白鳥歌野は農業王になる (amorphous)
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〜イーストジャパン編〜
第一話 冒険の夜明け


 拙稿ですがよろしくお願いします。白鳥歌野と愉快な仲間たち(?)と共に日本中を駆け巡っていく冒険の物語です。よろしければ暇つぶしがてらご覧下さい。

 ありったけの夢をかき集めて、彼女たちは探し物を探しに行くのです。


 種、道具、そして肥えた土地。

 かつてこの世の全てが手に入ると伝説で語られた地域。

 その名は、四国。

 神樹が存在すると言われるその地域では農業に関する全ての作物の種と、画期的な道具の数々と豊かな土地があるという……。

 

『神樹様の恵みの力だな。そのおかげで我が四国はこの御時世でも飢えることもなく皆、平穏に暮らしている』

 

 ……その四国から遠く離れた土地、長野の諏訪では二人の少女が通信に耳を傾けていた。

 

「……なるほどなるほど。私もそこへ行って。神樹様のお恵みを頂戴したいものですねっ!」

『神樹様の恵みが欲しい……だって?』

「ええ!」

『良いんじゃないか? 欲しいならあげよう』

「やった〜♪」

『ま、無事にここまで辿り着けたらの話だがな』

「むむむ、確かに一筋縄ではいかない事くらいわかってますよぉ」

 

 通信相手は軽く笑っていた。

 

『探しに来てみろ。……この世の全てがここに置いてあるっ‼︎』

 

 

 ーーその言葉は、後にとある少女を旅へと誘う言葉となったーー

 

「う、うたのん。ホントに行く気なの?」

「とーぜんよ、みーちゃん」

 

 通信を終えた少女にもう一人は話しかけた。

 

「だってそこには、ここ諏訪には無いような野菜や果実の種があるって言うじゃない? それに、田畑を耕す鍬とか道具も豊富。コンバインだってあるのよ‼︎ 是非持ち帰って私の農業ライフを向上させたいものね」

「……あー、うん……」

 

 みーちゃん、と呼ばれた少女は愛想笑いする。

 

「良質な肥料だっていっぱいあるんだって! まさに四国は私の夢が詰まった聖地。''大秘宝''が存在する場所なのよ‼︎」

「……でも、うたのん。長野から四国までは凄い距離だし、過酷だよ?」

「ノープロブレム! 大秘宝を求める私には、それを守護する乃木さんたち『四勇』や、私と同じく大秘宝を狙う『七武勇』も、日本中を管轄している『大社』も、未曾有の敵『バーテックス』も! 恐るるに足らないわ‼︎」

「足りるよぉ⁉︎ 恐ろしさ全開なんだけどぉ⁉︎」

 

 彼女たちがいる長野の諏訪は、イーストジャパンと呼ばれている。そこから陸路を辿り西に行くとウェストジャパンがあり、その中に四国へと繋がる玄関口、瀬戸内海(グランドライン)が存在する。そしてその四国の中に、彼女が欲しがる宝がある。

 しかし、もう一人が言うように、四国を守護する四人の勇者が存在し、さらにその四国への侵入を試みるこれまた別の七人の勇者が存在し、さらにウェストジャパンの中でも中国地方(マリンフォード)と呼ばれる場所に本拠点を構えている大社なる巨大な組織が統治している。……さらにはさらには、三年前、突如出現したとされる人類の敵、バーテックスも日本中に分布し日々恐怖を与えているという。

 

 ……しかし、彼女、『白鳥歌野』は臆さない。彼女の偉大なる目的のために……。親友である『藤森水都』の制止も振り切って。

 

 彼女にとって、この世はまさに、大農業時代‼︎

 

「私は必ず四国へ辿り着く。……そして、この世の全てを手に入れてみせるッ‼︎」

 

 水都はそれを眩しそうに眺めていた……。

 

「うう〜。わかったよぉ。どうせ止めても、うたのんは聞かないし、私もついて行くよ」

「ホントにぃ⁉︎ ありがとー、みーちゃん! 一人より二人の方が絶対楽しい旅になるし、心強いよ!」

 

 歌野は満面の笑みで水都の手を取る。

 

「……よぉーし! 行くぞぉ‼︎」

 

 歌野は西の空を見上げ拳を掲げた。

 

 

 

 

「農業王に、私はなる‼︎」

 

 

 

 

 

 ーーそして、二人は準備を整えて諏訪から出発した。

 

 翌日、二人は長野と山梨の県境に来ていた。

 

「……ホントに徒歩で行こうとしてたの?」

「う、うん。だって車持って無いしさ〜」

 

 水都はため息をついた。

 

「ここは、乗り物を使って行った方が早いと思うよ」

「でも、こんなご時世、電車も新幹線も利用する人なんていないんじゃあ……」

 

 歌野の言葉に水都は振り返った。

 

「そう。バーテックスのせいで交通機関は軒並みやられちゃった。その上、中国地方(マリンフォード)には大社の本部が置いてあるから、当然彼らの検閲が入る。……大社は意地でも私たち''外の人間''を四国へ入れたく無いからね……。だからもう簡単にはイーストジャパンからウェストジャパンには行けない……」

「そうでしょそうでしょ?」

「……でもね。可能性が残ってる場所があるんだよ」

「えっ?」

 

 水都はスマホを見せる。

 

「私たちは一旦四国とは真逆の方向へ向かいます。……目指す場所は千葉」

「千葉?」

 

 日本地図でいうと東端に位置する地域のことだ。

 

「千葉に便利な乗り物があるの?」

「途中まで飛行機で行こうかなって」

「……みーちゃん、それ本気で言ってる? 空で移動してたらバーテックスの格好の餌食じゃない」

 

 バーテックスには飛行能力がある。もし、フライトの途中で襲われたら逃げ場など無い。

 

「確かに、襲われたら危険だね。……でも例外があるの」

「例外?」

「そこにある飛行機は一機だけね、神樹様の力によって作られた飛行機が存在するの。その飛行機は特殊な結界に守られていてバーテックスが攻撃してこれないようになってる」

「そうなんだっ」

「主な所有権は大社の人たちで、彼らの移動手段となっているけれど、その飛行機で日本各地をまわっているの」

「やったっ! それなら予定より早くウェストジャパンに行けるよ!」

 

 歌野はぬか喜びしていたが、ふと疑問に思った。

 

「……ん? 大社の人たちのものなんだよね?」

「うんそうだよ」

「私たち乗れるの? ロクなお金は持ってないけど……」

 

 水都は少し口角を上げた。

 

「そこは、ほら……。忍び込んで……」

「……みーちゃんって時々過激な事言うよね」

「全部うたのんのためなんだよ〜?」

 

 水都がじと〜と細目で見てくる。

 

「わかってるわかってる。私は農業王になる女だからね。……手段は選んでられないわ」

 

 歌野もニヤニヤする。

 

「そうだね。私も、『未来の農業王の親友』になるんだから、これくらいで臆してはいられないっ」

 

 なんだかんだ言って水都も結構ノリノリだったりする。

 ……いや、歌野が楽しそうにしているのが、水都にとって何より幸せなのだろう。

 

「崇高なる目的は、手段を正当化させるものよ。……ふふふっ。フーフッフッフッフ!」

「うたのんが楽しそうで何よりだよ」

 

 

 

 ……こうして彼女たちは今いる山梨から千葉へ行き、飛行機に乗るため空港を目指すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーが、彼女たちはまだ知らない。良くも悪くも、これから想像を絶するような出来事が濁流のように押し寄せてくることをーー

 




 こんな感じでゆっくり〜と進んでいきます。


次回 『勇者の野菜』


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第二話 勇者の野菜

 拙稿ですがよろしくお願いします。この作品においてバーテックスの脅威は原作より低め。日本各地に普通に生存者がいます。……そのかわり、今度は人間側が厄介……。


〜前回のあらすじ(?)〜
富、名声、力。この世の全てを手に入れた海賊王、乃木若葉。
彼女の死に際の言葉は人々を海へ駆り立てた!

若葉「勝手に殺すなッ‼︎」
ひなた「若葉ちゃん。台本と違います」
若葉「……わ、私の財宝か? 欲しければくれてやろう。……探せ、この世の全てをそこに置いてきた! ……で合ってるか?」
ひなた「はい。グッジョブです」

世はまさに、大海賊時代ッッ‼︎

……もちろんウソだ。


 現在、地図でいうと山梨から東京方面に向かっている歌野御一行(といっても歌野と水都だけだが)。

 

「あっ、ここに果樹園があるよ。モモとかブドウが成ってる!」

 

 歌野は樹からモモを採ってかじった。

 

「……うまい! 涼しさを感じるような甘みだよ〜」

「どんな感じなの? ……ってかダメだよ。人のもの勝手に採って食べちゃ。落ちてるのならまだしも」

「いいじゃない、いいじゃない。きっとバーテックスに追われて放り出した土地だろうからもう誰のものでもないっ。なら、食べてあげなきゃ損ってものだよ」

「……それも、そうかも」

 

 バーテックス襲来から人間の生活範囲は極端に狭まった。奴らは人間を喰らい、さらに人間の作った建造物などを破壊している。

 絶望的な状況だったが、当時の大社の手腕や、後に四勇と呼ばれる四人の勇者の活躍によってバーテックスは日本各地でその数を減らしていた。

 今では、ごく少数だが人間が生活している拠点が存在する。

 歌野たちがいた諏訪もそのひとつで一年前から、バーテックスの侵攻は全くと言っていいほどなかった。

 

「乃木さんが前に教えてくれたんだけど、ノースジャパンにある北海道。サウスジャパンにある沖縄。……あと、ウェストジャパンの大阪や奈良とかも生存者がいるんだよね?」

「そうそう。あと、これから行く千葉……、っていうかその中にある成田かな? そこにも多少だけど人はいる。大社の支部があるからね」

「楽しみだなぁ。……ってことでハイみーちゃん」

 

 ポイッとモモを渡す。

 

「みーちゃんも食べなよ。私たちが持ってる食糧だってすぐに尽きる。……そしたら今みたいに果樹園や農園から食べ物をいただく必要があるから。……あと、場合によっては海で魚採ったり、ね」

「うん」

 

 水都もモモをかじる。

 

「……おいしい」

「でしょ〜よ♪」

 

 

 

 二人で談笑しながら歩いて行く。また途中で誰もいない農園にたどり着いた。

 

「おお〜っ! 農園だぁ! ……ほら、ナスとか、トマトが熟れているよ」

 

 歌野がはしゃぐ。

 

「……うたのん。食べすぎないでよ?」

「ノンノン。食べなきゃ損々。折角成ってくれてるんだし食べなきゃ勿体無い!」

 

 むしゃむしゃと食べている歌野。

 水都は農園を見渡す。

 

(人の手がかかっても、農園とか果樹園には一切、壊してないよね)

 

 バーテックスは人を襲い、施設を破壊するが、どうしても自然物関連には手を出さない。

 奴らには知性があり、狙って人間を喰らい、建物を破壊している。と大社は発表していたが……。

 

「おやおやおや。……見たことのない。野菜が成ってる……!」

「どうしたの?」

 

 水都の視線の先には、不思議な野菜が成っていた。緑色が主体で黄色が少し混じったような色あい。細長く、ゴーヤかバナナに似てるような……。

 

「こ、これはもしや山梨独特の野菜⁉︎ または新種かしら⁉︎」

「ん〜どうだろ? 私は当然だけど、野菜や果物に詳しいうたのんが知らないとなると……」

「とりあえずは食べてみましょう」

 

 歌野は大きな口を開けてーー

 

「あ! ああ〜ああ‼︎ 待って! 闇雲に食べるのは危険だよ!」

「でも、気になるし……。なんか食べて〜って念を送られているような気がするのよ」

「……それはうたのんが食べたいだけでしょ」

「えへへっ」

 

 舌を出して照れる歌野。

 

「とにかく、これがなんなのか気になるから。千葉まで持っていきましょ? 大社の人たちに聞けば何かわかるかも」

 

 日本各地に支部を置いている大社はバーテックスの討伐はもちろん。その土地の調査もしている。彼らなら何か知っているのかもしれない。

 

「大社の人? 大丈夫? 捕まったりしない?」

「お尋ね者なら捕まるかもだけど、私たちは''まだ''悪いことはしてないからね」

「そうか。まだ! してないもんね」

 

 歌野はその野菜? 果物? か、わからないものを採りバッグに入れた。

 

「じゃあペースあげていこう! もしかしたら、傷んじゃうかもしれないし」

「あ、あぁ〜! まってうたのん。どんなに急いでも千葉まで数日はかかるから〜!」

 

 走る歌野を追いかけ水都も焦って後に続いた。

 

 

 

 

 

 ーーそして数日後、二人は千葉に入っていた。

 

「明日には、空港に着くと思うから」

「今日はここで野宿ね」

 

 太陽が西の空に傾き、真っ赤に染まっていた。

 二人はここで夜を明かし、明日早くに空港へ行く。

 夕食は近くの畑から手に入れたジャガイモやとうもろこしを焼いて食べていた。

 

「うむうむ。焼きとうもろこし、焼きジャガイモ。絶品だわぁ」

「……うん、美味しい」

 

 

 

 ……そして、夜。

 

「なんか……のほほんとした一日だった……」

 

 夜空を見上げて水都が呟く。

 

「……? どういうこと?」

「諏訪の外にはバーテックスが沢山いてさ。もっと絶望的なのかと思ってたけど、諏訪からここまで一度も出会わなかったなぁ……って」

「……この辺りはもう勇者たちが狩り尽くしたのよ」

「そういえば四勇の一人、乃木さんも前に諏訪に来てたんだよね?」

「ええ。一年前に……。その時はみーちゃん留守にしてたけど」

 

 三年前にバーテックスが侵攻したのと同時に神樹によって当時、四人の勇者が誕生し、各々が全国へ散らばりバーテックスを掃討していった。

 その時、乃木若葉は諏訪を訪れ歌野と出会った。

 

「乃木さんは凄い人だよ。私の命の恩人で憧れ……。あの日も、乃木さんが助けてくれなかったらバーテックスに殺されてた」

「前にも言ってたよね」

「うん。何回だって言いたい。……だから、今度は直接会ってちゃんと話をしたいなぁ」

「……」

 

(そう言われると、なんか妬けちゃうな……)

 

 水都は時々、乃木若葉の事を話す歌野に嫉妬する。

 歌野が楽しそうにしているのは見ていて幸せだが、こればっかりはどうしようもない。

 

「……私も勇者になりたいなぁ〜」

「うたのんは、勇者だよ」

「えっ?」

「四勇とか、七武勇とかの一員じゃなくてもさ。こんな危険な旅に赴くんだもの。死ぬかもしれないし」

「……」

「でも、危険を顧みず夢に向かって突き進んでいくうたのんは、紛れもなく勇者だよ」

「……ありがとね。でも、それならみーちゃんの方が勇者だよ。私の無理な旅に付き合ってもらってるんだから。私は農業王になる夢を叶えるために死を覚悟しているつもりだけど、みーちゃんはそんな事無いでしょ?」

「私は、うたのんの夢を一緒に見たいんだ。うたのんが農業王になるところを誰よりも先に見たい。うたのんと一緒に見たい」

「……ならいのいちばんにみーちゃんに見せてあげる♪ 農業王となった白鳥歌野を」

 

 水都は微笑み、歌野もそれを見てニカッと笑った。

 

 

 

 

 

 ーーとその時、草木をかきわけるような不気味な音が聞こえた。

 

「「……‼︎」」

 

 二人は立ち上がり、静かにあたりを見渡した。

 

「う、うたのん……」

「ええ。このタイミングでお出ましってわけね」

 

 二人は草木の陰に隠れて様子を見る。

 

 そして数秒後、全身真っ白なバケモノが一体、姿を現した。

 

(……‼︎ バーテックスッ)

 

 手や足は無く、巨大な口を持つソレはゆっくりと、先程二人がいたあたりを漂っている。

 嬉しくないが、水都が立てたフラグを見事に回収してしまった。

 

「……」

 

 二人は冷や汗を流しバーテックスが去ってくれるように願う。

 

(どうしよう。このままじゃーー)

 

 ーー瞬間、バーテックスが二人めがけて突っ込んできた。

 

「うたのんッ‼︎」「みーちゃんッ‼︎」

 

 二人はお互いを突き飛ばした。咄嗟の判断としては考える事は同じだったようだ。

 バーテックスは二人の間を通過した。

 

「うわっ」「痛っ」

 

 二人は地面を転がる。

 バーテックスは体を反転させ、歌野の方へ突っ込んでいった。

 

「ーッ‼︎ うたのんッ‼︎」

「みーちゃんは、このまま逆方向に逃げてッ‼︎ お願いッ‼︎」

 

 歌野はそう叫びながら走っていった。

 

「ダメッ‼︎ ダメだよ、うたのんッ‼︎」

 

 水都その後を追う。

 歌野はバーテックスに捕まらないように、大木を挟んでジグザグに逃げていく。

 

(私が逃げればその分、みーちゃんが逃げのびる時間稼ぎになる!)

 

 しかし、バーテックスは急に方向転換させ、来た道を戻っていった。

 

「えっ⁉︎ どこ行くのよォ⁉︎」

 

 バーテックスの向かう先には、水都がーー

 

「ーーッ⁉︎ みーちゃん⁉︎」

「うたのんにぃ! 手を出すなぁ‼︎」

 

 叫びながら、持っていた小石やバッグを放り投げた。

 ……それはバーテックスに当たるが、相手には何のダメージもない。

 

「逃げてッ! みーちゃん‼︎」

「私だけ逃げてもダメなんだよ、うたのん。二人で生きなくちゃ……」

 

 バーテックスは口を開け突進する。

 

「ーーッ⁉︎」

 

 間一髪で水都は避ける事ができたが勢い余って倒れてしまった。

 

「みーちゃああああああああんん‼︎」

 

 必死になって水都の元へ駆け寄ろうとしたが、おそらく間に合わない……。

 倒れたままの水都に向かって再度バーテックスは襲いかかる。

 

 

 

 ーーとその時、歌野は足元を見た。そこには先程水都が投げたバッグが転がっており、中からあの不思議な野菜が飛び出していた。

 

「……‼︎」

 

 何故だかその野菜がチカッと光った気がした。月の光に反射したのだろうか?

 それを見た歌野は直感で理解した。

 そして、その野菜を……。

 

「あむっ」

 

 歌野は口に入れ、飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 ーー水都は絶体絶命の窮地に目を閉じて頭を押さえた……が。

 

「……え?」

 

 不思議な事に、目を開けるとバーテックスが吹っ飛ばされていたのだ。

 数秒後には殺されると覚悟していたが、今も水都は生きている。

 

「……う、うたのん……?」

 

 視線の先には歌野が立っていた。

 そしてその手には細長くしなやかな棒のような物が握られていた。

 

「みーちゃん、少しそのままでいて」

 

 歌野は右手に持った物をクルクルと回転させる。

 

「……えいっやぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 それを思いっきり伸ばすと、その先にいたバーテックスに命中し、相手ははじけた。

 

「バーテックスを……倒し、た?」

 

 水都は起き上がり歌野の方へ駆け寄る。

 

「みーちゃん、もう心配ないよ。今度はあのバケモノから私が守るから」

 

 歌野は真上を見た。

 そこには、二体目のバーテックスがおり、口を開けて真っ逆さまに落下してきた。

 

「ーーッ‼︎ うたのん、上ッ‼︎」

「わかってるっ」

 

 歌野は棒上の物を今度は小さく縮ませた。

 

(一年前、何の力もなかった私を、乃木さんは助けてくれた。……なら今度は私が、みーちゃんを守るッ‼︎)

 

 そして一気に、縮こませた棒を真上に伸ばした。

 

「ムチムチのぉぉぉ、(ピストル)ーーーッッ‼︎」

 

 ドカァァァン‼︎ と歌野が持ってい物がバーテックスに命中した。

 そして、敵は粉々に砕けた……。

 

 

「他には、いないわね……」

 

 あたりを見渡す歌野に、呆気に取られていた水都は呟いた。

 

「……うたのん、それ、どうしたの?」

「ん? ああ。前に見つけてバッグに入れてあった不思議な野菜か果物かわかんないやつあったじゃない? アレを食べたらいきなり力が湧いてきて、そして、近くにあった枝木を掴んだら、あら不思議、鞭のようにしなる武器に変わっちゃったのっ」

 

 水都は唖然としている。

 

「……ごめん。何を言ってるかわかんないよね。私も何が起こってるのかわからないの」

「私、それ知ってる……」

「え……?」

 

 水都はガシッと歌野の手を掴んだ。

 

「それ、『勇者の野菜』だよ! 食べる事で常人を超える戦闘力を身につけ、特殊な能力が備わるっていう。うたのんはっ、勇者の野菜を食べて勇者になっちゃったんだよーッ‼︎」

 

 歌野は数秒ほどポカーンとしていた。

 勇者といえば、若葉たち四勇や、七武勇をはじめとする凄腕の人たちの事だ。

 

「わ、私が、勇者……?」

「そう! さっきうたのん、ムチムチの……って言ってたよね?」

「う、うん。何か必殺技みたいなものを叫んで攻撃した方がパワー沸き立つかな〜って……」

「偶然じゃない。……きっと、勇者の野菜のひとつ、『ムチムチの野菜』を食べたんだよぉ‼︎」

 

「えっ…………」

 

 

 

 

 ーー10秒後ーー

 

 

 

 

 

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーッ!!!?」




『勇者の野菜』それは、食すと通常ではあり得ないような異能力を得ることができ、そうした者は『勇者の野菜の能力者』=『勇者』と呼ばれる。
(要は悪魔の実だ)

白鳥歌野が今回食べた勇者の野菜。名は『ムチムチの野菜』

''装備型''の勇者の野菜のひとつ。能力者が所持する武器が鞭のようにしなる。伸縮も自在。(どこかの主人公の能力に似てるなぁ…)
 装備型は、武器は通常別空間に存在させ、必要な時に手元に呼び出すこともできる。
……別に歌野の身体がむちむちになるわけではない……。

次回 進化体バーテックス


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第三話 進化体バーテックス

拙稿ですがよろしくお願いします。


前回のあらすじ(?)
勇者の野菜を食した歌野。なんと、歌野は勇者になった!

歌野「ゴムゴムのーー」
水都「うたのん、セリフ間違えてるよ」
歌野「あっ。間違えたっ。ゴホンッ。……ムチムチのぉ、銃ーーッ‼︎」

……アレ? ってことは、若葉たち四勇や、未だ謎の集団(といっても誰がいるか大体予想がつく)七武勇も能力者?


 二人はようやく空港へたどり着いた。

 

「……つ、着いたよ。うたのん」

「……ふぅ〜、疲れたよ〜。着いたらどっと疲れが増してきた……」

 

 あの夜の後、寝るに寝れなくなった二人は早くに出発して、朝日が昇ると同時に空港へやってきたのだ。

 しかし、ここに来るまでにも二回ほどバーテックスに襲われた。それを歌野は手にした鞭(?)を使って討伐し続けた。

 

「じゃあ少し休憩しようか。空港内を生活の拠点としている人もいるはずだから。その人たちに飛行機がいつ発つのか聞いておかないといけないし」

「大丈夫? 怪しまれたりしない?」

「大丈夫だと思うよ、聞くだけだから」

 

 そして二人は暫し休憩を挟み、空港内へ入ろうとする。

 

 ……が、二人の予想は裏切られた形となる。

 

「……み、みーちゃん。コレ……」

「う、うん。人が生活していたとは思えない、ね……」

 

 空港ターミナルの入口はどこもかしこも破壊されており、瓦礫が散らばっていた。

 

「酷いね……。ここもバーテックスにやられたんだ」

「うん。でも、つい最近の事だと思う。少なくとも私がこの空港の存在を知っている時は、まだ襲撃されてなかったはずだよ」

「ってことは、一週間くらい前かな?」

「だと思う。……まずは、周りに誰かいないか探そう」

「だねだね」

 

 二人はターミナル内を歩き回り、生存者を探した。

 この建物は地下から四階まであり、四階には展望デッキがある。襲撃前はそこで離陸着陸する航空機を鑑賞できていたのだが……。

 

「……いないね」

「でも、うたのん。所々にゴミが落ちてる。瓦礫の上にあるから最近までここにいたんだね」

「もっと探してみよう」

 

 この空港は広大な土地で、似たようなターミナルは少し離れた場所にもうひとつ存在していた。

 二人はそこへ向かうと、わずかな人数だが確かに人がいた。

 

「あっ、見つけたっ!」

「……? 誰だいアンタらは」

 

 おじさんがこちらにやってきた。

 

「も、もしかして大社の人たち、か? 『防人』の応援に来てくれたんだね⁉︎」

「え? え〜と……」

 

 歌野は状況を飲み込めていない。水都も詳しいことはわからないが、どうやらおじさんは水都と歌野を大社の人間だと思っているようだ。

 

「ねぇねぇみーちゃん。さきもりって何?」

 

 歌野は耳元で囁く。

 

「……防人っていうのは、大社所属の戦闘部隊のことかな」

「わぁお。カッコイイ響き」

「バーテックスが現れてから、大社と四勇が結束して討伐していったのは知ってるよね?」

「うん」

「その時の大社の戦力としてバーテックスを討伐していったのが防人」

「なるほど〜」

 

 水都はおじさんに向き直った。

 

「……すみません。私たちは大社の人間では無いんです。旅のものでして……」

「……? おお、そうだったのかい」

 

 少し、残念そうな顔をした。

 

「まぁ旅の方よ。こっちでゆっくりと休みな。少しなら食料を分けてやれる」

「ホントですか⁉︎ ありがとうございます!」

 

 二人はおじさんの後をついていくと、地下は比較的綺麗でそれなりの人数がいた。

 

「……? 岩尾のおじさん。その二人だれさ?」

 

 その集団の中で、緋色の髪をサイドテールにしている女性が話しかけてきた。見た目的に歌野より数歳年上か。

 

「ナルミちゃん。この二人は旅のものでな。少し、休ませてやってもいいか?」

「……岩尾のおじさん。別に私はここのリーダーじゃないから、そういうのはいちいち許可取る必要なんてないさ」

 

 彼女はナルミと言うらしい。

 

「す、少しだけ厄介になります。私、藤森水都と言います」

「私は白鳥歌野。よろしくね」

「ああ。私はナルミ。……外は大変だったろ? 最近は特にバーテックスの襲来が多くてさ」

「私たちもここへ来る時、何度か襲われました」

 

「ーーッ⁉︎」

 

 歌野のその言葉に周囲の人たちはざわめく。

 

「よ、よく生きてたな……」

「ええ! 大変でしたけど、私、勇者ですから!」

「ちょ、ちょっとうたのん‼︎」

 

 水都は慌てて歌野の口を塞ぐ……が、遅かったようだ。

 

「勇者?」「勇者だって⁉︎」「彼女たちが⁉︎」

 

 ザワザワと色めき立った。

 

「……もごもご。……ぷはああっ。どうしたのみーちゃん?」

 

 歌野は塞いでいた手を取った。

 

「あまり、そういうのは言わない方がいいと思う」

「なんで?」

「なんでって、それは……」

 

 チラッと水都は周りを見た。

 

「……アンタら勇者なのか?」

「い、いえ」

「私、白鳥歌野だけです」

「うたのん……」

「私は大丈夫だから」

 

 歌野はニッコリと微笑んだ。

 

「勇者っていうと……。アレか? 勇者の野菜を食べたっていう能力者、か?」

「ええ、そうです。私はムチムチの野菜を食べましたっ」

(うたのん、喋りすぎだよぉ……)

「四勇、じゃないよな? いたっけか?」

 

 ナルミは他の人たちへ尋ねる。

 

「いや、四勇にはいなかったはずだぜ」「白鳥歌野さん、って言ったんでしょ? そんな名前の人いなかったわ」

 

 ナルミは手に顎を添えて考えている。

 

「じゃあアンタ、七武勇か?」

「いえいえ、ただの勇者ですよー」

 

「ただの勇者ですって……」「勇者に''ただの''とかあんのか?」「私も七武勇については少しだけ知ってるけど、彼女の名前は無かったな」

 

 また、周りの人達がそれぞれ話し始めている。

 

 ーーすると、天井にあるライトがチカッチカッと赤く明滅し出した。

 

「ーーッ‼︎ みんな、避難だ! バーテックスがまた来たぞ!」

 

「もうか!」「早くない⁉︎」「今までこんな頻度の多さはなかったぞ!」

 

 みんなは口々にして奥へ駆け込んだ。

 

「……今のって」

「ああ。バーテックスが近くまでやってきたんだ。上で見張りをやってるやつが見かけるとこちらに知らせてくれるようになってる」

 

 ナルミはバッグから銃を取り出す。

 

「……! それっ」

「もしかして、倒しにいくんですか?」

 

 水都の言葉にナルミは笑う。

 

「……こんなもんでも一応は大社からもらった防人装備の一種だ。雑魚相手には効く」

 

 ナルミは地上への階段を上がっていくが、途中で振り返る。

 

「……良ければアンタも来るか? 勇者ってんなら力貸してくれ」

「……!」

 

 驚く歌野をよそに水都は、やっぱりと思った。

 

(こういう流れになると思ったから、うたのんが勇者になったって秘密にしておきたかったんだけど……)

 

 水都は不安の中でチラッと歌野を見た。

 

「……わかりましたっ。手伝いますっ」

「う、うたのん⁉︎」

「大丈夫っ。バーテックスならここに来るときに何度か倒したからっ。もう慣れたもんよ」

 

 えっへん、と歌野は胸を張った。

 

(ああ……。やっぱりこうなっちゃうんだ……)

 

 水都の不安は見事に的中した。

 

「うたのん、気を付けてねっ」

「あったりまえ〜」

 

 

 ……そして三人は、地上へ出る。

 

「お疲れ様です。ナルミさん」

 

 おそらくは先程言っていた見張り役の人だろう。

 その人は変わった格好をしていた。全身が白色と黄緑色が混ざったのスーツのような、鎧のような装備。

 手には銃を持ち、顔にはバイザーを付けており首元には『25』という数字が彫られてある。

 

「敵の数は?」

「それがですね……」

 

 25の人(おそらく女性)はバイザー越しでもわかるくらい暗い表情をしていた。

 

「進化体……。一体……です。今はおそらくこの辺りにいるかと……」

「ッ‼︎ ……なんてこった……」

 

 マップを見たナルミを重苦しい表情で頭をかいた。

 

「あの、進化体ってなんですか?」

「……? その人たちは?」

 

 見慣れない顔に困惑している。

 

「ああ。彼女たちはついさっきここに来た旅人だよ。……勇者の野菜を食べた能力者らしい」

「ーーッ⁉︎ それは本当ですか⁉︎」

 

 食い入るように歌野と水都を見つめている。

 

「質問の途中だったな。……進化体は、進化体バーテックスのこと。普通のバーテックスは知ってるだろ? 全身真っ白のでかい口したマシュマロみたいなやつ」

「……はい」

 

 マシュマロとは言ってほしくはないが……。

 

「そいつとはまた違う。異形な形をした強化版ってとこかな。普通のやつより、強いんだ」

「奴らは1〜2年ほど前から見かけ始めました」

 

 ナルミの横にいた人が説明を補足する。

 

「私は大社の戦闘部隊。防人所属、『No.25』です」

「な、No.25?」

「はい。我ら防人部隊は基本的に、番号が与えられ、お互い数字で呼び合っているんです。例外として一部の人は正式な名前を名乗れるのですが」

「は、はぁ……」

 

 大社の防人というシステムに二人はまだ理解が追いついていない。

 

「……まあ、私のことは置いときまして。私たち防人はバーテックスを倒せる武器を所持しています。これまでもこの銃で何体も倒すことができました」

「私の持っているコレもそうだ」

 

 ナルミと25は持っている銃を見せる。

 

「しかし、この銃で倒せるのは雑魚だけです。今近くにいる進化体バーテックスはこの銃では倒すことはできません。多大な犠牲を払って追い返せるくらい、でしょうか」

「進化体を完全に倒すことができるのは勇者だけだ」

 

 そこでナルミは歌野に頭を下げた。

 

「頼む。奴らを倒してくれないか? 今の私たちではどうすることもできない。……つい最近にもそれなりの数の雑魚バーテックスがやって来てな。二人負傷した。戦える兵も私たちしかいない」

「……頭を上げてください」

「うたのん……」

「……バケモノを倒す力が私にあるのなら、私しかできないのなら、私がやるしかないよねっ」

 

 歌野はそう言って水都の手を握る。

 

「ゴメンね。心配かけないようにするから……」

「ううん。心配だよぉ。……でも、うたのんが決めたのなら私はもう止められない。だから信じるよ」

「うん! ありがと」

「絶対帰ってきてね」

「あたりまえっ。私の夢は農業王になるって言ったからね」

 

 それを聞いた二人はポカンとする。

 

「農業王?」

「はい。全ての作物を栽培し農業界の発展とそのトップに立つんです!」

「はっはっは。それは壮大な夢だな」

「あっ。皆さんも農業しませんか? この空港周辺は田畑が多いようですし」

「……そうだな。自給自足も充分にするためには確かに農業はうってつけだ」

「おっ! 興味津々って感じですね!」

 

 歌野は三人に背を向けて走り出す。

 

「ではでは、皆さんが農業仲間になってくれるために。安心して農業ができるために。白鳥歌野、バーテックスを討伐しまぁぁぁすっ‼︎」

 

 

 どこからともなく取り出した棒のようなものを手にして歌野は駆け抜けて行った……。

 

 

 

 

 




 防人部隊は全員で32人。それぞれに番号が振られている。基本的には数字が小さいほど優秀。……ってコレ、『楠芽吹は勇者である』を知ってる人へは釈迦に説法か。
 この作品独自で言えば、例外を除いて番号で呼び合う。番号ではなく名前で呼べるのは、ごく一部の防人だけ……。誰かは……わかるよね?


 次回 対決! 歌野VS進化体


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第四話 対決! 歌野VS進化体

 拙稿ですがよろしくお願いします。

前回のあらすじ(?)

水都「ねぇうたのん。うたのんの目的って四国へ行って神樹様の恵みをもらうことだよね?」
歌野「そうだね。神樹様の恵みでいろんな作物の種とか手に入れて農業を営むの♪」
水都「でも、四国には乃木さんをはじめとする勇者が待ち受けてる。……うたのんは、彼女たちと戦うの?」
歌野「場合によってはそうなるかも。乃木さんたちが私の行手を阻むなら、倒して進むっ!」
水都「逞しいこと言ってるけど、うたのん知ってる?」
歌野「……?」

水都「原作ではそういう奴らのこと、バーテックスっていうんだよ?」

歌野「!!!?」



 歌野を見送る水都は不安でいっぱいだった。

 

「……すまなかったな。迷惑かけて」

「……! い、いえ」

「でもな、進化体がこっちに気付いて攻めてきたら、もうどうすることもできないんだ。……このタイミングでお前たちが来てくれたことは本当に奇跡と呼べるものだと思う」

 

 ナルミは持っている銃を見た。

 

()()()防人は奴らを前に死ぬことしかできない。……本当に強いやつを除いてな……」

 

 その言葉に水都は首を傾げた。

 

「……? 私たちって、ナルミさんも防人なんですか?」

「ーーッ‼︎ しまったっ。口がすべった……」

 

 ハッとした後にナルミはため息をついた。

 

「まぁいいか。私は''元''防人さ。故あって三ヶ月くらい前にやめたんだが……」

「防人を辞めた……?」

「いや、"やめさせられた"。の方が正しいか……」

 

 彼女の脳裏にあの日のことがよぎるーー

 

 

 

 

 

 

 ーー大社の本部の所在地は中国地方(マリンフォード)の岡山にある。その本部内で二人の女性が話していた。

 

「なぁ、No.20。しばらく…………の姿が見えないだが?」

「ええ。…………さんなら数ヶ月前から留守ですわ」

「何かあったのか?」

「彼女、()()()()を始末するとか言って出ていきましたわ。後のことはわたくしに任せた、と」

「お前が? No.1のあいつの代わりなら、No.2の私だろ?」

「と言っても、貴女その時いませんでしたもの。代わりに部下であるわたくしが任されたのですわっ」

 

 No.20と呼ばれた少女は胸を張った。

 

「……はっ。私が20番ごときの下につけって?」

「ご不満ですの?」

「あたりまえだ。私は、私より弱い奴に従う気はない。あいつだからこそ、その下についたんだ」

 

 No.2は背を向ける……が。

 

「……なら、貴女に用はありませんわね」

「なに?」

 

 突然、No.20は剣をNo.2に向けて切りかかった。

 

「ーーチィッ!」

 

 咄嗟に反応して剣の柄を持ち、動きを止めた。

 

「なに、すんだ、オッッラァァ‼︎」

「ーーぐあっ、ウッ……‼︎」

 

 背負い投げでNo.20を地面に投げ倒した。

 

「……はぁはぁ。やっぱりお強いですわね」

「これでわかったろ? ……あいつが居ないなら私がその席にーー」

 

 その時、ぐらっと体勢が崩れた。

 

「な、なんだ……これ、は」

「ふふふっ」

 

 不敵な笑みを浮かべてNo.20は立ち上がった。

 

「お、お前。何かしたな?」

「なんのこと、ですッッのぉ‼︎」

「ぐがッッ‼︎」

 

 No.2は蹴り飛ばされ、数メートル転がった。

 

「お前、能力者になったのか……?」

「察しが良いですわね。……私は勇者になったんですの。これから防人はどんどん勇者を量産させていきますわ」

 

 スタスタと近づき、No.2を見下ろす。

 

「ですから、貴女みたいな人は要りませんの。ご機嫌よう、ですわ」

 

 最後に"元"No.20は踏みつけて言い放った。

 

「……そ、れ、と。わたくしの名前は…………ですわっ」

 

 

 

 

 

 

「ーーいや、なんでもない。忘れてくれ」

「……え?」

 

 何か良くないことを思い出したのだろう。ナルミは何かを睨みつけているようだった。

 

「嫌な思い出さ。中途半端で区切ってすまないが忘れてくれ」

「……はい」

 

 水都はよくわからなかったが、それ以上は踏み込まないようにしたーー

 

 

 

 

 

 

 ーー歌野はマップに示されていた位置付近にいた。そして、あたりを見渡す。

 

「……! いた。アレねっ」

 

 視線の先にはこれまで見たバーテックスとは桁違いに大きく、そして奇妙な形をしている。

 

「少なくとも30メートル以上はあるかな? 想像より遥かに大きい」

 

 向こうはこちらへは気付いていない様子。

 

「ーー先手必勝ぉ‼︎ ムチムチの、(ピストル)ーーッ‼︎」

 

 歌野は敵に飛びかかり、手に持っている武器を勢いをつけて伸ばした。

 ドカッ! と進化体の頭らしき場所へ命中してあっさり破壊した。

 

「よっし! 決まり! イケるかも!」

 

 すると、進化体はこちらへ向いた。

 

「さて、敵さんはどう仕掛けてくるのか……」

 

 歌野はすぐに距離を置いて、回避行動が取れるように準備する。

 ……よく見ると進化体の胴体らしき部位が膨れあがっていた。

 

「ーーえッ⁉︎」

 

 そして、進化体は下部の先から妙なボールを数発飛ばしてきたのだ。

 

「危険‼︎ 回避ィ‼︎」

 

 歌野は、横に跳んだ。

 歌野がいた場所へ飛んできたボールは地に着弾すると爆破した。

 ドゴーンッ‼︎ という爆音が鳴り響く。

 

「アレ、爆弾なの⁉︎」

 

 また、敵は歌野目掛けて爆弾を飛ばしてくる。

 

「わぁ! あっぶな‼︎」

 

 それを避け続ける。

 敵は爆弾を飛ばし続ける。歌野も周りを跳び続ける。

 

「敵さん、リロードとかないの?」

 

 進化体は休むことなく飛ばし続ける。歌野は左へ、右へと回避し続ける。

 

「ーーッ⁉︎ ヤバッ」

 

 回避し続けていた歌野だったが、さすがに全てを回避し続けるのに限界がきたようだ。

 歌野は咄嗟に武器で爆弾を相殺させようとする。武器と爆弾は歌野の目の前でかち合い、爆破する。

 

「うわああああッ」

 

 爆風を受け、歌野は地面を転がる。

 

「い、たたた……。ってウソ‼︎」

 

 歌野が持っている武器が爆撃で破損していたのだ。

 

「鞭がッ……。壊れちゃったッ‼︎」

 

 歌野は焦る。これではバーテックスを倒すことは非常に難しくなる。

 しかし、歌野はそこで同時に、爆弾攻撃が止んでいることに気付いた。

 

(敵さん、私を殺ったと思ってるの……?)

 

 歌野は素早く下がり、物陰に潜む。

 煙が晴れ、チラッと覗くと、進化体はその場でユラユラ漂っていた。

 

(……)

 

 歌野は気配を殺し、様子を伺うことに徹する。

 

(どうしよ……。武器がこれならよほど近づかなきゃ……)

 

 今、歌野が持っている武器の最大リーチはわずか1メートルほど。元は最大5メートル伸びることができていた。

 チラッと、また歌野は覗く。

 バーテックスは身体を反転させてどこかへ行ってしまった……。方角的には空港方面ではないが、少しでも進路を変えると空港の元へ向かうかもしれない。

 

「……はぁ、はぁ」

 

 呼吸が荒い。気配を殺していたので極力、息をしないようにしていたからだ。

 

「倒せ、なかった……。悔しい……」

 

 歌野は体操座りになって俯く。

 

「私に任せてって勢いよく飛び出してきたのに……情けない」

 

 何が勇者だ。何が私にしかできない、だ。

 歌野は助かったことに安心してしまった。

 

「……()()()()怖い。アレが進化体。……乃木さんは一年前、私を守ってアレの仲間を倒したんだね」

 

(じゃあ私は……? 私はこんな弱気でいいの? 勇者になったのに、あの時とは違うはずなのに……)

 

 脳裏に水都と空港内の人たちがよぎる。

 

「……ダメだ。アレを放っておいて、みーちゃんの、空港にいる彼らの元へ行ったらどうするのよ。……私が戦わなくちゃ、戦えるのは私だけなんだからっ!」

 

 歌野は立ち上がり走り出す。去ったばかりのバーテックスの元へ。

 

 

 

「ーー待てぇぇぇーッ‼︎」

 

 再度、バーテックスを見つけた歌野は叫ぶ。

 バーテックスに聴覚があるのかはわからないが敵はゆっくりと振り返った。

 

「私は絶対、あなたを倒す! 四国へ行って農業王になるためには、あなたみたいな障害に躓いてちゃいけないんだっ‼︎」

 

 そして、歌野はダッシュで走る。

 バーテックスはまた、下方から爆弾を飛ばしてきた。……その数は三発。

 

「リーチが足りないなら足りる距離まで接近するッ!」

 

 一発目、二発目、そして三発目もギリギリで回避した。

 

「あともう少しでーー」

 

 ……が、バーテックスはすんでのところで、また一発の爆弾を飛ばしたーー。

 

「ーーッ‼︎」

 

 それは、歌野の頭部に飛んできて命中するーーーーかと思われたが。

 

「食らうかぁぁぁぁーー‼︎」

 

 歌野は爆弾を武器で巻きつけた。

 そして、巻きつけた爆弾を敵に向かって返す。

 

「ムチムチのぉぉぉぉ爆弾(ボンバー)ーーッ‼︎」

 

 投げ返した爆弾は、バーテックスの下方にある射出口に命中して爆ぜた。

 

「うああああああーーッ」

 

 衝撃波を受けて歌野は吹っ飛ぶ。そして、地面を転がっていった。

 

「……う、うう」

 

 身体中ボロボロで所々に擦り傷ができていた。

 

「……早く、立たなきゃーー」

 

 辛うじて見上げると、攻撃を食らった敵の下方部は壊れており、爆弾を飛ばすことができずにいた。

 

「……へ、へへっ。悪あがきには、なったかな……」

 

 よろよろと立ち上がる。

 

「ま、まだやるぅ?」

 

 歌野はバーテックスを睨みつける。

 

 ……すると、バーテックスはゆっくりと身体を反転してどこかへ行ってしまった。方角からして空港とは真逆。

 

「……か、帰っていった……?」

 

 ドサっとその場に座りこむ。

 

(多大な犠牲を払って追い払うことしかできない、か……。ホントだね。勇者でも、必ず勝てるわけじゃないんだ……)

 

 ボーッと空を見上げる。

 

「やっぱり乃木さんは凄いよ。……私はまだまだ、だぁ……」

 

 

 そして歌野は、数分間その場で空を眺め、ゆっくりと水都たちの元へ戻った……。

 




 勇者成り立ての歌野には、厳しい相手だったかも……。ってか、歌野の武器は、あの時、咄嗟に手にした枝木に鞭の特性を付与して強化させたものだから貧弱なの。だから、これから武器を強くする必要がある。
 再戦はすぐそこ……。


次回 麦わら帽子とリボン


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第五話 麦わら帽子とリボン

 拙稿ですがよろしくお願いします。今回は過去編。白鳥さんと若葉の出会いを描いたエピソード。

前回のあらすじ

進化体バーテックスと初めて戦った歌野。結果は、お世辞にも勝利とは言えない結果だった。武器は破損。歌野はこれから、どうなるのやら……。


水都「……なんか、意外とまともなあらすじだね」
歌野「普通な時くらいあるよ……」



 真夜中、歌野は目を覚ました。

 

「……。……?」

 

 身体を起こすと、隣には水都が眠っている。

 あの戦いの後、歌野は空港へと戻った。当然、水都には心配された。目に涙を浮かべるほどに。

 ナルミとNo.25も安堵の表情を浮かべると同時に、お礼と謝罪をしていた。

 

「……うん、眠ったら元気になった。傷の治りも早いや」

 

 勇者となった影響だろうか、歌野の傷はもう完治したといえるぐらいにまで回復していた。

 

「……よいしょっっと」

 

 立ち上がり、歌野は自分の荷物を漁る。そして、その中から麦わら帽子を取り出した。

 その麦わら帽子には白いリボンが巻かれてある。

 

「偶然かな? 今さっき、()()()を見てた……。乃木さんと初めて出会ったときのことを、夢で……」

 

 あれは、一年くらい前の諏訪でのことだった……。

 

 

 

 

 

 

 諏訪にある山の麓近くの平地。

 そこで、歌野は畑の中で鍬を振るっていた。

 

「うんうん。よく育ってるねぇ。グッド!」

 

 土の中にあるジャガイモを鍬で掻き分けるように掘り起こしていく。

 ジャガイモの中では大きい方のものばかりだ。

 歌野は大きく息を吐き、かぶっていた麦わら帽子を取って汗を拭う。

 

「ふぅ〜。みなさぁん、休憩しましょう!」

 

 付近の田畑を耕したり、野菜を採ったりしている大人たちへ声をかける。

 

「今年の野菜は上手くできそうかえ?」「ぼちぼちでんな」「農作機があればなぁ」「ぜぇたくは言えねーべ」

 

 大人たちは口々に雑談しながら木陰に入っていく。

 

「ん? およよよ?」

 

 歌野も木陰で休もうとしたが見慣れぬ女性が田畑を眺めていることに気付いた。

 

「見かけない顔ですけど旅人ですか?」

「む? まあ、そんなところだ」

 

 その女性は凛々しい顔立ちで、黄色の長い髪を後ろで結えている。

 その手には刀を持ち、佇まいは武士のそれと言ってもいいだろう。

 

「……少し聞きたいのだが、ここ最近でバーテックスの目撃情報があったか?」

「……? いえ、最近はないですね。先月は一、二体目撃したと、大社支部の方々がおっしゃっていましたが……」

「そうか……」

 

 その女性はあたりを見渡す。

(ここの支部は防人がいないんだったな……。なのに、バーテックスに荒らされた形跡もない……。この土地由来のものか?)

 

「あっ、あの!」

「ん?」

「私、白鳥歌野と言います。あなたのお名前を伺ってよろしいですか」

 

 見るからに同年代だと思うが、歌野は彼女の佇まいに気圧され敬語で話す。

 

「失礼。私は、乃木若葉という」

「乃木、若葉さん……」

「すまないが数日、厄介になってもいいか? この土地で調べたい事があってな」

「はいっ、それは構いませんよ」

 

 歌野は反射で返答した。

 

「悪いな。……世話になる代わりに何か手伝うことはあるか?」

「……! であるならば……」

 

 歌野はキラッと目を輝かせ鍬を若葉に渡す。

 

「私と一緒に農業やりませんか?」

「農業? あ、ああ。構わないが……」

 

 歌野の誘いで若葉は鍬を手に取る。

 

「……! 土を耕すのにその刀は邪魔ですね。そこに置いときましょう」

「い、いや……。これは有事の際にーー」

 

 ひょいっと歌野は若葉の刀を取り上げた。

 

「さぁ、今は鍬と心をひとつにしてくださいっ。農業に真摯に向き合うのです!」

 

 歌野は生き生きしながら若葉を見つめる。

 

「……わ、わかった」

 

 今では、若葉の方が気圧されている。

 若葉は鍬でジャガイモが埋まっているであろう土を掘り返していく。

 ……が。

 

 ザクッ

 

 

「「あっ」」

 

 二人には確かに聞こえた何かを鈍く貫く音。

 若葉にの手に確かに感じた何かを突き刺した感触。

 

「……」

 

 若葉は鍬を土から出すと、先端には見事に串刺しにされたジャガイモ……。

 

「す、すまないっ」

「い、いえ。こんなことはザラにあるもんですから。ノープロブレムですよ」

 

 歌野は突き刺さったジャガイモを抜き取った。

 

「ただ……、この子を供養してあげたいです。一生懸命生きてくれたこの子を、まともな形で食べてあげられなくなっちゃったから、みんなで集まって、遺影を飾ってお経を唱えてもらって火葬してお墓に入れてあげます……」

 

「そうか、そこまでのことをしてしまったんだな……」

 

 表情を暗くしていた若葉だが、「ん?」と疑問に思った。

 

「そこまでするのかぁ⁉︎」

「……ジョークです♪」

「おいいいっ‼︎」

 

 歌野は笑う。

 

「乃木さんがあんまりしんみりしちゃってるから、からかいたくなってしまって……。すみません。嘘です」

「なんだ……」

「まぁ、傷付けちゃったジャガイモはそれ相応に扱いますけど、そこまではしません。っていうか、火葬した時点で跡形もなくなります」

「そうだろうな」

 

 歌野と若葉は笑い合いながら、農作業を続けていった。

 

 

 次の日、調査を終えた若葉はまた畑仕事を手伝う。前日のようなミスはもうしなくなっており、さらにキュウリの採集も済ませた。

 

「乃木さん、この後は山菜取りに手伝ってくれませんか?」

「山菜取り? 畑はもういいのか?」

「はいっ。乃木さんが物凄く働いてくれているので今日できることは終わっちゃいました」

「む、そうか。ならば少し準備をーー」

「いえいえ準備物はここに揃ってますから……と言っても山菜を入れるカゴだけで充分なのでこのまま行きましょう!」

「あっと、おいおい押さなくてもいいだろ」

「えっへへ〜」

 

 歌野は完全に舞い上がっていた。この地域で歌野と歳が近いのは水都ぐらいだが彼女は今、泊まりがけで少し離れた場所にある大社支部として使っている諏訪神社にいる。

 その水都も、農業に関してはあまり乗り気ではないので(おそらく体力的な問題もあるため)若葉の働きぶりは素直に嬉しいのだ。

 

 

 そして、二人は山へ山菜を採る。

 

「白鳥さんはもうずっと農業を営んでいるのか?」

「そうですね。と言ってもどっぷりハマったのはバーテックスが攻めてきた時からですのでニ年くらい前でしょうか」

「やっぱり食料確保のためか?」

「第一の目的としてはそれですね。ですが、私はこんな世の中でも『日常』を大切にしていきたいって思ってます。……みんなで畑を耕して種を植えて立派に育てたものを採って食べて……。バーテックスがいなかった時でも変わらずやっていること。その日常を大切にしていきたいんです」

 

 聞いていた若葉はうっすら微笑んだ。

 

「そうか。良いんじゃないか? 私はバーテックスを倒すことを目的としているが、結局のところその理由は襲来前の世界を取り戻すことだ。……白鳥さんが言うような日常を取り戻すためだ」

「んん? 乃木さんってバーテックスを倒しにきたんですか?」

「言ってなかったか? 私は勇者と呼ばれていてな。バーテックスを討伐するためあちこちまわっているんだ。まぁ、ここにいるのは私用に入るんだが……」

「それは知りませんでした。もしよければその辺りもお話を……」

「ははっ。あまり面白い話でもないぞ?」

 

 そうして雑談を交えながら山菜を採り終えて二人は帰ろうとする……が。

 

 突然、ガサガサッと茂みを掻き分ける音が聞こえたのだ。

 

「ーーッッ⁉︎」

「ッ‼︎ まずいっ、行くぞっ‼︎」

 

 若葉と歌野はすぐさまカゴを放り出し、駆けていく。

 

「あっあの‼︎ 若葉さん!」

「わかっている! だからこうして逃げているんだ!」

「え、え⁉︎」

 

 

 ……すると、後ろから白く異形なバケモノが姿を見せた。

 

「くっ、囲まれるな……」

 

 若葉はくるっと歌野へ振り向く。

 

「白鳥さん、頭を屈めてジッとしてくれないか?」

「えっ?」

「頼むっ」

「は、はいっ」

 

 歌野は言われるがままにしゃがんだ。

 

「……」

 

 

 そして、若葉は周りにいる五体のバーテックスを睨みつけた。

 

 

失せろ

 

 

 その瞬間、バーテックスの身体は停止してドサドサッと地面に落ちる。

 

「……?」

 

 歌野には、バーテックスが落ちている様子しか見えなかった。

 

(乃木さんが何かしたのかな……?)

 

 歌野は身体を起こそうとした。

 

「……白鳥さん。できれば目を閉じていてくれないか? あまり見られたくなくてな」

「え? あ、はい」

 

 歌野は疑問に思いながらも再び伏せ目を閉じた。

 

「ありがとう。……さて」

 

 若葉は拳を強く握った。

 

(刀を置いてきてしまったのは、迂闊だったな……。まぁ、いいか)

 

 若葉の視線の先には、倒れているバーテックスとは違う大型のバケモノがいた。ソイツだけはなぜか倒れていない。

 そのバケモノは全身が透けた液体でできており、左右にひとつずつ人が入りそうな水泡を構えていた。

 

「こればっかりは私も本気でやるしかないな……」

 

 目を閉じたままの歌野にはその先のことはわからない。

 

 ただ、若葉が戦っている音と、炎の熱を感じたことだけは確かだった……。

 

 

 

 

 

 

 ーー数分後。

 

「……もう目を開けていいぞ」

 

 若葉の声で目を開けて立ち上がる。

 

「ーーッ!」

 

 歌野はその光景に驚いた。

 周りには()()()()()()。バーテックスはもちろんのことだが、若葉の周りには先程まで草木が茂っていた筈だが……。

 そこには何かが燃えた後のように真っ黒になっている。

 

 ……なにより。

 

「あ、ああ……」

「ん? どうしたんだ」

「乃木、さん……」

 

 歌野は恐る恐る若葉の方へ指を指す。

 ……正確には若葉の手を。

 

「あ、ああこれか。……白鳥さんは気にしなくていい」

 

 ……真っ黒になっていたのは何も地面だけでは無かった……。

 

「で、でも乃木さんの、右手……」

「だから気にしなくていいんだ。……怪我はないか?」

 

 コクコクッと頷く歌野は涙を浮かべ、体は震えていた。

 

「ならよかった……。これくらいは安いものだ。白鳥さんが無事だったのだから」

 

 若葉は歌野の無事を確認すると安堵の表情を浮かべていた……。

 

 

 

 

 

 ーー空は真っ赤に染まり夜の帷が下りようとする。

 

「……ごめんなさいごめんなさい。乃木さんはこういう状況のために刀を常に持っていたというのに……」

「大丈夫だ。勇者はこのくらいではへこたれない。時間が経てば治るものさ」

 

 若葉は何度も謝罪する歌野の頭を撫でる。

 状況を聞いた他の人たちも若葉に感謝した。

 

「あのバーテックスはおそらく、諏訪湖を生息区域にしていたのだろう。だが、奴は討伐した。だから心配はいらない。親玉がいなくなったことで奴らも襲ってくることはないだろう」

「本当なのかい?」

 

 大人の一人が訪ねる。

 

「ああ。これは大社の調べだが、その土地に根付いているバーテックスは親玉を失うとたちまち霧散する。そして、その土地へ戻ることはないという。……まぁ、親玉が数体固まって根付くケースもあるが、私の調査で今回はないと判断した」

「ならもう!」

「ああ。ここ諏訪はなぜか元々バーテックスが近付かないようだから、おそらく襲撃はもうないだろう」

 

 その言葉に周りは喜ぶ。

 

「やったー」「本当かオイ」「これで安心できるな!」「でも諏訪だけの話だべ?」「だとしてもだ」

 

 若葉はその様子を微笑ましく見ていた……。

 

 

 

 

 そして、次の日。

 若葉は白んできた空の下、荷物を持って歩いていた。

 

「……もう言っちゃうんですか?」

「……! ああ」

 

 若葉が振り向くとそこには歌野がいた。

 

「バーテックスも倒した。この土地もあらかた調査した。……もうここでの私の役目は終わったんだ。みんなにはサヨナラ言えずに去って悪いと思うが、急ぎなんでな」

「……だったら昨夜に言えば良かったじゃないですか……」

「……お別れを言うのは苦手なんだ。……不器用だからな」

 

 若葉は愛想笑いを浮かべた。

 

「……乃木さん。私、まだあなたに言えてないことがありましたっ」

「……?」

 

 歌野は頭を下げる。

 

「助けてくれて、ありがとうございました‼︎」

「……ああ」

 

 若葉は歌野を背にして再び歩き出そうとするが、

 

「乃木さんっ、乃木さんのここでの役目はまだ終わってないですよ!」

「えっ?」

 

 また若葉は振り返った。

 

「だってここには、毎年沢山の、素晴らしい野菜や果物が採れるんですから! それに、乃木さんのおかげで生活範囲が広がったのでもっと田畑を増やせますっ!」

「……!」

 

 それがどういう意味か、若葉はすぐに理解した。

 

「ふっ。そうか」

「ええ! ですから私、ずっと待ってますから!」

 

 出会って僅かだが、歌野にとって若葉は恩人であり友達と呼べる存在になった。

 

「そうだな、なら……」

 

 若葉は後頭部に手を伸ばして結えていた髪を下ろした。

 

「このリボンをここに()()()()()()

「……!」

 

 歌野に差し出されたのは若葉が髪を結えるのに使っていた白いリボンだった。

 

「いつか、私の役目が全て終わった時、この忘れ物を取りにこようかな……」

「ーー‼︎ はいっ‼︎」

 

 歌野はリボンを手に取って笑った。

 

 ……この時はまだ二人とも知るはずがない。一年後、若葉が歌野の元へ行くのではなく、歌野が若葉の元へ訪れようとすることを……。

 

 

 

 

 ーーあれから、歌野はそのリボンを麦わら帽子に巻いて大切にし、農作業時には必ずかぶるようにしている。

 ……後で支部から戻ってきた水都の話によれば乃木若葉は四勇のひとりでリーダーに値する人物だという。

 

「……今ならわかる。乃木さんは能力を使って私を助けてくれた。なら、私も乃木さんみたいに人助けをやってみたい。農業王になる道の半ばに。だから、私はあのバーテックスを倒すよ。ここのみんなが安心して暮らせるように、またみんなで農業をするために」

 

 歌野はぎゅっと麦わら帽子を抱きしめた後、バッグにしまった。

 

 

 

 

 

 ……そして、偶然かそれとも運命か、あの進化体バーテックスはまた彼女たちのもとへやってくる……。

 

 

 ーー再戦の時は、すぐそこーー

 




 若葉は赤髪のあの人みたいな立ち位置になった。

乃木若葉:能力は現段階では不明
(どうやら刀が無い状態で進化体と戦った後、右手に火傷を負ったようだ。それは果たして敵の攻撃か、自分の能力の影響なのか……)


次回 再戦! 進化体バーテックス


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第六話 再戦! 進化体バーテックス

 拙稿ですがよろしくお願いします。

前回のあらすじ(?)
『白鳥歌野は勇者である』の表紙で白鳥さんは麦わら帽子をかぶっていた! つまり、白鳥さん=麦わらァ


〜勇者によるワンピースセリフパロ〜

大社神官「所詮郡千景は、歴史から抹消された西暦時代の、敗北者じゃけぇ……」
若葉・花本「ハァハァ……。敗北者ァ……?」
大社神官「?」
若葉「取り消せよ……。今の言葉ァ」
花本「取り消しなさい……。今の言葉」
ひなた「乗らないでください若葉ちゃん!」
烏丸「おいよせ花本。戻れ」



 今日は朝から少し慌ただしかった。

 昨日の今日で、バーテックスの接近を知らせるサインがあったからだ。

 

「うたのん……。やっぱりまた戦うの?」

「……うん。私がやるしかないから」

「でもうたのんは戦う武器が無いでしょ? あの壊れた武器で戦うなんて無謀だよ」

 

 歌野が使っていた武器は昨日の戦いで破壊されてしまった。いまあるのはボロボロの枝木である。

 

「ーー武器についてだが、アテがある」

「ナルミさん?」

 

 振り返るとそこにはナルミがいた。手に何か持っている。

 

「それは?」

 

 一見、ベルトのように見えたが結構な長さがある。

 

「聞いたよ。アンタ、"装備(チャーム)型"の能力者なんだろ?」

「えっ?」

 

 耳慣れない言葉だった。

 

装備(チャーム)型勇者の野菜のことだよ。……知らないのか?」

「はい。聞いたことありません」

 

 はぁ、とナルミはため息をついた。

 

「いいか? 勇者の野菜の能力は大きく分けて二種類のタイプがある」

「タイプ?」

「アンタのは『装備(チャーム)型』勇者の野菜だ。もう一方は『憑依(サーブ)型』と呼ばれる。……装備(チャーム)型はな、対象の物質を武器としてリンクさせるとそれに能力が付与されるタイプだ」

「ん? すみませんもう一度」

「……わかりやすく言うなら、アンタの……、ムチムチの野菜だっけ? その能力は武器が無いと使えないだろ?」

「……! はい、そうです」

「それが装備(チャーム)型だ。能力者が武器としてリンクさせることで始めて能力が使える。……逆に武器を使わなくても自分の身体だけで能力を使えるのが憑依(サーブ)型だ」

「な、なるほどぉ」

「……で。お前の武器は壊れてしまったわけだが、装備(チャーム)型の特徴として、リンクする武器は更新可能なんだよ」

「更新?」

「持っていた武器が壊れたり無くなったりした時、新たに別の武器へリンクさせればそのまま能力が使える。……過去の武器のリンクは切れてな」

 

 そして、ナルミは手に持っていた物を差し出す。

 

「新しくコレを使え」

「これ、は?」

「革製のベルトみたいなもんだ。……まぁただのベルトじゃないがな。そこにあるボタンを押してみろ」

 

 持ち手、だと思われる部分にあるボタンを押した。

 すると、ベルトはシュルシュルッと短くなり、ちょうど腰に巻けるほどの長さになった。

 

「コレ……!」

「あと、長押ししながら勢いよく振ると長く伸びるようにもなってる」

 

 ボタンを離さないままでベルトを振ると長くなった。

 

「アンタの能力にピッタリだと思ってな。鞭として扱う能力なら、武器も鞭に似せた方がいいだろう?」

「はいっ、ありがとうございます!」

「別にいい。……ここ空港では、外国へ輸出するはずだった物と外国から輸入してきた物が沢山ある。偶然、その中でオモチャを見つけただけだ」

 

 ナルミは微笑む。

 

「このベルト自体の最大の長さは25メートルほどだ。元々何か大きな荷物を巻くための物らしいが、まぁいい。……それがアンタの力でどこまで活用できるか見せてくれ」

「はい! それでは行って参ります!」

 

 歌野は満面の笑みを浮かべて走り出した。

 

 

「……No.25。ここは任せた」

「……!」

「……援護くらいはできると思うからな」

 

 そして、ナルミも歌野を追いかけた……。

 

 

 

 

 ーーあの進化体バーテックスはゆっくりと空港方面へ近付いていた。

 

「ーー! ナルミさん?」

「昨日は任せっきりで悪かったな。こんなもんでも奴の撹乱にはなると思う」

 

 ナルミは銃を見ながら笑う。

 

「……」

「ん? どうした? 別にアンタの邪魔はしないさ。少し小突くぐらいしかしない」

 

 歌野は何か言いたげだったが顔を左右に振った。

 二人の前には進化体がゆっくりと迫ってきている。

 

「……よし。じゃあ白鳥歌野、今度こそ敵を倒しにいっっきまぁぁぁぁす‼︎」

 

 歌野は新たな武器を手に挑んでいく。

 

(頼んだぞ。白鳥歌野)

 

 

 

 

 ーー歌野はまず正面に立ち、敵に向かって武器を一気に伸ばす。

 

「先手必勝! ムチムチの(ピストル)ーーッ‼︎」

 

 それは猛スピードで飛んでいき、進化体の胴体部に命中した。

 ドゴォンと音を立て、命中した部位は見事に大穴が空いた。

 

「ーーッ‼︎」

 

 ……と同時に歌野は横へ跳んで回避した。

 進化体は攻撃を食らうと同時に爆弾を飛ばしてきたからだ。

 

 そして、また四発の爆弾を飛ばしてきたが、それを全てバク転しながら回避する。

 

「……ふ〜」

 

 スタッと綺麗に着地した。

 

「……大した奴だ。援護する必要がなかったな」

 

 ナルミは物陰に隠れながら戦況を見守っていた。

 また何発かの爆弾を飛ばしてくるが、歌野はベルトを周囲の木などに括り付け、縮ませることで飛び移りながら回避した。

 

「……ナルミさんからもらったこの武器なら、さらに新しいことに挑戦できそう!」

 

 歌野は最大まで長くしたベルトを縄を投げるカウボーイのように回転させて勢いをつけていく。

 

(長さがそれなりにしかなかった前の武器でもある程度はリーチの補正がされていた。……なら元々リーチが長いコレならもっと長く、もっと強くなれるはずっ)

 

 進化体はまた爆弾を飛ばしてこようと、下方部が膨張する。

 

「ムチムチの攻城砲(キャノン)ーーッ‼︎」

 

 勢いよく伸びたベルトは同時に発射された爆弾を破壊して敵の下方部に直撃した。

 

「よし! このベルト、爆弾に当たっても破損しない!」

「当然だな。あのベルトは本来は大きな荷物を括り付けるために強度は高くしてあるんだ。……その上、能力で強化もされてる」

「っ! ナルミさん」

「トドメをさせっ」

 

 身体が半壊している進化体バーテックスはノロノロと後退していく。

 

「ーーッ、逃がさない‼︎」

 

 歌野は進化体へ接近し、ベルトを伸ばす。

 ベルトは敵の頭部あたりに巻き付いた。

 

「いっっくよ〜〜〜!」

 

 そして、取ってのボタンを押してベルトは縮まり、歌野の体が引っ張られ進化体の元へ飛ぶ。

 

「ムチムチのロケット〜〜〜‼︎」

 

 そしてそのまま、ドロップキックをぶちかました。

 

 蹴られた進化体は地面に激突する。

 

「トドメーー」

 

 しかしその瞬間、歌野の身体は吹っ飛ばされた。

 

「ーーぐあッ!」

 

 数体の何かが歌野に向かって突進してきたのだ。否、それは進化体ではない普通のバーテックスだった。

 バーテックスは十体現れ、進化体を守るかのように蠢くグループと歌野に襲い掛かるグループに分かれる。

 

「ーーあっぶない!」

 

 咄嗟にベルトを両手で掴んだ。バーテックスはその両手の間のベルトに突っ込んだ形となり、喰われずに済んだ。

 歌野は受け身をとり、バーテックスに向き直る。

 

「あともう少しなのに……」

 

 進化体は起き上がるとまた、ゆっくりと後退する。

 こちらには一切構ってこない。

 

「ここで逃すわけにいかないな‼︎」

 

 ナルミは銃でバーテックス目掛けて発砲する。

 

「ナルミさん!」

「雑魚相手ならこれで倒せる。一気にきめるぞっ」

「はいっ」

 

 歌野もベルトを振り回して攻撃する。

 攻撃を食らったバーテックスは身体を破壊され倒されていくが、新たなバーテックスが次々と加勢してきた。

 

「もぉ……! これじゃあ近付けない」

「くっ」

 

 ナルミも銃で応戦しているが、キリがないように思えた。

 

「おいっ! これじゃあ埒が明かない。特攻するぞっ」

「えっ⁉︎ そんな無茶苦茶な作戦……おもしろそうじゃないですかぁ‼︎」

 

 歌野はニヤリと笑う。

 進化体バーテックスが逃げ、多くの雑魚バーテックスが守りを固める状況の中では敵の防御壁を一点突破するしかない。

 

「なら、いっきますよぉぉ」

 

 シュッと直線上にベルトを飛ばして敵を退ける。同時に、ナルミは銃を止めどなく撃ち続ける。

 

「よし、突っ込むぞ‼︎」

「はいっ」

 

 バッ、と二人とも先の攻撃で空いた空間に飛び込む。

 バーテックスはまた二人に襲い掛かる。

 

「これで終わらせるんだからぁ……、邪魔しないでぇぇぇ‼︎」

 

 ベルトを勢いよく振るって集まってきた敵を薙ぎ払う。

 

「ムチムチの(サイズ)ッ‼︎」

「飛ばすぞ!」

 

 がしっとナルミは歌野の腕を掴み、ぶん回して放り投げた。

 

「そおおおらあああ‼︎」

「うわわわわ〜〜」

 

 歌野は空中で体勢を整えてベルトを進化体へ飛ばそうとする。

 

 ……が、その時。

 

「ーーッ‼︎」

 

 進化体が歌野の方へ向き、下方部から爆弾を飛ばす。

 

「なあ⁉︎」

 

 歌野は瞬時にベルトで爆弾を相殺させた。

 

「うああーーッ‼︎」

 

 しかし、衝撃波によって歌野は地面に落ちる。

 

「バカな、射出口はさっき破壊したはずじゃなかったのか……⁉︎」

 

 進化体の下方部は歌野の攻撃により破壊されボロボロだったが、なぜか爆弾を発射できるところまで()()()()()()のだ。

 

「チィ……」

 

 孤立しているナルミに新たに五体のバーテックスが襲い掛かっていく。

 

「うっ……、くっ……」

 

 銃で応戦したり回避したりするが徐々に追い詰められていく。

 そして……。

 

「ーーッ! ぐあっっ‼︎」

 

 一体のバーテックスの歯がナルミの右腕を削った。

 

「ううッ‼︎」

(かすっただけだが……)

 

 右腕からは血が滴る。だが、彼女は自分に構っている場合ではなかった。

 

「ーーッ、白鳥ィィィ‼︎」

 

 進化体は休むことなく、爆弾を生み出して歌野へ飛ばす。

 

「ーーはっ!」

 

 ーーそれらは歌野へ降り注ぐ。

 

 ドドドドドドドド、と爆弾の雨が地面が鳴り響かせる。

 

「ちっ……くしょー!」

 

 ナルミは怒りに任せて銃を乱れ撃つ。

 バーテックスの突進を掻い潜っていきながら歌野の元へ駆けつけようとする。

 

「ーーぐあああッッ」

 

 横からバーテックスの突進を食らってしまう。辛うじて銃を盾のように構えたことで喰われずに済んだが、体は吹っ飛ばされる。

 

「……うう、クソ」

 

 立ち上がれないナルミの目の前に、迫ってくるバーテックス。

 

(ここまでなのか……?)

 

 ナルミが歯を食いしばり地面に伏せったその時ーー

 

「ナルミさんッ‼︎」

 

 思わぬ方向から聞こえてきた声と、弾丸が飛んできてバーテックスを撃ち殺した。

 

「な、No.25!」

「カッコつけるなら最後まで貫き通してください」

 

 No.25はナルミを助け起こす。

 

「それに、見てください。まだ、闘志は消えてませんッ」

 

 二人の視線の先には………。

 

「うおおおおおおおおおおーーー!!!!」

 

 凄まじい怒号と共にベルトを振り回す歌野の姿があった。

 

「ーー!」

 

 降り注ぐ爆弾を、ベルトを振り回すことで防御していたのだ。

 だが流石に爆発する際の衝撃波までは防ぐ術は無く、歌野の体には煤や火傷が見えた。

 

「これで終わりにするんだあああああああッッッ」

 

 ビシィッとベルトを地面に叩きつけた反動で飛び上がる。

 

「ムチムチのぉぉぉぉぉ……」

 

 飛び上がった歌野は格好の的になり、進化体はまた爆弾を飛ばす……が。

 

 

銃乱打(ガトリング)ーーーッッッ!!!」

 

 

 一見、デタラメに振り回しているように見えるが、その長いリーチと、高速に振り回すことで、その余りの速さに残像ができ数多の攻撃が襲い掛かっていくように、爆弾を一掃していった。

 

「往生際が……悪いよぉぉぉ!」

 

 爆煙の中、進化体がいると思われる方向へベルトを伸ばす。

 

「ーーッ‼︎ 捕まえたッ」

 

 ベルトの先が対象に巻き付き、歌野は一気にベルトを縮めて先端側へ飛んでいく。

 

「密着状態からのぉ……」

 

 爆煙の先には、進化体がいた。ベルトは進化体の頭部へ巻き付いていた。

 そして、歌野は進化体を掴んだまま巻き付いていたベルトを離して……

 

「ワンモア、銃乱打(ガトリング)ッッッ‼︎」

 

 ダダダダダダダダダ、歌野は進化体へラッシュ攻撃を浴びせていく。

 

 敵の身体は破壊されていき、最後に残ったのは頭部のみとなった。

 

「いけ……」

 

 ナルミはバーテックスの突進を回避しながら叫ぶ。

 

「終わらせろォォォ‼︎ 歌野ォォ!」

 

 再度、進化体バーテックスの頭部へ巻き付けて最大リーチで頭上高く掲げてからーー

 

「ムチムチの戦斧(オノ)ぉぉぉ!!!!」

 

 一気に振り下ろして地面に思いっきり叩きつけた。

 

 ドガァーーーン!と地面に大穴が開き、頭部は粉々に砕け散った。

 

 No.25と共に周りのバーテックスを全て倒し終えたナルミは呟く。

 

「……やった、のか?」

 

 砂埃が晴れ、見えた光景は、歌野が寝っ転がっている姿と、完全に破壊され残骸となった進化体バーテックスだった……。

 

「ふっ、ふふふ……」

 

 歌野は空を仰ぎ見、右手をプルプルと震わせながらVサインを掲げた。

 

 

「やったよ、みーちゃん。……ビクトリー!」

 




やったぁぁぁ!
やっと倒してくれましたぁぁぁ!
イーストジャパン編に終わりが見えたっ


次回 戦いの果てに


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第七話 戦いの果てに

 拙稿ですがよろしくお願いします。この作品では能力の種類に、自然系。超人系。動物系。という括りはなく、装備型と憑依型に区別されます(厳密に言えば少し違うけど…)。そこは、勇者であるシリーズの影響かな。
 

前回のあらすじ(?)
 進化体は白鳥さんに鞭で叩かれまくって倒されました。
 白鳥さんに鞭で叩かれまくる進化体……。いや、羨ましくはない。……ホントだよぉ?


〜勇者によるワンピースセリフパロ〜

芽吹「亜耶ちゃん! 人として生きなくて何の意味があるの⁉︎」
亜耶「芽吹先輩。人として生きることも、神と共にあることも、どちらも救いなんです。そして巫女は神樹様と共にある。それが巫女の使命」
芽吹「亜耶ちゃんダメだ! 私たちは生きるために戦ってるんだ。だから亜耶ちゃんも生きてくれっ! たとえ神に逆らおうとも」
亜耶「そんな、神に逆らうなんて……」
芽吹「亜耶ちゃん! 生きるんだっ!」
亜耶「でも、私は……」
芽吹「頼むっ。言ってくれ!」
亜耶「うっ、うっ……。怖いです」

芽吹「亜耶ッ‼︎ 『生きたい』と言えッ‼︎」
亜耶「……生ぎたいっ‼︎」
芽吹「!」
亜耶「私も一緒に連れていってください!!」



 進化体バーテックスの戦いの後、歌野は気を失ってしまっていた。

 流石に疲れたのだろう。特に右腕は新しい武器を手にしてから色々と酷使し過ぎて痙攣していた。

 

「ーーのん。うたのんっ」

 

 誰かが体を揺すっている。

 

「うっ、ううん、んん……」

 

 眠ったままの歌野を起こそうと、水都は体を揺すっている。

 

「うたのん、起きて。こんなところで寝ると風邪引くよ?」

 

 歌野が戦っている間、水都はずっと空港で祈り続けていた。歌野にもしものことがないように、と。

 この時代、何に祈っているのかは分からないが、兎にも角にも祈らずにはいられなかった。そうすることぐらいしか水都にやれることはないのだ。

 そして、歌野の勝利を先に戻ってきたNo.25から聞いた時は一目散に歌野の元へ駆けて行った。

 

「そのままにしてやれよ。死ぬほど疲れてるんだ」

「いいえ。疲れているからこそ、ちゃんとした場所で眠るべきです。地面の上にそのまま寝るんじゃあ体も痛むし、疲労も抜けません」

「……まぁ、それもそうだな」

 

 ナルミもやれやれ、といった感じで歌野を起こそうとする。

 

「おい、起きてくれ」

 

 ペシペシと頬を軽くはたく。

 

「む〜。眼前に広がる麦畑……。あちらの農園には葉物野菜の楽園が〜。熟れる果実。最新鋭の農作器具っ。まさかここがひとつなぎの大秘宝⁉︎ ビバッ! 四国ッ」

 

「……おい。アンタ起きてるだろ?」「……うたのん、起きてるでしょ?」

 

「……てへっ♪」

 

 ぱっちりと目を開けた歌野はペロっと舌を出す。

 

「いや痛い痛い、みーちゃん痛い。つねらないでぇ」

「馬鹿な事やってないで、帰ってちゃんと寝よっ」

 

 頬を引っ張られながら歌野は起き上がる。

 

「……いいお天気だ」

「ふふっ。なにそれ?」

 

 呑気な事を言いながら歌野は水都と手を繋いで空港へと帰る……。

 

 

 

 

 ーーそしてひと眠りしたその夜。歌野は空港の人々に感謝された。

 

「いやーありがとなぁ」「助かったわ‼︎」「あなた本当に勇者なのねぇ⁉︎」「これはお礼だ。ささ、召し上がれ」

 

 また、細やかながら宴が開かれた。食べ物の品目は乏しいが、歌野と水都にとってはご馳走である。

 

「んん〜! 諏訪で食べた信州蕎麦は最っ高にデリシャスだけどここの蕎麦もなかなかにデリシャス〜‼︎」

「……うん。美味しいです」

 

 諏訪を後にしてから蕎麦はひさしぶりに食べた気がする。

 やはり蕎麦は美味しい。あの細い麺に多大なる栄養素や旨味が凝縮されているなんて想像できないほどに。

 蕎麦は味のインパクトはラーメンやうどんに及ばないものの、それは逆に体への負担が少ないということ。口に入れ噛み締めた時の優しさは麺類の中では一位と言っても過言ではないだろうーー。

 

「ーー本当に助かった。ありがとうな」

 

 ナルミは歌野に頭を下げる。

 

「いえいえ。これも勇者の御役目のようなものですから」

「私たちが救われたことは事実だ。……改めてなにかお礼がしたい」

「お礼ならこのご馳走で充分ですよ」

「そうはいかないさ。この食べ物はみんなで食べてるんだ。アンタ個人へのお礼じゃない」

 

 歌野は暫し考える仕草をとってから……。

 

「あっ! でしたら飛行機乗せて行ってくれますか?」

「飛行機? ああ、大社の神官たちが月一で乗ってるやつか?」

「多分それです」

 

 歌野と水都の目的は四国へ行くこと。ここからかなり距離があるのでウェストジャパンの手前までは飛行機で行きたいと考えていた。

 しかし、その飛行機に乗るお金は持っていないので、忍び込もうと考えていたわけだが、普通に頼めば余計なリスクも負わずに済む。

 

「ここに来てからの騒ぎで忘れてた……。私たちは飛行機を乗りに来たんだったね」

「そうそう。うまくいったらみーちゃんの言ってた方法で乗らなくても済むでしょ?」

 

 二人でヒソヒソと話す。

 

「わかった。少し頼んでみる。……それに幸運にも今月の便は明日の朝だ。私やNo.25から、乗せてもらえるように支部の連中に頼んでみる」

「やったぁ! ありがとうございます!」

「支部、はどこにあるんですか?」

 

 ここに大社の支部がある事は、事前に水都は知っていた。ただ、支部らしい施設はここにはない。

 

「少し離れた場所に元管制塔がある。バーテックスの襲撃で塔自体は破壊されてはいるが、支部はその地下にひっそりと存在しているよ」

「地下にあったんですねぇ」

 

 その後、ナルミたちが掛け合い、歌野と水都は幸運にも、犯罪行為に手を染めずに飛行機に乗ることができたーー。

 

 

 

 

 

 

「ーーぷは〜。食べた食べたっ」

 

 宴の後、歌野はお腹をさすりながら空港周りを散歩していた。

 

「少し食べすぎたんじゃあないの?」

「うん? いやぁ腹八分目ってやつよ。蕎麦なら別腹だけどねっ」

「後半はもう蕎麦しか食べてなかったよね? 食べたら注がれ、食べたら注がれで、なんかわんこ蕎麦みたいになってたし……」

「ふっふっふっふ〜。ひさしぶりに食べたからね。ついつい……」

 

 今朝の戦いなど、遠き日の思い出か。二人は明るい月の下、笑いながら歩く。

 

 ……と。

 

 

「ーーやあやあ、お二人とも、今日は月が綺麗だねぇ」

 

 声のする方を見ると、少し背の高い小山で誰かが座って月を眺めていた。

 

「……? 誰ですか?」

 

 水都が尋ねるとその人物は立ち上がりーー。

 

「仰げばとおっ! っとし」

 

 変な掛け声と共に小山からジャンプして、シュタッと二人の前に着地した。

 

「ーーお! 凄い凄いっ、けっこう高いとこからっ」

「あの、大丈夫ですか?」

 

 その人物は女の子だった。歳としては二人と同じくらいだろうか?

 月の光に照らされて、頭のテッペンあたりで結っているピンク色の髪が綺麗に輝く。前髪は三つに分け、左右をヘアピンでとめている。

 暗がりでわかりづらいがよく見ると、褐色肌をしている少女だった。

 

「平気平気。こう見えて私、鍛えてるからっ。アイラブ筋肉。マッスルマッスル〜」

「えっ、あ……、はぁ」

 

 変な回答に困惑する水都。

 

「空港にいた方ですか? 初めて見た顔ですけど……」

「いんや、私は旅の者だよ。ついさっきここへ来てね。野宿しようかなぁ、ってとこだったんだよ」

「そうだったんですか。じゃあせっかくなので空港に泊まりませんか? 私たち二人も厄介になってるんで」

 

 歌野の誘いに少女は首を横に振った。

 

「ううん、悪いね。野宿って言っても数時間の仮眠程度だから。すぐ出発するし……」

「ですが夜は結構危ないですよ? 今朝、この近くにバーテックスがいたんですから」

「ん? ああ。知ってる知ってる」

「え?」

「だって私、全部見てたから。()()()()()()()()()()()()()()()のを」

 

「「えっ⁉︎」」

 

 その言葉に当然二人は驚いた。

 

「私たちの名前、どうして……?」

「……二人がそう呼び合ってるのを聞いちゃってて。私、こう見えて耳が良いんだよねっ」

「あっ、ああ。そうですか」

 

 歌野は戸惑いながらも一応納得する。

 

「今朝、戦ってたのはうたのんーー、彼女だけです。私は戦ってはないですよ」

「……! あっはっはっは。そうだったそうだった。ゴメンネ、見間違い」

 

 少女は頭を掻いて笑う。

 

「でもうたのん、凄いよねぇ。進化体バーテックスを倒しちゃうんだもん!」

「いやぁ、それほどでもぉ……」

「おかげで、ここら辺の()()は散っちゃって当分は近寄らないと思うよ?」

 

 少女は聞き覚えのない単語を口にした。

 

「星屑?」

 

「そそ。進化体じゃない雑魚の方。クネクネ〜って蠢く奴ら。一部の人は『星屑』って呼んでる。……ほら、三年前のあの日、真っ暗な夜空から降ってきたことからそう命名されたんだ」

「へぇ〜」

「……」

 

 頷く歌野とは別に水都は得体の知れない雰囲気を少女から感じていた。

 

「だから大丈夫っ。心配ありがとねっ。お話し相手がいて楽しかったよ」

 

 じゃ、と手を振って少女は駆けて行った。

 

「……なんか、台風みたいな人だったねみーちゃん。急に現れて急に去って行った……」

 

 歌野は水都に話しかけるが、水都は彼女が見えなくなった後も、その方向を見続けていた。

 

「……? みーちゃん?」

「へっ。あ、うん。そうだね」

「どうしたの?」

「……いや、あの人、名前言わなかったなぁ、って思って」

「あっ! ホントだ。……まぁ私たちもニックネームでしか知ってもらえてないよね」

「……うん」

 

 そして、二人は空港へ戻る。

 

 ……が、水都はーー

 

『ーーだって私見てたから。うたのんとみーちゃんが戦ってたのをーー』

 

(……私がバーテックスと戦ったのは、うたのんが勇者の野菜を食べた時だけ。……いや、あれを戦った、とは言わないか……)

 

 水都はあの少女の事を深く考えていたが、やがて考えるのをやめた。

 

(まぁ、単なる言い間違えだよね……)

 

 

 

 

 ーー二人からかなり離れた距離でピンク髪の少女は独り言を呟く。……周囲には誰もいない。

 

「はっははは〜ん。ぜーんぶ、見ぃちゃってるんだよねぇ」

 

 彼女は月を見てニヤける。

 

「ホンっトにやらかしてくれちゃって。……あと十体かぁ。少し予定を早めた方がいいかも?」

 

 

 




 さあて長かったチュートリアル(?)が終わり、これからどんどん物語を進めていきましょう! ……順調に進むかなぁ。


次回 新たなる地へ


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第八話 新たなる地へ

拙稿ですがよろしくお願いします。さあて、旅立ちのときだ。さらばうたのん。みーちゃん。また会う日までっ。(最終回ではない)


前回のあらすじ(?)

祝勝会だぁ。バンザーイ!
白鳥さんの活躍で正攻法で飛行機に乗る事ができたっ。やっぱり悪い事なんて進んでやるもんじゃないね。だって白鳥さんは海賊じゃないんだもんっ。


〜勇者によるワンピースセリフパロ〜

柚木「ここが、壁のテッペンか……」
芙蓉「やっぱり、星屑やバーテックスなんていなかったんだ! 世界は滅びていない! 私たちは四国の外にだって出られる!」
ひなた「あと数歩歩いてください」

芙蓉「あ……」

ひなた「これが、世界の真実の姿です。いつか遠い日に、その姿を誰かが見た時、世界はひっくり返るでしょう。誰かが見つけ出す。そして、その日は必ず来る」

若葉「バーテックスはっ、実在するッ!!!!」

芙蓉・柚木「!?」



 朝日が昇る前、白んできた空の下、歌野は麦わら帽子をかぶり畑を耕していた。

 

「……朝早いね、うたのん」

「みーちゃん! おはようっ」

 

 空港付近の誰も使っていなかった畑を懸命に耕している歌野の元へ水都は歩いていく。

 

「どうして畑を耕してるの?」

「ん? まぁ今日でここもお別れだからね。少しでも私たちがいたって証を作りたくて」

「それがこれ?」

「うん。バーテックスを倒してとりあえずは平穏になったからね。こうして少しでも『日常』を取り戻していきたい」

 歌野は畑を耕し続けた。

 

「……そういえばうたのん。よかったの? ()()()のこと……」

「うん。私たちよりこの空港のこれからを考えたら、そっちの方が必要かなって」

「そっか……」

 

 進化体バーテックスを討伐した人には大社から懸賞金が贈られるそうだ。しかし彼女はーー

 

 

 

 

 

 

「ーーそうだ。懸賞金の話をしなくっちゃな」

「懸賞金?」

 

 昨日の夜、歌野と水都が飛行機に乗れるように大赦支部へ頼んできた帰りに、ナルミからそのような話があった。

 

「なんだ知らないのか? 進化体バーテックスはな、その強さから討伐した者へ賞金が渡されるんだ」

「……! そうだったんですか!」

「ああ。懸賞額は大社の人たちと四勇とが話し合って決めるんだ。……今回の進化体だがな、奴の情報は既に大社側に知られてある。今、大社が認知している進化体の数は全部で十二体。それぞれ識別するためにコードネームが与えられている」

「十二体も、アレが……」

 

 歌野から冷や汗が流れた。ほぼ歌野一人で倒したが、一体だけでも相当な強さだったのだ。そんな奴らが他にも存在しているようだ。

「十二体はそれぞれ星座に関する名前だ。アンタが倒したのは『乙女座』と呼ばれている」

「乙女座……」

 

 名前に何ひとつ似ていないのだが、なぜそのような名前が付けられたのだろう。

 

「確か、一年前にも四勇の誰かが一体倒してたな。名は『水瓶座』と呼ばれていた。だから、あと十体だな」

「なるほどなるほど」

「……で、懸賞金の話に戻るが、乙女座の懸賞額は『400万ぶっタマげ』だな」

「えっ?」

 

 耳慣れない単位を聞いた気がする。

 

「『ぶっタマげ』って何ですか?」

「まあわからんよな? 懸賞金独特の単位だそうだ。確か、四勇の一人がそう決めたらしい」

「……なんでそんな事を? 『円』じゃダメなんですか?」

「しらん。決めた四勇に聞いてくれ」

「四勇って、乃木さんじゃあないですよね?」

 

 歌野が四勇の中で知っているのは乃木若葉しかいない。

 

「いや、名前は忘れたが違った筈だ」

「それは良かったです」

 

 歌野のイメージ内の若葉は、そんな意味不明な単位を付けない筈だ。

 

「ちなみに円に換算するといくらになるんですか?」

 

 ナルミは暫し考えてから……。

 

「んーとな。覚えてる話では、自動販売機で120円のジュースを買おうと財布を開けたら、80円しか無かった時を『1ぶっタマげ』というらしい」

「……?」

 

 何を言ってるのか理解できなかった。

 

「つまり、120円に対して持っているのが80円だから……」

 

 ナルミは何か計算をしていた。

 

「120:80=1.5:1 の数式が成り立つわけだ。つまり、1ぶっタマげ=1.5円だな。……ああ、小数点以下は切り捨てだから実質、1円。10ぶっタマげ=15円の換算になる」

 

計算メンドクサっ!!!

 

 つい大声が出てしまった……。

 

「つまり、400万ぶっタマげだと、600万円貰えることになる」

 

 その金額に歌野はピクっと反応する。

 

「単位は置いといて……。その金額は驚きですね」

「まぁ命懸けだからな」

「ですがそれだけの大金をどうやって使うんですか?」

 

 確かにこのご時世、バーテックスよって市場など機能していない。四国以外の土地では万札もただの紙クズである。

 

「例えばお前たちが乗りたがっていた大社所有の飛行機。あれは一般人が乗ると『片道ひとり100万円』だ」

「高いッ‼︎」

「このご時世、大社以外の人が乗る事自体、珍しい。それに大社の人間も数人程度しか乗らん。だから燃料や整備、特に維持費に莫大な金がかかる」

「そうなんですね」

「あと、闇市だな。四国にある物資を、これまた高値だが売ってくれる奴がいる。たまにここにも顔を出すぞ」

「闇市なんてあるんですか」

「と言っても大社が暗黙に公認している闇市だ。半公式の闇市ってところか」

「なんか複雑そうですね」

「複雑さ。大社という組織は、四国と四国以外との板挟みだからな。闇市の件も然り、何食わぬ顔であくどい事をやっている」

 

 大社は四国外の人たちを四国へ立ち入る事を禁じている。その大社が四国内の人たちからの反感を抱かないようにする、せめてもの措置なのだろう。

 

「……それに今、大社は必死で勇者の野菜を探してる」

「大社が?」

「一般の人たちが勇者の野菜らしき物を持ってきて、それが本物だと判明した時に、高値で買い取っているらしいんだ。つくづく金遣いが荒いよなぁ」

 

 今、大社は勇者の野菜を、一個500万円で買い取っているらしい。または、四国への永住権を保証しているようだ。

 

「四国外で大金を貰って生きていくか、金より命で四国へ入って平穏に暮らすか、だな」

(まったく、集めた勇者の野菜をどうするんだか……。いや、予想はつくが)

 

 ナルミは過去の事が頭によぎり鼻で笑った。

 

「……話が逸れたな。だからアンタには明日、懸賞金を渡しーー」

「ナルミさん。私、いりません」

「……!」

 

 ナルミの言葉を遮り、歌野は断った。

 

「……おいおい、本気で言ってるのか?」

「ナルミさんは言いましたよね? たまにここで闇市があるって」

「ああ」

「なら、そこで農作物の種とか、肥料とか、道具とか買えませんか?」

「それは売ってあれば買えるが……」

 

 ナルミは歌野の意図に気付く。

 

「なら、もし売ってあればそれを買ってあげてください。また、この空港の復興のために使ってあげてください」

「何を言うかと思えば……」

「私はあなたと約束しました。バーテックスを倒したら、ここで農業をしましょうって。この空港を、バーテックス襲撃前に戻したいんです。一日でも早く、ここに日常を取り戻してあげたい」

 

 歌野は目を閉じて胸あたりに手を当てる。

 

「バーテックスを倒したら終わりじゃない。私が求めているものは、その先にあるんです」

「……」

 

 ナルミはその言葉に驚いていたが、ふっと笑った。

 

「……アンタはいい意味で変わったやつだな。……とんでもなく凄いやつな気がする、かな」

「変わったやつで結構です。とんでもなく凄くて結構です。だって私は、農業王になるんですからっ」

「ふっ。そうだったな」

 

 歌野は満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 ーー朝日は完全に昇り、歌野と水都は飛行機の前に立つ。

 

「……みーちゃん、コレ」

「うん。忍び込むなんて無理だったね……」

 

 二人の目の前には、プライベートジェットがあった。おそらく十人程しか乗れないようなサイズである。

 

「よく考えてみると、私たちが想像してたサイズのものをこのご時世、維持するだけでも大変だった……」

「みーちゃん……」

「きっと、悪い事をしちゃいけないっていう、神様からのお告げだねっ」

「う、うん。そうだね」

 

 

「ーーなんだ? 二人でコソコソ喋って」

 

 振り返ると、ナルミとNo.25、そしてパイロットだと思われる人がいた。

 そして後ろには、空港にいた人たちが見送りに来ていた。

 

「「短い間ですが、お世話になりましたっ」」

 

 ペコリと歌野と水都は頭を下げる。

 

「よせ、礼を言うのはこっちの方だ。……アンタたちが来てくれてホントに良かった。ありがとう」

「「はいっ」」

「また、いつかここに寄ってくれよ? それまでには私たちで立派な田畑や農園を作っておく」

「それは、楽しみです! 私が農業王になったら、ここに遊びに来ますから、一緒に農業しましょう!」

「ふっ。……よろしくな。農業王っ」

 

 ナルミは手を振る。それに続いてNo.25や空港の人たちも手を振り二人に別れを告げる。

 

「きっと来てね〜!」「でっかい野菜作って、待ってるからなぁ!」「ありがとうっ、勇者ぁ‼︎」

 

 

 ーーそして、二人は飛行機に乗り、空へ飛び立ったーー

 

「あれ、もしかして私たちだけですか?」

 

 水都は乗っている人が自分たちしかいない事に気付いた。

 

「ええ。ザラにあるんですよ。最近は特に人の乗せる事が少なくてですねぇ」

 

 パイロットは水都の質問に答える。

 

「まぁそれでも向こうへ運びたい物もありますし、来月には向こうから乗りたいって人もいるかもしれませんから」

「それもそうですね」

 

 そういえば、何か荷物を運び込んでいたような気がする。後方には、ダンボールが積まれていた。

 

 

「……それにしても、色々あったねぇ」

「うん。ホントに短い間だけど、色々あった。うたのんが勇者になって、バーテックスを倒した事が、一番驚いた事、かな」

「アレは私自身も驚いたよ!」

 

 二人で諏訪からここまでの旅を振り返る。

 

「でも、ここまできたら後は、突き進むだけっ。ウェストジャパンまで一気にGO GO!」

「うんうんっ」

 

 と、歌野と水都が盛り上がっているところで……。

 

「ーーえっ? ()()()()()()()()、ですか?」

 

 その話を聞いていたパイロットが問いかけてきた。

 

「「えっ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー二人を見送ったあと、ナルミとNo.25はーー

 

「あっ‼︎ そういえば、あの二人がどこへ向かうのか聞いてませんでしたねっ」

「……! ホントだなっ」

 

 No.25に言われてナルミの表情はハッとなった。

 

「まぁ、今月の便に乗るなら、行き先に間違いはないだろう」

「そうですね。便はあれひとつだけですから、間違えて乗ることもないです」

「白鳥歌野は農業王になるんだろう? なら、行き先は間違い無いな。……何より今時、西()()行こうだなんて酔狂なやつはいないだろう」

「それもそうですねっ」

 

 二人は笑いながら、歩き出した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー機内で、歌野と水都はーー

 

「あ、あの〜すみません。この飛行機ってどこに向かってるんですか?」

 

 恐る恐る水都がパイロットに尋ねる。

 

「もちろん、()()()ですよ? あと二時間もしないうちに着きますから」

 

 その言葉を聞いたとき……。

 

「「……え……?」」

 

 

 

 

 

 

 

 ーー10秒後ーー

 

 

 

 

 

 

「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!!」」




『イーストジャパン編』 完!
新章『ノースジャパン編』開幕!

……おいいいいっ‼︎ 白鳥さんんんんん‼︎
どんどん四国から遠ざかってるじゃあないかッ‼︎


次回 四勇会議


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〜ノースジャパン編〜
第九話 四勇会議


拙稿ですがよろしくお願いします。今回、若葉を含め、残りの四勇三人+αが登場。


前回のあらすじ

海賊狩りみたいに行く方向を間違えてウェストジャパンではなくノースジャパン方面へ行ってしまった白鳥歌野と藤森水都。
……テコ入れじゃないよ(笑)。北海道で会わなくちゃいけない人がいるからね。

『受け継がれる意志、時代のうねり、人の夢。これらは止める事のできないものだ。人々が自由の答えを求める限り、それらは決してとどまる事はない』



 歌野と水都が北海道へ向かっている間、四国の徳島某所ではーー

 

「おはようございます。若葉ちゃん」

 

 艶やかな長い黒髪に赤いリボンをカチューシャのようにしている少女は四勇のひとり、乃木若葉を一室に迎え入れる。

 少女の名は上里ひなた。

 

「おはようひなた。……悪いな、少し遅くなった」

「いえいえ、まだ会議が始まるまで20分ありますよ」

「30分前に来る予定だったが、タクシーが渋滞に捕まってな」

「相変わらずですね。若葉ちゃん」

 

 若葉は先に席に着く。そして彼女の後ろにひなたは立つ。

 今回は四勇の四人が介し、各々の近況を話し合う。

 四勇には、サポートする者として副官が一人ついている。

 香川を統治する四勇、乃木若葉には上里ひなたがその副官にあたる。

 

 

 ……会議予定時刻の10分前となった。

 

「ーーおはよー‼︎ ん⁉︎ なんだぁ、また若葉が一番かよ! 今回こそはタマが一番だと思ってたのにぃ‼︎」

 

 ガラガラッと勢いよく扉を開けて入ってきたのは、茶色の髪で、野生味溢れた眼光を持つ小柄な少女。

 四勇のうち、愛媛を統治する者の()()()、名は土居球子。

 

「ああ、おはよう球子」

「おはようございます。球子さん」

「ひなたもおはよー!」

 

「……タマっち先輩、入口でつっ立ってないで、早く入ってよぉ」

「おっ、わりぃなあんず」

 

 球子は入口から若葉の正面に座る。

 

「おはようございます。若葉さん。ひなたさん」

「ああ。おはよう杏」

「おはようございます」

 

 清楚、と表現するにふさわしい、白い長髪にお淑やかな表情をした少女は球子の隣に座る。

 彼女もまた、愛媛を統治する四勇のひとり、名は伊予島杏。

 

「……あれ? 球子さん、杏さん。安芸さんはどうされました?」

「あー、ますずは今日、バックれたっ。弟の定期検診に付き添うからって」

「そうですか、では仕方ありませんね」

「真鈴さんは、メインは貴女たちだから、アタシいらないでしょ? って言ってましたね」

 

 杏は困り顔でひなたに告げる。

 

 四勇はそれぞれ、自分の生まれた土地を統治している。

 若葉は香川で生まれ、球子と杏は愛媛で生まれた。四国の愛媛という土地に四勇が二人というのは、些か過剰戦力ではないか? と前に大社に指摘され、徳島へ一人、移すべきだという意見もあったが、若葉たちはそれを却下。ひなたも、今回はいないが二人の副官である安芸真鈴も若葉たちに同意したので、愛媛は二人で統治。残った徳島は中立の場としてあてられた。

 そして、残るはあとひとり。彼女は高知を統治しているーー

 

「……皆様、おはようございます」

 

 ペコリと頭を下げてメガネをかけたおさげの少女が入ってきた。

 

「さぁ、郡様。皆様がお見えになっていますよ」

「……ええ」

 

 メガネの少女、名は花本美佳。その後に入室した、横に揃った黒髪が腰辺りまで届く程長く、静かだが少し暗い影を持った表情の少女は若葉の隣に座った。

 彼女こそが、高知を統治する四勇のひとり、名は郡千景。

 

「開始5分前だが、いいだろう。今回の会議を始める」

 

 若葉の号令で、四勇会議は始まった……。

 

 

 

 

「……ではまず、今回四国外へ調査しに出かけたのは私と千景。その調査結果から話す」

 

 若葉は一週間程の間、サウスジャパンの熊本へ行っていた。

 

「熊本には大社支部は無いが、人が住んでいた形跡があった……」

「形跡があった?」

「ああ。進化体バーテックスによって既に壊滅させられた後だった。……生き残りはいない。どこかへ避難したと信じたいがな」

 

 開始早々から重苦しい内容に室内の空気も重くなった。

 

「乃木さん……。壊滅させた進化体の……正体は、わかるかしら」

 

 隣に座っている千景は問いかけた。

 

「酷い荒れようだった。地面は割れ、陥没している箇所が幾つもあった。あれはまるで大地震が起きた後のようだ」

「ーーッ‼︎ それってもしかして」

 

 杏は若葉の説明で壊滅させたであろう進化体バーテックスの正体に気付いた。

 

「ああ。杏の予想通りだと思う。……地震のような衝撃波を繰り出せる能力。『グラグラの野菜』の能力をもつ『山羊座』だ」

 

「「「「ーーッ‼︎」」」」

 

 その言葉にこの部屋にいる若葉と杏以外の四人は驚きの表情を浮かべた。

 『山羊座』は十二体いた進化体バーテックスの中の一体。その姿と能力は既に大社に知られている。

 

「なーんか、最近、進化体の行動が活発化してきてないか?」

 

 椅子を後ろに傾けるように深く座った球子は両手を後頭部に回してボヤく。

 

「球子の言う通りだ。情報では『蠍座』『蟹座』『射手座』の三体が島根で確認された、と言う報告が大社からあった。流石に戦力差がありすぎて現場にいた防人は気付かれずに撤退した、とのことだ」

「犠牲がなくてよかったです」

「そう、ね」

 

「おっ! ならさ、そいつらの懸賞額はアップするのか?」

 

 カタッカタッと椅子を前後に揺らしていたが、バンと球子は机を叩く。

 

「タマっち先輩。面白そうに言って、遊びじゃないんだよ?」

「もちろん遊びじゃないぞ! 懸賞金の額はタマが大社と連携して決めてるんだから、そういう話は早くしとかないとダメだろ?」

「球子の言うことも一理ある」

「だろー! 若葉」

「なら、球子はこの後に大社と連携して懸賞額の話を進めといてくれ」

「了解だ!」

 

 球子は敬礼ポーズを取るが……。

 

「……あっ! そういえば言うの忘れてたぞ!」

「なんだ?」

「あっ、でも後でいいや。……先に二人の調査結果を知りたい」

「そうか? なら、私の報告は以上になる。あたりを探し回ったが山羊座を見つけることはできなかった」

 

 そう言った後、若葉は千景の方を見る。と同時に球子と杏も千景に視線を送る。

 

「……私は先日、奈良へ行ったわ。そこも大社支部なんてなかったけど、生存者は確認できたわ」

「そうか、それは何よりだ」

「現地の人に、支部を置いて援助をさせるか提案したんだけど……、大丈夫だって断られた、わ……」

「ほう、それは意外だな」

 

 大社の援助を拒むとは、何か考えがあってのことだろうか。

 

「私も詳しくは聞かなかった。……けど、あの人たちは、自分たちでバーテックスと戦えると言っていた」

「……!」

「そうなのか⁉︎ 奈良にはタマたちとは違う戦力があるってことなのかッ!」

 

 球子が食い気味に千景に問いかけた。

 

「千景さん。もしかして、七武勇の誰かがいたんですか?」

 

 杏はすぐにその可能性を指摘した。大社の助けなしでバーテックスに対抗できるのは、七武勇くらいだからだ。

 

「……いいえ、違うと思う。それだと思う人は……いなかった」

「……」

 

 その言葉に後ろに立っていた花本は僅かに眉をひそめた。

 

「そっかー、なら何だろうなー?」

「ふむ。奈良にいる人たちへ、また調査が必要だな」

「あっ、それなら、また私が行くわ……」

「ん? そうか、ならその時はまた頼む」

 

 若葉は千景が積極的になっていることに若干、疑問を持ったがすぐに振り払った。

 

(御役目に積極的なのは良い事だからな)

 

「私の報告は以上よ……」

「なら、球子。さっき言いかけていたことを頼む」

 

 球子は、ゴホンと咳払いして話し始める。

 

「進化体バーテックスのことだけどな。昨日の夜ぐらいに、千葉の支部から連絡があって乙女座が討伐されたらしいんだよ」

 

「なにぃ⁉︎」

「……!」

 

 若葉は驚き、千景も目を見開いた。

 

「タマっち先輩。私それ聞いてないんだけど」

 

 杏も寝耳に水の様子だ。

 

「タマだって驚いたぞ。だからみんながまとまってる今日の会議で話そうとしたんだ」

「……でもさっきまで忘れてたんでしょ?」

「あんずっ。余計なことを言うなよー」

「……で、誰が倒したんだ? あそこには防人はいるが、防人装備で進化体を倒すことはできないだろう?」

「それがさー。詳しいことは教えてくれなかったよ。大社の人たちは、旅のものが倒したって報告を受けたって……」

「それこそ、七武勇のだれか、か?」

「だったら七武勇って話題が出てくるはずだろ? それに、ちゃんと大社は向こうに400万ぶっタマげ(600万円)送ってたんだ。七武勇へは送らないぞ? おたずね者だし」

「……不思議な事が立て続けに起こるものだな」

「もしかしたら……、新しい勇者が、現れたのかしら……」

「その可能性も出てきたな。大社の防人部隊は最近、勇者の野菜を集めていると聞く。それを使って戦力を増やしているかもしれん」

 

 ひなた伝いに聞いた話では、防人の現リーダー。名は弥勒というらしいが、彼女は大社本部にかけあって勇者の野菜を集めているという。それを仲間に食べさせ勇者を量産させているのではないだろうか。

 

「よし、その辺りも含めて、球子は大社への調査を頼む」

「オッス!」

「また、ひなたと花本さん、安芸さんも含めて大社の情報を探ってくれ」

「わかりました若葉ちゃん」

「承知致しました。乃木様」

 

 後ろにいるひなたも頷き、花本は頭を下げる。

 

(最近、大社もキナくさくなってきたよなー)

 

 球子は天井を見上げて思う。

 

「……うん。これでタマの話は終わりだ」

「わかった。……他に言っておきたいことはあるか?」

 

 会議も終わりに近付いている。

 

「すみません。最後に、いいですか?」

 

 杏が手をあげた。

 

「ああ。杏、頼む」

「話に出てきた七武勇のことです」

「何か動きがあったのか?」

「動き、とは言い切れないんですけど……。七武勇のひとり、『結城友奈』なんですが……」

 

「……!」

 

 千景がピクッと反応した。

 

「結城友奈に何か動きが?」

「彼女自身が、ではなく彼女の言動に感化された外の人たちが四国への侵入を試みようとしたみたいで、大社と一触即発の状態だったらしいです。結果はおおごとにならずに退いたようですけど」

 

 七武勇の結城友奈は四国外の人たちに接触し、四国内への侵入を呼びかけているらしい。その行動に焚き付けられた人たちが今回の行動を起こしたという。

 集団の中に結城友奈本人はいなかったようなのでおそらく彼女は呼びかけた程度のものだろう。

 

「結城友奈か。……七武勇の中でも厄介なやつだな」

「懸賞額も一番高いからタマげたタマげたっ」

 

 七武勇にも懸賞額が付いている。額自体は人に危害を及ぼす進化体バーテックスより低い者もいるが、杏が報告してきた出来事もあり、大社が危険視していることに変わりはない。

 特に、一番高いのは結城友奈。額は500万ぶっタマげ(750万円)。

 

やはり、侮れないですね……。友奈の一族は

 

 ボソッとひなたは呟いた。おそらく、誰にも聞こえていないだろう。

 

「……結城友奈をはじめとする七武勇への対処は現在、大社防人に任せてある。要請があり次第私たちも出るが、ひとまずは自分たちの土地にて待機だ」

「了解っ」

「はい」

「……ええ」

 

「よし。何もなければ以上をもって会議を終了する。みんなおつかれ」

 

 

 ーーそうして会議は終わり、それぞれ部屋を後にした。

 

 

 

 帰り道、千景は花本と共にタクシーに乗って高知へ帰っていた。

 

「……郡様」

「どうしたの? 花本さん……」

「先の話、郡様が奈良に行って、会ったというあの方の話はされなかったのですね」

 

 千景は動きを一瞬止めた。

 

「あの話の中では、関係ないことだったもの。余計なことを言って……変な気を起こすこともない……わ」

「そう、ですね」

 

 そして、無言のまま二人は高知の境にさしかかった。

 

(また、会いたいな……。高嶋、さん)

 

 遠くを見つめて心の中で彼女の名を呼んだ……。

 

 




四勇の人たちを、四皇の人たちみたいな笑い方にさせるか想像してみた。

球子「マママ、マママ〜ッ!」

杏「ウオロロロロロ〜〜」

千景「グララララ……」

若葉「ゼハハハハハーーッ‼︎」


 ……うん。絶望的に合わない(笑)

次回 ビバッ 北海道!


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第十話 ビバッ 北海道!

拙稿ですがよろしくお願いします。北海道へ上陸。農業しがいのある広大な大地の中で歌野は何を想う。


前回のあらすじ

四勇が一堂に介した。

歌野「みーちゃんたいへん! 前回私たちの出番ゼロだったよ!」
水都「乃木さんたちのお話だったからね」
歌野「私、主人公なのに……」
水都「いくら主人公でも毎話出番があるわけじゃないんだよ」
歌野「そんなぁ〜」
水都「そのかわり、また今回からうたのんメインだから」
???「ふふふ。それはどうかな?」


 彼女たちの落ち度はなんだったのだろう?

 行き先はウェストジャパンである、と説明しなかったことだろうか。

 しかし、大社関係の人へ、四国へ行くためにウェストジャパンまで連れて行ってくれ、など言えるはずもない。

 水都はもちろんのこと、歌野も大社は全員、四国へ向かう人を阻んでいる、と認識していたため、本当のことを言えなかったのだ。

 

 ……その結果、二人は行き先の情報を知らないまま乗ってしまった……。

 

 フライトのスケジュールはウェストジャパンの西端にある中国地方(マリンフォード)の岡山から、千葉→北海道→千葉→岡山→沖縄→岡山……と月毎に移動していることなど知る由もなく……。

 水都も諏訪の大社支部と関わりがあったが、それに関しては完全にノーマークだった。

 

「うっ……、うっ……。ごめん、うたのん……」

 

 目から涙をポロポロと流しながら謝り続ける水都。

 

「いや、気にしてないよ。私もその辺り、抜けてたから」

「で、でもぉ、私がもっとしっかりしていたら……」

「だからいいって。……それに私はある意味嬉しいんだよ?」

「えっ?」

 

 歌野は窓から見えてきたこの飛行機の目的地を見て微笑む。

 

「……だってここ、北海道は農業が盛んな土地なんだから! 一番の目的地を四国に定めていただけで、ここもいつかは来たいと思ってたんだよ!」

「……ありがと、うたのん」

 

 涙を拭いながら水都はお礼を告げた。

 

 

 

 

 ーーそして、二人は北海道へ上陸した。

 

「えっ、コレ……」

「すごい……」

 

 目の前に広がる光景に二人は感嘆した。

 なぜならここ、北海道の旭川市はバーテックスが存在しているこの時代ではありえないほどの『街』そのものだったからだ。

 

「これが北海道……?」

「ここ、バーテックスがいる時代とは思えないね……」

「ーーこれでも結構やられた方なんですよ。襲撃前は千歳市、苫小牧市辺りに空港があったんですけどね。そこはもう壊滅状態でして……」

 

 パイロットの人も降りてきて二人に説明する。

 広大な大地の北海道も、人が住んでいる場所は旭川市だけである。

 ここだけは何故かバーテックスの侵攻がほとんどなく、大社支部と防人の力で平穏を保っていた。

 北海道のおおよそ中央に位置する旭川市は、さながら陸の孤島と呼べるだろう。

 

「それでも、この規模は大したもの……」

「諏訪もここも、一体何がバーテックスを拒ませているんだろう?」

 

 水都は諏訪と旭川との関連性に頭を悩ますが、いまいち思い浮かばない。

 

「考えるのは後々! ほら、みーちゃん! 観光しようっ。レッツゴーゴー‼︎」

「わっ、ああっ。うたのんっ」

 

 水都の手を引いて、歌野は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 ーー旭川市の商店街を二人は練り歩く。

 

「見て見てみーちゃん! 八百屋さんだよっ」

「うん」

「ほあ〜。瑞々しいキャベツやニンジン。それにおおきなジャガイモ! 買っていこうかなぁ」

「うたのん、お金足りるの?」

「ある程度は持ってるからっ。……と言いたいところだけど、この調子じゃすぐに無くなっちゃうかも」

 

 野菜とその価格を眺めながら呟いた。

 

「ほら見て。このもやし、320円だよ! 高いッ」

「価格が異常なほど高騰してるのはやっぱりこの時代だからかな」

 

 諏訪では基本、食べ物の売り買いはしない。ほぼ全て、歌野たちが自分で種を植えて育て上げ、そして収穫して食べる。

 完全なる自給自足というか、地産地消の生活だったので驚きの連続であった。

 

「……これなら進化体バーテックスを倒した時の懸賞金。少しでも分けてもらった方が良かったんじゃない?」

「ウッ……。い、いえ! それはあの人たちに申し訳ないし、それに格好悪いでしょ。いりませんって大見得切っておいて……」

「でも、それで今困ってるんじゃあ……」

「あ、あああーー! もうそんなの気にしないっ!」

 

 歌野は耳に手を当てて走り出す。

 

「ま、まってよぉぉ!」

 

 水都も後を追いかけ走り出した。

 

 後を追いかけると、歌野はピタリと立ち止まっている。

 

「……? どうしたの、うたのん」

「みーちゃんみーちゃん」

 

 チョイチョイっと手招きして水都を呼ぶ。

 

「見てっ店の入り口に、キュウリが置いてあるの! それに隣にはトマト、ナスも!」

「これ試食コーナーだよ。久しぶりに見たなぁ。諏訪には店すらなかったもんね」

「やっぱり試食コーナーだよね! ってことは食べて良いんだよね⁉︎」

 

 目をキラキラさせながら歌野はキュウリを凝視する。

 

 ……水都は思った。キラキラしている歌野の両目はまるで椎茸のようだと……。

 

「いっただっきまあーす!」

 

 ケースからキュウリの輪切りを取り出し、爪楊枝を使って食べる。

 

「う〜〜! デリシャス!」

 

 続いて隣のケースの中にあった半切りのトマトとナスに爪楊枝を突き刺して頬張る。

 さらに、歌野はあたりの試食コーナーの品を一巡した後、またキュウリからリスタートして食べ始めた。

 

「ああっ! こらうたのんっ。試食コーナーを食べ尽くしちゃダメぇ!」

 

 ガシッと体を掴んで引き離そうとする。

 

「やだやだあ! まだ足りないのお‼︎」

「もう駄々をこねないのっ。それに結局買わないんでしょ? だったらお店の人にも失礼だよ」

「……ふわあ〜い」

 

 返事と言えないようなダラけた返事をして歌野は店を後にした。

 

 ……が。

 

「……みーちゃん。一回だけならセーフだよね?」

「えっ?」

 

 歌野の指差す方向には別のお店があり、そこにも試食コーナーが置いてあった。

 

(この街の人たちはよっぽど試食をさせたがるんだね……) 

 

 やや呆れ気味に水都は歌野の方へ駆けていく。

 

「な、ん、と‼︎」

「……!」

 

 そのお店は肉類を扱っているようだ。

 台の上にはソーセージが乗っている。隣にはハム、ベーコン。おまけにジンギスカンまでもが一口サイズになっていた。

 

「きゃあ〜〜! ジンギスカン‼︎ みーちゃんっジンギスカンだよ‼︎」

「いたいいたい、うたのん。わかってるから」

 

 興奮している歌野はビシビシと水都の肩を叩いている。

 

「でもやっぱり高いねぇ」

 

 商品としてのジンギスカンの価格は1キロ=3万円である。

 

「これを買う人がいることが驚きだよね」

「もしかしてここの人たちはお金持ち?」

「そうでもないと思うよ」

 

 商店街の客と思われる人たちの数は少なく閑散としている店が多数である。

 

「買う人がいない商品はこの後どうなるんだろうね……。まぁそれより」

 

 歌野はケースの中にあるジンギスカンに爪楊枝を刺す。

 

「北海道産ジンギスカン、いっただっきまあ〜〜す」

「もう、うたのんったら……」

 

 あーん、と口を開けてジンギスカンを口に入れる歌野。

 

 

 ーーその瞬間ーー

 

 バタンッ!!!

 

「ーーッ‼︎ うたのん⁉︎」

 

 突然、歌野は地面に倒れたのだ。

 

「う、あっあ……。ああぐぅ」

 

 地面に倒れている歌野は目を見開き、瞳孔が開いて呻き声を上げていた。

 

「ねぇ⁉︎ うたのん‼︎ どうしたの⁉︎ うたのん‼︎」

 

 水都もパニックに陥り、歌野の体を揺する。

 

「あ……、がっ……」

 

うたのん!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー同時刻、旭川市内の商店街でひとりの少女は服飾系のショップで商品を眺めていた。

 

「ふんふんふ〜ん。……ん! これなかなかいいコーデじゃない⁉︎」

 

 白のカチューシャをつけた下縁メガネの少女は等身大マネキンが着ている服に注目する。

 

「ふむふむ。インナーの黒に上着は明るい色を使い、それが差し色となって……。あっ、ならこの白のジーンズも……」

 

 ブツブツと呟きながら、ひととおり眺めた後。

 

「うん。いつか作りたいお洋服候補のひとつだねー」

 

 買わずに店を出た。当然彼女には即決で買える額ではないからだ。

 

 

 そのまま、食品が売られている店へ行く。

 

(今日も試食コーナーで軽めの腹ごしらえをーー)

 

「ーーねぇ⁉︎ うたのん‼︎ どうしたの⁉︎ うたのん‼︎」

 

(ん?)

 

 なにか騒々しい。声のする方向を見ると店の前で二人の少女がいる。

 うち一人は地面に倒れ、もう一人が必死に呼びかけていた。

 

(あれは……?)

 

 気が付けば二人の元へ駆けていた。見知らぬ人など助ける義理などないのだが、身体が勝手に動き出したのだ。

 

「うたーー」

「ねぇ!」

 

 下縁メガネの少女は水都に声をかけた。

 

「どうしたの? もしかして食中毒?」

 

 見たところ、試食コーナーの食べ物を口にしたのだろう。そのどれかにあたったのではないだろうか。

 

「わ、わかりません……。その、ジンギスカンを口に入れた瞬間に、うたのんが……」

 

 涙ぐみながら水都は説明した。

 

(口に入れた瞬間……?)

 

 彼女は倒れている歌野を見た。

 

「……うっ」

 

 苦しそうではあるが意識はあるようだ。お腹を押さえているわけではないから腹痛の様子ではない……。

 

 一見、原因不明かと思われたが、彼女にはそれが何の症状なのか予想できていた。

 

「そのジンギスカンは飲み込んだ?」

「い、いえ、そこに落ちてます」

 

 水都が指差す方を見るとジンギスカンがひとつ落ちていた。

 

「……とにかく、どこかで休ませよう。大丈夫、一時的なもののはずだから」

 

 二人は歌野を担いで近くの木陰のベンチへ寝かせた……。

 

 

 

 

 ーーそれから数分後。

 

「うう……。なんか変な違和感が」

 

 休息を取った歌野は青い顔をして起き上がっていた。

 

「もう大丈夫? どこか痛まない? お腹は?」

「いや、そういうのはないよ。食べ過ぎとか、食中毒ってわけじゃないみたい。ただ、何か精神的にモヤモヤする……」

「そっか……。食中毒じゃあないんだね」

 

 ふぅー、と水都胸を撫で下ろす。

 

「はいこれ、水。気は休まると思うから」

「ご親切にありがとうございますっ」

 

 歌野はお礼を言う。水都も頭を下げた。

 

「私からも、ありがとうございましたっ。……あっ。私、藤森水都って言います。……えっと、あの……」

「……? ああ!」

 

 下縁メガネの少女はニッコリ笑って二人に名前を告げたーー

 

「私の名前は、秋原雪花。通りすがりの道産子だよっ」

 




 新キャラ 秋原雪花登場!
彼女は勇者の野菜を食べた能力者なのか?(すっとぼけ)
だとしたらどんな能力なのか……。


次回 勇者の弱点!?


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第十一話 勇者の弱点!?

拙稿ですがよろしくお願いします。勉強がてら(取材ともいう)FILM RED観てきました。映像ならではの演出!
ネタバレにならない程度にひとつだけ。

これから観る人はエンディングまでじっくり観てね。
(あれ?)って思うかもだから


前回のあらすじ
 白鳥さんがジンギスカン食べたらぶっ倒れた!美味しすぎて倒れたわけじゃないから水都は大慌て。
しかしそこをメガネをかけた秋原雪花が駆けつける(メガネをかけていない秋原雪花とは……?)
実は勇者の野菜を食べた能力者。つまり勇者にはとんでもない弱点があったようで⁉︎


 少女は二人に秋原雪花と名乗った。

 

「秋原雪花、さん……」

「道産子……?」

「もしかして、と思ってたけどやっぱり県外からきた人だったんだねー。雰囲気的にも、ここの人じゃない気がしてたし。……あ! ちなみに道産子っていうのはね、簡単に言うと北海道産ってことだよ。私は北海道生まれの北海道育ちだからねー」

 

 雪花は歌野をジッと見つめる。

 

「そ、れ、よ、り。貴女、勇者でしょ?」

 

 一瞬、ポカンとしていた歌野だが、すぐに我にかえる。

 

「そう言えば名前言ってなかったねっ。……改めてありがとうっ。私は、白鳥歌野。農業王になる勇者よ!」

 

 予想していたのとは違う返しに雪花は目を丸くした。

 

「え? ノーギョー、オー?」

「ええ! 四国にある神樹様の恵みをもらって農業界を発展させ、その頂点に立つの!」

「うたのん⁉︎ そんなこと言ったら……」

 

 歌野がすんなり目的を話したのを見て水都は驚く。

 

「みーちゃん。大丈夫だよ。彼女は大社とは関係ないと思うし、第一、私の崇高なる夢を隠し続けるのは性に合わないんだよね」

「……はぁ」

 

 水都はため息をついた。歌野はこういう人間だ。良くも悪くも真っ直ぐな人間で嘘をつくのが苦手……。()()()()()()()()

 

「えーっと、その農業王(?)になるために北海道に来たの? ん? いやさっき四国って言ってたっけ?」

 

 雪花は少々、頭がこんがらがっている。

 

「うん。私の目的地は四国。……でも、どうせならここ、北海道で色々観光していきたいなぁって。ほら、農業がさかんな土地って聞いたことあるから」

「農業っていうか、一次産業全般かな。大社が管理してる牧場には牛や鶏とかの家畜がいるから畜産もさかんだよ」

「おおー! 畜産っ。いいよねぇ。農業っていうとほとんどは野菜ってイメージだけど、動物を飼育するのも、畜産農業って言って立派な農業だから、もう興味津々ッ。つまりはインタレスティング!」

 

 歌野は目をキラキラさせて話に食いつく。と、同時にさっきのことを雪花に聞く。

 

「あっ! そうだ。私さっき、ジンギスカン食べて倒れちゃったでしよ? あれ、何か知ってることあったりしない?」

「あー。あれね……」

 

 うーん、と雪花は考える素振りを見せる。

 

「単刀直入に言うと……。勇者の野菜を食べた人、つまり、勇者になるとね、お肉が食べられなくなるんだよ」

「「?」」

 

 歌野と水都の頭にハテナが浮かんだ。

 

「勇者となって能力を得た代償、って言うのかな。お肉を口にすると、一時的に全身が麻痺したように痺れて動けなくなる。そして、口に入れた時からきっかり24時間。能力が使えない状態になるんだよ」

「……!」

 

 歌野は手を広げて握ったり開いたりするが、特に何も起きない。

 

「ホントだ。武器が出てこない……」

「……へー。歌野ちゃん装備(チャーム)型の能力なんだ」

「そう。ムチムチの野菜を食べたの」

「聞いたことのない勇者の野菜だね。……まぁ聞いたことのあるものの方が少ないけど」

「あ、あの。雪花、さんは」

「さん、なんて付けなくてもいいよー。仲良くいこう。雪花ちゃんでも、せっちゃんでもどんとこいっ」

「え、えー、なら雪花ちゃん……」

 

 水都は気になっていることがあった。それは、やけに勇者に詳しい雪花のことだ。

 

「雪花ちゃんは、勇者、なの? お肉の事といい、私たちより随分と詳しいし。いや、私たちが知らなさすぎるってもあるけど」

「……」

 

 それを聞いた雪花は少し間を開けて口を開いた。

 

「ううん。私は違うよ。知り合いから噂をちょろっと聞いただけ」

「うわさ……」

「そそ。大社に属している防人って部隊があるでしょ?」

「うん」

「そこの一人が勇者の野菜を食べたらしくてね。No.4って人」

「No.4……」

「変わった名前でしょ。個人を識別するための番号だと思うんだけどね」

 

 空港にもNo.25と番号で呼ばれていた人がいた。防人というのは()()()()組織なのだろう。

 

「旭川市は今、そのNo.4率いる防人が付近のバーテックスと戦ってるんだ」

「じゃあその人たちのおかげで北海道は平穏な暮らしを送れているんだねっ」

 

 歌野は安堵した。ここも、千葉の空港と同じく大社の人たちによって人々が暮らせているのだと。

 

 

 が、しかし……。

 

 

「平穏……。まぁ、見た目はそう見えるかな」

「え?」

 

 突如、雪花は重い表情でそう口にした。

 

「何か深みのある言い方だね」

 

 その空気を読んだのか、水都も神妙な面持ちになった。

 

「確かに防人のおかげでバーテックスから旭川市は守られている。でもね、彼女らはその褒美としてこの街を手中に収めているの。……悪い意味でね」

「どういうこと?」

 

 雪花は歌野と水都が立ち寄っていた店の方を見る。

 

「気付いたでしょ? 商品の価格が異常なほど高騰していることに。……あれね、さっき話した防人。No.4の仕業なの」

「価格が上がっているのはバーテックスのせいじゃないの?」

「元を辿ればバーテックスになるけどね。でも彼女はそれを利用してこの街を手に入れ、私腹を肥やしているの。わざと価格を高めにして、お金のない人から無理矢理巻き上げるような真似をして。多分、お金をまわしてバーテックス襲撃前の暮らしを模倣してるんだよ。……強引にね」

 

「ーーそんなのッ‼︎」

 

 ガタンッ、と突然歌野がベンチから立ち上がる。

 

「そんなのダメじゃないっ! こういう時代だからこそ助け合わなきゃいけないのにっ」

「う、うん。そうだ、ね……」

 

 歌野の剣幕に押され雪花はたじろいだ。

 水都はそんな歌野の様子に、まさか……と、勘ぐる。

 

「うたのん、あのさーー」

「みーちゃん! 雪花ちゃん! 私、その防人の人に言ってくるッ。独り占めしてないで分けてあげてって。そしたら、少しでも……。ううん、みんながとてもハッピーになれるはずだからって! 場合によっては力で……」

 

(や、やっぱりこうなっちゃった〜〜!)

 

 水都の予感は的中する。というか、何やら物騒なことを企んでいる。

 

「ま、待ってうたのん」

「待てないっ」

「聞いてうたのんっ」

「聞こえないっーー」

 

 水都の呼びかけにも応じず、歌野は勢いよく走り出しーー。

 

「お、おっとっとっと……」

 

 ーー走ろうとしたが少しふらついた。

 

「あーあー。急に動いちゃダメだよ。言ったよね? 24時間は能力は使えないって。それに伴って、歌野ちゃんの体も不安定になっているんだから」

「む〜」

 

 ぷくぅ〜、と頬を膨らませる歌野。

 

「あのねうたのん。うたのんがやろうとしている事は、汚職事件の疑いがある警察官を殴りにいこうとする事とおんなじなんだよ?」

「警察官主催のお食事券? 野菜パーティーの?」

 

 歌野は水都に頬を軽くつねられた。

 

「いたいいたい。みーちゃんいたい」

 

「……いくら、怪しい噂があったって、苦しんでる人たちがいたって、大社直属の防人相手に掛け合ってもまともに取り合ってはくれないよ。やるなら、それこそ大社本部とかに報告してーー」

 

「みーちゃん、それっていつ?」

「えっ?」

 

 少し低くなった歌野の声のトーンに水都の言葉は遮られた。

 

「本部に訴えて、裁判みたいな事になって、それに勝って、ここの人が捕まって、新しい人が配属されて、ここの人たちが幸せになる。そしてハッピーエンド。……それっていつ頃になっちゃうの?」

「……」

 

 雪花も真面目な顔で耳を傾けていた。

 

「私たちが北海道から、また飛行機に乗って千葉に戻って、それからまた飛行機に乗ってウェストジャパンに行く。そして、本部がある岡山……だっけ? そこでここの状況を報告する……。それだけで一体、何日かかるの?」

 

 フライトは月に一回。今日、千葉から北海道にやってきたので歌野たちがまた飛行機に乗るには、来月まで待たなければならない。

 そして、千葉から岡山へ行くのもその一ヶ月後。報告して戻ってくることを考えると何ヶ月も先の話となる。

 それに当然、飛行機に乗るにはお金がかかる。今の二人にそんなお金はない。

 

「私はね、みーちゃん。いつか、いつか、って言うけど、できればその"いつか"を、"今"にしたいの。今回は、それができると思うから」

「うたのん……」

 

 水都は不安げな目で見つめていたが、やがて軽くため息を吐いた。

 

「……わかったよ。うたのんは、こうと決めたらとことん突っ走るタイプだから。……昔から、そうなんだよね」

「コートを着たらとっとこ走る?」

「……」

 

 歌野のボケに水都はじと〜、と無言で返す。

 

「ジョークジョーク。……ありがとねみーちゃん」

「……う、うん」

 

 笑いかけてくる歌野に、照れながら応えた。

 

「よしっ。じゃあ、私なりに、その防人さんにビシッと喝入れてくるから!」

 

 歌野はそう言って黙って聞いていた雪花に手を伸ばす。

 

「……へ?」

「雪花ちゃんっ。その人ってどこにいるの? 案内してくれない?」

「い、いや、話は聞いていたけどね。歌野ちゃんの計画通りにいけば私も、ここの人たちも良いとは思うんだけど……」

「だけど?」

「実は、そのー。単純な話ではなくてー。……ゴメンネ、話の腰を折りたくなかったから黙って聞いていたんだけどーー」

 

 ……と、その時。雪花の目が横にスライドしていくのがわかった。

 

「はぇ⁉︎」

「ハエ?」

 

 腑抜けた声を漏らした雪花は見るからに動揺している。

 

 ……歌野と水都は雪花の視線の方を見ると……

 

 

 

「ーーな〜んか、シケたところになってくね。店もロクに客がいないし、貧乏な奴が多いんだなぁ」

 

 道のど真ん中を悠々に歩いている少女は両隣にいる二人に話しかける。

 

「え、ええ。そうですね〜」

「これもそれも、あなたの統治がままならないーー」

 

 ドカッ、と突然、真ん中の人が左隣の人を蹴飛ばした。

 

「何? アタシに文句垂れてんの? 北海道で一番偉いアタシに?」

「うっ、く……」

 

 蹴りが横腹にヒットしたのだろう。倒れている人は横腹を抑えている。

 

 

 

 

「ーーあれ」

 

 水都がその三人を指差す。

 

「うわぁ。噂をすればなんとやら、だねぇ。タイミング良過ぎるよ……」

 

 雪花もその光景に目を逸らしながら呟いた。

 

「……」

 

 歌野の目に映る三人は、見たことのある服装だった。服装と言っても、一般的な服ではなく、戦闘に赴くかのような装備。白と黄緑を基調とする鎧のようなスーツ。

 そしてなにより、倒れた少女の首についているプレートには『29』という文字がある。そして、立っている二人のうち、一人は『12』、蹴り飛ばした真ん中の少女の首には……。

 

「4……ってことは」

「あの人がNo.4。この北海道を担当している大社防人で、悪政を敷いている元凶」

 

 雪花の説明は要らずとも、歌野は確信していた。

 No.4(彼女)をなんとかしなくてはこの土地を救うことはできない。場合によっては、文字通り倒してでも、と。

 

 

「ーー大丈夫?」

 

 歌野は倒れた少女の体を抱え起こそうとする。

 

「えっ、あのっ、ありが、とう……」

 

 No.29の少女は困惑している。いや、彼女だけではない。もうひとりも、蹴った本人も。

 

「あ? 誰よアンタ。急に出てきて」

 

 威圧感を漂わせNo.4は歌野を睨む。

 

「私は、白鳥歌野……」

 

 No.29を立たせて歌野はNo.4の威圧に動じることもなく彼女へ向いて言い放つ。

 

 

「農業王になる勇者よ‼︎」

 




肉が食べられない。それは麦わらにとっては死活問題だよ⁉︎

勇者に悪影響が及ぶのは肉を食べた時だけ。なので魚や卵、乳製品などは食べてもOK。
実際、ベジタリアンでも、国や宗教ごとで、肉や魚はダメで乳製品はOKとか、本当に動物関連のものはNGとか(ヴィーガンともいう)色々あるらしい。

次回 秋原雪花


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第十二話 秋原雪花

拙稿ですがよろしくお願いします。この作品では駆け引きや、トラウマから、何らかの嘘をついている人が結構います。今回の雪花然り。それを見抜くのもこの作品を楽しむ要素になれば、と。


前回のあらすじ(?)
Q.勇者になるとお肉が食べられなくなるそうですがどうしますか?

H「うどんがあるから問題ないわねぇ。うどんと女子力は万病にも効くんだからっ」
Y「うどんがあればそれでいいよ。あっ、でも肉ぶっかけうどんが食べられないのは辛いかなぁ」
W「うどんがあれば問題ないだろう」
G「そんなことよりイネス行こうよ。あそこのジェラートがアタシを呼んでる」
K「お肉より煮干しを食べなさい! 煮干しにはビタミン、ミネラル、カルシウム、タウリン、DPAやDHAが豊富に詰まーー」

そうですか、ハイ……


 歌野の自己紹介としては、二度目になるのだが、今回はやや、怒りを漂わせていた。

 

「白鳥?」

「農業?」

 

 一緒にいたNo.29もNo.12も困惑したまま歌野を見ているが、No.4だけはある単語に注目した。

 

「あ? 勇者って言った?」

「うん、言ったよ」

 

 No.4は歌野に接近する。その差15センチ程の距離だろうか。

 

「ふーん」

 

 今度はチラッと歌野の後方を見た。

 

「ーーげっ」

 

 目と目があい、雪花からまた妙な声が漏れた。

 

「なるほどね。勇者、なんて言うからアタシと同類かと思ったけど、ただの比喩か……」

「え?」

 

 歌野から離れて背を向けた。まるで興味が失せた、と言わんばかりの態度である。

 

「彼女の武勇伝モドキでも聞いて感化された感じ? ……いるんだよねぇ、自分も彼女みたいになりたーい。とか、くだらない幻想抱いている奴がさー。ほら、()()()()()()もそんなこと言ってたじゃん」

「ーーッ‼︎」

 

 途端に、雪花の体はビクッと震えた。

 水都が気付いて顔を見ると、どんどん青ざめていくのがわかる。

 

「ねぇ? いつまでもダセェ風吹かせてないで自分のこと弁えたら? ……進化体バーテックスにビビって尻尾巻いて逃げた秋原雪花(情けない勇者)さんよぉ?」

 

 

 ガシッ

 

「あ?」

 

 その時、歌野はNo.4の右腕を掴んでいた。その目にうっすらと怒りの炎を感じさせながら。

 

「何の話かよくわからないんだけど、雪花ちゃんの悪口を言うのはやめてよ」

「離せよ。お前、あれの何なんだよ」

「友達」

 

 彼女の問いに即答した。

 このままでは一触即発に陥るような雰囲気を漂わせている。

 

「アタシにこんな無礼をかますって事は随分勇気あんじゃん。……いや、お前よそ者だろ?」

「うん、そうだよ。今日北海道にきたの」

 

 へー、と適当な生返事をしてNo.4は隣に声をかける。

 

「……おい、No.12」

「はい」

「こいつを、黙らせろ」

 

 ドンッとNo.4は突き飛ばし、後ろへよろけている歌野の足を今度はNo.12が引っ掛けて転ばせた。

 

「いたっ」

 

 ドサッと尻餅をつく。そして見上げた先には銃口を突き付けているNo.12の姿があった。

 

「うたのん‼︎」

 

 その銃は空港でナルミたちが持っていた物と同等の銃である。

 

「……」

 

「へぇー、もっと動揺するかと思ったけど……」

 

 半笑いを浮かべながらNo.4はそう呟いた。

 ぐいっと銃口は歌野の胸に押しつけられる。

 

「え、あの、やめーー」

「うるせぇよ‼︎ また蹴られたくなかったら黙ってろッ‼︎」

 

 見ているだけのNo.29はビクビクと震えている。

 

「うたのーー」

「お前も近寄るんじゃないよ! ビックリして引き金をひいてしまうかもしれないからねぇ!」

 

 クスクスクス……とNo.12からかすかな笑い声が聞こえる。彼女たちはこの状況を楽しんでいた。人を殺してしまうかもしれない、この状況を。

 

「……どうしたの? ()()()()? 黙ったままで。ホントに声が出ないのぉ〜?」

「もしかして漏らしちゃったとか?」

 

 ギャーッギャッギャッギャッ……とNo.4の品の無い笑い声が周囲を耳障りに響いていく。

 

 

「…………じゃないよ?

「……あ?」

 

 ふいに、歌野が何かを呟いた。

 

「……これは、オモチャじゃないよ?」

 

 それを聞いた瞬間、No.12とNo.4は同時に笑う。

 

「プフ〜〜! なぁに言ってんの! ホンモノに決まってんじゃん‼︎」

「ギャーッギャッギャッギャッ! ハッタリだと思ったぁ⁉︎ 残念でしーー」

 

 その時、銃口を歌野は右手で掴んだ。

 

「……もう一度言うよ? これは脅しの道具(オモチャ)じゃないって言ってるの」

 

「「ーーッ!?」」

 

 歌野がその言葉を口にした途端、二人の体はゾクッと身震いした。

 

「う、うたのん?」

 

 水都も不安げに彼女を見る。いつもよりどこかおかしい歌野を。

 

「……うん、わかってくれたみたいだね。ありがと」

 

 銃口から手を離すと、No.12が銃を下ろし歌野は立ち上がった。

 そして、ニッコリと笑う。

 

「覚えておいて、私は白鳥歌野。いずれ農業王になる勇者。……その手始めに、ここ、北海道をあなたたちの魔の手から救ってみせるよっ」

「うたのん……」

 

 水都がおかしく感じたのは束の間。いつもの歌野に戻っていた。……さっきのは一体なんだったのだろう。

 

「は、ははははー。やってみればいいじゃん。できたら、の話だけど……」

「でも、わたしたちを倒すとしても、その後の北海道をどうするのぉ? 進化体バーテックスを誰も対処できなくなるよぉ?」

「進化体バーテックス? ここにも、進化体がいるの?」

「い、います……神居山に」

 

 それに答えたのはNo.29だった。

 

「そう。ありがとね」

 

 それだけ言い残し、歌野は背を向けて水都と雪花の場所まで戻る。

 

「うたのん、もしかして……」

「うん、その神居山に行く。雪花ちゃん、案内してくれる?」

「え、あ……う、うん」

 

 半ば状況を理解できない二人であるが、歌野の勢いに押され商店街をあとにした……。

 

 

「……」

 

 三人が遠ざかるのを、No.4たちは黙って見続けていた。

 

「あ、あの。アイツら本当に倒しに行くんですかね?」

「……だろうね。逃げ出した奴が今更ってかんじだけど……。ま、すぐに思い知るさ。勇者が必ずしもバーテックスに勝てるとは限らないってさ」

「そ、そうですよねー」

 

 若干怯えながら、No.12が歩き出すとーー

 

「……で、そんな事より」

「はい? ーーッぐあッッ‼︎」

 

 ドスッと腹部をNo.4に殴られ、地面に膝をついた。

 

「ゲホッゲホッ……ウ、ウウッ」

 

 さらに、髪の毛を鷲掴みにして顔面を何度も地面にぶつけられる。

 

「ーー‼︎」

「なぜ引き金をひかなかったんだぁ⁉︎ 思いっきりナメられたじゃねぇか‼︎」

「……す、すみま、せん」

「アタシらの方がよそ者にビビったみたいになってんじゃねぇかよ‼︎ オイッ、どうしてくれんだよッ‼︎」

 

 理不尽な暴力をNo.12に与え続ける。

 

「あーあ。別にアタシが撃ってやっても良かったんだが、アタシが撃ったら返り血がつくだろうがッ」

「は、はい……。す、すみません」

「それさっき聞いたぁ。……ったくよぉ」

 

 手を離してNo.4は歩き始めた。手には血痕が付着している。

 

「「……」」

 

 起き上がったNo.12も黙って見ていたNo.29も彼女の後ろを歩いてついていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー歌野たち三人は商店街を出て自然あふれる川のほとりで一息ついていた……と思ったら。

 

「もぉ〜〜‼︎ うたのんのばかばかぁ! 私、殺されるんじゃないかって思ったんだよぉ‼︎」

 

 ポカポカと水都は歌野の胸を叩いている。

 

「いた〜、くはないけどまあ落ち着いてよみーちゃん。このとおり私は元気だよっ」

「それは結果的にだよぉ‼︎」

 

 よしよし、といった感じで泣きじゃくる水都の頭を撫でる。

 

「……ま、それはもう置いといて」

「置いとかないでよ!」

 

 泣き止んだことを確認した後、歌野は雪花に向き直る。

 

「……ゴメン」

「まだ何も言ってないよ」

 

 雪花は暗い表情のまま謝った。

 

「……私、嘘ついた。勇者の事を知り合いから聞いたって言ったけど、本当は私自身が勇者なの」

「うん。そうじゃないかって思ってた」

 

 歌野は変わらず微笑んでいた。

 

「勇者だって言えない事情があるんだよね? そこについては詮索はしないよ。……でも、あの人たちが言った進化体バーテックスの事は聞いておきたい」

 

 少しの間、雪花は黙っていたが、ふぅ、と息を吐いてポツポツと話し始めた。

 

「……ううん。進化体バーテックスの事も話すけど、少しだけ……、私のこと、秋原雪花という勇者の事を聞いてほしい」

 

「「うん」」

 

 歌野も水都も頷いた。

 

「……って言っても、大した話じゃないんだけどね。……ただ、力を与えられた勇者が周りに振り回されて心が病んでいったってだけ」

「心が病んだ?」

「そう。私は今から一年前に勇者の野菜を食べて能力を得た。……後にそれは『ユメユメの野菜』という名前が付く」

「「ユメユメの野菜」」

 

 ここに来て初めて聞いた、歌野以外の勇者の野菜の名前を。

 

「どんな能力なの?」

「これがビックリするぐらい弱いの。ただ、夢を見る。それだけ……」

 

 秋原雪花はユメユメの野菜を食べて勇者となった。しかし、彼女はこの能力をあまり好意的に思っていないようだ。

 

「後で気付くことになるんだけど、私の能力は、夢を見ないものには効かないんだ。つまり、睡眠を必要としないバーテックスには役に立たない。だから、当時の私は能力を使わずに戦ってた」

 

 雪花は右手を広げる。

 すると、そこには突然、槍が出現したのだ。

 

「ユメユメの野菜は装備(チャーム)型の勇者の野菜。それをこの槍にリンクさせてる。だから私は、歌野ちゃんの素振りを見て、同じ装備(チャーム)型だって気付いた」

「ああっ。あの時」

 

 こくっ、と雪花は頷いた。

 

「で、半年ぐらい私は、たまに侵攻してくるバーテックスをこの槍で倒しまくった。……当時はそりゃあもう英雄扱いだよ。……そう、本当に英雄()()だった」

「……?」

「この街のお偉いさん方はね。どうにかして私の力を手中に収めようとあれやこれや企んでた。……私は勇者になる前に、家族をバーテックスにやられちゃったから、私を養子に欲しがる人たちは結構いてね。勇者を手元に置いとけば安全は保証されるからね。……まぁ思うところはあるけど、形はどうであれ偉い人から評価してもらえるのは嬉しいことなんだよねー」

 

 うっすら笑ってそう言ったが、明らかな皮肉である事は歌野と水都もわかっていた。

 

「それに対して私は、得意の愛想笑いとうわべだけの優しさでうまく立ち回ってた。……あの時までは」

 

 雪花が勇者となって半年経ったある日、バーテックスがまた攻めてきたのだ。もう何度目かわからない襲撃。

 その時、雪花は老人と子供が襲われそうになったのを助けた。当然、二人は雪花に感謝していた。

 

「さっきあの人たちが言ってた子供はその助けた少女のこと。彼女はとびきりの笑顔でありがとうって言ってくれた……。でも、バーテックスの襲撃はまだ続いてたんだ。私が二人を助けている間、当時の旭川市市長の家が襲われた」

 

 すぐさま駆けつけた雪花の手によって市長やその関係者の命は助かったが、市長たち権力者の救助を優先しなかった雪花のことを、彼らは激しく糾弾した。

 助ける順番を見誤るな、と。有事の際には社会にとって有力な者から救助せよ、と。

 そのことは、雪花の心に暗い影を落としていった。

 

 

 ーーああ、なんだか色んな意味で寒いなぁーー

 

 

 そしてまた、悪い出来事は立て続けに起こる……。

 

「その数日後にね。今までの数を超えるたくさんのバーテックスが襲来したんだ。そしてその中に、他とは違うバーテックスがいた。後でそれは進化体バーテックスって呼ばれるようになった。大社は『()()()』って名付けてたかな」

 

 今までのバーテックスとは比べものにならないくらいに強く、勇者の能力は使わず、身体能力だけで戦っていた雪花に太刀打ちすることなど不可能だった。

 その時彼女は初めて、己の死を連想した。実感した。と同時に死への恐怖が彼女を支配した。

 そしてそれは、今まで溜まっていた権力者たちへの鬱憤、疲弊した体。崩壊していく精神への決定的な一撃となった。

 

 

 ゆえに、彼女は……。

 

 

 ーーこのままじゃあ私が死ぬ……? マジで? んん〜〜。……じゃあもういいや。私は今までよく頑張ったでしょ! 帰るわーー

 

 

 戦いを放棄して逃げ出した……。

 

「……そしたらさ。タイミングよくあの人たち、防人が現れて進化体バーテックスを撃退してた。進化体は襲撃を諦めて帰っていったよ……」

 

 

 ……その日以降、もう秋原雪花を勇者として敬う人たちはいなくなり、権力者たちも手のひらを返したかのように彼女のことなど忘れ、大社を崇め、その恩恵に擦り寄っていった。

 

「それから私は、ひっそりと暮らしてる。ここ、神居古潭(カムイコタン)でね……」

 

 

 ーー"秋原雪花は勇者で()()()"。

 ただ今は、誰からも見向きされないひとりの少女ーー

 

 

 

 

 

「……ここは本当に寒いよねぇ……」

 




No.4とかNo.12とか誰? と思うかもしれませんが、コイツらは『楠芽吹は勇者である』に存在だけ記されている連中です。折角32人の防人部隊なのに楠隊しかスポットライトあたっていないのは寂しい! という理由で、登場させました。なので、前に出てきたナルミ(No.2)も然り、これから先せめて、指揮官クラス(No.1〜No.8)は登場させていきたい。
 まぁ、基本的に敵サイドとして。

次回 神居山に巣食うもの


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第十三話 神居山に巣食うもの

拙稿ですがよろしくお願いします。能力が通用しないからと言って雪花が弱い、なんて事はなく、むしろ身体能力だけで戦い続けてきた彼女はそれだけで優秀だろう。


前回のあらすじ
 雪花の能力が判明。それはユメユメの野菜。しかし、それは全く使えないもので、進化体バーテックスに歯が立たなかった彼女は、皆にお払い箱扱いされていたのだった……。



 

「……ここは本当に寒いよねぇ……」

 

 

 微かにそう呟いた雪花は、それからしばらく黙っていた。まるで、全てがどうでも良くなったかのような虚な瞳をして……。

 彼女は歌野たちに会った時、自分のことを道産子だと言ったが、今の彼女は、自分の生まれた地への愛着など、微塵も感じられないようであった。

 

 ここにはもう、未練がないような、関心がないような……。

 

 

「……ってゴメンねー。暗い話になっちゃってー」

 

 すると、いきなり雪花は明るく笑って見せた。

 

「まぁよーするに、私はどーしよーもない落ちこぼれってやつさ」

 

 明らかに不自然なその態度に歌野と水都も違和感を覚えつつも、彼女のその明るさは、これ以上の介入を拒んでいる様にも思えた。

 

「さてさて、例の進化体バーテックスの話だけど、やっぱり明日説明するよ。神居山へ行く道中にって感じで」

「どうして?」

 

 歌野は今すぐにでも進化体バーテックスと戦う気でいたのだが、彼女は肝心な事を忘れていた。

 

「うたのん。雪花ちゃんの話では、24時間は能力を使えないんだよ?」

「……? ……あっ」

 

 今思い出した、と言わんばかりの反応である。

 

「そうだよー。だから今日は思いっきり休んで、明日行こう」

「うん。わかった」

「明日は、微力ながら支援するからさ。一緒に頑張ろうねっ」

「うん。ありがとね」

 

 そして、三人は近くで野宿することとなった……。

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして翌日。三人は神居山へ向かう。

 

「……敵は『天秤座』って呼ばれててね。見てくれは確かに秤に似ているんだよ」

 

 山を登りながら雪花は敵の情報を語る。

 

「そして、敵の能力についてなんだけどね、奴はあらゆるものを吸い寄せる能力なんだ」

「吸い寄せる?」

「そう。奴は左右に分銅を携えていてね。それが周りのものを吸い寄せる。変わった能力なの」

「……なんか、能力っていうと、うたのんたち勇者みたいだよね」

「うんそうだよ? バーテックスも私たちと同じような能力を持っているんだ」

 

「バーテックスが? 私たちと同じ?」

「そう。詳しい事はまだわかっていないんだけど、バーテックスも私たちと同じで勇者の野菜を食べたんじゃないかっていうのが有力な説になってる」

「へぇ。バーテックスも勇者の野菜を食べれば能力を手にできるんだ」

「あくまで仮説の域を出ないけどね。……まったく、あんなものをよく食べるよねー」

「あんなもの? ……もしかして勇者の野菜って、美味しくないの?」

 

 味を知らない水都は二人に尋ねる。

 

「美味しくない、のレベルじゃないね。マズイ、食べものじゃないよっ」

「へ、へえ……」

 

 雪花のまるで苦虫を噛み潰したような顔に、水都の顔もひきつる。

 

「そうかなぁ? 変わった味だったけど不味いってわけじゃないと思うなぁ」

「うたのんの場合は不味くなかったの?」

「でも、勇者の野菜って全部チョー不味いって話だけど」

「美味しい。不味い。は人の感性でしょ? 甘い。とか、苦い。ならわかるけど、人の感性ってのは曖昧だからさ、私にはよくわかんない。確かに私が食べたムチムチの野菜は、苦いって表現に近い味だったけど、それもひとつの『おいしさ』だと思うんだよね」

「な、なるほど……」

 

「うたのんは好き嫌いとか無いもんね」

「無いってわけじゃないけど、基本的に食べられるものは食べるよ」

 

「あっ、じゃあさ、バーテックスとか食べたりするの?」

 

「「えっ……?」」

 

 急な雪花の言葉に、二人は戸惑う。……いや、内容が、内容なのだから当然だが……。

 

「え? バーテックスを? ……食べる?」

「何を言ってるの?」

 

 当然、困惑した表情を浮かべている。

 

「まあ、端的に言えばそうなるよね。……えっとね、勇者はなぜか、お肉が食べられなくなるでしょ?」

「うん。昨日、私が倒れたね。おまけにさっきまで能力が使えないときた」

 

 きっかり24時間経過しなければ、能力が使えない。なので歌野の能力が戻ったのを確認してから出発したのだ。

 

「……でもね、例外があるんだ。昨日は色々あって説明出来なかったけど、()()()()のお肉だけは食べても平気だし、能力も使えるままなんだ。オマケに結構栄養素高い」

「えっ⁉︎ そんな夢のような食材が⁉︎」

 

 もう二度とお肉が食べられないと、諦観していた歌野だったが、希望の光が差すのが見えた……と、思ったが。

 

「生物、と言えるかは謎だけど……」

「雪花ちゃん、それって……」

 

 水都はその正体に気付いたようだ。

 

「そう! バーテックスの肉は食べても平気なんだよ!」

 

「「……」」

 

 当然、二人は固まる……。

 

「実際に食べた人がいたらしいよ。……誰かは知らないけど、確か四勇の、なんとか、って人だった気がする……」

「どうして食べようって発想になるんだろうね」

 

(四勇って……。まさか、乃木さんじゃあ無いよね?)

 

 四勇と言われると、歌野はまず若葉が浮かぶ。なぜなら、歌野は若葉以外の四勇を知らないのだから。

 

(いや、違うよね。きっと懸賞金の単位を考えた人に決まってる。バーテックスを食べるなんてまともじゃないもの)

 

 食に寛容な歌野でさえも、食べ物か否かの分別はついているつもりだ。

 

「まぁ、都市伝説の域を出ないけどね。味も食えたものじゃないって話だし……。と、確かこのあたりなんだけど」

 

 無駄話に花を咲かせていた雪花だったが、バーテックスがいると思われる場所までくると、彼女から真剣なオーラが漂ってくるのを感じた。

 

「「……!」」

 

 歌野も水都も、真剣な顔に切り替える。

 

「……あっ、見て。あそこにバーテックスが」

 

 雪花の指差す方向を見ると、たくさんのバーテックスがオタマジャクシのように、うようよと宙を泳いでいた。

 

「星屑……」

「ん? 星屑って?」

「え、ああっ。アイツらのこと。一部の人たちは進化体バーテックスと識別させてそう呼んでるらしいの」

 

 水都はあの時の少女の話を覚えていた。

 

「へーそうなんだ。……まぁ今が夜だったら確かに星に見えるかも。……キモいけどね」

 

 雪花は槍を両手で持ち、臨戦体勢をとる。

 それを見て、歌野も右手にベルトを持ち、構えた。

 

「あの星屑? を倒していけばきっと親玉の進化体バーテックスが出てくるよ」

「なら、邪魔されないように倒しておかないとねっ」

 

 二人はバーテックスに向かって跳躍する。

 

「みーちゃんは隠れていてねぇぇー‼︎」

「う、うん‼︎」

 

 跳びながら叫ぶ歌野を見て、水都は不安な表情をしていた……。

 

 

 

 

 

 

 ーー二人は一気に星屑の集団との距離を詰める。

 

「ムチムチのぉ、(ピストル)ッ‼︎」

 

 歌野の攻撃が一体の星屑を捉える。敵は、攻撃をモロに食らい粉々に飛び散った。

 

「まだまだぁ‼︎」

 

 勢いよく着地したあと、周りに漂う数体の星屑に向けて再度、鞭のようにしなるベルトを振るう。

 

「ムチムチの(サイズ)ッ……、アンドぉ〜、銃乱打(ガトリング)ーーッ‼︎」

 

 薙ぎ払いながら一掃した後、また飛び掛かってくる星屑にベルトを振り回して粉砕していく。

 

「……ヒュ〜、それがムチムチの野菜の能力かー。文字通り鞭みたいにしなってるね」

 

 雪花も無双している歌野を横目に、槍を使って星屑を串刺しにしていく。

 

「よっ、よっ、よっっと! ……歌野ちゃんみたいに派手じゃないけど、そこそこに殺りまっせ!」

 

 背後から迫る敵も、槍を地面に突き刺してジャンプして躱す。まるで、軽業師の如き身軽さを見せた。

 

「それそれ〜」

 

 すぐさま槍を地面から抜いて、星屑を突き刺して殺す。

 

「グゥレイト! それで能力を使ってないんだもんね」

「いやー。流石にいっぱいいっぱいですよー」

 

 そうは言うが、雪花は余裕の笑みを浮かべている。

 

「……って。わあっ、あっぶないなぁ‼︎」

 

 雪花の元へ数体の星屑が四方から襲い掛かってきた。

 しかし再度、地面に突き刺した槍を軸に回転しながら向かってくる星屑に蹴りを浴びせる。

 

「もう! バーテックスめ、いい感じに邪魔だぁー‼︎」

 

 素早く槍を抜き、思いっきり薙ぎ払って四方の星屑を蹴散らして撃破した。

 

「WOW‼︎ エクセレンッ‼︎」

 

「……雪花ちゃん、すごい……」

 

 戦っている歌野も、影で見ている水都も、雪花の立ち回りに感心した。

 

「ふっ、はああっ‼︎」

 

 一体一体確実に刺し殺している雪花の姿は、とてもブランクのあるようには見えなかった。

 

(もしかして、雪花ちゃん。密かにバーテックスを討伐しに行ってたのかな……?)

