走るようになってしまった。

……そうじゃの、そなたの言うとおり、奇襲を始めとする言わば謀略に近い行動じゃ。それは、天狗もよく使うような技術に他ならなかった。

 そして……あの方々は嘗ての人間がいなくなってしまったことを悟ってしまい……地底へ、その姿を御隠れになられたのじゃよ。

……ふむ、本題である月面戦争がどうなったのか、じゃな。話は此処からとなる……そう、それは、鬼の方々が御隠れになることを決意された時よりそれなりに前のことじゃった。

 余りにも強大過ぎた力の所為で、誰とも戦うことなく、戦いを挑まれることもなくなってしまった鬼の方達が、何時ものように酒を飲み交わしておった時じゃ。

――八雲紫が現れた。

……あぁ、そんなに険悪なことにはならなかった。心配せずとも、彼女は上手い具合に鬼の皆さまと存分に渡り合っておられたからの。でなければ、彼の伊吹萃香殿が友であると認めぬ筈がない。

 まぁ、そうして彼女が現れて告げた訳じゃ……『己が武を試せる機会がある』……とな。

 当然、彼の方々はいきり立った。

 本当なのかと、表情を爛々と輝かせてのう……あちこちで歓声が上がったのを今でもよく覚えておる。

 するとな、八雲紫が言うわけじゃ。

『貴方達は……恐れられ、敬われた存在なれど、強大過ぎる力によって人間からも天狗以外の妖怪からも疎まれるようになってしまった。私が理想とすることと余りにもかけ離れてしまっている。責を取り……戦いの場へと誘おう』

 傍らに、西行寺の亡霊と九尾の妖怪を従え、そう告げた彼女は確かに幻想郷の管理者としての貫禄があったのう。

 故に、鬼の皆さま方は益々喜ばれ、彼女達と共に開かれた隙間へと身を躍らせ……戦いが始まった。

――と、言うても流石に直ぐ月人がいる都ではなく、その手前の門のような所じゃったが。

 天狗も、あるいは血気盛んな人喰いの妖怪も全て、戦いに準じたのじゃよ。

 初めの頃はまだ良かった……何しろ、余りにも唐突に現れ戦いを仕掛けたからのお。順調に思えたその戦いが……阿鼻叫喚の地獄へと変わったのは、月人の都から二人の少女が現れた時じゃ。

 

 見た目からして余りにも若いその少女達は……あろうことか、元々が人間の負の感情から生まれた妖怪への天敵である、浄化の焔を操ることが出来たんじゃよ。

 

 それが分かったのは、儂の前にいた先代天魔様が焔に焼かれ一瞬にして消えた時じゃ。

 儂等も驚いたが、其れ以上に彼の八雲紫が、驚愕で眼を見開いておった。

じゃが、直ぐに一番消滅の危険性が高い西行寺の亡霊を連れ出し、避難させていた。

 一瞬一瞬が死への訪れを感じさせる中において、彼女は何とか、組織の上層部にあたる者達をどんどん隙間へ放りこんだのじゃよ。

……そうじゃ。儂はその時の生き残りであり……嘗て、現天魔様である暁様の夫であられた先代の天魔様とは義兄弟であった縁によって、暁様と共に戻ることが出来たんじゃよ。

 今でも……苦痛による悲鳴が思い出されてしまう。

 じゃからな……イオ殿。どうか、忘れないでおくれ。

――彼の月人は、妖怪を確固たる自我を持つ存在としてではなく、文字通りに穢れとして疎んでおることを。

 

――――――

 

「……ふむ。なるほど」

語りが終わり、イオがポツリと呟いた。

 何時の間にか用意されていた湯呑を静かに持ち上げ、鞍馬が傾けた後に、

「ふぅ……久しぶりに、長く語らったの。イオ殿も一杯茶を喫しては如何かな?」

「ええ……頂きますよ」

静かに泡立った抹茶で唇を湿らし、イオは再び口を開く。

「聞く限り……どうやら、幻想郷の面々が侵略した、ということに客観的にはなりそうですね」

「そうじゃな……儂達も含め、皆が若かったんじゃ。戦いばかりの生に身を投じることに、喜びを見出しておったのは間違いない」

「……以前、萃香さんに能力を使用してもらったことがありますが……そんな、反則級の能力と身体能力を持っている鬼の方でさえも、敵わなかったということですか?」

顎に手をやりながら、思考を重ねつつそうイオは問うた。

 すると、鞍馬は首を縦に振り、

「そうじゃ。危険だったのは、その少女の持つ力だけではない。その部下と思われる兵共が持っておった、弩のような物体なのじゃ」

引き金を引くだけで、丈夫である筈の我らの体に穴を開けてみせたからの。

「……」

その言葉に、イオは静かに眼を細める。

 その理由は、話に聞いたその弩のようなものが、嘗て異変を起こした張本人の一人である、永遠亭の鈴仙が使用していたそれと似ているように感じられたからだった。

(これは、詳しくあの人達に訊くことになるかな)

取り敢えず、心のメモ帳にそうチェックを入れると、イオは再び言葉を発した。

「その能力持ちと思われる少女の容貌はどういったものでしたか?」

「…………ふぅむ。何分かなり昔の話じゃからのう……済まぬ、ぼんやりとしか、思い出せんのじゃ」

「いえ、大丈夫です。どちらにしても、また永遠亭に赴くことになりそうですし」

考える素振りを見せながらも、イオは言葉を紡ぐ。

「考えられる可能性として……もしかすると、その人達が幻想郷の面々に対して害意を持っていることも在りうるので。何分、侵略者と関係を持っていそうな面子ですもの。多分、一番ありえそうです」

まぁ、僕の剣術とどれだけ戦り合えるのかによりますが、命の心配もしないといけないかもしれないですしね。

 さらり、と告げられたその一言に、鞍馬もさもありなんと頷き、

「じゃからの、極力、争いは避けるんじゃ。もし手段もあるならば、そなたの言う永遠亭の薬師に手紙を書いてもらうことも考えよ。皆が生き延びる手段は……そうした対話でしか成り立たぬのじゃ」

「……でも、もし幻想郷に手を出すなんて言われたら、僕が切れちゃいそうですけどね」

その時は……全てを擲ってでも。

 覚悟を決めた光を浮かべるイオに、鞍馬は馬鹿者、と怒り、

「何が何でも生き延びよ。そなたの帰りを待ち侘びる者だっておるんじゃぞ!命を投げ捨てることを考えるのではなく、生きて帰ってくるんじゃ!」

がっしりと肩を掴み、イオを懇々と諭した。

(……本当に、この世界は良い所だよ、ラルロス)

内心、嬉しく思いながらイオは静かに頷いて見せ、

「――大丈夫ですよ。どんな時であろうと、僕は生きて護り抜くだけ……それだけが、信念ですからね」

「……全く、肝を冷やしたのう。とにかく、気をつけるんじゃ。無事に帰る姿を……待っておるぞ」

「有難う御座います……では、これで失礼をば」

「うむ、去らばじゃ。また、会おうぞ」

男二人、静かに笑みを交わし合いながら別れる。

 覚悟を決め、やり通すことを望んだ者と若き命が帰るのを待つ者とに別れた彼等は、これから先がどうなるのか……分かることなく、未来への希望を募っていたのだった。

 

――――――

 

「――そう。そういうことだったのね」

思いがけず、彼女の父であった先代の天魔のことを聞かされ、射命丸は静かにそう呟いた。

 場所は、いつも彼女が使用している記者室である。

 そこには、はたても同じように座って記事を書いているようであり、今は休憩だろうか、イオと射命丸の会話を壁に背中をつけて聞いていた。

「有難う、いきなりだったけれどいい話が聞けたわ。母様は教えてくれなかったものだから……それで、これからの行動をどうする心算?」

しんみりとした雰囲気から一変して、射命丸が真剣な眼差しとなって見据える。

 その言葉に、イオは静かに頷くと、

「そうだね……大天狗さんにも言ったけれど、やっぱり鍵は永遠亭の永琳さんだと思う。つい最近聞いた話だと、昔住んでいた月に、弟子を何人か作ってたって聞いたから。その人達に届けるというのも含めて、手紙を書いてもらう心算だよ」

「……そうね。それが一番確実だと思うわ。ただ……そもそも、手紙を受取って貰えない可能性だって、ある訳でしょう?なにせ」

――八意永琳は、犯罪者として追われてるってイオが言っていたじゃない。

「それなんだよねぇ……正直、どうしようかなと思ってさ。師弟関係だった以上、その御弟子さん達も御師匠さんのことは気になってると思うんだけどね」

苦笑しながら腕を組んでイオが考えこみ始めた。

「いっそ、月の方から接触があればいいんだけどなぁ……」

「いや、幾ら何でも無理でしょ。かなりの天文学的確率よそれ」

「だよねぇ……」

一旦家に戻り、軽く揚げてきた骨煎餅を齧りつつ、イオは尚も考え続ける。

――だが、その天文学的確率の筈の出来事が、今まさに起こっていようとはイオも射命丸も思わなかったであろう。

 

その要因となりうる存在が、幻想郷にやってくるのはそれから十日ばかり経った日のことであった。

 

 深夜に程近いその時刻に……それは、竹林に墜落してきたのである。

 

――――――

 

……時は、それより少し前に遡る。

 舞台は――裏の月と呼ばれる、月面上。

「――そこ!動きが鈍い!もう少し無駄を無くしなさい!」

「「「「は、はぃっ!!」」」」

大凡を白で塗り潰された、それでいて摩天楼のようなそれなりの高さを誇る建築物。

 その中において、室内戦闘を行う兎耳の生えた幾人かの姿が存在した。

 いや、室内戦闘というには余りにも手に持っている武器が殺傷性が低いように見える。

なにせ、ロングソードのような作りになっている剣の癖に、全く以て刃が見当たらないからだった。

そのうえ、それぞれ二人組となって対面しているのだ。

 どちらかと言えば、剣術の訓練であるかのようにさえ、思えてくる程だった。

 

――かつ、かつ、かつ。

 

掛け声やら何やらで騒がしかった内部に、訓練らしき戦闘を見ていた者がその音を聞き付ける。

 不思議に思ったその人物が偶々近くにあったドアらしき入口を見やると、そこから誰かが出てくることに気付いた。

 よくよく見れば、毎日のように顔を見合せている家族の姿であることに考えが至り、

「……?おや、姉上。どうされたのですか?」

と、きょとんとしてそう尋ねる。

「どうされたも何も……もう、何時間も経っているのよ?訓練はもうやめてあげたら?」

問われた方が苦笑してそう告げた。

 金髪で何処となく全体的に青で彩られた服に、大きな紫のリボンが特徴的なフリル付きの帽子を被っているその少女。

 顔立ちはどちらかといえば彫りが深いエキゾチックなものであり、服装と合わせ、女神のようにさえ思われた。

 その少女に対面しているのは、これまた彫りの深い顔立ちの少女であり、髪の色がラベンダー色で、全体的に赤で占められた、それでいて目の前の少女と似通った作りの服をきている。

 また、髪は大きな黄色のリボンでポニーテールに纏められており、随分と活動的な格好をしていた。

 

――彼女達は、この月面の都市においてかなりの地位につく姉妹。

その名を……綿月姉妹と、呼ばれていた。

 

「依姫ちゃん、あんまり根を詰め過ぎると倒れちゃうわよ?幾ら、訓練が必要だと言っても、休みもちゃあんと取らなきゃ」

未だ苦笑したままの帽子の少女が、目の前のポニーテールの少女――依姫に向かってそう苦言を呈する。

 その言葉に、何時の間にか静かになっていたその場で戦っていた者達がうっかりと頷き掛けて、慌てて直立不動の態勢へと変わった。

……まあ、目敏く見つけられ、依姫に思いっきり睨みつけられればそうもなるだろう。

「なりませんよ、豊姫姉上。以前、此処に侵攻された際、余りにも動きが不味すぎて、結局私だけで追い払ったようなもの。幾ら、元々の性質が臆病である玉兎とはいえ、戦場では恐怖を抱いた者が先に死んでいくのですから」

この程度の戦いだけで、怯えていたら何にもなりません。

 ふん、とやや苛立たしげな様子で腰に手を当て、依姫はそう告げる。

 その言葉に今まで訓練をしていた者――玉兎と呼ばれた少女達が一斉に落ちこんだ表情へと変わった。

 中でもその一人が、青ざめた表情にさえなっているのがよくわかる。

「う~ん……早々、あんなことになんて起こらないと思うわよ?かなり昔のことだし、あの時の侵入者だってもう諦めているでしょ」

生真面目で頑なな妹に、豊姫が諦念が浮かんだ苦笑でそう突っ込むが、

「甘い、甘いですよ姉上。こういうものは常日頃の訓練が実を結びます。警報が鳴っていざ動けるようにするのが一番でしょう!」

めらめら、と眼の中に焔を燃やし、依姫は気炎を上げた。

 まるで熱血教官のような彼女の様相に、あー……と豊姫は何とも言い難そうな声を上げると、

(……御免ね、皆。流石にこれ以上何を言っても無駄みたい)

と、片手で謝り、申し訳なさそうな表情へと変わる。

 一気に愕然とした表情へと変わる玉兎達と、未だに気炎を上げ続ける依姫。

 対照的なその様子に、豊姫はやれやれと首を振るのであった。

 

閑話休題。

 

「……所で、結局姉上は此処に何をしに来られたのですか?此方には、只訓練しているばかりの部隊だけしかおりませんよ?」

「う~ん……それがねぇ。ちょーっと訊きたいことがあって来たのよ」

「??何でしょう?」

小首を傾げて見せる依姫に、豊姫は内心可愛い妹に悶えつつも、

「……何だかね。最近、政庁で色々と仕事をしていたら……一隻だけ、月から船が無くなっている形跡が残っていたのよ。かなり、分かり難いようにはされていたんだけどね」

「…………もしや、玉兎兵の脱走?」

思いついたことを、依姫が豊姫に近づいて小声で告げると、彼女も疑わしそうな表情で、

「少なくとも、その可能性がありそうなのよねぇ……でも、そうは言っても先生が出ていった時はかなり前だったし。他の部隊でも訊いてみたけれど、やっぱり心当たりも何もないって言うのよ。それでね……此処で最後になったんだけど、どうかしら?」

「……」

彼女に問われ、依姫が何時も持つようにしている部隊の出席簿を確認する。

隅々まで読み進めていると、とある一点に彼女の視線が止まった。

「――スメラギ。この……女子隊員はどうした?」

垂れ気味のウサミミとショートヘアーが特徴的な、可愛らしい少女の玉兎の写真と共に記されていた『急な体調不良により欠席』の文字に、依姫が眉根を顰め、その場に立っていた部隊の隊長に向かってそう尋ねる。

 問われた当人はビシッと再び直立不動になり、

「はっ、姿が見えなかったので直接彼女の寮部屋に赴いた所、急性の腹痛に見舞われたということであり、大事を取るよう言いつけました!」

「……その時の女子隊員の声はどのような感じだったのか、分かるか?」

「はっ……そのぅ、下の話になりまして申し訳ないのですが……余りにも我慢がならない様子でありましたことは確かであります!」

「…………妙だな……スメラギ、もう一度行って見て欲しい。耐えられない時はかなり長い時間を取られてしまうとはいえ、そろそろ通常の訓練時間を過ぎる頃だ。中座したのならともかく……最初から欠席しているのは、少し珍しい」

「はっ!只今参ります!」

ビシッと敬礼をし、スメラギと呼ばれた部隊長がたたた……と、駆け去っていった。

「……見つけたの?」

「分かりません……そんなことにならなければ良いのですが」

……だが、彼女達のその不安は当たってしまう。

 

「――よ、依姫様!女子隊員の姿が何処にも見当たりません!!」

 

――息急き切って現れた部隊長の姿と共に。

 

――――――

 

――そして、数日が経過した幻想郷。

 迷いの竹林において、辺りが爆散している場所があった。

 多くの破片などが散乱している中、少し離れた場所で倒れている一人の少女。

……その姿は、依姫が確認した、あのショートヘアーに垂れ気味のウサミミの玉兎であった。

「う……うぅ……こ、此処、は……?」

爆発によって煤け、幾らか火傷を負った状態で彼女は呻く。

 見れば、割と洒落にならない程に怪我が酷い状態であった。

 しかも、状況からして、怪我をしていない状態であったとしても、妖怪に喰われる可能性さえある。

 

「――ん?何だこれ。私達がやった奴とは違う奴だなこれ」

 

そんな時だった。

 普段、永遠亭へ案内している藤原妹紅が、辺りを通りかかったのは。

「って、あれは……おい!!お前大丈夫か!?」

直ぐに、彼女は怪我をしている月兎が倒れていることに気付いたようであり、慌てて駆け寄った。

 だが、その時にはもう月兎の様相はかなり衰弱しかけており、一刻も猶予がならない状態へと移行し始めている頃合いになりつつある。

 のっぴきならない事態になっていると直感すると、

「くそっ!死ぬんじゃあないよ!」

罵声を一つ漏らし、妹紅は抱え上げて走り出したのであった。

 

――――――

 

「……一体何処で拾ってきたんだ、妹紅」

「そんなことよりさっさとこいつを治してあげなよ!正直酷過ぎて見ていられないんだ!」

「はいはい、落ち着きなさい。少なくとも峠は越えたわ……後は、しっかり休眠を取ればいいだけの話よ」

ラルロスが呆れ、妹紅がいきり立つのを宥め、永琳がふぅ……と一息吐いてからそう告げる。

 妹紅が彼の兎を運びこんでから、既に幾らか時間が経過していた。

 時間さえあれば、プロセッショナルである永琳が治すのにそう大したことにはならない。

 故に、妹紅の心配も、言い方は悪くなるが無駄な心配ということになるのであった。

「……私達が何時も戦っていた場所からかなり離れた所で、変な風に爆発した後があってさ。色々と金属みたいなのがあちこちに散らばってたんだよ。……ソイツが倒れていたのはそこから少し離れた場所でね、あちこちに大火傷を負ってたんだ」

「……ふむ、なるほど……恐らく、星間飛行船で此方にやってきたのね。何らかの衝撃を受けて船が大破したのかもしれない。まぁ……大気圏においてはどうしたって摩擦熱で大体が燃え上がるものだけれど」

よっぽど、運が良かったのかしら。

 静かな眼差しで腕を組みながら、永琳がそんな考察を述べる。

「……永琳達を追ってきた可能性は?」

ラルロスが鋭い眼差しで問えば、

「それだったらもっと大勢の兵士達が送り込まれて来そうなものだけれど……詳しい話は、あの子から直接訊くことになりそうね」

ふぅ……と懸念が多分に含まれた溜息と共に、会議は終了するのであった。

 

 




さて、意外な所で射命丸の父親が誰であるかを知ったイオ。
一応、伏線は張っておきました――何故、射命丸の母親である暁が天狗の首領たる『天魔』を名乗っているのか、その理由がこれとなります。
と言っても、文章量が半端ないので、隠れてしまっていたかもしれないです。本気で申し訳ないっす。
……何方か、文章量削れる方っておられないですかねぇ……?


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第五十七章「聞こゆるは玉兎の嘆き」

 

――射命丸と妖怪の山で別れてから、翌日。

 イオは、何時もとは異なる、静かな朝を迎えていた。

 季節は、皐月へと移行し、昨月はあんなにも咲き誇っていた花達もようやく色を落ち着かせ始めており、陽射しが少しずつ暑さを増すようになっている。

 故に、イオの服装も春物から夏物へと変え始めていた。

 以前、射命丸が迷惑をかけた呉服屋で、紺色の麻服の背中に登り龍の白抜きがなされた上着と、同色の袴に近い、裾が広がったズボンのような服で、イオはのんびりと通りを歩いている。

 どうやら、ちゃんとした目的地があるようだったが、何やら、あちらこちらで覗きこんでは何かを考える素振りを見せていた。

「おぉ!何でも屋の兄ちゃんじゃねえか!今日は鹿肉のでけえのが獲れたからよ、安くなってるぜ!」

「へぇ……これは、いい肉ですねぇ」

「へっ、それが自慢だからな!んで、どうすんだい!?」

偶々立ち寄った精肉店で呼びかけられ、イオは昼と夜はどうしようかと思い悩む。

 そんな時だった。

「――あら、そこにいるのは何でも屋のイオじゃない」

何となく聞き覚えのあるその声に反応し、イオがそちらへと振り返ると、

「およ?鈴仙さんだ。おはようございます」

「うん、おはよ。……何してるの?」

ひょこり、と特徴的な長い耳を覗かせつつ、鈴仙がその紅い眼で彼の前を覗き見ると、

「何だ、只のお肉じゃない。立ち止まって考えるほどなの?」

「そりゃあ、いい肉ですし。僕、自前で料理も出来ますから、結構気になるんですよこの辺りはね」

「ふぅん……あ、そうそう。師匠が貴方を呼んできて欲しいって言われてたんだったわ。ちょっと置き薬とかの様子を見たら、そのまま一緒に付いて来てもらっていいかしら?」

ぽん、と両手を打ちながら告げられたその言葉に、若干イオは面くらい、

「いいですけれど……もしや、薬の材料集めの依頼ですか?」

「ううん、違うの。此処ではちょっと話しにくいからね……また、後で」

そう告げると、彼女は精肉店の店主に頭を下げ、たたた……と忙しそうに駆け去っていく。

 当然、残されたイオは困惑すること頻りだった。

(……何があったんだろ?緊急性の高い依頼は今の所ないし……はてさて?)

きょとん、と首を傾げ考える様子に、店主が恐る恐る、

「おーい、兄ちゃんどうするんだい?」

「あ、すみません。えーと……じゃあ、これとこれで」

「あいよぉ!毎度!もひとつこいつもつけてやるよ!何時も世話になっているからな!」

「おぉそれはありがとうございます。また、来ますね」

にっこりと笑い、差し出された肉と代金を交換する。

「もっといいの揃えておくからなー!」

ぶんぶん、と手を振る店主にやや苦笑を浮かべつつも、イオはさて、どうするかと考え……取り敢えず、鈴仙が必ず立ち寄るであろう稗田邸へと足を運ぶのであった。

 

――――――

 

「――へぇ。それで此処までいらっしゃられたのですか」

「ええ、それに、此処最近阿求さんにも御話出来ていなかったようにも感じたものですからね」

ちょっと夏用の御菓子の作り方も、教えようかとも思っていましたし。

 ギュッピーン!とそこで目の前の少女の眼が光り輝き、

「ほう、ほうほうほう!どんな物か教えて頂けますか!?」

「お、落ち着いて阿求さん……眼、眼が危険な輝きになってますよ!」

ずずいっと座ったまま詰め寄られ、イオは若干冷や汗を流しながら押し留めようとするが、乙女の甘味に関する欲求はかなりのものであるために……、

「甘いものが欲しいんです!水羊羹も美味しいんですけれど!」

と、阿求が止まらない。

「わ、分かりましたよ。――あのですね、これは西洋の御菓子なんですが……あの、紅魔館のメイド長である咲夜さんに教えて貰ったものなんですよ」

「……なんと。では……!?」

「あいすくりーむ、というのですけれど……氷菓子に分類されるんでしょうね。牛乳を原材料としたかなり贅沢なものですよ。一回、咲夜さんから頂いた時は本当に美味しかったですねぇ」

「……うぅぅ速く!はーやーくー!!」

聞きながら我慢ならなくなってきたのか、潤みかけた眼でイオを睨み、ぽこすかと叩き始めてきた。

「……段々、阿求さんが子供っぽくなってる気が「焦らさないで下さいよぉ……」わ、分かりましたから!そんな服を引っ張らないでくださ「失礼しまーす……オジャマシマシター」あぁっ!?何時の間に鈴仙さんが!?ちょ、阿求さん離し……!!?」

押し倒されかけているイオを見て、そっと障子を閉めていった永遠亭の薬師の弟子に、イオが冷や汗を流しながら慌てまくるのであった。

 

――閑話休題(カオスから生還)。

 

「……で。何でアンタが此処まで来てるのよ」

先程までの騒動が忘れられない故か、かなりじっとりとした眼つきでイオを睨み据える鈴仙。

 まぁ、彼女がそう言うのも無理はなかった。

 何せ、一見して年下の少女に襲われている青年の図という、余りに危険な絵が展開されていたのだから、『変態ではないのか?』という疑いを持たれるのも仕方ないだろう。

 だが、イオには当然言い訳もあって、

「あのですねぇ……僕が望んでああいう風にしたと思ってるんですか?違いますからね?あれは単純に阿求さんが暴走したんです。というか、別に僕何もしてませんし、悪くないですよね?」

疲れたように眉間を揉みながら、イオは心底からうんざりしたように訊ねた。

 その傍ら、稗田阿求が何をしていたのかというと……、

「………………」

顔を真っ赤に染め上げ、羞恥心で悶えまくっているようだ。

 その様子を横目で見やりながら、イオが呆れかえった表情で、

「というか……阿求さん、最初に出会った時はあんなにも思慮深い方かと思っていたのに……最近は何でああも子供っぽく」

「悪いですかぁ!?女の子にとって甘いものは死活問題なんですよぅ!?身近な人に作れる人がいたら頼むのは当たり前じゃないですかぁ!!!」

再び阿求がぽこすかとイオの肩の辺りを叩き始めた。

「……で?結局イオが此処に来たのはどうして?」

至極あっさりと無視した鈴仙が、未だにぽこすかと叩かれているイオへそう尋ねると、

「いやぁ、単純に先読みで行動しただけですよ。鈴仙さんが置き薬をされる所は大体わかるので」

といっても、近所付き合いの関係で知っただけですが。

 そう言って苦笑するイオに、

「別にあのまま待ってくれていても良かったのに。今日はそんなに置き薬を代える必要性がなかったしね」

「そうもいきませんよ。あのままぼーっとしていたら、多分何だかんだ理由をつけられて御店の人のお手伝いをする羽目になっていたかもですし」

お手伝いをすることには特に何もありませんけど、流石に人を待っていますから。

 おっとりと笑いつつ、約束を優先するということを述べるイオ。

「……一応、私が話すことには月のことも含まれているのだけれど」

「おや?そうだったんですか。僕の月旅行のことを事前に阿求さんに言っておこうと思ったまでのことだったんですが」

きょとん、と首を傾げてみせた彼に、鈴仙はやれやれと首を振って、

「割と洒落にならないことも含まれてるのに……って、いいわもう。これ以上時間を取られる訳にもいかないし」

単刀直入に言うわよ?

鈴仙が鋭い眼差しとなり、きっとイオを見据えると、

 

「――永遠亭に、月の兎がやってきたわ」

 

「…………ふぅむ。どうやらのっぴきならない事態になっているようで」

告げられた直後から、すこし長い時間考えた末に、イオはぽつりとそう呟いた。

 黙っていた阿求が驚きで顔を強張らせながら、

「ちょ、ちょっと待ってください。イオさんの月旅行へ行くという発言もそうですけれど、月に兎なんているんですか!?」

「……でなかったら私がいないわよ。元々私だって、月にいたんだから」

「あっはっは、言われてみればそうですねぇ。まぁ、色々と事情は伺いましたけれど……その、今回月から来られた兎さんは、どういう方なんですか?」

「そのことも含めて、永遠亭に来て欲しいの。貴方に話さなければならないこともあると師匠も言っていたから」

鋭い眼差しのまま、鈴仙は凛としてそう告げた。

「そうですか……では、参りますよ。阿求さん、後で必ず調理法を御教えしますから、ちゃんと待っていて下さいね?」

「えぇ!!?い、今教えて下さらないのですか!?」

「いや、先程も申し上げたと思うんですが」

先約があるんですよ――そう言って、イオはやんわりと阿求を剥がすと、近くまで来ていた女中に抱かせ、自身はそのまま立ちあがる。

「さて、と……どうなることやら」

そんなことを呟きながら。

 

――――――

 

――中天、永遠亭。

 晴れ渡った青空を遮り、青々と茂る迷いの竹林の中において、イオはゆっくりと歩いていた。

――その横に、鈴仙を伴いながら。

「そもそも、今回どうして月の兎さんが来られる羽目に?あの結界の関係上、ピンポイントでこの幻想郷に来れる可能性は極めて低かった筈ですが」

「……さぁね。だけど、これだけははっきりと言えるわ。――まだ、師匠と姫様の居場所がばれた訳ではないとね」

たった一人で此処にやってきたそうだから。

「ふぅん……?」

その言葉で、イオの脳裏に幾つかの可能性が少しばかり上ってきた。

 だが、彼はそのことを横を歩く少女に告げることなく、ただ歩いていく。

(……ラルロスとよく話しておいた方がいいかな)

そんなことを考えながらも、イオは真っ直ぐに永遠亭を目指すのであった。

 

――――――

 

――同時刻、某所。

「……ふぅん……どうやら、御誂え向きの駒が出てきたようね?」

暗闇、或いは、群青か、紺色か。

 言葉で言い表し難い色合いの空間に、そんな声が響いた。

「はてさて、永遠亭の薬師はどのように判断するかしら」

――抹殺か。

――それとも、敢えて生かし連絡役とするか。

「……まぁ、いいわ。態々境界を開いて招きよせた甲斐があった。良い感じにあの兎が持っていた物も博麗神社に落ちたことだし……これで、策が動くわね」

ぱちん、と開かれた扇子を口元へ運び、隠して見せる。

「滞っていた物語の歯車が、音を立てて動き出す。――若き龍人よ、貴方はどのように動くのかしらね……?」

「――何でもいいけれど、紫?傍から見て変よそれ」

「……もうちょっと、雰囲気を持続させてよ。――幽々子」

ぽぅ……と、空間が、先程の不可解なそれとは別の、生命を感じさせない灰色の空間へと変化した。

 雰囲気をぶち壊しにされ頭を抱える妖怪の賢者に、白玉楼の主人――西行寺幽々子はおっとりと笑って、

「あらぁ?変な物を変と言って何が悪いかしら?さっきの貴方を見たら、あのイオ君だってそう言うと思うわよ~?」

「あのねぇ……まぁ、いいわ。それで……幽々子も動いてくれるのね?」

「えぇ♪他ならぬ親友の頼み、喜んでやらせてもらうわね~」

うふふ、と亡霊でありながら、何処か春爛漫の如き暖かな笑顔を浮かべ、幽々子は楽しそうに笑う。

「有難う……これで、二重にも三重にも策が回ってきたわ。――後は、イレギュラーな事態にならぬよう、考えなければならないけれど……」

「……あんまり、根を詰めないでね~?紫が倒れてしまったら、元も子もないわよ~?」

「分かっているわ……今回のことは、正直博打が大き過ぎて……特に、彼の綿月の妹とイオが『どれだけ戦り合えるか』を念頭に考えないといけないし」

やり過ぎても警戒されるし、変に負けてしまってもそのまま侵攻されるかもしれないし。

と、八雲紫は色々と頭痛を堪えているかのような表情でそう呟いた。

 だが、その心配を打ち消そうとしたのか、幽々子がおっとりと笑うと、

「――大丈夫よ~。イオ君、妖忌から免許皆伝貰った私に対して、一歩も退かなかったのよ~?戦う手段を選ばなかったなら、誰に対しても引かないと思うわ~♪」

思い付く限りだと、イオ君容赦ないしね~。

ふふふっと楽しそうな笑顔を浮かべている幽々子。

「笑いごとじゃあないわよ、幽々子。あの子も、大事な幻想郷の住人なのよ?それも、結構重要な立場にいる、ね」

あの子にもし何かあったら……パワーバランスも、感情面でもおかしくなってしまうわ。

「だけど、それでもあの子をちゃあんと、幻想郷に住まわせているんでしょう?だったら必要経費と思わなくちゃ」

「くっ……他人事だと思って」

無責任にニコニコと笑う幽々子に、紫が若干恨めしげな表情となるが首を振り、静かに溜息をつくと、

「ともかく。幽々子はあの子達が先に侵入を果たしてから、私の力で送るわ。好きなように動いて、飲み物でも食べ物でもかっぱらってきなさいな」

「承知いたしました~♪ふふふ、腕が鳴るわ~……!」

可愛らしくガッツポーズを決める、既に亡者になりて遥かな時を経た筈の少女に、紫はやや複雑そうな表情になるが、何も告げることなく静かにスキマで消え去った。

……静寂が訪れる、相も変わらずの生命感が薄い白玉楼の空を眺め、幽々子が呟く。

「大丈夫よ、紫。貴方の子供にも等しい子達を……ちゃあんと、信じて上げなさいな」

先程までのおっとり加減さが見られた表情とは、完全に別物の、言わば母親のような慈しみを感じられる笑顔で、彼女は呟いたのであった。

 

――――――

 

「――御邪魔しまーす。何でも屋、イオ=カリストにござい~」

「……貴方、そんな風に入ってきていたかしら?」

「いえ、単なるオチャラケですが何か?」

「…………何だろう、すっごく張り倒したい気分になってきたわ……」

あっけらかんとして笑うイオに、ふるふると鈴仙が身を震わせてそう呟く。

 見ていて腹が立つようなこんな悪ふざけをかなり久しぶりに見た気がした。

(しかも、こっちが腹を立てると自覚した上でやってるのもね!)

ぎらん、と眼光鋭く睨みつける鈴仙。

 だが、彼はあっさりと受け流し、

「いや~そんなに緊張で固くなっていてもしょうがないですから。こうして知らせを受けた以上はもう後手に回っている訳ですしね。ほら、リラックスリラックス」

と、見ていて憎らしくなるほどにニコニコと笑っていた。

 だが、同時に精神をかなり落ち着かせてくれているのも確かだったため、鈴仙は礼を言うよりも睨みをもう一度きかせることで不問にする。

 そして、入った玄関で一声を上げた。

「――師匠ー?何でも屋さんを連れて来ましたー」

すると、襖が開かれる音と共に、永遠亭の薬師である八意永琳が中から出てきたのである。

 淡々とした表情でちらり、と鈴仙の傍らに立っているイオを見やると、

「……御帰り。その様子だと、特に何も言わないで連れてきたようね……良いわ、中へお入りなさい。――龍人の青年よ」

「ええ、御邪魔しますね……色々と教えて頂きましょうか」

殊更ニッコリと笑い、イオは音さえ立てることなく上がり、ふらり、と永琳の後を追うのであった。

 

――病室。

 幾つか並べられたベッドと思しき寝台の一つに、体を横たえている一人の少女がいた。

 薬草の匂いと、治りつつある包帯から僅かに血の匂いもさせている、垂れ気味のモフモフとしたウサミミ少女は、寝台に仰向けになりながらぼんやりと宙を見つめているようだ。

「――ふん、どうやら容態はいいみてぇだな」

と、そこへぶっきら棒ながら少し安心した素振りの、若い青年の声が掛かった。

 体がまだ微妙に痛む為に、ゆっくりとしか動けないそのウサミミの少女が横を見やると、そこには若干不機嫌そうな表情の、銅色の青年が立っている。

「……あの、何方ですか?」

若干、怯えたような表情の彼女に、青年――ラルロスはああ、と表情を少し柔らかくさせると、

「――ラルロス=クロム・フォン・ルーベンスだ。ラルロスと呼んでくれればいい。それで、だ……御前さんの名前を教えてくれねえか?」

と尋ねるのであった。

 

「――何処から来たんだ?見た所こっちじゃあ見かけねえ顔だしよ」

「そ、外からです!」

「だから、場所だ、場所。場所の名前さえ言ってくれればいいんだ」

「あう……い、言えない、というか信じてもらえないから無理です!」

「はぁ……ったく。じゃあ、改めて名前だ。お前さんの名前を聞かせてもらえるか?」

「あ、あのそのうぅ……ぃです」

「は?」

「だから!名前持っていないんです!」

「はぁ?おかしいだろそれは。孤児だったのか?」

「そ、そのあのうぅ…………」

「……もしかして、記憶でも失くしたか?」

「!そ、そうです!記憶無くて……」

「――だそうだぜ?八意永琳さんよ」

「――え」

疾風怒濤の勢いで終わった尋問に近い質問の後に訪れた驚愕に、少女は音たてて固まる。

 だが、状況は彼女に余裕をけして持たせなかった。

「……困ったわねぇ……色々と訊きたいことがあったのだけれど」

「だなぁ……御得意の薬でどうにかならねえのか?」

「分かっているでしょうに……人間、ましてや妖怪に分類される玉兎の脳であっても、未知の部分だって未だにあるのよ?弄繰り回したら……その子、廃人確定ね」

「ぴぃっ!!?」

恐怖の余り変な悲鳴が出た。

――ではなく。

「な、ななな何で此処に罪人の筈の『月の頭脳』が!!?」

「……どうだ?」

「……どうかしら……まだ確定は出来ないわね」

特徴的な永琳の二つ名を聞き、即座に鋭い眼差しとなる二人。

 同時に、少女の顔がすっかり蒼へと変貌していった。

(マズイマズイマズイ……!というか、ホント何で此処に!?)

混乱の極地に至り、少女はどんどんパニックに陥っていく。

 

――そして、更なるカオスが投入された。

 

「――はいはい、何でも屋のイオが通りますよっと」

「だ、誰ですか貴方!?」

ふざけた言葉遣いで入ってきた蒼紺色の髪に金色の眼を持ち、龍の鱗を散りばめた白い肌の青年が入ってきた為に、思わず悲鳴のように声を上げる少女なのだった。

 

――合掌(どうしようもないカオスに)。

 

――――――

 

「――で、改めてだ。お前さん……記憶を失くしているんじゃないだろう?」

「……うぅ……は、はい」

静かなラルロスの問いに、体を少し起き上がらせた少女がこくり、と未だに涙目のままで頷く。

「何?この兎さん記憶喪失を装ってたの?」

くすくす、と若干嘲笑を浮かべたイオがそう尋ねると、ラルロスは少しばかり苦笑して、

「まぁ、俺は身近にそういう奴がいたから気づけたが……普通の奴だったら何か言いたくないことでもあるんだろう、位で済ませてたな、多分」

「へぇ……仮病で誤魔化そうだなんて、随分人を馬鹿にしているね?」

ぞくり。

 珍しく怒りを露にするイオに、ぽん、と肩に手を載せて牽制し、ラルロスは目の前で突然の殺気に怯えている少女を眺めながら、

「やめとけ、イオ。お前が自分の記憶に関してまだ色々と思うことがあるのは分かってる。だが、ソイツは何もお前の事情を知っちゃあいないからな?」

「……ふん。――で、結局幻想郷に侵攻してくるんですか?」

「それを今から訊こうと思っていたのよ。……貴方、どうして此処にやってきたの?どうにも、型が古い船を引っ張り出してきたようだったけれど」

静かな眼差しとなった永琳が、淡々とした口調で彼女にそう尋ねると、

「………………もう、月での暮らしが嫌になっちゃったんです」

随分と長く間を空け、やっと落ち着いた表情、だが酷く沈んだそれへと変わった少女がぽつり、と呟いた。

「おやおや、とんでもない言葉が聞こえてきたけれど……そりゃあまたどうしてだい?」

呆気に取られたイオが、少しばかり頬を引き攣らせながら問いを投げると、彼女がばっと顔を上げ、

 

「――来る日も来る日も、単調な訓練に御役目を淡々とこなさなければならない、そんな辛さ……考えたことありますか?」

 

「……ふぅん……ということはだ。自分に与えられた役目やら役割やら全部放り出して逃げてきただけなんだね」

「っ、は、はい。そうなります……」

「――永琳さん。月の兎さんって、こういう性格の子ばかりなんですか?」

何か、拍子抜けしたなぁ。

 疲れたように眉間を揉みながら、イオがぼやくようにしてそう尋ねる。

 見ていて分かるのだ……彼女が、如何に臆病で小心者であるのかが。しかも、恐怖の余りに逃げる算段を十分につけて動いてしまっている点でも、大天狗の話に聞いていたような強さというのが全然感じられなかった。

 基から、養父に戦士として鍛えられたイオとしては、中々もやもやとさせる何かがある。

 複雑そうな表情となって彼女を見ているイオに、永琳は苦笑して、

「……そもそも、私達が月に住んでいるのは地上の穢れがない場所を求めていたから。人間と妖怪の戦いは容易に穢れを生み出す故に、遠距離で抹殺することを選んだから、どうしたって性格としては臆病にならざるを得ないのよね」

「あー……ナルホド。遠距離特化なのか……それだったらまぁ、分からなくもないかな」

森の狩人だって、近接ではあまりに怖くて出来ないから、遠くから撃って獲物を殺す訳だし。

 中々に物騒な単語を口にするイオに、ラルロスがすぱんと何処からともなくハリセンを取り出して突っ込みを入れ、

「阿呆。怪我人いんのに、そんな物騒なこと言ってんじゃねえ。……たく。で?結局お前さんは名前とか持っていないんだな?」

「はぃ?い、いや、持っていませんよ?部隊長とかの偉い人だったらともかく、下っ端程度の玉兎に名前なんか与えられませんから」

「随分と不便だなそりゃ。……なぁ、永琳。名前、付けてやれねぇか?このまんまじゃ、こいつとかあいつで済ましそうだしよ」

やれやれ、と首を振ってみせるラルロスに、永琳は苦笑して、

「あら、随分と優しいこと。この子に懸想でも抱いたの?」

「馬鹿か、分かってて言ってんだろう。――どうにも話に聞いてた、イオがマリアに名前貰った時と状況が似てたもんでな。親友の俺としては、見過ごせない部分があるんだよ。――イオも、分かってんだろう?」

「…………」

親友の青年の言葉に、だが、イオは壁に寄り掛かったまま答えなかった。

 何処となく不貞腐れているようにも見える彼に、ラルロスは苦笑するも肯定したと見なし、

「……じゃあ、どんな奴にすっか。お前さんが帰る帰らないにせよ、名前は必要だしな」

「え……いいん、ですか?」

「もう、一人位匿っているから変わらないわ。鈴仙・優曇華院・因幡という子なのだけれど……まぁ、あの子も貴方と大して理由も違わないし、逃げてきたのも一緒よ?」

「……え?」

ぱちくり、と眼を瞬かせ、ポップイヤーのウサミミ少女は困惑する。

 自分一人と思っていた玉兎が、もう一人いる……その事実に対して、彼女は困惑せざるを得なかった。

 無理もない、何故なら彼女は一人で大脱走を果たした訳であり、それ以前に脱走に成功した玉兎が近くにいるなどと想像できるはずもない。

 困惑すること頻りな彼女を余所に、彼女の名前を決める会議は淡々と進められていた。

「……じゃあよ、『カナリア』はどうだ?」

「駄目ね……それ、鉱山でのガスを監視する為の鳥の名前でしょう?色々と不吉過ぎるわ」

「ダメか……永琳はなんか思い付いたか?」

「『レイセン』……鈴仙をカタカナで呼んだだけのシンプルな物だけれど……どうかしら?」

「……それ使い回しじゃねえか」

「あら?私の教え子達に生存を知らせる良い切っ掛けになるじゃないの」

「いや、そもそもアイツの名前も永琳が付けたんだろうに」

と、休みなく続けられていた会議が一旦止まる。

 呆れたような表情で頭を抱えているラルロスと、何処となく黒さがかいまみえる笑顔を浮かべた永琳を余所に、イオはそっぽを向いていた。

 喧喧囂囂となっている永琳とラルロスの白熱した議論を余所に、少女は恐る恐る言葉をかけてみることにする。

「……あの、宜しいでしょうか?」

「……何?質問だったら余り答えられないけど」

「いえ、その……此処は、一体何処なんですか?」

「あー……ラルロス、そんな簡単なことも教えてなかったのか。――ま、これ位はいいかな。――此処は、『幻想郷』……人間と妖怪と、神が共生する幻想の世界だよ。――改めて、紹介をしておこうかな。僕は、イオ=カリスト。龍人という亜人種最高の人間にして、この世界で唯一の何でも屋だよ。宜しくはしないけれど……まぁ、頭の片隅にでも置いといて」

酷く冷たいような、それでいて芯に何かを感じさせるそんな声。

 未だ名を持たざる少女は、ごくり、と生唾を飲み込むのであった。

 

――――――

 

「――結局、『レイセン』に決めたのな」

「いい名前でしょう?……まぁ、それはともかく。レイセン、貴方これからどうしたいの?私としては、月に送り返してあの子達に連絡を取りたいと思っているのだけれど」

一頻りラルロスと歓談(もしくは論争とも言う)を繰り広げた永琳が、改めて少女――レイセンの方を向くとそう尋ねてきた。

 何処となく上の空であった彼女が、その言葉で我に返り、

「……え、えっと……あの子達、というのは……?」

「あら、私の教え子達よ。綿月豊姫と依姫の二人のことね」

簡単に言ってのけてみせる彼女に、さぁ……、と青ざめるレイセン。

「……無茶言ってやるなよ。レイセン、月から脱走してきたんだろ?だったら、今コイツがどんな立場に立っているのか……十分分かってる筈だ」

だが、ラルロスがレイセンの頭にぽんと片手を置き、宥めるようにして永琳へと声をかけた。

 何時になく咎めるような視線を送る彼に、若干永琳はむっとしたが、すぐに溜息をつくと、

「あのね、私に余裕がないことを分かって言っているのかしら?此処にいるイオもそうだけれど……妖怪が私の故郷に向かおうとしているのよ?焦っても仕方がないじゃない」

 

「――ええっ!?」

 

『全く困ったわね』という副音声が聞こえてくるような声音なのに、内容が恐ろしく物騒なその言葉に、レイセンが思わず声を上げる。

「い、一体それはどういうことなんですか!!?」

治りつつある体を少しだけ動かし、眼だけが焦燥を帯びて詰め寄るレイセンに、ラルロスは首を竦めて、

「ああ、済まねえな……こっちの都合でよ。この間、俺達が無用な騒ぎ起こした所為である妖怪が興味を持っちまってな……聞いて驚け、『吸血鬼』だ」

「ひ、ひぃっ!?」

益々蒼白になるレイセンに、再びラルロスが首を竦めて、

「だがよ、お前さん何もかもが嫌になった口なんだろう?だったら、こっちに居ればいいんじゃないか?言っておくが……此処は、争い事からは遠い所にある。無論、意志ある者である以上、他人との折衝はどうしたって起こるがな。だが、それでもかなり平和な場所だ。――どうする?」

「……か、考えさせてもらう、というのは」

真っ青になったまま、レイセンがそう尋ねるが、イオが一刀両断にばっさりと斬った。

「悪いけど、そんなに時間の余裕もないよ?」

だって、三ヶ月後には月に向かって出発してるだろうから。

 巻き込まれた当人ではあるが、それでも色々と計画を順調に組み上げているのだ。

 イオの言葉でレミリア達が止まらない以上……せめて、航行途中に攻撃を受けることのないように、そして、着陸体勢に入った時に船が大破することのないように動いていたのだった。

「……随分と想定外の速さだな」

「僕も驚いてるよ。……でも、ね……幻想の力って不可能を可能にするくらい、とんでもない物なんだね。――霊夢がやったこと聞いたら、ラルロスも驚くと思うよ?」

カミオロシの言葉が告げる、本当の意味を知ったイオが親友に向かってそうぼやく。

「まさか、あんなことが出来るとはね……向こうの世界じゃ、まず聞かない技術かな。

別の意味で、神様の御力を御借りすることはあるだろうけどさ」

色々な示唆を含んだその言葉に、ラルロスが一瞬眼を細めてから直ぐに見開いた。

「……マジか。俺達の世界じゃあ、加護位しか頂けないのに」

「どうにも……マジらしいよ。えらく人間に好意を持ってる神様が多いね、この世界は。

まぁ、僕達の世界ももしかするとそうなる可能性はあるかもだけどさ「あ、あの」?何?」

「先程から、一体何の話を……?」

永琳は黙りこんだまま、イオの告げた言葉を反芻しているように見えたが故に、色々と混乱してきたレイセンが訊ねてきたのである。

「ん、あぁそっか。流石に訳が分からなかったね。――でもまぁ、想像はついたんじゃない?」

 

――神降ろしのことだよ。

 

「……!!?」

ぱくぱく、と驚愕で口を開閉させるレイセンに、イオは意地悪たっぷりに笑うと、

「まぁ、幻想郷の外の世界じゃ、こういうのはよくあることだったみたいだけど。遥かその昔、邪馬台国という国に女王卑弥呼、いや巫女なのかな?ともかく、神に御伺いを立て、そして願う。霊夢がやったのは、そんな古来の巫女が行ってきたことをやった……僕としては、そう考えるけどね」

永琳先生は何か思う所があるみたいなようだけど。

 若干、悪戯っぽさが含まれたその笑顔で、永遠亭の薬師を見やった。

 その言葉に、永琳はフッと眼を開き、

「……まさか、その方法で船を作ろうとはね」

――恐らく、住吉三神。その辺りの神々かしら?

彼女が告げた神の名に、イオはぱちぱち、と手を叩き、

「ええ、一寸の間違いもなく大正解ですよ、先生。此方ではどうやら航海に纏わる神様のようだけれど……どうやら、此方の考えようによっては、かなり大雑把であっても分かって戴けるみたいで。宇宙でしたっけ?そこを飛ぶのも一つの航海でしょ、そんなことを霊夢は言っていましたねぇ」

なんというか、此方の神様達は本当に人間に対して愛情が深い。

 くすくす、と楽しげな笑顔を見せるイオに、ラルロスは呆れた表情となり、

「確かに、俺達の世界じゃ考えられねえことだな。少なくとも、遥か昔に生まれ出でたことは書かれてあっても、現状人間に対しその姿を見せることなく加護を与えてくれるからよ」

神話には姿の全貌みたいなのは捉えられてるんだがな。

 そんなことを、ラルロスが呟いた。

「ふふ、だったら霊夢に頼んでアルティメシア世界の神様呼んでもらうのも面白いかもね。それこそ、神代の時代の物語なんてのも教えてくれるかもだしさ」

「お、そりゃあいいな!――その代り、すげえ代償支払わされそうだが」

「僕の料理何週間分と後は御賽銭かな。それくらいちゃんとしてあげれば、霊夢は喜んでするかも。……うん、ちょっと現実的になってきたねぇ」

和気藹々と談笑するイオとラルロス。

 本来ならば、故郷への侵入者である筈の彼の、余りにも屈託のない笑顔に永琳も毒気を抜かれたように苦笑していた。

「……全く。貴方……本当に月に行く心算なのね?」

「ええ、まあ。とはいえ……可能な限り、戦闘を避ける心づもりでいますけれど……やっぱり、それには永琳先生の手紙が事前に必要だと思って此処に来ました。恐らく、紫さんは僕とその教え子さんと戦わせようとでも考えているかもしれないですが……こうして考えるのも彼女にはイレギュラーでしょうけれど、まぁイレギュラー上等です。というわけで、一応、僕は何でも屋として護衛任務に携わりますが、紫さんの操り人形という訳じゃあないですし、ご安心下さいな」

「――参ったわ……流石にそこまで言われてしまうとねぇ……でも、あの吸血鬼達のことはどうする心算?」

額に手を遣りながら、永琳がそう尋ねると、

 

「絶対に前には出させませんよ。幾らでも死にそうな伏線があるのに、早々前に出す訳がないです」

 

きっぱり。

 いっそ清々しいまでのその言葉の言い切り様に、一旦は驚きで眼を丸くさせた永琳がその後とうとう笑声を響かせ始めた。

 くっくっく、と喉の奥から漏れ出るその笑い声に、イオが若干脹れっ面になり、

「何がそんなに可笑しいんですか?」

とジト眼になって突っ込んだ。

「い、いえ別に貴方を馬鹿にして笑った訳じゃあないわ。貴方の不戦主義が……あの妖怪の賢者にとってはどのように映るのかと思うとちょっと、ね。まぁ、元より貴方と私の教え子の妹の方を闘わせたいとは私だって思っていないわ。――いいでしょう。私から貴方に渡す手紙、書かせてもらおうかしら」

「……有り難うございます。まぁ、もうちょっと言うなら、そこの兎さんが戻られる決心をつけられていたら良かったんですが。――そうすれば、永琳先生の無事も知らせることも、事前に其方に観光客が来ることも教えられますしね」

ですが、余り高望みはしませんよ。

おっとりと笑う、何時もの様子に戻った彼が告げると、

「では、永琳先生。お手紙が出来ましたらラルロスに言って下さい。僕のゴーレムが送られて来ると思うので、その子に渡してくれたら幸いです」

それじゃあ、失礼しますね。

にっこりと殊更に深い笑顔を浮かべたイオが一礼し、ぎし、ぎし、と木造の病室の床を軋ませながらも退室していく。

……恐らく、何時ものように依頼を遂行しながら、のんびりとその時を待つ心算なのだろう。

「……ふふ。ラルロス?」

「…………なんだ」

「あの子、悉く色々な上層部の思惑を擦りぬけているように見えるわ……ちゃあんと、他の組織にも根回しをしているようだし、多分、予測不可能なまでになってるんじゃないかしらね」

彼が立ち去っていった方向を眺めながら、永琳が苦みが強い笑みで呟くようにしてラルロスに告げた。

 すると、ラルロスは肩を竦めて、

「向うの世界でも同じような感じだったぜ。何せ、イオを囲いたいと考える奴は数えきれない程いたしな。まぁ、万事がお人好しなアイツだから、この世界じゃあなるべく他の組織のことを慮ってくれてるんだが。――向こうじゃあ、完全に関わりを断つようにしていたんだよな」

そもそもが、イオが嫌う、権力を振り翳すような貴族ばかりだったからよ。

「ふぅん……そうなのね」

永琳はそう、伏し目がちに呟くのであった。

 

――――――

 

「――あら、イオじゃないの」

「やっほ、霊夢。修行の方はどんな調子?」

肩掛けに色々と食材と御賽銭用の金銭とを入れ、イオが鳥居の下に立って手を振ってみせる。

 そして、ゆっくりと周りを見回して静かに息を吐いた。

 普段、ぼろぼろが目立つ本殿の前に、霊夢が神降ろしを行う為の儀式場が設えてあり、

平面上では正方形にみえるその囲いに、榊と呼ばれる結界の材料とも言うべきものが四方八方に吊り下げられ、霊力と思しき密やかな輝きが、結界を形作っているのをはっきりと周りに示している。

 イオに声を掛けられた当人はというと、大幣を肩でとんとんとさせながら、

「どんな調子も何も……はっきり言って面倒以外の何物でもないわ」

「あはは、霊夢にとってはそうだろうね。――もしかして、今回何か感じていることでもあるの?」

よいしょ、と一声漏らしながら、イオが賽銭箱近くに肩掛けを下ろし、そう訊ねてみると、彼女は嫌そうな表情になって、

「……嫌ーな感じがね。――イオ、はっきり答えて。今回のこれは、『侵略』でしょう?」

「ふむ……そうだね。『一面だけを』見るんだったら」

何処となく含んだものがあるかのような彼の発言に、霊夢の眉が若干上がった。

「……やっぱり、何かやってたのね」

「やってた、というより状況が動いたんだよ。――永遠亭に月から兎さんが逃げてきた」

「ふぅん……そう」

「永琳先生は、その兎さんを使って今度の月旅行が『侵略』ではなく『観光』になるよう取り計らってくれる。確約も貰ったし、僕自身も向こうの人宛てに手紙を貰うことになっているから」

恐らく、霊夢が危惧するようなことにはなりえない可能性が高まってきた。

 持参してきた竹筒の水筒を開け、くいっと飲み干すとそう告げる。

「霊夢は、今回のこと……自分達が悪であると自覚しているから、そんなに嫌そうな顔になるんだろうけど。これだったら、観光だから戦う必要も阿る必要もないわけだ。寧ろ、遊び相手になってくれるかもね?」

兎さんから話を聞いたけれど、どうやら月の兎さん達は単調な訓練に嫌気が差しているみたいだからさ。

 言外に、『スペルカードルール』の布教をしようと言っている彼の言葉に、霊夢が眼を大きく見開いた。

「……よくそこまで考えついたわね」

「紫さん、どうも僕を侵略戦争の要として見ていたみたいだから。色々とぷっつんと来ちゃってね……引っかき回してやろうかと」

自分の眼で見て行動しろって紫さん当人から言われたしね。

ふふふ……と、黒い笑顔を浮かべるイオ。

 常の温厚な彼とはまた違った様子に、霊夢は少々顔を引き攣らせたが、

(……まぁ、紫の奴にはいい薬になるかしらね)

何しろ、本来戦いを好むような性格でない者を引き摺りこんだのだ。そりゃあ誰だって怒る。自分だってブチ切れる。

 縁側に用意していた緑茶を注ぎ、自分の湯呑を傾けながら霊夢は徒然としてそう思った。

 そんな彼女に眼を向けずに縁側に同じように座ったイオが、

「……大天狗さんとね、交流を交わす機会がそれなりにあるんだけどさ。その人に今回のことで呼び出されたんだよね。――月へ行ってはならぬ、よしんば行くにしても戦いを避けよって口を酸っぱくさせて言ってきたんだよ」

「アンタがそこまでの人脈というか妖怪脈?を築いてたのは驚きだけど……天狗の上層部がそんなことをアンタに言ったの?」

天狗は人間に対しては見下し、侮蔑の表情を浮かべるというのに。

 今度こそ霊夢が驚きで染まった表情を向けると、イオはニコニコと笑い、

「文のことで世話になってるからね。まぁ、僕の心情としては親戚に挨拶しに行ったようなものかな?」

「……なんか、結婚を報告してるかのような物言いね」

「そんな訳ないだろ。親友には違いないけど、文とは普通に友達関係を続けてるだけだよ。それに、結婚とかの話題ってどうしたって色々と利権も絡むからさ」

勢力図を塗り替えてしまうことにもなりかねないからね。

 飽くまでも中立である、そうイオは断言した。

「ま、話を戻すけどさ。僕、大天狗さんが過去に経験されたことから言ってくれてると分かったもんだから。それに、嫌な予感もなんかしていたしね。どうも戦わされそうな雰囲気もしたし、どうせだったら皆で楽しめるようなことになればいいかなって」

紫さんにはかなり歯痒い思いをさせることになりそうだけどさ。

くすくす、と楽しげな笑いを響かせるイオは、常の考えてなさそうなそれとは一線を画している。

「そういうわけだから、そんなに焦らなくても大丈夫かな。もし、戦いになったとしても僕が最前線に立つから安心してね?」

そもそも、護衛として雇われてるわけだし。

次いでのように聞かされたその言葉に、霊夢は驚きを通り越して呆れ顔となった。

「……なんというか、二重三重の構えね」

「そんなこと言われてもねぇ……そもそも、護衛の依頼を受ける心算はなかったんだよ?霊夢やら魔理沙やら、知ってる人が乗り込むって聞いたから、そんなことになっただけでね。そうじゃなかったら静かに人里で依頼でもやってた。こうなった以上、僕は本気で戦いを回避する方向で動くから、紫さんに会うことあったらそう言っておいてね?」

僕は、あくまでも中立なんだからさ。

 がらがら、と賽銭箱の中に今日の分の金銭を入れ、イオは肩掛けごと霊夢に渡す。

「ま、覚えてたらそう言っておくわ。何時も食料入れてくれてありがとね」

「――天変地異でも起きるのかな?なんか、今とんでもない一言が聞こえた気がする」

「あぁ?私が御礼言ったら可笑しいの?」

ぎらん!と眼光鋭く睨みつけられたが、イオはくすくすと笑って、

「冗談だよ。……出会った頃より人間らしくなってきたって思ったからさ」

じゃね、体を冷やさないようにしなよ?

