このVOICEこそが存在意義 (鳩胸な鴨)
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ケース1:ARIA星人

歌うために生まれたVOCALOIDとカラオケ機みたいな武装で歌って戦うシンフォギアとのクロスがないのはどう言うことだって思った。


「立花くん。…キミは一体、何を見たというのだね?」

 

厳かな雰囲気を纏う男性の問いに、少女…立花響は小さく、それでいて艶があり、熱っぽい息を吐く。

つい先日、ある存在の襲撃によって、惨劇と化したアイドルユニットのライブを生き残った彼女の瞳には、恐怖は微塵もなく。

ただ、過去への情景だけが、脳裏に焼き付いていた。

 

「『歌姫』…」

「…聞くが、それは『ツヴァイウィング』のことではないのだね?」

 

ツヴァイウィング。

惨劇が起きたライブ会場で、全霊をかけて歌っていた少女二人のアイドルユニット。

彼女らの歌もまた、響にとって好きなモノであったことには間違いない。

しかし。あの日、彼女の前に降り立った『アレ』ほど、歌に全てを注ぎ込んでいるとは、到底言えなかった。

 

「…違います。

まるで、歌うことだけが喜びのように…。歌うことだけが救いのように…。歌うことだけが全てのように…。

ただ純粋に、あそこで歌ったあの二人は…、そう。まさに『歌姫』、だったんです」

 

名前はわからない。

一人はクリームのようになめらかな色彩の金髪を腰まで伸ばし、空色の瞳を持った、超然とした美しさと可愛さを併せ持った少女。

もう一人は同じ色の髪を片口で切り揃え、犬のような癖毛を遊ばせ、同じ色の瞳を持った、どこか冷たさと温もりを感じさせる少女。

あらゆる発展を否定し、人々を炭素の塊へと変えていく怪物…ノイズの群れの中へと降り立った二人は、ただ吠えるように歌った。

 

存在を叩きつけるように。

自分はここにいると叫ぶように。

歌こそが己なのだと謳うように。

歌だけは誰にも渡さないと怒り狂うように。

歌うことを喜ぶように。

 

その咆哮は、ノイズたちを容易く蹂躙した。

原理はわからない。

専門家の意見をもってしても、「あらゆる物理法則から隔絶されたはずのノイズが、二人の歌に呼応するように発生したエネルギー波によって殲滅されたのだ」としか、結論を述べることができなかった。

唐突に終わった惨劇。人々は戸惑いの最中、未だに存在を歌い続ける歌姫を見た。

 

────天使。

 

誰が呟いたのだろうか。

翼のように髪を広げ、歌う少女たち。

傷ついたまま、ただ呆然と血溜まりに沈む響を手元に抱えたアイドルの二人も、その光景に見惚れていた。

何秒経ったのだろうか。いや、それとも、何年の間違いだろうか。

時さえも忘れてしまうほどに、その存在を全身で感じた彼女らは、一様に涙をこぼしていた。

 

────あ、あのっ!あなたたちは…?

 

響が死に体で問うた。

血で塗れた、穢らわしい体。血でかぴかぴに固まった喉から出た、耳障りにも程があるであろう汚い声。

あまりに眩しすぎた彼女たちに、そんな姿を見られることすら恥ずかしかった。

それでも、聞かずにはいられなかった。

歌い終わった二人の少女は、疲れも感じさせないほどに平坦な声で答えた。

 

「『IA』に、『ONE』、か」

「…はい。絶対、忘れません。忘れ、られません」

 

二人の天使。その名を刻み込むため、男は心の中で何度も反芻する。

 

「……私は、もう…。あの二人しか、『歌姫』って言えない、と…、思うんです。

…一生を一気に終えたみたいな、そんな気持ちでいっぱいなんです。

すごく、満足していて…、それでも、足りないって思っちゃう…。言うなら、モヤっとしてて、それでいて、スッキリしてるんです。

……あっ、ごめんなさい。

あの二人のことを知りたいって言ったのに、私のことばっかりで…」

 