 

 水都はその姿を見て思う。おそらく歌野も似たようなことを考えているだろう。

 

「必殺ッ‼︎ 飛翔する槍(オプ・ホプニ)ッッ‼︎」

 

 雪花は飛びあがり、星屑がいる方向へ槍を放り投げた。

 

「うああ‼︎ 槍を投げたぁ⁉︎」

 

 投げ飛ばした槍は進行方向上の敵の体を次々と貫通していき、地面に刺さった。

 

「私の槍は本来、投擲を目的として造られたものなんだっ」

 

 雪花は素早く槍を回収しに向かう。

 

「まあ、一旦手放すと回収しに行かなくちゃいけないのが難だけど……」

 

 突き刺さった槍を抜いてまた、構える。

 

「私も負けてられないねっ。……最大リーチでぇ、ムチムチの(ピストル)ーーッ‼︎」

 

 ベルトを最大限伸ばす。それは距離を取って様子見していた星屑へ命中し撃破に成功する。

 

「あっそこまで届くんだー。いいなー私みたいにいちいち回収しなくて済むからー」

 

 歌野の戦いに見惚れながら呟く。

 そして、歌野と雪花の周りにいた星屑は撃破し尽くした。

 

「……これで全部だね」

「増援はもうなしっと」

 

 およそ30分くらいぶっ通しで戦い続けただろうか……。

 少しだけ、歌野と雪花は肩で息をしていた。

 

 

 

 

 

 ーーすると、

 

 

「ーー! きたよ。歌野ちゃん」

「あっ! あれが……、今回の進化体バーテックス……」

 

 歌野と雪花の目の前に現れた進化体バーテックスはゆっくりと近付いてきた。

 

「……確かに天秤だね。こっちから見て左側に大きな分銅が一つ。右側に少しだけ小さな分銅が三つ付いてる」

「あれが『天秤座』。見ての通りさっきまでの雑魚とは違うよ。気を付けて」

 

 歌野は気を引き締め治して、ベルトを進化体へ向ける。

 

「先手必勝ォ! ムチムチの(ピストル)ーーッ‼︎」

 

 ベルトの先端は、矢のように勢いよく伸びていく……が。

 それは、不自然な軌道を描いて天秤座の大きな分銅に命中した。

 

「えっ⁉︎」

 

 今、歌野は天秤座の中央目掛けて攻撃した筈だが、彼女の意思とは関係なく曲がったのだ。

 

「歌野ちゃん、今のがそうっ!」

「アレが吸い寄せる能力ってわけね……! 実際、目で見ると確かに厄介ね」

「遠距離攻撃は意味をなさない……。私の槍の投擲も……、吸い寄せられたことがあるの……。しかもあの部位はすごく頑丈……」

 

 雪花は敵の能力を改めて解説する……が、どこか様子がおかしかった……。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

「……?」

 

 雪花から冷や汗が流れる。その上、呼吸も荒くなっている。

 

「雪花ちゃん、大丈夫?」

「へっ⁉︎ う、うん……。大丈夫だよ」

 

 笑顔で返すが、その顔は僅かに引きつっている。

 

「引き寄せる前に命中してしまえば良いんだっ」

 

 歌野は天秤座に向かって突っ込む、と同時に再度、ベルトを天秤座へ伸ばした。

 当然、それはまた大きな分銅に引き寄せられる。

 

「それを利用してぇ〜、ムチムチの〜ロケット〜〜‼︎」

 

 歌野は相手に向かって飛んでいき、ドロップキックを浴びせた。

 

「〜〜ッ‼︎ いったああああい‼︎」

 

 しかし、歌野の体も分銅へ命中して、両足に強い衝撃が走った。

 

「う、うう……」

 

「っ‼︎ 歌野ちゃん‼︎」

 

 雪花が叫ぶ。歌野が気付いて上を見ると、天秤座が小さい方の分銅を振り下ろしてきたのだ。

 

「ーーぐゔッ‼︎」

 

 直撃は避けたが、分銅が地面にぶつかった際の衝撃波を軽く受け、地面を転がっていく。

 

(ハァ……ハァ……。やっぱり強いなぁ、進化体……)

 

 よろけながらも、拳を地面につけ、それを支えにして立ち上がる。

 

(……でも、コイツを倒さなきゃ北海道(この地)を救えないっ。あの防人たちを倒しにもいけないっ!)

 

 神居山を出発する前に、雪花から聞いていた。

 No.4は偶に侵攻してくるバーテックスを倒すことで、一応は旭川市の平穏を守っている。

 つまり、No.4をただ倒すだけは意味がない。雪花をはじめとする旭川市の住民が彼女の悪政を見過ごしているのも、バーテックスの脅威を自分たちだけでは振り払えないからである。

 噂では、No.4が天秤座を完全に討伐しないのは、住民たちをバーテックスへの恐怖で反抗させないためと聞く。

 ゆえに今戦っている天秤座を倒さなければ、No.4を倒して本当の平穏を勝ち取ることはできないのだ。

 

 

「……私はなんとしても倒してみせる。アナタはただの通過点にすぎないのだからっ」

 

 歌野はまた、天秤座に突っ込んでいった……。

 

 

 ……その様子を、雪花は見ているだけだった。

 

「……」

 

 先程まで星屑と戦っていた様子は、なりを潜め、体は震え足を前へ動かすことができずにいるのだ。

 

(……いけるって思ってた。歌野ちゃんもいるし。……でもなんで? 体が……、言うことを、聞かない……)

 

 

 

 ーーそして彼女の心に、ドス黒い影が差していくーー

 




進化体バーテックスも、白鳥さんたち勇者が使う能力を持っています。
なぜ、持っているかは今は秘密。
今回の天秤座然り、先の乙女座然り、水瓶座然り…。

ちなみに、水瓶座の能力は『ミズミズの野菜』です。
後の二体はワンピースに出たことある能力なので、予想してみるのも良いかも。


次回 雪花 ランナウェイ


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第十四話 雪花 ランナウェイ

拙稿ですがよろしくお願いします。天秤座強し。


前回のあらすじ
 歌野と雪花は星屑を蹴散らし、進化体バーテックス、天秤座とまみえる。しかし、雪花の様子に異変が……?


 歌野は天秤座に張り付いて、至近距離から攻撃し続ける。

 その攻撃は大きな分銅に引き寄せられる前に歌野の狙った場所へ命中できていた。

 

「よしよし、これを続けていけばーー」

 

 すると、天秤座が小さい方の分銅を振り下ろし、歌野を攻撃してきた。

 

「ふっ‼︎」

 

 後ろへステップを踏んで回避する。そして、また天秤座へ突っ込んだ。

 

「ムチムチの銃乱打(ガトリング)ッ‼︎」

 

 集中的に天秤座の中央を何度も何度も攻撃する。

 敵の身体は徐々に壊れていくが、倒すには程遠い。

 

(やっぱり、至近距離だから、攻撃に力が入らないのかな……?)

 

 歌野の攻撃はある程度の距離から攻撃し、武器を加速させることで威力が上がる。

 しかし、距離が近すぎるため、また天秤座の攻撃を察知してすぐ回避行動を取らなければいけないので、全力の一撃を与える暇がない。

 

「ッ‼︎ また来たっ」

 

 振り下ろされた分銅を歌野はすぐさま離れて回避した。

 

(こういう敵は、剣か斧の方が相性いいかな……?)

 

 天秤座を倒すには、一撃の重い武器が欲しいところである。

 最適なのは斧あたりだろうか。

 

(いっそのこと、先に大きな分銅をなんとかした方がいいかも)

 

 また繰り出される敵からの攻撃を避けて、少し離れた距離から仕掛けてみる。

 

「ムチムチの〜〜」

 

 ベルトを投げ縄を放るが如く、その場で回して勢いをつける。

 

攻城砲(キャノン)ーーッ!!!」

 

 今、歌野が打てる最大威力で天秤座へ攻撃した。

 

 ……それは当然、大きな分銅へ吸い寄せられる。

 

 命中した箇所に、ピキッと1センチ程度のヒビが入るのをみた。

 

「ハァ、ハァ……。全身全霊懸けても、ヒビだけ、か……」

 

 歌野の呼吸は乱れ、膝に手をついた。

 

 「ーーえっ」

 

 ぐいっと、突然、歌野の体が敵に向かって引き寄せられたのだ。

 

「ーーきゃあああッ‼︎」

 

 引き寄せられた先にある分銅にくっ付いたあと、天秤座が勢いをつけて歌野を吹っ飛ばした。

 そして歌野は地面に叩きつけられる。

 

「い、いたた……。お、怒った?」

 

 今までは攻撃を引き寄せても、歌野自身は引き寄せられなかったのだが、敵はどうやら引き寄せる力の出力を上げたようだ。

 

「あっ、マズイッ!」

 

 すると、今度は周りの岩を分銅に吸い寄せた。

 歌野は、自分も引き寄せられないように、近くの頑丈そうな岩にベルトを括り付けて耐える。

 これでは、至近距離で攻撃できない。体ごと持っていかれてしまう。

 

(まるでブラックホールね……。あの分銅を中心として引力が働いているみたい)

 

 分銅にくっ付いている岩々は、分銅自体を覆っている。

 そして、天秤座は自身を回転させることで、デタラメに岩を飛ばしてきた。

 

「うわああーー‼︎」

 

「キャア‼︎」

 

 歌野の方へも、離れた場所にいた水都の方へも、岩が飛んでいく。

 

「ーーッ‼︎ ぐッ‼︎」

 

 立ちすくんでいた雪花にも飛んでいく。

 彼女は即座に槍を突き出して岩を破壊したが、その破片が彼女を襲い、雪花は地面に倒れた。

 

「雪花ちゃん‼︎ ……うわあ‼︎」

 

 後方の雪花と水都を見ていた歌野だが、また体が敵へ引き寄せられた。

 

「ッ‼︎」

 

 天秤座は回転し続けたままで、さらに速度を上げて自身の周りに竜巻を発生させていた。

 

(ヤバッ! このまま引き寄せられたらーー)

 

 

 歌野の体は、また天秤座に引き込まれた。

 

 ……そう。竜巻へ。

 

「う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"‼︎」

 

 竜巻によって体が切り刻まれ、普段の歌野からは考えられないような悲痛な叫びが響く。

 まるで巨大な扇風機、またはミキサーに体を削られているかのような感覚。

 

 ガガガガガガガガ……と削られ、それでも歌野は竜巻から解放されることはなく、ついには、回転が止むまでそれを続けさせられた。

 

 ドサッと、敵から解放された歌野は力無く、そこに倒れ込む……。

 

「……っ。うたのんっ。うたのん‼︎」

 

 水都が遠くから必死に叫ぶも、反応はない。

 歌野の周りには赤色の絵の具が撒き散らされているように見える。

 

「あ、ああ……」

 

 水都の顔は青ざめた。全身から血の気がひくのを感じる……。

 

 

 

あああああああああああッッ!!! うたのんッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 ーー雪花はただ、走っていた。

 

「ゔ、ゔ……」

 

 無我夢中で、下り坂となっている山道を駆ける。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎」

 

 泣き叫びながらも、その悲鳴は辺りに虚しく木霊する。

 

「ーーああッ‼︎」

 

 雪花は石に躓いて倒れた。

 猛スピードで走っていたために、坂を転がりながら下っていく……。

 

 

「……あ、ハァ……。ハァ……」

 

 擦り傷まみれになったまま、うつ伏せで雪花は涙を流す。

 

「う、うううっ……」

 

 顔は、涙や鼻水でぐしゃぐしゃになっていく。

 

 

 見てしまった……。あの光景を……。

 歌野が竜巻に吸い寄せられ、体を切り刻まれ、血まみれになって横たわっていたあの凄惨な光景を……。

 

 おそらく、歌野は助からーー。

 

「ハァ、ハァ……。ウッ! ウウッ‼︎」

 

 急に喉から込み上げてきた何かを、即座に口を抑えることで堰き止めようとしたが、耐えきれずそれをぶち撒ける。

 

「ーーうおええッッ‼︎ ーーううっえ‼︎」

 

 バタン、とその場にまた横たわる。

 

「い、いやだ……。も''う''イヤだぁ。やっぱり勝てるわけなかったんだっ!」

 

 泣きながら少しずつ這って移動していく。

 

「少しでもいけそうって思った私が馬鹿だったよ! なんでそう思っちゃったんだァ‼︎ 普通に考えたらわかるはずだよ‼︎ あんなデカいヤツなんかに、敵うわけないって……」

 

 誰に問うわけでもない。返答などありはしない。

 ただ、ただ、雪花は意味もなく叫ぶしかなかった。

 

 

 

 ……彼女の心は完全に壊れていた。

 

 一体いつからだろうか……?

 水都が星屑と言っていた、あの量産型と戦っていた時は、真逆の感情だった気がする。

 

 アイツだ。進化体バーテックス。天秤座が現れてからだ。

 

 進化体……。バーテックス……。星屑……。天秤座……。

 

「星……。天……」

 

 雪花は頭を地面に擦り付け、呟く。

 

「……空」

 

 ーーそう、呟いたとき、急に頭へ激しい痛みが襲った。

 

「ーーうぐぅ‼︎」

 

 体に震えが走り、平伏したまま動けずにいた。

 

「……空が……()()……」

 

 自分でも何を言っているのか、分からなかった。ここへ来る時は、敵と戦うまでは、そんなことはなかったはずなのに。

 しかし言葉通り、雪花は地面に顔を突っ伏して、決して上を向こうとしない。

 

「う、うう……。ううう……」

ーーねぇ? 最初の威勢は どうしたの?

「……ッ⁉︎」

 

 どこからともなく聞こえた声に辺りを見るが、ここには雪花以外誰もいない。

 

「……? ……⁉︎」

 

アイツが来たら態度が変わってさー。ピンチになったらすぐ逃げ出す。……あの頃とまるで変わってない……。自己中なヤツ……

 

 雪花は必死になって、自分の顔に両手を当てる。

 

(……? ()()()()()……)

 

 今、自分は槍を()()()()()()

 

ああ、可哀想……。彼女、きっと死んじゃうねー

「……めてよ」

 

ーーでも、アナタが望んだことよね? そうよね? だってーー

「やめてよォ‼︎ なんなのよ、あなたはァァーーッ‼︎」

 

 耳を塞いでも聞こえる声。

 その声は、雪花によく似た、いや、雪花そのものの声だった……。

 

ーーどんな手を使っても生き残るんでしょ? (アナタ)

 

 ……そう。たとえ、何を犠牲にしたって……。

 

 

 

 

 

 

 

「……私は、何も、変わってない……」

 

 頭の中に、また別の声が響き渡ってきた。

 

『ーーさすが勇者ね!』『勇者様がいてくれるから、なんとかなるでしょ!』『アナタ、御両親亡くなったんでしょ? もし、良かったらウチに来ない?』『いえいえ、でしたら我が邸宅へ』『彼女がいればバーテックスなんて関係ないなぁ!』『勇者様がーー』『よっ。平和の象徴っ』

 

(違う……。勝手なこと言わないでよ……。勝手に期待しないでよ。背負わせないでよ……)

「何も知らないくせに……」

 

 

 

『ーーおまえは選ばれし者だ。その意味を考えろ!』『大を生かすために小を犠牲とすることを厭うな』『なぜ我々を先に助けない! この土地において我々の重要性がどれほどのものかわかっているだろう!』『……彼女、市長たちを見殺しにしようとしたんじゃない?』『ああ、最近偉そうだったから……』『……自分が私たちの生殺与奪の権利を持ってるって主張したいんじゃない?』『しっ! あんまり大きな声で言ってると、助けてくれないかもよ?』『お姉ちゃんっ、ありーー』『やはり、我々のそばに置いた方が便利だろう。監視もしやすい』

 

(私は……、私はアナタたちの道具じゃないんだよ。勝手なこと言うなよ……)

「私のこと、何も知らないくせに……』

 

 不快な声は未だ鳴り止まず、頭の中を駆け巡る。

 

『勇者は?』『彼女、戦わなかったらしいわよ』『クソッ、俺たちを見捨てやがって……』『あーあ、こちとら非力な市民だってのに……』『防人の方たちが追い払ってくれたって!』『さっすが大社防人。人類の味方ッ‼︎』『これからは防人が我らの平穏を守ってくれるそうだな』

 

(何……、それ……。勝手に期待しておいて。持ち上げておいて。使えなくなったらお払い箱? あっさり手のひら返して……)

「ふざけないでよ……」

 

 

『……』

『………』

『…………』

『……………』

 

 

 ーーもう誰も、彼女を気にかけるものはいないーー

 

「ふざけんなッ‼︎」

 

 雪花はうずくまりながらも、吠える。

 

「私だって人間なんだよ! 死ぬのは怖いんだよっ! 死にそうになったら逃げ出したいに決まってるじゃないかッ‼︎」

 

 ダンダンッ、と拳を地面に叩きつけて泣き叫ぶ。

 

「期待するんなら最後まで支えて欲しかった‼︎ 最後まで期待したままでいて欲しかった‼︎ 最後まで協力して欲しかった‼︎ 捨てないで欲しかったッ‼︎ ……勝手すぎるよ‼︎」

 

ーーアナタと何が違うの?

「……っ」

 

 地面を叩き続けていた手が止まる。

 

(ち、ちが……う。私は、アイツらとは、違う……)

 

ーー何が違うの?

 

 雪花と同じ声をした()()によって、彼女は自分の言葉を顧みる。

 

 

『ーーいけるって思ってた。歌野ちゃんもいるし』

 

 

「……あっ、ああっ」

ーーアナタだってあの勇者、白鳥歌野に、勝手に期待してたじゃない。支援する、とか言いながら背負わせてたじゃない。……そして、状況がマズくなったら見捨てたじゃない。今っ、ひとり逃げ出して

「……」

 

 雪花自身も、歌野に期待していた。……歌野なら、歌野となら天秤座を倒すことができるのではないか、と。

 だが、雪花は天秤座とは戦わず、歌野ひとりに任せっきりだった。

 そして、敵の攻撃で歌野がやられると、次は自分だと……。そう感じて一目散に逃げ出してきた。

 

(私は……、アイツらと、変わらない……?)

 

 結局、雪花は自分の事をお払い箱扱いしていた、市長たち権力者と何も変わらなかった。

 いや、戦う力を持っている分、雪花の方がタチが悪い。

 

ーーこれで、白鳥歌野が死んだら、アナタは最低の勇者ね。……アナタは死にたくなくて逃げ出したけど、彼女はどうかしら?

 

「歌野ちゃんなら……、多分、逃げて、くれるはず……」

 

 生きているのかわからないのに、雪花は自分に言い聞かせるように呟いている。

 

「生きてるのならっ、きっと、逃げて……」

 

 歌野だって、勇者である前に人間だ。死にたくなんてないはずだ。

 自分が真っ先に逃げ出したから、きっと彼女も逃げのびるだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 ……本当にそうだろうか?

 

 

「……ああ、彼女はきっと、逃げてくれないね」

 

 あの時、彼女は胸に突きつけられた銃をものともしなかった。

 ハッタリだという根拠もないのに……。

 

「いや、歌野ちゃんは、()()に、逃げてくれない……」

 

 よろけながら、雪花は立ち上がる。

 

「……今もまだ、戦っているのかもしれない。この地を救うために。水都ちゃんを守るために……」

(なら、私はどうすればいい……?)

 

 

 少しの間、立ち尽くしていたが……。

 

 

「ああ……。どうするか、なんて。答えはとっくに出てたじゃないか……」

 

 そして、ゆっくり、ゆっくりと、足を前へ出す。

 俯く中、汗が頬を伝っていく。

 

「ハァ……。ハァ……」

 

 雪花の真上で輝き照らす太陽すらも、彼女にとってはおぞましきもの。

 大気がない宇宙空間で照らされているような威圧を感じながら、それでも歩き続ける。

 

「動け……。動け、私の体……」

(天秤座から逃げる時はあんなに速く走れたじゃないか。……走れよ。……走れ、私の足ッ)

 

ーーん? 今更どこへ行くの? ()()()()へ行くんじゃないの? まさか戦いに行くの?

 

 すると、また声が聞こえてくる。

 

「……ちょっと黙ってて」

 

ーー何で? どうして? ……それは、アナタがーー

 

 

 

 ーー秋原雪花は勇者であるから?

 

やかましいわいっ‼︎

 

 つい、勢い余って変な(素の)口調になってしまった。

 

 雪花自身も今の自分に問いたいぐらいだ。

 自分がどうしたいのか。なぜ、そうしたいのか。

 

「……‼︎」

 

 途端、雪花は走り出した。坂を駆け上がっていく。

 

(自分でもわかんないさっ! 何でそうしたいのか! また()()()へ逃げ込めばって思ってたのに。……理由なんてわからないさ。いや、どうでもいいんだよっ)

 

 

『何の話かよくわからないんだけど、雪花ちゃんの悪口を言うのはやめてよ』

『離せよ。お前、あれの何なんだよ』

『友達』

 

 

 No.4との諍いの際、歌野は言ってくれた。会ったばかりの雪花に対して、友達だと。

 

(……あのときっ、なんか嬉しかったんだっ。心があったかくなったのを感じたんだ。あの時も、そう)

 

 

『お姉ちゃん、ありがとうっ』

 

 見知らぬ老人とその孫を助けた時、少女は笑って、雪花に感謝してくれた。

 

『ん。良かったね無事で。……怖かった?』

『うん。……でも私負けないもんっ』

『そっか。偉いね』

『勇者様がいてくれるから』

『……それじゃ』

 

 

 寒いばかりだと思ってた雪花にとって、あの二人の存在は……、どこか暖かく、安心する気持ちになった。

 例えるなら、炬燵にいるような……。そんな感じだ。

 

「はっ……。まったく、嫌になるよ」

 

 鼻で笑う。

 これからまた死地へ向かうというのに雪花は笑っていた。

 戦いから逃げだし、しかしそんな自分も嫌でまた逃げ出した。

 

 

 ……いや、今回は『弱い自分』から逃げ出すのだ。

 

 

(どうか、どうか間に合ってっ! 歌野ちゃん!)

 

 

 そして雪花は歌野たちの元へ、全速力で向かう。

 

 

 

 

 

 ーーもう、空は怖くない。

 

 




 ミキサーにかけられた白鳥さんの出血の量は常人なら絶命レベルでしょうね。
 でも、アニメの高嶋さんはそれを超える量の出血で生きてたから多分大丈夫でしょう。


次回 北海道を救うもの


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第十五話 北海道を救うもの

拙稿ですがよろしくお願いします。白鳥さんがミキサーにかけられた。人呼んで、白鳥ミ......おっと、危ない……。タブーワードだった……。


前回のあらすじ(?)
歌野が倒れる。雪花逃げる。迷走する。過去を振り返る。勇気を振り絞って歌野たちの元へ走る。
↑この間、多分世界最短記録。


「うたのん‼︎ ねぇ‼︎ うたのん‼︎」

 

 遠くから水都が必死に呼びかけるが、倒れている歌野から反応は返ってこない。

 歌野のそばに浮かんでいる天秤座はゆっくりと、水都の方へ向かってきた。

 

「……! こっちに来るっ」

 

 水都は慌てて天秤座から更に遠ざかる。

 

(バーテックスが私に食いついてきた。なら撒いてうたのんの無事を確かめなきゃ)

 

 水都は岩場を利用して天秤座に捕捉されないように逃げ回る。

 

(……あれ? そういえば雪花ちゃんは?)

 

 辺りを見回すと、いつのまにか雪花の姿は無かった。

 

「……?」

 

 不思議に感じつつも、そのまま大回りして歌野の場所へ戻ろうと走る。

 

 

 

 

 

 

 ーー水都は迂回して、天秤座を撒き、歌野の場所へ戻ってきた。

 

「はっ、はっ……。うたのんっ‼︎」

 

 体を軽く揺する。水都の手には歌野の血が付着したが、そんな事は関係ない。

 歌野の胸に耳を当てる。

 

(……っ。心臓は動いてるっ)

 

「う、うた……のん……。うたのんっ!」

 

 涙ぐみながら歌野に呼びかける。

 

 ーーすると、

 

「うたのーー」

「……そば」

「えっ⁉︎」

 

 歌野はパチっと目を開いて叫んだ。

 

「そおぉ〜〜〜ばあぁ〜〜〜‼︎」

 

「……え、うたのん?」

 

 歌野が目覚めたことに喜びを感じつつも、戸惑っていた。

 

「うた、のん?」

「ああ〜〜‼︎ 痛いッ! チョー痛いッ‼︎ お腹減ったッ! 蕎麦食べたいッ‼︎」

 

「な、何を言って……」

「思ったこと全部‼︎ ……ふぅスッキリした」

「……」

 

 水都は呆れてものが言えなかったが、気にせず歌野は立ち上がる。

 

「アレ? 雪花ちゃんと、進化体バーテックスは?」

「……雪花ちゃんはうたのんが倒れている間に姿消しちゃってた。進化体は私が撒いた。……でも多分もうすぐ来るよ」

「みーちゃんが? 進化体バーテックスから逃げ切れたの⁉︎」

「逃げ切れた。っていうか、向こうはノロノロ動いてただけだし、攻撃もしてこなかったよ」

「え、どうしてだろ?」

「きっと、敵は遠距離攻撃できないんだよ。……それに戦い方もうたのんたちが仕掛けてきたら対応するっていう、迎撃方法をとってた」

「う〜ん。言われてみれば、確かに……」

 

 顎に手を添えて悩んでいる歌野。

 

「……確かに、向こうから攻撃してこなかったよね、アレ」

 

 歌野が遠くに視線を向けると、天秤座がゆったりと向かってきているのがわかった。

 

「……やっぱりまだ戦うんだね。そんな傷だらけなのに」

 

 水都は暗い顔をしていた。当然のことだろう。

 

「うん。……だってこれはチャンスだもん」

「チャンス?」

「敵を倒すチャンス。それに、いつまでもここ、北海道をそのままにしておけないじゃない?」

「……」

 

 水都の表情は暗いまま、歌野の手をぎゅっと握る。

 

「……血、とまってる」

「ホントだ……。勇者ってスゴイねっ」

「……でも、もうこれ以上怪我しちゃダメだよ?」

「それは……、約束できないかも」

「なら……、絶対に死なないで」

「にっしっし〜♪ それなら、約束できるよ」

 

 ポンポンと水都の頭を撫でてから、歌野は迫ってくる天秤座に向かって跳躍した。

 

 

 

 

 

「ーーさぁて、2ndラウンドといこうかなっ」

 

 敵の分銅目掛けてベルトを高速に回転させて溜めをつくる。

 

「ムチムチの〜〜! 攻城砲(キャノン)〜〜‼︎」

 

 再度、渾身の一撃をぶつける。

 しかし、その攻撃は分銅にヒビを入れるだけ。

 

「んもぉ〜! さっき与えたダメージは修復してるし、今攻撃した箇所も後で元通りになる……。ズルいったらないよっ」

 

 天秤座の反撃に備えて、また距離を空ける。

 

「……遠いと、私の攻撃は大きな分銅へ。近いとまた竜巻に吸い込まれるし。……なにかひとつ、決定打がほしい」

 

 天秤座を隈なく観察しているが、これといって思い浮かぶ策は……。

 

「いや、待てよ……?」

 

 歌野は天秤座のある部位に注目する。

 

「狙うのは分銅じゃなくてーー」

 

 ーーその瞬間、天秤座の背後から何かが飛び掛かった。

 

「うおおおおおおおおおおッッ‼︎」

 

「ーーッ⁉︎ 雪花ちゃん⁉︎」

 

 雪花は叫びながら天秤座の中心へ槍を突き刺した。

 

「ゔゔゔぅぅ〜〜‼︎」

 

 そしてそのまま突き刺した槍に力を込めて真下へ敵の身体を破壊しながら滑っていく。

 

「ーーっあああ‼︎」

 

 思わぬ攻撃を受けた天秤座は真下にいる雪花に向けて小さな分銅を振りかざす。

 

 ドカッ!!!

 

「ーーぐああッ‼︎」

 

 その攻撃を槍で受け止めたが、その勢いに耐え切れず雪花は吹っ飛ばされた。

 

「雪花ちゃん‼︎」

 

 歌野は慌てて雪花の元へ駆け寄り、抱きかかえて敵から遠ざかる。

 

「ハァ……ハァ……。歌野ちゃん、元気そうで良かった……。あ、ありがと。……そしてごめん」

「え?」

「べ、弁解の余地はないよ……。ホントに、謝っても済むことじゃないんだけど……」

「な、何が?」

 

 唐突な雪花の謝罪に、歌野は戸惑っていた。

 

「……後でちゃんと謝るから。いま、だけは……。アイツを倒すまでは……」

「う、うん……」

 

 雪花は槍を地面に刺して、ゆっくりと立ち上がる。

 

「……でも、倒し方なんてわかんないんだよね。は、ははは」

 

 ぎこちない笑い方で天秤座を見る。

 

「いや、なんとなくだけど、分かった」

「え?」

「アレの倒し方」

 

 歌野はベルトを長く伸ばしてリーチを広くとる。

 

「そのためには、危険だけど、敵に張り付かないとダメみたい」

「張り付く? でも、また竜巻に引き寄せられたらっ」

「うん。でも、それを利用しなきゃ倒せない」

 

 歌野はそう言い残し、天秤座に向かって走る。

 

「ムチムチの〜、拘束(バインド)ーッ‼︎」

 

 長くしたベルトを大きな分銅に絡み付かせた。

 

「これを〜、引っ張る〜!」

 

 綱を引くように分銅を天秤座から引き千切ろうとしている。

 

「う、うたのん……?」

 

 遠くから見ている水都も、雪花も困惑していた。

 

「い、意味ないよ歌野ちゃん! そんなので取れるわけが……」

 

 すると歌野の体は逆に、天秤座へ引き寄せられていった。

 

「あっ‼︎ あれがくるっ‼︎」

「うたのん、逃げてぇ‼︎」

 

 二人とも、引き寄せた歌野を、また竜巻で切り刻むのだと思った。

 

「きたぁ! ここでっ」

 

 歌野は分銅に引き寄せられると同時に、ベルトを収縮させた。そして、分銅に密着させられる。

 

「いたっ! ……でも、これならイケるかもっ」

 

 歌野はそこから、ある部位を集中的に狙って攻撃した。

 

「……接合部?」

「そうか……!」

 

 歌野がベルトで何度も殴りつけている箇所は、天秤座の身体が大きな分銅を吊り下げている接合部である。

 

「これをっ、切り離せばっ、引き寄せる能力が使えなくなるかもしれないっ」

 

 すると、天秤座は接合部を攻撃されるのを嫌がったのか、分銅にくっ付いている歌野を振り解こうと分銅を振り回す。

 

 そして歌野の体は分銅の引力に解放される。

 

 そこを狙ってーー

 

「ーー今だっ‼︎ ムチムチの〜、(スピア)ーーーッ‼︎」

 

 飛ばされながらも勢いをつけてベルトを伸ばす。

 それはブレの無い一直線で天秤座の頭部らしき箇所に飛んでいく。

 

(私を振り解く瞬間は、引力がなくなる! じゃないと私を引き離せないからっ)

 

 歌野の攻撃は天秤座に命中し貫通した。

 そして、地面に着地したあと、すぐさまベルトを収縮させる。

 

「これで……」

 

 天秤座は歌野の攻撃でぐらついていたが、体勢を立て直すと、自身の身体を回転し始めた。

 そしてそれは、竜巻のように突風を巻き起こす。

 

「よっ、とっ、と!」

 

 先のことから、歌野は急いで雪花のいる場所まで距離をとった。

 

「……また竜巻。どうする歌野ちゃん」

「ちゃんと考えてあるよ。アレの攻略法」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「……?」

「少々危ないことするけど、私を信じてくれる?」

 

 そう言った歌野の表情から雪花は強い意志を感じた。おそらく止めたとしても歌野は従わないだろう。

 止めるつもりもないが。

 

「……うん、信じるよ。歌野ちゃんを」

「ありがと。じゃあ合図を出すまで構えて待っててね」

 

 歌野はこの周辺で一番高い場所へ行き、竜巻を纏い近付いてくる天秤座を見据える。

 

「これで終わりにするっ。もうアナタにはチェックメイトがかかってるんだから! ……ムチムチのぉ〜〜、ロケット〜〜‼︎」

 

 歌野は思いっきりジャンプして天秤座の真上を取る。

 

「そぉぉこぉぉだぁぁーー‼︎」

 

 そこから竜巻の中へ吸い込まれていく。

 

「ま、まさか……、うえから……、竜巻の目を狙って……⁉︎」

「うたのん‼︎ 大丈夫なの⁉︎」

 

 歌野は竜巻に突撃しながらベルトを大きく回転させる。

 ベルトは天秤座の纏った竜巻の風を纏って徐々に小さな竜巻となっていった。

 

(アナタの竜巻っ、利用させてもらうよ!)

 

 荒れ狂う突風の中、歌野の体はまた切り裂かれていくが構わず、ベルトを回し続ける。

 

「うおおおおおおおーーーッ!!!」

 

 歌野は天秤座の頭から突っ込み、竜巻を纏ったベルトを振りかざした。

 

「ムチムチのおおおおお! 暴風雨(ストーム)ーーーーッ!!!」

 

 今、天秤座は回転しているため、引力の核となっている分銅も回転している。

 歌野自身も回転しながら攻撃を繰り出す。

 それは天秤座の頭を貫き、身体を破壊させて分銅に直撃した。

 

 

 ドォーーン!!!

 

 

 そのまま歌野は地面に落下した。

 

「歌野ちゃんッ‼︎」

「ーー今ッ‼︎ 雪花ちゃんッ、今なら接合部を破壊できるッ‼︎」

 

 地面に不時着していた歌野はすぐさま起き上がり雪花へ追撃の合図を出す。

 

「んッ! わかったぁ!」

 

 雪花は跳び上がり、真上から分銅を吊るしている接合部に向けて槍を放り投げた。

 

飛翔する槍(オプ・ホプニ)ィィィィィィ!!!」

 

 槍は一直線に破壊すべき対象へ向かっていく。

 

(真上のこの位置からなら、たとえ引き寄せられたとしても先に接合部を貫けるはずっ‼︎)

 

「いっっけぇぇぇぇ!!!」

 

 そして槍は見事に、接合部を破壊して大きな分銅に突き刺さった。

 

「ーーっっよぉっし!」

 

 天秤座から離れた分銅は地面を転がっていく。

 

「ナイスッ雪花ちゃん!」

 

 歌野は地面に転がった分銅にベルトを巻きつけた。

 

「ムチムチの拘束(バインド)ッ!」

 

 そして、分銅を力一杯持ち上げる。

 

「う、ううっ……」

 

 次に歌野はハンマー投げのように、体を回転させて分銅を浮かせていく。

 目的は分銅を、疲弊している今の天秤座へ食らわせ、トドメを差すこと。

 

「こ、れぇ、でぇ〜! ……アナタを倒すッ‼︎」

 

 天秤座を倒すには一撃の重い武器が必要だと思っていた。

 一番適しているのは斧だろうと。

 

「斧、以上に重い、一撃を〜」

 

 そして、ほぼ頭上高い位置に分銅を浮かせて、そこから一気に天秤座へ振り下ろすーー

 

 

「ムチムチのぉぉぉ! 大槌(インパクト)ーーッッ!!!」

 

 

 

 渾身の一撃は天秤座の身体を粉々に破壊した。

 と、同時に分銅も壊れ、それらの残骸がガラガラッと音を立てて周りに散らばった。

 

 

「だぁ……、はぁ……、ぜぇ……、はぁ……」

 

 歌野は肩で息をしながら、完全に破壊された天秤座を見ながら……。

 

「……」

 

 

 どさっ

 

 

「うたのん‼︎」

「歌野ちゃん‼︎」

 

 その場に倒れ込んだ彼女に水都と雪花は駆け寄る。

 

「大丈夫? うたのんっ⁉︎」

 

 水都が呼びかけたが、反応はない。

 どうやら気を失っているようだ。

 

「……多分、貧血かも。戦いが終わって気が抜けたんだよ……」

 

 二人は眠っている歌野の顔を眺めながらその場に腰を下ろした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……次に歌野が目を覚ましたのは真夜中だった。

 

 

「……ん? んん? ……そっか、私寝てたんだ」

「あっ、起きたんだね」

 

 雪花は体を起こした歌野の横に座る。

 

「おはよう。雪花ちゃん」

「……うん」

「みーちゃんは?」

「そこで寝てるよ」

「ホントだ」

 

「……」

「ん? どうしたの?」

 

 雪花は歌野の正面に座り直し、頭を地面につけた。

 

「ごめんなさいっ!」

「……え?」

「ちゃんと謝りたかった。……いや、途中で逃げて見殺しにしようとした私が、謝っても許されることじゃないのはわかってるけど、でも、まず謝らなきゃって……」

「……」

 

 雪花はあの時、戦いから逃げ出したことを謝罪してきた。

 しかし、一時的に意識を失っていた歌野にとっては身に覚えのないことだ。

 

「私には雪花ちゃんが何について謝ってるのかわかんないけど、頭を上げて?」

「歌野ちゃん……」

「許すも何も、私は怒ってないよ。気にしてない。結果的に私は生きて、ここにいる」

「……」

「それに雪花ちゃんは逃げてないよ」

「え?」

「ただ、一旦隠れて進化体の目を離した隙に後ろから攻撃した。……そう、これは作戦だったんだよ」

「ち、違っーー」

「違わないよ」

 

 歌野はあくまでも雪花の逃走を、作戦と称することで雪花の重荷を解こうとしているのだ。

 

「……で、でも、一歩間違えたら死んでたかもしれないのに」

「死んでない。私は生きてる。雪花ちゃんもみーちゃんも無事。そして敵は倒した。それで充分じゃない?」

 

 それを聞いた雪花の目から、涙が溢れ出した。

 

「……ホン、トにゴメンね。そして、ありがとう……」

「だからもう謝らなくていいんだって。……それに私はね、死ぬことなんて怖くない。"農業王になる"っていう偉大な夢のためならね」

「どうしてそこまで? 農業王っていうのになるためには、四国に行くんだよね? そこまで行くのに一体どれほどの危険が待ち受けているか……」

 

「それでも、私は"農業王になる"って決めたんだもん。……出来る出来ないじゃない。なりたいからなるの。例え死ぬほど危険でも構わない。……そのために戦って死んじゃうんなら、それはそれで良い」

 

「……歌野ちゃん……」

(夢のためにそこまでの覚悟を……)

 

「ーーあ痛っ」

 

 突如、歌野の頭に水都からの軽いげんこつが入った。

 

「う〜た〜の〜ん〜」

「あっ、起きたんだ。ってか怒ってる?」

「怒ってるよっ。死ぬのは良いって⁉︎ 良いわけないよ‼︎」

「わかってるよ。約束したもんね。私は死なない。だから私は絶対農業王になるんだっ」

 

 歌野はゆっくりと立ち上がって夜空を仰ぎ見る。

 

「私の人生は、死ぬか、農業王になるか、の二択。……そして、私は絶対に死なない。つまり農業王になるのは確定なのさ♪」

「……?」

「えーっと……」

 

 歌野の謎理論に二人の思考は追いつかなかった。

 しかし、水都はもちろんだが、雪花も歌野の夢が実現することは不可能ではない、と思ってしまう。

 

 ……歌野なら、実現できてしまうのではないかと……。

 

 

「……よっし! 進化体バーテックスも倒したし、明日、防人を倒しにいこうね」

「やっぱり行くんだね……」

「当然だよ、みーちゃん。まずここ、北海道を救わなきゃいけないからねっ」

 

 

 

 

 ーーそして、彼女たちは一夜を明かし、防人の元へ向かう。

 

 




 天秤座の倒し方は、大体みんな同じ。上からドーン! これでヨシ。


次回 大社防人、No.4の実力!


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第十六話 大社防人、No.4の実力!

 拙稿ですがよろしくお願いします。No.4との戦闘。この作品ではバーテックスだけではなく、人間ともどんどん戦うよ。


前回のあらすじ
天秤座を倒した歌野と雪花は、北海道に住む人たちに悪性を敷いている大社防人No.4を倒すため、彼女のいる場所へと向かう。


 歌野は雪花が用意した食事を摂った後、三人で防人たちが居を構えている場所へと向かった。

 

「ここだよ。防人たちが住んでいるのは」

 

 目の前には二階建ての宿泊施設が建っていた。

 

 すると、歌野は思いっきり空気を吸い込んでーー

 

たのもおおお〜〜〜!!!

 

 思いっきり叫んだ。

 

「うわっ、びっくりしたっ」

「うたのん、どうしたの⁉︎」

 

 すぐ横に立っていた二人はビクッと体が震えた。

 

「……いや、防人の人たちに聞こえるように」

「歌野ちゃん、そこに呼び鈴があるよ?」

「あっ、ホントだ。……まぁ遊びに来たわけじゃないから、こんな感じでいいかな〜って」

 

 

 ……少しした後、ひとりの女性が現れた。

 三人はその人物に見覚えがあった。

 先のいざこざの時にいた、首元のプレートにNo.12と描かれていた防人だった。

 

「っるさいなー。ってあんたらっ⁉︎」

 

 明らかにNo.12は動揺していた。

 

「グッモーニン♪ ちょっと要件があるんだけど、貴女たちのボス、連れてきてよ」

「……No.4のこと?」

「YES」

「会ってどうするの?」

「……話し合いで終わらせたいけど、多分解決しないから正直に言うね。……そのNo.4さんを倒しにきたのっ」

「……?」

 

 No.12の頭にはハテナが浮かんでいたが、やがて……。

 

「ぷっ……あーっはっはっはっはっはっ」

 

 腹を抱えて笑いだした。

 

「なあにを言ってんの? No.4を倒しにきたって聞こえたんだけど!」

「そう言ってるんだよねー」

 

 雪花の言葉にNo.12は笑いをやめ、睨みつけた。

 

「……ホントに何言ってんの? ……秋原雪花。あんたの場合はマジ今更」

「うん、ちょっとねー。もう貴女たちの執政じゃあ我慢できないんだよねー。欲しい服も、素材だって買えない」

「……」

 

 しばらく雪花と睨み合っていたが……。

 

 

「ーーおいNo.12。アタシに用があんだろ? コイツら」

「あっ……」

 

 建物からNo.4が出てきた。

 

「貴女に会いたかったの」

「……えーっっと。名前、白鳥歌野だっけ?」

「覚えてくれてたんだね」

「アタシら防人に上等カマしてくれた奴だからなァ」

 

 No.4は歌野たちの前に立つ。

 

「……で? さっきの会話は聞いてたけど、一応尋ねようか。……ここへ何しにきた?」

 

「貴女を倒しにきたっ!」

「同じくっ!」

 

 歌野と雪花は迷いなくそう告げた。

 

「え、ええ⁉︎ ま、まず話し合いじゃあ……」

「みーちゃん、改めて会ってわかったよ。話し合いしても解決しないと思う。だから倒すっ」

「……ギャアーッギャッギャッギャッ‼︎ 遠慮なく言ってくれるねぇ? 確かにその通りだよ。おおかた、この旭川市でのアタシの振る舞いをやめろってことだろ?」

「ええ、その通り」

 

 No.4は歌野たちに背を向け歩き出す。

 

「ついてきな。とっておきの場所に案内してやるよ」

 

 No.4は防人専用の戦闘服に着替えて歌野たちを案内する。

 

 

 

 

 

 ……連れられてきた場所は大きめの広場だった。

 そこに別の防人、No.29が土を慣らしている。

 

「えっ⁉︎ ど、どうしてあなたたちが⁉︎」

「No.29。コイツらはお客さんだ。ここで相手してやるから手入れはやめていいぞ」

「は、はい……」

 

 No.29は道具を片付けに行く。

 

「……ここはな。アタシたちが鍛錬している場所さ。あと、文句がある奴を黙らせる場でもある」

「……ってことは戦ってくれるんだ」

「そうさ。ここでアタシと戦って勝てば、おまえらの要件を叶えてやる。……欲しいものがあるなら勝って手に入れろ。どうだ? わかりやすいだろ?」

「そうだね」

 

 歌野と雪花はその広場に足を踏み入れる。

 

 No.4は頭にかけてあったバイザーを目に装着して準備完了の合図を出した。

 

「……ちっ」

「……?」

 

 一瞬、雪花から舌打ちが聞こえた気がした……。

 

 

「……ああそうだ。最初に聞いておきたいんだが、進化体バーテックスの天秤座、倒したのか?」

「うん。じゃないと、ここで貴女に勝ったって住民の人は安心できない」

「……そうかよ」

「ねぇ、こっちからもいい?」

 

 雪花はNo.4に天秤座を生かしておいた理由を尋ねる。

 

「貴女が天秤座を倒さないでいたのは、旭川市の人たちへの抑止力に使うため?」

 

 その問いに、少し時間をおいて答えた。

 

「……ああ。連中がアタシのやり方に不満を持ってくるだろうってのは最初の時点で予想できてた。だから進化体バーテックスを生かしてた。そのおかげでアイツらはアタシを排除するかどうか悩んでたよ。まぁ、わかってて執政してたんだけどな」

 

「……そう。ありがとね、答えてくれて」

 

 そう言って雪花は槍を出現させ構えた。

 

「おかげで私は、貴女を躊躇いもなくやっつけられそうだよ」

 

「……フン。じゃあ始めようか。そっちは三人がかりでいいぜ。戦うのはアタシひとりだ」

「戦うのは私と雪花ちゃん、二人だよ」

「うたのん……」

 

 歌野は水都の肩に手を置く。

 

「見ててね。頑張ってくるから」

「う、うん」

 

(ああ、私はいつも見てばかりで何もできないんだなぁ……)

 

 水都を残して歌野はベルトを出現させ構える。

 それを見てNo.4は軽く驚いた。

 

「……! おまえ、勇者だったのか……」

「言ってなかったっけ?」

「あの時はハッタリだと思ってたよ。勇者っていう雰囲気は全然なかったし、銃を突き付けられても微動だにしなかったしな」

「能ある鷹はなんとやらって言うでしょ?」

「……なるほどなぁ。おもしれェ」

 

(……いや、あの時は歌野ちゃんがお肉食べて能力使えなかったからなんだけどねー)

 

 雪花は心の中で微笑していた。

 

 

 

 

「……んじゃあ開始といこうや! 最初は軽く小手調べでーー」

「ムチムチのぉ〜〜〜」

「ーーいくから……って、え?」

(ピストル)ーーーッ!!!」

 

 何か喋っている最中だったNo.4に歌野からの先制攻撃が決まった。

 

「ふぐぅあ‼︎」

 

 顔面に直撃して後方に吹っ飛ばされる。

 

「ウソ……。あの人が吹っ飛ばされるところなんて久しぶりに見た。っていうより人間相手じゃ初めてだよ」

「いや、今のは不意打ちでしょ? それにまだ一速(ローギア)のはずだよ」

 

 広場の外にいるNo.29とNo.12は目の前の光景に軽く衝撃を受けていた。

 

 

「……いってて。やりやがったなァ?」

「あれ? 開始の合図はしたよね」

「ーーッ⁉︎」

 

 起き上がったNo.4へ、今度は雪花が槍を突き出した。間一髪でその攻撃を避けたが、雪花の後ろから歌野が畳み掛ける。

 

「ワンモア、ムチムチのぉぉ(ピストル)〜〜‼︎」

「ぐっふぅ!」

 

 左頬をベルトで殴られ、またしても吹っ飛んだ。

 No.4は起き上がると、二人との距離を遠くとった。

 

「……ふぅ。突然とはいえ、顔面を二度もぶたれるとはなァ。こちとら親にだってぶたれたことねぇのによォ‼︎」

 

 スプリットステップを踏んで、一気に二人との距離を詰めた。

 

「ーーまぁ、アタシの親はバケモノに喰われたからもういねぇけどっ‼︎」

 

 右手で雪花に殴りかかり、その後に右足で歌野へ蹴りを入れる。

 

 しかし、二人はその攻撃を見事に避けた。

 

「それはご愁傷様ぁ‼︎」

 

 拳を避けながら槍の穂先を突き出す。

 そのカウンターをNo.4は背中に受け、切り傷が入った。

 

「ーーっってェ!」

「こっちもいくよ。ムチムチの(サイズ)ッッ‼︎」

 

 続いて歌野がベルトを薙ぎ払い、No.4の腹部を命中させた。

 またしても地面に倒れ込んだ。

 

「……」

 

 No.4は地面に背をつけて空を仰ぎ見ていた。

 

 ……ここまでは歌野と雪花によるワンサイドゲームに見えた。

 

「いやぁ、楽しくなってきたなァ……」

「……?」

「秋原雪花ァ。おまえやればできんじゃねぇか。それによ、白鳥歌野。安心したぜ。ちゃんと()()()()()()()を知ってたんだなァ……よっっと」

 

 仰向けからネックスプリングで起き上がった。

 

「いいなっ、おまえら。一速(ローギア)じゃ勝てねぇわ」

「「一速(ローギア)?」」

「当然、戦うのは初めてだから、お互い何の能力者かわかんねぇよなぁ」

「「……」」

 

 

「ーー今見せてやるよ」

 

 

 ーーその時、ガチャ……とNo.4の体から歯車が噛み合ったような音が聞こえた。

 

「……いくぜ。二速(セカンドギア)ッ」

 

 膝を曲げて腰を低くした。

 

「来るよ歌野ちゃん」

「ーーッ⁉︎」

 

 雪花の言葉が言い終わる頃にはNo.4は歌野の目の前に接近していた。

 

「オラァ!」

「ーーッ⁉︎」

 

 腰を低くした体勢から歌野に向かって右手で掌打を繰り出す。

 それを歌野はベルトの両端を掴んで盾がわりにした。

 

「いい反応だァ!」

「くっ。……ああっ‼︎」

 

 掌打を防いだが、仰け反って体勢を崩した歌野に回し蹴りを浴びせた。

 

「歌野ちゃーー」

「次はおまえだよ!」

 

 両手両足を使い、雪花へ連撃を食らわせる。

 

「っ! ……っ‼︎」

 

 雪花も槍で応戦していたが、止まることのないラッシュ攻撃を捌ききれなくなってきた。

 

「ーーぉらよォ‼︎」

「うあっっ‼︎」

 

 ついには、蹴りを入れられ吹っ飛ばされる。

 

「ムチムチの……」

「……‼︎」

 

 そこへ、すぐさま歌野が反撃する。

 

銃乱打(ガトリング)ーーッッ‼︎」

 

 No.4は両腕をクロスして防御体勢をとった。

 彼女自体に大したダメージは入っていないようだが、何度も何度も攻撃を受け続け、No.4は徐々に後ずさる。

 

「ハァ……ハァ……」

「くぅ……痛かったなぁ」

「……へへへ」

 

 雪花は立ち上がり、三人は睨み合っている。

 

 

「……あ?」

 

 すると、No.4の腕や太ももに僅かな切り傷が入っており、血が滲んでいるのがわかった。

 

「へぇ。おまえの槍とかち合ってたときに切られてたのか……。あと、ビシバシ叩かれたのも、か」

「武器もなしに戦うからそうなるんだよ」

「武器ならあるさ。アタシの体そのものがな」

 

 No.4は親指を胸に向ける。

 

「……雪花ちゃん、彼女の能力って?」

「私も知らないの。お互いに、戦っていたところを見たこともないから。多分、向こうも私たちの能力を知らないし」

「ん? アタシの能力が気になるなら教えてやるぜ?」

「「……!」」

「わかったところで、って感じだからな」

 

 ガチャ……。

 

 すると、またNo.4の体から歯車が噛み合うような音がした。

 

「アタシはな。ギアギアの野菜を食べたギア人間さ。戦闘中に体のギアを上げることでスピードとパワーを上昇させるんだ」

「ギアギアの野菜?」

「敵に能力を明かすなんて、余裕だね……」

「わかったところで、って言ったろ?」

 

 タッタッタ……。

 No.4はその場で小刻みにジャンプしている。

 

「でもま、よくやるよなぁ。おまえは北海道の住民じゃねぇんだろ?」

 

 その状態のまま歌野を指差す。

 

「うん、違うよ」

「どうして、よそ者のおまえが首を突っ込む? しゃしゃり出る必要性あんのか?」

 

友達が困ってるから‼︎

 

 歌野は即答で言い放った。

 

「だから私は貴女を倒す。……ムチムチの野菜の能力者。勇者、白鳥歌野がね!」

「歌野ちゃん……」

「へぇ。おまえはそんなの食ったのかっ。聞いたことないがピッタリじゃねぇか。"無知無知"の野菜なんてよっ」

「無知じゃなくて鞭ッ‼︎」

 

 歌野はNo.4へ突っ込む。

 

「ムチムチの〜〜」

 

「ーー待って歌野ちゃん‼︎ 敵の挑発だよ‼︎」

 

(ピストル)〜〜〜‼︎」

 

 No.4に向かって繰り出した一撃は……。

 

「ーーアタシの能力は戦闘中に強さを増す。きっかけは体内のギアが噛み合うことでな」

 

「……え」

 

 左手だけでベルトの先端を掴んで防がれた……。

 

「聞こえなかったか? アタシはこの戦闘中にギアを合計二回上げた。つまり今ーー」

 

 No.4は思いっき掴んでいたベルトを引っ張って歌野を無理やり引き寄せた。

 

三速(サードギア)になってるってわけだァァ‼︎」

 

 引き寄せた歌野に右手を拳にしてボディブローを食らわせた。

 

「ーーッ。がはァア‼︎」

 

 歌野は吐血して地面に倒れる。

 

「それに、アタシは憑依(サーブ)型だ。おまえら装備(チャーム)型とは決定的に違うものがある」

 

 一瞬にして、雪花の懐に飛び込んでいた。

 

「ッ⁉︎」

 

 雪花がそれに気付く頃には、No.4のパンチが雪花の顎を捉えていた。

 

「ぐッ……」

 

 アッパーカットを決められて雪花もまた、仰向けで地面に倒れ込んだ。

 

「うたのん⁉︎ 雪花ちゃん⁉︎」

 

 外から見ていた水都に関しては、何が起こったのか分からなかった。

 

 いや、彼女だけでなく、No.29とNo.12も同様だった。

 

「……ねぇ、今の見えた?」

「見えるわけないよ。二速(セカンドギア)でさえ、私たち太刀打ちできないんだから」

 

 No.4は地面に横たわった二人を見て嘲笑する。

 

装備(チャーム)型の()()は武器だけ強いってことだ。それを扱う本体はただ、身体能力が高い人間にすぎない……」

 

 未だ起き上がれない歌野の胸ぐらを掴んで引き上げた。

 

「……っ」

「でもな。憑依(サーブ)型は体そのものに能力が備わっているから、単純な力勝負ならおまえらなんか屁でもねぇんだ。それに、アタシたち"防人"は対バーテックス用や、対人用に訓練されてきたエリートだ。おまえらのような野良で強くなってるやつとは次元が違うんだよ」

「うあっ」

 

 持ち上げていた歌野を雪花が倒れているところまで投げ飛ばした。

 

「……けどよくやった方だぜ。アイツらは一速(ローギア)がやっとで、二速(セカンドギア)になった途端、手も足も出なくなるからなぁ……。それに関してはさすが能力者(勇者)ってところか」

 

 外の二人を横目で見ながら言う。

 

「だが、おまえらでこれなら三大将相手にも三速(サードギア)で充分通用するな。奴らを超えられるっ」

「……三、大将?」

「あん? 三大将を知らねぇのか? 上等カマした相手の組織図ぐらい把握しておけよ」

 

 すでに勝った気でいるのか、悠長に説明し始めた。

 

「三大将ってのは、今の防人をまとめてる奴らの総称さ。そいつらは前に、No.1であり唯一、本名を名乗れた"楠芽吹"の直属の部下たちだ。そしてその三人が防人の組織を一部改革していった。その改革の一つとして三人は名前を名乗れる()()を作った。No.20は弥勒。No.9は山伏。No.32は加賀城……ってなっ!」

 

 ーーその瞬間、歌野がベルトを振るい攻撃を仕掛けたがNo.4はいとも容易くそれを避けた。

 

「貴女は……、その人たちを超えるのが夢、なの……?」

 

「夢ェ?」

 

 その単語に、No.4は間抜けな顔をして見せた。

 

「……ぷ、くくくっ」

 

 そして盛大に笑い出した。

 

「ギャーーッギャッギャッギャッ‼︎ 夢なんか誰が見るかよ! 単にその三人の下に居続けるのが嫌なだけさ。そんなかに、最下位がいるしよ……って、ああそうだ。確か、No.2はそれが不満で防人やめたって聞いたな」

 

「……さっきからベラベラ喋っちゃってからに……」

 

 雪花はふらつきながらも槍を地面に刺して立ち上がった。

 

 ーーしかし、すかさずNo.4に詰め寄られ、頭を鷲掴みにされて地面に押さえつけられる。

 

「……このクソみたいな世界の中で、夢を見るやつが一体どこにいるってーー」

「ーー私だよッッ‼︎」

 

 歌野は立ち上がりながら叫ぶ。

 

「私はぁ‼︎ 四国に行って農業王になるッ‼︎ それが私の夢‼︎」

 

 

 ……外の二人は歌野の言っていることを理解できず口を開けていた。

 

「今、なんて……?」

「……は? 四国に行くって言った?」

 

 すると、No.4はまた大声で腹を抱えて笑い出した。

 

「ギャアーーッギャッギャッギャッ‼︎ ギャッギャッギャ‼︎ 笑わせること言うなよなっ。……ったく、四国に行くなんざ、冗談でも言わねーよ。ホントに今日はよく笑ったぜ」

「私は本気だよ‼︎」

「……おい、冗談で済ましてやってんだァ……。いい加減口閉じろ」

「ーーうっ」

 

 歌野の喉輪に手をかけ、そのまま手に力を入れ始めた。

 

「っ。ぐぐぐっ!」

 

「ーーうたのん‼︎」

 

「よく防人に向かって四国へ行くなんざ言えるよなァ? アア⁉︎」

 

 歌野を地面に倒してその頭を足で踏んづけた。

 

「いたっーー」

「なぁにが夢は、農業王だァ? 四国へ行くだァ? ……ニンゲンがぁもうとっくに夢見る時代は終わってんだよ‼︎ バーテックス(バケモノ)が現れてからなァ。ギャッギャッギャッ‼︎」

 

 ぐりぐり、と歌野の頭を踏み躙って高笑いをあげた。

 

「おまえらもそう思うだろ? なぁ、No.12! No.29!」

「ホントだよねぇ。キャッハハハ! 私だって行けれないしぃ、あの七武勇だって阻まれ続けてるんだからっ」

「……え、えっと」

 

 すぐ賛同して笑っているNo.12と違い、No.29は応えを窮していた。

 

「……なァ? そう思うよな? 笑えるよな? No.29……」

「は、はい。は、ははは……」

 

 ギロッと睨む眼光に臆してNo.29は迎合してしまう。

 

「……ってわけだ。ノーギョーオーなんて暇なマネは自分家でやりな。なんなら旭川市(ココ)でーー」

 

 と、その時No.4の頭に小石が当たった。

 

「あいてっ……。あぁ?」

 

 投げてきた方向を向くと……。

 

「み、みーちゃん?」

「……水都ちゃん?」

 

 いつのまにか、広場内に入ってきた水都の姿があった。

 

「……なんだよ?」

「う……」

 

 水都は小刻みに震えている声を堪えながらも意を決した。

 

 

「うたのんに、謝れッ!!!」

 




No.4(※女です):憑依型勇者の野菜、ギアギアの野菜の能力者。戦闘中にギアを上げることでスピードとパワーが増す。一速から二速、三速...とある。(MT車みたいだ)
ゴム人間のギア2とはまた違う。
ちなみに本人は使ったことないがR速(バックギア)もあるらしい。モロ車だ。


次回 幻想の揺籠


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第十七話 幻想の揺籠

拙稿ですがよろしくお願いします。ワンピースのセリフは有名なものばかりですよね。この作品の中にも数多く登場させ、そのセリフを誰にどんな形で言わせるか、それがこの作品を描く楽しみでもあります。ご覧頂いてる方は、どこにそれがあるか探してみるのもアリかと。


前回のあらすじ
 No.4との戦闘が始まり、最初は善戦していた歌野と雪花だったが、ギアギアの野菜の能力により、一気に逆転。追い詰められる二人だったが、歌野の夢を笑いものにしたNo.4に水都がキレた……⁉︎


 

「……うたのんの夢を笑うなッ‼︎ 今すぐ謝れッ‼︎」

「おい、何勝手に広場(リング)に入ってきてんだよ?」

「か、かかってこいっ。私が"三人目"だっ」

「そーか」

 

 水都はまた小石をNo.4へ投げる。それをNo.4は難なくキャッチした。

 

「……で? 謝る必要がどこにあるんだ?」

 

 スタスタ、と水都の元へ歩き出した。

 

「ま、待って……。逃げて!」

「嫌だッ! うたのんが、雪花ちゃんが傷付いているのをこれ以上見ているわけにはいかないもんっ」

 

 そして、水都はまた小石を拾い上げた……。

 

 しかし、それを投げようと顔を上げたときーー

 

 

「ーーおい、どこ見てやがる?」

「うあッ‼︎」

 

 小石を拾う僅かな間に、No.4は背後にまわり、髪の毛を掴んで強く引っ張った。

 

「い、いた……い」

「みーちゃん‼︎」

「おまえも四国へ行く、とか言うクチか?」

 

 苦痛に顔を歪ませながらも、水都は睨みつける。

 

「とう、ぜん、だよ。……うたのんは必ず、四国へ行って……、農業王になるんだから。私はそれを一番近くで見届けるの……」

「アタシは別にノーギョーオーを笑ってるわけじゃねぇ。聞き捨てならねぇのは"四国へ行く"ことさ」

「同じだっ! うたのんの夢を叶えるためには、四国へ行って、神樹様の恵みを手に入れることなんだからッ‼︎」

 

「ぷっ……」

 

 No.4は吹き出した。

 

「神樹様だァ? ますますアホらしい。とんだ妄想女だぜ。そういう絵空事はぁ()()()にでも閉まっときな!」

「……くっ」

「様々な思惑で、四国を目指そうとする奴らの話は散々聞いた。七武勇とかな。他にも"夢"や"希望"と称する奴らもいたが、結果的には防人に捕まるか、バーテックスに食い殺されるか、だ。そのくだらねぇ夢に目が眩んだアホ共は足元に転がってる利益にも気付かず、叶いもしない幻想に振り回され死んでいく。……そして最期にゃ『夢に生きれて幸せだったろうな』。そう言われるだろう。……負け犬の戯言だよ! そういうアホ共の生き方はなァ、心底虫唾が走んだよ‼︎」

 

「ーーぅ!」

 

 もう片方の手を拳にして、水都の腹部を殴りつけた。

 次に、顎へアッパーを放つ。

 

「ーーっ」

 

 水都は唇を切ってしまい、口元に血が垂れる。

 

「それでもうたのんは……、私たちは夢を見るんだ……」

「何度も言わせんなァ! 夢見る時代はとっくに終わってんだよォ!」

 

「……」

 

 それでも水都は睨み続けた。歯を食いしばり、痛みで涙を流しながらもNo.4へ怨嗟の眼差しを向ける。

 

「……気にいらねぇな、無能力者が。 勝てないとわかっていながら、一体なぜそんな目をする? 何に怒ってやがる?」

 

「……たから

「あ?」

 

 息を乱しながらも、水都は言い放つ。

 

親友(うたのん)の夢を、笑われ、た、から……」

「……?」

 

「みーちゃん……」

 

 水都の脳裏によぎるのは、歌野の夢に対する想いの言葉……。

 

 

『ーー私は農業王になる夢を叶えるために死を覚悟しているつもり……』

『ーー出来る出来ないじゃない。なりたいからなるの。例え死ぬほど危険でも構わない……』

 

 

 歌野は夢のために、本気で命を懸けている。

 その夢を笑われたのだ。

 

「だから私は貴女を許さない……」

「ギャッギャッ! ……おまえに許しを乞うつもりはねぇ。アタシは大社の防人なんだからなっ」

 

「貴女が一体、大社(どこ)防人(だれ)かなんてどうでもいいんだっ」

 

 親友である歌野の夢を笑われることは、水都にとって……、何よりも許し難きことーー。

 

「うたのんの夢は、命を懸けた夢だから……。冗談で言ってるわけじゃ無いんだよ……」

 

 水都はこの場にいる全員に向かって大声で吠えた。

 

貴女たちなんかがあ‼︎ へらへら笑って、馬鹿にしていい夢じゃないんだッ!!!

 

「ーー偉そうにほざいてんじゃねェ‼︎」

 

 水都を地面に押さえつけ、うつ伏せになっている彼女の背中を踏みつけた。

 

「ーーああ"ッ‼︎」

「どれだけ吠えようと、力のねぇおまえらは無様に地を這いつくばるしかねぇ」

「ち、力がないのは、貴女も同じだ……」

「なんだって?」

 

 背骨が軋みそうなほど力を入れられても、水都は耐え、苦笑いを浮かべた。

 

 

「……夢も無く、ここで仮初の平和を謳って、その足元の利益を貪ってる貴女は……、うたのんの夢の()()を知らないんだ……」

「夢の意味ィ……?」

 

「……私たちの故郷、長野の諏訪は、四国の外で、バーテックスの侵攻が、一番少ない地域なんだ……」

「諏訪……ねぇ」

「なぜなら、うたのんが中心になって農業に勤しんでいるからっ……。バーテックスは、人間が造ったモノを破壊しても、自然が生み出したモノには手を出さない……」

「じゃあ何? 農業やってるから、わざわざ地面に種植えて自然物として育ててるから、バーテックスがあんまり寄り付かないって?」

 

「その仮説に気付いた時、思ったんだ……。うたのんが神樹様の恵みを手に入れて農業王になったら、きっと……、バーテックスが今よりもっと近寄らない環境になるんじゃ無いかって……」

 

 これ以上潰されないように、体全体に力を入れて踏ん張る。

 

「うたのんが農業王になることは、本当の平和に繋がることなんだって信じてる……」

 

 押さえつけられている頭を必死で上げようとする。

 

うたのんの夢はあ‼︎ 平和の象徴なんだああ!!!

 

「……もう御託は充分だ。()()()()にしてはよくやった方だよ」

 

 No.4が振り返ると、ベルトを回しながら突撃してくる歌野と、槍を突き出してくる雪花の姿があった。

 

「後ろからブンブンブンブン、丸聞こえだったんだよ! 不意打ちなら静かにやりなァ! あと、ドタドタ足音もうるせぇ」

「みーちゃんからぁ、離れろ‼︎ ムチムチの、攻城砲(キャノン)ーーッ‼︎」

 

 No.4は水都から離れ、先に来た雪花の刺突を避けて、カウンターの蹴りを放った。

 

「ーーぐぁっ」

 

 続いて、歌野の攻撃を雪花を蹴った状態から流れるように回避する。

 

「残念だったなァ。今の攻撃が当たっていれば、アタシに致命傷を与えられただろうに……」

「貴女は二つ、大きな勘違いをしている!」

 

 歌野は伸ばしているベルトを、一方の手を使って弛ませた。

 

「まずひとつ! これはフェイクッ。避けられる前提でアタックしたんだよ。()を当てるためにねっ。ムチムチの、拘束(バインド)ッ」

「……ここっだあ!」

 

 避けたはずのベルトの先端は、先に蹴飛ばされた雪花の方向に伸びており、彼女はそれを槍でNo.4側に打ち返して体に巻き付かせたのだ。

 

「ーーちぃ」

「これで逃げられないでしょ! ムチムチの〜〜」

 

 歌野は捕まえたNo.4を、ベルトを収縮させることで引っ張り込んで、思いっきり頭突きを放った。

 

(カネ)ッッ‼︎」

 

「っつ。……っテェ」

 

 その時、No.4が付けているバイザーに縦方向の亀裂が入った。

 

「……!」

「アンドォ〜〜」

 

 No.4から離れ、歌野は力を込め彼女を一旦、宙に浮かせた後……。

 

「ムチムチの戦斧(オノ)〜〜!!!」

 

 地面に向かって真っ逆さまに叩きつけた。

 

「ーーどぉぅはぁっ」

 

 頭から落とされ、No.4は地面に横たわった。頭からは血が流れ、バイザーは完全に壊れて地面に散らばる。

 

「……ふたつめっ。みーちゃんは別に時間稼ぎで言ってたわけじゃない。貴女の態度に本気でアングリーだったんだ……」

 

 水都はこれまで歌野の目的をあまり口外しないように努めていた。

 しかし、今はそれを気にしなくなるほどにキレていたのだ。

 

 

 ……No.4が倒れている様子を見て、外の二人はざわつく。

 

「……嘘よね? 負けるはずないよね……」

「……今の、結構なダメージだった」

 

 No.4は仰向けのままで……。

 

「騒ぐな……。アタシが負けるはずねぇだろ」

 

 そう言って立ち上がった。

 

「……! まだ、動くんかい……」

 

 雪花は槍の切っ先を真っ直ぐ突き付ける。

 それを見てNo.4は不敵な笑みを浮かべていた。

 

「……アタシを倒せた、と思ったか……? 残念」

 

 ゆっくりと、二人に近付いていく。しかし、その足取りはどこか重く見えた。

 

「認めなよ。……貴女の負けだよ」

「負け? 誰が?」

「貴女が」

「……誰が決めたんだアアアアアアアアアアアア!!!

 

 真上を向いて叫んだ。……と、同時に。

 

 ガチャ……。

 

「「……‼︎」」

 

 雪花も歌野の聞き逃さなかった……。

 No.4の体から鳴った、()()()()()()()()()()が。

 

「図に乗ってんじゃあねぇよ、この雑魚がァァァ!」

 

 一瞬にして、二人の目の前に接近し、歌野の顔を右手で殴り飛ばした。

 

「ーーっぐ!」

 

 続いて、その体勢から右足を伸ばして雪花に蹴りを放った。

 

「ぐぅあッ‼︎」

 

 二人とも、まったく反応できなかった。

 

「……どうした? ()()と同じ攻撃をしたつもりだったんだがな。その時と、対応がまるで違うぜ?」

 

 地面に横たわっている歌野に蹴り付け、追い討ちをかける。

 

「ーーッ‼︎」

「ギャッギャッギャッ‼︎ やっぱり雑魚が地に突っ伏している姿は無様で良いなァ」

「くっ、うう……」

「ああそうだ、さっき諏訪って言ってたよな。知ってるか? 長野と北海道(ここ)とサウスジャパンの沖縄は、バーテックスの襲撃が最も低い四国外の地域として大社に認定されてる。そして、その中の社会情勢は侵攻前の文化を倣ってやってんだぜ?」

「……ど、どういう」

「アタシはな。"超資本主義社会"をこの旭川市で実現させてんだ。少し歪に見えるがな。……おまえらもこの街にいたんなら知ってるだろう? 商品の価格が異様に高騰してんのが」

「……!」

 

 それは雪花はもちろん、歌野と水都も商品の価格を見たときに真っ先に感じたことだ。

 

「普通なら手を出し辛い値段だ。だが買わなきゃ生活できない。じゃあどうする?」

「……だから住民のみんなを過剰に働かせているのかっ」

 

 雪花が片膝を付けて起き上がりながら答えた。

 

「そうさ。働かざるものってやつだ。物が欲しけりゃ働いて稼げ。そうやって金まわりを激しくしてこの街を作り上げた。だからここは他二つと違って都会で裕福なんだよっ」

「……そんなの嘘っぱちだっ! 無理矢理働かせて奴隷のように扱って、それが侵攻前の文化を倣ってるだってぇ⁉︎ 笑わせんな‼︎」

 

 雪花は声を荒げた。自分の暮らしていた街の真実の姿を今、それを敷いている本人から聞かされたから。

 

「アタシがやってるのは、あくまで"超資本主義社会"さ。……それに奴隷って言うなよ。 "奴隷産業"は沖縄でやってる()()なんだからなァ」

「「なっ……!」」

「残る諏訪は一次産業ばっかやってるって聞いた。 ああ、だから農業で王様になりたかったのか。……今、合点がいった」

 

「……許さない……」

「ん?」

「雪花ちゃん」

 

 雪花は立ち上がり、槍を片手に大きく仰け反った。

 

「貴女がいるから……、この街は寒くなる一方だ」

「あぁ? 何の話だ?」

「この街の人たちが寒くなるのは貴女のせいだと言ったんだッ‼︎ ……飛翔する槍(オプ・ホプニ)ッッ‼︎」

 

 仰け反った状態から槍を、No.4の頭目掛けて投げ飛ばす。

 

 

「ーー!?」

 

 しかし、No.4は頭を傾けてそれを避けた。

 

「……やたら()()なるな、秋原雪花。まぁ市長たちのおまえへの扱い方を知りゃあ、気持ちはわかるけどな」

「くっ……」

「この街の奴らは働くことでしか生きていけない。それ以外の事には構ってられないのさ。今はもうおまえに関心がないのも、他人に構う余裕がねぇからだ」

「ーーそれは貴女のせいじゃないかァァ‼︎」

「雪花ちゃんッ‼︎」

 

 雪花は殴りかかろうと拳を大きく振りかぶったが、No.4に掴まれ、一本背負いで投げられた。

 

「くうっ……」

「言ったろ? 装備(チャーム)型は武器が無けりゃ意味がねぇ。それを放り投げるおまえの戦い方とは最悪の相性だな」

 

「ーームチムチの〜〜」

 

 そこへ、歌野がベルトで攻撃する……。

 

 しかし、

 

「邪魔だ」

「……⁉︎」

 

 ベルトを伸ばした時には、No.4は歌野の懐に入り込んで胸に掌打を当てる。

 

「ぐっっ

 

 口から血が滲む。肋骨にヒビが入るのを感じ、そのままうつ伏せで倒れる。

 さらに、No.4は倒れている歌野の右腕を掴み上げて、本来()()()()()()()へ一気に捻った。

 

 

 ゴキッ

 

 

「〜〜〜っあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"‼︎」

 

 激しい痛みに苛まれ、ベルトから手を離した。

 

「もう片方の腕もイッとくか?」

 

 No.4が痛みに悶えている歌野の左腕に触れた瞬間ーー

 

「ーーこのぉッ‼︎」

「っんがッ!」

 

 後ろから雪花に頭を蹴り飛ばされた。

 

「せっ、か、ちゃん……」

「……っ」

「……いい感じに邪魔だな、秋原雪花ァ。 アタシはもう、とうにキレてんだ。だからイテェの食らわせてくれた白鳥歌野(コイツ)から殺ろうと思ったが……」

 

 No.4は右手の親指以外の四本指を真っ直ぐに伸ばして……

 

「まずおまえからだなーー」

 

「…………

 

 気が付いた時には、雪花の胸は……。

 

「ーーうっ、ウウ‼︎ ……ガハァアッ‼︎」

 

 No.4の手によって貫かれていた……。

 

「せ……っか、ちゃん?」

 

 歌野も水都も、防人二人も、その光景に衝撃を受けていた……。

 

四速(トップギア)までくると、素手で相手の体を貫けるほどのパワーとスピードをもつ……。そう、素手で"刺し殺す"ことができるんだ」

 

「せっーー」

 

 ズボッ と雪花の体から右手を抜き出した。

 そして、血に染まる手を見ながらNo.4は嘲笑う。

 

「そして次はおまえが死ぬ番だ、白鳥歌野。……夢に生きれて幸せだったか?」

 

 

雪花ちゃあああんん!!!?

 

 雪花はスローモーションに陥ったかのように、ゆっくりと地面に向かって倒れていく。

 

「……あれ……? 私死ぬの……」

 

 

 地面に絶え間なく流れ続ける血液を目に、雪花の体は徐々に動かなくなっていく。

 

 

「……歌野ちゃ……。……実は……歌野ちゃんの夢……一緒に見たかっ……。ゴメ……」

 

 

 蚊の鳴くような声で何かを呟いていたが、おそらく誰にも聞こえていないだろう……。

 

 そして、雪花は虚ろな目をしたまま、口や胸から大量の血を流し、息を引き取った……。

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っていう夢を視たの?

 

「ーーッ!?」

 

 

 パリーーーン!!!

 

 

 突如世界が……、No.4の見ている光景は、ガラスのように粉々に砕け散った。

 そしてそれら破片は、地に落ちると跡形もなく消滅していくーー。

 

「なっ……、なにが……? ーーってああ⁉︎」

 

 気が付くと目の前には、ベルトを()()に持って立っている歌野の姿があった。

 

「ど、どういう……」

 

「ーー飛翔する槍(オプ・ホプニ)ッッ‼︎」

 

 いつのまにか後ろにいた雪花は、槍を投擲してNo.4に命中させる。

 

「ーーグアアッ!」

 

(なぜだ? アタシは白鳥歌野の右腕を折って、秋原雪花を突き刺したはず……っ)

 

 何が起きたのか思考が追いつかず、歌野の方へ吹っ飛ばされた。

 

「ムチムチの〜〜、お団子(ダンゴ)ロケット〜〜‼︎」

「ーーぐッッッふうッ!」

 

 歌野はベルトを()()()()()()()()、体を縮こませ向かってくるNo.4へ体当たりする。

 

「アンド、ムチムチの〜〜

花火(ハナビ)・"衝羽根朝顔(ペチュニア)"〜〜〜!」

「ーーぐはっ! ーーガバっ! ーーうおッ! ーーゲホォ!」

 

 そして縮こめた体を、ベルトを解きながら思いっきり伸ばす。そして、手と足で四方八方に拳や蹴りを食らわせた。

 

「ーーネタバレが知りたい? さっきのはね。私の"ユメユメの野菜"の能力なんだよ!」

「……っ⁉︎」

「私の能力が備わってるこの槍を()()で視た時、相手の脳は睡眠状態に陥り、少しの時間夢を視るんだ」

 

 先程投げた後にすぐ回収していた槍を携え、雪花はNo.4に向かって薙ぎ払った。

 

「貴女は、私を殺した夢を視て、さぞ愉悦の極みだったでしょうねっ」

「ーーがっ」

「相手をねむりへ誘い、希望()から絶望(現実)へ突き落とす。それがユメユメの野菜の能力。"幻想の揺籠(ピリカ・シンタ)"。夢を馬鹿にする貴女にはピッタリでしょ!」

 

 雪花と歌野による相互攻撃に、No.4は意識を保つのに必死だった。

 

 ーーそしてそれは、No.4にとって耐え難い屈辱でもあった。

 

「ウウウアアアアアアアアアァァァ!!! アタシはァァァ! 大社の防人だぞォォォ! この世界を支配している組織のNo.4だぞォォォ!」

「貴女がぁ! 大社(どこ)防人(だれ)だろうと! 私はぁ、倒してここを救い、先に進むッッ‼︎」

 

 歌野はベルトを後方へいっぱいいっぱいに伸ばして、さらにそれを手元で小刻みに回すことで捩りを加えていく。

 

「これでファイナルッ」

 

四速(トップギア)のその先、最大火力を思い知らせてやーー」

 

 

 ガッ……、ガリガリガリガリ……。

 

「……⁉︎ か、体が」

 

 No.4の体から異音が鳴り響き、体が思うように動かなくなった。

 

「ギアが噛み合わねぇ⁉︎」

「あたりまえさ。貴女のギアが四段目になったのは、夢の中だったんだからねッ」

 

 そして歌野は、最大限捩じったベルトを、一気にNo.4へ放つーー

 

「うおおおおおおおおおお!!!」

 

「ア、アタシが負けるはずないッ! この旭川市を!この北海道を支配する者なんだからあああ!」

「ーー貴女はそうやってええ!この北海道(広大な大地)を!そこに住むみんなを!たったひとりで支配しようとするからああ!私はああ、息が詰まりそうだあああああああーーー!!!」

「アタシが負けーー」

 

 

 ドーンッ!!!

 

 

ムチムチのッ!回転弾(ライフル)ーーーッッ!!!

「ーーギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 No.4の腹部に命中した瞬間、捩れていたベルトが元へ戻ろうと、No.4の体ごと高速に回転して吹っ飛ばす。

 

 吹っ飛んだ後、体は地面を何メートルも転がっていく。

 

「…………」

 

 そして、No.4は仰向けの状態のまま、口を開け、白目を剥き、動かなくなっていた。

 

「……ね、ねぇNo.29」

「な、なに……?」

 

 しばらくその様子を見ていたNo.12とNo.29だったが、他に表現が出来ない()()光景を言い表す。

 

 

 

「No.4、気絶してない……?」

「う、うん」

 

 それが意味することは、つまり……。

 

 

「No.4が……、敗れた……」

 




秋原雪花:装備型勇者の野菜。ユメユメの野菜の能力者。それは、リンクさせた武器を肉眼で視たときに、その人の脳を睡眠状態にさせ夢を視させる、というもの。雪花の場合は槍の刃の部分にリンクさせている。勇者の野菜は本人にも作用してしまうため、雪花は必ず眼鏡をかけて戦う。鏡花水月じゃねぇか



次回 勇者御記


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第十八話 勇者御記

拙稿ですがよろしくお願いします。原作では防人がいるのは大赦ですが、この作品では白鳥さんのいる時代を軸にしているので大社の防人になる。ややこしくて偶にごっちゃになる。


前回のあらすじ(?)

歌野「後半まさかの夢オチぃ⁉︎」
雪花「一体いつから、ここが現実だと錯覚していたのかにゃぁ?」
水都「違う……。それワンピースの台詞じゃない」



 歌野たちは気を失っているNo.4を縄で拘束した。

 

「ただの縄で捕まえておけるかな? 簡単に引きちぎられると思うんだけど」

「でも歌野ちゃんのそれで捕まえとくわけにはいかないでしょ?」

「別にいいよ雪花ちゃん。もう戦闘は無いと思うから」

「それもそうだね」

 

 チラッとNo.12とNo.29を見る。

 

「それとも、仇討ちとか、する?」

「「……ひっ」」

 

 槍を二人へ向けて雪花は笑う。

 

「……や、やりません」

「わ、私も……」

 

 防人二人は両手を上げて降伏の意を示す。

 

「結構結構」

「まぁ、私たちもすっごいタイアードだしね」

 

「……縄だけで充分ですよ」

「……?」

 

 No.29は歌野たちの方へ歩いてくる。

 

「No.4の能力は、休息や気を失っている、いわゆる非戦闘時には元の一速(ローギア)に戻るんです。その状態では縄を引きちぎるほどの力はありません」

「そうなんだ」

「それにギアの上昇はある程度動いてないとできません。これは本人が言っていた事です」

「ちょ、ちょっとNo.29⁉︎ 敵になんで……」

「No.12……。今ここにいるのは、北海道の旭川市を統治する新しい統治者です」

「「え?」」

 

 その言葉に歌野と雪花は驚く。

 

「私たちがぁ⁉︎」

「はい。ここを統治していたNo.4をあなたたちは倒した。ですので執政の権利はあなたたちへ移ったのです」

「ちょっと待って! 私たちは別にこの街の統治者になるために戦ってたわけじゃ無いよ? この街の人たちが悪政に苦しんでいるからそれをやめてもらいたくて戦ってただけで」

「ですが、No.4が墜ちた今、次の統治者が必要になります」

 

「……確かにそうだね。ここまでやってポイ捨てとか、無責任な事はできないよね」

「でも、私たちは四国に行きたいのであって……」

「うん、わかってる。……歌野ちゃんたちを統治者にはしないよ」

 

 そう言いながらも雪花は深く考え込んだ。

 

(んー、私個人としては歌野ちゃんと()()()()()()から、統治者になりたくないし……。かと言って市長たちに権力戻すのもなんか癪に触るし……)

 

「No.4が反省してくれて、真っ当に統治してくれたら良いんだけど……」

 

 ポツ っと呟いた一言にNo.29が反応した。

 

「おそらくですけど、No.4に言えば従ってくれると思いますよ? 貴女たちが勝利したんですし、何か望めばその通りにしてくれるはずです」

「えっ? No.4が? さっきまであんなだったのに?」

「No.4は、自分より強い人には従う人なんです。昔、まだ能力者じゃなかった時に、防人のリーダー争いで、後にNo.1となる楠芽吹さんに挑んで負けた事があるんです。それからあの人は大人しくその人の指示に従ってました」

 

「……そーなんだ。悪党なのに筋は通すんだねー」

「……い、いえ、私たち防人は悪党では無いのですが……。一応」

 

 雪花の冗談(だと思いたい)で、軽い笑いが起こったが、また うーん と頭を悩ます歌野たち三人。

 

 すると、水都が閃いた。

 

「……! なら、No.29さんが次の統治者になればどうですか?」

「えっ、私が、ですか?」

「それアグリー♪ いいと思う! 貴女はこの街の状況を一番近くで見てきた。それに、今までのやり方が間違ってるって思ってたんでしょ? No.4さんに怯えて従ってたって感じだし」

「それは、そうですが……」

 

 歌野もその意見に同意し、さらに雪花も賛成した。

 

「だねー。今更大人たちに権力戻すのも癪だったし、やっぱり大社で統治するのがいいかもね。もちろんやり過ぎはダメ。あくまで一人の統治者は貴女だけど、旭川市のみんなで話し合うことを忘れないようにしなきゃ」

「そうそう。民主主義っていうのだね」

「みんなと、協力……」

 

 少しの間考え込んでいたが、やがてNo.29は大きく頷いた。

 

「わかりましたっ。その任、謹んでお受け致します」

「決まり!」

「グゥレイト♪」

 

 親指を立てて歌野は笑う。

 

「よしよし! これにて一件落着ってことで……、名残惜しいけど、これで北海道ともお別れだね」

「え……」

 

 雪花は胸の辺りで拳をギュッと握った。

 

「も、もう行っちゃうんだ」

「うん。ここでやれることは終わったから、また四国目指して旅に行こうかなって」

「……歌野ちゃーー」

「でもうたのん、北海道からまた飛行機に乗ってイーストジャパンに行くには1ヶ月後になるよ?」

 

 雪花は何か言いかけたが同時に水都と被り、かき消えた。

 

「あっ! そうだった」

 

 歌野はすっかり忘れていたが、自分たちがイーストジャパンの千葉からここ、ノースジャパンの北海道まで乗っていた飛行機は、片道100万の月一便である。

 

「あぁそうだよ……。来月まで待たないといけないんじゃん……。それに、お金も持ってない〜」

 

 悲痛な声をあげながら、地面に跪いた。

 

 

 

 

 

「ーーいや、勇者なんだから普通に足で行けよ」

「……⁉︎」

 

 声がする方を振り向くと、No.4が目を開けていた。

 

「起きるのはやっ!」

「おまえらがごちゃごちゃ話してるから起きたんだ……」

 

 しかし、つい先程までの様子とどこか違う、縛られているせいか大人しい印象を受けた。

 

「……念のため聞くけど、まだ闘るとか言わない?」

 

 雪花の問いに、No.4は下を向いて大きく息を吐いた。

 

「おまえらが望めばな? ……アタシは言ったぞ? 欲しいものがあるなら戦って、勝って手に入れろって。お互い死ぬ気で戦って、最後にアタシは負けた。だから今後はおまえらの好きにしていい」

「……随分豹変してるね。ホントにNo.4なの?」

「うっせ。アタシは自分で言ったことの筋は通すんだ」

「なんか意外……。()()()()()くせに」

「あ、あれは、おまえの夢オチだったんだろぉ⁉︎」

「でも、殺そうとしたんでしょ?」

「あんだと⁉︎」

 

「ーーぷっ。あ、ごめんなさいっ」

 

 雪花とNo.4のやりとりを横で見ていたNo.29はつい、吹き出してしまった。

 

「ちっ。まぁいいや。……とにかくアタシは負けた。これからは好きにやってくれ、新統治者?」

「あっ……」

 

 No.29を見てうっすら笑った気がした。

 

「貴女、どこから聞いてたの?」

「さあってね。……で、話戻すけど、勇者なら自身の身体能力でイーストジャパンまで軽く跳べるだろ? 飛行機なんて使わなくても」

 

「ーーうぇ⁉︎ リアリー!?」

 

 上ずった声で驚く歌野だけでなく、雪花と水都も同様だった。

 

「そうだよ。勇者の身体能力ナメんな。第一、四勇はバーテックス掃討の時、それで移動してたんだぞ? あと偶に四国外調査の時とか」

「し、知らなんだ。……私、ずっと旭川市周辺しか行ってなかったし」

「千葉までなら 三日で行けるな。……移動だけなら、1ヶ月もあれば中国地方(マリンフォード)の端、山口県まで行けるぞ? まぁ、()()に行けたら、だけど」

「へ、へぇ」

「まぁ、それでも飛行機で行きたきゃ、構わねぇよ。……おい、No.29。コイツらに金払ってやれ」

「あっ、はい」

「お金って?」

 

 歌野は首を傾げた。

 

「忘れてんのか? おまえら天秤座倒したんだろ? その賞金だよ」

 

「ああっ⁉︎ すっかり忘れてたぁ‼︎」

「……大丈夫かよ」

「い、いろいろあったもんね、うたのん」

「別にお金のために倒したわけじゃないしね」

「でも、もらえるんならもらおう。まだ、価格は高いままだしね」

 

 

「ーーそれではみなさんついてきてください。お渡ししますので」

 

 No.29に連れられて三人は大社支部に向かった。

 

 

 

 

 

 

「……なんか嬉しそうだね」

 

 向かう途中で歌野はNo.29の様子が気になっていた。

 

「えっ⁉︎ わ、わかりますか……?」

「うん。だって時々ニヤニヤしてたり、足取りが軽かったりだし」

「え……。あはは……」

 

 図星をつかれてやや照れながら頭をかいた。

 

「さっき見たNo.4が……、()に戻ったみたいな気がしまして」

「昔?」

「実はNo.4は、前からあんな性格ではなかったんです。ここの人たちを苦しめる事を笑顔でやるような人では……」

「そうなの?」

「防人が結成されその御役目に就いていた頃は、血気盛んではありましたが同時に、仲間想いの一面もあったんです。特に、楠さんに対してはその強さに尊敬の念を抱いてたと思います」

 

 そこで水都は、たびたび出てくるその名前に気になった。

 

「その"楠"って人は今、どうしているんですか?」

 

 その問いに、No.29は首を横に振った。

 

「わかりません。だいぶ前に遠征に出たっきりなので……」

「たった一人で? 何をしに?」

 

 何かいい辛そうな雰囲気を出していたが、彼女は答えた。

 

「七武勇の、"三好夏凛"さんを倒しにいく、と……」

「三好夏凛?」

「彼女は、かつては大社に所属していたんです。私たちと一緒に訓練していました。ですが、いざ防人として選ばれる時に失踪しまして、その行方を楠さんは躍起になって探してました」

「なるほどねー。それでその人の情報を見つけて旅に出たわけか……」

 

 雪花はうんうん と頷いていた。

 

「そうです。後のことは三人の部下に任せて……。ですが、その三人が防人を牛耳ってから色々とおかしくなっていったんです」

「三人って、No.4が言ってた三大将っていうのだよね?」

「そして、No.4があのような性格になったのは三大将が防人を仕切り始めてからなんです」

 

 話によると、No.4の言動が荒くなったり、他の防人たちの雰囲気が悪くなったのは、楠芽吹が抜け、その後釜を三大将が担ってからだという。

 

 そして……。

 

「その中で特に目立つのはNo.20…いえ、弥勒夕海子。その人が三大将の中心となっています。……その彼女自身も以前とは違う雰囲気でして」

「みろく……、ゆみこ……」

「勇者の野菜を集めて防人に食べさせているのも彼女だと聞いています。その他にも改革を行っているのですが、その意図が全く読めません。……お二人は四国へ向かうのですよね? であれば、必ず大社本部がある中国地方(マリンフォード)を通ります。その際は三大将、特に弥勒夕海子に気を付けてください」

 

「「……」」

 

 歌野と水都は何も言わず歩き続けた。

 

 同じ大社の防人であるはずなのに、なぜそこまで警戒されているのだろうか……。そこまで危険な人物なのだろうか?

 

 歌野は少しだけ、防人という組織を気掛かりに思った……。

 

 

 

 

 そして、大社支部がある建物へ入り、それなりに長い廊下を歩き続ける。

 

「……そういえば、天秤座の懸賞金っていくらになるの?」

 

 ふと、歌野は疑問に思った事を口にする。

 

「ええと確か……、350万ぶっタマげだと思います」

「でた。そのミステリー単位。……"円"だといくら?」

「うたのん、525万円だよ」

「さっすがみーちゃん。計算早い」

「……私たち子供からするととんでもない額だけど、すぐ用意出来るんですか?」

「出来ますよ。通常は本部から送られるそうなのですが、ここはおかげさまで経済潤ってるんですよ。金まわりが激しいので」

「皮肉だねー」

「ですので1000万円未満なら、すぐ用意できます」

「凄いっ。なら身代金を要求されても迅速に解決できるねっ」

 

「……? うたのん、何の話?」

 

「……」

 

 少しの間、沈黙が流れた……。

 

「……あっ、でもさっ」

 

 自分でおかしくした空気を変えようと、改めて歌野は尋ねる。

 

「天秤座、結構強かったんだけど前のより低いんだね」

「うたのん、それって乙女座のことだよね」

「うん」

 

 歌野が戦った手応えとしては天秤座の方が戦い辛かった。それに、一度命の危機にあったというのもある。もちろん、乙女座と戦ったときも危なかったのだが。

 

「懸賞金の額は、対象の"強さ"ではなく、大社と四勇が判断する"危険度"ですからね。天秤座はNo.4が食い止めていた、という実績から金額は上昇しなかったんです。それに、天秤座は自ら攻撃することは殆どない、とNo.4は言ってました」

「確かに、私たちの時も似た感じだったね」

 

 水都が言っていたように、天秤座は歌野たちの攻撃に対応する形の戦い方だった。

 

「それに、天秤座は"ズシズシの野菜"の力を充分に使えていないとも、言ってました」

「ズシズシ? それが天秤座の能力なの?」

「……能力を名付けたのは大社ですけど」

 

 ズシズシの野菜というのは、重力操作を可能とする能力のようだ。天秤座の場合は、大きな分銅が重力の核となっており、周りの物を引き寄せていた。

 

「充分に使えてないってどういうこと?」

「No.4が言うには、重力の出力を最大にすれば、まわりの土塊を集めて小惑星を作ったり、宇宙空間の隕石を飛来させたりもできるだろうと……」

「……おっかないね、ソレ」

 

 歌野たちと交戦した時は、沢山の岩を分銅に引き寄せた事はあったが、そこまでの規模ではなかったはずだ。

 となると、やはり天秤座は自らすすんで攻撃しない、ある種の"穏健派"だからそこまで大規模な重力操作を行わなかったのだろう。

 

「……バーテックスも能力が使えるってのは、不思議な話だよねー」

「そうですね。噂では勇者の野菜は……、っと、この部屋ですね」

 

 No.29は言葉を区切り、目の前の扉を開けた。

 

「現金で用意しますので少々お待ちください」

 

 そう言って部屋の隅にある金庫らしき物を開けはじめた。

 

「525万円も持てるかな? 現金で」

「アタッシュケースがそこにあるから、多分入ると思うよ」

「うわぁ、スケアリー。そんな大金持ってうろうろ出来ないよ」

「あっははっ。警戒しないとねー」

 

 歌野と雪花は雑談をしている中、水都はNo.29がいる場所とは反対方向に歩いていくと、ガラスケースの中に入っている()()()を見つけた。

 

「……これ」

「どうしたのみーちゃん?」

 

 二人も寄ってその紙を見た。

 それは、()()()()()()()が書かれた1ページの紙切れだった。書いている内容は一切不明。ただの落書きにも見える。しかし、保管の仕方は、その1ページをまるで貴重な物であるかのように扱っている……。

 

「ケースを壊さないと取り出せないね。偉い人が書いたものかな?」

「コレなんて書いてあるの? しかも、所々掠れて読めなくなってるし」

 

 書いている文字はチンプンカンプンだが、その紙切れにはこう記されてあった。

 

 

————————————————

 

That day, despair fell from the sky.

Mankind’s natural enemies. It’s “VERTEX”.

It was born by god of heaven coming divine punishment.

I despaired when I saw my friends being eaten.

But, I found “vegetable of hero”.

It’s hope.

 

write by Nogi Wakaba

 

————————————————

 

 

「ーーそれ、勇者御記(ポーネグリフ)と呼ばれるものですよ?」

 

 No.29は金の用意を終え、三人もとへ戻っていた。

 

勇者御記(ポーネグリフ)?」

「私たち北海道支部が大社からの指示で管理しているものです。と言っても原本は大社本部にある書史部が所持しているので私たちが管理する意味はわからないのですが」

 

 その勇者御記(ポーネグリフ)と呼ばれる紙をじーっ と水都は眺め続けていた。

 

「そんなに見続けてどうしたの? もしかして読めるの、みーちゃん?」

「ううん、読めない。けど」

 

 水都はこめかみに指を当てて記憶を辿っていた。

 

「……これ、諏訪(ウチ)にもあった気がする」

 

「……えっ?」

 




勇者御記(ポーネグリフ):歌野たちの世界で起こる出来事を記した日記らしきもの。この世界の核心に迫る情報だと思われるが、読むことが出来ず、また所々検閲されている。


次回 多分ね・・・


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第十九話 多分ね・・・

拙稿ですがよろしくお願いします。この回でノースジャパン編は終わります。……いやー長かったような気がしますなー。
 しかし滞在日数は、白鳥さんが肉を口にして倒れ防人とのいざこざがあった(1日目)。天秤座倒す(2日目)。No.4倒す(3日目、今ココ)


前回のあらすじ
 北海道支部にて賞金をもらう歌野たち。しかし、そこで見た奇妙な紙切れ。それは勇者御記と呼ばれるものだった。存在意義が不明なその紙を水都は諏訪支部で見たことあると言うが……?


 

「諏訪で見た事あるって、リアリー? みーちゃん」

 

 水都は う〜んと唸りながらも昔の記憶を辿っていたが、やがて頷く。

 

「……うん。一度だけなんだけど、こんな奇妙な文字が書かれた紙切れがガラスケースに入れられて丁重に保管されてたのを、見た気がする」

「気になりますね……」

 

 以外にもNo.29がその言葉に食いついた。

 

「諏訪支部に保管しているとの情報は知らなかったのですが……」

「えっ? そうなの?」

「はい。……私の確認ミスかもしれませんが、勇者御記(ポーネグリフ)を保管している支部は北海道、京都、兵庫、沖縄です。あっ、先月くらいに進化体バーテックスに潰され、回収されましたが、山口もでしたね。そして、そこには必ず指揮官クラスの防人を置いているんです」

「指揮官クラスって、No.4とか?」

「はい。ご存知の通り北海道はNo.4、京都にNo.7、兵庫にNo.5、沖縄にNo.8、無くなった山口支部にはNo.6がいました」

「だったら千葉支部にはないね。それに諏訪は防人自体いないから」

「そうなんだ? 今どき防人がいない支部なんてそこくらいじゃない?」

 

 雪花は旭川市にいるが、全国に人が住む場所があり大社支部が所々に存在している事は知っていたが、そこに必ず防人がいるものだと思っていた。

 

「うん、今思えば不思議だよね」

「……う、うん」

 

 人が住んでいる場所でも、そこに大社支部がないケースは珍しくないが、大社支部があるのにそこを守る防人がいない諏訪は、確かに不思議である。

 

「確か、乃木さんが諏訪を訪れた時も同じこと言ってた気がする」

「か、考えてもしょうがないと思うよ」

「そうだね」

 

 水都の言う通り、考えても答えは出ない。

 

「気になるなら諏訪に寄ってみる? 四国へ行くならどっちみち諏訪に立ち寄れるから」

「ん! そうだね。そうしよう」

 

 そして、歌野たちは賞金が入ったアタッシュケースを大事そうに抱えて、大社支部をあとにした。

 

 

 

 

 

 ……商店街付近まで来た歌野は。

 

「……こんな大金、持ってたってしょうがないよね」

「……? どうしたの急に」

 

 歌野は笑いながらケースを開けて札束を取り出した。

 

「もうこの場で使っちゃお!」

「「ええ⁉︎」」

 

 当然、水都と雪花は驚く。

 

「これ持ったまま旅続けたとしても、出番がないんだよ。諏訪はお金のやり取りしないし、ウエストジャパンまでまだまだ長いし……。なら、今ここで使っちゃおうよ」

「むむむ……。確かに、その通りかも」

 

 今わかっている時点で、お金の価値がバーテックス侵攻前と変わらないのは、四国と、沖縄と北海道だけ。ほかの大社支部も、時々来る闇市で使う程度と聞いたことがある。

 

「じゃあいっそ、ここで使い切ろうか。これからの旅に必要なものも揃えてさ」

「うん!」

 

 そして三人は、ひとり175万円を手に商店街を歩き回りだした。

 

 

 

 

 

 ーーそれからしばらくして、三人は旅館に集合した。

 せっかくなら旅館に泊まり、疲れをとって明日出発することにしたからである。

 

「……ビューティフル! ここの料理デリシャス過ぎる〜! ほら見てカニさんだよカニさん! ハロー♪ ご無沙汰してま〜す」

「私たち、カニなんてそうそう食べないもんね」

「旅館の人に頼んで肉類は遠慮して貰ってるからじゃんじゃん食べていいよー」

 

 目を輝かせて歌野はカニの鋏と握手している。

 

「ほら見なさいな。旭川ラーメン! ん〜、コクが違うよー!」

 

 雪花は個別に頼んだ旭川ラーメンを美味しそうに食べている。

 

「私も、頼んであるわよ!」

「あっはは。……ってうたのんそれ‼︎」

 

 歌野の前に出されたのは旭川ラーメン、ではなく……。

 

「な、なんですってェ‼︎ 麺が……。お蕎麦になってるぅぅぅ!?」

「ふふっ♪ 名付けて、旭川蕎麦!」

 

 歌野は旭川蕎麦なるものを勢いよく啜っていく。

 

「う、うたのん! お、怒られるんじゃない⁉︎ 色々」

「ノープロブレムっ。……んん〜! 蕎麦がっ! マイハートにインパクトを刻み込んでいるぅ〜!」

「な、なんという邪道な……」

「ノンノン! 王道ばかり気にしては新発見なんて出来やしないよ」

「ぷっ……。あっはっはっはっは‼︎ やっぱり敵わないにゃぁー、っと! いかんいかん、気が緩みすぎた」

 

 

 三人は賑やかな雰囲気に包まれて、その日を終えるーー。

 

 

 

 

 ーー翌日。

 

 歌野は麦わら帽子を被り、朝早くから畑を耕していた。

 そして、商店街で購入したタネイモを植えていく。また隣の畑にはタマネギの苗を植えていく。

 

「……うたのん、早いね」

「おっ! おはようみーちゃん」

「そういえば千葉にいた時も畑、耕してたよね」

「うんっ。農業に必要なものは昨日買ったから。それにちゃんと周囲の人たちにも苗とか種渡して、布教しといたからっ」

「流石だねー。うたのんは」

「みーちゃんもやってみる?」

 

 比較的軽めの鍬を水都へ渡す。その鍬も購入したものだ。

 

「そうだね。虫とかいなさそうだから、耕すくらいはできるかな」

 

 二人で畑を耕していると、雪花も合流した。

 

「こんなところにいた」

「おはよー雪花ちゃん」

「う、うん……」

「……?」

 

 雪花は何か言いたげそうな雰囲気を出していた。

 

「どうしたの? なんか顔、引き攣ってるけど」

「あのね、私をさーー」

勇者様だあああ‼︎ みんな! ここにいたぞ‼︎

「え?」

 

 雪花の言葉をかき消して、大人たちが三人の元へ駆け寄ってきた。

 

「およ? これは一体?」

「……」

 

 その面々に雪花は見覚えがあった。"元"旭川市市長をはじめとする"元"権力者たちだ。

 

「いやー、話は聞いたよ。君たちが防人の暴走を止めてくれたんだってね!」

「おかげで助かったわっ」

 

「え、いやぁ、あのー」

 

 突然のことに歌野は困惑していた。

 どうやら、No.12が昨日の件を彼らに話していたらしいのだ。

 

「私達もあの悪政には嫌気が差しててねぇ。この街を救ってくれた英雄だよ!」

「白鳥歌野さん、だっけ? それに……、あなたは?」

 

 一人の女性が水都の前に立つ。

 

「……え、えっと、藤森……、水都、です」

 

 すっかり萎縮してしまい、俯きながら名前を告げる。

 

「藤森水都さんね。本当に助かったわ!」

 

 握手を迫られ、水都は恥ずかしながらもその手を握った。

 対して歌野は満更でもないように笑顔で対応している。

 

「大したことなんてしてないですよっ! ただ、友達が困ってたから手を貸しただけです。雪花ちゃんも頑張ってくれてたんですよ」

「……そう」

 

 大人たちは雪花の方に向き直る。

 

()()()()、流石北海道の勇者様ねっ。()()()()()()()()()()()()()()()()()救われたわっ」

「ああ、本当だよなぁ!」

 

 大人たちは口々に雪花を褒め称えていた。

 

 その様子を見て、雪花はニコッと微笑んだ。

 

 

(…………は?

 

 

 雪花の口は確かに笑ってはいるのだが、目はどこか諦観したかのような、暗闇に沈んでいた。

 

(コイツら……、まるでわかってない。自分たちが苦しんでいることを人のせいにばかりして、防人なんて子供に執政権奪われておいて、いざ楽になったら、かつて見放した小娘を、過ぎたことは忘れましょーって笑いかけてきやがって……。なに? 褒めればなんでも許してくれると思ってんの? 子供だからチョロいでしょって……?)

 

 雪花は微笑みながら、歌野と水都の手を引いた。

 

「ゴメンネーみなさん。ちょっと二人は急用があるらしくて」

 

 そのまま、走り出した。

 

「ちょっと雪花ちゃん⁉︎ 荷物が……」

「ほとぼりがさめたら取りに戻るからっ」

 

 

 

 

 

 

 ……そして、雪花はとある場所へ二人を連れてきた。

 

「ここは?」

「何かの洞窟? 防空壕にも見える」

 

 目の前にあるのは、小さな洞窟だった。

 小さいとはいえ、歌野たちなら簡単に入れるほどの大きさだが。

 

「……これはね。勇者になってから、私がずっと掘り続けている洞穴だよ」

「……! これを、雪花ちゃんが?」

「うん。私はね、自分が()()()()()に掘り続けてたんだ……」

 

 雪花は自分が勇者になってからの事を歌野に話し始めた。

 

「前にも言ったよね? 私は勇者になったけど、それを利用する大人たちに囲まれて嫌気が差したって。そして、進化体が現れて、勝てなくて、死にたくないって逃げて。この中に隠れてた。そしたら、防人が彼らを守った」

「うん。言ってたよね」

「No.4が……。防人がいつから彼らを掌握しようと画策してたのかはわからない。でも、そのNo.4を倒したら、変わるんじゃないかって。この街の寒さが、和らぐんじゃないかって……期待してた」

 

 しかし大人たちの態度は変わらなかった。雪花が彼らのために働けば雪花に取り入れ、防人が台頭してくれば易々と雪花から鞍替えし、今ではまた雪花、いや、今度は歌野に手を伸ばそうとしていた。

 

 

「私はね。もう()()()()()()にいたくはないんだよ。もうここで戦うことなんてできない。天秤座は倒したけど、もし新たな敵がここを攻めてきたって戦う気はない。……ずっと北海道から出たいと思ってたんだよ。自分で穴掘って隠れ蓑作ったって。ここにいる限り、寒いままさ……」

 

 その時の雪花の表情は、歌野たちに過去の自分を話してた時と同じ、全てに失望し、未練を無くしたような表情だった。

 

「だからさ、歌野ちゃん。……ずっと言おうとしたけど、邪魔が入らないうちに言うね」

 

 雪花は歌野に頭を下げた。

 

「私をっ……。歌野ちゃんの仲間に入れてください。……私を、秋原雪花を、四国へ行く旅に連れていってください……」

 

 地面に涙の雫を落としながら雪花は切に願った。歌野と共にいることを。ここから抜け出すことを。

 

 それを見た歌野は……。

 

「……」

 

 無言で彼女を包み込むように抱きしめていた。

 

「ーーえ?」

 

 当然、雪花は困惑する。

 

「……あ、あの。歌野、ちゃん?」

「うたのん?」

「……」

 

 歌野は黙ったまま……。

 

「こ、これはOKってこと、かな……?」

「今まで、本当によく頑張ったんだね」

「ーーッ」

「たったひとりで戦っているのに、敵はもちろん、本来味方であるはずの人たちからも重圧を浴びせられ続けて……、それでも懸命に戦ってくれていたんだよね? ずっと、ずーっと」

 

 耳元で囁く歌野の声は、少しだけ心地良かった。

 

「違う、違うよ? 私がずっと戦ってたのはみんなのためとか、綺麗なもんじゃない。……ただ、死にたくなかっただけだよ。生き残るために戦った。死にたくないから戦った。私は生きるためならどんな手を使ってでも……。それこそ、みっともなく逃げる事だって厭わない……。それこそ、歌野ちゃんを見捨てたみたいに……。私は、とても醜い人間なんだよ……」

 

 雪花はそれ以上、言葉を紡ぐのをやめた。自分で口に出しておきながら、それは彼女自身を蝕んでいくように感じていたから。

 しかし、歌野は首を横に振った。

 

「私だってね。乙女座と戦った時、怖くなったんだよ。逃げ出したいって思ったこともあるよ。それが普通なんだよ。でも、それ以上に雪花ちゃんは辛い目にあって、それでも彼らのために戦ってくれた、私と最後まで戦った、でしょ?」

 

「……」

「だから醜いなんてことはない。誰だって怖くて逃げ出したい事もあるよ。……生きたいんだもん。生きる事は何よりも美しい。……だから雪花ちゃん」

 

 歌野は抱きしめる力を少しだけ強くした。

 

 

「生きていてくれて、ありがとう」

「ーーッ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、雪花の体は微かに震える。いや、体だけではなく、声すらも震えていた。

 

「な、なん、で? ……なんでお礼を言うの?」

「勇者になって、たくさん悩んで、苦しむ事があって……。それでも生きていてくれたから。雪花ちゃんが生きているおかげで私たちは出会えたんだから」

「……は、ははははっ……」

 

 雪花は渇いた笑い声を発した。

 

「……おおげさだよ?」

 

 雪花は目元に右手で覆った。

 

「……でも、なんでだろう? ……やっぱりここの人じゃないからかな?」

「……?」

「歌野ちゃんは、とっても温かいや……」

「きっと、私だけじゃないと思うよ」

 

 抱きしめていた手を離し、正面に向き直ると歌野は雪花に笑いかける。

 

「見て。後ろ」

「え?」

 

 そこには、何人かの子供たちがいた。

 

「私の、同級生の子たちだ……」

 

 雪花は勇者になってからは、彼女たちと会えずにいた。勇者としての御役目で関わるのは市長たち大人ばかりだったし、ずっとバーテックス退治に奔走していたからだ。

 

「きっと噂を聞きつけたんだね。うたのんと雪花ちゃんがNo.4を倒したって……」

 

 水都は雪花を見るが、その表情は暗いままだった。

 

「……」

 

 雪花は黙って同級生たちに背を向けて歩き出す。

 

「どこ行くの?」

「もうここでの用は済んだから……。あと、歌野ちゃんが連れて行ってくれないなら、私はひとりで旅をするよ……」

 

 雪花は走り出そうとした……が。

 

「ムチムチの〜〜」

「え?」

拘束(バインド)‼︎」

「えっ、ちょ⁉︎ ええっ⁉︎」

 

 歌野は雪花の体にベルトを巻き付けて捕まえた。

 

「そ〜〜れっ」

「……!?」

 

 そのまま、雪花を彼女たち側へ放り投げた。

 

「……った〜〜い。なにすんの……さ」

 

 倒れた雪花の目には同級生の女子たちが。

 

「せ、雪花ちゃんっ」

「……なに?」

 

 少し威圧感を出していただろうか、雪花はバツが悪そうに起き上がると……。

 

「今まで本当にありがとう‼︎」

 

「……えっ?」

 

 同級生の子たちはみんな頭を下げていた。今度は、逆に雪花が彼女たちを見下ろす形になっている。

 

「なかなか会えなかったから、言う機会がなくてごめんねっ。でも、ずっと言いたかったよ。雪花ちゃんのおかげで今の私たちが生活できているんだって。バケモノからずっと守り続けてたんだって。だからありがとうって言いたかったの‼︎」

 

「……!」

 

 『ありがとう』なんて言葉にすれば簡単なものなのに……。今の雪花にはその言葉が心に響いていた。

 

 ……そういえば、あの大人たちは、一言でも雪花に『ありがとう』と口にしたことがあっただろうか……?

 自分たちが助かったことへの喜びしかなかったように思えたが。

 彼らは、頭を下げて感謝を伝えてくれたことが、あっただろうか……?

 

(もう、覚えてないや)

 

 すると、ひとりの少女が雪花の手を取った。

 

「あっ。きみ……」

 

「あの時はありがとう! おねーちゃん‼︎ えーっとね、それでね……。いつもありがとうっ」

「……っ」

 

 その少女は、いつか老人と共にバーテックスに襲われていたところを助けた子だった。

 少女のうしろには、その老人も頭をペコペコと下げていた。

 

「う、うん……。無事で良かったよね。……ホントにさ」

「私ね。おねーちゃんみたいなすてきなれでぃーになりたいなぁ。きれいでつよくてね。みんなを守れるようになりたいもん」

 

「そう……。そっかぁ……」

 

 雪花の目から、ひとつずつ涙の雫が落ちていく。

 この子のような純粋な子供は、きっと、表とか裏とか無く、本音で言っているのだろう。

 

 ……だからこそ、雪花の心に刺さるのだ……。

 

(ああ……。そういや私は、大人たちばっか相手にさせられてて。この子たちのことなんか、考えてもみなかったんだ。あの大人たちが、さも旭川市全体だと思ってたんだ)

 

 雪花は、大人たちに振り回され続けて、その寒さにあてられて……、大人たちの言動が、旭川市みんなの言動なのだと、勘違いをしていた。

 

「ーー雪花ちゃん」

 

 拘束を解いてベルトを消し、歌野は近寄った。

 

「……?」

「さっきのアンサーだけど。あの時に出すのは、色々フェアじゃないなって思ったから先延ばしにしたけど、今だったら……」

 

 歌野は雪花に手を差し出す。

 

「今の雪花ちゃんに言うねっ。……私と一緒に四国へ行かない? 私たちの仲間になろうよ(私たちと農業をしようよ)!」

 

「……!」

 

 雪花はその手を迷わず取った。

 

「行くよ! 私は歌野ちゃんと……()()と一緒にいたい‼︎ 一緒に四国に行きたいッ‼︎ 私も一緒に連れてって‼︎」

 

「〜〜〜! うんっ。オフコース!」

 

 親指を立てて、笑顔で応える。

 そして、雪花は同級生の子たちの方へ振り返る。

 

「ゴメンネ。私は歌野と行くことにした。これ以上、貴女たちを守れないけど、そこは防人とかが上手いことやってくれる、と思う」

 

 すると、彼女たちの内の一人が呟く。

 

「……寂しくなるね。けど、雪花ちゃんは今まで、私たちのために頑張ってくれたんだもんっ。だからこれからはね、雪花ちゃ(自分)んのために生きたらいいよ! 貴女はもう、自由だよっ」

 

 そして、すぅー とみんなは息を吸い込んでーー。

 

 

いってらっしゃあああい‼︎ 元気でねえええ‼︎ いつでも待ってるからああああ!!!

 

 

 大きな声で叫び、手を大きく振った。

 

 

「…………にゃっはは」

 

 雪花は微笑みながら歌野と水都の手を取り、歩き出した。

 

 

「私はもう、北海道(ココ)へは戻らないよ」

 

 

 そして振り返り、彼女たちに満面の笑みを向けた。

 

 

 

 

 

「多分ね……」

 




『ノースジャパン編』 完!

新章『ロード トゥ ウエスト編』 開幕!


 物語の中でキャラの呼び方が変わるのって良いよね。信頼関係が変わっていくのを、目に見えて感じられるから。だから、若葉と白鳥さんが互いに呼び捨てで言い合うところを早く描きたい。(すんごい先の話になるけど)


次回 300万の勇者


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〜ロード トゥ ウエスト編〜
第二十話 300万の勇者


 拙稿ですがよろしくお願いします。今回から新章開幕です。
 ロード トゥ ウエスト編。またの名をRe:イーストジャパン編ともいう。諏訪帰郷編ともいう。七武勇始動編ともいう。……またの名ありすぎ。

 長らくベンチを温められていた神世紀の勇者共がやっと重い腰を上げるようです。


前回のあらすじ
 北海道でやるべきことを終え、歌野たちはまた、四国を目指す旅を再開させる。新しい仲間、秋原雪花とともに……。


『世界が……、そうだっ! 自由を求め、選ぶべき世界が目の前に広々と横たわっている……。終わらぬ夢が彼女たちの導き手ならばっ、越えてゆけ! 己が信念の旗の元に!』



 歌野たち三人は旭川市をおさらばして、北海道を南下する。

 勇者は異常な身体能力により、高速に移動することができるので、自分らの足で先を急ぐのだ。

 

 ちなみに、水都は勇者ではないため、歌野に抱えられて移動している。

 

「……うたのん、重くない? 疲れは?」

「ナッシング♪ みーちゃん一人くらい楽勝よん。っていうより、みーちゃんは軽すぎるからもうちょっとガッチリしていた方がいいかもね」

「余計なこと言わなくていいから」

 

 一般的に、"お姫様抱っこ"と呼ばれる形で水都は歌野に抱えられている。

 

「……なんか、見てるこっちが恥ずかしくなるわー」

「うっ……」

「そうかな?」

 

 雪花に茶化されて少し頬を染める水都と、何食わぬ顔で跳び続ける歌野。

 

「ーーっ! あ、待って」

「……? どうしたの、雪花」

 

 雪花は歌野を呼び止め、一旦地上に降りて立ち止まる。

 

「疲れた?」

「……いや、折角通ったからお参りしようかなって」

「お参り?」

 

 雪花の指差す方向を見ると、苔にまみれた石塔が目に入った。

 その石塔には『碧血碑』と掘られているのが、わずかに見えた。

 

「これは?」

「"碧血碑"っていう慰霊碑。ずっと昔、戊辰戦争で旧幕府軍が戦った終焉の地がここ、北海道なの。その人たちを弔ってるのがこれ」

「詳しいんだね」

「私、けっこう歴史とか好きなのさ。バーテックス侵攻前は、全国のお城のパンフレットとか眺めて夢を馳せてたよ」

 

 雪花はその慰霊碑を眺めていた。

 

「手入れする人がいなくなってすっかり寂れちゃったけど、ここには自分の信じるべきものを貫いて最後まで戦った、ある意味では英雄たちの信念の証でもあるんだよ」

「英雄?」

「彼らは、歴史的に見れば賊軍として終わりを迎えちゃったけど、でも信念を胸に戦い続けた彼らを、私は心から尊敬するよ」

 

 苔だらけのその慰霊碑を軽く撫でる。そして、軽く笑って背を向けた。

 

「さて、そろそろ行こうか。……もしかしたら、ここへ来るのは最後になるかもしれないから、思い出作りのために立ち寄ったけど、もう充分っ。時間取らせたね」

「ううん。全然」

「本当に帰ってこないの?」

 

 水都は、雪花と同級生の子たちのやりとりを思い出していた。

 

「この旅が終わったとき、雪花ちゃんは……」

 

「あのね水都ちゃん。このバーテックスが蠢く壊れた世界の中で……、それでも私は、夢に向かって突き進むことは、恥ずべきことじゃ無い……諦めるべきでは無いと思うんだよ……」

「……? どういう……」

 

 突然の話の転換に水都は戸惑うが、構わず雪花は話し続ける。

 

「私の夢は、この世界をより深く知ること。全国を渡って四国に行って、四国の外と、内とをその目に焼き付けるの。……四国がどうしてバーテックスの侵攻を免れているのか、大社がどうして意地でも外の人たちを拒むのか、その答えをこの旅の中で探していく」

 

 そこで一旦、言葉を区切る。

 

「……そしたら、北海道に戻るか決めるよ。四国と北海道は何が違うのか、四国の人たちと、北海道の人たちは何が違うのか、なぜ違うのか、その答えを出してから……決めるよ」

「そう……」

「じゃあ今度こそ行こうか。歌野の夢と、私の夢を叶えるために」

「うん」

 

 そして雪花はまた跳躍しようとしたが、歌野は立ち止まったままだった。

 

「どうしたの? 歌野」

「いや、ちょっとあの大きな石が気になって……」

「大きな石?」

 

 碧血碑の数メートル後方にある石、というより岩を歌野は不思議そうに眺めている。

 

「特になにも無いよ?」

「……うん。気のせいみたい。よしっ、行こう!」

 

 歌野は頭を横に振った後、水都を抱えて跳躍した。

 

「あっ、そういえば雪花っ」

「ん?」

「良いと思うよ。その夢」

「……!」

「お互い叶えられるように頑張ろうね! どんな世界だろうと時代だろうと、人が夢を描いて、叶えることは大切で、絶対に無くしちゃいけないものなんだからっ」

 

 No.4があの時言っていたことを歌野は断固として否定する……。

 この先、どんな困難が待ち受けようと、絶望の中に立たされようと、夢に向かって突き進むことを諦めたりはしない……。

 

「人の夢はっ、終わらないよっ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 ーー歌野たち三人が、北海道を出ようとしている頃。

 

 No.4は中国地方(マリンフォード)の岡山県にある大社本部と連絡をとっていた。

 

『……はい。こちら大社本部です』

「やっと繋がった。遅ぇんだよ」

『要件はなんですか?』

 

 相手は大人びた女性の声だった。

 

「大社本部に要請する。新しい勇者の台頭とその危険度の報告だ」

『新しい勇者、ですか?』

「四国を目指そうとしている奴らだ。名は"白鳥歌野"。"秋原雪花"。そして、勇者ではないがそいつらの仲間……名前、なんつってたっけ?」

「……藤森水都って言ってたそうですよ。市長たちが聞いてました」

 

 No.4の後ろにいたNo.12が口を挟んだ。

 

「"藤森水都"だ。そいつらを、No.4の名において我ら大社防人の"敵"とみなす‼︎ わかったか!?」

『怒鳴らなくても聞こえていますよ。……して罪状は?』

「奴らは防人に危害を加えた。また、四国へ乗り込もうと企んでいる。……七武勇と同じだな。その危険度を考慮して、懸賞金をかけてくれ」

『……わかりました。詳細は改めて報告書でお願いします。その後、三大将や四勇"土居球子"の承認のもと、指名手配をかけます』

「よろしくなっ!」

 

 

 そこで、通信は途切れNo.4はうすら笑いを浮かべた。

 

「……派手に負けて反省したかと思ったのに、全然懲りてないんですねー」

「馬鹿言え。アイツらとの約束は守るさ。旭川市の運営はNo.29のもと統治していく。だがな、防人としては話が別だ」

 

 No.4は北海道支部にいる大社写真部が撮影した写真を漁る。

 

「アイツらは防人に、大社に喧嘩売ったんだ。その落とし前をつけるきっかけをアタシは作った。……賞金首になれば、大社防人のアタシはアイツらとまた戦う理由ができる。もう一度遊べる理由がなっ」

「でも、これじゃあみんな彼女たちを狙いますよ? 取られるかもですよ? No.3とか、三大将とかに」

「けっ。三大将は仕方ないとして、あんな()()に負けるはずがねぇ。このアタシを負かしたんだからな……ってか、白鳥歌野の写真はこれしかねぇのかよ……」

 

 No.4の手には、リボン付き麦わら帽子を被り大人たちに囲まれて笑顔で応対している歌野の写真が握られていた。

 おそらくあの日、畑仕事のあとに撮られたのだろう。

 

「ギャッギャ、まあいいか、これで」

 

 ニヤニヤしながらNo.4は大社本部へ改めて報告書のデータを送る……。

 

 

 

 

 

 ーー翌日。

 

 大社本部に数人の少女たちが集まり会議を開いていた。

 

「今日は、火急の要件ゆえ、急な場で申し訳ありませんでした」

 

 仮面をつけている女性神官が一礼する。

 

「話はざっと聞きましたわ。新しい勇者が現れ、No.4が管理する北海道を()()()()らしいですわね」

「No.4がやられたって話でしょ? キキキッ情けない話だよねぇ」

「寝込みでも襲われたの? まっはは」

「クハハッ……。知名度の無ぇ新参者にやられやがって。防人の恥だな」

 

 今、この場にいるのは、八人。

 No.4から直接連絡を受け、この会議を開いた張本人である女性神官。

 その他には先月、進化体バーテックスに山口支部を破壊され本部へ異動となったNo.6。

 大社本部に居を構えているNo.3。

 中国地方(マリンフォード)の玄関口である兵庫支部に所属しているNo.5。

 

「急な呼び出しだったけど、タマは愛媛だったから楽に来れたっ。……それにしても、勇者の野菜を食べた新たな能力者(勇者)が久しぶりに現れたと思ったら早々に賞金首認定だもんなー」

 

 四勇のひとりで賞金首の選定や懸賞金関連で、大社との連携役を任されている土居球子。

 

 そして……。

 

「本当に困ったものですわ。手に入れた力を誇示したくなるのは人の性というものですのね」

「うん……」

「イヤイヤイヤイヤ、悠長にしている場合じゃないんだよ⁉︎ その人たちが突撃してきたら、誰が私を守るのさあ⁉︎」

 

 防人の中で現在、最も地位が高く最強戦力と名高い"三大将"。

 弥勒夕海子、山伏しずく、加賀城雀である。

 

 また、沖縄支部にいるNo.8と京都支部にいるNo.7も招集をかけたのだが、二人は急であったため本日は欠席となった。

 

「……三人を調べてみたところ、特にこの勇者に関しては千葉支部にて乙女座を討伐していたことが判明しました」

「へぇ! 乙女座倒したの、その()()()()()って勇者だったのかっ」

「球子さん、シラトリと読むんですのよ?」

「ターマッマッマ! そうだったのかっ」

「……とにかく、白鳥歌野たち三人の行動には危険性を感じ、No.4は賞金首にかけろと申してきました。そして内二人は勇者……」

「じゃあもう、それ相応な対処が必要ってこと……?」

 

 しずくは静かに呟いた。

 

「ですわね。四国へ行って神樹様を狙うなんて、不敬にも程がありますわ。この方たちが七武勇と結託して目障りな存在になる前に片付けるのが最適でしょう」

「あー。嫌だなぁ……。怖いなぁ。ねぇ‼︎ もしものときは私を守ってよね⁉︎ "メブ"がいなくなっちゃった今、私を守れるのは二人だけなんだからねっ⁉︎」

「雀は……、自分で守れる……」

「しずくさんの言う通りですわ。それに、いつ帰ってくるかわからない人を待つことなんてできません」

「何言ってるの⁉︎ 私一人じゃ死んじゃうんだからねえええ⁉︎」

 

 雀は夕海子としずくに喚き続ける。

 

「……少し話が逸れましたわね。では、千葉において乙女座の討伐。北海道において天秤座の討伐と、防人であるNo.4へ危害を加えた白鳥歌野をはじめとするこの三人を危険因子として、名家である弥勒家の次期当主、弥勒夕海子が皆様の合意のもと、承認致しますわ」

 

 夕海子は三人の写真に承認印を押して、手配書を作らせるように指示する。

 

「白鳥歌野に300万ぶっタマげ。仲間の勇者である秋原雪花に100万ぶっタマげ。勇者ではありませんが、No.4へ危害を加えた一人として藤森水都に50ぶっタマげの懸賞金をかけます‼︎」

 

 そして、会議は終わり各々解散していく。

 

「ねえねえ。そいつら、ウチが狩ってもいいかな?」

 

 No.6は三大将に提案する。

 

「貴女おひとりで、ですの?」

「いんや、ウチの部下も含めて。初頭から300万の勇者。なによりNo.4を倒した強さ。興味あるじゃない? ウチの『ハナハナの野菜』の能力で締め上げてやりたいわ!」

「おいおい、ちょっと待てよ。No.4がやられた相手ならその上、No.3の"俺"がいくのが筋だろ?」

 

 話を聞いていたNo.3がその話に加わる。

 

「No.3。相変わらず男みたいな喋り方はやめてくださいませ。品がありませんわ」

「クハハッ。俺が俺で文句あんのか? それに、そいつの()()()()だって同じじゃねぇかよ」

「……」

 

 しずくはNo.3に指差されたが、何も応えなかった。

 

「……まあいいですわ。あと、貴女にはここの持ち場がありますから、遠征は無理ですわ。行くなら、山口支部がなくなり、フリーの状態であるNo.6を送り出します」

「やったああ‼︎ キッキッキッー、ザマァみろ砂女」

「ア? テメェ言葉に気をつけろよ?」

 

 するとNo.3の右手が砂に変わり、そこから小さな砂嵐を作り出した。

 

「ヒエエエ!? ここでの戦闘はダメだよおおお‼︎ 私が死んじゃう‼︎ にげ、逃げなきゃあああ‼︎」

「落ち着いてください雀さん。……No.3もやめてくださいませ」

「アーアー。メンドクセェな」

「貴女もですわよNo.6」

「はいはい。わかってますよ。ウチはさっさと準備しまーす」

 

 No.3はぼやきながら部屋を出ていく。その後にNo.6もヘラヘラ笑いながら去っていった。

 

「……ずいぶんまとまりがなくなってきましたね」

 

 夕海子の元へ今度は仮面の女性神官が話しかけてくる。

 

「リーダーというものは簡単にはいきませんわね。まあそこはこの弥勒夕海子に任せておけばーー」

「楠芽吹さんの代わりは大変でしょう。貴女自身の能力的に」

 

 その時、夕海子の表情が少し強張った。

 

「あらあら? 貴女もわたくしに不満がありますの?」

「いえ別に。ただ、白鳥歌野の懸賞額の高さに思うところがあっただけです」

「……確かに初頭300万は貴女の()()()が離反した頃に比べたら高いですわ。確かその頃は三人合計で100万ちょっとだった。しかし、今はバーテックスの脅威も、四国の社会情勢も安定してきました。お金の猶予も。その平和への道中に、この人たちによってまた四国の民が脅かされてはたまったものではありませんわ」

 

 悠々と話している夕海子を、女性神官と雀、しずくは黙って見ていた。

 

「こういう芽は早めに摘んでおいて損はありません。七武勇のひとり、"三ノ輪銀"だって、私たち三大将が早々に対処したから良かったのですから」

 

「……」

 

 その名前に女性神官は少しだけ反応を示したが、何事もなかったかのように部屋の出口へ歩き出す。

 

「わかりました。話は以上です」

 

 

 そして、今回の会議で決まった出来事は、全国の支部へすぐさま知れ渡ることとなった……。

 

 

 

 

 

 

 ーー香川ーー

 

 四勇乃木若葉は、その日に球子から連絡を受けていた。

 

「……白鳥さんが勇者? つい最近なったということか」

 

 歌野の手配書を見ながら若葉は衝撃を受けていた。

 

「まさか、私が彼女に言ったことが原因で四国へ? いや、あの白鳥さんは暴力に走る人とは……」

「若葉ちゃん?」

 

 ブツブツと呟いていた若葉にひなたが話しかけてきた。

 

「……! ああ、ひなたか。今、球子から連絡がきてな。ほら一年前に話しただろ? 白鳥さんのことだ」

「ええ、覚えてます。若葉ちゃん、凄く嬉しそうに彼女のこと話してましたからね」

「その白鳥さんが大社から指名手配を受けた。しかし、彼女の性格からは想像できないのだが……」

「若葉ちゃん」

 

 ひなたは若葉の肩に手を置く。

 

「人は変わるものです。勇者の野菜を食べ、白鳥さんは変わってしまわれたのかもしれません」

「……そうか」

 

 若葉はこの結果に落ち込んでいるが、ひなたの目にはその姿が違って見えていた。

 

「若葉ちゃん。少し嬉しそうですよ?」

「あっ、いやすまない。……白鳥さんがこうなってしまった以上、四勇としての務めを果たすまでだ」

 

 しかし、若葉は口角を上げて安堵したように笑う。

 

「だが……、白鳥さんが元気でいるのなら、それはそれで嬉しいことだな……」

 

(あのリボンも大切に持っていてくれたのだな……)

 

「……」

 

 ひなたはそれをつまらなさそうな表情で見ていた……。

 

 

 

 

 

 

 ーー諏訪ーー

 

 諏訪支部で働く神官たちも歌野と水都が賞金首になったことに衝撃を受けていた。

 

「この手配書! さっき本部からデータで送られてきたんだ」

 

 ひとりの神官が三人の手配書を他の神官全員に見せてまわる。

 そしてその騒ぎは歌野たちと農業をしていた村人たちにも伝わった。

 

「なんと⁉︎ 歌野ちゃんと水都ちゃんが犯罪者に⁉︎」

「一体何やったのかしら?」

「神官が言うには北海道支部を襲撃して防人を殴ったって……」

「四国へ旅に出て、どうして北海道にいるんだ⁉︎」

「大社本部の陰謀か……⁉︎」

 

 歌野たちの行動に理解が追いつかない者。何か裏があると勘繰る者など、多々いる。

 しかし、彼らは歌野と水都が悪意を持って行ったとは誰も思っていない。

 

「……きっと誰かを助けようとした成り行きだろう。歌野ちゃんはいたずらに人を傷付けることをしない」

「だな。多分、おおかた大社のやつらが迷惑かけたんだろう?」

「それか勘違いオチってやつだ」

「だな! ……でもまぁ、歌野ちゃんと水都ちゃんは元気でやっとるらしいわ」

「この歌野ちゃんのいい笑顔。楽しそうっ」

 

 

 

 諏訪支部内では……。

 

「……以上が白鳥歌野と藤森水都が指名手配される理由だそうで」

「なるほどね。でもきっと、全部が真実ではないんでしょう?」

「尾ひれはついているものかと……」

 

 神官はとある女性に二人の手配書を見せる。

 その女性とは、諏訪支部でも発言権があるうちの一人……。

 

「元気そうで何よりですな。貴女のご息女は」

「……そうね。()()()を歌野ちゃんに任せて良かったと思ってしまう自分がいるわ」

 

 その女性、水都の母親はその写真を見つめていた。

 

「引っ込み思案で、将来苦労すると思ってたんだけどねぇ。旅に出て、あの子は少しずつ成長していってるんだわ」

 

 一瞬だけ、母親らしい穏やかな表情をしていたが、一人の神官の言葉で、すぐに真剣な表情に戻った。

 

「……白鳥歌野については我らの()()()()()ですね。この手配書も、長い目で見れば……」

「それはわからないわよ。歌野ちゃんが全て私たちの思惑どおりに動くとは思えない。……だって」

 

 水都の母親は二人の手配書にピンを刺して壁に留める。

 

「夢か、運命か……。あの二人の想いは、娘の歌野ちゃんに確かに届いていると思うもの……」

 

 

 

 

 

 

 

 ーー奈良ーー

 

 とある神社の境内で赤い髪を後ろでひとつに束ねた少女が武道の鍛錬を行なっていた。

 それを眺めているのは彼女より少し背丈が高い黒髪の少女と、黒いシャツで金髪をしたガタイの良い男性だった。

 

「ーーえいっ! やぁ! とぉ‼︎」

 

 足を力強く踏み締めて一撃一撃、拳を空へ放つ。

 

「なァ。まだ続けんの? もう1時間ぶっ通しだぜ?」

 

 男性は赤い髪の少女に声をかける。

 

「はいっ。最近バーテックスの侵攻が減りつつありますけど油断した時に来ますからね」

「大丈夫だよ、ゆうちゃん。今日も来ないから」

「茉莉さんがそう言うなら……。あっ、ありがとうっ」

 

 ゆうちゃん、と呼ばれた少女は茉莉という少女からタオルを渡され汗を拭う。

 

「……お? 二人とも、()()が戻ってきたぞ」

 

 男の指差す方向を見ると、マイクロバスが三人の元へ向かってきた。

 バスはそのまま、三人の中の男の方へーー。

 

 キキーッッ‼︎

 

「うおおあああ!? ……あ、あっぶねェェ!!!」

 

 男が前転して回避したが、突っ立ったままだと跳ねられていただろう。

 

「ーーちっ。避けるなお前」

「いや死ぬ死ぬッ‼︎ また俺を殺す気だったろ⁉︎」

「今日はたまたまそんな気分だっただけだ……」

「たまたまそんな気分で殺されてたまるかよッ‼︎」

 

 運転手は、頭を掻きながらバスを降りて男と軽く言い合う。

 

「久美子さんっ。近くにいたボクとゆうちゃんまで危ない思いしましたよ」

「お前たちは轢かないようにしたさ。それに本当は轢くつもりもなかったしな」

「オイオイ、勘弁してくれよォ久美子の姉貴。轢くつもりは、って避けなきゃ終わってたぞ? 俺」

「あーうるさいな。お前が避ければ轢かないようにしてたんだ」

「怖ェ……」

 

 その運転手の女性は黒い長髪に所々ある赤のメッシュが目立ち、なぜか白衣を纏った変わった恰好をしている。

 

「で、久美子さん。京都支部で何か情報もらえました? ……その手に持っているものは? 」

 

 久美子は三枚の手配書を三人に見せた。

 

「知らない人の手配書。また結城友奈さんの懸賞金額が上がったのかと思いましたよ」

「誰だ? コイツら」

「これを蓮華さんから?」

 

 ゆうちゃんと呼ばれている少女の問いに久美子は頷く。

 

「そうだ、()()。新しい勇者が現れ、北海道でやらかしたらしい。そう蓮華が言っていた」

「300万ぶっタマげ、ですか。結構高いですね」

「確かに初頭にしては高いが、結城友奈は今、590万だ。驚くほどじゃない。それに、同じ七武勇の三好夏凛とかいうやつは、初頭で400万だったしな」

「でも、また結城友奈さんの情報じゃなくて良かったよね」

「うん。私と同じ名前だし。顔もそっくりだし」

「俺ァ、初めて結城友奈の手配書見た時、高嶋友奈との違いなんざわかんなかったからなァ」

「お前は今でもわからんだろ」

「そうですね」

「……つ、冷てェ」

「あっはははっ」

 

 そのやりとりを見て高嶋友奈は思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 ……本部、諏訪、奈良だけにとどまらず、歌野たちの噂は全国で広まっていく。

 

 しかしまだ、当の本人たちは、この事を知らない……。

 




 白鳥さんが賞金首デビューをはたしました。これで晴れてお尋ね者ってわけだ。
 現在、彼女たちのトータルバウンティ:400万50ぶっタマげ。(600万75円)


次回 防人No.1 楠芽吹!


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第二十一話 防人No.1 楠芽吹!

拙稿ですがよろしくお願いします。芽吹が三刀流だったらなあ……。


前回のあらすじ
 北海道を後にし、目先の目標は長野にある諏訪への里帰り。しかし、歌野たちは気付いていない。自分たちが指名手配されていることに。


 北海道から飛び出してから、歌野たち三人は岩手の平泉に入って、そこで夜を明かした。途中、二度ほどバーテックスの攻撃を受けたが雪花が華麗に討伐し、難なく終わる。

 そして三度目。また彼女たちの元へ、バーテックスが四体接近してくる。

 

「あっ、また来た! みーちゃん下がってて」

「う、うん」

「いいよいいよ。今度もまた雪花さんに任せておきなさい」

「でも、昨日の移動中も両手が塞がってた私の代わりに雪花が戦ってくれて……」

「だからいいって。歌野は水都ちゃんのそばにいて新手を警戒してて」

「わかったわっ」

 

 歌野は水都の手を握り後方の警戒と、万一雪花が危ない目にあった時のために備えておく。

 

「進化体ならトラウマものだけど、コイツらみたいな雑魚なら楽勝っと!」

 

 槍でひと突きひと突き、確実に串刺しにしていく。バーテックスは刺さったそばから次々と消えていった。

 

「ん〜、エクセレンッ。いつもながら鮮やかね♪」

「まあねっ。文字通り朝飯前ってやつだにゃぁ」

「よし。じゃあ軽く朝食摂って出発よ!」

 

 事前に北海道で買い溜めしておいた携帯用野菜サンドイッチや果物の缶詰を食べて三人は跳び立とうとする。

 

 しかし……。

 

「あれ? 見て歌野」

「……え? あっ、またバーテックス?」

 

 雪花の指差す方向を見ると、遠くに見える白いオタマジャクシ……もといバーテックスの集団がどこかへ移動していた。

 

「……こっちに気付いてない? どこかに向かってる?」

 

 バーテックスの集団はこちらには目もくれずに遠くへ飛んでいく。

 

「……なにかあるのかな?」

「もしかして、私たち以外の、人……?」

「え?」

「やっぱりそう思う? 水都ちゃん」

「うん。バーテックスが一定の方向を目指して進むなんてそれしか考えられないよ」

「……みーちゃん、雪花。ちょっとここで待ってて」

「うたのん? バーテックスを追いかけるの?」

「うん。人がいるかも知れないんでしょ? もしそうだったら助けなくちゃ」

 

 それを聞いた雪花は歌野の肩に手を置いた。

 

「だったら私たちも行くよ。ここで待つことなんかできない」

 

 水都もこくっと頷く。

 

「そっか、ありがと。じゃあ私がアタックするから、雪花はみーちゃんヨロシクっ」

「オッケー」

「ムチムチの〜、ロケット〜〜〜‼︎」

 

 雪花は水都を抱き上げ、先に飛び出した歌野に続いてバーテックスを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 ーー歌野たちが見たバーテックスの集団より前に、ある場所ではひとりの少女を沢山のバーテックスが囲っていた。

 

「……くっ。今日はいつもより()()の数が多いわね」

 

 少女は両手に持つ二本の刀でバーテックスを斬り裂いていく。

 一対多なので、総攻撃を食らわないよう、足を止めることなく駆け抜けて、その通り過ぎ様に斬っていく。

 

「ーーふうっ‼︎」

 

 ジャンプして頭上の敵を斬る。そして着地した瞬間、両隣に迫って来る二体のバーテックスに刀を突き立てた。

 

「消えなさいッ‼︎」

 

 突き刺したまま、体を回転させて横方向に真っ二つにした。

 

「ハァ……ハァ。って、まだ来るの?」

 

 ひと呼吸置いて北の方角を見ると結構な数の新手が接近してきた。

 

「これ……、ふっ‼︎ 無事で済むかしら……。はあッ‼︎」

 

 この場にいる敵を減らしつつ、新手に備える。

 

(こんな所で死ぬわけにはいかないのよっ。私には……やらなければいけない事があるんだからっ)

 

 

 ……と、その時。

 

「ーームチムチのぉぉ、(スピア)〜〜‼︎」

「えッ?」

 

 集団の後方にいるバーテックスが謎の声と共に攻撃を受けて弾けた。

 

「あれは……人⁉︎」

 

「ムチムチのぉ、銃乱打(ガトリング)ーーッ‼︎」

 

 ドドドド と次々にバーテックスが倒されていく。

 

 よく見ると長物を手にした人間がバーテックスを倒しているのだ。

 また、その後方にはもう一人いて、誰かを抱えていた。合計三人の姿が少女の眼に映る。

 

「あっ! いたよ雪花ちゃん。やっぱり人‼︎」

「うん。それに、あの服装……」

 

 雪花は地面に着地して水都を下ろした。

 

「えっと、お怪我は……?」

 

 少女は両手の刀を鞘に納めて水都と雪花を見た。

 

「……大丈夫。……で? 今度は私から聞くけど、貴女達は誰?」

「え、えっと……、私は藤森水都と言います。今、バーテックスの集団を倒しているのはうたのん……じゃなくて白鳥歌野って言います」

「……秋原雪花だよ」

「そう。貴女達が何故こんな所に居るか分からないけど助かった。感謝するわ」

 

 少女は頭を下げた。

 

「いえ、全部うたのんが倒してるので……」

「これで、ラストォ‼︎」

 

 と、同時にバーテックスを倒し終えた歌野も駆け付けた。

 

「ふぅ〜。フィニッシュ♪ ……とりあえず無事で良かったわっ」

「貴女にも感謝しなくちゃね」

「いえいえ。困った時はお互い……さま?」

 

 歌野はその少女の服装を見て疑問に思った。

 いや、彼女だけではない……。水都も話しながら気付いていたし、雪花はひと目見た瞬間から彼女の格好に気付いた。

 

 ……正確には彼女の所属する()()に気付いた、と言った方が正しいか。

 

「私は、大社防人所属。名前は"楠芽吹"よ」

 

 防人の戦闘服を着て、首元のプレートに『No.1』と描かれている少女、楠芽吹はそう告げた……。

 

 

「ーーやっぱり防人なんだ」

 

 雪花は"もしものとき"を考えて槍を構えた。

 その槍を見た芽吹の表情が強張る。

 

「雪花ちゃん……?」

「貴女達、能力者(勇者)ね。バーテックスを倒したことや、その武器から見て間違いない。それに装備(チャーム)型かしら?」

「アタリだよ。……で? No.1さんがこんなところで何してるの?」

 

 半ば威圧するように芽吹に問いかけた。

 幸い芽吹は、戦いが終わりバイザーを外しているので、現在も()()()()()()()()()()()()事になる。"もしものとき"は、それで対処できるだろう。

 

「雪花。槍をしまって」

「でもーー」

「大丈夫。戦いなんて起こらないわ」

「……そう」

 

 雪花は手に持っていた槍を消した。

 

「ごめんなさい。防人にはあんまり良い思い出がないから警戒しちゃってさ」

「別に良いわ」

「貴女、どうしてここに?」

「私は半年以上前から大社防人を離れていてね。ある人物を探しているのよ」

「ある人物……」

 

 歌野たちは北海道でNo.29たちが言っていた事を思い出す。

 

(もしかして、三好夏凛を追って?)

「もしかして三好夏凛って人を探しているの?」

 

 水都と同じことを考えていた歌野は芽吹に問いかけた。

 

「ーーッ‼︎ ええそうよっ三好夏凛を見たの⁉︎」

 

 ぐっと詰め寄ってくる芽吹に歌野は一瞬たじろいだ。

 

「うわっとと。いえ、見てはいないわ。でも北海道の防人の人たちが貴女の話をしてたから」

「北海道……? ああ、No.4が居るところね」

「……」

「もしかして知りません?」

「何が?」

 

 水都も……、おそらく雪花も、芽吹を警戒している理由は、No.4のような悪政を敷いた防人のリーダーだからだ。親も親なら子も子、とは違うが、楠芽吹も"そういう"人物だと思ってしまう。

 

「北海道はNo.4をはじめとする防人たちが悪政を敷いていたんですよ?」

「……? それ本当?」

「はい」

「……私はもう長い間、人と会ってないから今の大社とか防人の状況をまるで知らないのよ」

「後のことは弥勒夕海子って人に任せて?」

 

 雪花は少し強気な物言いになっていた。

 

「そうね。私の後の事は弥勒さんや雀、しずくに任せてあるわ」

「じゃあその人たちが何しようとまるで関係ないってわけ?」

「ちょっとちょっとステ〜イ。雪花、クールダウンっ」

「あっ……。ゴメン、頭に血が昇ってた」

 

 熱くなりかけていた雪花の前に入り、落ち着かせる。

 

「ねぇ、楠さん。話を戻すけどこの近くに三好夏凛さんがいるの?」

「それも分からないわ。イーストジャパンとノースジャパンの境で見かけたっていう情報から私は此処にいるから」

「でもそれって半年以上前の情報なんだよね?」

「そうよ」

「ならもう三好夏凛さんは移動してるって場合もありえるんじゃあ……」

「……そうね。でも私は勇者じゃないから数日で岡山からここまで来れないし他に方法が無いのよ」

「あれ⁉︎ 楠さん勇者じゃないの?」

「そうよ。私は勇者じゃない。飛行機も時期が合わず乗らなかったから徒歩で此処まで来た」

「アメイジング……。凄すぎるわ」

 

 衝撃を受けた歌野は ガッと芽吹の両手を掴んだ。

 そして、上下にブンブン振りまくる。

 

「ちょ、ちょっと何やってーー」

「そのスピリットに私、感激したわっ!」

「は、はぁ?」

 

 満面の笑みを浮かべてーー。

 

「ねぇ楠さんっ、農業に興味ない⁉︎ 私の仲間になってよ(私と農業しようよ)‼︎」

「「「……は?」」」

 

 芽吹だけではなく、水都と雪花もポカンとした顔で呆けていた。

 

「良いよね⁉︎」

「「えええええええええええ!?」」

 

「嫌よ」

 

「「えええええええええええぇぇぇ!!!」」

 

 

 ……間髪入れず、二連続で水都と雪花は叫んでいた。

 

「ちょっと! リアクション中にリアクションさせないでよ⁉︎」

「いや、貴女達が勝手に驚いてるだけでしょ?」

 

 芽吹はうるさそうに耳を押さえていた。

 

「そういえばなんで楠さん、三好夏凛さんに会いたいんだっけ?」

「会いたいんじゃない、倒すのよ。三好夏凛を」

「……倒す? 七武勇だから?」

「それもあるけど、三好夏凛は二年程前、大社に居たのよ。当時、私達と一緒に防人になる為、トップ争いをしてた……」

 

 三好夏凛との思い出を語る芽吹の表情は、少し哀愁を帯びたものだった。

 

「私か彼女、どっちが防人のトップになるか分からなかった。最初は差があったけど、私は必死で努力して……、彼女の二刀流を模して。けど……」

 

 そこで芽吹は拳を強く握った。

 

「防人として正式に通達する前日に()()()は大社を、防人を……、何より私を裏切って出て行った……。そして防人が発足されると、三好夏凛とトップ争いをしていた私は自動的に『No.1』の称号を手に入れた……」

 

「なーるほどねー。つまり、向こうが勝手にいなくなったから不戦勝って感じで防人のリーダーになっちゃったわけか」

 

 雪花は腕を組んだまま頷いていた。

 

「そして彼女は、各地で大社に不信のある者たちを煽り、大社を潰そうと企むテロリストの一味に加わってた」

「それが七武勇ね」

「そうよ」

 

 すると、芽吹は二本の刀を抜き、茂みを見据えた。

 

「……? どうしーー」 

 

 歌野がその方向を見ると、バーテックス二体が口を大きく開けて向かって来ていた。

 

「バーテックス⁉︎ また⁉︎」

「ーーだから私は三好夏凛を倒す。そう()()して大社を飛び出して来たのよっ」

 

 芽吹は両腕をクロスさせ、一気に突撃する。

 

(オニ)()りッッ!!!」

 

「「「ーーッ!?」」」

 

 三人が気付いた時には、芽吹はバーテックスの後方に立っており、肝心のバーテックスは、斬られて宙を舞っていた。

 

「は、はやっ……」

 

 上空に舞い上がるバーテックスは二体とも消滅していった……。

 

「裏切り者を粛清する為に……。私が本当の意味で防人のNo.1になる為に……」

 

 チャキ と刀を鞘に納める。

 

「本当の意味でNo.1……。つまり"最強の防人"になるのが貴女の夢ってことね!」

 

 先程の剣技に雪花と水都は呆気に取られ何も言えずにいたが、歌野はニッコリと微笑んだ。

 

「そういう事になるわね……」

「ますます気に入ったわっ! "最強の防人"‼︎ 農業王の仲間になるなら、それくらいなってもらわなくちゃ私が困るっ! だからさっ、農業しよう(仲間になろう)‼︎」

 

「嫌って言ったでしょ? それに何よ農業王って……」

 

「私は農業王になるのが夢なの! 四国に行って、神樹様の恵みを手に入れる。そのためには頼れる仲間が欲しいって思ったの!」

「ちょ、ちょっとうたのん⁉︎」

 

 正気に戻った水都が慌てて口を塞ごうとしたが遅かった。

 

「楠さんは防人なんだよ⁉︎ 大社関係の人たちは私たちが四国へ行くのを阻止しようとしてる事知ってるよね⁉︎」

「歌野……。No.4との話、忘れてた?」

「ううん、覚えているわ。でも、だからこそ、楠さんを仲間にすべきだと思う。防人のトップの人がいれば、スムーズに四国へ行けるかもでしょ?」

「……!」

 

 歌野の言葉に水都はハッと気付かされる。雪花もその意図に気付いた。

 

「つまり、防人トップである彼女を利用して四国へ入るつもりね」

「利用する、とは違うかな。私はあくまでも、一緒に農業したいと思ってるから。……でも楠さんは防人のリーダーとしてやらなくちゃいけないことがある……」

「ええ、農業なんて興味ないわ。……それに今、私にとって大事なのは三好夏凛を倒すこと。四国に行きたければ行けばいい」

 

 どうやら芽吹は大社の方針より、自身の目的を優先して四国へ行く歌野たちの邪魔立てをしないと言っている。

 

「ねぇねぇ、本当に私たちの仲間にならない? 農業しないのはわかったから……」

「しつこい」

 

「うたのん、なんで頑なに楠さんを誘うの?」

「あのね、みーちゃん。北海道で雪花を誘った時思ったの。未だ遠い四国へ行くには、支え合う仲間の存在が大事なんだってっ。最初はみーちゃんと二人で行くつもりだったけど、雪花も仲間に加わって私は今、とってもハッピーなの♪ だからもっと色んな人と会って、一緒に農業できたらなあって思うっ」

「うたのん……」

「今はみーちゃんと、雪花だけ。……最低でもあと五人は欲しいかなっ。賑やかなの好きだし。……それに」

 

 ニィと歌野は笑いかけたあと、また芽吹に向き直る。

 

「……しつこいって言わなかった?」

「取引しない?」

「……?」

「貴女が三好夏凛を倒すのに、協力してあげるっ」

「ええ⁉︎ うたのん、何言ってーー」

「そ・の・か・わ・り、私が農業王になったら貴女たち防人みんな、私が育てた野菜買ってね♪」

 

「……は?」

「「え?」」

 

 芽吹と水都と雪花は眼が点になっていた……。

 

「農業王として私の育てた愛すべき野菜たちを全国へ普及させる手助けをしてほしいのよっ。仲間になるのが嫌なら、取引相手になってっ! ……そうっ、これは契約ねっ」

 

 黙っていると歌野が勝手に話を進めてしまうので水都は口を挟む。

 

「うたのん! 待って。楠さんも理解が追いついてないから、もう少し詳しくーー」

「具体的には何をしてくれるの?」

「ぅえっ⁉︎」

 

 さっきまで呆けていたが、意外にもその話に芽吹は食いついてきた。

 

「私たち勇者は、身体能力が常人以上だから足になれるわ。それと情報収集。それと、もし三好夏凛さんとの戦い中に、今日みたくバーテックスが乱入してきたら私たちが排除する。……これでどう?」

 

「……」

 

 芽吹は目を閉じて考えている。

 

「ねぇ水都ちゃん」

「……なに?」

「私たちを置き去りにしてとんでもない話になってきてるよねー」

「本当だよね……」

 

 二人は驚きの連続で疲れ、ヘトヘトになっていた。

 

「……いいわ」

「お!」

「三好夏凛が居ると思われるのはイーストジャパンとノースジャパンの間。 その間を、隅々まで調べ尽くしてもらう。そして、三好夏凛を見つけたら私のところへ連れてくる。……それを条件として白鳥歌野……って名前だったわね、貴女の野菜を購入する事を()()する」

 

「〜〜‼︎ やったあああ!!!」

「ま、まじでかい……」

「ああ……。四国がまた遠ざかっていくね……」

 

 飛び跳ねて喜ぶ歌野と、前途多難な道草を食う羽目になり、遠い目をする雪花と水都。

 

「じゃあ楠さんっ。これからは、貴女と私たちはお互いにクライアントでパトロンってことでよろしくねっ‼︎」

「ええ、宜しく。約束は必ず守るから安心しなさい。だから貴女も約束は守りなさいよね」

「オフコース♪」

 

 

 

 

 ……こうしてふとした出会いから、防人"楠芽吹"と"白鳥歌野(たち)"との奇妙な関係が出来上がったのだ。

 

 

 そしてこれを機に、楠芽吹と三好夏凛との間は、急速に狭まっていく。

 

 

 

 

 

 二人が対峙するのは、その翌日のこと……。

 




白鳥さんが農業王になれば、作った野菜を防人のみんなが買うように(勝手に)約束……ってか契約した芽吹。
 他の防人からしたら、知らない間に借金の連帯保証人にされていたような感じ、か……?


次回 その足跡を辿り


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第二十二話 その足跡を辿り

拙稿ですがよろしくお願いします。彼女の容姿を一言で表すなら……
ピンクパイナップル? ストロベリーショコラ?


前回のあらすじ
 旅の途中、楠芽吹と遭遇。彼女の目的は"七武勇"三好夏凛を倒すことだった。彼女の目的に協力する代わりに野菜を購入してもらう事を取り付け歌野たちは三好夏凛の捜索を開始するのだった。


 歌野と雪花は岩手から秋田へ跳び、秋田から山形へ跳ぶ。

 1時間ごとに別行動を取り、あらかじめ決めていた場所へ集合して情報を共有。これを繰り返していた。

 

「……ふぅー。最初っから思ってたけど、見つかるもんじゃないよねー」

 

 ずっと跳び回り続けていた雪花は地面に腰を下ろした。

 

「当然だけど人っ子ひとりいないわ」

「……もうすぐ日が暮れる。次の別行動を今日の最後にしよう」

「そうねっ」

 

 二人は東へ跳び、宮城へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 ーー芽吹と水都はというと、歌野たちが芽吹と出会った場所で一日中待機していた。

 三好夏凛の捜索に機動力が劣る二人はついていっても意味がないからだ。二人を抱えて移動しても効率の低下に繋がるので、待っていた方が良いだろう。

 幸い、芽吹は勇者ではないが星屑程度なら楽に倒せるので水都の護衛にはうってつけだ。

 

「……ねぇ、楠さん。聞いてもいい?」

「何を?」

 

 待っているだけでは暇なので水都は話しかけた。

 

「勇者じゃないのに星屑を倒すことができるってことは、その刀も防人装備のひとつなの?」

「そうよ。大社は勇者の野菜を食べた人たちを研究して、その力の一端を非能力者の武器へ伝達させる事に成功したの。その結果、誕生したのが防人装備。私の持っている刀や皆が持ってる銃。それに戦闘服とかね。……まぁ進化体には歯が立たないけど」

「そうなんだ」

「バーテックスに対抗できる装備自体は、防人の()()となった組織の時から存在してたっていうから、かなり前だけどね」

「防人の前身?」

 

 水都はその言葉に疑問を抱く。

 大社が作った戦闘部隊は防人が初めてだとばかり思っていたからだ。

 

「防人の"元"となった組織があるの?」

「……それを答える前に私からも聞いていい? 貴女さっき、星屑って言ったわよね?」

「……う、うん。言った」

 

 何かまずいことを言ったか、と水都は若干不安になる。

 

「バーテックスには進化体の奴と、そうじゃない奴がいる。後者の、いわゆる雑魚の事を『星屑』と呼ぶのは確か。でもそう呼んでいるのは大社の関係者だけの筈なのよ。それも本部の、ね」

「……!」

「貴女……いや、貴女達かしら? 大社と関係があるの? もしかして大社本部に所属してた人?」

 

 水都はどう説明すべきか分からず、頭を悩ませた。

 

「うーん……。結論を言うと関係者、なのかな? 私とうたのんは諏訪出身で当時私は、諏訪支部に何度か足を運んでお母さんの手伝いとかをしてた」

「そこで星屑の名前を? なら、貴女のお母さんは本部に勤めた事がある?」

 

 そこで水都は首を横に振る。

 

「ううん。星屑って名前を聞いたのは旅の途中で……。千葉にいた時にひょんなことからある女の人に出会って……」

「女?」

「名前は分からなかったけど、多分私たちと歳は離れて無いと思う。ピンクの髪でちょっと褐色肌をした子だった」

「……そう。誰かしらね」

 

 楠本人も知らないとなると少なくとも防人では無いようだ。

 

「……で、さっきの質問の答えだけど、本部の関係者以外には教えられないのよ。いくら大社支部でもね」

「本部と支部ってだけで?」

「そう。それに詳しい事は私も知らされていない。悪いわね」

「ううん。別にいいよ……。ならこれは聞いていい?」

「何?」

「どうして、大社の人たちは私たち、"外の人"を四国へ行かせないようにするのか」

「……」

 

 芽吹は暫し沈黙してから……。

 

「外の人を皆入れたら、四国内で問題が起こるから。住む土地とか食べるもの、とかね。でも、この人は良くてこの人は駄目って選別してたら反発する人が出てくる。だから外の人へは援助だけしてるって、本部の神官からそう聞いたわ」

 

 そう言ったが、何か含みのある言い方だった。

 

「……楠さんはそれが本当だって思ってないの?」

「神官の人達が言った事に間違いは無い筈よ。でもそれだけ? って思う。土地や食料も確かに全国の人達へ与えられるとは思わないけど、それにしては全く人を入れようとしない大社の姿勢は違和感だった」

 

(そうか。楠さんは勇者の野菜を入場パス代わりに出来ること知らないんだ)

 

 防人は大社と協力して、勇者の野菜を集めている話は何度か聞いた。500万円で売るか、四国への永住権を手に入れるか。それを本部から離れている芽吹は知らないのだ。

 

(勇者の野菜を集める理由は、防人の能力者(勇者)量産のため。なら、大社が四国へ入る人を拒絶する理由は……? それに勇者の野菜ってそもそも何だろう……?)

