No Orphan's Sky ~異世界オルガ外伝~ (Easatoshi)
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目覚め
第1話


起動しますか?

"E"

 

 

 

 

 

<アトラスシステムスーツの起動を開始しています>

 

 

「……ここは?」

 青年――オルガ・イツカが目が覚めると、そこは見知らぬ大地だった。

 辺り一面に散らばる石ころと、奇妙なキノコとも触手ともつかない何かが生い茂る橙一色の世界。

 どうも臙脂色の宇宙服のようなものを着せられているらしく。バイザー越しに広がる視界の端に、インジケーターが複数個表示されている。

 

<スーツの生命維持システム、起動>

<シールドディフェンスシステム、稼働中>

<空中推進ジェットパック、稼働中>

『マルチツール』『マインビーム』のアタッチメント、使用可能>

<使用者の初期化プロセスが完了しました>

 

 スーツの内側に響く無機質な女性のような声は、この着ている宇宙服の音声ガイダンスなのだろう。

「また変な世界に飛ばされちまったみてぇだな」

 それらを耳にするも特に慌てた様子もなく、ただ一人呟いてため息をつきながらながら、オルガは近くの岩に腰掛けた。

 空を見上げれば惑星が大きく空に複数浮かんでおり、中には輪の付いた物が目でハッキリと見えるぐらい近くに存在しているようだった。

 どう見ても故郷の火星や転移先によく選ばれた地球の環境ではない。

 

 

ラディウム・ぷると/11

フリージア星系 Orga Itsuka が発見

 

 

 

■■惑星 ―高ガンマ線の土地―

気候           放射能を帯びた風

センチネル        最小限

植物           生命レベル 中3

動物           生命レベル 低2

 

 

「何だって飛ばされたか知らねぇが、どうあっても普通の世界で平和に暮らす事は許しちゃくれねえってか……勘弁してくれ」

 オルガはここに至るまでの事を振り返った。

 ――――彼は自身と同じ孤児達をとりまとめる組織『鉄華団』を率いる若きリーダーであった。

 そんな彼はさる理由から心ない襲撃者の凶弾に倒れ、それを予定外の死と言う理由から神の力によって異世界に転生することとなった。

 それ以降、その世界の住人と協力して困難を共に退け、自身の居場所の象徴たる鉄華団の仲間として受け入れることもあり、いずれはその世界を去ってはまた別の世界への転生または転移を幾度となく繰り返していた。

 

 今回もその一環なのだろうとオルガは推測するが、しかし今彼の居るこの世界は、これまでのどの世界とも勝手が違っているようだった。

 今身につけているこの宇宙服の機能を見るに、どうもこの世界の科学力の技術水準は自身の元々いた世界のそれと比べても遜色なく、21世紀初頭の世界や剣と魔法の世界への巡り会いが多かった彼としては異質に感じられる物だった。

 そして何よりもやっかいなのが、異世界に転移または転生する際には何らかの『予兆』を感じ取るのだが……どうも今回に関しては、その異世界転移を果たす切っ掛けとなる出来事を全く思い出せないのだ。

 まるで唐突に、当たり前のようにこの世界に生まれ落ちたばかりのように。

「はあ、悩んだって仕方ねぇ……とりあえず、状況の確認から始めるか――――<警告>??」

 ため息交じりに呟くと、オルガの着用している宇宙服から女性の声と思わしきアナウンスが響き渡る。

<危険防御システム、残存エネルギー減少>

 そのアナウンスにオルガは驚愕する。慌ててゲージを確認すると、放射性同位体のマークが描かれた黄色いゲージが残り1/4を切っていた。

「……おい、これってまさか」

 嫌な予感がした。 そしてそれは当たっていた。 どうやらオルガの置かれた環境は放射性の嵐が吹き荒れているようで、思考を巡らせる間にもゲージは無慈悲に減っていく有様だった。

「クソッタレ!このままじゃ被曝しておっ死んじまう!」

<危険防御システムをリチャージしてください>

「分かってんだよんな事は!どうすりゃいいんだよ!」

<エネルギー充填用の『ソジウム』を検索……エラー。『スキャナー』が破損、修理が必要です>

「何から何まで壊れてんじゃねぇか!……そのスキャナーって奴を修理すれば、危険防御システムのリチャージに必要なエネルギーが検知できるんだな!?どうやって修理できる!?」

 宇宙服のアナウンスに問い掛けると、それに対する答えとしてオルガの目前に情報が投影された。

「……『フェライト塵』を集めりゃ良いってのか? その、マルチツールって奴で」

 オルガは宇宙服を漁ってみると、ふとオレンジ色のピストルのような何かを発見する。

 マニュアルによれば、この機材から発するマインビーム》によって資源を砕き、収集までやってくれるというその名に恥じぬ万能工具らしく、スキャナーの機能もこの工具の中に実装できる機能の一つのようだ。

 幸いな事に機材には既に実装済みではあるが、アナウンスの通り故障を引き起こしている為修理に必要なフェライトは、どうやら周囲に落ちてる石や岩から容易に採掘可能なようだった。

 

「よし、やってみるか」

 オルガは早速手近に落ちていた石に銃口を向け、引き金を引いてやる。すると眩い閃光とともに石の塊は粉々に粉砕され、辺りに散らばった。

「おぉ~……」

 粉砕された石はオルガの宇宙服のバックパックに吸い込まれ、区分けされ格納される。 インジケーターにはしっかりフェライトの個数がカウントされた。

 たった数個壊しただけだが、どうやらこれでスキャナーを修理可能なようだった。

 オルガは修理の為のプロトコルを実施すると、投影された映像に資源のカーソルをあてがうだけでそれは容易に果たされた。

<テクノロジーを修理しました>

「こんなのでいいのか?」

 アナウンスを信用するなら、どうやらこれでスキャナーの機能は復活したらしい。

 オルガは早速それを起動してみると、自身を中心に周囲に光の帯が広がっていき、領域をくぐり抜けるたびにありとあらゆる資源のありかが視界にマーキングされていく。

「おお、スキャナーって言うかソナーみてぇだ……お、ソジウムってのはあそこか!」

 オルガが指さす先には小さな黄色い花が光っている。

 それに近づいてみると、インジケーターには『ソジウムの豊富な植物』と注釈が描かれ、そのまま手で採取可能なようであった。

 早速オルガはその花を摘み取り、インベントリ内にソジウムが格納された事を確認すると、先ほどの修理の手順と同じようにインターフェースを動かし、危険防御システムにソジウムをあてがった。

<テクノロジーをリチャージしました>

 オルガにとって安心を伴うアナウンスと共に、底を突きかけていたエネルギーが幾ばくか回復した。

「はぁ……これでしばらくは持ちそうだ」

 ホッと胸を撫で下ろし、オルガはその場を後にした。

「さて……そろそろ次の場所に行かないとな。仲間達にまた会えるといいんだが」

 そう呟きながら、オルガは歩き出す。 荒涼としたこの星はどこまでも同じような毒々しい荒れ果てた風景が拡がっていた。

 幸いにして、次の目的地にようなポイントはHUDが表示してくれていた。 それでも未知なる風景に一抹の不安はあったが、決して止まらないその信条に従いオルガはひたすら歩いた。

 

 

 

 そして宇宙服のガイドに従い歩き詰めた先にあったのは、火を吹き上げる戦闘機のような乗り物だった。

「……?」

 機種の短い銀の機体に赤い羽根がついているそれの周りには、地面の抉れたような痕跡と飛散した部品の残骸が転がっていた。

 恐らくは不時着したのだろうが、火花を散らしている割には破損の度合いはそれ程深刻な状態ではないようにも見えた。

 ガイダンスは明らかにこの宇宙船に向かうよう指示されているが、これは他人の物ではないのだろうか?

 とは言え他に何かを出来る選択肢は存在しないのだが……思考を巡らせているとコクピットの中で、不意に何か人影のようなものを見た。

 オルガは導かれるようにしてその乗り物に近づき、中をうかがってみると――――

 

 

 

 

 

 

「ワケワカンナイヨー! やっぱボクに修理なんか出来るわけないじゃん!」

 コクピットのキャノピーが開くなり、姿を現したもう一人の宇宙服を着た誰か。

 それは聞き覚えのある少女の声だった。

 宇宙服のヘルメット越しに見える茶髪に白い前髪が生えている少女が、計器類を前にして頭を抱えているではないか。

「ああもう! 変な事せずにスペちゃんが『気密シール』っての取ってくるの待つしかないかぁ……」

「……テイオーか?」

 オルガの問い掛けに彼女は気付くと、ハッとした表情でこちらを見つめてくる。

 そして、それはオルガも同様だった。

 

「だ、ダンチョー?」

 その声に間違いはない。目の前の少女は、自分を鉄華団の団長と知ってそう呼ぶ。

 間違いなくそれは――。

 その疑問を問いかけようとした時、彼女の背後から現れた存在に思わず目を奪われた。

 そこにいたのはかつての異世界で出会った、走る事を生業とするウマ娘と呼ばれる種族の女の子。

 

「……オルガさん?」

「スペじゃねぇか!どうしてここに!?」

 

 スペシャルウィークトウカイテイオーだった。

 オルガの記憶にあるのは、トレセン学園なる陸上選手を養成する中高一貫校の女学生だった二人。

 そんな二人はトレードマークであった勝負服の意匠を受け継ぐ……しかし技術体系だけはしっかりとオルガのそれと同じだと確認できる造形の宇宙服姿で目の前に現れた。

 そして彼女達の方も、長らく行方をくらませていたオルガの姿を見て驚きを隠せないようだった。

「それを聞きたいのは私達の方ですよ! 今まで一体どこにいたんですか!?」

「それよりここどこ!? どう見てもボク達がいるの地球じゃないよね!? なんか放射線の嵐とか吹き荒れてたし!」

 二人して一気にまくし立てる様子に、ひとまずオルガは両手を差し出してひとまず落ち着くよう促した。 一旦二人は静かにするが、先にスペシャルウィークの方が順を追って話し始めた。

「……私達いきなり変なこの世界に宇宙服を着て迷い込んだんです。 たまたま持ってた携帯食料で三日三晩何とか食いつないでここに来たらこの宇宙船を見つけて、修理するのに部品が必要って言われたから指示通り取りに行ったんです!……途中でテイオーさんの言う嵐に見舞われて大変な目に遭ったんですけど……ほら!」

 困惑しながらもスペシャルウィークが差し出してきたのは、この宇宙船を修理するのに必要な『気密シール』と言う部品とのことだ。

「……ちょっとまて、これが宇宙船だと?」

「はい。この宇宙服の説明に嘘がないなら、ですけど。 これ一つで簡単に他の星へ旅が出来るって書いてました」

「マジかよ……」

 その事実に、オルガは驚愕を隠せなかった。

 何せ、目の前にあるのは機首の短い飛行機。見たこともないような形状をした代物なのだ。

 どう見ても2~3人が乗るのがやっとの小型船のようだが、この小柄なそれで大気圏外へ悠々と飛び立つ事が出来るという事だが、太陽系内の旅が実現しているオルガの世界でもこんな代物は見た事がない。

 バイザー越しに投影されるHUDに触れるだけで、あらゆる工程の大半をすっ飛ばせるインターフェース類といい、驚愕に値する科学力だ。

(下手すりゃIS(インフィニット・ストラトス)の世界や俺のいた世界どころか、とんでもねぇ科学力なんじゃねぇのか?)

 もし本当にそうであるなら、自分はとんでもない世界に来てしまったのかもしれない。そんな予感がする。

 ……しかし、今は考えている場合ではない。

 こんな放射線の蔓延する場所に留まるわけにもいかず、スペシャルウィーク達と協力して今はこの宇宙船を修理し安全圏に脱出しなければならないだろう。

「色々と言いたい事はあるが話は後だ……現状どのくらい修理が終わっている?」

「……まだ始めたばかりです。 宇宙船の案内に従ってようやく最初の修理に必要な部品を調達できましたし……」

 オルガの問いに答えたのは、スペシャルウィークだった。

 彼女によると、目的のパーツは手に入ったものの、まだまだこれからだという。

 宇宙服のインジケーターを確認すると、エネルギーの残量は心許ない。

 ひとまずオルガは彼女から気密シールを預かり、それをどうやって修理するかを宇宙船のガイダンスに耳を傾けた所、幸いな事にスキャナーの修理とそう手順は変わらないようだった。

「スペ、テイオー。お前達二人も修理の手順を見ておけ。いざという時は自力での修理が必要になるかも知れねぇからな。幸い大半の工程をゲーム感覚ですっ飛ばせて楽なぐらいだ」

 二人は首を縦に振った。

「で、この部品が必要なのは……『パルスドライブ』って機関か。二人共、『金属プレート』ってのは?」

「それはボクがスペちゃんを待ってる時に作ったよ?」

「助かる、そいつをくれ」

 テイオーから金属プレートを受け取ると、気密シール共々パルスドライブの修理箇所に宛がった。

<テクノロジーを修理しました>

 オルガは上機嫌に両手を叩く。二人もオルガの手際に感心したように頬を緩ませた。

「よし、次はこの発射エンジンって部分だな。必要材料は『ピュアフェライト』『二水素ゼリー』……か」

 無論そんな材料を誰も持っているはずもなく、オルガは製造の為のレシピをガイダンスから入手する。

 幸いな事に一手間かかるようだが、マルチツールを使えばこの惑星から手に入る材料で全て調達可能なようだった。

「二人にレシピを送る。テイオーとスペは『ポータブル精製機』を作ってピュアフェライトを精製してくれ。俺はゼリーを作るのに必要な二水素を取ってくる」

 オルガの指示に、二人は素直に従った。

 オルガがスキャナーで二水素の位置を特定し、その場から離れようとした時。

「あ、オルガさん!さっき気密シール取りに行った時なんですけど、何だか『分析レンズ』って言う部品のレシピを手に入れたんですけど……さっきのやり取りの仕方教えて貰えればそのデータ送りますけど」

「本当か!サンキュー!」

 オルガはスペシャルウィークからそのデータを送信して貰った。

 どうやらコレはマルチツールの機能の一つらしく、周囲に散らばる鉱石や動植物、果てには建物や宇宙船の位置まで表示してくれる優れもののようだった。

 オルガはスペシャルウィークに感謝しつつも目的の二水素を探索しに出かけ、それはあっさりと果たされる事になった。

「なんだよ……結構集まるんじゃねぇか、へへっ」

 オルガはほくそ笑みながら、発見した青い結晶をマインビームで破壊して二水素を回収、必要な素材を集めていく。

 必要個数が集まった後も、帰りの道中にて生命維持システムのリチャージに必要な酸素を回収したり、植物と思わしき何かを破壊すると炭素を回収。

 それを利用して『カーボンナノチューブ』を精製し、貰った『分析レンズ』を実装したりもした。

「おお本当だ、宇宙船の位置が分かるじゃねぇか……へえ、この鉱石と植物?こんな成分も含まれてたのか……あん?」

 新しい玩具を手に入れたかのようにはしゃぎながら、あらゆる物体を手当たり次第調べていくオルガの前に、青い光を放つ花を発見した。

 注釈には『二水素を多く含む植物』と書かれている。

「こいつもソジウムや酸素の花みたいに大量の二水素を得られるってか?折角だ、摘んどくか!」

 オルガはすっかり慣れた手つきで、無警戒に青い植物に手をかけた――――

 

 

<ジェットパックの電力サージを検出>

 

 

 

 

「どうしてオルガ団長ってボク達の前から居なくなったんだろうね」

 オルガが資材を集めに行っている間、二人は少しだけ会話をする。

 二人が知っているオルガは、決して自分達を見捨てるような人間ではなかった。

 少しおとぼけを見せつつも、仲間の為に全力で自分より他人を優先するような男だった筈だ。

 特にスペシャルウィークにとっては、トレセン学園へ入学する前から常に側に居て、育ての母親と共に親身に悩みを解決してくれたりもした、いわば兄のような存在だった。だからこそ、彼女にとって突然行方をくらませたオルガの行動は信じられなかったのだ。

「居なくなったと言えばミカもそうだよ。ぶっきらぼうだったけど、優しかったし、頼りがいがあったし」

「三日月さん……あの人、どこに行っちゃったんでしょうね。いつもはオルガさんと一緒に行動しているはずなのに」

「……ひょっとして材料集めに行ってる今、あの時みたいにフラッと居なくなったりとか」

 スペシャルウィークは首を横に振った。

「考えたくない……ドリームトロフィーリーグの後みたいに、三日月さんやマッキーさんも行方をくらましちゃって――――」」

 二人の間に沈黙が支配する――――が、突如テイオーは自分の顔をはたく代わりに宇宙服のメットを両手で叩く。

「――――ダメダメ! この話はナシ! 自分で振っておいてなんだけど、そんな事考えたら本当にそうなっちゃうかもしれないじゃん!!」

 トウカイテイオーの言葉にスペシャルウィークは我に帰る。 確かにその通りだ。こんな事を考えても仕方がない。

 それに今は、自分達の目的を果たす事が先決である。

「そうですよね……今はオルガさんを信じて待ちましょう! きっと無事に帰って――――「え”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!!!」

「「ファッ!?」」

 突如オルガの叫び声が辺り一面にこだました。優れたウマ娘の聴覚は、その声が先程オルガが資材を取りに行った方向から聞こえてきた事を確認する。

「!!ス、スペちゃんあれ!?」

「エッッッッッッッッッッッ!?」

 

 そこには背中から火を吹き上げて空高く跳躍する赤い宇宙服――――我らが鉄華団団長オルガ・イツカの空高く飛び上がる姿だった!