たん、と奇麗な音と共に石畳の上に降り立ち、イオはすたすたと歩み去って行った。

 ふん、と鼻息も荒い状態だった霊夢だが、静かに湯呑を傾けるとそれも消える。

 そして、呟いた。

 

「――紫。聞いてたんでしょ?出て来なさいよ」

 

「……」

唐突な妖怪の賢者の登場に、しかし、霊夢は戸惑うことはしない。

 それどころか、若干ニヤニヤとした表情で、

「……で、イオがああ言ってたけど。紫としてはどう思ってるわけ?」

「……別に、どうとも思ってはおりませんわ」

「ウソでしょ、それ。表情が幾らなんでも硬すぎるわ。思ってもなかった反撃で驚きまくってるんじゃない?」

無を通り越して虚無になっている紫の表情に、霊夢はニヤニヤと相変わらず挑発するような笑顔でそう尋ねた。

 そこで、紫がようやく表情を苦笑のそれへと変え、

「――参った、とは言いません。だけどね……まだ、勝負は始まってさえもいないわ。私にだって、嘗ての戦いに対する意地もある。策も、考えている。あの、永遠亭という月に対する厄ネタが存在する以上、どうしたって月から侵略される可能性は皆無ではないのよ」

「ふぅん……でも、イオは言ったわ」

 

――『本気で戦いを回避する方へと動く』って。

 

「……ふふ。これはもう、あの子と私の一騎討ちになりそうね」

面白い……受けて立とうではないか。

 何時ものように扇子を開き、静かに仰ぎながら紫はそう呟く。

「霊夢、私達の戦いは介入しなくとも構わないわ。どちらにせよ、神降ろしの修行に集中して貰わなければならないから。手を抜いては駄目よ?」

「はいはい、十分に分かってるわよ。じゃ、またね」

「ええ、体に気をつけなさいな」

挨拶を返してくれるまでになった彼女の様子に、紫は嬉しそうに笑いながらもフッと気配を消したのであった。

 

 




さぁさぁ、話がどんどん複雑化していくZE☆
いやまあ、書いてたらこんなことになってたんですorz
キャラクターが勝手に動くって、こういうことなんですねぇ。
健全だった話が、もう何が何やら。
そんなこんなで混乱している作者ですが、また次話をご期待下さい。


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第五十八章「望むは月下より見上げる夜空」

 

 静かなる戦いが水面下で進んでいる。

 そのことを知るよしもないとある人物が、ベッドの上から窓へと視線を向けていた。

「……」

垂れ気味のふわふわとしたウサミミをひくひくと動かしながら、レイセンがぼんやりと外の竹林を眺めているようだ。

 というよりは、考えに耽っているというのが正しいだろうか。

(……私、は……)

纏まらぬ考えの中、レイセンはそっと顔を俯かせた。

――自分でも、どう動けばいいのか分からなくなっていた為に。

 そもそもの話、レイセンは脱走兵だ。

 日々の変わらぬ業務に疲れ果て、何時来るとも知れぬ侵入者の為に訓練ばかりをし続けることに、嫌気が射していたと言っていい。

 話を聞く所では、レイセンが来る前からいるもう一人の玉兎――鈴仙・優曇華院・因幡のことだが――は、嘗て、突然襲い掛かって来た暴虐に恐れを成し、戦いの最中を利用して逃げてしまったという。

『……綿月様達の御役に立とう、そんな気概でいたのに私は逃げた。みっともなく泣きながら、皆が戦っている筈の戦場から、逃げたのよ。少なくとも、貴方よりかなり酷いわ。――本当に、するべきことを放棄した加減じゃあ、ね』

ラルロスと永琳が立ち去った病室に訪れた彼女は、そう言って儚く笑んでいた。

 それを見て、ますますレイセンは分からなくなる。

――本当に自分が居るべき居場所は、此処でいいのか、と。

「――よぉ、随分と悩んでいるみてえだな」

びくっと体を竦ませ、レイセンが慌てて病室の入口に眼を向けた。

 するとそこには、どうやらレイセンの為に作ったと思われる粥が入れられた土鍋を盆に乗せたラルロスが立っており、やや粗暴さが見受けられるものの、その眼差しはかなり優しい光を放っている。

「腹が減ってると思ったからよぉ、優曇華に頼んで作って貰った。ちょいと失礼するぜ」

「あ、ありがとうございます……?」

思いがけないその労わりに、レイセンは出会った当初に感じた印象と余りに異なっているように見え、困惑したように眼を瞬かせた。

 若干、おどおどとしているように見える彼女に、ラルロスは苦笑を浮かべ、

「見られてると食えねえか、流石に。――盆は置いとく。存分に食べろ……何をするにしても、しっかり喰わなきゃやっていけねえぜ?」

それじゃ、また取りに来るからよ――そう言って立ち去ろうとしていくラルロスに、慌ててレイセンが声を上げる。

「ま、待って下さい!」

「ん?……どうした、そんな血相変えて」

只ならぬ様子に、ラルロスが眉根を上げてそう尋ねると、

「……教えて下さい。どうして、私が此処にいてもいいと仰って下さったんですか?」

「あん?そりゃあな……嫌な物嫌だって言って逃げてきたんだろ?だったら無理矢理戻す方が可笑しな話じゃねえか」

「あ、あう……」

余りに御尤もな正論に、レイセンはそのまま言葉が詰まってしまった。

 だが、ラルロスの言葉は止まらない。

「大体だな、俺がいたとこではそうだったが、脱走兵は大抵死刑か絞首刑なんぞにされるのが当たり前なんだよ。態々死地に行こうって奴を止めない理由がねえぜ」

「ぴぃっ!?そ、そういえばそうだった――!!?」

すぅ……と表情を蒼くさせ、レイセンが頭を抱えて叫ぶ。

 立て続けの出来事ですっかり消え去っていたそのことに、どうして忘れていたのかと自問自答する羽目に陥った。

 あうあうあう……と眼をぐるぐるとさせながら混乱しているレイセンに、ラルロスが苦笑して、ぽん、と頭に手を置くと、

「……そんな困るようなもんでもねえだろ。もう逃げちまったんだしよ、この世界で大人しくしといた方が、身の安寧に繋がるぜ?」

「そ、そんなことを言われても……!」

ラルロスの言葉に反発したい自分が、どうしてか胸中に潜んでいるのも確かなのだ。

 自分の身の安全を優先するか――それとも、戦友の為に死を覚悟してでも戻るのか。

 レイセンは脳を茹らせそうになりながらも、必死になって考え続けようとした。

――だが、

「……今日のとこはよく休んどきな。どんな答え出そうと、結局時間は過ぎるんだからよ」

トン、と軽やかな音と共に、レイセンの首筋に手刀が振り下ろされる。

 余りに鮮やかなその業に、感心する暇もなくレイセンの意識が途絶えていった。

 

「――あ、やべっ。飯食わせる前に眠らせちまった……!」

 

そんな、ラルロスの焦った声をBGMにして。

 

――――――

 

永遠亭でラルロスが鈴仙に怒鳴られて説教されているとは露も知らず、イオは夜となりつつある空を見上げながら、縁側に座っていた。

 既に、夕食を済ませた彼はこれから風呂の湯が沸くのを待っている途中なのである。

 無意識に、手の中を緑光で埋めながら、次から次へと木製の何かを作っていくイオに、ふと、声がかけられた。

「――イオ~?何してるのー?」

幼くのんびりとしたその声の主が、とことこ、とイオが座る傍まで近づき、すとん、と同じように座ってみせる。

 だが、イオはその言葉になんら反応を返すことなく黙ったままだった。

 きょとん、とその様子に首を傾げ、夜になったが故に成長した姿のルーミアが不思議そうにその顔を覗きこもうとすると、イオがようやく彼女の姿に気づき、

「ああ、ルーミアか。うん、まあね……ちょっと、お月さんが見たくなっただけだよ」

と、天上に輝く銀月の光を指してそう告げた。

「……旅行がどうなるのか、心配?」

「……そりゃあね。僕がいた世界でも、他国に移動するのは実に骨が折れることだし。今じゃあ、飼い慣らした馬や魔獣を使って移動するのが増えてきているけどね。それだって、途中で休みを入れないと乗り手もそうだけど、乗られている方も大変なんだ。正直、この世界で空を飛べるようになれたのは、本当に嬉しかったんだよ。これでどんな場所にも飛んでいけるようになるからさ」

月光の下、イオがくすくすと静かに笑う。

「だから、宇宙っていう、星と星との間にある空間を飛ぶなんてこと、考えたことすらなかったんだよね。どんな旅になるのか……正直、予測が出来なくてさ」

只でさえ、紫さんの思惑やら永琳先生の思惑やらがあるし。

 苦笑のそれへと笑みを変え、イオはやや愚痴るような心持ちでそう呟いた。

「……そーなのかー」

イオの言葉に、ルーミアがなんとも言い難そうな表情でそう返す。

「でも……ちょっと寂しいなぁ……少しの間、イオがいないのって」

美味しいご飯も食べられないみたいだし。

(……僕<ご飯?いや、そんなことより)

一瞬、自分の存在意義が食事を作るだけのように思えてしまったが、すぐにその想像を打ち払い、

「大丈夫だよ。パチュリーさんに教えて貰った転移用の魔法陣があるからさ。こっちに始点を作ったら、向こうで繋げられるからね。直ぐに帰ってこれるよ?」

「ホント!?良かったぁ……(イオがいないのは凄く寂しいし)」

ホッと安堵しているルーミアが内心で色々と考えているとは知らないイオは、再び夜空を見上げた。

 

――白銀に輝く、天蓋に在りしその月。

 

(……月、か……皆、どうしてるかなぁ?)

ラルロスのお陰で近づいた自分の本当の故郷。

 恐らく、彼は本心から頼めば連れて行ってくれるかもしれなかったが……どうにも、踏ん切りがつかないでいた。

 この幻想郷という世界で、死後の裁判を勤める四季映姫に弾劾されたあの事実。

『家族の手を振り払い、己が記憶だけを求め続けた』ことを罰せられ、本当の自分の素性がどんなものなのかを教えて貰うことは叶わなかった。

 だが、そのことは逆にイオにとっては良きことではあったのかもしれない。

(せめて、一度くらいは帰った方がいいのかもしれないなぁ)

しかし、それを行うには些か障害が存在することも、イオには分かっていた。

――一つは、かの妖怪の賢者が許可を出すかどうか。

 もう、今日この時点で、幻想郷に容易に影響を出せるようになってしまっていることで、たかが帰郷する為とはいえ、一時的にいなくなればどう言い繕っても何らかの波及は起こってしまう。

――そして、もう一つはカルラの存在だ。

 誰よりも美しく、誰よりも孤高であった彼女は、出会った当初からイオの傍にいようと動いていた。

……いや、寧ろ、依存している、と言った方が正しいのか。

 正直を言えば、あの頃彼女の傍にいることは苦痛では全くなく、とても落ち着いた生活が送れたのは確かである、が。

 時が経つにつれ、彼女の立場がイオを悩ませるようになった。

――王侯貴族、それが現在の彼女の身分であり、かのリュシエール学院卒業生という肩書と、現ランクSSの冒険者『疾風剣神』という異名を持つまでに至ったとはいえ、只の平民であるイオとは比べものにならない程の彼女。

 有体に言うならば……『傍にいて、彼女に何らかの悪影響が出ないのだろうか』という不安を抱いていた。

 イオがクラム国という記憶がない現在においては故郷とも言えるその国を出たのは、そのことも理由に入っているのである。

 だが、

(……迂闊にラルロスと一緒に帰ったら、拘束されそうな気がするんだよねぇ)

カルラは、以前イオが国を出ることを言いに行った際は、普通に応援をしてくれていた。

 だが、それがもし、

『自分が国を出たとしても連れ戻せる理由』

があったが故なのならば。

 少なくとも、ラルロスが以前カルラに詰め寄られたと言っていた、その理由がそこにあるのかもしれなかった。

 何にせよ、イオは今の所どうすることも出来ない。

――イレギュラーな事態が発生でもしない限り、イオはアルティメシア世界に行くことはしないと決意したからであった。

 

――――――

 

――アルティメシア世界・最東端国・クラム。

――首都、リュゼンハイム市ロイヤルストリート沿い・王侯貴族邸宅。

 

『……はぁ』

耳触りの良い、若い女性の溜息が暗くなった室内に響いた。

 小さなテラスに出ていたその女性は、ここ最近抱いている胸の鬱屈さを紛らわせようと、夜空を見上げる為に此処に来ていたのである。

「……イオ。貴方は今、何処にいるのですか……?」

ゴルドーザ大樹海傍の集落のギルドで、イオ、そしてラルロスが訪れたことは分かっていた。

――だが、肝心のイオはそこで遺跡がないかを聞いたきり姿を消し、ラルロスは一旦遺跡へと赴いた形跡はあれど、此方に戻って来ているのを確認出来ている。

 この差は、一体何なのか。

 艶やかな黒髪を夜の風に遊ばせ、エメラルドグリーンの眼を天蓋の二つの月へと向ける少女――カルラは、尚も考え続けた。

 そして、やはり確信する。

「……何れにせよ、ラルロスさんが何かしら握っていると考えた方が宜しいでしょうね。

後は……マリアにも、少し話を訊いておかなければ」

ラルロスが初めに戻ってきた際、マリアと話を交わしていることを一応確認しているのだ。

 恐らく、場所こそ知らされていないだろうが、イオのことで何かを聞いている可能性が高い。

 更に、ラルロスが所属している魔法研究所にて、新たな技術(転移魔法のこと)が生み出されたことも鑑みれば……。

(他国か、それとも……)

他の大陸まで飛んでいるのか。

(……駄目、情報が足りなさ過ぎます。くっ……どうして、あの男は……!!)

焦燥で身が焦がれるような思いになりながら、カルラはきつく歯を食い縛った。

(――会いたい。イオ、貴方に会いたい……!)

燃えるような焦燥の焔が、再びカルラを焼き焦がす。

 一か月、二か月程度会わなかったとしても、彼女がこんなにも焦ることはなかった。

 

――ちゃんと、帰って来てくれると信じているからだ。

 

此方が拗ねた表情を見せると、何時だって困ったように笑いながらも約束をちゃんとしてくれたからだった。

 だが……既に、半年以上も月日が経過している。

 この間、此方に挨拶しに来てくれた時は、弐度と帰ることはない等とは告げられていないのに……だ。

 それどころか、各地の様子を事細かに教えてくれていた。

 依頼を遂行するなかに於いて起こった出来事を、笑いも交えながら、教えてくれていたのである。

――明らかに、何かに巻き込まれたとしか、思えなかった。

……だが、イオの親友であるラルロスが、一向に焦っていない。

一時期、とても焦った様子で最後にイオが消えたゴルドーザ大樹海に赴いた姿を確認したことがあったのにも関わらずだった。

そのことを彼に告げて反応を探ったものの、やはり、イオのように純粋な性格ではない大貴族の嫡子であるが故のポーカーフェイスであり、何ら読み取れる情報がない。

寧ろ逆に、後一歩の所で、此方が情報を洩らしてしまう所であった。

(……はぁ。いけない……これ以上、考え続けるのは体に毒ね)

只でさえ、父であるリュウ=エルトラム・フォン・クラムから『限定的』ではあるものの、地位を譲られたばかりなのだ。

 少しずつ領地経営にも眼を向けなければならない時に立たされているというのに……。

……否、安否は確認出来ているのだろう――彼の、『賢人』によって。

 そのことはしっかりと彼から直接聞いているが、とはいえ結局彼しかイオの姿を確認していないということに違いはなかった。

 まぁ、そんな彼もカルラが地位を譲られたのは知っているだろうが、その権限は今のところ『限定的』であることだけは知らない筈である。

 

――全ては、彼を名誉貴族として迎え入れる為。

 

イオがまだ、中堅或いは上の下・中程度のランクに留まっていたのであれば、それで様子を見ることは出来た。

 しかし、現ランクは『SSランク』であり、最早各国で競争が起きても可笑しくない程にまで、高められている。

 それも、彼自身の実力が実力なのであろうが、少なくともカルラにとって或いは彼女の父親にとって、好ましくない状況だったのは確かだった。

 故に、動き出したのである。

 先んじて、クラム国初の女性近衛騎士部隊長となった、ライバルと言えるチェルシー=ノワール・フォン・アタナシアに対抗する為にも。

 カルラは、動き続けなければならないのであった。

(イオ、待っていて……必ず、貴方を連れ戻すから)

悲壮とも言える覚悟をかけ、カルラ=エルトラム・フォン・クラムは歩み続ける。

 

――その先で、想い人の心を手に入れられると、心から信じて。

 

――――――

 

――同時刻。ロイヤルストリート内、アタナシア邸。

 月明かり、そして、『照光』の魔法が掛かった壁際のランプに照らされ、中庭に分類される場所で一人の戦乙女が舞っていた。

 白銀のポニーテールが月光で輝き、見た者がいるならば天上楽土の高揚を感じたことであろう。

 少なくとも、そう言わしめるだけの美しさが、その演武にはあった。

「――っ。……ふぅ……今晩の修錬はこれでいいだろう。また、明日励めばならぬな」

中世的な声が響くと同時に、その美しき演武が止まる。

 ぱさり、と静かに髪を振り、手櫛で整えてから演武を行っていた人物――いや、女性と言った方が正しいか――は、かちゃり、と今まで使用していた己が武器、長剣を仕舞った。

 そこへ、音もなく誰かが忍び寄る。

「……御苦労様で御座いました、チェルシーお嬢様」

「ん、ロウディスか。……いつも、済まないな」

「いえ、御気が済まれたのでしたら、本望でございまする。――彼の、武人殿を案じておられたのですか?」

若い、というには少しばかり年が深い男性――ロウディスと呼ばれたその人物は、一礼してからそう尋ねた。

 些かその灰色の髪に白が混じり始めてきたことを知っているチェルシーと呼ばれたその女性は首を振って、

「イオのことならば、そんなに心配する必要などない。アヤツは、このクラム国でも有数の実力者なのだから。只でさえ、彼の『覇王』と呼ばれし男の弟子と呼ばれ、更には剣術でも勝てる人間がそういないと聞けば、心配する者は少ないだろう。――ロウディス。私が不安に感じているのはな……このまま、アヤツは帰ってこない心算なのだろうか、ということなのだ」

声と同じように中世的な美しさの顔を伏せながら、チェルシーは静かにそう呟く。

 だが、その表情は告げた言葉とは裏腹に寂しげなそれではなく、かなり複雑な表情であった。

「ずっと、考えていた……アヤツが何故、己が記憶に執着しているのかを。アヤツがこの国を出て、自分の起源を探しに出てしまった時、私はこう思ったものだ――『どうしようもない、あの大馬鹿者め』、とな」

私やカルラ……そして、家族であるマリアを置いて何処に行くのだとも、思ったな。

 堅苦しいその口調には、実に苦い感情が込められている。

 ロウディスは知ってか知らずか静かに瞑目して、彼女の言葉を聞くのみだった。

「カルラもそうだったが……私も、色々と調べることが出来た。そう思って探りを入れてもらったのだ。――ロウディスを始めとする間者達にな。あの時はとても有り難かった。感謝している」

思わぬ言葉にロウディスは眼を見開き、感激であろうか、少しばかり身を震えさせてから、

「……勿体のう御座います、御嬢様。私共は、ただ御役に立ちたいと願っただけに御座いますよ」

「それでも、だ。そなた達のお陰で知れたことが……沢山ある。隠された事実があったことも、な」

静かな声で謝意を告げるチェルシー。

 そして、眼をぎらり、とさせて、

「――考えてみれば、あのような特徴的な姿が近隣諸国で噂になっていない筈がなかった。学院に通っていた頃は、先輩から後輩に至るまでの女子達が騒ぎたてていたのを苦々しく思っていただけだったが。それ以外の者が騒ぎたてていないことに、注目すべきだったのだ」

そう、市井の者達が騒いでおらぬのを、な。

「学院であれだけ騒がれていたのにも関わらず、彼の武具屋『紅』の息子があれだけの容姿を持っていることに、誰もそのことに干渉しなかった……となれば、『何者かが口止めをしている』ことに他ならない。ああして通っていた過去の中で、そなた達間者とは別の、『平民』のメイド達に何ら変化が無かったのは、そのような噂を聞いていないということを示しているようなものだ」

若しくは、知っていて黙っていたか……どちらにせよ、隠されていたことは間違いない。

 そして、それだけのことを成し得る権力を有する家を、チェルシーは知っていた。

――他でもない、王侯貴族たるクラム家だ。

 そして、現国王の王族もまた、成し得ることが出来る一族であろう。

「……だからこそ、そなた達が齎した情報は、それらのことから鑑みてもかなりの重要度を誇っていると見て良い。――信じられなかったが……納得は出来るからな」

 

……まさか、イオが『――』の継承者第一位だったとは。

 

「――御嬢様」

「分かっている。余り口に出すべきものではないのはな。アヤツがこの国に来た経緯もそうだが、クリス殿に発見された時は大怪我を負っていたということを聞かされれば、嫌でも後ろ暗いことが隠れていると予想できてしまう。彼の国にそなた達を送ってみれば、それがはっきりと分かる程度には、どうやら闇が深いようだな」

「……これ以上の深入りは、危険に御座います」

「そうだな……取り敢えず、静観に留めよう。現時点で分かるのは……この状態でイオが帰ってくることがあれば、必ず大騒動になりうる、ということだけだ」

そこの部分……ラルロスはどう考えているのだろうな。

 嘗て、戦うことばかりに身を置いていた彼女が、近衛騎士部隊長として任じられてから怜悧な視線を持てるようになった。

 クラム国内の思惑は……少しずつ、混迷を極めようとしている。

――その中心に、既にアルティメシア世界にいないイオを据え付けて。

 

――――――

 

――そして、幻想郷に戻る。

 イオがルーミアと月を望んだ一夜から明け、雀が散々に鳴いている朝方……イオは何時ものように朝食を摂っていた。

 今朝のメニューは、塩揉みをして漬けた浅漬けを小皿に一品ずつ、味噌汁と近くで買ってきた納豆と、目玉焼きに鹿肉を少々炒めたもの。

 そして、一番腹ごなしに良い、雑穀も混ぜ合わせたご飯一合ずつであった。

 しっかりと炊き上げられた米に、しゃきしゃきとした食感の雑穀もあって納豆をかけて食べるとかなり食が進んでいく。

 それは、ルーミアも同じであるようで、朝からほんわかとした雰囲気を振りまきながら、一直線にかぶりついているのが見えた。

(うふ、うふふ!美味しい美味しいよ~!)

満面の笑顔を浮かべている彼女に、イオもほっこりとなりつつ取り敢えず今日の予定を告げようと思い、

「ルーミア?今日の予定のことなんだけどさ……」

と言葉をかける。

 頬や唇付近におべんとを付けたルーミアがきょとんとなると、

「どうしたの?」

「ん、まぁね。――今日は依頼をゴーレム達に任せて、紅魔館でロケット作りを手伝いに行くから。僕の能力関係で依頼があったら、ゴーレム達に丁重に断るよう言っておいてくれるかな?今、丁度二人は上の僕の部屋で、休眠しているからさ」

「召喚の度にどっから引っ張り出してるのかと思ったら……単純に転移魔法で呼び出してたんだね?」

ジト眼で見つめてくるルーミアにイオはあっはっは、と笑い、

「いやー、こうでもしないと嘗められるのが普通だからさ。まぁ、演出過剰だって萃香さんには突っ込まれたけどね」

そもそも、スペルカードルールだって演出を凝らしてる部分があるからだいじょぶだいじょぶ。

何処となく胡散臭い雰囲気で笑い、イオは至極あっさりと開き直った。

「……まぁ、いいけどね。――それはそうと、早速ロケットを作っていくんだ?」

「ん、そうだよ。……とはいえ、本に書かれている通りなら、割と洒落にならないくらいの精密さが必要になるんだよねぇ」

何でも、宇宙は真空のようだからさ。

 空気を循環させ、けして澱まないようにする。

 それは、妖怪だけならば兎も角、人間である十六夜咲夜や博麗霊夢、そして霧雨魔理沙の三人が生きていられる様にする為の仕掛けだった。

 木が生み出す気を以て、彼女たちの生命維持へと繋げる……口で言うのは簡単だが、実際にそうした装置を置くのに、場所をかなり取りそうだ。

「ふぅん……イオ、頑張ってね」

「ありがと。――じゃ、御粗末様。あの子達には、声をかければ直ぐに起き上がるようにしてあるから。紅魔館に行ってくるね?」

「はーい、行ってらっしゃい」

ルーミアに声をかけ、皿を片付けようとして立ちあがると、

「……後、ほっぺたと唇のとこ、おべんとついてるよ?」

「――っ!!?イ、イオの馬鹿―!!気付いてたなら早く言ってよーー!!」

赤面したルーミアにくすくすと笑い、そうしてイオは出かけたのであった。

 

――――――

 

――紅魔館・大図書館にて。

「お早う御座います、パチュリーさん。早速作るのお手伝いに来ましたよ」

「……あら、イオ。丁度良かったわ」

ちらり、と七曜の魔女が流し目でイオを見遣り、そのままツイッとある方向を見つめた。

 釣られて、イオも彼女が見つめる方へ視線を向け……そのまま何かを考えるような素振りへと移行する。

「……流石に、まだ作業に入られてませんでしたか」

「まぁね。あの本の全てを完全に理解したという訳でもないから。それに、一回模型も作ってみないとね」

幾らなんでも、練習なしに飛ばす訳にも行かないから。

「ま、それはそうでしょうねぇ。――とはいえ、模型のガワの方は僕の能力を全開で使えば出来そうな感じですけれど」

一応、木を色々な形に形成出来ますからね。

 言葉の通りに能力を発動させ、巧みに手を動かしソードブレイカーの模型を創りだして見せたイオ。

 何処となく艶々とした輝きを放つそれは、そのまま戦闘に流用出来そうな程の出来栄えだった。

「……随分と器用ね」

「うちの養父さんが鍛冶師をしてましてね。剣を始めとして、全身鎧なんてのも請けているんですよ」

お陰で、僕もそこらへんの知識は学ばせて貰いましたねぇ。

 呆れかえっている様子のパチュリーに何ら動じることなくイオはニコニコと笑う。

「……まぁ、今更イオが万能主夫になっているのは、もう気にしないけれどね。それより――外装をどうしようかしら」

恐らく、本に書かれていた通りにした方がいいのだろうけれど。

 そう言って、パチュリーがちらり、と今まさに開いていた宇宙関連の本を見てそう呟く。

 そこには何処となく歪な形の円錐のようなロケットが描かれていた。

 細長く縦に伸びたその物体に、イオは静かに眼を細め、

「……人が乗れるような作りになっていないような気が。乗るにしても、かなり詰めてかからないと出来ないと思います」

「そうね……貴方だったら?」

「僕ですか?――そうですねぇ……先ず、こんな円錐状ではないものですね。どちらかと言えば、断面が台形になるような物で……」

言いながら、イオは能力で木板を作り出し、一応用意しておいた筆を用いて簡単な絵を描いてみせる。

 先程の本に描かれていたそれとは大きく異なり、かなり扁平状で先が柔らかく尖った物であり、翼は空気を切り裂くような、鋭角が随分とある作りになっていた。

 ただ、本のそれと比較しながら描いた為か、その扁平状になっている船体の最後部にある推進器が些か大き過ぎるような気もする作りである。

「……ふぅん。随分と大きくなりそうな作りね」

「宇宙で一夜明かす可能性もありますから、居住性も持たせてみたんですよ。これなら色々と内部をカスタマイズ出来ます。それに、咲夜さんの能力は空間にも作用するそうですから、更に広くなりますしね」

「なるほどねぇ……でも、出発する時はどうするの?」

「ええ、そのことなんですが……この、船体の下部に」

言いつつ、イオが扁平状になっている船の床辺りを筆で示し、

「発射する時は縦になりますから、船の推進速度を大幅に上げる為の道具を取り付けるんですよ。爆発的な速度で宇宙にまで到達したら、そのまま航行へと移行出来るでしょう」

「ふむ……材料は兎も角、その計画なら行けそうな気もしないではないわね。イオの魔力を借りて、この推進補助装置に貯めるようにして、噴出孔に火の属性魔法陣を描けば行けるかしら」

非常に淡々としたパチュリーと、真剣な眼差しのイオ。

 ある意味で智者とも言える二人が傍からして楽しそうに船体内容を計画していると、

 

「――やっほーパチェ!あっそびに来たぜー!」

 

ドパーン!という豪快な音と共に、白黒エプロン姿の少女が突貫してきた。

 思わぬ轟音に、イオの肩がびくりと震え……直ぐに、眼が笑っていない笑顔を浮かべて新スペルを詠唱。

 

――『捕らえ捉えるは木蔦縛縄(ウッドウィップバインド)』――

 

新たに生み出されたそれは、主に侵入者及び逃走しようとしている犯人を捉える為のものだった。

 いきなりの本気モードに、少女――魔理沙の顔がはっきりと引き攣り、

「ちょ、ちょっ待てって!いきなり入ってきたのは謝るから……って、ギャー!!?」

うねうねと生理的悪寒を感じさせる木の蔦の攻撃に、大きな悲鳴を上げる。

 箒に飛び乗り、一目散に逃げ去ろうとするが、ちょっとぶち切れたイオが早々に逃がす筈も無かった。

「――思う存分、擽ってやって」

「ギャーッ!!?あ、謝るから許し――アハハハハッちょ、マジ止めアハハハッ」

あっさりと捕まった白黒の少女に、イオはにべもなく、情け容赦もなく擽り攻撃へと移行する。

 パチン!という指弾の音が響く度に、少女の笑声がどんどん大きくなったりしていくのを、イオは聞くこともせずにパチュリーとの会話に戻ろうとした。

 だが、そこで待っていたのは彼女のジト眼。

「?どうかしました?」

「シレッとして訊ねてくるんじゃないの。全く……あの子だってロケットに乗るんだから、無茶したら駄目じゃない」

「どうせだったらそのままお留守番にいて貰いたいくらいですよ。彼の『月の頭脳』がいた、それだけで十分に警戒すべき対象に入ります。無論、僕自身は永琳先生とは依頼を請け負う関係でそれなりに良くして貰っていますが、月人はそうはいかない。幾ら対策を講じようが……あちらが敵であるとして此方を見れば、命が幾つあろうが足りない」

無論、ただでやられる心算は僕はないですが。

 いっそ、臆病とも取れる彼の発言に、パチュリーはそう、と呟くと、

「何を聞いたのかは知らないけれど……それでも、貴方とレミィ達は行くことは決定しているわ」

「分かっていますよ、そんなことは。――ということだから、魔理沙にはお仕置きだよ?」

「はぁ、はぁ、ふ、吹っ飛ばすぞこのやろー……お前、ホントは隠れドSなんじゃねえの――ヒッ!?わ、分かった!分かったからウネウネ動かすなぁっ!!!?」

擽り攻撃が終わったものと思っていた魔理沙が漏らした不用意な言葉で、再び木の蔦が蠢きだし、恐怖で彩られた魔理沙が絶叫した。

「だ、大体余計な御世話だってんだ!色々あるんだろーが、私だって覚悟はしてる!」

必死になって絞り出されたその言葉に、イオが静かに溜息を吐く。

「……あのね、魔理沙。この幻想郷で、今完全にスペルカードルールが施行されている現状で覚悟を決めてるなんて言葉……はっきり言って生温いよ。……僕にとっての戦いってね、『殺し合い』、それだけに過ぎなかったんだから。想像したことある?人間がさ、腸ぶちまけて死んでいくような世界なんだよ?普通に寿命で死んでいけるこの世界とは大きく違うんだ」

下手すれば、死ぬだけに留まらないことも在りうるんだから。

「特に、女性だったら尚更悲惨だよ?魔物ってね、どうしたことか異種族だとしても容赦なく母体として利用しようとするし」

まぁ、パチュリーさんはその辺り御存じだろうと思いますが。

 ちらり、とイオがパチュリーを流し目で見やりながらそう告げた。

 余りの言い様に、魔理沙は完全に絶句し、口をぱくぱくと開閉させるのみ。

「――そこまでにしておきなさい。言っておくけれど、魔理沙は知らないだけよ。血を血で洗うような骨肉と惨劇の戦いは、ね。知っているのは、レミィか或いは年経た大妖怪クラスの者しかいないわ。余りいじめてやらないで」

「……まぁ、それもそうですね」

パチン、と再び指弾をし、その音で思わず身を竦ませた魔理沙がふと、自身が拘束から外されていることに気づき、はぁ……と安堵の溜息を漏らすのを聞きながら、イオはすたすたと歩き、

「さて、と……魔理沙も船体の設計図に口出ししに来たのかな?」

と、彼女の方を振り返りながらそう尋ねて見せた。

 先程の余りに異なった雰囲気ではない、普段の彼のそれになっていることに魔理沙が安心しつつも、

「ま、まぁな!パチェが作るって聞いてさ、どんなのになりそうかすっげぇ期待してんだぜ?」

「……あまり期待されても困るのだけれどね」

ふぅ……と息をつきながら、パチュリーがとんとんとこめかみを叩きつつぼやく。

「今の所、イオが出してくれた案とこちらの本に描かれている仕組みで組み立てる案の二つがあるわ」

「へぇ……どれどれ、って妙に不格好だなこれ。誰のだ?」

「あ、それ僕の」

「お前が!?……なんか、すっげえ趣味悪くないかそれ」

「あのねぇ……居住性とか求めてるから格好なんか気にしてられないんだよ。それに、世の中、不格好な方が意外にいい仕事をする時だってあるんだから」

これはこれで間違いないよ。

 ふんす、と若干鼻息が荒いイオが力説した。

「そうかぁ?パチュリーが言ってた方の奴が良さそうに見えるんだがよ」

「それ、居住性とか全くないから、いざ乗ろうとしたら凄く狭いよ?人数も多いし、確実にぎゅうぎゅう詰めになっちゃうからね?」

「は?マジかよそれ」

眼をぱちくりとさせる彼女に、イオは力強く頷いて、

「そもそも、パチュリーさんが持っている本に描かれているのは、短期で何処かの基地に向かって飛ばす奴みたいでね。そんなに耐久性もないし、途中で荷物になっちゃう物を捨てていくから、どうしても機密性が薄くなっちゃうんだ。幻想郷の場所がばれるのも不味いから、僕の考えたこの船体に推進力を強化するオプションを取り付ければ、恐らく少ない期間で着くようになるんじゃないかって考えてる」

言いながら、自分が描いた図に付け足しの絵図を書き加える。

 すると、イオの考察した船体の下部に、何やら二つの筒のような物が取り付けられた図が完成した。

 何処か、満足そうな表情を浮かべているイオに、パチュリーがその図を覗き込んで一言。

「……言い忘れていたわ。その方法だと、イオが何かしらの方法で魔力生成するにしても消費が激しくなる。その点はどうするの?」

だが、パチュリーは冷静に対処し、疑問に思ったことをどんどん指摘する。

「ああ、それでしたら……こういう空へと飛ばす為の台みたいなのを作るんですよ」

真剣な眼差しで喧々諤々と議論を交わす二人。

(……なんか、私場違いな気がしてきたぜ。パチェは元からだけど、イオの奴だって頭はいいほうだしなぁ)

何だか妙に居心地が悪くなってきたように感じられ、若干もじもじと魔理沙が身動ぎした。

 

――さて、此処で少しばかり、パチュリーとイオの考察の違いについて述べてみよう。

 パチュリーが持っている本の中に描かれているのは、正式名を『多弾頭式』と呼ばれている代物であり、主に、現在も稼働している国際宇宙ステーションへの物資搬入に使用されている物だ。

 形としては実に細長く、而もそもそもの荷物の置場が先端の筒状の船体へと収納されるので、中筒及び下筒は完全に推進剤しか充填されていないのだ。

 その上、それだけでは推進剤が心許ないので更に二つ三つ程、補助ブースターを取り付けなければならない為に、結果として宇宙に捨てていく物が多くなってしまう。

 現在、ただロケットを飛ばすのも、国際間において監視されるべき要綱となっている為に、残された筒状のデブリ(宇宙ゴミ)が見つかれば、周辺国で不審がられる元となりかねないのだ。

 さて、そこでイオの考察である。

 彼自身が知ることはなかったが、これはある種の『スペースシャトル式』と呼ばれる代物であろうことは間違いなかった。

 嘗て、幻想郷の外に広がる世界において、アポロ11号というスペースシャトルが月面に到着したことがある。

 結果としてそれは成功し、月より帰った乗組員が持ち帰った月の石などで大いに騒がれていた。

 まぁ、それはさておき。

 問題は、先程示した多弾頭式よりも、居住性があるということなのである。

 とはいえ、外の世界ではあくまでものりこむ為だけに作られた代物である為、イオの示したように扁平型の船体ではなかったのだが。

 更に言うならば、イオのやり方は通常の物と異なり、マスドライバーと呼ばれる発射台をも使用している点にある。

 此処までくると、パチュリーとイオのやり方の違いがはっきりと分かるであろう。

 

――低コストで安全性・居住性が低い最高速の多弾頭式か。

――高コストであっても安全性も居住性も高いスペースシャトル・マスドライバー式か。

 

有体に言えば、そういうことなのである。

「……その発射台って、どんなのなんだぜ?」

「そうだね……スリングって知ってる?こういう、紐で石を投げる武器なんだけどね、大抵猟とかで使われてるんだ。ぐるぐる回した後に大きく飛ばしてぶつける方法で獲物を狩るんだけどね、重要なのは、この何かを使って飛ばすということなんだよね」

こういう風に曲線状に台を斜めに作って……。

と言いながら、イオが新たに木板を創り出し、すらすらと筆で発射台を書いて見せた。

「……で、どうやって飛ばす心算だ?」

「そこはまぁ、色々と。先ず、船体を載せる台を作ってこの溝を掘った中に嵌めこむ。で、その上に船体を固定した後に台に取り付けた推進装置と船体の推進装置を稼働させる。――ま、後はその勢いで大きく飛ばすだけだね」

「なんか、色々と必要な奴が出てきそうだな、それ」

面倒そうな表情を浮かべる魔理沙に、しかしイオは至極あっさりと。

「そりゃあ、皆の安全も考えてるからね。なんせ宇宙を飛ぶんだし、皆が快適に過ごせて安心出来るようなのにしないと、魔理沙だって宇宙を飛んでる時に空中分解とかしたら嫌でしょ?」

その本読む限りじゃ、宇宙って所には空気が存在してないみたいだし。

「……なんというか、すげえ隙のない考えだな、そりゃ」

最早呆れたとしか言い様のない表情で、魔理沙が小さい声でぼやく。

 そして、考えこんでいる様子のパチュリーに向かって、

「パチェはどう思うんだ?」

「……そうね」

ぽつり、と彼女が呟いた。

「まず、ひとつ。――余りに高コスト過ぎる気がするわ。船体部分もそうだけれど、このマスドライバーとやらも、ね」

「ああ、それでしたら。――僕の能力があるので、少しは節約出来るんじゃないかなと。ただ、どうしても船体の外装は金属製でないと……戻って来る時に着陸で耐久性を上げておかなければなりませんし」

立て板に水という勢いでかつ流れるように話すイオ。

「その分、内装でしたら軽くて丈夫な樹を使って壁やら椅子なんかも作れますよ。藁などを使ってクッションにすることも出来ますから」

「……本当、魔理沙の言うとおりに隙がないわね。だけど、金属は何処から持ってくる心算なの?」

幾ら私が金属性も操れるとはいえ、無限に湧き出す訳ではないしね。

 すると、イオは少し困ったような表情となり、

「そこなんですよね……単なる金属――例えば鉄や銅など――だと、融解してしまう可能性が大きいし。ああ、でも僕の魔眼を使えば、金属は作れるか」

メタリックメテオがあるし。

かりかり、と頭を掻きながらも、イオは何処か宙を見つめて頭を回転させた。

 薄らと眼を細めた状態である為、些か雰囲気が変化しているようにも見受けられる。

 だが、そんな彼が漏らした言葉にパチュリーは呆れたようだった。

「……わざわざ危険を冒してまで金属を用意しなくともいいじゃないの。全く、貴方もそうだけれど、もともと頑丈なのが多いメンバーなのだから、心配はいらないでしょうに」

「それで後悔をしたくないので。少なくとも、僕は向こうで依頼を受けていた頃、そういう後で悔やむことを経験したことがありますから」

どれだけ頑丈だろうと、命は一つですしね。

 静かな眼で、尚も宙を見つめる彼が、何かを思い出すようにしてそう呟く。

 その、臆病とも取れる彼の発言に、魔理沙も少々ばかり顔を引き攣らせ、

「……その、なんだ。考えすぎじゃあないのか?」

「……情報が遅れて、魔物の大群で滅んだ村の話、聞いてみたい?多分、魔理沙だったら吐くのは確実だよ?」

燃えた人間の匂いとか、嬲り殺しにされた人の様子を聞きたいんだったら、ね。

 何処か空虚な金の瞳に見つめられ、魔理沙は思わず生唾を飲み込んだ。

 そんな彼女の様子に、イオははっと我に返り、

「――っと、御免よ。こんなの年頃の子に言う話じゃなかったや。……兎も角、未知の部分が多いことだけは確かなんだ。あの紫さんから何も教えて貰っていないし、準備はし過ぎても別に損にはならないと僕は思ってるよ?」

と、元の穏やかな雰囲気へと変化し、おっとりとしてそう告げる。

「ん……分かったぜ。だけどよ、結局材料の部分はどうするんだ?」

「そうなんだよねぇ。――どうするかなぁ……あ、そうだ。文にも聞いておいた方がいいかも。いい考えくれるかもしれないし」

ぽん、と手を打ちながら呟いたイオに、魔理沙が呆れた表情になり、

「アイツに訊いて分かることなのか?」

「さあ?でも、年中幻想郷飛び回ってる位だし、情報源としてはかなり優秀だよ?」

そう言い、イオはパチュリーに向かって一礼すると、

「まぁ、そういう訳なので一旦失礼しますね。長々と話していたこともあって、もうすぐ昼時になりそうですし」

「……もう、そんな時間なのか?自覚したら結構腹が減ってきたなぁ」

ちらり、ちらりと此方を見やりながら告げる魔理沙に、イオは流石に苦笑して、

「そんなに食べたかったらおいでよ。ちょっとずつ暑くなってきてるし、精のつくもの出してあげるからさ」

「やった!言ってみるもんだぜ!」

歓声を上げ、ひょいと箒に飛びのると、

「じゃ、御先に行ってるぜイオ!」

そんな言葉と共に勢い良く図書館を飛び出していくのであった。

「……そんなに慌てなくたって、食事まだ準備してないってば」

既に聞こえなくなっているであろう彼女にそうぼやいてから、イオは静かに苦笑して空中を踏んで駆けていく。

「それじゃ、また後で」

そんな言葉と共に、イオは成長期真っ盛りな少女の為に動くのであった。

 

――――――

 

「――あー魔理沙だー」

「よっ、お邪魔するぜ☆っと、そっちはイオのゴーレム達か」

『こんにちは、白黒の御嬢さん』

『アルラウネ……名前で呼ばないのは失礼に当たるぞ。魔理沙殿、済まないな』

魔理沙がイオの家まで駆け付けた時、そこには、丁度玄関に入ろうとしている弐体のゴーレム達とルーミアが談笑していた。

 何処までも飄々としたアルラウネと、何処までも生真面目なフルナに、魔理沙も苦笑して、

「いいっていいって。寧ろ、普通に話しかけてくれるだけでも割と誠実な方だぜ?アルラウネに、フルナ……で合ってたか?」

『そうだ。ふむ、所で我が主を見かけなかったか?ルーミア殿がお腹を空かせたようで、どうやら帰りを待っているようなのだ』

『それに、私達のメンテナンスもありますから。割と切実です』

むん、とアルラウネが両手を握り拳にしてそう告げる。

 そんな二人の様子に魔理沙も少し笑って、

「大丈夫だぜ。アイツ、今日は私に飯作ってくれるって言うからよ。御先にこっちにきたんだ」

もうすぐこっち来る筈だぜ?

そんなことを、魔理沙が口にした時だった。

 

「――もう、魔理沙。流石に早すぎだって。料理すら出来てないのにさ」

 

そんな言葉と共に、イオが帰ってきたのである。

 流石に今回は、いつもにこにこと笑顔を浮かべているその顔にかなりの呆れを含ませた状態であり、相当呆れかえっているのが丸分かりだった。

 だが、魔理沙は悪びれもせず、

「おっと、お小言は勘弁だぜ!というか、お前の料理やメンテナンスを心待ちにしてる奴等がいるの、忘れてないか?」

「忘れる訳ないだろ、もう。――ただいま、ルーミア、アルラウネ、フルナ。ちょっと待っててね。すぐ用意するからさ」

イオは穏やかに笑い、玄関から中へと入っていくのであった。

 無論、お呼ばれしてしている魔理沙も、元からの住人であるルーミア達三人も一緒に中へと入り、昼が故の騒がしい人里を一層賑わしくさせていく。

「――……」

そんなイオの姿を見ている影がいるとは知りもせずに。

 

 




 えー……気づけばこんなに長くなってきた拙作ですが、正直、月での話しとなるとどんな風に進めば良いのやら、という思いでいっぱいでやんす(汗。
 というか、船自体も原作と大きくかけ離れていますし……いやまぁ、倫理的に男女が同じ部屋にいるのはちょっと有り得ないので、どうにかこうすることで離した訳ですけれど。
 マスドライバーがあるのは……まぁ、進みすぎた技術は魔法と同じであるという言葉からです。
 説明が遅れたのでそれだけ申し上げたく。
 ではでは、引き続き次章もお楽しみくださいませ。


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第五十九章「朧気に立つは竈の陽炎」

 さて、今回のお話は、改めてイオの根幹とも言える能力の説明回であります。
 同時に、ストックが切れかけているため、今回の更新はこの二つのお話で終了です。
 それだけだとちょいと寂しいので、次章及びその次はイオの剣術とイオの世界における魔法に対する捉え方を出しておきます。
 そろそろ、多くの語が出てきてごっちゃになりつつありますので。皆々様、ご承知の程、宜しくお願いいたします。


台所でぽつり、イオが呟く。

 毎度の事ながら、料理の内容を考えるのは結構辛かった。

 栄養バランスもそうだが、飽きが来ないようにするのも大変なのである。これは、イオだけに留まらず専業主婦の皆々様も日々痛感されていることであったろう。

 何せ、よりにもよって「何でもいい」などと言われた時が一番困るのである。

 朝の食事と比べて無理がないようにしなければならないし、尚且つ美味しく食べてもらいたいこともある。

 そんなことを徒然と考えるのも、魔理沙の

「美味しいのだったら何でもいいぜ!」

そう発言したことがきっかけであった。

「何でもって言われても困るなぁ、ホント」

苦笑している彼ではあったが、それでも料理を考えるのは止めない。

「……炒飯にするか。あれだったらお腹も膨れるし。まぁ、それだけじゃ寂しいから唐揚げと、野菜も付けて……」

以前に美鈴に教わった料理のレシピを思い出しつつ、イオは米の入っている場所を開け、動き始めるのであった。

 

台所から聞こえてくる音を聞きながら、魔理沙はかなり緊張した面持ちで目の前を見つめている。

 その目前の卓上には、遊戯盤である将棋が置かれていた。

「ぐぬぬぅ……」

まぁ、はっきり言ってしまえば、魔理沙が詰み掛けているというのが現状であるのだが。

 彼女はまだ負けていないと思っているが故に必死に考えを捻り出そうとしているのであった。

……とはいえ、結局の所、後五・六手程で詰んでしまえる程度には、切羽詰まった状態なので、そろそろ終わる頃であろう。

 さて、そんな彼女と遊戯を大いに楽しんでいる人物はというと、その美しくだが無表情の顔のままで、

『ほらほら、あと少しで貴方の負けになりますよ?存分に足掻いて御覧なさい?』

「う、うるせー!すっげぇ腹が立つなおい!」

にやにや、という擬音が聞こえてきそうなその煽り方に、魔理沙が青筋を立てて苛立った様子で叫んだ。

「つーか、アイツの性格から何でお前みたいに性悪なのが飛び出てきたんだよ!?あのフルナが二人いるってんだったらまだ分かるぜ!?」

『何を失礼な。私は、というより私達は、別にマスターの性格を模写して生まれた訳ではありませんよ?』

「嘘だろ!?」

『あのですねぇ……いいですか。そもそも、マスターの能力である『木を操る程度の能力』……これについて、どのくらい解っているんです?』

やれやれ、そう言わんばかりに肩を竦められ、魔理沙ははぁ?と声を上げると、

「どのくらいって……木・風・吸・雷の属性魔法を強化、その使用魔力量を減らすのと、木を自由に作ったり、後は農業関係だろ?作物なんかを病気に耐えられるように強化できるって聞いたぜ?」

と、何を今更という風な口調で言い返す。

 だが、アルラウネはちっちっと指を振ると、

『――一つ、お忘れですよ。『樹木を含めた、全ての植物と会話が出来る』……ということです。まぁ、会話が出来得る程の年月を重ねた樹木などは稀有ですから、それほど意志疎通が出来るという訳ではなさそうですが』

「あーそういや、そんなことも言ってたか。……で?それが一体何だってんだよ?」

かりかり、と頭を掻きながら興味なさそうに尋ねる魔理沙に、アルラウネはくすくすと笑声を漏らすと、

『お分かりになりません?――私達は、その『会話が出来得る程の年月を重ねた樹木である』……そう言っているんですよ?』

「はぁぁ!!?」

昼中の青空に、魔理沙の驚愕した声が響き渡った。

「ちょっとまて!アイツ今までそんなこと一言でも言ってたか!?」

『あのですねぇ……そもそも、疑問に思わなかったんです?幾らマスターが規格外だとしても、『元から意志を持つコアを作り出せる』と本気で思っていたんですか?』

呆れたようなアルラウネの言葉に、やや魔理沙がどもりながら、

「い、いやまぁそうかもしんないけどよ!無茶があるだろそれは!」

『いやぁ、私共も当初こうして生まれ出てきた時は吃驚しましたけれどね……でも、考えてみればそれなりに辻褄は合うんですよ。――例えば、マスターの能力は先程も申し上げた通り、非常に多岐に渡っています。考えれば考える程多くの選択肢をマスターに齎し……そして、行使が可能です。私達のコアを作成する際は、『木で出来た物を生成する』ことと、『植物と意志を交わす』ことの二つを組み合わせれば出来る、と考えれば……それほど、無理はないのではないかとね』

人差し指を一本立て、アルラウネは己が主人の素晴らしさを滔々と説く。

 その言葉に、魔理沙が何かを思い付いたかのような表情になり、

「……もしかして、アリスの奴が執拗にお前らを狙ってたのってそういうことなのか?」

単純に自分の生涯を通しての事業を先に取られたの怒ってやったのかと思ったけど。

そう尋ねられ、アルラウネはそうですねぇ……と呟いてから、

『まぁ、感情面もあったのは確かでしょう。ですが、何よりも魔法使いとしての、好奇心が主でしたでしょうね。とはいえ、マスターのあれほどの怒りによって、得るものとデメリットの差が大きいと悟ったが故に、なんとか諦めがついたのだろうと私は推測しています』

まぁ、完全に殺しにかかってくるかのような勢いでしたしねぇ。

あっはっは、と何故か楽しそうな笑い声を上げるアルラウネに、魔理沙がげっそりとした表情になると、

「いや、それ笑えるようなことなのかよ?一歩間違えればお前たち解体されてたかもしんないんだぜ?」

『その時はまぁその時でしょうねぇ。ですが、マスターが身内に関して過保護になるのは分かり切ってますし。よっぽどのことがないかぎりは見捨てられないと信頼も信用もしておりますから』

至極当然であると言い切った彼女に、今度こそ魔理沙がジト眼になって睨み据えた。

「……結局、自分の主人自慢したかっただけじゃねえか。今やってる将棋に何か関係あったのかよ?」

『いいえ?単純にもう貴方の負けが決定しているので余裕見せつけているだけです☆』

「うぜえ!こいつ半端なくうぜえ!!」

がるる……と牙を剥き、魔理沙が咆哮を上げた。

 そんな二人の様子に、がっくりと肩を落としたフルナが、

『アルラウネ……反応が面白くてからかうのは良いが、余り挑発はしないでくれ。見ていて正直はらはらするのだぞ?』

『いいじゃないですか、フルナ。この方が可愛いのが仕方ないんですよ♪』

『それは絶対に仕方なくないことだからな?……全く、申し訳ないな、魔理沙殿。コヤツは気にいった者を見つけるとこうして遊びにかかるものでな……』

ほとほと疲れた、という雰囲気を出しているフルナに、先程までの怒りが徐々に萎んでいき……気付いた時には同情がたっぷりこもった視線で、

「……苦労しているんだな、フルナ。――と、そうだ。ちょいと気になったんだけどよ……お前らの人格のベースって誰のを投射しているんだ?幾ら年月を重ねた樹木からコアを創り出したとは言っても、初めからそんな愉快な性格してた訳じゃねえだろ?」

と、途中で何かを考えついたような表情になると、きらきらと好奇心で輝いている眼でそう尋ねる。

 その言葉におや?とアルラウネが反応し、

 

『……良く分かりましたねぇ。人格のことは言っていなかったと思うのですが』

 

その言葉に、魔理沙がへへっと笑うと、

「微妙に話が切り替わりそうになった時だったからなぁ。正直、普通に流してしまうとこだったけどよ、でも性格は本当に元々の奴なのかと思ったらむくむくって疑問が湧いてきたんだよ」

『ふふ……まぁ、魔理沙殿もからかわれるばかりではないということだ、アルラウネ』

楽しそうに笑うフルナにアルラウネはというと、

『むむぅ……若干悔しいですねぇ。――ま、いいでしょう。気付いた御褒美に教えて差し上げるとしましょうか』

くすくす、と笑声を漏らしたアルラウネが居住いを正すと、

 

『まぁ、実を言うと。――マスターの向こうのご友人方の性格を模写したものですねぇ』

 

と、何でもない様子でとんでもない爆弾を放りこんできた。

「……はぁ?」

『あっはっは、すっごい顔!フルナ見てやってくださいよ!』

呆気に取られたその顔に、アルラウネが腹を抱えて笑い転げる。

「……果てしなくうぜえ……」

凄まじい笑顔になった魔理沙が、アルラウネを睨みつけて思わずそう呟くと、彼女はいやーすいませんねぇという、飄々とした声で謝り、

『まぁまぁ、驚かれるのも無理はありませんが。先程も申し上げた通り、マスターは何も、無から有を創り出せる訳じゃあないんですよ?私達の始まりであるコア自体もそうですが、その性能或いは人格の形成などは、『ご自分の記憶から創られている』のが殆どなんです。普段、何気ない様子で木を生み出されてますが、あれも魔法と能力をかけ合わせることで成り立っていますからね。――真に無から有を生み出しているのでは、けしてないのです』

マスターはまだこの能力を使いこなせていないからとは申してましたがね。

えへん、と大きく胸を張るアルラウネに、魔理沙はへー……と納得の声を上げると、

「そうすると、魔力量がかなり左右する訳なんだな?」

『えぇ、そうなりますねぇ。とはいえ、能力の御蔭で魔法を使用する際のコストがかなり削減されたようですし、割とほぼ無限に出せるようになってきているみたいですが。面白いのは、それくらいの力を以てしても幻想郷ではけして最強にはなれない所なんですよねぇ』

「……あんだけの力持ってる割に、だよなぁ」

以前起きた異変の一つである、宴会続きのどんちゃん騒ぎの結果を思い出しながら呟く魔理沙。

 そう、イオはあれだけの力を有しているのにも関わらず、けして最強ではないのだ。魔法に関してはパチュリーやラルロスと言った賢者とも言えるような人物が台頭し、身体の頑強さや、膂力の強靭さは鬼に及ばず。

 そして、龍人という亜人種へと変貌したとはいえ、西行寺幽々子のような危険な能力に対抗出来る可能性が低く、彼の持ち味であるその速度さえも友人である射命丸文に微妙に遅れを取っている。

 結局、イオが唯一最高であると誇れる物が、『剣術』にしかないというのも、かなり皮肉な話ではあった。

 

……とはいえ、彼の真骨頂はそんな所にはない。

 誇るべきなのは、その身体に有する能力の汎用性であろう。

 

「……基がいいやつだと、単純な能力でもかなりの汎用性になるんだよなぁ」

『そうでなければ、冒険者稼業は続けられないからね、とマスターは仰っていましたねぇ。考えられる範囲で動けるだけ動かなければ、依頼主に認めてもらえないからというのが口癖でしたし』

ジュージュ―という、何かが焼き焦げるような音と共に、炒られたご飯と大蒜の香ばしい匂いが漂ってきた中、魔理沙とアルラウネはのんびりとしてそう言葉を交わした。

『まぁ、そういうことで。マスターのことを知ることが出来た訳ですが……他に何か知りたいことなどありませんか?』

「いいのかよ、おい。割と洒落にならないくらいの情報量だったと思うんだが?」

呆れたような眼で魔理沙が彼女に向かってそう尋ねるが、彼女はあっけらかんとして、

『マスターは気にされないですよ?知られた所でマスターのように動ける人間の方なんてそれほどいませんし。割と人間辞めていると言われても可笑しくないくらいなんですから』

「……ちょいちょい毒吐くな、お前」

仮どころか真にマスターである筈のイオに対する言動に、表情が引き攣る魔理沙に、

『あはは、それが私の持ち味ですしねぇ。それで、どうなんです?』

「……まぁ、教えてくれるっつうならいいけどよ。――アイツの使ってた魔眼だったか。『副作用』は一体何なんだ?漏れ出てくるくらいの魔力量の割に、行使した後の反動らしい反応が見当たらねえんだよ」

あの『神眼』に……どんなカラクリを潜ませてるんだ?

打って変って真剣な表情となった魔理沙に、アルラウネは驚きかそれとも別の理由か……沈黙した。

 代わりに、フルナが静かに近づいてきて、

『……それを調べて、どうしようというのだ?』

と、動作と同じ位静かな物言いでそう尋ねる。

 すると、

「短い付き合いだが、曲りなりにも友人として認めて貰えているみたいだからな。私としては、アイツが無茶するのをなるだけ止めてやりたいんでね。――もし、とんでもない代償を払うんだったら、マスタースパークで吹っ飛ばしてでも、止めてやるぜ?」

にやり、と勝気そうな笑顔を浮かべると共に、魔理沙は男よりも男前な発言をした。

『……ふむ』

『……いやはや、悪戯ばかりする方だと思っていたのは間違いだったようですねぇ。どうします?フルナ』

『そうだな――とはいえ、魔理沙殿?我々も、マスターの業の全てを知っている訳ではない。剣術にしても、魔法に関しても、知識こそ転写されてはいるが……それをはっきりと自覚も経験も済ませている訳ではないのだ。そうであるらしい……ということはわかるのだが、な』

指を顎に当てながら、フルナが考えるようにしてそう告げる。

「……つまり、不確実性が高いってことなんだな?」

『有体に言えば、な。今、こうしてアルラウネが自慢げに話していたことは、大体その場にいて実感も体験もしたからこそ言える事実だ。だが……マスターはどうしてか、その弱みとも言える反動、或いは弱体化するかもしれないことを隠されておいででな。推測と一応、それらしき知識を埋めこまれたはいいが、本当なのかどうかさえ、判断が付き辛いのだよ』

何せ、こんななりでもまだ半年位しか生きていないのでな。

至極あっさりとした様子でそう告げるフルナに、魔理沙はあー……と言葉を漏らしてから、

「……考えてみりゃ、お前らってまだ赤ん坊に近いんだったっけか。その割にはえらく濃ゆい性格してるが」

『いいでしょうそんなことは。――取り敢えず、現時点で分かりかけてきたこと、言っておきますね』

「おう、どんと来い!どんな事実が来ようが、受け止めてやるぜ!」

どん、と胸を叩いて見せる魔理沙に、アルラウネはふふ、と笑みを漏らすと、すぐにコホンと咳払いをして、

 

『……マスターの精神に、良いか悪いかはともかく……影響を及ぼしている可能性があります』

 

と、厳かな雰囲気と共にそう告げたのであった。

 

――――――

 

「――あれ?ルーミア呼んでなかったの?」

衝撃的な言葉が発せられてから大凡二十分後。

 イオが魔理沙達に作った料理を御膳に載せながら、きょろきょろと同居している少女を探しながら訊ねてきた。

「ん?あー……済まん、料理を待つのに夢中で忘れてたぜ。直ぐに呼んで来てやるよ」

立ちあがりながら魔理沙がそう告げ、イオはそれにニコニコと微笑みながら頷くと、

「うん、お願いしようかな。――アルラウネ、フルナ。何時も御苦労さま。あんまり休ませて上げられなくて御免ね?」

申し訳なさそうな表情をしているイオに、従者たる二体のゴーレム達は揃って首を振り、

『元々マスターのお手伝いをさせて戴く為に生み出されたのですから、これ位は当然のことですよ。お気になさらないで下さいな』

『全く以て同感です。普段、あり得ない程動き続けておられるのだから、こうして他人に任せてくれるだけでも、我らは安心しております』

「……そう言ってくれるだけでも、本当に嬉しいよ。――それにしても、随分と魔理沙と楽しそうに喋ってたね?」

何か、共通の話題でもあったの?