 

 水都はずっと、答えの出ない問いに悩み続けていた。

 

(諏訪支部に……。お母さんに聞かなきゃいけない事がいっぱいある……)

 

 

 

 

 

 

 ーーその頃、歌野と雪花は、本日最後の情報共有を行っていた。

 

「やっぱしってか、いないよねー。三好夏凛」

「こっちも見つからなかった」

「……ねぇあの話さ。無かったことにして旅を続けない?」

「え?」

「だってさー。半年以上前の情報なんだよ。普通に考えて、居るわけないよ」

「……でも、もしかしたら七武勇のアジトとかがあるかもって……」

「だとしても元アジトだと思う。いる可能性は果てしなくゼロだねー」

「……とりあえず今日はこのくらいでみーちゃんたちの元へ戻ろう」

「……」

 

 雪花はそこまでしてでも芽吹に協力する歌野に疑問を持っていた。

 

(確かに防人というお得意さんを捕まえるのは良い案だと思うけど、あれ確実にその場で決定した口約束だし……。反故にされそうなのは目に見えてわかるんだけど……)

 

 今、歌野はおそらく芽吹のことしか頭にないだろう。

 それが、雪花にとってはおもしろくないのだ。

 

(あっ。いやいやいや、今私、変なこと考えてたわー。……私を連れ出してくれた歌野に感謝してるからこそ、なーんか妬いちゃうのかね……)

 

 そう思い、苦笑いする。

 

(今の私がこれなら……。今までずっと一緒にいた水都ちゃんはどう感じてるんだろ? まぁ歌野はあーゆー性格だから慣れちゃってるのかねー?)

 

 そう考えているとーー

 

「ーーッ⁉︎」

「……‼︎」

 

 ガサガサッ と草木を掻き分ける音が聞こえた。それはもちろん歌野の耳にも聞こえている。

 

「……雪花」

「また奴らかな?」

 

 雪花は槍を音がした方向へ構えて……。

 

 ガサガサ ガサァッ!

 

飛翔する槍(オプ・ホプニ)ーー」

ーーうわあああああああああああああああああ!!!

 

「ーーあれぇ⁉︎」

「待ってッ雪花‼︎ 人だわッッ!」

 

 草むらから飛び出してきた少女は驚きのあまり地に伏せる。

 

「ご、ごめんっ。まさかこんなところに人がいるなんて……」

 

 槍を消し少女に手を伸ばす。

 

「うへー。怖かったぁ。急に槍を向けてくるんだもん」

「いや、ホントにごめんねー」

 

「……」

 

 歌野はその少女に見覚えがあった。

 

「貴女……。千葉にいた子じゃない? ほら、月明かりの下で……」

「えっ⁉︎ 覚えてくれてたの⁉︎ あっははぁ〜ん。うれしいなぁ」

 

 ピンク色の髪と褐色肌をした少女は笑顔を見せた。

 

「私も覚えてるよっ。"うたのん"ちゃんだったよね?」

「イエス♪ あの時名乗ってなかったから改めて……、私は白鳥歌野っ」

「あー。そういえば私も名乗ってなかったね」

 

 少女は頭を掻きながら笑い、歌野と握手する。

 

「私は、赤嶺。ヨロシクね」

「赤嶺さんはどうしてここに?」

「旅の途中だよ。……そしたら二人がビュンビュンって跳んで行ってたのを見て何事かなーって追いかけてみた」

「そうなんだ」

 

「……赤嶺さん。さっきはごめんね、私は秋原雪花」

「秋原ちゃんね。いいよいいよ。無事だったし」

 

 赤嶺は雪花とも握手を交わす。

 

「さっきの質問ね。私たちは人探しをしているの」

「人探し? まさか、一緒にいた"みーちゃん"ちゃんがいなくなったの?」

「ううん。みーちゃんじゃなくて、七武勇の三好夏凛さんって人」

「へー。あの人かー」

「知ってるの?」

「まぁ七武勇ってみんなある意味有名人だからねー。ついこの前もその三好夏凛も見かけたし」

「「……えっ⁉︎」」

 

 歌野と雪花は赤嶺に詰め寄った。

 

「み、見たの? 三好夏凛さんを⁉︎」「いつ、どこで? 何時何分⁉︎」

 

「ま、ま、落ち着いて……」

「あっ、つい……」

 

 少し距離を空けて落ち着こうとする。

 

「2日前かなあ? 福島に会津城ってあるでしょ? 荒廃してるけど……。そこにいて偶に襲ってくる星屑たちをバシュバシュって感じで倒してた」

 

「2日前……」

 

(これまた微妙な数字……。もう居ないかもしれない。でも目撃証言があったなら行ってみる価値はある)

 

「……歌野」

「うん、行ってみよう。もしかしたら七武勇のアジトなのかもしれない。会津城がさ」

「そうだね」

 

 雪花は半ば諦めかけていたが、これを機に希望が見えてきた。

 

(でも、三好夏凛捜索を始めて一日目で手がかりが掴めるなんて……。歌野の運が良かった? 偶然? ……いや、そんな言葉じゃ片付けられない"何か"を持ってるのかも)

 

 雪花はこの偶然を、歌野の力だと解釈する。これも歌野が持つ特別な力なのかもしれない……と。

 

「ありがとうっ赤嶺さん。……あっ、何か困った事とかない? お礼に何かしたいなっ」

「……ん〜今はいいや。次会う事があって、その時に悩んでたら協力してもらうっ」

「わかったわっ。本当にありがとうね」

 

 そして赤嶺に背を向けようとしたが……

 

「あっ。もし良かったら私たちとくる? 旅の邪魔じゃなかったらだけど。……私、赤嶺さんと仲間になりたい(農業したい)なぁ」

 

「ぅえっ⁉︎ 楠さんだけじゃ飽きたらずぅ⁉︎」

「農業仲間は何人いたっていいじゃないっ」

 

「んーそうだねー」

 

 少し悩んでいたが、赤嶺は首を横に振った。

 

「ごめんねー。私は私のペースでゆっくり旅したいからさ。……それに私には仲間がいるから」

「そうなんだ。なら仕方ないね、仲間から引き離すわけにはいかないからっ」

「……あれ、じゃ楠さんはどうなの?」

「楠さんは今フリーでしょ? 三好夏凛さんを倒すまで防人に戻らないみたいだから」

「そうだったねー」

 

 歌野は赤嶺に手を振った。

 

 

「じゃあまた会いましょ、赤嶺さん。今度、貴女の仲間たちにも会いたいわっ」

「多分、どこかでそのうち会うかもしれないし、もうあってるかもしれないね」

「そうなんだ。じゃあっ」

「情報ありがとう。またね」

「うん。また!」

 

 雪花も赤嶺に手を振り、赤嶺も笑顔で振り返す。

 

「でも捜索し始めたその日に情報を手に入れられるなんて、世界は私をメインに回ってると言っても過言じゃないわねっ」

「にゃはは。過言、と言い切れないのがまたね……」

「ふふっ♪ でしょ!」

 

 そして二人は楠と水都の元へ帰還する。

 

 

 

「…………」

 

 赤嶺は跳び去っていく二人をずっと眺めていた。

 

「……そう、うたのんちゃんは会ってるんだよ。私の仲間たちにね……」

 

 ……と、彼女の背後に白の異形の生物が近付いてきた。

 

「でもあれか……。分かるはずないかぁ。…… ()()()()()()()……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー刻は遡りーー

 

 香川のとある地では、若葉とひなたが街をパトロールしていた。

 

「あ〜。若葉様だあ」「乃木様っ。お勤めご苦労様です」「キャー‼︎ 乃木様〜〜‼︎」「いつもありがとうございます」

 

「ああ。みんな元気そうだな」

「ふふふ……」

 

 笑顔で応対する若葉と、それを微笑ましく感じているひなた。

 

 ……と、そこへ。

 

「あっ。乃木様だっ!」

「本当だな。調査から戻ってきてたのか」

 

 明るい金髪をしている少女と、黒髪の少女が若葉を見つけ、駆けつけようとする。

 

「そうだ柚木君っ。乃木様の元まで競争だ」

「また急だな、リリーーっておいっ!」

 

「"剃"ッッ‼︎」

 

 言うが早いか、リリと呼ばれた小柄の少女はその場から姿を消した。

 

「ずるいぞっ! ーー"剃"ッ」

 

 柚木と呼ばれた背の高い少女もまた、先程の少女と同様に姿を消した。

 

 

「ーーあら若葉ちゃん」

「ああ。二人だろう」

 

 ひなたと若葉が接近に気付いた時、二人は彼女たちのすぐそばに姿を現していた。

 

「……はぁ、ふぅ。今回は、引き分けだね……柚木君」

「いや待て。お前がフライングして、追いついたんだから私の方が勝ちだろ?」

「はぁ……はぁ……。あ、あのね柚木君。居安思危(きょあんしき)*1の心持ちでいなければいざという時に体が動かないものなんだよ。いついかなる時も備えておかないとね」

「……って言ってる割に、息あがってるぞ? 普段からもっと鍛えておけ」

「うぐっ。心外だよ……。これでも鍛えている方なのにさ」

 

「ふふふっ」

 

 二人のやりとりにひなたは笑う。

 

「……芙蓉、柚木。また一段と速くなったんじゃないか?」

「……! は、はいっ。これも上里様のご指導の賜物ですっ」

「"剃"はマスターしました。また時間がある時に他の『六式』もご指導願います」

「わかりました。明日にでも稽古を致しましょう」

「「ありがとうございますっ」」

 

 芙蓉(リリ)と柚木は四勇リーダーとしての御役目とその付き添いで忙しい二人に代わって香川の統治を一部任されている。

 先程柚木が言った『六式』とは、若葉をはじめとする勇者の戦いから、ひなた自身が考案した、能力者(勇者)以外でも戦える戦闘術のことである。これを極めた者はバーテックスとも渡り合えるらしい。

 

 ……と言っても六式を全て習得しているひなたを含む"副官"たちはバーテックスと交戦した事はないのだが。

 

 

「ーーおーい、わかばあっ!」

 

「む? 球子と杏か」

 

 四人の元に愛媛にいるはずの土居球子と伊予島杏がやってきた。

 

「どうしたんだ? 二人共」

「こないだのハクチョウたちの件でさー。大社の方針が決まったんだよー」

「タマっち先輩。ハクチョウじゃなくてシラトリだよ」

「ターマッマッ! そうそう」

「白鳥さんの手配書の事か? また何かあったのか?」

 

 若葉の問いに球子は首を振る。

 

「あったって言うか、そのしらとりの対処は防人に任せる事になったって言う報告だけだ」

「それだけか?」

「はい、それだけです。それだけならわざわざ真鈴さんに愛媛を任せて来るほどの事じゃなかったんですけど……」

 

 チラッと杏は球子を見る。

 

「タマがなぁ、香川のうどんを食べたくなったわけだ。だから来た」

「……要はついでか。しかも報告が」

「そうだっ」

 

 やれやれ といった感じでため息を吐く。

 

「ど、どどどど土居様だよ! 柚木君」

「ああ、知ってるよ」

「そ、そそそれにぃ、伊予島様も!」

「見りゃわかる」

観感興起(かんかんこうき)*2だよ! 四勇の御三方が一堂に会すなんてぇ!」

「落ち着け……」

「いや落ち着けない! むしろ何で柚木君はそんなに冷静沈着(れいせいちんちゃく)*3なんだぁ⁉︎」

「って言われてもなぁ」

 

 芙蓉の様子を見ている柚木は、自分の方がおかしいのか? と逆に疑いたくなってくる。

 

「噂は聞いてるぞっ。ふようとゆずきだなっ」

「ああああ‼︎ 名前をっ、土居様が覚えてくださっているッッ‼︎」

「そうだっ。タマは土居球子! 『ヒトヒトシスターズ』の土居球子だッ!」

「ヒトヒトシスターズ? なんですかそれ?」

 

 柚木は聞きなれない単語を聞き返す。

 

「タマとあんずのユニット名だ。同じ『ヒトヒトの野菜』を食べーー」

「あーあー‼︎ タマっち先輩っ! 余計な事は言っちゃダメ! っていうかそんなユニット組んだ覚えないよ⁉︎」

「えっ? そうだったのか⁉︎」

 

 初耳だ、と言わんばかりの表情をしている球子だが、初耳なのはむしろ杏の方である。

 

「それに能力の事はむやみに喋っちゃダメ」

「愛媛だと結構知ってるぞ?」

「それはタマっち先輩がお喋りだからでしょ……」

 

「……球子、杏。うどんを食べたかったんじゃなかったか?」

「そうだよタマっち先輩。早く行かないとっ、人気なんだからあのお店」

「そうだそうだ。じゃあな四人共‼︎」

 

「ああ」

「はい」

「お疲れ様です」

「お疲れ様でした!」

 

 四人と別れ、球子と杏はうどん屋へ向かった。

 

「……何か台風みたい人ですね。土居様は」

「まぁな。じゃ、私たちも巡回の続きをしなくてはな」

「行きましょう」

「はい、乃木様。上里様。それではまた」

「それではっ」

 

 そして若葉とひなた、柚木と芙蓉はそれぞれ別れた。

 

 

「……それにしても大変だな二人は」

「当然さ。ただでさえバーテックスの脅威と七武勇の対応に加えて、新たな勇者が牙を剥くかもしれないって状況なのだからね。東奔西走(とうほんせいそう)*4の毎日さ」

「私らも今以上に手を貸したいが、色々問題もあるしな。四国から出ちゃいけないって言われてるし、それに……」

 

「……私たちの()()()()かい?」

「……」

 

 柚木はむっ とした顔のまま沈黙する。

 

「柚木君は気にしすぎかもね」

「……うるさい」

 

 それから柚木と芙蓉は腹ごしらえにうどん屋へ向かった……。

 

 

 

*1
リリエンソール語録:平和な世でも災難があった時のことを考え、いつも用心しておくべきであるという戒め

*2
リリエンソール語録:目の前の事象に心感動し、奮い立つこと

*3
リリエンソール語録:落ち着いていて動揺しない様

*4
リリエンソール語録:色んな場所へ忙しく駆け回ること




 白鳥さんは幸運を呼び寄せる何かを持っているらしい。
 ……それ欲しいわ。

六式:若葉たち四勇の戦い方をもとにひなたが考案した六つの戦闘術。理論的にはバーテックスに効果があるという。

土居球子:愛媛の勇者のひとり。白鳥さんをハクチョウと呼び間違える程の学力。……たぶん懸賞金の『ぶっタマげ』の換算もできないと思われる。(なんで制定したのか……)
 能力は今は秘密。『ヒトヒトの野菜』と言っていたが……。

伊予島杏:もう片方の愛媛の勇者。頭が良く、よく球子のサポートを行う。多分球子いない方が効率よく愛媛を統治できるかも。
 能力は今は秘密。しかし球子が『ヒトヒトシスターズ』と自称していたので……?


次回 柳は緑


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第二十三話 柳は緑

拙稿ですがよろしくお願いします。楠芽吹VS三好夏凛の前編になります。

ワンピース104巻買いましたが、十一話の前書きで言った謎の答えがわかった気がした。……気がしただけ。

前回のあらすじ
 七武勇、三好夏凛の情報を謎の少女赤嶺から聞き、歌野たちは福島の会津を目指す。そして芽吹は会津若松城にいるとされる三好夏凛と因縁の対決を迎えることとなる。



 翌日。歌野たちは福島へたどり着く。

 

「……助かったわ」

「これくらい構わないよー」

 

 芽吹は雪花の背中におぶさり移動してもらっていた。

 

「……でも、流石に拍子抜けね。人が必死になって足取りを探っていたのに、協力を要請した途端、情報が入るなんて……」

「これはもうディスティニーね♪ 楠さんが私の野菜たちを広めてくれ、って世界が願ってるのよっ」

「楠さんは岩手に来る前に福島にも立ち寄ったんでしょ? その時は確認しなかったの? ここ」

 

 その問いに芽吹は首を横に振る。

 

「来たわよ。……でも城の外観を見ただけで中までは確認してなかった。……ここには誰もいないだろうって先入観に囚われていたわ」

 

 以前にも芽吹はここへ来たが、人がいる痕跡が無さそう、と結論付けて早々に退散した。

 おそらくその時はタイミング悪く、誰も居なかったのだろう。

 

「……何はともあれ、ありがとね。……秋原雪花、白鳥歌野。それに藤森水都も」

「私は何もしてないから……」

 

 芽吹は少しだけ微笑み、半壊した城へ向かう。

 

「んー。会津若松城……。昔、パンフレットで見た時は壮大なお城だったのにねー」

「そうね。私も城を見るのは好きだけど、ここまで廃れたんじゃあ流石にやるせなくなってくるわ」

「あれ? 楠さんもお城、好きなの?」

「……父が、大社関連の社殿建造と修復を生業としてる大工だから。その見本として全国の城の写真や模型とかの資料があったわ」

「そうなんだー。いつか見てみたいにゃぁ」

「……」

 

 わずかに口角を上げて微笑んでいた芽吹だが、城に近付くたびに表情は強張っていく。

 

(ここに、居るかもしれないのね……。三好さん……)

 

「あの日の()()……。果たす時が……」

 

 

 

 

 

 

 ーー彼女たちの予想通り、この城は半年前からとある少女たちが拠点の"ひとつ"として扱っていた。

 

 カツン、カツン…… と芽吹たちの足音が荒廃した建物内に悲しく響き渡る。

 

 

 

「……! この足音、誰か来たっ」

 

 荒廃した城の中でも比較的安全そうで片付いている部屋にいたひとりの少女が接近に気付いた。

 その少女は手に持っていたスマホを見る。

 

()()()()の位置は遠い……。って事は防人? ついにバレたのっ?」

 

 スマホをしまって、少女は何もないところから双剣を出現させ両手に持つ。

 

「……」

 

 すぐに退散しようかとも考えていたが、もし、相手が防人ならば聞いておきたい事があるので、少女は双剣を構えたまま近付いてくる足跡の正体を待つ……。

 

 そして遂にーー

 

 

「ーーっ、え……?」

「……見つけた。三好さん」

 

 

 およそ二年ぶりに、楠芽吹と三好夏凛が対峙する。

 

 

「くすの、き……?」

「……ずっと探してたけど、貴女にこんなところで会えるとは思わなかった」

 

「そう、ね……。私も……」

 

 防人発足のおり、二人でトップ争いを繰り広げ、直前で失踪した三好夏凛とはそれ以来の再会となる。

 

「楠……。アンタ、なんでここにいるの?」

 

「……」

 

 芽吹はゆっくりと腰に差してある二本の刀を引き抜いた。

 そして二つの刃を夏凛に向ける。

 

「何で、ですって……? それはーー」

 

 その瞬間、夏凛に向かって突撃する。

 

「ーー貴女がここに居るからよッッ‼︎」

 

「ーーッッ⁉︎」

 

 咄嗟に夏凛は双剣を交差して芽吹の太刀を受ける。

 

「楠⁉︎ 一体何をーー」

「覚えてないのかしらァ! 防人として発足する前日ッ。……貴女は私の前から逃げたしたッ‼︎」

 

 その言葉に何かを思い出したのか、夏凛の表情が歪んだ。

 そのまま二人は鍔迫り合いを繰り広げる。

 

 

「……あの人が、楠さんがずっと追い続けていた三好夏凛さん」

「凄い剣幕……」

 

 その様を見ている水都と雪花は、その勢いに呑まれていた。

 

「……? うたのん?」

 

 だが歌野は、ふいに視線を逸らし周りを見渡している。

 

「どうしたの?」

「ん? 楠さんの決闘が終わるまで邪魔が入らないように警戒してる」

「あっ、そういえば契約内容に入ってたね」

 

 "楠芽吹と三好夏凛の闘いに、バーテックスなどの邪魔が入らないようにする"。

 これは歌野が出した芽吹のための条件のひとつだ。

 

「……この決闘はどっちの勝敗になるかはわからない。でもちゃんと決着が付くように私たちは見守るだけだよ」

「……うん」

「……」

 

 水都も一応、周りを警戒する。

 しかし、雪花は周りを気にせず二人の闘いを凝視していた。

 

(決着、か。どちらが勝っても、か。勝敗なんてわかってるんじゃないの? 歌野……)

 

 

 

 ーー芽吹と夏凛が鍔迫り合いを始めて1分は経っただろうか、芽吹が動く。

 

「……どう? 思い出したかしらァ!」

「ーーぐっ」

 

 芽吹はその状態から右足を蹴り上げ夏凛の腹部を狙う。

 夏凛はバックステップを踏んで後退しようとしたが一瞬遅かったのか、軽く足が触れた。

 

「……」

 

 夏凛は赤い服に着いた泥を軽く払う。

 

「楠……」

「三好さん。貴女がなぜ防人を離れたのか、なんてもうどうだっていい。どうせ教えてくれないんでしょ? ……それでいい。けどね、()()()()()()()()()を……私は果たすためにここまで来たの」

 

「……」

 

 夏凛と芽吹の表情はどちらも歪んでいた。

 ただ、夏凛は切なさの混じったものに対して、芽吹は怒りの混じったものであり、それが双方違う表情を映し出している。

 

「貴女を倒す……。貴女を越えて、私は正真正銘防人のNo.1になるの。それまで私は防人へは戻らない……。そう皆に()()してここへ来た。ここでッ! その二つを果たすッッ‼︎」

 

 芽吹が交わした二つの約束……。

 

 過去に夏凛と交わしたNo.1の座を巡った決闘。その夏凛を倒し、胸を張って防人に帰ること。

 

「……そう。アンタの想いはわかった……」

 

 夏凛は目を閉じて何かを考えていたが、芽吹の繰り出す刃が目前に迫ると目を開け、それをしゃがんで避ける。

 

「ーーッ⁉︎」

 

「なら私も決着(ケリ)付けなきゃね」

 

 夏凛は脚のバネを使って一気に双剣を斬り上げる。

 

「くっ、させるかァァァ‼︎」

 

 夏凛の双剣が胴を斬り裂く直前に、突き出していた双刀の柄を逆に持ち替えて、受け止めた。

 

「一瞬で⁉︎」

 

「二刀流、犀回(サイクル)‼︎」

 

 その状態から体を一気に捻り、回転して夏凛を吹っ飛ばした。

 

「……凄い。今、回転で竜巻みたいに……」

「あの一瞬で、ね……」

 

 歌野を含めた三人はその様子を固唾を飲んで見守る。

 

「この程度なのッ⁉︎ 三好さんっ。決着付けるんでしょおお!!!」

 

 双刀を持った両手を対角の腰の位置にくるよう交差させて突っ込む。

 

弍斬(ニギ)り・"(ヒラメキ)"ッ!」

 

 そこから双刀を一気に横薙ぎに斬り払う。

 

 それを夏凛は真上にジャンプして回避した。

 

「上にっ、跳んだわねッッ」

 

 ニヤリ と笑みを浮かべて刀の切っ先を地面に垂直してーー

 

「"登楼(トーロー)"‼︎」

 

 先程、夏凛が見せたように脚のバネを使って斬り上げ、夏凛に追い討ちをかける。

 

「ーーうッ」

 

 カンッ! と夏凛は双剣で防いだが、衝撃までは殺せず、さらに後方へ飛ばされて着地した。

 

「ハァ……ハァ……。どう? 三好さん。()()()()()……上達した、でしょ……?」

 

「……」

 

 夏凛は何も応えず、立ち上がった。

 

「楠さんって勇者じゃ無いんだよね?」

「そう聞いてるわ」

「三好夏凛さんって勇者なんだよね?」

「七武勇って言うぐらいだからだね……」

 

 水都は目を疑った。

 勇者でもない芽吹が七武勇の夏凛を押しているように見えるからだ。

 

 勇者の野菜を食べた者とそうでない者とは、単純な身体能力から差が存在しているはずなのに、芽吹にはそれを感じさせない程の闘いを繰り広げている。

 

(きっと……尋常じゃないくらい努力したんだろうなあ……)

 

 それこそ文字通り、血の滲むような努力、だろう……。

 

「私……芽吹さんに勝って欲しい……」

「え?」

 

 胸の前で両手を握りながら口にする。

 

「勇者の野菜関係なしに……才能と努力だけで、強大な相手と渡り合って、そして越える姿を見たい……。だから私は、楠さんを応援したいよ」

「水都ちゃん……」

 

 おそらく水都が勇者では無いからだろう。だからこそ、勇者を越えることができる人間に……努力で夢を叶えられる人に、水都は尊敬の念を抱く。

 

 

 ……しかし……

 

 

「水都ちゃんには悪いけどね……」

「?」

「勇者はそんなに弱くは無いよ……」

 

 

 ーー夏凛は芽吹の攻撃を受けながら、その太刀筋を観察していた。

 

 自分が居なくなってから、芽吹がどのように過ごしてきたか……。努力してきたか……。何を見据えているのか。

 

 先程から、芽吹の攻撃を受け流すばかりで夏凛からは攻撃していない。芽吹の体力切れを待っているようにも思える。

 芽吹からの攻撃も、最初から一太刀たりとも受けていない……。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 そのことは芽吹もすでに気付いていた。

 だからその余裕を無くそうと攻めることをやめず刀を振るい続けている。

 

「三好さん……三好夏凛ッ!!! 斬り掛かってきなさいよッ。貴女を目指し、追いかけ、そして越える私をっ、その眼に焼き付けなさいよっ! 貴女の本気をっ、私は打ち破ってみせるんだからァァァ‼︎」

 

 芽吹は両手に持つ刀を目の前でクロスする。

 

「あっ、あれ‼︎」

 

 その構えはバーテックスを目にも止まらぬ速さで斬り裂いた時の構えそのものだった。

 

(オニ)ッッ()りィィィ‼︎」

 

「……‼︎」

 

 ガギィン!!

 

 城内に刃物が奏でる金属音が木霊した……。

 

 

「……な、に」

 

「……」

 

 芽吹の渾身の一撃は、夏凛の双剣によっていとも容易く止められていた。

 

 ……静止した状態の中、夏凛以外の全員が目を疑う。

 

「そんな、あれは星屑を一瞬して吹き飛ばした技……なのに」

 

(直線的な攻撃だから軌道が読めた? だから止められた?)

 

 雪花はこの状況を分析しようとするが……。

 

「猛スピードで突進してくる楠さんの攻撃を静止させた……。つまり、同程度のパワーをぶつけて釣り合わせた事になる」

 

(それを止まってる状態で……)

 

「……⁉︎ ……っ」

 

 芽吹の思考は固まり、それに連動するように体も動かなかった。

 いや、本人は動いているつもりだ。夏凛の剣を押しのけようと力を込めているつもりだ……。

 なのに……。

 

(う、動かない……。何をしているの? 私は。……何をしたの? 三好さんは……)

 

「…………」

 

 三好夏凛は何も言わず、芽吹の瞳を見据えていた。

 

(何も、してない……の? ただ、私と同じ力で押し返しているだけ? ……嘘でしょ?)

 

 一瞬夏凛の、勇者の野菜の能力だと疑った。

 そう()()()()()()しなければ、認めてしまう事になるから……。

 

(そんな、馬鹿げた話なんて無いじゃない……。私と三好さんは……共に防人のトップを争って……。争える程の実力同士だった筈でしょ……⁉︎)

 

 スッ……と夏凛から双刀を離し、後ろに数歩下がった。

 

()()()能力者とそうじゃないかって()()じゃないっ。勇者の野菜を食べたか、食べてないかの差じゃない……」

 

 たったそれだけの違いで、トップ争いをしていた二人の差は、こんなにも開いてしまった……。

 

「……楠」

 

 ずっと口を閉じていた夏凛だったが、口を開いた。

 

「あのねーー」

 

たった‼︎ それだけじゃないッッ!!!

 

 もう一度、夏凛に斬り掛かる。

 

 今度は、両手を上げてVの字を描くように振り下ろした。

 

(タカ)()りィィィ‼︎」

 

 ガキンッッ‼︎ と、また夏凛に受け止められた……。

 

「う……ううええああああああああ!!!」

 

 こんな状況を認めたくない一心で……、今自分が考えてしまった事を振り払うために……、芽吹は刀をデタラメに振り回す。

 

「怒りに身を任せただけの凶暴な剣……」

 

 それを避け、時には剣でいなしながら夏凛は呟く。

 

「……(とら)

 

 そして遂に、夏凛が双剣を地面と水平方向に構えて攻撃のモーションに入った。

 

(っ! くーー)

 

 攻撃が来る……と頭でわかった瞬間ーー

 

()り‼︎」

 

 平行に並んだ二本の剣が、目前に迫っていた……。

 

「あああああっっ」

 

 なんとか、双刀を縦方向に構え防御姿勢をとることで斬られる事は避けた……が。

 

「フウッ‼︎」

「ーーぐぅはあ!」

 

 僅かに遅れたタイミングで夏凛のキックが芽吹の腹に命中し吹き飛ばされた。

 

「……! ごふっ、ガハッ。ゴホッゴホッ……」

 

 自分が最初に放った蹴りより遥かに重く、遥かに痛く、芽吹は地面にうつ伏せで倒れ込んだ。

 

「そんな……楠さんが、一方的に……」

 

 最初の威勢など、とうに失せ、倒れている芽吹に水都の表情は険しくなっていく。

 歌野も黙っているが、体が震えているのがわかる……。

 

「水都ちゃん。あれが、勇者と、そうじゃない者の差だよ」

「雪花ちゃん……」

 

(まぁ、多分それだけじゃないと思うけどね……)

 

 

「……くっ。ハァ、ハァ……」

 

 腹部を押さえて、なんとか立ち上がる。

 

「これ程の距離だなんて、冗談じゃない……。この遠さはないでしょ……」

 

 ……ひとり呟く。

 

「私は……こんな情けない姿を晒す為に貴女を追ってきた訳じゃない……。こんな目に遭う為に今まで努力してきた訳じゃないッ」

 

 ふらふらになりながらもしっかりと地面を踏み締める。

 

貴女に敗ける為にっ、私は刀を振ってきた訳じゃないのよッッ

 

 叫ぶ芽吹を前に、夏凛は静かに言い放った……。

 

「……もう、大社に帰りなさい、楠」

 

 




後半へ続く……。

言わずもがな、芽吹と夏凛の戦闘は、あの剣士二人みたいだ。


次回 花は紅


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第二十四話 花は紅

拙稿ですがよろしくお願いします。楠芽吹VS三好夏凛の決着編。


前回のあらすじ
 遂に相対した、芽吹と夏凛。真に防人のNo.1になるため、そして夏凛と交わした約束のため、芽吹は刀を振る。しかし、勇者となった夏凛の前に悉く抗う術を失っていく。
 そして、双方の闘いは決着を迎える。果たしてその先に待つのは……。


 

「帰れ……ですって……」

「そう言ったのよ。……もう勝負は着いたから」

 

 夏凛は背を向けてその視界から完全に芽吹を消した。

 

「……っ⁉︎」

 

 それは芽吹への憐れみ、失望、侮蔑にも取れる態度であり、当然芽吹が更なる怒りを湧き立たせるのに充分な態度だった。

 

「……ふ、ふざけるなァァ‼︎」

 

 夏凛の背中へ斬り掛かろうとする。

 

 しかし、

 

「ーーっ⁉︎」

 

「……」

 

 夏凛は振り返ることもせず、双剣を背中に回して受け止めていた。

 

「な……なによ。それ」

 

 芽吹の斬撃は、完全に夏凛に弄ばれていたのだ……。

 

「あのね、楠……。今のアンタはなんにも見えてないのよ。ただ怒りのままに、わがままに刀を振り回しているだけ……。そんな何もかも破壊してしまうような"柔なき剣"じゃ到底私には届かない」

 

 芽吹が振り回し続ける双刀を、夏凛は容易に捌きながら喋り続ける。 

 

「あの時のアンタは、もっと真っ直ぐだった。この世界における防人の役目を考えて、大局を見据えてた……。防人のトップを目指そうとひたむきに努力し続けて……、私を越えるために自分のプライドを投げうって、剣の教えを頼んできた事もあって……」

 

「……!」

 

「でも、今のアンタは視野が狭くなってる。この世界にまるで関心がないみたい……大社という存在も、防人という組織も……なんにも見えちゃいないのよ……」

「黙れ……」

「防人の御役目を投げ出してここにいるのが、何よりの証拠よ。そんなアンタの剣なんてーー」

「黙りなさいッ‼︎」

 

 芽吹は両手を天に掲げて刀を振り下ろすーー

 

(私は……貴女をずっと追いかけてきた。越える為に。それが間違ってる筈ないッ)

 

(タカ)ーーッ‼︎」

 

 ザクッ

 

「ーー!?」

 

 しかし振り下ろす直前、夏凛が持つ片方の剣が芽吹の横腹を突き刺した。

 

「……っ、かはッ」

「楠さあん!?」

 

 水都はその様子を見るに耐えかねて、芽吹の元へ駆け寄ろうとするが……。

 

「……水都ちゃんっ。貴女が行ってどうするの? ……最後まで見届けなくちゃいけない約束だったでしょ?」

「雪花ちゃん……。でもーー」

 

 雪花に腕を掴まれ阻まれる。歌野もまた、首を横に振った。

 

「みーちゃん。勝負はまだ、終わってないわっ。だから我慢して。……私も耐えてるから……」

「うたのん……」

 

 水都は、雪花と歌野の気持ちを察し、駆け寄ることをやめる。

 

(でも……、このままじゃ楠さんが……)

 

 

 

 

 芽吹と夏凛は睨み合ったまま、膠着していた。

 

 ズズズ…… と剣はゆっくりと体に突き刺さっていく。そのたびに気が遠くなりそうな激痛が芽吹を襲う。

 あと数センチ押せば芽吹の体を貫通するだろう。

 

「……‼︎ がはぁぁあ!」

 

 吐血し、目の前が霞んでくる……。

 

「……?」

 

 しかし、どういう訳か夏凛は首を傾げた。

 

「……どうして?」

 

 芽吹に刺さった剣がさらに進んでいくのは、夏凛が力を入れている訳ではなかった。

 

 ……芽吹自身が、徐々に夏凛へと接近しているのだ。

 

「どうして退かないの? どうして進むの? これ以上続けるとアンタ、死ぬわよ……?」

 

 芽吹は苦しみのさなか、フッと笑う。

 

「ど……うしてかしら、ね……。ここで一歩でも退いたら、何か……大事な誓いだとか、約束だとか……そういった物全部、砕け散ってしまいそうな気がするのよ……」

 

 腹部や口元が血にまみれても、芽吹の眼光は真っ直ぐ夏凛を見据えていた。

 

「……だから私は後退しない。それをしてしまったら、もう二度と……()()へは帰って来れない気が、するの」

 

 その時、芽吹の左手に持っていた刀が手から離れ、地面に落ちる。

 

「そう……。それが敗北よ」

 

「なら……なおさら……っ」

 

 しかし芽吹は、震えながらも左手で刺さっている剣を掴み、右手に持っている刀を夏凛に向かってーー。

 

「敗ける訳にはいかないじゃないッッ‼︎」

 

 ーー突き出す。

 

「ーーッ⁉︎」

 

 夏凛は刀が体に接近するのを見た瞬間、反射的に思いっきり芽吹を蹴飛ばした。

 

「……っっ、かはっ」

 

 握力が足りなかったのか、握っていた剣から手が離れ、体から引き抜かれた。

 芽吹はそのまま吹っ飛ばされ、地面を転がっていく。

 

「ハァ……ハァ……。これ、だけやって……服しか斬れない、なんてね……」

「……!」

 

 見れば、夏凛の服の胸元に小さな切れ込みが入っていた。

 

「まだ続ける気? これ以上やると本当に死ぬって言ったわよね?」

「……それが、どうしたって言うの? 私は、後退はしない……、貴女に敗ける訳にはいかないって言った筈よ? ……敗けるくらいなら……死んでやるッ!」

 

 立つのもやっとな状態にも関わらず、芽吹の気迫は強くなる一方だった。

 

(楠さん……)

 

 歌野たち三人は、ただ見ていることしかできない。全員が彼女にかける言葉を見つけられず、沈黙したまま、この勝負の行く末を見守っている。

 

 心の中で願う。起死回生のチャンスを……。芽吹の勝利を……。

 

 そしてそれを感じてか、芽吹は徐々に感覚が鮮明になっていった。

 

(あの眼……、昔に戻りつつある。この短時間で楠の中に何か変化があったようね)

 

 夏凛は意識を双剣に集中させる。

 

「……敗北より死を取るのね……。わかったわよ。なら私も、全身全霊懸けて貴女の気持ちに応えてあげるわ」

 

 夏凛がそう口にした瞬間、彼女の持つ双剣の刃が()()に変色した。

 

「ーー三好夏凛さんの剣が、黒く……⁉︎」

 

(あれが彼女の能力……?)

 

 三人が見守る中、緊張感はこれまで以上に高まっていく……。

 

「拾いなさい楠。"奥義"でこの闘いの幕を引いてあげる」

「……」

 

 芽吹は一歩一歩、地面を踏みしめながら刀が落ちている場所まで戻り、拾い上げた。

 

「その口振り。まだ全力じゃ無かったの……?」

「そうじゃないわ。私は本気で闘ってたわよ。……でも、今からは本気のさらに上。余力も体力も、後先考えないからそのつもりできなさいっ」

「はっ……。元からこっちはそのつもりよっ!」

 

(……これが最後の一撃になる。外したら死ぬわね……)

 

 芽吹は双刀を前に出し、その場で回転させ始めた。

 

 ……そして夏凛もまた、黒くなった双剣を手前で回転させる。

 

「最強か、死か……。上等じゃないっ。あの三好さんと闘ってるんだからそのくらいの覚悟はしてた筈でしょ? ……楠芽吹」

 

 自分へ語りかける。

 

「だったら今ッ! 三好夏(最強)凛を越えてみせるッッ!!!」

 

 

 ……今、楠芽吹は三つの約束を胸に抱いている。

 

 遠き日に約束した三好夏凛とのトップ争いの決着。

 部下の三人をはじめ、防人のみんなに約束した正真正銘防人No.1の称号。

 

 ……そして、

 

『ますます気に入ったわっ! "最強の防人"‼︎ 農業王の仲間になるなら、それくらいなってもらわなくちゃ私が困るっ!』

『私が農業王になったら貴女たち防人みんな、私が育てた野菜買ってね♪』

 

 最強の防人となり歌野の育てた野菜を購入する、という取引(約束)

 

 

 ……その全てを叶えるチャンスが今、目の前に訪れているのだ。

 

「行くわよ三好さんッ!」「行くわよ楠っ!」

 

 そして、二人は同時に走り出す。

 

二刀流、奥義ッ」「二刀流、奥義っ」

 

 

 ーーいつの間にか、二人の両脇の地面には、切っ先を這わせたかのような線が一本ずつ引かれていたーー

 

 

()()(ビャク)(ドウ)ッッ!!!

 

()()(びゃく)(どう)っっ!!!

 

 

 ーーガシャアン‼︎

 

 

 ーー次に歌野たちが目撃したのは、芽吹が最初いた位置まで一瞬で駆け抜けていた夏凛と、体中に斬り傷を食らいながらも夏凛のいた位置に立っている芽吹の姿だった。

 

「な、何が、起こって……」

「まったく見えなかった……けど」

 

 水都も雪花も歌野も……、誰一人として今の二人の斬り合いを見抜けた者はいない……。

 

 二人が一体、どうやってお互いを通過してそれぞれの位置に立っているのか。二人の両脇に引かれた二本のラインがいつ、作られたのか。まったくわからなかった。

 

 ただわかっていることは。

 

「う……くっ……」

 

 芽吹が斬られ、夏凛には傷ひとつ無かったという事である。

 

(敗けた……わ。完全に……)

 

 防人自慢の戦闘服は無惨にもボロボロに斬り裂かれ、バイザーも真っ二つにされていた。首元にあるプレートにも僅かに亀裂が入っている。

 なにより芽吹の左手に持っていた刀は、刀身が折れ、元の半分の長さになってしまっていた。

 

(私が敗けるなんて、考えた事なかった……。考えたくなかった。……これが私と三好さんとの差……なのね。……まったく私は、どれだけ思い上がっていたのかしら)

 

 今一度、身に染みて感じる。勇者(三好夏凛)防人(楠芽吹)の差を……。

 

 せめてもの奇跡は、今の攻撃で芽吹が倒れなかったこと……。

 

「……」

 

 すると芽吹は振り返って両手を広げた。

 

「……?」

「「「えっ?」」」

 

 その挙動に夏凛も、歌野たちも困惑していたが、

 

「背中の傷は……防人の恥よ」

「……!」

 

 そう言った芽吹の表情は、実に晴れやかなものだった。

 

「見事ねっ」

 

 芽吹の意図を汲んだ夏凛は、双剣で芽吹の胸部をX字に斬り裂いた。

 

「……ッ」

 

楠さああああああんんん!!!

 

 誰の叫び声だったかは分からなかったが、その声が聞こえたのを最後に、芽吹は目の前が真っ暗になり、仰向けで地面に倒れ込んだ……。

 

 

 

 

 ーー歌野、雪花、水都はほぼ同時に芽吹の元へ駆け寄った。

 この決闘、誰が見ても勝敗が決したことが明らかだったからだ。

 

「楠さん? 楠さん⁉︎」

「これ動かしちゃまずいよね」

「心臓は動いてるけど……」

 

「ーー楠は死なないわよ」

「……!」

 

 自分のバッグを漁った後、芽吹の元へ歩き寄って手に持っていたボトルを歌野へ渡す。

 

「これは?」

「止血するための傷薬よ。これを体にかけて」

「わかったわっ」

 

 歌野たちは急いでボロボロになっている芽吹の戦闘服を脱がす。

 

「……っ」

「うっ」

 

 腹部や胸元の出血が痛々しく映る。

 歌野は傷薬を一気に体全体へかけた。

 

「ーーっうう‼︎」

 

 傷薬が染み込んで激痛が走ったのだろう。芽吹の体はビクンッとはねた。

 

「我慢してっ楠さん!」

「うっ、ううっ……」

「こらえて……」

 

(これだけの傷……。勇者だったとしても手遅れになる可能性だって……)

 

 雪花は傷跡を見ながら顔をしかめる。

 

(楠さんは、本当に死ぬ気で挑んだ……。約束を果たす為に。夢を叶える為に。……到底私にはできないや。夢のために命を捨てることなんて)

 

 雪花の夢は、この世界をより深く知る事である。四国を知り、故郷である北海道と何が違うのかを見極めたいと思っている。

 しかし、それに命を捨てる覚悟など毛頭無い。生きてこその夢だからだ。

 

「楠さんっ、しっかり‼︎」

 

「……う、うるさ、いわ」

「……!」

 

 歌野の呼び掛けに半ば意識を失くしていた芽吹が応えた。

 

「……! 楠さん‼︎」

「うるさいし……これ、染みて痛いから……目が覚めた、じゃない……」

 

 芽吹の眼は虚ろで、焦点があっていなかった。

 

「……ねぇ? 歌野。聞こえ、てる?」

「うんっ。聞こえているわっ楠さん」

 

 ゆっくりと伸ばした芽吹の右手をしっかりと掴んだ。

 

「ここにいるからっ」

 

「……そう」

 

 おそらく今、芽吹は途切れる寸前でかろうじて意識を保っている。眼は開いているが、おそらくよく見えていないだろう……。

 

「情け無い……姿を見せた、わね……。こ、れが、貴女が目にした私の初陣だったから……うぐっ! ……ハァ。……こんな無様な私を見て、不安になった、かしら?」

 

「……」

 

「不安にさせて……ごめんなさい、ね。……けど」

 

 芽吹は最後の力を振り絞ってその手を強く握る。

 

「そんな私の姿を晒すのは……今日が、最初で最後にする、から……」

「楠さん……」

「だって……、私が防人のトップに()()()ならないと……貴女が、困るのよね……。だからッ」

 

 そして、この場にいる全員に聞こえるように声を張り上げた。

 

私はもう‼︎ 二度と敗けないからァ‼︎ ……三好夏凛(アイツ)に勝って、本当の意味で防人のトップに……"最強の防人"になるその日までッ 絶対にもう‼︎ 私は敗けないッッ‼︎

 

 芽吹は歌野にそう誓う。

 

文句ある!?  "農業王"!!!

 

 その誓いを聞き届け、歌野は満面の笑みで答えた。

 

「ナッシング♪ ふふっ♪」

 

 

「ーー農業王?」

 

 夏凛は歌野にその意味を問う。

 

「農業王は私の夢よ! 農業界を豊かにするために、四国へ行って神樹様の恵みを手に入れるんだからっ!」

「……! 四国へ……ねぇ。……とても険しい道になるわよ、"私を越えること"よりもね」

「ベリーハードなのは承知の上だわっ。それでも目指すの!」

「そう……」

 

 夏凛は僅かに微笑んだ後、真剣な表情に戻り芽吹を見た。

 

「……楠、まだ諦めないのね?」

「ええっ! 約束、したから……」

「……なら私も、言っておかなければならないことがあるわ」

 

 夏凛は双剣を構えて芽吹に言い放つ。

 

「楠っ‼︎ アンタの信念、見上げたものねっ、これだけの傷を受け、屈辱を受け、それでもまだ折れる事なく私に挑み続けるというのなら……もっと強くなりなさいっっ‼︎」

 

「……ッ!」

 

「今のアンタに必要なのは、世界を知ることっ‼︎ 世界を知り、大社を知り、何よりアンタがいた防人の現状を知りなさいっ‼︎ そして、己を磨き強くなれっ!」

 

 今の夏凛の姿を、芽吹は見る事は出来ないが、その言葉をしっかりと胸に刻み込む。

 

「アンタが私をっ、いまだに"最強"だと称するのならっ、私はこの先、幾年月でもこの"最強の座"にてアンタを待つ‼︎ 猛ける己が心力挿して、双剣(この剣)を越えてみろっ! 三好夏凛(この私)を越えてみろっ! 楠芽吹っ!!!」

 

 

「……ふふはは……。当たり前、よ」

 

 

 芽吹は最後にうっすら笑いながら、ゆっくりと意識を手放したのだった……。

 

 




井の中の蛙、大海を知らず
故に井の中の蛙、大海にて散る
されど井の中の蛙、空の青さを知る


次回 ビジネスパートナー


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第二十五話 ビジネスパートナー

拙稿ですがよろしくお願いします。今回、芽吹の過去がメインです。
 そして、歌野たち白鳥の一味(仮名)のチーム名を決めましょう。


前回のあらすじ
 "七武勇"三好夏凛の前に完膚なきまでに叩きのめされた芽吹。しかし彼女は諦める事なく、折れる事なく、"最強の防人"になる事を歌野に誓うのであった。



 ーーおよそ二年ほど前、楠芽吹は香川のとある神社に呼び出されていた。

 周りを見渡せば、彼女以外にも多数の少女たちがいる。

 

 バーテックスが突如出現してから世界は混沌と化してしまったが、その中で現れた四人の勇者。乃木若葉をはじめとする"四勇"と称される彼女たちは、大社の援助の元、バーテックスの掃討を行った。

 

 

 

 それからしばらく時が過ぎてーー

 

「本日、皆様にお集まりいただいたのは今後、新しく発足する大社所属の部隊に加わってもらうためです」

 

 大社の神官たちが顔を出し、その中にいた女性神官は芽吹たちにそう告げた。

 顔を出す、といっても神官は皆、仮面をつけているため、素顔は拝めない。

 

(新しい部隊、か)

 

 芽吹は上澄み程度しか聞いていないが、どうやら前の部隊は解体されたようだ。

 

「元々大社が保有していた部隊の者たちは先日、皆御役目を退きました。よって、その後継となる部隊に皆様を加えさせていただくこととなったのです」

 

「部隊……とな?」「私たちが……大社で働ける……」「御役目で成果を出せば、家も今以上に裕福になれるっ」「うっ……うう、感激ニャ……」

 

 集まった少女たちは口々に呟いた。

 

 今や大社の力は四国だけでなく、荒廃した日本全国の支柱であり、その組織に所属できる事は、経済的にも社会的にも豊かになれる名誉な事なのだ。

 

(その部隊で、私は必ずトップになってみせる……っ)

 

 

 芽吹は四国の香川に生まれた。物心つく前に両親は離婚。建築士であった父は仕事に熱中し過ぎるあまり母親に愛想を尽かされたらしい。

 しかし、芽吹は父を蔑む事はせず、むしろその優秀さに憧れを抱いていた。

 小学校では芽吹も努力を重ね、勉学や運動も他の追随を許さない程の好成績を残していた。

 

 そんな折、全国各地にバーテックスが出現、芽吹の世界は一転して闇に包まれた。

 幸い、四国内にいたので直接的な被害は受けていない。しかし、これから先の不安は芽吹の中に募っていく。

 しかし、四勇や大社の活躍によって、世界は安泰へと進んでいき、元々安全地帯だった四国は平常時へ戻ろうとしていた。

 

 ーーそして今、芽吹は後に"防人"と呼ばれる大社所属の戦闘部隊へ、その御役目に就くことになる。

 

 

 

「ーー楠芽吹さんですわねっ。先程の試合、見事でしたわっ」

「……どうも」

 

 模擬試合の後、少し高飛車な態度が窺えるひとりの少女が腰に手を当て胸を張り、話しかけてきた。

 

「わたくしは弥勒夕海子と言います。お互い大社のために励みましょうっ」

「……」

 

 弥勒夕海子と名乗る人物に絡まれ、芽吹は階段に腰掛けて話をしていた。

 

「来月には正式に防人が発足されるそうですわ。その際に、この場で一番の者にリーダーの権限が与えられるそうで……、貴女も中々の腕前ですが、最後はわたくし弥勒夕海子がトップに輝いてみせますわっ」

「壮大な夢ですね……」

 

(防人のトップになるのは私だけど……)

 

 芽吹は日々の稽古から夕海子を見た事はあったが、お世辞にも筋が良いとは思えなかった。

 夕海子だけではなく、他のみんなにも言える事だが、幼少期から努力し続けてきた芽吹の身体能力は、ここに集められてから鍛錬している者たちとの明らかな差があった。

 先程『壮大な夢』と言ったが、半ば嫌味も込もっていただろう。

 

「弥勒さん……。この部隊……、防人の御役目は、"命懸け"って話を聞きましたが」

 

 それを聞いたとき、若干夕海子の表情が曇った。

 

「先代、と呼ぶべき部隊の()()が御役目を退いた……。まぁとどのつまり()()()()()なんでしょうね」

 

(なぁんだ。弥勒さんはわかってるんだ……。じゃあこの人たちよりは幾分かマシかな……)

 

 芽吹は目の前で繰り広げている"お遊戯"を一瞥した。

 

 防人の前に大社の御役目に励んでいた部隊はバーテックスとの交戦経験もあったという。

 芽吹たちが集められ、防人として新たに発足するのも、その部隊がもう存在しないから。おそらくはバーテックスとの戦いで壊滅したと思われる。

 

「芽吹さんはご存知ですの? 『鏑矢』という部隊について」

「少しだけ。私達防人の前身となった部隊の名前って事ぐらいですが」

「そうですわ。少し前に起きた岡山県民をはじめとする本島側と、香川県民をはじめとする四国側との戦い、『瀬戸内の乱』とか『岡山・香川の乱』とか言われていますが、その戦いの鎮圧に出ていた鏑矢が"星屑"や"進化体バーテックス"に襲われてみんな全滅したそうです」

 

 少し前、本島から避難してきた人たちを四国に迎え入れるべきか否か、四国内で論争があったという。無論、土地や食糧問題から全員を収容できる規模は四国にはない。

 また、岡山と海を隔てた香川は本島と離島の違いから差別的意識を持っており、『四国を"海外"と差別しておいて、いざ危機的状況になったら情けなく頼るなど、虫が良すぎる』という意見もあり、特に市民からの反発が多かった。

 岡山と香川の仲違いは、今回により一気に燃え上がり、戦いへと発展した。

 

 それを阻止すべく動いたのが当時、大社の戦闘部隊だった"鏑矢"。彼女たちの力により、戦いは両成敗という形で終えるかに思えた。

 しかし、突然介入してきた無数の星屑と進化体により、市民と鏑矢は全滅したという。

 

 ……その進化体の一体は、後に"獅子座"と名付けられたそうだ。

 

「……弥勒さんは詳しいんですね」

「……わたくしには義理の姉がいましたの。彼女が鏑矢に所属していましたから、話だけは弥勒家に入っていたのですわ」

「そうだったんですか……」

 

 鏑矢に夕海子の姉がいたという事は、おそらく……。

 

「わたくしの義姉、"蓮華お姉様"の遺体は未だに見つかっていません……。まぁ、あの場には身元がはっきりとわかる遺体の方が珍しいので、今後も見つかるかどうか怪しいのですが……」

 

 鏑矢も市民も皆、バーテックスに襲われ、沢山の人たちが食い殺されたと聞く。現にあの場には、上半身または下半身のない者。腕しか残っていない者。頭がない者。そもそも人間としての名残がない者などの遺体が大半だった。

 

「わたくしは優秀なあの人に追いつけるよう……また、弥勒家の没落を阻止するため、防人で励むのですわっ」

 

「……」

 

(彼女も……色んな事を抱えてるのね……。もっともトップの座を譲る気はさらさら無いけど)

 

 夕海子の想いを聞き、芽吹は立ち上がって鍛錬に戻った。

 

 

 

 

 ーー翌日。

 

「なっ、ななな……っ」

「……」

 

 芽吹と夕海子の目の前で、見慣れぬ少女が木製の双剣を振るい対戦相手を圧倒していた。

 

(……出来る)

 

 芽吹はその少女に自分と似た何かを感じ取っていた。

 

「ーーそこまでです。"三好夏凛"さん」

「……ふぅ」

 

 彼女は戦いの後、相手と握手をする。

 

「アンタ、足運びがおぼついてるわよ? もっと体幹を鍛えた方がいいわ」

「えっ、あ……ありがとう」

 

「……三好夏凛さん、と言いますの? 彼女、昨日までいなかった人ですわっ」

 

(相当な努力を続けてきたようね……。しかもあの特異な剣術)

 

「……!」

 

 夏凛は視線を感じ取り、その主である芽吹をじっと見た……。

 

 

 ……これが、後に七武勇となる三好夏凛と、芽吹との出会いだった。

 

 

 

 

「三好夏凛さんっ! この弥勒夕海子がお相手致しますわっ」

 

 夕海子は夏凛に模擬試合を申し込んだ。

 

「良いわよ」

「では、いざ参りますわっっ‼︎」

 

 ーー数秒後。

 

「……参りましたわぁ〜」

 

 地面にうつ伏せで倒れ、夕海子は目を回していた。

 

「弥勒先輩、勢いをつけ過ぎなんです。……まぁ気概は買うけどね」

「……」

 

 夏凛は手を伸ばして起き上がらせようとするが、夕海子はその手を取らず、使用していたレイピアを持って立ち上がる。

 

「……貴女もこのわたくし、弥勒夕海子のライバル、という事ですのねっ」

「ライバル? はぁ……」

「今回はわたくしの"レイピア"が貴女の双剣と相性が悪く負けましたが、次は負けませんわよ」

 

 夕海子の負け惜しみに夏凛は少し笑った。

 

「レイピアだろうと、槍だろうと銃だろうと負けないけどねっ」

「……聞けば貴女は大社に勤務しているお兄様に頼み込んでここにいるようですわね」

「……誰から聞いたの? それ」

「大社関係の人たちですわ。ここには結構いますもの」

「……そう」

「すみません。余計でしたわね」

 

 夏凛の態度から触れてはいけなかった事だと察し、謝った。

 

「良いわよ、別に。私が兄貴に無理言ってここに来たのはホントだから」

 

「…………」

 

 芽吹はそのやりとりを遠目から見ていた。

 

 

 

 

 ーー数日が経つと、今のメンバーの中で突出しているのは芽吹と夏凛の二人である事は誰の目から見ても明らかだった。

 ただ、二人はまだ戦った事がないので、みんなは暇つぶしがてら、どっちが強いか、を話し合っていた。

 

(駄目……。今のままじゃ勝てない。三好さんが使うあの剣術には……)

 

 芽吹も木刀を二本扱う二刀流である。夏凛と同じだからこそ、その差がよくわかる。

 

(あの剣技が欲しい……。あの剣術をマスターすれば私は強くなれるっ。そうすれば防人のトップも確実に……っ)

 

 

 悩みに悩んだ末、辿り着いた答えはーー。

 

 

「私に……貴女の二刀流をっ、教えて……ください」

 

 芽吹は葛藤の中、夏凛に頭を下げて教えを乞うた。

 

「……楠? なんで? アンタは上を目指してるんじゃなかったの?」

「そうよ……。私は……防人で一番の存在になるの」

 

 夏凛はそれを聞いた上で尋ねる。

 

「理解できないわね。……私も防人になるからには当然、トップを狙う。……貴女は競争相手に教えを乞おうっていうわけ?」

 

「……っ」

 

 それが恥である事は芽吹が一番よくわかっている。だが、今はそんなプライドを捨てなければ、欲しいものが手に入らないこともわかっていた。

 

「……今、私達の中で一番強いのは私か貴女か、って話が広がってる。私は貴女以外の人には試合で勝ってきたっ。だから後は貴女だけになる」

「……」

「でも今、貴女に勝てるって"思い上がる"程、私は馬鹿じゃない」

「じゃあ防人のリーダーに……、トップになる事を諦めるの?」

「諦めないっ!」

 

「……話が見えないわよ。私を依然、競争相手と見なしておきながらなぜ、頭を下げて頼むの?」

 

貴女を越える為っ‼︎

 

 芽吹は顔を上げて夏凛の眼を真っ直ぐ見た。 

 

「……!」

 

 夏凛はそんな眼差しを受け、驚きながらも……。

 

「ふふっ、はははっ」

 

 吐き出して笑った。

 

「私とトップ争いしてる奴を、私自身の手で鍛えろって言うの? 可笑しな話ねっ」

「それでもっーー」

「良いわっ。明日またここへ来なさい」

「ーーっ!」

 

(不器用な奴ね……。でも、そういう奴は嫌いじゃない)

 

「……礼を言うわ、三好さん」

「ついてこれなかったら早く言いなさいよね? なんせあと1ヶ月足らずで鍛錬期間は終わるんだから」

「食らいついてみせるわよ」

「そう。……じゃあこれっ」

 

 夏凛は小瓶を芽吹に渡した。

 

「何これ?」

 

 瓶には『クエン酸』と書かれたラベルが貼られていて、中に錠剤が入っていた。

 

「それ、効くから」

 

「……ありがと

 

 それから芽吹と夏凛は稽古を共にしていった。

 

 

 

 

「ーー私の技の本質は加速。剣の型ははじめに取っておき、後は加速して敵を斬る。基本的にこれね」

「加速……」

「楠。アンタはまず止まっている状態から瞬時にトップスピードに持っていけるような俊敏さを身につけなさい。型を覚えるのはその後ね」

「わかったわ」

 

 それから稽古を始めて一週間、芽吹は元々の身体能力や覚えの良さで夏凛の剣技を習得していった。

 

「三好さんはこの技を誰から教わったの?」

「兄貴。まぁ教わったって言うより見て盗んだって方が正しいけど」

「お兄さん? 確か、大社にいるのよね?」

「ええそうよ。なんでもできて、親や近所からも"天才"、"神童"とか呼ばれてたわ。……私が使っている剣技はほぼ全て"スピード頼り"でしょ?」

「そうね。型を決めてトップスピードで相手を斬る」

「兄貴は"(ソル)"って呼んでた。なんでも、四勇の副官が編み出した技らしいけど」

「なるほどね……」

 

 そこまで言うと夏凛と芽吹は立ち上がり稽古に戻る。

 

「休憩は終わり。次は二刀流の奥義を教えるわ。できるまで食事は禁止よ。食べて良いのは"煮干し"だけ。わかった?」

 

(またそれなのね……)

 

「わかっているわ」

 

 

 

 ーーそれからまた刻が経ち。

 

鬼斬(オニギ)り‼︎」

「きゃあああああああーーー!」

 

 目にも止まらぬ速さで駆け抜け、相手を吹っ飛ばした。

 

「しょ、勝者。楠芽吹っ」

「……ふぅ」

 

 周りのみんなも、審判を務めている神官さえも動揺を隠せなかった。

 

「今の……三好さんの技、だよね……?」

「やっぱりそうなんだ……」

 

 芽吹と夏凛が一緒に稽古している事をみんなは知っていた。

 しかし芽吹の性格上、夏凛と共にいる事など半信半疑だった者たちもいたので、今の芽吹が繰り出した技は、その事を決定付ける証拠となった。

 

「随分、様になってきたわね、楠」

「貴女の特訓のおかげでね」

 

 芽吹と夏凛は向かい合う。

 防人のリーダーは、1対1の決闘で決める。合計32人のトーナメント戦。

 夏凛と芽吹は位置的に決勝戦で当たることになる。おそらく、神官が狙ってこの組み合わせにしたのだろう。

 

「決勝で待ってなさい、三好さん。私が必ずそこまで上がって貴女を越えてみせるっ」

「ははっ。良いわよ楠。楽しみになってきたわ」

 

 二人は握手を交わした。

 

()()だからね。芽吹()夏凛(貴女)のどちらかが防人のトップになって、いつか必ずこの世界を……バーテックスの魔の手から救い出すのっ」

「ええっ! 約束よ」

 

 

 

 ーーそして二人は順調に勝ち上がっていった。

 

 そして決勝戦前日の夜。

 

「……ん? 三好さん?」

 

 薄暗闇の中、夏凛と誰かが話していた。相手は黄色の髪をして、うなじ辺りで二つに結んでいる女だった。

 風体から見るに、芽吹とあまり変わらぬ歳だろう。

 

(誰かしら、あの女)

 

 芽吹は神官かと思ったが、仮面はしていない。

 

「…………」

 

 謎の女は去っていき、夏凛は俯きながら建物の中へ入っていった。

 

(……?)

 

 

 

 ……そして翌日。

 

 夏凛は芽吹の前に現れなかった。

 

「三好夏凛は昨夜から行方不明です。よってこの試合、楠芽吹さんの不戦勝とします」

「……ど、うして……?」

 

 芽吹は神官の胸ぐらを掴んだ。

 

「どうしてよ⁉︎」

「楠さん、落ち着いてください」

「落ち着ける訳ない‼︎ 三好さんは昨夜見たのよ!」

「……! どこでですか?」

「宿泊施設を出た辺りでっ。知らない女と話してた!」

「……なるほど」

 

 神官は掴まれたまま冷静に芽吹に告げた。

 

「その"誰か"と会った後、三好夏凛はお兄さんの元を訪れました」

「……っ⁉︎」

「口論になっていたそうですが、その後三好夏凛は離反。おそらくもう香川にはいないと思われます」

「だから何で⁉︎ その兄って人に会わせなさいっ‼︎」

「できません。貴女には防人のリーダーになり、皆を率いて御役目を果たさなければいけませんので。……また三好夏凛のお兄さんは責任を取り、謹慎処分となりましたので会うことはできないかと……」

 

(嘘、でしょ……?)

 

 芽吹の胸中はドス黒い闇に飲み込まれていった。

 昨夜、夏凛を呼び止めなかった自分への後悔と、黙って出ていった夏凛への怒りが全身を包み込んでいく……。

 

……ぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!

 

 空に向かって叫んだ。

 

「ふざけるなァァ‼︎ 三好夏凛ッッ。貴女、私と約束したじゃないッ! 逃げるのかァァ‼︎」

 

 しかし、その返答がかえってくることなどない……。

 

 

 そして周囲が慌ただしくなっている中でも、防人は通常通り発足された。

 また、夏凛の抜けた穴には急遽、人を補充した。

 

「ーーイヤイヤイヤイヤイヤ、ムリムリムリムリムリ〜〜‼︎」

「"雀"っ。久しぶりっ。これからよろしくね」

「いや、先輩っ! 何で私なんですかあああ〜〜〜!」

 

 新しく入った"加賀城雀"という少女が32人目となった。また、先輩と呼ばれていた彼女は後にNo.8の名が与えられる。

 どうやら、二人とも小学校が同じだったらしい。

 

 

「……芽吹先輩。本日より防人が正式に活動されますっ。何か一言あれば、リーダーのあなたからどうぞお願いしますっ」

 

 そう言ったのは、防人のお目付け役として大社から派遣された"国土亜耶"という少女。

 

 芽吹は岡山県倉敷市に新たに設立された大社本部の前で防人全員に告げる。

 

「全員、聞きなさい。私達はこれより防人としてこの世界を救うべく、バーテックスを殲滅し、各地の生存圏を死守していく!」

 

(違う……)

 

「私はここに誓う! 私が部隊を指揮する以上、貴女達を絶対に死なせない!」

 

(私が望んでいたのは……手に入れたかったのは『これ』じゃない……)

 

「逃げたい奴は今すぐ逃げ出しなさい‼︎ 四国の外(ここから)は一切の弱みを許さない地獄への入り口‼︎ そして四国(あれ)は一切の侵攻を許さない平和の象徴ッ‼︎」

 

(三好さん……。どうしてなの……)

 

「市民が可弱い事は罪では無いッ。『勇気』はココにある‼︎」

 

 ドンッ と胸を叩いた。

 

「強大な敵がこの世界に蔓延るのならばっ、私達防人がそれを駆逐し市民を守らなければならないッ‼︎」

 

(三好さん……。私は変わらず、貴女を越える事を目標にし続けるわ。この部隊の全員を死なせずに御役目を全う出来れば、貴女以上のリーダーだという証明になる筈ッ)

 

絶対なる勇気を掲げてッ、私と共について来なさい‼︎

 

はいっっっ‼︎

 

 芽吹の熱い弁舌に防人のみんな(数名除く)は、背筋を正し敬礼をした。

 

(私は諦めない。『折れない勇気』 ……それが、楠芽吹の掲げる勇気の在り方だからッ)

 

 

 

「ーー嫌だああああ〜〜‼︎ 逃げたいっ! ねぇ⁉︎ 逃げていいよねぇぇぇ‼︎」

「……雀さん。あの熱演を見てよくそんな言葉を口にできましたわね……」

「御役目……。仕方ない……」

 

 

 ーーそれから芽吹たち防人は四国の外で活動を始める。しばらくは全員で中国地方(マリンフォード)の調査をし、その後、幾人かは各支部へ散らばった。

 

 四国へ戻る事は無く……。

 いや、四国へ戻る事を許されず……。

 

 

 

 

 

「ーーッ!」

「あっ、目が覚めた。……良かったぁ」

 

 芽吹は起き上がり、周りを見た。

 歌野と雪花と水都が安堵した表情を浮かべてこちらを見ている。

 

「……そっか。私は……敗けたのね。意識がはっきりとしてきたわ」

 

 自分の体を見る。痛々しい傷痕がより一層、芽吹の敗北を決定付けていた。

 

「楠さん、あのねーー」

「ねぇ、歌野。約束……忘れてないから」

「……!」

「三好さんに言われた通り、私は今以上に強くなる。世界を、大社を知りたい。……だからこれからも、貴女と一緒に居させてくれる?」

「〜〜〜‼︎」

 

 ぱあぁっと歌野の顔が輝き、ニッコリと笑った。

 

「オフコース♪ これからもよろしくねっ」

 

「あっ。言っておくけど、仲間にはならないからね。あくまで私と貴女は"ビジネスパートナー"。良い?」

「……そこ、こだわるんだ……」

「うん。それでも良いわっ。ふふっ♪」

 

 そして、ゆっくりと立ち上がる。

 

「あっそうだ。……ねぇみんな、私たちにもチーム名が欲しいと思うの」

「チーム名? うたのん、それって『防人』とか『四勇』とか、……『七武勇』とか?」

「そうそう! でね、もう考えてあるんだっ」

 

 歌野はバッグの中から農作業時に着ていたジャージを取り出した。

 そして、左胸の部分に描かれているハクチョウのエムブレムを指差す。

 

「チーム・白鳥?」

「ううん。ズバリ……」

 

 満面の笑みで歌野はそれを掲げた。

 

 

白鳥(ホワイトスワン)農業組合(のうぎょうくみあい)!!!

 

 




芽吹が正式に歌野の仲間になった……と言っていいのか? これは。

三好夏凛:能力は不明。ってゆーか彼女の能力は剣術とは相性が悪いものらしく、おそらくこの先使う機会はないだろう、と思われる。(能力無くても戦闘面は問題ない)
 ヒントは『結城友奈は勇者である』の三好夏凛初登場回(風格ある振る舞い)をご覧ください。
 現在の懸賞金額は480万ぶっタマげ(720万円)。初頭額は400万ぶっタマげ。


次回 愛されぬ勇者


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第二十六話 愛されぬ勇者

拙稿ですがよろしくお願いします。今回はあの高知の勇者のお話。
 いつか遠い日、あの台詞を言わせたい。


前回のあらすじ(?)
芽吹「歌野と行動を共にすることになった楠芽吹よ。改めて宜しく」
歌野「なんならもう仲間になってくれてもいいのよ?」
芽吹「か、勘違いしないでよねっ。私はただのビジネスパートナー。白鳥農業組合には入らない!」
雪花「頑なだねー」
水都「そういうところ、三好夏凛さんにそっくりだよ」



 『白鳥(ホワイトスワン)農業組合(のうぎょうくみあい)

 

 歌野はニィ と満面の笑みを浮かべ、彼女たちのチーム名を高らかに口にした。

 

「白鳥農業組合、ねぇ……」

 

 雪花と水都は苦笑いをしており、芽吹は無表情だった。

 

「アレアレ? なんかイマイチなレスポンス……」

 

「んー。その名前はどうかにゃぁ」

「うたのんが気に入ったのならそれで良いけど……」

「……ダサい」

 

 思わぬ酷評に歌野は唖然としてしまう。

 

「ええっ‼︎ カッコイイと思ってたのに〜。……もしかしてそう思ってたのオンリー私?」

 

「スワンで白鳥って意味なのに、ホワイトってつける意味ある?」

「うぐっ!」

「あと、なんでそこだけ英語?」

「楠さん。そこは今更だよ……」

 

「あーあー! じゃあこの話はお終いでいいわっ!」

 

 歌野は拗ねて話を打ち切った。

 

「いやー。気に入ってないとかじゃないよ? 単なる感想じゃない」

「ふんだっ。いいもん!」

「……あちゃー」

 

 頬を膨らませている歌野の態度に、雪花は苦笑いをしつつ頭を抱えた。

 

 

 ……と思っていたが、

 

 

「ーーあっ! そういえば楠さんっ」

「立ち直り早っ」

「忙しないよ、うたのん……」

 

 さっきの態度は何処へいったのか……。くるっと歌野は芽吹の方へ振り返った。

 

「何?」

「三好夏凛さんが去る前に伝えておけって言ってた事があるの」

「……?」

 

 

 

 ーー芽吹が気を失っているとき、夏凛は最初に尋ねておきたい事があったのを思い出した。

 

「ーーそうだっ。アンタたちに聞きたいことがあったんだった」

「……?」

 

「"三ノ輪銀"って奴を見かけた事ある?」

「三ノ輪銀? 誰か知ってる? みーちゃん」

「七武勇のひとりだよ、うたのん。三好夏凛さんと同じ」

「そうなんだっ。私、七武勇って名前自体は知ってるけど、メンバーは知らなかったわっ」

「……その七武勇って名前も、正しくは無いのよねぇ」

「と言うと?」

「七武勇ってのは私たち七人の勇者を大社が勝手に呼んでるだけ。私たちには『勇者部』っていう名前があんのよ」

「勇者部かぁ……」

 

(チーム名。イイっ。私たちも何か良いチーム名ないかしら……?)

 

「……で、話戻すけどどうなの?」

「ゴメン、知らない」

「私も知らないねー」

 

 歌野も当然ながら知らないので首を横に振る。

 

「そう、悪かったわね」

「その人がどうかしたの?」

「銀はね、少し前から連絡が取れないのよ。だからみんな、探してるのよ。偶に見かけたって噂は各地であるらしいんだけど」

「そうなんだ」

 

「……ねぇ、私からも聞いていい?」

 

 歌野は芽吹と夏凛が大社にいた事から、ある事を疑問に思っていた。

 

「なに?」

「貴女たち七武勇……いや、勇者部?」

「別に七武勇で良いわよ。……世間一般にはそれで通ってるから」

「七武勇の人たちは私たちと同じ、神樹様の恵みを狙ってるのよね?」

「……最終的にはそうなるわね」

「でも、三好さんは四国にいたんだよね? 防人で鍛錬してたっていうし。……どうしてその時に神樹様の元に行かなかったの?」

 

 夏凛は腕を組んで、しばし考えていた。

 

「……私たち七人は全員、四国出身よ。あの日も四国の香川にいた。でもね、私たちはとある事情で四国の外に出たの。そしたら、()()()()()()()

「戻れなくなった?」

「私は、最初は大社で防人として生きていくって思ってた。……でもあのまま大社にいたら、私が私じゃ無くなってたと思う」

「……?」

 

 夏凛の言っている事は大雑把で、本質を捉えられない発言ばかりだった。

 

「でも結局はね、アイツらと四国を出て良かったと思ってる」

「どういうこと?」

「防人に所属しなくても出来る事はあんのよ。……防人に所属しなかったからこそ見えたものがあんのよ。……今の楠にもそれをわかってほしい」

 

 夏凛は大社の元で生きていく事をやめた。そしてそこから離れ、世界を見て回った結果、何かを知ったのだ。大社の何かを……。

 

 決して、良くないものを……。

 

「終わり? なら私は行くわ。……楠によろしくね」

「うん」

 

 最後に、夏凛は楠の首元につけているプレートを手に取った。

 それは先程の決闘で亀裂が入ってしまっている。

 

「あと、これは私が預かっておくわ。楠が起きたらそう伝えて。……返して欲しければ……、わかるわよね?」

 

 それだけ歌野に伝えると、夏凛は"No.1の証"のプレートをバッグに入れて去っていった。

 

 

 

 

「ーーそう。わかったわ」

 

 楠は首元を見た。当然そこには"No.1を証明する物"は無い。

 

「絶対に取り返してみせる。防人No(あ れ).1は私の物だから」

 

「グゥレイト♪ その息だよっ」

 

 歌野は親指を立てて笑い立ち上がった。

 

「ーーじゃあ先を進もうっ! 目先の目的地は"諏訪"! 私とみーちゃんの故郷っ」

「うんっ。そこで調べたいこともあるから」

 

 水都はこくっと頷いた。勇者御記(ポーネグリフ)の件もそうだが、大社という存在や勇者の野菜について、水都なりの推察の確証を得るために。

 

「それじゃあみんなっ、レッツゴー♪」

 

 

 

 

 

 

 

 ーー歌野たちが諏訪へ向かっているとき、高知のとある村へ、ひとりの少女が大きな袋を背負いやってきていた。

 

「着いた……わね」

 

 その少女……。四勇のひとり、郡千景。彼女は久々に故郷の村へ帰ってきたのだ。

 

(あまり戻りたくは無かったけど……)

 

 千景の家は、先の遠征の後、大社からまとまった報奨金が与えられた。

 また、四勇になって活動してからは大社により様々な便宜が図られていると聞く。

 

「……」

 

 千景は自分の家に着きドアを開ける。

 

「ただいま……」

 

 千景は玄関と、そこからリビングに続く廊下に置いてあるゴミ袋や、はみ出し散らばっているゴミクズを避けながら歩いていく。

 

「お、おお……。千景、帰ってたのか。久しぶりだな」

 

 リビングに入ると、千景の父親が座っていた。

 テーブルには昼間だというのに酒瓶やビール缶が倒れている。

 

「遠征、行ってたんだろう? 四勇の御役目は大変だな」

「別に……」

 

 父親は明るい表情を作って見せているが、どこか疲労が溜まっているのがわかった。

 

「それよりお父さん……。掃除くらい、ちゃんとして……。玄関にも、廊下にもゴミが溜まってる……」

「あ、ああ。捨てる、捨てるよ。けどなぁ、母さんの看病で忙しくてなぁ」

 

 言い訳がましい台詞を吐いて、父親は襖の向こうを見る。

 そこには、床に伏せっている母親の姿があった。

 千景の母親は30代ではあるが、その髪は白く、肌はカサつき、目尻は窪んでとても年相応の風体とは思えない。

 

「母さんな……。『天空恐怖症候群』のステージ3に認定されたんだよ。だから明日、大社の意向で大きな病院に移ることになったんだ」

「知ってるわ……。それを聞いたから、帰ってきたんだもの」

「そうか……」

 

 千景の母親をはじめとする沢山の人々は、バーテックスが侵攻してきたあの日、『天空恐怖症候群』と呼ばれる精神的な病に罹っていた。

 一般的に天恐と言われるその病に罹ってしまうと、空を恐れて外出を拒む者や、幻覚や幻聴、果ては精神が崩壊して日常生活を送れない者が現れ始めた。

 千景の母がなったとされるステージ3は、バーテックスが襲来してくる幻覚が頻繁に見え、安定剤が手放せない程の重症である。

 

「千景。ご飯は食べてきたか? なんなら今から出前でもーー」

「いい……。おなかすいてないから……」

 

 千景は背を向けてリビングから出て、そのまま階段を上って部屋に入った。

 

(やっぱり帰ってくるんじゃなかった……。ここに私の居場所はないから……)

 

 カーテンは閉め切っており真っ暗の中、ベッドにうつ伏せで倒れる。

 千景が勇者の御役目で家を離れてからは一度も洗っていないのだろう。埃っぽい匂いが鼻につく。

 

(……この家は嫌い。……この村が嫌い)

 

 行き詰まって疲れ果てた両親。淀んだ空気が蔓延している家。

 ベッドの埃臭さがもうすでに気にもならないくらいに"息が詰まりそうな場所"が嫌いだった。

 

(……どうしてこうなったんだっけ……)

 

 故郷(ここ)にいると嫌な事ばかり思い出す……。

 

 

 

 千景の父と母は恋愛結婚だったと聞く。

 親族には反対されていたらしく、二人は安くて小さなアパートの一室を借りて生活していた。

 お金が無く、共働きで忙しい毎日だったが二人は幸せな生活を送っていた…………ように思えた。

 

 そして千景が生まれる。千景の存在を、二人は心から祝福した…………ように見えた。

 

 これからは二人だけではなく、千景も交えて三人で、小さくも幸せな生活を送っていく…………

 

 

 

 …………ことは無かった。

 

 

 千景の父親は自己中心的な性格で夫や父としては問題のある人間だった。例えるなら世間の荒波を知らない子供が、そのまま大人になったかのようなものだ。

 

 幼い千景の記憶に刻まれているのは、幸せな夫婦の姿ではなく、喧騒が絶えない二人の姿だった……。

 

 そしてそんな中……、母の不倫が発覚した。

 

 話題の少ない田舎村だからか、その醜聞は瞬く間に広まった。両親の立場は悪くなっていき、娘である千景にも火の粉が飛んできた。

 

 

『ーーお前の両親のせいで、この村の評判悪くなってんだよ!』

『邪魔なんだけど、消えてくれる?』

『俺の兄ちゃんが言ってたよ。お前の母ちゃん、"いんらん"って言うんだろ?』

『ならコイツもいんらんだよ!い・ん・ら・ん!』

『このあばずれがっ。こっち来ないでくれる? 菌がうつるから』

 

 

 小学校のクラスメイトは千景を目の敵にし、イジメの標的にした。

 

 髪を切られ、体を傷付けられ、心を砕かれる毎日だった。

 所有物など、無くならない日の方が珍しい。

 

 教師にも相談したが、まともに取り合ってはくれなかった。

 それらしい言葉を並べて誤魔化そうとするだけ。

 

『ーー千景さん。もっと積極的にみんなと触れ合ってはいかがかしら? 貴女自身が心を強く持ってみんなと触れ合えば、きっとわかってくれるわ。……もっと自分を好きになって。じゃないとみんな、貴女の事を好きになれないわ』

『ーーあまり問題を起こさないようにね。貴女だけじゃない。教師の私まで白い眼で見られるんだから……』

 

 学校側はイジメという事実を否定し続ける。世間に広まってしまっては立場が悪くなるのは明白だからだ。世間体や体裁ばかりを繕う。

 なにより、彼らが千景自身に問題があると思っている。()()()だから仕方ない、と。

 

 父は、そんな状況下にいる千景を守りもせず、むしろ厳しく叱責していた。

 

『そんな奴ら蹴散らせッ! 弱いからやられるんだよ‼︎ 千景ェ!』

「お父……さん。ぶたない、で……」

『うるせぇから泣くなァ‼︎ 泣いてたら何かなんのかよ⁉︎』

「いた、いたいよぉ……」

『クソッ。酒も切れたし、村の奴らの罵倒もウゼェし。()()()()()()()()()()()……』

 

 酒に酔った時の父は歯止めが効かなかった。平気で千景に手をあげる。

 

 ……村の人々も両親を……、千景のことを変わらず邪険にあしらう。

 

 

『ーー郡ィ⁉︎ おい、あんなクソの名前なんか口にすんなッ! 耳障りだッ』

『あの家族はなァ。この村にいちゃいけねぇ存在なんだよ!』

『金が無くていつまでも居座りやがって……! あの家族のせいで俺らにまで迷惑かかってんだよ』

『全部あなた達のせいなのよ』

『とんでもないクズさ』

『世界最低のゴミだ! 覚えとけェ‼︎』

 

 

 今日もまた、イジメにあった……。

 

 服を脱がされ、みんなの前で恥辱を晒された。

 

『ーーねぇ、ゲームしようよ。この服を学校のどこかに隠すからさぁ。見つけ出してよ。宝探しゲーム〜!』

『もちろんその姿のままでねー』

「服、返して……」

『はぁ? 宝探しゲームって言ってんじゃん。話聞けよっ! この愚図ッ』

 

 ガッ!

 

「痛ッ……うぅ……」

 

『10数えたらスタートねー』

 

 千景以外は教室を飛び出す。

 千景は先程女子に蹴られたお腹を押さえながらうずくまっていた。

 

(い、たい……)

 

 下着姿のまま、教室に取り残された千景は涙を流す。

 涙を流したところで誰かが拭ってくれる訳でも無い。助けを求めても差し伸べてくれる手もない。

 

(…………)

 

 千景はロッカーの中から体操服を取り出してそれを着る。

 そしてそのまま家に帰った……。

 

 

 

 

 ーー後日、千景の服は焼却炉の中で見つかった。

 もちろん、服としての面影は無い……。

 

 

 

 ーーわたしって何のために生まれてきたんだろう?ーー

 

 

『今じゃネットで全部知れ渡る。高知のゴミ、郡家ってなっ!』

『こーゆーやつのせいで俺らの村が、高知が、酷く批判されてるんだっ。ホントに迷惑な事しやがるよ、あの家族は』

 

 

 ーーお父さんは、お母さんは……、なぜわたしを生んだんだろう?ーー

 

 

『郡家の娘も大人になったら同じことするぞ? 血は争えないからなァ』

『平和のためにその血を絶っとくか?』

『警察沙汰だよ〜』

『密かに殺っちゃわない? 村全員で結託すればバレないバレないっ』

『村中の人間の、あいつらへの恨みの数だけ、針を刺すってのはどう?』

『その様をネットにあげてさっ。高知中の笑いものにしてやるんだッ!』

 

 

 ーーわたしはーー

 

 

『死ぬ時はこう言って欲しいねぇ。"生まれてきてごめんなさい。ゴミなのに"……ってさぁ』

 

ギャハハハハハハハハハハ!!!

 

 

 ーーねぇ? わたしは、生まれてきてもよかったのかな?ーー

 

 

 ……そんな状況が続いた中、あの日が訪れた。

 

 その日は特に、地震の多い日だった……。その後、突如出現したバケモノ。

 

 そしてバーテックスの襲撃が始まったすぐあと、千景は神社の境内で不思議な野菜を見つけた。黄色か橙色に近い、幾つもの房がついたロマネスコのような野菜だった。

 

 ーーと、次の瞬間、千景は自分でも説明できない衝動に駆られ、それを口にしてしまった。

 

 

 

 そして千景は、勇者となった……。

 

 

 

 

「ーー千景? 千景? 寝てるのか?」

 

 コンコンッとドアをノックされ、父の声が聞こえた。

 

「なに? お父さん……」

 

「村のみんなが、おまえの帰りを祝福しにきたぞ」

「ーーえ?」

 

 千景は耳を疑った。自分が帰ってきたのを誰かが見かけたのか。

 いや、見かけたとしても"祝福"するとは、どういう事だろうか?

 

「…………」

 

 ベッドから起き上がり、千景は父とともに玄関から顔を出した。

 

 

 ーーすると、

 

 

 パンッ! パンパンッ‼︎

 

「ーーッ‼︎」

 

 千景に向かって無数のクラッカーが鳴り響き、沢山の紙吹雪が舞っていた。

 

「おかえり〜。千景さんっ」「勇者、郡千景様のご帰還だぁ〜」「久しぶり? 元気にしてた?」

 

「な、に……? 何なの……?」

 

 理解不能で慌てふためいている千景を見て、千景の父は笑った。

 

「久しぶりに帰ってきただろ? みんなおまえの活躍は聞いている。だから祝福に来たんだよ。勇者の凱旋を」

「……!」

 

 見渡せば知った顔が沢山だった。小学校の時のクラスメイト。学校の先生たち。近くに住む村人。

 みんなが笑顔で千景の帰りを祝福してくれていたのだ。

 

 千景が四勇として活動してから、彼女の家だけではなく、この村自体にも大社が報奨金を贈り、それが村の潤いに直結していた。

 

 千景のおかげで……、千景の存在のおかげで、この村の住人は幸せに暮らせているのだ。

 

(そうか……。私の存在は……)

 

 千景は集まっている人たちを見渡した。

 

「……皆さんに……お聞きしたい事が、あります」

 

 その場にいる全員が彼女に注目する中、千景は小さな声で問いかけた。

 

「私は……、価値のある存在、ですか……?」

 

 その問いに皆は、しばし怪訝そうな顔をする。

 

 ……数秒経った後、やがて誰かが答えた。

 

「……もちろんよ。だってあなたは、"四勇"ですもの」

「と、当然だよ、なぁ⁉︎」

「ええ」「もちろんさ」

 

 同じような肯定の言葉が他の人からも投げかけられた。

 

(私が、勇者だから……。バーテックスを屠り、みんなを救う四勇のひとりだから……)

 

 千景は最後にうっすらと笑い、父と共に家の中へ戻っていった。

 本当は嫌だったのだが、母の入院に付き添う事にしたため、今日は実家で一泊する事に決めた。

 

 ……最底辺の存在だった千景は、今や村の英雄として見なされ、賞賛を浴びていた。

 

(そういえば、花本さんが……言ってたわね……)

 

 千景は本来、四国外へ遠征など行く気は更々無かった。

 

 しかし、千景の過去を知っている副官、花本美佳は……

 

『ーー郡様』

「何?」

『今度、四国外への調査が行われます。そのひとりに郡様も参加されませんか? ……世界は広いです。外に出れば……あなた様を想い、大切にしてくれる……、そんな優しい方と出会える筈です』

「そんな人……いるのかしら?」

『きっといます。いえ、必ずいる筈ですっ。この世に生まれて独りぼっちだなんて事、絶対に無いのですから……』

 

 

 

 

『ーーまた会おうねっ。ぐんちゃん!』

 

 

 

 

「ーーっ!」

 

 

 遠征に出て、その先で()()()()()と出会い、千景の中で何かが少しずつ変わっていった……。

 

(大丈夫……。きっともう……あの頃の傷が痛む事はないわ……)

 

 ……陽は沈み真っ暗になった夜の中、千景は安心した表情で、静かに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんな千景だったからこそ、気付きもしなかっただろう……。

 

 

 村の人々が祝福してくれた際に散りばめられた無数の紙吹雪やクラッカーの紙屑が、()()に郡家の前にある事を……。

 

 

 

 

 

 家の前に散らばった、沢山の千景を祝った物(ゴミクズ)を……、

 

 一体、誰が片付けるというのだろうか……。

 




郡千景ェ:高知を統治する四勇のひとり。能力は不明。本人が話したがらないのと、大社側が口止めしている事もあるため、知っているのはごく一部。(若葉、ひなた、花本、千景パパ、大社神官長のみ)


次回 諏訪帰郷


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第二十七話 諏訪帰郷

拙稿ですがよろしくお願いします。5周年メモリアルブック……。ペラッ。…フムフム。

感想:カッケェ……。誰がとは言わんけどカッケェ。


前回のあらすじ……でもなんでもない。

どこかの親父「千景が郡家の娘だってのは事実……。たがな……親の罪を子に晴らすなんて滑稽だ……。千景がおめェらに何をした?」
村人たち「……⁉︎」
どこかの親父「仲良くやんな。決して勇者だけが特別じゃあねぇ。みんな、オレの家族だぜ」

千景「私の父親は、あの人だけよ……!」



 歌野たち四人は福島から一日かけて跳び続け、群馬を跨ぎ長野県に入っていた。

 

「ふぅー。結構飛ばしてきたから疲れちゃったにゃぁ」

「お疲れ雪花」

「まー、歌野も水都ちゃん抱えてるから条件は同じなはずなんだけど……」

「……何よ今更」

「いや別にー」

 

 雪花は背負っている芽吹を一瞥した後、わざとらしく目を逸らした。

 芽吹は雪花の考えている事がなんとなくわかっていたので少しムッとした表情で彼女を見る。

 

「ちょっと一息入れようかな。この森を突っ切れば、もう諏訪は目の前だからねっ」

 

 歌野は目の前に広がる森林を指差す。

 

「諏訪、かー。歌野と水都ちゃんの故郷……。二人は少し前まではそこにいたんだよね?」

「うんっ。……でも、なんかもう懐かしく感じるよねぇ。諏訪が」

「そうだね」

「旅の途中で勇者の野菜を見つけて……それを食べて勇者になって……みんなと出会って今がある……」

 

 歌野は目を閉じ、胸に手を当てて物思いに耽っていた。

 

「ちょっとちょっとー。なに感慨深くしんみりしちゃうようなこと言ってんのさー」

「ソーリーっ。故郷に戻るから、つい色々思い出しちゃうんだ」

「わかるようたのん。私も、なんか色々思い出が蘇ってきちゃう」

「ふふっ♪ だよねー」

「この調子なら諏訪に着いたら、思い出に心が埋め尽くされそうだねー」

 

 

「ーーふっ……、はっ……、ふっ……」

 

 ブンッ ブンッ ブンッ……

 

「ん? どうしたの楠さん」

 

 芽吹を見ると、彼女は一本の刀を両手で持って素振りをしていた。

 

「楠さん。素振りしてるんだよ。鍛え直すんだって」

 

 歌野の問いに雪花が答える。

 芽吹は刀の素振りやその場でできる筋トレを休憩がてら行っているのだ。

 

「三好さんとの決闘で一本折れたから、新しいのを手に入れるまでは刀一本で戦っていく必要があるの。……でも私はずっと二刀流で生きてきたから、これからはちゃんと一刀流も鍛えなくちゃまともに戦えない」

「そっかー。早く代わりの武器が見つかるといいね」

「ええ。それが一番だけどね」

 

 芽吹はそう言うとまた、黙々と素振りを続けた。

 

 

 ーーそして四人は一休みした後、森を走り抜けていく。

 

 森を抜けると、あたり一面に田畑が広がっている場所に出た。

 此処こそが歌野と水都の故郷、諏訪である。

 

んん〜〜! 帰ってきたあああああ!!

 

 水都を下ろし、思いっきり両手を伸ばして歌野は叫んだ。

 

 すると、その声に気付いたのか、田畑で農作業していた人たちが歌野たちへ注目する。

 

「……ああ! おい見ろォ! 歌野ちゃんと水都ちゃんが帰ってきてるぞ‼︎」

「ええ⁉︎ どこどこ⁉︎」

「歌野ちゃああああん‼︎ 水都ちゃああああん‼︎」

 

 何人かの村人が手を振って歌野たちの元へ駆けてくる。

 

「みんなっ、ロングタイムノースィー♪ 変わらず元気そうで安心したわっ」

「それを言うなら私たちの方だよ! 元気そうだね、二人とも」

「あ、はい。……お久しぶりです」

 

 笑顔で元気いっぱいに応対している歌野と、少し恥ずかしがりながらも嬉しそうにしている水都。

 

「……にゃはは。いい人たちだねー」

 

 雪花はその様子を見て微笑んでいた。

 

 すると、村人のひとりは雪花の顔をまじまじと見ていた。

 

「おっ。()()秋原雪花さんだね。歌野ちゃんと水都ちゃんの……友達かな?」

「え、ええ。そう……です?」

「あなたは……()()()()()ですね。あなたも友達かな? 」

「……まぁ、そんなところです」

「……無かった人?」

 

 初対面の筈だが、村人はなぜか雪花のフルネームを知っているのと、芽吹に向かって意味深な言葉を口にしていた。

 

「アレ? みんな、雪花のこと知ってるの?」

「ん? そういう歌野ちゃんこそ知らないのかい?」

「……?」

「ーーおい、誰か。()()を持ってきてくれ」

 

 村人のひとりがそう言うと青年が走り出し、数分後、三枚の紙を持ってきた。

 

「これこれ。ここに写っているの歌野ちゃんと水都ちゃん、それにあなたでしょ?」

 

 歌野、水都、雪花の手配書を見た三人はそれぞれ目を丸くしていた。

 

「んん⁉︎ 何コレェ⁉︎」

「その反応。知らねぇんだ? 実はな……」

 

 村人は諏訪支部の神官から聞いた話をかいつまんで説明する。

 

 

「……私たちが北海道支部を襲撃……?」

「え、ええっ……?」

 

 雪花と水都はポカンとした表情で話を聞いていた。

 

「ーーで。歌野ちゃんや水都ちゃんたちは防人を攻撃したっていうのは……本当なの?」

「えーと……。端的に言えばそう、かな? 合ってるような? 違うような?」

 

 確かに歌野と雪花は北海道で防人のNo.4と戦闘を行った。

 水都も、No.4に向かって石をぶつけていたので、"攻撃した"と言われればそうなのだが……。

 

「……ってことは、やっぱり情報はデマなんじゃな?」

「どうでしょうか……。その辺りの境界線が曖昧で。悪意ある表現なのは間違いないんですけど」

「……」

「あ、No.4(あいつ)だきゃぁ〜。……今度会ったら失禁しちゃう程の悪夢視せてやるっっ!」

 

 ダンダンッ と地団駄を踏みながら雪花は怒る。

 

「…………」

「あっ。歌野……」

 

 雪花は恐る恐る歌野を見る。彼女はずっと手配書を眺めていた。

 

「あ、あのね……、歌野ーー」

「……ふ、ふふっ。ふふふっ♪ 私たち、お尋ね者になっちゃったわっ」

「……え?」

 

 雪花の心配などそっちのけで、歌野は大笑いしていた。

 

「見て見て、私を捕まえたら300万だってっ! ……いや、単位が違うか。えーっと"円"に直したら〜〜」

「450万円だね」

「ふ、ふふふふっ。すごい……。450万円……。4,500,000円……」

「一応言うけど、追われる側だからね、貰う側じゃないよ?」

「わかってるわっ。でも、なんかこう……ワクワクするっ」

「……あ、あははは……」

 

 歌野の様子に水都はすっかり呆れ果ててしまっていた。

 

 しかしこうなってしまった以上、他の防人は黙っていないだろう。歌野たちは確実に大社本部に狙われる形となったのだ。

 

「歌野、ごめんね。私と一緒に戦ったせいで……」

「なんで謝るの? 雪花は悪くないよ。アレは私がみんなを助けたいって思ってやった事なんだから、悔いはないわっ」

「そう言ってくれると気が楽になるよ」

「でも雪花だってお尋ね者よ? 150万円の」

「私もだよ……。しかも75円……」

「駄菓子くらいしか買えないね、みーちゃん」

「……もうなっちゃった後だから、とやかく言えないけど。これなら無い方がマシだよ……」

 

 自分たちが大社から追われる立場になったというのに歌野たちは平然とした態度だった。

 

 ……と、そこで雪花が気になったのは、現在、自分たちと行動を共にしている"大社関係者"のことだった。

 

「楠さんは、知らなかったんだよね?」

「勿論。私は誰とも会わずに旅してたから」

「今、私たちは……、言うなれば"貴女の敵"になってる」

「……そうね。でも……どうでもいいわ」

 

 芽吹は腕を組んだまま我関せず、といった態度を取る。

 

「それでいいの? ……いや、私たちとしては嬉しいんだけど」

「私は今、大社の御役目から外れて行動してる。だから貴女達を捕らえる権限はない。……それに約束の件もある。……なにより」

 

 そこで芽吹は歌野の目を見ながら微笑んだ。

 

「貴女達が悪い奴じゃないのは知ってるし、()()()()のは私、好きじゃないから」

 

 大社が、自分たちの不手際を隠し歌野たちに責任をなすりつけ、あえて悪く表現しているようなやり方を、芽吹は気に入らないのだ。

 

(これが……三好さんが嫌う大社の一面、なのかしらね……)

 

 

「ーーオッケー♪ 楠さんが今までどおり一緒に行動してくれるんなら私としてはハッピーなことだわっ」

「そうだねー。問題ない」

「うん」

 

「……わしらも、たとえ指名手配になっても、それで歌野ちゃんや水都ちゃんへの態度を悪くしたりはせん」

「そうね。二人には沢山励まされたり、笑顔を貰ったわ」

 

「そう言われると照れるわ〜」

「うたのんの力だよ。私なんかは全然」

「みーちゃんも胸張っていいよっ。私と共に頑張ってるんだからっ」

 

 歌野と水都が村人たちと話し続けている中、水都はここへ来た目的を思い出す。

 

「あっそうだ。私、お母さんや他の神官の人たちに会いに行くんだった」

「そうねっ。それが目的だったものね」

「うたのんたちはここで待ってて」

「えっ、いいの? ひとりで」

「私は手伝いしてたから諏訪支部の事はこの中で一番詳しいし……なにより75円だから警戒はされないと思う」

 

 水都はそう言って小走りで諏訪支部がある方向へ駆けていった。

 

「……う〜ん、神官の人たちも別に気にしないと思うんだけど」

「歌野は諏訪支部の人たちと面識はあるの?」

「全然ナッシングよ。みーちゃんのマミーさんぐらい」

「なら彼女だけでいいんじゃない? 貴女や本部所属の私が行ったら面倒かもしれない」

「そうかもね……。ん! わかったわっ」

 

 芽吹に諭されて歌野は水都ひとりに任せることにした。

 

(歌野と一緒だとマズイんだ……。あの水都ちゃんがねー)

 

 普段から当たり前のように歌野にくっついて行動する水都が、珍しくひとりで行くと言った……。

 

(あー、大社関係だから変に勘繰ってんのかにゃぁ、私は)

 

 自分の故郷で、大社絡みの苦い思い出からか、雪花は妙に神経質になっていた……。

 

 

 

 

 

 ーー諏訪支部内に入ると早速ひとりの神官が水都に気付き歩いてきた。

 

「おぉ、藤森さんの娘さんっ。お久しぶりです。村の人々が言い広めてましたよ、お二人が帰ってきたと……」

「はい、お久しぶりです。……もうそんなに噂になってるんですね」

「ええ、それはもう」

「……あ、お母さんはどこにいますか?」

「藤森さんなら今ーー」

 

「ーーここにいるわよ、水都」

「お母さん‼︎」

 

 水都は駆け出して母の胸元に飛び込んだ。

 

「ただいまっ、お母さんっ」

「おかえり。……見ない間に逞しくなったわねぇ」

「逞しく? ううん、全然。変わらないよ?」

「私からはそう見えるもの。男らしくなったっ」

「……それあんまり嬉しくない」

「そうかしら? お父さんに似てきた気がするわ」

「えーそうかなー?」

 

 水都は無邪気な幼子のように母親に甘えていた。

 近くに歌野たちがいないので恥ずかしい思いはしなくて済む。

 ……それもひとりで来た理由に含まれるだろう。

 

 しかし、水都はすぐ真面目な表情で神官でもある母に告げる。

 

「ねぇ、お母さん……」

「……手配書の件かしら? あの情報を、私たちは鵜呑みにはしてない。けど、全国があなたたちを標的とするのは時間の問題。いえ、もう大社の手は迫っているかもしれない」

「……」

「水都。旅をやめてずっと諏訪にいる? なら、私たち諏訪支部はあなたたちを匿うわよ?」

 

 その言葉に水都は頬を緩めてニッコリ笑った。

 

「……ありがとう、お母さん。でもね……うたのんはそれでも、四国へ行く事を諦めないよ? 神樹様の恵みを手に入れて農業王になりたいんだもん」

「そう言ってたわねぇ。歌野ちゃんは」

「それに、私はその夢を一緒に見たいんだ。うたのんが農業王になる姿を一番近くで見ていたいの。……それが私の夢」

「……ほんっと、見違えるようになったわね、水都」

「えっへへ」

 

 これからのことを考えると確かに不安はあるだろう。それでも歌野は夢を諦める事はないだろうし、水都も歌野と一緒に居続けたいと願う。

 

「でね、旅をしてていくつか気になった事があるの。お母さんは知ってる?」

「何かしら?」

 

「"勇者御記(ポーネグリフ)"について」

「……!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、母の表情が固まる。

 この問いの答えなど。口に出さなくてもわかってしまった。

 

「私、前にここで見たことあるもん。大事そうに保管されていた、意味のわからない文字を使った紙切れ。……でもあれは大切なものなんでしょ?」

「…………」

 

 少し間を開けて、水都の母は息を吐いた。

 

「そうよ。あれはね、後の時代に必要になるから……後世に残しておかなくちゃいけないものだから、保管してあるの。今、この世界で起きている真実を、後の時代を生きる者たちに伝えるために」

「わからない文字なのに?」

()()()()がいるの。その人が"語り部"となって代々受け継いでいく。そう、大社は考えてるみたい」

 

 そう言った後、水都の母親は施設の奥へ歩き出した。

 水都もその跡を追う。

 

「見て。これが、諏訪支部が管理している勇者御記(ポーネグリフ)よ。

 

「ーーっ!」

 

 水都はそれを目撃して黙り込む。そこには北海道支部にあったものと似たものが目に映った。

 

 そしてこれは確かに前にここで見たものだ。諏訪支部が設立され、その手伝いとして施設内を歩き回っている際に、ひと目だけ見たこの異様な紙……。

 

 

————————————————

 

”Vegetable of hero” was born by god tree.

It’s shine and dark.

Because, It has the sprit in vegetable.

The spirit can have a negative effect on our bodies.

There is a possibility to can build up miasma.

 

write by Iyojima Anzu

 

————————————————

 

 

 

「……ねぇ、お母さん。文章が所々消されているのは、わざとなんだよね?」

「ええそうよ。大社書史部がね、残しても問題ないと判断したものだけ消さずにしてる。だからこれは検閲した結果ね」

「どうして検閲するの? 後世に伝えなきゃいけないのに」

勇者御記(ポーネグリフ)を読める人が……語り部の役を任された人……()()()()()()……だからかしら」

 

 今、何か深みのある言い方をした。

 

「だけじゃない? じゃあこの文字を作った人は? その人も大社にいるの?」

「……正確にはいた、かな。今はもういないの」

「もういない? ねぇ、どういう……」

「話すわ。……でも、それを知る前に、勇者御記(ポーネグリフ)が出来る流れを教えとく」

「……っうん」

 

 とりあえずは話を聞いて母の言葉の真意を確かめることにした。

 

勇者御記(ポーネグリフ)ができるプロセスは三段階ある。まず出来事を日記のように紙へ綴る人。そして文章を()()に翻訳する人。最後に英語を暗号化して普通に見てもわからないようにする人」

 

「英語? これは英語なの?」

「見てもわからないようになっているのは"ある人"が暗号化したから。その人は英語からこの文字へ書き換える事が出来たの」

 

 さらに母親が詳細に話す内容によると、勇者御記(ポーネグリフ)は"主に四勇"がこの世界の出来事を書き記し、"翻訳者"が英語に書き換え、最後に異国出身である"暗号化する人"が英語を暗号化したという。

 

「……でも一年ほど前に病を患ってね。"暗号化する人"は大社を辞めたの。そしてその友人でもあった"翻訳する人"もそれに付き添って大社を辞めて、そのあとは作られてない。原本だけ書史部が持ってるって話」

「そうなんだ」

 

「ーーで、ここからがあなたの知りたがってた話。今の流れだと、大社は勇者御記(ポーネグリフ)()()()()()()

「うん」

 

 勇者御記(ポーネグリフ)が本当に後の時代へ受け継ぐものなら、検閲する理由が不明だ。

 

「今の時代にね、大社以外でこの暗号化された文字を解読できる人たちがいるの」

「この文字を? ……っえ、人()()?」

「なぜ解読できるかはわからない。でもね、ある共通点を持つ"少女たち"だけは読めるみたい。話では人によって読解力の差はあるらしいんだけど……」

 

 

 その少女たちとは……。

 

 

「大社はその少女たちのことを、"友奈の一族"と呼ぶわ」

 

 




 少しずつ……。この世界の謎を解いていきましょう。


次回 精霊を宿した野菜


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第二十八話 精霊を宿した野菜

 拙稿ですがよろしくお願いします。友奈の一族。勇者の野菜。神樹様の恵み。について少しだけ謎解きを行って……ってなにィ⁉︎ 新たな謎だとォ⁉︎


前回のあらすじ
 諏訪へ帰ってきた歌野たち、白鳥農業組合。だがそこで知ったのは自分たちがお尋ね者として大社に狙われる身になったと言う事実だった。そして水都は勇者御記について母に尋ねるが……。


 

「友奈の一族……? それって結城友奈の"友奈"……?」

 

 "友奈"という名前に関して、真っ先に水都の頭に浮かんだのは、七武勇のひとり、結城友奈だった。

 

「確かに一番有名なのは結城友奈ね。でも、その他にも友奈の名を持つ少女はいるの。まぁ、一族と呼ばれていても血縁関係があるわけじゃない。大社が"友奈"って名前の少女たちを一括りにそう呼んでるだけ」

 

 別に同じ名前の少女など、探せばいくらでもいるだろう。結城友奈の他に、友奈と名のつく者がいても血縁者だという方が珍しい。

 

 しかし、母が言いたいのはそんな事ではない。

 

「その名前は、一体なんなの?」

「友奈の名を持つ少女は特別でね、聞いた話じゃあ、"神に干渉する力"を持っているのよ。人間であれど、神と同位置に立ち、対話する事ができる……そんな()()()のような存在」

 

 そう言いながら母親は一枚の手配書を見せてきた。

 結城友奈の手配書である。

 

「七武勇の中で一番懸賞金が高いのは結城友奈よ。大社は彼女の持つ力に目をつけているの。……他にも彼女は影響力を持つ人間で、これまでにも大社に不満のある者、四国へ行きたい外の者を、煽動しているって話」

 

 現在、結城友奈の懸賞金額は590万ぶっタマげ。

 また、母は他の七武勇の手配書も見せた。

 

「あの三好夏凛さんよりも高いんだ……」

 

 芽吹を一方的に叩きのめしていた三好夏凛は480万ぶっタマげである。

 七武勇は、人々に多大な被害を及ぼすバーテックスと違い、懸賞額は低めにされている、とは聞いていたが、それでも『天秤座』や『乙女座』よりも断然高い。

 結城友奈と、七武勇で一番低い"三ノ輪銀"の290万ぶっタマげと比べると二倍の差。

 

「……そういった摩訶不思議な力の影響で、勇者御記(ポーネグリフ)の暗号を解読できるってわけ。……可笑しな話でしょ? 理屈なんかわからない。でもそんな"友奈"を、大社は警戒してる。今の時代に見られては困る内容も書かれているらしいから」

「……」

「と、同時に大社は"友奈"の名を持つ少女を手元に置いておきたいとも考えてるみたい。……()()()()()()のために」

「いざという時?」

「神に干渉できる力を持つ"友奈"を使って何をするのかはわからない。建前は『人類を救う』なんて言葉で誤魔化しちゃいるけど、実際のところどうなんだか……」

「そうなんだ……勇者御記(ポーネグリフ)の成り立ちや意味なんかはわかったよ」

「他にも聞きたいことがある?」

「うん……諏訪から北海道までの往復でも、色々聞きたいことができたんだよ」

 

 水都は他にも気になっていたことを母に聞く。どれだけ知っているのかわからないが、少なくとも水都が今、建てている仮説の確証の手助けにつながるだろう。

 

「話していいわよ。……お母さんね、実は諏訪支部のみんなに相談したの。"もし、水都や歌野ちゃんが知りたがっているのなら、()()()が知っている範囲くらいは教えてあげよう"って、それが諏訪支部(私たち)の責任……になるかもしれないから」

 

 『責任』

 

 母が言うその言葉の意味をなんとなく水都はわかっていた。

 

「うたのんの人生はうたのんのもの……、大社本部やここのみんなが何を考えていたって、うたのんを操る事なんて出来ないよ」

「そうよね、私もそう思う。……だからやめたのよ。私たちの意思を、歌野ちゃんに勝手に託すのは、ね。大人はただ、あなたたちの夢が叶うのを手助けすれば良かったのよ。勝手にレールを敷くんじゃなくて」

 

 水都はそれを聞いて少し安心していた。

 

「ありがと、お母さん。……でね、聞きたい事だけど……大社所属の防人は今、勇者の野菜を集めてるって知ってる?」

「もちろん。情報くらいは届いてるわ」

「その勇者の野菜なんだけどーー」

 

「ーー食べた人間の"精神"に異常はないのか、ってこと?」

 

「……‼︎」

 

 水都が考えていたことを母は理解していた。

 

「あなたの考えどおりよ。まず勇者の野菜はね、食べた瞬間、"お肉が食べられなくなる"」

「うん、知ってる。実際に見たもん」

 

 北海道へ行ったその日、歌野が口にした瞬間、倒れたことは記憶に新しい。そして能力も使えなくなっていた。

 

「肉体に作用するデメリットがそれ。なぜ肉だけなのかはわからない。仮説はあるけどね。……で、問題なのは精神的なデメリット」 

 

 実は水都は天秤座の戦いの後、眠っている歌野をよそに、()()()、雪花の身に起こったことを聞いていたのだ。

 

「今いる、私の新しい友達は勇者なんだぁ。そしてある時に、自分に負の感情が襲いかかってきたっていうの」

 

 雪花はあの場で逃げ出した。そしてその途中、ドス黒い感情が彼女を支配して幻聴が聞こえた、と話していた。

 自分と同じ声の何か。てっきり雪花は、『ユメユメの野菜』の能力を自分に向けて発動してしまったのかと考えたが、状況的にそれは違った。

 

 ……今でも、その答えは雪花にもわからない。

 

「そして、他の人たちからも聞いたの。北海道にいた能力者、防人No.4。そして三大将のひとり。弥勒夕海子って名前だったかな……?」

 

 No.4は前と性格が変わったという。夕海子に関しても芽吹がいた時は目立った行動を起こしてなかったと聞いた。

 No.4の悪政、弥勒夕海子の台頭。それらはどちらもおよそ()()()のことである。

 

「楠さんが防人を離れて、弥勒夕海子って人が防人の体制を少しずつ変えたんだって……」

 

 そこに関して問題はない。改革を進めることで()()()()なるのなら。

 しかし実際は、防人内での空気の悪さ。No.4による北海道での悪政。

 

『ーー実はNo.4は、前からあんな性格ではなかったんです。ここの人たちを苦しめる事を笑顔でやるような人では……』

 

『ーーその中で特に目立つのはNo.20…いえ、弥勒夕海子。その人が三大将の中心となっています。……その彼女自身も以前とは違う雰囲気でして』

 

 その口振りからすると、まるで以前と性格が異なってしまった。前は違った……。

 そんな言葉が、水都の中である仮説を形作ったのだ。

 

「……もしかして勇者の野菜は、食べた人の精神に悪影響を及ぼすものなんじゃないかって。楠さんがいなくなったから防人がおかしくなったんじゃなくて、勇者の野菜を食べたから……」

 

 夕海子が集め、防人が勇者の野菜を食べた。そう思われる時期と、防人全体の雰囲気が悪くなった時期が重なるのだ。

 

「……」

 

 水都の母はその仮説にこくっと頷いた。

 

「まずね、勇者の野菜を二つ食べる事はできない」

「……?」

「大社に属する研究者によると、野菜を二つ、口にしたものは体が跡形もなく弾け飛ぶらしいの。……なぜなら、野菜に宿る"精霊"が体内で暴走するから」

「精、霊……?」

 

 馴染みのない単語に水都は固まってしまう。

 

「勇者の野菜には精霊が宿るって話。その精霊は、土着の神に由来するものらしく、慈愛よりも怨念を糧とするものが多々存在する。その精霊の力の一部を宿したものが、勇者の野菜。……だから生半可な覚悟や、脆弱な精神、繊細な心を持つ者は、得てしてその精霊に染まり、負の感情が心身を支配していく。……陳腐な言い方をすれば"闇に堕ちる"とでも言うのかしら」

 

 野菜に宿る精霊の影響で、能力者の心は時に不安定になり、時に交戦的になる。

 ……そんな眉唾物の話をなぜか水都は否定できなかった。

 物的証拠などないが、辻褄が合ってしまうからだ。

 

「じゃあうたのんは……」

「でも、野菜を口にした者が必ずなるとは限らない。心を強く持てば、内に潜む精霊を屈服させる事もできるって話もある」

「精霊を屈服させる……」

 

「それを『心身が能力に追い付く』って四勇の人たちは表現しているみたい……だから歌野ちゃんなら、大丈夫……だと思うわ」

 

 『大丈夫』

 

 それが気休めの言葉である事はお互いにわかっていた。

 

「……ごめんね、水都」

「ううん、私も知らなかったんだよ。それに……根拠は無いけどうたのんなら大丈夫って勝手に思ってる自分もいるの」

「そう……」

 

 母の表情は、微笑みながらもどこか悲しさを漂わせていた。

 

「うたのんが勇者になったのは、状況的に仕方無かった。二人とも死んでたかもしれない。……だから『なぜ教えてくれなかったの?』ってお母さんを責める気持ちにはなれない。だからこの話はこれで終わりでいいの」

「……ありがとね」

 

 勇者の野菜のリスクをあらかじめ教えられたとしても、結局は歌野はそれを口にしていただろう。

 

 あの状況下では他に選択肢など無かったのだから。

 

「……うたのんや雪花ちゃんにはこの話を後でするとして……最後の質問」

「ええ、なんでもいいわ」

 

 水都は大社に勤めている母だからこそ、この質問をしてみたかった。

 そしてこの質問は、歌野と共にここへ来ることを嫌がった第一の理由である。

 

「ーー"神樹様の恵み"って何?」

「……」

 

(こんな質問、うたのんが聞いたら怒っちゃうかもだし……。『今更何聞いてるの』って)

 

 農業王を目指す歌野が、必ず手に入れたいもの。

 ……それが神樹様の恵み。

 

「七武勇の三好夏凛さんに会った時、うたのんが二つほど問いかけてたの」

 

 歌野が夏凛へ質問した事は二つ。

 

『三好夏凛をはじめとする七武勇も神樹の恵みを狙っているのか』

『七武勇は全員四国出身なのに、なぜその時に神樹の恵みを手に入れなかったのか』

 

「……彼女はなんて?」

「三好さんはね、『最終的はそうなる』って言ってた。でも、七武勇が豊かな土地や豊富な野菜の種を手に入れてどうするんだろう、て思ったの」

 

 歌野は七武勇も農業王を目指している競争相手と思っているようだが、水都はそうは思っていない。

 

「そして、一番引っかかったのは二つ目の質問。三好夏凛さんはあの時、うたのんの質問に()()()()()()()()()()

 

 

『ーー私たちはとある事情で四国の外に出たの。そしたら、戻れなくなった』

 

 

 夏凛はあの時、四国から出たが、戻れない。だから、神樹の恵みを手に入れられない。という回答をした。

 歌野の問いの、『なぜ四国にいる時に手に入れなかったのか?』に回答していなかったのだ。

 

「……後々考えてみておかしいって思ったんだぁ。もしかして、神樹様の恵みは、"うたのんが欲しがる物も手に入るけど、()()()()()()も手に入るんじゃないか"って」

 

 歌野は若葉に言われたから、四国を目指す旅に出た。

 なら若葉はなぜ、歌野にそんなことを言ったのか、という疑問も生まれてしまう。

 

「歌野ちゃんが欲しがってる、"農業をする上で誰もが欲しがる物"は確かに恵みの中に含まれる。……でもそれは、神樹様の恵みの一部……副次的な物なの。……それくらいしかわからない。ただ言えるのは、"悪意を持つ者"が手に入れてしまえば、四国が崩壊するって事だけ」

「崩壊……。やっぱり四国は神樹様のおかげで平穏を保っているんだね」

「ええそうよ。進化体も()()も侵攻できないのは神樹様のおかげ。……これも恵みの効力のひとつね」

 

 そして…… と母は後に続ける。

 

「四国に住んでいると、その恵みはあたりまえのものになっている」

「あたりまえ?」

「さっきの回答。七武勇の三好夏凛さんは、四国にいる時は必要としなかったんじゃないかしら? でもいざ四国の外に出ると、神樹様の恵みのありがたみを感じた……だから手に入れようと四国へ戻ろうとした。でも大社がそれを阻止している。……これが答えじゃないかしら」

「……‼︎ そうなんだ」

 

 歌野が欲しがっている物は、四国内では()()()()()()()()()

 言わば、酸素と同じようなもの。

 あたりまえにそこに存在しているが、いざ無くなれば、それは致命的な事態に陥ってしまう。

 

 それが『神樹様の恵み』なのだろう……。

 

「わかったよ、お母さん。ありがとう、ここに帰ってきて、私が知りたい事は充分に知れた」

「……じゃあもう行くのね」

「うん」

 

 水都は真剣な表情をしながらも、どこか笑っているようでもあった。

 

(それに話の中で、お母さんはバーテックスの事を星屑と呼んだ。お母さんは本部の人だったんだ)

 

 本部に関わっている者の話なら、信憑性は高い。そう考えていた。

 

「ーーじゃあ最後に。四勇、乃木若葉さんから、歌野ちゃんへ伝言を預かってるの」

「ええ⁉︎ 乃木さんから⁉︎」

 

 歌野が指名手配された後、若葉は諏訪へ通信を試みた。

 その時は水都の母が対応し、歌野が居ないことを告げた。

 

「そうだったんだ。……確かに乃木さんとうたのんは偶に通信してたんだよね」

「その乃木若葉さんから歌野ちゃんへ……『四国にて待つ』って」

「そっか。伝えておくよ」

 

(乃木さんは、立場的に言えば大社側。……賞金首で、なおかつ四国へ行くうたのんを、待つ……?)

 

 水都は若葉の伝言の真意を考えていた。しかし、本人に聞くしか方法はない。

 

 そして、水都は母に別れを告げる。

 

「じゃあね、お母さん。いつかまた……」

「ええ、いつでも待ってる。だから突き進みなさいっ。あなたたちの道を」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーそして、水都は歌野たちの元へ戻り、母から聞いた内容をかいつまんで話した。

 

「ーーそっかー、勇者の野菜にねー。私に起こったあれもそうだったってわけかー」

「……三好さんの言う防人の現状が、それってわけね」

 

 雪花はあの時の事を思い出して納得していた。

 芽吹は今の防人の現状について夏凛に言われた事と照らし合わせていた。

 

「もお、みーちゃんったら、なーんかシリアスな表情浮かべて行くからどうなんだろうって思ってたけど、勇者御記(ポーネグリフ)の他に神樹様の恵みについても聞いてたんだぁ」

「うん……」

「みーちゃん、神樹様の恵みは、確かに乃木さんからの情報だけで他の事はシークレット。でも、そういうのをひっくるめて確かめに行くのよっ」

「だよねっ。ごめんねっ、余計なことまで聞いて」

「ううん。知りたい、っていうのはみーちゃんの自由だからそこは問題ないよ」

 

 歌野は四国のある方角に人差し指をビシッと向けた。

 

「私は農業王になるっ。神樹様の恵みの"本質"がなんであれ、私にとって必要な物があるのなら……手に入るのなら、目指すしかない! それがマイウェイ‼︎ よーしっ、待ってて乃木さんっ!」

 

「ーーにゃっはは。歌野らしい」

「そうね」

「うんっ!」

 

(良かった……。勇者の野菜の影響は問題なさそうだね、流石うたのん)

 

 水都は変わらずいてくれる歌野の姿に安心し、同時に嬉しくも感じた。

 

 

 

 ーーそして、四人は歌野の実家で一晩過ごし、西へ……ウェストジャパンを目指す。

 

 

 

 

 

 

「ーーよろしかったのですか? 藤森さん。娘さんに言った事が本部にバレれば……」

 

 水都が去った後、諏訪支部内で神官と水都の母親が話していた。

 

「ええ、誰かが本部に話せば、私も諏訪支部も、大社本部に処理されるわね……」

「それでも、ですか?」

「それでも、よ。私たちは勝手に歌野ちゃんに背負わせてしまっていた。……私たちの思惑を。大社本部の……果ては四国への()()()()()を……」

 

 水都の母は空を見上げて呟く。

 

「夫と、歌野ちゃんの両親はそれを危惧してたのに。……だからもし、誰かが私を粛清するのなら甘んじて受ける。それが私なりの責任の取り方……」

 

 隣にいた神官も頭を縦に振る。

 

「……そうですね。あなたがそう判断するのなら、私たちもそれに殉じましょう。未来ある若者のため」

 

 

 

 

「ーーこれからの時代を切り拓いていく、子供たちのために、ね」

 

 




もし、『ひとつなぎの大秘宝』が最後の島にあるとして、その島に住人がいたとして、その人たちは『大秘宝』をどう思っているのか? という疑問がありました。
多分、「なんとも思っていない」または「ありがたいけど、あって当たり前だと思っている」のではないかと考えます。

『神樹様の恵み』もそんなイメージ。


次回 二人の追跡者、二体の逃走者


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第二十九話 二人の追跡者、二体の逃走者

拙稿ですがよろしくお願いします。この章も大詰めといったところでしょうか。歌野、雪花、芽吹。この三人が戦闘の中でどんな成長を遂げるのか。


前回のあらすじなんよ〜
 諏訪へ戻った彼女たちは改めて四国を目指すべく、ウエストジャパンへの道を着々と進む事にしたんよ〜




 

 現在、歌野たちは長野県西部にいた。

 

「あの山を越えればもうイーストジャパンは終わって、ウエストジャパンに入ることができる」

「……あの先には今まで以上に過酷な大地が広がっているんだね」

 

 ウエストジャパンの入口にあたるのは、長野県と岐阜県の境。

 境界線に関しては明確な位置付けはされていない。人によっては富士川を境界とすることもあるし、県境で区切っていると言う者もいる。

 

「ん? みーちゃん震えてる?」

 

 遠くに見える山を目に、水都の手足は震えていた。

 

「震えるよ……。ウエストジャパンはこれまでうたのんたちが戦ってきたバーテックスを凌ぐ強さの進化体がいるって話だから……」

 

 その言葉に雪花は肯定の意を込めて頷く。

 

「そうだねー。私たちが北海道で戦った天秤座。その前に歌野が倒したっていう乙女座。奴らなんて足元にも及ばないような個体が闊歩してるのがウエストジャパン……そして中国地方(マリンフォード)だね」

「アレよりストロングなのが、わんさかいるの⁉︎」

「わんさか、ってほどじゃ無いけど、進化体バーテックスの中には懸賞額が1000万を越えるものもいる」

「一般的に"1000万越え"って呼ばれてる。そのレベルになると支部を壊滅させられるほどの強さなんだって……」

 

 諏訪支部に関係している水都も、噂くらいは耳にしたことがあった。

 

 現在、"1000万越え"のバーテックスは四体存在し、大社の防人も戦いを避けている。

 また、四勇でも単独では勝てるかわからない、とまで言われているほどである。

 

「……ねぇ、楠さんはそのバーテックスたちについて詳しい話知ってる?」

 

「ふっ……、はっ……、しっ……」

 

「……ありゃりゃ、鍛錬中で相手にしてくれないわ」

 

 芽吹は休憩の合間、ずっと刀で素振りを行っている。

 

「まぁ確かに、ここから先は大社本部にぐんと近付いていくことになるから……、今のままじゃいけない」

 

 四国へ向かう歌野たちを阻むのは、何もバーテックスだけではない。賞金首となっている以上、中国地方(マリンフォード)に行く以上、必ず大社と衝突する事になるだろう。

 

 歌野は右手にベルトを出現させると、誰もいない方向へ伸ばしてみる。

 また、手首を小刻みに動かせてベルトを波打たせるように揺らす。

「……私も強くなる必要がある。だから『ムチムチの野菜』の能力の可能性を広げていかなくちゃ」

「可能性?」

「うん。もっと能力を理解してアプリケーションしていけばさらなる成長につながる。強くなればバーテックスも大社も関係ナッシング♪ 農業王への道がぐんっと近付くはずだわっ」

 

 はたから見るとベルトをなびかせて遊んでいるようにも思えるが、歌野にとっては自分の能力を理解するために試せる事はどんどん試していきたいのだ。

 

「私が強くなったら今よりももっとみーちゃんを安全に守ることができるのよ」

「うたのん……」

 

 少し照れながらも水都ははにかんだ。

 

「休憩終わりっ! じゃあ向こうまでひとっ跳びでーー」

 

「「うぅあああああああああああ〜〜〜!!!」」

 

「ーーえ⁉︎ なに⁉︎」

 

 突然、どこからか子供の泣き叫ぶ声が辺りに響き渡る。

 

「あっ‼︎ 見てうたのん‼︎」

 

 水都の指差す方を見ると、子供二人が悲鳴をあげながら全速力で走っていた。

 

「子供⁉︎ 何でこんなところに⁉︎」

「わからないわっ。でも助けないと‼︎」

 

 状況からしてバーテックスに追われているのだと、即座に歌野は考えた。

 この際、なぜ子供だけでこんなところにいるのかは後にする。

 

「みて()()()()()()‼︎ あっちからひとがくるよ‼︎」

「うんぼくもおもった、()()()()()()、あのひともなかまかな? ぼくたちをねらってるのかな?」

 

 子供二人は向かってくる歌野たちに困惑していたが、後ろから迫ってくる"敵"の恐怖により、方向を変えず走り続けるしかなかった。

 

「……! ねぇ、あの子供たち!」

「うんっ。酷い格好……」

 

 近付いていくと子供の姿がはっきりとしていった。

 二人は顔立ちがよく似ている白髪の男の子と女の子だった。さらに二人の衣服はボロボロの布切れだけ。その布切れから走るたびに見える素肌は、真っ白の中に所々傷跡があり、血痕が付着している。

 

「歌野、雪花。子供は私と水都が保護するから、貴女達は敵を倒して」

「了解よ! ……そこの二人共‼︎ こっちへ‼︎ 私たちが守るから‼︎」

「「ーーええ⁉︎」」

 

 芽吹の指示により、歌野と雪花は子供二人を飛び越え、後ろにいるはずの敵に対して戦闘体勢に入る。

 

 

 

 ーーが。

 

 

「……え?」

「いない? バーテックスじゃないの?」

 

 二人ともその場に固まった。

 

「……もう大丈夫だよ、二人とも。あの二人がバーテックスをーー」

「ち、ちがうよ。ぼくたち」「わたしたちをおそってきたのは」

 

 二人の子供は口を揃えて水都へ告げるーー

 

「「にんげんだよ‼︎」」

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 ーー歌野と雪花は辺りを見渡す……が、それらしい敵はいない。

 

 ……すると、()()は上から降りてきた。

 

「あっ! 歌野、上見て!」

「上? ……!」

 

 上を見た二人の目の前には、ひとりの少女がゆっくりと降りてきた。

 

「ん〜? あなたたち誰〜?」

 

「ひ、ひと……?」

 

 その少女は白金の長髪を靡かせ、後頭部に白いリボンを付けていた。

 そして少女は、空想の物語で魔女が箒に乗って空を飛ぶように、槍に座ったまま宙を漂い続けていた。

 

「よよよっと〜」

 

 座っていた槍から降りて綺麗に着地する。

 

「雪花……。今、空に浮いてたわ」

「うん。そういう能力者って事なの……?」

 

「ーーあ、あのひとだよ。ぼくたちをおっかけてきたの」

「ねぇねぇ、ほんとにわたしたちをまもってくれるの?」

「え? う、うん……」

 

 水都もこの状況に困惑していた。子供を狙ってきていたのはバーテックスではなく人間だったからだ。

 

「……水都。少し離れなさい、彼女は能力者よ」

「……ってあの人」

 

 少し離れた位置からだが、水都はその少女に見覚えがあった。つい最近の事である。

 

「うたのん、雪花ちゃん! その人、"七武勇"だよ‼︎」

「えっ⁉︎」

「この人が?」

 

 少女は槍を手に微笑んでいた。そして、槍の穂先が開くと、六本の刃が分かれ、槍の先端部周辺を()()()()()()

 

「七武勇……三好さんの仲間ね」

「ん〜? にぼっしーの事知ってるんだ〜。そうなんよ〜、世間ではそう呼ばれてる、勇者部(七武勇)の"園子"なんよ〜」

 

(にぼっしー?)

 

 おどけた口調で話し続ける、園子と名乗る少女はその変わった槍を歌野と雪花に構える。

 

「「ーーあ、あのひとだけじゃないよ‼︎」」

「え?」

 

 二人子供がまた同時に水都へ告げる。

 

「ぼくたちを!」「わたしたちを!」

「「おってきてるのは、もうひとりいるの! ()()()()()()()()()()()()‼︎」」

「うってくる? 狙撃手って事?」

「「たぶんそれだよ」」

 

 水都と芽吹はお互いに頷きあう、そして障害物となりそうな木の影に入った。

 

「歌野、雪花! 敵には狙撃手もいるわ‼︎ 多分、七武勇のひとりよ‼︎」

「狙撃手……? どこからか狙ってるって事?」

 

 二人は目の前の人物と、どこにいるかわからないもうひとりに警戒する。

 

「もうひとり‼︎ 隠れてないで出てきなよ!」

 

 雪花は槍を周囲に向けて言い放つ。

 

「よっよっよ〜。出てこいと言われて出てくるほど……」

「ーーここよ」

「……あれ〜? わっしー出てきちゃったの〜?」

「……彼女たちが気になったのよ」

 

 弓矢を携えた少女が遠くから跳んできた。『濡羽色』と表現するほどの美しい黒色の長髪に整った顔つき。女性らしさを充分に備えた体を持つ少女だった。

 また、園子と名乗った少女と色違いで、青のリボンをしていた。

 それを見た雪花は槍を二人に向ける。

 

「貴女たち二人はどうしてここに?」

「ん〜? どういうこと〜?」

「貴女たちはどうして子供たちを追いかけていたのって聞いてるの」

 

 雪花の問いに園子はポカンとしていたが、少しするとニコッと笑った。

 

「あの子供たちを仕留めるんよ〜」

 

「「ーー⁉︎」」

 

「だから邪魔しないでくれるかな〜?」

 

 園子の持っていた槍の穂先にある刃が周囲を漂い、二人に切っ先が向く。

 

「どうしてあのチルドレンッを?」

「え〜。だって危険なんだから当然だよ〜」

「危険……?」

 

 園子の答えに二人は謎が深まるばかりだった。

 

「ちょっとちょっと、そのっち」

「ん? どうしたのわっしー?」

 

 園子から変わった名前で呼ばれている黒髪の少女は園子に耳打ちしている。

 

「……あ〜、そういう事か〜」

「ねぇ、逆に聞くのだけれど、貴女達はなぜそれを庇うのかしら?」

「庇うのは当然じゃないっ。襲われていたんだから」

「そう……。なら」

 

 わっしーと呼ばれた少女は少し下がって矢をつがえた。

 

「……押し通るわっ。()()()()に味方する人なんて、私が射抜く!」

 

 

 

 

 

 ーー水都と楠は子供二人を抱えながら走り、後に続く()()()()()は追ってくるかもしれないあの二人に備える。

 

「今のところはノープロブレムよっ!」

「うん、森を突き抜けてるから、射線は通らない」

「雪花ちゃんのおかげだね」

「……それにしても、『ユメユメの野菜』の能力で、あの七武勇二人を撒けるなんて」

「にゃっはは。肉眼でなきゃ意味ないけど、決まれば楽なもんよっ」

「ほんっとスーパーな能力だわっ」

 

 雪花はあの瞬間、二人に対して能力を発動させた。そして相手が能力にかかった瞬間、全員でその場を脱したのだ。

 狙撃手がいると聞いて、周辺に槍を向けていたのも、もうひとりの視界に槍を捉えさせるためだった。

 

(まぁ、正直に出てきてくれたから、完全に催眠にかけられたけど)

 

「でも、私の能力はずっと続かないから。もしかしたらもう解けてるかも」

「いえ、充分よ」

 

 一度立ち止まり、子供を下ろしてひと息つく。

 

「あ、みなさん。ほんとうにありがとうございました!」

「まさか、ほんとうにわたしたちをたすけてくれるひとがいるなんて……」

 

 子供は丁寧にお辞儀する。

 

「あったりまえよ。困った人を助けるのは当然っ」

「そうだねー。酷い人たちがいたもんだよ」

「……」

 

「「……?」」

 

 芽吹はじっと少年少女を見続けていた。

 

「どうしたの? 楠さん」

「……ねぇ、どうしてあの二人はこの子達を襲ったのかしら?」

「それもそうねっ。ねぇ貴女たち、何か悪戯とかバッドな事したのかな?」

 

「……おにいちゃん。やっぱりきづいてなかったんだね」

「うん。ぼくもそんなきがしてた」

 

 二人は四人に向かってまた頭を下げた。そして同時に口を開く。

 

「ぼくたちのほんとうもしらずに」「わたしたちのほんとうもしらずに」

 

「「ーーどうもありがとう! そしてごめんなさい」」

「……え? ごめんって? それに、本当ってどういう……」

 

 水都はそこで、ようやくこの子たちの()()に気が付いた。

 芽吹も、"もしかして"とは思っていたが、確証が持てなかったのだ。

 

 

 ーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「みーちゃん? ……楠さん?」

 

 水都は驚き黙ったまま、芽吹は腰に差した刀に手をかける。

 

「「ちゃんとじこしょうかいします」」

 

「ぼくたち」「わたしたちは」

 

 

 

「「ーー"ヒトヒトの野菜:モデル『双子』"をたべた……バーテックスだよ」

 




双子座:人の言葉を話すバーテックス。ヒトヒトの野菜:モデル双子を食べた人に近いバーテックス。懸賞額は200万ぶっタマげ(進化体内で一番低い額)


次回 双子のバケモノ


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第三十話 双子のバケモノ

拙稿ですがよろしくお願いします。人間以外じゃなくても悪魔の実を食べられるように、バーテックスでも勇者の野菜の能力を手に入れられる。


前回のあらすじ(?)

歌野「それにしても本当にどこの部位も人間ねっ」
芽吹「体の機能も人間なのかしら……?」
双子座「「じつはここもにんげんなんだよ」」
水都「あっ、あ〜〜! 見せなくてもいいからぁ!」
雪花「ウブだねー、水都ちゃん。子供のなんてかわいいもんでしょ」
水都「そういう問題じゃないんだよぉ……」
双子座「「ひと呼んで"イザナギの剣"/"イザナミの鞘"!」」



 

 園子たち二人は歌野と雪花と思わしき者と戦い続けていた。

 

「……ねぇ、わっしー」

「ええ……。彼女たちに攻撃が当たってないわっ」

 

 歌野と雪花はユラユラとした陽炎にようにそこへ立っているだけで、園子たちへ攻撃してこようとはしない。

 その彼女たちへ、槍で薙ぎ払っても、浮かんだ刃で切ろうとしても()()()()()()()

 放った矢も同様である。

 

「どんな能力なの? 体を霊体化させる能力?」

「でもわっしー。二人ともって言うのはないんじゃないかな〜」

 

「…………」

 

 すると、じっと立ち尽くしたままの雪花(?)は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ーーっていう夢を視たのかにゃぁ?」

 

「「ーーッ!?」」

 

 ーーその瞬間、辺りの景色が割れたガラスのように粉々に砕け散った。

 

「な、なに⁉︎」

「むむむ〜」

 

 先程までいたはずの歌野と雪花の姿はなく、ここには二人しかいなかった。

 

「……や、やられたっ」

「あれ〜? 私もしかして寝てた〜」

 

 黒髪の少女はすぐに、相手の能力にしてやられたと勘付いた。

 

「そのっちが寝るなんていつもの事じゃない」

「でも、今回はわっしーも寝ちゃってたんだよね〜?」

「ええ。まんまと出し抜かれたわ。……きっとあの時ね、あの眼鏡をかけた槍使いの彼女。()()()の能力で私たちに、暗示……または幻覚の類いを見せた……」

「私、そんな能力ないよ〜」

「そのっちじゃない」

 

 黒髪の少女は悔しさから歯軋りをして、弓矢を真上へ放り投げた。

 

「乗ってそのっち。こっちの方が速いし見つけやすいっ。まだ追い付けるはずよっ」

「了解だよ〜。ジェット機"わっしー号"、出発進行なんよ〜!」

 

 いつのまにか、二人の頭上には白の戦闘機が出現し、操縦席へ飛び乗った。

 

 そして園子と、七武勇がひとり……『東郷美森』は歌野たちを追いかけるーー。

 

 

 

 

 

 

「ーーば、バーテックスぅ⁉︎ リアリー⁉︎」

「うんうん、りありーだよ」

「りありー!」

「……意味わかるんだね」

 

 歌野たちは保護した子供の正体を知り、驚愕していた。

 

「どこからどう見ても人間に見えるよ」

「でも、バーテックスっていう事を念頭においてよく見ると、"それ"っぽさはある……かも?」

 

 雪花も頭の整理が追いついていなかった。

 

「手配書の写真は? あれとは全然違うようだけど?」

 

 芽吹は一度、進化体バーテックスの手配書を見たことがあった。

 その中に双子座の手配書もあったのだが、目の前の彼らとは似つかないものだったのだ。

 

「楠さん。写真はどんなだったの?」

「人型なのは間違い無いけど、それ以外は人間っぽくなかった。まるで十字架と一体化したような姿よ」

「「あー、それはばーてっくすそのもののふぉるむだね」」

 

 双子座の少年少女は芽吹の疑問に対して説明する。

 

「いまのぼくたちは」「いまのわたしたちは」

「「ふぉるむをにんげんにしてるの」」

「フォルム?」

「「うんっ。こののうりょくはばーてっくすのすがた、にんげんのすがた、そしてばーてっくすとにんげんのあいだのすがた。このみっつにへんかできるのっ」」

 

 二人は一字一句全く同じ言葉、話すスピードで説明を続ける。

 

「「でもほかのひとにねらわれるのがいやだから、ずっとにんげんのすがたですごしていたんだ。このすがた、きにいってるからっ。……でもあのひとたちにはばれちゃってた」」

「そうなんだ……。それで追われてたんだね……」

 

「…………」

「……? うたのん?」

 

 歌野の肩がぷるぷると震えているのを水都は心配そうに見つめていた……が。

 

「んん〜〜アメイジングッ!」

「えっ」

 

 どうやら杞憂だったようだ……。

 

「人間みたいなバーテックス⁉︎ なんてアメイジングでエキサイティングなのかしら‼︎」

 

 歌野は双子座の顔や身体を細かく眺める。

 

「どこからどう見ても人間なのねっ。勇者の野菜がミステリアスなのはわかってはいたけど、私の想像を軽々とオーバーしていっているわねっ」

 

 その様子に水都だけではなく、双子座さえも驚きのあまり、顔が引き攣っていた。

 

「「か、かわったひと、だね……」」

「そうだねー。貴女たちに言われたくはないけど、歌野は変わってるんだよねー」

「撃退しようとは思わなかったの? 仮にも進化体でしょ?」

「むりだよ。ぼくたちは"ふたご"のとくべつなちからをもっているだけ。……『ふたごのしんくろにしてぃ』だったかな? ……それに、ばーてっくすのすがたはすきじゃないんだ」

「みためきもちわるいし……。へんたいさんみたいだから」

 

 二人は人間の姿を気に入っており、同時にバーテックスの姿に嫌悪している。

 一生、人間の姿でいると言っても過言じゃないほどに。

 

「"バーテックス"が人間の姿が良い? バーテックスの姿が嫌? ……人の言葉を話す以上におかしな()()()()ね……」

 

 芽吹は嘲笑混じりに口にした言葉に歌野が反応する。

 

「ちょっと楠さん。そんな言い方はないわっ。この子たちだって……」

 

「ーーねぇ歌野。大事な話をしようかしら?」

「……」

 

 芽吹の言葉に周囲は重苦しい雰囲気に包まれた。

 芽吹の意図するものを双子も入れて、全員で感じたからだ。

 

「私達は今、世界を揺るがす程の問題を抱えてしまった。人類の天敵であるバーテックスを、それを討伐できる力を持つ私達が保護してしまったという事実」

「そ、そんな大袈裟ーー」

「大袈裟ではないわ、雪花。バーテックスを守るとは、()()()()()なのよ。……そしてその場合、"正義"は討伐する(あちら)側にある。はっきり言ってこの事が露見した場合、私達はさっきの七武勇はもちろん。大社、四勇を完全に敵に回す事になる」

 

「「…………」」

 

 双子座の彼らは、先程とは打って変わって暗い表情をする。目に涙を浮かべ、自分たちの運命に絶望する。

 歌野たちのこれからの行動によって、自分たちの寿命が決定してしまうからだ。

 

「……空気を変にして悪かったわ。でも、仮にも大社防人である私だから、早々にこの事を話さなきゃいけなかった……」

「ええ。わかってるわっ。私もこの話は言い出しにくかったから……」

 

 歌野や雪花、水都も『双子座』の件は頭にあった。しかし、いざその議題を話せば"答え"など明白だったような気がして言い出さなかった。

 

「今、私達に出来る事は二つある。この子達『双子座バーテックス』を"殺す"か"守る"か」

 

「「……‼︎」」

 

 前者の言葉に双子座の身体はビクッと反応した。

 

「前者なら、今この場で終わる。そして何事も無かったの如くウエストジャパンを目指す。……後者なら、一生拭えない"十字架"を背負って世界と戦う。……まぁ、まずはさっきの二人と戦い、完全に撃退する必要がある。もし、七武勇が全員で来たら流石に終わりだから……」

 

 そして、芽吹は真っ直ぐ歌野を見つめて彼女に選択を迫る。

 

「歌野、貴女が決めなさい。この白鳥(ホワイトスワン)農業組合は貴女の組織。リーダーの貴女がこの子達をどうするか、決めて」

 

「……わかったわっ。ならみーちゃん、雪花、それと一応は仲間ってことで、楠さんも交えて四人で多数決をーー」

「多数決じゃない。貴女が決めるの。貴女ひとりで」

「……!」

 

 歌野の言葉を遮った芽吹は人差し指を顔へ向ける。その指は歌野の顔スレスレの距離だった。

 

「多数決なんか意味ないのっ。どうせ雪花と水都は貴女の意見に従う。そんな事は目に見えてる。だから貴女が決めて、私達に命令するのよ。……この組織のこれからを決める権利と責任は、リーダーにあるんだからっ」

「……‼︎」

 

 その言葉にハッとさせられ、歌野は水都と雪花を見る。

 二人とも頷く。歌野の出した選択に、付き従う意思を表すように。

 

「……その前にこの子たちと話をさせて」

 

 芽吹から離れて双子座の前に立ち、二人と目線を合わせるよう中腰になった。

 

「貴女たち二人は、人を襲い続けるの? 他のバーテックスのように」

 

 双子座は首を横に振った。

 

「「ううん。おそわないよ。だってこののうりょくをもってから()()()()()()()()()()()。ひとをたべられなくなったの。もちろんそれはおそうしゅだんであって"ひとをころす"ほうほうはほかにもあるよ」」

 

「……でもぼくたちは」「……でもわたしたちは」

 

「「ばーてっくすであるとどうじに、にんげんだから。"にんげんなりたいから"。にんげんはへいきでにんげんをころさない、よね……」」

 

 すると、双子座の目から涙がポロポロとこぼれ始めた。

 

「「だから……みのがしてください。つぎあったときは、えんりょなくころしていいから……、いまだけは……。せっかく、たすけてくれたのに……"やさしいひと"にであえ……ぐすっ……たのに……」」

 

 深々と礼儀正しく頭を下げて命を乞う。

 

「「だから……、あなたたちが"いいひと"のまま、わかれたいんです……」」

 

「ーーじゃあ最後の質問ねっ」

 

 歌野は真剣な顔をしているが、仄かに微笑んでいるように見えた。

 そしてそれはどこか、優しさを感じさせるものであった。

 

「貴女たちは、()()()()()()()()()()()()?」

 

「「ーー‼︎」」

 

 その瞬間、一粒一粒溢れていた涙が、堰が外れた川のように一気に流れ出す。

 

「「はい……っ。たすけてほしいです……! バーテックス(ぼくたち/わたしたち)をたすけてくれますか……⁉︎」」

 

 歌野はそれを聞いてニコッと笑う。そして双子座を抱きしめて強く頷いた。

 

「ーーオフコース! ふふっ♪」

 

「「うう、うわああああああ〜〜〜ん」」

 

 泣き喚くその姿は、まさに幼い子供のようだった。そしてその涙と生きたいと願う想いは、まさに人間のそれだった。

 

「みーちゃん、雪花。そして楠さん」

「いいのね? 歌野」 

 

 歌野は芽吹の方に向き直る。

 

「ええ。……もしかしたらこれは無謀な事かもしれない。でも、子供に泣いて"助けて"って言われたら、もう背中向けられないじゃないっ?」

「バーテックスでも?」

「バーテックスでも!」

 

 芽吹はふぅ と軽く息を吐いて微かに笑った。

 

「……良いわ。それが貴女の決めた事なら、私は従う」

「いいよっ。歌野の指示なら私も全力で従うよ」

「わ、私も。どこまでできるかわからないけど。うたのんとなら……っ」

 

「……ありがとう、みんな。じゃあ私たちの目標は『双子座』を守りながらウエストジャパンへ向かうことねっ」

「その後は?」

 

 そこで泣き止んだ双子座の二人が同時に手を挙げた。

 

「「ここからにしのほうにいるはずの、"ぼくたち/わたしたち"のどうるいがいるとおもうから。そこまでつれていってくださいっ」

「仲間のバーテックス?」

「うんっ、つよいんだっ。たぶん、ぼくたちのなかでいちばんっ」

「ぜんしんがほのおになれるおおきなばーてっくすなの!」

「了解っ。何にせよ、ウエストジャパンは私たちの目指す方向と重なるからちょうどいいわねっ」

 

「「ほんとうに……ありがとうございますっ」」

 

「よしっ。じゃあ早速ーー」

 

 

 ーーと、その時、彼女たちの頭上に影ができ、辺りが薄暗くなった。

 

「「「……えっ?」」」

 

 全員は上を見上げ、()()を確認した歌野たち三人から声が漏れた。

 

 

「ーーあ〜。見つけたんよ〜」

「五つの熱源を感知。……うち二つは若干温度が低い。当たりね」

 

 操縦席のレーダーに映っている五人の体温を示したビーコンにより、歌野たちを発見する。

 

「行くわよ、そのっち」

「うん〜」

 

 すると、戦闘機は姿を消し、園子と東郷は手を繋いでゆっくりと降りてきた。園子の手には先程持っていた特異な槍。東郷はスナイパーライフルを持っていた。

 

「……ねぇ、撒いたんじゃなかったの?」

「さっきまでの乗り物……。なん、だったの?」

「わからないっ。でも逃げなきゃ。みーちゃん、この子たちお願いねっ。楠さんも一緒にお願いっ」

「うんっ、行こう」

「……了解っ」

 

 水都と芽吹は双子座の手を引いて走り出す。

 

「私たち二人で追い払うわっ、雪花」

「オッケー!」

 

「……また私たちに立ち塞がるんだ〜。ふ〜ん」

「そのっち、あの子の槍。気をつけてね」

「わかってる〜。だから私は同じ槍使いとして、この子にするんよ〜。わっしーはもう片方の子をお願い〜」

「ええ」

 

 歌野と雪花も武器を出現させ、戦闘態勢をとる。

 

「私は諏訪出身、白鳥歌野。農業王になる勇者よっ」

「私は北海道にいた勇者、秋原雪花」

「七武勇……貴女たちの理屈はわかってるっ。でも……それでも私はあの子たちを守るっ」

「へ〜。てっきり知らないと思ってたのに〜、正体を知ってるんだ〜。それでも味方につくの〜?」

「僻地の勇者が考えていることは理解できないわね」

 

 スナイパーライフルのスコープを覗き込み、東郷は自らの名前を口にする。

 

「私の自己紹介は、まだだったわね。私の名は『東郷美森』。平和な世界のために、邪魔する者は……撃ち抜くッ‼︎」

 

 

 そして、歌野と東郷。雪花と園子の戦いの火蓋が切られる……。

 

 

 

 

 

 ーーそしてまた、

 

 

「ーーなーんか飛行機見えませんでした?」

「見えた見えた。っていうより戦闘機だったよね? なんか消えたけど」

 

 この地に足を踏み入れる者たちが三人……。

 

「ねぇ"No.6"。あの辺に何かいましたよ?」

「諏訪に行く前に、ちょっと見ていきましょう。もしかしたら、標的かもしれません」

 

 No.6と呼ばれた女はニヤリと笑った。

 

「ーーオケオケっ。じゃ行ってみよっか。賞金稼ぎに」

 

 

 ーー新たな戦いの種が蒔かれ、一瞬にして芽吹くーー

 

 




 ウエストジャパンへ行く前の大仕事。白鳥さんvs東郷さん。雪花vs園子。そして……。芽吹vs......


次回 そのこの能力


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第三十一話 その子の能力

 拙稿ですがよろしくお願いします。園子、東郷さんの能力が判明します。そしてまたまた大社の闇が……。
(東郷さんの能力が強すぎる……)


前回のあらすじ
 双子座を守るべく、七武勇の東郷美森と園子と戦う歌野たち。しかし、彼女たちの実力は、七武勇に恥じないものを予感させた。
 そして、忍び寄る"第三の影"とは……!



 

 歌野が東郷に突撃しようとする直前に、東郷は後ろへ後退する。

 

「……!」

 

 そして、離れた位置からライフルの引き金を引いたーー。

 

「うわっ!」

 

 放たれた弾丸は歌野の足元に着弾した。

 

「今のは挨拶代わりと牽制よ? 白鳥歌野さん」

 

 今度は歌野がベルトを東郷に向かって伸ばす。

 

「はぁ!」

「……!」

 

 東郷はそれを回避した……が、回避した後でそれが避けなくても当たらない攻撃だと気付いた。

 

「ふふっ♪ 挨拶代わりよっ」

「……」

 

「ーーよっよっよ〜。あの"農業王"さん、面白いね〜」

「よそ見ッ?」

 

 雪花と園子の槍撃は鋭く、所々で火花が散るほどだった。

 

(私の能力はもうバレてる……。その証拠に、彼女は私を"視界"で捉えてる)

 

 園子は戦いの中で、決して雪花の槍を見ようとはしていない。目線はどこか空を見つめており、ボーッとしているかのようである。

 

(防人のバイザーや、私みたいな眼鏡も無しなら、それしか方法はない……けどっ)

 

 槍を回転させて園子へ突進する。

 

「はあああッ!」

「……っ!」

 

 園子は下を向いたまま、宙を漂う槍の刃を操って応戦していた。

 

「にゃっはは。戦いにくいんじゃない? 私の武器も見ずに、ボーッとしててさー」

「ボーッとするのは慣れてるんよ〜。そのままでも戦えるくらいにね〜」

 

 雪花の突きは、刃を一箇所に集らせ、盾にする事で防がれる。

 

(問題なのは、彼女の"能力"。それを解き明かせば早期決戦にできる。そうすれば歌野の加勢にいけるけど……)

 

 仮にも七武勇という大層な肩書きを持っている相手、一筋縄ではいかない事はわかっている。

 

「物を宙に浮かせる能力……。名付けるなら、『フワフワの野菜』って所かにゃぁ?」

「……!」

 

 雪花は園子の能力を予想して、あえて口にする事で動揺を誘おうとした。

 的中すればヨシ。的中せずとも園子の表情や言動で更なるヒントを得られると踏んだからである。

 

(ビンゴ……?)

 

 一瞬、園子の表情が固まったが、また和やかな顔に戻る。

 

「フワフワの野菜……。良いネーミングセンスしてるね〜。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その名前を頂いてたところだよ〜」

「……違う、けど遠からず、ってことかな」

 

(能力の名付け親が大社? 彼女と大社に一体何の関係が……?)

 

 

 

 

 

 

 ーー歌野は、ずっと一定の距離を空けながら、矢を撃ってくる東郷にヤキモキしていた。

 

「ピョンピョンピョンピョン、ジッとしてくれないわねっ」

「狙撃手は寄られたら不利になる。だから必ず距離を空けなきゃいけないのは当然の事よ」

 

「ーーそしてここで、狙い撃つ!」

「くっーー」

 

 放たれた矢をベルトではたき落とす。

 

「……何度見ても間違いない。攻撃を防いでいる。やっぱり私たちはさっき、幻覚を見せられていたのね。でも今は現実。……困った能力よ、彼女は」

 

「ーームチムチの〜、ロケット〜〜!」

「ーーっ⁉︎」

 

 樹木に括り付けたベルトを使って、勢いよく東郷に突っ込んだ。

 

「ココは私のリーチエリアッ! ムチムチの(ピストル)‼︎」

「ーーぐぅあ‼︎」

 

 避け切れず、右肩に命中して東郷はふっ飛んだ。

 

「……やっとヒットしたわねっ」

 

 東郷は右肩と体についた煤を払い呟いた。

 

「……銃というのは」

「……?」

 

「ーーこういう物の事を言うのよ」

 

 ーーパァン‼︎

 

 銃声の直ぐ後に、歌野の()()に痛みが走る。

 東郷が撃った弾丸が掠めたのだ。

 

「うっ……」

「よく避けたわね。おかげで擦り傷程度で済んだ」

 

 いつのまにか東郷の手にはピストルが握られている。

 

 ーーパァン‼︎ パァン‼︎

 

「ーーっ‼︎」

 

 二発目、三発目と放たれた弾を、今度は完全に避ける。

 この時、また歌野と東郷の間に距離ができた。

 

「……狙撃弾」

 

 ーー今度はまたライフルを握っており、東郷は即座に引き金を引いた。

 

「この距離は、私の間合いよーー」

 

 そしてライフルから放たれた弾丸は、避けたばかりで体勢の良くなかった歌野の腹部を撃ち抜いた。

 

「ううっ! がはっーー」

 

 弾は体の外へ脱したが、その激痛から歌野は地面に倒れ込んだ。

 

「あ……ああっ、くッ!」

 

 東郷の武器はライフルから弓矢に変わっている。

 

「ムチムチの(ピストル)……。見たところ自分の武器に()()()()()()()()()()()()ね。"(ピストル)"なんて言うから私と同じ能力かと思ったのだけれど」

 

 歌野は腹部を押さえながら、立ち上がる。()()()()()()()()を食らっただけでノックアウト寸前まで追い詰められていた。

 

「貴女と……同じ……?」

「ええ、そう思っただけよ。でも勇者の野菜の能力は"似たような系統"はあっても、"まったく同じ能力"は存在しない」

 

「ーーふぅう‼︎」

「ーーはあッ!」

 

 歌野が繰り出す一撃を矢を放って相殺させた。

 そしてまた矢をつがえ、歌野目掛けて弓を引く。

 

「私の能力は『ブキブキの野菜』。武器という概念ならば、質量、体積問わず、どんな武器でも変化させられる『装備(チャーム)型』の模範解答のような能力よ」

 

 東郷は弓を引いていた手を離して、歌野へ矢を放ったーー。

 

 

 

 

 

「ーーハァ、ハァ」

「……ふ〜」

 

 雪花は槍の刺突、そこから流れるように右方向へ薙ぎ払う。

 

「よっよっよ〜〜と」

 

 それを園子軽々しく避けていく。雪花が肩で息をしているのに対して、園子は余裕綽々の姿勢だ。

 

「くっ。向こうは槍を見てないのに、それを苦とも思わないように捌いていく……っ」

 

(なにより厄介なのが、あの飛んでる刃。あれが攻撃の際は自由自在に飛んでくるし、防御の際には彼女の盾になる……)

 

 雪花は跳んで上から槍を叩きつける。

 

「やああああ‼︎」

 

 それもまた、刃が盾になり園子を守る。

 

「ーーちっ」

 

(なんとかして不意を突いて、彼女を夢に誘いたい……。じゃなきゃジリ貧でこっちがへばる)

 

 雪花が余計と思えるほど派手に動き続けて攻撃するのも、園子は大して動かずにそれをいなしている。そして、今では一歩も動くことすらなく、宙を舞う刃を操作して攻撃と防御を交互に行っている。

 このままでは、攻撃や回避に体力を使う雪花が先にバテてしまう。

 

「便利な能力だねーそれ。その気になれば()()()()()()でも戦えるんじゃない?」

「よっよっよ〜。そうだね〜、私をそんな状態にできる人がいるなら、の話だけどね〜」

「随分な自信だこりゃ」

 

 

 

「ーーそのっち。まだ終わってなかったの?」

 

「ーーッ⁉︎」

 

 その時、東郷が樹木の影から姿を現した。

 

「な……っ」

「あ〜、わっしーどこまで行ってたの〜? すぐ見えなくなっちゃってたからさ〜」

「……んで」

「……?」

「なんで……? 歌野はあ⁉︎」

 

「彼女ならーー」

 

 そう言いながら、東郷が来た道を振り返るとーー

 

 

「ーーこおおおこおおおよおおおお!!!」

 

 その瞬間、飛び込んできた歌野の振るうベルトが東郷を吹っ飛ばした。

 

「ーーうあッ‼︎」

 

「歌野! ……良かった」

 

「ハァ……ハァ……。雪花、無事?」

「あっ……う、うん。歌野……よりは……」

 

 駆けつけて来た歌野は、右肩から血が二筋流れ出していた。それはその傷口に、先程まで矢が刺さっていた事を意味していた。

 加えて、額から血が流れていた。

 

「……私と同じ装備(チャーム)型なのに、頑丈なのね」

「タフネスなのが私の取り柄だからねっ。旅に出る前は毎日毎日畑仕事っ。スタミナもついてヘルシーに育ってるのよっ!」

 

「……やっぱり面白い〜」

 

(今、東郷美森が吹っ飛ばされたとき、彼女の気が逸れた。歌野の奇襲で完全に意識が向こうにいってた)

 

 雪花は園子の意識が次に逸れる機会を狙い、一気に畳みかけようと考えた。

 

(最高のケースは歌野が先に倒して彼女の集中力が切れたときね。いや、そうならなくても、彼女の集中力が切れたら飛翔する槍(オプ・ホプニ)で片を付けにいくっ)

 

 

 

 

 ーー歌野は東郷に追い討ちをかけるべく、また突っ込んでいく。

 

「……っ、馬鹿のひとつ覚えみたいにーー」

「だったらねッ! 止めてみてッ‼︎」

 

 腕を高速に動かせることでベルトによる多重攻撃を行う。

 

「ムチムチのぉ! 銃乱打(ガトリング)〜〜‼︎」

 

「ーーぐあ、ーーうわ、ーーあがッ!」

 

 流石に迫る全ての攻撃を避け切れず、東郷の体は攻撃を食らうたびに後ろへ後ずさる。

 

「……ガトリング? ごめんなさい、やっぱり横文字は苦手なのよ……」

「……」

「でも、機関銃って……こういう物でしょ⁉︎」

 

 途端、東郷は両手で機関銃を持ち、歌野へ連射させた。

 

「負けないわっ、ワンモア……銃乱打(ガトリング)‼︎」

 

 ダダダダダダダダダッ。

 

「やああああああああ‼︎」

 

 東郷の銃撃と歌野の攻撃が衝突したその瞬間ーー

 

 

 バチバチバチィッ‼︎

 

 

「「ーーッ!?」」

 

 

 摩擦で放電が起こったのか、ベルトと弾丸との接触部から黒いアークが発生した。

 

「わっしー! 大丈ーー」

 

 異変に気付いた園子がかける声をかき消すかのように歌野は追撃をかけ、東郷も応戦する。

 

「ーームチムチの、(ピストル)ーーッ‼︎」

「何度言わせるの⁉︎ 銃とはこういう物よッ‼︎」

 

 歌野が伸ばしたベルトと東郷の放つ弾丸とが衝突したときーー

 

 バチッ‼︎

 

 今度ははっきりと、黒い稲妻のようなものが走った。

 

「うわっ」

「ぐっうっ」

 

 その衝撃で双方はよろけて地面に尻餅をついた。

 

 

「ーー今の……やっぱり」

 

 園子はその応酬をつい眺めてしまっていた。

 

 ……()()()()()()()()()()()()()……。

 

(ーー今だッ‼︎)

 

 雪花は園子が意識を歌野と東郷の戦いに向いた瞬間を待っていた。

 この場にいた者ならば、誰もが視線を向けてしまうであろう歌野と東郷の応酬も雪花の視野には入っていない。

 

飛翔する槍(オプ・ホプニ)ーーッッ‼︎」

 

「ーーっ⁉︎」

 

 僅かな気の緩み。そしてその瞬間を狙って、この戦いで初めて槍を放り投げたことで、雪花は園子の不意を完全に突いたのだ。

 

 ガンッ!