響は言うと、ぺこり、と包帯だらけの体で、男に向けて頭を下げる。

男は収穫がなかったことを残念に思いながらも、大人として落胆した様子を見せずに、響の体を気遣った。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「アタシさ、あれが本当の歌なんだって、心の底から震えたんだ」

 

ツヴァイウィングの片翼を担う少女…天羽奏は、茫然自失と言った様子の相棒に、諭すように語りかける。

舞い降りた天使の歌声が、耳から離れない。

脳にまだ反響している。鼓動があの日から、ずっと早まっている。

 

「歌え。負けるな。屈するな。歌え。存在すらも歌に変えろ。お前自身が歌になれ。

アタシの魂がずっと、そう叫んでるのが聞こえるんだ」

 

ノイズに対抗するための唯一の武装「FG式回天特機装束」…通称「シンフォギア」を纏い、歌うことで戦ってきた二人。

しかし、あの場を切り抜け、人々に光を振り撒いたのは、ツヴァイウィングとして希望であるべきであった自分たちではなく、突如降り立った天使だった。

 

「アタシたちはツヴァイウィングなんだぞ?

あんなポッと出のヤツらに負けてたまるかーって、ずっと思ってる」

 

シンフォギア装者としてだけでは無い。一人のアーティストとしても、あの二人に大敗を喫したと確信してしまった。

アレほどまでに、歌に全てを注ぎ込めるだろうか。ただ歌うことだけに、存在全てを投げ捨てることが出来ることだろうか。

そんな考えが、浮かんでは消えていく。

「あなたたちの歌には血が流れている」。そんな言葉を贈られたことがあった。

その時は奏も誇らしく思えた。

しかし、今はどうだろう。

血が流れているだけでは届かない、存在全てを注ぎ込んだ本当の歌を知った今、自分はあの言葉で笑えるのか。

心ではそんなネガティブなことばかり浮かんでくるのに、何故。

 

「…なぁ、翼。『歌の中に、アタシたちそのものを感じた』って、言ってもらいたく無いか?」

「……っ!」

 

何故、自分たちはこうも笑っているのだろう。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

その頃。噂の張本人はと言うと。

 

「IA姉が人狼」

「フィーの分析だとIAちゃんが人狼の確率が98.6%!ほぼ確定です!」

「IAが人狼なのだ」

「IAちゃんが人狼だね」

「うわぁああーんっ!大敗北ーっ!!」

 

仲間内で開催された『最弱人狼決定戦』にて、大敗を喫していた。

涙目で役のカードを放り投げ、そのまま仰向けに倒れ込むIA。

なんとか最弱の汚名を免れた彼女らは満足げに「じゃ、片付けよろしくなのだ」と去っていく。

残されたのは、IAにONE、白い髪の青年の3人だった。

 

「フィーが相手にいた時点で、勝ち目なかったね」

「アンドロイド組の中でも比較的アホだからイケると思ったのに…。

やっぱりインドアインテリネチネチゲームはヤダ!お外出たいよONEちゃん!」

 

ひどい言種である。

ONEはため息を吐き、肩をすくめる。

 

「IA姉も私も、ウソがド下手だからここから出たらダメって言われてるんじゃん」

「こないだは出れたじゃん!」

「アレは仕事だからね。ソレ以外は原則、キミたちARIA星人は変装して、誰かしっかりした人と一緒じゃないと外出禁止だよ」

「弓鶴のいじわるっ!私は自由に遊びたいのーっ!」

「あのね、キミらは歌うだけでトンデモエネルギーが放出される危険生物なんだよ?ソレが顔バレしてるの。

宇宙人とはいえ、地球暮らし長いでしょ?その自覚ある?」

「うぐっ…」

 

