ディストピアゲーの運営側に転生したので、住人全員『幸せ』を義務にする (はさん)
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私の名前はマリア・セブン

番号が名前になっているものに浪漫を感じる人間です。


 『Word END』はディストピア――つまり反理想郷な世界を舞台にしたゲームである。 

 文明が発達した未来社会で主人公達はまるで檻の如きこの世界を破壊するべく活動を開始する――というのがこのゲームである。

 ジャンルはハイスピード3Dアクションゲーム。

 かなり人気でゲーマーだけじゃなく一般人にも結構知れ渡っていたゲームだったが、残念ながら私は3D酔いが酷かったのでプレイする事が出来なかった。

 代わりに私はゲームの小説版を読んだ。

 それはディストピアを経営する側の物語で、如何にしてこの世界が出来上がったのかが語られていた。

 やはり地獄を創り出す方も苦労しているんや、という感じの事が延々と語られていて、プレイしていない私から見ても結構面白くて純粋にSF小説としても楽しめた。

 だからこそゲームをプレイ出来なかったのはかなり残念で仕方がない。

 とはいえ、それを純粋に楽しめたかどうかは分からないが。

 私は小説からこのゲームに入ったので、一々運営側の方に感情移入してしまう。

 だからきっと主人公達が建物を爆破する度に「事後処理ががが」と思ってしまうに違いなかった。

 何故にゲームをプレイするのにそんな気持ちにならねばならんのだ。

 

 と、まあ。

 そんな建前はさておくとして。

 

 私が如何にして死んで、そしてこの世界に転生する事になったのかはこの際省く事にしよう。

 ぶっちゃけどうでも良い、私にとって重要なのは『Word END』の世界に転生した事なのだから。

 そんな訳で私は気づけばこの世界で『マリア・セブン』という役割を得ていた。

 『マリア・セブン』。

 カントーエリア第7支部支部長。

 それが私の肩書である。

 自分の事だが、はっきり言おう。

 ぶっちゃけ私、偉いです。

 どれくらい偉いかというと大量虐殺をしたとしても『セカイの為』と言えば許されてしまうくらいには偉い。

 ちなみに私がこのような役職に就く事は産まれた時から決まっていた。

 私はカントーエリア総括の『マリア・オリジン』のクローンであり、支部長としての知識は睡眠学習によって身に付けた。

 そこに前世の知識が横入りした訳である。

 もし産まれた瞬間から前世の事を自覚していたとしたらどうなっていたかは、想像するのも恐いので考えないようにしておく。

 

 ともあれ、私はオリジナルの命令通り第7支部を運営しなくてはならない。

 結構洒落ではないほどに命が掛かっている状態だが、しかし不思議とワクワクしている自分がいる。

 なにせあのとてもプレイしたくて仕方がなかったゲームの世界に転生したのだ。

 その上、攻略側ではなく運営側。

 そりゃあ本気を出したくなるってものよ。

 幸い、私には知識と能力がある。

 『マリア・セブン』として私は文字通り産まれた時から運営能力が身についていた。

 だから、頑張ろう。

 人々を幸せに導くために。

 すべての人々を『幸福』にするために。

 早速頑張っていこうじゃないか……!

 

 

 

 

 差し当たって――まずは食事の改善かな。

 タブレットと謎ビスケット、廃止しよ。



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まずは食の改善

 さて、この世界がディストピアってる理由に関してはいろいろあるけれども、その一つに環境汚染というものがある。

 文明開発によって生み出された歴史の汚点。

 それにより人類の生存圏は結構削られる事となった。

 一応現在ではその環境汚染を取り除く技術は確立しているけれども、お金が掛かるという理由で行われない場合が多い。

 だからこそ人類は限られた場所で生活する事を強いられている。

 そうすると何が問題になって来るのかというと、全人類の食事の確保をするのが難しくなってくるという事だ。

 畜産しかり農産しかり、それらはすべてある程度の土地を必要とする。

 そして食事は二の次生きるのが第一となっているため、生活圏にほとんどの土地を使用していて、そのため食物の生産が間に合っていないというのが現状だ。

 だからこそ登場するのが、ディストピア御用達のタブレット、そしてビスケット。

 どちらも小規模の工場で生産出来、尚且つ栄養価が高い。

 味?