「な、なんかむちゃくちゃ飛び上がってるよ!?ワケワカンナイヨー!」

「大変!こっちに向かってきて――――」

 

 

<ジェットパックの電力サージが減退>

 

 

 二人のウマ娘がその後の展開を思い浮かべるその前に、空中でブーストの切れたオルガが飛行機の前に自然落下! 減速する術もなく地面に叩き付けられ派手に土煙を舞い上げた!!

 

 激しい激突に身構えるスペシャルウィーク達、恐れおののくも煙が晴れるや否や二人の前には、オルガの帰還を知らせる真っ赤な希望の華が地面に咲き乱れていたのだった。

「だからよ……止まるんじゃねぇぞ……」

「ダ、ダンチョーーーーーーーッ!!!!!」

「オルガさああああああああんッ!!!!!」

 

 

 

 

”俺達には辿り着く場所なんていらねぇ。ただ進み続けるだけでいい。

    止まんねぇかぎり、道は続く”

オルガ・イツカ

 




 なんかaiのべりすとで遊んでたら思いついちゃった。
 と言うことで、まさかのロックマンXではなく異世界オルガ書いちゃいました! Easatoshiです!
 お題はまさかの6年にわたってアップデートを続けるSFゲーム「No man's sky」になり、主人公のトラベラーにあの団長を宛がっちゃいました!
 そんな鉄血二次創作を書くため、本当に鉄血のオルフェンズのDVD入手して現在1クール分まで見ました! 大まかな話の流れやオチ知っているとはいえ、原作の雰囲気には触れておかんとね……。
 ちなみにオルガが最初に出会った仲間がスぺちゃん達なのは、何を隠そうつい最近までワイ氏もトレーナーやってたことに加え、アニメも1stシーズン履修したって事が大きいです。

 こんな要領で、これまで出会った世界の住人も巻き添えを食う形で、この1800京の星々が存在する世界に迷い込んじゃってます。 元々の服装の意匠を受け継いだ宇宙服に身を包んで。

 現在会っていないその他のキャラクターなのですが、この世界に来てやっていることは以下の通りとなります。 オルガ達との関係性については先駆者様の動画をイメージしてます。

(2022/8/15 追記:この設定は変更される可能性が大いに有ります。 設定変更があった場合や合流済みは横線を引いていったりします)

冬夜(異世界スマホ):スマホを駆使して高度精製物のレシピ習得により既に大金持ちに。
シャルとラウラ(IS):宇宙が舞台だから初期の仲間はこの二人だルルォ!? とか言われそうですが、彼女たちは今ラウラと共に別ルートで三日月の軌跡を追っていて不在。
アインズ(オーバーロード):センチネルの襲撃から開拓地を守っている。
ディアブロ(異世界魔王):↑のアインズと協力して開拓地を守る。
吹雪(艦これ):ある惑星の海底調査中。
エンタープライズ(アズレン):↑の吹雪と共に海底調査中。
ペコリーヌ(プリコネ):未知の食材を求め、美食殿のメンバーと共に星間旅行中。
カズマ(このすば):アクアやめぐみん達と共にギルドの依頼をこなして生計を立てている。神様の一人であるアクアも『アトラス』は知らない。
飛鳥(閃乱カグラ):放棄された貨物船の探索任務をこなしている。 ↑のカズマ達とも面識がある。
キリトとアスナ(SAO):スペースアノマリーを拠点にしつつ、データ収集に協力しながら時折聞こえる『16』の秘密を解き明かそうとしている。
さとうとしお(ハッピーシュガーライフ):自分達の王国としてまさかの昭弘と共にアウトポストを建設中。
サイトとルイズにコルベール(ゼロ魔):センチネル達と戦いつつも、この世界におけるテクノロジーの収集に勤しんでいる。(コルベールは特に熱心)その伝手もあってかキリト達とも知り合いである。
勇者部の皆(ゆゆゆ):困っている人たちを助けたいと、ギルドの依頼をこなしている。センチネルをバーテックスの仲間だと思ってる。


タカキ:何とは言わないがいつも頑張っている。
ビスケット(炭治郎(鬼滅)):今度はセンチネル相手に戦っている。 頭の良さは健在で、冬夜と共に貨物船団を運営していたりも。
昭弘・アルトランド:力強さを生かし、オルガの家族でもあるさとうとしおを受け入れる為にアウトポストを建設している。
ノルバ・シノ:シノン(SAO)と共にシノシノコンビで対センチネル狙撃手として傭兵稼業に勤しむ。
アイン・ダルトン:アインズ達の守る開拓地を襲ったセンチネルドローンの中から偶然発見される。 既に生身の部分は残っておらず、ハロのような形に。
マクギリス:ならず者達に『アトラス』ならぬアグニカポイントを配布中。
ガエリオとジュリエッタ:↑のマクギリスがまたやらかさないか生暖かい目で監視中




三日月:No man's sky原作におけるアルテミスミッションを踏襲するルートでギャラクティック・コア……銀河の中心を目指している。 『向こう側』にいると信じているオルガ達との再会の為に。



 と、まあ思いつく限り書いてみましたが、各々の異なる動機はあるものの……いずれも皆、異世界転移の第一人者として記憶するオルガを探すという目的が根底にあったりします。

 ちなみに、本当に衝動的に作っちゃった代物なので、続き書くかどうかは不明です。 何より今ワイ氏は同人活動で多忙という事もあって、たまたま今回暇ができたというものなので……。
 まあ、気が向いたら都度続きを書こうかなと言うようなものなので、そう言う物と思って見てもらえれば幸いです。

 でわ、またイツカの機会に……止まるんじゃねえぞ!


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第2話

 何か続いちゃった。 結末とか何も考えてないのに……。


「こう言っちゃなんだけどさ、相変わらず持ちネタにしては精神衛生面で最悪だね」

「勘弁してくれ……俺だって好きで死んでるんじゃねぇんだ」

「ま、まあオルガさんも無事だったんだし……でもどうしてあんな高さまで空飛んだんですか?」

 再会から程なくして真っ赤な希望の華をぶちまけたオルガに対し、明らかにドン引きするトウカイテイオーとスペシャルウィーク。

 恐る恐る問い掛けるスペシャルウィークに、オルガは仏頂面で枯れた花を差し出した。

「さっきまでは青く瑞々しかったんだがな。 コイツには二水素が含まれていたんだ――――」

 オルガ曰く、酸素とソジウムの花のように二水素を採取できるものかと思って摘み取ったのだが、どうもこれは背中のブースターを一時的に強化するものだったらしく、物は試しで空を飛んでみたところあえなく制御不能になってしまったらしい。

 ちょっとしたハプニングに二人は苦笑いするものの、ひとまずは無事完成と相成った宇宙船を前に3人は浮き足立っていた。

「ま、とんだ目に遭っちまったが……いよいよか。 狭いが助手席はあるみてぇだ。 操縦は俺がするが、構わねぇか?」

二人は二つ返事で了承した。

して、運転席をのぞき込むオルガだが、ふとあることに気がついた。

「こいつ、『阿頼耶識』に対応してんじゃねえか」

「「??」」

ウマ娘二人は首を傾げる。先ほどはテイオーが座っていて気付かなかったが、座席の背もたれに当たる部分に神経接続用のコネクタが装着されていた。

それは今し方オルガが口にした、『阿頼耶識』と呼ばれる人の脳と機械をナノマシンと脊髄に埋め込まれたコネクタを介して操縦を制御するインターフェースである。

オルガの世界に存在する代物ではあるが、彼らの住んでいた時代をしても忌み嫌われる代物で、後ろ盾のない孤児を中心に非合法かつ苦痛を伴う施術によって埋め込まれ、しかも適合できない可能性も有るという曰く付きの代物である。

オルガも決して恵まれた立場の出身という訳ではないことから、この阿頼耶識の施術を施されているものの、それはスペシャルウィークやトウカイテイオー達みたく、戦いに縁のない仲間達にはあえてこの事実を告げていなかったのだ。

いずれにせよ、そんなものがどういう訳か搭載されているこの宇宙船は、元々がオルガ専用にあてがわれた乗り物なのではないかと感じてしまった。そして、操縦席に乗り込んだ彼はシートベルトを装着してエンジンを起動させる。

「とにかく、コイツに乗ってさっさとこの危険な星からずらかろうぜ!」

オルガは乗り込み、二人にも助手席への同乗を促した。

背面のバックパックを背もたれに押しつけると、コネクターがバックパックに備え付けられていたであろう端子に接続される。

「あ、ダンチョーのバックパックが背もたれの端子に「うぐっ!!」ピェッ!?

端子が接続された途端、宇宙船の情報がオルガの脳内に流れ込む。

「オルガさん!? どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」

「こ、こんくれぇなんてことはねぇ! ……『ラディアントピラーBC1』って言うんだそうだ、この機体」

振り返りながら語るオルガの鼻からは血が垂れていた。

「オルガさん! 鼻血が出てますよ!?」

「ああ、気にすんな。頭の使いすぎで鼻血が出ちまったんだよ!」

「ワケワカンナイヨー……」

「それよりもだ、出発すんぞ!」

オルガはコクピットのキャノピーを閉じ、3人揃って地上を飛び立った!

「垂直に飛んだよ!」

「すごいです!! でもなんか怖いですね……!」

VTOL(垂直離陸機)か、こいつはいいモンだ!」

3人が宇宙船に乗って空へ舞い上がると、オルガは動作確認の為まずはまっすぐに加速する。

機体は驚くべき素直さと敏捷性で空中を直進、ロール、旋回を難なく果たしてみせる。

「おいおいスゲーじゃねぇか! こんな機体に乗るの初めてだ!」

「「……?」」

 慣れた様子で期待を抵抗なく操るオルガに、スペシャルウィーク達は怪訝なまなざしを向ける。

「オルガさん、普段からそういうの乗ってたんですか? 北海道で三日月さんと一緒に農作業用の重機乗ってたのは知ってますけど……」

「ゲームの知識って言うにはミョーにあっさり受け入れてるんだよね。 まるでこういうのが当たり前にあったみたいに」

「まあ、後で話してやるよ……そんじゃいよいよ大気圏離脱だ!」

 そう言ってオルガは操縦桿を握りしめる。

 すると、機体のエンジン音がより一層高鳴り、機体は地表から離れる度速度を増していく。

「わぁっ、何これ!?どんどん速くなってる!」

(おいおい!本当に速ぇじゃねぇか!)

 オルガ自身も驚くべき速度で宇宙船はあっさり大気圏を離脱、文字通りの意味で瞬く間に宇宙空間に飛び出した。 驚くべき事に、先程の操縦に加えこれだけの加速でありながら、三人の身体にかかる重力加速度は進行方向を感じられる程度のごく僅かな力しかかかっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして数秒後、オルガ達は星々の輝きの中にいた。

「わぁ!! すごいや!」

「綺麗……!!」

 息を呑む二人のウマ娘、目前に広がるのは暗闇を無数の恒星の輝きに彩る、星々の大海そのものだった。

下を見下ろせば、今し方オルガ達がやりくりに苦慮していた危険な惑星が、地表のそれなど及びもつかない程に、穏やかに赤い輝きを保っている。

オルガは背中の阿頼耶識コネクタを介して脳波で直接操作を行う。

すると、宇宙船の現在位置と周辺のマップがスペシャルウィーク達にも共有される形で映し出された。

そこには先ほどまでオルガ達がいた星の姿も見られる、この星系の全体図そのものだった。

「……分かっちゃいたが、ここは太陽系ですらねぇな」

オルガのため息に、ふとスペシャルウィークが振り返る。

「え?どういう事ですか?」

「オレ達の住んでた星系とは違う別の星系に来ちまってる……早い話が、ここには地球も火星もねえってこった」

「ええっ!?そんな事あるんですか!?」

「現にこうしてここにいるだろうが、こんなアトラス何ちゃらとか言う宇宙服着せられてよ……」

「そっかダンチョー……ここ、別の宇宙なんだね」

「ああ、だが心配すんな。帰る方法は必ず見つかるはずだぜ……なあ?」

「はい!一緒に頑張りましょう!」

「うん!ボク達なら大丈夫だよ!」

 めげずに明るく答える二人に、オルガも不敵に笑った。

「さすがだぜ、頼りにしてるぜ二人とも――――<ザザッ……>

 三人の会話を割るように、ふと宇宙船の無線機に不審な通信を受信した。

 

 

 

 

<通信要求...発信元:#4925B.>

 

 

 

 

 オルガ達は会話を止め、突如受信した謎のメッセージに耳を傾ける。

 

<教えて欲しい、あなたが何者なのか。 私は...kzzkttk

 

 三人は顔を見合わせた。 後ろの方はノイズのせいか十分に聞き取れなかったが、最後の方は確かに何か言っていたように思えた。

「おい、今の聞いたか?」

「はい、なんかよく分からないですけど……」

「誰かが呼んでるみたいだったよね……」

「ああ、どうやらオレ達に用があるらしいな」

 不審なメッセージに内心不安ではあるものの、同時に好奇心もある。

 三人は互いに目配せし合うと、意を決して代表者であるオルガが名乗りを上げることにした。

 

「……俺は、鉄華団団長……オルガ・イツカだぞぉ」

((何でいつも死にかけみたいに名乗るんだろう))

 名を名乗る度いつも満身創痍に見えなくもないリアクションを取るオルガは、彼女たちにとっても見慣れた光景だった。

 ……しばし沈黙するが、無線の向こう側の相手は続けてこう告げてきた。

 

<あなたは決して kzzktt ひとりでは―― kzzkzzztt を追って...>

 

 程なくして無線の通信が途絶える。 その後、宇宙船の地図に何やら座標データらしきものが送られてきた。

 どうやら惑星の座標らしい。 オルガはそれを宇宙船のコンピュータに入力……と言っても、阿頼耶識コネクタを介してなので一瞬のことなのだが。

 

<報告:ナビデータを受信しました>

「おう、これで目的地も分かったな」

 宇宙船のHUDに、入力されたばかりの座標データが浮かび上がり、それは先ほどまでいた惑星と異なる同じ星系内の別の星にあった。

「でも、この惑星ってどんなところなんでしょうね」

「どうやらこの機体にもスキャナーが内蔵されているみてぇだ。 目的地の惑星に向けて――――と」

 オルガは機体を転換し、次の目標が浮かび上がっている赤い惑星に機種を向け、スキャナを展開して見せた。

 

 惑星

   差し迫ったコア爆発

 

   銅

   玄武岩

   銀

   センチネル警戒度:高

 

「な、なんかざっくりした情報が出てきましたね……」

「差し迫ったコア爆発ってなに? それにこの『センチネル』って言うのも……」

「まあ、行ってみりゃ分かるだろ」

 オルガはそう言って、宇宙船の進路を惑星に向け機体を加速した。

 その際に惑星へのおおよその到着時刻が表示されるのだが、ここで二人は目をヒン剥くような勢いで驚いた。

「ピェっ!! ま、丸一日かかるって言ってるよダンチョー!」

「こんなの待ってたら日が暮れちゃいますよぉ!! ……宇宙に夜ってあるのかわかんないですけど」

 一方でオルガは特に慌てている様子はない。

「そう慌てんなよ二人とも……こんな距離ひとっ飛びなんだからよ」

 オルガは操縦桿をしっかりと握りしめ、機体の操縦に集中し始めた。

 すると機体のキャノピーの右端に、雷のようなマークのインジケーターが表示され――――

 

 次の瞬間、機体は大気圏の離脱でさえも足下に及ばない、猛烈な速度で宇宙を飛び始めたのだ!

