──旧・
『こちらGB721、こちらGB721、どなたか応答願います……こちらGB721――』
宇宙船の船体はあちこちへこんでおり、いくつか破孔もあいていた。船体に推力を与えるはずのエンジンは、四基中三基が沈黙している。
「――応答願います……はぁ、今日もだめだよ。全天探査も限定探査も
〈GB721〉――民間宇宙船〈ポラリス7号〉の
少女の顔は見るからに
「まあまあ、明日やり直せばいいよ。ね? たまたま誰も応えなかっただけだって……ほら、晩御飯食べよ?」
もう片方の少女が、自分に言い聞かせるように、
彼女らがこの探査作業をはじめてかれこれ一ヵ月――頼るべき大人たちは全員、二号エンジン・ルームの爆発事故で死亡し、あとには彼女ら二人だけが残されていたのである。
――かくして〝食事〟をおえた彼女らは、死んだような静寂にかえった船内で、無意味と知りつつ考える。
それを説明するには、×年前――
いかがでしたでしょうか。励みになりますので評価・感想等、よろしければお願い致します。
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第一話・螻蟻潰堤
その日、世界各国の新聞の一面を飾った「全面核兵器廃絶条約調印!」の大見出しはしかし、既に多くの知識人から予測されていたものであった。
人類が積極的に宇宙空間へ進出し、「海外領土」ならぬ「
そして、いまや維持コストばかりが
そしてそれは、北米大陸全土をその
──米国・ホワイトハウス 地下会議室──
「さて、今日皆様にお集まりいただきましたのは、先日締結されました〈全面核兵器廃絶条約〉にもとづく核兵器の廃棄と、それにともなう代替兵器の開発を協議するためであります……」
「では、私からご説明いたしましょう……」副大統領から目くばせをうけた国防長官が言うと、全員の視線が彼に注がれた。
「現在、我が国の保有する最高の核兵器は、ミズーリ兵器
「広大な空間にたいする兵器としては、BC兵器――すなわち細菌兵器などの生物兵器がもっとも効果的な手段となります。ですが、宇宙空間はご存じのとおり真空であり、BC兵器は『宇宙船=宇宙船』、あるいは『宇宙船=宇宙ステーション』の二経路のみでしか伝染できません。これはBC兵器が宇宙空間において有効な手段ではないことを示します。その点、電子兵器――有り体にいえば「コンピュータ・ウィルス」でしょうか――は、ネットワークを経由して伝染するため、〝真空における伝染性〟という点でBC兵器にまさるのです」
「コンピュータ・ウィルス?」誰かが言った。「たしかにあの感染力は驚異的ではありますが……制御コンピュータを潰したところで――せいぜい、手動操縦に切りかえる必要が生じるだけではありませんか?」
「いいえ……」国防長官がこたえる。「宇宙船や宇宙ステーションには――
一同のあいだに奇妙な沈黙がながれる。――数秒後、大統領が口をひらいた。
「ふむ、では君は、代替兵器として電子兵器を推薦するのだね?もしそうなら――極秘に専門機関を創設してやってもいい。だが――我々への被害はどう回避する?」
国防長官は小さく溜息をつき、カップに残っている
大統領はしばらく
しかし、いまなお勢力を拡大しつつある仮想敵――中国のことを考えた瞬間、後者の考えはたちまち、彼の頭から吹き飛んだ。
「よし」彼は熱をおびた口調で言った。「国防長官、君の意見具申を受けいれよう。今夜、極秘に専門機関を設立する。君は――その長官を兼任したまえ」
国防長官が我が意を得たりと顔をほころばせる横から、今まで黙りこくっていた統参議長が口をはさんだ。
「大統領閣下、では現在保有している核兵器は――すべて廃棄されるのですか?」
「もちろんだ……条約にも署名したしな」大統領はそう言ったが、統参議長はすばやく反論をくわえた。
「閣下、どうかお待ちください。核兵器は
「しかし……」大統領は顔を曇らせた。「条約は締結されたのだぞ。我が国だけ条約を――」
「条約
統参議長の剣幕に