 そんなもんはないに決まっているでしょ?

 とはいえ最低限生きるのに必要な分しか支給されないため、現代の人類はみなやせ細っていて、正直言って頼りない。

 肉体労力が必要になって来る可能性はゼロに近いが、しかしこれは肉体労力が使い物にならないからこそそうなっているとも言い換えられる。

 

 そういう訳で、食の改善である。

 

 健全な食事は肉体を健全にしてくれる。

 別に美味いものを食べて欲しいとかそんな事は一切考えていませんとも。

 

 ……タブレットとビスケットが主な食事となった現代ではあるが、しかし生の食事文化が失われた訳ではない。

 ただ、独占されている。

 いわゆる上級国民達が、それらのすべてを豪遊しているのだ。

 悪いが没収だ、悪いとは露ほども思ってないけど。

 デブなんだから食事を減らした方が良いぞお前等。

 

 という訳で早速生産レーンを弄繰り回して生の食材を提供する方向に持っていく。

 上級国民達が独占していた生の食材をそのまま平等に分けていくだけなので、当然だが量は少ない。

 しばらくはタブレットと一緒に食べて貰う事になるだろうが、まあ、今までよりはだいぶマシだと思う。

 人間らしく、生物らしく、しっかり食事を楽しまなければ絶対「幸せ」にはなれない。

 なので少しでもしっかり食べて貰わないと。

 

 っと、おやおや?

 早速上級国民達が反逆の兆しを見せたな。

 具体的に言うとオリジンのいる総括に直談判、チクリやがった。

 ま、無駄なんですが。

 こちとら既に了承を受け取り済みよ。

 「生の食事は住人をより幸せにする可能性があるから、その実験に」みたいな理由で許可を貰いに行ったら、一秒の長考の末にゴーサインが出た。

 貴方の代わりは沢山あるものと言われているようでなんだかむっとしたが、今のところオリジンに歯向かったら即終わりなので素直に感謝しておく事にする。

 

 という訳で、私が運営するカントーエリア第7支部は今日より生の食材が提供されるようになった。

 しっかり私も公式にテレビで発表したし、みんな喜んで「幸せ」に近づいてくれると嬉しいなー。

 

 

  ■

 

 

 その日、カントーエリア第7支部の住人達の多くが涙を流した。

 ある者は困惑で、ある者は懐疑的に、それでも心の中は歓喜で満ち溢れていた。

 ――ずっと空想の産物だと思っていた、生の食材。

 それの配給が決まったのは一週間前。

 運営が発表した事だったので絶対嘘ではないのは間違いなかったが、それでも信じられなかった。

 あの無駄を完全に排除し人々を「幸せ」にしようとする者達が、我々に生の食材を与えてくるなど。

 あるいは、一体なんの企みがあるのかと疑い警戒する者もいた。

 それも仕方がない事だろう。

 第7支部の支部長、マリア・セブンのにこやかな笑顔の裏側にある思惑を見透かそうとする者。

 しかしその理由はどれだけ考えても思いつかなかった。

 

 そうこうしている内に、配給がやって来る。

 今日は、合成肉のハンバーグとレタスとトマトのサラダ、そしてビスケットとタブレット。

 あまりにも、豪華。

 本当にこれは現実かと思ってしまう。

 

 

 

 ――とある家庭の一幕。

 

「お母さん?」

「な、なぁに?」

 

 娘に尋ねられるその母親は表情が強張らないようにしつつ笑顔を浮かべる。

 

「ご飯、食べないの?」

「そ、そうね……」

 

 仕方ない。

 ここは覚悟を決めよう、死ぬなら一緒に。

 そう思いながら、その家族は食事を開始する。

 放送でマリア・セブンが言った通り、まず「いただきます」と手を合わせてから。

 

 

「……!」

 

 生の食材は、とても美味しかった。

 肉の味、野菜の食感、すべてが初めてだった。

 それでも遺伝子が告げる。

 喜びが溢れ出す。

 ――気づけば、涙が流れていた。

 

「美味しいね、お母さん!」

「え、ええ。そうね……!」

 

 娘の言葉にしっかりと頷く。

 

 ……マリア・セブンの思惑がなんにせよ、自分達にこのような「幸せ」を与えてくれた彼女には感謝せねば。

 そう、思う彼女だった。

 

 

 

 

 ……住人達の「幸福度」が上がった!