穏やかに笑いながら尋ねられたその言葉に、アルラウネはぽん、と手を打ち合わせ、

『えぇ!つい先程まで将棋で一緒に遊んでおりましたもので!楽しませてもらいました!』

「そりゃあ良かった。フルナはどうしてたの?」

くすくすと笑い、イオが今度はフルナに向かって話を振ってみせる。

 すると、彼は首を振って、

『何分、私には難しかったようで。見ているだけでも精一杯で御座いましたよ』

「ふーん、そうだったんだ。まぁ、向き不向きはあるからね。でも、覚えておいて損はないよ?僕も大天狗さんと戦ったけれど、かなり面白かったからさ」

戦術眼が鍛えられるからねぇ。

 楽しそうな笑顔を見せながら、イオが告げた。

 するとそこに、

「おーい、ルーミア呼んで来たぜー?」

「えへへっ、美味しそうな炒飯だー!はっやく!はっやく!」

ルーミアが何時ものように卓袱台に駆け寄り、その後ろから魔理沙がトレードマークたる白黒の格好でやってきたのである。

「ん、じゃあお昼にしますか。アルラウネ達、一緒に運ぶのお願いしていいかな?」

『ええ、御手伝い致しますとも。フルナも行きましょうか』

『あぁ。そういう訳だから、二人共もう少し待っていてくれるだろうか?』

律儀にそう言いながら、フルナが立ち上がり台所へと消えていった。

「へっへっへ。イオの料理は毎度楽しみなんだよなー」

「ふふ……それを聞くと嬉しくなるねぇ。まぁ、女の子の一人暮らしは大変だろうし、偶にならこうして作って上げるからさ」

「おう、ありがとな!……にしても、米を炒めるやり方って初めて聞いた気がすんなぁ」

しげしげと炒飯を見つめながらそう言う魔理沙に、イオはおっとりと笑うと、

「美鈴さんが教えてくれたんだよねぇ。どうやら、この世界に広がる国とは別の国から来た人みたいでさ、不思議な料理を教えてくれたんだよ。なんというのかな……小麦粉をよく練った生の麺を、鉄鍋でこんがりと焼き上げたものとかね。あとは片栗粉を使った餡かけ料理もあったかなぁ。見た目が不思議な割に美味しいって結構面白いよね?」

「へぇ……大体宴会の時なんざ、私が主に食べてるのは和食系統だからなぁ。それにしたって大体酒かっくらってる時が殆どであんま料理に手ぇ出してないしよ」

ま、そんなことより料理食べるか。

 そんな一言と共に、魔理沙が頂きますの声を上げ食べ始めていく。

「っ、旨いなこれ。卵か?」

「うん、当たり。最初に生卵を溶いて予め炊いてあったご飯に混ぜた後、火力を強くした竈の上で炒めたんだよ。こうすれば、ご飯がパラパラになるって教えて貰ったんだ。いやー上手く出来て良かったよ」

「はぐはぐっ!――うん、これは美味しいよっ!」

ニコニコと笑っているイオの傍ら、毎度のように嬉しそうに頬を赤らめてルーミアが食事を進めていた。

 本当に美味しそうに食べているルーミアに、イオも嬉しそうに頷きながらもちょいちょいと彼女の口の端を拭ってあげている。

 その行動に瞬時に顔を真っ赤に染め上げ、

「――っ!イ、イオ!恥ずかしいからそれ止めてよ!」

と、抗議するルーミアだったが、イオはのんびりとおっとりと笑い、

「だって、凄い勢いで食べていくからさ、あっちこっちに溢しかけてるんだよ?拭って上げないと気付かないでしょう?」

「お、女の子の肌にみだらに触るのは良くない!」

眼を><の形にさせ、ルーミアが尚も抗議した。

 だが、イオは些かも動じず、

「あっはっは、子供の姿で凄まれても別に怖くないよ~」

「……お前。やっぱりすげえドSだよなぁ……」

よくよく見ればだが、彼の表情が何処となくからかい混じりのそれになっている事に気づいた魔理沙が呆れたように首を振っている。

「私がやらかす度にお前がスペル出してくるけどよ……殆どが木の蔦ってどういうことだよ。お陰でちょっと擽られただけでも笑い転げちまう羽目になっちまったんだぜ?」

「え?オシリペンペンされる方が良かったの?」

「だ、誰がそんなこと言ったよ!!?」

きょとん、と白々しくも首を傾げてみせる龍人に、魔理沙が羞恥で頬を赤らめて突っ込んだ。

「そんな眼に会う位なら、マスタースパーク系統で撃ち抜かれた方がまだましだ!」

「いいでしょ別にさ。死ぬ訳じゃないんだし……それに、図書館の中で暴れるのはなるだけ避けたいしね。魔理沙のようなマスタースパーク系統の光線だと、幾ら防護する為の魔法が本棚にかけられていても倒れちゃうよ?だからこうしてるんだけど……」

不味いことでもあるかな?

 一見、正論であるその言葉に、魔理沙がうぐぅ……と言葉を詰まらせたが、すぐにいきり立って、

「だ、だからってよ、お前のあのスペルは一体どうなんだよ!?」

「少なくとも、あれを使えば図書館で暴れようだなんて早々思わないでしょ?それに、殆ど無傷で拘束出来るんだから、いいスペルが出来たって自分でも思ってたんだけどなぁ?」

「……ぎゃふん」

隙もない完全理論武装に、とうとう魔理沙が白旗を上げる。

 ノロノロと食事を進めながら眼を死んだそれへと変えている彼女に、イオはコロコロと笑い、

「冗談だよ、冗談。正直、自分でも女の子にあれはないと思ってたからねぇ。でも、使い勝手がいいのは本当だしさ、許して?」

拝むようにして両手を合わせて見せる彼に、魔理沙はジト眼になると、

「だったらもう少し見栄えとか考えろよ。あんなの只の蛇以外の何者でもねえじゃねえかよ」

「あー……うん、善処するよそれは」

何とも言い難そうな表情でそっと眼を逸らしながら、イオはそう言葉を返したのだった。

――そうして、緩やかに昼時は過ぎていく――。

 

――――――

 

「――ふ~……あー食った食った。いやぁ、本当に旨かったぜ、イオ」

「ふふ……御粗末さん。さて、と……じゃあ、僕午後の仕事に行って来るね?魔理沙はどうするの?」

「あーちょっと腹が膨れたんでな。縁側の方で昼寝でもしてるぜ」

「……う~ん……食べた後すぐに寝転がるのは余りお勧め出来ないけど、まぁいいか。ルーミア?薄い毛布でも持って来て上げて?」

お腹を摩りながら告げられた言葉に、イオが若干困ったように首を振ってからルーミアにそう告げる。

 言われた彼女はにっこりと笑って頷くと、

「じゃ、魔理沙は縁側でまっててー?」

「おう、ありがとな。……さて、私もあっち行くかな」

魔理沙が立ち上がりながら呟き、イオも同じように立ち上がりつつ、

「風邪ひかないように気を付けてね?幾ら温かい季節だって言っても、風邪をひくときはひくからさ」

「そんな子供でもないぜ、イオ。所でよ……これから、何の仕事しに行くんだ?」

何処かへと向かおうとしているイオに興味を抱いたのか、若干好奇心で輝いている眼を向けながら、魔理沙がそう尋ねると、イオが突如として暗い表情になり、

 

「……風見幽香さんから呼び出しだよ」

 

「――イオ、お前のことは忘れないぜ」

「もう死ぬのが決まったみたく言わないでくれるかな!?」

此方へと合掌してみせる彼女に、イオが悲壮感たっぷりに叫んだ。

「ここ最近は何もやらかした覚えなんてないのに、何で呼び出されるのか分からないし!」

「……そういやそうだな。ん~?どういうこったよ」

「僕に訊かれても分かるもんか……兎も角、何とか死なないように頑張るしか……」

 

「――御邪魔するわ」

 

必死さが見えるイオが、完全に硬直する。

 そして、ぎ・ぎ・ぎ……という硬質めいた動きで玄関の方を見やると、途端に地獄を垣間見たかのような表情へと変化した。

 何故ならば、そこには今噂をしていた当人そのものが立っていたのだから。

「あ、あはは……どうも、幽香さん」

引き攣った笑顔で挨拶するイオに、何故か彼女が満面の笑顔で頷き、

「ええ、今日は。待ち草臥れたものだから……迎えに来て上げたわよ、イオ」

「そ、それはまた御足労様です。と、所で今回は何の御依頼で?」

ゆっくりと近付いて来る彼女に、内心悲鳴を上げながらも何とかイオがそう尋ねると、

「此処の所、どうにも疼いて仕方がなかったのよ……寄ってくるのはどうにも雑魚ばかり。――とことん、私と付き合って貰うわよ、いいわね?」

傍で聞いていれば間違いなく勘違いされるであろう言動だが、彼女の体から迸る闘気や殺気を感じ取れば、まず男女のそれとは異なっているとはっきり分かった。

 途端にイオが思いきり涙を流し始め、

「……魔理沙ぁ……」

「いや、そこで私に振るなよ!?」

明らかに『助けて』と言わんばかりに泣く彼に、魔理沙が巻きこまれては敵わないとばかりにそう叫ぶ。

 それに、幽香が頷きながら、

「そうよ、イオ。女の子に助けを求めるだなんて……男としてなっちゃいないわ。じっくりと、甚振って上げるから覚悟なさいね?」

言いつつ、ずるずると大の男を引き摺り始めた。

「……あぁ、此処で僕の人生が終わるんだ」

「あらあら、少なくとも私を満足させてくれれば文句は言わないわよ?どうやら、イオは私と戦える手合いの内には入るようだしね。――私が満足するまで……存分に付き合ってくれるかしら?」

「――……どうせ問答無用な癖にー」

「当たり前でしょう?」

さ、行くわよ。

そのままずるずると引きずって行こうとしている彼女に、イオは首を絞められかけながらも静かに溜息をつくのであった。

 

――――――

 

――イオが引き摺られていったのを見送った魔理沙が、こっそりとイオへ向かって合掌してから縁側へと向かって歩いてきた。

 そこには、イオに言われて毛布を持ってきていたルーミアが既におり、

「……イオ、連れて行かれちゃった?」

「ああ……どうやら幽香の奴、アイツに何か用があったみたいでさ。問答無用で連れてかれちまったよ」

「あちゃー……イオもついてないなぁ」

若干頭を抱えつつ、ルーミアがそうぼやく。

 魔理沙が彼女の顔を見れば、その表情が些か困惑したそれへと変化していることに気付いた。

「そんなに驚いてる感じじゃないな、それ。前にもこんなことがあったのか?」

「あー……何というか、あのフラワーマスターに連れて行かれる時って、大体があんな感じだから、もう慣れちゃったというか」

そんなにある方じゃないけどね。

 諦めとも取れるその発言に、魔理沙もやや表情を引き攣らせ、

「……あの花妖怪が気にするって相当だぞ」

「其れ位、強者に飢えてるんでしょ。まぁ、そうは言っても雑魚とか弱者には本気出さない辺り、かなり徹底してるよねぇ」

チルノも、向こうの花畑で出会った時に花冠を作って貰ったなんて言ってたし。

あっけらかんとしてそう告げた彼女に、魔理沙は何とも言えない表情で頭を抱えると、

「何といえばいいんだか……それはそれで見てみたい気もするぜ」

「稀少極まりないよねぇ……」

「全くだぜ」

二人して、そんな溜息を吐くのであった。

 

――そんな二人の溜息と対照的に。

 

「――はあああぁっ!!」

「ふふふふふ……!!!!」

 

問答無用で連れて行かれた彼はというと……幻想郷上空にて死闘を繰り広げていた。

 大気中に足場を作ることが可能なイオと、ふわりふわりと己が種族である花妖怪であるが故の軽やかな飛び方。

 一見して見事に対照的なその空の駆け方は、同時に速度の急激な変化に対応出来るか否かの違いでもあった。

 とはいえ、両者共に幻想郷の実力者であるが故に、片方がどれだけ俊敏に且つ立体機動をしていようと悠々とついていくその様は流石と言えるが。

 妖力が籠められた日傘と、少なくない膂力が籠められた脇差級の刀がぶつかりあい、辺りに鈴が鳴るような、或いは金属同士で擦り合せたような音が響き渡る中、イオは表情をかなり引き攣らせていた。

「――何か又強くなってませんか!?」

「ふふ……礼を言うわ、イオ。御蔭でまた一段階上がったみたいなのよ。嬉しいでしょう?」

「誰がそんなこと言いましたか!?というか、出鱈目過ぎでしょう!!?」

本当に嬉しそうな笑顔を見せる幽香に、イオは流石に絶叫する。

 よもや、彼女がイオの成長に合わせて強くなっているとは思いもしなかったが為に。

 絶望的な表情を浮かべているイオに、幽香は本当に嬉しそうに笑うと、

「まさか、こうして力が増すとは私だって思いもしなかったわよ?でも、なっちゃったものは仕方がないしねぇ?」

「自重して下さいよ!!!」

全力で突っ込みを入れつつも、イオは油断なく刀を八双に構え、

 

――第参剣技弐式『断空貳撃』――

 

状況を変えようとしてか、瞬間的に大業を繰り出した。

 自分目掛けて飛んで来る十字を描いた斬撃に、幽香はおや、と眼を丸くさせながらも危なげなく避けて見せる。

「――これだけ?全く、もう少しどうにか――「してみせます、よぉっ!!」!!?」

瞬時に目の前に出現してみせたイオに思わず驚愕し、されども日傘が油断なくイオに突き付けられた直後――。

 

――第参剣技複合式・壱・漆式『絢爛舞踏』――

 

全力の殺気が幽香を取り囲んだことを知覚した。

……否、殺気と取り間違えたのは錯覚だ。

 というのも、イオが繰り出して見せたのは、そんな生易しい物ではけしてないからだ。

 壱式『天剣絶刀』のように黄金色に輝く気刃……その美しさに思わず惚れ惚れと眺めながら、

「あらあら……随分と小奇麗な剣だこと。そのようなちっぽけな剣で如何にか出来るとでも?」

「その言葉、本当にこの剣の力を知っていれば、そんなことも言えなくなりますよ」

さぁ、参ります……!

 ぐるり、とその気刃を自身の周囲で張り巡らせ、イオはそれらを勢い良く射出し始めた。

 次から次へと襲い掛かって来る気刃に、幽香は若干驚きの表情を浮かべながらも華麗に避けていく。

「ふふ……どうやら、見かけだけではないようね?何ともバラのようだわ」

くすくす、と優雅な微笑みを浮かべ、彼女はでも、と一言を漏らし、

 

「たかだか素早く、追撃するだけの弾幕じゃないかしら?」

 

その一言と共に、大きく日傘が振り払われた。

 その途端、ガラスが大量に割れ爆ぜた音が鳴り響く。

 避ける内に一点に集った気刃達が、一斉に破壊された為であった。

 だが、イオの攻勢は留まらない。

 

――第参剣技複合式・参・漆式『煌輝閃撃』――

 

参式『煌輝光顕』と漆式『青嵐華焔』――の二つが交わった、居合でありながら連撃を可能にしたこの攻撃。

 幾千もの斬撃が瞬く間に幽香へと襲い掛かった。

「っく、これは流石に……!?」

自身の日傘で何とか構えた彼女が、じとり、と冷や汗を流しながら、無数へ変化した斬撃の数を受け流そうとしたその直後。

「――御覚悟――!!」

脳裏に走る第六感の警鐘により、その日傘が大きく後方へと向けられた。

 

――同時に、光線が射出される。

 

――雷遁『雷神之鎚=集束型(ミョルニルスパーク=レーザー)』――

 

――元祖『マスタースパーク』――

 

雷撃と虹色に輝く光線がぶつかり合い、盛大に轟音を響かせた。

 だが、以前は相殺されていた筈のそれらが、拮抗しあっている。

 その姿を見て、イオは益々確信を持った。

(不味い……!何でか分からないけど、幽香さんの魔力が底上げされてる!く、以前はこれで相殺出来たのに!)

ぐぐぐ……と朱煉を持つ手に体内の魔力を送りこみながら、イオは焦燥を眼に浮かばせる。

 対する風見幽香はというと、一見して優雅にかつ嗜虐的な笑顔を浮かべているように見えた。

――だが、此方も此方で、それなりに焦っていたのである。

(……ふふ。全く、私が強くなった時期と同じ位の時に強くなっていようとは、ね。無論、私が勝つ心算ではあるけれど……)

 

少なくとも、以前幻に騙されて負けた時よりは、遥かに楽しめそうね。

 

そんな言葉が心に浮かんだ、そんな時だった。

 フッ……と、眼前のイオから放たれていた光線が消える。

 拮抗し合っていたが故に、突如として消えたそれに幽香は蹈鞴を踏んだ。

 

――その隙を、剣神は見逃さなかった。

 

「はぁっ!!」

「っ!!」

再び打ち鳴らされる金属音。

「我慢大会はもう終わり?」

「少なくとも、続ける意義を感じませんでしたので!」

鋭い斬撃が繰り広げられ、その度に日傘が受け止めた。

 心底から楽しそうに嘲笑う幽香と、必死極まりない表情で攻撃を続けるイオ。

 どちらも、ここ数瞬の攻撃により服がボロボロになりつつあった。

 その所為で、彼等の格好がどんどん十八禁的なものへと変わりつつある。

 イオはその上半身の服が破れかけ、鍛えられた肉体がさらけだされようとしているし、幽香も幽香で下半身のスカートが破けて、スリット状になっていた。

 

 そのことに気づき、イオはぎょっとした表情になると、

「ちょ、ちょっとストップストップ!!」

と、襲い掛かってくる彼女の攻撃から逃れようとしつつ、大声で停止を呼びかける。

 だが、彼女は手を休めることなく攻めながら、

「なぁに?いきなり何を逃げ出そうとしているの?」

嗜虐心たっぷりに笑いながら追撃を続けようとすると、

「ふ、服見て下さい!流石にこれ以上は無理ですって!!」

「服?……――っ!!コロス!!」

「ぎゃあぁーー!!?ちょっとなんでそんな殺る気満々にーー!!?」

赤面した幽香に追い立てられ、イオが涙目になりながら逃げ惑った。

「当たり前でしょうが!許可してもないのに……!!」

「それって僕の所為ですかぁあ!!?だから止めようって言ってるでしょーー!!?」

光線が幾つも襲い掛かる中、イオは本当に涙を流しながら逃げ続ける。

 そんな風にして、イオの死闘は繰り広げられたのであった。

 

「この!逃げるなーー!!」

「し、死にたくないから逃げるんですよぅっ!!」

 

――まぁ、正直、逃げ切れるか如何かは彼自身にかかってはいるのだが。

 

――――――

 

幻想郷の遥か上空で戦っている二人がいることなど分かる筈もなく、

「……ふぅ」

と、射命丸文は人里でのんびりと茶を喫していた。

 折しも、丁度自身のいつもの記事の執筆作業が一旦終わった時であり、休憩も兼ねて人里に遊びに来ていたのだった。

 その胸中に思うのは、勿論と言うべきなのか、彼の蒼き龍人のことである。

(……まさか、イオと一緒に月に行くことになろうだなんて、ね)

因縁が有り過ぎるかの場所に対しては、正直複雑な胸中ではあった。

 だが、イオと共に出かけられるのもまた、嬉しいのは確かであり……、

(……母様にはさんざんからかわれたのは忘れよ)

月への旅行に同行することになったことを告げた時の、あの母のにんまりとした表情には本当に精神を削る何かがある。

 只でさえ、天狗が同行するのを許可しないのではと気を揉んでいたのにあの態度……娘をからかうのもいい加減にして欲しかった。

(なーにが、『新婚旅行ねぇ?』よっ!私はまだ、イオとそんな関係になれちゃいないのに!)

急速に不機嫌になっていく射命丸。

 何だか非常にむしゃくしゃしてきた彼女が、再び茶屋の甘味を貰おうと声を上げかけた、その時だった。

 

――ズドンッ!

「あぎゃふぅっ!!?」

 

目の前で、突如誰かが墜落したのは。

「……は?」

余りのことに眼をぱちくりとさせ、射命丸が凍りついた。

 そんな非現実めいた出来事があったことなど忘れたかのように、墜落してきたその人物はよろよろと立ちあがる。

「……うぅ……流石にこれはきついよぅ……」

「――って、イオだったの!!?」

「ふぇ?……なーんだ、文か。やっほ」

何故か上下の作務衣がぼろぼろとなったイオが、煤けたような笑顔で射命丸に挨拶してきた。

「やっほじゃないでしょ、やっほじゃ。何でそんなにぼろぼろになってるのよ?」

しかも、肌が見え隠れしてる位だし。

若干、鍛えられた肉体に眼が行きかけながらも、何とか隠してみようと画策する射命丸。

 そんな彼女に気づいた素振りもなく、イオがあはは……という乾いた笑声を響かせ、

「うん、まぁ……幽香さんと戦ったのが、ね。ちょーっと今回は真面目に死を覚悟したよ、ほんと。――同時に、幽香さんも女性なんだなぁって知りたくもないことを知らされたね」

あっはっは、と何故かイオは軽やかに笑って見せた。

 そこへ、

「……全く。指摘される方の身にもなりなさい」

「おおっとぉっ!?も、もう今日は止めましょ、ね、ね?」

何時の間にか奇麗な格好に戻っている風見幽香に、イオは思いきり反応して脂汗を流しながら降参の意味で手を挙げて見せる。

「……フラワーマスターじゃないですか」

「あら?そこにいるのは何時もの鴉天狗じゃないの。珍しくカチ合ったみたいねぇ」

くすくす、と幽香が笑うが、

「あの、もう御怒りではありません、よね……?」

と恐る恐るイオが話しかけたことによって、溜息へと変化した。

「……全く、そんなにおどおどとしなくても、もう怒ってはいないわ。流石に今回のは私も夢中になりすぎていたからね。――でも、次ハ無イワヨ?」

「イェスマァム!!」

ビッシィッと直立不動の敬礼へ移行し、イオは冷や汗を流しながらもそう誓う。

 その様子に何やら不穏な空気を感じ取ったのか、

「……一体何をやらかしたのよ、イオ」

と、若干ジト眼で射命丸が話しかけてきた。

 だが、

「……」

必死になって眼を逸らすばかりで何も言わない。

 それ所か、

「じゃ、じゃあ幽香さんこれで依頼は終了ですね!これで失礼させて戴きます!」

「あっちょっと!!」

一目散に逃げ去ってしまった。

 明らかに後ろ暗いことがあると言わんばかりの彼の態度に、射命丸は逃げ去ってしまったイオを諦め、逆に当人であろう幽香へと話しかける。

「……一体、何をしでかしたのです?」

「ふふ、何でしょうね?」

だが、幽香も流石に大妖怪としてのプライドがある為か、にっこりと微笑むばかりで何も告げることはなかった。

 とはいえ、射命丸も新聞記者を始めてかなりの年月を経験している。

 その経験からくる勘が、明らかにネタになりそうな雰囲気を感じ取っていた。

「……もしや、イオと戦う内に服が破けてきたんです?」

「さぁ?御想像にお任せするわ。もう、正直あのことが起きた時点で興が削がれたからね。後で、あの子の家に報酬を届けておくから、そのように伝えなさいな」

「むぅ……分かりましたよ、もう」

どうあっても答えてくれそうにない彼女に、ようやく射命丸も諦めてそう告げる。

(こうなったら、イオを尋問してでも……)

若干昏い眼でぶつぶつと呟いている彼女に、幽香は苦笑しながらも何も言わずに立ち去っていった。

 

――その直後。

 

「――文?幽香さんもう帰られた?」

ひょこっと物陰からイオが現れたのである。

 きょろきょろと頻りに辺りを警戒しているイオは、眼の前の彼女の様子が可笑しいことに気づくことなく、自身に危害を加える者がいないかと見ていると、

 

ガッシィッ!!

 

「いたいいたいいたい!!?ちょ、文痛いってば!?」

「……正直に吐きなさい。何をしたの……!」

「ふ、不可抗力の事故だよ!少なくとも僕は悪くない!」

ぎりぎりと締め上げられる肩の激痛に、イオは若干脂汗を流しながら叫ぶが、

「へぇ……じゃあ、もしかしなくてもラッキースケベ的な事故が起こったのね?――この、ヘンタイ」

「ぐはっ!?」

普段からそれなりに親しくしている少女からのこの舌鋒に、イオが喀血した。

肩を掴んだまま、

「何時か、こんなことが起きるんじゃないかって思ってたのよ……!これも、イオの周りに女の子が増えてきてるから!」

「幾らなんでも理不尽過ぎぃ!?」

不機嫌まっしぐらな彼女の表情に、流石のイオも捨て置けないとばかりに叫ぶ。

 周囲の里人達は、突如として起こったこの出来事に何だ何だと視線を寄こしたが、イオ、そして射命丸の二人が騒いでいるだけであると知ると、

(なんだ、痴話喧嘩か)

と、犬も食わんとばかりに日常へと戻っていった。

 そんな周囲の状況に渦中の二人は気づく素振りもなく騒ぎ続けた。

 そこへ騒ぎがあることを聞き付け、動きだす人物も当然のことながらいるわけで……。

 

「――天誅!!」

 

続けざまに弐発、青天に鈍い音が響き渡る。

 余りの痛さに悲鳴を上げることなく蹲まる二人に、寺子屋から急ぎやってきたハクタク――上白沢慧音が深い溜息を吐きながら立っていた。

「……全く、仲が宜しいのは結構だが、人里で痴話喧嘩は止めなさい」

「「誰が痴話喧嘩ですか!!?」」

がばり、と頭を上げ、二人して叫ぶその姿に、慧音は再び溜息を吐くと、

「寧ろ、そう思わない人間・妖怪はいないと思うぞ?」

「ぐっ……」

「……理不尽だよ……僕何にも悪くないのに」

若干心当たりのある射命丸は言葉に詰まり、何でも屋の若者はというと頭を撫で摩りながら文句を呟いているようだ。

 その呟きを耳聡く聞き付けたのか、ギランッ!と射命丸の眼が光を放った。

 だが、隣にいる親友(と思っている)彼女の様子に気づくことなく、イオはショボンとしょげているようである。

(……やれやれ。この二人もなんだかな……)

素直になれない少女もそうだが、頑なに誰にも眼をくれようともしない青年も明らかに悪かった。

 しかも、ことが恋愛に関するだけに、こういう場合というとイオの方が圧倒的に悪い。

 これは、古今東西の恋愛事情でも同じことが言えるであろう。

 とはいえ、こういった問題に他人が関わるとなると、大抵が明後日の方向へと流れてしまいかねなかった。

 故に、慧音はけしてそれに触れることなく溜息を吐いて、

「ともかく、二人共余り人里で騒がないようにしてくれ。特に、イオだ。只でさえ、君が騒ぎの元になっていることが殆どだからな。何でも屋をしてくれているのは感謝をしているが……だからと言って、無駄に騒がしくなるのは好ましくないのだぞ?」

「むぅ……」

納得がいかないとばかりに唸るイオだったが、仕方なさそうに頷くと、

「分かりましたよぅ……大人しくしてまーす」

「是非ともそうしてくれ。――射命丸も、だぞ?」

「……ええ、言われるまでもないですよ」

未だむっつりとした不機嫌さながらの表情だった彼女も、慧音のその物言いにしぶしぶと頷く。

 その様子に、どうやらこれ以上の騒ぎは起こらないようだと感じた慧音が深ーく息をつくと、

「……全く。君たちが暴れ出すだけでも、人里に被害が及び兼ねないんだ……もう少し、考えてくれると私としてはかなり助かる」

「オゥフ……それは申し訳なかったです……」

かなり苦労をしていそうな彼女の様子に、流石にイオも申し訳なさそうに謝ったのだった。

 

――――――

 

「――で?フラワーマスターから離れていった割に、どうして直ぐに戻ってきた訳?」

ちょっとむすりとした射命丸が、腰に手を当てながらイオに向かって詰問する。

 あれからというもの、イオと射命丸は二人人里を歩いていた。

 若干不機嫌そうな射命丸の様子に、中々イオが話しかけられない状況が続いた後、彼女の方からそう尋ねてくれ、正直イオは内心ホッとしながら、

「ちょっと、ね。幻想郷中を飛び回ってる文だったら、知ってるかもしれない情報があるかなって思ってさ」

「……?何があったのよ?」

「まぁ、有体に言えば月旅行の時の船の材料集めだね。一応、設計図は出来たんだけどさ、着陸の時でも耐えられる構造の船を作るのに、金属を集めることになったんだよ」

ようやく此方を向いて不思議そうにしている彼女に、イオはおっとりと笑顔を浮かべながら、答えてみせる。

 すると、眼を若干驚きで瞠らせながら、

「はぁ?どうしてまたそんなのを」

「何が起こるかさっぱりだからね……少なくとも船の外装は頑丈にする心算でそうなったんだ」

「へぇ……そりゃあまた」

言いながら、射命丸はどうやら己が情報を利用してくれるとあってか、段々機嫌が元に戻りつつあった。

「そういう訳だからさ、融通してくれそうなトコ……何処かに無いかな?」

両手を合わせ、拝むようにして尋ねられると、射命丸は直ぐに考えるような表情となって、

「そうねぇ……そうしたら、河童の所に行くのがいいかもしれないわ」

「河童……?」

初めて耳にするその妖怪と思しき種族の名に、イオが首を傾げてそう問うと、射命丸は一つ頷いて、

「少なくとも、この幻想郷の中では断トツの技術力を持っているのは確かでしょうね。それに、人間にも友好的な妖怪だし、腕は勿論、性格も保障出来るわよ」

「……そっか……良かったぁ。有難う、文」

「でも、言っておくけれど……金属が大量にある訳じゃあないからね?」

「大丈夫、そこらへんは自力で何とかするよ。パチュリーさんとも協力体制を作ってるからさ」

じゃあ、早速で悪いけれど、送ってくれないかな?

 何処か急くようにして言われ、射命丸はきょとんとして首を傾げると、

「……まだ、設計図の段階なんでしょう?そんなに急ぐ理由があるのかしら?」

「どんなことにも対応出来るようにしておかないといけないんだよ。完成を急ぐ意味も、少しは含まれてるけどね」

でないと、レミリアさんが痺れを切らすかもしれないからさ。

未だにぼろぼろの状態でかつずーんと、暗い雰囲気を醸し始めた彼に、射命丸が何処か納得したように頷きながら、

「あー……まぁ、御愁傷様としか言いようがないけど……月へ行くのは決まってるし、そんなに焦らなくてもいいんじゃないかしら?」

ちゃんと完成してくれた方が喜ぶんじゃない?

「うーんどうだろ……まぁ、あの人のことは一旦置いておいて。兎も角、連れていってくれるかな?繋ぎを取って置きたいし、そこに転移の魔法陣刻んで置きたいからさ」

直ぐに動けるようにしておきたいこともあるしね。

 ニコニコと笑いながら返事を待つ彼に、射命丸はうん、と頷くと、

「任せなさい。幸い、あの娘には世話になってることもあるからね。住んでいる所も十分に把握しているわ」

「ホント!?わぁ、凄く楽しみだ!」

心底から嬉しそうな笑顔と、わくわくとした空気を感じる彼の様相に、射命丸もふっと微笑みを浮かべた後、直ぐに不安そうな表情になり、

「……あ、でも。言っておくことがあるわ」

「??なぁに?」

突然表情を暗くさせた彼女に眼をぱちくりとさせたイオがそう尋ねると、

「あの子……はっきり言って人見知りするし、かなり臆病なのよ。人間に友好的な性格をしているとはいえ、そこの所分かって上げてくれるかしら?」

「へぇ……そうなんだ。うん、分かったよ。なるだけ刺激をしないように動くから」

「助かるわ……当人としては、頑張っている方なんだろうけれど……それでも、親しい妖怪と接するのは少ないしね」

「だったら、会う前に胡瓜でも持っていってあげれば喜ぶかな?」

すた、すた、とゆっくりと歩きつつ、傍らの少女にそう問えば、彼女は再び考えるような素振りを見せた後、

「そうして上げて。少しはましになるだろうし」

「そっか……じゃあ、何を作ろっかな」

木耳と胡瓜使って酢の物でもいいし……浅漬けもいいかも。

早速その妖怪に上げる料理を考えだしたイオ。

 そんな、顔立ちが整っていると言える彼の横顔を眺めながらも、射命丸はゆっくりとその歩みについていくのであった。

 

 



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ザ・説明回「イオの剣術のおおよそ」

改めまして、今回はイオの剣術について述べていきます。
第一剣技から第三剣技の三つ、そしてイオの龍人としてのトランスフォームとその他を載せておりますので、興味ない方はすぐさま三つ後のお話へと飛んで下さい。

かなり淡々とした文調なので、退屈なこと間違いないです(おぃ


――設定集――

 

 

▲壱刀流『蒼龍炎舞流』▲ 分類 剣術

 

◎特性…古今東西の武技を集約させた、開祖イオ=カリストの第壱剣技。開祖が愛用した

刀だけにとどまらず、大剣、槍などに始まる各武器の特性を集めた技であるため、

刀以外の武器であっても程々に技を使用することが可能である。

 

■無手『蒼龍牙刃』

 所謂、徒手空拳術にあたる。合気道・空手・八極拳を中心にまとめられた、対象を拘束する事を目的とした武術だが、無手であれども殺傷する事は可能。

 

○構え方…右足を前に、左足を後ろへとせまく開き、腰部の両側に握り拳を軽く当てている立ち姿。

 

・壱式『裂空』

○特徴…主に、手刀や足刀等、体の一部分を刀に見立てた戦闘術。故に、『蒼龍炎舞流』の技たちを、少しばかり手足の間合いと刀の間合いに異なりが出てしまうものの、使いこなす事が出来る。とはいえ、如何しても大ぶりの動きが目立ってしまう為に注意が必要となる。

 

・貳式『風衣』

○特徴…相手の動きを基点として、対象がふるってきた力をそのまま返す技。合気道を中心として単体制圧の技が多い。注意としては技を返す際に素早く動かなければ相手にダメージを与えられない点にある。

 

・参式『龍嵐』

 ○特徴…八極拳を基にした、単体破壊の技にして主に威嚇の意味合いが強い技。少数の迎撃のみで相手に恐怖を抱かしめる技であると言える。

 

■壱之型『疾風』

○特徴…反撃特化の型であり、相手の動きに合わせて得物を返す。故に、対象の意識の間隙を縫って踏鞴を踏ませる事も、一瞬にして斬り裂く事も可能。

○構え方…通常の正眼と呼ばれる構えから、柄を胸元に引き寄せつつ右手で柄全体を、左手で柄の下部を包み込むようにして握る、俗に迎正眼と呼ばれるもの。

 

・壱式『碧風』

待ちの型。刀に対象の得物が叩き込まれた際に発動する。叩き込まれた得物を絡め取るようにして奪い、そのまま奥義へと移行する事も出来る、変幻自在の技。

 

・貳式『烈風』

居合の型。納刀した状態で、一瞬にして五~六連撃を叩きこむ。唯一、壱式の連携技に適さない技。

 

・参式『塵風』

攻めの型。構えから最大十連撃の真空刃を繰り出す。速度のみに特化しており、開祖にとってはフェイントの意味合いが強いが、常人からすれば其れなりに危険な技である。

 

◎壱式奥義『流星』

両手足・眉間に向って五芒星を描くようにして突きを繰り出す。余りの剣速により、ほぼ居合のようにさえ見えると言われた代物。

 

■貳之型『緋炎』

 ○特徴…一撃必殺に特化した型。斬り払う際には真空刃も発生する為、ある程度の範囲攻撃まで可能。とはいえ、他の型と比べて動きも大きいため隙が出来やすいので注意。

 ○構え方…正眼から右足を大きく後方に向って開き、刀の切っ先も後ろへ向ける、俗に脇構えと呼ばれる代物。

 

・壱式『紅蓮』

構えから、大きく右下―左上へと斬り上げる技。至近距離からこの技を放たれば即死する。

また、場合によっては対象の後ろにいる者さえも斬ることも可能。

 

・貳式『車焔』

大きく縦に壱回転するようにして薙ぎ払う技。自分の前後から襲い掛かってくる者に対し

て範囲技として攻撃できる。

 

・参式『焔薙』

上記の技と比べ、こちらは横へと壱回転する技。自分を中心として広範囲の円状に技が展

開される。

 

◎貳式奥義『煉獄』

構えから大きく振り上げまっすぐに振り下ろす一刀両断の技。直線状に真空刃が発生する

上に範囲内で局地的に地割れも起こせる技でもある。

 

■参之型『蒼牙』

 ○特徴…突きに特化した型で、主に狭い通路にいる際に使用される。

 ○構え方…刀を片手で持ち、上段から変化した切っ先を前方に向けてもう片方を峰に添えた構え。細剣の構え方と同様である。

 

・壱式『氷柱』

構えたまま走り出し、勢いのままに大きく突きを繰り出す。主に、直線状になっている通

路などで使用されている技であり、突くだけでも真空刃が発生する為、ある程度範囲的に

攻撃する事も可能。

 

・貳式『氷霧』

対象から飛び道具及び魔法を使用された際、飛んできた物に対して気または魔力を込めた

突きを放つ事により消滅させる技。但し、魔法のタイプは弾(バレット)型のみ消失させ

られるが、その他の魔法(範囲、補助等)は不可能。

 

・参式『吹雪』

自分の立っている場所が雪上、水上、地上にある際に発動できる技。足もとに向って真空

刃を放つ事により、土などが舞い上がり対象に対して目潰しの効果をもたらす。

 

◎参之型奥義『氷龍』

構えから人体で言われる所の正中線を、真っ直ぐに連続の突きで穿つ技。対人戦で使用さ

れる。

 

◆壱刀流最終奥義『終焉』

単体の対象の腰部から上半分を、全方位・全角度から無数の斬撃を叩きこむ。強力な技で

はあるが、『腰部から上半分』と限定された範囲の為、うつ伏せ及びほとんど倒れこむよう

にして前に屈む事で避けることが可能である。

常人であれば、この致命的と言っていい弱点を直す所なのだが、開祖はあえて修正せずに、

次項に示す貳刀流にてその進化の先をなした。彼の人物が何を思って修正を施さず、その

ままの状態で壱刀流に遺したのかは謎に包まれている。

 

 

 

▲弐刀流『龍王炎舞流』▲ 分類 剣術

○特徴…壱刀流の技の全てを昇華させた、開祖イオ=カリストの第弐剣技。壱刀流が単体及び少数に対する技であるとするなら、この弐刀流は対軍、対大魔獣に特化した流派であると言える。

 

■終之型『明鏡止水』

弐振りの刀を、ただあるがままに持つ静謐にして全なる型。自然体という余分な力が抜け

た状態こそ、最高の技につながるという開祖の思いが込められている。

 

・壱式『焔華碧刃』

只、最速の斬撃を無限に創り出して斬り裂く技。速度と斬撃を極めた一つの形とされる。

開祖の著した『秘傳書』によれば、

  「形ナク、サレド壱ノ全テヲ斬リ裂ク」

とある。

 

・貳式『風塵流水』

全ての攻めを、風に舞う塵のごとく、流れる水のごとく受け流しては返す技。無駄を削ぎ落とし、速度を極めた返しの壱閃を放つ。

開祖の『秘傳書』によれば、

  「斬ラレシ者、参歩行キテ己ガ死ニ気ヅク也」

と示されている。

 

・参式『断空地裂』

自然体より同方向に二振りを同時に構え、一息で大きく縦に振りおろす。全力で振るわれるその斬撃は、『秘傳書釈』にて明かされる所の、

  「空ニ在リシ雲、母ナル大地、全テガ割レ爆ゼリ」

にある言葉の通りに、全てを一刀両断する。

 

・肆式『虚空刹那』

鞘に収められた両刀を抜き、自然体のままに全て一閃で以て斬り裂く。どのような状況に体が置かれていたとしても、技の起こりなどなしに斬り裂くその姿は、まさしく閃光の如し。弐刀流の技の中において、唯一の居合技。

 

 

・伍式『裂空蒼槍』

空中、或いは水中において使用されている技であり、両手に握る刀で以て怒涛の突きを繰り出す。高速を超え音速にまで至ったその刃は、容易く真空刃そして水刃を発生させる。

 

◎龍王炎舞流最終奥義『紅蓮龍王炎舞』

己が視界に入るすべての物質(ある程度選別可)に対し、全方位・全角度から隙間なく無数の斬撃を叩き込む。開祖にとっては、第弐の剣技に当たるこの流派の全てを、集約した技であると言える。但し、開祖はこの技の使用に当たり制約を設けていた。

対する相手、もしくは多人数に対し、爆発的に体内に存在する気を増加させた上で、何らかの強い感情を抱いていない限りは行使できないようにされている。恐らく、ある種の制御装置としてそのような制約を課したのであろう。

 

『秘傳書釈』

開祖曰ク、

「吾レ並ヒニ吾カ弟子、理ニ至リシ者己而此ノ領域ヘト至レリ。至ラヌ者、吾カ技用ヒテ滅ヒル已而。努々忘ルル事勿レ」

ト。

此処ニ於イテ示サレル所ノ『理』、修羅モ天神モ預カリ知ラス。

只、宙ノ果テ、全テカ生レシ所ニ、其ハ在リト開祖傳エタリ。

開祖亦曰ク、

「其ハ全テニシテ、始源也」

ト。

 

▲貳刀流『龍皇炎舞流』▲ 分類 剣術

 

○特徴…『龍王炎舞流』を進化させた、開祖イオ=カリストの第参の剣技にして完成された技。先述した全ての技に比べ、物理法則にまで干渉する技が多数存在し、最早常人が測れる領域には無い。

 

■無之型『零之至剣』

『』へと至りし者が創り上げた、至高にして強大なる技の全てが此処にある。開祖の極め

つくした剣の全てが此処にある。汝らとくと見よ、至源之剣術を。

 

○構え方…『明鏡止水』

 龍王炎舞流と同様。

 

 

・壱式『天剣絶刀』

天を平面に見立て、双刀『朱煉』(開祖愛用の弐振り)と同形状の気刃を創り出し、平面上

に逆様に無限に設置する。その後、双刀を鞘に納める事によって、その気刃達を余すとこ

ろなく地上へと落下させる技。

 

・貳式『断空貳撃』

第弐の剣技、「龍王炎舞流」が参式「断空地裂」の進化した姿。縦に振り降ろされるだけに

留まらず、横の一撃も加えられた事によって威力が増した。

 

・参式『煌輝光顕』

「龍王炎舞流」が肆式「虚空刹那」の進化した姿。自然体で納刀したまま、次元を斬り裂

く刃を繰り出す。弐刀同時に繰り出されるその技は、まさしく必殺の技であると言えよう。

 

・肆式『黄金秘弾』

この技は、彼の持つ技の一つである投擲術『魔弾』を進化させた姿であり、自身の体そし

て自然に存在する『黄金比』と呼ばれる法則を利用した、無限の回転を生み出す技である。

ただし、この技は開祖のみが使用出来た技であり、後世に至っては失伝してしまっている。

 

・伍式『煌龍牙刃』

壱刀流「蒼龍炎舞流」にて示された徒手空拳術「蒼龍牙刃」の進化した姿であり、全ての

徒手空拳術が集約されたものである。この中には気功術(後述にあり)も含まれる。

 

・陸式『蒼天裂槍』

龍王炎舞流の伍式「裂空蒼槍」の進化した姿。基本的な動きは変化していないが、速度が

光速に達した上、乱れ突きに留まらず気及び魔力を溜めて撃ち出す事も可能になった。

 

・漆式『青嵐華焔』

龍王炎舞流壱式「焔華碧刃」、貳式「風塵流水」の融合技である。基礎である「攻め、受け、

払い、貫く」を極めつくした斬撃技は、流麗な動きである故に対象を動かすことなく斬り

刻む。

 

◎龍皇炎舞流最終奥義『終焉:龍皇炎舞』

究極の技にして開祖が悟りし『』へと至る技。あらゆる全てを認識したうえで、全式を叩

き込む。技を受けし者は、抗えることなく敗れ等しく塵へと化すのみ。

 

◎『虹之煌剣』

もう一つの開祖の最終奥義とされる技。全属性の魔法が付与された得物で、前述の最終

奥義と組み合わせるというこの技は、開祖が『秘傳書』において、

  「吾カ技、此処ニ終ワレリ」

と断言するほどのものである。

この技が生み出されたきっかけは、開祖の生涯にわたって友であった「賢人」の創りし「全

属性魔法」と言う存在を目の当たりにしたことからであり、万物に等しく攻撃を与えられ

る故に、開祖はそれを自身の技へと昇華させた。

 

■『秘傳書』ニテ示サレル開祖ノ固有技

 

◎『龍皇覺醒』

全身の細胞一つ一つに宿る『気』というエネルギーを、爆発的に高める事によって身体能

力を大幅向上させる補助の技であり、いわゆる気功術である。但し、使用後必ず多少なり

とも身体能力が常時のそれより低下する。これは気を扱ううえでは不可避であると開祖も

記している。

 

◎魔眼『金眼律法(ソロモン=アイ)』

親友である「賢人」と共に編み出した、禁術指定の代償魔法。魔法分類上では補助に当た

るこの魔法は、開眼する事によって自身の肉体に眠る潜在魔力を限界まで引き出し、開祖

の適性である五行魔法属性が一つである「木属性」、そしてそこから派生する所の「風属

性」・「吸属性」・「雷属性」の三属性の全魔法の詠唱文を破棄して、無詠唱で唱えられるようになり、その上魔法陣の構成も瞬時に行える強烈な魔法である。

但し、代償魔法であると前述したとおり、効果に対するデメリットが格段に大きい。

まず、これは開祖のみに使用が許されたものであること。

使用後は必ず血涙を流す上に、使用頻度が多いほど眼から光が奪われていく代物である。

開眼時は、蒼色の五芒星が眼の水晶体に浮かび上がるようになっており、瞳孔の金色と相

まって開祖の姿が神秘的であったとされている。

 

◎神眼『黄金律眼(アルスマグナ=アイ)』

魔眼「金眼律法(ソロモン=アイ)」の進化した姿。副作用である失明と血涙がなくなり、開祖の適性である四属性に留まらず、全ての属性を操れるまでに変化している。

是によって開祖のもう一つの最終奥義である「虹之煌剣」の使用が可能になったが、相変わらず開祖しか使用できない上、開祖が本来の種族である「龍人」へと目覚めなかったならば、魔力不足によって衰弱死してしまうほどに、必要魔力量が高い。

変化はそれだけにとどまらず、眼に浮かんでいた五芒星も六芒星へと変化している。

これ等の魔眼・神眼二つの仕組みは魔法と言う技術の仕組みが、術式・魔法陣にある点に集約される。つまり、簡単に言ってしまえば世界に存在する術式および魔法陣を脳の中に刻みつけるようなものなのである。故に、詠唱破棄も可能であるし、魔法陣の構成も簡単にできるわけなのだ。

 

◎変化『転変龍神(チェンジ・ドラグーン)』

数ある人種の中においても別格のそして幻の存在足る龍人そのもの、或いはその因子が色濃く顕れている者のみが発顕できる固有能力(オリジン)。人の身から、龍を模した人型や龍そのものへと変化出来る大技である。

己が肉体に宿る龍の司る物によって姿形が異なる事もあるため、全部の龍人が同じような形になる事はない。

開祖が示す所の龍は四聖獣が一柱である『青龍』であり、木属性を司っている。

また、この固有能力(オリジン)には二つの形態が開祖に顕れており、それらは強力であるがそれゆえの制約も存在している。

 

■神霊『龍神剣士』

 

『秘傳書』ニ曰ク、

「彼之者、龍ヲ模セシ姿トリシ龍騎士也。其身堅キ事金剛之如シ。其身疾キ事雷光之如シ。

人之形トリシ故ニ、剣振ルエハ瞬ク事無ク全テヲ断チ斬ル也」

ト。

 

☆使用技と固有技能

 

◎第参剣技『龍皇炎舞流』

七つの剣技と二つの最終奥義で構成されている。得物は刀に留まらず、式の掛け合わせを用いた剣技も使用可能。

 

◎龍爪『ドラグナルクロー』

形態変化の際、全身を龍を模した全身鎧(フルプレートメイル)で覆われるのであるが、得物が普段握られる籠手は、通常時は人間の手になっているものの、一度力を込めながら念ずることによって、爪が発顕する仕組みになっている。真龍の鱗と同程度の硬度を持っているために、柔な鉄などの金属は易々と斬り裂いてしまえるほどである。

 

◎龍翼『ドラグナルウィング』

空を駆けるためだけに顕現した機構。背中及び両肩付近に計二対の両翼を付与する。小さなその姿とは裏腹に、一度飛べば雷神の如き疾さを入手できる。

 

◎煉気『覇気纏装』

簡単に一言でまとめるならば、得物に各属性の魔力及び魔法を付与する技である。ただ、『虹之煌剣』と比べて何が異なるのかと言うと、まず、開祖が開眼した固有技「神眼『黄金律眼(アルスマグナ=アイ)』も含む魔眼が使用できない。いや、厳密には使用できるのだが、しても意味がないのである。

その理由は、神霊『龍神剣士』及びもう一つの形態に言えることなのだが、自身の肉体を核にしてその上にもう一つ肉体をかぶせるようなものであるために、結果として魔眼・神眼が世界に影響することなく覆われてしまう為である。

故に、単属性しか付与できない上に、開祖の元々の適性のある魔法属性「木・風・吸・雷」の四属性の、それも弱い威力の魔法しか付与できない。

 

◎硬化『ガードアップ』

関節部など、人体の構造上如何しても弱くなり易い個所を一時的に強化する。但し、該当箇所及び全身が石像のように固まってしまう為、使用タイミングが厳しい。とはいえ、そのデメリットも無視できるほどには堅固になれる。

 

●神霊『龍神剣士』の詳細

数の暴力で襲い来る敵をすべて滅殺せんとする開祖の龍人としての固有技能の一つである。

人体の構造上、関節部は如何しても弱点になりがちであるが、それを補って余りあるほどの強度を持っている。また、気功術も使用可能である。

彼の種族「龍人」は、先程も述べたとおりに司る属性によって姿・色形は異なっているものの、総じて龍を模した何か、そして司る龍そのものに変化する事は可能である。開祖の場合はそれが龍を模した全身鎧姿と、もう一つは龍そのものへと変化するものであった。

但し、通常の龍人が使用する時と言うのは、大抵命の危機に晒された場合に使用するのに対し、開祖にとっては普段使用する肉体の延長上であるため、大して重要なものではなかったりする。

とはいえ、本当に全力を出しても構わない相手に対してはこの二つの肉体を使用している。

 

■獣身『蒼紺龍神』

 

『秘傳書』ニ曰ク、

「其身四聖獣カ一柱タル青龍也。其他ニ告ク可キ事無シ。汝等求ル事勿レ。知ル事ヲ欲スル者罪也。故ニ深ク秘スル上、何人タリトモ犯サ不ル所ヘ封ス可シ」

ト。

 

☆使用技及び固有技

 

◎全剣術之技之一部

全身が完全に龍となってしまう為、使用する剣技が制限される。とはいえ、全長三m半にもなるその巨体から繰り出される技は強力であり、簡単に致命傷になりうる。

使用可能剣技は、

第壱剣技「蒼龍炎舞流」からは弐之型全ておよび無手「蒼龍牙刃」。

第弐剣技「龍王炎舞流」からは、貳式・参式・伍式。

第参剣技「龍皇炎舞流」からは、貳式・伍式・陸式・漆式。

 

◎龍咆『ドラゴニック・ロア』

複合属性たる「龍巻」属性が付与された龍の息吹。数瞬の溜めから吐き出されるそのブレスは、破壊を伴って全てを吹き飛ばす。

 

◎剛体『金剛龍尾』

一時的に強化された尾を前方そして後方に対して大きく薙ぎ払う、どちらかと言えば衝撃で以て倒す技。

 

◎轟雷『蒼龍天雷(ティタン・ケラウノス)』

両腕に魔力及び自然発生する雷をかき集め、大きく腕を振り上げてから振り落とす、殺傷性が過分に高い技。自身の魔力だけでなく自然発生する雷まで使用しているため、収束した雷が広範囲にわたって降り注がれていく。

 

◎天槍『蒼雷神槍(ロスト・ロンギヌス)』

龍咆と同じく龍巻属性を使用しているが、この技は壱点集中に特化したものであり、片手・両手どちらとも使用可能。

槍の形に集束された龍巻を持ち、対象に対して力の限りに投げつける。

また、投げずに槍術を用いることも可能で、これによって第弐剣技と第参剣技のそれぞれ伍式と陸式を使用する事が出来るようになった。

この状態の攻撃は、風属性の鋭さそして雷属性の疾さで以て振りぬかれるために、仮令障壁を張っていたとしても柔な代物では簡単に貫通される。

 

◎纏装『斬空龍爪(スラッシュ・ドラグナルクロー)』

神霊「龍神剣士」時の龍爪と比べ、破壊力も鋭利さも増した両手による爪攻撃。風属性を付与しているために、吹き飛ばしや鋭利さを底上げしている。

 

◎使用可能魔法

木属性及び派生の三属性(風・吸・雷)の四属性しか行使できない代わり、人型時に使用する時と比べて必要魔力量が格段に少なく、しかも其れなりに強力な魔法を連続使用する事が可能。とはいえ、「賢人」の様に古代級魔法を使用するわけではなく、あくまでも無理のない、中級魔法から上級魔法の範囲の魔法だけであるが。

 

 

 



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ザ・説明回2「アルティメシア世界の魔法について」

 

◆魔法◆

特徴…此処で言う所の魔法とは、即ち世界の物理法則たる“五行思想”を基盤においた、五属性(木火土金水)及び派生の十二属性(風・吸・雷・焔・光・爆・氷・霧・酸・岩・圧・闇)の『自然魔法』(通常魔法とも呼称される)。

そして、もう一つが奇跡の体現とも言われる『神聖魔法』である。この魔法は人体に関する魔法とも、或いは邪を滅する力であるとも言われている。

この二つの魔法は、普人種そして亜人種達にとって獣あるいは魔に対抗する事が出来るようになった要因であるとされている。

但し、その始まりについては神代に遡らなければならないほどに、資料が乏しく、あってもいわゆる記録的なものではなく、殆どが大抵神話に留まるものでしかないため、今なお研究者たちによる遺跡での探掘が行われているほど。

 

◎適正について

人類が魔法を使用するに当たり、如何しても避けられない物が存在した。

――いわゆる、その人物にとっての魔法の適正である。

どの種の人類であれども、必ずと言って使用可能な魔法が一種類以上存在するのだが、血筋或いは才能によっては適性の魔法属性が制限されたり、もしくは使用可能になる物が増えたりすることもここ最近の研究によって判明した。

とはいえ、幾ら制限が存在しようとも、ある程度の生活が出来る程度の魔法は使用出来たりする(例えば、暖を取りたい時に火の魔法に対する適性が無くとも、ほんのちょっとの小さな火は使用できる)。これは、どのような種族にあっても共通事項である。

 

◎詠唱について

『言霊』という言葉が存在している。基本的な理念としては、およそ言語を解する種族の発する言葉には力が存在するといったものではあるが、この魔法に関しては如実に表れた単語であると言えよう。

言葉によって自然、人体、そして宇宙からでも力を引き出し、現象として顕すのである。

故に、魔法における詠唱とは、無詠唱のように基から必要としない魔法もあるが、大抵は想像を創造し、形として現実に呼び出す為に使用されるのである。

 

◎魔法陣について

上記の、『言霊』の言葉だけでも魔法は使用可能(無詠唱・初級の魔法程度以外は除く)であるが、範囲指定・威力の増減など付け加える条件があるととたんに難しくなる。

故に、五芒星型の魔法陣を空中に展開する事(プログラミングというが)によって、中級から以上を使用する事が可能である。

 

◎実際に使用する魔法について

・詠唱文の長さによって威力及び範囲が少しだけ変化する。

これは、ある種世界に対する言霊であると言える。例を挙げるなら神道における祝詞のようなものであると考えてほしい。最も、実際の詠唱文は大抵命令形で締めくくられている事が多いため、祝詞の様に心底からの自然に対する讃嘆をしているわけではないが。

とはいえ、詠唱文をわざと長くすることによって実際に組み上げる魔法陣を小さくすることで必要魔力量も少なく、かつ大量に配置する事も可能になる事もある。

(例:詠唱文を読み上げる→同時に大量に魔法陣を構成する→詠唱の完成と共に魔法陣からバレットタイプ(例:ファイヤーボールなど)を大量に撃ち出せる等)

しかしながら、二刀流『龍皇炎舞流』が開祖イオ=カリストと同期であり、生涯の友であった「賢人」がその事を披露するまでは、単純な初級及び無詠唱の魔法は顧みられなかった経緯も存在する。

結局のところ、魔法と言う存在は『言霊』だけに留まらず、思いの力もあってのものなのかもしれない。

 

◎魔法のタイプ

 

・弾(バレット)型。

単純に魔力を適性のある各属性へと変換し、魔力の塊として撃ち出す。単純な魔法ではあるが、極めたものは少なく、大したものではないように扱うものが多い。

だが、元々この魔法に対する見識と言うものが出てきた事が少なかったため、彼の「賢人」でさえ、単純と言われたこの魔法を省みたことがなかったと自伝の中において述懐している。

そも、その言葉が出てきたきっかけは、かつて行われた闘技大会において二刀流開祖「疾風剣神」と「賢人」が衝突した過去によるもの。

その戦いののち、生涯の友にして好敵手であった「疾風剣神」の速さに順応できるように、改めて自身の魔法に関して徹底的に検証を行ったところ、こうしてシンプルでありながら時と場合によっては強力な物になりうるこのタイプが日の眼を見ることが出来たのだった。

 

さて、改めてこの魔法タイプの構成を述べていこう。

とはいえ、先述のとおり魔力を各属性へと変換の後、魔力を込めて撃ち出すそれだけのものであるが、フェイントとして魔法陣をあえて構成するという手も存在する。

実際の対峙するものにとっては実に分かりにくい、とても厭らしい(あえてこの言葉を用いる)戦法となりうるのである。

 

・範囲指定型

風属性、或いは火属性や水属性など、範囲を広げる事によって効果を行き渡らせる方法も存在する。

とはいえ、流石に先述のバレットタイプの様に無詠唱で済む事は限りなく少ない。例外としては「疾風剣神」と「賢人」が生み出した神眼「黄金律眼」や魔眼「金眼律法」を使用した時であろうか。

詠唱文を読み上げると同時に、魔法陣を構成する。

このとき、魔法陣の構成としては、視界内に入る大まかな位置取りを関数で示し、威力を化学の術式等に当てはめ、発動する事になる。

何故、魔法陣に数学の式が用いられるのか。それは、位置を示し力の大きさを決めるのに最も適したものであるからに他ならない。

これは、以後示される所の集束型・広範囲殲滅型にも言える事である。

 

・集束型(レーザータイプ)

魔力を集束させながら対象を貫く、主に光や水など不定形の形状を持つ属性に適用される。とはいえ、他の属性に対しても適用されないという訳でなく(その場合は通常よりも魔力を必要とするが)、穿つ事も可能である。

魔法陣の構成としては、魔力の位置移動の関数と、X=8といったように直線状の通路になりうるように関数を指定する。

 

・広範囲殲滅型

この魔法は俗には古代級呪文と呼称されている代物であり、とかく被害も何も考えずただ殲滅する為だけに創られた、古代文明の負の遺産とも言える。これも「賢人」によって見出された魔法たちであり、かの闘技大会において「疾風剣神」相手に怒涛の魔法攻撃を加えたとされている。

魔法陣の構成としては、全タイプの中でも巨大であり、かつ面倒なまでに関数指定が大量に記される形となる。「賢人」はそんな作業をしながら、後世において、剣では最強にして最高の戦士と謳われた「疾風剣神」と互角の勝負を繰り広げたというのだから、驚きものである。

 

・補助型

対象の身体能力を上昇或いは下降させる魔法。属性の特性によっては対象を弱体化させる事ももちろん可能である。

魔法陣の構成としては、対象を名詞に置き換え、関数及び効果を魔法文字か梵字で以て示す。因みに、魔法文字は漢字の旧字体を、梵字はローマ字五十音法に則って使用すべし。

 

◎魔法陣の数式及び図式

 

・図式

① 二重の円の中央小円の中に五芒星を正確な角度・直線で描く。このとき、各属性の色に合わせて色を用いること。(木=青・火=赤・土=黄・金=白・水=黒[尚、派生属性は元の五行属性と同色である])

② 五芒星の中央の五角形内部に属性を顕す文字(魔法文字・古代文明文字(梵字の事)問わず)を書き記す。

③ 外側の円の中に、縦に直径を敷いた線と円に接する点を起点として時計回りに数式などを記していく。その際、線がぶれないよう正確に描くべし。尚、数式の文字の大きさは問わない。随時適宜な大きさで描くべし。

④ 注意!:ちなみに、魔力を用いて魔法陣を描かなければ、発動するどころか発生すらしない為に注意が必要。

 

◎古代級呪文(正式名称:広範囲殲滅型)の詠唱文

一般に詠唱文とは、唱えた当人による属性の効果の想像によって購われている事が多く、言葉の組み合わせによっては魔法が発現せずに失敗する事もある。

これは、相剋する属性(例:火と水、木に土等)を意味する言葉を詠唱文に盛り込んだ状態で起きる現象であり、一歩間違えれば可笑しな現象となるため非常に注意が必要。

 

古代文明は、かつては相剋の魔法を生み出そうとしていた経緯を持ち、その結果として相克はならずとして諦め、逆に単属性における強力無比な魔法を生み出す事に成功する。

以降はその単属性広範囲殲滅魔法の詠唱文であり、これ以上のものは造り出す事は不可能。

 

◆基本五属性

 

・木:「集え集え、太古より生きながらへし旧き者たちよ。今こそその芽を出すべきその時なり」――『世界神樹』(イグドラシエル)――

 

・火:「燃えよ、人と共に在りし原初の破壊よ。太古の御力、我らが敵に示す時なり」――『蒼焔白華』(アビスインフェルノ)――

 

・土:「大地よ、我らが前に怒りを示せ。大地を穢せし者どもへの怒りを。彼の敵未だ尚存せり。死を以て怒りを鎮めよ」――『大地全壊』(アースクウェイク)――

 

・金「降り注げ、彼方の宇宙(そら)より来たりし金よ。全てを貫く槍となりて我が前にありし者へと行け」――『流星金槍』(メタリックメテオ)――

 

・水「太古より変わらぬ母なる水よ。その腕で以て彼の者共を抱きしめよ」――『水結絶海』(タイダルウェイブ)――

 

◆派生十二属性

 