「な、何これぇ!?」

ヒエェっ!! 隕石がものすごい速さで迫ってるのに……ぶつかってない!?」

 機体は宇宙に散らばる小惑星帯など物ともせず、と言うよりはすり抜けて目的地の惑星に向けて高速飛行している。 見れば到着までの所要時間も、丸一日から僅か1分にも満たない時刻に短縮されているではないか。

『パルスドライブ』って言うんだってよ! ったく、今までの異世界で見たどの技術よりもやべぇぞ!」

 パルスドライブは、惑星間を亜光速かつ自動で移動する技術であり、HUDを通して浮かび上がる座標のマーカーを指定すれば勝手に方向を調整してくれる優れものだ。

 その動力源は『三重水素』、あるいは『黄鉄鉱』と呼ばれる金属であり、これは特に前者ならなんとそこらの宙域に浮かぶ隕石を砕けば、容易に数を揃えることが可能というのだから驚きだ。

(隕石には他にも『金』『銀』『プラチナ』だって含まれてるってんだからな……ま、こいつは後で採取すりゃ良いか)

 パルスドライブや隕石の話はさておき、オルガ達の目の前に目的の惑星が猛烈な速度で接近する。 二人はあまりの速さに腰が引けてしまっている。

「お、オルガさん!! 惑星が迫ってますよ!?」

「ぶつかっちゃうよダンチョーーーーーーー!!!!」

「慌てんなって! 十分な距離に近づいたら勝手に減速してくれんだよ! ……さてお前ら、そろそろ次の星だ! 気ぃ引き締めていくぞぉ!」

オルガがそう告げると、パルスドライブが停止して宇宙船の速度は緩やかになり、惑星への着陸に備え弾道軌道に移行する――――。




 キャラも掴み切れてないのにどこへ行こうというのか(白目)
 まあ、書き始めた以上はキリの良い所まで何とかやってみます!


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第3話

 

プルチノフ ラヴァ

フリージア星系 新しいディスカバリー

 

 

 

■■惑星 ―差し迫ったコア爆発―

気候           予測できない大火

センチネル        支配を確立

植物           生命レベル 低4

動物           生命レベル 中2

 

 

 

 

「……何か思いっきり火山が噴火してるんだけど」

「こ、こんくらいなんてこたぁねぇ「声がうわずってますよオルガさん」

 大気圏突入後、厚い雲を掻き分けて地表へ降り立ったオルガ達を迎えたのは灼熱の大地だった。

 空には焼き付けるような恒星が燦々と輝き、地上では真っ赤な溶岩があちこちから噴き出していた。 気温も当たり前のように摂氏50℃を超えている。

 着用している宇宙服の『危険防御ユニット』のおかげで平熱は保たれているものの、バイザー越しに窺える熱気のようなものが、オルガ達をあるはずの無い暑さを通り越す熱さの感覚に包み込んでいた。

「ゲェェ……この惑星に立ってるだけでゆで卵が出来ちゃいそうだよ……宇宙服のおかげで熱くはないけどさぁ」

「さっきの惑星も中々だったですけど、50℃越えなんて……こんな所に長くは居たくないですよ……とりあえず、早く目的地探しましょうか」

「……だな」

 オルガはナビデータの指示通り『マルチツール』内の『分析レンズ』にある追加機能、『ターゲットスイープシステム』を起動する。

 曰く現在の目的を達成する為に必要な座標を、より詳細に割り出すツールとの事だが――――センサーの共鳴によっておおよその方角を特定しツール掲げてみると、早速そうと思わしき座標を特定した。

「コイツは本当に文字通りの万能機材だな」

「ここから大体2キロ……そんなに離れてないですね」

「ちょっと地形の凹凸はあるけど、軽く走って行こうよ!」

「いいぜテイオー!競争するか!?」

「いいよ!」

 そう言うなりオルガ達は走り出した。 丘に谷間や地面にある石や奇妙な植物、障害物だらけではあるもののウマ娘のトウカイテイオーとスペシャルウィークは、宇宙服という重装備に関わらずすんなりと走り抜けていく。

「流石に速ぇなお前ら! G1ウマ娘は伊達じゃねぇって事か!こりゃあ負けてらんねぇな!!」

「えっへん!!ボクは最強だからね!!」

「って言うか、当たり前のようにオルガさん付いてきてるんですね! 今更って気もしますけど!」

 ウマソウルによって人知を超えた力を発揮できるウマ娘の膂力は、それこそ成人男性相手であっても軽々と超えてしまう。 特に走力に関しては時速70キロを超える俊足……の筈なのだが、オルガは当然のように息も切らさず彼女達について行く事が出来ている。

「そうだよねぇ。 何で人間なのにウマ娘と同じ速度で走れるんだろ?」

(飛ばされまくった先でゲーム感覚で変な能力手にしまくってたら、多少はな)

 何を隠そう、オルガは彼女達ウマ娘の居る世界に転移した際、あろう事かウマ娘と共に重賞の大舞台に立って共に走り抜けた事があるのだ。 幾多の転生・転移を繰り返した影響であろうか、彼自身も予測が付かない人知を超えた能力を宿しているのだが……。

「……お、どうやら目的地が近づいてきたみてぇだ……て」

 三人の目先にあったのは、広場の真ん中に置き去りにされたであろう色取り取りの貨物類と、円錐の頂点を切り分けたような形状の火花を噴く機械だった。

 信号の発信源はこの機械からのようで、オルガ達は駆け寄って機械を検める。 どうやら機械の中にある端末から情報にアクセスできるようだが、蓋の部分に脈動する不気味な緑色の『残留粘体』がこびりついており、取り除かなければ開かないようだ。 それは一緒に置かれている貨物の緑色のケースも同じで、こちらは『さびた金属』がケースの口の稼働部にかじりついているようだ。

「コイツは俺が回収する。 スペとテイオーはそっちの箱でも開けておいてくれ」

「いいよー」

「わかりました」

 オルガは機械の方へ歩み寄り、その側面に張り付いている粘液をインベントリにしまい込んで丁寧に除去していく。

 すると中からは端末が出現し、誰かに宛てたのだろうか次のようなメッセージが残されていた。 オルガはそれを解読する。

 

 

 

<解析中... 16# 16# 16# 

 

 

 

「……?」

 突然割り込んだ数字の羅列にオルガは首を傾げる。 しかしそれも束の間、表示された次のメッセージに意識を向けた。

<エントリー#4925C:燃料がもう無い -kzzkt- ステーションに辿り着けなかった。>

<危険防御機能も落ちている...これしか方法はない -kzzzkt- 地下に... -kzzktzzkt- 設置した『基地のコンピューター』

 ログメッセージの他に、文中で触れた『基地のコンピュータ』ともう一つ『地形操作機』の設計図のデータも入っていた。

 前者は誰のものでもないこの惑星の土地の一部に対し、所有権の主張と基地建設の支援機能が実装されており、後者はマルチツールに装備する事で、文字通り地形を操作して穴を掘ったり土を盛り付けたり、地面に埋まっている資源の鉱脈を掘り返したりする事も出来るデバイスのようだ。

 

 そしてこの基地のコンピュータのデータには、使用者の痕跡とも言えるログデータが残されている事も確認できた。

(まあ、コイツの中身は後で確認させて貰うか)

「スペ、テイオー! 終わったか?」

「はい、何だか色々な物資が入ってました♪」

 スペシャルウィーク達は回収した物資をオルガに見せる。 そこには炭素やソジウムの精製物に二水素ゼリー、そして鈍色に輝くヒトと爬虫類を合体させたような生物の小さな像があった。

「それボクが見つけた奴なんだ……なんだろコレ?」

「テイオーさんが見つけたの? う~ん……」

「ま、特に害は無さそうだし回収はしておくか……ッ!!

 考え込むトウカイテイオーの背後に、奇妙な四足歩行の大柄な生物が回り込んでいるのを見たオルガの背中に悪寒が走る。 それはHUDに赤地に白い蹄のタグが表示されており――――

 

「テイオー! 後ろだ!」

「ふぇ?」

 慌ててマルチツールを引き抜くオルガだが時既に遅し、生物は大きな口を開けてテイオーのまんまるとした可愛いお尻にかぶりついた!

「ピエェェェェェェェェェェェッ!!!!」

「テイオーさん!!」

「この野郎ッ!!」

 スペシャルウィークが引き剥がしに掛かるより先に、オルガはブースターをかけながら生物の首根っこにめがけて蹴りを入れ、テイオーの尻にかぶりついていた大きな口を強引に引き剥がす。

 流れるように押し倒し、倒れた生物の眼孔にマルチツールの銃口を突きつけ、容赦なく『マインビーム』を叩きこむ! ビームな眼孔を通して生物の脳を貫通、即死した。

「ハァ、ハァ、悪いが、仲間を食われるわけにはいかねぇんだ……」

 息を整え、汗を拭うような仕草を見せるオルガのインベントリに『猫レバー』なる肉片が回収される。

「お、オルガさん……!!」

 はっとした様子でスペシャルウィークの方を振り返るオルガ。 突然の出来事に恐怖を覚えているようだが、それは何もテイオーにかみついた生物に対してだけではないようだ。

 やってしまった。 どうやら容赦の無い戦いぶりにスペシャルウィークに不安を与えてしまったようだ。 オルガはバツが悪そうに目線をそらす。

「悪い、やり過ぎた」

「! お、オルガさんは何も悪くないです! その……ちょっと、怖かったですけど

 後ろの方の言葉は小声だったが、オルガの耳にはしっかりと届いていた。 つい忘れてしまったが、彼女達はこのような鉄火場には慣れていないのだ。 生き残る為とは言え、余り乱暴な戦いぶりを見せる訳にはいかないと心に刻み込んだ。

「そ、そうだ! テイオーさん大丈夫!?」

 大丈夫かテイオー、気分はどうだ!?」

「ピエェ……肉は食いちぎられなかったけど痛いよぉ」

 幸い宇宙服に傷一つ付かず、トウカイテイオーの肉体的なダメージも『生命維持システム』のシールドが防いでくれたようだ。 しかし痛み自体はあるようで、かまれた尻をさするテイオーの目には涙が溜まっている。

「はあ、しくじったぁ……まさか地球外生物なんてのが居るとはな――――」

 

<警告:センチネルドローンが作動しました>

 

「「えっ?」」

「あ?」

 オルガ達が振り返ると、宙に浮かぶ複数体のオレンジ色をした一つ目のような機械が三人を囲んでいる。

 それらは瞳のようなレンズの部分を赤く光らせ、オルガ達をじっと見つめているようだった。 警告のメッセージといい、控えめに言っても友好的な雰囲気は感じられない。

<警告、抑制手段を実行>

 次の瞬間オルガは二人に覆い被さった。 間髪入れず取り囲んだドローン達の数体が、オルガにめがけて赤い光線を発射する!

「グゥッ!!」

「だ、ダンチョー!?」

「何やってるんですか! オルガさんッ!?」

「――――アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 背中を撃たれながらもオルガはマルチツールのマインビームを、発砲してきたドローンに発射! ビームは命中する。

「なんだよ……結構当たんじゃねぇ――――か!?」

 反撃も空しく、オルガの放ったマインビームは先程の生物相手と異なり、大したダメージは与えられていないようだ。

「……と、止まるんじゃねえぞ」

「だ、ダンチョーーーーーーーー!!!!」

 オルガの背中に、希望の華が咲いた。 しかしドローン達は攻撃の手を緩めない、トウカイテイオーはスペシャルウィークと顔を見合わせ、全速力でその場を離脱する事とした。

 ドローンは執拗に三人に対し、光弾の追撃を行う。 全速力で走り抜ける二人の側スレスレに弾がかすめ、死の危険を否応なしに煽り立てた。

「どうしてええええええええ!? ボク達襲われた側なのにいいいいいいいい!?」

「助けておかあちゃああああああああああん!!!!」

 悲鳴を上げながらかつて無いスピードで逃げ回るウマ娘達。 そのスピードは悪路にありながらレーシングスピードをも上回る速度だったが、計測している者は誰も居ないので無論その事実には気づかないし気も配れない。

 背後からの攻撃に当たらないよう、オルガをお姫様抱っこのように担ぐスペシャルウィークだが、流石に成人男性一人分の重量は重いのか、いかなトップアスリートであっても直ぐに息切れを起こしてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 幸いにして、ドローンの機動力を持ってしてもウマ娘の必死の全速力には及ばなかったらしい。 HUDの警告を見ればドローンの警戒は解除され、無事に追跡を撒いたらしい事が窺えた。

 スペシャルウィークは過呼吸の余り倒れ込み、オルガを放り出してしまった。

「だ、大丈夫二人共?」

「さ、流石に疲れましたよぉ……」

「ぐ、うう……!! ま、また死んじまったのか俺は」

 背中を撃ち抜かれた衝撃により死亡したようだが、オルガの固有の能力がそうさせるのか、無事に蘇生を果たしたようだ。

 撃ち抜かれたはずの宇宙服も、当然のように修復されている。

「なんて言うか、レースの時より速く走った気がしますよ」

「ホント、これ芝の上でやってたらレコードタイム出てたんじゃないかな――――」

 

<気象情報:嵐が接近中>

 

「「「今度は何だ(よ)(ですか)!?」」」

 三人が見上げると、そこには巨大な炎の壁が迫っていた。

 温度も見る見るうちに上昇し、ただでさえ高かった気温が優に100℃を超え始めたではないか! 『危険防御システム』の残存エネルギーも、見る見る内に減少を始めていった。

「どうしよう!? このままじゃボク達焼かれちゃうよ!!」

 トウカイテイオーが叫ぶ。

 オルガは歯噛みし、迫ってくる業火を前に解決策がないか思考を巡らせた。 それはスペシャルウィークも同じだった。

「えーっと! 洞窟か何かないかな!?」

「! どうしたスペ!?」

 オルガが尋ねた。

「こう言う嵐をやり過ごすには、洞窟の中に隠れるのが良いってナビゲーターが言ってたんです! 実際『気密シール』を探しに行ってる時に嵐に見舞われて、それで――――」

 辺りを見渡すが、山々が重なりつつも洞窟のような谷間は全く見当たらない。 スペシャルウィークがそうやって難を逃れたのは嘘ではないのだろうが、しかし肝心の洞窟がないのでは――――そう思った所で、オルガはある事を思いだした。

「……確かさっきの設計図に!!」

 オルガはマルチツール用の追加デバイスに地形操作機の設計図を回収した事を思い出した。 すぐさま実装の為のレシピを確認すると、『カーボンナノチューブ』×2と『二水素ゼリー』×1が必要なようだ。 幸いにして両者共にスペシャルウィーク達が回収した貨物の中にあった資材で賄えそうだ。

「おい、何とかなるかも知れねぇ! さっきの資材を俺にくれ!」

 オルガはスペシャルウィーク達に資材を要求、一通りまとめて受け取ると早速必要なそれをマルチツールに実装する。

「モードを切り替え……これか!」

 オルガが操作を行うと、マルチツールの銃口から赤い波形が拡がり、それが地面に当たるや否や岩盤があっさりと破砕され、大穴が空いた。

「す、凄い!」

「おっし、これなら何とかなるぜ!」

 ツールの引き金を引き続け、オルガは盛り上がった地面に深々と穴を開けていく。 掘り進めるも周辺の縁に強度が保たれているからか、割かし雑な穴の開け方にも関わらず崩落の危険性は無さそうであった。

「お前ら! この洞窟に逃げ込め!」

そうして、三人は掘ったばかりの洞窟へと逃げ込んだ。

洞窟の中は荒れ狂っていた嵐の中にありながら、不気味なほどに安定した空間だった。

その光景はまるで嵐の中にポケットが空いているかのようにさえ思える程に。

オルガは不思議に思いながらも、ひとまずは嵐が過ぎるまでここで待つ事に決めた。

 

 

 

 

 

 

「……はあ、助かったぁ」

「一時はどうなるかと思ったよぉ」

「嵐が過ぎ去るまで、少し休憩しましょう」

 三人は安定した気温の洞窟の中で休息を取る。 危険防御システムも、常温の空間に置かれる事でリチャージされているようだった。 一方で嵐は未だ収まらず、外は相変わらず燃えさかる火炎に包まれている。

「あの情報に書かれてた『センチネル』って、さっきの危険なロボットの事だったんですね……」

「放射能に火の壁……宇宙ってこんなに危険な場所だったんだね」

 トウカイテイオーが言った。

「ああ、地球どころか火星でも見た事もなかったぜ。 ……テラフォーミングもロクに進んでねぇようだ」

 オルガも両手を後ろ手に付きながら答える。 そんな中、おずおずとスペシャルウィークがオルガに話しかけてきた。

「あの、オルガさん……さっきの」

「! ああ、俺も済まなかったな。 ああ言う修羅場になれてねぇってのに、あんな戦い方して怖がらせちまったみてぇだ」

 スペシャルウィークは首を横に振った。

「いえ! 悪いのは私です、助けて貰ったって言うのにあんな風に……」

「気にすんな」

 オルガがはにかんで答えた。 彼の表情はどこか晴れやかだった。

 そんな彼に、スペシャルウィークは尋ねた。

「……オルガさんって、何者なんですか?」

「ボクも気になってたよ。 こんな状況なのにテキパキ動いてさ、それに火星とかテラフォーミングって……まるでSF作品の住人みたいな口ぶりじゃん」

「それに……」

 スペシャルウィークが一テンポ開けてから言葉を続けた。

 

