呪術高専京都校〜知られざるもう一人の一年〜 (OSTO文明)
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第一話 高専って個性豊かな人ばっかりだなぁ 

こんばんは、初めましての人は初めまして、OSTOです。
呪術の方は前々から書きたいなと思っていていいのが思いついたのでスパーっと書いていた次第です()
こっちの方はまだ毎週投稿するつもりはないので気長にお待ちください。多分シンフォギアみたいなにはならないと思います。多分、絶対、おそらく。
では本編を楽しんでいただけることを切に願ってます。


 僕は平穏な日々を暮らしていた。なんの変哲のない平和な日々。朝起きて、学校に行って、帰ってきて、勉強して、ゲームして寝る。そんな普通の日常を送っていた。

 けどあることがきっかけで今日から新しい学校に入ることになった。

 京都府立呪術高等専門学校。現代とは少しかけ離れているような木造建築の学校だ。

 今日からここでいろんなことを学ぶらしい。一応基礎知識の詰め込まれたものには目を通したが詳しいことはこれから説明されるらしいのでそれに期待を膨らませて胸を躍らせている。巫女服の先生に連れられて教室に行く。なんでこの人巫女服着てんだろ?趣味なのかな?

 少し待つように言われると中から先生の声が聞こえる。ドアを開けて入ると生徒が一人しかいないことに気付く。

 

「はい、じゃあ自己紹介して」

「は、はい。今日から新しく入る時任(トキトウ)桜戯(オウギ)です。よろしくお願いします」

 

 一礼して教室を見渡すとやはり生徒は一人しかいなかった。僕とは違うようなデザインの制服を着ている男子が一人、何故か巫女服を着ている教師が一人、(一応?)まともな制服を着ている僕。この三人しか教室にはいなかった。ポカンとしていると巫女服の先生が咳払いして話し始める。

 

「一年は二人しかいないから仲良くするのよ」

「えっ、本当に二人だけなんですか!?」

「教室見てわかるでしょう」

「いえ、その、てっきり皆机とか隠してボイコットかと」

「何を考えてるのあなた!?」

 

 やっぱりそんなことなかったかと苦笑いすると先生は呆れたようにため息をつく。

 

「ほら新田、あんたも挨拶しなさい。たった一人の同世代なんだから」

「そんなこと言わんといてくださいよ先生。新田(ニッタ) (アラタ)といいます。よろしゅうお願いします」

 

 よろしくと返事をすると新田君は席に着く。真面目なんだろうか、キチンと座って先生の方を向いている。

 

「はい、じゃあ君の席は…言わなくてもわかるだろうけど新田の隣ね」

「はい」

「邪魔するぞ」

「え?」

 

 返事をして座ろうと動いた瞬間教室のドアが開いた。ドアの向こうからは明らかにガタイのいいパイナップルみたいな頭の男の人が入ってきた。

 

「ちょっと東堂何してるの」

「新しい一年が入ったと聞いてな。品定めに来た」

「アンタね…もうちょっと気配りを」

「おい一年!」

「話を聞け!」

 

 先生のツッコミが虚しく消えていく中、東堂と呼ばれた人は僕に指をさしながらズシンズシンと近づいてくる。近くで見れば見るほど普通じゃないほどの体格だと分かる。何か粗相をしてしまったのではないかと考え始めると目の前で止まって質問を投げてくる。

 

「お前の女の好み(タイプ)はなんだ?」

 

 ………え?

 

「どうした」

「あの、これって試験かなんかですか?」

「ああ、俺からすれば試験だ」

 

 試験……なら正直に答えなきゃいけないよな。服をみる限り多分先輩(?)だろうし、素直に答えるのが一番だろう。

 

「せ」

「?」

「背の高い女子がタイプです!」

「「!?」」

「ほぅ、それだけか?」

「へ?」

「尻とかはどうだ?」

「尻…ですか」

 

 自分で素直に答えたはいいもののこれは本当に試験なんだろうか。僕は一体何をさせられているのだろう。でも答えると決めたからにはちゃんとやらなきゃ。

 

「背以外はあまり考えていなかったのでこれから考えていこうと思います!」

「「!?!?」」

「フッ、育てがいのありそうなやつだ」

「「!?!?!?」」

 

 東堂先輩は不敵な笑みを浮かべたかと思うと教室を出ていった。どういう意味だったのかと二人に確認しようとするとポカンと口を開けたまま微動だにしない。顔の前で手を振ると目を覚ましたかのような顔をする。するとしばらく黙ったままこちらを見つめて恐る恐る声をかけてくる。

 

「あなた一体何者?」

「何がですか?」

「あの東堂先輩を納得させるとか偉いもんですよ」

「はぁ……」

「あー、コホン。まだ自己紹介してなかったわね。(イオリ)歌姫(ウタヒメ)よ。本当は一年の先生がいるんだけど今は出張だから私がまとめて面倒見させてもらってるわ」

 

 よろしくとだけいって席に着くよう促される。これから早速授業かと思いきや今日は学校案内をするらしい。先生から簡単に敷地内を説明され、それからは新田君に案内してもらえとのことだ。先生は仕事があるらしい。短い間とはいえ他の学年もまとめていると大変だろうな。先生が廊下へ出ていくと教室の中は静かになる。ただ新田君が気を利かしてくれたのかすぐに声をかけてくれた。

 

「それじゃ案内しましょうか」

「あ、お願いします」

「えっと、時任君は何処から行きたいとかあります?」

「まだあまりわかってないのでお任せします」

「わかりました。ほなついて来て下さい」

 

 教室を出て廊下を歩いていく。窓の外を見るとやはり自然豊かだと思える。来る最中も山の中を歩いてきた覚えがあるけど和装建築のおかげかまた別の味を出している。

 

「それにしても時任君すごいですね」

「え、何が……です?」

「あの東堂先輩ですよ。あの人を初対面で認めさせるなんて普通じゃないですよ」

「そうなんですか。あの人すごい人なんですか?」

「一級術師東堂葵。去年のクリスマスのあった百鬼夜行でえぐい成果出してたみたいですよ。なんでも特級を一体倒したとかなんだとか」

「そ、そうなんですか!?」

 

 特級を一体。つまりは呪霊のレベルの中で一番強いレベルの相手を一人で倒したのだ。基本的に術師の中では一級が一番上。でもその枠にすらはまらない強さを持っている術師を特級というらしい。

 

「ただあの人、初対面の人に対して女の性癖を聞いてくる癖があってですね。てかあの時よく正直に答えましたね」

「だって試験だっていってたじゃないですか」

「あれは完全にあの人の勝手でして試験じゃないんですよ」

「えぇ…(困惑)」

 

 それからは敷地内をぐるっと一周した。武器庫や体育館、寺っぽい場所や職員室などいろんな場所があったが基本的には普通の学校とさして変わらないのだと安心した。けど職員室をチラッと見たときに庵先生が何か叫んでいるようだったけど新田君に言われてスルーすることにした。校舎を出てグラウンドに出ると4、5人の男女と鉢合わせになる。いや訂正しよう。四人と一体だ。なんか一体だけロボがいる!?

 

「あ、新田君おはよう」

「おはようございます」

 

 新田君が挨拶するのに合わせて僕もお辞儀すると身長の高いボブカットみたいな女の人が声をかけてくる。

 

「あなたは?」

「申し遅れました。今日からこの学校に入りました、時任桜戯です。よろしくお願いします!」

「あら、随分礼儀正しいじゃない。私は禪院(ゼンイン) 真衣(マイ)よ。よろしく」

「えっ、禪院ってあの御三家のですか!?」

「そうだ。彼女は禪院の家の子だ。私は加茂家嫡男の加茂(カモ) 憲紀(ノリトシ)だ。よろしく頼む、時任君」

 

 この学校有名人多すぎやしないかと呆気に取られていると加茂先輩が大丈夫かと気にかけてくる。すぐに落ち着きを取り戻して平常心を装う。

 

三輪(ミワ)(カスミ)です!よろしくね!」

西宮(ニシミヤ)(モモ)、よろしく一年」

究極メカ丸(アルティメットメカマル)ダ。ヨロシク」

「究極先輩、質問いいですか?」

「構わないガ…その言い方キツくないカ?」

「え、でも会ってばかりで名前で呼ぶのも失礼かなと」

「気にするナ、メカ丸で構わン」

 

 メカ丸先輩は遠慮するなというが実際どう思っているのか顔色を伺おうとしてもわからない。だってどっからどう見てもロボットだもん。でももしかしたら被り物かもしれないと思い、思い切って聞いてみる。

 

「め、メカ丸先輩のそれは、被り物(・・・)なんですか?」

「………」

 

 動かなくなった人形のようにメカ丸先輩は固まってしまった。周りの人の反応を見ると皆必死に笑いを堪えていた。質問を間違えただろうか。

 

「あっ、その、なんというかですね!」

「いや、すまなイ。ロボットですかは聞かれるが、被り物ですかなんて質問はさてたことなくてナ」

「あんた面白いわねw笑いすぎてお腹痛いwww」

「えっ、あっ」

「しかもあんな真面目な顔でwww」

「皆さん笑いすぎですよ。時任君困って…w」

「君は真面目だが過ぎるのも良くは…ないぞ……www」

「に、新田君」

「ちょっと待ってくださいw笑いすぎてwww」

 

 正直に聞いてしまったせいで恥ずかしい思いをしてしまった。まさか笑われるだなんて思いはしない。因みにメカ丸先輩は『傀儡操術』という、要は人形を使っている術師らしい。訳有って本人は別の場所にいるがそれは後ほどということだ。ただし実力は折り紙付で準一級術師の実力を持っているとのこと。つまりかなり強い人だ。

 

「ふー落ち着いた」

「それで今日はこれからどうするつもりだ?」

「はい、今日は校内案内だけだと言われたのでどうしようかと考えていたところです」

「荷物とかはもう部屋にあるの?」

「はい、朝学校に来るときに部屋に物を置いてから来ましたから」

「じゃあ午後は暇ね。呪術師なんだから鍛えたりしてるんでしょう?」

「それが…」

 

 申し訳ないという気持ちを抱きながらも先輩たちに事情を話すと皆揃って「は?」という顔をしてくる。仕方ないのだ、だって術式に目覚めたのも呪術界(?)というのにも触れたのはつい最近だったから。

 

「じゃあ数日前まで本当に一般人だったの?」

「はい………」

「じゃあなんで高専(ここ)に?」

「四日前に学校の友達に連れられて廃墟に行ったんです」

((((((馬鹿だ………))))))

「その時に呪霊に襲われて、ずっと逃げてたんですけど壁に追い詰められた時に術式に目覚めてなんとか追い払ったんです」

「お友達は?」

「無事でした。その後なんか諸々の手続きやってここに来ました」

「でもおかしくないか?」

「?何がですか?」

「普通、術式の覚醒は4〜5歳の時だ。なのに目覚めたのはついこの間。どう考えてもイレギュラーだと思うが」

「でもたまに遅いのもいるって話聞いたことあるよ?」

 

 その辺に関しては基礎ブック読んでて思ったがあの人が言ってたことを思い出した。

 

「そういえば僕に高専に入れっていった人が言ってたんですけど」

「ん、そういえば誰の推薦だったんですか?」

「えっと……名前は教えてくれなかったんですけど、なんか特徴的でした」

「特徴的?」

「はい、目隠しみたいなのをした銀髪で背の高い男の人でした」

「「「「「「それ五条(ゴジョウ)(サトル) じゃね(ない)?」」」」」」

「え、あれが特級術師の五条悟ですか!?」

 

 あれとか言っちゃった。本人に聞かれたら怒られるだろうか。なんかチャラいというか自分勝手というか変な感じしたけどな。でも宙に浮いてたし飛び出てきた呪霊を一歩も動かず倒してたしな……。

 

「生五条悟見たんですか?」

「は、はい」

「いいなぁ〜!」

「やめときなさい」

「悪い人なんですか?」

「「「「ある意味(ね)」」」」

 

 新田君は会ったことがないのかあまりわかっていないようだった。

 五条さん、か。今度あったらお礼言わなきゃいけないんだよね。ていうか今更だけどアレで見えてたのかな?でも会話は問題なかったし……不思議なことがいっぱいだなあの人。

 

「まぁその話は置いておこう。時任君、君は廃墟で五条悟に術式を使ったところを見られて高専に入れられたってことでいいのかな?」

「大体そんな感じです」

「でもわざわざ特級がそんなところに呼び出されるのかな?」

「そういえばあの時金髪のスーツの人もいました」

「包帯グルグルの鉈を持ってませんでした?」

 

 何故さっきからピンポイントで当ててくるのだろうか。因みに僕が術式を使った後にその人が助けに来てくれて、五条さんはついでに呼ばれたみたいな感じだった。まぁどっからか飛び出てきた呪霊を瞬殺してたけど。

 それからその人たちによって僕は現状に至る。

 

「大体わかった。君の術式は?」

「えっと、詳しいことは分かりませんが、液体のものを螺旋のようにして発射する術式…みたいです」

「それはおそらく君が使った時に見たものだろう」

 

 はい、と頷くと加茂先輩は顎に手を当てながら考えている。

 

「イメージ的には多分ドリルとかが近いかと」

「じゃあメカ丸に近い感じですかね」

「メカ丸先輩もドリル持ってるんですか?」

 

 まぁなとかいいながら手に刃を出してゆっくり回す。すっご、アレどうやって出してるんだろ。やっぱロボットだからなんでもしまえるのかな?

 

「よし、これから時間はあるみたいだし、自分の術式を一通り確認してみよう」

「は、はい!でも先輩たちは授業があるんじゃ…?」

「午後は自主練習だったから問題ないわ。時任君、行くわよ」

 

 返事をしつつ先輩たちの背中についていく。自分の術式をちゃんと確認していないからまずそこからだろうと思っていたがまさかあんなことになるとは思いもしなかった。



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第二話 え、ちょっと待って、あれマジ?

出して数日ですがお気に入り二十人超えててマジびっくりしました。ありがとうございます。


 先輩たちに連れられ練習場に来た。僕自身術式をまだ理解しきってるわけじゃないのでちょうどいい機会かもしれないと気を引き締める。

 

「時任君、準備はいいかい?」

「加茂先輩、術式ってどう使うんですか?」

「……仕方ないか。おそらく術式のイメージは頭の中にあるはずだ。そのイメージを大事にすれば出来るはずだ」

「わかりましたやってみます!」

 

 頭の中にあるイメージを明確化させる。液体に触れる。液体を体の一部と考える。螺旋状にする。それを飛ばす………あれ待てよ?

 

「加茂先輩!」

「今度はどうした?」

「術式に必要な液体がありません!」

「なん………だと………?」

 

 糸目の加茂先輩が片目をめっちゃ開いている。すっごい卍解しやすそうなリアクションだ。

 そういやあの時夢中すぎて忘れてたけど確か水溜りに触れてたっけかな。

 禪院先輩と西宮先輩はため息ついてるしメカ丸先輩と新田君は動かなくなった。けど三輪先輩はすっごい慌ててる。こういう時自分より慌ててる人見ると冷静に判断できるよね。あ、そういうことか。

 

「新田君、自販機ってどこだっけ!?」

「え、そこにありますよ」

「ありがとう!」

 

 急いで自販機のもとに向かいお金を投入する。100円ワンコインお水ナイス。出てきたい○はす片手に元の位置に戻る。

 

「お待たせしました!これでいけるはずです!」

「いろ○すなんか買ってどうしたの?」

「あぁ、そういうことね」

「いきます!」

 

 ○ろはすの蓋を開けて人差し指を突っ込みイメージを固定させて人差し指をゆっくり抜く。すると中の水が人差し指に引っ張られるように出てくる。ある程度出したところでペットボトルの口の部分で切ってペットボトルを地面に置く。取り出した水で宙に円を描くように人差し指と中指を揃えてを動かす。ぐるぐると渦巻きを描いて中心に着いたときに指を構えたまま動作を止める。水は宙に浮いたままゆっくり軌道を描いている。

 

「なかなかやるじゃない」

「なんか神秘的な術式ですね!」

「ありがとうございます」

「螺旋と言っていたガ、いろんな応用が効きそうだナ」

「その状態で止めてられるんですか?」

「おそらく彼は今呪力を一定で流し続けているんだろう。初心者にしては随分意識が回っているな」

「え?呪力って一定で流せるんですか?」

 

 また加茂先輩の片目が開く。正直イメージ的にはゆっくり軌道を描くように回しているイメージだけどこれが一定に回すってことなのかな。

 

「そこはおいおい教えていくことにしよう。その後はどうするんだ?」

「そうですね………どうしましょう全く考えてませんでした」

「バーンって飛ばしてみるのどうでしょうか」

「三輪にしてはいい提案じゃない」

「にしては!?」

「わかりました!やってみます!」

 

 三輪先輩の言う通り射出するイメージを作る。今大きく回している状態だからこれをもっと狭い感覚にして、先を尖らせるようにして………よし、準備オーケー!発射カウント取ってみよ。三、二、一、────

 

「そうだ、呪力の出力は抑えておくように。いきなり大技みたいに出せるわけではないはずだから問題ないと思うが」

「えっ、何か言いましたか?」バシュッ

 

 加茂先輩の言うことを聞こうとしたら意識が逸れて発射してしまった。まぁ問題ないだろうと油断した瞬間少し離れたところにあった校舎(?)の方から轟音が聞こえた。音の方向を見ると土煙が立っている。先輩方の方を見直すと皆顔色が少し悪くなっている。

 

「と、時任君、呪力出力はどれくらいでやったんだい?」

「えっとぉ……すみません最後まで集中できていなかったのでわからないです!」

 

 皆より一層顔色が悪くなっている。メカ丸先輩でさえ顔色が変わらないのに青ざめているのを感じさせる。とりあえず現場に向かってみると蔵が貫通されていた。天井や床は残っているが小窓1個分くらいの大きさで穴が空いていた。ただ貫通していたのは蔵だけでなく中にあった飾りの石まで貫通していた。しかも要の部分が貫通したことによりバランスを崩して石像が崩壊したらしい。通りであの轟音が聞こえてきたわけだ。

 

「多分呪力出力ミスったナ」

「上がったと考えるべきだろうな。貫通力と破壊力が上がったか」

「だとしてもおかしいでしょこの威力」

「新田君これ直せる?」

「無茶言わんといてください。僕の術式は傷口の悪化を止めるだけですから」

 

 再生ではなくて停止なんだと感心していたが今はそんな場合じゃないことを思い出す。

 

「あの、これどれくらいの金額でしょうか?」

「さぁ?」

「えっ」

「でも大丈夫だよ。どうせ飾りだったし」

「そうだな。蔵の物出すときに邪魔だったし問題ない」

「むしろよくやっタ」

 

 そんなんでいいのか先輩方。とりあえず散らばったカケラを集めていると庵先生が到着。出来事を説明すると納得したように親指をサムズアップしてくる。どれだけこの石像嫌われてたんだろう。あとは係の人がやるから元の場所に戻っていいと言われ皆戻っていく。最後に残った僕は石像の方を向いて一応謝罪して皆のいる方に走っていく。名も知らない石像さんごめんなさい。皆のもとに戻る寸前また庵先生の叫びが聞こえたがスルーした。

 

「さて、どんなものか大体分かったところだが」

「あの威力ヤバいよね」

「…すみません」

「なに、誰にでも失敗はあるものさ。使い方とかをこれから学んでいけばいい。でも今日はもう術式は辞めておこう」

「うっ……はい……」

「でもやってみてわかったことはあるんじゃないの」

「わかったこと…ですか?」

「ええ。そうね、例えば近接に向いていないとか」

 

 言われてみればそうだ。どちらかというと飛ばしたりするイメージの方が強い。となるともしかして……。

 

「遠距離型になるんですかね」

「イヤ、中距離型だろウ。さっきのやつがどこまで飛べるかはまだ分からなイ」

「それもそうですね。あれ、じゃあ近接に持ち込まれたらどうすれば……?」

「そこは迎え撃つしかないから鍛えるしかないな」

「呪術師って近接どうしてるんですか?」

「そこは三輪に聞くと良い。私も近接は出来るが基本弓だからな」

 

 弓ってことは加茂先輩の方が遠距離型だったんだ。そして何故か三輪先輩が少し嬉しそうな顔で前に出て来る。

 

「近接についてですよね。それなら任せてください!」

「先輩はどんな術式なんですか?」

「私術式は持ってないよ」

「え?」

「だから刀に呪力を込めて戦ってるの。シン・陰流っていう流派なんだけどね」

 

 シン・陰流……新陰流かな?聞いたことある。やってるゲームで星四なのにセイバー最強クラスの人が使ってたはず。

 

「例えばだけど、抜刀前の刀に呪力を通して、引き抜く瞬間に鞘から抜くスピードを上げて切り落とす!みたいな感じかな」

「単に武器に呪力を通すんじゃなくて色々と応用を利かすってことですか?」

「そうそう!時任君理解が早いね!」

「ハハ、そんなこと無いですよ。武器って近接だと他に何があるんですか?」

「えっとね、私が使ってる刀と薙刀、槍、短刀、ハンマー」

「ハンマー!?」

「あと素手かな?」

 

 なんか途中恐ろしいものがあったけど結構種類あるな。素手は多分必修科目だと思うけど。と考えるとあることに気付く。

 

「質問です!」

「どうぞ!」

「東堂先輩は何で戦ってるんですか?」

「「「「「は?」」」」」

 

 皆口を開けてポカンとしてしまった。唯一新田君は呆れたようにため息を吐いていたが最初に正気に戻ったのは禪院先輩だった。

 

「どうしてここであの男の名前が出てきたのかしら。というよりなんであの男を知っているのかしら」

「それはその……」

「新田、どういうこと?」

「さっき自己紹介の時に教室に乗り込んできはったんですよ」

「さっき急にいなくなったのはそういうことだったのか」

「変なことされなかった?」

「あ、はい。特には」

「でも時任君東堂先輩を撃退してましたよ」

 

 また静寂が作られる。おかしい。なぜこうまでして一回一回に沈黙が訪れるんだ!?そして東堂先輩の名前を出した時の先輩方の顔よ。なんで皆してそんな嫌そうな顔をするんだ。

 

「あの化け物をどうやって撃退したんだ」

「(化け物…?)なんか好きな女性のタイプを聞かれて素直に答えたら帰っていきましたけど」

「おん?呼んだか?」

 

 隣を見ると上半身裸の東堂先輩の姿があった。なんでこの人は半裸になっているんだと驚愕していると先輩方はやれやれという顔になった。何がどうなっているのかもう理解が追いつかない。

 

「お、時任じゃねぇか。こんなところで何やってんだ?」

「術式の使い方を先輩方に教えてもらってて、今は近接戦闘の勉強中です」

「なんだ水臭いことをするな。戦い方を学ぶんだったら俺のところに来い」

「えっ、一級の東堂先輩から直々に教えてもらえるんですか!?」

「やめるんだ時任君!その男から離れろ!」

 

 他の人の等級は聞いてないため東堂先輩が一番上なのだろうと思い込んでる僕は教えて貰いたいと伝えようとすると、加茂先輩が躍起になって僕の前に背を向けて立ち塞がる。なんでこんなに顔色変わってるんだこの人は。

 

「そこを退け加茂、俺がそいつを鍛える」

「いくらお前でもこれは譲れない。こんなに純粋な子をお前なんかの下で育てさせてたまるか」

「どけぇ!お前らみたいなつまらない性癖の奴らにこそ預けられねえ!」

「時任君こっち来て」

「すみません、あの人たちなんで喧嘩してるんですか?」

「あんたみたいな子供の教育方針で相談してるのよ」

「へ?」

「そういえばなんてなんて答えたの?」

「何をです?」

「女性のタイプ」

「えっと……背の高い女の人、とだけ答えました。なんか尻はどうだとか聞かれましたがこれから考えますと言ったらいい顔をして帰りましたけど」

 

 あー、と納得した様子の皆さん。そういえばあの人の性癖は聞いていないような気がする。

 

「お前は背が高い女が好みなのカ」

「まぁ見た目だけで言うなら。でもやっぱり中身の方が大事だと思いますよ……ってあの人の近くで大きな声で言えないような気もしますけど」

「懸命だナ」

 

 丁度話し合いが終わったのか二人して振り向いてこっちに向かってくる。後ろに下がると誰もいないことに気づく。逃げたなこれ、これが新人いじめというやつなのか!?