 

「……あっ」

 

 園子は飛んできた()()()()()()、反射的に自身の持っていた槍で弾き飛ばして防いだ。

 

「…………」

 

「ーー勝ったッ!」

 

 微かに曇った園子の表情とは正反対に、雪花は歓喜の表情を浮かべた。

 ……勝利を確信した笑みを。

 

幻想の揺籠(ピリカ・シンタ)! 発動‼︎」

 

「ーーッ!?」

 

 そして、園子は立ったまま動かなくなった。

 眼は開いているが、どこか虚空を見つめたおり、体は力無く、宙を漂う刃は、園子の持っていた槍と共に地面に落ちた。

 

「……え? そのっち?」

「や、やったのねっ」

 

 相手を催眠にかける事ができ、雪花と歌野は勝利を確信する。

 

「大変だったよ。まあでも、ここまで、だねー」

 

 雪花は槍を拾い上げ、動かない園子へ穂先を向ける。

 

「そのっち‼︎ 起きてッ‼︎ ねぇ⁉︎」

「大声出されたら、起きるかもねっ。……でもその前に討つッッ‼︎」

 

 雪花はそのまま突撃する。

 そしてその槍は園子の体へ吸い込まれーー

 

 

 ーースカッ

 

 

「……?」

「……⁉︎」

 

 園子の体が右へ傾いて槍の刺突を()()()

 

()()()()()()()()おかげで当たらなかったかぁ、運がいいねっ」

 

 次に雪花は横薙ぎに払う。

 

 ーースカッ

 

 今度は体を屈めることで攻撃を回避した。

 

 ……園子は未だ夢の中にいる。

 

「ね、寝相が悪いんだねー!」

 

 雪花は園子の頭目掛けて槍を振り下ろした。

 

「…………」

 

 ーースカッ

 

「……は、はぁ?」

 

 ここまで来れば、嫌でもわかってしまう。

 

 園子は夢の中にも関わらず、雪花の攻撃を避けているのだ。

 

「ーー流石ね、そのっちは」

 

 東郷は大砲に変化させて真上へ空砲を放った。

 

 パァン!!!

 

「「ーーッ⁉︎」」

 

「ーーはッ⁉︎ あわわっ、お母さんごめんなさいっ!」

 

 大きな音だけが周りに響き渡り、その音で園子が目を覚ました。

 

「誰がお母さんよっ」

「……あれれ〜。もしかしてまた私寝てた〜?」

「そうよ。……ったく、槍に注意してって言ったでしょ?」

「えっへへ〜。ごめんね〜」

 

「「…………」」

 

 歌野と雪花は何も言えなかった。ユメユメの野菜の能力は上手くいったのに、その状態から動けるとは思ってもみなかったからだ。

 

「でもわっしー、おかげであの能力の正体わかったんよ〜。槍を見ると催眠をかけられちゃう。わっしーご名答〜」

「ええ、やっぱり間違いではなかった。それに彼女が眼鏡をかけている事から、恐らくレンズやガラスなどの遮蔽物越しならば、催眠にはかからない」

 

 東郷はライフルを持ち、片目を瞑りもう片方でスコープ越しに雪花の槍を覗く。

 

「……どうかしら? 私を夢に誘ってみなさい」

「……くっ」

 

 雪花は歯を食いしばり、何もできない事を悔やむ。

 

「図星、のようね」

「それにわっしー、両眼を閉じて戦えば関係ない事に気付いたんよ〜」

 

「……え?」

 

 園子は目を閉じて雪花の方へ歩いていく。

 

「な、何馬鹿な事を……。貴女、ふざけてるの、かな……?」

「そう思うならやってみてよ〜。ほらほら〜」

 

「ーーくっ!」

 

 チープな挑発に耐えかねた雪花は冷静さを失い、槍を園子の顔目掛けて突き出した。

 

「ああああーーー‼︎」

 

「……私の顔を狙ってる〜」

「ーー⁉︎」

 

 園子は目を閉じたままその刺突を、首を傾けるだけで避ける。

 

「はあああ‼︎」

「私の顔に右足で蹴りを入れてくる〜」

「ーーはああ⁉︎」

 

 雪花は右足で園子の顔を蹴ろうとしたが、園子は屈んでまた避ける。

 そして同時に、雪花の地面に着いていた左足を蹴り飛ばして転ばせた。

 

「あっ……くっ」

 

 地面に座るも、即座に立ち上がり、思いっきり槍を掲げる。

 

「上段から勢いをつけて振りかぶってくるね〜」

「ーーチィ」

 

 園子の言ったとおり振りかぶった。しかしそれも横にヒラリと回避される。

 

「一体……、雪花に何が起こっているの……?」

 

 歌野は東郷との戦いを中断して雪花と園子の戦いを見ていた。

 

「ーーうあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「……私から見て、左から右に横薙ぎして、その後ーー」

 

 雪花は園子を右から横方向に槍を薙ぎ払った。それは当然、園子から見れば左から右に流れる。

 

「避けた私のお腹目掛けてまた右足で蹴りを〜〜って、やめちゃうの?」

「……っ⁉︎」

 

 薙ぎ払った槍を避けた園子へ、即座に蹴りを入れようとしたが、また片足を払われると懸念した雪花はバックステップで距離を取った。

 

 ……そして、ここまでが全て、()()()()()()()の園子に言い当てられているのだ。

 

「どういう事……っ。貴女の能力は……」

 

(彼女の能力って……)

 

「物を浮かせる能力じゃないの⁉︎」(物を浮かせるだけじゃないの?)

 

 雪花と歌野の疑問を、園子は笑みを浮かべながら答える。

 

「私の能力は、触れた物を浮かせる能力で間違いないんよ〜? でも今のこれは、あなたの"気配"や"攻撃するという意思"を感じ取っただけなんよ〜」

 

「……な、何を言って」

 

「ーー改めまして私は園子。……『トリトリの野菜』を食べた鳥人間なんよ〜」

 

 園子は自身の能力名をカミングアウトした。

 

「トリトリ……?」

「鳥、なの……?」

「うん〜。あなたさっき、私の能力知りたがってたじゃない〜? だから教えてあげたんよ〜。あ〜でも、『フワフワの野菜』って名前も気に入ったからそう呼んでもいいよ〜」

 

「ーーふ、ふざけるのもいい加減にしてッッ‼︎」

 

 雪花は槍を園子に向ける。園子は以前目を閉じたままで、東郷は視線を雪花に向けないようにする。

 

「鳥ぃ!? どこの世界に槍の穂先を浮かす事ができる鳥がいるのよ⁉︎ 自分が浮いて飛ぶだけならわかるっ。……いや、翼も無しに飛ぶ鳥なんてやっぱり()()()()()でしょ⁉︎」

 

 声を荒げて意見する雪花に、東郷が答える。

 

「確かにあり得ないわね。……()()()()は翼をはためかせ、飛ぶ意思を持って自由に空を飛ぶ。でも、そのっちの能力は『トリトリの野菜』の中でも"特別"なの」

 

「特別……?」

 

 東郷は園子を見た。園子は東郷に全部説明して良いと思い、頷く。

 

「そのっちの能力はね……。『トリトリの野菜:モデル"鴉天狗"』。鳥系の能力を手に入れられる、『トリトリの野菜』の中でも希少な……"幻獣種"よ」

 

「幻獣、種……?」

 

 ……聞いたことのない言葉に、雪花と歌野は固まる。

 

「……でもね、驚くべきなのはここからなのよ。……そのっちの場合は()()()()()()()()()()"幻獣種"なのだから」

 

「なに、を……」

「どういう意味?」

 

 雪花と歌野は畳み掛けられる新事実に、頭を追い付かせる事で一杯だった。

 

「大社はね。()()()()の"血統因子"を摘出して、それを解析することで『人造勇者の野菜』を作り出したの」

 

「……」

 

 園子は薄く瞳を開けて、悲しげな表情を浮かべた。

 

「ーー私たちは、元は大社に所属していたの。……そしてそのっちは、"大社の闇"によって作り出されてしまった……犠牲者なのよ」

 

 

 

 




東郷美森:『ブキブキの野菜』の武器人間。リンクした物をあらゆる"武器"に変える事ができる。(変化させる事はできるが使いこなすには勉強と鍛錬が必要)
 武器を装備する事から、"装備(チャーム)型"という言葉が彼女のおかげで一般に広まったとされる。
 彼女は好んで遠距離系の武器を使う。(懸賞額は380万ぶっタマげ)

園子(苗字は隠している):『トリトリの野菜:モデル"鴉天狗"』の鳥人間(幻獣種)。
 四国でしか入手出来ないといわれる"幻獣種"のひとつ……のようだが彼女の場合、()()()()の血統因子を解析した大社が作った『人造勇者の野菜』(の失敗作)だった。
 その勇者の能力と比較して『モデル"小天狗"』とも呼ばれている。(懸賞額は425万ぶっタマげ)

・東郷、園子、そして銀は初めて勇者で賞金首になった。


次回 完全なる敗北


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第三十二話 完全なる敗北

拙稿ですがよろしくお願いします。東郷さんならマジで出来そう。戦闘機とか戦艦の操縦……。


前回のあらすじ(?)
歌野「一体なんなの⁉︎ 貴女の能力っ」
園子「私は『トリトリの野菜:モデル"カラス"』なんよ〜」
雪花「どこの世界に貴女みたいなカラスがいるのさ!」
東郷「そのっち。ちゃんと"鴉天狗"って言ってあげて。鴉か鴉天狗かでは大きな違いがあるわ」



 

 芽吹と水都は双子座の手を引いて、森の中を突き抜けて行く。

 

「ね、ねぇ、楠さん」

「……何?」

「今さらに、なるんだけど……楠さんは、一応は大社の人、だよね? いいの? この子たち側にいて」

「……」

 

 少し黙っていた芽吹だったが、双子座を一瞥した後、口を開く。

 

「確かに今更ね」

「「……っ」」

 

 双子座は芽吹の目線に身体を震わせた。

 

「私がこっち側にいるのは、歌野の言葉があったから。取引相手でもあるしね。それに私はまだ、双子座を信用してる訳じゃない」

「え、それって……」

「あの場に私が残って3対2で戦う構図もあった。でも……だったら貴女は一人になる。それを()()()()()()()()()どうするの?」

「えっ?」

「ぼく、そんなっ」「わたし、そんな」

 

「ーー私は可能性の話をしてるのよ」

 

 芽吹の一言で三人は沈黙する。

 

「歌野は二人をまったく警戒して無かったけど、それが作戦っていう可能性もある。……そして、二人が本当に無害である可能性もある」

 

「「「…………」」」

 

「別に私はどっち側かに揺れてる訳じゃない。……でも、双子座を"信じる"も"疑う"も、どっちかに頭を傾けてたら、いざ真相がその"逆"だった時、次の瞬間の出足が鈍ってしまう。……言っている意味、分かる?」

 

「う、うん。……なんとなく、だけど」

 

 双子座もコクコクと頷いている。

 

 それからまた、黙ったまま走り続けた。

 

 

「ーーあっ……はぁ、はぁ……」

「……疲れてきたわね」

「「だいじょーぶ?」」

「う、うん。……でも走らなきゃ、さっきも安全だと思ったのに、上から来てた……」

「ええ、そうね。きっと黒髪の方の彼女は私達の居場所が分かるんじゃないかしら? あの戦闘機には、レーダーが搭載されていてもおかしくないから」

 

 一旦立ち止まり、呼吸を落ち着かせる。と言っても、芽吹や双子座と比べて体力がない水都だけが呼吸を荒くして、地面に座り込んでいる。

 もっとも、水都の場合は歌野の荷物も持っていることが、体力を余分に使ってしまう要因でもあるのだが。

 

「楠さん。私を置いていっていいよ。あの二人の狙いはこの子たちだもん」

「それは分からないわ。もしかしたら、貴女を人質に双子座を渡すよう指示してくるかもしれない」

「そんなこと……」

「無いとは言えないわ。……まぁ、歌野たちが負けても同じ事をするかもだけど……」

「楠さんは……うたのんと雪花ちゃんが負けるって……?」

「仮にも彼女達は"七武勇"……だからね」

「あっ……」

 

 芽吹は一度、七武勇のひとりと戦っている。それもつい最近の事である。

 七武勇の実力を、歌野たちの中で誰よりもよく知っている。

 

「三好さんが特別強いって可能性も考えられる。でも、同じくらいの力はあるんじゃないかって思うわ。あの二人は……」

「東郷美森さんと……園子さん」

 

 水都は東郷と園子の手配書を諏訪支部にて確認している。彼女らの懸賞金の額も。

 しかし、水都は名前しか無かった園子に対して疑問を抱いた。

 

「園子さんには、苗字が描かれてなかった。……あれ、なんでなんだろう?」

「さあ? 私は三好さん以外眼中に無かったから気にも留めてなかったけど……」

 

 そこまで言って、芽吹は少しの間考え込んだ。

 

「……? 楠さん?」

「……大社は、不都合な事を抹消しているんじゃないかしら? 知られては不味い事を。もし彼女が、大社のお偉い人の血縁者なら……」

「大社のお偉い人? 神官長とか?」

「またはもっと上。……って考えたら、"五老星"ぐらいになる、わね」

 

 "五老星"とは、バーテックスが現れた日、迅速に行動して四国内の人々を導いた大社。その基盤を築いた五つの家の当主のことである。

 現在は表立つことはない。(まつりごと)は子や孫、下に連なる家々や、神官長をはじめとする者たちに任せてあるそうだ。

 

 『乃木』『上里』『鷲尾』『安芸』『弥勒』

 

 つまり、この五つの家によって大社が始まったといえる。また、あくまで五老星とは、上記の家の"現在の当主"を指す言葉であって、家の事ではない。

 

「七武勇の園子は……、ーーっ!」

 

 "七武勇の園子は、その五人の誰かの血縁者なら、苗字も隠されているのも頷ける"。

 

 そう、芽吹は言おうとしたが、何かが近付いてきたのを感じて口を閉じた。

 

「? 楠さん?」

「誰か来るわッ」

「「ええ⁉︎」」

「そんな⁉︎ じゃあうたのんと雪花ちゃんがーー」

「そっちからじゃない‼︎」

 

 芽吹は水都と双子座の前に立ち、進行方向だった方角を睨み付ける。

 

「……貴女っ」

 

 すると三人の防人の装備を身に付けた者たちが姿を現した。

 

「あっれ〜? あれあれあれ〜? 芽吹()()じゃん!」

 

「……No.6」

 

 首元のプレートに『06』と描かれた少女が、ニヤリと笑う。そしてその隣には、『27』『14』の防人兵。

 

「こんなところで何してるんです? ……()()()と一緒で」

 

 

 

 

 

 

 

 ーー歌野と雪花は、東郷の言葉に黙ったまま耳を傾けていた。二人の中で段々と戦意が薄れていくのを感じながら。

 

「私とそのっちは、大社の中でも特に権力の秀でた家にいた」

「貴女たちが……大社にいた……? は? じゃあなんで……」

 

 ーーなぜ、大社にいた者が大社に敵対しているのか?

 

 その疑問を口にする途中で、雪花は気付いた。

 三好夏凛は大社に関わる家のひとりである。その夏凛は大社の闇を知り、防人を……芽吹の元を去った。

 東郷と園子が大社の上層の家に居たとしたら、そのような噂を知る事だって可能な筈である。

 そう思った時、同時に雪花は北海道支部がいかに氷山の一角であった事にも気付いてしまった。

 

「じゃ、じゃあ……大社本部は……」

 

「ーー"勇者の野菜"は神に見初められた少女にだけ宿る力。穢れなき身だからこそ、神威を振るえる。……大人はもちろん、男性では野菜を口にしても能力は手にできない」

 

 しかし、能力者は多いに越したことはない。ゆえに大社は科学者の力を借りて勇者の野菜を研究した。

 すでに能力を得ていた四勇から血液を採取し、そこから"血統因子"を見つけ出す。

 

「四勇の血縁者はそのっちだけだった……。だから彼女が矢面に立たされた」

 

 そしてその後は、彼女の体を使っての人体実験を行う。

 真相に気付いた東郷ともうひとりの手によって救出され、大社を離反する事となった。

 

 そして大社はその実験から、また勇者の野菜の新たな発見をしたという……。

 

「……少し話しすぎたかしら」

 

 東郷は拳銃を歌野に向けた。

 

「……っ!」

「私もそのっちも……大社を潰してしまいたいと思ってる。でも、バーテックスがいなければこんな事にはならなかった」

 

 園子も目を薄く開け、槍を構え穂先に刃を浮かせている。

 

「それでもバーテックスを庇うのなら、あなたたちもまとめて……っ、私は撃つッ!」

 

 放たれた数発の弾丸を歌野はベルトを振るい、防いでいく。

 

「……卑怯、とは言わないわよね……」

 

 東郷の手に持っている拳銃がロケットランチャーに変わる。

 

「……ッ‼︎」

「追尾型爆撃弾」

 

 東郷はランチャーのスコープから歌野をロックオンする。

 

「ーー発射‼︎」

 

 ランチャーから放たれたミサイル弾が歌野目掛けて飛んできた。

 

「ーーくっ⁉︎」

「逃げても無駄よ? これは追尾型、あなたに当たるまで追い続ける」

 

「あッーー」

 

 ーードカァン!!!

 

 ミサイル弾から逃げ続けるも、遂には追い付かれまともに食らってしまった。

 

「ーー歌野ッッッ‼︎」

 

「…………」

 

 爆炎の中、歌野は全身に火傷を負い、その場に倒れていた。

 

「勝負は着いたわね。……命までは取らないから、もう立ち上がらないで」

 

 歌野にまだ息がある事を確認した後、東郷は応答が無い相手に呟いた。

 

「勇者の野菜は使用者の知恵や工夫次第でいくらでも強化できる。現に私はあらゆる武器を使いこなす為に努力した。……大砲、戦闘機や戦艦、戦車、とかね」

「…………」

 

 それを歌野が聞いているかはわからない。

 

「白鳥歌野さん。貴女は鞭の特性を理解出来ていない。銃の真似事をしたって所詮は真似事。本当に弾丸が飛び出る訳でもない。……もう少し、自分の能力を顧みることね……」

 

 

 そして東郷は、雪花と園子の決着を見守る。

 

 

「そ、そんな……」

「ーー今度は、あなたがよそ見だ〜」

「ーーッがあッ!」

 

 園子自らが動き、雪花の槍をはたき落とし、蹴り飛ばした。

 と、倒れ込んだ雪花に、宙を浮かんでいる刃がその首を通過した。

 

「……⁉︎」

「はい〜、これで一回〜」

 

 槍を持たない雪花は園子の槍撃に襲われる。

 

「ーーぐっ! ーーあっ! ーーうぐぁ!」

「それそれ〜」

 

 体中傷だらけになりながらも、辛うじて雪花は立っている。

 

「後ろ後ろ〜」

「……え?」

 

 後頭部に違和感を感じて振り返ると、そこには刃の切っ先が向けられていた。

 

「はいっと〜」

「……ッ‼︎」

 

 それに気を取られ、園子にまた蹴り飛ばされる。その最中にも、空中の刃は雪花の体に近付き、何もせず素通りする。

 

「はいっ」

「……ぐっ。……さっきから、何のつもり……」

 

 倒れ込んだ雪花に園子が馬乗りして槍を雪花の顔の真横に突き刺す。

 

「……これであなたは10回死んだんよ〜」

「……‼︎」

「バーテックスは手心なんて加えてくれないよ? ……たとえ、()()()()()()()()()()でもね〜」

 

 雪花からはもう戦う意志を感じなかった。それほどに圧倒的な差が二人の間にはあった。

 なにより、園子が()()()だったなら、雪花はもうすでに死んでいたという事実は、彼女からより一層戦意を奪う要因にもなり得た。

 

「……あ、ああ……」

 

 雪花の表情は暗く、絶望に染まっていく。

 

「バーテックスと勇者は相容れない存在。人の姿で誤魔化せても、結局はバーテックス。いつ、本性を現し人を襲うかわからない」

 

 園子の口調は徐々に淡白した物言いに変わっていく。

 

「だから理解してね。あなたたちのやっていることが、いかに世間から逸脱したものなのか……」

 

 最後にふふっ と微笑み、園子は雪花から離れて東郷の元へ歩いた。

 

「……行きましょうそのっち。私の能力なら、まだ間に合う」

「うん〜。よろしくね、わっしー」

 

 東郷はまた、上空に戦闘機を出現させた。

 

「ま……待て」

「「……?」」

 

 ゆっくりと雪花は立ち上がる。

 

「もう立ち上がらなくて良いよ〜? 私もわっしーも、命まで奪うつもりはないんだから〜」

 

「それでも……私は」

「そのっち、ちょっと私を抱えててくれる?」

 

 東郷は園子に捕まったまま、一旦戦闘機をライフルに変化させた。

 

「そこでじっとしてなさい」

 

 ーーパシューン!

 

「ーーうっ⁉︎」

 

 雪花の胸元に少しの痛みが走った。すると、目の前がじわじわと暗くなっていく。

 

「麻酔弾よ。……最初のお返し。目が覚めたらもう終わってると思うから……」

 

「うっ……くっ……」

 

 雪花は頭がボーッとし始め、地面に跪いた。

 

 薄れゆく意識の中で、遠くへ飛んでいく二人を睨みつけながら……。

 

 

 

 

 

 

 ーー芽吹はNo.6たちを見据えたまま、腰の刀に手を掛ける。

 

「キキキッ。芽吹隊長、知らないんですか〜? そいつら双子座バーテックスなんですよ?」

「知ってるわよ」

「……おかしいなぁ? なら何でそいつらを庇うような立ち位置になってるワケ?」

 

 芽吹は刀を抜き、No.6へ向けた。

 

「訳あって一緒に行動してるのよ。ウエストジャパンまでね」

「……」

 

 No.14とNo.27は首を傾げていた。芽吹の言っている意味がわからないからである。

 

「なになに? 頭おかしくなってるワケ? 防人の御役目をほっぽり出して何をしてるかと思えば、バーテックスと仲良しごっこ?」

「今は防人隊長としてではなく、ひとりの楠芽吹として動いているのよ」

「いっや、それが意味わかんないって言ってんの」

 

 No.6は重いため息を吐いた。

 

「……あまり失望させないでよ? 隊長。アンタはウチの憧れでもあったのに」

「……」

「まぁ、今ではウチの方が強いか。……勇者の野菜の能力者になったウチの方が、ね」

「やっぱりそうなのね」

 

 防人を離れていた芽吹にとって久しぶりに会う同僚。彼女もまた、能力者となっていた。

 

「アンタがなんでそこまで落ちぶれたのかは知らない。興味ないしね。でも、バーテックスを庇い、防人に楯突くようなら……わかるよね?」

 

 すると、No.6は自身の着ていた防人特有の鎧から細長い剣状の突起物が生え、それを手にした。

 

「久しぶりに決闘しようよ。ほら、防人のリーダーを決めた時みたいに、さ」

 

「……良いわよ」

 

 芽吹は背後にいる水都と双子座に少し離れるよう伝える。

 

「楠さん。大丈夫……なの?」

「何が?」

「いやだって……。この状況を見られちゃったから……」

 

 芽吹が完全に大社を裏切り袂を分かった、と見られてもおかしくない状況になってしまっている。

 

「別に良いわ。……それに、ここで戦う事には、私なりに意味があるの」

「意味?」

「ええ。上下関係を教えるために獣を再度躾けるだけよ。防人では日常茶飯事なの」

 

 そして、お互いに向かい合う。

 

「だからここで見ていて。……楠芽吹が、再び防人最強に返り咲く、その始まりの瞬間を」

 

 

 芽吹は自身の思惑により、No.6に戦いを挑む。双子座を守るため、というのは、もはや"ついで"に他ならない。

 

 最強の防人になる、という約束を果たすために。

 




 最後のアドバイスは東郷さんの生真面目さが出た瞬間でもあった。でもそれが後に歌野の成長に繋がり得る。


次回 隊長としての意地


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第三十三話 隊長としての意地

拙稿ですがよろしくお願いします。ここから芽吹が死ぬほど頑張ります。……白鳥さん、早く復活してくれ。


前回のあらすじ
 東郷と園子の力の前に歌野は戦闘不能。雪花は戦意喪失し、改めて矛先は双子座に向けられる。その一方で、芽吹は大社から歌野討伐の為に派遣されたNo.6たちと遭遇。No.6は目的を双子座へ切り替え芽吹と衝突する。



 

 芽吹は刀を両手で持ち、No.6へ突っ込んでいく。

 

「アンタたちは手を出さないでよぉ! これはウチと隊長とのバトルなんだからッ!」

 

 No.14とNo.27に退がるように指示する。

 その次の瞬間、No.6が手にしている突起物と刀とがかち合う。

 

「ぐっ……力強いねぇ」

「貴女……その剣みたいなものは何? 装束から出てきたようだけど……」

「ああ、これ? これは……」

 

 鍔迫り合いの中、No.6は不敵に笑う。

 

「ウチの"爪"だよ。剣サイズの、ね!」

「ーーッ‼︎」

 

「……二輪咲き(ドス・フルール)

 

 その時、芽吹はNo.6に()()()()。それも鍔迫り合いの途中にも関わらず。

 

「う"っ‼︎」

 

「キッキキキ! 食らえッ! オーリャリャリャリャリャ!!!」

「ーーがっ、あっ、うッ‼︎」

 

 両手が塞がったままの芽吹は防御姿勢に入れず、タコ殴りにあう。

 そして、怯んだところを蹴り飛ばされた。

 

「……っ」

「キャハッ。不思議? お互いに両手が塞がってたのに、何で殴られてんだ? って……」

 

 よく見ると、No.6の背中から二本の腕が生えていたのだ。

 

「……それが……貴女の能力?」

「おっ、察しがいいねぇ。隊長が去った後、弥勒さんの計らいで指揮官クラスの防人は勇者の野菜を手に入れた……」

 

 すると、背中から生えていた新たな腕の、掌からまた剣状の突起物が生えてきた。

 

「No.3からNo.8まで。あぁもちろん三大将もね。……んでウチの能力は『ハナハナの野菜』。装備した武器からウチの()()()()を花咲かせる事ができる、花咲人間だよ」

 

「……武器? その装束が?」

「っていうか、この防人装備全体だよ」

 

 No.6は両手と背中から生えた腕に一つずつ。合計三本の剣型の爪を持っていた。

 

「知ってる隊長? 装備(チャーム)型ってのはね、どんな物を装備するかで、戦いに様々なバリエーションをもたらす事ができるのよ」

「……貴女が装備した対象が、それって事ね」

「御明察っ。例えば、石ころを装備したとしても、せいぜいウチの目やら耳やら指ぐらいしか咲かない。でも、この防人装束を装備対象として()()にすれば、腕は生える、足も生える……おまけに新しいウチの体も、ね」

 

 すると、お腹の辺りからNo.6の顔が浮き上がる。その()()()は、芽吹に笑いかけた後、消えていった。

 

「装備対象のあらゆる場所から、ニョキニョキって生えるから、ウチは『ニョキニョキの野菜』って名前にしようと思ったけど大社は、この能力は()()()()()()()()()()()()()()()()()()って拒否られたんだよねぇ……」

 

(気味の悪い能力ね……)

 

「あっ! 今気持ち悪いって思ったぁ? 心外だねぇ」

「……少し疑問があるんだけど」

 

 芽吹はNo.6が防人装束に能力をリンクさせていることはわかった。だが、()()()()()()()に疑問を感じたのだ。

 

「私の知ってる勇者は、槍とかベルトとか……単一の物を装備して能力を使っていた。でも貴女はその制限がないように思えるんだけど?」

 

 防人装束は頭から足まで繋がって出来ている訳ではない。グローブや靴は独立しているし、衣類も上半身と下半身に分別できる。

 

「それじゃあまるで、装備(チャーム)型ではなく、憑依(サーブ)型ね……」

 

「……良いところに目をつけたね。流石隊長」

 

 そう言いながら、No.6は三本の爪剣で芽吹に襲い掛かる。

 

「ーーくっ!」

「装備する対象は、元が一体化していたなら、()()()()()()()()能力は維持され続けるのさ!」

「……⁉︎」

 

 刀一本では捌ききれず、芽吹は少しずつ押されていた。

 

「例えば、大きな鉄に能力をリンクさせた場合っ、それを切り分け、加工し、二本の剣を作ったとしてもッ! ()()()()()()()()()()()()()()()のさ‼︎」

「……ぐあッ!」

 

 三本の爪剣に気を取られすぎたせいで、下から迫る三本の足蹴りに対処できなかった。

 芽吹は蹴り飛ばされ、地面を転がる。

 

「ーーがッ! あッ!」

 

「ウチも同じ。防人装束は、元はひとつの素材から作られてる。だから装束にリンクさせれば装束全体が苗床になり、さもウチの体から生えているようにみえる。装備(チャーム)型でありながら、憑依(サーブ)型の戦い方ができるってこと。知恵と工夫の賜物さぁ!」

 

「……ッ! はぁ……はぁ……。な、なるほどね」

 

(つまり……三好さんは、そうやって……双剣に能力を宿らせている訳ね……)

 

 夏凛が何の能力者かはわからない。が、あの双剣のどちらかではなく、どちらにも能力を宿らせている事に今更ながら気付かされた。

 

「……礼を言うわ、教えてくれて。おかげで三好さんにリベンジする為の重要な知識を手に入れられた」

 

「はっ? リベンジ? どういうこと? 三好夏凛に会ったの? 戦ったの?」

「ええ」

 

「ーー負けたの?」

 

 その言葉に、少し間を置き正直に答えた。

 

「……ええ、あっさり負けたわ。この防人装束がボロボロなのも、三好さんのせいよ。腰の刀も半分折れて、ただ差してるだけだしね」

 

「ーーッ!」

 

 No.6の顔色がみるみる青ざめていく。

 

「……何負けてんのよ

 

「だから私は、己を鍛え直す為に偶然出会った"歌野"と行動を共にして、この世界を見て回ってる。三好さんに追いつく為に。そして、歌野と交わした約束や、貴方達との約束がーー」

 

「ーー腑抜けたこと言ってんじゃないわよォ!!!」

 

「……っ⁉︎」

 

 No.6のいきなりの怒号に、周りの防人や、水都たちも体をビクッと震わせた。

 

「こりゃ何の冗談だよぉ⁉︎ なんてザマだよ⁉︎ あの強くてッ冷徹でッ、完璧だった芽吹隊長(アンタ)がッ! 三好夏凛に負けッ! あろうことか白鳥歌野たち犯罪者共と馴れ合いッ、本来駆逐対象であるバーテックスを守ろうとッ、仲間だった筈のウチらに刃向けてやがるッッ‼︎」

 

「……」

 

「ウチらをほっぽり出しておきながら、自分は生き恥を晒し続けてやがるッ! プライドはねぇのかよ! ウチらが好きだった楠芽吹はァ! 一体どこに行ったんだよ‼︎」

 

 泣き叫んでいるかのように聞こえるその声は、水都や双子座、果てはNo.14とNo.27の胸に重くのしかかる。

 

「白鳥歌野はァ、ウチが弥勒さんから排除するように言われてんだよッ。……それが何だ、ウチらの芽吹隊長がその白鳥歌野に尻尾振ってへり下って……。とことん見損なったよ‼︎」

 

 なぜかNo.6の怒声は、ひどく哀しく、周囲に響き渡る。

 

「……貴女は、あの頃の私はどこへ行ったんだ? と聞いたけど……。そうね、もうその頃の私は居ないわ。三好さんに敗れて死んでしまったから」

 

「……っ」

 

「でも、あの頃の私のままじゃいけなかったのよ……。勝てなかったのよ、三好さんには。何も知らない、本当の強さも分からなかったあの頃の私じゃ……、強いように見せかけていただけ」

 

 思えば、夏凛と研鑽を共にし、防人のトップを競い合おうと誓い合った時が、一番芽吹を強くしてくれた時間な気がした。

 夏凛の剣技を短期間で修得できたのも、強くなれたのも、芽吹が"仲間"と共に居たから……。夏凛を心の中で"信じて"いたから……。

 

 ……もっともそれは、夏凛が何も告げずに芽吹の元を去った事で、粉々に砕け散ってしまったが。

 

「貴女達と居た頃の私は、本当の意味で皆を信頼してなかった。ただ、三好さんに見せつける為に、当てつけのように……。私が貴女より優秀なリーダーだ……って。三好さんにそう思わせる為に、貴女達を利用してたようなものよ」

 

 昔、芽吹は『自分が隊を指揮する以上、防人に死者は出さない』と誓ったが、あれは()()()()()()()()()()()夏凛(周囲)に思い知らせたかっただけ。

 

()()()に分かるのは……あの頃の私は、三好さんを追いかけていただけで、貴女達をちゃんと見てなかったって事ッ」

 

 芽吹は上段から一気に刀を振り下ろした。

 

「はぁぁぁあああ‼︎」

「ーーッぐぐ!」

 

(くっ……。力がっ、さらに強く……っ⁉︎)

 

 芽吹の攻撃を、三本の爪剣を使って辛うじて防ぐ。

 たった刀一本を受けるのに、全身がミシミシッと軋みをあげていた。

 

(たかが刀一本が……っ、重いッ)

 

「ーーでもッ! まだまだだァ‼︎」

「ーーッ⁉︎」

 

 今度はNo.6の腹部から、六本の腕が生えた。

 

六輪咲き(セイス・フルール)ッ!」

 

 その六つの手は芽吹の両腕を掴み、両方の腿を掴み、首に手をかけた。

 

「ーーぐっ……ぁあっ……っんん」

 

 身動きが取れないまま、じわじわと首を締め続けられる。

 

「文字通り手数の多さで相手を翻弄する……。それに絞め技はハナハナの野菜と相性が良いんだよねぇ」

 

「くっ……んんっ……」

 

 必死に振り解こうと力を更に込めるが、No.6の空いている腕は彼女の体をより一層強く拘束する。

 

「ーー更にッ、能力で咲かせた体の一部もまた、花咲かせる苗床になるのさ! こんな風にねッ‼︎」

「ーーんんッ!」

 

 芽吹の全身は、新たに生えるNo.6の腕に絡め取られていく。

 

六輪咲き(セイス・フルール)・クラッチッ‼︎」

 

 芽吹は手も足も出せず、背骨を反り返らせ関節技を決められる。

 

「さて……このまま体の骨をバッキバキに折られたいか、この爪剣で串刺しにされたいか、どうする?」

「……っ」

「キキキッ。そうだよねぇ、苦しくて何も言えないよねぇ。……だったらさ」

 

 No.6は本来の手で持った爪剣を上段に掲げた。

 

「ーーすぐに楽にしてあげるッッ‼︎」

 

「ーー‼︎」

 

 その瞬間芽吹は口を大きく開けて、自分の首を絞めている手に思いっきり噛み付いた。

 

「ーーいッッたああ‼︎」

「ーーっはあッ!」

 

 No.6が痛がると、芽吹に絡み付いていた腕の拘束が緩み、その時を狙って無理矢理振り解いた。

 

「……っううああああ‼︎」

 

 拘束を解かれた芽吹は後ずさり、息を整える。

 

「……はぁはぁ、はーふぅ、はー、ふぅ……」

「いっ……ててて」

 

 芽吹が噛み付いた所には明確に歯型ができており、血が滲んでいた。

 相当な力で噛み付いた証拠である。

 

「気付いたんだね。ウチの体の一部ってことは、そこに与えるダメージもウチ自身に影響するってこと……」

「はぁ、はぁ……。え、ええ、そうよ」

 

 呼吸を整え終えた芽吹は、刀の切っ先を向ける。

 

「No.6……。私は、貴女達の元から離れた事……後悔はしてない。三好さんを探しに出た事。敗けた事。歌野達に出会った事。一緒にいる事。双子座(バーテックス)を庇っている事。……その全てがッ、嘘偽りの無い()()()()()()()()ッ! ……それがどんな修羅の道でも茨の道でも、歌野達と共に歩み続ける事で、昔の私には無かった……防人に居ては気付かなかった事が、気付けるかもしれないッ! 強くなれるかもしれないッ!」

 

「…………」

 

 全員が、静止したまま芽吹の言葉に耳を傾けている。

 

「三好さんに勝てるかもしれないッ‼︎ そして、全てが終わり仲間達(貴女達)の元へ帰って来た時、私はッ、胸を張って、正真正銘の防人最強の隊長、楠芽吹として貴女達を導いてみせるッ‼︎ この世界を、バケモノ如きに屈しない、平和なものへと導いてみせるッ!」

 

「……ッ!」

 

「だからそれまで待ってなさいッ!! ーーこれは命令よッッ!!!」

 

 荒げた声は、芽吹の想いは、No.6の胸に……後ろの防人たちに、届いただろうか。

 

「…………なら、今ここで示してよ、隊長」

「……」

 

 今、No.6には防人装束から生えた六本の腕と、実際にある二本の腕。また、同じサイズの爪剣を生やしてそれぞれ手に持つ。合計八本の腕、八本の爪剣がある。

 

「言ったよね? 今いる指揮官クラスの防人は全員能力者。加えて、雀、しずく、弥勒さんの三大将も能力者。そのウチらから見れば、非能力者のアンタは最強から程遠くなってんの」

「そうね」

「だから、もう一度教えてよ? ウチらに。()()()()()()()()()()()、を」

「元よりそのつもりよ……」

 

「ーーふっふふふ」

 

 静かに笑いかけ、No.6は芽吹に突進するーー。

 

「ーーこれで終わりにするッッ‼︎」

 

 八本の爪剣がバラバラのタイミングで芽吹に襲い掛かる。

 それを芽吹は後ろに下がりながらも、僅かな切り傷を受けながらも、苦し紛れでも捌いていく。

 

「かつて二刀流で馳せたアンタも使えるのは一本だけ! しかもこっちは八刀流‼︎ この斬撃たちには勝ち目は無いよねええええ!!!」

 

「ーー武器の数は関係無いのよッッ‼︎」

 

 芽吹は体をその場で一回転させて、その勢いのまま爪剣を弾く。

 

「貴女がタコみたいになっても、イカみたいになっても、私と貴女じゃ力の差が違うッ‼︎」

「ーーくっ」

 

 芽吹の剣幕に押し負け、体をのけ反らせた。

 

「腕が何本生えようとも、剣が何本あろうとも、私と貴女じゃ一本の重みは全く違うッッ!」

「負け惜しみがあああーーッ‼︎」

 

「一刀流・刀狼流(トウロウナガ)しッッ‼︎」

 

 スルリと八つの斬撃をいなして、すれ違いざまに一太刀を入れた。

 

「……がっ! まだだァァァ‼︎」

「……ッッ⁉︎」

 

 背中から新たに生えた腕が芽吹へ伸び、刀を奪い取る。

 

「ーーちっ」

「キーキキキッキャハハハァ! 刀を奪ってしまえば、それまでーー」

 

「無刀流……」

「え?」

「ーー(タツ)()き!!!」

 

 両腕を体と共に大きく振りかぶり、回転する。

 その回転は周囲に竜巻を発生させ、No.6を風圧で切り刻みながら上空へ飛ばす。

 

「ーーうわあああああああああああああああ‼︎」

「……これが、私と貴女の重みの差よ……ッ」

 

 舞い上がった拍子に手からすり落ちた刀を手に芽吹はNo.6を見上げる。

 

「こうなったら……ッ、百花繚乱(シエン・フルール)・ウイング‼︎」

 

 空中のNo.6は背中から大量の腕を生やし、それを束ねて翼を作った。

 

「キーッキキキッ! これなら、アンタはウチを斬れないッ。でもウチはここから爪剣を咲かせて投げることができるッ!」

 

 No.6は腕で出来た翼をはためかせ、上空からの一方的な攻撃を試みる。

 

 ……だが。

 

「芽吹隊長‼︎ 所詮アンタは能力者(勇者)には勝てーー」

 

「ーー飛ぶ斬撃を、見た事ある?」

 

「……あ? 今なんてーー」

 

 芽吹は刀を構えて口上を呪文のように呟き始めた。

 

「眼・耳・鼻・舌・身・意……。人の六根に、好・悪・平! ……また各々の"浄"と"染"。一世三十六煩悩ッ!」

 

「えっーー」

 

 ーーそして芽吹は標的に向かって、一気に振りかざすッ。

 

「一刀流ッ! 三十六(サンジュウロク)煩悩鳳(ポンドホウ)ーーッッ!!!」

 

 芽吹の刀から発せられた斬撃は、宙を飛ぶNo.6を見事に捉え、斬り裂いた。

 

「ーーキャアアアアアアアアアアアアッッッッ!」

 

「ええ⁉︎ 」「何アレ⁉︎」

「すごいっ……っ」

「「……!?」」

 

「ーーあ……ああっ……」

 

 周囲が驚く中、斬られたNo.6はそのまま地面へ墜落した……。

 

 

「……ああ、言い忘れてたけど、私が防人のトップに返り咲いた時は、貴女達……」

 

 落ちて来た相手と、その仲間に向かって口を開く。

 

 

「農業王の野菜……買いなさいよ」

 

 




 No.6(女です):『ハナハナの野菜』の花咲人間。彼女の場合、防人装束を装備対象としているので、はたから見れば体から生えているように見える。その気になればもう一人も作り出せたり、今回みたいに翼を作って飛んだり(滞空時間は長くはないが)と、戦闘以外にも汎用性がある。
 大社はこの能力は、"すでに『ハナハナの野菜』という名前がある"と言っていたようなので、この能力の前任者がいたようである。


次回 楠芽吹としての覚悟



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第三十四話 楠芽吹としての覚悟

 拙稿ですがよろしくお願いします。皆さんは『飛ぶ斬撃』を最初に見たのはどの作品でしたか? 残念ながら、自分はワンピースでは無かった……。


前回のあらすじ(?)
水都「楠さん。さっきのってどうやって攻撃できたの? どうやって斬撃を飛ばしたの?」
芽吹「気迫」
水都「えっ?」
芽吹「つまりは、気合と根性」
水都「…………」



 

 ーー動いて。動いて……お願いだから。

 

 うつ伏せのまま動けない歌野は手や足に力を込める。

 

(動かなきゃ……。立ち上がらなきゃ……。追いかけなきゃ……)

 

 すでに東郷と園子は双子座を仕留めるために水都と芽吹の元へ向かってしまった。

 二人の手によって()()全員が危機に晒される事は明白だ。

 

(う……ご……い……て……)

 

 歯を食いしばる。意識を指先に集中させそこから伝わる地面の感触を確認する。

 

「ーーッッ‼︎」

 

 グッ と両手を握りしめて、拳を地面に叩き付ける。それを支えにゆっくりと体を起こしていく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 やっとの事で顔を上げると、暗い顔をしていた雪花がこちらに気付いた。

 

「……あっ! 歌野っ、起きたの⁉︎」

 

 ゆっくりと頷く。まだ体の節々に焼けるような痛みが走っているが……。

 

「雪、花……。その腕……」

「あ、ああこれ? ……東郷美森から麻酔弾食らってね、眠気を覚ますために……」

 

 見れば雪花の腕は傷だらけになっていた。そのうえ、口元や腕にじんわりと血が滲んでいる。

 

「腕を地面に擦り付けたりとか、唇とか、舌とかを噛んだりとか……その場で出来る事は全部して、眠気を吹っ飛ばしたのさ……」

「……」

 

 歌野はゆっくりと立ち上がる。そして一歩ずつ踏みしめながら歩き出す。

 

「雪花、二人はどっちの方角に行ったの?」

「あっちへ……」

「よしっ……とっとっと」

 

 未だおぼつかぬ足取りで、ふらついた歌野の肩を支える。

 

「歌野。ホントに大丈夫なの?」

「大丈夫よ……大丈夫にしなきゃね。そう言う雪花は?」

「大丈夫……になった。……にゃはは」

 

 顔を引き攣りながらも雪花に笑いかける。雪花もまた顔を引き攣りながら歌野へ笑いかけた。

 

「このまま私が支えてあげるから、行こう」

「サンキュー♪」

 

 歌野は雪花に支えられたまま、ベルトを最大限伸ばして樹木に巻き付ける。

 

「いくわねっ! ムチムチの〜ロケット〜〜!」

 

 勢いをつけて、思いっきり空に向かって飛んだーー。

 

 

 

 

 

 

 ーー芽吹は起き上がってこないNo.6を一瞥したあと、水都たちへ歩き寄った。

 

「楠さん、さっきのは?」

「ええ? ……ああ、あれね……。バーテックスは基本、全部空を飛んでるでしょ? 星屑とか特に。そいつらに攻撃を当てる為に習得したのよ」

「えっ……ええ……」

「いや、三好さんが考案したものをお互いに協力して習得していった……の方が正しいわね」

「そ、そうなんだ……。やっぱりすごいなぁ」

 

 今一度、水都は芽吹という人間に尊敬の念を持つ。

 

「ーーッ」

「え、楠さん?」

「……い、いえ、大した事ないわ」

 

 急にふらついた芽吹は胸元を手で押さえて苦しそうにしていた。

 

(間違い無く、三好さんに付けられた傷が開いたわね……。こればっかりは勇者が羨ましく思えるわ……)

 

 歌野や雪花たち勇者は、一見すれば致命傷ととれる傷でも数日で回復している。

 しかし芽吹の場合、未だに夏凛に付けられた傷がその体に痛々しく残っている。

 そのうえ、この戦いで胸元の傷が開いてしまったのである。

 

「……水都。早く行くわよっ」

「あっ……う、うん」

 

「ーー待ちなさいっ」

 

 銃を手にしているNo.14はそれを芽吹たちに向け呼び止めた。

 

「よ、よくもNo.6をっ。あなたはもう隊長じゃないっ。敵よ!」

「……だから?」

「わ、私がこ、ここで……」

「……」

「……ううっ」

 

 芽吹の視線に威圧され、No.14はすぐさま銃を下ろした。

 

 

(ち……っくしょ……)

 

 No.6は仰向けのまま、己の非力に嘆く。

 

(なんだってんだウチは……。山口支部も守れず……あの三体の進化体に蹂躙され……それが原因で九州まで被害を拡大させた……。そんなウチに折角、弥勒さんが挽回のチャンスをくれたってのに……)

 

 No.6たち三人は1ヶ月ほど前まで山口支部にいた。しかし、突如侵攻してきた三体の進化体バーテックス、"蠍座" "蟹座" "射手座"によって支部は壊滅。生き残りを連れて大社本部に避難した。

 その知らせを受けて、大社は四勇の乃木若葉を九州に行かせたが、集落があったとされる熊本は悲惨な状況だったという。

 その調査から帰ってきた若葉の見解では、九州へ進出したのは、三体ではなく、"山羊座"だと断定している。

 

(ま、だだ……。ウチはまだ……やれる……)

 

 芽吹たちはNo.14に気を取られている中、No.6は双子座を睨む。

 

(芽吹隊長の強さはわかった……。だがこのまま引き下がるわけにはいかない、ぞ、ウチは……)

 

 彼女たちの不意をつき双子座を仕留めるべく、虎視眈々とその機会を狙う。

 

「……で? 貴女達はこのまま戦うの?」

「「……っ」」

 

 No.14とNo.27も芽吹に対してすっかり萎縮してしまっている。

 

「……なら私たちは先を急ぐわ。水都、行くわ……よ……」

「……?」

 

 芽吹の言葉が最後、ぎこちなくなっていた事に水都は首を傾げる。

 

 ……しかし、その理由はすぐに明らかとなった。

 

「……なんで……いるのよ」

「……えっ、ウソ……」

「「!?」」

 

 芽吹の視線を辿り振り返ると、つい先ほど見た事のある物体が空を飛んでいた。

 

「あ、あぁ……」

 

 水都の顔はみるみる蒼白と化していく。

 

「ーー増えてるわね、そのっち」

「うん〜。ちょっと目を離した隙にね〜」

 

「……ちっ」

 

 芽吹は歯を食いしばりながら舌打ちをした。

 

「……何やってんのよっ。歌野ッ‼︎」

 

 

 

 ーーそして上空の戦闘機は姿を消し、そこから園子と東郷が手を繋いだ状態のまま、地面にゆっくりと着地する。

 

「追いついたんよ〜」

「さぁ、もう終わらせましょう。この不毛な追走劇を……」

 

 園子が槍の穂先を飛ばし、東郷が拳銃で双子座を狙う。

 

「ーー七武勇っ。東郷美森と園子っ!」

「懸賞額、380万ぶっタマげと425万ぶっタマげ……。山口支部復興の為、その首を渡してもらうっ」

 

 現れた二人が七武勇(賞金首)だと気付いたNo.14とNo.27は、途端に銃を構えて二人へ発砲する。

 

「ーー馬鹿ッ‼︎ 逃げなさいッ貴女達!」

 

 東郷もまた拳銃を発砲して相殺させ、園子はひょいひょいっと軽々しく避けた。

 

「……⁉︎」

「あっ!」

 

 東郷の拳銃が大砲に変わり、二人に向かってミサイル弾を発射した。

 

「「ぐぅあああああ!!!」」

 

 ミサイル弾をモロに食らった二人は呆気なく地面に横たわり気を失った。

 

「どうして挑んできたんだろ〜? さっきまで戦う気は感じられなかったけど〜?」

「お金に目が眩んだのかしら。自分と相手の力量の差も分からないなんて……」

 

「ーーくっ」

 

 芽吹は二人に向かって突っ込んだ。

 

「ーー楠さん!」

「あなたも、なの?」

「あ〜! そういえばあなた、今の子と同じ防人なんだ〜」

 

 二人へ刀を振るうが、園子の槍に防がれる。次の瞬間、東郷が弾丸を双子座に向けて数発放つ。

 

「ーーはぁあ!」

「……!」

 

 芽吹は東郷と双子座の間に素早く移動して、刀を使って弾丸を弾き飛ばした。

 

「はぁ、はぁ……」

 

(まったく、No.6との後に間髪入れずに七武勇? ここまで来ると笑えるわね……)

 

 額からうっすらと汗が滴り落ちる。

 

「ちっ……」

 

 少し距離を保つ目的で、バックステップで水都のところまで退がる。

 

「楠さん。どうしよう……このままじゃ」

「分かってるわよ。でも歌野達が来れない以上、私がやるしかないっ」

「でも相手は七武勇で……楠さんはさっきの戦いで疲弊してーー」

「それも分かってるわッ! ……でも貴女も双子座も戦えないなら、これしか無い」

 

 水都の肩を少しだけ押す。これから行う戦闘に巻き込ませない為に、少しでも距離を取らせようと……。

 

「災難ってものは……畳み掛けてくるのが世の常なのよ。理不尽な程にね」

 

 一歩一歩踏み締め、二人に近付く。

 

「で、でも……」

「言い訳したらどなたかが助けてくれるものなの?」

 

 こうなってしまった以上、逃げ切ることなど到底できない。今、芽吹が立ち向かわなければいけない事など、水都も双子座も内心わかっていた。

 だからこそ、芽吹に頼るしかないこの状況を憂いてしまう。

 

「もし、死んだら……、私はそこまでの存在だったって事よ」

 

(ここが分水嶺……。今の私が七武勇にどれだけ通用するか……)

 

 芽吹は刀を掲げ上段から振り下ろす。

 

「はぁああ!」

 

 園子はまた槍を使って防ぐ。

 

「はあ‼︎ せいッ‼︎ ふぅああ‼︎」

「よっ、よっ、よ〜」

 

 一撃一撃、力を込めて振るう。それを園子は涼しい顔でいなし続ける。

 

「力がこもってるよ〜? そんなんじゃあ当たるものも当たらないんよ〜」

「うるさいッ」

 

 斬撃を繰り出し続けていた芽吹は、園子の対応に違和感を感じた。

 

(さっきから宙に漂う刃が攻撃してこない?)

 

 芽吹にとって一番警戒しているのは宙を漂っている刃である。

 芽吹は園子と東郷が何の能力者かは分からないが、戦闘機や宙に浮く刃。これらを見るに、()()()()()()を持っているという予想は出来る。

 東郷の放つ弾丸は、銃口や東郷自身の目線である程度、どこを狙っているか分かる。しかし、自由自在に飛び交う刃なら不意を突かれ背後から襲われたり、芽吹を無視して双子座へ向けたりする事も可能だろう。

 

「気になる〜? さっきからこの刃が攻防に参加してないのが〜。私は触れたものを自由に操作できるんよ〜」

「わざわざどうも」

「でも、使わないんよ〜。純粋に私の槍とあなたの刀で力比べしたいんよ〜」

「どういう事?」

 

 園子は不敵に笑う。対して東郷は無表情のまま手を出さず芽吹と園子の戦いを見ていた。

 

「これはハンデだね〜。勇者じゃないあなたに能力使っちゃったら、()()()()()なんよ〜」

 

「……っ、舐めるなァァ!」

 

 園子の言動に腹を立て、今以上に刀を握る手に力が込もる。

 

「はい、予測確定〜」

 

 園子は体を反らして斬撃を避ける。

 

「ちぃ、この……っ」

 

 涼しげな表情で避け続ける園子にさら苛立ちが募っていく。

 

「ほいっ」

「ぐあッ!」

 

 園子が腰を低くして、芽吹の刺突を回避する。そしてそのまま懐に入り腹部に掌底を食らわせ、後ろへよろけた芽吹を蹴り飛ばした。

 

「ーーぐっはぁ!」

「もう終わりかな〜?」

「ーーッ⁉︎」

 

 次の瞬間、芽吹は体に激痛が走った。ここに来て夏凛から受けた傷が更に開き、その痛みで集中力が切れてしまったのだ。

 

「……?」

「うッッ!」

 

 気を抜いてしまった結果、園子の槍の刺突をもらい、吐血してしまい仰向けで地面に倒れた。

 

「ーーがッ、あ、は、あ……」

「今、一瞬気持ちが抜けたね〜。どうしたの?」

「……く」

「まぁいいか〜、じゃあそろそろ路線を戻そうか〜」

 

 芽吹を置いて、園子と傍観していた東郷は水都と双子座に歩き寄る。

 

「はっ、ああ」

「「どうしよう、どうしよう……」」

 

(楠、さん……)

 

 

「ーー待……ちな、さい」

 

「「……?」」

 

 園子と東郷が振り返ると、芽吹が立ち上がってこちらを睨み付けていた。

 

「まだ、やるの〜?」

「まだ、終わってないで、しょ……」

「……」

 

 東郷が拳銃を芽吹に向ける。

 

「わっしー」

「?」

「わっしーは双子座をお願い、私はこっちを片付けるんよ」

「ええ、それが良いわね」

 

「ーーッ。させないっ」

 

 芽吹はジャンプして園子では無く、東郷に刀を振り下ろす。

 

「はああああ!」

 

 しかしそれは、間に入った園子によって防がれる。

 

「ーーッ、くそっ」

 

「わっしー、早く終わらせよう」

「ええ」

 

 芽吹と園子がかち合っている中、東郷は拳銃を双子座向ける。

 

「……ああ! ダメェ!」

「「……‼︎」」

 

 水都はその間に立ちはだかり、東郷から双子座を守ろうとする。

 

「……撃たれたいの?」

「ま、守るって決めたんだもんっ。だからーー」

 

 言い切る前に、東郷に頭を掴まれた。

 

「……うっ、いたっ」

「避けてなさい」

「ーーあぅ」

 

 そのまま、地面に投げ飛ばされた。と同時に持っていたバッグが乱雑に転がり中身が溢れ出る。

 

「……‼︎」

 

 すると東郷は、バッグから溢れ地面に転がった物を見て固まった。

 

「……?」

「わっしー?」

 

 芽吹と戦っていた園子も、横目で東郷と()()を見た。

 

「あ……あれは〜」

「ーー彼女達に手を出すな!」

「……! させないよ〜」

 

 芽吹は何としてでも園子を払い退け、双子座に迫る東郷を食い止めたかったが、それを園子が阻止し続ける。

 

「邪魔ッ」

「私にとっては貴女の方が邪魔なんよ〜」

 

(どうして()()を彼女が〜?)

 

 

 ……東郷の意識は双子座から完全に()()()に移っていた。

 

「なんでこんなところに……」

 

 その正体は、歌野の麦わら帽子だった。

 東郷の視線は今、その帽子に釘付けにされていた。

 

 ……いや、正確には麦わら帽子ではなく……

 

「どうしてこの()()()を持っているの? どうしてあなたが?」

「……えっ?」

 

 水都は理解出来なかった。東郷と、おそらく園子も、二人がこのリボンに意識を向けていたのを……。

 

(いや、ちょっと待って……)

 

 水都は東郷と園子の付けているリボンに注目する。

 それはなぜか、麦わら帽子に付いているリボンと似ていたのだ。

 

「このリボンをどこで手に入れたの⁉︎」

「……」

 

 いや、リボンなどどれも似たようなものなので、特徴的な色でもない限り見分けなどつきにくい。

 しかし、東郷のこの過剰な反応は、歌野の麦わら帽子に付いているリボンが彼女たちと何らかの関係がある事に勘付いたのだ。

 

 "乃木若葉"から貰ったこのリボンが。

 

「……答えは無いようね。まぁいいわ」

 

 東郷は水都の無言を"答えたくない"と判断したようだ。

 そしてリボンを麦わら帽子ごと拾い上げた。

 

「ーーあっ! ダメェ!」

 

 その瞬間、水都は東郷の手を掴んだ。

 

「なっ、ちょ、離しなさいっ」

「それはダメなの! うたのんの大切な物なの!」

「うたのん⁉︎ さっきの白鳥歌野さんのこと⁉︎ 彼女の持ち物なのね!」

「違う! それはうたのんがっ! ()()()()()()から預かってる大切な物でーー」

 

 パァン!

 

 水都は最後まで言えず、その場にしゃがみ込む。

 

「い……いた……」

 

「ーーはっ! わっしー⁉︎」

「水都‼︎」

 

 水都の左腿から血が滲み出した。

 東郷が水都の足へ発砲し、弾丸が腿を掠めたのだ。

 

「……乃木、若葉……」

 

 東郷は声のトーンを低くしたまま、水都の頭に拳銃を突き付けた。

 

「その名前を……」

「うっ……。……っ」

 

「ダメ。わっしー! それ以上は‼︎」

 

「くっ! 三十六(サンジュウロク)ーー」

 

(駄目だ。ここから斬撃を飛ばしたら、水都を巻き込んでしまう……っ)

 

 芽吹は水都を撃とうとする東郷を狙おうとしたが、水都を巻き添えにする事を恐れて手が遅れてしまった。

 

「ーーそのっちの前で口にするなァァ!!!

 

 東郷は怒号と共に引き金をーー

 

「ーームチムチの!」

「助けてっ、うたのん!!!」

榴弾砲(シュナイダー)ーーーッッ!!!」

「ーーぐっふァァァアア‼︎」

 

 ーー瞬間、飛んできた歌野のドロップキックが東郷を吹っ飛ばした。

 

「ぐっはあ……あっ!」

 

 東郷は後方の樹木に背中から叩きつけられた。

 

「わっ……」

「ーー煩悩鳳(ポンドホウ)ッッ‼︎」

 

「ーーうわああっ‼︎」

 

 芽吹の斬撃は、前にいた園子へ目標を切り替えた。

 

「ううっ!」

 

 園子はそれを槍を盾代わりにして斬られる事は防いだが、近距離の攻撃だったので衝撃で地面を転がった。

 

「ーー歌野‼︎ 雪花‼︎」

「ソーリー。待たせちゃった」

「ごめんねー、二人とも」

 

 水都は助かった事に安堵し、助けにきてくれた歌野と雪花の無事に安心した。

 と同時に、ボロボロの二人を心配するごちゃ混ぜの状態になっていた。

 

「ああっ……えっと、良かった、うたのん、雪花ちゃん。あっ、でもその傷……良くは無いよね……。でも、助けてくれありがとう。……えっと、その……」

「みーちゃん、少し落ち着いて。私たちはノープロブレム♪ むしろみーちゃんこそ大丈夫?」

「う、うん。平気……だよ」

 

 腿の痛みに耐え、必死に笑いを作った水都に笑顔で応えた歌野は、芽吹の元に歩き寄る。

 

「ありがとう楠さん。みーちゃんを守ってくれて」

「全く……どこで油売ってたのかしら?」

「ほんとにごめんねっ」

「まぁでも、間に合って良かった。……私じゃあどうにもならなかったから。……悔しいわ」

 

 芽吹は園子の方へ向き直る。

 

「さて、反撃開始と行きましょうか」

「……」

 

 歌野もまた東郷の方へ向き直る。

 

「……わっしー、大丈夫?」

「ええ」

「冷静になろう? いくら()()()()()至近距離で撃ったら危なかったよ」

「ごめんなさいそのっち。頭に血が昇ってたわ」

 

「ーー雪花、楠さん」

「「ん?」」

「彼女は……東郷さんは私に任せてくれない?」

「……!」

「……」

 

 歌野は強い眼差しで東郷を見据える。

 怒っているようにも見えるが、悪いオーラは感じない。

 

「当たり前でしょ? 元々貴女の敵よ」

「だねー。こっちも私の敵だし」

「いえ、今は私の敵よ。雪花」

「……じゃあ二人で、だね」

 

 そして、歌野は東郷と、雪花は園子との再戦。芽吹は園子との続きをする為に両方相手と向かい合う。

 

「みーちゃん」

「……?」

「ホントごめんねっ。私、一回彼女に負けちゃったんだ」

「う、うん……」

 

「ーーだからもう負けないッ。……双子座(この子たち)をよろしくねっ、みーちゃん」

「うんっ。行ってらっしゃい、うたのん!」

 

 今度はしっかりと返事をして歌野を送り届ける。

 

(私は結局、三人に頼る事しか出来ない。うたのんたちを信じる事しか……。でも……だからこそ信じよう! うたのんの勝利を!)

 

「うたのん! 雪花ちゃん! 楠さん! 頑張って!」

 

「「「頑張るッッッ!!!」」」

 

 

 そして再度切られる戦いの火蓋……。

 

 

 その戦いの果てに……その最後に、笑っているのは誰だ。

 

 




 落ち着いて東郷さん。


次回 予測不可能な攻撃


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第三十五話 予測不可能な攻撃

 拙稿ですがよろしくお願いします。東郷さんは白鳥さんが横文字ばっか使ってるからヘイトが溜まってるんだ。

 オデッセイではロビンの『二輪咲き・グラップ』で毎回笑い転げてます。


前回のあらすじ
 No.6撃破後に追い付かれてしまった水都と芽吹。芽吹の奮戦も虚しくその銃口は、双子座を守る水都へ……。しかしその時、歌野と雪花が追い付いた!
 そして双子座を巡る争いは第2ラウンドへ。



 

 歌野は東郷が持っているリボン付きの麦わら帽子に注目する。

 

「ねぇ、それ返して」

「……麦わら帽子だけなら返してあげるわよ」

「違うわ。大事なのはリボンの方よ」

「さっきも彼女が大切な物と言ってたわね。……こんなリボンがあなたにとって何だって言うの?」

 

「ーーあっ」

 

 東郷は麦わら帽子のリボンを見つめると、帽子を後方へ放り投げた。

 

「ーーやあっ!」

 

 その瞬間、歌野はベルトを東郷に向かって伸ばした。

 

「……!」

 

 東郷はそれを攻撃だと思い、避けようとしたがベルトは東郷を通過して帽子に巻き付いた。

 

「ーーよっ」

 

 ベルトを収縮させ、帽子を手元に引き寄せる。

 

「道標よ! 農業王になる為の」

「……」

「いくよ東郷さん、今度は勝つわ。だって今の私は貴女より強いものっ」

 

 自身満々な歌野に対して東郷は真顔のままだった。

 

「……強い弱いは結果が決めるものよ。そして一度結果を知ったあなたが、何を根拠に勝つと言うの?」

「だってさっきより、私は強いから!」

 

 歌野と会話が噛み合わない事に呆れてため息がでた。

 

「はぁ。強いから勝つ? 呆れるわね……。勝者だけが強者になり得る。結果だけが全てを語れるの」

 

 それを聞いた歌野は、()()()()()()()()()笑って見せた。

 

「じゃあその結果をリアルにしてあげるっ」

 

 歌野が攻撃のモーションに入るのを察知して、東郷は距離を取った。

 そして、ロケットランチャーを両手で支え、狙いを歌野に定める。

 

「その偽りの自信も……そのリボンも……、あなたを負かす事で私の前から消し去るっ」

「ーーッ!」

 

 東郷が引き金を引いた瞬間、ランチャーから大玉が歌野に向かって射出された。

 

(前の時と同じ、追尾する爆弾⁉︎)

 

 自分が倒されたあの追尾型のミサイル弾をまた撃ってきたのだと歌野は思った。

 

「逃げても追ってくるのなら、直前で避けるッ!」

 

「「……‼︎ 歌野⁉︎」」

 

 園子と交戦している芽吹と雪花の目に映ったのは、大玉へ自ら向かっていく歌野の姿。

 

(紙一重で避ける事ができたならっ、反転して追いかけるのに時間がかかる。その隙に……)

 

 遠距離から高威力の攻撃を繰り出す東郷との戦いは、言ってみれば刹那の攻防。

 遠くから一方的にやられるか、懐に入って相手を倒すか、その一か八かしか無いと歌野は考えたのだ。

 

「ーーよしっ!」

 

 そしてその思惑通り、間一髪で歌野は大玉を避け、東郷との距離を一気に詰める事に成功する。

 

 ……しかし、

 

「……ふっ」

「ーーえッ⁉︎」

 

 歌野が避けた瞬間、()()()()()()無数の槍が飛び出した。

 

「ーーうわっ、ぐああッ‼︎」

 

「「歌野⁉︎」」

 

 大玉に仕込まれた槍が歌野の背中に襲い掛かる。

 

「あっ、がっ……」

 

 背中から血が流れ落ち、歌野も片膝を地面に付ける。

 

「卑怯なッ⁉︎」

「何が〜? 彼女が勝手に勘違いしたんじゃないの〜? わっしーが爆発する弾を撃ってくるって……」

「ちっ……」

 

 園子は雪花の槍による刺突と、芽吹の横薙ぎの斬撃を、しゃがんで避け、その場で回転して回し蹴りを浴びせる。

 

「あた……っ」

「……くっ」

「早くも向こうは勝負アリだ〜」

「「…………」」

「ん〜?」

 

「ーーはっ」「ーーにゃは」

 

 園子の言葉に二人は鼻で笑った。

 

 

 

 ーー歌野がもう片方の膝を付く瞬間、東郷は勝った気でいた。

 

「白鳥さん、これ以上戦うと……ここがあなたの墓場になるわよ? だからもうーー」

「ムチムチのぉ(ピストル)ッッ‼︎」

 

 片足を強く地面に踏みしめる事で、付く直前だった膝を持ち堪えさせた。

 その勢いのまま、東郷の顔をベルトで殴り付ける。

 

「ーーぶッッ!」

 

 倒れはしなかったが、よろよろと後ずさる。

 

「……っ」

「いっ……たぁ……」

 

 背中に刺さった槍を抜いて地面に捨てる。

 

「ここは本当に……私の墓場? それとも……貴女の墓場?」

「……?」

 

 歌野の問いかけに東郷は眉をひそめた。

 

「これ以上戦うと……ここが墓場になっちゃうのは……白鳥歌野()? それとも東郷美(貴女)森? ……でしょ?」

 

 背中の痛みに苦しみながらも、歌野は笑う。

 

「たかが仕込み槍で不意を突いたくらいで、墓場だって決めつけないでよ。ここは私の死に場所じゃない!」

「くっ……」

 

 歌野はさらに東郷へ突っ込んでいく。

 

「貴女が……っ、私の死に場所を勝手に決めないでよ! ムチムチのぉ! (スピア)ーーッッ!」

「ーーがあああッ‼︎」

 

 一直線に東郷の腹部へ命中させ、今度こそ彼女を吹っ飛ばす。

 

「ぐっ、がっあ……」

「槍って……こういうものでしょ?」

 

 東郷は立ち上がって歌野を睨み付けた。

 

「槍はそんなもの……じゃないっ」

 

 東郷は拳銃を歌野へ向けて発砲する。

 

「しつこいのよ! あなたはその矮小な道具で武器の真似事をしてるだけッ! 私の『ブキブキの野菜』とは、天と地ほども違うッ! これが(武器)なのよ‼︎」

「やああああああッ!」

 

 ベルトを振り回して、弾丸を弾き飛ばしていく。

 そして、伸ばしたベルトを捻っていく。

 

「ムチムチのぉぉ回転弾(ライフル)!!!」

「ーーこのぉ!」

 

 東郷は拳銃をライフルに変えて、向かってくるベルトを狙って引き金を引く。

 

 ーー二つがぶつかり合うのと同時に、バリバリッ! とアーク放電のような黒い稲妻が発生した。

 

「うっ!」

「くっ」

 

 その衝撃で二人は数歩後ろへ退がる。

 

 

「ーーうわっあ‼︎」

「「ーーくうっ」」

 

 その衝撃は水都と双子座の所まで届いていた。

 

(うっ……あれ……? 目眩、が……)

 

 と、その途端に水都は目の前が真っ暗になり、地面に倒れ込んだ。また、双子座も同様にガクッと糸の切れた人形のようにその場に横たわる。

 

 

「ーーはあ、はあ」

「はあ、はあ……」

 

 東郷と歌野は息を切らしながらもお互い睨み合っていた。

 

「ーー歌野! 水都がッ」

 

 芽吹の声で水都の方を見ると、水都と双子座が倒れている事に気付いた。

 

「ーーえ⁉︎ あ! みーちゃんっ」

 

 芽吹が水都たちの元へ駆け寄り、様子を伺う。

 

「……気を失ってるだけね」

「……よかった。でもなんでだろう?」

「流れ弾? でも他に外傷は見当たらない……」

 

「ーーここにいるには"勇気"が足りなかったって事なんよ〜」

 

 園子は倒れた水都と双子座を見て笑っていた。

 

「何の話さ?」

「知らないならそれでいいんよ〜。あなたたちにはまだ早い領域なんだから〜」

「訳のわからない事をっ」

 

 雪花が槍を振り上げて一気に下ろす。

 それを園子は自分の槍で受け流す。受け流された雪花の槍は地面に刺さった。

 

「ーーにゃろっ」

「ふ〜ん」

 

 刺さっている槍を軸に回転して園子に蹴りを入れるが、園子もまた槍でガードする。

 

 芽吹は水都と双子座を少しだけ遠ざけた場所に運んだあと、歌野に呼びかけた。

 

「歌野ッ!」

「何⁉︎ 楠さん!」

「貴女、なんでそうやって猪みたいに突っ込む事しか考えてないの!」

「えっ⁉︎」

 

 芽吹に怒られてる事を想定してなかった歌野はキョトンとしていた。

 

「相手は狙撃手。距離を取られて撃たれたんじゃあ不利じゃないっ」

「わかってるわっ。でも、突っ込む以外に方法はーー」

「周りを見なさいッ! ここはどこ⁉︎」

 

 言われるがままに辺りを見渡す。

 ここは森の中。木々が多く、所によっては樹木に阻まれ()()()()()()()()となっている。

 

「あっ……」

 

 歌野はその意図に気付いて頷く。

 

「そうかっ!」

「無策で勝てる程甘くは無いでしょ? 相手は七武勇なんだから」

「うんっ。ありがとうっ、楠さん!」

 

 礼を言うと、歌野は東郷に向かって走り出した。

 

「また馬鹿のひとつ覚えみたいに……」

「そう思うのなら、撃ってくれば!」

 

 東郷がライフルのスコープを覗き込み、歌野の足に狙いをすませ、引き金を引くーー。

 

「今‼︎」

「……ッ⁉︎」

 

 ライフルから弾が発射されるその刹那、歌野は一気に右側へ跳んだ。

 そして、前転して()()()()に隠れた。

 

「な……っ」

「ふっふっふふっ♪」

 

 歌野はそのまま樹木を壁代わりにして東郷に迫る。

 

「くっ……射線がっーー」

 

 スコープから眼を離し、この場から退避しようと思ったその時ーー

 

「ムチムチの〜〜!」

「はっっ⁉︎」

 

(いつの間にこんな近くまで⁉︎)

 

 死角から歌野が飛び出し、ベルトを回転させて勢いを付け、上から東郷を殴り付けた。

 

連接鎚矛(フレイル)ーーッッ!」

「ーーッッ⁉︎」

 

 頭から地面に叩きつけられ、転がっていく。

 

「……う、あ……」

 

 地面に向かって血が落ちていくのが分かった。

 

「く……」

「どう? 思い知ったかしらっ」

「……何勝った気でいるのよ」

 

 叫びながら東郷はロケットランチャーからミサイル弾を発射させた。

 

「ーー⁉︎ 今度こそ追尾するやつねっ!」

 

 当たる直前で歌野は樹木に隠れて、ミサイル弾の盾にする。

 

「ーーぐぐっ!」

 

 木は爆散し、その衝撃波で歌野は尻餅を着いた。

 

(ふぅ……。爆発の衝撃波だけでこの威力だものねっ)

 

 また次の樹木の陰に隠れ、東郷の様子を伺う。

 

「私を怒らせたわね……」

「……?」

 

 東郷は歌野がいると思われる場所辺りに向かってロケットランチャーを構えた。

 

「……猛毒煙弾」

 

 

 

 

 

 ーー園子は何度も何度も攻撃を避けながら、じわじわと二人を削っていく。

 

「……ねぇ、雪花。貴女の能力でどうにかならないの?」

「なってたら、もう終わってるよー。でも、彼女には効かないの」

「効かない?」

 

 雪花は芽吹に耳打ちして先の戦いの情報を伝えた。

 

「……そんな話がありえるの?」

「ありえるから、私は心折れたのさ」

「……でもそう考えると……引っかかるわね」

 

 園子の能力。『トリトリの野菜:モデル"鴉天狗"』の事も雪花から聞いた。

 しかし芽吹にとっては、物を浮かせる事より()()()()()()()()事の方が厄介に思えていた。

 

(それも彼女の能力? でも……)

 

 "鴉天狗"がどういう能力を使っていたのかなど分かるはずもない。伝説上の生き物で、それにまつわる逸話など無数にあるからだ。

 

(メジャーなのは"念動力"って所かしら?)

 

「ーー楠さん、ちょっと確認したい事があるんだけど」

「手短にね。いつ彼女が攻撃してくるか分からないから」

 

 雪花も気になっていた事を芽吹に相談する。

 

「……私も彼女の回避能力には辟易してる。1対1ならまだしも、2人がかりで、だよ? それに、私の槍を見ずに、ね」

「……そうね、彼女の戦い方はカウンター戦法。避けるついでに一撃入れてくるって感じだった」

「……で、あまりにも避け続けるもんだから思い返してみたの。()()()()()()()()()()を……」

「避けなかった時? ……っ!」

 

 そう呟きながら芽吹はある事に気付いた。

 

「楠さんもあったんじゃない?」

「あったわ。彼女が避けずに防いでいた時……」

 

 園子は攻撃を避けているが、確かに槍で守っていた時があった。

 

 つまり、()()()()()()()()()があったのだ。

 

「どんな時か、思い出せる?」

「ええ……」

 

 そして二人は同時に声に出す。

 

「「()()()()()()()()()()()()」」

 

 

 

 

 

「「ーーねぇ、おきて? おきてってばぁ」」

 

「……う、うん……?」

 

 双子座に体を揺すられ、水都は目を覚ました。

 

「あ、れ……? 私、倒れてたの?」

「「うん、そうだよ。さんにんともきをうしなってたんだ」」

「どうして?」

「「わからないよ……」」

 

(……巻き込まれたのかな?)

 

 水都は自分の体や双子座の身体に外傷が無いか確認するが、少なくとも失神に繋がる程のダメージはないように思える。

 

「過度の緊張、かな……?」

「「もしかしたらまじかのたたかいにあてられちゃったのかも」」

「そうかも……」

 

(戦いの余波を受けるかもしれない。流れ弾とか……)

 

「ねぇ、二人とも。少し遠くへ避難しよう」

「「いいの?」」

「うん。ここにいるとうたのんたちの邪魔になるかもだから」

「「……うん、わかった」」

 

 水都は双子座を連れてここから離れる。足の痛みに耐えながら。

 

(ーー頑張ってうたのん)

 

 

 

 

 

 ーー東郷は銃口から大玉を発射させた。

 

(さっきと同じ大玉……。また仕込み? いや、確かさっき……)

 

 東郷が撃つ時、確かに"猛毒煙弾"と口にした。

 

(ーーまずいっ)

 

 歌野がすぐこの場を離れようとした瞬間、大玉が破裂して中から紫色の煙が噴き出した。

 

(ーー⁉︎ 見るからにやばそうだわっ!)

 

 歌野は自身を煙が覆う前に反射的に息を止めた。

 

(……でも、このままじゃあ)

 

 歌野は煙から脱却しようとするが、視界は悪く、なおかつ樹木に阻まれて動き辛い。

 

(何とかしなきゃーー)

 

 

 

 

 

 

「ーーあれは〜、"M H 5"〜?」

 

 園子は立ち込める煙から距離を取るため少しだけ跳んだ。

 

(わっしー、そこまでしてーー)

 

「「ーーはああ‼︎」」

 

 地面に着地した瞬間を狙って、芽吹と雪花が飛び込んできた。

 

「ーーうッ!」

 

 槍でガードに成功するが、反動で体がよろける。

 

「雪花ッ」

「オーケー、畳み掛けるよッ」

 

 芽吹の連続斬撃と、雪花の連続刺突を捌いていくが、ジリジリと押されていく。

 

「……っ。いける!」

「絶え間なくたたき込む!」

「むむむ〜」

 

 園子は後ろへ跳んだあと、体勢を立て直すため真上へ飛び上がった。

 

「ふぅ〜、なかなかに危なかったんよ〜」

「「……」」

「……?」

 

 宙に浮いている園子を見上げて、雪花と芽吹は笑みを浮かべた。

 

「……っ!」

「「もらったァア!!」」

 

 芽吹は刀の刃を、雪花は槍の穂先を、園子に向けた。

 

「ーー三十六(サンジュウロク)煩悩鳳(ポンドホウ)!」

「ーー飛翔する槍(オプ・ホプニ)!」

 

 斬撃と槍が園子に襲い掛かる。

 

「ーーうあうッ!」

 

 二人の攻撃を受け止めきれず、園子はバランスを崩して地面に墜落した。

 

「……やっと、攻撃が当たったわね」

 

 起き上がった園子の頭から血がうっすらと垂れた。

 

「焦れったいったら無かったにゃぁ」

 

 放り投げた槍を回収して雪花は笑う。

 

「貴女のその脅威的な回避能力には散々手を焼かされたわ……。でも、大分ネタが割れてきた」

「……」

 

 芽吹の言葉に園子の眉毛がピクッと反応するーー。

 

 

 

 

 

 

 ーー毒煙の中、歌野はベルトを盛大に振り回した。

 

(ムチムチの〜暴風雨(ストーム)‼︎)

 

 高速に回転するベルトの風圧により、歌野の周りに竜巻が発生する。

 それは周辺の木々が軋みをあげる程だった。

 

「なっ⁉︎」

「はぁあ、はぁあ……。し、死んじゃうかと思ったぁ」

 

 竜巻により煙を吹き飛ばした歌野は息を切らしながらも目はジッと東郷を見据える。

 

(風で毒煙を吹き飛ばすなんて……っ)

 

 東郷は歌野を睨み、また銃口を向けた。

 

「……大したものだわ、白鳥歌野さん」

「褒めてくれてサーンクス♪ でもこれからよっ」

 

 歌野はベルトをまた大袈裟に振り回す。

 

「……今度は何をするつもり? はっきり言ってもうあなたは限界をとうに迎えているはず」

「限界? そんなものは最初から突破済みだわっ。それにタフなのが私の強みなのっ」

 

 スッ と歌野は左手の平を東郷に向けて構えた。右手は依然、ベルトを振り回したまま。

 

「……何、その手? 私を狙い撃ちにするって?」

 

「ーー私は、貴女に感謝してるわっ」

「……?」

 

 東郷は突然のお礼に首を傾げる。

 

「貴女のおかげで……私は『ムチムチの野菜』の能力を、またひとつ理解できた」

「私のおかげ……?」

「東郷さん、貴女が言った。"私は自分の能力を理解してない"って」

 

 歌野が倒れた先の戦闘の時、別れ際に東郷が言った言葉を歌野はしっかりと聞いていたのだ。

 

「その答えが、それ?」

「ええ。この"予測不可能な攻撃"は……貴女のおかげで導き出せたアンサーなの。……そう、名前を付けるならーー」

 

 歌野は左手を照準代わりにしっかりと対象を狙う。

 

「ーーIRREGULAR(イレギュラー) HERO(ヒーロー)

 

「いれぎゅらー?」

 

 東郷はライフルの銃口から通常の弾を発射させた。……しかしそれは周りを飛び交うベルトに弾かれる。

 

「……? 今、彼女の武器が変な方向から……」

「いくよ……ムチムチのーー」

「デタラメに振り回すだけで何がーー」

 

「ーー予測不可能な(イレギュラー)(ピストル)!!!」

 

「ーーッ!? ガハッァ!?」

 

 次の瞬間、攻撃を食らったと思われる東郷の体は宙を舞い、空を仰いで吹っ飛ばされたーー。

 

「な、なに……が」

 

「……これでもう、貴女は私の攻撃を避けられない、防げない。私の技はみんな、一段階進化するっ!」

 

 




 白鳥さんvs東郷さんも次で終わりへ。


次回 一発の弾丸


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第三十六話 一発の弾丸

 拙稿ですがよろしくお願いします。白鳥さんと東郷さんは本当に対極に位置する存在だと思う。


前回のあらすじ
 東郷の多種多様な武器による攻撃を凌ぎ続ける歌野。さらに自身の能力の特性を最大限に活かした戦法で戦況を有利に変えていく。そして遂に、東郷との戦いは決着を迎えるのだった。



 

 水都と双子座はできる限り遠くへ避難していた。

 そしてひと息つく為、木陰に身を寄せた。

 

「「ねぇあし、いたむんでしょ?」」

「うん、そうだね……」

「……」

「どうしたの?」

 

 双子座は何か言いたげな表情を浮かべていた。

 

「「あのかたなのひとがいってた……」」

「刀? 楠さんのこと?」

「「うん、あのひとはあなたがこりつするのをこっちがねらうかもっていってた。……そしていま、そうなってる」」

「……うん、楠さんは"もしも"の時の事を考えてるんだよ」

「「でも、あなたはいまーー」」

「そうだね……。でも二人は私を襲わない。私はそう信じてる」

「「なんで?」」

 

 水都は双子座に微笑みかける。

 

「人として生きたいって言ったから……。たとえ、バーテックスとして生まれたとしても……人として生きたいなら……誰かを襲わないと言ってくれたなら、私は信じる」

 

 生まれは変えられない。でもどう生きるのかは自分で決められる。それを"生まれがバーテックスだから"という理由で双子座の命を狙うのは、理不尽だと水都は思ったのだ。

 双子座が人間の姿をしている事が、より一層そう思ってしまう。

 

「ーーきっとうたのんも、そう思ったんじゃないかな」

 

 

 

 

 

 

 ーー東郷はゆっくりと体を起こし立ち上がる。

 

(攻撃の軌道が……変則的過ぎて、全く分からなかった)

 

 東郷は歌野の攻撃を避けようとしていたが、気が付いた時には体が宙を舞っていた。

 いつ、攻撃を受けて吹っ飛んだのかまったく分からなかったのだ。

 そして今も、歌野は右腕を高速に動かし、ベルトを振り回し続けているが、その先端がどこにあるのか見えない。

 

(兎にも角にも……いったん距離を取ってーー)

 

 と、その時、歌野から第二撃が飛んでくる。

 

「ワンモア……ムチムチの〜予測不可能な(イレギュラー)(ピストル)‼︎」

 

「ーーッ!?」

 

 今度は集中を切らさず、自分へ向かってくる攻撃を見切ろうと試みる。

 ベルトは大きく波打つようにしなりながら、右側から飛んでくる。

 それを東郷は体を屈んで、紙一重で避ける…………はずだった。

 

「ーーッ!!?」

 

 体を屈めた瞬間、ベルトは()()()()()()()()()()()()()東郷の腹部へ襲い掛かる。

 

「ーーうああッ!」

 

(軌道が……っ、何で……⁉︎)

 

 コンマ1秒単位で軌道が極端に変わる変則的で"予測不可能な攻撃"に、東郷の思考は置き去りにされる。

 

「くっ、ぁ……。お、恐ろしい程に曲がる……しなってくる……」

「当然っ。ムチだから」

 

 歌野は怯んでいる東郷に更に詰め寄る。

 

「……目で見切ろうとしたって無駄だわっ。今この武器は鞭の能力を最大限に引き出しているっ」

「くっ……体が……っ」

 

 目前に迫ってくる歌野に、東郷は完全に反応できなかった。

 

「ムチムチの〜〜予測不可能な(イレギュラー)(サイズ)ッッ!」

 

 ベルトが東郷へ届く前に、かろうじて体を右へ傾ける。

 

 ……しかしベルトは()()()()()()()()()

 

「ーーッ‼︎、……かはっ」

 

 腹部を横薙ぎに払われ、東郷は地面を転がっていく。

 

(何よ……一体何なのよ……)

 

 視界がぐらつく。血を吐き、焼けるような痛みが腹部に走る。

 

「……これで、ラストッ」

 

 歌野はトドメの一撃を放つーー。

 

「ムチムチのおおお! 予測不可能な(イレギュラー)(ピストル)〜〜〜ぅう? ……アレ?」

「……?」

 

 しかし歌野が伸ばしたベルトは大きく波打ちながら明後日の方向へ飛んでいった。

 左手で東郷に照準を合わせていたが、それとは明らかに的はずれな方向へと……。

 

「あー。さっすがイレギュラーな攻撃っ。私でさえ、予測できないわっ」

 

 シュルシュルッとベルトを収縮させて、歌野は苦笑いで誤魔化す。

 

「……締まらないわね」

 

 ふらつきながらも何とか立ち上がり、口元の血を指で拭き取る。

 

「……何度も言ってるわよね? 貴女は銃の……武器の真似事をしてるだけだって……。ムチムチの銃とか言ったって、本当に銃弾が飛ぶ訳でもない。……それなのに、どうして……()()()に銃に拘るの?」

 

 その問いに歌野は即答する。

 

「だって貴女が、銃を使うから。色々な武器(銃と弾丸)で私と戦う。それに対して私の武器はコレしかない。だからつい"張り合っちゃう"んだわっ」

 

 麦わら帽子を整えて歌野はまた東郷へ笑顔を見せた。

 

「ーー"私のムチは、(ピストル)のように強いんだ"ってね!」

 

「…………」

 

 その言葉に東郷は無言のまま、ライフルを足元に落とした。

 

「……白鳥歌野さん、あなたの強さは認めるわ。でも、だからこそ、どうしてそこまで肩入れするのかしら? 相手はバーテックス。勇者(私たち)の敵なのよ?」

「だって惜しいじゃない? 双子座(あの子たち)は、確かにバーテックスとしてこの世界に生まれちゃったけど、でもそこから先は人間として生きる事を望んでたわっ。悲しいじゃない? ()()()()()()()()()()()()()()のは」

「……!」

 

 心当たりがあったのだろう。東郷は少しだけ目を見開いた。

 

「東郷さんとー、あと……園子さんだっけ? 貴女たちは大社の上位の家にいたって言ってたわよね? でも今は大社に敵対してるときた。……生まれに関係なく生きている貴女たちは、本当にあの子たちの気持ちが分からないの?」

 

「…………確かに、そうかもね」

 

 足元に転がるライフルを見ながら東郷は少しだけ口角を上げた。

 

(そのっちはもちろん……風先輩や樹ちゃん。夏凛ちゃん。そして銀……。私たち勇者部は、その殆どが大社に関わりのある家の出。かく言う私も……。他のみんなとは少し違うけど友奈ちゃんも……みんな生まれに思うところがあった)

 

 東郷たち七武勇は、その殆どが大社に関連する家から生まれた。しかし、今はその生まれの家を放棄して、四国の外へ飛び出している。自分たちの家と敵対している。

 彼女たち七人で作った組織(勇者部)は、"生まれがどうであろうと、自分の生きたいように生きた結果"なのだ。

 

「あなたの言う通りね、白鳥さん。"生まれが全てじゃない"。それは私たち七武勇(勇者部)が身を持って示してきたことよ」

「だったらーー」

 

「でもね……世の中はそれを認めない。大社が私たちを邪険にするように。バーテックスが人間の生き方を真似ようと、誰も彼らを人間として扱ってはくれない。……悲しいけど、これが現実」

「……⁉︎」

 

 すると、東郷の足元にあったライフルが輝き出した。

 そしてそれは巨大な"浮遊戦艦"に変わり、東郷を乗せて上昇していく。

 

「……この運命は変えられない。双子座がバーテックスである以上。私たちが勇者である以上、ね」

 

(な、何アレ……)

 

 その浮遊戦艦には8門の砲塔が備え付けられており、極太の砲口は歌野に向けられる。

 

「私の奥の手……。この浮遊戦艦の活動時間は短く、負担も大きいから使いたくはなかった。それに、出力を間違えたらそのっちまで巻き込んでしまうから……」

 

 しかし今の東郷の状況を鑑みると、そうは言っていられない。また、先の猛毒煙弾を撃った時、園子が巻き込まれないように距離を取っていたおかげで、この最終手段を取る事ができた。

 

「ーー我、敵兵ニ総攻撃ヲ実施ス」

 

 すると、8門の砲塔それぞれから光が収縮しているのが見えた。

 

「……⁉︎ まさか、レーザー攻撃⁉︎」

「主砲、用意……」

 

 歌野の体に震えが走った。あの攻撃をモロに食らえば、たちまち粉微塵になってしまうのだと予感したからだ。

 

(どうすれば……っ!)

 

 歌野は即座にひとつの考えに至る。それは"言ってみれば刹那の攻防"。遠距離から一方的にやられるか、懐に飛び込んで一気に片をつけるか。

 

 ……つい先ほど、芽吹に否定された一か八かの策を行使する時が、今訪れたのだ。

 

「やああああああああああ!!!」

 

 歌野は思いっきり叫びながらベルトを樹木に括り付け、浮遊戦艦目掛けて飛んだ。

 

「ムチムチのォォォ! ロケットォォォ‼︎」

 

 弾丸のように空へと昇っていくーー。

 

「……! あくまで向かってくるのね。なら、全主砲……」

 

「プラス、ムチムチのォォォ……」

 

 飛んでいる最中、歌野はベルトを回転させて溜めを作る。

 

予測不可能な(イレギュラー)攻城砲(キャノン)ーーーッ!」

 

「放てェェーーーッ!」

 

 各砲塔から放たれたレーザーは瞬時に一つへ結集され、大きなレーザー砲へと変わる。

 と、同時に歌野から渾身の一撃が放たれる。その攻撃はしなる事でさらに速度を増していった。

 

「それでこの攻撃を相殺させる気? 力の差は歴然。あなたのちっぽけな武器じゃーー」

 

 しかし、一つになったレーザー砲が歌野へ放たれる直前、東郷はバランスを崩してその場に片膝を付いた。

 

「……ッ⁉︎ な、何が……。ッ!?」

 

 東郷がバランスを崩した原因は、戦艦自体のバランスが崩れたからだった。

 

「ーーこの一か八かの大勝負! 私の勝ちだわっ!」

「ーー⁉︎ ま、まさか船底にッ⁉︎」

 

 歌野の放った一撃は、東郷を狙ったわけでは無く、ましてやレーザー砲を相殺させるためのものでもないーー。

 

「外された……っ」

 

 狙ったのは浮遊戦艦の船底。そこへ攻撃し、戦艦を傾かせた事でレーザー砲を外させたのだ。

 

 歌野の真横を通過したレーザー砲は地表へ着弾すると、木々を吹き飛ばし大地を抉ってクレーターを作った。

 

「わぁお! ビッグな威力っ」

「くっ……次弾、装填用意!」

「ーーこっち方が速いわっ! ムチムチの! 予測不可能な(イレギュラー)ロケット‼︎」

 

 ベルトを思いっきり伸ばして、戦艦に備えられている砲塔のひとつに巻き付いた。

 

「そおおおおおりゃああああーーー!」

 

 引っ張られる歌野の体は、ベルトをしならせる事で不規則に動き、砲塔の照準に定まる事なくさらに上空へ昇っていく。

 

「ーーッ⁉︎」

 

 歌野は戦艦より高く飛んで東郷の上を取ると、砲塔に巻き付いていたベルトを収縮させ、左手を下方向に向けた。

 

「ムチムチのぉ、予測不可能な(イレギュラー)(アックス)ーーー‼︎」

 

 そこからさらにベルトを天高く伸ばし、"標的"目掛けて一気に振り下ろす。

 東郷は咄嗟に腕を交差させて防御体勢に入る。

 

 ーーしかし歌野の攻撃は、東郷がいる場所とは違う方向へ向かってしまった。

 

「……ここで外すなんて……っ、運に見放されたわねっ。白鳥さんっ」

「ノンノン♪ 私が狙ったのは、こっちの方よおっ!」

 

 歌野はベルトを東郷ではなく浮遊戦艦に叩き付けた。

 

「この大きさなら、狙わなくても当たるからねっ!」

「ーーくっ、うう」

 

 先程とは違い、船体が大きく揺れた。

 

「主砲……放ーー」

 

 ーーとその時、浮遊戦艦が姿を消してライフルに戻ってしまう。

 

「そんなっ! 活動限界⁉︎」

 

 足場を無くした東郷は落下していく。

 歌野もまた落下していくが、その目は東郷を捉え続けている。

 

「今度こそ……ラスト!」

「まだよッ‼︎ まだ私は終われない!」

 

 東郷は落下しながらも、ライフルの銃口を真上にいる歌野へ向けて引き金を引いた。

 

「捕獲弾!」

「ーーッ⁉︎」

 

 東郷が撃った弾丸は歌野の目前で爆ぜ、中から巨大なネットが現れ歌野を包み込んだ。

 

「……うわっ! こ、この……っ」

「これで身動きは取れないっ。このまま受け身も取れずに不時着するのもいいけどっ、その前に確実に仕留めるッ‼︎」

 

 東郷は網の中でもがく歌野に狙いを定める。

 

「このぉ〜! ……はぁあ!」

 

 必死にもがいた事で何とかベルトを持った右腕だけ、網目の隙間から出すことに成功する。

 

「これで……っ、いける!」

「その不安定な状態から、果たして当たるのかしらッ⁉︎」

「当てる! 当ててみせる‼︎」

 

 ベルトを伸ばして、力一杯東郷へ放つーー。

 

「ムチムチのーーッ、"(ピストル)"ーー!!!」

「ーーッ!!?」

 

 ここに来て、変速軌道を描く攻撃ではなく()()()()()を歌野は繰り出してきた。

 東郷は、まんまと意表を突かれた形となる。

 

 僅かに東郷の撃った狙撃弾の方が早かったが、歌野の一撃はそれを跳ね除けて、東郷へ襲いかかるーー。

 

「たああああああああああああ!!!」

「ーーぐぅああああああああッーーー!!!」

 

 顔に直撃し、そのまま重力加速に勢いが加わり東郷は地面に叩き付けられた。

 

「…………」

 

 東郷は自身が作ったクレーターの上で倒れ、仰向けで意識を失っていた。

 

「……ふ、ふふ…………」

 

 歌野もまた集中力と共に体力が完全に尽きて身動きが取れず、重力に身を委ねる。地面へ到達するまでに、小さな声で東郷に語りかけながら。

 

「東郷……さん。貴女のアロットオブな武器の数々、ホントにすごかっ、たわ。でも……いくら"無数の武器"を持っていようとも……"一発の弾丸"に負ける事だって、ある……」

 

 ドスゥン……。

 

 ただでさえ身動きが取れない網の中。そして疲労により、歌野は何も出来ず地面に墜落する。

 

「ーー私の胸に宿る、決して折れない弾丸(信念)に……ね……」

 

 ……そして歌野は、とうに限界を迎えていた体への労いの意味を込めて、ゆっくりと意識を手放した……。

 

 

 




・イレギュラーヒーロー:白鳥さんが考えた、鞭の特性を最大限に活かした予測不可能な攻撃。"鞭のしなり"を最大限活かす事で0.1秒単位で軌道が変わる攻撃を行う
 例えるなら『ゴムゴムの大蛇砲(カルヴァリン)』が全ての技に付与されるようなもの。ただしこの場合は追尾性能は無く、あくまで白鳥さんが敵を狙って撃つ。(外れる事もアリ)


次回 死せど本望


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第三十七話 死せど本望

 拙稿ですがよろしくお願いします。……この章も大詰めと言いながらどこまで続くんだ?
 ……これを除いてあと二話で終わります。……終わるといいな。ロード トゥ ウエスト編。


前回のあらすじ(?)
歌野「ちょっとちょっと! あんな砲撃食らったら一瞬でゴートゥーヘブンだよ!」
園子「わっしー。いくらなんでもやり過ぎなんよ〜。それじゃあハエを落とすのにバズーカを使うもんだよ〜」
歌野「ハエ? わたし、モスキートなの⁉︎」
水都「うたのん、モスキートは蚊だよ」



 

 歌野と東郷の戦いの決着は、芽吹や雪花、園子も確認していた。

 

「……わっしーが」

「にゃっはっはっは! さっすが歌野だねー」

「やればできるじゃない……。でも相手も相手だったわね」

 

 東郷が浮遊戦艦を出現させた所を芽吹は目撃していた。レーザー砲の余波も、気を抜くと吹き飛ばされそうな程の風圧だった。

 吹き飛んだ木々、削り取られた大地。それらは東郷美森の恐ろしさを十二分に物語っていた。

 

(本当に……歌野はやってのけたわね)

 

 芽吹は少し微笑みながら後方へ振り向いた。

 

「ーー水都。起きてたら歌野の介抱に行ってあげ……」

 

 しかし、そこに水都はいなかった。

 

 園子と向かい合っていた雪花も、居たはずの場所に水都と双子座がいない事に気付く。

 

(……水都ちゃん? 双子座?)

 

「雪花っ!」

「ーーうわっととっ」

 

 芽吹は雪花の腕をぐいっと引っ張る。

 

「楠さん、水都ちゃんはーー」

「水都が居ない! どこに行ったの⁉︎」

「え? い、いや……私も気になったんだけど」

 

 二人は園子を警戒しつつ辺りを見るが、向こうには歌野と東郷が倒れている。そして、その奥にはNo.14とNo.27が気を失っている。確かに三人の姿が見えないのだ。

 

 ーーそこで芽吹は気付く。

 

 目の届く範囲には自分を入れて()()しかいない事に。

 この事実に、芽吹の顔は真っ青に染まっていく。

 

「きっと危ないからって遠くへ逃げたんじゃあ……」

「まずいっ! もし……()()()を待ってたんだとしたらッ! ……とにかく雪花、水都を追ってッ! 位置的に貴女の方が近い!」

 

 確かに位置からすれば雪花の方が僅かに水都が居たはずの場所に近い。

 芽吹と比べて"僅かに"だが。

 

「ま、待ってよ。()()()()()()()()()()()()って事? それを双子座が待ってたの?」

「それだけじゃ無いわ。居ないのよ……っ」

「え……?」

 

 芽吹は焦っていた。戦いに夢中で気付かなかったのだ。

 

 ……もうひとりの存在を。

 

「ーーNo.6が、居ないッ‼︎」

「……⁉︎」

「大社から来てたの! さっきまで向こうで倒れてた! ……双子座も疑わしいけど、なにより水都が危ない!」

 

 芽吹の言葉の最中に、雪花は急いで走り出した。芽吹の言いたい事が、"全て"理解できたのだ。

 

「わかった! ……けど、こっちは任せていいの⁉︎」

「ええ、時間を稼いでおくわ」

 

 芽吹は走っていく雪花を、見えなくなるまで目で追っていた。

 

(水都……あれだけ言ったのに、ひとりになるんじゃないわよ……っ!)

 

 心の中で水都を叱咤すると、改めて園子へ向き直る。

 

「どうしてあなたが行かないの〜? あなたの方が敵について詳しいのに〜?」

「……」

 

 芽吹はその問いには答えなかった。

 

「……待ってくれてたの?」

「んん〜? 無視だぁ〜。まぁいいや〜。……別に待ってたわけじゃないんよ〜。私は今、心中穏やかじゃなくてね〜、冷静になってたんよ〜」

「……でしょうね。()()()()()()()があるものね」

「その言い方だと……仕組みに気付いたのかな〜?」

「大分ネタは割れたって言ったでしょ?」

「んん〜」

 

 芽吹自身も心を落ち着かせる。

 そして園子が自分たちの攻撃を、不自然だと感じるほどに回避していたその謎について説明していく。

 

「ーー貴女の回避能力は戦う相手の"気配"や、"攻撃する意思"を察知していたのよね? 雪花から聞いたわ」

「うんうん」

 

 園子は面白半分で芽吹の謎解きを聞いていた。

 

「でもそれは常にじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()、という条件がある。違うかしら?」

「ふう〜ん」

 

 肯定とも否定とも取れない相槌を返す。

 

「随分と苦労させられたわよ。全くと言っていい程攻撃が当たらないんだから。……でもその中で貴女は攻撃を避けなかった時がある。雪花に言われて気付いたの」

 

 二人で確認しあったのだ。おそらくこの認識で間違い無いだろう。

 

 "東郷美森に気を取られている時は、回避がおぼつかなくなる"。

 

「貴女は歌野と東郷美森の戦いを気にかけていた時、"感じ取る力"の精度は落ちてしまっていた」

「……」

「意識が私達から仲間に向いていた。だから私達の攻撃を察知し切れなかった。そしてもうひとつあるわ……」

 

 雪花に教えられた情報と実際に戦った手応えから、芽吹はまた新たな仮説を作り出した。

 

「貴女は何も、最初から避けていた訳じゃない。最初の頃はその槍でガードしてたのよね? なぜ避けなかったの?」

「…………」

「それは相手が冷静だったから。攻撃する意志を()()()()()()()()()から、よね? だから貴女はあらゆる言動で、こっちの動揺を誘った。……攻撃を察知しやすくする為に」

 

 雪花と芽吹の精神状態を揺さぶる。その為に園子は手練手管で二人を煽っていた。

 怒りや焦り。それらは当人たちの攻撃をより単調にさせ、感じ取りやすくしていたのだ。

 

「眠った状態からの回避。目を閉じての戦闘。戦闘後を狙っての2対1……と思いきや、あからさまなハンデを提示。……全部こちらを翻弄する為の貴女の小細工」

 

 そうやって雪花や芽吹の精神に揺さぶりをかけた。

 

「貴女……勇者の癖に小賢しいわね」

 

「ーーよっよっよ〜」

 

 園子は右手で顔を覆いながら笑い声をあげる。

 

「すごいすごい〜、大アタリなんよ〜!」

 

 パチパチパチと手を叩いて称賛する。

 

「……で? それが分かって、これからあなたはどうやって戦うのかな〜?」

「決まってるじゃないッーー」

 

 芽吹は園子の懐に入り込み、刀を下から突き上げた。

 

「……!」

 

 園子は体を左に反らせて回避しようとする。

 しかし、刀の速度の方が勝り、左肩に一太刀入れられた。

 

「うっ……」

 

 僅か程度の切り傷だったが、園子の顔は若干苦痛の表情を浮かべた。

 

「ーーどうしたの? さっきまでならこの程度の攻撃を避けられた筈よ?」

「……へぇ」

 

(間違いない……。彼女は外見では平静を保っているけれど、心の中はかなり動揺している)

 

 そのうえ芽吹は今、()()()()()()()刀を振るっていた。

 

(なんて事はない。……今の私には当たり前のように出来る!)

 

 さらに芽吹は追い討ちをかける為、一気に間合いを詰める。

 

(そして仲間がやられた今が貴女を倒せる唯一の機会……!)

 

 芽吹は園子に絶え間なく斬撃を加えていく。

 

「ーーはあ! ーーせいッ! ーーはッ!」

「……うっ、むむっ」

 

 園子は攻撃を捌ききれなくなってきており、段々と生傷が増えていく。

 

「先にお仲間が倒された事が貴女の敗因っ。次からはひとりで戦う事ねッ!」

「……!」

 

 園子の足元がふらついた時を見計らって、足を引っ掛け転ばせた。そしてそこへ、刀を振り下ろす。

 

「これで……おわーー」

「ーーお願い……セバスチャン」

「ーー⁉︎」

 

 しかし、芽吹の刀は浮遊する刃に防がれた。

 

「……そこまでわかってるんなら、もう()()()()()()()()いいよね〜」

「……上等よ。貴女にはもうその能力でしか戦えない。……ここからが全力勝負よ!」

「よっよっよ〜」

 

 園子は芽吹の勢いに飲まれる事なく笑みを浮かべる。

 

「でもさ〜、強がっても貴女も疲弊してるのは分かりきってるんだぜ〜? だから余力がある彼女を向かわせて、自分は時間稼ぎとしてここに残った」

「……」

「貴女にとって大事なのは"向こう"の戦い。こっちは別に勝たなくてもいい。貴女は私を抑える役目を担った"捨て駒"というわけだ〜」

 

「ーー違うわよ」

「ん〜?」

「確かに時間稼ぎと言ったけれど……倒せるのならそれに越した事はないじゃない?」

「私を〜?」

「ええ。私がここで貴女を倒すのよッ!」

 

 芽吹は刀を振るい、数々の刃を捌きながら園子に立ち向かうーー。

 

 

 

 

 

 

 

 ーー芽吹の嫌な予感は的中していた。No.6が突如、水都たちの目の前に現れたのだ。

 

「ーーやっとだ。ったく……」

「ーーッ⁉︎」

 

(そんな……っ。楠さんに敗れて、そのままだと思ってたのにっ)

 

 No.6は歪んだ笑顔で水都と双子座の元へ近付いていく。

 

「二人とも! 私の後ろへ!」

「「ーーで、でもッ」」

「いいからっ!」

 

 水都は双子座を庇うようにNo.6の前に立ち、両手を広げる。

 

「……手配書の女。何のつもり? おまえもバケモノを庇うクチか?」

「ま、守るからっ、私が!」

 

 No.6は射殺すような眼光で水都を睨み付ける。

 

「……っ」

 

 水都はすくみそうな足を必死で堪えていた。

 

「人間だから殺さないって思ってる? ……ナメるなよ」

「ーーぐっ!」

 

 No.6の腹部から二本の腕が出現し、計四本の腕を水都の首に手をかける。

 

「……ぅ、あぁ……」

「大社に歯向かう奴は敵っ。ここで絞め殺す!」

 

 力を込めて首を締め上げていく。

 

「「ーーはなしてぇ‼︎」」

 

 ーーすると、後ろの双子座二人はNo.6に突進した。

 

「ーーく!」

 

 No.6は後ろへ下がり、水都の首から手が離れた。

 

「……かっ、はぁはぁ、かはっ」

「「だいじょーぶ??」」

「う、うん……ありがと……」

 

 水都は膝をつき、呼吸を整える。

 

「……ぃってんだよォォ‼︎」

 

 股の間に脚を生やし、双子座を蹴り上げた。

 

「「うわああ!」」

 

 さらに、地面に倒れ込んだ双子座を追い討ちと言わんばかりに蹴り付けていく。

 

「この! このッ!」

「「いたっ、いたいッ……よぉ」」

「人間サマの姿、真似てんじゃないよッ! バケモノごときがッ‼︎」

「ーーやめてッ!」

 

 今度は、水都がNo.6を両手で突き飛ばした。

 

「ーークソがぁ……三人纏めて殺してやるッ‼︎」

 

 No.6は三本の爪剣を防人装束から出現させ、それぞれ手にして走り出した。

 

「ーーッ‼︎」

 

 突き刺される事を覚悟して水都は間に入り双子座を守る……

 

 

 

 …………その筈だった。

 

「ーーうわっ!」

 

 ーーしかしその瞬間、水都は双子座に肩を掴まれ、後ろへ投げ飛ばされた。

 

「「ーーッ!!」」

 

「…………え」

 

 水都の目に映ったのは三本の爪剣のうち、二本がそれぞれの胸に突き刺さった双子座の姿だった……。

 

「「……か、かはっ」」

 

 また、最後の一本は二人で掴んで、押さえつけている。

 

「ふ、ふたり……とも……」

 

「「ーーうっ、ううっ」」

 

 激しい痛みの中でもなお、双子座はもう一本の爪剣を掴み離さない。それが水都へ及ぶのを必死で食い止めている。

 

「……離せよバケモノ。まだ生きてるのか」

「「はなさ、ない……。これ、をはなしたら……かのじょがあぶない、から」」

 

「あ、ああ……」

 

 目の前の光景に水都の表情は絶望に染め上げられていく。

 双子座へ手を伸ばそうにも、体が震えて立ち上がることすらできない。

 

「双子座バーテックス……。"双子"ねぇ。同じ思考を持つそっくりさんを生み出す為だけの()()()()()だ」

 

 No.6はそう言うと、装束から"もうひとりのNo.6"を出現させた。

 

「……ウチの能力を使えば、ひとり、ふたり……簡単に花咲かせられる。お前らの能力も、その存在も……」

「……この世には要らないんだよ

 

 衣服は無く、上半身だけを露わにしたふたりめのNo.6は双子座を嘲笑う。

 

「「……う」」

 

 大量の血を流しながらも双子座は掴んでいた手をさらに握りしめる。

 

「それ一本持ってたって仕方ないんだよ。ウチはまた新たに何本も咲かせられるんだからッ!」

 

「「ーーうう⁉︎ ーーがはっ!」」

 

 体に刺さっていた爪剣が枝分かれするように、四方へ刃が伸びる。

 さらには三本目からも新たな爪剣が生え、水都へ襲い掛かるーー。

 

「……っ!」

「「さ、せないっ」」

 

 双子座は同時にNo.6を蹴り飛ばした。

 

「ーーぐがっ」

「「……っう!」」

 

 No.6が後ろへ下がると同時に、刺さっていた爪剣も抜かれ、双子座は力なくその場に倒れ込む。

 

「ふ、ふたりともっ」

 

 水都は固まっていた体を奮い起こし、双子座へ手を伸ばす。

 辺りの血溜まり二つが重なり、より大きな血溜まりを作る。

 双子座は今にも生き絶えそうな程に衰弱していた。

 

「「はぁ、はぁ……。よ、よかったぁ」」

 

 双子座は水都を守れた事に安堵して笑う。

 

「良くないよ! なん、で……」

「「だってまもれ……たから……。あなた、を……」」

「だから、どうしーー」

 

 水都は言葉を途中で遮り前を見た。

 

「キキキッ。見たか、おい。バーテックスが人間を庇いやがったぞっ」

 

 ほくそ笑んでいたNo.6だが、すぐに無表情に戻る。

 

「……ふざけるな。さんざん人を喰い殺してきたバケモノが、今更人間サマの真似事してんじゃないよ。誰かを守って犠牲になるってのはな、人間サマの特権でしょうが!」

「……っ!」

 

 水都は涙を滲ませながらNo.6を睨み付けた。

 

「あ? なにさ?」

「…………」

 

 ただ、黙って睨み付ける水都にNo.6は腹立だしく思う。

 

「ま、あんたも死ぬんだ。大社の敵になったせいでな」

「…………」

 

 そして、爪剣を水都へ振り下ろした。

 

「バーテックスと共に、仲良く逝くんだなッ!」

 

「ーー飛翔する槍(オプ・ホプニ)ッ!」

「ーーッ!? ぐぅあッ‼︎」

 

 ーー突如、槍が飛んできた。No.6の"もうひとり"はその槍から身を守る為に防御体勢に入ったが、命中した衝撃で"本体"と共に地面に倒れ転がっていく。

 

「水都ちゃん⁉︎」

「せ、雪花ちゃん……」

 

 雪花は水都へ急いで駆け寄った。

 

「水都ちゃん、怪我は⁉︎」

「わ、私は……大丈夫、だけど……」

 

 暗い表情をしたまま双子座を見下ろした。雪花も双子座を見て顔を強張らせる。

 

「……そう」

 

 雪花は腰を下ろして双子座の頭を撫でた。

 

「大体の状況は把握した。……水都ちゃんを助けてくれてありがとね」

「「……!!」」

 

 それを聞いた双子座は涙を流しながら、辛うじて頷いてみせた。

 そして雪花はNo.6が起き上がるのを見て、歩き出す。

 

「雪花ちゃん……」

「大丈夫。直ぐに終わらせてくるから。……あ。あと、助けにきたのが歌野じゃなくて私でゴメンねっ」

「…………」

「あ……。にゃっはは。ゴメンゴメン。今の無しで」

 

 軽いジョークを水都にスルーされ雪花は苦笑いした。

 

「水都ちゃんは……双子座をお願い。ちゃんと看取ってあげて」

 

 水都は何も言わずにこくっ と頷いた。

 

 

「……ちぇっ。痛いじゃないか」

 

 No.6は自分を攻撃してきた雪花の槍を明後日の方角へ蹴り飛ばした。

 

「秋原雪花……。100万ぶっタマげの()()()()か」

「はいはいそーですよー。田舎勇者の雪花ちゃんですよー。そう言う貴女はー、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 装束を身に付けたNo.6と、そこから上半身裸で生えている"もうひとり"に雪花は白眼視を向ける。

 

「双子座とあんたで、300万。さらに白鳥歌野も併せて600万ぶっタマげ……。七武勇もいたっけか、なら、占めて1000万は軽くいくかな」

「……全部倒せる気でいるんだー。傲慢だね」

「あんたらで潰し合ってくれたお陰で漁夫の利を得られるってワケさ。礼を言うよ。大社に楯突くゴミ共」

 

 雪花は憐れみの表情を浮かべて聞いていた。

 

「大社を絶対視、か……。何も知らないらしいね」

「知ってるさ。知らないのはあんたらの方だ。大社がどれだけ偉大な存在かって事を。それに歯向かう奴らがどれだけ愚かだって事をッ!」

 

 "もうひとり"を引っ込め、No.6は雪花へ斬りかかるーー。

 

 

 

 

 

 ーー水都は徐々に呼吸が浅くなっていく双子座の姿を見て涙を流していた。

 

「ごめん、ごめんね……。守るって決めたのに……」

 

 双子座の手をそれぞれ握る。

 

「うたのんにも頼まれたのに……。楠さんの言い付けも聞かずに……。私、は……」

「「なかない、で。()()()()()」」

「……!」

 

 次第に冷たくなっていく体温の中で、双子座は痛みに耐えながら微笑みかける。

 

「「双子座(ぼく/わたし)は……うれしかった、よ……。ばーてっくすなのに……、わがままきいて、くれて、さ……」」

「でも、でもぉ! 守れなかった……私が弱いばっかりに。本当にごめんなさいっ」

「「ううん、いいんだ……。いやむしろ、あやまるのはこっちだよ。ごめんね。ばーてっくすのふぉるむになれば……いくぶんかはたたかえてたと、いまさらながらおもうんだぁ」」

 

 双子座は水都たちと出会ったからというもの。いや、出会う前からも、進化体の形態になろうとはしなかった。人間の姿で居続けていた。

 あくまでも、人であり続ける事を願っていたのだ。

 

「「けっか……こうなっちゃったけどぉ……くいは、ない……よ? しあわせ、だったよ。……しあわせ、だったんだ」」

「う……うう……、うん」

「「あなたたち、が……たすけてくれるっていってくれたこと……。にんげんとして、せっしてくれたこと……。とてもしあわせにかんじたんだぁ」

「…………う、ん」

 

 水都の涙は頬を伝い、双子座の顔に滴り落ちていく。

 

「「あなたたちの、おかげで……、すこしのじかんだけでも……"にんげん"になれたと……"にんげん"でいられたと、おもえた……から」」

「うんっ人間だったよッ!」

 

「「…………‼︎」」

 

 水都はぐしゃぐしゃに濡れた顔のまま、声を張り上げる。

 

「あなたたち二人は、"人間"だよ! 紛れもなく"人間"だった! 笑っていた姿は……泣いていた姿は、私たちのものと何も変わらなかった‼︎」

「「……うん」」

「あなたたちは確かにバーテックスとして生まれたけど、それは変わらない事実だけど……でも最期に、私を守ってくれたっ。二人が守ってくれなかったら私は死んでたんだ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを人間と言わないなら何だって言うの? バーテックスはそんな事絶対にしない! たとえ全ての人たちが認めなくてもっ、私は()()()()()()()()()()()と言い続けるよ!」

 

 息切れしている事も忘れて水都は最後まで声を張り上げ続けた。

 

「はぁはぁはぁ……。はぁ……はぁ……」

 

「「…………ぅ、」」

 

 双子座は満面の笑みを浮かべて、ただ……ただ頷いていた。

 

(ねぇ、おねえちゃん)(ねぇ、おにいちゃん)

 

 お互い声を出さず、能力で意思を伝え合う。

 

(ほんとにしあわせものだよね)

(ほんとうだよね)

(……あのさ)

(うんわかってる)

(ぼくたちはこのままおわっちゃうけど)(わたしたちはここでおわるけれど)

 

((つぎにうまれかわるときは……))

 

((……ちゃんとしたにんげんのきょうだいがいいね))

 

 二人は心の中で笑い合った。

 

(かみさまにでもたのんでみる?)

(それ、いいかんがえだね)

(……あーでもあれだねー)

(うんそうだねー)

 

(ぼくたちのかみさまはきっと……)(わたしたちのかみさまはきっと……)

 

 

((ゆるしてくれそうに、ないよね…………))

 

 

 ーーそして双子座は、片手で水都の温もりを、もう片方の手でお互いの意思を感じながら……。

 

 

「「…………」」

 

 

 …………砂となって消えた。

 

 

 

 





 ・・・・・・・・・・・・


次回 決着


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第三十八話 決着

 拙稿ですがよろしくお願いします。雪花VSNo.6。芽吹VS園子に決着が訪れる。


前回のあらすじ(?)
双子座「「おなかすいたよー」」
水都「じゃあ蕎麦食べる? 携帯食の」
双子座「「わーい‼︎」」
歌野「イェイイェイ♪ これで二人も蕎麦フレンドねっ」
芽吹「ここにうどんもあるわよ。食べなさい」
雪花「旭川ラーメンもだよっ。携帯食だけど」
双子座「「ええー、それはいい。きょーみないもん!」」
芽吹・雪花「「!!!!?」」
歌野「た、大変っ。今すぐ謝って!」
水都「二人から物凄いオーラが……」
芽吹・雪花「…………許すまじ! 極刑に処す‼︎」



 

 芽吹と刃を交えている園子はやや、押され気味だった。

 宙を飛び交う槍の刃たちも芽吹の剣線の前に悉くいなされている。

 

(んん〜、これはしんどいかな〜?)

 

 時折、間合いに入った芽吹の斬撃を、持っている槍でガードする。

 単純な力勝負の場合、今の園子には分が悪かった。

 

「ず、随分お疲れなようねっ」

「そ、それはあなたもでしょ〜?」

 

 横からひと薙ぎに払う芽吹の刀をまた槍でガードする。しかし、威力を殺しきれずふらつく。

 芽吹自身も肩で息をしていた。

 園子が回避を試みるも、それを上回る程の速度で動き、攻撃を繰り出す事が体力をより一層消耗させる。

 

「はぁ、はぁ……。は、はっ」

 

 大量の汗が地面に滴り落ちる中で、芽吹は笑う。

 

「何がおかしいの〜?」

「……さあね。でも、つい笑ってしまうのよ」

「私に勝てる……と思ってるから〜?」

「……かも知れないわね。いえ、"勝てる"じゃなくて"勝つ"のよ」

 

 芽吹は刀を腰の高さに合わせ、自身の体勢を低くとった。

 

「私はもう……七武勇(貴女達)に負ける訳にはいかないからっ」

 

 芽吹はふぅ と軽く一呼吸おいて園子を見据え型をとる。

 

「一刀流……」

「ーー鴉威(からすおど)し・"地巻(ちま)き"〜!」

 

 芽吹が行動起こすより先に、園子が先手を取った。

 園子は地面に手を付けた瞬間に、辺りから地鳴りが起こる。

 

「な、何ッ⁉︎」

 

 芽吹は突然の地震にぐらついて、型が崩れる。

 周りの木々は土が迫り上がった事で根ごと掘り起こされ倒れていく。

 芽吹の目に映るのは土塊が宙に浮いた超常現象だった。

 

「こ、これを……()()()()って言うの⁉︎」

「本気でやるって言ったからね〜。それに槍の刃の"数"も……」

 

 園子が槍の先端を芽吹に向けると、その先がぱかっと開き、新たな刃が現れ宙を漂い始めた。

 

「なっ⁉︎ ま、まだあったの⁉︎」

「これが全部だぜ〜? マトリョーシカみたいで面白いでしょ〜? 最初のと合わせて合計20本あるんよ〜。……あ、槍本体を合わせたら、刃の数は21本か〜」

 

 園子の真上を飛び交う20本の刃は一斉に芽吹に向いた。

 

 ーーと、同時に浮いていた土塊が()()()()の姿を形成していく。

 

(か……カラス?)

 

 鳥型の土塊は背中と思わしきあたりから翼を形成させ、顔と思われる部分に突起物を形作る。それは嘴によく似ていた。

 

「かかれ〜!」

「ーーッ!!?」

 

 園子の合図のより、まずは一斉に刃が芽吹に襲い掛かる。

 

「くっーー、ぁあっ」

 

 園子へ斬りかかる体勢から、即座に重心を起こして飛んでくる刃を迎え討つ。

 10本目までは刀で防ぎきるも、続く11本目、12本目から徐々に押されはじめ、バックステップで後退する。

 

「じゃあ〜、さよならだね〜」

「……ッ!?」

 

 上から鳥型の土塊が芽吹目掛けて降り注いでいく。

 

「ぐぅッ! ……このッ……」

 

 刀を振るい抗ってみせるが、為す術もなく呑み込まれる。

 

「……ぅ……っ…………」

 

 そして遂には芽吹が居た場所に土の山が完成し、彼女は生き埋め状態となった。

 

「……ちょっと本気でやり過ぎたんよ〜」

 

 そう言いつつも園子は特に悪びれる様子も無く、土山に語りかけた。

 

「……でもあなたはそれ程に強かった〜って事だから"負け"を恥じる事はないんだよ〜? 私もかなり疲れたんだから〜。……だからもう、おやすみだね」

 

 園子はそれに背を向けて東郷の元へ歩き出す……。

 

「…………ちな……さい……

 

 

 

 

 

 

 

 ーーNo.6と雪花の戦いは平行線を辿っていた。

 

 はじめはNo.6が爪剣で雪花に斬りかかるも、雪花はそれを避け続けていた。

 そしてその攻防の中で、相手の雪花は蹴飛ばされていた槍を拾いに走る。

 

「……ちっ」

 

 槍を拾い上げ、雪花は攻撃を試みるもNo.6はなぜか距離を取った。

 雪花が走りだし、槍の刺突を繰り出すもNo.6は爪剣で防御。

 何度も何度も槍と爪剣が激突して火花を散らせる。

 

「ほらほらっ。さっきの威勢はどうしたのかにゃぁ?」

「……ちっ、くしょ」

 

 防戦一方のNo.6は自分から攻めていこうとはせず、後ろへ跳び雪花と距離を取った。

 

 そして彼女は飛び上がり、背中から無数の腕を生やして翼を形作る。

 

百花繚乱(シエン・フルール)・ウィング!」

 

 上空に舞い上がったNo.6は装束から次々と爪剣を出現させる。

 

「オリャオリャオリャアァァ‼︎」

 

 上空から雪花目掛けて爪剣を放り投げる。

 

「よっ、よっ、よっ……」

 

 雪花は降り注ぐ爪剣をヒラリヒラリと避けていく。

 

「デタラメに投げてたって当たらないよっ」

 

 雪花は上空のNo.6に狙いを定めて槍を構え、槍投げの体勢に入る。

 

「オプ……っ」

 

 ……しかしその槍を、雪花が投げる事はなかった。

 

「キキキッ。三十輪咲き(トレインタ・フルール)

「……うがッ⁉︎」

 

 地面に突き刺さっていた爪剣から腕が伸び、雪花の体を羽交締めにしていた。

 

「食らえェェ! オリャアァァア‼︎」

「……ふぐっうう!?」

 

 雪花が身動きが取れない状態で腹部に正拳をもらう。

 

「…………かっ、はっ」

 

 重い一撃にたまらず血を吐く。

 

「まだまだァァア!」

 

 雪花を捕らえている無数の腕からまた新たな腕が生え、彼女をタコ殴りにする。

 

「……っ! ……ぅ⁉︎ ……っがっ!」

「キーッキキキッ‼︎ さっきの威勢はどうしたんだぁ?」

 

 高笑いしながらNo.6は地面に着地する。そして背中にあった翼も消えた。

 

「たかが100万の田舎勇者がウチに勝てると思うな! ウチらは"防人"。先代である"鏑矢"を越える、大社の矛であり盾となる存在だよ!」

「……鏑、矢?」

「あーそっかー。田舎者だから知らないよねぇ? 鏑矢ってのは大社によって昔作られた戦闘部隊。簡単に言えば旧世代型の防人だよ。『不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)』の火災テロから四国民を守ったって言われている……が、まぁ過ぎ去った昔話さ」

 

 No.6は雪花に歩み寄り、両手を胸の前で交差する。

 

二輪咲き(ドス・フルール)

「……むぐぅッ⁉︎」

 

 雪花の口を出現させた両手で覆う。

 

「芽吹隊長の時みたいに噛まれたらたまったもんじゃないからねぇ。口を封じた。このまま窒息させてもいいけど……」

 

 No.6は爪剣を雪花の胸に向けた。

 

「……"さっき"みたいに串刺しにするか。あんたらバーテックスと仲良かったみたいだし、死に方だけでもおんなじにしてあげる」

 

 プスッ と爪剣の先端が胸に刺さる。

 

「ーー⁉︎ んん! んんん〜‼︎」

「キキキッキャッハハ! 何言ってんのかわかんねーしっ」

 

 そしてNo.6は、思いっきり腕を前へ突き出したーー。

 

「ーーんんんグ!?」

 

 眼を見開かれた雪花の口元から、血が噴き出した。

 覆っていた手の隙間からとめどなく流れ出る。

 

「キーーッキキキキキキキキッ。これがっ! 大社に仇為す愚者共の末路だよ‼︎ 大社こそが正義‼︎ "正義"に楯突く奴らは淘汰されるべき"悪"でしかなァァいッッ‼︎」

 

 天を仰ぎ見、高らかに勝利の愉悦に浸る。目の前の雪花()()()()()など、もはや興味は失せ、己の豪傑さに酔いしれる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やめときなよ。"正義"だ"悪"だと口にするのは……」

「ーーあ、ぁあ?」

「……そんなもの、"この世"のどこを探したって答えはないでしょ?」

 

 後ろから聞こえた雪花(なぞ)の声に振り返る。

 

「な……んで……?」

「くだらない……」

 

 No.6は自分の眼を疑う。そしてもう一度雪花が居た筈の場所を見ると、そこには誰もいなかった。

 

(いない……? ーーハッ⁉︎ さっきバーテックスの所にいた奴はっ⁉︎)

 

 辺りを見渡すも、今この場には雪花(?)とNo.6しかいない。

 周りの木々すらも、気付けばいつのまにか無くなっていた。

 

 まるで、世界に二人しかいないような……。

 

「の、能力……なのか……?」

 

 そして彼女は不敵な笑みを浮かべた。

 

「ーーっていう夢を視たのかにゃぁ?」

 

 ……その瞬間、世界が割れた。粉々に砕けた仮初の世界の残滓は、足元に落ちると同時に儚く消えゆく。

 

「は……?」

 

 No.6は膝が崩れ落ちその場に跪いた。

 

「……っつ⁉︎」

 

 見れば右肩から斜線上に出血していた。雪花が槍を使い袈裟斬りにしていたのだ。

 

「う、ウチは……」

「ん? 寝てたよ? 私の槍で斬り裂かれるまで。私の能力『ユメユメの野菜』はリンクした武器を肉眼で見る事で相手を夢に誘う事ができるから」

 

 激痛と困惑によりNo.6は立つ事はおろか、動く事さえままならなかった。

 

「……は、はぁ……?」

「私が貴女に最初、槍を投げ付けた時に"もうひとりの貴女"がいたよね? それが私の槍を()()()()()()()。防人全員が戦闘時に付けているバイザーじゃ意味ないから……」

「…………」

 

 No.6はやっと冷静になってきた頭で状況を整理した。

 確かにあの時、"もうひとり"は雪花の槍を見てしまっていた。

 

「……じゃ、じゃあ、最初から? ウチがあんたと戦ったのも……夢?」

「能力を発動したのは、"私の口を覆った時"だよ。……ほら、あの時言ってたよね? 『噛まれたらたまったもんじゃない』って。貴女の能力で現れた手を噛めば、貴女は痛がるって意味だよね? なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()って事になる」

「……嘘、でしょ……。たったそれだけで」

「"たったそれだけ"で、勝敗は呆気なく着くんだよ」

 

 No.6の慢心……とも言うべきたった一言の"失言"により、雪花は能力の弱点を見抜き、相手を夢へ誘ったのだ。

 

「もっと早くに気付けていれば余計なダメージを負う事はなかったんだけどね。まー、捕まっていたのも能力を発動したら、解放されたから良いんだけど」

 

 雪花は腹部を押さえ口だけ笑う。

 

「こ、このやーー」

 

 No.6が立ち上がるのを阻止すべく、雪花は槍でNo.6の両脚を突き刺した。

 

「ーーっあァァ‼︎ ……あ、あああっくぅ……!」

「痛い……よね? 当然だよ。でも貴女は同じ事を双子座(あの二人)にしたんだ……」

「……っ。キ、キキキ……」

「……?」

 

 両脚の痛みに苛まれながらもNo.6は苦笑いを浮かべた。

 

「ウチは……まだ戦える……。立てなくとも、能力があれば……」

「その隙を私が与えると思うのかにゃぁ?」

 

 雪花は槍を半回転させ柄の部分でNo.6を顔を殴り付けた。

 

「ーーぶっふ⁉︎」

 

 その瞬間、No.6のバイザーが割れ、完全に素顔が晒される。

 そしてNo.6の眼前に槍を突き付けた。

 

「さて……これでまた夢を視させられる条件が整ったわけだけど?」

「この……っ。図に乗るなよ、異端者共がァァ!」

「…………幻想の揺籠(ピリカ・シンタ)

「バーテックスなんざ、庇いやがって! あんたらはきっと()()()()()()()()()()()んだろうねぇ! だから守るなんておかしな事が言えるんだよ!」

「……大切な人が殺されてない、か。……そう思うんだねー」

「いいかっ。バーテックスがこの世界に存在する。ただそれだけで、庶民は愛する人たちを失う恐怖で夜も眠れないッ! ……だから防人(ウチら)がいるんだよ! だから大社があるんだよ!」

 

 途端に辺りは薄暗くなっていく。

 

「大社こそが絶対だ! 大社が無ければ四国の住民なんて簡単に瓦解してしまう。今やこの世界は、大社無くしては成り立たない! か弱き者たちを平穏な世界へ導く、その道を切り開き、創り上げていく! そうさっ! ()()()()()()()なんだァ‼︎」

 

 雪花はそんなNo.6を冷たい視線で見つめていた。

 

「その"道"をつくるために、一体何人の人を犠牲にしてきたのさ? 一体いくつの人たちの人生を……その"道"の()()にしてきたのさ?」

「犠牲の無い世界なんて存在しないんだよ! 何かを手にする為には、それに等しい何かを捨てなければならない。この世は人間を中心に回ってるワケじゃないんだからねぇ!」

 

 その時、No.6の胸に槍が突き刺さった。

 

「……ッ⁉︎」

「ウンザリだよ。そんな正論を聞くのは……」

 

 胸部に刺さった槍は、なおも突き進みNo.6の体を貫通した。

 

「……っあがっ! ……っうっ」

「貴女がどんな正論を宣おうが、私には届かない、響かない。……私は北海道で絶望を知り、七武勇(彼女たち)は四国で絶望を知ったんだろうからね……」

 

 No.6は違和感を感じた。

 自分に刺さった槍は、明らかに心臓を貫いているのに関わらず、自分は生きていた。

 一瞬だけ感じた"激痛"も、とうに消えている。

 

「……これも、夢……か?」

「そうだよ。こーゆー夢を視てるんだよ」

 

 ーーそしてまた、薄暗い世界はガラスのように砕け散る。

 

「……ハァ⁉︎ ……かっ、ハァハァハァ……。夢なのに、あの痛みは何だったんだ……」

「"痛い"と感じたのなら、それは()()()()しただけの事だにゃぁ。……よくあるでしょ? 他人の怪我を見ると痛々しく感じたりとか、ゲームキャラがダメージを受けたら、プレーヤーが『痛い』って言ったりとか」

 

 雪花は槍をクルクルと回転させる。

 No.6は夢の中のショックで動けずにいた。

 

「『ユメユメの野菜』は脳に影響を与えて夢を視させる。貴女が感じた苦痛はその副産物だよ」

 

 雪花は遊ぶのをやめ、また槍をNo.6に向ける。

 

「じゃあもう終わらせよっか」

「……な、No.4に続いてウチまでやられたと分かれば、大社は完全にあんたらを潰しにかかるだろうね!」

「……だから?」

「ーーせいぜい大社の陰に怯えながら逃げ続ける事だ!」

「怯えないし、逃げもしない。私たちは歌野と共に四国へ行くんだから」

「キキキッ! 馬鹿言うなよ! 四国へ行くにはその途中で大社本部がある中国地方(マリンフォード)を通らなきゃいけない。そこを越えても乃木若葉をはじめとする"四勇"がいるんだ! あんたらが()()()()()()()()()()という事実が知れれば、それら全員が敵と化すだろうねぇ‼︎」

 

 No.6は高らかに叫び続ける。

 

「三大将‼︎ 四勇‼︎ ……あんたらァァ、こいつらに喧嘩売る度胸あんのかよォォ!?」

 

 雪花はその怒声を聞いて少しだけ口角を上げた。

 

「多分、歌野ならこう言うだろうね……。『喧嘩? そんなもの、野菜と一緒にいくらでも売ってあげるわ!』ってね」

 

 そして槍を後ろへ引いて体勢を低くとる。

 

「……旅行に行くならどこに行きたい? 片道切符をあげようか」

「ーーあぁ⁉︎」

「飛べ……神々の地まで」

 

 後ろへ引いていた槍を力一杯、前へ突き出したーー。

 

英雄の槍(オプ・ユーカラ)ーーーッッ!!!」

 

 ドーン‼︎ と鈍い轟音が走り、No.6は上空へ突き上げられた。

 

「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 

 

 ☆キラーン

 

 

 断末魔をあげながら空の彼方まで飛んでいき、No.6は星になった……。

 

 

 

 

 

 

 

 ーー園子は東郷の元へ向かおうとする足を止めて振り返った。

 芽吹は土の中から必死に身を捩って這い出てきたのだ。

 

「ま……だ……戦いは、終わって、ないわ……よ……」

「どうしてそこまで頑張るのかな〜」

 

 園子は宙に浮くと、芽吹に向かって飛んだ。

 そして、彼女の首に手をかけた。

 

「ーーぐっ!」

「もうこんなにボロボロなのに〜。全身泥だらけで、血だらけで〜」

「…………っ」

「私知ってるんよ〜。あなた、怪我してるでしょ〜。今もほらっ、服から血が滲み出してる」

「……あっ!」

「どこかの階段で転んだのかな〜?」

 

 園子が芽吹の装束をたくし上げると、中からドロッと血が流れ出した。

 

「ーーくぅああッ‼︎」

 

 開いた傷口に触れられ、芽吹に激痛が走る。

 

「……予想以上に酷い傷だね」

 

(なんで生きていられるの? なんで立っていられるの? ……不思議だよ。勇者でもないのにね〜)

 

 ギロッと芽吹は園子を睨み刀を振るう。

 

「……っおっととと〜。危ない危ない〜」

 

(これが今にも死にそうな人の目……? )

 

 芽吹の血走った目は、園子を一瞬だけ畏怖させた。

 

「……っの傷はァ……どこかの勇者がつけたものよ……」

「……?」

 

 芽吹は刀を強く握りしめた。

 

「"妖怪・スパルタ煮干し喰わせ"にねッ‼︎」

「……⁉︎」

 

 斬りかかろうと迫り来る芽吹に対抗して、園子は足元にある倒木に触れて浮かせた。

 

「ーーやあぁ〜!」

「……⁉︎ 一刀流・馬鬼(バキ)ッ!」

 

 それを芽吹に向けて放るが、彼女はいとも容易く真っ二つに斬り裂いた。

 

「あ、あれれ〜」

「……私の傷を見て狼狽してくれるのは別に構わないけどね。同情する暇なんてあるのかしら?」

「やっちゃえセバスーー」

 

 園子が浮遊する刃たちに命じるが、芽吹はそれより先に動き出す。

 

(……⁉︎ は、はやーー)

 

 ーー刹那、園子の目の前まで迫っていた芽吹は、刀を一旦鞘に収めていた。

 

「あ、あ……っあ」

 

 ()()()()に見覚えがあった園子の思考は完全に停止する。

 

「一刀流・居合……」

 

 ーー次の瞬間、目にも止まらぬ速さで芽吹は園子の背後へ駆け抜けていたーー。

 

 

「ーー"獅子(シシ)歌歌(ソンソン)"!!!」

 

 

 芽吹の手には、鞘に収まったままの刀が握られていた。

 

 ……園子には全く、その刀が鞘から抜け出た瞬間を目で追う事は出来なかった……。

 

「……あ……ちゃぁ〜」

 

 袈裟斬りにされた園子は、顔を引き攣りながら仰向けで地面に倒れた。

 

「はぁ……はぁ……。くうッ‼︎」

 

 持っていた刀を落とし、胸を押さえて激痛を堪えようとする。

 

「れ……礼を言うわ……。貴女のお陰で、私はまた……強くなれた……」

「…………」

 

 園子は無言で空を眺めていた。

 

「ありがとう……。お陰で私は……また一歩……三好夏凛(目標)に近付けた……わ」

 

 そして芽吹も力尽き、うつ伏せの状態で地面に倒れた……。

 




 二つの決着。そして次なる一歩へ。


次回 いざっ、ウエストジャパンへ!


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第三十九話 いざっ、ウエストジャパンへ!

 拙稿ですがよろしくお願いします。今回で『ロード トゥ ウエスト編』は終わりです。
 三十三話の前書きにあった『ここから芽吹が死ぬほど頑張ります』から芽吹がやった事。
 No.6を倒す→傷口が開く→歌野と雪花が来るまで時間稼ぎ→雪花と共に園子の能力を見極める→単独で園子と戦闘→生き埋めからの脱出→園子撃破←今ココ(本当に人間か? コイツ)


前回のあらすじだよい
 雪花はNo.6、芽吹は園子をそれぞれ撃破したよい。そしてこの戦いに終わりが訪れるんだよい。



 

 雪花はNo.6が完全に見えなくなった空を少しの間、眺めていた。そうしたあと、水都の元へ歩み寄る。

 

「水都ちゃん、戻ろう? 歌野と楠さんが待ってる……」

「…………」

 

 水都は心ここにあらずといった様子で双子座の残骸を見下ろしていた。頬には、乾いた涙の跡がうっすらと筋を残している。

 

「ほら立って、歩き出そう? 水都ちゃんは双子座のおかげで死なずに済んだ。……生きているのなら、水都ちゃんは今までどおり歌野と進まなきゃ。……じゃないと何のために双子座が命を懸けたのか、わからなくなる」

「…………」

「双子座は最期まで、人として生きようとした。人のまま死ぬ事を望んだ。儚くも可憐に散っていった」

 

 水都は右手で目を擦った。真っ赤になっていた目はより一層赤みを帯びる。

 

「……うん。……うん」

 

 何度も、何度も頷く。

 

「うん……。もう、くよくよするのは終わりにするよ。双子座は、命を懸けて私を助けてくれたからっ。私もあの二人の分まで精一杯頑張らないと、だね……」

 

 水都は雪花の手を取って立ち上がる。

 

 雪花は双子座とNo.6の言動から、"人"と"化け物"の定義を疑問視していた。

 

(人間のような心を持った化け物(バーテックス)……。バケモノのような強さを持った人間(勇者)……。この世界は、歪な程に曖昧だ。……あやふやで不安定だ)

 

 雪花は虚しく感じながら空を見た。

 何度見てもそこにはいつもと変わらぬ青空が広がる。

 

(……怪物と戦う者はその過程で自らが怪物と化さぬように用心せよ……って誰かが言ってたっけ? ……その通りだにゃぁ)

 

 水都もまた空を見上げて少しだけ微笑んだ。おそらくその笑みは、表情として表れているかどうか、分からない程だったが。

 

 そして二人は歌野と芽吹の元へ歩き出した。

 

(私たちは先に進むよ。……本当にありがとう!)

 

 

 

 

 

 

 

 ーー芽吹と園子の戦いが終わると同時に、歌野は目を覚ました。

 

「……ん。んん? みーちゃん?」

 

 網の中でモゾモゾと動く。

 

「いっ、たたぁ……」

 

 右腕を押さえながら、なんとか網の中から抜け出た。

 

「……はっ! 楠さん!」

 

 倒れている芽吹の体を揺する。芽吹は目を開けて歌野を一瞥する。

 

「……痛い」

「あっごめんっ。今、動かしたらダメよねっ。……でもとりあえず、解けている包帯だけでも」

「いやいいわ。この体勢の方が楽。……地面に圧迫されてとりあえず出血は止められているから……」

「わかったわっ。……それで、みーちゃんと雪花は?」

「二人は別の場所……。そこからは分からない」

「……そう」

 

 歌野は向こうに倒れている園子を見た。

 彼女に意識はあるが、どこかボーッと空を眺めている。

 時折、雲が風に吹かれて形が変わっていくのを目で追っていた。

 

「あ〜、あの雲……わっしーの武器みたい〜」

 

「……ねぇ」

 

 芽吹はうつ伏せで倒れている状態のまま、先程まで相対した敵へ問いかける。

 

「貴女……最後の一瞬……気を抜いたでしょ?」

「…………」

「私の居合の構えを見て動きが固まった。……走馬灯でもよぎったの?」

 

 園子は仰向けのまま呟く。

 

「あなたのね……その構えが、()()()を思い出させてね〜、それでちょっと揺らいじゃったんよ〜」

「……その人って"乃木若葉"の事でしょ? そうよね? "七武勇の()()()()"」

 

 芽吹の言葉に園子は驚き、顔だけ上げて彼女を見た。

 

「えっ、なんで私の本名を知ってるの〜?」

()()()()そうなのね……」

「……あ〜。カマかけたんだ〜。いじわるだな〜」

 

 芽吹は園子の手配書の件や、東郷の反応から乃木若葉と何らかの関わりがあると見抜いていた。

 先程の問いも、ほぼ確信している状態から裏を取ったに過ぎない。

 そして歌野自身も、園子と若葉は決して赤の他人ではないと思っていた。

 東郷が言った、四勇のひとりと血縁関係な事や、園子と東郷が、歌野の持っているリボンに過度な関心を示していた事も、その根拠に繋がる。

 

「貴女は一体何なの? 乃木若葉との間に……」

「知ったところで。だよ〜」

 

 園子は芽吹の詮索を制止する。

 

「貴女は大社所属の防人……。でも、()()()()()を何も知らない」

「……ええ、知らないわ。私は防人の隊長でありながら、その大元である大社の内情を把握する術が無かったもの。……知る気も無かった」

「それでいいんよ〜。この世界には、知らなくてもいい事。()()()()()()()()()()が沢山ある」

 

 四勇のひとり……つまり若葉から『人造勇者の野菜』が作られ、園子がその力を宿した。そしてその彼女への何らかの"人体実験"を行っていたと、東郷は言った。

 それは若葉が、大社と結託して、()()()()()()()()()という事だろうか。

 

「ま〜でも、一言だけ言うのなら〜、私は()()()()()()()()()()()()……かな〜」

「……?」

「乃木さんに、なれなかった?」

「でも今は……()()()()()()()()()()。……そんなどっちつかずな存在なんだ〜、私は」

 

 曖昧な回答は、芽吹と歌野を余計に困惑させた。

 

「でも、別に私はオリ……乃木若葉ちゃんを恨んでなんかいないよ? 大社も。正しいとか間違いとかわからない。だって初めてだらけなんだもん〜。その中でみんな、もがき苦しみながら手探りで希望を見い出す」

 

 園子は自分の物である白金の髪を触り、口元が綻ぶ。

 

「でもわっしーは、()()()()()()()。始まりである彼女たちを。そして大社を……」

 

 "園子の前で『乃木若葉』の名を口にするな"

 

 あの時の東郷の反応から、若葉を強く恨んでいる事がわかる。

 

「私が実験で不幸な目に遭ったのを、彼女は許さない。だから大社を潰すって。……たとえ四勇や大社が、後に続く者たちへ希望(バトン)を託したつもりでも……()()()()()()()()()()()()、それはただの……無責任な(バトン)にしかならない」

「「……」」

「私はわっしーとミノさんのお陰で救い出された。だから私も大社崩壊に手を貸すんよ〜。……たとえそれで世界(四国)が瓦解しても、ね」

 

 この世界の、全ての原因はバーテックスの筈だ。若葉たち四勇を恨むのはお門違いの筈なのだ。

 

 ……しかしそれでも、彼女たちを恨まずにはいられない。

 東郷たちは、四勇を、大社を責めずにはいられないのだ。

 "四勇"などと大層な呼ばれ方をされ、英雄のように扱われてはいるが、結局のところ、彼女たちは()()()()()()()()()()()

 

 ……乃木若葉が、郡千景が、土居球子が、伊予島杏がいながら、今なおこの世界はバーテックスに侵され続けているのだから……。

 

 

「ーー楠さんっ、うたのんっ」

「あ、終わってるんじゃん。……さっすが楠さん」

 

 ……と、そこへ雪花と水都が姿を見せた。

 

「……! みーちゃんっ、無事だったんだね。雪花もありがとね」

「いんや、水都ちゃんを助けたのは双子座だよ。あの二人が()()()()()水都ちゃんを守ってくれた。私は間に合って無かったから……」

 

「……!」

「……」

 

 雪花の言葉で、歌野と芽吹は向こうの状況に察しがつく。

 

「そうか……みーちゃんを守ってくれたのねっ」

 

(双子座は……()()()()に居てくれたのね)

 

 芽吹は双子座を警戒していたが、それは杞憂だったようだ。

 

「ごめんなさい。うたのん、楠さん。私……守れなかった」

 

 水都は深々と頭を下げる。

 芽吹はゆっくりと立ち上がり、左手で傷を抑え、水都の頭に右手を置く。

 

「……いいわよ。私も……迂闊だった。肝心な時に、貴女達から目を離してしまった」

 

 歌野は二人を見て首を横に振る。

 

「楠さんも、みーちゃんも、誰も悪く無いわっ。みんな出来る限りの事をやった」

 

 歌野は水都と雪花を包み込むように抱きしめた。

 

「二人が無事で本当に良かった。双子座(あの二人)にお礼言いたかったわねっ」

「代わりに言っといた。水都ちゃんを守ってくれてありがとうって」

「私も……ごめんばかりで直接は言えなかったけど。ありがとうって想ったよ……」

「なら、これからはより強く進んでいこうねっ。二人のためにも!」

「うんっ」

 

 それを聞いていた園子は、むくっと起き上がる。

 

「そっか〜。双子座は死んじゃったか〜」

 

 歌野は見ているだけだったが雪花は念の為、戦いに備える。

 

「あれ? あれあれ〜? わっしーどこ〜?」

「……? 東郷美森の事なら、そこにいるけど?」

「あっ、本当だ〜。……びっくりした〜、お母さんかと思った〜」

 

 園子は東郷を抱き抱えて背を向けた。

 

「じゃあ私は行くんよ〜。双子座が倒された今、もうあなたたちと戦う理由は無くなったから〜」

「そうだね」

「じゃあ元気でね〜。……次、何かしらの理由でまた戦わなければならなくなったら、()()()()全力で頑張るんよ〜。そして、あなたとも決着をつけよう〜」

「……!」

 

 雪花に向けての言葉だとわかり、彼女は顔を強張らせる。

 

 園子はニッコリと笑って宙に浮いた。

 

「あっ、最後にひとつ……言っておきたい事があったんよ〜」

 

 園子は歌野と被っている帽子、そしてそこに付いてる白いリボンを見て笑う。

 

「そのリボン……似合ってるね〜」

「……!」

 

 そして園子は空を飛ぶ。歌野たち四人は、それを見えなくなるまで目で追っていた……。

 

 

 

 

 

 ーーそれから、四国を目指す旅を再スタートさせる。

 

 長野県と岐阜県の県境に四人は立つ。

 

「……ここがイーストジャパンとウエストジャパンの境界線、って事になってる場所」

「ここから先が……」

 

 歌野は生唾を飲み込んで、高鳴る心臓を感じた。

 すると、雪花がある提案を持ちかける。

 

「よしっ。じゃあウエストジャパンへ踏み出す記念すべき日として、新天地へ進むための儀式でも行おうかっ」

「儀式?」

「まー、ウエストジャパンから四国までの旅の成功を祈願しましょう……ってやつかにゃぁ。みんなで"叶えたい夢"を口にして拳を合わせるのさ」

「へぇ!」

 

 雪花は歌野の前に立つ。

 

「私の夢は歌野と共に全国を旅して四国を目指す事。四国は北海道と何が違うのかを知りたいからね。……でも共に旅をする歌野のために何が出来るだろうって考えたらさ、やっぱり浮かんできたのは服飾関係だったんだよ」

 

 北海道で自分を救ってくれた歌野のために、雪花が出来る事。

 

 自分の好きな事が歌野のためになるのなら……

 

「私はファッションが好き。着るのも作るのも……。だからそれを歌野のために役立てたい。だから四国で私は"農業王の服を作る"よ」

「服? 私のために?」

「うん。歌野が農業王になって農作業を行うための服。つまりは"作業服"だね。ツナギとかオーバーオールみたいな感じの服を」

「ワーオ! それは嬉しいわっ!」

「でしょー。暑さも寒さも耐えられる、年中農業したって体の負担を最低限に留めてくれる……そんな夢みたいな作業服を作りたいっ」

 

 雪花は左手をグーにして歌野に向ける。

 

「楽しみにしててねっ」

「ええっ!」

「……なら、次は私ね」

 

 芽吹は雪花と歌野の斜向かいに立つ。

 

「私はもちろん、最強の防人を目指す事。現在の防人の全員と、三好さんを越えるっ。そして防人のトップに返り咲いて農業王の野菜を買う"御得意客"になる」

「何卒ご贔屓にっ!」

 

 芽吹もまた右手で拳を作り、前へ出す。

 次は水都が芽吹の前に立つ。

 

「わ、私は……うたのんと一緒に四国へ行く。そして、うたのんが農業王になるのを一番近くで見届ける……。今はこれが私の夢」

「うんうんっ。よろしくね、みーちゃん」

 

 水都も右手をグーにして正面にいる芽吹の前へ……。

 

「……歌野」

「うたのん」

「にゃっはは」

 

「……ふっふふふっ♪」

 

 三人に見つめられた歌野は満面の笑みで応える。

 

「私はもちろん"農業王"! そのために四国へ行き、"神樹様の恵み"を手に入れてみせるわっ!」

 

 そして歌野が左手をグーにする。

 

 四人は拳を突き合わせ声を張り上げた。

 

さあいこう‼︎ ウエストジャパンへ!!!

 

「「「おおーッ!!!」」」

 

 

 

 そして彼女たちは一歩踏み出す……。

 

 そこで待ち受ける数々の試練を……絶望を……知らぬまま……。

 

 




『ロード トゥ ウエスト編』完!

ちなみに、白鳥さんたちが最後に拳を突き合わせたやつを調べたら『フィスト・バンプ』と言うらしい。

次回から『ウエストジャパン編』開幕……と思ったけど、物語の1/3が終わったので次回はキャラや組織、歴史をおさらいする総集編みたいな回になります。


 ここまで観てくれてありがとう!


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【おまけ】勇者たちのこれまでの歩み1

 拙稿ですがよろしくお願いします。
 いつも『白鳥歌野は農業王になる』をご覧くださり誠にありがとうございます!
 ここでは、この作品における白鳥さんたち"白鳥農業組合"や"四勇"などの組織やキャラ、歴史などを公開できる範囲でご紹介していきます。

 さて、この物語のコンセプトは、『鬱展開のONE PIECE』または『数百年分の歴史を背負ってこの世界に戦いを挑む少女たち』でしょうかね。

 しかしながら、ONE PIECEも所々に鬱展開が見受けられる。



 

 〜組織紹介〜

 

 ○白鳥農業組合(ホワイトスワンのうぎょうくみあい):白鳥さんが作った組織。構成人数は本人含めて四人。今後も増える。

 トータルバウンティ:4,000,050ぶっタマげ。

 

四勇(よんゆう):四国にいる若葉たちの組織。人数は四人だが、副官や部下を従えている。

 原作ではガチの"先の時代の敗北者" ←ハァ…ハァ…敗北者…?