「わかった、統参議長……」大統領は滝のような冷汗をながしながら言った。「廃棄するのは余剰核兵器だけにしておこう」――彼は憲兵隊にこの失礼な男をつまみ出すよう命じることもできたのだが、統参議長派の議員が上院の七割を占めていることを思い出し、二の足をふんだのである。
「ふん」統参議長はまだ不満そうな顔をしていたが、しぶしぶ席にもどっていった。
この男さえいなければ……と、大統領はいつもおもうのだった。――情けない!米国大統領たるこの私が、一部下の態度すら
はたしてその夜、大統領は大統領令RY―五五七〇号をもって
──
極秘大統領令RY/F―五七七一号の発令から×ヵ月後、
「大佐、SERCのE―9課で研究させていたものが完成しました。といってもまだ
「ふむ、E―9というと……」
大佐はノート・パソコンのキイをいくつか叩き、極秘命令書の一枚を呼び出す。
「……RQ―21号か」
「おっしゃる通りです。計画名はギリシャ神話の軍神から〈アレス〉……説明はUSBメモリにテキスト・ファイルとして格納してありますので、そちらをご覧ください。ただ、一つだけ注意点が――
「なぜだ?敵をたたくのは早い方がよかろう」ながいこと続けてきた国防関係の仕事は、大佐の頭に〝先手必勝〟の概念を染みつかせていた。
「それであってもです。〈アレス〉はあまりにも強力で、我々にも
「よくわかった。ほかに報告は?」大佐はまだつまらなさそうな顔をしていたが、ようやく納得したようだった。
「そうですね……八分儀座
「ご苦労。
職員が部屋から出ていくと、大佐はノート・パソコンにUSBメモリを挿し込み、内部データを見ようとした――画面が明滅し、冷却ファンが猛然と回りだす。
「
大佐は忌々しそうに言うと、荒々しく職員呼び出しボタンを叩いた。――まったく、ちかごろの電子機器というものは壊れやすくてかなわん……私の家にはたしか――いやに頑丈な一九六〇年代製の
そのころ、
数秒後、男の持っている端末の画面が点灯し、ハッキング先のノート・パソコンが表示している〈TOP SECRET – PROJECT RQ-21 “ARES”(極秘―計画RQ―21号“アレス”)〉と名付けられた機密ファイルが表示された。男は端末を操作し、そのファイルをどこかへ
――〈アレス〉はさっそく開発者の想定通りに行動をはじめ、ものの数秒で衛星のコンピュータを掌握すると、周囲の衛星に自身の
地球の大気圏の上層部、ほとんど大気のない領域には
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第二話・序章
──宇宙空間・国際協定座標TQ201/AR998──
「――!?」
ジョン・ヘインズ中尉が異変に気付いたのは、仮眠から
「システム再起動を試せ!」
「姿勢制御エンジン動作停止!」
「バックアップはまだか!?」
「前方レーダー3号、ブラックアウト!」
「整備班は何をしているんだ!」
USS〈スペース・パイオニア号〉は最新鋭の宇宙巡洋艦だ。よほどの大規模攻撃に
しばらく啞然としていた中尉が少しでもシステム復旧作業に加勢するべく立ち上がると、すぐ横で低いビープ音がした。振り返ると、エア・ロックの気密状態表示が〈UNLOCK〉となるところだった。――生命維持装置が故障し、さらにエア・ロックから空気が漏れ出していては、この宇宙船の船員の命はもって十数分だ……酸素タンクの残量はすでに危険領域に入っているうえ、いま起きている船員は現状把握に手一杯で、救助を呼ぶことまでは手がまわっていないようだ。このまま誰も救援をよこしてくれなければ、我々はまず助かるまい――中尉は過呼吸にならないよう気をつけながら、無電機の前まで歩いていき、周波数を国際緊急周波数にあわせて通信を試みた。
「
『WACCよりSA972へ、感度良好』
五秒とたたずに管制官が応答したので、中尉は心中で安堵しつつ救援要請を返す。
「こちらSA972、至急救援機を出していただきたい。当艦はシステムエラーにより生命維持装置が停止、さらにエア・ロックの故障により残存している酸素も漏洩している」