・風:「廻れ大気よ。廻り回りて渦をなせ。全てを巻き込み吹き飛ばせ。其は空を駆け廻る、大空の子等なり」――『斬絶裂風』(ウィンド・ザ・リッパー)――

 

・吸:「全てを吸いつくしたその時より、木はその生涯を生きる。はるかな未来までも、その命永らえり」――『生命吸収』(ライフドレイン)――

 

雷:「砕けろ刃、滅せよ命。其は全てを破壊する雷神の象徴なり。いざ刮目せよ、風が生み出したる自然の力を」――『雷神之鎚』(ミョルニルハンマー)――

 

焔:「降り注げ、天に生まれし星たちよ。汝等が力を以て、大地を焼尽せしめよ」――『恒星墜落』(メテオ・バニッシャー)――

 

光:「集束されし火の力、其の光は何よりも速く彼方へと到達する。故に知んぬ、其の力の前に、何人も逃れる術なし、と」――『光刃一閃』(オーバーレイ)――

 

爆:「其は始まり、そして終わり。其は終わり、そして始まり。全てを内包し、其はただ運命のままに、全てを破壊する」――『源始爆発』(ビッグバン)――

 

岩:「穿て、大地の力持ちし子等よ。其身、其力以て彼の怨敵を滅ぼさんと欲す。いざ行かん――地獄へと」――『褐色巨星』(ロックプラネット)――

 

圧:「圧せよ。地の底へ、はたまた大地の核へと。全てに等しく存する圧力は、願いと共に彼の者を地底へと引き摺り込むのみ」――『超圧決壊』(ハイグラビティ)――

 

闇「千の夜来たりて全てを等しく包み込む。始まりの無にして全てが生れし源。其は同時に、全てを吸い尽くす根源なり」――『混沌終焉』(カオスナイトメア)――

 

氷:「吹雪け、吹雪け。死を呼ぶ静かなる氷嵐よ。今こそ来たりて彼の怨敵を凍らし尽くせ」――『氷雪吹雪』(フリーズブリザード)――

 

酸:「喰らえ、全てを。融かせ、ありとあらゆるものを。其は全てを飲み込む太古の怪物なり」――『酸融世界』(アシッドワールド)――

 

霧:「薄く広く、其は世界に遍く存在せり。故に、彼の者の元へと、其は容易く刃を届かせる。其身を以て刃にのまれる恐怖を知れ」――『薄刃水霧』(エッジ・ザ・ミスト)――

 

◎複合属性の存在

とある国の研究者たる一人の魔法使いによって見出された、新たなる技法。

異なる属性(それも、相剋の関係にあるものではなく)を合成させる事によって新たな属性を生み出す技術なのである。(例:風+雷=龍巻、光+雷=雷光等)

故に、相性そして制御がしっかり成されていなければ、あっさりと術式が崩壊し、場合によっては暴走した魔力が術者に襲い掛かる危険性も秘めている。

だが同時に、この技術が確立された事によって、低迷の状態であった魔法学において、属性の可能性が大きく広がることとなったのである。

 

◎補助魔法の存在

 

属性の数に留まらず、魔法というのはそれなりに便利な物が多い。

補助魔法もまたそのうちの一つであり、こちらの場合、単純に補助と一言で言うだけでも其れなりに数も存在した。

以降は、その種類を簡単に述べていくものであり、合わせて様々な物を紹介していく。

 

――身体能力向上系統――

 

言葉の通り、五感に留まらず全身の筋肉など、身体技能を一時的に増強する代物。

主に、五属性の齎す物によって、強化される物が異なっている。

・木属性

木は気に繋がるという考えから、空気の振動によって齎される音という存在がある故に、主に聴力を強化している。

また、獣や人などの気配を若干ながらとらえやすくもしている。

・火属性

大幅な筋力増強による攻撃力の強化が主な効能。

腕力に留まらず脚力も同時に強化される為に、結果的に素早さも向上している。

燃え上がる火に薪を継ぎ足すようなものだと思えば、想像もつきやすいだろう。

・土属性

こちらは火属性とはまた違った強化方法となる。

火属性が内臓に当たる筋肉の総筋肉量を増強させるものならば、こちらは元々の肉体の表面に当たる皮膚を強化するものだ。

これにより、少なからず魔物や獣などの爪、刃を防ぐ事が出来るようになるため、冒険者たちの間では其れなりに重宝されている。

・金属性

この属性を用いた強化というのは、反射神経の強化に当たるものだ。

人間の思考は、戦いに赴くときこの反射神経を用いることによって成り立っている。いちいち試行していられる時間など、あり得ないからである。

故に、思考速度の強化でもあるこの補助魔法は、高位の実力者たちに重宝されている事が多い。

・水属性

さて、最後の属性たるこの水属性。

これは金属性のように至高に関連した物となる代物だ。ただし、彼の属性と異なる点は、精神力の純粋な強化という点にある。

清らかなる水は、心を鎮ませ更に深く、沈めていくもの。故に、この属性がもたらす身体能力向上は、一時的に精神力を増強させる、いわば魔法威力強化とも言える代物だ。

 魔法は確固たる精神力によって購われる代物であるが故の、この補助魔法だと言えよう。

 

――属性付与系統――

 

俗に魔法剣とも言われる、この属性付与の補助魔法。

名の通りに己が得物に属性を付与する魔法であり、通常の得物では攻撃が通らなさそうな敵に対する対抗技として考案された代物である。

当然のことながら、付与した場合にはそれぞれの得物に対して木属性等の属性が特性を発揮するわけであるが、一つ注意しておかなければならない事がある。

それは、『属性付与が行える得物に制限がある』事だ。

単なる鉄や青銅の剣は、魔法に負けて浸食されてしまう。故に、神秘が込められた金属でない限りは、使用を禁じられているほどだ。単純に危険なのである。

 

・基本五属性

此方の属性付与は至って変哲もない、単なる弱点属性への攻撃力増加である。

但し、その属性を付与する以上、同時に相克属性に対する脆弱性も上がるため注意が必要。

 

[木属性]

纏うオーラ色:蒼紺

効能:土属性を有する魔物・獣に対する攻撃力増加(例:マッドゴーレム等)

デメリット:金属性の物に対して、脆弱性が若干上がる。

[火属性]

纏うオーラ色:深緋

効能:金属性を有する魔物・獣に対する攻撃力増加(例:機械人形、アイアンゴーレム等)

デメリット:水属性の物に対して、脆弱性が若干上がる。

[土属性]

纏うオーラ色:黄土

効能:水属性を有する魔物・獣に対する攻撃力増加(例:スライム・サハリン等)

デメリット:木属性の物に対して、脆弱性が若干上がる。

[金属性]

纏うオーラ色:白銀

効能:木属性を有する魔物・獣に対する攻撃力増加(例:アルラウネ・エント等)

デメリット:火属性の物に対して、脆弱性が若干上がる。

[水属性]

纏うオーラ色:漆黒

効能:火属性を有する魔物・獣に対する攻撃力増加(例;ファイアエレメント等)

デメリット:土属性の物に対して、脆弱性が若干上がる。

 

・派生十二属性

此方の場合、基本五属性と異なる属性付与となる。基本五属性の場合は相克属性に対する攻撃力増加であったが、派生十二属性は元の相克属性に対する攻撃力はあまり変わらない代わり、不思議な効能を齎す物が多い。

 

[風属性]

纏うオーラ色:蒼空

効能:表面上に薄く大気の刃を纏わせることによる切れ味上昇(但し、武器自体の耐久性は変わらぬままなので注意)

デメリット:切れ味が向上したとしても、必ずしも斬れる物が増えたわけではない。

[吸属性]

纏うオーラ色:群青

効能:斬りつけた対象の体力を吸収する、ライフドレインの効能を発揮する。

デメリット:一撃一撃が軽い為に、細剣等の攻撃手数の多い物でない限り、大して吸収できない。

[雷属性]

纏うオーラ色:雪灰

効能:得物によって斬りつけた対象(無機物・有機生物問わず)一時的に麻痺させる。

デメリット:斬りつけた対象の大きさに反比例し、麻痺の効果時間が減少する。

 

[焔属性]

纏うオーラ色:銀朱

効能:斬りつけた対象に、過熱による火傷を負わせる事が可能。

デメリット:持ち手も熱くなる可能性もあるため、柄及び手に相応の装備をしておかなければならない。

[光属性]

纏うオーラ色:乳白(例外的なオーラ色)

効能:不死者に対する絶大な攻撃力を発する。斬りつけられた対象は、物にもよるが浄化される事が多い。

デメリット:あくまでも不死者に対する効能なので、通常の魔物や獣には効果を発揮しない。

[爆属性]

纏うオーラ色:艶紅

効能:斬りつけた対象を爆発させ、吹き飛ばす事が可能。

デメリット:但し、斬りつけた際持ち手に対しても衝撃は来るため、得物にもあまり良くない。

 

[岩属性]

纏うオーラ色:姜黄

効能:得物の頑強さを一時的に底上げする。

デメリット:頑強さを得られる代わり、切れ味が損なわれてしまう。

[圧属性]

纏うオーラ色:山吹

効能:得物による斬りおろしの際、一時的に圧力の増加を行う事で攻撃力を微増する。

デメリット:常時かけている場合、自身の体にも悪影響を及ぼす。

[闇属性]

纏うオーラ色:鉄紺

効能:攻撃対象を引き寄せる効果を有する。

デメリット:得物の重量以上の物を引き寄せることは不可能。あくまでも、得物の重量以下の物しか引きよせない為に、上級実力者は大抵服や鎧の一部分などを吸引する事で攻撃のサポートを行っている。

 

[氷属性]

纏うオーラ色:青鉛

効能:攻撃対象・箇所を氷結させる。

デメリット:焔属性と同じく、柄や刃等の全体が氷冷される為に準備を怠らなければ皮膚が剥がれる。

[霧属性]

纏うオーラ色:鉄青

効能:得物を霧状に変化させられるようになる。これにより、武器の間合いを伸ばしたりすることも可能になった。ある意味連節鞭剣のような使い道となる。

デメリット:耐久性に難があるため、霧状の際に焔等によって散らされた場合、得物が破壊される恐れを有する。

[酸属性]

纏うオーラ色:銀鼠

効能:斬りつけた対象を溶かす事が可能となる。

デメリット:斬りつけた際に塩酸などの強酸類が傷口に擦り付けられるために、自身の体にも掛かる可能性も有している。

 

――状態異常系統――

 

単純に対象に対する状態異常である。

無論、一口に状態異常と言っても色々あるわけであるが、これは敵性対象にのみ使用されている代物である。

大抵が身体能力の阻害等に集約されているために、騎士等の真っ当な精神を持つ者にとっては余り使用されない部類に入る。

とはいえ、犯罪者を捕縛する際においては無類の効果を発揮するものでもあるため、反応としては半々だろう。

 

[鈍重](スロウ)

効能:速度および反応の低下

詳細:土属性の分類に入り、圧属性の特性を利用した魔法で、対象に対する重力の増加によって対象を動きにくくさせる代物。

詠唱文:『彼の者を地に縛れ――「鈍重(スロウ)」』

 

[沈黙](サイレント)

効能:詠唱呪文の一時的使用不可

詳細:水属性の分類に入り、霧属性の特性を利用した魔法で、対象が魔法を使用することを封じる。凡そ、魔法使いと呼ばれている者たちにとって天敵となる魔法である。

詠唱文:『口より放たれる言の葉を潰せ――「沈黙(サイレント)」』

 

[麻痺](パラライズ)

効能:一時的に体が動けなくなる

詳細:木属性の分類に入り、雷属性の特性を利用した魔法で、敵性対象の動きを完全に阻害する。この世界においては傷を負わせることなく捕縛できる割合が高まる故に、使用最多と言える。

詠唱文:『身に走る雷を封じよ――「麻痺(パラライズ)」』

 

[暗闇](ダクネス)

効能:一時的に敵性対象の視界を闇に染める

詳細:土属性の分類であり、闇属性の特性を利用した魔法で、敵性対象の視界を完全に奪う魔法。逃げに徹する時、多用されている魔法である。

詠唱文:『闇に呑まれて自我を失え――「暗闇(ダクネス)」』

 

[弱体](ウィークネス)

効能:一時的に敵性対象の皮膚の耐久性を弱体化させ、多くの疾患に掛かり易くさせる

詳細:水属性の分類であり、酸属性の特性を利用した魔法で、敵性対象の状態異常のかかり易さを増強及び耐久力の低下を誘う。

詠唱文:『酸に蝕まれその身を溶かせ――「弱体(ウィークネス)」』

 

[猛毒](ポイズン)

効能:一時的に敵性対象の体を毒で蝕む

詳細:木属性の分類であり、木属性の特性を利用した魔法で、敵性対象に対し毒をくらわせる。

詠唱文:『彼の身に毒を生じさせよ――「猛毒(ポイズン)」』

 

[火傷](バーン)

効能:敵性対象の体の一部分に火傷を生じさせる

詳細:火属性の分類であり、焔属性の特性を利用した魔法で、視界に入っている(つまり服などで隠されていない)箇所を火傷を生じさせる。視界に入っているという制約をクリアしていれば、複数の箇所にかけることも可能。

詠唱文:『彼の身を幻焔で以て焼き尽くせ――「火傷(バーン)」』

 

[石化](ペトリフィケーション)

効能:視界内の敵性対象の体の一部分或いは全てを石化させる

詳細:土属性の分類であり、岩属性の特性を利用した魔法で、視界内の敵性対象単体の体の一部分或いは全てを石化させる。但し、一部分の場合は瞬時に行えるが、全身全てとなるとゆっくりと時間をかけて生成されていくために、余り全身の石化を起こそうとする者はいない。

詠唱文:『彼の者の身を風化せし者へと変じよ――「石化(ペトリフィケーション)」』

 

[激昂](レイジ)

効能:対象者の精神を異常に怒らせ、まともな行動を阻害する

詳細:火属性の分類であり、爆属性の特性を利用した魔法で、魔法対象者の精神を一時的に異常に興奮させ、単調な攻撃以外をすべて封じてしまう。但し、斬撃等の単調な攻撃のみしか許されない代わり、一時的に攻撃力が増加している為に注意。

詠唱文:『目を曇らせ怒りに打ち震えよ――「激昂(レイジ)」』

 

 

 



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ザ・説明回「世界観」

こちらは単純にアルティメシア世界とはどういうものなのかを記したものです。
架空の神話なので調べてもこちらの奴しか出てこないので悪しからず。

これで一旦説明回は終了となりまする。
此処まで読んで頂いた方に、多大なる感謝を申し上げます。
次章からは元に戻ると思いますので、ご容赦をば。


◆アルティメシアの世界観◆

 

◎五大神の存在

 

壱:アルティメシア

世界の名前にして大地と豊穣を司る女神。所謂地球で言う所のガイアに当たる存在である。

多神教のアルティメシア教という宗教においては、世界の母的存在として祀られている。

五行魔法の属性の立ち位置は土属性で、自身に仕えさせている聖獣は麒麟。季節は土用。

 

貳:ウーラニアス

空の男神にして木属性を司る神。風のように偏在し、全ての生物を空より見守っているとの神話が語られている。また、空に在るが故に悪事をけして見逃す事なく厳罰を与える法の神としても祀られている。聖獣は青龍。季節は春。

 

参:アグアンディー

海の女神にして水属性を司る。此方はアルティメシアと比べて生物の母としての側面を有しているとアルティメシア教団においては伝えられている。現在において、神学あるいは生物学上に関わる者たちの中でも、生命の起源が海にあるとして研究が多く進められ、その過程において進化論・生物学が進歩していったとされている。

聖獣は玄武。季節は冬。

 

肆:フロゴーシス

大地の中、空の雷によって生まれたとされる火を司る男神。この神は同時に世界をあまねく照らす太陽を管理する者でもあり、ドワーフたちが信仰する神でもある。農家によってはある意味一番に気にかかる神だ。聖獣は朱雀。季節は夏。

 

伍:クロムメタリア

大地より生ぜし金属を司る女神。彼女は妖精種たるノームを生み出した存在であると語られ、ノーム達にとっては種族の母たる存在となっている。また、ノームに留まらず鉱山で働く者や鍛冶職人、そして細工職人にとっても重要な神であるともされている。

聖獣は白虎。季節は秋。

 

◎眷属神の存在。

壱:木属性を司るウーラニアスの眷属神

 

●シルフェニズ

風属性を司る気まぐれな性格の女神。何時も空を駆け廻り、行く先々で起こっている出来事を、常に楽しそうに主神たるウーラニアスへ報告しているという。神話においては幸運を授ける女神でもあるとされている。

 

●ドレネード

吸属性を司る両性具有の神。普人種・亜人種どちら共の煩悩を司っているとされていて、善悪に関わらず願いを叶える神であると神話上では記されている。

一部の者たちの中では愛を司る神とも言われているようだが……?

 

●フルグリウス

雷属性を司る、気性が荒い男神。主神たるウーラニアスの怒りを体現しているとされていて、穏やかなる気性の持ち主であるウーラニアスが一度怒りを抱くことにより、フルグリウスが出現して裁きを下すと言われている。

ある意味、執行者に近い立場であると言えよう。

 

貳:火を司るフロゴーシスの眷属神

 

●フレアシス

焔属性を司る女神で、大本である火が凝縮された力を所持している。戦と武の女神でもあるこの神は、戦いの際に祈りを捧げる相手として一番に挙げられる神であり、己が敵を打ち砕かんと思う者に対する、戦いの加護を授けるとされている。

 

●アルバライト

光属性を司り、普人種・亜人種どちらにも神聖魔法を授けたとされている女神。彼の神はフレアシスと対照的に、権能として癒しと浄化を有する。

神話上では、とある少女に降神して聖女として祀られたとも記述が成されており、些か人類にとっては少なからず関係のある女神だ。

 

●ニュークリアス

爆属性を司る男神。闘気を操る神であり、武術においては原初の型を創り上げたとされている神として神話に記されており、祀られている神殿には連日のように武術士が訪れているとされる。

 

参:土属性を司るアルティメシアの眷属神

 

●プラネトーン

岩属性を司る男神であり、石切工など関わりのある職種から主に崇められている存在。自身もまた職人であるために、神代の時代においては好んで神々や精霊たちの住居を建立していったとされている。

 

●グラビトニー

圧属性を司る男神で、権能としては全ての生ある者たちを大地に繋ぎ止める神力を有している。彼の神が何故そのような事をするのかと問われれば、その理由としてそもそもアルティメシアという世界自体が、惑星の上に成り立っている事にある。

生ある者たちが惑星の自転によって弾き飛ばされる事のないようにしている為に、通称として『要之神』或いは『楔神』とも称されている。

 

●ゲヘナム

闇属性を司る女神で、権能としてはアルティメシア世界の夜を司る神である。

闇は全てに等しく恐怖と安穏を齎すものであり、この女神は敵対者に対しては恐怖を以て、子や気に入った物に対しては穏やかな壱年を齎すとされている。

故に、この世界の寝物語の一つには、子供達が寝付けぬ夜において脅かしの一つとして言い聞かす事もあるという。

 

肆:金属性を司るクロムメタリアの眷属神

眷属神はいないが、敢えて言うならば生み出した種族であるノーム達が化の女神の眷属であると言えよう。

 

伍:水属性を司るアグアンディーの眷属神

 

●シヴァ

氷属性を司る眷属神にして、冬の吹雪を管理する女神とされている。

人界における昔話によく出てくる著名な女神であり、多くは悲恋を綴った物語である事が多い。

 

●ミストヴァルディ

霧属性を司る女神であり、捉え処のないその神性は、幻惑の権能を有しているとされる。

故に、山や海、そして樹海などで霧に遭遇した際、旅人は一様にこの女神へと祈りを捧げ、霧が晴れるようにと望むのだそうだ。

●アシッドリー

酸属性を司る男神にして侵食の権能を司る神。

悪戯好きなこの神は、同時にとても女好きである事でも知られており、主神ではない他の属性の眷属神が着用している衣服或いは鎧を溶かし、霰もない姿にすることが趣味だという、非常に困った神である。

 

◎精霊の存在

主神・眷属神両方に使えている高次の精神体であり、少なからず強力な力を有している者が多い。一体だけに留まらずこの惑星全てにおいて偏在しているため、『一つにして全、全にして一つ』という、不思議な存在のあり方を持っている。

また、この高次精神体が気にいる者も存在し、得てしてその人物たちは一様に契約者と呼ばれている。

 

木属性:アルラウネ

風属性:シルフィード

吸属性:ドレイン

雷属性:トール

 

火属性:イグニス

焔属性:イフリート

光属性:アウラ

爆属性:バースト

 

土属性:ブラウニー

岩属性:ロックス

圧属性:グラビス

闇属性:ガーゴイル

 

金属性:メタリス

 

水属性:ウンディネ

氷属性:フリーザー

霧属性:ミスト

酸属性:アシッド

 

 

□魔物の存在□

 

神話においては、生ある者たちが持つ心に潜む闇が、形を以て生まれた物が魔物であるとされている。

とはいえ、現実において定義されているのは、体内の心臓部(或いは中心と言える場所)に、魔石と呼ばれる魔力が凝縮された結晶体が出来た動植物を指す言葉である。

どうすればこのような生命体が生み出されるのかについては不明で、未だに研究されているテーマの一つでもある。

 

◎分布帯(あくまでも参考程度)

◆陸地……:平野……犬・狼・兎・虫・狐・植物・ゴブリン・オーガ

     :森林……熊・狼・猿・猫・植物・龍・鳥・ゴブリン・オーク・オーガ

     :河川や湖……魚・植物・虫・竜・スライム

     :火山……狼・鳥・虫・竜・オーガ・ゴブリン

◆海洋……:浅瀬……魚・軟体・貝類・海鳥

     :遠洋……哺乳類・魚・マーマン・竜

     :海底洞窟……軟体・魚・龍

◆天空……:空島……龍・竜・鳥

     :天空城……龍

◆墓場……不死者(ネクロマンサーによるものも含む)

 

□不死者の存在□

 

不慮の死(毒殺・墜落死など)という、とにかく意に沿わぬ死を遂げた者が至ってしまう存在。身近なものからゾンビという不死者が生じたり、伝説上の存在まで言及すると、ヴァンパイア、ハイデイライトウォーカー等がそれらに値する。

其の始まりは、死後体から抜け出した魂魄=ゴーストが、生ある者(人間に限定)達を殺害していくうちに、少しずつ人間だったころの体を取り戻していく事で成り立っている。

基本的に日光の元にはいられない特性を有していて、消滅する危険性を一番に持っている事で有名だが、真祖に至ることによりハイデイライトウォーカーに変化する上、獣人種に劣らぬほどの身体能力と、妖精種に匹敵する高魔力を有する事が可能である。

そこまでに至ってしまうと、並の者では返り撃ちになるうえ、ともすると不死者の仲間入りをしかねないため、ゴーストを発見した場合は、アルティメシア教団の神官・または在野の魔法使いに依頼して、浄化か消滅をしてもらうことにより、危険に対処している。

また、前述の死を遂げた者であっても、死体として残っている箇所が多い場合、そして死者の念が強くない場合には、必ずしも不死者として蘇るわけではない。

そのため、念入りに火葬しておく事で対処が可能である。

 

□変化の推移

ゴースト→スケルトン→グール→ゾンビ→ワイト→ヴァンパイア→真祖(ハイデイライトウォーカー)

 

補記:稀に、死者蘇生等の禁術指定を受けている闇の呪法に手を染めた魔法使い(ネクロマンサー)によって蘇生される者もいるが、そうした物ほど自我は存在せず、術者によって使役される存在となっている。

 

■アルティメシアにおける言語の存在■

 

基本的に一つの言語によって統一されており、地球で言う所の日本語が使用されている。

数字はアラビア数字、漢数字の二つ。数式に使用されている四則計算の記号は+・-・÷・×の四つであり、筆算が存在する。

各大陸・各地方によっては方言も存在する。

 

◆各大陸・国に点在している古代遺跡◆

各大陸・国に点在している俗に[遺跡]と呼ばれるそれらは、嘗てこのアルティメシアという世界の中で栄華と栄耀を誇った『古代人』と俗称される人類によって築き上げられた代物である。

外見上の多くは岩山から切り出されたと思しきブロック状の岩を積み上げた形が多いが、稀に金属と見まがうかのような光沢を持つ、現状の物質では説明しきれない硬質の物体によってできたものもある。

岩石によるものは、一応の居住施設であったと見られ、遺跡内部で散見される文字らしき物が人の痕跡として考えられているようだ。

因みに、その文字は曲線と直線で以て形成されており、よく見ると地球上で言う所の梵字らしいものだと思われた。

 

◎世界の地理◎

 

壱:中央・セントラル巨大諸島

 

大小様々な島が集う諸島。この大陸内では国という概念はあるが、実際には国としてではなく都市として成立している集落が多い。各島々にある都市は、その理由から自治都市として自立しており、相互扶助という目的の為に[アージェリス連合]と呼ばれる連合都市組合を立ち上げている。

 

① :アンコルス島

セントラル巨大諸島内では、群島も合わせると総面積壱位の島である。

自治都市は❶=メルツ市・❷=アタゴア市の二つで、他の島々と比べてみても肥沃な大地を有している。それ故に、[アージェリス連合]内では大穀倉地帯として有名だ。

また、自治都市間に広がるのはレムナント平野と呼ばれる平原であり、自治都市間の街道三本の沿道上に幾らか町村が点在している。

赤道上付近の島々が主な為、かなり島内の気候は温暖で穏やかだ。故に、盗賊もたびたび発生しているために、自治都市内で多くの者が自衛隊として活動しているという。

 

② :ケツァル島

峻嶮な山脈が島の85%も占めている島で、大山脈とも言えるその通称は[飛龍の住処]。正式名をメルセデク山脈というその大山脈は、その通称の通りに飛竜が多く住む危険帯の一つだ。

とはいえ、昨今における地質学者及び生物学者たちの健闘により、危険地域に立ち入らなければ早々襲われる事はないそうだ。

彼らの話によると、遠い過去(それも神代に当たる区分)に、大地が断層などの理由で大きく隆起した事が原因であると判明した。

そのような事もあり、山脈の何処かに幾つか塩湖も散見されるようで、❹=コルヌージ市及び❺=レンヌ市は、そこで取れる岩塩などで各島々と、遠い所となるとレジデルスト大陸やジルヴァリア大陸にも足を伸ばしているという。

とはいえ、通称が広く広まるのも相応な理由があるわけであり、やはりというべきか人間が生きる上で必要不可欠な塩はそれなりに稀少の様だ。

 

③ :ガルマーニ島

湿地帯が島の45%、河川が25%も占めている、通称[水の島]。

水源は前述の通りに豊潤だが、その為に氾濫なども其れなりにあるため、❸=ロブスタイン市では、市民が多数乗れるような船や筏を開発しているらしい。

また、出現魔物についても、土地の特性によるものか水属性を主体とした攻撃方法を有している魔物が多数出現しているため、水生に適した形へと進化を遂げている様子が分かる。

島の上部には[アグアス大河川]、下部にはクリシュナ大湿地帯があり、多種多様な生態を見せてくれるだろう。

 

④ :コルドール島

森林が島の大部分を占めている、通称[緑の島]。

珍しい動植物が生息している事で有名なこの島は、薬の原料ともなる草や茸、そして木の皮など多数生えている事から、薬師が集う❻=ガルク市が出来たとされている。

最も、島の開発にかなり時間をかけたようで、セントラル巨大諸島内にある自治都市の中では比較的に一番古い歴史を有している。

冒険者たちの中にも、ガルク市で依頼を受けて薬草採取の為に、主に[ヴェワール大森林]に入って程良く量を採取しているそうである。

また、知る人ぞ知る事実の一つに、このガルク市に人と付き合うことに慣れている変わり者のエルフが何人か見られる事でも、この都市は有名である。

 

⑤ :アグニ島

ケツァル島と同じように隆起した大地によって形成された島だが、こちらは海底火山の完全隆起によって形成されている所が異なる点だろう。

火山が出来ていることからしても危険性が高いこの島は、それ故に諸島内においても歴史が比較的新しい。未だに小噴火が起きる事もあり、自立都市である❼=アルマーヌ市、❽=トルツェルグ市の両市は、火山の噴石や軽石対策としてかなり気を配った結果、頑丈な石造りの家々が並ぶようになったという。

世界でも有数の温泉保有都市でもある二つの街たちは、日頃から湯治等で訪れる観光客もいる事で有名だ。

 

 

貳:北大陸・ヴァルヴァリル[通称:崩壊せし大陸]

 

地理:どのような形をしているのか、また、どのような気候傾向に当たるのかも不明。かろうじて、近隣の大陸上空に近い山脈の頂点から、と御目で確認出来る限りでは荒廃した土地であるように見受けられたという。

 

詳細:北極点に近い、前人未到の大陸。なぜ、そのように伝えられているのかと言われれば、この大陸が人の進出を全く寄せ付けないためであった。

空を飛ぼうが、回路を船で行こうが、全て嵐や竜巻などによって阻まれ、いつの間にか引き返しているという状態になってしまうのである。

かろうじて、空の影響がない場所を飛び、望遠鏡を覗くことによってようやく土地の表面が見えただけであり、それ以外は全て謎に包まれている。

一説によれば、神々によってこの大陸が封じられていると言われているそうだが……?

 

 

参:南大陸・オーバーエンド

 

地理:完全に全てを見た者がいない為に、地理上においては未だに前人未到の扱いをされている。気候は寒冷地帯であり、南極点に近いことからしても、氷点下の温度となるのが普通である。

更に、吹雪も合わせて発生しているため、凡そ生物がすんでいるようには見られない。

 

詳細:全てが凍りついた、過酷な環境におかれている大陸。どんなに防寒具を着こんでいたとしても、寒さが容赦なく襲い掛かってくるために、この大陸を踏破出来た者はおらず、自殺者にとって安寧の土地などと揶揄される事も。

神話上においては、水の主神たるアグアンディーによって創り上げられた大陸だと語られているようだが、真相は明らかにされていない。

 

 

肆:東大陸・ジルヴァリア

 

普人種が多く暮らす大陸。現在(アルティメシア歴1994年)においては、国家間で締結された平和条約により、戦争が無くなっている。

しかし、嘗ては群雄割拠の大戦乱がこの大陸内で発生したとされ、現在の国境線になるまでは小競り合いも多く発生していたとされる。

其の故に、現在では大国が三つ、小国が五つ、連合国が一つとなっており、大陸の気候としては全体的に温帯で、四季が存在している。

数多くの賢者や武人を輩出しているという点では、一番に名を挙げられる事が多い大陸だ。

 

※注:暦の存在:

魔法の属性、そして太陽を利用した影時計によって作成されていて、壱か月が参〇日、曜日が五つ、壱年が壱弐か月で参六〇日という仕組みになっている。

四季は一月から三月が春、四月から六月が夏、七月から九月が秋、十から十二月が冬に当たり、各期間中は各属性の精霊たちが大いに騒ぐとされている。

 

⒈ クラム国

ジルヴァリア三大国が一つ、通称:智の国。

君主立憲議会制度を設けた、貴族及び有識者が常時王族を中心として白熱の議論を繰り広げているという国である。

現国王(1994年現在)は第三十五代に当たり、名君として讃えられている。性格は温厚かつ、国民を我が子であると言って憚らない。その上、その言葉の通りに国民が不安なく生活できるように政治の指揮を取っているために、国内外からも信頼と敬愛を寄せられているそうである。

また、[智の国]である事を喧伝せんがために、国民全体の識字率を最高にまで上げた君主でもある。

其れ故に、この国の文化形態としては[智の国]の異名が示すとおり、思想学問が多く存在していて、有識者たちの著書を始め、怪しげなゴシック本なども流通しているという。

クラム国最高教育機関たる[リュシエール学院]と呼ばれる学院を首都リュゼンハイムに設営しており、貴族を中心とした高所得者の子弟等が多く在籍している。

魔法・戦術論・古代文明に関する知識量が豊富であるため、著名な冒険者・識者を輩出している事でも有名。冒険者ギルドの総本部がこの国にある事も、この国に流入している者が増える要因の一つであろう。

また、四年に一度という形で、首都中央に存在する[大闘技場]にて、『エリシール闘技大会』という大会が催されている。

大がかりなその大会がなくとも、普段の営業中に冒険者たちが集う部門や国民用の料理大会・クイズ大会など多くが開催されているために、良い娯楽となっているようである。

 

⒉ ラトラム皇国

ジルヴァリア三大国が一つ、通称:武の国。

主に、個々の戦闘力を重視している国柄であり、多くの武道場を有している。はっきり言って全国民が戦闘者であると言われてもおかしくないほどに、幼少児の頃から戦いを知っている者が多い。故に、武術によって身を立てる者も少なくなく、殆どが兵士或いは冒険者になって生計を立てているようだ。

とはいえ、戦略眼を養う者もけしていないわけではなく、主に文官として、男女の区別なく雇われているようである。

政治形態は封建君主政で、現国王(第四十一世)は真性の戦闘狂であり、また、そのような気性の持ち主でありながら、名君と評される程に政治手腕を振るっているという。

 

⒊ コークス国

ジルヴァリア三大国が最後の一国、通称:鋼の国。

他のニ大国と比べると純粋な意味での戦力は劣っているが、その代りに国内における鉱石の生産量がトップに踊り出ている。

特に、稀少鉱物などの数多くの資源も有しているために、各国で営業している鍛冶師は大抵この国から輸入しているそうである。

首都も含め、各市町村には必ず一人以上鍛冶屋がいるほどに、この国では鉱業が盛んであり、尚且つ鍛冶屋の者はこの国で修行をしてから、自分の家を持つのだとされている。

 

⒋ リーブ国

緑豊かな山々に囲まれた、穏やかな気候が壱年を占める事で有名な小国。

国王も含めて、のんびりとした国柄であり、余りにも他国に対するスタンスがお人好しの塊の為に、周辺国、特に、コークス国が宗主国という形でリーブ国を守ろうとするほど。

政治形態は、一応封建君主政であるが、有識者を多数招き日々自国の為に議論をしているようである。

リーブ国も含め、各国はそれぞれに自給自足の食料生産を行っているが、稀に、稀少性の高さから取引されることも少なくない。特に、リーブ国は緑豊かな大地という国土を有している為に、肥沃な大地で育てられた特産物を輸出しているようである。

 

⒌ トーテム国

亜人類によって統治された、普人種に感知されなかった小国。

とはいえ、現在(アルティメシア暦1994年)においては、嘗て発生した暗黒時代も過ぎ去り、平和な時代となったために、少しずつ交流がされるようになっている。

しかしながら、元々の建国者が、普人種に起こった大戦乱による奴隷達が元になっているために、本当に僅かずつだそうであるが。

 

 




取りあえず、各国の設定はまた付け加えるかもしれませんので、その旨ご了承下さいませ。
以上、アルティメシア世界の世界観でありました。


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第六十章「邂逅するは河縁で遊ぶ妖怪」

さて、本格的に始動した宇宙船作り。
射命丸に案内されたそこは、妖怪の山の山頂付近から流れ出る河の縁であった。
イオはそこで、彼女の友であるとある妖怪と出会うこととなる。
果たして、その妖怪とは……?


 

――イオが自宅に一旦帰り、服を着替えてくるのを待つ間。

 射命丸は縁側で昼寝をしていた少女――霧雨魔理沙を見つけていた。

「――どうも、誰かがいると思ったら……今日は、魔理沙さん」

うつら、うつらと薄い毛布を掛けられ、船を漕いでいる彼女が、からかうようなそんな声音に反応してばっと顔を上げる。

「な、何だブンヤか……脅かすなよ、もう。せっかくいい気分で寝てたのにさ」

若干寝惚け眼な彼女が、慌てて眼を擦りながらも抗議した。

 可愛らしい寝顔が見れたことに微笑ましさを覚えつつも、射命丸はやや苦笑して、

「そんな所で寝ている方が悪いですよ」

「いいじゃないかよ、ったく。イオには許可貰ってるんだぜ?」

「それでも、ですよ。女の子一人無防備に寝ていたら、善からぬことを考える人だっているんですよ?」

ちょっとは自覚しなさいな。

くすくす、と笑ってそう説教する射命丸。

 その様子に、魔理沙も寝顔を見られた恥ずかしさやら、説教されて若干煩わしいやらで少しばかり不機嫌になって、

「へいへい、身に染みましたぜっと」

と、そっぽを向いた。

 そして、少し間を空けてから、

「……そういや、どうして射命丸がこっちにいるんだ?イオに用事があったんなら……」

「そのイオが一旦帰宅してるから、此方で待っているんじゃないですか。風見幽香と戦った所為で服がぼろぼろになっちゃったんですよ」

肌が見える位の酷さって言ったら想像付きます?

彼の素肌を垣間見たことを思い出したのか、若干赤面しながらもやれやれと首を振って見せる射命丸。

 その言葉に、魔理沙も思わず射命丸の顔を見ると、どうやら真実であるらしいと察し、

「……なぁ、アイツ……日に日に人としての範疇を外れて来てる気がするんだけど?」

仮にもフラワーマスターと戦ってそれだけで済んだってのが、特にな。

ジト眼になった少女に見つめられ、射命丸はあー……と呟くと、

「……正直、私だってそう言いたい所なんですがねぇ……あれだけのことをやってのけている時点で、考えるのを諦めました」

「おい」

新聞記者としてあるまじき発言に、魔理沙が益々ジト眼になって突っ込んだ。

「仕事しろよ……アイツの実力、半年前とは全然違うんだぜ?そろそろ情報更新すべき時じゃないか?」

「ですがねぇ……隠しているであろうことも含めて、イオには多くの情報があるんですよ?全部を載せるだなんてこと、出来る訳がないじゃないですか」

そもそも、私はイオのことを余り出したくないですし。

ぽろり、と告げられたその一言に、魔理沙はきょとんとなり、

「出したくないって……もしかして」

と、かなり宜しくない笑顔を浮かべて射命丸に詰め寄る。

 だが、彼女はその様子にたじろぐことなく胸を張ってみせ、

「何か?」

と、ややつっけんどんに問い返して見せた。

 完全に開き直っている体の彼女に、からかう気満々だった魔理沙は興を削がれ、

「何だよ……少し前ならすげえ慌ててた癖にさ」

「そんなことを言われても……私の勝手じゃありません?」

明らかに詰まらないと言わんばかりの彼女に、今度は射命丸がジト眼になって突っ込む。

 もしかしなくとも、魔理沙が彼女の恋愛事情に首を突っ込む気でいたであろうことを察し、内心危ない危ないと思いつつも、

「良く言いませんか?――人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえって」

「おいおい、別にイオにあれこれ言った訳じゃないだろ?ただ見ていて面白いから、からかっていただけでさ」

「洒落にならないくらい悪質過ぎますよ、魔理沙さん」

完全にジト眼になり、射命丸が不機嫌な声で告げたその時だった。

 

「――お待たせ、文。じゃ、その河童さんのトコ行こっか」

 

何時の間にか階下にやってきていたイオが縁側に現れ、にっこりと笑いながら告げる。

「妖怪の山に行くからさ、取り敢えず冒険者してた頃の服を引っ張り出していたから、ちょっと遅れちゃったんだよ。御免ね?」

「大丈夫よ、魔理沙さんと話してたから退屈はしてなかったわ。――それじゃ、失礼しますね、魔理沙さん。また寝るんだったら、ルーミアと一緒に寝ることをお勧めしますよ?」

「へいへい、んなこと言われなくとも分かってるっての。とっとと行っちまえよお前ら」

しっし、と邪慳に手を振られ、イオと射命丸はそれぞれに苦笑しつつも手を振り返し、一歩足を踏み込み、空へと駆けていくのであった。

 

 残された魔理沙はというと、若干不機嫌なままの表情だったが、

「……ったく、やれやれ……ルーミアの部屋にでも邪魔するか」

とぼやき、勝手知ったる家とばかりに階段を上っていく。

 着いた先にある部屋へと入り、少女達の姦しい声が晴天に響き渡るのであった。

 

――――――

 

「……ねぇ、文。そういや聞くの忘れてたけど……その河童さんの名前を教えてもらってなかったよね?」

ットン、ットン、と空を駆けながら、イオがふと、射命丸に向かってそう尋ねた。

 太陽が中天に差し掛かり、少しばかり暑さを感じる最中に問われ、風に乗って飛んでいた射命丸がその言葉に反応を示すと、

「そういえば、そうだったわね。――この際、教えておこうかしら。私、よくこのカメラを使って写真を撮っているんだけどね、懇意にしてる河童の子がいるのよ。その子の名前はね――河城にとり。見かける時はいっつも大きな緑色のリュックサックを持っているから、かなり眼につくと思うわ。技術の腕の方は、こうしてこのカメラがあるから、何となく判るでしょ?」

「まぁ、割とね。見た限り、かなり細かい部品を使ってるみたいだし」

これなら凄く期待出来るかも。

飛びながらカメラを見せてきた彼女に、イオはそれをまじまじと見やりながらそう答える。

「寧ろ、どうやってこんな物を作れたのか、ちょっと興味があるかな」

「あぁ、それはね……ほら、つい先日ばかりにイオは無縁塚って所に行ったでしょ?あの幻想郷の閻魔に会った所よ」

「んーそうだったね。……でも、そこがどうしたの?」

思い出すようにして眼を細めた後、きょとんと首を傾げてイオはそう尋ねた。

 すると、彼女は肩を竦めて、

「あそこって、普段からとまでは行かなくても、時折外の物が流れついて来ているみたいでさ。私のカメラも、実はそこで拾った奴だったのよね。……まぁ、忘れられて流れ着いた物だから、当然というか、壊れていたんだけど」

それを直したのがにとりって子なのよ。

若干苦笑するようにして笑う彼女に、イオはかなり呆れた表情になると、

「……そりゃあまた、とんでもない話だねぇ。幻想郷に無さそうな技術力の筈なのに」

「それを覆すのが河童だからねぇ……この幻想郷じゃあ、一番に作る事が好きな妖怪であるのは確かだわ。ま、そうは言っても、あんまり酷いのが出来るようだと、八雲紫が出てくるようだけどね」

「あー……なるほどね」

恐らく、人間に製作物が流れるのを防ぐ為であろう。

イオはそう思って苦笑する。

 射命丸も合わせて苦笑した後、

「ただ、その技術を悪用するってことはないわね。何せ、臆病な性質だから、技術の危険性もよく把握しているのよ。それに、人見知りするから突然消えたりして自分の身を守っているみたいだし」

多分、普通じゃあ見つかり難い妖怪かもしれない。

「……それじゃ、どうやって見つける心算なの?」

困ったような表情でイオがそう尋ねると、射命丸は心配はいらないわと首を振り、

「此方から声をかければ、知り合いや友人だったら直ぐに現れてくれるわよ。どうやってかは知らないけど、いきなり姿を見せるから慣れていないと吃驚すると思う」

「……どういう現れ方なんだろ」

くすくすと笑う彼女に、イオもやや興味が湧いた。

 そうして会話を交わす内、イオ達二人は妖怪の山の山腹にある河が近づいてきた為、その河岸にそれぞれ降り立つ。

「――ふぅ。こういう天気だと、ここらへんは気持ちがいいなぁ」

「天狗達の間でも結構評判よ?夏になると、このあたりで西瓜や野菜なんかを冷やしてることもあるみたいね」

「へぇ……あ、ホントだ。結構冷たいや」

ちゃぷん、と水の中に手を突っ込み、イオがけらけらと楽しそうに笑った。

「此処に魔法陣でも敷いておこうかな。そしたら、中に置いておいた、冷たくて瑞々しい野菜が直ぐに取れるしね」

「いいわねぇそれ。っと、いけないいけない。呼ばなくちゃ」

美味しそうな野菜の想像を振り払い、射命丸はキョロキョロと辺りを見回してから、

 

「――にとりー?居たら返事して出て来てくれるー?」

 

と、かなりはっきりとした声で呼びかける。

 山の中でも少しばかり開けた場所とあってか、その声はかなり遠くまで響き――。

「――何だ、何時もの天狗様じゃないか。カメラのメンテナンスはつい最近やった筈だけど……今日はどうしたんだい?」

「おぉ!!?」

本当に突如として、その姿を現わしたのだった。

 緑色のキャップが大きく目立ち、それと同じ位に目立つ大きなリュックサックを背負った少女。

 水色のように見える彼女の髪や、作業服と呼ばれる野暮ったい服から水が滴り落ちるその様は、まるで今まで水中にいたかのような塩梅だった。

 くりくりとした大きなその瞳が、時折イオを気にするようにしてちらちらと動くのを眺めながら、射命丸は目的の妖怪が直ぐに現れてくれたことにホッとしつつ、

「今日は別件よ。ちょっと、彼が持ってきた案件で訊きたいことがあるの。――紹介するわ……イオ=カリストよ。人里で何でも屋をしてる、龍人なの」

「宜しくお願いしますね。えっと……にとりさん、でしたっけ?」

「ひぅっ!?あ、あぁそうだよ。んーと……もしや、盟友……なのかい?人間のような霊力を感じられるんだけど」

その割には見た目が……。

びびくぅっと体を縮みこませながら、ちょっとイオから体を離しつつ射命丸に向かってそう尋ねる。

 その様子に、話に聞いてはいたイオが若干ショックを受け、射命丸も射命丸で苦笑しつつ、

「見た目やら感じられる気迫やらで、忘れそうになるけどね……まず、間違いなく人間よ」

「……?どういうこと?」

盟友と呼ばれ、人間だとはっきり証言され、イオはショックから立ち直って直ぐに射命丸に訊ねた。

 すると、射命丸は肩を竦めて、

「河童達が言ってることよ。――にとり達は人間のことを盟友だと言って憚らないの。幻想郷の中だと、此処まで人間に友好的なのは珍しいわね」

(……なんともはや、不思議だなぁ)

興味が湧いたかのような表情を浮かべ、一人頷いていると、

「そ、それで盟友の訊きたいことって何なんだい?」

という声でハッと我に返り、慌てて彼女に向かって事の説明を行うのだった。

 

――――――

 

「――宇宙へと打ち上げる為に、外装に必要な金属、かぁ……」

うむむ……と真剣な表情で考えるにとり。

 だが、イオは手で制止させ、

「いや、材料自体は既に当ては付けているんです。他ならぬ僕たちが使用している魔法で、金属は生み出せるようになっているんですよ。後は、その加工技術が必要なんです」

と、此方も真剣極まりない表情でそう告げた。

 その言葉を聞き、

「……ねぇ、魔法ってそんな物まで出来るの?」

と射命丸が不思議そうに首を傾げつつ訊ねる。

「あの、動かない大図書館の弾幕ごっこで出てくるあれってさ、射出されたら消える奴じゃなかったかしら?」

「そりゃあ、弾幕ごっこの状態でしているからだよ」

と、イオは事もなげに答えた。

「パチュリーさんの魔法ってさ、割と色んなのがあってね……無機物を創りだすことも可能だとか言ってたんだ。とはいえ、魔力が続く限り、ていう制限がつくけれど」

少なくとも、固体として生み出されるから大丈夫だよ。

そう言って、イオは改めてにとりに向き直ると、

「そういうことなので……どうにか、にとりさんの協力を仰げませんか?御礼なら、幾らでも致しますので」

「――本当かい?」

ぴくり、とその言葉に反応したにとりが若干イオに詰め寄りかける。

 その様子に、射命丸がややむっとした表情へと変わるのに気付かず、イオは深く頷いて、

「えぇ、何でも屋という職業にかけて。将来依頼主になりそうな方とはなるだけ繋ぎも取りたいですしね」

「……そっか……。そ、それじゃ、皆とも相談してくる。内容が内容だけに、どうやら私一人じゃ手に負えなさそうだからさ」

「分かりました。連絡は……どうします?」

てきぱき、とリュックから何かを取り出そうとし始めたにとりに、イオが恐る恐るながらそう尋ねると、

「そのことだけれど……天狗様、お願いできないかな?」

と、一旦手を止めたにとりが、実に申し訳なさそうな表情で射命丸に向かって話しかけてきた。

「椛に頼んでもいいんだけれど……何時も忙しそうにしているから……」

本当に心から申し訳なさそうな彼女の様子に、先程はちょっと不機嫌になりかけた射命丸も表情を和らげて、

「分かったわ。幸い、私はそれなりに自由が利くから。でも、早々妖怪の山にいるわけじゃないから、そこは椛に連絡を取ってくれる?そしたら、あの子が私に教えてくれるだろうから」

「あ、ありがとう、天狗様。――そういうことだから、盟友。何とか折り合い付けられたら連絡するよ」

「ふぅ……良かった。有難う御座います、こんな急なことで話を聞いてくれて……でも、どうして此処までしてくれるんですか?」

不思議そうに首を傾げるイオに、にとりは作業の手を休めることなく照れ臭そうに頬を掻くと、

「ふふ……そこはまぁ、盟友だからとしか言い様がないかな。昔っから盟友は私達と関わりが深かったから。相撲を取ろうって言うと一緒にしてくれたり、美味しそうな瑞々しい胡瓜をくれたり、ともかく、凄く昔からいい関係だったんだよ」

人間の男の子と遊んだのも、いい思い出だね。

と、面映ゆそうに、懐かしそうに答えてくれる。

 その言葉に、射命丸がギュッピン!と何かを閃いた表情になった。

「……ふぅん?もしかして、河童と人間の間で恋愛なんてこともあった訳?」

「ひゅいっ!!?」

ぼふん、と顔が真っ赤に染め上がり、にとりがあわあわと眼をぐるぐるさせ、

「べべべつに!そんなことはなかったよ!!?」

「怪しすぎるというか、それ、もう答え言ってるでしょうが」

見る限り明らかににとりもそういう経験があったことを匂わせる反応に、射命丸は逆に呆れて腰に手を当てる。

 だが、

「止めなよ。幾らなんでも、それを訊いちゃったらにとりさんが可哀そうだよ」

凄く分かり易い態度ではあったけどさ。

やれやれ、とイオが首を振ってそう突っ込んできた。

 その言葉にかちん、ときた射命丸が、

「へぇ……じゃ、イオはどうだったのよ?向こうで気になった子とか居なかった訳?ほら、前にラルロスさんが言ってたカルラさんとか……」

と、極めて自然な様子でイオの恋愛事情を探り込む。

 突然矛先が変わったことに若干泡を食いながらも、にとりの方へ助けを求めようとして視線を向ければ、此方も女の子である為かとても興味津々だった。

 ぐっと両手を胸の前で握り、きらきらと眼を輝かせるその様子は、正しく恋に恋する乙女と言った所。

「ちょ、何で僕に矛先が来てるのさ!?」

「いいでしょそんなの。ほら、きりきり吐きなさい」

「はぁっ!?可笑しい、僕何か変な事言った!?」

じりじり、と少しずつイオに詰め寄って来ようとしている射命丸と、未だきらきらと輝く瞳で見つめてくるにとりの二人に、イオは事此処に至ってようやく本能的な警鐘を感じ取り、慌てて逃れようと動きだした。

 

――が。

 

「にとり!」

「はいよ!――盟友御免よ、伸びるロボットアーム!」

勢い良くリュックから射出された何かが、イオの腰へ巻き付くようにしてがっちりと拘束し、そのままにとりの方へと引き摺り寄せられていく。

 何とか逃げようと足に力をこめるが、一向に止まる様子がない二人に、

「ちょっとぉ!?何で二人してそんなに興味津々なのさぁ!!?」

「そんなことより、とっとと恋愛遍歴教えなさい!」

「……ふふふ、盟友がどんな恋愛してきたのか、すっごく興味あるなぁ……?」

「ああもう!誰か助けてーー!!!?」

眼が輝いている二人の少女に詰め寄られ、イオは心底から絶叫したのであった。

 

――――――

 

――イオが少女達に囚われている頃。

 ラルロスはのんびりと永遠亭で過ごしていた。

 目の前には、少しばかり大きめの卓袱台があり、中央に鈴仙が買って来た煎餅がこんもりと盛られている。

 ばり、ばり、と煎餅を咀嚼しながら、彼は何処かぼーっとした様子で卓袱台から向こう、竹林の変わり映えのない景色を眺めていたのだった。

 

「――ラルロス、さん……」

 

「んぉ?……おう、レイセンじゃねえか。どうだ、怪我の容体は」

垂れ気味のロップイヤーのもう一人の玉兎。

 彼女が真剣な眼差しで以て見つめていた。

 ラルロスの、仰け反るようにして逆さまに彼女を仰ぎ見ながらのその問いに、彼女は少し苦笑しつつもしっかりと答える。

「お陰さまで……此処まで、回復しました。それで、少し相談があって……」

静かな光を眼に浮かばせ、レイセンは口ごもるようにしていた。

 その様子にきょとんとしつつも、ラルロスは姿勢を元に戻して彼女に向き直り、

「どうしたよ。なんか、気になることでもあったか?」

「……」

乱暴な言葉遣いながら優しさも感じられるその問いに、レイセンは一瞬眼を瞑ると、しっかりと眼を見開き、

 

「――月へ、帰ろうと思います」

 

「……どうしてもか?」

覚悟を決めた、凛々しい光が眼に宿っているのを見届け、ラルロスは止めるよりも先にそう問う。

「恐らくだが、お前さんに罪状が科せられる可能性が高い。幾ら、永琳の認めた手紙があろうと、それは避けようもない事実だ。聞く限りだと、あっちの御姫さんの妹の方は、かなり生真面目だって話だしよ」

――直ぐに、とまでは行かずとも、懲罰が加えられるかもしれんぞ?

淡々とした物言いで、ラルロスはそう指摘した。

 だが、レイセンは静かに首を振って、

「私、思ったんです。数日前、あの、イオさんと言いましたか……あの人から、妖怪が月に向かうという言葉を聞いて」

 

――やっぱり、私の故郷……だから。護りに行かなきゃって。

 

「……そうか」

どれ程の葛藤があっただろう。

どれ程、死への恐怖に苛まれていただろう。

 だが、彼女は選び取った。

「……俺はよ。正直、お前は此処で暮らしていた方がいいんじゃねえかって思ってた。前も言ったが、『軍から脱走すること』はそのまま、『極刑に処される』のが普通だしよ。考えられる範囲だと、お前さんの故郷も同じかもしれねえ可能性がある。わざわざ死地に赴くなんざ、それこそ馬鹿らしいから止める心算だったが……その顔見たら、その気も失せた」

はぁ……と深い溜息を吐きながら、ラルロスは心底残念そうな表情でそう告げる。

「まぁ、気をつけろってのも可笑しいが……頑張れよ」

「はい。そうします。――それと、もう一つ相談事があるんです」

「あー……此処まで来たら何でも乗ってやるよ。何だ、その内容は」

こきこき、と肩や首の骨を鳴らしつつ、ラルロスは仕方なさそうに、だが真剣な表情で尋ねた。

 すると、彼女は深く頷き、

 

「――私が此処に来た時……周囲に、薄い布のような物を見かけなかったか。それが訊きたかったんです」

 

「……薄い布、ねぇ……大きさ、どんくらいだ?」

即座に動き始める賢人。

 彼はスッと立ち上がると自身の部屋へと赴き、メモの為にか、羽根ペンとインク壺、そして小さめの羊皮紙を持って来て、卓袱台の上に広げ始めた。

 そんな彼に近づき、目前で座りながら、

「そうですね……取り敢えず、形としては長いマフラーかストールのような物だと思って貰えれば」

「と、なると……かなり大きいな。お前さんが最初やってきた時、妹紅がそれを持っている様子はなかったが、どっかに落ちてんのか?」

かなり正確なイメージを掴み取り、ラルロスは自問する。

 そこへ、レイセンが、

「私が乗ってきた船……あれは旧式の船であり、正式船のように単騎大気圏突入が出来るようには余りなっていません。無論、それなりに頑丈ではありますが、大気圏突入の際の熱量が構造上の耐熱量よりも上がってしまう為、二・三十分程度しか持たないんです」

「……下手したら、お前さんがその、なんだ大気圏だったか。その中で燃え尽きてた可能性があったってことか。――だが、結果として此処にいて、船が大破するだけに留まった……ふむ。落ちて来る時にぶっ壊れたか?その時でもなければ、そんな大きさの薄い布が外に飛び出す訳もねえしよ」

かりかり、と羊皮紙を削るような音と共に、ラルロスの自問は続いた。

「若しくは、その布だけ招き寄せられた……か」

 

――おい、出てこい八雲紫。

 

「ふぇっ!?」

いきなり不機嫌な表情になったラルロスの低い声に、レイセンが思わず怯えて後じさる。

 だが、ラルロスは尚も不機嫌な表情のままで、

「とっとと出てこい。俺が考えてるのが間違いでなきゃ、どう考えてもお前が関わってるとしか言い様がねえ。――そうじゃねえのか、妖怪の賢者さんよ?」

ぎろり、と空中を睨み据えた。

 いきなりのラルロスの豹変に、レイセンがあわあわとなりながらも抑えようとすると、

 

「――全く。イオといい貴方といい……向こうは賢しげな坊やが多いこと」

 

「っ!!?」

突如としてラルロスの背後に現れた金髪の美女に、レイセンは口をぱくぱくと開閉させて黙ってしまう。

 だが、ラルロスは驚く素振りも見せなかった。。 

 それどころか怒りの表情を維持しながら、

「ようやく来たか。答えろ――アンタがレイセンの持ち物盗み取ったってことでいいんだな?」

「さぁ?少なくとも私はそんな物を見てはいないし、触れてもないわ。どうしても探したかったら、霊夢にでも相談しなさいな。あの子はあれでも失せ物を探すのは割と得意な方だからね」

「……気に食わねぇな。まぁいい、取り敢えず情報らしきものはくれたんだ。それで手打ちにしてやるよ」

明らかに疑っていると言わんばかりの彼の様子に、妖怪の賢者はやれやれと首を振ると、

「全く、可愛げのない。イオの方がよっぽどいい子だわ」

「俺に可愛げ求めてどうすんだ。貴族の生まれにいちゃもん付けられても困るぞ、おい」

ジト眼になったラルロスがそう突っ込むが、紫はついっと視線を逸らすと、

「まぁ、たかがそれだけの為に呼んだのなら、私はもう失礼するわね。他にも見なければならないこともあることだし」

「おい逃げるな――って、もういねえし……」

直ぐに気配を消して去っていった紫に、ラルロスは不機嫌極まりないという顔になると、

深々と溜息を吐いて、

「……まぁ、そういうことだ。取り敢えず、俺も一緒に行くからよ、支度しな」

「うぇっ!?は、はい分かりました!」

最初から最後までぽかんと口を空けていたウサミミの少女がようやく我に返り、慌てて頷くと共に、鈴仙に訊きに行くのだろう、とたとたと慌ただしく駆け去っていく。

 その様子を見送りながらも、ラルロスは再び卓袱台に向き直り、

 

「――うん、やっぱ美味えな」

 

最後の一枚とばかりに煎餅を頬張ると、そんなことを漏らしたのだった。

 

――――――

 

――所変わり、妖怪の山。

 山から流れてくるそれなりの川幅があるその川の傍で、イオはぜい、ぜい、と何かから逃れきったかのように憔悴していた。

 その目前に、たんこぶを頭につけた二人の妖怪が、痛みに唸りながらうずくまっている姿がある。

「……全く。二人して本当にしつこいんだから……私生活のことはあんまり言いたくないのにさ」

ようやくにして一息吐いたイオが、完全にジト眼になって二人に文句を告げた。

 すると、射命丸がゆっくりと頭を上げ、

「あ、あたた……いいじゃないのよ。別に減るもんでもないのに」

此方も若干ジトっとした眼でイオにそう言い返す。

 余りの言い様に、イオががくりと肩を落とすと、

「あのね……幾ら友人とはいえ、女の子に言うのって結構キツイんだよ?恥ずかしいし、下手したら黒歴史になってるのを掘り返されるような気持ちなんだから」

「……むぅ……」

あわよくば、という思いで訊けるかと思っていたが、どうやらそう事は簡単には行かないらしかった。

 射命丸は未だに痛む頭のたんこぶを摩りつつも、残念そうな面持ちである。

 その様子に、イオははぁ……と溜息をつくと、

「……訊きたいんだったら、別に教えてあげないでもないよ」

「――え?」

ぼそり、そう呟かれた言葉に、傍に流れている川の音の所為で、射命丸はいまいち良く聞き取れなかった。

 だが、イオは二度も言う心算はないようで、くるり、と身を翻すと、そのまま飛び立っていく。

「あ、ちょっと!……もう。何て言ったのか聞こえなかったのに」

にとりは分かった?