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【もしかして】第7支部支部長考察スレ【バグった?】

1:名無し

【注意!】

このスレは厳重なプロテクトと検索避けが掛けられていますが、それでもわんわんに見つかる可能性は幾らでもあります

見つかったら文字通り人生が終了ですので、その覚悟がある者のみ書き込んでください

まあ、見てたってだけでも十分にアレなので、ここを見ている時点でいろいろ諦めてください

 

2:名無し

唐突な生の食材配給にはスレ民も困惑

 

3:名無し

いきなり過ぎてびっくりしたわ

 

4:名無し

小2時間ほど悩みました友

 

5:名無し

即食べちゃった

 

6:名無し

おいどんも

 

7:名無し

生の食事温かいなりぃ……

 

8:名無し

警戒心が薄いの多くなぁい?

 

9:名無し

こう、注意をするというかなんというか……

 

9:名無し

いきなり大規模な実験が行われたとかそういう可能性を考えないのか

 

10:名無し

変な混ぜ物はないって話じゃなかったっけ?

 

11:名無し

それこそ後の祭りよ

 

12:名無し

スレ民だからこそ分かる

一体全体どうやって混ぜ物がないと調べたのか

 

大層な器具もないだろうに

 

13:名無し

レジな方々かぁもしかして

 

14:名無し

あれ、本当にいるの?

 

15:名無し

噂というかデマだったって結論ついたんじゃなかったっけ

 

16:名無し

人は何時だって希望を抱いちゃうからなー

 

17:名無し

レジスタンスとかいう人類の救世主

 

18:名無し

話逸れてるぞ

 

それで、どうやって調べてんの?

 

19:名無しさん

そりゃあもう、ミンチにしたりPHを調べられる雑草をこっそり採取してそれを使ったり

 

20:名無し

ハンバーグをミンチとは

 

21:名無し

なかなかに危ない橋を渡りますなぁ

 

22:名無し

ていうか雑草ってなに?

 

23:名無し

文字通りじゃん?

 

24:名無し

第7支部に雑草が生えている場所なんてあるっけ?

 

25:名無し

意外とあるぞ?

花壇とか植木とか

ただまあ、放置してたら一週間以内になくなるんだけど

 

26:名無し

一週間以内に生えてくる雑草さんしゅごい

 

27:名無し

たすかに

 

28:名無し

しかし本当になんだったんだあれ

マジでどんな意図があって生の食材を配給するって事になったんだ?

 

29:名無し

一応放送では「健全な食事を行ってより住人達には幸福になって貰う」って言ってたけど

 

30:名無し

文言のまま受け取るスレ民はおりゃんのだ……

 

31:名無し

上級国民のブタどもが一斉にブーブー言ってるのは草なんだ

 

32:名無し

ブタだしな、そりゃあぶーぶー鳴くもんよ

 

33:名無し

それだけでワイ的にはオッケーです

 

34:名無し

 

35:名無し

一応これから1か月の試験期間の後、アンケートを取って今後も継続するか決めるんだっけ?

 

36:名無し

アンケートってなんだ

 

37:名無し

さあ?

 

38:名無し

意見調査らしい

 

39:名無し

あのマリアに連なる者が住人達の話を聞くとは到底思えないんだが?

 

40:名無し

それは間違いなくそう

 

41:名無し

でも期待しちゃう

 

42:名無し

生の食材で好感度稼ぎに来たな

 

43:名無し

美味しいご飯の前では皆お犬さんになっちゃうからね、仕方ないね

 

44:名無しさん

もっとたくさん食べたいなりぃ

 

45:名無し

でも生産レーン的にずっとこのままとはいかないじゃろ

 

46:名無し

あー、そういう観点も当然あるよな

 

47:名無し

実際、今の食事って上級国民共が独り占めしてたのを解禁しただけだしな

 

48:名無し

その内絶対限界が来る

 

49:名無し

それも含めて1か月って事でしょ

 

50:名無し

うーむ、分からん

 

51:名無し

まあ、それこそ1か月あるんだしその間にいろいろ考えれば良いんじゃね?