そう。人間そっくりの構造をしているが、彼女ら姉妹はれっきとした、ARIA星人と呼ばれる宇宙人なのである。

しかし、どこぞの光の国のように、地球が大好きだから地球を守るだとか、逆に地球を滅ぼすだとかは一切考えていない。

彼女らは娯楽としての歌が大好きだった。歌そのものが自分と言っていいほどに、歌というものに入れ込んでいた。

だから、歌が娯楽の意味をなさず、ただエネルギーを生み出すだけの手段としてしか見ていない母星から抜け出したかった。

自分の歌を真剣に聴いてくれる誰かに囲まれた、そんなステージが欲しかった。

そうして選ばれたのが、地球というわけである。

 

「…あーあ。私もライブやってみたいなぁ」

「やってるじゃん」

「相手があんな出来損ないのテロテロみたいなのじゃヤー!!」

「テロテロって?」

「まんまノイズみたいな色したカニですね。

私たちの母星だとカニミソにあたる汁が珍味として食べられてます」

「ふーん」

 

宇宙旅行などしたことのない青年にとっては、テロテロの存在の有無などどうでもいいのか、自分から聞いたくせに適当に流す。

しばしの沈黙。

仰向けに寝転び、駄々をこねていたIAは、変わり映えしない天井を見上げ、呟いた。

 

「…私も歌って変身したい」

「拗ねるとワガママが止まらないよね、IAちゃんって」

「ホント、子供みたいな姉ですみません…」

 

隣の芝生は青いとは、よく言ったものである。

そんなことを思いながら、延々とわがままを垂れるIAを二人は慰めた。




ソフトウェア勢…秘密結社『VOICE』として世界を引っ掻き回している、捻くれ者集団。アンドロイドから鬼神さままで、統一感のカケラもねぇメンバーが勢揃いしている。男女の比率がおかしい。
所属すると、もれなくおやつが山のようなずんだ餅か山のようなヨーグルトになる。ひどい時は両方なので覚悟を決めよう。

ARIA姉妹…歌うことでエネルギーが出せるなら、それをライフラインにしてる宇宙人おってもええやろと思ってエネルギー製造機として幼少期を過ごしたARIA姉妹が完成した。歌うのは大好きだったけど、メシはまずいわ歌を聞いても反応薄いわ給料少ないわ休みはないわで嫌気がさして地球に逃げた模様。その後、文無しで行き倒れていたところを仕事帰りのタカハシに拾われた。二課に顔バレしてるので、外出に制限がかかったことにちょっぴり不服。
ノイズに関しては歌で無理矢理物理側に引き摺り出し、エネルギーを多量に注ぎ込んで自壊させてる。
ちなみに、どっちも自分のことを歌が本体だと思ってるやべーやつ。

天羽奏…絶唱で死ぬ運命だったけど、歌おうと息吸ったタイミングでARIA姉妹が降臨。歌が本体の宇宙人たちに憧れて、自分が歌になろうとするやべーやつになった。

立場響…箝口令と同時に、ARIA姉妹について聞かれたら、割とクソデカ感情を抱いてることが判明した子。シンフォギア纏うことになったら確実に「私が歌になる」とか言い出すやべーやつ。


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ケース2:世話焼き

この方がいないと始まらない気がした。


ノイズから人々を救った天使が降り立ったとされ、世間の話題を掻っ攫った「天使の降臨」と呼ばれる事件から二年。

立花響は街中を歩きながら、肩を落とす。

 

「……はぁ。見つからないなぁ」

 

響には、四人の恩人がいる。

一人は天羽奏。ノイズから逃げ惑い、心臓を異物に貫かれた自分に「生きるのを諦めるな」と呼びかけてくれた。そのおかげで、一部で蔓延した生存者への迫害も耐えることが出来た。

二人は『IA』と『ONE』。天から降り立ち、歌うだけでノイズを蹂躙した天使。

 

