ソードアート・ディファレント (ルイ/Lui)
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ソードアート・ディファレント -Tragedy Story-

SADTS

原作:川原礫

考案、作成:Luikon

【注意!】

・IFストーリー注意
・キャラ崩壊注意
・ストーリー崩壊注意
・この作品は思いっきりキャラを載せているパクリ作品ですが、ほぼ自己満足作品です

※この作品は原作とは全く関係が無くはないですがありません、ご了承ください


 

序章 -世界初のVRMMORPGゲーム-

 

2022年11月

ついに発売された、ナーヴギア専用ソフト「ソードアート・オンライン」

俺はこのゲームの正式サービス開始時刻まで新聞片手に待っていた

 

なぜなら、世界初のVRMMORPGゲームであり、脳の大五感を刺激して、仮想世界にいるような感覚を味わう事が出来るという、本当に夢の様なゲームだからだ。

このゲームは、限定1万本という数少ないゲームとなっている

俺は1000人限定という、ベータテストに見事当選、そして満喫していた

学校でも、ゲームの事を考えていて、学校が終わると、家に飛び入るように帰って、すぐに起動していた。

 

ベータテストの時は、1ヶ月という短い期間で、遊びまくったものだ。

更に、ベータテストに当選した人は正式サービスのソフトが無料で貰えた

何とも太っ腹である

 

そんな光景の思い出に浸っていると、正式サービス開始時刻が近付いていることに気付く。

 

読んでいた新聞をデスクの上に起き、ベッドに寝転がる。

俺は、ナーヴギアを被り、起動する言葉を唱えた

 

「リンク・スタート!」

 

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おまけ -歪み-

 

──ここは遠い遠い時空の彼方

そこには、1本の杉の木が生えていた

しかし、何やら硬そうである

 

──タイミングよく音が聞こえてくる

その音は、何かものを叩いているような音だ

 

「よんじゅう...なな!」

 

音に合わせて少年の声が聞こえてくる

 

「ごーじゅう!!」

 

50と聞こえた瞬間、硬いものを叩いているような音は聞こえなくなった

 

「ふう...今日の午後の分は終わりかな...」

 

「さて、帰ろうかな...」

 

少年は持っていた斧を手に取り、歩き出した瞬間

 

「...!?なんだ?!」

 

突然少年の周りに歪みが現れたのだ

その歪みは次第に酷くなっていく

 

「...くっ...誰か...助け...て...」

 

その歪みは力を奪って行くようで

少年は斧を落とし、蒼い光の中へと消えていった

 

おまけ 終わり 続く

 

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チャプター1 『始まり』 第1章 -アインクラッド-

 

ついに来た!

ここが、浮遊城アインクラッドの内部だ。

俺は第1層である「はじまりの街」を全力疾走で走った。

 

先程言った通り、俺は、元ベータテスターだ。

第1層の通路は完全に覚えている...つもりだ。

 

フィールドに出る為に、走っていると、後ろから声をかけられた

 

「おーい!そこの兄ちゃーん!」

 

俺は誰だろうと、後ろを向いた

すると、赤いバンダナを巻いた盗賊みたいな顔をしたアバターだ。

今更だが、俺のアバターは、勇者のような凛々しい姿である

 

「俺、クライン、よろしくな」

「キリトだ、よろしく」

クライン「さっきの迷いのない走り、あんたベータテスト経験者だな?頼む!戦い方を教えてくれ!」

 

戦い方?...もしかして、このクラインという名のプレイヤーはVRMMORPG系が、このゲームで初めてなのだろうか

 

キリト「いいぜ」

クライン「よっしゃ!ありがとうよ!」

キリト「それじゃあ、行こうか」

クライン「おうよ!」

 

俺は、クラインと共にフィールドに出た

 

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第2章 -剣技《ソードスキル》-

 

クライン「おわぁ?!」

 

怪しげなバンダナを巻いた男、クラインは、痛そうに腹を抱えて横たわっている

 

キリト「痛みは感じないはずだろう?」

 

そう、ペイン・アブソーバーというシステムによって、アバターから本体への直接的な痛みは基本的に感じないのだ

 

クライン「あ、そうか」

 

そう言うと、すぐに立ち上がった

 

クライン「んー...キリトよぉ、そーどすきる?ってのはどうやって発動するんだ?」

 

クラインがソードスキルについて質問してきた

 

ソードスキル...ここ「ソードアート・オンライン」に存在する、剣技のことを指す

魔法が存在しないこのゲームには、欠かせない技だ

 

キリト「んー...なんて言うかな、剣を掲げて、パワーが...溜まった!ってとこで発動するんだ、後はシステムが勝手に動いてくれるよ」

 

クライン「えー?そりゃないぜキリトよぉ...パワーが溜まったとこって...」

 

そう言いながら、クラインは剣を掲げる

 

キュイーン...剣からそんな音が聞こえてくる

そろそろ良さそうだな...と、そう思い、剣でモンスターをクラインに向けて弾き返した。

 

クライン「おらぁ!」

 

クラインは剣を前に出した

あれは確か...ソードスキル 曲刀 「リーパー」だったか

モンスターの横を通り抜け、スキルが終わった事を確認したクラインは、モンスターを見て、敵のHPが無くなるのを確認すると

 

クライン「...う」

 

う?

 

クライン「うぉっしゃあ!!!倒したぜ!」

 

と、急に咆哮を上げだした

 

キリト「おめでとう...って言っても、さっきの敵はスライム程度だけどな」

 

俺は苦笑しながらそう返すと

 

クライン「えぇ?...俺はてっきり中ボスかと...」

 

キリト「んなわけあるか」

 

俺はまた苦笑しながらそう返した

 

キリト「もう少し狩りを続けるか?」

クライン「おうよ!」

 

クラインは周りのモンスターを倒して行った

気付けば、もう午後4時を回っていた

 

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第3章 -焦り-

 

クライン「もう4時か...早いもんだなぁ!」

 

クラインはそう言った

俺は「実際に体を動かすって楽しいもんだろう?」と聞いてみる

 

クライン「そうだな!楽しいぜ!」

 

俺とクラインは笑いあっていた

 

クライン「あそうだ、俺4時半からピザとジンジャーエールを頼んであるんだよ」

 

キリト「準備万端だな」

 

俺はそう返す

 

クライン「じゃあ、またな!キリト!

キリトから教わった事、忘れねぇぜ!」

 

キリト「んな大袈裟な」

 

俺は笑って、この場から立ち去ろうとした

 

のだが...

 

クライン「ん?」

 

俺はなんだろうと思って振り返ってみる

 

クライン「ログアウトがねぇよ」

 

ログアウトがない?そんな事はないはずだ

 

キリト「よく見てみろよ、設定にないか?」

 

クラインはメニューを弄るが...

 

クライン「やっぱねぇよ」

 

キリト「そんなはずは...」

 

そんなはずはない、と思い俺はメニュー画面を開く

 

だが...

 

...ない

 

どこにもログアウトボタンが存在しない

 

クライン「...ねぇだろ?」

 

キリト「...うん」

 

クライン「バグか、まぁ、サービス開始初日だし、そんなバグは、あるだろうな」

 

クラインはそう言う

 

しかし俺は...

 

キリト「おかしくないか」

 

クライン「え?」

 

キリト「サービス初日と言えど、バグでログアウト出来ないなんてありえなくないか?」

 

クライン「確かに...」

 

クラインはそう返す

 

クライン「他にログアウトの方法はねぇのか?...えぇと...ナーヴギアを取るとか!」

 

俺も他にないか考えてみる...が

 

キリト「...ないよ、ログアウト以外に方法はない、GM(ゲームマスター)に連絡すればログアウトできるかもしれないが...」

 

俺はそう返すが、微かに嫌な予感がする

 

クライン「そうか!GMに連絡すれば...ってなんだ?これは...連絡出来ねぇようになってるぞ」

 

俺の嫌な予感は当たっていたようだ

 

クラインは「脱出!」「ログアウト!」「俺様のジンジャーエールとピザがぁ!!」などと騒いでいるが、残念ながら、ナーヴギアに音声認識はないし、どれほど嘆いても...

 

その時、夕日の中で鐘が鳴り出した

 

カーン、カーン、カーン...

 

すると、視界が青く染まった

これは...

キリト「強制テレポート...?!」

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第4章 -真実-

 

強制テレポートにより視界が青く染まってから、数秒もせずに視界が戻っていく

 

キリト「ここは...」

 

ここははじまりの街の広場のようだ

 

なぜここに...?

 

クライン「お、おいキリト!上を見てみろよ!」

 

クラインが急かすように言うので、俺も見てみる

 

キリト「な...」

 

なんだあれは?!

 

上の空に文字が浮かんでいる

いや、書かれている

 

赤く刻まれた文字【WARNING】が

 

しばらくすると、血のような色をしたドロドロの液体が赤く染まった空から落ちてきた...ように見えたが、途中で止まり、その液体は人型に変形、そしてフードのようなものが造られていく

だが、フードの下から覗けど、顔は見えない、謝罪の為に急遽作ったのだろうか

 

キリト/クライン「「で...でけぇ(な)」」

 

俺とクラインは気付かぬうちに同じことを発していたようだが、今はそんな事は気にしてられない

 

???「プレイヤーの諸君、私の世界にようこそ」

 

私の世界...?

 

「私の名前は、"茅場晶彦"...この世界を唯一コントロール出来る存在だ」

 

茅場晶彦...聞いた事がある、確かこのゲーム、"ソードアート・オンライン"の創造者であり、このゲームのプラットフォーム...フルダイブ機能を持つ「ナーヴギア」を作った本人だ

 

茅場晶彦「プレイヤーの諸君は、既にログアウトボタンが消失している事に気付いていると思う、だが、これは不具合ではなく、ソードアート・オンライン本来の使用なのだ」

 

本来の...使用だと?!

 

茅場晶彦「ログアウトの方法は一つだけある...それは、この浮遊城アインクラッドの第百層のボスを倒す事のみだ」

 

なっ...?!

 

茅場晶彦「私の目的は既に達せられている」

 

茅場晶彦「ゲーム内でのGAME OVER...つまり、HP(ヒットポイント)が無くなれば、このゲーム、そして、現実世界から永遠退場となる」

 

茅場晶彦「この情報は、テレビや報道などで繰り返し伝えられている...だが、1部の家族が、この警告を無視し、ナーヴギアを外す、分解などを試みて、現実世界、及びゲームから200人もののプレイヤーが永遠退場した」

 

200人...?!

 

茅場晶彦「プレイヤーの諸君が、この世界が、もう1つの"現実"となるように、私からプレゼントがある、アイテムストレージを開けてみてほしい」

 

アイテムストレージ...?

俺はメニューを開き、アイテムストレージを開いた

あるのは...さっきの狩りで手に入れたドロップと...これは...

 

キリト「手鏡?」

 

見覚えのないアイテムが、アイテムストレージに入っていた

俺は手鏡と書かれているアイテムをオブジェクト化し、その手鏡を見ている

鏡に映っているのは、俺が設定した、勇者のような凛々しい顔だ

 

クライン「な...!」

 

しばらくすると、クラインが、青く染まった 強制テレポートと同じような

 

キリト「クライン!」

 

俺は彼の名を呼ぶと同時に俺にも同じような現象が起きた

 

キリト「わ!...」

 

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_________________

___________

 

どれくらいかかっただろうか

 

クライン「大丈夫か?キリト」

 

クラインがそう呼ぶ...だが、声が違うような...

 

キリト「あぁ...クラインこそ...」

 

俺は言葉が詰まった

 

キリト「お前誰だよ...」

 

クライン「お前こそ誰だよ...」

 

見覚えのない人が俺の前にいるのである

しばし無言のままだったが、ほぼ同時に

 

キリト/クライン「「お前がクライン(キリト)か?!」」

 

と言った

 

クライン「どうなってやがる...」

 

キリト「もう1つの..."現実"...なるほど...」

 

もう1つの"現実"...つまり、現実世界と同じ顔、声、体格がSAO内で同じになったという事だ、しかしどうやって...?

...そうだ、確かナーヴギアは顔をすっぽりとハマるように被っているはずだ

という事は、スキャニングで顔を読み取ったのだろう。

しかし、体格は...?

俺はクラインに問うてみる

 

キリト「クライン、なんで体格も同じになってるんだ?」

 

クラインは少し悩んだ様子で

 

クライン「えーと、確か...ほら、ナーヴギアを使う時に、体格を調べるアレがあったろ...ほら、キャリブレーション...だったか?」

 

クラインが言ったキャリブレーションとは測った体格を元に外見を作成するものだ

 

茅場晶彦「これで、ソードアート・オンライン、正式サービスのチュートリアルを終了する、健闘を祈る」

 

しばしの無言だった

...NPCの陽気な音楽が次第に聞こえてくる

 

すると、周りから

 

「ふざけんな!」

「嫌ーー!!」

「待ってる奴だっているんだよ!」

「助けてー!」

 

などと悲鳴と嗚咽が混じった声が聞こえてくる

 

俺は隣で絶句しているクラインを呼んだ

 

キリト「クライン、ちょっと来い」

 

クライン「お?...おう」

 

俺は広場から少し離れた通路へと進み、俺は未だに困惑しているクラインに向かって

 

キリト「俺と一緒に来い、しばらくすると、この街の周辺のMOBは狩られるだろう、一々リポップを待ってられない、すぐに別の街を拠点にした方がいい、次の街への安全な道を知っているから、レベル1でも安全に辿り着ける」

 

そう言った、だが...

クラインは少し戸惑ったように

 

クライン「で...でもよぉ、俺にはダチがいるんだ...このソードアート・オンラインだって、ダチと朝から並んで買ったんだ...あいつらを置いては行けねぇ」

 

クラインからそう言われ、少し後悔した

俺は少し力無き声で

 

キリト「そうか...じゃあ、またな...クライン」

 

そう返した

すると

 

クライン「キリト!」

 

不意に俺の名を呼ばれ、1度止まったが、もう一度歩き出す

 

クライン「おいキリトよ...おめぇ、意外と可愛い顔してんじゃねえかよ、結構好みだぜ?」

 

クラインは少し笑いながらそう言った

俺は

 

キリト「お前こそ、その仏頂面がお似合いだよ!」

 

と少し貶すように、でも悪い意味でもない言葉を返した

 

少し走ったあと後ろを見てみたが、そこに彼の姿はなかった

 

俺ははじまりの街を抜け出し、フィールドへ出る。次の街に行く為に。

 

すると、立ち塞がるように目の前にモンスターがリポップする

俺は背中に背負う重みのない、少し頼りない剣を抜刀し、剣を肩に構え、技を繰り出す。

その技は、魔法のないこの世界だからこそ使える...この技を...!

片手直剣単発縦斬りソードスキル"バーチカル"!

 

「うおおお!!!」と咆哮をあげながら、''バーチカル''をモンスターへ当てに行く。

 

これはただのゲームなんかじゃない

命懸けのゲームだ

1度でもHPが無くなれば《GAMEOVER》。

そして朝、ある記事を見ていたことを思い出す

あれは茅場が記者に放った言葉だった

 

『これは、ゲームであっても遊びではない』

 

ただのゲームじゃない

生き延びなければならない

そう、絶対に

 

無限に感じた硬直時間はいつの間にか消え、俺は足を動かしてまた前へと走り出す。

そして俺は誓う

神に、いや、俺の命に

 

絶対に、生き延びる。

俺は...生き延びて見せる...!

この"《ソードアート・オンライン(世界)》"で!!!

 

____________________________________

 

第5章 -歪な出会い-

 

キリト「はぁ...はぁ...」

 

どれくらい走っただろうか

次の街を目指して走っていたのだが、未だにクラインをはじまりの街に置いてきてしまった事を後悔していた

不意に胸に痛みが走り、立ち止まる。

胸が抉るように疼き、後悔という名の荷が俺の背中に重くのしかかる。

しかし今はそれどころではないと感じ、立ち止まっていた足を動かして俺はまた走りだそうとした

 

ところが

 

キリト「...!?」

 

突然世界が歪んだ...というより、バグが起きたように思える

地震のような揺れを発し、立っていられないほど大きく揺れていた。

 

一瞬、何かのイベントかと思えたが、その案はすぐに捨てる

なぜなら、時空が歪むようなイベントは起きる''はずがない''のだから

 

しばらくすると、揺れのような歪みは消え、立っていられるようにはなっていた

なにやら上...いや、上空から気配を感じ、じっと見つめてみる

...何かが落ちてきている?

...違う!あれは...プレイヤーか...?!

 

助けたい、が、ふと脳内にクラインの姿が脳裏に過る

このまま放置していればあのプレイヤーは死んでしまうだろう、GAMEOVERになれば、現実世界へ帰れるかもしれない

それならあのままにしておいた方が得策だ。

しかし、なぜか俺の足は走り出していた、止まりたくても止まらない、まるで本能が「助けたい」と願っているかのようで

もうここまで来たら後がない、信じるのは俺の筋力パラメータと俊敏パラメータだけだ。

 

...俺はレベルを上げていた時に、あるポイントを手に入れていた

所謂《SP(スキルポイント)》と呼ばれるものだ。

このゲームには筋力と俊敏の2つしか無いため、俺は迷わず筋力に3、俊敏に2を降っていたことを思い出す。

 

あの高さなら、俺の筋力パラメータでもどうにかキャッチ出来るだろう

 

キリト「よい...しょっと!」

 

軽い、最初に出た感想はそれだけだ。

 

見た目は男だろうが...年齢は俺と同じぐらい...だろう

髪は亜麻色で、見る限り日本人ではないようだが...?

 

???「んん...」

 

目を覚ましたようで、少しづつ目を開いていく

その眼は綺麗な色をしていた、優しい目だ

 

???「あれ...ここは」

 

これは...日本語...?!

 

???「あれ?君は誰?ここはどこだい?」

 

彼は俺に向かってそう問う

彼が日本語を喋っていることに虚を抜かれ、一瞬反応が遅れて

 

キリト「あっ、えーと、俺はキリトだ」

 

と自身の名前を伝える

すると彼は口を開いた

 

ユージオ「キリトくんかぁ...僕はユージオ、よろしくね!...それと...」

 

キリト「?」

 

ユージオ「降ろしてもらえるかい?」

 

...そういえばお姫様抱っこ状態だったのを忘れてた...

 

キリト「ご、ごめん」

 

すぐさま降ろすと、彼は口を開く

 

ユージオ「ところで、キリト...くん、ここはどこだい?見た事が無いものばかりなんだけど」

 

キリト「へ?」

 

なんという事だ、このゲームを知らないって事か...てことは...この世界がデスゲームだって事も知らないのだろうか...?

 

キリト「あ、ここは、ソードアート・オンラインっていうゲームだよ」

 

ユージオ「そーど...なんだって?」

 

キリト「へ?」

 

本日2度目の反応だ

 

キリト「ここはゲームの中だよ」

 

ユージオ「げーむって...なんだい?」

 

彼はまた同じような問いを返してくる

もう流石に驚きはしない...だが、この言葉を知らないって事、そして、アインクラッドという存在さえも知らないって事...やはり...

 

キリト「なぁ」

 

ユージオ「ん?なんだい?キリトくん」

 

キリト「ユージオくん、君はもしかしたら、この世界の人間ではないのかもしれない」

 

普通の人なら『は?』と素の反応が出るだろう、しかし彼は違うはずだ

優しい色をした眼、亜麻色の髪、そして青色の服。

この世界にそのような人間はいないし、仮に外国人だとしても、顔の輪郭が日本人寄りすぎる。

だからこの世界ではない人間...即ち、"異世界人"...或いは、別の時間軸...《パラレルワールド》から来た人物の可能性がある...のだが、確定は出来ない。

ならば、聞くしかないと思い、現在心して聞いている

 

"ユージオ"と名乗る少年は少し動揺していた

...いや、少し不思議そうに考えていた

少しの間、彼は口を開き、こう呟く

 

ユージオ「この世界の?...じゃあ、さっきの歪みで...?」

 

やはりそうだったか

 

このユージオという少年は

プレイヤーやNPCではなく

別時間軸、通称《パラレルワールド》の"異世界人"だろう

 

チャプター1 「始まり」 END

 

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おまけ -呼び名-

 

キリト「あ、そうだユージオくん」

 

ユージオ「なんだい?キリトくん」

 

ユージオという少年はこちらの問いかけに疑問を抱いている

 

キリト「呼び名の事だけどさ...俺のことは"キリト"って気安く呼んでくれないか?」

 

ユージオは一瞬戸惑って...

 

ユージオ「...いいよ、僕の事も"ユージオ"って呼んでよ」

 

と、承諾を得て俺も

 

キリト「分かった、よろしく、ユージオ」

 

ユージオ「こちらこそよろしく、キリト」

 

と、呼び合うようになったのだった

 

おまけ END

 

 




2012年放送アニメ『ソードアート・オンライン』
『もしもこうなっていたら』という考えで作り出したこのお話『ソードアート・ディファレント』
いわゆる『IFストーリー』と呼ばれるもので、交えるはずがなかった世界線のキャラと繋がっています
率直にいえば『もしも、あの世界の親友が、中学生時代のキリトがいた...《ソードアート・オンライン》の世界へ、転移されていたら』というお話です

初めての投稿となります!
誤字脱字等があれば教えてください!

そして、その原作小説版の作者である『川原礫』さん
申し訳ございませんでしたァ!

次回 チャプター2「デスゲーム」


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ソードアート・ディファレント2 -Tragedy Story-

SADTS

原作:川原礫

考案、作成:Luikon

【注意!】

・IFストーリー注意
・キャラ崩壊注意
・ストーリー崩壊注意
・町の名前、武器の名前等の意味はありません
・この作品は思いっきりキャラを載せているパクリ作品ですが、ほぼ自己満足作品です

※この作品は原作とは全く関係が無くはないですがありません、ご了承ください
前回の序章&チャプター1から見ると分かりやすいです
それでもよければどうぞ↓↓


チャプター2「デスゲーム」

 

第6章 -ビーター-

 

始まりの街を出てから、そう遠くない内に異世界人を見つけた

...いや、見つけた、というより遭遇した...かもだが。

その異世界人の名前は「ユージオ」という少年だ

この少年は このゲーム、ソードアート・オンラインの舞台「浮遊城《アインクラッド》」の第1層の上空から落ちてきたのだ

俺は《SP》を振ったお陰でこの少年を上手くキャッチする事が出来たのだが、この少年の髪型や目が日本人では無いこと、髪色は亜麻色で、目は優しい色をした緑色だ

そして今、俺達は次の街「ファラストの町」へと急いでいる

 

キリト「なぁ、ユージオ」

ユージオ「なんだい?キリト」

キリト「...武器とか持ってるか?」

ユージオ「武器...?うーん...ここに来るまではあったけど...」

キリト「あったけど?」

ユージオ「ここに来る途中に落としちゃったみたいなんだ」

キリト「本当か」

ユージオ「うん」

 

少年に武器があるか聞いてみたが、どうやらここに来る途中に落としてしまったらしい

それなら武器をあげなくてはならない

──この世界の理不尽さから守る為にも

 

ユージオ「ねぇ、キリト」

キリト「なんだ?ユージオ」

ユージオ「その、ファラスト...の町ってのはあとどれくらいで着くの?」

キリト「えっと...あともう少しで着くと思うぞ...あ、ほら見えてきた」

ユージオ「わぁ...あれが ファラストの町 なんだね」

 

広々としたフィールドを歩いていき、漸く見つけた《ファラストの町》を見ているユージオという少年は感動しているようだった

 

キリト「さぁ、町に入って武器を買おう」

ユージオ「うん」

 

俺はユージオと共にファラストの町へと入っていった

 

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第7章 -剣術-

 

俺はユージオと共にショップへと行き、武器を購入した

現在のコルでは初期装備に近い片手直剣しか買えないため、これで我慢してもらおう

と言っても、ショートソードよりも少し強い武器だ

 

キリト「ほら、片手剣だ」スッ

 

俺はユージオに片手直剣「ヴァラント・ウォルトス」を手渡した

 

ユージオ「わぁ...ちょっと重いね」

キリト「さて...片手剣を渡した訳なんだが...」

ユージオ「?」

キリト「ユージオ、ソードスキル...使えるか?」

ユージオ「そーど...すきるってなんだい?」

 

クラインと同じような問いを返してくる

 

キリト「えっとな...ソードスキルっていうのはこの世界で使える特別な技みたいなもんなんだ」

ユージオ「特別な...技...秘奥義みたいなものかい?」

キリト「あ、あぁ、そうだ、秘奥義みたいなものだな」

キリト「でだ...その秘奥義を使えるかどうかなんだが...分かるか?」

ユージオ「...」フルフル

 

ユージオは顔を横に振った

 

キリト「だよな...よし、教えるから町を出よう」

ユージオ「うん」

 

___________________

_____________

_______

 

俺達はファラストの町を出て、フィールドへと出ている

勿論、ユージオに剣術、ソードスキルを教えるために出ているのだ

 

キリト「さて...ソードスキルなんだが、使うためにはある特定の構えをすれば発動するんだ」

ユージオ「ある特定の...構え?」

キリト「おう、こうやって...」キュイーン

 

俺は片手剣を横に構えていると、片手剣が光り出す

システムがソードスキルを反応している証拠だ。

 

ユージオ「!?」

 

キリト「ハッ!」シュン!

 

俺はまずシステムに従うまま動き、片手直剣単発横斬りソードスキル《ホリゾンタル》を発動させた

 

キリト「...よし、これがソードスキル、ホリゾンタルだ」

ユージオ「わぁ...これがそうなんだね」

 

ユージオにソードスキルを見せたところ、先程よりも感動しているようだ

漸くソードスキルの硬直が解け、ユージオにやってみないかと促してみる

 

キリト「ユージオ、やってみるか?」

ユージオ「うん!」

 

ユージオ「えっと...こうかな...あれ?光らない」

キリト「ソードスキルってのは正確な構えをしないと発動しないんだ」

ユージオ「正確な構え...」

キリト「おう、こうやってな...」スッ

 

俺はユージオの剣の構えの向きを修正する

 

ユージオ「わぁ...」キュイーン

 

すると、片手剣が光り始めた、ソードスキルが発動した印だ

 

キリト「さぁ、後はシステ厶...じゃない、身を任せて斬れ!」

ユージオ「うん!...ハァ!」シュン!

 

ソードスキル《ホリゾンタル》を発動した

 

ユージオ「出来た...出来たよキリト!」

キリト「良かったな!ユージオ!」

 

俺が出来た訳でもないのに、なぜか俺自身が出来たかのようで嬉しかった

彼はとても飲み込みが早く、俺が教えられるソードスキルもどんどん飲み込んでいく

まるで愛弟子に教えている気分だ

俺はユージオにソードスキルを伝授していったのだった。

 

____________________________________

 

第8章 -初めての戦闘-

 

キリト「よし、ユージオ」

ユージオ「なんだい?キリト」

キリト「そろそろ戦闘だ」

ユージオ「戦闘?」

キリト「おう、ほら、あそこにモンスター...じゃない、怪物がいるだろう?」

ユージオ「うん...」

キリト「あいつらをこの武器で倒すんだ」シュウ

 

俺は背中に背負う片手剣を抜刀する

 

キリト「俺が見本を見せるから、真似をしてくれ」

ユージオ「分かったよ」

 

俺は片手剣をソードスキル《ホリゾンタル》の構えになる

キリト「...」キュイーン

キリト「ハッ!」シュン!

 

片手直剣単発横斬りソードスキル「ホリゾンタル」を発動させた

 

モンスターは倒せたようで、ポリゴンになって消えていった。

目の前に「Congratulations」と書かれて、手に入れたアイテムなどがウィンドウに並んでいる

俺は振り返り、彼に応否を確かめる

 

キリト「...さて、どうだ?出来るか?ユージオ」

ユージオ「う、うん、やってみるよ」

 

彼はそう応えると先程教えた構えを真似する

 

ユージオ「...」キュイーン...

 

ソードスキルが途中で止まった...?!

ソードスキルが途中で止まるなんて有り得ない、いや、有り得るのだが、この場合は違う!

ソードスキルを途中で解除すると《ファンブル》が起こるのだが、ユージオはまだ構えているし、それどころか踏み出してすらないのだ

不味い。

このままではユージオがやられてしまう

ショートソードよりも強いと言っても、所詮は強化すらしていない剣

恐らくギリギリ倒せないはずだ。

俺は咄嗟の判断で彼を止めようとする。

 

キリト「お、おい!ユージオ!ちょっと待て___」

 

ユージオ「ハッ!」

 

が、間に合わなかったようで、ユージオは敵を斬りつけていた

敵のHPは削りきれず、ユージオにヘイトが向いたようだ

ソードスキルには硬直時間という物が存在する

不味い...ユージオがやられてしまう

 

キリト「ユージオォォ!!」

 

彼の名前を叫んだ途端

 

ユージオ「...」キュイーン

 

また彼の剣が光り出した

 

キリト「!?」

 

ユージオ「くらぇぇぇ!!」シュン!

 

...敵はポリゴンになって消滅したようだ

俺は...

 

キリト「な、なんなんだ今の技は...」

ユージオ「...分かんない...けど、なんだか急にこうしろと言われた気がして...」

キリト「こうしろと言われた気がした...?」

ユージオ「うん」

 

先程の謎のシステムによって生き延びたユージオは、頭の中で『こうしろ』と言われたらしい

にわかに信じがたいが、今の光景を見れば、それを少しでも信じないといけない気がした

しかし、この少年にはまだまだ謎があるようで、今はまだ分からない

信用していない訳ではないが、少しばかりは警戒しておくべきだろうか...?

 

キリト「──そんなわけ...ない...か」

ユージオ「キリト?」

キリト「あぁ、いや、なんでもないよ、行くか」

ユージオ「...?うん」

 

彼は訝しながらも俺についていく

...まぁ、彼の謎については、追々片付けていくとしよう

____________________________________

 

第9章 -準備-

 

俺達は戦闘に慣れた頃、迷宮区の存在を思い出した

俺達はいつの間にか出来ていた「攻略組」と呼ばれるレイドパーティに参加している

その理由は、この第1層から出るためだ

 

今はその準備期間となっていた

俺とユージオはレベリングとPOTの購入などを行う為にコルを集めているのだ

 

キリト「ハッ!」シュン!

ユージオ「テヤァ!」シュン!

 

目の前に『Congratulations!!』と表示される

 

キリト「よし、レベル上がったな」

ユージオ「僕もレベル上がったよ」

 

システムがレベル10になったことを知らせた

 

キリト「コルも大分貯まってきたな」

ユージオ「そうだね、そろそろ回復とかも買ってこようか」

キリト「そうだな」

 

俺達は回復POTなどを揃える為に一旦街へ戻ることにしたのだった

 

──そうそう、彼が初めて戦闘していた時に起きたシステムは、一旦《スキルコネクト》と名付けることにした

その名の通り、《スキル》を別の《スキル》を《繋げる》...即ち、《システム外スキル》ということになる

それはつまり、この技があれば、少し攻略が楽になるかも...しれない

____________________________________

 

第10章 -迷宮区-

 

俺達は準備を終わらし、攻略組と共に迷宮区へと来ている

俺は元ベータテスターの為、ここの宝箱の場所は覚えているが、レイドパーティやユージオを置いては行けないので今回は潔く諦めるしかない

 

俺達は着々と迷宮区を進んでいた

たまに罠らしきものあったりしたが、攻略組や俺のベータの知識もあり、誰一人として欠けることは無かった

...勿論、こっそりと先回りをして罠を解除したのだが(ユージオを誤魔化すのは大変だったな...)

 

迷宮区はとても長い階層で、全部で10階ほどある

時に攻略組に疲れが見え、休息を取ることがあるが、その場合は他の攻略組のメンバーが見張っててくれるので、助かっている

 

そして...遂にボスの扉へとついた

 

攻略組のリーダー、ディアベルがボスの扉の前へ佇む。

そして剣を地に差し、攻略組全体が静かになると喋り始めた

 

ディアベル「みんな!ここから先はこの迷宮区のボスとなっている!ここに来る前に行った会議で組んだローテーションでそれぞれのパーティで戦うように!それじゃ、みんな!...生き抜くぞ!」

 

そう放った途端、一瞬の間に攻略組のメンバー全員が雄叫びをあげた

 

______________

________

____

 

ボスの扉を開き、ボスの名前を見る

 

ボスの名前は...

 

キリト「イルファング・ザ・コボルトロード...!」

 

チャプター2 「デスゲーム」END

 

____________________________________

 

おまけ -戦闘に慣れた頃-

 

俺達は戦闘に慣れた頃、迷宮区の存在を思い出した

迷宮区の存在をユージオに言ってみたところ

 

ユージオ「迷宮区...そんな物があるのかい?」

キリト「おう、あれだ」

 

俺は上の層へと繋がる長い長い塔に指を指した

 

ユージオ「な、長いね...」

キリト「長いな」

 

キリト「さて、あそこに行って上の層へと登りたいのだが...」

ユージオ「?」

キリト「迷宮区に行く前に準備が必要なんだ」

ユージオ「準備?」

キリト「そう、準備だ」

ユージオ「それはなんだい?」

キリト「まずは、レベル...じゃない、強くなる為に修練するんだ」

ユージオ「修練...ということはまたあのもんすたー?...を倒すんだね」

キリト「そうだ、あと、街に戻り回復アイテムを揃えるんだ」

ユージオ「分かった、でもそろそろ疲れたから街に戻らないかい?」

キリト「そうだな...腹も減ってきたし...戻るか」

ユージオ「うん」

 

______________

__________

_______

 

俺達は街に戻ってくると、何やらレイドパーティらしき人達が会議を行っているようだ

影から見ていると、攻略に手伝って欲しいと言われてしまった

...一応行く予定だったので、あまり乗り気では無いが、共に迷宮区を攻略する事にした

 

...あ、ご飯食べるの忘れてたな

 

おまけ -戦闘に慣れた頃- END




チャプター2です
今回のお話では、謎の異世界人《ユージオ》と出会った後のお話となります。
キリトは彼に武器があるかないかを聞きますが、無くて買うことに
そして《ユージオ》は初めてを戦闘を経験、その後、《迷宮区》の存在に気付くキリト達
次回からは苦手な戦闘シーンとなりますね、頑張ります...

次回 チャプター3 –ビーター–


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ソードアート・ディファレント 3 -Tragedy Story-

原作:川原礫

考案、作成:Luikon

【注意!】

・IFストーリー注意
・キャラ崩壊注意
・ストーリー崩壊注意
・この作品は思いっきりキャラを載せているパクリ作品ですが、ほぼ自己満足作品です

ご了承ください
また、第1章や前章から閲覧すると分かりやすくなります。


チャプター3 -ビーター-

 

第11章「イルファング・ザ・コボルトロード」

 

強い。

第1層のボスであり、今回のゲームで初めてのボスであるのだから当たり前だ

ベータテストの時や《情報屋》の名を持つプレイヤーからの情報を元に戦闘の準備を行い、現在戦っている途中だ。

 

キリト「ユージオ!スイッチ!」ガキンッ!

 

ユージオ「任せて!」キュィィィィン

ユージオ「はぁ!!」シュンッ!

 

ユージオの攻撃によりイルファング・ザ・コボルトロードのHPバーの内3%減少した

 

俺達が今使用した"スイッチ"はシステム外スキルと呼ばれるものだ

この世界"ソードアート・オンライン"というゲームには"ソードスキル"というものが使える

魔法のないこの世界には唯一の強攻撃手段だ

そのソードスキルを使うと"スキル硬直"というものが起こる、つまり硬直が終わるまで何も"出来ない"という事だ

それをカバーする為に生み出されたのが"スイッチ"

パーティメンバー2人以上で可能、1人はスイッチしたら後ろに下がってPOTで回復、そしてもう1人は回復してる間に攻撃をする

というものだ

 

他のギルドも一心不乱に戦闘している

各々誰も死なせまいと戦っている

俺だってそうだ、でも

 

この少年─ユージオ─だけは元の世界に戻さなければならない

そう...この世界は...

 

─デスゲーム──なのだから

 

_________________________

_______________

________

____

 

戦闘を開始してから15分は経っているだろう

ボスのHPが一向に減らない...というよりレベルと武具の問題だろう

俺達のレベルはこの層の安全マージンのレベルを超えている

俺が使っている武器「アニール・ブレード+4」は1層にあるクエストの報酬で、ポルンガの町で強化したものだ

ユージオが使っている武器は「ヴァラント・ウォルトス」という名前の武器だ

これもポルンガの町で強化し、+4になっている

 

しかし...あのギルドの装備はほぼ初期装備だ

レベルは俺達に近いようだが、明らかに危険過ぎる

あのギルドのリーダーは確か...ディアベルと言ったか

あの男の装備もほぼ初期装備、武器だけは俺と同じ「アニール・ブレード」のようだ

こんな事を考えてる内にそのリーダーの指揮が聞こえてくる

 

ディアベル「A隊とB隊は前衛へ!C隊とD隊はローテーションを組み直してまた前衛へ上がってくれ!」

 

A隊とB隊、C隊とD隊が咆哮するように声を上げる

─ちなみに俺達はE隊だ

 

ディアベル「E隊とF隊は周りにポップする雑魚モンスターを処理してくれ!」

 

...俺達は雑魚狩りかぁ...と愚痴を吐いていられる状況ではないので了承するべく声を出す

 

キリト「了解!行くぞユージオ!」

ユージオ「任せて!援護するよ!」

 

キリト「はぁぁ!!」シュンッ!

ユージオ「やぁぁ!!」シュンッ!

 

俺達は互いの動きを見て効率よく尚且つ攻撃しやすいようにモンスターを誘導していたりしていた

 

ユージオ「キリト、またくるよ...!」

キリト「くっ...!」

 

俺達は苦戦していた、ベータテストと違ったのだ

ベータテストの時はこんなに敵の数が多くなかった

くそ...こうなったら...

 

キリト「やるしかない...か...」キュィィィィン

ユージオ「え...どうしたのキリト」

キリト「範囲ソードスキルを放つ、その間にF隊を連れて前衛へ行け!」

ユージオ「そんな...無茶だよキリト!」

キリト「これしかないんだ...頼む...!」

ユージオ「...分かったよ、キリト」

 

ユージオは俺を心配そうに見てF隊のリーダーへ話に行った

 

...怒っているように見えたのは、気の所為だろう

 

──デスゲームが始まってから1週間が経つ、俺は始まりの街で彼...クラインを置いていった事に後悔を抱いていた。

俺はただこの世界で生き残るだけを考えていた

でも...少年...ユージオと出会ってから少し考えを改めた

少年を...ユージオを...元の世界に戻す為に

だからこそ今ここでやらなきゃ、埒が明かない。

 

ユージオとF隊が戻ってきた

 

俺のソードスキルも、これ以上は耐えられない

俺は心の中でカウントし始めた...

 

─3

 

─2

 

─1

 

─その時、後ろから聞き慣れた音が聞こえた

 

ユージオ「キリト!!」キュィィィィン

 

F隊「キリトさん!!」キュィィィィン

 

...なっ!?

 

俺はソードスキルを止めようとした

しかし、ここで止めればファンブルしてしまう

 

キリト「はぁぁ!!」シュンッ!

ユージオ「やぁぁ!!」シュンッ!

F隊「おりゃあ!!」シュワンッ!

 

全員範囲技ソードスキル(現在習得出来るソードスキルのみ)で敵を一掃...

 

片手剣ソードスキル"ホリゾンタル"だ

 

F隊に居たゴッツイ体をした男が俺に歩み寄り、話しかけてきた

 

エギル「俺の名はエギル、F隊のリーダーだ。この少年から事情を聞いた、協力するぜ!」

 

エギルと名乗るこの男には感謝しか出来ない

いつ死んでも分からないこの世界で"協力"などしても意味ないというのに...

しかし、ここで断るのは野暮ってものだろう

 

キリト「ありがとう、エギル...さん」

エギル「エギルでいいぜ」

キリト「...おう、ありがとうエギル」

エギル「良いってことよ」

 

キリト「...F隊のみんな、そしてユージオ、ありがとう」

 

俺が礼を言うと

みんなが真剣な顔でこちらを見ている

 

───よし

 

キリト「...行くぞ!!」

 

ユージオ&F隊「任せて!/おう!!」

 

_________________________

_______________

________

____

 

俺達E隊と、エギル率いるF隊が、前衛にいるA隊、B隊、C隊、D隊へと追い付いた

頑張って削っていたのか、ボスのバーが3本の内2本減っている

しかし...ボスのHPのバーが1本になるとボスは武器を投げ捨て、腰にある武器を取り出した

 

キリト「あれは...斧...?!」

 

そう、斧だ

ベータテストの時は「タルワール」だったはずなのに...

 

武器を変えた「イルファング・ザ・コボルトロード」が咆哮を挙げこちらへと向かってくる

 

その突如、右側に音が響く

見るとB隊が尻もちをついている

 

B隊が怖気付いた...訳ではなく、あれは弱スタンだ

これもベータテストには無かった

 

A隊はB隊を守るべく奮闘しているが、長くは持たないだろう

こうなったら...

 

キリト「やるぞ!!みんな!!」キュィィィィン

 

ユージオ&F隊「任せて(ろ)!」キュィィィィン

 

一斉にソードスキルを放つ、この状態なら全員スキル硬直で固まってしまうが、C隊のタンクが"挑発"を行っている

これならヘイトを稼がずにこちらは攻撃出来る

 

キリト「てりゃぁあ!!」シュンッ!

ユージオ「はぁぁ!!」シュンッ!

エギル「うおおお!!」ドンッ!

F隊「おらぁぁぁ!!!」ドンッ!

 

俺は跳躍単発斬りソードスキル"ソニック・リープ"を放ち、ユージオは斜め単発斬りソードスキル"スラント"を放った。

エギルは両手斧広範囲ソードスキル"ワールウィンド"を放ち、F隊も同じようなソードスキルを放った。

 

そして一気にボスのHPがほぼ削れ、ボスのHPは1割を切っていた

その時

 

ディアベル「ここは俺が行く!」

 

ディアベルがソードスキルを準備している

...おかしい、これは全員で突っ込むのがセオリーのはずでは...

その刹那、突如ボスが動き出し、ディアベルを襲った

 

───連続攻撃だった

終わるとディアベルが俺の前に倒れ、俺に遺言を遺す...

 

キリト「なんで...ディアベルさん...」

 

ディアベル「キリトさん...あなたも...ベータテスターなら分かるだろ...?」

 

キリト「!...LAボーナス...!」

 

ディアベルは弱々しく頷く

 

この世界、ソードアート・オンラインのボスには1番最後に攻撃し、倒した人にだけ入手出来る、LA(ラストアタック)ボーナスが手に入る

 

ディアベル「そう...だ...キリト...さん...頼む...ボスを...倒し...」パリーン

 

...そこで彼のHPが尽き、彼は帰らぬ人となった

みんなが、呆然とディアベルがいた場所を見つめている

 

──やらなくては

 

─俺が...俺達がボスを倒さなくては

 

キリト「...行くぞ」

ユージオ「...」コクッ

 

"相棒"は、無言で頷いた

そして、歩み出す

 

コツ、コツ...と

そして...

 

キリト&ユージオ「うおおおお!!!」ダッ

 

同時に挙げたこの声は怒りに包まれているような、でも憂いさに包まれているような、そんな声だった

 

ボスは俺達の動きに気付いたようにこちらへ走ってくる

俺とユージオはアイコンタクトだけで不思議と動きが分かった──気がした

 

キリト「うぉあああ!!」シュンッ!

ユージオ「はぁぁぁ!!」シュンッ!

 

ボスのHPはドンドン削れ、残り5%になっていた

その時、俺の視点の左下に片手剣熟練度50になったとお知らせが届いた

 

...片手剣熟練度50で使えるソードスキルは...

 

俺はベータテストの記憶を巡らせ振り絞り、思い出すことに成功する

 

キリト「ユージオ!」キュィィィィン

ユージオ「了解!キリト!スイッチ!」ガキンッ!

 

ユージオがボスの攻撃をソードスキルでパリィする

 

...今だ!!ここしかない!!

ここまで切り開いてくれたF隊や攻略組のメンバー、そしてユージオ

彼らの為にも、今この時を、この瞬間を逃す訳にはいかない...!!

 

キリト「うぉぉ!...うおぁぁぁぁ!!!」シュン...シュワンッ!!

 

大文字の「V」を描くように斬る2連撃ソードスキル─"バーチカル・アーク"─だ。

 

ユージオ&F隊「いっけぇぇぇ!!!」

 

...ソードスキルを出し終わると《スキル硬直》が俺を襲う

そしてボス...「イルファング・ザ・コボルトロード」がこちらを見ていた

まさか...足りなかったのか...?

 

そんな恐怖が俺を襲い、俺もユージオ達も固唾を飲んで見守っていた

その時、ボスの体が"パリーン"と割れ、その場所に

 

「Congratulations」と書いてあった

そして俺の画面に入手アイテムと...LAボーナス...コート・オブ・ミッドナイトを入手した

 

俺は安堵していると

 

エギル「Congratulation、おめでとう、この勝利はあんたのものだ」

 

と励ましの声を掛けてきた

 

キリト「いや...」

 

俺は「俺ではなく、みんなの勝利」だと言おうとしたその時

 

「なんでや!!!」

 

怒りが混じった声がボス部屋に響き渡る

 

「なんで...なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!!」

 

キリト「見殺し...?」

 

「そうやろ!あんた、ボスの攻撃を知ってたやろが!!」

 

続けてその仲間が言う

 

「なのに事前に教えなかった...お前...元ベータテスターだろ!!」

 

...不味い

...このままでは...

 

ユージオ「落ち着いて...!」

エギル「お、おい...」

 

...ユージオ...エギル...

...やるしかない

 

「はっはっはっはっ!!!」

 

奇妙な笑い声がまたボス部屋に響く

 

キリト「俺が、元ベータテスターだって?」

 

「そ、そうや!」

 

キリト「...ふん、俺をアイツら素人連中共と一緒にしないでもらいたいな」

 

「な、なんだと...?」

 

キリト「お前らはまだ恵まれているよ」

 

キリト「ベータテストの時は何も分からない素人連中共ばっかりで、まともに攻略すらも、レベリングすら出来なかった、でもお前らはまだいいんだ、そのベータテスター共から教えて貰えるのだから」

 

「ぐっ...!」

 

キリト「俺がここのボス、イルファング・ザ・コボルトロードの攻撃を知っていたのは、他の誰も到達出来なかった層まで登った。ボスのスキルを知っていたのはずっと上の層で斧を使うMOBと散々戦ったからだ。他にも色々知ってるぜ、《情報屋》なんか問題にならないくらいな」

 

「そ...そんなの...チートだ...チーターだろ!」

「そ、そうだ...チーターだ!」

「ベータとチーターでビーターだ!!」

 

...奇妙な単語《ビーター》が生まれた瞬間だ

 

キリト「...ビーター...いい呼び名じゃないか」

キリト「ともかく、俺をアイツら素人連中共と一緒にしないでくれ、俺はビーターだからな」

 

そう言って俺はメニューウィンドウを開き、装備変更を行う。先程手に入れた防具...《コート・オブ・ミッドナイト》を装備した

 

俺は振り向き

 

キリト「じゃあな、2層の転移門は俺が有効化(アクティベート)しといてやる、この上の出口から主街区まで少しフィールドを歩くから、ついてくるなら初見のMOBに殺される覚悟しとけよ」

 

とだけ呟いた

 

ユージオ「ま、待ってよキリト!」

 

張り詰めた空気の中で...静かに響く相棒の声が聞こえた

 

_________________________

_______________

________

____

 

ここが第2層。

俺は第2層の主街区にある転移門のアクティベートを済ませる為にフィールドを歩いている

その時後ろから声を掛けられた

 

「キリト!」

 

俺は思わず立ち止まる

俺は振り返り、その声の主の顔を見る

 

キリト「...ユージオか」

 

ユージオ「もう、1人で行くなんて酷いよ!」

 

キリト「...ごめんな、ユージオ」

 

ユージオ「...大丈夫」

 

キリト「...ユージオ、俺は、さっきのであのギルド連中に嫌われている」

キリト「だから、ユージオ、君も俺と一緒にいると、何が起こるか分からないぞ」

 

俺は『ここで引き返せ』『ついてくるな』と言っているようだった

 

でも

 

ユージオ「...そんなのいいさ、僕はキリトと一緒にいることを決めたんだから」

 

キリト「ユージオ...」

 

俺は、仲間を、相棒を、親友を、また失う所だった

 

──ありがとう──

 

心の中でそう呟いた

 

ユージオ「さ、行こうよ、キリト」

 

キリト「──あぁ!行こう、ユージオ!」

 

俺は...いや、俺とユージオは第2層にある主街区...《ウルバス》へと歩んで行く

 

─俺は決めたんだ──必ず、この少年を──

─ユージオを、元の世界に戻すと─

─だから、待っていてくれ──

 

─いつか戻れるその日まで───

 

チャプター3「ビーター」END

 

____________________________________

 

おまけ -《情報屋の鼠》-

 

キリト「よし...」

 

始まりの街にいた頃、俺は毎日毎日レベリングを続けていた

そろそろレベル5になる頃だ

 

キリト「...そろそろ戻るか」

 

珍しく街に戻ろうとしていた時だった

 

不意に後ろから名前を呼ばれたのだ

 

「キー坊」

 

キリト「!?」カチャッ

 

俺は咄嗟に背中に背負う剣の柄に手を伸ばした

 

「おいおい、構えるなんて酷いナー」

 

キリト「...アルゴか」

 

アルゴ...《情報屋の鼠》という奇妙な肩書きを持っている

前に会った時、何故《鼠》なのかを聞いたら「その情報は10万コルで教えてやるヨ」と言われてしまったので、引き下がった

10万コル集めたら絶対買ってやるからな...!と心から誓った程だ。

 

アルゴ「そうそう、キー坊のオネーサンのアルゴだヨ」

 

キリト「...何故ここにいるんだ?」

 

アルゴは「無視するなんて酷いナー」と批判しながらもここにいる理由を話した

 

アルゴ「単純に情報集めだヨ、ボスに挑む日がもうすぐ来るんじゃ無いかと睨んでるんダ」

 

キリト「...そうか、なら俺に用はないな」

 

と言って俺は剣の柄から手を離し、始まりの街に戻ろうとした──

 

アルゴ「──また、キー坊の武器を買い取りたいと言ってるゾ」

 

アルゴがそう口を開く

 

キリト「...!」

キリト「またか...」

 

アルゴ「どうするんダ?」

 

キリト「...今回も断るよ」

 

アルゴ「分かった、知らせておくヨ」

 

前から何者かに俺の武器「アニール・ブレード+4」を買い取りたい と言ってくる奴がいるのだ

現在は俺の愛武器であるし、何よりこれが現在の俺の相棒だ

...一体誰なのかを聞いてみるか

 

おまけ -《情報屋の鼠》- END




第1層ボス《イルファング・ザ・コボルト》戦となりました。
苦手な戦闘シーンを書いてみましたが、どうでしたか?
今回のお話では、準備を整えたキリト達と攻略組がゲームクリアの為に立ち向かう物語です。
階層をクリアしたキリトはあえて攻略組を遠ざけ、《ビーター》という奇妙な単語も生まれ、それでも尚ユージオはキリトについて行くことを選んだのでした...。

次回 チャプター4 –記憶–


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ソードアート・ディファレント 4 -Tragedy Story-


【注意!】

・IFストーリー注意
・キャラ崩壊注意
・ストーリー崩壊注意
・町の名前、武器の名前等の意味はありません
・この作品は思いっきりキャラを載せている二次創作ですが、ほぼ自己満足作品です

※この作品は原作とは全く関係が無くはないですがありません、ご了承ください


チャプター4 -記憶-

 

第12章 -夢現-

 

キリト「─う、うーん...」

キリト「あれ...ここは...?」

 

俺はいつの間にか眠っていたらしく、目を覚ませば宿屋のベッドの上だった

 

キリト「...今、何時だ?」

 

ふと気になり、メニューを開いて時間を確認する

 

キリト「──は?」

 

思わず俺は変な声を上げてしまった

その理由は──

 

キリト「に...2023年...だと...!?」

 

2023年──確かにそう見える、何度もメニューを開いたり、目を擦ってみたりしたが、変わらず表示されていた

俺は長いこと夢を見ていたのか...?

だとしたら、ここはどこの宿屋だ?

いつここに居たんだ?まずここはどこの層なんだ...?

俺は回らぬ脳の思考回路を巡らせていると──

 

???「おはよ〜、起きてる?」コンコンッ

 

ふとドアからノックと声が聞こえた...のだが──誰だ...?

 

???「開けるよ?」ガチャ

 

キリト「えっ」

 

ここは宿屋だよな...コイツとパーティメンバーになった覚えはないし、そもそも仲良く慣れるほど俺は紳士でもヤンキーでもない

なぜならそれは──

 

???「...何ボーッとしてるのよ」

 

──完全に女性プレイヤーだからだ

 

____________________________________

 

第13章 –思い出せない–

 

キリト「え...えっとー...」

 

俺は未だに回らぬ脳を出来る限り回転させていると...

 

???「ほら、早く行くよ、キリト君」

 

と手を差し伸べられる

俺は思わず手を取ってしまった

 

キリト「あ、あぁ...」

 

__________

______________

____________________

 

さて、これは一体どういう状況なのか、皆に問いたい──が、そもそもフレンドが少なかったことに気付く。

 

???「キリト君!!そっち行ったよ!」

 

今、現状のパートナーによる指示に、俺は動く

 

キリト「あぁ!任せろ!アスナ!」

 

さっきは夢から覚めたばかりからか、頭が回っておらず、記憶があやふやだった

しかし、この女性プレイヤーと冒険していると、段々記憶が甦ってきたのだ

─この女性プレイヤー...細剣使い(フェンサー)の名前は『アスナ』というらしい

そして、今俺たちがいるこの層は、第50層──つまり、このゲームの折り返し地点にいるのだということだ

 

キリト「ハァ!!」ジャキンッ!パーンッ...

 

俺とアスナは幾度目のモンスターを倒し、レベルを上げていく

これで20体目といったところか...

 

キリト「アスナ、あともう少しで《スウェントの街》に着くから、そこでポーションの買い出しをしよう!」

 

アスナ「分かった!」

 

俺達は前に進みつつ、敵を倒していく

時には厳しい場面もあったが、そこは『システム外スキル –スイッチ–』で何とか切り抜けることに成功した

 

──この世界"ソードアート・オンライン"というゲームには"ソードスキル"というものが使える

魔法のないこの世界には唯一の強攻撃手段だ

そのソードスキルを使うと"スキル硬直"というものが起こる、つまり硬直が終わるまで何も"出来ない"という事だ

それをカバーする為に生み出されたのがシステム外スキル"スイッチ"

パーティメンバー2人以上で可能、1人はスイッチしたら後ろに下がってPOTで回復、そしてもう1人は仲間が回復している間に攻撃をする

というものだ

 

俺達は、そうしてこれまで生き延びてきた

そう、このゲームは

 

──デスゲームだ。

 

...しかし、何か引っかかる

もう1人、誰か...親友が...相棒がいた気がするのだが...

──うーむ、思い出せないな...

 

アスナ「──君!──リト君!!」

アスナ「キリト君!!聞いてる!?」

 

キリト「えっ、何だどうした?!」ビクッ

 

俺はアスナが呼んでいることに気付かず、思考を巡らせ、考え込んでいたようだった

 

アスナ「『何だ!?』じゃないわよ...何ボーッとしてるのよ、暗くなる前に《スウェントの街》に行くんでしょ?」

 

キリト「あ、あぁ、そうだったな、ごめん」

 

アスナ「...ま、いいわ、行きましょ」ダッ

 

キリト「お、おう──ってなんで走るんだよ?!」ダッ

 

アスナ「なんでもない!!」

 

キリト「なんでも無いわけないだろ─」

 

アスナ「なんでもないってば──」

 

俺達はそう言い合いながらも次の街─

 

《スウェントの街》へと歩いていった

____________________________________

 

第14章 –視ていた記憶–

 

俺達は《スウェントの街》に辿り着き、その宿で泊まることにした

──アスナという少女は、半年前に出会ったらしく、第25層からずっと一緒らしい。

──何もしてないからな?そもそも"何か"が出来るほど俺は強くない...多分。

...え?"何か"って何って?...イヤーゾンジアゲマセンナーハハハ...。

 

アスナ「キリトくーん、電気消すよー?」

 

キリト「お、おう!」

 

俺がそう返事すると、アスナは部屋の電気を消し、『おやすみ』とだけ言って眠りにおちていった...

 

──誤解だ。これはパーティメンバーだから仕方なく部屋にいるのだ、先程も言った通り、俺は"何か"が出来るほど強くない。

...俺は『ソファーで寝るからアスナはベッドで寝てくれ』と言ったはずなのに...アスナは『ダメ、これくらいのサイズなら半分ずつでも2人で寝れるでしょ』と言われてしまった──だから仕方なく、一緒に寝ている。

仕方なく、だ、ホントに、ウン。

 

そう考えている内に、俺の瞼は重々しく閉じていくのだった──。

 

_______________

_____________________

__________________________________

 

軽い。

1番最初に辿り着いた考えはそれだ。

まるで無重力空間に居るような感覚だな。

──俺はゆっくりと瞼を上げてみる

──そこに映っていたのは、一面平原で、まるでアインクラッドの第1層のようだった。

探索してみようと足を動かそうとするが、何故か言うことを聞いてくれない。

 

そうやって苦戦していると──

 

???『キリト』

 

突然俺の名を呼ばれ、顔を上げる

──そこにいたのは...

 

ユージオ『キリト』

 

かつての友人、弟子のユージオだった。

 

____________________________________

 

第15章 –彼と過ごした思い出–

 

キリト「ユージオ...?」

 

俺は反射的に彼の名前を呼ぶが、彼は何もせず、ただ無言でこちらを見ていた

 

キリト「ど、どうしたんだよ...」

 

俺は少し恐怖を覚えていた

──いや、確かに憶えていたのだ

彼は振り向き、奥へと歩いていく

その場所は、上へと続く、長い長い塔だった

 

キリト「待ってくれ!ユージオ!!」

 

咄嗟に追いかけようとするが、足はさっきから動かせない

まるで重りが乗っているかのようだ

 

俺は何度も彼の名を呼び、手を伸ばし、そして呼び続けた

でも、彼はこちらを決して振り返らなかった

──振り返ろうとしなかった、まるで聞こえていないかのように

 

──気が付くと、彼は長い長い塔の入口に辿り着き、今正に入ろうとしていた時だった

 

キリト「...!?」シュワァン

 

──1年前にも見たことがある、懐かしくも、恐怖に思える現象

──それは、このデスゲームの始まりともいえる現象

──嗚呼、もう一度相見えるとはな...これは...

 

キリト「──強制テレポート...!!」シュワァン

 

_______________

_______________________

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キリト「うっ...ここは...」

 

目の前の蒼き光が消えたかと思えば、目に映ったのは薄暗い部屋だった

──いや、ここは見たことがある

────ここは...

 

キリト「ボス部屋...」

 

そう、ここはボス部屋だ

と言っても、攻略後のようだが

 

キリト「!...そうだ!ユージオは...!?」

 

俺は咄嗟に辺りを見渡すが、そこに彼の姿はない

俺がここに飛ばされたのだとしたら、彼はここにいるはずだ、恐らくだが

俺は根気強く辺りを見渡すが...やはりいないのか...?

 

と思っていた矢先に

突然後ろから音がする

鉄製のドアが開いた音のようだ

その鉄製のドアは、次の層へと繋ぐ階段の入口だった

よく見てみると、そこに彼の姿があったのだ

 

キリト「ユージオ!」

 

やはり今回も足が思うように動かない、動かせない

何か良くないものがその先に待っている気がする

 

その時、またあの感覚が俺を襲った

 

キリト「...また強制テレポートか...!」シュワァン

 

俺は苛立ちを感じながらも

過ぎていく光景を待つばかりだった

 

_______________

_______________________

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キリト「...」

 

俺はただ無言で見つめるしかなかった

一言じゃ表せないからだ

...その理由は

 

ユージオ『待ってて!みんな!』

 

彼は誰彼構わず、助けようとしていたからだ

だって、あの中には、"殺人ギルド《ラフィン・コフィン》"のメンバーがいたのだ

 

俺は止めたはずだ

俺はここにいたはずなんだ

ここで彼を...

 

──彼を?

 

俺は彼をどうしたんだ?

彼はどうなったんだ?

ここはどこなんだ?

そもそもなぜ俺はここにいるんだ?

...分からない

 

──ワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイ

 

 

──アァ...ソウダ、イマハマズ、カレヲ、オレノアイボウヲタスケナクテハ

 

...この時の俺は、どうかしていたと思う

俺は知らぬ間に、走り出していた

ずっと動かなかった、この足が

声にならぬ声で俺は"彼"の元へ、《ユージオ》の元へと走り出していた

 

━一歩

━二歩

━三歩

━四歩

 

アトイッポデカレノセナカヲ──『キリト?』

 

俺はハッとした

俺は、我を忘れていたのだ

 

ユージオ『キリト?どうかしたのかい?』

 

キリト「...ユージオ?大丈夫...なのか?」

 

俺は思わずそう呟いていた

 

ユージオ『大丈夫って...キリトこそどうしたの?』

 

キリト「いや...なんでもない」

 

──ピピピッ

 

キリト「...ん?」

 

ユージオ『どうしたの?キリト』

 

キリト「いや...何か聴こえないか?」

 

ユージオ『いや?何も』

 

キリト「そうか...」

 

──ピピピピピッ

 

いや、確かに何か聴こえる

──何か聴き覚えがある...これは...

 

キリト「...え?」シュゥゥゥ...

 

ユージオ『キリト?...キリト?!どうしたんだよキリト!』

 

キリト「わ、分からない、でも...」シュゥゥゥゥ...

 

ユージオ『で、でも?』

 

キリト「──何か、呼ばれてる気がするんだ」シュゥゥゥゥ...

 

ユージオ『...そっか』

 

キリト「ああ、じゃあな、ユージオ」シュゥゥゥゥ...

 

俺はそう言うと、彼に手を振る

彼も、別れを告げるように手を振り返す

 

──目の前が白く光る

──嗚呼、やはりこれは夢の中だったんだな

 

...彼の...《ユージオ》の表情は何処までも優しく微笑んでいた

そして、彼は...奴らに███されてしまったのだった

 

_______________

_______________________

___________________________________

 

ピピピピピピピピピピピ...

 

途方もないアラームの音が、俺の脳へ響き渡る

 

...このゲームには《アラーム》という機能があり、これを設定していると、どんなに熟睡していようが、起きてしまう...というものだ

寝ながら消そうにも、どこにあるのか分からず、結局起きてしまうのである

...簡単に言えば、脳内に直接響き渡るので、起きるしかない

 

キリト「...」スクッ...ピッ

キリト「─んー...!」ノビー

 

俺はアラームを止め、背を伸ばす

 

キリト「朝か...」ボーッ

 

俺は横に手を伸ばし、布団をどかそうと──

 

???「ひゃっ?!」

 

...ひゃっ?

 

...俺は恐る恐る声がする方を見てみると...

 

アスナ「...」ホオアカラメジト

 

...アスナがこちらをジト目で見ていたのだった

 

チャプター4 –記憶– END

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おまけ –ログA–

 

『あー、あー、テステス...』

 

『あれ?これ大丈夫?繋がってる?』

 

『繋がってますよ、先輩』

 

『あ、大丈夫?ならおっけー』

 

『えっとね、ここに残すのはこの研究についてなんだけど...』

 

『先輩、時間もないので簡潔に言ってください』

 

『お、おう、分かってるさ』アセアセ

 

『...ほんとかなぁ』ハァ

 

『...さて、簡潔に言うとね、この研究は、この世界の常識さえも変えてしまうという研究なんだ』

 

『本当は、もっと話すことがあるんですけどね』

 

『まぁね...あ、もうちょっとだけ時間あるな...どうしよ』

 

『あ、なら自己紹介しましょうよ、と言っても本名はダメですよ?』

 

『分かってるよ──俺は《α》...とでも言っとこうかな』

 

『僕も...《β》と名乗っておきます』

 

《α》『まぁ...覚えていてもらえると助かるよ』

 

《β》『そうですね』

 

《α》『一々説明するのめんどくさいし』

 

《β》『え?そっち?』

 

《α》『あ、もう時間ないや、じゃあね』

 

《β》『ハァ...軽すぎません?』

 

──ここでログは途切れている

 

おまけ –ログA– END

____________________________________

 




今回のお話は第50層《アルゲード》でのお話です。
前回は第1層での話で、その隣にはユージオがいた...だが、それは普段見ないキリト自身の夢であった。
唐突に目覚め、記憶が曖昧な中現れたのは『アスナ』という名前の女性プレイヤー。
彼女に促されるまま着いていき、フィールドで共に戦う中記憶を思い出して行くキリト。
それでも尚、何か心辺りがあったのだ。
──それは、かけがえのない『親友』のことだった。

次回 チャプター5 –懐かしき友–


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ソードアート・ディファレント 5 -Tragedy Story-

SADTS

原作:川原礫

考案、作成:Luikon

【注意!】

・IFストーリー注意
・キャラ崩壊注意
・ストーリー崩壊注意
・この作品は思いっきりキャラを載せているパクリ作品ですが、ほぼ自己満足作品です
・ボス等の名前はオリジナルのものです、ゲームや原作とは異なります。

ご了承下さい。


チャプター5 –懐かしき友–

 

第16章 –そこに正座しなさい–

 

ここは第50層の主街区《アルゲード》

その近くにある《スウェントの街》の宿屋で泊まっていた

そして俺は、今窮地に立たされている

いつもの俺なら突破口をどうにか開こうとするのだが...その突破口がどこにもない、八方塞がりとかいうやつだな...さて、本当にどうしたものか...