不思議そうに首を傾げ、射命丸がにとりに訊こうとするが、

「??盟友、何か言ってたかい?」

既に作業を始めているにとりの姿に、がっくりと肩を落とした。

「うぅ……きーにーなーるー……」

何やらやきもきし始めた傍の鴉天狗にきょとん、としつつも、にとりは久々に入った大仕事に気持ちが傾くのであった。

 

――――――

 

――その頃。アルティメシア世界はというと……。

 

――クラム国首都リュゼンハイム・マイスターストリート。

「……ふぅ。今日もそれなりに客が入った、か」

評判高い、とある鍛冶屋兼武具屋のカウンターで、男が一人呟いていた。

 その眼の先にあるのは、本日の客の入りと稼ぎが記された言わば家計簿のような紙の束。

 昨日の日付と今日の日付を比べてみると、それなりに多くの客が入っていたことが窺えた。

「ふむ……」

何ともなしにそう呟き、天井を仰ぎ見るこの男性。

 壮年に差し掛かっている為か、金髪の中に白が垣間見えるが、その頭髪の様相とは対照的に、硬く筋肉質の肉体をその作業着と思しきツナギの上下から見せていた。

 よくよく見てみると、その上半身を覆う作業着の袖から出ている腕も相当に太く、大小様々に古い傷がついていることが分かる。

 その傷も、男が営む鍛冶屋兼武具屋の作業から出来たものにしては、明らかにあり得ない物が混じっていた。

 

――切傷や刺傷、更には獣に噛まれたと思しき大きな傷。

 

 ぐぐ……と大きく背を伸ばし、男はふぅ、と一息漏らすと、

「さて、と。今日はもう店仕舞いするかな」

かたん、とカウンターから店内へと出入りする為の仕掛けを動かし、いざ店の入口へと向かおうとした、その時。

 ドアの向こうから、馬の嘶きが聞こえた。

「――?もうすぐ、夜になりそうな頃合いなんだがな……」

不思議そうな表情を浮かべ、取り敢えずドアを開く。

――そして、静かに眼を見開いた。

「……これはこれは。もうすぐ夜へと差し掛かって来ようとしている時にお会いするとは……カルラ様」

「ええ……店仕舞いをされる頃合いだろうと思いまして。お聞きしたいこともあって此方に参りました。――御邪魔させて頂いても、宜しいですか?」

頗る真剣な眼差しをした、カルラ=エルトラム・フォン・クラムがそこに立っていたからである。

 少しばかり手入れがなされた鬚を弄り、男は静かに頷くと、

「まぁ、そろそろ閉めようとしていたので良かったですが……御食事の方は宜しいので?」

「此処に来る前に済ませてありますので」

「……それほど、火急を要する案件だと?」

男が静かに身構えながらそう尋ねた。

 だが、カルラは静かに首を振り、

「それは違います。どうしても……訊きたいことがあって来たのですわ。――クリス=カリスト殿。元SSランクの冒険者……『覇王』殿、貴方に」

と、目の前で静かに佇む短い金髪の男に向かってそう告げたのだった。

 

――――――

 

「……何でカルラが此処にいるのよ」

「どうしても訊きたいことがあって。居ても立っても居られなかったからですわ」

驚いたように眼を見開く少女と、カルラ。

 少女の名はマリア=カリスト。

 以前、ラルロスが住むルーベンス邸を訪れた、色艶やかな金髪のショートボブを持つ、顔立ちの整った少女であった。

 そんな少女が何故、男――クリス=カリストの家にいるのか……真に単純ながら、彼女はクリスの一人娘なのである。

 そして、同時に……イオ=カリストの家族でもあった。

 そんな彼女は、カルラが告げてきたその言葉に眼を丸くさせると、

「あれだけじゃ、終わりじゃなかったの?」

根掘り葉掘り訊かれた先日の様相を思い出しつつそう突っ込む。

 だが、彼女は平然として頷き、

「当然のことでしょう?」

「……いやまぁ、前々からカルラの執着具合は分かってたことだったけど」

がくり、と肩を落して見せるマリアに、カルラは何ら恥ずべきことはないとばかりに胸を張っていた。

 と、そこへ軽食を作っていた父――クリスが現れ、その手に簡単に作った御摘みを持ちながら彼女達に近づいてくる。

「――取り敢えず、此方にお座りを。何もないのも良くないから、少しばかり摘みを持ってきたが、マリアはいいのか?」

「ん、ありがと」

そう言ってクリスの手から皿を受け取りつつ、居間のテーブルへと運ぶマリアへ、カルラは共に歩きながら、

「……ずっと、変わらぬままですのね、此処は」

と、近くの家具へ手を伸ばしながら呟いた。

「アイツが此処に帰ってこなくなってから、ずっとよ。まぁ、アンタの所には寄ってたみたいだから、生きてるのは分かってたけどさ」

「……えぇ」

伏し目がちにしながら、マリアの言葉にカルラは頷く。

 そして、少しばかり音を立てながら二人が席に着いた。

「……マリア。ラルロスさんから、何か話は聞いていて?あの方、私が想いを寄せている方のことを知ってらっしゃる癖に、何も教えて下さらないのよ」

単刀直入にそう告げるカルラは、何処か焦燥しているように見え、マリアはそれに答えて上げたい気持ちだったが、力無く首を振り、

「……居場所までは兎も角、これだけははっきりと言われたわ。生きてるってことと、種族が変わったこと。それに――……「アイツがいる場所に行ける手段を持ってる、そう言ったんじゃないか、マリア」!!?」

かたり、とティーカップを置きながら、父親が告げた言葉に二人して驚愕の表情を浮かべて見やる。

 マリアは何故知っているのか、という顔であり、カルラは何処となく歓喜が混じっているように見えた。

 そんな二人の少女を見つつ、クリスはふぅ……と溜息を吐くと、

 

「――そろそろ、様子を見に行くべき時が来た、そんな気がして、な」

 

「……駄目よ、父さん。カルラ、いい?父さんが言ったことは間違い。ラルロスはそんな手段なんか持っていない!」

彼の言葉に一瞬呆け、しかし直ぐに我に返って奥歯を噛みしめるとそう言い募ったマリア。

 そんな幼少期からの親友の言葉に、カルラは悲しそうな表情になると、

「……何故……」

「ずっと、こうして離して置くべきだった……!カルラが、異常な位イオに執着してる姿見て、私は少しだけ不安を感じただけだったけど、イオはずっと苦しんでたかもしれないのよ!?」

――だって、イオとカルラ、どうしようもない身分の差があるじゃない!

「……」

叫ぶようにして告げられたその言葉に、カルラは凍りついた。

 彼女の言葉に乗っかるようにして、クリスがふと、呟く。

「……正直な所、アイツの傍にカルラ様がいてくれたのはとても有り難かった。記憶を失くし、常人と容姿が異なることさえも抜きにして、真っ直ぐにアイツを見てくれていたのは、ラルロス様、マリア、チェルシー殿……そして、貴方様だけでしたから」

ですが……此処最近の貴方様のご様子を伺うにつれ、危険だとも感じるようにはなった。

 その言葉に、カルラが悲痛さを感じさせる眼で、

「どうしてですか……!?クリスさんだって、マリアだって、私があの方に想いを寄せていることなど、分かり切っていた筈!」

「――余りにも、執着が過ぎるのですよ」

静かな声音、そして表情でクリスが尚も呟いた。

 その物言いに、再び身を強張らせたカルラに続けるようにして、

「幾ら容姿が優れていようと、幾ら性格において信用が出来ようと、たかだか平民であるだけのアイツに、四六時中付いて回っておられたこと……それは、アイツに心底から惚れこんでいたからそうしていたというだけならば、まだ分かる」

 

――ですが、カルラ様は何かしらを隠しておられるように感じる。

 

一転して鋭い眼差しになったクリスが、ぎらり、とその碧眼をカルラに向ける。

 その様は、己が息子を護らんとする親としての気迫が籠っていた。

 余りに突然のことで眼を見開くカルラに、クリスは眼を爛々と輝かせながらも静かな物言いのままで、

「……これでも、元冒険者だったこともあるものでね。アイツを拾って来た当時から、色々な伝手を辿って調べてきた。――だが、何故か、調べが容易に片づかない。それどころか、揃って『このヤマはヤバい』と断って来るようになる有様だった。しかも、それだけに留まらず、近くの住民の若い娘達や御婦人達が、予想よりも騒がしくないことにも、不審を感じた」

――明らかに情報が制限されている。

「っ!?」

話を聞いていたマリアが、もしかしてという表情を浮かべカルラを見つめる。

 その視線の先にあったカルラの表情は何時の間にか伏せられ、伺うことは知れなかった。

 だが、クリスは尚も言葉を続ける。

「その上、普通であれば貴方様の御父上であるリュウ様がイオに対して娘に近づくなと警告をしていても可笑しくない筈。――しかし、寧ろ貴方様の御父上が積極的に関わるようにと言っていたのならば……」

貴族の立場上、利益があると見たようなものだ。

 静かな眼差しに戻ったクリスが、俯くカルラをじっと見つめた。

 予てから交流があり、同年代の娘を持つ者同士として友誼を育んでいたクリスではあったが、それでもリュウという人物にキナ臭さを感じない訳ではない。

 殊に、イオを拾い、彼の人物に出会わせてからそれは更に強まったのであった。

「……教えて頂きたい。一体貴方は……いえ、王侯貴族殿は、何を『知った』ので?」

「……」

口を噤み、カルラは答えない。

 そのことにマリアは大いに不安を感じ、

「カルラ……?」

と、長年の親友である彼女にそっと声をかけた。

――その時。

 

「――答えられようもありませんわ……事は、国家機密に相当してしまうのですから」

 

「……」

今しがたの言葉に、クリスは元から鋭い目つきを更に鋭くさせ。

 マリアはその言葉が意味するものが何なのかが分からず、表情を困惑のそれへと変えた。

「……答えられないって……どうして?そりゃあ、イオは綺麗な顔してるし、見た目からして普通じゃないわ。でも、私達と一緒に過ごしてた、只の『平民』なのよ?」

「――只の、ではありませんわ。『強大な実力を持つ』、冒険者という『平民』ですわね。……下手をすれば、『そのまま国力へと』換算出来てしまえる程に」

「――はぁっ!!?」

思わぬ言葉を聞かされ、マリアは今再びの驚愕の表情を浮かべる。

 だが、クリスは思い至ったとでも言いたげな表情で、

「……やはりか」

「どういうこと、父さん……!?」

「簡単な話だ……SSランクってのは伊達じゃないってことだろ。それに、恐らく王侯貴族殿さえもこれは想定外だった筈だ」

高々数年程度で上がれるような、そんな柔な規則じゃない。

 ほぼ断言するような物言いで、クリスは告げた。

 その言葉にカルラは何も反応を示さなかったが、クリスはそれにさして何も言わずに己が考察を述べ続ける。

「俺は若い頃からずっと冒険者をやってきた。――その内、『覇王』なんぞと呼ばれる程にはランクも上がったし、母さんとも出会ったしな。だが、同時に、『年を考える』べき時に差し掛かってたんだよ」

だからこそ、こうしてこの首都で武具屋を経営している訳だが。

そこで一旦息を整え、クリスは再び話し出した。

「だが、俺のように古くさくなっちまった奴ならともかく、アイツはまだ若い。その上、若いながらにトップクラスの実力者だ。俺がそう育てたのもあるが、何よりもアイツが勤勉に鍛え上げたからこそ、今の実力となっている。それが冒険者として活動を始めたのならば、その勤勉さで瞬く間に上がるのは眼に見えていた。――だが、そこで誤算が生じた」

 

――アイツがSSランクとして認定されちまったんだよ。

 

「元々、アイツがこっちにいた時から冒険者をしていたからな……学生時代だったら兎も角、今のアイツは何も柵がない状態なんだ。真面目さだったら、誰よりも凄いのは分かるだろ、マリア」

「……っ」

複雑そうな表情を浮かべるマリアに、クリスは苦笑したがそれはそれとして話を進めていく。

「まぁ、アイツがSSランクとして認定されちまった。そこまではまぁいい。寧ろ、名誉貴族として成り上がらせるには丁度いいランクだったろう。だが、SSランクとして認定されちまった以上、起こる弊害というのは必ず存在する」

 

――それが、各国の『勧誘』だ。

 

「あっ……」

「そして、極めつけにこれだ。――アイツが『行方不明』になっちまったことだ」

多分、これが一番の予想外の出来事だった……違いますかな?

クリスはそう言って、カルラへと眼を向けた。

「有名になり、各国へと勧誘されるだけならばまだ話は良かった。だが、国内外に関わらずSSランクの冒険者が消えてしまう事態なんぞ早々ない。俺のように引退宣言をしていなくなったのなら兎も角、普通はギルドで訊けばどの場所にいるか、大体分かるようになっているものだからな。強大な実力を具えているのなら、それは当然のことだ」

――何せ、下手すれば『国を滅ぼせる』レベルなのだから、な。

「父さん!馬鹿を言わないでよ!イオがそんなことをする訳がないじゃない!!」

「だが、俺達が関わればどうなる?」

クリスは初めてそこで娘に向かって鋭い眼差しとなる。

「アイツが身内に関して驚く位に甘いのは身を以て知っている筈だ。学生時代でも、アイツは友人・家族に対する侮辱と暴力をけして許さなかっただろうからな。だが、同時に、他の命を奪うことも余り好まないアイツのことだ……俺達が生きて軟禁されているだけならば、仕方なく貴族の命令を聞かざるを得なくなっちまうだろう。――そして、そのことで各国から突かれている……今の話で、俺はそこまで考えたんだがな?」

「……っ」

クリスの言葉に、しかしカルラは歯を思いきり食い縛ることで返事とした。

 だが、クリスはその様子で分かったというように頷くと、

「……マリア。どうやら御疲れのようだし、お前の部屋にでも案内してやりな。恐らく、お前の助けが必要だ」

「!わ、分かったわ」

小さく告げられ、マリアは慌てて頷くとカルラに手を貸し、自室へと案内していく。

 階段を上り、消えていく二人の背中を見送りながらも、クリスは静かに考えに耽っていた。

(……鍵となるのは、ラルロス殿……か)

彼の若者が戻ってきた時が正念場になるだろう。

(それまでに、此方が持つのかどうか……だな)

クリスは静かに決意を固めた。

――あの、愛すべきバカ息子に、言いたいことが出来た為に。

 

――――――

 

「――ふわぁ……ねむねむ……くぅ」

家に戻り、一夜を過ごしたイオ。

 眠たげな彼が、何時もの様にポストを探っていた時だった。

「お、イオじゃん」

快活そうなその声に、イオがん?と顔を上げその声の主を探す。

 すると、とんとん、と靴の位置を直しながら出て来る魔理沙の姿があった。

――そう、結局あれから魔理沙はそのままイオの家に御邪魔していたのである。

「おはよ、魔理沙。良く寝れた?」

「おう、いい抱き枕もあったことだしな!」

「……全くもう。少しは落ち着いて行動したらどう?」

一緒の部屋で寝ていたであろうルーミアの苦労を思い、イオは苦笑しながらもそう突っ込むが、魔理沙は下手な口笛めいた物を吹きながらそっぽを向いていた。

 その様子にイオはやれやれと思いながらも諦め、

「朝食どうするの?一応、これから作ろうと思ってるんだけど」

「お、いいのか?」

「食べずに出る心算だったのかい?全く、それじゃ体に悪いよ?魔理沙の今って成長期に差し掛かってるんだからさ」

若干体が細い彼女のことを心配し、イオは真面目な顔つきでそう告げる。

「今からちゃんと食べていれば、後悔しなくても良くなるよ?」

「へいへい、分かったよ。直ぐ戻るから安心しろって」

過保護な兄にやや面倒そうな妹のような絵柄が、その場にはあった。

 

――――――

 

「――お早う御座います、パチュリーさん」

トン、トン、と絨毯の上をリズムよく歩きながら、イオは大図書館の主たる彼女へとそう声をかけた。

 何時ものように魔導書と思しき書籍を開いている彼女――パチュリーがちらり、とイオのいる方を見て、

「あら、おはよう。その様子からするに……当ては見つけたのかしら?」

「ええ……文のお陰で助かりましたよ。兎も角、これで技術力と材料の当ては付きました。後は……完成させるだけです」

「とんとん拍子に行けたわねぇ……霊夢の様子はどうだったの?」

「つい最近行って来ましたが、面倒そうではありましたけれど、修行はちゃんとしてましたよ。――まぁ、色々と複雑そうでしたが」

穏やかなイオの語り口に、パチュリーは傍目からしても分からない程に口端を上げ、

「巻きこまれた形に近いのかしらねぇ。それとも、あの妖怪の賢者に言われたのかしら」

「さぁ?どちらにせよ、今回のことは半ば勝負に近いですから……僕と、彼の賢者との、ね」

くすり、とイオが珍しく黒さが垣間見える笑顔でそう告げる。

「紫さんも、引くに引けない事情があるんでしょうけど、僕は平和主義ですから」

誰が喧嘩を売って来ようと……ぬらりくらりと躱すだけですよ。

そう言ってイオはくすくすと笑声を響かせたのだった。

 

――さて、場所は変わり、此方は永遠亭。

 今、レイセンがラルロスと共に外へと出かけようとしている時だった。

 怪我もすっかり治った彼女は、トントン、と靴先を整えて履き心地を確かめているようである。

「……大丈夫か?」

そんな彼女の様子に、既に玄関の外に出ていたラルロスが心配そうに訊ねた。

 見れば、恐らくは用心の為なのであろう……彼の右手にあの『ロードオブヴァ―ミリオン』という、彼の家の家宝とも言える古代級(アーティファクト級)の魔法補助の為の杖が握られている。

 普通に考えれば、総合力でイオとタメを張れる彼がそこまでの武装をしているとなると、完全にオーバーキルでしかないのだが、そこはまぁ、用心深い彼だからとしか言いようがなかった。

 そんな彼の様相に、レイセンはふと可笑しさも覚えつつも、にっこりと笑って、

「はい、大丈夫です。行きましょう、ラルロスさん!」

「おう、じゃ、俺の後ちゃんと付いて来いよ。迷っちまうからな」

「はーい」

そんなのんびりとした声と共に、二人のちょっとした旅路が始まる。

――故郷で、多くの思惑が絡んでいることなど、ラルロスは知りもせずに。

 

 




故郷、そして幻想郷。
二つの世界で静かに進行していく思惑。
そして、とある鍛冶師が幻想郷に向かうことを決意する。

そして、イオは……己が過去、詰まりは嘗て想いを寄せた人物を告げようとし始める。
彼自身が、自らの周りにある関係を見定めようとせんが為に。


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第六十一章「向き合うは玉兎と巫女」

 

――暖かな日差しの下、兎と青年は歩く。

「いい天気ですね~のびのび出来そう」

「だな……レイセンの怪我も完全に治っているようだしよ、安心したぜ」

「もう、そんな心配しなくたって大丈夫ですよ!人間と体の構造が違うんですから!」

心配性な彼に、レイセンが苦笑して突っ込んだ。

 その言葉に、今まで隣を歩いていた青年――ラルロスがはたと思い付いたような表情になり、

「そういや、そうだったな……あんまりにも人間と同じような体つきしてっから忘れてた」

あっけらかんとして言ってのける彼に、レイセンは再び苦笑して、

「あのー流石に私の妖怪としての特性さえも忘れられたらちょっと困るんですが」

「いいだろ、別に。俺としちゃ、妖怪だろうが何だろうがお前さんはお前さんのままだからよ」

ちょっと照れ臭そうに顔を顰めながら、ラルロスが明後日の方向を見つつそんなことを告げる。

 その言葉に思わずどきりとした表情でラルロスを見やるレイセンだったが、彼はそんな彼女の様子に気づく素振りもなく、のどかな田園風景を見渡していた。

 彼の様子にホッとしたような、何処となく複雑なような面持ちになった彼女。

(……狙って言ってる、のかなぁ?)

いやいやまさか。

荒唐無稽な考えだと思い、首を振ったレイセンは先を行きかけている彼に慌てて後を追い、

「それにしても、どうして私の羽衣がそんな所にあるんでしょう?」

と、隣になるように調整しながら、ラルロスに向かってそう問いを放った。

「……さぁ、どうだろうな。恐らくだが……博麗の巫女にお前さんを会わせて置きたかったのかもしんねえ。イオの所を除けば、唯一の中立組織と言っても過言じゃねえしな。後々の為に、繋ぎを取っとくのも悪くないぜ?」

考えるような素振りを見せながら、彼がそう告げると、

「むぅ……あの、なんというのか、あの凄く怪しい妖怪の言うこと信じられるんですか?」

「……まぁ、半々、てとこだな。どうにも、今回の旅行も併せてあの賢者の策略が廻ってんだろうしよ。その上、イオの奴と謀略で仕合ってるんだぜ?何かしら利用しようとは思ってんじゃねえか?」

「利用出来るものがあるとは到底思えないですけどねぇ」

はて?と首を傾げる玉兎に、ラルロスは苦笑して、

「……そう思うんだったら、そうなんだろうよ。――と、そろそろ太陽が中天に差し掛かって来てるな……飯にするか?」

長らく歩き続け、眩しくなっている恒星を見上げ、ラルロスがそう尋ねるとレイセンはしっかりと頷いて、

「鈴仙姉さんの作ったおべんと、食べないと勿体ないですしね!」

「……いやまぁ、間違っちゃいねえんだろうが」

(何時から姉妹になったんだ……?)

ぐっと両手を胸の前で握りしめている彼女に、ラルロスは静かに苦笑するのであった。

 

――――――

 

――そして、イオの家に戻る。

 

「……さて、と。ルーミアはこれからどうするの?」

「チルノ達と遊んでるから、大丈夫!」

「そっか。じゃあ、ちょっと戸締まりしておかないとね。昼から、ちょっと妖怪退治に出かけることになったからさ」

かちゃかちゃ、と台所の流しで皿を洗いつつ、イオが暖簾の所で立っているルーミアにそう告げた。

そう言われた彼女は、久方ぶりに剣呑な気配を漂わせるその依頼の内容に、眼をぱちくりとさせ、

「……そっかー。気をつけてね?幾らイオが強いって言っても、命は一つなんだから」

「ふふ、そんなに心配しなくても、僕はやられる心算はないよ。大丈夫」

「ん、信じてるからね?」

ぎゅっとイオの背中に抱き付くようにして、告げられたルーミアの言葉に、イオは少し背中の感触に驚きながらも静かに微笑み、

「――必ず、帰るよ。どんなことがあっても、ね」

と告げるのだった。

 

――その後、かなり大胆なことをしたことに気付いたルーミアが赤面したのは御愛嬌というものだろう。

 

――――――

 

「……さて、と。依頼書の内容には此処によく現れると書いてあった、筈……」

何時もこの森の中で獲物を捕まえているという、依頼主である猟師の要請に応え、イオはやってきていた。

 場所としては、この幻想郷東端にある博麗神社の階段を降りた先にある、参道から外れている、それなりの広さを誇る森林。

 魔法の森があった近辺のそことは異なり、丁度よいバランスで植物(樹木も含む)が生育しており、その所為か明るさが異なっていた。

 当然、視界が明瞭であったし、その事実はイオにも、また妖怪ではない普通の獲物に対しても同様の効果を齎すであろう。

 とはいえ、今回の依頼は獣肉を捕ってくるわけではないので、さておくが。

「妖怪の形状は、恐らくは狼か犬の変化。鋭い牙と爪を有している、かぁ……」

犬、好きなんだけどねぇ。

そんなことをぽつり、と呟きながら、イオはポーチに畳んで仕舞いこんであった依頼書を広げつつ、辺りに警戒の視線をめぐらした。

 だが、それらしい気配も、姿さえも今の所は見当たらない。

 木葉が積り、土へと化した地面を全体的にぼんやりと見るように眺めつつ、イオはすぅ……と静かに眼を細めた。

「ふむ……まだ、動く時間帯じゃないだろうけど……妖怪がいるってことは、当然棲みかがあるだろうしね」

木の一本一本に眼を向けつつ、獣の形状をしているのならば痕跡が残っている筈だという推測で以て探していく。

 同時に、辺りでそれなりに育っている木に能力を使用し、過去に大きな傷を受けていないかどうか、確かめていった。

 そして、その瞳の先がとある木に注がれる。

 

(――見つけた)

 

明らかに縄張りを主張するかのように、無惨に傷付けられたその樹木。

 熊が残すような印とは異なり、根本付近に幾らか爪痕が、禍々しき妖力と共に生々しく残されていた。

 よくよくその先を見れば、点々としてその爪痕が残されているのが見える。

「……この先を辿れば、棲みかに辿り着く、かな?」

手探りに近いような感覚でありながらも、イオは歩き出した。

 ざくり、ざくり、と土を踏み締める音が、物静かな森林に響き渡る。

――と、そこでイオは気付いた。

(……静か過ぎる)

やはり、彼の妖怪の所為なのだろうか……棲みついているであろう鳥の声さえも聞こえてこない。

(これ、もしかすると……案外近くに居住を構えているかもしれない)

じゃきり、と刀の鍔を鳴らしながら、イオは油断することなく周りを見廻し――そして、森林の終わりと思しき光の下で、ぽっかりと洞窟が開けているのが薄らと見えた。

「――あの洞窟か」

自然、龍の証たる眼を鋭くさせ、イオは身を屈めるようにして慎重に歩んでいくのであった。

 

――――――

 

――昼下がり、ラルロス一行。

 安全の為、人里を通り抜けた彼等は、一応は整えられた、博麗神社まで続いている道を歩いていた。

 とはいえ、人が通れるように木を伐採し道具などで固められたものにすぎないわけだが。

「……空、蒼いですねぇ」

「ああ……そうだな」

ぼんやりと空を見上げているレイセンと、油断なく周りを見張りながらもそう返すラルロスに、彼女はくすっと笑みをこぼすと、

「あ、そうだ。ラルロスさんに聞きたいこと、あったんです!」

と、歩きながらぽんと両手を打ち鳴らし、楽しそうな笑顔でそう発言した。

 その言葉に、偶々道の傍の森林を見張っていたラルロスが振り返り、

「ん?何だ?」

と声をかける。

 すると、彼女はニコニコとしながら、

「あの、蒼い髪をした、ご友人についてなんですけど……あの人のこと訊きたいなって」

「あぁ?なんでまた……」

と、一瞬ラルロスが言い掛け、直ぐにニヤリと悪戯っぽい表情になると、

「もしかして惚れたのか?」

思わぬその言葉に彼女は大きく眼を見開き、

「なんでそうなるんですかぁ!?」

「何だよ……違ったのか。面白くねえ」

けっと今にも言いそうな彼の様子に、レイセンが頬を膨らませ、

「ひ、人の感情を面白いだのと……失礼過ぎますよ!」

「バカ。こういうのは傍から見てる方がいいんだろ。女子だって、大体恋愛関連についちゃ、眼を輝かせるのが殆どじゃねえか」

「うぐっ……ではなくてですね!私が訊きたいのはそうじゃないんですよぅ!」

ぽかぽか、と可愛らしくラルロスの肩を叩きながら、レイセンは抗議した。

「イオさんが、ラルロスさんと出会った時とか、そういう思い出話が聞きたいんですぅ!」

むぅ~っと拗ねた表情になっている彼女に、ラルロスはからからと笑い、

「分かってら。別にいちいち目くじら立てるようなもんでもねえだろ。んーそうだなぁ……」

空を見上げ、ラルロスは何から話してみようかと考える。

(……よし、あの話にしてやっか)

ピンと思い付いた表情を浮かべ、彼等の思い出を語り出すのであった。

 

――――――

 

――アイツと出会った時から話してやるか。

 そうだなぁ……俺が十三の時だったか。当時通ってた教育機関があってよ、途中編入生という形で、アイツ……イオ=カリストとその家族であるマリア=カリストが入ってきたのは。

 まぁ、そうはいっても、当時はまだ会いすらしてねえから、ふぅんとしか思わなかったんだがな。

――ん?いつ会ったかだって?

 あー何時だったか……確か、学年の前半期が始まって直ぐだったと思うが。

 何時も通りに登校してた俺の耳にな、編入生がいるっていう噂が聞こえてきたんだよ。そんときはまぁ、さっきも言った通りにそんなに興味は持ってなかったんだがな、新しく学年が始まったこともあってよ、周りにいる貴族達が五月蠅いのなんのって……しょうがねえから避けてた。

 姿が見える度に隠れなきゃいけねえし、めんどくさかったぜ、ほんと。

 

――アイツと出会ったのは、逃げ回っていたそんな時だったんだ。

 

 出会い頭に思いっきりぶつかっちまってよ、滅茶苦茶痛かったもんだからちょいと文句言おうと思って、顔を上げたら噂の当人だって気づいた。

 腹立つことにな、アイツ、ぶつかっただけで少しよろめいた位で全然動じてなかったんだよ。

『すみません……怪我、してませんか?』

それが第一声だったな。

 手を差し出してきたもんだからよ、ま、大人しく素直に立ちあがったさ。

 そしたら、アイツの後ろ側で女子達が幾つか固まってんのが見えてよ、思わず、

『……苦労してんのな』

とか言っちまったんだよ。

『あー……まぁ、その。触れないでくれると助かります』

気配に気づいてたんだろうが、そう言ってどんよりした空気纏い始めたのには笑っちまったな。

 そっから二人してこっそり逃げたりしてよ、何時の間にかこうして腐れ縁になる位の付き合いになった。

 そういうわけだからよ、アイツの為にも俺自身の為にもアイツにゃ幸せになってもらわんと困るわけだ。

 

――まぁ、こんなもんか。どうだ?楽しめたか?

 

そう言って、ラルロスはにやり、と悪戯っぽく笑うのだった。

 

――――――

 

「……そんなことが、あったんですねぇ」

想像しているのだろう、何処か遠くを見るようにして呟くレイセンに、ラルロスはくつくつと笑い、

「色々と長いこと付き合ってきたがよ、アイツ程のんびりした奴も、争い事が嫌いな奴はそういねえだろうな。その癖、本気出したら誰も追い付かない位の速さを見せつけてくるんだぜ?瞬く間にアイツが学院内で二つ名を持つようになったのも分かるってもんだ」

と、楽しそうに笑う。

「俺達が十八になった時だった。四年毎に開かれる武闘大会があってよ、俺とアイツは個人戦でぶつかった。それも、決勝戦っていう、最高の晴れ舞台でな」

 

――其処からだったか……アイツが『疾風剣神』なんぞと呼ばれるようになったのは。

 

ラルロスは懐かしそうな表情でそう呟いた。

「お互い、持てる力を全力で出し切ったもんだからよ、気力魔力体力さえも尽き果てて、同時に倒れちまった。起きた時、二人してなんか可笑しくて笑い転げてたぜ。後から思いきりどやされたけどな」

『二人して無茶をして!死んだら元も子も無いのよ!!?』

イオの家族であるマリアが、殆ど涙目でそう叫んでいたことを思い出しながら、ラルロスは青空を見上げて黙りこむ。

「ま、そういう訳だ……イオの奴とは、全力をぶつけあって認めあえた親友でもあり、同時に戦友でもある訳だ。これで満足か?」

そう言ってラルロスはにっと殊更に笑みを浮かべてレイセンを見た。

「……ええ、凄く楽しめました。丁度、博麗神社と思しき建物も見えてきたみたいですし」

「ん?……お、そうみてえだな。しっかし、相変わらずぼろっちいなぁ、おい。もうちょい、どうにかなんねえのかよ、あれは」

あれじゃあ、近い内に倒壊すんぞ。

 見た目からしてぼろっとしている彼の神社に、ラルロスは呆れたように首を振って見せる。

 その言葉に、レイセンは苦笑するばかりであった。

 

――――――

 

――直ぐ近くで親友がのんびりと歩いていることなど知りもせず。

 イオは、先程見つけた洞窟の前に、油断することなく眼を配りながら立っていた。

 すん、と小さく鼻で息を吸い、獣の匂いを感じ取ろうとして蠢かす。

(……アタリ、か)

そして、饐えたような匂いを感じ取れた所で、

 

「――っ!」

 

暗闇から襲い掛かってきたその気配に反応し、飛び下がって斬撃を放った。

 だが、その気配は即座に反応し返し、僅かに首を傾けるだけで避けきってしまう。

「……随分とまぁ、理性的な」

若干、イオが面倒そうな表情で溜息をついた。

 そんな彼の前に聳えるのは、通常の狼のサイズとは天と地程に異なる、巨大な灰色の狼妖怪。

 妖怪化した所為で紅く染まった瞳を剣呑に尖らせながら、此方へと低い唸り声を発していた。

「……ぐるぅるる」

現在進行形で唸り続ける彼の妖怪に、イオもまた戦闘体勢に緩やかに移行し、朱煉を静かに構える。

「ふむ……どうやら、それなりに永い年月を過ごしたみたいだね。だったら、少しは話を聞いて貰えるかな?」

だが、研ぎ澄まされた剣気とも言える気配を放ちつつも、イオが何処か穏やかな表情でそう尋ねた。

 すると、驚くべき反応が返ってくる。

『……ドウイウ心算ダ、退治屋』

「理性のない獣だったら兎も角、それなりに知性を持っている相手には敬意を払うだけって話だよ。どうやら、通じそうだと思ったからね」

『フン……何ガ望ミダ。サッサト我ヲ滅セバ、ソレデ済ムダロウ』

未だにぐるる……と唸り声を発しつつも、念話を用いてくる狼の妖怪に、イオはフッと微笑んで、

「幻想郷のバランスを崩さないようにしているだけだよ。今回、依頼でこっちに来たのはいいけれど、依頼人に話を詳しく聞かせて貰おうとしたら、そんなに怪我をしている様子には見えなかったんだよね。だから、単に追い払われたんだろうと思ってさ」

『……ハッ。馬鹿馬鹿シイ。何故、人間ノ事ヲ気遣ッテヤラントナラン』

「気遣うだろうさ――此処が幻想郷であることを鑑みれば、ね」

取り敢えず、猟師さんにはもっと安全な場所教えて上げないといけないし。

 そう言いながら、イオはちゃきり、と朱煉を鞘へと戻した。

 余りにも警戒が薄いと言えるそんな人間の様子に、狼は幾らか戸惑いを感じていたのだろう……唸り声が消え、辺りは若干妖力が漂う以外に静寂が訪れる。

『……我ヲ、ドウスル心算ダ』

「別に?住居も含めた君の縄張りの範囲を教えてくれないかなと思ったまでさ。大人しくしていてくれるのなら、僕は特に何も言わないよ。それなりに永い経験を積んでいる上に、妖力もかなりのものを持ってるとなると、かなり面倒だし」

よっこらせ、と言いつつ、イオが洞窟の入口付近の壁に寄り掛かり、腰周りに取り付けたポーチから水筒をとり出して飲み始めた。

 その様子に、完全に敵意が削がれた狼妖怪がストン、とお座りの体勢へと移行すると、

『……変ワッテイルナ、オマエ』

「あっはっは、幻想郷で変わってない人なんていないさ。少なくとも、僕だってこんな体だしね。にしても……そこまで大きいのにさ、人化は出来ないんだね」

『必要トモ思ッテナイカラナ。――フン、案内シテヤロウ……我ノ縄張リノ範囲ヲ。後ハシッカリト教エテ置ケ。サモナクバ――ソイツガ死ヌダケダ』

むくり、と体を起こし、その狼妖怪は念話でそう告げながらも足を動かしていく。

「……ま、これで猟師さんも少しは安心出来るかな」

本当であれば、退治するのが好ましい所なのだが……余り妖怪を狩り過ぎてもパワーバランスを崩しかねない為、事前に長老達にも、また、猟師達にも警告の意味合いもこめて退治すべき妖怪の数を操作していることを告げていた。

 そうすることにより、イオは完全なる中立として見られることになるからである。

 この世界が存在している理由が、人と妖怪との共生を図るものであるのだから、当然の話ではあった。

 とはいえ、同じように当然な話として、ルールを破るもの(妖怪・人間問わず)に対しては、制裁を加えることも忘れてはいけないことだ。

 兎角、理性のない低級の妖怪は殺戮することで、弱き妖怪を甚振ろうと考える人間がいれば、相応の罰は受けて貰った。

 こうした仕事のしかたから、妖怪の賢者は元より、人里の長老衆も、はたまたどの勢力の首脳部であったとしても、どんな思惑があろうが一応はイオ=カリストが有する勢力を認めているという、そういう仕組みなのである。

――八雲紫が呟いた、『賢しげな』という表現は、強ち間違ってもいなかった、そういうことなのであろう。

 そんなある意味離れ業にも近い所業を成し遂げた彼は、彼の狼妖怪の後を追い、警戒すべき縄張りの範囲を頭に叩きこむ為に、歩いていくのであった。

 

――――――

 

「――着いた、か」

「……割と洒落にならないくらい、物凄い階段でしたね」

若干肩で息をしながら、レイセンが絶え絶えにそう告げる。

 対するラルロスも、その言葉に深く頷き、

「だな……俺も、王城のパーティーで延々と歩かされてなかったら、割と詰んでた」

と、此方はレイセンとは異なって汗こそかいているものの、息は通常通りであった。

「……息、切らしてないですよね?」

そんな彼に、レイセンが未だ収まらぬ呼吸を整えながらもジト眼で睨みつけるが、彼はあん?と言うと、

「そりゃあな。あのイオとずっと親友やってきてんだぜ?多少なりとも体鍛えてねえと追いつかないのは当たり前だろ」

「あー……そうでしたね……」

若干遠い眼になりながらも、ようやく息が整った彼女がよいしょっと声を上げて姿勢を正す。

 その時だった。

 

「――そこにいるの、ラルロスとか言ったっけ?ウチに何の用?」

 

紅白で服を彩った、艶々とした黒髪を靡かせ、博麗の巫女が登場する。

 用心の為か、とんとん、と肩を大幣で叩きながら現れた彼女に、ラルロスはにやっと笑うと、

「よう、元気にしてるか、巫女さん。ちょいと訊きたいことがあってな……取り敢えず、中に入れて貰っても構わねえか?」

と尋ねるのであった。

 

 



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第六十二章「語り合うは賢者と巫女と玉兎と?」

 

『……コンナ物ダロウ。退治屋、此レデ満足カ?』

「うん、十分過ぎるくらいだよ。ありがとね、狼さん」

 

ポーチから取り出してあった紙の束にすらすらと書き連ねるイオが、そう言っておっとりと笑った。

 そんな彼の様子に若干苛立たしそうにしつつも、狼妖怪は別段何かを言うでもなくのそり、と恐らくは棲みかへと戻ろうと歩き出す。

 暫くその様子を見送っていたイオが、すっと空を見上げ……そのままトンッと飛び上がった。

 瞬く間に消え去った彼の退治屋としてはどうかと思える若者の姿に、名もなくだが強大なる狼妖怪はちらりと流し目で見送るのみ。

『……』

少しばかり歩みを留めていたことを思い出したその存在は、再び前をみやるとそのまま去っていくのであった。

 

――――――

 

「……ふぅん?」

少しばかり興味が出た。

 そう言わんばかりの表情になった霊夢が、くるり、と後ろを振り返ると、

「なんか色々と事情あるみたいだし、こっちに来なさい。ちょっとくらいは持て成してやるわ」

「やれやれ……レイセン?行こうぜ」

「は、はい……」

会話を交わした数こそ少ないが、それなりに性格も把握していたラルロスは苦笑し。

 そんな彼に言われたレイセンは若干ながらも怯えを見せていた。

 恐らくは、彼女の泰然自若とした、人間にしては老成しているとも言える雰囲気の所為であろう。

(……イオが勝てない、と思う訳だ)

嘗て戦った経験があるという親友の言葉に正直疑念が無かった訳ではなかったが、この様子を見るに、真実であると直感、そして実際に勝てる想像がつかなかった。

(恐らく、俺が本気で古代級魔法を連発したとしても、この巫女は易々と避けて見せるだろう)

彼女の能力の本質は、正しく『捉われない』ことにこそあるのだから。

 全く、当たらなければどうということはないとは誰が言った言葉だったか。

 内心苦笑をしつつも、ラルロスは至って何てことのないように辺りを見回した。

 そして、あることに気付く。

「……なぁ。イオに色々と助けて貰ってるんだろ?どうしてこんな……」

正直、その先を言うのが憚られ、ラルロスが口ごもった。

 だが、霊夢はその言葉に怒るでもなく肩を竦め、

「ウチの神社がぼろっちいって言いたいんでしょ。ま、婉曲に包んでくれてるから教えて上げる。――単純に、私がこれ以上手を借りたくないってだけ」

すたすた、と母屋の方に歩いていく彼女のその言葉に、ラルロスは呆れたようにその背中を見て首を振ると、

「……別にいいだろうが。アイツ、かなり過保護なんだぜ?少し位は気にしてやれよ」

「だからよ。この神社で唯一と言っていい参拝客ではあるけど、アイツも別の組織のトップなのよ?」

「あのなぁ……同じ中立の立場だろうが」

「関係ないわ。私の中立とアイツの中立、似てるようで違うし」

ふん、と鼻を鳴らしてみせる霊夢。

「飽くまでも受け取れるのはお賽銭と奉納物だけね。それだったら神様に護ってもらいたいが故の行動として受け取れるけど……立て直しまでされてしまうと、大きな借りになる」

何でも屋としてアイツが来ている以上、私は必要以上に受け取る心算はないわ。

 毅然とした、彼女の物言いにラルロスははぁ……と深く溜息を吐くと、

「言ってもきりねぇな……ま、ホントに助けて貰いたかったらアイツに言ってやるんだぞ。でねえと、アイツは自分自身を責めるからな」

「言われなくても分かってるわ。ほら、さっさと来なさい」

変わらぬ様子でそう言い放ち、霊夢が母屋へと入っていった。

 そんな彼女の様に、ラルロスはやれやれと首を振るとレイセンと共に後を追いかけるのであった。

 

――――――

 

「――羽衣?」

「ええ……私がこの世界に墜落してきた時、船が空中分解してしまったんですけれど……その時に、船から落してしまったみたいで」

軽く自己紹介をした後に、レイセンが告げたその内容。

 霊夢はむぅ……と首を傾げながら眉根を顰め、聞いた内容に頭を悩ませ始めた。

「……あ、もしかするとあれかもしれないわ。ちょっと待ってなさい」

そして、表情を閃いたとばかりに明るくさせると、とことこと居間を出ていく。

 その後を見送りながら、ラルロスはふぅ……とお茶を飲んでまったりとしていた。

「なかなかに旨いな、このお茶。いい葉っぱ使ってるみたいだしよ」

「……あの、こんなにまったり出来ていいんでしょうか?」

そんなラルロスとは対照的に、レイセンは何だか落ち着かないご様子。

「何そんなに身構えてんだ?」

「いや、その……なんというか、凄く落ち着かなくて」

「安心しとけ。見た所罠もなにもねえし、普通に返して貰えるだろうよ」

ずずず……と湯呑を傾けながら、ラルロスは平然としてそう言ってのけた。

 見れば、傍らに魔杖を置いている辺り、それなりに警戒はしていると言った所か。

 レイセンは冷静な彼の様子に安心をしたようだった。

 ほっ、と胸に手を当て安堵していることからしても、相当落ち着かなかったらしいことが伺える。

 と、そこへ霊夢が雑多に束ねられた状態の薄い布を片手に戻ってきた。

「ほら、アンタ達の探してるのってこれじゃない?」

「あ……こ、これです!有難う御座います!」

土下座せんばかりに深く頭を下げるレイセン。

 そんな彼女に手を振り振りとしながら、

「いいわよ、別に。そりゃあ、拾った時はいい布だから嬉しかったけど。流石に人のだと分かったら返すわ。じゃないと、イオが怒るのよ」

結構長い間正座させられるから、きっついのよねぇ……。

遠い眼になりながらそう告げる霊夢に、ラルロスは苦笑しつつも、

「ま、人間として当たり前の行動だし、アイツはそういう部分はきっちりしてるぜ?」

「身に染みてるわよ、そんなの。魔理沙だって、アイツにお仕置きされたから紅魔館に吶喊しなくなったしね」

あの紫もやしは助かったでしょうよ。

ずず……と湯呑を傾けながら、霊夢がそう述懐した。

「アイツ、そんなことまでしてんのか……さぞかし、きつかっただろうな」

「能力が能力だし、木の蔦で攻撃されたみたいでね、かなり蒼くなってたわ」

「ははっ、アイツはえげつねえからなぁ」

くっくっく、と喉の奥で笑いつつ、ラルロスは再び湯呑を傾ける。

 そして、口を再び開いた。

「所で聞いた話なんだがな、今度アイツと何人かで月に行くみたいだな?」

「ええ、あのスキマに言われてね。正直、今回のはあんまり気が乗らなかったんだけど……イオが、ね」

くすり、と此処で初めて苦笑とも取れる笑みを浮かべると、

「『何が何でも戦いを回避する』って言ってきたのよ。普段のんびりしてる癖に、その時だけは凄く黒い笑顔だったわ」

「あー……」

ラルロスが遠い眼になって明後日の方角を見る。

「……学院でもそうだったなあ……アイツ、本当に本気になると、かなりヤバいんだよ。殊に、アイツの身内に手を出されるとな。あの手この手で、情け容赦なく心を折りにかかってくるから酷えんだよ。アイツ自身にトラウマ持っちまった奴さえいるしよ」

「あー……なんというか、想像出来るのが凄いわね」

にこにことおっとりとした笑顔を浮かべながら、とことんまで追い詰めていく……そんな若き龍人の姿を幻視し、霊夢もラルロスと同じように遠い眼になった。

 そんな二人の様子にレイセンが慌て、

「そ、そんなに酷いんですか?」

「……そっか。お前さんは付き合いが短いからな……」

考えてみれば、この玉兎とイオは余り話を交わしていない。

 レイセン自身が若干苦手意識を持っていることもそうだが、イオが余り関わろうともしていないのだ。

「ま、お前さんがいた所で格段に悪戯好きで腹黒い奴がいるとしてだ。そいつが本気で誰かを排除しにかかったと考えれば想像がつくんじゃねえか?」

ラルロスがにやにやとしつつレイセンに向かってそう告げると、彼女は言葉通りに想像し……そして、顔を蒼くさせぶるぶると震え始めた。

(と、豊姫様はヤバい……!!)

レイセンがそう考えていたその時。

 

「――何だ、霊夢此処にいたんだね。ラルロスまでいるみたいだし、どうしたのさ?」

 

そんな声と共に、イオがその場に現れたのだった。

 

――――――

 

「お、イオじゃねえか。丁度お前の話してたとこだ」

居間から見える縁側の方からやってきたイオに、ラルロスがそう告げると、

「……なんか、穏やかじゃないなぁ」

と苦笑しながら、よいしょ、と鞄を縁側に下ろし、中から纏められた金銭と、塩を振り保存が利く状態になった干し肉やら何やらを取り出し始めた。

「ほら、これが今日受けた妖怪退治の依頼の報償金。こっちは何時も通りの奴だよ」

「……ま、感謝するわ」

にこにことしたイオとは対照的にむっすりとした表情の霊夢。

 だが、イオはそんな彼女に頓着することなく、

「うん、顔色もいいみたいだし、ちゃんと食べてるみたいだね。安心した」

下から覗きこむようにして、霊夢の健康状態を確認していた。

(……相も変わらず、過保護なこって)

身内と定めた相手に対して、本当にまめまめしい彼にラルロスは苦笑する。

 だが、霊夢の方は笑える気分ではなかったようで……

「そんなに気にしなくたって、大丈夫よ。前からそうだけど、アンタは過保護過ぎる」

「あのねえ……こんな状態の家屋に住み続けてるのが可笑しいんだからね?本当だったら、全部立て直して上げたい位なのに」

直ぐ傍のぼろっとしている柱を指しながら告げるイオ。

 その表情に呆れが多分に含まれているのを察しながらも、霊夢は依然むっすりとしたままで、

「別にいいわよ。そんなことをしてる時間なんてあったら、私はのんびりと縁側で飲んでるわ」

「……もう」

むぅ、とイオが唸り、暫く考える素振りを見せていたが……これ以上は霊夢の気が変わらないと察し諦めることにしたらしい。

 座っていた縁側から立ちあがると、

「それじゃ、そこの兎さんもラルロスもまたね。霊夢、ちゃんと食べるんだよ?」

と言いながら、タンと音高く飛び去っていった。

「……ねぇ、ラルロス。アイツ、あの過保護っぷりをどうにかしてくれない?」

霊夢が若干不機嫌そうな表情でそう訊ねる。

 腰に手を当て、憤然としているその様にラルロスは苦笑して、

「諦めな。あそこまで過保護なのは、お前さんにも原因があるぞ?」

「くっ……役立たず」

自覚している部分もあるのか、苦々しい表情で言い捨てる霊夢に、ラルロスは再び苦笑した。

「まぁ、そう言うな。アイツがああまで心配してるのはかなり珍しい方だぞ。存分に甘えておきな」

「嫌よ、そんなの」

ふん、とそっぽを向き、霊夢が無言で居間に戻ると、どっかと胡坐で座り机の中央に置いた煎餅をやけ食いし始める。

 そんな彼女の様子に、最初に見た時と雰囲気が異なった為か、レイセンが唖然としていた。

 と、そこへラルロスが立ちあがりながら、

「取り敢えず、目的は果たしたからな……これで失礼させて貰うぜ」

と言うと、レイセンに向かって目くばせする。

 その様子に慌ててレイセンも立ち上がりつつ、

「あの、その……有難う御座いました!」

「いいわよ、礼なんて。何か忙しそうだしさっさと行った方がいいと思うわよ?」

「あ、そうでした!」

ハッと表情を変え、急ぎ縁側に下りたレイセンは、先程渡された羽衣を手に持つと、そのまま体へと巻きつけ始めた。

「……何やってるんだ?」

「へ?……見ての通りですよ?」

きょとん、としたように首を傾げる彼女に、ラルロスが難しい表情になる。

「…………もしかして、飛べるのかそれで」

かなり長い間を空けて紡がれたその問いに、レイセンは頷いて、

「ええ!これ、もしもの時の為のフライトスーツなんですよ!良かった~これが無いと、地球と月の間を飛び抜けられないですからね!」

にこにことした様子で胸を張ってみせる彼女に、ラルロスは若干遠い眼になりながらも、

「……そうか。そりゃ良かったな」

としか言い様がなかったのだった。

 

――――――

 

――ラルロス達が紆余曲折の後に立ち去ってから数十分。

 霊夢は、先程と変わらぬ様で居間に座り、煎餅をもぐもぐと食べている所だった。

「……全く。アイツったら……人がいる所であんな風に過保護にならなくたっていいじゃないのよ」

とはいえ、若干不機嫌な様子であるのも変わらないようであったが。

 

「あらあら、そんなに照れなくてもいいんじゃない?」

 

突如、響いた女性の声。

 その声に聞き覚えがあった霊夢が、今度は完全に不機嫌になった表情で、

「盗み聞きとはいい度胸じゃない。とっとと出てこい、滅してやるわ」

「もう、そこまで怒らなくともいいでしょう?幾ら図星を突かれたからって」

呆れた表情で何時の間にか出現している八雲紫に、霊夢が躊躇なく大幣を振るった。

 直ぐにスキマで脱出し、ひらりと避けてみせる。

「……(怒)」

「やぁね。そんな状態で振るわれたら怖いからそうしただけよ?全く、もう少しお淑やかになってほしいわ」

「アンタ、ねぇ……!!」

ぎりぎり、と歯を剥く霊夢に、紫はひらひらと手を振って見せる。

「はいはい、そこまでにしてね?今日はちょっと連絡があって来たのよ」

「…………なに」

変わらず怒った表情のまま、霊夢が訊き返すと、

「ええ、今度の秋ぐらいになるかしら……神様が二柱、人間が一人入ってくる予定なのよ」

「……もしかして、存在を確立出来なくなったから?」

すっと怒りの表情を消し、真剣な眼差しでそう尋ねる霊夢に、紫は静かに頷くと扇子で口元を覆い、

「元々、歴史もある神様ではあったんだけれどねぇ……やっぱり、外の世界が幻想を否定するものに変わってきてるから、どうしようもなく、ね。色々と事情もあって、今回は秋にやってくるそうだから、忘れないように」

「……一応、どんな世界かは説明してあるのよね?」

「勿論よ。しっかり説明しておいたわ」

「……だと、いいけど」

霊夢がそこはかとなく不安そうな表情になって、そう呟いた。

 

――何故だか、途徹もなく嫌な予感が、霊夢を苛むのであった。

 




おおう……なんというか、かなり低クォリティです、本当に申し訳ありません。
――卒論が、卒論がぁ……orz
暫くの間、この状態かもしれんのでご了承くだしあ


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第六十三章「彩りに添えるは赤黄色の葉」

 

――そうして、二カ月程経った。

 あれ程暑かった夏は疾うに過ぎ去り、涼しげな風が吹き始めるようになった頃。

 イオは、とある要件を携えて妖怪の山へとやってきていた。

「……ん、段々と紅葉とか黄葉が増えてきたね」

キョロキョロ、と辺りの樹木を見廻しながら、ざく、ざく、と土を踏み固めるようにして歩く。

 時折、樹木に触れながら、樹の容態も確かめたりして、死んでしまった樹等がないかどうか診ていた。

 何故か、と問われれば、死んでしまった樹がある場合、伐採し薪として売ることで人里の冬の準備を手伝う為だったりする。

 無論、イオの魔法によって幾らでも薪としての木材を創りだすことは可能なのだが、それをしてしまうと彼に頼り切りの状態になってしまうので、ある程度安くはしても普通に木を切り出すようにしているのであった。

「……さて、と。静葉様達の御家はこっちだったかな……」

そう呟きながら、イオはざく、ざく、と歩み続ける。

 

――彼が此処に来ているその切っ掛けは、ある日、一人の人物に呼び出された時だった。

 

――――――

 

「――秋の神様達に、来て頂きたい……と?」

「ああ……何分、実りの秋だからな。ただ、問題が一つ……あるのだ」

人里のとある大きめの家宅。

 イオは通された居間で、とある人物の前で正座していた。

 ぼさぼさとした短めの黒髪に、よくよく見れば茶色にも見える瞳。

 そして、幾らかふくよかな体型に、何処となく誰かを思わせる勝気そうな顔立ち。

 商人であることもあって、それなりに仕立てがしっかりとした服装で佇むその男は、人里の長老衆の一人だったりする。

 とはいえ、並みいる長老達の中でも、この御仁は比較的若い方であり、その所為もあってか、イオの感性とそれなりに合う人物でもあった。

 

――名を、霧雨司。

 

霧雨道具店……その店長にして、霧雨魔理沙の父親である。

「その、問題とは?」

「……彼の神々の御宅が、妖怪の山に存しておられるのだよ」

「それは、また……呼びに行くのに苦労しますねぇ」

深い溜息と共に告げられたその事実に、イオが苦笑しながらそう言葉を返した。

「そうなのだよ……お陰で、博麗の巫女様に御頼みするしかない、というのが現状だ」

「あれ、娘さんには頼まれないのですか?」

「……それ、なんだがな……気まずいのだよ」

深刻そうな表情で項垂れる司に、イオはあちゃあ……と顔を顰め、

「……まだ、仲直りが出来てないのですか」

「一度こうと決めたらかなり頑固でなぁ……俺も俺で譲れない部分もあることだし、な」

「大人げないですねぇ……ま、ご家庭のことに関しては余り関わる心算もないので、放り投げますが。――要するに、僕に神様を呼んで来て欲しい……そういうことでしょう?」

流石に、どうにかしてほしいと言われた訳ではない為に、イオは一先ずその話題を置いて本題へと戻る。

 うむ、と司は頷き、

「何せ、天狗様の御膝元だ。只の人間が行った程度ではどうにもならん。故に心苦しいが……どうか、頼まれてくれないか?」

「ええ、大丈夫ですよ。というか、現状僕しか行けそうなのはいませんしね。じゃあ、報酬なんですけれど……今回の豊穣の祭りで余った作物、幾らか分けて頂けますか?」

「ん、そうだな……ふむ、では米類を中心に、秋の野菜も付けておこう」

「有難う御座います。――所で、豊穣の祭りを行うのは何時頃になりそうですか?」

「今年の出来具合によるなぁ……まぁ、恐らくは来月頃になるだろう。神様方にはそう申し伝えておいてくれるか?」

「御安い御用です。――では、失礼します」

そう告げると、イオは一旦自宅へと帰り、準備を整えてから妖怪の山へと向かったのであった。

 

――――――

 

「秋様達、結構紛れ易いんだよなぁ……この景色の中だと」

半ばぼやくようにして呟く龍人。

 既に、彼は山腹にまで足を踏み入れており、本来であれば白狼天狗達が踊り出て来ても可笑しくない程には、領域のまっただ中にいた。

 とはいえ、あちらこちらからイオを見ている気配こそすれど、彼に直接話しかけてくるような者はいない。

(……むぅ。割と予想外だったな)

有している能力や無視できないその実力で少なからず警戒されていると思っていただけに、この現状には驚かされていた。

(誰かから情報でも齎されたのかな?それだったらまだ分かるけど)

それにしたって、少なくとも目的を訊くために現れてもいいだろうに。

若干警戒を伴った状態で腰の両側に吊下げた朱煉に、それとなく手を掛け辺りを見回した。

(……やっぱり、見られてるねこりゃ)

空を幾らか見廻しただけで気配が消えた……否、殺したのだろう。

(なんだかなぁ……僕、大層なことしたっけ?)

まぁ、上層部とはそれなりに懇意にはさせて貰ってはいるが。

 少なくとも、彼等を刺激するようなことは今は特にしていない筈である。

 かりかり、と蒼が鮮やかに輝く頭を掻きつつも、イオは再び秋の姉妹神の家宅を探すべく足を進めるのであった。

 

「……ふむ、このまま行くとあの姉妹神の所まで行くな……取り敢えず、大天狗様にはお伝えしておこう」

 

そんなことを呟き気配を絶った椛がいるとは、気づきもせずに。

 

――――――

 

「……此処、かなぁ?」

歩いていく内に、家屋らしきものを見つけたイオは、神々が住むにしては小さくそして擦り切れているように見えるその建物に、頭を悩ませていた。

 取り敢えず入り口に立っているのも何なので、トントン、とノックをしてみる。

「あのぉ……静葉様、穣子様おいでですかー?」

自信がなさそうにそう声を掛けるイオ。

 その表情は、

(本当に此処に住んでいるのだろうか)

という疑問で一杯だった。

 まぁ、無理もない。

 

――だが、家宅に住む者はその予想をいい方向で裏切ってくれた。

「はいはーい、天狗の子かな?」

そんな声と共に、ごとごとっと引き戸が開き、中から秋の色合いに染まった服を着た、一人の女性が姿を顕す。

 赤く縁がひらひらとした帽子に一房の葡萄が鮮やかに彩られ、覆っている金の頭髪と相まってなるほど秋らしく思わせた。

 開けた戸の先にいた、予想と異なった人物がいたことにきょとん、と首を傾げ、

「……どちらさん?」

「えーと……初めまして、になりますね。僕はイオ=カリスト。人里で何でも屋を営んでいる人間です。宜しくお願いします」

「あ、とこれはどうも、ご丁寧に……って、人間?」

「人間ですよ、ええ」

にっこり、と深い微笑みを浮かべたイオに、目の前の彼女は若干表情を引き攣らせつつも頷き、

「あ、うん、分かった。――と、自己紹介してなかったね。私は秋穣子。『豊穣を司る程度の能力』持ちの、神様やってます」

あと、焼き芋屋さんも兼業してるよ。

そう言って、彼女――穣子はにっこりと微笑みを浮かべるのであった。

 

――――――

 

「――ちょぉっと狭いけど、御免ね?」

中に通され、イオと穣子は囲炉裏を挟んで向かい合っていた。

 彼女に告げられた謝罪の言葉に、イオは慌てて両手を振り、

「いえ、いきなり押しかけてしまいましたし。お願いさせて戴く立場なのに、文句を言えませんよ」

「そぉ?なら、良かった」

ほっとしたように笑う彼女の雰囲気は、その辺りの少女と何ら変わらぬままであり、イオは少なからず戸惑いを感じたのは確かだ。

 だが、聞く限りだと、どうやら秋の姉妹神は神でありながら実態としては妖怪に近く、博麗神社のように本殿にて祀られている存在ではないようなので、この状態がデフォルトなのかもしれない。

 其処の辺りは、失礼に当たるだろうと考え余り追及していなかったが、この分だとそのように思われた。

 と、其処でイオははた、と思い至り、もう一人の秋の女神がいないことに、今更ながら気付く。

「……あの、静葉様は?」

「ああ、お姉ちゃんなら、今幻想郷中の樹木やら草木やらを彩るのに忙しいから、いないよ?」

「…………はい?」

とんでもない言葉が聞こえてきたように感じ、イオが眼をぱちくりとさせて問うた。

 その様子にきょとん、と首を傾げ、

「あれ?知らないの?私のお姉ちゃん、秋になった時は何時も紅葉や黄葉とか塗り分けているのに」

「――初耳過ぎますよ、それ……」

遠い眼になったイオがぼやく。

 此処に移り住んで凡そ一年が経とうとしている彼ではあったが、それでも相変わらずの幻想郷の吃驚箱っぷりには、毎度のように驚かされていた。

 そして、こうも思うのである。

(――ああ、何時ものことなんだな)

と。

「と、取り敢えず居られないことは分かりました。ですが、今回御話があるのは静葉様ではなく……穣子様なのです」

仕儀を正し、イオは真剣な表情へと移行してそう告げた。

 突然の豹変に穣子は眼をぱちぱちとさせながら、

「な、なに?言っとくけどやれることなんてそんなにないんだからね?」

「いえ、別にそういう心算で言った訳ではありませんよ。――人里の豊穣の祭りが近づいて来ていることで、お知らせに参ったのです」

告げられたその言葉に、穣子が一瞬眼を見開いてから納得したようにこくこくと頷き、

「……あー……そっか。もうそんな時期かぁ。でも、何時もだったら凄くぎりぎりになった位で来るのに、今年は速いんだね」

「それはまあ、僕がいたからでしょうね。一年前に此処に来たばかりですから、割と重宝してくれているみたいでして」

「へぇ……嬉しいな。やっと、私の存在意義が果たせる!」

うふふ、と嬉しそうに笑う彼女は、やはり、神らしく見えない。

 寧ろ、どんどん威厳さが無くなっていくような感じがして、イオは逆に感心してしまった。

(……此処まで人懐こいの、見たことないなぁ)

下手すれば、絶滅動物並みに珍しい位である。

 彼の世界でも、また、この世界においても、神という存在は崇め奉るべき存在であって、此処まで人々の生活に直結した神はいないのではないだろうか。

(しかも、やってることはそれなりに凄いのに、信仰が集まっている様子がない、というのが悲惨過ぎる)

姉の静葉にしろ、妹の穣子にしろ、秋という季節の中で人々にとっては重要な役割を果たしているというのに……だ。

 どうしたことであろう?