『WACC了解、ただちに救援機を送る。貴艦の位置は?』そう問われ、中尉は戦術マップを見る。
「こちらSA972、本艦の現在位置は、国際協定座標TQ201/AR998だ」
『WACC了解。救援機はただいま出発、当該座標到達まで約七分』
中尉は反射的に酸素残量表示を見る――表示は〈3min.〉。中尉は酸素をセーブすることも忘れ、ほとんど叫ぶようにいった。
「こちらSA972、私の酸素ボンベ残量はあと三分しかない!救援機の速度を上げていただきたい!」
『こちらWACC、救援機は最高……中だ……その……待機……』
管制官の声にノイズが走ると、とたんに無線がブツッと音をたてて途切れた。
「WACC?WACC応答願います!こちらSA972――」
そこで、中尉は酸素残量が少ないことを思い出し、叫ぶのをやめて残量表示を見た……表示は〈05sec.〉。五秒間はまたたく間に過ぎ、中尉は化学合成の酸素がマスクへ排出されなくなるのを感じるや否や、恐怖で失神した。
〈スペース・パイオニア号〉の
──米国宇宙防衛司令部──
八月の蒸し暑い朝、米国宇宙防衛司令部 (USSDC)長官は、寝起きで眠い目をこすりながら青年将校の報告を聞いていた。――ここ数十年で、地球温暖化はますます加速し、ときには最高気温四五度を記録することもあったが、長官室のエア・コンディショナーは
「本日早朝、第六八九戦闘航空団が哨戒飛行を実施し、フロリダ半島沖で民間宇宙船の残骸を発見しました。当該機はジェイムズ&ポーター商会所有の〈アルファ・ケンタウリ号〉と特定、墜落原因は
「ご苦労。それくらいならさして珍しくもない。当該機の残骸は回収し、所有者には連絡を入れておけ」長官は乱れた髪を搔きながらこたえる――何だってこんな
青年将校が部屋を出ていくと、長官は
そう考えるなりベッドに横になり大いびきをかき始めた長官が、〈スペース・パイオニア号〉の事故を
RQ―21の漏洩から数週間がすぎるころには、事故宇宙船・衛星の数は指数関数的に増加しつつあり、その数が一日に千件をこすことも珍しい話ではなくなっていた。だが、その原因をコンピューター・ウィルスにもとめる声は、ほとんどおきなかった。
そして――開発元たるSERCのE―9課は、いま起きている現象がRQ―21の効果と
さよう、
――我々が報告せずとも、きっと人類はRQ―21への対抗策をうみだせるはずだ。凶悪ウィルスの
だが、RQ―21が〝乗務員の死亡〟を引きおこし、それによって被害報告自体があがりにくい――すなわち、ウィルスの解析をおこなうための〝サンプル〟が集まりづらいということに、E―9課はついに気づかなかった。
──ワシントン宇宙管制センター (WACC)──
『……以上、現場からの中継でした。次のニュースです――今月の未帰還宇宙船の報告件数がついに一五〇〇件をこえ、連邦宇宙捜査局 (SBI)が調査に乗りだしました。所属不明の宇宙船が地球周回軌道上の宇宙船を撃墜しているというデマも広がりつつあり、当局は根拠のないデマへの注意を呼び掛けています……』
レーダー・コンソールの横で、携帯テレビ受像機が早口でそうまくし立てているのを聞きながら、マーク・キャンベル一等宇宙管制官は山と積み上げられた〝事故機〟の報告書と格闘していた。書類を一山片付けてから、すこし休もうとコーヒー・サーバーに歩いていくと、同僚のピーターに出くわした。
「ようマーク、随分と顔色がわるいな。鏡を見てみろ、今にも死にそうだぜ」
と、暇にあかして管制室を訪ねたその男は
「ああそうともさ、だからコーヒーを飲みにきたんだ。カフェインが必要でな――ここ数ヶ月で急に事故機がふえ出したのはお前も知ってるだろうが……ここワシントン管制にも救難信号はごまんと届く。お前は――たしか会計だったかな……噂くらいは届いてるはずだ」マークは紙カップにコーヒーを注ぎながら答えた。
「うん、確かにきいている。この間なんぞ、エウロパ航空のボウイング971型機が天王星
「そうさ――彼らはもちろん、機体が操縦不能だとか、