 

──なぜなら

 

アスナ「...」ゴゴゴゴ

 

キリト「...」ウツムキセイザ

 

...絶賛説教中だからだ

 

──なぜこうなっているのかは、数分前に遡る

 

...俺は夢を見ていたらしく、設定していたアラームによって起こされていた

何か悲しくて、何か嬉しい夢を見ていた

その夢の詳細は覚えていない

...さて、その夢から覚め、俺はいつも通り準備をして狩りに行こうとしていた

というかそもそも俺は寝付かないのだが、今回は珍しく眠れていた、夢を見たのも久しぶりだ

...そのせいか、ボーッとしていたのだ...そして俺は触ってしまったのである

──アスナのお腹を

 

──そして現在

 

アスナ「...キリトくん?」ゴゴゴゴ

 

キリト「...ハイ」ウツムキセイザ

 

...幸いアスナは、俺の説得に応じ、ハラスメントアラーム(通称、追放のことだ)を押さなかった為、今俺はここにいるのだが、本当に危なかった...

 

...いや、俺に非があるとはいえ、説得させるのは難しかった...

 

アスナ「分かってるわよね?」ゴゴゴゴ

 

キリト「...ハイ」ウツムキセイザ

 

正に「次はもう無いわよ」と言いそうな威厳だった

 

アスナ「あなた今、失礼なこと考えなかった?」ズイッ

 

キリト「イエメッソウモゴザイマセン」クビブンブン

 

さて...どうしたものか...いや、反省はしてるんだ、本当に

別にここからどうやって抜け出そうとか考えないからな、うん

 

アスナ「」ゴゴコゴ

 

まぁそれが出来たら苦労はしないけど!

...あっなんかやばい気がするそろそろ何か言わな──

 

ピコーン

 

突然部屋に電子音が鳴り響いた

恐らくDM(ダイレクト・メッセージ)の音だろう

 

アスナ「...?」シュワン

 

アスナは開いたウィンドウを操作している

...今がチャンスか...いやいやいや、反省してるんだ、動く訳にはいかないぞ、俺

 

アスナ「...キリトくん」スッ

 

アスナはウィンドウを閉じ、こちらに話しかける

 

キリト「はい」スッ

 

俺はすぐ様に姿勢を正し、アスナの方を向く

 

アスナ「...私、少し出かけてくる」

 

キリト「え、どこに行くんd(アスナ「...」キッ)どこへ行くんでしょうか」

 

アスナ「何処へだっていいでしょ?別に」ムンス

 

キリト「アッハイソウデスネソノトオリデゴザイマス」スッ

 

...ダメだ怒ってらっしゃる...当たり前だが

 

アスナ「...それじゃ、行ってくるわね、お説教は後で」キッ

 

キリト「ハイ、イッテラッシャイマセ」ペコ

 

...やはり女性は怖いな、と思いつつ、俺は未だに動けずにいたのだった、

 

____________________________________

 

第17章 –俺には俺なりの用事があるんだ–

 

アスナが宿から出ていった時から数分が経ち、俺は未だに正座をしていた

別に吊ってるからじゃないぞ...いや、そもそも吊るのか...?

 

キリト「...」スッ、シュワン

 

俺は正座をしながらもウィンドウを開く

そして武器やPOTの整理、整頓、整備を行っていた

 

キリト「...ん?」ピタッ

 

すると俺はいつの間にか届いていたあるメッセージの存在に気付いた

これは...フレンドに送るようなDMではない...

 

キリト「これは...IM(インスタント・メッセージ)...?」スッ

 

IM、通称インスタント・メッセージとは、DM(ダイレクト・メッセージ)とは違い、名前のスペルを覚えていれば送れるメッセージのことだ、但し条件があり、その1つが、同じ層にいないと送れない、というデメリットがある

また、文字制限もあり、DMのように長文を送ることが出来ないのが難点だが

 

...俺はそのIMの内容を読む

 

『キリト』

『元気にしてるか?』

『突然だが、キリトに会いたい』

『ここの主街区の転移場で待っている』

 

...とだけ書いてある

 

キリト「...」スッ

 

俺は今の時間を確認し、出かける準備をする

勿論、俺だって怪しいと思う

普通訝しむのが普通だ

でも...なぜか、行かなければならない気がしたからだ

だってそのせいで、彼は──

 

キリト「...行くか」ガチャ

 

俺は胸の中の痛みを感じながらも、宿のドアを開け、主街区へと歩き出す

...悪いな、アスナ

説教はまた今度だ。

 

____________________________________

 

第17.5章 –見たことの無いギルド–

 

俺は主街区へ歩いていく途中で、ある集団を見かけた

ここ最近初めてみるギルドだ

 

キリト「...?」

 

俺はそのギルドにこっそりと近付き、ギルドメンバーをよく見てみると...

 

キリト「...?!」

 

見知った人がそこにいた

生きていた、彼は生きていたのだ

そこにいたのは、第一層以降出会っていない"クライン"の姿があった

 

____________________________________

 

第18章 –side A–

 

アスナ「うーん...ここじゃないのかな...」

 

こんにちは、アスナです

私は今、あるメッセージを見て第50層の転移門前へと来ています

メッセージの差出人は「Argo」と書いてあって、恐らく「アルゴ」さんだと思うんだけど...

 

アスナ「...わからないなぁ」ウーン

 

そのメッセージの内容には

『第一層のはじまりの街で待ってるヨ』

としか書いていなかった為、ヒントが少ない

 

アスナ「自力で見つけろってことかなぁ...」

 

あーぁ...こんな時にキリトくんがいてくれればn...ハッ!?私は何を!?

顔が赤く火照るが私は首を振って今の現状に頭を移す

そんなこんなを考えているうちに私は転移門を起動する

 

アスナ『転移!はじまりの街!』

 

__________

______________

____________________

 

蒼く淡いポリゴンが目の前から消えたあと、私は周りを一望する

 

アスナ「...懐かしいなぁ」

 

...そう、ここは、あの悲劇...いや、惨劇が始まった舞台

それは《ソードアート・オンライン》

私は1年前、何を思ったのか、兄のナーヴギアを被り、このゲームへログインした──してしまった

そして...何もかもが昔の記憶のように儚くなった

 

アスナ「!」ピコーン

 

そうして記憶に浸っているとまたメッセージが届いた

第50層でも届いた差出人「Argo」だった

 

『思い出の場所で待ってるヨ、アーちゃん』

 

アスナ「...アーちゃんって」

 

無意識にそう呟いていたが、意外としっくりと来たみたいで、不思議と笑いが込み上げてくる

ジワる...と言うのだろうか

 

アスナ「...ふふっ」

 

私は込み上げてくる笑いを堪えながら、はじまりの街の『思い出の場所』へ歩いて行った

 

____________________________________

 

第19章 –アンタの名は...–

 

キリト「嘘だろ...」

 

...キリトだ、今俺はまた窮地に立たされている

...なぜなら、そこに"いるはずのない"友人がいるからだ...いや、"元"友人か

俺は彼を第1層で見殺しにした

彼はこのゲームが、VRMMORPGが初めてだった

だからあの時、お願いされたんだ『レクチャーしてくれ』って

でも...でも俺は、見殺しにした

このデスゲームがはじまり、俺は彼を"一緒に行こう"と誘った。

でも彼は仲間を"置いていけない"と言い張って、彼は俺を見送った

ずっと後悔していたんだ、はじまりの街に置いていったことを、見殺しにしたことを

...なのに何故

 

キリト「...」グッ

 

俺は足に力をいれ、握りしめた

ああ...俺はなんて愚かなのだろうか

今からやる行動は、何も変わらないのに

また、切り裂くだけなのに

 

キリト「...よし」

 

じゃあな、クライン

もしやられたら、俺の事を思い出して、恨んでくれ

そうして俺は足に再度力を溜めて走る準備をする

 

キリト「3...2...1...」ググッ

 

0...のカウントで走るはずだった

でも、それが出来なかったのだ

何故かって?

...こうなったからだ

 

クライン「お?...誰かと思えば、キリトじゃねぇか!おーい!キリトー!」

 

キリト「なっ...?!」バタッ

 

...俺は走り出す瞬間に声をかけられた為、転んでしまったようだ

やれやれ...今日はどうなってるんだ

 

____________________________________

 

第20章 –《情報屋》–

 

テレポートが終わり、私ははじまりの街を歩いていた

 

アスナ「さて...と」タッ

 

私は転移門から出て、思い出の場所へと向かっていた

ここから大体どれほどだったか

確かここから──

 

???「なぁそこのお嬢さんよぉ、どこから来たんだァ?」

 

少し図太い声を意図的に作ったような声をかけられ、私は振り向く

 

アスナ「...なんでしょう?」

 

振り向くと、そこには全身武装をした男が3人立っていた

...身長はキリトくんとあまり変わらないのに何処からそんな声を出しているのかしら

 

男「どこから来たんだって言ってんだよ」

 

アスナ「...」

 

男「ケッ、無言かよ」

 

すると男の1人は剣を突き出す

 

男「...有り金を置いてけ、それで許してやる」

 

アスナ「...は?」

 

私は呆気に取られた...意味が分からない、というのがまずひとつに思うことだろう

 

アスナ「(何を言ってるのこの人たち...)」

 

男「おいおい、聞いてんのか?あぁ?」スッ

 

男は剣を私の首へと突き出す

 

アスナ「...」キッ

 

男「...こりゃ驚いた!あんたみたいな華奢なお嬢さんが睨んでくるなんてなぁ?なぁお前ら」

 

男A「そうだな!睨まれるなんてなぁ!www」

 

男B「わぁ〜こわいでちゅ〜www」

 

男達はふざけ始め、ザワザワと笑い始めていた

私は、アルゴさんにDMを送っておくことにする

 

『アルゴさん、5分程遅れそうです、すみません アスナ』

 

アスナ「(よし)」

 

ピロンッ

 

送るとアルゴさんからすぐ返信がくる

 

『りょーかいだヨ、アーちゃん アルゴ』

 

男「...何してんだ、お前」

 

アスナ「...」

 

私は無言を貫き通すことにする

 

男A「なんだよこいつ...全然動じねぇぞ...」

 

男B「気味が悪い...」

 

すると男2人は逃げるように走っていった

何がしたかったのだろうか

 

男「...」

 

もう1人の男は呆然とあの2人を見ていた

 

シュワン

 

男「...あ?」

 

男はメニューウィンドウを開く音に気付いたのか、こちらを向く

だがそれよりも早く、私はすぐに細剣を装備し、単発技ソードスキル「リニアー」を発動する

 

男は「ぐぁ?!」バタッ

 

男は私の技で吹っ飛ぶ

 

アスナ「安心して、圏内ではダメージを受けない、軽くノックバックが発生するだけ...でも──」

 

アスナ「圏内戦闘は、恐怖を刻み込む」キュィィィィン

 

男「やめ...」

 

男「がっ?!!」バタッ

 

もう1発

 

男「ぶへっ?!」バタッ

 

もう1発

 

男「がはっ?!」バタッ

 

もう1ぱっ──

 

男「や、やめて...ください...」ガタガタ

 

アスナ「...!」

 

...どうやら取り乱してしまったようで、夢中にリニアーを起動していた

 

アスナ「...こ、これに懲りたら、もうやめることね」コホン

 

男「...は...ぃ...」ガタッ

 

男は弱々しく立ち上がりながらも、あの2人が逃げた方向へと歩いて行った

 

アスナ「はぁ...」

 

私はついため息をついてしまう

アルゴさんとの約束と10分程遅れてしまっていたからだ

 

アスナ「...とりあえず向かわないと」

 

私は《思い出の場所》へと向かう──はずだったんだけど...

 

???「ニャハハッ、こりゃまた面白いことが起きてたネ、アーちゃん」

 

アスナ「!」

 

私は聞き覚えのある声を聞こえ、振り返るとそこにいたのは──

 

アスナ「アルゴ...さん、どうしてここに...」

 

アルゴ「よっす、アーちゃん」

 

《情報屋》の2つ名を持つ、アルゴの姿だった

 

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第21章 –《風林火山》–

 

クライン「...なーに、暗い顔してんだよ、キリト」ドンッ

 

キリト「...!」

 

不意に背中を叩かれ、俺は呆気に取られていた意識を取り戻す

どうやら、いつの間にか暗い顔をしていたようだ

 

キリト「いや...なんでもないよ」

 

俺は咄嗟にそう返し、道なりへと歩き出す

 

クライン「だからってこのままにしてやれっかよ」

 

だが、クラインは通せんぼをするように俺の前へと立ちはだかった

 

キリト「...悪い、クライン、通してくれ、この先に、用事があるんだ」

 

俺はその威圧に途切れ途切れではあるが負けじと呟く

 

クライン「...ダメだ、俺たちも一緒について行くからな」

 

キリト「...なんで」

 

クライン「...キリト...お前は、いつも死に突っ走るんだよ」

 

クライン「"あの"時だって、そうだ」

クライン「お前はアイツを守ろうとして突っ走った、そしてHPが1%を切ったんだぞ」

 

キリト「...っ」

 

俺は、何も言えなかった

実際、そうだったからだ

俺は"あの"時、彼を...『ユージオ』を守ろうとして、ボス部屋へと突っ走った

もう何も、失いたくなかったから

もう何も、傷つきたくなかったから

 

──でも俺は、彼を"守れなかった"

目の前を分散する青いパーティクルを、俺は見ていた

その"見ていた"中に、"クライン"も含まれていたのだ

 

俺はその後の記憶はあまり覚えていない

立ち崩したような、放心状態になったような

とにかく、ただ、虚無の状態に近かった

 

俺があの時、もっと強かったら

もっとレベルを上げていたら

もっと強い武器を手に入れていたら

 

彼を...『ユージオ』を守れていたのかもしれないのだから

 

「──リト、キリト!」

 

キリト「!」バッ

 

俺は咄嗟に顔をあげる、クラインは少しギョッとしたようだが、すぐに会話を続ける

 

クライン「...大丈夫か?キリト」

 

キリト「...あぁ」

 

クライン「悪いな...思い出させちまったか」

 

キリト「...あぁ」

 

クライン「...」

 

キリト「...」

 

クライン「...とにかく、俺たちはついて行くからな」

 

キリト「...あぁ」

 

俺はクラインの会話を、ただひとつの"言葉"だけで返答し続け、クラインのギルド《風林火山》のメンバーたちと共に、この層の主街区《アルゲード》へと歩いていった

 

______________________________________

 

おまけ –その花びらは、青く美しく散る–

 

第48層《ミリアル》

その迷宮区のボス部屋で、事件は起きた

 

2人の青年と、ある攻略組がゲームクリアを目指すため、第48層の迷宮区を攻略していた

ボス部屋の前へと来た時、攻略組のリーダーがいつものように自分と皆と俺達に呟く

 

『生き残れ』と

 

その言葉は重々しく、また場を誇張させる

そしてある青年は、もう1人の青年へと問う

 

『緊張しているか?』

 

するともう1人の青年はこう答える

 

『僕は全然、寧ろそっちこそ大丈夫かい?』

 

もう1人の青年はこう答えた

 

『俺も大丈夫だ』

 

この層をクリアすれば、ゲームクリアへの道が進む

──と、思っていた、この時までは

 

────

──

 

『──■■ジオ!!』

 

『■■ト──!』

 

お互いが、お互いの名を叫ぶ

片方はHPが5割を切っており、もう片方は4割を切っていた

第48層ボス《The Death Dreamer》

直訳すれば──死の夢想

 

こいつのスキル《死の織り手》が厄介であった

このスキルを簡単に説明すれば、いわゆる『呪い』の一種だ

《The Death Dreamer》は織り機のようなものを持っており、これがひと編みされる毎に上に表示されていた数字が分刻みで減る

最大150のようだが、0になった途端どうなるか分からない

 

現在俺達の上にある残りの数は『65』

つまり、残り戦える時間は1時間5分──ひとことで表せば──"地獄"だ

 

『まだ戦えるか?!ユー■■!』

 

『──大丈夫っ!まだ...行けるよ!』

 

俺はもう1人の青年に確認を取る

そして──

 

『『うおぉぉぉぉぉぉ!!!!』』

 

俺は青年と共に、ボスへと走り込む

他の攻略組メンバーも続いていた

最大40人の一斉ソードスキル攻撃なら、《The Death Dreamer》の残りHP3割を削りきれるはず──

 

──『キ■■!危ない!!』

 

『!?』

 

俺は横から攻撃が来ていたことに気づいていなかった──いや、"気付けなかった"

 

『■ー...■オ...なん...で...』

 

彼は、俺を庇ったのだ

そして彼のHPは決して止まることはなかった

 

そして、全てのHPが失った時、青いパーティクルが、花びらのように散っていくのを目の当たりにしていた──

 

───────────

──────

───

 

キリト「」ガバッ

キリト「...ハァ...ハァ」

 

冷や汗。

目覚めると、気持ち悪い夢をみたような感覚に陥る

窓の外を見てみるが、まだ暗いままだ

 

キリト「...外の空気を吸ってこよう」ハァ...ハァ...

 

俺は記憶にない宿を出て、外の景色を見て深呼吸をする

ここは第50層、主街区《アルゲード》

いつの間にかついていたらしい

ということは、《風林火山》こと、リーダーの"クライン"がいるはずだが──

 

「起きてたのか、キリト」

 

噂をすればと俺は振り返り、名を呼ぶ

 

キリト「...クライン」

 

クライン「...どうした?なんか変な夢でも見たのか?」

 

キリト「...あぁ、少し...な」

 

クライン「...ま、なんかあったら呼べよ、すぐに駆けつけてやるからさ」

 

キリト「聞かないんだな...ありがとう」

 

クライン「」スッ

 

クラインは後ろを向きながら、手だけを上げていた

俺はクラインに礼を言い、景色に赴く

クラインは『俺は寝てるからな』とだけ言って、宿の中へと戻って行った

 

キリト「...」スッ

 

俺はある人物から届いたIMをもう一度見る

 

これは誰なのだろうか

さっきの夢といい、最近のことといい

嫌な予感が突き刺さる

 

キリト「...寝るか」

 

細かいことを考えていても仕方がない。

今の時刻は2時32分

俺はアラームを付けているかだけ確認し、ベッドへと向かった

 

おまけ –その花びらは、青く美しく散る– END




今回のお話は、アスナの「お腹」を触ってしまった所からスタートします。
──説教を受けていたキリトは、アスナがDMの用事により席を外したところからIMが届いた。
その内容は『この主街区の転移場で待っている』とのこと。
しかし、キリトとアスナ。各々が向かった場所には懐かしいメンツがいたのだった──。

次回 チャプター6 –俺は独りじゃない–


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ソードアート・ディファレント 6 –Tragedy Story-

SADTS

原作:川原礫

考案、作成:Luikon

【注意!】

・IFストーリー注意
・キャラ崩壊注意
・ストーリー崩壊注意
・この作品は思いっきりキャラを載せているパクリ作品ですが、ほぼ自己満足作品です

ご了承ください


チャプター6 –俺は独りじゃない–

 

第22章 –友であること–

 

ここは浮遊城のアインクラッド第50層主街区《アルゲード》。

俺は無意識の中歩いていたらしく、いつの間にか近くの宿屋で寝ていた。

俺はこの層の主街区へ向かっていたのだが、その道中でギルド《風林火山》のリーダー《クライン》と出会った

彼はかつての友で、俺が初めてこのゲームのシステムをレクチャーした人物だ。

──そして今は、そのギルドメンバーと共にこの宿屋に泊まっている

 

現在の時刻は6時50分。

昨日不意に目覚めて、睡眠時間が短くなっているが、総合的に見れば睡眠時間は取れているので問題は無い

というより、狩りに行かずあのメッセージの人物を探しに行っている時点で、問題しかないのだが。

 

さてと、と何気ない掛け声で自分を動かす。

昨日は《風林火山》のメンバーに守られながら歩いてきたらしく、お礼をしなければならない──そこまで俺は弱くはないのだが。

そんなことを考えつつ、俺は《風林火山》のリーダー《クライン》がいる部屋の前で止まる。

深呼吸をし、手を伸ばし、コンコンとドアをノックする(そんなことしなくても、ここで声を掛ければ良いのだが)。

 

キリト「クライン、いるか?」

 

俺は一声かけ、相手からの返事を待つ。

──しかし、いくら待っても来ない。

留守なのかなと思いつつ、待っていると──

 

「お、キリの字じゃねぇか」

 

不意に妙な名前と同時に話しかけられる、しかし聞き覚えのある声だ。

俺は振り返り、彼の名を呼ぶ。

 

キリト「...なんなんだ、その呼び方は──クライン」

 

クライン「──良いじゃねぇか、あだ名で」

 

...昨日までの気迫はどこに行ったのか分からないほどの呑気なこいつが、彼──《クライン》である。

先程説明した通り、彼はかつての友だ。

まさか第50層の主街区へ向かう途中で出会うとは思わなかったし、なによりも生きていたことに驚きが隠せないが、最も驚いたのは、彼のギルド《風林火山》のメンバーが、誰一人として欠けなかったことであり、これには敬服せざるを得ない。

 

クライン「──で、何の用だよ?」

 

その声で俺は我に返り、本題へと移る。

 

キリト「えっと...何、お礼を言おうと思っただけさ」

 

クライン「お礼ィ〜?」

 

クラインは訝しげにこちらを睨むが、すぐに表情を戻し、言葉を放つ

 

クライン「どうしたんだよキリの字、お礼なんて」

 

クラインは困ったように問うてくる。

 

キリト「いや、ここまで守ってくれたんだろ?お礼はしなくちゃなって思ってさ」

 

クラインは少しポカンとしていたが、立ち直り口を開く。

 

クライン「...まぁいいか、ありがとよ、キリの字」

 

まだそのあだ名を言うか と思ったが、口から出る寸前で飲み込む。

俺は「あぁ」とだけ返し、自分の部屋へ戻ろうとしたのだが、その寸前でクラインに止められ、俺は振り返り「なんだ?」とだけ返す。

 

クライン「あ...いや、何、ただ少し思うことがあってだな...」

 

キリト「思うこと?」

 

クライン「あぁ...なぁキリト」

 

クラインはあだ名を忘れたのか、或いは真剣な話をする為にわざと外したのか...それは分からないが、彼は話を続ける、俺はその話に耳を傾けた。

長くも思える沈黙の中、彼は漸く口を開く。

 

クライン「...もし、何かあったなら、本当に言えよ」

 

キリト「...」

 

クラインは、気付いている。

何の事までは分からないだろうが、俺の心境を気付いているのだろう。

だからこそ、慎重に言葉を選んでいる。

そして、漸く出た言葉が、それだった

俺はこれだけしか言えない

信用していないわけではないが、今はこれだけしか言えないのだ。

 

キリト「...ありがとう」

 

それだけ伝え、俺は自分の部屋へと戻っていったのであった。

 

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第23章 –迷いの古城(ラビリンス)–

 

今の時刻は丁度午前7時。

いつもなら特定の場所で狩りの真っ最中

だが今はそれをしていられないほど、気になっていることがある

それは、昨日からあるIM(インスタント・メッセージ)のことだ

 

(IM、通称インスタント・メッセージとは、DM(ダイレクト・メッセージ)とは違い、名前のスペルを覚えていれば送れるメッセージのことだ、但し条件があり、その1つが、同じ層にいないと送れない、というデメリットがある

また、文字制限もあり、DMのように長文を送ることが出来ないのが難点なのだが)。

 

このメッセージの内容にはこう書かれていた

 

『キリト』

『元気にしてるか?』

『突然だが、キリトに会いたい』

『ここの主街区の転移場で待っている』

 

...とだけ書かれている。

文字制限もあるため、こうなってしまうのは仕方ないのだが、差出人の名前も無いため特定しにくい

そもそも俺は悲しいことにフレンドが壊滅的に少ない。

べ、別に泣いてなんかないぞ、本当だからな。

 

...コホン と咳払いをし、邪魔な思考を1度停止させた。

そして目の前の事に集中する。

 

この文章を見るからに、"主街区"というのはここ第50層《アルゲード》のことを指している。

1度だけ有効化(アクティベート)する為に行ったことがあるのだが、未だに街の道を覚えきれていない。

一見、古城に見える主街区なのだが、どうにも集落のようにも見える。

薄茶色、だが濃茶色とも言いきれるカラーの家々があり、同じ風景で何とも把握しづらい。

ただ1つ言えるなら、マップを使わなければ、主街区へ行くことも、出ることさえも許されない状況になったのは確かだ。

 

そうなってしまった為、少し向かうのに躊躇ってしまうが、差出人が分からない以上、気になって仕方がない。

...これもゲーマーとしての性...だと思う。

 

ふと目線を動かし、現在の時刻を見てみる

すると『7時35分』と表示されていた。

 

キリト「...あーだこーだ言ってても仕方ない...か」

 

色々考えていても、一生答えに辿り着かない気がしたので、ここでもう一度思考を停止させる。

 

俺は手馴れた手つきでメニューウィンドウを操作し、宿屋から出る準備を進める。

そして最後の準備を終え、ウィンドウを閉じたところで、大切なことを思い出す。

もう一度メニューウィンドウを開き、ホログラムキーボードで奴に感謝の言葉を述べる。

...するとすぐに返信が帰ってきた

 

キリト「...ったく」

 

俺は半分呆れながらも、ウィンドウを閉じ、宿屋の入口へと向かう。

宿泊代は泊まる時に支払っているので、大丈夫だろう。

 

キリト「...行こう、会いに」

 

宿屋のドアを開き、俺は主街区《アルゲード》へと向かった。

 

クライン『──もういいって、あ、でも今度狩りに手伝ってくれよな』

 

...とだけDMには記されていたが、それっきりDMは来ていない。

 

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宿屋から出ると、町の陽気なBGMが聞こえてくる

現時点での最前線ではあるが、それでも人は多い。

それ故に様々な会話が聞こえてくるのだ。

それで驚いたのがある、それが──

 

『ねぇ...知ってる?あのギルドのこと』

『ギルド?』

『うん、私もよく知らないんだけどね?いるんだって...』

『...何が?』

『──殺人鬼が』

 

──その会話が、俺の脳内に焼き付いていた。

興味がある、だが、このデスゲームで殺人を行うのは、正気の沙汰ではない。

 

──つい最近噂になった殺人ギルド...通称《ラフィン・コフィン》。

黒ポンチョを着た男達が運営するギルド。

最近うちの攻略組のところにも話題が上がった程だ。

何れ調べる必要があるが、今はそれどころではない。

問題が出来たのだ。

 

キリト「...不味い、迷った」

 

...やはり、マップ無しで記憶を頼りに行ってはいけないな...。

 

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第24章 –ところで、あなたはどこにいるの?–

 

マップを駆使し、ようやく主街区へと辿り着いた俺は、IMの差出人を探し出すことにした

が、ここで重大なことに気付く

 

キリト「...そういえば、ここって確か有効化(アクティベート)済んでたよな...」

 

我ながら馬鹿だったと思う

しかし、かつての友人に出会い、殺人ギルド《ラフィン・コフィン》の噂に気が付くことが出来たため、まだ良かったのかもしれない

そう考えれば、結果オーライだ。

 

気を取り直し、俺は捜索を続ける

だが、迷宮とも言えるこの層で、どうやって探し出そうか...と悩んでいると、目の前に「ピコーン」という電子音を鳴らし、点滅しているボタンがあった。

これはIMのボタンである、ということは、何者か分からない差出人からもう一度メールが来た可能性がある。

俺は手馴れた手つきでメニューウィンドウを操作し、IMのボタンを押す。

 

キリト「──これは」

 

『よぉ、キリト』

『俺はこの層で店を営んでいる』

『詳しいことは後で話す』

『ここにこい』

 

...という文章と一緒にURLが貼られており、それをタップするとマップが表示された。

 

キリト「...ここに来いってか」

 

そこに表示されていたのは、この転移門からそう遠くない場所にあり、曲がり角の右にあるらしい

このIMの差出人はこの層で"店"を営んでいるらしいが一体誰だろうか...

 

キリト「というか転移門じゃなかったのか...とりあえず向かってみよう」

 

俺はメニューウィンドウを閉じ、マップに表示されていた場所へ向かうことにした──のだが

 

ピピッ

 

この電子音が俺の脳内に響いた。

この音は、フレンドに送れるDM(ダイレクト・メッセージ)だ。

 

DM(ダイレクト・メッセージ)とは、IM(インスタント・メッセージ)とは違い、指定のフレンド、ギルドメンバーといった様々なプレイヤーに送ることが出来るメッセージのことで、IMにあった制限がない。

なので長文を送ったり、画像を貼り付けたりと、色々なことが出来る。

 

...ヤバい。

それだけが、それだけの言葉が俺の脳内を廻る。

だって、その差出人は──

 

アスナ【ねぇ、あなた今何処にいるの?】

 

...アスナだからだ。

 

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第25章 –聞き覚えのある声–

 

キリト「不味いな...」

 

咄嗟にそんなことを呟いていた

──俺は第50層《アルゲード》の主街区にいるという謎のIMの正体を突き止める為、アスナがDMで呼び出されたタイミングを見計らって宿を出て、そこでクラインに出会った...そこまではいいのだが、まさかここでそのツケを払うことになるとは思わなかった。

 

アスナが用事を終えて《スウェントの町》に戻ってきた可能性がある

そこで俺がいないことに気付いたかもしれない

アスナは《索敵スキル》を入手していなかったはずなので、俺を見つけるにしても時間がかかる

だが、それも時間の問題だ

もし、仮にだ、仮にアスナが《索敵スキル》を持ったプレイヤー...或いは俺と同等のスキルを持つ相手なら、見つかるのもそう時間がかからないだろう

しかし、DMを見た時点で相手には既読がついているはずだし、ここで既読スルーするのは何か違う気がするし、それに後が怖いので何かしら返信をしなくてはならない。

しかし何と送ろうか...嘘を伝える?いや、もしそれで先程の《可能性》がある限り、あまり有効とは思えない...本当のことを話す?いやいや...それはそれで怒られてしまうな

...あれ?詰んでないか?これ、どの道怒られるような気がするんだが...

 

そうこう考えているうちに、また一通のDMが届く

 

アスナ【ねぇ、聞いてるの?】

 

...ここで取るべき行動はひとつ

──なんか返信しよう

 

キリト【第50層の主街区《アルゲード》にいるよ】

 

そう返信すると、すぐに帰ってきた

 

アスナ【分かった、今からそっちに向かうね】

 

...エ?あれ??こっちに来るの??

しかし、ここは古城のような景色で、周りはほぼ同じ薄茶色のような濃茶色の家々。

転移門を使ってくるならまだしも、それでもこの中から探し出すのは至難の業...だと思う

 

──さて、俺がやるべきことは2つある

 

ひとつ『IMの正体を突き止める』

ひとつ『アスナと1度合流する』

 

前者は、俺1人がやるものだと思う

もし何かの罠なら、アスナを危険に晒すわけにはいかない──《彼》のようにはなってほしくないから

後者は...まぁ...自業自得だな、ウン。

怒られ覚悟で行くしかない、それに少しなぜ出かけたのか、理由も気になるしな

 

キリト「と、なるとだな...」

 

必死に脳内を巡らせ、今やるべきことを組み立てて行く

そうして、遂に答えを見つけた

俺が今やるべきことは──

 

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アスナ「...どこにいるのかな」

 

私は、現在キリトくんを探していた

その理由は数分前に遡る──

 

アルゴさんとの会話を終え、《スウェントの町》の宿に戻り、キリトくんと今回のことについて話そうと思ったんだけど、なぜかそこにはいなかった。どうやら出ていったらしい。

 

さっき、安否確認の為に第1層にある《黒鉄宮》まで戻って、『K』から始まる名前を探し始めた

そこにはちゃんと他プレイヤーの名前と《Kirito》が刻まれていて、《Kirito》には死亡した証の線は無かった。

生きている。

それだけ分かったことが大収穫だ。

そして私は約半年前に見慣れたウィンドウを操作し、《DM》ボタンを押す

そしてフレンドの中から《Kirito》を探し出し、そこに【あなたはどこにいるの?】と聞く、既読は付いていたが、中々返信が来ないのでもう一声送る。

【聞いてるの?】

しかし今回も既読がついたまま、もう一度送ろうとした途端、キリトくんから返信が来た。

 

【第50層の主街区《アルゲード》にいるよ】

 

と帰ってくる。

私は

 

【分かった、今からそっちに向かうね】

 

とだけ返し、第1層の転移門に立ち、声をあげる

 

アスナ「転移!《アルゲード》!」

 

蒼いポリゴンが私の視界を覆い被さる

数秒もせず、視界が戻った。目の前に映っていたのは同じ色と建築物が立つ、まるで古城のような景色だった。

 

──そして今、私はキリトくんを探していた

キリトくんに言いたいことは何個かあるけど、まずひとつ、これを言わなくちゃならない

 

アスナ「...説教の続きね」

 

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何故だろうか、今凄く悪寒がしたのだが

...気のせいでありたいな

 

──さて、俺がすべきことはひとつ

 

『IMの正体を突き止める』ことだ

 

これでアスナに間違いなく怒られることは確定した

もう後戻りは出来ない

そしてIMに記されていた場所...URLに貼られたマップを見ていた。

転移門からそう遠くないらしいが、ここ本当に大丈夫なんだろうか

明らかにヤバめな雰囲気を醸し出しているのだが

 

キリト「...ま、行ってみなきゃ意味無いよな」

 

──明らかにヤバめな雰囲気を醸し出している道を少し緊張しながらも、俺は歩み出す

ここの角を曲がり、3つ先の角にある...らしい

人通りも少ないし、そもそも黒いローブを着ている人物がいる

まぁカーソルがNPCの色なのでプレイヤーでは無さそうだ。

 

...そしてさっきから後ろから気配がするのだが、気のせい...ではないよな

相手は《隠蔽スキル》を使っていないのか、それとも俺の《索敵スキル》がハイディングしたのか

気配は1人

詳細なことはあまり分からない、もっと詳細なことを調べるには《索敵スキル》の熟練度をあげる必要がある

現在は600、もっと詳細なことに必要な熟練度は800。

残り200だが、性能をあげるためには《索敵スキル》の熟練度をあげるにはもっと使うか、《索敵スキル》のクエストを進めるしかない。

 

...しかし、未だについてきているのだが、これは気付いてほしいのだろうか?しかし、ここは圏内、仮に俺を殺しに来たのなら圏外まで誘導する必要がある

圏内は決してダメージを受けないし、モンスターが入ることもない

ならば、情報収集が目的だろうか?

──少し後ろを見てみようか

 

キリト「」バッ!

 

...後ろには何もいなかった、しかし《索敵スキル》は『気配1』と認識している

...余程の反射を持っているか、あるいは運が良く隠れられたか

 

...それはそれとして、俺は3つ先の角の家に着く

そしてひとつカマをかけてみることにした

 

キリト「...そこにいるのは誰だ!」

 

...仮にいなかったらそれはそれで恥ずかしいが

するとひとつ影が現れる

そこから出てきたのは──

 

キリト「...アスナ!?」

 

アスナ「...ごめん、着いてきちゃった」

 

___________

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俺はアスナに話を聞き、なぜここにいるのかを説明してもらったところ、転移門で探しに来た時、俺が謎の道へ進むのが見えたらしい

そこでこっそり着いてきたところ、俺にバレた...ということらしい

ある程度の理由は分かったので、俺も現在のことを説明する

するとアスナは

 

アスナ「...分かった、でも私もいく」

キリト「ダメだ、罠かもしれないんだぞ」

アスナ「その罠かもしれないメッセージに従ったのは誰よ?」

 

...これにはぐうの音も出ない

 

キリト「...分かったよ、行こう」

アスナ「分かればいいのよ」

アスナ「...で、その場所ってここなの?」

キリト「あぁ、ここだ」

 

...店の名前を見る限り《故買屋》のようだ

俺はドアノブに手をかけ、捻って開ける。

 

「いらっしゃい」

 

少しダンディな声...いや、聞き覚えのある太めの声が、店を開けると聞こえてきた

 

キリト&アスナ「...エギル(さん)!?」

 

エギル「久しぶりだな、2人とも」

 

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おまけ –ファイル1–

 

《α》『こんにちは〜、いやこんばんはかな?それともおはよう?』

 

《β》『どっちでもいいです早く進めてください』

 

《α》『こらこらβくん、そんなカッカするなよ〜』

 

《β》『無性に殴りたくなってきたんですがどうしたらいいんですかね』

 

《α》『ごめんごめん笑』

 

《β》『...ホントに殴っていいですか?』

 

《α》『あっ...ちょ...ゴメンナサイ』

 

《β》『...もういいです、早く本題に移りましょ』

 

《α》『そうだな、さて本題だけど...』

 

《α》『前にこれは世界革命が起きるレベルの研究だと言ったよね』

 

《β》『そうですね、少し盛ってるような気がしなくはないですが』

 

《α》『いいの、いいの、細かいことは気にしなーい』

 

《β》『良くないですから!』

 

《α》『...あっ!やばい!もう時間が無い!』

 

《β》『は!?ちょっ、早く簡潔に残してくださいよ!?』

 

《α》『えっとね、もう俺たちの時代では次世代へと移ろうとしてるの、そこの土台が既に揃ったってとこだね』

 

《β》『そんなとこですね』

 

《α》『んじゃ、俺寝ていい?仕事終わったし』

 

《β》『...』

 

《α》『そんな目で見ないでくれよ助手く〜ん...』

 

《β》『誰が助手ですか!?』

 

おまけ –ファイル1– END




今回のお話は、《クライン》と出会った後のお話です─あだ名を付けるほど陽気なやつ──だったが、本当の事に気付いていたのだ。
キリトが答えたのは、ただの一言『ありがとう』。
IMの在処を掴む為、主街区の転移場に向かうが、過去に迷ったことがあった為、少し躊躇っていた──。
殺人ギルド《ラフィン・コフィン》の噂が立ち、何れ調べる必要がある──そしてその奥で現れたのは《エギル》だった。

次回 チャプター7 –お前は誰だ?–


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ソードアート・ディファレント 7 -Tragedy Story-

チャプター7 –お前は誰だ?–

 

第26章 –初代攻略メンバー–

 

???「──久しぶりだな、2人とも」

 

少しダンディな声...いや、聞き覚えのある太めの声が、店を開けると聞こえてくる人物がいた。

その名は『エギル』。

俺たちが会うのは第50層攻略戦ぶり...とアスナから聞いている。

 

──まだ記憶があやふやだった為、忘れたことをアスナに呟くと、呆れられながらもその事について教えてもらった

なんせ第48層《ミリアル》攻略戦の時に、《彼》は──。

 

その刹那、不意に胸に痛みが走り、様々な感情が流れ込む。

 

《彼》を殺した自分が『憎い』だとか

《彼》を殺した自分が『嫌い』だとか

《彼》を殺した自分が『怖い』だとか。

 

そんな負の感情が渦巻く中、俺とアスナを見ていたエギルが不思議そうにこちらを見ているので、一旦思考を停止、咳払いをし、俺はエギルに何故ここに居るのかを問うことにする。

──アスナがこちらを見て訝しんでいたのも、きっと、気の所為だろう。

 

キリト「...こんなところで何してるんだ?エギル」

 

質問をすると、エギルは間を持たずに質疑応答に答える

 

エギル「──ここは俺の店で、今は店主としてここで働いている」

 

キリト「──店?」

 

エギル「あぁ、そうだ」

 

そういえばドアの上に看板らしきものがあり、この店の名前と、《故買屋》の模様があった。

 

エギル「うちの店は安く仕入れて安く提供する──がモットーなんでね」

 

...周りの武器や防具の値段を見ると、確かに中高層や前線と比べて安い。

この武器に関しては、定価【56,300コル】に対して、エギルの店では【35,000コル】となっている。

その価格、凡そ【21,300コル】分浮いているのだ。

...なぜこんなにも安く仕入れられるのかはさておき。

 

俺はまたエギルに問う。

 

キリト「...エギル、攻略戦は、どうするんだ...?」

 

これは、俺が一番気にしていたことだ。攻略戦にとってエギルは数少ない斧使いプレイヤーで、第1層ボス《イルファング・ザ・コボルトロード》でも、咄嗟の判断で俺や《彼》を助けてくれた。それだけじゃない、たまにしか攻略戦に顔を見せないエギルは、衰えていない判断力と分析力で、俺達を次層攻略に導いてきた。

即ち、俺達攻略組メンバーにとって、エギルは大事な《仲間》であり、大事な攻略の《鍵》でもある。少なくとも俺を含む攻略組の少数は、前者だと思っているだろう。

アスナも同じことを考えていたようで、俺とエギルを見守っていた。

 

数秒の静寂の中、漸く動き出したエギルは、店の外に出て、扉の【OPEN】を【CLOSED】に変え、俺とアスナに『こっちへ来てくれ』とだけ言われ、着いていくことにした。

なぜそこまでする必要があるのか、なぜ今ので言わなかったのか。

色々と気になることはあるが、恐らくエギルにとって、大事な話であり、俺達以外には聞かれたくないのだろう。

 

そうして案内されたのは、客室のような、でも懐かしき和室のような。

部屋のスペースは7畳、1人で生活するのなら丁度いいレベル、それに店を営んでいるのなら、これでいいくらいだ。と言っても、店を営んだことも、一人暮らしをしたこともないので、何とも言えないし、あまり口を挟めない。

 

そうこうしてるうちにエギルはコップの容器にお茶のようなものを入れ、俺達に差し出す。

俺とアスナは有難く貰い、その飲み物を一口啜る。

 

キリト「(...暖かい)」

 

こんなに暖かい飲み物を飲むのはいつぶりだろうか。味はホットミルクのようなもの、どうやって作ったのだろうか。

まだ記憶が完全に戻っているわけでもないので、あまり記憶を詮索してもよく分からなくなるだけだ。

あるいはゲームではなく、現実世界での記憶かもしれないが。

 

また少し啜って俺は早速本題に入る。

先程聞いたことについてだ。

 

キリト「エギル、さっきの話だが──」

エギル「キリト、少し待ってくれないか」

キリト「え?なんで──」

エギル「お願いだ」

キリト「──分かったよ」

 

何やら考え事をしているエギルに遮られ、俺は言われるがままに待つことにした。

そしてずっと無言だったアスナも緊張して来たのか、固唾を飲んでいる。

...いや、この世界に唾液というものが存在するのかすら分からないが。

数分が経ち、エギルは決心したように口を開いた。

 

エギル「俺はこの店を...《故買屋》を営んでいる」

エギル「勿論、攻略戦には参加する予定だ」

エギル「だが──いや、やめておこう。」

 

しかし、エギルは急に話を切り上げ、話そうとしなかった。

それこそ驚いたものの、俺とアスナは決して聞こうとしなかった...いや、聞かなかった。

嫌な予感がしたから──。

 

キリト「...そうか、とりあえず参加するなら特に問題はないよ」

アスナ「そうだね...私も問題はないかな」

エギル「理解して貰えて良かった──そうだ」

キリト/アスナ「?」

 

エギルが突然立ち上がり、部屋の奥から何かを持ってきたと思えば、オブジェクト化したアイテムだった。

 

キリト「...これは?」

エギル「現在うちで取り扱っているアイテムだ、本来なら金を取るが、今回は久しぶりに会えたということで、その記念にひとつやろうかと思ってな」

アスナ「良いんですか?」

エギル「あぁ」

 

...何とも太っ腹なやつだ。

しかしひとつか、これは悩みどころでもあるな

5個程あるのだが、そのうちの2つがバフ系のアクセサリー、残りの3つが様々な効果が期待できる能力向上アクセサリー系だった。

どちらとも攻略に必須なものなので、本当に迷ってしまう。

俺がどれにしようか迷っている中、アスナはすぐに選んでしまった。

アスナが選んだのはどうやらバフ系アクセサリーらしい

それならばと思い、俺は能力向上アクセサリー系の中から選ぶことにした。

このアクセサリーには、それぞれひとつずつ効果がある。

 

まず1つ、この【真珠の指輪】には《レベルアップボーナス》という効果が付いている。

《レベルアップボーナス》は、RPGにおいて重要なもので、これをあげなければクリア出来るものも出来なくなる。言わば強さである。

 

次に【赤石の首飾り】、このアクセサリーには《攻撃力アップボーナス》が付いている。

《攻撃力アップボーナス》は、レベルアップだけでは勝てないこともあり、敵を倒すことにおいては重要である。

 

次に【黒石の腕輪】、このアクセサリーには《防御力アップボーナス》が付いている。

《防御力アップボーナス》は、このゲームにおいて最も需要ともいえる効果だ。

HPがゼロになった瞬間【GAMEOVER=死】となるこのゲームでは、絶対に離せない装備。

特にタンクや片手剣盾使いなど、前線で戦うプレイヤーにとって需要である。

 

俺はこの中でどれを貰うべきか、時間はまだあるが、恐らくそろそろ攻略会議の予定が立たれると思われる。

それらを考慮するとなると、俺が選ぶのはこれとなる...だろう。

 

エギル「──《赤石の首飾り》を選んだか」

 

キリト「あぁ」

 

そう、俺が選んだのは《攻撃力アップボーナス》が期待出来る《赤石の首飾り》。

ステータスに+3追加されるだけでそこまで恩恵は無いのだが、それはあくまでレベルを鬼上げをしていて、尚且つ《SP》を振り分けていなかったらの場合だ。

盾を使わない俺にとって、攻撃力は重要である。

だからといって、防御力も無視出来ない、しかし防具も取り入れるとなると、今持っているコルじゃ普通レベルの装備を買うことになるし、鎧を買うとなると動きずらく、更に視界も悪くなる。出来れば軽装の方が良いのだ。

それらを踏まえるなら《黒石の腕輪》の方がいい。

でも俺はあえてそれを選ばなかった、何故かは数分前の俺に聞いてくれ...。

 

エギル「さて、これからどうするんだ?」

キリト「...とりあえず、俺達はまたレベルを上げに行こうかと思ってる」

 

アスナにアイコンタクトをし、話を合わせてもらう

...記憶にない過去の俺を信じて、合わせてもらえるを祈る...しかない。

 

アスナ「そうです、この近くのフィールドに出てレベルアップをしてこようかと」

 

エギル「そうか、無理しない程度にやってこいよ」

 

アスナ「はい」

 

キリト「それじゃ、エギル、また攻略戦で会おうぜ」

アスナ「お邪魔しました」

 

エギル「あぁ、またな」

 

エギル「...さて、店を開けるか...いや、今日は休みにしよう」

 

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_________

 

キリト「まさかエギルが最前線の第50層で店を営んでいるなんてな...」

 

アスナ「驚いたね」

 

キリト「...あ、そうだ、アスナ」

 

アスナ「?」

 

俺が問いかけるとアスナは疑問をこちらに向ける。

 

キリト「俺を追いかけて来たんなら、何か理由があったんじゃないのか?」

 

アスナ「...んー、ごめん、忘れちゃった」ニコッ

 

...その笑顔に、不意にドキッとしてしまったが、俺は自分の頭を手でかき、誤魔化すように話す、

 

キリト「...あー、なんだ、珍しいな」

 

アスナ「そう?」

 

キリト「あぁ」

 

アスナ「ふーん...ま、いいわ、行きましょ」

 

キリト「──おう!」

 

俺とアスナは、エギルの店を出て、レベルアップの為にフィールドへと向かっていた、アスナの顔が少し紅かったのは恐らく気の所為だろう。

──しかし、そこに居たのは思いもよらぬ者がいたのだった...。

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第27章 –見知らぬプレイヤー–

 

ここは第50層主街区《アルゲード》から少し離れたフィールド。

俺たちは近くにあった洞窟に来ていて、そこでアンデッド系モンスターと戦っていた。

 

キリト「──アスナ!スイッチ!」カキン

 

アスナ「了解!──はぁぁぁぁ!!!」キュィィィン

 

俺はモンスターの攻撃を《パリィ》で受け流し、アスナと交代する。

 

(《パリィ》とは...ソードスキル同士を、あるいは剣を流し、弾き返すシステム外スキル

これをされた相手は隙だらけで、この間にソードスキルを打たれると大ダメージを受ける。

また、ソードスキルを打ったあと、《スイッチ》に繋げることも可能。)

 

アスナのソードスキル《リニアー》は的確で、モンスターの弱点をいとも簡単に突いた。

しかしモンスターのHPはまだ残っていたのだ。

それ故にモンスターはアスナに攻撃をしようとする。

 

キリト「──任せろ!」キュィィィン

キリト「うおぁぁぁぁ!!!」カキンッ!

 

アスナに振り下ろされた攻撃が、俺の単発斜め斬りソードスキル、《スラント》による《パリィ》によって弾き返される。

アスナはソードスキルの硬直でまだ動けない

俺もソードスキルで《パリィ》をした為、《スキル硬直》が起きている。

 

(《スキル硬直》とは──この世界《ソードアート・オンライン》に存在する《ソードスキル》の使用後に硬直が起きる現象。

体を動かすことが出来ないため、防御姿勢を取ることも、避けることも出来ない。その為に編み出されたのが システム外スキル《スイッチ》

である。)

 

本来ならば、絶望的な瞬間だ。しかし俺たちには秘策──この状況を打破出来る方法がある、それは──

 

キリト「──そこのあんた!スイッチ!」

 

「りょ──了解!」キュィィィン

 

"もう1人"の仲間だ。

 

プレイヤーは剣を背中に添えるように構え、ソードスキルを使用する。あれは確か──

 

「 ──とりゃあ!!」シュンッ!

 

──彼が使ったソードスキルは上段突進技単発斬りソードスキル、《ソニック・リープ》。

《片手直剣》ソードスキルの一種で、飛んでいる敵に対して使える技。

しかし、下段突進型単発斬りソードスキル、《レイジスパイク》より射程が短いので少し近付かなければならない。

彼の攻撃によってモンスターのHPはゼロになり、青いパーティクルとなって消えていった。そして目の前に「Congratulations」と表示される。

 

キリト「──ナイス、2人とも」ニッ

 

アスナ/???「──そっちこそ(あ、ありがとうございます...!)!」

 

なぜ俺たちのパーティにこのプレイヤーがいるのか...それは数分前に遡る。

 

_________________

____________

________

 

キリト「──ほ、本当にこっちで合ってるのか?」

 

アスナ「大丈夫よ、私覚えてるし」

 

と自信満々に話すアスナ。

正直なことをいえば、不安でしかない。

そもそもアスナは第50層攻略戦後、この層の有効化(アクティベート)する為にここ、《アルゲード》に着いて来なかったはずだ。

それなのになぜこんなに迷いがないのか。俺でさえマップを使わなければ確信が持てない程なのにだ...なんだか複雑な気分になるぞ。

あれこれ考えていると、同じ風景だった視界が光に包まれ目が眩んだ。目を光から手で守りながら、少しづつ目を開けると、そこにはフィールドが見えていた。

 

キリト「...マジかよ」

 

アスナ「ね?言った通りでしょ?」

 

キリト「あ...あぁ」

 

これにはアスナの記憶力に敬服せざるおえない。しかしなぜこんなに覚えているのか、その理由も聞きたいが、今はそれどころじゃなさそうだ。

 

キリト「...」

 

アスナ「どうしたの?」

 

俺がカーソルを合わせる為に目を細めていると、アスナが問うてくる

そこでアスナにも伝えることにした。

 

キリト「──あそこのプレイヤー...なんだか変じゃないか?」

 

アスナ「え?」

 

俺が指を指すとアスナもその方向へ目を細め、凝視する。するとアスナは次第に目を見開いていく。

 

アスナ「...ぁ」ダッ

 

声にもならない声でアスナは走り出していた

 

キリト「っ!」

 

急に走り出したアスナには驚いたが、今はそれどころではない、急に走り出す程、あのプレイヤーは危険ということになる──あくまで感覚だが。

あのプレイヤーの位置までは凡そ150m。

ここからじゃ見えにくいが、HPバーは恐らく残り4割、戦っているのは...あれはアンデッド系モンスターか。

となると...あと6分以内に間に合わなければ、あのプレイヤーは"死ぬ"。

もちろんあのプレイヤーのレベルや装備によるだろうが、これはここの適正レベルで、尚且つ適正装備で来ていた場合の憶測だ。

アスナがいる場所はここから凡そ25m。大体1分程経っていた。俺も向かわなければならないが、《俊敏》の《SP》をそこまで振っていなかったのが仇となっている。

しかし、だからと言って見殺しにするのは最善じゃない。そして俺も、走り出していた。

 

–––––––––––

 

アスナ「(お願い...!間に合って...!!)」

 

あのプレイヤーの位置は、あと80m。HPは残り3割。このまま走り続ければ、何れあのプレイヤーのHPが尽きてしまう。

私は《俊敏》の《スキル》もあげてはいるけれど、まだ少し足りなかったようで、このままじゃ間に合わない。少しでも声が届けば、まだ延ばせる。少しでも可能性が出てくる。でも──!

 

アスナ「(ここからじゃ...届かない...!)」

 

この世界では、あまり遠すぎると声は届かない。これは《ノイズキャンセリング》を応用したものだとキリト君は言っていた。

せめて15m...これだけの距離ならば声は届く。

しかし今私がいるのは...残り50m。35m足りない...。少しでも伸ばせれば...。

 

キリト「アスナ!」

 

すると後ろからキリト君の声が聞こえ、顔だけ後ろに向く。

 

キリト「ソードスキルだ!突進系のソードスキルを使え!」

 

そうか。

それならば少しでも距離を稼げるかもしれない。

《細剣スキル》の突進系ソードスキルは2つあり、その1つは《フラッシング・ペネトレイター》と呼ばれる最上位ソードスキル。

その内、私が使えるのは上段突進技ソードスキル《シューティングスター》。

 

本来ならソードスキルはバトルの時に使うもの。でも構えれば使えるらしい。

しかし、ソードスキルを走りながら発動させるのは至難の業。

走ることによってブレてしまい、型を合わせることができないからだ。

...キリト君は辛うじて出来ないことはないらしいんだけど。

 

少しでも希望があるのなら、試してみる価値はある。しかしソードスキルは、使用すれば《スキル硬直》が生まれてしまう。

だが、空中に放てば少しでも硬直を短く出来る。幸いこの辺はデコボコしており、少しでも滞空時間を稼ぐことが出来る...はず。

 

アスナ「...やってみなきゃわからないよね」カチャ

 

私は愛武器...《ランベント・ライト》を抜刀し、ソードスキル《シューティングスター》の型を構える。私はこれまで、この技術を練習してきたけれど、今まで1回も成功したことがなかった。だからこそ、これは"賭け"。

今はただ祈るしかない。キリト君も必死に走って来ている。何かあれば彼がどうにかしてくれるはず...第25層で会った時から、彼は私をずっと助けてくれていた...なぜか本人は記憶喪失のように忘れているみたいだけど。

だから、恩を返したい。少しでも返したい。このまま返せないでこのゲームを終わらせたくない...だから...だから...!せめて...!!キリト君が気付いたあのプレイヤーを...!!

 

アスナ「──絶対に助けてみせる!!」キュィィィン

 

私の思いに応えたのか、愛武器《ランベント・ライト》が黄緑色に光る。

そして空中へ軌道修正をし、ソードスキルを発動させた。

 

アスナ「はぁぁぁぁ!!!!」シュンッ!

 

空中に飛び出た私は、ソードスキルの勢いによって更に加速させ、予定よりも少し遠くの場所に着地した。

これによってあのプレイヤーの位置は残り20m。そしてHPが残り2割。

あと5m、これだけあれば、少しでも届くはず...!!

 

–––––––––

 

必死に追いついて行く中、何やらあのプレイヤーの挙動が変わったことに気付く。

豹変したのか...?と考えたが、よく聞くと何かが聞こえてくる。

声の主は、現在も尚走り続けているアスナのようだ。どうやら呼びかけが成功したらしい。

 

キリト「それじゃ...行きますか!」

 

止めかけていた足をフル回転させ、アスナとあのプレイヤーのところへ向かう。

(フル回転させたところで速度は変わらないが)あのプレイヤーと残り25mとなった時点でアスナはというと、応戦していた。

どうやら俺が来るまで時間を稼いでいるらしい。それならば、急がなくてはならない。

 

俺は背に伸し掛る剣を抜刀し、走りながら剣を肩に構え、ソードスキル《バーチカル》を発動させる。

あまり安定していない《システム外スキル》だが、さっきアスナが使えたように俺も使えるかもしれない。

 

キリト「(...ここだ!)」キュィィィン...ピンッ!

 

キリト「うぉぁぁぁぁ!!!」シュンッ!

 

_______

____________

___________________

 

...という感じで、戦闘が起こり、このプレイヤーと出会ったのである。

 

キリト「...よし、少し...聞いてもいいか?」

 

「は、はい...なんでしょうか?」

 

話しかけると、少し緊張しているのか、プレイヤーは背を正した。

 

キリト「あ、いや...なんでひとりでいるのかなーって」

 

俺が話し始めるとプレイヤーは少し目を見開いて聞いていた

 

キリト「だって、この世界では1度でも死んだら本当に死ぬ世界だし...」

 

キリト「俺だって最初はソロプレイヤーだったけど、この層になってから、アスナ...あぁ、俺の隣にいるプレイヤーのことだよ」

 

アスナ「」ニコッ

 

キリト「...まぁアスナと組み始めたんだ」

 

...本当は第48層《ミリアル》まで"彼"といたんだがな。

 

キリト「だからさ、あんたさえ良ければ...俺たちとパーティ組まないか?」

 

...正直に言おう、これは俺にとって衝撃的発言だ。

いくら最初がソロプレイヤーだったといって、自ら誘うなどしなかったのに。

成長したんもんだなぁ...俺。

 

「──ル」

 

キリト「え?」

 

「──メイル」

 

メイル「──僕の名前は、メイル」

 

キリト「──あぁ!宜しくな!メイル!」

 

俺とアスナ、そして新たな仲間《メイル》が仲間となったのだった。

______________________________________

 

第28章 –2つのウワサ–

 

俺たちの新たな仲間《メイル》がパーティに入ってから数日が経ち、最前線より少し離れた層で《メイル》の《レベリング》を行っていた。

この層は...そう、確か──第48層《ミリアル》だ。

この層は緑豊かな場所で、周りを見れば植物や昆虫などのモンスターが生息している。

 

さて、なぜこの層に来た理由なのだが...ただ単に《メイル》のレベルが低くて、この第48層までの適正レベルだったからだ。

それでもよく頑張ったと思うし、装備も大体第49層クラスだったか、或いはかなり強化されていたか。

システムによって、《PT》を組むとHPとレベルが表示されるのだが、このレベルクラスで第50層《アルゲード》まで来ていたのは驚きだった。

 

──当の本人は、俺たちが助けたあと、怒られると思ったらしい。

過去にも同じようなことをして怒られたからだそうだ。

──そう、忘れてはいけない...このゲームは──《デスゲーム》だ。

本来であれば、俺たちも怒る理由がある、単身で突っ込むのは、ほぼ自殺行為。

 

──すると、ある記憶がフラッシュバックする。

 

──ここは確か第25層の...いや、名称は覚えていない。

確か俺は、クエストか何かでたまたまこの層に来ていた。そこで...そうだ、現在のパートナー《アスナ》と出会ったんだ。

この時のアスナは、《フロスト・ナイト》と呼ばれる敵と戦っていた。彼女の装備は、まるで良いとはいえず、まるで死にに来ているような形相だった。

当時の武器は、今も変わらず《レイピア》。今のアスナは、武器を大切にしているが、この時のアスナは、とてもじゃないが、大切に扱っておらず、武器が壊れたら次の新品へ、また壊れたら次の新品へ──という感じだった。

そこで俺が話かけると、アスナは素っ気なさそうに返す。そんなやり取りを続ける内に、彼女は安全地帯で眠ってしまった、これを見るに、恐らくずっとこの場所で敵を倒し続けていたのだろう。流石にオーバーワークすぎる。

仕方ないので、俺はアスナが起きるまで、敵が来ないか見張ることにした。勿論、ここは安全地帯。敵が来ることはまず無い。

だが、この時から少し耳にしていたことがある、それが───

 

『──リト君!』

『──キリト君!!』

 

「っ!?」

 

俺は記憶から引き戻される、どうやらずっと考え込んでいたらしい。

 

キリト「え、ど、どうした?」

 

アスナ「どうした?じゃないわよ!なにボーッとしてるの!まだまだメイル君の《レベリング》を手伝うんでしょ?さっさと行くよ!」

 

キリト「あ、あぁ、悪い」

 

流れに促されるまま、俺はアスナに着いていく。

──確かに、今はそれを考えている必要はないな。

俺は急いで次の戦闘へと移って行く──

 

______________________

______________

_________

 

メイルのレベリングが一息ついたころ、俺たちは一旦第50層《アルゲード》へ戻り、エギルが営む《故買屋》へと来ていた。

本来なら、ここはショップであり、顔馴染みではあるが、何か買うべきなのだろう。

しかし、顔馴染みであるからこそ、ここで寛ぐことも出来る...はず!

──と、思い、DMで頼み込んだところ、呆れ返った返信が帰ってきた。

 

エギル【お前なぁ...ウチは店であって宿屋じゃないんだぞ...】

 

負けじと俺も返信を返す。

 

キリト【いやぁ...そこを何とか...!】

 

さて、どんな返信が来るかと待っていると...

 

エギル【あ、そうだキリト、お前に伝えたいこともある、丁度いい。そのメイルとやらと一緒に来い】

 

と、了承を得たので、俺とアスナ、メイルの3人で店に向かうことにしたのだった。

 

__________

_______________

________________________

 

さて、ここは《故買屋》の裏部屋。

所謂生活スペースである...と言っても、ここは客室らしいが。

俺たちはここで、この店の主──ボッタクリ商人であり、大事な攻略メンバーの1人...《エギル》を待っていた。

この客室には、うんともすんとも言えない程、何も無い。本当に客室だ──菓子ぐらいはあってもいいと思うんだがな。

まぁ...それは置いといて、どうやらエギルがこちらに向かってきている...気がする。ただの予感だ。しかし、本当に何もないのかと周りを調べていると──

 

アスナ「──さっきから何してるのよ、キリト君」

 

キリト「え、あー...いやー何かないかなーと...」

 

苦し紛れの言い訳にアスナは呆れ返った返答が返ってくる。

 

アスナ「ここはあくまで客室なんでしょ?何かあるとは思えないんだけど」

 

まぁだよな...でも何かあるはずと、俺は諦め無かったのである。で、そこに──

 

「失礼するぞ──って、何やってんだ、キリト」

 

キリト「げっ、エギル...」

 

エギル「ゲッとはなんだ、ゲッとは」

 

キリト「いやー...ははは」

 

エギル「...まぁいい、早速本題に入るから座れ」

 

キリト「お、おう」

 

──怪訝そうな顔をしていたが、どうやらお咎めなしらしい。

それは有難いが、エギルは客室にある椅子に座ると表情がスっと変わる。どうやら今回は真面目らしい。そこで俺も椅子に座り気持ちを入れ変える。

 

エギル「キリト、実は伝えたいことが"2つ"ある」

エギル「ひとつは、お前にとって良いニュースだ、もうひとつは、お前達にとって悪いニュース。さて、どっちから聞く?」

 

──どっちから聞こうと順番的には関係がない。

ならばと思い、俺はアスナとメイルに、アイコンタクトを取る。すると2人はほぼ同時に頷く。恐らく了承を得たはずだ。そして俺は迷わずにこっちを選ぶ。

 

キリト「──じゃあ、悪いニュースから」

 

エギル「...奴らが、動き出した」

 

キリト「...奴らって?」

 

エギル「──殺人ギルド《ラフィン・コフィン》のことだ」

 

俺とアスナは、戦慄とした空気に包まれ、緊迫とした状況に置かれる。

──殺人ギルド《ラフィン・コフィン(以下 ラフコフ)》──通称《笑う棺桶》。

この《デスゲーム》で、最も恐ろしいギルドであり、殺人を躊躇なく犯す犯罪者ギルド。

前まで音沙汰さえ無かった《ラフコフ》だが、なぜ今となって動き出したのか。

それは恐らく、SAO攻略が半分を切ったからだろう。現在攻略されているのは第53層、俺たちはたまたま前線から外れていたのだが...まさか既に行動していたとは。

 

エギル「...だが、これはあくまで噂程度と受け取ってほしい」

キリト「...まだ確定していないからか」

エギル「そうだ」

 

まだ確定していない...それはつまり、まだそいつらが殺ったという確証はない。

決めつけるには早すぎる、ということだ。

 

キリト「──それで、良いニュースというのは?」

 

さっきから少し気になっているその『良いニュース』。

俺が問うと、エギルは頷き

そして、口を開いた

 

エギル「良いニュースと言うのは──」

エギル「キリト、お前の元相棒...《ユージオ》は──"生きている"」

______________________________________

 

おまけ –ある日のこと–

 

ある日のこと、俺は第50層主街区《アルゲード》へと来ていた。

と言っても、クエストで来ていたのだが。

その内容は、少し珍しいお使いクエストなるもので、フィールドに存在するモンスター《グラッシー・ライノ》からドロップするという《ライノの角》が必要なんだとか。

そこまでレアドロップではないので、何体か倒すと手に入るだろう。

しかし、なぜこのアイテムを要求して来たのかはわからない。まぁ、お使いクエストだし、そこまで気にする必要は無いんだが。

 

キリト「えーっと...お、あいつだな」

 

俺は背中に佇む黒き剣...《エリュシデータ》を抜刀し、上段突進技ソードスキル《ソニック・リープ》を構え、《グラッシー・ライノ》にカーソルを合わせ、突っ込んで行く。

すると、見事クリーンヒットし、《グラッシー・ライノ》のHPは全て消え、蒼いパーティクルとなって消えて行く。そして目の前に『Congratulations』と表示されるが、ドロップ品に《ライノの角》は無い。

やはり1発では落ちないか...。

仕方ないので、俺は次のモンスターへと向かっていく──

 

––––––––––

 

キリト「よし...やっと出たな」

 

幾度目の戦闘を得て、漸くドロップした《ライノの角》。

 

キリト「まさかドロップするのに一時間半もかかるとは...」

 

こんなにドロップしないものだったか?