 

七武勇(しちぶゆう)または勇者部(ゆうしゃぶ):夏凛、東郷、園子などがいる組織。構成人数は七人。

 トータルバウンティ:分かっている限りでは、夏凛+結城友奈+銀+園子+東郷=21,650,000ぶっタマげ。

 

大社(たいしゃ):バーテックスから世界を守るために作られた組織。主戦力として、『鏑矢』後に『防人』を所有。

 また、四勇と協定を結び、バーテックスや七武勇+白鳥農業組合に対抗する。

 

防人(さきもり):大社所属の戦闘部隊。指揮官クラスの防人は、全国各支部の統治を任されている。リーダーは楠芽吹だが、今は弥勒夕海子が代役を務める。

 名前は原則『No.○』となる。

 

鏑矢(かぶらや):本作品の二年前に壊滅した大社所属の旧戦闘部隊。『不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)』と呼ばれる地域で起こった火災テロから四国を守ったとされる。

 その後、『岡山・香川の乱』でバーテックスの強襲を受け全員死亡扱いされた。

 

○バーテックス:本作品の最大の敵。人間が作り上げてきたものを破壊する人類の天敵。"星屑"と、何らかの原因で進化した"進化体"が存在する。星屑はいわゆる雑魚だが、進化体はそれぞれ固有の能力を持っている。

 トータルバウンティ:分かっている限りでは、水瓶座+乙女座+天秤座+双子座=15,500,000ぶっタマげ。

 

(余談だが、ONE PIECEと照らし合わせると、四勇→四皇。七武勇→七武海。大社→海軍。だが、四勇と七武勇と大社の敵対関係が入れ替わっている)

 

 現在の勢力構図では、大社(防人)&四勇vsバーテックスvs七武勇vs白鳥農業組合になっている。

 

 

 

 〜キャラ紹介〜

 

 ーー白鳥農業組合ーー

 

白鳥歌野(しらとりうたの):ご存じ本作品の主人公。麦わらの一味でいう『ルフィ枠』。諏訪出身で若葉の言葉に触発され、農業王になるべく四国を目指す。が、道中では畑仕事してたり蕎麦と農業を布教したり防人と戦ったり仲間にしたりバーテックスを庇ったり勇者と対立したりとやりたい放題の自由な人。寄り道が止まらない。両親は他界。

 爆撃されてもミキサーにかけられても撃たれても刺されても死なない。(勇者ってスゲーッ)

 懸賞金額は、300万ぶっタマげ。

 『ムチムチの野菜』を食べた鞭遣い人間。しかし手にしているのは鞭ではなく、鞭の能力を付与した道具。技名は武器関連。

 

藤森水都(ふじもりみと):ご存じ本作品の準主人公。麦わらの一味でいう『姫ポジだった頃(?)のナミ&チョッパー枠』。歌野と共に四国を目指す。

 昔は両親が険悪で、その影響により引っ込み思案だったようだが、歌野と出会い、また父の死で母が優しくなり、母との関係は一応修復。

 歌野と旅に出てからは言いたい事を言ったり勢いで行動したりと"漢"の片鱗を見せる。特にNo.4へは、キレて啖呵切ったり石ぶつけたりする。が内気な女の子です。

 水都の母曰く『父親に似てきた』。

 懸賞金額は50ぶっタマげ。

 

秋原雪花(あきはらせっか):北海道の勇者。わかり辛いが麦わらの一味でいう『ウソップ枠』。両親は他界。

 北海道で勇者として活躍するも、その力を利用する大人たちに囲まれ嫌気が差していた。その後、防人の台頭で居場所を無くしたため、大人と防人を多少恨んでいる。天秤座との戦いでは危うく"天恐"になりかけた。

 ちなみに耐久力は()()()()()()()()()()とか。どんな激戦でも傷ひとつ付かない雪花の眼鏡ェ……。やはり眼鏡が本体か。

 懸賞金額は100万ぶっタマげ。

 『ユメユメの野菜』を食べた催眠人間。技名は意訳混じるがアイヌの言葉。

 人間相手には効果大だが、肝心のバーテックスには効かないという不遇。なので身体能力を鍛え上げました。その筋力から放たれる槍投げ攻撃は絶大。(が、ガードされたり避けられたりはする)

(余談だが、ONE PIECEでも相手を眠らせたり夢を視させる能力はある。

 ブルック(これは聴覚に働きかけるが) ジャンゴ(詳しくは暗示、催眠術) ブラックマリアの"幻霧"(蜃気楼のようなもの)とか。

 なので、某死神漫画のヨン様。某忍者漫画の術をパクった訳ではない……)

 能力を駆使すれば、裸眼の勇者相手なら秒殺できる。……しかし例外が……。

 

楠芽吹(くすのきめぶき):防人隊長。ひょんな事から歌野と出会い行動を共にする。あからさまに麦わらの一味でいう『ゾロ枠』。

 夏凛を訪ねて岡山から岩手まで徒歩で旅をしていたストーカー気質。なのにも関わらず、実際に夏凛が居た会津若松城をチラ見だけするというミスを犯す。

 およそ半年間も旅してこの様なので、もしかしたら方向音痴属性。ドジっ子属性を持っているのかも。

 夏凛のせいで胸にX字の傷跡が出来た。(つまり夏凛のせいでバツイチに……)

 しかし、なんやかんやあっても生存しているあたり、コイツは化け物。

(原作では三体のバーテックスモドキと一時期渡り合ったから、やはり化け物)

 勇者の野菜は食べていない非能力者。技名は食べ物や動物や仏教関連。

 二刀流→一刀流へ転職。(無刀流もできるよ)

 奇しくも、夏凛(ひとつ)の事に集中しすぎて防人(ほか)を疎かにしてしまった点は、仕事に熱中し過ぎて妻に愛想尽かされた父と似ている。

 掲げる勇気:折れない勇気。

 

 ーー四勇ーー

 

乃木若葉(のぎわかば):香川を統べる四勇。歌野を旅へと導いた元凶。乃木家お抱えの職人が作ったリボンを歌野へ贈る。(っていうかわざと忘れてきた)

 歌野を助けた際、腕に火傷を負うが、それは()()()で完治したとさ。

 能力は、後述の園子の事を考えると『トリトリの野菜』の何か。

 

郡千景(ぐんちかげ)ェ:高知を統べる四勇。素晴らしい父の教育と、朗らかな小学校生活で、それに相当するようにすくすく育ちましたとさ。←嫌味かッ貴様ァ。

 能力は不明。しかし、何やら秘密が多い様子。

 

土居球子(どいたまこ):愛媛を統べる四勇。オツムが可哀想なのに手配書絡みで大社との連携を任された。なんで杏に任せなかったんだろう……。

 『ヒトヒトの野菜』である事以外は不明。

 

伊予島杏(いよじまあんず):もうひとりの愛媛を統べる四勇。球子に振り回されつつも愛媛の統治は彼女がほぼほぼ受け持っている。

 球子が勝手に作ったアイドルユニット『ヒトヒトシスターズ』は、歌う曲を、ロックパンクにするかラブソングにするかの『音楽性の違い』で解散寸前。っていうか結成していたかも怪しい。

 『ヒトヒトの野菜』である事以外は不明。

 

 ーー七武勇ーー

 

結城友奈(ゆうきゆうな):名前だけは出たが未登場。"友奈の一族"では一番有名らしい。

 能力は不明。

 懸賞金額は現在590万ぶっタマげ。

 

三好夏凛(みよしかりん):防人発足の直前までいたが、誰かに唆されて四国の外へ出て行った、芽吹の元カノ(?)

 本作では明かさなかったが、『パムパムの野菜』の破裂人間。自身の双剣を破裂させると鉄粉により粉塵爆発を起こせる。が、二刀流に誇りを持っている夏凛は能力を使わずに身体能力を鍛え上げました。恐らく、勇者の野菜を食べたのは、単純に身体能力を強化したかっただけ。

 また、芽吹と戦った際、双剣が黒く変色したが、あれはONE PIECEでいうアレ。

 懸賞金額は480万ぶっタマげ。

 

乃木園子(のぎそのこ):不思議ちゃん。過去に大社によって"吐き気を催す程"の人体実験を受けていた所を後述の二人に助けられた。

 乃木若葉とは血縁関係をもっているが、姉妹なのか従姉妹なのか不明。

(興味本位で調べようとした新聞記者が翌日から行方不明になりましたとさ)

 『トリトリの野菜の幻獣種:モデル"鴉天狗"』の鳥人間。簡単に言えば、≒『フワフワの実』。

 これは若葉の血統因子を元に作った『人造勇者の野菜』である。

 自身の槍または刃を『セバスチャン』と呼んでいる。やはり不思議ちゃん。

 目を瞑っても攻撃を避けられる。また眠っていても避けられる。これのせいで雪花涙目……。

 この能力はONE PIECEでいうアレ。

 懸賞金額は425万ぶっタマげ。(初頭額は53万ぶっタマげ)

 

東郷美森(とうごうみもり):世界の破壊者東郷さん。後述の銀と共に園子を大社の手から救出し四国の外へ。

 それ以来、大社と四勇に恨みを持ち、滅ぼしたいと考えている。←バーテックス陣営ですか?

 本作では、双子座を狙って歌野たちと対立したが、『結城友奈は勇者である』本編では、バーテックスを守るため勇者と戦いました。

 『ブキブキの野菜』の武器人間。あらゆる武器を生成できる。得意なのは遠距離系。戦闘機、銃、弓矢、弾丸、武器ならなんでもOK。

 歌野に負けた敗因は、攻撃する際に逐一教えてくれた事。無言で戦ってたら、歌野は多分死んでた筈……。いや、あの耐久力なら怪しいが……。

 歌野と戦った際、黒色のアーク放電が起こったが、これはONE PIECEでいうアレ。

 懸賞金額は380万ぶっタマげ。←"この強さで380万はねぇだろ"

(初頭額は25万ぶっタマげ)

 

○風:名前だけで未登場。

 

○樹:名前だけで未登場。

 

三ノ輪銀(みのわぎん):過去に東郷と一緒に園子を助けた後に四国の外へ。

 作中では行方不明。だが、夕海子の発言から、三大将と対峙していたと言うので、彼女たちはその後を知っている様子。

 能力不明。

 懸賞金額は290万ぶっタマげ。(初頭額は25万ぶっタマげ)

 

 ーー防人ーー

 

弥勒夕海子(みろくゆみこ):三大将。テンプレお嬢様。芽吹を間接的に追い出しその座に居座る。

 能力は不明だが、一言で言うなら『天下無敵』

 掲げる勇気:耐え忍ぶ勇気。

 

山伏(やまぶし)しずく:三大将。内気で物静かな少女。しかし、その内側には……。

 能力は不明だが、一言で言うなら『最速最強』

 掲げる勇気:受け入れる勇気。

 

加賀城雀(かがじょうすずめ):三大将。ピーチクパーチクうるさい子。防人を離れた夏凛の穴埋めに抜擢される。一番の被害者。平穏な生活を破壊してきた夏凛を殴っていいぞ。No.32だが、これは夏凛が抜けた穴を急遽埋めたため。……つまり実力は?

 能力は不明だが、一言で言うなら『最弱無敗』 

 掲げる勇気:逃げ出す勇気。 ←本当に三大将なのか?

 

 ーー以下指揮官を軽く紹介ーー

 

○No.1:楠芽吹。前述参照。

 

○No.2:芽吹に代わって夕海子が防人を乗っ取ったので大社を辞めました。今は、"ナルミ"と称して千葉支部へ。(実は結城友奈の従姉妹という没設定があった

 

○No.3:本部担当の俺っ娘。能力名は不明だが"体が砂になる"。

 

○No.4:北海道担当のジャジャ馬娘。歌野と雪花(と水都)の前に敗北。『ギアギアの野菜』を食べたギア人間。

 

○No.5:兵庫担当。会議に出たが他は不明。

 

○No.6:元山口担当。山口支部が無くなってからは本部へ。御役目を真面目にこなそうとするも、芽吹隊長に斬られ、雪花に吹っ飛ばされた。『ハナハナの野菜』を食べた花咲人間。

 

○No.7:京都担当。未だ不明。

 

○No.8:沖縄担当。本作では、原作小説でチラッと出てきた雀の先輩。それ以外不明。

 

 ーーバーテックスーー

 

○乙女座:『ボムボムの野菜』の能力を持つ進化体。歌野と戦って討伐された。爆弾作って放り投げる。

 懸賞金額は400万ぶっタマげ。

 

○天秤座:『ズシズシの野菜』の能力を持つ進化体。歌野と雪花と戦い討伐された。分銅を重力の核としてあらゆる攻撃を引き寄せた。

 懸賞金額は350万ぶっタマげ。

 

○双子座:かわいい。『ヒトヒトの野菜:モデル"双子"』の進化体。話す速度と内容が完全に一致。水都を庇いNo.6に刺される。そして水都に最期を看取られ死亡。

 本編では樹に切り刻まれ、結城友奈に焼かれと悲惨な運命を辿った。←まったく、こんな可愛い子になんて事するんだっ!

 懸賞金額は200万ぶっタマげ。

 

○水瓶座:『ミズミズの野菜』の能力を持つ進化体。本作の一年前に、若葉により討伐された。全身が水になれる。

 懸賞金額は600万ぶっタマげ。

 

・進化体は他にもいるが、未登場なのでこれまでとする。

 

 ーーその他ーー

 

上里(うえさと)ひなた:若葉の副官。また大社と四勇のパイプ役も担う。"六式"と呼ばれる戦闘術を編み出した。原作小説では世界を守るために……。

 

花本美佳(はなもとよしかみかよしよしみよし):千景の副官。初見殺し(名前的に)の人。千景を崇拝している。ひなたと同じく大社とのパイプ役。原作小説ではとんでもない事をやらかした……。

 

安芸真鈴(あきますず):名前だけで未登場。どうやら、弟が病院におり、本作では叔母が大社の神官らしい。原作小説では…………特にやばい事はしてない常識人。

 

○夏凛お兄ちゃん:未登場。しかし夏凛と口喧嘩となり、夏凛が離反した責任を取って謹慎処分を食らっていた。

『できのわりぃ妹を持つと兄貴は心配なんだ……』

 

○女性神官:防人担当の神官。夕海子の発言から東郷たち三人はかつての教え子だと言う。

 

国土亜耶(こくどあや):大社から防人に派遣された御目付役。

 

高嶋友奈(たかしまゆうな)&横手茉莉(よこてまつり)&烏丸久美子(からすまくみこ)&黒シャツお兄さん:奈良の者たち。他は不明。

 原作小説では、メインヒロインである黒シャツお兄さんが三人とのフラグを立てつつ四国を目指して…………。

 

柚木(ゆずき)&芙蓉(ふよう):ひなたの弟子的ポジション。あまり周囲に名前を知られたくないらしい。只今"六式"を修得中。(ただし"月歩"以外)

 

○赤嶺と名乗った少女:千葉支部にて歌野と水都、また後に雪花も出会った謎のピンク髪の少女。また、夏凛捜索の際に助言をくれた少女。なぜか出会う前から二人の事を知っていた。それもお互いのニックネームまで。

 水都は初対面の時、なぜか直感的に警戒していた。

 

 

 〜歴史〜

 

○三年前〜二年前:バーテックスが襲来。時を同じくして四勇と大社が誕生して、全国へバーテックス掃討を行う。

 ちなみにこの時に大社は鏑矢を設立して四勇のアシストを努めさせる。

 その後、四勇は四国の統治に専念する。

 大社は四勇の御役目の引き継ぎとして園子、須美(東郷)、銀を選出。しかし、その裏で園子に人体実験を行っていた。

 また、鏑矢は『不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)』の火災テロから四国民を守る。

 

○二年前:二人の手によって園子は救出。その後、四国の外へ。

 少し経ち、瀬戸内にて『岡山・香川の乱』勃発。鏑矢が処理するが、バーテックスの強襲で壊滅。

 この頃から進化体が出現し出す。

 

○二年前〜一年前:鏑矢壊滅から新たに防人を発足させる。しかし、その前日に夏凛が脱退。多少慌てたが、防人は活動開始。

 中国地方(マリンフォード)を巡回し安全圏を確保していく。

 このあたりから七武勇が四国外にて活動を始める。大社が気付いた頃には東郷たち三人も仲間に。

 

○一年前〜今:若葉が諏訪を訪問。歌野と出会い、怪我を負うが水瓶座を撃破。リボンを歌野へ渡し香川へ戻る。

 また、このあたりから防人の全国展開が行われ、各支部を持っていく。

 夏凛の目撃情報により、芽吹が遠征。後続を弥勒夕海子たち後の三大将に任せる。

 北海道で雪花が進化体との戦いを放棄したのを狙ってNo.4率いる防人が旭川市を統治。やり過ぎた資本主義を進める。

 

○今〜:歌野が水都と共に旅へ。←物語スタート

 

 

 

 以上がイーストジャパン編〜ロード トゥ ウエスト編までの簡単な総集編でございます。

 

 ……少しでも整理ができたなら光栄。

 余計に混乱したぜ。となったら申し訳ありませんが、己のフィーリングで解釈オナシャス。

 

 

 

 

 

 〜ウエストジャパン編の予告〜

 

 大阪、京都、奈良。そこで導かれる新たな出逢いーー。

 

 繰り広げられる新たな戦い……。そして新しい仲間。

 

 ……そして知る、悲しき残酷な真実。

 

 歌野たちと本格的に関わる事になる『"友奈"の名を持つ少女』とはーー

 

 

『新たな勇者御記(ポーネグリフ)が……』

 

『ギブアンドテイク……ってやつかにゃぁ』

 

『貴女はもう……手も足も出ないわっ』

 

『勇者部部長の覚悟ッ! ナメんじゃないわよォォ!』

 

『お姉ちゃんの邪魔はさせません!』

 

『貴女とこの"鳥カゴ"が……私には邪魔だッ!』

 

『完璧主義なのよ!』

 

『大社が保有する兵器の情報が描かれてあるらしいんです』

 

『それが私の役目だから』

 

『クククッ……弱いなァ、凡人……』

 

 

 

 

 ーーそれ故、『友奈の名を持つ少女たち』を、一部の奴らはこう呼んでいるーー

 

 ーー『天敵』となーー

 

 




 さてさて、ここから第二章の開幕ですが、内容としては、四国へ行くぞ! の所までですね。
 四国から……は最終章に入ります。

 第二章の主な流れとしては、
『ウエストジャパン編』→『奉火祭編』→『サウスジャパン編』→『瀬戸大橋頂上戦争編』→(『勇者の追憶編』)を予定しております。
(ネタバレになりそうなので伏字に。ネタバレOKな人はコピペでご覧下さい)
 それではみなさんっ。ONE PIECE 105巻を買ったらまた逢いましょう!


次回 京都壊滅ッ!?


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〜ウエストジャパン編〜
第四十話 京都壊滅ッ!?


 拙稿ですがよろしくお願いします。
 今回から『ウエストジャパン編』スタートです。

 ONE PIECE 105巻買いました。
『富』『名声』『力』は手に入ったけど、代わりに肝心の『自由』から最も遠ざかってしまった海賊がいるそうです。


『この大地の向こう、そして瀬戸内海(グランドライン)の先にある四国。そこにスッゴイお宝があるって知ってる? それを手にして私は農業王になるのっ。ワクワクするでしょ! 見た事も無いアドベンチャーが待ってるっていうのよ!』



 

 ウエストジャパンへ踏み出し旅を続ける歌野たち。

 現在は岐阜県と滋賀県を越えて京都府に差し掛かっていた。

 

「ーーあっ。歌野っ、楠さん!」

「星屑ね……」

 

 雪花の指差す方向には十数体の星屑の集団が蠢いていた。

 そして、その内の一体が四人の方へ向くと、それに続いて他全ての星屑も四人に軌道を変えて突進してきた。

 

「……こっちに気付いたみたいね」

「うわー。きっもち悪いわー」

「ウエストジャパンに来てから初の遭遇。気合い入れてかないとねっ」

 

 歌野は抱えていた水都を下ろして前に立つ。

 芽吹と雪花は走り出し先んじて討伐にあたる。

 

「ーーふっ、はっ。ーーせいっ」

「……やぁあ! とっと……はぁ!」

 

 芽吹は星屑を一体一体を真っ二つに斬り捨て、雪花は縦横無尽に駆け回り槍で串刺しにしていく。

 歌野は従来どおり、二人が殺し損ねた敵や、二人を無視して自分と水都を狙った際の対処にまわる。

 

「あっ! 歌野、二匹行った!」

「見えてるわっ」

 

 雪花と芽吹の間をすり抜け、二体の星屑が歌野と水都へ襲い掛かる。

 

「ムチムチの〜〜」

 

 歌野はベルトを伸ばして、右腕を振り上げ攻撃体勢に入る。

 

「ピ……っつ!?」

「ーーうたのん⁉︎」

 

 ……しかし、歌野の動きが途中で止まった。

 異変を察知した水都は即座に歌野の背中を掴んで共に地面に倒れ込む。

 

「うわっ」

「いっ……」

 

 二人が地面に倒れたおかげで星屑の突進を避ける事ができた。

 

「ーー歌野⁉︎ 雪花⁉︎」「ーー歌野⁉︎ 雪花ちゃん⁉︎」

 

 様子がおかしい事に気付いた雪花は槍を放り投げる。

 

「ーー飛翔する槍(オプ・ホプニ)!」

 

 投げられた槍は、一体の星屑の体を貫通させ、二人に追撃を試みるもう一体の星屑も刺し貫く。

 

「よっし。……んで楠さん。()()()よろしくー」

「はぁぁああ!」

 

 二人が無事な事に安堵していた雪花の背後に迫る星屑を、芽吹は横薙ぎに斬り殺す。

 

 そして四人を襲うバケモノは全滅し終えた……。

 

 

 

「……歌野。さっきのは何?」

「えっ。……えーっとぉ」

 

 戦闘後、歌野は正座させられ、仁王立ちしているニ人と、その後ろで不安そうな顔をしている一人を目にする。

 

「さっきの戦闘……。明らかにおかしかったでしょ?」

「ソ、ソーリー……」

「歌野?」

「ご、ごめん……なさい……」

 

 半笑いで誤魔化そうとしていたが、三人の真剣な眼差しに歌野はしゅんとする。

 

「……ちょっと腕みせて」

「あっ……」

 

 星屑を攻撃するために腕を振り上げた時、歌野は確かに痛がったのだ。

 水都は歌野の袖を捲り上げ、右腕を見た。

 

「……ちょっと赤くなってる?」

「触るわよ」

 

「ーー痛ァァあッ⁉︎」

 

 芽吹が多少強引に右腕を掴んだ途端、歌野から悲鳴があがる。

 

「うう〜。ぐぐぐ……」

「歌野、貴女……」

 

 呻き声をあげながら右腕を押さえる歌野を見て三人は予感した。

 

()()()()()()?」

「…………っふぇ?」

 

 歌野から素っ頓狂な声が漏れた……。

 

 

 

 

 ーー歌野の右腕に骨折疑惑が立ち、本人含めて神妙な空気に包まれる。

 

「リ……リアリー?」

「もしかしたら……の範疇よ。私は医者じゃないし、レントゲンだってないでしょ?」

「でも歌野。一応動かせるんだよね?」

「もちろんよ」

 

 歌野はゆっくりと右腕を上げ、軽く一回転させる。

 

「痛みは? うたのん」

「んー、全然。 力を入れたらズキッてなる程度」

「折れては無いのかな? だったら腕がぷらんぷらんしてるもんね」

「じゃあ……捻挫? 骨にひびが入った?」

「そのあたりでしょうね。……まぁ、とにかく、この状態のまま戦闘を行うのは危険よ。……諏訪まで戻る?」

 

 芽吹が提案する。

 確かに体の内側を知るには、相応の医療設備が備わっている場所でなければならない。

 もちろん、今彼女たちがいる場所に病院などない。いや、このご時世に四国以外の土地に大した医療機関などないのかもしれない。

 だが諏訪支部には、多少なりとも医療関係者や設備が整ってある。

 

「ううん。このまま進みましょう!」

 

 歌野は首を横に振って立ち上がった。

 

「何言ってるのよ? 骨に異常があるかも知れないのよ? ……おそらく、いや十中八九、東郷美森との戦いの後遺症でしょ」

「かもしれないわっ。"イレギュラーヒーロー"で腕を酷使し過ぎた……。それに最後、網に囚われちゃった時、変な落ち方したから」

「イレギュラーヒーロー?」

「私の新しい戦法。武器を最大限にしならせて、予測不可能な攻撃を繰り出せるの」

「そう。……でも危険よ? このまま進むのは」

 

 芽吹も雪花も水都も、充分すぎるくらい歌野を心配している事はわかっていた。

 それでも歌野は前へ進む事を選ぶ。

 

「ここまで来た……。これが"ウエストジャパンの洗礼"だと言うのなら受けて立つわっ」

「いやいや、歌野のやつは入る前に負ったものでしょ。その"洗礼"を受ける前にこの様じゃあねー」

 

 雪花の言葉に芽吹は頷く。

 

「雪花の言う通りよ。この先、さらに激しい戦いが起こる。だから少しでもーー」

「ーーえいっ!」

 

 と、芽吹が喋っている途中に、歌野は芽吹の胸を掴んだ。

 

「ーーッ痛ッ‼︎」

「ほら! ()()だってここに来る前に怪我してる! 痛いのに我慢して旅続けてくれてたんでしょ⁉︎ 前の戦いで三好夏凛さんにやられた傷が開いてたし」

「……」

 

 今度は芽吹が痛そうに胸を押さえて跪く。

 

「あーあ。こりゃ二人ともボロッボロだ。そんなんでこの先どうすんのさー?」

「むう……」

「……」

 

 先日の戦いの傷は癒えていない。芽吹に至ってはこの先また、夏凛に付けられた傷が開く可能性も大いにある。

 そんな中、更に激しい戦いに見舞われた時、取り返しのつかない事態に陥る事は分かっていた。

 

「……あのさ、考えがあるんだけど。二つほど」

「「……?」」

 

 雪花の言葉に二人は首を傾げた。

 

「私たちには今、怪我人がいる。そしてそれは今後も増える可能性がある。……私や水都ちゃんね」

「なら二人は私が守るわっ」

「ハイハイ。……で、幸いここウエストジャパンには、人が居ると思われる場所がいくつかある。そうだよね? 水都ちゃん、楠さん」

 

 諏訪支部にいた水都。そして防人として大社本部にいた芽吹へ問いかける。

 

「……うん。確か……大阪と、奈良に人がいたって……」

「そして京都。そこには大社の京都支部がある」

 

 こくっ と雪花は頷いた。

 

「つまり、この三つの場所のどこかで治療してもらう。または、治療できる人を()()()()()。……この二つの方法を私は提案するよ」

 

「「「……!」」」

 

 雪花以外の三人は、なるほど……と頷く。

 

「確かにそれなら……」

「ええ。戻る必要もないし、傷も治せるっ」

 

 つまり次に歌野たちが目指すべき場所は……。

 

▶︎京都へ向かう

 

 大阪へ向かう

 

 奈良へ向かう

 

 

「……なんか、頭に選択肢が降ってきた!」

「でもまー、私たちが指名手配されている以上、大阪か奈良のーー」

 

「京都に行こう!」「京都支部ね」

「……えっ?」

 

 怪我人である歌野と芽吹の答えは一致する。

 

「その三つの中で一番医療設備が整っているのは京都支部になる」

「大社の施設があるくらいだから、その可能性大だわっ。何よりここから一番近い!」

「……歌野。一応私たち、つい最近防人と一戦交えたばかりなんだけど……。楠さんも分かってるよね?」

 

 北海道の件や先の戦いで防人を倒し、大社にお尋ね者として扱われている歌野たちを受け入れてくれるとは到底思えない。

 しかし、歌野は首を横に振る。

 

「確かにそうだけど……でも、私は医療機関が充実している可能性がある点を考慮して京都に行くべきだと思うわっ」

「貴女の言いたい事は充分に分かってる。けど試しに行ってみてもいいかも知れない……」

 

 芽吹も同様に京都支部へ行く事に賛成する。

 

「芽吹のためにっ」「歌野のためにね」

「「…………」」

 

 そして二人同時にお互いのためと口にする。

 

「芽吹のため!」

「歌野のためよ」

 

 なぜか、お互いが相手のためだと強調し合う。

 

「芽吹の方が重体でしょ」

「歌野だって重体じゃない。勇者の自己治癒でも難しいなんて」

「これは……あのっ……、内側のダメージだから治りが遅いのよっ。多分」

「そういうものなの?」

 

 雪花はこの応酬に苦笑いを浮かべている。

 

「……二人はなんの意地を張ってるのさ?」

「意地じゃないわっ」

「ただの思いやりよ」

「あーハイハイ。……じゃあ京都支部に行こう」

「雪花ちゃんもいいの? ……いや、私はうたのんと楠さんの怪我が治るなら京都へ行くのに賛成だけど……」

「……ネックはやっぱり防人だねー。歌野はそういう所に危機感無いっていうかー。楠さんも影響されてるっていうかー」

 

 歌野のわがまま……もとい自由奔放な行動には毎度手を焼かされる。

 バーテックスである双子座を守ろうとしたのも、指名手配されていながら、芽吹の怪我の為に大社支部へ行こうとするのも、その優しさは微笑ましく思うが、こちらとしては心配で仕方ない。

 

「水都ちゃん。歌野とずっと一緒にいたんだねー。心中察するよ……」

「……え? あ、ありがと……う?」

 

 遠い目をしながら口にする雪花に水都は不思議そうに礼を返した。

 

「よし、分かった! 二人が頑として京都支部に行くっていうなら、それに従うよ。最悪、仕掛けて来たら返り討ちにすれば良いだけだしね」

「わおっ! 頼りになるわねっ」

「それで包帯とか傷薬とかも奪っていこう」

「……盗賊かな?」

 

 そして四人の目的地は京都支部に決まった。

 歌野はいつもどおり、水都を抱え上げようとする。

 

「うたのん、やっぱり痛い?」

「痛くないわっ。みーちゃんを抱えて跳ぶくらいどーって事ないの。みーちゃんが軽いおかげねっ」

「……じゃあ楠さんだったら無理なんーーっ痛ぁ!」

 

 話している途中に、いきなり背負っている芽吹から膝蹴りを食らった。

 

「あ、ああぁ……」

「……歌野、負傷者が増えたわ。早く目指した方がいい」

「そうねっ。レッツゴー♪」

「い、いや……楠さんが……」

「行くわよ雪花。いつもどおり、お願いね」

「こんちきしょぉ……」

 

 雪花は苦々しく思いながら、歌野へ続いて跳ぶ。

 

 

「……そういえばうたのんって楠さんの事、いつから名前呼びしてるの?」

「ん? 唐突ね、みーちゃん」

「いや、うたのんが唐突に楠さんを名前呼びにしてたから……」

「そうねぇ。今まではあくまで"取引相手"として敬意を表してたんだけどーー」

「敬意? うたのんが?」

「……でも、これからちゃんと"夢を語り合った同志"としても接したいなぁって。幸い、芽吹も指摘してこなかったじゃない?」

 

 そこへ、雪花が背負っている芽吹が話に加わる。

 

「……そうね。私の事をどう呼ぼうと好きにしていい。私も呼び捨てで呼んでるし」

「やった!」

「じゃあ私は"楠ちゃん"でいいやー」

「……"でいい"が少し鼻に付くけどまぁ良いわ」

「私は楠さんのままで……。もう慣れちゃったし」

「ええ」

 

 芽吹との距離がまた一段と近付いた事に、歌野は嬉しく思う。

 

「ーーじゃあ、もっととばすよ!」

「あ、ああっ。無理すると腕痛むよ!」

「ノープロブレム♪ もう治ったからっ」

「嘘付かない!」

 

 

 

 ーーそして四人は京都支部が遠目に見渡せる高台にやってきた。

 

 …………しかし。

 

「ーーねぇ、()()()()()()()? 京都支部」

「ええそうよ……」

「それらしい建物なんて……」

「……ひ、酷い」

 

 高台から見えるのは、決して歴史を感じさせる京都の街並みや、その中で大きな存在感を持つ、京都支部でも無かった……。

 

 見えたのは……黒い煙が所々に上がり、あたり一面に焼け跡とクレーターが残る、()()()()()()()を模した姿だった。

 

「……行こう。人がいるかも知れない」

 

 また重苦しい空気に包まれながら、四人は京都支部だった場所へ向かう。

 

「遠くから見ていたから分かっていたけど……。あたり一面が焼け野原」

「戦争の跡って……こういうものだったのかなぁ?」

「…………」

 

 本来の目的である怪我の治療どころの話ではない。

 

「本当なら……ここが京都支部の入り口……だと思う」

 

 芽吹に案内され、黒炭と化した場所に立つ。

 もはや、どこに何があるかさえ分からない。

 

「京都は元々、木造建築が多いって聞いたよ。……だから一回火が上がると、たちまち広がっちゃうのかな……?」

 

 不完全燃焼により起こった黒い煙から感じる嫌な匂いに眉をしかめる。

 

「……人は……いるわけないか。こんな状況だし。いたとしても、私たちとは言葉は交わせないだろうね」

「嫌な言い方をするわね」

「……ごめん。ちょっと……まいってる」

 

 芽吹に指摘され、雪花はため息をついた。

 

「見てみんな。ここに……」

 

 その中、歌野が何かを見つけてきたようだ。

 

「ほら、何か書いてあるわっ」

「……ほんとだ」

 

 木屑の中に、赤色の文字で文章が書かれていた。

 辛うじて、それを読んでみる。

 

「『…………へ。我々は…………の梅田地下街へ避難する』」

 

「京都支部の人たちのメッセージ⁉︎ その"梅田地下街"って所に避難したって意味だよね!」

「この文を素直に受け取るなら。そうなるわね」

 

 歌野は京都支部の人たちがそこへ無事に避難出来たのではないかと考えた。

 

「梅田地下街ってどこ⁉︎」

「大阪駅周辺の真下にあるおっきな地下街だよ。行った事は無いけど、確かいろんなお店があって、アーケード商店街みたいなってる……」

「そこにいるかも知れないのねっ」

 

 歌野は安堵した。

 それは自分たちの怪我を治してくれる相手へ、ではない。純粋に京都の人たちが生きている可能性がある事に、だ。

 

「やっぱり行く?」

「ええ。それに大阪"県"なら旅の目的地でもある四国へも近い。目指さない理由はないわ!」

「だねだね。それと歌野、大阪"府"、だからね」

 

 歌野は水都を抱え上げ、雪花は腰を下ろして芽吹を背負う。

 

「よしっ。じゃあ大阪の梅田地下街に行こう!」

 

 

 そして四人は気を取り直して次なる目的地、大阪を目指す。

 

 




 白鳥さんも芽吹も満身創痍だよ。これは早急に優秀な治療員が欲しい。

 そして見せ付けられる。これが……ウエストジャパンの洗礼。
 誰がやったかは……すぐにわかるさ……。


次回 地下の楽園、梅田地下街


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第四十一話 地下の楽園、梅田地下街

 拙稿ですがよろしくお願いします。……京都? そんな地名、元々ないではないか……。


前回のあらすじ
 ウエストジャパンへ踏み出した歌野たち。先の戦闘の負傷を癒すべく京都支部に向かったが、そこは焼き払われ荒野と化していた。
 歌野たちは避難したと思われる大阪府の梅田地下街を目指すが……⁉︎



 

 京都の惨劇を目の当たりにした歌野たちは、気持ちを切り替えて大阪府へ向かった。

 またその途中で一度、星屑と遭遇したが雪花と芽吹で難なく対処する事ができた。

 

「……見えたっ。あれが大阪駅ね」

「見た目はズタボロだねー。まー、京都(あれ)を見た後じゃかわいいもんか……」

 

 四人は大阪駅の前に立ち止まり、あたりを見渡す。しかし、人の気配は無い。

 

「全員、地下へ避難しているみたいね」

「よしっ。じゃあ早いとこ地下へ行こうかっ」

 

 そう意気込んだ歌野だったが、しばらく周りを見渡す。

 

「……」

「どうしたの? うたのん」

「……入口ってどこ?」

 

「「「…………」」」

 

 歌野の問いに三人は沈黙する。

 

「え? ……まさか、入口わからない……の?」

「わ、私は……来たことないから。……あっ、楠さんは?」

「私も来た事無いわよ。……雪花は?」

「生粋の道産子である雪花さんがぁ……分かるわけないじゃん」

「…………」

 

 四人は大阪駅から一歩も動けずにいた……。

 

「ーーはっ! 私、聞いたことあるよ」

「みーちゃん⁉︎ 分かったの?」

「うたのん。梅田地下街はね……通称『リアル不思議のダンジョン』って呼ばれているの!」

「…………つまり?」

「迷わない人がいないって言われる程の迷宮なんだよ……」

「その迷宮の入口の時点で迷ってたら意味ないじゃなぁぁぁい‼︎」

 

 珍しく水都がボケて歌野がツッコんだ。

 歌野は両手を地面につけて土下座に近いポーズで下に向かって叫ぶ。

 

「大阪の人ぉぉぉ‼︎ 聞こえますかぁぁぁ!!!」

「やかましいわいっ」

「ーーあだっ!」

 

 雪花のツッコミチョップが脳天に炸裂する。力はまったく込めていない。

 

「……とにかく、この真下でしょ? 穴開ける?」

「いや楠ちゃん過激〜! 避難している人いるかも知れないのに、バーテックス側の考え方だよ」

「冗談よ」

「と……とにかく探そう」

 

 それから数分、地下へ通じる手段を捜索し続けた。

 

「……あったわ。ここから入れると思う」

「わーお! さっすが芽吹!」

「なんだー、普通にあるじゃんっ。迷宮感ゼロだし」

「うう……」

「いや責めてるわけじゃないからね」

「早速入ろうっ」

 

 四人は階段を降り、地下へ潜る。

 

「あっ。バリケード……」

「バーテックスから守るためだろうねー。まー、意味あるか分かんないけど」

「通らせて貰いましょう」

 

 瓦礫や壊れたドアなどで構成されたバリケードを抜けていく。

 その過程で動かしたものは元に戻しておく。

 

「……ここが梅田地下街⁉︎ 広ーい。っていうか明るい⁉︎」

 

 地下はなぜかうっすらと灯りがついていた。

 

「電気が通ってる? どういう事?」

 

 地上はバーテックスの襲撃があったのに電気系統が生きている事を四人は疑問に思う。

 

「大阪梅田駅……」

 

 芽吹は目の前にある柱を見る。そこには『阪神電車 大阪梅田駅(西口)』と表示されていた。

 

「人がいる気配は?」

「分かんない。歩いてみよう」

 

 歌野が先頭で芽吹を最後尾として、四人は固まって地下街を探索する。

 

 ……しばらく歩くと、一際明るいフロアが見えた。

 

「見てっ。あそこだけ他と比べて明るいよ」

「……! よく見ると人もいるわっ」

 

 人影が見え、歌野は走り出した。

 

「ーーあっ! ちょっとうたのん!」

 

 三人も駆け足で歌野を追いかける。

 1フロアだけ比較的明るい場所は『泉の広場』と呼ばれる場所だった。広場の中央には、半壊している噴水らしき残骸が見える。

 そこに結構な数の人たちがいた。

 

「……だれあれ?」「女の子?」「見かけない子だな」

 

 そこにいる人たちは歌野を物珍しそうに見ている。

 

「あぁ……良かったぁ。生き残っている人たちがこんなに……!」

 

 歌野は心底安心した。……と歌野の太ももをチョンチョンと小突く少女がいた。

 

「……ねぇねぇ、おねーちゃんだれ?」

「私? ……私は諏訪から来た白鳥歌野。農業王になる勇者よ」

「ゆうしゃ? それってーー」

「こらっ。こっち来なさいっ」

 

 歌野と同年代ぐらいの少女が、幼い女の子の肩を掴み、自分のところへ引き寄せた。……おそらくは姉だろうか。

 

「お姉ちゃん! あの人勇者って……」

 

「ーーうたのんっ。急ぎ過ぎだよ」

「ほー、こんなに人がいるんだー」

「……確かに、驚きね」

 

 そこへ後から水都たち三人が追い付く。

 

「あ、あなたたちは……外から来たんですよね?」

 

 姉は四人を少しだけ警戒していた。

 

「ええそうよっ。京都支部の方たちがここへ避難したって情報を得てね。……どこかにいる?」

「……っ。そ、それは……」

 

 姉は質問の答えを窮していた。

 歌野たちを警戒しているが故、話す事を躊躇っているようだ。

 

 ……すると、芽吹が周囲の人たちに呼びかけた。

 

「すみませんっ。私は防人の楠芽吹と言います。ここに京都支部から避難して来た人達がいないか教えてはくれませんか?」

 

「防人⁉︎ 今、防人って……」「確かに、彼女の服装は……」「あの人たちの仲間なのね!」

 

 途端に周囲が色めき立つ。そしてその反応からここの人たちが防人と関わりを持っている事を芽吹は察した。

 

「貴女は、何か知らない?」

「さ、防人の方なら……」

 

 姉は芽吹たちに説明する。

 

「二日前です。防人三名と神官の方々十三名がここへやって来ました。京都支部を進化体バーテックスに壊されたので、避難しに来た……と」

「そう……」

「京都支部の方たちは、以前から物資や娯楽を提供してくれる良い人たちでしたので、私たちは歓迎しました」

 

 芽吹は周りを見るが、神官らしい人も防人らしい人も見当たらない。

 

「歓迎した……にしてはそれらしい人は見かけないわね」

「あっ、それは……」

「ーーもうすぐしたら分かるぜ?」

 

 二人の話に男が加わる。

 

 ……とその時、地下街が真っ暗になった。

 

「……⁉︎ 停電⁉︎」

「まさか、襲撃⁉︎」

 

 四人は暗闇の中、あたりを警戒する。しかし、周りの人たちは特に騒ぎ立てる訳でもなく、何かを待っているようだった。

 

「お! 始まるぞ」

「……始まる?」

 

 すると真っ暗闇の中、スポットライトがひとつの場所を照らし始めた。

 

「え⁉︎ なに、どういう事⁉︎」

「……⁉︎」

「わーい! 始まったよ、お姉ちゃん!」

 

 照らされた場所はこじんまりとしたステージだった。

 そこへひとりの少女が姿を現す。

 

「ンフフ〜♪ ズンッチャ♪ ズンッチャ♪ クルクルクルクル〜♪」

 

 口で何かの効果音を出しながら少女は回る。

 その少女に、芽吹は見覚えがあった。

 

(もしかして……)

 

 ステージ上の少女は満面の笑みでマイクを手に取り声をあげた。

 

「みんなああ〜〜! こんにちわあ〜〜!」

 

こんにちわー!!!

 

 ……マイクを持ってはいるが、スピーカーがないのか、電池がないのか、結局地声で話している。

 

「今日も来てくれて、ありがとう〜〜‼︎ 梅田地下街の"地下アイドル"『ウメコちゃん』のライブ! 楽しんでねぇ〜〜!」

 

イエーイ!!!

 

 周りの男性や女性たちは元気よく彼女へレスポンスする。

 

「それじゃあ早速! 一曲目! タイトルは『Star and Flower』! 〜〜〜♪』

 

 歌野たち四人は口を半開きにして固まっていた。

 

「……ナニコレ?」

「ライブ?」

「地下アイドル……?」

「…………」

 

 小刻みに踊りだす自称"梅田地下街の地下アイドル"の姿は、困惑と動揺を与えてくる。

 

「サラ〜ダバ〜♪ ア〜〜♪ ……静ケキ………………あれ?」

 

 と、そこで歌が止まる。

 

「……ゴメン! 歌詞忘れちゃったっ。テヘッ!」

 

「ーー忘れたのかよ! 1本取られたよ!

 

 ワハハハハハハ とみんなは盛り上がる。

 

「な、なんか楽しそう」

「あれ……No.7ね」

「「「ええ⁉︎」」」

 

 芽吹が彼女を見て呟く。

 

「ウメコちゃ〜ん。次の曲、次の曲〜!」

 

 周りにいた男のひとりがNo.7(?)へ呼びかける。

 

「了解おまかせ♪ ……ではご希望に答えまして、次の曲を歌い……歌いま……」

「……?」

「ーー歌いませえーーん! テヘッ☆」

 

「ーー歌わねえのかよ! 2本目取られたよ!

 

 どわっ とまた周囲の人たちが笑い合う。

 

「……これライブっていうか漫才みたくなってるわね」

「ふっ、ふふふふっ♪ 面白いわっ」

「……おもしろい、かな?」

 

 すると、No.7(?)は広場に立っている芽吹と目があった。

 

「あっ! もしやもしやの〜」

「……?」

 

 彼女はみんなに大きく手を振る。

 

「みんなあ、名残惜しいけど、今日はこれまで! またねえ〜!」

 

バイバ〜イ!!!

 

 そして彼女はステージの裏手へまわり、暗くなっていた照明が復帰する。

 

「……彼女、結局一曲も歌わなかったね」

「……何この茶番」

「にゃはは……」

「エクセレントなライブだったわっ!」

 

 冷めた三人に対して、歌野はなぜか盛り上がっていた……。

 

 

 

 

 

 ーー少しした後、先程までオンステージだった彼女が芽吹たちの前に現れた。

 

「やっぱりやっぱりぃ! 楠隊長! ……いや、"元"隊長か。お久だねぇ〜」

「No.7……」

「ちっちっ。今は地下アイドルの『ウメコちゃん』って呼んでぇ」

「……」

 

 No.7はウィンクしながら人差し指を左右に振る。

 

「いやー、でも超久しぶりだよねぇ〜! てっきり死んじゃってたと思ってた」

「まぁ、ね……」

 

 彼女のハイテンションぶりに芽吹は困惑した表情で返す。

 

「ーーウメコちゃん! 今日もステージありがとう!」

 

 先程の幼い少女がお礼を言う。その後ろにいた姉も頭を下げた。

 

「どういたしまして。次も見に来てねっ」

「うん! ……? そっちのおねーちゃんたちは、知り合いなの?」

「そう! 元同僚の、楠……えーっと……。忌引?」

「芽吹よ」

「そうそうそんな名前だった! ……テヘッ。ずっと居なかったからさぁ、忘れてたよ、下の名前」

「貴女も元気そうね。……その嫌味も」

「テヘッ。イヤミや皮肉……それと()()が私の趣味だからねぇ」

 

 No.7は頭を軽く小突いてウィンクしながら舌を出す。

 

「アイドルとしてアウトじゃない? それ……」

「気にしなぁい、気にしなぁい」

「……」

 

 雪花も水都もこの状況に置いていかれていた。警戒すべき防人の指揮官クラスが、あろうことか地下アイドル(?)と化していたからだ。

 

「ていうか、楠隊長……じゃない、元隊長。彼女たちは?」

「え、ああ……。今、私と行動を共にしている勇者たちよ」

「ふぅん。なんかワケアリ?」

「まぁ……訳ありね」

「まあいっか。新しいお友達と仲良く楽しんでね」

「え?」

「……ここはバーテックスが闊歩する地上から逸脱した世界、地下の楽園。不安や恐れなど感じさせない桃源郷。……現代に蘇った楽園(エデン)! 梅田地下街へようこそ!」

 

 芽吹は疑問を抱いた。梅田地下街がこれほどまでに賑やかな事に。そしてNo.7の歌野たちへの対応に……。

 彼女は、歌野や雪花、水都を見ても何の反応も無いのだ。

 

(彼女たちが指名手配だって事、知らないの……?)

 

 No.7は三人そっちのけで、幼い少女とその姉と仲良く話している。

 

 ……と、そこへ。

 

「No.7! ここに居ましたか!」

「……! 防人だ。それに後ろは……大社の神官だよね」

 

 十三人の神官と二人の防人がぞろぞろとやって来た。

 

「ちょっと待って! No.7って呼ばないでっ。今私は梅田地下街に生きる地下アイドル『ウメコちゃん』よ」

「は、はぁ……。ではウメコちゃん」

「呼ぶんだ……」

「実はバーテックスがまた大阪駅にやって来ました! 数は十体です」

 

 その名前に、当然周囲はざわめく。

 

「……! バーテックス⁉︎」

「地上に現れたみたいね」

 

 それを聞いたNo.7はキリッと表情を変える。

 

御役目(そっち系)の話ならNo.7って呼んでよ。『ウメコちゃん』はアイドル活動時限定なんだから」

「は、はい……」

 

((無茶苦茶だなぁ。この人))

 

 水都も雪花も遠い目をして呆れていた。

 

「……でも敵なら撃退しなきゃ。いくわよっ雪花、芽吹!」

「……おっとぉ、ボーッとしてる場合じゃないや」

「ええ……って歌野は戦闘への参加は駄目よ」

「あっ、そうだよ。思わず流しそうになったけどそうじゃん」

「大丈夫っ。もう治ったから」

 

 歌野は親指を立ててウィンクする。

 

「ダメだようたのん。二人に任せよう」

「見るだけ見るだけっ」

「待ってうたのん!」

 

 そうしている間に、No.7は防人装束に身を包んでいた。

 その首元のプレートにはしっかりと『07』と描かれてある。

 何かの間違いではなく、芽吹がNo.7と呼んだ少女は正真正銘、防人の指揮官クラスのひとりだったのだ。

 

(さてさて……何の能力なのか、油断しないようにしないと……)

 

 雪花は槍を握りしめ、シャッターをくぐり、バリケードを退けながら階段を上る。

 そして()()()に備えて、いつでもNo.7たちへ攻撃できるように集中する。

 

 ……そして階段を上り切ると、地上の光に包まれた。

 

「ーーえっ?」

「? どうしたの……よ」

 

 先に地上に辿り着いた雪花は呆然と立ち尽くしていた。

 次に来た芽吹やNo.7、連れの防人たちもあたりに転がっている()()をただ見下ろしていた。

 

「星屑が……。全滅してる」

「私たち以外にも、誰かがいるの⁉︎」

 

 しかし、雪花と芽吹と違いNo.7たちはその理由に心当たりがあった。

 

「あーあ。仕事が早いなぁ。……さすが"蓮華さん"」

「……え?」

 

「ーーはぁっ、はぁっ……。アレ? 片付いてるわ⁉︎」

「こらうたのん! 行っちゃダメだって……」

 

 水都に追いかけられながらも地上に出た歌野も両断された星屑を見る。

 

「これ……剣状のものね。一刀両断にされてる」

「楠ちゃん並みの剣技かにゃぁ?」

「いえ少し違う。三好さんのものでもーー」

 

 ……とその時、生き残っていた星屑が大口を開けて芽吹に向かって突進して来た。

 

「ーーッ⁉︎ 楠ちゃん!」「芽吹ッ‼︎」「楠さん!」

 

 三人が同時に名前を呼ぶ。

 芽吹は斬られていた星屑の死骸を見ていたが、即座に刀の柄に手をかける……。

 

 しかしその瞬間、星屑はすでに()()()()()()

 

「……"(かぶら)矢筈(やはず)()り"!」

 

 芽吹の両脇を、真っ二つにされた星屑が転がっていく。

 

「…………」

 

 見れば黒く綺麗な長髪をした少女が剣を鞘に収め、優雅に歩いて来た。

 

「フッ……斬り甲斐がないわね」

 

 No.7たちは拍手で少女を迎えた。

 

「お見事ですっ。蓮華さん」

「この蓮華の手に掛かれば朝餉前よ」

 

 バサっと長い黒髪を右手で払い上げる。その顔立ちは自信に溢れ、多くを語らずともエリートの風格を感じさせた。

 

「あら? この方は誰?」

 

 彼女は芽吹の目をじっと見つめる。No.7とは知り合いのようだ。そして、No.7と同じ防人装束を着ている芽吹の事が気になっていた。

 

「私たちの元隊長のー、楠…………吹雪?」

「芽吹よ。楠芽吹」

「そう……。ミス・クスノキね」

「……?」

「名乗るのが遅れたわね……。名前は蓮華。故あってこの梅田地下街……ひいては大阪府全域を守る気高くも美しい女傑よ」

「は、はぁ……」

 

 先のNo.7のライブ擬きといい、この蓮華と名乗る少女といい……京都の惨事から予想外の連続を目の当たりにしている()()の頭はパンク寸前だった。

 

「……んー、あの人も面白そうだわっ」

 

 ただ、歌野だけが目を輝かせて、この出逢いを大いに喜んでいる。

 

 

 ……そして蓮華(彼女)との出逢いは、歌野たちをさらなる戦いと、新たなる出逢いとを結び付けるきっかけとなった……。

 

 




 原作とかなり違う状況の梅田地下街……。おそらく今作品中随一だと思われる。


次回 気高き乙女、その名は蓮華


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第四十二話 気高き乙女、その名は蓮華

拙稿ですがよろしくお願いします。図が高いぞ諸君。さぁ祝え、満を辞しての蓮華降臨を。


前回のあらすじ
 梅田地下街に到着した歌野たち。しかしそこは京都と違い、バーテックスの支配を忘れたかのように笑顔絶えない場所だった。そして蓮華と名乗る少女と出会ったのだった。


 

 星屑をいち早く殲滅していた蓮華と名乗る少女は、自己紹介をすると懐からカードを取り出した。

 

「取り敢えず、お近付きの印にこれを渡すわね」

「……何ですかこれは」

 

 芽吹に渡されたものは写真だった。そこには蓮華本人が映っており、砕けた字で『蓮華』と描かれてある。

 

「フッ。この蓮華が映された高貴なるプロマイドよ。安心して、ちゃんと直筆サイン付きだから」

「はぁ……」

 

 芽吹は困惑気味にそのプロマイドを受け取った。

 そして蓮華は歌野たちを一瞥すると地下に続く階段へ歩いていく。

 

「何してるのかしら? 早く戻らなければまたバーテックス共が来るわよ?」

「あ……はーい」

 

 No.7が応えてその場にいる全員は地下へ戻った。

 

 蓮華が戻って来た事に地下にいた人たちは歓迎する。

 

「蓮華さんだ! おかえりなさーい!」「いつもありがとうね」

 

 蓮華はその声援に手を振りながら応える。

 

「構わないわ! 力のあるものがそれを行使して民衆を助けるのは当然の責務よ」

 

 そう言うと、蓮華は懐から芽吹に渡したものと同じプロマイドをみんなに渡していく。

 

「はい、いつものね。もちろんサイン付きよ」

「……私、これ貰うの四枚目ですよ?」

「前のは観賞用、保存用、布教用。……そしてこれが家宝用にすればいいじゃない」

「あ……ありがとうございます」

 

 少女を連れた姉は苦笑いしながら受け取り、日記帳に挟んだ。

 

 そして、蓮華は階段を降りてきた歌野たちの元にもやって来る。

 

「あなたたちにも渡しておくわね。も・ち・ろ・ん、サイン付きよ」

「ありがとうございます!」

「ワーウレシー」

「……あ、ありがとう、ございます……」

 

 喜んで受け取る歌野と違って雪花は棒読み、水都はぎこちなさそうに受け取った。

 

「で? ……話は変わるけど、なぜあなたたちがここにいるのかしら?」

 

 蓮華は真剣な表情に変わり三人を見た。

 

「え?」

「300万の賞金首、ミス・シラトリ。そしてその仲間。100万のミス・アキハラと50のミス・フジモリ……」

「……やっぱり私たちのことを……っ」

 

 雪花たちが蓮華の言葉に反応した瞬間ーー。

 

「ーーえええ!?」

「……⁉︎」

 

 歌野たちが指名手配されている事に一番驚いたのはNo.7だった。

 

「……なぜあなたが驚くの?」

「本当に……知らなかったの?」

 

 蓮華と芽吹の問いにNo.7は目を泳がせる。

 

「えっ……いやー、なんっていうかぁ……」

「おかしいわね。私はあなたたちから手配書を受け取って彼女たちを知ったのだけれど」

「い、いやー。ちゃんと確認してなかったんだぁ」

 

 No.7は頭を掻きながら愛想笑いを浮かべた。

 

「あなた……ちゃんと仕事してるの?」

「失礼な⁉︎ してますよ。さっきだってライブでーー」

「アイドルの仕事じゃなくて、防人としての仕事よ」

「防人の仕事なら、任せてあるよ。ねぇ? No.23、No.30」

 

 No.7は二人の防人を見る。

 

「してます……けど、手配書についてはNo.7(あなた)が直々に蓮華さんに持っていくと……」

「と言いますか、防人の仕事は全部こっちに投げて来て、No.7は最近アイドル活動しかしてないじゃないですか……」

「……!」

 

 目を丸くしてNo.7は沈黙した。

 

「ま、まぁいいんじゃない?」

「「良くないです」」

「……テヘッ」

 

 部下にツッコミを入れられNo.7は頭を小突いて舌を出す。

 蓮華は軽く咳払いして話を戻す。

 

「脱線したわね。……取り敢えず、世間から犯罪者扱いされているあなたたち勇者が、ここに何の用で立ち寄ったの?」

「……そうでしたね、急な事態が多すぎて失念していました」

「そうだったっ。私たちがここに来たのはですね……」

 

 芽吹は蓮華とNo.7の前に立つ。続いて歌野も二人の前に立つ。

 

「こちらに負傷者がいます。もし宜しければ薬を恵んで貰えませんか?」

「怪我をしている人がいて治療が必要なんです。お願いできませんか?」

 

 二人共同時に頭を下げた。

 

「……!」

「……」

 

 その様をNo.7や部下の防人たちは軽く驚いて見ていた。蓮華に関しては腕を組んで黙っている。

 

「私からもお願いします」「お願いします」

 

 続いて水都と雪花も頭を下げた。

 

「……まぁ、頭を上げて? まず負傷者っていうのは誰?」

「芽吹です」「歌野よ」

 

 歌野と芽吹は同時にお互いの名前を口にする。

 

「……え? どっち?」

「芽吹の方です」「歌野の方よ」

「あの……両方です」

 

 二人の意地の張り合いが再来する前に水都が割って入る。

 

「うたのんは右腕の骨に異常があるみたいなんです。……楠さんは胸に大怪我を負っていまして……」

「ふむふむ……」

 

 No.7は頷きながら説明を聞いていた。

 

「……ですのでどうか、私たちを助けてはくれませんか?」

「貴女たち大社防人が私たちと敵対している事は承知の上ですけど。それでもお願いします」

 

 雪花も頼み込んだ。大社や防人には思う所はあるが人にモノを頼む以上、敬語を使う。

 

「なぁるほどぉ」

 

 その頼みを聞いたNo.7の答えは……。

 

「いいよー」

「……!」

 

 あっさりとした物言いだった。

 

「やったわ! 良かったわね芽吹!」

「良かったのは歌野よ」

「えっ! あ、ありがとうございます!」

「ありがとうございます」

 

 四人はまた礼を言い頭を下げる。

 

「……と言ってもこの梅田地下街では蓮華さんがヘッドだから、蓮華さんがどう言うかですけど……」

 

 チラッと横にいる蓮華を見る。

 

「……構わないわ。困っている者を手助けするのは、この蓮華の当然の責務よ」

「だそうだよ。よかったね、元隊長っ」

「感謝するわ……貴女にもね」

「……!」

 

 お礼を言われたNo.7は驚いた様子だったが、すぐににこやかな表情に戻る。

 

「それじゃあ蓮華さんっ。『ガーデンエリア』まで案内よろしくお願いしまぁす」

「あなた……いい加減ここの地理覚えたら?」

「いやぁ無理ですねぇ。少なくとも週一で足運んではライブしてますけど、未だにこのダンジョンを攻略できません」

「……まったく。この蓮華は初見で9割9分9厘覚えたわよ」

 

 そう言って蓮華は薬草がある場所へ向かう。それに歌野たちも追従する。

 蓮華に案内され、四人+No.7は薄明かり漂う長い回廊を歩いていく。

 

「少し聞きたい事があるのだけど」

 

 芽吹はこの梅田地下街の状況をNo.7に尋ねた。

 

「ここの人たちはみんな楽しそうよね? このご時世なのに大したものだわ」

「うーん、そうだねぇ。私が防人の御役目の一環でここに来た時もなんだかみんな笑顔だったねぇ。まー、わたしのおかげでもっと笑顔だけどっ」

「全部が貴女のお陰じゃないの?」

「最初からは違うよぉ。ねぇ蓮華さん?」

 

 No.7は蓮華へ話しかける。

 

「ウエストジャパンは京都支部を軸として、物資を大阪のここと、奈良へ送っているの」

「奈良にも?」

「ええ。奈良(むこう)には『ミス・カラスマ』が代表して防人とやり取りをしているの。ああ、もちろん大阪代表はこの蓮華ね」

「ならば、あなたは()()()からずっと地下街の人たちを守ってたって事なんですね」

 

 歌野の言葉に蓮華は首を横に振る。

 

「いいえ違うわ。ここに来たのはおよそ二年前よ。防人より前なのは合っているけどね」

「なら、バーテックスが現れた三年前からは、誰が……」

 

 前を向いたまま蓮華は淡々と答える。

 

「名前は『桐生静』。彼女が三年前からここの人たちを、バーテックスの脅威や不安から守っていたわ」

「……桐生静……さん」

「三年前、バーテックスを掃討するために四勇のサポートとして大社から派遣された部隊『鏑矢』。そのひとりだった彼女は当時、ここの存在を知った。……もともと大阪が好きだった人だから尚更役に立ちたいって思っての事でしょうね」

 

 説明している蓮華の様子は、彼女と知人であるかのような口振りだった。

 

「詳しいんですね。ここの人達から教えて貰ったんですか?」

「…………着いたわよ。ここが『ガーデンエリア』と呼ばれている区画。ここの草花から飲み薬や塗り薬を作っているの」

 

 蓮華は芽吹の問いには答えなかった。

 

「ここが……」

「へぇ〜! 薬草がこんなに!」

 

 回廊の中央に大きな花壇があり、草花が生い茂っている。

 

「ここの中から薬品を作る材料を採取しているの。二人は怪我してたのよね?」

「はい。私は胸の傷を治したくて」

 

 芽吹は服を少しはだけさせて傷の一部を見せる。

 

「私は右腕に力を入れると多少痛いんです」

 

 歌野も右腕を捲って蓮華に見せる。

 まだ少しだけ赤くなっている。

 

「痛み止めならこの薬草ね……。あとは傷口に塗る用だけど……」

 

 蓮華は呟きながら草花を摘み取っていく。

 

「あ、あの。手伝いましょう……か?」

「詳しいの? あなたは」

「い、いえ。わかりません」

「ならいいわ。こっちの領分だからね」

 

 水都たちが手伝おうと提案するが断られる。彼女たちには薬学の知識が無いので蓮華の作業を終始、見ているだけに終わった。

 

「素敵な場所だよねー。草花が元気に咲いてくれてる」

「ミートゥーよ雪花。でも、野菜が無いのが残念ね」

「歌野の頭にはそれしかないにゃぁ……」

 

 花壇の周りを歩いている歌野と雪花だったが、ふと()()を見つけて立ち止まる。

 

「……? 何コレ」

「石? っていうか……」

 

 見れば、縦長で両手で持つぐらいサイズの石が無数に立ち並んでいた。

 そしてそれぞれの石の前には一輪の花が横たわっている。

 

「よく見たら、石ひとつひとつに何か彫ってあるわっ」

「ホントだ。……『ミス・アルファ』『ミス・ブラボー』『ミス・チャーリー』」

 

 人の名前とも取れる文字が一つの石に一つずつ彫られてある。

 

「どうしたの? うたのん」

「……? なにこの石の行列」

 

 水都と芽吹、蓮華とNo.7もやって来る。どうやら採取は終わったようだ。

 

「何か知ってますか?」

「……知ってるも何も……」

 

 歌野は二人に問いかけた。するとNo.7は蓮華に視線を送る。

 

「この蓮華が建てたお墓よ。一応ね」

「お墓⁉︎」

「やっぱりなんだ……」

 

 名前らしきものを刻まれた縦長の石。その手前に添えられている花。確かにお墓そのものだった。

 

「と言ってもそこには誰も居ないわ。私が()()()()を勝手に弔ってるだけ」

「彼女たち?」

 

 蓮華は手前から四番目に建てられている『ミス・デルタ』の墓の前に腰を下ろす。

 

「ミス・クスノキ。さっき聞いてきたわね。『桐生静』の事をここの人たちに聞いたから詳しいのか? って」

「ええ……」

 

 芽吹は思っていた。おそらく、()()()()()()()()()()()()()()()()、という事を。

 

「"シズさん"……桐生静は共に鏑矢として大社に勤めていたわ。少しの間、だけどね」

「「「!?」」」

「……!」

 

 歌野と雪花と水都は驚いた。芽吹も別の理由で少し驚いている。

 

「ここにあるお墓。全部で25人分あるの……。()()()()()()()()()()()()()()()のものよ」

 

 昔、芽吹は夕海子から聞いた事があった。

 防人の前身となる部隊『鏑矢』。四勇をサポートする目的で大社が設立し、最後は『岡山・香川の乱』にてバーテックスの襲撃を受け全滅した、と。

 

「私が聞いた話だと、鏑矢のメンバーは全滅したって事でしたけど」

「蓮華さんは()()()()の生き残りだよ。私も当時それを知った時は驚いた。大社の記録じゃあ鏑矢のメンバーは全員死亡扱いされてるもんね」

 

 No.7も蓮華の過去を知っているようだ。

 

「芽吹。鏑矢って?」

「歌野たちは知らなかったわね。説明するわ」

「私もNo.6と戦った時に少し聞いただけで詳細はわからないや」

 

 芽吹は鏑矢について知っている事を歌野たちに説明した。

 

「そっか。前に楠さんが言ってた……」

「そう言えば貴女と前にそんな話してたわね」

 

 水都も芽吹と出会った頃の話を思い出した。

 

「これ知ってます? 『不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)』っていう場所の火災テロを……」

 

 芽吹の説明の中に出てこなかった鏑矢に関わる単語を雪花が口にした途端ーー。

 

「ーーッ!!?」

 

 蓮華の目が見開かれ、体を震わせた。

 

「あっ。薬草が……」

 

 薬草を入れていた袋を落とした事に気付いた蓮華は、すぐさまそれを拾う。

 

「……?」

「雪花? No.6から聞いたの?」

「え? う、うん。……楠ちゃん、知らなかった?」

「ええ。私は知らないんだけど……」

「…………」

 

 蓮華は何も言わず、また仲間たちの墓を見る。

 

「えーっと……。その話は禁句なんだ」

 

 代わりにNo.7が答えた。

 

「四国民を守った出来事って聞いたけど……禁句なの?」

「守ったのは本当だよ。()()()()()()()ね……」

「……過程」

 

 意味深な言葉に雪花と水都の背筋に悪寒が走った。

 

「私が聞いたのは『不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)』っていう四国外から来た避難民の居住区画で起きた火災テロを、鏑矢が鎮圧したって事。そしてなぜかその事件は()()()()()()()()()()されたって事だけ」

 

 "大社による情報統制"という不気味な単語に周りの空気はより一層重くなっていく。

 大社の闇の一端を、園子たちから聞き、真に受けている雪花は特に。

 

「何か裏があるんだね。その火災テロにも」

「まぁ、昔の事だから防人には関係ないけどねぇ」

 

 No.7はあっけらかんとした態度で場の空気を変えようとする。

 

「あぁ、えらく脱線したけど話を戻すね。……当時の梅田地下街はバーテックスの襲撃に怯えて精神的にも衛生的にも悪かったんだって。そこに桐生静が現れてその状況を改善しようと努力した。……ここのみんなは笑顔でしょ? それも桐生静さんのおかげだって」

「……ええ、あの人はお笑いが好きだった。こんな世界でも笑顔が人を幸せにするって、ひとりで漫才の練習をしていたわ」

 

 桐生静の話に戻ったからか、蓮華はまた話し始めた。

 

「最初はあまりウケは良くなかったらしいわ。でもあの人は負けずにここの人たちへ笑顔を届けていた。……こんなご時世だもの、たとえ無理矢理にでも笑っていなきゃ、心なんて簡単に折れてしまう」

 

 そう言いながら蓮華は『ミス・デルタ』の墓を撫でる。

 

「あの人の鏑矢でのコードネームはミス・デルタ。当然、この蓮華にもコードネームがあった。『ミス・ウイスキー』」

「ミス・デルタ……ミス・ウイスキー……」

 

 歌野はオウム返しに呟いた。当然だが、ざっと見た限りで『ミス・ウイスキー』と描かれた墓は見当たらない。

 

「あの戦いで奇跡的に生き残り、ここへ辿り着いた……。前々からシズさんに梅田地下街の事を聞いてたから。……実際に来たのはあの日が初めてだったけど」

 

 そして昔の記憶を辿りながら、散っていった仲間へ想いを馳せる。

 

「あの人はこの蓮華が抱く、数少ない尊敬する人物だった。……けど、彼女は死んでしまった……。大切な約束を置き去りにして……」

「約束?」

 

 ゆっくりと頷く。

 

「ーーここの人たちは、未だにあの人が帰って来るのを待っているのよ」

 

 そう口にし、墓に触れていた蓮華の手は、いつの間にか強く握りしめられていた……。

 




不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル):誰が名付けたのかは分からないが、バーテックスの襲撃により本島から避難してきた者たちの居住区画の事。家族や友人が四国にいてアテがある避難民の場合はそこで住んでいるが、大抵の避難民はここの仮設住宅地で住んでいた。今はもう、何も残っていない。

 いつか不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)の真相も解明したいと思います。まぁ、予想は付くけどね。


次回 必ず帰ると言ったのだから


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第四十三話 必ず帰ると言ったのだから 

 拙稿ですがよろしくお願いします。作者は戦いを始めたくてウズウズしています。


前回のあらすじ(?)
蓮華「図が高いわ! この蓮華を誰と心得る!」
歌野「何⁉︎ あのとめどない見下し方ッ」
水都「凄い体勢……」
雪花「見下し過ぎて逆に見上げている!?」
芽吹「…………。……?」



 

 蓮華はあの日、鏑矢として戦いの鎮圧にあたっていた。

 

 四国へ避難しようとする人たちと、自分たちの居場所を奪われたくないと考える人たちが始めた戦い。『岡山・香川の乱』

 本島という優位性をひけらかし香川県を見下していた、岡山県民をはじめとする本島側と、いざ困ったら泣きついてくる彼らを邪険に思う、香川県民をはじめとする四国側との、なんとも()()()()()()()()

 バーテックスという人類にとって共通の敵がいながら、人類は未だひとつに成りきれず、互いに"しがらみ"や"固定観念"、"コミュニティ"、同じ国内での"文化の違い"により元々あった軋轢は修復しようがないくらいに広がってしまった。

 

 ……鏑矢は岡山陣営にも、香川陣営にもつかず、第三勢力として両成敗にあたる。

 しかし、結果的にその戦いを終わらせたのは、()()()()であるバーテックスだった。

 人間同士の醜き争いはバーテックスによって終わらされた、など皮肉も良いところの話である。

 

 当の蓮華はバーテックス襲撃の際に瀕死の重傷を負ってしまった。

 次に目が覚めると戦いは終わっており、死体の山と嘔吐く程の血の匂いや死臭が充満する地獄と化していた……。

 

「……歩くのがやっとの状態で、あの場所から大阪を目指したわ。シズさんに"ウチになんかあったら、梅田地下街のみんなのこと、気にかけてやってやー"なんて言われてたからね……」

 

 そして本当に"何か"が起こってしまった。桐生静自身も冗談のつもりで言ったかもしれないが、悪い予感というものは理不尽な程に当たりやすい。

 

「そしてこの蓮華が……シズさんの代わりに皆を守っていこうと決めたのよ。皆は彼女の知り合いという事で、すぐに受け入れてくれたわ」

 

 今の蓮華を見ていると、桐生静への思い出に安らぎを感じつつも、死んでしまった事への腹立たしさを感じさせていた。

 

「話さない……んですか? ここの人たちに。その……桐生静さんが亡くなった事を」

 

 水都の質問に蓮華は首を横に振った。

 

「今となっては……むしろ言えないわ。最初の頃も。……だって皆、キラキラした目をしていたのよ。この世界を頑張って生きようとする意思を感じ取れる程にね。……そんな彼らに言える訳……ないわ」

 

 墓石を強く握り締めていた手を離す。

 

「あの日からずっと、ずーっと……帰って来るのを今か今かと待ち侘びているのよ。……あの人の"必ず帰る"という言葉を信じて」

「…………」

 

 梅田地下街にもし、桐生静がやって来なければどんな悲劇が訪れていたのか。彼女の存在がどれほどここの人たちに活力を与えてくれていたのか。歌野たちもはっきりとわかる。

 No.7もその想いを汲んでアイドル活動を始めたのかもしれない。

 

 ……桐生静の意思を、同じ鏑矢であった蓮華と後任部隊である防人のNo.7が受け継いでいるのだ。

 

「シズさんは……皆に()()()()のよ。確かにっ。……ならその責務を果たさなきゃ駄目じゃないのよ」

 

 鏑矢の御役目は命懸けである。それは彼女自身もよく分かっていた。この世界は決して生温くはない事も……。

 

 ーーそれでも生きて、ここへ帰って来なければいけなかったのだ。彼女はーー

 

「無責任に死んでしまったあの人を、ここの皆が許してくれるとは思わないのだけれど……身勝手な約束をして声も届かない遠い空から、"死んでごめん"じゃないでしょう……」

 

 蓮華の脳裏に桐生静と交わした言葉の数々が過ぎるーー。

 

『ーーなんやー、ロックはいつもキビキビしとんなー。もっと肩の力を抜いてええんやで? ここにはウチとアカナしかおらんさかいなっ』

『ーー約束は大事やで。"信頼関係"言うんは些細な約束を違えてしもうて……そっから壊れていくもんやからなー』

『ーーウチに二言はない! 任せときーや! アンタらより若干お姉さんやからな』

 

 ーーどんな状況下であったとしても、生き残らなければいけなかったのだ。

 

「……シズさん! あなたが一度っ! "必ず帰る"と言ったのだからッ‼︎」

 

 いつの間にかひとりの世界に入っていた蓮華は、声を荒げて目の前の墓に叫んでいた。

 

「……! ごめんなさい。あなたたちが居ながら……情けない姿を晒してしまったわ」

「……いいえ、そんな事無いですよ」

 

 立ち上がった蓮華の表情は、ここに来る前の毅然としたものに戻っていた。

 

「さぁ戻るわよ。この薬草からすぐに薬を調合しなければいけないからね」

 

 そう言って蓮華はもと来た道を歩き始めた。それに歌野たちも追従する。

 その時の蓮華は、なぜか早歩きだった……。

 

 

 

 

 

 

 ーー調合を始めて数時間したのち、薬品店から蓮華は顔を出した。

 

「できたわよ。痛み止めの飲み薬。それと傷口への塗り薬。あとこれ。患部に貼りなさい」

 

 粉状の飲み薬。コロイド状の塗り薬。そして湿布を渡される。

 

「わ〜お! 本当にありがとうございます!」

「助かりました」

 

 歌野と芽吹が礼を言うと、並んで水都と雪花も頭を下げた。

 

「困っている人を助けるのはこの蓮華の責務。そう言ったはずよ」

「それでも、本当に助かりましたっ」

「……ああ、ミス・クスノキ。折角だから塗ってあげるわっ」

「……? いえ、ひとりで塗れますが……」

「フッ。()()()()()()()()わ!」

「……わっ。あ、ちょ」

 

 芽吹の上半身の服を半ば強引に脱がせていく。幸い、ここには歌野たち女性陣しかいない。

 

「はい、万歳しなさい」

「……」

 

 芽吹は観念して両手を上に伸ばす。

 

「……しかし、えらく斬り込まれたわね。傷が完全に塞がるまでは結構かかるわよ?」

「そうなんですか」

「ええ。あなたは勇者じゃないのでしょう? なら、治りの遅さに納得だけど……。それにしてもよく生きてたわね」

「……まぁ、鍛えてますから」

「フッ。()()()()か。そう言えば私の仲間にもいたわ。体を鍛える事を喜びにしている可笑しな人が……」

「そう……ですか……」

 

 薬を塗り終わり、芽吹は服を着ようとする……が。そこでNo.7から制止がかかる。

 

「あっ待って、元隊長。よく見たら防人装束ボロボロだよねぇ?」

 

 芽吹が頷くと、No.7は後ろに持っていた新しい防人装束を芽吹に差し出した。

 

「……! これ」

「私の予備。指揮官クラスの防人装束だよ。これあげる。そんな見窄らしい装束じゃあ何かと不便でしょ」

「でも貴女は……っ」

「いいのいいの。予備なんだから。……あっ、でも胸のサイズは大きく感じちゃうかも。テヘッ」

「いえ、問題ないわ。……重ね重ねありがとうね」

「…………ほえー」

 

 芽吹のお礼にまたもやNo.7は驚いていた。

 

「なんか……変わったよね、元隊長」

「貴女から見ても、そう思うかしら?」

「うんうん。元隊長が隊長だった頃は、なんかこう……ギラギラしてた。自分以外の防人の事を()()()()()ための"駒"としか思ってないような。そのぐらい冷徹な人だったよ」

「言い過ぎ……じゃないわね。……確かにあの頃はそう思われても仕方ない程に切羽詰まっていたと思う」

 

 芽吹は苦笑いを浮かべ、渡された装束を着る。

 

「三好さんに喝を入れられてね……。あれから考えるようになったのよ。この世界の事や、大社の事……私達がいた防人の事を」

 

 あの日の決闘で夏凛に敗け、その際に彼女に言われた事を芽吹なりに考え続けていた。

 芽吹自身が積極的に京都支部へ行こうと考えたのも、今の防人の現状を知りたかったから。という理由も含まれていたのだ。

 

「No.6や貴女と会って……。自分が防人で何をしてきたか。そして帰った時にどうすべきなのか……。よく考えてから答えを出すわ」

 

 いつか、大社本部に行き、夕海子やしずくや雀と会って話をしたいとも考えている。

 ……あの頃と違って、きちんと彼女たちと向き合いたい、と。

 

「……? いやぁ、帰って来なくてもいいと思うよ?」

「え?」

 

 しかし、No.7からは冷めた解答が返ってきた。

 

「少なくとも今の防人は、元あなたの部下である夕海子ちゃんたち"三大将"のおかげで順風満帆だからねぇ」

 

 その言葉に雪花の表情が軽く曇る。

 

「夕海子ちゃん、最近すごく頑張ってるんだぁ。それこそ、あなたより良いリーダーになってるんじゃないかなぁ」

「ーーちょっと聞き捨てならないね。貴女は北海道支部の事を知らないのかな?」

 

 我慢出来ず雪花がNo.7の言葉に食い付く。

 

「北海道? ……ああ、No.4の()()()()でしょ? 話しか聞いてないけど、面白かった?」

「……! あのねぇ……」

「たかだか中学生の小娘が、民衆をまとめ上げる事なんて不可能でしょ。まぁ、No.4(彼女)はバーテックスを上手く利用してたみたいだけど」

「……知ってたのね。貴女達は」

「みんな知ってると思うよ。知らないのは出ていったあなただけ。上手く()()()()()()()()()()()()()、三好さん退治に行ってたんだから」

「弥勒さんに、追い出された?」

 

 先程からNo.7の言葉には疑問に思うものばかりだった。

 

「これも知らなかったの? ホントに頭の中は三好さんだらけだったんだねぇ。……教えてあげるっ。あなたに伝わった三好夏凛の居場所。情報の出処は夕海子ちゃんだよ。彼女があなたを"出来るだけ遠く"に追い出したかったから、あの情報を持って来させた」

 

 ここにいる全員は静まりかえる。

 

「……ど、どうして楠さんを?」

 

 辛うじて口が開いた水都の問いにNo.7は半笑いで答えた。

 

「欲しかったんだろうねぇ。"隊長の座"が。彼女も一応は名家のご令嬢だから……ね? 蓮華さん」

「…………」

 

 蓮華は何も言わなかった。

 

「……私のやり方が、そんなに不満だった訳ね」

 

 芽吹はそれだけ口にした。

 

「全部が全部、悪いわけじゃないよ? そんなあなたの姿に憧れを抱いた子もいたし。……だから当時は結構荒れてたんだよねぇ。夕海子ちゃんが後釜じゃ納得いかないって人が結構いて……さ」

 

 実際に、夕海子が芽吹の代わりを務めてから、防人を辞めた者。不満を漏らす者や反発する者。彼女自身や周りの人にあたる者は少なからず存在した。

 

「周りから"ポンコツ"だとか"似非お嬢様"だとか"名家の汚点"だとか好き勝手言われててさ。……でも彼女はそんな陰口を物ともせず、努力してたよ。『誇り高き弥勒家の娘』としてね」

「…………」

「影で凄く努力し続けてた……ずっとね。けど楠芽吹(あなた)と違って彼女の努力は報われない。……私はそんな夕海子ちゃんだからこそ従ってるんだぁ。あなたが隊長のままだったら、私は夢の片鱗すら見れなかったわけだから」

 

 No.7は胸に手を当て、自分の夢を告げる。

 

「私の小さい頃の夢は、ホントにアイドルになる事だったんだよ。バーテックスのせいで、夢のまま終わりそうだけどね」

「随分と弥勒夕海子を買ってるんだねー。でも私は……あなたには悪いけど、今の大社と防人が正しいとは思えない。楠ちゃんの方がマシだよ」

「勘違いしてないかな? 大社と防人の御役目はバーテックスの討伐。そして世界の安寧だよ。間違ってもいち個人に執着するようじゃいけないんだよ。その点、夕海子ちゃんは()()()()()

「分かってる? 何が……」

 

 ーーとその時。

 

「ーーんん〜〜アメイジングだわっ♪ 薬と湿布のおかげでもう痛くなくなりましたよっ! 蓮華さん!!」

 

 唐突に歌野は右腕をぶんぶん回して喜んだ。

 

「…………へ?」

 

 歌野の言葉で場を満たしていた緊張の糸が切れる。蓮華は半笑いでそれに応えた。

 

「あらそう? それは良かったわ」

「本当にありがとうございます♪ ……あっ! そうだ蓮華さん! 農業に興味ないですか⁉︎」

「えっ? 農業?」

 

(うわっ、まずい……っ。この展開はーー)

 

 水都はいつかのデジャヴを感じて制止しようとした……がすでに遅し。

 

「蓮華さんっ。私の仲間になりませんか!(私と農業しませんか)!」

 

「……?」

 

「ーー!!!?」

 

 

 ……重苦しい雰囲気に包まれていたこの場の空気は、歌野が突如口にした爆弾発言によってぶち壊されてしまった……。

 




 はうぅえっ⁉︎ 
 ……ちょいちょい、白鳥さんよい。


次回 仲間になる条件


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第四十四話 仲間になる条件

 拙稿ですがよろしくお願いします。
 バトル系の作品凄く好きです。
 構想を頭に思い浮かべながら自分で描いたり、他人の作品を「これどうなるんだ⁉︎」と期待して観るのがたまらない。
 誰かもっと描いてください。そして教えてください。勉強がてら観に行きますゆえ。


前回のあらすじ
 梅田地下街にて、蓮華が調合した薬により回復の兆しを見せつつある歌野と芽吹。そんな中、歌野は蓮華を白鳥農業組合に勧誘するが……⁉︎


 唐突な歌野の発言により空気は一変した。

 

「……あ、あのさ歌野。今なんて」

「蓮華さんを私たちの仲間にーー」

「あーハイハイわかったわかったよー。聞き間違いじゃなかったー」

 

 雪花は呆れてうなだれた。

 

「うたのん……雪花ちゃんや楠さんたちの話聞いてたの?」

「……? この梅田地下街を桐生静さんっていう、蓮華さんのお友達が守ってた。って話でしょ?」

「どこまで遡ってるの⁉︎」

 

 おどけた表情をしている歌野に鋭いツッコミが入る。

 

「ちゃんと聞いててよぉ」

「……?」

「ははっ……」

 

 芽吹はそんな歌野たちを見て笑い出す。

 

「歌野にとっては確かに、聞く必要性がないくらいどうでもいい話かもね」

「あぁだよねぇ。……ごめんねぇ、急に変な話になっちゃって」

「……私も別にいいやー。なーんか気が抜けちゃったし」

 

 場の毒気を完全に抜かれてしまい、雪花とNo.7は互いに愛想笑いを浮かべた。

 

「……で、私はさっきのアンサーを聞きたいんですよ」

 

 歌野は目を輝かせて蓮華に詰め寄る。

 

「この蓮華の力が必要なのね?」

「はい! 必要なんです!」

「……そうね、困っている人を助けるのはこの蓮華の責務」

 

 蓮華は顎に手を添えて考える。

 

「しかしながら地下街(ここ)の人たちを守り続ける事も責務。……仲間になるのはーー」

「いいんじゃないですか? 蓮華さん」

「……!」

 

 そう言ったのはNo.7だった。

 

「京都支部が進化体に破壊された今、私たちはここに居座る事になる。なら私たちがあなたの代わりにここの平穏を守り続ければいい。ですよね?」

「それは……」

「そ・れ・に」

 

 No.7は意味ありげに蓮華へウィンクする。

 

「蓮華さんは諦めてないんですよね? 生き残りがまだいるかもしれないって」

「……!」

 

 図星を突かれ蓮華は目を丸くする。

 

「鏑矢の人の死を全員分確認したわけじゃない。現に蓮華さんもこうやって生きてる。だからあのメンバーのうち、悪運の強い誰かは……実は生きていたりするかも、ですよ」

「…………」

 

 蓮華は心の中で少しの間、逡巡する。彼女は今まで、地下街の人たちを守りながらも時折、自分の他に鏑矢の生き残りがいないか考えていた。

 そして活動可能な範囲内で、彼女たちの手掛かりを探していた。

 

「別に蓮華さんがいなくてもここの守備は大丈夫ですよ? ……それに、ここ以外に生き残りがいない事は蓮華さんがよくわかってるはず。ですからこれからは範囲を広げてみてはどうでしょう?」

「範囲?」

「大阪全域を駆けずり回って生き残りがいないか探してましたけど、これからは彼女たちと一緒に行動すれば捜索範囲を広げられるって事です」

 

 蓮華が鏑矢のメンバーの生存を諦め切れていない事をNo.7はわかっていた。この世界のどこかで、桐生静をはじめとする鏑矢の誰かが生存しているという希望を蓮華が未だ抱き続けている事を。

 もし桐生静が……実は生きていたのなら、必ず地下街の人たちの元へ連れ戻さなければならない。

 彼女が地下街に来ないのも、"自力では戻ってこれないのでは?" という希望的観測を持ち続ける事で、諦めずに済む。

 

「あなたのお陰でここのみんなの笑顔は守られてきたんです。ついでに私のお陰でもありますけど。……だから、これからは()()()()()のために生きても良いんじゃないですか?」

 

 No.7に諭され、蓮華は少しだけ笑みをこぼす。

 

「……そうね。ここまで的確に胸の内を言い当てられるなんて、この蓮華もまだまだね」

「そこは別に気にしなくてもいいんですけど」

 

 失笑混じりに二人は話し続けていた。

 

「……コホン。話が長くなってしまったわね、ミス・シラトリ」

 

 改めて蓮華は歌野へ向き直る。

 

「あの日、別れてしまった仲間の中で、この蓮華と同じ運命を辿り生き延びている者がいるのなら、会いに行きたい」

「はい」

「そのための道中が同じなら、あなたたちに協力する事もやぶさかではないわ」

「……! それってつまりーー」

「この蓮華もあなたたちの旅に付き合ってあげるわ」

 

 その一言で、歌野の顔は無邪気な子供のように明るく輝いた。

 

「んん〜〜やったわっ‼︎ 最っ高にハッピーよ! みんなぁ‼︎」

 

 今にも飛び跳ねそうな勢いではしゃいでいる。

 

「……にゃはは。こうなっちゃったかー」

「うん……こうなっちゃうよね」

「例え断られたとしても、歌野なら食い下がってくるでしょうしね」

 

 雪花たち三人は歌野の様子を見て、呆れ半分の笑みを浮かべる。

 

「よーし! 蓮華さんも仲間になった事だし、ここの人たちに一言挨拶して、四国に行く旅を再開ーー」

「ちょっと待ちなさい」

 

 と、ぬか喜びしている歌野に早速蓮華からの制止がかかる。

 

「話はまだ終わってないわ」

「……話? 今言ったけど、ここの人たちへの挨拶ならーー」

「違うわ。この蓮華があなたたちに協力するかわりに、条件を飲んでもらう必要があるのよ」

「協力するんですよね? 何でまた……」

 

 "条件"という単語に引っ掛かりを覚えた雪花が蓮華に問う。

 

「この蓮華の力を必要とするのなら、それに足る証を立てて貰わないとって事よ」

「ん? 困っている人を助けるのは責務じゃないんですか? それなのに対価を求めるんですか?」

「厳密には違うわ。この蓮華の話を最後まで聞きなさい」

 

 蓮華は()()()()では歌野たちと行動を共に出来ないと告げる。

 

「先んじて、この蓮華は京都支部へ行かなければならないの」

「京都支部? あそこはもう……」

「知っているのなら話は早いわ。京都支部は進化体バーテックスによって壊滅し、No.7をはじめとする防人や神官はここへ避難してきた」

「……ですね」

 

 No.7を一瞥すると、彼女は頷いていた。

 

「彼女らが無事ここにいるように、進化体の襲撃で死者は出ていないわ。……でも代わりに()()()()を置いてきてしまった。そうよね?」

「むむむ?」

 

 蓮華に問いかけられた直後は、No.7は首を傾げていたがすぐに意図を察した。

 

「……あっ、ああ。勇者御記(ポーネグリフ)のことですか!」

「そう。京都支部に保管してあるそれがまだ、あそこに置き去り状態なのよ」

「……! 新たな勇者御記(ポーネグリフ)が……京都支部に」

 

 指揮官クラスの防人が配置されている大社支部に勇者御記(ポーネグリフ)があるのは事前に知っていた。しかし、No.7が避難を優先した事でそれがまだ京都支部に放置されたままらしいのだ。

 

「私たちも壊滅した京都支部へ行ったわ。でも、勇者御記(ポーネグリフ)らしき物なんてどこにも……」

「地下だよ。あれが保管されているのは」

「地下? 京都支部には地下があるの?」

 

 No.7が言うには、京都は街の歴史的景観を損ねないよう、電柱や娯楽施設が一切存在しない地域がある。少なくとも()()()()()()()には。

 

「京都はね、電線やケーブルを埋設している地域が多いの。建物だってそう。外面を木材で覆いながらも内装はレストランとかコンビニとか。あるいは地下に遊戯場を設けたり……とかね」

「じゃあ勇者御記(ポーネグリフ)は京都支部の地下施設に保管されているのね」

「そうそう。まぁここほどじゃないけど」

 

 No.7がポケットから鍵を取り出す。

 

「先日、『獅子座』と『牡牛座』の攻撃を受けてね。命からがら逃げて、支部も焼けちゃったけど、地下への扉は頑丈で耐火性も高いから中の設備は無事だと思う。……でもまさか蓮華さんが取りに行く、なんて言うとは」

「大切な物でしょ? あれは」

「私としては勇者御記(ポーネグリフ)なんてどうでもいいけどねぇ。原本は大社本部にあるわけだし。命を懸ける程のものじゃないよ」

「それでも一度頼まれたからには最後までやり遂げる。でないとこの蓮華の気が済まないわ」

「頼む? ……一体誰が」

 

 言いかけていたNo.7はハッと気付く。

 

「ははぁ〜ん、No.23、No.3(かのじょたち)0かぁ。余計な事を」

「防人の仕事をしないあなたが言えた口ではないわ」

「う〜ん」

 

 指揮官クラスの防人の御役目の中に勇者御記(ポーネグリフ)の管理が含まれている。例え、支部がバーテックスなどの脅威に晒されたとしてもそれだけは死守せよ、と。

 

「……トイレットペーパーの方がまだ有用性あるんだよねぇ」

 

 実際、山口支部にいたNo.6は()()()()()()()()()()勇者御記(ポーネグリフ)を無事本部へ移動させている。

 

「……勇者御記(あんなの)を守るために死んじゃうなんて馬鹿げてる」

 

 No.6たち元山口支部の防人は大社に賞賛されていたが、No.7はその話を聞いて馬鹿らしく思った。あの"紙切れ"に人の命を懸けさせる程の価値があるのか、と。

 ……いや、例え価値があったとしても、人の命の方が何より大事であると考えている。

 

「それでも取りに行くわ」

「……あんまりおすすめしないんですけどぉ」

 

 渋々、No.7は地下への扉を開ける鍵を蓮華に渡した。

 

「……と、いうわけでミス・シラトリ。この蓮華があなたと一緒に行くには先に勇者御記(ポーネグリフ)を取りに京都支部へ行く必要があるの。あなたたちも協力なさい。それがひとつめの条件」

 

 蓮華から条件を突きつけられた歌野は暫しポカンとしていた。

 

「それが条件? ワイ?」

「……え?」

 

 予想外の返答に困惑する蓮華に対して、歌野は両手を広げる。

 

「条件にしなくたって協力しますよ! 困っている人の役に立ちたいのは同じですし!」

「あなた……」

「よしみんな! 勇者御記(ポーネグリフ)の回収、私たちもトゥゲザーするわよ♪」

 

 歌野の勢いは止まらない。

 

「それで? 出発はいつにするんですか?」

 

 芽吹は蓮華に問いかけた。

 

「そうね。早いに越した事はないわ」

「なら今行きましょう!」

 

 歌野がガッツポーズで気合を入れる。

 

「はやっ。……うたのん準備とか大丈夫なの? 怪我とか」

「もうみーちゃん、何度言わせるのっ。治ったから大丈夫よ!」

「うたのんは何度もそう言うけど……。やっぱり心配なんだよ」

 

 蓮華が仲間になるのが内定しているからか、その嬉しさで歌野の勢いは半ば暴走気味に陥り、止められそうにない。

 

 ……もっとも、それを止めなければならないのが水都たちの役目なのだが。

 

「ほらみんな! アズスーンアズで行くわよ!」

「まあ確かに、早い方がいいわよね」

「一応言うけど、無茶だけはダメだよ?」

「こうなったら、我らの暴走列車(リーダー)は止まらないにゃぁ」

 

 三人は歌野に従い、それぞれ京都支部へ向かう準備を整える。

 

「あ、そういえばまだ条件あるんでしたっけ?」

「ええ。この蓮華の出す条件は全部で三つあるわ」

 

 親指、人差し指、中指の三本を立てた。

 

「何ですか? 別の御遣いですか?」

「他にも勇者御記(ポーネグリフ)があるとか……ですか?」

「寄り道のオンパレードだにゃぁ……。まー、いいけどね」

仲間(蓮華さん)の頼みなら協力を惜しみませんよ! そうよねみんなっ」

 

 歌野に呼びかけられた三人は呆れ半分、嬉しさ半分の表情で頷いている。

 

「勿論、協力するに決まってるわ」

「私もできる限り協力したい。蓮華さんにはお世話になったから」

「うんうん。思えば寄り道なんていつものことだったしさ」

 

 言い方はそれぞれだが、基本的に蓮華への助力を惜しまない。大抵の条件はむしろ喜んでこなしてみせるだろう……。

 

「フッ、頼もしいわね。……二つ目の条件っていうのは、あなたたちに協力している間……"この組織のリーダーをこの蓮華にすること"よ!」

「ーーそれはノーだわ! 蓮華さん」

「却下ですね」

「はい決裂〜」

「前言撤回です。……ごめんなさい」

 

 二つ目の条件を提示した直後、四人が即答してきた。

 

「…………」

 

 蓮華は目を丸くして沈黙している。

 

 ……白鳥農業組合(かのじょたち)にとって、この条件は決して受け入れられるものではなかった……。

 

 

 

 

 

 

 ーーその頃、歌野たちより先に目的地である、京都支部跡地に近付こうとしている二人がいた。

 

「……ここが京都。見る影もないわね」

「このどこかに京都支部があるの? ()()()()()

 

 この二人組は姉妹である。金髪の長い髪をそれぞれ両耳辺りで結えている姉と、短い髪をした妹。

 この姉妹の目的もまた、京都支部に眠っているであろう勇者御記(ポーネグリフ)である。

 

「そうよ樹。焼け野原でわかんないけど、京都支部だった場所の地下に例の物があるはずなのよ」

「探すの大変そう……。ちょっと占ってみるよ……」

 

 妹はタロットカードを取り出してその中から無作為に選ぶ。

 

「……どう?」

 

 カードを見た妹のテンションは下がる。

 

「……『死神』。意味は……"破滅"」

「あちゃー。ってか樹の占いっていっつもそのカードじゃない? ホントに一枚しか入ってないの?」

「一枚しか入ってないよぉ……」

「ま、占いなんて当たるも八卦……とかいうしね」

 

 そう言って姉……『犬吠埼風』は妹である『犬吠埼樹』の手を取り、地面を蹴って跳躍した。

 

「さぁて! ()()()()()()()()を示すっていう勇者御記(ポーネグリフ)……この犬吠埼姉妹の女子力、フルに使って手に入れるわよっ‼︎」

 

 

 ーーそしてまた幕が上がるのだ。

 

 "七武勇"との戦いの幕が。

 




 蓮華は白鳥さんと同年代だったような気がしたけど、なぜかみんな敬語で話してしまう。この作品ではNo.7は弥勒夕海子と同じ中学三年生設定だけど、蓮華に敬語を使っている。
 年上オーラを感じるのだ。


次回 白鳥農業組合VS犬吠埼姉妹


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第四十五話 白鳥農業組合VS犬吠埼姉妹

 拙稿ですがよろしくお願いします。勇者御記争奪戦が幕を開けます。


前回のあらすじ
 蓮華を仲間にするための条件として京都支部に向かい勇者御記を回収する事になった歌野たち。大抵の条件ならばクリアする気でいたのだが、次の条件『蓮華が白鳥農業組合のリーダーになる』事を四人は拒否したのだった。


 梅田地下街から地上へ戻り、歌野たち一行は蓮華と共に京都支部跡地を目指していた。

 

「……やっぱり私たちの仲間になる(私たちと農業をする)事はできませんかね?」

「……この蓮華にもプライドというものがあるわ」

「プライド……」

「蓮華に命令出来るのは蓮華だけよ。鏑矢に属していた時も大社の言いなりになっていた訳ではない」

「別に命令するってわけじゃ……」

「誰かの下につくつもりはないわ。……ミス・シラトリがリーダーである事を譲れないように、こちらも譲れないものがある」

 

 梅田地下街で蓮華が出した条件のひとつである、『白鳥(ホワイトスワン)農業(のうぎょう)組合(くみあい)のリーダーを蓮華にする事』は四人に呆気なく拒絶された。

 当然、条件を受け入れられなかった蓮華は歌野たちの仲間になる事を拒んでいたが、歌野はなおも食らい付いている。

 

「どうする歌野。諦める?」

 

 歌野は激しく首を振って拒絶する。

 

「"諦める"なんて選択肢はナッシングよ」

「仮に仲間になるとして……彼女の役割って?」

「蓮華さんなら大抵の事はできそうな気がするわ! そうですよね⁉︎」

「ええ、色々出来るわ。まず、この蓮華には薬学の知識がある。それに料理だって出来るし、機器の修理もある程度可能よ。それに音楽だって得意なんだから」

「音楽⁉︎ わーお! そんな事までできるんですか!」

「ええ。昔、色々仕込まれたからね。楽器を持たせればプロ顔負けだと自負しているわ」

 

 口角を上げ胸を張って己の自信をアピールしてきた。

 

「地下街のガーデンエリアでしたっけ? あそこの草花も蓮華さんが育てていたんですよね?」

「たまに皆に手伝ってもらう事はあるけど、大体はこの蓮華ひとりの力ね」

「その知識は農業に役立てられるはずだわっ。……野菜はなかったけど」

「野菜も育ててないだけで知識としてはあるわよ」

 

 自分以上に農業の知識があるかもしれない事に歌野は心弾ませる。

 

「ほらみんな! やっぱり蓮華さんの力は私には必要だわ! やっぱり仲間にしたい(農業したい)!」

「でもうたのん。蓮華さんの条件……」

「そうなのよ! ……ねぇ蓮華さん。もうちょっとイージーな条件にチェンジできませんか?」

「……ミス・シラトリがリーダーでないと、あなたたちは駄目なのよね?」

 

 その問いに、歌野以外の三人は頷く。

 

「この組織のリーダーは歌野。それは変えるべからざる事なんです」

「そーだねー、歌野以外ありえないにゃぁ」

 

 白鳥農業組合のトップは歌野である事を芽吹も雪花も否定しないし、代わりも認めない。水都に至っては言うまでもない。

 

「さっきも言ったけどこの蓮華は誰かに従う気はないわ」

「随分とこだわるんですねー」

 

 蓮華のその姿勢は見上げたものだが、雪花としては疑問を抱いてしまう。

 

「と言うか、こちらとしてはミス・クスノキ。あなたがミス・シラトリの下で働いている事が驚きだわ。……仮にも防人のリーダーなのでしょ?」

「別に下についてる訳では無いです。歌野とは"ビジネスパートナー"。あくまで"対等"ですから」

「ビジネスパートナー?」

「私が防人に返り咲いた時、歌野の野菜を購入する事になっていますので」

「なるほど……ね」

「っていうか、私は別にみーちゃんも雪花も芽吹も、下だとは思ってないわ! ……だから蓮華さんも下に見たりは絶対にしません」

 

 はっきりとそう宣言した。

 

「それでも駄目なんですか?」

「悪いわね。どうしても立場を意識してしまうのよ」

 

 これだけ上下関係に拘るのは彼女がそれ相応の家の出だからだろうか。

 心当たりがある芽吹以外の三人は戸惑いを隠せないでいる。

 

「この蓮華の人生史上唯一、従わせる事が出来たのはシズさん。彼女だけよ」

「ど、どうして桐生静さんには従おうと思ったんですか?」

 

 水都の問いに対して、蓮華は目を閉じて過去を振り返る。

 

「昔、勝負をした事があったのよ、鏑矢時代にね。その勝負に負けて、その時にシズさんが出した条件に従った……まあ、そんなところね」

 

 蓮華の話によると、鏑矢として始動する直前、成績上位である五名には、大社が事前に入手していた『勇者の野菜』が与えられたそうだ。

 当時はまだどんな能力の野菜なのか不明だったため、一位の者から好きなものを選べる特権が与えられた。

 

「結果はシズさんが一位。この蓮華は僅差で二位という結果に終わったわ」

 

 訓練時の成績は蓮華と静で競り合っていたそうだが、最後の最後で蓮華は凡ミスをやらかしたらしい。その結果、静が一位に輝いた。

 

「当時、この蓮華は年上だろうと関係なく振る舞っていたけど、シズさんに負けてからは彼女の事を"年上"として見るようになったの」

 

 年上だろうと大人だろうと容赦なく我を貫いていた蓮華がはじめてにして唯一、敬語を使い、敬称で呼んだ相手が桐生静なのだ。

 

 そして、それを聞いた歌野は少し考えてから口を開いて提案する。

 

「じゃあつまりは……蓮華さんに勝てば良いってことですね!」

「な、なんの話?」

白鳥歌野(わたし)が蓮華さんよりリーダーに相応しい事を証明すれば良いんですよね!」

「なんでそんな解釈になっちゃうの⁉︎」

 

 驚いている水都に対して、芽吹と雪花は頷いていた。

 

「……いえ。考えようによってはアリね。先程の話からすれば、蓮華さんより優秀である事……蓮華さんに認められたらリーダーの座を奪わないって事になるじゃないの」

「そーだねー。桐生静さんに負けてからは彼女には従おう、ってなっちゃったんなら今回もそうすれば良い。……でしょ? 歌野」

「ええ!」

 

 目から鱗が出たかのように水都は口を開けていた。蓮華も少し驚いているようだが、その後に少し笑った。

 

「……フッ。確かにミス・シラトリがリーダーに相応しいとこの蓮華が認めたなら第二の条件はクリア……って事で良いわ」

「う〜〜やったー!」

「歌野。喜ぶには早いよ」

「分かってるわっ雪花。全ては私の頑張り次第! これからのアドベンチャーの中で必ずアドミットさせてみせるわ!」

 

 こうして、蓮華が歌野たちの仲間に正式に加わるために、リーダーとして相応しいか、否かを蓮華に査定される事となった。

 

「ーーさて、ちょうど区切りの良いところで、着いたわよ」

 

 話している間に京都支部があった地域までやって来ていた。歌野たち四人にとっては数時間ぶりになる。

 

「警戒は怠らないように。いつ京都支部を滅ぼした進化体が現れるか分からないから」

 

 蓮華に地下室への場所を案内される中、周りを警戒する。

 

「それとミス・クスノキ。No.7から受け取ったその"銃剣"。使い方は分かるかしら?」

 

 芽吹は腰に提げている新たな武器を見る。地下街から出発する際に、No.7から渡されたのは指揮官クラスの防人が使っていた銃剣である。

 

「問題ないです。仮にも指揮官クラスの防人の標準装備でしたので、これの扱い方も訓練していました」

「なら良いわ。……No.7が言うには、勇者の野菜の能力者になったほとんどの防人はその武器を使わなくなったらしいからね」

「確かにそうでした。……かく言う私も二刀流でいたので先程も言ったように訓練時しか使いませんでしたが……」

 

 弥勒夕海子により能力者を量産させている今、銃剣を使っている指揮官クラスの防人はほぼいない。No.7も自分の能力と照らし合わせて使えそうな時に使う、といったスタンスをとっている。

 

「……ここね」

 

 京都支部だった場所へ到着して周りの焼け焦げた木片をどかしていると、頑丈そうな扉が見つかった。

 

「この蓮華と、防人だったミス・クスノキが中に入るわ。貴女たち三人は外の警戒をお願い」

「ラジャー!」

 

 地下への扉の鍵を開ける。その後、少し重かったが何とか扉を開く事ができた。

 

「ミス・フジモリは異常があった時、こちらに知らせに来る事」

「はい」

 

 雪花は小声で歌のに耳打ちする。

 

「いいの? 来て早速、蓮華さんの言いなりになってるけど」

「別に良いわっ。ここのつくりに関しては蓮華さんの方が詳しいだろうし。なにより背中を任せたって言われているみたいで、信頼的なサムシングを感じるのよ♪」

「……まー、歌野が良いなら良いかー」

 

 言っている内容は分からなかったが、言おうとしている意味は伝わった。

 蓮華にリーダーとして相応しいか見られているが、歌野はあくまで自分の夢を叶えるための同志や、支え合える"対等な"仲間として雪花や蓮華たちを見ているはずだ。

 

「蓮華さん、楠さん。後はお願いしまーー」

 

 言い終える前に、芽吹が右手を水都の方へ出した。

 

「……誰、あれ」

「……え?」

 

 五人の視線の先には、金髪の二人の少女が歩いてきていた。

 その二人の顔を見た瞬間、蓮華と水都が同時に口を開く。

 

「「七武勇……!」」

「……!」

 

 歌野、雪花、芽吹はそれを聞き一気に臨戦態勢に入った。

 

「……尾けられてたの?」

「気が付かなかったんだけど……」

 

「ーーそこにあったのねぇ。地下施設への入り口……」

 

 背の高い方が笑いながら歩くスピードを速めた。

 

「何故七武勇がここに……なんて質問は、要らなかったようね……」

 

 地下への入り口を探していた、という事はその先にある物を狙っているという事だ。

 

「大社防人がいるってことは当然"あれ"を取りに来たんでしょ!」

「貴女達の目的もそれって事ね……」

 

 走り出した少女は身の丈程の大きさを持つ大剣を振り翳してきた。それを一番近かった雪花が槍で受け止める。

 

「くっ……おも……っ」

勇者御記(ポーネグリフ)はあたしたちがいただくっ。ついでにあんたたち大社関係者を倒して奴らに宣戦布告してやるわぁ!」

「わ……私たちは」

 

 雪花が大社と関わりがない事を伝える前に、芽吹が相手に飛び蹴りを放つ。

 

「らァア!」

「うわっっ」

 

 相手は横腹に蹴りを入れられ、よろけながら後ろへ退がる。

 

「どーも。楠ちゃん」

「ええ。……でも彼女」

 

 芽吹は蹴りを入れた彼女に対して、疑問を抱く。

 

(何処かで……)

 

「お姉ちゃん!」

「樹、大丈夫よ。問題ない」

「焦らないでいいから……」

 

 背の小さい方が姉と呼んでいる彼女を気にかける。

 

「姉?」

「あの二人……。"犬吠埼風"と"犬吠埼樹"。手配書で名字が同じだからもしかして、と思ったのだけれど」

 

 蓮華は腰に提げている刀に手をかける。

 

「あの二人はシスターって事ね。あちらさんも色々事情あるようだけど……」

 

 歌野がベルトを伸ばして攻撃のモーションに入る。

 

「黙ってやられるわけにはいかないわっ。……ムチムチの(ピストル)ッッ!」

 

 姉である犬吠埼風へ放たれた一撃は、彼女の持っていた大剣により阻まれた。

 続いて芽吹は、妹の犬吠埼樹へ刀と銃剣をクロスさせて突撃する。

 

「久しぶりにこの技が使えるなんてね……。"鬼斬(オニギ)り"!!」

「ーーッ! させないわよ!」

 

 風が大剣を芽吹と樹の間に向けると、突然()()()()()()

 

「ーーえ?」

「芽吹⁉︎」

 

 進行方向に伸びてきた大剣に激突して芽吹は横に転がる。

 

「……何、今の」

 

 すぐさま起き上がった芽吹は風を睨み付ける。

 

(大剣が"伸びる"……? 歌野の能力じゃあるまいし)

 

 ……すると今度は、樹が芽吹の間近に迫ってきていた。

 

「ハッ! 速い⁉︎」

 

 樹は五本指を構え、芽吹に振りかぶって引っ掻こうとした。

 

「……五色糸(ゴシキート)

「ーーくッッ!」

 

 芽吹はすんでの所で回避でき、指に触れる事は無かった……が、防人装束に"何か"が擦った痕が出来た。

 

「……? 避けたはず……」

 

 不気味な攻撃を警戒して、蓮華の元まで退がる。

 

「歌野……。あの二人、変わった能力を使う」

 

 少しの間の攻防だが、芽吹たちは二人の能力について共有する。

 

「犬吠埼風……だったっけ? 彼女は刀身の長さを変えていた」

「変えるというより、あの剣自体が大きくなったように見えたわっ」

 

 あの時、風の一番近くにいた歌野には、風の持つただでさえ大きい剣が、一層巨大になったかのように見えていた。

 

「妹の方は……まだ分からない。完全に避けたと思ったけど、薄い線のようなものが装束に出来てた。能力で見えないのか、見えにくいのか……」

「"見えない能力"では無い事は確かね。……そういう能力者は他にいるもの」

「そうなんですか?」

「ええ、No.7の事よ。同じ能力は二つとない」

 

 蓮華はそう言って歌野たちの元から離れる。

 

「さてと……もっと情報が欲しいから、この蓮華も彼女たちと一戦交えるわね」

「……?」

 

 歩み寄って来る蓮華を、怪訝そうに見つめる風と樹。

 

 ……しかし次の瞬間。

 

「……え?」

「……!」

 

 歌野たちの前から……犬吠埼姉妹の目の前から……蓮華が()()()()()

 

「ーーッ、違う樹! 後ろよ‼︎」

「え、ええ⁉︎ いつの間に……」

 

 二人が振り返ると、蓮華は眼前で刀を鞘に収めようとしている姿が映った。

 

「……(かぶら)矢筈(やはず)()り」

「「……ッッ!?」」

 

 蓮華が刀を完全に鞘に収めたその時、二人同時に肩から出血した。

 

「……ぁ。な……っ」

「……ぇ」

 

 肩を押さえる二人に対し、余裕のある笑みで蓮華は振り返る。

 

「ああ、そうだ……言い忘れていた事があったわ……。この蓮華は『カネカネの野菜』を食べた"金属人間"よ」

 

 改めて刀を鞘から抜くと、その刀ーーサーベルはプラスチックで出来ていた。

 しかし、蓮華が地面を叩くと、カンッと()()()が鳴り響く。

 

「そしてもうひとつ言い忘れていた事があるわ。……"最初に言っておく"けど、この蓮華はかーなーりっ強いから」

 




・蓮華は『カネカネの野菜』を食べた金属人間。装備した対象物の材質をあらゆる金属に変えることができる。……金属人間だが、レンチ人間ではない。

風と樹については次回明らかに。さてさて、何の能力でしょう。


次回 鳥カゴ


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第四十六話 鳥カゴ

 拙稿ですがよろしくお願いします。七武勇(勇者部)の中で樹の能力がすぐに思いついた。早く登場させたかった。


前回のあらすじ
 京都支部へ到着し勇者御記が保管されていると言われる地下施設へ行こうとする歌野たちだが、そこへ七武勇の風と樹が現れた。彼女たちの目的も同じだと言うが、どんな内容が書かれているのか。


 肩を負傷した犬吠埼姉妹は一旦、蓮華と歌野たちから遠ざかる。

 

「樹、無事⁉︎」

「うん。お姉ちゃんは大丈夫?」

「大丈夫よ。でも今の攻撃……まったく見えなかった」

「足を止めてたらまた斬られるかも……。お姉ちゃん、私があの人の相手をするね」

「そうね……。悪いけどお願い」

 

 二人は蓮華から目を離さないようにして、先程の高速斬撃に備える。

 

「スピーディー過ぎて分からなかったわっ蓮華さん! 今のどうやったの⁉︎」

 

 歌野が興奮気味に蓮華へ問いかける。

 

「今のはただ、相手とすれ違う際に斬りつけただけよ」

「それだけ……って、凄くないですか⁉︎」

「この蓮華の技よ。当然じゃないっ」

 

 口角を上げて自信満々の態度を表す。

 

「もっと言うなれば……私の能力である『カネカネの野菜』は材質を変化させるけど、重量は元の素材に依存するの」

 

 そう言いながら軽々とサーベルを振り回して再度鞘に収めた。

 

「それ故に軽く、且つ確かな一撃を放つ事ができるのよ」

 

(確かに速い。私より速かった。……型は、居合?)

 

 ただひとり……芽吹だけは蓮華による攻撃の一部始終を見ていたようだ。

 

「蓮華さん……その剣技、どこで覚えたんですか?」

「企業秘密よ」

 

 蓮華は人差し指を口元に当てて芽吹に微笑む。

 

「でもあえて言うなら……()()()()()の居合を元に、この蓮華が速さ重視に改良した結果ってところね」

「そうです……か……」

 

(とある人物。三好さん……ではないわよね。彼女は二刀流だし……)

 

 初めて蓮華と会った時、星屑(バーテックス)を両断していたが、その切り口は鮮やかなものだった。芽吹の場合、こうはいかない。

 

(そう言えば一刀流の時、私の居合が乃木若葉のものに似てるって言われたわね……)

 

 以前、乃木園子に言われた事を思い出しながら刀を一瞥し、すぐに視線を風と樹に戻す。

 

「ーー時に七武勇の二人、聞きたい事があるのだけど」

「「……?」」

 

 蓮華は風と樹が勇者御記(ポーネグリフ)を欲している理由が気になっていた。

 

「あなたたち、ここの勇者御記(ポーネグリフ)を手に入れて何がしたいの? 歴史の勉強かしら?」

 

 その質問に風は大剣を構えながら答える。

 

「京都支部にあるっていう勇者御記(ポーネグリフ)の内容が……あたしたちが求めているものの可能性が高いからよ」

「内容って……あなたたちは読めるの? あれを……」

「あたしは読めないわ。樹も読めない。でもね、読めるやつが勇者部(こっち)にはいるのよ」

「読めるやつ……?」

 

 蓮華は少し考えていたが、水都にはそれが誰かすぐに分かった。

 

「そうか、"友奈"だ……」

「……‼︎」

 

 その名前に蓮華は目を見開いて水都を見る。

 

「友奈、ですって⁉︎」

「えっ、あ……はい。七武勇には結城友奈がいるんです。私の聞いた話では、"友奈の名を持つ少女たち"には勇者御記(ポーネグリフ)の内容が分かるらしくて……」

「……そう。そっちの友奈の事ね」

「……?」

 

 蓮華の表情は何故か少し沈んでいた。

 

勇者御記(ポーネグリフ)が読めるのは分かったわ……。でもそれでどうするのよ?」

 

 少し間をおいて、風は勢いよく走り出す。

 

「それはねぇ……大社に一泡吹かせるためよぉ‼︎」

 

 大剣をまた倍以上の大きさにさせて振り下ろした。

 

「モアモアッ……50倍(ごじゅうばい)‼︎」

「ーーっ! 避けてェェ‼︎」

 

 芽吹の声で歌野は水都を抱えて、全員大剣が当たらない方向へ回避する。

 

「ーーこ、のぉ!」

 

 避けた後、芽吹は銃剣と刀を使い、多角的に攻撃を仕掛ける。

 それを風は元に戻した大剣を盾がわりにして防ぎ続ける。

 

「二刀流・虎狩(トラガ)りィ‼︎」

「ぐっ……」

「弐斬り・"(ヒラメキ)"ッ」

「ウッ」

 

 踏ん張っているが芽吹の勢いに押され、両足は地面を擦りながら後ろへ下がっていく。

 

「大社防人……っ。あんたは勇者御記(ポーネグリフ)の回収を命じられてここに来た……っ。やっぱりあの話は本当のようねェ」

「……? あの話?」

「京都支部に保管されている勇者御記(ポーネグリフ)には大社が保有する"兵器"の情報が書かれているって話よッ!」

 

 実際には芽吹たちをここへ来させたのは京都支部の防人たちの意を汲んだ蓮華である。しかし風は、それほど大事なものがここにあるのだ、と解釈した。

 

「大社のウェポン⁉︎ リアリー⁉︎ 芽吹!」

 

 歌野は驚き芽吹を見た。

 芽吹本人は特に驚いた様子もなく答える。

 

「眉唾ものの噂なら……ね。でも勇者御記(ポーネグリフ)に書かれてあるなんて……」

「あるわ」

 

 それを肯定したのは蓮華だった。

 

「大社が保有している兵器の情報が、勇者御記(ポーネグリフ)として京都支部にあるのは本当よ。……まぁ、この蓮華もそれ以上の事は聞かされてないけど」

 

 それを犬吠埼姉妹は知っていた。そして彼女たちが兵器の情報を知り得た理由を、蓮華はすぐに察した。

 

「何であなたたちが知っていたかなんて聞かないわ。七武勇は"ほぼ全員"が()()()()()()()()だものね。全く……情報漏洩どころの話じゃないわ」

 

 以前、東郷が呟いていた事を歌野は思い出す。乃木園子はもちろん、三好夏凛や東郷美森は大社に所属している家の出身だ。

 

(大社関係の家……。ーーッ‼︎)

 

 芽吹はその時、風の姿にとある人物を重ねた。

 それは、夏凛が芽吹の元を去ったあの日に彼女と話していた見知らぬ女性の事である。

 

「思い出したわ……。貴女、()()()三好さんと一緒にいた女ね」

「……?」

「貴女が三好さんを誑かして四国の外へ連れて行ったのね……っ」

 

 風は眉を顰めていたが、何かを思い出したかのように話し始める。

 

「確かに夏凛を誘って四国の外へ連れ出したのはあたしよ。……でも何であんたが知ってんの?」

「かっ、関係ないでしょ。貴女には」

「じゃあ何でそんな事あんたが気にするのよ」

「……っ」

「それにあんたの……剣術? ……が、夏凛とそっくりなんだけど、何? あんた、夏凛のファンなの?」

「……は、はあ?」

 

 風からの予想だにしていない質問に芽吹は間の抜けた声が漏れた。

 

「なぜか随分と夏凛に拘ってるじゃない。……あんた、あの子の何なの?」

 

 俯き、少しだけ考えてから芽吹は答える。

 

「別に何って程じゃないわよ。……三好さんは、私にとっての目ひょ……ッじゃなくて敵よ敵っ!」

 

 何故か慌てて顔を左右に激しく振る。

 

(今、言い直したわ)

(言い直したにゃぁー)

(何で言い直したんだろう……)

 

 芽吹の頬が一瞬だけ赤みを帯びたのを歌野たち四人は見逃してはおらず、歌野と雪花は愛想笑いを浮かべ、水都は頭に疑問符が浮かぶ。

 

「……ミス・クスノキとミス・ミヨシの関係は置いておくとして」

 

 蓮華がゆっくりと歩きながら話を切り出した。

 

「……樹っ」

「うんっ」

 

 二人は蓮華の方を注目して後ずさる。

 先程と同様、自分たちが知らずのうちに斬られる事を防ぐために。

 そして樹は向かってくる蓮華に対し、右手で宙を引っ掻くように大きく振りかぶった。

 

五色糸(ゴシキート)ッ!」

「……!」

 

 蓮華は立ち止まり、後ろへ跳んで"それ"を回避した。

 

「蓮華さん⁉︎」

「なるほどね……分かったわ」

 

 蓮華は樹の攻撃から彼女の能力を推測する。

 

「彼女は手からワイヤーのようなものが伸びていた。……五色に彩られた五線譜のような線が……ね」

「ワイヤー? ……なら彼女の能力は『ワイワイの野菜』を食べたワイヤー人間?」

「もしくは『センセンの野菜』の線人間かも」

「"糸"でしょ? どう見ても」

 

 歌野と雪花の会話に芽吹から指摘が入る。

 

「どう見ても……って楠ちゃんには見えてたの?」

「今明確に、ね」

「そっか。なら彼女は糸を操るスパイダー人間って事だわっ」

「何で糸人間って発想が出てこないの?」

 

 三人で半ば漫才が繰り広げられていた。

 

「次に姉の能力だけど……」

 

 蓮華が話を元に戻す。

 

「確かさっき、()()()()……とかなんとか言ってたような」

「なら、モアモアの野菜をイートした『モアイヒューマン』って事? 確かに巨大にもなるわっ」

 

 歌野の口調に半ば呆れつつ、蓮華は指摘する。

 

「面白そうな能力だけど。恐らくは"それ以上"、って意味のmore(モア)だと思うわ」

「んー、アイガレット♪ そういうことねっ」

 

 ポンッと歌野は右手を拳にして左手を叩き相槌を打った。

 

 ーーそんな歌野と蓮華のやりとりを耳に入れつつ、雪花は風へ。芽吹は樹へ武器を振るう。

 

「ーーやあ‼︎ ーーッせい!」

「ーーふっ、はぁあ!」

 

 二人が繰り出す槍と刀の連撃を風と樹はそれぞれ防ぐ。

 

「お、お姉ちゃん、このままじゃ……」

「……っ。埒があかないわね」

 

 大剣の刀身でガードし続ける風は口元を悔しく歪ませる。彼女の性格的には防御に専念するスタイルは望むところではないのだが、雪花と芽吹の攻撃と、後ろに控えている歌野。そしていつ斬り掛かってくるか分からない蓮華。この二人への意識が風をより一層後手に回させる。

 

(ただの四人なら対処も出来た。でもこの四人……相当な練度ッ。……見誤ってたわねッ)

 

 樹も風をサポートしようと近付く……が、そこを狙って雪花は片手で槍を90度回転させ、風から樹へと標的を変え刺突する。

 

「樹ッ!」

「……っ。五色糸(ゴシキート)!」

 

 樹から五色に彩られた糸が現れ、雪花の槍と衝突。穂先の方向を変えられ回避した。

 

 ーーそしてその瞬間、間に割って入った蓮華が回転しながら風と樹を斬っていった。

 

「あがッ!」

「うっ……」

「……その隙を、この蓮華は見逃さないわ」

 

 さらに、歌野もベルトを横薙ぎに払って二人を狙う。

 

「ムチムチの(サイズ)ッ」

 

 風は樹の前に立ち、また大剣でガードする。

 しかし、大剣とベルトのほぼ中間部分とがかち合った際、先端が進行方向を変えて風の顔に直撃した。

 

 歌野はまた水都の隣の位置まで戻る。

 

「お姉ちゃん‼︎」

「だ……いじょうぶ、だから」

 

 唇を切ったのか血が滲み出す。それを見た樹は意を決して提案を持ちかけた。

 

「ねぇ……お姉ちゃん……」

「どうしたの?」

「私、"鳥カゴ"を使うよ。……それで彼女たちを足止めできる。その間にお姉ちゃんは地下に行って……」

「いいの樹? 孤立しちゃうことになるけど」

 

 樹は朗らかな笑顔を風に向ける。その笑顔を見て風は真顔で頷いた。

 

「オッケー、それじゃあなるべく早く帰ってくるから。……頼んだわよ」

「うん!」

 

 すると風は芽吹と蓮華が樹に接近した瞬間を狙って自身の武器に力を込める。

 

「モアモアッ! 70倍(ごじゅうばい)()りッッ‼︎」

 

 今まで以上に巨大化させた大剣を一気に振り下ろした事で、地面から土煙が舞った。

 

「うわっ。前がぁ……」

「けほッけほ……」

「目眩し……⁉︎ 皆、警戒して!」

 

 ーーとその時、樹が空を仰ぎ見て両手を広げた。

 

「「ーーッ‼︎」」

 

 樹の近くにいた芽吹と蓮華はすぐに"それ"に気付いた。

 

「不味い! 歌野! 雪花! 逃げなさい‼︎」

「「ーーッ⁉︎」」

 

 雪花もすぐその意図に気付き走り出す。歌野は水都の手を引いてより遠く、距離を取った。

 

「うわっ。何これ⁉︎」

「……っ」

 

 芽吹と蓮華は()()()()()()と感じ、"それ"の完成を見る事しか出来なかった。

 

「こ……これは⁉︎」

「二人が……閉じ込められた……?」

 

 水都たち三人の眼前には、幾つものワイヤーが天から地面に突き刺さっていく光景が映る。

 

「これは『イトイトの野菜』の能力で作り出した鳥カゴ。……鉄よりも硬い糸の監獄。これであなたたちはもう逃げられません!」

 

 樹の言うとおり、さながら檻のように芽吹と蓮華を囲っている。

 

「二人共! 大丈ーー痛ッ!」

「歌野! 触らない方がいいわ!」

 

 天から降り注ぐ糸に触れると、手のひらを切ってしまい血が垂れた。

 

「私と蓮華さんは完全に閉じ込められた」

「ーーみんなッ! もう一人がいない‼︎」

 

 鳥カゴの中には芽吹と蓮華、そして発動した本人である樹の三人しか見当たらない。

 

「あっ! 地下に!」

「先に勇者御記(ポーネグリフ)を盗りに行ったのか!」

 

 雪花と歌野は地下へ行こうとするが、その前に鳥カゴの中の二人を見やる。

 

「芽吹! 蓮華さん!」

 

 二人は歌野を見て、頷いた。

 

「心配要らないわよ。だから早く追いなさい」

「この蓮華に任せておけば問題ないわ」

「心強いわっ」

 

 それだけ言うと歌野は雪花と水都を連れて地下に降り、風を追いかけた。

 

「早めに倒して歌野達に追い付きましょう」

「当然ね。この蓮華がいるんだもの」

 

 二人は武器を構えて樹と相対する。

 樹はポケットの中にあるタロットカードの束から無作為に一枚取り出しそれを見つめていた。

 

「…………」

 

 そのカードの意味を理解し、チラッと二人を見る。

 

「逆位置の愚者のカード。意味は……"仲間割れ"……」

 

 『THE FOOL』と描かれた文字と絵を見ながら、彼女は静かに呟いた……。

 




・犬吠埼樹:『イトイトの野菜』を食べた糸人間。体から糸を出して操り戦う。通常のワイヤーより頑丈。犬吠埼風は実の姉。両親は大社で働いているがとある理由で姉と共に四国の外へ旅立った。懸賞金額は312万ぶっタマげ。


 余談
・今回の話で、芽吹の二刀流が夏凛に似ている。一刀流の居合は若葉に似ている事が再度話題にあがった。
 夏凛に似ているのは本作品の通り、夏凛直々に教えてもらったから。そして、その夏凛はお兄ちゃんの技を目で見て真似て、二刀流版に昇華させた。
 一方、夏凛お兄ちゃんはというと、若葉の剣術とひなたの"剃"から編み出した。
 つまり『若葉+ひなた→夏凛お兄ちゃん→夏凛=芽吹』の構図になるのだが、芽吹が一刀流で居合を繰り出す事により一種の先祖返りが起きてしまった。
(一刀流・居合の芽吹=若葉の居合)
 これにより園子が芽吹の居合に若葉を垣間見た訳である。(ややこしい!)

 そしてまた、とある人物から剣を教わった蓮華が現れた事でさらにややこしくなってしまう……。


 次回 仲間割れ!? 芽吹VS蓮華


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第四十七話 仲間割れ!? 芽吹VS蓮華

 拙稿ですがよろしくお願いします。鳥カゴの中での戦い。……2対1だが、卑怯とは言うまい。


前回のあらすじ
 京都支部に保管されてある勇者御記をめぐり、七武勇の犬吠埼姉妹との戦いが始まった。しかし芽吹と蓮華は樹の発動した"鳥カゴ"に囚われてしまう。歌野と雪花、水都は地下へ降りた風を追いかけるのであった。


 犬吠埼樹が発動させた"鳥カゴ"の中で、芽吹と蓮華は脱出する術を考える。

 

「手っ取り早いのは発動者本人を倒す事ね」

「私も同じ事を考えていました」

「あなたたちの言う通りです。発動者である私の意識が途切れたら、この"鳥カゴ"は解除されるように出来ています」

 

 いとも簡単に樹はこの"鳥カゴ"の脱出方法を教えてきた。……それほどまでに自信があるという事だろうか。

 

「2対1……。少し気が引けるけど、悪く思わない事ね」

「……!」

 

 蓮華が鞘に手をかけ、接近してくるのを見て樹は後ろへ下がる。

 

「随分とこの蓮華を警戒しているのね。……賢明な判断よ」

 

 芽吹は真上や辺りを見渡し、自分たちを囲う鳥カゴを観察する。

 

(これ、動いてる……!)

 

 端の方を見ると樹が動く事で少しずつ鳥カゴの位置が移動しているのが分かる。つまりそれは、樹が鳥カゴの中心になっている事を意味していた。

 

(言わば彼女が核のようなものね。……彼女を倒せば鳥カゴが解除されるというのも本当みたい)

 

 そこで芽吹は樹の元へ走り出した。

 

「ーー(オニ)()り‼︎」

 

 刀と銃剣をクロスさせて突っ込む。しかしそれは、樹が()()()()()事で避けられた。

 

「……⁉︎ 浮いた!?」

 

 よく見ると、上方から垂れている糸が樹の体を支えることで宙に浮いているのだ。

 そして一旦着地したあと、今度は樹が芽吹の方へ走り出す。

 

足剃糸(アスリイト)ッ」

 

 地面を、まるでスケートリング上を滑るかのように移動する。

 

「速いッ。さっきもこれで移動していたのねっ」

 

 そしてそのスピードに乗ったまま蹴りを放つ。

 

「くッ……」

 

 武器を盾代わりにしてガードする……が、勢いは殺せず体が仰反った。

 

五色(ゴシ)ーー」

 

 追撃を仕掛ける樹だったが、急に視界に蓮華が入る。

 

「失礼するわ!」

 

 蓮華は一瞬にして樹の横腹を切り裂いていく。

 

「……っ、うう」

 

 今度は樹が横腹を押さえてよろけた。

 その間に、体勢を立て直した芽吹の刀による斬撃と、蓮華のサーベルによる刺突を食らって吹っ飛んだ。

 

「あぁあ!」

 

 倒れて地に背を付けるが、すぐに糸に吊られて起き上がる。

 

「……彼女から糸が出てるの、見えていますか?」

「ええ。繋がった先はこの糸の監獄で間違いないわ」

「ならばあれを切れば……」

「そう簡単に切らせてくれる筈が無いわね。やはり"倒す"の一択ね」

「……そうですね。最初(ハナ)からそのつもりですけどっ」

 

 すると、宙に浮き上がった樹は右手人差し指を二人へ向けた。

 

弾糸(タマイト)

「「ーー‼︎」」

 

 途端、樹の指先から弾丸のようなものが飛んできた。

 二人は咄嗟に回避を試みるが、何発か腕や肩を掠めていった。

 

「……つぅ」

「かすり傷だわ」

 

 また樹が上から、糸で生成した弾丸を飛ばしてくる。

 

「同じ手は食わない!」

 

 芽吹は銃剣を構えて発砲する。

 発射された弾丸は樹の弾を相殺させる。

 

「やるじゃない!」

 

 蓮華の場合は、回避できるものは完全に見切り、回避出来そうにないものは、サーベルを突き出して弾をピンポイント命中で凌いだ。

 

「貴女もやるじゃないですか」

「相手が止まっている以上、どこから弾丸が飛んでくるのか一目瞭然。あとはこの蓮華の技術の賜物よ」

 

 不敵に笑いながら蓮華は見上げた。"お前の攻撃はもう通じない"と言っているかのように。

 

「…………」

 

 樹はゆっくりと着地し小声で呟いた。

 

「やっぱりあなたですね」

「何か言ったかしら?」

 

 蓮華の問いには答えず、樹は地面を踏みしめる。

 

足剃糸(アスリイト)!」

 

 地面を滑るように進み蓮華の周りを動き回る。

 

「フッ。それで撹乱しているつもり?」

 

 蓮華はサーベルを鞘に収める。そして樹の動きから次の動作を先読みする。

 

「そこぉ!」

 

 樹は右手から糸を伸ばして周囲を囲む鳥カゴと結び付けさせる。そして自分を引っ張らせる事で蓮華の居合を回避した。

 タイミングは完璧だったので、樹の咄嗟の回避行動がなければ直撃していただろう。

 

「ちょこまかと……」

 

(確かに、これじゃあスパイダー人間と呼ばれてもいいわね)

 

 心の中で嘲笑し蓮華は樹にまたサーベルを向ける。

 

「よく回避した……と褒めてあげたいところだけど、この蓮華ばかり見惚れていても駄目よ」

「……!」

 

 その言葉に樹が気付いた頃には、銃剣と刀を平行に構える芽吹の姿が目前に迫っていた。

 

「ーーしまっ」

「弐斬り・"登楼(トウロウ)"!」

 

 武器二本を下から上へ樹ごと突き上げた。

 

「うあッ!」

 

 今度は糸によるものではない、樹は宙を舞う。

 

「"砂紋(サモン)"!」

 

 そして続け様に芽吹はジャンプして樹の上から銃剣と刀を振り下ろした。

 

「ーーぐッ、あッ!」

 

 一瞬で地面に叩きつけられ、樹の視界は半ば白む。

 

「……まずい。早くしなきゃ」

 

 小声で呟くと、樹は指を()()()()()向けた。

 

(何か仕掛けてくる……?)

 

 樹が指を向けているのは()()()()()()()()()が、その行動に身の危険を感じた。

 

(何かする前に、一気に片を付ける‼︎)

 

 芽吹は刀を鞘に収め、もう片方の手に持っている銃剣から手を離して地面に落とした。

 そして身を屈めて居合の型を取る。

 

「一刀流・居合ーー」

 

 樹にトドメを刺すーーかに思われたが、その刀が鞘から抜かれる事は無かった。

 

「!?」

 

 ーー突如、視界に"何か"が横切る。

 

 それが何であるかを確認するより先に、直感的に体が動き回避した。……でなければ芽吹の頭に直撃していただろう。

 

「ーーなっ、何を⁉︎」

 

 ……その正体は、蓮華が繰り出すサーベルの刺突攻撃だった。

 

「れ、蓮華さん⁉︎ 一体何をやっているんですか!」

 

 当然、芽吹は蓮華の行動に困惑している。

 

 ……しかし、

 

「ち……違う、わっ……!」

 

 一番困惑していたのは、蓮華本人だった。

 

「体が……ッ、()()()()()()()!」

 

「……え?」

 

 突然の事態に思考が追いつかない二人を、立ち上がっていた樹は眺めているだけだった。

 

「……蓮華、さん! 落ち着いて下さい! 一体何がッ⁉︎」

「この蓮華にも分からないのよ! 自分の意思とは裏腹にあなたに向かって攻撃してしまう!」

 

 芽吹に向かってサーベルを振り回す蓮華は、確かに思考と体が隔絶されているかのようだった。

 

「ーーくっ……! ちっ……」

 

 芽吹は刀一本で攻撃をいなし続ける。

 先程、居合を繰り出すために地面に落とした銃剣を拾うにも、蓮華の攻撃に阻まれ回収出来ない。

 

(蓮華さんが錯乱している訳じゃない。……だとしたら)

 

 樹の方を一瞥する。彼女は茫然と突っ立っているように見えるが、その手は不審な動きをしていた。

 ……まるで蓮華の行動と指の動きが連動しているかのように。

 

「……! 貴女、蓮華さんを操っているのね!」

「何ですって⁉︎」

 

「…………」

 

 芽吹の言葉に蓮華は頭だけ、後ろへ送る。

 樹は無表情のまま、淡々と答える。

 

「……気付くのが早いですね。その通りです」

「……!」

「これは"寄生糸(パラサイト)"。イトイトの能力で、相手をマリオネットのように操る技です。……私の実力では対象はひとりだけですが、この状況なら問題ありません」

 

 蓮華の体を糸で操り、芽吹との同士討ちを起こさせていたのだ。

 

「……さて、そういえばひとつ、言っておく事がありました」

「……?」

「"2体1"。少し気が引けますけど、悪く思わないでください……」

 

 そして樹は芽吹に接近して大きく手を振りかぶった。

 

五色糸(ゴシキート)‼︎」

「ーーッ‼︎」

 

 それを間一髪で避けた……が、その間を縫って入るように蓮華がサーベルを突き出す。

 

「避けなさい‼︎」

 

 体勢が万全では無かったため、蓮華の刺突が芽吹の肩を掠めていった。

 

「……ぅあッ!」

 

 しかし攻撃は止まない……。今度は樹の背中から五本の太い糸が出現し、頭上を大きく通り越して、芽吹に降り注いだ。

 

降無頼糸(フルブライト)!」

「ーーああああッ!!!」

 

 五本の内、三本が芽吹の体を貫いた。

 

「ーーがッ……っハッ……」

「ーークスノキィィィ‼︎」

 

 片膝を地面に突いた芽吹へ、なおも蓮華のサーベルが直撃した。

 

「……ッ…………ァ」

 

 後方へ吹っ飛ばされ、地面を滑るように転がる。

 

「……カァ……ハァ…………ァァ」

 

 か細い呼吸が口から漏れ出る。芽吹は仰向けのまま動けなかった。

 

「ミス…………クスノキ…………」

 

 蓮華は悔しさと情けなさで押し潰れそうだった。唇を力一杯噛み、血が滲み出る。

 

「……次はあなたでーー」

 

 その時、ピクッ と芽吹の指が動いた。樹は蓮華へ向けた手を一度下げた。

 

「まだ……動けるのですか?」

「…………」

 

 ゆっくりと体を起こしていく。

 

「ハァ、ァア…………ハァ、ァア……」

 

 今にも途切れそうな息をしながら、芽吹は立ち上がる。その両手はしっかりと刀を握り締めて。

 

「ミス・クスノキ……。申し訳ないわ……。この蓮華とした事が……」

 

 敵の術中にまんまと嵌り、味方を傷付けてしまった。……己の不甲斐無さに蓮華のプライドは砕かれ、崩れかけている状態だった。

 

「"私"はいつも……肝心なところでミスを冒す……。それも致命的なミスを……」

「…………」

 

 芽吹は無言のまま、刀を握り締めたまま構えている。

 

「……くっ、ぅぅ。ミス・クスノキ……。頼みがあるの……。こんな醜態を晒した上に、ボロボロのあなたへ頼み事をする恥ずべき私を……許してほしい……」

 

 今にも泣き出しそうな程の声色で話し続ける。

 

「……私を……止めて……。"殺して"でもッ」

 

 蓮華自身も、可能であるならば今すぐにでもーー。

 

「すみませんが……その頼みは聞けません」

「……え」

 

 疲労で下を向いていたため、芽吹の表情は窺えなかったが、確かに"頼みを聞けない"と言った。

 

「貴女は……歌野が気に入った人です。白鳥農業組合(わたしたち)の大事な仲間になる予定の人です。……殺しませんよ。……死なせませんよ」

 

 体が自由になれば、その責任に押し潰されて、"自害"しかねない予感がしたので釘を刺しておく。

 

 "未来の農業王"の仲間が、無駄に命を散らさないように……。

 

「でも……ちょっと痛い思いをするかも知れません。そこは我慢……願います……」

 

 そして息を整えながら、樹を睨み付けた。

 

「よく聞きなさい、七武勇。確かに貴女は強いわ。……乃木園子もそうだった……」

「……! 園子さんを知っているんですか⁉︎」

「……でもね、私は……犬吠埼樹(あなた)よりも……乃木園子(かのじょ)よりも"強い人"を知っている……」

 

 芽吹はいつも傷だらけになっている。ボロボロになりながらも戦い続けている。

 普通に考えれば勝てない勇者(相手)との戦い。……それでもなお、芽吹は決して屈しない。折れたりしない。

 

「貴女達よりも……どんな相手よりも……三好さんの方が遥かに強いわッ!」

 

 その剣幕に樹の背筋に悪寒が走った。

 

「確かに私より夏凛さんの方が強いです。でも、今のあなたでは夏凛さんはおろか、勇者部の末席を汚す私にさえ勝てません」

 

 それを聞いた芽吹は思わず笑った。

 

「ははっ……。"そういう意味"で言った訳じゃ無いけど。……でも……そうね……。今は取り敢えず、末席(あなた)にくらい勝てないと、到底掴む事も出来ないわね」

 

 ぐっ と足に力を込めて走り出す。

 

「ハアアア!!!」

 

 二人に近付いた所で、自分の足元の地面向かって刀を振り下ろす。

 刀が地面に接触した事で、砂煙が舞い上がった。

 

「……うっ、けほっけほっ。……砂煙が」

 

 死角からの攻撃を警戒して、蓮華を前に立たせた。

 

「くっ……」

 

 しかし、芽吹からの攻撃は来ず、煙はすぐに晴れた。

 

「……あっ!」

 

 そこには銃剣を拾い上げた芽吹の姿があった。

 

「……? 落とし物を拾ってきただけよ」

 

 すると芽吹は銃口から弾丸を放つ。

 

「……! 五色糸(ゴシキート)!」

 

 蓮華を操っていない手の指から糸を出し、弾丸を切った。

 

「言い訳にしかならないけど……。やっぱり銃剣(これ)だと攻撃力は劣るわね」

 

 薄ら笑いを浮かべて芽吹は構えを取る。

 

「蓮華さん。今暫く待っていて下さい」

「……!」

「貴女を助け、彼女を倒しますから。…………白鳥(ホワイトスワン)農業組合(のうぎょうくみあい)がひとり……楠芽吹の名に懸けて」

 




 芽吹は二刀流で「鬼斬り」を放っているので、左右に逃げ場は無いが上方向への回避は可能。樹は即座に判断して宙に浮いて回避しました。……樹って意外と戦闘センスあるな。そして怖いよ。


次回 邪魔をするな!


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第四十八話 邪魔をするな!

 拙稿ですがよろしくお願いします。奴は……能力はドフラミンゴで、趣味がホーキンスで、将来の夢はウタで、中の人はうるティで…………混ざりすぎだろ!


前回のあらすじ……ではない

樹「お前よォ! ウチのフーたんナメたらシバキ倒すぞ、ああん⁉︎」
風「樹……?」
樹「あちき達の邪魔する奴は全員、シバくでありんす‼︎」
芽吹「……キャラ崩壊も甚だしいわね」
樹「農業王になるのはカイドウ様に決まってんだろ! ウルトラ馬鹿野郎‼︎」
蓮華「中の人繋がりってやつだわ……」



 芽吹は銃剣と刀をそれぞれ手に持ち、蓮華と対峙する。

 樹に操られている蓮華もまた、サーベルを片手に芽吹に向き合っている。

 

「「………」」

 

 芽吹は真剣な表情で"相手"が動く瞬間を見極める。

 蓮華もまた、芽吹に自分の行く末を託す。体が言うことを聞かない今、芽吹を信頼するしか手は無い。

 

 二人共、武器を構えたまま時間だけが過ぎていく……。

 

 ーーしかし次の瞬間。

 

「「ーーッ‼︎」」

 

 樹が指を不規則に動かし、それにより蓮華の体が連動して芽吹に突撃した。

 芽吹も"樹"の動きに瞬時に反応して蓮華へ突っ込んだ。それ故、蓮華と芽吹は同じタイミングで走り出した事になる。

 

「ハアアア!」

 

(ミス・クスノキ。あなたのお陰で、生きる事を諦められずに済んだ。生きて、"皆"との再会を果たさねばならないのに…………私はっ)

 

 弱気になっていた自分の心を無理矢理奮い立たせる。

 

(頼んだわよ! "楠芽吹"!!)

 

 サーベルが銃剣と刀に衝突して甲高い金属音を鳴らし火花を散らす。

 蓮華の持っているサーベルは超軽量のプラスチック製で出来ているのだが、『カネカネの野菜』の能力により材質を"鉄"に変化させている。

 よって、プラスチックから金属音が響くという不可思議が現象が起こっている。

 

「ーーハア‼︎ ーーセイッ‼︎ ーーフゥッ‼︎」

 

 縦、横、斜め……と激しく両者の武器が触れては離れ、当たっては弾かれを繰り返す。

 

「ミス・クスノキ。私が能力を解除すればサーベルはただの棒に戻る。そうすれば私を無力化できるからーー」

「その必要はありません。解除しなくて結構です。……武器が無くなったら"彼女"を斬る事が出来なくなるでしょッ」

 

 蓮華は後ろに迫る気配を感じた。そして、振り返る必要もなくその気配の対象が視界に入る。

 

五色糸(ゴシキート)!」

 

 繰り出される五色の糸を芽吹は膝を折り曲げて回避する。さらにその状態から樹目掛けて平行に持った武器で横斬りを繰り出す。

 

「弍斬り・"(ヒラメキ)"ッ」

 

 ーーしかしその刹那、樹が蓮華の体を引き寄せて、芽吹と自分の間に割り込ませた。

 

「ーー⁉︎」

 

 芽吹は咄嗟に刀の刃先を反転させて、蓮華の体に棟の部分を当てた。

 

「ーーウッ!」

 

「今……咄嗟に刃で斬る事を躊躇いましたね」

 

 樹はそう呟くと背中から太い糸を出現させ、あの時と同じように頭上から芽吹を狙う。

 

降無頼糸(フルブライト)‼︎」

 

 芽吹は自分に降り注ぐ糸を視認してすぐ、横に飛んで回避した。

 

「……ハッ、ハァ……ハァ……」

 

 四つん這いの状態で息を整えるーー事も出来ず、飛んできた樹の蹴りを両手の武器でガードし、反動で吹き飛ぶ。

 

「ぐっ……カッ……フッ」

 

 転がりながらも、その勢いを逆に利用して無理矢理起き上がった。

 

「ーークスノキッ‼︎」

 

 起き上がってすぐに蓮華の刺突が目の前に迫る。それを上半身を仰け反らせる事で頭部への命中を回避する。

 

(駄目ッ。後手後手に回ってはーーッ)

 

 反り返っている上半身を起こす際、大きく勢いをつけて刀と銃剣を逆手に持ち替えて振り下ろす。

 

「ーー"魔熊(マグマ)ッッ‼︎」

「ぐぅあッ‼︎」

 

 その攻撃を受けて蓮華が怯む。

 

 そして芽吹は蓮華と距離を取って息を整える。

 

(よ……ようやく……ひと息、つけられる……わね……)

 

 呼吸を整える最中、蓮華の後方にいる樹が遠ざかっていくのが見えた。

 

「休むのは構いませんけど、切り刻まれないように注意してください」

「……っ!」

 

 忠告と同じタイミングで後ろを見ると、鳥カゴがすぐ後ろまで接近していた。

 樹が芽吹から遠ざかる事で、鳥カゴの端が近付いてきているのだ。

 

「地味な嫌がらせを……」

「これで終わりにします」

 

 そう樹が口にした途端、蓮華はサーベルを鞘に仕舞い、少し体勢を低くした。

 

「……! これは‼︎」

 

 芽吹と蓮華はすぐさま、居合の構えをとっている事に気付いた。

 

「これで決着とします。あなたの自慢の技……でしたね? 確か名前は……『(かぶら)矢筈斬(やはずぎ)り』」

「ーーッ!!!」

 

 蓮華の居合による高速斬撃を樹は再現させ、芽吹を倒すと宣言する。

 

「……その名を……」

「……?」

「その名をお前が口にするなッッ‼︎」

「……蓮華さん」

 

 蓮華が声を荒げて明確に怒りを露わにさせる。

 

「鏑矢に所属していた頃……『カネカネの野菜』の能力を応用して作り上げた速斬り。この技の()()()()は『鎮魂歌(レクイエム)・ラバンドゥロル』! "あの人"の居合を真似て、なおかつそれよりも速さに特化させた"この蓮華"の得意技!」

 

 動かない体に力を込める。通常の糸なら簡単に引き千切れてしまう程の力を……。

 

「その剣技を賞賛して鏑矢の仲間が付けてくれた通称は『鼻唄三丁(はなうたさんちょう)矢筈斬(やはずぎ)り』! ……当時、お笑いの勉強の一環で落語を嗜んでいた()()()()()()()()()()()()のよ!」

 

 

『ーーロックの速斬りはアレやなぁ。まるで『鼻唄三丁矢筈斬り』みたいやな』

『何ですかそれ?』

『知らへん? あんな、酔っ払いが侍に斬られるんやけど、あまりにも速いいうて見事な太刀筋でな。斬られた側は全然気付かへんねん』

 

 蓮華の速斬りを見た桐生静は、当時の自分の趣味だった落語の演目と蓮華の技とを重ね合わせていた。

 

『へええ‼︎ 確かにレンちの技も速過ぎて気付かない事ありますよね!』

『せやロック、名前変えへん? レク……なんとかよりこっちの方がカッコええ名前やわ』

『うんうんっ。シズ先輩の言う通りだよ!』

『……二人がそう言うなら』

『あーでも、名前長過ぎひん? もっと短い方がええなっ』

『確かに! 折角速いんだから、こう……ズバッと短く言い切りたいよね!』

 

 そこで、静は蓮華の技に新たな名前を付けた。

 

『ひらめいた! "(かぶら)矢筈斬(やはずぎ)り"ってのはどうや?』

『"(かぶら)矢筈斬(やはずぎ)り"?』

『ウチらの組織の名前、鏑矢に因んだものやで』

 

 『鏑矢』とは、昔の戦の際に合図として用いられた音の鳴る矢の事である。

 この矢を放つ事で、味方への作戦の合図や、戦いの始まりの合図を知らせる事が出来る。つまり、()()()()()()()()の合図として用いられていたのだ。

 

『戦闘開始の合図があった……と思ったらもう斬られてた! そんな意味が込められているんですね! シズ先輩!』

『せやで。……ええ名前やろ?』

『確かに……良い名前ですね』

 

 

 ーーこうして蓮華はこの高速斬撃を『(かぶら)矢筈斬(やはずぎ)り』と呼ぶようになった。

 

「ーー何も知らないお前なんかにその名を使われたくはないわッ!!!」

 

 しかし樹は、蓮華の言葉を無視するように居合の構えを継続させる。

 

「ミス・クスノキ! この蓮華がどうなっても構わない! ……この偽物の技を、叩き斬ってしまいなさい‼︎」

「勿論です。他人に操られて繰り出す技が……至高である筈が無いッ。本人の意思で、本人の体で放ってこそ、その技は極限まで研ぎ澄まされる!」

 

 芽吹は銃剣を地面に置き、刀を両手で握る。

 

「"自由"を奪われたその状態でッ、その剣でッ、本当の強さを引き出せる筈が無いッ‼︎」

 

 ーーその瞬間、二人は猛スピードで走り出し、交錯する。

 

「うおおおおおおおおお!!!」

 

 芽吹は走りながら、地面に散らばる焼け焦げた木材や瓦礫に刀の刃を這わせる。

 すると、煤を纏った芽吹の刀からボッと火が上がった。焼け焦げた木材や瓦礫が、刃と接した摩擦により火が点いたのだ。

 

「一刀流ッ!」

 

 芽吹は摩擦により発火した火を刀に纏い、上段の構えから一気に振り下ろした。

 

「"飛龍(ヒリュウ)火焔(カエン)"!!!」

 

 火を纏った刀は蓮華を焼き尽くすーーそう樹には見えた。

 

「そんなっ⁉︎ これじゃあ彼女の命は……ッ」

 

 しかし、実際に斬られた(焼かれた)のは蓮華ではなかった。

 蓮華はその場に力無く倒れ込む。

 

「私が斬ったのは貴女が作った"糸"よ‼︎」

「……!」

 

 地面に転がった銃剣をまた拾い上げる。

 

「糸を焼き斬るなんて……そんな事ありえません! ましてや……」

「"勇者でも無いのに"って言いたいのかしら?」

 

 走り、樹との距離を一気に詰める。

 

「とんだ妄想癖ね。……()()()勇者ひとりの能力、どうにも出来ない方が、私には不条理なのよ‼︎」

「……ま、まだ2体1の状況が終わったわけではありませんっ。ーー影騎糸(ブラックナイト)‼︎」

 

 体から出した無数の糸を束ねて、人型を構築させる。そしてそれは、樹そっくりな『糸人形』へと変化した。

 

「デュオ・五色糸(ゴシキート)ォーーッ‼︎」

 

 二人の樹が芽吹に殴りかかる。

 

「ーー荒廃の自我(エゴ)、斬り裂けり」

 

 芽吹は一瞬だけ止まると、膝を落として刀を鞘に、銃剣を腰の位置まで下げる。

 

「二刀流・居合」

 

 不思議と周囲の状況がゆっくりに見えた。相手の動き、間合い、そこから自分がどう斬るかを、頭の中で明確にイメージする。

 

「 "羅生門(ラショウモン)"!!!」

「ーーうわあぁぁあ‼︎」

 

 糸人形と本体……二人の樹を同時に斬り伏せた。

 

「…………っ」

 

 樹は地に背をつけて倒れ込み立ち上がる気配はない。

 

「……ハァ、……ハァ」

 

 緊張が途切れ、ゆらゆらと重い足取りで蓮華の元に向かう。

 

「立てますか……?」

「ええ。……けど今はもう少しだけこのままで居させて……」

 

 蓮華は横になったまま、芽吹を見上げて笑う。

 

「ミス・クスノキ。あなたにはとんだ苦労をかけたわね。……情けない姿も晒してしまった」

「別に良いですよ」

「この蓮華としては良くないわ。……貴女たちとの初陣なのに」

 

 蓮華にとっては、歌野たちと行動を共にしてからの初めての戦闘だった。

 

「屈辱だわ」

「同じですね」

「同じ?」

 

 芽吹もまた歌野たちと行動を共にした際の初戦闘で、夏凛に叩きのめされた事を思い出した。

 

「私もみっともない初陣でしたよ。情けない醜態を歌野達に晒してしまいました」

「フッ。お互いに、初陣というものは中々上手くはいかないようね」

「ええ。相手が相手……でしたからね」

 

 二人はお互いに小さく笑う。芽吹にとってはあの戦いも今や必要な経験値である。

 ……己を見つめ直すために必要な。

 

「でもだからこそ、その屈辱を糧に、私は強くなれたんです。……そしてこれからも強くなれるんです」

 

 そう言った芽吹の眼は力強く、これからの更なる成長を予感させるものだった。

 

「フッ。そうね……転べばまた立ち上がればいい。これも、この蓮華にとっては必要な経験値、かしらね」

「はいっ」

 

 蓮華は上半身を起こして、ゆっくりと立ち上がる。

 

「ーー‼︎」

 

 しかし、蓮華は立ち上がったまま静止した。

 

「……? どうしたんですか?」

「……っなんで」

 

 ()()()()()()()()、蓮華は驚き微動だにしない。

 つられて芽吹も空を見上げる。

 

 ーーそこには、彼女たちを閉じ込め続けている糸の檻があった。

 

「……嘘……」

「どういうこと、なの……」

 

 二人同時に、この事態に驚愕した。

 

「「鳥カゴが、消えてない……⁉︎」」

 

 その時、無数の糸が芽吹に襲いかかり、体を絡めとる。

 

「うあッ‼︎」

「ミス・クスノキ⁉︎」

 

 そして、糸が出ている方向を見ると、樹がむくっ と起き上がっていた。

 

「……⁉︎ 彼女、まだ……⁉︎」

「ハァハァ……時間さえあれば……、私は自分で応急処置、できます」

「なっ……⁉︎」

「ハァ……ハァ……。い、今……私の体は糸による"修復作業"が行われ、今の戦闘で負った傷を治しているんです」

 

 呼吸を荒げながらも、樹は体に付けられた傷を糸で縫い合わせていく。

 よく見ると、今まで付けた刀傷も塞がり、出血も止まっている。

 

「……回復とは違いますが……能力は、使いようです……」

 

 体の自由が利かない芽吹は歯軋りする。

 

「くッ……。これだから勇者は……タフ過ぎるのよッ」

「それはあなたも大概ですよ……。ーーうッ!」

 

 途端、樹が口元を押さえてふらついた。

 

(言って彼女も、もう限界。……あと一撃あれば)

 

「あなたたちは強いです……が、このまま私も終われません」

「ーーぐがっ!」

 

 糸が徐々に締め付けてくる。とうに限界を迎えている芽吹の体は、ミシミシと悲鳴を上げ始める。

 

「勇者として、あなたたちをここに留め続けます! もうこれ以上、お姉ちゃんの邪魔はさせません!」

「ーーッ!」

 

 その言葉に反応して芽吹は声を荒げた。

 

「違うッ! 貴女達が、私達の邪魔をしてるのよッ‼︎」

 

 糸が体に食い込み、そこから血が滲み出すのが見えた。

 

「あまり力を入れ過ぎると、手足がちょん切れます」

「別に良い……わ。貴女を倒せるのなら、手足の一本や二本、あげるわよ……。でもね、絶対にあげられないものがある……!」

 

 力を振り絞り、糸の呪縛に抗い続ける。すると芽吹の体が少しずつ自分の意思で動き始める。

 

「……⁉︎ 糸の拘束を⁉︎」

「貴女達が……私達の()()()()にいるから……立ち塞がっているのよ……!」

 

 糸が皮を破ってもなお、力を緩めない。

 

「貴女とこの"鳥カゴ"が……私には邪魔だッ!」

 

 糸が肉に刻み込まれる鈍い感覚を、歯を食いしばりながら耐えーー

 

「私達のォォ邪魔をするな!」

 

 体に巻き付いた糸を力一杯引っ張り込む。

 

「ーーうわぁっ」

 

 引き寄せた樹に肘打ちを食らわせた。

 

「ーーかッ!」

 

 樹は腹部を押さえ膝をつく。

 

「……っ……ぅ」

 

 芽吹は最後の力を出し切り、地面に前のめりで倒れた。

 

「まだ……こんな力が……、あなたの方がよっぽど危険でした……」

 

 樹ももう立ち上がるだけの余力はない。いくら糸で体に付いた傷を治しても、体力は回復しない。

 

「……それはどうかしら?」

 

 倒れながら芽吹は笑みを浮かべた。……勝利の笑みを。

 

「…………あ、ああ……」

 

 視線の先には、サーベルと鞘を手に持った蓮華の姿があった。

 

「い、一体……"いつ"……?」

「"いつ"、ですって? ……それを教える義理があるのかしら?」

 

 蓮華は一歩ずつ、芽吹の元へ歩み寄る。

 

「……でもそうね。あえて言うなら……()()()()()()()()、かしらね」

「そ、そんな……」

 

 

「ーーさよなら。(かぶら)矢筈斬(やはずぎ)り!」

 

 カチンッ とサーベルを鞘に完全に収めたその時、樹は斬られ地面に倒れる。

 意識が途切れる間際に見えたのは、自分を見下ろす蓮華の、充足感に満ちた表情だった。

 

 

 

 ……そしてようやく、彼女たちを閉じ込めていた"鳥カゴ"が、うっすらと消えていった……。

 




 『カネカネの野菜』の能力を使えば、ただの紙切れで人を撲殺できる。重量はそのままなので紙一枚で石も砕ける。不思議な感覚だ。
 イメージとしては『ヒラヒラの実』の逆バージョンかな。


次回 勇者部部長 犬吠埼風


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第四十九話 勇者部部長 犬吠埼風

 拙稿ですがよろしくお願いします。
 芽吹&蓮華VS樹は終わり雪花VS風に入ります。


前回のあらすじ
 芽吹の奮闘により蓮華は樹の繰り出す糸の束縛から解放。そして二人の連携により樹を撃破し鳥カゴは解除された。


 芽吹と蓮華は消えていく鳥カゴを眺めていた。

 鳥カゴの消失はつまり、樹との戦いの決着を意味する。

 二人は大きく息を吐く。ようやく、この息のつまりそうな空間から脱却する事が出来たのだ。

 

「久しぶりに青空を見た気がするわ」

「そうですね。……でも、もうすぐ日が暮れそうです」

 

 東の空を見ると少し薄暗くなっていた。もう少し経てば、空は夕焼けに染まり夜の帳が下りてくるだろう。

 

「ミス・クスノキ。こっちの戦いは終わったけど、地下へ行く?」

 

 そう尋ねられた芽吹は、上半身だけ起き上がった。

 

「いえ、待つ事にしました。今から行っても恐らく無駄でしょう」

「そうね。……流石にこの蓮華も……疲れたわ」

「はい……」

 

 二人は地下への入り口を見つめる。

 

「後は歌野達に任せます」

「そうね」

 

 そんな二人に、どこからともなく音が聞こえてきた……。

 

 

 ーーカラーンカラーン

 

 

 

 

 

 

 

 ーー少々時間は遡り、地下へ降りた歌野、雪花、水都は扉の前で立ち尽くす風に追いついた。

 

「見て歌野!」

「ええ。追いついたわっ」

 

「……‼︎」

 

 風は三人へ振り向いて若干顔を歪めた。

 

「もう追いついてきたのね」

 

 水都は風が扉の前で立ち尽くしているのを見て察する。と、同時に歌野と雪花も、風が扉の先に進めない事に気付いた。

 

「ちょっとどいてねー」

「ーー!」

 

 扉の前にいた風へ、雪花が槍で攻撃を仕掛けた。風はその攻撃を避けて扉から離れる。

 その間に、歌野と水都は扉の前に立つ。

 

「このドア、クローズしてるのねっ。みーちゃん、キーある?」

「鍵は入り口を開けたこれ一本だけだよ」

 

 水都は鍵穴に差し込んで解錠する。

 

「よしっ。オープンして先に進みましょ」

 

 雪花はそのやりとりを横目に、風と対峙している。

 

「そっかー。上で妹さんが足止めをしてくれたけど、いざ来たら鍵が閉まってて困ったー。って事だね」

「……」

 

 風は何も答えなかったが、どうやら図星の様だ。

 

「あれ? ちょっと待って」

「みーちゃん?」

「扉……開かないよ」

「ええ⁉︎」

 

 水都がいくら押したり引いたりしても扉はびくともしない。開ける者もおらず、手入れもされずで開け辛くなってしまっているようだ。

 

「代わってみーちゃん」

「うん」

 

 歌野が力一杯ドアノブを引っ張りこむ。が、開かない。逆に力一杯押してみた。

 

 ……すると、ギィ と錆び付いた鈍い音を立てて扉が開いた。

 

「このドア、建て付けがバッドなのねっ」

「しかも開き方が上とこっちとは逆なんだ……」

 

 当然だが、地下への扉の場合は内側に開くように出来ている。しかしこちらの扉は逆に外側に開くもののようだ。

 

「単純な事なんだけど、緊急時にはちょっと手間だね」

「よしっ。行きましょ!」

 

 扉の先へ進もうとするが、足を止めて雪花の方へ振り返った。

 二人の視線に雪花は少し口角を上げて応える。

 

「歌野、水都ちゃん。先に行って取ってきてくれない? 私は彼女の相手しておくからさ」

 

 扉が開いた以上、当然風も勇者御記(ポーネグリフ)を奪いに先を急ぐ。ならば、誰かが風の足止めをしておく必要がある。

 

「オーケー、分かったわっ。雪花、後で会いましょ!」

「よろしくお願いします」

「うんうんっ」

 

 二人は扉を開けたまま走り出す。それを雪花はわざわざ閉めてから風に向き合う。

 

「……? なんで閉めたの? あたしを完全に止めるなら鍵を掛けとけばいいじゃない」

 

 疑問に思っている風に、雪花は笑みを浮かべた。

 

「歌野はね、多分私が追いつくと思ってるから開けたままにしたんだと思うよ。水都ちゃんもね」

「は? なら余計閉める必要無いじゃない」

「それはこの戦いを誰にも見られたくないからなんだよねー」

「……?」

 

 雪花は槍を握る手に少しだけ力を込めた。

 

「きっと引いちゃうから」

 

 そして槍の穂先を風に向けたまま、走り出す。

 

「ーーはああ‼︎」

 

 雪花が繰り出す槍の刺突を風は大剣でガードする。

 

「そらァ!」

「……っ!」

 

 大剣を力一杯振り払って、雪花を吹っ飛ばす。しかし雪花は飛ばされながらも槍を風に向かって放り投げる。

 

飛翔する槍(オプ・ホプニ)!」

 

 風はガードせず後ろに下がって避けた。投げられた槍はそのまま床に突き刺さる。

 着地した後、すかさず床に突き刺さった槍を軸に回転しながら蹴りを放つ。

 風は再度、大剣でその攻撃をガードする。

 

「……なるほどね」

「? 何が」

 

 風は雪花の身のこなしから歌野に戦いを任せなかった事に納得する。

 

「あんたがここに残った理由よ。一人の方が楽だもんね」

「……?」

「黒っぽい髪の彼女。地上で戦った時に受けた攻撃、全然大したこと無かったのよ。おそらく、あんたたちの中で()()()()んでしょ?」

 

 雪花はそれをただ聞いていた。

 

「だから二人を先に行かせた……もうひとりは見るからに戦力にならなさそうだしね」

 

 雪花は下を向いて考える。

 

(そっか……。もしかしたら歌野の腕はまだ完治には至ってないかもね)

 

 本来ならば、歌野の攻撃力が自分より劣っている筈がない。しかし、腕の件がある。彼女はまた虚勢を張ったのか……それとも痛みがぶり返すのを嫌がって力を抑えたのか。

 

 どちらにせよ、雪花がひとりで戦うと口にしたのは、別にそんな理由ではない。

 

「さっき言ったよね? "引いちゃうから"ってさ。……私の戦いはね、あんまり仲間に見られなくないんだよ。ほんっといまさらって感じなんだけど」

 

 雪花が俯きながらも口だけは笑う。

 

「あんた、何言って……」

「すぐにわかるよ」

 

 その時、風は違和感を覚えた。いや、違和感と呼べる程のものではないのかもしれないが。

 

「……?」

 

 辺りを見渡しても景色は変わらず地下のまま。しかしこの拭えぬ違和感は何なのだろうか……。

 

「さっきさー、歌野の事をディスってたよね?」

 

 俯いているのと、眼鏡を掛けているのと相まって雪花の目元は伺えない。

 

「嘆かわしいね」

「あんた……さっきから何をブツブツ言ってんの?」

「貴女の敗因はそのせいになるんだから」

「ーー⁉︎」

 

 一瞬、風の体に寒気が走った。そして振り返るとすぐにその原因に辿り着く。

 

「……お、姉……ちゃ……」

「い……つき……?」

 

 風は言葉を失った。目の前にいるのは全身を紅く血に染めた妹が立っていたからだ。

 

「た……すけ……」

「樹!!!」

 

 雪花の事など忘れて歩いてくる樹に駆け寄り抱き寄せた。

 

「どうしたの⁉︎ ねぇ! これどうしたのよ‼︎」

 

 樹から止まらず流れ続ける血液は、床を真紅に染めていく。

 

「やられたの⁉︎ あいつらに……⁉︎」

「あっ……ぁぁ……」

 

 痙攣している指先で風を呼びさす。

 

 

 

 

ーーお姉ちゃんのせいだよ

 

「ーー!!?」

 

 

 

 ーーそして……()()()()()()()()

 

 仮初の世界はひび割れ、跡形も無く崩れ去っていった。

 

「……ぁ……ああ……」

 

 先程まで目の前にいた樹らしき物体もまた、空想の世界に帰る(消える)

 

「んー? どうしたのかにゃぁ?」

「……っ……ぁ…………」

 

 今起こった事象に頭の整理は追い付かない。

 

()()()()()()()()()()()()()……って夢でも視たのかにゃぁ?」

 

「ーーッ! ァァァァアアアアアアアア!!!」

 

 風は頭を抱えて叫んだ。夢の中(さっき)の感覚が脳裏に焼き付いて離れない。

 

「樹にッ……! 樹の元に行かなきゃ……っ」

 

 血液の生暖かい感触。蒼白と化す妹の顔。憎悪を宿して呟いた言葉。

 

 ……その全てが風を心を薄暗い沼の底へと引き摺り込む。

 

「ひょっとして戻ろうとしてる? だったら最初から妹さんと二人でいればよかったんだよ」

 

 背中を向けている風を槍で斬りつけた。

 

「ァガッ!」

「まぁ、今から行っても遅いか……。あの二人は私より強いからねー多分」

 

 風は背中の痛みに歯を食いしばり、雪花へ振り向いた。

 

「さっきのは……オマエかッ……⁉︎」

「うん。私の能力だよ」

「このォォァアアアアアアア!!!」

 

 怒りに身を任せて大剣を振り回す。

 しかしそれは雪花には届かず空を斬る。錯乱した風はもはや自分と敵の間合いすら掴めていない。

 

「にゃっはは……どこ狙ってんのさ」

 

 雪花は空を斬り続ける大剣の隙間を縫って入り込み、風を槍で突き飛ばした。

 

「ーーガァッア!」

 

 呼吸を取り乱し風は大の字で床に転がる。

 

「大した事ないのは貴女の方だよ。勇者部(七武勇)部長(リーダー)さん」

 

 柄の部分で立ちあがろうとする風を殴り付け、さらに右足でローキックを放つ。

 

「懸賞額はメンバーの中じゃ結城友奈や三好夏凛に次ぐ"三番手"。リーダーの癖にね」

 

 風を追っている最中、参考までに水都から情報を得ていた。彼女は七武勇のリーダーであり、懸賞金額は『444万ぶっタマげ』である。

 そこに雪花は違和感を覚えた。

 

 歌野がそうであるように、リーダーの懸賞金額はそのチームのメンバー内で一番高い筈なのだ。にも関わらず、風は夏凛や結城友奈より劣っている。

 

「って事は貴女よりその二人の方がよっぽど脅威ってわけさ。大社にとってはね」

「…………あ?」

 

 風は雪花を睨み付けた。しかし雪花は動じる事なく槍撃を繰り出す。

 

「ひょっとして結城友奈が()()()()()()だったり……とか? 自身がリーダーとして矢面に立つ事で身代わりを演じようとしてるーーとかッ⁉︎」

「ンガッ!」

 

 風は自身の持つ武器の重さに翻弄され、雪花の攻撃をいなせない。

 

(剣が……重いっ……)

 

 風は半ば錯乱状態に陥っていた。普段は使い慣れている筈の大剣がより一層重く感じられる。能力も使っている余裕が無い。

 

幻想の揺籠(ピリカ・シンタ)

 

 そう雪花が呟くと、風の視界が一瞬揺らいだ。

 

「な……に……? これ……」

 

 地震でも起こっているか、または目眩が起きたのか、地面が揺れている。

 すると、風の体は上下真っ逆さまになり、そのまま頭から下へ落ちていく。

 

「……⁉︎ ちょ! 一体何なのよ‼︎」

 

 まるで数百メートルの高さのビルから落ちるような感覚。

 

「うわああああああーー!!?」

 

 引き裂かれるような風圧を全身に浴び、地面に到達する事なく落下し続ける。

 

「ッ!!!」

「……っていう夢でも視たのかにゃぁ?」

 

 ーーそして唐突に、その"夢"は終わりを告げた。

 

「ハッッ⁉︎ …………ハァ、ハァ」

 

 目を見開いた風は跪いた状態で呆然と辺りを見渡す。全身は汗びっしょりになっていた。

 

「スカイツリーから落っこちたような夢視た気分?」

「…………」

 

 風の体は震えたまま動けずにいた。

 

「まぁいいやー、じゃあ……終わりにするね」

 

 頭上に掲げた槍を、そのまま風に降ろした。

 

「ぐぅああッ!」

 

 左肩から斬りつけられ、風は仰向けで倒れた。まだ意識がハッキリとしていないのか、半ば放心状態に陥っている。

 

「……終わったね」

 

 心ここに在らずの状態の風を見下ろしていた雪花は失笑混じりに呟く。

 

「七武勇のリーダーといえどこの程度。……()()()()()()()()()()勝機はあったかもね」

 

 実際、彼女と正面から戦えば雪花に軍配が上がる事はなかっただろう。しかし、雪花には『ユメユメの野菜』の能力がある。

 風は、能力を宿らせている雪花の槍を戦いの中で何度も目にしているので簡単に夢へ誘う事ができた。

 だから雪花はひとりで風と戦うと言い出した時に、歌野や水都も反対しなかった。

 雪花なら勝てると信じていたからだ。

 

 相手がどんなに強くとも、()()()()()()()、雪花には太刀打ちできない。

 

「……!」

 

 風に背を向けて歩き出そうとする雪花の足を掴んだ。

 

「……どこ……行こうとしてんのよ」

「……」

 

 雪花の足を強く握りしめる。

 

「ふーん……まだやるんだ?」

「あたしは……まだーー痛ッ!」

 

 雪花は掴んでいる風の手を、反対側の足で踏みつけた。

 それでも風は離さず、むしろ力を込めて引っ張った。

 

「やらァァ‼︎」

「ウッ!」

 

 足を引っ張り込まれ、腰を低くした雪花の顔に頭突きを放つ。

 

「……いっ、つつ」

 

 涙目になり赤みがかった鼻を押さえる。

 

「……随分痛ぶってくれたじゃない! おかげで頭が冴えたわよッ! それにッ、あたしのこと侮辱されて相当キてんのよッッ‼︎」

 

 風は大剣を握りしめ、雪花に振りかかる。

 

「ちゃああああああ‼︎」

 

 雪花はそれをヒラリと避ける。

 

「しつこいにゃぁ……。だったら……またトラウマものの夢でも視させてあげるッ!」

「ーーッ‼︎」

 

 槍を一直線に投げ飛ばした。

 

飛翔する槍(オプ・ホプニ)ィィーー‼︎」

「うぅりやぁぁあああ!」

 

 飛んでくる槍を大剣で払い退けた。

 

(馬鹿丸出しっ)

 

 雪花はほくそ笑む。風は飛んでくる槍を見て大剣で払い退けた。

 

(同じ七武勇でも、槍を見ずに戦ってた乃木園子(誰かさん)とはえらい違いだよっ)

 

「ううおおおおおおおおッ!!!」

 

 風は叫びながら、丸腰の雪花目掛けて走りだす。

 

「遅いよっ……終わりだよ! ーー幻想の揺籠(ピリカ・シンタ)‼︎」

「!!!?」

 

 その瞬間、風は大剣を構えたまま前のめりで倒れたーー。

 

「…………」

「にゃっはっはっは! いくら凄んだところで、貴女じゃあ私の能力にはーー」

「勇者部部長の覚悟ッ! ナメんじゃないわよォォ!」

「えッ?」

 

 何が起こったのか分からないまま、気付けば雪花の身体は吹っ飛ぶ。

 

「"モアモア・100倍速斬り"ーーーッ!」

 

 風の大剣により斬られた(吹っ飛ばされた)雪花は、一瞬にして壁に叩き付けられた。

 

「ーーッ⁉︎ がはッッア‼︎」

 

 猛スピードで壁に激突した衝撃で、身体の節々が悲鳴を上げた。

 

「……か……っ………なん……っで……?」

 

 立ち上がる事が出来ない雪花は恨めしそうに風を見上げた。

 

 ーーそして気付いたのだ。

 

「いっ……つつ」

 

 風の左眼からは、痛々しく血が流れている。

 

「まさか…………()()()()?」

「…………」

 

 風は必死に探していたのだ……雪花の能力のカラクリを。そのために二回目は特に抵抗はせずあえて術中に掛かった。そして雪花の能力のトリガーが槍である事に気付いた。

 

 ……ではその対処はどうするのか?