 

「「君(お前)はどっちを選ぶ(んだ)!?」」

 

 両方から手を差し出されるが正直どっちを選ぶべきなのか分からなかった。先輩方の方を伺ってみると皆サムズアップしてる。だめだこれオワコンだ。

 

「選びたまえ」

「これでお前が強くなれるかどうかわかる」

 

 何この嬉しくない選択。ポ○モンでもこんなのないと思う。しかも相手が女子ならまだ何かあったような気がするけど両方男なんだよな。絵面的にきっとおかしい。いや絶対おかしい。後々恨まれるだろうがこうなったら仕方ない。

 

「り、両方受けさせてもらっていいですか?」

「ふっ、欲張りなやつだな」

「君がいいならそれでいいが………」

「最初は勿論俺だよな?」

「先輩方でジャンケンして決めてください」

 

 すでにここも予想済みだったので回答をすぐに提示した。これで最悪のケースは免れた。周りからは変な目で見られたがこれくらいならなんともない。うん、なんともない………。一旦さっき買ったいろは○を飲み込んで落ち着く。

 

「そういえば時任君は武術の経験とかは?」

「全くないです。授業で剣道やったくらいしか」

「じゃあ最初は刀の方がいいのかな」

「イヤ、適当に本人に触らせテ、選んでもらった方が良いだろウ」

 

 それもそうだと皆でさっきの蔵の方へ向かう。皆にどんなものを使ってるかを聞くと禪院先輩はリボルバー、加茂先輩は弓、三輪先輩は刀、メカ丸先輩は己(ロボットだから)、東堂先輩は素手らしい。西宮先輩や新田君は索敵や治療といった非戦闘系なのであまり戦うことはないらしい。蔵に着くと作業員らしき人が破片や塊の片付けをしていた。申し訳ないという気持ちを抱きつつも横を素通りしてたくさん武器がある場所に着く。

 

「とりあえず使ってみたいと思うものを手に取ってみるといい。それで手当たり次第やってみよう」

 

 言われた通りにざっと目を通すと一本の長い槍が目に入る。古風な感じの槍だった。それをぼーっと眺めていると禪院先輩から声をかけられる。

 

「それがいいの?」

「え、ああ、なんか目に留まっちゃって」

「長物ねぇ」

「槍か、悪くないかもしれないな。よしやってみよう」

「そんなノリでいいんですか?」

「呪術師なんてそんなものだよ。他にやってみたいのはあるかい?」

「い、いいえ。とりあえずこの槍で」

 

 取ることを許可されて手に取ってみる。何故だか不思議と馴染む感覚があった。それを持って練習場に戻ろうとすると老人が出入り口に立っていた。

 

「楽厳寺学長。おはようございます」

「加茂、これはどういうことじゃ」

 

 学長は作業員の方を指さして訪ねてくる。学長とは先日一度会っていたので顔は知っていたが今日は目を合わせずらかった。

 

「時任君の術式実験をしていた際に不祥事で壊れました」

「ほぅ………お主がやったのか」

「はい……」

 

 学長はこっちまで歩を寄せてくる。どんな処罰が来るかと震えていると目の前に着いた途端笑い出した。

 

「ほっほっほ、よくやった」

「…え?」

「実際わしもこれを邪魔だと思っててのぉ。処分に困ってたんじゃ。新入生なのによぉやってくれるわい」

「は、はぁ」

「礼と言ってはなんじゃが好きなのを持ってけ」

 

 そう言って学長はご機嫌な様子で蔵を出て行った。どんだけあの石像君嫌われてたんだよと思いつつも会釈だけして僕たちも蔵を出ていく。その後槍を思い切り振り回してみると使いやすさを感じたので自分の武器をこの槍にすることにした。斯くして今日は解散となり明日から訓練の日々が始まる。




時任桜戲 京都校の生徒の第一印象

東堂葵  →あー、強そうな先輩だ。でもなんで髪型パイナップル?
加茂憲紀 →すっごい落ち着いてそうだけどあの目見えてんのかな?
西宮桃  →箒持ってる!魔女っ子かな?
禪院真依 →女性にしては背が高いなぁ。美容とかすごいやってそう
究極メカ丸→え、ロボ!?ロボなの!?いや被り物か?でもなんかカッコイイ!
三輪霞  →なんかちゃんと常識持ってそう
新田新  →しっかりしてそうだな。事務系の仕事とか得意そう


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第三話 楽しかった一週間、僕は心も身体も傷を負いました

 あれから1週間が経った。あの日は金曜日だったので土日は休みだった。もちろん土日は荷物整理とぐーたらしてるだけだった。日曜日に新田君が訪ねてきた時はびっくりしたけど寮内の案内と同時に少し話すこともできた。このまま仲良くなれるといいなとあの時は平和な時間に浸っていた。あ、当然ながら新田君とは良好な関係を保っています。その翌日、月曜からのことを日記っぽく紹介していこうと思います。

 

 

 

〜月曜日〜

 一年の先生はまだ戻らないということで朝から先輩たちと一緒に訓練になった。

 

「時任君、呪術師にとって呪力操作も必要だが当然のことながら体力も必要だ」

「はい!」

「いい返事だ。ではまず」

「体力なら任せとけ!まずは今から鬼ごっこだ!五分間俺から全力で逃げてみろ、マイ時任(スチューデント)!」

 

 いつから僕は東堂先輩の生徒になったのだろうか。それから学校の敷地を使った鬼ごっこが始まった。もちろん離れたところからの開始だったが、ルールとして最低でもジョギングレベルのスピードで移動することを強制された僕は周りに警戒心を持ちながらも移動していた。まぁすぐに来ることはないからついでに校内を覚えようと思った瞬間影が差した。頭上を見ると飛んでくる巨体の姿があった。

 

「見つけたぞ、時任!」

「嘘でしょぉぉぉぉぉぉ!!!???」

 

 全力でその場を離れると後ろから重たい音が聞こえてくる。とりあえず逃げなきゃやばい。捕まった時のどうこうは言っていなかったが絶対捕まっちゃいけないという生存本能が僕を駆り立てた。だがそんなものはすぐに無に帰った。突然体が進まなくなる。すると体が宙に上がっていく感覚に包まれた。

 

「遅いぞ時任。そんなんじゃ撤退の際にすぐにやられてしまう」

「いや先輩早いんですよ。多分始まって三十秒経ってませんよ」

 

 宙ぶらりんになりながらも先輩に抗議する。ただその話も届かず地面に落とされ腰に痛みを負う。しかし見た目にそぐわず速さもあるとは、さすがは一級術師だろうか。立ち上がろうとすると加茂先輩が手を差し伸ばしてくる。その手を取って立ち上がると加茂先輩は東堂先輩に抗議し始めた。

 

「やりすぎだ東堂」

「あ?何言ってんだお前。まずは限界を知ることが大事だろ」

「それはそうだが、お前が相手では知る前に終わるだろう」

「そんなことはない!時任ならそれくらいやってのけるさ」

 

 いや瞬殺されたら限界を知る以前の問題でしょ。メンタル的にはきついと思いますよ、瞬殺されるの。圧倒的力を見せつけられるとかトラウマになりかねないし。

 

「しかしなぁ」

「まぁまぁ、先輩方のおっしゃってることも事実ですし、とりあえず基礎訓練からお願いします」

「分かった。君がいうならそうしよう」

「よし、なら俺が鍛えてやる」

「待て、お前のメニューだと時任君が壊されかねない」

「時任ならやってのけるさ(2回目)」

「それとこれとは別だ」

 

 また先輩方が喧嘩し始めた。この人たち喧嘩しかしないのか?

 

「じゃ、じゃあとりあえず加茂先輩のメニューでやって、東堂先輩はトレーニングのポイントとか教えてください!」

「それでいいか東堂」

「不服だがやる気があるのはいい事だ。今回は時任の指示でやってやろう。ただし、お前からの指図は受けん、いいな!」

 

 仲良くしろよ先輩方。結局午前はそのまま基礎体力トレーニングになった。加茂先輩と東堂先輩の指導のもと、かなりハードなトレーニングをやった。

 午後は呪力操作の訓練になった。意識的に出せるよう昼間からずっとやり通していたがやっとできるようになったのは夕方だった。先週はまぐれだったのだろう。とりあえず一定の呪力を一定時間流せるようにこれからも努力しなければならないことがわかった。月曜からかなりハードだったがそれでも頑張ろうと自分を励ました。

 

 

 

〜火曜日〜

 今日は三輪先輩と武具訓練だった。三輪先輩は話してて、というより見てわかるように常識的な先輩だったので優しく教えてくれた。槍の振り方とかは事前に動画を見たりしていたためある程度の知識は積んでおいた。午前中はとりあえず型をやってみたり動きやすい回し方とかをしていた。

 午後は簡単な組手をやった。午前はサポートの立ち位置だった三輪先輩と簡易的な実践形式で刃を交える。刃といってもあっちは竹刀、こっちは長い木の棒みたいなもので模擬戦闘だ。他の先輩たちにも見てもらいどういった場面で語気が悪かったとかの指導だった。メカ丸先輩が師範の元組手の準備が整えられる。

 

「時任君、遠慮しなくていいからね!でも無茶はしないで!」

「わかりました!やれるだけやってみます!」

「二人とも準備はイイカ?では、始メ」

 

 腕が振り上げられた瞬間三輪先輩に近づく。棒を勢いに任せて突き出すと竹刀でいなされて物打ちの部分が迫ってくる。すぐに腕を戻そうとするが間に合わず胴を撃たれる。

 

「ソコマデ」

「立てる?」

「あ、ありがとうございます」

「スピードは悪くなかったんだけど勢いに任せすぎ…かな?」

「そうね、時任はただ突っ込んだだけよ」

「ハハ、思いっきりやってみようと思ったらこうなっちゃいました」

「突っ込むのも悪くないガ、ある程度応用を効かせないとだナ」

「やってみます。というわけで三輪先輩、もう一本お願いします!」

「いいよ、やれるだけやってみよう!」

 

 それから先輩たちのアドバイスを聞きながら何戦か繰り返したが戦っている時間が延びただけで勝つことは一切なかった。そこに痺れを切らしたのか東堂先輩が俺がやるとかい言いだして急遽対戦相手変更になった。それでも三輪の時以上の敵意を持ってやってみろと言われたので言われた通りにやると開始十秒で瞬殺された。三輪先輩でも三分は戦えるようになったのに急にこれだと萎えそうで仕方ない。

 

やはり(・・・)な」

「…どういうことですか?」

「時任、お前やりたいようにやれていないんじゃないか?」

「どういう意味だ?」

「おそらくだが、コイツは型に嵌めすぎている。だからこそ自分の闘い方が見つからないんだ」

「そうなの時任君?」

「はい、実際僕は戦ったことなんかないですし、最初は言われた通りにやってたほうがいいのかなって」

「馬鹿野郎!」

 

 東堂先輩に不意にビンタされた僕は吹っ飛ぶ。ビンタされた頬があることを確認する。それを見た先輩たちは待て待てと声をあげるが当の本人はそれを無視している。

 

「時任、確かにスタンダードは大事だ。しかし!スタンダードがわかったなら次は応用にいかなきゃいけない!そしてスタンダードが嫌いなら自ら道を切り開くしかないんだ!」

「自ら、道を………」

「力を持ったんだ、変わらなくていいのか?」

 

 そうだ、僕はこの力を手に入れたんだ。望んで手にしたものではない。でも友達を守ろうとしたあの時に、もっと力があればって思ったんだ。なら答えは一つしかない。

 

「当たり前です。ご指導の続行、よろしくお願いします!」

「フッ、いい顔してるじゃねえか。三輪、相手してやれ」

「えっ、私!?」

「いいからやれ。ただし、気を抜いてるとやられるぞ」

 

 土埃を軽く払って初めの位置に戻る。構えをとって深呼吸する。メカ丸先輩の合図が聞こえた瞬間僕はまたまっすぐ突っ込んだ。

 

「(最初と同じ動き、でも速さが違うだけ。ならこうすれば!)」

「最初と何も変わってないじゃない!」

「真依、よく見てみろ」

 

 僕は突き出さずように見せかけて行けるギリギリまで接近して振り下ろされる竹刀めがけて振り上げる。そのまま足を引っ掛けて体制を崩した後、回転して蹴りを決める。

 

「かはっ(どういうこと!?さっきと全然違う。動きも気配も何もかも!)」

「ハアアア!」

 

 そのまま槍を振り回しながら先輩を牽制していく。攻撃の主導権は僕にあり、一切攻撃させないようにしていた。隙ができた瞬間を狙い、竹刀を手放させて首に棒をかける。メカ丸先輩からソコマデという声が聞こえて礼をすると三輪先輩は膝から崩れ落ちてしまった。

 

「だ、大丈夫ですか!?すみません遠慮するなって言ってたんで」

「だとしても急に変わりすぎだよ!怖かった〜」

「え、怖い………」

「結構怖かったですよ、数日しか見てませんけど普段の時任君とは思えないオーラでしたもん」

「そんなですか」

「「「「「「うん」」」」」」

 

 先輩方がタイミング合わせて頷いている。三輪先輩に関しては半泣きだ。一体どうすればいいのだろうと試行錯誤していると東堂先輩が肩に手を置いてきた。

 

「コングラッチレーション、時任。これでお前も一歩前進だ」

「ありがとうございます…」

「なんだ、嬉しくないのか?」

「いえ、三輪先輩に申し訳ないことをしたなって」

「仕方ないわよ。気を抜いてたら誰でもこうなるわ。まぁ泣くのは三輪だけでしょうけど」

「泣いてないもん!」

「三輪、諦めロ」

「メカ丸ぅ〜」

 

 時間も時間だったので今日はここで解散。今日の感覚を忘れないようにしようと軽く体を動かしてから寮に戻った。

 

 

 

~水曜日~

 午前中は体力トレーニングと呪力操作の訓練、午後は術式の理解だった。同席してるのは仲の悪い二人とメカ丸先輩、三輪先輩の四人。昨日は申し訳ないと互いに謝罪して頑張っていこうと意気投合した。

 螺旋とはいえまだ応用が出来るはずだといろんなものを試してみる。とりあえず最初に作った大きめの渦巻きっぽいのを作ってみた。

 

「平たく出来たりするのかね」

「多分出来ると思います」

 

 どうすれば平たくできるかイメージを作ってから呪力を動かすと真っ平らな円盤になる。

 

「なかなかだナ」

「なんか蚊取り線香思い浮かんだらスーって」

「そんなんで出来たの!?」

「よし、じゃあ次々やってみよう」

 

 指示通りいろんな形を作ってみた。使い方によっては臨機応変に回せることが分かったのでこれからもバリエーションを増やしていくことで今日の訓練は終わった。

 

 

 

〜木曜日〜

 この日は朝から担任が全治三ヶ月の怪我を負った話を受けて始まった。ただ顔を見たことないのでとりあえずお大事にと心のうちにしまって訓練を始めた。

 午前のトレーニングは体力的に地獄だったが午後は別の意味で地獄だった。初日にやった射出する術式をモノにするために射撃訓練を行った。右側で禪院先輩がやっているのを見てやってみようとするとなかなか当たらない。左側では加茂先輩が弓を射ているがこっちの命中率も凄かった。こう、上手い人に挟まれるとすごいプレッシャーに包まれるよね。

 

「時任君、もっと集中したまえ」

「はっ、はい!」

「震えちゃダメよ、もっと安定させないと」

 

 言葉はやって来るもののそれでも的を撃っている。聞き手である右手で指を構えて撃っているが真ん中に当たる気配はない。少量の呪力とはいえちゃんとまっすぐ飛べるようにはしてあるはずなのだが。

 

「ねぇ、もしかしてアンタ利き手じゃない方でやってる?」

「いえ、利き手です」

「じゃあ一度左で撃ってみなさい」

「なんでですか?」

「いいからやりなさい」

 

 返事をして恐る恐る左手で構えると今度は手が震えることなく射出すると真ん中に近いところに当たった。

 

「やっぱりね」

「どういうことですか?」

「アンタ元は左利きだったりしない?あとは左目の方が狙いが定まりやすいとか」

「あー、そういえば小さい頃に直されたらしいです。僕自身は記憶がありませんけど」

「つまり元々の感覚が残ってるというわけだな」

 

 なるほど納得。だから一気に落ち着く感覚があったわけだ。禪院先輩に感謝しなきゃ。

 

「禪院先輩ありがとうございます!」

「いいわよ礼なんて。あと、私のことは下の名前で呼んでちょうだい」

「え、いいんですか?」

「いいわ。そもそも私、家の名前嫌いなの」

「彼女は相伝を引き継げなかったからね。そういったところだろう」

 

 加茂先輩の言葉に舌打ちする禪院先輩。実際呼んでいいのかわからなくなったが勇気を出して呼んでみることに。

 

「ま、真依先輩、射撃のご指導よろしくお願いします」

「ええ、いいわよ桜戲」

「え(名前で呼んだ…?)」

「私もアンタのこと名前で呼ばせてもらうからよろしくね。桜戲」

「りょ、了解です!」

 

 そのまま真依先輩の指導のもと射撃訓練が行われた。射撃の命中率や正確性が上がったことも良かったが先輩との距離が少し縮まった気がする。この調子で他の先輩たちとも仲かよくなれたらいいなと思った。

 

 

 

〜金曜日〜

 午前中は慣れてきた体力トレーニングと呪力のトレーニングだ。しかし午後はトーナメント式の組手。練習用の武器と素手のみで戦う組手だった。庵先生が審判を務め、僕たちはくじで当たった相手と組み手をすることになった。

 最初の相手は新田君。いくら支援型の術式とはいえ護身術レベルは身に付けているから問題なくやっていいとのことだった。この数日別行動だったためどんな訓練をしていたかは知らないが実力を知らない点ではいい相手なのではとお互い気張って位置につく。やがて勝負は始まり接戦を繰り返していった結果僕が勝利を収めた。互いに頑張ったと笑っていると次に邪魔になるから退くよう促された。

 勿論女子も参加していたが僕に当たることはなく次々と敗れていった。原因はもちろん東堂先輩だ。(本人曰く)手加減しているらしいが呪力でガードしているとはいえボコボコにされている三輪先輩が可哀想だった。対戦後皆で同情していると次は僕と加茂先輩が呼び出された。

 

「時任君、私は手加減はしないぞ」

「大丈夫です!東堂先輩みたいにされなけば!」

「普通はあそこまでやらないからな」

 

 呼吸を落ち着かせて体制が整うと試合開始する。加茂先輩は自分が動きやすいように体を動かしてくる。正直防ぐので手一杯だった。さすがは準一級の先輩だ。完全にペースを持っていかれた。隙が見えたと思った瞬間棒を打ち込もうとすると持ち上げられて首元に手刀を添えられる。

 

「参りました」

「ああ、だがよくついてこれた」

「いえいえ、防ぐので手一杯なだけですよ」

「よく頑張ったな」

 

 褒められて少し嬉しくなってしまった。そのまま加茂先輩は決勝戦に入った。なお勝っていた真依先輩は東堂先輩と戦う前に棄権したらしい。二人が向かい合っている姿を見ると明らか体格差があるのがはっきりわかる。

 

「加茂、お前は手加減が必要ないよな」

「東堂、さっきのはやりすぎだろう」

「知るか!練習も本気でやるもんだろ!」

「それで時任君()が怖がったらどうするつもりだ!」

「これしきでマイ時任(スチューデント)が怖がるわけないだろ!」

 

 いや怖かったよ。

 

「やはりお前に彼は任せられない」

「ならこの勝負で決着をつけるか」

 

 試合開始の合図とともに二人の姿は消えた。こうして見てみるとサ◯ヤ人同士の戦いみたいだ。戦いは長く続いていたが圧倒的に加茂先輩が押されていた。日が沈みだし、夕焼けになるころに戦闘は終わったらしいが審判である先生も含めて観客は皆寮に戻って反省会をしていた。

 

 

 

 こうして1週間のハードな訓練は終わった。ちなみに反省会が終わった後からさっきまで東堂先輩に呼び出されて稽古をつけてもらっていたがフルボッコにされて身体中が痛いので明日は安静にしていようと心に誓った。あと東堂先輩は無茶なことを強いてくるので呼び出されたら腹を括ることも忘れないようにする。



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第四話 人生ゲームって楽しいね!

いつの間にか本来描いてるやつよりお気に入り登録者数増えてました………ありがとうございます!


 東堂先輩にボコされた翌日はゆっくり休んだもののその翌日に男の先輩方と新田君が部屋に遊びに来た。日曜の朝九時、まだ特撮が始まったばかりだろうと思ったが目の前の先輩方は人生ゲームを取り出した。加茂先輩とメカ丸先輩は説明書をじっくり読んで新田君はせっせと用意し始めた。

 

「朝から僕の部屋に来てまで人生ゲーム用意するって何やってんですか」

「朝飯食ってる時にコイツに会ってな。テレビでコレのcmやってたんだ。そしたら二人が知らないっていうからよ」

「だからってなんで僕の部屋で……」

「すまない。やはり迷惑だっただろうか」

「いえ、そんなことはないです。ただ不思議でしょうがなくて」

「ほら、ルール知らない人がいるなら知ってる人が教えた方がいいと思うわけですよ。それで時任君なら知ってるかなって」

「東堂先輩も知ってるでしょ」

「俺は小学三年生以来やってねぇから分からん!」

 

 なんでそんな中途半端な時期なんだ。でもルールは覚えてるからやれるらしい。そして(新田君曰く)教えるのがめっちゃ下手だし加茂先輩と喧嘩しないようにするために僕の部屋に来たらしい。その言葉を聞いていなかった時のことが容易に想像できた。とりあえず承諾して席に着く。隣には加茂先輩とメカ丸先輩が座っている。メカ丸先輩の隣には東堂先輩、新田君の隣には東堂先輩と五人で机を囲んだ。

 

「それじゃあ始めますけどお二人は説明書を読まれましたね?」

「ああ、ある程度は大丈夫だがわからなかった時は頼む」

「わかりました!事前に言っておきますけどこれはあくまでゲームなんであまり熱が入りすぎないよう気をつけてください。それじゃ順番を決めましょう!行きますよ〜!」

「「「「「じゃんけん、ポン!」」」」」

 

 号令をかけると皆が元気よく声を出してそれぞれの手を出した。結果は新田君の一人パー勝ちとなり順番は新田君(黄)→東堂先輩(青)→メカ丸先輩(緑)→僕(紫)→加茂先輩(赤)と時計周りになった。

 

「それじゃあ自分から行かせてもらいますね」

「あれをどうやって回すんだ?」

「多分見てればわかると思いますよ」

 

 新田君が回したルーレットを見て両隣の先輩方はおぉと声を漏らす。そんなに珍しい物なのか。それとも家の都合上触れるものが少なかったのか、とても面白そうに見ている。

 

「3ですね、よいしょっと。あ、お金もらえるみたいですね」

「誰から貰うんダ?」

「それも止まったマスに書かれてる方法で決まります。今回はルーレットみたいなのでそっちの色だけのルーレットを回してその色のコマを持ってる人から貰えるみたいです」

「現金を払えばいいのか?」

「いえ、さっき渡したゲーム用のやつを渡してください」

 

 現金渡そうとする人なんて本当にいるんだ。少し気をつけないと大変なことになりそうだなと回されたルーレットを見ると青を示していた。青い駒を持ってる人を確認すると恐ろしい人だった。

 

「と、東堂先輩、お金ください」

「お?俺か。いくらだ」

「三千円です」

「最初はそんなもんか。ほらよ」

 

 新田君は恐る恐る貰ったゲームマネーを手にしている。いくらゲームといえどあの人にお金を要求するのはハードすぎるだろうな。

 

「じゃあ次は俺だな!いくぞ!」

 

 勢いよく回した東堂先輩の回した針は1を指していた。しょぼんと落ち込んだ表情をしながらも駒をすすめる。というかあの人の力で壊れなかったんだこれ。

 

「『お小遣いをもらう。+千円』か。時任、取ってくれ」

「あっ、はいただいま」

「この場合は誰が払うんダ?」

「誰かから貰うと書かれていない場合はゲーム側、つまり勝手に追加されます」

「つまり誰も払わなくていいと」

「その通りです。次メカ丸先輩ですよ」

「アア、これを回せばいいんだナ」

 

 メカ丸先輩が回した針は8を示した。最初から最大数は幸先がいいなと思いながらも駒を送る様子を見送る。

 

「『自転車を手に入れた。使った場合は出た目+3』。どういうことだ?」

「アイテムカードです。次からルーレット回す時に使うかどうか選べます。勿論使わなくてもいいですけど使うとゴールに近づきやすくなります。ただし一枚につき一回しか使えないので注意が必要です」

「ナルホド」

「それじゃあ次回していきますね」

 

 ルーレットに手をかけると示された数字は4だった。駒を進めていくとイベントが発生する。『転んで落とし穴に入ってしまった。スタートに戻る』と書かれていた。それを見た他の人たちは口を揃えてお疲れ様といってくるのを受け止めながら駒を戻す。最後に加茂先輩のターンになる。負けはしないと意気込みながらルーレットを回すと出た目は2。東堂先輩と大した差はなかった。白紙のマスで何も起きはしなかった。

 その後は順調(?)にゲームは進んでいった。

 現在の戦況は

 東堂先輩持ち金  三十万円(ラッパー)

 加茂先輩持ち金  −十万円(社長だったが倒産して借金もやっとここまで)

 メカ丸先輩持ち金 百万円(企業を建てて成功しCEOに)

 新田君持ち金   五十万円(妻子持ちサラリーマン部長)

 僕持ち金     三十万円(新田君の部下独り身)

という形になった。各状況になった瞬間笑っていたのだが今は加茂先輩の目が怖い。借金状態なってからずっと片目が開いている。一方メカ丸先輩は満更でもなさそうだ。てか人生ゲームってこんなにお金の配分低かったっけ?