...しかし、流石に疲れた、少し休んでから報告しに行こう...と思い、芝生が広がるフィールドに寝転がる。

今日は今年で3番目に気象が良い、本来なら昼寝日和決定である。

...が、今回はやめておく。

──そういえば、と思い、ひとつ気になることがあった。

俺は起き上がり、慣れた手つきでメニューウィンドウを操作する。

行き着いたのは《獲得スキル一覧》と表示されたボタン。

そのボタンを押し、俺はスキルを探し出す。

 

キリト「──あった」

 

そのスキル名は──《二刀流》

 

おまけ –ある日のこと– END




次回 チャプター8《上》–信じる、ということ–


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ログ 703

チャプター7.5 –蒼き剣士–

 

ここは何処だろう

目が覚めると、よく分からない、不思議な世界にいた。

不思議な世界といっても、周りは何もない真っ白な空間。何度も辺りを見渡しても、本当に何も無い

僕はなんでここにいるのか、本当によく分からない。どういう経緯でこうなったのかも。

頭を回転させても何も思い出せない──

 

『──あっ』

 

なぜか一瞬だけ記憶が脳裏に過る

忘れないように掴まえて、"それ"を僕のモノにする。

これは...なんだろう?誰かがいて、何かの──なんだ、この...怪物は...。

 

『うぐっ...!』

 

すると突然頭痛が起こり、立っていられない程痛んでいく。何なんだ、ここは。

そしてまた突然、痛みが消え、また目の前に記憶が飛んでいた。

 

『──また取ったら、痛むのかな』

 

僕は、恐れている。

普通そうだよね。自ら痛みを求めていくことはしないんだよ。でも、なぜか取らなきゃいけない気がしたんだ。

これも誰かの影響なのかな──

 

『...誰の影響?』

 

おかしい。

僕は今誰とも会ってないはず。それなのに何故か"誰か"の記憶が流れ込んでくる。

黒い髪に、黒い格好、黒い剣。まるで《暗黒騎士》だ。この人は、さっきの怪物と一緒にいた誰かに似ている気がする。

でも、瞳だけが見えない。黒い何かに覆われていて何も見えない。あと眼だけ見えたなら、この人が誰なのかがわかるのかもしれないのに。

 

『──取らなきゃ』

 

目の前に写る記憶。

それさえ取れれば、何か分かるかもしれない。だからこそ僕は手を伸ばし、また触れて僕のモノにしていく。

 

次に映ったのは緑が広がる世界。緑地だ。

そこに、先程見えた人物がいる。

どうやらこの時はまだ黒い剣を持っていないみたい。それでも、黒い格好と、黒髪。武器は...

 

『──アニール・ブレード+6...?』

 

知らないはずの武器。でも何故かわかる。この場所も、わかる。でも、肝心の名前が思い出せない。この人は誰だ?僕の目の前にいる人は誰なんだ?

──そして、また目の前に記憶が現れる。取るとまた記憶が甦る。

 

映ったのは、空中、いや天板。

 

『...落ちてる?!』

 

なぜか僕は落ちていた。このままでは死んでしまう。どうにか足掻こうにも動かない。どうやらこの時の僕は気絶しているようだ。

 

『...不味い...っ!』

 

目をギュッと閉じ、覚悟を決めた瞬間──

 

『(──痛くない?)』

 

痛みを感じず、恐る恐る眼を開く。

すると──

 

「──大丈夫か?!」

 

と声をかけられ、抱き上げながら安否確認をしている少年がいた。僕より幼くて、けれど、どこか懐かしくて。

──あと、もうひと踏ん張りで思い出させそうな気がする。

 

『...?』

 

しかし、いつになってもさっきの記憶のような物は現れない。あと、もうひと踏ん張りで思い出せるのに。何とももどかしい。

けれど、やはり現れない。もう、諦めてしまおうかと考えた時──

 

『!?』

 

急に景色が、真っ白な空間が、どこか見たことがある情景に変わっていく。

ここは──

 

『ルーリッド村...?』

 

──ここは僕が昔住んでいた村【ルーリッド】。

そして後ろにある大きな木は──

 

『──ギガスシダー...』

 

──あぁ、そうだ。思い出した。僕はここから全てが始まったんだ。

僕は、ここで急な頭痛に襲われて、気付いたらあの少年に助けられていた。ここは、僕の物語が始まる前の世界。そして、僕がいた元の世界。

 

『...今の僕なら、扱えるかな』

 

僕が向かったのは、森の中にある小さな小屋。ここに、あるものがある。それが──

 

『...あった』

 

『ベルクーリと北の白い竜』という、ルーリッド村のおとぎ話に出てきた、不思議な武器

本の中にはこう記されていた

 

【《青薔薇の剣》】

 

何日もかけて、この小屋に運び込んできた武器。あの頃の僕は、どうやっても引きずらなければ運べなかった。でも、今の僕なら──

 

『──少し重いけど...いける...っ!』

 

..."軽い"とまでは行かないけれど、何とか持てるくらいには扱える...振るえるかどうかは分からないけど。

でも、この武器なら。あいつを助けられる。待ってて。今から行くから。

例え世界が違くても、必ず向かうから。だから...

 

『死なないでよね、僕の──親友。僕の──英雄...!』

 

剣を両手に持ち、呼吸を整えてある構えを行う

手に持った剣を頭の上に止めて、右足を2歩分横に広げ、そして集中していく。

すると、剣が赤く光り出し、僕は教えてもらった技名を唱える。

 

『──アインクラッド流。奥義...!』

『《アバランシュ》!』

 

ズギャァン!と何も無い空間が派手な音と共に裂けていく。

──ここは、僕の深層世界。奥深く眠る、精神世界。僕が何故ここにいるのかまでは分からないけど、他に分かることがひとつある。

"相棒"が、ピンチってことがね。

だからこそ僕は向かう。あいつの心も、あの世界も。共に救ってやる。それが、"親友"だろ?──

 

『──キリト...!』

 

チャプター 7.5 End



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ソードアート・ディファレント8 《上》 -Tragedy Story-

お久しぶりです。
初の上巻です!
思いの外書きたいことが多くて約3ヶ月遅れてしまいました。
代わりに、凄くボリューミーな内容となっておりますので、楽しんでください!ちなみにめちゃくちゃ長いので相当お暇な時に読んでください...()


 

チャプター8 –信じる、ということ–

 

第29章 –親友–

 

キリト「...ぇ」

 

客室の中が、突然静寂に包まれる

それは、エギルさんが発した言葉が発端だった

キリト君はただ立ち尽くし、動いたと思えばエギルさんに近付いていた。

そして肩を掴み、暗い眼で淡々と語りかける

 

キリト「...どういうことだ、エギル」

 

しかしエギルさんは物怖じもせずに、また口を開く

 

エギル「どうしたも何も、そのままの意味だ」

エギル「《ユージオ》は生きている」

 

キリト「っ...!」

 

初めてだよ、そんな話。私は、何も聞いてない。何も分からない。話が見えない。

キリト君はただ立ったままで、重い空気がこの部屋に染み渡る。何か声をかけようにも、隙がない。こんなの初めてだ。

この空気を変えようにも変えられない。このままだと険悪な状態が続き、最悪キリト君が出ていってしまうかもしれない。或いは、その《ユージオ》...という人を探しに行くのかもしれない。だとしても、ひとりで探しに行くのだろう

それなら私も行く。でも、大丈夫だろうか。どこの場所なのかも分からないし、まだ"噂"程度。それはキリト君も分かっているはず。

でも彼は、口を開き、口を閉じる。ただそれを繰り返していた。

分かっているから、何も言えない。私も、言えない。何も。

未だに続く、重い空気は、何時間にも及ぶものだと感じれた。でも、実際過ぎたのは5分程度

この状況を早く打開したい。けれど、私にはダメだ。キリト君なら、まだ何とか出来たのかもしれない。でも、私は──

 

メイル「あ...あのー...ちょっといいですか?」

 

重々しかった空気は、仲間の声でかき消され、一気に注目を浴びる。

この状況を打開したのは、仲間の《メイル》だった。

 

アスナ「ど、どうしたの?」

 

メイル「いえ...ただ、なんというか...そのー...」

 

一言でいえば、歯切れが悪い。

この子も恐らく、この状況に慣れていない。それは私もだが、それでも尚、よくこの状況で話しかけた。その勇気は本当に素晴らしい。

でも、まだだ。この子がなんと言うか...それで決まる。何もかもが。

 

キリト「...すまない、メイル。手短にしてくれないか」

 

メイル「は、はい」

メイル「その...キリト...さん、《ユージオ》さんは...誰なんですか?」

 

一言一言声を発する度に、メイルはビクビク震える。私だって怖い。だって今のキリト君の声は、とてもじゃないけど、低い。圧がかかっている。

 

キリト「...そんなに震えなくて大丈夫、怖がらせてたらごめんな」

 

キリト君は、それだけ言って、私とメイルさんの頭に手を乗せ、少しだけ撫でる。それには、この世界で感じれない【温もり】を感じれた。不思議な事だ。そして彼は先程の椅子に座り、深呼吸すると、語り始める。

 

キリト「...話した方がいいな」

キリト「エギルも、聞いてもらえるか?」

 

そう呟くと、エギルさんは頷いていた。

キリト君は「ありがとう」とだけ言い、姿勢を正す。すると口を開き──

 

キリト「...そこの《情報屋》、何してる」

 

と、彼は何もない所に声を発する。え?アルゴさんがいるの?

と思ったのと同時に、顔にネズミのような髭を付けた女性プレイヤーが急に現れた。

 

「...相変わらず《索敵スキル》あげてるナァ」

 

キリト「何話を逸らしてるんだ。《隠蔽スキル》で聞こうとしてたろ」

 

アルゴ「いやー...キー坊達がここにいると聞いて、入ってきたんダ」

アルゴ「あ、勿論ここの主人には許可取ってるヨ」

 

私はエギルさんの顔を見ると

 

エギル「そういうことだ」

 

とだけ言ってまた黙り込む。

 

キリト「...流石に売るわけにはいかないぞ」

 

アルゴ「売らないヨ」

 

キリト「...」

 

また無言になり、キリト君はため息をついて、話し出す

 

キリト「分かったよ、お前にも話してやる」

 

アルゴ「サンキュー、キー坊」

 

キリト君は、再度深呼吸すると、口を開き、語り始めていた。

 

キリト「──俺が《ユージオ》と出会ったのは、今から2年前...このデスゲームが始まった直後のことだ」

 

キリト「《はじまりの街》を抜け出した俺は、次の町へと向かっていたんだが、その時妙なバグのような...いや、歪みが起きたんだ」

 

アスナ「歪み...?...それって単なるバグじゃなくて?」

 

キリト「あぁ、単なるバグじゃないと俺は思う、いや思える」

キリト「その時だったんだ、彼が、《ユージオ》が現れたのは」

 

アルゴ「現れた?それは急に目の前に現れたってことカ?」

 

キリト「いいや、違う、空から、あの次の層がある天板の中から落ちて来たんだ」

 

アスナ「あの中から落ちて来たの?!」

 

キリト「...そうだ、とてもじゃないが、あそこから落ちてきたら、普通は助からない」

キリト「だが、俺は気付けば走り出して、助けようとしていた。それはいい。それはいいんだが...」

 

私とアルゴさん、エギルさんとメイルさん。それぞれはただキリト君の方へ視線を向けていた。妙な緊張が走り、場を更に凝らす。

 

キリト「...あの時の、俺の《筋力パラメータ》では、どうやっても助からないはずなんだ」

 

エギル「...それ程高い所から落ちていたと?」

 

キリト「あぁ、受け止めたと同時に、俺にもダメージを受けるはずだ」

キリト「...だが、受けなかった」

 

アルゴ「本当ならダメージを受けるはず、でも受けなかった...どういうことなんダ...?」

 

アスナ「ただのバグなら、ここまでのことはまず有り得ない...よね」

 

私が質問すると、彼は頷く

 

キリト「...絶対に有り得ない。これは恐らく、茅場...あいつでさえ、予想つかなかったことだと思う」

 

茅場..."茅場晶彦"のこと。この世界《ソードアート・オンライン》の創造主で、このゲームのハード《ナーヴギア》も作ったという天才らしい

あの頃は、どうしてこうなったかも分からなかった。でも、私は決めたの。"たとえ怪物に負けて死んでも、このゲーム、この世界に負けたくない"と。でも今は、守りたいと思えた人物がいる。守るために、私は生きる。

その為に、私はいる。

 

キリト「──そして、彼と出会ってからは、いつも一緒だった」

キリト「宿屋で泊まる時も、街に行く時も、迷宮区に行く時も」

キリト「いつしか、俺の中で"親友"と言えるような存在が出来た」

 

アスナ「(親友...か)」

 

キリト「でも彼は、第48層《ミリアル》のボス部屋で...青いパーティクルとなって散乱したんだ」

 

アスナ「っ!」

 

...それを聞いてしまえば、キリト君が動揺してしまうのも仕方ない。

この世界では、《GAMEOVER》=現実世界での死というデスゲーム。バグのような現象で現れたその人物は、プレイヤーですらない。

それだと色々と辻褄が合わないのだが、何よりも、本当に死んだかも分からないし、先程明かされた噂...【ユージオは生きている】。それを聞かされれば、普通じゃないはずだ。それでも、彼はひとりで背負っていた。辛い悲しい出来事をひとりで、全部。

 

キリト「それから何度も悪夢を見たよ、その度に話しかけてくるんだ【どうして助けてくれなかったの?】とか【酷いよ...キリト】とか...もう...限界だったんだ」

 

ひとつひとつ、聞いていく度に、私は手を強く握る。こんなにも気付けなかったのだと後悔しているからだ。それは恐らく、全て抱え込んでいたから...。

 

キリト「...アスナ」

 

アスナ「...え...何?」

 

キリト「第50層の《スウィントの街》に行く前、宿屋に泊まってたよな?」

 

アスナ「...うん」

 

キリト「実は、あの時も見ていたんだ。第1層の夢を、始まりの夢を」

 

アスナ「...」

 

キリト「だからかもしれない、俺がずっと今までのことを忘れていたのは」

 

アスナ「...思い出したのね」

 

キリト「あぁ」

 

キリト君は、あの時、私の思い出を含む、全ての記憶を忘れていた。

勿論何らかの障害によるものではなく、自身で閉じ込めていたのだと。

それは、大切な親友を亡くしたからだと思う。

でも、これで確信が着いた。キリト君は、繊細だ。だからこそ何もかも溜め込んでしまう。

だから...守らないといけない。私が、守らなくては。

 

キリト「そして...今に至るんだ」

 

アルゴ「...なるほど...ナ」

 

メイル「...そうだったんですか」

 

エギル「...キリト」

 

キリト「大丈夫だ、エギル。もう、大丈夫だ」

キリト「過去のことは、もう、気にしなくていい」

キリト「だからもう、いいんだ──」

 

バチンッ!

 

突然、大きな音がこの部屋に響く。

その発信元は、キリト君と、私。

周りのみんなは、固唾を飲んで黙り込んでいる。

 

キリト「何を──」

アスナ「馬ッ鹿じゃないの?!」

キリト「...」

 

ついカッとなり、やってしまった平手打ち。

ここまで来たのなら、ここまでやってしまったのなら。もう後は私の全力をぶつけるだけ。

 

アスナ「過去はもういい?気にしなくていい?馬鹿じゃないの?!」

アスナ「君が感じた想いは、そんなものだったの!?」

アスナ「もし、そうなら。今すぐ出てって!!」

アスナ「...そんな人と一緒になんか居たくないから」

 

キリト「...」

 

思ってもないことを、震えた声で言ってしまった。

でも、もう後戻りは出来ない。

後は、待つだけ。

 

キリト「...」

 

アスナ「...黙ってるってことはそうなのね」

 

キリト「...だろ」

 

アスナ「...何?」

 

キリト「そんな事っ!!思ってるわけないだろっ!!」

 

アスナ「じゃあ...じゃあ!言ってみせてよ!」

 

キリト「あぁ、言ってやる!言ってやるさ!」

キリト「ユージオは優しいやつで、なりふり構わず困ってるやつがいたら助ける、そんなやつだった!」

キリト「だからこそ、あいつは奴らの仲間を...《ラフコフ》の奴らを助けてしまった!」

キリト「そのせいで...そのせいでユージオは...!!」

キリト「ユー...ジオは...っ」

 

キリト君の声は、次第に小さくなる。

まるで"思い出せない"と言えるような顔になっていたからだ。

 

メイル「...無理に思い出そうとしない方がいいですよ」

 

ここで、ずっと口をあまり開かず、じっとこの会話を見ていたメイルさんが、漸く口を開く。

 

メイル「無理に思い出そうとすれば、記憶が薄れていく。そうなったら、いつ思い出すか分かりません」

メイル「だから、無理に思い出そうとしないでください」

 

キリト「...あぁ」

 

メイルさんの言葉で、またキリト君は深呼吸をし、落ち着きを取り戻したようだ。

 

キリト「...悪い、エギル」

 

エギル「...」

 

キリト「ベッド、貸してくれないか?」

 

エギル「...今回だけだぞ」

 

キリト「はは...ありがとう」

 

そう言って、彼はひとりでエギルさんの寝室へと向かっていくのだった。

 

––––––––––––

 

最近、妙な夢を見ていた。

日によって毎回異なる夢、でもどこかで見たことがあるような夢もチラホラと見る。

今回見るのは、どうやら初めてのものらしい。ここはどこだろうか。

ハッキリとしない視界と、何故か反響して聞こえてくる声と音。夢の中だからかもしれない。

しかし、こうも内容を覚えていると、少し恐怖を感じる。恐らくこれは【明晰夢】と呼ばれる現象だろう。"夢"だと自覚している訳だしな

【明晰夢】は何でも思い通りになるらしい。だからと言って、何もかも思い通りになるとは言い切れない。諸説あるらしいが。

だがこう何度も見るだろうか?やはり恐怖を感じてしまう。だが慣れてしまった。人間、慣れが1番怖いんだな。

 

でも、俺の場合どうやら違うらしい。

毎回、どの夢を見ても動けないのだ。

何度も見たからこそ分かるのは、夢の種類が3つほどあることだ。

その1つが、何か幸せなことを見せて、その後に絶望に突き落とす夢。所謂落胆系。

もう1つが、初っ端から絶望を見せ、何度も何度も襲ってくる光景を見せられる夢。所謂悪夢系。

もう1つが、よく分からない、不思議な夢。何が起こるかは分からない。3つ程パターンがある。嬉しいことがあるだけや、嫌なことだけが起こることもある。ただこの中でよくわからない光景があって、それが"何も無い"夢。

ただ真っ白な空間が広がる夢。幾ら進んでも何も無い。でも分かることがひとつある。

それが、視界の左上に映るHPバーがあることだけだ。

ということは、そこは仮想世界であると同時に、何かしらの世界にログインしていること。

しかし、今のところ製造されているのはこの【SAO】のみ。

【SAO】でこの様な場所は見たことないし、何よりメニューを開くと、文字が化けているのだ。

その下に何かの数字があって、それを見ているとそこで終わる...そんな謎の夢。

 

なぜかその夢を見て起きると何も覚えていないのが多い。が、たまにボンヤリではあるが覚えていることがある。

でも、今回のように眠ると絶対に思い出す。全くよく分からないものだ。

さて、今見ている夢だが、ここからだと、どこかの辺境の村が見えている。どうやらここは別の世界らしい。「なんでまたこんな夢を?」と思うが、俺には拒否権もない。

すると、1人の少年が、小さな袋を抱えて近くにある山の様な丘へと歩いて行くのを見かけた。

その丘の上を見ると、デカい杉の木が生えていることに気付く。

デカさはどれくらいだろうか。恐らく東京タワーくらいはありそうだが。

しかし確かめようにもいつも通り俺は動けないのである──という時に、いつもテレポートする。今回もそのようで、少年が向かった丘へテレポートしていた。

...杉の木の大きさは、東京タワーと言えるような大きさではなく、全くそれ以上である。

遠くから見るとそのレベルなのに、近くで見ると大きい。まるでギガサイズだ。

──いつの間にか消えていた少年が、森の中から斧のようなものを持って、大きな杉の木へと近付く。

すると斧を構え、まるで木こりのような叩き方をする。しかし切り口はまだまだ浅い。それもそのはず、高さだけではなく、太さもあるのだ。普通に考えて一生かけたって無理だ。

 

『にじゅーごっ!』

 

すると、聞き覚えのある言語が、読み取れた。

これは...間違いなく日本語だ。それも数字の。

どうやら本物の異世界ではない...か、或いは夢の中だからこそわかるのかもしれない。

 

『よんじゅー...ななっ!』

 

47回目の打撃を終え、少年は疲れた様子さえ見せずにまた次を打っていく。

しかし、俺が見えているのは、この少年の後ろ姿のみ。どこかで見たことがある容姿だが、なぜか思い出せない。

 

『ごーじゅう!!』

 

50回目の打撃を終えると、少年は『午前のノルマはここまでかな』とだけ呟いて、斧を置き、持ってきた袋の包みを空けてパンと水を取り出す。すると少年は、木を後ろに腰を掛け、食べだしていた。

その時に、俺はこの少年の顔を見ていたのだ。

この少年、どこかで見たことがある。けれども思い出せない。

髪は亜麻色で、目は優しい緑色。そして優しい口調と青色を象徴させる服。

ここまで情報が揃っているのに、何も思い出せない。不思議なものだ。

その時、少年は『さて...午後の仕事も済ませちゃうかな』と呟き、腰を上げてまた斧を構えて続ける。

すると突然頭痛が起こり、咄嗟に頭を抱える...信じ難いだろうが、俺の中で記憶がぐちゃぐちゃになっているようだ。例えるなら、洗濯機のように回るレベルでだ...何も分からないのなら、飛ばして欲しいかも...。

──そして、俺の中で落ち着いた記憶は、ただひとつだった。

 

キリト『ユー...ジオ...』

 

ただそれだけ呟いて、何も聞こえないはずのユージオも、何かに気付くようにこちらを向いていく。

何故か視界が霞んでいて、気付けば大粒の涙を流していた。でも、それさえもどうでもよかった。あんなにも会いたかった"親友"が、そこにいるのだから。

だからこそ、俺の夢はまた悪さをする。

 

キリト『っ...!おい!待ってくれ!まだ話を──』

 

こうやって、またひとつ。失っていく。

でも、また、君に会えた。

信じ難い噂、見知らぬ夢。

だからこそ、俺はまた強くなれる。

だって"肩書き"を持つものは、強くならなくちゃならないのだから。

 

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____________

______

 

目覚めると、俺は涙を流していたことに気付く。

感情が隠せない《仮想世界》だからこそ、俺にはこれを止められない。いや、誰にも止められないのだ。

なぜ俺は泣いていたのか。1度、考えてみる。

 

キリト「...うん、覚えてる。ちゃんと」

 

記憶は鮮明に覚えていた。

どうやら不思議な夢の類いではないらしい。

 

キリト「...あ」

 

そういえば、と、俺はひとつ思い出す。それは──

 

キリト「...アスナに謝ってないな」

 

寝る前の記憶はボンヤリとしているが、少しづつピースが埋まるように構成されていき、俺はアスナと喧嘩していたことを思い出す。

急いで起き上がり、時間を確認する。今の時刻は16:24...確か寝る前は...14:56...って約1時間半寝ていたのか...。

アスナ達は今頃どうしているだろうか。後でエギルやアルゴにも、礼を言わなくてはならない。やることがいっぱいだ。

 

キリト「さて...行きますか!」

 

ドアノブを捻り、俺は次へと歩き出す。

もし、エギルが言ったその噂が本当なら、一度でいい、一度でいいから会うんだ。

そして、伝えられなかった言葉を伝える。

その為に今日も行く。

 

"親友"の為に

"相棒"の為に

"仲間"の為に

 

ここで止まってはいられないから。

いつか呼ばれた肩書きを持つ者として。

俺の名は、キリト。

肩書きは──《黒の剣士》だ。

 

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第30章 –実力者ギルド–

 

ドアを開けると、そこに広がっていたのは何もない客室だった。

そういえばここはエギルの店だったか。寝た後はどうしても記憶があやふやになってしまうので、寝る前のことはあまり覚えていないことが多い──ところで...

 

キリト「...みんなはどこだ?」

 

さっきから気になっていることなのだが、アスナ達の姿が見えない。この店のどこかにいるのか、或いはどこかにある素材屋に行っている、武器のメンテナンスをしているのか。

今の時刻は15時前後。前者はアスナ達がこの時間までエギルの店にいるとは思えないし(メイルはあり得るかもしれないが)、後者だとエギルやアルゴも向かう必要性がない──いや、エギルは兎も角、アルゴが向かうのは少し想像がつかない。

だとすれば、別々に行動していると考えるのが筋だが、アルゴに関しては神出鬼没で、どこに行っているのかさえわからない。一応仮にも《情報屋》なので、どこかのクエストでも調べているのだろう。それなら良いのだが、アスナやメイルが一番わからないのだ。一応アスナがいそうな所の目星は付いているのだが、メイルに関してはこの前知り合ったばかりなのでよくわからない点が多い。印象に残っているのは、とても真面目で、どんな状況でも切り抜ける冷静さと慎重さを持っていることだ。だからこそ読みにくく、また考えずらい。それ故に目星が付きにくい。そうなってくると、まずはエギルの店を探索した方がいいだろうか?もしかしたらメイルがいるかもしれないしな。

客室のドアを開けて、俺は廊下へと出る。先ずは店内に向かうことにする。仮にもここはエギルの店。店主くらいはいるだろう。恐らく。

 

キリト「エギル?いるか?」ガチャ

 

しかし声をかけても返事は無し。誰もいない。

それならば と思い、今度はDMで送ることにする。

 

キリト【今何処にいるんだ?】

 

するとすぐ返信が帰ってきた

 

エギル【起きたのか、キリト】

エギル【俺は今少し出かけている、店にはメイルがいるはずだが?】

 

どうやら推測通り、メイルはエギルの店の中にいるらしい。

となると、アスナ達は何処だろうか。心当たりはあるのでそこから探してもいいのだが、先ずはどこかにいるメイルを探し出すのが賢明だな。

 

キリト【ありがとう、探してみるよ】

 

俺はエギルにDMを送ってから閉じ、メイルを探し出すことにする。

店内といっても、そこまで部屋の数は多くない。自室。客室。地下倉庫。そして店内。

既に3つ入っているので、残りは消去法で[地下倉庫]のみ。

地下倉庫は素材が保管されているらしく、本来なら家主しか開けられない部屋だ。

だが、設定によっては【フレンドのみOK】や【ギルドメンバーのみOK】、【パーティメンバーのみOK】や【誰でもOK】があって、家主がそれに沿って編集出来る。

[地下倉庫]にメイルがいるなら、恐らく【フレンドのみ】か、【誰でもOK】だろう。俺とアスナ、メイルはパーティメンバーなので、【パーティメンバーのみ】は無し。ギルドにも入ってないので【ギルドメンバーのみ】も無し。となると、その2つのみだ。

確か客室を出た時、左側ではなく右に行っていたので、恐らく逆が地下倉庫に通じる階段があるだろう。そうと決まれば善は急げ。やや早足で向かうことにする。

再度ドアを開けて廊下を通る。そのまま真っ直ぐ向かうと暗くてよく見えないが、階段らしき物があった。流石にこのまま行くと足を踏み外しかねないので、メニューを開き、アイテム一覧からあるものをオブジェクト化させる。それは《ランタン》だ。こういう感じの暗闇ダンジョンでも、これがあれば大体どうにかなる。ただひとつ欠点があるとすれば、燃料の代わりとなる《夜光石の欠片》が必要だ。素材屋にも売っているが、地下ダンジョンにもないことはない。だが、素材屋で買うよりも地下ダンジョンで手に入れた方がより多く手に入る。が、かなり奥に入らないと入手出来ないので、そこは人によって問われるんだろうな──俺は素材屋で買うんだが...。

──さて、この《ランタン》だが、発光させる必要がある。現実世界なら途方もない徒労を行うが、この世界ならタップひとつで光らせることができるように簡略化されている。全く便利な機能だ。

俺はこの《ランタン》をタップし、光らせると周りが明るくなる。これで視界が使えるようになったので、《ランタン》を手から吊るしながら階段を降りていく。

一番下まで降りると、別の《ランタン》がある事に気付き、それをタップひとつでつける。すると階段を含む周りが明るくなり、更に視界をクリアにしていく。これで先まで見えるようになったので、手に吊るしていた《ランタン》をタップし、灯りを消す。そしてオブジェクト化を解除してアイテムに入れておく。燃料は残り僅かとなっていたので、後で買うことにしよう。

暫く前に進んでいると、ひとつのドアがある事に気付き、ドアノブを捻ってドアを開ける。

 

キリト「メイル?ここにいるのか?」

 

メイルの名前を呼んでみるが応答無し、ここにもいないとなると何処に居るんだろうか──

 

「──あれ?キリトさん?」

 

不意に名前を呼ばれ身構えてしまうが、声の主が"彼"だと気付き警戒を解く。

 

キリト「メ...メイルか...驚かすなよ」

 

メイル「あ、ご、ごめんなさい」

 

キリト「あ...いやー...そ、そうだメイル」

 

未だに怖がられているのか、メイルは俺が話すとすぐに謝る。俺の威圧感か何かは何れ直さないとな...。

その空気は俺もまだ耐えられないので話題を元に戻す。

 

メイル「な...なんでしょうか?」

 

キリト「アスナ達を見なかったか?」

 

メイル「アスナさん達ですか?」

メイル「アスナさんは、行きたい所があると言ってひとりでに出かけて行きましたよ」

 

キリト「本当か?!」

 

メイル「は、はい。確か...第39層《ノルフレト》に行ってくる...と言って──」

 

キリト「分かった!ありがとう!」

 

メイル「え、あ、はい!(エギルさんに関しては聞かないんだ...)」

 

アスナの居場所が分かったので俺はドアを開けて走り出し、階段を駆け上がって廊下を通って、ドアを開けて店内へ向かう。

出口のドアノブを捻り、外に出ようとしたが、何故か逆に引っ張られ、俺は転けそうになる所を踏ん張って停止。一体何故引っ張られたのかと思い、前を見てみると──

 

エギル「──何をしてるんだ、キリト」

 

キリト「な、なんだ...エギルか」

 

エギル「...いちいち気に障る言い方をするな、お前は──まぁいい、それでそんなに急いでどうしたんだ」

 

エギルに問われ、俺は向かおうとしてる所を話す。

 

キリト「第39層の《ノルフレト》に向かおうかと思って...」

 

エギル「...あそこか」

 

俺が応えると、エギルは悩む様子を見せて考えている。どうやら何かあるらしい。聞いておきたいが、今は違う。

 

キリト「だから、ちょっと行ってくる!」

 

エギル「あ、おい、キリト!...ったく...しゃーねぇなぁ...」

 

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ピロンと音が鳴る。

その音の正体はエギルからのDMだった。俺は目の前に光るボタンを押し、DMの内容を見る。その内容は

 

エギル【第39層《ノルフレト》は、実力者が集うギルドの本部がある】

エギル【くれぐれも何か問題を起こすなよ?】

エギル【俺は注意したからな】

 

という内容だった。

俺が何か問題を起こすと思っているのか。そんな訳無いだろ。俺が今までこうやってフラグを建てたことが...無くは...ない...な、ウン。

ま、まぁ気を取り直して転移門に向かうことにする。その為にはまたこの怪しげな道を通る必要があるが、ここは圏外だし、殺人ギルドが動いている訳では無い。だから大丈夫だ。そう、大丈夫。

──そうやって俺を言い聞かせ、足を上げて歩んでいく。正直に言えば"怖い"。

本当ならこっから逃げてしまいたいし、エギルの店に戻りたい。でも、もう行ってくると言ったばかりだし、逃げると言ってもここを通る以外に逃げる方法はない──いや無くはないが。

この世界には緊急用脱出アイテムとして、《転移結晶》というものがある。これを使えば、有効化したことがある層ならどこでも《TP(テレポート)》が出来る。

一応店にも売っているのだが、かなり高価で初心者が買えるような金額ではない。そこでプレイヤーとの売買だが、これも稀に詐欺に合うプレイヤーも少なくはない。基本的にシステムが保護してくれるので、詐欺は基本出来ないのだが、こういう時に限ってシステムの穴を突いてくる輩が出現するのである。

──と、考えている内に主街区《アルゲード》の転移門に着いていた。特に問題は無く、どちらかといえば考えている内に周りの視界を遮断していたようだ。これでいいのか...と思ったが、この世界はいつ死ぬか分からない。それで少しでも恐怖を和らげられるのなら、それで良い。でもいつか...この世界のことすらも忘れてしまったら──

 

キリト「っ...!」

 

考えていると、頭がパンクしたのか、或いは"忘れたくない"と願っているのか。急に頭に痛みが走り、思考を停止させた。

──確かに、そうだ。今はそんなことを考えていられない。俺は頭を横に振り、思考をクリアに。そして転移門に乗って行くべき場所の名称を唱える

 

キリト「──転移!《ノルフレト》!」

 

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蒼い視界が戻ってくると、そこは緑豊かな街並みが見えていた。街、と言っても、田舎だ。木で出来た木造の家々が建っている。

その街並みに目を奪われながらも、俺は目的を見失わないように探し出す。

そう、俺の目的は[アスナを探す]こと。メイルが言うにはこの層にいるらしく、そしてこの層にはエギル曰く[実力者が集うギルド]もあるらしい。まぁ...いかにもって感じの建築物があるからな...。俺の目の前にある建築物は、この街にある大きな木の家...ではなく、石や鉄で造られた要塞の様な建築物。恐らくこれがそうだろう。どんなギルド名かを見てみると──

 

「おい!そこのお前!何をしている!」

 

と、急に怒鳴られ、後ろを振り向く──...一応俺には《索敵スキル》を取得してるのだが、それの気配すら感じられなかった。どうやら本物の実力者が集っているらしい。

 

キリト「い、いやー、これはなんだろうと思いまして」

 

「──ふむ、それは失礼した」

 

キリト「え」

 

急に謝られ困惑する俺がいる。

 

「なんせまだギルドが建ってからそこまで時期が経っていないんだ、認知が少ないのも当然だな...」

 

キリト「は、はぁ...」

 

どうやらギルドが建てられてからそこまで時間が経っていないらしく、怒られずに...済んだ?のか??

それはそれとして...

 

キリト「あ、あのー...あなたは...?」

 

「む、申し遅れた、私は兵士長の《ジェノ》だ。先程の叱責は失礼した」

 

キリト「アッ...ハイ」

 

ジェノ「そなたの疑問についてだが、ここは我らがギルドの本拠地がある、第39層《ノルフレト》。そしてギルド名は《血盟騎士団》だ」

 

──血盟騎士団...だいぶ前にどこかの噂で聞いたことがある気がするな。確か...第25層《ギルトシュタイン》...だったか?そこにも本拠地があったはずだが、もしかして移行したのか?それなら、それなりに情報を知っているはずだ。そう考えて脳をフル回転させるが、いつも通り思い出せない。全くどうしようもないな。

 

ジェノ「...どうかしたのか?」

 

キリト「い、いえ、それより聞きたいことがあるんですけど...」

 

ジェノ「なんだ?」

 

俺が聞きたいこと...それはアスナに関することだ。ここに来ているのなら、多少は情報があるはず。そこで聞いてみることにしたのだ。

 

キリト「栗色の長い髪に、こう...スラーっとした《細剣使い》の女性プレイヤーは見かけませんでしたか?」

 

...我ながら説明が下手である。こんなので伝わる訳が──

 

ジェノ「...あぁ!もしかして、《アスナ》というプレイヤーのことか?」

 

...あった。

...いや、いやいやいや、なんで知ってるんだ?まさかアスナはここに...?

 

キリト「そ、そうです。ここにアスナ...さんがいると聞きまして」

 

ジェノ「アスナさんならさっきこの中に入って行ったぞ、知り合いか?」

 

キリト「はい、知り合いです」

 

そう答えると、兵士長《ジェノ》は俺を1度睨む。そして口を開くと...

 

ジェノ「──通ってよし、入れ」キィー...

 

キリト「あ、ありがとうございます」ペコッ

 

なんで通されたのかは分からないが、とりあえず合格ってことなのだろう。何の試験を受けていたのかは全く検討も付かないが。

でも、これで漸くアスナに出会える。しかし何故アスナはここにいるのか。それを探る為にここに来たのもあるが、それが一番疑問だ。

アスナはギルドに入りたいってのもあったのかもしれないが、それなら俺にも相談して欲しいものなんだがな。普通に心配するし。

奥に進むとある人物を見かけた、その人物の髪は栗色で、スラーっとした《細剣使い》。そして女性プレイヤー。

そう、俺が探していた《アスナ》がいたのだ。

 

話かけようかと思ったが、どうやら誰かと論議しているらしい。聞き耳を立てたいが、俺には《聞き耳スキル》は無く、入手していない。

その為ここからじゃ聞くことも出来ない。だからといってこのまま行くのも危険な気がする。《隠密スキル》を使って近付いてもいいのだが、恐らく《索敵スキル》で《ハイディング》されるだろう。見つかると厄介だ。

しかし、このままにするのも...と葛藤する。しかしそれはある人物によってかき消される。

 

「そこの君、何してるの?」

 

キリト「」ビクゥ!?

 

本日2度目の驚き。

そろそろ寿命が縮んでそうだ...

 

「あぁ、ごめんごめん、驚かせちゃったね」

「私は護衛長《アリババ》」

 

そう名乗るのは俺より高い身長の男だった。

優しい口調で話しかけてくる。

 

アリババ「あそこにいる団長──今はその《アスナ》さんっていう人と対論しているのが我がリーダー《ヒースクリフ》団長だよ」

 

キリト「団長...?」

 

アリババ「そう、団長。あの人が居てくれるから、このギルドは成り立っているんだよ」

 

キリト「そうなのか...」

 

アリババ「...で、私はその団長の護衛長。君に問いたいんだけどね?」

 

突如空気が変わり、戦慄が走る。

睨まれているような、でもそんな目はしていない。ずっとニコニコしている。まるで殺意だ。

 

アリババ「...ここで何をしていた?」

 

笑顔のはずなのに笑顔ではない。半目で見られる眼には、警戒を解く様子はない。それどころか、返答次第では斬られるか、ここから追い出されるだろう。そうなると面倒だ。俺は息を飲み、冷や汗が垂れる。この状況から《アスナ》に近付かなければならない。そうなると、先ずはこの【護衛長】をどうにかしなければ。

 

キリト「...そこにいる《アスナ》さんを見ていただけだよ」

 

アリババ「...」ニコニコ

 

キリト「...」

 

この世界には無いはずの鼓動が、大きく鳴っていて、どうやっても止まらない。緊張状態での為、下手したらこの男と対峙するかもしれないのだ。そうなれば、もう二度とここに来れなくなるだろう。

しかし、どうやって打開するか。《アリババ》と名乗る男は、先程からずっと笑顔を絶やさない。それでも警戒は怠っておらず、俺が少しでも動けばすぐに対処するだろう。それだけは避けなくては。

 

アリババ「...そっかぁ、なるほどね。じゃあ、なんでここで見ているの?外かどこかに待ってれば良いじゃないのかい?」

 

...一言でいえば、この男が言ったことは正しいともいえる。しかし、《PTM(パーティメンバー)》だと言ったところで信じて貰えるだろうか?

答えは"否"。《PTM》だからと言って直ぐには信じて貰えない。相手からしたら、証拠も無いのだ。見えないし。

 

キリト「...それでも、俺はここで待つ気だ」

 

アリババ「...なるほどね。分かった、今回は私が引き下がろう」

 

そう言うと男は、急に何処かに視線を向いたと思えば引き下がる。何故だ...?と思ったが、その答えはすぐに見つかった。

【護衛長】が見た場所に目を向けると、そこに立っていたのは団長なる者の《ヒースクリフ》と、我が相棒《アスナ》が立っていたのだ。

 

アスナ「キリト君...!?なんでここに...?!」

 

キリト「あー...はは」

 

ヒースクリフ「何やら騒がしいと思って来てみれば、君たちは何をやってるんだ」

ヒースクリフ「特に、アリババ君。君は少し気張りすぎだ、休んできなさい」

 

アリババ「...了解です」

 

アリババはそう言うと、どこか少し悲しそうに、この場所を抜けて何処かのドアに入っていった。その光景を見たヒースクリフは、こちらを向き、口を開く。

 

ヒースクリフ「怖がらせてすまないね、アリババ君は、あんな感じでも、実戦ではとても頼りになるんだ。そう落とさないであげてくれ」

 

キリト「は、はぁ...」

 

ヒースクリフ「ところで、ここに何の用なのかな?」

 

キリト「そこにいる...《アスナ》さんに出会いに来まして」

 

ヒースクリフ「ほう」

 

アスナは先程からずっと絶句したままだ。まるで俺自体がここにいる事が信じられないと言うように。

 

キリト「...だから──」

 

ヒースクリフ「つまり、連れ戻しに来たと?」

 

キリト「...それはどういう?」

 

ヒースクリフ「聞いていないのか、それなら教えてあげよう」

ヒースクリフ「私はこのプレイヤー《アスナ》君を我がギルド《血盟騎士団》に入団させたいと思っている」

ヒースクリフ「しかし、頑なに了承を得られなくてね。無理矢理入れる訳にはいかないので私も困っていた所なのだよ」

 

キリト「...だから俺が連れ戻しに来たと思ったと?」

 

ヒースクリフは俺の問いに頷き、そうだと証言する。別に間違ってはいない。だが俺はアスナを探しに来ただけだ。それなら──

 

キリト「...えぇ、間違ってはいませんよ。俺は、《アスナ》さんを連れ戻しに来ました。彼女は俺の相棒なので」

 

ヒースクリフ「...そうか、それは悪いことをした。すまない」

ヒースクリフ「──そういえば、まだ君の名を教えてもらえてないな」

ヒースクリフ「私はこのギルドの団長《ヒースクリフ》だ」

 

キリト「俺は...キリト、です」

ヒースクリフ「そうか、キリト君というのか。よろしく」

 

そう言うとヒースクリフは手を伸ばしてくる。俺も手を伸ばして、握手を交わした。

それだけならいいのだが、この団長が発した言葉によって全てが変わったのだ。

 

ヒースクリフ「キリト君。《アスナ》君を賭けてデュエルをしないか?」

 

キリト「...なんだと?」

 

そう、団長がデュエルを申し込んで来たのだ。それも唐突に。しかも《アスナ》を賭けて。勝ったらアスナを取り戻すことが出来るだろう。しかし負けたらどうなる?

その疑問も、見抜いたように答えてくれる。

 

ヒースクリフ「キリト君が負けた場合、アスナ君と共に我がギルドに入団してほしい」

 

アスナ「...っ!」

 

キリト「...!」

 

ヒースクリフ「なんせ人が少なくてね。代わりにキリト君が勝てば、アスナ君を連れて行っても構わない。私も諦めよう...やるのか?」

 

この挑発に乗るのは、正直にいえば吉ではない。寧ろ凶だ。そう、よくない判断。

しかし、アスナは断ることも出来ない性格。いや、正確には断りにくいのだ。だから、悩んでいたと思われる。それなら、俺が答えないといけない

 

キリト「──分かりました。俺が勝ったら、アスナを連れていきます」

 

ヒースクリフ「そう答えると思っていたよ、準備が整ったら私に話しかけてくれ。デュエルを始めよう」

 

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アスナ「──ちょっとキリト君!あなた本気なの?!」

 

とアスナは叱責する。

そりゃそうだ。俺はアスナに確認を取らず、俺だけで判断してしまったのだから。しかし、もう後戻りは出来ない。ここで決着をつける。勝って次の階層へ行く為の準備をするんだ。

...何だかフラグに聞こえてしまうが、きっと気の所為だ。

 

キリト「大丈夫、俺の強さは、アスナが1番知ってるだろ?」

 

アスナ「それは...そうだけど...」

 

キリト「だから、大丈夫。今回もどうにかなるさ」

キリト「だから、ここで待っててくれ」

 

俺はアスナにそれだけ言って、振り返ってヒースクリフの元へ行き、準備が完了した事を知らせにいく。

後ろからアスナの心配な目線を感じるが、きっと大丈夫だ。そう、きっと。これはタダのデュエルだ、負けても死なないはずだ...《初撃決着モード》ならだが

 

(《デュエル》...この世界にある所謂怠慢だ。)

《デュエル》には3つのモードがあり、それが

 

・《初撃決着モード》

・《半減決着モード》

・《完全決着モード》

 

となっている。

《初撃決着モード》では、ソードスキルや斬撃の初撃を当てれば勝利となる。しかし、かすり傷程度では反応しない。

《半減決着モード》では、相手のHPを先に半分以下にした方が勝利。

《完全決着モード》では、降参させるか、相手のHPが"0"になれば勝利する。

 

本来であれば、このデスゲームで《デュエル》を行う者はまずいない。やるとすれば《初撃決着モード》か《半減決着モード》だろう。しかし、どのRPGゲームの攻撃には《クリティカルヒット》というものが存在する。低確率で発生するものだが、発生してしまうと危険だ。つまりどういうことか。それは《クリティカルヒット》が出てしまえば、《初撃決着モード》であろうと、《半減決着モード》であろうと。当て場所が悪ければ即死してしまう可能性があるからだ。それだけは避けなくてはならない

 

例え団長であろうと、それくらいは分かってるはずだ。これはタダの《デュエル》。殺し合いなんかでは無い。別に俺は対人戦が苦手な訳では無いが...ただ、相手は人間だということを忘れてはならない。システムのアルゴリズムによって動かされるモンスターとは違い、相手はプレイヤー。読まれてしまえば終わるし、俺の当て方によっては相手のHPが消し飛ぶ。それに団長だ、対人戦でも警戒を解く気にはならないだろう。

 

キリト「...ヒースクリフ団長、準備が終わりました」

 

ヒースクリフ「そうか、分かった。それでは中央にある修練場までついてきてくれ」

 

そう言うとヒースクリフは修練場まで歩いていく。俺は未だに心配しているアスナに目を向け、これだけ伝えることにした。

 

キリト「──行ってくる」

 

俺はアスナの言葉を待たず、ヒースクリフについていく。どれ程の実力なのか、少し楽しみだ──

 

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キリト「がぁっ!?」

 

気付けば俺はうつ伏せに倒れていて、立とうにも立てられない。何が起こったのか理解も出来ず、俺は近付いて来た団長に剣を向けられ、こう問われる。

 

ヒースクリフ「...君の実力はこんなものなのか。ひとつ問う。立ち上がるか、降参するか、選びなさい」

 

キリト「くっ...」

 

必死に立ち上がろうと俺は足や腕を動かすが、あともう少しというところで崩れる。もう一度試しても、また同じところで崩れる。息も上がり、疲労が溜まっていく。

ヒースクリフは今も尚冷たい目で俺を見ている。今の俺のHPは残り6割...このままかすり傷でもくらえば、この《デュエル》が終わる。しかし、ここで諦めてしまえば、それはもう死を意味する。これもゲーマーとしての性だろう。それだけは、嫌だ。俺は今でも何処かで生きてるかもしれないアイツを元の世界に戻す為に...今を生きているのだから...!

──しかし、その願いすらも虚しく潰えた。でも諦めない。もう少し...もう少しだけ時間を稼げれば──

 

「キリト君!」

 

その声に、俺とヒースクリフを含む周りのプレイヤーの視線を集中させる。声の主は──

 

–––––––––––––

 

アスナ「ハァ...ハァ...!」

 

キリト君は、あの時「大丈夫」だと言っていた

確かに、私は彼の実力を侮ってなんていないし、彼の強さは私が1番よく知っている。それでも心配だった。彼は知らないだろうけど、私は知っている。《血盟騎士団》の団長...《ヒースクリフ》は、ギルドのメンバーによると、誰1人《デュエル》で勝てなかったと聞いている。だからこそ分からなかった。彼は《フロントランナー》の一員で、確かに強く、確かに劣らない。けれど、団長の強さは桁違いだということは、言うまでもない。

だからその強さをキリト君に伝えようとした、でも、彼は行ってしまったのだ。いつも慎重で冷静な彼が、何故か焦っているようにも見えたのは、きっと気の所為などではない。

だからこそ私は今急いで走っている。とてもじゃないけど、嫌な予感がしたから。確かキリト君と団長は《修練場》へ向かうと言っていた、道を覚えている訳では無いけれど、それでも...それでも、向かわなくちゃ。

私は誓ったんだから。彼を守ると。今度は私が守る番だと。だからこのギルドに来た、強くなる為に。でも今回は様子見程度だったのに、団長に強く押されて...そして対論している間にキリト君が来ていた。これは私のせいだ。だから私が助けないと、私が──

 

右へ左へと曲がった先に見えたのは、ひとつの光。出口だ、長い長い通路を抜けて、漸く出られる。この先に、彼と団長がいるはずだから。

苦しい、辛い、止まってもっと息を吸っていたい。でも、それよりも大事な人がそこにいる。彼の為ならそんなことなんか気にしてなんていられない。

 

アスナ「キリト君!」ハァ...ハァ...

 

私が出たのは、応援席のような場所。プレイヤーと思わしきギャラリーもいる。声をかけると、団長とギャラリーが「なんだなんだ」とざわめきながらこちらを向く。

キリト君は今にも負けそうだった。うつ伏せになっていて、団長に剣を向けられている。この状況ならば、私が行ったところで《デュエル》には関与、干渉出来ない。でも、キリト君には伝わったはず。だからこそ...頼んだわよ...!!

 

–––––––––––––

 

キリト「(ア...スナ?)」

キリト「(どうして...ここに)」

 

どうしてここにアスナがいるんだ。俺は待っておけと言ったはずなのに...いや──それよりも、今はこの状況に感謝したい。ヒースクリフや、周りのプレイヤーがアスナの方に向いたということは、隙を与えてくれた。ということ。ならば、このチャンスを逃す訳にはいかない...!

喘息を落ち着かせる為、呼吸を整える。そして掌に力を入れ、集中していく、すると手が黄銅色に光りだし、俺の"もう1つ"のスキルを発動させた。

 

体術スキル──《ハンドクラップ》!

 

《体術スキル》とは、とあるクエストをクリアすることで使えるようになるスキルのことで、これに《装備条件緩和》というスキルModを所得することで、武器を持ちながらでも使えるようになるスキルのこと。基本技は敵を正拳突きで貫く《閃打(センダ)》。他にも蹴り技の《水月(スイゲツ)》や、敵の武器を奪ったり出来る《空輪(くうりん)》などがある)

 

ヒースクリフ「...!」

 

俺は体術スキル《ハンドクラップ》を使い、地面を力強く叩いて体を浮き上がらせ、空中でまた次の構えに続く。本来ならばどのスキルにも硬直が発生する。しかし、俺には秘策があったのだ。

密かに練習していた《システム外スキル》。それは彼が使っていたスキルで、第48層までお世話になったものだ──今も尚どこかで生きてる彼の為に、俺はこの力を継承する...!行くぞ...!ヒースクリフ...!!

 

キリト「うおおおおぉぉぉぉ!」キュィィィィィン!

 

後隙をかき消し、俺は次のモーションへ移る。

それがシステム外スキルの《スキルコネクト》だ。

黄銅色の足に力をいれ、水平横蹴りのモーションに入る。それが体術スキル《水月》。

ヒースクリフの意表を突き、蹴りがそのまま奴の顔に──という寸前で、世界が突然止まった、いや、減速したかのように思えた。言葉では表しづらく、システムに頼ったかのように思える。そして俺は、加速したヒースクリフに避けられてしまい、そのまま剣で斬られ、HPが4割を切ったところで《デュエル》が終了した。

 

キリト「ゲホッゲホッ...ゲホッ!」ハァ...ハァ...

 

まだ慣れていないからか、俺は横たわっていた。実は《スキルコネクト》を使用すると、起こるべきはずだった様々な反動が来る。俺は今のところ2回までしか出来たことがないが、その分反動もデカくなる。今回はまだ息苦しさだけだが、2回まで繋げた時は、骨が折れたような痛みが走ったのだ。痛みが感じないはずのこの世界で、《ペイン・アブソーバー》を無視する程の痛みが走る。これ以上繋げれば一体どうなってしまうのか──想像もしたくない。

そして奴の...ヒースクリフの顔を見た時、あいつは蔑むような冷たい目で俺を見ていた。しかし疲労からか俺は段々意識が遠のいていく。最後に写っていたのは、未だに冷たい目で俺を凝視していたヒースクリフの姿と、いつの間にか観客席から降りていたアスナが、こちらに走ってきている姿だけ。重々しい体をどうにか起き上がらせようにも動かせず、気付けば意識を手放していたのだった。

 

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第31章 –リーダー–

 

──リト

───おい、起きろよ。キリト

────キリト

 

俺を呼ぶ声がする。どこかで聞いたことがある声。優しい口調で俺を起こそうとする。今の俺なら、わかる。この声の主は──

 

キリト「ユー...ジオ...?」

 

彼の名前を呼びながら起きても、誰もいない。目の前に広がっていたのは、病室のような部屋。どうやら俺はベッドに寝ていたらしい。それも2日程。

確か俺は、《血盟騎士団》の団長に負けて、意識を手放したんだったか。多分この見知らぬ石の天井は、このギルドの病室だろう。だとしても誰が俺をここまで運んだのか、ヒースクリフは余り考えにくい。《デュエル》を挑んだ張本人だし。メイル?いや、あいつはここまで来ていない。それどころか《デュエル》を挑まれたことすらも知らないはず。それなら...やはりアスナか?確かに意識を手放す前、アスナがこちらに向かって来ていたのは確かだ。だが...あんな華奢な体で俺を運べるのだろうか...《筋力パラメータ》があっても限度はあるし、装備や所持アイテムの数によっては変わるのだ。《仮想世界》だからこそ、余り重量を感じないが、武器やアイテムの重量は感じる。プレイヤーは分からないが、装備によっては変わるのではないだろうか。

 

キリト「...っ」

 

──しかし頭が痛い...《スキルコネクト》の代償が未だに残っているのか、酷い頭痛がする。その痛みに耐えながら意識を保っていると、頭痛が少しづつマシになっていく。そして、それと同時に病室のドアが開いた。そっちに目線を向けると、ボンヤリながらも人の姿が見えた。少しづつ焦点を合わせていくと、そこにいたのは──

 

アリババ「やぁ、目覚めたかい?」

アリババ「あぁ、そう警戒しないでくれ。団長から争うな、と言われてるんだ」

 

護衛長の《アリババ》だった。

どうしてここに。と思ったが、見た感じ俺を襲ってきた訳ではなさそうだ。それに"警戒しないでくれ"と言ったな。逆に怪しいが、こいつは団長...《ヒースクリフ》に忠実だ。奴を裏切ることはまずない...と思う。

が、しかし、やはり警戒は解けない。とりあえず身構えることはやめて、こいつの動きだけを見ることにしよう。

 

キリト「...ひとつ聞いていいか?」

アリババ「なんだい?」

キリト「俺は...なぜここにいる?」

アリババ「君は団長に負けて、ここにいる。それだけだけど?」

キリト「いや...俺が聞きたいのはそうじゃなくて...」

 

こいつはかなりのマイペースらしく、俺が求めている回答とは別の回答が帰ってくる。やはり簡潔的にではなく、冗長的に話した方がいいだろうか。

 

アリババ「...あー!そういうことか!」

キリト「」ビクッ!

 

アリババは掌に手をポンッと叩くと、納得したかのように話し出す

それに俺は驚いてしまった。が、

 

アリババ「もしかして、君を誰がここに連れてきたかって聞きたいの?」

キリト「あ、あぁ、そうだ」

 

...漸く俺の求めている回答が帰ってきたのは確かだな。

それはそれとして、一体誰が俺をここまで運んだのか。それは思いもよらぬ人物が運んだようで──

 

アリババ「えーとね、途中まで《アスナ》さんが運んだんだよ」

キリト「...アスナが?」

アリババ「うん、途中までね」

 

どうやらアスナが運んでくれていたらしい。だが、途中まで。というのはどういうことなのだろうか

アリババは手を後ろに回すと、続きを話す

 

アリババ「えーとその後は...誰だったかな。風林...火山?のリーダーの...《クライン》さん、だったかな?」

 

キリト「...なんだと?」

 

まだ、生きていたのか。いや、嫌な意味では無いんだ。そうなると、生きてくれていた。という方が正しいのかもしれない。でも、どうしてクライン達がここにいるのか。こいつに聞けば何か分かるかもしれない。

 

キリト「...クライン達は、今何処にいる?」

 

アリババ「んー...ごめんね、聞いてないんだ」

 

キリト「...そうか」

 

アリババ「あ、でも、伝言なら預かってるよ」

 

キリト「伝言?」

 

俺が反応するとアリババは頷く。すると一言だけ話した。

 

アリババ『──今度の階層攻略、俺たちも出るぜ』

アリババ「だそうだよ」

 

今度の階層攻略、つまり【第54層】の階層攻略を手伝ってくれる。ということだろう。攻略メンバーが増えるのは俺としても有難いし、このギルドや今でもゲームクリアを待っている下層のプレイヤーにも貢献できる。だが、《フロントランナー》になるというのは過酷なもので、常に前線に出なければならない。それも‘’置いて行かれたくない‘’というプライドがあるのならば尚更だ。だからこそクライン達やアスナ、メイル、エギル──大切な仲間には前線に出て危険に晒したくない、また、‘’あの‘’悲劇を見たくないから。

 

キリト「...そうか、分かった。アスナ達にも伝えておくよ」

アリババ「任せたよ...ん?」

 

アリババが上を見たと同時に黄緑色に点滅しているボタンがあった。あれはギルドチーム専用メールで、【個別に送る】か、【全員に送る】。或いは【人数を指定して送る】ことが出来る。なぜ知ってるかと言うと、メイルから教えて貰ったのだ──今は退団処分を受けて、ソロだったらしいが。

あのボタンが、この3つの内どれかは流石に分からないが、ギルドにとって重要なメッセなのかもしれない。あえて聞いたりはしないが。

 

アリババ「...キリトさん」

 

キリト「なんだ?」

 

アリババ「団長が呼んでるみたい、至急《聖光院》に向かって貰えないかな?」

 

キリト「《聖光院》...?」

 

アリババ「うん、団長や上の人が集まる場所のことで、このギルドのことで何かあったらその場所で会議とかするみたいだよ。そこに君を呼んでるってことは...まぁ...行ってみたらわかると思うな」

アリババ「《聖光院》は、アスナさんが団長と対論していたあそこだね、場所は...分かる?」

 

キリト「何となくだけど覚えてる。ありがとう」

 

そう答えるとアリババは笑顔で頷き、立ち上がるとこの病室から出ていく。さて...俺はその《聖光院》とやらに向かう必要があるみたいだ。未だにベッドに乗っている体を下ろし、メニューを開いて、武器等に問題が無いかの確認だけして向かうことにする。確か《聖光院》はここから...が、ドアの前で止まる。その理由はたった一つだけ。

 

キリト「...ここは何処だ?病室だよな...」

 

まだこのギルドは探索出来ていないし、把握も出来ていない。《デュエル》に向かう前に散策しておけば良かったか...いや、それはそれで怪しまれてしまうか...?

それはそれとして、先ずは出てみないことに変わりない。ドアノブを捻ると廊下に出る。出てみたドアの上を見るとプレートがあり、こう記されていた。

 

【《治療室》】

 

どうやら俺がいたのは《治療室》なるものらしい。それにしては物が無かった気がするが。

まぁ、この世界には《医療》のようなものは存在しないし、何なら《POT》や《結晶》でどうにかなる。この世界の《結晶》は様々な種類があるが、代表的なのが《転移結晶》、《回廊結晶》、そして《回復結晶》だ。他にも上位の《全快結晶》。毒や麻痺、止血を治す《解毒結晶》、《消痺結晶》、《止血結晶》など。様々な種類があるが、実用的に使うとすれば先程の3つだけだ。それにどれも高価で、市販で売ってる店がまず少ない。確実に売っているのはプレイヤーの店だけだ。でも、《回廊結晶》だけはダンジョンの宝箱のみある。

《回廊結晶》とは、任意の場所にテレポートを置ける設置型で、時間内であれば、何百人だろうが通れる。俺はひとつだけ持っているが、ダンジョンの宝箱で、尚且つ低確率で手に入るので、今は重宝している。その時になれば使う予定だ...まぁ...その為には転移予定地を設定しなければならないのだが。

それは置いといて、俺は《聖光院》に向かうのだが、廊下からどっちに向かえばいいのだろうか。右?左?どっちかが正解なのだろうが、よく分からない。また直感で行ってみるか...?

 

「あれ、キリト君起きてたの?」

 

聞き慣れた声が右側から聞こえ、振り向くと、そこにいたのは現相棒の《アスナ》だった。

 

キリト「...アスナ?なんでここに?」

 

アスナ「なんでって...君のお見舞いに来たのよ。途中までだけど、運ぶの大変だったんだからね」

 

キリト「はは...面目ない」

キリト「ところで...アスナが俺を向かいに来たってことは、アリババに《聖光院》に連れて行くように言われたのか?」

 

アスナ「...そういう所は妙に鋭いなぁ...まぁいっか。確かに、アリババさんに頼まれてキリト君を《聖光院》に連れていくように言われて、君を向かいに来たの」

 

キリト「それなら良かった、実は《聖光院》の場所を知らない...というより、ここからどうやって行けばいいのか分からなかったんだ」

 

アスナ「そんな事だろうと思って、私が自ら立候補した──いえ、なんでもないわ、行きましょ」コホンッ

 

キリト「──え、おい、立候補ってどういう」

アスナ「なんでもないっ!!」

キリト「なんでもないだろ!?ちょ、早足で行くなアスナ!...行かないでアスナさん!」

 

既視感ある会話、前もこんな感じで言い合った気がする。あれは確か...第50層で、《スウェントの街》に行く時だったか。あの時は俺の記憶が曖昧で、思い出すことに力を注いでいた。だからこそ少し喧嘩したっけな。話を聞いていないことも多かったし。勿論、今も完全に思い出した訳ではない。でも、彼の...《ユージオ》の記憶を思い出すことに成功し、そして、アスナの事も微量ながらも思い出せた。後は、ユージオを見つけるだけだ。そして、ゲームクリアを目指し、尚且つユージオを元の時空へ、アスナ達を現実世界へと戻す。その為だけに、俺は戦うのだ。

 

「──リト君!」

アスナ「キリト君!!」

キリト「あ、わ、悪い。聞いてなかった」

アスナ「はぁ...記憶は戻ってもその癖を治せた訳じゃない...か」

 

...何故か呆れられている気がする。気のせいではないのは確かだが、それにしても酷い。まぁ...俺が悪いのは当然だし、仕方ない...のか?