 

 風には園子のような相手の気配で攻撃を見切るような芸当は持ち合わせてはいない。

 

 ……だからこうするしか無かった……。

 

 音ならば鼓膜をーー。匂いならば鼻をーー。味なら舌をーー。

 

 そして今回は……"眼"だった。

 

「……いったすぎて()()()()()()わよ」

 

 風は前のめりに倒れた時、大剣の刃が()()()()()()()()仕向けていた。そうする事で意識が無くなれば、体勢は崩れ持っていた大剣で自分を傷付けて眠気を飛ばすーーその算段だったのだ。

 

 そして皮肉にも、刃は左眼を傷付け、その激痛で眠気を払い退けた。

 

(嘘……でしょ? 私の能力を封殺するために……片目を犠牲にするなんて)

 

「これが……あ、たしの覚悟よ……。ハァ、ハァ……しょ、勝負あったわね」

 

 そして風は、重い足取りの中、扉を開けて先を急いだーー。

 

 

 

 

「…………」

 

 ひとり取り残された雪花は、風が開けた扉の先を見る。

 

「……あー嫌だなー。油断して敗けたぁなんて……二人になんていえば良いんだろ。敗けちゃってごめん……かな?」

 

 周りに誰もいない中、ひとりで言い訳をし続けた。

 

「あと一歩だったんだけどねー。いやー、お互い良い勝負だったんだから。まさに死闘って感じでさー。あっ、傷はもう大丈夫だからさー。……とかかな?」

 

 静かな地下で呟いた独り言はただ……虚しく消えていく。

 

 

 

 

 

「…………あークソ。何やってんだろ私。…………みっともない」

 

 目に涙を浮かべ歯を食いしばり、己の不甲斐なさを呪った……。

 




 【悲報】風先輩が隻眼になりました……。

 そして、京都での戦いもあと少し。


次回 恨みっこなし


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第五十話 恨みっこなし

 拙稿ですがよろしくお願いします。原作アニメで、風先輩が眼鏡をかけているシーンがありましたが、あれは雪花対策なのです(笑)


前回のあらすじ(?)
風「催眠の能力使いの対策に今度から眼鏡を掛けることにしたわ」
樹「それでどうして瓶底眼鏡……?」
風「乃木から貰ったのよ……。優等生に見えるんよ〜って」



 廊下を走り、地下施設の最奥部の部屋に来た歌野と水都はすぐさまガラスケースの中に保管されてある紙切れを発見する。

 

「えいやぁ!」

 

 歌野はベルトを振るってガラスケースを壊す。ガラスの破片で手を切らないように中身を取り出して水都に手渡した。

 

「はいこれ、みーちゃんが持ってて」

「ありがと、うたのん」

 

 水都は受け取った紙切れーー勇者御記(ポーネグリフ)を四つ折りにしてポケットの中に仕舞った。

 気にはなるが、文字が読めない以上ここに留まってはいられない。

 

「すぐに戻ろう。中身の確認とかは帰ってからでいいから」

「そうねっ。雪花も待たせてあるし、芽吹と蓮華さんに至っては首をロングにして待ち侘びてると思うわっ」

 

 水都は念の為、他に物がないか辺りを見渡すが、勇者御記(ポーネグリフ)が無くなればもう何も置いてない殺風景極まりない部屋であった。

 

「……みーちゃん?」

「あっ、なんでもないよ。行こう」

 

 そう言いつつも、やはりポケットの中が気になっており、やや歩くスピードが遅い。

 

「どうしたのみーちゃん。ディフィカルトな事シンキングしてる?」

「……ねぇ、うたのん。気にならない? ここに描かれてある内容の事……」

「あの人たちが言ってた事? 確か……大社が保有するウェポンのインフォメーションが記されてる……だったかしら?」

「うん……その兵器ってさ、何のためにあるんだろうって。大社本部の人たちはどうしてそれを保有してるんだろうって……」

 

 水都は"兵器"という単語を聞いた時から疑問に思っていた。

 

「実際、これまでの歴史の中にも"兵器"と呼べるものはあったんだよ」

「あー、ファットボーイとか?」

「……なんか混ざってるけど……うん、そういうのとか」

 

 いわゆる核兵器と呼ばれるもの。まだバーテックスが存在しておらず、外国と呼ばれる国々と争いをしている際に用いられた兵器。またそれに類似するもの。

 

「そういう類いの兵器なら一般常識としてみんなが知ってる筈だよね?」

「えっ。ま、まぁそうねっ」

 

 大社が保有している兵器がもしそれならば、わざわざ勇者御記(ポーネグリフ)に記す必要は無い。

 

「私たちが知らないような兵器……。大社の人たちが独自に作り上げたものなんじゃないかな。……そして多分」

 

 ……恐らくは、()()()()()()の兵器では無い。

 

(この勇者御記(ポーネグリフ)に描かれてある兵器の目的……そしてその対象ってーー)

 

 と、そこで水都の思考は途切れた。

 

「ーーッ‼︎」

「貴女はッ⁉︎」

 

 元の場所へ戻ろうとする二人は向こうからやって来た犬吠埼風と対峙する。

 

「……目当ての物は……あった……かしら?」

 

「…………」

 

 風を目にした歌野は真剣な表情になり、水都は動揺を見せた。

 

「そんな……じゃあ雪花ちゃんはーー」

「みーちゃん、少しだけバックしてて」

 

 水都を安全と呼べる位置まで退がらせる。風は呼吸を荒くして苦痛に顔を歪めていたが、すぐに笑顔を作った。

 

「当然持ってんでしょ? 勇者御記(ポーネグリフ)。貰うわよ!」

「良いわっ。私を倒せたら」

 

 風が虚勢で作り上げた笑みはすぐに失せ、大剣を歌野目掛けて振り下ろす。

 

「モアモア・50倍速斬(ごじゅうばいそくぎ)り‼︎ うおおォォりあァァァァーー!」

 

 歌野はすんでのところで回避できたが、振り下ろされた衝撃で床のタイルが抉れ、破片が散らばる。

 

「ーーあ‼︎」

「モアモア・10倍速(じゅうばいそく)・"散弾(さんだん)"!」

 

 風は破片を左手で鷲掴みにして歌野へ投げつけた。すると破片のひとつひとつの速度が急激に増して飛んでくる。

 

「ーーウッ、くぁっ。ーーいつッ!」

 

 歌野もベルトで払い退けようとするが、いくつかは命中してしまった。

 

「破片が異常な程に加速した。……まさか!」

 

 そこで水都は気付いた。

 風は地上での戦いで、あのただでさえ大きな剣をさらに巨大化させて振るっていた。巨大化させると重さも同様に増すのかは分からない。

 

 しかし、今の風はあからさまに疲弊している。それこそ巨大化させていない大剣を振り回すのに一杯一杯の状態だ。

 

「……ハァ、ハァ、ハァ」

「破片が銃弾のような威力に⁉︎ なかなかにデンジャラスな攻撃ねっ!」

「余裕……ぶっこいてんじゃ……っ、ないわよ」

 

 目の前には辛そうな表情で大剣を構えて歌野と戦う彼女の姿が映る。

 ……いや、あれは構えているというより辛うじて支えているように見える。

 

「ムチムチの〜〜(ピストル)ッ」

 

 歌野がベルトを大きく振りかぶる。それを体をよじって回避する。

 

「そこから〜〜」

 

 歌野は伸ばしているベルトを一方の手で掴んで大きく弛ませる。

 

散弾(ショット)‼︎」

 

 大きく波を打つ事で風の体に命中させる。

 

「……ッ。小賢しい真似ーーをっ」

 

 その時、風が口元を手で押さえて咳をした。

 

「ゲホッ、ゲホッ! ……ゴフッ」

 

 口元を押さえていた手のひらは血に濡れている。

 

「……モ、モアモア……50倍速(ごじゅうばいそく)!」

「ええッ⁉︎ 消えたッッ⁉︎」

「後ろだよ! うたのん‼︎」

 

 目の前にいた筈の風は、いつのまにか歌野の背後にまわり、大剣で斬り掛かった。

 

「サンクス♪ みーちゃんっ」

 

 歌野からすれば背後を取られた形になるが、後方にいる水都の掛け声ですぐ振り返り、振り下ろされる大剣を避け、カウンターを放つ。

 

「ーーなァあ⁉︎」

「ふふっ♪ お返しよっ」

 

 腹部に蹴りを入れ、風を仰け反らせる。さらに、ベルトを風の体に巻き付けて自由を奪った。

 

「くっ……この……ッ」

「貴女、ビッグになったりスピーディーになったりしてるけど、それも"勇者の野菜"の能力なのよねっ」

 

 水都と同様、歌野も気付いていたようだ。彼女の能力は対象物を巨大化させる()()()()()()という事を。

 

「でも、こうやってキャプチャしたら身動き取れないでしょっっ」

「うあッ」

 

 捕らえていた風を自分の元へ勢い良く引っ張り込む。

 

「ムチムチの(カネ)ッ!」

 

 歌野の頭突きが風の額にクリーンヒットする。

 

「いっーー」

「まだまだ〜」

 

 一旦距離が出来ていた風へ、身体を縦回転しながら迫り、踵落としを放った。

 

丸鋸(まるノコ)ッ!」

「ぶっっ! …………あぁ」

 

 風は意識が飛びそうになるのを歯を食いしばりながら必死で繋ぎ止める。

 しかし体に巻き付いたベルトは離れない。

 

「さらにーー」

「好き勝手させるかッ‼︎」

 

 風は巻き付いたベルトを逆に利用して歌野を振り回す。歌野はベルトを握りしめたまま宙に浮いた。

 

「うわあああ〜〜⁉︎」

「モアモア・70倍速(ななじゅうばいそく)…………ッ!!? ッッガハアッ‼︎」

 

「……⁉︎」

 

 高速の勢いをつけて歌野を振り回そうとしたが、体が耐えきれなかったのか、風は血を吐き動きが止まってしまった。

 

("加速の反動"に……体が追いつかなくなるなんてっ)

 

「……! 悪いけどチャンスだわっ」

 

 歌野は風目掛けて飛び蹴りを放った。

 

「ムチムチの〜〜スタンプッッ!」

「ぐああっ」

 

 背中に食らい、歌野の靴裏の跡が残る。

 

「せいっっやあああ‼︎」

 

 さらに歌野は後ろを向き、同時に力いっぱいベルトを背負うように風を投げた。

 

「ムチムチの〜〜(つち)!」

「ーーッ!!?」

 

 床に叩きつけられ、その衝撃でようやくベルトの拘束が解かれた。

 

「……ふぅ……はぁ……ふぅ……」

 

 流石の歌野も今の攻防で息が上がっていた。

 

「うたのん……倒したの?」

 

 水都に尋ねられると首を横に振った。

 

「……ううん、きっとまだ」

 

 その言葉通り、倒れている相手は拳を強く握り起き上がろうとしていた。

 

「犬吠埼……風さん……よね。貴女はもう限界の筈だわっ。それなのにまだ立つの……?」

「……ふぅっはは。……意味の無い質問ね……」

 

 風は大剣を床に刺し、それを支えに肩で大きく息をする。先の雪花との戦いで受けた、左肩から真下に伸びる裂傷が疼く。ここへ辿り着くまでにも何回か倒れそうにもなった。

 

 左眼が見えなくなった事で生まれた弊害。

 狭まる視界。立体的にものが見れず、距離感が掴めず、バランス感覚も狂う。

 

 それでも風は歌野に戦いを挑んだ。

 勇者御記(ポーネグリフ)を手に入れる為に。

 

「まっさか……同情してる? あたしの目が見えない事に」

「…………」

 

 歌野の沈黙を、肯定と受け取る。

 

「ナメ、んじゃ……ないわよ」

 

 風は『モアモアの野菜』の能力を応用して剣を振る()()()()()()()()

 そうしなければ、剣の元々の重さに引っ張られまともに戦えないからだ。

 そしてそれを水都は分かっているし、歌野も勘付いている。

 

「あんたがあたしの目を気遣うこと自体がそもそも間違いなのよ。これはあたしが()()()()()()()()やった事だし」

 

 風は雪花の能力を破る為に、こうせざるを得なかった。傷付いたのが偶々左目だったという事以外は風が望んでやった事だ。

 

「あの子……強かったわよ。目を犠牲にするくらいの覚悟見せなきゃあたしは敗けてた。でも……あたしはそれを"逃げる理由"にしたくない」

「……!」

「"勇者の戦い"はいつだって真剣勝負。卑怯なんて言葉は存在しない。……例え目が見えなくたって足が動かなくったって、勇者が戦うと決めたからには、そんなのは言い訳にもならないのよ」

 

 風の眼光は歌野を捉えて離さない。

 

「たとえ……あんたが左目の死角から攻撃したとしても……ね」

 

 しかしその表情は先程よりいくばくか穏やかになっている。

 

「そのスピリッツは好きよ犬吠埼風さんっ。私は貴女をリスペクトするわっ」

「ふぅはは……。そう? ありがと。……あとあんたに謝っておくわ。"一番弱い"って言った事を」

「え? そんな事言ってたかしら?」

「こっちの事で……ね」

 

 その覚悟を汲んだ歌野はベルトを最大限伸ばして不規則に波打たせる。

 

「"イレギュラーヒーロー"」

「……?」

「貴女へのリスペクトを表して私が出来る最大モードでいくわねっ」

「今まで……本気じゃなかったの?」

「ノンノン♪ 私は充分本気だったわっ。でも()()()()()を考えて使わなかった」

「……!」

 

 水都は驚く。てっきり歌野の言葉通り完治したと思っていたからだ。

 

「嘘……ついてたの? うたのん……」

「えっ⁉︎ う、嘘じゃないわっ。痛みがリバウンドする危険性がナッシングとは言えなかったし」

 

 水都が目を細くして訝しげに見てくる。その視線を受けて、歌野は目を逸らす。

 

「あっ、ソーリー。……じゃあいくわね」

「やってみなさいっ白鳥歌野!」

「ご覧あれ! 貴女はもう……手も足も出ないわっ」

 

 ごくっ と風は生唾を飲み込む。そしていつでも反応できるように前屈みで膝を曲げる。

 

「ムチムチのぉぉ〜〜〜予測不可能な(イレギュラー)ピぶッッしっ‼︎」

 

「「!!?」」

 

 振るわれた"予測不可能な攻撃"は歌野の足元の床で跳弾し、歌野本人の顔面にヒットした。

 

「……ぁ……かっ」

 

 バタンッ と歌野はうつ伏せで倒れる……。

 

「うたのんーーー!!!?」

 

「…………た、確かに手も足も出なかったわね……」

 

 風は呆れ果てて突っ立っていた。

 

「うたのん! うたのん、しっかり‼︎」

 

「……。ーーはッ⁉︎」

 

 水都が身体を揺すると歌野は勢いよく顔を上げた。

 

「……や……やるわね」

「いや……何もやって無いんだけど……」

「ワンモアプリーズっ。……よしよし集中、集中」

 

 胸を開いて呼吸し、落ち着かせる。

 ……と、その時、風が動き出す。

 

「待つ理由は……無いわよね?」

「……⁉︎」

「モアモア・50倍速斬(ごじゅうばいそくぎ)りィー!」

 

 風は高速で歌野に斬りかかる。

 

 ーーしかし歌野は同時に攻撃を繰り出す。

 

「ムチムチのぉぉ〜〜予測不可能な(イレギュラー)(ピストル)‼︎」

「ーーッ!? ゴホッ! ……ァ」

 

 一直線に歌野へ向かっていた風は右からくる攻撃を横腹に受け、飛ばされた。

 

「ワンモア!」

「ーーゥッッ……っ」

 

 最大限しならせたベルトは風の虚を突き、彼女の左頬を殴り付ける。

 

「な……なによ……今の攻撃……」

 

 まともに命中して脳を激しく揺さぶられ、風の意識は朦朧とする。

 

(や……やば……っ)

 

 視界が黒粒の砂嵐に覆われる。倒れるの防ぐために大剣を床に刺して耐える。

 

「あた……し……は……」

 

「こっれっで! ファイナルアタックよ!」

 

 ベルトを大きく回転させて"溜め"を作る。そしてそれを風に向けて放つーー。

 

「ムチムチの! 予測不可能な(イレギュラー)攻城砲(キャノン)!!!」

 

 ベルトの先端はここにいる誰もが、目で追えない程に加速して風の腹部を吸い込まれた。

 

「ーーぐぅぅぅうう!」

 

 ズザァァ と立った状態のまま後方へ押し飛ばされる。

 

「っアガ!」

 

 壁に背中がぶつかりようやく勢いは止まる。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……ぐっ……ダァ……ハァ……」

 

 壁にもたれたまま風は歌野を見て笑う。

 

「……わーお。今のクリーンヒットしたからフィニッシュかと思ったけど」

「凄い……胆力」

 

 勇者の耐久度はやはり尋常ではない。……いや、この場合は風の精神力が為せる技か。

 

「ふぅ……はっは……」

「やるわね風さん!じゃあ今度こそフィニッシュでーー」

 

 ーードサッ

 

「……!」

 

 風は笑ったまま倒れた。

 とうに限界を迎えていた意識はたった今、休息を手に入れる。

 

「エクセレントだったわ! 風さんっ」

 

 風は、最後の最後まで戦意を喪失するなく、歌野に向かってきた。雪花との戦闘でズタボロだった筈なのに。

 

「…………行きましょう、みーちゃん。みんなが待ってる」

「う、うん」

 

 歌野は風の体を背負って歩き出す。

 

「重くない?」

「んー、ノープロブレムよ。ドアの鍵は全部閉めるから、ここに置き去りは出来ないし」

「そうだね」

 

 そして歌野たちは地上を急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーその地上では、

 

 

 

「ーーハァ……ハァ……。こっのっ!」

「芽吹! ()()()()()‼︎」

 

 (ドーン)‼︎

 

(しまったっ! 遅かっーー)

 

 低音が周囲に鳴り響く。

 両耳を塞いだ芽吹だったが、少し遅れて爆炎が襲い掛かった。

 

「ーーぐっはぁあ‼︎」

「芽吹‼︎」

 

 黒い煙幕から出てきた芽吹が地面を転がっていく。

 

「か……は……はぁ」

 

 防人装束は煤で汚れ、露出している肌には火傷が見られる。

 

「ふざけん……じゃ……ないわよ」

 

 芽吹は"敵"を見上げて睨み付けた。

 

 

 頭上にある金色の鐘が下品に光る、牡牛座バーテックスをーー。

 

 




・犬吠埼風:七武勇(勇者部)のリーダー。『モアモアの野菜』を食べた倍化人間。対象物を巨大化させる。また、その速度も上昇させる事が可能。実戦では、大剣を振る速度を上げたり、持っている自分を高速移動させたりできる。懸賞金額は444万ぶっタマげ。
 以前、うどんに自身の能力を使って『モアモア・100倍うどん』なるものを作ったそうな。流石の風先輩も完食に1時間要したとか。
 親は大社で働いているが、自分達が大社の敵に回った事で、どれほどの迷惑が掛かっていることやら……。


次回 誰が為に鐘は鳴る


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第五十一話 誰が為に鐘は鳴る

拙稿ですがよろしくお願いします。VS牡牛座バーテックスです。
 この場に居合わせてしまった牡牛座に少し同情する。


前回のあらすじ
 勇者御記を手に入れた歌野と水都は風と対峙し倒して地上へ帰る。一方地上では、蓮華、芽吹が突如現れた牡牛座と戦闘を行っていたのだった。


 気を失っている風を背負ったまま、歌野は水都と共に小走りで地上を目指す。

 そして雪花と別れた扉の前に着く。

 

 歌野が扉を開けようとする瞬間、勢いよく扉が開かれた。

 

 ーーゴツンッ

 

「あだっ!」

 

 こちら側に開く扉に額をぶつけ、歌野は怯む。背負っている風を落としそうになったが辛うじて持ち堪えた。

 

「っった〜」

「あ、あれ⁉︎ 歌野!」

 

 扉を開けたのは雪花だった。雪花は歌野に出くわした事に驚いたが、すぐにその表情は翳る。

 

「あっ……えっと、ごめん」

「の……ノープロブレムよ、うん」

 

 歌野は笑って見せたが、雪花の表情は曇ったままだった。

 

「ホントにごめん……」

「だからノープロブーー」

「足止め……出来なかった事だよ」

 

 雪花は風との戦いで敗北してしまった事を恥じていた。任せろと大見得を切ったというのに……。

 

 しかしその事を歌野は問題視していなかった。

 

「ん? 足止めなら十分出来てたわ。お陰で勇者御記(ポーネグリフ)を手に入れられたから」

「……!」

「だから雪花の役目はもう果たされてるっ。……さっ、ハリーアップで芽吹たちの所に帰りましょっ。きっと暇してるわ」

 

 数秒だけ、雪花の思考は止まる……が、先程の表情は失せ、口角が上がる。

 

「そ……う解釈するんだ……ありがと」

 

 そして三人は駆け足で地上へと急ぐ。

 

(ホントに、ありがと……だよ。歌野)

 

 そんな中、水都の胸中は不安でざわついていた。

 

(なんだろう? 何か、嫌な感じがする……)

 

 

 

 

 

 

 

 ーー地上にいる芽吹と蓮華は牡牛座バーテックスと対峙していた。

 

(……ったく、何でこんな時にっ)

 

 樹との戦いが終わり歌野たちが戻るのを待っていたが、そこへ鐘の鳴る音が聞こえてきた。

 辺りを見渡せば、二本の大きなツノらしき部位を持ち、頭上にある金色の鐘を鳴らしながら牡牛座バーテックスがやって来たのだ。

 

(二人共疲弊してる。まるでその時を待ってたような……っ)

 

 突然の事態に思考を整理しきれず、芽吹と蓮華はそのまま牡牛座との戦いに巻き込まれたーー。

 

「ーーくっ、か……はっ、ゲホッゲホッ……」

 

 爆撃を受けた際に煙を吸い込んでしまい芽吹は息苦しく咳き込む。その度に喉が焼けるような痛みが走る。

 

(耳を塞いでいたら倒せないじゃない……っ)

 

 京都支部を襲った進化体の一体である"牡牛座バーテックス"は『オトオトの野菜』の能力を使うと聞いた。あの巨躯から奏でる"音"により、聴かせた対象に攻撃する、というもの。

 

「くっ……来る!」

 

 牡牛座は芽吹に突進してくる。芽吹は爆撃のダメージで動き出すタイミングが遅れてしまった。

 

(まっ……ずい!)

 

 直進してくる牡牛座を避け切れず、その巨体に撥ねられるーーと覚悟したが、そうはならなかった。

 

「……え、うあッ」

 

 急に体を何かで巻き付けられた感覚を感じ、そのまま後方へ引っ張られた。

 

「ーー! あ、貴女っ」

 

 体に巻き付いていた"糸"は解かれ、芽吹は自分を助けてくれた"彼女"を見る。

 

「貴女、目が覚めてたの?」

「……周りが騒がしかったですから」

 

 樹は芽吹に向かって手を伸ばす。そこへ蓮華も駆け付けてくる。

 

「大丈ーーってあなた! さっきまで……」

「…………」

 

 蓮華は困惑していた。つい先程倒した相手が早くに目覚めている事もそうだが、何より芽吹を助けた事にである。

 

「それも勇者の回復力が為せる技なの?」

「それは……分かりません」

「……まぁでも、助かったわ。ありがとう」

 

 差し出されていた手を、芽吹は取って立ち上がった。

 

「さっきまで命のやり取りをしていた敵同士だけど、どうするつもり?」

「…………」

「"ミス・クスノキ"を助けてくれた事にはこの蓮華からも感謝するわ。でも、あなたはこのまま私たちと再戦を望むのかしら?」

「それはーー、ッ⁉︎」

 

 その時、弦が弾く音が鳴った。

 

 ーー(ボン)!

 

「うぅっ⁉︎」

 

 言葉の途中で樹は何かに頬を殴られたような痛みに襲われる。

 

「ぐっふ」

「がはッ」

 

 蓮華と芽吹も腹部を何かに殴られ怯んだ。

 

「くっ、この」

「……っ」

 

 樹と芽吹と蓮華は牡牛座からの追撃を警戒して耳を塞ぐ。

 

「ちっ。おちおち会話も出来ないのね」

 

 牡牛座の能力は()()()()事ではじめて攻撃として機能する。蓮華はNo.7をはじめとする京都支部の面々からそう聞いていた。

 したがって、音が聴こえる器官ーーすなわち、耳を塞ぐ事でその攻撃を無力化できる。

 

「京都支部の方々の情報を蔑ろにする蓮華では無いわ!」

 

 下からサーベルを突き上げるように刺突攻撃を繰り出す。それを受けて牡牛座は少しだけ仰反った。

 さらに樹が太く束ねた糸を繰り出し、牡牛座に突き刺す。

 

降無頼糸(フルブライト)‼︎」

 

 回避行動を取らない敵は、その攻撃をまともに食らい、巨体に穴が空いた。

 

(や、やるじゃない……)

 

「……さっきの続きですけどっ」

 

 少し声を張って二人へ話しかける。

 

「確かに、あなたたちは敵です……でももっと危険な相手が現れたんです。それも私たちにとって……。ですから今はこの敵を倒す為に手を貸して下さいっ」

 

 樹の言葉に芽吹と蓮華は真面目な表情ながら、薄ら笑う。

 

「大いに結構よ。こちらとしても、アレは倒すっ」

「貴女との戦いは一応は決着を迎えた。もし、続きをしたいなら、コイツを片付けてからッ!」

 

 芽吹は走りながら刀と銃剣を交差させ、勢いよく技を繰り出す。

 

(オニ)()り‼︎」

 

 ーーしかし、同時に牡牛座からシンバルが鳴る音が聴こえた。

 

 (シャーン)‼︎

 

「うああッ!」

 

 芽吹は目に見えない斬撃が襲い掛かり、弾き飛ばされる。

 

「くっ……。今度は斬撃?」

「"芽吹"! あなたはもう退がってなさい。やはり進化体が相手では能力者(勇者)ではないあなたの攻撃は決定打にならないわ」

「そんな事分かってます。……でも、敵を撹乱するくらいは出来るっ」

 

 両耳を塞いだ芽吹は、()()()()()()()

 

(両手が使えないのなら、口なり足なりで刀を扱ってやるっ)

 

 刀を口に咥えたまま、大きく頭を振りかぶる。

 

三十六(サンジュウロク)煩悩砲(ポンドホウ)!」

 

 芽吹が繰り出した"飛ぶ斬撃"は、牡牛座の頭上にある金色の鐘の支柱に当たる。

 

「ーー‼︎ 来るわっ」

 

 牡牛座は僅かに退がっただけで、また三人に向かって突進してきた。

 

(能力が使えないからその巨体で相手を撥ね飛ばす。……攻撃手段がワンパターンっ)

 

 樹は両手で糸で"蜘蛛の巣"を模した盾を作る。

 

蜘蛛(くも)()がき!」

 

 突進してきた牡牛座はその糸の盾にぶつかり、失速する。

 

(うっ、強いっ。蜘蛛(くも)()がきが……破られ……)

 

「ーーえりゃああ!」

 

 その時、三人の後方から槍が飛んできた。

 

「ーー⁉︎ あれは!」

 

 槍は牡牛座の中央部に命中して僅かに退がらせた。

 

「フッ……。戻ってきたわね」

 

 蓮華と芽吹は後ろを振り返ると、歌野、水都、雪花、そして担がれている風の姿があった。

 

「やあっぱしいたねー」

「嫌な感じはしてたけど、まさか進化体がいるなんて……」

 

「…………」

 

 歌野は牡牛座バーテックスをまじまじと見つめた後、芽吹に話しかけた。

 

「……芽吹。暇すぎたからバーテックスにバトル挑んでたの……?」

「そんな訳無いじゃない。向こうが勝手に襲撃してきたのよ!」

「ふふっ♪ 冗談よ。……オーケー何となく理解したわっ」

 

 芽吹は背負っている風を見る。

 

「こっちも何となく想像ついたわ。……やったのね」

「ええっ。勇者御記(ポーネグリフ)はみーちゃんが持っているわっ」

「フッ、了解。じゃあ、あれを全員で仕留めるわよ」

 

 歌野たちが話している間、樹は地面に下ろされた風の元へ駆け寄り身体を揺すった。

 

「ーーお姉ちゃん!」

「……い、つき? …………⁉︎ 樹‼︎」

 

 目を覚ました風は樹を見るや否や、即座に抱き着いた。

 

「良かった! 良かったよぉぉ。樹が……無事で……ごめんねぇ」

「お、お姉ちゃん、苦しい」

「ホントに……駄目なお姉ちゃんで……」

「ううん。任せてって言ったのに……自分の役割を果たせなかった私が悪いんだよ」

 

 半泣きになっている姉の姿を見て、首を横に振って微笑み返す。

 

「私は大丈夫だから。お姉ちゃんこそ、その目……」

「これは……。ごめんっそれも後にしましょう」

「う……うんっ」

 

 二人は進化体の打倒を心に決め前を見る。

 視線の先には、歌野たちが先んじて攻撃を仕掛けていた。

 

「ムチムチの攻城砲(キャノン)‼︎」

 

 牡牛座を少し後退させた後、ベルトを天高く掲げ一気に振り下ろす。

 

「アンド〜〜戦斧(オノ)ォォー‼︎」

 

 命中した部分にヒビが入り、少しずつその巨体が崩れていく。

 

「"白鳥歌野"さん、でしたよね? あなたの戦い方、真似させて貰います」

「え?」

 

 樹は地面を滑走しながら接近して牡牛座へ追撃を試みる。

 そしてその右手には、"糸で作った鞭"が握られていた。

 

超過鞭糸(オーバーヒート)ーッ‼︎」

 

 樹は鞭をしならせて牡牛座の頭部と思わしき部位を攻撃する。

 超スピードで繰り出された鞭の先端は命中した部位を抉る。

 

「わあお! 私の『ムチムチの野菜』をコピーされちゃったわ!」

「糸を束ねて鞭状にしたのね」

 

(アレ? そう言えば私、名前名乗ってたっけ? ……まぁ今はいっか)

 

「ーー攻撃が来ます!」

 

 水都の声に、全員は半ば反射的に耳を塞いだ。樹も即座に鞭を捨て、両耳を塞ぐ。

 

(みーちゃん、よく来るって分かったわねっ)

 

 歌野は耳を塞いだまま水都の方へ笑顔を向ける。そして先程樹が捨てた糸製の鞭を見て閃いた。

 

「……! コレ、レンタルするわっ」

 

 歌野は鞭を左手に持ち牡牛座へ飛び掛かる。

 

「ムチムチのぉおお! 銃乱打(ガトリング)ーーーッ!!!」

 

 歌野は右手に持った自身のベルトと左手に持つ樹の鞭を使い高速に振るう。

 普段は片手で振るうだけだったが両手になった分、手数が増え敵を圧倒する。

 

「これが私のイメージしてる"本来の"銃乱打(ガトリング)よ! ……そしてさらに〜〜!」

 

 今度は両手を目一杯後ろに伸ばし、力強く踏み締めて両手を前に突き出した。

 

「ムチムチのバズーカァーーー!!!」

 

 後方からベルトと糸の鞭は、勢いを増しながら牡牛座を吹っ飛ばす。

 

「凄い……。あの巨体を……軽々と……」

「あと少しで……倒せるっ」

 

 大地を転がる牡牛座の身体は徐々に崩れ始めていた。

 

「うぅ……腕が痺れてきた…………かも」

 

 痙攣し始めた腕を見て苦笑いする。

 

「ミス・シラトリに続くわっ」

「一斉攻撃で、一気にやっつけるわよ!」

「これで終わらせる」

 

 それぞれ意気込み、全員は攻撃のモーションに入る。

 

 しかし……。

 

 (ゴーン)! (ゴーン)

 

「うぐっ! ……何これ、音がっ」

「耳を塞いでても……聴こえてくるっ」

「頭がっ、割れそうっ」

 

 まるで耳元で聴かされているような轟音に全員は跪く。

 

「あああああ‼︎ うるさいうるさいうるさいっ」

 

 (ゴーン)! (ゴーン)

 

 依然、牡牛座の頭上の鐘は、けたたましく鳴り続ける。

 

「音は……っ、みんなを幸せにするものっ」

 

 樹は頭を押さえながら呟く。そして無数の糸を束にして耳栓を作った。

 

「こんな音は……っ。こんな音はあああああ!!!」

 

 さらに手から太い糸を何本も生成させ、それを牡牛座の鐘へ絡み付かせる。

 

「……! 音が、止んだ」

 

「ーー今よ!」

 

 風の声で雪花は槍を投げる。

 

飛翔する槍(オプ・ホプニ)!」

 

 槍は鐘の支柱に命中し、亀裂を入れた。

 

「あれさえ、破壊すれば」

「ーーもう切り離したわ」

 

 その声のする方を見ると、蓮華が牡牛座の頭上を捉えていた。

 

「いつの間に⁉︎」

 

(かぶら)矢筈(やはず)()り」

 

 そして蓮華が着地すると同時に、支柱を斬られた金色の鐘は地面に落下した。

 

「あと一息!」

「これで終わりにしましょう!」

「モアモア・50倍速(ごじゅうばいそく)!」

 

 風は空に舞い上がり、真上を取る。

 

「ーーんでもって……こいつを!」

 

 そこから落下の勢いを乗せて、大剣を今まで以上の大きさにさせる。

 

("点"の攻撃を繰り出す力が無くたって……ッ!)

 

「"面"の攻撃でェェ! 押し潰すッッ‼︎」

 

 風にはもう大剣を振るう力など残っていない……が、重力に従って大剣を()()()事は出来ると考えたのだ。

 

「モアモアの…………100倍(ひゃくばい)ッだァァァァ‼︎」

 

 巨大な剣は牡牛座を叩き付けた後、元に戻る。

 

「……っはぁ、はぁ。身体……これ以上……動かな……」

 

(あた……しはっ、もう……限界かも……ね)

 

 風は少しだけ笑いながら地面に落下した。

 

(あたしも……樹も……もう、戦う力は残ってない……)

 

 疲労の限界はとうに越え、身体の至る所の筋繊維は音が聞こえそうな程にはち切れる。

 それでも風は根性で戦った。……化け物(バーテックス)を倒すために。つい先程までの遺恨を棚に上げてでも。

 

「あ……とは……」

 

 ーーこの世界を、自分たちの人生を滅茶苦茶にした"怨敵"を屠るためーー

 

(あとは……あんたしかいないのよ……っ。…………だからお願いっ)

 

そいつを倒せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

 

「オーケーっ任せて!」

 

 そこには地面に没した牡牛座の元へ、()()()()()()()()()()()()()、引き摺りながら走る歌野の姿があった。

 

「倒せ、歌野!」

 

「鳴らしなさいミス・シラトリ! この戦いの"ホイッスル"を‼︎」

 

 歌野は最大限伸ばしたベルトを捻り込む。

 

「グッバイ♪ 貴方にぶつけて鳴らしてあげるわっ」

 

 勝利の鐘を鳴らすべく……金色に輝く牡牛座の"鐘"を、持ち主へ返却するーー

 

ムチムチのおおおお‼︎ 黄金(おうごん)回転弾(ライフル)ーーーッッ!!!

 

 回転しながら放たれる一撃は、牡牛座バーテックスを破壊する。

 そして同時に、牡牛座のものだった金色の鐘も音を鳴らしながら粉々に砕け散っていく。

 

 カーン……カーン……

 

「終わっ……たのね……」

「うん」

「ええ」

 

 カーン……カーン……

 

 澄み切った心地良い音色が、あたりに木霊していくのだった。

 

「んー、クリアな音色♪ エクスタシーな気分なるわ♪」

 

 その音色は、ウエストジャパン中に響き渡っていく。

 

 

 (カーン)……(カーン)……

 




牡牛座バーテックス:『オトオトの野菜』の能力を持つ。能力がバレてなければ結構な脅威だったのだが、懸賞金にかけられた挙句、京都支部を獅子座と能力を使って襲撃した事が運の尽きだった。
(ちなみに一緒に京都支部を破壊した"獅子座"も能力は知られている)
 懸賞金額は『980万ぶっタマげ』←京都支部が壊滅した事を本部が知ったため、つい最近上昇した。


次回 弥勒家の義姉妹


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第五十二話 弥勒家の義姉妹

 拙稿ですがよろしくお願いします。やっと京都での戦いが終わりました。ウエストジャパン編も後半に突入出来そうです。
 ONE PIECE106巻買いました。世界の謎を知っていそうな人物と遭遇。
 この作品においても真実を知っていそうな人物と奈良で出会います。もう少し待ってね。


前回のあらすじ(?)
牡牛座バーテックスVS風、樹、歌野、雪花、芽吹、蓮華。
それって、ONE PIECEのキャラで例えると
アプーVSワールド、ドフラミンゴ、ルフィ、ウソップ、ゾロ、ブルック。

 …………ご愁傷様。


 

 カーン……カーン……

 

 牡牛座の鐘はウエストジャパン中に木霊していた。

 それは梅田地下街から地上に出て京都方面を眺めていたNo.7たちの元にも届いていた。

 

「No.7。この音は……」

「うん、そうだね。……きっと、合図かな」

「合図?」

 

 口では笑いつつも、No.7は心配した表情で音が聴こえる方角を見続けていた。

 

(無事……なんだよね。蓮華さん……。"芽吹隊長"……)

 

 

 

 

 

 ーーウエストジャパンの別の場所。奈良では、ふたりの少女が遠くを見つめていた。

 

「ねぇゆうちゃん……この音」

「綺麗な鐘の音ですね。……どこかのお寺からかなぁ?」

「お寺の鐘じゃないと思う……多分」

 

 寺の鐘にしてはやけに透き通るような心地良い音色だ。

 

「誰かが呼んでる気がするんだぁ……『わたしたちはここにいる』って」

「……?」

 

「茉莉〜? 友奈〜? ついでに黒シャツ〜?」

「あっ。久美子さんが呼んでる。行きましょう茉莉さん」

「う……うん」

 

 二人は音が聴こえていた方角から背を向けて歩き出す。

 

 

 

 

 

 ーーそして鐘の音が届いていない筈の四国の香川県では。

 

「今日もまた、海の向こうを見ていたんですか? 若葉ちゃん」

「ああ。気付けばいつも……な」

 

 若葉は海の向こうに見える、神樹が作り出した"世界を分かつ壁"を眺めていた。

 いや、正しくは壁の向こう側である。

 それ自体は日課のようなものだが、何だか今日は何かに呼ばれたような気がしていた。

 

(まさか、そこまできてるのか……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー蓮華は霧の中を歩いていた。あたりを見渡しても自分ひとりしかいない。

 

(どこかしら、ここ。確か……私は京都で)

 

 すると霧の向こうに人影が見えた。

 

「おーい。こっちやで〜」

「え?」

 

 手を振りながら聞き覚えのある声が近付いてきた。

 

「う……嘘……」

「ん? なんや、呆けた顔して」

「もう作戦始まっちゃうよ」

 

 蓮華は口を開けたまま、この状況を飲み込めないでいた。

 

「シズ……さん? 友、奈……?」

「どうしたの?」

「こらこら。作戦中は、"コードネーム"で呼ばなアカンで?」

「あっははは〜ん。レンち、寝坊助さんだぁ」

「アンタもや」

 

「ーーミス・ウイスキーに何かあったの?」

「それがなー、奴さんボーッとしてんねや」

 

 二人に続いて、何人かが蓮華の前にやってきた。それも全員、蓮華の知っている人たちだ。

 

「ジョーダンじゃないわよ〜う! しっかりしなさい、あなたらしくない。寝ぼけてんの⁉︎ あちしのキックで目ェ覚まさせてあげよっか?」

「フッフッフ。酷い事するわ……」

「物騒な事言うもんじゃないよ! ……『物騒』……『ぶっ』だよ!」

 

 彼女たちはあの日、蓮華と別れてしまった鏑矢のメンバーだった。

 

「ミス・ボンクレー。ミス・オールサンデー。ミス・メリークリスマス。……あなたたち……()()()()()?」

 

「???」

 

 全員は、蓮華の言葉に首を傾げた。

 

「これは……重症かもね」

「夜更かしでもしたの? ミス・ウイスキーピーク」

「ピークは余計だよミス・ダブルフィンガー。……いや『ミス・ウイ』で充分だね。『ウイ』」

「省略しすぎよ」

 

(そうか……っ。みんな無事だったのね)

 

 蓮華はあの日、何人か鏑矢の死体を目撃した筈だった。しかし今は、みんな蓮華を見て笑っている。

 

 ーーそうか。……みんなが死んだのは気のせいだったのか。

 

「フッ、そうよね。あなたたちが死ぬなんてありえないわよね。 今までの事は全部()()()だったってことなのね!」

 

(ホントに良かったわ。()()()が夢だっーー)

 

 

 

 ーーそこで蓮華は目を覚ました。

 

「…………」

 

 体を起こすと、あたりは真っ暗になっており近くで歌野や雪花や水都が眠っていた。

 

(また……この夢……か)

 

 夜空を呆けた顔で眺めていた。夢であって欲しい現実と、現実になる事のない夢を、もう何度も見せられている。

 先程見た『鏑矢の仲間が生きている夢』の回数も、両手の指を越えたあたりで数えるのをやめた。

 

(そういえば……いつ眠ってしまったのかしら?)

 

 牡牛座バーテックスを倒して、鐘の音色が山々を伝って響いていたところまでは憶えている。しかし、そこからの記憶が無い。

 

「犬吠埼の姉妹は……? 私は……」

 

「ーーああ、起きたんですか?」

 

 すると芽吹が歩いてきた。

 

「ミス・クスノキ。この蓮華は、いつから寝てたの?」

「……? 進化体を倒した後、鐘の音が響いてたじゃないですか。それを聴いて……」

「そう……なの?」

 

 まるで身に覚えが無い。随分と疲れていたのだろうか。

 

「彼女たちは? 犬吠埼の……」

「ああ、二人ならどこかへ行きましたよ。もう戦う気は無いって」

「そう」

 

 蓮華は芽吹からあの後の事を聞いた……。

 

 

 

 

 ーー風は樹の糸により、左眼の怪我を縫合してもらった。

 

「ありがと樹」

「もう……あまり無茶しないでね」

「わかってるわよっ。樹のその言葉も聞き飽きたわね」

「『わかってる』も聞き飽きたよ。……でも無茶ばかりするもん」

「ふぅはっはっは! これ、性分なり〜」

 

「…………」

 

 処置を終えた風は歌野たちと向き合う。

 

「……あたしたちは敗けたわ。勇者御記(ポーネグリフ)も今回は諦める。戦う気ももうないしね」

 

 立ち上がり汚れていた服をパンパンと払う。

 

「このままあたしたちは帰るつもりだけど、あんたたちは? 見逃してくれる?」

「見逃すも何も、決着は付いたからもう戦わないわっ。私たちの目的は勇者御記(ポーネグリフ)を持って帰ること。あなたたちを倒すことじゃない」

「そうね。貴女達と私達の目的が対立したから戦っただけで、そっちが諦めてくれるならこの話はおしまいよ」

 

 風は歌野と芽吹を見て両手を上げて降参の意を示す。

 

「ええ諦めるわよ、あたしたちの敗け。……あーあ、折角大社の秘密を手に入れて交渉材料にしようと思ったけど。儚い計画だったわ」

「潔く諦めるのは良い事ね。そんな大雑把な計画、どの道上手くいかないんだから」

 

 芽吹の辛辣な言葉に苦笑いする。

 

「うっわ〜。夏凛みたいな事言うわね」

「三好さんは関係無いでしょ? それにこっちには貴女以上に大雑把で壮大な目論みを持ってる人がいるしね」

 

 芽吹が歌野を見ると、歌野は胸を張る。

 

「計画のビッグさなら私の方が上よ。私はいずれ農業王になる女ですから♪」

「へー。よくわかんないんだけどさ、たしかに壮大な夢ね」

「ええそうよっ。農業王っていうのは……」

「あーいいわよ。説明してくれなくて。……じゃあ白鳥歌野、あたしたちはお暇するわ」

「アレ……? そう言えば名前言ったかしら私」

 

 風は手配書を見せてきた。そこには歌野の顔がばっちり写ってある。

 

「手配書。……知ってる人は知ってるわよ。勇者だし。金額もあたしたちと同じくらいだし」

「あらっ、私もどんどんポピュラーになってるって事ねっ」

「悪名だけどね……」

 

 風の持っている手配書の中には当然、雪花と水都もあり、本人は呆れていた。

 

「風さん。樹ちゃん。縁があったらまた会いましょう! そしたらぜひ、農業しましょ!」

「はいはい。じゃあね」

「それでは」

 

 樹もペコリと頭を下げて去っていった。

 

 

 

「ーーで、気付いたら貴女が寝ていたので、連られて歌野は眠ってしまいました。もう夕焼け空でしたから、今日はここで休もうって水都と雪花も……」

「この蓮華もまだまだね。こんなところで眠ってしまうなんて。それも牡牛座(バケモノ)の音色を子守唄にして……なんて」

「確かにあの鐘は牡牛座バーテックスのものですけど、鳴らしたのは歌野です。……だからあんなに心地良い音色を奏でたんじゃないですか」

 

 人類を滅ぼす敵が持つ鐘の音が、安らぎを与えてくれる心地良いものなのは、皮肉だろうか。

 いや、あれはあくまで歌野が奏でたが故にあの音色になったと考えれば、それは歌野の清らかさがもたらす癒しなのだろうか。

 

「で、あなたは? 何をしていたの?」

「見廻り兼、鍛錬です。いつまたバーテックスが強襲してくるか分かりませんから」

 

(あなたは……休むというのを知らないのかしら?)

 

 

「ーー蓮華さん。少し前から聞きたかった事があるんです」

 

 芽吹は周りに二人しか聞いていないこのタイミングを見計らって前々から問いたかった事を切り出した。

 

「貴女の名前は……『"弥勒"蓮華』ですか? 弥勒さんの義理の姉の……」

 

「…………」

 

 蓮華は無表情で芽吹を見ていた。

 

「あっ、弥勒さんというのは」

「夕海子のことでしょう? そのぐらい分かっているわ」

 

 口を開いた蓮華は、改めて()()()()()を語り始めた。

 

「そう……この蓮華のフルネームは弥勒蓮華。大社上層部に鎮座する『五老星』がひとり、弥勒家に属していた。……そして、あなたの同僚である弥勒夕海子の義理の姉……という事になっているわ」

「なっている? 随分と含みのある言い方ですね」

「この蓮華は三年前のあの日、バーテックスによって両親を殺された。身寄りが無くなった私は、父親の仕事仲間だと言う、夕海子の父に出会った…………」

 

 蓮華は静かな口調で、昔の思い出を綴っていく。

 

 

 

 ーー西暦2015年のあの日、世界は突如出現したバケモノに蹂躙された。そこで蓮華の本当の両親は亡くなり、自分はバケモノ(バーテックス)の目撃例が無い高知県へ逃れた。

 そこで運良く父の知り合いを名乗る男と出会う。そして蓮華は弥勒家に迎えられる事になった。

 

「……いえ、運悪くと言った方が正しかったかしら…………」

 

 弥勒家にやって来た蓮華は、そこで弥勒夕海子と出会う。

 

 ーーおそらくその時から、蓮華と夕海子の人生は()()()()()()()

 

 ある一室に、蓮華と夕海子は呼び出された。

 

「お父様。そちらの方はもしかして……」

「昨日少し話をしたな、夕海子。彼女が今日からうちで面倒を見る事になった子だ」

「よろしくお願いします」

 

 蓮華は一礼し挨拶を交わした。

 

「わたくしは弥勒夕海子と言います。こちらこそよろしくお願いいたしますわ。……聞けば、あなたはわたくしのひとつ下だそうですわね。歳上として何でも聞いてくれて構いませんわ!」

 

 自信満々に胸を張る夕海子。しかしそこで父親から耳を疑うような言葉が出てきた。

 

「いや……彼女は()()()()()()()()()()。弥勒家の"次期当主"は蓮華(彼女)になるのだからな」

「え……?」「な……っ」

 

 蓮華と夕海子は動揺していた。

 無理もない。蓮華にとってはこの家に来たその日に次期当主などと言われたのだ。

 それに夕海子は正統なる弥勒家の血筋だ。世継ぎがいないのなら分かるが、これは普通に考えておかしい。

 

「畏れながらお父様。弥勒家は代々……」

「ああ、この家は代々、()()()()()が次期当主に選ばれる。かく言う私もそうだったのだからな」

「でしたら、わたくしが次期当主で問題無いのでは……」

 

「ーー失礼します」

 

 扉がノックされ、秘書の女性が入ってきた。

 

「お話中申し訳ございません。会議のお時間が……あら? そこの彼女は……?」

「後で家の関係者にも説明するが、彼女は今日から厄介になる『弥勒蓮華』だ。私の同僚の娘で()()()()と聞いていたのでな。養子にした」

 

 そこで蓮華は察したのだ。自分がわざわざ名家に引き取られた理由を。

 恐らく夕海子も気付いたのだろう。

 

「しかしまぁ、親がバーテックスに襲われてな。居場所が無いと言うし、将来()()()()なので、うちで預かる事にしたというわけだ」

「お優しいんですね」

 

 なぜか……ある特定の言葉が強く耳に残った。

 

()()()()()()()()()()()()()()……あーいや喋り過ぎたな。とにかくそう言う事だ。私はもう会議に出る」

 

「「…………」」

 

 義父はそう言って部屋を出ていった。

 そして蓮華は弥勒家の次期当主になるべく、日々英才教育に励んでいく。

 

 夕海子もまた蓮華と同じカリキュラムを受けているようだ。

 しかし、数日経てばいやでも分かってしまったのだ。

 

 "弥勒夕海子に才能はない"、と。

 

 蓮華は小学校の頃から成績は良かったし、弥勒家に来て難しい学問を学ばされたが、その覚えの良さでどんどん才能を伸ばしていった。

 

 対する夕海子は……ただただ平凡だった。学業もスポーツも可もなく不可もない。一丁前に名家としての誇りは持ち合わせているようだが、実力が伴わない分、余計虚しく見える。

 

 ーー弥勒夕海子は普通だった。優秀では無かった。それが弥勒家にとっては致命的なのだろう。

 

 そんな夕海子に蓮華は特に構いもしなかった。覚える事ややるべき事が山積みで夕海子と話す時間が取れなかったからだ。

 

 そんなある日の夜、蓮華はフェンシングの練習をしている夕海子を見つけた。

 練習風景を見るからに、動きのキレも無い凡庸そのものだったが。

 

「遅くまでお疲れ様ね、夕海子」

「……! あら、ご機嫌ようですわ"お義姉様(ねえさま)"」

 

 "お義姉様"が若干ぎこちなく聞こえたが、蓮華は本題に入る。

 

「あなたは、これで良いの? 実の親に半ば絶縁状態にされて。良いの? 本来歳下である私を敬服する態度取らされて」

「…………」

 

 夕海子は練習を終えて、着替え始める。

 

「悔しくないの?」

 

「ーー悔しいに決まってますわ」

 

 そう言った夕海子の口調は、静けさの中にも怒りにも似た感情を宿していた。

 

「ですが、お父様のわたくしに対する"今の"評価は、その程度という事でしょう。ならば、駄々をこねて喚いても変わりませんわ」

 

(今の評価……ね)

 

 蓮華は使用人がうっかり漏らした会話を聞いていた。夕海子が父親から"無能"の烙印を押されたのは3()()()()だったいう事を」

 

「ですからわたくしは、今やるべきことを精一杯努力し続けるのですわ。そうすれば、いつかはその努力は報われわたくしがお父様に認められ、当主の座に輝いてみせますっ」

 

 夕海子の言葉に力強さを感じた。彼女はこの状況下においてもめげる事なく、ポジティブに上を見ていた。

 

「……フッ。そう。なら私も追い抜かれないように精進しなくてはね」

「当然ですわ。同情されて席を譲りました、ではわたくしのプライドが許しませんもの」

 

 私服に着替え終わった夕海子は、キッチンへ行き冷蔵庫を開ける。

 

「鍛錬の後は……やっぱりこれですわ!」

 

 夕海子が取り出したのは魚の切り身だった。

 

「夜更けに食べるものではないわね。バランス良く食べないと私を越えられないわよ?」

「いいえ、体を動かした後はこれ以外ありえませんの。わたくしの譲れないものですわっ」

 

 蓮華に反論しながらも頬を染め、うっとりしながら食べ続ける。

 

「栄養はきちんと摂りなさい。……やっぱりマグロ食べているようでは駄目ね……」

「言っておきますけど、これはマグロではなくカツオですわ!」

 

 どうやら夕海子が食べていたのは鰹のタタキだったようだ。

 

「ん〜、アルフレッドが拵えてくれたカツオはやっぱり随一ですわ!」

「もう……好きになさい」

 

 蓮華は笑いながら部屋を後にした。

 

 

 それから、蓮華は鏑矢の道を進み、その後に夕海子は防人の道を進んでいく。

 

 お互いに弥勒家の女としての"誇り"を胸に抱きながら。

 




 後半は蓮華+夕海子の過去をざっと振り返りました。前々から何となく匂わせておいたこの二人の関係。
 この作品において、蓮華の一人称は大体『この蓮華』ですが、以前は『弥勒』だったそうです。
 彼女は執拗なまでに"弥勒家"に拘っているようですね。それはすなわち、養子である蓮華が"自分が弥勒である事"を自分と周囲に誇示し続けているからだと、邪推する訳ですよ。


次回 旅立つあなたに最終楽曲を


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第五十三話 旅立つあなたに最終楽曲を

 拙稿ですがよろしくお願いします。
 前回、弥勒家の過去について触れましたが、現在弥勒家は没落しかけています。そのため、夕海子のお父さんは優秀な後継者が欲しいのです。そして弥勒夕海子も蓮華無き今、弥勒家回復のため努力しているのです。


前回のあらすじ
 京都での戦いは、進化体の出現という事態もあったが、勇者御記を守り抜いた歌野たち白鳥農業組合の勝利で終わった。そして歌野たちは梅田地下街へ帰還する。


 一夜が明けて歌野たちは大阪を目指す。

 

「あっ、見えてきたよ。大阪駅」

「もう少し行けば梅田地下街へ降りられる階段があるわ」

 

 水都は歌野に抱えられたまま、芽吹は蓮華の背に乗ったまま建物を飛び移っていく。

 

「ついた。さ、行くわよ」

 

 五人は階段を降りて地下街に入る。

 

「……?」

 

 すると五人は妙な感覚に襲われた。

 

「ねぇ、静か過ぎない?」

「え、ええ。いつもは皆出迎えてくれる筈だけれど」

 

 梅田地下街は暗闇に包まれており、人の気配がしない。

 

「みんな! 帰ってきたわよっ!」

 

 蓮華の声は地下街に響くだけで、応答は無い。

 

「ま、まさか」

 

 蓮華が最悪の展開を思い描いた時ーー。

 

「ひぃやあ!」

「!?」

 

 突如、水都から悲鳴を上がった。

 

「ワッツアップ⁉︎ みーちゃん!」

「い、今……何かが太ももに……」

 

 水都は左の太ももを押さえるが、特に何も無い。歌野たちも水都の太ももを見るが特に何の変化もない。

 

「別に何もーー」

「ぎゃっ!」

 

 今度は雪花が悲鳴を上げて頬を触り始めた。

 

「い、今……頬っぺたにペタッて何かが……っ」

「雪花も?」

「ここ……何かいるわね。目に見えない何かが」

 

 芽吹は周囲を見渡して警戒する。

 

(目には見えない……? まさかっ!)

 

 蓮華が何かに気付き、手を四方八方に伸ばして手探る。

 

「……? 蓮華さん、心当たりが……。ーー⁉︎」

 

 すると歌野が何かに反応したかのように目を見開いた。

 

「うたのん……? どうしたの?」

「……()()()()()()()()がするわっ」

「こんにゃく?」

 

 くんくん と歌野は匂いを嗅ぎ、何も無いところで口を大きく開けた。

 

 ーーパクッ

 

「え!?」

「歌野……今、何か食べた?」

 

 歌野は口をもぐもぐさせ、ごっくん と飲み込んだ。

 

「あ。コレやっぱり、こんにゃくねっ」

「えっなに……? そこに透明なこんにゃくがあったの?」

「ええ。この味は確かにこんにゃくよ」

「はあ……」

 

 この不思議な現象の正体を知っている蓮華からため息が漏れた。

 

「お遊びはこのぐらいにして姿を見せなさいっ。"No.7"!」

 

 その言葉に、当の本人は姿を現す。

 

「バレちゃってかぁ。テヘッ」

 

 物陰に隠れていたわけではない。No.7は何も無い空間から急に現れたのだ。

 

「No.7⁉︎ どういう事なの?」

「……あれ? メザシ隊長。私の"能力"知らなかったっけ? みんなも?」

「知らないわよ。……あと芽吹よ」

「あっれ〜? 言ってなかったのかぁ。じゃあここでネタバラシ。……私はね、自分の身体や触れている対象物を()()()()()()の」

「わーお⁉︎ だからこんにゃくが見えなかったのね!」

「でもこんにゃくって分かっただけ大したもんだけどね」

 

 No.7は笑いつつ、自身の能力を説明する。

 

「要するに私は『スケスケの野菜』を食べた『透明人間』ってこと」

「じゃあさっきは、私や水都ちゃんにこんにゃくを……」

「そうそう。私とこんにゃくを透明にさせてあなたたちにイタズラしてたの」

「なぜそんなセクハラまがいな事を……」

「んー、ちょっと驚かせようかなーって。いつもしてるわけじゃ無いよ。普段は男性の更衣室とかお風呂の盗撮に能力使うだけだし」

「今さらっととんでもない事言わなかった⁉︎」

「大丈夫大丈夫。撮る前はちゃんと男性の方々に許可取ってるから。『子供だから別に見られてもいいよ』ってね♡」 

 

 何の悪びれもなく問題発言をしたNo.7はニコッと笑う。

 

「でもちょっと怖かったよ……幽霊かと思ったもん」

「幽霊の正体見たりカリフラワーってやつねっ。……あ、今回はこんにゃくか」

「意味分からないよ、うたのん」

 

 No.7は片手を上げて、どこかの誰かに合図を送った。

 

「まぁ、悪ふざけはこのぐらいにして……。おーい!」

 

 すると、地下街の明かりがパッと点灯した。と同時に、そこに住む人たちが一斉に顔を出した。

 

「ーーおかえりなさああい!

 

 地下街の人たちは笑顔で歌野たちの凱旋を祝福する。

 色んな人が集まってきてもみくちゃにされる。

 

「わっわっ、ちょっちょっと!」

「サプライズって事ね!」

 

 その中のひとり、最初にあった幼い少女が笑顔で出迎えてくれる。それを見て蓮華は腰をおろして頭を撫でた。

 

「お姉ちゃんたち、おかえりなさい」

「ええ、ただいま。体調は? この蓮華が京都に行っている間、崩してない?」

「うん、元気だよ! あれからずーっと!」

「いつも妹を気にかけてくれてありがとうございます」

「当然よ。やはり元気が一番ね」

 

 蓮華が少女の頭を撫でているのを見て、少女の姉が感謝の意を込めて、深々と頭を下げた。

 

「蓮華さんっ。それにみなさんもっ。よかったらこちらへ。……今日はうんと楽しんでください」

「楽しむ? ……ってこれ!」

 

 視線の先には広場があり、そこには沢山の料理がテーブルに並べてあった。

 

「『私の代わりに御役目を果たしてくれたお礼だ』って、防人の方や神官の方が用意してくれたんです」

「見て見て! お刺身、天ぷら……それに蕎麦があるわ! それも"にしんそば"‼︎」

 

 歌野は、にしんそばを見るや否や即座に箸を手に取り食べ始めた。

 

「ん〜〜! デリシャス過ぎるわ〜!」

「あっこらうたのん! 食べるのはいいけど、いただきますが先だよ」

「歌野、がっつきすぎー」

 

 水都と雪花は呆れながら猛スピードで食べ続ける歌野を見ていた。

 

「いただきました!」

「「はやっ⁉︎」」

「うっふふふ」

 

 驚愕したいる二人に対し、少女の姉はニッコリと笑う。

 

「もっとあるからみなさんも食べてください。これは京都支部で人気の料理だったのでとても美味しいですよ」

「"にしんそば"と言えば京都だもんね。……いただきます」

 

 手を合わせて水都もにしんそばを味わう。雪花は自分の好物を探してテーブルを見渡す。

 

「旭川ラーメンは……流石にないかー」

「雪花。そこに"にしん"と"ラーメン"ならあるわ」

 

 指差す方向には、お皿の上に置かれた魚のニシンとカップラーメンがあった。

 

「それ使えば"にしんラーメン"がクリエイトできるわよ?」

「いや、乗っけただけじゃん⁉︎ それにラーメンもカップ麺だし!」

「私たちだけじゃなくて、みんなも食べましょう!」

 

 地下街の人たちも神官方々もテーブルを囲む。

 そして、隣のテーブルにいる芽吹と蓮華もまた、振る舞われた料理を食べている。

 

「……。うん、美味しいわね」

 

 神官たちが用意したかき揚げうどんを平らげていく。

 

「それにしても本当に用意がいいわね」

「ええ。No.7には私達が勇者御記(ポーネグリフ)を持ち帰ってくれるって分かってたような……」

「ーーもっちろ〜〜ん! だって"芽吹隊長"だからね〜‼︎」

 

 すると一瞬明かりが消灯して、ステージにスポットライトが当たる。

 

「ではではこれより! 見事、私たち京都支部の"尻拭い"をしてくれた勇者様方に感謝の気持ちを込めて〜〜歌いまーーーす!」

 

「わー‼︎」「イェーイ!」

 

 ステージに立っていたのはNo.7だった。彼女は最初に歌野たちが来た時と同じくステージで歌を披露するようだ。

 

「広がる夢♪ 羽ばたくは勇気の翼〜♪ ひろげて〜〜僕たちは向かう〜よ〜♪」

 

「……マイク持ってるのに本人の声で歌うのね……」

「でも今回はフリじゃなくてちゃんと歌ってるよ」

 

 No.7は電源の入っていないマイクを持ち、アカペラで歌い続けた。

 

「No.7は本当に感謝してるんですよ。勇者御記(ポーネグリフ)を取って来てくれた事を」

 

 No.7の部下であるNo.30はオレンジジュースを二人のグラスへ注いでいく。

 

「私たちからも言わせてください。本当にありがとうございました」

「フッ、当然よ。一度請け負った御役目は果たす。それがこの蓮華だから」

 

 食事が続く中、一曲目の歌が終わる。

 

「みんなノッてる〜〜‼︎」

「イェーイ!」

「じゃあ次の曲、いっくよ〜〜!」

 

 簡単なコール&レスポンスを終え、二曲目に入った。

 

「ワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ! サ"ン"ラ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"‼︎」

 

 一曲目とは打って変わり、テンポの速い曲を、まさかのデスボイスで歌い始めた。

 

「オ"ォォナ"ン"モ"カ"ン"モ"ス"テ"サ"ッテ"ェッ! サァワ"レ"ラ"ノ"セ"カ"イ"ヲ"オ"イ"ヤ"ッテ"ェッ‼︎」

 

 聞いている側は、その勢いに圧倒される。

 

「す……凄い迫力ね……」

「喉壊れちゃわない?」

「ん〜デストロイなソウルがこの身に染みてくるわ〜」

 

 すると食べ終えた蓮華がステージの方へ歩いていく。

 

「ーーこのギター、借りるわね」

 

 蓮華はステージ下で曲に合わせてエレキギターを弾き始める。

 

「蓮華さん、お上手です!」

「ギターも相まって、より一層迫力が増すねー」

「蓮華さん! ブラボー‼︎」

 

 蓮華のギター演奏とNo.7のデスボイスがシンクロしていく。

 

「ニ"ュウ" ワ"ア"ア"ア"ア"ル"ドッッ‼︎」

 

 そして二曲目も終わりを迎えた。

 

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……、は……はぁ……」

 

 ステージ上のNo.7はヘトヘトになっていた。

 

「さ……三曲目、いっくよおおおお‼︎」

 

「イェーイ!」

 

 観客たちの盛り上がりは依然留まらず、No.7はコップ一杯の水を飲んだ後、三曲目を歌い始めた。

 蓮華はギターを置いてテーブルに戻る。

 

「この曲にギターは要らないわね」

「蓮華さんは本当に上手ですね」

「前にも言ったわね。プロ顔負けだって。……鏑矢にいた時も、皆褒めてくれたわ」

 

 蓮華は手帳に挟んであった写真を見て微笑む。そこには()()()()()()()()()が写っていた。

 

「わーお、これが蓮華さんの……ってアレ? 蓮華さんの右に写ってる人って」

「ああ、見るのは初めてだったかしら? 彼女がーー」

()()()()?」

 

「……え?」

 

 蓮華は間の抜けた声と共に写真を落としてしまった。

 

「赤嶺……って。あなた彼女を知ってるの⁉︎」

 

 周りにいた芽吹、雪花、水都も集まって彼女を見る。

 

「赤嶺さんって確か……」

「この人……あの時の!」

「うん……彼女だ……」

 

 各々の反応を見て彼女たちが出会ったのが、蓮華の仲間だという確信が芽生える。

 

「私たち、知ってるのよ。彼女のこと……」

 

 

『ーーやあやあ、お二人とも、今日は月が綺麗だねぇ』

『私は、赤嶺。ヨロシクね』

『多分、どこかでそのうち会うかもしれないし、もう会ってるかもしれないね』

 

 歌野は旅の途中で()()()()()()()()に二度出会った事を話した。

 それを聞いた蓮華は足の力が抜けてガクッと膝を付く。

 

「そう……なのね。……生きて……いたんだ。やっぱり」

 

 頬をつねると当然だが痛みを感じた。

 

「痛い。なら、これは夢じゃないのね……」

「夢……?」

 

 雪花は不思議そうに呟く。

 蓮華はここに来て初めて、あの日別れてそれっきりになってしまった仲間の確かな情報を得たのだ。

 

 ーーたったひとりだけの情報だが、それでも……ゼロとイチではまるで違う。

 

「喜んでも、良いのかしら……希望を抱いて……良いのよね……?」

「蓮華さんっ。彼女は前に『私には仲間がいるから』『仲間にはそのうち会うかもしれない』って言ってたわ。それが蓮華さんの事か他の人かは分からないけど、もしかすると……」

 

 赤嶺という少女だけではない。おそらくは他の仲間も何人かは……。

 そんな"希望"が、蓮華の中で膨らみ始める。

 

 

「ーーみんなああ! 聞いてくれてありがとう〜〜‼︎」

 

 ステージからNo.7の声が聞こえる。今のやりとりの間に三曲目が終わったようだ。

 

「アンコール! アンコール!」

「アンコール! アンコール!」

 

 すると観客側からアンコールを要望する声が聞こえる。

 

「アンコールキタコレ⁉︎」

 

 No.7が目を輝かせる。

 周りの人たちの声はどんどん大きくなっていく。

 

「アンコール! アンコール!」

「アンコール! アンコール!」

「アルコール! アルコール!」

 

「ーー誰だあああ⁉︎ お酒飲んでる人はあああ⁉︎」

「はっはっはっはっは!」

「まぁそれは置いといて……アンコールいっくよ〜〜!」

 

 歓声の元、No.7は最後の曲を歌い始める。

 

「あっ、蓮華さん。最後にピアノ伴奏。お願いできますか?」

「……! ええ、いいわよ」

 

 ステージの下手にあるピアノに向かい、蓮華は弾き始める。

 

「蓮華さん、この曲はあなたに贈ります。この梅田地下街を今まで守ってくれたあなたへ。そして、これから自分の為に旅立つあなたに……最終楽曲(フィナーレ)を」

 

 ゆったりとしたピアノ伴奏の元、No.7は歌い出す。

 

「半端な想いでは〜この一歩は踏み出せない♪ そう〜前を向いてみれば自然と背筋が伸びるから〜♪ 誰かの言葉では〜動かせる筈が無い♪ いつだって〜決めるのは〜(ココ)だから〜♪」

 

 蓮華のピアノを近くで聴くため、歌野は隣に寄る。

 

「その一歩は〜強くて〜優しくて〜気高く美しい♪ まるであなたを表すように〜♪ そうして歩き続けて行くの〜♪ これから先は他の誰でも無い♪ あなたの人生だ〜か〜ら〜♪」

 

 綺麗な透き通る声で、且つ確かな力強さをNo.7の歌から感じる。

 

「時に迷って〜廻り道もするけど〜寄り道もしちゃうけど〜でもそれら全ては〜あなただけが歩けるあなただけの道〜♪」

 

 蓮華は目を瞑り、この歌に身を委ねて伴奏を続ける。

 

「ふと、立ち止まって〜振り返って見て〜♪ そこには〜あなたの足跡(過去)が〜ちゃんとある♪ 足元を見てご覧〜♪ そこには〜あなたの()が〜ちゃんとある♪ ほ〜ら前を見れば〜〜♪ あれは〜♪ あなただけの景色(未来)〜♪」

 

 そして最後の曲が終わる。

 

「ヒュ〜ヒュ〜」「ブラボー」「イェーイ‼︎」

 

 No.7へ惜しまない拍手喝采が沸き立つ。

 

「ビューティフルな演奏だったわ。歌と完全にシンクロして感激よ!」

「フッ。ありがと。……あの子に感謝しないとね」

「……ねぇ、蓮華さん」

 

 歌野はピアノの上に乗り、横になって蓮華に笑いかける。

 

「蓮華さんは地上に出てどこへ向かいます? やっぱり赤嶺さんを探しに行くんですか?」

 

 蓮華はその質問に答えずにピアノの鍵盤を眺めていた。

 

「……彼女は、元気にしてたかしら?」

「ええっ元気だったわっ」

「そう……それは良かった……こんな嬉しい日は、無いわね……」

 

 蓮華は安堵した表情を浮かべた。記憶の中の彼女はいつだって元気一杯だった。

 歌野の言葉で、彼女がまだ元気で生きていると分かった。こんなに喜ばしい事はないだろう。

 

「かつて、仲間と共に過ごした思い出は……この蓮華の中にちゃんとある。……あの日から1日たりとも皆を忘れた事なんて無かった」

 

 いつかは彼女と再会したい。そしてまだ会えぬ仲間ーー桐生静とも再会を果たしたい。……そう願う。

 

「弱音なんか言ってられないけど……辛い日だってあったわ。もちろん、()()()()つもりなんて毛頭無かったけど……でも、今なら自信を持って言葉にできるわ」

 

 顔を上げた蓮華の笑顔は、とても綺麗で輝いてみえた。

 

「この蓮華は……生きていて良かった、と‼︎」

「うんうんっ!」

 

 歌野もまた、満面の笑みで応えた。

 

「あっ。この蓮華、仲間に(農業)なっても(しても)いいかしら?」

「オフコース♪」

 

さらっと入ったあああ!?

 

 

 

 ……流れるように交わしたやりとりに周囲は仰天したのであった。

 




 ……"フィナーレ"ってちゃんと読めたでしょうか?


・No.7(女です):『スケスケの野菜』を食べた透明人間。自分と触れている対象物を透明にできる。そしてその能力を使って盗撮するのが趣味の自称アイドルで変態女。
 主な盗撮場所は男子更衣室や男風呂(承認済)。彼女曰く『アイドルに盗撮は付き物でしょ?』との事。←される側じゃね?

 "こういう能力"を持つ人はすぐ"そういう事"に使っちゃうよね。もしかしたら野菜が人を選ぶのか、そういう人が野菜に引かれるのか。


次回 友達の未来


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第五十四話 友達の未来

 拙稿ですがよろしくお願いします。前半は蓮華加入。後半では若葉たちの話に移ります。


前回のあらすじ
 梅田地下街に帰ってきた歌野たちは、そこで皆から手厚い歓迎を受けた。そして歌野の仲間に入る為に一定の条件を課していた蓮華は、突如、仲間にしてほしいと口にする。


 

 蓮華のひと言により、雪花と水都は面食らう。芽吹は少しだけ笑っていた。

 

「あ、あの……蓮華さん、今なんて」

「だからこの蓮華はあなたたちの仲間になってあげてもいいと言ったのよ」

「聞き間違いじゃなかったー」

「ですが蓮華さん。歌野に課した条件はどうするんですか? 満たしたという事でいいんですか?」

 

 芽吹としては蓮華が仲間になってくれる事に反論は無い。しかし確認しておきたい事があった。

 

「覚えているかしら? この蓮華はミス・シラトリに3つ条件を課したわね?」

「ええ、そうですね」

 

 改めて蓮華は親指、人差し指、中指の三本を立てる。

 

「ひとつ、京都支部にある勇者御記(ポーネグリフ)を取りに行く事。これは達成された。……次にふたつめ、この蓮華をリーダーにする事」

 

 二つ目の条件については歌野が食い下がり、蓮華が妥協した形となった。

 

「この蓮華がリーダーと認めたらクリア……だったわよね?」

「ええ、そうですっ。……ってことは」

「ミス・シラトリ……いいえ、白鳥歌野。あなたの実力、そしてリーダーとしての器。はっきり言って認めざるを得ないわ」

「おお! 合格って事ねっ」

「決めては、ミス・クスノキ……いいえ、芽吹。あなたが糸の呪縛から解放してくれた事。そして歌野が牡牛座バーテックスを倒した事。この二つが挙げられるわ」

 

 蓮華はあの時、樹の寄生糸(パラサイト)により窮地に立たされていた。それを救ってくれた芽吹に恩義を感じ、また後に来た牡牛座バーテックスと戦う歌野を見て、リーダーとして認めるに至った。

 

「でもアレはみんなのおかげで……」

「そう。そのみんなの中で一番があなたよ、歌野。それにさっきも言ったけど、この蓮華を救ってくれた()()()()()()()()()()()()()()()事」

 

 芽吹が本来、人の下につく器ではない事は、蓮華だけではなく雪花や水都も分かっていた。

 本人は()()()正式な歌野の仲間ではない、と言っているが実際には芽吹と歌野との互いの信頼度は高い。

 

「京都の戦いで再確認したわ。歌野、あなたの度量はこの蓮華の合格ラインを越えていた」

「サンクス♪ そう言って貰えて嬉しいわっ」

「で、3つ目だけれど……」

 

 蓮華はフッ と笑い、歌野に向けていた右手を下ろす。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

「……! それって!」

 

 それは先程達成された条件。蓮華の仲間だった鏑矢のひとり。即ち、赤嶺と名乗る少女の情報を、偶然にも歌野は入手していたのだ。

 

 故に、蓮華は仲間に入ると言った。

 あの瞬間に、3つの条件を達成したのだから。

 

「つまりこれで、この蓮華の条件を全てパスした事になるわ!」

「おお‼︎」

「やったね、うたのん!」

「私の思い通りにことが運ぶなんて……やっぱりデスティニー的なサムシングを感じるわ♪」

 

(運命……確かにそうね……)

 

 蓮華は自分と歌野たちとの間に、簡単には言葉で言い表せないものを感じていた。

 それこそ陳腐な表現をするならば、"運命"と呼べるものを。

 

「先程歌野の許可は得た。よってこの蓮華……いいえ、『弥勒蓮華』は、本日より白鳥(ホワイトスワン)農業組合(のうぎょうくみあい)の一員になるわっ」

「弥勒……? それが蓮華さんの名字ですか?」

「確か……五老星のひとりですよね? 弥勒って」

「ええそうよ。この蓮華の()()()()()()なの。それ故、弥勒家には知名度や他の名家とのコネクションもある」

 

 蓮華はNo.7からの情報で、弥勒家が没落しかけている事や、夕海子が奮闘している事も知っている。

 ……その理由が、蓮華の失態から起こった可能性がある事も。

 

「何より、農業を行うには資金が必要でしょう? ならばこの蓮華が『弥勒家』に掛け合い、その財力やネットワークを駆使して支援してあげる。……つまり、この蓮華の役職は『スポンサー兼アドバイザー』ね」

 

 だからこそ、いずれ蓮華の目標に"弥勒家を立て直す"事も含まれてくるだろう。それは四国へ行く歌野たちとの目的と重なる。

 

「この蓮華の幅広い知識で、農業を営む歌野たちをサポートしつつ、今後の方針などのアドバイスを行うの」

 

(なるほどー、あくまでも上に立ちたい訳か)

 

 スポンサー兼アドバイザー。上手い落とし所だと雪花は思った。

 組織の構造上、蓮華(スポンサー)歌野(リーダー)の上の立場になる。

 歌野の仲間に入ると言っておきながら、やはり蓮華の根幹である、『誰の指図も受けたくない。蓮華を従わせるのは蓮華だけ』が露骨に表れている。

 

(まー、そういう面で言えば、楠ちゃんも似たようなもんかー)

 

 芽吹と蓮華。顧客とスポンサー。どちらも歌野が農業を行う上で必要なものだ。

 しかし、芽吹には防人の存在があり蓮華には鏑矢の存在があった。

 

 故にいつか二人は、防人/鏑矢(かつての仲間)の為に歌野を切り捨てる時が来るのだろうか……。

 

(おっといかんいかん。また私の悪い癖が出たにゃぁ……)

 

 雪花は自分の中にある否定的な感情を振り払う。そういう思考はまた、『勇者の野菜』に潜む悪魔(精霊)に囚われてしまうからだ。

 

「じゃあ、改めてよろしくねっ。蓮華さん」

「ええ。よろしく。歌野」

 

 歌野と蓮華は握手をする。それもただの握手ではない。

 ガシッと強く握り合い、さらに腕相撲をするかのように手を組み替えて握手。

 

「トン、トン、トンっと」

 

 最後に互いの拳を小突き、また上から下へ、下から上へと計3回小突き合った。

 

「フッ」「ふふっ♪」

 

 こうして蓮華……いや、弥勒蓮華は白鳥(ホワイトスワン)農業組合(のうぎょうくみあい)に加入する事となったのだーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー時を同じくして四国の徳島県。そこに四勇全員とひなたが集まっていた。

 

「待ってくれ! 何かの間違いだろう⁉︎」

 

 定期的に四勇同士で情報共有が行われる四勇会議。そして室内に響き渡る声は乃木若葉のもの。彼女は大社から聞いた情報にひどく動揺していた。

 

「ですが若葉ちゃん。防人のNo.6が帰還された際にそうおっしゃっていたと……」

「だからそれは何かの間違いじゃあ……」

「乃木さん……貴女らしく……ないわ。そう頭ごなしに否定ばかりして……」

「若葉さんと"彼女"の間に何があったのかは聞きましたけど……」

「それに……貴女は彼女ーー"白鳥歌野"さんと一度あったきりじゃない。その一度では人の本質なんて……理解できる訳ない……わ」

 

 自身の副官である上里ひなただけではなく、同じ四勇の郡千景や伊予島杏もまた、大社の決定に従うつもりでいた。

 

 その内容とはーー白鳥歌野及びその一味の排除

 

「白鳥さんが……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などと、そんな話を信じているのか⁉︎」

「であれば、防人の方が嘘を言っていると? どうして嘘を吐く必要があるんですか?」

「……! それ、は……」

「若葉ちゃん、落ち着いてください。昔会ったという白鳥さんがどういった方であれ、こんな事態を今後も起こすようであれば、若葉ちゃんたちの誰かが彼女を止めなければならないんです」

 

 先日、大社本部へ帰還したNo.6は神官たちにこう進言した。

 

『白鳥歌野、秋原雪花、藤森水都。以上の()()が、双子座バーテックスと手を組み、防人を襲撃した』と。

 

「確かにそれが本当ならば前代未聞です。しかし、白鳥歌野さんは北海道にて防人部隊を強襲しています。前科があります。そして今回も防人を攻撃しています。それは明らかに常軌を逸脱した行動。大社の防人ですら止められないとなると、これはもう……」

 

 また、大社の情報ではそこに居合わせた七武勇とも戦闘を開始。双子座バーテックスを守るような行動を見せていた、と。

 

「もし、七武勇(彼女たち)と同等の力を持っているのなら、なおさら若葉ちゃんたちが対処しなければならないのですよ?」

「そ、それは……」

 

 もはや誰も若葉の胸中を推し量る事は出来ない。それは若葉自身もである。

 過去に出会った歌野の人柄と、大社からの情報で得た彼女の行動があまりにもかけ離れていた。

 

「なぁ若葉。単純な事を聞くぞ?」

「球子……」

 

 頭を掻きながら土居球子は若葉に問いかける。

 

「タマたちの御役目はなんだ? 若葉の目的はなんだ? 四勇は……何の為に存在しているんだ?」

 

 若葉は俯いたまま、静かに答えた。

 

「"四国の民"を……バーテックスの脅威から守る……だ」

「じゃあもし、"バーテックスに味方する人間"が出てきたら、若葉はどうするんだ?」

「ーーッ⁉︎ そんな事はありえなーー」

「若葉、"もし"……の話だぞ?」

 

 若葉はそこで口を閉じた。

 

「……タマっち先輩は、変なところで革新的な事を突くよね?」

「あんず。タマを馬鹿にしてるな?」

「してないよー。ただ、タマっち先輩は時々真面目な話するから驚いただけで」

「あんず! やっぱり馬鹿にしてるよなーッ⁉︎」

 

 球子が杏のこめかみに拳を当てぐりぐりし始める。

 

「あ〜〜痛い痛い!」

「もう、ケンカはダメですよ?」

「空気……読んでくれるかしら?」

「うぐっ……スマン」

「ごめんなさい」

 

 千景は未だ答えが出せずにいる若葉を冷徹な目で見ていた。

 

「乃木さん……貴女あの日、"彼女の未来"に懸けたって言ったわね」

「……!」

「それがこんな結果を招いて……そして、これから更に深刻な事態を引き起こすのなら……()()()()()を取るものではないかしら……?」

 

(懸けた責任……か)

 

 

 

 

 

 ーーそれは若葉が諏訪から帰還した時の事。帰ってくるなり若葉はすぐに病院へ行き、入院する事となった。

 何事かと、四勇やひなた以外の副官の皆は若葉の病室を訪れる。そこには負傷した若葉の姿があった。

 

「若葉さん。腕に火傷を負ったと聞きましたが……」

「杏。なに……大した事では無い」

「若葉ッ‼︎ 無事なのか⁉︎ 死んだってタマは聞いたぞ‼︎」

「いや球子。私はここにいるだろう?」

 

 千景は病室の外から若葉の状態を見ているだけだったが、心配しているのだけは見てとれた。

 

「いやー、乃木ちゃんも大変だったけど、上里ちゃんも大変だったよねー」

「はい……。昨日、乃木様の御見舞いに来られて、()()()()そうですね……」

「あ、ああ。腕の怪我を見た途端に……な」

 

 土居球子と伊予島杏の副官である安芸真鈴と郡千景の副官の花本美佳もまた、若葉を心配して病室にやってきていた。

 実際には、若葉とひなたの御見舞いになるが。

 

「乃木さんも……人の子、という事ね……」

 

 千景がボソッと呟くと、球子が食いついた。

 

「なんだなんだ? 若葉は人間じゃないって言うのかー? そりゃ確かにバケモノじみた力持ってるし、バーテックスも喰ったけど……」

「おい待て球子! あれはもういいだろ‼︎」

 

 千景はその応酬を無視して若葉の腕を見続けていた。

 

「あの貴女がイーストジャパンに出向いて大怪我を負ったと聞いた時は驚いたわ。……油断、していたの?」

「いや、そうではない」

「じゃあ一体……どんな敵にくれてやったのよ……その腕」

 

「…………これはな」

 

 若葉は包帯を巻かれた痛々しい腕を見て微笑む。そしてあの日の、歌野の言葉を思い出す。

 

 

『私はこんな世の中でも『日常』を大切にしていきたいって思ってます。……みんなで畑を耕して種を植えて立派に育てたものを採って食べて……。バーテックスがいなかった時でも変わらずやっていること。その日常を大切にしていきたいんです』

 

 

 歌野の言葉は、若葉が成し遂げたかった未来そのものだ。人々が当たり前に生き、当たり前に働き、当たり前に食事をして、当たり前に眠り朝を迎える。

 そんな『日常』を取り戻す事だった。それを、バーテックスがいるこの時代でも変わらず続けようとしていた歌野の姿は、まさしく若葉も欲した『(未来)』そのものなのだ。

 

 だから若葉はーー。

 

「"友達の未来"に懸けてきた」

 

 歌野の大切にしている『日常』を。今は辛くても、この先必ず訪れるであろう『幸福』を。

 忘れてしまった『平穏』を……リボンと共に取り戻す為に。

 

「…………?」

 

 その言葉に千景や他の面々は不思議そうに頭を傾ける。

 

「まぁ……悔いが無いのなら……別に構わないのだけど……」

 

 

 

 

 

 

 ーー若葉はあの日、歌野の夢に懸けたのだ。だがその歌野が大社の……四国の脅威となるのならばーー。

 

「……白鳥さんの件は、保留にしよう」

「……! 乃木さんっ、貴女まだこの状況を飲み込めていないの⁉︎」

「いや、そうじゃないんだ。……もし、白鳥さんが四国の民を脅かす存在になってしまったのなら、()()()()()()()()()()()()()()()つもりだ」

 

 そう言った若葉の眼差しは、やはりまだ不安と葛藤の中にあった。

 

「しかし、その情報の真意も確かめなければならないと思う。……故に私は、白鳥さんが"黒"だという根拠を見い出すまでは……彼女の人生を立てようと思う」

 

「……乃木さん、貴女は甘いわ…………」

 

 そう呟いて千景は部屋を出ていった。

 

(ああ。……分かっているさ)

 

 誰も千景の後を追おうとはしなかった。

 

「…………」

 

 沈黙が支配していく中、今回の四勇会議は終了した。

 

 

 




 若葉の胃が……胃痛が…………。




 蓮華が正式に仲間に加わった事でここで白鳥農業組合の各メンバーの役職を見ていきましょう。

・白鳥歌野:リーダー(即ち組合長)
・秋原雪花:デザイナー
・楠 芽吹:顧客
・弥勒蓮華:スポンサー兼アドバイザー
・藤森水都:???


次回 五老星のさらに上


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第五十五話 五老星のさらに上

 拙稿ですがよろしくお願いします。

Q.どんな敵にくれてやったんだ? その腕。

???「(乃木さんと上里さんが作るであろう)新しい時代に、懸けてきたわ」

???「(須美と園子が作るであろう)新しい時代に、懸けてきたんだ」

……まぁ、悔いが無いならいいか。


前回のあらすじ(?)
歌野「蓮華さん。……『ミス・シラトリ』って名前はもう使わないの?」
蓮華「ええ。今までは鏑矢の癖でコードネームみたいに呼んでいたけど、もうその必要もないからね」
芽吹「確かに『ミス・クスノキ』とか、言われている方もむず痒いから」
蓮華「じゃあ間を取って、芽吹は『ミス・ブシドー』でどう?」
芽吹「どこの間を取ったの?」



 梅田地下街にて開かれた宴も終わり蓮華は身支度を済ませる。

 

「内容は全てここに記してあるから」

 

 蓮華は分厚い紙の束をNo.7に手渡す。

 

「重っ。これ全部『ガーデンエリア』にある草花の栽培方法ですか……」

「ええそうよ。水を上げる時間帯。その量。花壇の移し替えのタイミング。肥料の種類と頻度。それらが全て載ってるから」

「ひ、ひえ〜」

 

 No.7は軽く引きながらその書類を受け取る。

 

「まぁ、これはNo.23とNo.30(あの子たち)や神官に任せて……と」

「No.7。ちょっといい?」

 

 と、そんなNo.7に制服姿の芽吹が話しかける。

 

「どうしたの?」

「これ、返すわ。ボロボロにして悪かったわね」

 

 芽吹はNo.7から借りていた防人装束と銃剣を渡した。それらは樹や牡牛座との戦闘を介し、煤まみれや傷だらけでボロボロになっている。

 

「いやそれは別にいいんだけど。……これからはどうするの? あなた自身の装束は完全には修復してないよ」

 

 芽吹の装束は他の防人や神官たちが修復していたが完全では無い。

 一応、No.7経由で本部に頼めば装束は手に入るが、今の芽吹にはそれを待っている暇は無い。

 

「いえ充分よ。……色々ありがとね」

 

 防人装束を身に纏わなければ、勇者では無い芽吹がバーテックスとの戦いについていける筈もない。確実に命を落とすだろう。

 もっとも、防人装束を纏っているからといって助かる保証もないが。

 

「別にそのまま自分のものにしてもいいんだけどねぇ」

「結構よ。……本当にありがとう」

 

 芽吹は深々と頭を下げる。ここへ来た時もそうだったが、誰かに頼み事をする時や礼を言う時、正式に防人となった以降の芽吹ならば余計なプライドが邪魔をして頭を下げることはなかっただろう。

 

本当に良い意味で変わったね

「何か言った?」

「ううん。じゃあそういうことで〜」

 

 

 

 

 蓮華と芽吹が戻ってきて、改めて歌野たちは梅田地下街を出発する準備が整う。

 

「それじゃあ四国への旅をまたリスタートしてーー」

「ちょっといい? 歌野」

 

 蓮華が四国へ向かうと意気込んでいた歌野の言葉を遮る。

 

「水を差して悪いわね。……四国を目指す前に"寄り道"をしてもいいかしら?」

「寄り道? と言うと、やっぱり赤嶺さんを?」

「いえ、そうでは無いわ」

 

 確かに蓮華の第一の目的としては、赤嶺をはじめとする鏑矢の生き残りを探す事。

 歌野たちの情報で赤嶺が今いる所はイーストジャパンとノースジャパンの境あたりだという事が分かっている。

 

「あなたたちの目的地はここから西でしょう? 今更イーストジャパンへ帰る手間は取らせないわ。彼女がいるかどうかも怪しいし」

 

 彼女がまだイーストジャパンに留まっている可能性は低いだろう、と蓮華は考えていた。

 

「それに歌野。あなたといる方が会えるような気がするのよ」

「えっ? それはどういうミーニング?」

「それ、分かります。うたのんにはそういう"運"が良いみたいで……」

 

 蓮華はわざわざ戻らなくても、歌野と旅を続ける中でもう一度会えるのではないか、と考えた。

 そして水都や雪花もその話に同意する。

 

「そうそう。歌野はなんていうか……"出会いを呼ぶ力"、みたいなのを持ってるんだよねー。縁っていうのかにゃぁ?」

 

 芽吹の時もそうだった。歌野はなんの情報もなく彼女と遭遇した。加えて、赤嶺や彼女からの情報で位置が判明した夏凛……。

 

「七武勇の人たちも含めて、うたのんがまるで引き寄せてるみたいな……」

「私、マグネットみたいねっ」

「まー、偶にバーテックスまで引き寄せてるのが、キズだけどねー」

 

 歌野には人を引きつける力があるのかも知れない。

 それが偶然なのか必然なのかは分からないが、少なくとも歌野の周りでは、"縁"というものがやおら形を為していくのだ。

 

「……で、話は戻るけど。寄り道先はね、同じウエストジャパンのある地域なの」

「ある地域?」

「勿体ぶる必要もないから言うわね。……修理に出しているこの蓮華の武器を取りに"奈良"へ行きたいのよ」

「奈良? そこに蓮華さんのマイ武器があるのね?」

「あれ? じゃあ今使っているのは?」

 

 今、蓮華が持っているプラスチック製のサーベルは蓮華の愛用している武器では無いようだ。

 奈良にいる鍛冶屋の職人に預けているらしい。

 

「見た目は細長い刀よ。この蓮華は『精霊刀(ソウルソリッド)』と名付けているわ。……正しくは『()()()精霊刀(ソウルソリッド)』だけどね」

「じゃあそれを取りに行きましょうか!」

「次なる目的地は奈良ね」

「りょーかい」

 

 そして歌野たちは梅田地下街から地上に戻り、奈良を目指す事に決めた。

 地下街の人たちはこぞって彼女たちとお別れの挨拶を交わす。

 

「蓮華さん行ってらっしゃあい」「いつでも帰ってきてね」

 

 蓮華は握手を交わし、その一人一人の服や鞄、その他の持ち物にサインしていく。

 

「ええ! 次、ここへ帰ってくる時は、沢山の土産話を持ってくるわね。……蓮華が離れている間は、その直筆サインを見て寂しさを紛らわすのよ」

「うんっ。ありがとっ蓮華お姉ちゃん!」

「お元気で!」

「近くに来た時は是非寄ってくれ。またご馳走用意しておくからね」

「ん〜、にしんそば‼︎ とてもデリシャスだったわ! 本当にありがとうございました!」

 

 歌野は宴の席で食べた時を思い出し、その嬉しさから地面に膝をつき、頭を下げて土下座する。

 

「歌野。何も土下座する事ないでしょー」

「うたのんにとってはそんなに嬉しい事だったんだね……」

 

 挨拶を済ませた歌野たちは、奈良がある方角へ跳び立った。

 

 ……その中で、蓮華は奈良にいるある人物に話を聞きに行く事も視野に入れていた。

 

(それに奈良に行けば、ミス・カラスマ……いえ、"烏丸久美子"がいる。彼女なら、勇者御記(ポーネグリフ)の内容や"友奈の意志"の事。……そして不確かなものの終着駅(グレイ・ターミナル)の真相も調べている筈)

 

 鏑矢壊滅から、蓮華が意図的に避けていたことを知るために。過去と向き合うためにーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーそして数時間後。途中、星屑との戦闘もあったが、軽々と蹴散らして奈良県へ入る。

 

「ここはもう奈良県内。もう少し西へ進めば目的地よ」

「いやーすぐだねー。おまけに楠ちゃんは蓮華さんに背負って貰ってるから、この雪花さん、随分楽して貰っちゃったにゃぁ」

「その分、さっきのバーテックスとの戦闘はあなたの躍進だったじゃない」

「まー、そのぐらいはね」

 

 そして数十分後、奈良の人たちが集っているという場所へやってきた。

 

「……ぁん? なんだオマエら?」

 

 すると、彼女たちの来訪に気付いたひとりの男性が近付いてきた。

 

「男の人が来たわ。……あの人が鍛冶屋さん?」

「いいえ、違うわ」

 

 男は髪の色を赤に染めており、黒色のTシャツを着ていた。そして見るからに彼女たちを警戒している。

 

「オイガキ共。修学旅行ですか、この野郎」

「あのっ、私たちはーー」

 

 喧嘩越しである男に説明しようとするが、その声は遮られる。

 

「お前はすっこんでろ、黒シャツ」

「……久美子の姉貴……? 知り合いなのか?」

「知ってはいるが、初対面が多いな」

 

 次は女性がやってきた。『久美子の姉貴』と呼ばれた女性は長い黒髪に赤のメッシュが所々に入っており、白衣を着た変わった科学者のような人だった。

 

「ご機嫌ようね、烏丸久美子」

「ああ、京都支部で情報交換して以来だっけか? 蓮華」

「ええそうね」

 

 烏丸久美子は蓮華を見た後、その視線を歌野へ移す。

 

「白鳥歌野だな。お前は」

「あら? 貴女も私の事を知っているのねっ」

「ある意味、有名人だから……な」

「ふっふ、ふふっ♪ 照れるわね〜」

 

 面識がない相手に知られている事に、若干頬を染めて照れる。

 

「まぁなんだ、ようこそ奈良へってやつだな。……私は烏丸久美子。しがない研究者だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーそして時は遡り。某時刻、香川県丸亀城にて。

 

「では"四勇"乃木若葉により、白鳥歌野たちの件は保留、か」

「はいそうです。また、兼ねてより計画されていた…………」

 

 ここに集った五人の当主たち。即ち"五老星"は四勇や大社本部の神官たちが話し合いで決定した今後の方針を聞いていた。

 

「……退がってよい」

「失礼します。……それと、もうすぐ()()()()がお見えになります」

「分かっておる」

「では」

 

 五人は、名家の当主であり大社の礎を築いた者たちであるため『大社上層部の最高位』にあたるわけだが、直接的に四国の政治に関わっている訳では無い。(まつりごと)は自分たちの子や孫、大社神官たちに任せてある。

 

「白鳥歌野……か。これ以上面倒を起こされても困るがな」

「私はその隣にいる藤森水都が気になる……」

「その父親は確か、我々が大社を組織させる前の団体に所属していたようだ」

 

 この五人は大社の決定事項について度々話し合っている。別にその結果が新たなる政治方針になるわけでもないが。

 

「双子座バーテックスが身を挺して守った少女……か。確かに()()()()()()()()()()

 

 しかし、この中にいる『弥勒家』の当主だけは()()()()()()()()()()()()()()

 五老星とは、大社を作った者たちの中でも特に権力の高い五つの家の当主たちである。

 しかしその後、弥勒家の当主は病死。それから次期当主だった夕海子の実父は当主になった際、()()()()()()()ここに顔を出している。

 

 そうでもしなければ、弥勒家没落に拍車が掛かってしまうと考えたからである。

 

 そしてもう一度言う。彼らに今の大社における発言権は無い。

 それが重要な案件であっても、だ。

 

「…………」

 

 

 

 

 

 カツーン……カツーン……と足音が聞こえてくる。

 

 

「……! 参られたようだ」

 

 大社に関わる重要事項は子や孫に任せてある。……そう、孫に。

 

 カツーン……カツーン……。

 

 丸亀城の物見台からひとりの少女が姿を見せる。その少女は巫女装束を纏い静かに、それでいて堂々たる佇まいで五人を見下ろす。

 

 

「おお……()()()()

 

 

 ザッ……と五人は一斉に片膝をついて平伏する。

 

"五老星"、ここに!

 

 五老星の中のひとり。『上里家』の当主もまた、実の孫娘である彼女に平伏す。まるでその二人に血の繋がりがないかの如く。

 

「先日……神樹様より、新たなる"神託"が降りました」

 

「神樹様が……っ」

 

 その言葉に五老星は感嘆の声を漏らす。

 

「では今回も、歴史から消すべき灯が、お決まりになったという事でしょうか」

 

「然らば……その者の名を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー多くの人々の預かり知らぬ所で、少しずつ……それでいて確実に"世界のうねり"は拡大の一途を辿る。

 




 丸亀城の虚の玉座には……四国の王などいない筈のあの玉座には……! ひとりの少女がーーザザッ……ツーツーツー。


次回 空白の歴史を辿る者


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第五十六話 空白の歴史を辿る者

 拙稿ですがよろしくお願いします。ようやく奈良(後半)に突入。物語の都合上、諏訪の時に少ししか触れなかった謎(二十七話、二十八話参照)+αについて、さらに解明していきたいと思います。
(そしてバトルもあります)

 また、連載1周年を記念してアンケートを作成しておりますので、よろしければご回答の程、お願い致します。


前回のあらすじ
蓮華の寄り道に付き合い、奈良へ辿り着いた歌野たち。そこで出会ったのは烏丸久美子という女性。蓮華は彼女にも用事があるようで……?



 

 自らを研究者となる女性、烏丸久美子は京都で起きた事や防人たちが梅田地下街へ避難した事を蓮華から聞かされた。

 

「なるほどな。京都支部はそんな事になってたのか」

 

 烏丸久美子は顎に手を添えて情報を聞いていた。

 

「……じゃあもう毛染め用のカラー剤は手に入らないな、黒シャツ」

「ウソだろォ⁉︎」

 

 隣にいた男はあからさまにショックを受けていた。

 

「毛染め……ですか?」

「コイツは髪を染めるのが趣味なんだよ。京都支部から定期的にヘアカラー用のスプレーとか貰ってな。つい最近までは金髪にしてたぞ」

「次は水色に染めようと思ってたのによォ……」

「やめろバカが。桜色に染めた時以上に気持ち悪くなるだけだ」

 

 以前、No.7たちから聞いていた。

 進化体バーテックスに京都支部が攻撃される前は梅田地下街や奈良の人たちに食料や娯楽物を支給していた、と。

 

「ああ、そういえば聞いてなかったな。お前たちはどうしてここに来たんだ?」

 

 久美子は歌野たち一行が奈良へ来た目的を問う。

 

「少し前にこの蓮華の武器を預けたのだけれど、もう整備は終えたかしら? それを取りに来たのよ」

「そういう事か。なら、他の奴らは何しにきたんだ?」

「蓮華さんの用事の付き添いよっ。何故なら、蓮華さんは白鳥(ホワイトスワン)農業組合(のうぎょうくみあい)のニューメンバーになったのだから!」

「は……?」

「つまりね…………」

 

 歌野の言っている事を理解が出来なかった久美子へ、蓮華が詳細を説明していく。

 それを受けて、久美子は事情を把握していった。

 

「……そうかそうか。お前も自分のやりたい事をようやくやれるようになったって訳か」

「蓮華の代わりに地下街の人たちを守ると言ってくれたNo.7。そして歌野たちのおかげでね」

 

 穏やかな表情で微笑んでいた蓮華を見て久美子は鼻で笑う。

 

「まっ、お前の好きにすればいいさ。……って事でおい、蓮華の刀の整備が終わってるか聞いてこい」

「あ? 俺が? 何でだよ」

「行かないのならお前を"凪の帯(カームベルト)"に放り込むぞ。……さあ、行くのか? 死ぬのか? 好きな方を選べ」

 

 男は久美子の剣幕に萎縮して渋々従う。

 

「行きゃあいいんだろ! 行きゃあよォ!」

 

 そして鍛冶屋がいると思われる方向へ走っていった。

 

「あの……烏丸さん、でしたよね?」

 

 水都は研究者と言った久美子の言葉に疑問を持ち尋ねる。

 

「研究者って言ってましたけど、ここで何の研究をしているんですか?」

 

 水都が疑問に思うのももっともである。こう言っては悪いが、このあたりは研究できる対象など何も無いようにみえたからだ。

 それらしい研究所も見当たらない。

 

「そうだな、本職は歴史とか文化遺産を調査する"考古学者"だが、最近はものづくりにも着手している」

「わーお! ならば烏丸さんはジニエスな人なのねっ」

 

 "天才(ジニエス)"と呼ばれて烏丸は嘲笑する。

 

「はっ。学者やってる奴らなんざトップレベルの馬鹿の集まりだよ。自分の専門分野以外はからっきし駄目なんだからな」

 

 自分の職について自嘲していた久美子に蓮華は次なる要件を伝える。

 

「実はね、蓮華が奈良に来た目的は他にもあるのよ」

「あら? そうなの蓮華さん」

「歌野たちには言ってなかったけど、武器を取りに来るついでに彼女に話があってね」

 

 蓮華の話す雰囲気から久美子はその目的を察した。

 

「ほう。つまりは私の()()()()()を聞きたい訳か」

「……! ええそうよ。話が早くて助かるわ」

「お前の話を聞いてもしや、と思っただけだ。……実際、勇者御記(ポーネグリフ)の研究をしている事をバラしたのは奈良以外じゃあお前くらいだからな」

「えっ、あなたが……勇者御記(ポーネグリフ)の研究を……⁉︎」

 

 水都は驚いて蓮華を見ると、彼女は頷く。

 蓮華によれば、久美子は密かに勇者御記(ポーネグリフ)の研究を行っており、ある程度は解読が可能だという。

 

「この蓮華が"鏑矢"の生き残りだと知った時に教えてくれたのよ」

「危険ではないんですか? その……勇者御記(ポーネグリフ)の研究は……」

 

 勇者御記(ポーネグリフ)は、大社にいるという"語り部"の役を任された者だけが読めるものだ、と水都の母から聞いていた。"友奈の一族"は例外として、その内容を烏丸久美子が解読できるとするならば、大社が今の時代に()()()()()()()()()を知っているということだ。

 

「危ないさ。だからもし、お前らが大社側にバラせば私たちを()()()()()だろうな。……実際、郡千景が来た時は焦ったもんだ」

「け……消す……」

 

 穏やかではない内容の話をしているのに対し、久美子は何故かうすら笑っていた。……まるでそうなる事を望んでいるかのような。

 

「こおりちかげ? それってもしかして四勇の?」

「ああそうだ。奴は一度ここへ来たんだ。……特に何をしに来たって訳でも無かったがな」

 

 千景は四勇が定期的に四国の外を見て回る御役目に参加して奈良へ来ていたようだ。その時は別の事でひと騒ぎあったが、久美子の研究については露見してはいない。

 

「……話を戻すわね。烏丸久美子。あなたへの要件、まずは"これ"よ」

 

 蓮華はポケットの中から一枚の紙を取り出す。

 

「…………!」

 

 それはどう見ても勇者御記(ポーネグリフ)だったーー。

 

 

————————————————

 

We have weapons to protect against god of heaven.

No. they are the national defense equipment.

 

First, the name is “Great Seto Bridge”.

As the name suggests, it is a bridge.

It connects Okayama Prefecture and Kagawa Prefecture and It is located in the Seto Inland Sea.

 

Second, origine of name is “Thousand Scenery Cannon”.

Another name is “Chikage Cannon”.

There is in Kagawa Prefecture. The reality is a tower.

The name of tower is “Senkeiden”.

It is a gold tower that Kagawa Prefecture is proud of.

 

write by Uesato Hinata

 

————————————————

 

 

 

「えっ、これって……勇者御記(ポーネグリフ)……?」

 

 水都は驚きのあまり、声が震えていた。

 

「そうよ。それも京都支部の地下にあったもの」

「ブリングアウトしちゃったの? 蓮華さん」

「違うわ。この蓮華が勇者御記(ポーネグリフ)をそっくりそのまま書き写したのよ」

「す……すごい。文字や書き方も、勇者御記(ポーネグリフ)そのもの……」

「当然。この蓮華は、完璧主義なのよ!」

 

 蓮華は得意げに胸を張る。京都支部から梅田地下街でNo.7に渡すまでの間に時間はあったが、誰にも見つからずに書き写したのだ。

 

「……要は蓮華。私にこれを解読しろって事か」

「その通りよ」

 

 久美子はそれをまじまじと見つめる。文字の細部から検閲されている部分までしっかりと。

 

「それにしても完璧に写してきたな」

「例えるなら魚拓でも取っている気分だったわ」

 

 それ程までに蓮華が写してきたものは精度が高かった。これを写し元(オリジナル)とこっそりすり替えても騙し通せるほどに。

 

「良いだろう。解読してやる」

「助かるわ」

「これは私の為でもあるからな。……この勇者御記(ポーネグリフ)もまた、"空白の100年"を知る手掛かりになるかもしれない」

「……? 空白の……」

 

「ーーおいっ、聞いてきたぜェ!」

 

 久美子の意味ありげな言葉に疑問を投げかけようとしたが、それを遮るように黒シャツの男が軽く息を切らしながら帰ってきた。

 

「出来てたのか?」

「結論を言うと『まだ完璧には仕上がってない』。『今日中で終わらせるから明日取りに来てくれ』だとさ」

「そうか」

 

 チラッと蓮華を見る。蓮華も仕方ないとばかりに軽く頷いた。

 

「あとよ、俺そいつらの事思い出したぜ。この前指名手配されてた勇者だろ! 勇者が訪問するなんてあん時以来だよな」

 

 その言葉を発した途端、なぜか久美子は男の腹部に膝蹴りを入れた。

 

「ぐぅえっ⁉︎」

「思い出すのが遅いんだよ。とっくにその話は終わったんだ」

 

 久美子は跪いた男を見下ろしながら蹴った膝を埃でも付いていたのか、手ではたく。

 

「うっえ! ゴホッ、ゴホッ……」

「さて、話が逸れたな……。勇者御記(ポーネグリフ)を解読するには1時間ぐらいかかるだろう」

 

 久美子は紙を受け取ると自分の研究室のある場所へ歩いていく。

 

「それまでお前たちは観光でもするんだな。……黒シャツ、泊まる場所とか案内しろ」

「……ちっ」

「あぁ?」

「ナンデモネッスヨ」

 

 久美子に睨み付けられ彼は嫌々従う。

 歌野たちは解読が終わる時間帯まで周辺を見て回る事にした。

 

 

 

 

 

 周辺を歩いている中、黒シャツの男は腹部をさする。先程久美子に蹴られた場所が疼いているようだ。

 

「いっつつ。……容赦無ぇよな。久美子のババァ……じゃねぇや姉貴は」

「あの……本当に大丈夫ですか……?」

「ま、じきに痛みも引くだろ。いつもこんなんなんだ、あのババァは」

 

 彼はここに久美子がいない事を狙って悪態をつく。

 

「でもさっきの足技は見事だったわ。彼女、武道の心得があるの?」

「詳しくは知らねぇけどあると思うぜ? 実際強いから反撃も出来ねェ。……多分、勇者のアンタらより100倍は強いな」

「強い……ような気がしますけど、それよりちょっと怖い……です」

「言えてらァ、あのクソババァ」

 

 すると、歌野が何かに反応してあたりを見渡し始める。

 

「……‼︎」

「どうしたの、うたのん」

 

 遠くで何かを見つけた歌野はそこを指差して目を輝かせる。

 

「メイビーだけど、あれは畑じゃない⁉︎」

 

 男は指差す方を見て頷いた。

 

「ああそうだ。ここ奈良は大社支部が無いからな。京都支部の援助だけじゃ持たねぇからある程度は自給自足でやってんだ」

「ちょっと見てくる、手伝ってくるわーーーッ‼︎」

「あ、ちょっとうたのん‼︎」

 

 言うが早いか、歌野は畑に向かって一直線に走っていった。

 

「わーお‼︎ キャベツが見るからにシャイニングしてるわ! きっと上質な土で育ててるのね‼︎」

 

 今にも飛んでいってしまいそうな程のハイテンションでスキップしながら駆けていく。

 それを水都が後から追いかける。

 

「あっ、こっちにはキュウリを栽培してるのねっ。ん〜、あと少しで収穫できそうなものがたっくさん‼︎」

「うたのんが変な方向にトリップしてるよ……」

 

 水都は頭を抱える。そういえばウエストジャパンに入ってから歌野は一度も農作業をしていない。

 梅田地下街にいた時も畑などなかったし『ガーデンエリア』も草花が中心で、食べられる野菜類など無かった。

 おそらく、今に至るまで鬱憤が溜まっていたのだろう。

 

(禁断症状が出る手前で良かった……のかな……)

 

 歌野は定期的に農作業を行わないと禁断症状に陥ってしまう。水都は過去に一度だけそれを体験した。

 

「ふっふっ、ふふっ♪」

 

 まるで動物園か水族館に来たかのように畑の野菜を眺めている。

 

 ーーと、そこへ、

 

「あっ……えっ? あなた……は?」

「どうしたんですか? 茉莉さ……」

 

 黒髪の少女と、赤い髪の少女が姿を現した。

 

「あら? ひょっとしなくても農作業をしてた人?」

「はい。そうですっ」

「ボ……ボクはただゆうちゃんの手伝いを……」

 

 赤い髪の少女は活発的な印象なのに対し、黒髪の少女は人見知りなのか、おどおどとしていた。

 

「二人共、畑が好きなのねっ。私と同じだわっ」

「畑が好きと言うよりは、ただ人の役に立つのが好き、かな」

「……っえ、う、うん。ボクも……かな」

 

(ふむふむ……) 

 

 体格から見て、二人共歌野と同じくらいの年齢だろうか。

 これは新たなる"同志"を見つけた、と歌野のセンサーが勝手に判断する。

 

「さては貴女たち……相当な農業マニアと見たわっ」

「マニア……? いえ、私は……」

「さ、さっきも言ったように……」

 

 話も碌に聞かず、名前も知らない彼女たちに歌野はぐいぐい迫る。

 

「えっ? ちょっとうたのん、まさか……」

「二人共、もっと農業をしたいと思わないっ⁉︎」

「「……?」」

 

(あっ……これ、いつものやつだ……)

 

 両手を差し出して二人に笑いかけた。

 水都は手を顔に当てて歌野の"いつもの行動"に軽くため息をつく。

 

「私は白鳥歌野。農業王になる為に、もしよかったら 私の仲間になりましょう(私と農業をしましょう)!」

 

「「えっ……⁉︎」」

 

 歌野の突然の勧誘に思考が固まり、二人は数秒間静止した。

 




 気が付けば、この物語が始まって一年が経過しておりました! 一年で約50話だから週刊連載になってた。
 これだけ続けられたのも、色々な形でレスポンスしてくれる方、閲覧して下さっている皆様のおかげであります。
 誠にありがとうございます!

 さて、ONE PIECEの世界観を導入している本作品ですが、ジャンプ作品の1周年記念でする事といえば……?
 そう『人気投票』です。
 という訳で現段階において『白鳥農業組合』のメンバーの中で誰が1番好きでしょうか? お時間ある方、是非投票願います!
・期限はウエストジャパン編終了まで(多分9月までかかるのでゆっくり考えて下さいませ)

 見事1位に輝いた人は・・・!?

エントリー1:白鳥歌野
エントリー2:藤森水都
エントリー3:秋原雪花
エントリー4:楠 芽吹
エントリー5:弥勒蓮華


次回 真実ほど人を魅了するものはない


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第五十七話 真実ほど人を魅了するものはない

 拙稿ですがよろしくお願いします。白鳥さんがまた別の女を口説こうとしています。また後半は謎解き回に入ります。


前回のあらすじ(?)
久美子「おい黒シャツ。お前また髪を染めてるのか?」
黒シャツ「いいや、今回はメッシュ付けてみたぜ。黒髪と赤のメッシュ。このコントラストが絶妙に良いだろォ」
久美子「やめろ。キモい」
黒シャツ「久美子の姉貴リスペーーぐぅええっ!!!?」



 歌野からの突然のスカウトに困惑する二人の少女。

 

「え……えーっと」

「もううたのん。この人たち戸惑ってるよ」

 

 水都は歌野と二人の仲介に入る。

 

「突然ごめんなさい。私は藤森水都と言います。今日、奈良にやって来た旅の者でーー」

 

 礼儀正しく水都が自己紹介をしていく……が、その途中で言葉が止まる。

 

「……え」

 

 水都は赤い髪をした少女の顔に見覚えがあった。もちろん、面と向かって出会ったのは今回が初めてだ。

 

 しかし水都は彼女の顔を知っていた。

 

「結城……友奈……さん?」

「えっ?」

「……!」

 

 その名前に真っ先に反応したのは黒髪の少女だった。

 

「ちっ違います! 彼女はッ結城友奈じゃあ無いです!!!」

「……え」

 

 声を荒げた少女は、すぐに我に返りバツの悪そうな表情で謝る。

 

「あっ……ボクは横手茉莉って言います。すみません、急に大声を出して……でも、人違いなんです」

「いいえ、それはいいんです……けど、本当に結城友奈さんに似てる……」

「よく言われるんです。ね、ゆうちゃん」

「うんっ。私も結城さんの写真見た時は驚いたよ」

 

 赤髪の少女は笑い、歌野と水都と握手を交わした。

 

「私は高嶋友奈。よろしくねっ、ミトちゃん! ウタちゃん!」

 

 

 互いに自己紹介し、改めて歌野はここまでの経緯を説明し終えた後、友奈と茉莉に返答を迫る。

 

「…………なるほど。あなたたちは四国へ行ってその"神樹様の恵み"というものを手に入れたいのですね」

「そうなのっ。その旅の道中で、支え合える仲間を探しているのよ」

「事情はわかったよ。……でもごめんね。私はこの奈良にいなきゃいけない理由があるんだぁ。ね、茉莉さん」

「う、うん。そうなんです。ボクもここでやるべき事がある、から。……なのでお断りさせていただきます」

 

 二人とも頭を下げ、本当に申し訳無さそうに歌野のスカウトを断った。

 

「だって、うたのん……仕方なーー」

「断るわっ!」

「え?」

 

 しかし歌野は首を大きく横に振る。

 

「貴女たちが私の誘いを()()()()()()()わ! だから一緒に行きましょう!」

「そんな無茶苦茶な……」

 

 歌野にとって自分と同年代で農業を営む人と出会えた事が本当に嬉しかったのだ。

 二人からすれば、食糧確保の為に農業をしているだけなのだが、歌野の脳内には『農業をしている人=農業が好きな人』という数式が成り立っている。

 

「お願いっ。私と来て!」

 

 目をキラキラさせている歌野に、高嶋友奈はまた断りの言葉を述べる。

 

「本当にごめんね、力になれなくて。…………でもいつか、四国には行ってみようと思うんだぁ。あそこには"ぐんちゃん"がいるからっ」

「ぐん……?」

「"四勇"の郡千景さんです。少し前に奈良に来て……その時にゆうちゃんと仲良くなったんです」

「こおり⁉︎ わーお! なんだか涼しそうな名前ねっ。きっとクールビューティーな人よ!」

 

 おそらく歌野は脳内で、"郡"と"氷"を間違えて変換しているようだ。

 

「名前で判断するのはどうかと思うけど……でも、優しい人だったらいいな……」

「ぐんちゃんは優しいよ! 大社の介入が嫌だから奈良(ここ)の事を言わないでっていう久美子さんのお願いも聞いてくれたし、それに色々物知りなんだぁ」

 

 実際、今に至るまで奈良に大社の介入があった事はない。京都支部の援助はあったが、ここには大社関係者は一人もいないのだ。

 

「バーテックスの危険もあるから、今は行けない。ここでみんなの平穏を守っていきたいし、それに結構楽しいんだぁ。……住めば都ってやつだよ! 奈良だけにねっ」

「……ゆうちゃん、あんまり上手くない……かも?」

「あれぇ……?」

 

 上手い事を言えた気がしたが、そうでも無かった。

 

「あら? そういえばみんなは?」

 

 すると歌野は、この場に自分と水都しかいない事にようやく気付いた。

 

「今気付いたの⁉︎ ……みんなは泊まる場所に案内されたよ。うたのんは一目散に走って行ったから私がついて来たの」

「そうなの? じゃあみーちゃん。約束の時間まで私はここで農作業してるから。みんなにそう伝えといて!」

 

 そう言うと歌野は水都のバッグから作業服と麦わら帽子を取り出し、ここで着替え始めた。

 

「わっちょっと! うたのん!」

「ノープロブレムよ♪ 周りにはみーちゃんたちしかいないし」

「そういう問題じゃあ……。……はぁ。分かったよ、みんなに伝えてくる」

「サンクス♪」

 

 こうなった歌野は言うことを聞かないのは分かっているので、呆れながら畑を後にした。

 

「高嶋さんと横手さんっだっけ? 私も手伝うわっ!」

「友奈で良いよ、ウタちゃん!」

 

 こうして三人は野菜に水をあげたり、果実の採取を行った。

 

 

 

 

 

 ーーそれから約束の時間になり、蓮華たちと合流して改めて久美子を訪ねる。そこには友奈と茉莉も加わっていた。

 

「友奈、茉莉。なんでお前らがこいつらといるんだ?」

「それはその……畑で色々あって……」

「そうですっ。()()()()()()()()ってやつです!」

「かくかくしかじか、だろ。まぁいいか」

 

 面倒な話になると思ったのか、久美子は頭を掻きながら話を区切った。

 

「……で? 烏丸久美子、解読出来たのよね。その内容を聞いてもいいかしら?」

「……ああ、いいぞ」

 

 そして久美子は勇者御記(ポーネグリフ)を見ながらゆっくりと告げていく。

 

「まず……『7月30日。私は貴女と出会った』」

 

「…………?」

 

「『"勇者の野菜"の能力者になってから、私と彼女は大社と呼ばれる組織の一員になった』」

 

 この場にいる何人かに、疑問符が浮かんでいく。

 

「『それからというもの、私と彼女は非常に仲の良い関係になった。私は彼女の事が好きだし、彼女も私の事が好きだ。いっその事付き合っーー』」

「ちょ、ちょいちょいちょいちょい待って待って!」

 

 居ても立っても居られなくなった雪花がストップをかけた。

 それもその筈。京都支部に保管されている勇者御記(ポーネグリフ)の内容は、『大社が保有する兵器』の情報だと聞いたからだ。

 

「私たちの知りたい事はそんな事⁉︎ ……そんな変な情報なんて要らないから兵器の情報が書かれてある部分だけ読んでくださいよっ」

 

 そう言われて、久美子の発した言葉は……

 

()()()()()()()

「……え?」

「あと一言二言で終わってた。……この勇者御記(ポーネグリフ)には()()()()()()()()()()()()()んだよ」

「そ……そんな……っ」

「"兵器"って単語も出てこなかったしな」

 

 

(……あれ? そうなんだ……)

 

 友奈だけは不思議そうに首を傾げていた。また、茉莉は久美子の顔を見たまま黙っていた。

 

「……って事はなに? 私たちは……いや、七武勇の二人も、在るはずのない物を探してたって事?」

 

 一見、恋愛小説の一編を読んでいるかのような内容。

 久美子が言うには、それが京都支部に保管されていた勇者御記(ポーネグリフ)であると……。

 

(所詮は紛い物って事ね……)

 

 芽吹はある種、達観したかのように聞いていた。

 蓮華も少し驚いていたが、すぐに毅然とした態度で話を進める。

 

「烏丸久美子。あなたは以前、勇者御記(ポーネグリフ)を解読する時、はじめは友奈の意見を参考にしたって言ってたわね」

 

 久美子が今、勇者御記(ポーネグリフ)を読めるのは大社が持っている文献や記録をある筋から手に入れると同時に"高嶋友奈の力"を得たからだ。

 

「なぜ、"友奈の一族"は何の知識も無いまま勇者御記(ポーネグリフ)が読めたの?」

「いや、ひとつ訂正するが別に友奈の名前を持つ奴らは全員が"これ"を()()()()()()()()()()()()

「どういう事?」

「お前たちは勇者御記(ポーネグリフ)がどのようなプロセスを辿って出来るか知っているか?」

 

 その問いに水都は手を挙げる。

 

「私、知ってます」

 

 母から聞いた話をする。勇者御記(ポーネグリフ)とは日本語で書かれた文章を英語に直し、さらにそれを暗号化させている。そうする事で定められた人間以外は読む事が出来ない仕様になっている。

 

「そう。……簡単に言うとな、"友奈"の中でも一部の奴らだけなんだよ。完璧に読めるのは。あとの奴らは"なんとなく"でしか読めていない」

 

 久美子は友奈を見て笑う。

 

勇者御記(ポーネグリフ)は日本語を英語に換えているが、高嶋友奈(こいつ)は英語なんて読める頭は持ってない」

「酷いですよ久美子さん。私だって読める英単語はあります」

「お前が読める英単語なんざ、たかが知れてるだろ?」

「うぐっ……」

 

 馬鹿にされた友奈がすぐに久美子へ意見するがあっさりはねのけられた。

 

「さっきも説明したが、勇者御記(ポーネグリフ)とは『主に四勇やそれに近しい人物』が日記のように書き記し『翻訳する人』が英語に変換し『暗号化できる人』がこの文字に書き写す。……だから勇者御記(ポーネグリフ)に携わった奴以外にこれを解読するのは難しいだろう」

 

 だがな……と久美子は付け加える。

 

「"友奈の一族"はな、()()()()()()()()()()()()んだよ」

「万物の、声……?」

「友奈の名を持つ奴らが共通して持ってる力さ。勇者御記(ポーネグリフ)にはその作成に携わった人物たちの"想い"が、"微かな声"として聴こえる。友奈はそう言っていた。だからこいつはなんとなく勇者御記(ポーネグリフ)を読めるんだ」

 

 友奈の方を見ると彼女は頷く。彼女自身も言葉では説明出来ないが、その万物の声が聴こえるという不思議な力で勇者御記(ポーネグリフ)を"なんとなく"で読めるらしいのだ。

 

「因みにだが、この暗号化した文字を作った奴。そいつの名を『リリエンソール』というらしい。また、そいつの友人の名は『柚木』。職業は"翻訳家"で、勇者御記(ポーネグリフ)を日本語から英語に変換する役目を担っていたようだ」

「そんな事まで知っているんですか……」

「私はな、大社本部の中にコネクションを持っているんだ。大社の奴らは決して一枚岩じゃない。あれほどの組織の大きさなら、()()()()()()が何人か存在するもんさ。私はそいつらに"取引"を持ちかけ、情報のやり取りをしているだけだ」

 

(ま、さらに驚くべき事は、その二人の娘がどちらも"友奈"の名を持っている事……だがな)

 

 久美子はその取引相手から大社の情報を得ている。それも大分根幹に関わる部分の情報を。

 その情報に、必然的に水都たちは惹きつけられていく。

 

「そこまで知っているのなら貴女は……西暦2015年の()()()。世界に何が起きたか知っているんですか⁉︎」

 

 水都は速まる心臓の鼓動を感じ取っていた。

 

「ああ……知っている」

「……‼︎」

 

 その時、ドクンッと心臓がはねた。

 

「いや、知っているというのは少し語弊があるか。……私は不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)にいた彼らの研究成果を出来る限り集め、"真実に近い仮説"を立てただけだ。だが、少なくとも私はこの仮説を真実だと思っている」

「……っ」

 

 不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)。その単語が出てきた時、蓮華は顔を強張らせた。

 

「その仮説は……」

「知りたいか? ……だが教えない」

「えっ」

 

 久美子は僅かにニヤケながら水都の好奇心を突き離した。

 

「私が今、ここでその"真実に近い仮説"を述べたところで今のお前たちにはどうする事も出来ない。……自分たちの足で調べ、その目や頭を使って、導き出した"答え"が私たちと同じとは限らないんだからな。……それでも聞きたいというのなら、この世界の()()()()()()()()について、私なりの仮説を話してやろう」

 

 水都は少し考えたあと、呟いた。

 

「じゃあ聞くのはやめます」

 

 それ以上を知る事をやめた。旅を続けていく中で、自分で答えを探したいと考えた。

 

「少しだけ……ヒントをやろうか。無知な状態では考える事も出来んからな」

 

 久美子はそう言って中途半端な情報だけ渡してきた。

 

「"空白の100年"というものが存在する。それは、大社上層部の奴らが隠してきたこの世界の影に潜む歴史の事だ。そして……その"空白の100年"が()()()()は、ちょうど西暦2015年だ」

「……‼︎」

「それだけだ。あとは自分たちで考えろ」

 

 久美子は笑っていた。それが何を意味するのかは分からないが……。

 

「はいはい。私も一個だけ聞きたいんだけどー」

 

 すると、雪花が手を挙げて質問する。

 

「"神樹様の恵み"の()()って何なのさ?」

 

 諏訪の時から気になっていた。水都の母によると、歌野の欲しているものは()()()()()()()()に過ぎず、且つ副次的なものであると。

 それにもし、それが"莫大な宝"ならば歌野以外が躍起にならないのは疑問だ。

 

 だから雪花は気になった。"神樹の恵み"が確かな物として存在するのかどうかを。

 

「"神樹様の恵み"っていうのは本当に目に見えて実在すーー」

ウエエエイトッ!!! 雪花ッッ‼︎

 

 その問いを投げ掛けようとしたところ、歌野の大声に阻まれた。

 

「"神樹様の(お宝)恵み"の正体が何かなんて聞きたくないわっ。実体として存在するのかどうかだって聞きたくないっ。たとえそれが仮説であったとしても! 何も分からないけど、だからこそ探しに行くの! ここで烏丸さんにアンサー貰うんなら、私は諏訪(ホーム)に帰る‼︎ つまらないアドベンチャーなら私はしない‼︎」

 

 凄んだ歌野の前に、雪花は先の失言を取り消す。

 

「ご、ごめん歌野。分かってる、分かってるよ。ただの興味本位で聞いただけ。……今のはナシでっ」

 

 そのやりとりを見て久美子は声に出して笑う。

 

「フッハハハハハッ! やれるか? お前に。ここから先はさらにお前たちの想像を遥かに凌ぐぞ。立ちはだかる敵も強大だ。……白鳥歌野、お前にあの強固な四国(大地)を"支配"出来るか?」

 

 その言葉に歌野は臆さなかった。

 確かにこれまでの道中、困難が幾度と無く立ちはだかってきた。そしてここから先も、中国地方(マリンフォード)や四国で、巨大な壁が行く手を塞いでくるだろう。

 

 ……しかし、それを知ってでもなお、歌野は歩みを止めない。

 

「"支配"なんてしないわっ。この自然溢れる大地の上で、1番フリーダムな人が"農業王"だから!」

 

 歌野は平然と笑ってそう答えた。

 

 その巨大な壁も、彼女の夢を閉ざす理由にはならない。

 

「……そうか」

 

 歌野の想いを聞いた久美子は、それだけ言った。

 

「じゃあ今日の所は終わりでいいか……。私はーー」

「待ちなさい」

 

 話を終えようとしていた久美子だが、蓮華は今日彼女を訪ねた本当の目的を告げる。

 

「あなたは知っているんでしょう? 不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)のテロ事件の事。……この蓮華が一番知りたかったのはそれなのよ」

「…………」

「教えて頂戴。あの()()()()()()()はなぜ起こったの? どうして鏑矢はあの人たちを()()()()()()()()()()()()の? "真実"を教えて」

 

 蓮華は知らなければならない。

 『鏑矢』という組織が何の為に設立されたのかを。

 

 あの日の犠牲の、本当の意味を。

 




奈良編ではこれまでの謎をさらに解き明かしつつ、肝心なところはまたぼかしています。
本編で烏丸先生が言っていたように、自分の頭で考えて答えを導き出してほしいという理由もあります。

次回は不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)のテロが何故起こってしまったのか。こちらを明かします。


次回 真実ほど人に残酷なものもない


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第五十八話 真実ほど人に残酷なものもない

 拙稿ですがよろしくお願いします。
 この話ってつまり……神世紀72年の……真相?

 んな馬鹿な…………。


前回のあらすじではない

 "俺は支配に興味ねぇんだよ、シキ! 好きなモン植えて好きに育てる! やりてぇようにやらねぇと農業やる意味がねぇだろ? どんな圧力をかけてこようとも"



 久美子は席を立ち棚に置いてあるライターを手に取り、タバコに火をつけた。

 

不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)……か。何でまたそんな事を? お前はあからさまにその事を避けてたじゃないか」

「…………」

 

 蓮華の反応を見るからに、その事件がトラウマになっているのが分かる。

 前に久美子が話題に挙げた時も、彼女は明らかに動揺していた。

 

「それに……その事件はお前が一番よく知っているんじゃないのか?」

「……っそれ、は」

「お前たち鏑矢のおかげで、"テロリスト共"の手から四国を守る事が出来たんだ。良かったよな、さぞかし()()()()()()()()()()()()?」

「……‼︎ あなたっ」

「いや、お前だけは違ったか? 弥勒蓮華。義父親は健在か? "五老星"のフリは疲れるだろう?」

「いい加減に……うあっ⁉︎」

 

 蓮華が久美子の胸ぐらを掴んだーーと同時に蓮華は転ばされ床に背中を付けた。

 

「いたっ!」

「蓮華さん⁉︎」

「久美子さんっ! 乱暴はやめてくださいっ」

 

 水都からは見えなかったが、あの瞬間に久美子は蓮華の足を蹴飛ばした。足を払われた蓮華はその場に転倒する。

 

「あな……たはっ、何故そんな事まで」

「だから言ったろ。大社本部にコネクションがあると。あとな、学者をあまり舐めないことだ。痛い目を見るぞ? 学者の好奇心で猫が死ぬ事だってあるんだからな」

 

 この状況で何故か久美子は蓮華を見下ろして笑っていた。その嘲笑は、蓮華の家への嫌みなのか、それともあの事件を体験した彼女たちへの憐れみからかは分からないが。

 

「くっ……」

「ま、お前がかよわい猫かどうかは知らんがな」

 

 蓮華から離れ椅子に戻る。そしてタバコの灰滓を灰皿に落とす。

 

「"五老星"のフリ……? どういう事なの」

 

 蓮華以外のメンバーからすれば、初めて耳にする事だ。防人にいた芽吹も知らない事だ。

 

「一度手にした権力は手放し難いものだ。特に弥勒家は、五老星である筈の先代当主がこの世にいない事がバレれば失墜の恐れがある。だから弥勒家当主は先代のフリをしている……まぁそんなところだ」

 

 蓮華もその事を知っているようだ。ならば蓮華が鏑矢に所属していた頃から弥勒家は没落の境地に立たされていたという事。

 そして今もフリを続けているのなら、弥勒夕海子も知っていてもおかしくない。

 

「……その弥勒家にいたお前が腑に落ちないのが()()()だろう? そこまで知りたいのなら遠回しに"真相"を教えてやる。その代わり私の話を聞いて『嘘だ。そんな事は信じない』とは言うなよ?」

「……? どういう事、かしら」

 

 蓮華は背中に付いた埃を払いながら起き上がる。

 

「人間とは自分の小さい脳みそと狭い見聞で世界を決めつける。その上、自分の予想だにしていなかった事、信じられない事は否定し一切受け付けようとしない。逆に自分が思ったとおりの話なら、容易く信じ疑う事をしない。……そんな傲慢な奴らだ」

 

 これは遠回しに忠告しているのだ。蓮華に……ここにいる全員に。

 

「そういう奴らが、異物を除去し、異端を排斥し、世界を正常に見せかけ、まわしている。光の当たる場所は綺麗に見えるが、見えない影の部分は薄汚い、そんな平穏(クソみたい)な土地が今の四国だ」

 

 たとえ久美子の話す内容が自分たちにとってあまりにも現実離れしている"馬鹿げた話"でも、それを拒絶せず、且つ鵜呑みにせず、自分たちの頭で精査して欲しいと。

 

「あまりにも理不尽な話だろ?」

 

 フウゥ……と煙を吐き、タバコを灰皿に置く。

 そして久美子はひと呼吸おいて話し始める。

 

「……今から話すのは……その"理不尽"に押し潰されてしまった被害者(テロリスト)たちの話だよ」

 

 不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)で起こった真実をーー。

 

 

 

 

 烏丸久美子は7月30日のあの時。当時住んでいた大阪から奈良へ向かっていた。

 少し前に奈良県で遺跡が発掘されたとの情報が入り、久美子が所属する大学の研究チームは共同で調査にあたっていた。

 久美子もまたその調査の手伝いに駆り出された。彼女自身、その遺跡の調査結果を後の論文の材料にしようと考えた。

 また、その遺跡の調査の主担当は久美子の研究室の教授だったそうだ。

 

「……ここで一旦私の話は省くが、結局その遺跡には行けなかったよ。その途中でバーテックス共が現れそれどころじゃ無くなった。ちなみにだが、その日だな、そこにいる友奈や茉莉。それと黒シャツをはじめ、今奈良にいる大体の奴らと出会ったのも」

 

 友奈と茉莉は暗い表情をしていた。その時の状況を思い出しているのだろう。

 

「それから私たちは奈良に居座る事になったが……教授たちがどうなったかは後で分かった。どうやら自分たちで四国へ渡ったらしいな」

 

 調査班が四国へ逃れたあと、大社の保護のもと四国への移住が決定した。

 メンバーの中で四国に親戚や友人などのツテがある場合は、そのツテを頼って四国の各場所へ移り住める。

 対して、教授を含めたツテの無い何人かは香川県のとある場所に集められた。そこは大社が避難民を対象に仮設した居住区画だった。他にも彼らのような本州から避難してきた人たちが住んでいる。

 

「戦争か災害の難民みたいな暮らしだったが、次第に心に余裕が出来てきた。四国にはあの日以来、バーテックスの侵攻は()()()()()()()からな」

 

 その居住区画は本州から移り住んできた身寄りのない者たちの集まり。称して『不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)」と呼んだ。

 

 誰が呼び始めたかは定かではないが軽蔑的な呼称である。

 それから、バーテックスの脅威が無いと実感した四国の民が快適に暮らしている中、大社の支援によりひっそりと彼らも暮らしていた。

 

「……別に四国の奴らと一切交流が無かったわけじゃない。大社の神官が仲介役となる事である程度は自由が効いていたらしい。……教授は優秀な考古学の権威だったし、大社の奴らも歴史の資料や文献を貸与する事で教授たちの研究を手伝っていたようだ……」

 

 不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)にいた人たちは不便な事はあれど、決して不遇な扱いはされていなかった。

 加えて大社の支援により、彼らとの仲はより親しくなっていった……。

 

 

 ……これから先も続いていくと思っていた。

 

 

「だが……それが間違いだったんだ。……そのせいであの惨劇は起こってしまった」

「……⁉︎ な、何があったんですかっ」

「…………」

 

 蓮華は黙り込んだまま俯いている。久美子はそれを気に掛ける素振りも見せず、話を続けた。

 

「バーテックスの脅威が無くなり、心の余裕ができ、なおかつ自身の研究も継続できる程の状態まで回復した彼らに……"ひとつの疑問"が生まれた。これは命の危機が迫っていたあの頃では例え頭に浮かんでも探る術が無かったものだ」

 

 教授たち学者の研究対象はいつしか『それ』に取って代わっていた。

 

「『一体どうして、どこから、バーテック(やつら)スがやってきたのか?』」

 

 バーテックスが何故、この世界に突然現れ、人を喰らい、文明を崩壊させるのか。

 そもそもバーテックスとは何なのか。未だかつてあの生物を見た者など居なかった。

 彼らの中には、地球外生命(エイリアン)体ではないか、という意見さえあった。

 

「不思議に思って当然だろう。突然、自分たちの思考を遥かに越える事態が起こったんだからな。その謎を……学者として解き明かしたいと思うのは当然の欲求じゃないか」

「じゃあその人たちは……っ」

「教授たちは大社の神官が持ってくる文献から手掛かりになりそうなものを片っ端から調べていった。そして時には、()()()()()()()()書庫を漁り過去の文献を手に入れるという暴挙にまで発展した。その時、いくつかの検閲前の勇者御記(ポーネグリフ)も発見したようだ」

 

 教授たちは大社の神官を利用して、大社書史部の場所に検討を付けた。そして数人のチームを組んで潜入させ、重要な文献や勇者御記(ポーネグリフ)を見つけ、その解読を始めた。

 

「そして当然、その行動は大社の知るところになった。……隠してきた歴史の真実を知られたかもしれない相手に大社が降した判断は……鏑矢による"粛清"だ」

 

 大社上層部は彼らの行いを突き止め断罪した。隠された歴史を暴き、勇者御記(ポーネグリフ)さえ解読した彼らを、大社は目障りに感じたのだ。

 

勇者御記(ポーネグリフ)の内容の中には、本物の『兵器の情報』も記されている。そしてその兵器は今も四国で眠っていて、勇者御記(ポーネグリフ)にはその起動方法も記されていたと聞く」

「……⁉︎」

 

 久美子が先程読み上げたものでは無く、兵器の情報が記されたものが確かに存在するという。

 それを読み解いた可能性がある教授たちを、大社はもう野放しにはできない。

 

 たとえ教授たちに悪意が無かろうと。

 

「だから鏑矢が不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)()()()()()。そこにいる人たちを逃さないために。あらゆる証拠を消す為に、"火事"はうってつけだからな。……その混乱の中、彼らは次々に粛清された」

「えっ⁉︎ ちょっと待ってよ! 火を付けたって……じゃあ不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)の"火災テロ"っていうのは、()()()()()()()って事⁉︎」

 

 その話を聞いた雪花は明らかに動揺していた。水都も芽吹も、茉莉や友奈ですらその話は到底信じられるものではなかった。

 そしてその問いに久美子は何の反応も示さなかったが、蓮華は微かに()()()

 

「今やこの事は大社の中でも一部の奴しか知らない。大社の記録では不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)にいた者たちは死亡。他の情報は全て消去。一方、粛清の役目を任された鏑矢は"後の戦い"でバーテックスの強襲を受け全滅、だからな」

 

 そして、彼らはこの歴史の記録から綺麗さっぱり消えてしまった。……大社を転覆させ、四国滅亡を目論む"テロリスト集団"として。

 その"不名誉"だけを残して、不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)の火災テロの真相は闇に葬られた。

 

「人は知らない事を知りたいと願うものだ。語られない歴史を知りたい……と。学者なら尚更な。たとえその先にどんな結末が待っていたとしても」

 

 久美子はまた次のタバコを取り出し吸い始める。

 

「……以上があの日、不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)で起こった出来事だ。弥勒蓮華……お前の知りたがっていた"なぜあの事件は起こったのか"。"なぜ彼らを殺さなければならなかったのか"。その問いに対する答えをひと言で言うのなら……『彼らは知りすぎた』からだな」

「…………」

「だが、大社も迂闊だよな。……教授が研究結果から"ある仮説"を立て……それを知った大社が彼らを存在ごと消したとしたら……それはもう大社が()()()()()()()()()()()()ようなものだろう?」

「…………」

 

 もう誰も、口を動かす気力など無かった。水都も雪花もただ困惑に満ちた表情で久美子と蓮華を交互に見ている事しかできない。

 

(蓮華さん……)

 

 蓮華たち鏑矢は大社の治安維持部隊である。四国の平穏を守る為、誰も疑う事無く、危険分子を捕らえ排除してきた。

 

 ……それが大社(四国)の為と疑わず。

 

 四勇がバーテックスを討伐する為に結成されたのだとしたら、鏑矢はさしずめ大社にとって"不都合な人間"を粛清する部隊。

 その最たる例が、不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)の火災テロだった。

 

「知らなかったのよ……"私"は……。自分たちが運んでいる物が()()()()だったなんて……。この御役目は、彼らへの物資運搬だって聞いてたのに……」

 

 蓮華は近くの机にもたれかかっていた。もはや自分でまともに立つ事が出来ないくらいの衝撃を受けており、ポツポツと呟く言葉は発した途端に虚しく消える。

 

「知った時には……もう、遅かった……何もかも」

「事前に教えれば、反感が生まれると思ったんだろう。だから鏑矢の大半には直前まで知らされなかった」

 

 蓮華の脳裏に浮かぶのは、鏑矢として活動している華やかな記憶…………に見せかけた虚像。

 

 鏑矢として発足した時、蓮華たち成績上位五名は特別に、大社が発見した『勇者の野菜』を賜った。

 上位陣には、桐生静や赤嶺も存在する。

 彼女たちもまた、より多くの人々の平和の為にその力を手にしたつもりだった。

 

 ミス・ダブルフィンガーは指先や髪の毛を棘に変え。

 ミス・オールサンデーは身体の一部を咲かせ。

 赤嶺は動物たちを使役し。

 桐生静は大地を揺らし。

 弥勒蓮華はあらゆる物を金属に変えられる。

 

 しかし彼女たちの能力は、決して綺麗な目的の為には使われず、人を消す為に用いられるに過ぎなかった。

 

 ーー大社の為に、と。

 ーー四国の為に、と。

 ーー世界の為に、と。

 ーー人類の為に、と。

 ーー平和の為に、と。

 

 

 

 果たしてその先に……彼女たちが望んだものはあったのだろうか。

 




・鏑矢として成立する際に成績上位五名は、大社が集めた勇者の野菜を手に入れたと前に本編にありました。それは以下の五人です。

一位 桐生静 『振動人間』
二位 弥勒蓮華『金属人間』
三位 赤嶺 『???』
四位 ミス・オールサンデー(本名不詳) 『花咲人間』
五位 ミス・ダブルフィンガー(本名不詳) 『棘人間』

※蓮華たちが手にした時点ではどれが何の野菜かは不明だった。


次回 夢在るがゆえ

























































 以下、教授が提唱した仮説について、一部抜粋して紹介
































 我々はバーテックスが何故、この世界に現れたのか、その答えを大社上層部が握っているのではないかと考えている。
 西暦2015年の7月30日。突如として出現したバーテックスに人類は蹂躙されたが、同じ日に実はもうひとつ、突如出現したものがある。
 それは迫り来るバーテックスから沢山の人々を守った"とある力を手に入れた少女"。つまり勇者だ。……突如現れた、という意味でなら正しいのは『勇者の野菜』になるが。

 また、バーテックスから人類を守る壁として四国に現れたのが"神樹"だ。
 大社はその神樹がどのような存在で、どういう役割を持っているのかを知っていた筈だ。だから四国が安全だという確信を持っていた。そしてあの状況下でも四国の民や避難民への対応を迅速に行えた。
 普通は混乱し、状況把握や治安維持の役目を持つ組織の結成は、それだけで日数のかかるものだ。未確認生物が襲来したとして、その対抗組織がすぐさま結成し、迅速に動けるのは些か不自然である。

 そして何より、大社の基盤を作ったとされる"五老星"。彼らの出身地が全て四国である事が揺るぎない証拠。

 つまりだ。大社は……()()()()()()()()()()()のでは無いか? バーテックスの襲来も、神樹や勇者が現れる事も。

 我々は密かに、神官が持ってくる文献から僅かな"痕跡"を見出し、さらに書史部へ忍び込み、疑わしき文献を探した。
 そして手掛かりを得たのだ。およそ100年前から大社の前身となる宗教団体が世間に気付かれず、陰ながら活動していた事を。

 彼らはある理由でその100年間の歴史を隠蔽し、決して人々の目に触れないようにした。
 我々はその隠された歴史を"空白の100年"と呼んでいる。

 ……だが、この世から情報を完全に消し去る事はほぼ不可能だ。現に、上層部の彼らが知っている時点で、世に知れ渡る危険性はゼロではない。

 我々は書史部にあった文献を調べていく中で、あの日起こった出来事は、"空白の100年"の()()ではないかと考えた。

 そう、7月30日に現れた『バーテックス』は……『勇者の野菜』は……"空白の100年"に何かが起こり、その結果としてこの世界に現れた。

 そして我々は勇者の野菜とは、神樹がもたらしたバーテックスへの対抗手段である事も知っている。

 勇者という存在は神樹によって生まれたのだ。

 ……では逆はどうだ?