 

「よし、次は俺だな」

 

 東堂先輩が出した数だけ駒を進めるとイベントマスに停まった。

 

「『自分の才能が認められ、流れに乗って企業設立。他プレイヤーから十万貰う。』フハハハハ!収入が増えたな!」

「東堂も俺と同じカ」

「誰から貰うんだ?」

「ルーレットみたいですね。誰にも当たらなければお金は貰えないみたいです」     

「いくぞ」

 

 フン!と壊れそうな勢いで回したルーレットはゆっくりと動きを止めていく。誰だ誰だと全員が視線を一つに集めているとある色の真ん中を指してルーレットは止まった。指し示した色は──赤、加茂先輩だった。

 

「渡せる金などないんだが」

「じゃあ借金だな」

「ここまで減らしたのにナ」

「人生ゲーム……呪霊より難しい敵ではないのか?」

「そんなわけないですよ」

 

 さっきより大きく目を見開いている加茂先輩を見てゾッとする。続いてメカ丸先輩が回すと入院して一回休みになった。尚、入院費で二十万吹っ飛んだ。僕も回していくととんでもないマスに停まった。

 

「『上司のパワハラに耐えきれずストライキを起こす。上司の人がいた場合は上司の人から三十万貰う。いなければ銀行から十五万支払われる』というわけで新田君三十万頂戴」

「自分一体何したんですかね………」

「サービス残業やらせすぎたとか?」

「酷いナ」

「私ならそこまでしない」

「俺ならその上司ぶん殴るわ」

「あくまでゲームですからね!?」

 

 新田君から三十万をありがたく受け取り現金を数える。加茂先輩が恐ろしいなと口にしながらも駒を進めるとまたイベントマスに停まる。

 

「『救済イベント 赤字を持っている人にのみ有効』だと……!?」

「やりましたね先輩!借金消せるかもしれませんよ!」

「いやまだっス!失敗すれば借金は倍になります」

 

 全員が息を呑む。そのまま続きを見ると『お金の順位が中盤の人と3回ジャンケンをして勝てれば赤字返上十万ゲット。負ければ赤字は二倍。』と書かれている。中盤の人が二人だった場合は代表者戦となったが、人数は奇数で皆ばらけているので計算し直す。

 メカ丸先輩 百万−二十万→現在八十万円

 僕     二十万+三十万→現在五十万円

 東堂先輩  三十万+十万→現在四十万円

 新田君   五十万−三十万→現在二十万円

 加茂先輩  −十万−十万→現在二十万円

 計算した結果一番当てたくない相手と当たってしまった。とにかく仲の悪い二人は立ち上がり、各々は拳を構える。

 

「東堂、この戦い勝たせてもらうぞ」

「悪いな、俺はお前に渡す金などない!」

 

 二人は覇気みたいなのを纏いながら睨み合っている。え、大丈夫だよね?この部屋壊れたりしないよね?

 

「「最初はグー!じゃんけんっ、ポン!!」」

 

 一戦目はチョキとパーによって加茂先輩が勝利を収めた。

 

「やるじゃねぇか」

「言っただろ、勝たせてもらうと」

「そうだな。だがしかし!ここで勝つのは俺だ!」

 

 意気込みながら次のジャンケンをする。続いての勝負はグー対パーで東堂先輩が勝利を収める。

 

「東堂貴様ッ!」

「フン、このまま俺が勝たせてもらうぞ」

「そうはさせない。加茂家嫡流としてこの戦い勝たねばならんのだ!」

 

 いやそこまで思い詰めなくていいじゃん。何をどうしたらそこまで発展したの?

 

「いくぞ東堂!」

「かかってきやがれ、加茂!」

「「じゃんけんっ、ポンッ!!!」」

 

 先輩方の(色々と間違っているような)思いが籠った戦いは一回で決着がついた。チョキ対グー、加茂先輩の伸ばした二本の指に対して大きな拳を出した東堂先輩の勝利だ。加茂先輩は膝から崩れ落ち、東堂先輩は腕を組んで加茂先輩を見下ろしている。

 

「そんな、馬鹿な」

「加茂、お前じゃ俺には届かん」

「私は、加茂家嫡男としての責務を果たせなかったのか」

「先輩、そこまで思い詰めないでください。これはあくまでゲームで加茂家の存続とか関わっていないので」

「だが私はッ………!」

 

 だからそこまで思い詰めないでって。

 

「シカシ、この人生ゲームとやらは面白いナ。二人がこんなにも熱中できるものだったとハ」

「色々と間違ってるところはありますが、これもゲームの醍醐味かと」

「ナルホドナ」

 

 隣で気を落としている加茂先輩を宥めながら新田君はルーレットを回す。進んだマスはイベントマスになっていた。

 

「『結婚している人のみ発生 浮気が発覚。罰金として三十万。さらに離婚』え?」

「結婚ボーナスは無くなって借金生活か。新田、これから頑張れよ」

「えっ、嘘でしょ!?」

「新田君が浮気なんてするのか………」

「俺は信じてたんだガ………」

 

 先輩方は悪ノリしてるのかしていないのかわからない絶妙なラインで攻撃している。新田君はこっちに顔を向けてきたが僕は親指だけ立てて笑顔で返した。

 

「嘘だぁぁぁぁぁぁ!!!」

「新田君、これで君も私と同じだな」

「いや一緒にしないでください。先輩と違って三十万は違いますんで」

「いいや、君と私は同じだ。なに、十万も四十万も大した差ではないさ」

 

 加茂先輩が宗教勧誘のように新田君に手を差し伸ばしている。その様子を傍に東堂先輩はルーレットを回して駒を進めていく。停まったマスは最近多いイベントマスだ。

 

「『黄色のコマの人の浮気現場の写真をゲット。横に流すか警察に突き出すか。なお警察に突き出すと十万円貰える。全員が流せば変動なし』なんだこれ」

「また、いや他の人とも浮気してたの?」

「してないよ!?」

「とにかく俺はいらん。メカ丸にくれてやる」

「俺もいらン。金に困ってはない」

「じゃあ僕もいらないです。本人も容疑を否認してますし、何よりさっきもらいましたから」

「皆………」

 

 皆で必要がないとタライ回しにしていく。新田君は希望に溢れた笑みをしている。加茂先輩に渡すと先輩もフッと笑った。やっぱり先輩方は優しいなと目を瞑った瞬間だった。

 

「なら私が警察に届けよう」

「ハッ!?」

「こいつやりやがったwww」

「流石は加茂ダwww」

「先輩酷い……www」

「当然だ。裁かれるものは裁かれるべきだからな」

「こいつ何の悪気ないのかよwww」

 

 僕たち三人は笑っている顔を抑えて震えている。新田君は絶望的な表情になっているが正直堪えるのが辛い。一方加茂先輩は善行を行なったような清々しい顔をしている。

 そんなこんなで色々とあったが全員がゴールに着いた。結果は

 一位 メカ丸先輩 百八十万円(CEOのまま変わらず)

 二位 東堂先輩  百五十万円(世界的ラッパーに)

 三位 僕     七十万円(新田君のいた部長の席を超えて副社長に)

 四位 新田君   五万円(なんとかフリーターまで復帰)

 五位 加茂先輩  −百万円(あれからというもの不幸の連続の結果)

になった。僕たちは安定して進めたが新田君と加茂先輩の這い上がり方がとにかくエグかった。楽しかったと時計を見てみると十二時を回っていた。昼ごはんを食うかと全員が食堂の方に向かうと女性陣が談笑していた。

 

「こんにちは!」

「こんにちは」

「皆揃って何してたの?」

「どっかの部屋が凄くうるさかったけど」

「ああ、人生ゲームをやってた」

「人生ゲームですか?楽しそうですね!」

「どうせなら今度は君たちもやるか?」

「いいかもしれないナ」

「それは楽しそうですね。今度は負けませんよ」

「人生ゲームって何?」

 

 皆が振り向いた方向は真依先輩の方だった。加茂先輩が知らなかったということは御三家の真依先輩が知らないのも無理はない。だが無神経な男はいた。

 

「なんだ真依も知らないのか」

「なっ、何よ!桜戲、教えなさい!」

「えっ、じゃあお昼ご飯食べ終わったら皆でやりましょう!その時に説明もします!」

 

 男性陣全員がそれぞれラーメンを食べて僕と加茂先輩で部屋に戻る。ゲームに必要なものを持って食堂に向かうと話しかけてくる。

 

「ありがとう時任君」

「へっ、何がですか?」

「多分、君がいなかったら皆前みたいに距離を置いていただろう。だが君がいることによって仲良くできている」

「い、いえ、そんなことないです!皆さん優しい方ですので」

「だとしてもだ、ありがとう」

「ちょっと、照れますね」

「だが次は私が一位を貰うぞ」

 

 ペースを上げる加茂先輩の背中を追いかけて食堂に向かう。この後夜ご飯の時間まで皆で遊んだがかなり楽しかった。皆と少し距離を縮められた気がする。加茂先輩は特に縮まったと思う。もっと先輩方と仲良くなれたらと思いながらも僕は布団の中に入った。




今回は男性陣の絡みでした。今度は女性陣との絡みもできたらなと思っています。


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第五話 お仕事見学!のはずだったんだけど………

 人生ゲームの日曜日から数日後、僕は今、新田君とメカ丸先輩と共に町外れにある廃工場に来ている。

 理由は簡単。呪術師の仕事は呪いを祓うこと。その呪いが居座るこの場所で仕事をするために呼び出されたのだ。本来準一級のメカ丸先輩はそれと同等の相手を祓うのだが、僕たち一年の見学のために今日は二級の呪霊が相手らしい。皆で窓と言われる伝達役の人の説明を受けて中に入る準備をする。

 

「時任、ちゃんと武器は持ってきたカ?」

「はいっ、何かあった時の為に水の予備もあります!」

「良い心がけダ。新田は非戦闘員に近いがちゃんと準備はしてきたカ?」

「はい。念のための装備は」

「一応俺が任された任務だガ、何があるかわからない。心してかかレ」

「「はい!よろしくお願いします!」」

「ではお願いすル」

 

 窓の人に向かって何か言ったかと思うと窓の人はブツブツと何かを言い始めた。すると空が急に暗くなりまるで夜みたいになった。

 

「これって」

「帷だよ。一応町外れだけど、一般の人に見られないようにするためにこうやって隠すの」

「なるほど」

「二人とも、中に入るゾ」

 

 スタスタと入っていく先輩の後を追って僕たちも廃工場の中に入る。外から見た時も思ったが中はかなり広そうだ。ちゃんとついていかないと迷子になりそうだ。見た感じ部品工場のようだった。現れるのは二級呪霊。一体どういう形なのか妄想を膨らませているとペタペタと音が聞こえてくる。

 

「先輩、あれって」

 

 新田君が指さす方向を見ると、小さい犬くらいのサイズの紫色のトカゲが壁に張り付いていた。目がぎょろぎょろして気持ち悪い。

 

「四級ダナ。だが肩慣らしにはちょうどイイ。二人とも待ってロ」

 

 メカ丸先輩は右手からブレードを出してトカゲを斬り裂いた。そのまま壁を蹴ってこちらに戻ってくる。なんだか体操選手みたいだった。

 

「さすがです先輩」

「すごい身のこなしでしたね」

「二人とモ、油断はするナ。今回はちゃんと消滅してるから良いガ、消滅するのを見届けるまで気を抜かない事がこの仕事の要とも言えル」

「「はい!」」

 

 それからは工場の奥まで進んでいくのと一緒に呪霊退治を行った。四級などの雑魚は僕たちもやれる範囲でやった。ちゃんと訓練していたおかげかきちんと対峙することが出来た。地を歩いている呪霊は槍を使い、飛んだり跳ねたりしているものには術式で撃ち落とした。射撃精度も上がっていたのが嬉しかった。真依先輩たちに感謝しなくては。

 

「先輩、奥まであとどれくらいですか?」

「もう少しダ。あの先から気配を感じル」

「どんな形をしているんですかね」

「さぁナ。ただ単体じゃない可能性もあル。気配は一つだが雑魚どもを従えている可能性も否定できなイ。気を引き締めロ」

 

 僕たちは息を呑んで先輩についていく。流石に今日は普段みたいな雰囲気はなく緊張感に包まれている。念のため(残弾)の量を確認すると、持ってきたペットボトル3本中一本と半分だった。すぐに手をつけられるようにしている容器の中はすっからかんで急いで補給した。最初は結構合ったのだが雑魚退治の時に少し使いすぎたのだろう。もう少し相手に合わせて量を考えなきゃなと気を引き締める。

 

「この扉の先にいるナ。二人とも覚悟はイイカ?」

「いけます!」

「自分も大丈夫です!」

「よし、入るゾ」

 

 メカ丸先輩がゆっくり扉を開けると中から少量の光が見えた。やがてすべての扉が完全に開かれると天井から外の光が差し込んできているのがわかる。だが部屋の真ん中に大きな呪霊がいた。トラック二、三台くらいの大きさで犬のような見た目をしている。ただところどころが燃えているようで肌は紫色だった。

 

「デカくないっすか!?」

「狼狽えるナ。よくあることダ」

 

 新田君が驚いている中メカ丸先輩は右手から刃を出して足を切りに行こうとするが避けられてしまう。その動きは速く、追いかけっこしていたら先にはてるのはこちらだというのが目に見える。

 

「二人とモ、気をつけロ」

「は、はい!」

「待ってください、あいつなんかしようとしてます!」

 

 犬型呪霊は顔を上に向けて雄叫びを上げた。すると近くから出てきたのか普段見る小さいサイズの動物型呪霊がたくさん出てくる。

 

「これって!」

「アア、おそらくアイツの子分ダナ。術式の気配はないかラ、多分アイツが親玉ってやつだろウ。二人トモ、申し訳ないが雑魚の相手を頼めるカ?」

「は、はい!任せてください!」

「先輩、気をつけてください!」

「分かった。お前らもナ」

 

 メカ丸先輩は右肘からブースターみたいなのを出して飛んでいってしまった。本当にメカなんだなと思いつつも僕たちは身構える。

 

「時任君わかってるよね?」

「うん、新田君は極力動かないで。ただ迫ってきたらその時は自己防衛して」

「わかった。時任君は?」

「僕は前に出てコイツらを薙ぎ払う。大丈夫、先輩たちのいう通りにちゃんとやればできるって信じてるから!」

「うん。じゃあ気をつけてね!」

「ありがとう!それじゃあ、行ってきます!」

 

 僕は槍を構えて呪霊を睨む。子犬や鳥、狸に猿なんていろんな種類がいる。唯一救われたのは猫がいなかったことだ。猫が相手なのはちょっと気が引ける。一度息を吸って吐いて心を落ち着かせる。もう一度呪霊達を睨むと真ん中にいた子犬が噛みつこうと跳んできた。

 

「せいっ!」

 

 槍で薙ぎ払って犬を消滅させる。やった…のだろうか?とりあえずそのままやってくる呪霊たちを槍で倒していく。ある程度倒すと体が慣れてくる。

 

「時任君上!」

 

 新田君の声が聞こえて上を見ると鳥型が一直線に向かってきていた。ただこの距離なら間に合うと容器に指を突っ込んで水を取り出す。それの形を整えながら一歩引いて狙いを定めて打ち込む。

 

「“輪舞(ロンド)”」

 

 撃ち込んだ螺旋は鳥型呪霊の腹を貫いて消滅させた。

 

「え?今のって……」

「最初に見せた僕の術式。さっきも使ってたけど見てなかった?」

「う、うん。でも名前ついてたんだね」

「あー、最初はつけなくていいかなって思ったんだけど、東堂先輩と加茂先輩があった方がイメージしやすいから付けとけって」

「あ〜……」

 

 新田君はなんとなく察したような顔をしている。“螺旋操術(ラセンソウジュツ)”、これは加茂先輩が名付けたが輪舞の方は僕が名付けた。名前の由来とかは特に考えてない。適当に思いついたのをそれに当て嵌めているだけだ。最近ハマっているDJのゲームから少し借りたとかではない。

 

「新田君、さっきみたいな感じで油断してたり見えてなかったら教えてくれると助かる!」

「わかった!任せてください!」

「新田君自身の方も警戒はしてね!」

 

 呪霊たちはキャンキャン吠えている。槍を振り回して構える。

 

「さて、お仕事を始めるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はあれからずっと二級呪霊の相手をしている。速すぎるせいで刀源解放(ソードオプション)で斬ることが叶わない状況になっていた。推力加算(ブーストオン)しているからまだ追いつけるものの絶技抉剔(ウルトラスピン)で当たることはない。これじゃあ大祓砲(ウルトラキャノン)で狙い撃つことも難しいだろう。幸いにも二人の元に行ってないのがマシなところだ。おそらくアイツ自身の攻撃力はそんなにない。さっき一度剣山盾(ウルトラシールド)で防いだ時に噛みつこうとした牙が数本折れた。ただそれ以来スピードで翻弄されている。

 

「チッ、めんどくさいヤツだナ」

「オオオオオオ!!」

 

 今度は突っ込んでくるが牙ではなく爪で引っ掻こうとしている。剣山盾で防ぐと爪は折れることはなかった。それどころか剣山によるダメージも入っていない。どうするべきか考えた時にふと気付いた。奴は工場の機械を足場にしている。それのせいで狙いをつけることが難しかった。だから先を狙って足場を無くしていくのが攻略法だ。

 しかしこれだけでは決め手に欠ける。これだけ速い相手だ。すぐに他の足場を見つけるに違いない。すべて落としたとして向かってくのはこっちだ。これだけ大きな呪霊、決めるなら絶技抉剔ではなく砲呪強化形態(モード・アルバトロス)で決めるべきだ。けど砲呪強化形態になるには少し溜めが必要だ。ここを解決しないと俺がやられてしまう。

 

「メカ丸先輩!」

「時任、新田!ソッチは終わったのカ?」

「はい、時任君がやってくれました」

「でも新田君の援護がなきゃやられてましたけどね」

「終わったのならイイ。……そうだな、時任、少し手伝ってくレ」

「僕ですか?」

 

 時任に作戦内容を伝えると納得して了承してくれる。破壊する場所を伝えて配置についてもらう。新田には被害に遭わないよう少し離れていてもらう。呪霊が引っ掻いてくるタイミングを見越してまた剣山盾で弾き返すと誘導した方向へ跳んでいく。

 

「行ったゾ時任!」

「はい!任せてください!」

 

 時任は術式を撃ち込んでオブジェクトを破壊していく。行き先を破壊された呪霊は足をつけた瞬間体制を崩すがすぐに別の場所へと飛んでいった。その後も交互に足場を破壊していく。

 やげて最後の一つになった時、俺は時任にタイミングを譲渡する。

 

「準備をスル、タイミングは任せたゾ!」

「了解です!」

「砲呪強化形態!」

 

 誘い出す場所に向けて砲撃の準備をする。上手くやればこの一撃で仕留められるはずだ。充填開始をして半分が過ぎた時、異変は起きた。

 

「先輩、前来てます!」

 

 実際新田に言われる前に気づいていた。大犬が俺めがけて走っていたのだ。最後のオブジェクトはすでに破壊されているが奴の慣れの方が早かったのだろう。それを飛び越えてこっちに向かってくる。まだフルチャージが終わっていないこの状況で撃っても完全に祓うことはできないだろう。鋭い爪が迫ってくる。

 ──大丈夫だ。怯ませるくらいは出来る。そしたら刀源解放で祓えば良い。もう撃ってしまおうかと考えた瞬間だった。

 二本の槍のようなものが迫っていたヤツの手を貫く。槍の伸びる先を見ると時任が立っていた。

 

「先輩今です!思いっきりやっちゃってください!」

「アア、任せロ!」

 

 この一瞬でチャージは全て溜まった。そして奴の動きは今止まっている。狙いは十分。イケる!

 

三重大祓砲(アルティメットキャノン)!!!」

 

 最大火力を持った砲撃は大型呪霊を包み込んでいく。五秒ほど照射を続けてると砲撃は自然と弱まっていった。その場に呪霊の姿はなく代わりに紫色の煙が立っていた。

 

「やったカ?」

「はい、確実にくらっていました。でもあの呪力出力すごいですね」

「マァナ………」

「と、時任君」

 

 何々と新田に少し離れたところに連れて行かれる。小声で話しているようだがバッチリ聞こえてしまった。気づいた時任はデリカシーのない話をしてしまったと俺に謝罪してくる。

 

「すみませんでした、僕何も知らずに」

「イヤ、話していなかった俺も悪イ。それよりも助かっタ。礼を言ウ」

「いえ、力になれてよかったです!」

「最後のやつはなんだったの?あれも見たことないけど」

 

 うーん、と少し考えるようにしてから思いついたかのように話す。

 

「パッと思いついたからやってみたんだけど意外とできちゃったんだよね」

「思いつきでやったのカ」

「はい」

「なかなかすごいね……」

「最初のやつは輪舞と名付けていたがそっちのやつはあるのか?」

「そうですね………連弾(レンダン)とかどうでしょうか、ピアノみたいな感じで」

「いいかもしれないナ。その調子でバリエーションを増やセ。それじゃあ奥に行くゾ」

「奥ですか?」

「ほら、まだ何かあるかもしれないじゃん?」

「なるほど」

 

 納得した二人は後を追いかけてくる。色々と破壊したが道は残っていた。一番奥のところに来ると何やら横たわっているものがあった。よくみるとそれはさっきの大型呪霊に似た犬の死骸だった。

 

「これって…」

「おそらくさっきのヤツダ。死んで呪霊になったんだナ」

 

 時任は死骸に近づいてしゃがみ込むと手を合わせた。

 

「何をシテイル?」

「……かわいそうだなって思って。少しでも楽に成仏してもらえたらなって思いまして」

「ソウカ………」

 

 俺は周りに何か異変がないかだけ探って何もないことを確認すると振り返って戻ろうとする。二人は走って追いかけてくるが出口まで何も話すことは無かった。外に出るとすでに帳は解除されていた。車に乗り込んで学校に戻る最中。時任がもう一度謝ってきた。気にするなとだけ告げて大丈夫だということを促す。

 ────大丈夫だ。いつか、お前たち、皆の元に本当の俺が行けるようにしてみせるから。もう少しだけ、待っていてくれ。




 時任桜戲の術式情報 その一

螺旋操術 らせんそうじゅつ
 触れた液体を螺旋状に操作し、様々な形を作る。液体ならなんでも可能であるが、逆に液体がなければ使用は出来ない。技は全部で七種類。うち五種類が通常の攻撃技であり一種が防御技。最後の一種は最終奥義である。
連弾 れんだん
 伸ばして槍状にして串刺す技。隣り合ってないゆびならどの指同士でも可能。ただし片手ずつになり最大四本。串刺し以外にも足止めに使える。
輪舞 ろんど
 時任が使う基本技。狙い撃つ鉄砲のような貫通弾。人差し指か二本指で狙えて片手につき一発ずつ。最大二発を同時に撃てる。


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第六話 初めてのお小遣い〜何に使おう〜 I will give(以下略) お出掛け編前編

サブタイトルで分かった人も多いと思いますが初給料はテンション上がりますよね。
それを鼻歌まじりに歌うとあら不思議、某キテレツ大百科のあのEDになります。
あとお気に入り者数が二百超えてました!さっき確認した時は222に………みなさんありがとうございます!