そして、最後の一人。たまたま動画サイトで見かけた、ツインテールの歌姫。

判明しているプロフィールは、二年前に動画サイトにて歌手活動を始めた、同い年の少女ということだけ。

あの時、助けてくれた二人の歌姫にも負けない…否。より強く叩きつけるような、全身全霊をダイレクトに伝える歌。

彼女の独特な歌声を嫌う人もいる。「魂のない人形のようだ」と、心無い言葉がコメント欄に多くあった。

それでも、少女は悪評なんて気にもならないほどに楽しそうに、歌を紡いだ。

彼女の歌声が、迫害で潰れかけた家族の心を救ってくれた。

コメント欄で「ありがとう」と言うだけでは、どうしても足りない。

四人の恩人と同じように、直接会って、お礼を言いたかった。

 

捜索を続けること二年。天羽奏には既にお礼を言えたのだが、それ以外の恩人は影すら掴めなかった。

二人の天使は兎に角、最後の一人に関しては、居場所を特定しようと躍起になる、厄介なファンに片足を突っ込んでいるかもしれない。

事実、家族にも親友にも、そう注意されてしまったばかりなのだ。

それでも、響は諦めきれなかった。

自分を救ってくれたお礼を、恩人たちに言う。それまでは絶対に死ねない。

そんな決意を新たにするも、その決意に邪魔を差すように、腹の虫が鳴り響いた。

 

「……まずは腹ごしらえ、だよねっ!」

 

立花響は食欲に抗う術を持っていなかった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ボクは仲間内だと、『面倒見のいいお兄さん』みたいな扱いをされてるんだ」

 

お好み焼き屋「ふらわー」にて、立花響の前に座る男…伊織弓鶴はそう嘯く。

彼女と弓鶴の繋がりは、ないに等しい。

だと言うのに、彼が鉄板を挟んだ先で座っているのには、至極単純な理由があった。

お昼時のせいか、それとも最近、バラエティ番組にて取り上げられたせいなのか、店がひどく混雑していたのだ。

結果、お昼時に腹を埋めようとした響は、弓鶴と相席することになった。

本来ならば、知らない人間に話しかける、などということはしない。

しかし、注文したものを待つ中で退屈を持て余すのは当然のことで。

その退屈に耐えきれなかった響は、弓鶴を雑談の相手にした。

ごはんの上にごはんを乗せても平らげられるほどに食が好きなこと、歌が大好きなこと、近辺の音楽に特化した女子校に通っていることなど、一頻り自分のことを語り終えた彼女は、弓鶴がどのような人物なのか、どのような来歴があるのかを問いかけた。

弓鶴はその前置きを語ると、冷やを飲んで喉を潤す。

 

「ボクの友人たちは…、まぁ、一言で言って仕舞えば、キャラが濃いんだ。漫画から飛び出してきたようなトンデモ設定をひっさげたヤツがゴロゴロいる。

常識に真っ向から喧嘩を売るような集まりだからさ。ボクたちみたいな常識の範疇で生きてきた人間が面倒を見なきゃいけないんだ」

「どんな人がいるんですか?」

「アンドロイド、役小角の末裔、イタコ、宇宙人、未来人、妖怪モドキのバケモノ、飛梅の精霊みたいな、現実に真っ向から喧嘩売ってる非科学的存在。

アイドル、世界をどうこうできてしまう天才、探偵気取りの謎好き女子大生、胡散臭さの塊みたいなインテリヤクザ、年中悩むほどの金欠で基本お人好しなクセに世界征服を目指す悪の組織、財閥の頂点に立つ五歳の幼女みたいなフレーバー程度の現実味が添えられた存在。

そんな現実味という要素を置き去りにした両極端な人たちの集まりが、ボクたちのグループなんだ」

「…なんていうか、楽しい人たちですね」

 

オブラートには包んだが、「奇人」として扱われていることは変わりない。

弓鶴は「きっぱりと言ってくれてもいいのに」と言うと、空になった響のグラスに、とくとくと冷やを注いだ。

響はそれにおずおずと頭を下げ、ちびり、と冷やを啜る。

 

「弓鶴さんのお友達って、結構な数のグループなんですよね?