 

52:名無し

生の食事を行ったスレ民、どことなく心に余裕を感じる

 

53:名無し

もっと上手いご飯食べたいなぁ

 

54:名無し

あかん、スレ民の癖にマリア・セブンに懐柔され掛かってるやんけ

 

55:名無し

幸せなら無問題です

 

56:名無し

平和過ぎて笑いが出てくる

 

これが食事の効果か……

 

57:名無し

新しいマリア・セブンが就任した時は結構荒れたよな

 

58:名無し

今回のマリア・セブンは上手くやってくれるでしょう

 

59:名無し

初手食事はかなり好印象なのでこのままスレ民を満足させていって欲しい

 

60:名無し

フラグかな?



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皆様には戦力になって貰います

 あえて言おう。

 

 土地がねえ!

 

 第7支部は一応一部の支部よりも若干大きな土地を有しているが、それでも足りないものは足りないのだ。

 だからすべての仕事がかつかつになっていて、効率が悪くなってしまっている。

 生活区画を削る訳にもいかないし、彼等の食事を用意するのにも一苦労。

 産業事業を興す事も出来ないし、踏んだり蹴ったりだ。

 第7地区よりも少ない土地で回っている筈の他の支部がどうなっているのか、試しに違うマリアに尋ねてみたところ、

 

「人類の数をコントロールするのが一番手っ取り早い」

 

 みたいな答えが返ってきた。

 それ、将来的には人類はこの世界に不要です的な考えに至る奴じゃん……

 ディストピアのAIに有りがちな思想じゃん……

 当然人数減らし(物理)なんて出来る筈もないので、違う手段を講じる必要がある。

 

 土地がないから何も出来ない。

 

 問題はその一点に尽きる。

 しばらくそうしてこの限られたエリア内でどのような運営をしていくか考えていた私だったが、しかしすぐに無理である事を察する。

 こりゃあ、ダメだ。

 いずれこの支部は滅ぶわ。

 相変わらずほとんどの資産はカントーエリア総括のある第0地区が独占しているし、それを譲ってもらう事はほぼ不可能。

 他の支部に関しても譲り合いの精神なんてない連中しかいない。

 例え滅んだところで特に感傷に浸る事もないだろう。

 

 だとしたら、自分達で何とかするしかないのは間違いないのだが、やはり土地の問題がどこまでもつき纏ってくる。

 ……一応、解決策はあるにはある。

 それは、自分で開拓する事。

 第7支部はちょうど『何もない』エリアと隣接しているため、そこを自分達の使用する土地として拓く事が出来ればかなり沢山の事が出来るようになる。

 一応、そうやって新たな土地を拓いた場合はその支部のモノとして良いようになっている。

 なにその墾田永年私財法?

 ただその『何もない』エリアは当然のように環境が汚染されている。

 その為まずはそこを清める為に莫大な資金が必要になって来るし、そこから施設を作る為のお金も必要になって来る。

 将来の投資の為に、借金するか?

 イヤでもここで博打に出るのもなぁ……

 

「うーん……」

 

 試しに、ちょっと偵察隊を組んでみるか?

 無人ロボットも高いし、ここは人間にちょっくら頑張って貰うのが一番出費が少なくて済む。

 それになんだかんだ言って、無人ロボットは言葉を発しないし、違和感を報告してくれる事もない。

 だから人間の方がいろいろと都合が良くはあるのだ。

 ただ、やはり危険だ。

 どのような環境が広がっているのか分かったもんじゃないし、人命が減るのは絶対に避けたい私としてはそこに突っ込ませるような事はしたくない。

 だとしたら――うーん、やっぱり私が出張るのが一番か?

 私は例によって睡眠学習によって多数の知識が頭の中に入っている。

 その中に戦闘技法も入っているため、ぶっちゃけこの体でも結構戦えるのだ。

 とはいえそれは『人間としては』である。

 もし仮に外の世界に化け物みたいな奴が跋扈していたとしたら、それはもう私の手には負えない。

 ホールドアップ、お手上げである。

 

 だが、それでもこれしか道はなさそうでもある。

 土地がないという現実を何とかしない限り人々は決して「幸せ」にはならない。

 ならばここは、いっちょ覚悟を決めて頑張る時なのでは?