「お給料ですか?」

 

 見学から帰って二日後、庵先生に職員室に呼び出されて話を伺うとお金の入った茶封筒を渡された。

 

「ええ、この間の任務でメカ丸のサポートに入ったそうじゃない。それもあって少しだけだけど報酬が入ったのよ」

「サポートなんて大したことしてませんよ」

「メカ丸はすごく助かったって言ってたわよ」

 

 なんだか申し訳ないなと思いつつ茶封筒を受け取る。でもそしたら新田君も手伝っていたわけだから彼も貰うべきではないのだろうか。

 

「新田なら銀行口座があるからそっちに振り込んだわ。というよりアンタが口座を持ってないから手渡しになっているのよ」

「なるほど。次の任務までには作っておきます」

 

 そうねなどと言いながら庵先生は背伸びする。別段厚いというわけでもないが封筒の中にお小遣いを貰うの初めてで少しワクワクする。

 

「それじゃああとは練習頑張りなさい」

「あ、待ってください先生」

「どうかしたの?」

「こういうお金って何に使えばいいんですか?」

「別に好きなもの買えばいいのよ?」

 

 好きなものと言っても今は特にそういうのはない。高校入ってから何かとバタバタしててそういうのに手を出していなかったし、高専に入ってからは何すればいいのかもわからないからこれといって浮かぶものはない。

 

「あとその、お給金って初めて貰って、どういう風に使えばいいのか分からないんです」

「なるほど………じゃあせっかくだし、街に行きましょう」

「街に?行けるんですか?」

「ええ。お休みの日は行くことを許されているわ。少し遠いから時間は取られちゃうけど。せっかくだしあの子たちも誘いましょう」

 

 初めて日常的に行けることを知ったが先生も来てくれることに驚いた。先輩方からはすごい優しいって話を聞いてたけどここまでしてくれるなんて思ってもいなかった。とりあえず先生にお礼を言って先輩たちに話をすると了承してくれた。しかしメカ丸先輩は見た目のせいか行くことは出来ないらしい。お土産を何か買ってこようと決意してその日は解散になった。

 次の日曜日になり、宿舎のロビーで待っていた。皆を待たせるわけにはいかないと先に来ていたら誰もいなかった。誰かが来る前に荷物の確認だけしておこうとカバンの中を確認する。お給金は十万円あってびっくりしたが全部は使わないとある程度だけ持ってきた。すべての荷物を確認し終えると加茂先輩がやってくる。

 

「おはよう時任君」

「おはようございます加茂先輩」

「早いな、まだ十五分前だぞ」

「いえ、先輩方をお待たせするわけにはいかないので!」

 

 加茂先輩は目を抑えて何か呟いている。よくわからないが朝だし眠いんだろうと放っておくと今度は新田君と東堂先輩がやってくる。

 

「おはようございます」

「おはよー」

「おう、おはよう」

「東堂、今日は何しにいくのかわかっているよな?」

「勿論だ。時任(マイスチューデント)に高田ちゃんの良さを教え込みに行くんだろう?」

 

 そんなプログラム聞いたことないんだけど。てかプログラムは庵先生が任せなさいって言ってたけど大丈夫だよね?

 

「違う、皆で遊びに行くのだ」

「分かってるさ。だが俺の中にはそれも入っている」

「新田君は出かけたことあるの?」

「まぁ数回だけ」

「何しに行ってるの?」

「本買いに行ったりとかかな」

「なるほど、休日をそういうふうに使うのもありなんだ」

「うん、初めての給料ってワクワクするよね」

 

 わかるわかると新参者で話し合っていると今度は女性人がやってきた。先生は少しだけ張り切っているようにも見えた。

 

「おはよー!」

「おはようございます!」

「おはようございます」

「皆揃ってるわね、それじゃあ行くわよ!目指すわ新都心!今日は楽しむわよー!」

「「「おー!」」」

 

 ノリのいい組とあまり乗らない組に分かれるが皆行く気満々で高専を出ていく。皆私服で歩いているのが新鮮だ。特に真依先輩と加茂先輩は新鮮だなと思う。高専近くにあるバス停でバスに乗って皆でワイワイしながら新都に向かっていく。窓の外をずっと見ているが変わらない木々ばっかりだった。動物でもいないかと目を凝らしていると声をかけられる。

 

「時任君時任君」

「なんですか三輪先輩?」

「これメカ丸から預かったの」

 

 手渡しされたものを確認すると缶バッチみたいな形状をしたものだった。メカ丸先輩の顔見たいな形をしているがなんだろうかと見回すと砂嵐みたいな音が聞こえてきた。

 

『おはよう時任』

「えっ!?め、メカ丸先輩!?」

『ありがとう三輪。ドッキリ大成功ダ』

「へへ〜」

 

 どういうことだと缶バッチ(?)に確認すると先輩自身は行くことはできないがこれなら同行できるということらしい。それでも構わないかと聞かれ、断る理由もなくいいですよと答える。アリガトウと聞こえた後につける場所の確認などに入った。やがてメカ丸先輩を装備し終えると皆でまたガヤガヤ話し始めた。

 

「そういえば最初はどこに行くんですか?」

「それはもちろん決まっているわよ」

「高田ちゃんの聖地だな」

「絶対違うわね」

「初給料が入ったのが二人もいるんだもの。それに学生として楽しめる所といったらあそこでしょ」

 

 先生がふふんと鼻を鳴らすとバスはちょうど目的地である新都心に着いた。そのまま先生について行くとショッピングモールに入っていく。エスカレーターや道中も盛り上がっていたが先生が一度離れて数分で戻ってくると皆が静まり返った。何をするのか理解できていない人が大半だったみたいだ。そのまま言われるがままついていくと一つの大きな部屋に案内される。

 

「着いたわよ」

「ここってもしかして……」

「そう、学生なら皆ここに来るでしょう!思う存分楽しみなさい!!」

 

 部屋は薄暗く、大きなモニターが二つもある、この人数なら余裕で入れる広々とした部屋だった。中にもマイクがあるから想像されるものは一つしかなかった。

 

「カラオケですか!?」

「そうよ!」

「僕カラオケ初めてです!」

「あれ、そうだったの?」

「新田君は?」

「ちょいちょい行ってたかな」

「他の皆さんは?」

 

 全員に聞くと「無い」と声を揃えて言ってくる。胸元に装備した缶バッチメカ丸先輩もだ。じゃあ仕方ないかと先生が軽く説明してくれる。マイクの調整とかは既に済ませていたのだろうか、もう既に歌える状態になっていた。

 

「カラオケだと普通に歌うこともできるけど採点することも出来るわ。皆どっちがいい?」

「最初だし採点はいいんじゃない?」

「そうね」

「その方がいいかも」

「他も同じみたいだし今回は採点無しでいくわよ。じゃあ手本?も兼ねて私からいくわね」

 

 曲を入れる方法とかは新田君に説明してもらったからなんとかなるだろう。そろそろ始まるぞと拍手すると先生は大きく息を吸って歌い始めた。

 

Please don't say "You are lazy" だって本当はcrazy

「いやめっちゃ上手」

「先生の術式歌に関するものだからね」

「へ、へ〜」

 

 術式に関しては初耳だが正直常人を超えるほどの上手さだった。歌っている姿はまさにアイドル大統領といったところだろうか。初めて会った初日に叫んでいる人には到底思えなかった。

 

「ふぅ…とりあえずこんなものね。アンタたちも歌って皆で楽しみましょう♪」

「は、はい!」

「緊張しなくていいですからね」

『次は誰が行くんダ?』

「俺が行こう」

 

 すっと立ち上がったのは東堂先輩だった。今日の服装はいつもの学ランと違いシンプルさがある。しかし筋肉が服の上からでもバッチリ分かる。まぁどうやっても隠せないだろうけど。マイクを持つと前奏が流れ始める。歌唱力自体は普通に上手かったが問題はそこからだった。庵先生とは違いこの人も才能があるのではないかと思い始めたのだ。

 

上から叩き付ける烙印 You’ll never run from run from チープな Ranking

 イメージ先行レギュレーション そこで何を判断?底に何が?Ay

 

 なんでこの人めっちゃラップ上手いんだよ。ここ数日見ててジャイアニズムあるよなとは思ってたけどなんか別の才能見つけちゃったよ。殴ること奪ったらこの人に残るのってこれだけとか言わないよね?

 

「久しぶりに歌ったが悪くはないな」

「ラップ上手いな」

「まさかお前に褒められるとはな」

「褒めるところは褒めるさ」

「なら次行ってこい」

「行きたいのは山々だが私はあまり音楽に触れたことがないのでね」

 

 チッ、と舌打ちをする東堂先輩を横に今度は三輪先輩が出ていく。選曲したのは「春を告げる」だった。なぜか三輪先輩が歌っている間は安心感があった。普通に上手かったけど。そのまま西宮先輩、新田君と続き、僕の番がやってきた。

 

「期待しているぞ時任!」

 

 しないでお願いだから。何をしようかと選曲に悩む。しかしここで意外な声がやってくる。

 

『時任も歌えるのカ?』

「はい、可能ですが。先輩も歌ってみますか?缶バッチ通してならできると思いますし」

 

 フムと考えるような声が漏れてくる。まさか本気で考えてる?ちょっと冗談のつもりで言ってみたけど。

 

『まぁやってみるカ』

 

 まじか。先輩に言われて端末に曲名を入力していく。聞いたことない曲名だったが先輩はどう歌うのか気になってきた。

 

『時任、マイクを近づけてくれ』

「は、はい!」

「メカ丸も歌うのか?」

「えっ、やれるの?」

『見ておケ』

「だ、そうです」

 

 結構明るい感じのイントロが始まった。でも曲名は確か「LOVE illusion」って書いてあったような………。

 

『カラフルテリブル絵描き属性 Come on baby! Open your eyes!』

 

 曲調とは違うような濃い声が聞こえてきた。でも何故か正解に聞こえてくる。皆笑うのを堪えながら聞いてる。ラスサビの前の綺麗な声にはもう耐え切ることはできなかった。終わった後はいい汗かいたかのような清々しい声が聞こえてくる。そのまま僕にバトンパスをしてくる。

 さてどうしよう。ネタ枠みたいなのはメカ丸先輩が持ってったし、あまり最近のものをやっても面白くないだろう。ゲームの曲をやっても皆わからないだろうなと悩みながら適当に漁るとピンとくる。これだと端末に入力して準備をする。

 

「決まったのかい?」

「はい!少し懐かしいのにしました」

「八年くらい前ですかね」

『確かに懐かしいナ』

「はじまるよー」

 

 ステップを踏みやすそうなリズムが部屋の中に響く。曲名を見た半分はピンときていなかったがもう半分の反応が面白かった。

 

「懐かしいわね!?」

「すごく懐かしい……」

「この曲って私たち小学生だよね?」

「そうですね。時任君なかなか面白いところチョイスしてくるね」

 

 僕はVサインだけしてマイクを持って歌う。

 

「やっぱり今夜もまた 部屋を出てしまった

 一人きりのTV 何も笑えない」

 

 それから最後までやり通したがなかなか爽快感があった。普段こういうこともしないから高揚感がある。

 

「久しぶりに聴きたくなったわ倉○麻衣」

「あの人コ○ンの曲めっちゃやってますよね」

「数年前にもヒット曲出してたような」

 

 とりあえず一息つけた僕は他の人のも含めて飲み物を取ってくると部屋を出る。数人が同行すると言ってくれたがトレーがあるから大丈夫と断った。

 ドリンクバーの機械を見て本当に色んなのあるなと思いながらコップに注いでいく。全員分は少し重いなと思いつつ部屋へ戻ろうとするとある部屋の扉の前で一度止まる。ふと気になって扉のガラス部分を除くと活気のあるお翁ちゃんがいた。元気だなと思いつつ少しだけみると赤いギターを弾きながら歌っている。歳のわりにすごいテクだなと感じながら顔を見ると正体を知る。

 ──学長だった。楽厳寺学長が一人でギターを持ってカラオケに来ている。これがヒトカラというやつなのか。とりあえずこのままここにいると危険だと察してすぐに部屋に戻った。皆に飲み物を配ってソファーに座る。

 

「何かあったの?トレー抱えたままだけど」

「いっ、いえ!何もありませんよ!」

 

 真依先輩が声をかけてきても正直には話せなかった。言えない、学長が近くの部屋にいるとか絶対言えない……!

 

「戻ってきたな時任。お前これいけるか?」

 

 僕の精神状態とは違って堂々としている東堂先輩はタブレットをこっちに渡してくる。写されているのは知っている曲だった。

 

「出来ますけど……どうかしたんですか?」

「俺たちの本気、見せつけてやろうぜ」

 

 なんだこの人、とは思ったが了承してマイクを持つ。一応確認すると先輩はラップの方を担当するらしい。まぁ予想通りではあるが。

 

「「WーBーX Clime and the city」」

 

 その後はなんとか上手くいったしかし先輩のラップが圧倒的に強すぎてなんか敗北感を得たような気がする。そも勝った試しなどないが。それからしばらくカラオケに居座り、退室時間になって皆で会計を済ませる。この後はどうするかを聞くと先生は不敵な笑みを浮かべながら僕たちを連れて行った。

 

「今日の先生なんかテンション高いね」

「久しぶりにストレス発散できてるんでしょう」

「先生も忙しいもんね」

「生き生きしている先生私は好きだけどね」

「わかる(全員)」

 

 満場一致したところで先生が歩みを止める。そのお店の看板を見てもよくわからなかったが中身だけ見ると服屋さんだというのがわかった。

 

「さぁ、後半戦行くわよ!」




歌ったものまとめ
歌姫先生→けいおん!のDon’t say lazy
東堂  →仮面ライダーリバイスのlive Devil
メカ丸 →冴えない彼女の育て方よりLOVE illusion
時任  →劇場版名探偵コナン 漆黒の追跡者のPuzzle
時任東堂→仮面ライダーWのW-B-X ~W-Boiled Extreme~

時任は最近聞いてて懐かしいなと、東堂とのデュエットは風都探偵アニメ化おめでとうございます。
あとは中の人ネタですね、はい。

次回後編です


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第六話 こんなところにいるとは思わないじゃん お出掛け編後編

お待たせしました!勝手に前後編に分けておきながら後編のインスピレーションが全く浮かんできませんでした。反省。
今回は時任君についてのお話をちょっと入れてます。


「始まりました!第一回“呪術高専京都校 男どものファッション対決”!」

 

 なんだよその大会。と思った皆さん正解です。何故こうなっているのか簡単に前回のあらすじを交えてやると、初給料が出たので皆でカラオケ行って楽しんだ後服屋さんに来たら先生のテンションが上がっちゃった。ということです。

 どうやら男陣のファッションセンスを確認するとのことで審査員に女性陣がいます。

 

『俺もファッションは出来ないからこっち側ダ』

 

 缶バッチメカ丸先輩も向こう側にいる。てかどっから椅子と机取ってきたんだ?

 

「制限時間は二十分、各自自分に似合う服の組み合わせを選んで採点するわ!出し惜しみは無しよ」

「見せて貰おうじゃないの」

「私の採点は厳しいわよ」

「皆どんな服着るのか楽しみですね!」

『応援はしておこう』

 

 開始の声が掛かると同時に店内に散らばった僕たち。各々が目に入った服を手に取ってみる、というような行動はなく三十秒も経たぬうちに司会席の死角に集合する。

 

「困りましたね」

「まさかこんなことになるとはな」

「ファッションとかあまり気にしてなかったです……」

「俺はもう十分に服があるから買わなくていい」

「しかしこれ持っていかなかったら」

「ああ、確実に面倒なことになる」

「じゃあどうすんだ?」

「ここは一つ、ペアを作って服を選びましょう」

「それは名案だな」

 

 確かにそうすれば自分で悩むことがないから事が進みやすい。さすがは新田君だこういう時の頭の回転はおそらく二人の先輩よりも頼りになるだろう。

 

「肝心のペアはどうするの?」

「じゃんけn」

「いくぞ時任」

「ちょまっ、あーーーーーーー」

 

 すぐに襟を掴まれて引き摺られていく。あっという間に加茂先輩と新田君は見えなくなった。この服屋さん広すぎる。

 

「加茂先輩と組まないんですか?」

「性癖のつまらんやつよりお前の方がいいに決まってるだろ」

 

 またその話か。

 

「安心しろ、お前のは選んでやる」

「う、うっす」

「さぁ俺に似合う服を選んでみろ」

 

 とりあえず連れてこられたコーナーを見渡して適当に服を手に取る。でも東堂先輩だから真剣に考えないととんでもない目に合うのはこっちだと一度考え直す。手に取った服を戻しもう一度見渡すとピンときた服を取る。オレンジ色が基調に真ん中のギザギザ。さらにはジーンズのようなズボン。どこかで見たことあるような組み合わせだったがとりあえず先輩に渡してみた。

 

「ほう、これがお前の選んだ服か。来てくるぜ」

 

 何故かウキウキして更衣室に入っていく先輩。すぐに着替え終わったのかカーテンは開かれたがその姿を見て言葉を失った。どうしても既視感があったのだ。

 

「どうかしたか?」

 

 でも言えるわけがないと思った僕は目を逸らすと恐竜の被り物を見つける。それを手にとって渡した。

 

「これを被れば完成です」

「ふっ、皆の反応が楽しみだな」

「そ、そうですね」

「次は時任の番だ。教師として人肌脱いでやる」

 

 教師をとった覚えはない。だが今機嫌を損ねるわけにはいかないので笑って誤魔化した。服を取りに行った先輩は時間もかからず戻ってきた。因みに今は隣で新田君が着替えている最中だ。コーナーがコーナーのせいで更衣室は隣になる。加茂先輩と火花を散らしているが敵はそこじゃない、司会席だ。戻ってきた先輩はジャケットとニット、パンツを持ってきた。意外と普通のを選ぶと思ったがすぐに着替えるように指示された。とりあえず着てみるとサイズがピッタリだった。一瞬怖くなったがカーテンを開けてみるとドヤ顔の東堂先輩が待っていた。

 

「どうですか?」

「さすがは俺の生徒だな」

「くっ、私ではこの服は選べなかっただろう」

「加茂先輩こっち戻ってきてください」

 

 新田君は冷静に状況を対処している、というより半分呆れているのだろう。時間ギリギリまで加茂先輩と練り合っているようだ。これでいいかとなった僕達は司会席の方に顔を出した。

 

「最初に戻ってきたのは東堂と時任だ〜!」

「二人ともお疲れ様です」

『オツカレ』

「はは、ありがとうございます」

「御託はいいわ、早く始めましょう」

「真依ちゃん乗り気だね」

「では俺から行こう」

 

 一歩前に出て近くにある更衣室に身を乗り出した東堂先輩。一瞬悪寒がしたが無視することにした。

 

「初っ端から東堂先輩ですけどどうなるんですかね」

「そうね、メカ丸はどう思う?」

『仮にも一級呪術師、それなりの実力はあるだろウ』

 

 そんなことに使われる称号じゃないでしょ。

 

「葵は意外な所でセンスあるのよね。そこに注目していきたいわね」

「どうでもいいけどあまりに酷いものだったら手直しするわよ」

「オッケー真依ちゃん」

 

 なんで実況やる気満々なんだこの人たち。更衣室から用意が出来たとのことで審査が始まった。

 

「ではではエントリーNo.1東堂葵、どうぞ!」

「ふんっ!」

 

 勢いよくカーテンが開かれると皆爆笑している。実際僕もお腹を抑えて東堂先輩を見ることなどできなかった。

 形は違えどほぼジャ○アンなのだ。その上に可愛さを付け足したような恐竜の被り物。駄目だ、お腹痛い。

 

「何よアンタ、その格好www」

「www」

「時透が選んだ。似合っているだろう」

「アンタとんでも無いもの生み出してんじゃないわよwww」

『これが一級の破壊力………www』

「駄目だよみんな、笑っちゃ……www」

「ふっ、皆センスがないな」

 

 いやこれは仕方なかったんだ。もう、どうにもできないwwwww

 

「それでは気を取り直して、フフw、点数をつけます。皆さんどうぞ!」

 

 出された点数は40点中30点だった。てかメカ丸先輩まで採点するのか。

 

「面白いのだけど少し違うのよ。まぁ、このゴリラに興味ないけど」

「もう少し体つきを活かしたほうがいいかな」

「私は面白かったので…w」

『東堂ならもう少し暗い色の方がいいんじゃないカ?』

 

 皆意外と真剣に点数つけるんだな。その点数を見た先輩は納得がいかない様子だったがどこか諦めがついたのかすぐに持ち場に戻った。続いて僕の採点になるとすぐに更衣室に入って着替えた。呼び声に応じて出ると皆してテーブルを叩く。

 

「コイツの服選んだのは誰よ!」

「すごい、ちゃんと本人を活かしきってる」

「とんでもない才能を持ってる……」

『似合っているぞ時任』

「すごいじゃない!」

 

 皆がキャイキャイ騒いでいるところ衝撃の真実が放たれる。正直ここまでは予想していなかったがここから先は予想通りになりそうだ。

 

「俺が選んだ」

「「「「『………え?』」」」」

「これは俺の作品だ」

「あ、アンタがこれやったの!?」

「やっぱり葵は変なところで器用よね…」

「東堂君のいいところって戦う以外であったんだ………」

「ほへ……」

『三輪、固まっている場合じゃないゾ』

 

 そんなこんなで意見が飛び交っている。正直東堂先輩にこういうセンスがあったのは驚きだがパイナップルジャイアンにも他に特技があって安心している自分がいる。訓練の時本当に殴る蹴るしか特技ないんじゃないかと疑ったほどだったから。

 だが笑っていられる時間もすぐに終わった。視界にある人たちが入ってきたのだ。当然それに目を奪われた僕はその人たちと目があう。店に入ってテーブルを越えて近づいてくる。

 

「桜戲、桜戲なのか?」

「嘘、本当なの?」

「誰よ、この子に手を出そうとしてるのは」

「真依ちゃんなんでそんな攻撃的なの」

「あなたこそ誰よ。私の可愛い可愛い桜戲ちゃんに手を出すつもり?」

「落ち着け舞雪(フブキ)

「何言ってるのよ和月(ナツキ)!大事な弟が危険に晒されているかもしれないのよ!?」

「まだそうと決まったわけじゃないしこの人たちに失礼だろ」

「兄さん、姉さん……」

 

 その場にいた全員が顔をこっちに向けてくる。京都校の人はは?という目で兄さんたちは嬉しそうな目で見てくる。

 

「元気にしてた?桜戲ちゃん」

「う、うん」

「こんなところで何をしているんだ」

「そ、その……」

「失礼します。時任君のご兄姉の方でいらっしゃいますか?」

「はいそうですが」

「私、時任君の担任の庵歌姫と申します」

「申し遅れました。桜戲の兄の時任和月と申します」

「姉の時任舞雪です」

「それで今は何をしていらしたんですか?」

「それも含めて少しお時間をいただけますか?」

「私は構いませんが……」

「私も構いません。立ち話もなんですし下のカフェでよろしいですか?」

 

 了承した先生は僕に会計を済ませるように指示して皆に別の指示を促す。

 

「桜戲ちゃん、その服すごく似合ってるわ!お姉ちゃんが買ってあげようか?」

「い、いいよ。自分で買うから」

「この服誰が選んだの?」

「せ、先輩……」

「へ〜どの先輩なのかな?」

「俺ですお姉さん」

「あなたが………?」

「弟さんの面倒を見てます、東堂葵です。好きな女の好みは」

「あー先輩言わなくていいですから!姉さん会計済ませてくるから大人しくしてて!」

 

 暴走する先輩を止めて急いで会計を済ませる。走って兄さんたちのもとに戻るいつも以上に真剣な空気が張り詰めていた。そのまま僕たち四人は下のカフェに移動した。全員アイスコーヒーを頼んで運ばれるのを待っている。その間も空気が張り詰めているように感じた。それも仕方ないのだ。姉さんはふわふわした感じがあるものの兄さんは堅物のような雰囲気を持っている。

 