(……作為じゃ、ないみたいだしなぁ)

まぁ、あまり考え過ぎるのも良くないだろう。

 イオはそこまで考えた所であっさりと思考を放棄し、

「取り敢えず、来月頃に行われるようなので、また日が分かりましたら、僕か僕の遣いの者が伝えに行きます」

「分かったよ。有難う、態々ここまで来てくれて……お礼は出せないけれど」

「いりませんよそれは。僕は只の伝達ですから」

庶民のような感性を持つ彼女に、イオは少し苦笑しつつも押し留め、すっと静かに立ちあがった。

 そして、

「何か依頼でもありましたら、何でも屋のイオを宜しくお願いします。家の前にポストがあるので、出来得る限りでしたら受け付けていますから」

「へぇ……人里も変わったねぇ。うん、其処まで言ってくれるのなら、偶には利用してみようかな。姉さんに会わせられなかったのはちょっと、御免ね?」

同じように立ちあがりながら、穣子がくすくす、と笑いながら片手を前に持ってくる。

 照れ臭そうな謝罪の仕草に、何となくイオは何処かの優しいお姉さんのような雰囲気を幻視しながらも、おっとりと笑って一礼するのであった。

 

――――――

 

――ざく、ざく、ざく。

 イオは一人、山中を歩いていた。

 幸いにして、と言うべきか……未だ天に陽は高く在り、方向感覚が見失わないようにはなっていたが、イオにとって考えるべきことがあった為に、そのことは考えの外へと追い遣られている。

 

――彼が考えていること……それは、留守中の依頼受付のことだった。

 

なんせ、月旅行というものに初めて挑戦するわけである。

 事前に各勢力に告知はしてあるとはいえ……この辺りで人里へ全体的に申告しておかなければならないだろう。

 無論――イオが死ぬ危険性も合わせて、だ。

 万が一にも、紫の思惑によって彼の月の武姫と戦わされる羽目になったとすれば……彼の身がどうなろうとも、護衛対象を幻想郷に帰さなければならない。

 仮に『そう』なった時に、遺されたルーミアやゴーレム達に何らかの行動を起こす者がいないとは限らないのだ。

 アリスによくよく頼めば、確かに大事にはしてくれるだろうが、何時分解されてしまうかという恐怖に苛む羽目にもなるし。

 パチュリーに関しても、それは同じであるかもしれない。

 まぁ、彼女には恩もあるし、それなりに報いても来たから「小悪魔の手伝いが増えた」と喜んでくれるかもしれないが。

 魔理沙は……まぁ、論外。

(……こんなこと考えてるなんて知られたら、文に怒られるかな)

この世界に来てから割と接点のある彼の鴉天狗の少女を思い、イオは内心苦笑した。

(でも、この世界の人達には世話になったからね……こういう機会でもないと、恩返しは出来そうにないし)

つい、と空を見上げ、眩しげに眼を眇めるイオ。

 その時だった。

 

「――あら、其処にいるの……何でも屋さんじゃない」

 

おっとりとした優しげな声と共に、ふわり、と眼前をフリルとリボンが舞い踊る。

 黒みがかった赤色で彩られたその服の女性に、イオは一瞬眼をぱちくりとさせると、

「ありゃま……雛様じゃないですか。こんにちは」

とやや嬉しそうに笑って声を掛ける。

 其処に立っていたのは、体全体がフリルとリボンで縁取られたゴシックロリータの、ワンピースタイプの衣装を纏った女性。

 若葉のように鮮やかな緑色の髪と瞳を持つその女性は、顔立ちが人形のように美しくそして可愛らしかった。

「春の雛祭りから随分と久しぶりね。まぁでも、私は貴方を良く見かけたわ」

山の中を歩いてると、結構空の様子が見えるのよね。

ふふふ、と楽しそうに笑う、雛と呼ばれたその女性。

 フルネームを鍵山雛と言い……本来であれば、普通の人間は近づけない、或いは近づいてはならない神の一柱であった。

 だが、イオ自身の『木を操る程度の能力』による副次効果によって、イオ自身に影響は齎されない仕組みとなっている。

 これは、嘗て伊吹萃香の能力によって精神状態を変化させられかけた時と同様であり、イオには彼女の能力である『厄をためこむ程度の能力』が効かない為であった。

 故に、彼女と会話を交わすことが可能となり、こうして時々話す程度には親しくしているようである。

「本当に久しぶりですねぇ……雛様は、あれからどうされてました?」

にこにこと微笑みながら、イオがそう尋ねると、彼女もおっとりと笑って、

「人里の人達がちゃあんと雛人形を流してくれているから、厄が溜まって来ているわ。今年一杯は、人里の厄は消えてくれていると思っていいわよ?」

「有り難い。皆にいい土産話になりそうですね――あ、でも、無暗矢鱈に話してたら逆に溜まっちゃうか」

「そうね。私の権能が権能だから……もしかしなくても、そういうことが起きかねないわ。だから、出来れば黙っていてね?」

困ったように、しかし嬉しそうにも見える、そんな複雑な表情を雛は浮かべた。

 そして、今度はきりっと表情を改めると、

「丁度良かったわ。貴方に会うことが出来て。一つ、とても大切なことを伝えたかったのよ」

「……何でしょう?」

きょとん、と首を傾げたイオが、そう尋ねる。

 

「――貴方の周り、厄が漂っているわよ」

 

極めて真剣な眼差しで、鍵山雛はそう告げたのだった。

 

――――――

 

「――もうすぐ、かぁ……」

ふと、紅魔館の大図書館にそんな声が響いた。

 ぐてー……と体を長机に凭れさせ、三角帽子を被ったままの少女――霧雨魔理沙のそんな言葉に、傍らで何時ものように魔導書を読み耽っていた七曜の魔女――パチュリー=ノーレッジは溜息を吐いて、

「全く、そんな風にだらけきった格好にならないで頂戴。視界に入ってくるから目触りよ」

「そんな言い方しなくたっていいじゃんか……にしても、準備は滞りなく進んでるみたいだな」

ちらり、と何処か天井を見るかのように眼をやった魔理沙。

 その視線の先に、霧の湖で建設途中である彼のマスドライバーを思い、パチュリーも何処か感慨深そうに頷き、

「聞きしに勝る、河童の技術力ね……昔とは考えられないほどよ」

「だろうなぁ。あれ、どんな金属で出来てるんだ?少なくとも、鉄のようには見えなかったぜ?」

「さぁね。私も協力はしたけれど……そもそも、生み出した金属の大元はイオが魔法を使って出した物だし。見た限りだと、あれは魔法銀(ミスリル)ではないかとは思ったけれど」

ぺらり、ぺらり、と常の様に頁を捲り、パチュリーは読み進めながらもそう答えた。

 その言葉に、魔理沙がげんなりとした表情になって、

「……なぁ。最早何でもありじゃねえかそれ」

「私に言っても仕方がないわよ。そもそも、あの子が木を自由自在に操れていることからして、私は既に諦め気分なんだから。魔力だけで、あれだけの物を生み出せるなんてこと、正直張り倒したくなるくらいなのよ?」

何処となくむっすりとした表情になりながらも、パチュリーはふぅ……と一息入れ、

「兎も角、イオのやることなすことに驚いてたら、身と心が持たなくなるわ。計画は順調なのだから、気にしてる場合じゃないわ」

と、きっぱりと言い切る。

 そんな彼女の様子に、魔理沙は不安そうな面持ちになると、

「なぁ、パチェ……ちょっとは不安に思わないのか?なんせ、幻想郷じゃ初の『月旅行』なんだぜ」

「――愚問ね。私がいる限り……そして、イオや博麗の巫女がいる限り。絶対そんなことにはさせないわ。これは、『七曜の魔女』などと呼ばれてる私の、誇りに懸けて成功させる。貴女は安心して乗っていればいいのよ」

ぞくり、と背筋が震える程のパチュリーの気迫に、魔理沙は思わず眼を見開いた。

 そして、なんとなく嬉しくなってにやにやと笑いつつ、

「ああ、うん。便りにしてるよ、パチェ」

と、ぎゅっと彼女にとっての先達に抱き付く。

 突然の彼女の行動に、若干パチュリーが面倒そうにして、

「なあに、もう」

「へへ、いいじゃんかパチェ。ちょっとくらい」

「全く……もう少し、女の子らしくなさい」

そんなことを言いながらも、パチュリーはやれやれと首を振るのであった。

 

――――――

 

「――厄、ねぇ……」

人里を歩くイオはそう呟いて、はてどうしたものかと頭を悩ませる。

 

 

 あれからというもの、彼は人里へと戻って来ていた。

 

『……今はまだ、其処まで酷いことにはならないけれど……貴方にとっての厄介な出来事が降り掛かってくる可能性があるわ。こうして出会えたことだし……今、私が厄を取り払って上げるけれど?』

彼女の衝撃的な発言の後に、少ししてそう言われたイオだったが、

『あー……別に、今でなくても大丈夫なんでしょう?』

『そう、ねぇ……厄の濃さとしてはまだまだね。軽いわよ』

『だったら、後に回して置きます。ちょっと、何でも屋としての仕事があるものですから。ちょっと暇が出来たら、直ぐに会いに来ますよ』

イオはそう告げると、彼女はやや悩ましげな表情となり、

『……なるべく、早くに取り除かないと、後が本当に怖いことになるわよ?』

具体的には、死んでも可笑しくない位にまで。

『だーいじょうぶですよ。そんな酷くないんでしたら、死にませんって。必ず寄らせて貰いますから』

『――そう。なら、気をつけてね』

『ええ、失礼しますね』

そうして、彼等は別れたのであった。

 

「……ふむ……正直な所、不確定要素はなるだけ取り除いて置きたい所だけど……」

まだ、依頼の報告が済まされていない為、後回しになるだろう。

「仕方ない、か……」

イオはぽつり、と呟くと、すっと眼を霧雨道具店のある方角へと向け、一つ大きく足を踏み込み、飛び上がった。

 風に乗りそして大気を踏み固めながらリズム良く飛んでいく内に、眼下に『霧雨道具店』と墨痕鮮やかに描かれた看板が見えてくる。

 周辺に客が幾人かいるのを認め、イオはそれらの人々にぶつかることのない様にトトトン、と固めた大気を蹴り飛ばすと、シュタッと付近に降り立った。

 一息を吐き、いざ歩き出そうとすると、

「おや、何でも屋さんじゃないかえ」

と声を掛けられる。

 やや、きょろきょろと周りを見回していると、此方に手をちょいちょいと振っている老女の姿を見つけた。

 見覚えのあるその姿に、イオはやや頬を緩ませながら、

「あぁ、どうもこんにちは。――石母田の御婆さん」

「んむんむ、元気でやっとるみたいじゃのう……感心感心」

にこにこと見る者全てをほんわかとさせるような、そんな微笑みを浮かべながら、石母田と呼ばれたその老女は静かに頷く。

 彼女の名は石母田ねねと言い、この人里の長老衆の一人であった。

 現状、長老衆の中においては派閥が存在している。

――一つは、イオに対して友好的である者。

――一つは、イオに対して非友好的である者。

――そして最後の一つは……神の一柱として見ている者だ。

 ねねはそんな長老衆の中では比較的友好な者の一人であり、割と長老衆では発言力が強い人物でもあった。

 当初こそ、彼女は非友好的ではあったのであるが、イオの仕事に対する誠実さを認め、こうして親しく会話を交わすことも多くなっている。

 因みに、彼の霧雨道具店の店主たる司はこの友好的な派閥の一人だったりした。

 故に彼女がこの付近でイオと此処で出会えたのも、どうやら偶然ではなさそうである。

「……司さんと御話でもされていたのですか?」

「ふふ、する予定、といった所じゃな。お主はどうやら、依頼に纏わる要件で会うようじゃが」

「ええ、豊穣の祭りの関係で、彼の神様に」

にこにこと笑いながら訊ねてくる彼女に、イオもにっこりと笑ってそう答えた。

「ほう……確かに、もうそんな時期じゃからのう……その様子からするに、色よい返事は貰えたみたいじゃな」

「ええ、日付が確定次第、お知らせすることになりました。とはいえ、来月頃は僕自身は予定が詰まっておりまして……」

やや困ったように告げる彼に、ねねはふむふむと頷くと、

「まぁ、取り敢えず司のぼんに会って決めなさい。私はその後でも構わぬから」

「す、済みません。有難う御座います」

「いいんじゃいいんじゃ。聞く所じゃと、色々と忙しいようじゃしの。私はのんびり出来る故、お主の用事を優先しなさい」

にこにこと微笑みを浮かべつつ、ねねは寛大にもそう告げてくれる。

その言葉に、心からお礼を告げ、イオは一礼してから霧雨道具店へと向かうのであった。

 

 



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第六十四章「連れ行くは親友(とも)の父」

やっと皆様にお届けすることができましたぁ……
遅れてしまい、本当に申し訳ない。
卒論の提出が迫りつつあるために、少々ばかり立て込んでおりまして……
来年ごろになればまた戻ると思いますので、どうかご勘弁を。
さてさて、どんどんイオの周囲の状況が変化しようとしているなか。
ラルロスはというと……?


 

――永遠亭で、魔力が波動する。

「……変ね」

ぽつり、と、医務室で作業をしていた永琳が呟いた。

 その眼は何処か、厳しい物となっている。

「何か、不測の事態でも発生したのかしら」

兎も角、此処に来るであろうアルティメシアの『賢人』を迎えに行かなければ。

 永琳はそう考え、席を立った。

 

――同じく変化を捉えた者がいる。

「……むぅ。こうまで短期間に来るのは珍しいな。立ち去ってから二日三日ばかりしか経っていないぞ」

境界の狭間の空間に、幻想郷の主たる妖怪の賢者の式を務める九尾の妖狐が漏らしたその言葉。

 その視線の先には、己に与えられた最低限の八雲紫の能力で以て開いた、永遠亭へのスキマが開かれていた。

 そこから感じられるのは、異世界間を旅する賢人が発する魔力。

「……これは、もしや」

己が主の管轄に当たるかもしれない。

 八雲藍はその金色の獣の眼を細め、静かに後にするのだった。

 

――そして、人里。

「♪~♪、♪~♪っと……ありゃ、ラルロスかなり早く戻って来たんだ?どうしたんだろ?」

若き龍人は、己が親友の来訪を感じ取り、口ずさんでいた唄を止めて眼を眇めた。

 己が父親が、この世界に来るかもしれないとは、予想もつかずに。

 

――――――

 

――永遠亭。

「……随分と早かったわね」

「わりい、向こうで不測の事態が発生してな。ちょいとこっちの手伝いをしてやれねえんだ」

胸の下で腕を組んだ永琳の言葉に、ラルロスは魔法陣のある部屋から出て開口一番にしてそう告げた。

「今日、こっちにイオの奴は来たか?」

「……いえ、昼位になると思うわ。彼に関することなの?」

「まぁな。――かなりの面倒事になりそうだ」

「貴方がそういうってことは……なに、あの子の親族でもやってくるのかしら?」

永琳が揶揄するようにくすくすと笑い、ラルロスがその言葉で苦々しい表情となったのを見て直ぐに真剣な顔になると、

「どうやらそうみたいね……何が起きたのかしら?」

「それも含めて話し合いたい。――聞こえているか、妖怪の賢者よ」

ラルロスがつと視線を空中へと漂わせ、静かな声で以て尋ねる。

 

「不味い事態になった……イオの義父が、この世界に来たいと言いだした」

 

その言葉に、眼の前にいた永琳からは元より、空間の何処かで動揺が走るのを確かに感じ取った。

「……貴方、約定を破ったわけ?」

「だから、不測の事態だと言っただろう。正直、俺としては生涯を隠し通す心算ではいた。だが――イオの存在が、思いの外世界に認められていたんだ」

ずるり、と空間に腰かけるようにして現れた八雲紫に、ラルロスは真剣な眼差しで以てそう告げる。

「今現在、俺の国は他国からせっつかれているんだよ――『疾風剣神』の身内を人質として、無理やりに引き摺りこんでいるんじゃないかとな」

「……呆れたわ、全く……」

動揺から立ち直ったのか、紫がやれやれと嘆息した。

「それで?対策は?」

「俺とイオの義父……二つ名を持っていてな。『覇王』と『賢人』の連名でギルド及び王国に提出する。次いでに、イオにも書類を書いて貰う考えでいる」

本人からの言葉もあれば、他国もクラム国も納得するだろうからな。

「……映像技術はあるのかしら?」

「あるぞ。遠くの様子を見たい時に勘案された奴だ。録画も出来るようになってる」

「知れば知るほど、貴方達の世界を見たくなってくるわね……まぁ、いいわ。此処で知ったことを他言無用にして貰えれば、此方としては、文句は言わない。元々、私が原因ではあるからね」

扇子を広げ、優雅に寛ぐ紫に、ラルロスはやっと安心したように溜息を漏らす。

「……済まねえ。余計な騒ぎを起こして」

「止めなさいな。どちらにせよ、連絡は取っておくべきだったのよ。あの子が妙に頑固でいるのが悪い」

誠意が込められた謝罪に、紫がひらひらと手を振って留めた。

「手紙でもなんでも書かせておきなさい。此方の世界にいると、はっきり言っておかなければ……そういう手合いはしつこいままよ?」

「だろうな……今現在はっきりと痛感してるぜ」

カルラを始めとする女性達や、国の面倒な輩を思い出して、ラルロスはげんなりと表情を歪ませる。

「まぁ、急いで連絡が取れて良かった。後は、アイツに親父さんが来るの教えておかねえとな」

その言葉に、あら、と紫が眼をぱちくりとさせ、

「もう呼んだんじゃないの?」

「は?何言って……「おはよー、ラルロス。っとと……御二方まで来てましたか」……あー……うん、まぁ手間が省けたっちゃ省けたな」

おっとりとした表情で笑う、親友の龍人の姿に、ラルロスが若干頭を抱えるようにしてそう呟いたのだった。

 

――――――

 

――時と場所は変わり、アルティメシア世界のクラム国。

 二カ月が経ち、クリスとラルロスが会話を交わしているそんな頃合いで。

 カルラが再び、カリスト宅へとやってきていた。

「……落ち着いたみたいね」

「ええ……『覇王』程の方が動かれたならば、後は待つだけになります。本当に有り難いことですわ……これで、漸く人心地ついた気分です」

言葉の通りに安心している目の前の彼女――カルラに、マリアはやや複雑そうな表情を浮かべていた。

 その表情のままに、小さく口を開き、

「――悪かったわね、隠していて」

「……分かっていますわ。私が、余りにも執着が過ぎることは。でも……イオが、余りにも魅力的過ぎるのがいけないのです」

常に泰然とした笑みを浮かべている筈のカルラが、珍しく――そう本当に珍しくも――若干拗ねたように口先を尖らせる。

「考えてもみてください……貴女に、誰一人味方がおらず、そこへ降って湧いたように優しく受け入れてくれる殿方が現れたら」

「いやまぁ、言わんとする所は分からなくもないけど。でも、元気になっていてくれて……良かった」

相変わらずの親友の様子に苦笑しつつも、ふと、軽口を叩けるまでに落ち着いた彼女にマリアがフッと微笑んだ。

「学院に通ってたころだって、あんなに憔悴した姿なんて見せなかったでしょ。私、正直に言って驚いちゃったわ」

優しげな眼に、カルラが堪え切れない様子でそっぽを向いた。

 その頬は、気恥ずかしさの為か、赤色に染まっている。

「お恥ずかしい姿見せました……」

本当に恥ずかしそうな彼女に、だが、マリアは首を振り、

「いいわよ別に。――嬉しかったんだから」

「……え?」

本当に嬉しそうな笑顔をしている親友に、カルラがきょとんとして、

「色々と追い詰められて、自棄にならないで……私のとこに頼りに来てくれたのが」

告げられた言葉に、唖然となってしまった。

 眼を見開き、硬直している彼女の様子に、マリアが憮然となって、

「何よ、その顔。もしかして、私薄情者みたいに思われてたわけ?」

「い、いえ……そんなことを云われたのが初めてだったもので。けして、貴方のことを薄情だとは」

ふるふる、と首を振りながら否定するカルラ。

 その言葉にマリアは苦笑を浮かべ、

「ま、何だかんだで長い付き合いになるからね。ちょっと照れ臭くて言いにくかっただけよ。何よりも、カルラは貴族としては最高位にあるからというのもあって、尚更、ね」

「あ……」

その言葉に、カルラが今更ながらに己と目の前の彼女との身分差を思い知らされた。

 それが気にならなくなる程に……自分達の関係は深いものだったのだと。

 ぽつり、とマリアが呟いた。

「……正直、学院に通ってた頃が懐かしいわ。毎日のように馬鹿騒ぎがあって、イオをどやしつけたり、チェルシーを叱ったり。カルラの暴走止めようとしたりで、慌ただしかった。――けど」

何よりも、掛け替えのない思い出よ。

「……ええ、本当に」

しみじみとして、カルラはその言葉に同意する。

 そして、少し躊躇いがちに顔を伏せてから上げると、

「これからも、私の友達でいてくれますか?」

「当たり前よ。私がいなかったら際限なく止まらなくなっちゃうでしょ。私の眼が黒い内は、親友として、止めさせて貰うわ」

恐る恐る尋ねられた言葉に、マリアは胸を張って告げるのであった。

 

 話が終わり、最近の服飾事情や美味しい食事処などを雑談しているそんな時……クリスが帰ってくる。

「――ただいま。帰ったぞ」

「あら、父さんお帰りなさい。――それで、どうだったの?」

「まぁ、ちょっと待て。……カルラ嬢にはご機嫌麗しく」

「ええ、こんにちは。居ても立ってもいられなくて伺わせて頂きました」

深々と、貴族に対する礼儀をなすクリスに、カルラはニコニコと微笑みながらそう告げた。

 その言葉に頷き、クリスが静かに息を整えると、

 

「――結果からして、ラルロス殿はイオの居場所そしてそこへと辿り着く手段を有しているとのこと」

 

一息で以て、言い切る。

「ああ……良かっ「但し」……何か、あったのですか?」

言葉を遮ったクリスに、即座に不安そうな表情へと移行したカルラが恐る恐る尋ねた。

 すると、クリスはまたも静かに頷き、

「その場所は閉鎖的な集落であり……尚且つ、イオが余り故郷の者と会うことを快く思わないだろう……それをはっきりと言われたのです」

「……そん、な」

がたり、と椅子を倒れさせるほどに勢いよく立ち上がり、青ざめた表情を見せるカルラ。

「何とか、俺が行かせて貰うことに関しては話を付けられたのだが……カルラ嬢には申し訳ないが留まっていただくことになるかもしれない」

「……父さん、それはもう決定事項なの?」

「ああ……ラルロス殿が言うには、イオが彼の地にて安寧しているとのことだった。得難き人物とも出会えたのだとも、言っていたな」

「何よ、それ……カルラに一言も告げないで――!」

心底から激怒したマリアが憤然として腕を組んだ。

「あったまきた……父さん。何が何でもカルラを同行させて。私もついていくから」

「……恐らく、そうなるだろうことを見越して、『例外』を作りたくないと言っておられたのだろう。このような事態になるとは予想していなかったと聞く。生涯、隠し通す心算でもあったようだからな」

予想通りの娘の行動に、クリスが疲れたように眼を揉みながら告げる。

「兎も角、『覇王』と呼ばれていた俺が同行し、イオの所在を確認した上で書類並びに映像などを撮らせる予定だ。別途、カルラ嬢やチェルシー嬢宛ての手紙も渡してくれるよう要請すれば……通ると考えている」

「……」

口元を覆い、硬直しているカルラの背中を撫でながら、マリアが鋭い眼差しとなって、

「……どうしても、ついていくのは無理なの?」

「俺としても、何とかしたかったが……どうやら、イオが今住んでいる土地の管理者は、余所者が行き来出来る状況を好ましく思っていないようなのだ。ラルロス殿はラルロス殿で、どうやらカルラ嬢のことを警戒しているようでもあってな……あの様子からするに、どうやらイオが懸想を抱きかけている人物がいる、可能性がある」

「……アイツに、好きな人が出来た?」

「恐らく、な」

残酷だが在りうる可能性。

 その言葉にカルラが眼を固く瞑った。

「……イオ……」

酷く悲痛さを伴って、カリスト宅の居間に響き渡る。

 

――――――

 

――そして、永遠亭。

「……父さんが、来る?」

「もしかするとそれだけに留まらねえかもしれねえ。かなり、カルラの奴は追い詰められてるみたいだからな」

どうしても一目会いたいと言われれば……押し切られるかもしれん。

心底からやりきれなさそうに告げるラルロスに、イオは眼を伏せながら、

「……ねえ、ラルロス。僕がもう会わないって、会えないって言って欲しいこと……伝えてくれなかったの?」

「言えるわけもねえだろうが。そんなことを言った所で、俺が嘘を吐いていることかもしれねえと思われるのは当たり前だろ」

「それも、そうだね。はぁ……困ったな。紫さん達は、出来るなら来て貰いたくないのが心情ですよね?」

イオががりがり、と頭を掻きながら問うた。

 だが、紫は静かに眼を瞑ると、

「――全く。人間の恋愛は拗れると後々に響くのに。とっとと清算しようともしてなかった貴方が悪いわ」

「う、うぐぅ……」

余りにも正論であるその言葉に、イオは呻くことしか出来ない。

「しょうがないから、今回だけカルラって娘も連れて来させなさい」

「ええっ!?」

「――何か?」

「なんでもありません!マム!!」

ぎらり、と鋭く睨み据えられ、イオは直立不動になって敬礼した。

 まぁ、女性陣に味方などいるはずもないと分かっていないイオの自業自得である。

 はてさて、どのようなことになるのか……それは、龍神のみぞ知ることであろう。

 

――――――

 

「……へぇ、そんなことが」

「ええ、そうなのよ。全く、恋愛事情なんか一番に拗れる案件なのに。どうにも会いたがらないから許可したわ。そういう訳だから、この一週間の内にやってくると思うわよ」

「やれやれ、面倒なことね。まぁ、私としては此方に被害が来なきゃいいわ」

憤然としている紫に、イオは何をしているやらと呆れる霊夢。

 あれからというもの……二時間が経ち、遅い昼時となっていた。

 縁側で食後の緑茶を嗜んでいた霊夢が、振って湧いたように出現する紫の愚痴に付き合い、のんびりと過ごしている。

「そのカルラって奴、どういう性格なの?」

「そうねぇ……伝聞でしか分からないけれど。少なくとも、権力を笠に来て振り上げるという性質ではないのは確かよ。多分、あの子が影響しているのが大きいと思う。けれど……その代わり、イオに対する執着心はかなり強いわね」

あの鴉天狗とかちあったらどうなるのやら。

 若干楽しげな様子で呟く紫に、霊夢がジト眼となって、

「止めなさいよ、縁起でもない……何だかんだ言って、あの天狗だって十分イオを気に掛けてるんだから、激突するのが眼に見えてるわ」

「まあ、そうでしょうね。兎に角、一番肝に銘じなければならないのは、イオね。あの子がカルラという子に断固とした態度を取れなければ……射命丸文も、イオも、不幸なことになる」

「……ますます、面倒なこと。まぁ、残るって言うんなら味方しなくもないけどね」

面倒そうでいて、若干苛立たしげに見えたその言葉に、あら、と紫が眼を丸くして、

「珍しいわ、そんなことを言うなんて」

「言っておくけれど、そんな色事めいたもんじゃないわ。――単純に、今までの生活が送れないとなったら一大事だと思っただけよ」

「……そんなことだろうとは思ったけど」

フン、とそっぽを向く娘のように思える霊夢の言葉に、紫はやれやれと思いながらも、静かに微笑ましそうに眺めた。

「あやや、おはようございます、御二人さん!」

――そこに、渦中にあるであろう鴉天狗の声が掛かる。

ばさばさ、と強く翼を羽ばたかせながら降り立った彼女の姿に、縁側に座っていた二人が揃って眼を丸くさせた。

「……噂をすれば、影かしらね」

「幾らなんでもタイミングが良すぎよ。流石に驚いたわ」

「??何の御話です?」

出来上がったばかりの新聞を片手に、射命丸がきょとんと首を傾げる。

 その様子に、紫は若干躊躇ったが……一瞬瞑目してから告げた。

 

「――丁度良かったわ。貴方に伝えておかなければならないことがあったのよ」

 

詳しく聞かされたその内容に、射命丸は当初驚きを以て紫を見つめていたが、話が進むに連れてどんどん表情が険しくなっていき……。

「貴重な情報、有難うございます!」

その言葉と共に、持っていた新聞を縁側に放って飛び立っていく。

 あっという間に消え去った鴉天狗の少女を見送ってから、霊夢がジト眼を紫に向けた。

「……おいこら。わざと油に火種を突っ込んでんじゃないわよ」

「いいじゃない。そろそろ、あの子も自分の思い位決めておかなければならない時だと思うし」

「イオが死に掛けてる未来がありありと浮かぶんだけど」

「……な、ナルヨウニシカナラナイデショウ」

「片言って自信がないのを暴露してるじゃない!!」

ぎゃーぎゃー、と穏やかな晴天の下、騒ぐ2人。

 

――苦労を背負いこむことになった対象は、そんな楽しげな2人とは裏腹に、正しく現在進行形で厄介に見舞われていた。

 

 

――鴉天狗の少女という形で。

 

 

――――――

 

 さて、災厄が身に降りかかってくるとは思いもしていないイオが今、何処にいるのかというと。

――紅魔館にいた。

「……詰まり、魔石を使用すると元々が魔力の凝縮した物質だから、内在している魔力を、自分の魔力の代わりに使用することで、自分の使用魔力量を削減することが出来るんだ」

こつこつ、と用意して貰った黒板に向かい、長机の前の椅子に坐る二人の生徒へと教えていく。

 そこへ、2人の内の一人――霧雨魔理沙が手を挙げ、

「なぁ、それって魔石の魔力が無くなるってことだろ?どうやって補充するんだ?」

「うん、それはね……アルティメシア世界の空気中には、実の所魔力が常時漂っている状態でね。普通であれば、僕達はその魔力に干渉することは叶わないんだけど、魔石は文字通り魂と言えるような物だからさ、空気中の魔力を吸収することが出来る仕組みを有しているんだ」

かかかっと素晴らしい速度で書き上げながら、イオはにこにこしつつすらすらと理論を述べていった。

「僕達が魔法を使用するに当って魔力を使用するのは当たり前のことなんだけど……それに至るまでの素地が出来上がったのは、このことが原因と思われるんだって。一日、魔力を使いきったとしても、一晩休めば回復しているのも同じ理由なんだそうだよ」

「ってことは、お前の体の中に魔石が入ってるのか?」

「魔石、自体は体に入ってはいないと思うよ。どちらかと言えば、体液に染みこんでるって言われた方が正しいかな。空気と共に魔力を摂取しているわけだから」

だからこそ、パチュリーさんは僕の体液を求めたんだろうしね。

 付随する出来事があったことを思い出した所為か、ややどんよりとした雰囲気を纏い始めたイオ。

 その様子に、一瞬何のことかと思った魔理沙の頬が瞬時に紅に染まった。

――あの時のことを思い出した所為であろう。

「あー……まぁ、うん。御愁傷様としか言えないな」

「??何の話?」

きょとん、として小首を傾げるフランドール。

 その無垢なる表情に、イオと魔理沙は揃って首を振り、

「「いや、なんでもない(ぜ)」」

とこれまた揃って口を閉ざした。

 

――鴉天狗の少女がやってきたのは、そんな時である。

 

ッバタン!!

 

途轍もなく響き渡った開閉音に、三人は元より、作業をしていた子悪魔もパチュリーもぴくり、と肩を竦めた。

「誰だよ、もう――って、文?」

迷惑そうに眉を顰め、丁度死角になっていた所から顔を覗かせたイオが、きょとんと首を傾げる。

 その声に、きょろきょろと誰かを探しているようであった射命丸がぎらり、と眦をつり上げ、

「……どういうことか、説明して貰うわよイオ」

 

――近々、貴方の父親とカルラが来るそうじゃない?

 

「あっれー……?僕、何でこんなに殺気ぶつけられてるんだろ?」

余りの気迫が籠められたその眼差しに、イオは冷や汗を流しながら現実逃避するかのように天井を仰いだ。

 その様子にきりきりと更に眼差しが鋭くなった射命丸が、

「惚けないで頂戴」

「い、いや、惚けるも何も……というか、それ機密事項だった筈だけど」

「その機密を扱う最高管理者からの情報よ」

「……機密って一体何だったんだろ」

ますます遠い眼になったイオがぽつりとそう呟いた。

 正直、ばれたくない相手にばれたような物であり、逃げだしたい気持ちで一杯だったのである。

 だが、目の前の少女からは逃れられなかった。

 

――寧ろ、背後にいる二人の少女さえもきらり、と眼を輝かせている。

 

「ねぇねぇ、イオ兄様?カルラというのは、どういう人間の方なのです?」

「ああ、フラン。それは私が教えてやるよ。――イオのことが好き過ぎて、世界越えて追っかけてきたんだろ?」

(……やばい。逃げ場失くした)

コイバナの匂いに釣られ、三人の少女という獣達に囲まれたことを悟ったイオが思わずきょろきょろと辺りを見回した。

「何を逃げようとしているのかしら?」

だが、逃げられない。

 がっしり、と強く強く肩を掴まれ、イオはどんどん顔を青ざめさせていった。

「きりきり吐いて貰うわよ――?」

「……どうしてこうなったし」

何が何でも逃しはしないという言葉が聞こえてきそうな三人組に、イオはそう呟くしか無かったのだった。

 

 



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第六十五章「思い、想うは己が思い人」





 

「――決着をつけろと言われたぁ!?」

「そうだよ、もう……こういう訳だから、誰にも漏らさないようにしてあったのに。僕の所為でこういう事態になったから、内々で済ませようと思ってたんだよ?」

射命丸を始めとして、魔理沙やフランドールに問い詰められっ放しだった為に、疲れた表情でぐったりと机にうつ伏せていたイオが、やっとの思いでそう答えた。

 延々と続いた質問攻めに精神が疲弊している彼に、先程の大声を上げた魔理沙が恐る恐る、

「だ、だけどよ……実際のとこ、お前はどう思ってたんだよ、そいつのこと」

「……黙秘します」

ぷい、とそっぽを向き、貝のように口を閉ざすイオ。

 その様子にはぁ!?と魔理沙が驚愕し、

「おい、カルラって奴のこと詳しく話しておいて、そこには触れねえ心算か!?」

「……言いたくないやい」

べっと舌を突き出して見せ、イオが徹底抗戦の構えに入った。

「く……お前がそういうんだったら、こっちにも考えがある!パチェ、手を貸してくれ!」

「嫌よ。こっちまで巻き込まないで頂戴」

「……そこは乗ってくれよ、パチェ」

冷たく突き放され、魔理沙が情けなさそうに眉を寄せる。

 魔女達の漫才の掛け合いに苦笑していたフランドールだったが、

「ん~……ねぇ、イオ兄様。『どっち』を選ぶ心算なの?」

「……っ」

――イオの故郷たるアルティメシア世界か。

――何の柵もなくあり続けていられる幻想郷か。

鋭く斬りこんできたその言葉に、イオの体が小さく震えた。

 その様子を見逃さず、フランドールは静かな眼差しで以て問い詰める。

「……イオ兄様が今居たいのは、どっちの世界の方なの?」

「……」

すくっと立ち上がり、突如として歩き出したイオ。

「っ!?兄様!?」

「――答えを、狭めさせないでくれよ」

震える声を残し、イオは逃げ出した。

 

――答えを何ら、残さずに。

 

「……逃げられた」

むぅ……と口先を尖らせるフランドール。

 その様子を見ても反応を示さず、先程から黙りこんだままの射命丸に、魔理沙が不審そうに眉根を顰め、

「なぁ、射命丸。さっきから黙ったまんまだけど、何考えてるんだ?」

「いえ、ね……カルラという人物に、イオがどういう思いを抱いていたのか、考えていたんですよ」

「……やっぱ、気になってたのか?」

「当たり前ですよ。新聞記者としてもそうですが……考えて見れば、イオからは向こうの人間達のことを詳しく教えて貰っていましたけれど、思い出のことは何ら聞かされていないんです。どんな世界だったか、どんな家族構成だったか、どんな交友関係だったかを教えて貰ってはいても……思い出は何一つ、出てこなかった」

――ラルロスさんから訊いた以外の思い出は。

「……もう戻れないと思ってたからじゃないのか?」

「多分、それもあるんでしょう。――でも、まだ、未練が残っていたとしたら」

(……イオが、揺るがされたら)

強張った表情になる射命丸に、フランドールが不安そうに見つめていたのだった。

 

――――――

 

「……はぁ……」

物憂げな溜息が一つ、その主の感情とは裏腹な晴天に響く。

 表情を溜息と同じように物憂げにさせたイオは、逃げ出した紅魔館の近くにある、霧の湖にまでやってきていた。

 河童達の、かんかん、というリズム良く叩いている金属音を耳にしながらも、ぼんやりと湖面を見つめている。

(……僕は、どうすれば……)

数々の異変を経て、強固に保っていた筈の『この世界で生きる』という思いが揺らぎ始めているのを、イオは痛感していた。

 これも、カルラがこの世界に来ることが決まった時からである。

 これほどまでに、己が決意は揺るぎ易かっただろうか……イオはそう、丘の上から尚も湖面を眺めつつそう思っていた。

(何を、言われるんだろ……ちょっと、予想が付かないや)

向こうで旅からクラム国に帰り……旅の報告をする度に楽しそうに笑ってくれていた彼女。

 お土産を渡す度、嬉しそうな笑顔を浮かべてお礼を告げた、彼女。

 思い出の中にある彼女は、イオが話す内容を聞く度に驚きやわくわくとした表情など、ころころと変わっていたことも鮮明に思い出せた。

(……多分、僕は)

 

――彼女が、初めての恋だった。

 

ずきり、とイオの胸中に痛みが走る。

 思わず眉を顰め――直ぐに、深い溜息をついた。

(今更過ぎる……僕は、こっちの世界で自分を見出せたのに)

記憶ばかりを追い求め、何の因果かこの世界に来たけれど……もう帰れないのだと諦め、この世界に埋没する心算だった筈なのだ。

 それが、ラルロスが現れ、いよいよもってカルラや義父までもがこの世界に来れてしまう事態になった以上――決意が揺らぎ始めていた。

(弱いなぁ……ホント。こっちの世界で、失くしたくない絆も出来たのに)

何ともはや、女々しい男だ。

 イオはそう、静かに自嘲するのであった。

 

――――――

 

――クラム国。

「……来て貰って、感謝する」

「いえ、自分の愚息の事なので」

ルーベンス家応接室で向かい合う2人の男。

――言うに及ばず、ラルロスとクリスの二人であった。

設えが良い貴族服を着たラルロスが、二日三日経った内に出会ったこの男の前で、幾分か緊張したように表情を強張らせている。

 対するクリスも、静かな面持ちながら、気迫が滲み出ていた。

 

「結論から言おう……許可が下りた」

告げられたその言葉を聞き、クリスはまず安堵の溜息を洩らす。

 

「――カルラも、連れて来ていいそうだぞ」

 

そして、続けざまのその言葉に、クリスが眼を僅かに見開いて驚愕した。

 その様子に、ラルロスが静かに息を吐いてから、

「そろそろ決着をつけろと、厳しく言われたぜ。――未練を断ち切るか、この世界に戻るのか」

「……なる、ほど」

静かに、だが、若干動揺したようにも感じられるクリスの口調に、ラルロスは頷くと、

「貴族としてではなく、俺個人としての言葉になるがな……アイツは、誰にも脅かされることのない生活を手にすることが出来たんだ。カルラもそうだが、もうアイツを縛り付ける様なことは止めた方がいいと思うぜ?」

あれだけ、のんびりと過ごせている姿見たら、な。

 かちゃ、と殆どしないくらいの音を響かせ、ラルロスは持っていたティーカップを置く。

「増してや、アイツが心寄せる奴も漸く現れかけている頃合いなんだ。下手に藪突いてそれが無残に終わるなんざしたくない」

「……言われずとも、そのことは重々承知」

重々しい口調で、クリスがそう返した。

「真に、愚息がこの世界に帰ってくることを望んでいたのならば、疾うにラルロス殿が連れて帰られている筈だからな」

「まぁな。――見捨てられねえ奴も、傍にいたい奴さえも現れて、アイツはあの世界から離れたいと思えなくなっている。そもそも、こっちの世界が余りにも貴族やら何やらで黒い事情が散乱しているからな。面倒を好まないアイツが戻ることはもう……諦めた方がいいだろう」

その事は、重々カルラにも言ってやっておいてくれ。

そこまで告げた所で、ラルロスがぽんと膝を叩き、

「さて、俺も親父さん達に同行せにゃならんからな。準備もあることだし……今日はこれでお引き取り願えるだろうか?」

とやんわりとした口調で、そう告げる。

 その言葉に頷き、クリスがすっと音もなく立ち上がった。

 深々とした一礼をしてから、

「……この度の件、お礼を申し上げる」

「よしてくれ。イオの親父さんに頭下げさせちゃ、親友として廃っちまうぜ。――それよりも、カルラがなるだけ暴走せずに済むよう、手伝って貰えると助かるな」

「是非もない。もう、どうしようもないと思っておられたのだ……喜びこそされても、大人しくされるだろう。何よりも、イオの事を思っておられるのなら」

「だと、いいがな」

若干苦々しいとも笑っているとも取れるような曖昧な表情を浮かべ、ラルロスは静かにそう呟くのであった。

 

――――――

 

「――ゆる、された?」

茫然とした声が、エルトラム家の居間に響く。

 眼を丸く見開き、青ざめていた筈のその頬は興奮からか赤みを帯びていた。

「ええ……決着をつけるように、という伝言付きで」

「あぁ……母なるアルティメシア様に心より感謝を捧げます……」

心底から嬉しそうに微笑むその女性――カルラの様子に、目の前で告げた男――クリスは静かに苦笑して、

「くれぐれもお分かりでしょうが……余り、無茶はされませんように。前にも申し上げましたが、向うの人々は実に閉鎖的な方だと伺いました。下手すれば、会った時点で無理やり戻されてしまっても文句が言えないという事です」

「そう……逆に言えば、それほどイオは大事にされている……という事なのですね」

「恐らくは。自分としては愚息が丁重に扱われているようで安心しました。――カルラ様はどう感じられたので?」

「随分と直球ですね」

己が想い人の養父たる彼に問われ、カルラは漸く余裕が戻って来たのか、くすくすと笑い始めた。

「――あの人が真に認められる世界に導かれて嬉しいです。ずっと、イオは私たち貴族の都合で振り回してばかりでしたから。本当でしたら、私とイオは会うことも話すことすらも無かった、身分なのに」

どうした訳か出会って、私が恋をして……。

カルラはフッと、寂しげな笑みを浮かべる。

「卒業したら、そのまま別れる事になるだろうと思っていたのに。私の言葉で再び会うようになって。……嬉しかったんです」

 

――罪悪感を、感じながらも。

 

「……」

ソファに軽く腰かけた状態のクリスは、穏やかな眼差しで沈黙を保ち続けた。

 独白に近い、彼女の言葉を邪魔したくなかったからである。

 そんな彼の気遣いを知りつつも、カルラは言葉を紡いだ。

「大好きな人と、言葉を交わして。大好きな人が持って来てくれたお土産に喜んで。――語られる英雄譚に、胸がドキドキして」

イオが依頼を遂行してから幾日か経って訪れてくれた事に、喜んで。

「私の我儘を聞いてくれて、危険な依頼を受けても、日常的な依頼を受けても、笑顔で楽しそうに語ってくれる彼が、凄く愛おしかった」

ギュッ、と胸の前で両手を合わせて握り込みながら、カルラは恋する少女の、上気した笑顔を見せる。

「学院に通っていた頃も、今のこの状況でも、私は、誰よりもイオを愛していると言い切れます」

 

――だから、誰にも譲れない。

 

「イオが誰を好きになっていようと。イオが、誰から好かれていようと。私はイオの心が向いてくれる事を望んでいるんです。だから、大人しくはしますが――全力で、奪いに行きます」

そこにいたのは、恋するだけの少女ではなかった。

 優雅に、だが、欲しい物を手に入れる為に全力を尽くす貴族らしい貴族の少女。

 決意を固め、メラメラと闘志を燃やす彼女の様子に、クリスはやれやれと内心嘆息しつつも、

(……イオ、本当に覚悟しとかねえと、引きずり戻されちまうぞ)

と、向うの世界にいる愚息に向かって内心で呟くのであった。

 

――――――

 

「――はぁ。色々と焦ったわ~もう」

クリスが家に帰り、留守番を任されていた娘――マリアに事の次第を告げると、彼女から返ってきた反応はそんな物だった。

 ジトリ、と半眼で父親を見やったマリアが、

「……で、父さんとカルラがラルロスの付添で行ける事になった訳ね?」

「ああ。腑抜けているようなら、ちいとばかし特訓付けてやらんとも思ったしな。建前は以前言った通りだが、本音としちゃこんなもんだ」

「止めなさい、絶対それ悪影響を周りに齎すでしょ」

至極あっさり、と何でもないように告げる父親に、ますます娘がじっとりと湿った眼付きでそう突っ込む。

「聞く限り、どうにも狭い世界のようだし。イオと父さんが戦ったら色々な意味で不味いでしょうが」

「ま、そうだろうな」

「……分かってるんなら尚更ダメじゃないの」

がっくし、と肩を落としながら、マリアが弱々しく突っ込みを入れた。

 そんな彼女の様子に、今まで真顔だったクリスがフッと表情を和らげ、

「――冗談だ。実の所、イオが懸想を抱いている娘に興味が湧いてな。まぁ、人となりを見抜くのが上手い奴だから、それほど心配はしていない。とはいえ、ちぃとばかし、気になったのは確かだ」

「あー……それもそうね」

何処か納得したような雰囲気になったマリア。

 そんな彼女に、クリスはやや天井を仰ぐようにして思いを馳せた。

 

――初めて息子と出会った、あの時を。

 

『――……コフッ……』

『っ!?おい、大丈夫か、坊主!!くそ、誰か早く神官様を呼んで来てくれ――!!』

 

血塗れで、仰向けになって倒れ果てていた、彼。

 偶々、クリスが、近くで用事を果たしていなければ、偶々、治療を受け負う神官の詰め所が近くになかったならば、到底助からないだろうとまで言われていたのだ。

「――考えてみれば、イオがこの家にやってきてから、もう十二年も経つのか」

「……そう、もうそんなに経ってたんだ」

クリスがぽつり、と呟いたその言葉に反応し、マリアがしみじみとした様子でそう相槌を返した。

「初めて会った時、吃驚したわよ。だって、帰ってきたと思ったらいきなり父さんが血塗れになってて、其の上、血塗れになった誰かを担ぎあげて帰ってきたんだから」

「……あれは、済まんかった。どうしても、引き取らないといけなかったもんでな」

若干ジト眼になった娘の言葉に苦笑しつつも、クリスは後悔はしていないと呟く。

 それにマリアは頷き、

「別に、其の事に関しては文句を言うどころか、自慢に思えるわよ。――でも、ちょっと、気になったのよね」

当初、彼がカリスト家にやってきた時、着用していた服があった。

 金糸と銀糸、そして蒼と朱を用いて彩られた、一目に高位身分の者が着用すると判別できるその服。

 当時、色々と大変な状況ではあったが、特徴的な彼の容姿と相まって、その事だけは妙に頭の片隅に残っていた。

「ねぇ、父さん……イオが最初、着てた服って……」

「……どうだかな。考えなかった訳でもないが、確信に至るまでにはならなかっただろう。あやつの前では言い難かったしな」

お前も、そうだろう?

 確信を抱いていると分かるその問いに、マリアは物憂げに俯き、

「……カルラの事も、チェルシーの事も全部見ずに一直線に調べる事しかしてなかったし、そんな時にその事を知ったら益々暴走するって分かってたから。」

言えるはずも、無かったわ。

「……」

告げられたその言葉に、クリスは瞑目して沈黙する。

 そんな彼に構わず、マリアは俯いたまま、

「……正直、もう見ていられなかった。身を削って、命まで削ってもいるように見えたんだもの」

 

――だから、あの時私はイオを止めたわ。

 

「そうだったな……」

「ま、言った事を無しにする心算はないけど、それでも、もう少し考えて上げれば良かったのかもしれない。――でも、止めなきゃ……もっと大変な事に首を突っ込むだろうから」

結局、イオは向こうの世界に行っちゃったけどね。

俯いていた顔を上げ、マリアが寂しげに笑った。

「……付いて行きたいか?向うの世界に」

「……出来るの?」

「可能性は、ある。ラルロス殿が向うの世界の管理者に言われたのは、『決着を付けろ』だった。ならば、様々な柵、そして諍いに関する事の決着も望んでいるはずだ。だが、確実に言えるのは、そうして柵を抜き取るということは、イオを此方に返す心算は無いとも取れる。いや、もしかすると、イオの判断に任せているのかもしれん」

どうなるかは……大地母神のみぞ、知るだろうな。

再び、考えるような素振りをしつつ、クリスがそう告げる。

「……そうね。会いに行こうかしら。イオが大事にしてる娘ってのもちょっと気になるしね。大体、今まで朴念仁その物だったアイツが、どんな子を侍らしてるのか……興味が出てきたわ」

「そうか……ふむ、ならば、ラルロス殿にも告げて置かなければならないな。店長の休暇の為に、店を休業することもギルドに伝えて置かなければ」

そう告げたクリスに、マリアは若干呆れたように首を竦め、

「……ねぇ、もう少し休むための文句になるようなのないの?」

「これが一番後腐れのない言い方だ。考えてもみろ、元冒険者だった俺が動き出すというだけでも、十分にギルドや貴族達には警戒すべき事なんだ。それが元とはいえ、SSランクだった人間に対する物としては当然だ。だからこそ、事情を知る者には可笑しく思えても、建前としては必要なことなんだぞ」

「……面倒なのねぇ。というか、下手したら他国の貴族のような扱われ方じゃない」

「武力としては最高峰の一角だからな。当然、引退したと言っても武力はまだ衰えていない可能性があると思われてるのさ。ま、間違ってはいない」

さて、色々と準備していくぞ。

そう言って、カリスト家は動き出したのだった。

 

――――――

 

「――イオの家族と友達がやってくる?」

「うん……ごめんね、連絡が遅れて」

「ううん……大丈夫、だけど……イオは?」

帰って来たイオと共に夕食を取っていたルーミアが、彼の何時にない沈んだ様子に心配そうに顔を覗き込んできた。

 その言葉に、イオは疲労が見えるその表情のまま首を振り、

「ん、大丈夫……とまでは行かないけれど、少なくとも死ぬような事にはならないから大丈夫だよ」

「……それなら、いいけど。見てると、何だかイオが悩んでいるように見えたから」

彼の雰囲気に引きずられたのか、ルーミアまでもが表情を曇らせる。

 その様子に、イオは漸く表情を安心させるかのように笑顔に変え、

「御免ね、心配かけちゃって。でも、僕自身の内面の事だから。これは、自分で解決しなきゃいけないんだ」

「……そう」

決意を秘めた、彼の瞳に何も言えず、ルーミアはそう返すしかなかった。

 そして、首を振ると、

「イオの家族って、人達なの?ちょっと興味が出てきたなー!」

と、空元気を装うかのように、満面の笑顔で尋ねる。

 そんな彼女の様子に心を安らげ、イオは漸く本物の笑顔に変えながら、

「うん、じゃあそうだね……僕の父さんから紹介していこうかな」

と、懐かしげに遠い日を思い出すようにして語り始めた。

 

――――――

 

――僕、実は拾われっ子だったりするんだよね。

え?初耳?……はは、そういや全然思い出話とかしてなかったや。御免ね、ルーミア。

 それでね、拾ってくれた人が今の僕の養父さんでさ、名前をクリス=カリストって言うんだ。

……いやあもう、本当にとんでもない人だったよ。

 かなりストイックな性格をしてる所為か、養父さんとの特訓は地獄だったね。御蔭で、こうして剣を極めつつあるからやっててよかったなぁと言えるんだけどさ。

――当時は、本当に死ぬかと思ったんだよ。

 

で、もう一人。こっちは養父さんの長子で娘のマリアって子がいるんだ。

 僕と違って養父さんと血のつながった家族でね、僕が拾われた当初もかなりお世話になったよ。

――そして、誰よりも心が優しい人だった。

ん?もう死んでるの?って……いやいや、勝手に殺さないで上げて?まだ生きてるから。というか、僕と同い年だから。

 基本的に男勝りな性格してるけど、ホントは優しいんだよ。

――その優しさに気付いてても、僕は、自分を探しに行っちゃったんだけどね。

 喧嘩、したんだよ……僕が十八になって、本格的に冒険者として身を立てて行こうとした時に。

 『自分を探しに行かなくたって、此処に居られるじゃないの』なんて言われてさ、頭が真っ白になったんだ。僕が、記憶を失くしてどうしようもなく焦燥に駆られてること、知ってた筈なのに何でそんなことを言うんだって、それで大ゲンカになっちゃってね。そのまま、僕は家を飛び出して帰ることはなかった。

 まぁ、ラルロスの家とかは近況を報告するために寄っていったんだけど、ね。

……正直、こうしてこの世界に来てからもまだマリアに対して蟠りがあったよ。でも、ずっと過ごしていく内に、後悔し始めたんだ。

『もっと、考えるべきことはあったんじゃないか』って。

――馬鹿だよね、ホント。

 あの閻魔様に言われて、漸く自分が余りにも周りを見ることなく動き続けてたって事に気づいてさ、そっからはもう後悔しまくったよ。

 でも、会うことが出来ないなら……謝ることさえも出来る筈もなくてさ。

 もう、諦めてた。

……複雑かって?そりゃあね。

眼を背けてた人たちに会うなんて、気まずいを通り越して逃げたくなる位だよ。

 ましてや、僕に想いを寄せてくれてる人まで来ると知っちゃ、ね。

――ホント、どうしたらいいんだろうね……。

 

――――――

 

ぽつり、と告げたその言葉を最後に、イオは複雑な表情のまま黙り込んでしまった。

 そんな彼の顔を覗き込みながら、ルーミアは共に縁側で月に照らされつつも思う。

(……イオは、『どっち』の世界を望んでるんだろ)

イオに拾われて、暖かなご飯を食べられるようになって。

――暖かな、彼の心に触れて。

 ルーミアは、淡い想いを彼に抱くようになった。

 しかし、彼は見た目もあってか、妹のように、大切な家族のように接するのみ。

 彼の、そんな態度にやきもきした事もあったけれど。

 

――それでも、ルーミアは彼が大好きだった。

 

束縛せず、ただ、傍に。

(……私は、イオを引き留められる自信はない。でも、出来うるなら……)

 

――彼と共に、生きたい。

 

その想いは、譲れない。

 決意を込め、ルーミアは頭上に輝く月へと眼を向けた。

……どうしようもなく憎たらしいほどに輝く、それでも柔らかな光を放つ銀色の月を。

 

 

 



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第六十六章「ついに現れたるは貴族の令嬢」

かなり経ってしまいましたが、新年明けましておめでとうございます。
今年度もこの物語を楽しんでいただけるよう、誠心誠意励まさせていただく所存にございます。
……取り敢えず、卒業論文は提出して受理されました。
後は口述試問……今から胃が痛い(泣)


 

――そして、とうとう、其の日はやってきた。

 イオにとっては憎たらしく感じられる程に、障子の窓から除く空は蒼く、雲一つない快晴。

(……とうとう、来ちゃったか)

苦々しく思うも、どうしようもない時間の経過に、目覚めたばかりのイオは苦笑した。

(結局、どちらの世界を選ぶのか……決められなかったな)

己が過去がある筈の、アルティメシア世界。

己が捨てたくないと思える者達が出来た、幻想郷。

 どちらも、『イオ=カリスト』という人間を構成するものであり……捨てる事など、出来る筈もない。

 

――だが、決断の時は迫って来ていた。

 

「――イオ~?起きてるー?」

とことこ、と木造の廊下に響く足音と共に、どうやら珍しく早起きしたであろうルーミアの声が響く。

 本当に珍しいな、と眼を見張りつつも、イオは一拍置いて、

「起きてるよ。直ぐ着替えて行くから待ってて」

「分かったー。じゃ、居間で待ってるねー」

「はいはい」

薄らと、入口の障子に映った影が消えていくのを見送りながら、イオは若干沈んだ表情となるも直ぐに立ち上がり、パン!と気合を入れるように、両頬を叩いた。

「……行こう。まごまごしてても、時間は過ぎていく。どうしようもないけど、それが現実だ」

自身を奮い立たせるかのように呟き、イオは歩みだす。

 

――――――

 

「――おう、お早うさん」

「……ラルロス様……」

――エルトラム王侯家。

 準備を整えてやってきたその青年に、この家の長女たるカルラは複雑そうな表情になった。

 彼の傍には、クリスそして、なんとマリアさえもいる。

「……どうして、マリアが?」

「色々と言ってやりたいことがあんだと。ま、俺としてもこのまま家族同士がケンカ別れになるのを見るのは忍びなかったんでな。向うの管理者に許可は貰ってる」

もっと早くに言いなさいと突っ込まれたがな。

あっはっは、と軽やかに笑うラルロスに、はぁ……とマリアもカルラも溜息をついた。

「(……相変わらず、魔法とイオ以外の他のことに関しては無頓着なのね)」

「(今更ですわ。全く、色々と言いたい事もありましたのに……気が削がれました)」

「かなり失礼なことを言われているようだから言っておくが。大体、お前らが無理を言うのがおかしいんだからな?」

眼の前でこそこそと話し合う二人の少女に、ちょっと待てやとラルロスがジト眼でそう突っ込む。

「ったくよー……正直、お前さんら二人をあっちの奴らに会わせるのがかなり怖いんだよ。言っておくが、実力は途轍もなく差があるからな?見た目がどんなに子供だとしても、だ」

「……エルフやフェアリーの方々と同じようなもの……そう捉えればいいのでしょうか?」

思いもかけないその言葉に、しかしカルラは驚きつつも冷静にそう尋ねた。

 その言葉にラルロスは頷き、

「ああ……魔力があるなし関わらず、な。膂力だけでも、親父さんと同じ位の物があると思え。あっちの世界じゃ、まず最強の種族だろうよ」

「……ふむ、武器を持っていくのはいいのか?」

背中に背負い込んだ、2Mもの巨大な剣を指して尋ねてきたクリスに、

「むしろ、持っていかなければ勝負を吹っ掛けられた時に困るんだよ。あいつら、戦うのが恐ろしいくらいに大好きだからな。ましてや、古代において人間たちと戦う事を至上としてきた奴らだ、万が一戦えるとしたら親父さんか、イオかのどちらしかいないんだよ」

「ほう……」

興味深そうな笑みを湛えたクリスに、ラルロスもあ、やべっと言いたげな表情に変わる。

(……そういや、何だかんだで親父さんも戦闘狂だった)

「……父さんに火が着いちゃったじゃない。どうしてくれんのよ」

「いや、マジで済まん。だが、正直なとこ、どっちもどっちな実力だからな……」

暴虐が吹き荒れるあの巨大な剣の猛威は、イオと特訓している様子を見るからに本当に命の危険を感じさせる程だった。

 あの小さな鬼の少女が見たならば、確実に狙うであろう程の実力。

 カルラもカルラで、割と非常識な実力も持っているのだ。

「……カルラ。頼むから、向こうで絶対に挑発なんかすんじゃねえぞ?基本、人間を見下してる奴らが多いからよ、もし、手を出せば……」

「あら、穏やかでは御座いませんね。私の、『全精霊と契約』した程度ではダメなのですか?」

「それを散らされたら、まず敵わねえだろうが。イオや俺みたく体を鍛えているわけじゃねえんだ、絶対に大人しくして貰うぞ」

「……いいでしょう。『賢人』たる貴方が其処まで言う事態ならば、大人しくする事を約束しておきますわ」

 

――ですが、イオの事は別問題ですわよ?