 バーテックスもまた、何らかの存在によって生まれたのではないか?

 恐らくは、()()()()()()()()()によって……な。












…………大胆な仮説ですね。



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第五十九話 夢在るがゆえ

拙稿ですがよろしくお願いします。

 あれっ⁉︎ 前回白鳥さん、セリフなくねッ⁉︎ 何してたの‼︎


 …………寝てました。


前回のあらすじ
烏丸久美子から不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)で起きた真相を聞く。だが、当事者である蓮華を含めて皆はかなりのショックを受けてしまう。


 久美子の話が終わってから数分ほど沈黙が部屋の中を支配する。

 それから少し経って水都は話の中で生まれた疑問を追求した。

 

「あ……あの、ちょっといいですか……」

 

 おそるおそる手を上げる水都に、バラバラだったみんなの視線が集まる。

 

「烏丸さんは大社本部にコネクションがあって、そこから情報を得ているんですよね。……でも今の話は、まるで()()()()()()()()()()()()口振りです……」

 

 久美子の協力者が誰なのかは分からない。もしかすると一人ではないのかもしれない。

 しかし、水都はこう思っていた。実は粛清されたと思っていた彼らの中には"生き延びた者"がいて、その人から情報を得たのではないか、と。

 

「いるん……ですか? その……不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)の生き残りは」

 

 大社の記録には杜撰なものが多く見受けられる。実際、鏑矢の全滅は間違いで蓮華や赤嶺は生存していた。

 

「仮にそうだとして……"そいつ"の存在がバレれば、大社に()()()()消される。だからそれについては何とも言えんな」

 

 久美子は微妙にはぐらかしたつもりのようだが、その発言からほぼ答えを言っているようなものだった。

 

 すると、蓮華はもたれていた机から離れ久美子へ向き直る。

 

「……ありがとう、烏丸久美子。お陰でこのあたりの霧が晴れた気がするわ」

 

 胸のあたりに手を添え目を閉じる。大社という組織。そして鏑矢という部隊。そこにいた自分。様々な事に折り合いがついた気がした。

 

「それだけか? もっと怒るなり嘆くなりしてもいいんだぞ?」

「そんな事はしないわ。この蓮華が自分からあなたに話させたのに、それを聞いて取り乱すなんてみっともない真似はしない」

 

 衝撃を受けたからといって、行き場の無い怒りを周囲に振り撒くようなプライドの無い人間にはなりたくない。

 

「なぜ大社が蓮華たちに真実を隠して作戦を強行させたのか。……どうして彼らは死ななければならなかったのか。その理由に確信を持ちたかっただけなの」

 

 蓮華自身、悲観も憤怒も無い。

 あくまでも過去と向き合う為。その為に真実が知りたかった。

 

「だから、その先の話はまだ何も進んでないわ」

 

 そんな意味ありげなセリフを言い残して蓮華は部屋を後にした。

 

「……行っちゃった」

 

 蓮華は毅然な態度を振る舞っているように見えたが、水都たちはそれを危うく感じていた。

 その心が、いつかポキッと折れてしまうのではないかと……。

 

「……あ、ちょっと私もいいですかー?」

 

 今度は雪花が手を上げる。

 彼女は先の説明で大社における情報の異常なまでの秘匿性が気になっていた。

 不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)の惨劇、その発端を蓮華が知らなかったという事に。

 

「蓮華さんは養子なんだけど"五老星"の家の子なんだよね? ……その蓮華さんにまで情報を隠すなんて、やり過ぎじゃない?」

 

 その問いに答えたのは、久美子では無く芽吹だった。

 

「恐らく……火災テロを起こすよう"命令した人"は、彼女の性格を知っていたのでしょうね。彼女は性格上、不満があれば『NO』と言える人間。だから本当の事を説明せず……あえて騙した形で作戦を進めた」

 

 蓮華は前に言っていた。"蓮華に命令出来るのは蓮華だけ"。もし彼女に包み隠さず話せば当然拒否されていただろう。

 故に"粛清の命令を出した者"は蓮華の性格を知っていたからこそ、彼女を騙し推し進めたのだと芽吹は考えた。

 

「そして大社は……()()()()()()()()()()()を利用していた事も考えられるわね」

「そっか。確か桐生静って人の言う事は聞いてたんだっけ。じゃあ桐生静へ命令を出し、彼女が蓮華さんへ命令を出したなら……」

「ええ。回りくどいけど、そうすれば蓮華が拒否する可能性は低くなる。……それに蓮華の不満の矛先は大社から桐生静に向けられる」

 

 それが本当ならば、大社は桐生静と蓮華の関係性を把握していた事になる。

 蓮華を従わせる為には桐生静を使えばいい事を。

 

「でも桐生静さんがその命令を拒否する事は無かったのかな? 蓮華さんから聞いた話だけだから人柄とかは分からないけど……」

 

「ーー拒否せざるを得ない状況だったんじゃないか?」

 

 水都の問いに久美子が推論を述べる。

 

「これもまた仮の話だが、大社がその桐生静って奴に『この作戦が失敗すれば、弥勒家の威信が地に落ちる』と脅したらどうだ?」

「……えっ?」

「人は、一度手にした権力は手放し難い……とさっき言ったな。不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)の彼らへの粛清が失敗すれば、弥勒蓮華の家は失墜する……いや、その桐生静自身も他のメンバーも、御家や家族の事を思えば、従わなければならなかったんだろう」

 

 弥勒蓮華が養子である事。弥勒家の為に奮闘している事を知っていた。ならばその蓮華への想いを、大社にまんまと利用された可能性も考えられる。

 

「拒否すれば……失敗すれば不利な条件を突き付ける。……大抵の人間ならこれで従わせられるだろう」

 

 芽吹たち防人も、若葉たち四勇も似たようなものだ。彼女たちは大社に力を貸す事を条件に様々な便宜が図られている。

 防人になる事で裕福になった家。四勇として活躍する事で認められる存在。

 そういったものは全て、大社の存在があってこそ保証されているのだ。

 ならばもし、大社の方針に背く者がいれば、大社は軽々とその保証を破却する。

 それが久美子の考える"脅し"である。

 

「そういえば……乃木園子の件だって似たようなもんだったか……」

「え? 乃木園ーー」

 

くああ〜〜〜

 

 その時、部屋に歌野の声が響き渡る。

 

「……ん?」

 

 両手を真上に伸ばして大きく背伸びをする歌野は、そこで周りの視線に気付く。

 

「……あら? お話はもう終わった?」

 

 歌野は立ち上がって凝り固まっていた身体をほぐす。

 その姿を見て、水都たちは固まった。

 

「う……うたのん、もしかして寝てた、の?」

「……起きてたわっ。ほら、さっきまで久美子さんが四国はハードだぞ、的な事言ってたとこでしょ?」

「それもうずっと前だよッ!」

「そうだったの。まぁいいじゃない♪」

 

 歌野は水都からのツッコミなど満更でも無い様子でまた作業服や麦わら帽子を手に取った。

 

「あっ、話が終わったのなら作業の続きしてくるわね。茉莉さん、友奈っ、また道具とか使わせて貰うわっ」

「う……うん。良いです……けど……」

「オッケーだよ!」

 

 歌野は道具を持って部屋を飛び出していった。

 

「…………」

 

 茉莉は困惑した表情で芽吹たちを見る。

 

「い、良いんですか? あの人は……」

「良いのよ。歌野は……ああいう人だから」

「にゃはっ、そだねー」

「……もう、うたのんったら」

 

 水都は久美子が言った発言の真意を聞きたかったが、ある意味歌野に邪魔されてしまったので今日はお開きという形になった。

 

 

 

 

 

 

 ーー蓮華はただ道を歩いていた。どこへ向かう訳でもなく。

 頭の中では久美子から聞いた話がリピートしている。

 

「頭では分かっている……つもりだけどやっぱりくるわね……」

 

 久美子にも言ったが、自分たちのやっていた事を後悔している訳でも、真実を隠していた大社に怒りをぶつけたい訳でもない。

 あの混乱の中、彼らを()()()()()()()()()()()()()()()自分の不甲斐なさを呪う訳でもなく、彼らを殺した自分以外(仲間たち)を憎みたい訳でもない。

 

(そんな事したって……何も変わらない)

 

 彼らは死んでしまった。鏑矢は壊滅した。あの日、命令を出したのが大社の誰かも分からない。

 

 ……言ってしまえば、もう終わってしまった事なのだ。

 蓮華は過去と向き合い、前へ進もうと蓮華自身が決めた事だ。

 

「そう……分かってるのよ……」

 

 頭では分かっているつもりなのだ。……ただ少し身体がぐらつくだけ。

 

「あら? 蓮華さん!」

 

 後ろから歌野に呼び止められ、蓮華は振り返る。

 

「貴女も農業する? 良かったら私と畑を耕さない?」

「歌野……」

「まだあの辺りに新しい作物を植える為の畑があってーー」

「ねぇ」

 

 胸の中の霧は晴れた筈なのに……。折り合いを付けた筈なのに……。

 時間が経てば経つ程、蓮華の中で様々な思いがぶり返し、ごちゃ混ぜになっていく。

 そんな時に歌野は現れた。二人きりしかいないので蓮華は今の胸中を明かす事にした。

 

「例えば……例えばの話ね。貴女の仲間の中で、過去に犯罪に加担した人がいたとしましょう。その人は大社という巨大な組織に所属していて家の為、平和の為と、貢献したつもりだった。でも本人の想いとは真逆の結果を導いて沢山の人たちを不幸にした。……その場合、貴女はその人に何て言い聞かせるかしら? ……その人の対処をどうするの?」

 

 蓮華のたとえ話を聞いて歌野は腕を組んで暫し考える。

 

「ん〜、ソーリー。そういうディフィカルトな問題はよく分からないわ。大社がどうのこうのっていうのは、みーちゃんや芽吹が考えてる事だし、私が口出し出来る程、大社という組織を知っている訳でも無いから」

「そう……」

「だから大社とか、平和とかの話は置いておくとして……その話についての私の意見は……」

 

 歌野が考え込んでいると、二人は畑に辿り着いた。

 

「……終わった事はもう終わった事だから前を向いて歩くしかないって事かしら。"過去"がどうであれ、"今"と"未来"を見て歩んでいこうって。その人が過去のミスとか不安な事を抱えてるのなら、私はリーダーとしてそういうの全部ひっくるめて支えたいと思っているわ」

 

 歌野は鏑矢はもちろん、防人の事もよく知らない。だから大社の方針に関して何かを言う事はできない。

 だから歌野は自分の価値観を基準に蓮華へ想いを伝える。自分が出会った人たちとの交流や、農業を通して培った経験を言葉に換えて。

 

「私も例えばの話をするわねっ。今ここに上手く成長出来なかった悲しい野菜があるとしましょう。それと料理の過程で切り捨てられた野菜の部位があったとしましょう。でもそれらは使いようによってはまだ役割があるの。自分用の食材にしたり、純粋に肥料として使われたりね。……だからぁ、ん〜なんて言い表せばいいかしら……」

 

 歌野は唸り声をあげながら、自分の思っている事を上手く説明しようとする。

 

「本来の目的を果たせなかった野菜たちでも、次の野菜を育てる為の肥料に出来るの。そうやって過去から今、今から未来へ繋げていく事だってできるっ。今までの行いは無駄じゃない。何かの形で受け継がれていく。…………あっ、やっぱり伝わらなかった?」

 

 蓮華からリアクションが特に無いので、歌野は首を傾げる。

 

「つまり歌野、あなたが言いたいのは……過去は変えられない。でも今と未来なら変えられる。過去は今の自分に繋がっていく。思ったとおりにいかなかった事も、それを糧にして次に繋げる……そういう事?」

「そういうフィーリングでオーケーよ! あーすればとか、こーすればとか思ったのなら、今から変えていけば良い。そうやって過去を糧に人は進んで行けると思うの」

 

 過去よりも今を大事にしていこう。

 歌野が重要視しているのは、鏑矢や弥勒家にいた"今まで"の蓮華ではなく、白鳥(ホワイトスワン)農業組合(のうぎょうくみあい)にいる"これから"の蓮華なのだ。

 

「もしも何かで悩んだら、その時は相談に乗るわよっ。私はリーダーだから!」

 

 両手を広げて歌野は笑った。

 

「……フッ」

 

 蓮華もまた笑い返した。いつもと変わらずそこにいる歌野へ。

 

「歌野っ。この蓮華も耕すのを手伝ってもいいかしら?」

「オフコース♪」

 

 蓮華も軍手や長靴を借りて身に付ける。

 歌野は持っていた鍬を手渡した。

 

「鍬の持ち方は……これで良いかしら?」

「ベリーグッドよ♪ あとはひと振りひと振り、感謝を込めて耕してみてっ」

 

 服が汚れる事など気にせずに力一杯、鍬で畑を耕していく。

 

「これ……思った以上に力がいるわね」

「でしょう! 大地の偉大さ的なサムシングが、何かこう……ヒシヒシと伝わってくるでしょ!」

「ええ、感じるわ……森羅万象を従えているこの蓮華の姿を……!」

「筋がいいわね、蓮華さん。お陰で土がふかふかになってきたわっ」

「フッ。この蓮華が感謝を込めて耕しているのだから当然のこと」

 

 歌野は身振り手振りで土いじりの楽しさを表現し、蓮華と分かち合う。

 流れる汗や軍手や服の汚れも、不思議と蓮華の魅力に変わっていく。

 

 すると耕していた土の近くからミミズが顔を出した。

 

「……は! 土の中から……っ」

「ミミズがハローしてきたわ♪ 土が良質だっていうエビデンスよ!」

 

 耕していく内、蓮華は自然と笑顔になっていた。

 

(フッ。こうやって身体を動かしていると、気持ちが軽くなっていくようだわ。……それに、歌野が農業を愛する理由が分かった気がする)

 

 泥臭く。……それでいて何処か華やかで。

 農作業をしている今の蓮華の姿はとても輝いて見えた。

 

「まだまだねっ。この蓮華は……こんなところで立ち止まっていられないのだから!」

 

 蓮華の表情は晴れ晴れとしており、その綺麗なフォームを崩すことなく畑を耕し終えたのだった。

 




 "真実を知った者は、対象者はもちろん、家族や友人、一言でも言葉を交わした事のある人間はすべていなくなる"

 誰が言ったっけ? このセリフ。
 恐らくソイツが、大社を支配している真の敵かもしれない。

 ……まあそんな事は置いといて、二人が共に農作業をする事で、白鳥さんと蓮華の仲が一段と深まった事でしょう。


次回 友奈の一族


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第六十話 友奈の一族

 拙稿ですがよろしくお願いします。麦わらの一味の中にも犯罪に加担した奴は結構いるので、蓮華たちも犯罪の有無なんて気にせずやっていこうっ。

 ……いや、彼らは存在自体が法に触れてるわ。
 


前回のあらすじ
 鏑矢の存在とその行いの真実を知った蓮華は少なからず衝撃を受けていたが、歌野の言葉や農作業を通し、心に余裕が生まれ未来に向けて再び歩み出すと決めた。


 畦道で腰を下ろし、歌野と蓮華は休憩をとっていた。

 

「そういえばあなたのその麦わら帽子。素敵なリボンが付いてるわね」

 

 蓮華は歌野の被っている麦わら帽子のリボンをそっと撫でた。

 

「ああコレ? これは命の恩人の"忘れ物"よ」

「忘れ物?」

 

 歌野は麦わら帽子を脱ぎリボンを見て微笑む。

 

「いつか……御役目が全て終わった時にこのリボンを取りにきてくれる。……だから私が無くならないように預かってるのよっ」

「取りに来るって事は、別にあなたが届けに行く訳では無いのね」

「ええ。四国に行けば乃木さんには会えるけど……でも、リボンを返すのは諏訪にまた来てくれた時って決めたの」

「……! 乃木ですって?」

「そう! このリボンは"乃木若葉"さんのものよ!」

 

 それから歌野は若葉との思い出を蓮華に話していく。彼女との触れ合いはたった一日だが、それでも歌野にとっては色褪せない大切な思い出だ。

 

「…………それからは農業をする時は必ず被るようにしているの。……普段は無くしたり戦いで破けたりしないようにみーちゃんに預けてるけどねっ」

 

 話を聞き終えた蓮華は嬉しさで笑みが溢れた。このリボンに込められた二人の絆をしみじみと感じて。

 

「……フッ。どうりで見た事あると思ったわ」

「……え?」

「いえ……独り言よ」

 

 昔、蓮華が世話になった人物もまた同じリボンをしていたような気がする。

 

(これも運命……なのね)

 

 歌野と若葉の出会い。そして蓮華と歌野が巡り合った事も、何かの導きによるものなのかと考えずにはいられなかった。

 

 

 

 

「――お〜〜い! 二人共〜!」

 

 すると向こうから高嶋友奈が手を振りながら駆け足でやってきた。

 

「……ッ! あなたっ」

 

 蓮華は歌野より先にその声に反応して振り返る。

 

「あら? 友奈じゃないっ。私と一緒に来る気になったのかしらっ」

 

 再びの誘いに友奈は渋い顔をして断る。

 

「う……う〜ん、ごめんね。そうじゃないんだぁ。久美子さんが折角だから夕飯でも食べていくか? って言ってたよ」

「烏丸さんが? ……それはありがたいわねっ。蕎麦かしら⁉︎ あっ、でも奈良で名物と言えば……」

「ううん。お好み焼きだよ」

 

 奈良の食べ物について思いを馳せていた歌野は予想外だった回答に一瞬固まる。

 

「お好み焼き? 奈良の名物の……?」

「奈良っていうよりかは、大阪かしらね」

 

 蓮華は友奈の顔をまじまじと見つめる。

 

「高嶋友奈……。改めて見ると何処と無く、似てるわね」

「結城友奈ちゃんの事? ……あっはは。みんなに言われちゃうんだぁ」

 

 蓮華は首を横に振った。

 

「いいえ。"赤嶺()()"の方よ。……声とか、雰囲気とか、ね」

「「赤嶺友奈?」」

 

 高嶋友奈だけでなく歌野もまた首を傾げていた。赤嶺といえば蓮華と同じく元鏑矢で過去に二度会った少女のことだ。

 

「ひょっとして知らなかったのかしら? 歌野たちが会ったっていう彼女。赤嶺友奈って言うのよ?」

「知らなかったわ! 彼女、赤嶺とだけしか言わなかったし」

「そうなの? てっきり知っているのかと……」

 

 歌野はそこで初めて、赤嶺の名前が友奈である事を知った。

 

(……?)

 

 蓮華は手を顎に添えて考える。

 赤嶺がなぜ"友奈"を歌野たちに名乗らなかったのだろうか。

 もしかして彼女は"友奈"がどういう存在か知っていて無闇に人前で名乗るのを嫌がったのでは無いかと。

 

(彼女……以前はそんな素振りは無かったように思えたけど)

 

 様々な疑問が生まれるが、それは一先ず赤嶺友奈に会った時まで置いておく事にする。

 

(もしかしたら友奈……あなたは鏑矢壊滅後に何かを見つけたのかしら? 何かを知ったのかしら? ……でもその前に……)

 

 蓮華は鏑矢にいた頃に、ミス・オールサンデーが赤嶺に聞いていた質問を高嶋友奈(もうひとり)に問いかけた。

 

「……ねぇ、"あなたたち"は何故戦うの?」

「えっ?」

「友奈の一族の事よ……。烏丸久美子から聞いてないの? または他の誰かに言われなかった? "友奈の意志"は……今もなお生き続けているの?」

「蓮華さん? 私もよく分からないわ。……一体どうしたの?」

 

 蓮華の仲間だったミス・オールサンデーは名前こそ分からなかったが、位の高い家の出身だという。

 その彼女は"友奈"について何か思う所があるようだった。

 

「それにね、以前友奈……あぁ鏑矢(こっち)の友奈の事ね。赤嶺友奈が蓮華の家に来た時、養父が呟いていたのよ。『生きていたのか……? "友奈の意志"は』って」

 

 『五老星』である蓮華の養父もまた"友奈"について何かを知っている口振りだった。

 

「さっぱり分からないわっ。"友奈の一族"って何なの⁉︎ 農業と関係あるのかしらっ⁉︎」

「歌野……多分関係無いから安心していいわ」

 

 友奈の一族が何なのか。もしかすれば高嶋友奈ではなく烏丸久美子の方がよく知っている可能性が高い。

 しかし、久美子は肝心な所で情報を隠す。難問に頭を抱え、迷走する様を見て愉しんでいる様な気概さえ感じるほどに。

 

「ごめんね……私にもよく分からないんだぁ。でも前に久美子さんが言ってたのは覚えてるよ。『"友奈の一族"は神に干渉することができる』って」

「わーお! ゴッドに干渉……ってアレ? 私もどこかで聞いたような……」

 

 過去の記憶を辿っている歌野をよそに、蓮華もまたその言葉で養父と交わした会話を思い出した。

 

 

『――友奈の一族は神に干渉することができるんだ。神と同位置に立ち、対話する事ができる』

『神? 神樹のことかしら?」

『いや違う。……かく言う私も、先代当主から中途半端にしか聞いていないが……"神"の詳細については蓮華、お前が当主になる時に教えよう……』

 

 その時の養父は特に饒舌になっていた。赤嶺友奈と会った事が何かのきっかけになったのだろう。

 しかしそれでも"友奈の一族"も"神"も詳しくは教えてくれなかった。

 

『だがな……"干渉できる"ということは同時に()()()()()()事もできる……という事だ』

『危害を? ……神に力を貸すのでは無くて?』

『無論、本来の目的はそれであろう。故に大社は"友奈"を欲しがっている。……しかしな、私はどうもそっちの意味もあるのではないかと勘繰るのだ』

 

 神と同位置に立ち、干渉する事ができる。

 "友奈"がその特異な力を持っているのであればそれは即ち、()()()()事もできるのではないか。

 

『それ故、『友奈の名を持つ少女たち』を、一部の奴らはこう呼んでいる…………"神の天敵"とな』

『神の……天敵……?』

 

 蓮華の養父は最後に、『赤嶺友奈も……"神の天敵"となり得るのか』と呟いていた。

 

 

 

 

「――あなたはその"友奈"の特異な力を、どう思っているの?」

 

 一連の話の後、蓮華は高嶋友奈に問う。友奈の一族である彼女が、その力をどのように考え、扱うのかを。

 

「……そんな特別なものなんかじゃないよ?」

 

 友奈は首を横に振り、悲しげな表情をした。

 

「私の名前が、何か特別な意味を持ってるっていうのは久美子さんが言ってた。……でもね、()()()()だ。この手の届く所でしか誰かを守れない。今だって世界のどこかで苦しんでいる人がいたって、奈良にいるままの私じゃあ、手を伸ばすことができない。……だから、"友奈"が特別だとか言われても、私には何もできないんだよ……」

 

 蓮華はその言葉を静かに聞いていた。

 

「私はいろんな人たちに支えられたからこそ今がある。……だから勇者の力で、これから先もずっとみんなを助けるって決めたんだぁ。久美子さんや茉莉さん……奈良の人たちや世界の人たちの幸せの為にっ! それが無力な私ができる……精一杯の恩返し」

 

 そう言った友奈の姿は、なぜか弱々しく見えた。

 自分のやるべき事が分かっているのに、それが出来ずにもどかしく感じているようだった。

 

(矛盾してるわ……)

 

 蓮華はその友奈の姿にある種の疑念を抱いていた。

 

(歌野……気付いてるかしら? 彼女、心の奥底では()()()()()()()()()()わよ)

 

 高嶋友奈の目的がより多くの人たちを救いたいのであれば、四国へ行くのが手っ取り早い。しかしそれが出来ない理由がこの奈良にある。

 高嶋友奈が奈良で戦い続けなければいけない理由が。

 そもそもの話、奈良の人たちが四国へ避難しなかった理由が。

 

(きっと彼女はそれに縛られてる。……それが良いか悪いかは別として)

 

 ()()()について蓮華はある程度確信を持っている。

 そしてここには居ないが、水都もまた薄々勘付いているだろう。

 

 高嶋友奈を奈良に縛り付けているのは、"彼女たち"なのだ。

 

(ねぇ友奈……あなたもそうだったのかしら……?)

 

 蓮華は東の空を見ながら過去の友へ想いを馳せる――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あれぇ? ……今、レンちが呼んだような気がしたんだけどぉ?」

 

 愛知県、名古屋にある駅前の大型ビルの上。

 周囲を一望できる高さから、ひとりの少女が西の空を眺めていた。

 

「気のせいか……そうだよねぇ。……最近こんな事ばっかりだよ」

 

 周りには彼女以外の人間はいない。あるのは駅中を覆い尽くす白き大群。そして地表やビルに産み付けられた卵状の物体。

 

「もうすぐ時代が変わる……っ。その引き金となる大きな戦いは必ず起こるっ。その時には力を貸してよね」

 

 地を蠢き、空を泳ぐその白き大群に少女は語りかける。

 もちろん、人の言葉など話せないので返答などある筈も無いのだが。

 

「……それじゃあみんな、行ってくるねっ!」

 

 眼下に溢れ出る白き大群に向かって"赤嶺友奈"は笑い、ウエストジャパンにある目的地へと急ぐ――。

 

 

 




「あの結城という少女。高嶋友奈に雰囲気が似ておる」
「彼女の名前は結城友奈。私も興味が尽きないわ」
「友奈⁉︎ ほお! 名前が似ておるな」

「ええ。……それが歴史の大問題なの」


次回 烏丸久美子の武器


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第六十一話 烏丸久美子の武器

拙稿ですがよろしくお願いします。勇者の野菜を食べなくても、烏丸先生なら勇者と互角に戦えるでしょう。



前回のあらすじではない

白いお髭の親父「友奈? ウチにもいるな、結城友奈って奴が……。"友奈"ってのは一体何なんだ?」
海賊の王「おお知りてぇか。よし教えてやろう。はるか300年前の話だがな…………」



 友奈に案内され、歌野と蓮華は食堂へと向かう。

 そこには既に水都たちや茉莉、そして最初に会った黒色のシャツを着た男も座っていた。

 

「来たな。まぁ座って待ってろ。もうすぐ出来るから」

 

 給仕室では久美子がエプロンを着用して料理をしている。

 

「久美子さんは偶にボクたちにお好み焼きを作ってくれるんです。今日は多分、あなたたちが来てくれたから」

「ん〜、グッドなスメルが漂ってくる〜♪」

「身体を動かした後だから、ちょうどお腹がすいていたところだったわ」

 

 歌野と蓮華は椅子に座り、料理が出来るのを今か今かと待つ。

 先に来ていた黒シャツの男は、久美子の料理する姿を見て笑いを堪えていた。

 

「ククッ……。多分世界で姉貴だけじゃねェかな。エプロン姿が似合わない女――ッッぶねェなァァ!?」

 

 突然、男の机に包丁が飛んできた。

 

「悪い、手が滑った。……で? なんか言ったか、黒シャツ」

「いや……なにも?」

「別に褒めてくれるのはいいが、程度を考えないと恥ずかしくて手元が狂ってしまうなぁ」

「聞こえてんじゃねえかッ!」

「ん? 完全に聞こえてたらその包丁はもう30センチ手前に刺さってたぞ?」

「……ソーダナー。キヲツケネエトナー」

 

 感情が全く篭っていない男の言葉に、久美子は鼻で笑いながら仕上げに入る。

 

「ご馳走になるなんて、なんだか悪いわね」

「気にするな。これでもお前たちの事は結構気に入っているんだ。そして私は気に入った奴にはお好み焼きを振る舞うようにしている」

「久美子の姉貴に気に入られちまったか……。ご愁傷様ってヤツだな」

「聞こえてる、ぞっ」

「うぐぇ!」

 

 お皿を両手に乗せたまま、男の背中に膝蹴りを放つ。

 

「懲りないヤツめ。……まぁ出来たから食え」

 

 順にお皿を歌野たちの目の前に置いていく。出来立てのお好み焼きの香りが鼻腔をくすぐり、自然と涎が滴る。

 

「見るからに美味しそうなのが分かるわ! それじゃあありがたく……」

「ああ、当然肉類は抜いてあるぞ。野菜のみのお好み焼きだ」

 

 見るからに野菜をふんだんに乗せている。ヘルシーながらそれでもお好み焼きとしては十分なボリュームだろう。

 

「むしろオールオッケーよ‼︎ いっただきまーす!」

 

 手を合わせて歌野は頬張っていく。

 久美子は芽吹の目の前にもお皿を置く。

 よく見れば歌野たちとは異なり、肉と野菜がバランスよく乗っていた。

 

「楠芽吹……だったな? お前はこっちだ。能力者じゃないから肉を食っても問題ないだろう」

「ありがとう。……いただきます」

 

 芽吹は軽く頭を下げてお好み焼きに手を付ける。この中で肉ありのお好み焼きを食べているのは芽吹と黒シャツの男、そして久美子だけである。

 茉莉と水都は肉をあまり好まないので歌野たちと同じ野菜のみにしている。

 奈良には家畜も飼っているがそれでも肉類の調達は容易ではない事を知っている事も理由のひとつだ。

 

「あ、そーだっ。お肉の話題になるたび疑問に思うけど、どうして勇者はお肉を食べられなくなっちゃったのかしら?」

 

 一皿を食べ切った歌野が疑問を口にした。食べる事を幸福に感じている彼女からすればどうしても歯痒く感じてしまう。

 

「なんだ、気になるのか?」

「烏丸さんは知っているの?」

 

 お好み焼きを食べながら久美子は歌野の疑問に答える。

 

「これも仮説だがな、『勇者の野菜』がどういう成り立ちで生まれたのかを知っていればある程度は予想できる」

「成り立ち……。私のお母さんは、勇者の野菜は精霊の意思が宿っていると言ってました」

「そうだ。神樹に集った精霊と呼ばれる不可思議な力が宿っている。お前たちのその能力は、元を辿っていくと全て精霊の能力に行き着くわけだ」

「なら雪花ちゃんの『ユメユメの野菜』や蓮華さんの『カネカネの野菜』も……」

「そうだな。お前たちの能力も調べていけば分かるだろう」

 

 神樹に集った精霊は、古くからこの地に住まう怪異や霊魂といった、いわゆる"土着の神々"であると久美子は考えている。

 

「……でだな。勇者の野菜を食べた奴は肉を食べられなくなる。……これはその野菜に宿っている精霊の影響なんだ」

「精霊とお肉が何の関係が?」

「そもそも勇者の野菜が生まれた理由は、バーテックスの脅威から人類を守る為のものだ」

「そうですね……」

「それ故に、精霊の意思が強く反映されてしまう」

「……? それとお肉が食べられないのと何の関係が?」

 

 久美子はなるべく伝わるように言葉を選んでこのメカニズムを説明していく。

 

「そうだなぁ……。例えば、宗教でも豚や牛を食べてはいけないという戒律がある。それは、肉を食す事で()()()()()()()()()()謂れがあるからだ。また、それらを殺すという事自体が禁じられている場合もある。逆に宗教によっては神の遣いだから決して手を出してはならないという戒律もあるくらいだ」

「ん? んー。分かるような……分からないような」

 

 歌野は頭を左右に揺らしながら思案に暮れるがいまいち理解できない。

 

「つまり、肉を食べる為には動物の命を奪わなければならない。それは動物(ニンゲン)を守る為に生まれた精霊の"思想"に反しているんだ」

 

 水都はその言葉で理解したのか。微かに頷く。

 

「そっか……。"バーテックスに食べられるのを防ぐ"という目的が派生して"食べてはいけない"。つまり肉を食べる行為自体がタブーになったんだ」

「みーちゃん……どういうミーニング⁉︎」

 

 "肉を食べる"という行為には必ず"対象を殺す"という前提が存在する。

 勇者の野菜に宿る精霊の意思が、"バーテックスの脅威から人類を守る"事だとしたら、バーテックスの目的である"人を喰い殺す"事自体を精霊は嫌悪する。

 その思想が派生して、人だけではなく肉そのものを食べられなくする事でバーテックスに対するある種の対極理論(アンチテーゼ)を構築してしまった。

 

 それが、勇者が肉を食べられなくなる事に関する久美子の仮説である。

 しかし、久美子が提唱している仮説はあくまでも、神樹とバーテックスには()()()()()事を前提とした仮説だ。

 

「まさに(ヒト)を喰らうバーテックスとは真逆の意思(思想)。そう考えると勇者の野菜を作り出した"神樹"と敵対する"バーテックス"とはとことん対極に位置しているよな。……面白い」

 

 いつの間にか、ここにいる全員が目の前のお好み焼きを放置して久美子の仮説に耳を傾けていた。

 もっとも、歌野と友奈は既に平らげていたのだが。

 

 

「――あっ」

 

 すると突然、茉莉が椅子から立ち上がり外の方を向いた。

 

「どうしたんですか? 茉莉さん」

「このタイミングでか?」

 

 久美子もまた立ち上がり茉莉に近寄って反応を見る。茉莉は食堂の外を指差した。

 

「久美子さん……ゆうちゃん……。()()()。南西の方角、2キロ弱……かな」

「……!」

「やはりか……」

 

 友奈は拳を握りしめ、勢いよく椅子から立ち上がって走り出した。

 

「えっ⁉︎ ちょ……友奈⁉︎」

「おい、お前らも来るだろう? 敵さんのお出ましだからな」

「敵……ッ⁉︎」

 

 "敵"という言葉により全員に緊張が走る。

 

「食べてる場合じゃ無くなったわね」

「急ごうっ」

 

 歌野を戦闘に次々と食堂から飛び出していく。

 

「茉莉。敵の特徴はどんな感じだ?」

「えっと……。多分小さいやつ、かな。進化体の()()()()()()から」

「なんだ。肩透かしだな」

「それでも20体はいる……と思う」

「分かるの?」

 

 茉莉は水都や男と共に食堂に待機させたまま、代わりに久美子が走りながら答える。

 

「ああ。茉莉は少し特別でな。あいつの『見聞色』はバーテックスの接近を感知できるんだよ」

「見聞色……?」

 

 友奈を追いかけている雪花と芽吹は聞きなれない言葉にスピードを落とした。

 

「お前ら知らない事だらけだな。……まぁ今はいいか」

 

 知らない事を指摘され、芽吹は少し不機嫌になる。防人の隊長であった彼女が大社や勇者に関する情報を碌に与えられていない事を気にしたのだ。

 芽吹のむっとした表情を見て久美子は僅かに笑う。

 

「いや、知らない事が多いのは大した問題じゃない。これから知っていけば良いし、なにより"知らない事を知る"のは愉しいものだ。……学者なら特にな」

 

 "人は知らない事を知りたいと思うものだ"と久美子は言っていたが、それこそ"知らなかった事を知る"という快楽をひと一倍に求めているのだろう。

 そしてそれを芽吹たちにも感じさせたいのかもしれない。

 

「だからお前たちにもっと面白いものを見せてやろう……」

 

 意味深な笑みを浮かべ、久美子は友奈たちを追いかける。

 

 

 

 

 茉莉が指示した場所へ先に着いた友奈は左右の拳をかち合わせて標的を見据える。

 その視線の先には両手では数えられない程のバーテックスが迫っていた。

 

「いっくよ〜〜。うおおお!」

 

 友奈は右手の拳を強く握り真っ先に向かってきた一体を殴り飛ばした。

 

「……と、勇者キック‼︎」

 

 殴った勢いのまま右足を強く踏み締め左足で二体目を蹴り上げる。

 続く三体目、四体目といきたかったがバーテックスは散開して友奈へ向かうもの、通り過ぎるものと分かれた。

 

「こっちは任せて!」

 

 後方から走ってきた歌野はベルトを力一杯振るって薙ぎ払う。

 友奈を通り越したバーテックスは軒並み歌野の攻撃の前に吹き飛ばされた。

 

「ウタちゃん! みんな! 来てくれたんだね、ありがとうっ」

「オフコース♪ 力を貸すに決まってるわっ」

 

 蓮華たちも後から追いつき、残りのバーテックスを狩っていく。

 

「おいおい……私の見せ場がなくなってしまうぞ」

 

 久美子が追いつく頃には、残り二体となっていた。

 

「烏丸さん⁉︎ そんな近くにいると……」

「見せたいものがあると言ったろう?」

 

 案の定、二体のバーテックスが久美子の方へ向かっていく。彼女はそれを不敵な笑みで待ち構えている。

 

「はぁあッ!」

 

 雪花が一体に槍を放り投げて仕留めるが、もう一体は構わず突っ込んでいく。

 

「はやく逃げて!」

「仕留められるか……? 三十六(サンジュウロク)……」

 

 刀を上段に構えていた芽吹だったが、それを見た久美子がわざと斬撃の延長線上に立った。

 

「心配するな。私にはバーテックスと戦える()()()()()がある」

 

 そう言うと、久美子は白衣のポケットからスマートフォンを取り出して突進してくるバーテックスにかざした。

 

「……えっ⁉︎」

 

 この場にいる友奈以外は全員目の前の事態に困惑した。

 相手を喰らおうと猛スピードで突進するバーテックスの身体が()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 ……いや、正しくは久美子が持つスマートフォンに触れた瞬間である。

 

 そして久美子はジャンプして、上からスマートフォンを持ったままの手をバーテックスに振り下ろした。

 

――衝撃(インパクト)ッ‼︎

 

 刹那、スマートフォンに触れていたバーテックスが地面に叩きつけられ、めり込んで静止した。

 

「一体何が……」

「これがひとつめ『衝撃携帯(インパクトダイアル)』。そしてもうひとつが……実際に視覚化させた方がはやいか」

 

 すると、久美子の右足が黒色に変色していくのが分かった。

 

「足が黒く……⁉︎」

「これって……っ」

 

 地面にめり込んだバーテックスの頸部と思われる少しへこんだ部分に蹴りを放つ。

 

首肉(コリエ)シュートッ‼︎」

 

 蹴りを食らった部分が抉れ、バーテックスはその体を霧散させ死滅した。

 

「嘘……。バーテックスが()()()……?」

 

 歌野たちはまたもや驚愕の表情を見せる。勇者でなければバーテックスを討伐する事ができない筈だが、たった今久美子がバーテックスを目の前で殺してみせた。

 

「烏丸さんって"勇者"だったんですかぁ⁉︎」

「いや……()()()だよ」

 

 右足に付いた土埃をはたいて落とす。いつの間にか、黒色になっていた部分は元に戻っていた。

 

「じゃあどうして……」

「"()()"()()()()攻撃したから敵を殺せたんだ」

 

 先程、茉莉がバーテックスの接近を感知できたのも、それを久美子が殺す事ができたのも、"勇気"のおかげであると久美子は告げる。

 

「茉莉の場合は『見聞色の勇気』だ。そしてこれが……『武装色の勇気』と呼ばれるものだ」

「勇気……」

「詳しい話は戻ってから話す。……さ、帰るか」

 

 理解が追いついていない彼女たちに背を向けて久美子は食堂への帰路に着く。

 

「〜〜♫」

 

 どこかで聞いた事のある音楽を鼻歌でうたいながら――。

 

 




 匂わせていた部分をどんどん回収していきましょう。


次回 バケモノと戦うための勇気


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第六十二話 バケモノと戦うための勇気

拙稿ですがよろしくお願いします。9月中にウエストジャパン編を終わらせると嘘をついた長鼻くんには責任を取ってもらいます。

「お前、この船から――」
「馬鹿野郎‼︎ 滅多な事言うモンじゃねぇぞ‼︎」


前回のあらすじ
お好み焼きをご馳走になっていた歌野たちにバーテックスが襲来したと、茉莉は告げる。バーテックスの討伐は難なく終えたが、彼女たちはそこで烏丸久美子がバーテックスを倒すところを目撃したのだった。


 バーテックスの討伐を終えて歌野たち一同は食堂に残していた水都たちの元へ戻った。

 

「話を聞かせてもらうわよ。その"武装色の勇気"というのは何?」

 

 芽吹は食い気味に久美子を問いただす。勇者ではない者がバーテックスを倒せるという事実は、彼女の認識を大きく変えていた。

 芽吹は防人の装備がある事ではじめてバーテックスと戦う事ができる。しかし、久美子はそのような装備は持っていない筈だ。

 バーテックスの動きを止めたスマートフォンも気にはなるが、何よりもただの蹴りで殺したこと。

 久美子の持つスマートフォンや服装に防人装束のような霊力が宿っているとは考えにくい。

 

「"勇気"というのは逆境に立ち向かう者に宿る"意志の力"だ」

「意志の力?」

「そもそも"勇気"とは勝てない敵や絶望的な状況から自分を奮い立たせ、勇み立ち向かう覚悟の証なのさ。その立ち向かう強い意志が時に苦境を逆転させる鍵となり得る。……故に"勇気"は勝てない敵(バーテックス)への唯一の対抗手段といえる」

 

 『勇気』

 

 勇者ではない普通の人間がバーテックスと戦い、打ち勝つ為の唯一の手段。

 時にそれは、バーテックスの気配を強く感じ、接敵から身を守るセンサーとしてはたらく。それが『見聞色の勇気』である。

 時にそれは、通常兵器では傷ひとつ付かないバーテックスを殺す武器としてはたらく。それが『武装色の勇気』である。

 

「武装色の勇気を纏えば星屑だけじゃない、()()()()()()()()()()()。その点は防人の装備より有用だな」

 

 防人の装備では星屑を倒す事ができても、進化体へは決定打になり得ない。芽吹はそれを前々から歯痒く感じていた。

 

(京都での"牡牛座"の戦いもそうだった。……私には進化体(やつら)を倒す手段が無い)

 

 しかし、久美子の言う事が本当ならば"武装色の勇気"はその問題を解決できる。

 

「進化体を殺す事ができる。……それは実際に試してみたの?」

「実は前に郡千景が来訪してきたんだが、その時に来訪してきた奴がもう一体いる」

「……え?」

「進化体……"獅子座バーテックス"だ」

「……⁉︎」

 

 その名前に歌野たちは驚きの表情を見せる。獅子座といえば京都支部を壊滅させた進化体の一体だ。

 先の戦いでは牡牛座しか現れなかったが、獅子座は大社が最も危険視しているバーテックスである。

 

「で、倒したんですか?」

「……結果的には追い払っただけだ。だが、その時に私の"武装色の勇気"は奴にダメージを与えられた。獅子座が特別じゃなければ確実に殺せただろう。……友奈がその証人だ」

 

 獅子座バーテックスは、現時点で確認されている進化体の中では最強のバーテックスである。その強さ、能力は他を凌ぐと。

 獅子座の懸賞金の額は『3000万ぶっタマげ』。勇者を含めても最高額。

 しかもこの額は初期のものであり、獅子座が京都支部を襲撃した事でまた懸賞金が上がっていることだろう。

 

「どんな能力を使っていたの? ソイツは」

「獅子座は『メラメラの野菜』の能力を使う。あの巨体が炎を纏い、時に太陽を思わせる攻撃を放つ。……あれに対抗出来るのは四勇クラスの実力を持つ勇者。それと"友奈の名を持つ奴ら"や私くらいだ」

 

 久美子がその中に入っているのは自信の表れだろう。"武装色の勇気"を習得すれば進化体や四勇にすら肩を並べられると。

 

「でも倒せなかったんですよね」

「……結果的にはそうだ。だが、戦えば嫌でもわかるさ。……()()は殺せないって事がな」

「……?」

「会ってからのお楽しみだ」

 

 そう意味深な言葉を呟いた。獅子座がどうして"特別"なのかは戦ってみないとわからない。そして特別なのは獅子座だけでは無い事も。

 

「話を戻すぞ。強大な敵に対抗する為の"勇気"。この最大の利点は、鍛えれば能力者(勇者)では無い一般人でも扱える……私や茉莉のようにな」

 

 "勇気"について更に分かっている事を説明していく。

 

「そして"勇気"には大きく分けて二種類の色がある事も説明したな」

「気配が分かる『見聞色』。身に纏って戦う『武装色』よね?」

「だが実はもうひとつ……これは初めから()()を持った者にのみ扱えるシロモノ。……名は『覇王色の勇気』だ」

「覇王……色」

「"武装色"と"見聞色"は誰しもが扱える可能性を秘めているが、"覇王色"ばかりは天性の才能だ。……私を含めて奈良の誰もが持っていない」

 

 茉莉や友奈、久美子でさえも"覇王色"の素質はないと言い切った。

 この世界の中でもその才能を持つ者は片手で数えられる程度しかいないようだ。

 

「四国を目指すなら、そういった強者にも遠からず会えるだろうな」

 

 "四勇"乃木若葉をはじめとする実力者たちも恐らく"勇気"を扱える筈だ。

 もしかすれば歌野たちが知らないだけでこれまで出会い戦ってきた"七武勇"の中にも使い手がいるだろう。

 

(三好夏凛……は確かあの時、剣が黒くなってたっけ)

 

 雪花は芽吹と夏凛の決闘を思い出す。あの時雪花は夏凛の剣が勇者の野菜の能力によって変色したのかと思ったが、恐らくは"武装色の勇気"だろう。

 

「……以上が"勇気"についての説明だ。次に携帯(ダイアル)の説明に入るか」

 

 ポケットから先ほど使用していたスマートフォンを取り出す。

 

「これは私が開発したものだ。基本的には外部からの情報をスマートフォンに記録して任意のタイミングで放出する。……これが携帯(ダイアル)の大雑把な仕組み……と、まぁ実際にやってみるか」

 

 百聞は一見にしかず、という事で久美子はテーブルの上にスマートフォンを置いた。

 

「白鳥歌野。お前このスマホに攻撃してみろ。勇者の力を使ってな」

「え……スマートフォンがデストロイしちゃうと思うけど……」

「しないさ。見てただろう? バーテックスが突撃してもヒビひとつ入らなかったのを」

「んん! それもそうね。……よおし! ムチムチの(ピストル)!」

 

 スマートフォンにベルトを叩きつけた。

 ……しかしどういうわけか、触れた瞬間勢いが急速に無くなり辺りに沈黙がはしる。ベルトが衝突した音さえも聞こえなかった。

 

「……ん⁉︎ あら?」

 

 スマートフォンにはヒビどころか、1ミリもそこから動いていない。

 

「歌野、易しすぎだよ」

「そうじゃないわ。……だって私、割とパワー込めて攻撃したんだから」

「……え? でも」

 

 懐疑的な雪花へ久美子が手招きする。

 

「よし。じゃあスマートフォンを裏にして……秋原雪花。お前その側面のボタン押してみろ」

「……?」

 

 言われるまま、雪花はスマートフォンの表を机に向けて置き、側面のボタンを押す――。

 

 ドガァン‼︎

 

「――ぅわああ!?」

 

 その瞬間、机が音を立てて真っ二つに破壊された。

 

「痛っったああ⁉︎」

「雪花⁉︎」

 

 右手を押さえながら雪花は床に尻餅をついた。

 

「これで分かったな? 衝撃携帯(インパクトダイアル)は外部から"衝撃"を吸収して蓄え、そのボタンを押す事で放出する事ができるんだ」

「め……めっちゃ痛かったぁ〜」

 

 右手をぶらぶらさせて雪花は苦痛の表情を浮かべる。

 

「衝撃だからな。気を付けないと反動で腕が折れたりするわけだが……」

「先に言ってくれませんかねえ!?」

 

 雪花の怒りの混じったツッコミなど意に介さず、もう片方のポケットから真っ白なスマートフォンを取り出す。

 

「ちなみにこれは『妨害携帯(ジャミングダイアル)』。連絡相手とのやり取りを盗聴されない為のスマホだ。……また私の部屋には『音携帯(トーンダイアル)』……まぁボイスレコーダーだな。など色々作ってみた」

「烏丸さんは……本当に考古学者なんですよね?」

「本職はな。……だがそればっかりしているのも()()()()()からな」

 

 自らが開発した妨害携帯(ジャミングダイアル)を使ってバレる事もなく提供者と大社や四国の情報をやり取りしているようだ。

 また、開発途中だが衝撃携帯(インパクトダイアル)の上位版も構想にあるらしい。

 

「……なんか、色々あって頭がこんがらがってくるわ」

「あっははは。私も茉莉さんもまだよく分からない事多いから。……あっでも、お陰でバーテックス退治は凄く助かってるのはホントだよ」

「そうね。……特に"武装色の勇気"というのは、極めれば戦いを優位に運べるのよね」

 

 芽吹は興味津々だった。攻撃力や防御力を飛躍的に向上できるのであればこの先、強敵との戦いも渡り合えると考えたからだ。

 

「芽吹の言う通りだわ。あの時、烏丸久美子の足は靴やズボンに関係なく武装色で硬化できてた。ならば芽吹の刀や歌野のベルトにも()()()()()()()()()()って事よね?」

「なかなかの洞察力だな、弥勒蓮華。その通りだ」

 

 今、芽吹が持っている刀は大社から防人装備として神樹の力が僅かながら宿っている。夏凛に片方を折られた今、それを失ってしまえばもう星屑すら倒せない。

 

「どうやったら武装色を使えるようになるの?」

 

 問いかけてくる芽吹に少しばかりの焦りを感じ、久美子は少し間を開けて答えた。

 

「私がここまで"勇気"を扱えるようになったのに()()()()()()。……言いたい事、分かるな?」

「…………そう、なのね」

 

 やはり一朝一夕では身に付かない。仮に芽吹や歌野が奈良に留まり鍛錬したとしても年単位は長すぎる。

 

「う〜〜ん。"勇気"については私も気になるけど二年は待てないわね」

「だろうな。……まぁ習得したとして、本番で機能するかは自分と相手の力量次第だ。付け焼き刃じゃ意味無いし、使えないなら使えないなりにやりようはある。……お前の防人装備がそのひとつだ」

「……はい」

 

 芽吹は少し不服そうに返事した。

 

 

 

 

 

「――あの‼︎ すいません!!!」

 

 突然、ひとりの女性が入口から血相を変えて入ってきた。

 

「ど、どうしたんですか⁉︎」

「う……うちの子を……見ませんでしたか⁉︎ 一時間ほど前から姿が見えないんです」

 

 その言葉に久美子、友奈、茉莉、黒シャツ男の四人が反応する。

 

「あの子ですか⁉︎」

「そんな……」

 

(先刻バーテックスが襲来したのよ。……少しばかり不味いんじゃないかしら?)

 

 蓮華は目の前の母親の事を考え、口には出さず心の中でそう思った。

 

 太陽は西の山に掛かっており、もうすぐ本格的に暗くなる。これはすぐに見つけなければ最悪の事態になりかねない。

 

「――ちぃ‼︎」

 

 すると黒シャツを着た男が勢いよく立ち上がり猛ダッシュで飛び出していった。

 

「わ、私も!」

 

 続いて友奈も飛び出して男とは別の方角へ走り出した。

 

「私たちも探そう、うたのん」

「オフコースっ。当たり前よ」

 

 歌野と水都も子供を探しにいく。後の者も続こうと立ち上がるが……。

 

「……フッハッハッハッハッハ!」

 

 急に声を上げて笑い出した久美子へ今いる全員の視線が集まる。

 

「何がおかしいの?」

「いや、黒シャツの事でな。……大丈夫だ、お母さん。あなたの娘は()()すぐに見つかるよ。とりあえずここで休んでな。うろうろされると見つけた後に面倒だ」

 

 そう言って行方不明となった子の母親を椅子に座らせお茶を淹れる。

 

「茉莉。バーテックスの気配だけ確認してろ」

「分かってます。……すみません、私も捜索に行きたいので誰か手伝ってくれませんか?」

「この雪花さんに任せといてくださいなー」

「ありがとうございます」

 

 そして残ったのは久美子と母親、そして芽吹と蓮華だった。

 

「出来れば黒シャツに見つけ出させたいもんだ…………が、おっと失礼。……今は子供の安全が最優先だな」

 

 独り言を呟いた久美子へ蓮華が睨み付ける。一刻も早く子供を見つけたいと思う母親を目の前にしては些か失礼な独り言だ。

 

「大丈夫さ。……あいつらなら、な」

 

 久美子は懐から取り出したタバコに火をつけて吸い始める。

 そして、程なく帰ってくるであろう彼女たちを待ち続けた。

 




勇気:全世界の人々に潜在する「逆境に立ち向かう意志の力」。「気配」「気合」「威圧」など目に見えない感覚を操ることで相手を気絶させたり、身体を硬化させたり、気配を強く感じることが可能。勇気を扱えるようになるには厳しい鍛錬が必要なため、実際に習得できる者はごく一部。(稀に、精神的なショックや生死をかけた戦いの中で覚醒する者もいる)


 勇者の中にも何人かは"勇気"を扱える人がいます。(前々から匂わせていたつもり)
 基本的には得意な色に偏ってしまいがちですが、バランス良く鍛えている人もいます。(はっきり言って乃木若葉のこと)

 そして実は"覇王色の勇気"を使える人にはある共通点があります。分かっている人は心の中でニヤニヤしていてください。


次回 横手茉莉は繋ぎ止めた


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第六十三話 横手茉莉は繋ぎ止めた

拙稿ですがよろしくお願いします。奈良の人たちの過去編に入ります。これでようやく奈良編の折り返し地点……かな。


前回のあらすじ
 久美子から聞かされた"勇気"や"携帯"の話は歌野たちにとって興味深い内容だった。しかしそんな中、突然ひとりの女性が現れ子供が行方不明だという。彼女たちは子供を探すため再び食堂を飛び出していくのだった。


 

 子供を探しに出た茉莉は雪花と共に森の中へ入っていた。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 茂みの中を掻き分け、時折草の葉が足や腕を擦っていく。

 

「あのさ。その"見聞色の勇気"とかいうので子供の位置は分からないんですかね?」

 

 雪花は木に登り、高い位置から周囲に少女がいないか捜索している。

 

「あ……えっと、ごめんなさい。分からないんです。僕の場合は近付いてくるバーテックスから感じる強いものだけなので……。戦闘中のゆうちゃんや久美子さんなら気配を感じたりはできるんですけど……ルリちゃんでは……」

 

 迷子の子供はルリという名前らしい。その少女やそもそもバーテックスと戦う力を持っていない人たちの気配というのはとても微弱で感じ取るのは難しいようだ。

 

(ふうん……そんなもんなんだ)

 

 "見聞色の勇気"について雪花は完全に話を理解した訳ではないが、どうやら気配にも強弱というものが存在しているようだ。

 バーテックスや友奈、久美子の感じる気配は一段と強いらしい。だとすると勇者である高嶋友奈はともかく、烏丸久美子は少し異常な気がする。

 

「ルリちゃああああん!!! いたら返事してー‼︎」

 

 声を上げて呼びかける。

 

 ……すると。

 

「……おねえちゃん?」

「――ッ‼︎ 今の声!」

 

 微かだが少女の声が聞こえた。茉莉の反応から察するに探していた少女本人だ。

 

「今声がしたのは……あっ、いたっ」

 

 木から木へ飛び移っていくと、木の根元に座っている少女を見つけた。

 

「こっち! いましたよー!」

 

 茉莉は一目散にそこへ駆けつけてルリという少女を抱きしめた。

 

「ルリちゃん!」

「おねえちゃん!」

「はぁ……はぁ……良かったあ〜」

 

 安堵により緊張の糸が切れたのかそのまま座り込む。

 

「一体どうしたの? こんな薄暗い森の中で。お母さんがすっごく心配してたんだよ」

「ごめんなさい。……えっとね、リスさんがいたの?」

「リス?」

「うん。どんぐりもってて、かけていったから、あとおいかけたの。そしたらここで……足くじいちゃって……」

 

 茉莉が少女の靴を脱がせて足首を見る。赤く腫れている訳でも青くなっている訳でもないので見た目の外傷は見受けられない。

 

「そうだったんだ。不安だったよね? 怖かったよね? ……見つかって……本当に……うっ、うう」

 

 茉莉の目には涙が滲んでいた。雪花も安心してほっとため息をつく。

 森の中で遊んでいて足を滑らせたなどいくらでも起こりうる。今回はリスを追いかけ森に入ってしまい、そこで足を挫いてしまっただけで済んでいたが、少女を発見できたのは本当に運が良かった。

 森で迷子になる事や海で遭難してしまうといった事故はバーテックス襲来前にも数多くあった。

 

「さてと。いつまでもここにいても何ですので、彼女……ルリちゃんでしたっけ? 連れて歌野たちと合流しましょう」

 

 雪花は茉莉の肩を軽く叩いて二人を立ち上がらせる。早く歌野たちやこの少女のお母さんに会わせて安心させてあげよう。

 

「はい、そうですね。……じゃあ帰ろっか。お母さんが待ってるよ」

「うんっ。ありがとう、おねえちゃん! それと眼鏡のお姉ちゃんもねっ」

「はいはーい。それ程でもないですよー」

 

 雪花が抱きかかえ三人で森の出口へ向かう。駆け足で行く中、茉莉は昔にも似たような事があったことを伝えた。

 

「ルリちゃんはね。前にも抜け出した事があったんですけど、その時はお家に帰りたかったんです。……でもお母さんの元に帰ってそこが一番安心できるところだって分かってくれて、今は仲良く奈良(ここ)で暮らしてるんです」

「そうなんですねー」

 

 雪花はそう相槌を返したが、心の中では()()()()()()で呑気に暮らしている彼女たちへの疑問があった。

 

 ……茉莉の"見聞色"と友奈の勇者の力、そして久美子の"武装色"。そのおかげでバーテックスを撃退しているといっても四国へ避難した方が安全な筈だ。

 久美子から聞いた話では、久美子の教授たちは無事四国へ避難する事が出来ていた。

 

(じゃあなんでいつまでもここに居座ってるんだー?)

 

 雪花は当人のうちのひとりに気取られないように、疑いの視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「――雪花! 聞いたわ! 例のリトルガールは見つけだしたって!」

 

 少女ルリを母親の元へ届けた後、歌野たちに知らせた。

 母親とルリは再会の喜びで暫し抱き合い涙を流していた。そして雪花と茉莉に何度も何度も頭を下げ、これでもかという程に感謝の意を伝え、帰っていった。

 

「ガキは見つかったみたいだな。良かったぜ……ホントになァ」

 

 黒シャツの男も捜索から戻り、事の顛末を聞いて安堵する。

 

「欲を言えばよ、俺が見つけ出せたらって思ってたんだけどな。……いや早く見つかるに越した事は無ェんだけどよ」

「そういえばおにいさんは一番に探しに出ましたよね」

 

 男は空き家方面を探していたらしい。行方不明の話を聞いてから即座に動いたその行動に、戻ってきた友奈は微笑み、食堂にいた久美子は何故かニヤニヤしていた。

 

「ま、俺の"償い"……でもあるしな……」

「償い? ……どういう事ですか?」

 

 水都や歌野たちの疑問に頭を掻きながら不意に視線をそらす。

 そして自分の声が聞こえる範囲に久美子たち三人がいないところまで歩きだす。

 

「……お前ら確か、友奈と茉莉を仲間に加えたいって言ってたよな?」

「ええそうですっ。二人を是非、我が白鳥(ホワイトスワン)農業組合(のうぎょうくみあい)に加えて共に農業したいと思って!」

 

 男は歌野の熱意を聞き、腕を組んで少しだけ考えたあと、話し出した。

 

「……今日出会ったお前らなら話してもいいかもしれねェな」

「……?」

「久美子……の姉貴をはじめ、友奈や茉莉。そして俺ら全員が奈良(ここ)に留まっている理由をよ」

「それ……私も知りたいですねー」

 

 この場にいるのは男を除けば歌野、水都、雪花の三人。水都と雪花も歌野の意見に反論はない。なので友奈と茉莉を引き入れるため、二人が奈良に拘っている理由を知っておきたい。

 

 ――なぜ、彼女たちはここに繋ぎ止められているのか。

 

 ――なぜ、彼女たちはここに縛り付けられるのか。

 

 ――なぜ、彼女たちはそれを望んでしまったのか。

 

「聞きたくなくなったら耳を塞ぐか、ここから離れてもいいぜ。なんせ胸糞悪い話も混じってるからなァ」

 

 そうして男は語りはじめた。

 

「そしてこれはある意味、()()()()なんだよ……」

 

 ……三年前のあの日から始まった、四国への逃避行とその中で起こった苦々しい思い出を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――西暦2015年7月30日。烏丸久美子が高嶋友奈、横手茉莉、そして黒シャツを着た男と出会ったのは奈良県御所市内のスーパーマーケットだった。

 スーパーに立て篭っている彼らを襲いに来たバケモノを、あとからやってきた友奈が撃退した事が始まりだ。

 聞けばこの時から友奈はバケモノを倒す力を持っていた。

 そして茉莉はそのバケモノの位置が分かる力を持っていた。

 

 聞くところによると、あの日友奈は神社に御供えされていた"ニンジン"を勝手に食べた。

 罰当たりなのは分かっていたが当時の友奈もなぜ御供えされていたニンジンを食べたのか説明出来なかった。

 すると、彼女の体にバーテックスを倒す力が宿ったという。まず間違い無く、そのニンジンは"勇者の野菜"だったのだ。

 

「茉莉に関してだが……久美子の姉貴に聞いた話じゃ、親を目の前であのバケモノに殺されたらしくてな。その精神的ショックのせいでバケモノの居場所が分かるレーダーっていうか、センサーみたいな力を手に入れたらしい」

「そう……だったんですか。それはさぞかし辛かった……ですよね」

 

 水都も心を痛める。そしてチラッと雪花へ視線を送る。

 水都の父親もバーテックスによって殺されたがあくまで母親から聞いたものだ。実際に目の前で殺されたであろう雪花や茉莉の胸中は察するに余り有る。

 

「そしてスーパーを出たあとでな。久美子の姉貴が運転するマイクロバスに生き残りを乗っけて四国を目指す事にしたんだ」

 

 あの場所にいた人数は二十人に満たなかったが、バス内の席はギリギリだった。しかも当時はお年寄りや子供。怪我で座れず仕方なく二人分の席を使って寝かせている人もいた。

 そして全員が全員、一刻も早く安全な可能性が一番高い四国へ行くことを望んだ。

 

「……ところがよ。茉莉はな、バーテックスの気配がするって言って遠回りばっかすんだよ。普通は奈良から中国地方(マリンフォード)ヘ行き、そこから瀬戸内海(グランドライン)に架かっている橋渡って四国へ着くのには、バスなら数時間で可能だ。……例え道が破壊され塞がれていたとしても一日もあれば充分だ」

 

 その道中でバーテックスが現れたとしても勇者の野菜の能力者となった友奈の力で突破出来るはずだ。

 男たちバスの乗客たちはそう思っていた。

 

 ……しかし茉莉は怪我をしている友奈の体を労わってバーテックスの気配を感じると、久美子に地図で大体の位置を教えて遠回りさせた。

 そのせいで最短で数時間で済むはずのこの旅は一日、二日とかかる事になった。

 

 ――それが黒シャツの男には耐えられなかったのだ。

 

「だから俺はこの逃避行の中で得た、一応の信頼を利用して茉莉のやつに思い知らせてやろうとしたんだ。例え非道な手段を用いたとしてもな……」

 

 バーテックスの恐怖により、次第に精神が病んでいくバスの乗客が増えていく中で、男は行動に移す。

 

 

 一刻も早く四国へ避難するために――。

 

 その障害となっている茉莉(邪魔者)を排除するために――。

 

 

 




 次の回から本格的に過去編に突入します。そして結構辛い描写が入ってきます。
 ですので苦手な方は作中の白鳥さんみたく、寝てスキップするのもアリかと。


次回 烏丸久美子は縛り付けた


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第六十四話 烏丸久美子は縛り付けた

拙稿ですがよろしくお願いします。……配分間違えたので次回以降もあります。

前回のあらすじ
 行方不明だった少女の捜索は雪花と茉莉が発見した事により難なく終える。
 茉莉との会話の中で、なぜ彼女たちは大社支部が存在しない奈良に留まり続けているのか雪花は疑問に感じていた。
 そしてその理由を黒シャツの男から聞かされる事になる。あの日起こった出来事と共に。


 久美子たちが行くマイクロバスは兵庫県に入った。現在は茉莉の指示に従い田畑が多い道を走り続けている。

 

「……すみません久美子さん。この先のトンネルであの白いお化けの気配がします。引き返して別の道をお願いできませんか?」

 

 運転席に来た茉莉が久美子へ提案する。これで何度目のUターンだろうか。いっこうに四国へ渡る目処が立たない。

 

「そうか。……なら仕方ないな」

 

 バスを止め、バックしながらハンドルを切りもと来た道を引き返した。

 

「おいっ! おいおいおい、何やってんだよアンタ!」

 

 すると黒シャツを着た男もまたこちらへ近付いて来た。

 茉莉の横を通る際に体をわざとらしく彼女の肩にぶつけ運転席に身を乗り出す。

 

「何でまた引き返すんだよ⁉︎ なァ⁉︎ もういい加減にしてくれよ! さっきからチンタラチンタラ走って止まって引き返してよォ」

「この先に例のバケモノが居るんだと」

「あァん? 見てもねェのに適当言うなよッ!」

茉莉(こいつ)がそう言ったんだ。バケモノの位置が分かるらしいからな」

 

 右手はハンドルを握ったまま左手の親指を茉莉へ向ける。それを見て黒シャツは茉莉を射殺すように睨んだ。

 

「その話は何回も聞いたがよ。このガキの言ってる事は"なんとなく"なんだろッ⁉︎ 本当にいるかどうかわからねェじゃねェかッ」

 

 喧しい怒号に久美子は眉を顰める。一部のバスの乗客たちも疑いの目を茉莉に向け、陰口をたたく。

 まるでイライラしている黒シャツ男の感情が周りに伝染しているようだった。

 

「私もよく分からん……が茉莉の指示は今のところ合ってるんだ。なら今はこいつの不可思議な勘を頼るしかない。バスのやつらもだいぶ参っているしな」

「チッ……」

 

 男は舌打ちして席に戻る。

 確かに、今に至るまでバケモノと交戦回数が少ないのは茉莉の指示のおかげだった。

 茉莉が引き返すよう指示すればバケモノとは遭遇しなかったし、茉莉が接敵は回避出来そうにない、と言えばその通りにバケモノと遭遇してその都度友奈が討伐していった。

 そしてバケモノと交戦するにつれ乗客たちは怯え、カーテンを閉め切りよっぽどの事が無い限りバスから出る事を拒む。

 中にはずっと俯いたままで視界を上げる事すら嫌がる者もいた。

 

 

 バスを再度走らせて30分が経過する。

 

「すみません。その……次の角を左でお願いします」

 

 茉莉の指示で進行方向を変え、そこから1時間走らせる。

 

「その橋は駄目みたいです。……引き返して別の道を行きましょう」

 

 ……さらに1時間が経った。

 

「久美子さん……その先は、あの……危険なので迂回を……」

 

 ……そのすぐ10分後。

 

「あっ……そっちは駄目です。……次の角を左へ」

 

 久美子は首を横に振る。

 

「それは無理だ。さっきチラッと見たがその先は建物が崩落して道を塞いでいた」

「あ……では、戻ってから……」

「まさかまた遠回りする気かよ⁉︎」

 

 荒々しく声を上げまた運転席に男がやってきた。

 

「行きたかった道が無理な以上、引き返して迂回するしかないな」

「はい……すみませ――うッ⁉︎」

 

 業を煮やした男が茉莉の胸ぐらを掴んで引っ張り上げた。

 

「なァ遊んでんじゃねェんだぞ⁉︎」

「わ……わかってます……。でも……」

「でもじゃねェ。この際、バケモノはあの赤い髪のガキに任せて意地でも四国へ行け‼︎」

「駄目……です。ゆうちゃんはあの白いのと戦って怪我をしました。……だから、なるべく……戦いは避けたいんです」

 

 バケモノを倒す力が友奈しかいない以上、彼女は必ずみんなの為に拳を振るう。しかし、バケモノと戦えば戦う程に友奈自身も疲弊し怪我を負っていた。

 それでも誰かが望めば友奈はまた戦いに赴くだろう。茉莉は傷付き消耗していく友奈を見るのが辛かった。

 

「ゆうちゃんだって怪我をするんです。……身体も集中力も、とうに限界がきてもおかしくないのに。今だってなるべく体力を回復させてほしいから無理言って休ませてるんです」

「んな事関係ねェだろッ。叩き起こしてやる!」

 

 胸ぐらを掴んでいた手を離し、寝ている友奈の元へ行こうとする男の腕を掴んで止めようとする。

 

「やめてくださいっ」

「俺たちだって限界なんだ! あのガキをバケモノにぶつけさせろ」

「ゆうちゃんがいくら強くても、戦えばまた怪我を負います。恥ずかしく無いんですか⁉︎ あんな小さな子供を戦わせてっ。危険な目に合わせて!」

「……ッ。てめェ」

 

 男は今にも殴りかかりそうな勢いだった。

 

「おい、黒シャツのお前」

「……あ?」

 

 二人の言い争いに見かねたのか、久美子が運転席から立ち上がり仲裁に入る。

 

「車内で暴れるつもりなら降りてもらうぞ。友奈が戦うかどうかなんて話はどうでもいいが。バスで移動している以上、その進行ルートの決定権は運転手の私にある。そして次がバケモノの位置を察知できる茉莉なんだよ。初めからお前の意見なんざ聞いちゃいない。保護されているだけのお前が私たちに何かを強制する事は出来ないと理解しておけ」

 

 久美子はそれだけ言うと、運転席に戻りバスを走らせた。

 

「……クソッ」

 

 言いくるめられた男は渋々元の席に戻った。

 バスはまたしんと静まりかえる。乗客たちも心身共に弱り果てており誰も今のやり取りについて口を挟む者はいない。

 友奈は茉莉と黒シャツの男との言い争い時も起きる事は無かったので恐らく相当疲れが溜まっているのだろう。

 

「あ、あの……ありがとうございます」

「礼なんぞいらん。勘違いしている奴に当たり前の事実を言っただけだ」

 

 茉莉は頭を下げてお礼を口にしたが久美子は構う事なく運転を続ける……のだが、

 

……フッハハッ

 

 何故か小さく笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――バスを走らせ続け数時間が経過した。途中、何度か休憩を挟んだがバスが停車している間もバケモノの襲撃は無かった。おかげで友奈はあれからぐっすりと眠っているし、茉莉も少しだけ仮眠が取れた。

 

(このまま戦う事もなく四国に着いたらいいなぁ……)

 

 そんな呑気な事を考えながらもう何度目かの眠気を我慢しながらバスに揺られている。

 また少し仮眠を取ろうとしたその時、バスが停止した事に気付いた。

 

「……? どうしたんですか、久美子さん」

「ちょっと待ってろ」

 

 そう言って久美子はバスの外へ降りた。

 茉莉は休憩に入ったのかと思ったが先程休憩に入ったばかりだった事を思い出した。

 運転席を見るとガソリンの燃料も半分くらいは残っている。ここがどこかは分からないが四国へ行くには少し心許ない。

 

(給油するのかな……?)

 

 久美子に続いてバスを降りる。あたりは薄暗くなっていた。バス内はカーテンを閉め切っているので外の変化には全然気付かなかった。

 

 そしてその目に映りこんだのは……。

 

 

「あぁ……良かった」「助かった……」「おいアンタっ。助けに来てくれたんだろ? 乗せてくれよ!」

 

 数人の大人たちが立っていた。大人たちの身なりはボロボロで必死に久美子に懇願している。

 

「えっ……久美子さん。これ……は?」

「なんだ、降りてきたのか。待ってろって言ったろ」

 

 茉莉は彼らの様子からある答えに辿り着く。

 

「まさか……生き残った人たち、ですか?」

「ああそうだ。あのバケモノが現れた日から何人かを失いながらも今日まで逃げ延びてきたんだろうな」

「じゃあ彼らを乗せて四国へ…………」

 

 そう言いかけて途中で止まる。今、バス内の席は埋まっている。いや、正直な話足りないくらいだ。

 理由は横になっている怪我人が数人程度いるから。さらにはあのバケモノの影響で塞ぎ込んでいる人や、気分が悪くなった人が寝かせられている。

 茉莉や友奈など比較的健康な人間は眠る時以外はバスの中で立っている。または床に座っているのだ。

 

「……どうする? 茉莉」

 

 彼女の心を読んだのか、久美子から意見を求められる。

 

「そ……そうですね、ここにいる皆さんには苦労をかけますけど、席がないので床に座っていただくか……」

「いや、彼らだけじゃない。少し先に怪我人がいるらしい」

「えっ……そんなっ」

 

 今、二人の目の前にいるのは()()()()()だった。彼らが言うには近くの建物に怪我人と見張りが居て、その数は合計11人になるそうだ。

 

「それでは流石にキツイだろう? 今のバス内でも限界なんだ」

 

 茉莉の頬を一筋の汗が伝う。

 

「さてどうする、茉莉? 全員を乗せるとバスはスシ詰になる。そうなると後々面倒な事になる。……デメリットだらけのまま爆弾を抱えて四国へ行くか。……見捨てて行くか」

「……‼︎ それは嫌です!」

「ならばどうするか。お前が考え、お前が決めろ。私はそれに従うだけだ」

「な……なんで久美子さんはボクなんかに意見を求めるんですか?」

「この者たち全員を安全に四国へ運べるのはお前次第だからだ。だからお前が()()()()()()()()()()判断して決めるんだ。……じゃあな」

 

 そう言って久美子はポケットからタバコのケースを取り出して茉莉にチラつかせるとどこかへ歩き出した。

 タバコを吸う場所へ移動したのだろう。

 

 そしてその時、横顔から覗いた久美子の口角は少し上がっていた。

 

(……まただ。久美子さんはこういう時、何故か笑う)

 

 言葉では言い表せない不安が茉莉の胸に募っていた。

 

 バス外の人たちはとりあえずここに待機している。久美子と茉莉の会話からバス内の状況を少しは理解しているようで、無理矢理乗り込んではこない。

 ただ、それは今だけの話であって、最終的には彼らは否が応でも乗り込んでくるだろう。今この時もこちらとバスとを注視している。もし彼らを見捨てて行こうものなら力づくでも割り込んでやる、という雰囲気が感じ取れる。

 

「…………」

 

 茉莉は彼らに背を向けて一旦バスの中へ入ろうとする。

 

 …………しかし。

 

「あっ……」

 

 目の前にはバスから降りてきた黒シャツ男の姿があった。また、その背後には何人かの大人たちがいる。

 茉莉の中の不安は抑えきれない程に膨れ上がっていく。

 

「今の話、聞いていたん……ですか?」

「ちょっと話がある。こっちに来い」

 

 茉莉の問いには答えず首で方向を促す。

 

「あっ……は、はい……」

 

 そう答えてしまい、男のうしろをついていく。

 

 

 ……それが間違いであったと気付いた時には遅かった。いや、拒否したとしても無駄だという事も薄々分かっていた。

 

 茉莉はただ、穏便に話が済む事を願うばかりだった……。

 




 次の話は凄惨な描写がありますのでご注意ください。


次回 絡み合う三つの糸


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第六十五話 絡み合う三つの糸

拙稿ですがよろしくお願いします。話数の見積もりを誤ってしまった。


※今回の話は原作よりも凄惨な描写が見受けられます。閲覧していくにあたって気分が悪くなった場合は、画面を閉じて涼しい場所での休憩を薦めます。


前回のあらすじ
 三年前のあの日から、四国へ避難しようとしている横手茉莉。高嶋友奈。烏丸久美子。その他の者たち。しかし道中は困難を極めており様々な障害が立ちはだかる。そしてバスの中でも特に彼女たちと諍いを起こしていた黒シャツ男がとある行動にうつる。


 茉莉はどんどんバスから離れた場所へ歩かされる。

 

「もう少し先だ。とっとと歩け」

 

 黒シャツの男とその取り巻き。そして他の大人たちを交えて七人で茉莉を取り囲む。

 

「なあっ、お前らに意見を聞きたい」

 

 バスから30メートル程離れた木陰で茉莉を含む全員に話し始める。

 

「俺たちは今、窮地に立たされている! バスの奴らは全員もう限界だ。怪我をしている人や体調を崩している人がいるし、食糧だって尽きるのも時間の問題だ。そして……さらにだぞ⁉︎ ここで生き残りを見つけやがった! 聞けば動けない奴を含めて十人はいるらしい。……そいつらには悪いが俺は見捨てて四国に行くべきだと思っている!」

「……⁉︎」

 

 黒シャツの男からの提案に茉莉の表情は固まる。思いたく無かった状況に事が運んでいくのが分かった。

 

「白いバケモノと戦える高嶋友奈ってガキは一刻も早い四国への避難を望んでた。運転手の女も明確には反対せず、こいつの言うルートを通ってる。つまりこいつさえ賛成すれば多少危険でも高嶋友奈を使って俺たちは()()()四国へ行けるんだ! どうだ⁉︎」

 

 その提案に周りの男たちは口々に呟く。

 

「そうだ……俺たちはもう余裕がねぇんだ」「あんたの言う通りだ」「いつまでこんな地獄の中を彷徨い続けんだよ」「しかもさらに人数が増えるだと?」

 

 

「――その人たちには悪いけど……俺たちの他にまた誰か来るだろ。そいつらに助けてもらえば良くね?」

 

 取り巻きのひとりがそう言うと、みんな賛同する。

 

「そうだなァ。決まりだ! …………お前も、それでいいよなァ?」

 

 黒シャツの男がぐんっと茉莉に近付いてきた。

 

 茉莉は体を強張らせ声も震えながら……。

 

「い……嫌です。あの人たちも……連れて四国へ行きます」

 

 そう答えた。……いや、そう答えてしまった。

 

 ……それがどんな惨状をもたらすのか薄々気付いていながら。

 

「助けなんて……来ない、です。……あの人たちにとってはボクたちが最後の頼みの綱で――っぅう!?」

 

 そのとき下腹部に激痛が走り、耐えられず地面に両膝をつく。

 黒シャツの男が膝蹴りを放ったのに気付いたのはその数秒あとだった。

 

「……ぅ……ど、どうして」

「みんな……これがこいつの答えだぞ。こいつはみんなで一緒に朽ち果てようつってんだ」

「いや……そうは……言ってま――」

「そうだろうがッ‼︎」

 

 右足の蹴りが茉莉の側頭部に直撃して地面に倒した。

 

「ぅああッ‼︎」

「お前らも手伝え。こいつは今の状況が分かってないらしい。……なぁに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()きっと気持ちに応えて賛同してくれるさ」

 

 その合図で取り巻きの男たちも這いつくばっている茉莉を踏み付け始めた。

 

「――ッ⁉︎ ――ぁが! ――ぐえっ! ――うぐ」

 

 残りの面々は万が一、茉莉が逃げ出さないように間隔を空けて逃げ道を塞ぐ。

 

「やめてください……やめ――」

「やめてほしかったら従え! あいつらを見捨てると! 高嶋友奈(あのガキ)に命令しろ! 命張ってバケモノから死守しろってよォ!」

 

 背中や腹部を何度も足蹴りにされながら茉莉は男の意見を拒絶する。

 

「い……嫌です。見捨てるなんて……出来ませんし……ゆうちゃんは、"戦え"と言われたら……本当にボロボロになるまで戦ってしまいます……。そんなの嫌です……」

「……そうかそうか。まだ仕置きが足りねェみてェだな」

 

 男は仰向けで倒れている茉莉に馬乗りになった。

 そして左手で茉莉の口を無理矢理開けさせた。

 

「あガッ――」

 

 右手で地面の砂利を鷲掴みにして、それをそのまま()()()()()()()()()()()()

 

「うぉごッ⁉︎ ンン――ッ‼︎」

 

 口の中で泥や小石が充満し、それが唾液と混ざって壮絶な吐き気を催す。

 

 さらにその状態から男は茉莉に向かって――。

 

 

 ドカッ! ドゴッ! バキッ!

 

 

 両頬をひたすら殴り付けた。

 

「ごほっごほっ……ごぽごぽっ」

 

 口の中に詰め込まれた小石の角張った部分が口内を削り始め、歯茎に刺さり舌を傷付ける。

 そして明らかに砂利とは別の……鉄の味が口内を駆けめぐる。

 

「おら――ッッよ!」

 

 黒シャツの男は立ち上がり、茉莉の髪を引っ張って振り下ろし顔を地面に叩きつける。

 

「――ッ!? ……うっ…………ぷっ」

 

 飲み込む事の出来なかったものをついに吐き出してしまった。

 

「……っ。ぐっ……。ぅ! うえええええええっ」

 

 べちゃべちゃべちゃっと、地面に散らばったソレは泥と小石の固形物と唾液と赤色の液体とが混合され、さながらいちごジャムのように見えた。

 親が殺されてから血を見る事をトラウマとする茉莉は吐き出したソレを見て一層パニックに陥る。

 

「……さて、と。もう一度聞くぞ? 俺たちの"頼み"……聞いてくれるよな?」

 

 口の中の痛みが尋常では無い。息苦しさから解放されたばかりという事もあり、まともに喋る事すら不可能だった。

 

「ゼェ……ハァ……ゼェ……ハァ……。ウウッ……オエッ!」

 

 その反応を、男は『NO』と受け取った。そもそも口を攻撃した時点で答えられなくなるのを分かっていた筈だ。

 

(なんで……こんな目に……っ)

 

「なんだよオイ。強情な奴だなァ」

 

 黒シャツの男の取り巻き以外は、この状況に若干の恐れを抱き佇んでいた。

 

「おい、こいつの手足を抑えとけ」

 

 取り巻きの男に指示を出す。その指示に嫌がる素振りも見せず、取り巻きの男たちは両手と両足を押さえつけた。

 

「今からこいつの服を脱がす。ひん剥かれて更なる恥辱を味わいたくなかったら早いとこ観念して俺たちの言うとおりに従え」

「……ッ!?」

 

 茉莉は驚愕のあまり心臓がはねるのを感じた。

 

「……めて、やめてください。……やめ――」

 

 痛みに耐えながら発したか細い声は呆気なく無視される。

 取り巻きの男たちも若干、恐怖を感じていたのだ。茉莉へのこの非道な行いを。

 その飛び火を食らうのが嫌なのか、今はただ何も考えず黒シャツ男の指示に従う。

 

 子供の力では振り解く事など出来ず、抵抗できないままボタンを外され、服やスカートをたくし上げられていく。

 

「いやあああああ! やめてえええええええ‼︎」

 

 必死で体を捩るが動けない。

 

 スカートを剥ぎ取られ、黒シャツ男の手が下着にかかる――。

 

「あっあ……ぁぁあああああああああ!!!」

 

 絶望の境地に立たされ、溢れ出る涙は悲痛な叫びと共に止まる事を知らない。

 

「お願いっやめ――ッぐえ!」

「だったら言えよッ!!! わっかんねェのか!?」

 

 下着を脱がそうとした手はそのまま上半身をのぼって茉莉の首に手をかけた。

 

「それぐらい俺たちは必死なんだよ! それでもてめェはしらばっくれるのか!?」

「……っ。うう」

「キツイよなァ? つれェよなァ? 苦しいだろうなァ? ……だがお前が"傷付きました"つって被害者ヅラすんのはおかしいだろッ?」

 

 首から手を離す。バスのある方向を指差して男は今一度この状況を説明する。目の前の横手茉莉(分からず屋)に。

 

「お前はバスの奴らを鑑みた事があんのかァ? あいつらは今、お前以上に苦しんでる。つれェ思いをしてる。それもずっとだ。……てめェは気付いてたか? この旅が長引けば長引くほど、バケモノに遭遇すればするほどに精神が侵されていく奴らが増えてきている事を」

 

 それは茉莉自身も気付いていた。カーテンを閉め切り外に出るのを嫌がるのも、バケモノの脅威に晒されてきたから。

 あのバケモノは人間に"脅威"以上の恐怖心を齎している。

 精神に異常をきたす者が次々と増えてくる。そんな人たちがこの旅を続けていく事は困難だった。

 ならばこの地獄から脱出する一番の方法は、安全だと思われる"四国へ早く避難すること"。

 

 ……しかし、その四国への道を長引かせているのは他ならぬ茉莉だった。

 

「てめェは高嶋友奈ってガキの事ばかり気遣ってたよなァ? 怪我を負うから。疲れるから。……死んじまうかもしれねェからってよォ」

「あっ……そ、それは……」

「他の奴らなんて全然気にしてねェんだろ? あくまで自分とあのガキだけ無事だったなら他はどうなってもいいんだろォ⁉︎」

「ち、違います……っ。ボクは、そんな、つもりじゃあ……」

「だったら無理にでも進められた筈だ! バケモノと戦う事をあいつは嫌がらねェ。むしろ率先して倒してくれる。……てめェはその気持ちに応えるべきだったんだ」

「あ……あぁ……」

 

 茉莉の表情は更に暗くなる。それは暴力という苦痛を受けていた時よりも深く、そして酷く心を抉る。

 

「暴力を振るってた俺たちがクズだと思ったか? さも外道だと思ったか? 自分のやってる事を棚に上げて? "ああ、自分はなんて優しいんだろ。高嶋友奈の事を気遣えて。生き残りの奴らを拾ってみんなで安全に四国へ行こう。まるで聖人君子じゃないか"ってか」

「……っ⁉︎」

「"直接的な傷"さえ与えなければ綺麗なまま? 心は清純? ……勝手な言い分だ、笑えるぜ」

 

 パキッ――。

 

 茉莉の胸の中にあるものが、音を立ててひび割れた。

 

「もう意地を張るのはやめろ。虚しくなるだけだ」

 

 茉莉は地面に仰向けになったまま半ば放心状態となっていた。

 

(そっか……。ボクが……悪かったんだ)

 

 体の感覚が無くなっていく。目は虚のまま虚空を見る。

 

(ゆうちゃんが怪我するのが嫌で……バスの人たちが苦しんでいるのが嫌で……だから何とかしようって思ってたのに)

 

 バケモノの位置が分かる茉莉だからこそより安全な、誰も傷付かず平坦な道のりで四国へいこうと考えていた。

 しかし、初めからそんな道のりなど無かったのだ。結局茉莉が取った行動は、ジリジリと消耗させただけ。

 

(全部、無駄だったんだ。じゃあもう、いいか……。ボクなんて……)

 

 自分のやっている事の愚かさを呪う。黒シャツ男の言うとおりだ。危険な道を渡らずに得られるものなど無かったのだ。

 

(もう……どうでもいいや)

 

 黒シャツの男の言い分が正しければ、茉莉は友奈一人を気遣うために他の乗客を苦しませていた事になる。

 しかもそれは友奈自身が望んだ事ではない。茉莉が()()()()()()()だ。

 

(最低だよ……ボク。みんなを苦しませていたんだ。ゆうちゃんの為だとか綺麗事並べて……。一番穢れていた"クズ"はボクだったんだ……)

 

 そしてドス黒い思考に閉ざされた中、ようやく結論に辿り着いた。

 

(じゃあ……これからは…………)

 

 

 

「――随分と愉しそうな事をやってるじゃないか?」

 

 その声を聞き、茉莉の眼に僅かな生気が宿る。

 

「久美子……さん?」

「あ? 今いそが――ぐほォ⁉︎」

 

 振り返った黒シャツの男の腹を蹴り上げて数メートルふっ飛ばした。

 

「私も混ぜてくれないか? なあ!」

 

 久美子は押さえ付けていた取り巻きたちを回し蹴りで文字通り一蹴する。

 そして立ち尽くしている者たちを睨むと、彼らは簡単に臆した。

 

「お前らはどうせ、この黒シャツ男に食べ物や飲み物を分けてやるって言われて協力したってクチだろう? 茉莉に暴力を振るう気が無いなら今すぐ戻れ!」

 

 久美子の威圧に屈し、立ち尽くしていた者たちは逃げるようにバスへと戻った。

 

「取り巻きの奴らはさっきの蹴りでノビているし……あとはお前だな」

 

 黒シャツの男は仰向けで立ち上がらずにいたが意識はあった。

 

「……ッ! な、なんだってんだよ⁉︎」

「何って、混ぜてくれって言ったろう? 私も愉しみたいからな」

 

 そう言って久美子は右足を上げて、男の股目掛けて振り下ろした。

 

粗砕(コンカッセ)!」

「ぐぎゃァァァアアア!?」

 

 踵落としを食らった男はあまりの痛みにのたうち回る。間髪入れず、襟元を掴んで引き摺りながら付近に停めてあったオープンカーに放り込んだ。

 

「これは好都合だな。こんなところにオープンカーがあるなんてな。……じゃあドライブデートでもしようか」

 

 そして久美子も乗り込んでエンジンをかけた。

 

「あの……久美子さん?」

「茉莉。お前は戻って医者の奴から手当てを受けろ。私はこの男を"処理"してくる」

「えっ……処理って、え?」

「それとさっさと服を着ろ。そんな見窄らしい醜態をこれ以上晒すなよ? じゃあな」

 

 久美子は車を走らせ、二人ともすぐに見えなくなった。

 

「…………」

 

 茉莉は久美子の意図がまったく読めないまま動けずにいた。

 ただ、決して良くない事が起こるのだろうという一抹の不安があった。

 

「……茉莉さん?」

 

 するとそこへ友奈がやってきた。先程の騒ぎで起き上がりバスを降りて来たのだ。

 

「どうしたんですか⁉︎ その怪我!」

「そ……それは後でいいから……あのねっゆうちゃん――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――久美子は猛スピードで車を走らせ声を上げて笑っていた。

 

「フッハッハッハッハ! 見つけたぞ!」

 

 遠くに白いバケモノの姿が見えた。相手はすぐに気付いたのか、すぐにこちらへ飛んできた。

 

「おい見ろ黒シャツ。今日のゲストだっ」

「えっ……うわっ! ひいいい!?」

 

 その姿を見た瞬間、男が震え上がり半ばパニック状態に陥る。

 

「は……早く車を出せッ‼︎」

「まだだ! 充分に引きつけてからの方が面白い」

「おい、早く……」

「やめろっ、離せって――あっ」

 

 胸ぐらを掴んできたのでドンっと男を突き飛ばした。

 

「……え」

 

 力が強かったのか、男は車の外に投げ出された。

 

「あーしまったー。オープンカーだしな。シートベルトもしてなかったんで、つい車外に投げ飛ばしてしまったなー」

 

 冷めた口調で悪びれるつもりもなく、久美子は横目で一瞥して車を走らせた。

 

「――さようなら」

 

 投げ出された男へバケモノが接近する。

 

う……うわあああああああ!? 助けてくれえええええええええ!!!

 

 男の断末魔をBGM代わりに久美子はバックミラー越しに笑いながら喰われる様を鑑賞する。

 

 

 

 

 …………筈だったのだが。

 

うおおおおお! 勇者ぁああ、キィィーーーッック‼︎

 

 男を喰らう寸前でバケモノは友奈に蹴り飛ばされた。

 

「……あ?」

 

 久美子はブレーキを踏んで引き返した。

 黒シャツの元に戻った時には、バケモノは友奈の手によって仕留められたあとだった。

 

「いったたた〜。あ、大丈夫ですか⁉︎」

「う……うう……あああ」

 

 すっかり怯えてしまいまともに返答してこなかった。

 

「何故その男を助けた?」

 

 男の肩に手をかけて宥めている友奈に問う。

 

「……この人が助けを求めていたからです」

 

 確かに男は"助けてくれ"と大声で叫んでいた。車で走り去る久美子にもしっかりと無様に聞こえていた。

 

「……それだけか?」

「誰かを助けるのにそれ以上の理由はいりません!」

 

 きっぱりと友奈は言い切った。

 

「お前はそいつが何をしたか知っているのか? さっきまで茉莉に何をやっていたかを」

「なんとなくしか知りません。……茉莉さんの状態を見てもしかして……ぐらいです」

「茉莉のその怪我が何よりの答えだ。その怪我の原因がこいつだぞ。助ける理由なんてあるのか?」

「ありますっ」

 

 友奈は背中をさすり続け、優しく微笑んでいた。

 それを見て久美子は眉を顰める。

 

「その人がどんなに悪い事をしていたとしとも……直前に誰かを傷付けていたとしても……『助けて』って言われたら助けるに決まってるじゃないですかっ」

 

 そのあまりにも真っ直ぐな視線は、思わず目を逸らしたくなる。

 

「だって、高嶋友奈(わたし)は……"勇者(ヒーロー)"だから」

 

(……友奈(こいつ)は何を言ってるんだ?)

 

 高嶋友奈について理解出来ない部分があったが、この時ほどに理解に苦しむ事はない。

 茉莉を傷付けた張本人だと薄々分かっていながらここまで全速力で走ってきて助け出したのだ。

 

「その男は集団の和を乱していた。同行していく中でお前も分かっていた筈だ。今、こいつを消しておかなければ更なる害悪となって私たちに降り注ぐぞ?」

「そうなったら私が止めます! こんなやり方ではなく!」

「それはなぜだ? 消した方が手っ取り早いぞ」

「この世界にいなくなって良い人なんてひとりもいませんよ! それが悪い人だったとしてもっ。悪い事をするのなら私がこの力で止めます。……でも決して死なせてダメです! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()筈です。そのために使える力だと私は思うからっ」

 

(悪い奴を更生させるために力を振るう? 何を言ってるんだ。お前の力はバケモノを倒すためのものに過ぎないだろう……)

 

 最優先なのは四国へ避難。それ以外の余計な事に労力を使う暇などない筈なのだ。

 事実、茉莉は友奈が力を振るって怪我をするのが嫌でこんな目に合ったのだから。

 

(フッハハハッ。茉莉……お前の努力は何ひとつ、こいつの為になってないじゃないかっ)

 

 口には出さず密かに彼女に同情する。いや、たとえ口にしたとしても友奈には理解出来ないだろう。

 

「おい、友奈。これだけは言っておくぞ。……お前は近い将来、必ず不幸になる。その無駄な正義感のせいでな」

「無駄なんかにはさせません。私はみんなの為に頑張ってみせます。そしてそれは最後に必ず……意味のあるものになる筈です!」

 

 久美子の忠告も意味をなさない回答だった。

 そしてそれを聞いた久美子は……。

 

「クッ……ククク…………」

「久美子さん?」

「クフッ! フッハッハッハッハッハッハッハ!!!

 

 盛大に笑い出した。

 茉莉の気遣いも。黒シャツの正論も。友奈の正義感も。その全てを嘲笑った。

 

「ハッハッハッ。意味? そんなものに価値は無い。……私たちの旅はここで終わりなんだからな。そう、終わりなんだよ!」

「な、何を言って……」

 

 久美子の口は耳元まで吊り上がり、悍ましいと表現する程の不敵な笑みを浮かべ言い放った。

 

「聞けッ友奈! そして黒シャツ! あのバスは……私たちは永遠に四国へは辿り着かない‼︎ 私がそれを許さない! お前たちをっ、決して"安全地帯"なんぞに行かせてたまるかッ!!!」

 

 




 次で過去編を終わりにしたいです。彼女たちが奈良に留まっている理由について明らかにしましょうか。


次回 高嶋友奈は望んでしまった


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第六十六話 高嶋友奈は望んでしまった

拙稿ですがよろしくお願いします。
 もう終わりだ、終わりにしよう。こんな意味の無い旅なんて。



前回のあらすじ
 四国への長い旅の中、危機感を抱いた男たちは茉莉に暴行を加えるが、彼らを久美子が一蹴する。しかし久美子自身にも何か思惑があるようで……⁉︎


 久美子の恐怖すら感じるその笑い声は夜風と共に吹き荒れ友奈を飲み込む。

 

「な……何を言っているんですか?」

「何を言っている、はこちらの台詞だ。友奈、お前は自分の言動がどれほどの狂気を孕んでいるのか理解しているのか?」

「……?」

「助けを乞う者は誰其れ構わず助けるだと? 助けた奴がまた悪事を働いたらどうする? 殺人者を助けた挙句、さらに被害者が増えるケースを招くんだぞ?」

「そうなるのなら私がまた止めます!」

「おとなしく止まると思うか?」

「そ、それはっ、場合によっては痛い思いをさせてしまうかもしれません」

 

 そう答えた友奈を鼻で笑った。

 

「自分で助けておきながら自分で倒すのなら世話ないな。……やはりお前のやっている事は異質だ。とても安全地帯(四国)になど行かせられん」

 

 久美子は友奈のその"異質"を前々から感じていた。彼女のような異常な力や思考を持つ者は日常を送る者たちの中では悪目立ちし、いずれ排斥されるだろう。

 

「お前は異常者だ、私なんぞよりもな。そのお前が幸せに生きられるのは()()()()()()なんだよ」

「わ、私の事はいいんです! 私よりバスの皆さんの方が大事なんです! だから教えてください! 四国に辿り着かないってどういう意味ですか⁉︎」

「さっきも言っただろう? お前は安全地帯には行かせられないんだ。だからバスの奴らはその巻き添えを食って貰う」

「だからなんでですか⁉︎」

 

 友奈は声を荒げて問い詰める。それに対して久美子はあくまで冷静に受け答える。

 

「バケモノを倒すのがお前しかいないからだ。……今、私たちは偶然にも更なる生き残りを見つけてしまった。バスには入りきらない。そいつらか、そいつらの代わりになる奴らを置き去りにするしかない」

 

 チラッと久美子は男を見る。おそらく彼女は黒シャツの男とその取り巻きを"代わり"にする事も視野に入れていたのだろう。

 

「さあ選べ友奈。ここで永遠に私たちを守りながら生きていくか。それとも一部の奴らを見捨てて四国へ行くか……」

 

 友奈は顔を引き攣って回答に窮する。答えられる筈がない。簡単に答えが出せない事は友奈の性格上理解している。そして悩めば悩むほど時間はかかり、周りの不満を募らせていく。そうなるとまた、茉莉に起こったような出来事が次々と起きていく。

 

「それを……いちいち体を張って止めるというのか? 不可能だ」

「でも誰かを見捨てたら、見捨てられた人は黙ってません……」

 

 俯きながらぐっと拳を握る友奈。

 

「そうだな。意地でも乗り込んでくるだろうな。……ならば当然、既に乗っている奴らとの争いになる」

「……っ」

 

 争いが起こった場合、また友奈は体を張って止めるのだろう。どれだけボロボロになろうとも。

 そしてその姿を茉莉は望まない。また茉莉は勝手に傷付く。

 

「そうやってまた同じことを繰り返す……。ジリ貧さ。だから友奈、お前はここで()()()()()。救う者と見捨てる者をきちんと見極めろ。……でないとお前がまず終わる。誰も助けられずにな」

「…………」

 

 友奈は何も言えない。自分の行動の行く先を久美子に見通され否定された。

 

 久美子は友奈に背を向けて車の方へと歩き出す。

 

「ああ、それとひとつ教えといてやる。私はずっと()()()()()()()()()()()()んだ。私は最初から四国へ行くつもりなんてなかったからな」

「え……」

 

 顔を上げた時に見た友奈のきょとんとした顔に、思わず吹き出しそうになる。

 久美子は運転席に乗り込み、友奈もまた男に肩を貸したままゆっくりと後部座席に乗った。

 

「……う、うぐっ。うぁあ……」

「大丈夫。大丈夫です。私が守ります。だから安心してください。あなたの恐怖は私が取り除きます……」

 

 走行中、友奈は絶えず怯えている黒シャツの男に優しい言葉をかけ続けた。少しでもトラウマを和らげるために。

 

「……これは黙っておこうと思ったんだがな」

 

 久美子はそんな友奈へ話しかける。

 

「友奈、お前には話しておこう。茉莉にもあとで伝える。そうすれば納得してくれるだろう」

「……?」

 

 そして久美子は語り出した。この逃避行の旅を終わらせる為の選択肢を友奈に選ばせる為に――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――三人は茉莉の元へ戻ってきた。茉莉自身は外でずっと帰りを待ち続けていた。

 

「茉莉さん。戻りました」

「あ……うん……おかえり、ゆうちゃん」

 

 茉莉は友奈と共に重い足取りで歩いている男に話しかける。

 

「それと……あなたも……無事、でしたか?」

「……ぁ?」

 

 疲れきった顔と声で男は答える。茉莉は先程の件もあり、話しかけても決して男と目を合わそうとはしなかった。

 

「無事……じゃない、ですよね、やっぱり。ごめんなさい」

「……おい、ここでいい」

「え、あ……はい」

 

 しゃがれた声で指示してきた男に従い、友奈はゆっくりと地面に座らせた。

 茉莉は戻ってきた友奈が何故か弱々しくなっている事に疑問を抱いた。

 

「ゆうちゃん? 顔色が悪いよ?」

「う……ん。私はいいんです。それより、その……久美子さん」

 

 おどおどしている友奈は久美子に視線を送る。

 久美子は茉莉を見て少しだけ口角を上げた。

 

「おいお前たち、ひとつ尋ねたい事があるんだが……ここが一体どこなのか教えてくれないか?」

 

 久美子は外にいた大人たちに質問する。

 

「どこか……って兵庫県じゃあないんですか?」

「……?」

 

 それを茉莉が答える。それに対して大人たちは揃って首を傾げた。

 

 そしてその中のひとりがこう答えた。

 

「――ここは、()()()()()?」

「……えっ?」

 

 そこで茉莉の思考は一瞬停止する。その様を見て久美子は口に手を当ててこらえていた。

 

「という訳だ」

「ど、どういう事ですか⁉︎ ちゃんと説明してくださいっ」

 

 当然、茉莉は理解出来ていない。先程友奈に話した時も最初は理解出来ていなかった。

 

「そもそも私はな。最初から四国へ行こうとしてなかったんだよ」

「……っ⁉︎」

「お前らと出会い、バスを発進させてからずっと……な」

 

 急に久美子から告げられた内容はとても飲み込めるものではなかった。

 

「待ってくださいっ。ここが奈良って……私は確かに兵庫県に入ったのを見ましたよ」

 

 茉莉自身、ここがどこなのか分かっていないが、少なくとも兵庫県に入ったのは看板を見て知っていた。

 

「そうだな。茉莉に見せたな。……で? そのあとは?」

「そのあと……?」

「お前が、兵庫へ入ったのを見てから何時間経ったと思ってるんだ? その間、ここがどこか一度でも確認したか?」

 

 記憶を辿る。確かに数時間前に一度、兵庫に入った事を確認したがそれ以降は一度してどこを走っているのか確認できなかった。

 

「分からなかっただろう? そして数時間もあればきた道を引き返して奈良に戻ることも充分可能なんだよ」

 

 茉莉が……バス内の全員がこの場所がどこか確認できなかったのは、意図的に場所が分からない道を走っていたから。

 

「バス内はカーテンを閉め切っている。当然そのカーテンを開けて外の景色を見たい奴なんざひとりだっていやしなかった。それゆえ、誰もバスがどこを走っているかなんて分からなかったんだ。……ただひとり、運転手(わたし)を除いてな」

 

 バケモノを恐れ、同時に外に出る事を恐れていた彼らは知る由もない。

 そしてその事も久美子は分かっていた。

 

「一回は本当に兵庫県に入ったんだ。だが、何度か道を引き返すようになってから奈良へと戻るルートをとった。誰にも気付かれないように」

 

 茉莉の指示により極力戦闘を避けようとUターンを繰り返してきた。それ故に四国へのルートがいつのまにか奈良への逆ルートになっていた事に誰も気付かなかった。

 

「唯一勘付いていたのがそこの黒シャツだ。……いや、勘付くなんて大袈裟な言い方か。実際は違和感を感じる程度だっただろう。だがその違和感を持たれ続けるのが鬱陶しかった。だからこいつの苛立ちを煽ってやった」

「久美子さん……あなたは何が目的なんですかっ。そこまでして……どうして……」

「目的なんて大層なものはない。ただその方が面白いと思っただけだ。そして実際なかなか愉しめた」

 

 また久美子は禍々しい笑みを作り周囲を畏怖させる。

 

「愉快だったよ! バス内の奴らの不満を掻き立てて。黒シャツがいつ癇癪を起こすか待ってたんだ。……そして奴は動いたっ。茉莉に暴力を働いた事で処理する正当な理由もできた。まぁ友奈に阻止されたがなぁ」

 

 久美子のその姿を見て茉莉の足は震えていた。

 

「迂回すると見せかけてチンタラ走らせていたのもこの為だ。生き残りを見つけ、バスを発進させられない理由を作った。そして今、私が望んだ状況になった!」

 

 久美子はバスを走らせながら探していた。このバスに入りきらない程の人数を抱えた生き残りを。

 

「な……なんでそんな事を」

 

 そうまでして何故拘るのか。ここにいる誰もが久美子の思考を理解出来ない。

 

「困るからだ。四国が今もなお安全であるかどうかは分からない。だがもし安全地帯のままでいれば、この愉しい世界とはおさらばになるからなっ!」

「そ、それでいいじゃないですかっ、別にたのしくもないですし!」

「お前はそうかもな。……だが友奈は違う。こいつは"おまえ側"ではなく"こちら側"の人間だ。それに私以上に狂った力と思想を持つ。そんな奴が平和な世界で生きたって碌なことになりゃしない。バケモノ共に溢れた世界で生きる方が性に合うだろう」

「そ、そんな事はないですっ。平和な世界の方がゆうちゃんは幸せに暮らせる筈です!」

「……と言っているが? 友奈」

 

 久美子は友奈を見る。茉莉の話が本当に友奈の為になっているのかを確認する。

 

「……わ、私は…………」

 

 友奈は俯いたまま答えることが出来なかった。

 

「バケモノのいない世界は確かに平穏だろうな。だがそこでは友奈(おまえ)には何の価値もない」

「……!」

 

 『価値もない』。その言葉にビクッと反応する。

 

「四国に行けばお前はただの少女に戻る。短かったが勇者(ヒーロー)引退だ。四国の外のこの状況を知っていながら、お前は見て見ぬ振りをして平穏に暮らせるか?」

「……できません」

「お前が生き生きとしてられるのはこの世界だけだ。お前を必要とし、お前に助けを乞い、そしてお前はそれに応え力を使う。それがお前の望むものだろう?」

「…………はい」

 

 搾り出した声でそう答えた。

 

「ゆうちゃん⁉︎」

 

 茉莉は友奈の肩を掴んで必死に訴える。

 

「分かってるの⁉︎ ゆうちゃんっ。こんな世界にいたらゆうちゃんは永遠に戦い続けなきゃいけないんだよ⁉︎ 傷付いて……最悪死ぬかもしれないんだよ⁉︎」

「私が戦えば……みんなを守り続ければみんな悲しい思いをしなくて済みます。そう久美子さんが言っていました……」

 

 その言葉を聞いて、茉莉は振り返り久美子を睨む。

 

「ゆうちゃんに……何を吹き込んだんですかっ」

「私はこの世界で生きる方法を教えてやっただけだ。私がただイタズラにフラフラしてたと思うか? ちゃんと探していたよ。この近くに病院がある事。近くにコンビニがある事。ここは奈良の辺境の地だから、食糧だってまだあった」

「……⁉︎ いつ、確認を⁉︎」

「休憩する度に私はバスを降りていただろう? あれはタバコを吸うと見せかけて車を探してそういう場所を見つけに行ってたんだ」

 

 病院があればバス内の人たちが休める場所を確保できる。狭い車の中にいるよりかは幾らかマシになる筈だ。

 同時にコンビニを見つけたおかげで食糧の問題も少し遠のいた。

 

 それを、兵庫から奈良への逆ルートで久美子はずっと行っていた。

 

「探している途中にバケモノと遭遇してしまうかヒヤヒヤしたが、奇跡的に出会わなかったな」

 

 仮にバケモノに見つかってしまった場合、茉莉と友奈のところに逃げ込めばいい。

 茉莉はバケモノの位置が分かるから接近してくる事にいち早く気付く。そして友奈に指示して倒してもらえば問題なかった。

 

「私も正直、完全には納得出来ていません。でも今のままじゃあバスに全員乗せて四国へは行けません。私は誰かを置いていくなんてできない……だから受け入れるしかなかったんです」

 

 この話を久美子から聞かされた時、友奈にはもう選択肢が無かった。だから選んだ。この場所でバケモノと戦いながら暮らしていく事を。

 

「ゆうちゃんっ、そんなの間違ってるよ‼︎」

 

 必死に拒絶する茉莉に久美子が声を上げて威嚇する。

 

「じゃあどうするっ⁉︎ お前がバスにいる奴らと外にいる奴らの命を選別するのか⁉︎ 誰を捨て、誰を救うか決められるのか⁉︎ 無理だろう⁉︎」

 

 久美子の強気な物言いに茉莉はすぐに言葉を詰まらせる。

 

「それは……っ」

「答えを持ってない奴が文句ばかり言うな。切り捨てられないのなら私の方針に従え。これが全員助かる為の最善策なんだ」

「でもみなさんに納得してもらうことなんて不可能ですよ……」

 

 他の乗客たちやバスの外にいる人も、全員四国へ行こうとしている。それが急にここへ留まるなど、反論するのは当然だろう。

 しかし久美子は、それでも為せる自信があった。

 

「従わせるさ。……そのためにいろいろ回りくどい準備をしてきたんだからな」

 

 今、久美子の発言力はこのバスで一番といっていい。邪魔な黒シャツ男は心身共に疲弊して、その取り巻きも久美子の強さを見せつけた。その様を目撃した他の大人たちは久美子に畏怖している。

 他は外への恐怖で満足に判断が下せない。

 となると、もう久美子に歯向かう者などいない。

 バス外の人たちも無理矢理乗り込んだとして、久美子がバスを発進させる気がないなら四国へは向かえない。ならばもうどうしようもない。

 

 

 ――そうなる状況を久美子は待っていた。

 

 

 茉莉が友奈を戦わせまいと迂回をし続けることも。

 まだ生き残りがどこかにいることも。

 黒シャツの男が限界を迎え茉莉に乱暴を働くことも。

 そして彼らを撃退して久美子の存在を畏怖させたことも。

 

「その全ては最初から私が画策していた事だ。お前らと出会い、その力を目にした瞬間にな。もちろん幾らか誤算はあったが、最終的には概ね計画通りの状況になった」

 

 もう誰も、久美子の暴走を止める事は出来ない。

 

「さあ改めて聞くぞ? 茉莉、友奈。全員でここに留まるか、それとも誰かを置き去りにして四国へ行くか、好きな方を選べ」

 

 久美子は薄ら笑い、ひとつしか選べない選択肢を提示する。

 その選択を茉莉は拒否することが出来なかった。

 

「ごめんなさい、茉莉さん。……でも私、精一杯頑張りますから! ここでみんなを守っていきますから! それが私に出来るせめてもの恩返しです!」

 

 友奈は無理矢理笑ってそう意気込んだ。

 その眩しくも虚しい友奈の笑顔は逆に茉莉の心を酷く傷付ける。

 

勇者(ヒーロー)だから! 私が命を懸けて安全を確保します! だから茉莉さん、()()()()()()()()()!」

 

(違う……違うよゆうちゃん。……ボクはそれが嫌だから、そうなる事が嫌だから……頑張った筈なのに…………)

 

 結局、茉莉の想いは何ひとつ友奈には届かなかった……。

 

 

 

 ――そうして彼女たちは選ばされた。目の前を助け、彼方にある平穏を捨てる覚悟を胸に。

 目の前の人たちを助ける為に、平和な世界への道を捨てた。

 

 奈良に留まることで救える命があると信じて。ここに残る事でみんなを守れる方法もあるのだと自分たちに言い聞かせて。

 

 それが……ここにいる全員が助かる方法だと信じて。不幸になる人が少なくなる方法だと信じて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これが、三年前のあの日から今日まで俺たちが奈良に居続ける理由だ。久美子の姉貴の案は最初は全員に受け入れられなかったが、そもそも運転手である姉貴が動かないのなら四国へは行けない。それにバスの中の奴らはもう反発する気力が残ってなかった」

 

 男は話し終えると改めて水都と雪花、それから目を瞑って()()()()()()()()()()()()()()歌野へ向き直った。

 

「そして最後に俺から頼みがある。今の話を聞いてさんざんあいつらをこき使ってきた俺が頼める義理じゃねェのは分かってる。……だがよっ」

 

 地面に正座すると頭をつけて頼みこむ。

 

「お願いだ! 高嶋友奈を四国へ連れて行ってくれねェか⁉︎」

 

 その言葉に歌野の目はパッと開かれた。

 

「――オーケー! じゃあっ、やる事は決まったわね!」

 

 勢いよく立ち上がりそう言って笑う。

 ここに繋ぎ止められ、縛り付けられ、それを望んでしまった彼女を解放する為に。

 




 怪我人や空を怖がっていた人たちは病院に押し込み、医者の青年と友奈のおかげで少しずつ回復に向かっていきました。
 黒シャツお兄さんもすっかり元気に。



次回 命を捧げた恩返し


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第六十七話 命を捧げた恩返し

拙稿ですがよろしくお願いします。過去がどうだろうと白鳥さんのやる事は変わりません。


前回のあらすじ
 男から過去の話を聞き、高嶋友奈はこの土地の彼らを想うが故にここに縛られ続けていた事を知る。そして歌野は行動に移す。果たして彼女に自由を与える事が出来るのか。


 水都と雪花は何かを決心した歌野に首を傾げた。

 先程の話を、歌野は例によってほとんど聞いていないと思われるが、それでも彼女には考えがあるようだ。

 

「うたのん? やる事が決まった、って何か考えがあるの?」

「何かの方針が決まった?」

 

 二人の疑問に笑顔でこくこくっと頷く。

 

「友奈を私たちのメンバーに迎えるってこと!」

「……え?」

 

 思っていた回答と違い二人は表情は固まる。

 

「と言うより、元々私は友奈と茉莉さんを誘ってるんだから頼まれるまでもないわっ。初めて会った時から誘ってるんだもの」

「うん……そうなんだよね」

 

 歌野は友奈と茉莉を見たときから誘っていた。そしてそれは今も変わらない。

 歌野のその姿勢を見た男は少しだけ笑ったあと真面目な顔に戻った。

 

「今の友奈は久美子の姉貴に()()()()()()。自分のやりたい事を押し殺して奈良のために……俺たちのために。でももうその犠牲心も終わりにしてやりてェんだ」

 

 実を言えば友奈だけでない。話を聞いた限りでは久美子はこの奈良にいる人たち全員を支配していると言っていい。

 

「友奈は最初は久美子の姉貴の提案を受け入れてみんなを守ってた。実際、茉莉の力と友奈の力で、ここに留まってからはバーテックス(バケモノ)を直に見たやつはいない。その前に倒しちまってるからだ」

「確かに今日もそうでしたね」

 

 他の目に触れずバーテックスを倒すことで、ここにいる人たちはかつてのトラウマを呼び起こされずに暮らせている。

 そして久美子が見つけたという病院にはまだ使用出来そうな医療器具、比較的清潔なベッド等がありバーテックスの恐怖で苦しむ人たちの精神は少しずつ回復に向かっていった。

 

「この土地に住んでる人たちはみんな普通に暮らせてると思うだろ? 実際その通りで生きるのに事欠く様子はねェ。だが、ここから出ようもんなら久美子の姉貴のチェックが入る。ここは一見穏やかにみえるが、実情は姉貴の支配下に置かれてんだ」

 

 奈良に留まることを決めた烏丸久美子の手腕により、三年前のあの日から今日に至るまでバーテックスによる被害など皆無といっても差し支えない。

 生活の面においても、自給自足の生活がいち早く確保できるために的確な指示を出したのも他ならぬ久美子だった。

 

 すなわち、奈良(この場所)において久美子はリーダー的立ち位置であり実質的な支配者なのだ。

 

「それが良いのか悪いのかなんて俺には分からねェ。だがそれに一番縛られてんのは高嶋友奈なんだ。……だからあいつを連れ出して欲しいんだよ。ずっと行きたがっていた四国へ、な」

 

 『四国に行きたい』

 

 その願いに蓋をして友奈は戦い続けている。自分だけがバーテックスに対抗できる"勇者の野菜"の能力を得た勇者だから。

 

「だが今は……久美子の姉貴がいる。"武装色"を使える姉貴なら友奈の役割を全うできる。あいつが居なくたってここの全員を守れる力を、姉貴は持っているんだ」

 

 久美子が"武装色の勇気"を扱える事でバーテックスを倒せる力を手にした。つまりもう友奈が奈良に留まり続ける理由に以前のような拘束力は無い。

 

「それに、前に"四勇"が来てからあいつは一層、四国への憧れが強くなってる」

「それって郡千景さんのことですか?」

「友奈が『ぐんちゃん』って言ってた"こおり(アイス)の人"の事ねっ」

「いやいや歌野。多分漢字変換間違えてるよー?」

 

 四勇の郡千景が奈良へ来たとき、友奈ととても気が合ったそうだ。それからというもの、友奈は四国への想いを更に募らせていった。

 彼女は今、奈良で戦い続けるという使命と、四国へ行きたいという願望とが強く心に表れている。傍から見ている彼らには分かり易いくらいに。

 

「何度でも言う。……友奈をお前らの仲間に入れてやってくれ。あいつを四国への旅に同行させてくれ! ……このとおりだっ」

 

 そしてまた、男は地面に額をつけて頼み込む。

 

「頭をライズアップしてくださいっ。さっきも言いましたがこっちは最初からメンバーにスカウトするつもりでいるので、むしろオッケーですから」

「ありがとな。よろしく頼む」

「さて、そうと決まれば今からリトライしてくるわねっ」

「ちょっと待ってうたのん」

 

 早速友奈を勧誘しに行こうとするが水都と雪花が制止する。

 

「今日はもう流石に遅いから明日頼み込もう?」

「色々あったしねー。その方がいいと思うのさ」

「う〜〜ん。……ん! わかったわ!」

 

 今日のところは引き上げてまた明日友奈を誘うことに決めた。

 色々なことがあって歌野は忘れていそうだが、蓮華の武器も明日に完成する。ならばどちらにしろ奈良(ここ)を出立するのは明日以降になる。

 

「あっすみません。最後にひとつ、いいですか?」

「どうした?」

 

 水都は男に"もうひとり"のことについて尋ねた。

 

「茉莉さんは……連れて行けって言わないんですか?」

「ああ、茉莉か。……おすすめはしねェ。あいつはお前らの旅にはついていけねェよ」

「それは……」

 

 言いかけたが途中でやめた。彼女の人柄や先の話を聞いて、水都自身にもその心あたりがあったからだ。

 歌野たちの旅は障害ありきのもの。これまでも、そしてこれからも戦いは避けられない。それに茉莉は耐えられないだろう。

 

「だがもし、茉莉の心に何か変化があれば、もしかしたら友奈と共に行くかも知れねェけどな」

 

 そして歌野たちは芽吹、蓮華と合流して宿泊場所へ向かい今日の疲れを取った。

 

 

 

 

 

 

 

 ――翌日の朝。歌野は早朝一番の畑仕事を終わらせるとその勢いのまま友奈のところへ向かった。蓮華は預けていた武器を取りに行き、芽吹はそれについていった。なので今は水都と雪花の三人である。

 

「ここにいたのねっ友奈!」

「ウタちゃん? それにみんなも。おはよう」

 

 友奈がいたのは小規模の病院だった。所々寂れてはいるが倒壊している場所はない。

 

「グッドモーニング! 友奈、貴女にお願いがあって来たわっ。私と――」

「ごめんね」

 

 言い終える前に友奈から断りの返事がきた。

 

「わーおっ。クイックすぎるアンサー!」

「あっはは……。流石に分かっちゃうよ」

 

 友奈はまた、どこか寂しげな表情をした。

 

「前にも言ったよね? 私はここで戦い続けてみんなを守るって。だからウタちゃんたちとは行けない。……四国へはいつか、自分たちで行くよ」

「バットながらね、サムデイと言いつつスリーイヤーズもいたんじゃエターナルに四国へゴーイングできないじゃない!」

「うたのん、もう少し落ち着いて。多分伝わってないよ」

 

 若干ヒートアップ気味になる歌野を宥めようとする。

 

「友奈、確かにここに勇者は貴女しかいないけど、でもバーテックスを倒すのに必要な力を持ってるのは貴女だけじゃないわっ。烏丸さんがいるじゃない」

「うんそうだよ。でも……久美子さんがいるからって私が戦わなくていい理由にはならないよ。むしろ久美子さんと二人でならもっとみんなを守れるんだから!」

「でも四国にずっと憧れてたのよねっ?」

「そうだよっ。でもここで私は戦い続けなきゃいけないからっ」

「その役目は烏丸さんがチェンジしてくれるっ。それに貴女が自分を押し殺す必要ないじゃないっ」

「久美子さんがいるからって私がやらなくていい理由にはならないよっ」

「でも本当に四国へ――」

「ちょっとちょっと! 会話がループしちゃってるんだけど⁉︎」

 

 雪花も二人の間に入り、少し距離を空けさせてクールダウンさせようとする。

 

(いやー、まさか歌野がこんなに熱を入れて勧誘するなんてねぇ……)

 

 今までも仲間の勧誘に歌野は一生懸命だったが、今回はより熱心さが伝わってくる。

 それは、今の状況に呑まれて動けなくなっている友奈を想ってのことだろう。

 

「ウタちゃん。私はね、自分のわがままで茉莉さんやみんなを奈良に留まらせちゃってるんだよ。なのに私だけ一足先に四国へ行くなんてできないよ」

 

 その歌野の熱心な説得も友奈の心には届かない。

 自分が奈良で戦い続けると決めたことで四国への道を閉ざした。彼女はその責任感に囚われている。

 茉莉をはじめ、四国への避難を望んでいた全員が、"みんなを助けたい"という自分勝手な願いによって絶ってしまったのだと思い込んでいる。

 

「一歩間違えればここでバーテックスに襲われて死んじゃうかもしれないっ。……襲われなくたってバーテックスへの恐怖で心が壊れちゃうかもしれないっ。それでもみんなは、ここに残ってくれた! 私のわがままを聞いてくれた!」

 

 最初は納得してくれなかった人たちも、最終的には友奈の意を汲んでくれた。四国の方が安全だというのに、一緒に留まる事を選んだ。

 

 ――故に友奈には、彼らへの多大な"恩"がある。

 

「だから私はここで戦い続けるの! 今までも! これからも!」

「ずっと……って。命尽きるまで戦うつもりなの?」

「そうだよっ、たとえそれで死んじゃったとしても! みんなの役に立てたのなら……私は幸せなんだよ……?」

 

 友奈がここに居続けることが、奈良の人々への"罪滅ぼし"になる。

 そして、自分のわがままを聞いて留まってくれた茉莉たちへの"恩返し"になる。そう結論付けて彼女は今も戦い続けている。

 

 その気持ちを聞いた歌野は――。

 

「まったくもってわからないわっ‼︎」

 

 かなぐり捨てるかのように大声を上げ、友奈の両肩を力強く掴んだ。一瞬走った肩の痛みに友奈は顔を引き攣る。

 

「死ぬことは恩返しじゃないわよ⁉︎ そんなつもりでみんなはここに留まってる訳じゃないでしょう⁉︎ 貴女の死と引き換えに助けられたってハッピーになる人なんてどこにもいないじゃない! それにっ、誰かを助けたいって想いが、どうして"罪"になるの⁉︎」

「そ、それは……っ。……で、でもどうしようもないんだよ!」

 

 掴まれた手を無理矢理振り解く。

 

「私ひとりで解決するんならそれでいいんだよぉ!」

「それが納得いかないから私は貴女を連れ出そうとしてるのよっ」

「そんなの勝手だよッッ! これは私が決めたんだからぁっ!」

「友奈っ……てちょっと⁉︎」

 

 友奈は全速力で走り出した。まるで逃げるように。

 

「まだ話は――」

「うたのん待って! ちょっと冷静になろう?」

「何度も言うけど暑くなりすぎ。このまま追いかけても平行線だよ」

 

 二人は追いかけようとした歌野を止めに入る。

 歌野は立ち止まり、頭に手を当てて唸る。

 

「う、う〜〜ん。どうしたものかしら?」

「ちょっと視点を変えてみよう。ね?」

「……ん、わかったわっ。サンキュー雪花っ、みーちゃんっ。クールダウンしましょう」

 

 目を瞑ってひと呼吸おく。

 

「よしっ。雪花、みーちゃん。オペレーション変更よっ」

「えっ、はや……。今度は何するの?」

「見るポイントを変えてチャレンジしてみるわ」

 

 そう言って歌野は走り出し、二人もあとに続く……。

 

 

 

「……ん? あれは……歌野?」

「あら? 何かあったのかしら?」

 

 鍛冶屋から預けていた武器を受け取っていた蓮華は芽吹と共に走る歌野を目撃した。

 

「歌野っ。この蓮華の武器、精霊刀(ソウルソリッド)が戻ってきたわ。これで――」

「ソーリー。二人ともっ。今ハリーアップで行かなきゃいけないところがあるから!」

「……?」

 

 歌野は立ち止まることなく駆け抜けていき、あとから追いかけている雪花と水都と合流して、二人も共に追いかけた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで私の所に来たわけか」

 

 そうして辿り着いた場所は久美子が居る施設だった。歌野は久美子を呼び出すと開口一番に頼み込む。

 

「お願いがあるのっ。友奈を私にください!」

「「えええッッ!!?」」

 

 雪花と水都は歌野の言葉に思わず大きな声が出てしまった。

 

「うたのん! 誤解を招くような言い方しないでよぉ」

「あー心臓止まるかと思ったー」

「何を言い出すのよ。歌野は……」

「フッ。ストレートで嫌いじゃないけどね」

 

 久美子は少しの間黙っていたが、特に表情を変えることなく呟く。

 

「……ああ、事情は何となく分かった。おおかた黒シャツか茉莉あたりに昔の話を聞いたんだろう? で、私なら友奈を説得出来るんじゃないかとここへきた訳か」

「ザッツライト! ……と言う訳なので烏丸さんから、友奈を説得してもらいたいの。それか、友奈を説得出来るハウトゥーをテルミーしていただきたいの」

「なるほどな……」

 

 今、この中では友奈のことを一番理解しているのは久美子だ。友奈を仲間に迎え入れる為には久美子の力が必要である。

 バーテックスと戦える久美子が、友奈の代わりになると確約出来れば、友奈を縛るものを解き放つことができる。

 

「……お前たちの頼み事を訊く代わりに、こちらの条件を呑んでもらうがいいか?」

「条件? 蓮華と同じようなサムシングかしら?」

「おっ。ギブアンドテイク……ってやつかにゃぁ」

「デジャヴね」

「この蓮華の条件をクリアした貴女なら、問題ないわね」

「ええ、成し遂げてみせるわっ」

 

 歌野が張り切る中、久美子は水都に視線を移し淡々とその条件を口にした――。

 

 

 

「藤森水都。お前……()()()()()()()

 





「彼女は度を超えて優しいから。誰かの為に犠牲になると決めたらもう動かない!」

「だってそれがお前だろ?」


次回 覚悟をみせろ! 藤森水都VS烏丸久美子


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第六十八話 覚悟をみせろ! 藤森水都VS烏丸久美子

拙稿ですがよろしくお願いします。ワンピースアニメを観る廃人と化してました。一体何周するんだ……?


前回のあらすじではない
麦わら「死ぬことは恩返しじゃねぇぞ。そんなつもりで助けた訳じゃねぇ。助けて貰っといて死ぬなんて弱ぇ奴のやることだ!」
銀「そうだぞー須美」
友奈「そうだよ東郷さん」
東郷「……ぐうの音も出ないわ」



 久美子の出してきた条件に全員は戸惑いの表情を見せる。はじめは聞き間違いではないかとも考えた。

 だが久美子は先程、確かに水都に向かって『チームを抜けろ』と言った。それを聞き間違いで済ませる訳にはいかない。

 

「烏丸久美子。一体、あなたはどういう意図でそれを口にしたのかしら?」

 

 言葉を発した蓮華だけではない。芽吹も雪花も訝しむ目で久美子を見る。

 

「…………」

 

 そして当の本人である水都は俯いて黙り込んでいた。

 

「烏丸さん。友奈を必要としているのは私よ。みーちゃんは関係ないわっ」

 

 条件を課すのなら歌野に関するものが妥当な筈だ。それに、友奈と水都には接点が感じられない。

 

「いや、関係あるぞ。何故なら藤森水都(そいつ)は勇者じゃないからだ」

「……? 確かにみーちゃんは勇者じゃないわ。でもそれが何の関係があるの?」

「勇者じゃないと言うのなら私もそうよ。なら私も抜けろって言うの?」

 

 芽吹も意見する。久美子は芽吹を一瞥して少しだけ笑った。久美子にとって芽吹は"勇者側"の認識だったからだ。

 

「いや、この際だ。はっきり言ってやろう。……藤森水都、お前が"弱い"からだ」

「……ッ‼︎」

 

 その言葉に水都の身体は僅かに震えた。

 

「友奈は"超"が付くほどのお人好しだからな。"弱い奴"を守った挙句、死んでしまったらどうする?」

「えっ……」

「お前らは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「そんなつもりはないわ! 友奈は四国に行きたい。私たちも四国に行きたい。私は友奈のことを気に入ったから一緒にって誘ってるのよ」

 

 歌野としては純粋に、意気投合している友奈と旅を共にしたいと考えている。そして四国へ行きたいという願望を友奈は抱き続けている。

 

「そうだな。友奈は四国への願望を日に日に募らせている。四勇の郡やお前らと出会った事でより拍車が掛かっただろう」

 

 彼女たちの想いとは裏腹に久美子は現実を突き付けてくる。

 

「だが四国への旅路は簡単にはいかない。昨日言ったな?」

 

 四国までの道のりの険しさは今までの比ではない。中国地方(マリンフォード)や四国には行く手を阻む猛者がいる。

 

「私は疑問に感じていたんだよ。何の力も持たないこいつが今日まで生きてこれたことがな。きっと周りのやつらが身を挺して守っていたからだろう?」

 

 水都は勇者ではない。芽吹のように鍛錬を積んだ実力者でもない。そんな彼女が、今日まで勇者たち(歌野たち)と共に旅を続け、戦いの中を生きてこれた事は奇跡に近い。

 

「だがここから先の旅はそんなに甘くない。バーテックスはイーストジャパンやノースジャパンを縄張りにしていた奴らとは桁違いに強い個体ばかりだ。それに大社本部や四勇がお前たちに立ちはだかれば必然と弱い奴は足手纏いになる」

 

 相手が歌野たちを潰す気ならば、手っ取り早く藤森水都というウィークポイントを突けばいい。それが全員の壊滅に繋がる。

 

「これからも藤森水都をお前らだけで守り続けるのなら文句は無かった……が、友奈を連れて行くのなら話は別だ。あいつは絶対にお前を守る。死ぬ気でな。だから聞いた。"友奈を死なせる為に四国へ連れていくのか?" と」

「みーちゃんは弱くないわっ。これまでだってみーちゃんがいてくれたからセーフリーだった事もあるのよっ。そしてそれはこれから先だってあるっ」

 

 歌野は水都を大切に思う。水都をよく知っている歌野だからこそ水都の強さを理解している。

 

「じゃあその根拠を見せてみろ」

「えっ?」

「弱くないというのなら……足手纏いにならないというのなら、その根拠を今ここで証明しろって言ったんだ」

「ここで? 一体どうやって?」

 

 久美子は水都を見つめる。その視線は僅かながら恐怖を感じさせるもので思わず目を逸らしたくなる。

 

「藤森水都。私と"決闘"しろ」

「――ッ!?」

「な、何を言い出すの⁉︎」

「"1対1"の決闘でもし私に勝てたのなら、お前はこの先でも生きていける証明になるだろう。そうすれば私も友奈を連れて行かせる事に協力しよう。……だが敗ければ友奈は諦めろ。そしてそいつらとの旅をやめて故郷に帰れ」

 

 久美子の突き付けてきた決闘の案に水都はたじろぐ。

 

「どうして……決闘で……?」

「手っ取り早いだろう? ()()()()()()()倒せなければ、これから先の地獄を潜り抜けられない」

 

 水都は少しの間だけ目を瞑って思案する。決闘の内容は聞いていないが、まず間違いなく武力が問われるだろう。

 

(今の私じゃ当然烏丸さんには勝てない。でも……うたのんと一緒にいたい。……うたのんが友奈さんの力を借りたいのなら、私は……)

 

「烏丸久美子。決闘に敗ければ水都は私たちから離れるの?」

「その方がいい。半端な覚悟でやっていけるほどこの世界は甘くない。藤森水都が私の()()()()()()ならここから先、必ずお前らの致命的な弱点になる」

 

 芽吹と蓮華は水都の顔色を伺う。水都は俯いていた顔を僅かに上げた。

 

「わ……分かりました。やります……」

 

 水都は歯を食いしばり僅かに漏れた声でそう告げる。

 

「平気なの?」

「本当は嫌だよ。……でも、私が覚悟を見せなきゃこれから先、うたのんやみんなに取り返しのつかないような迷惑をかけちゃう。……それにね、前に双子座の子たちに庇われた時からたまに夢に見るの。あれがもしうたのんだったら……って」

 

 七武勇の東郷と園子から双子座を庇って戦ったあの時、結局水都は助けるどころか身を挺して助けられ、目の前で死なせてしまった。

 

 その時の悲しみが……悔しさが今も胸を締め付けてくる。水都に戦う力と覚悟があれば何か変わったのではないかと。あのあとすぐに雪花が駆け付けてくれたが、その時間をうまく稼げたのではないかと。

 

「私を庇って死ぬのは嫌。だから証明したいの。烏丸さんに。何より私自身に。……こんな自分でも困難を乗り越えられる覚悟があるんだって」

 

 あの時の光景がもう二度と現実として蘇ることがないように。歌野や雪花。芽吹、蓮華。そして友奈に……自分が枷になることが無いように。

 

「その決闘……受けて立ちますっ。よろしくお願いします!」

「そうか……どうやら決闘を受ける度胸はあるようだな。よし、これから内容を説明する」

 

 この決闘において勝敗は以下によって決められる。

 

『相手を再起不能状態にさせる。または敗けを認めさせる』

 

 よって、それまではどんな状況でも決闘は続行され、他者の介入は許さない。

 

「決闘の内容は単純な力比べ。お前と私で武力を競う」

 

 水都が想定していた内容になった。知力や精神力など、少しは別の決闘も想定したが案の定、武力による決闘。

 

「単純な武力なら貴女に有利じゃないかしら?」

 

 芽吹の問いに久美子は鼻で笑う。

 

「安心しろ。そのまま戦っても勝敗は見えているだろう。だからお前に二つ、ハンデをやろう」

「ハンデ……?」

 

 久美子が水都に提示したハンデは以下の二つである。

 

・この場にある道具は藤森水都のみ自由に使って良い。

・この決闘で藤森水都を死亡させた場合、久美子の敗北となる。

 

「……この決闘の勝敗は、相手を"再起不能状態にさせる"こと。または"敗けを認めさせる"こと。だが、もし誤って私がお前を殺した場合、問答無用で私の敗けだ。逆にお前は私を殺しても敗けにはならない。……どうだ? ハンデとしては充分だろう? お仲間も安心して観戦できる」

 

 久美子は近くに置いてあった荷物や袋の中身を水都たちに確認させる。

 

「これ……!」

「道具は好きなものを使え。奈良で活動してから色々拾ったんだ」

 

 久美子が持っていた道具の種類は、鉄パイプやハンマーなどの鈍器に使えるもの。ノコギリやナイフ、刀などの鋭利な刃物。そしてハンドガンやアサルトライフル、ショットガンなどもあった。

 

「銃⁉︎ こんなものどこで……」

「恐らくバーテックスが襲来した時に自衛隊の奴らとか警官とかが使ったんだろうな。当時は通常の武器が効かないことを知らなかったから遺品として落ちてるのを拾った。それに四国外のそういう施設にはまだ色々残っているだろう」

 

 沢山の種類の"人を殺す道具"に水都は顔を顰める。もちろん銃や刀など触った事すらない物が多い。それに鈍器や刃物も人を傷付ける為に使った事は一度もない。

 

(……これも"覚悟"ってこと……なのかな)

 

 久美子が言った覚悟の証明。それがこの武器を使い戦う事なのだと水都は考えた。

 

(出来るのかな……私に……。いや、弱音はだめだっ。なんとかしないと)

 

「じゃあそろそろ始めるぞ。ギャラリーのお前らはもう少し離れてろ」

 

 水都が逡巡している中、久美子は準備に入る。外に出て先程水都に見せた道具の数々を上に重なることがないようにばら撒いていく。

 この決闘には、特に範囲の指定はされていない。なので歌野たちは屋内にて行く末を見守る。

 

「……見せてもらうぞ、藤森水都。お前の強さ……覚悟の現れをな」

 

 久美子は白衣を脱ぎ、地面に置いた。そして軽く関節をほぐすストレッチを行う。

 

「よ……よろしくお願いします」

 

 水都も両手で頬を軽くはたいて気合いを入れる。

 

「準備はいいな。……では烏丸久美子と藤森水都の決闘、スタートだ!」

 

 久美子自身の開始合図と共に水都は周りを見渡して道具を選ぶ。

 

(剣は私には扱えそうもないし、銃なら遠くから撃つだけでいいけど腕もよくないし……)

 

 刀や拳銃が置いてある場所へ交互に視線を送る。

 

 ――その時。

 

「みーちゃん‼︎」

「……え?」

 

 歌野の声に気付き、視線を正面(久美子)に戻す。すると目の前に靴底が迫っていた。鼻先にギリギリ触れない距離で静止している。

 

「おいおい、気を抜いてるんじゃあない。開始の合図はしたぞ?」

「え、あっ……、ああ……」

 

 水都怯んでしまい、よろよろと後ろへ退がる。

 

「今の蹴りは威嚇だ。本当に当たってたら死んだかもしれんしな。それじゃあ私の敗けだ」

 

 周りの道具に気を取られていた水都は正面から繰り出してくる久美子の蹴りに全く対応出来なかった。

 もし、蹴りを目の前で寸止めしていなかったら、水都の顔は蹴り飛ばされ、原型を保っていなかったかもしれない。

 

「彼女、すっかり萎縮してしまったわね。呼吸も荒くなってきた」

 

 蓮華の言う通り、水都は恐怖に顔が引き攣って呼吸も浅くなっている。

 

「いいの? 歌野。こんな無謀な決闘を止めなくて。……いえこれはもう決闘ではなく私刑(リンチ)よ」

 

 始まってからまだ十秒程度しか経っていないが、水都の戦闘への意思が消えてしまったのではないかと蓮華は考える。

 

「このまま水都が痛ぶられる姿を、あなたは見ていられるの?」

「みーちゃんのメンタルはまだ潰れてないわ。それに私はみーちゃんの強さを知ってる。中途半端な覚悟じゃないってことを」

 

 歌野の目は絶えず水都の表情を捉え続ける。そこには顔を引き攣りながらも未だ光を灯している目があった。

 

「ノープロブレムよ。みーちゃんは勝つから」

 

(勝つ、ね……)

 

 蓮華は少し考える。この決闘に隠された()()を。久美子がひそませたメッセージを。

 

()()()()で烏丸久美子に勝つ事がどういう事なのか……本当に分かっているの……?)

 

 水都は一定の距離を保ちながら、止まっている久美子の周りをまわる。

 足を止めればすぐさま久美子の餌食になってしまうからだ。いや、久美子がその気になればあっという間に距離を詰められる事は熟知している。

 しかし今は、久美子に勝つ算段を見出す時間と自身を落ちかせる時間がほしい。

 

(ここだ……っ!)

 

 両膝を曲げて体勢を低くして久美子に跳び掛かる。

 

「やあああああああーーッ‼︎」

 

 その拳は久美子の横腹を捉える。その攻撃に久美子は一切の対応をしなかった。……少なくとも見てくれは。

 

 そして横腹に当たる…………のだが。

 

「なんだ? その腑抜けたパンチは……?」

「いっ……た……っ」

 

 殴られた久美子ではなく、殴った水都の方がダメージを負っていた。

 

(何この体……とても硬い……)

 

「パンチというのはな。……こう打つんだよっ」

「――ッ⁉︎」

 

 殴り掛かってくるのを予感して咄嗟にしゃがみ回避を試みた。

 次の瞬間、水都を久美子の蹴りが襲った。

 

「ぅあああ!?」

 

 蹴り飛ばされた水都は地面を転がりうつ伏せで這いつくばる。

 

「…………う」

「知ってるか? 腕力より脚力の方が強いんだ。だから私は足技を鍛えたし、友奈にも鍛錬させている」

 

 苦しみの中、歩いて接近してくる久美子を見上げる。

 

「……ん? 殴ってくると思ったのか? 殴る前に"殴ります"って言う馬鹿がどこにいる?」

「うっ……ぐ……っ」

「戦いにおいて騙しはひとつのテクニックだ。バーテックス共には効かないが、言葉のわかる人間相手には有効手段だ。……特にお前らの前に立ちはだかる大社の連中とかにな」

 

 久美子は真下に倒れている水都の位置まで歩き寄る。

 

「弱者が強者に勝つには……隙をつく"騙し"。高度な"作戦"。強力な"武器"。これらが必要不可欠だ。……今のお前には何ひとつありはしない」

 

 水都の右手を掴み、引っ張り上げる。

 

「……っ、痛っ」

「この期に及んでまだ武器を取ることを拒んでいるのか? 刀や銃を扱うのが怖いか? 誤って私を殺すのが……。思い上がるな」

 

 腕を掴んだままずるずると引き摺りながらばら撒いていた刀や銃の前に水都を置く。

 

「ハァ……ハァ……。ん……」

 

 水都はその中で鞭を手に取った。

 

「違うだろ? そんな小道具を持ってどうにか出来るのか? お前が持つべきなのはこっちだ!」

 

 手を蹴って鞭を手放させると強引に手を掴み、ナイフを握らせた。

 

「ま……待ってくだ……」

「こうでもしないとやる気が出ないだろ? よく見ておけ」

 

 無理矢理ナイフを掴ませたまま、その刃の先を自分の腹部に突き立てた。

 

「……!?」

「あ‼︎」

 

 水都は目を疑う。屋内で見ている雪花も思わず声を上げた。

 ナイフの刃は久美子の腹部に当たっているが、刺さっていないのだ。

 

「刃が当たる場所に"武装色"を纏わせてある。これなら刃が私の肉を突き刺す事は無いし、弾丸だって防いでみせるさ」

 

 久美子は"武装色の勇気"で自身を硬化させている。まるで全身に鎧を着ているようだ。

 

「もっとも"武装色"の練度には及ばないが、私は"見聞色"も鍛えている。弾丸が体のどこに当たるのか、刃がどこに触れるのか、それすら察知できるから避けようと思えば避けられる」

 

 そう言って無造作に掴んでいた水都の手を放り、地面に着かせた。

 

「さあこれで思う存分、私に銃を向けられるぞ? 剣も使えるだろう。……勝つ為の可能性を、色々試してみるんだ」

 

 久美子は水都を見下しながら嘲笑う。

 

「私はそれを、ひとつひとつ潰していくから……な」

 

 




烏丸久美子:勇者並みに強い一般人。非能力者。実質的な奈良の支配者。日常より非日常を心から愉しみ、他人が迷い、苦しみ、もがいていく様を"面白い"と言って嘲笑う、変わった趣向を持つ御方。彼女の"武装色の勇気"は練度としてはこの作品において一、二位を争うほどである。


次回 勝てる訳ないだろうが


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第六十九話 勝てるわけないだろうが

拙稿ですがよろしくお願いします。
勇者であるシリーズで最強のキャラは誰ですか? と聞くと口々に人はこう答える。

1対1(サシ)でやるなら烏丸久美子だろう」

 …………マジですかい。

前回のあらすじ
久美子と水都の決闘が始まり歌野たちは固唾を飲んで見守る。相手の力の前に成す術を失っていく中で、果たして水都は活路を見出すことができるのか。


 久美子と水都の決闘が始まって僅か三分程経つが、水都にはもう打つ手が無くなっていた。

 使うかどうか迷っていた銃や剣の類も久美子の"武装色"の前では碌なダメージにならないことを他でも無い本人によって証明された。

 この中にある殺傷性の高い道具が彼女に効果なしと分かれば、もうハンデの意味を為さない。

 

(自分の置かれている状況が分かったか? ならもう少し()()()()()()()()かな)

 

 久美子は水都を自分の背と同じ高さまで引っ張り上げる。そしてそこから手を離し背中から落とした。

 

「――ぐっ⁉︎」

 

 受け身も取れず落ちた衝撃が無防備な背中を襲う。

 

「…………っ」

 

 よろよろと身体をふらつかせながら右手を拳銃へ伸ばす。それを掴んで立ち上がると、グリップ部分を握り左手で支えて銃口を久美子に向けた。

 

「やっとやる気になったか」

 

 久美子は歩き、水都と歌野たちの間に立つ。この時、銃口と久美子と歌野たちとが一直線上に位置した構図となる。

 

(うたのんたちを背に……)

 

「銃に慣れていない者は止まっている的さえ当たらないもんだ。今のこの状況で撃って、果たして私だけ当たるかな?」

 

 水都は射線をずらそうと横に移動する。すると久美子もまた移動する。

 

「水都ちゃんが銃を持ったっ」

「でも烏丸久美子は今、私達を背にする事で水都が撃てないようにしているわね」

「なら私たちが移動して……」

 

 雪花が言いかけている途中で久美子は後方をチラッと見たあと首を横に振る。

 

「フハハッ。……冗談だ。そんな事しなくていいぞ」

 

 歌野たちをバックにしていたが簡単にその位置から離れた。

 

「銃を使う相手と戦う時、こういうやり方もある。と教えたいだけだ」

 

 水都を面白半分に相手しているだけで仕掛けようとはしない。対する水都も構えていた銃の引き金を引かずに下ろしてしまう。

 

「……や、やああ!」

 

 そしてそばにあった木の棒に持ち替えて久美子へ振るう。

 久美子は横向きで向かってくる棒を半歩退がって避ける。

 

(むぅ……)

 

 二撃目を当てる為、横に振るった棒を大回りで上段の位置に持っていく。

 

「はぁあああ!」

 

 背中を少しのけ反らせ、勢いをつけて振り下ろした。

 

「隙だらけだな……」

 

 久美子に当たる寸前で()()()()()()()()()()が、木の棒は久美子の左肩に当たる。

 

(……っ!)

 

「どうした? 今、私に当てる事を躊躇したのか?」

 

 久美子は棒を掴んで水都ごと引き寄せ、その額に頭突きを放つ。

 

「っくぁあ⁉︎」

「少しはやる気になった……と思った矢先にこれか……」

 

 久美子はやや呆れた表情で目の前にいる相手に向かってため息をつく。

 

 

(……茶番だわ)

 

 芽吹は水都と久美子の戦いを眺めていてそう思った。

 久美子は水都の攻撃を軽くいなしながらも決定的な一撃を与えずに弄んでいる。その気になればすぐ決着がつくというのに。

 それでものらりくらりと長引かせているのは水都の行動を待っているからだ。……自分に勝つ方法を選ぶ瞬間(とき)を。

 

「さあさあ藤森水都。動け動け。足掻け足掻け」

「はぁ……はぁ……。んっ」

 

 水都の方は時折辺りを見渡して策を考えているように見える。だがその策を考える時間は他でもない久美子(相手)のおかげで生まれているものだ。

 

 ……水都からの攻撃は久美子には効かず、久美子の攻撃はあからさまな手抜き。

 これを茶番以外に何と呼ぶのか。

 

 それに芽吹も蓮華も、おそらく雪花も……この決闘で水都が即座に勝てる方法を知っている。むしろ彼女たちの思考はそれに流される。

 

(そもそもあのハンデが明示された時点で決闘として成り立って無かったのよ)

 

 芽吹たちの前で繰り広げられている闘いは、最初から久美子の手のひらの上だった。

 

(歌野……。私は止めるわよ? 水都が最後の手段をとる前に……)

 

 

 水都が持っている棒の先端がカタカタと揺れているのを見て久美子は眼を細め冷徹な視線を送る。

 

「棒も振らされているだけ。銃の持ち方もぎこちない。銃口も棒先も震えて定まらない……。何より……」

 

 右腕を掴んで引き寄せる。水都は掴まれた痛みで木の棒を手放し地面に落とした。

 

「私が避けなかった時、僅かに集中力が乱れた。一瞬ビビったな?」

 

 "武装色"を纏った久美子へ攻撃が効かない事は分かっている。それでもなお、水都は当たる寸前で緩めてしまった。

 

「もう駄目だな、お前は。……勝つ気が無いのならもう敗けろ」

「敗けたくは……ないです。だって、私は…………」

 

 そこから先の言葉は出なかった。足が震え完全に腰が引けている。気持ちは敗けたくないと思いながらも、身体の方は正直に自身の心情を吐露する。

 

(やっぱりダメなのかな……私には……)

 

 ネガティブな思考が身体の中を這いずり回っていく。とても不愉快な気分だ。そんな自分が嫌になる。

 

(こんな私じゃあ、うたのんと一緒に居続ける事なんて……)

 

 

「――みーちゃん!!!」

「……っ⁉︎」

 

 その時、歌野の声にハッと我に返り、声の主を見た。

 

(うたのん……)

 

 歌野は水都の名前を呼んだだけでそれ以上何も言わなかった。ただ、まっすぐな視線だけを水都に送る。

 

「…………うん」

 

 その無言のエールが水都の気力を取り戻していった。震える足を踏み止まらせ根性で奮い立たせる。

 

(うたのんの事を考えるだけで……うたのんが見守ってくれている、ただそれだけで不思議と安心する。勇気が出てくる。うたのんといれば、私は……っ)

 

 心の奥底が熱く感じる。大切な人への想いが、水都の気持ちを強くさせていく。

 

(なんだ? さっきまで弱りかけていた筈が……持ち直した?)

 

 久美子からすればただ歌野に名を呼ばれただけ。たったそれだけで水都の弱々しい顔色が失せていくのを感じる。

 

「諦めないって顔だな」

「諦めません。勝ってみせます!」

「口で虚勢を張ろうが無駄だ。お前の軟弱な姿勢にはいい加減飽きてきたところだった」

 

 その場で軽くジャンプしたあと、水都を射殺すように睨み付ける。一時的に奮い立たせたその気持ちは、またすぐに剥がれることになるだろう。

 

「今から本気で攻撃する。ダウンしたらその瞬間、お前の旅は終わりだ。奈良(ここ)で降りろ」

 

 眼光と言葉で威圧感を放つ。水都の持ち直した心を完全に折るために。

 

(どうやら極限まで追い詰めなければコイツは行動してくれそうもないしな……)

 

 じりじりと水都は相手との距離をとる。しかしそれは恐怖で退がっているわけではなく、その目は久美子を捉えて離さない。

 

「何をそんなに懸命になれるのか。……真向勝負で私に勝てるわけが無いのになぁ。四国に行ける筈もないのになぁ。なんなら奈良でずっと私たちと暮らすか? 最初は不便に感じるかもしれんが。なに、すぐに慣れるさ。ここの連中のようにな」

「ここの人たち?」

「ここの奴らは最初は反抗的な態度を取っていたが、少し経てば、ここの生活に浸り()()()()()()()

 

 久美子や友奈、茉莉のおかげで安全が保たれているこの土地に彼らは根を下ろした。最初の目的である"四国への避難"など疾うに忘れて。

 

「リスクを背負ってでも四国へ渡れば、バーテックスに怯える事もない生活が半永久的に保障されるというのに。ここの奴らはそのリスクに怯え、友奈と私と茉莉に依存し、仮初の平穏を享受している」

 

 なりふり構わず四国を目指そうとした志などは鳴りを潜め、初心を忘れ、飼い慣らされているのだ。

 

「――私はそうはなりません」

 

 水都は首をゆっくりと横に振った。

 

「私はうたのんと一緒が良いんです。だからここにはいたくありません。諏訪にも帰りません。……帰る時は、うたのんが"夢を叶えた時"です!」

「お前らがいくら四国に憧れ目指そうとしても、向こうの連中は"外の人間"を入れようとはしない」

「知っています。私たちはあれから、何度も妨害に遭って……」

「――そもそも何故妨害してくるのか、考えたことがあるか? ……弥勒蓮華、楠芽吹。お前らは何か知っているか?」

「……?」

 

 あえて四国出身者の二人に問う。

 

 何故、四国を目指す事を四国の住人は……いや、大社は拒むのか。

 

「私たちがいる四国の外はバーテックスの強襲を受け続けている。しかし四国内はあの日以降、一度たりとも侵攻を許してはいない」

「それは神樹様の結界が強すぎるからじゃないんですか」

「勿論、神樹が作った結界のおかげだ。……だが、()()()()か?」

「……?」

 

 含みのある言い方をしてくる。

 ……まるで、大社がバーテックスを意図的に四国へ来させないようにしているかのような口振り。

 

「バーテックスが四国を襲わないのは、結界を破るより人間を殺す方を優先しているからだ」

「優先……?」

 

 バーテックスは人を根絶させる為に現れた。ならば人が多い場所に狙いを付けるのは当然のこと。

 しかし、神樹の結界を突破しない限り四国の人間をバーテックスは襲えない。したがって結界を抜けるより、()()()()結界外の人間を襲った方が"人類を滅ぼす"という目的により近付ける。

 

「「……ッ!」」「えっ⁉︎」

 

 それを聞いた時、芽吹と蓮華は黙ったまま歯軋りをする。雪花は驚いて声が漏れた。三人は烏丸久美子の意図を察したからだ。

 

「白鳥歌野、藤森水都。まだ分からないか? それとも薄々気付いていながら信じたく無かったのか?」

 

 歌野は真剣な眼差しで久美子と水都の闘いを見つめたまま。

 水都は右腕で目元を覆い、表情を見せないように隠した。

 

「もし四国へ、生きている人類全てを収容してしまえば、バーテックスの狙いは自ずと四国に向く。そうなれば奴らは結界の突破に力を費やす」

 

 しかし四国の外に生き残りがいる事でバーテックスはまず、四国の外の人間を殺す事を優先する。

 

 ――そしてそれこそが大社の狙いだった。

 

「奴らが拒む理由は食料問題じゃない。移住問題でもない。――私を含め、外にいる人間をなぁ……四国を守る為の()()()()()()からだよ!!!」

 

 久美子の放った言葉が、辺りをしんと静まり返らせる。

 

「クックック……クフッ……フッハッハッハ」

「烏丸さん……。それを知っていて、奈良に留まり続けているんですか?」

 

 静寂の中だからか、水都の小さな声がよく通った。

 

「……ああ、そうだな」

「……どうしてそれを今言ったんですか?」

「四国に行ってもお前たちを受け入れてくれる人はいない。そう教えて()()()()()()()()からだ。夢を抱き、四国に憧れ、旅をするお前たちを……私は惑わせ、悲観させ、絶望のどん底に叩き落としたかった。……その様を見るのが面白可笑しく、そして愉しいんだ」

 

 口角を上げ、歪んだ笑みを浮かべる。烏丸久美子という女の本性を曝け出す。

 

「…………以前の私なら絶望してた

「あ?」

 

 水都は小さく呟いた。今度はよく聞こえない。

 

「でも……うたのんと旅を始めて、色んな人と戦いを経ていく中で、私はこのままじゃダメだって思った……」

 

 ――なによりこれ以上、親友(うたのん)の前で情けない姿は見せたくないから。

 

「いくら貴女が言葉巧みに惑わせようとしても……絶望へ誘おうとしても……私は揺らぎません! 旅の中で強くなったのは何もうたのんたちだけじゃないから!」

 

 久美子の想定なら水都を絶望させて最後の手段をとらせるつもりだった。しかし予想外にも水都は諦めが悪かった。

 

 ……誰の影響を受けたのかは分からないが。

 

「……ちっ。だったらもう終わらせてやるよ。この決闘(茶番)を!」

 

 その水都の揺るぎない意志が、久美子にとっては目障りだった。

 

「力尽くでなァ‼︎」

 

 足に力を込め強く地面を蹴った――と同時に、水都は自分の足元に落ちていた"ある物"を拾い、彼女へ放り投げた。

 

(私の白衣……だとっ?)

 

 久美子が戦う前に脱いだ白衣が目の前を覆った。

 そしてこの瞬間、彼女の視界は白衣に包まれ水都の姿が隠された形となる。

 

(ブラインド……⁉︎ だがなっ)

 

 地面を踏み締め、一旦後ろへ跳んで距離を取る。

 

(突っ込んでくれば罠に掛けられると考えたんだろうが、甘いなっ!)

 

 被さっていた白衣を右手で掴んで雑に投げ捨てる。

 

(今だっ!)

 

 その時を狙って、水都は芯を出した"ボールペン"を放り投げた。

 

「なあっ!?」

 

 咄嗟に左手で守り、ボールペンの先は腕を掠めただけに終わる。

 

「……惜しかったなぁ。私の白衣で視界を封じ、あまつさえ、擦り傷を付けた事は賞賛に値する……が残念っ」

 

 右足の蹴りが無慈悲にも水都の身体を目掛けて飛んでいく。

 

「そんな稚拙な作戦で、お前が私にッッ勝てるわけ無いだろうが!!!」

 

 放たれた渾身の右足の蹴りは、水都の腹部に吸い寄せられ――――止まった。

 

「……ッ!!!?」

 

 よく見ると、久美子の足が身体に触れる直前、水都は手を翳して攻撃を受け止めたのだ。

 しかしただで受け止めているのではない。……その手には久美子のよく知る"道具"が握られていた。

 

「貰いましたよ……久美子さんの"衝撃"!」

 

 ……パサッ と、後ろで先程投げ捨てた白衣が地面に落ちた音がした。

 

(まさか――)

 

「チャンスよ! みーちゃん‼︎」

 

 歌野の掛け声と同時に久美子の胸元にスマートフォンを押し当て側面のボタンを押す――。

 

 

衝撃(インパクト)"ッッ!!!

 

 

 水都が手にしていた衝撃携帯(インパクトダイアル)から放出される衝撃が、久美子を襲い吹き飛ばす――。

 

 




 烏丸先生がラスボスに見えてきた今日この頃。


次回 これが私の覚悟だよ


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第七十話 これが私の覚悟だよ

拙稿ですがよろしくお願いします。ゴムゴムのバズーカの攻撃を衝撃貝で吸収して放出するシーンは何回みても面白い。


前回のあらすじ
久美子の力に追い詰められていく水都。本気になった久美子の蹴りを食らったかに思えたが、その攻撃を利用することで逆に彼女へ決定的なダメージを与えることに成功するのであった。


 

 ――あれ……これは愉しくないぞ?