「あの人たち誰ですか?」ヒソヒソ

「どうやら時任君のお兄さんとお姉さんみたいだよ」ヒソヒソ

「なに?本当か」ヒソヒソ

「それにしても随分かっこいいですね」ヒソヒソ

『姉の方も美人だな』ヒソヒソ

 

 少し離れたところから小さい声で話しているようだがバレてるんだよな。あれで隠しているつもりなのだろうか。その中を待っているとコーヒーが届き面談(?)が始まった。

 

「では改めましてお聞きしたいのですが、弟は一体何をしているんですか?」

「桜戲君は京都府立呪術高等専門学校、通称呪術高専にて授業を受けています」

「呪術というのは?」

 

 しばらく学校の説明と呪術に関する説明が行われた。姉は時々よくわからないような顔をしていたが先生が改めて説明してくれたおかげで納得がいく様子だった。

 

「大体のことはわかりました。それで今日は何を?」

「本日は」

「失礼、先生のお気持ちは嬉しいのですが、私は弟の口から聞きたい所存です」

「それは失礼しました。時任君」

「は、はい」

 

 兄の目を見ようとするが怖くて見れなかった。別に兄自体が怖いわけじゃない。けれど外にいるときはあまり兄の目を見ることはできない。

 

「きょ、今日はこの間お仕事があって…そのお給料が出た……ので、先輩方と遊びに来ていました」

「なるほど。先生、質問よろしいですか?」

「構いませんが」

「弟は危険な場所に自ら赴いたのですか?それとも誰かが連れて行ったのですか?」

 

 睨むような目が強くなった。そう、僕は兄のこの目が苦手だ。小さい頃から見ているがこの目だけは一向に慣れない。そして言い方も強くなる。他の人からすれば優しい兄ではないかと言うだろう。されど僕にはあまりそうは思えない。言っていることはそうなのだろうが、僕にとって兄はかけ離れた存在だ。だからその目は過保護にする為、目を離さないぞというサインにしか思えなかった。

 

「いえ、その際は一学年上の者の任務について行きました。なので安全の保証は」

「そういうことを聞いているのはありません。それは桜戲の意思なのか、ということです」

 

 僕を見るように視線を向けた。その時目があった。数年ぶりだった。けど咄嗟のことで反らせはしなかったが恐怖心はなかった。

 

「それは」

「僕が行くって言っ…いました」

 

 恐怖心が戻ってきたのか咄嗟に出た言葉を引っ込めるように言った。

 

「それは本当か?」

「無理しなくてもいいのよ桜戲ちゃん」

「違う、僕は自分の意志で行ったんだ。先生はまだ最初だから行かなくてもいいって言ってくれたけど、僕も早く力になりたいから見学させて欲しいって言った」

 

 今度はちゃんと兄の目を見てハッキリ言えた。兄は口元を片手で押さえつつ考える様子を見せるとこっちから視線を外す。

 

「桜戲は、他の人と打ち解けていますか?」

「え?」

「え、ええ。自ら率先していく態度は素晴らしいものだと思います」

「それなら良かったです。この後お時間いただけますか?」

「はい。戻るまでお時間ありますので大丈夫です。時任君、帰る頃になったら連絡するわ。それまでは久しぶりにお兄さんとお姉さんとゆっくりしなさい」

「は、はい」

 

 先生は席を立つと手を鳴らす。その手に反応したのか先輩方は席を立って店を出て行った。

 

「気配でわかってはいたが本当にいたとはな……」

「そ、そうだね……」

「桜戲、こっちを見なさい」

 

 兄さんの言われた通りにすると数秒ほど怖い顔をされたがすぐに柔らかい顔つきになった。

 

「今の学校は楽しいか?」

「う、うん」

「良かった。心配してたんだぞ?家に帰ってきたらお前の姿はないわ親父たちは怒っているわ」

「本当よ〜お姉ちゃん寂しかったんだからね」

「姉さんは元気にしてたでしょ」

「いや、一緒に帰ってきたがコイツは三日くらい部屋で泣いてたぞ」

 

 マジかよ姉さん、そこまでのブラコンだとは思っていなかったわ。

 

「本当よっ!せめてお姉ちゃんには一言言いなさいよ!」

「こっち来ないでよ」

 

 姉さんは僕の隣の席に来て抱き着いてくる。公共の場だから辞めてもらいたい。周りに変な誤解をされかねないし。

 

「しかし成長したな。お前が外で、いや他の人の前で俺の目を見ることが出来るとはな」

「僕もびっくりだよ。なんで出来たのか不思議でしょうがない」

「和月の目が怖いっていつも外で目を合わせなかったもんね」

「それも元は姉さんのせいでしょ」

 

 そう、それは紛れもない事実だったのだ。僕と兄たちは十歳も離れている。その上兄はライフル射撃の日本チャンピオン、姉は元全国大会優勝者の剣道女子で現在は有名モデル。二人は僕が物心ついた時には仕事が入り始めていてなかなか一緒にいる機会が無かった。その分甘えさせてはくれるのだが過保護にすることも多かった。

 そしてある日、迷子になりかけた時に姉が“目を離すと悪い人に連れていかれるかもね“なんてふざけたことを言ったせいで兄は外での警戒心を強めた。そのせいで外では怖い顔をしている。僕のためだけでなく自分達の身を守るため、とも言っているがその目が小さい頃からのトラウマになるくらい怖かったのだ。

 

「悪いとは思ってるんだけど和月が普段から警戒することは必要でもあるとか言って聞かないのよ」

「間違ったことは言っていないと思うが?」

「お陰で桜戲ちゃんは怖い思いしてるんだからね!?」

「それは姉さんのせいでもあるんだけどね!?」

「さて、冗談はさておき」

「冗談で済まされないと思うけど」

「お前が元気でよかったよ」

 

 急に真面目な話に入ると反応を取りづらい。昔からこれには慣れない。

 

「うん……兄さんたちは今何してるの?」

「ああ、スポンサーに招待されて次は世界大会だ」

「凄いね、もうそんなところまで」

「そろそろ終わりにしようと思ったんだがな。この道が性分らしい」

「そっか、兄さんらしいね」

「お姉ちゃんのことは気にならないの?」

 

 正直どうでもいいと持っている自分がいる。けどこの姉はかなりしつこいので否定するようなことを言うのは諦めつつある。

 

「はいはい、何してるの?」

「ふふん、実はお姉ちゃん近所の道場を継ぎました!」

 

 流石に驚いた。てっきりモデルを続けてお金稼いでるだけだと思っていた。しかし家では弛んでる姉がそういうことをするのだろうか。

 

「兄さんこの人本当に姉さん?」

「気持ちは分かるが本人だ。試しに両肩を掴んでみろ」

「わかった」

「そ、そんな桜戲ちゃん。だめよ、姉弟でそんな///」

「兄さん本物だよ。この気持ち悪い反応」

 

 指示通りに肩を掴むと色っぽく仕草をしてくることで分かった。僕に対してこんな反応、もとい実の弟にこんな変態反応見せるのは僕の姉でしかない。癪だけど。

 

「さっきから私の扱い酷くない!?」

「それがお前だからだろう」

「姉さん、そういう反応するの良くないよ」

「酷いわ」

「でも姉さん剣道して大丈夫?仕事に響くんじゃ」

「大丈夫よ、お姉ちゃん剣道で相手の竹刀に当たったことないもの」

 

 そうだった。この変態はそんなキモいことまでやってたんだった。これで普通の女剣士だったら憧れだったんだろうけどこんなんだから少し距離を置きたくもなる。

 

「いくら桜戲ちゃんでもお姉ちゃん泣いちゃうわよ!?」

「とりあえずそこの変態は置いておいて、桜戲」

「は、はい」

「父さんたちにはちゃんと話せよ。俺らからは元気だった、とだけ伝えておくから」

 

 素直に返事をすると二人は笑って席を立った。どうしたのかと聞くといつまでもここにいては味気ないから遊びに行くぞとのことだった。会計は既に姉が済ませており僕たちは店を出てショッピングモールの中を遊びまわった。

 帰る時間になると二人はまた今度と言って駐車場の方へ行った。僕も先生たちに合流するといろんなことを聞かれたがその時は兄たちに久しぶりに会った瞬間よりも幸福で満たされていた。




時任桜戲【トキトウオウギ】 年齢 十五歳 性別 男
誕生日 3月31日 血液型 A型
好きなもの ジャガイモ料理 兄姉 ゲーム
嫌いなもの(苦手なもの) Gやムカデといった虫 兄の怖い顔 姉の変態性 父母
術式 螺旋操術
    液体を螺旋状にすることによって操作を可能とする術式。触れられる液体ならなんでも良い。
家族構成 父母兄姉

 時任家の末っ子として生まれる。兄と姉は十歳上の双子である。本人は才能に秀でた兄姉を見て育った。しかし本人に目立った才能は見られず普通の生活を過ごしていた。
 ある日友人と廃墟に赴き呪霊と遭遇する。その際に眠っていた術式が覚醒し呪術高専に転学する。そのことを父母に伝えると猛反対されるもその日の深夜に家を出る(もとい脱走する)。
 その後高専に入学し二年三年、そして同学年の新田新と共に日々勤しんでいる。
 本人の先輩方に対するイメージはそれぞれが見せる一部を除いて尊敬しているとのこと。東堂には勝手に生徒扱いされている。


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第七話 狂気と閃きとその先を

長い間お待たせしました!なぜか暫くこっちの筆が進まなくてですね………不定期なのでお許しください


「器が死んだ?」

「そうみたいだよ」

 

 お昼ご飯を食堂で食べていると新田君は最新のニュースを持ち出してきた。ただ言っている内容は理解していなかった。

 

「えっと器っていうのは?」

「そこからかぁ……。宿儺の指っていう特級呪物の器、要は適合者がいたんだよ。その人がこの間任務の最中に死んだんだって」

「へぇー宿儺って?」

「そこも知らないの!?」

「入学案内には書いてなかったよ?」

「書いてるはずもないけどね!?」

『俺が説明しよウ』

「メカ丸先輩」

 

 昼ごはんを食べる必要がないのかテレビを見ていたメカ丸先輩がテーブルの前に来た。よろしくお願いしますと会釈をすると近くにある椅子に座って話始めた。

 

『宿儺とは生前は腕が4本、顔が2つの仮想の鬼神とされるが、正体は1000年以上前に実在した人間ダ。呪術全盛の時代に術士が総力を挙げて両面宿儺に挑んだが、終ぞ勝てなかったとされていル。その存在は最早意志を持つ災いだったとも言われていル』

「人間だったんですか?」

『らしいナ』

「勝てた人っているのかな………」

『さぁナ。しかし宿儺は二十本の指に魂を分割してこの時代まで封印されていタ。しかしこの間、宿儺の魂が封印されている特級呪物“宿儺の指”を体に取り込んだヤツがいル』

「それって無事でいられるんですか!?」

「普通なら死ぬよ、体が耐えきれずにね。そうでなくても普通食べようと思わないんだけど」

『だがそいつはそれを体内に取り入れ、自らの力としタ。それが例の宿儺の器ダ』

「それで、最近その人が死んだと」

 

 二人は頷きながら答える。それほど強力なものを取り込んでおきながら死んでしまうとは一体どういうことなのか。不幸な事故か、それとも呪霊にやられたのか。謎が増えていく。

 

「質問いいですか?」

『?』

「その宿儺の器さん?は人間なんですか?」

「あー確かに気になるね」

『元は人間だろうが、特級呪物を取り込んだんダ。半分呪霊のようなものだろウ』

「半分呪霊、でも半分は人間………」

「でも上は喜んでいるみたいですよね」

「人が死んだのに!?」

『人といえど相手は特級に匹敵する可能性を秘めていル。それに災いと言われる宿儺の脅威が減ったんダ。喜ばれるのも当然ダ』

「でも……」

「時任君、この世界ではそれは普通だよ」

「加茂先輩」

 

 食堂の入り口の方を見ると加茂先輩が声をかけてくる。加茂先輩の表情はとても落ち着いていて冷たい声だった。そこにはまるで情がないような、それが当たり前のような声色だった。

 

「呪霊になったものも、呪霊と同じように祓う。それが私たちの役目だからね」

「それが元は人でもですか!?」

「ああ。少しやりづらくはなってしまうかも知れないが、命の危機にさらされているのならば仕方ないだろう」

「そんな………」

「それに世の中は善人だけじゃない。悪い人だっている。呪術を使って平気で人の命を奪うような奴らもな」

「え………?」

「そっか、時任君はまだ呪詛師を知らないんだっけ」

「呪詛師?」

『我々のような呪術を使うにも関わらず道を踏み外したものダ。それを人殺しに使うような奴もいル』

 

 理解が追いつかなかった。だってせっかく力があるのに人のために使わず、ましては人を殺すために使っているんなんて。この世界は一体どうなっているんだと混乱していた。

 

「その者達にも迷いはあったんだろう。しかし奪った命は戻ってこない。奪われた人たちのためにも我々は呪詛師も対峙している」

「それは…倒す時どっちが優先されるんですか?」

『というト?』

「呪詛師と元人間の呪霊、どっちを倒すのが優先なんですか?」

「そこに優先順位などはない。どちらも倒すだけだ」

 

 その言葉を聞いて心苦しくなった。呪詛師は仕方ないと飲み込めるものの元人間の方は飲み込めなかった。呪霊といえど元人間、ならば肉があるはずだ。そしたらきっと痛いはず。そしてもし心が残っているのならば悲しくなるのだろう。それを想像すると辛く感じる。だけどそうしないと被害が出てしまうことに納得せざるをおえなかった。

 

「さて、こんな話をしてすぐで悪いが任務に行くぞ」

「え、加茂先輩も行くんですか?」

「ああ、今回は私、メカ丸、西宮、三輪、新田君、時任君のここにいるメンバーで行く」

「準一級の先輩たちが同行するってことはかなり危険な任務なんですか?」

「いや、全員が見事にバランスの取れたメンツだからな。それに危険ではあるがこの人数なら問題はないだろうとのことだ」

 

 行き先の任務を聞くと今度は廃業した遊園地から人の声が聞こえるとのことで調査すると複数の呪霊が発見されたらしい。どれも特徴が違い、連携をとっているものが多いため僕たちが呼ばれたとのことだ。もっと適任がいたのではないかと聞くと今空いている術師が少なく学生だが呼ばれる、なんてこともあるらしい。車に乗って移動しながら作戦会議が始まる。

 

「先ほども説明したが複数の呪霊が連携をとって行動している。だから我々もメンバーを分けて探索及び呪霊を祓う。メンバーは私、西宮、時任君のA班とメカ丸、三輪、新田君のB班だ。各班準一級の術師がいるため指示は基本的に聞くこと」

「了解です」

「わかりました」

「特級と遭遇した場合は即撤退すること。いいな?」

「「「「『はい!』」」」」

 

 全てを確認し終えると車のスピードがどんどん遅くなっていく。目的地に着いたのだろう。車を降りて景色の確認をするとボロボロになった遊園地の入場ゲートが見える。明らかに数十年くらい経ってそうなボロさに一瞬声が出そうになったがすぐに落ち着きを取り戻す。遊園地の中を探索すると本当に何十年も使われていないかと思うくらいボロボロになっていた。僕たちA班は上空の西宮先輩と連絡を取りながら探索をしている。

 

「時任君、先程はすまない」

「何がですか?」

「いくら現実とはいえ急なことを言ってしまった。そのことについてだ」

「い、いえ。こちらこそすみませんでした。少し取り乱してしまって、まだまだ勉強が必要なのでご指導よろしくお願いします」

「いやこちらも言い方が悪かった部分がある。それにしても君は本当に礼儀正しいな」

「そ、そんなことないです」

「普段の態度から見てとれる。この間いた君の御兄姉のことを少し調べさせてもらった」

 

 少しばかり心にグサッとくる。もしかしたら比べられたのではないかとドギマギする。

 

「どちらも功績を残しているみたいだな。それも有名人ときた。生憎私は知らなかったがね」

「そうなんですか?」

「そういったものには疎くてね。ただそれを見て思ったんだ。君と私は正反対の位置にいながらも似た存在だったと」

「僕と先輩が似ている………?」

「ああ。私は本来後継にはなれないんだ」

「でも先輩は加茂家次代当主だって」

「そうだ。本来正室から生まれる筈の子がこの術式を受け継ぐはずだった。しかし側室だった私の母が私を産み私が相伝を受け継いでしまった。だから私が後継になったんだ」

「だけどそれと僕たちの共通点と何の関わりが」

「君はおそらく兄姉に比べられたんじゃないか?常に比べられて孤独感があったはずだ。………私は周りに人はいたが、そこにいて欲しい人はいなかった。どれだけ次代当主だなんだと持ち上げられても、結局私は一人だった」

「だから正反対で似ている………」

「そういうことだ。だからというわけじゃないがこれからも仲間として一緒に戦わないか?」

 

 一度止まって差し出された手を見る。一瞬戸惑いもしたが手を握って握手する。だけど一つだけ思うところがあった。

 

「こちらこそよろしくお願いします。ですが先輩と僕とでは違います」

「……違くない」

「いえ違います。別に僕は比べられてきただけで周りに理解者がいなかったわけではありませんから」

「…そうか………」

 

 しゅんと俯いた表情を見せる加茂先輩だったがその後なんとかフォローして持ち直した。しかし呪術師の世界でも一般の家庭でもやってることややられていることは変わりないのかな。どこに行っても皆が皆楽しているわけではないんだ。僕はこれから先いろんなものに向き合っているのだろうか。などと考えていると西宮先輩から連絡が入る。人がいるとのことだ。念のため槍を構えると物陰から上半身裸の上に革ジャンを着た人が出てきた。手には棒らしきものを持っている。

 

「何者だ?」

「んー?若い男が二人…おっほ、空には飛んでる女の子!しかも高専生なのぉ、嬉しいわねぇ!」

「なんなんですか!?」

「呪術師なのよぉ、俺も」

 

 怪しい男は棒を勢いよく引き摺り出して横に突き立てる。形状を確認すると大きなバトルアックスだと分かる。男は妙にくねくねしながら話しかけてくる。

 

「久しぶりの来客だからなぁクロちゃんが帰ってきたら餌にしてやろうかしらぁ」

「(クロちゃん…?)一体何を言っているんですか?」

「時任君気をつけろ。彼は呪詛師だ」

「なっ!?」

 

 呪詛師、ってことはこの人は道を踏み外した呪術師。さっきの自己紹介はあながち間違ってはいなかった。しかしここにいるということは複数の樹齢の情報は嘘なのか?でも情報を得るのは窓の人たちって言ってたしな………。

 

「呪詛師、ここを徘徊しているという呪霊を知っているか?」

「あー、そういえばいたわねぇ。低級だから腹も満たせねぇし欲求も満たせない。だからほったらかしにしてたわぁ」

「じゃああなたは何を」

「そりゃあ勿論ここにくる馬鹿な人間どもを殺してるに決まってるじゃなぃ!男は見つけたらすぐに殺す。女はおもちゃにして飽きたら殺す。当たり前よねぇ?」

 

 同意を求める目で訴えてくる。頭の中で何かがプツンと切れる音がした。理性的ではない感情が言っている。思考ではなく本能が言っている。

 ────コイツは生かしていてはいけない。

 

「先輩、呪詛師って遭遇したらどうすればいいんですか?」

「捕獲だ。最悪の場合殺しても構わない」

「では、先に謝っておきます。善処はしますが」

 

 先輩から許可をもらったので呪詛師に急接近する。槍で一突きしようとすると持っていたバトルアックスで防がれる。連続して刺していくがすべて弾かれる。槍の軌道が大きく逸れた時腹にエルボーを決められる。思ったより鋭く重い痛みが体を突き抜ける。

 

「カハッ」

「時任君!」

「若いわねぇ、これは前よりも楽しみ甲斐がありそぅ」

「何をしているんだ!独断先行など」

「カハッカハッ、大丈夫です。次はやります」

「そういうことを言ってるんじゃない!落ち着きたまえ、もう少し冷静に戦わなければ」

「何を言ってるんですか!アイツは人殺しを楽しんでます!」

「わかっている。しかし相手はこちらが考えていたよりもはるかに強い。だからこそ一度頭を冷やさなければならない」

「でもそれじゃあ」

「別に私は何もしないとは言っていない。もう少し冷静に戦ってくれればそれでいい」

「?」

「後方支援は私に任せろ。これでも加茂家次期当主だ、君のサポートくらいやってのけるさ」

 

 差し出された手を取って立ち上がる。どうやら今日はよく周りが見えなくなるらしい。一度顔を叩いて気を取り戻す。

 

「すみませんでした。先輩、僭越ながらサポートの方よろしくお願いします!」

「ああ、いくぞ!」

 

 弓を構える先輩を背に走り出す。今度はちゃんと戦えるよう相手全体を目に捉える。槍を振るい攻撃を仕掛ける。薙ぎ払われる時は距離を取ると加茂先輩の矢が飛んでくる。至近距離に入った時格闘技をするとある程度捌かれる。この人かなり戦い慣れてる。

 

「バックだ!」

 

 先輩の指示で一度後ろに跳ぶと呪詛師も追いかけてくる。防ごうと構えたが間に合うか分からない。術式を展開した方が早いかと考えた瞬間男は地面に叩きつけられる。吹き抜ける風を感じて上をみると箒に乗った西宮先輩の姿があった。

 

「私のこと、忘れてた?」

「そんなつもりは」

「大丈夫、本来戦闘に加わるタイプの術師じゃないからね。でも一応戦えるの」

「か、かっこいい………!」

「あまり油断しないで。くるよ」

「は、はい!」

 

 先輩たちのサポートに頼りながら呪詛師と戦う。距離がとれた時には輪舞を使うがバトルアックスを振り回されて弾かれる。しかしそれは僕の作戦のうちだった。それを機に接近して隙の出来た部分を狙い刺しこむ、つもりだったがここで想定外のことが起きた。近くの壁が破壊される音が聞こえたのだ。思わず意識はそちらに向かう。壊れた壁の向こうから現れたのはこの前見た犬よりも大きな鰐だった。

 

「クロちゃんおかえりなさぁい!」

「あれがクロちゃん………!?」

「言ってなかったわねぇ、あれは俺のペットなのよぉ」

「呪霊を飼っているのか!あれはメカ丸!?」

 

 壁の方から三人くらいの人影が見える。B班の人たちだろう。どう見ても苦戦を強いられているようにしか見えない。

 

「大丈夫なの?」

「ちょっとキツイかもだけど」

『問題ナイ』

 

 とりあえず安心だとわかると拳が突き出される。寸前のところで躱して後ろに下がってからもう一度刺しこもうとすると槍をアックスで防がれ挙げ句の果てには刃の部分を壊されれてしまった。

 

「なっ!?」

「ワキが甘いのヨォ!」

 

 そのまま回し蹴りで遠くまで飛ばされる。かなり重い一撃だったからか脇腹がかなり痛い。壊れた槍を杖代わりに立とうとするとうまく力が入らない。駆け寄ってくる足音が聞こえる。誰だと痛みから目を逸らして確認すると新田君の姿があった。

 

「無理しちゃダメだよ!」

「ごめん、でもアイツのことが」

「それは見ててわかった。でも一つの油断が命を落とすことにつながるから……はい、とりあえず僕の術式付与したからこれでしばらくは戦えると思う」

「ありがとう、行ってくるよ」

「一応言っておくけど治ったわけじゃないからね!」

「合点承知!」

 

 新田君の術式もあってかある程度自由に動かせる。しかし武器を一つ失ってしまった。矛先を失った槍などただの棒でしかない。あの変態を牽制しながら加茂先輩がやってくる。

 

「時任君大丈夫か?」

「ええ、まあ。新田君のおかげでどうにか動けます。ですが」

「それでは十分に戦えないな。私が気を引くからそのうちに術式で対応してくれ。棒は念のため持っておいてくれ。近接になった時刺すことぐらいはできるだろう」

 

 刺すというワードを聞いて閃く。しかしどうするか考えると思考が重なっていくのを感じる。ある地点まで行った時頭の中は真っ白になった。

 

「どうしたんだ?」

「先輩、僕まだいけます」

「その棒で何ができるというんだ!?」

「これからただの棒じゃなくなります。あと次の一手で終わらせたいので先輩は一番決め手になるやつ用意しておいていただけると助かります。なんか命令しちゃうようで悪いんですけど」

「勝算はあるのか?」

「思いつきを数字で語れるか、って言いたいところではありますけど本当のところを言うと五分五分ですね」

 