 

アスナ「...まぁいいわ、《聖光院》はあともう少しで着くわよ。呼ばれてる意味、流石にもう理解してるでしょ?」

キリト「...あぁ」

 

なぜ俺達が呼ばれているのか、それは簡単な事で、俺と団長...《ヒースクリフ》とのデュエルに負けてしまい、このギルド...《血盟騎士団》に入団する事となったからだ。それもアスナと一緒に。この事態に首を突っ込んだのは俺だが、寧ろ俺としては、この状況を少し嬉しく思っている。何故かといえば、そろそろ3人で行動するのも苦しくなって来たと思っていたからだ。ローテーションが決まっていると言っても、メイルは来てから日もまだまだ浅く、コンビネーションが覚束無い。一応前線は俺、アスナ。後方はメイル──となっている。一応メイルも俺と同じ《片手直剣使い》なのだが、戦闘に余り慣れていなさそうだったので、後方に移行してもらった...最もの理由が、俺より正確な分析力を持っているから...というのもあるが。

正直に言って、ギルドに入団するのは余り気が引けない。コミュニケーションが取りにくい俺にとって地獄でしかない...が、この気に慣れた方がいいかもしれないな...。

 

アスナ「着いたわよ」

 

アスナの声によって引き戻され、目の前のドアに目を向ける。ドアといっても大きめで、城にありそうな大きさだ。こういうのはタップひとつで開くのだが、緊張感を持つなら押した方がいい。

アスナにアイコンタクトを取り、片方ずつの扉に手を当て、押していく。すると、ギギギと重い音を立てながら開いていき、目の前に写る景色に息を飲んだ。

 

ヒースクリフ「──来たか、アスナ君、キリト君」

ヒースクリフ「君達を呼んだのは他でもない、ギルドの入団についてだ」

 

アスナ「はい」

 

ヒースクリフ「約束は、覚えているかな?キリト君」

 

キリト「──はい」

 

ヒースクリフ「それなら、私が送る申請を認証してくれ」

 

ヒースクリフはそう言うと、メニューを弄って、俺達に申請を送る。目の前に現れたのは【《血盟騎士団》からの入団申請が届いています】というメッセージだった。

俺は少し躊躇いながらも、《認証》ボタンを押し、システムが【《血盟騎士団》に加入しました】と表示されたことを確認する。アスナも同時に加入したようで、HPバーの上にギルドの紋章が現れた。これがギルドに加入した証拠らしい。

...そういえば、一応メイルと同じパーティのままなのだが、これ...どう説明しようか...。

この些細な変化をメイルが見逃す訳にも、見えない訳もない。多分もうすぐDMか何かが来るだろう

 

ピコンッ!

 

キリト「──噂をすれば...か」

アスナ「あっ」

キリト「すみません、団長。席を外してもよろしいでしょうか」

ヒースクリフ「ふむ、良いだろう」

 

団長に承諾を得られたので、俺とアスナはDMを開き、確認してみる。予想通りメイルから来ていたようで、凄い数の質問が来ていた...これ捌き切れるか...?とりあえず一言だけ送り、返信を待つ

 

キリト【気になるのは分かるが、少し落ち着いてくれ】

 

メイル【す、すみません...で、でも、なぜギルドに...?】

 

キリト【あー...成り行き...だな】

 

メイル【...成り行きで入るものなのですか...?】

 

なんか俺皆から呆れられてないか?気のせいだと思っていたが、アスナだけではなく、皆から呆れられていたのか...少しショックだ。

 

キリト【詳しいことは後で話すよ、第39層《ノルフレト》で待っててくれ】

 

メイル【わ、分かりました】

 

俺がDMの返信が終わると同時に、アスナも終えたようだ──いや待ってくれ、仮に俺とアスナに質問していたなら、ほぼ2人同時に返信するなんて器用過ぎやしないか?まだまだ底知れないな...メイルは。

 

キリト「──もう大丈夫です、団長」

 

ヒースクリフ「そうか、なら君達に着て欲しいものがあるんだ。メニューの装備から着れるので選んで欲しい」

 

キリト「は、はぁ...」

 

ヒースクリフにそう答えられ、俺とアスナはメニューを開き、装備画面を開く。

装備は第1層のLAボーナスの《コート・オブ・ミッドナイト》と《ブラックシャツ》に《ブラック・パンツ》、《ナイトブーツ》。そしてエギルから貰った《赤石の首飾り》だ。

装備を見てみても、特に変化はない。しかし暫く見ていると、右下に《ギルド専用装備》というボタンがある事に気付く。押してみると、【新しい装備が受諾されました】と表示された。

見てみると、新たな装備が追加されている。装備名は...《ブレイズクロス》という名称らしい。着てみると黒いコートが白くなったような姿になる。例えるなら、地味だったものが、派手になる感じだ...この例え方で分かるのか?...いやそもそも俺は誰に話しかけてるんだ。

それはそうと、こんな真っ白な服を着るのか...全身じゃなくても、少し慣れないな...。

 

キリト「あの...団長」

ヒースクリフ「なんだね?」

キリト「少し...派手過ぎやしませんかね?」

アスナ「そう?」

キリト「いやアスナは──」

 

目の前に居たのは白いギルド服に包まれたアスナだった。一言では表しづらい可愛さがある。勿論本人の前では言わないが。

 

アスナ「...?どうしたの?」

キリト「あ、あぁいや、なんでもないよ」

ヒースクリフ「...イチャつくのは後でしてもらえるか?」

キリト/アスナ「──イ、イチャついてません!」

ヒースクリフ「冗談だ、からかってすまないな」

アスナ「もう...!」

 

思わず反論してしまったが、ヒースクリフは軽く笑って誤魔化すだけで、何とも思ってないように思える。

アスナは文句を垂れながらも、少し顔が紅くなっていて、少し怒っていた顔だった。そりゃそうか、目の前で言われたら嫌にもなるな。紅くなるのはよく分からないが。

 

ヒースクリフ「...さて、君達に伝えたいことがあるのだが、いいだろうか」

キリト「...聞きましょうか」

 

そう答えるとヒースクリフは軽く頷き、口を開いて喋り始める。

場が緊迫するような状況になり、思わず固唾を飲んでしまう。だが、ヒースクリフが放った一言で更に場が凍り始めた。

 

ヒースクリフ「伝えたいことはひとつ。来週のこの日、我々《血盟騎士団》は【アインクラッド攻略戦】第54層の攻略を始める。その為に各自準備をしてきて欲しい、備えておくように」

 

キリト/アスナ「了解(わかりました)」

 

遂に始まる、ゲームクリアに向けた【アインクラッド攻略戦】。俺は何度も参加し、何度も死にかけた。だが、それも"彼"がいたから、今の俺は助かっている。

第49層攻略戦は参加しなかったが、それでも死者数は多かったようで、もうすぐ3000人を越えようとしている。みんな《レベリング》や《装備強化》をしていると言っても、一瞬の判断を間違えれば死ぬ──そんな世界だ。とても残酷で、冷酷な世界。俺達は、この世界で踊らされている、創造主──"茅場晶彦"によって。しかし、奴が放った言葉は、第2のリアルとなってしまった。それが

 

【『これはゲームであっても、遊びではない』】

 

...そう、遊びではない。ましてや、《PK》をやってはいけない。一瞬の判断を間違えれば何もかもが終わり、ナーヴギアによって、脳を焼かれて死ぬ。今奴が何処にいるかは分からない。現実世界にいるのかもしれないし、この世界にいるのかもしれない。だがそれも分からない。だってこの世界からじゃ、現実世界には干渉出来ないし、インターネットの検索機能を使って調べる事も出来ないしそもそも出来ない。しかし、この世界で必須となるものはある。それが、《知恵》と《判断力》、《忍耐力》、そして──《死》に立ち向かう《勇気》。

このデスゲームで恐れていては、何も出来ない。己を捨てて、立ち向かえばどれだけ楽だろうか。人は簡単に心を捨てられない。だからこそ勇気が必要だ。でも...案外その勇気は最後まで燃えないらしい。途中で狂人となるか、勇者となるか。堕ちて死ぬか、託されて生きるか。その2択ずつだ。もしかしたら他に選択肢があるかもしれないが、人間案外安直なもので、余程傷付いていなければ"希望"を選ぶ。人は皆信じている。俺もそれの1人だ。

"彼"が生きていると情報があったのならば、探してみる価値はある。ただの噂程度。それでも、少しの希望があるのなら、己の眼で見てみたいのだ。例え本当じゃなくても構わない。一瞬だけでも逢えるのなら、俺は構わない。どれだけ罵声を浴びせられようと、どれだけ嫌われても。俺はただ逢うのみだ。そう、それだけだ──

 

アスナ「──行くよ、キリト君」

 

キリト「──あぁ!」

 

今はまだ、分からない。

でも、希望に縋るだけじゃ何も進展しない。それなら俺は、引き摺ってでも次に進むだけだ。

そう、相棒と、仲間と共に。

 

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《血盟騎士団》のギルドを出た後、俺達は転移門へと向かっていた。

理由は勿論、POTの買い出しや武器のメンテナンス。装備チェック等を行う為だ。第54層の攻略に向かうのならば、それと同時に迷宮区の階層チェックもしなければならない。そうなった場合、1層目から登る必要があるのだが...大丈夫だろうか?そこでみんなの体力が消耗してしまった場合、ボス攻略など以ての外だ。危険過ぎる。

──と、俺の考えを見抜くように団長からピロリンッと個人用の《TM(チームメール)》が届いた。その内容にはこう記されている。

 

ヒースクリフ【迷宮区の階層攻略は何も心配しなくても構わない。《回廊結晶》をボス部屋手前に登録している、キリト君は安心して準備を進めておいてほしい】

 

──となれば、先程言ったPOTの補充、武器のメンテナンス、装備チェック等を優先的に行える。

そうなれば俺達は転移門でここから上の層...第50層に向かうことにする。本来ならば第53層で整えた方がいいのだが、第50層にはエギルがいるし、メイルもいる...あれ、そういえばメイルはここに呼んだはずでは...?

と、思いDMを送るが返事がない。少し待ってみても返事無し。俺の中で戦慄が走り、アスナも感じ取ったかのように息を呑む。まさか...いや、メールが送れているのならメイルは生きている、だが、いつもなら、忙しい時以外はすぐ返信してくれるメイルがこんなにも返信してくれないのか。勿論今忙しくて返信出来ていないのかもしれないが、それでも一言は残してくれる。なのにその一言すらない。と、なれば。

 

"攫われた"となるだろう。

 

しかし、どうしてメイルが...?不思議でしかないが、俺は2つだけ考えついたことがある。そのひとつが"身代金目当て"。この世界で攫っても、身代金を用意させることは出来ない。そもそもそれはシステムによって保護されている。フィールド内であれば可能かもしれないが、それこそモンスターに見つかれば危険だ。

もうひとつが"プレイヤーキル"。通称《PK》の事だ。この世界で最もやってはいけない事のひとつであり、俺達プレイヤーの上にある緑のカーソルがオレンジ色に変色し続け、オレンジ解消クエストをクリアするまでオレンジの状態になる。俺達はこれを"レッドプレイヤー"と呼んでいる。

だがもし仮に、このふたつのどれかだとしても、メイルを攫う理由が不明だ。どこかの賊か、或いはどこかのギルドが嗅ぎつけてきたか...そうだとしても先ずはメイルを救出する所からだ。

 

キリト「...アスナ、俺」

 

アスナ「...はいはい、わかりました」

 

アスナは溜め息をしながらも承諾を得ることが出来た。が、次の一言で俺の中で一気に覆される。

 

アスナ「...その代わり、私も連れてって」

 

キリト「えっ」

 

アスナ「『えっ』じゃないわよ、どうせメイルさんが何処にいるかなんてわかってないんでしょ?」

 

キリト「ウッ...」

 

──これにはぐうの音も出ない。確かに俺はメイルが今いる場所を知らないし、分からない。何も情報がないまま行くのは危険だな。

 

アスナ「...最後にメイルさんを見たのはいつ?」

 

キリト「えっと...俺がここに来る前に一度会ったはず...最後に見たのは...確か第50層...だな」

 

アスナ「分かった、私も《アルゲード》に向かう。手分けして探しましょ」

 

キリト「りょ、了解...!」

 

...全くアスナには頭が上がらないな...どうやら俺は焦っていたようだ。焦ると周りが見えなくなる癖...直さないとな...。

そんなことを考えつつ、俺とアスナは転移門に立ち、向かうべき層の名称を唱えた。

 

キリト/アスナ「転移!...《アルゲード》!」

 

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蒼いポリゴンに包まれ、視界が戻ると現れたのは薄茶色、濃茶色に包まれた家々。どちらかといえば古城だが、これでも一応主街区だ。

そして景色が同じな為、迷子になりやすく、また方向感覚を失いやすい。だからこそマップを使う羽目になるのだが、なんとアスナさんは覚えているらしい。ゲーマーとして...いやそれだけでは無いが...負けている気がする...なんでだ...。

 

アスナ「私は西の方を探して来るから、キリト君は東の方へ探して来てくれないかな」

 

東...この転移門からだと東にあるのは...あの怪しい道か...そっちにはエギルもいるし、丁度いいかもしれないな。

 

キリト「わ、分かった。東だな」

 

アスナと別れ、俺は東の方へ歩き出した。東といっても主街区だからこそ道も多い。色んな所に売店があるが、一先ず、エギルの店に向かうことにする。何度も通ってるのできっと分かるはず...と思ったが、よく考えてみれば、あの時はURLで座標が書かれていたから分かっていたのだ。それに怪しい道なんてこの主街区には山ほどある。

 

キリト「...仕方ない、マップを使うか」

 

メニューを操作し、《アルゲード》の主街区周辺マップを開く。

簡易版マップなので、全体が分かるわけではないが、半径2kmまでならマップで見ることが出来る。全体を見たいなら、ここの主街区にあるお使いクエストをクリアする事で貰えるので、本当に迷う人は必須アイテムとなっているのだ...え?俺?...ナンノコトデスカネ。

 

キリト「えっと確か...ここだったはず」

 

そんなこんなを考えているうちに、俺は簡易版マップを駆使して、エギルの店がありそうな怪しい道に辿り着いた。相変わらず嫌な気配を感じさせるが、この中にいるのはモンスターでもなく、怪しいギルドでもない。NPCだ。といっても怪しい黒いフードを着た男達なんだが。

 

キリト「...ここに入るのは何度目なんだろうなぁ」

 

何回入ったか分からない怪しい通路。

第39層《ノルフレト》に向かう際、1度恐怖で何も考えずに通ったことを思い出すが、今はいないんだと自分に言い聞かせ、1歩ずつ歩み出した。

──数時間前に通ったにも関わらず、何も変わらない通路。"それだけ"なのに足が竦んでしまう。それでも俺は足に力を入れて踏み出していくが、1歩、更に1歩、もう更に1歩。歩いて行くにつれて息が乱れていく。この世界に無いはずの呼吸。疲労すると現れるが、"恐怖"によって生み出されることも少なくはない。

勿論これはシステムによって生み出されたものではなく、人間が本能的に行ってしまうものだ。普段ならここを歩いて、エギルの店に着く頃には5分くらいなのに、何故かエギルの店が遠く感じる。ゆっくり歩いているからだろうか。或いは、周りの視界が悪く、遠くまで見ることが難しいからだろうか。

それは分からないが、とりあえず足を止めて、息を整えた。

 

キリト「...よし...もう、大丈夫──」

 

『よぉ、《黒の剣士》サマ』

 

...その声で、俺の体は動かなくなった。

まるで金縛りにあったかのように。自分でも分かっている。これは単なる金縛りなんかではない、恐怖で動かないのだ。そう、"恐怖"で。

だが、口は幸いにも動く。先ずはこいつが誰なのかを聞かなければ

 

キリト「...お前は...誰だ?」

 

『──あぁ、そうか。まだ"噂"程度。だもんな、わりィわりィ。』

 

"その"声は、どこか図太い。だが、優しい口調でもない。悪ふざけが過ぎたような口調でもない...俺が感じているのは...そう、悪寒...いや、殺気...か?

...殺気なんて感じたことがない。いや、感じたことすらない。だからこの男から発される圧がなんなのかすらも確証が持てないのだ。

 

キリト「...噂?」

 

『──おっと、それに関しては俺の口から話すことはないぜ。後に知る事となるんだからなァ』

 

キリト「...どういうことだ」

 

『──オイオイ、《黒の剣士》サマよォ...そういうのは誰かから聞くよりも、自分で調べた方がいいんじゃないのかァ?』

 

キリト「...何故だ」

 

『──ったく...《黒の剣士》サマも往生際がわりィなァ...一言だけ言ってやるよ』

 

キリト「...」

 

『──どこかの未来、お前は俺に殺される、その時を楽しみに待っていろ』

 

『──イッツ・ショウ・タイム!』

 

キリト「...おい!待てっ!」

 

俺の静止も虚しくは届かず、名も知れぬ男は消えてしまった

そして俺の体はいつの間にか自由になっていて、体も動かせるようになっていたのだが、肝心の"恐怖"が無くなっていたのだ。

これなら進めるが、ひとつ心残りがある。それが

 

【『── あぁ、そうか。まだ《"噂"》程度。だもんな、わりィわりィ。』】

 

...あの男が呟いた言葉がどうしても引っかかる。

──噂...なんとなく予想はつくが、今は一旦エギルの店に向かうことにする。この件については後々考えることにしよう。今はメイルを探し出すことが先決だ。

消え去った恐怖に違和感を覚えながら、俺はエギルの店に歩き出すことにしたのだった。

 

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キリト「エギル、いるか?」

 

《故買屋》のドアを開け、俺は店主の《エギル》がいるかどうかを確認する。店内はいつも通り客がいない...訳ではないらしいが今日はいない。だからこそ見渡しやすく、また見つかりやすいと思うのだが、今回は何故か見つからない。それどころかガラガラである。ほんとに。

...いや、悪い意味ではないんだ、ウン。悪い意味では。

 

キリト「店内にいないってことは...」

 

店内にいないってことは、[地下倉庫]。或いは[客室]にいる可能性がある。仮に[寝室]にいるのなら店のドアに立てている【OPEN】表札も【CLOSE】になっているだろうし、そもそもエギルはそんな初歩的ミスを犯す程歳を取っていない──勿論、俺はエギルの歳なんて知らないんだが...ただの直感だ、そう、直感。

それなら、大きな声で呼んでみるか...?とりあえず試してみるか。

...この世界にはない空気を大きく吸い、アバターという仮想の体に空気を溜める。そしてそれを大きな声として変換した。

 

キリト〚おーい!!エギルー!!!〛

 

大きな声を出してみるが返答なし、今回も店を開けているのだろうか...?

うーむ...と悩んでいると店内にあるドアが開かれる。

 

「──そんなに大きな声を出さなくても、聞こえているから安心しろ、キリト」

 

キリト「す、すまんエギル。あまりに出てこないから...」

 

エギル「お前なぁ...少しせっかちというか、なんか焦ってないか?...ん?」

 

キリト「?」

 

エギルは俺を凝視すると、手を顔に当てて溜め息をする。そして小声で何かを呟き、面倒くさそうな目で俺をまた見始めた。

 

エギル「...キリト」

 

キリト「なんだ?」

 

エギル「お前...《血盟騎士団》に入った...というより入らされたな」

 

キリト「え、なんで知ってるんだ」

 

エギル「...体力バーの上、見ろよ。気づいて無いわけじゃ無かったんだろ?」

 

キリト「...あぁ、そういう事か」

 

キリト「いやー...成り行きで、な?」

 

エギル「...」

 

エギルはまたもや顔に手を当てて溜め息をすると「だから言っただろ...」と愚痴を零していた。そんなに溜め息をすると幸せが逃げていくぞ...え?俺のせい?

 

エギル「...とりあえず、先に用事を片付けるか...何か話があってここに来たんだろ?」

 

キリト「...あ、そ、そうだ。実は──」

 

俺はこの層に向かう際に起こった出来事をエギルに伝えた。するとエギルは何やら難しい顔で考えている、そりゃそうだ。今まで、仲間、或いはプレイヤーが失踪するなど聞いたことが無い(似たようなクエストはあったが)。だからこそ難しい顔をするのはわかるし、何よりも痕跡がないのだ。一応《索敵スキル》の派生スキル。《追跡スキル》を会得しているので、フレンド限定にすれば、メイルの足跡を辿って居場所がわかる。しかしそれも出来なかった。妨害されている。というより、システムが感知されなかったように思える。メイルはプレイヤーのはず。しかし《追跡スキル》に引っかからないのは何故だ?メイルとはフレンドのはずだし、そもそも第50層で出会ってからも、ずっとDMで連絡が出来ていた...なのに追跡出来ない。それこそ不明だ。

...何故か"追跡"だけ引っかからない。こんな不思議なことがあるだろうか。いや待てよ...?過去にも同じようなことが...うーん、と頭を捻るが思い出せない。多少は記憶が戻ったと言っても、やはり思い出せていない部分も多い。だからこそ、こういう場面では足を引っ張ってしまいかねないが...まぁ、戦闘では役に立ってると信じていたい。

 

エギル「──とりあえず」

 

エギル「先ずはメイルを探し出すところだが、心当たりがない訳では無い」

 

エギル「それについて話そうと思うのだが...どうした?」

 

キリト「あ、あぁいや、悪い。考え事をしていた、それで?」

 

エギル「...メイルの居場所に心当たりがある」

 

キリト「ホントか!?」

 

俺はつい体を乗り出してしまうが、エギルに止められてしまった。

...また冷静では無かったな

 

エギル「心配なのは分かるが、まずは落ち着いてくれ」

 

キリト「わ、悪い、何度も」

 

エギル「それにここで立ち話はあれだ、客室で話すぞ」

 

キリト「そうだな」

 

俺とエギルは、店内を歩き、ドアを開けて[客室]へと向かっていく。

エギルの心当たりとはなんなのか、それは分からない。だが、俺の直感が告げていることがひとつある、それが、あまり良い答えでは無いことだと告げていたことだ。

 

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第32章 –下見–

 

ドアを開き、[客室]に入ると、エギルは部屋の真ん中にある椅子に座った。俺も続けて対になるように座り、耳を傾け、言葉を待っていた。

 

エギル「さて、メイルの場所だが...」

 

俺は頷くと、エギルは話を続ける

 

エギル「...正直に言えば、正確な場所は分からない、だが──」

 

キリト「──確証はないが、心当たりはある...か」

 

エギル「そうだ、これはあくまで予想でしかない、だからこそよく考えてから行動してくれ」

 

キリト「...了解だ」

 

エギル「...お前の元《相棒》の件もある、あまり無理をするな」

 

キリト「...分かってる」

 

[客室]に重い空気が漂う。

この世界は"仕方ない"じゃ片付けられない、片付けてしまえば、全てが終わる。【トライアンドエラー】ができないこの世界では、ひとつの判断で、自らの命運を決めるのだ。だからこそ気が抜けない。いつまでもポジティブにはいられないのだ。だからってネガティブにもなれない。なってはいけない。絶望してしまえば、前に進むことが難しくなってしまう。そうなってしまえば、攻略するどころか、全てアリもしない"奇跡"に祈ることになるだろう。

勿論、この世界は"ゲーム"だ、それもタダのゲームじゃない。でも、ゲームだからこそ"確率"がある。そう、"奇跡"だ。

奇跡を起こそうとすれば起こせるだろう。だが、それは決して容易などではない。

少数以下にも至る0の壁を超えたとしても、そこにあるのは1か0か。無論、少数など無限に等しい。だからこそだ。

"奇跡"を祈ったところで、このゲームがクリアされることなんて無い。いや、保証がない。

...確かこの世界《ソードアート・オンライン》は、茅場自身が維持している訳では無いと、1年前の新聞に書いてあった気がする。なんだったかな、確か... 〈カーディナル・システム〉...だったか?そのシステムが、全ての確率、地形、出現場所などを管理していると書いていたはずだ。それらを弄るか何かをしなければ、基本的に確率は0に等しい。だが、〈カーディナル・システム〉を弄る為の装置を見たという情報がない。もし仮に茅場がこの世界にログインしているのであれば、緊急用連絡装置なるものはどこかに置いてあるはずだ。しかし検討もつかない為、どうしようもないのだ──すると、重い空気が漂っていたこの場に、ピロンと音が鳴る。音の正体はDMであり、差出人は──

 

アスナ【そっちは何か情報掴めた?】

 

キリト「──アスナ?」

 

エギルが眉をピクっと震わせる。

それを気にせず俺はアスナの内容を返答することにした。

 

キリト【エギルが何かを知っているみたいだ、急遽来て貰えないか?】

 

するとすぐ返信が帰ってくる

 

アスナ【分かった!】

 

キリト「...さて」

 

ふぅ、と一息をつき、俺はアスナを待つと共にエギルに面と向かって話し出す。何を話すのか、それは──

 

キリト「エギル、実は...相談したいことがある」

 

エギル「...何だ?」

 

キリト「──《ラフコフ》のことだ」

 

そう答えると、[客室]に戦慄が走る。エギルも血相を変えて俺の話に耳を傾けていた。

エギルは頷き、話を進めていいかの了承を得る。

 

キリト「...確証は無いんだが、先程《ラフコフ》のひとりだと思われる人物と接触したんだ」

 

エギル「──何だと?」

 

キリト「理由は簡単だ、金縛りのようなデバフを受け、口以外は動かせなくなっていた」

キリト「そいつが誰なのか聞いてみるべく、質問を試みたが、呆気なく返されてしまってな」

キリト「──ただ」

エギル「──ただ?」

キリト「──俺が居たのは間違いなく主街区...つまり、圏内の筈だ。それでも俺は動けなかった。そして奴は、俺を殺すと言い切り、且つ俺の肩書きを知っていた...そして──」

キリト「奴の声は図太く、でも悪ふざけが過ぎたような口調では無かった...ひとつ言えるとすれば...」

 

エギルは今も尚優しく見守っている...気がする。俺の返答を待っているのだ。実は先程から手や口が震えていることに俺はまだ気づけていない。だからこそ次の言葉が見つからず、詳細な説明が出来なかった。それでも、要点だけでも伝えようとしていたのだろう、恐らく。

 

キリト「...奴から放たれていたのは、《殺気》...いや、《殺意》だったのは覚えている」

キリト「...本当のことを言えば分からない。アレが殺意だったのかも。ただ、奴がいた時、俺は1歩たりとも動けなかった。それだけは確かなんだ」

 

話終わると、部屋の中に静寂が生まれた。エギルも微動だにせず、ただひたすら下を向いている。やはりこの事を相談しない方が良かったのもかもしれない。

 

エギル「...来たな」

 

キリト「え...?」

 

エギルが突然妙なことを言い出し、姿勢を戻して待ち始める。俺は理解出来ずに硬直していたが、何やらこの店のどこかからか足音のような音が響いているのを聞き取れた。耳を澄ませてみると、廊下から響いている。モンスターやNPCが基本的にプレイヤーホームに入ってくることはないし、プレイヤーの誰かが入ってくるにしても扉は【CLOSE】のはずなので入って来れない。だとすればこの足音は誰だ...?

アスナだとしても、まだ連絡が来ていない。そうなると誰なのかが全く検討がつかない。

足音が近づいて来るのがヒシヒシと感じ、緊張を誇張させていく。

足音はドアの前に止まり、コンコンとドアを叩いていた。緊張が高まる中、エギルは動かない。恐らく今ドアの前にいる人物は、エギルや俺にとって何も問題がない人物だと思われる。だが、一体誰なのかが予想できない。アスナじゃないとすれば一体誰なのか...。

──ドアが開かれ、気になっている人物が姿を現し、それに俺は驚愕を隠せなかった。それは──

 

アルゴ「よぉ、キー坊にエギル。数日ぶりだナ」

 

──情報屋の《アルゴ》だった

 

キリト「ア、アルゴ...!?」

 

アルゴ「目覚めたみたいだナ、キー坊」

 

キリト「お、おう」

 

アルゴ「──さて、何やら面白いことになってるらしいナ?」

 

キリト「俺達にとっては深刻な問題なんだがな...」ハァ...

 

アルゴの変わらない反応に俺は溜め息をついてしまうが、それでもエギルの方に向き、アイコンタクトで伝える。エギルは頷き、了承を得た。

 

キリト「──さて、今一度アルゴにこの件について伝えるよ」

 

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アルゴ「なるほど....ナ」

 

アルゴ「プレイヤー失踪事件...キー坊とアーちゃんの仲間である"メイル"というプレイヤーが失踪...カ」

 

アルゴには、《ラフコフ》のこと以外を伝え、事の深刻さを確認してもらうことにした──いや、待て、なんだ"アーちゃん"って、誰だ──ってまさかアスナの事か?!

...そういえば俺も"キー坊"って呼ばれてるんだよな...なんでそう呼ばれてるのかは分からないが、これで慣れてしまっている自分が怖い。

 

キリト「あぁ、それでエギルが心当たりがあると言ってな」

 

エギル「そうだ、今から言おうとしたところでお前...情報屋(アルゴ)が来たんだ」

 

アルゴ「そういうことカ、いいヨ。進めてくれよナ」

 

正直言ってアルゴに話すのは心許ないが、これでもこいつは俺と同じ──いや、この話はまた今度だ。

エギルは頷くとメイルの居場所について話し出す。と言っても、希望的観測だが。

 

エギル「心当たりの場所は──」

 

固唾を飲む一瞬、バァンッ!と扉が壊れそうな勢いの音をたてて開かれる。目の前のことに集中していたのか、足音の存在が気が付かなかった。その事について俺もビックリだが、その人物もビックリだ。人は焦ると周りを気にしないんだな...。

 

アスナ「──キリト君!」ハァ...ハァ...

 

キリト「...アスナ」

 

アスナ「...あれ...アルゴ...さん...?」ハァ...ハァ...

 

アルゴ「──お邪魔してるヨ、アーちゃん」

 

アスナは息を切らしながら困惑していたが、周りを見ると、一瞬で判断したようで、すぐさま息を整え、空いている椅子に座り、話を聞く姿勢になった。我ながら、現相棒は察しが良くて助かる。

 

キリト「エギル」

 

エギル「あぁ、分かってる」

 

エギル「メイルの居場所は──」

 

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あの会議から1週間が経ち、俺達は現在第53層にあるショップに来ている。勿論POTや結晶など、攻略戦で重要なものを買う為だ。

《回復結晶》もあるが、何よりも高価なので多く買うことができない。多くて3つくらいだろうか。

でも今回はエギルも参加するようで、費用などは殆ど負担してくれた。有難いものだ。

 

キリト「アスナ、エギル。準備は大丈夫そうか?」

 

アスナ「大丈夫」

 

エギル「問題は無い」

 

と、ほぼ同時に返答が帰ってくる。それを聞いた俺は頷くと、ある場所へと向かうことにした

その場所が──

 

キリト「...本当にあそこなんだな?エギル」

 

エギル「確証はないが──あそこだ」

 

エギルが指を指した場所は──

──空高く伸びる迷宮区だった。

なぜ迷宮区なのか。それは1週間前の会議で言っていたエギルの言葉から始まった──

 

––––––––––––

 

エギル『メイルの居場所は──』

 

エギル『空高く伸びる、迷宮区。そこにいるだろう』

 

キリト『迷宮区...だと?!』

 

一言でいえば、驚愕なんてものじゃない。寧ろ何故そこにいるのか。という疑問が残っている

無論これは予測──心当たりがある場所であり、本当にそこにいるのかさえ分からない。が、今は情報があるだけでも有難い、そこにいる前提で話を進めることにしよう。

 

キリト『...何故、そう思ったんだ?』

 

エギル『何故...か──そういえば、キリトが眠っていた時、実はメイルからこんな事を聞いてな』

 

エギル『確か──【1度でもいいからキリトさん達の役に立ちたいんです。きっとこの力も...いえ、何でもありません。だから、迷宮区に連れていってください。お願いします】...だったか』

 

アスナ『メイルさん...』

 

正直言ってとても嬉しい。だが、レベルに問題があって連れて行けなかったのも事実。

だからこそ、迷宮区はまだまだ危険過ぎた。でも、それも気にしていられないようだ。

 

キリト『...とりあえず分かったよ、先ずは迷宮区に向かってみることにしよう』

 

アスナ『分かった!』

 

アルゴ『それじゃ、オレッチはこの失踪事件の詳細を調べてくるヨ』

 

キリト『任せたぞ、アルゴ』

 

アルゴは俺の返答に頷くと、鼠の如く素早く消えていった。非戦闘員ではないとはいえ、心配なものは心配。だが、アイツも強い。素早さをガン上げしているなら、いざとなれば逃げられるだろう。

 

キリト『──さて、俺達はPOTや結晶の買い出しに行ってこようか』

 

––––––––––––

 

──という感じで、ここに来ている

今の時刻は13時頃、攻略開始時刻まで残り2時間もある。その為、1度下見に来ていたのだ。と言っても、本当にここにいるのか、という確認なのだが。

俺達がいる場所は、主街区を出た直後の場所だ。迷宮区まで少しばかり時間がかかるだろうが、それはマッピングを兼ねて探索した場合の話だ。実は攻略組──《血盟騎士団》の兵士長《ジェノ》にマップ情報を貰えたのだ(主にエギルが交渉してくれていたが)。勿論そのまま伝えても困惑、或いは不審に思われるので、『迷宮区までの道のりを下見したい、マップ情報を貰えないか?』...という感じで交渉した、え?普通怪しいだろって?...そういえばなんで普通に渡してくれたんだ...?

...細かいことはいいか、とりあえず俺達はマップを使って迷宮区まで行くだけだ。もしかしたらそこに、メイルがいるのかもしれないのだから。

一先ず、迷宮区に向かうことにする、マップを見る限り、ここからだと30分もかからないだろう、だが、モンスターの位置はランダムであり、天気によっては出現するモンスターも異なってくる。それが、この層──《ディファト》だ。

周りを見た感じ、歪んだ森のようなフィールドだ、確か第35層《ミーシェ》でも"迷いの森"というフィールドイベントがあり、専用の地図が無ければ永遠と迷い続ける──というフィールド。それと比べてこちらは、毒々しい雰囲気を醸し出している。それも、何もかもが違う──というより、歪んでいるのだ。地面は紫や青などで構成されており、本当に歪んでいる。無論フィールドなので踏んでも問題はないが、少しばかり心配になるのは確かだ。

ちなみにフィールド名は謎の文字化けにより解らないが"■■の森"、恐らく二文字だが、考えられるとすれば、"呪い"、"歪な"とか、そういう感じの名称だと思われる、仮にそうだとすれば、いかにもアストラル系のモンスターが出そうな名称だが、出会わなければ問題はないし、何より常に消えている訳では無いので、視認出来る距離なら回避は出来るだろう。

今の時刻は13時27分、ゆっくりはしてられないし、暗くなればモンスターもリポップしてくる、周りにはプレイヤーもいないし、マップを頼りに進んでいけば、15時前には着くと思われる。

 

キリト「さて、行こうか──ん?」

 

前に進もうとすると、なぜか後ろから引っ張られる感触がする。エギルかと思われたが、そもそもエギルは俺の服を引っ張ってまで止めようともしないし、それこそ俺の名前を呼ぶだろう。そうなると、残るは──

 

キリト「──アスナ?どうした?」

 

アスナ「」ビクッ!?

アスナ「え、なな、何?!」

 

キリト「いや...なんでそんなに驚いてるんだ...?」

 

アスナ「な、なんでもないよ?」

 

...怪しい。なんでもないなら何故あさっての方向に目線を向けているのか。

──まさか?

 

キリト「──アスナ」

 

アスナ「な、何よ」

 

キリト「もしかして...お化けが苦手なのkむごっ」

 

──苦手なのか?と言い切る前に、閃光の如く口を塞がれ、その衝撃で気絶しそうになるが、何とか持ち堪える。この反応は...黒だな。

アスナは恐らくお化け...アストラル系のモンスターが苦手だ。普通のRPGならアストラル系モンスターは、精神生物。つまり、打撃や斬撃は効かないし、何より暗い場所に出現するので、足元が安定していないと、モンスターに気を取られて死──なんてことも有り得てしまう。

対処法としては、魔法攻撃をすれば倒せるのだが、この世界に魔法という概念がない。だからこそ、方法という方法がない、が、そういう時の為に《除霊結晶》という結晶が存在すると言われている。そう、言われているのだ。それはつまり、誰一人として見つけたことがない、ということだ。情報が無ければ、探す術も、見つける術もない。お手上げだ。が、光には弱いので、《ランタン》を使えば隙を晒すことが出来る──一応これを使って倒せないことはないが。

それはそれとして、アスナをどうするか。このままだとここから動けない。それどころかメイルの安否すら確認が出来ない。そうなってくると、先ずはアスナを宥めるのが先だろうか。

いつの間にか口から手を離されていたので、話せるかどうかの確認を取る事にした。

 

キリト「ア、アスナ〜?アスナさ〜ん?」

 

アスナ「...」

 

アスナはずっと震えており、且つ無言を貫いていた。怖いのはわかるが、今はまず先に進まなくては──と思うが、やはりアスナは動かない。とりあえずアイコンタクトでエギルに助けを求めようとするが、エギルは知らんぷりをするようにメニューを開いていた。どうやら装備の点検をしているらしい、それは感心するが、この会話を1番隣で聞いているはずのエギルが反応無しなのはちょっと許せない、後で覚えとけよエギル...。

しかし何時になってもアスナは震えたまま動かない、仕方ないので強行突破だ。

 

キリト「──アスナ」

 

アスナ「...」

 

キリト「大丈夫、俺が守るよ──だ、だから、先に行こうぜ?」

 

──我ながら気にかける言葉がちぐはぐで、自信もない弱々しいくらいの強さだった。

...だからエギル、こっそりと溜め息をつかないでくれ、恥ずかしくなってくる...。

羞恥心すら飛ばされないゲームの風に、俺はつい無言になってしまう。が、それもひとつの弱々しい笑い声で飛ばされた。

笑い声の主はアスナ、笑い声といっても、対して大きくもない声だ、小さく笑っていた。

その光景に俺とエギルは、少しだけホッと胸を撫で下ろす。

 

アスナ「ふふ...ありがとう、キリト君。でも大丈夫──」

 

アスナは俺に近づいて──

 

アスナ「今度は、私があなたを守る番だから」

 

とだけ呟き、アスナは歩き出す、俺は呆気に取られていたが、エギルが肩に手をポンっと叩くと歩いていった、その衝撃に引っ張られ、ハッ!と己を取り戻す。

もう既に置いていかれているが、そこまで距離はない、が、このまま普通に歩いていけば置いていかれてしまうので、俺は走って、2人の後ろ姿を眺めながら追いつくのだった。

 

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第33章 –歪んだ森–

 

ここは第53層《ディファト》にあるフィールドイベント、"歪んだ森"

いかにもアストラル系モンスターが出そうな雰囲気を醸し出している。と、いっても、それは分からない、普通のフィールドは1種類のモンスターだけが出るとは限らないからだ。

今考えついているのは"アンデッド"、"亜人"など、少しホラーチックなモンスターが出現すると思われる。何せ禍々しい、或いは毒々しい雰囲気を感じる森だからだ、だが確証はない。

俺達は今、そのフィールドイベントへと足を運んでいる、勿論迷宮区に向かう為だ。第35層《ミーシェ》の時とは違い、専用の地図が無ければ迷うことも無さそうだ、マップも反応しているし。

そういえばアスナの調子は──と思い、彼女の方へ向くと、アスナはやはり少し震えてはいたが、それでも前を向いていた、先程のようなか弱い女性ではないと主張しているようにも思える、俺はそれすらも頼もしく思えたのだ。

そう、思えた、アストラル系モンスターを見つけるまでは。

アスナの悲鳴から始まる【エラーアンドラン】、俺達は現在進行形でフィールドを走っていた、というより、ゴーストから逃げていたのだ。事の発端は数十分前に遡る──

 

–––––––––––

 

キリト「割と暗いな...」

 

迷宮区に向かう為に"歪んだ森"へ入った俺が放った第一声はそれだった。

フィールドにある森林地帯は大体明るいのだが、この"歪んだ森"の明るさは割と暗めに設定されている、お陰で何も見えない訳では無いが、少し視認しずらい。それこそ《視認スキル》の派生スキル《明眼》の熟練度を上げる必要がある。このスキルは俺もよく知らないが、何でも全てを見透すことが出来るらしく、明るさ補正だけじゃなく、熟練度を上げればモンスターの位置、宝箱の位置などを見透すことが出来るらしいのだ。トレジャーハンターに必須のスキルらしい。ちなみに、アルゴも取っている...という噂だ。

それは兎も角、この暗さではマップがあってもまともに探索が出来ない...とまではいかないが、しにくいのは確かだ、だがしかし、この時に使えるのが《ランタン》だ。《夜光石の欠片》を燃料として使用するオブジェクトアイテムだが、実は最後に使用した時からアイテムを補充するのを忘れていた為、少なくともあと30分から1時間程度しか保たない。一応このフィールドを越えるだけなので問題はないはずだ。

──ただひとつを除いて。

俺の後ろを引っ付くように歩いている相棒《アスナ》。この"歪んだ森"に入る前、少し驚きな一面が見れたのだ、それがアストラル系モンスターが苦手。という一面だった。本当に女性とは思えない程凛々しく、且つ気品さがあるアスナも、元を辿れば1人の人間で、そして1人の女の子なのだ、アストラル系のモンスターが苦手でも仕方がない。俺だって苦手なモンスターがいる、流石に言えないが。それは兎も角、アスナの歩行に合わせないといけないので、より時間が掛かってしまうが、アスナのことを「守る」と言ってしまった手前、ここで急かすのは違うような気がする。

それに俺の隣にいるエギルも何も文句を言わずに歩いているし、子供じみた我儘は言ってられない。だからこそ今懸命に歩いているのだ...が、何やら少し悪寒がする、この世界で風邪のような症状...というより、デバフは見たことがない、一応《凍傷》という状態異常が存在するが、それとこれとは効果が違う。

 

キリト「──なんか、寒くないか?」

 

エギル「...そうだな、まだ肌寒いくらいだが」

 

キリト「──いそうな雰囲気ではあるな」

 

アスナ「」ビクッ!

 

キリト「...」

 

アスナが反応する度に、俺も少し震える。そして気のせいかもしれないが、少しづつ下の方に引っ張られてる気がするのだが、これもきっと気のせいだ。ウン。

──いや別に分かっててやってる訳じゃないんだ、本当に。

 

アスナ「...しょ」

 

キリト「え?」

 

アスナがボソボソと呟くので、聞き返してみると

 

アスナ「もう走りましょ」

 

と、堂々と言ったのだ。

俺的には助かるが、アスナは大丈夫だろうか、明らかに目が死んでいて、且つ血迷っているような気配がする。何となくだが。

 

キリト「──おわっ!?」

 

微妙な声で発した言葉はアスナに届かず、ただ俺は引っ張られていた。そう、引っ張られていた。

アスナはずっと俺の服──《コート・オブ・ミッドナイト》を掴んでいたのだが、それさえも忘れて引っ張られていた。後ろ側を掴まれていたので、そりゃまぁ普通に走ることも出来ず、ただただ俺は片足ジャンプでバランスを保ち続けることしか出来なかった。

ちなみにエギルはというと、普通に追いかけてきていた──あの巨体が無言でこちらに走る姿をみると何故か恐怖を覚える。本当に何故だろうか。

そういえば今気づいたのだが、アスナは走ってる訳じゃないんだよな?早歩きくらいだよな?なのに何故エギルは走ってるんだ?待ってくれ、確かにアスナは《SP》を《俊敏》に振っていると聞いたが、それでもこんなに速いのか?或いは現在アスナが装備しているのが軽装だからか?...その辺は分からないが、それでも速すぎる。それにこのままだと何かにぶつかるだろうし、共有されているとしてもアスナはマップを開いていないのだ、危険過ぎる。

さっきので分かってはいるが、流石に片足ジャンプで保ち続けるのもキツイので、アスナに声をかけてみることにした。

 

キリト「おーい、アスナ──」

 

〘キャアアアアアアア!!!!〙

 

──悲鳴じみた声が、森中に響き渡る。その発信源は、俺の後ろにいるアスナ。

何故彼女が悲鳴じみた声をあげたのか、それは簡単だ。彼女の前にいる"モンスター"は、明らかにこの世ものじゃないからだ。そう──

アストラル系モンスターの...ゴーストだ。

 

アスナ「...ぁ」バタン

 

か細い声が響いたと同時にアスナは気絶してしまった。本来なら有り得ない気絶。だが、余りの恐怖に気絶してしまうケースも無くはない。俺は初めて見たが。その場合目覚めるまで何処かの宿屋や、安全地帯に寝かせておく必要がある。少なくともどのエリアにもあるのだが...今はそういう状況ではないことは確かだ。目の前にいるモンスター。こいつを先にどうにかしないといけない、モンスターだけなら俺とエギルで対処出来たが、その近くに《アスナ》がいる。それはつまり──

 

キリト「──エギル」

 

エギル「──あぁ」

 

エギルがアスナを背負い、おんぶの状態になる。そして俺とエギルは、ゴーストから目を離さないようにして...

 

キリト「──逃げるぞ!」

 

俺が叫んだと同時にエギルは後方へ走り出す。俺も続けてエギルが向かった方へと走り出した。

 

–––––––––––

 

という出来事が起こり、今も尚走り続けている。アスナはというと、未だに気絶していた。一先ず安全地帯へ向かわなければならない

その為にはマップを使って調べる必要があるのだが、アスナに引き摺られた時、誤って右上の×ボタンを押してしまい、マップを閉じてしまったのだ。走りながら再度開けないことはないが、メニューがブレて少し開きにくい。

先程から試してはいるのだが、それでも難しい

何度やっても出来ないので、今は諦めて走るしかない。

 

キリト「エギル!まだ、行けそうか?!」

 

エギル「まだ行けるぜ...と言いたいが、アスナを背負ってる以上、この後攻略戦があるのならば体力を消耗出来ない!最悪このゴーストを倒す必要があるぞ!」

 

キリト「そうか...!」

 

エギルの言う通り、この"歪んだ森"を越えたら迷宮区がある。それはつまり、そこに"メイル"がいるかもしれないし、仮に行けなくても集合時間が迫る。エギルは兎も角、俺とアスナは入団したばかりの新参者だ。そこまで厳しくはないだろうが、せめて10分前には居ておきたい、メイルのことも調べたいし。

走りながらもメニューは開けるので、開いて時間を見てみる。ブレててよく見えないが、今の時刻は──

 

──14時05分。

 

つまり、集合時間まで残り55分しかない。

この状況で集合場所に向かうのは至難。せめて未だに追いかけて来ているゴーストをどうにか出来れば...一応方法はないことにはないが、今の現状では出来ない、それに、やるにはアスナの力が必要だ。

だからこそアスナには今すぐにでも覚醒して貰いたいのだが、気絶した本人はどう足掻いても気づいて貰えることが出来ない、本人が還ってくることを祈るしかないのだ。

 

エギル「...これ以上逃げてもキリがないぞ...!」

 

確かに、これ以上逃げても意味が無い。それこそ、あの方法を使うしかない

数秒の思考で俺は決めた。

 

キリト「エギル!」

 

キリト「俺が今から時間を稼ぐ!その間にマップを開いてアスナを安全地帯へ行ってくれ!」

 

エギル「おいキリト!」

 

キリト「今はそれしかないんだ!頼む!」

 

エギル「...了解した」

 

エギルは俺の眼を見ると渋々了承してくれた、過去にも同じような無茶振りをエギル達に伝え、それでも渋々了承していたっけな。本当に頼もしくて、分かり合える友人だ。無論こんなとこで死ぬ訳にはいかない。

俺は左手に持っていた《ランタン》をゴースト──《Raktavija》に向けて見せびらかす。すると《Raktavija》は怯み、うっすらと消え、俺が求めているものが露わになった。それは核だ。アストラル系モンスターであるゴーストの殆どには、《コア》というものが存在する。《コア》を破壊することにより、ゴーストは存在を保てなくなるのだ。それはつまり、魔法のないこの世界でもゴーストのような精神生物のモンスターを倒すことができるようになる、ということだ。

──実はこれも、今思い出したもので、ずっと忘れていたもののひとつの知識だ。

確かこの情報は《情報屋の鼠》のアルゴに教えてもらったもので、第19層《ラーベルグ》のゴーストの対処法を教えて貰っていたのだ...勿論、金は取られたが。

何故かアルゴの顔を思い出すが、首を横に振って今は目の前のことに集中する。未だに怯んでいるゴーストを観察し、ゴーストにある《コア》位置を確認する。

《コア》は必ずゴーストのどこかにある、またゴーストによっては《コア》の色も様々で、赤、青、緑...などがあり、色によってどのレベルなのかが分かる。

 

(《コア》の色は主に5色に別けられる

 

赤:弱めに設定されたモンスター

 

青:少し強化されたモンスター

 

緑:かなり強化されたモンスター

 

黄:中ボス級モンスター

 

無:ボス級モンスター

 

──という風に別れている、ボス級モンスターの色は無色だが、場所が解らない訳では無い、輪郭が薄らとだが視える)

 

このゴーストの《コア》──《Raktavija》は《黄》のようだ、つまり...中ボス級...らしい…正直に言えば、現在最前線であるこの層のボスは、中ボスでも恐ろしく強い。

一応この層の適正レベルではあるはずだが、それでも1人で戦うのは危険だ、もちろんそんなことは分かっている、分かってはいる、でも、ここで逃げ続けていても、埒が開かないのは一目瞭然。だからこそ、今はアスナの命が最優先だった。

 

キリト「(3カウントで突っ込む...!)」

 

...3...2...1

 

とカウントを数え、0となった瞬間に突っ込む──という時に、突然『待って!』と、高めの声が響き、今正にソードスキルを発動させようとした体を反らせ、ゴーストから離れる為に足の力を力強く踏みしめ、バク宙をする。《ファンブル》とまではいかないが、ソードスキルを《キャンセル》させることは出来た。

声の主を探す為、辺りを見渡すが、その姿は何処にも見えない。まるで声だけが脳内に響いているかのようだ。

 

キリト「(誰だ...?)」

 

と疑問に思うが、今は目の前にいるゴースト《Raktavija》に集中したい。

先程の声を掻き消すように頭を横に大きく振ると、自然に消えていく

──これで集中出来る。

と思った矢先に、また声が響いた

 

『──落ち──着い──てくれ!』

 

よく聞くと不思議な声は途切れ途切れになっており、時折砂嵐のようなノイズが聞こえてくる。このままでは集中どころか、音で立つことすら難しくなる。何やら向こうで言い合いをしているようだが、ノイズが酷くなっていき、聞き取れない、それにあのゴーストもこちらに向かって来ている...不味い、本当にこのままでは...死──

 

––––––––––––

 

エギル「幾ら走っても出口が見えないぞ...どうなってやがる...!」

 

あの場をキリトに任せてから、数分が経った

俺はアスナを背負いながら未だに走っていて、マップを見ながらなのに幾ら走っても出口が見当たらない。

それどころか同じ場所を走っているかのような現象に陥る。まるで迷いの森のようだ。

しかしここは"迷いの森"ではなく"歪んだ森"、仮に似たような現象──いや、フィールドイベントがあったとしても、先ず被ることはない。それどころか、方向感覚が失うようなイベントはないし、それならば入口付近にいるNPCに専用の地図を買うように促されるはずだ。

なのに、その付近にはNPCがいないどころか、小屋すら無かった。或いは主街区にクエストとして出てきた可能性もあるが、その可能性はまず低い。理由は単純で、そのようなクエストは無いからだ。まずそのようなクエストがあるのならば、あの《情報屋》──アルゴが真っ先に調べて、それを攻略ブックとして転移門付近で頒布しているはずだ、なのに載ってすらない、それどころか似たようなクエストすらなかった。そもそも第53層が解放されてから既に2週間程経っている。奴ならばもう既に完成させていて、出版しているはずだ。

無論、ある。第53層攻略ブックは存在する。もう既に出版済みなのだ。が、それを隅々まで読んだものの、それらしいクエストは見かけなかった。或いは見落としていた可能性もある。仮にそうだとしたら、また問題が現れる...それが、現在に至る現象のことだ。

幾ら走っても出口が見当たらない、これがバグだとしたら、致命的なんていうレベルじゃない。そして、ここでは不幸なことに《転移結晶》が"使えない"。

そう、《クリスタル無効化エリア》だ。このエリアでは、《回復結晶》、《解毒結晶》を含む、ありとあらゆる結晶を無効化する。

まさかこの場所だとは思わなかった、更に、これも情報屋のブックに載っていなかったのだ。恐らく試していないのだろうが、俺達プレイヤーにとって"情報"というのは命綱でもある。この件に関しては、また後日言っておき、あの攻略ブックに訂正を促しておこう。

 

エギル「まだ着かないのか...!」

 

幾ら走ってもやはり出口は見当たらない

このまま走り続けても、何れ体力が尽き、アスナを背負ったまま倒れてしまう可能性がある。

キリトに頼まれてしまった以上、ここで倒れるのも、諦めてしまうのは良くないだろう。だが、このままでは体力どころか疲労で動けなくなってしまうのはもう見えている。先に安全地帯を見つけ、アスナの回復を待つしかない。

しかし、もう何度言ったかわからないくらい、ずっと迷い続けている。このままでは、本当に──

 

『──て』

 

その時、どこかで声が響いた。

情報量が多く、且つ埒が明かないので一旦走るのをやめ、声の主が誰なのかを見つけることにする。

アスナが起きたのかと思えたが、アスナは未だに眠っているし、起きかけた訳でもなさそうだ。それならば、この声の主が誰なのかが不明。ならば、警戒を解くわけにはいかない。

左右を見ても、声の主が現れるどころか見当たらなかった。

──何処にいやがる?

 

エギル「...」

 

アスナを背負っているので、斧を抜刀し、戦闘態勢には入れない。だが、警戒を解かない限り、いざ敵が来ても反応さえ出来れば逃げることが出来る。幸いにも、止まったお陰で体力が少しづつ回復しているので、まだ安心だ。

しかし、この声の主は誰なのか。聞き慣れない声...というより、音声だ。機械音...いや、ノイズで構成されている。まるでラジオのようだ。

 

『──聞こえ──か?』

『──聞こえ──て──ください!』

 

目を閉じ、耳を澄ませば、ノイズのような音が少しづつ緩和していき、ひとつの音声として構成されていく。

 

『──お願いします!返事を、してください!』

 

エギル「今聞こえたぞ!...お前は──一体──!」

 

––––––––––––

 

あの時、何が起こったのかはわからない

謎のノイズが脳内に響き、立ちくらみを起こす程酷く、本格的に、死ぬかと思った。

どうやら俺も気絶していたらしく、気づけば何もかもが終わっていたのだ。

あのノイズの正体も、あのゴーストも。結局分からずじまいだ。

 

キリト「...」

 

まだ脳の情報処理が追いついていないのか、俺は未だに呆気に取られていた。そりゃそうだ、己も気絶してしまい、且つ何が起こったのかさえ分からなかったのだから。

まさか俺自身も気絶するとは思わなかったが、未だに演算処理をしている脳を中断させ、切り替えることにする。ここで立ち止まっても何も変わらないしな。

 

キリト「さて...うん、マップも大丈夫そうだ」

 

とりあえず俺は寝転がっていた体を起き上がらさせ、座ってメニューを開く。マップを見るが、特に問題もなく、正常に起動していた。ずっと迷い続けていたこの森も、使っていたはずなのに使えなかったこのマップも。

まるで歪んだかのような現象に包まれ、最終的には気絶し、そして何が起こったのか分からずじまい。これをどうやって理解しろというのか。

そんな事を考えつつも、俺は気絶する前のことを思い出そうとする。だが、フィルターのようなもの...いや、モヤがかかり、思い出そうとしても霞んで見えなかった。

確か謎の声...いや、ノイズのような雑音で構成された音声が、俺の頭に直接響いたのは覚えている。その時、そいつはなんと言ったか...えーと...

 

【『──落ち──着い──てくれ!』】

 

...どこかで聞いたことがあるのだが、これも思い出せない。本当に──どこかで──。

うーんっと悩んでいると、どこか遠くでサッサッサッ...と草むらを歩くような音が聴こえた気がした。周りを見渡すが何もなし、先程の謎の声の主が現れたのかと思えたが、それはないと思える。何となくだ。

それはそうと、これは《索敵スキル》が反応したのだろう、ということは、誰かプレイヤーが近づいて来ている可能性がある。俺は立ち上がり、背中に背負う頼もしい重さを持つ剣の柄に手を当て、足を広げて警戒をする。ゆっくりとこちらに向かって来るので、謎の緊張感が増していく。

まだ相手の人数を把握出来るほど《索敵スキル》の熟練度は高くない。それに《索敵スキル》などの補助系スキルは常時発動していても上がりにくい、だからこそモンスターがいる場所で修行...いや、熟練度を上げる必要がある。

謎の緊張感により冷や汗が垂れ、これでもかと鼓動が速く、高くなる。

サッサッサッ...と草むらを歩く音は次第に大きくなり、1度消えたと思うと急にテンポが速くなった。これは...走っているのか...?

また更に緊張感が増し、最早俺は剣の柄を握っていた。というより、もう既に抜きかけていたのだ。俺の武器──《エリュシデータ》はシャリィ...と金属のような音を響かせている。

先程予想した《アンデッド系モンスター》の《ゾンビ》かもしれない、それだと不死属性がついてそうだが。

それでも、少しづつ大きくなる足音に連れて、俺は更に武器を抜いていく、そして最終的に抜刀していた。

武器を水平に構え、前屈みになっていく。そしてひとつ、声をかけてみる。

 

キリト「──そこにいるのは誰だ」

 

返事を待っていると、数秒遅れて返答が帰ってきた

 

エギル『俺だ、キリト』

 

キリト「...エギルか」

 

エギル『向こうで出口を見つけたぞ、あっちに向かおうぜ』

 

──エギルか、と思い、安堵する。だが、何かが俺の中で引っかかっていた。

...こいつは"本当に"《エギル》なのか...と。

何故かはわからない、だが、俺の直感がそう告げていたのは確かだ。だからこそ俺は未だに警戒を解いていなかった。

 

エギル『どうしたんだ、キリト』

 

キリト「...お前は誰だ」

 

質問、いや疑問を問いかけると数秒遅れて返答が帰ってくる

 

エギル『──おいおい、誰って、俺はエギルだ。忘れたのか?』

 

帰ってきた答えは、肯定ではなく否定。そりゃそうだ、誰だって「お前は誰だ」と問えば疑問と共に怪しまれるだけだ。

だが、俺はこいつを信じてはいけない気がしたのだ、無論これは直感で、理由も、アリバイも、根拠すらもない。

だからこそ、俺はこの上怪しんでいる。

 

キリト「...俺はお前についていかない」

 

エギル『子供か、お前は...ホラ、さっさと行くぞ』

 

キリト「──アスナはどうしたんだ」

 

エギル『アスナ?...あぁ、アイツならもう出てるぞ』

 

キリト「...」

 

エギルは俺に近づいて来る、ゆっくり、ゆっくりと。その姿はあの《アンデッド系モンスター》の《ゾンビ》のよう、だけど《ゾンビ》とは違う、歩き方がぎこちない。まるで──

 

キリト「──まるで、"化けてる"みたいだな?エギル...いや、《Raktavija》」

 

エギル『...』

 

エギル?『...何を言ってるんだ、キリト、その証拠は──』

 

キリト「証拠ならある」

 

キリト「まずひとつ──エギルは決して約束を破る男ではない」

 

キリト「ふたつ──アイツはぎこちない動きをする程この"世界"に不慣れではない」

 

キリト「みっつ──エギルはアスナのことを"アイツ"とは呼ばない」

 

キリト「そしてよっつ──エギルは俺を催促するような男などではない!」

 

言い終わると目の前にいる"奴"は、下に俯き、プルプルと震えていた。もし仮に、エギルが本物だとすれば、ちょっと怪しまれるどころじゃ無くなるだろうが、それでも構わない──少し顔を合わせにくくなるが。

でも、それでも、俺はひとつの"可能性"に賭けていた。根拠も、証拠も、全てが弱い。でも、証言だけは、絶対だ。嘘偽りの無い、正真正銘の"可能性"を、俺は信じている。神などではなく、俺自身に。

 

キリト「──さぁ、どうなんだ《Raktavija》」

 

エギル?『...』

 

エギル?『何故、分かった』

 

Raktavija『全てが、完璧だったはずだ』

 

Raktavija『私は...私は...!!』

 

《Raktavija》は怒りに満ちた声で、俺を睨む。まるで計画が全て台無しにされたかのように。

ずっと構えていたお陰で、一応戦闘態勢には入れている。もし戦闘になれば、例えゴースト相手だろうと、数分は持つだろう。

 

Raktavija『私は...!お前さえいなければ...!!』

 

《Raktavija》は怒りに満ちた声から憎しみに満ちた声に変化し、ヒシヒシと伝わってくる。これは──そう、《ラフコフ》の奴から感じた《殺気》だ。あれと同じ気配がする。

また更に冷や汗が垂れるが、俺の顔は、怒りに満ちてはおらず、だからといって喜びに満ちた顔はしていない。そう、これは──

 

"愉快"だ

 

長らく感じていなかった、その"感情"

決して楽しいとも、面白いとも思わない場面で、俺はそれだけを感じていた。

まるで、俺自身が操られているかのように。

...気づけば俺は動き出して、奴に斬りかかっていた。奴は動かない、だがそれでもこちらを見ている、俺は終わりのない攻撃を続け、疲労で倒れるまで、同じ攻撃をし続けていた、それはそれは、大層愉快な"歪な戦い"だったという。

 

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第34章 –絵空事–

 

「──嫌だ...まだこんなとこで諦める訳には...いかないのよ...っ!!」

 

その言葉を発したのは、1人の女性。

その声は、焦りに焦った声──即ち、動揺している声を発するプレイヤーが、何かを探し求めるように、そこらじゅうを走り回っていた。そのプレイヤーの名は《アスナ》。

彼女が探し回るようになってしまった経緯は、森に入った所から始まる──いや、始まっていた。

 

–––––––––––

 

アスナ「──ここ、本当に森...なの?」

 

とても森とは言えない...訳では無いが、それで片付けられない程、この場所は荒れていた。

どう見てもこの森自体が不自然だからだ。不自然、と言っても、それは簡単に決めつけられるようなことじゃない。

理由は簡単で、ここのフィールドが関係している。このフィールド名は《幻惑の森》。この名称がどういう事かを説明すると、この森に入ったプレイヤーには様々な幻惑...いや、錯覚を視せるようで、一度視せられたプレイヤー、モンスターはこの森から出られるまで、一生彷徨い続ける──と、第53層の攻略ブックに書いていた。無論、その事実を頭に入れて置いたものの、対応出来ぬまま今に至る。

だって、入った瞬間こうなってしまったのだから仕方がない。それに、あの攻略ブック、ここのフィールドについての攻略法が書いていなかった。誰が発行しているのかは知らないけど、その辺はしっかりしておいて欲しい。

仕方ないので、私は後ろにいるはずのキリト君とエギルさんに相談する為話しかけることにする──

 

アスナ「...え?」

 

キョトンと、目が丸くなる。その理由は

──誰もいなかったからだ。

それどころか、そこまで奥に入っていないはずなのに、出口も見えなくなっている。

まさか──

 

アスナ「──迷った...いや、幻惑にかかったの...?」

 

もしそうならば、計算違い。そして、危険状態だ。仮に今私の体...いや、この器が幻惑にかかったとしたら、私達の体はどうなっているのだろうか。

幻惑にかかったまま歩いているのか、或いは眠らされているのか...その辺は定かではない、でも、それを調べる方法は、今はないのだ。

その場合、意識の無いままモンスターや他プレイヤーにやられてしまう──と思ったけど、その辺はシステムによって守られているらしくて、昔キリト君から聞いていたのだけど、その名称は忘れちゃった。

でも、このシステムは優秀なもので、そのシステムがあるフィールドに入っている間、パーティメンバー以外のプレイヤーとはエンカウントしないらしい。これだけ見れば殺されないと分かって安堵が出来る──けど、優秀なもの程欠点が光ってしまう。それは、現在この状況で、他のプレイヤーに助けを求められないこと、そして何よりも──

 

アスナ「──やっぱり、送れない」

 

...何よりも重要なのが、DMやIMを使って、現在の仲間──キリト君とエギルさんに連絡が取れないことだ。

これがどういう意味を指すか。答えは簡単で、連絡が取れなければ合流するのも不可能、それどころかこの場所から出ること自体が不可能となってしまう。それはつまり、詰み...というやつなのだろう。

──正直に言えば、絶望でしかない。

でも、諦める訳にはいかなかった。きっと、守るべき人...キリト君も、同じことを考えているはずだから。そう思うと、不思議と勇気が湧いてくる。この"守りたい"という感情は本物。だからこそ、私は皆を守る。そして、彼を──向こうの世界へ帰してみせる。

 

アスナ「その為には...行かなくちゃ、ね」

 

何事も行動してみなければ、何も進展しない。

それを実行する為の勇気は、さっき貰えたんだ、だから私は、前を向くことが出来るの。

ねぇ、キリト君。エギルさん。2人は何処にいるの?いつもなら、私を探しに来てくれる2人。エギルさんは兎も角、キリト君が血眼になってまで、真っ先に探しに来てくれる。それが嬉しかった...まぁ、当の本人は覚えてないだろうけど。

それでも、私は分かるんだ。この状況からどうするべきなのかを。

答えは簡単、というより、これ以上に思いつくことがない...訳では無いけど、これを優先すべきと、私の中でずっと響いていた。それが──

 

アスナ「──探しに行かなくちゃ」

 

私は森の深部へと歩いていく。

この森の名称──《幻惑の森》で察するに、奥に進む程、幻惑が強くなると思う。でも、きっとキリト君は前へと進むはず。勿論エギルさんもね。

だからこそ、私はここで立ち止まってはいけないんだと、私が私の背を押すのだ。

──心の奥底に眠る、もう"1人"の私。この存在に気づいたのは、殆ど最近のこと。

なんだかこの声には、励まされる気がするんだよね。だから、迷った時はこの声が私の背中を押してくれる、手助けをしてくれる。

このゲームにログインしてしまったあの時より、勇気は、段々上へと登って行くに連れて、犠牲者が出るに連れて、薄れていた私を、勇気が無かった私を、進む道を示してくれた。全ては、この声が私を創っていると言っても過言ではない。

だけど、この声に励まされているだけじゃダメだ。せめて、2人を助けてから、どうやって脱出するかの会議をしよう。実はこの森に入ってから、時が止まったかのように、メニューに表示されていた時間が止まっているのだ。これなら、計画も沢山練られる。だから、私は進むんだ。

──それでも、心の声は私を励ましてくれる。私には聴こえるんだ『頑張れ』って。

...傍から見たら、変な人に見られてしまうかもしれないけど、本当だよ?本当だからね?