「しかし、そこら辺には軍用の偵察衛星がうようよいるだろう。なぜ事故理由も判らんのだ?」ピーターが怪訝そうに眉をひそめる。
「それはだなピーター……事故現場付近の衛星が、軍用・民間問わず、すべて消息不明になっているからさ。しかも衛星が死んでいる範囲が
「おい……お前は明日、冥王星に出張の予定があったな――あれはキャンセルしろ。なぜだか嫌な予感がする」
「何だって?」ピーターはとんでもないという風にかぶりを振った。「俺の乗る便は
そういうと、マークが次に何かをいう前に、ピーターは高速水平エレベーターの扉をぴしゃりと閉め、上階へと消えていった。
はたして次の日、冥王星第七宇宙港行きのオリオン航空三五五四便――ハーマン・メルヴィルの著作から〝
*
「ミスター・キャンベル? ミスター!起きてください!」
管制官の一人が、声を抑えながら呼びかけている。
「うむ……?どうした、何か用か?」
と、まだ勤務時間中にもかかわらず、居眠りをしていたらしい、ミスター・キャンベルとよばれた男――キャンベル・スミスが目をこすりながら答えた。
「それが……たったいま入ってきたニュースですがね――ゼネラル・シャトルズの225―991が、冥王星D―12区に墜落したようです」最近はいってきた若い管制官が興奮気味にこたえる。
「例の……〝
「ニュースにも中継がでていましたが――三〇億ドルを費やした機体はすでに
「ふん、おおかた
『第四一六救難隊、出撃準備。目標宙域はHR577/RU244、
とここで、男は言葉を切って考え込み、追加指示を出した。
『なお、同救難隊の通信手段は無線のみとする。
そう言い終わったところで、彼は管制室の隅で微かな声で啜り泣く、一人の管制官に気がついた。
「彼は?」と、男は隣の二等管制官に訊いた。
「ああ、マークの奴ですか。同僚が彼の忠告をきかずに三五五四便に乗ってしまったそうで――速報を見てからずっとあんな調子ですよ。私としては、ただでさえ人手が足りないのでいい迷惑なのですがね……」
「まあ、彼の気持ちはわかる。俺も彼と同じ立場なら同じことをしたかもしれないしな」と、男は冷淡な若い同僚をやや軽蔑しつつ、同情をこめていった。
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第三話・麻痺
〈アレス〉が
だが、もはや自国の利益を追求している場合ではなかった。今は恥も外聞もかなぐり捨てて、共同で解決策を探すよりほかなかったのだ――さよう、恥も外聞もかなぐり捨てて……だが、彼らは己がこの災禍を招いていた場合のことを考え、戦慄し、恐怖した。
――この災禍の原因が我々であるならば、きっと未来永劫、わが国は責め続けられるにちがいない。そうなれば、我が国が今まで国際社会で築いた地位も、国富も、すべて
かくして、「嵐が過ぎ去るまで待て」が、世界共通のスローガンになったようだった。安保理会議は遅々として進まず、時間をいたずらに浪費した。だが――そうして一週間、二週間と過ぎるうちに、全宇宙交通網の麻痺はさらに進行し、ついに全体の
しかし、オリオン航空三五五四便の救援機――管制センターの指示で通信封鎖を行い、〈アレス〉の感染を免れた機体――が地球に帰還すると、状況は一変した。北米連邦宇宙局 (NASA)が突如、中国航空宇宙局 (CNSA)に事故機の情報提供を提案したのである。
──中国・
「こちらが発見された被害機の画像と機体名の一覧になります。我々の救援機が撮影したものです」
席につくと、NASA局長のロバート・リチャードソンは、挨拶もそこそこに、CNSA局長の
「テルスター57号、ヘリオス19号、神舟55号、スペース・パイオニア号、アルゲマイネ6号、蒼天9号、ダンカン2号……」
「ご覧の通り、世界各国の宇宙船と衛星が破壊されています。これは特定の国家が宇宙船を撃墜してまわっているわけではなさそうですよ、李局長――さらにいうなら、〈スペース・パイオニア号〉は我が国の最新鋭巡洋艦で、極秘扱いの機体です。〈蒼天9号〉もそうでしょう?」
「ええ、確かにその通りですが……」最高機密を探り当てられたショックで、李はややたじろいだ。だが、リチャードソンは気にも留めない。