 嘘、本当は三割しかない。けどすぐにでも決着をつけないと体力を時間に奪われそうだから適当なことを言っておく。流石にそれくらい見抜かれるだろうか。まぁあの加茂先輩だから絶対に止めに

 

「わかった。やろう」

「そうですよねって、え!?」

「何を驚いている。今の君の考えに合わせる。ただし条件がある」

「なんですか?」

「私はしばらくここから動けなくなる。狙いを定められるよう隙ができた時はちゃんと狙えるようにしておいてくれ」

「了解です!」

 

 棒を振り回して敵に構える。すると西宮先輩から声がかかった。

 

「私はどうすればいいのー?」

「西宮先輩はメカ丸先輩たちのサポートに回ってください。多分こっちよりそっちの方が必要かと」

「わかった、気をつけてね」

「畏まりました!さぁ、ファイナルラウンドと行こうか!」

「長い間待ったけどもういいのねぇ?じゃ、本気で殺すわよ!」

 

 刃のない槍を構えて僕は正面切って突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァァ!」

「ゔぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 俺たちは今大型のワニ型呪霊と戦っている。壁をぶち破ってきた時にクロちゃんという名前が聞こえたのを考えるとこの呪霊は今加茂たちが戦っている男の呪霊なのだろう。そっちの方はアイツらに任せるとしてこっちはかなりキツい。三輪のシン陰流が整う隙がなく速い上に狙いが定まりにくい。非戦闘員に近い新田は攻撃に加わらせる事は出来ない。どうにかトドメを指す方法はないかと試行錯誤しながら戦っている。奴との距離ができた時に上から西宮がやってきた。

 

「メカ丸、大丈夫なの?」

『西宮、見ての通り手が出せない状況が続いていル。どうにか動きを止められれば一回の砲撃で終わるだろウ』

「アイツってワニでいいんだよね?」

「そうだと思いますけど」

「そう、なら私に任せて」

「西宮先輩どないしはるんですか?」

「メカ丸、私が気を引くからその間に準備しなさい(・・・・・・)

『!イイだろウ』

 

 西宮は箒に乗って飛んでいくとワニの周りを旋回している。どうやら本気で囮になってくれるらしい。

 

『三輪、シン陰流はやれるよナ?』

「う、うん!やれるよ!」

『じゃあ簡易領域を構えロ。斬る部分は足でイイ。斬ったらすぐに離脱しロ』

「何か作戦があるんだね、わかった!」

『新田は離れておケ。何かあった時に動いてもらえると助かル』

「了解です」

 

 指示を出し終えた俺は三輪が構えているところの数メートル先に砲呪強化形態(モード・アルバトロス)の状態で構える。呪力も装填を始めある程度貯まったところで西宮に合図を送る。合図を受け取った西宮は再び鰐の周りを旋回してこっちの方み向かってくる。ワニに喰われそうになりながらもちゃんと三輪の元に案内してくれた。ワニは目の前の獲物に集中しきっているせいで足元の存在に気付かない。

 

「シン陰流 簡易領域」

 

 よそ見をしていたワニは三輪の領域に入ったことにカウンタースラッシュを膝に入れられる。足がなくなった巨躯は滑りながら俺の方にやってきた。三輪が既に射程内にいないことを確認し照準を合わせる。滑らせた巨体は俺の眼の前で止まりその大きな目を見開かせる。

 

『終わりダ』

 

 三重大祓砲(アルティメット・キャノン)をワニの鼻先から放ち呪力砲が体を包む。光が消え去るのと同時にワニの姿も無くなっていた。状況を解決すると三人が集まってくる。

 

『呪霊は完全に消滅したカ?』

「うん、しっかり消えてたよ」

「やったねメカ丸!」

「お疲れ様です」

『アア』

 

 今回の敵は皆がいたから倒すことができた。協力することも必要なのだなと鑑みながらも間接部位などの稼働状態を確認してから加茂たちの方へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪詛師との距離を詰めて格闘に持っていく。バトルアックスを手足のように振り回してくるのをかわしつつ入り込む隙を探す。棒同士がぶつかり合う音が響く。男の胴体がガラ空きになった瞬間棒を引っ込めて勢いよく放てるようにする。

 

「(水…?)そんなもので倒せると思ったら大間違いよ!ッ!?」

「胴体ガラ空き、貰った!」

「だから甘いのヨォ!」

 

 突き出した棒はバトルアックスで防がれる。しかしこれが一番の狙い(・・・・・)だった。戦う前から流し込んでいた水が棒の先に団子のように集まっている。

 

「おかしいと思わなかったの?当てられた時棒の感触ではなく柔らかい感触だったのを!」

「どういうこと!?」

「こういうことだよ!“雷音(ライオット)”!!」

 

 術式を発動させると棒先の水は螺旋を描くように形を変えていく。それはまるでドリルのような形になり回転数を上げていった。防がれていた戦斧の胴体に穴を開けるように回転は早くなっていく。

 

「なっ!?」

「あなたは強い!けれどその怠慢があなたに油断をもたらした。昔から言うでしょう、油断大敵即ち怠惰ってね!」

「俺は油断なんてないわよぉ!なにか隠してるとは思ってたさぁ、こんな芸だとは思ってなかったけどねぇ!」

 

 男は削られている戦斧を押し返してくる。さっきよりも硬度が上がったのか削れてる感じがしなくなってきた。

 

「俺の呪力を通せば硬度は上がることを知らなかったの?まだまだ甘ちゃんね!」

「知ってたさ。だからこそ残りの呪力()を使いきってでも貫いてやる!!」

 

 僕も徐々に呪力を流し込んで威力を上げていく。飛び散っていく水を回収している暇はない。永久機関になれないこの技は諸刃の剣とも言える。しかし僕は削って穴を開けるだけでいい。だが願わくば、コイツの腹に風穴を開けてやりたいという気持ちが勝ってくる。

 

「ハァアアアアアアア!!!」

「オォオオオオオオオ!!!」

 

 互いに力んでいるのが分かる。自分の呪力が最大になった時、水が棒先からなくなった。しかしそれと同時に戦斧に大きな穴が開いた。

 

「ナッ!?」

 

 やった──と言いたかったが立てるほどの体力も同時になくなり倒れる。しかしこれでいい。僕の役目はこれで終わりだから。

 だから────頼みましたよ、先輩。

 

「その願い、受け取ったぞ時任君!」

「まさかッ!」

「『穿血』!!」

 

 伏せていた身体を起こして呪詛師の方を見上げると一筋の朱い線がヤツの身体を貫いていた。狙いは心臓部分、流石は加茂先輩だ。男は貫かれた胸に手を伸ばしながら血を吐いて倒れる。先輩が近寄って確認すると死んでいるらしい。それを聞いて安心し仰向けに倒れた。

 

「時任君!」

「ハハハ、やりましたね」

「全く、心配かけさせないでくれ」

「すみません。あの時は無我夢中で」

「しかし、意外だったな」

「何がです?」

「時任君が人を殺そうとするとは」

「………本当は人殺しはいけないことだと思います。ですがこの世界に生きている以上どこかで割り切らなきゃいけない時がきっと来るはす。だったら人として許してはいけない人は殺す、僕はそう決めて吹っ切りました」

「そうか………だがそれも君の選択だ。しかしもし君が道を踏み外した時は」

「その時は先輩が殺してください」

「いいのか?自ら命を差し出すような真似をして」

「先輩が見てるって思えばきっと間違えることはないと思いますし、何よりその方がいいと思いました」

「フッ、いいだろう。だがそれまでは君を導いて見せるとしよう、先輩として」

 

 先輩は口角を上げて静かに笑うと手を差し出してくる。その手を握って立ち上がってあたりを見回す。

 

「よろしくお願いします。じゃあそろそろ西宮先輩たちの方に」

「その必要もないみたいだぞ」

 

 遠くの方を見ると先輩たちが並んで歩いてきていた。どうやら向こうも片付けられたらしい。皆でボロボロになりながらも僕たちは笑いながら学校に戻った。




雷音 らいおっと
 拳や槍の先に纏わせて相手にぶつけたときに発動する。駒のようにぶつけた箇所で回り続けてドリルで削るように攻撃する。ただしぶつけるまで纏わせておくときの呪力操作など細かな作業を必要とする。


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第九話 先輩たちとのシチュエーション

お待たせしました。こちらの方を投稿するのは真面目に久方ぶりですね()やっと落ち着いてこっちを描けるようになったので再開します。と言っても次いつ出すかわからないけど。


「マイ時任、今日もトレーニングしようぜ!」

 

 呪詛師との戦闘から一週間、今日は休日だが東堂先輩が部屋にやってきた。開口一番某中島くんと同じようなことを言っているがいつも通りだと認識してトレーニング場へ向かう。準備運動を済ませて棒を軽く振り回して体を慣らす。

 

「俺がいない一週間どうだった」

「……新しいラインに立ったと思います」

「例の呪詛師のことか」

「はい」

「話は聞いている。だがこの世界は一つの判断が命取りになることも多い。だからこそ自分が正しいと思った判断を信じろ、いいな?」

「はい!」

「それじゃあ本気で一戦交えるか」

「は、い?」

 

 待て待て待て待て。この人正気か?いくら人と戦ったからといって急にそんな強くなっているわけでもないだろう。シンプルに戦いたいという気持ちなのかどうかは知らないけども、本気で交えるのは嫌だ。絶対死ぬ。

 

「俺も遠慮無く行く。だからお前も全力で来い」

「お断りしたいです!」

「強くなるには仲間でも本気で戦うのが一番だ!」

「おっしゃる通りで!しかし先輩とガチバトルは嫌です!」

「何故だ!強くなりたくないのか!」

「強くなりたいけどレベルが違いすぎます!もっと強くなってからがいいです!」

「ややこしいのはやめだ!行くぞ!!」

「話を聞けぇぇぇ!!!」

 

 話を聞かない先輩が襲いかかってくる。クソと思いつつ棒を構えると初撃は防ぐことが出来た。しかし二、三度防ぐとそのまま勢いに負けてボロ負けした。

 一方的にボコられる組み手が終わると大の字になって地面に寝転がる。いやもう、疲れた。防げるようになったらスピードあげてくるし、躱した先に拳が飛んでくるし、結構手加減されてるのが分かる。本人は常に上のレベルに設定してくれてるから、ありがたいといえばありがたいのだが正直に言うとキツい()。あと攻撃力は普段と変わんないからマジ痛い。

 

「でもあの人一級だもんなぁ……」

「何言ってるんだ時任」

 

 額の上に何か冷たいものを当てられる。受けとるとそれは缶ジュースだった。カシュッと音を立てながら開けるとシュワシュワした音が聞こえてくる。

 

「開けちゃったんですけど貰っていいんですか?」

「飲め、奢りだ」

「ありがとうございます!」

 

 グイッと飲むと口の中で炭酸が弾ける。その爽快感は喉を通っていった。

 

「ぷはー、やっぱ炭酸はいいですね!」

「だな。しかしこの短期間で強くなったな」

「そ、そうですか?」

「あぁ、あった頃より数段強くなっている。現に俺の初撃を避けただろう?」

「確かに……」

「その調子で強くなれ。俺がお前を育ててやる」

「う、うっす……」

 

 期待の眼差しを向けられちょっとだけ目を反らしたがすぐに返事を出す。

 

「そういえば先輩は何で東京に行ってたんでしたっけ?」

「んあ?ああ、姉妹校交流会の下見でな」

「そ、そうなんですか……」

「だが今年は乙骨がいない。アイツをこの手で倒したいというのにな」

「強いんですか?その乙骨さん?って人」

「奴は特級術師だ」

「特級!?」

「去年は負けてしまったからな、今年こそ奴に勝つ!」

 

 先輩が闘志に燃え滾る中とんでもない化け物が最強レベルに勝負を挑むのか、この世界やっぱおかしいよなと思いながら残っている炭酸を飲み干した。

 その日の夜、僕は部屋を抜け出して台所へ行った。夜ご飯はもちろん食べたがあれだけじゃ満たされなかった。だから夜食にカップラーメンを食べようと持ち込んでいた。作るは勿論シーフード、深夜に食べてはいけないカップラーメンでも上位のものだ。そもそもカップラーメン自体夜食に食べてはいけないが今なら誰にも邪魔されまいとお湯を準備する。

 ──今日僕は初めて深夜のカップラーメンに手を染める。これが悪だというのなら僕はそれでいい。けれど今の僕は誰にも止められ

 

「何してるの時任君?」

「……!」

 

 ないと思っていた。声のする方へ振り向いてみるとそこには西宮先輩の姿があった。その隙にカップ麺を見られたのか西宮先輩はニヒルな笑みを浮かべた。

 

「こんな時間にそんなもの食べようとするなんて、悪い子だね」

「いっ、いえ!そのですね!別にこれを食べようだなんて」

「お湯沸いたよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 西宮先輩に勧められるままにお湯を入れる。そこで気づいた。あれ?もう隠せてないんじゃないか?お湯を半分入れると静止させられる。一度止めると先輩は冷蔵庫から何を取って来てカップ麺の中に入れていく。

 

「じゃあ時間測って」

「は、はい。何入れてたんですか?牛乳とか入れてましたけど」

「ちょっと味付けをね」

「カップ麺にも工夫の仕方があるんですね」

「まぁね」

 

 それから三分間待ってる間生活について聞かれた。東堂先輩が絡んで来ることや新しい生活に慣れたかなど軽い世間話程度に聞かれたがそこまで重圧を感じなかった。タイマーがなると蓋を外す。すると普段のシーフードヌードルよりも香ばしい匂いが漂ってきた。

 

「こ、これは!」

「西宮特性シーフードヌードルだよ」

「おぉ…いいんですかこれ?」

「もちろん」

「ありがとうございます!」

 

 テーブルに運んで麺を啜るといつもより濃厚な味わいが口の中に広がった。

 

「すっごく美味しいです!」

「よかった。作り方は呪術廻戦の公式が上げてくれてるからそっちを見てね」

「は、はい!」

「ありがとうね」

「?何がです?」

「真依ちゃんのこと」

 

 真依ちゃん…ああ、真依さんのことか。大したことはしてないしむしろこっちがお世話になって位なのだかどうしてだろうか。

 

「何故ですか?」

「真依ちゃんね、君が来てからよく笑うようになったの」

「え?」

「前も笑ってはいたのだけど表情が豊かになったというか」

「真依さんって何か大変なことばっかりだったんですか?」

「だって禪院の家だもん」

 

 それもそうか。御三家の一つでもある禪院家なら確かに重荷がかなりあることだろう。

 

「呪術師ってのはね、スタート地点に立てるかどうかから始まる。例え立つことが出来たとしてもそこからなの。女なんてスタート地点にすら立たせてもらえない。そんな中真依ちゃんは必死に努力したの」

「だから笑ってる余裕がなかった」

「そういうこと。でもね、時任君が来てから随分余裕を持てるようになったみたいなの」

「僕が来てからですか?」

「うん、他の皆も。結構張り詰めていた雰囲気があったんだけど時任君が来てから皆結構変わったと思う」

「僕なんか対して役に立ててないかもしれませんが」

「そんなことないよ。皆の精神的支柱にもなってるしこの間だって加茂君と協力して呪詛師を倒したじゃん」

「それは………」

「それに後輩として可愛げもある方だし」

「それはまた別の話でしょう」

「でもそういうのが結構支えになってるの。私も呪術師は実力が一番だと思ってた。けど、こういう存在も大事なんだって気づいたよ」

 

 なんだかそう言われると照れ臭い。気を逸らすように麺を頬張ると喉に詰まらせる。急いで水を飲むと深呼吸する。死ぬかと思った、深夜のカップ麺が死因だなんてお断りだけど。

 

「そんなわけだからこれからもよろしくね」

 

 返事をすると西宮先輩は立ち上がって出て行こうとする。

 

「あ、それ気をつけなよ?深夜に食べるとカロリーかなり危険だから」

 

 そういうことは早めに言ってくださいよ………。

 次の日、お腹の辺りに違和感を感じながらも稽古に向かう。今日は個人練習なので筋トレをしてから槍を振り回していた。あの時の呪詛師との戦闘を振り返りながら体を動かす。もう少し動きやすいように体をイメージしようと練習していると後ろから声をかけられる。

 

「こんなところにいたの?」

「三輪先輩にメカ丸先輩、おはようございます」

「オハヨウ」

「おはようございます。一人で練習?」

「はい、もっと強くなりたいので」

「そっか、じゃあ一緒に練習しない?」

「いいんですか?」

「他の人にも意見を貰えた方が励みになるだろウ」

「うんうん、やろうよ!せっかくだし組手やる?」

「是非お願いします」

 

 中心から大幅三歩離れたところで槍を構える。今更だが槍と言っても練習用の棒だ。三輪先輩は竹刀を構えている。メカ丸先輩の合図と共に模擬戦を始める。しばらく互角に戦っていたものの最後の最後で竹刀の先を向けられて終わった。この間は油断していたからなんだろうが今回は確実に落ち着いて戦っていたのだろう。礼をすると互いに大きく息を吐いた。

 

「お疲れ様です。お見事でした」

「いやいや、時任君も強かったよ?この間の不意打ちの時よりもずっと強くなってた」

「目を見張る成長だナ」

「そんなこと言っていただけるなんて光栄です」

「それにこの間だって、あ、ちょっと待って」

 

 どこからかケータイの音が聞こえるかと思えば三輪先輩のスマホだった。どうやら家族と話しているらしい。数分して話し終えたのか戻ってきた。というかここ電波繋がってるんだ。

 

「ごめんね待たせちゃった」

「大丈夫ですよ」

「アア、そっちも大丈夫カ?」

「お母さんから、元気でやってるかーって」

「お母さん………」

 

 その単語を聞くのは久しぶりだった。いや、自分の口から発したのが久しぶりだった。正直存在を忘れかけていたところだ。兄さんや姉さんに言われた時以来特に考えてこなかったせいだろう。

 

「そういえば時任君親御さんとは連絡取ってるの?」

「あー、いえ、あまり取ってないというかなんというか………」

「え、心配されてたりしない?」

「多分心配はされてないと思うので大丈夫です」

「もしかして……仲が悪いとか?」

 

 三輪先輩はおそるおそる聞く様子で訪ねてきた。そんなことはないと慌てて否定するがそれは先輩達に迷惑をかけないためだ。

 実際のところはすごく仲が悪い。普段は兄と姉に比べられ、二人がいないからといって出来損ないだのなんだのと言ってきたくせに呪術師になると言った瞬間に猛反対してきた。せっかく自分の才能を見つけたのに否定されて頭に血が上った。だからその日のうちに荷物をまとめて夜逃げするように家を出てきたのだ。兄達から捜索願の話が出てこなかったということはおそらくそういうことだろう。

 練習を再開しようと話を切り出して組み手に戻る。途中からパターンや呪霊の種類の講座になったがすごく勉強になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は禪院の屋敷に久しぶりに戻っていた。経過報告と通達とのことらしい。正直あんなところ戻りたくはない。けど面倒臭い当主様がいるから戻らなきゃいけない。適当に話を聞いて終わりにしようかしら。

 帰宅して一度部屋に戻ろうとすると女中に声をかけられる。小さい頃から仲良くしてくれている子だ。かといって聞いてくることは大体外の話だけど。

 

「真依ちゃんおかえりなさい」

「ええ、ただいま」

「今日は大変だよね、ご当主様に呼ばれちゃって…」

「どうせ姉妹校で真希潰せってことでしょう?言われなくてもやるわよ」

「…真依ちゃん、最近良いことあった?」

「え?」

「今まで見たことない良い顔してるから」

「え?」

 

 表情に出てたかしら。だとしたら何でだろう。そんなに思い当たる節はないんだけど。

 

「いい男の人でもいたの?」

「そんなんじゃないわよ」

「え、じゃあ何?気になる子?」

「ほぼ一緒じゃない。でもそうね…」

 

 思い返してみると確かに面白いことはあった。

 

「とても手のかかる後輩ができたのよ」

「後輩さん?どんな人なの?」

「私の一個下だからあなたと同じくらいよ」

「えー!どんな人なんだろう」

「賢いわよ。それに純粋なところがあって可愛げがあるの」

「それってペットみたいな…?」

 

 確かにペットと言われればそうかもしれない。どの種類かって言われたら子犬ね。

 

「カッコいい系ではないの?」

「カッコイイところ?」

「なんかここに惚れたみたいなの」

「そんなこと」

 

 思い返してみれば一度だけあった。初めて自分の術式を理解した戦いの動きを習得した時。あの時は最初とのギャップがあって少しだけ心を奪われたかもしれない。でもそれ以外のところは本当に手のかかる後輩みたいな感じで、だから……

 

「真依ちゃん?」

「何よ」

「顔赤いよ?」

「っ!」

「さてはその気があったな〜?」

「うるさいわね!」

「その子の名前は?」

「と、時任桜戲」

「オウギって名前なんだ。そっかそっか、真依ちゃんはオウギ君が気になってんのか〜」

「や、やめてよ!別にそんなんじゃないから!」

 

 なんだか恥ずかしくなってきた。あの子にそんな感情なんてない。でも違和感を感じる。焦ったく感じむず痒くなってきた。

 

「とにかくあの子にそういうのはないから!」

「真依ちゃんどこ行くの?」

「広間よ!」

「全く、真依ちゃんは可愛いんだから」

 

襖を勢いよく閉めると一度顔を押さえる。今どんな顔をしてるか分からないから、誰にも見られないように。一度落ち着いて広間に向かって歩き出すと父親と遭遇する。見たくもないと思いすぐに歩き出した。なんだか複雑そうな顔をしていたがそれはこっちの気分だ。桜戲の話をしていた時になんで………?桜戲?確かあの人の名前は………考えたら腹が立ってきた。こうなったら桜戲に文句言ってやるんだから!