...ま、まぁそれは置いといて、こっからが本題。

とりあえず歩き始めたはいいものの、どうやってキリト君やエギルさんを見つけるか...計画性に関しては、どうやらキリト君のが移ってしまったみたい。ほぼ無計画だもんね...いや、それも私と会うまで、だったっけ。第25層の時に──

 

アスナ「...っ!?」

 

思い出に浸ろうとした私を遮り、急に辺りが揺れ出す。が、少しすると揺れは治まったようだ。

地震...?かと思ったけど、今までこの世界にいて、地震が起こったことなんて無かった。いや、有り得なかった。だからこそ私は冷や汗が頬を伝っていくのを感じている。

こういうことが起こるイベントは、大概危険なことが起こる。それはつまり──

 

アスナ「──キリト君...!エギルさん...!!」

 

気づけば走り出していたが、そんな事を悠長に考えていられなかった。私は、このイベントを前に見たことがある。いや、似たようなイベントを体験したことがある。だからこそ、私は走り出していたのだ。

今回も、そういうイベントだと直ぐに理解出来た、いや、してしまった。

...逆に理解して正解だったのかもしれない、だって、理解しなければ、2人を助けることが出来なくなってしまうから。

 

アスナ「お願い...間に合って...っ!」

 

息を切らしながらも私は願った、もう二度とあんな体験は嫌だからという、自己満足と、あの悪夢のようなイベントを解消したいが為に。

あの時は、寸前で間に合わなかった、だから、だから...今度は間に合ってみせる...!!

だからお願い...待ってて、今、行くから...!!

 

──このイベントは...

 

アスナ「──【《不可侵条規戦闘》】...!」

 

–––––––––––

 

どれくらい走ったんだろう

メニューの時間は止まっており、何分、いや何十分、はたまた何時間走ったかは分からない。

それなのに、目の前のことは一向に進展せず、ずっと同じ景色が写るのみ。気づけば私の口からは、悲鳴のような嗚咽を、ただひたすらに出すだけだった。

何故こうなってしまったのかも分からず、でも決して諦めなかったのは確か。けれど、進展しない事実に打ちのめされ、私は徐々に足の動きを遅めて行っていたのだ、そう、まるで──『これ以上は、無駄』だと──。

決して諦めてはいけない、そんな事は分かってる。でも、何も進まない世界に、私は飽き飽きしていたのだ。

"何か"の変化を求めている訳じゃない、けど、"生存"の変化を求めている。未だに逢えない2人の安否を。

今はこのフィールドイベントがなんなのかなんてどうでもいい、私はただ、2人の安否を知りたいだけ。でも、そんな勇気も、根気も、何処か遠くで消え失せていた。完全に折れてしまった勇気は、もう、直せない。もう、立ち上がれない。

...そう実感すると、私の足の力が抜けてしまい、膝から崩れ落ちるように倒れていく。すると、私の中で、何かが千切れるような音がしていた。

その音はミシミシ...と、まるで木の板が折れそうな音を立て、次第に大きくなっていく──いや、響いている。これはなんだろう、分からないよ、助けて...メイルさん...エギルさん...助けて...キリト君...。

私が思い浮かんだ人は、誰も安否確認が出来ていない人。アバターという仮の体を持ったプレイヤーだけど、本物の人間の心を宿した大事な仲間。そして、守るべき人達。でも、守るべき人達はそこには居らず、それどころか、無事かどうかも分からない。

せめて、私だけでも諦めちゃダメだって思ってた、でも、ダメだった。幾ら探しても、無くしてしまった物は、もう見つけられない。最初に意気込んでいた勇気も、根気も、性根も。

だからもう、諦めてしまおうかと思った矢先に、不意に世界が揺れた。

...嘘、こんな事無かったのに..."2回目"のイベントなんて...と、私は思った、だって、過去にこんな連続するイベントは無かったし、それに今の揺れで、何かの声が聞こえて来るから。

雑音のような、雄叫びのような。そんな音が聞こえてくる。所謂これは"ノイズ"と呼ばれるものだと思う。

その音は、私の中に、脳内に響いているようで、耳を塞いでも、頭を抱えても、決して消えることはなかった。

 

アスナ「やめて...ッ!やめてよ...ッ!」

 

どれだけ嘆いても、どれだけ悲願しても、決して潰えることのない"ノイズ"に、私は頭を抱え、前へ前へと倒れ込んで、最終的には悲鳴のような声をあげていた。その声は、私の耳まで響いている、でも、その声は悲鳴なんかじゃなかった、獣のような、荒々しい唸声のようだったのを覚えている。

それでも鳴り止まないノイズに、私の精神が崩れていくようで、少しづつ削れていた。もう誰でもいい、誰でもいいから。助けて欲しい。あわよくば、あの2人だけでも。

 

アスナ「──ぁ」

 

そう願ったタイミングで、私の意識は薄れていくのを感じる。瞼が重くなり、少しづつ暗くなっていくのが分かった。嗚呼...このまま死ぬのかな...。

──叶うなら、こんな世界には負けたくはなかった。こんなバカみたいに精神を壊され、穢され、挙句の果てに幻覚を視せられて。

 

もう...叶わないの?

 

ねぇ...どうすれば良かったの?

 

教えてよ...誰か...。

 

誰か...。

 

少しでも足掻こうと腕を伸ばそうとするが、力が入らず、上げようとしてもまた下がってしまう。

 

アスナ「...キリ...ト...く...ん」

 

守るべき人の名前を、相棒の名前を、愛する人の名前を、口にした...が──無駄な足掻きをしていた私は、何も出来ないまま暗い暗い、闇の中へと意識が取り込まれてしまったのだった。

 

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アスナ『──ぅ』

 

目が覚めると、私は見知らぬ場所にいた。

あのデスゲームから脱出出来たのかな、と思い、体を起き上がらせるけれど、着ていた服は病院のものではなく、何処か見たことがある服。そしてここは、何処かの宿屋らしく、私はここで寝ていたみたい。

 

アスナ『ッ!』

 

頭痛がして頭を抱えるけど、その痛みは直ぐに止んだようで、私は何をしていたのだろうか...あと、ここは何処なんだろうか...と考えることにしたけど、思いつくことがない。

何故か記憶にモヤがかかり、思い出そうとすればする程記憶が薄れていく。仕方ないので一旦思い出すのは諦めて今の現状について考えることにした。実は先程から気になっていることがあって、それが、今私がいる場所について。

心当たり...というより、私はここを知っている。"私は"覚えてない、でも、"私自身"は、憶えている。ここは...そう、ここは浮遊城"アインクラッド"の内部にある層のひとつで、何層かまでは分からないけれど、そう確信が出来た。根拠はない、でも、"私自身"がそう言っているのだから、"私"が信じるしかない。暴論だけどね。

──と、色々考えていると、ガチャ、と宿屋のドアが開かれる音がした。一瞬「誰?!」と思ったけれど、こちらに来たプレイヤーの顔を見て、私は驚愕していた。だって、そこにいるのは──

 

アスナ『キリ...ト...君?』

 

私の声とは思えない程の霞んだ声が、私の中から出てきた。

守るべき人だった、かの剣士──《黒の剣士》こと《キリト》君だったからだ。

と、言っても、顔付きはまだ幼く、かと言って、幼少という訳では無い。一言で言えば...そう、まるで一年前の過去に戻ったかのような。

ということは、ここは過去のアインクラッド...つまり、1年前の記憶となるだろう。となるとここは何処だろうか。頭を振り絞り記憶を捻っても何もなし、仕方ないので情報収集をする事にする。

 

アスナ『...ねぇ、キリト君』

 

キリト『どうした?アスナ』

 

アスナ『私──どうしてここにいるんだっけ?』

 

キリト君は一瞬驚愕を見せ、絶句していたが、少し俯くと彼は口を開いた

 

キリト『...先日、第27層の攻略が完了して、俺達はここの主街区──《ロンバール》の宿屋に泊まってたんだ』

キリト『...その時、アスナは倒れるように寝てしまって、今に至るよ』

 

──やっぱり、ここは私の中に眠る過去の記憶世界のようね。

1年前の私は、第27層《ロンバール》の主街区で倒れるように就寝していたようで、気づけば朝になっていた...そういえばそんな気がする。

とすると、これはなんだろう。この妙なフワフワ感は。まるで夢──そう、まるで【明晰夢】を見ているかのような。となれば、ここは夢世界なのだろうか?仮にそうなら私の思い通りになるかもしれない。そうと決まれば、早速──

 

キリト『...どうしたんだよ、アスナ』

 

アスナ『えっ』

 

キリト『次の層、行くんだろ?その為にレベル上げないと』

 

キリト君に話しかけられ、思考が中止されたかと思うと、次の層に行くためにレベリングの催促をさせられた。それは別に構わないのだけど、夢にしてはリアル過ぎるし、それにキリト君もこんなに積極的だったかな?

と、私の中で疑問が湧いてくる。

もしかして、私の中のキリト君は、実際こうなのかもしれない...と思う。

 

キリト『アスナ、もしかして...今日は行きたくないのか?』

 

キリト君は心配そうにこちらを伺っており、今回はレベリングを行くかどうかを聞いていた。

勿論、この辺りも探索したいし、だからといってキリト君と行かないのも名残惜しい。

それに、折角の夢世界だし、少しくらい堪能してもいいかなって思っちゃう。

 

アスナ『うぅん、行くよ』

 

キリト『そっか、じゃあ、俺は準備して宿屋の入口で待機してるから、ゆっくり来いよ』

 

アスナ『わかった』

 

キリト君はそう答えると、後ろを振り返りドアを開けてこの部屋から出ていった。

そういえば、ここが"ソードアート・オンライン"、ゲームの世界なら、メニューは開けるのかな

と思った私は、右腕を上げて、人差し指と中指を揃えて下方向にフリック操作をする。するとチリンと、鈴の音を奏でながらメニューが開かれた。

 

アスナ『...やっぱり』

 

キリト君の様子や容姿から分かってはいたけど、やはりまだあのデスゲームに囚われているみたい。まぁでも、もしこれが夢世界なら分かりきっていたことでもあるけどね。

私が目覚めたって、いるのは現実世界ではなく、あの"デスゲーム"だから。

それにしても、1番最初に出会う人がまさかキリト君とは...確か夢の内容は自らが願望する【願望夢】のことらしいけど、私はキリト君と一緒に冒険したいのかな...?

...その辺は分からないけど、キリト君を待たせているだろうし、そろそろ準備して行こうかな

と思った私は、ベッドから降り、メニューからPOTや装備の手入れを行い、準備を終えた。

 

アスナ『さて...と』

 

いつも通りの準備を終えた私は、ドアへと向かって外に出ていこうとするが、何故か開かない

 

アスナ『あれ?』

 

ガチャガチャしていてもやはり開かない。ゲームの世界でドアが引っかかるなんてことが有り得るの?いや、今までの経験上そんなことは無かったはず。さっきのキリト君だって開けられたじゃない!...でも、このままではキリト君の元へ向かうことが出来ない。どうしたものか...と思うと、ドアにベチャッ...と水のような音がした。咄嗟のことに目線を向けるとそこには血文字のようなものが描かれていることに気づく。

 

【ここはお前が望む世界なのか?】

 

アスナ『何よ...これ...』

 

突然の脅迫。

それに驚愕と共に後退りをしたが、同時に恐怖を覚える。この血文字のようなものは、アストラル系モンスターなどが描く文字なんかじゃない。

そもそもこれは日本語、モンスターが書けるはずがない...だからといってプレイヤーも書けない、そもそもここのドアは、パーティメンバー以外は入れないように設定しておいたはずだから。

それなのに、この恐怖心は何なのだろう。何か...何かを忘れている気がする...。

 

アスナ『助けて...キリト君...ッ!』

 

私は恐怖のあまり、目を閉じ、頭を抱えてしゃがんで私の"ヒーロー"の名前を呼ぶ。でも、彼は現れなかった。それでも私は、待ち続ける。

けれど、その希望も掻き消されていく。

 

アスナ『──ッ!?』

 

すると、薄らと開けた目に、私の周りが急に蒼いポリゴンに包まれるのが見えた。これは──

 

アスナ『──強制...テレポート...?』

 

それはかつての惨劇を生み出した《強制テレポート》。私は為す術なく取り込まれていく。このシステムは、何をしてもキャンセルすることが出来ない。だからこそ、私の中に、何も出来ない無力感と、虚無感が生まれていた...。

 

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目の前の蒼いポリゴンが薄れていき、視界がクリアになる。その事を確認すると、私は瞬きを繰り返して、周りを見渡していた。

 

アスナ『ここは...?』

 

周りにあるのは見慣れない景色、といっても、完全に分からない訳では無い。暗くてよく見えないだけね。

目を凝らしても、一向に視界が明るくならない、まるで何かのイベントみたい。私は《ランタン》を持っていないから、メニューから出せないし、そもそも確か持っていたのはキリト君だけだったはず。これを機に持っておいた方がいいかな...と思う。こういう暗闇はそこまで怖くはないんだけど、どうしてもアストラル系モンスターだけは...ね?

…って私は誰に話しかけてるんだろう、ここには私以外誰もいなさそうなのに。

 

と、少しばかりネガティブな思考に陥ってしまう。『危ない危ない』...と首を横に振り、正気を保つけれど、そもそも私が原因だしね。

それに、この暗すぎる空間もどうにかしたい。とりあえず灯りが欲しいな...と思ったのも束の間。

不意に後ろからギィ...と、鉄のような重々しい音が響き、その音の方向から灯りが漏れていた。どこかで聞いたことがある音。これは──

 

アスナ『──あれって...』

 

その灯りの方には、人らしき影が見える、それも複数人。その影は、武装しているようで、手に持つ剣のようなものを上に掲げると、その影の後ろにいた複数の影も、武器のような物を上に掲げていた。

何か喋っているような気がして、聞き耳を立ててみる。勿論《聞き耳スキル》は会得していないから、極小量としか聞こえないけどね。

 

『──第──4──9──層!──お前ら──行くぞ!!』

 

...情報を得られたのは『第49層』。つまりここは──

 

アスナ『ボス部屋──ってこと?』

 

もしそうなら、先程の鉄のような重々しい音が、ボス部屋へと繋がる大門ということが解る、それならば辻褄が合う...。という事は、ここは第49層へと繋がるボス部屋で、彼らがいるのは第48層ということになる。それはつまり──

 

アスナ『──彼の...キリト君の友人...が、いる、の?』

 

彼の友人──それは、第48層のボス戦でキリト君を庇って攻撃を受けてしまい、目の前で青いポリゴンとなって消滅したと聞いている...その名は『ユージオ』。

見た目は、亜麻色の髪と、翠に澄んだ色をした眼。そして好んで青い服を着ていた...。当時の武器も、青い色の武器を使っていて、その容姿から【《昊の剣士》】と呼ばれていたんだとか。

もし本当に居るのなら、一目だけでもいいから見ておきたかった。エギルさんから『生きている』と聞かされてはいるけれど、それでも一目だけでも見ておきたい。少しでも彼の悲しみを背負えるのなら、少しでも彼を助けられるのなら、それこそ私の本望だったから。

だからこそ私はこのボス部屋のど真ん中で待っていたのだけど、部屋が明るくなっても、攻略組らしき人達は、私のことなどは眼中に無いらしく、そのままこちらに走ってきていた。それこそビックリしたけど、当たりそうになっても私を貫通──基、すり抜けていた。どうやら私は透明になっているらしい、それどころか触れることすら出来ない。恐らく夢の中だからなのかもしれないけれど。

その後ろにはキリト君らしき人物がいて、その隣には先程考えていた容姿と酷似している男性プレイヤーがいた、これは視ただけでも解る。明らかに日本人とは言い難い顔立ちと、輪郭。そして亜麻色の髪と翠に澄んだ色をした瞳。間違いない、彼こそがかつてキリト君の隣にいた相棒...『ユージオ』君...だと思う。

黒の隣に立つ蒼き剣士は、何故か似合い過ぎてると思った。まるで《黒の剣士》を際立たさせる何かがあるように。

それはきっと、私には理解出来ないのかもしれない。だって、あの2人の眼には、信頼しきっている眼をしていたから。だからこそ、キリト君のあんな顔を見たことがなかった。「こいつがいれば、どこまでだって行ける」そんな事を目から語っている気がしたのは、恐らく気の所為だと思う...いや、思いたい。

──嗚呼、そっか、私が望んでいたのは...

 

『ボスが現れたぞ!A隊!B隊!突撃ィ!!』

 

リーダーらしき人物の大きく響く声と、その周りにいるプレイヤーの雄叫びに私の思考をかき消され、無意識に声の方へと視界を向ける。

ボスの名前は──

 

アスナ『《The Death Dreamer》...?』

 

直訳すれば、《死の空想家》...かな。見た目は人形のような容姿、でも目は虚ろとしている。まるで操られているかのように。

それはいい、ここはそういうボスなんだと解るから。でも、このボスが持つ武器は、上層でも、下層でも見られなかった形をしている。所謂《ユニークウェポン》ってやつなのかな。

その形は【織り機】のような形をしており、その周りには木の針...即ち、《ノールピンドニング針》が【織り機】の周りをフワフワと浮いている。今のところ変化はないけれど、アレが襲ってくると考えると恐ろしい。どれくらいの速度で来るのか、はたまた自動追尾型──《ホーミング》なのか。

その辺は見てみないと分からない。恐らく手伝うことも出来ないだろうし、そもそも今私武器持ってないし。メニューも開けないから黙って見てるしかない。

──何も出来ない無力感というのは、慣れてしまえば、意外にもどうにかなるもので、私の心は酷く虚無を貫いていた。寧ろ何も感じなかったんだと思う。だって、目の前でドンドン散乱していく蒼いポリゴンが私の眼を通じて伝わってくるから。

そのプレイヤー達の近くに居たからこそ解る。助けを乞うような声が、嫌でも私の耳へと届いてしまう。耳を塞いで仕舞いたい、でも、塞いで仕舞えば、何もかも終わりな気がする。だからこそ私は何も出来ないんだ──そっか。

...今思えば私は、何故あの時──第1層にいた時、《黒の剣士》...いや、《キリト》君に出会わなかったんだろう。第1層攻略会議の時、私は未だに覚悟を決められなくて、ずっと宿屋に引き篭っていた。

もし私が、第1層攻略会議の前に覚悟を決められていたのなら、キリト君とユージオ君に出会えていたのかもしれない。そして、ユージオ君もキリト君の隣に居られたのかもしれない。

──私が"そこ"に居なかっただけでこんなにも酷く、強く、そして醜く。私が私を責めてしまう。過去は変えられない、どう足掻いても。どう藻掻いても──あぁ...またノイズが...今度は酷くなってる...もう、良いかもしれない...ここがどんな世界だって構わないって思ってしまう。ほら、頭を抱えて、屈んでさ。眼を閉じて、耳を塞いで。

全てを諦めてしまおう。そうすれば、苦しみから解放される、そんな事を思った。

けれど、その想いも、全て破壊された...いや、破壊、というよりも、私の中の暗闇を照らしてくれる光があった。その光は暖かく、また眩しかった。まるで、私の憧れの人のように。

そっか、私は──

 

輝く光に手を上げて掴んでみると、辺りが白く光り出す。眼を開けてみれば、ひとつの光景が、私の瞳へ焼き付く。

──黒と青が交えるひとつの剣舞

決して対照的でもない色が、ソードスキルで感化されて美しき空間を生み出していた。

 

【《黒の剣士》キリト】

【《昊の剣士》ユージオ】

 

あのふたりは、決して対照色ではない。

でも、青き大空を意味する《昊》。暗闇を意味し、青空の反対である夜空を意味する《黒》。

決して交えることのない景色が、情景が、光景が。私の瞳へと焼き付いていた。

《昊の剣士》のソードスキルは太陽を。

《黒の剣士》のソードスキルは星を。

私はそう視ているかのように思えた。

 

──だからこそ、日は堕ちる。

彼の目の前で散るプレイヤーは、私にとっても耐え難いものでもあったから。

だから、もう一度だけ──

水のような音が、また後ろに響く。

見てみると、また血文字が描かれていた。

 

【望んだ物は、却ってくるのか?】

 

...一言でいえば、望まない物が却ってきて欲しかった。あの少年も生きて欲しかった。もしかしたら、今の私も変えられたのかもしれないから。だから応えるよ。私は──

 

アスナ『...信じれば、帰ってくるよ』

 

"そこ"にいるはずの人物に、話しかけるように応える。けれども返事はない。だからこそ私は眼を閉じて"次"を待つ。

すると、意図が読めたのか、応えるかのように私を蒼きポリゴンの中へと運んでいく。

もし解ってくれているのなら、次は貴方の方へとテレポートさせてくれるはず。だから今、君の所へ行くよ。

 

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目の前の蒼いポリゴンが徐々に薄れていき、視界がクリアになっていく。転移されて現れたのは、またもや暗い部屋のような場所。

でも、私にはわかるんだ。これは悪い夢なんかじゃないって。何故かは分からないけど、そう確信は得られた。これも、私のヒーローの受け売りなのだろうね。

だからこそ自信持って言えるんだ。「もう、大丈夫だよ」って。

 

アスナ『...ねぇ、そこにいるんでしょ?──私...いえ、《アスナ》』

 

そう呟くと、一瞬だけ気配が揺れた。気配といっても、ピリッとした空気が流れただけ。

まるで、"反応"したかのように。

数秒の静寂が過ぎたと思えば、姿は見えないけれど、音──いや、ノイズで構成された声が響いていた。

 

《アスナ》{...なんで解ったの?}

 

その声の主は、確認するように響く──いや、弱々しい。これは恐る恐る聞いている...のかな

 

アスナ『──貴女は、私の背を押してくれた』

 

アスナ『──理由は、それだけ』

 

《アスナ》{...何の根拠も無いじゃない}

 

アスナ『そうね、根拠も理由も弱いよ。でもね──』

 

アスナ『──あの記憶...全て、貴女が視た映像(もの)でしょ?』

 

アスナ『だからね、私は貴女を──《アスナ》という私を救いたくなった...言い換えれば、結局は自分が助かりたいだけ...それでも良いの』

 

アスナ『それでも、《アスナ》という人格が、精神がいる。私は、それで成り立ってる。だから、私は貴女が居なきゃ何も出来ないの』

 

《アスナ》{...そんな事無い、アスナは私が居なくても、彼が──"キリト"が居るじゃない。私は貴女が幸せならいい、例え今視せた映像が、私の映像(もの)だったとしても、私には関係ない}

 

アスナ『そんなの...!』

 

《アスナ》{『──関係ない』...そう言えれば、楽だったかもしれないね...でもね、甘くないの。解ってるでしょ?この世界──《ソードアート・オンライン》は、ひとつの判断さえ間違えれば取り返しがつかなくなる。それも、護るべき人や物が増えれば尚更難しい}

 

《アスナ》{だからこそ、私は貴女と共に行けない。今から貴女を覚醒させる。だからもう二度と私の元へ来ないで、解ったなら、今すぐ私を拒絶して}

 

アスナ『何よ...それ...』

 

これを一言で表すとすれば──

 

アスナ『──そんなの、理不尽じゃない...』

 

《アスナ》{『理不尽』?何を言ってるの?全てがそうじゃない。貴女は私という《アスナ》の意思で、このデスゲーム(世界)に囚われてしまった。それだけじゃない、私が背負うべきはずだった業は、全て貴女が背負ってしまった。だから全て奪おうとした...でも、貴女の心は強かで、少量程度しか奪うことが出来なかった...!}

 

《アスナ》{だから──全ての責任を押し付けてしまったのよ、貴女の感じた"理不尽"は、私にあるの!全ての責任も、全ての業も、この世界に入ってしまった原因も!!}

 

《アスナ》{だから、今すぐ私を拒絶しなさい!}

 

あぁ、もう...黙って聞いているだけでイライラする。理由は簡単、何故こんなにも拒絶したがるのか。あれはもう私じゃない。あれは──

 

──絵空事な私だ。

 

だからこそ、これだけを伝えることにした。

たった一言の言葉を

 

アスナ『断るよ』

 

《アスナ》{...っ!なんで!?}

 

アスナ『──貴女は、決して独りじゃない。全てを背負う必要もない』

 

向こうにいる《アスナ》は無言を貫く。

 

アスナ『だから、これだけは約束して?』

 

アスナ『──私にも背負わせてよ。全ての事を。全ての想いを』

 

アスナ『私には、全てを背負おうとする程強くなんかない、背負えれたのは、私の周りに仲間が居たから。キリト君が居たから、それでも、尚足りないの』

 

アスナ『全てを背負うには、私や私の仲間にとって重すぎる。だから、貴女にも背負って欲しいの。勿論、だからって独りにしないよ、貴女には手伝ってもらうだけなんだから』

 

言い終えると私は右腕を上げて伸ばし、握手するかのように掌を広げる。でも、これは"よろしく"なんかの意味じゃない。これは──

 

《アスナ》{...本当にいいの?}

 

アスナ『良くなければ、手を伸ばしたりしないよ』

 

《アスナ》{...そっか、そうよね}

 

《アスナ》は私の掌を掴んだ──気がした。無論、姿も見えないので、感覚で感じている。でも、確かに、掴んだ。だって、温もりを感じたから。"そこ"に居るって、教えてくれたから。だからこれは──

 

アスナ『──ようこそ、私達の世界へ』

 

──本当の私と、分かち合える為の始まりに過ぎないのだから。

 

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第35章 –希望–

 

エギル「お前は…一体誰なんだ…!!」

 

そう叫ぶと、謎のノイズは応えるように複合する。

 

『すみま──せん!──答えている時間がな──いんで──す!』

『だから──少しの間、静かに聞いてください!──単刀直入に伝え──ます!』

 

回線が安定していないのか、ノイズは集まれど散乱する。このノイズが発する音声──基、声の主は、どこか焦っている気がする。それに時間もなさそうに思えた。だからこそ、俺も少し焦りを覚える。

 

エギル「──分かった!なんでも言ってくれ!」

 

『ありが──とうございます!──では単刀直入に──伝えます──!』

 

その時、一瞬だけではあるが、ノイズが再構築され、聞き取れやすくなった気がした。

 

『──エギルさん、貴方は今、ここのフィールドイベントによって《幻惑》を見せられています!だから、全てが敵、味方だと思わないで下さい!』

 

──なんとなく分かってはいたが、やはり《デバフ》をつけられていたようだ。それも、HPバーの上に表示されない状態異常──間違いない、《野外異常地帯(アンチフィールド)》だ。

(《野外異常地帯》...特定の場所で、特定の条件で現れるデバフエリア。

 

効果は場所によって様々だが、場合によっては致死と成りうる。こういうエリアは第19層《ラーベルグ》にある森で、視界が曇り、何も見えないフィールドイベントがあったが、あれは視界が曇るだけで、プレイヤー自身に影響はない。だが、ここは死んでしまう可能性が出てきてしまっている。だからこそ、油断は出来ないのだが、ここ──第53層《ディファト》は何もかもが可笑しい、解るのは、既に《野外異常地帯》に入ってしまっていることだけだ)

 

エギル「...とりあえず、解った」

 

恐らくここは《幻惑の森》...いや、違う...そうじゃない、確かここは全てが歪んでいるはず...そうか...!ならば、マップに表示されていた名称は、嘘...いや、幻惑によって視せられていた。ということになる。つまりここは──

 

エギル「既に...囚われてるってか...」

 

俺が考えついたのは、「囚われている」こと。それはつまり、ここは森ではない。檻だということ。

それはまるで牢獄な森で、脱出...いや、脱獄が困難である事。それに、森は木々で入り組んでいる。

ということは、脱獄はほぼ不可能だ。

 

エギル「おい、まだいるか?」

 

そこに居るはずのノイズに向けて声をかけてみるが、応答なし。恐らく通信が途絶えてしまったのだろう。

こうなってしまっては仕方がない、少しでも解決出来るように祈るしかなさそうだ。

とはいえ、現状は悲惨な状態だ。このゲームに閉じ込められているのに、更にフィールドに閉じ込められるのは思わなかった。かなり想定外な事件な為、事前情報もない。その為、今の状態は八方塞がり...いや、万事休すだ。

手がかりも無ければ、為す術がない。探そうにも、進んでしまえば余計に迷って仕舞うだろう。そうなってしまえば、キリト達を探すどころか、俺も迷ってしまう。そうなってしまえば、とうとう手がつけられなくなる。

だからこそ、今葛藤しているところだ。

通信が途絶えてしまった今、あの謎の声の主に助けを乞うことも、ヒントを得ることも出来ないだろう。

...不味いぞ、本当に前へ進むことしか解決策が思いつかない。

【何事も行動あるのみ】とは良く言うが、この状況ではどうなるのだろう。危険を顧みず突き進むか、或いはここでただ突っ立っているだけか──無論、答えはひとつだけだ。

俺はメニューを開くと同時に、現在の状況について、もう一度考えてみることにした。俺達がいるのは名称もない不思議な森、しかしここには厄介なものがあり、それが《野外異常地帯》。この場所に入ってしまえば、様々な影響を受けてしまうエリアで、HPバーの上にも表示されない隠れデバフを貰ってしまう。その効果は様々であり、第19層《ラーベルグ》の様な視界を妨げるようなものや、第35層《ミーシェ》の様な迷わせるもの。今回はプレイヤーを迷わせる...いや、惑わせる効果を持っている。それも、眠らせたり、狂人化させたり、効果は様々。更に睡眠耐性、或いは無効化する装備が無ければ、攻略はほぼ不可能。幸いなことに、俺は睡眠耐性が着いているアクセサリーを持ってはいるが、どうやらこの森に入った時点で、装備しても意味が無いみたいだ。

だからこそ迷っていた事であり、且つ諦めかけていた事だ。だが、微かではあるが希望は見える。それが、俺達の体のことだ。

これは予測、且つ希望的観測でしかないが、恐らく俺達の体は不自由では無いはずだ。仮に眠らされているのであれば、どうにかして叩き起こせば良い。でも、それをどうするかが問題となっている。【三人寄れば文殊の知恵】と言うように、ここにアスナやキリトがいれば良い知恵が思いつくかもしれない。しかし、残念なことにここにいないのだ。それならば俺1人で考えるしかない、さっきのノイズの奴がいれば、それなりに広がったかもしれないが、何故か通信が途絶えてしまっている。

だからこそ、俺はメニューを操作しているのだ。この世界に囚われて約1年半。ずっと操作し続けていたメニューを手馴れた手つきでスワイプして行く。行き着いたのは、ひとつのボタン。それが──

 

エギル「──今はこれに頼るしかないな...頼むぞ──《インスタント・メッセージ》」

 

──そう、俺が頼ったのは、《インスタント・メッセージ》。プレイヤーの名前と、そのスペルが合っていれば誰でも送れるメッセージ。代わりに、そのプレイヤーが同じ層に居なければ送れないというデメリットも存在する。

何故これを選んだか、理由というより、やってみたい事があるからだ。それが、"届く"のか...ということ。先程言った通り、《インスタント・メッセージ》は名前とスペルが合っていれば誰彼構わず送ることが出来る。だからこそ、俺は試そうとしていた。

《インスタント・メッセージ》のボタンを押すと、ホロキーボードが現れ、プレイヤーネームを入力する画面になる。俺は間違えないように、脳で確認しながら打ち込んでいく。一先ず送りたいのは3名。その内の1人が、主な命綱と成りうるかもしれない。故に、これはほぼ賭けだ。

先ずはこの層に居るはずの2人に送る。名前は──【Kirito】と【Asuna】だ。

2人には主に同じ文章を送るが、返答が来なければ眠らされている可能性がある。だからと言って亡くなっている訳では無い。仮に《GAMEOVER》になっているんだとすれば、送っても【そのプレイヤーはログイン、又は連絡が可能な場所にいません】と表示されるからだ。

──だからこそ、怖い。少し息も乱れるが、アイツらは生きているんだと言い聞かせ、震える手を治める。

 

エギル「...お願いだ、返事をしてくれ」

 

そう呟いたと同時に俺は《送信》ボタンを押す。先ずはキリト、送信は──

【送信されました】

──問題なく送信されたようだ...次にアスナ。キリトより先に森に入ってしまったからこそ余計に心配する。キリト程ではないが、俺だって仲間は大切にする。それも大事な人ならば──しかし、その点は大丈夫だろう。だって、キリトは一度無くしかけたのだから...。

──それはそれとして、俺は目の前のことに目を向ける。ホロキーボードにプレイヤーネームを入力する為だ。

 

エギル「頼む...」

 

またもやそう呟いたと同時にメッセージを送る。結果は──

【送信されました】

──このメッセージを見たと同時に心底安堵した。仲間の2人が生きているからだ。とりあえず第一関門はクリア。次に第二関門へ。第二関門は、命綱の存在と成りうる者へ、この《インスタント・メッセージ》を送ること。

それも、奴が何処にいるかによって変わる。実は、俺達が使っているシステムの内のひとつ《メッセージ送信機能》は、デメリットがもうひとつある。それが、受取人がダンジョン内、或いは迷宮区にいれば送れないということ。それは《ダイレクト・メッセージ》は勿論、《インスタント・メッセージ》も同様だ。

だからこそ、俺は心臓が木霊するのを抑え、慎重に且つホロキーボードを打ち込んでいく。

受取人は──

 

–––––––––––

 

メッセージを送ってから数分が経つが、一向に返信される気配がない。少しばかり焦りすぎな気もするが、生きているとはいえ、心配なのは当然だ。

依然として変わらない時間が過ぎるが、どうやらこのフィールドに入っている間は、右下に表示されている現在時刻を表示する時計が動いていない。つまり、集合時間には間に合うかもしれないが、逆に不安が募る。

キリト達の安否確認が出来ていない以上、どうやっても不安が晴れない。先程の予想が定かで在るならば、眠らされている可能性がある。だとしても、送れたのは不思議だ。

確かにプレイヤーがログインしているのであれば、相手が眠っていても送ることは出来る。だが、送られた音によって覚醒する筈だ。少なくともキリトは起きるだろう。なのにキリトは直ぐに送って来ない。まだ数分しか経ってないが、それでもキリトは凡そ1分以内に返信をする、勿論、迷宮区やダンジョンに入っていない時と、余り急ぎの用じゃなければの話だが。

それ故に、少し疑問を抱いている。

一先ず、一旦俺はこの辺りを探索してみる事にした。無論、危険でもなんでもない。だが、危険を恐れ、仲間を置いていく位ならここで力尽きた方がマシだと俺は思うのだ...恐らく、アイツも...キリトもそう思っているのだろう。だからこそ、俺は動く必要がある。

一度フリック操作でメニューを開き、マップを開く。相変わらず上手く表示されないが、それでも地形は解る程だ。故に、これを駆使して進んでいく。

これは予測でしかないのだが、恐らく進む事に何か変化が生まれるのでは無いかと俺は予想する。無論、根拠はない。だが、これだけは確かに解っていた気がしたのだ。その理由はただひとつ。実はこの《浮遊城アインクラッド》には、各層に様々な《テーマ》が在る。第5層《カルルイン》は遺跡、第19層《ラーベルグ》は墓地、第47層《フローリア》は花畑──というようにそれぞれの層には《テーマ》が存在している。ここ第53層《ディファト》は恐らく《歪形》...つまり、全てが歪んだ層となるだろう。実際、それを根拠付けるように、この層が、奇妙なことに包まれていることは既に解っている。普通じゃ有り得ないフィールドや、通常は無かった《野外異常地帯》。どれもこれも、この森を進むことによって発生している。故に、進む事に何かあるのでは無いかと予測した訳だ。

 

エギル「しっかしどうしたもんか...」

 

探索するにしても、情報が少なく、且つ危険だ。マップがあると言っても、正常に起動している訳では無い為、これだけを頼りに進むのは危険過ぎる。だからこそアイツ──もう1人の返事を待っていたのだが、何かのクエストを受けているのか、返ってくる気配が無い。

一応命綱的な存在なのだが、気づいていないのだろうか。

 

エギル「だとすれば、ここから動かないのがやはり得策なのか...?」

 

安全に、確実に連絡を取るならばここから動かないのが賢明...でも、だからこそである。

アイツも命を張って情報を集めているのだ。故に、俺もこの命を賭ける必要がある。キリト達だって、生半可な思いで、何よりも大事な命を投げ出してまで、アインクラッド攻略戦に参加している訳じゃない。俺だってそうだ。俺だって現実世界に未練がある...半分諦めてはいるが。

しかし、未だにこの層より下──第1層《はじまりの街》より上で待っている約6000もののプレイヤーが、今か今かとゲームクリアを待ち望んでいるからだ。

その期待に応える為に、俺達は《アインクラッド攻略戦》に参加している。だからこそ、俺達は前に進まなければならない。故に、ここからどうするか考えなければ。

 

エギル「まずは...そうだな、もう一度送ってみるか」

 

一度歩みを止め、フリック操作で再度メニューを開き、《インスタント・メッセージ》のボタンを押す。するとホロキーボードが現れ、プレイヤーネーム入力画面へと移行していた。

そこにこう入力する。

 

【Argo】

 

そう、あの情報屋──《情報屋の鼠》の二つ名を持ち、俺達攻略組を影ながら支えているプレイヤーこと、《アルゴ》だ。

数分前に試しで送った《インスタント・メッセージ》が、受信されたことで、アイツがこの層に居ることは解っている。故に、もう一度《インスタント・メッセージ》を送ろうとしている。恐らくクエスト中で反応出来ないのだろうが、それでも別の層へ行かれるよりはマシだ。そうだな...無難にSOS表示でも構わないか。

 

【もう一度済まない、《野外異常地帯》に囚われてしまってな、助けてくれないか?救助代は払うので頼みたい】

 

...文字数ギリギリだな。

送信ボタンを押すと、メッセージが表示され、問題無く送信されたのが解る。

これで一先ず大丈夫なはずだ。と、少し安堵をすると、目の前でピコーンと音が鳴る、これは──

 

エギル「──《インスタント・メッセージ》!」

 

先程送った3人の誰からか、或いはこの森の外から連絡が来たのか、それでも構わない。誰でもいい、この状況から脱せるなら何でも構わない!このメッセは...誰だ!

 

【──】

 

表示されたのは、差出人不明のメッセージ。

先程"誰でもいい"とは思ったには思ったが、まさか差出人不明のメッセージが届くとは思わなかった。それも、暗号のようなものだ。

 

【53 F/G X238 Y83】

 

エギル「これは──座標...か?」

 

"53"は恐らく、ここの層──第53層《ディファト》のことを刺しているはずだが...G/Fはなんだ...?何かの暗号か...?

...まさか、この第53層《ディファト》のマップ全体を示していたりしないか...?とりあえず全体マップを開けてみるか...。

そう思った俺は、《インスタント・メッセージ》を閉じ、メニューからマップを選ぶ。そこから、2種類あるうちの《フィールドマップ》を押す、すると、第53層の全体マップが表示された。そこから隅々まで見てみると、マップの端にAから連なる座標が表示されていることに気づく。それも、マップの上と左に、だ。

A...B...C......J...まであるようだ。そこから辿っていくと──

 

エギル「...ここは、俺達がいる森か?」

 

そう、そこに表示されていたのは、今俺達がいる森のこと。つまり、この『G/F』はここの事を指していたのだろう。ということは、X238とY83はこの森のマップのことを指している訳になる...つまり──

 

エギル「──ここに行けってことか...」

 

マップに表示されている場所は、遥か北西にある建築物。どうやらそこに迎えとのこと。

ここからだと、短くて数分...いや、数十分だろうか。かなり歩くことになりそうだが、こればかりは仕方がない。

それに、今はこの一握りの情報しかない。だからこそ、信じるしかない。

新規のフィールドだからこそ、マップは白紙、当たり前だが、こればっかりは進みながらマッピングをするしかない。別にいつもの攻略と変わらないし、そこまで大事では無いんだがな。

 

エギル「とりあえず...行ってみるか」

 

あれこれ考えていても仕方ないと思い、俺は進むことを決意...する前に、俺が今いる場所について考えてみることにした。

今俺がいるのは、木木に囲まれた森。森と言っても普通の森ではなく、《野外異常地帯》という、不思議な森だ。しかし、これもまた不思議だけで済む話ではなく、入り込んだプレイヤーの視界、精神、感覚...或いはそれ以上の《デバフ》を付与してくる厄介なイベント。またの名を《フィールドダンジョン》。

一応、下の層で似たような《野外異常地帯》を見たことはあるが、これまでのような命に直接関わるような《フィールドダンジョン》は無かった。確かに可笑しいとは思っていたんだ。あくまでこのゲームはデスゲームなのに、プレイヤーの命を直接狙うような《野外異常地帯》は無かった。ここだけを聞けば、このゲームを作った張本人──【茅場晶彦】は、それ相応のクズではないことが伺える。だが、ここに来ていきなり追加してきたことに、俺は驚愕...だけでは済ませられない。どちらかといえば──狂気だ。

更に、この《野外異常地帯》というのは厄介なことがもう1つあり、それがこの世界に存在する《バフ/デバフアイコン》が表示されない事だ...そう、《隠れデバフ》。

本来はHPバーの上に表示されるはずの《バフ/デバフアイコン》。効果は様々だが、主に支援効果を持っていたり、弱体化効果を持っていることが多い。また、プレイヤーの精神状態によっては発症する《隠れデバフ》も存在するが、それに関しては、俺もよく解っていない。それに、《隠れデバフ》も何が起こるかは解らず、大体は、今の俺達のように、気づかず巻き込まれることが多い。だからこそ、この様な事件に巻き込まれるのだ。過去にも同じようなことがあったからこそ、警戒はしていたのだが、まさかこんな所で出るとは思わなかったな...いや、反省するのは後でいい。今はこの状況を何とかしなければ。

 

エギル「とりあえず纏めてみるか...」

 

先ずはひとつ、ここは《野外異常地帯》と呼ばれる《フィールドダンジョン》。それもかなり厄介なイベントだ。

 

次に、ここには《隠れデバフ》と呼ばれる、《デバフ》も存在しており、それもHPバーにも表示されない厄介な物。

 

最後に、ここは全てが歪み、全てを惑わす層。テーマは恐らく《歪形》。その名称に相応しい程、禍々しく、また歪んでいる。それだけでは踏み留まらず、仲間との連絡が取れていないことも確か。それも、かなり面倒な方だ。

 

...一先ずこんな感じだろうか、これだけ見たら思うことはひとつ...【絶望】だ。

希望の一欠片も無ければ、俺は諦めていただろう。しかし、先程受信されたメッセージ──即ち、謎の差出人からの伝言。これは希望の欠片だ。だからこそ、大事にしなければ。

 

エギル「──さて、行くか」

 

–––––––––––

 

歩き初めてから数分、マッピングをしつつ探索しているが、一向に進む気配は無し...いや、無し、という訳では無い。寧ろ進んでいるのだ。どういう訳か、マップに表示されている《プレイヤーカーソル》だけが動いておらず、何故かマッピングは出来ている。まるで【矛盾】しているような現象だ。「こんなことが起こっていいのか...?」と思うが、そもそもここは歪みが生じている場所だ、これくらい起こっても仕方がない...と、納得してしまう程、俺は冷静である事が知れた。

それよりも、現在大変なことが起きている。それもダンジョンに潜る際、必ず起こること。

それは、この《フィールドダンジョン》が結構入り組んでいることだ。

森系の《フィールドダンジョン》ならば、こういう入り組んでいるフィールドは良くあることだが、今は"普通"のフィールドじゃないということを頭に入れ、視野を広げると、かなり面倒なことと成っていることが解る。それに、自体はかなり深刻な方で、まるで《迷宮》のように成っている。それも、《迷宮区》レベルで。

つまり、遥か北西にある建築物に行くには、かなりの時間を費やすことになるはずだ。それまでに、3人のプレイヤー...【Kirito】【Asuna】【Argo】の誰かから連絡が取れれば良いのだが...凡そ数十分経った今でも連絡が来ていない辺り、その辺は望み薄だ。だが、もしも誰か1人でも連絡が来るのであれば、安否確認が可能になり、且つ俺達の生存確率は大幅に上昇する。しかし、現状的に考えて、そんなことさえも怪しいのは手を取るように解る、解ってしまう。

だからこそ、今は《迷宮区》に等しいこの不思議な森──《フィールドダンジョン》の攻略を進める必要がある。

 

エギル「…また、行き止まりか」

 

俺が予想した道は全て行き止まりになっているようで、その場合、もう一つの通路が正解のルートだったりする。それ故に、思いの外攻略に時間がかかりそうだ。それに、《迷宮区》レベルで入り組んでいるのだから、進むのも、戻るのも時間が掛かる。つまり、下手すれば、数十分は疎か、数時間は掛かってしまうだろう。

 

エギル「仕方ないな...戻るか」

 

ここで悩んでいても、物事は進まないな。

だからこそ、俺は来た道を戻ることにした...のだが──

 

エギル「──あぁ、クソッ!...また変わりやがった!」

 

掌を頭に当て悩む。そりゃそうだ、だって目の前に映る景色は、"先程までに来た道とは違う"のだから。

実はさっきからこの様な現象がずっと続いており、幾ら歩いても辿り着けないのが、今の現状。故に、現在悩んでいるのだ。

 

エギル「何なんだこれは...何処か正解の道でもあるのか...?」

 

俺がそう思ったのは、今回を通してのこと。先程言った通り、俺が予想した道は何故か全て外れている。だからこそ、俺はそう予想したのだが...どうだろうか?

 

エギル「仮にそうだとすれば、どうやって正解の道を探し出し、どうやってここから抜けられるか...だな」

 

そう、問題はそこだ。

恐らくだが、このまま行っても、ずっと迷い続けるだけだろう。そうなれば、もう脱出が不可と成りうるかもしれない。だからこそ、今の現状をどうやって打破するか...というのが現在の議題だ...まぁ、俺1人しかいないから議論じゃないんだがな。どちらかといえば目標みたいなもんか...いや、それは良いんだ、それは。

一先ずこの状況からどうするかを決定しよう。

俺は歩いていた足を止め、これまた振り返る。

確か...そうだ、《インスタント・メッセージ》に送られてきた謎のメッセージ...あれは暗号──いや、座標を指定して来ていた。それも、ここの森だけの。誰が送ったのかは解らないが、今はあの情報だけが頼りで、ここまで進んだ...のだが、現状、とても良いとはいえない。

それも、打つ手無しに近いからだ。その理由は、正解の道が解らないこと。「探せばいい」と思うかもしれないが、よくよく考えてみてくれ、そもそもこの森にヒントみたいなものはあっただろうか?...答えは否。

俺が探した中で、それらしいものが見つからないのは勿論、掠りもしなかったのが事実。つまり、お手上げに近い。

一応唯一の可能性がある、それが先程言ったこの《座標》。

『ここに行け』と、言われている以上、どうにかして行くしかない。しかし、その行き方すら解らない...というのが、今の現状。

 

エギル「...しっかし、こうも同じものを見ると、頭がこんがらがってくるな...」

 

ゲシュタルト崩壊...いや、バタフライ効果...違う、クロノスタシス...だろうか?...いや全部合ってるな。それらを全て合わせたような...そう、例えるなら"カオス"だろうか。この層のテーマ《歪形》と似合う名称だ。

恐らくだが...考えたら負けだ、多分、もっとこんがらがる。仕方ないな...要点だけ纏めるか。

確か...

 

・様々な効果を魅せる《野外異常地帯》

 

・仲間と連絡が繋がらない

 

・謎のメッセージから来た《座標》

 

・俺が予想した道は全て外れている

 

・恐らく正解の道が在る

 

・同じ景色が続いている

 

...現在だとこんな感じか。

正直に言えば面倒だ。キリト達と連絡が繋がらない、謎のメッセージからの《座標》、進んだ道は全て外れ、一向に変わらない景色。

こうも面倒なことが続くと、滅入るってものだ...が、今思えば、面倒だったのは、この世界に入ってしまった時から余り変わらないなと思う。楽しみにしていたこのゲームを買って、たまたま入れたこの世界に、囚われてしまったあの頃と然程変わっていない。いや、あの頃よりはマシだな。それに、これもゲームの一巻だと思えば──って、そう思えばどれ程楽か...まぁいい、一先ず、戻ることにしよう。優先的に処理するのは、ここから出ることだしな。

 

–––––––––––

 

エギル「──さて、戻ってきた…と思うが、ここからどうするべきか…だよな」

 

恐らく元の位置に戻ってきたはいいが、ここからどうするべきか。無論、またもう一度ここから出発するだけなのだが、先程のことが再度起こるんだとすれば、闇雲に進んでも変わらない。それも、また振り出しからになってしまう。そうなって仕舞えば、これ以上この《座標》の元へ向かうのは至難の業だ。

しかし、なんとかして、このループから抜け出せないものか…ったく、こんな時に限って連絡が取れないのは面倒臭いというか、苦しいな…仕方ない、何もしないよりはマシだ、とりあえず進むか...。

 

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____________

______

 

ピコーン

 

そんな電子音が急に鳴る。その音源は俺の目の前からだ。

この音は──そう、《インスタント・メッセージ》...まさか、誰かから連絡が──!!と思って開き、メッセージの内容を見る。差出人は──

 

エギル「…アスナ?」

 

そう、差出人は、行方不明で、連絡が取れていなかった《アスナ》だった。どうやら俺のメッセージを見て返信をしてくれていたようだ。それも心配な方面で。

メッセージ

 

アスナ【すみません、エギルさん。連絡が遅れてしまいました、大丈夫ですか?】

 

そう返ってくるので、暫くは情報を共有しようと思う。

 

エギル【俺は大丈夫...と言いたいが、今はまだキリトと連絡が取れてなくてな、そっちはどうだ?】

 

アスナ【いえ...こちらもキリト君とは連絡が取れてなくて...すみません】

 

ふむ...

 

エギル【いや良いんだ、一先ずアスナが無事で良かった、急で悪いが今から座標を送る、ここまで来れるか?】

 

俺はアスナに向けて、今いる場所の座標を送った。すると、数秒遅れて【分かりました】とだけ返ってくる。

それだけを確認して、《メッセージ》を閉じ、アスナを待つことにした。アスナがここまで来れるかどうかは不安だが、今は信じて待つしか無いだろう。それに、実際に見て安否確認ができる方が有難いしな。

...これで、アスナと連絡は取れた。あとはキリトとアルゴ...どちらかと言えば、キリトと連絡が取りたいが、あわよくばアルゴとも連絡を取りたい。この森について話すこともあるが、何よりも、キリトの安否確認をしたいからだ。

それにはまず、アスナと合流する必要がある。アスナがここまで来れるかは分からないが、やつてみる価値はあるってもんだ。

 

エギル「...来たか」

 

俺にはキリトのように《索敵スキル》を持っているが、キリト程熟練度を上げている訳ではない。だからこそ、プレイヤーの1人くらいなら感じられるように修行していた。

無論、このスキルは誰彼構わず反応するので、特定のプレイヤーやモブを探し出すのは不可能、それこそもっと熟練度をあげる必要がある。

でも、俺は今来た奴が、アスナだと信じていた。

 

エギル「──久しぶりだな、アスナ」

 

アスナ「──お久しぶりです、エギルさん」

 

エギル「...何だか、晴れたみたいだな?アスナ」

 

アスナ「...!...エギルさん鋭いですね」

 

エギル「伊達に商売やってない訳じゃないからな」

 

アスナは「そうなんですね」と呟くと、感心な目を俺に向けていた。

そう、俺は商人──商人のエギルだ。

商人には必要なスキルがあり、そのひとつが《鑑定スキル》。主に触れた物の武器や装備の熟練度、耐久値、階級度、攻撃力、武器や装備の名前等、様々な情報を知ることができる。

あまり自由に調べることは出来ないが、熟練度をあげれば、殆どの情報を知ることができる。

俺の場合、熟練度が半分に近く、見るだけである程度の情報を知ることが──できない。そもそも《鑑定スキル》には、そんなものはない。じゃあ何故そう思ったかって?長年の勘...だろうか。元の世界でも...いや、この話はまた今度だな。

 

エギル「ところで、アスナ」

 

アスナ「なんでしょうか?」

 

エギル「ここまで来るまでに何か感じなかったりしなかったか?」

 

アスナ「...」

 

アスナは黙ると、下に俯いて考え始めた。

数秒黙り込んでいると、アスナは顔を上げて口を開く。

 

アスナ「はい...確かに、奇妙なことが立て続けに起こりました...それも、全て私達...プレイヤーに対することが」

 

エギル「やはりそうか...」

 

アスナ「ですが、それでも再会できたのは都合がいいですね」

 

エギル「...そうだな」

 

..."都合がいい"か。

 

エギル「一先ず、出口に行こう」

 

アスナ「解るんですか?」

 

エギル「あぁ、《座標》があるからな」

 

謎のメッセージから届いた《座標》、これを元に進んだのはいいものの、何度も間違えて戻されてきた。

だからこそ、今度は2人となった。

これで考える知恵が増えた訳だ。

 

アスナ「とりあえずその《座標》を見ればいいんですね」

 

エギル「あぁ、そうだ。アスナにも送っておく」

 

アスナ「ありがとうございます」

 

アスナは頭を下げると、《メッセージ》から《フレンド・メッセージ》を開いた。

 

(《フレンド・メッセージ》は、その名の通り、フレンドのみに遅れるメッセージのこと。【全体】や【個人】などに別けられている。

ちなみに【全体】を選ぶと、誰彼構わず、フレンドなら送ってしまうので、注意が必要だ。代わりに、何か大事なことをフレンド全員に伝えることができるのは良点だが。)

 

俺も《フレンド・メッセージ》を開き、アスナに向けて《座標》をそのまま送った。

 

アスナ「【53 F/G X238 Y83】...これが《座標》...これは何処を指してるんですか?」

 

エギル「解らない、マップには建築物しか表示されてなくてだな」

 

アスナ「なるほど...」

 

そう、解らない。

マップにはただの建築物マークだけが表示されているだけ。それも、見た事がないアイコンだからだ。だからこそ、謎に包まれている。こうなっては行ってみなければ始まらないだろう。

 

エギル「アスナ」

 

アスナ「なんですか?」

 

エギル「──ひとつ、頼みたい事がある」

 

–––––––––––

 

アスナ「──つまり、この《座標》の元へ向かう為には、正解の道──正しい通路を選ぶ必要がある…ということですか」

 

エギル「簡潔的に言えばそうなるな」

 

アスナには先程から俺が困っている要望を全て話した。すると、全てでは無いが、断片的に理解してくれたようで、それを簡潔的に話してくれた。大体ではあるが、本当にそんな感じである。

一先ず、これでアスナからの協力は得られたので、次はあの《迷宮》のような森を辿り、謎のメッセージに記されていた《座標》へと向かう事だった。無論、キリトのことも探さなければならないが、連絡が取れていない以上、優先的となるのは《座標》だ。だがもしも、キリトから連絡が来るのであれば、今すぐにでも目標を変えるだろう。だからこそ、淡い希望を抱くことになるがな…。

 

アスナ「…エギルさん?」

 

エギル「…あぁ、済まない。少し考え事をしていただけだ」

 

アスナ「...大丈夫ですか?」

 

エギル「問題はない...とは言い切れないな…だが、心配しなくても大丈夫だ、時期に解決する」

 

アスナ「…なら、いいんですけど」

 

アスナはそれでも心配の目を向けてくる。

確かに、大丈夫かと言われたら、大丈夫とは言えないだろう、この悩みは相当来るぞ…それも、アスナなら尚更。その理由は簡単だ。先程から悩んでいる《キリト》のこと。

《インスタント・メッセージ》を送れたにも関わらず、連絡が取れていないことと、メイルや攻略組、殺人ギルド《ラフィン・コフィン》、そしてキリトのかつての相棒である《ユージオ》について…など、考えることは山積みだ。

一応アスナには黙っておくが、時が来たら話すことになるだろう。恐らくアスナは《ラフコフ》について何も知らないはずだしな(キリトが喋って無ければの話だが...あいつは口は堅いし、大丈夫だとは思うが)。

 

エギル「一先ず、さっき言った場所へ向かうぞ」

 

アスナ「はい」

 

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アスナ「ここが...?」

 

エギル「そうだ」

 

俺はアスナと共に、先程まで迷っていた場所へと来ていた。

...というか問題なく来れるのだな、そこまで行くのにまた迷ってしまうのかと思えたが...。まぁこの際良い、優先なのは《座標》にある建築物だけだ。

 

アスナ「...エギルさん!あそこに何かありますよ!」

 

アスナは視線の先に指を指し、俺に知らせる。見てみると、そこにあったのは、先程まで無かったはずの"看板"があった。

かなり古ぼけてはいるが、文字が掠れていて読めない──なんていうことはなさそうだ。

俺とアスナはその看板に近づき、何が書いているのかを調べる。どのゲームもそうだが、ディスプレイ越しにプレイするRPGゲームとは違い、この《世界》は近づいてみなければ解らないし読めない、それどころか、気づけないことだってあるだろうしな。

ちなみに看板に書かれていた内容は、この場所に関する事であり、どうやらヒントらしきものが書いていた。多分キリト...いや、熱烈なゲーマーならこれを信じないというか、見ないだろう。「面白くない」と言うかもしれない。一応俺も自称ゲーマーだが、この際あの《座標》の元へ向かえるのならなんでも良かったと思える。

これは俺の直感で、予測でしかないが、あの建築物の中には、何か重要な情報がある気がするのだ。

 

エギル「──アスナ」

 

アスナ「なんですか?」

 

エギル「この内容を覚えられるか?」

 

俺はアスナに看板に書かれている【ヒント】を覚えられるかを提案した。するとアスナは少し驚いた顔のような顔をしていた。何故そんな顔をしているかは何となく予想できる。恐らく本来覚えているのは俺だからだ。

過去にキリト達と組んだ時、実際こういう謎解きのようなイベントにて、覚えていたのは俺とキリトだけ。アスナはその纏め役のようなものだった。だからこそ驚いていたのだろう。故に葛藤しているように思える。

数秒ではあるが、暫しの静寂が過ぎると、アスナは決心したかのように俺を見て言う。

 

アスナ「──分かりました、少しだけ待っていて下さい」

 

エギル「──ああ、幾らでも待とう」

 

俺がそういうと、アスナは頷く。そして看板に張り付くように近づき、顔を動かさずじっと見ていた。

数秒もせずにアスナは看板から離すと、俺の方へ向く。

 

アスナ「──覚えました」

 

エギル「早いな...」

 

アスナ「現実世界でもよく...あ、いえ、なんでもありません」

 

何故今アスナが言葉を慎んだのか。答えは簡単だ、この世界では現実世界に関する情報は禁じられているからだ。それは勿論、本名や住所なども含む。

 

アスナ「──行きましょうか」

 

エギル「そうだな」

 

–––––––––––

 

ヒントと言えど、それはとても簡単なもので、よく見てみれば解るものだった。

看板に書いていたのは、文字ではなく、記号だったからだ。それも分かりやすい日常記号で。

矢印もそうだが、丸や三角、バツや四角など、日常で使われているものばかりだった。

だからこそ解きやすく、さっきまでの苦労は何だったのかと思える程、スラスラと攻略が出来ていた...いや、出来てしまったのである。

 

エギル「思いの外あっさりと攻略出来てしまったな...さっきまでの苦労は何だったんだ...?」

 

エギル「...まぁいいか、アスナ。この先に何があるか分からん、用心しておけ」

 

アスナ「はい!」

 

アスナは俺の言葉に返事をすると、警戒するように身構えた。その様子を見た俺は、頷き、マップを再度開いた。

現在の《座標》は

 

【53 E/F X228 Y76】

 

... 【53 F/G X238 Y83】まであと少し。

 

エギル「よし、目的地まであと少しだ、進むぞ」

 

俺がそう呟くと、アスナは頷いたので、それを確認してから歩き出した。

もうさっきの《迷宮》のような《野外異常地帯》は存在しないので、迷うこともないし、大丈夫だろう...恐らく。

とりあえず、今は進むだけだ。それに──

 

──あの建築物には、"何か"がある。そんな気がしたからだ。

 

故に、俺はあの建築物の元へと向かわなければならない気がする...最近直感で動くことが多いな...まるで本能のままに動いているというか...考えるのをやめているような...気のせいか?...まぁいい。今は進むだけ、それだけだ。

 

エギル「...これがそうか」

 

アスナ「...みたいですね」

 

物事に耽っているうちに、気がつくと、そこには《座標》に書かれていた物──即ち、建築物が佇んでいた。

俺はマップを開き、《座標》を確認してみると──

 

エギル「【53 F/G X238 Y83】...ここだな」

 

そこには謎のメッセージから送られてきていた《座標》と間違いのない場所に、俺達はいた。

 

エギル「アスナ、問題ないか?」

 

俺は後ろにいるアスナに向けて声を発し、後ろを見てみる。するとアスナが頷いたのを確認できる。それを見た俺は、建築物へ赴き、再度歩き出した。

暫し歩くと、そこには一軒の小屋を見つけた。

 

アスナ「...どうしてここに?」

 

アスナが疑問を抱くのも分かる、理由は簡単だ。何故ここに小屋があるのか、ということ。そもそもこんな所に小屋を建てたところで誰かが来る訳でもない。そして、プレイヤーハウスだとしても、このような森の中に、且つ幻惑等が魅せられる森に住みたいなど、誰も思わないだろう。となれば、ここに住んでるのはNPCかもしれないな。

 

エギル「...多事多難、だな」

 

それは今に始まったことじゃない、だがそれでも、だ。

この世界は──ソードアート・オンラインは何かと事件が多い、それはプレイヤー同士の諍いや私事が含む。しかしそれだけでは収まらず、この世界でやってはいけない行動のひとつ──殺人、即ち《PK集団》が存在している。

つまり、殺人という非道な行為に浸る輩が存在するという訳だ。俺はまだ1度も遭遇していないが、噂によると、とある2つのギルドを争わせ、壊滅させようとした──と聞いたことがある。今は無くなっているが、2人のプレイヤーによって解決し、存命したと聞いている。その2人の足跡は掴めていないが、何れ掴みたいと思っている、煮えたぎった攻略にも芽が出そうだからだ。それに、人も増えれば楽しくなる...かもしれないな。

 

アスナ「そうですね...エギルさん」

 

アスナが俺の名を呼び、思考の停止を促す。

 

エギル「どうした?」

 

アスナ「なんとなくなんですけど...多分、キリト君はこの事件に巻き込まれている気がするんです」

 

アスナ「確証はないんですが...」

 

そうアスナは苦虫を噛み潰したかのような顔で答える。正直に言えば、俺もそう思う。

あいつは何かと事件に巻き込まれるからな...つい最近にも巻き込まれたみたいだしな《PK》の

1人に会ったことや、実力者ギルド《血盟騎士団》に入団したこと、そしてこの森について。

その度に俺やアスナが巻き込まれるのだが、今となっては慣れてしまっている。それに、キリトの元相棒だった《ユージオ》も、第1層から第48層にまで掛けて、ずっとこのキリトの世話をしていたのだとすれば、これは軽いものなのかもしれないな。

 

エギル「大丈夫だ、アスナ。俺もそう感じるからな」

 

エギル「...それに、あいつは事件に巻き込まれても、平気な顔で...いや、平気な顔を装って帰ってくる。だから今回も大丈夫だ」

 

アスナ「...そうですよね!きっとそう!」

 

良かった、アスナは笑顔を取り戻したようだ。

さて...