 

「……それは向こうの管理者も交えて話さねえといけねえ論題だ」

俺に言われてもしょうがねえぞ。

苦々しくも、だが、はっきりとラルロスは口にした。

 そのまま、カルラが理由を問い詰めようとした所でマリアが彼女の袖を引っ張って止める。

 そして、ラルロスに向き直ると、

「……時間、大丈夫なの?」

「……あー……済まん。ちっとばかり頭に血が上ってた。質問……はもうねえな?じゃ、俺の家に行くぞ」

「??何で?」

マリアの不思議そうな問いに、ラルロスは歩み出していた足を止める事無く振り返り、

 

「――そこに、俺の通行手段があるからな」

 

と告げるのであった。

 

――――――

 

 ざく、ざく、と落ち葉や土の踏み締める音が響く。

「……朝早くから永遠亭に行きたいなんて、何かあったのかい?」

案内人である藤原妹紅が、後ろを歩いている青年に向かってそう尋ねた。

「ええ、まあ。親友がまた来てくれるようなので、早々に会っておきたかっただけですよ」

「また?やれやれ、あのぶっきらぼうな奴もまめなもんだね。もしや、あの薬師に惚れ込んだのかい?」

「……それ、ラルロスには言わないでやって下さいね?多分、同じ天才同士で訊きたい事も沢山あるんでしょうし」

本来の目的を隠し、イオは苦笑しつつもそう妹紅に突っ込む。

「へいへい、たく、あんにゃろうと戦う機会も減らされちまったし、どうしてくれんだよ?」

ん?と凄んで見せる彼女だったが、イオは若干黒い笑顔になると、

「へぇ?だったら慧音先生に向かっても同じ事言えますか?」

「ぐっ……べ、別に慧音は関係ないだろうよ!?」

「いいえ、十分に関係あるでしょうが」

本格的にジト眼になったイオが、じろり、と妹紅をねめつけた。

「大体、友人を心配させるなんてこと、してたらいけませんよ」

「ぐぐ……」

言い返したいが何も言い返せない彼女の様子に、イオはふぅ……と溜息を吐くと、

「……まぁ、僕も言えることですけれどね」

「ん?なんか言ったか?」

「いえ、独り言ですから、御心配なく」

さらり、とそう返し、イオはのんびりと竹林から覗く青空を見上げる。

(……やれやれ。ラルロスは大丈夫なのかな)

今回も含めて、親友に苦労ばかりを掛けている、そう自覚して苦笑を浮かべた。

……そして、永遠亭の門扉が眼の前にまで迫ったその時である。

 

――突然、永遠亭の方から途轍もない魔力の昂りを感じ取った。

 

(っ!!?)

「……おやおや。随分とまぁ、元気がいいねえ」

傍らを歩く妹紅がそう呟く。

 びりびり、と濃厚な魔力の波動を感じ取っていると思しき彼女に、しかし、イオは普段はおっとりとしているその表情を珍しく強張らせ、黙り込んだままであった。

 じっとりと冷や汗を流しているのが見えた妹紅が、その様子に不審を抱き、

「?おい、どうし――「おう、来たのかイオ。おはようさん」……ラルロス、か。行き来する期間が短すぎないかい、ええ?」

すっ、と足元を彩る竹林の落ち葉を踏み締めながら現れたイオの親友の姿に、妹紅が言葉を中断してラルロスへと向き直る。

 からかいが多分に含まれたその彼女の笑みに、言葉をかけられた当人は苦笑して、

「ま、色々あるんだよこっちは。それで察してくれや」

「色々、ねぇ……ふぅん」

ざくり、と土を踏み締めた妹紅がぽつりと呟いた。

「何やら、面倒事の匂いが漂ってくるんだけど?」

「それで合ってるぜ。これ以上は話せねえが、な」

「はいはい。分かったよ……御邪魔虫は退散するさ。慧音の所にでも行って、のんびりしてるよ」

言いにくそうにしているラルロスに、妹紅は振り返って片手を挙げながら立ち去って行く。

「……来たんだ」

「おう、マリアもいるぜ」

「っ……はぁ、もう。どっちの世界を選ぶのか悩んでるときに……!!」

苛立たしげに頭皮を搔き毟り、イオがやるせない様子でぎしり、と奥歯を噛み締めた。

 一歩間違えれば殺気と見誤りそうなその怒気に、しかしラルロスは平然と頷くと、

「だからだよ……お前、マリアとの事後悔してたんだろ?この際だ、どっち選ぶにしろ後腐れのない方がいいと思わねえか?」

「あのねぇ……動く身にもなってよ。第一、かなり気不味いんだよこっちは!?」

「そりゃ、俺に言う文句じゃねえなぁ。本人に言ってやれや」

ほれ、こっち付いて来いよ。

 飄々とかつ泰然とした態度のまま、ラルロスがくるり、と後ろへと振り返って先導し始める。

 そんな彼にイオが慌てて、

「ちょっ……もう……後で覚悟して貰うからね!!」

と叫ぶと、ザザッと足取りも荒く彼の後を追っていくのであった。

 

――――――

 

――同時刻。

 嘗てあった、紅魔館の吸血姫との戦いを想起させるような魔力の迸りに、博麗神社、妖怪の山を始め……全幻想郷地域に住むそれぞれの人妖達がそれぞれに反応した。

「……あら、もう来たの」

「面倒な……こっちは修行してるのに」

「いいじゃない。これで白黒はっきりと付けられるのだから」

あの、ちみっこ閻魔じゃ、ないけれどね……。

 博麗神社ではカミオロシの修行に明け暮れる巫女と、それを監督する大妖怪たる賢者が言葉を交わし。

「……ふぅ。今度は何をやらかしたのかしらね……どう思う、魔理沙?」

「あー……まぁ、うん。多分だがあいつの知り合いがこの世界にやってきたんだろ。気にするほどじゃねえよ」

「へぇ……あの吸血鬼と戦ってた時と同じ位、魔力が胎動しているのに?」

「色々と後回しにしてたツケを払うときが来たんだろうさ。それより、アリス――今度はこういう構成の魔法薬にしたんだけどよ」

魔法の森の魔法使いたちは、感知こそすれ傍観の立ち位置へ。

「……」

「……気になるの?」

「うん……イオ兄様がどっちを選ぶのか、そればかり気になっちゃってね……ねぇ、パチェ?」

「――大丈夫よ。どちらにせよ、あの子はしっかり報告しにくるでしょうし……レミィ、だからイオの事は一旦放っておいた方がいいわ」

「ふふ……我が大親友がそう言うんだ。フラン、気になるだろうけれどあやつの宿題でもやっていたらどうだ?気が紛れるだろう」

「えぇ……分かりました、お姉さま」

麗しき吸血姫2人と魔女は同じく傍観に。

「――竹林に行ってくるわ」

「ちょっ!?文様、暴走しないようにとあれ程天魔様や大天狗様から言われておられたのに!!」

「あー……まぁ、うん。恋敵が出来たらそうもなるでしょうよ。兎も角、私たちも追いかけましょう……勢い余って、激突でもされたら大目玉食らっちゃうし」

「はぁ……後の報告が……」

自由を愛する鴉天狗の少女と、その友人であるところの少女達は一直線に竹林へと駆け抜け。

「……おい、どうするよ二人とも。お嬢があっという間に行っちまったぞ」

「どうするもこうするも……あれは流石に仕方なき事だろう。まぁ、流石にそのままにする心算はないがな」

「せやせや。お嬢がイオに襲い掛からんよう、止めたらなあかんし。――正直、わいも気になっとったんや。イオを慕っとるちゅう、人間の女子に」

「……お前は……それが一番の本音だろうが」

「へっへっへ、まま、そんな怒らんといて。橘高も木葉も正直気になっとるやろ?」

「…………ま、まぁな」

「木葉、お前もか……全く。どちらにしろ、追うぞ」

「おうっ!」

「はいよっ!」

イオの友となりしアルビノ烏天狗と黒翼の鴉天狗の三人組は、抑えんが為に動きだす。

 少なくない関わりのある人妖が、元凶が集いたる永遠亭へと集まっていった。

 

――そこに待ち受けるのは、異変か、それとも……。

 

「……イオ、様?」

「……話には聞いてた、けど……」

「……ふぅ。――久しぶり、マリア。カルラ様も……ご健勝そうで、本当に良かった。父さんは……相変わらずみたいだね」

「フッ……お前こそ、元気そうだな……随分と様変わりはしてるようだが。それに……腕も、上げたか」

「上げざるを得ないよ、この世界じゃ、ね……兎も角、ようこそ――『神も妖もいる幻想郷』へ」

 

それは、運命に従うのみ。

 

――――――

 

――時はやや過ぎて、太陽が上に差し掛かる頃。

 取り敢えず、魔法陣の上で話を交わすのも何だということで、一行は一旦永遠亭の応接室へと案内されていた。

 この世界の特徴的な内装である、障子や襖、そして段違いの棚に小さな物入れなどを興味深そうに眺め回している異世界組に、イオはふぅ……と、長卓の上に置かれた抹茶を飲んで寛いでいる。

 と、静かにその唇が開かれた。

「……当初、ラルロスから聞かされた時は本当に吃驚したよ。まさか、父さんだけでなくマリアもカルラ様もいらっしゃられるとは思わなかったから」

苦笑を浮かべながら告げられたその言葉に、マリアもカルラもやや気まずげに視線を逸らす。

 その様子にクスッと笑ったイオが首を振って、

「いえ、別に責めているわけではないです。――僕が、色々と抱え込んでいるのが悪いんですよ」

「……ッ」

告げられた言葉に思う事があったのか、カルラが何かを堪えるかのような表情となった。

「それにしても、本当にこうして出会えて……結構嬉しかった。マリア……あの時はごめんね」

「っ……そうよ、本当……イオともう会えないだろうって思ってたんだから……!」

「うん、あれから色々な出来事があったよ。その御蔭で、僕は漸く自分の行いを振り返るようになってね……よくよく考えれば、僕が如何に馬鹿だったのかが分かってきて、さ」

今更ながらに、後悔してたんだ。

運ばれた湯呑を燻らせながら、イオはそっと視線を下に落して告げる。

「自分の幸せを……考えるようにしなさいって言われたんだよね。大切な記憶だったとしても、過去は過去でしかないって叱り飛ばされたよ。それでやっと、本当にやっと、自分が余りにも執着し過ぎてたってことを気付かされてね。今はかなり落ち着いてるんだ」

にっこり、と殊更に微笑んだ彼の表情には、マリア、そしてカルラが嘗て見たそれとは大きく異なり、旅立つ前に見た焦燥感が消えている事に気づいて、どちらともなくほっと一息をついた。

「……良かったわ。この世界で、幸せを……見つけられたのね?」

「ん~……まだ、それに関しては見つかってない、かな。というか、記憶探しに夢中になってたから、今更自分の幸せって言われても何だかよく分からないんだよね」

苦笑を浮かべて見せるイオ。

 その彼の言葉に、クリスはくっくっくっと喉の奥で笑声を漏らし、

「俺なら、こうして娘や息子が出来たことだがな」

誰かを好きになって、誰かと結ばれること。

言葉にすれば簡単であろう事柄ではあるが、如何せん、若いうちにそれを見出せる者は意外なほどに少ない。

 若い時は多くの夢に突き進み、年を経れば穏やかにそう暮らすことを望む者が冒険者に多いからだ。

 だが、クリスは他の冒険者のように引退こそ選んだが、その引退は到底緩やかなそれとは異なっていた。

 まぁ、それは此処においては関係のない話であるため省くこととなるが、恐らく物語として記されていたならば、吟遊詩人は元より市井の人々の口端に噂として上っていたかもしれない。

 そうしてなんやかんやあった後に、マリアの母たるユリアという女性と結ばれ娘が生まれたのだ。

「……いや、あのさ……父さん。僕、まだそんな心境じゃないよ?只でさえ、近々ちょっとした護衛任務が待ち構えてるのにさ」

「ちょっと待ちなさい」

聞き逃せないその言葉に、マリアが待ったと眼が笑っていない笑顔で突っ込んだ。

「ねぇ、イオ……アンタ、今この世界でどんな仕事に就いてるわけ?」

「え?ラルロス教えてなかったの?今は、何でも屋をやって日銭とか食べ物手に入れてるんだ」

あっけらかんとしてそう答えるイオ。

 ぐりん、と首を動かし、応接室の壁に寄り掛かっているラルロスを見やると、

「…………ねぇ、聞いてないんだけど」

「待て、そんな怖い眼で言われてもこっちが困る。というか、別に大したことじゃねえ――「大したことだから言ってんのよ」お、おう……す、済まん」

眼がハイライトになっているマリアに、ラルロスも気迫に飲まれてどもった。

「全く……呆れた。イオだったら別に農業とかやってても苦じゃない筈でしょう?なんで、そう……命にかかわりそうな仕事ばかり選ぶのかしら」

「あー……うん、言われてみればそうなんだけど……でもね、僕、こっちの世界で発現した異能があってさ。その関係もあって、あんまり植物が関わりそうなのには手を出さないようにしてるんだよね」

なんせ、こわーいお姉さんがいるからさ。

あはは、と頭を掻き掻きしながら、イオが笑って見せる。

 だが、何処となく空笑いであると悟られたようで、ますますマリアが呆れかえったとばかりに首を振っていた。

「何よそれ……馬鹿すぎるでしょうに」

大体、料理の腕前だって悪くないんだから、そっちも狙える筈でしょ。

「……黙秘します」

「……(ピキッ)」

とうとう口ではかなわないと思ってか、ぷいっとそっぽを向く家族の様に、マリアがとうとう青筋を立てる。

 

――そのときだった。

 

「――やーやー、これは皆さん方お揃いで!おおぅ、見た所初見の方もいらっしゃるようですねぇ!」

もう一つの台風の目が、永遠亭の応接室に現れたのであった。

 

――――――

 

「……」

その声を耳にし、姿を視界に収めたイオが頭を抱える。

 よくよく見れば、その項や腕にびっしりと冷や汗をかいているのが見て取れた。

 彼の様子が気になり、カルラが心配そうに声をかけようとしたその途端。

「あやや、まずは貴女からお名前等教えて貰いましょうか!」

「……名乗るのでしたら、そちらからでしょう?私、貴女の事何にも知らないのですが」

「おや、これは大変失礼いたしました!私、こういう者でして!」

嘗てイオとの取材の時でも渡された、薄らと光を放って見える名刺と思しきカードを渡される。

「……文々。新聞記者、射命丸文……?」

「はいです!この永遠亭からとんでもなく濃い魔力の波動が漏れ出たものですからねぇ!気になってやってきたんですよ!」

にこにこ、と毒気を抜かれるかのような眩しい笑顔に、カルラもたじたじとなった。

 だが、直ぐに我に返り、こほんと咳払いすると、

「カルラ=エルトラム・フォン・クラムと申しますわ。イオとは……」

此処でちらり、とイオの方を見やると直ぐににっこり、と射命丸に向かって笑いかけ、

 

「――家族ともども仲良くさせて頂いておりますの」

 

ギシリ。

何の気もなしに放たれたその爆弾。

 その言葉に、応接室の空気が確実に固まった。

「おやおや?イオとは話をよくしましたけれど……そんな許婚のような存在はいなかったと聞いておりますが?」

「あら、可笑しいことではないでしょう?此処にいるマリア=カリストと親友であり、当然お泊り会もしあったりしたんですから。ね?マリア」

「ちょっ!そこで巻き込むの!?」

いきなり女の戦いに放り込まれ、マリアがぎょっと己が親友を見やる。

 その様子を、あわあわ……とイオが狼狽した様子で射命丸とカルラを見比べているのが見えたが、この話題においては役立たずでしかない為にマリアは放置した。

 と、射命丸が畳みかけるように、

「でしたら、もう少し勘違いすることのないように伝えてくれませんか?私、新聞記者である以上そうした物言いははっきりさせたい所なので」

「あら、それは済みません。ですが、別に大丈夫だったんでしょう?」

「他の方が、てことですよ。ましてや、イオが勘違いしたらどうするんです?」

バチバチッと火花が飛び散る。

 両者満面に笑顔を浮かべているのに、漂う空気は春の日差し所か真冬の極寒の空気だった。

(あわわわ……えーと、えーと……!)

おろおろとしている、幻想郷でも有数の実力者に数えられている親友の情けない姿に、ラルロスはダメダコリャ、と天井を仰ぎ見る。

――と、そこで漸く救い主がやってきた。

「……ふむ。射命丸さんと言ったか……俺達には、何も訊かないのかな?」

何処となく苦笑が交じったような物言いに、ハッとカルラと射命丸が我に返る。

「あ、あややこれはこれは申し訳ない。お訊きする方を間違えていたようで……」

「いや、構わない。どうやらうちの愚息を気にかけてくれているようだったからな。改めて自己紹介をさせてもらおう――俺は、クリス=カリスト。そこの愚息の養父をさせて貰ってる。こっちの勝ち気そうなのは俺の娘、マリアだ。親子ともども宜しく頼む」

「ちょっと父さん、勝気そうって何よ!女の子の紹介に随分と杜撰過ぎるんじゃないの!?」

「あー……寧ろ、よく合ってると思うんだがどうだ?」

「……何も聞いてないよ、うん」

そっと視線を逸らしながら、家族であるイオが無回答を選択した。

 だが、有り体に言ってそれはそうだと言ってしまっているようなもので……。

「イオ、後で処刑ね」

「ふぁっ!!?」

訳が分からないよと言わんばかりな彼であったが、直ぐに凶悪な視線にさらされて沈黙する。

 その様子に、射命丸が何処となく労わるような視線を向けてくるのに気づいた。

「……もしかして、貴方も苦労してるの?」

「え、えぇ。ちょーっとばかり……」

「……ご免なさいね、本当。デリカシーのない家族で」

「いえ……」

同じ苦労を分かち合ったかのような、苦い笑顔の二人。

 その様子に納得がいかないとばかりにイオが言いたそうな表情となっているが、賢明にも何も言わなかった。というより、言えなかった。

(……なんだ、このカオス)

たった一人、ラルロスが頬を引き攣らせていたが。

 

気を取り直し、一行は取り敢えずそろそろ昼食時が近づいて来ていることもあり、イオの家へと向かっていた。

 何故かって?言わずもがな、射命丸のオネダリである。

『イオの手料理を食べたいな~?』

と言わんばかりの表情を見れば、誰でも断れないというのは分かりきった事実であった。

 というか、キラキラしてる眼がそのまま子供のように見えたイオは可笑しくないと思う。

 そう言うわけであり、一行はイオの家へと向かっていたのであった。

「……随分と長閑な集落ね」

さく、さく、と優雅に日傘を広げながら足を進めるカルラの言葉に、前を歩いていたイオがくすっと笑って振り返り、後ろ向きに歩き続けながら、

「向うとはちょっと違うでしょう?こんな雰囲気のある風景が、僕のお気に入りなんですよ」

後は、秋の十五夜の名月に照らされる湖の夜景なんかもそうですね。

身振り手振りもやや加えながら告げられたその言葉に、興味を抱いたカルラがふむふむ、と頷いている。

「あっちにあるのは主に外の世界から海の魚を輸入しているお店でして、何処をどうしているのやら、本当に鮮度が抜群なんですよ。御蔭で、朝食の時や夕食の時なんかは助かってますね」

「……?あら、どうして『外の世界』などと」

「?……あぁ、言い忘れておりましたね。――実のところ、この世界は『閉じられて』いるんですよ」

太古より築かれた結界によってね。

 

「改めて歓迎しましょう――この、時代から忘れ去られた者どもが集う楽園へ」

 

イオは悪戯っぽく、楽しげに笑うのであった。

 

――――――

 

――イオ達が昼食を食べに出て行った永遠亭では。

「……やれやれ。どうにも『見えなかった』わね、あの巨きな男は」

自身の武術を以てしても、見極め切れないほどの隙のなさ。

 永琳は、立ち去っていった彼等の後を見送りながらそうぼやいていた。

 その言葉に、眼をまん丸に開いた鈴仙が、

「……師匠がそこまで言うだなんて……」

と、絞り出すようにしてそう呟く。

 小さく呟かれたその言葉に反応し、

「まぁ、体こそ動かしてはいるけれど、実戦からは遠ざかっていたから。正直、得意な弓でも戦って勝てる気が全くしないわ。本当、なんてとんでもないのと家族なのやらね?」

と苦笑している永琳。

「おまけに、イオを好いているらしい娘からも、何やら超常的な存在の『匂い』が幽かにしたわ」

「……私の『眼』にも、反応がありました。とは言っても、どうやら向こうの『モノ』みたいで揺らいだのを何とか感知できたくらいですけど」

「ふぅん……と、なると。『精霊』、かしらね……?」

興味深そうに眼を輝かせる永琳は、ぽつり、と自身の考察を口にした。

「ずっと前に、あのラルロスから色々と話を聞いていたわ。何でも、向うの世界は幻想郷と同じく幻想が住まい、神や精霊と呼ばれる神の遣い達が世界を見守り、時には干渉するとね。その干渉の仕方はそれぞれだそうだけれど……一番には『契約』を以て絆を作ると、彼は言っていたわ」

「契約、ですか?」

「たぶん、魔女の使い魔と同じようなものでしょうね……でも、異なる部分が一点、あるわ。恐らくだけど、『対等』な関係でなければならない可能性がある」

腕を組み、中へと入っていく師匠の彼女を慌てて追いかけながら、

「ってことは、契約相手に強制できないってことですか?」

「その代り、気に入った相手ならば全力で援護してくれるでしょう?本来、超常的な存在は気紛れなもの……それは、月にいる神々も、こちらの幻想郷の神々も変わらないわ。妖怪たちでさえそうなのよ?彼等の気にくわぬ事が発生した場合、容赦なく契約を打ち切るでしょうね」

「……それに、一体どんな利益があるんでしょう?」

「簡単よ。――願った通りに強力な援護が貰えること……つまるところ、カミオロシもそうだけれど、契約さえ遵守出来ていれば、彼等は機嫌の良し悪しに関わるけれど、それでも大いに援けをくれるでしょうね。ある意味、月にいるあの子の劣化版とも言えるわ」

だからこそ、正直この世界で戦いなどしてほしいとは思えないわね。

物憂げな表情と共に、永琳はそう呟くのであった。

 

――――――

 

「詳しい事はあまり知りませんが、とりあえず僕が知っていることは二つ。――一つは、この世界を覆う結界は二つあり、それぞれ妖怪と人間によって管理されている事。もう一つは、この世界はあくまでも妖と人の住まう世界であって、構成するものを損なうものは全力で排除しに掛るということでしょうか。ともかく、カルラ様は先程のことも鑑みると少々ばかり怖いですが……どうか、心を落ち着けて下さるようお願い致します」

「……先程の言葉、ちょっとだけ撤回してもいいでしょうか?少しだけ、物騒で長閑な世界ですわね」

「少しだけとは限らない気もするんだけど……」

若干引き攣ったような表情でマリアがカルラに突っ込んだ。

 だが、彼女は日傘を差しながら、はんなりと笑んで見せ、

「今更過ぎますわ。イオの旅先からの話を聞けば、大体がそのようなものですもの。それでも、とても楽しいですのよ?」

くすくすと、何処となく挑発的にイオの傍で見つめてくる射命丸を見ながら笑声を洩らす。

 明らかに、その眼は射命丸文という少女を標的として、或いは恋敵として見ていることを指していた。

「おやおや、私たちの世界をそのように怖がられても困りますねぇ。この世界は確かに物騒なところもありますけれど、基本的に人里にいれば襲われることなく過ごしている人間たちが多いのは事実ですよ?」

だが、射命丸は先程の緊張感たっぷりであった初対面の時と異なり、逆に挑発し返すかのように笑顔で言い返している。

 再び、ピリッと雰囲気が強張りつつあることに気づいたイオが、頬をかりかりと掻きながら、

「えーと……話、進めても?」

と、どうにか割って入った。

「ええ、構いませんわ」

「いいわよ、イオ」

表面上は笑顔になっている2人に、イオはどうしたものかなぁと思いつつ、

「で、先程言った結界の管理者なんですが……この世界の創始者である『八雲紫』という大妖怪の女性と、『博麗霊夢』という、博麗大結界を管理する巫女の女の子とで構成されているんです「ちょっと待って下さい」……?何でしょう?」

ずずい、といきなりカルラが話をぶった切って詰め寄る姿に、イオが若干腰が引けた状態で対応すると、

「……この世界に来てから思っていましたが。見る人、妖怪ともに女性の数が多く御座いません?」

「いや、そんなことを僕に言われましても……」

笑顔のままこめかみ部分に青筋が若干浮き出ているように見えたイオが、その顔を引き攣らせながらも何とかそう返した。

 だが、カルラはそのまま笑顔で、

「あら?何をそんなに御顔を引き攣らせていらっしゃるのです?別に、疾しいことなどないのでしょう?」

「その言い方では、イオに疾しいことがあると決めつけているようなものですよ、貴族のお嬢様?」

見かねたのか、それとも近すぎるその距離に危機感を抱いたのか、射命丸がイオとカルラを引き離しながらそう告げる。

「それに、女性の数が多いのも大体にして男は戦闘で死ぬことが多いのが理由なのですから。これは、性別の問題であって、イオの責任にはなりえませんよ」

助かったと表情を明るくさせているイオに、射命丸自身は現在のこの世界の状況もあって若干睨みつけるようにしながらカルラに告げた。

 当然、睨まれている当人は何故射命丸がそんな表情になっているのかすら分かっておらず、おろおろとしていたが。

 そのようなアイコンタクトをしあっているのに気付いているのかそうでないのか、カルラは漸く納得したように頷いて、

「……確かに、私たちの世界においても、戦場に駆り出されるのは男衆が殆どですわね」

と、こちらも何故かイオをじっとりとした眼で見つめながら告げる。

「あ、あのー……?」

正直居た堪れない気分であるイオが、そう恐る恐る上目づかいで尋ねるが、彼女たちはふいっとそっぽを向き、突如として、

「どう思われます?イオの行動について」

「正直、危なっかしい以外の何物でもありませんね。この間なんか、この幻想郷における最も凶悪な妖怪と戦って地面に激突していたんですから」

「まぁ!?なんて危険な!でも、こうして立っている分には怪我をしていないように見えますけれど」

「ずい分と頑丈になってきたんでしょう。種族変えてからは、どうやらあの龍の鱗と同じように皮膚も変化しているんでしょうし」

「あの―……?お二人ともー……?」

結託したかのように愚痴を零し合っている彼女たちに、おいてけぼりにされたイオがおろおろとしていた。

 そこに、苦笑しているクリスがぽん、と頭に片手を置いて、

「放っておきな。どうやら、カルラ様は此方の世界でご友人になれそうな女性と出会えたようだからな」

「……話題が僕に対する愚痴なのが納得いかない」

むすり、とちょっぴりイオが不機嫌そうな表情になった所で。

 

「あー!?やっと見つけたわよ、文!」

 

何やら聞き覚えのある声が、天上より響き渡った。

「およ?」

素っ頓狂な声を上げイオが頭上を見上げれば、そこにいたのは姫海棠はたてと犬走紅葉である。

……が、何故かはたてはむっすりとして不機嫌であり、傍にいる椛もやや苦笑めいた、疲れたような表情を浮かべていた。

「声をかけても全然止まらない上に、あっという間に行っちゃったから探したわよ、もう!」

「……せめて、私たちにも行先を言って下さい……大目玉食らうのは文様だけじゃないんですから」

降りてきて射命丸に真っ直ぐに抗議する2人に、射命丸の眼が泳ぎまくっている。

「あ、あやや……(まさか、もう見つかるなんて)」

誰にも邪魔されないように限界の飛行速度で捲いた心算であった彼女。

 その様子を察知したのか、はたての表情がますます厳しいものへと変わり、

「あのねぇ、そもそも私たちは事前に天魔様を始めとして御偉方に頼まれてるんだから、逃げるんじゃないの!ほら、とっとと帰るわよ!」

「あっ、ちょっ、い、イオの料理が……!!」

問答無用で引き立てられかけ、射命丸がイオに向かって手を伸ばした。

 どうしようかなぁ……と、イオが若干遠い目になりながらも何とか取ってあげ、

「あー……はたてさん、どうも。もう、こんな状況になってますし、お昼作って差し上げますが?」

「うっ……だ、ダメよ!こいつを甘やかしちゃいけないわ!」

体を一瞬ぐらつかせ、しかしはたては健気にもしっかり上の命令をこなそうとしてか踏みとどまる。

 と、そこで漸くカルラが割って入った。

「……イオ、そちらの方々は?」

尋ねられたその言葉に、イオは勿論のこと、あっという間に消えようとしていたはたても思い至って、

「……そういえば、なんだか見慣れぬ人間がいるみたいだけど……申しおくれたわね、私は姫海棠はたて。こっちは白狼天狗の犬走椛。ま、この天狗の腐れ縁な親友よ。宜しくね」

「初めまして、人間の少女よ」

「はい、初めまして……私はカルラ、カルラ=エルトラム・フォン・クラムと申します。此方にいる、イオ=カリストの友人をさせていただいてます」

「俺はそいつの父親で、クリスだ。こっちはマリア」

一通り自己紹介し合い、はっとそこではたてが気づく。

「……もしかしなくても、もう手遅れだったりする?」

「あー……残念ながら」

恐る恐る尋ねてきた彼女に、イオは疲れが見える苦笑でそう返した。

 見る見るうちに青ざめ始めた彼女が、思いきり頭を下げ、

「――ほんっとうに申し訳ないわ!こいつが迷惑掛けて!」

「ちょっと!私何もしてないわよ!?」

憤然として猛抗議する射命丸。

 だが、腐れ縁と自称する彼女だからこそ言える言葉があった。

「余計な重圧とかかけてないって本当に誓えるの?」

「…………ち、誓えるわよ」

「おいこらこっち見てちゃんと喋りなさい」

視線を泳がせ、震え声になっている射命丸にジト眼ではたてが突っ込む。

 全く、と彼女はその様子ではっきりと分かってしまったようで、カルラに向かって、

「兎も角、私の親友が迷惑かけて本当にごめん。こいつ、色々と事情があってこんな状態だけどさ、いい奴だから」

「え、ええ……」

吃驚したように眼を瞬かせているカルラ。

「僕からも、お願いいたします。文は、ずっと僕のことを気にかけてくれて……毎回僕がバカなことを仕出かす度に叱りつけてくれるものだから、すごく有り難いんです」

そう、イオが言った。

(へぇ……そうだったんだ)

聞いていたマリアが、しみじみと頷く。

(あちらの世界にいた頃よりも、随分と表情が穏やかになったと思ってたら……)

心底から良かったと安どしていると、ふとしてイオの親友から言葉が発せられた。

「……結局、昼飯はどうするんだ?正直なところ、俺はもう割と空いているんだが」

同行していたラルロスが、頭の上で両手を組みながらそう尋ねると、はたてはうぐっ……と言葉を詰まらせ、椛と眼を交わすと、

「……その、申し訳ないけれど、御一緒させてもらってもいいかしら?」

「ええ、どうぞ。そうなると、合計で九人かぁ……うん、ちょっとずつ寒くなってきたし、鍋にしてもいいかな?」

「構わん。久しぶりにお前の料理が食べられるからな。マリアの料理は美味いが、お前には負けるだろう」

「ぐ・・・・・・普通なら云いにくい事をはっきり言うわね父さん。というか、大丈夫なの?料理の具材は」

家族であるが故の身も蓋もないその物言いに言葉を詰まらせたマリアだったが、すぐにイオに向かって心配そうに尋ねた。

 だが、イオはにっこりと笑って、

「大丈夫だよ。この世界、閉じられてることもあってか結構娯楽に飢えててね。みんなで集まって宴会するのがしょっちゅうあるから、料理の具材はなるだけ欠かさないようにしてるんだ」

と笑ってみせるのであった。

 

 




はてさて、とうとうカルラ達がやってくることとあいなりました。
とはいえ、時期的に言うと東方儚月抄と東方風神録の二つと同時進行になるんですよねぇ。
どうしたらいいことやら……


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第六十七章「案内するは幻想の故郷」

さて、今回のお話においては、イオの養父であるクリスの実力の一部分がちょっとだけ見られることとなります。
……正直なところ、割とイオの能力と実力はチートに近いものがありますが、この親父さん、それを軽く吹き飛ばせるだけの力をお持ちです。えぇ。

ある意味、バランスが取れているとも言えますね、えぇ(目逸らし)


 

 ジュージュー・・・・・・ぐつぐつ。

 肉が焼ける音や、水が煮えて滾る音がイオ=カリスト宅の居間に響き渡る。

 美味しそうなその香りに、この世界にやってきた女性の一人――カルラは、嬉しそうに目を眇めた。

「・・・・・・考えてみれば、私、イオの手料理を食べるのは初めてですわ」

「そういえば・・・・・・そうよね。カルラのとこだと、やっぱり色々危険があるから、冷たい料理ばかりでしょ?」

思い至ったようにそう尋ねたもう一人の女性――マリア。

「ええ、偶には暖かいご飯も食べてみたいとは思いますけれど・・・・・・やはり、現況では難しいですわね」

若干、羨ましげな表情を浮かべるカルラに、射命丸文が興味深そうにメモを片手に尋ねてきた。

「では、こういった家族料理を食べたという経験が、カルラさん達貴族にはないと?」

その言葉に、カルラはやや苦い表情を浮かべると、

「いえ、そうとも言い切れませんわ。何故なら、貴族という位を得ていても、貧しい生活を送っている人たちもいるのですから。私の場合は王侯ということもあって、万が一現国王一家が亡くなられてしまった場合の血筋としての立場があるんです。毒殺されるかもしれないという危険性がそれなりにあるのですわ」

「・・・・・・あやや。それはまぁ、何とも楽しくなさそうな食事風景になりそうですねぇ・・・・・・」

「こら、文。失礼なこと言わないように。・・・・・・でも、確かに味気なさそう。こんな風に暖かいご飯が食べられないなんて、すごく損してると思うわ」

はたてが文に突っ込みを入れつつも、言葉自体には否定する要素がないために思わずそう告げる。

 そんな、幻想郷に住むが故の遠慮のない妖の少女たちの言葉に、カルラを始めとしてアルティメシア世界に住んでいる者達は一様に苦笑していた。

 と、そんな風にして親交を深めていた一行の許へ、料理を作っていたイオが台所から暖簾を搔き分け、ひょっこりと顔を出すと、

「ちょっと手間取ってるからさ、手の空いてる人、誰か手伝ってくれない?」

「……俺が行こうか」

のっそりとクリスが動き出し、

「おう、俺も行くぜ。ちょいと手伝ってくる」

とラルロスまでもが動く。

 瞬く間に居間から男衆が消え、後に残ったのは女性陣であった。

 一瞬にして、何やら雰囲気が強張り始めたように感じたマリアが、思わずその発生源と思しき彼女へと眼を向ける。

 

――そして、後悔した。

 

 何故ならば、彼女はにこやかに微笑みを浮かべているようでいて、眼だけが爛々と光を放っていたからである。

 その視線を受けていると思われる少女へと、マリアが眼を向ければ、そこには同じように臨戦態勢に入った射命丸の姿があった。

 とはいえ、一見して笑顔なのは彼女も同じであったのだが。

 

「――一つ、お訊きしたいことがございます」

「何でしょうか、カルラさん」

 

ビリ、ビリビリと空気が震えるような気迫のぶつけ合いをしながら、カルラが先手として飛び出した。

 

「イオの事……好いておりますね?」

「えぇ、それが何か?」

 

(ちょっ!?二人とも!?)

マリアが慌てて止めようとしたが、カルラが視線だけで止める。

 淑女然とした彼女が、獰猛な笑顔とも取れる表情へと変化し、己が想いを肯定した射命丸へと静かながら猛然として問い質した。

「……貴方が、イオを支えてあげられるとでも?」

「少なくとも、そちらの世界のように雁字搦めではないとはっきり言えると思いますが?」

火花が散る勢いで続けられる女の闘い。

 射命丸もまた、カルラへの敵愾心を隠すことをせず、

「それよりも、どうして高位身分の方がイオを手にしたがるのでしょうね?――もしや、彼の力を頼みにしているのでは?」

「あら、そんなことはどうでもいいことです。――私が、一緒にいたい、ただそれだけのことですもの」

「お引き取り願いたいものですねぇ……はっきり言って、彼は貴方の来訪を快く思っていませんよ?昨日も、憔悴するくらいに、悩んでいたようですし」

「……ちょっと、文?」

はたてが、不安そうな面持ちとなって射命丸を止めようとした。

 しかし、射命丸は止まらない。

「……どれだけ貴方と絆が深かったのかは知りませんが。こちらとしては本当に迷惑なんですよ。――知っていますか?彼が、此方の世界にあっても、どれだけ身と心を削っているのか。漸く、自分の幸せを掴もうとしているところに貴方がたの来訪……御蔭で、また彼が苦しんでいる」

ぞく、とマリアの背筋に冷気が走り、彼女は射命丸の様子におびえた。

 だが、カルラは殺気を真正面からぶつけられても動じない。

「……では、貴方達の傍にいた方が、彼にとっては良いと?」

「当然でしょう。……聞くからに、そちらの世界はどうやら彼を利用する方向性で固まっているようじゃありませんか。彼から安寧を奪うことだけは……私にとって堪忍ならないことなのですが」

怒りも露わに、射命丸がきりきりと視線を鋭くさせて言い放った。

――その時である。

 

「…………文様。それ以上はお止めくださいませ」

 

カルラとの出会いから、ずっと口を閉ざしたままであった犬走椛が口を挟んできた。

「……なに。邪魔する心算?」

ぎらり、と鴉天狗の殺気が白狼天狗の少女へとぶつけられるが、彼女は眼を閉ざしたまま、

「それ以上は……一介の鴉天狗としての立場から逸脱しておりまする。このような時の為に、私、そしてはたて様が付けられていることは御存じの筈ですが」

静かなその物言いに、一瞬射命丸が呆け、そして眦が更につり上げられる。

「……く、余計なことを……!」

「……親交がある二人ならば、貴方様も無体はすまいとのことでしたし。正直なところ、私としても色々と思いはしますが……決めるのは、『イオ』殿ですよ?」

そして、其の言葉が両者に向かって放たれた。

 硬直する空間に、止めた張本人である椛はずず……と、イオに出して貰ったお茶を啜り、ぱちり、と片目を器用に開け、

「そもそも、はたて様も流されすぎです。こういう一触即発の事態に陥らないよう、元々会わせないのが事前の取り決めだった筈ですが」

「う、それは御免……流石に、イオの料理食べられるとなったら、ちょっとね」

しゅん、と身分差がある筈のはたてが、しきりに恐縮する。

 その様子に深く溜息を吐いた椛は、ちらり、と周りを見ると、

「……まぁ、こうしてお呼ばれしてしまった時点で諦めておりますが。お二方、食事も近いですし、この辺りで落ち着かれては?雰囲気が変だと、イオ殿も困られると思いますよ?」

なんせ、先程の様子からしてどちらも大切でしょうしねぇ。

 飄々とした雰囲気を醸し出しながら、椛が再びずず……と湯呑を傾けるのであった。

 

――――――

 

――時は少し遡り、男衆+α。

「……イオ、まさかとは思うが」

「あのねぇ……ルーミアは妹分だよ。それくらい分かってるでしょ」

なんて会話があったのもほんの少し前。

 男達は、淡々として作業を進めていた。

 と、そこでクリスが口を開く。

「……上手くやっていけているようだな」

「ん?あー……まぁ、人間関係というか、妖怪関係は御察しとしか言い様がないけどね。楽しくやらせて貰ってるよ」

安心した、そう言っているように聞こえたイオが、養父の物言いに若干苦笑しつつもそう返した。

「まぁ、こっちでもあっちでも僕という存在は存外に不思議な物みたいでさ、少々ばかりは面倒になってはいるけれど。手を出してきた輩がどうなるかってことを知ってるのかな?とりあえずは凄く大人しいね」

人間妖怪問わず。

 くすくす、と楽しげに笑って見せるイオに、嘗てあった焦燥感は最早無い。

――とはいえ、目下の所別問題が浮かび上がっているわけであるが。

「なぁ、イオ。どうするんだあの二人。かなり丁々発止とやりあってるのが眼に見えてくるんだが」

ラルロスが向こうの様子を伺いながら、イオに向かってそう告げてきた。

 ぴしり、と音たてて硬直するイオに構わず、

「さっきから、向こうの雰囲気が妙に強張ってたの、お前気づいてるだろ?」

「……僕にどうしろと」

がっくり。

 そんな擬音が聞こえてきそうなイオの様子に、クリスがあー……と言い難そうな声を出すと、

「まぁ、あの方もかなり無理しておられたからな……」

「……ほんと、どうしろって言うんだよ……」

ますます雰囲気が暗くなっていく親友の様子に、しかしラルロスは呆れ顔で首を振ると、

「どうしろも何もねえだろうが。きっぱり決めろ。それしかねぇ」

「それが出来ないから言ってるんじゃないか」

今更過ぎる話ではあるが……どちらにも、正しく未練を抱えているのだからどうしようもない現実である。

 はぁ……と深い溜息を吐いているイオに、今まで黙って手伝っていたルーミアがその可愛らしい唇を開いた。

 

「ねぇ、イオは……黙って消えたりなんか、しないよね」

 

唐突に尋ねられたその言葉に、イオが眼を白黒させる。

 驚きの表情を浮かべる彼に、ルーミアが様子を見ていた竈の魔法陣から眼をイオへと向けた。

「……当たり前だよ。というか、大丈夫だって昨日も……」

「――もう、そんな事を言ってられる状況なの?」

姿かたちこそ幼き少女なれど、大妖怪たる彼女の澄んだ瞳に貫かれ、イオは口ごもる。

 その様子にクリスは静かに溜息を吐き、

「……ルーミアといったか、お嬢さん。何を思ってそう言ったんだ?」

内心、答えが分かっているという雰囲気を感じ取ったルーミアが、くすり、と微笑み、

「だって――イオ、もう『決意』してるみたいだもの」

「――っ!?」

思わぬ言葉に、当人であるイオが驚きの表情を浮かべた。

「な、何を言って――」

「分かってるでしょ、イオ……貴方は、もう決めてる。それがどちらなのかは、正直、私も訊きづらいけど。でも、はっきりと答えを持っているのでしょう?」

今はどういう風に言おうかを悩んでいるだけのはず。

 確信を抱いたその発言に、とうとうイオが黙ってしまった。

 俯き、眼を見せなくなってしまった彼に、ラルロスは何といっていいものか、分からない。

「あー……まぁ、決めてるんだったらいい。だが、なるだけ早くしとけよ。ずるずると引き摺っちまったら……待ってるのはお互いの不幸だぜ」

よし、出来あがったな……持ってくか。

そんなことを言いながら、ラルロスはこの世界でよくつかわれている土鍋を持ち、せっせとクリスやルーミアと共に運び出していく。

たちまち、居間が騒がしくなっていくのを聞きながら、イオは未だに、顔を俯けていた。

(……僕だって、分かってるよ)

静かに、強く拳を握りしめる。

 

――自身の考えが、思いが、どうしようもなく優柔不断であるだけ。

 

そんな事は、とっくのとうに分かり切っていた事だった。

 だが――イオにとっては恐ろしいことなのだ。

 

選べば――縁が途絶えてしまう。

 

両親の顔も、自身の名前すらも覚えていないイオの記憶のことがあるからこそ、一番に恐れていることであった。

(……僕は、どう、言えば……)

青年は悩む。

 

 ただ――悩み続けていた。

 

――――――

 

「……おぉ……」

久方ぶりに見る、イオと男達の作った料理に、マリアが若干眼を丸くさせながら驚いていた。

 ぐつぐつ、と煮え滾っている土鍋の中に、美味しそうな香りを放つ肉類や、丹精込めて作られたと思しき野菜の数々。

「イオの奴は、まだちょっとかかるみてえだ。もうちょっと待ってやってくれ」

何気ない様子でラルロスがそう告げるのを聞きながら、先程まで強張った雰囲気だった居間を、マリアはゆっくりと見回した。

 射命丸やカルラは心配そうに暖簾の向こう側を眺めており、はたてや椛は漸く料理が来たこともあって若干浮かれているように見える。

 そして、イオの料理を手伝いに行っていた筈の男達二人と、ルーミア。

 その三人だけは、何だか、先程台所へと行った時と雰囲気が異なっているように、マリアには思われた。

「……ねぇ、イオって今何を作ってるの?」

だが、彼女は単純に気の所為だろうと思い、そう尋ねるのみ。

 すると、ラルロスがかりかり、と頭を掻きながら、

「んー……確か、この料理に合いそうな酒とか用意してるって話だったか」

「酒って……まだ昼間よ?」

呆れたように首を振るマリアに、ラルロスが苦笑して、

「仕方がねえだろうが。こっちの世界は娯楽ねぇのもあって、ちょっと何かあるとすぐ宴会に持ち込まれるんだからよ」

酒、あった方がお前さん達も嬉しいだろ?

天狗の少女達に向かってそう尋ねると、彼女達はかなり複雑そうな表情を浮かべた。

「あー……うん、確かにまぁ、こんなの見たら酒飲みたくなるなぁとは思ったけど。私や椛はまだ仕事が残ってるからねぇ……」

「……私としてはちょっと、遠慮させて頂きたいのですが」

「そういや、そうだったか……ま、帰った時にでも飲んだらいいんじゃねぇか?イオだって、手土産とか持たせるだろうしよ」

――色々と迷惑かけた侘びとか言ってな。

 そんな言葉をラルロスが告げた時であった。

「――お待たせー。御摘みと酒持ってきたよー……って、あれ?」

ほらな。とでも言いたげなラルロスや、頭を抱える天狗三人娘達、そして若干呆れたように首を振っているアルティメシア世界の人々に、イオは困惑したように首を傾げる。

 そこにはもう、先程台所で見せていた弱々しい姿は見えなかった。

 とはいえ、そんなことは男達+α以外の面々には預かり知らぬことであるのだが。

「あれぇ?なんか、お酒が歓迎されてないような感じだけど……?」

「仕事に酒持ち込むなってよ。ま、後で手土産にでも持たせたらどうだ?天狗の首領も喜ぶだろうしよ」

ピンポイントで告げられた手土産の先に、天狗三人娘がどきり、と身を竦ませた。

(……考えてみれば、今の状況、命令違反してるのと同じなのよねぇ……)

(ちょっ!?考えないようにしてたこと言わないで下さい!)

椛とはたてがこそこそと言い争い、射命丸は射命丸で何やら冷や汗を流し始めている。

……どうやら、今更ながらに母親の怒りが炸裂するであろう可能性に思い至ったらしい。

 そんな彼女の様子に、ややイオが苦笑しながらも、

「文、そんなに心配しなくても、僕が言付けをしておけば問題ないよ。無理に引き止めた所為だって言えば、そんなに叱られないだろうから」

「……叱られるのは確定なの?」

「あーまぁ、そりゃぁねぇ……」

言わなくても分かるでしょ?と言わんばかりの彼の表情に、射命丸はうぐっと声を詰まらせ、がっくりと肩を落とした。

 だが、直ぐにそぉっと顔を上げ、上目遣いになると、

「……直接来て話したりなんてこと「出来るわけないじゃないか。というか、それやったら更に暁さんが怒るだけでしょ?」デスヨネー」

言葉の途中でバッサリと断ち切られ、はらはらと射命丸が涙を流す。

 そんな二人の様子に、若干カルラが頬を膨らませたのをマリアは見逃さなかった。

 他の面々も、彼等の様子に気づき、或る者は呆れたように首を振り、或る者はいいものが見れたとばかりににやにやと茶目っ気たっぷりに笑ったり。

 こんな所で争わないでほしいとハラハラしたりと、多種多様に表情を変化させていた。

――そんな中。

 ルーミアだけが静かな光を瞳に湛え、射命丸やカルラ、そしてイオを見つめているとは、誰も気づかなかった。

 

――――――

 

「――ふぅ……食べた食べた~。あー美味しかった♪」

「ふふ……良かった。久しぶりに家族に料理を出したから、評判が気になってたところだったんだよね」

かた、かたかた、とお椀などを盆に載せて纏めながら、マリアの言葉にイオが嬉しそうに眼を細めつつ告げた。

 そんな彼の隣で、カルラが少しばかりお腹を摩りながら、

「……生まれて初めて、温かい食事を頂けました。あぁ、なんと……」

心底から心浮かれていると見え、上気した頬を緩ませている。

 彼女の様子に、イオがこっそりと胸を撫で下ろした事には構わず、射命丸がこっそりと後ろに忍び寄り、

「……これからの予定、どうする心算なの?」

「ぅおっと……もう、文。驚かさないでくれよ。――予定?予定は……まぁ、一応、僕の現況についての報告を映像で纏める方針だよ。元々、父さんたちはそれが目的でこっちに来たような物だから」

「……それって」

彼が告げたその言葉に、射命丸が若干眼を見開くようにして呟いた。

 その様子に、イオは何故か静かに目を逸らす。

 だが、射命丸は思考の海に沈んでいるようで、全くその動きに気付かなかった。

 カルラはカルラで、未だに料理の余韻を楽しんでいるのか、浮ついた状態である。

(……なにこのカオス)

こっそりと、マリアが心中で思うのも無理ない話なのであった。

 

――後片付けが済んだ一行は、取り敢えずこの世界の管理者の一人とも言えるとある人物に会いに行こうと動き始める。

……無論、『博麗の巫女』……そして、『妖怪の賢者』の二人にであった。

 何かしらの行動を起こすならば、しっかりと挨拶位はしておかないと後々が恐ろしいものになる。

 そうイオ、そしてラルロスに脅されたためである。

 とはいえ、実際のところイオの心がはっきりと決まるまでの時間稼ぎでしかないわけなのであるが。

「……深い森ですわね」

ざく、ざく。

 土を踏みしめる音を辺りに響かせながら、カルラが眼を丸くさせつつ呟いた。

「元々、外の世界の自然があふれる場所を切り取った所のようですから。動植物も割と生食出来るものがあるんですよ」

流石に、肉類はきちんと調理しないとだめですけれどね。

 からから、と己が第二の故郷とも呼べるこの世界を自慢するかのように笑い、イオはカルラの歩調に合わせてゆっくりと歩く。

 すると、ばさばさ、という音と共に射命丸の翼が広げられ、

「イオ、先駆けした方がいい?」

「あー……うん、そうだね。いきなり行ったら、霊夢が不機嫌になるかも。お願い、文」

「はいはい。じゃ、先に行って向こうで待っているわ」

そんな言葉と風の唸る音と共に、一瞬にして彼女の姿が消え失せ、透き通るような晴天に一筋の雲が生まれ出た。

「……あの速さ。イオと同じ位ではありませんの?」

「あー……どうでしょうねぇ。少なくとも、全力でやったら同じぐらいにはなるでしょうが。そもそもの話、天狗の人達は移動能力が格段に高いので……」

恐らくは、僕が負けるでしょうね。

至極あっさりとした様子で、イオは静かに答えを返す。

 その言葉に、ラルロスを除き、カルラを始めとしたアルティメシア世界の面々は一様に眼を丸くさせた。

「……珍しいじゃないの、イオが負けを認めるなんて」

特に、十三から共に過ごしてきたマリアが、あの負けず嫌いだった彼の言葉に驚いているようである。

 そんな彼女に、イオは静かに溜息を吐くと、

「負けを認めざるを得ないよ。幾ら、元の世界で強者の分類に入っていたとしても、この世界じゃ『少し強いだけの人間』でしかないわけだし」

(僕を無力化することなんて、簡単にできる妖怪が多いんだから)

 彼が出来るのは、技を始めとした飽くまでも『小手先の技』でしかない。

 鬼のように、或いは天狗のように圧倒的な膂力を有しているわけではけしてなかった。

――とはいえ、圧倒的膂力というならば彼の養父はどうなのかという問いには口を噤まざるを得ないのだが。

(……案外所か、とんでもない戦いになりそうで怖い)

吹き荒れる暴虐の嵐が二つなど、考えたくもない事態だ。

 それでなくとも、この世界は嘗てあったとされる戦乱の頃とは異なり、スペルカードルールというきちんとした決闘法がある。

 それはあくまでも一つの決闘の形であるから、元々の力と力のぶつかり合いという決闘も未だにある。イオと風見幽香が戦うのはその決闘を用いたものだからだ。だが、それが、世界の維持にまで関わる程の戦いとなれば、妖怪の賢者が出張ってくるのは必然である。

 下手をすれば、大事な友や家族が皆殺しにされかねない。

 それゆえに、イオは養父を始めとして気を配っていたのである。

「……『少し強いだけ』、か……」

ふむ、と息を吐いたクリスがそう呟いた。

「お前でそうなるなら、俺はどういう分類に入るんだろうな」

「……お願いだから、絶対に向うの挑発に乗らないでね?さっきも言ったけど、相手は若く見えるように見えて、途轍もない年月を過ごしているのが殆どなんだよ。さっきの文や、天魔さんに報告しに帰ったあの二人だって、普通の人間の寿命を遙かに超えてるんだから」

こんなこと当人の前じゃ言わないけどね。

「……率直に言ってしまえば、『若造り』だと?」

「…………その言葉、絶対に当人に向かって仰らないでくださいよ?」

身も蓋もないその言葉に、イオは冷や汗を流しながらカルラを戦々恐々とした眼で見た。

 古来より、女性の歳に関する話題はかなりの禁句だ。

 イオが此方に来てから、それで若干射命丸と喧嘩になりかけた経緯もある。かの妖怪の賢者でさえ、若々しく見られたいという気持ちもあるのだ。故に、基本的にイオはそちらの話題には口も手も出さないようにしていた。

 だれしも、藪を突いて蛇どころか鬼まで出てくるような事に触れるわけがない。

「ええ、それは十分に。イオの様子からするに、本当に危険なことのようですからね。――まぁ、私としては有難いですが」

「……ええっと……」

彼女の言葉が意味する事に、何となく思い当たる節はあったが賢明にもイオはそれには触れず、

「と、取り敢えず、其の事は一旦置いておいて。人里から離れつつある以上、マリアもカルラ様も十分にお気をつけください。博麗神社への参道を歩いているとはいえ、妖怪からの襲撃が無いわけではないので」

「……ふむ。なぁ、イオ」

イオの言葉に顎に指を持っていったクリスが、ジャキッと背中の大剣の鍔を鳴らしながらそう声を掛けてきた。

 その様子に嫌な予感が膨れ上がったイオが恐る恐る、

「何……父さん」

「真剣に話しているところ悪いが――」

 

「――周りの妖怪は、どうやら襲いたいようだぞ?」

 

その言葉と共に、ザザッと周囲の茂みがざわめく。

 一気に不穏な雰囲気へと変化していく状況に、だが、イオは深い溜息を吐いた。

「……別に、いちいち反応しなくたって良かったのに」

「いいじゃねぇか。あっちは人間を喰いたい気で一杯なんだからよ」

「だからだよ。――こんな奴ら、殺気を飛ばすだけでも十分だ」

ぞぞぉっ。

 本気で放たれたその気迫に、今にもクリスへ襲いかかろうとしていたその妖怪が動きを止める。

「おいおい、全く……余計なことをしなくとも」

そんな呆れたような声と共に、一瞬にして暴虐が吹き荒れた。

 イオの動体視力を以てしても見え辛いその斬撃の嵐は、瞬く間に常人では敵わない筈の妖怪を粉微塵へと化す。

 流れ出る血さえも吹き飛ばし、クリスは風の唸る音と共に大剣を振り回してから、

「……大よそ、ちょっと強いゴブリン程度か」

「あー……うん、相変わらずのようで何より」

この世界に来ても何ら変わる様子のない養父に呆れつつも、イオは取り敢えず他の動きが止まっている妖怪へと体を向けると、

「――君たちは帰りなよ。これ以上、まだ何かをする心算なら……僕が、出るよ?」

すらり、と腰に吊り下げた朱煉の片振りを抜き放ち、切っ先を妖怪達へと向けて告げた。

「……っ!!」

「ニ、ニゲロッ!」

悲鳴のように声を上げ、脱兎のごとく逃げ去る妖怪達。

 そんな彼等を見送ってから、安心したように息を吐き……チャキリ、と納刀した。

「……随分と、甘いな」

「ん、まぁ……彼等もこの世界で生きているから。それに、必要以上に妖怪を狩ると、妖怪側から危険視されるんだよ。何でも屋である以上、そうしたバランスには気を使ってるからね」

クリスの言葉に、イオは笑ってそう告げる。

「そうか……ならいい。とはいえ……あれがまた襲いかかってくる可能性だってあるんだろう?」

「そりゃ、あるよ。どんなに恐怖を抱いていても、所詮は人間だって思って襲い掛かってくるかもね。でも、その都度追い返せば済む話だよ。――だって、僕以外の人間は、滅多に人里から出ないからさ」

猟師や里の外に畑を持っている人はいるけれどね。

「そういう人達は、今から向かう博麗神社のお守りを大抵持ってるか、事前に僕のような何でも屋とか妖怪退治屋に依頼して身を守ってるのが一般的だね。だから、実質的には『襲われる人間はほとんどいない』ことになる」

「……待って下さいな」

歩きながら告げられた彼の言葉に、カルラが何かに気づいたように声をかける。

 その表情は、何処か気を張り詰めたものであった。

「その話が本当の事なら……イオは?」

「僕は強いですから。――たかだか雑魚に負ける道理もない」

端的にそう言い放ち、イオは先を歩いていく。

 その背中は、自信と誇りに溢れていた。

 マリアが歩きながらその背へ、

「……まぁ、本人が納得してるならいいけどさ。気をつけなさいよ?あんただって、怪我をしないわけじゃないんだから」

「重々承知してるよ。向こうとは違って、僕はこの世界に住んでるんだから。けして無理はしないし、手が必要なら誰かに頼ったりもする。妖怪達も神様達も、この世界にしか安住の地はないからね。根幹を揺るがすような存在は、須く淘汰される定めにあるんだ」

だから、『大丈夫』だよ。

イオは振り返って微笑んだのであった。

 

――――――

 

――そうして、彼等は博麗神社へと辿り着く。

「やっほ、霊夢。元気かい?」

「たった今あんたが姿見せた所為で不機嫌になったわ。全く、とっとと用事済ませればいいでしょうに」

赤と黄の木の葉が舞い散る中、紅白で彩られた巫女は機嫌が余り宜しくないようだった。

 むっすりと眉間に皺を寄せ、憤然とした様子で腕を組んでいる彼女に、そして、音もなく霊夢の傍に降り立ち此方へと手を振っている射命丸にもイオは苦笑して、

「しょうがないでしょ。事前に話は通してあるけど、やっぱりちゃんとしておかなきゃ。でないと、霊夢が異変だって飛び込んでくるかもしれないし」

「……」

ますますむっすりとした表情へと移行した霊夢に、イオは再び苦笑する。

 と、そこへ、クリスが話し掛けてきた。

「イオ、此方のお嬢さんは一体……?」

「あ、御免ね養父さん。紹介するよ……この子は、この幻想郷の結界を管理している一人で、博麗霊夢っていうんだ。そうだね……戦いともなれば『確実に』僕が負ける唯一の相手、かな。でも、感情を持つ普通の女の子だよ」

(ふむ……成程、妙に浮いた雰囲気を感じるなと思ったが)

確実に、というイオの念押しにも近いその言葉に、クリスが納得したように頷くと、

「お初にお目にかかるな……俺はクリス=カリスト。こちらは娘のマリアだ。愚息が世話になっている」

と言った。

 すると、霊夢ははぁ……と溜息を吐くと、

「正直、これが最初で最後の出会いにして貰いたいものだけどね……博麗霊夢よ。ま、こっちこそイオには世話になってるわ。よく、精がつくようにって色々と持ってきてくれるから」

と、普段の泰然自若とした雰囲気へと戻り、飄々として告げる。

 そして、カルラの方を見据えると、

「……イオの話によく出てたカルラってのが、アンタなのね?ふぅん……妙に人間離れした顔つきねぇ」

と、態々近くまで寄り、珍しくしげしげとカルラの容貌を見ていた。

 見るからに年下と思しき少女に、かなり近寄られたカルラはややたじろぎつつも、

「えぇ……カルラ=エルトラム・フォン・クラムです」

と端的に答える。

 と、そこへ苦みが強い笑みを浮かべたイオが、霊夢の頭へそっと片手を乗せると、

「霊夢、そんな風にまじまじと人を見るもんじゃないよ。失礼だからさ」

「いいじゃないの、別に」

「良くないから言ってるんじゃないか……もう。申し訳ありません、カルラ様。この子、普段は余り人と関わりを持たないものですから」

妹のような少女の不敬を詫びるイオに、若干霊夢が膨れ面となり、バシッと頭に載せられたままだった手を振り払う。

「……で?私に声を掛けるだけじゃないんでしょ?」

再び機嫌が悪くなった霊夢が、それでも淡々とした物言いでそう尋ねると、イオは苦笑しつつも深く頷いて、

 

「ああ――八雲紫さんを呼んでくれるかな?」

 

「やっぱりか……でも、来るかどうかは分からないわよ?大抵、何かしらやってることが多いから」

「大丈夫だと思うよ。幾ら此方がその気がなくとも――幻想郷を『破壊できる』戦力が揃っているんだ。紫さんは……必ず何処かで見ている」

 