「とにかく、
そこでリチャードソンは言葉を切り、囁くように続きをいった。
「――すべて、
「それはつまり……何らかのコンピューター・ウィルスの類、と?」
「あるいは、単なる偶然か、ですが――何にせよ、なぜか無線以外の通信を封鎖していた件の救援機だけが帰還できたのですから、ひとたびデータ通信を行えば、一巻の終わりだといってよいでしょう」
「しかし、残存している宇宙船に危険を
「ええ、ですが――それについては心配なさらずともよろしい」
「なぜです?」李はリチャードソンに、なにか別の手段があるのか、とでも言いたげな目を向ける。しかし、リチャードソンの返答は違った。彼は顔に皮肉めいた笑みを貼りつけてこたえた。
「
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第四話・最後の砦
リチャードソンは李が心底驚いた顔をしているのを見て、ああなるほどと合点がいった。
中国は、結果的に米国ほど発展はしなかったものの、シベリアのほとんど全域とインド半島東部を
「………」
彼が李のそばに控えている緑制服の政治将校とおぼしき男を見据えると、男は一瞬目を合わせたなり、視線を宙へと
(やはりか)
親米派との噂が絶えない中、実力のみを足がかりとして
だが、李に〝真実〟を教える前にいちいち中国共産党の上層部に
「人類はいままで、大量の人工衛星や宇宙ステーション、あるいは探査機を打ち上げてきました。しかし、役目を終えた人工衛星などはそのまま軌道上に残存しつづけ、二年前にNASAが行った調査では――低・中高度周回軌道のうち、すくなくとも五七パーセントが航行禁止宙域の基準に該当しました。原因は、宙域一帯に存在する
そこまでいうだけで事態の深刻さを察したのか、みるみるうちに李の顔が
「……とすると、最近頻発している人工衛星などの事故で、航行不能宙域が爆発的に増加している、ということですか」李が顔を伏せ気味にして言う。
「その通りです。すなわちこれが意味するところは、たとえ生き残った宇宙船が地球へ帰還しようとしたとしても、大気圏再突入を行う前に
「ええ――これが二〇〇〇年代ならばそれでも問題は少なかったでしょうが……」リチャードソンは残念そうに続ける。「いまや地球の資源はあらかた採り尽くされてしまいましたしね」
彼の言葉に嘘はなかった。いまや地球では石油、石炭、天然ガスといった天然資源がほぼ完全に枯渇してしまっており、唯一残っているウラン鉱石も、あと五〇年たらずで尽きようとしていた。再生可能エネルギーで代替しようにも、太陽光パネルや風車をつくるための金属資源の確保にすら汲々としている有様なのだ。
「し、しかし」だが、李は動揺しつつも
両者のあいだに沈黙が流れるが、そのわずかな静寂は、リチャードソンの妙にはっきりとした「いいえ」という声に破られた。彼はさらに続ける――「たしかに、宇宙塵のせいで
〈ドナウ9号〉――李もその名前には聞き
そこまで進んだ李の思索の糸は、先ほどの調子とくらべて妙に甲高くなったリチャードソンの声に断ち切られた。
「ええ、ええ、そうでしょうとも!たしかに、〈ドナウ9号〉は
「これは、スカンジナビア統合評議会が極秘で作成した文書の
「こ、これは……?」李は困惑しつつリチャードソンに訊く。リチャードソンはただ微笑み、彼の手元にその書類を押しやった。
李が〈“最後の砦”作戦〉と題されたその書類を読んでいると、CNSAの職員が彼のもとへ走り寄り、一枚の書類を手渡した。彼はそれを一瞥してからリチャードソンに声をかける。
「今しがた、残存宇宙船の確認がとれました。といっても無線を傍受しているものだけですが――人民解放宇宙軍〈蒼天3号〉、EUSF〈ピレネー12号〉、USS〈アラバマ号〉、カリフォルニア・エアロスペース社〈プロキシマ8号〉、欧州客船協会〈パスファインダー号〉、民間宇宙船〈
生き残りは
だがそこで、彼の眼は〈Kepler―22b〉の文字をとらえた。
――ケプラー22b!