 

 胸元に強い衝撃と痛みが走り、久美子は宙に浮き地面に落ちる。その一瞬一瞬がスローモーションのようにゆっくりに感じた。

 

 ……その中でふと昔の記憶が蘇ってきた。以前にも似たような感覚に襲われた事がある。

 

(これは……走馬灯というやつか)

 

 ――中学のとき、友達に刃物で刺された事があった。

 友達に恋人ができ、その恋人と過ごす"他愛の無い日常"を、毎日毎日聞かされるものだから、ついその恋人の男性を唆してみた。

 愛が真かどうか試した訳では無い。ちょっとした好奇心と言えば良いのだろうか……。

 その結果、男は久美子に入れ込むようになりそれを知った彼女に刺されてしまった。

 

 周りの人間は騒ぎ立て、自分の身体から流れる鮮やかな朱は床を染め、激痛に苛まれながらも意識だけははっきりとしていた。

 そんな中、視線を上げて見えたのは刺した友達(おんな)の表情。口元は引き攣りあからさまな憎悪をこちらに向けていた。

 

 普段は愛想の良く、明るい彼女がこんな表情をする事に驚いた。と同時に、その表情を作り出した原因が自分である事に軽く衝撃を受けた。

 

(……どうして、こうなったんだろうな)

 

 ――こんな表情が見たかったわけじゃない。

 

 ――私は別に……彼女を怒らせたかったわけじゃないんだ。

 

 ――ただ……()()()()()だけだったんだ……。

 

 ……あのときも。

 

 

 

 

「――ぐっ……かはっ……ァ」

 

 長いスローモーションが終わり、地面を転がっていく。激痛が身体の内側を駆け巡り思わず血を吐いてしまう。

 

 対する水都は地面に尻餅をつき、スマートフォンが手から落ちる。

 

「うぅぅううああああ……!」

 

 衝撃携帯(インパクトダイアル)を使った反動で右腕に激痛が走っていた。一歩間違えば骨が折れていただろう。

 

「うう……はぁ……はぁ、は、はぁ……」

 

 痙攣している腕の痛みを歯を食いしばりながら耐える。そして落としたスマートフォンを左手で拾い上げ、倒れている久美子の身体に跨った。

 

「烏丸さん……貴女の敗けです。……降参してください」

 

 久美子の顔にスマートフォン向ける。

 

「……クッ、フハハッ。トドメをさせばいいじゃないか」

 

 目の前に突きつけられている状況で久美子は笑みを浮かべた。

 

「……お願いです。認めてください」

「甘いな。ハンデを覚えているか? 私を殺してもお前の敗けにはならん。さあ、覚悟を見せてみろ」

「こんなの私の覚悟じゃありませんっ」

 

 携帯(ダイアル)を使用した際の痛みで涙が出てくるが、それでも精一杯その痛みに耐える。

 

「烏丸さん……貴女は私を自決させたかったんですよね?」

「……フ」

 

 その問いに答えなかったが、代わりに鼻で笑い口角が少し上がった。

 

 『この決闘で藤森水都を死亡させた場合、久美子の敗北となる。』

 

 それは水都が自ら命を絶った場合にも適用される。それが久美子の狙いだった。

 友奈が加わろうがそうでなかろうが、水都自身が消えれば少なくとも"水都を守って死ぬ"という最悪の事態は避けられる。

 故に久美子は絶望的な状況に追い詰める事で自決の手段を選ばせようとした。

 

「……私はお前ならそれを選択すると思っていた。他人の為に犠牲になる奴だと。それならそれで良いと思った。自分を犠牲にする事でしか答えを出せない奴はこの先、生きていけない」

 

 だが久美子の予想に反し、水都はその手段を選ばなかった。

 

「最初は私もすぐに意図に気付きました。でも選ばなかったんです。本末転倒ですから。だから、烏丸さんに勝つ事にしたんです」

 

 久美子を本気にさせ、戦闘不能に陥るレベルの攻撃を待っていた。衝撃携帯(インパクトダイアル)を決定打にさせる為に。

 

「なるほど。お前の目論見通り本気になった私はまんまと嵌められたわけだ」

 

 白衣を使っての目眩し。あれも切り札を隠す為のフェイク。

 久美子が携帯(ダイアル)をポケットに入れていた事を知っていた水都は、目眩しの為に白衣を利用したと見せかけてあの瞬間、携帯(ダイアル)を抜き取った。

 そうすればあとは久美子の本気の攻撃がくれば、それを吸収する事で攻撃に転ずる事が出来る。

 

「……だが衝撃携帯(インパクトダイアル)を使えばその反動がお前を襲う事も知っていただろう」

「はい。今も痛いです。でも()()()()()は耐えなきゃって思ったんです」

「それはなぜだ?」

「私なりの"覚悟"ですから」

 

 水都の考える覚悟は、久美子の言うそれとはまるで違う。誰かを殺す、自分が死ぬ、そんな後ろ向きな覚悟ではない。

 

「お前の言う"覚悟"とは?」

 

 己の覚悟の在り方を、力強くハッキリと言葉にする。

 

「"命を懸ける覚悟"です」

「……!」

「弱い私がうたのんと一緒にいる為には、自分の持てる全てを費やす気持ちで臨まなければダメです。その為なら腕が折れる事も、足が不自由になる事も、目が見えなくなる事も厭わない。……でも"死んでもいい"って意味じゃないんです」

 

 全身全霊懸けて臨む。どんなに辛く険しい道だとしても……それでも歩むと決めた。

 

 その道に歌野がいるから。

 

「藤森水都。今でもお前は弱い。誰の目から見ても明らかだ。そのうえ相手を傷付ける事に抵抗を示し私に弄ばれていた」

「……はい。私は弱いです。腕っぷしの強さもなければ精神的にも脆いです。戦う力も無ければ戦おうとする気持ちもない……」

「そこまで分かっていながら何故今まで旅を続けていた? 自分が弱い事を承知で。降りる機会なんて無かったわけじゃないだろう?」

 

 諏訪に帰った時、母にも言われた。"旅をやめるか?"と。

 

「でも私はうたのんたちと共に行く事を選びました」

「だから何故だ? たかが白鳥歌野(おともだち)に誘われただけだろ」

「それだけで充分ですっ」

 

 そう言い切った水都の目には、もう涙は残っていなかった。

 

「うたのんが誘ってくれた……ただそれだけ。でも私にとってはそれで充分、歩んでいける理由になります」

「…………」

 

 久美子は暫くの間黙っていた……が。

 

「分からん」

 

 そう言って水都に向けていた視線を一旦逸らして空を見る。

 

「だが、お前の覚悟は本物のようだ」

 

 そしてまた水都の目をしっかりと見て微笑んだ。

 

「…………もういい、私の敗けだよ」

 

 ため息混じりにそう呟いて、久美子は目を閉じ暗闇の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 久美子が敗けを認めた事でようやくこの決闘に終止符が打たれた。

 水都は携帯(ダイアル)を地面に置いて、立ち上がり久美子から離れる。

 

(やった……終わっ――)

 

みいいいいちゃああああんんん!!!!

 

 突然、大声を上げて歌野が飛び込んできた。走った勢いのまま、半ば突進気味に水都に抱きつく。

 

「やったわね〜〜‼︎ すごいわっみーちゃん‼︎」

「わっ!!? ったたたた! 痛い痛いっ。うたのん痛い!」

「あっ、ソーリー。……でも、本当に凄いわっみーちゃん‼︎ ビューティフォーでエクセレントでコングラッチュレーションよ!」

「うたのん、落ち着いて……」

 

 その時、歌野の手が濡れていた事に気付いた。

 

(あっ。うたのん……手汗すごい)

 

 歌野の手は異様に温かく汗びっしょりだった。

 手を見ていた水都に雪花はニヤッと笑みを浮かべる。

 

「にゃはは……。歌野、実は結構心配してたんだよねー」

「確かに」

「ほんとにね」

 

 蓮華と芽吹も僅かに笑いながら歌野と水都を見る。

 

「し、してないわっ。私はみーちゃんを信じてましたからぁ!」

 

 歌野は少し慌てて否定する。

 

「ふふふっ。ありがと、うたのんっ」

 

 疲れているが、それでも水都は晴々とした表情だった。

 

 ……彼女も歌野と同様、これから先どんな困難があろうと歩み続けると決めた。

 どんな痛みが伴おうとも。生きていくと決めたのだ。

 

(うたのん。これが私の覚悟だよ――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――久美子は眠りの中で久しぶりに昔の夢を見ていた。小学校の頃の久美子と友達だった子との思い出。

 

「黒山羊さんと白山羊さん……?」

 

 描いていたのは手紙を持っていた黒山羊とその手紙を食べる白山羊の絵。

 

「あっ、それお歌であったよね。二匹の山羊さんがお手紙を食べちゃうの」

「そう。これは永遠に終わらないすれ違いを続ける話」

 

 久美子が描いていた絵は全て、黒山羊が手紙を食べるか、白山羊が手紙を食べるかの2パターンだった。

 

「……黒人と白人の関係に似てる」

「えっ?」

「黒人が歩み寄ろうと手紙を持ってくるけど、白人は読まずその想いは伝わらない。逆も同じで白人の綴った手紙は黒人に読まれることはない」

「う、うーん……?」

「この間、先生の歴史の話を聞いてずっと思ってた」

 

 すると、その友達は画用紙に似たような絵を描き始めた。

 

「確かに最初はすれ違うこともあるよ。でもいつかは……」

 

 描いた絵を見てみると、二匹の山羊がお互いにニッコリと笑い合っていた。

 

「お腹いっぱいになれば、手紙を食べなくても良い。そしたらいつかは伝わるよ!」

 

 友達もまた、この絵の山羊たちに負けないくらいの笑顔を見せた。

 

(そんな考え方をした事もなかった)

 

 自分には無い"答え"を持っていた。

 

 大人だと思った。自分なんかよりずっと……。

 

 

 ……そんな友達も、久美子の前からいなくなってしまった。

 

(どうして私はこうなってしまったんだろうな……)

 

 

 

 

 ――目が覚めるとベッドの上で寝かされていた。ベッド脇には茉莉と男がいた。

 

「……! 目が覚めましたか」

「起きたか」

「茉莉……黒シャツ……。何故ここに?」

「あのあとアンタん所を訪ねに行ったんだよ。そうしたら倒れていたもんだからここまで運んだ」

「そうか。世話かけたな」

 

 上半身だけ起こすと、寝起きだからか正面を茫然と見ていた。

 

「……? どうしたんですか? ボーッとして」

「昔の事を夢に見ていた……」

「昔?」

 

 意識があまりはっきりしていないのか、夢で見た昔の記憶をポツポツと二人に話した。

 

「子供の頃、親しかった友達に嘘をついて怒らせた事がある……。だが、私は決して彼女を怒らせたかった訳じゃないんだ」

 

 帰宅の時間を告げる音色。それが町中に響くとみんな一斉に帰宅していく。まるで集団催眠にかかったかのように。それが"普通"だった。

 そしてそれが堪らなく嫌だった。

 

「私は怖かっただけだ。恐れていたんだ。『普通』とか『平穏』だとか。いつも通り変わり映えのないような日々が」

 

 だから無性に壊したくなる。否定したくなる。自分の恐れる普通が連綿と続いていく日常を。

 

「迷惑な人ですね、あなたは……」

 

 話を聞き終えた茉莉はそう言った。

 

「でも、迷惑以上に悲しい人です。そういう生き方しか出来ないのは、とても息苦しくて窮屈に思えます」

「……かもな」

 

 昨日、歌野が言った言葉を思い出した。

 

『――"支配"なんてしないわっ。この自然溢れる大地の上で、1番フリーダムな人が"農業王"だから!』

 

(この大地で一番、自由(フリーダム)……か)

 

 歌野が誰よりも自由な生き方を望むのなら、さしずめ久美子が歩んでいるのは恐怖に縛られた窮屈な人生、だろうか。

 ……それも決して望んでいる訳では無いのだが。

 

「なぁ、久美子の姉貴。アンタは何がしたいんだ? 人の苦しむ様を面白いとか愉しいとか言ったってよ。アンタの根本はそれを許容出来てねェんだろ?」

「何がしたい、か……」

「アンタが本当にしたいこと。アンタが欲しいモンって何なんだ?」

 

 少しだけ考えた。久美子が昔から漠然とだが、求めていたもの。

 こんな時代にはもう手に入らないのかもしれないが……。

 

「子供の頃から欲しかったものがある」

「おっ、あるんじゃねェか。言ってみろよ」

 

 久美子はここにいる二人だけに告げた。

 

 

 

 ……それを聞いた二人は呆気に取られていた。烏丸久美子という人物からは想像できない願いだったからだ。

 

「何だそれ? そんなのが欲しいのかよ。ハハハッ」

「意外です。……もしかしてまた冗談でからかってるんですか?」

「おいおい……」

 

 とは言っても、口にした久美子自身も馬鹿馬鹿しい願いだとは思っており薄ら笑いを浮かべていた。

 

(ま……私もこの性格上、半ば諦めているがな……)

 

 久美子はベッドから降りて服に付着した埃を軽く払ってから二人に言った。

 

「さて……お前たち、ちょっと協力して欲しい事があるんだ」

「私たちに、ですか?」

「? 何する気だ?」

「あいつらに協力するって言ったからな。友奈を四国に行かせることにした」

「……おっ?」

「……! それって」

 

 水都が決闘に勝ったので、友奈を歌野たちの旅に同行させる手伝いをすると約束した。

 

()()()()()()()のに、お前らも手伝ってもらう」

 

 その為の"猿芝居"を、これから奈良の人々全員を巻き込んで行うのだ。

 

 




横手茉莉:奈良にいる少女。非能力者。バーテックスが襲来した日から"見聞色の勇気"に目覚め、バーテックスの接近を察知できる。錯乱した黒シャツお兄さんに洒落にならないレベルの暴行を加えられたが、特に罰を与えようとはしていない聖女のような人。烏丸先生の被害者。

黒シャツお兄さん:奈良にいる男性。髪の毛を染めるのが趣味で金髪にしたり赤髪にしていた。バーテックスに襲われかけ精神を崩壊しかけるが高嶋友奈のおかげで難を逃れた。茉莉に酷い暴行を加えたがそれも全て烏丸先生の手のひらの上で踊らされていただけだった。彼もまた烏丸先生の被害者。


次回 高嶋友奈、発つ


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第七十一話 高嶋友奈、発つ

拙稿ですがよろしくお願いします。今回でウエストジャパン編は終わりです。半年くらいで終わる予定が一年もかけてしまった。


前回のあらすじ……というか補足
前回の水都のセリフの中で「腕が折れることも目が見えなくなることも足が不自由になることも厭わない」というのがありましたが、作中では白鳥さんが腕を。風先輩が目を負傷しています。そしてあとひとつ、"足が不自由になる"についてはこの先の戦いでそうなってしまうキャラが出てきます。



 歌野たちは久美子に呼び出され、食堂に集まっていた。あの決闘から数時間程度しか経っていないが久美子は動き回れるほどに回復し、水都の右腕も痛みが和らいでいた。

 

「久美子さんっ。倒れたって聞いて心配してたんですよっ」

 

 友奈も駆けつけており、不安そうな声で呟いた。彼女には今回の決闘のことは伏せてある。要らぬ心配を掛けたくない、という久美子の判断だ。

 

「心配するな。新しい携帯(ダイアル)の開発に失敗しただけだ。排撃携帯(リジェクトダイアル)っていうやつなんだがな」

「ホントに……気をつけてくださいよぉ?」

 

 そんな話をしていると、一人の大人が急ぎ足で久美子たちの元へやってきた。

 

「すみません! 少しお話が……っ」

 

 慌てている様子から察するに只事ではないだろう。

 

「何かあったんですか?」

「地下街にいる防人の方から連絡がありまして……彼女たちが奈良を正式に統治するそうなんです」

「それは随分と急な話ですね」

「……大阪の? No.7のこと?」

 

 芽吹は眉を顰めてその内容を聞く。

 

「えっ? 防人がここへ?」

「ええ。先日、京都支部が壊滅した件で、彼らは次の拠点を奈良にするそうでして」

 

 その話によれば梅田地下街の人たちも連れてここへ来るというのだ。

 

「そうか……。報告ご苦労」

 

 久美子は少し考えてから友奈の方を向いた。

 

「良い機会だ……。友奈、お前ここから出ていけ」

「えっ?」

 

 久美子の言っていることが理解できず、友奈の表情は固まる。

 

奈良(ここ)から離れて白鳥歌野たちの旅に同行しろ」

 

 聞き間違いではないことが分かったが、それでも理解できない。

 

「ま、待ってください久美子さん! 一体……なんで急にっ」

「話を聞いてたか? 梅田地下街にいる京都支部の奴らが来るんだぞ?」

「はい。私も聞きました。……でもそれが出て行く事と何の関係があるんですか?」

「あのな友奈。何も知らない奴らが()()()()()()()()()()?」

「どうするって……」

「なるほど。"結城友奈"ね」

 

 その問いに芽吹が答えた。

 

「そうだ。"七武勇"の結城友奈はお前と瓜二つだ。実際に手配書も見せたよな?」

「は、はい……」

 

 『結城友奈』

 

 今、世間を賑わせている七武勇。そのひとりで、人間の中で最も懸賞金が高く大社が最も警戒している勇者である。

 その知名度は四国の内外問わず、影響力も未知数。

 少し前に彼女の先導のもと、決して少ない数の集団が、四国に乗り込むべく、大社と一触即発の事態に陥ったこともある。

 

「言ってみれば、今世界で一番悪名高い犯罪者(ゆうしゃ)だ。大抵のやつらはバーテックスに目が行きがちだが、結城友奈のポテンシャルを考えれば懸賞金は1000万越えでもかたくない」

 

 結城友奈の現在の懸賞金は590万ぶっタマげ。バーテックスを除けば一番の額である。しかし久美子はその手配書の額すら生ぬるいと言う。

 

「友奈。お前はそんな奴となぜか瓜二つなんだ。いい迷惑だろうがこのまま奈良に留まり続けるのは得策じゃない」

 

 奈良に防人の手が介入する以上、結城友奈だと勘違いされた高嶋友奈は大社に捕らわれてしまうだろう。

 

「それに"結城友奈を匿っていた"と私たちも同罪になる。……つまり友奈、お前のせいで私たちに害が及ぶんだ」

「……っそん、な」

「だから友奈。お前は出ていけ。これ以上私たちに迷惑をかけるな」

 

 しかし友奈は首を横に振る。

 

「……い、嫌です」

 

 友奈が拒否するのも当然の反応だ。急に出て行けと言われて、はい分かりました。となる筈がない。

 

「私はここにいたい! ここでみんなを守り続けるって決めたんです! ……だってそれが私の役目だから」

 

 奈良にいる人たちの事を考え、友奈は意地でも留まる選択肢を取る。

 

「大社の方たちが来たのなら説明して納得させます。だって私は結城友奈ちゃんじゃあ無いんですから!」

「説得できるのか? 有無を言わさずお前を捕らえてそれで終わりだ」

「そうなるのなら抵抗します! 出来るだけ穏便に。皆さんにも迷惑をかけませんっ。私ひとりが頑張って――」

 

 言い終わる前に久美子は友奈の腕を掴み、下に力強く引っ張り体勢を崩させて倒す。

 

「うわああっ⁉︎」

 

 見下ろす久美子から冷徹な視線が向けられる。

 

「クククッ……弱いなァ、()()

「ぐぐっ……」

「そんな弱さで何を守るって? 笑わせるな。私ごときに勝てないお前が、ここに居ても邪魔なだけだ」

 

 倒れている友奈に跨る。

 これでもう身動きは取れなくなった。

 

「……もうお前の存在する意味は、"ここ"には無いんだよ」

 

 身体を捻って抗おうとするも、久美子はびくともしない。

 

「正直言って軽く後悔してるんだ。三年前のあの日、お前を四国に連れて行かなかったことを。私の気まぐれでここに居させてやったが、お前の善人気取りの態度は、苛立ちを超えて吐き気がするレベルだった」

 

 そう言うと久美子は友奈から離れ、この場にいる人たちへ呼びかける。

 

「なぁ、お前らも正直邪魔だったよなぁ? 目障りだったよなぁ⁉︎ それがこの先、こいつの存在でもっと迷惑が掛かるんだぞ? 大社は私たちを犯罪者の一味として徹底的に吊し上げるだろう!」

 

 周りの人たちはお互いにお互いの顔色を伺う。

 

「それは……確かに嫌だな……」

「そうね。ここに彼女はいるのは不味いわよね。防人に目を付けられたくないし」

「彼女がいるとより面倒なことになるんだろう?」

「最悪、大社にマークされんだろ? すげぇ迷惑だよなぁ」

「急な話になったけど、仕方ないよねぇ……」

「結城友奈と同じ顔じゃ無けりゃあな」

 

 ひとりが口にしたのをきっかけに、周りは次々と友奈を拒絶する言葉を述べていく。

 

「……だ、そうだ。友奈、お前にもう用はない」

「えっ……そんなっ。私今まで頑張ってきたんですよっ? これからも頑張ります。……嫌なところがあるのなら直します。努力します。決して不幸にはさせません。だからここにずっと……」

「――迷惑だっつってんだろっ」

 

 周りから止むことのない非難に友奈の表情は青ざめていく。

 

「……なあ茉莉、お前はどうだ?」

 

 久美子に問われた茉莉は、俯いたまま口を開かずにいた。

 

「ま、茉莉さん? 私、言いましたよね? 命を懸けて守り続けるって。茉莉さんたちが安心して奈良で暮らせるように、私頑張るって言いましたよね……?」

「……っ。ゆうちゃん」

「茉莉さんからもお願いします。久美子さんを説得してください。このままじゃ私……」

「ゆうちゃんっ」

 

 茉莉の声に少しだけ恐怖を感じた。

 

「ボクはね。この日常がすっかり気に入ってしまったんだ。バーテックスが偶に来るのは怖いけど。……でもこの奈良で、みんなと過ごすことが……いつの日からか、ボクにとってかけがえのないものになってしまっていた」

「わ、私もここが気に入ってます! 奈良(ここ)は、私たちみんなでつくりあげたところじゃないですかっ」

「うん、そうだね。……だから四国に行こうって白鳥さんに誘われたけど、行けないって答えは変わらない。途中の困難を耐えられるような強さはボクにはないし、みんながボクを守ってくれるその痛みに耐えられない」

 

 言いながら、歌野と水都へ視線をおくる。茉莉は久美子から決闘の話を聞いていた。

 その中で茉莉は水都のような強さも覚悟もないと実感した。自分はどこまでいっても"普通"なのだと。

 

「でも、ゆうちゃんは違うよ? ゆうちゃんは四国に行ける強さを持ってる。……四国に行ってやりたいことがあるんでしょ? ずっと前から郡さんのことを想ってたんでしょ?」

 

 日に日に募らせていた郡千景への想いに、四国への想いに、今こそ向き合うべきなのだ。

 

「なら動かなきゃ駄目だよ。ゆうちゃんがずっとここにいたって誰も幸せにならない。……三年前に言えなかったことがこんな形で今言えるなんてね」

「で……でも茉莉さん」

「――ゆうちゃん‼︎」

 

 茉莉が発したとは思えないほどの大声にビクッと跳ね上がる。

 

「ゆうちゃんがいると奈良(ここ)の日常は壊れるんだよ‼︎ みんなが不幸になるんだよ‼︎ 本当にボクたちのことを考えてくれているのならっ、ゆうちゃんは四国に行くべきなんだ! 行って今の四国を変えてきてよ! バーテックスを倒してよ! やるべきことをするんだよ! そしたらボクたちは大手を振るって四国に行けるんだ! 昔から夢見ていたことを叶えられるかもしれないんだ!」

 

 その怒号は強く、荒く……そして悲しかった。

 

「全部を終わらせるために四国に行くんだよ! 今は理解できないかもしれないけど、ゆうちゃんがっ、白鳥さんたちと四国に行くことが! 近い将来、全員の幸せに繋がるんだよ! だから行くんだよっ。……行けよ!!!」

「ま……つり……さ」

「う……ううっ……。……ぐすっ」

 

 茉莉は叫びながら泣いていた。かつて自分勝手な都合を目の前の彼女に押し付け、今度もまた自分勝手な都合で突き放してしまった。

 

 自分の口から出た言葉が、もし自分に向けられていたらと、考えるだけで胸がはち切れそうだった……。

 

 それを聞いている友奈が、今どんな気持ちなのか。考えるだけで……。

 

 

「そ……それでも……ダメですか……?」

 

 弱々しい声で友奈はそう言った。

 

「みなさん……。それでも私が……奈良にいちゃ……ダメですか……? みなさんのこと、大好きなんです……。離れるのは辛いんです。……それでも、ダメですか? バーテックスとなら全力で戦います。防人の方だって私が結城友奈ちゃんじゃないって必ず説得してみせます……」

 

 目に涙を浮かばせて、ひたすらに懇願する。

 

「みなさんのためなら……なんでもします。……それでも……ダメなんですか……?」

 

 周りの人たちからの反応はない。

 

 そんな中、久美子は友奈の肩にそっと手を置いた。

 

奈良(ここ)から出て行け。……それが今、お前の出来る"唯一"だ」

「……っ!」

 

 もう何を言っても変わらない。

 ここにいる意味を失ってしまった友奈は扉を開けて外に出た。

 

 

「…………はぁ」

「……こんなやり方じゃなきゃ、いけなかったのかしら?」

 

 出ていったすぐあとに、ため息を吐いた久美子に蓮華が問う。

 

「駄目なんだよ。あいつは優しいから……こうまでしないと奈良に居座ってしまう。……だから、ここにはもう友奈の存在価値が無いことを、徹底的に知らしめてやらなければいけなかったんだよ」

 

 だから奈良のいる人たち全員で、友奈を拒絶するように猿芝居を打とうと考えた。地下街の人たちがここへ来るというのも真っ赤な嘘。結城友奈を理由に追い出す口実を作り出した。

 

 ……言いたくもないことを口にして。やりたくもない態度を必死に取り繕って。

 

「俺やここのみんなは友奈のやつには感謝してる。してもしきれねェほどにな。だからこそ、久美子の姉貴の話に乗ったんだ。あいつにとって本当にしたい事をやらせてあげてェって。このまま腐らせちゃいけねェってよ」

 

 黒シャツの男は神妙な面持ちでそう言った。

 

「茉莉も似合わない苦労させたな。なかなかの演技だったぞ?」

「……演技じゃあないですよ。半分以上は」

 

 あの時、どうしても言えなかった。みんなのためにと、辛い事を平気で背負う彼女を、どうしても止められなかった。

 だから今、友奈に向けた言葉の中には、密かに茉莉の願いが込められていたのだ。

 

「そうか。お前もすっかりペテン師になったもんだ」

「嘘を吐くのは久美子さんもじゃないですか。ゆうちゃんや白鳥さんたち。みんなをずっと騙して続けてる」

「ん?」

勇者御記(ポーネグリフ)を読んだ時、兵器は無いって言いましたけど、あれ嘘でしたよね?」

「なんだ……知ってたのか」

「表情を見て分かりました。あの勇者御記(ポーネグリフ)には確かに、大社が保有する兵器の情報が描かれてあるらしいんです。それをあなたは隠した……」

 

 解読して歌野たちに内容を聞かせていたあの時、久美子と友奈の表情を見て察しがついた。

 

「あら? じゃああの勇者御記(ポーネグリフ)にはやっぱり兵器の情報があったのね」

「ああそうだ」

「だったらなぜ……」

「じゃあ聞くが……弥勒蓮華、そして白鳥歌野。お前は兵器が欲しいのか?」

 

 歌野はすぐさま首を横に振る。

 

「要らないわっ。私が欲しいのは『神樹様の恵み』だから」

「私はそれがなんなのか、気にはなるけど。……確かに欲しいかどうかと問われたら、要らないわね」

「ほらな? 言う必要なんて無かっただろ?」

 

 そして久美子は一旦言葉を区切って、歌野の顔を真っ直ぐ見る。

 

「……なぁ白鳥歌野。頼みがある。友奈を四国への旅に同行させてやってくれないか?」

「久美子さん?」

 

 久美子は床に両膝と両手を付く。更には額まで付けた。

 

「頼む。……四国はな、あいつの夢なんだよ。こんなところで燻らせてその夢を絶たさせてやりたくない。……だからお願いだ」

 

 回りくどいやり方で、友奈に嫌われることを覚悟の上で。それでも不器用ながらも彼女たちの精一杯の願いだった。

 

「……どうする? 歌野」

「うたのん……?」

 

 蓮華と水都は歌野を見る。

 対する歌野は、意外にも頭を悩ませて答えを窮していた。

 

「うう〜ん……」

「何だ? お前、あいつを必要としてたんじゃなかったのか? 今になってあいつじゃあ不服か?」

「そんなんじゃないわっ。私だって友奈と農業したいっ。でも一番インポータントなのは友奈の気持ちだから」

 

 友奈が歌野の誘いを断っている以上、無理矢理連れていくことはできない。なあなあで仲間にするのは歌野のスタイルじゃない。

 

「なるほどな。あいつの口から"行きたい"と直接聞くまで納得できない。……そういうわけか」

「そういうわけなのよっ」

「ま、当然の筋だな……。だがあいつが素直に行くと言えるかどうか」

「言えねェだろうなァ。あいつはバカだから」

「お前が言うな。黒シャツ」

「うぇあ⁉︎」

 

 アッハッハッハッハ! と建物の中をみんなの笑い声で包みこむ。

 

 

 

 

「…………聞こえてるよっ。全部……」

 

 その様子を、扉の向こうで友奈は泣きながら聞いていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、友奈は簡単な荷物をまとめてまた食堂にやってきた。

 そこにはさっきと変わらない面々の他に新たに何人か集まっていた。恐らくは奈良にいる二十数人がこの場に集合しているのだろう。

 その中で、歌野は友奈の前に立つ。

 

「友奈っ。これでラストにするからあなたの気持ちを聞かせて。私と一緒に――」

「行くよ、私」

「あら?」

「私、高嶋友奈はウタちゃんと共に四国への旅に同行します。……ううん、同行させてくれないかな?」

 

 良い意味で予想を裏切られた答えに、歌野は目を見開いてニッコリと笑みを浮かべる。

 

「ダメ、かな……?」

「ノンノン! むしろ大歓迎よ‼︎ やったわっ!」

 

 わいわいと喜ぶ歌野に対して、周りの空気はしんと静まり返っていた。

 

「なんだ。予想以上に早い決断だったな。……他にももっと策を考えていたんだが……」

 

 相変わらずの憎まれ口を叩いてくる久美子に、友奈は他意もなく謝る。

 

「ごめんなさい、みなさん。私なんかのためにお芝居までしてくれて」

「なんだ。気付いてたのか」

「はい……。つまりはそうまでして私を追い出したかったんですよね」

「……ああそうだ。元々私は子供が嫌いでね、今日まで一緒にいてやったことが、奇跡に等しいことなんだと自慢したいくらいさ」

「そうですよね。……でも私は、一緒にいて幸せでしたよ? 不幸だなんて一度だって思ったことはないです……」

 

 そう最後に呟いて背を向けて歩き出した。

 

「じゃあ行こう? ウタちゃん、みんな」

「挨拶はもういいの? 友奈」

「うん……。いいんだぁ……」

 

 歌野たちと共に出口へ行き、扉に手をかける。

 

「おい友奈」

 

 すると、久美子が名前を呼んだ。

 そしてバツの悪そうに頭を掻いたあと、改めて友奈を見る。

 

(……久美子さん?)

 

 扉を開けた手を止めて、友奈は半分だけ振り向いて彼女を見る。

 

「……かぜ、ひくなよ」

「――っ‼︎」

 

 その瞬間、友奈は久美子や茉莉、この場に集まった奈良に住む人たち全員を前に正座して頭を床に付けて叫んだ――。

 

「久美子さん! 茉莉さん! みなさん! 長い間っ、本当にお世話になりましたあああ‼︎ このご恩は一生、忘れません!!!」

 

 大粒の涙が堰を切ったように溢れ出す。

 それを見て周りも一斉に涙と嗚咽に包まれる。

 

「くそったれ‼︎ ありがとうはこっちのセリフだァァ! 恩を受けたのもこっちだよォォ! バカ野郎がァッ!」

 

 黒シャツの男も友奈に負けず劣らずの声量で叫ぶ。

 

「寂しいぞ。チクショウ‼︎ ……あ、あとこれも演技だかんなァ‼︎」

「ゆうちゃん‼︎ さっきは本当にごめんねえっ! ゆうちゃんはボクの大切な友達だよ‼︎ ずっと! ずーっとだよ! 離れるのは、やっぱり寂しい……っ!」

 

 茉莉もまた涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにする。そして他の人たちもそれぞれ友奈への感謝を不恰好な態度で表した。

 

「悲しいよ! 寂しいよ! うわあああああ!」

「高嶋ちゃああああん。応援してるからあああああんっ」

「しっかりねえええ‼︎」

「寂しくなるぜチクショウ‼︎」

「こちらこそ、今まで本当にありがとうーーー!」

 

 それを眺めていた久美子は失笑混じりに、右手で目元を隠す。

 

「馬鹿共が……。黙ってお別れも出来ないのか……」

 

 ポロッと、久美子の頬に伝うものを茉莉は見逃さなかった。

 

「久美子さん? どうしたんですか、()()

 

 茉莉に指摘された久美子は、少し間を置いて答える。

 

「別に……ただ、タバコの煙が目にしみただけだ……」

 

 目元を隠したまま。それでも誤魔化すことができない自分を憐れんで笑う。

 

 

『――ねぇ久美子さん、茉莉さん。もしもの話ですよ? もしも、すごーく悪い人がいたとして、その人がバーテックスに襲われて近くにいた私に助けを求めたとします』

 

 ふと、友奈が自分に言ってきた言葉を思い出した。未だに友奈のその異常と呼べる程の精神を完全には理解出来ていないが。

 

『もしそうなったら……私が勇者としてここで戦い続ける意味が、確かにあったんだなって思いますっ』

 

 いつだって友奈は自分より他人のために必死だった。命懸けだった。これからもそれは変わらず続けていくのだろう。

 

 それが勇者、高嶋友奈なのだと。

 

「また逢いましょう‼︎ お元気で!!!」

 

 そして、高嶋友奈は歌野たちと共に四国を目指す旅に出る。

 

 彼女は今、ようやくスタートラインに立てたのだ――。

 




『ウエストジャパン編』完!

次次回から新章、『奉火祭編』が開幕します。

次回は人気投票で一位になった彼女が"アレ"になっちゃう番外編です。新章突入まで今ひとつお待ちを。

次回 【番外編】ステーキ食べて農業王に俺はなる!


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【番外編】ステーキ食べて農業王に俺はなる!

拙稿ですがよろしくお願いします。今回は白鳥さんがハプニングに巻き込まれる番外編をお送りします。(つまりは平常運転)
 投票してくれた方、誠にありがとうございました。他のメンバーが選ばれたとしたらその人が対象になっていましたが、今回は一位に輝いた白鳥に少し特殊になってもらいます。



 

 ――これは白鳥歌野がまだ諏訪にいたときのお話。

 

 農業王を目指す彼女は日々畑と向き合い汗を流す。

 彼女が諏訪を飛び出すのはもう少し先の話になるのだが、今回はその白鳥歌野の身に珍妙で不可思議な出来事が起こってしまう、そんなお話である――。

 

 

 

 

 

「グッドハーベスト! トゥデーイもベジタブルたちがアロットオブだわ‼︎」

 

 歌野は眼前に広がる田畑を見て、両手を広げて喜びを表す。

 数ヶ月前から育てていた努力が実を結び、そこかしこの畑には収穫時期の野菜たちが並んでいる。

 

「あら? ここにひとつ、見慣れないキノコが生えているわ」

 

 野菜を採っている中、畑の端に見たこともないキノコが生えていた。通常、キノコは木に生えているものだが、なぜか地中から生えていた。

 もちろん、歌野はそのキノコを育てていた覚えはない。野菜ならどの品種を植えて育てていたか覚えているのだが。

 

 気になったのでそのキノコを地面から抜いてみた。

 

「あら? このキノコ、地中の木の根っこから生えていたのね」

 

 畑のすぐ横にはミカンのなる木がある。その木の根から生えたものだった。

 引き抜いたキノコは胴長で、地中にある長さは地上に出ていた分の数倍はある。

 

「随分とロングなのね。……それになかなかグッドなスメルを感じるわっ」

 

 引き抜いたキノコから漂う匂いにお腹は正直に意思を告げる。

 

「アイムハングリーだから、おやつ代わりに食べましょう」

 

 ここで出会ったのも何かの縁。美味しそうな香りに自制心は敗北し、歌野は家に持って帰り、簡単な水洗いをする。

 それを包丁でひと口サイズに切っていき、フライパンを加熱して焼き始めた。

 

「美味しかったらみーちゃんたちにも食べさせよっ。それじゃあいただきまーす」

 

 箸でつまんで口に入れる。熱々で柔らかな食感に歌野は顔は綻ぶ。

 

「んん〜! デリシャスすぎるわ〜。コレ、うちで繁殖させられるかしら?」

 

 箸は止まることを知らずひと口、またひと口と口の中に頬張っていく。

 

 …………すると。

 

「――んうう⁉︎」

 

 突然、歌野は硬直しキノコを食す手を止める。

 

「ぐっ……コレ……っ。身体が……っ」

 

 急に心臓の鼓動が大きく、速くなっていくのを感じた。

 

「あ……熱……く……」

 

 身体の熱が急激に上がる。汗が頭から足先まで噴き出てくるようだった。

 

「んんん〜〜〜っ!」

 

 身を捩らせ、苦悶の叫び声が家中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――歌野の親友である水都は大社支部のお手伝いを終えて、歌野の家を訪ねた。

 この時間帯の歌野は、畑で収穫をしている筈だが見当たらなかったので家に帰っていると思ったからだ。

 

「うたのーん。いる? ……って鍵開いてる」

 

 現在、歌野の家は彼女一人しかいない。そのため、灯りがついていたり鍵が開いていれば、泥棒以外では歌野本人しかいない。

 もっとも、こんな時代のこんな田舎に泥棒する者など諏訪にはいないと思うが。

 

「……? なにか良い香りが。朝ごはん作ってるのかな」

 

 部屋を開けた途端に、香ばしい香りが水都の鼻腔をくすぐる。

 

「うたのん、ごはんなら私が作ってるから、家に来れば……」

 

 中に入って歌野を見た瞬間、水都の身体は固まる。

 

「うたの…………ん?」

 

 水都の目の前には見知らぬ誰かがいた。その誰かはキッチンで佇んでいる。

 

(うたのん……じゃないっ)

 

「え……っと、どちら様、でしょうか……?」

 

 ゆっくりと後退りしながら、玄関の方へ戻る水都。ありえないと高を括っていたがまさかの展開である。

 

「ど……どろ――」

「みーちゃんじゃねぇか!」

 

 水都の方を振り返ったその相手は笑って応えた。

 

「え? ……えっ⁉︎」

「ん? なあに驚いてんだぁ、お前?」

 

 水都の目の前に立っている"歌野によく似た誰か"はこちらへ歩いてきた。

 

「えっ……と……?」

「ん? どうしてバックすんだ?」

 

 後退りでいつの間にか家を出ていた水都は、相手から離れるようにさらに後退を続ける。

 

「おいおい、みーちゃん。どうしたってんだよ」

「え、え……? あの、失礼ですがお名前は……?」

「なんだぁ? そういうシチュエーションがみーちゃんの中でムーブなのか?」

 

 "彼"は歯を見せて満面の笑みを浮かべると自分の名を告げた。

 

「俺は白鳥歌野。農業王になる男だ! ……ってあれ?」

 

 彼の笑顔とは対照的に、水都は顔はどんどん青ざめていく。

 彼も今言った自分の言葉を反芻して首を傾げた。

 

(嘘……)

 

 ここまでくるともう理解せざるを得ない。いや、一向にできないのだが。

 

「なんで俺……。"俺"なんだ?」

 

 今、水都の目の前にいるのは泥棒でもなく、ましてや歌野の兄弟でもなく……一番現実から遠い答えだった。

 

「……うたのんが男の子になっちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――諏訪大社にて。

 

 水都の母親は娘から話を聞き、実際に歌野(♂)が食べていたキノコをひと目見て図鑑を漁っていた。

 

「そのキノコは、"セイテンカンスルダケ"ね」

「性転換するだけ?」

「セイテンカンスルダケよ。食べると女は男に、男は女になるキノコなの」

 

 図鑑の説明によると、食した生物のホルモンバランスを組み替えることで性別が逆転するらしい。図鑑に載っている写真は確かに歌野が食べていたキノコそのものだ。

 

「なんでそんなものが畑に……?」

「どこかの森林から菌が飛んできたのかしらね。それを食べた結果、歌野ちゃんは男の子、白鳥歌男くんになったのよ」

「そんなの信じられないよ……」

 

 だが他に考えられる可能性が見当たらない。その男が偽物だと仮定したとしても、本物の歌野はどこにもいないし、彼の仕草からは所々歌野を彷彿とさせる。

 正真正銘、歌野は男になっているのだ。

 

「どうしよう、元に戻らないの?」

「ん〜、分からないわね。時間の問題か、別のセイテンカンスルダケを食べるかしないと」

 

 もし後者が正解だった場合、新しいものを探さなければならない。下手をすれば一生見つからず歌野は元に戻れない可能性も出てきた。

 

「そんなぁ……」

 

 糸の切れた人形のように力無く地面に座り込む。

 

「あ〜、でもこれで安心かしらね」

「安心……?」

 

 しかし水都の心配をよそに、母親やなぜか安堵の表情を浮かべていた。

 

「あなた、引っ込み思案で全然他人に心開こうとしないから、将来心配してたのよ?」

「え……う、うん」

「でも歌野ちゃんなら大丈夫ね。お母さん安心してお嫁に出せるわ」

「……ぇえ⁉︎ お母さんっ!?」

 

 母親はとんでもないことを言い始めた。

 

「あ、でも歌野ちゃんはひとりっ子だから逆にウチに婿入りになっても良いか。あ〜孫の顔が楽しみだわ」

「のんきすぎるよぉ‼︎」

 

 母親は、娘の名前を『白鳥水都』にするか歌野の名前を『藤森歌野』にするか、楽しそうに思案している。

 

(もう……お母さんってば)

 

 これ以上母の勝手な妄想にはついていけず、水都は火照った頬を膨らませて諏訪大社をあとにした。

 

 

 

 

 

 ――水都は畑を耕している歌野の元へ行った。

 帰ってきたら元どおり……なんてことにはなってなかった。

 

「……セイテンカンスルンダッケ?」

「セイテンカンスルダケだよ。なんでそんな疑問系なの……」

 

 母から聞いた話を歌野に伝える。性別が逆転するなど今まで見たことも聞いたこともなかったが、現に目の前で起こってしまった以上、信じるしかない。

 

(これが……男の子(うたのん)

 

 改めて歌野を見る。

 髪の長さは若干短くなり艶が落ちている。元の歌野自体、短めの髪でそこまで艶があったというわけではないのであまり違和感は感じない。

 あくまで比べたら、という話だ。

 問題は身体。歌野が腕をまくると上腕二頭筋から手首にかけて少し筋肉がついているのが分かる。

 その他、衣服の間から僅かに見える肌も全体的にゴツゴツしているイメージだ。

 

 ……と、水都が自分の身体をまじまじと見ていることに気付いた歌野はニヤけながら恥じらう演技をみせる。

 

「いや〜ん、みーちゃんのエッチ♪」

「ちがっ……! もうっからかわないでよ、うたのん!」

「ソーリーソーリー。ジョークがすぎた?」

「むぅ……。確かにじっと見ていた私も悪いけど……」

 

 水都はそっぽを向いて拗ねる。対する歌野は相変わらず笑ってばかりいた。

 

「身体が男になったのはびっくりしたけどな、まぁいいじゃねぇか。なっちまったもんは仕方ねぇ。そのセイテンカンスルンデシタッケ? の効力がいつまでかわかんねぇなら、今を大いにエンジョイしよう! しっしっし」

「……順応はやすぎるよぉ……」

 

 すると、興味が別に移ったのか、家畜牧場へ駆けていく。

 

「おっ! そこのホルスタイン‼︎ お前今日のディナーに決定だー! うんまほー♪」

 

(性別が男の子になったせいか、言動が酷い方向に活発化しちゃってきてる……)

 

 牧場脇にある草原地帯で家畜の牛を追いかけまわす。

 無理矢理背中に飛び乗り驚いた牛が右に左に動き回るのをアトラクション感覚で楽しんでいた。

 

「あっひゃっひゃっひゃっひゃ‼︎ ロデオみてぇー!」

 

 その様子を茫然と眺めている。

 

(もしうたのんが男の子に生まれてたら……こうなってたのかな……)

 

 

『――でも歌野ちゃんなら大丈夫ね。お母さん安心してお嫁に出せるわ』

 

 ふと、水都の母が言ったことを思い出し、途端に顔が真っ赤になる。

 

「――っ⁉︎ な、何考えてるの私っ」

 

 ぶんぶんと頭を振って雑念をかき消した。

 

(いつになったら戻るんだろう……。それとももう…………)

 

 複雑な心境を抱えたまま、時は流れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――歌野が男になってから数時間。一向に元に戻る気配は無く、日が暮れる。

 二人は座って畑を眺めている。

 

「はあああ〜〜」

 

 水都は今日で一番大きいため息を吐いた。

 

「どうしよう……。このままうたのんが戻らなかったら……」

「んー。そん時はそん時だろ」

「のんきだなぁ……」

 

 歌野は麦わら帽子を、片指を支点に回転させて遊んでいる。

 

「まー、他のキノコ見つけて食べたら元に戻るかもしんねぇしなっ。それまでガッツで乗り切ってみせるさ」

 

 回転させていた麦わら帽子を軽く上に投げて、頭上に落として被る。

 

「それに俺はこのまま男で生きていくのも良いんじゃねぇかって思ってんだよ」

「……えっ」

 

 その言葉にビクッと身体が反応した。

 

(もしかしてうたのん……)

 

 ドキドキ……と何故か心臓が高鳴るのを感じた。次第に頬が紅潮していく。

 

 もしかすると歌野もそれを望んでいるのではないか、と――。

 

「だってこの方が農作業が捗るからなっ。体力がパワフルに漲ってくるのを感じるんだぜ!」

「あぅっ」

 

 ガクッと体勢が崩れてこけそうになった。

 

「どうした? 漫画みたいなリアクションしてよ」

 

 込み上げていた熱が一気に冷えていく。

 

「…………ばか」

「おっ?」

 

 その反動のせいか、水都は冷たい態度で歌野をあしらう。

 

「どうしたんだ? アングリーか?」

「知らないよ。うたのんのばーか。ばかばかうたのん。略して"ばかのん"」

「よくわかんねぇけどアングリーなのは伝わったっ」

 

 怒る水都をよそに、歌野は相変わらず笑ってばかりいる。それを見ているとなんだか心配している自分が馬鹿みたいに思えた。

 

 少しでもその気になってしまった自分が恥ずかしく感じた。

 同時にこちらを勘違いさせてくる困った親友(おバカさん)に呆れながらもいつものことかと諦観する。

 

「こんな身体だけどな、見ててくれよみーちゃん! 俺はやってるぜ‼︎」

 

 歌野はその場に立ち上がると両手を大きく広げて声を力強く叫んだ――。

 

ステーキ食べて農業王に俺はなる!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして翌日。

 

「みーちゃん! ウェイクアップしたら元に戻ってたわ!」

 

 朝一番に水都の元へ駆けつけた歌野の身体はすっかり元の少女に戻っていた。

 

「ほんとだ! 良かったぁ。……あ、でも…………」

 

 心の底から安堵して胸を撫で下ろす……と同時に少しだけ侘しく思ってしまった。

 そしてその理由も何となく分かっている。

 

「……ちょっと残念だったなぁ

「ん? 何か言った?」

「ううん。なぁんでもないっ」

 

 水都は首を横に振って笑顔で返すと歌野と共に畑へ赴く。

 

 そしてまた、二人はいつもと変わらない日常を送っていく。

 

 

 

 

 こうして、一日だけ起こった諏訪での不思議な物語はここに幕を閉じたのだった――。




 ONE PIECEでも定期的にキノコが出てきますが、大体はそのキノコを食べて碌なことが起こりません。
 キノコを初めて食べた人を尊敬しますわ。


 さて、今回番外編で注目を浴びた白鳥さん(といっても本編でも立ち位置は同じ)。彼女の遠い未来のお話について少しだけ情報を提示します。

・みなさんは白鳥さんの誕生日がいつかご存知でしょうか? 実はONE PIECE内でも白鳥さんと同じ誕生日のキャラがいます。そのキャラと白鳥さんを一部リンクさせます。それを最終章で描く予定です。







新章『奉火祭編』開幕。

 以下、簡単な予告。


『私はみーちゃんに……どうしても伝えなきゃいけないことがあるの』

『うたのんがそばにいてくれれば、私でも何かになれるんじゃないかって思ったんだ』






 ――例えば……世界を滅ぼせる程の力を持った"巨大な敵"がいたとして……。その敵の怒りを鎮める方法が、無垢な少女を生贄に捧げる事だったとして……。

 その少女は――。



 世界の為に喜んで死ぬべきだと思わないか……?



次回 動き出す者たち


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〜奉火祭編〜
第七十二話 動き出す者たち


拙稿ですがよろしくお願いします。今回から新章開幕です。戦いばっかりになりそうです。
この奉火祭編は『白鳥歌野は農業王になる』の中で3番目にやりたかった内容です。



『――見えない壁の向こう側に、待っている君がいたんだ。もうすぐに届くから。信じて進もう、ひとつの世界へ』



 歌野たちが奈良にいた頃、大阪の梅田地下街にいるNo.7の元に一本の連絡が入っていた。

 

「No.7。少しよろしいですか?」

「忙しいんだけど? あと私は今、地下アイドル"ウメコちゃん"なの」

「そのネタまだ生きてたんですね。それはそうと大社本部から連絡です。先日討伐された『牡牛座バーテックス』の件で」

 

 ライブ衣装を着てマイクを片手で回転させて遊んでいたが、その一言で無表情に変わり防人装束に着替え始めた。

 

「……ふーん。面倒くさいな」

 

 防人としての仕事は他の人へ任せ、自分はアイドル業に専念している現状。しかし本部から直接呼び声がかかった以上、応じざるを得ない。

 

「……はい。こちら"元"京都支部担当、指揮官型防人No.7です」

『単刀直入ですが、貴女に連絡を申し上げます』

 

 相手は大人の女性の声だった。おそらく防人を監督しているいつも仮面を付けた女性神官だろう。

 

『先日、進化体である牡牛座バーテックス討伐に関しまして、()()()()()()()()へ報奨金が贈られます。つきましては……』

「ん? ちょっと待ってくださいよ」

 

 女性神官のその言葉に疑問を感じた。

 確かに部下を通して大社本部には牡牛座の討伐を報告させた。しかしその討伐は他ならぬ歌野たちが行ったことだ。

 

「私たち防人が? ……あのさぁ、牡牛座を討伐したのは白鳥歌野率いる一味ですよ? ちゃんと報告を聞いてましたか?」

 

 話し続けながら先程連絡を知らせに来た、部下であるNo.30を見る。彼女はこくこくっと頷いてその件の報告したという意思を伝える。

 

『――さらに上層部より、勇者御記(ポーネグリフ)も守り抜いたその功績を表彰したく……』

 

 しかし、相手の神官はNo.7の言葉を無視して話を進める。

 

「聞いてる⁉︎ 京都で牡牛座バーテックスを倒して勇者御記(ポーネグリフ)を無事持ち帰ってきたのは白鳥歌野たちで……っ」

 

 そこでNo.7は気付いた。相手の女性神官は、いや大社本部はこの一件を()()()()つもりだという事に。

 

(なるほどぉ。大社にとって敵である彼女たちに借りができた、なんてお偉いさん方の体裁が悪くなるもんねぇ)

 

 京都支部を潰され、勇者御記(ポーネグリフ)を置き去りに逃げてきた。その尻拭いを、大社の敵である白鳥歌野たちにさせた。そんな事を広められる筈も無い。

 

『……つきましては、貴女方には――』

防人(私たち)が進化体を倒した? それが出来なかったから京都支部は滅んだんですよ……」

 

 こちらの言葉に何の反応を示さない相手に、No.7は少し怒りの混じった声で告げる。

 

「えっ……と、No.7?」

 

 その様子を後ろから見ていたNo.30は冷や汗をかく。

 

「ねぇ神官さん、大社上層部の老いぼれさんたちに伝えてくれますか? あとこの状況を一向に解決しない"無能な勇者共"にもお願いします」

『? 何を――』

「クソ食らえってね!」

 

 ――ガチャ。

 

 それだけはっきり言うと通信を切った。

 

「……あ、あのぉ」

 

 No.7は振り返って舌を出してウィンクする。

 

「……テヘッ」

「テヘッ……じゃないですよっ。あとで怒られるの私たちなんですけどぉ……」

 

 とぼけた様子で誤魔化すいつものNo.7を見て、No.30は本部への申し開きの内容を考えるのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――新たに高嶋友奈を仲間に加え、奈良を出発していた歌野たちは兵庫県に入っていた。

 

「ここが、ウエストジャパンの西部にあたる中国地方(マリンフォード)……その玄関口である兵庫県よ」

 

 歌野は抱えていた水都を一旦下ろして大きく背伸びをする。

 

「ん〜、もうすぐ四国なのねっ。ロングランドな旅だったわね、楽しかったけど」

「と言ってもまだまだかかるわよ? それに大社本部が近くにある。気は抜かないようにね」

 

 大社本部は岡山県にあるが、実質中国地方(マリンフォード)全体が大社の管轄地域である。そしてその玄関口となる兵庫県にも支部は存在している。

 姫路城を拠点としている兵庫支部は本部の次に規模の大きい施設である。

 

「これから私たちは四国に向かおうとするのだけれど……中国地方(マリンフォード)から四国に入るためには主に"三つのルート"のどれかを選ぶ必要があるの」

「三つのルート?」

 

 蓮華は地面に簡単な地図を描き始めた。そして本州から三つの線を四国に繋げていく。

 

「本州四国連絡橋のことね」

「流石よ芽吹。四国出身である蓮華と芽吹は馴染みがあるけど、あなたたちは知らないかしら?」

「説明プリーズ」

 

 蓮華は自分の地図を頼りに、歌野たちが今いる場所から近い順に説明した。

 

「蓮華たちの近い順で……『明石海峡大橋・大鳴門橋ルート』『瀬戸大橋ルート』『しまなみ海道ルート』。この三つよ」

 

 兵庫県の神戸市と徳島県の鳴門市まで続くのが『明石海峡大橋・大鳴門橋ルート』。

 岡山県の倉敷市と香川県の坂出市を繋いでいるのが『瀬戸大橋ルート』。

 最後に、広島県の尾道市から数個の島を経て愛媛県の今治市に辿り着くのが『しまなみ海道ルート』である。

 

「昔は船で往来していたらしいわね。それこそ瀬戸内海(グランドライン)にある島々を中継して数日かけて渡航したりとか、ね。でも連絡橋が開通してからは数時間で行けるようになったの」

 

 バーテックス襲来前は自動車が数えきれない程に行き交い、電車が日に何度も往復していた。

 

「"古き良き"……ってわけじゃないけど便利になった分、惜しいって気持ちはあるわね」

「なら今回はそれを名一杯楽しみましょう!」

「まー、私たち能力者(勇者)は身体能力が高いから一日かけずに四国へ行けそうだけどねー」

 

 歌野たち勇者であれば、どのルートを通ろうと短時間で四国へ行くことはできる。

 もちろん、何の妨害も無ければ……の話であるが。

 

「さて……じゃあどのルートを行く? やっぱり近い明石海峡大橋かしら?」

「歌野が決めていいよー。リーダー権限でねー」

 

 歌野は描かれた三つのルートを指でなぞり答えた。

 

「ん〜、確かに早く四国に行く為には近いルートがセオリーだけど……ロングな道のりだって捨てがたいじゃないっ」

「……? つまり歌野はしまなみ海道を行きたいの?」

 

 うんうん、と頷く。

 

「アドベンチャーは回り道を楽しむものよ♪」

「本当にそれでいいの?」

「気に入らなかったらもう一周するわっ。……とりあえずファースト候補はしまなみ! でも他の二つも実際に見て、パッションを感じたらそこにするっ」

「橋を渡るのにそこまで気分上々になれるのは才能だと思うわ」

「うたのんは四国へ行くことをずっと楽しみにしてたもんね」

 

 歌野の判断に反論は無い。こうして彼女たちの指針は現状、『しまなみ海道ルート』に決まった。

 

「よし! 改めて、出ぱ――」

「――っ⁉︎ ちょっと待って歌野っ、バーテックスがきた‼︎」

 

 景気良く号令をかけようとした歌野に邪魔が入ってしまった。

 

「ホントだわ。エブリワン、戦闘準備!」

「了解っ」

 

 水都と友奈以外は武器を構えて向かってくるバーテックスの集団に相対する。

 

「よおし。私の初陣、ガンガンいくよお!」

 

 ガンガンッと友奈は両手の籠手を胸の前で打ち鳴らす。

 

「とおおりゃああ。勇者キーック!」

(かぶら)矢筈(やはず)()り!」

 

 バーテックスの集団は友奈の拳と蹴りで次々と倒していく。蓮華も自身の愛刀である精霊刀(ソウルソリッド)を用いて、瞬きする間に斬っていく。

 二人から漏れた敵も、歌野がベルトを叩きつけ、雪花が槍で貫き、芽吹が真っ二つに切り裂くことで片付けていく。

 

 最早彼女たちにとって星屑などまったく相手にならなかった。

 

「凄い……。みんなあっという間に倒しちゃった」

「にゃっはは。ちょっと敵に同情するレベルだったにゃぁ」

 

 当然、水都の元へは一体も近付くことはなかった。

 

「高嶋友奈。あなたはリーチが短くて敵とよく接触するから、どうしても被ダメージが多くなりそうね」

「そこはほらっ。根性でなんとかなるよぉ」

「無茶はノットよ友奈」

「うたのんが言えたことじゃないけどね」

「全員お互い様ってやつだにゃぁ」

 

 歌野たち五人が和気藹々と話す中、芽吹は振るっていた自身の刀を鞘に収めずに凝視していた。

 

「芽吹、気になるのかしら? ()()()が」

 

 それに気付いた蓮華が芽吹と持っている刀に視線を送る。

 

「……気にならないといえば嘘になるわ。この『和道一文字』っていう刀をね」

 

 芽吹が使っている刀は防人の隊長に就任した際、大社から授与されたもの。

 実は奈良にいたとき、蓮華の精霊刀(ソウルソリッド)を受け取りに鍛冶屋を訪ねたが、そこにいた男は芽吹の持っていた刀に注目した。

 

 ――男曰く、その刀の名前を『和道一文字』と言うそうだ。

 

 なんでもあの"四勇"乃木若葉が持つ名刀『生太刀』と同じ材質の玉鋼を用いて造りあげたという話だ。

 

『――今、刀剣の類を使う勇者の中で名を上げている者は皆、位の高い"業物"を使っている。四勇然り、七武勇然り』

 

 鍛冶屋の男はそう言っていた。

 

 芽吹自身、今まで自分の使っている刀のことなどあまり興味無かった。その刀が名刀であろうが鈍であろうが妖刀と呼ばれようが、"斬る"という刀本来の目的が果たせるのならばそこに拘りはない。

 

「名刀でも妖刀でも……己の目的に適しているのなら別に何でもって思ってたわ」

「そう? 蓮華としては……あの生太刀と同じ、というのが引っかかるけど」

 

 若葉の持つ刀と芽吹の持つ刀は見てくれは別物である。少なくとも蓮華の記憶では似て非なるものだった。

 

(この刀が頑丈であることは感謝しているけど……)

 

 芽吹は刀を収めると蓮華の背中に乗り、歌野たちに続いて明石海峡大橋を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 ――時は遡り。"四勇"伊予島杏は丸亀城を訪れていた。

 愛媛県の統治を球子と安芸真鈴に任せ、杏はひなたと二人だけで落ち合う。

 

「単刀直入にすみません。杏さんにお願いしたいことがあるのです」

「ひなたさん……?」

 

 ひなたは手配書を見せる。そこにはある少女の顔が写っていた。

 

「その手配書の方の()()()()()()()()()()んです」

「……? どうしてですか?」

「大社は、近々"奉火祭"を執り行うつもりです。その為に彼女が必要なのだと、上層部の判断です」

 

 手配書の写真を見ている杏へひなたは説明を続ける。

 

「しかし、この御役目を行う上で白鳥歌野さんたちが抵抗してくる可能性があります」

 

 白鳥歌野たちに対する処遇は大社の防人が担当していた。それを四勇である杏に依頼してくるということは、防人の戦力では手に負えないと判断されたのだろう。

 

「今や彼女たちは支部の戦力では太刀打ちできない程強くなっています。そしてこれからもさらに力をつけてくるでしょう。……私は末恐ろしく思います」

 

 北海道の件のみならず、歌野たちの元に向かわせた防人No.6も返り討ちにされたと聞く。

 

「その手配書の方が白鳥歌野さんをはじめとする一味に所属している以上、彼女たちの抵抗を御し得る人が必要なのです」

「だから四勇である私たちに白羽の矢が立った……そういうことですか」

 

 そこでひなたは四勇のうち、誰がその御役目にあたらせるか考えた。

 

 若葉はひなたの個人的な理由で歌野の元へ行かせたくはない。

 千景はそもそも四国の外へ出たがらない。彼女が腰を上げたのは奈良の時だけだ。

 そして球子は性格的にこの御役目は向かないだろう。

 

「杏さん……貴女ならば安心して任せられます。少なくとも私はそう信じています」

 

 "信じる"。その言葉がひなたの口から出たが、杏にはそれが上辺だけの中身の無いように聞こえた。

 

「ですがひなたさん……。これは言い方を変えれば彼女たちから奪うということですよね? それを黙って見過ごす人たちとは思えません」

「その可能性も考慮して、貴女にお願いしました。……貴女なら、一人でも彼女たちを相手取れると思います。それに、防人も新たに援軍を出してくれるそうです」

 

 杏は少し考えたあと、僅かに頷いた。

 杏には断るという選択肢は無い。態度には出さないが、おそらくひなたはそれを許さないだろう。

 

「……分かりました。これも大社の……いえ、世界のためなんですよね」

「そうです。それは断言できます」

「承りました。私の御役目は彼女の身柄を大社にあずけること。その障害となる彼女たちへの対処を行うこと。……それで良いですか?」

「ありがとうございます。貴女に相談して良かったです」

 

 ひなたはそう言ってお辞儀をすると、背を向けて歩いていった。

 

 杏はひなたが見えなくなるまでその場に佇んでいた。

 

(ひなたさん……。一体、どれが本心ですか……?)

 

 白鳥歌野が手配書に載り、その悪名が轟くたびにだんだんとひなたが掴めなくなっている気がした。

 先程ひなたの言葉に中身が無い、と思ったが言葉だけでは無く、ひなた自身が杏たちの認識の外側に立っているような気さえ感じる。

 

(そこまでの人なんですか……? 白鳥歌野さんという方は……)

 

 心に一抹の不安を抱えながらも、杏は御役目を果たすため岡山県にある大社本部へ向かった。

 

 そして、大社本部にいる防人と勤めている神官たちとの会談を終えると、二人の精鋭を連れて兵庫支部を目指す――。

 




 以下、この作品に登場する刀剣の名前を持ち主と共に少し紹介。(この作品では斧や槍も刀剣に含まれています)

・芽吹:和道一文字(今使ってる方)、雪走(夏凛に折られた方)
・蓮華:精霊刀(蓮華が名付けた細長い剣。爪楊枝とか言わない)
・若葉:生太刀(数々の刀剣の中で至高と呼ばれる刀)
・千景:大葉刈(最も凶悪な鎌の刀剣。死をもたらす妖刀)
・夏凛:桜十、木枯らし(三好家が作った双剣)
・風:むら雲切(最も大きい剣)
・銀:閻魔、天羽々斬(妖刀と呼ばれる双斧)


次回 邂逅! 結城友奈


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第七十三話 邂逅! 結城友奈

拙稿ですがよろしくお願いします。今回の章で七武勇が全員登場したことになります。


前回のあらすじ
 白鳥農業組合は兵庫県までやってきていた。あの海の向こうにある神樹様の壁。そのさらに向こう側に目指すべき大地が広がっている。しかし彼女たちはまだ気付かない。大社がその道を妨害すべく動き始めていることに……。


 兵庫支部にやってきた伊予島杏。

 彼女を出迎えたのはこの支部を任されている指揮官型防人、No.5だった。

 

「まーっははは! わざわざ愛媛県からここまでご苦労なこったねぇ」

「伊予島杏です。出迎えて下さりありがとうございます」

 

 迎えられた杏は軽くお辞儀をする。

 

「それと……本部からの援軍ですねぇ。No.3先輩」

「クハハハ、姫路城か。……城ってのは良いモンだなァ。クソ共を見下ろすには絶好の場所だぜ」

 

 杏の後ろにいた二人は、大社本部から援軍として今回の御役目にあたる。

 そのうちの一人、No.3は不敵に笑い城内を見渡す。

 

「早速本題に入ります。今、彼女たちの居場所はどこでしょうか?」

 

 No.5は兵庫県をクローズアップした地図を杏とNo.3の二人だけ見せる。

 

「私様の部下と神官たちで奴らの大体の位置は補足してる。方向からして今、彼女たちは神戸市か明石市あたりを目指してるねぇ」

 

 歌野たちが兵庫県に入っていることは彼女たちを偵察している者たちからの情報で確定している。向かっている方角からして明石海峡大橋を目指しているのだろう。

 

「恐らくそこから四国へ渡るのですね」

「なら明石海峡大橋に陣を敷いて……」

 

 No.5の提案に杏は首を横に振る。

 

「今から向かいます。ここから跳んでいけば一時間もかかりません」

「来たばっかりで大変だねぇ」

「偵察にあたっている方々にこれ以上、手間をかけさせたくありません」

「ま、仕事ははえー方がいいよなァ」

 

 すぐに歌野たちの元に向かうことを決める。

 

「兵庫支部からの応援は? ……何なら私様も出向いてあのカバ共を叩こうか?」

「要らねェな。俺と四勇、そして"コイツ"で充分だ」

 

 No.3は自分の後ろに立っている少女へ親指を向ける。

 

「なぁるほどぉ。今回の御役目はソイツの戦闘データの収集も兼ねてるってわけか」

 

 No.5は杏と共にやってきたもう一人に視線を向けた。……いや、()()と呼ぶべきだろうか。

 

「それでは行ってきます。支部の防衛は引き続きお願いしますね」

「はいはーい。いってらっしゃーい」

「んじゃあとっとと狩りに行くか。ついてこい"パシフィスタ"」

 

 『パシフィスタ』と呼ばれた()()は何も応えず二振りの斧を携えて杏とNo.3のあとに続く――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――歌野たちは明石海峡大橋を見に行くため神戸市に入っていた。大橋の場所としては明石市と神戸市の中間あたりに位置しているため、もうすぐそこである。

 

 彼女たちの現段階の指針としてはしまなみ海道ルートを行くが、歌野がどうしても見たいというので他二つも近くまで寄るつもりだ。そして気が変わればそのルートを採用する。

 

「――あっ、ウタちゃん。またバーテックスが来たよ」

「オーケー。迎撃しましょう」

 

 ここに来てバーテックスの襲撃頻度が増したような気がする。これも中国地方(マリンフォード)の玄関口と呼ばれる兵庫県の特徴だろうか。

 

 しかし、今回もまた星屑の集団なので歌野たちは軽々と葬っていく。

 

「貰ったわよ芽吹」

「はあああっ……。って、ちょっと」

 

 芽吹が斬りかかろうとした瞬間、目の前のバーテックスが切り裂かれ消滅した。

 

「蓮華……人の獲物を取ったわね」

「フッ。この蓮華の目には止まって見えたから」

 

 そう言いながら芽吹の近くにいるバーテックスたちを横取りしていく。

 

 やはり剣を振るう速度では蓮華の方がこのチームの中では抜きん出ている。

 

 そうこうしている間に、友奈も雪花も敵を倒していく。

 

「私も負けてられないわねっ。ムチムチの……」

「――もーらいっ!」

 

 歌野がベルトを構えたとき、雪花の放り投げた槍がバーテックスを貫き仕止めた。

 

「ああ〜〜! 雪花にスティールされたわ!」

「にゃっははは。ごめんねー」

 

 気持ちのこもっていない謝罪を口にしながら槍を拾う。

 

「……でもまだまだ来るわね」

「こう何度も来られると、星屑(雑魚)でも苦労するわね」

 

 ……と、芽吹に向かってくるバーテックスの一体が彼女を避けて通り過ぎて行った。

 

「……え?」

「今、芽吹を無視しなかった?」

「したした。楠ちゃんをシカトしたね」

 

 バーテックスが人間を襲わずただ通り過ぎることは滅多にない。

 奴らがこちらに関心を示さないのは、単純に気付いていないのか、他に優先すべきターゲットがいるかの2パターンだ。

 ならばまず間違いなく後者だろう。

 

「今、向かった先に誰かいるのかもっ。行ってみましょう!」

「そうね。もしかしたら一般人かもしれない」

 

 全員は通り過ぎたバーテックスのあとを追いかける。

 

「――うおおぉぁああ‼︎」

「……えっ⁉︎」

 

 すると突然、彼女たちの前にバーテックスがふっ飛んで来た。バーテックスは地面を転がりながら身体が砕け散って消滅する。

 

「ワッツハプン⁉︎」

「一体何が……」

 

 歌野のたちの視線の先にいたのは――。

 

勇者ぁあ〜〜、パーンチ‼︎

 

 星屑を殴り飛ばしている赤い髪の少女だった。それも何故か歌野の()()()()()()()と瓜二つの。

 

「あ、貴女は……⁉︎」

「え、()()ッ!?」

 

 振り返って確認する。

 友奈は目の前の相手の顔を見て驚愕して叫んだ。

 

「わ……私ーーッ!?」

 

 その声に気付いた相手も、友奈の顔を見て驚きの表情を見せる。

 

「え……ええ⁉︎ 誰ッ⁉︎ 私と同じ顔……」

「わたっ、わ……わぁわっ……わた……」

「ちょっとー、高嶋ちゃーん? とりあえず落ち着いて……られるわけないか……」

 

 雪花も他のメンバーもこの状況に戸惑う。

 

「ねぇ友奈」

「「なに?」」

 

 歌野が呼ぶ名前に二人とも反応する。

 

「あれ……? どっちも友奈?」

「分裂しちゃった?」

「双子……?」

「ううん。私、きょうだいとかいないよっ」

「生き別れの姉妹、でも無いんだ……」

 

 様々な憶測が飛び交うが、ここで芽吹がある可能性を指摘する。

 

「もしかして、彼女が……」

「そうね……。直接会うのは初めてだけど、手配書の顔と同じ……ということは……」

 

 蓮華も同様に、相手の素性を察した。

 

「あなたは、"七武勇"の……」

「あははは……。なんか不思議な気分だね。……えっとぉ、とりあえず自己紹介。私は"結城友奈"。よろしくねっ」

 

 困惑してはいるが、笑顔で彼女――結城友奈は挨拶をする。

 

「本当に友奈さんにそっくりなんだ……」

「どっちがどっちか分からなくなるわね」

「二人が装備してる籠手もなんか似てるしねー」

 

 高嶋友奈も結城友奈も薄桃色の籠手を両手に装着している。

 一応、服装が違うのでその点で見分けることは可能だが、一瞥しただけでは分かりにくいことに変わりはない。

 

「何か分かりやすい違いとかがあればいいのだけれど」

「そだっ。なら仮面しとこっか!」

 

 友奈はバッグの中から赤色の仮面を取り出して目元を覆うように装着した。

 

「仮面……? そんなもの持ってきてたの?」

「久美子さんが持たせてくれてたの。私の顔がバレたら色々面倒だからって。早速使っちゃうことになるとは思わなかったんだけど」

 

 しかしその仮面は顔全体を隠し切れていなかった。

 

「じゃじゃーん‼︎ 私はっ! 御国の、愛と平和を守る正義のヒーロー! 『国防仮面』‼︎」

 

 友奈は勢いよくポージングを決めた。

 

「…………」

 

 周囲に微妙な空気が流れる。

 

「あれ……。みんなひいてる……?」

 

 芽吹や蓮華は眉を顰め険しい表情になっていた。

 水都と雪花は真顔で口を半開きにしている。

 歌野に至っては土に触れ何かを観察していて話を聞いていない。

 

 ……だが結城友奈だけは違った。

 

「か……かっこいい〜‼︎」

 

 彼女だけは目を輝かせて拍手を送っている。

 

「国防仮面ッ‼︎ 東郷さんも好きだって言ってたよぉ」

「何かの番組だったの? それ……」

「幼稚園のお遊戯会でねっ、勇者部の出し物として披露したんだぁ!」

「そうなんだね……」

 

 いつの間にか結城友奈という存在に、周りは自然と慣れ親しんでいく。

 不思議なものだが、これも結城友奈の人柄が為せる技なのだろう。

 

(彼女もまた……"友奈")

 

「……? どうしたの蓮華。浮かないフェイスして」

 

 そんな結城友奈を見ていた蓮華に歌野は疑問に思った。

 

「……おかしいとは思わないの? 結城友奈と高嶋友奈が()()()()()()()()()()

 

 高嶋友奈と結城友奈は双子ではない。血の繋がりは無く、お互いに今日会うのが初めてだ。しかし、二人の友奈は同じ声と容姿をしている。とても偶然と呼べる代物ではない。

 

「結城友奈。あなたは何か知っているの? ……"友奈"とは、何なの?」

 

 蓮華が知っているもう一人の友奈もまた、どういうわけか彼女たちと似ているのだ。

 

「この蓮華が所属していた鏑矢という組織にも、あなた二人と似た容姿を持つ少女がいた。……彼女の名前も"友奈"なのよ」

 

 赤嶺友奈。

 高嶋友奈。

 結城友奈。

 

 この三人はそれぞれ別の場所で生まれ、それぞれの環境の中を生きてきた筈だ。

 しかしこの奇妙な偶然は一体何なのか。蓮華をそれを知りたい。

 

 どこに行けば分かるのか。誰に聞けば分かるのか。

 何か手掛かりがあると良いのだが……。

 

「んー、私にはさっぱりわからないんだよね……。でも、"そのちゃん"の言葉を借りるならぁ……『私たちは嵐を起こす』んだって」

「嵐……?」

 

 前に園子が一度だけ、"友奈の一族"について口にしたことがあった。

 

 

『――"友奈"はまた必ず嵐を起こすんよ。それがゆーゆなのか、また別の"友奈"って名前の子なのかは分からないけどね〜』

 

 その言葉を聞いたとき、結城友奈自身はさほど気にしなかった。

 

 高嶋友奈も、おそらく鏑矢にいた当時の赤嶺友奈もそうだが、友奈(自身)の名の由来について、当事者たちはさほど関心を持っていない。

 

 "神の天敵"と言われる所以も。"友奈の意志"についても……。

 "友奈"に対する者たちの主観でしかないのかもしれない。

 

「今回も……ハズレのようね……」

 

 思っていた情報を得ることは出来ず、蓮華は軽く落胆し、張っていた緊張を解くように息を吐く。

 

 吐き出される息が白い。少しずつ肌寒くなってきた……。

 

(…………? えっ……寒い?)

 

 その時、背中に走る悪寒に蓮華は身震いした。

 何かが自分たちに迫って来ているような感覚だ。

 

(……くる)

 

 そして歌野たちの前に、一人の少女が現れた――。

 




 いつの時代も、友奈は数奇な運命に満ちている……。


次回 雪よりも白く、氷よりも冷たく


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第七十四話 雪よりも白く、氷よりも冷たく

 拙稿ですがよろしくお願いします。高嶋友奈は結城友奈がいたせいで奈良から追い出されたようなものですが、あれは烏丸先生が企てた演技なので本人としては結城友奈を全然恨んでません。

 なので、

『見づげだどー! 結城友奈ァァ‼︎』
『オラ違うよォーー‼︎ オラそんな奴知らねェよォーー‼︎ 勇者ですらねェぬらべっちゃ!!!』

↑こういう展開にはならなかった。


前回のあらすじ
 白鳥歌野たちの前に結城友奈が現れた。蓮華は友奈について知っていることがないか尋ねるが大した情報を得られずに終わった。歯痒く感じる蓮華だったが、そこへ一人の少女が姿を現す。



 蓮華は自分の吐く息が白いことに疑問を感じた。また、友奈や芽吹もそのことに気付く。

 

「あれ……寒くなってきちゃった?」

「息が白い……。今はそんな季節じゃない筈だけど」

 

 しかし歌野と雪花と水都の三人は寒く感じる様子は無く、吐く息も白くない。

 

「三人は寒くないの?」

「んー、あんまり……? 気温がダウンしたのは感じたけど」

「私は寒い土地出身だからかにゃぁ」

 

 この場にいる中で、雪花は極寒の地である北海道出身だ。また、歌野と水都は夏と冬とで気温差が激しい長野の諏訪出身である。

 それ故にこの三人は寒さに対してある程度の適応力があるのだろう。

 

「ウタちゃんたち凄いなぁ。私なんて……うっ、うう〜。鳥肌がぁ……」

「私は水都が平気そうにしてるのが意外だったわ」

 

 歌野と水都が北海道に訪れたときも、雪花と共に神居山で進化体と戦ったときも、冬ではなかった事が大きな理由だと思うが寒さを感じる様子は無かった。

 

「みーちゃんも知らず知らずのうちに鍛えられているってことねっ」

「そ……そうかなぁ」

 

 突然の寒さに戸惑う者や変わらず平然としている者がいる中、蓮華は自分たちに迫ってくる何かを感じ取っていた。

 

(……くる)

 

 刹那、背中に悪寒が走り、振り返ると同時に一人の少女が目の前に現れた。

 

「……‼︎ あなたは……」

「――ッ! 誰ッ⁉︎」

 

 その少女を見た時、根拠など無いのだが彼女がこの寒さの原因なのだと理解した。

 

「……お初にお目に掛かります。私は四国、愛媛県出身の勇者。伊予島杏です」

 

 ペコリと礼儀正しく挨拶をする少女――"四勇"伊予島杏は穏やかな笑みを向けてきた。

 

「ご丁寧にどうも♪ 私は白鳥歌野。諏訪出身の勇者で農業王になる女よ!」

 

 対する歌野も一切動じる事なく笑顔で挨拶を交わした。

 

「伊予島杏……⁉︎ あの"四勇"のひとりが……四国の勇者がここに何の用で来たのよ」

「兵庫支部の方の情報から、貴女方がこの辺りにいるのではないかと思いまして……」

 

 杏の上辺だけの柔らかい態度に蓮華は警戒を緩めず、自身の武器に手を添える。

 

「四国の勇者ってことは、乃木さんのフレンドなのかしら!」

「はい。若葉さんには大変良くして貰ってます」

 

 杏は歌野やその仲間たちの顔を見て微笑む。

 

「みなさんのことはちらほら耳にしています。……鏑矢に所属していた蓮華さん。防人の隊長である楠さん。それと…………」

 

 可笑しな仮面を付けている友奈を見て若干、言葉に詰まった。

 

「へ、変態さん……?」

「ちがーう! 私は御国の愛と平和を守る正義のヒーロー。国防仮面!」

「変態仮――」

「だからあっちがーーう‼︎」

 

 プンスカ怒る友奈を放置し、杏はコホンと咳払いして乱れたペースを整える。

 

「改めまして、以後お見知り置き下さい」

「まぁ何はともあれ、この場所で乃木さんと同じ"四勇"に会えるなんてベリーナイスなことだわ!」

 

 歌野は右手を杏に向かって差し出す。杏もまた右手を出して握手を交わそうとしたが……。

 

「待ちなさい歌野」

 

 蓮華は呑気なままでいる歌野の右手を多少強引に掴んで杏から引き離した。

 

「蓮華? それに雪花も、芽吹もどうしたの?」

 

 歌野のテンションとは裏腹に蓮華や芽吹、雪花は警戒した様子で杏を見ている。

 水都と友奈二人は困惑しているのが目に見えて分かる。

 

 ……ここまでくると、空気を読む力に乏しい歌野もこの重たい雰囲気を感じ取った。

 

「伊予島杏。この蓮華の質問に()()()答えて無いわよ。……どうして普段四国にいるあなたがここにいるの?」

 

 蓮華は杏との遭遇を偶然のひと言で片付けようとはしない。大社にとってお尋ね者も同然な歌野たちの前に現れた大社の犬(四勇のひとり)が、何の理由も無い訳が無い。

 

「白鳥歌野さん。貴女の性格は……若葉さんとは全然違いますよね。天真爛漫と言いますか……。自由奔放と言いますか……」

 

 杏は蓮華の質問にすぐには回答せず歌野へ話しかける。

 初対面の相手に対して親しみを持って接してくれた歌野の型にはまらない性格を、奔放と表現すれば良いのか。掴みどころが無いと表現すれば良いのか。彼女の中で多少思案する。

 

「聞こえなかった? この蓮華の質問に――」

「私が今日ここへ来たのは、そこにいらっしゃる()()()()()()()()()()()()()()()()()からですが……それともうひとつ、白鳥歌野さんがどういう人なのか、ひと目見る為にやって来ました」

 

 蓮華の言葉を遮り、自身がここへやってきた理由を説明する。

 

「えっ。私……と、うたのん?」

「みーちゃんが必要? どういうことなの?」

「そして……()()()()()()()()

 

 水都は反射的に後退りをしてしまう。何故自分と歌野が、杏がここへ来た理由なのかは分からないが、杏に対して明確な恐怖を感じていた。

 

「やっぱり貴女方は……今、死んでおきますか?」

「――ッ!?」

 

 突然、杏の口から出たその言葉に一同は素肌に冷気を浴びたような不快感に包まれた。

 

「それは何の冗談よ」

「大社は今に至るまで貴女方を軽視していましたが、()()()()()()辿()()と骨のある人たちです。総合的な懸賞金額は"七武勇"の足元にも及びませんが……()()()()()()()が顔を揃えてくると、後々面倒なことになるのは明白です」

 

 杏が歌野たちのことをどれだけ知っているのかは分からないが、先程の口振りから芽吹はもちろん、蓮華の素性も把握しているようだった。

 

「初頭の手配に至る経緯。これまでに貴女方のやってきた所業の数々。その成長速度。バーテックスや"七武勇"とはどこか異なる危険性。それらについては私も同様……末恐ろしく思います」

 

 徐々に周りの温度が下がっていくのを全員が感じ取っていた。

 

「白鳥歌野さん。貴女は不思議な人です。ここにいる人たちがみんな、望んで貴女の元に集ったと考えると、その影響力はいずれ大社の手に余る事態を引き起こすでしょう」

「そんな事はどうでもいいわ!」

 

 下がり続ける気温と対照的に、歌野はヒートアップしていく。

 

「私は、大社がみーちゃんが必要っていうセリフにバッドなフィーリングを抱いているのよっ」

「うたのん……」

「あのさー、伊予島さん……だっけ? さっきからうだうだ言ってるけどさ、はっきり言ったら? 本来の目的は何?」

 

 雪花も睨み、槍を両手でしっかりと掴んで腰を低く構えた。

 

 

「――オイオイ……。いつまでどうでもいいこと喋ってんだァ?」

 

 別の場所から声が聞こえ振り返ってみると、そこには防人装束を身に纏った者が姿を見せる。

 

「……っ。No.3」

「何だァ。隊長じゃねェーか。奴らといるって噂はホントだったんだなァ」

 

 No.3と呼ばれた者はニヤァと邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

 ――その次の瞬間、またもやバーテックスが彼女たちの前に現れた。

 

「バーテックスが……ッ!」

「またなの⁉︎ こんな時に……ッ」

「――凍り付いて下さい」

 

 杏は即座にクロスボウから矢を発射させ、その矢はバーテックスに当たる事なく間をすり抜ける。

 通過した矢からは冷気が散りばめられ、それを浴びたバーテックス共はたちまち凍り付いていった。

 

「アイスタイム」

 

 さらに地面に手を置くとあたりは氷漬けになり、突然下から隆起した氷の刃に貫かれ消滅した。

 

「氷が彼女の周りに……」

「あれが……伊予島杏の能力なのね」

 

 しかし、今度は別の方向からバーテックスたちが現れ、No.3目掛けて突進してくる。

 

「オイオイ……。このタイミングでまだ来るか。邪魔なんだよ雑魚が」

 

 No.3は面倒くさそうに頭を掻く。……そして。

 

「蹴散らせ。パシフィスタ」

 

 そうNo.3が呼んだとき、その背後から二振りの斧を持つ少女が飛び出してきた。

 その少女は自身の身体と同じくらい大きな双斧を軽々と振り回すとバーテックスを切り裂いていく。

 

「また新手なのっ」

 

(えっ……今、平和主義者(パシフィスタ)って……?)

 

 当然、歌野や芽吹をはじめとする白鳥(ホワイトスワン)農業組合(のうぎょうくみあい)の面々は、その少女を大社側の用意した杏とNo.3の仲間だと考える。

 

 しかし結城友奈だけは違い、その姿に見覚えがあったのだ。

 

「ウソ……」

 

 彼女たちが佇んでいる間にバーテックスを次々と屠り、最後の二体になると両手の斧を敵に向かって投げ付けた。

 斧は正確にバーテックスを正面から真っ二つにすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その一部始終を見て、結城友奈は震える声で少女の名前を呼ぶ。

 

「ぎ……銀……ちゃん……?」

『…………』

 

 パシフィスタは何も応えず、No.3の元へ歩いていく。

 

「あァ? 違うなァ結城友奈。コイツは"パシフィスタ"って言うんだぜ?」

「そんな筈ないよっ‼︎ あの子は銀ちゃんだよ‼︎ 私たちと同じ"勇者部"で……東郷さんやそのちゃんの親友だった……ッ」

 

 結城友奈は目の前の少女が、自分たちの仲間で半年以上前から連絡が取れずにいた『三ノ輪銀』本人だと主張する。

 しかしNo.3は薄ら笑いを浮かべたまま自分の隣にいる『人間兵器』の説明をする。

 

「お前が言ってんのは、かつて鷲尾須美や乃木園子と共に大社に所属していた勇者のひとりの"三ノ輪銀"って奴のことだろう? "七武勇"のメンバーで、大事なお友達だったその三ノ輪銀なら……」

 

 ニヤッとNo.3の笑みは更に悪辣に捻じ曲がり、結城友奈に驚愕のひと言を突き付ける。

 

 

「もう……()()()()()()()()

 

 

 

 




・伊予島杏:氷結人間。または雪人間。『ヒトヒトの野菜 幻獣種:モデル"雪女郎"』
簡単に言うと、『ヒエヒエの実+ユキユキの実-ロギアの特性』
 身体は氷や雪そのものにはならないが、冷気を操り雪を降らせたり、大地を凍らせたりすることで対象を氷結させる。杏の性格的には能力は公になって欲しくないのだが、相方がおしゃべりなせいで愛媛県の人たちは半分以上が杏の能力名を知っている。

 ちなみに四勇の皆さんの能力は全員幻獣種です。まぁ勇者の野菜の性質上、仕方ないね。


次回 パシフィスタ"PX-0"


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第七十五話 パシフィスタ"PXー0"

拙稿ですがよろしくお願いします。杏の能力は勇者の野菜の中で一番美しいと言っても過言じゃない。
氷とか雪の能力って素敵だよね。

前回のあらすじ
 白鳥農業組合と結城友奈の前に現れたのは伊予島杏だった。彼女は大社からとある命を受け、二人の精鋭と共に彼女たちに敵意を向ける。しかしその中にいたパシフィスタは、結城友奈の仲間である筈の三ノ輪銀だった。



 結城友奈はNo.3の放つ言葉に驚愕する。

 

「銀ちゃんが死んだ……ッ⁉︎ 嘘だよ! だってちゃんと目の前に……!」

「クハハッ。"七武勇"で仲間だったお前は三ノ輪銀に大層思い出があるようだが、三ノ輪銀(ソイツ)とパシフィス(コイツ)タは別人だ」

「ううん! 別人なんかじゃない‼︎ さっきのは間違いなく銀ちゃんの能力――『立烏帽子』だよ!」

 

 三ノ輪銀の能力は『ヒトヒトの野菜の幻獣種:モデル"立烏帽子"』。鈴鹿山の盗賊王と呼ばれた女性をモチーフにしており、自身の触れたものを離れている場所から引き寄せる(うばいとる)能力である。

 

「お願いだよッ! 返事をして‼︎」

『…………』

 

 結城友奈の声にパシフィスタは反応しない。顔も眉ひとつ動かず感情の一切を表さない。

 

「三ノ輪銀はな、大社の科学者の()()()()によって完全な『人間兵器』になっちまったんだよ」

「改造……? 兵器……? 銀ちゃんが……⁉︎」

「だから正確には"元"三ノ輪銀といったところか……」

 

 No.3と結城友奈の会話のやりとりを、芽吹や蓮華たちは横目で見ていた。

 杏はまだこちら側へ攻撃してきていないが、この絶妙な間合いと緊張感が彼女たちの動きを静止させる要因となっていた。

 

「今の話、聞いてた?」

「ええ。パシフィスタって呼ばれてたあいつ……。確かに"七武勇"の三ノ輪銀そのものじゃない」

 

 懸賞金290万ぶっタマげ。

 その三ノ輪銀の顔は手配書で確認済みだ。

 

「芽吹……。パシフィスタについて何か知ってるかしら?」

 

 大社にいた芽吹に問いかける。少なくとも蓮華が鏑矢として活動していた時は耳にしたことがない。

 

 その問いに芽吹は首を横に振って答える。

 

平和主義者(パシフィスタ)という名前しか知らないわ。バーテックスに対抗する為って聞いたけど、まだ実現不可だったはず……」

 

 芽吹が防人隊長として本部にいた時期は約半年前。奇しくも三ノ輪銀が結城友奈たちと連絡が取れなくなった時期と一致している。

 

 ならばまず間違いなく三ノ輪銀がそのパシフィスタ開発に加わったことで実働まで漕ぎ着けたのだろう。

 

「でもまさか本人がパシフィスタそのものになってるなんて……」

 

 歯を食いしばる。自分が去ったあとの大社で何があったのか。

 様々な疑念が芽吹の中で渦巻いている。

 

「大社が銀ちゃんに無理矢理させたのっ?」

「いいや。俺の聞いた話じゃあ、コイツは自分から志願したのさ。大社が研究していた『人間兵器』の実験体になることを」

「そんなの信じられないよ! 銀ちゃんが東郷さんたちを置いてこんな目に遭ってるなんて……! それを受け入れたなんて……!」

「俺もコイツがなぜ大社の要求を受け入れたのかは知らねェし興味もねェ。三大将に負けた後、何か取引でもしたんだろうなァ」

 

(三大将……。じゃあ弥勒さんたちが……?)

 

 芽吹の疑念が更に深まっていく。

 恐らく、その真実を知っている者は、銀と戦ったとされる防人三大将。そして大社上層部ぐらいだろう。

 

「どうしても信じられねェか? だが現実だ。実験体となった三ノ輪銀にはもう人として生まれた"記憶"も"自我"もねェ、死人も同然だ。……ただ、大社の命令通りに戦うだけの人間兵器(バケモノ)

 

 No.3が右手を挙げると、パシフィスタは腰を落として臨戦体勢に入る。

 

「パシフィスタ"PXー0"だァ! 昔のことなら忘れちまえなァ!」

 

 高らかに叫ぶと、それを合図にパシフィスタは動き出した。

 

「私たちの知らない間に、一体何が……」

 

 結城友奈は依然、この状況に混乱したままで動けずにいた。

 

「結城友奈⁉︎ 何してるのッ⁉︎」

「……あっ」

 

 自身に降り下ろされる二つの斧に気付き、ようやく回避の為に身体が動くが、完全に出遅れていた。

 

「――ちいッ‼︎」

 

 双斧が結城友奈に当たる直前、芽吹と高嶋友奈が間に入り込んでガードする。

 

「あ……ありが……」

 

 礼を言おうとしたところへ、さらにパシフィスタの攻撃が迫る。

 双斧を今度は芽吹に向かって振り下ろす。それを芽吹は刀で受け流し、その勢いに乗ってパシフィスタを斬る。

 

 パシフィスタは斧から手を離すと、両手のひらで刃を受け止めた。

 

「か……ったい⁉︎ 何あの強度」

 

 刃が触れた筈の手は薄皮一枚剥けただけ。

 その両手の硬さに怯む。

 

「パシフィスタの皮膚の内側は金属の"銀"で覆われてんだ。……クハハ。三ノ輪銀だけにな」

 

 芽吹の額からは汗が流れ、焦りの感情が高まっていく。

 

「パシフィスタ……いえ、三ノ輪銀の能力を教えなさい。さっき"立烏帽子"って言ってたわよね?」

「う、うん……。あのね……」

 

 結城友奈は三ノ輪銀の能力を簡単に説明していく。彼女が一度触れたものは、たとえ手の届かない場所へ移動したとしても彼女の元へ引き寄せられてしまう。

 遠くへ行った物も()()()()事ができるのだ。

 

「能力の範囲は銀ちゃんの目の届く範囲内だって言ってたよ。……でも能力を極限まで鍛えれば、一度触ればどんな場所にある物でも奪えるんだって」

「触れたものを奪う? 勇者にあるまじき能力ね……」

「だからさっき銀ちゃんが触れたから――」

 

 芽吹は両手をギュッと強く握りしめて再度気合いを入れる。……しかし、その両手には()()()()()()()()()()

 

「えっ……? 私の刀が……無い⁉︎」

 

 それに気付いた芽吹が、辺りを見渡すと、パシフィスタの足元に落ちている刀を見つけた。

 

「そんな……っ、刀を奪われた……!」

 

 そして刀を奪われた芽吹へ、パシフィスタは追撃を試みる。

 

 パシフィスタはまず、芽吹を右手で殴り飛ばすと身体を一回転した勢いで友奈を右足で蹴り飛ばす。

 

「――あぐぅ⁉︎」

「――うわぁあ!」

 

 そして最後に両手を握り、上から強く振り下ろして結城友奈へダブルスレッジハンマーを放つ。

 

(ぁあッ‼︎ ……やっちゃった。私も銀ちゃんに触られ……)

 

 そのとき、先に飛ばした友奈と芽吹の二人の姿が消える。

 

「ええ⁉︎ 友奈と芽吹が消え……」

 

 二人が消える瞬間を見ていた雪花は驚くが、そのあとすぐにパシフィスタの目の前に現れる。

 そして今度は三人まとめて斧で斬られてしまう。

 

「ぁああっっ……がッ」

 

 雪花と蓮華は三人の救援に駆け付けたいのだが、No.3がその行き先を阻む。

 

「クハハハハッ。強ェだろう、パシフィスタ。せいぜい気を付けるんだなァ勇者共。……今は俺もいるからよォ」

 

 

 

 

 

 

 ――杏はクロスボウを前に突き出し、歌野に狙いを定める。

 そしてクロスボウから矢を一発ずつ撃ち出していく。

 

「みーちゃん‼︎ 下がってて!」

 

 右手を強く握り、ベルトを波打たせて矢をはたき落としていく。空いた左手で水都を後ろへ押し出す。

 

「そっっっれぇ!」

 

 歌野は真っ直ぐに突撃し、その勢いを乗せてベルトを振るう。

 

「ムチムチの(ピストル)ーーッ!」

 

 しかし杏は地面から氷を隆起させ、自身を守るように壁を作った。

 それは氷で出来た盾のようであり、歌野の攻撃を阻む。

 

「伊予島さん‼︎ さっきのみーちゃんが必要って言ったのはどういうミーニングなの⁉︎」

 

 氷の盾を避けるようにベルトをしならせて果敢なアタックを繰り返す。

 

「奉火祭を行う為です」

「ホウカサイ⁉︎ なにそれッ!」

「長々と説明出来る余裕はありません。……仮に全てを話したならば、藤森水都さんを渡してくれますか?」

 

 杏は身体を左右に揺らす。また一歩二歩と後退することでその攻撃を避けていく。

 時折、回避出来そうにない攻撃は足から冷気を伝わせて作る氷の盾でガードする。

 

「答えはノーよ!」

 

 一旦ベルトを収縮させて、再度杏へ攻撃を繰り出す。

 

「ムチムチの〜(ピストル)〜‼︎」

 

 しかし、またもや杏が作り出す盾に阻まれてしまった。

 

「あのコールドな盾。硬いったらないわっ」

 

 今度はベルトを大きく波立たせて、連続攻撃を仕掛ける。

 

「ムチムチの銃乱打(ガトリング)ーーッ!」

「カマクラ」

 

 歌野の繰り出す多連撃に局所的な盾では守りきれないと瞬時に判断した杏は、自身を囲うように雪を積んでカマクラを製造する。

 

「んなああ⁉︎」

 

 即席で作ったにしては頑丈すぎる防御壁(カマクラ)は傷ひとつ付かない。

 

 攻撃を一旦やめた歌野は、杏の頭上にだけ雪が降っている事に気付いた。

 

「雪よ……もっと降り注いで」

 

 カマクラから出てきた杏はクロスボウを天に向けて氷の矢を放つ。すると、降る雪の量が多くなっていった。

 

「オイオイ……勘弁してくれよ。今日は降水確率0%の晴れだったんだぜ? これじゃあお天気キャスターが泣くじゃねェか」

 

 離れた位置で蓮華、雪花と相対するNo.3はそれを横目に歪んだ笑みを浮かべていた。

 

「ねぇ……雪花? あなたの能力は使えないの?」

「無理だね……。あちらさん、防人特有のバイザー付けてる。裸眼じゃなきゃ夢に誘えない」

 

 No.3は雪花と戦う際、前もってバイザーを装着していた。

 完全に雪花の能力への対策である。

 

「クハハハ。敵の能力が分かってて、尚且つ対策方法が確立されてるってのにやらねェ奴はいねェだろ? いるんなら、ソイツはただの馬鹿かドMな変態だぜ」

 

 No.3はそう言うと右手を()()()()()二人に向かって攻撃する。

 

砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)‼︎」

 

 刃状に形を成した砂が二人に襲い掛かる。

 

「うわあ‼︎」「キャアッ‼︎」

 

 砂の刃の威力に負け、地面を転がる。

 

「……くっ。雪花!」

「……っオッケー!」

 

 すぐさま立ち上がると、蓮華の合図で雪花は右手に力を込めて槍を投げ飛ばす。

 

飛翔する槍(オプ・ホプニ)ーッ!」

 

 蓮華もまた鞘から剣を抜き、敵に斬り掛かる。

 

(かぶら)…………」

「オイオイ、その程度か?」

「な……ッ⁉︎」

 

 その時、蓮華と雪花は目の前の光景に困惑した。

 雪花の放った槍がNo.3の身体を貫いていた。

 その穂先は貫通後、地面に刺さっているがNo.3に出血が見受けられないのだ。

 

「ク……クハハ!」

 

 痛がる素振りもなく、逆に驚いている雪花と蓮華を嘲笑う。

 

「身体そのものが、砂に……?」

「伊予島杏が地面を凍らせ、雪を降らせた時は面倒だと思ったが、あの範囲だけなら問題ねェな」

 

 No.3は大きく手を回しはじめると周りの地面から砂埃が立ち込め、竜巻のように上がっていく。

 

砂嵐(サーブルス)!」

 

 蓮華と雪花はその砂嵐に飲み込まれる。

 

「う……くぅあああ‼︎」

「ここずっと晴れ模様だったからな。……いい砂の渇きだ」

 

 砂の礫により二人の皮膚は擦り切れていく。

 

「そらァパシフィスタ。獲物がそっちに行ったぜ」

「……ッく⁉︎」

 

 砂嵐に飛ばされた二人は、その先にいたパシフィスタの張り手で地面に落とされた。

 

「が……っあ」

 

(なんで……? ここにいるあいつら全員、私の能力が効かない……のさ)

 

 地面に伏せたまま雪花は苦痛に顔を歪ませる。

 目元をバイザーで覆うNo.3はともかく、パシフィスタも杏も雪花の槍を目にした筈だ。だが、幾ら能力を発動させようとしても一向に夢に誘えない。

 

 そうこう考えていると雪花の目の前にパシフィスタが迫っていた。

 

(そんな、一瞬で⁉︎)

 

 いや、正確には能力で離れていた雪花を手元に引き寄せたのだ。

 パシフィスタはそのまま動けない状態の雪花の腹部に蹴りを入れて、吹っ飛ばす。

 

「…………かはっ」

「雪花ッ……」

 

 今度は蓮華もパシフィスタに引き寄せられると同時に蹴り飛ばされる。

 

「――ぐゥッ⁉︎」

 

 二人の友奈と芽吹、雪花と蓮華はNo.3とパシフィスタの前に為す術なく地面に這いつくばる――。

 

 

 

「……向こうの様子が穏やかじゃない、わ」

 

 杏と戦っている歌野も心中穏やかではないが、この状況を打開する術が見つからずにいた。

 

 杏はアイススケートのように彼女が通る道だけを凍らせて滑る。地面は通ったそばから溶けていく。

 そしてそのスピードのまま歌野に蹴りを入れる。

 

「ウッ……」

 

 歌野は動きを捉えられず続けて二度、三度と蹴りを浴びせられる。

 

 杏は一旦距離を置くと、クロスボウを歌野に向けた。

 

「冷やし………」

 

 クロスボウにセットした矢を凍らせる。

 そして弦を極限まで張らせてパワーを溜める。

 

貂自尊(テンプラウ)――(ドン)!!!」

 

 レーザーのように飛んでいく氷の矢を回避できず、歌野はその身に受けて吹き飛ばされる。

 

「がッッはァ……あ……」

「うたのん‼︎ 大丈夫!?」

 

 水都がいた所まで歌野が飛んできた。よほど強烈な一撃だったのか、歌野はうなだれたまま立ち上がれない。

 

「うたのん⁉︎ ねぇ、うたのん! しっかりしてッッ」

「下がっ……てて……みーちゃん。もっと……セーフティな……場所に……」

 

 うわごとのように呟く。最早意識は途切れ途切れの状態だった。

 よく見るとダメージを受けた部分が凍結している。そのおかげで出血は免れているが今度は凍傷の恐れがあった。

 

(このままじゃあ凍結してる部分が壊死しちゃう……!)

 

「クッハッハッハ! クーハッハッハ‼︎ 弱ェ弱ェ。お前らよくそんな弱さでここまで来れたなァ……」

 

 No.3の高らかな笑い声が耳障りに響く。

 

「さて、仕上げといくか」

 

 パシフィスタに手で合図を出すと、パシフィスタは両手を広げて何かを包むような仕草をとる。

 

 

 ……ボンッ。

 

 ……ボンボンボンボン。

 

「……なに? この音」

 

 弾力のある何かを叩く音に、芽吹や友奈二人は辛うじて上半身を起こす。

 

 ボッボッボッボッ……。

 

 歌野も蓮華も雪花もゆっくり起こして周囲を確認する。

 

 次第にそれは透明な塊として少しずつ視認できてくる。

 

「みんな……見える? 三ノ輪銀の両手に……」

「うん。銀ちゃんの手の中に空気が集まってる」

 

 それは大気の塊。パシフィスタは小さく圧縮して手の中に集約していた。

 

「まさか……今まであいつが触れていた"空気"を、奪って集めているの……⁉︎」

「それって、一体どれだけの密度なのさ……」

 

 この戦いの中でパシフィスタが触れた空気を、今自分の手の中に集めている。

 膨大な体積である大気を掌サイズに集約して留めているのだ。もし、その大気が元に戻ろうとする時は、膨大な衝撃波を生む事になるだろう。

 

「あれが元に戻る時に起こる衝撃波は、強力な爆弾に等しいっ……」

「それってつまり……爆弾作ってるってことでしょ……!」

 

 しかし、分かったところでどうすることもできない。ボロボロの状態な彼女たちでは遠くへ避難することは不可能。

 

「絶望的なお前らにひとつ、救いの道を示してやるよ」

 

 No.3は水都を指差して歌野たちに取引を持ち掛ける。

 

「藤森水都を差し出せ。それでお前らの命は救ってやる」

「みーちゃんを……差し出せ、ですって……」

「命惜しさに仲間を売れって……?」

「そうだ藤森水都を渡せばパシフィスタの攻撃をやめ――」

 

「「「「「「断る!!!」」」」」」

 

 No.3が最後まで言い終える前に、結城友奈を含めた全員が拒絶の意を大きく叫んだ。

 

「アーアー。スマートじゃねェな。……やれ、パシフィスタ」

 

 パシフィスタが両手を離すと、周囲から奪い押さえ込んでいた大気の爆弾が膨れ上がる。

 

銀の衝撃(シルバスショック)!』

 

 一気に膨張した大気は、周囲に多大な衝撃波を生み出して歌野たちへと襲い掛かる。

 

 当然彼女たちはそれを回避する事もできず、ただまともに食らう以外に方法が無かった……。

 

 




・三ノ輪銀:『ヒトヒトの野菜 幻獣種:モデル"立烏帽子"』
 鈴鹿山の盗賊王。伝承によっては鈴鹿御前と同一視される。
 触れたものを相手から奪う(自身へ引き寄せる)事ができる。奪える対象は様々。道具だったり、人間だったり、目に見えないものだったり。
 イメージとしては、触れたものを弾く『ニキュニキュの実』の反対の能力。

 ちなみに……ぎんという名前だが別にクリークの仲間ではない。銀斧という二つ名のキャラがONE PIECEにはいるがこっちも多分違う。

 パシフィスタはこの先、物語の重要な部分に関わりますので覚えておいて損はないです。


次回 白鳥農業組合、崩壊


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第七十六話 白鳥農業組合、崩壊

拙稿ですがよろしくお願いします。『ニキュニキュの実』は手で触れるものを弾き飛ばしますが『立烏帽子』の能力は身体に触れていれば奪い取る事ができます。(身体に触れるほど近いならこっそり奪えるよね。っていう解釈)
 ……幻獣種ってずるい。


前回のあらすじ
結城友奈と共に歌野たちは水都を狙う伊予島杏たちと戦闘を行うも、その力の前に手も足も出ない。そしてパシフィスタの放った衝撃波により全員は危機に陥ってしまうのだった。



 パシフィスタの繰り出す衝撃波は容赦無く辺りを吹き飛ばす。

 周りの木々や地面は無惨にも抉れ、木片や土塊が宙を舞う。

 

「終わったか」

 

 敵味方を巻き込む程の規模だったがNo.3は全身を砂に変える事でやり過ごし、杏はカマクラの中に隠れる事で衝撃を受けずに済んだ。

 

「……ぁん?」

 

 突然、何の前触れもなくNo.3の身体が横一文字に切れた。

 切れた部分からは砂が噴き出る。

 

「いつの間に。……そうか。あの女に斬られてたのか」

 

 雪花の槍の投擲の後、追撃として蓮華はNo.3に接近していた。恐らくその前後どちらかのタイミングでNo.3を斬っていたのだろう。

 

「惜しかったなァ。俺が砂じゃなければ結構なダメージだった」

 

 その蓮華の早斬りも『砂になる能力』の前には意味を為さなかった。

 

「パシフィスタ、藤森水都を持ってこい。それで完了だ」

 

 倒れている水都の元へ行き襟元を掴んで引き摺っていく。

 

「一刀流・居合……」

 

 刹那、刀を取り返した芽吹の斬撃がパシフィスタを襲う。

 

獅子歌歌(シシソンソン)‼︎」

 

 刃は水都を引き摺っていた右腕を捉え、甲高い金属音が鳴り響く。

 

「くぅ……ッ」

 

 そのあまりの硬さに刀を握っていた手が痺れる。

 パシフィスタの腕を斬り落とすつもりで振るったのだが、それでも傷ひとつ付いていない。

 

 パシフィスタは水都を一旦離すと斧を手元に引き寄せ、それをそのまま芽吹に投げ付けた。

 

「こ……っのぉ……!」

 

 芽吹は刀で飛んでくる二つの斧を斬り払おうとするが、途端に握っていた感覚が無くなる。

 

 強く握り締めていた筈だが呆気なくパシフィスタに奪われたのだ。

 武器を失った芽吹は真横に大きく跳んで回避を試みる。

 

「……ぐあ!」

 

 二つのうち、片方は避けられたがもう片方の刃が右肩を斬りつけた。

 痛みで怯み、受け身も取れず地面を転がっていく。

 

「……ハァ……ハァ」

「クハハ、情けねェな隊長ともあろう者がよ」

 

 地面を這いつくばる芽吹に嘲笑する。

 

「無理もねェか。むしろ非能力者が伊予島杏の能力範囲内でよく動けていると褒めるべきか……?」

「……? 範囲内?」

 

 その言葉に芽吹は反応する。今、自分に杏の能力が作用している自覚は無い。

 しかし芽吹は自身の吐く息が未だに白く、寒く感じている事に着目する。

 

「――ッ⁉︎ まさか"これ"が貴女の能力だというの……?」

 

 芽吹は気付いた。いや理解した。

 今、自分が寒くて動きにくいと感じていたのは、杏の能力が原因なのだと。

 低温下にいることで彼女たちの身体能力が低下しているのだと。

 

「貴女がいることで私たちの身体能力が著しく低下している。……そうでしょ?」

「はい。寒さに耐性のある方へは影響ありませんが、これは敵対する方全員に自動で働きます」

 

 あくまで杏の意思で発動している訳ではない。臨戦体勢に入れば自ずと発動する能力の副次的な効果。

 冷気を操り体温を低下させる『雪女郎』特有の能力。

 

「これがてめェらが本来のコンディションで戦えていない理由だ。そして能力を極限まで鍛え続けた者が到達する世界(ステージ)――『勇者の野菜』の"覚醒"と呼ばれるものだ」

「"覚醒"?」

「鍛え続けた『勇者の野菜』の能力は稀に"覚醒"し、己以外にも影響を与え始める」

「すみません。あまり話さないで貰えますか……?」

 

 自分の情報を他人に言いふらされるのが嫌なのか、杏はクロスボウをNo.3に向けた。

 

「おっと。おしゃべりが過ぎたか」

 

 その意図を受けてNo.3はこれ以上話すのをやめた。

 

 

「――み……みーちゃんを、返して……っ」

 

 歌野はゆっくりと立ち上がる。

 それに続いて雪花や蓮華、友奈たちも目を開けて起き上がる。

 

「なんだ、全員起き上がったのか。頑丈な奴らだ」

「まだまだぁ‼︎」

 

 雪花は槍を水平に持ち、走りながら刺突攻撃を繰り出す。

 

 杏は向かってくる槍を難なく避けると穂先を下から手の甲で上へ弾く。

 そして空いた胴体へ矢を放つ。

 

「ぐっ――はぁッッ」

 

 その矢は雪花の横腹を捉え彼女を吹っ飛ばした。

 また、矢が触れた部分には僅かな範囲だけ凍らされる。

 

「うおおおお‼︎ 勇者〜〜キーーック‼︎」

 

 吹っ飛ばされた雪花と入れ替わるように、友奈は杏へ蹴りを放つ。

 しかしその蹴りは地面から出現した氷の盾に阻まれた。

 

「うぅ〜。冷たいし硬い」

 

 蹴りを受けた氷の盾は壊れるどころかヒビひとつ入らない。

 杏は氷の盾に蹴りを入れた友奈の足を掴む。

 

「……⁉︎ ぅあああ‼︎」

 

 掴まれた部分は氷に包まれていく。

 

「凍らされたぁ⁉︎」

「ムチムチの‼︎ 回転弾(ライフル)ーーッ‼︎」

 

 歌野はベルトを螺旋状に捻り、足の踏み込みと同時に杏へ攻撃する。

 

 杏はまたもや氷の盾を出現させてその攻撃から身を守る。

 

 しかし歌野の攻撃が盾に命中した瞬間に砕かれた。

 

「……! 盾が」

 

 壊れた瞬間、友奈の足を掴んでいた手を離して後ろに跳び回避した。

 

「ハァ……ハァ……。ふぅ……」

「ありがと、ウタちゃん」

 

(私の盾が破られるなんて……。ここにきて白鳥歌野さんのパワーが上昇した……?)

 

 杏は歌野への警戒度を少し上げた。そしてまたクロスボウから氷の矢を放つ。

 

「今度は私が‼︎ てぇええやぁああ‼︎」

 

 走ってきた結城友奈は歌野の前に立ち、その矢を拳で相殺する。しかし触れた拳が徐々に凍り付いていく。

 

「その氷の矢に触れた部分は凍結します。直接的なガードは意味を為しません」

「そんな⁉︎」

 

 そして杏はもう一度氷の矢を放った。

 

「ガードがイージーじゃ無ければ避ければいいのよっ」

 

 歌野は友奈二人を掴んで矢を避ける事に成功する……が、氷の矢から撒き散らされる冷気を浴びてしまった。

 

「回避……するにはもう少し距離が必要でしたね」

「あっ……ああ、そんな……」

 

 冷気を浴びた三人の中、友奈二人の身体が徐々に凍り付いていく。

 

「私の能力の根源は『体温を奪う』事にあります」

 

 見ると、結城友奈は右肩から。高嶋友奈は右足と左肩から。

 それぞれ徐々に氷が身体を侵食していく。

 

「ううっ……これ、は……」

 

 『雪女郎』は相手の体温を奪い眠らせるようにその命を奪う。

 今、友奈二人の身体は部分的に凍っている状態だが、彼女たちの体温を奪っていく事で凍結部位はどんどん拡大していき、いずれは全身を凍らせてしまう。

 

「なるほど、ね……。でも、歌野や雪花の氷はそのままだから寒さに耐性のある人間はそうはならないようね」

 

 蓮華の指摘に杏は視線を他に向けて肯定する。

 

「……そうですね。それは予想外でした」

 

 凍結が進行している二人と違い、歌野と雪花は命中した部分だけに留まっている。

 それは二人が寒さに耐性がある故だ。

 

「ですがこの世に凍らない生物などいません」

 

 クロスボウから何本か氷の矢を放ち、歌野たちを追い詰める。

 

 

 

 

 ――歌野たちと戦いが再度激化する中、水都は目を覚ました。

 

「う……ん? えっ、私……」

「あ、みーちゃん‼︎」

 

 歌野も水都が目を覚ました事に気付いて駆け寄る。

 

「こっちに来て」

「う、うん!」

 

 水都の手を引いて杏たちから離れようと走る。

 

「これ以上は駄目だわっ。全員でここから()()()()()()!」

「えっ……?」

 

 唐突な歌野の言葉に水都の表情が固まる。

 周りの戦いを見渡した後、歌野は意を決して大きく息を吸い込む。

 

「みんなぁあああ逃げてぇえええ!!!」

 

 歌野はこの場にいる全員へ聞こえるように大声で叫んだ。

 

「歌野……っ⁉︎」

「これ以上戦うのはやめて、逃げる事だけを考えるのッッ‼︎ ――今の私たちじゃあ! 彼女たちにはッ――勝てないッッ!!!」

 

 その指示に全員は一瞬だけ思考が停止する。

 

 ……それは歌野が初めて出した『逃げろ』という指示。敵前逃亡を全員に命じたのだ。それも以前の東郷と園子の時とはまるで違う。

 

「…………くっ」

「行こう!」

 

 反応に戸惑ったのは数秒。すぐに蓮華と雪花は動き出す。それに続いて次々と離脱の行動を取りはじめる。

 彼女たちも薄々分かっていたのだ。このまま戦い続けても勝ち目がない事を。

 

「潔いなァ、腹が立つぜ」

 

 No.3も杏も、この場から逃げ出す彼女たちを咎める気は無かった。むしろこの状況下では逃げるという判断は正しいと認識している。

 

「だが逃げる(そういう)のは、逃げられる(それができる)相手の時にするもんだぜ。……砂嵐(サーブルス)!」

 

 だが逃すつもりなど毛頭無い。

 歌野と水都は砂嵐に襲われ分断させられる。

 

「みーちゃん! 手を伸ばして!!!」

「うたのん!!!」

 

 砂礫が身体を傷付けていく中、離れまいと二人は必死に手を伸ばす。

 しかしその手が触れる事は無かった。

 

「うた――え? あれっ⁉︎」

「み……。えぇ⁉︎」

 

 目の前にいた筈の水都の姿が消えた。

 気が付けばパシフィスタに奪われていたのだ。

 

「い、嫌ぁ! 離してッ‼︎ 助けてうたのん!」

 

 水都は左腕にホールドされて身動きが取れない。

 

氷河時代(アイスエイジ)

「なぁ……っ⁉︎」

 

 杏が両手で地面に触れるとそこから歌野までの一面があっという間に氷の大地と化した。

 氷は歌野の両膝の高さまで凍らせる。

 

「う……動けな……」

「歌野がッ‼︎」

 

 雪花が反転して救出の為に歌野の元へ走り出す。

 

「今助け……」

「私はいいからみんなは逃げるの! 生き延びる事だけを考えて‼︎」

「歌野を置き去りになんて出来ないでしょ‼︎」

 

 だが次の瞬間、雪花の姿は消えてパシフィスタの目の前に引き戻された。

 

「があああ!?」

 

 拳がハンマーのように振り下ろされ、頭から地面に叩き付けられる。

 そして倒れた雪花への追い討ちとして蹴り飛ばした。

 

「そん、な……」

 

 仲間を気遣う歌野の前にパシフィスタが歩いてきた。

 双方動けない状態の歌野と水都の視線が交錯する。

 

「み、みーちゃん……」

「うたの、ん……」

 

 すぐ近くにいるのに手を伸ばせない。……届かない。

 

『…………』

 

 パシフィスタはもう片方の手で歌野の身体に触れる。するとそこから薄赤色の球体を取り出した。

 

「……? 急に痛みがなくなった……⁉︎」

 

 突然、歌野の身体から痛みが引いていった。それに心なしか軽く感じる。

 

「あの球体は⁉︎ 何なの⁉︎」

 

 その様子を見ていたNo.3が蓮華の剣の刺突を受け流しながら説明する。

 

「今、パシフィスタがその身体から奪い取ったのは"痛み"。そして"疲労"だ」

「……何ですって⁉︎」

 

 歌野からこの戦闘で負ったダメージと疲労を奪う。それがエネルギー体として視覚化出来ていた。

 

 『立烏帽子』の能力で奪い取れるのは何も目に見えるものだけではない。

 先程は空気を奪い取って集めていたが、今回は相手の身体に干渉して疲労やダメージを奪ったのだ。

 

「さて問題だ。この奪い取った痛みと疲労。そのまま持ち主に返したらどうなると思う?」

「え……」

「や……やめて!」

 

 歌野はすぐには理解出来なかったが、水都にはその意味が分かり絶望に満ちた表情を浮かべる。

 

「答え合わせだ」

「待ってッ!」

 

 だが水都の制止は無視される。

 パシフィスタは奪い取った"それ"を歌野の身体に返した。

 

 そのエネルギー体が身体に収まったその時――。

 

「――ッぁああああああああ!!!?」

「歌野ォ!!!」「うたのんッッ!!!」

 

 歌野の悲鳴が辺りに響き渡った。

 

「痛みという末梢神経の信号だけじゃない。その気になれば"苦しみ"や"恐怖"といったマイナスの感情さえも奪う事もできる」

 

 パシフィスタはまた歌野の身体に触れて、さっきと同じエネルギー体を奪い取ってはまた彼女に戻した――。

 

ああああああああああッッッ!!!

「この戦闘で負い、必死に耐えていた痛みと疲労を、今度は一気に体験する事になるんだ」

 

 動けない歌野はその場で身体を震わせて激痛をその身に受けた。

 

「あ……あっ……ぅああ」

 

 上を向き、口を大きく開けて意識を閉ざしかける。

 

 さらにパシフィスタは歌野から三度奪い取ってはそのまま戻す。

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「お願いだよぉ! もうやめてぇ、うたのんがぁ……!」

 

 歌野の目の前で絶望に打ちひしがれる水都と、自身の目の前で足掻く蓮華に冷笑を浮かべる。

 

「死にはしねェよ。今まで耐えてたモンだからなァ。……だが(なかみ)はどうだか……」

 

 三度同じ激痛を受けた歌野の身体は痙攣していた。

 もはやまともな精神状態では無いだろう。

 

「こっっのぉ‼︎ ……どうしてこの蓮華の攻撃が効いてないの⁉︎」

 

 蓮華がいくら剣で斬ろうとも刺そうともその部分から砂が噴き出るだけでまるでダメージを与えられていない。そのせいで蓮華は押し通る事が出来ない。

 

「充分遊んだか? じゃあ失せろ。――砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)‼︎」

 

 砂の刃に袈裟斬りにされて蓮華は倒れてしまう。

 

「弱ェってのは罪なもんだ」

 

 すると突然、No.3へ五体のバーテックスが現れて襲い掛かってきた。

 

「ちっ、またか。……頻繁に出過ぎだろ」

 

 その中の一体が先行して突進してくる。

 

「三日月形砂(バルハン)丘!」

 

 No.3の攻撃を受けた一体はミイラのように変わり果ててそのまま消滅した。

 後ろに続いていた残る四体は方向を変え杏に襲い掛かる。

 

 杏は一度右手を上に掲げて下へ降ろすと、上空の雲から猛スピードの雪玉が降り注いできた。

 

雪兎(ゆきラビ)

 

 それらは兎の形を模した弾丸となり残りの敵を蜂の巣にして消滅させた。

 

 ……場は静まり返りパシフィスタも歌野から離れる。

 

 

「ぁ…………ぁあ…………」

 

 歌野は足を凍らされ立っているままで激痛により意識が朦朧としている。

 雪花は気を失い、蓮華は起き上がれない。

 高嶋友奈と結城友奈は身体の半分を氷に包まれ戦闘続行は不可能。自身をさらに蝕んでいく氷に苦しみながら横たわっている。

 芽吹は一番敵から離れた位置にいてまだ動けるが、この先の事に難儀していた。

 

「歌野、皆。……これじゃあ、もう……」

 

 ここで芽吹が倒れてしまえばもう戦えるメンバーはいない。その芽吹も刀を奪われた状態ではまともに戦えない。隙を突いて取り返したところでまた奪われる。

 

 ……正直、もう打つ手が無い。

 

 

「なにを……やって、るの……わた、しは……」

 

 歌野は消えかけている意識を必死で繋ぎ止めていた。

 

「……友奈ぁ……蓮華……芽吹……雪花………………みーちゃん」

 

 このまま全員を助けられず失うかもしれないというのに身体が動かない。

 すぐ近くで泣いている水都に何も出来ない。

 

 ……もうすぐ、必死に繋ぎ止めていた糸も切れてしまう。

 

 

 

 ――なにが四国。

 

 ――なにが神樹様の恵み。

 

 ――なにが農業王。

 

 ――私は…………。

 

 

 

 

 

 

「仲間ひとりも"ぉ…………救えな''い"……っ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歌野ッッ!!!」

 




『ヒトヒトの野菜 幻獣種:モデル"立烏帽子"』の追記
・あらゆるものを奪い取る事ができるが、例外として『勇者の野菜』の能力は奪えない。←これが可能だと誰も止められない。
 また、能力を使うには双斧が邪魔で同時には扱えないというのも欠点か。
 ……でも疲労とかダメージとかも奪い取れるっていうのはおかしいと思う。それを本人へ返したり、別の人に与えたりとか。もはや拷問。


次回 一騎討ち


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第七十七話 一騎討ち

拙稿ですがよろしくお願いします。他に影響を与えることがどれだけ恐ろしいかを学びましょう。


前回あらすじではない
若葉「友奈……。千景……。球子、杏……。何だ私は……っ。……仲間ひとりも"ぉ…………救えな''い"……っ‼︎」



 

 ――彼女たちには手も足も出なかった。自分たちの力ではどうする事も出来なかった。

 

 歌野が出した"逃げろ"という指示も結局のところ果たされず。現状は惨憺たる光景。

 一度歌野が出した撤退命令も機能しておらず、全員ここからの離脱に失敗する。

 戦いの中で『逃げる』という行為は『戦う』こと以上に難しい。

 敵に背を向けて逃走を図るには、ある意味戦い続ける事よりもシビアなのだ。それを戦いにすらならなかった相手に対して出来るはずもない。

 

 ……故に今、歌野たちは逃げられずに絶望の淵に立たされている。

 

 

「――仲間ひとりも"ぉ…………救えな''い"……っ‼︎」

 

 

 ――精一杯守ろうとした。足掻こうとした。逃げようとした。

 

 どれも通用しなかった。

 伊予島杏をはじめとする彼女たちへまともなダメージを与えられず、ただ蹂躙されるだけ。

 心と体が悲鳴を上げ、これ以上の活動は不可能だと危険信号を送る。

 

 ……だが、自分の状態の事は一切気にしていない。

 歌野が嘆き苦しんでいる理由はただひとつ……。

 

 

 ――誰も助けられなかったこと。

 

 

「歌野ッ!!!」

 

 その微かに漏れた慟哭を耳にした芽吹は歌野の意識の糸が切れないように必死で呼びかける。

 

「しっかりしなさいよ‼︎ 貴女がそれでどうするの⁉︎ ……聞こえてるのッ⁉︎」

「…………」

 

 その言葉が聞こえたのか、痙攣していた歌野の身体が止まる。

 だが返答は無い。

 

「くっ……」

 

 芽吹は走り出した。しかしその方向は歌野でも無ければパシフィスタでもない。

 

(……芽吹?)

 

 蓮華は辛うじて目線だけ上げると芽吹がこちらへ走ってくるのが分かった。

 

「これ……借りるわよ」

 

 蓮華の武器である精霊刀(ソウルソリッド)を手に取る。

 

「軽……」

「芽吹、それは……」

 

 一枚の新聞紙を丸めて作ったのかと疑いたくなるくらい軽く、持っている感覚がない。

 

 蓮華の能力である『カネカネの野菜』は蓮華自身が扱うからこそ効力を発揮する。

 芽吹が手にしたところでそれはただの細長い棒でしかない。

 

三十六(サンジュウロク)煩悩砲(ポンドホウ)!」

 

 しかし構わず振るった。

 元の威力には到底及ばないがそれでも目的を果たす分には充分だ。

 

「きゃっ……!」

 

 放たれた飛ぶ斬撃はそのまま一直線に歌野へ向かっていき彼女の足元へ命中した。

 

「アイツ……仲間を氷の拘束から助けたのか」

 

 歌野の足と地面を固着させていた氷を砕く。その反動で歌野はバランスを失い尻餅を付くがこれで氷から解放された。

 少しでも精度が狂えば凍っている歌野の足を砕き割るところだったが、芽吹は器用に地面と足との境界を狙って割った。

 

「私の刀じゃ、威力が強くて無理だったわね」

 

 芽吹は武器を置くと倒れている歌野に駆け寄った。

 歌野は弱々しい目で彼女を見る。いつもの彼女とはまるで違ったものだ。

 

「歌野……周りをよく見て」

「まわり……?」

 

 言われるままに周りを見る。地面に倒れている仲間たちの姿や、こちらを見ている杏とNo.3。そしてパシフィスタとその腕に囚われている水都がいた。

 水都の表情は今の歌野と大差無い程に重く暗い。それを見る度に更に歌野の胸は苦しくなる。

 

「私の今までは、何だったのかしらね……。誰ひとり守れなかっ――」

「守れなかった? ()()何も失ってないわよ! 歌野」

「……っ」

 

 自分の無力さを呪う歌野の頬を、芽吹は軽く触れる。

 

「このまま終わりにしないで。……貴女が望むなら囮にもなるわ。逃げる事だって厭わないわ。戦いもするわ。何だってやってやるわよ。だからそんな顔しないで」

「どう……して……?」

 

 触れた頬に少しだけ力を入れてつねる。この状況で芽吹の瞳にまだ光が灯っているのが不思議だった。

 

「私には夢があるから。越えたい相手がいるから。貴女と農業したいから。こんなところでは終われないの。諦めたくないの」

「え……?」

 

 頬から離れた手はそのまま歌野の襟を掴む。

 

「でも仲間ひとりも守れずに己の夢も野心も無いわよね。だからその為なら多少のプライドは捨ててやる。みっともなく足掻いてやる」

 

 芽吹は手に力を込めて歌野を引っ張り上げて無理やり立たせた。

 

「だから貴女も、もう少し踏ん張ってみせなさい‼︎ 足掻いてみせなさい。――"農業王"‼︎」

「……ッ‼︎」

 

 その時、歌野は雷に打たれたような衝撃を感じた。と同時に、その瞳に芽吹と同様に光が宿る。

 

「芽吹……ありがと」

「違うでしょ? そこは『サンキュー』って言うんじゃなかった? ()()()()貴女なら」

 

 コツンと額を小突いて微笑む。

 

「……ええっ。サンキュー芽吹。……もう少しみっともなく足掻くわ。エブリワンを助ける為に!」

 

 芽吹が手を離すと歌野は自分の両足だけで身体を支えて立つ。まだ杏に凍らされた部分はじんじんと痛むが歯を食いしばり堪える。

 

 

 

 ――しかしその瞬間、芽吹の姿が目の前から消える。

 

「――ッ!!!?」

「芽吹‼︎」

 

 芽吹は目の前が歌野から急にパシフィスタに変わり、すぐに自分の身体が奪われたのだと理解する。

 

「楠さ……」

 

 水都が微かに呼ぶ声と同時に、無防備な身体へパシフィスタが持っていた片方の斧が振るわれる。

 

「ぐあああああァァ……ッ‼︎」

 

 横腹に斧の刃がめり込み、右側の肋骨が砕けるのを感じながら吹っ飛ばされる。

 

「……ぅぐっ! がはぁあ‼︎」

 

 そのまま頭から地面へ落下し、数メートル転がっていった。

 

「呑気に敵の前で話すなよな」

 

 そう言いながらNo.3は少し意外に思っていた。彼女にとって芽吹がそんな行動を取るイメージが無かったからだ。

 ……少なくとも芽吹が防人として活動していた時は。

 

(今はそんなの関係ねェか)

 

 そんな考えはすぐに捨てて芽吹たちへ話す。

 

白鳥歌野(そいつ)の指示が出た瞬間、てめェらは逃げるべきだった。何も考えず、出遅れた奴らを切り捨てて」

 

 だがそうしなかった。いや、出来なかったと言うべきか。故に語りかけているのは事実上、芽吹に対してだ。

 

(まんまと絆されやがって)

 

「だから死ぬんだ。……"勇者(てめェら)"は」

 

 とどめを刺す為に倒れている彼女たちの元へ歩いていく。

 

 だが目の前に歌野が立ち両手を広げる。

 

「どけよ」

 

 思いっきり突き飛ばすと抵抗無く倒れ込んだ。

 

「ウッ……」

「じゃあまずてめェからとどめといくか」

 

 ふらふらとよろけながらも立ち上がる。

 

「どうしても……みーちゃんを……連れて行くの……?」

「その為に私達は来ました」

 

 杏も歌野の前に歩いて来てそう答える。

 

「何故……みーちゃんなの?」

 

 杏の言う奉火祭が何かは分からないが、その対象者が水都である理由も分からない。

 

「そうですね。……それならば話してもよいかと」

 

 杏はNo.3と歌野の間に入り、説明を始めた。

 

「ある"巨大な敵"の怒りを鎮める為、今回の奉火祭は行われます。その対象者となる少女"達"は、事前に大社側で決められていました。……ですが数日前、進化体バーテックスが()()()()()()()()討伐されたという情報が入ったのです」

 

 杏が言っているのは双子座バーテックスの事だろう。あの二体一対の進化体は最期、水都を庇って死んだのだ。

 

 そしてそれを知った大社上層部は、進化体が身を挺するほど水都に入れ込んでいたと結論付けた。

 その水都を奉火祭の生贄として"巨大な敵"に捧げれば、その怒りの溜飲を下げられると仮定した。

 

「勿論100パーセントではありませんが、現状最も確率が高いと判断されたのです」

 

 それを歌野と芽吹、そして水都は黙って聞いていた。直接関わったこの三人がどんな気持ちでそれを聞いていたかは分からないが。

 

「その奉火祭自体がまだよく分からないけど、みーちゃんを奪う理由は分かったわ」

「納得したか? じゃあこいつは貰っていくぞ」

「バット! それでみーちゃんを連れて行く事にイエスなんて言えないっ」

 

 歌野は拳を握り締める。

 

「伊予島さん‼︎ 白鳥(ホワイトスワン)農業組合(のうぎょうくみあい)のリーダーとしてリクエストがあるのっ」

 

 歌野はそう言うと両膝を付いて頭を下げた。

 

「みーちゃんを賭けて……っ。私と一騎討ちをしてほしいっ‼︎」

 

 下げた頭をすぐに上げ、杏を睨むように見据える。

 

「え……っ」

「はあァ?」

 

 目の前で聞いていた杏とNo.3はその願いにハテナが浮かぶ。

 

「この状況で一騎討ちとか分かって言ってんのかァ⁉︎」

 

 No.3の言う事はもっともだ。歌野と芽吹以外は戦闘不能であり、二人も満身創痍。

 あとは杏かNo.3のどちらかがとどめを刺せば水都を連れて帰ってそれで終わりだ。

 わざわざ一騎討ちを受ける必要など無い。

 

 ……だが杏はその意図が分かっていた。

 

「承りました。その一騎討ち、私がお相手します」

「あ、あぁん?」

 

 杏がその提案に即決した事を当然No.3は反対する。

 

「そんな必要ねェだろ。あとは俺が片付けてやるから……」

「私達は藤森水都さんを奪いに来たんですよ? それなのに彼女たちへ何の筋も通さずにいるつもりですか?」

「何言いだすんだ」

 

 杏はNo.3と水都を一瞥したあと、改めて歌野に向き直る。

 

「私達は略奪者では無いんです。双方納得のいく方法があるのならばそれが一番です」

 

 杏は歌野の想いを汲んで一騎討ちを受けるつもりのようだ。歌野が何を考えているか察しがついたうえで。

 

「双方納得? 今更だな。交渉で済むんならハナからそうしてるだろうが」

 

 確かにこのタイミングで一騎討ちなど杏側にはメリットは無い。

 それでも杏は歌野の提案に乗る事で、これ以上誰かが傷付くのを避けたかった。

 

「ここで白鳥歌野さんの意向を無視して藤森水都さんを連れて行ったり、他の人に手を出したりすれば恥をかくのは私達です」

「恥ィ……? そんなもんに拘って何の意味になんだよ」

 

 No.3は構わず歌野に攻撃しようと手を前に出そうとするが、それを杏が阻んだ。

 

「この御役目を任されたのは私です。そして貴女はその補助を任されただけの筈です。なのでここは私の指示に従ってください」

「……ちっ」

 

 杏の言う通り、大社上層部からの命令を受けたのは杏だ。そしてNo.3とパシフィスタはその手助けを任されたに過ぎない。

 

 No.3は渋々引き下がった。

 

「白鳥歌野さん。それでいいですか」

 

 そして歌野と杏の一騎討ちが成立する。

 

 これは歌野が杏の人柄を見抜いて提案してきた後生の頼みだ。そして杏はそれを受け取った。

 

「ふふっ♪ ビーグレイトフルだわ。やっぱり貴女はいい人ね」

 

 歌野はニッコリと微笑んだ。

 

「まさか……手ェ抜いて敗ける気じゃねェだろうな?」

「しません。それは白鳥歌野さんへの失礼に値しますから」

 

 すると、杏は歌野の横に氷で車輪付きの担架を作り出した。

 

「一騎討ちを受けた以上、この戦いに他の皆さんは立ち入れません。これに乗せて移動をお願いします」

 

 氷の担架は詰めれば四人は乗せられるスペースがある。

 

「芽吹っ。動けるっ?」

「なん……とか、ね」

「……この蓮華も、動けるわよ」

 

 パシフィスタに受けた痛烈なダメージが治っていないが、口元についた血を拭き取りながら辛うじて立ち上がる。また、蓮華もゆっくりと起き上がった。

 そして歌野は雪花を、芽吹と蓮華は友奈二人を乗せて担架の車輪を転がして運ぶ。

 

「エブリワンをお願いね」

「……歌野、そっちは頼んだわよ?」

「…………うん」

 

 そう小さな声で返事をして歌野と芽吹、蓮華は別れる。

 

「……この三人どうする?」

「友奈二人が危ないわ。とりあえずこの辺りに水辺が無いか探すの。そこでゆっくりと氷を溶かしましょう」

 

 

 歌野は二人を見送ると、真剣な顔付きになって杏へ向き直る。

 

「さぁ! 行くわよっ‼︎」

「……すぐ終わらせますね」

 

 目を閉じて、杏は集中力を高める――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――すぐ近くに池を見つけ、そこに氷の担架ごと三人を放り込んだ。

 水中の温度により身体を覆う氷はみるみるうちに溶けていく。

 

「ぶっっはああ! 氷が溶けていく。た、助かった〜」

「た……助けてくれてありがとう……って言いたいんだけど、あの……意識失ってる私たちを水の中に放り込むのはもうやめてね?」

 

 目を覚ました三人のうち、友奈二人は皮肉混じりに感謝を述べる。

 

「勇者でしょ? それぐらい耐えなさい」

「芽吹ちゃん! 勇者は不死身じゃないんだよ⁉︎」

 

 芽吹と結城友奈のやりとりを横目に、雪花は歌野たちの事を食い気味に聞く。

 

「……歌野は‼︎ 水都ちゃんは‼︎ あのあとどうしたのッ⁉︎」

「「歌野と水都はまだ向こうよ」」

 

 その問いに芽吹と蓮華が同時に答えた。

 

「はぁあ⁉︎ なんで?」

「一騎討ちがしたいって言ってたわね」

「水都を賭けてね……」

 

 それを聞いた雪花は怒りをあらわにする。

 

「一騎討ち? 馬鹿じゃないの‼︎ それであいつらのところに二人置き去りにして来たのッ⁉︎」

「リーダー命令よ、仕方無いじゃない」

「何さそれっ! いくらリーダー命令でもそりゃ無いでしょ⁉︎ 薄情過ぎじゃないのさ‼︎」

 

 すると芽吹が雪花の胸ぐらを強く掴んで叫んだ。

 

「黙りなさい‼︎ "一騎討ち"なのよ⁉︎ この意味が分からない貴女じゃ無いでしょ!!!」

「落ち着きなさい芽吹‼︎」

「ウッ……ゲホッ、ゲホッ」

 

 叫んだ芽吹だがすぐに胸を押さえて苦しむ。彼女の怪我も尋常では無い筈だが今に至るまで必死に耐えていた。

 

「せ、雪花……今私たちはね。"瀬戸際"に立たされているのよ」

 

 激痛に苛まれてもなお、雪花への叱咤を続ける。

 

「あの決断が……ッ、歌野の気まぐれだろうと何だろうと、"もしも"の時はそれに応えるだけの腹を括っておきなさいッ」

 

 それだけ告げると、力無く地面に疼くまった。

 

「…………くっ」

 

 雪花は悔しそうに唇を噛み拳を強く握り締める。

 どちらからも血が滲んでいた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――杏の攻撃を食らい続けていた歌野の身体は三割近くは凍り付いていた。

 歌野の疲労や直前まで足を凍らされていた事を踏まえると、動きが鈍るのも無理はない。

 

「ハァ……ハァ……」

「やはり貴女は変わり者ですね」

「ムチムチの〜〜攻城砲(キャノン)ーーッ!!!」

「カマクラ」

 

 即座に地面からカマクラを形成させて防御する。

 

「割れ……てぇええ!」

 

 歌野の一撃でカマクラに僅かなヒビが入った。

 

「……! まだこれだけの力が」

 

 杏はカマクラから出るとクロスボウを向けて矢を放つ。

 

「ムチムチの暴風雨(ストーム)‼︎」

 

 ベルトを高速に回転させて竜巻を引き起こす事で、放たれた矢を弾き飛ばした。

 そしてその勢いのまま杏にベルトを伸ばす。

 

「アンド〜〜。ムチムチの予測不可能な(イレギュラー)(ピストル)!!!」

「ーーッ⁉︎」

 

 風圧により更に軌道を複雑にさせながら飛んでくる攻撃に、杏は対応出来ずにその顔に直撃して叩き飛ばされた。

 

「ハァハァハァ……。やっ……たわ。……攻撃がやっとヒットした……わ」

 

 歌野の渾身の一撃は初めて杏の右頬を捉えてはたき飛ばした。

 

 ――パリン

 

「……えっ」

 

 起き上がった杏の顔には亀裂が入っていた。

 

「流石です……。私の"氷の鎧"を砕くとは……」

 

 見ると、杏の顔が剥がれ落ち、その下に本当の顔が露わになった。

 彼女はこの戦闘に入る前から自身の身体に薄い氷の膜を覆わせていたのだ。そのおかげで自身の素肌は無傷だった。

 

「そんなウィークな氷の膜で私の攻撃を防いだ……っ?」

「確かに薄い膜でしたけど、私はそこに"武装色"を纏わせていたんです。そうすれば厚くしなくても自分の身を守るには充分な鎧に変わります」

 

 身体全体を覆う氷と"武装色の勇気"とを併用させる事で歌野の攻撃をノーダメージで防いだ。脅威の硬さである。

 

「リアリー? じゃあどうして今までは避けてたの?」

「一回剥がされると戦闘中に再構築できませんので。……それにこの一撃で()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 そう言って歌野の両手を見ると、力無くぶら下げた状態で痙攣している事が分かる。

 

「氷の盾を破壊した時、貴女は相当無理をした。そのまま疲労が頂点に達してもまだ戦い続け、遂には限界を迎えた」

 

 歌野の繰り出す"予測不可能な攻撃"は流石の杏も回避出来なかったようだ。だが、歌野の腕はその一回で武器を振るえなくなってしまった。

 

 カマクラにヒビを入れ、杏の頬に一撃を入れたその功績に見合うだけの代償だったのだ。

 

 ……たったそれだけの為に払った代償だった。

 

「貴女の可能性はとても素晴らしいものでした。……その返礼として私も"覚醒フォルム"で幕を閉じましょう」

 

 意味ありげな事を言い、杏は目を閉じる。そして身体全体に蓄えていたエネルギーを一気に解放する。

 

「――ッうわあ⁉︎」

 

 刹那、杏の後方に紫羅欄花の大輪が投影され咲き誇る――。

 

「これが私の能力、『雪女郎』の覚醒フォルムです。そしてその出力は更に上昇し、先程言われたように()()()()()()()()()

 

 杏自身の装束も白色味のある薄紫をした、厚着の衣を纏いて凛と佇む。

 その姿は、とても美しく儚げで……少し恐怖を感じた。

 

 彼女の背中から見える真っ白な"羽衣"がまた、一層人間らしさを喪失させているようだ。

 

氷河時代(アイスエイジ)

 

 杏は身動きひとつせず、ただそう呟くと歌野の身体が徐々に動かなくなっていった。

 

「こ……これは……っ。身体が……」

「今、貴女の周りにある空間を凍らせました。その結果、貴女は動く事が出来ずにいるんです」

 

 凍らせる対象に触れていた今までとは違う。杏は一切触れる事なく歌野の周囲の空間を凍らせたのだ。

 

 ――これが、"他に影響を与える"という『勇者の野菜』の"覚醒"。

 

 そして手も足もまったく動かせない歌野にゆっくりと近付いていき、そっと抱きしめた。

 

「アイスタイム」

「…………う……ぁあ……」

 

 遠隔では完全に凍らせられなかった歌野を、直接触れる事により数秒で全身凍結させた。

 

「さて……終わりましたね」

 

 すると装束は元に戻り、周りの空気も元の温度に戻っていく。

 

「う……た…………」

 

 水都はこの一騎討ちの最中、ひと言も喋れないままだった。困惑、恐怖、絶望感。あらゆる負の感情が水都の声を殺し光を閉ざしていた。

 

「いや……だよ……。うたの……ん……。死んじゃ……やだよ……」

 

 目の前の光景を見て、水都の涙は止まる事なく溢れ続けていた。

 

「大丈夫です。今は仮死状態なのでゆっくり解凍すれば死にません。……体は割れやすくなって危険ですが」

 

 杏は水都の元へ歩き寄るとポケットから一台のスマートフォンを取り出した。

 

「約束通り、勝った私達は貴女を連れて行きます。……ですがこのまま言葉も無くお別れというのも酷です」

 

 渡されたスマートフォンを見て、水都はそれが音携帯(トーンダイアル)だと分かった。

 

「それ……音携帯(トーンダイアル)

「ご存知でしたか。()()()()()()()()ものでして、貴女の声をそのままの音質で記録出来るそうです」

 

 ここまでくれば、これを渡された意図にも気付く。

 

 パシフィスタの拘束から解かれた水都は少し離れて携帯(ダイアル)の側面のボタンを押して録音を開始する。

 

 

「……………………」

 

 

 そして水都は歌野へのメッセージを残す。

 

 

 これが今生の別れになるかもしれないのだから。

 

 




・覚醒:能力を極限まで鍛えている者が稀に到達する境地。原則として能力が他に影響を与える。単純に出力も上昇する。また、覚醒フォルムと呼ばれる形態は自身の装束が変化し、背中に羽衣が出現する。


 これが勇者が能力を覚醒させた場合。……そういえば勇者以外にも『勇者の野菜』の能力を使う奴らがいるけど、じゃあソイツらが覚醒した場合もそうなるのか……?


 予想してみてください。


次回 崩れたものをもう一度


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第七十八話 崩れたものをもう一度

拙稿ですがよろしくお願いします。前回最後に杏が『音携帯は大社で開発された』と言っていましたが、携帯自体を開発したのは烏丸先生です。
 ……という事は大社内に烏丸先生の技術を真似した人がいますね。

前回のあらすじ
 歌野の奮闘虚しく、杏との一騎討ちに敗北してしまう。水都は大社の手に落ち、全員は失意に暮れるのであった。


 雪花と友奈たちは身体の氷を全て解かし終え、動ける状態になるとすぐさま元の場所へ走っていった。

 そこで三人は氷漬けにされた歌野のみを発見する。

 

「……‼︎ い、いたよ‼︎ 凍ってるっ」

「でも氷は砕かれてないよ。私たちみたいに戻るかなぁ」

 

 歌野の氷像は傷ひとつ付いていない綺麗なままだった。このままゆっくりと解凍すれば歌野を救出できるだろう。

 

「「運ぼう‼︎ 急いでさっきの池へ‼︎」」

 

 二人同時に言いながら歌野を傷付けないように両脇に立ってゆっくり持ち上げる。

 

「「あっ一緒に言っちゃったっ」」

 

 そして衝撃を与えないように歌野を運んでいく。

 

 雪花は周りを見渡して杏たちが隠れていないか、バーテックスの奇襲がないかを警戒する。

 

「…………水都ちゃん」

 

 だが逆に周囲に誰もいない事が、この一騎討ちがどのような結果に終わってしまったのかを物語っていた。

 

「……っ」

 

 雪花は暗い表情のまま、友奈たちのあとを追いかける。

 そして全員で歌野に水を少しずつかけながら解凍していった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――歌野の救出を行っている時、水都を連れた杏たちは兵庫支部に到着していた。

 

「……ここが兵庫支部。……姫路城」

 

 水都は目の前で雄大にそびえ立つ真っ白な巨城に圧倒される。

 

「……なァ、甘かったんじゃねェのか?」

 

 そう言いながらNo.3は杏を少し睨んでいた。

 他の仲間には手を出さず歌野との一騎討ちを了承した件。そして歌野を凍らせただけで殺さなかった件。

 杏の降した判断に対した憤りを感じていた。

 

「アイツらはどのみち賞金首だ。殺しておいてやるのが世のためだろ。せめて白鳥歌野ぐらいはな」

 

 杏は振り返ることはせず歩きながら答える。

 

「あそこで白鳥歌野さんを砕いて殺してしまう事は出来ましたが、あの人には恩があります」

「恩……?」

「乙女座、天秤座、牡牛座。この三体の進化体バーテックスの討伐。そして京都支部にて勇者御記(ポーネグリフ)を回収してくれた事。過程はどうであれ、白鳥歌野さん達のお陰で救われた人達がいるのは確かです」

 

 故に歌野を生かす事で今までの借りをチャラしようとしたのだ。

 

 ……というより、そもそも杏は歌野たちを殺す気は無かった。

 

 

『――やっぱり貴女方は……今、死んでおきますか?」

 

 あの時、杏は歌野たちに対して()()をかけたが、歌野はそれをものとせずに逆らった。

 

 

『――そんな事はどうでもいいわ! ――私は、大社がみーちゃんが必要っていうセリフにバッドなフィーリングを抱いているのよっ』

 

 自分の心配をする訳でも無く、敵意を向けてきた杏を罵倒する訳でも無く、仲間である水都に危険が及ぶ事をいち早く察知して反抗してきた。

 

(若葉さん……。貴女が迷うのも理解出来ます。……白鳥歌野さんは仲間想いで……悪い人では無いように思えます)

 

 大社により悪名ばかりが一人歩きしている現状だったが、いざ会って話してみると歌野はそんな人物では無かった。

 

 他の仲間が警戒心や疑問符を抱く中で、歌野だけは杏との出会いを喜び、握手を求め友情を育もうとした。

 

 そして歌野は自分よりも仲間を大切にしている。そんな歌野に対して、杏はどうしても"悪"と断ずる事は出来なかった。

 

(あの賭けも……わざとだったのでしょうか……?)

 

 そんな歌野が、大事に思っている仲間を賭けの対象にするとは到底思えなかった。

 ならば歌野は杏の真意を見透かして一騎討ちを申し込んだのだろうか。

 

 こうすれば仲間を逃がしてくれると知っていて……。水都や歌野の命を奪わない事を知っていて……。

 

 あるいは――。

 

(それとも……本気で勝つつもりだったんでしょうか……)

 

 

 

 ――No.3はパシフィスタを連れて兵庫支部である姫路城の上階へ向かう。

 杏と水都は二人きりになった。

 

「大社への引き渡しを終えたので()()()()()()()()()

「……そうなんですか」

「私に与えられた御役目は貴女の身柄を大社に渡す事です。……奉火祭を先導するのは大社神官の方々ですから」

 

 それを聞いて水都は少しだけ安心した。もちろん、その時の表情は杏に見せないようにしたが。

 

「それでは水都さん。……私が言えた事ではありませんがどうかお元気で」

 

 水都に相対して深々と頭を下げた。それは先程まで戦っていた少女とは思えぬ慎ましい姿だった。

 

「大切な方と引き離してしまってごめんなさい。……私は…………」

 

 何かを言いかけたが、杏は首を振って言葉を遮って別の言葉で気持ちを表す。

 

「貴女方に……"奇跡"が起こる事を(こいねが)います」

 

 

 

 ……そしてNo.3が戻ってくると、杏は四国の愛媛県へ帰還する。

 

 

「さっき何か話してたか?」

「…………」

 

 水都は首を横に振る。

 

「そうか」

 

 No.3はここまで連れてきて、その際にいくらか水都の表情を伺っていたが、何故か水都の表情に変化は無かった。あの場の絶望した表情はなりを潜め、悲観している様子もない。

 

(仲間に別れの挨拶を済ませて覚悟が決まったのか……?)

 

 無言のまま。しかし僅かな光を瞳に灯して、水都はNo.3と共に姫路城へと入っていく――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――歌野の解凍は終わり、今は携帯していた敷物を敷いて寝かせている。

 その間、結城友奈を含めた五人は沈んだ気持ちで歌野の意識回復を待っていた。

 

「……どうして、歌野が……どうして水都ちゃんが……」

 

 重苦しい空気に耐えかねたのか、雪花が口を開いた。

 

「そう言ったって仕方ないでしょ。あの場においては歌野の判断は正しかった」

 

 芽吹のそんな発言に雪花は眉を顰める。

 

「仕方ない? ……よくそんな他人事みたいに言えるね」

 

(芽吹ちゃん? せっちゃん?)

 

 芽吹と雪花の会話から空気がどんどん険悪になっていくを感じた。

 

「そもそも何で歌野一人に戦いを任せたの? 戦っている間に水都ちゃんをこっそり取り返そうとはしなかったの?」

「あの状況で出来るはず無いわ。それに一騎討ちを受けてもらった手前、私達側が反故にすれば歌野の面目を潰す事になるじゃない」

「面目……? 何それ……。それって仲間の命より大事なものなの?」

 

 結果的に歌野が助かったから良かったが、水都の安否はまだ不明だ。杏たちの口振りからすぐには殺されないとは思うが、それも時間が経つにつれて怪しくなる。

 

「筋を通すとか、恥だとか顔を立てるとか……馬鹿じゃ無いのさ。そんな体裁とかプライドとかに拘って一番大事なもの失ってたら世話ないよ」

 

 雪花の言葉の一つ一つに棘を感じる。芽吹の一見素っ気ないように見える言動が今の彼女の神経を逆撫でする。

 

「あの状況下で歌野の一騎討ち以外、私達が生き残れる方法は無かった。私には伊予島杏が一騎討ちを受ける事自体信じられなかったから」

 

 杏が歌野との一騎討ちを受けた以上、杏は歌野に勝ち水都を奪ってそれで終わり。

 その後に雪花たちへ追い討ちをかけるのは野暮な事。

 それを歌野は見抜いていたのか、偶然だったのかは分からない。

 しかしその結果、歌野の命ひとつで仲間は守られた。

 

 芽吹は、歌野が()()()()()()()()()使()()()事を歌野らしくないと思っていたが、杏たちの目的が水都である以上、そうでもしなければ一騎討ちは成立しなかったように思える。

 

「……今、私達が生きているのは歌野と水都のお陰だという事を理解しておきなさい。それに……」

「そんな事を聞いてるんじゃないッッ‼︎」

 

 雪花の突然の怒号に、すぐ隣にいた高嶋友奈はビクッと身体を震わせる。

 

「私が言いたいのはッ、恥とか面目とかそういう体裁に拘って今まで一緒に旅をしてきた……どんな困難や戦いも共に切り抜けてきた"大事な仲間"を貴女は見殺しにしようとしたって事ッッ‼︎」

 

 息を吸う事も忘れ、捲し立てるように芽吹へ追求する。

 

「所詮()()()()()には、その程度の仲間意識しか持って無いって事でしょ……ッ!」

「なんですって……?」

 

 芽吹の目が鋭くなった。『防人』という言葉を使うことで一線を引かれたような気がしたからだ。

 

「一丁前な理由付けて……。結局は何も出来ずにビビって逃げてきただけでしょ⁉︎ 二人を見捨てて尻尾巻いてさあ‼︎ 格好悪いったら無いよ!!!」

「せっちゃんっ。その言い方は……」

「じゃあ貴女にはどうにか出来たの? 出来なかったでしょ⁉︎」

 

 芽吹もまた雪花の言葉に怒りを表に吐き出す。

 

「敵の能力の影響で私達はまともなコンディションで戦えなかった! けどその耐性があったのが歌野と貴女でしょ‼︎ それなのに呆気なく負けて気を失っていたのはどこの誰ッッ!?」

 

「ふ……二人とも……落ち着こうよぉ」

「芽吹、雪花。あなたたちそうやって叫んでたら怪我が酷くなるわよ?」

 

 友奈や蓮華が宥めろうとするも、激昂した二人は止まらない。

 

「そうだね! 弱かったねっ‼︎ 悪かったねえ‼︎ でも私は絶対に歌野と水都ちゃんを見捨てたりなんかしないッ」

「せ、せっちゃんは弱くないよっ。だって――」

「取ってつけたようなフォローは要らないよっ。友奈」

「ひっ……」

 

 友奈の気遣いの心すら跳ね除ける。

 誰の目から見てもわかるその剣幕に高嶋友奈も結城友奈も気圧される。

 

「正直言って私はもう"四勇"とか"七武勇"とかの化け物じみた強さにはついていけないって思ってた。犬吠埼の戦いや進化体バーテックスの時だってそう」

 

 京都支部にある勇者御記(ポーネグリフ)を取り合い、犬吠埼姉妹と戦った。その際、地下で犬吠埼風の足止めを任されていたが敗けてしまった。

 

 進化体バーテックスとの戦いも、勇者であるにも関わらず雪花はサポートのみで決定打を与える事はできなかった。

 

「時間稼ぎひとつ出来やしない。今回だって伊予島杏たちにボコボコにされて……。歌野に迷惑かけてばっかりだよ」

 

 自分の無力さが許せなかった。

 雪花の能力が敵に明確に対応されている以上、勇者としての今後の自分の働きに疑問符が付いてまわる。

 

「でもね……。私は目の前で傷付いている仲間を置き去りにする事なんて出来ない‼︎」

 

 一度は歌野の命令で全員その場から逃げようとしたが、歌野自身が逃げられなくなると、一番先に助けようと戻ったのは他ならぬ雪花だ。

 

「……ハァ、ハァ……ハァ……。貴女は防人だもんね。貴女にとっては仲間なんて()()()()だもんね。歌野についてきてるのも自分が強くなるためだけだもんね……」

 

 無力を感じ湧き出てくる悲しみや怒りがごちゃ混ぜになっていた。

 もういっそ全部吐き出して楽になりたい程に。

 

「そっちの事だから、どうせ三好夏凛の事しか頭に無いんでしょ。歌野(リーダー)の命令だって建前付けて。上っ面だけ仲間を想ったフリしてさあ!!! ()()()()()()()()()()()()ッッ!!!」

 

 その雪花の怒りに呼応するかのように芽吹も声を荒げる。

 

「いい加減にしなさいよ‼︎ 自分ひとりだけ辛いみたいな言い方して‼︎ 私だって気持ちは同じだったのよ‼︎」

「だったら見捨てるなんて選択出来る訳ないッッ‼︎」

 

 遂にはお互いがお互いの胸ぐらを掴んで額が接触する程にまで接近する。

 

「それともやっぱり()()()()()()()には分からなかったのかなあ‼︎ この裏切――」

「じゃあいいわよ‼︎ そんなに私が気に入らないのなら、私はこのチームを――」

もうやめて!!!

 

 高嶋友奈の叫びと同時に、二人は蓮華に突き飛ばされて池に落ちた。

 

「二人とも、頭冷やしなさい」

「「…………っ」」

 

 二人はバツの悪そうに周りを見渡す。そして池からすぐに這い出るとそれぞれ反対方向に歩き去っていった。

 

「えっ? どこいくの⁉︎」

「なんで……そんな、喧嘩なんて……ダメだよ……」

 

 結城友奈はすぐあとを追おうとしたが、泣いている高嶋友奈や寝ている歌野が心配で立ち止まる。

 

「……はぁ」

 

 二人が見えなくなる程遠くへ行ってしまったあと、蓮華はため息をつく。

 

「はじめの楽しかった雰囲気が……まるで嘘のようね……」

 

 こんな騒ぎがあっても目覚めることの無い歌野を、蓮華は静かに見守っていた。

 

 

『みーちゃんを賭けて……っ。私と一騎討ちをしてほしいっ‼︎』

 

 蓮華も歌野が水都を賭けに使う事が意外に思えた。……だが、その歌野らしくない決断こそリーダーとしての責務を果たそうとする表れだったのかもしれない。

 ……そして何より、

 

(勝ちたかったわよね……? 歌野)

 

 蓮華は少し力を入れて歌野の手を握る。

 それでも歌野には何の変化もない。

 

「歌野……。早く目を覚まさないと、このチームがバラバラになってしまうわよ……?」

 

 そして少し経ったあと、友奈二人にそれぞれ雪花と芽吹を追うように頼んだ。

 




白鳥さん、早く起きて……。



次回 築き直して立ち上がろう


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