 

 まずは偵察隊の結成。 

 健康状態などを参考にした上で、相応しい人物をリストアップする。

 そこから私が「これ」と思った人物達に対して勧告を行う。

 勧告というか、招集だ。

 それから説明を行い、偵察隊として活動をするために訓練を行う。

 当然、拒否するのならばそれで良い。

 危ないから、イヤだと思う人はいるだろうからね。

 だから相応の報酬は出すつもりだし、それで合意を受けた者だけを連れて、外の世界へと赴く。

 

 すべてはこの支部がより「幸せ」になる為に。

 

 一丸になって頑張って貰おう。



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住人番号G14376の憂鬱

 第7支部支部長直々の招集。

 それが自らのデバイスに表示された時、彼は血の気が引いていくのを感じた。

 彼には妻と一人の娘がいる。

 若くて美しい妻と、まだ生まれてから4年しか経っていない娘。

 二人の事を彼はとても愛していたし、そして愛されていると信じていた。

 彼女達と共に過ごし、永遠とまではいかないけれどもずっと一緒にいられると、そう思っていた。

 

 しかし、だというのに。

 

「貴方……」

 

 荷物を纏め、家を去ろうとする彼を呼び止める妻。

 その瞳は暗く沈んでいた。

 彼が何故招集されたのかは守秘目的で語られなかったが、どちらにせよこれが彼等にとって今生の別れとなる事を想像するのはたやすかった。

 だからその招集のメッセージが届いた時、二人は一緒に抱き合い、そして娘がいないところで泣いた。

 どうして、こんな。

 自分達が一体何をしたというのだろう。

 精一杯、頑張ってた筈だ。

 幸せで満ち溢れているとは決して言わない、慎ましく生きてきた。

 誰にも責められない生き方の筈だった。

 なのに、どうして神様はこんなに自分達を苦しめるのだろう。

 

「……逃げましょう、貴方」

「それは――駄目だ」

 

 妻の言葉に首を振る男。

 

「この世界に逃げ場なんてない。それに、これは僕が犠牲になればなんとかなる問題なんだ」

「犠牲になるなんて、そんな言葉を言わないで……!」

「大丈夫、君達は絶対不幸にはさせない。このような目に遭うのは僕だけで十分、そう、約束して貰うつもりだ」

 

 もう、十分抱き合った。

 充分話し合った。

 だけど、足りない。

 この時間が永遠に続けば良いのに。

 そうどうしても思ってしまう男は、その思いを振り切るように立ち上がる。

 

「……行ってくる」

 

 そして、妻の答えを待たずに家を出る。

 

「――いや、いやぁ……!」

 

 悲痛な叫びを聞こえないふりして。

 彼は、一人で死地へと赴いた。

 

 

  ■

 

 

 彼が向かったのはカントーエリア第7支部運営局がある場所から少し離れたところにある運動施設だった。

 運動施設と言っても今では文字通りに使われる事はない。

 今では荷物の置き場として使われていた筈のそこは、今ではそれらがすべて取り除かれ昔通りのグラウンドが広がっていた。

 そこに足を踏み入れた彼は、自らと同じく招集を受けたらしい者達を見る。

 全員不安そうにきょろきょろと見渡し、何が起こるのかと警戒している。

 恐らく、自分もそのようにしているのだろう。

 そう思いつつ、彼は時が来るのを待つ。

 ――それにしても気のせいだろうか?

 ここに集められた者達、なんだか全員心なしか体躯が良いような気がする。

 もしかして、反乱する危険性がある者が集められた?

 それなら完全にとばっちりだ。

 自分はただ、平穏に暮らせていればそれで幸せだったのに――

 

「良くお集まりくださいました」

 

 果たして。

 

 彼女は複数人の護衛ロボットを引き連れ姿を現した。

 電磁バリアの向こう側で微笑む彼女の事をこの場にいる誰もが知っていた。

 

 マリア・セブン。

 

 ティーンエイジャーのような外見、桜色の長髪に桜色の瞳。

 純白の制服に身を包んで姿を現す事が多い彼女だったが、しかし今は不思議な格好をしていた。

 紺色で白いラインが走る、伸縮性に優れていそうな上下。

 ……彼等は知らないが、その服はジャージと呼ばれるものだった。

 