 

 

「どうしてドリームトロフィーリーグの後、私達の前から居なくなったんですか?」

 

 

 

 それはスペシャルウィークにとって、ずっと聞きたかった疑問だった。

 彼女にとってはオルガは幼少を共に過ごした家族同然、何ならもう一度共に走りたいとさえ思っていた。

 だが彼はその願いを裏切り、そして忽然と姿を消してしまった。 それはトレセン学園で知り合ったトウカイテイオーも同じだった。 何故なのか、知りたくて仕方がなかったのだ。

「ダンチョーだけじゃないよ。 ミカやマッキーだって居なくなっちゃったし……ボク達仲間じゃなかったの?」

『ミカ』『マッキー』……『三日月・オーガス』『マクギリス・ファリド』、それはオルガが元いた世界の住人にして、オルガと共に異世界を巡ってきた戦友。 特に三日月は子供の頃から運命を共にしてきた兄弟同然の相棒だ。

 寂しげに言うトウカイテイオーの言葉に、スペシャルウィークは俯いた。 別れさえ告げず皆と離れ離れになった事に対して、スペシャルウィーク達は心に少なくない傷を負っていた。

 

 オルガは、スペシャルウィーク達の気持ちを知ってか知らずか、静かに語り始めた。

「……話せば長くなるんだがよ――――」

 オルガは話した。 自分がスペシャルウィークの居る世界でもない、どこか別の科学の発達した世界の人間だと。 孤児の生まれで生きるだけでも過酷を極め、時に手を汚さざるを得なかった事を。 傭兵になり、出会えた仲間達と共に『鉄華団』を築き上げるも、成果を出そうと生き急ぐあまりに道を踏み外し全滅してしまった事を。 それを見かねた神によって生き返るもその手を振り払おうとして逆に呪いを受けてしまい、異世界への転生や転移を重ねるようになった事を。

 そして訪れた世界の問題を解決すれば、否応なく別の世界に飛ばされてしまう事も。

「……なんてな、こんな所だ」

 スペシャルウィークとトウカイテイオーは黙って聞いていた。 オルガが話を締めくくる。

「……」

「……」

 二人とも、何も言わなかった。その顔には、様々な感情が入り交じっていた。

「嘘くさい話かも知れねえが、俺は紛れもなく本当の事を話したつもりだ……。 ……失望したか? 生きる為とは言え犯罪まで手を染めた事もあった。 仲間でさえ危険に晒しちまった。 その上自分は異世界人だとか突拍子のない話までしちまって……正直、狂った奴だって思われてもおかしくねえよな」

 過去を思い出し、疲れたようなオルガは自嘲気味に笑う。しかし、スペシャルウィークは首を横に振った。

「色々辛かったんですね。 オルガさん」

「大丈夫、何があってもボク達はダンチョーの味方だから」

「……え?」

 首をかしげるオルガ。 薄汚れた過去と、自身ではあまりに情けない失敗をしたと思っている鉄華団のくだりを話した事で、軽蔑されるやもと思っていた自身には意外な反応だった。

「確かにオルガさんも、生きる為に悪い事もしました。 焦って酷い失敗もしちゃったかも知れない……でも、自分一人で全部を抱え込むやり方が悪かっただけで、皆の為にだれよりも一生懸命だったオルガさんを嫌う理由はありません!」

「異世界の話もそうだよ! ダンチョーが嘘ついてる訳じゃないって事はよく分かるよ! こんな訳の分からない世界に飛ばされて、それを手を差し伸べてくれたのはダンチョーだよ!? 今ボク達がこうして生きていられるのもダンチョーのお陰なんだ!」

「……だから、次はもう焦ったりしなければ良いんです。 同じ間違いをしないようにすればいい」

「もし次にダンチョーが間違ったことをしようとしたら、ボク達が蹴っ飛ばしてでも止めてやるもんね!」

 必死の様子で言い募る二人の姿にオルガは本心だと受け止める。 本当に自身を嫌ったりしないのか? 答えを待っていると束の間を置いて、彼女達は穏やかな口調でその答えを口にした。

「「オルガさん(ダンチョー)、私(ボク)達は『スピカ(家族)』でしょう?(だよ?)」」

 オルガの目頭に熱いものがこみ上げる。 宇宙服のバイザー越しで見られづらくはあるものの、目が潤みそうになるのをぐっとこらえ、オルガは笑みを浮かべた。

「……サンキュ」

「「どういたしまして!」」

 スペシャルウィークとトウカイテイオーが微笑む。 オルガの中でわだかまりが少し溶けた感じがした――――

 

 

 

「見つけた! あそこの洞窟に逃げ込もう!」

「そこの三人!! 少し奥に行ってくれ!!」

 

 

 

 突如、洞窟の外から少女二人の大声が響き渡った!

 ふと気になって洞窟の外に目をやると、そこには空中に浮かぶ人型のような何かが――――正確に情報を伝えるのなら少女の身体に機械の大柄な手足、背面に浮かぶブースターを噴かせながらこちらに飛び込んできた!

「な、何あれ!? 生身の女の子浮かんでるよーーーー!!」

「大変! こっちに向かって来てます!!」

(――――あれは!?)

 オルガはその姿に見覚えがあった。 しかし今はそこに意識を向けている場合ではない。 自分はともかくウマ娘二人は奥に避難させなければ――――。

 何とかスペシャルウィーク達を押し入れるように洞窟の奥へ追いやると、直後オルガの背中に二機の人型機械が衝突した。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

「ダ、ダンチョーーーーーーー!!!!」

 

 洞窟内に激しい地響きと土埃が舞い上がり、オルガの姿が見えなくなる。

 やがて煙が晴れた時、そこには地面に横たわり真っ赤な希望の花が咲き乱れるオルガの姿、そして空から突っ込んできた二機の人型の機械があった。

 

 

「だからよ……止まるんじゃねえぞ」

「また死んだああああああああああああ!!!!」

 トウカイテイオーが叫んだ。 いずれ復活するとは分かっていても、やはり目の前で惨死体を見せつけられたのではたまったものでない。

「あ、あの……そちらの人達は大丈夫ですか?」

 スペシャルウィークは、飛び込んできた二名に声をかけた。

 二名……金髪で後ろ髪を一本止めにした、オレンジの装甲に身を包んだ少女ともう一人、銀髪赤目で片方を眼帯で塞いだ黒塗りの機体を纏う少女。

 銀髪の少女が、こちらを見るなり謝罪する。

「す、すまない……無茶なのは分かっていたんだが、もう少しでシールドエナジーが切れそうで、やむなくな……」

「えっと、怪我とか無かった? ごめんね、随分怖がらせちゃったみたいで」

「いえ、私達は大丈夫なんですけど……その」

 スペシャルウィークは少女達に対し、視線を下敷きになっているオルガに向けて誘導する。

 

「あなた達の下敷きになってる、オルガさんが……」

「「え?」」

 

 二人がオルガの方を見ると、オルガは束の間を置いて蘇生したのか、ゆっくりと身を起こす。

それを見た二人は、驚愕に目を丸くする。 一見即死したと思われた男が当然のように復活したのだから――――そう思われたのだが。

 

 オルガが二人を見て、苦笑しながら言った。 そんなオルガの姿を見るや否や、二人の少女は表情が明るくなった。

 

 

 

 

「何だよ……随分なご挨拶じゃねえか。『ラウラ』、それに『シャル』

 

 

 



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第4話

 これでもかと言わんばかりの専門用語の嵐に、自分で書いててある程度用語解説あった方が良いかなと考える今日この頃。


「本当に……オルガなんだ……!!」

 オルガと向き合う、シャルと呼ばれた金髪の少女は感極まり、その無骨な金属製の手足をどこからともなく収納し、生身の身体でオルガに抱きついた。

「あぁ……。久しぶりだな、シャル。お前も無事だったみたいだな……」

『シャルロット・デュノア』は目から涙を流して、オルガの胸元に顔を埋める。 オルガはそんな彼女を愛しげに頭を撫でてやる。

「うんっ! 僕もみんなも元気だよ! でも、どうしてここに? それにその格好は?」

「……俺にも分からねぇんだ。気がついたらここに居た、前後の事は何も覚えてねぇ」

「そっか……その様子だと、オルガも色々あったんだね」

 ため息交じりに答えるオルガに対し、シャルロットも困ったように笑う。

「この外国の人、オルガさんの知り合いなんですか?」

「ん、ああ……なんて言うかだな。 その」

 スペシャルウィークからの問い掛けに、オルガは少し照れくさそうにする。

 見るからにわかりやすいリアクションに、スペシャルウィークは同じく頬を赤らめて恥ずかしそうに口元を押さえ、トウカイテイオーはオルガとシャルロットがそう言う関係なのだと悟り、生暖かい目線で口元をにやけさせていた。

 シャルロットとラウラはスペシャルウィーク達に向き合い、一言。

 

「初めまして! 私はシャルロット・デュノア。 オルガの恋人だよ!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。 シャルロットの友人で、オルガ団長とは共に学園生活を駆け抜けた仲間だ」

 

 

 

 

 

 オルガ達はここに至るまでにあった事、一緒に居るトウカイテイオーやスペシャルウィークの事、そんな二人に話した身の上の事も含め色々と話し合った。

 シャルロット達は、ウマ娘という未知の人種である二人に驚きつつも、お互いの持ち前の社交性の高さもあって()()があったのか、快く受け入れてくれた。

 どうやら顔合わせは円満に済んだらしい。

「そっかぁ~……ありがとう、オルガと仲良くしてくれて!」

「いえ! 私こそオルガさんには辛い時に励ましてくれたりして良くして貰ったんです」

「にっしっし♪ スペちゃんライバル出現だねぇ! カノジョ持ちの壁は厚いよお?」

「て、テイオーさん! そんなんじゃなくって!」

「ふむ、これが噂の三角関係か」

「わ、私は別にそんなつもりじゃ……!」

「えぇ~? だってさぁ~、ボクが見た感じだと~……、オルガはスペちゃんと一番仲良しだと思うけどなぁ~? なんせボクが見てた時なんて…………」

 そこまで言いかけた所でトウカイテイオーは口をつぐんだ。 何故なら目の前に居るシャルロットは微笑んではいるが、目は全く笑っていなかったのだから。

 

 

 

「オルガ~?」

 笑顔のままドス黒いオーラを放つシャルロット。

 そのプレッシャーに思わず冷や汗を流すトウカイテイオーであるが、それ以上に震え上がっていたのは怒りの矛先を向けられたオルガであった。

「おいテイオー! 勝手に俺をプレイボーイにしてんじゃねえ!」

「ダメだよオルガ~。 僕という者がありながらすぐ鼻の下を伸ばしちゃって~♪」

 滲み出る怒りに完全に気圧されるオルガに対し、シャルロットの怒気に萎縮しテイオーは両手を合わせて謝罪のジェスチャーを送る。 謝りはするがシャルロットを宥めるつもりはないようだ。

 一方でスペシャルウィークは慌てふためきながら、場を納めようと必死で考えを巡らせているようで、ふと何かを思いついたのかハッとした様子でこんな言葉を口走った。

「La victoire est à moi!(調子に乗るな!)」

 意味は知らないが、オルガはスペシャルウィークが友人から教わったフランス語を口にした事に気づく。

 どうやらシャルロットの母国語に触れる事で、彼女なりに注意をこちらに向けようとしたのだろうとしたのだろうが――――それは絶大な効果を発揮した。

「スペシャルウィーク、だっけ……それってどういう意味かな?」

 場の空気を凍り付かせる方に、だが。

 オルガはふと思い出していた。 その言葉をスペシャルウィークが口にした時、相手がどんな風にそれを受け止めていたのかを。

 それを思い出した瞬間、ただでさえ背筋が凍る思いをしたオルガは更にゾッとする感覚を覚えた。

「あ、あのあのあの!! 私、その!!」

「こんな時に()()()()()()()とか、それってつまり挑戦状なのかな~?」

「「ピエッ!?」」

 慌てて弁明するスペシャルウィークだったが、シャルロットの口からその言葉の意味を聞かされた事で、完全に地雷を踏み抜いた事を自覚した。 隣にいたトウカイテイオー共々異口同音に悲鳴を上げる。

 二人して抱きついて許しを請うような視線を送るが、それに待ったをかけたのは先程から沈黙していたラウラだった。

「そこまでにしておけ。 スペシャルウィークとやらがそんなつもりじゃ無いのは分かっているだろう?」

 シャルロットは沈黙の後に、軽く笑ってみせた。

「……あはは、ごめんね♪ ちょっとからかっちゃおって思って♪」

 シャルロットはスペシャルウィークに謝罪の弁を述べる。 スペシャルウィーク達は乾いた笑いで返すが、恐らくは僅かだが寿命が縮んだだろう。

「オルガもオルガだよ。 ちょっと一夏みたいに無自覚に女たらしな所あるんだから……後で分からせてあげるね♪

「勘弁してくれ……」

 オルガは苦笑を浮かべるが、シャルロットは微笑みながら言う。 彼女の本心としては冗談半分、残りの半分は本気なのだが。

「……で、二人はどうしてこの惑星にいたの? そのISって言う機械のエネルギーが切れかけるまで、何をしてたの?」

 トウカイテイオーがシャルロット達に問いかけるが、その質問に答えたのはラウラだった。

「……お前達がオルガ団長の身内なら、この男に見覚えはあるか?」

 ラウラが端末を操作すると、ホログラムウィンドウが空中に投影される。

 

 

 そこに映し出されているのは、オルガにとっては子供の頃から生死を共にした相棒。 喜怒哀楽を強く表には出さない、誰よりも純朴な少年。

 三日月・オーガス……オルガにとっての掛け替えの無い家族であり、愛すべき弟のような存在。

 オルガは勿論の事、スペシャルウィークとトウカイテイオーもその映像を見て懐かしさと寂しさを感じていた。

「ミカ?」

「これって……三日月さん?」

 二人の呟きを聞いて、シャルロットとラウラは確信を得たようだ。

「やっぱり知っていたんだね?」

「……ミカは私の()だ。 ……元いた世界からある日突然行方が分からなくなったんだ。 オルガ共々、な」

 そう言ってラウラは胸の内を明かした。  ……どうして男性である三日月を()呼ばわりするのかは割愛するとして。

 自分の伴侶とした三日月が行方不明になり、それと同時期にオルガも消息を絶った事。

 シャルロットとラウラは二人が何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いと判断し、二人の行方を追っていたという。

 オルガは偶然ではあるがこうして出会えたものの、三日月の方は芳しくないとのことだ。

「……そうか、お前達二人までそんなことになってたなんてな……何かラウラなりに手がかりは掴んだのか?」

「それらしい人物を見かけたと言う目撃情報だけだ……それも正直、芳しくはない」

「そっか……」

 オルガは額に手を当てて思案する。 ここに来てあまりに多くの出来事に遭遇し、今ここにいる自分達だけのことで手一杯ではあったが、彼とて三日月達のことが気がかりだったのは事実だ。シャルロットとラウラの二人も、三日月に会いたがっている様子なのは明らかだった。

しかし、どうすればいいのか分からないのもまた事実であった。

 

<気象情報:嵐が過ぎました>

 その時、オルガの元にアナウンスが流れる。 オルガは思わず洞窟越しに空を見上げた。

 見上げる先には決して快晴とは言えないが、焼き尽くすような炎の壁は消え去っているようだった。

「……とりあえず、この星から離れよっか」

 トウカイテイオーの提案に皆が首を縦に振った。

 

 

 センチネルと言う謎のロボットに追われそこら中を走り回った為、宇宙船ラディアントピラー号から随分離れてしまったが、ウマ娘とオルガの走力にかかれば取るに足らない誤差ではあった。

 シャルロットとラウラはISで空を飛びながら彼女たちの速度に合わせていたが、生身で本当に競走馬並みに走る彼女達に驚きを隠せずにいた。 オルガが当然のようについてきていた点だけは、特に驚かれなかったが。

 一悶着あったが、この星で集められる情報を拾い尽くしたであろうオルガは、トウカイテイオーの提案通り新たに加わったシャルロットとラウラを連れ、大気圏を離脱。 現在は惑星のすぐ側の小惑星帯で飛行機を止めていた。

 

「シャルロットさん、本当に宇宙飛べるんですね」

 宇宙船外のすぐ側を悠々と飛ぶ、シャルロットとラウラの姿に目を輝かせるスペシャルウィーク。

<うん。 元々は宇宙空間の船外活動用スーツとして開発されたからね。 生身を晒すのは宇宙を感じたいって言うISの開発者の意向らしいけど……>

<改めて宇宙というものは雄大で……少し、怖いな>

 元々宇宙飛行士は、無音で光のない空間に耐えるだけの精神的な強靱さを問われる職業だ。 女性専用かつ数にも限りがあるISを身につけられる二人は、その時点で選りすぐりのエリートなのだが、だからといって宇宙空間という原初の恐怖を煽られる空間に対し、畏怖の念を抱かないわけがなかった。

だが、この二人にとってはこの程度の恐怖は、恐れるべきであると当時に乗り越えられるものではあった。

<でも、僕達にはオルガも、今この星で出会えたスペ達もいるんだ>

<そして三日月だって見つけ出す。 これくらいはなんてことは無い!>

 そう告げる二人の目は輝いていた。 二人の言葉を聞き、オルガ達はふっと微笑む。

「……で、これからどうしましょうかオルガさん。 三日月さんを探すのは良いとしても、さっきの変な無線も気になりますし……」

「なんかさ、色んな事起きすぎて整理つかないよー……ちょっと腰を落ち着けたいなぁ」

 オルガはふと思ったことを口にした。

「それについては考えがある。 何をやるにしろ、この調子じゃ長丁場は避けられねえしな……」

 そう言ってオルガはこの場にいる全員に、先ほど端末から見つけ出した設計図を共有する。

 

 

「どこか定住できそうな手近な惑星を見つけて、まずはそこに基地を作ろうと思う。 活動拠点は必要だ」



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第5話

 2022/8/7 一話を少しだけ加筆しました!