 

エギル「──行くぞ」

 

アスナ「──はい!」

 

–––––––––––

 

ギィ...と、少し重々しい音が鳴り響く。その音の正体は、たった今俺が開けたドアの音だ。しかし中も暗いからか、或いは誰もいないからか。今はそのドアの音だけが響いていた。

 

アスナ「...ごめんくださーい、誰かいませんかー?」

 

俺の後ろから生えるように首を差し出すアスナ。この小屋の中に誰かいるかの確認を取るが、返答は無し。それどころか静けさが目立っている。

 

エギル「...誰もいなさそうだが」

 

アスナ「...ですね」

 

こんなにも静けさが目立っていては、逆に人がいるのかどうかすら怪しくなる。しかし、今のところここしか情報源が無い為、ここ以外に行くあてがない。

故に、もう少しだけ調べる必要がありそうだ。

 

エギル「──仕方ない、アスナ、少し中を調べるぞ」

 

アスナ「分かりました」

 

エギル「何かあったら見つけてくれ」

 

俺はそう呟くと、アスナは頷いて小屋の中を調べに行く。しかし、よくこの暗い中探しに行くな...と思ったが、違うな、あれ。

探しているには探しているが、どちらかといえば明かりをつける為の電源を探しているように見える。まさか俺の近くにあるのに気づかなかったのか...仕方ない。

 

エギル「ここにあるぞ」

 

俺が呟いたと同時に横にあった電源ボタンを押す、すると部屋が明るくなり、辺りを見渡せる程視界がクリアとなった。というか、森の中なのに電気が通ってるんだな...と思う、だって大体こういう小屋は、電気ではなく、蝋燭だったりするんじゃないのか?と思うが、このゲームに常識を求めてはいけないことを思い出してしまい、これまた反省する、少しとはいえ、ゲーム内にリアルの情報を教えるのはルール違反だからだ。無論、仲が良い相手でも。それは勿論、結婚した相手でもだ。

 

(この世界──《ソードアート・オンライン》では、《結婚》というシステムが存在する。男女共々、レベル云々関係なく出来る事だが、実はボタンひとつで出来てしまう為、余り良くは見られていない。それだけではなく、心から信頼できる相手でなければ、結婚どころか、パーティを組むこと自体が難しいとされている。

ちなみに《結婚》をすると、お金は勿論、アイテムも共通化されるようになるらしい。

...ここだけの話だが、《結婚》は出来ても《子供》は出来るのか...という実験がされているみたいだが、俺はあまり良く思っていない。当たり前だ、実験なんて良く思わない方が可笑しい...とまぁ、そんな感じだ。)

 

考えるのはここまでにしておいて、俺はアスナに聞いてみる。

 

エギル「これで探しやすくなったか?」

 

アスナ「はい!探しやすくなりました!ありがとうございます!」

 

アスナは感謝を述べ、今度こそ探しに行くと、そこまで時間を掛けずに、何かを見つけてきた。ちなみに俺はというと、その辺を散策してきただけなのだが、別に遊んでは無いので安心してくれ。

 

アスナ「エギルさん!こっちに扉が!」

 

エギル「解った、直ぐそちらに向かおう」

 

実際小屋故に、そこまで広くないので、辺りを見渡すだけで見つけられる。だからこそ、アスナは直ぐに見つけて来たんだがな。

さて、扉がある場所に近づいたのはいいのだが、ここからどうするべきか。無論、ドアを開けるが、気になるのはこの先に何が居るのか、だ。先程言った通り、居るのはNPCかもしれないし、誰もいないかもしれない。しかし、逆に考えてみると、モンスターやプレイヤーがいるかもしれないのだ。隠れるには丁度いい場所だからな。それでも──

 

エギル「進むしか、無い...よな」

 

気づけばそんな言葉を零していたが、ここで止まってはいられないと、逆に俺が俺の背を押した。

ギィ...と再度ドアを開く音が聞こえるが、何処か新しい。まるでさっきまで誰かがこの扉を開いたかのような。少し訝しむが、今は目の前のことに集中したい。

ドアを完全に開けると、何かがそこに居ることに気づき、じっと見ていると、そこに居たのは──

 

エギル「──NPC?」

 

黒いフードを被ったNPCが、何故かそこに居たのだ。

 

────────────────────

 

第36章 –覚醒–

 

エギル「...何故ここにNPCが?」

 

そう疑問を抱くのも仕方がない。だってそこにいるのは、先程まで居なかったはずのノンプレイヤーキャラクター...即ち、《NPC》がいるからだ。

ちなみにプレイヤー、NPC、敵モブの判断は、カーソルによって変わっており、NPCを装って近づく...なんてことはシステム上不可能。

 

(この世界には《カーソル》というものが存在しており、プレイヤーは緑、NPCは黄、敵モブは赤からピンクとなっている。

犯罪を犯したプレイヤーは、緑からオレンジ色に変わり、オレンジ解消クエストをクリアしない限り、緑に戻ることはないし、オレンジカーソルの間は、主街区、つまり《アンチクリミナルコード有効圏内》に入ろうとすれば、門番のNPCに問答無用で攻撃されると聞く。

敵モブは、赤が格上、ピンクが格下となっており、薄くなればなるほどプレイヤーが有利となる。)

 

そして目の前にいるのは黄──つまり、NPCだな。

NPCが居るということは、何か《クエスト》が在るということ。それはクリアする必要があると睨む、理由は簡単、元々俺達は《野外異常地帯》に囚われており、脱出は困難に近い。だからこそ、脱出するには何かのクエストをクリアする事が必須条件だと睨めるからだ。そして、現にそのクエストのトリガーとなるNPCが、目の前にいる。つまり──

 

エギル「受けてクリアしろと...」

 

アスナ「エギルさん?...それはどういう」

 

アスナが怪しむように聞いてくるので、先程に考えたことを伝えると

 

アスナ「つまり、脱出するにはNPCに話しかけて、クエストをクリアする必要がある...という訳ですね」

 

エギル「ああ、そうだ」

 

...本当にアスナは理解が早くて助かる。そうと決まれば、NPCに話しかけ、クエストをクリアするだけだ。その後にキリトを探しに行こう。

俺はドアから離れ、NPCの元へと歩いていく。するとNPCは俺の存在に気づいたのか、目線をこちらに向いてくる。

...というか身長差が凄いな、こういうのってアスナが話しかけるのがいいのかもしれないが...まぁ良いだろう。

ちなみにクエストがあるNPCは、カーソルの上に大きな『?』があり、クエストを受けると『!』に変わるようになっている。このNPCもそうだ。

 

エギル「何かお困りですか?お爺さん」

 

そうNPCに向けて話すと、NPCは俺の目を見て口を開く。

 

「...お主達は誰じゃ?」

 

エギル「...俺はエギル、そして俺の後ろにいるのがアスナです」

 

「...ふむ」

 

老人のNPCは素っ気なさそうに応える。だが、何処か考えているようにも見えるな。

──老人のNPCからクエストを受ける際、重要なのが何個かあるが、そのうちのひとつがある。それが敬語を使うこと。別に使わなくても進められるが、敬語を使わないで進めようとすると、場合によってはクエスト失敗と成りうる。故に、どれだけ素っ気なく、冷たくあしらわれようと、親切に進めていくのが基本...と言われているらしい。

 

「...困り事、と言ったな」

 

アスナ「そうです...何かありますか?」

 

「...伝えるより、見てもらった方が早いか──来るが良い」

 

老人のNPCはそう答えると、部屋の奥へと進んでいく。俺達も後を続くが、向かう先はひとつのドアだった。

 

エギル「ここにドアなんてあったか...?」

 

アスナ「いえ...先程確認した時、ありませんでした」

 

そう、さっきまでここにドアなんて無かったし、あるのは壁だったはず。なのに何故...?しかしそう考えていても、老人は待ってくれない。だからこそ、徐々に置いていかれていることに気づき、慌てて追いかけていく。

すると老人はドアの前で止まり、ドアノブに手を掛けようとするが、近くで止まる。俺とアスナが疑問を抱き、お互いを見るが、老人に変化はない。が、数秒後にガチャッという、開錠された音が響いた。

 

アスナ「...開いた?!」

 

アスナは驚愕の目を見せていた。当たり前だ。この世界には存在しないはずの《魔法》のようなものを見せられたのだから。しかし、どうやって開けたんだ...?この世界に《魔法》という概念は無かったはず...まさか俺達が使えないだけで一部のNPCは使えるというのだろうか...?

だとしても、こんな森の中にある小屋に住んでいる(と思われる)老人NPCが使えるのだろうか?この世界にはまだまだ未知な事が多く、不可解な点も多い。故に、《魔法》が使えるNPCなど、知っているのはそのクエストを受けているプレイヤーか、或いは《情報屋》だけだ...いやまぁ、実際俺達も見ているんだがな。

 

「...この中じゃ、ボーッと突っ立ってないで早く入れ」

 

アスナ「あっ、はい!」

 

アスナが返事すると、老人は扉を開く。ギィ...と古びた音を鳴らす扉は、まるで年季が経っている木材から造られたようだった。ぎこちない開き方をする扉だが、機能はしっかりしているようで、俺達が通れる程は開いていた。眺めていると老人は催促してくるので、従うことにする。

扉を潜り、またもや暗い部屋へと辿り着いた。明かりを探そうとするが、辺りには蝋燭どころか何も無いように思える。仕方ないのでメニューから探そうとするが、それより早く明かりが付いた。アスナが付けてくれたのかと思ったが、どうやらアスナもメニューから探そうとしていたようで、気がつけば明かりがついて驚いている。ならば誰がつけたのか。

答えは簡単だ、目の前にいる老人が付けたのだろう。

あんなに解りやすく両手を掲げていたら、何となく察しはつく。

でも、明かりをつけてくれたのは好都合のようで、目の前にあるものに視線が動いた。

 

エギル「...すみません、あれはなんです?」

 

俺は老人に向けてそう発すると、俺の顔を見てこう答えた。

 

「...あれはお主達の仲間であろう?」

 

そう言われて近づいてみると、そこにあったものはベッドで、その上に誰かが眠っていた。その誰かというのは──

 

エギル「──キリト!?」

 

アスナ「──キリト君!?」

 

幾ら《インスタント・メッセージ》を送っても連絡が取れず、探そうにも《野外異常地帯》によって行方不明だった仲間の1人がそこにいて、スヤスヤ...とまではいかないが、ずっと魘されているように見える、俺達の仲間──

 

【《キリト》】の姿が、そこにあった。

 

–––––––––––

 

アスナ「何でここにキリト君が..」

 

アスナがそう疑問を抱くのも仕方がない。

ずっと連絡が取れなかったキリトがそこに居るからだ。それも、ベッドの上で眠っており、かと言っても、気持ちよさそうに眠っている訳でも無いようだ。何処か魘されており、悪夢のような夢を見ているのかもしれない。

 

「...お主達の仲間で間違いないかの?」

 

そう話す老人に、俺は反射的に「はい!」と答えると、老人は「そうか」と素っ気無い態度を取る。だが、何処か嬉しそうだ。その意図を掴む前に、老人の口が再度開く。

 

「悩みと言ったな、それじゃよ...お主達の仲間が、この森の病に侵されておる。治す為にはここから西にある『混沌の湖』に在ると言われる《交わりの水》を汲んできて欲しいのじゃ...できるかの?」

 

淡々と話す内容はクエストのようで、言い終えた老人の真上に大きな「?」が白から緑に光っていた。

...内容を聞く限り、どうやらキリトを覚醒させる為には、《交わりの水》というアイテムが必要になるらしく、そのアイテムは、ここから遥か西にある『混沌の湖』という場所にあるらしい。それを汲み、この老人の元へ向かえばクエストクリア──という感じだろう。

キリトが助かるのであれば、手段は問わない、恐らく回収方法もあるだろう。

 

エギル「──分かりました、やります」

 

そう答えると、老人の真上にあった大きな「?」マークが、クエストを受けた証である、大きな「!」へと変わっていた。

 

「そうか、ならばコレを持っていくがいい」

 

そうして渡されたものは地図のようだった。

どうやらこの森のものらしい。

 

エギル「──ありがとうございます!」

 

お礼をすると、老人は後ろを振り返るや否や、「...仲間は大切にするもんじゃよ」とだけ答えて、奥で寝ているキリトの元へと去っていってしまった。

その言葉の重みに感謝しつつ、俺達は小屋を後にした。

 

–––––––––––

 

エギル「クエスト──【覚醒の在り処】...か」

 

そう呟いたのは、私の隣にいる、屈強な体つきと、やや外国人で、黒人寄りの男性。エギルさんだ。実はエギルさんとは先程出会えたばかりで、《座標》を元に進んでみたらそこに小屋があって、その中には、ずっと探していた【キリト】君の姿もあった。これで探していた2人と再開でき、ずっと行方不明だったキリト君の居場所が解ったので、今すぐにでも助けたい──んだけど、NPC曰く、どうやらこの森の病に侵されているらしい。治す為には、この森の遥か西にある【混沌の湖】という場所に、《交わりの水》というアイテムがあるらしい。それを持ってNPCの元へ届けることが出来ればクエストクリア──という手順なんだとか。

恐らく、クエストクリアになれば、キリト君を助けられる。それなら、この森から脱出する為の心残りは無くなる...よね。

私はエギルさんが、あのNPCに貰ったとされる地図を見ている姿を見て、質問してみる。

 

アスナ「エギルさん」

 

エギル「なんだ?」

 

アスナ「【混沌の湖】ってここから西なんですよね?それにはどう書いてるんですか?」

 

エギル「あー...それがなぁ...」

 

エギルさんは少々バツが悪そうに答える。

 

エギル「マップ自体は分かるんだが...どうも、辿り着けるか不安でな...何せさっきまで惑わされていただろ?だから不安でな」

 

──エギルさんの言葉に、私は言葉を上手く発せなかった。それは単純で、エギルさんが言っていることは本当だったから。

私達は、この森に囚われ、ずっと惑わされ続けていた。ゲーム内の時間は止まってるにしても、ね。だからこそ、エギルさんの言葉は深く理解出来る気がする。

だって、数時間も惑わされ続けて、苦しめられていたんだから。それに、一番辛いのは多分キリト君だ。私達と離れ離れになって、更に悪夢のようなものを魅せられ続けている。それはきっと、私達の想像を絶するものなんだと思う。どんなものを見ているかは解らない、だけど、それから解放してあげるには、頼まれた《交わりの水》が必要になる、なら、行かなくちゃ。

 

アスナ「エギルさん、行きましょう」

 

エギル「だが...」

 

アスナ「キリト君を...仲間を救うんですよね?じゃあここで、うぅん、こんな所で立ち止まってはいけないと思うんです」

 

私は、思ったことを、思っていたことをエギルさんにぶつけた。

最初こそ驚いていたものの、次第に笑みを零し、覚悟に満ちた目をしていたのが解った。多分、本来のエギルさんを取り戻したんだと思う、私の知っているエギルさんは、弱々しい姿などでは無く、やる気に満ちた姿だと、私は思ってるから。だから、こんな所で諦めてたまるかってね。

ねぇ、エギルさん。多分、キリト君もこんな所で諦めないと思うの、どれだけ傷ついても、どれだけ倒れても、キリト君は──私の《ヒーロー》は、絶対に立ち上がる。私は、そう信じてるから。確証はない、根拠も無い、でも、それだけは、信じてる。だから、エギルさんも信じて欲しい。自分を、私を、キリト君を。きっと、うぅん、絶対大丈夫だってことを。

 

–––––––––––

 

俺は何と愚かだったのだろうか。仲間を信じず、貰った正しい地図すらも疑って。

全て、アスナやキリトを守る為にしていた事なのに、空ぶっていた──いや、それは自分を守る為の口実にしかなら無い。だから、アスナに諭されるんじゃないか。

 

アスナ「キリト君を...仲間を救うんですよね?じゃあここで、うぅん、こんな所で立ち止まってはいけないと思うんです」

 

アスナにそう言われて、俺はハッと我を取り戻し、何処かで止めかけていた鎖が俺の中にあることに気付けた気がする。

──そうか…この鎖のせいで、俺は前へ進めなかった──いや、進もうとしなかったのだろう。俺はキリトと違い、冷静に物事を観察することは出来ない。いや、真似られない。キリトには、俺には無い“何か“があると思う。

それも、包み込むような“何か“を。それは決して暖かいものではなく、優しく、でも寂しい。そんな“何か“だ。上手く言葉に出来ないが、そんな不思議な力が有ると、俺は信じている。だが、その本人である《キリト》を信じていなかった。信じ切れていなかった。心の中では、何処か諦めていたのかもしれない。だからこそ、俺はアスナに諭されたのかもしれないな…。

そう思えば、不思議と笑みが浮かんでくる、そして気づけば零していたようで、いつの間にか下に向いていた顔を、前へと上げる。

その意図を汲み取れたのか、或いは安心したのか、アスナの眼は信じ切った目ををこちらに向けていた。その目から何を感じたかは解らない、だが、これだけは言える──

 

エギル「──ああ…そうだな。こんな所で立ち止まれない。俺達は共に命を預け合う仲間だ」

 

アスナ「──そして、心から…いえ、言葉を交わさずとも信じ合える仲間だと私は思うんです。例えキリト君の記憶が無くなっていても、そこに私達がいたことは変わらない」

 

エギル「そんな状態に陥っている仲間が、助けを求めているのならば、助けない理由にはならない──そうだろ?」

 

アスナ「…えぇ、そうですね。勿論、《メイル》さんも」

 

エギル「そうだな」

 

そう、俺達は元々第53層《ディファト》を攻略する為にこの森を通過しようとしていた。その結果、《野外異常地帯》に囚われてしまった訳だが…しかし、元を辿ればこれで良かったと思える。仲間を再び信じることができるようになったのは確かだが、何より、絆が、信用が硬くなったと言えるだろう。

それに、この森を抜けた先には、アスナとキリトの仲間である《メイル》がいるはずだからだ。何らかの原因により、突如俺の倉庫から消えてしまったメイル、彼の行方を追い、漸く掴めたのが、この森だった。この森に入ってしまったことは後悔もしていないし、何より2人とも無事だったのだ。それだけなら良いと思える。だからこそ、キリトも助けて、メイルも助ける。それで良い。

 

エギル「──さぁ、行こうか」

 

アスナ「──えぇ!」

 

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マップを駆使し、漸く辿り着いた【混沌の湖】

《混沌》と聞いて、毒々しい湖かと思ったが、予想を遥かに越える──いや、180°違っていた。

【混沌の湖】と名付けるには程遠いほど綺麗な湖で、覗いてみれば、魚もチラホラ泳いでいるのが確認できる。それに少し水生植物もあるようだ。見た目だけの危険な湖っていう訳でも無いらしい。

ちなみにアスナはというと、あまりの綺麗さに目と心が奪われているようで、今のところずっと、目をキラキラさせながら口を開けている。何を考えているかは解らないが、一先ず進める為に、アスナを連れ戻す。

 

エギル「さて、《交わりの水》だが...何処にあるか検討は付くか?」

 

アスナ「...あっ、えっ、あ──い、いえ...」

 

エギル「...だよな、仕方ない、手当り次第探していくか」

 

アスナ「ですね」

 

まだ安全と決まった訳じゃない、だからこそ一緒に行動しても良かったのだが、そこまで広く無いし、それに危険も少なそうだ。故に、アスナとは離れて行動する事にした。

 

エギル「しかし...アスナも検討が付かないとなると...どうしたもんか...」

 

腕を組み、今どうするべきかを考える。

思いつく限り、案が無い訳ではない。だが、あまりにも危険過ぎる。これはアスナであろうと、キリトであろうと推奨は出来ない。故に──

 

エギル「──試してみるか」

 

俺は右手を持ち上げ、人差し指だけを立てて下になぞるようにスワイプする。すると、チリンと鈴の音を鳴らし、メニュー画面が開かれた。そこから順番にボタンを押していき、最終的には《アイテムストレージ》へと辿り着く。

《アイテムストレージ》を下へ下へと指を滑らせていくと、やがてひとつのアイテムを見つけた。それは──

 

エギル「──まさか使う時が来るなんてな」

 

攻略ではゴミにも等しく、そして使わないであろうアイテムで、使うことが無いだろうと思いつつも持ってきたアイテム。俺には《商人スキル》があるが、《職人スキル》は持っていない。故に、これは取り寄せた物、或いは客の売却時に譲り受けたものだが、気にも留めなかったアイテムがここで使うとは思わない。あの客に感謝だな。

そのアイテムをタップして《オブジェクト化》し、水辺へと近づく。辺りを見渡して、より水辺に近い場所を探してみると、運良くここが水辺により近い事が分かった。俺は膝を折り曲げ、腰から順に下ろしていく。そして膝を地につき、手を水辺ギリギリに置く。現在俺は四つん這い状態だが、恥ずかしさよりも、落ちないかが心配である。そして先程《オブジェクト化》させた"アイテム"を右手に持ち、浸すように水へと漬けた。するとその"アイテム"は次第に液体が入っていき、やがて満杯となった。

 

エギル「──やはりこれが《交わりの水》...か」

 

アイテム名は《交わりの水が入った瓶》。

そして、俺が使ったのは、普通の《空き瓶》だ。つまり、この湖の水をこれで汲んだのである。先程から探し求めていたもので、後はこれをあのNPCの元へ届けるだけ──だったのだが。

 

エギル「──アスナ?」

 

先程まで辺りを散策していたアスナの姿が、何処にもいなかった。幾ら自由に行動しているとしても、急に姿が見えなくなるのは可笑しい。それに、アスナは自由奔放じゃない。自分が全うすべきことは必ずと言っていい程全うする筈だ。それに、ここを離れるなら《フレンド・メッセージ》等で何か一言伝えてから行くはずだが...ならば、何処に行ったのだろうか?少しづつ募る不安に煽られながらも、俺は探しているが、それでも見つからない。どうしたものか...キリトと約束した以上、見つかるまで探すしかないな...と思ったが...案外その考えは簡単に解決するようで、少しの時間も経たずに変化が現れた。

ザバァ!と大きな水の音が鳴り、俺は音の方へと向く。するとそこにいたのは──

 

エギル「なんだ...こいつ...ッ!?」

 

一段と濃い赤で染まったカーソルと、普通では考えられない大きさのモンスター。姿はまるでダイオウイカのような見た目だ。名前は──

 

──《Chaos lacum Domini》

 

この名前から察するに、恐らくこいつはこの湖の主だ。つまり、この湖から出てきたのだろう。

 

エギル「っ!!!」

 

鬼気迫る状態なのは確かだが、それでも尚不安が爆発──いや、不安よりも恐怖が勝る。だって、そこにいるのは──

 

エギル「アスナッ!!」

 

そのモンスターに掴まれた"アスナ"の姿があったからだ。

 

–––––––––––

 

やってしまった。

ただそれだけが私の中をぐるぐると回っていた。エギルさんに頼まれ、辺りを散策をしていたのは良いのだけど、一回気づいたにも関わらず、気のせいだと思って踵を返した途端、湖から触手のような何かが伸びてきて、私は為す術もなく湖へと引きずり込まれてしまった。咄嗟の判断で、息を止めて、目を閉じた...けど、湖の中に入った時、恐る恐る目を開けてみれば、そこにいたのは、凡そ10本の足...いや、腕が生えたダイオウイカのような見た目をした《フィールドボス》の姿がそこにあった。しかも、カーソルが赤黒い所をみると、推奨レベルは相当高いと見る。でも、こんなに赤黒いって...まさか...

 

アスナ「(まさか...第70層レベルだと言うの...?!)」

 

今私達がいるのは第53層、この森を抜ければ、第54層へと行ける。でも、こんなに赤黒いのは見たことがない。恐らく、ここより上層のボスだと思う。それも、約20層上の。

つまり──

 

アスナ「(──死ぬっ!)」

 

──直感でそう、感じた。

まだ片足だけ掴まれてるとしても、このままでは息が続かず溺れ死んでしまう。それだけじゃなくて、このボスにやられて死んでしまうかもしれない。それぞれの恐怖が、また私の中で廻り始めた。

 

アスナ「(助けて...キリト──)」

 

『キリト君』と思う前に、私はハッとした。現在キリト君は悪夢に魘され眠っている。それどころか、今動けるのは私だけ。どうにかして打開するしかない。それに、キリト君に助けを求めていては、守るどころか守られ続けられてしまう。それだけは嫌だ、また''あの時''のような事にはなりたく無い。《不可侵条規戦闘》と同じようなことだけは。

でも、この状況を考えて、私1人だけでは太刀打ちできないかもしれない。そう思ってメニューを開いてエギルさんと連絡を取ろうとするけれど、ボスモンスターが揺らしたり攻撃してきたりして、メニューを上手く開くことが出来なかった。大ダメージとまではいかないものの、それでもHPや、防具の耐久値が削れていく。だからこそ、私のHPはギリギリだ。体力を回復したいけど、《結晶(クリスタル)》や《ポーション》を《オブジェクト化》していないので、腰ら辺につけているバッグに入っていない。だからといって回復しなければ私が死んでしまう。なら──

 

アスナ「(──思い切って抜刀するっ!)」

 

この方法は使いたくなかったけれど、今はこれに縋るしかない。

私は腰に納刀されているレイピア──《ランベント・ライト》を抜刀し、片足を掴む触手に閃光の如くの速さで断ち切る。するとボスモンスターは呻き声のような声を荒らげ、一瞬怯む。その隙を逃さなかった私は、今のうちにと上へと泳いでいく──はずだった。

もう少しで水面につく瞬間に、片足にまとわりつくような感覚がしたから。その違和感は、また次第に恐怖へと変わっていく。

 

アスナ「(嘘...)」

 

そう思った瞬間、これから私に起こる悲劇を勘づいて、そして意識を手放してしまった。

 

–––––––––––

 

『グォォォォォアァァァァァァァッ!!!』

 

咆哮じみた声を荒らげ、俺を挑発する。その声の主は、現在俺の仲間を、俺達の仲間を、これでもかと上に掲げている。それも、片足だけを掴み、宙吊り状態にしていることだ。

これを見て、俺は恐怖よりも、このボスモンスターにだけ怒りだけが込み上げていた。無論、アスナのことは心配だが、アスナを見る限りテンパってはいない──というより、どうやら気絶しているらしい。まだ不幸中の幸いだが、よーく見ると、アスナのHPがギリギリのようだ。それに、装備も色々破損している。危機的状況に近い。まだ俺のHPが満タンであり、装備も破損どころか、壊れていない時点で、まだ助かる術はあるということ。しかし、目の前にいるのは、1人でどうにかできる相手では無い。恐らく現段階の攻略組である《血盟騎士団》精鋭20人行った所で、勝てるかどうかも怪しい。それに、相手は水面に浮かんでいるのに対し、俺達にはそれに対応するような装備や《アイテム》《システム外スキル》を持ち合わせていない。仮に持っていても、全員分作るには時間が掛かる。だからこそ、不利に近い...いや、不利だ。

故に、今どうこうできる状態じゃない。となれば、残されたのは、無理してでも近づくか、或いは逃げるか。無論、後者は毛頭選ぶつもりはない。しかし、無理して近づけたとしても、奴を怒らせてしまえば、宙吊り状態のアスナに負荷──いや、それならまだマシだ。よく考えてみろ、相手はこの層に巣食う《フィールドボス》だ。推奨レベルも相当高いと思える。それに迂闊な行動を取れば、何が起こるか分かったものじゃない。更に現在アスナは、人質に取られているようなもの。俺が動いてしまえば、最悪アスナがやられてしまう。それだけは避けなくてはならない。

幸いにも、ヘイトは俺に向いている。このままヘイトを稼ぎ続ければアスナに危害は加えられないはずだ。

──だが、どうする...!迂闊に動くことが出来ない上に、このまま突っ立っていては、何れヘイトがアスナに向いてしまう。そうなっては何もかもが遅すぎる...!

 

エギル「──クソッ!」

 

思わず舌打ちしそうになるが、寸前で止める。しかし、どう足掻こうにも、どれもこれも危険で、壁がある。それを乗り越えようとしても、蹴落とされる。攻撃手段も無い...訳ではないが、俺の武器じゃ範囲外だ。それこそ、《弓》や《魔法》などの遠距離武器が必須となる。だが、この世界では、そのような武器は存在しない。

──だってここは、《剣と戦闘の世界》だからだ。

故に、遠距離武器など見たこともないし、聞いたことも──いや、ある。実際に視たじゃないか。あのNPC──老人が使っていたのを。

あれが《魔法》なのかは解らない。だが、それでも一粒の希望に賭けるなら、悔いはない。それに、アスナも助けられる...が、問題がひとつある。それが、"どうやってここまで連れてくるか"ということ。この問題を解決する為には、3つの問題を解決する必要がある。しかもそれは、ほぼ不可能。つまり無理だ。

一応話しておくと

 

・NPC、即ち《ノンプレイヤーキャラクター》を持ち運ぶ、手を引っ張る、押していく。という運搬行為は先ず不可能。

 

・幾ら最新の人工知能であれど、所詮はNPC。コンピュータのアルゴリズムによって動くプログラムでしかない。

 

・そもそも此処を離れることができない。

 

これらによって、ほぼ不可能に近い──いや、不可能だ。故に、現在の俺達の状況は、危機的状況であり、八方塞がりであり、万事休すである。打つ手がない訳では無い、しかし、それを選んでも、必ず不可能な事が、そしてアスナの身に危険が伴う。こうなってしまえば、何もできない。

 

エギル「どうすればいい...!考えろ...考えろ...っ!」

 

勿論簡単に諦めるつもりもないが、この状況を打開するにはひたすら考えるしかない、そうでもしなければ、アスナを救うことすら叶わない。なのに、思いつくのは、どれも無意味で、更にアスナを危害に加えられてしまう方法しかない。どうやったら助けられる?どうしたら危害を加えずに助けられる?思考を止めるな、考え続けろ──

 

エギル「──ん?」

 

待てよ?ひとつ気になってた事があるんだが...なんでこいつ──《Seer of Chaos》は俺を攻撃して来ないんだ...?例えNPCでも、攻撃されるようにアルゴリズムを設定されていれば、攻撃されるはず...なのに何故だ...?

そう思った俺は、《Seer of Chaos》の元へ向くが、特に変わった様子はない。それどころか俺をずっと見ている。

 

エギル「なんだ...?何故攻撃してこない...?」

 

本来なら、考えていられないほど攻撃を仕掛けてくるのに対し、何故かこいつに関しては攻撃どころか、動きを見せない。まるで俺の出方を窺っているかのようだ。

 

エギル「──まさか...!」

 

──ひとつ、聞いたことがある。

この世界に入る前、とある番組でイカは眼が良いと、聞いたことがあった気がする。当時はそこまで興味も無かった為、流すように聞いていたが、まさかそうなのだろうか...。

そう思った俺は、《Seer of Chaos》の方へ再度向き直し、動かないようにしてじっと窺う。すると、俺の意図を汲み取ったのか、掲げていた腕を下げ始め、遂にはアスナを地上に下ろした。直ぐにでもアスナの元へ向かいたいが、ここで動いてしまえば、全てが水の泡になる気がする。それだけは避けなくてはならない。

 

エギル「(...さて、どうするか)」

 

今1番の問題はそれだ。

少し進捗が動いたが、それでも平行線なのは変わらない。故に、現在どうするべきかを考える必要がある...しかし、どの方法も上手く行くかは不明だ。それに、最悪間違えてこいつを怒らせてしまうこともあるだろう。そうなってしまえば、俺どころかアスナも死んでしまう。そうなってからでは遅い。何もかもが遅い。だからこそ、俺は2つの案を考えた。

 

・少しづつ動き、アスナを抱えて逃げる

 

・このまま待ち続ける

 

...この中で1番効果的なのは、このまま待ち続けることだ。しかし、それを選んでも尚、何も変わらない。つまり、平行線の戦いが続くことになる。そうなってしまえば、キリトの症状が悪化してしまう可能性が生まれる。そうなると、このままではキリト自体が助からない可能性がある。それに、アスナも途中で目覚め、有無も言わぬまま悲鳴をあげてしまえば、アスナにヘイトが向くかもしれない。だとすれば、足が竦んで動けない可能性が高いだろう。ならば、この手を選ぶことは難しい。

 

エギル「(となれば...少しづつ動き、アスナを抱えて逃げることだが...)」

 

かと言ってこれも最善の手とも思えない。リスクがあり過ぎるからだ。それに、よく考えて見て欲しい。相手は眼が良く、腕も10本ある相手だ。少しづつ動いて、どうにかしてアスナを抱えても逃げられる自信はない。残念だが。

故に──

 

エギル「(...打つ手無し、か)」

 

そう、打つ手無し。リスクを背負ってワンチャンスを狙っても良かったが、今はアスナの身の安全を重んじる必要がある。これは、キリトとの約束を守るためでもあるが、自身の身を守る為でもある。それは"戦力になるから"ではない。"仲間だから"だ。

しかし、まだ希望はある。それは今、俺が思いつく範囲で無いだけだからだ。なら、先程の中で選ぶなら──

 

エギル「(このまま待ち続けるしかない...!)」

 

このまま待ち続け、思考を熟練させるしかない。そう考えついた俺は、このまま待ち続けることを選んだのだが──

 

–––––––––––

 

あれからどれくらい経ったか。体感では数十分程度なのだが、実際のところゲーム内時計が動いてないので、どれくらい経ったかの正確な時間が解らない。それどころか、未だに平行線なのだ。その現実に、俺はそろそろ疲れ始めていた。

 

エギル「(...ずっと俺の様子を窺っているな...まさかこれは何かのイベントなのか...?)」

 

最早そう感じるようになり、考えることすら諦めかけている。アスナはというと、未だに気絶しており、それどころか意識があるのかどうかすら怪しい。助ける意思はあるにはあるが、今、この状況を先にどうにかしなければ、助けるどころの話では無い。

それに、これが何かのイベントだとすれば、何のイベントなのだろうか?負けイベント?時間経過イベント?それとも逃走イベントなのか?だとしても、どれもこれも意味が解らない。というより、意図が汲み取れない。意味が無いからだ。

 

エギル「(だとすれば...)」

 

だとすれば何のイベントになる?

俺は諦めかけていた頭を回し続け、考え続ける。すると、あるひとつの事を思いついた──というより、過去に思いついたことを実行しようとしている。それは簡単なことで、リスクも背負う。容易く実行するべきでは無いが、今はもう手段は選んでいられなかった。

 

エギル「(隙を見て動き、アスナを抱えて逃げる...っ!)」

 

それは余りに無謀なことで、もう少し冷静に考えていれば、もっとマシなことを思いついたかもしれない。だが、それこそここで考え続けていれば、何れ壊れてしまう気がしたからだ。恐らく、これは気の所為などでは無いと思える。

だからこそ、血迷った選択だろう。でも、何れ壊れてしまい、何も出来ないままここで野垂れ死ぬくらいなら、せめてアスナだけは救いたい。それがアイツに対して──キリトに対しての、恩返しだと思うからだ。故に──

 

エギル「(3カウントで行くか...!)」

 

疲れ果てていた脳内を、もうひと踏ん張り働かせ、俺は3つ数え始めた。

 

3──

 

2──

 

1──

 

エギル「──今だッ!」

 

その声と共に駆け出した俺に気づいた《Seer of Chaos》は、俺を見るなり攻撃を仕掛けて──来なかった。その事に目が離せないが、今はただアスナを救う為に無我夢中で走り続ける。無事にアスナの元へ辿り着いた俺は、ボスの方を向かず、出入口の方へと走っていく。

出入口に着いた時、ふ視線を後ろに向けると、そこにはポツンと立ち尽くしている《Seer of Chaos》の姿が残されていた。

 

_______

_____________

___________________

 

ガタンッ!と叩き開ける音が聞こえる。その音源はある小屋のドアから響いており、まるで壊れそうな音だった。

その小屋のドアを叩き開け、入ってきたのは1人のプレイヤーと、背中に抱えられたもう1人の女性プレイヤー。そして、小屋の中にいたのは、あるNPC──基、今から渡すべきアイテムを渡す老人だ。

 

「...おお、帰ってきたか」

 

エギル「...あぁ、もって...きたぞ...《交わりの水》を...ゲホッ」

 

息切れを起こしながらも、そう伝えると、老人は少し間を開けて「...協力、感謝する」と、感謝を述べた。それを見た俺は、腰に付けていたバッグ──ウエストポーチの中を探し、あるものを取り出す。それはさっきまで掬いとっていたアイテムで、時間は経っているものの、まだ何とか耐久値は保っていた。これは、キリトを救う為のアイテムであり、そして、キリトに返す恩返しのひとつでもある。こんな形になってしまったが、それでも俺は恩を返しておきたかった。借りてばっかなのは、性にあわないからな。

 

「少しそこで待っていなさい、勿論、そのお嬢さんは寝かせておくといい」

 

エギル「──あぁ...ゴホッ」

 

まだ息は整っていないが、まだ会話や動ける範囲にはなっていた。

しかし、それでも体が痛い──痛む体に鞭を打ち、近くになにか無いかと探してみる。すると近くにソファーのような物を見つけ、そこにアスナをゆっくりと寝かせた。本来なら、余り女性プレイヤーに接触するのは好ましくないが、今はただ、称賛と労いを込めて、俺はアスナの頭に手を優しく乗せた。そして、「頑張ったな

」とだけ呟けば、アスナの眠る表情が少しだけ笑みが溢れる。その姿を見て安心したのか、将又一連の流れに疲れたのか、俺はそのまま眠ってしまった──。

 

–––––––––––

 

──起きろ

 

んん…?

 

──起きろ、エギル

 

キリト…?

 

──みんな、待ってるんだ

 

俺は……

 

「──起きてください!!」

 

その大きな声に驚愕し、目を思いっきり開く。すると、目の前に広がったのは、木造で出来た天井が広がっていた。どうやら眠ってしまったらしい。

──いや、正確には気絶していたようで、長い時間このままだったのだろう、隣でアスナが目から涙を流していた。そのことに申し訳ない気持ちが込み上がる。アスナにとって、2人も話せなくなってしまえば、それはもう絶望なんかでは計り知れない。

そのことを、少なからず知っていた俺は、起き上がらせかけていた体を戻し、ただ下を向くしかなかった…いや、下を向くことしかできなかった。しかしそれでも──

 

アスナ「っ!エギルさんっ!」

 

エギル「…心配かけたな」

 

アスナ「いえっ!!あれはっ!あれは私が悪いんですっ!私がっ!あの時っ!!あの時確認を怠らなければっ!あんなことにはなりませんでしたっ!ごめんなさい…ごめんなさいっ!!!」

 

アスナは、嗚咽が隠る声をただ発し続けていた。それも俺に謝りながら。

俺ができることは、何もない。ただできることとすれば、アスナの懺悔を、耳を傾けて聞くことだけだった。

 

______________________

____________

________

 

エギル「──落ち着いたか?」

 

アスナ「…はい、すみません、お恥ずかしいところをお見せして…」

 

エギル「構わないさ、それにあれは不可抗力だしな。アスナが悔やむことはない」

 

アスナ「…ですが」

 

エギル「それにな、アスナ」

 

俺がアスナの言葉を止めると、アスナはこちらを向く。

 

エギル「俺だって、油断していたんだ」

 

アスナ「…」

 

エギル「それどころか、少し慢心をしていたみたいでな…アスナなら大丈夫だろう…そう思っていたことに、足元を掬われてしまったようだ、すまない。その慢心がなければ、俺はアスナの異変に気付けたというのに…本当に、すまなかった」

 

俺は地に頭が着くんじゃないかというレベルで、頭を下げた。

今回に関しては、俺も同罪だ。下手すれば俺だけでは留まらず、アスナも死んでしまったかもしれないからだ。そう考えてみれば、頭を下げる。なんて、容易なことだろう。本来ならば、そんなことで許されると思うなんて、虫が良すぎる。言語道断だ。

だからこそ、俺はどんな罰も、どんな処遇も受けよう。それで許されるなら、まだマシだ。そう思った俺は、そのまま目を閉じて、告げられるのを待った──が、一向に来る気配がない。何故だと思い顔をあげると、そこにはポロポロと瞳から光る涙を流して、泣いているアスナの姿がそこにあったのだ。

俺はその事に驚愕していると、アスナもびっくりしたかのように手を頬に当てた。

 

アスナ「あれ...なんで私泣いて...」

 

今思えば、アスナが苦しかったのは、"それだけ"では無いと感じた。何故かは解らない、でも、それだけを感じていた。

俺はアスナの頭に先程のように優しく手を乗せ、撫でる。するとアスナは少しではあるが、びっくりしつつも笑顔を取り戻せたようだ。そして笑みを俺に向けてこう告げる。

 

アスナ「──行きましょうか、キリト君の元へ」

 

エギル「──そうだな!」

 

–––––––––––

 

「...やっと目覚めおったか」

 

アスナ「すみません、お騒がせしました」

 

「別に構わんわい、ただそこにいる者が邪魔だから早くして欲しいものだがの」

 

少し俺達に向けて吐き捨てるように呟いたNPCは、「準備ができたら話かけてくれ」とだけ話し、キリトの元へと向かって行く。

それを見た俺達は、この小屋を出る前に聞いた事を思い出していた。

 

『...仲間は大切にするもんじゃよ』

 

その言葉が、俺達の心を強く動かす。そして、信じる機会を与えてくれた。これを通じて、少し理解した──いや、実感したことがある。それは、NPCも、"生きている"こと。

彼らもただのプログラムで動いている訳じゃない、ここで、この世界で命を授かり、確かにここで生きている。だからこそ、老人はあんなことを言ったのだろう。それが例え、クエストやシステムによって仕組まれていたことだとしても。故に、俺達は感謝しなければならない。仲間の大切さを、信じることの強さを、1人の時の弱さを。俺達は学んだ。そして、今度は俺達がそれを活かす番だと思う。

そう思った俺は、アスナの方へ向き、頷く。アスナは意図を汲み取れたのか、頷き返し、ほぼ同時に歩き出した。

そして、老人に近づいていき、「準備ができた」と話す。すると、老人は「わかった、そこで待っておれ」とだけ告げると、老人は歩き出す。

どうやら奥のドアに入るらしい、それを確認すると、老人はドアを開けて中へ入っていくが、数秒もせずに戻ってきた。よーく見ると、老人の手には何かを持っている。どうやら瓶のようだ、中に液体が入っており、それが神々しく光っている。

 

エギル「あの...それは?」

 

「ん?...あぁ、これは《覚醒水薬(オメガポーション)》と言ってな、何でも治せる薬じゃ」

 

エギル「何でも治せる薬...ですか?」

 

「そうじゃ、但しこの森の中でしか使えんのが欠点じゃがの」

 

...キリトがもし起きていたら、この話に乗っていたかもしれないな。まぁ、それももうすぐ起きるんだが。

 

「...始めるぞ」

 

エギル/アスナ「...はいっ」

 

俺達がそう返事すると、老人は《覚醒水薬》と呼んでいた瓶の蓋を開け、そしてキリトの口を手で開き、その中にある神々しく光る液体を流し込んでいく。全て流し終わると、老人はこちらに向いて話し出した。

 

「これでもう大丈夫じゃ、時期に目覚めるであろう」

 

アスナ「──ありがとうございますっ!!」

 

アスナは感謝を述べて、体が折れそうな勢いで頭を下げた。俺も続けて下げ、感謝を述べた。

 

エギル「何度も何度もありがとうございます...!」

 

「やめんかい、暑苦しいわ!...しかし──」

 

「よく、耐えたな」

 

エギル「え?」

 

「これはお前達の信頼を確認する試練じゃったのだが...誰1人欠けることもなく戻ってきた、そこは良くやったと言える──じゃが!その気持ちを、感情を忘れるんじゃないぞ!」

 

老人は、少し説教じみたことを告げていた。でも、不思議と嫌では無かった。きっとそれは、安心感を感じていたからなのかもしれないな。

そう思っていると、次第に老人の体が薄れていく気がする──いや、薄れていないか?!

アスナもその事に気づいたのか、少し焦った声で質問する。

 

アスナ「え、あ、あの!お爺さんっ!」

 

「なんじゃ?」

 

アスナ「お、お身体の方が...」

 

「...何、問題はないわい」

 

アスナ「で、でも...!」

 

「問題はないって言ってるであろうが!」

 

アスナ「...すみません」

 

「...それにな、仕方ないんじゃよ」

 

エギル「仕方ない...?」

 

「そう、この命が潰えるのも、時間が無かった」

 

老人は話し始める。

 

「昔、この森になる前は、ちゃんとした国があったんじゃ」

 

「じゃが、ある商人から譲り受けた"種"をうっかり埋めてしまい、それを育ててしまった」

 

「その結果、この惨状じゃ...国は滅び、人々は何処かに消え、残ったのはこの生え茂る木々のみ...そんな中、唯一残ったのがワシ──《Kay》じゃよ」

 

Kay「そんな中、ワシはこの小屋を見つけた。もしかしたら生き残りがいるんじゃないか...と思ってな」

 

Kay「しかし、中に入ってみればそんな希望は消えてしまったわい...そして改めて実感したのじゃ」

 

Kay「──ワシは"独り"なんじゃと」

 

アスナ「...お爺さん」

 

Kay「そして、あの事件からもう数百年も経ってしまった。忘れた訳では無いが、忘れてしまったこともある」

 

エギル「...それはなんです?」

 

俺が聞くと、お爺さん──Kayはこちらを向いて薄れつつある口を開く。

 

Kay「...仲間、じゃよ」

 

アスナ「っ!」

 

Kay「ワシはもう、あやつらの顔を思い出せん、どんな顔をしてたか、どんな事をしてたかさえも」

 

Kay「だからもう、諦めたんじゃよ」

 

アスナ「そ、そんな...」

 

Kay「じゃが、そんな中お主達がここに来た」

 

エギル「...」

 

Kay「最初こそ何処か行けと思っていたんじゃが、この坊主を見て血相を変えて話しかけた時、ワシはお主達を敵じゃないと判断したんじゃ」

 

Kay「じゃが、信用はしていない。だからこそ、ワシは試練を出した。無論、本当にこの坊主を助ける為の」

 

Kay「それで帰ってきた時はびっくりしたがな」

 

はっはっはっ...と声をあげて笑うKay。しかし、その声には何処か悲しさが漏れ出ている気がする。それは決して気のせいなどではなく、まるでこのままが怖いかのように。

 

Kay「薬が完成し、様子を見に行ってみればお主は気絶しておるし、お嬢さんは泣いておるし...散々じゃった」

 

エギル「それは...本当にすみません」

 

Kay「構わんよ、じゃが、お主達を見て、ワシはひとつだけ思い出したんじゃ」

 

アスナ「それは?」

 

Kay「...信頼、じゃ」

 

Kay「昔は仲間とこうやって適当に駄弁っていたんじゃよ、それを今、思い出したんじゃ。その時の信頼を。感謝するぞ」

 

アスナ「Kayさん...」

 

アスナは少し悲しそうにKayの元へ向き、何かを言いたそうにしている。それは恐らく、俺も一緒だと思う。

 

エギル「Kayさん、お礼を言うのは俺達の方だ、キリトを助けてくれたこと、ありがとう」

 

アスナ「ありがとうございますっ!」

 

Kayは暫しこちらを見ていると、下を向き、また再度前を向いた。そして、少し笑みを浮かべて

 

Kay「お礼を言うのはワシだと言っとるじゃろうが」

 

と、少しだけ優しく呟いた。

この時間は、俺達にとって至福な時間だっただろう、しかし、そんな時間は直ぐに過ぎる。

 

エギル「Kayさん!もう身体が!」

 

Kay「時間じゃな...」

 

アスナ「Kayさん!!」

 

Kay「──仲間は、大切にするんじゃよ」

 

NPCこと《Kay》は、それだけを告げて、段々と薄れ、やがて消えてしまった。それを見ていたアスナは、膝から崩れ落ち、涙を流している。俺はというと、何が何だか分からぬまま、ただ立ち尽くしている。

これが初めてという訳では無い。今まで何人ものの人が目の前で死んできた。その悲しみは分かっているはずだ。それに相手はNPCだ、時期に復活する──はず...だ。

...なのに、何故こんなにも苦しいんだ。相手はただのNPCで、例え死んでも生き返る。なのに、何故だ、理解出来ない。まるで拒んでいるようにさえ思える。

──嗚呼、そうか。俺達は──

 

──悲しいのか。

 

永らく消え失せていた感情。

それは、デスゲームが始まってから、もう1年も経った頃、未だに増え続けてはいるが、それでも死人は減り始めていた。なのに、最初こそ感じていたこの感情は、気づけば無くなっていたのだろう。"恐怖"という感情に押し潰されて。

"悲しみ"を背負っていては、何れ足手まといになる、だからこそ、押し殺し、そして潰していた。故に、俺達は忘れていたんだろうな...いや...俺が、か。

もう、俺はこの世界に染まってしまったのかもしれない。或いは、諦めたのかもしれない。

それでも、進まなければならない。そうだろ?Kay

悲しい気持ちは、足手まといになる。だからこそ、俺がしっかりとしなければ、アスナもキリトも俺より前で倒れてしまう。追いつく為にも、せめて一歩後ろにだけは居させて貰いたいものだな...。

 

エギル「...アスナ、進むぞ」

 

アスナ「...エギルさん」

 

エギル「このままじゃ、Kayさんも浮かばれない」

 

アスナ「...エギルさん!」

 

エギル「その為にも、キリトを起こさなければ──」

 

アスナ「エギルさん!!」

 

エギル「...どうした?アスナ」

 

アスナ「だって...涙が...」

 

アスナがそんな事を言うので、俺は手で頬を触る。すると、そこには水のようなものが流れていた。

──いや、これは涙なのか。そうか...流せたんだな、俺。

 

エギル「...はは、かっこ悪いところを見せたな」

 

アスナ「エギルさん...」

 

エギル「大丈夫だ、アスナ。俺はもう、1人じゃない」

 

アスナ「...はいっ」

 

アスナは何処か気にしていた様子だったが、それでも納得したかのように見える。

それを見た俺は、少しだけ安心感を抱いていた。

 

エギル「さぁ、キリトを起こそう」

 

アスナ「はい!」

 

俺とアスナは歩き出し、眠っているキリトの方へと向かって行く──が、幾ら歩いてもキリトの元へと辿り着けない。まるで戻されているかのようだ。不思議に思った俺達は、次に走り出す。しかしこれもまた追いつけない。それどころか遠ざかっている気がする。

何故だ?何故追いつけない、こんなにも遠かったか?待ってくれ、キリト、待ってくれ!

そう叫ぶが、声は出なかった。いや、出せなかった。走っているからじゃない、何者かに塞がれているからだ。それが何なのかは解らない。だが、ひたすら走っても、追いつけないのは定かだった。そして、次第に視界が薄れていく。まるで消えるかのように。

そしてそれは、このまま進めば、このまま追いつこうとすれば、俺が消えそうな気がしたからだ。でも、体は止まらない。震えも止まらない。だが、何よりも止まらないのは──。

 

エギル「──」

 

言い切る前に、俺の意識と視界は途絶えた。

 

–––––––––––

 

「──さん!」

 

ん...?

 

「──リトさん!!」

 

誰だ...?俺の名前を呼ぶのは...

 

「キリトさん!!」

 

...お願いだ、もうこれ以上呼ばないでくれ。

 

「キリトさん!!!」

 

...誰だか知らないが、頼む。もう呼ばないでくれ──

 

「アスナさんを置いて行っちゃうんですか!?」

 

...!!

...それだけは、嫌だ。俺は、アスナを向こうに返すと約束したんだ。でも...もう、俺なんかじゃ...

 

「...アスナさんとエギルさんが、そこで待ってるんですよ?...勿論、僕も」

 

え...?

 

「だから、目を覚ましてください!貴方しかいないんです!」

 

...。

 

「お願いします!...アスナさんが泣いてしまう前に...!」

 

...。

......。

.........起きなくては。

もう、誰も悲しませたくない。それに、アスナは涙が似合わないよな。多分、俺がこれを見ている間すらも、泣いていたんだと思う。

だから、起きなくては。少しでも安心させられるなら。

 

キリト「...待っててくれ、今、行く」

 

視界が白くなっていく。

輝きが増していく。

そして気がつけば、真っ暗な場所にいた。

少し力を加えると、その暗闇は徐々に光を取り戻していく。更に力を加えると、何かが起き上がる気がした。これは...そう、俺の身体(アバター)だ。

そして、光を取り戻した場所に広がっていたのは、高く聳え立つ大きな《迷宮区》。その姿があった。

そしてその後ろには、森がある。即ち、俺達がさっきまでいたと思われる場所だ。多分、ここが抜けた先なんだろう。

その隣には──

 

キリト「...アスナ、エギル」

 

恐らく、ずっと俺を守っていてくれた2人だ。

感謝の気持ちが絶えない。

そして、俺は前に向くと、1人の少年が立っていた。その少年は、紅蓮の色をした髪をしており、瞳は希望のような黄色だ。

しかし、この少年──いや、彼はどこかで見たことがある気がする。例えば...そう、ずっと探し続けていた人に近い。

...いや、見たことがあるんじゃない、こいつがそうだ。お前の名は──

 

キリト「やはりここにいたか──メイル」

 

チャプター8《上》 End




と、いうことでどうでしたか?
実はこれ約10万文字あるんですよ...よく読み切りましたね?
ちなみに何故こんなに文字数が多いのかと言いますと、後半に出てくる《野外異常地帯(アンチフィールド)》の件で、何度も何度も繰り返し書いていたからなんですよね。自分でも書いててよく分かりませんでした()
と、前座はここまでにして。
今回どうでしたか?約3ヶ月ぶんの遅れは取り戻せましたかね?それで少しでも楽しめたのなら幸いです!
また、pixivでも最終修正版をあげておりますので、そちらも気になった方はお読み下さい!
それではまた次回お会いしましょう!それでは!

次回 チャプター9《下》 – end of possibility –


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ソードアート・ディファレント 外伝

–邂逅–

 

人生とは思いがけないもので、その連続にいつも俺は驚かされる。

何故かと聞かれれば、それもまた説明しづらい程に。だからなのか、俺はまたこの場所へと来ていた。

「......久しぶりだな、ここ」

それは、あの惨劇の物語が始まった原初であり、また軌跡。そう、第1層にある《はじまりの街》だ。

ここで、俺は彼らと出逢った。いや、出会わされた、というのが正しいのかもしれない。だって、あの日は夕暮れに包まれた、暗い暗い日なのだから。

「さて、と......こんなとこで突っ立ってちゃダメだな」

そう思った俺は、今いる場所よりも北東へと進んでいく。目指す場所は、とある家。いや、家...よりも、刑務所 が正しいな。

「......待ってろよ」

そう深く呟いた声は、フワリと吹かれる風に飛ばされていくのだった。

 

ーーーーーーーーー

 

第1層《はじまりの街》よりも北東に離れた場所にあるゲート《壊乱街道(カオスエラー)》。俺はここに用があった。それは、ある人物に会う為にだ。

「......久しぶりに来たが、いつ見ても禍々しいな」

そのゲートは、その名に相応しい程の雰囲気を醸し出しており、常人、或いは一般は通らないような気配を感じる。それはそうで、この先には《刑務所》があるからだ。

SAO内にある《刑務所》──即ち、《黒鉄宮》。俺はここにいるはずの、元SAL(スターオールライト)メンバー《カラル》へと会いに来ていた。

彼は、最前線が中層以降になってからの大事な戦力メンバーで、攻略組のレイドパーティにも参加する程の精鋭だった。しかし、とある事件がキッカケで、システムが犯罪者扱いされてしまい、投獄されたらしい。俺にはどうやっても冤罪という証言ができない為、釈放はできない。しかし、面会ならできる、との事らしいので、俺はここに来ていた。本来なら、SALの代表、或いはリーダーが来るべきなのだろうが、誰ひとりとして行かなかったので、俺が代わりに来た──という所存だ。

本来なら俺が行く必要は居ないのだが、そうなってしまっては、仲間外れと一緒だと思ったから......なのかもしれないな。

「......当たり前だが、よく見られるな」

それはそうなのだが、やはり見られてしまう。気にはなるが、牢獄外には手出し出来ないようになってるはずなので、邪魔をされることもない。

「──よし、ここだな」

怪しげな視線を潜り抜け、着いた先はとある個室。そこには《面会室A》と書かれており、その下にはドアがある。そこに入ると、対立する場所にだけガラスが張っており、相手の顔がよく見えていた。

「......貴方は?」

「第52層、攻略戦にて参加した《キリト》だ。レイドパーティの時も挨拶したはずだが...覚えてるか?」

そう話しかけられたので、俺はそう返すと、彼は「...そうですか」と、素っ気ない言葉を返した。

「──さて、ひとつ聞きたいことがあるんだが」

「...なんです?」

「何故、君は投獄された?」

俺がそう問うと、彼は硬直し、やがて震えながら答える。

「......そんなの、私が聞きたいくらいですよ...なんで私は投獄されたんですか......何もしていないのに、何もやっていないのに...こんなの...こんなの理不尽ですよ...!」

彼なりの反論だったのだろう。しかし、システムがそう判断した以上、俺にも、彼にも何もできない。そう、決まっている。

「......そう、だよな」

俺は、そう答えるしかなかった。決まっているからこそ、理不尽なことがある。それは、どんなに反論したって、どんなに主張したって、越えられない壁と、抗えない流れがあるからだ。分かりきってはいるが、完全に理解はしていない。そのせいで、俺は直ぐに返すことが出来なかった。

「......聞きたいことはそれだけですか?」

「......あぁ」

「......そうですか、なら──帰ってください」

彼はそう吐き捨てると、この個室から出ていこうとする。俺は彼を引き止めると同時に、こう問う。

「君は......もし、もし叶うなら、何がやりたい?」

「......叶うなら...?」

彼はそう呟くと、半分諦めかけていた瞳で振り返り、こう返した。

「──私の分まで、その力を奮って下さい......《黒の剣士》さん」

話した彼は、個室へと出ていってしまい、ただ1人、俺は個室に残された。

俺に残るのは、ただの虚しさのみ。でも、期待されているんだ、という嬉しさが、微妙に絡み合っていた。それは、少しづつ困惑へと繋げていき、やがて俺を突き動かした。

「あぁ──君の意思に応えよう」

そう呟き、俺はこの場所を後にし、密かに目覚めていたスキルを選択する。そして、いつもの場所で、いつものパターンを続けていく──。




お久しぶりです。
続きが終わりそうもないので、少しだけオリジナルのストーリーを書きました。実の所、書き方が少し変わっていまして、今までよりも読みにくい...かもしれないです。ご容赦ください。
今は全く別の方の小説に力を入れていまして、続きを書けてないんですよね。すみません。
何れ書いて行きますので、気長にお待ち頂ければなぁ...と()
それでは、また次回...。


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ソードアート・ディファレント 9《下》 – Tragedy Story –

大変お待たせしました!
SADシリーズ最終章、下巻でございます!!
長く長引いた分、それなりに楽しめると思いますので、是非お暇があれば読んでくださると嬉しいです!

それでは、どうぞ!