「さて、早速ですが貴方達にはこれより……テストを行って貰います」

 

 「ぱちん」と彼女が指を鳴らすと、現れるのはいくつもの正体不明な器具達。

 それからロボット達が集められた者達に特製のディスプレイを配り始める。

 

「一つずつ、順番に記載された通りに計測してください。使い方はそのデバイスで確認できます」

 

 ……良く分からない。

 とはいえ、すぐに処分される事はなさそうだ。

 その事にひとまず安心し、それから彼は言われた通りに行動を開始する。

 

 と、言ったものの正直意味が分からなかった。

 丸い球を投げたり、その場で縦にジャンプしてみたり、あるいは前に向かって助走を付けずに飛んでみたり。

 これに一体どんな意味が?

 そうして一通り計測(?)し終えたのを確認したマリア・セブンは自らもまたデバイスを操り数値を確認し、「ふむ」と頷いて見せる。

 

「流石、と言うべきですね。私の予想通り、なかなかの数値を出しています」

 

 ですが、と付け加える。

 

「私の欲しい数値よりも下回っているのも、事実です」

 

 ひやり、と背筋に冷たい悪寒が走る。

 彼女の期待に応えられなかった。

 ならば、これから自らの身を襲う出来事は一つしかない。

 逃げる?

 そのように行動をしようとする者がいたが、しかしここは所々にロボットがいてそれが出来ないようになっている。

 

「――よし」

 

 と、最後にデバイスを「とん」と指で叩いた彼女はデバイスの電源を落とし、それから集められた者達に向けて言う。

 

「では、今日はこれで解散です」

 

 ……は?

 

「え?」

 

「今後の連絡は再びデバイスで行いますので、確認は怠らないでください。1週間以内に返事がなかった場合、再びメッセージを送ります。では」

 

 そしてにこっと笑顔を向けた後、その場から本当に立ち去ってしまう彼女。

 残された者達はしばらく呆然とし立ち尽くす。

 

「助かった、のか……?」

 

 それが一体誰が呟いたのかは分からないが、それは間違いなくその場にいた者達の総意だった。

 

 

 

 ――その後。

 

「あ、貴方――!」

 

 帰ってきた彼の姿を見、慌てて走り寄って来る妻。

 

「た、ただいま……」

「もう、もう! 心配してたのよっ!」

 

 玄関で、娘が見ているというのに力一杯抱きしめ合い、そしてキスをする。

 

 ……その後、娘が見ていない場所で愛を確かめたのは仕方がない事だった。

 

 

「あ、はっ♥ 貴方、今日は一杯一杯、私を愛してくださいね♥♥」



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運動の時間DA!

 やっぱりというかなんて言うか、第7支部の人間達は身体能力が貧弱だった。 

 そりゃあそうだ、行動がかなり制限されている訳だし、運動も自由に出来ないのだし。

 筋肉が付いてないというより衰えていると考えておくべきだろう。

 その為、まずはしっかりと定期的に運動をさせて筋肉をつけながら、その間に食事を取らせ肥えさせる必要がある。

 

 健全に筋肉を付ける為にはやはり食事は必要不可欠。

 とはいえここで自分の選んだ人間達だけに食事を多く取らせるとなるとなんて言うかまるで選民的な気もするけれど、しかし彼等はこれからその血肉をこの第7支部に捧げてくれるわけだ。

 だから多少は問題ないと思うし、文句は言わせない。

 これでまた上級国民共がブーブー言ってくるんだろうなー。

 あいつらもう五月蠅いから存在消すべきかな。

 具体的に言うと上級国民って概念を消すとか、結構ありかもしれない。

 それをやると本格的にあいつ等謀反を起こしそうで面倒臭いので、やるなら一気にやるべきなのは間違いない。

 ああ、全くやる事が多過ぎる……

 

 とはいえ、まずは偵察隊の身体を作るのが先決だ。

 彼等に頑張って貰って最終的に土地を新たに獲得出来ればいろいろな事が出来るようになる。

 つまり今は割と彼等にリソースを沢山注いでも問題ないと思っている。

 とはいえ新たに運動を学ばせるためのロボットを作るのは勿体ないので、結局私が出張る事になる。

 ――そんな事をしてても大丈夫なのかって?