 

目に見えた星にスキャンをかけていった結果、基地の建設候補になりそうな惑星はあっさりと見つかった。

 場所はオルガやスペシャルウィーク達が目覚めた一つ目の惑星と、今し方大気圏を離脱した火山性の惑星の二つ目、それらから更に距離の離れた三つ目の惑星があった。

 エメラルドの海に白い雲、緑の大地が窺える見た目地球に似た惑星のようだ。

 スキャンの結果は以下の通り。

 

 惑星

   楽園の土地

 

   コバルト

   スターバルブ

   

   パラフィン

 

「この星の土地の所有者はいなさそうなんだってよ」

「見るからに恵まれた環境ですよ皆さん! ここにしましょう!」

「賛成だよスペちゃんっ!! 早く着陸しよ!」

「ああそのつもりだ。 で、シャルにラウラ、パルスドライブはあるのか?」

 オルガの問いに、二人は目前にインベントリのウィンドウを展開する。 そこには当然のようにオルガのラディアントピラー同様の機能が備わっており、心なしかインターフェースのデザインもアトラスシステムよりになっているように見受けられた。

<勿論! こっちに迷い込んだ時から最初から備わってたんだ。 オルガの宇宙船と同じ技術みたいだね>

<OSもアトラスシステムにアップデートされているが、ハードウェア的な部分についても一定の互換性はあるらしい>

「いざという時には修理も簡単って訳か、そりゃ心強え。 それじゃ、次の目的地までいっちょ競争するか!」

<ふむ、面白い。 そこな二人に『シュヴァルツェア・レーヴェン』の性能を見せつけてやろう>

「はい! 私達も負けませんよ!!」

「にっしっし! ボク達の宇宙船だってそう簡単には追いつけないんだからね!?」

<あははっ。 張り切っていこうか、みんな!>

 5人は同時にパルスドライブを展開。 速度は共に一定を保ったまま一機の宇宙船と二機のISが銀河を駆け抜ける。

 星々を光に近い速度で駆け抜け、船内からの幻想的な風景を眺めている間に目標の惑星は直ぐに接近する。

 

 

 

 それは地球に似た青い海と緑に覆われた大地が窺える美しい惑星だった。 懐かしき故郷に近い惑星の姿に否応なく期待は高まる中、宇宙船は大気圏突入の後弾道飛行に移った。

<あ、そうだ。 一段落ついたらこの星系の宇宙ステーションにも寄っておこうよ>

 シャルロットの提案にオルガは首をひねる。

「宇宙ステーション……? そう言えば星系マップに映ってたな」

「そんなものまであるんですね……ひょっとして、お二人はそこで情報を?」

<会話の通じる宇宙人がいなくて身振り手振りだったがな……>

「ピエッ! その人達、ボクのお尻噛んだりしない!?」

<なんなんだそれは……>

「おうお前ら、もうすぐ地表へ到着する――――」

 

 オルガが言いかけたところで、全員が目前に広がる風景に目を奪われた。

 星々の姿がおぼろげに浮かぶ青い空に白い雲、よく知るそれよりも緑がかってはいるが、エメラルドグリーンの輝きと言えば納得する大海原、新緑の芝生に生い茂る木々、そして青白く背の高い巨大な花が局所的に咲き乱れるその環境は、地球のそれとは異なるものの雄大な自然環境そのものだった。

「すごいです! 私こんな綺麗な景色見たことありません!」

「本当だよね! なんかもうリゾート地に匹敵するって感じだよー!」

<ほう、これはなかなか……>

<夏合宿の時を思い出すよね!>

「あぁ。 基地を建設するのにうってつけの星だ。 良い場所を見繕って着陸しようぜ」

 オルガが言うと、皆はそれぞれ同意を示し、着陸ポイントを探すために高度を下げる。

 しかしそんな中、オルガは景色を見渡す中あることに気付く。

「どうしたんですかオルガさん?」

「いや、あそこの海際の所なんだがな……」

 森林のすぐ側にある開けた場所、海のすぐ側と言う景観の良い好立地。 スペシャルウィーク達は是非あそこにしようと言いかけたところで、オルガの指摘したそれに気がついたようだ。

 そこには今自分達が乗っているような、しかし形状は随分違う宇宙船らしき乗り物が火を噴いて難破している姿が見えた。

<大変! 遭難しちゃったのかもしれないよ!>

 シャルロットは慌てて火を噴く宇宙船に飛び込んでいった。 オルガもそれに続き、機体を着陸させる。

 3人揃ってコクピットから飛び降り、ラウラも同じタイミングで着陸すると先に降りたシャルロットに続いて様子をうかがった。

 

 

 

 

プロミス/48

フリージア星系 Eustiana von Astraea が発見

 

 

 

 

 

 

 

■■惑星 ―楽園の土地―

 

気候           心地よい

センチネル        存在を確認できず

植物           生命レベル 高6

動物           生命レベル 高3

 

 

 

「プロミス……我々の知る言葉と同じかは知らないが、正に約束の地だな」

 着陸するなりラウラはこの惑星への率直な感想を口にする。

 気温は少し肌寒い20℃前後。 自然のもたらす澄んだ空気に海から吹き付ける風は心地よく、極限の気候だった前二つと重ねてみてしまう事も相まって、オルガ達はこの星の楽園という響きが決して誇張ではないと感じていた。

「……誰もいないね」

「あぁ。だがこいつは……」

 して、オルガは墜落した機体に持ち主の情報が残っていないか、分析レンズで機体の情報を調べてみた。

「!!」

「ど、どうかしました? 何か変な情報でも?」

「……あぁいや、何でもねえ。 ただ墜落してそれほど時間は経ってねえみたいだ。 死傷者の姿も近くにはねえし恐らくは大丈夫だろうな」

 見たところコクピットの破損は無く、血のりのような物騒な痕跡も見当たらない。

 機体の損傷具合から判断すれば、不時着してからそう時間が経っていないことは容易に推測できる。

 パイロットの不在も相まって、墜落した衝撃で乗員が死亡した可能性は低いと考えていいだろう。

 それを聞いて安心したのか、シャルロットとラウラはほっとした表情を浮かべた。

「とにかく、慌てて探し回ってもどうにもならねえ。 まずは俺達自身が態勢を整えるべきだ……そこでだ」

「ダンチョー、その前に……」

 オルガに待ったをかけたのはトウカイテイオーだった。彼女は周囲をキョロキョロと見回しながら、何かを探しているようだった。

 テイオーの意図を読み切れないオルガが彼女に問い掛ける。

 するとトウカイテイオーはお腹をさすりながら皆に告げた。

「そろそろなんか食べない?」

 

 

 

 この世界に迷い込んでそれほど時間はも経っていないものの、未知の環境によるストレスから空腹に気付く余地もなかった。 そんな彼ら5人が安全な環境によって安堵した時、揺り戻しによって一気に襲いかかる空腹を前に、基地の建設を余所に食料探しを優先するテイオーの提案をあっさりと受け入れたのは当然のことであった。

 森林の中を意気揚々と進む集団の先頭を買って出たのは、声高らかに歌うトウカイテイオーだった。

 彼女達はオルガの分析レンズで発見した、小麦をかたどったと思わしきタグ……食料の在処を指し示す位置に向かって歩を進めているところであった。

 シャルロットとラウラについてはエクソスーツはISに機能統合されている為、現在は装甲をしまい込んで見た目インナーのみの姿となっているが、万全を期して絶対防壁による保護機能は生かしたままにしている。

 

「はちみー♪はちみー♪はっちーみー♪はっちーみーをーなめーるとー♪」

「あはは……テイオーさん、流石に蜂蜜はあるかどうか……」

「でも、食べられそうな野菜や果物くらいはあるかもしれないよ?」

「うむ。 宇宙で目にする未知の食材か、心躍るな」

「何が何でも見つけねぇとな、そうでなきゃ……」

 オルガはインベントリからあるアイテムを取り出して見せつける。

「俺らはこのけったいな生のレバーを口にしなきゃならなくなっちまう」

 皆肩が震え、朗らかに歌っていたはずのテイオーの『はちみーの歌』がやんだ。

 

 オルガの手元にある血の滴る肉片……テイオーの尻にかぶりついた異星生物の『猫レバー』と呼ばれる代物だった。 優秀な宇宙服、もといエクソスーツのインベントリーによって、鮮度自体は保たれてるが……。

「……ボクはイヤだよ、乙女のお尻にかぶりつくケダモノの肉なんか」

 振り返るテイオーの顔に、表情というものが見当たらない。 ついでに瞳にハイライトも見当たらない。

「本当に、食べて大丈夫なんですか?」

 食いしん坊のスペシャルウィークも同様に抵抗を感じていた。

「一部の魚は刺身と言って口に入れた事はあるのだが……日本人なら生でいけるのではないか?」

「いえラウラさん、日本は確かに寿司とかユッケとか生食はありますよ? レバ刺しだって鹿肉なら食べたことあります……後で危ない行為とは知りましたが、それはそれとして流石にあの未知の食材は……」

「スペの言う通りだよね……正直安全に食べられる種類なのかも疑ってかからないといけないもの」

 ラウラはまだしもシャルロットは引き気味だ。 当然だが、進んで食べたがる人間はいない。

 それは食うに困った幼少期を持つオルガでさえも同じ気持ちだった。

 故郷の火星での食事において、ある程度ものが食べられる程度に豊かになってきた時でさえも、オルガ達の食事の基本と言えば野菜と穀物が中心で、タンパク源は植物性タンパクに動物性のそれを添加した人工肉が基本だった。 肉を食べる機会が無かった訳ではないものの経験は少なく、魚に至っては地球で見たゲテモノじみた見た目(鉄華団男性陣一同談)から敬遠していたほどだったのだ。

 流石に転生後には幾ばくか改善はされたが、依然として好き好んで積極的には口に入れることは少ない。

「……雰囲気をぶち壊しちまってすまねえ。 だが、何としてでも安全に食える食料見つけようぜ……!!」

 切羽詰まったような話を切り出したことを謝罪するオルガだが、こと緊張感を植え付けるという意味では絶大な効果を見せつけ、気持ち一行の足の動きがテイオーの歌のテンポと共に速くなった。そんな時だった。

 

 森の奥の少し開けたところに、巨大なサイズの小麦と蜜の滴るうねった巨大な球根が現れたのは。

『七倍体小麦』『甘い根』……おい、食える奴だぜ!」

 一同、歓喜に沸いた。

「やった! これでひとまずご飯が食べられるよ!」

「お腹いっぱい食べられますねっ! この大きさなら十分皆にも行き渡ります!」

「あぁ。……やっと、メシにありつける」

「ふむ、食い応えがありそうだ。 味はどうかな?」

「わーいっ!! はちみー♪ じゃないけど、甘い蜜が飲めるんだ!」

 食材を見つけて大はしゃぎする一同、彼自身も空腹だが、期待に湧き上がる女性陣を前にオルガは一歩引いた位置で過去の記憶に思いを巡らせていた。

(未知の食い物を前にあんなに騒いでな……思い出すよな)

 あれは確か『美食殿』と言うギルドの一員になった世界での話だったか。 世界に散らばる未知の食材を探し、味わって楽しもうと立ち上げた一人のお姫様とその仲間達。 やっつけたモンスターもその場で調理して食べてしまう健啖家ぶりに、オルガも圧倒されていた懐かしい思い出がこみ上げてきた。

(そう言えば、あいつと出会った時も食い物を前に現れたんだったな)

 

「収穫完了! それじゃあ次は――――」

「お腹ペコペコ~……」

「そうだ、確か今にも死にそうなぐらい弱った状態で現れて――――」

 直後、スペシャルウィーク達が悲鳴を上げた。

 

「な、何をするんだよー! それボク達が集めた食料だよ!!」

「もぐもぐもぐ!!んぐっんぐっんぐっ!!」

 オレンジのエクソスーツに身を包んだ謎の乱入者が、しがみつくトウカイテイオーの制止をもろともせずに食材を貪っていく。 言っておくが、食材は取れたての『生』である。

 よく食べるウマ娘二人分を考慮しても確実に足りるはずの小麦と根が、呆気にとられるシャルロットとラウラを余所に恐ろしい速さで平らげられていき――――

「ふう! エネルギーが尽きかけて危ないところでしたが、ごちそうさまでした! いやあ、たとえ調理していないとは言え料理の源の食材。 これはこれで美味しくいただけました☆」

 バイザー越しに見えるは満足気に笑うオレンジの髪の少女、乱入者はぺろりと口の周りについた蜜を舐め取った。

 満腹感から幸せに笑う少女と裏腹に、背後で無の表情でにらみ付けるはスペシャルウィークとトウカイテイオーだった。

「……げません」

「はちみー……」

 ハイライトオフ。 怒り以外の感情が見受けられないその様子は、正しく乱入者の命が掛かっているといった有様であった。

 異常を察知したシャルロットとラウラは、慌ててスペシャルウィーク達が凶行に及ばないよう、羽交い締めにして押さえに掛かるものの、怒りに駆られたウマ娘の膂力は想像を遙かに超えていた。

「食べ物はあげませんッ!!!!」

「食料の持ち主は、ボク達だッ!!!!」

「お、落ち着いて二人ともーーーーーー!!!!」

 両手足だけのISの部分展開も行うも、それでもなおべそをかきながら両手足を振り回すスペシャルウィーク達は止まらなかった。

 そしてこの騒動を引き起こした当事者も、流石にしまった様子でこちらを伺っていたものの。

「……やばいですね☆」

 笑ってごまかした様子だった。

 その瞬間、オルガは彼女に向かって駆け出していた。 墜落していた宇宙船の持ち主の……『名前』。 このタイミングでエクソスーツを身にまとって現れ、あっさりと食料を食べ尽くしたその健在な健啖家ぶり。 確信からオルガは彼女に駆け寄りその名を大声で叫んだ。

 

「何やってんだ『ペコリーヌ』ーーーーーーッ!!!!!!」

 

 

 

 




 おなかペコペコの人、参戦!