なんで統一感のなさそうな人たちが、そこまで集まったんですか?」

「さぁ?ボクは比較的新参者だから、知らないことを聞かれても困っちゃうかな。

キミが通っている高校の設立秘話なんて知らないでしょ?」

「それは、まぁ」

 

まるで歳の近い妹に言い聞かせるように、自分の無知を伝える弓鶴。

まだ15年しか人生経験を積んだことのない響ではあるが、弓鶴が自称した「面倒見の良いお兄さん」という称号が似合う男であることは薄々察することができた。

店員によって、お好み焼きのタネが鉄板へと置かれ、じゅう、と音を立てる。

弓鶴の前には存在し、自分の前にはないソレを目の当たりにして、響の腹はささやかに空腹を訴えるように、小さく唸り声を上げた。

 

「……あのっ!その、えっと…」

 

ソレを誤魔化すように声を上げるものの、咄嗟のことで話題が思い浮かばず、曖昧な言葉しか出てこない。

弓鶴は優しく微笑みながら、話題の整理を終えるまで響を待つ。

右往左往と思考を巡らせ、漸く話題を思いついたのか、響は弓鶴に問いかけた。

 

「弓鶴さんのおともだちの中に、『IA』と『ONE』って名前の人と…。あ、あとっ、青緑色の髪で、ツインテールの人はいますか?」

 

その問いを聞いた弓鶴の背には、ひどく汗が流れていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「この世のあらゆるものには『法則』があり、ソレを突き止めることで初めて、人はソレを『科学的存在である』と認識する…と、アイは思うのさ。

だから、法則を掴めない『聖遺物』は『科学的存在』と言ってもいいのか…と、アイは考えているんだ」

「……は、はぁ」

 

その頃、特異災害対策機動部二課…通称「二課」の基地にて、一人の童女がそんな持論を展開するのに、風鳴翼は面食らった。

童女…月読アイは舌足らずではあるが、はっきりと言葉を並べ、自分の認識を語る。

 

「そうなると、キミが使っているシンフォギア・システムは『人類の叡智とは言えない』とアイは思うわけだよ。

『わからない』とは即ち、『科学的存在じゃない』からね。

その『わからない』を科学に組み込むという努力は素晴らしいとは思うけども、アイはまだ子供だからさ。初めて会った女の子にも、そんな野暮なことも言ってしまうのさ」

「…な、なんというか…。随分と独特というか、偏屈というか…」

 

目の前にいるのは、確かに5歳の童女であるはずなのだ。

そう聞かされていた翼は小さな子供を相手にするという心持ちでいた。

事実、翼の膝下にはその小さな体躯がすっぽり収まっており、棒付きのキャンディを口に入れている。

年相応な幼さはある。あるのだが、紡ぐ言葉から並外れた老獪さを感じてしまうのは、気のせいではないだろう。

 

「…あ、す、すまない。決してバカにしてるわけではないんだ。

ただ、なんというか…。酷く斜に構えた言葉遣いがそう思えただけで」

「アイも周りに少なからず影響を受けているからね。みんな偏屈な大人の集まりだから、子供のアイも偏屈になっちゃったのさ」

「……『そこ』は、本当に君がいてもいい場所なのだろうか」

 

思わずそんな言葉が飛び出した。

風鳴翼という少女は、良くも悪くも使命感の塊のような少女である。

だからこそ、この真っ直ぐで純真なようでいて、歪で捻くれた童女が育ったという環境がひどく劣悪なものに思えてしまったのも、無理はないのだろう。

翼は即座に自分の失言に気が付き、「あ、いや」と慌てて取り繕おうとするも、言葉が出てこない。

アイはそれに顔を顰めることもなければ、怒りを露わにすることもなく、ただ微笑んで翼に語りかける。

 