ファイナルチャプター – End of Possibility –

 

第37章 –不吉–

 

最近、妙な夢を見る。

いや、最近、というより、先の事で"見た"というのが正しいのかもしれない。その夢は少し厄介な夢で、過去に消えていた俺の記憶を炙り出したかのように思える。

つい最近まで、色々な事件が起こっていた為、忘れてしまうのは、俺としても仕方の無いこと。しかし、今思えば、本当に妙なタイミングで見たな。そのお陰で忘れていた記憶も思い出せていた...のだが、どうも嬉しい記憶だけではないようで、少し内容に抵抗を覚える。でも

「俺としても、思い出しておきたいしな...」

と、一言を零し、俺は永い回想へと沈んで行く──。

 

───────────

───────

────

 

2023年4月某日 第27層《ロンバール》

 

その日は深い夜に包まれた闇夜のことだった。そのフィールドにあるはずのない交互に煌めく光は、何処か摩天楼を意識させる。そして、その中にはとあるプレイヤーがいた。それも2人。その2人の連携はまるで手にとるように分かっているようで、無駄もなく、一律に合わされた連撃を繰り出している。しかし、驚く所はそこではない。そのプレイヤーは、一言も言葉を発さずに連携をしていたのである。そして、その2人は闇に融ける黒髪と、それに反するような亜麻色の髪を持つ2人の青年がいたのだった。

 

「──よし、ナイスだ。ユージオ」

「そっちこそ、良い連携だったよ」

そう遣り取りを取り、俺とユージオは休憩を取るべく、星の灯りにだけ照らされた草原に座る。そして俺達は、幾度目かの戦闘の疲れを癒す為、交代で仮眠を取ることにした。俺は先ずユージオに仮眠を取ってもらうことにし、俺はその横に腰を掛ける。ずっと連戦をしていたからか、ユージオは数秒もせずに、寝息が聴こえてくる。それに少しだけ驚くが、それだけ疲れていたのだろう。俺は労いのつもりで彼の頭を撫でる。すると、それに反応したのか、ユージオは横向きに動いてしまった。少しショックだったが、本人は寝ているし、言った所で聞こえている訳ではないので、俺は交代の時間になるまで警戒を続ける。そしてその時、俺はあることを考えていた──。

俺達は夜間まで狩り──つまり、《レベリング》を行っていた。その目的としては、金策もあったのだが、他にも大きな理由がある。それは、第27層攻略戦の時のこと。安全マージンもしっかり取れていたし、コンビネーションも良かったはずだった。しかし──

 

ボスのHP (ヒットポイント)はあと一割と言った所だった。あとは様子を見て、全員で突っ込めば勝てる──そう思った時だった。一瞬だったが、俺の横を通り過ぎる影が見え、その先を見据える。どうやらプレイヤーらしい…のだが、通り過ぎた先には、あのボスが佇んでいる。

『──おい!不用意に突っ込むな!』

『うるせぇ!《ビーター》如きが俺に指図すんじゃねぇ!!LAボーナスは俺のモンだ!』

俺の静止を振り切り、1人のプレイヤーが突っ込んでいく。そして、ボスの攻撃を武器で受け止めるが、体勢を崩されそのまま反撃されてしまった。そして、HPを削られていき、終いには恐怖と、《GAME OVER》の意味を成す、「0」という数字。その間際に、突っ込んで行った奴の顔を、俺はよく憶えている。

──欲望に駆られた顔と、恐怖に染まる顔、そして何よりも…助けを請う顔だ。

 

その顔は、俺の脳裏に焼きつき、今でも思い出すことも多々ある。だからこそ、俺はそれを忘れたくて、今日の狩りは深夜まで行っている。ちなみに、俺はユージオに帰ってもいいと言ったのだが、何故か頑なに帰ろうとせず、今手伝ってもらっている状態。確かに、今の時刻は深夜。つまり、1人で行動するのは危険ということ。恐らく、ユージオはそれを分かって残ったのかもしれない。それなら心強いのだが、俺は兎も角、ユージオは俺と違って2もレベルが違う。なら、今現状である《レベリング》は必須事項──だが、それは深夜にまでやる必要性がない。朝から夕暮れまで、ずっと狩りを続けていれば、2レベル差なんてすぐに埋まるだろう。しかし、ユージオは基本的に俺としかやらない為、秘密の特訓とかしたりしてるのか…?と思って質問してみても、「考えたことがなかった」という、肯定でも否定でもない答えが返ってきたのである。なのに、俺さえも超えてしまうような強さは、最早才能なのだろうと思う。

「......もっと、強くならないとな」

不意にそんな一言を零し、気を紛らわす為に納刀していた剣を抜刀する。そして、次の戦闘に備えてメンテナンスを行うことにした。メンテナンス、と言っても、簡単なもので、剣の耐久力の確認や交換などを行うだけなのだが。

慣れた手つきでスクロールしていき、装備閲覧を見る。すると今俺が手にしている《ゲラルト・スティーニ+2》が暗闇の中で光っていた。この武器は宝箱から手に入れたのだが、使い勝手がいいので今はこの武器が愛用である。そして、一番下にスクロールをすると、このゲームが始まった頃の愛武器が、そこに残っていた。これは、俺を作り出した──いや、《キリト》を創り出した武器、と言っても過言ではないかもしれない。この武器があったからこそ、今俺はこうやって生きている...いや、『生かされている』というのが正しいか。

「...今は考えないでおこう」

そう思い、ホログラムを閉じる。すると、その音がトリガーとなったのか、或いはアラームをかけていたのか、そこまでは解らないが、隣から「うぅん…」と声が聞こえてくる。どうやらあれこれ考えているうちに、30分以上経っていたようだ。

「おーい、ユージオさーん」

「ん…」

「起きてくださーい、交代の時間だぞー」

「…」

「…はぁ、まぁ別に構わないけどさ」

幾ら声をかけても起きないので、俺はそっとして置く事にした。今日も徹夜かな、と少しばかり心に決め、暇を潰すべく、次にアイテムストレージを開く。暇潰しもそうだが、今どれくらい残っているのかの確認もある。主に回復POTの確認なのだが、他にも結晶の確認もしなければならない。しかし、今思えば、とても長く戦闘を繰り返していたんだと思う。回復POTの消費は結構抑えていたつもりだったのだが、最初確認した時よりも、15本近く減っていた。ちなみに結晶は貴重品なので使うことはほぼない。使うとしたら、階層攻略でピンチの時 or 攻略戦の時にしか使わないことにしている。一応《転移結晶》と《回復結晶》はあるが、指で数えられる程しか持っていない。他にも《回廊結晶》や状態異常を治す結晶があるようだが、恐らく百層の半層も行っていないこの場所では、《回復結晶》の上位互換である《全快結晶》さえも見つからないだろう。ちなみに、結晶系は基本的にダンジョン内にある宝箱にのみ手にいられる。

「…にしても、よくここまでついて来られたよな」

そう思ったのはきっと不思議なんかではないはずだ。だって、今もなお俺の横ですやすやと眠る彼の姿は、どこか幼さを感じていたからだ。でも、身長を見る限り、俺より年下という訳ではない。というか多分…俺より年上じゃないか?実際は訊いてみないと分からないが、何故か嫌な予感がしたのでやめておくことにする。

「…あ、れ?キリト…?」

そうこう考えていると、ユージオが目を覚ましたようで、一度起こした時間から、また30分程経っていたのである。つまり1時間も寝ていた訳だ。俺は煽動のつもりで「よっ、やっと起きたかお寝坊さん」と言ってみせた。するとユージオは「...へ?」と少し気の抜けた返事をすると同時に、俺に「...キ、キリト。僕はどれくらい寝てた?」と訊く。それを聞いた俺は、一瞬イタズラ心が芽生えるが、喉元で留め、本当のことを伝えると──

「...本当に?」

と半分疑心暗鬼で俺に再度問う。そこで俺は「そうだ」と言い切ると、ユージオは起こした身体をそのまま前に倒して謝る。

「ご、ごめんキリト。今から代わるよ」

「いや、大丈夫だ」

「で、でも...」

「それだけ疲れてたってことだろ?構わないさ」

「...うん」

もう徹夜を覚悟してしまった訳だしな...それに、どうせ昼寝はするつもりだし...1回くらいは大丈夫だよな?うん、きっと大丈夫だ。きっと。

「さて...どうする?ユージオ」

話を切り替える為に、俺はユージオにひとつ問う。

「んー...そうだね...僕としては1度街に戻りたいかな。回復瓶の補給もしないとだし」

「そうだな──1回戻るか」

俺がそう応えると、ユージオは頷く。それを確認すると、座っていた体を起こし、立ち上がる。そして、辺りを見渡し、周りに何もないことを確認した。

「ここから最寄りの町ってどれくらい?」

「えーっとだな...ここからだと、《ボーラルの町》が近いな。ただ...」

「ただ?」

「ここはシステムに守られてる町じゃない、何かあったら終わりだ」

そう、その町はシステム──基、《アンチクリミナルコード有効圏内》の有効範囲に守られていない町だ。殆どの町にはこの《圏内》に保護されており、この中に入っていると、犯罪行為の一切の行為が禁止となる。つまり、犯罪を犯したプレイヤーは、その有効範囲内に入ることは許されていない。それどころか、町の入口に居る門番なる《NPC》に攻撃されてしまうとのこと。

だからこそ、町の中であるなら、犯罪行為は出来なくなり、何もかもが安全──という訳ではない。前にこれを応用した犯罪行為を犯したプレイヤーがいたという噂があったという。それは、このような《圏内》に似た場所である《安全地帯エリア》での事件。その事件は俺も詳しくは知らない。しかし、風の噂で聞いた話だと、睡眠中のプレイヤーの腕を動かし、《デュエル》を選択させ、そのまま《完全決着モード》でキルをする──通称《睡眠PK》という恐ろしいシステムの穴を突いた奴が居たのだという。そいつは未だに第1層にある《黒鉄宮》に捕えられていないと聞く。もしかしたら、俺達も狙われるかもしれない。そう思うと、足元が竦んでしまう。が、ユージオを元の世界に戻すと決めた以上、こんな所で立ち止まってはいけないとも言い聞かせた。そう、ここは──《デスゲーム》だからだ。

「──リト?」

だから、無理に行く必要もない。少し前の町に戻ればいい。あそこなら《アンチクリミナルコード圏内》に入っている。

「キリトってば」

それに、距離もそこまで変わらないじゃないか。階層攻略にはまだまだ時間が掛かるだろうし、今急がなくても問題はないはずだ。

「キリト!」

そう、問題はないはずだ。問題は──「キリトってば!!」

「おわぁ!?」

ユージオの声に引き戻され、俺は考えていたことを停止させられてしまう。

「...どうしたんだよ?キリト」

「...いや、問題はない」

「...やっぱり寝た方がいいよ」

正直なことを言えば、ここで寝てしまうのは宜しくない。それに、先程考えていた事態になる事だって有り得る。だからこそ、あまり安全地帯以外で休息は取りたくないのだが...俺は一瞬だけ回らない頭で何かを考えて、「...そうだな」と返事をする。そして、再度座り込んでから横になり、今更溢れる睡魔に襲われて、深い夢の中へと誘(いざな)って行った──。

 

–––––––––––

 

ここは何処だ?

俺はここで何をしていたんだ?

──確か、月が出ていなかった闇夜で、ユージオに催促され、寝てしまったんだよな…だとすれば…ここは夢の中なのか?

『やけに仮想世界と違う感覚がするのはそのせいなのか…』

にしても…明晰夢なんて初めてみたぞ…過去に夢だと自覚するようなものは見たことがなかったし、それに、こんなこと初めてだ。いや、先ほども言った通り、初めて視たのだから仕方ない。一先ずそれは置いといて──

『…本当に何処なんだ?ここは』

目の前に映る景色は、見慣れていたはずの部屋でもなく、SAOの世界でもない。本当に見当もつかない情景だった。辺りに広がっているのは、生い茂る草花と、木々。まるで異世界のようで、少したじろいでしまう。それどころか、あったはずの嗅覚、聴覚、味覚がない。存在しているのは、視覚と感覚だけだろうか。そのせいか、違和感だけが募る。まるで──

『──まるで、遮断されているかのようだな』

そう思い、体を動かしてみる。すると、体は思いの外簡単に、軽やかに動いた。それだけじゃなく、ちゃんと身体も存在していた…のだが。

『──なんじゃこりゃ?!』

と、思わず驚愕の声が出てしまうほどビックリしてしまったのは、俺自身の姿が…いや、服が変わっていたのである。その服は、黒に統一された服で、どこか馴染みのある格好だった。しかし、俺自身、この格好はしたことがない。それどころか見た事が、着てみたことがある気がするのは何故なのだろう。それに何処か安心する…というより、前からずっと着ていたような感覚がしていた。何故かは分からない、ただ、それだけを感じていたのだ。

『...よく分からないが、多分、危険ではない気がするな』

問題ない──とまではいかないが、少なくとも危険ではないし、危害を加えられる様子はない。一先ず、今は様子見という形で、このままでいることにする。

『...あ』

そう呟いた声は、誰のものでもなく俺の声。その理由としては、あることに気づいたからだ。それに気づいた俺は、手を伸ばし、確かめにいく──しかし、そこには空を切るだけで望むものは何もなかった。だが、同時に、下半身から重みを感じ、再度下を見てみると──見たことのない武器が、2本腰に掛かっていたのだ。

いや、見たことがないというのは大袈裟で、武器の形を見れば、それがなんなのかは解る。しかし、俺自身、今まで見たことのない形状で、本当にそうなのか?と疑問を抱く形をしていた。でも、2本とも同じような形をしている訳ではなく、2本とも全く別の形をしていたのだ。

『…多分、《片手直剣》…だよな?』

解る、と言っても、確実にそうだと決めつけられない。先程からこの武器をタップしてホロウィンドウを出そうとしてみてはいるが、結果は白紙。ホロウィンドウは疎か、音の一つも鳴らない。つまり、うんともすんとも無いのである。なので、そう仮定するしか無いのだ。

『と、なれば…《二刀流》か…?』

思いつくことといえばそれしかなく、逆にその他の事がなんなのかは分からない。それに拳銃なら《二丁拳銃》とも呼ぶが、この世界はどちらかといえば、拳銃がありそうな世界には見えない。もしそうならば、この世界は戦火に包まれ、草花や木々はとっくに燃え、灰と化しているだろう。それに、嗅覚を感じられないこの状態でも、風で鼻を擽るような感覚はしないはずだからだ。

『だとすれば…ここは平和な世界ってことになるよな』

あくまで予測ではあるが、そう仮定しておく。そうとわかれば、俺の中でウズウズするような感覚がする。それは自分自身でもよくわかっていることで、自分自身でも治しようのない探究心が湧いてくるのがわかった。どちらかといえば、危険な状態の方がウズウズするのだが、こういう世界は中々無いので、行ってみたい という気持ちが勝る。危険な状態と言っても、命がかかっていない状況の方が良い。だってここは──

『──SAOじゃないんだからな』

『さて』と仕切りを呟くと、俺は思考を変える。

『何処から探索しようか』

平和な世界、となれば、まず目指すのは最寄りの町か、或いはシステムに守られた場所だろう。それか、あるかどうかは分からないが、天然の洞窟にでも行ってみたい。

しかしそうなると、何処から探索するか迷う。それに、今俺がいる場所は、行先の解らない森の中だ。右も左も分からない以上、最寄りの町どころか、システムに守られた場所など一行に辿り着かないのは明白。

『なら──散策しかないよな』

そうと決まれば、俺は宛もなく周りをフラフラを散策し始めた。

正直なところ、不安な要素などひとつも感じなかったのを覚えている。しかし、それと同時に、俺は不思議な感覚に包まれていたのだ。

『それにしても……ここは本当に何処なんだ?』

そう疑問を抱くのは不自然なことではなく、誰もがそう思うもの。それ故か、俺は誘われるように、奥へ奥へと進んでしまっていたようだった。

そのせいか、囀っていた小鳥たちの聲が次第に薄れていく。それに気づかなかった俺は、更に奥へ奥へと歩んでいき、終いにはあるものが目に入る。

『……これは』

目の前に映っていたのは、一つの小屋。見たことのない形をしており、何処か気持ち悪さを催す。しかし、恐怖よりも勝ってしまった好奇心が俺を動かし、何も携えぬまま入っていく。そして、言葉にしようがないモノを見てしまい……………………………

 

–––––––––––

 

「おわぁ!?!?」

突然体が跳ね上がるように動かし、俺はぼんやりとする視界をじっくりと見ていた。すると次第に覚醒していき、やがてクリアとなる。

その光景を見つつ、乱れた息を整えた。

「……なんだったんだ、今の」

そう考えても仕方ないのだが、実際のところ何があったかは思い出せない。何か別世界のように来て、奥に進んでみれば謎の小屋があり、その中には………

「…………ダメだ、思い出せない」

やはり何度も考えてみても思い出せず、俺はクリアとなった視界を動かした。

それに踏まえて、俺は現実を知る。

「……SAO」

何も変わらない現実。

囚われたリアルは何も変わらなくて、焦る余裕もない。ただひとつ言えるとすれば、向こう(現実世界)での記憶が褪せていくだけだ。

色付けることは叶わない。

故に、俺は足掻くしかない。

その為にはクリアしないといけないんだ。

「───あ、やっと起きたのかい?」

その思考を遮断するように少し高らかな声が響く。その方へ見てみると、今も尚行動してくれる彼の姿があった。

「………ユージオ」

「全く。僕よりも長く寝ていたじゃないか、自分の事を棚に上げてよく言えたね」

「……ああ、ごめんな」

少し説教じみた言葉に、俺は素直に謝る。

それを見たユージオは、何処か不安そうに俺を見つめ、口を開く。

「………大分魘されてたけど、大丈夫?」

「……ああ」

「そっか。───あっ!」

「ど、どうした?」

急に思い出したかのように声を発したユージオを見て、俺は動揺する。当たり前だが、ユージオは俺がいないと勝手に行動し出す。この世界に慣れてくれるのは有難いが、なるべく1人行動は避けてほしいのだが。

「そうだよ……思い出した!」

「な、何がだ?」

俺がそう問うと、ユージオは俺に手を伸ばしてこう言った。

「そこで助けたい人がいるんだ!着いてきて!」

「は、はぁ?おい、ちょっと待てユージ───」

名前を言い切る前にユージオは俺の手を掴んで走り出してしまった……。

 

数分走ったあと、俺は息を整えつつ前を見る。

すると、そこにはユージオが崖に向かって何かを呼びかけている。

よくよく聞いてみると「今から助けるから待ってて!」と言っているようだ。

俺も遅れて走り、ユージオの隣に立つとその存在に気づく。

暗くて何も見えないが、確かにそこには2人ほど誰かがいた。

片方はポンチョのような服を着ており、もう片方は少し奇抜な服を着ている。

どうやら崖に掴まっているようで、たまたまユージオがそれを見つけたようだ。

……しかしなんだろうな、このポンチョを着たプレイヤー……どこかで見たことがあるような……?──まぁいいか、とりあえず助けてみよう。

「ユージオ!……こいつらは?」

「……さっきまでプレイヤーに襲われていたらしくてこうなったみたい」

ユージオはそう言うと、ポンチョのような服を着たプレイヤーの腕を掴んで引き上げ始める。

俺はそれに倣って奇抜な服の方のプレイヤーを引き上げ始めた。

筋力パラメータが高いのか、奇抜な服の方は中々上がらない。それに対して、ポンチョを着たプレイヤーの方は軽々と上がっていた。

「……あ、ありがとう」

ポンチョの方はそう感謝を述べると、どこかに消えてしまった。

「……キリト!」

ユージオは俺の名前を呼ぶと、俺の腰辺りに手を伸ばして引き上げる。あまり効果は無いはずだが、不思議と軽くなった気がした。

「……うぉああぁぁ!!」

そう声を出して引き上げようとすると、さっきまでの重さが嘘のように引き上がり、逆に吹き飛びそうなくらい上にあがった。

尻もちを付くと、その近くに今引き上げたプレイヤーも尻もちをついたようだ。

「大丈夫?」

ユージオがそう言いながら近づくと、プレイヤーは静かに頷く。

それを確認したユージオは手を伸ばし──

……異変に気づくには十分過ぎた。

「───ッ!!」

思わず息を飲み、俺は彼の──ユージオの手を引いた。どうやら掠ったらしく、ユージオの指には赤いポリゴンが垂れ落ちていた。

「……あらら、掠っちゃいましたか」

そう呟くプレイヤーの顔を見ると、何処か狂気に満ちている目をしていることに気づく。

「──お前は誰だ」

「あ、いっけねぇ。名乗り忘れてたか……」

プレイヤーはそう言うと、見たことがある武器をあからさまに見せる。

その武器を、俺はどこかで見ていた。

いや、見たはずだ。あれは──

「あれは……《スピリル・スロウス》か……!」

「お?おお!流石ですねぇ、見せただけで分かるとは…!!」

そう言いながら奴は笑う。

奴が持っているのは現段階で《両手爪(クロー)》最強装備である《スピリル・スロウス》。

第25層の中ボスレベルモンスターが落とすレア中のレア装備で、誰も手にしたことはなかったと聞いている。

だが、奴はそれを見せた。

「……ユージオ、下がってろ」

「え、でも……」

「いいから」

俺はユージオを無理矢理退かし、背中に携わっている剣の柄を触り、腰を下げて戦闘態勢に入る。

それを見かねた奴はこう言った。

「やだなぁ、まだ自己紹介もしてないのに戦闘態勢に入るなんて失礼じゃないですかぁ?」

「………」

「だんまりとは悲しいっすねぇ」

奴が言っていることは最も。だが、ここで反応する訳にはいかない。……そう、俺の第六感が言っている……気がする。

「それじゃ、自己紹介と行きましょうかぁ?──《ビーター》さん?」

「っ!」

「───オレの名前は《グルヤン》。今はフリーっすけど、やがてはこの手で全てを切り刻む者……どうです?決まりましたぁ?」

少しふざけながら答える奴に警戒を解く訳にはいかない。それに、奴がどのタイミングで襲ってくるのかも──

「本来なら次はそっちの番っすよねぇ……でもオレはもう既に知ってるしなぁ……──あ、いるじゃないすか、新入りが」

グルヤンと名乗るプレイヤーは俺ではなく、俺の後ろにいるユージオに目を向けた。

不味いと思い、俺はユージオに促す。

「耳を貸すな、ユージオ」

「う、うん」

「ちぇーっ、そっちもダメっすかぁ」

冷や汗が頬を撫でるように落ちていく。

ユージオも感じているのか、腰辺りに携えた剣の柄へ手を伸ばした。

「あらら、流石に2対1は不味いっすねぇ……なら、こうしましょーよ」

グルヤンは《両手爪》を消したかと思えば、メニュー画面を開く動作をして操作していく。

1分程で帰ってきた。

「これは……」

そう言いながら俺は目の前に映されているホログラムを見つめる。そこに移されているのは

 

【グルヤン から 《決闘》を申し込まれました。】

 

と書かれている。

「《決闘(デュエル)》。流石に実戦くらいはやったことありますよねぇ?」

「………」

「ふーむ、無言は肯定と受け取りましょうかぁ」

グルヤンはそう言うと、《両手爪》を装備し直し、戦闘態勢に再度入る。

それを交互に見ながら、俺は移されたホログラムの画面を凝視すると、そこには3つのモードが書かれていた。

その3つはこうだ

 

・《初撃決着モード》

・《半減決着モード》

・《完全決着モード》

 

………どうやら、こいつは殺る気らしい。

「モード選択は任せますよぉ?いい選択を待ってますぅ」

「……くそっ」

そう軽く愚痴を零すと共に、後ろから声がした。

「キリト……」

名前を呼ばれ、俺はユージオの目を見る。

いつ見てもVRの世界とは思えないほどのグラフィックで映されている綺麗な目がそこにある。

しかし、その目からは少し曇ったような瞳が移り、その先には酷い顔をした俺自身の顔が写っていた。

「……大丈夫だ、ユージオ」

俺はそれだけ言って、3つのある内のひとつを押した───。

「──ヒュー!待ってましたよぉ!"それ"を!!」

男は高らかな口笛を吹くと同時にそう言うと、分かりやすく舌を出して武器を舐めた。

そうして写されるのは、俺と奴の上に浮かぶ大きな文字。

その文字は、死相すら見えそうなくらいの冷や汗と恐怖に満ちる。

本当は、これを選びたくなんてなかった。

だが、ユージオが絡んでくるのならこれしかない。……そう思いながら、俺は上の文字を見上げた。

 

───【完全決着モード】。

 

それは、両者のどちらかが負けを認めるか───或いは───

「勿論分かってますよねぇ!?」

グルヤンがわざとらしく大声で叫び、もはや焦点すら合ってない目が視える。

……どうやら、背水の陣のようだ。

「……ああ」

「なら話は早いですよぉ!!──さぁ!!全ての殺人者(キラー)どもが嫉妬するような《抹殺遊戯(キルグルイ)》を始めようじゃないですかァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

──────俺はこの日、初めてプレイヤーを殺した。………ユージオの瞳が、完全に光を喪っているのを見ながら………。

 

ーーーー

 

第37.5章 –クロノスタシス–

 

「──やはりここにいたか、メイル」

「──お久しぶりです、キリトさん」

メイルはそう言うと、俺に近づいて手を伸ばす。その手を受け取り、立ち上がると彼は口を開いた。

「……本当は、色々と話すことはあるんです」

「ですが、今は説明する時ではなさそうですね」

そう言うと同時に、何やら横から声がした。

……この声は。

「……前方に人影発見!───あれは……プレイヤーです!プレイヤーが4人ほど居ます!」

生真面目な声が聴こえ、その声に聞き覚えを感じる。あれは……そう、第39層で出会ったあの───

「……っ!キリトさん!それにアスナさんも!!」

「……あんたは…」

……SAOトップ攻略組《血盟騎士団》兵士長【ジェノ】だ。本来なら1番前に現れるのは団長の《ヒースクリフ》のはずだが……?

「ご無事でしたか!」

「あ、ああ……ところで、団長は?」

俺がそう聞くと、ジェノは少し考えてから話す。

「………それが、後から遅れて来るそうで……今は我々だけで偵察に来ております」

そういえば、と彼の後ろを見てみると、そこには《血盟騎士団》のメンバーであろう各々の姿が見える。ざっと8人くらいだろうか。

偵察部隊にしては少し多い気もするが。

「そうか……わかった。俺はここで待つことにするよ」

「了解です。我々はこの辺りを散策して、安全面を確認してから《迷宮区》の中に入りたいと思います」

それでは、と言うと、ジェノを含む他攻略組は敬礼をしてから4:4で別れて迷宮区の周りを散策し始めているのがここからでもわかる。しかし、次第に遠くなるにつれて白い鎧が見えなくなっていった。

「……さて、メイル」

「はい」

「……俺も話したいことが色々ある。アスナ達が目覚めるまで少し話そうか」

「…はい」

──それから、俺とメイルはあの後どうなったのかの説明をした。

俺はメイルを探し、第39層《ノルフレト》まで行ったこと、そこでギルド《血盟騎士団》現団長である《ヒースクリフ》と対立し、デュエルで負けてアスナと一緒に入団したこと……。

ここに来るまでの一部が記憶にないが、ある程度のことを話した。

「──という訳だ」

「なるほど……僕がいなくなった間にそんなことが……」

「ああ、それでここまで来たんだが……見ての通り、俺よりもアスナとエギルがボロボロでな……」

そう言いながら俺は後ろへ振り向く。

そこには禍々しさが募る木々が揺れている。

「……俺自身、余り記憶はないが、ここで何かがあったことは確実なんだ。それも、かなり迷惑をかけたような」

「……そうですか」

「ああ、いや。メイルのことに関しては仕方ないと思うから安心してくれ」

メイルがいる場所へ顔を戻すと、少し悲しそうな顔をしながら頷いていた。

その空気の重さに圧倒されながらも、やがては彼自身も口を開けた。

「………僕は、気づいたらここにいた、という訳では無いんです」

「………どういうことだ?」

「恐らく、キリトさんは第50層のエギルさんの店の倉庫でいなくなった僕を探しに来たのでしょう?」

「ああ」

「……なら、何処にいるのかも分からなかったのではないんですか?」

「あー……それなんだが……」

それについても話し出す。

実は何か情報を得てここに来た訳では無いこと。《情報屋》や《血盟騎士団》の力を借りてここまで来たわけではないこと。

───実際は、エギルの"勘"であること。

説明できる範囲で俺は答え続けた。

「………全く、皆さんには驚かされてばっかりですよ…」

少し呆れ気味の声を出しながらそう話す彼の姿は、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべている。それに加えて、何か考えているようだった。

「俺もエギルの勘にはビックリだよ。……でも、ここまで来たらもう信じるしかないんだ」

「……それはどういう?」

そう訊かれ、俺は彼の───今はあの場所にいる顔を思い出しながら答えた。

「俺の"元"相棒────アイツは今、あそこにいるはずなんだ」

そう言いながら、俺は迷宮区の方へと向く。

それに釣られてメイルもそっちに向いた。

……彼はきっとあそこにいる。

それだけを信じてここまで来た。───2人を巻き添えにしてまでも。

「元……?今は違うんですか?」

「ああ、現相棒は俺の横にいる《アスナ》だ」

「そうですよね……?なら元というのは……?」

「……少し、昔話をしようか」

そう言うと、メイルは頷いて耳を傾けた。

 

───このデスゲームが始まって間もない頃、俺とユージオが出会った話。

───様々な階層さえも、色々な目的さえも、全て一緒に行動してきた話。

───第48層のボス戦での悲話。

───エギルに『生きている』と言われた話。

 

俺は思いつく範囲で、答え続けた。

途中涙が出そうになったが、グッと堪える。ずっと耳を傾け続けるメイルも静かに、真剣に聞いていた。

記憶があやふやだからこそ説明し難いものもある。でも、だからこそだ。

この状況でどれだけ信じて貰えるかが、今のカギだと睨む。……でも、今はただ、話を聞いて欲しかった。

「───そして今、俺はエギルを信じてここまで来たわけだ」

「………なるほど」

言い終わると、メイルは頷いてそう答える。

そして優しそうな表情を浮かべると、彼は掌をこちらに伸ばし────

「………え」

────気づけば、俺の頭を撫でられていた。

「………あっ!すみません!!」

しかしすぐに気づいたのか、手を引いて後退りをする。突然の事で驚愕が止まらないが、俺はなんとか平常心を取り戻そうとしていた。

「い、今のは行動の弾みというか……感情に振り回されたというか……えぇっと……!」

あたふたと焦り始める彼の姿は、何処と無く初めて見た気がする。出会って間もないと言っても、彼は常に沈着冷静なはずのイメージがあったのだが、どうやらそれはお門違いだったようだ。

彼は歴とした人間で、余りにも冷静な為、そうじゃないとずっと否定し続けていた。だが、どうやら今は、それを訂正しなければならない。

多分、彼はずっと戦い続けていたのだろうから。

「……メイル」

「は、はいっ」

「……ありがとうな」

俺はそう礼を述べると、メイルは意外そうな表情を浮かべていた。

「……はい!」

 

─────

 

「──それで、メイルはどうしてたんだ?」

俺がそう問うと、メイルは少し困惑したような顔をする。それは次第に決意したような顔へと変わっていった。

「……実はあまり覚えてなくて」

「覚えてない?」

メイルは頷く。

「ですが、ひとつだけハッキリしているものがあるんです」

メイルはそう言うと、右手を持ち上げて、人差し指を立てる。それを伸ばしたかと思えば下へ落とした。

すると、チリリンと聴き慣れた鈴の音が聴こえ、指を動かす度に音が鳴る。その音を澄ましながら、俺は待っていた。

「───ありました、これです」

メイルがそう言うと同時に決定音が聞こえ、メイルの目の前にあるものがオブジェクト化されていく。───どこかで見たことがあるようなものだ。

「……僕は気づいた時、ここにいました。記憶も定かではないですし、ここに来る前の記憶は殆どありません。ですが───」

オブジェクト化されたものを俺に近づける。

「───ここに来る前、誰かと出会い、その人と出会ってからここにいることは覚えています。その人がくれたものが……"これ"なんです」

───メイルが言う"これ"とは、やはり見覚えのあるアクセサリー。それも、鮮明に、群青に、偶像に。これは───

「これ……って……」

「……名称は《ブルー・ローズ》。───あの人は、僕にこれを預けてこう言ったんです」

「『──相棒によろしく』と……」

……それを聞いた時、エギルが言っていたことは本当だったんだと、今度こそ確信を得られた。今はここにいないアイツが、彼と……メイルと出会い、実際に話している。

それだけ分かれば、十分だ。

「……メイル」

「はい」

「……本当に、ありがとう」

「……はい!」

メイルがそう答えると同時に、後ろから声が聞こえ始めていた。

 

ーーーー

 

第38章 –友を信じて–

 

時刻はお昼頃、昼食を終えた俺たちは、覚醒した2人と共に合流した《攻略組》で空高く聳えている《迷宮区》へと入っていた。

今はアスナとエギルとは離れて行動しているが、何れ出会うだろう。

「メイル! そっち行ったぞ!」

「了解!──はぁぁぁぁぁ!!!」

引き続き応えていくメイルの姿は、どこか彼の趣すら感じてしまうような返事と、気迫でモンスターへ攻撃していく。ここに来る前に久しく特訓を重ねた結果、彼の強さが格段に上がっていることがわかった。それはそうで、明らかに最初に出会った時と立ち回りが違うからだ。

以前のメイルは、相手の攻撃を武器で受けつつ、その後隙を回避で無理矢理攻撃を入れていた。確かに悪くない戦法なのだが、全体的に見てしまえばトライアンドエラーに近い。それ故に、仮にも攻撃を受け流されてしまえばどうしようもない。だから最初出会った時、軽くアスナとレクチャーしただけなのに対し、ここまで成長しているとは思わなかった。

そう、まるで”使いこなした”かのような。

そうこうしていると、ソードスキルを放ち終わったモンスターのHPが全て消え去り、やがて跡形も残らなくなる。それに便乗するように、目の前に勝利のファンファーレと同時に「Congratulations!」と表示されていた。

「お疲れ」

「……ありがとうございます!」

労うように拳を胸の辺りまで上げると、意図に気付いたのかメイルも拳を上げて打ち合うようにそれぞれを付けた。嬉しくなったのか、メイルは頬を緩めている。

その光景を見つつ、俺は後ろに振り向いた。

そこに広がっているのは、今回の戦闘で消費したであろう《攻略組》の姿があった。と言っても、全体が俺たちに着いて来ているわけではなく、グループごとに分かれて探索しているようだ。俺たちに着いて来たのは、《血盟騎士団》所属の団長直々《護衛長》であるアリババだ。その他にも俺たち以外にも3グループほど分かれているようだが、彼らがどこまで行ってしまったのかまではわからない。ただ、次の階層へ上れる階段を見つけた際は、《TM(チームメッセージ)》で報告するようにと釘を刺されている。抜け駆けをする気はないし、何よりも今はメイルを守ることを優先したい。

そんなことを考えながら、俺は《護衛長》であるアリババへと近づいた。

「アリババ」

「んー?なんだい?」

少し呑気な返事をしたかと思えば、戦慄が走るような表情を浮かべつつある。

よくよく見てみると、ホロメニューからポーションや状態異常を回復させる《結晶》などを取り出していた。だが、どうやら配給が追いついていないらしい。

「ごめんねー、今ちょっと忙しいんだ。後にしてもらえるかな?」

アリババはそう言うと、出し終えた回復アイテムをそれぞれのメンバーへと配りに行ってしまった。その後ろ姿を見ていると、何やら《索敵》スキルが発動したのを確認した。そこまで熟練度を上げている訳ではないので、万能ではないがある程度ならわかる。俺は後ろを見てみると、そこには見覚えのある装備をしたプレイヤーが立っていた。が、顔がマスクのようなもので覆われており顔が認識できない。

しかし、それを確かめるように、或いは嘲笑うかのように、目の前にいるプレイヤーはこちらに近づいてきて俺の両肩に手を置いた。

「お前……おい!覚えてるか?!」

「は、はぁ?」

突然そんなことを言われ、当然のことながら俺は困惑する。

それはそうで、いきなり『覚えてるか』なんて顔も見えていないのに思い出すことなんてできない。それどころか、声もボイチェンしているのか俺の記憶の中にはこんなやつは知らない。本当に誰だ?

「俺だよ俺!クラインだよ!!」

「はぁ?!クライン!?」

しかし、また嘯くように伝えられたのは衝撃的な事実。───クライン。かつて第50層で別れてしまったあの日を境に、連絡が来なくなった元友人。てっきり俺はもう死んでしまったのかと思ったが、どうやら今もしぶとく生きているようだ。

だが、本物かどうかはまだわからない。もしも本物のクラインならば、いつものギルドメンバーはどうしたのだろうか。

そんなこともあり、俺にはにわかに信じ難い。

それを悟ったかのように目の前のプレイヤーは俺から手を離すと「あ、そうか」と呟いた。そしてフリック操作でメニュー画面を開くと、青いポリゴンが顔面を覆う。

そのポリゴンが徐々に薄れていくと、見覚えのある顔と顎の下に生えた髭が写る。

「……これでどうだ?信じるようにはなったか?」

「……あ、あぁ。そう、だな」

確かにマスクの下にはクライン本人の顔だ。それにやはりボイチェン機能が着いていたのか、声も聞き覚えのある声に変わっていた。

──それでも尚信じきれない部分もある。それは────

「……クライン」

「なんだ?」

「……アイツらは……《風林火山》のメンバーはどうしたんだ…?」

嫌な冷や汗が滲み出る。

クラインを疑っている訳では無いが、大分前にあった事件で俺はこの事が信じがたくなっている。そのせいか、そうでないと思ってしまった。

「………」

「……おい?」

訊くとクラインは無言を貫いており、有り得るはずのないそれに畏怖すら抱く。出会わなかった短い期間で、こうも変わってしまうものなのだろうか?それとも……或いは───

「……おい、クライン──」

「キリトくん!こっちは準備が整ったぞ!」

俯き始めていたクラインに声をかけようとした所、さっきまで回復を行っていた《アリババ》がこちらに声をかけてきた。

どうやら、攻略再開の目処が立ったらしい。

───しかし困ったことになったな、訊けるタイミングを逃してしまった。

でも、ここで立ち止まる訳にはいかないだろう。だから俺は、後で訊くことにする。

「了解だ!少し待っててくれ!」

「……また、後でな」

俺はそうクラインに伝えると、あいつは無言を貫きながら頷いた。その光景を見つつ、攻略開始へと足を動き始めていく───。

 

––––

 

階層攻略から1時間ほど経った頃、俺たちは《迷宮区》の最上階である《ボスの間》へと辿り着いていた。俺の後ろや前には《攻略組》のメンバーは勿論、護衛長である《ジェノ》、兵士長の《アリババ》、そしてアスナとエギル。顔見知りが揃っており、みんな何事もなく辿り着いたんだとわかる。

「……!」

ふと後ろを見てみれば。最後尾にアイツの──クラインの姿が確認できる。だが、どうやら何かを操作しているようだが、設定で見ないようになっているのかホロウィンドウが見えない。それどころか人混みで見えなくなっていく。

その情景に目を焼かせながら、俺はアスナ達の元へと向かう。

すると、俺の存在に気づいたのか、アスナはこちらに向いた。

「キリトくん!」

「キリト!」

「久しぶり……ってわけじゃないか」

「そうだね、1時間ぶりかな?」

アスナがそう言うと、隣に立っていたエギルが頷く。

「……なぁキリト。少しいいか?」

「なんだ?」

改まって訊いてくるエギルに焦燥が募る。

返事をすると、エギルはアスナの顔をチラッと見てから話し出す。

「──さっき聞きそびれたんだが、実はあの森の中に入ってから記憶が無いんだ。何か知らないか?」

「………え?」

「それは私も。目が覚めたらあそこで倒れてて……目の前にはキリトくんとメイルさんがいたの」

「ああ。それにさっきから頭痛が酷くてな……」

そう話す2人の姿に、俺は疑問が生まれた。

──何故、覚えていないのか。

正直、俺も覚えてはいない。だが、うっすらではあるが覚えているのだ。偽物と、小屋と、俺自身と………微妙ではあるが、確かに覚えている。

しかし、目の前の2人は──動けていた2人は一切覚えていないという。それを不審に思った俺は、色々と質問を投げかけたが全て返答は『覚えていない』。

………だとすれば、俺が体験したアレも、夢だったのだろうか……?

「───……わからないな」

そう小さく呟くと、周りの声に圧巻されやがて消えていく。2人にも聞こえていなかったようで、変に訊かれることも無かった。だが、余りにも無慈悲過ぎる。

そんなことを考えながら、俺は武器などのメンテナンスを行う。メンテナンスといっても、武器自体は変えないし、現在この層でもとてつもなく活躍できるであろう武器を装備しているので、俺自身は余り問題は無い。だが、許容筋力パラメータがギリギリすぎて、他の装備も付けにくいのだが。

なので、今から行うのは装備のメンテナンスとなる。現在、俺が装備しているのは全体が黒一色に包まれた《黒男(ブラックマン)》系統。現在、6000人ほど生きているこのアインクラッドでも珍しい姿をした装備だ。

といっても、《ビーター》呼ばわりした奴らが勝手にそう呼んでいるだけなのだが。

まぁ俺もこの装備を何だかんだ気に入っているし、今更変えるつもりもない。それに、これ以上変えるとこの武器自体が装備できなくなるかもしれないので、それだけは避けたい。

となれば、変えるなら1番軽いであろうハンド系装備か。

そう思った俺は、もはや何度行ったかわからない動作を行う。上げた腕をスっと指で落とせば、聴き慣れた鈴の音が鳴り響く。そして【アバター】から【装備】ボタンを選ぶと、現在俺が装備している服などが現れた。その中から【ハンド】を選択すると、現在持っている装備一覧が表示された。

「えっと……」

軽く唸りながら装備を選ぶ。少しづつスクロールしていき、能力などを確認していると、あるものが目に止まった。

「……これは」

それは、メイルに出会った時に貰ったひとつのアクセサリー。アクセサリーといっても首にかけるものや指に嵌めるものではなく、腕輪の1部だった。名称は【ブルー・ローズ】。

押してみると、既に付けていたグローブが外れ、右手に綺麗に装飾された青薔薇の腕輪が現れた。よくよく見てみると青薔薇といっても、本物の青薔薇ではなく、ガラス細工のようなもので造られているようだ。

オブジェクト化された《ブルー・ローズ》を押してみると、説明文と一緒に効果が書かれている。

 

《ブルー・ローズ》

説明:ガラス細工で造られた模擬青薔薇の腕輪。この世界では咲くことのない青薔薇を元に造られている。

 

効果:凍結無効、出血硬化。スキル強化+3

耐久:280

持続:150

 

内容はまずまずといったところだが、使えるとしたら第32層の《グランドロック》の氷山地帯かもしれないな。或いは、クリスマスイベントの時か……。

しかし、その思考を中断させるように、声が響いた。

「──キリの字」

その抽象的な呼び名は明らかに"奴"だとわかった。

「……クライン」

「あー…さっきは悪かったな」

「いや、いいよ…こっちこそ悪い」

交互に謝ると、クラインはホッとしたような顔を浮かべ、俺の肩へと腕をかけた。

「キリトが平常運転で助かったぜ。それと──」

「《風林火山》のメンバーであるアイツら全員はちゃんと生きてる。だから安心してくれ給え」

「そ、そうか。……ならなんであの時黙ったんだ?」

俺がそう問うと、少しバツが悪そうにこう答えた。

「……いや実はな、誘ったんだが妙にタイミングが合わなくてな……そんで、俺1人で来たってワケだ」

クラインはそう言うと、頭をポリポリと掻く。何故予定が合わなかったのは分からないが、ここで更に訊くのは野暮ってものだろう。なので俺は

「そうか……なら良かったよ」

と言うと、クラインは

「おう!」

と元気よく応え、返答代わりの拳を作った。俺はクラインの意図を読み取り、俺も腕を上げて拳を作り、ぶつかり合うように合わせた。

久しくやったその行為は、かつての頃を思起すように、俺はふと笑みを零した。

そんな時間が過ぎ、後ろから声を掛けられる。

「──キリトくん?その人は?」

「……アスナか」

声の主はいつの間にかいなくなっていたアスナの声───と、その後ろにいるエギル──の姿があった。

俺は2人の方に正すと、まるでそれを予想していたかのように視界にもう1人映った。

「キリトさん」

紅蓮の髪を纏い、希望のような瞳を輝かせている彼の姿が目に映る。そう、メイルだ。

「メイルさん!」

「アスナさん、エギルさんもお久しぶりです」

エギルは腕を組みながら頷いた。

「お、おいキリの字……コイツらは?」

「ああ、そうか。クラインは知らなかったんだっけ」

「──俺の、仲間だよ」

そう言うと、クラインは少し驚いた顔をしてから

「ああ……そうか」

と呟いた。そして、仁王立ちになりながらこう言った。

「──俺はクライン。新参ギルド《風林火山》のリーダーにして、キリトの………数少ねぇ友人だ!」

クラインはそう、指を鼻に添えながら言った。

───いや、数少ないは一言余計だ!!

 

ーーーー

 

第38.5章 –開戦前会議–

 

クラインの自己紹介が終えてから数分が経った頃、俺達は攻略必須となるパーティ決めを行っていた。勿論、団長直々に。

しかし、全てが団長によって決まるのではなく、各々決めていき、それを団長に提示する………というのが今回のフェーズだ。

それにしても……結構偏り過ぎじゃないか?

辺りを見てみれば、そこらかしこにいるのはタンクとアタッカーで分かれたメンバー。明らかに偏っており、レイドパーティだとしても流石に極端過ぎる。

だが、作戦としては申し分ないのだろう。

それはそれとして、俺達も早く決めなくては。

「───リトくん!」

「──キリトくん!!」

「……おわっ!?」

しかしそんな中、アスナの声によって引き戻される。アスナの方を見てみれば、若干呆れた顔でこちらを見ていた。

「もう……いつまで経ってもボーッとしてるのは治ってないね……」

「いやぁ……悪い悪い…」

「まあいつものことだし、今更何も言わないけど」

アスナはそう言うと、わざとらしく「コホン」と咳払いをしてから口を開いた。

「それで、編成どうしよっか」

「……そうだな………周りを見るに、アタッカーとタンクで分かれてるみたいだ。俺達も分かれてみるか?」

俺がそう言うと、アスナは少し悩んだ顔で

「んー」

と唸る。それを見つつ、返答を待っていると聴いていた1人が顔をズイっと出した。

「分かれるにしてもどうなるんだ?俺達は全員アタッカーみたいなものだぞ」

エギルはそう言うと、腕を組む。

「それに、俺とアスナ、クラインとキリトは兎も角、メイルに至っては今回初参戦だ。流石に1人にはさせられない」

「それは……そうだが…」

「だからこそひとつ提案がある」

「………提案?」

俺がそう言うと、エギルは「ああ」と相槌を打つ。そして、一瞬の空白を開けたかと思えば、やがて口を開いた。

「─────5人パーティだ」

 

––––––

 

「諸君、そろそろパーティは決まったかね?」

俺達が決め終わったのを見かねたのか、団長こと─────《血盟騎士団》の《ヒースクリフ》がこちらに近づいてきていた。

「ええ、決まりました」

「ほう。なら提示してもらおうか」

ヒースクリフはそう言うと、手をこちらに伸ばす。アスナは決まった直後に書いたペンと紙をヒースクリフに渡した。

渡された紙を見ている姿を、固唾を飲んで見守る。そして一通り見終わったのか、ヒースクリフはこちらを見て

「───なるほど。面白い」

と呟いた。

「いいだろう。5人パーティを許可する。但し、ちゃんと前線で戦うように」

ヒースクリフはそう言ってボスの間の扉へと戻っていってしまった。

その後ろ姿を見つつ、俺は安堵する。

そんな中、ずっと黙っていたメイルが口を開いた。

「ヒースクリフさんって厳しいお方なんですか?」

「いや、多分そんなことはないと思うんだが……どうなんだろうな」

俺が首を傾げると、それを補おうとするようにアスナが言った。

「団長はメンバーに対しては優しいわよ。ただ、何故かキリトくんに対してはよく思っていないみたいだけどね」

「ええ…?なんでだ…?」

俺がそう言うと、アスナは「さあね?」と言われ、この話は幕を閉じた。

「それにしても、よくこの案が通ったな?」

「んー……実は結構一点張りな所も多いらしいんだけど、それでも几帳面で、且つメンバーのこともちゃんと気にかけている……そんな団長だからじゃない?」

「な、なるほど……?──って、なんでそんなに知ってるんだ?」

俺がそう問うと、アスナは満を持してこう言った。

「アリババさんに教えてもらったの」

「あ、僕も」

「俺もだ」

みんなアスナに続けて言うように言っていく。………あれ?もしかして知らないのは俺だけなのか?

しかし、そんな気持ちを置いていくように、声が響いた。

「────皆の者!静粛に!」

その声は作られたように野太く、だが力強い。

一気にみんなの視線を奪っていく。……俺もそのうちのひとりだ。

「……アスナ、あれって…」

「……まさか知らないの?」

ジト目でそう言われ、俺は「はい…」と小さな声でそう答える。

「あの人は《血盟騎士団》の《騎士長》である《ヘル》さんよ。あー、でも……いつも外出中だから知らないのも無理ないか……」

アスナは唸る。

「ま、まぁ兎も角、ヘルさんは《血盟騎士団》の中でもトップを争う強い人よ。あまり侮らない方がいいわね」

そう曇らせられるように言われ、俺はたじろぐ。

「それはどういう意味だ?」

「時期にわかるわよ。ほら、前を向いて」

アスナにそう催促され、俺は言われるがままに前を向く。すると、にわかに信じ難いが、確かな気迫のようなものを感じ、姿勢を強制的に正された気が───した。

もしかしたらこれが、───『第六感』───なのかもしれない。

「……これより第53層階層攻略、基、ボス攻略会議を始める!だがその前に、《団長》よりお言葉がある!心して聞くように!」

ヘルはそう言うと、後退りをした。そして入れ替わるように《団長》こと《ヒースクリフ》が前に出る。ヒースクリフは辺りを見渡すと、頷いて口を開いた。

「まず私から一言だけ発言させて頂こう。───生き残りなさい」

ヒースクリフはそれだけ言うと、再度後ろへと下がり、ボスの間の扉の方へと向く。そしてそのまま向いたままこちらに向くことはなかった。

「───では、ボス攻略会議を始める!……《アリババ》!《ジェノ》!」

その隣から2人ほどの声が聞こえ、向いてみれば《兵士長》と《護衛長》の2人が祭壇へと上がり、両腕を後ろの方へと連れていく。足も肩幅まで広げ、休めの状態となっていた。

ヘルが「よし」と言うと、ジェノは頷いて前に出た。

「今回のボス攻略はいつもと変わらないレイド形態。ですが、事前に聴取した情報通りですと、一筋縄ではいかないと推測されます。ボスが使う武器は【魔法武具】による攻撃のようです。スキルも3つほどありますが、それはアリババより話してもらいます」

次にアリババが前に出る。しかし、いつもと違って気迫が漏れ出ていた。

「ボスの名前は《Unreasonable of Person(アンリーズナブル・オブ・パーソン)》。スキルはジェノが言った通り3つほどあり、それぞれが危険なスキルとなっています。ですが、その3つのうち1つが不可解なものらしく、こればかりは私にもわかりません。ただ、NPCが書いた文献によるとこう綴られていました」

───長いので俺なりに要約していく。

 

……………

 

遥か昔、第53層には大型の街があったそうだ。だが、ある日を境にその街は一夜にして消滅、行方不明となってしまった。

その正体を探るべく、調査隊が派遣されたそうだが、その調査隊も行方不明に。困ってしまった隣国は、生まれた勇者とその仲間達に原因を探り、討伐を依頼した。

そして、その数年をかけて、消滅したはずの街はほぼ無傷の状態で帰ってきたそうだが、勇者とその仲間達は帰ってくることはなかったという。

人々は勇者一行が平和を齎したと賞賛し、───これが、少し離れた小国の誉れの御伽噺である。

 

……………

 

「────との事です」

アリババは読み上げていた本のようなものを閉じると、そう言った。続けて口を開く。

「しかし、これ以上の情報は聞き出せませんでした。よって、推測できなかったとここでお詫びを申し上げさせていただきます」

アリババは頭を下げる。

「ですが、他2つのスキルに関してはとても興味深く、且つ危険なスキルだと判明しています。今から順に説明していきますので、分からないことがあれば質問を受け付けます」

アリババはそう言うと、隣にいたジェノと並び、ボスのスキルを説明していく。

「まず1つ目は、《断絶》。特定の範囲のみのプレイヤーに対して起すスキルで、斬られたプレイヤーはデバフを起こすと推測されます。しかし、肝心の範囲やダメージに関しては予測不可能です」

「そして、2つ目は《決壊》です。完全ランダムのプレイヤーに対して回避不可能の攻撃を与えるようですが、どうやら当たらないことが多いようです」

「そして肝心の3つ目ですが……これだけはスキル名や詳細が分からず…」

ジェノが言い詰まると、横からアリババが言った。

「ただ、ひとつだけ気になることがありまして。それが、先程申したNPCの書籍───文献です。恐らくですが、これが攻略の鍵になるかと」

そう言いながら、アリババは文献を取り出し、俺達に見せる。

それを見ながら、俺はある事を考えていた。

───恐らく、アリババの勘は正しい。俺が思いつく範囲であれば、アリババの勘と俺の考えはほぼ一致している。それは定かではないが、きっと、恐らく───

しかしその考えを阻害するように、ひとつの声が強く響き、思考を停止された。

「───では、これより攻略を開始する!皆の者、生き残れ!!」

その声に応えるように、或いは相反するように。周りの声は、ヘルよりも強く、強く返した。そしてそれが開戦の合図となり───

─────やがては、全ての終わりを告げるもうひとつの物語と成る。

 

「────行くぞ!」

 

ーーーー

 

第39章 –接続終焉奇譚–

 

ボス部屋に入ってから、2時間が過ぎた。

外で待機していたあのプレイヤーも、これは流石におかしいと考えていた。しかし、ボス部屋は何があっても絶対に開くことは無い。それこそ、中で討伐されるか、或いは────全滅するか。

もし開くことがあれば、その二者択一。

それはつまり、外からは確認することすら叶わない。だが、そのプレイヤーは信じていた。

きっとあいつは、成り上がると。

そう、信じていた。

 

──────頬に髭を生やしながら。

 

 

––––––––

 

 

「────………はぁぁぁ!!!」

ガキンッ!と鉄と鉄が重なり合う音と、ぶつけ合う音が鳴り響く。それは盛大に火花を散らし───しかし1歩も譲らず────やがてはまた元に戻る。

そんな攻防を繰り返し、それだけで1時間は過ぎてしまっていた。だが、不思議と疲れはしない。まるで、前と同じ感情に陥っているような。それでも、何も変わっていないことに気づくのも、遅くはなかった。

「……何故だ!……何故こんな事をするんだ!」

俺は必死に説得を試みた。

しかし、目前の者は無言を貫く。かれこれこれを、30分近くはずっと続けている。もしかしたらと思って、俺はただそのワンチャンスにだけ賭けていた。

だがそれも、もう長くは持たないだろう。その理由として答えられるのは、ひとつだけだ。

────徐々に、時間が進む事に攻撃の仕方が巧妙になっていくのがわかる。

それはつまり、このまま行けば────

「……お願いだ!目を覚ましてくれ!!───メイル!」

───どう足掻こうが、俺たちは全員死ぬだろうから。

 

……………

 

時を戻して、1時間程前。

士気が高まり、意気揚々と入ったボス部屋で事件は起こった。

「……なんだ?ボスが現れないぞ?」

そう1人のメンバーが零し、俺たちも辺りを探し出す。しかしそこらじゅうを探してもおらず、まるで消えてしまったかのような状態に、俺たちは疑問を覚えた。

「皆の者!警戒は解くんじゃないぞ!!」

ヘルがそう言い、しかしメンバーも分かっているかのように頷く。だが、いくら待っても現れないボスに、俺はただただ違和感だけが募っていた。

しかしその疑問を抱いたのも、どうやら俺だけではないようだ。

「──もしかしたらいないんじゃないですかね」

そう口を開いたのは、マイペースであろう───《アリババ》だ。前から思ってはいたが、どうやら気分屋に近く、そして───気を抜いた時、彼はいつもの口調に戻る。それは何度も経験してきたことだが、ここまで口調が戻ると調子が乱される。

「おい!アリババ!団体行動を乱すな!!」

しかし次に口を開いたのはやはりヘルだ。

「だって、ここまでいないんじゃ意味無いですよ。───ほら、こんな所まで進んでも何も起こりは──」

───── 一瞬何が起こったのか分からなかった。気づけば、アリババは捕らえられていた。中に浮く、鳥籠のような檻に容れられて。

その姿に、俺たちは意表を突かれてしまった。

「───アリババ!!」

しかし誰よりも声を出したのは、1番真面目であろう《ジェノ》だった。彼はアリババを助けようと走り出し、ヘルの静止の声すら届かず、彼もまた捕まってしまった。

そんな中、ひとつの甲高い聲が強く響き、俺の耳を刺激する。その声の主は俺よりも後ろに───ボス部屋の扉に誰かがいたのが分かった。

そいつはパン…パン…と遅く、だが速く手を叩く。そして不気味な笑みを浮かべながら、こう言った。

「────いやはや何とも滑稽だ。まさかこうも簡単に引っかかるとはね」

やつはそう言うと、顔に手を当てて堪えるように笑う。

すると、まるで威嚇するように後ろからコツコツと音が鳴り響く。

「……お前は何者だ、ジェノとアリババに何をした…!」

ヘルがそう言うと、奴は言った。

「フフフフフ………いや、特に何もないさ。でもね、私にとっても面白い光景にしか見えなくてね」

「貴様……!」

「名前、と言ったかな。そうだね……私の名前は────」

奴はニヤッと笑うと、人差し指を突き出し、奴の方にクイッと指を曲げる。すると、それに連動するような、引っ張られるような感覚に陥り、俺は必死に剣を下に突き立ててしがみつく。

───そして、その中で1人だけが取り込まれて行くのが見えた。

「────メイル!!」

吸い込まれていく彼の姿は、何処か悲しげで、悲観的で、そして────かつての彼と同じ顔をしているのが、フラッシュバックした。

メイルが奴の腕に捕まると、とても苦しそうな顔を浮かべているのが見えた。

「───私の名前は《Unreasonable(アンリーズナブル)》。そして、こいつの名前は───」

「───《Person(パーソン)》だ。そうだろう?───《Bro》」

アンリーズナブルと名乗る男は、メイルに近づいてそう言う。だがメイルは───

「………うん」

───そっと、頷いた。

「くくく……だよな。なら、私のしたい事も当然分かるよな?」

アンリーズナブルはメイルに囁くように言うと、メイルは頷いて背中に背負った片手剣を抜刀する。

そして───俺たちに向けて構え始めた。

「お、おい、メイル………冗談だよな?」

俺はメイルに向けてそう言う。だが、メイルは聞く耳を持っていないのか、無視するように無言を貫いている。それは確かで、メイルから発される眼光の鋭さが俺の背筋を凍らせた。

「なぁ、《Bro》……やっちまおうぜ。私はもうここにいるのが疲れたんだ……共に自由の身となろう………なァ?」

「メイル…!!」

「───だがまぁ、こんなに人数がいれば明らかに私たちの方が不利だ」

アンリーズナブルはそう言うと、黒ずくめのコートの中からあるものを取り出す。

しかしそれは、この世界において何処にも見たことがないものであり、俺でさえも違和感がある代物だ。恐らくもっと上の───大体第70層辺り───それくらいのアイテムなのかもしれないが………そうだとしても、あのアイテムは見たことがない。

顔が見えない奴の口元がニヤッと緩むのが分かると、アンリーズナブルは低く笑いながら言った。

「くくく……さあ!───万物よ"凍れ"!!───発動せよ!《スノウ・ブリザード》!」

そう呟くと同時に、そのアイテムは白く輝いていく。それは確かに、だが同時に眩く白く咲いていく。

それを見た時、俺は悪寒を感じていた。

寒すぎる。だがとてもじゃないが言葉に表せづらく。それ程までに安心できない冷たさだ。

意識が遠くなる。

視界がボヤけてくる。

寒さで掴んだ片手剣から手が外れる。

耳も遠くなって。口元も震えて。

耳鳴りが五月蝿いせいで何も聞こえない。

ああ、ここで死ぬのか。

何も出来ず、何も得られずに。

メイルを助けることも、アスナを元の世界に帰すこともできないで。

それに、あいつも───

────あいつも?

………そういえば、HPバーの上にデバフが付いていない。

「(そうか……やはり……)」

遠い記憶の中で、言われた記憶が今になって鮮明に思い出す。それは、初めてプレイヤーを殺した時のこと。

血は流れない、だが、俺のピンはオレンジ色に染まったまま。その時、彼は近くにいた。正直、本当に殺せるとも思わなかったのだ。恐らく、彼が近くにいなければ俺は発狂していたかもしれない。或いは、《PK(向こう側)》になってたかもしれない。

でも、それでも。

彼の───ユージオの言葉で目が覚めた。

その時の会話を、途切れ途切れではあるが思い出せる。

俺が下を向いて。

彼は俺を見て。

そんな俺を、ユージオは優しく包み込むようにこう言ってくれた。

『キリト。僕にはまだ分からないことが沢山あるんだ。でも、ここで終わったら僕は帰れないどころか知らないことばかりになる。きっと、不安になる。でもさ、思うんだよ。キリトは────』

『───絶対に約束を守ってくれるって』

 

───何気ない会話。そうとも言えるが、少なからず俺の心にはキュッと響いた。締め付けるように、でも解すように。分からないことだらけの場所で、見てきたのは俺なんだと。

ユージオの不安を拭ってきたのは、きっと、俺だけじゃないかもしれない。だが、彼は───

思考を中断し、閉じかけた瞼を無理矢理こじ開ける。すると、腕から何か暖かいものを感じ始め、次第に俺を包み込んでくれる。

その暖かさは、まるで彼の抱擁のようだった。

「……ああ、分かってる」

聞こえないはずの声が聞こえてくる。

でも、しっかりと伝わる。

声の主は、この腕輪からしっかりと。

暖かさが、足へ。その次は頭へ。その次は───視界がクリアになる。

今なら奴の顔が見える。メイルも救えるはず。そう信じるしかない。だって今の俺には───

「……行こう、ユージオ」

───繋がりを感じている。

今なら、彼の声が聞こえそうだ。

四つん這いとなった体を動かして、突き刺したままの愛剣──《エリュシデータ》を手に取る。そしてそれを軸にして立ち上がり、抜いて構える。

その姿を見たのか、アンリーズナブルはとても興味深そうに凍える空気の中で答えた。

「ほう……。私のこれを耐えるか。だが、足が凍っては動けまい!」

そう、俺の足は凍っている。

とてもじゃないが、簡単には取れないだろう。

だが、今の俺には、ちゃんと着いているのさ。そう信じて、呟く。

「……なあ、ユージオ」

───なんだい?

「怖いか?」

───質問はお返しするよ。

「……はは、大丈夫だ。俺も怖くない。寧ろ高揚してきたところだ」

───じゃあ、問題は無いよ。

「ああ……そうだな───着いてこいよ?」

───言われなくても。だろ?

「………ああ!」

俺はそっと、片手剣を横向きに添える。

すると、それに呼応するように右手に着けた《ブルー・ローズ》が輝き出す。

それを見ながら、俺は口を開いた。

「……おい!アンリーズナブル!」

「……まさか、何か思いついたでも?」

「そのまさかだ。───覚悟しろ」

「くくく……つくづく楽しませてくれるな。良いだろう。かかってこい。私はここから1歩も動きはせん」

奴は高らかに笑い続ける。

だが、俺には勝機が見えていた。微かに空いた、微量な光の隙間が。それさえ突けば、この状況を打開できるはずだと。そう信じている。

「………これが最初で最後の攻撃……行けるよな?ユージオ」

───任せといて、これでも相棒だったんだから!

本来なら、有り得ない構え方。

どの武器にも、どのスキルにも。この構え方は存在しない。だが、今なら行けるはずと思った。異世界からの彼の助力と、ここでの力。その2つを組み合わせれば、きっと───

「………行くぞッ!!」

愛剣《エリュシデータ》は《ブルー・ローズ》と一緒に黄金色に光り出す。

そして次第に貯まると、1番眩く、一等星のように輝き始めた。

「…………ッ!!」

心の中で技名を叫び───自分でも分からないほどに、速く。かの光年の如く。だが鮮明にアンリーズナブルの身体を裂いた。

 

 

──────《ミラクルブレード》ッ!!!

 

 

見えなかったはずの、彼の姿がよく見えた。気がした。

………これで、《昊の剣士》の役割は、きっと終えたはずだ。だが、《黒の剣士》としての役割は、まだ終わっていない。そんな気がする。

「……ユージオ」

《ブルー・ローズ》は輝きを失った。同時に、聲が聴こえなくなった。

「……はは……やる…じゃないか」

アンリーズナブルは貫いた腹部を隠すように言う。そしてその貫いた衝撃か、持っていたアイテムは落とし、割れてポリゴンとなって消えてしまった。

その影響か、凍っていた辺りが瞬く間に溶けていき、そしてメンバーが見え始めていた。

「………だが、残念だ」

「なんだと?」

「私の役目は終えた……だが、そうではない……そうだろう?───《Bro》」

───悪寒が募る。焦燥が溢れ出る。

振られた武器を咄嗟に構え、何とか受け止めることができた。

「───メイル……っ!」

「……私はもう時期消える……だが、パーソンは諦めないだろう」

アンリーズナブルはそう言うと、少しばかりの嗚咽を零す。

「………仲間に殺される瞬間を、私は見たかったが…………どうやら叶いそうもなさそうだ」

「…………ぐぅ…!」

「さらばだ、強き者よ。その絶望顔を、崇めたかったぞ───」

───アンリーズナブルは、蒼いポリゴンに包まれて消えていく。だが、それを気にしていられないほどに強く圧されていた。

「メイ……ル……!目を覚ましてくれ……っ!」

そう言えど、彼の攻撃は止むことはない。

寧ろ、強くなる一方だ。

「………っ!」

次第に強くなる攻撃に、俺は流石に耐えられなくなる。だが、潰れる前に足に力を入れてメイルの攻撃を流した。

それで少しは説得ができると感じた瞬間───

「メイ─────っ!?」

───体制を崩したはずのメイルがまたもそこにいて、先程と変わらない状態へと戻ってしまった。

「なんで……だ…!」

だが俺は諦めず、説得しようとまたも剣を受け流す。だが、またも変わらず。永久にも等しい同じ状況が続いていた───

 

–––––––

 

そんな戦況が今にも進み、気づけば1時間も経っていた。あれから進展があったかと訊かれれば、そうではないと答えられる。

ただでさえスタミナが多く消費する長期戦なのに対し、相手───メイルは一向に疲れた様子を見せていない。それどころか、防戦一方だ。

「目を覚ませ!覚ましてくれメイル!」

1時間、ずっとそう言い続けている。枯れそうな喉も、疲労で倒れそうな脚も。痺れて離しそうな腕も。

いつの間にか輝きを失っていた《ブルー・ローズ》も。

全てを嘲笑うように、緊迫に包まれていた。

チラリと後ろを向いてみる。

すると、そこには解氷した《攻略組》のみんなと、アスナ、エギル───仲間の姿がそこにあった。だが、こちらに向いてはいるが動いていない。何かしらの呪いのデバフに掛かったのでは───と思ったが、一瞬見たHPバーの上には何も無かった。

それはつまり、動けないのではなく、───動くことができないのである。

無理もない。

だってこれは、単なる《決闘(デュエル)》ではないのだから。

「───ふっ!はっ!やぁ!!」

掛け声に合わせて剣を振るう。

最初は防戦一方だった俺も、気づけば攻めるくらいには踊らされていた。

しかしメイルも、まるで予測しているかのように剣で護る。流すことは教えていないものの、しっかり防御してくる。

しかし、防御してくる分、厄介なものでこうして長引いてしまっていた。

───もうすぐ、2時間に達する。

俺自身、防御は完璧という訳では無い。

《決闘(デュエル)》となければ、HPを削りきってしまう危険性がある。それはつまり、威力の高いソードスキルなどは使うことができない。

過去にプレイヤーを殺してしまったことがある俺でさえも、こればかりは意味が違う。

これは単なる───殺し合いに近い。

あの時とは違う意味。

……だが、今はそれを考えている暇が無さすぎる。

やがて、俺のスタミナが尽き、無惨にも斬られてしまうだろう。現実世界(向こう)でやり残した事も、伝え忘れたことも。

全部全部が叶わなくなってしまうが、こうして負けてしまうのであれば、決して本望という訳ではないが、良い死に様だとは思う。

それに、約1年半、よく生き延びたものだろう。

……ただ、ひとつだけ心残りがあるとすれば───

「───ぁ」

─────ユージオを救えなかったことだけだ。

 

 

 

《エリュシデータ》が弾き飛ばされた。

疲れた腕が痺れてきた。

脚も、動かなくなってしまった。

ああ、死ぬのか。

もう全てを投げ出してしまうのか。

でも、今だけは。

………彼に逢いたい。

 

そう、強く願った。

すると、ひとつの輝きが天井付近に現れた。

蒼く、眩く、あのアクセサリーのように煌々と。

それだけで、俺は確信した。

あの姿は………──────

 

「────キリトぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

その声を聴いて、嘘のように何かが溢れ出る気がしたのは、きっと言うまでもないだろう。

 

ーーーー

 

第40章 –邂逅/暴露–

 

鉄と鉄が擦れ合う音が聞こえる。

しかし、両方は鉄で出来ていない。

そして、どちらもこの世界のものではない。

片方は異世界から。

もう片方は、理から。

全てを反して、全てを覆す。

 

そうやって、今は廻っている。

────漸く出逢えた、一粒の奇跡を。

 

––––––

 

「なん……で……」

理解不能。

恐らく、今の状況ではその言葉が1番正しい。だって、目の前に写る景色は本来なら有り得ないはずだからだ。

それとも、俺はここにきて走馬灯でも見ているのだろうか?