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第6話

「だーかーらー!! 人様の物まで食べちゃダメって言ったでしょーに!!」

「あははっ……ごめんね皆。 お腹が空き過ぎちゃって見境無くなっちゃいました」

 しばらくして、皆が探し求めた食料を平らげてしまった事実に気付き、流石にしょげるペコリーヌに頭を下げさせるは、後から彼女を追って事情を知った、ペコリーヌと同じ仲間の猫耳娘のキャルだった。

 

 二人はかつてアストルムという異世界……と言って良いのかどうかは分からないが、とにかく旅の中で出会った心強い仲間達である。

 ペコリーヌは旅路の中であらゆる食材を探し求め、美味しい物を仲間達と共に共有する事を生きがいとする、強く心優しい女の子だ。

 もう一人のキャルはそんなペコリーヌに対し、ある存在からの密命を受けて彼女を狙ってやって来た刺客だった。 しかし不器用な優しさを持つ彼女にそれは果たすことが出来ず、ペコリーヌとの触れ合いを通し彼女の仲間になる道を選んだ少女だった。

「いや、困った時はお互い様だからいいよ」

「う、うむ……それよりもだ……」

 受け答えするシャルロットとラウラは特に怒っている様子はないが……深刻なのはウマ娘二人だった。

「はちみーはちみーはちみー……はちみーをなめーるとー……」

「ご、ごはんはあげません……」

 ハイライトオフ。 やっとありつけるはずだった食料を目の前で失った事への怒りと悲しみで、ここまでの過酷な旅も相まって完全にグロッキーになってしまったのだ。

 特にトウカイテイオーは明後日の方を向いてはちみーの歌をブツブツと歌っており、深刻な状況である事が窺える。

「……ダメだな、こりゃ完全にダウンしちまったか」

 ため息をつくオルガ。 彼はウマ娘がそこでばつの悪そうにするペコリーヌ同様、力を発揮できる代わりに『燃費』がすこぶる悪いことを知っている。 こうなってしまった以上、誰かが彼女達に物を食べさせない限りテコでも動かないだろうともわかっていた。

 そして現在進行形で自分達の命に関わる食料難に陥っている事を思い出した。

 宇宙服……エクソスーツは生命維持システムで体調を整えてはくれるが、決して空腹は満たされないのである。 食べる物を食べなければこのままでは餓死まっしぐらである。

 さてどうしたものか……と思案してると。

「わかりました! 食べちゃった分は私が食料を取ってきます!」

 ペコリーヌは決心したように、勢いよく立ち上がった。

「実は私、食料になる植物が一杯生えている場所を知っています! 本当はそこを目指していたんですけど、たどり着く前にエネルギー切れを起こしちゃいまして……でももう大丈夫! 助けてくれた御礼に、私がそれ以上の食料を皆さんに持ってきます!」

「!本当か!?」

「期待して良いんですね!?」

「マックイーンじゃないけどパクパクするよ!?」

 その言葉に、気力を無くしかけていたスペシャルウィーク達が立ち上がった。 死んだ魚のような目だった二人が期待に色めきだっている。その食いつきぶりにペコリーヌはにっこりと笑って答えた。

「もちろんです! 鉄華団は嘘つきませんよオルガ団長! 食べ物がいっぱいある場所まで案内しますよ! さあキャルちゃん、食料集めにもう一度ランデヴーですよ!☆」

「ヘェッ!? ま、またぁ~? 長旅でいい加減疲れたんだから、食べちゃったアンタだけで行きなさいよ~~!!」

「旅は道連れです! ささ、レッツゴー!☆」

 キャルを引きずって明後日の方向へ行くペコリーヌの力強い声を聞いて、相変わらずな様子にオルガは安堵した。

(……?)

 同時にオルガは、食料探しに向かおうとしたペコリーヌを呼び止めた。

「ちょっと待てペコリーヌ。 そう言えばユウキとコッコロはこっちの世界に来てないのか?」

「はい! すぐに探し回ったんですけど、どうも私達だけこちらに来ちゃったみたいです! 騎士君とコッコロちゃんも元気にしていると良いですね!☆」

「……そっか」

 オルガはそう言って、走り去るペコリーヌ達に手を振って見送った。

 

「なんて言うか、元気いっぱいだね」

「破天荒とも言うがな……妙に距離感が近いというか、少し圧倒されたぞ」

 シャルロットとラウラは引き気味になりながらも、ペコリーヌの底抜けな明るさに悪い印象は抱いてないようだ。

 そんな様子の彼女らを見てオルガは言った。

「さてと……俺達はいよいよお待ちかねの、だな」

 オルガはインベントリから『有色金属』の在庫を確認すると、前の惑星で回収した設計図を取り出し実体化させる。

 それは予てから設置するつもりだった『基地のコンピューター』だった。

 四脚を地面に突き刺してコンピューターを展開、起動する。 オルガを中心に残り4人は背後からその様子を固唾を呑んで見守った。

<地図アーカイブを検索中...>

<全宇宙アーカイブ検索では、この土地の所有歴は検出されませんでした。 音波探知検査により、この土地は建設に適することを確認済みです。 土地を所有しますか?>

「はい」

 オルガは淡々と了承すると、コンピュータを中心にソナーのような光の帯が広がり、この土地がオルガ達『鉄華団』の所有となったことが登記された。

「手続き完了だ。 さてと……拠点、建てていくか!」

「「「おおー!!」」」

 オルガの掛け声に続いて全員が気合いの入った声で答える。

 こうして彼等の本格的な基地建設が始まった。

 

 

 

 

 

 

<以前のユーザーのログにアクセス中...>

「! おお、忘れてた」

 コンピューターにはこの設計図を残した者のデータが残っていると踏んで、前の星から持ち出したことをオルガはふと思い出した。 基地のコンピュータは続けてメッセージを読み上げる。

<エントリー#4925Dが残っています...>

<嵐が吹き荒れている -kzzzkt- シェルターの設計図は残しておくが... -kzzzkt- しなければ -kzkt- すぐに戻る...>

 メッセージログには、最低限だが基地建設に使う部材の設計図が記されていた。 市から基地を作る必要があるかもしれないと覚悟していた皆にとって、これは渡りに船であった。

「基地のデータを残してくれた人には感謝だね!」

「ああ、恩に着るぜ……で、どれどれ?」

 オルガ達は受け取った設計図のデータを確認し……一斉に驚いた。

 

「はあ!? 『木材製』だと!?」

 なんと受け取ったデータに書かれている、基地の部材は『炭素』を元に生成する木製のパーツだったのだ。

「いや、そりゃこの星の気候は温暖だけどさ……」

「遍く環境で使える……のか?」

「あ、でもこの世界の技術力だから……きっとすごい木材なのかもしれませんよ!?

「……どう見ても、余所の環境で使えるっていう風には見えないよー……」

 皆が一様に、その性能について怪訝な目を向ける。

 スペシャルウィークだけは肩を悩んでいても仕方が無いと結論づけ、設計図に書いてある通りに基地建設の準備を始めることにした。

「ま、スペの言う通り……シェルターとしての機能は確保されてんだろ。 この分だとアレだな……ごく簡単な建築しか出来ねぇが、それでも一先ずの仮住まいとしては十分だな」

「うん、それに資材の『炭素』は有り余りそうなくらいだし、せっかくだから有効活用しないとね」

 シャルロットも納得して作業に入る。

 建築自体は非常に簡単だ。 任意の位置に部品の立体映像が投影され、そこを指定すれば部材が勝手に設置される新設設計の極みだった。 その気になれば外装に凝った巨大基地も作れるとは言え、手に入れた設計図は本当に最低限の物だった為――――

 

 完成したその基地は基地とも呼べない四角形、言うなれば掘っ立て小屋だった。

「……これはアレだな、一夏がやってたゲームの……」

「確か豆腐建築って言うんだっけ?」

「アレ? ひょっとしてスペ達の世界にも『マイクラ』ってある?」

「はい、テイオーさんがヒマな時に良く遊んでましたね」

「なんだよ……お前らだって素手で木を折ったり、木のピッケルで石とか掘った事あるのかよ」

 痛そうに手を摩りながら思い出し笑いをするオルガの一言に、4人は思わず首を傾げてオルガに問い返した。

「え? ゲームの話をしてるんだけど?」

「オルガさん、『マインクラフト』ってゲームは流石に聞いた事ありますよね?」

「流石のボク達ウマ娘も、素手で木をへし折る子はまれだよー! まあ、パワー系が居ないとは言ってないけど」

「まさか団長……異世界転生しているからと言って、本当にマインクラフトの世界に迷い込んだのか?」

 4人の追求するようなまなざしに、オルガは目線を泳がせる。

 事実その通りで、*1オルガはてっきり実体験の記憶に基づいた会話のつもりで受け答えをしてしまったのだが、どことなく4人の眼は期待に色めきだっているように見える。

 ここでその話をすれば、絶対に色々と質問攻めにされるのは間違いない。 オルガはとりあえず目先の基地に集中する事とした。

「ま、まあアレだ! 折角作った建物に入ってみようぜ!」

「えー! ケチー! リアルマイクラとか絶対面白そうじゃん!」

「話を逸らさないで下さいよー!」

「俺達だって建物を手軽に作れるようになったんだから、特に珍しくもねぇだろ? ほら、話は後にして中に入るぞ」

 そう言いながらオルガは基地の中へ入る。 4人も会話を遮られて不満気味に彼に続いた。

 中に入るとそこは完全に真四角な部屋。 大きめに作っただけあってスペースにゆとりはあり、これから戻ってくるペコリーヌとキャルを入れて7人、更にはその他諸々の資材を入れても余裕があるだろう。

 しかし、何より驚いたのは――――

「驚くほど快適だな」

 オルガの言ったことは誇張ではない。 木製ではあるが、これらはスペシャルウィークが言った通り、宇宙という広大な舞台の為の前哨基地として使用できるよう設計された、れっきとした先進設計の部材なのだ。

 いずれも耐環境に優れた加工が成されていて、床と壁と天井全てをきちんと組み合わせ運用すれば、外的要因による障害をほぼ取り除ける優秀なシェルターになるのだ。

 文字通り放射能も高温も、まだオルガ達が発見していない超低温や猛毒の環境も問題なくシャットアウト出来ると言っても過言ではない。

「ほんとですねー! 危険防御システムが回復して行ってますよ!?」

「宇宙船の中みたいに、外の悪い環境シャットアウト出来るんだって!」

「スペシャルウィークの言う通りだな。 確かにこれなら他の環境でも使えるかもしれない」

「中に仕切りをつけて、部屋分けとかしても良さそうだね♪」

 シャルロットの言葉に一同が同意し、早速部屋を分けることになった。 大きめに作った建物だが、製造コストは思いのほか少なくて済んだ為、中を部屋分けする程度には十分すぎるほどの『炭素』が残っていた。

「流石に家具とかの類いは無いみたいだけどね……」

「それなら皆さんで作ってみても良いかもしれませんね! 力仕事なら私達にお任せです!」

「うむ、ではベッドやテーブルも作っていくとするか」

「おーしお前ら! ペコリーヌ達が戻ってくるまでのもう一仕事だ!」

「「「「おー!」」」」

 ようやく見つけた安住の地に、皆がこれからの展望を和気藹々と語りながら、住む為の基地を彩る家具を作り上げていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして1時間後、約束通りペコリーヌはキャルと共に、大量の食料を持ち帰ってきた。

「おいっす~! ただいま戻りました!☆」

「戻ったわよ! お、掘っ立て小屋みたいだけど基地が出来てる! あ、テーブルとか作ってたのね!」

「おお! 待ちかねたぜ……その分じゃ成果もバッチリみてえだな」

帰還した2人を迎え入れると、早速お待ちかねの食事会が始まろうとしていた。

「……そう言えば、基地の部材にキッチンとかは無かったですけど――――」

「心配ご無用! しっかりと料理の為の道具はありますよ!」

 スペシャルウィークの疑問点に、ペコリーヌは自信満々に胸を張って答えた。

 

 ペコリーヌがインベントリから取り出したのは、コック帽をかぶったような丸みを帯びた機械の箱。

 それはこの世界では一般的な物で、食材を調理する為にも使われる『栄養プロセッサー』なる代物だった。

「自分で調理したいのが本音なんですが、行く先々が落ち着いて調理できる安全な環境とは限りませんからね☆ どこでも確実に同じ調理課程を踏めるこの機械に、私のオリジナルレシピを登録してあります! これで美味しいご飯がいつでも食べられてやばいですね☆」

 その言葉を聞いて、一同はゴクリと唾を飲み込んだ。

 オルガは知っているが、旅先で振るってきた美食に情熱を注ぐ彼女の手料理は絶品である。

 料理好きの少女は、どんな環境でもその実力を発揮出来るように様々な調理器具を用意しているのだったが、まさか極限の環境を想定して、全自動で料理をしてくれる機械まで調達していたとは。

「へぇ、レシピをプログラミングできんのか? この機械」

「いや、登録に当たっては何か改造してたようにも見えたわね。 旅先で知り合ったカップルがいたんだけど、男の方が機械工学ってのに詳しくって、機械の蓋を開けて何かいじくってたのを覚えてるわ……その間女の方は料理上手ってことでペコリーヌと気が合った物だから、ずっと料理談話してたわ……それはもう作業が終わっても何時間も」

 代わりに質問に答えるキャルの目は、どこか遠い目をしている。

 どうやら話が弾みすぎて相当待ちぼうけを食らったようで、かなり辟易していた事が容易に窺えた。

(プログラマーに料理上手の相方か……あいつらを思い出すな)

 オルガは旅の記憶に思いを馳せて、一人ふと笑っていた。

 

「まあ、話は後にしましょう! 早速調理開始です☆」

 

 

 

 

 

 

 ペコリーヌのレシピによって充実した栄養プロセッサの性能は素晴らしかった。

 小麦や甘い根からは小麦粉とシロップを、そしてそびえ立つように大きく育った青い花……『スターブランブル』と呼ばれる花から採取した『スターバルブ』からは『ピルグリムベリー』なる木イチゴが、それらから更にジュースを搾り、一部は天然酵母として先述の小麦粉と練り合わせて発酵させ、更にもう一部はシロップとの掛け合わせでジャムを作り出したりさえした。

 一緒に採取した『インパルス豆』なる植物からはカカオの代用品も作り出せ、それらはパンを焼く課程でチョコチップとして混入され、出来上がってみれば果物のジャムとチョコチップ入りの上等なお菓子のようなパンが出来ていた。 そこに低温殺菌されたミルクも用意されて完璧だった。

 あとついでにオルガの持っていた『猫レバー』も、加熱殺菌により美味しそうな『加工肉』として香ばしい香りを漂わせていることを追記しておく。

 

 エクソスーツ越しでも摂取できるとのことだが、安全に調理されている事は保証済みなので、折角だからしっかりかぶりついて食べてみたいと、安全なシェルター内ならではと言うことでシャルロットとラウラ以外皆頭部のバイザーを取り外し、生身での初めての顔合わせとなった。

「それじゃ、皆さん揃って」

 

「「「「「「「いただきます!」」」」」」」

 

 皆の声がハモると同時に、各々が思い思いに自分のパンを口に運ぶ。

 口いっぱいに広がる芳ばしい風味とチョコの味、生地自体のほのかな甘みと酸味が混じり合い、それが合わさることで極上のハーモニーが生まれていた。

 空腹という極上のスパイスも相まって、その旨さは筆舌に尽くしがたい。

「おいしい!」

「うむ、学食のおばちゃんが出してくれたあの懐かしい感じを思い出す……この怪しげだったレバーも、いけるな」

 真っ先に声を上げたのはシャルロットだった。 そこに食材に舌鼓を打ち顔をほころばせるラウラと続く。

「ぐすっ!うっうっ……まともな食事とったの、随分久しぶりな気がしますぅ」

「ぴえぇぇぇぇぇんっ!!!! おいしいよおおおおおおおおお!!!!」

「こーら、落ち着きなさいよ! 色々飛んでるじゃない!」

 スペシャルウィークとトウカイテイオーに至っては、特に後者はどこぞのチケゾーの如く感極まって泣き出す有様だった。

 食べてる最中に大声で叫ぶので色々と飛び散って行儀が悪いが、泣くほど美味しくパンを頬張る彼女達を咎める者はいない。 一応指摘をするキャルも怒った感じでは無く、ウマ娘達の苦労を知るオルガなら尚更微笑ましく思っていた。

 そんなこんなで食事の席は終始和やかな空気に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 オルガは一足先に食べ終え、余ったカカオから作り出した苦いホットココアを飲みながら、この惑星の夜景を眺めていた。視界の先に見える無数の星々……その美しさに思わず目を奪われていると、いつの間にか隣に来ていたシャルロットがこう切り出してきた。

 シャルロットはインナーのみの姿で、オルガもエクソスーツは脱いで肌着姿だった。

「星が綺麗だね、オルガ」

「ああ、そうだな。 こんな星空は火星にいた頃だって見えなかったぜ」

「ホントだね♪ あんな輪っかのついた星がこんなにハッキリ見えて、僕達はつい朝方まであそこにいたって言うのが信じられない……本当に、違う世界の違う星に来たんだって思ったよ」

「そうだな」

シャルロットの問い掛けに短く答えたオルガだったが、すぐに言葉を付け加える。

「……この星の」

オルガはそう言うと一度息を吸い込み、吐いてまた続ける。

「この星々のどこかに、ミカやマクギリスもいるのか? あいつらもこっちの世界に呼び出されて、俺達を探していたりするのかって思っちまうな」

「オルガ……」

 不安を感じさせないように気丈に振る舞うオルガに対し、何か言いかけたシャルロットだが何も言わずにただ黙っていた。そして、その気持ちに応えるかのように、オルガもまたこう告げる。

「もし今ここで、俺の声があいつらに届くのなら言ってやりたい。 俺達は元気でやってる。 新しい世界で居場所がないなら、また俺達が作ってやる。 だから、俺達の前に早く戻って来いよってな……」

 

 オルガが呟くように言った言葉。 それは、今の彼を支えているモノの一つだった。

 『三日月』『昭弘』『シノ』『ビスケット』『ダンジ』『アストン』……皆、元の世界で死んでいった団員達だ。 マクギリスも団員では無いが、一人の協力者として最後まで誠意を尽くしてくれた。 あまりに追い詰められ、一度はそんな彼を裏切りかけてしまったのはオルガにとっては悔恨の記憶だが、鉄華団を窮地に追い込む一因になったとはいえ、彼なりに筋を通そうとしていたことはしっかりと記憶している。