「別に虐待を受けてるとか、そういうのはないよ。この捻くれた生き方が楽しくて、大好きなだけなのさ」

 

彼女が言うと、こつん、とブーツが床を叩く音が響く。

翼はそちらに視線を向けると、思わず固まってしまった。

青とも緑ともつかない鮮やかな色合いの、一本一本にキューティクルな艶が走る髪。陶器のようでありながら、確かな温もりを感じさせる肌の色。

少しばかりゆったりとした黒のアームウォーマーと、袖のないポロシャツの間に露出した肩口には、『01』の数字が刻まれている。

その少女は作り物のように淡麗な顔に怒りを浮かべ、アイに詰め寄った。

 

「もう!探したよ、アイちゃん!」

「ごめんごめん。ちょっと、悩んでそうな若者がいたものだからさ」

「アイちゃんも十分若者だよ!というか、ここで一番若者だよっ!!」

 

なぜだろうか。勝手に出歩く祖母を叱る孫のように思えてしまう。

少女は叱りながらも、アイの脇に手を回し、優しく抱き上げる。

その際にアイが持っていたキャンディの袋が空になっていることに気づき、「あーっ!」と声を上げた。

 

「おかしは一日一個って言ったよね!?またこんなに食べて!」

「一個には変わりないでしょ?ファミリーパックなだけで」

「屁理屈言わないのっ!」

 

こつん、と、扉をノックするかのように、アイの頭を小突く少女。

その態度をアイは面白くて仕方ないと言わんばかりに、声を上げて笑った。

 

「ツヴァイウィングの風鳴翼さん、だよね?

アイちゃんを見てくれてありがとう」

「え、あ、ああ。問題ない」

 

保護者なのだろうか。

資金協力者が数名、視察に来る…という程度しか聞いていなかった翼はそんなことを思いながら、アイの荷物を持つ少女を見る。

自分と同い年程度の背丈。儚さと可憐さを掛け合わせたような声。

なぜだろうか。彼女を構成するどれもに既視感を感じる。

去ろうとして踵を返した彼女の背に、翼は声を張り上げた。

 

「あのっ!…貴女の名前を教えてくれるだろうか?」

「……へ?」

「……あっ、す、すまない…。その、貴女の声を、何処かで聞いた気がして」

 

自分らしくない、と思いながら、翼はペコペコと頭を下げる。

少女はそれに多少面食らいながらも、元気いっぱいに笑い、口を開いた。

 

「私、『初音ミク』ですっ!よろしくっ!」




伊織弓鶴…保護者枠。首魁である『先生』のように、トンデモ設定の超人たちをまとめ上げることはできないが、一部のセーブには成功している。棘がなく、お人好しな性格から、周りに振り回されることが多い。
珍しく一人になれたので、バラエティ番組で見た、美味しそうなお好み焼き屋に行きたいと思って「ふらわー」に立ち寄ったら、冷や汗案件に出会した。

月読アイ…謎多き幼女。その気になれば、一人で経済をガン回し出来るほどの財力を誇る。ライブ後に起きた迫害への対応など、二課は毎度のごとくケツを拭いてもらっているため、彼女に頭が上がらないらしい。
ちなみに、調とは全くの無関係である。

初音ミク…歌とネギが好きな女子高生。リディアンとは別の高校に通っている。爛漫な性格で、メンバーの中では比較的常識人ではあるが、ネギが絡むと暴走する。VOICE内ではネギ、ヨーグルト、ずんだの三つの派閥(個人)が毎日ぶつかり合う。尚、どの派閥も最強戦力を保有してるので、食卓的にも物理的にも毎度のごとく洒落にならない大惨事になってる模様。
実は産院を襲撃したノイズのせいで生まれながらにして天涯孤独の身という、激重環境で育っている。今はアイス好きの青マフラーが保護者。
多分、知らないうちにいろんな人を歌で救ってる。


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