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第十話 それ、ずるいです

「真依先輩とですか?」

 

 庵先生からタブレットを渡されて任務内容を確認する。どうやら今回は真依先輩と二人で任務へ向かうらしい。任務に行くこと自体は問題ない。けど一つだけ問題があった。

 

「なんかあったの?」

「いえ、この間の戦闘で槍が折れたのでどこで買えばいいのかなーって」

「倉庫から持っていっていいわよ」

「そんな勝手に」

「勝手に持って行くのはダメだけど、石像の一件あって学長から君に許可が降りてるのよ。一回だけだけどね」

 

 ここまで嫌われてたのかよ。てか石像君本当は悪くないよね?こんなところに置いた人が悪いと思うんだけど。

 というわけで倉庫に槍を取りに来た。勿論一人だと不安なので任務に同行する真依先輩と一緒に。

 

「あんたも馬鹿ね。こういうのはズカズカやっちゃって良いのよ」

「でもまだ入って一月ちょっとなので……」

 

 それもそうね等と相槌を打っている。そのまま槍が置いてあるところまで案内してくれると早く選ぶよう言われる。

 この間はなんとなくで決めてしまったけど今回はちゃんと選ぼうと見渡していると一刀の薙刀を見つけた。

 

「武器を変えるの?」

「いえ、普段の戦い方を思い出したら薙刀みたいに振り下ろす時も少なくないのでその分の威力も欲しいなって」

「でもあんたの技って突くものもあるんでしょう?」

「そうなんですよ。だからイメージしやすいようにもしないといけないのであまり刃の形状を変えたくないっていうか」

「じゃあ大槍にしなさいよ」

 

 真依さんは近くにあった槍を取って渡してくる。前まで使っていたのとは違って刃の部分が長い。持ち手の部分もより長いため感覚が変わってくる。でも何故かこの間のやつよりもしっくりきた。

 

「どう?少し長すぎるなら他のに変えるわよ」

「いえ大丈夫です。よくわかりませんがこれが良い気がします」

「わかったわ。なら任務は午後からだからそれまで軽く振ってなさい」

「はい!」

 

 倉庫を出て一度別れて練習場に行く。いつもの槍の運動を出来るか試すと意外にも振り回せた。自然と持つ場所の感覚も分かりブンブン振り回せる。

槍とも馴染めたので任務の用意をしに行く。水をバッグに補充し槍を鞄にいれる。しかしサイズが変わったためか入らなかったので布を巻くことにした。明日には鞄を注文しよう。

準備を整えた僕はお昼ごはんを食べて集合場所へ向かった。もう先輩は着いてるかと考えているとそうでもなかった。僕の方が先に着き十分くらいしてから先輩がやってくる。

そのまま車に乗り込んだ僕たちは任務について改めて説明される。今回の任務内容は大型の呪霊を退治すること。目的地である巨大廃図書館に着いた。だが降りた時に雨が降っていることに気づく。

 

「傘なんて仕事中は邪魔なだけよ」

「それもそうですけど……」

「何、雨嫌いなの?」

「いえ、先輩の体が冷えてしまうなって……」

「ヒトの心配より自分のことを心配をしなさい!」

 

 先輩はフンといって図書館内に入っていく。後を追うようについていくと水が当たる。どういうことだと上を見ると雨漏りしているところがあった。更に近くの階段を見ると二階の天井が無かった。工事中に被害にあったということを思い出して納得がいく。

 

「滑りそうね」

「そうですね。でも好都合かもしれません」

「どうして?」

「まぁそれは後でのお楽しみってことで」

 

 先輩は少し不機嫌な顔をして歩を進める。

 

「あんたってたまに狐っぽいところあるわよね」

「そうですか?」

「そうよ」

 

 そのまま二階の順路を辿っていくと小型呪霊の群れが現れる。足下は大きな水溜まりになっていて本当に好都合だった。

 

「さっさと倒すわよ」

「先輩、弾が勿体ないんで戦わなくていいですよ」

「あんた何言って」

「ちょっとだけ動けなくなるんでもしもの時はお願いします」

 

 僕はその場に膝を着くように座りクラウチングスタートを取るようなポーズになる。水溜まりに手をつけた僕はそこに向かって呪力を流し込む。それぞれの道筋を計算して確実に倒せるように設計する。

 

「流突」

 

 水溜まりから四本の水柱が発生し途中で折れると枝分かれして呪霊の群れを串刺しにした。刺された呪霊は塵になって消えていく。

 この技はこの間の練習でたまたま出来たものをもっと緻密に出来ないかとイメージさせたものだ。ただ使ってみてわかったことは二つ。これは固定砲台になるため近付かれたとき反応が鈍る。そして結構な呪力量を持っていかれる。

 

「あんた、こんな技を……」

「っはー」

「な、なによ」

「この技、ちゃんと使ったの初めてなんですけど結構つかれます」

「何やってんのよ!本丸はまだ先なのにそんなにつかれるようなことやってバカじゃないの!?」

「あはは……面目ないです」

「仕方ないわね」

 

 真依先輩は呆れたように言うと屋根があるところの椅子に腰かけた。腕を組んでこっちをにらんでいる。

 

「何してるんですか?」

「休憩よ休憩。言っとくけどあんたの為じゃないから。私が疲れただけだから」

「先輩……もしかしてツンデレですか?」

「違うわよ!!」

 

 先輩にピシャリと言われて黙った僕はやっぱり優しいよなぁと思いつつその場に座り込む。飲料用の水を飲んだりしていたがお互い黙ったままだった。ただ雨の音だけが聞こえるなかその静寂を破ったのは先輩だった。

 

「ねえ」

「どうかしましたか?」

「あんたの名前、何で桜戯っていうの?」

「急にどうしたんですか?」

「…………私の父の名前も同じなのよ」

「えっ」

 

 正直驚いた。こんな名前そうそういないと思っていたのに同じ名前を知っている人が近くいたらしい。でも真依先輩の家を考えると珍しくもないのかもしれない。逆に言うと一般の家庭で僕の名前の方が珍しいのだ。

 

「私はね、父親が大っ嫌いなのよ」

「り、理由を聞いても……?」

「無理、生理的にやだ、シンプルに嫌い」

「はぁ……()」

 

 どうやら年頃の娘っぽいようだ。でも多分それ以上のことがあるんだと思う。なんとなくでしか分からないけど、多分、そんな気がする。でも聞いちゃいけないような気もした。

 

「で、何であんたの名前は桜戯なのよ」

「さっきから思うんですけど随分哲学的ですよね」

「そういうのじゃなくて由来とか聞いてるのよ」

「そっちですか」

 

 確か小学校の時に作文かなんかで調べてこいって言われた気がする。その頃には父も母も嫌いになり始めてたけど。

 

「確か──技術において桜のように綺麗に舞えるように──という意味だったと思います」

「ふーん」

「ま、あんなクソヤロウ達のいいなりになってわがままを聞いていたのに兄たちより劣っていると分かった瞬間に失望する奴らにつけられるような名前じゃないと思いますけどね」

「急に悪口言うじゃない」

「事実ですよ」

「それもそうね。──でも、良い名前じゃない」

「え?」

 

 先輩はとても落ち着いて、逆に清々しい顔でこっちを見てきた。

 

「納得いったわ」

「……何がです?」

「あんたの名前よ」

「何処がですか」

「あんたの技、その名の通り綺麗よ」

 

 ドキッとした。自分でもだがあくまで有用性でしか考えてなかった。そして何よりそんな風に褒められるなんて、才能を認められるなんて思いもしなかった。そのせいか先輩の顔をハッキリみたくなくなる。

 

「何よ顔をそらして」

「いえ、その、少し恥ずかしいというか……」

「え?」

「あまり、そんな風に褒められたことがなかったもので……どういう顔して良いのか分からなくて……」

「バカね、堂々してなさい。その自信はいつか大事なものになるわ」

「は、はい……」

 

 涙が出てくる訳じゃない。けど今は先輩の顔を見たくなかった。今見たら、自分の中で何かを勘違いしてしまいそうだから。

 

「そろそろ行くわよ。体力は戻った?」

「あ、はい、なんとか」

「次はもう少し考えてから使いなさい」

「はい……」

 

 そのまま暫く歩いていくと二階が終わり一階への階段を下る。二階は群れ以外何も出てこなかったため呪力も回復する方に専念できた。一階に降りて入り口の方を目指そうという話になったので僕を先頭に歩いていく。

 

「しかし話に出てきた大型呪霊出てきませんね」

「祓われたという報告は受けてないからまだいるはずだけど」

 

 一階は暗く窓の外の光以外明るくさせるものはない。念のため構えておこうという話になり左手に水を纏わせる。同じ状態の維持はここ最近無意識に出来るようになってきた。呪力消費を抑えるため戦闘時と念のための時しか使わないようにしているけど。

 警戒しながら歩を進めていくと前の方で一瞬だけ何かが光った。それが危険なものだと直感的に理解してすぐに水を展開させた。

 

「……ッ!」

「どこから!?」

「多分向こうの方です。水出してなかったら輪唱出来なくて間に合いませんでした」

「今の水の盾のこと?」

「そうです。とりあえずもっと警戒して行きましょう」

 

 輪唱──輪舞や連弾のように水を手に集めて渦を巻くように隙間を詰めながら円を書く術式だ。呪力をさらに上乗せすることにより硬度を増すためある程度は防ぐことが出来る。

 多分あの針も防げる程度だったのだろう。針を飛ばすタイプとなるとどういう形の呪霊だろうかと針が飛んできた方に向かうとすぐにその正体がわかる。

 ──ムカデだった。そこには巨大なムカデが図書館の柱に纏わりついてこちらを睨んでいた。

 

「気色悪いわね、さっさと倒すわよ」

「でも何をしてくるかわからないので気を付けます!」

「いい心掛けね!」

 

 先輩が銃を撃ち始めると同時に輪舞を放つ。その足の多さ故か器用に銃弾を避ける。名前は伊達ではないらしい。六発ずつ撃ったところでこれじゃあ当たらないと先輩がリロードしている間に槍を構えて突っ込む。

 

「あんた何してんの!」

「誘導の方お願いします!タイミング合わせて斬りますから!」

「いいわ、やってみなさい」

 

 再び撃ち始める先輩を信じてムカデの動きを見る。そのままタイミングの合わせられるところに走り槍に呪力を込める。

 

「桜戯!」

「ナイスタイミングです!」

 

 跳んで回転を加えながら壁に向かって槍を振るう。そこに降りてきたムカデの尻尾側1/3を斬り取ることに成功した。悲鳴のような叫びをあげながらムカデは天井に這いつくばる。

 

「すみません、自分で言っておきながら」

「そうね、今ので仕留めておきたかったわ」

「うっ……」

 

 ムカデは体を再生させて体を生やす。その姿を見てキモいと思ったが先輩の方が先に言ったので黙っといた。

 

「でもあんたにしては頑張ったんじゃない?」

「えっ」

「ボサッとしてないでさっさと倒すわよ」

 

 そう言われた瞬間だった。天井のムカデはいつの間にか先輩の横の方にある壁にいた。

 

真依さん(・・・・)!」

 

 一体何時移動したと考えるよりも前に体が動いた。キラリと光る針が沢山飛んでくる。先輩を押し倒すように地面に伏せると僕たちの上を紫色の針が通りすぎていく。なんとか避けることが出来たと安心すると少し怒っているような声が聞こえてきた。

 

「とっさの判断としては正しいけど、レディの扱いがなっていないようね」

「……ッ!?ごめんなさい!!」

 

 押し倒す直前、頭も守らないとと左手を先輩の頭の後ろに回したお陰でダメージはないようだが、逆に右手があってはならないところにあった。確かに少し柔らかいなと疑問に思ってはいたがまさかそこにあるとは思わなかった。

 

「すみません、自害します」

「あんた何考えてんの!?」

「いくら仕事中とはいえ男としてあるまじき行動です」

「だからって今そんなことしてんじゃないわよ!そんなことはあいつを祓ってからにしなさい!」

 

 槍を止められる僕は後回しにしようと立って槍を構えようとするが左手に痛みが走って両手で持つことが叶わない。よく見ると手のひらから血が出ていた。水で軽く洗い流して再度槍を持とうとすると痛みが走って持つことができない。

 

「あんたその手」

「いえ、これくらい大したことないです」

「無茶しすぎよ。少しここでじっとしてなさい」

 

 先輩は銃を撃ちながら走っていく。それを追いかけるようにムカデはうねうね動く。先輩の銃はリボルバー式、リロードにはそれなりに時間がかかる。それを想定した僕は床に槍を刺して手を付ける。ムカデがグネグネと動く中先輩がリロードに入った瞬間邪魔をさせないように流突を展開する。なるべく逃げられないようにと網を張るように展開させたがその判断は甘かった。逆に僕の方へとやってくる。術式を解除して槍を構えるがやはり左手に力が入らず弾き飛ばされる。先輩が受け止めてくれたせいか衝撃は緩和されたがそれでもお互い動けなかった。

 

「すみません」

「いいわよ。それよりあんたまだ呪力残ってる?」

「輪舞数回分くらいは。あと数秒程度なら流突が出来ます」

「じゃあ手伝いなさい」

 

 作戦内容を伝えられ、一か八かの作戦に出た僕たちは立ちあがろうとする。しかし先輩が座っていろというので後ろの方に回って座る。なぜ後ろに回ったか、それはそれは流突をやりやすくするためだ。

 睨みつけてくるムカデに対して流突を展開させた僕は僕たちと一直線になるように仕向ける。逃げ場をなくし突っ込んできたムカデは大きな顎を開いて僕たちに向かってくる。

 先輩が構える銃に手を添えて僕は銃口に輪舞を用意する。

 

「これで決めるわ。気抜くんじゃないわよ!」

「はい!」

 

 いくら狭いとはいえ避けられる距離にいれば当たるものも当たらない。だからギリギリまで距離を粘る。先輩がカウントを始めると同時に水流の回転率を上げていく。やがてカウントがゼロになった時先輩が合図する。

 

「ゼロ!」

「発射!」

 

 合図と撃ちそれはドリルのように出たそれは先にムカデの頭に刺さり回転しながら後からやってくる弾丸によって体を貫通される。ムカデは悲鳴をあげながら塵となって消えた。辺りから呪霊の気配がなくなったのを感じると腕を下ろす。

 

「終わりましたね………」

「全く、どうなるかと思ったわよ」

「先輩使った銃弾少なくなかったですか?」

「あんたが倒れてくるせいでこぼれたり湿気ったりしたのよ」

「う、ごめんなさい………」

 

 立ち上がった僕たちは入り口に向かって歩き出した。それぞれボロボロにはなってるが傷の具合からして少ししたら元通りになるだろうと話した。

 

「さて、帰ったらみっちり教えてあげるわよ」

「あ、その件なんですが」

「何よ」

「まだ清算が終わってないので自害します」

「そんなことしなくていいわよ」

「えっ、じゃあ何で清算すれば……っ!?」

 

 突如、僕の目の前が真依さんの顔でいっぱいになった。唇には柔らかい感触、体に押し付けてくる胸の形。理解が出来なかった。そして息ができなくなると思った瞬間唇が離れていく。突然のことに頭がショートした僕は混乱する。

 

「言ったでしょ、レディの扱い方を教えてあげるって」

「………」

「ボサッとしてないでさっさといくわよ」

 

 先輩は先を進んでいく。慌てて追いつこうと走ろうとするが唇に触れる。人生の中で唇を合わせたのは初めてだった。こっちはドキドキしているのにあんなすました顔して………

 

不意打ちとか、ホントに誤解しちゃうじゃないですか………




『真依さん!』

 先に不意打ちして来たのはそっちじゃない………


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第十一話 再会と別れは突然に

長い間お待たせしました。並行して続けるのは難しいですね。年内にあと一回出せるようには努力します。


「そいやっ!」

「はあっ!」

「ラストよ」

 

 今日の任務は都市廃ビルの呪霊退治だった。メンバーは僕と三輪先輩と真依先輩の三人だった。新田君は術式のせいか最近はお互い別任務に行くようになった。そのうち一緒の任務があるだろうと話したりお互い任務のことを話している仲だから仲違いしているわけではない。

 呪霊退治といえど数が多かったので先輩達と行動する任務だった。しかし連携を上手く取れていたため意外と早くに終わった。

 

「ま、こんなものでしょ」

「時任君さっきのナイスプレーだよ」

「三輪先輩の合図があったからですよ」

「いやいやそんなことないよ〜」

「ほら、さっさと行くわよ」

 

 真依先輩に連れられてビルを出ると帷が上がっていた。この間の任務以来先輩との距離は少し縮まったと思う。でも帰った後特に何もなかった。レディの扱い方を教えてあげるなんて言われたけど不思議と何もなかった。そのことについて言及しようとするとリボルバーを頬に押し付けられるので聞かないようにしたけど。

 

「皆さんお疲れ様でした。このまま高専に戻ってもいいのですがせっかくですし皆さん新都の方に遊びに出てはいかがですか?」

「え、いいんですか?」

「休みの日に毎回降りてくるのも面倒だと思いますし指定の時間に集合していただければ」

「先輩方どうします?」

「せっかくだし皆で遊びに行きましょうよ」

「いいわ。戻ってもやること特にないし」

 

 補助監督さんにお願いして夕方に新都の駅に迎えにきてもらうように頼むと車を走らせてどこかへ行ってしまった。残った僕達は歩きながらこの間行ったショッピングモールへと歩き出した。ここからなら歩いて十分とかからないらしい。それを考えると呪霊のいる場所っていうのは意外と人が多いところで田舎とかよりも多いのかと考える。

 武器は補助監督さんの車の中に入れたので今は最低限の武装(拳と携帯用の水)くらいしかないからなるべく戦闘は避けたいところ………と言っても日中に現れる事はそうそうないでしょ。そう思った矢先のことだった。

 

「桜戲……」

「真依先輩どうかしました?」

「呼んでないわよ」

「じゃあ?」

「私も違うよ」

 

 おかしいなと思いつつ一度止めた足を進めようとするとまた同じ声が聞こえてきた。今度ははっきりと僕を呼び止めるように。

 

「待って桜戲!」

「その声、まさか………」

 

 後ろを振り返ると見たくもない顔が二つ、そこにあった。すぐに前を向いて歩き出すと後ろから大きな声で呼ばれる。それすら無視して歩いていると腕を掴まれる。引き剥がそうと腕を振るが取れる事はなかった。

 

「やっと見つけた。帰るぞ桜戲」

「離せよ!なんで今更親のツラすんだよ!」

「お前の親だからだ」

「ふざけんな!散々人を期待はずれだのなんだの言ってきたくせに今更そんなこと言われてハイそうですねなんて戻れるわけないだろ!」

 

 腕を思い切り振り払うとビンタされる。東堂先輩のより痛くない。すぐに立ち上がれる僕は睨みつけるため息を吐かれる。

 

「やめないか。人様の前だぞ、恥ずかしいと思わないのか」

「俺はアンタらが親のツラしてる方がよっぽど恥ずかしいけどね」

 

 鼻で笑ってやるともう一度顔を叩かれる。それでも僕は屈することだけはしなかった。

 

「何度でも言ってやるさ。親のツラなんかしてんじゃねぇよ!」

「ちょっと落ち着きなさい桜戲。一体どうしたのよ」

「申し訳ないが他人の家の事情に首を突っ込まないでくれ」

 

 先輩達に睨むような視線を送るこの男は自分が行ったことをなんとも考えいないようだった。あまつさえあの母親は見ているだけで止めようともしない。堪忍袋の尾はとっくに切れている。その上のボルテージが完全に上がり切るのに時間は要らなかった。

 

「いい加減にしろよ!」

「いい加減にするのはお前の方だ。いつまでも駄々をこねてないで早くこっちに来なさい。全く、家出をしたと思ったら今度は我儘か」

「アンタは……アンタって人は!」

 

 我を忘れた僕は思い切り力を込めてクソ野郎を殴ろうとすると目の前に男の人が現れたことに気付く。ワープでもしてきたのかというくらい一瞬で現れた男に拳は当たることなくまるで止められているかのように動きが遅くなった。

 

「元気にしてた?」

「あ、貴方は」

「なんだ君は。どこから来た」

「どうでもいいじゃんそんなこと。とりあえず桜戲は拳をしまいな」

「は、はい………」

 

 突き出していた拳をしまうとクソ野郎は安心したのかため息をつく。腹が立ち今度は当てに行こうかと考えたが今は目の前の人物に目を奪われる。高専の制服のような服を着た逆立ちの白髪男。目には黒い布を巻いている特徴的な人物。僕を呪術界へと案内した張本人。

 

「なんで特級の貴方がこんなところにいるんですか」

「え、実家に顔出した帰り道的な?」

「そんな理由で」

「いいじゃんいいじゃん、それでどういう関係?」

「………」

「その子は私達の子供だ。返してもらおうか」

「あー、そういうこと?」

 

 黙って渋々頷くとこの人は納得してくれたのか僕の方に背中を向けた。

 

「経緯は大体聞いていたけど話し合いくらい一回しとこうよ」

「えっ!?」

「ご両親も一回落ち着けるところに行きましょう。この辺お茶が美味しいお店があるんですよ」

「見ず知らずの君に案内されるほどではない。それに急いでいる。さぁ帰るぞ桜戲」

「あ、あなた」

「そうやってアンタは人の話を聞かないのか。またそうやって繰り返すんだな」

 

 嫌味込めて言うとクソ野郎が僕のことを思い切り睨む。でもこれは事実だ。昔から変わらないこの性格にはもううんざりしていた。

 僕の言ったことにイラついたのか一周して落ち着いたのかおすすめの店に行って話くらいは聞いてやるとのことだった。上から目線と言うのが気に食わないし話し合いのテーブルにつくのすら嫌だと思ったがここは乗っておくべきだと判断した。移動するに当たって特級術師を挟んで一番後ろに僕らはついた。勿論先頭はあのクソ夫婦だ。

 

「本当に親子なの?」

「あまり聞かないでください」

「似てないわね。でもアンタの気持ちは少しだけわかるわ。ウチも似たよおうなものだから」

「えっ」

「ま、話せるだけアンタはマシよ」

 

 真依先輩は僕の後ろについて逃さないようにしてくる。三輪先輩は店に着くまで隣でフォローしていてくれたがそれでも奴らに湧いてくる怒りは止まらなかった。

お店に入りテーブル席に着くと正面につく形で座ることになった。真依さんたちは左右にいて特級術師は誕生日席にいる。

 

 

「さて、現状をまとめるとご両親は桜戯を連れて帰りたい。桜戯は高専に居続けたいってことでいいかな」

「はい」

「そうだが、そもそも君はなんだね」

「あぁ申し遅れました。僕、特級呪術師の五条悟と申します」

 

 母親は口を押さえクソ野郎は目を見開いている。呪術という単語を聞いて何も思わないってことは兄さんたちから聞いたかそもそも知っていたかの二択。可能性としては後者のほうが高い。

 

「じゃ、仲良く家族で話し合ってください!僕は見てるんで」

「待ってくださいよ五条さん!」

「ちゃんと話し合いな。暴力沙汰になりそうだったら止めるから安心して。あと店内だから大きな声は出さないようにね」

 

 親指を立てて頑張れとでも言ってそうな五条さんに一応会釈だけして向き直る。

 正直コイツらには二度と会いたくなかった。さっきまで冷静さを失っていたのは当たり前のようにも思えるくらいだ。だけどもしここで何もなければきっとこの先も変わらずコイツらに怯える日が来るかもしれない。だとしたら今ここで変えなきゃいけないんだ。

 

「……とりあえずアンタらの要望を聞きたい」

「随分と偉そうだな。お前にそんな権利があるのか?」

「いつまでも一方的な意志の押し付けあいじゃ解決しないだろ」

「お前にしてはまともな意見だ」

 

 一つ一つの言動にイラつくがここは我慢しろと自分に言い聞かせる。

 

「まず私達は桜戲を家に連れ戻し呪術師とは無関係の学校に行ってもらう。そして一般人と同じような生活を生きてもらう」

「随分と勝手な理想を押し付けるんだな。大体才能のない俺はいらないんだろ」

「そのような事は言っていない。舞雪や和月のように才能に恵まれなかったのには残念だがそうでなくても自分の子供を守りたいと考えて何が悪い」

「その化けの皮絶対剥がしてやる」

「それでお前の要望はなんだ?」

「俺は呪術高専を卒業して呪術師として生きていく。アンタらが認めなかったこの才能を仕事にして生きていく」

「そんなのは認めん」

 

 クソ野郎が即座に否定している。それに関してはさっきまで同じようなやり取りをしていたから慣れてきていた。だが別の理由でまた怒りが現れる。

 

「なんでアンタは黙ってんだよ」

「わ、私は」

「母さんは私と同じ意見だ。だから言う必要もない」

「ハッ、所詮言いなりの人形かよ。まだ昔の方が色々と言ってきてマシだったな」

 

 行っていたことには腹が立ったが意見を出されないよりかはマシだ。ただの同調圧力で俺を止めたいって言うならそもそも止めないで欲しかった。

 この状態ならきっと話は進まないだろうと考えた俺は別の話題から突破口を見つけ出す作戦を考える。

 

「あの時もそうだがアンタらは何故呪術という言葉を聞いてすぐに受け入れられているんだ。普通なら知らないはずだろ」

「それは」

「兄さんや姉さんはこの間話した時初めて聞いたって言っていた。なのにアンタらはまるで知っていたかのように話がスムーズに進んだ。おかしくないか?」

「……いきなり核心を突くか」

「その様子だと知っていたってことでいいんだよな」

 

 クソ野郎は諦めがついたように母さんはおどおどした様子を見せる。あの日兄さんたちと話した時から確信に近いものを持っていた。そしてそれが今確信になった。コイツらは僕が持っていた唯一の才能を喜ばない理由、それは呪術というものを知っていてコイツらにとっては気に入らないものだったというわけだ。

 

「時任君って怒ってる時自分のこと俺って言うんだね」

「そうね。普段は僕って言っている分ギャップがありすぎるわ」

「先輩方小声でも僕を挟んだら聞こえますよ」

「あ、戻った」

「先輩方は目上の人なんで一応敬意を込めてるつもりです。でも俺にとってコイツらは敵なんで敬意もクソもないんですよ」

「へ、へえ………」

「親を敬えない気持ちは分かるわ」

 

 家族の話になると真依先輩はすごく共感を持ってくれるが禅院の家の話は聞いたことがない。気になるところではあるが今は目の前の問題を片付けるべきだろう。

 何も言い返せないかと思っていたが意を決したのかクソ野郎の口が開いた。

 

「お前が呪術師になるのを何故否定したか、その真実を話そう」

「はぁ?」

「時任の家は本来術師の家系だった。しかし有名どころのように大きいわけではなく衰退していた。さらには私達の代は術式を持った子が生まれなかった。それ故に時任家は消失、事実一般人と変わらない家になった」

「呪力があれば戦うことはできるんじゃないの?」

「呪霊は見ることができても戦えはしなかったのだ。当然和月は舞雪も術式を持たないどころか見ることすら出来なかった。

 けれど桜戯が呪霊を認識出来る上に術式をもって生まれてしまった。当然知ったのはこの間だ。それまでそんな気配すらなかったんだからな」

「突発的な覚醒型だったわけだ。時任家、一応僕も調べたけどもう消えてたね。けれど術式を使える老人達が生きてる」

「その通りだ。もし桜戯が呪術師ということが老人達に知られれば利用されるに間違いない。挙げ句の果てには自由を奪われてしまうかもしれない」

「アンタらよりかは自由かもしれないけどな」

「それはないと断言出来る」

「何で」

「相伝の術式なら確実に継げるようにされるはず。そして時任家再興をさせるために和月や舞雪も巻き込まれるだろう」

「兄さんや姉さんは関係ないだろ!」

「桜戯、残念だけどこれは関係あるんだ。君が時任家の相伝を受け継いでしまった場合その種があるものとして兄姉は可能性が高い。つまり君一人の問題じゃなくなってしまうってことだ」

「でもそれは、あくまで相伝を受け継いだって仮定ですよね?その術式は」

「桜戲が使っている『螺旋躁術』、時任家相伝の術式だよ」

 

 話の流れで焦りに焦っていた僕は言葉を失った。相伝の術式、家の存続を分ける重大なことだとはわかっているがそんなもの知ったことではないと思った。けどそれは僕が普段使っているものでそれのせいで兄さんや姉さんが危険な目に遭うかもしれないと考えると体が震えた。嘘だと否定しようとするがクソ野郎たちは顔を抑え五条さんは無言を貫いている。三輪先輩は目を逸らして真依先輩はため息をついて何も言わなかった。

 

「これが現実だ桜戲。和月たちのためにも術師を辞めて戻ってこい」

「まだそんなこと」

「そうすればお前の身の安全も保証される。今なら奴らに気づかれることもない」

「桜戲、私たちは本当にあなたの未来を心配しているの」

 

 今まで喋ってこなかった母が急に口を開く。僕が何をされていても何も喋らなかったこの人が急に口を開いたことには驚いたがそれよりも更に怒りが増した。

 

「なんで、なんで今になってそういうことを言うんだよ!何も言ってこなかったくせに!」

「今まで何も言えなくてごめんなさい。でももし私が口を開いたら本当のことを言ってしまいそうで怖かったの。私たちがなんであんなことしたのか、この人がなんでこんな風に厳しいのかも全部言ってしまいそうで。それが怖くてずっと黙っていたの」

「そんなことなんの」

「──だって桜戲は優しい子だから」

「っ!」

「本当は優しい子だって私たちは知っていたからどんな態度をしてても心のどこかでは申し訳なさを感じている子だって知ってたから」

 

 なんだよ、それ。頭の中はこの言葉だけになった。

 じゃあどうすればいいんだよ。そんなふうに不器用にしか振舞えなかった親たちの元に戻ればいいのか?それが皆が望んでいる時任桜戲の姿なのか?