 

 そんな彼等鉄華団の団員は、一つの家族として絆を深めていった。 その大切な家族の繋がりこそが、オルガが折れずにここまで異世界を駆け抜けて来た理由であった。 元の世界では失われてしまった仲間との再会を、異世界の旅の過程で果たしたいと彼は思っていた。

 しかし、この広大な宇宙に浮かぶ世界に飛ばされた自分達を探し出せる可能性は低く、ましてやシャルロット達異世界の住人達とこうも立て続けに再会できたことは、それこそ奇跡的な物でしか無いとも不安げに感じていた。

「大丈夫だよオルガ」

「え?」

不意に声を掛けてきたのはシャルロットだった。

彼女の目は優しく、それでいて真っ直ぐで強い光を放っている。

「きっといつか、オルガの願いは叶うと思うよ。 オルガが前に進もうとする限りはさ。

僕にはわかる。 だって、オルガが仲間との再会を信じて報われたように、僕も同じだったもの。 再会を信じ合えるのなら、きっと願いも必ず叶うんだよ」

「シャル……」

 オルガの肩に手を置いたシャルロットの温もりが伝わってくる。

 かつてオルガ自身が三日月にも言った。 仮に死んでしまったとしても、仲間との絆があるのならたとえ『向こう側』に行ってもいつかは必ず会える。 そしてそれは果たされてきた。

 ならば、今こうして生きているのなら、尚のこと再会の願いは果たされるべきでは無いのか、オルガはそう思い始めていた。

そしてシャルロットは、更にこんな言葉を続けた。

「オルガの願いは僕にとっての道標でもあるんだから、くじけないで。 僕達はまだ始まったばかりなんだから」

「……ああ、そうだな」

 心の中の不安がほぐれたように、フッと笑うオルガを見てシャルロットもニッコリと微笑んだ。

 

 

見つめ合う二人の姿を、夜空に浮かぶ星々の光だけが照らし続けていた……。

*1
ビリビリ動画にて、本当にマインクラフトの団長実況が存在したとか何とか。



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第7話

感想欄を見て、暗に修羅場期待されすぎてて変な笑いが出た今日この頃。


基地建設から初めての夜を過ごしたその翌朝。

「おはようございます」

 一足先に目覚めて朝食の準備をしていたトウカイテイオーとペコリーヌに、オルガはイヤに丁寧な口調で朝の挨拶を済ませる。

「おはよーダンチョー。 相変わらず朝の挨拶は丁寧だね」

「おいっす~☆ オルガ団長! 今朝ご飯の準備中ですよ! もうすぐで出来ますからしばしお待ちあれ!」

 そう言って二人も手際よく朝食を作りながら、笑顔でオルガを迎え入れる。

「俺も何か手伝うぜ?」

「ありがとダンチョー! でもこっちは手が足りてるから、スペちゃん達起こしてきて!」

「おう!」

 テキパキとペコリーヌと共に朝食の用意をするトウカイテイオーはそう言うと、オルガにこの基地で寝泊まりする残りの面々を起こしてくるように頼む。

 頼まれたオルガは快く返事をして、残り4人のいる部屋の外から壁を叩いてノックする。 シェルターに実装される扉は全て自動扉なので、うっかり開いてラッキースケベを決めてしまうわけにもいかないからだ。   

 軽く拳を当てて音を立ててまわりながら、外から声をかけていくオルガ。

 

「ふわぁ、おはようオルガ」

「後もう少しだけ寝かせてよぉ」

「ダメだ。 こういう時だからこそ節制を怠るなよ」

「おはようございますオルガさん……ああよく眠れたぁ」

 呼びかけに答えるように、シャルロット、キャル、ラウラ、スペシャルウィークの順で部屋から出てきた。

 全員が寝間着のようで、どうやらエクススーツではない普通の服も、彼女らの手荷物の中にあった事が窺える。

「ペコリーヌとトウカイテイオーが朝飯作ってくれてるぜ。 今日も探索が始まるんだ、美味いもん食って精をつけとこうぜ」

 オルガの言葉に一同は広間のテーブルに向かう。 テーブルには既に人数分の配膳が済んでいた。

 質素な材料ではあるが美味しそうな盛り付けに皆が顔をほころばせ、トウカイテイオーとペコリーヌの二人は互いに見合って得意げに笑う。

「それじゃあ皆さんごいっしょに~?」

 

「「「「「「「いただきます!」」」」」」」

 

 オルガ達は朗らかに朝食を楽しんだ。

 

 

 

 

 そして一時間後、団欒の中の朝食を満喫したオルガ達は気を引き締め、エクソスーツを身に纏い基地の外へと足を踏み出した。

「気温は19℃、少し肌寒いかもだけど十分過ごせる温度だよね?」

「この星の空気は『窒素』『酸素』で出来てますし、そのままの服でも外に出られるかもしれませんね?」

 トウカイテイオーとスペシャルウィークは、この周辺を普段着で出歩きたそうに口を出すが、それに待ったをかけたのはシャルロット達であった。

「成分的には地球の大気に近いだろう……が、今はダメだ」

「未知の病原菌の可能性も有るし、危険生物がいるかどうかの調査も済んでないからね。 普段着はまだフィルタリングの完璧な基地内だけにしておいた方が良いよ」

うっ!! ……そ、そうする」

 尻を押さえながらトウカイテイオーは覇気の無い声でか細く答えた。 どうやら尻を噛まれたことが余程堪えたらしい。

「それで? 次はどうすんのオルガ?」

「あー、まずはそうだな。 ペコリーヌの宇宙船だろ? アレ」

 キャルからの問い掛けにオルガは目線をやると、昨日から変わらず故障したままの宇宙船がそこにあったことを思い出す。

 球体のようなコクピットに、黄金色の鳥のくちばしのような先端部と垂直尾翼を装備した、シンプルだがそれでいてどことなく優美さを感じる宇宙船……名前は『プリンセスストライク』となっている。

「何だってこんな派手に故障してんだ? 俺達の宇宙船も見つけた時は故障してたけどよ、まさかこの状態のまま宇宙行ってたとかねえよな?」

「違うわよ。 アタシ達襲われたのよ……この惑星に着陸する直前に、『自由の声』とか名乗る海賊に」

「! 本当か!?」

 キャルの言葉を聞きオルガは表情を変える。

 自分達はまだ遭遇したことは無かったが、どうやらこの世界にもならず者の類いはいるらしいと言うことを、キャルとペコリーヌの談から明らかになった事に衝撃を受けた。

「流石に私も宇宙船の戦闘なんかやったことないですからね……やばかったですよ」

「ギリギリ逃げ切れたんだけど結局不時着しちゃって……ああもう! 思い出しただけでムカついてきた!!」

 思い出しただけで怒りがこみ上げる様子のキャル。 そんな彼女と怒りを共有するのはオルガだった。

 見知らぬ間に仲間達が傷つけられ、下手をすれば命を落としていたかもしれない事実と、ここに来て治安の悪さに翻弄されるやもしれぬ可能性に憤りを覚えていた。

「……安心しろキャル、ペコリーヌ。 今度は俺も一緒にそいつらに落とし前つけてやる」

 その目はギラついた獣の目になっていた。 気圧されかねない程の怒りにたじろきかけるキャルだったが、今はその怒りが心強かったらしい。 キャルとペコリーヌは真剣な眼差しでうなずいた。

「何にせよ今は宇宙船の修理だ。 二人も一緒に作業工程を見ておいた方が良い。 これから先、応急修理の手順を知るのは必要だからな」

「そうね、そうさせて貰うわ」

「おいっす! オルガ君の修理テク、しかと拝見させて貰いますね☆」

「オルガ、僕達はどうすればいい?」

 シャルロットの問い掛けに、オルガは顎に指を当てて考える仕草を見せると、その指を今度は『基地のコンピューター』に向けた。

「コンピューターのログをもう一度確認してくれねえか? 以前のユーザーのログ、まだ一部しか見れてねぇんだ」

「うん分かった!」

 オルガは向こうのことを彼女達に任せ、自分はペコリーヌ達にレクチャーしながら、彼女の乗ってきた宇宙船の修理に取りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、オルガに任されたシャルロットは、手持ち無沙汰な他の3人を集めて、一緒に基地のコンピューターを確認する。

 するとコンピューターの画面には、以前のアーカイブの復元が完了したと突如通知が現れ、中を開いてみる。

<以前のユーザーのログにアクセス中...追加のアーカイブを発見...エントリー#4925Eが残っています...>

 シャルロットは無言でメッセージの続きを送る。

<建設はほとんど -kzztktz- 上手くいった。 近くで『回収データ』を手に入れた。 場所は -kzzkktzz-

<設計図を記録した。 スキャンによると他にも地下装置があるようだ。 探索に行こうと思う...>

 そして、メッセージには例によって設計図もセットになっていたようだ。 メッセージログを見る限り、これを残した者の計画は概ね上手くいっていることがシャルロット達には窺えた。

「何か役に立つ設計図入ってると良いなあ」

「うむ。 しかしこの回収データというのがよく分からんな……」

「ええっと……あ、また見たことない機械の設計図みたいですね。『建設調査ユニット』って書いてあります」

「ふーん、とりあえず建物の中にでも設置してみようか」

 シャルロット達は回収した設計図を持って建物内に戻り、まだまだ余裕のある空きスペースの隅にその機械を設置してみることにした。 目前に現れた細長いその筐体は『磁化フェライト』『カーボンナノチューブ』で容易に製作できた。

「ふむ、どうやらこれは先ほど出てきた回収データを分析する機械のようだ。 場合によってはこの基地に設置できるテクノロジーの種類を増やせる可能性があるみたいだな」

 機械の説明書を読み上げるラウラは、ここにきて先ほどのログにおいて触れられた回収データの重要性に気付かされたようだ。

「でもラウラさん、肝心の回収データはどこにあるんですか?」

「……スキャンして地下装置のような物を見つけたとも言っていたな。 恐らくは……」

 そう言うと、ラウラはおもむろに立ち上がって窓の外へと視線を向ける。

「辺りを分析して地面を探れば、埋まっている痕跡を見つけられるのだろう。だが……」

「このコンピューターを見つけたのって前の惑星の話だよね? そう都合良くこの星にそれらしいのが埋まってるかどうか……」

 シャルロットの疑問に対して、スペシャルウィークとトウカイテイオーも不安げな表情を浮かべていた。

彼女の言い分が正しいのなら、下手をすればまたあの惑星に戻って調査を続けなければならない。 出来ることならテイオーとしては、あのような危険な生物とセンチネルに襲われることを考えればそれは避けたかった。 しかし実際問題、動かなければ手をこまねいて一歩も前進できずに終わってしまう。 それだけは耐えがたかった。

「……とりあえず、ダメ元で辺り探してみる? 幸いスペちゃんもダンチョーみたいな『マルチツール』持ってるみたいだし、インストールしてやるだけやってみようよ」

「そう、ですね……!」

トウカイテイオーの提案に、意を決したスペシャルウィークは、早速『分析レンズ』を実装した。

<テクノロジーをインストールしました>

 そしてテイオーの言う通りダメ元で辺りを見渡すと――――

「あれ? このアイコンがひょっとして……ああっ!!」

 ハッキリと『埋没したモジュール』と書かれたアイコンが、それなりに広い間隔ではあるがこの基地周辺にちりばめられるように埋まっていることが発覚した。 それも内一つは、建設した基地のすぐ側にあった。

「スペ! 早く地面を掘り返すんだ!」

「は、はいラウラさん! えっと、『地形操作機』のレシピは――――」

「これくらいの深さならもう素手で掘っちゃうよ!! おりゃああああああああああ!!!!」

 スペシャルウィークがしかるべき機能を実装する前に、テイオーがウマ娘のバ鹿力を生かして乱雑に掘っていった。

え!? ちょっと待って下さい、せっかくなので……!」

「にっしっし♪ そんなこと言ってる間に、ほら! 掘りあてちゃったもんねー♪」

 テイオーの言った通り、掘り返された地面の中から輝きを放つ機械が発見された。 すかさずラウラはその機械を物色し始め、青白く光る基盤のそれと思わしき目当ての物はあっさりと見つかった。

「ビンゴだ。 お手柄だテイオー」

 一同ガッツポーズ! 早速データを読み取ろうと建設調査ユニットによる分析を試みた。

 驚くことに、このデータには断片化されているが『テレポートユニット』『電池』『ソーラーパネル』等々の設計図のデータが入っており、これらを復元するにはもっと大量の回収データを要求されるらしい。

「な、なんか聞いたことも無いような機械が次々と出てきましたよ!?」

「テレポートって……ひょっとして瞬間移動できちゃったりするの!?」

 驚くスペシャルウィークとトウカイテイオー。 一方で、ラウラは静かに分析結果のデータを眺めていた。

「ねえラウラ、これって僕達の行った宇宙ステーションにあった、あの光る輪っかみたいな奴だよね?」

「そうだな……もしかしたらこの装置を作れば、ここと他にテレポートユニットのある場所を一瞬で結びつけたり出来るかもしれないな」

「凄いよ! よーっし! そうと分かったらどんどん発掘しちゃうもんね! スペちゃんツール頂戴!」

 テイオーはスペシャルウィークの返事を待たず、マルチツールをふんだくるようにして受け取ると、脇目も振らず基地の側にある森の中へ走り去っていった。

「ちょっとテイオーさん!? どこに行くんですかー!?」

「近くにもモジュールって言うの埋没してるんでしょー? ボクがいっぱい集めちゃうもんねー!」

「ま、待ってくださいテイオーさん! 一人で行っちゃ危ないですよ!!」

 そう言うと、トウカイテイオーを制しようとしていたスペシャルウィークまでもが後に続いて行ってしまった。

「こら、待たないか!」

「二人とも! 先走っちゃダメだよぉ!!」

 シャルロット達はついて行ってしまったスペシャルウィークをも見逃してしまった。 いくら膂力に優れたウマ娘の中で、更に鍛え上げられたトップアスリートの二人であっても、鉄火場という意味の実戦経験などあるはずも無い。 むしろ散々前の星で追いかけ回された二人に対し危機感さえ抱いている。

 大変なことになってしまったと、二人して見合わせた顔に焦りの色がにじみ出ていた。

「やっと終わったわ~……思った以上に色んなとこ壊れてて焦ったわ」

「でも、持ってた素材で全てまかなえてラッキーですね! いっぱい働いた後のご飯はサイコーですよ!」

「もう食べること考えてんの……」

「宇宙船の修理は出来たぜ……どうしたシャル。 あいつら二人はどこ行った?」

 直ちに仲間に報告せねば、そう思っていた矢先に作業を終えたオルガ達がこちらに戻ってきた。

 こちらで起きた出来事を関知していないからか、ペコリーヌとキャルは暢気な掛け合いをしているようだった。

「オルガ大変だよ! 二人が――――」

 

 

 

「何やってんだあいつら……」

 シャルロットからこれまでのいきさつを耳にしたオルガは、頭を抱えて力なく項垂れる。

「どうすんのよ……危険な動物は今のところ見かけてないけど、植物の場合は話は別なのよ? 毒ガス噴き出したりハエトリグサみたいなのとか、あとツタで叩いてくる奴とかいるのに……」

「スペちゃんとテイオーちゃんが心配ですね……何かあったら大変です!」

 キャルとペコリーヌの言葉にオルガは焦りを募らせる。 先にこの星に上陸した二人の言うことならば、知られていないだけでこの星にも危険な生物はいると言うことだ。 特にお調子者のトウカイテイオーならば、動物と違ってじっと獲物を待つ植物の場合無警戒に近づいてしまう場合がある。

「あいつら二人はどっちに行った!?」

「そこの森の入り口だよ! 僕達も二人を追いかけよう!」

 仲間思いのメンバーは、返事をするまでも無く一斉にウマ娘二人を追って森の中へ足を進めた。

 

 

 

 

 それから十数分ほどして、五人は森の中で辺りを見渡しながら急ぎ足で、しかし周囲に警戒しながら足を進めていた。 その手には各々マルチツールが握られているが、オルガが丸みを帯びたオレンジのベーシックなピストルタイプのそれに対し、シャルロットとラウラは持ち越したIS共々、標準でバススロットに納められていた突撃銃タイプの武装を、キャルとペコリーヌもピストル型ではあるが、オルガのそれと違った形状のどことなく実験器具を思わせるようなマルチツールを構えていた。