 大丈夫だ、問題ない。 

 既に事務はAIによって半自動的に行われるようになっているし、どうしても私が行わなければならないものはちゃんと終わらせられる程度の余裕は残している。

 それに、私もなんだかんだで運動をして身体を動かしたいという気持ちもあった。

 やっぱりストレス解消には運動が一番だ。

 唯一の不満は、運動をするグラウンドの周囲が情報漏洩防止のために電磁バリアによって見えなくなっているという事。

 解放感がまるでない。

 でもこれは必要なものだし、私が文句を言っても仕方がない。

 

 てなわけで、まずは彼等を引き連れグラウンドをジョギング。

 体力作りは一番重要なものだと思ったから最初に走って貰っている訳だが、流石は引きこもり達。

 もやしっ子ばかりで体力がない。

 無理しないで、無理なら途中でリタイアして良いから出来るだけ走ってーと言って走って貰ったが、大体500メートルほど走ったところで全員アウト。

 早くね?

 だけどこれがこの世界の現実というものなのだろう。

 もっと体力付けて貰わないと。

 

 その後、一定時間の休憩後、私達はレクリエーションを始める。

 やっぱり運動は楽しくやらないとね。

 行うのは鬼ごっこ。

 また走らせるのかって話だが、一番説明するのが簡単でかつ簡単に出来る遊びで、体力と足腰を鍛えられるものは鬼ごっこが適切だと思ったからだ。

 最後に鬼だったのは罰ゲームね。

 そう言ったところ、皆本気になって鬼ごっこに興じてくれました。

 はっはっは!

 頑張れよぉ!

 

 それから30分したころにはみんなばってばてになっていた。

 だらしないなー、ほら水分補給しろよー。

 最初は私からボトルを受け取る事にビクビクしていた彼等だったが、その時はそんな余裕はなく素直に受け取って貰えた。

 そして最後まで鬼だった彼は凄い怯えていた。

 罰ゲームが怖いらしい。

 なんだかそんな様子を見ていると罰ゲームをさせるのが申し訳なくなってくるが、ここで甘えさせると彼等が私を舐めてくる可能性もあるので、ここは心を鬼にして罰ゲームを執行する。

 

 罰ゲーム、それは荷物の片づけだっ!

 具体的に言うとみんなが飲んだ飲み物のボトルとかを回収し、運動服を洗濯室へと持っていく事だ。

 疲れた身を動かすのは大変だろう。

 終わったらまた冷たい飲み物を持ってきてやるから、頑張れよー。



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準備を始めよう!

 当然ではあるけれども、偵察隊には徒手空拳で戦って貰う訳ではない。

 外の世界にはどのような脅威が待っているか分からない。

 一応原作では管理エリアとの間を移動する事があったが、あくまで過酷で命がけとしか語られなかった。

 ただ、怪獣的な奴がいるみたいな感じの事を言っていたような気がした。

 その時の主人公達の語り口が結構ギャグテイストだったのでそれが本当なのかは分からないけど、今回の場合は命が掛かっているので「いる」と思って行動した方が良いだろう。

 

 という訳で私は偵察隊及び自分が扱う武器を用意しなくてはならない。

 この世界の武器というとビームなサーベルとか光線銃とか割とあったりするし、実際主人公達はそれを使って戦ったりするのだが、残念ですが偵察隊は戦闘に関してはトーシロも良いところなのでそういうあからさまに高威力な武器は扱わせる訳にはいきません。

 誤射誤発が連発しそうで怖いので、ここはもうちょっとアナログなもので妥協しないと。

 とはいえ、あまりアナログ過ぎても駄目だ。

 威力は一定以上確保しないと持っている意味がなくなってしまう訳だし。

 なかなかに難しい問題だ。

 

 一応勿論、私はチート武器を装備するつもりだ。

 死にたくないからね、当然だよね。

 ただ、どのような基準でチートなのかはいろいろ考えどころ。

 原作の高ステータス武器を装備しても扱い辛ければしょうがない訳だし。

 現状考えているのは、軽くて、高レンジで、振りやすいブレード武器。

 こうなってくると自分でオーダーメイドした方が良いような気がしてきたので、結局実際に自分の足で工場に出向いて作って貰いました。

 そんな訳で出来た武器がこちらです。

 武器名『ルミナス』。

 電源を入れると蛍光オレンジのブレードが出てきて、トリガーを引くと光線も飛び出てくるというロマン武器。

 十分実践で通用する事は、実際に外に出てから試してみよう。

 