 コイツらの横暴な態度に素直に従ってきてそれは全部作り物で本当は愛していましたごめんなさい。そんな言葉を信じて本当に見つけた自分の才能を捨てて戻ればいいのか?

 

「桜戲」

 

 悩み悩んでいる僕を小さく呼ぶ声の正体は真依先輩だった。

 

「アンタはアンタのやりたいことを正直に言いなさい。何かあればどうにかしてあげるわよ」

「先輩…?」

 

 真依先輩はずっと同じ方を向いたまま表情を変えなかった。それでも言ってきた言葉はまるでなんでもできる魔法のようにも思えて僕は自分のやりたいことを思い返した。そして覚悟を決めて親に対して言葉を放つ。

 

「父さん、母さん、ごめんなさい。僕は呪術師を続けます」

「そっ、そんな」

「桜戲、本気で言っているのか?」

「もう、何を言われてもこの意志は揺らぎません」

「そんなことをすれば和月や舞雪は危険に遭うかもしれないんだぞ」

「兄さんと姉さんは僕が守ってみせます」

「ただの子どもにそんなことが」

「もうただの子供ではありません。呪術師です」

「だとしてもあなたに何ができるの。和月や舞雪が」

「あなた方は才能のある兄さんや姉さんの方が大事だと思います」

「あなただって大事に決まって」

「でしたら、何故あなたは“和月や舞雪”と兄さんと姉さんの名前を出したんですか?」

「「!!」」

「普通の親というのは知りません。もしかしたらこれは勝手な妄想かもしれませんが………この状況なら僕の安全を第一に考えるのではないですか?」

「そ、それは」

「お前の身の安全はお前自身で守れるだろう。あの子らは術師ではないんだどうやって」

「本人が戦えれば実の息子でも守ろうと思わないんですね」

「っ!」

「僕なら、力があってもなくても守りますけどね」

 

 真依先輩の方を見ると察したように通路側へと移動してくれる。僕に並んで三輪先輩と五条さんも出てきてそのままテーブルの横に立つ。

 

「待て、話はまだ」

「これ以上は本当の無駄でしょう。話さなくても結果は目に見えている。僕は、あなた方が捨てたこの才能を使って生きます」

「言葉が足らなかったのはすまなかった。だからもう一度話をさせてくれ。そうでないとお前やあの子らだけでなく私達も」

 

 今、魂胆がようやくわかった気がする──いや、確信を持った。コイツらは最初からそれが目的だったんだ。

 

「結局、自分たちの考えを押し通すつもりだったんですね」

「ちがっ、そうじゃない」

「なんで今僕が敬語かわかりますか?」

「何故そんなこと急に」

「今理解していないあなた方には、きっと一生をかけてもわかりませんよ」

 

 深くお辞儀をして店を出る。今までそいつらに抱いてきた感情も思いも優しさも全て一緒に置いてきた。

 ──さようなら、もう二度と会うことはないでしょう。

 お店を出て少ししたところで後ろを歩いている五条さんに向き直して深く頭を下げる。

 

「すみません五条さん」

「何が?」

「お気に入りのお店であんな雰囲気にしてしまって。それに仲直りの機会を作ってくれたのに別れるようにしてしまって」

「いいんじゃない?これで」

「えっ?」

「桜戲は自分のやりたいことを素直に言ったんだ。しかもそれを逃げずに叩きつけてきた。それだけで僕は満足だよ」

「五条さん………」

「それだけじゃないでしょ?桜戲が頭を下げた理由は」

「もしかしてもうわかってますか?」

「お兄さんとお姉さんにことは任せといて。五条家(ウチ)で守ってもらえるようにしておくから」

 

 流石は特級、というわけではないだろうがここまで察してくれるなんてとてもいい人だと思う。しかも兄さんたちのことまでちゃんと考えてくれている。きっと一生をかけてもこの恩は返しきれないと思う。

 

「ありがとうございます、五条さん」

「先生って呼んでくれてもいいんだよ」

「あー、そう呼びたいのは山々なんですけど歌姫先生から五条さんは先生呼びするなって言われてて」

「なんで?」

「よくわからないんですけどそう呼んではダメだって言ってました」

 

 五条さんは顎に手を当てて考えようとしていたが諦めたのかそれとも気分が変わったのかケロッとした表情に戻った。そのまま姿勢を変えずに宙に浮き上がる。

 

「じゃ、僕は色々とやることあるからこの辺で」

「今日は本当にありがとうございました!」

「桜戲もこれから頑張るんだよ。無論二人もね」

 

 一瞬にして五条さんはその場から消えた。瞬間移動でも使ったの如く移動で捉えきれなかった。

 夕陽が差し込んでいることに気づいた僕たちは新都の待ち合わせ場所に向かう。

 

「先輩方、今日はすみませんでした。この埋め合わせはいつかします」

「そうね。今度の休日にでもまた出かけましょう。その時は桜戲の奢りでご飯ね」

「は、はい………」

「私は別にいいんだけど、時任君ご両親のこと本当に良かったの?」

 

 三輪先輩の質問に対して答えは決まっていた。僕にとっての家族は二人しかいない。だから先輩の質問にはちゃんとした答えを出すことは出来なかった。

 だから僕は先輩たちよりも五歩くらい前に出て太陽に背を向ける。それはある種の決意表明のように。

 

「先輩、僕に両親なんていませんよ」



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第十二話 ぶん殴りたい奴って誰かの親戚とか関係ないですよね

長らくお待たせしました。お詫びではないですが今日はあの人が来ます。


「姉妹校交流会まであと数週間よ。だから今日は模擬戦を行うわ。総当たりの形式でやるわよ」

 

 庵先生の審判の下模擬戦総当たりが始まった。今年の姉妹校交流会では東京校側は一年生が出るらしいが京都校からは二年と三年しかでないのて一年はこっちでしばらく待機になるらしい。

 

「君とは一試合目らしい」

「そうみたいですね」

「元気がないようだがどうした?体調でも悪いのか?」

 

 体調は悪くない。でも僕は加茂先輩には聞かなきゃいけないことがあった。

 

「いえ、問題ありません」

「そうか」

「先輩。もしかして先輩は螺旋操術のことを知ってたんですか?」

 

 先輩は黙って何も言わなかった。沈黙ということは肯定と見なしていいだろう。よくも悪くもこの人は嘘をつかない。

 

 

「どうしてその事を?」

「先日ある人たちに言われました。時任の家は元々術師の家系だったと」

「……」

「そして螺旋操術は相伝の術式だったと」

「なるほど…」

 

 目をそらしたように気まずい表情を作る。というかこの人糸目だからそらしたかどうかも定かではないがそんな感じがした。

 

「何故知ってたんですか?」

「術式について調べている時に知った。私の赤血操術の『穿血』と似ている部分があったから取り込めないかと思ったんだ。しかし回転をさせるという根底から取り込むことは出来なかった」

「では螺旋操術と名付けたのは」

「ああ、書物に載っているものと似ていたからだ」

「時任の家の事は」

「知らなかったと言って信じて貰えるのかい?」

「……まぁ、先輩なので」

 

 変に嘘は吐かないと思う。吐いたところでこの人にメリットはないはず。いや、御三家的に時任がいてはまずい状況なら嘘を吐くか。だとしたら今この時点で消されてるか。

 

「真依たちから聞いたが私たちに敬意を払ってるからか?」

「いいえ、単に信用しただけです。勿論先輩でも首に刃を向けられれば全力で倒しますが」

「嘗められている……訳ではなさそうだ」

「ご冗談を」

 

 

 手を叩く音が聞こえる方をみると歌姫先生が僕たちを呼んでいた。軽くストレッチしてフィールドに向かう。

 

「時任君、今回は私を呪霊だと思って相手して欲しい」

「え、そんなことしたら」

「その程度で死ぬ私ではないよ」

 

 それこそ嘗められていると思ったが何の意図があるか分からないけど乗っておこう。

 

「いつも通り術式で殺傷性のあるものはダメよ。二人とも頑張りなさい。ーースタート!」

 

 開始の合図直後槍を地面に刺してペットボトルのフタを開けた僕は先輩めがけて水をかける。しかし相手は準一級術師、すぐに距離をとられる。

 

「何を考えているか分からないが、貴重な水をそんな風に使っていいのかい?残りのストックは一本だろう」

「いえいえ、むしろこれでいいというやつですよ」

 

 槍をとって空いた距離を埋めるように間を詰め槍を横に凪ぐ。片手で防いでるのは実力差を感じざるをえず、空いてる手で反撃をしようとしていたので今度は僕が距離を空ける。

 

「急なスピード……まさか」

「桜戯は重りである水を捨てたことで速くなったんだわ」

「でもそれじゃあ不利になっちゃうんじゃないかな」

 

 槍をぶんまわしながら攻撃するが全て防がれるか避けられる。先輩の攻撃も躱しているため互いにダメージはゼロに近かった。しかし身体の動きが妙に速い上に攻撃がいつもより重い。なにかタネを仕込んでるのか……?

 

「ドーピングかなんかですか?」

「気付いていたのか」

「なんとなくですけど」

「赤血操術『赤燐躍動』だ。俗な言い方はやめて貰おう」

 

 じゃあ多分やってることは間違いないなと改めて構えると同時に地を蹴り出した。さっきより速く重い攻撃を防ぎ同時に攻撃を出すが防がれる。

 

「驚いたよ。近接だけなら私と同じくらいにまで成長してる」

「お褒めに預かり光栄です」

「だけど術式が絡めばどうなるかな」

「そうですね。殺傷性がない赤血操術を僕は知らない」

 

 だからこそ次の一手で終わらせようと構えるとニヤついた声が聞こえてくる。誰だか分からない、けれど何故か嫌悪する声。

 

「なんや面白いことしてんね」

「貴方は……」

「憲紀君久しぶりやな。模擬戦でもやってんの?」

「ええ」

 

 ヘラヘラしたような京言葉の人は僕たちの間を割って通る。その様子を見て僕と先輩は戦う気が失せて姿勢を解く。和服を着た金髪の人はそのまま真依先輩の前で立ち止まる。

 

「ちょっと真依ちゃん借りてくで」

「っ……」

 

 真依先輩の腕を掴むと何処かへ連れていこうとする。先輩は何も言わずに黙って引かれる手に連れていかれる。

けれどその瞬間、下唇を噛むような悔しいのを必死に隠そうとしている表情を見て僕は動いた。気がつけば真依さんを掴んでいる人の腕を僕が掴んでいた。

 

「なんやこのガキ」

「離してください」

「あん?」

「その手を真依先輩から離してください」

「時任君!」

 

 加茂先輩の声が聞こえたときには僕は頬を叩かれていた。目の前の男はニヤニヤしながら僕のことを見下す。

 

「なんやお前、人の家のことに口出すんか」

「何を」

「時任君、その人は禪院直哉一級術師だ」

 

 この人が禅院家の人、ってことは真依先輩の従兄弟……なのか?だとしたら尚更この人のことを嫌いになりそうだ。

 

「せいぜい四級程度のガキが誰に口出してんのか分かっとんのか?」

「生憎、最近この世界に来たもので階級で態度をどうこうするなんてまだ知らないもんで」

「ならちゃんと教え込まんとあかんなぁ」

 

 さっきまで僕たちがいた位置に立つとかかってこいと挑発する。いくら実力差が開かれていようと一発合格するぶん殴らないと気が済まなかった僕は棒を持って行こうとするが二人に止められる。

 

「待つんだ時任君、あの人は」

「偉い人でも知りませんよ。例え勝負で負けても一発当てれれば僕の勝ちです」

「冷静になれ時任。今のまま行けばお前は返り討ちに遭うだけだ」

「そうだ東堂の言う通り、ではない違うだろ」

「それもそうかもしれませんが」

「時任君はそれで納得するな」

 

 考えなしで行けば返り討ち、最悪防御も出来ないまま攻撃されて真依先輩を助けることもあの男に一矢報いることすら叶わないだろう。弱点があるのかと聞けばそんなものは知らんと跳ね除けられる。

 

「だがしかし、ヤツを倒す方法ならある」

「あるんですか?」

「敵を倒すのに信じるもの、それだけ考えれば一対一はどうにかなるだろ」

「あの先輩、言ってることがよくわかりません」

「根性だせ」

 

 背中をバチンと強く叩かれ痛みを感じながらも前に出て棒を構える。

 ヘラヘラする気持ち悪い顔を見据えながら最初の動きを連想する。水のストックは一本、一応対人模擬だから殺傷性のある術式は避けるけど捕獲……ああ、そうすればいいのか。とりあえず動いてからじゃないと始まらない。

 

「本気だしや。じゃないと面白ないからな」

「言われなくても本気で行きますよ」

「でもまぁ格の違いってのがあるからなぁ、そや、ちょっとでも触れたり一撃でも入ったらボウズの勝ちでええで」

「流石にナメすぎでは?」

「それくらいしないと勝負にならへんからな。でもこっちから触れるのはありやからな」

「絶対後悔させてやる……」

「ほな好きなタイミングで来いや。まあそれで俺が気を取られるなんて……っ!」

 

 好きなタイミング(・・・・・・・・)で来ていいと言われたからその瞬間に懐に潜り込み棒を突き上げた。しかしその程度ではすぐに反応され回避される。振り回すも距離を取られてしまう。

 

「外したか」

「いきなり怖いなぁ、人が話している最中だったやろが」

「好きなタイミングと仰ったじゃないですか」

「調子に乗るなよ、ボウズ」

 

 すぐに棒を構えると目の前までやってくる。これなら防げると防御態勢を作ろうとすると飛んできたのは拳ではなく掌で軽く触れられただけだった。まだナメられられているのかと思い体を回転させようとするとピタッと止まって動けなくなる。まるで金縛りにでもあったかのように動けなくなったところを間髪入れず回し蹴りされる。地面を転がっていきながらも動くようになった身体を捻って受身を取る。

 

「まぁそれくらいはしてもらわんとなぁ」

「今のは」

「ほなどんどんいくで」

 

 次の瞬間目の前の男は消えてどこに行ったかを探すも視界に映らない。

 

「どこ見てんねや」

 

 背中から聞こえる声に反応しようとするとまた金縛りにあったような感覚に襲われる。この人の術式なのか、固まった瞬間に攻撃してくるため確実な打法を準備する時間を与えてしまっている。触れられた瞬間まるでその一瞬を切り取ったように動けなくなる。これに対応出来ないと殴るどころか触れることすら出来ない。

 

「そんな程度で俺に楯突こうとしてたんか」

「くっ……」

「度胸だけは認めてやってもええで」

「まだ、まだ終わってない……」

 

 棒を構えるとニヤケ面は余裕を見せるようにやれやれと言ってくる。術式は未だにわかっていない、でもこの人はどんどん加速していく。となると自分にも影響を与えられる術式なのだろうか。それでもってこっちにデバフをかけるわけだけどって考えてもわからない。

 

「桜戲、その人の術式は投射呪法。触れた相手に」

「おっと真依ちゃん誰が話していいって言った?」

 

 周りを駆けていたはずの男はいつの間にか真依さんの口を手で塞いでいた。嫌悪する顔を見せる真依先輩を見て自分の中で何かがプツンと切れる。

 

真依さんに触るなぁぁぁ!!!

「なんや急に声を上げて、動物でももっと静かに出来る……で?」

 

 瞬時ペットボトルの残りの水を全部左腕に纏わせて螺旋状に解き放つ。掴むように直前で展開するも避けられる。流突の応用で地面にある水ではなく呪力操作で纏っている水を放つように一気にやったが当たることはなかった。

 

「術式使えば当てられるとでも思ったんか?」

「もしかしたら殺してしまうかもしれない、怪我を負わせてしまうかもしれないと思った。真依さんの親戚だからって遠慮してた。けどもう決めた、殺してでも一撃を入れてみせる」

「よう喋るガキやな。調子乗るんやない!」

 

 何を考えているのかまっすぐ走ってくる男を前に輪唱を出して盾を作る。

 

「そんなもの効きやせぇへんわ!」

「そうだよな、そう言うと思ったわ」

 

 まっすぐ走ってきてくれるおかげでタイミングが測りやすかった。目の前まで来ると俺は跳ねてヤツの頭上になり円を描くようにヤツの頭の方に持ってきた輪唱の形を変える。

 

「雷音」

「効かないゆうたやろ。そないなもので俺に手が届くとでも」

「チャンスってのはどこから訪れるかわからないよな」

 

 男が逃げた先で術式を発動させる。流突のように螺旋を描いてまとわりつく水に困惑しているようだった。そこにあったのはさっき加茂先輩と模擬戦をした時に出来た水溜り。元々俺が呪力を通してから出したため水が残っている状態ではまだ呪力は通っていた。そしてさっき頭上から攻撃を仕掛けた時にそっちの方に仕向けるよう角度を調整した。一か八かだったから引っかかってくれて助かったけど。

 

「こないな術式程度で」

「やめとけよ、今その水に触れたらアンタどうなるかわからないぜ」

「何を仕込んだんや!?」

「王水って、言ったら信じるか?」

「そんなん信じられるわけないやろ!」

「歯ぁ食いしばれよ!」

 

 男が水に触れたことで術式の形が保てなくなった水はバシャバシャと落ちて男はフリーになる。でもその時にはぶん殴れる距離にいて胸ぐらを掴んでいた。触れられる前にぶん殴ればいいと拳を構えると体が動けなくなる。触れられたわけじゃない。でも全身に力が入らなくなる感じがして立てなくなる。

 

「ハハハ、呪力切れとは惨めなもんやなぁ」

「な、に………」

「無理に楯突こうとするからや。でももう動けへんなぁこんな近くに俺がいるのになぁ」

 

 しゃがみ込んで君の悪い顔を見せつけられる。屈辱だ。こんな屈辱認めたくない。

 

「ガキは大人しくしてろっちゅうことやなぁ!」

 

 立ち上がった男は俺目掛けて全力で蹴ろうとしていた。避けることすら叶わないだろうと諦めようとしていた時乾いた音が聞こえた。目を瞑っていたが痛みが訪れることはないむしろお腹に何かが当たって足と腕が宙ぶらりんしている感じだ。目を開けると校舎が見えた。

 

「なんや葵君か」

「それ以上は男じゃねぇだろ」

「邪魔せんで欲しかったわ。君らに変わってちゃんと教育しようと思ったのになぁ」

「時任はよくやった。これ以上やるってんなら俺が相手になる」

「しらけるわドアホ。また今度な真依ちゃん」

 

 スタスタと歩いて行く音が消えていくと同時に俺の意識もどんどん消えていった。

 次に目を覚ました時、そこは僕の部屋だった。誰かが運んでくれたのだろうか、起き上がると体のところどころに痛みが走る。アレだけ会心の一撃並みのダメージをモロに喰らったのだよく立っていられものだ。しかしあの男に一発でも殴れなかったのが悔しくて仕方ない。もう少し呪力の調整をしておくべきだった、あの時こう動けていたらなどとすぐに振り返るが悔しい気持ちが募っていくばかりだった。

 

「あら、起きたのね」

「真依先輩……」

 

 ノックもせずに入って来た先輩はお盆に水と果物を乗せて椅子に座った。正直先輩に合わせる顔がない。あんなことを言っておきながら親戚の人に喧嘩をふっかけた挙句負けたなんてカッコ悪すぎる。

 

「体は動くの?」

「なんとか、ですけど」

「そう」

 

 淡々とした様子で果物を剥き始めるとさらに移していく。その皿を僕に渡してきた。

 

「食べられそう?」

「……置いといてください」

「そんなこと言ってアンタ自分で食べられるの?」

「先輩に顔を見せたくないだけです」

「だからってベッドの上で体育座りしてんじゃないわよ」

「でも僕、あんなことして、迷惑かけたのに先輩に来てもらう資格なんて」

「そうね。迷惑だったわ」

 

 グサリと言葉の矢が刺さる。

 

「あのまま何もなければ今までと同じようにしてやり過ごせていたのに、全く厄介なことをしてくれたわね」

「………ごめんなさい」

「全く、家に帰るのも余計億劫に感じるわ」

 

 先輩からネチネチと言われるかと思いきや次に飛んできたのは意外な言葉だった。

 

「でも、ありがとう」

「………え?」

「私が嫌がっていることに気付いてくれて」

「そりゃあ気付きますよ……」

「ただ負けたのは許さないわ」

「えぇ……」

 

 今のはそういう流れじゃないじゃん。もっと違うパターンだったじゃん

 

「正直あの人をあそこまで追い詰めることができるとは思ってなかったわ。だからもっと強くなりなさい」

「言われなくとも、強くなります。アイツを、一発ぶん殴るまで」

「俺って言ったわね」

「あ、すみません」

「いいわ。私の前でくらい気を抜きなさい」

「そんなこと」

 

 出来ないと言おうとすると口を塞がれる。まるでマシュマロのような柔らかい感触。少し熱があるような、でも何かが満たされるような変な感じ。先輩の顔が離れると妖艶な笑みを浮かべていた。

 

「真依さん……今」

「今日はさっさと寝なさい。明日また来るわ」

「は、はい……」

 

 真依さんが部屋を出ていくと再び静寂が訪れる。一体何が起きたのか理解ができないまま何も考えないようにして布団の中に入り眠ることにした。

 




 私は部屋に戻るとドアを閉めてその場に座り込んだ。自分が何をしたか振り返ってみると恥ずかしくて仕方なかった。でも何か、伝えたくて仕方なかったんだからしょうがないじゃない。

「……桜戲の、バカ」


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