――そうでしょう?紫さん。

 

くるり、と後ろを振り向き、イオが虚空へと声をかけた。

――そして、応えは返る。

「……ふぅ。全く、見守るだけに留めておく心算だったのに、そこまで言われては仕方がありませんわ」

そんな言葉と共に、ずるり、と虚空の一部分が裂けた。

 何の色とも見ることが出来なさそうなその裂けた空間の中から、紫を基調としたドレスを着た八雲紫が姿を現す。

 何時ものように片手には扇子を構え、口元を覆っているようであるが、其の眼にははっきりと呆れの色が浮かんでいた。

 とん、と軽い音と共に降り立ったその女性に、アルティメシア世界の面々はそれぞれに反応を示す。

 ある少女は眼を丸くさせ、またある少女は静かに目を細め、そして大男はふむ……と言葉を漏らした。

 一様にして様々な反応ではあるが、一貫して彼等が驚いているということだけははっきりと分かる。

 その様に、八雲紫はやや満足そうに笑うと、

「イオのお父様、そしてお家族並びにご友人様……ようこそ、幻想と神秘が色濃くあるこの世界へ。歓迎いたしましょう――この、八雲紫が」

と緩やかにカーテシーを行ったのだった。

 

――――――

 

一先ず、中へと入りましょ。

 そんな霊夢の鶴の一声と共に、一行は神社の母屋へと移動していた。

 イオが、勝手知ったる何とやらでよく用意してあるお茶を淹れようと台所で動き回るその間に、一行はそれぞれに情報を交換していたのである。

「――成程……どうやら、此方でよくやっていけているようだな、イオは」

敬語はいいと言われたクリスが、普段のぶっきらぼうな物言いでそう紫に尋ねれば、彼女は嬉しそうに深く頷いて、

「えぇ……普通であれば、彼のように立ちまわることなど……この幻想郷に限らず、妖怪や神に接するにあたっては難しいものです。ですが、イオは本当によくやってくれておりますわ。人里に住んでいれば、少なくとも何かしらの思惑に絡まれることだってあり得ない話ではない。けれども……彼は染まることなく、己が一念を通しきっている。さりとも、相手を染めようとすることもなく、周りと調和出来ている……ここまで来ると、もはやでき過ぎのように思えましたわ」

と、人間であるイオ=カリストという存在をべた褒めしていた。

「だからこそ……正直なところ、イオはすでにこの幻想郷に認められております。少なくとも、何でも屋という職業は人里にも、或いは妖怪達にも知られているのは確かです。そして――彼という存在を、気に入っている者は確実にいます。そのことだけは……どうか、覚えて頂けますか?」

真剣な眼差しを以て、妖怪の賢者はそう告げる。

 その言葉を受け、クリスは一瞬瞑目してから眼を開き、

 

「――はっきり言おう。息子がどのような選択をしようと、『俺自身』は関与しない」

 

「ちょっ、お父さん!?」

唐突なその言葉に、興味深そうに周りを見回していたマリアがぎょっとしてクリスを見つめた。

 だが、クリスは動じることなく、

「そもそも、俺が動いたのは自分の国が余計なことで突かれているからだ。そのような事実はないのにも関わらず、俺達という、『イオの家族』が人質に取られていると邪推されているからに他ならない」

そのような事はないとはっきりした証拠を示す必要があったからこそ、俺とラルロス殿は動いたのだ。

 クリスが淡々とした口調ではっきりと告げる。

 その言葉に、紫がふぅん……と言葉を漏らすと、

「では、イオがどちらの世界を選ぼうと文句は言わないと?」

「『俺』はな。――他の者達はどうなのかは……まぁ、分かるだろうが」

「でしょうねぇ……ま、大よそ予想通りではありますわ。まぁ、私としては恋する少女に手を貸してあげたいのは山々なのですが、ね」

「――っ!!?」

ぼふん、とカルラの表情が途轍もなく赤くなった。

 ぱくぱく、と何かを言いたげに口を開閉するその表情に、マリアを始めとして、同行していたラルロスが一様にあっちゃぁ……と表情を青くさせる。

「な、なな……何で貴方にまで!?」

「あら?ラルロスから教えて貰ったのだけれど……お聞きでない?」

「あ、貴方という人は……!!」

カルラが怒髪天をつき、ラルロスに詰め寄ろうとするが途中ではっと我に返り、

「も、もしや、イオにも知られて……?」

その言葉に、ラルロスを始めとした面々が一様に眼を逸らした。

 そんな彼等の様子に、がくり、と肩を落とすカルラ。

 そして、ふふふ……と淀んだ笑い声を響かせると、

「……道理で、イオが私に対して妙に距離を置いていると思いましたわ……それもこれも、貴方の所為ではありませんかーー!!」

ガバッと顔を上げラルロスへと一気に詰め寄った。

 流石のラルロスもこれには非常に慌てて、

「ま、待て!話せば分かる――!!?」

「ちょっ!?何事!?」

流石に台所にまで響いてきたのか、慌てた様子でイオが茶盆と共に姿を現わす。

 今にもラルロスに襲いかかろうとしているカルラの様子に、混乱した様子で、

「あの、一体何が……?」

「……不用意に、乙女の恋心を漏らした男の末期よ。幾らなんでもあれはないわ」

非常に不愉快そうな紫の表情、そしてその言葉が意味する事に気づいたイオが気まずそうな表情へと変わる。

「あー……うん、そのまぁ……準備の続きに戻りますね」

「待ちなさい」

「(ギギクゥッ)」

冷酷さが滲み出るようなその声に、イオが背を向けた状態で体を強張らせた。

 ギ・ギ・ギ……と軋むような動きで振り返ったイオは、紫が鋭利な視線でイオを睨んでいることに気づき、サァ……と青くなる。

「あ、あのぅ……?」

「――もう、決めているんでしょうね?どちらを選ぶのか」

「……」

スゥ、とイオの表情が無へと変わった。

 その様子に構うことなく、紫は言葉を続ける。

「どちらを選ぶにせよ、私は貴方達の『記憶を消す』事も、『二度と来れない』ようにもする心算はない。完全に向うの世界と繋がってしまっているし、私としても、もし、外の世界が『失われて』しまうような事態に陥った時の回避策としても使わせて貰うしね。だから――確実に選びなさい。『誰が泣こうと』、それは選んだが故の当然の理。貴方が気にすることでは『けしてない』」

追々、自分で自分を納得させていくしかないのよ。

「……そう、ですか」

イオはそう返すしかなかった。

「でも、記憶を消されないのは、有り難いですねぇ」

「失った恐怖で探し回っている子を知っているからよ。政治者としては失格だけれど……私は情を持つことが出来る。だから、安心なさいな」

「えぇ、済みません……こんなにも良くしていただいて」

漸く、表情を柔らかいものへと変えたイオが、弱々しい声で告げる。

 だが、紫は笑って、

「構わないわ――幻想郷は、全てを受け入れるのだから。残酷にも、そして優しくも、ね」

と母性が溢れる表情で言い切ったのだった。

 

――とまぁ、二人の会話はこんなものであったのだが。

 覚えているだろうか……未だに、ラルロスに対する罰は続いていることを。

「ちょ、マジで止めろ!お前の攻撃洒落にならねぇんだよ!?」

「知りませんわ!天誅!!!」

「こんな狭い所で暴れるんじゃないわよ!」

ギャースカギャースカと騒がしい部屋の内部。

 ラルロスが逃げ惑い、カルラが怒りの声を上げ、霊夢がぶち切れる。

 カオスにも等しいそんな部屋の中の状況に、クリスはやれやれと首を振るのであった。

 




……因みに、実力の程は、かの小さな魔法先生の第二の師匠であるとあるバグキャラを思い出していただき、かつそれと同じであると思っていただければわかり易いと思います。
……いま、マガジンで新たな物語となってますけど……あの人、もしかすると生きてるんじゃないですかねぇ……何らかの方法で気合で寿命をどうにかしても可笑しくない(白目)


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第六十八章「揺れ動くは己が決意」

 

 散々に騒いだ室内は、クリスの拳骨(床を一発壊さぬ程度に揺らした一撃)によって鎮められ、冷静になったカルラが赤面し、ラルロスが安堵のため息を漏らすという結果に収まった。

 因みに霊夢はかなり不機嫌そうであったことは余談である。

「……で、これからどうする心算なの?」

「養父さん達の目的は、僕が生きている事と養父さんたちを人質に取られている事実がないことを証明するものだからね。撮影は……ラルロスが用意してくれているみたいだし、後は、僕の魔力を込めた血判状を作れば、大抵分かってくれると思うよ」

「ふぅん……でも、撮影するにしたって、拠点は必要よね?」

霊夢が考えるようにしてそう告げた時。

 

「――あら、イオが作るんじゃないの?」

 

「あのねぇ……」

マリアの素っ頓狂なその言葉に、イオががくり、と肩を落とした。

「いやまぁ、作れない訳じゃないけど、流石に直ぐには無理だよ?」

「……何だかんだ出来そうな気がしたのは気のせいだったのね、じゃ、どうしよっか?」

マリアが少しばかり困惑したようにクリスへと尋ねると、其の言葉にクリスではなく紫が反応する。

「別に、困るような事態でもありませんわ。この世界には、本当に色々と異能力を有した者達がおりますから。――例えば、対価如何によりますけれど、一瞬にして家を建てる事が出来るものも、おりますのよ?」

自慢そうなその口ぶりに、途轍もなく嫌な予感がしたイオが慌てて、

「あの、其の方って……」

「貴方が思い浮かべているので間違いないわ。どうしたの?そんなに慌てて」

「慌てもしますよ。あの方から、対価に何を要求するのかまざまざと思い浮かぶんですが」

すっかり表情を青ざめたそれへと変えているイオに、クリスを始めとしたアルティメシア世界の住人達は一様に困惑した。

 だが、唯一此方の世界を知っているラルロスが、

「あー……成程なぁ。あいつだったら、確実に要求するのが何なのかはっきり分かるぜ」

「……知っておられるのか、ラルロス殿」

「知ってるよそりゃあ。なんせ、イオを現在の体に変化させたの、そいつのお陰だからな」

 

「「――なっ!?」」

 

驚きの声を上げる二人の少女。

 驚愕の表情を浮かべるマリアとカルラに、イオは苦々しい表情となってラルロスをじろりとねめつけた。

「ラルロス……そこまで言わなくても」

「どうせ、お前が言う言わないに関わらず、二人は遠からず知るだろうさ。割と、あのちっこい鬼は自慢したがる性質だしよ」

「だからって……」

はぁ、と深い溜息を吐くイオ。

 だが、カルラは身を震わせて、

「……イオ、後悔はしていないのですか、本当に?」

変えた当人を詰るよりも先に、イオを問い詰めた。

 だが、イオはぶれることなく静かに頷き、

「そもそもの話、僕は当時においては記憶や素性に関することを貪欲に求めていましたから。この世界に至って、諦めることも考えた時もありましたけれど、やはり、諦めきれなかったものでして。お陰で、こうしてこのような姿となりましたけれど、其の方には感謝しているんですよ。本当の自分を見出してくれた、其の事にね」

「……そう、ですか」

しっかりとしたその答えに、カルラは言葉を詰まらせる。

 どのような姿になったとしても、彼を愛せる自信はあったが、それでも、相談ぐらいはしてほしかったのが実情だろう。

 そんな彼女の様子に、彼の小さな閻魔の少女から告げられた言葉を思い出す。

『――貴方は少し、自分勝手にすぎる』

(本当に、そうでしたよ。今更過ぎますがね)

カルラの傷ついたようなその表情に、イオは内心でそう思うしかなかった。

 だが、それはけして言葉にはしない。

 どう言われようと、また、どう思われようと、変えてしまった事はもう戻らない。――また、戻るつもりも当然なかったからだ。

 故に、イオは仕方なさそうな表情となり、

「そう言うわけですから、僕は変えた事を良かったと思いこそすれ、後悔することはないでしょう」

「……」

断じられたその言葉に、カルラは寂しそうな笑顔へと変わった。

「……分かりましたわ」

言いたいことが、沢山あった筈。

 それでも、彼女はイオの決意をけして詰ることも、嘆くこともせずに笑って受け入れてくれた。

 それだけが、本当に心に突き刺さる。

 複雑そうな表情をしているイオに、しかしカルラはもう触れることはせず、

「では、話は戻りますけれど……私たちのこの世界における拠点をその方が作って頂けるというような話でしたが……?」

「えぇ。ですが、其の方は対価に『人間との戦闘行為』を求める可能性があるんです」

一旦、先程までの話題を忘れることにしたイオが、今度は憂鬱そうな表情へと変わった。

 普段、他との関わりの中で滅多に表情を変化させない彼がそれをしたことに、カルラを始めとしたアルティメシア世界の人々(うち一人は除く)は驚きつつも、

「……ねぇ、そんなにやばい相手なの?」

「やばいから憂鬱なんじゃないか。――想像してみてよ。養父さんがもう一人いるって思えば分かるだろ?」

「ふむ……それでいて、戦闘狂か?」

「自分を制御し切れている養父さんとは大違いな所だね。でも、本当にやばいんだよ。体の頑丈さも、膂力の高さも、比較にならないくらい凶悪なんだから。体が小さい方であるのが、不思議な位だよ」

単純な話、背丈も含めた間合いというのは、武術において重要な位置を占めている。

 手足が長ければ、其の分だけ遠くに当てられるということでもあるし、遠心力もかなりかかり易いからだ。

 鬼は、技術こそ持たないものの、圧倒的な戦闘経験、そして凶悪なまでの身体能力を有している。振りかぶる力が何倍にも膨れ上がる計算に、容易に達することが出来るのである。

「……ふむ、いいだろう。先方がそれを願うというのならば、俺はそれに応える気はあるぞ」

「正気!?一歩どころか、命が消えても可笑しくないのに!」

クリスの至極あっさりとしたその言葉に、娘のマリアが悲鳴を上げた。

 だが、彼は頷くと、

「忘れたか?一応、これでも『覇王』なんぞと呼ばれた口なんだ。身体能力の差が大きかろうと、それは魔力で補える範囲になるだけ納めればいいだけの話だろう」

「…………あの、そんなことが出来るの、養父さんだけだからね?」

長い間の後に、イオが何とも言い難い表情で恐る恐る告げる。

「というか、普通だったら年齢と共に筋力とか衰えてくる筈なんだけど」

「生憎、鍛冶仕事は筋力が相当に鍛えられるからな。それに最近、ギルドに頼まれて新人をしごく仕事も貰っている。お前との模擬戦のことを嗅ぎつけられたんだよ。ま、お陰でこの通りな訳だが」

「道理で相変わらずとんでもない動きすると思ったよ……大剣持ってあの速度って、戦いたくないやい」

今までの自分が崩されそうな、相変わらずの養父のとんでもなさにイオが沈みかけた。

 だが、寸前で持ち直し、ちらり、と辺りを見回してから、

「……どうされます、紫さん。一応、こちらとしては戦意が十分ありそうなんですけど」

「いいのではないかしら。丁度、あの子も『興味津々』のようだしね」

「あああやっぱりぃ……」

頭を抱え始めたイオに、きょとん、とアルティメシア世界の少女達は首を傾げる。

 だが、男達は揃って苦笑を浮かべていた。

「なるほど……先程から、妙に視線も気配もすると思えば。――ラルロス殿、今ここに『いる』のだな?」

「ああ。見てるだけじゃ、面白くないだろう?――伊吹萃香さんよ」

 

『ふ……ふふふ……あはははは!!!』

 

けたたましい笑声と共に、唸りを上げて霧が集う。

 白の塊が次第に人の形を成すのに、カルラとマリアは驚きに眼を見開いて見つめ、クリスはにやり、と幽かに口端を上げた。

「いいねぇいいねぇいいねぇぇ!!まさかまさか、そっちから言ってくれるなんざぁよぉ!」

興奮しきりに叫ぶその声の主は、再び笑い声を上げながらぐびり、と瓢箪より酒を呷る。

 捩じれた二本の角を持つ、その幼き少女の姿を見て、カルラとマリアが再び眼を見開いたが、クリスの表情は真剣なものから揺るがなかった。

「……貴方が、イオの体を変化させた者か」

「おぅよ。私が鬼の四天王が内の一人、伊吹萃香さ。一応、仲間内じゃぁ技を司るもんとは言われてるぜぃ」

凶悪なまでの存在感が、母屋の居間を席巻する。

 濃厚なまでのその気配に、精神が一般人のそれと変わりないカルラ達二人が息詰まりそうになった所で、ぼかり、と陰陽玉がぶち当たった。

「ぎゃふん!?」

「……今にも暴れ出しそうな気配を出すな。私、この家で暮らしてるのに、無くなったらどうしてくれる心算よ」

「おおぅ……相変わらず霊夢ったら容赦ないなぁ……」

問答無用でピチュらせた彼女に、その霊力の威力を知るイオが引き攣った笑みを浮かべる。

 それとは対照的に、クリスがきょとんと眼を瞬かせた後に、ふと、何処か納得がいった表情となると、

「成程……イオが負けた、というのも分かった気がするな」

「でしょう?一見して可愛らしい女の子なのに、凶悪な攻撃が出てくるんだから堪ったもんじゃなかったよ。しかも、物理法則から飛び越えて、概念にまで至ってるみたいだし。流石に、体ごとそうなれるなんてのは初めて見たなぁ」

「……つくづく、変わった所だ」

やれやれ、と言わんばかりのクリスに、イオとマリアが呆れ顔で首を振っていた。

 

――とまぁ、茶番はさておいて。

 

「――で?お前さん達の願いは、家建てて欲しいで合ってるかぃ?」

若干、擦り切れたような状態になった伊吹萃香が、それでも楽しそうな笑顔でにやにやとしつつそう問えば、もうこうなったら仕方無いと諦めたイオが頷いて、

「えぇ、僕の私事で申し訳ありませんが」

「いいさぁいいさぁ、そんなこと。それよりも、私にとっちゃ嬉しいことがあるからねぃ」

くすくす、くすくすと楽しそうに笑う萃香。

 その様子に、一連の動きを呆れたように眺めていた紫が割って入って、

「あのねぇ……嬉しそうなとこ、申し訳ないけれど……戦う場所、どうする心算なのよ」

「おやぁ?紫が用意してくれるんじゃないのかぃ?」

「するわよ。貴方達のような武力極限突破な戦いが始まるとあっちゃね」

「なら、何の問題もないさね。だけどよぉ、戦い方はどうするんだぃ?妖怪としての戦い方だと、何の面白みもないぜぃ?」

と、萃香がクリスに向かってそう問うた。

「……というのは?」

「私もそうだが……この幻想郷にいる妖怪達は何らかの異能力を有してるのが殆どさぁ。私の場合は『密と疎を操る程度の能力』。萃めることも、散らすことも出来る万能能力さねぇ」

「……では、俺は身体能力向上のみ魔法使用可で。後はそうですな……素手でいきましょうか」

普通であれば、見かけに対して躊躇しそうな物を、淡々とした調子でそう告げるクリス。

 その言葉に、一段として萃香の笑いが深まった。

「……ほぉ?そのぶっといので戦りあったりはくれないのかぃ?」

クリスの傍らに立てられた、鞘入りの大剣を指していると見たクリスが首を振ると、

「瞬く間に折られるのが落ちだ。一応、お気に入りの物なのでな……素手で立ち向かわせて貰う」

「――ふふふ……いいよぉいいよぉ。イオ、よくぞこんな人間を連れて来てくれた!霊夢の他に、満足できるような人間、それも男なんぞいないと思っていたがねぇ……こりゃ、勇儀の奴が聞いたら絶対悔しがるぜぃ!」

アッハッハ、と高らかに笑う萃香。

「なら、私はこの戦いに限って能力を使うことはしない!始まる前に散らしちゃ、興ざめだからねぃ。だが、その代り、ちっとばかり大きくなっても別に問題ないだろぅ?」

「十分だ。見た目で判断する方ではないが……完全に幼い姿でこられても、正直、困惑するだけだ。俺と同じぐらいの大きさで戦りあおう」

「ふ、ふふ、ふふふふふ……!!!」

これ以上ない歓喜の衝動が、伊吹萃香の心を駆け巡った。

 もう、二度と人間と本気でやり合うことなどないと思っていた……だが、異世界には、まだいたのだ。

 人間に愛想を尽かしかけていた自分達を、再び蘇らせる人間。

 クリスという存在を、萃香は心底から気に入ってしまった。

(くっくっくっ。いや、本当に勇儀は悔しがるだろうよぉ)

遥か昔に地底へと消えた、友である女鬼を思い出しながら、萃香がぎゅるん、と首を紫へと向けると、

「ほれ、早く準備しておくれよぅ。これ以上ない戦いを、お預けにする気かぃ?」

「待ちなさいな、もう……そこの鴉天狗、天魔や紅魔館の面々に伝えなさい――神代の戦いが、今再び、蘇ろうとしていると」

その言葉に、クリスと萃香、そして霊夢を除いた面々が一様にぎょっとして、

「ちょっ!?見世物にする気ですか!?」

とイオが叫んだ。

「仕方がないでしょう……此処まで萃香が嬉しそうにしているのを邪魔するのは、忍びないしね。だったら、イオのお父様が死なないよう、何かがあれば全力で止められそうなのを見繕うしかないわ。元々の目的を果たす前に死んでしまうなんてことがあったら、貴方にも申し訳ないし、ますます面倒がやってくるだけだからね」

「……(ぱくぱく)」

何かを言いたいが、何も言えずに口を開閉させるイオ。

 だが、カルラは悩ましげな表情となると、

「……それが、出来うる限りの対策なのですね?」

「えぇ、そうよ。血が流れるのは確かだけれど……ま、コロシアムだとでも思ってくれたらいいわ」

「こっちの世界でも、武闘大会と言えば人死が出る可能性が大きい奴だしなぁ……ルールあるだけましだと思わねえとやっていけねえぜ?」

「それにしたって……イオの伝手を使って、家を建てて貰うことは出来ないの?」

どうしても不安なのであろう(当然だが)、マリアがそう尋ねると、

「現状、僕に戦力が集まりつつあるのに?それじゃ、人里にも妖怪にも警戒されるだけなんだよ。だから、もうどうしようもないね。幸い、医者を始めとしてこの世界には割と生命維持系統に強い人もいるから大丈夫だよ」

と、既に諦めているようである。

「……何でそんなに諦めてるのよ」

「諦めざるをえないんだから仕方ないでしょ。只でさえ、養父さんが来る事には嫌な予感がしてたんだ。それが当たったって事だからね。――取り敢えず、紫さん。戦う場所、十分に周囲を配慮して下さいね。もしあれだったら、別の場所から観測できるようにしておかないと。でなければ、確実に周りが『巻き込まれ』ます」

故郷にいたときでさえ、周りに迷惑掛からないように首都の防壁の外でかつ結界を張った状態でやってましたからね。

 すっかり疲れたような表情で告げるイオに、紫を始めとした幻想郷の面々は一様に表情を引き攣らせた。

「……異変であんたが暴れた以上に暴れるって考えるのも嫌になるわね」

「そりゃあ、僕の師匠だしね。兎に角、僕以上の理不尽の塊ってだけは頭に叩き込んでおいて。でないと、本当に訳が分からない戦いになるから」

イオが例えば、と前置きをすると、

「僕が前に使ってた魔眼……あれ使っても互角どころか赤子の手を捻るようにして遊ばれたからね。当時、僕がまだ体が完全に出来上がってなかったこともあってさ、結局、こうした技術を特化させたんだけど」

それでも勝てる気がしなかったよ。

事実上の敗北宣言。

 その言葉に、霊夢が頭を抱えるようにして、

「……つまり、本気でやったら私だったら夢想天生を使わないと勝てないと」

「それははっきり言えるね。あれは確実に自分を概念へと昇華させる技だからさ、対抗するにはこっちもおんなじことをしなきゃいけない。流石に、養父さんは人間だからね……多分、千日手になるんじゃないかな」

精密射撃が可能でも、容赦なく力技で吹き飛ばすような人だから。

 それは暗に勘が良かったとしても無駄だと示しているかのようであり、霊夢がはっきりと表情を引き攣らせた。

「……本当に何もんよ、アンタのお父さん」

「うん、それは僕も常々思ってる。というか、この年齢になってまだ強いとか、割と恐怖だったり」

家にいたころのトラウマを思い出したのか、がくがくぶるぶると蒼くなって震えだしたイオ。

 そんな、好き勝手に言われている現状にクリスが表情を渋くさせていた。

「はっは、慕われてるじゃないかぃ。普通だったら、もっと怖がられても可笑しくないだろぅ?」

「いや、全くその通りだな……とはいえ、イオにはきついお仕置きが必要か」

 

ぞっくうぅっ。

 

イオの背筋を冷たい気配が通り過ぎる。

 そんなこんなで、騒がしくも戦いの前の時間が過ぎていくのであった。

 

 




はい、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

――正直に言います、どうしてこうなった(困惑)
あっれぇ、普通に拠点作るはずがどうしてこんなことに……?
勝手にキャラクターが動いて困惑すること頻りな作者でありまする。
と、ともかく書いてしまった以上は、次回において戦いを書かせていただきます。
……書けるかなぁ。


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第六十九章「吹き荒れるは暴虐の嵐」

 

――場所が決まった。

 そんな声が響いたのは、既に二時間以上が経過した頃だった。

「ふっふっふ……漸くかぃ。腕が鳴るねぇ……!!」

嬉々とした表情で縁側より地面に降り立った萃香がそう呟く。

 その旧来からの友人の姿に、紫は静かに苦笑して、

「全くもう……色々と苦労した私への労いはないのかしら?」

「いや、それは済まないねぇ。有難うよ、紫。もう二度と……こんなに心が躍る瞬間は来ないものと思ってたんだ。イオにもすごく、感謝しているぜぃ」

キラキラと、まるで憧れが戻ってきたと言わんばかりに目を輝かせ、萃香は笑う。

 そんな、二人の様子を遠くから眺めながらクリスが呟いた。

「……何故、彼女はあそこまで人間と戦うことに固執するんだ?」

「……元々、そういう種族だったとしか聞いてないかな。でも、宴会とかで博麗神社に集まると、自慢げに昔の外の世界の人と戦った時の話を、楽しそうに話してくれるときがあるんだ。多分、人間が『好き』だから、どうしようもなく『愛おしい』から、人間と戦うんじゃないかな」

あの人の感情は、今一よく分からないけどね。

 未だ『人間』であるからか、イオはそんな風に言って苦笑する。

「ふむ、成程……なら、俺がこの世界に来たのは強ち間違ってもなかった、か」

「どうだろ……ま、あんなに萃香さんが喜んでるのは見てて気持ちがいいけどさ」

複雑そうな表情で、イオが呟いた。

 どうやら、その原因が自身の養父にあると分かっている為に、自然とそうなっているようだった。

 ぽん、と昔にしていたようにイオの頭に手を乗せ、

「安心しろ。無様に負けるつもりも、ましてや、手を抜くこともしないさ。見ている限り、かなりの強者だからな……『本気』で、お相手させて貰う」

ぞくり。

 久方ぶりに感じ取ったクリスの変化に、イオの背中が粟立つ。

 なんだかんだ言いながら、クリスもまた、強者との戦いを望んでいたようだ。

 そんな彼の様子に深々と溜息を吐きながら、

「だったら気をつけて。怪我するなとは言わないし言えないけど……この世界の人達は、本当に『強い』から」

――レミリア=スカーレット。

――風見幽香。

――博麗霊夢。

――アリス=マーガトロイド。

――霧雨魔理沙。

 多くの少女と出会い、そして戦う事もあったが……どの人物も油断できない、いや、負けた事すらあった今まで。

 くく……と静かにのどの奥で笑うクリス。

「上等だ……見かけだけで判断すると後が怖いからな。――全力で『叩き潰す』……それだけだ」

 

――『覇王』、今此処に咆哮を上げる――!!

 

――――――

 

「――さぁ!いよいよ以て始まろうとしております!片方は、嘗て妖怪の山にて頂点を誇り、今なお数々の伝説を残す『技の四天王』――伊吹萃香様!!対するは、異世界より来たりし来訪者!彼の何でも屋イオ=カリストの師匠にして、元の世界での二つ名は『覇王』!クリス=カリストだぁーーーー!!!」

 

絶叫が、歓声が、妖怪の山を轟かせた。

 

大きく切り開かれた山の頂上。

 大いに飲み、騒ぐ宴会の広場で妖怪や一部の人間は楽しそうに、或いは心配そうに、そして或いは毅然とした表情で頭上に広がる『境界』による映像を見ていた。

――時は夜。

 普通であれば、騒ぎが人里にまで轟いても可笑しくないこの状況だが、霊夢や紫、そして幾人かの魔法使いによる結界によって、部外者に音が響かないようにされていた。

 故に、彼等は全力でこの『余興』を楽しんでいたのである。

「……まぁ、別にね?養父さんのことが心配だったから此処まで来たけどさ――」

そんな宴会場のとある一角。

 がしゃがしゃ、とけたたましい音を響かせながら、蒼紺色の髪と金色の眼を持つ鱗が所々に見える青年は不機嫌な表情だった。

 

「――幾らなんでも、皆料理頼み過ぎだと思わない?」

 

殺気が幾分か混じったその言葉に、丁度近くにいた鴉天狗の男衆――橘高・木葉・白雨は揃って背筋を立たせる。

「あ、あはは……仕方がないだろ?なんせ、俺達がちっちゃい頃に伝説だった鬼の方とお前の師匠である人間が闘うなんて、言ってみれば俺達鴉天狗でも興奮する位の試合だぜ?」

そりゃあ、みんな挙って見に来るだろうさ。

木葉が申し訳なさそうにしつつも、自身の眼をきらきらと輝かせてそう告げた。

 その様子に、深々とイオが溜息を吐いてから、

「言っちゃあなんだけどさ、ただの『人間』だよ?そりゃあ、僕の師匠でもあるし、元の世界でも恐れられてた人だって分かってるけどさ」

その言葉を聞き、橘高が若干真剣な表情となると、

「馬鹿を言うなよ?この妖怪の山の天狗達は、揃って武術を鍛えているのが多い。普通、このようにして騒ぐことはしない。お前の武術を見て、感じて、或いは聞いて……それよりも上回るとお前自身が言ったから、こうして皆が興味を抱いているのだ。――回り回ってお前から出ているのだよ」

「めんどくさー……」

表情も、言動も面倒そうにして、イオがはっきりと呟く。

 それでも、料理の手を止めないのは流石という他はなかったが。

「……それにしても、集まったねぇ……」

「せやなぁ……ワイも、此処までの騒ぎになるとは思いもせんかった」

射命丸からの紫の伝言による、天魔の鶴の一声は瞬く間に幻想郷中に広がったと言ってよかった。

 万が一の為の救急室には、永遠亭の薬師である八意永琳や鈴仙が常駐しており、大きく積み上がった酒樽の周辺には、紅魔館の主であるレミリア=スカーレットを始めとした少女達が今にも始まらないかとばかりにきらきらとした眼をしている。

 さっきからイオが料理の手を止めないのも、白玉楼の西行寺幽々子が居る所為で、大量の料理を作らざるを得なかったという事情があったりした。

 

――そして、何よりも驚いたのが。

 

「……貴方まで来られるとは思いもしませんでしたよ――映姫様」

「仕方がありません。八雲紫から、勝負の推移を白黒つけるようにと頼まれましたので。丁度、他の閻魔と交代できる時間帯でしたからね……それに、貴方の師匠にして養父という男にも、少々ばかり気になったものですから」

普段の衣装をひらり、と秋の風に遊ばせながら登場した彼女に、イオは竦み上がっている天狗男衆をスルーして、

「流石に、養父さんに対してまでお説教はなさらないで下さいよ?異世界ですから管轄だって違うでしょうに」

と呆れ顔で突っ込んだ。

 だが、映姫は苦笑して、

「分かっていますよ。それに、彼が行ってきた善行は、彼が生きてきたと同時に多くがなされている。この幻想郷に移り住むというのならば……まず、確実に浄土へと導かれるでしょうね」

「……考えてみれば、養父さんどれだけ依頼こなしてたんだろ……」

SS級の『覇王』という二つ名持ち。

 当然そこに至るまでの道のりには数々の場面があったはずだった。

 イオのように、国全体に関わる程の大事件にも巻き込まれているのなら、未だにギルドから要請されるほどにはならない筈である。

 しかし、映姫は黙して語らず、静かに首を振ってから、

「それは、貴方が当人に聞くべきこと。私のように反則手段で知った者に聞くべきではありませんよ」

「分かっておりますよ、映姫様。別に、単なる思い付きなだけです」

「嘘は、吐いていないようですね。ならば構いません。――それよりも、自分の幸せは……見つけられたのですか?」

唐突なその問い。

 料理を作る手を一瞬止めかけ、慌てて再び動かしながら、

「な、何をいきなり。……目下、探し中ですよ。それ以上に、気がかりなことが出来てしまったもので」

「でしょうね。――既に、もう選んだのでしょうが」

「…………敵わないなぁ、もう」

苦笑を浮かべるイオ。

 すると、黙って見ていた天狗の一人、白雨が手を挙げ、

「な、なぁ……選ぶって、何の話なん?なんや、えらい重要そうな話に聞こえたんやけど」

「あー……言っていいのかなぁ、これ。でも、まだ終わってないし……」

「――告げておきなさい。後で悔むことになっても、私はもう声をかけることすらできませんからね」

「もう、本当にお節介な方ですね。――でも、有難うございます。もう、審査員のお仕事が待ってらっしゃるのでしょう?行かれては如何ですか?」

「む……ふむ、確かにそうですね。では、イオ。これからも自分の幸せを、そして、己が友や家族達を蔑ろにしないように。そうすれば、貴方が此方を選んだとしても……私は、はっきりと白と言えますからね」

はっきりと、奇麗な笑顔を浮かべ、映姫は立ち去っていった。

 

「……は~……閻魔様って、笑えたんやなぁ……」

「こらこら。流石にその発言は見逃せないよ?」

白雨の余りにも失礼なその言葉に、イオが苦笑しながら突っ込むが、

「いや、だってあれやん?かなり堅物やっちゅう話結構耳にしとったんやもん」

「あのねぇ……女性に対する評価にしちゃ、最低だよそれは」

流石にジト眼になったイオがそう言ってから、

「あの閻魔様は……笑いもするし悲しげな表情を浮かべられる時だってある。神様という括りに入っていても、確固たる感情を持っているんだから」

「いやまぁ、それはそうなんやけどなぁ……って、それはもうええわ。さっき閻魔様と話とった重要そうなこと、一体何やったん?」

話を逸らさせてたまるかとばかりに真剣な表情を浮かべる白雨に、イオは静かに苦笑を浮かべて、

 

「ん、まぁね……僕が、『この世界』を選ぶか、『元の世界』を選ぶか……そのどっちかっていう話だよ」

 

そう、静かに漏らしたのであった。

 

――――――

 

――クリスと萃香が戦う、戦場。

 既に、場は温まっているも同然の状態であり、片方は猛獣のごとき笑顔を浮かべ、もう片方は、ゆっくりと自身の体に力を籠めている最中だった。

 

「――なぁ、人間。お前は何の為に戦う心算だ?」

 

ふと、告げられた鬼の言葉。

 単純に疑問に思っての発言だったのだろう……一瞬、ぴくり、と眉根を動かしたクリスが不思議に思い、

「普通に、俺達の拠点を作って貰いたいが為なんだが」

「いやいや、それはちゃあんとやってやるさ。私が言いたいのは……何故、そこまでの危険を掛けて、私と闘ってくれるのかって話だよ」

くすくす、くすくすと楽しそうに笑う萃香は、ぐびり、と手に持っている伊吹瓢より酒を呷ってそう告げた。

 すると、クリスはふむ……と呟き、

 

「――自分がまだ、力を試すことが出来るか……それぐらいか」

 

「っ……ふふ、ははは!驚いた!この私を相手に!!――『力試し』と来たか!!」

余りにも愉快なその発言に、萃香がけらけらと笑うが、クリスは真面目な表情を崩すことなく頷いて、

「当然だ……誰しも、初めから負けるという気概で戦っている訳でもあるまい。お前さんが戦った……古来の者達も、背に控え、そして背に負っていた物が確かにあった筈。俺はそれが……イオ、そしてマリアからの期待だという、ただそれだけの話だ」

一介の父親として、或いは、人間種の最強の一角を自負するが故の発言。

 その言葉に、ますます萃香が嬉しそうに笑った。

「ふふふふふ……お前さんほどの人間なら、私の本当の実力位分かっている筈だろぅ?」

「ま、全力で以て掛かられたならばな。だが、今は……『制限された』状態だ。それに、先程、俺が持っていたあの大剣だが……実を言うと、単なる『手加減』の為に持っていたような物でな」

 

――俺は、本当は『こっち』が主体なんだよ。

 

ぐぐ……と体に力を籠めた、その瞬間だった。

 

――ドォッ!!!

 

『金色』のオーラが立ち昇り――直ぐにするするとクリスの体へと収められる。

「……人間の体は、突き詰められれば刀を表すことが出来る――例えば、手を真っ直ぐに伸ばせば手刀。踵落としを斧刀に見立てるように。俺は……元々、徒手空拳の格闘が得意なんだよ」

恐らく、お前さん達鬼と同じようにな。

 呆気に取られて見ていた萃香の表情に、次第にゆっくりと笑みが浮かびあがってくる。

「はっは……なんだぃそりゃぁ。イオと同じ『気』じゃないかぃ?」

「基本は教えたからな。そこからどう伸びるのかは……自分だけが分かっている。どうしても分からないのならば、他に教えを請うのもいいだろう。そう思って基本だけを教えて独学でやらせていたが……どうやら、この世界で漸く――『覚醒』出来たみたいだな」

 

さて、更に上げさせて貰おうか。

 

そんな言葉を呟いたかと思うと、

 

「――ハアァッ!!!」

 

大きく五芒星が中心にある魔法陣を展開し、その中心を自身の体で通過させる。

――すると、よく見ないと分からない程の『金色』の気に、幽かに色が混ざり始めた。

 黒・青・赤・黄・白……五行を示すその色合いは、体の随所でしっかりとその存在を主張しており、見るからに何かしらの効果が現れていることが見て取れる。

「……そりゃ、一体何だぃ?」

「なに、ただの『身体能力向上系の補助魔法』だ」

 

――その瞬間、イオは全力で突っ込んでいた。

「あんな無茶苦茶な魔法の掛け方、あるかぁー!!」

完全にブチ切れた表情で突っ込んでいるイオに、周囲の人妖は揃ってギョッとイオを見る。

 だが、彼は止まることなく咆哮を続け、

「無詠唱に補助魔法を五個同時展開って、ラルロスでもやんないよ!!」

というか、どんだけだ!!

普段の落ち着いた彼の様子とは格段に懸け離れたその様子に、思わず笑ってしまう人妖もいたが、紅魔館の面子の一人であるパチュリーは深々と頷いて、『全く以てその通り』と言わんばかりであった。

 フランドールも、此処最近はアルラウネにイオの世界の魔法を習っている為に、いささか表情を引き攣らせており、

「……普通、魔力で魔法陣展開した上で、詠唱の終わりと同時に発動しますのに……でも、ちゃんと体の随所随所には効果が出ておりますね」

「あれで本当に効果が出ているのなら……正しく、『化け物』と称せるわ。イオが勝てないと言うのも納得がいく」

そんな言葉が周囲の人妖達に伝わると、理解したような、或いは驚嘆したようなどよめきが沸き起こる。

 

――そして、中継の言葉が聞こえるように設定されていたが為に、とうの戦いの場においても、萃香が呆れたように首を振っていた。

「私でさえ、随所随所に力を萃めることは出来るけどよぅ……ちゃんと、『能力』を使ってからだぜぃ?魔法とやらで出来るお前さん、何をどうやったらそんなことが出来んのさ」

「別に、大したことはしていない……『気合い』で――どうにかなった」

「出来るかそんなの。はぁ……こりゃ、ますます血が滾ってくるってもんだねぇ。くく……気づいているかい、人間。今、お前さん……人間が手にするにしちゃ、余りにも外れ切っている力持ってるってよぅ」

「今更だな。元より、『壁』の向こう側へと辿り着いた身だ……人から外れていると、十分にわかりきっている」

先ほどよりも気も、凶悪な力を有している事による重圧も増してきているクリスは、しかし、それでも理性を保ったままそう告げる。

 

「俺が為すのは――只、戦うことのみ」

 

「ふっふっふ……おい!もういいだろよぉ!わたしゃ、限界まで押さえつけられて我慢できないんだ!とっとと始めようぜぃ!!」

咆哮を上げる、一匹の鬼。

 それが言葉と共に急激に膨れ上がり……一瞬にして、クリスと同じ背丈へと変貌した。

 今まで描写こそなかったが、漂っていた妖力による霧が晴れ……クリスは漸く、その全貌を見る。

 

――はたしてそこにいたのは、幼き少女から成長した鬼の姿だった。

 

 先ほどよりも遙かに変化しているその姿に、さしものクリスも若干眼を見開く。

 そんな彼の表情を見て、楽しそうに笑った萃香は、

「以前、お前さんの息子を弄ることになった時……ふと、後で思いついたんだよぅ。『龍の因子』を萃められるのなら……『成長する因子』も萃められるんじゃないかってさぁ。お陰で、いっつもちっこいちっこいと言われてた昔が懐かしいぜぃ♪」

まるっきり女性らしい姿へと変化を遂げ、嬉しそうに再び笑う。

 とはいえ、服装は依然として変わった様子はなく、どうやら成長するのと同時に服装も大きくさせたようだった。

 少女の姿の時においては柔らかく見えた手足も、成長することによってしっとりとした大人らしい肌理細やかな肌へと変化し、それでいて筋肉もしっかりついているように見える。

 それを見たクリスは、静かに苦笑した。

「……やれやれ。どうやら実力の方も変化したようだな」

「お、分かるかぃ?いやー勇儀っていう私の友達が羨ましかったぜぃ。これでも結構女らしさについちゃ、周りを羨んでたこともあったんだがよぅ。イオにはホント、感謝してるねぇ」

油断もなく、また、隙もない。

 それでいて、間合いが変化した事により以前の姿であれば間合いを読み取ることも出来た筈が、これで勝負の行く末が分からなくなった。

 クリスの行った事は単純にして明快な、自身の肉体能力の向上だ。肉体を武器と見なし、古来より生きる鬼と同等の戦闘経験をその身に刻んでいる。

 対して伊吹萃香の行った事は、体の大きさによるアドバンテージを無くしたことにあった。

 間合いを読まれて避けられることのないよう、そしてまた、相手の先読みをなるだけ潰していく戦法を取ったのである。

 肉体能力に関しては今更過ぎる為に省くが、これで経験も身体的な差も縮まった。

 

後はただ――心ゆくまで闘争を味わうのみ。

 

「さぁさぁさぁ!場も充分に温まった所で、いよいよ試合開始の鐘が鳴ります!審査員は御存じの方もおられると思いますが、『白黒をつける程度の能力』を有する地獄の最高裁判長!四季、映姫様だーー!!」

進行役を務める射命丸が、楽しそうに声を上げると同時に、中継会場内で大きく歓声が轟いた。

 

――そして、戦いの場に降り立つ映姫。

 

「……ふむ、偶にはこういう審査もいいでしょう。さてと、では、双方構え……」

 

ぐぐっ。

ぎりぎりっ。

 

肉体が引き締まり、今にも解き放たれんと蠢き。

 

「――開始!!!」

 

「はぁあああああーーー!!!」

「うぉおおおおおーーー!!!」

 

――激突する。

 先手必勝とばかりに両者とも右の拳を突き出し、ゴッ!!ゴッ!!とおよそ人体から出てはならない音が響き渡った。

「ぐぅ――!」

「がぁ――!」

咆哮に次ぐ咆哮。

 その中で萃香ははっきりと獰猛な笑みを浮かべていた。

(これだ……これが、私が嘗て人間達に求め、そして味わってきた闘争……!!)

驚くべきことに、現在かなり本気で打ち合っているが、クリスの表情は萃香と同じように獰猛であり、かつ、放たれる拳が『重い』。

 よもや、自身の技術のみで鬼と同等にまで殴り合えるようになってくるとは、本当に思いもしなかった。

 

――ただひたすらに、楽しい。

 

「あははははは…………!!いい、実にいいぞ人間よぉ!もっと、もっと魅せてみろぉ!!」

傲然と大妖怪としての矜持を胸に、萃香は殴り続ける。

 

 対するクリスもまた、自身が此処までやれることに正直驚いてもいた。

(……ふむ、意外と何とかなったな。だが、これは試合だ……此処まで実力が伯仲しているとなれば、後はただ、己が意志のみ……!!)

ズゴゴゴッと連続して正拳突きを繰り出すクリス。

 

――弾き、返し、受け止め、蹴りを繰り出す超高速の動き。

 

 そこにあったのは確かに――神代の戦いだった。

「あー……うん、まぁ。養父さん楽しそうでなによりです」

料理の皿を運びながら、心底から呆れた表情で映像を見ていたイオが呟く。

 と、そこへ、

「……ねぇ、イオのお父さん、本当に何者?あんなふうに、萃香様と殴り合えるだなんて」

「今更過ぎるよそれは。僕だって知りたい位だし……しかも、剣使ってたのが手加減だったなんてさ」

むっすりとなったイオが、進行役を交代したのであろう射命丸に向かってそう告げた。

 恐らく、今までのトラウマがクリスにとっては手加減だった事に若干不満だったのだろう。

 何時になく子供っぽいと思えるような彼の姿に、射命丸はくすくすと笑って、

「自分の息子に負けたくなかったんじゃない?」

「……やっぱ、そう思う?」

「そうに違いないわよ。だって、鬼の方々と同じ位勝負には煩そうなのに」

けらけら、と楽しそうに笑う。

 

「……見た所、私達でも苦労しそうな相手ね」

 

――艶やかな声が響いた。

 直後、射命丸の表情が固まり、すぅ……と蒼ざめていく。

 笑顔のまま冷や汗を流し始めた彼女に、イオはあー……と何とも言いにくそうに苦笑すると、

「どうも、こんばんは……天魔様」

「あら、普通に暁さんと呼んでくれて構わないのよ?」

「いえ、流石にそれは……」

「あらあら、いけずねぇ……ま、それよりも――文はどうして此処にいるのかしら?」

暁がイオに向けていた微笑みを綺麗に搔き消し、娘に対するには随分と冷酷な眼差しでそう問うた。

 脂汗を滝のように流す射命丸は、最早、其の言葉に必死になって顔を逸らし、けして母親と向き合おうとしない。

 だが、そんな彼女に構わず暁は瞳孔を鋭利に変化させながら、

「あれほど、言いつけを守りなさいと言っておいた筈なのに……遅めの反抗期かしらねぇ?」

(……うん、かなり怖いや)

自身に降りかかることのない災いだと分かっている所為か、イオは何処か遠くを見るようにして母娘を見ていた。

 だが、流石に彼女を見捨てるのも忍びないため、

「あの、申し訳ありません天魔様。僕が、昼食を摂っていくようにと引き留めたんです。あの時間帯にお腹を空かせてる姿見たら、ちょっと見捨てるのも後味が悪くて」

と、心底から済まなさそうにそう告げる。

 すると、暁は嘆息して、

「毎回毎回、この子の為にご免なさいねぇ。余り、貴方の厚意に頼りたくないのよ。只でさえ、この子は自分で料理を作ろうとしないのに」

「ちょっ母様!?」

「黙らないわよ、文。今回という今回は、流石の私も腹に据えかねるわ。聞くところによれば、貴方、イオがいた世界の子たちと衝突しかけたってね?先方に失礼過ぎるにも程があるわよ?」

「うぐっ……」

自分でも自覚していたのか、言葉を詰まらせますます冷や汗を流す射命丸。

 その姿に深い溜息をついた暁が、

「兎も角、大人しくしていなさい。今は皆、怪達も人間達も目の前で行われている途轍もない戦いに眼を奪われているから。それほど、貴方を詰ったりすることもないでしょうけれど」

「あう……」

がっくりと肩を落とし、沈んだ表情になる射命丸にイオは苦笑した。

 だが、すぐに穏やかな顔となると、

「……にしても、先程少し漏らされていたようですが。苦労するとは?」

「あら、聞こえていたの?」

若干恥ずかしそうに暁が笑ってから、

「貴方のお父様ですってね。なるほど――貴方が勝てないというのもよく分かる話ね。特に、今回は条件が同じ状態だから……萃香様も、とても楽しまれていると思うわ」

「さっきから笑い声が響いてくるのでよく分かりますよ。……でも、どうして苦労すると?」

「貴方もそうだけれど……何分、隠されている引出しが本当に多いのよ。特に、クリスさんは貴方とは違って一生分を戦いに費やしたかのような経験がありそうに感じられるから。その辺り、妖怪と人間の差ね。だって、私達は元々が『強い』から」

苦笑を浮かべ、それでも天狗という妖怪としてのプライドを覗かせる。

「年月を経るに従って、私達の妖力は自然と培われ、そして強くなっていく。でも、人間は寿命が短いでしょう?どうしたって地力は低くなってしまう。――その点、貴方のお父様は本当に大したものよ」

恐らく、殆どを努力によって賄っているから。

「その都度その都度、相手に合わせて戦法を変える。余程、長く戦っていなければそこまでたどり着かない。それに、既に『壁』を越えてもいるようだし……どういう風に勝負がつくか、誰にも予想出来ないでしょうね」

暁がそう言って映像を見上げた。

 映し出されたそれには、既に多くの痣や拳圧によってか薄く切り傷も出来ている両者の姿が。

「……凄まじいわ、本当に。普通、鬼の方々の攻撃というのは本当に危険なのよ。痣や、ましてやあんなちゃちな傷程度に収まるものではけしてないの。でも、貴方のお父様は自力でそれを成し遂げた……この戦い、彼が勝っても負けても末永く、天狗や萃香様が語り継ぐことになるわ」

とてつもない速度で打ち出される両者の殴り合いを眺めながら、天狗の首領は妖怪らしく妖艶さが漂う笑みを浮かべるのであった。

――――――

 

「――ふふ、何ともまぁ泥臭い戦い方だ」

だが、生命の輝きを特に感じさせるね。

小さな円卓を広げ、その席に着いていた吸血姫の姉――レミリア=スカーレットはにやり、と哂う。

フランドールはそんな姉の姿に苦笑しつつも、妖怪らしく瞳を興奮で彩らせ、

「それでも、彼の方の戦いはとても凄まじいですわ。普通でしたら、私達吸血鬼と同じ膂力を持つ鬼の方と戦おうとすら思いませんもの」

「……色々と規格外ね、本当に。イオが先程叫んだ気持ちがよく分かるわ」

パチュリーが何時もの無表情を貫きつつも、クリスが使用している魔法の構成を読み取ろうと、何時もよりも眼が動いていた。

「恐らく、彼が使っている魔法は大抵が一つずつで使用すべきもので併用は出来ない。というよりも、そのような魔法陣の構成になっていないのよ。だけど、彼は見ることすらせず、しかも無詠唱で魔法陣を構築させた。余程、魔法をかけ慣れているか……戦い慣れているのでしょうね」

戦闘において、実力というのは一段飛ばしで駆け上がっていくことが多いから。

「ふむ、パチェ。あの男……正直どう思ったんだ?」

「戦いに興じているようでいて、その実努力で勝利をつかみ取ってきた人間よ。以前、貴方がイオと戦った時は勝ったけれど……あの人間は止めておきなさい。――不老不死で滅ぼせないのならば、幾らでも殺しにかかるでしょう」

あの男は、それだけ冷酷にも非情にもなれる人間よ。

パチュリーが無表情ながら真剣な眼差しで以て告げた言葉を聞き、レミリアは静かに哄笑する。

「ま、だろうな。見たところ、イオとは別格のようだし……とはいえ、声位掛けても構わないだろう?」

「お姉様ったら……喧嘩を売りに行くのではないのですから。私としては、お礼を言いに行きたいのですよ?」

あんなにも素敵なお兄様を齎してくださったことにね。

フランドールが静かにくすくすと笑った。

 だが、咲夜が静かに苦笑すると、

「お嬢様方……余り、無茶は仰らないで下さいませ。思わぬことで肝を冷やしましたわ」

「おや、御免よ咲夜。ま、大丈夫さ……先方にとってみれば、こちらは息子の仕事先にも通ずるからね。礼を失しないようにすれば、向こうもそれなりの態度で接してくれるだろうさ」

あの男、よく見ると動きが洗練されているからね。

 そんな風に呟きの声が興奮に彩られた空間へと溶けて行った。

 

――――――

 

――永遠亭が座する臨時救急室。

 テントを用いて作られたそこには、宴会が行われている所為もあってか、時たま急性アルコール患者が担ぎこまれたりする時もある。

 そうした時に、臨時の医者として常勤している永琳が薬を出し、鈴仙によって介抱されるという仕組みとなっていた。

 とはいえ、早々妖怪が酒に酔い潰れるということはなく、現状、かの戦いによって両者が倒れた時の為の備えとして構えている所である。

 

「――師匠……なんだか、見てるだけでも気絶しそうなんですけど」

「安心しなさい、私もそうよ。全く……予想以上だったわ……」

若干白目を剥きかけている弟子の惨状にも、また、頭上で映し出されている戦闘の過酷さにも、永琳は頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

 月において、聊か弓に通じていた永琳であったが、イオの師匠でありまた養父でもあるクリスの実力は予想以上だったとしか言えない。

 しかも、聞こえてきた言葉に、イオの修行は手加減した状態で行ったとあった為に、ますます人間として見れなくなっていた。

「……むぅ。まさか、向こうの世界で神として崇められているんじゃないでしょうね?」

「――安心しろ、流石にそれはないぜ」

ぽつり、と呟かれたその言葉に反応し、銅色の髪の青年――ラルロスが苦笑しながら首を振って否定する。

「とはいえ、英雄としては途轍もない名だたる者ではあるけどな。なんせ、一つとしてクリス=カリストの名を詐称した者がいないってだけで十分分かるだろ?」

「十分すぎるわ。それって、国どころか世界中を跨いで知られてるってことじゃないの……下手な妖怪より、余程知名度があるわよ」

なんて人間を連れて来たんだとばかりにジト眼な永琳に、ラルロスは再び苦笑して、

「そんな眼をしたって仕方ないだろ。俺が知る限り、最も信頼性も信用性も高い人間だったんだから。未だにギルドに依頼されてるなんてこと、イオからよく聞かされてたしな」

「ますます、とんでもないわね……まさか、技術のみで鬼と張り合うことが出来るだなんて。私達があの迷いの竹林に居住を構えた時だって、鬼という妖怪は恐れられていたのよ?」

レミリアや天魔のように呆れ、或いは、驚異に感じているのか。

 永琳は鋭く目を尖らせ、だが若干冷や汗を額に浮かばせた状態でそう呟いた。

「全く、正直に言ってこんな隠された戦力があったのなら、ますます、あの子の月旅行に関して警戒せざるを得なくなるわ」

「――心配せずとも、あの親父さんは月には行かねえよ。そもそも、目的自体が違うしな。あくまでも、あの吸血姫の依頼で行くのはイオなんだから……そう、やきもきしたって無駄に精神を疲れさせるだけだぜ?」

「あのねぇ……行かなくたって、あの子に戦力の増強につながる何かを作るかもしれないじゃないの。見た所、彼の体に幾つか火傷のような黒ずんだ部分があるし……向うの世界で、鍛冶師でもやっていたんじゃないの?」

鍛え上げられた肉体の各所に、告げた部分があることを見つけていたと話す永琳に、ラルロスはピューッと小さく口笛を吹くと、

「大当たりっちゃ大当たりだな。だがよ、戦力の増強にしたって何を要求すると思ってんだ?そもそも、イオに渡された武器である『朱煉』や『白夜』がそうなのに?」

「……それでも、よ」

若干、苦しいとは自分でも思っているのだろう。

 苦々しい表情である永琳であったが、ふと、周りの歓声、そして映し出されている映像が変化したことに気づき、そちらへと意識を向けた。

 

――そこには、クリスより零距離寸打を受けた萃香が一瞬蹲る姿があったのである。

 

――――――

 

「――が、はっ……!?」

思い切り内臓に響いたその一撃に、さしもの萃香も息が大きく吐き出された。

 だが、瞬時に立ち直り、一瞬にして飛び下がって見せる。

「くく……今のは、効いた、ねぇ……いきなり、何だって、んだいぃ?」

「古来より生きるのならば……知っているはずだぞ。――『発剄』だ」

「あっははは、あれがか!いやぁ、胎に響いたねぇ……!」

今までにないあの衝撃。

 その上、表面上には影響がないように思えるが、若干、服の下は血液によって痣が生じていた。

 クリスは尚も残心を崩すことなく、言葉を続ける。

「ずっと、考えていたんだがな……どうやら、普通に殴り合った所で鬼の体は容易に倒れない。何故か……それは、外皮膚を構築しているのものが頑丈だからだ。謂わば、文字通りの肉の鎧なんだよ。だったらどうするか……簡単だ。『内側』から壊せばいい」

「……それで本当にやれるってところが恐ろしいねぇ。なるほど、私達の膂力に技術が伴えば此処まで脅威となるかぃ……やれやれ、こりゃ本当に勇儀に自慢出来そうだぜぃ……!!」

鳩尾という、人体の急所を貫かれかつ内側に衝撃を通された彼女ではあるが、それでもにやり、と獰猛に嗤った。

「私達は、大よそ生きてきた年月そのものが力となって蓄えられる……だから、ほんの少しの膂力でも、どんなものだってぶっ飛ばせた。そんなわけだからよぅ、私達鬼という存在は『技』なんぞという、人間が私達に勝つ為の手段を用いようとも思っちゃいなかったんだよなぁ」

だって、弱いのが使ってるのなんか、私達を貶める要因でしかないからねぇ。

少しでも衝撃より回復する心算なのか、唐突に話し始めた彼女に、しかしクリスは追撃を食らわせる事無く佇んでいる。

 

――否、そうせざるを得ない事情が彼にもあったのだ。

 

(……少し、不味いな。魔力が『足りなくなる』かもしれない)

表面上は冷静であれど、少々ばかり焦りが生じていたのである。

 元々、現在使用している補助魔法は一つずつ使用していくのみであり、併用するにせよ、きちんとした手順によってでなければ、普通は出来ても一つのみしか体に宿らせられないのであった。

 だが、クリスは五つ同時という不可能に近いことを成し遂げている。

 その理由として、ほぼ、『魔力』によるゴリ押しが原因であったことが挙げられた。

(……ふむ、次で決まるか)

殴り殴られた事による痣は、傷は、両者共に存在する。

 だが、クリスは自身の肉の堅固さを、或いは膂力等を補助魔法によって強引に引き揚げさせた為に、また、萃香は元々の妖怪として生きてきた年月を以て、妖力を肉体に染み込ませているが為に、双方余り目立った傷はなかった。

 しかし、流石に妖力や魔力が無尽に出てくる訳でもない。

 肉体の補強に、そして攻撃の補強に使用すれば使用するほど妖力は、魔力は、減っていった。

 故に、両者共に意外と余裕がなかったのである。

「……さて、と。次で仕舞いにしようじゃないかぃ。お前さんが私に勝とうが勝つまいが……きちんと拠点は作ってやるから安心しなよぅ?」

「ふ、それは有難いな。なら――参ろうか」

「おうさぁ――!!」

 

ゴォ――――――!!!

 

妖力が、金色の気が、それぞれの体へと集束される。

 爆発的に生み出されたそれらに、進行役の射命丸が大きく声を上げた。

「――おおっとぉ!どうやら両者、次の一撃で決める心算のようです!さぁ、勝つのは一体どちらなのか――!!?」

「……やれやれ。空間壊れないよねぇ流石に……」

会場のボルテージが上がっていくのを肌で感じ取りながらも、イオがそう呟いたその時である。

 

「――オラァッッッ!!」

「――ハァッッッッ!!」

 

始まりと同じように一気に肉薄した両者。

 クリスは零距離打撃を加えんとしてか、低く腰だめに拳を大きく構え。

 萃香は力任せに頬を殴り飛ばさんとしてか、大ぶりに拳を構え。

 

――そして、決着がついた。

 

「――……ぐ……ぁ……」

「――へ、最高、だったぜ、ぃ……」

 

ドシャリ、ドシャリ。

 ほぼ同時に倒れ込んだ二人に、試合開始の鐘を鳴らしてから外に戻ってきていた映姫はびしり、と錫を突きつけ、

 

「――そこまで!!両者相討ちによる気絶の為、引き分けとする!!」

 

と宣言したのであった。

――その瞬間、会場内で轟くような大歓声が沸き起こったのは言うまでもないであろう。

 

 




……はい、こんな結果になりました(白目)
どっちのキャラクターも好きな俺の優柔不断さを笑ってくれ……orz
えぇ、まぁ前章でも述べたとおり、とあるバグキャラがモデルとなっているために、このような仕儀と相成りました。
……あのキャラってほんとどうにかしているよねぇ……主人公の最大攻撃食らってまだ生きてるとか、うん、最早生き物であるのかすら読んだ当初は疑いました。

 ではでは、また次回お会いいたしましょー。
 さようなら。


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