 ――という訳で、試しに来た。

 

 今日の業務を移動中に終わらせた後、三つのゲートを潜り抜けて外に出る。

 この世界に転生してから初めての外の世界は、割と普通でした。

 鬱蒼とした草原が広がっていて、遠くに普通の動物――あれは、鹿だろうか――が、もすもすと地面に生えている草を食べているのが見える。

 特に環境の所為で巨大化している訳もなし、植物も毒々しい葉っぱをしているとか、そんな事はない。

 とはいえ、そう『見える』だけかもしれない。

 後で幾らか回収して、管理エリアの外にある『研究ラボ』に持ち込もう。

 どちらにせよ、外の世界に出た事で私は『汚染』されているので、しばらくはしっかりと洗浄されたのち、管理スペースで経過観察を行わねばならない。

 ただ、これに関しては大丈夫だと思う。

 危険な病原体とかそういったものはない筈。 

 あったら原作で外の世界を通って移動した経験のある主人公達が大変な目に遭っているし、パンデミックが起きていたと思うし、そういうのがなかったという事は特にそういう危険な存在はない、と思う。

 

 では、この外の世界の何が一体問題なのか。

 人間にとって有害な『汚染』とは何なのか。

 これに関しては、多分だけど「もうない」が答えなんだと思う。

 あるいは、土壌や水はまだ汚れているけど、空気はもう綺麗、とか。

 調べたところ、もう長い間外の世界を偵察したという情報がなかった。

 不必要であり、それ以上に管理エリアを運営するのに精一杯と言った感じだ。

 そんな訳で、ある意味私が一位になってしまった感じだ。

 これは総括のオリジンもやっていない。

 まあ、オリジンの場合はほとんど引き籠っているらしいのでアグレッシブな行動を期待する方がダメな気もするけれども。

 

 ともあれ、私は周囲を観察するべく用心しながら歩を進めてみる事にする。

 既に『ルミナス』の電源は入れてあって、いつでも振り回す事が可能だ。

 そうして前へと進んでいると、前方にある木の群生が、がさりと揺れた。

 なんだなんだと思っていると――果たして『それ』は姿を現した。

 

 『それ』とは、巨大なイノシシだった。

 高さが大体私の身長ほどもあって、立派な牙が生えている。

 真っ黒な体毛は如何にもゴワゴワしていて、触れると手の方がボロボロになってしまいそうだ。

 

 そのイノシシ(?)は私の事を確認するなり、いきなりこちらに向かって体当たりを仕掛けてくる。

 は、っやい……!

 でも、対応出来ないほどではない!

 私は横っ飛びにその体当たりを回避し、すれ違いざまに『ルミナス』のブレードを振るう。

 手ごたえ――あり!

 血しぶきが飛び散り、痛みでイノシシがその場でのたうち回るのを見る。

 とはいえ、致命傷には至っていない。

 あまりにもその身体が大きくて、重要な器官まで刃が通らなかったみたいだ。

 このまま放置しても出血多量で死にそうだけれど、だけどここはしっかり止めを刺しておこう。

 私は『ルミナス』の出力を操作し、刃をより長くする。

 そしてイノシシの身体を「ぶすり」とひと突き。

 その一撃でイノシシは絶命、ぴくぴくと痙攣する姿を見せる。

 

「ふー」

 

 私は『ルミナス』の電源を落とし息を吐く。

 普通の刃だったら血のりを拭いたりしなければならないけど、このエネルギーの刃はそれが不要。

 そういう意味で便利だ、これ。

 掃除が不要でエネルギーが続く限り振り回せる。

 逆に言うとエネルギーがなくなったらただの棒に成り下がるというのも考えどころか。

 注意して使わないと。

 

 とはいえ、これ以上の探索は止めておいた方が良いか。

 なんにせよ「巨大な生き物が存在していた」という情報を持って来れただけでもめっけもん。

 直ちに、帰還しよう。



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