それは地球から約六二〇光年の距離にある、白鳥座ケプラー22星系のバビタブル・ゾーンに位置する惑星であり、これまで発見されたものの中でもっとも人類移住に適した
──
CNSAと
「ええ、ええ――本当ですか?信じられん――いや、しかし……」宇宙船の中央に位置する第一艦橋のせまい無電室で、船長がCNSAのオペレーターと交信していた。
「了解しました。NASAもそういっているのなら……ええ、まだ燃料棒を入れ換えずとも大丈夫でしょう」船長は早々に交信を終えると、無電室から出て船員に号令した。
「諸君、我々はただいまより地球へ帰還する。通信封鎖状態でだ――どうやら緊急事態で、我々の宇宙船が必要らしい……くわしいことは判らんが、一刻を争うそうだ」顔面蒼白の船長はそれだけいうと、船員の質問を無視して自室へ引きこもってしまった。
「なあ、おい――船長は何か隠してやしないか?顔が真っ青だったぜ」操縦士は隣に座る同僚にぶつぶつ言いながらも、出発にむけて原子力エンジンのスラスト・レバーをわずかに押し出し、いくつか計器を調整した。そして、地球への最短経路を検索しようと電子マップを開き、起動したソフトウェアは、自動的に
「お、おい!何が起きているんだ!」と操縦士がどなる。「俺は何もしてないぞ!」
「原因は――不明です!システムが未知のエラーを吐いています!」システムを監視していた
「解析しろ!何のためにお前を雇ったと思ってるんだ!」一等航宙士がわめいた。――だが、技術要員がこたえる前に、レーダー監視員が凍った声で叫んだ。
「約七〇キロ前方に反応あり!当該機は――EUSFのC―24E型武装輸送船です!回避信号を発信しましたが、当該機からの応答はなし!」監視員は大急ぎで機体番号をデータベースと照合する。画面に表示された文字を見て、監視員はほとんど悲鳴にちかい声で叫んだ――「回避してください!当該機はポセイドン級核弾頭を搭載しています!」
だが、もはや回避が不可能であることは誰の目にもあきらかだった。〈パスファインダー号〉はすでに秒速八キロの速さで
〈パスファインダー号〉は秒速九キロ、十キロとさらに加速しながら、ポセイドン級恒星間核ミサイルを満載した輸送船に衝突した……
そのC―24Eの乗員は、
*
宇宙への本格的な進出を果たした人類にとって、
――地球温暖化だって?なあに、俺たちにはあの広い宇宙があるじゃないか!あそこには資源が山ほどあるし、地球は最悪、
だが、宇宙空間から「切り離された」地球――錆び、朽ち果て、あちこちを喰いやぶられた「母港」――において、あれほど湯水のように使えた金属資源と石油資源は、にわかに節約が叫ばれはじめた。
従来の内燃機関をもちいたガソリン・エンジンの
その反面、商業航空路線はほとんど破産していたが、デルタ航空・日本航空・アエロフロート航空・ルフトハンザ航空など数社は、各国政府の出資によってかろうじて破産を免れた。彼らは数十機が導入されていたAn―227〝ムリーヤⅡ〟型
だが、もし、手の届く距離に〝新品の〟地球が存在したとすれば――?
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