………もしそうだとしても、何故上から光が盛れ出していたのだろうか。ボスの間は、光が漏れ出るなど有り得ない。炎が点ってはいるが、明かりとも言えない。

幻覚?幻聴?……何れにしても、この状況はまず有り得ない。だって、ずっと俺の脳内が否定し続けているからだ。

───でも、錯覚でも、幻覚でも良かった。こうやって彼の姿を見られたのだから。そう思い、俺は意識が遠くなる気がした。

「────キリト!」

だが、その声に合わせて意識が醒める。

不思議と、確実に。

手放そうとした意識が、暖かい掌で繋がれたように。

───嗚呼、そうか。

これはやっぱり、夢ではないのか。

………そっと、手を伸ばす。すると、それに合わせるように、或いは分かっていたかのように。彼は───ユージオは俺の手を掴んだ。

夢から醒める気がして。或いは、水面から引っ張り出される気がして。

─────俺は、漸く巡り会えた。

 

「───ユー……ジオ?」

「──いつまでボウっとしてるんだよ。ほら、手を化してやるから君の剣を取りに行ってくれ」

ボヤける視界の中、彼に似た姿をした青年にそう言われ、俺は言われるがままに弾き飛ばされ、だがそこまで遠く離れていない武器───《エリュシデータ》を手に取る。

しかし、それを取った途端、視界がいきなり眩くクリアに映り始めた。

というより、消えかけていた色彩が煌びやかに映り出したのだろう。

黒く見えていた俺の愛剣は、色彩を取り戻したのか輪郭が白く輝く。そして、肝心のブレイド部分──黒くなっていた場所には、俺自身───《キリト》がハッキリと写っていた。

……久しぶりに見た、俺自身。

1年半前、《仮想体(アバター)》となる前の、現実世界の俺。鏡を見ることすらせず、過ごしてきた俺の姿は、何処か嬉しそうに見えた。しかし、忽然として失ってしまった時もあっただろう。だが、今は言える。彼はきっと……いや、あれは絶対。

「………行こう」

片手剣を拾い、俺は彼の元───いや、ユージオの元へと走り出していた。

 

––––––

 

……状況的に見れば、圧倒的に相手が不利だ。その理由として、相手は1人に対してこちらは2人。───結果的に見ても、世間的に見ても。どちらにせよ不利なことには変わりがない。

だが、不思議なことにこれでも漸く五分に回れたくらいだ。だって、相手は───メイルは強すぎるのだ。

今までの戦い方は何だったのかと言えるほどに、メイルは本来の強さ───隠していたのかは分からない強さを誇っていた。

だが、今の戦況で手加減は必要ない。

でも、殺す訳にはいかない。

恐らく、メイルは操られているだけのはずだからだ。

「はぁっ!」

「やぁっ!」

しかし、ユージオと一緒に休む暇もなく攻撃しているのに対し、メイルは焦りの汗ひとつかかずに、冷静に対応している。

ひとつひとつ、でもたまに漏れ出るように。

流石のメイルでも捌ききれないのか、たまに攻撃が当たる。その度にHPバーが減っているのが分かるが、1回1回当たる毎に5%ほど削られていくので、若干ヒヤヒヤしている。

それは勿論、ひとつの意味で。

 

───クリティカルヒット。

 

ゲーム、それもRPGというゲームのジャンルでは、必ず《クリティカルヒット》という攻撃倍増チャンスがある。

それは主に低確率で起こるものだが、こう連続で攻撃していると、起こりやすくなってしまうのである。

そして、このSAO(ゲーム)において、クリティカルヒットは中々に凶悪なものだ。それも、《決闘(デュエル)》であれば尚更。

確率とはいえ、一歩間違えれば相手は死ぬ。それも、攻撃力が上がる《ソードスキル》であれば当然のこと。

 

その為に俺はソードスキルを打っていないし、ユージオも打っていない。だが、メイルも打っていないし、何なら反撃をしてくる様子もない。

ずっと、防御をしている。

───それはまるで、何かを待っているかのような。

「メイル!」

ここでひとつ呼びかけてみる。だが、相変わらず返事はない。それどころか、冷えきった瞳でずっと見てくるばかり。

嫌な汗が垂れてくる中、俺とユージオは攻撃を続けた。

続けて、続けて、続けて。

そしてやがては───終わりが見え始めていた。

「……はぁ……はぁ……」

攻撃が、一瞬止んだ。

それに合わせ、俺とユージオはバックステップ。そして様子を見てみると、メイルは俯きながら笑みを浮かべているのが見えた。

「………やっとだ」

メイルはそう呟くと、顔を上げた。

だが、その顔はとても言葉じゃ言い表せないほどに醜く浮かべていた。

「ふふふ……ははは………」

それからというものの、メイルはずっと笑い続けている。数秒、或いは数十秒。

不気味な笑い。それから、奇声にも等しい嘲笑。それを繰り返し、やがては最早言葉すら分からなくなっていた。

「ははhハハハハハハハッ!!!!!」

その笑いと共に、何処か吹っ切れたような表情を浮かべているのがわかる。そして、チラリと後ろを見てみれば、アスナたち皆は顔を引きつり、とてもじゃないが先程までの戦慄が走る表情では無いこともわかる。───ただひとりを除いて。

「メイル……!」

もう一度、でも今度はさっきよりも力強く。しかし聞こえていないのかメイルは何も反応しない。

それに踏まえ、メイルは視線───目が尋常じゃないほどに飛んでいる───ガンギマリとなっているようだった。

「……ふは………………」

そして一頻り笑い終えたのか、メイルは手にした自身の武器を両手で逆さに持った。それを不思議に思っていると、驚くことにメイルは力強く、躊躇なく自身の────腹部へと刺した。

「______ッ!」

声にならない声が俺自身から溢れ出る。

しかしメイルはそれだけでは止まらない。

何度も何度も何度も何度も同じ腹部へと刺し続け、気づけばHPバーは終わりを迎えそうだった。

メイルの残りHPバーが1割を切り、さすがに止めに入ろうとしたが、間に合わず────

 

────しかし、その行動すら嘲笑うように、突風と共に光が強く溢れ輝いた。

その光で咄嗟に目を瞑ったが、瞑っても見えてくる光の強さに俺は目眩を起こしかけた。

だが光り輝いたのは一瞬で、手のひらで遮る前に落ち着いてくる。それを不可解に思った俺は、視界を広げてみれば、そこにはおぞましい何かがそこにいた。それはまるで、いつぞやの夢で見た何かのような。

そんな、気がした。

「メイル……?」

口が思うように開かない。

開いても、言霊は震えるばかり。

ただ、そんな中隣に佇んでいた相棒はこう言った。

「………あの正体は君だったんだね」

嫌な冷や汗が垂れながらも、彼はそう言う。メイルはもう正気を保っていないのか、ユージオに対して何も言わない。それどころか、口にすら無かった。それは確かで、明らかにこの世界に似つかわしくないデフォルメとなっていたからなのかもしれない。

当然、俺はユージオが言ったことに疑問を持つし、それが一体何なのかも気になる。だが今は目の前のことに集中しなければ。

「……ねぇ、君の名前を教えてもらえるかい?」

ユージオはそう言う。だが、メイル(モンスター)は口を聞く様子もない。

「───そっか、なら僕が名乗ろう」

剣を再度握り直し、ユージオは足を後ろに広げてゆっくりと腰を下ろしていく。そうして戦闘態勢に入ると、深呼吸をしながら彼は名乗った。

「───僕はユージオ!剣術《アインクラッド流》の使い手にして、相棒として隣に立っていた者!───貴方に模擬戦……いえ、実戦を申し込みたい!受けてもらえるか!」

しかしメイルは何も言わない。

「……その心意気、しかと謁見した!」

ユージオはまるでメイルの言葉が分かっているかのように言った。

そして俺の方へ向くと

「キリト!僕はこの人と戦う!君はするべきことをしてくれ!」

と言った。

だが俺自身、それを許すはずもない。

それはユージオも分かっていたはずだ。

なのにどうしてなのか。

「……君は、ここで死ぬべき存在じゃない。僕にはわかる。わかるんだ!……だから、終わらしてくれ。────頼んだよ」

ユージオはそう言うと、足に力をいれて走り出した。その光景を見つつ、俺は後ろに振り向く。

無論、何も思っていない訳では無い。寧ろ何も思わないわけがない。もしかしたら彼は死んでしまうかもしれない。もしそうなったら、俺は全てを投げ出してでも彼を救うだろう。

今の状態は、第48層と二の舞になる気がするからだ。

────だが、何故か不思議とそんな気はしなかった。

それは信じているからなのか、或いは戻る必要性もないからか。それに関しては分からないが、"もしかしたらそう"だと分かっているからなのかもしれない。……仮にそうだとして、できることなんてあるのか?…………だが、その問いの答えは、もう既に分かっている。

分かっているからこそ、俺は歩んだ。

歩いて、向かって。

みんなが訝しげな表情を浮かべる中、歩いて止まったのは、"奴"の目の前。

「……ヒースクリフ」

「なんだね?」

予想が正しいのであれば、こいつは……。

「少し、話したいことがある」

「なら、場所を変えよう」

「いや、ここで話す」

「………それは、ここでないとダメな理由があるのかね?」

「ああ」

固唾を飲む。

緊張が迸る。

余裕の紐が、結んでは綻びていく。

だが、ここが正念場だ。

俺の予想を信じるしかあるまい。

「ふむ、なら聞かせてもらおうか」

ヒースクリフはそう言ってこちらに姿勢を正した。どうやら聞く気になっているようだ。

「……珍しいな?」

「何がだ?」

「俺の話を聞こうとする姿勢が、だ」

「それはそうだろう。キリトくんだって一応はうちの団員(メンバー)なのだからな。話くらいは聞くさ。………して、話というのは?」

「簡単なことだ。ひとつ、ヒースクリフに《決闘(デュエル)》を申し込みたい」

俺がそう言うと、周りから響めきの声が聞こえ始める。中には心配する声や、野次を投げる声。そして悪ノリをし出す声。様々な感情と、声色が飛び交っていた。

それはそうだ。相手は団長なのであって、俺は一番下っ端───ギルドに入りたての小僧に等しい。それはつまり、無視されるのが普通なのである。だが、今回は違った。

「……ははは!これは面白い。いいだろう。今回は私自身何も出来なかったからな。祝杯と称してその決闘を呑んであげよう」

「有難いね」

「ではどうする?《初撃決着モード》か?《半減決着モード》か?それとも…」

「いや、今回は《初撃決着モード》だ」

「ほう?……それは何故だ?」

ヒースクリフがそう問うてくる。

その質問に答えるべく、俺は視線をHPバーを見た。すると、ヒースクリフはそれに気づいたのか少し笑う。

「なるほど。そういうことか。───キリトくんの配慮が身に染みるね」

「なに、もしもクリティカルヒットを出してしまったらヒースクリフのHPが危ないだろ?それで"うっかり"やってしまったら、俺でも逃げ場がない」

「ははは。それもそうか───なら、《初撃決着モード》でやろうか」

ヒースクリフはそう言うと少し距離を取る。そしてボタンを押そうとした時───

「キリトくん」

「……なんだ?」

突然、ヒースクリフに話しかけられた。

当然の如く俺は疑問符を投げる。すると、ヒースクリフは視線と言葉で回答した。

「彼は1人でも大丈夫なのかね?」

「……なんだそういうことか。──ああ、問題は無い。だってあいつは────」

そこで口を噤むと、ヒースクリフは少しびっくりしたような顔をしたが、次第に納得したかのような顔を浮かべた。

「ふむ。………なら、やってみるとしよう」

ヒースクリフはそう言うと、仕舞いかけていたロングソードと長方盾を装備し、まるで「いつでもかかってこい」と言わんばかりに構え始めた。

俺はそれに則り、メニューを押して《決闘(デュエル)》を押す。すると《決闘(デュエル)》したい相手のスペルが表示され、俺は迷わず《Heathcliff》と書かれたプレイヤーを押した。

すると、大々的にボス部屋に表示されたのは、《Kirito》vs.《Heathcliff》と書かれたホロウィンドウだった。

それを見つつ、俺は愛剣である片手直剣──《エリュシデータ》を抜刀する。鞘から出る度に擦れる鉄の音は、まるで抜く度に俺を激励しているような、そんな錯覚に陥る気がする。

しかし、今はそれすら置いていってしまうような緊張が募っていた。

それでも気分が昂る。

意識が醒める。

刻一刻と時間が経ち始めている針。

それらは全て、周りの音が聞こえなくなるくらいには定まっていた。

……ここで、深呼吸をひとつ。

「…………ヒースクリフ」

「なんだね?」

「……俺の予想が正しければ、アンタは───」

そこで口篭る。

ヒースクリフは怪訝な表情を浮かべていたが、やがては少しの笑みを浮かべると、再度構え始めた。

始まりの合図が近づいてきた。

あるはずの無い冷や汗が垂れてくる。

そして、最後のスリーカウントが始まった。

_____3.

_______2.

_________1.

 

「───はぁ!!」

『0』のカウントが始まった直後に、俺は動き出す。しかし、ヒースクリフは前と同じく動く気配はない。ならばその空いた頭上に剣を突き刺してやろうかと思うが、恐らくそれは叶わないだろう。何故ならば、余り《決闘(デュエル)》自体をやったことがない俺でさえも、この男には“隙”が無さすぎるのだ。二度目とはいえ、この男自体の癖は未だに見抜けていない。それはつまり、例え相手が───《デバフ》を受けてHPが半分になっていたとしても、癖を見抜けていないのであれば、勝率はほぼゼロに等しい。

だからといって、素直に負けてやるほど俺は大人なんかじゃない。

足掻けることは最大限足掻くつもりだ。

「はっ!」

斜め斬りをひとつ。しかし効果は今ひとつのようで、難なく盾で防がれてしまった。

ならば横斬りをひとつ。しかしこれも防がれてしまった。

休まず攻撃を入れていくが、状況は変わらない。ならばと思い、俺はバックステップをいれてヒースクリフから距離を取った。

そして俺は両足に力を貯めると、足が黄緑色に染まり、ある"技"の体制に入った。ヒースクリフもそれを見て何か来ると確信したのか、防御体制に入った。

足に力が貯まると、俺は走り出す。

本来ならこれもソードスキルの一部であるのだが、実はスキルModで一部のスキル限定で少しの間保持することが出来ている。

これが無かった場合、俺は走り出すことは愚か、その場でファンブルしてすっ転んでしまうだろうが、俺はスキルMod《健闘保持》を会得し、その中に《体術スキル》を容れていた。──それはつまり、実際には違うが《スキルコネクト》と同じような現象が今起こっている。

「───ふっ!はぁっ!」

走り出した俺は、足に力を踏み込んで跳ねるように跳ぶ。そしてヒースクリフ目掛けて足に再度力を入れると、ピンッ!と聴きなれた音が鳴り響いた。

「─────《失墜双蹴(しっついそうしゅう)》!」

蹴り上げるように左足を上げ、そして軽く回転してから右足を落とす。

そうすると、ヒースクリフは盾で防ぎ切れず、為す術なく体制を崩した。

 

────体術スキル《失墜双蹴》。

体術スキル系クエストをある程度までクリアすると、師範からご教授願える技のひとつであり、中々に強力なスキルだ。

元々アルゴの手伝いで受けていたクエストの一部だったが、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。

このスキルは当たると、盾で防御関係無しに相手は体制が崩れ、暫くの間身動きが取れない。所謂スタンである。但し、それは逆も然り。

「……くそ……!」

スキル発動による《スキル硬直》によって俺は動けなくなった。元々《体術スキル》は後隙が少なく、且つ硬直時間も短いのだが、レアリティが上がるにつれて硬直時間が伸びていく。

《失墜双蹴》は《体術スキル》において上位に君臨するほどのレアリティを持っている。技としては申し分ないが、1人、或いは《決闘(デュエル)》では余り意味が無い。

なら、何故使ったのか?答えは簡単だ。

「(《スキルコネクト》が使えない──!)」

使えない、というより発動させるタイミングが合わなかったようで、俺も為す術なく硬直時間に煽られ続けた。

そしてほぼ同時にヒースクリフのスタンと硬直が解け、またも読み合いが始まる。

「今のは……体術スキルの《失墜双蹴》かね?」

「………そうだが?」

「はは。そう警戒しないでくれ。私だって何もかもが詳しくない訳じゃないのだよ」

ヒースクリフはそう言うと

「じゃあ、次は私の番……ということでいいかな?」

と言って剣盾を構える。

「……随分余裕そうだな?」

「まさか。これでも緊張しているのだよ」

「そうは見えないが……なっ!」

その合図と共に俺は攻撃を繰り出す。

ただ一心不乱に、という訳ではないが、一先ず流れだけは取られないように攻めていく。それ即ち、ずっと先行し続けるしか他ない。

「はっ!ふっ!」

それでもヒースクリフは盾でずっと守り続ける。ここでまた《失墜双蹴》を繰り出せばガードを崩せるかもしれないが、残念ながらまだクールダウンが治まっていないし、何よりも次こそ《スキルコネクト》が発動出来るかどうかも不明だ。それならば、今は安全マージンを取った方が得策だ。

………先程から気になっている事なのだが、ヒースクリフほどの実力があれば、俺の連撃の後隙に対して攻撃を入れられるはずなのに対し、ヒースクリフは攻撃を入れるどころかずっと防御姿勢のままだ。まるでそれは、俺の隙を窺っているような────

──でも、このままじゃ埒が明かないのは明白。ならば、"一発逆転"の一手を狙うしかないだろう。

正直、疲れ始めてきた。

俺は再度バックステップで下がり、ヒースクリフに向けて言った。

「……次で決着を付けよう」

「ほう。もういいのか?」

「……!」

その言い草は、まるで楽しんでいたかのような言葉だった。この言葉が、まだ確証を得ていない情報が真実ならば。

……この男は、やはり侵されている。

「……ああ」

俺は俯きながらそう答えると、ヒースクリフはこう言った。

「ならば、私もそれに応えるとしよう。───全力でかかって来なさい」

実際には違うはずなのに、まるで上から目線でそう言われているかのような現状に陥る。しかし、それに屈する程俺の決意は弱くない……はずだ。

「………行くぞ」

俺は愛剣を左の掌に添えるように置く。そして柄を右肩へ持っていき、微量の矯正を促すと、やがては紅色の光を放ち始めた。

 

────単発重攻撃技ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》

 

片手剣熟練度950で覚えられる片手剣系ソードスキルのひとつで、その射程は長く、更に攻撃力も高いという誇りを持っている。

更に突き技の為、両手槍の射程の長さにも匹敵するが、その分後隙は長い。

だが、使い勝手はいいのでよく使ってきたものだ。───と言っても、攻略戦では余り使って来なかったんだが。

 

ソードスキルが貯まり終わると、ヒースクリフは盾を再度構え始める。それを見つつ、俺はどうすればこいつの盾を剥せるか模索していた。

ただ、システム上武器を吹っ飛ばすことはほぼ不可能だ。相手の筋力パラメータと対立することとなるし、何よりも正確に奪うには、体術スキルの《空輪》が必須。

奪えないことは無いが、恐らくは不可能に近いだろう。

何となく───ゲーマーとしての"勘"だ。

「はぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

……ならば、強行突破までだ。

貯まり切った紅色に輝くソードスキルを《健闘保持》にて保持し、走って前に突き出す。するとその攻撃は見事に盾へと当たり、凄まじい音と共に刺さった。───しかし。

「───っ!?」

その攻撃は盾を剥がすどころか、うんともすんともしない。それだけではなく、まるで銅像の如く動く気配が無かった。もしかしたらそれは、俺との筋力パラメータがヒースクリフに負けているのがしれないが。

だが、それにしても動かなさすぎる。

こんなにも動かないことなんて有り得るのか。

……いや、答えは“否”だ。

もしかしたら上層に行けば行くほどそういうこともあり得るのかもしれないが、とある情報網を頼りに訊いてみても、このような状態なんて有り得なかったはずだ。

「くっ……!」

「いやはや残念だ」

ヒースクリフはそう言う。

「君ならもう少し楽しませてくれると思ったが……もうそろそろ上階へと行かねばならない。終わりにしよう」

「なんだと………───っ!」

ヒースクリフは言い終わると同時にロングソードを振りかぶる。そしてそれを勢いよく振り下ろすと、その刃は俺の肩を裂いた。

 

────と思えたが、その寸前で何やら鉄らしき音が耳元で強く鳴り響いた。その正体を探るべく、俺は恐る恐る目を開く。すると、そこには見慣れた服装を着た、彼の姿がそこにあったのだった。

「……ユージオ」

「───全く、君らしくも無いじゃないか………せいっ!」

ユージオはせめぎ合っていた剣と剣の威圧に勝利すると、ヒースクリフを少しだけふっ飛ばした。

「ほら、キリト!立って!」

「……ああ!」

ユージオに手を差し出され、俺はその手を取る。そして吹っ飛ばされた衝撃で落ちた愛剣を拾い、構える。

「……これで形成逆転だな」

「………ふふふ、なんて面白い。これほど愉快なことは久方ぶりだよ。キリトくん」

ヒースクリフは顔に手を当てながらそう答えた。

「だが妙だな?本来であれば《決闘(デュエル)》中に他のプレイヤーの介入などできないはずだが?」

「貴方に答える義理はないよ」

ユージオは言った。

「ほう。そうかそうか……実に興味深いが、今はそれだけではなさそうだね?」

ヒースクリフは俺の方へと向く。

「……ああ」

「なら聞かせてもらおうか。《決闘(デュエル)》の続きはそれからだ」

ヒースクリフはそう言うと、持っていたロングソードと盾を仕舞う。それを見た俺は納刀せず、そのまま近づいていく。

「その前に、ひとつ確認だけさせてくれ」

「ほう。何の確認だ?」

「惚けるな。ヒースクリフ、お前には何かしらのシステムに守られているはずだ」

「何故そう思った?」

「それは今から証明する、動くなよ」

俺は握った柄をヒースクリフの首元まで持って行き、刃をそっと付けた。すると────

ヒースクリフの首元に、紫色のホロウィンドウが表示され、そこにはこう書かれていた。

 

【IMPORYAL OBJECT】

 

一瞬、消えかけていた周りの声が聞こえ始め、だがその声は響めきの声が広がっていた。

その中で、アスナの声が響く。

「システム的不死……って、どういうことですか団長……っ!」

「簡単なことだよ。アスナ」

「前にギルド内である噂を聞いたんだ。《決闘(デュエル)》を受ける前にね」

ヒースクリフは黙って聞いている。

「通る直前に、ある2人のプレイヤーがこう話していた。『ヒースクリフ団長は強い、HPがどうやっても半分以上のイエローゾーンまで減ったところを見たことがないんだよな』……とな」

「それはつまり、こいつは……システムによって守られている。そういうことだと俺は考えた」

「で、でも、それだとさっきのウィンドウの説明がつかねぇんじゃ……」

クラインがそう言うと、すかさず俺は答えた。

「そう、問題はそこだ。──なら、何故ヒースクリフはシステムによって守られているのか。たまたま?いや、違う。───なぁ、ヒースクリフ」

「……なんだね?」

「俺はずっと疑問に思っていたことがあるんだ。このゲームを作った"茅場晶彦"。あの男は今何処で、何をして、何を見ているのか。そして、この世界をどうやって調整しているんだろうってな………だが、俺としたことが単純な心理を忘れていたよ。どんな子供も、どんな大人も。全員が知っていることさ」

「……他人のやってるRPGを傍から眺める事ほどつまらないことは無い───そうだろう?ヒースクリフ、いや……【茅場晶彦】!」

俺がそう言い放つと同時に、辺りの空気が震え出した。それは動揺は勿論、どこか怒りに燃えた声も聞こえ始めている。

その中で先陣を切ったのは、誰を隠そう、ヒースクリフ───《茅場晶彦》本人だった。

「……根拠としてはまだまだ薄いが、皆にもこう公表されてしまっては後悔先に立たず、かな?」

「──キリト君、何故気づいたのか、参考までに教えて貰えるかな」

「最初におかしいと思ったのは、第39層の《決闘(デュエル)》の時さ。最後の一撃の時、アンタ、余りにも速すぎたよ」

「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事でね。君の応用力、頭の回転力、そして見たことの無い《システム外スキル》の発覚………それらの動きを見た私は圧倒されてしまってね。ついシステムのオーバーアシストを使ってしまった」

続けて奴は言う。

「確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば第100層───《紅玉宮》にて君達を待つ予定だったこのゲームの最終ボスでもある」

ヒースクリフはそう言うと、周りのプレイヤー達は驚きの声が隠せていなかった。というのも、団長を信じてやってきた《血盟騎士団》のメンバーは全員衝撃であろう。

「趣味が良いとは言えないぞ。最強のプレイヤーが一転してラスボスか」

「中々に良いシナリオだろう?」

「だが、元々は第95層をクリアしたタイミングで告げようと考えていたのだが、私の予想よりも遥かに早く気づかれてしまったのは不本意であり、相当頭の切れるプレイヤーだとは予測していなかった」

「《決闘(デュエル)》の時もそうだったが、やはりキリト君は私の予想を遥かに超えてくるね」

ヒースクリフは手を添えつつ、首を横に振りながら言う。そんな中で、ある1人のプレイヤーが声を上げた。

「団長が……茅場晶彦だって……?」

その声は震えており、表情はどこか信じられない、といった顔をしていた。

「嘘ですよね…?団長」

「真実だ」

しかし呟いた疑問もすぐさま解決させられ、プレイヤー───《ヘル》はその現実を受け入れられないのか崩れ落ち、膝立ちとなってしまった。そして彼女は壊れたラジオのようにブツブツと呟いている。それを見た1人のメンバーが───

「俺達の忠誠……希望さえも………よくも、よくもやってくれた……許さない!許さないぞ茅場ァァァァ!!!!」

───ヒースクリフに斬り掛かろうとした時だ。

「────ぐぁっ!?」

ヒースクリフが突然ホロウィンドウを開いたかと思えば、一瞬の間であったがそのプレイヤーは動きを止め、滑り込むように倒れてしまった。

俺は何故だと思い、そのプレイヤーのHPバーを見てみればそこには見たことのあるマークがあった。

「……麻痺…!」

ヒースクリフはそれだけでは止まらず、他のプレイヤーにも麻痺をデバフを付与していく。それに連なるように俺とユージオ、アスナ以外のプレイヤーは全員崩れ落ちてしまった。

「……どうするつもりだ、この場で全員殺して隠蔽する気か……!!」

「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ。だがこうなってしまっては致し方ない。私は最上階にある《紅玉宮》にて君達の訪れを待つことにするよ。ここまで……かなり中途半端ではあるが、育ててきた血盟騎士団並びに攻略組プレイヤー諸君をここで放り出すのは不本意ではあるが……なに、君達ならきっと最上階まで辿り着けるだろう」

ヒースクリフは再度メニューを操作する。

「………ぁ」

そう声にもならない声が小さく響き、俺の後ろからパタンと倒れる音が鳴り響いた。

見てみればアスナがいた。

「──アスナ!?………おい!アスナに何をした!?」

「流石に影討ちされてしまえば私でも歯が立たない。不死属性があるとはいえ、万全とは言えないからな───よって、アスナ君には《盲目》のデバフを付けさせてもらった。彼女にはもう何も見えない」

「何故、そんなことを……!」

「何故、か……アスナ君が装備しているネックレス───《森羅のロザリオ》はかなり厄介なものでね。強さとしては申し分ないが、今の状態では圧倒的に私が不利になる。その為、デバフを重ねがけさせてもらったのさ。尤も───私が一番警戒しているのは、君の隣にいる少年だがね」

ヒースクリフはそう言うと、目線をユージオに向ける。ユージオは変わらず剣を向け続けているが、集中力がいつ切れてもおかしくはない。

「だからこそ気になることがある」

「……それはなんだ?」

「君の隣にいる彼───この世界には存在しない武器────もしも戦ったらどうなるのか、ということさ」

確かに、さっきは突然の事でよく見れていなかったが、ユージオの武器をよく見てみると綺麗な細工のようではあるが、武器としては成り立っている特殊武器のようだ。

ガラスのように出来ており、鍔の部分には俺の右腕に着けていたあの薔薇───青薔薇に似ている。

「だが、それだとキリト君。君が必然的に邪魔となるのだが───」

「───私の勘が正しいのであるならば、何か隠してると思うのだが………どうだ?」

突然、ヒースクリフにそんなことを問われ、俺は唾を飲む。だが、ここで怪しまれる訳にはいかないと思い、俺は頷いてメニューを操作していく。

「ならば、キリト君も戦うといい。纏めて相手にしよう」

ヒースクリフは腕を上げ「ドロー」と言うと、俺の目の前に「《決闘》が中止されました」と表示された。

しかしそれよりも気になっていることがある。それは、何故選ばれたか、だ。

ふとそう思い、俺は押しかけた指を止める。

「………それは何故だ?」

「簡単な事さ。これは一種のゲーム。つまりだ────キリト君、私と"賭け"をしてみないか?」

「賭けだと…?」

「賭けといっても、チップはひとつだけ。こちらが用意するのは《世界の終焉(ゲームクリア)》だ。無論、キリト君側もそれ相応のチップを用意してもらう。どうかね?」

「………」

恐らく、ヒースクリフが言っているのは、要点だけまとめれば『命を賭けてゲームをクリアするか、或いはこのまま受けず、第100層まで上って、ラスボスとして戦うか』……という二択だろう。

効率的、アドバンテージを考えれば賭けに乗った方が得策。だが、乗ればこちらも命を差し出すこととなる。それに、ユージオも例外ではない。どうするか。

───ふと、隣を見てみる。

そこには澄み切った瞳をした、彼の姿───ユージオがいる。彼の眼は綺麗だ。凪のように広く澄み渡り、且つ一点の迷いすら見受けられない。………もしも、彼のようになれたのなら。俺は────

「……分かった。その賭けに乗ろう」

そう言うと、後ろから聞きなれた声が耳を劈くように強く聞こえてくる。その声の主は、ユージオを抜いた3人ほど。

その方へ向いてみれば、体は動けなくなってはいるが確かに口だけを動かすことが出来ているエギルと、クライン、アスナの姿が写った。

「おい!キリト!やめろ早まるな!」

「戻ってこい!キリト!!」

エギル、クラインが俺の名を呼ぶ。

そして、今にも掠れそうな声で強く叫ぶのは、帰すと約束した、彼女の姿だ。

「キリトくん……!」

彼女の為にも、一言だけ掛けておこうと思う。

「ごめんな、アスナ。ここで逃げる訳にはいかないんだ」

「死ぬつもりじゃ……ないんだよね?」

「ああ、必ず勝つ。勝ってこの世界を、この悪夢(ゲーム)を終わらせる」

「怖いよ……でも、信じてる……信じてるよ、キリトくん」

俺はアスナに向けてそう言ってから、次にエギルに向けて言う。

「キリト!」

「エギル。第53層(ここ)に至るまで、ずっと世話になりっぱなしだったな。これからも世話になると思うが、その時はよろしく頼むよ」

「ああ………ああ!……絶対に勝てよ……!その言葉を信じてるぜ…!!」

次に俺は、クラインに向けて言う。

「キリト…!」

「クライン。お前をあの時……置いていって悪かった…」

「て、てめえ!キリト!!今謝ってんじゃねぇよ!許さねぇぞ!ちゃんと向こうで飯のひとつも奢ってからじゃねぇと絶対に許さねぇからな!!」

「分かった。向こう側でな」

クラインにそう言って、俺はヒースクリフの方へ相対する。

そして止めかけていた指を再度動かし、そのボタンを押した。

「ほう、やはりか……」

ヒースクリフは何か小声で零していたが、気にせず口を開く。

「悪いが、ひとつだけ頼みがある」

「何かね?」

「簡単に負けるつもりはないが───もし俺が死んだら、暫くでいい。アスナが自殺出来ないように計らってほしい」

「ほう。よかろう」

ヒースクリフはそう飲み込むと、後ろから崩れ落ちかけていた体をどうにか動かそうと奮闘するアスナが強く叫んだ。

「キリトくんダメだよ!そんなの……そんなのってないよ…っ!!」

その悲鳴にも等しい声を聞きながら、俺は拳を握りしめる。そして、俺は隣にいる彼に話しかけた。

「……ユージオ、行けるか?」

「当然。……まさか『緊張してる』とか言わないだろうね?」

「俺に限ってそんなことあると思うか?」

「あるね。……でも、君はここぞと言う時に限って全部かっさらっていくだろう?」

「……ああ、そうだな」

「お喋りは終わりかな?……なら、早速始めようじゃないか。勿論、不死属性は解除し、HPも君と合わせよう」

ヒースクリフはそう言うと、メニューを再度出したかと思えば、不死属性を解除したと思われる紫のホロウィンドウが表示された。

それを見ていると、ヒースクリフのHPが半分を切り、イエローゾーンに突入したのが確認できる。

「ああ、そうだ。ひとつ言い忘れていたね」

「……?」

「このまま《完全決着モード》で闘ってもいいのだが……イレギュラーな彼がいると不具合が起きてしまうかもしれない。なら、このまま闘ってみようじゃないか」

「……それだと周りに」

「それなら問題は無い」

ヒースクリフはそう言うと、またもメニューを操作する。すると、ヒースクリフ、俺とユージオよりも後ろに透明なバリアのようなものが張られていた。

「これなら問題なく闘えるはずだ」

「なるほど、ね……それ便利だな」

「GM(ゲームマスター)だけが使える特権だからね。だが安心してほしい、この闘いにおいて使わないことを宣言しよう」

「助かるよ、それがあったら俺達は一生勝てないからな」

冗談混じりの言葉で言うが、ヒースクリフの表情は変わる気がしない。それよりも、次に窺っているようにも見える。

「………さて、始めるタイミングについてだが、私がこれを上に投げる。これが地面に着いた時、それが始まりの合図だ」

そう言って取り出したのは、この世界においての通貨───《コル》だ。かなり原始的ではあるが、何も無いよりはマシだろう。

俺はそれを見つつ、メニューを弄る。だが、そこで止まって漸く気づいた。

「……くそ、ここでか!」

「どうした?まだ準備が整っていないようだが」

ユージオも少し心配の目を向けてくる。それに圧巻されながら、俺は困り果てていると───

「────キリトさん!!!!」

まるでそれを感じ取ったかのように、少し疲れ果てた声と、それでも尚出そうとする大きな声で俺の名前が呼ばれた。

その方へ向いてみれば、上から何かが降ってくる音がして見ると、何やら見たことがある武器が投げられていた。

その剣は地面に突き刺さると、まるで使ってくれと言わんばかりに俺の方に柄が向いた。

それを手に取ると、またも同じところから声が響く。今度はちゃんと見つけると、この剣の持ち主であろうプレイヤーがそこに倒れていた。

「……使ってください!!」

「メイル……どうして……」

「……もう僕は正気に戻りました。ですが、もう立つこともできません。なら!ずっと自分から使ってあげれなかったその子を、ここで使ってあげてください!」

最後に『お願いします!』と力強く言われ、俺は強く頷いた。

「……ああ!」

俺は左手でその剣を抜くと、目の前にウィンドウが表示される。どうやら武器の名前だ。

「………《廻剣(かいけん)》か、良い名前だな」

そんなことを呟きつつ、俺は再度メニューを開いて装備する。そしてヒースクリフの方へ向くと、奴はこう言った。

「似合ってるじゃないか」

「それはどうも」

「だが、それでこそ相応しい。さあ、始めようじゃないか」

ヒースクリフはそう言うと、持っていた《コル》を強く上に投げる。それを見つつ、俺はある事を考えていた。

「(……これは馴れ合いじゃない、単純に命とクリアを賭けた殺し合いだ……そうだ、俺はこの男を………)」

 

「…………殺すっ!!」

 

そう強く叫ぶと同時に、《コル》が下に落ち、これが最後の───《最終決戦》となった。

だが、簡単に負ける気も、這い蹲る気も、今の俺にはサラサラない。なら、尚更………

 

【勝つ】

 

迄だ。

 

ーーーー

 

終話 –Another End–

 

 

────《二刀流》

 

 

それは、全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられる《特異技能(ユニークスキル)》のひとつ。

《特異技能(ユニークスキル)》は全部で10種類程あり、《二刀流》はその中で最も早く解放されるスキルだった。

それが発現、発覚したのは、第50層のいつもの場所で《レベリング》をこなしていた時だ。

いつものノルマである数を倒し終わった後、ふとメニュー画面にあるスキル選択に《二刀流》と追加されているのが分かった。

俺自身、何が何だかよく分からなかったが、周りを見る限り、《情報屋》にも『変わったスキルを持ったやつはいないか』と訊いてはみたが、アルゴでさえも知らないと言った(勿論訊かれたが何とか回避)。

ならば俺の中で辿り着いたのが、これが《特異技能(ユニークスキル)》だということがわかる。それはつまり、1人だけ得られるスキル、ということだ。

そんな中、何故俺が選ばれたのかは分からないが、その理由はヒースクリフ───《茅場晶彦》が教えてくれた。

それが、『全てのプレイヤーの中で、最も最大の反応速度を持つ者に与えられる』というものだった。

……特に思い当たる節はないが、システムがそう認定したのならそうなのだろう。

───だが、今思えば、これがあったからこそ勝てたのかもしれない。

……さあ、始めよう。

 

─────…………このゲームを終わらせるんだ…っ!

 

––––––

 

これを血気迫る、というのだろうか。

或いは、冷静を欠くとでも言うのだろうか。

それらは分からない、だが、少なくとも俺は正常ではなかったのだろう。でも、それを宥めてくれているのは、他でもない彼だけなのはわかっている。

彼だけが、俺に合わせてくれている。

儚く閃光にも等しい、だが著しくハッキリと。

黒と青の光が。交わるはずのない光球が。

俺と彼が、奴に星の如く降り掛かっていた。

だが、奴もまたそれを呼応するように防いでいく。俺の攻撃も、彼の攻撃も。

一撃一撃を防いで、反撃していく。

だがその度に俺たちも攻撃を流す。スレスレの時もあったが、それもまたなんとか保てていた。

前感じたように、これも愉快と思える。でも、あの時とは違った何かすら感じて───

「───はぁぁぁッ!!!」

 

ただひとつの行為を、森羅万象の如く。

 

「──どうだっ!!」

 

許されない遊戯を、恍惚の故に。

 

「───っ!」

 

それでもまだ、俺とユージオは。

 

「行くぞユージオ!」

「うん!」

 

ここで終わる訳には。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

ここで死ぬ訳には。

 

「くっ……ああああああああっっ!!!!!」

 

 

───いかないんだ。

 

–––––

 

【シークレットストーリー】 –薄れた廃憶–

 

───……昔、聞いたことがあるんだ。

 

───……いきなりどうした?

 

───……いや、話したくなってね。

 

───……またそれか。別に構わないが。それで?

 

───……それがさ、これなんだけど。

 

───……これって……カセットテープじゃないか。なんでこんなものを。

 

───……この前倉庫漁ってたら見つけた。

 

───……おい。お前勝手に……まぁいいか。それで?肝心の中身は見たのか?

 

───……いーや?まだだよ。

 

───……じゃあなんで持ってるんだ?まさか再生機器がないとかか?

 

───……違うよ?

 

───……は?じゃあなんでだよ。

 

───……君と見たかったからに決まってるじゃないか。

 

───……そうか。

 

───……あれ、反応薄い。意外だね。

 

───……いやなにがだ。

 

───……いーや、なんでもないよ。早速見ようか。

 

───……はぁ…。

 

/\/\/\/\

 

 

──どうも皆さん。お久しぶりです。

 

───αとβですよっと。

 

──いやー、これを撮るのも久しぶりだな。

 

───そうですね。あれからどれくらい経ちましたっけ。

 

──大体3ヶ月だな。

 

───はぁ……なんでここまで放置してたんですか。

 

──いやぁ……なんでだろうな?

 

───惚けないでくださいよ!……全く、先輩はやっぱり僕がいないとダメですね。

 

──いやいやいや、後輩よ。そんなことは無いぞ!

 

───そんなこと無いにしても、どうして言ったのにここまで放置したんですか!!

 

──あー………てへぺろ☆

 

───ぶん殴っていいですか?

 

──ステイ。ステイだよ後輩。

 

───ったくもう……ああ、そうだ。これはテスト録画なんですけど、実は少し改良しましてね。一応試作品なんですけど。

 

──効果はまぁ…見ての通り、録画時間を延ばしたり、音声がクリアになったり……色々だな。

 

───実際ここまで録画できませんでしたしね。

 

──いやぁ……成長したもんだなぁ…。

 

───耽ってないで自分の成長を促進させたらどうです?

 

──お?やるか?

 

───なんでそうなるんですか!!

 

──ははは、まぁそう怒るなって。

 

───もう誰のせいだと……まぁいいですけど。

 

───というか、先輩のせいで何言うか忘れたじゃないですか!本名で呼びますよ!?

 

──ちょちょ!なんでそうなるんだ!そっちがそう来るなら俺も呼ぶぞ!?

 

───むむむ…!

 

──むむむむ……!!

 

───よし、あそこで決着を付けましょう。

 

──望むところだ。泣かしてやるよ。

 

───へぇ?この前こっ酷くやられてた鳴坂先輩がねぇ?

 

──それは今関係ないだろ!?というかさらっと俺の苗字言いやがったな!?

 

───へへーん。悔しかったら仕返ししてみてくださいよぉ!

 

──良いだろう。絶対ボッコボコにしてやるよ。覚悟しやがれ裕二!

 

───あー!!僕の下名前を……!!

 

___何故か音声はここで途切れている。

 

/\/\/\/\

 

───……なんだったんだ?今の。

 

───……さあ?

 

───……いやお前が持ってきたものだろうに。

 

───……私にはサッパリっす。

 

───……はぁ。帰っていいか?

 

───……ダメだよ?

 

───……はぁ!?なんでだ!?

 

───……朝まで語りたいことがあるんですよ。このまま帰すと思います?

 

───……おい!ジリジリ近づいてくるな!……聞いてるのか!?おい!!桐ヶ谷!おい────

 

––––––

 

ジリ貧にもなる戦闘を繰り返し、更に時間を増して1時間。もうそろそろ体力的にも危険が生じ初めており、それはユージオですら例外ではなかった。

だが、ここまでこうなってしまったのもちゃんと理由がある。それは大きく分けて2つほど。

ひとつ、ソードスキルが使えないこと。

ひとつ、剣と盾を上手く使われ、避け続けられていること。

ただ、これに置いて重要なのは前者だ。

ソードスキルが使えない最もな理由として、的確なものを挙げるとすれば、対戦相手はこの世界の創造神にもなる男だからだ。それはつまり、俺が設定したスキル───《二刀流》は、目の前にいる【茅場晶彦】がデザインした張本人。ということは、ソードスキルを放とうなど考えてしまえば、全て防がれ、一気に詰められて一巻の終わり───ということになりかねない。

それだからこそ、俺はここまで一切ソードスキルを使ってこなかった。

だが、ユージオを見て思うのだ。

 

───このままでは埒が明かない、と。

 

ジリ貧なのは分かっているし、何よりもこのまま持久戦を仕掛けても体力的にすぐやられてしまうのはこちらだろう。相手は元々体力が少なかったとはいえ、スタミナ自体はそこまで減っていないはず。システムにはもう守られていないはずだが、その思考無しでも不利な状況ということには全く変わっていない。

ある意味万事休すだ。

意気揚々という訳では無いが、相手を殺すつもりで突っ込んだこの遊戯(殺し合い)も、やがては全てが終わるだろう。

始まりは終わり。

その言葉は深く突き刺さっている。

だからこそ、諦めたくないのだ。

「___くっ!!」

腹の奥から不穏な声が滲み出る。

それは何処か苛立ちを感じているような、或いは嗚咽の一種か。

その辺は分からないが、恐らくは───

「……!」

ユージオにアイコンタクトを入れる。

すると少し揺らいだ気がするが、諦めるように彼は一瞬目を閉じた。

俺はそれの意味を瞬時に理解し、ヒースクリフの攻撃をパリィで弾き返した。

ずっと流していたせいか、ヒースクリフは驚いた様子で体制を崩す。勿論、これが刺さるとは思わないが……ある意味これは賭けだな。

───意識を集中させる。

呼吸を整えて、

システムが早く応えてくれるように調整して、

スっと双剣を重ね合わせるように置いた。

「……(まだ指で数えられるくらいでしか打ったことはないが……行けるはずだ)」

すると、それに呼応するように空色に愛剣が光り出した。

時が遅くなっていく。だが、ヒースクリフの体勢は変わらぬままだ。多分、アドレナリンの一種で興奮でもしてるのか、或いは『クロノスタシス』というものなのか……それは分からないが、恐らく、きっとこれは───

意識と思考を中断させ、今は目の前の存在に目を向ける。

奴の体勢は変わってない。行ける。行けるはずだ。このまま発動できれば、奴は絶対に……!

「──うぉぉお!!!」

そう声をあげると同時に、ソードスキルが貯まって、目の前で発動させる為に跳躍でヒースクリフの元まで飛んでいく。そして発動させると、奴はニヤリと笑った。

「──ッ!!」

背筋が凍るとは正にこの事なのかもしれない。驚くことに、奴はあの体勢から一瞬で取り戻し、盾で守っていく。

流石にこの状況でユージオは近づけないのか、攻めていた姿勢から防御体勢に入っていた。

───それはつまり、死を意味する。

「───ごめん」

俺はふと、小さく聞こえにくいであろう声を零した。

でもその声は剣と盾が合わさり合う音で消えていく。潰えていく。

もう、これ以上何かを言う訳にはいかない。

そう、分かっていた。

全体を通して、16連撃目の攻撃が終わる。すると、ヒースクリフは剣を振り上げてこう言った。

「なかなかどうして愉快なものだったよ。キリト君。───さようなら」

「____ぁ」

────その刹那、誰かが俺の目の前に現れる。その姿を見てみれば、誰でもない彼の姿だった。

「───がはっ…!!」

悲痛な声が聞こえる。

見れば、この世界には有り得ないはずの物が流れているのが視界に写った。

「ぇ……ぁ……ユー………ジオ……?」

「………キリ……ト…」

「………これはこれは、イレギュラーな存在というものは、これ程までに興味深いものなのか」

「…………その……傷……おい……まさか……」

そう言いながら、俺は彼に近づいた。

だが彼はこちらを向くと優しい顔で微笑みながら言った。

「大丈夫…かい?……キリト………」

「大丈夫も何も……お前が一番……」

「僕は……だいじょう───ゴホッ!!ゴホッ!!」

彼は手を押えて嘔吐く。

だが、余りにも多いのかその手から溢れ出るようにその液体が見えていた。

───血の気が引いていく気がする。

青ざめるとは、正にこの事なのかもしれない。

彼のHPバーはドンドン減っていく。まるでスリップダメージを受けたように、減っていく。

「…君はやはり興味深い。本来であれば、君という君を何故この世界に迷い込んだのかについて調べたいことが沢山あるのだが……だが、それもこれもダメそうだ」

ヒースクリフはそう言うと、無慈悲にも振り下げた剣を抜き、再度振りかぶる。

そして

「何か言い残すことはあるかな?」

と言うと、そのまま止まった。

ユージオは俺の方へ向き、こう言った。

「キリト……君に……伝えたい……ことが…………あっ……たんだ…」

「おう……聞いてやる……聞いてやるから無理して喋らないでくれ……!」

ユージオは立っていられる気力すら失っているのか、倒れ込むように俺の腰辺りを掴んだ。

「ユージオ!」

「こひゅー………こひゅー……………いいかい…?……一度しか……言わないから……………よく、聞いて……」

「……ああ…!!」

ユージオはそう言うと、力が抜けて仰向けになりながら話す。俺は瞬時に彼を掴もうとしたが、透けるように掴むことができなかった。

「……ぼくは………あの場所で……殺されてから……色々と思い出したことが…………あるんだ……」

「そこは……幻想郷のようで………でも……馴染みのある……ばしょで………そこで気づい……たんだ……」

「そこは………僕の故郷…………《ルーリッド》だった……」

彼のHPはギリギリまですり減っていく。

「……故郷は、いつ見ても………綺麗な光景で…………君にも……見せたかっ………………たな……」

「ああ……そうだな……!だから……ユージオ……!」

それでも彼は俺の言葉を遮り、力無き腕をあげていく。その腕を掴むと、手のひらが俺の頬を擽った。

「ねえ……キリト………君には……なにが見えてたの……?」

意図が読めないことを問われ、俺は困惑する。だが、ユージオはそれに答える間もなく、腕に力が入らなくなってきているのが見えた。俺はその腕をしっかり掴む。

「ねえキリト……どこだい……?見えないや……」

「ここだ………ここだよユージオ…!!だからお願いだ……目を……目を覚ましてくれ…!!」

「……ああ…………うん…………あったかいなぁ………」

「……ごめんね、キリト………まもって…あげられ………………なく………………て………」

 

 

 

「………おい?」

彼はピクリと動かなくなった。

「……冗談だろ?なあ……?」

だが動かない。

彼のHPは、ゼロになったままだ。

「ユージオ……!目を覚ましてくれよ………ユージオっ!!!」

「ほう………ゼロになっているはずだがやはり消えないか……」

 

_____ヒースクリフが何か言っていたが、俺には何も聞こえない。聞こえるはずがない。今はただ、無気力になるだけだ。

「………………ぁ………」

だが、それすら嘲笑うように、彼は凍っていく。ヒースクリフですら驚きを隠せないほどに、ジワジワと凍り始めていた。

そしてやがてはユージオを覆い尽くすような小さな氷塊となり、顔すら見えなくなるくらいに強く凍っていた。

「………ぅそだ………ろ………なぁ…………………おい………」

それでも現実を受け入れられない俺は、膝から崩れ落ち、泣き叫ぶように大きな声をあげた。

そしてその氷を壊そうと殴ってみたり、剣を突き刺してみたりと試みてみたが、うんともすんともしなかった。

「嫌だっ!!ユージオッ!!頼むっ!帰ってきてくれッ!!!お願いだッ!なぁっ!!おいッ!!ユージオッ!!!!」

彼の名前を呼ぶごとに、記憶が鮮明に溢れ返ってくる。彼と過ごした1年にも及ぶ、良い記憶ばかりではないが、でも確かに楽しかった思い出。

だが、それを語ろうにも今の俺には無意味なものとなっていた。

これは………俺が殺したものと同期している気がして。

「ユージオォォォォォォォォォッッッ!!!」

渾身の一撃を氷塊に当てる。

だが、傷ひとつすらついていなかった。

それを見た俺は、嗚咽を零していた。

「あぐっ……うぐっ………ユージ……オ……っ……ああああ……ッ!!」

それは多分、悲痛なものだったんだろう。

俺には、もうそんなことどうでもよかった。

でも、だからこそ俺の中で木霊するように脳内に響く。

 

────守ってられなくて?

 

「────『冗談』はやめてくれよユージオ」

 

────俺には何が見えていた?

 

「────わからない…何のことだ……」

 

────ちゃんと約束を守れた?

 

「────信じられない程に裏切ってしまった」

 

────これが正しかった?

 

「────………そうじゃないはずだ」

 

────受け入れたら?

 

「────それができたら苦労はしない」

 

────なら何故、そこに突っ立っているままなの?

 

「────………もう、いいだろ?」

 

────彼との約束はどうなるの?

 

「────約束…?そんなものあったか……?」

 

────………君は覚えていないんだろうけど確かに約束したこと、あるはずだよ。

 

「────お前は一体……?」

 

────ほら、思い出して。君が27層で彼を助けた時の記憶を。

 

「────………」

 

────ゆっくりでもいい。でも、思い出してあげて。

 

「────………?」

 

────じっくりと交わした、彼との約束(願い)を。

 

「────おい……それは……どういう…?」

 

俺は何度も考えた。

だが思いつくどころか、何も感じない。何も感じないということは、思いつける気力も意識も薄れていることだった。

それはつまり、もう俺には何も残っていないということの意味付けだろう。だがもう今更だ。

そして、知らず知らずのうちにあの声は聞こえなくなっていた。

 

意味不明な会話も、思い出せない自分自身も。

全てが、無に還ろうとしていた。

ヒースクリフが何かを言っているようだったが、俺には何も聞こえはしなかった。

………その時だ。

いるはずのない、彼の声が聞こえ始めていた。

俺の名前を呼んでいる。

でも、その声は俺を呼応しているのではなく、激励にも等しいものだった。

だが、正直何を言っているのかはわからない。でも、俺には手に取るように分かる。

きっと、こうしろと。

………そう言っている気がして。

 

「…………………ぁぁ」

現実に戻ってきた俺は、手に持っていた武器を強く握る。だが、振るえる力はない。

ならばと願うのは、ただひとつの望みだった。

「…………」

ヒースクリフがこちらを見ている。

何か話しているようだが、俺には何も聞こえない。だからだろうか、或いはそうであって欲しかったのだろうか。

それは分からないが、きっと、俺の目は正常なのでは無いだろう。

でも、これだけは叶えてみせたかった。

「…………ユ………ジオ」

目の前にあるただの氷に、祈るようにかつての名前を呼ぶ。すると、それに応えるように、中に入っていた彼の武器が一瞬だけ白く輝いた。

「………わかった」

俺は無意識にそう呟くと、自分でも分かるくらいに小さな笑みを浮かべていた。

その中で、心の中で彼に問いかけてみる。

するとその答えは、予想ができている、思っていたものだった。

その答えを胸にしまい、武器を構える。

もう何も感じない。

感じなくていい。

彼との約束を果たす為には、この身が滅んでも構わない。だからユージオ。

………そこで、見守っていてくれ。

 

「…………茅場」

それでも奴は無言を貫く。

「これに俺の全てを賭ける。これを外したのなら俺の負けでも構わない」

「ほう」

「いくぞ」

俺がそう言うと、ヒースクリフは盾を構える。それでもお構い無しに、俺は双剣を腰の横に携えるように置く。

本来なら有り得ない型。

だが、さっきも同じようなことが起こっていたのだから、きっと大丈夫だろうと確信が付いていた。

それに失敗しようがしまいが、もう俺自身には関係ないことだ。

そんなことを考えつつ、俺は意識を集中させる。すると、それに応えるように双剣が光り出した。片方が黒く、そしてもう片方が青く光り出す。

まるでその光景は、禁忌に触れた、おぞましいなにかのような………だが、今はもう関係ない。

 

…………これで、終わらしてやる。

 

そう思ったと同時に、俺は奴に近づいた。

そして盾に向かって斬撃を────

 

───というところで、光は消えた。

周りは不思議に思う。ヒースクリフも例外ではない。だが、これはそうではないと分かっていたのは、紛れもない俺自身。

「……ふっ!」

ファンブルしたかと思えたその行動は、裏を掻くように近づき、そして───

「……はぁっ!」

右足に力を入れ、別のソードスキルを発動させた。

斜めに蹴りを入れる単発《体術スキル》、《弦月》。

宙を描くように空中で舞い、そして盾でガードした奴の防御を崩すようにすぐさま別の行動に移していく。

一番頂点まで脚をあげた俺は、今度は左足に力を入れる。すると、それに反応するように、別のソードスキルが発動していた。

かかと落としを入れる単発《体術スキル》、《落雷》。

システムによって引っ張られ、俺はヒースクリフの盾にかかと落としを入れる。すると、その2連続攻撃に耐えられなかったのか、ヒースクリフの盾は壊れ───はしなかったものの、奴の手から離れた。

「(────今だっ!)」

そう思うと同時に、当てた衝撃で空中にいる俺は、そのまま型を取り始める。すると、それもまた呼応するように輝き出した。

それは、片方が黒く。片方が青く。

まるで2人の剣士を彷彿とさせる、そんな色調だった。

「………いくぞ!茅場晶彦っ!!」

そう言うと同時に、それを起動させ───

───それが当たった時、密かではあるが、奴の顔は笑っていた。

 

「………これでいいかい?」

そう小さく呟くと、さっきまであった氷塊は溶けていくように明るく暖かい光に包まれて、彼はヒースクリフと共に消えていった。

そうして、アナウンスが鳴り響く。

 

『7月11日16時46分。ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされました───』

 

–––––

 

気がつけば、夕焼けの空の上だった。

驚きはするが、前を見ると同時にそこが何処なのかが分かった。

「───キリト?」

そう声が聞こえ、俺は瞬時に後ろに振り向く。すると、そこにいたのは紛れもない彼の姿だった。

「……ユージオ…ユージオなのか…?」

「ああ……僕だよ………でも、なんで…」

「……俺にも分からない」

そう言うと同時に、俺は「でも」と呟き、夕焼け空に焼かれながら落ちていくあれに指を指した。

ユージオがその方へ向くと、唖然とした表情で見ていた。

「中々の絶景だな」

その声が聞こえ、俺は声の主の方へ向く。するとそこには白衣を着た首謀者───もとい、このゲームの設立者である【茅場晶彦】が立っていた。

「茅場晶彦…」

「現在、アーガス本社地下五階に設置されたSAOメインフレームの全記憶装置のデータの完全消去を行っている。後10分ほどでこの世界の何もかもが消滅するだろう」

「あそこにいた人達は…?」

ユージオが言うと、茅場晶彦はこちらに向いて言った。

「心配には及ばない。先程生き残った全プレイヤー、6253人のログアウトを確認した」

「死んだ連中は……今までに死んだ4000人はどうなったんだ…?」

「彼らの意識は戻ってこない。死者が消え去るのはどこの世界も一緒さ」

「………茅場。……なんで、こんな事をしたんだ?」

茅場晶彦は崩れ行くアインクラッドを見る。

「何故、か……私も長い間忘れていたよ。何故だろうな………フルダイブ環境システムの開発を始めた時、いや、その遥か以前から私はあの城を、 現実世界のあらゆる枠や法則を超越した存在を作り出すことだけを欲して生きていた。そして私は、私の世界の法則をも超えるものを見る事が出来た」

「空に浮かぶ鋼鉄の城の空想に私が取り付かれたのは何歳の頃だったかな?この地上から飛びだって、あの城へ行きたい。……長い長い間、それが私の唯一の欲求だった」

茅場晶彦は俺の方へ向く。

「私はねキリト君、まだ信じているのだよ。何処か別の世界には本当にあの城が存在するのだと」

「ああ、そうだといいな……」

俺はそう言った。

そうして少しの時間が経つと、茅場晶彦が思い出したかのようにこう言った。

「言い忘れていたな。ゲームクリアおめでとう。キリト君、ユージオ君。……さて、私はそろそろ行くよ」

茅場晶彦はそう言うと、俺たちに背を向けて、そして次の瞬間にはもうそこにはいなかった。

そして、同時にアインクラッドは完全に崩壊していた。

 

「……なぁ、ユージオ」

「なんだい?」

「………次、会えたらさ。お前の故郷を………《ルーリッド》を見せてくれないか?」

そう言うと、ユージオは嬉しそうに答えた。

「───うんっ!もちろん!もちろんだよキリト!」

彼の笑みを見ながら、俺は口を開いた。

「お別れだな」

「なんで?」

「……多分、もうこの世界は崩壊して、きっと………とんでもない奇跡でも起きない限り、俺とユージオは会わない…と思う。だから、今だけはしっかりとお別れの挨拶をしておきたいんだ」

「……………そっか。ねぇ、キリト」

ユージオが問うてきた。

「………さっきの人といい、君には………別の名前があるの?」

「………ああ」

俺は頷く、するとユージオは教えてと言わんばかりに体を乗り出した。

「……あー……俺の名前はキリトじゃなくて………桐ヶ谷……《桐ヶ谷和人》…だよ」

俺がそう言うと、ユージオは頷きながら何度も俺の名前を復唱していた。

「きりがや……かずと………」

「和人でいいよ」

「……うん!わかったよ、和人」

…………何故か、不意に俺の目から何かが溢れ出す。触ってみれば、それは冷たい水のようなものだった。

「キリト……」

ユージオが心配な目でこちらを見てくる。俺は「大丈夫だ」と言いつつ、その理由を話した。

「ごめん……ごめんな……ユージオ………向こうの世界に帰すって…約束したのに……俺は……」

すると、それを包み込むように、彼は俺を抱き締めた。

「いいんだよ。キリト。いいんだ。………僕は…あっちよりも、こっちの方が幸せだった。今まで生きてきて、同じようなことを繰り返して………でも、ここは違った。君の優しさは本物だった。だから……いいんだよ」

……ユージオがそう言うと同時に、世界は空間諸共光り輝いていく。その中で、彼はこう言った。

「だからもし、いつかまた会う事があったら───君の世界も、見せて欲しいな」

「……ああ!約束しよう!」

「───ありがとう」

 

俺とユージオは泣きながらも笑っていた。

そして、その中で彼の言葉だけが強く響いていた。

 

『────ありがとう』

 

–––––

 

目が覚めると、そこは見知らぬ天井───いや、恐らく病室の天井が写っていた。

少しすると、右手が挙げられるようになり、上げてみる。するとその腕は俺の腕とは思えないほどに痩せ細っており、骨が皮越しに見えるくらいにはクッキリと見えていた。

それを見つつ、俺は一度目を閉じる。すると何やら音を感じ、その方へ見てみると、どうやら窓が開いていた。見れば風が入ってきており、その風から何やら懐かしい気がした匂いが鼻を擽った。

「……ば………ら……お………い……」

掠れる声で呟く。

この匂いは、彼に似ている。

彼が身につけていた、あの薔薇の─────

 

ふと涙が溢れ、ハイライトが戻る。

そうして想うのは、彼の顔と、ここまで冒険したアスナ達の顔だった。

「………ユー……オ」

「………あ………すな……」

「エギ…………ル」

みんなの名前を呼んでいく。

ああ、嘘じゃない。

幻想なんかじゃない。

これは、現実なんだ。

そう言いながら、俺は頭に着けていた《ナーヴギア》を取り外し、近くにあった点滴の用具を杖代わりにしてヨロヨロと歩き出した。

体から心電図のコードが外れ、心電図の値が0となり、ブザーがうるさく鳴っていたが、俺は構わず病室の外へと出て行った。

 

「…………ゆ……じ…………お………」

 

 

 

《了》




ここまで閲覧して頂き、誠にありがとうございました!!
ここからはあとがきとなります。

あとがき

SADシリーズを執筆して、今年で4年目です。
ここに投稿したのは去年の10月ですが、実際に執筆活動をし始めたのは4年前で、このシリーズが初めてでした。
元々僕はSAO、もとい【ソードアート・オンライン】が好きで二次創作小説を書き始めたものですが、長い月日(ほぼサボってばっか)をかけて遂に完結まで至ることができました。
途中、主にチャプター8《上》で約10万にも及ぶ文字数を書き、一時期は責任感が重く感じ、一度執筆活動から離れることもありました。ですが、今となってはこうやって復活し、皆様にこの作品を届けられたらと思っています。

そして、このシリーズ。
SAD(ソードアート・ディファレント)シリーズは、見てわかる通り、SAOの二次創作小説です。かなりタイトル改変していますが、実際のところは変わっていませんのでご安心を。
そして、このシリーズの題材は【もしも、SAO時代にユージオがいたら】というコンセプトを元にここまで書いてきました。
今思えば、かなり自己満足で書いてきたので、文字には誤字脱字やら見られ、そして表現力もお世辞にも良くは無い……という、ちょっとヤバい感じにはなってましたw
ですが、やはり僕は成長しているなと感じています。
元々小説を読むのが好きで、そしてSAOが好きで。
ここまで書いて来ましたが、よくここまで書いてきたな、と……。
それに、今回の話でSADシリーズは全てを通して約20万文字となりました。辞書かよ。
もう完成した反動で文章が纏まってないですね。ごめんなさい()
色々と語りたいこともあるんですが、今回はここまでにしようかと思います。
あ、そうだそうだ。忘れてた。

今回、このチャプター9《下》を投稿したら、僕はハーメルンを離れ、pixivにて本格的に活動していきたいと考えています。
pixivではSADシリーズを少し修正した話を置いているので、ご興味があればどうぞ!ソードアート・オンラインのタグか、ソードアート・ディファレントから探せば見つかるかと思います!
とまぁ………そんなところですかね?

それでは、またどこかで。

ルイ/Lui、るいくん。


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