「スペーー! テイオーー! 返事しろー!」

「どこにいるのー!? 危ないから早く戻ってきてー!」

 声かけをしながら足を進めるも、二人のいずれも返事は得られない。 そうして成果を得られないまま森の奥に進んで行くにつれ、徐々に薄暗くなってゆく。

 木々の入り組んだ日差しの強い場所ではないのか、背の高い樹木が多く立ち並ぶそこはまるで自分達を歓迎していないかのようだ。

 そんな中でオルガ達は二人の姿を求めて奥へと進むが、不意にキャルが何かを見つけて声を上げた。

「あ、あそこ! 茂みが動いた!!」

 皆のマルチツールの銃口が、キャルの指さした森の茂みに一斉に向けられた。 襲撃者を予感した皆の間に剣呑とした空気が流れる中、次の瞬間。

 

 

 

 茂みから出てきたのは、人の頭ほどの大きさしか無い小さな生物だった。 は虫類のようなそれは腕の退化したダチョウのように二本足で歩く、二股の尻尾をもつ他愛の無い生き物に見えた。

「……ほ、何よコイツね……」

「皆さん大丈夫ですよ! この子は無害な生き物です☆」

 キャルとペコリーヌが警戒を解く。 先にこの星を見て回っていた二人が言うのだ。 信じて良いだろうとオルガ達も続く。 すると生き物の方も警戒心という物が無いのか、素早くこっちに駆け寄ってきてペコリーヌの足に頬ずりした。 ペコリーヌも生物を拾い上げ、胸の中に抱え込む。

「何だよ……驚かせてくれるな」

 オルガも思わずため息をつく。

 それからペコリーヌがそっと手を差し伸べると、生物はその手をペロペロと舐めてきた。

 くすぐったいのかクスリと笑う。 どうやらこの生き物は、かなり人懐っこいらしい。

「上手くいけばこの子飼育できるかもしれませんね! お肉も美味しいのでお勧めです!」

 食ったのかよ! そう言わんばかりのオルガとシャルロットが引きつった笑みを浮かべた。

 シャルロットもそういった訓練を受けていない訳では無いが、軍属で無い彼女は生物を殺して肉を得る工程に経験は無いく、迷いの無いペコリーヌに若干引き気味だ オルガに至ってはそもそも動物性のタンパク質は、合成肉以外に殆ど経験が無い。

「そいえば、コイツと同じ生物が何匹もやってくるなり、内一匹を誘い込んで迷いも無く屠殺してたわねえ……」

「お肉もしっかり食べなきゃ、このサバイバルを乗り越えられません! お肉もパワーの源です!☆」

「うむ、その通り。 兵站を疎かにして作戦の遂行などあり得ん。 当然の選択だ」

 遠い目をして語るキャルを余所に、ラウラはペコリーヌと固く握手をする。 その口元にはよだれが垂れていた。

「……念のため分析レンズにかけておくか……」

 オルガはペコリーヌの抱える生物を解析した。 入ってきたデータに寄れば、どうやら彼女の言う通り毒も細菌も無い、人なつっこいだけの無害な生き物らしい。

 

 結局の所、人騒がせなだけだったこの生物は食料が間に合っていると言うことと、生物を生育できる手はずも整っていないことを理由に、買うも殺すもせずそのまま逃がすことになった。

「さてと、スペとテイオーの捜索を続けるか――――」

 

 

 

 その瞬間、森の向こう側からスペシャルウィークの悲鳴が聞こえた。

「今の声、スぺちゃんですか!?」

「!! 急ぐぞ!!」

 オルガ達は声のした方へと走った。

 

 オルガ達が駆けつけるとそこには、身の丈ほどの高さと大きさのある黒っぽい円柱状の石と、その側で倒れ伏すトウカイテイオー。 身を屈めて彼女に必死に呼びかけを行うスペシャルウィークがいた。

「おい大丈夫か!? どこか身体を痛めたのか!?」

「何をしているんだ! 仲間もなしに走って行ったら危ないだろう!」

「! ごめんなさいラウラさん! それよりテイオーさんが! テイオーさんがこの石に触れたまま倒れていたんです!!」

 スペシャルウィークは、テイオーの触れていたという黒い円柱状の石を指さした。 どことなく、目を描くように丸く縁取られた光を放っている気がする。

「なんだこいつは? うさんくさ――」

「オルガ! 不用意に触れたら――――」

 シャルロットの忠告虚しく、オルガはその石を引き寄せられるように触れてしまうと、強い宇光が放たれ自身の意識が白く塗りつぶされていった。

 

 その直後にオルガの脳裏に流れ込む――――宇宙の星々において繰り広げられる破壊と戦禍の数々。 逃げ惑う機械のような人間を相手にそれを行うは、かつて銀河を股にかけた始まりの民と呼ばれる種族、後に『ゲック』と呼ばれるは虫類のような異星人による、壮絶な蹂躙劇。

(これは、あのとき拾った像の?)

 オルガはスペシャルウィーク達が回収した小さな像を思い出していた。 あれはこいつらを象った像なのか――――考える間もなく次々と押し寄せる情報の波にオルガは真っ白に塗りつぶされ、ゲック達の言葉らしき見慣れない文字の羅列が頭に焼き付いていく。 そう、これは太古の記憶と彼らの言葉を伝える為の――――

 

「ち、『知識の石』―――グゥ!

「お、オルガさんっ!!」

「オルガ――――かりして――――大丈夫!?」

「大変です――――オルガ君――倒れ――――」

 

 急速に薄れゆく意識の中で、オルガは自分が消えぬよう必死で意識をつなぎ止めようとするが、やがてそれも眩い光に溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが白く塗りつぶされる刹那、光の中にオルガはある少年の姿を見る。

 

黒いくせっ毛に青い瞳、緑のジャケットの背中に白く描かれた、決して枯れない鉄の華。

 

幼き頃から運命を共に駆け抜けた、懐かしき相棒の姿――――。

 

 

 

 

 

 

 

「……ミカ?」



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第8話

 

「何これ?」

 黒一色の中で赤い光を帯びる無機質な空間の中、『三日月・オーガス』は幾何学模様を描く輝ける丸いオブジェクトを前に率直な感想を口にした。

 故郷の火星の暦なら1ヶ月程度だろうか。 この世界にたった一人迷い込んでからと言うものの、頼れる相方と家族に等しい仲間達を探して回っていた。

 孤立無援ながらかつての孤児としての経験が彼を生かしたのか、言葉も通じない相手と身振り手振りながらもやりとりし、時には拾い物の宇宙船を駆って宇宙海賊との戦いに身を投じながらも何とか逞しくやって来ていた。

 そんな彼は、ある星系を宇宙船で飛び回っている最中に菱形の黒い建造物を見つけ、誘われるままに足を踏み入れたのだが、何も無い殺風景なこの建物内の最奥に輝くオブジェを見つけ、今に至る。

「……ここにもオルガや仲間はいない」

 喜怒哀楽をあまり表に出さない彼をしても、どこか寂しげに独りごちる。

(一人でやる事色々考えるの、久しぶりだな)

 いつも持ち歩いているデーツのようなドライフルーツ、『火星ヤシ』を口に入れ、濃厚な甘みを舌で転がしながら黙々と味わいながら考える。

 三日月は初めて、本当の意味で自分で考え行動する機会に向き合っていた。

 それは決して彼自身に自分の意思がなかった訳ではない。 しかし一方で、いつだって自分の行く道やこれからの事を左右する意思決定は、いつもオルガありきで彼の意思に委ねる事が多かった。 

 オルガによって拾われたこの命は、オルガの為に使わなければならないという思いがあったから。

 そしてそれは結果として一度彼らに破滅をもたらし、未来への種を残しながらも彼自身は命を失ってしまった。

 しかしそれは文字通り生まれ変わる機会を与えられたことで、自身のあり方と共にやり直す切っ掛けを得た。 それ以来、彼と共に異世界の旅を繰り返して経験を重ねた事もあり、依存ともとれる関係から徐々に脱却し、本当の意味でオルガや鉄華団の仲間達を助ける努力をするなど成長も見られていた。

(今度こそ、オルガの力にならなきゃって……)

 だがその相手がいない今の状態は、三日月の心に寂寥感を植え付けていた。

 オルガだけでない。 どんな状況であろうとも必ず鉄華団の仲間達……異世界で受け入れた団員達も、そうでなくても共に力を合わせて冒険した者達。 彼らは自身の身の上を知らずとも、笑顔でオルガと共に受け入れてくれたりもした。 それがどれだけ幸せな事か、今の三日月には痛い程わかる。

 だからこそ、この世界で再び舞い込んだ孤独と言う状況に不安を覚えていたのだ。

(あの時俺自身がクーデリアに言ったみたいに――――今度は俺の行く先は俺自身で考えなきゃダメなんだ……)

 だが、すぐに思考は途切れる事になる。

 

 

<jiogjreiafklmsdkkeo9aldksldkknfvsmkcmskemdiaklklmnisjfikdoskm>

 

 

 突如として空間内に響き渡る声によって。 それは人の声ではなく、機械の合成音声のように聞こえる。

 無機質で感情の無い、ただロクに意味も理解できない言語のような音を発する装置。

 それは、三日月が背を向けた幾何学模様の刻まれた機械から発生していた。

 その無機質な音声に絵もしれぬ不気味さを覚えながら、振り返った三日月は表情に表さないながらも恐る恐る問い掛けた。

「誰、アンタ?」

<jijaifjiekfodldwdowekifjskdjjfiwek9weokolkdslkala>

 再び合成音声が響くが、やはり言葉の意味は解らない。 三日月は怪訝な眼差しを送りながらぶっきらぼうに返す。

「アンタ何言ってんの? こっちの言葉喋ってくんなきゃ分かんないや」

 こちらの言葉に合わせず一方的に喋る機械に言いようのない煩わしさを覚える。 普段の三日月なら相手にせず、さっさとこの場を去ってしまうのが常だ。

 だが、今回ばかりは様子が違った。

 不安と不満を露わにしながらも、まるで何かに引き寄せられるようにして、奇妙な機械に意識を傾けてしまう。

(何か、変な感じ)

 思えばそれは、この宇宙に浮かぶ建物を見た時から感じていた。 三日月がそれを言葉として口に出来ない感情だが、何処となく神秘的な印象を受けるこれに対し、引きつけられる何かを味わっている気分だった。

 それはまるで三日月が、この機械に歓迎され導かれているかのように……。

 三日月が機械に対し様々な考えを巡らせている次の瞬間、彼と機械の間に浮かび上がる淡い光――――

 

 

 

 

「ミカァッ!!!!」

 

 

 大声を上げて目覚めたオルガが目の当たりにしたのは、先日築き上げたばかりの基地の自室だった。

 オルガは反射的にベッドから跳ね起きて周囲を見回す。 そこには三日月の姿は無く、驚きのあまり身を引く仲間達であった。 どうやら、あの石に触れて気を失っている間に基地に運ばれ、その間オルガは夢でも見ていたようだ。 視界に入った窓の風景を見れば、既に日は沈み満点の夜空が浮かび上がっていた。

「お、オルガさん!!」

「良かったです! オルガ団長が無事に目を覚ましました!☆」

「オルガ!! 本当に無事で良かった!!」

 仲間達から口々に声を掛けられ、シャルロットが涙ぐんで抱きついてきた。 オルガは戸惑いつつも安堵した。 オルガは抱きつくシャルロットの頭を撫でる一方で、少し離れたところから様子を見ていたトウカイテイオーを見つける。 少しばつが悪そうに、そして目覚めたオルガを見るなり泣き出してしまった。

「ぐすっ……ごめんねダンチョー……ボクが余計な事しなきゃこうはならなかったのにぃ!!」

「おいおい、いつものようにちょっとあの世行ってただけだろ?」

「ええ。 でもいつもみたいにすぐ生き返らなかったのよ……流石に私達でも心配になるわよ」

 死ぬことを軽く考えがちなオルガに対し、キャルはこうなった当事者でもあるトウカイテイオーの意もくんでやれと窘めた。

 確かに、今回の件はオルガが迂闊にあの石に触れたせいであり、そこから意識が回復しないともなれば仲間達がオルガの身を案じるのも無理はない。 心配をかけさせたことを申し訳なさそうに頭をかくが、オルガは気を取り直しテイオーに問い掛けた。

「テイオー、お前こそ大丈夫なのか?」

「ううっ、ちょっと気分は悪いけど、ボクは大丈夫……心配かけさせて本当にごめんねダンチョー」

「気にすんな。 今度から気ぃ付けろ」

 オルガは泣きじゃくるテイオーを優しげにあやしてやった。 これで一件落着、そう思われたが……。

「で、俺もあの石に触れた訳なんだが……お前もなのかテイオー? あの過去の映像と……ミカの姿を見たのは?」

 オルガからの問い掛けに、トウカイテイオーどころか全員が驚愕した。

 触れた先で何が起きて、そして何かが見えたのか……その内容に三日月の名が出てこればそうなるのも無理は無い。 皆が言葉を失う中、オルガは話を続けた。

「あれはどうやら過去の記憶を知識として保存する石だったみてぇだ。 俺も触れた途端、頭の中に一気に情報が流れ込んできた。 この宇宙で起きた過去の戦争の記憶、言葉に文化、それに……」

「嫁の、か?」

 ラウラの問い掛けにオルガは首を縦に振ったが、それに疑問を呈したのはトウカイテイオーだった。

「待ってよダンチョー! ボクはあの石に触れた時、ミカの姿なんて見てないよ?」

「……本当か?」

「倒れていたのはその、辛い映像を見せられて気分が悪くなったからかもしれないですし、三日月さんの姿を見る前に気を失っちゃったんじゃ無いですか?」

 スペシャルウィークの疑問を、トウカイテイオーが首を横に振って否定した。

「ううん、スペちゃん。 頭にハッキリ浮かぶぐらい強烈に焼き付いちゃったせいで気を失ったから……ミカの情報にも触れてるなら、むしろダンチョーみたいに思い出せなきゃおかしいんだよ」

「あ、そっか……」

 トウカイテイオーの説明に納得がいったスペシャルウィークだが、一方でオルガはテイオーの言葉に新たな疑問が生じていた。

 何故自分だけが三日月の記憶らしきものに触れられたのか? ラウラの存在を加味しても誰よりも密接な関係なのは否定しないが、だからと言って他の連中にも見せられないほど強い記憶を、何故自分だけが見られるように調整されていたのか? 疑問は尽きないばかりだった。

 

「コホンッ! とにかく、オルガ君やテイオーちゃんが無事で何よりです! 今日はもう仕事を休んで、美味しいもの食べてお休みしましょう!☆」

 流れを断ち切ったのはペコリーヌだった。 明るくハキハキした様子で、場の雰囲気を和ませようと試みる。

 その心遣いに一同も少し気が楽になったようで、表情が緩み始める。

 問題が解決した訳ではないものの、今はこれ以上気苦労の種を増やしたくない。 誰もがそう思っていた。

「……そうだな」

 オルガが賛同したことで、とりあえずこの場での話は終わりを迎えた。

 ペコリーヌはにっこりと笑うと、早速夕食を作りに部屋を出て行った。

「手持ち無沙汰じゃねぇか……ぶっ倒れちまったし、せめてもうちょっと何かするか」

「あ、それならボクも!」

「ダメだよ!」

 オルガとトウカイテイオーを、シャルロットが制止する。

「二人とも病み上がりなんだから働いたりしちゃだめ! 特にオルガはワーカーホリックの気があるんだから!」

え、シャルロットさんと一緒にいた時もそうなんですか!? オルガさん夜通し牧場で働こうとするからお母ちゃんにいつも止められてて……」

「アンタねぇ……」

「……オルガ団長、貴様と言う奴は」

 思わぬ所でスペシャルウィークからシャルロット達に暴露されたオルガの働き過ぎっぷりに、キャルとラウラも呆れたような視線を向けてくる。

「休める時に休め。 でなければ、いざという時戦えなくなるのは知っているだろう?」

 念を圧すようにオルガの身体をベッドに押し付けると、弱った身体で抵抗できずオルガは布団に沈められた。

 トウカイテイオーもそれを見て、渋々自室に戻ることにしたようで部屋から重い足取りで出て行った。

「ゆっくりしててねオルガ。 ペコリーヌがご飯作り終わったら呼びに来てあげるから」

「無茶はしないでね? リーダーってのはどっしり構えてるものなんだから」

 シャルロットとキャルも、オルガがこれ以上無理をしないように釘を刺して出て行った。部屋にはオルガだけが残った。

 オルガは仰向けに寝たまま、天井を見つめている。 いつだって忘れたことは無いが、焼き付いた記憶の中で見えた三日月の姿に、郷愁の念のようなものに駆られる自分がいる。

 何より、三日月はあの記憶の中で共にいた存在から何をされたというのか。 まだ見ぬ三日月のことも心配だが、しかし今の自分にできることは殆ど無い。

 今は自分の身体を回復させることに専念しなければならない。

 オルガはゆっくりと目を閉じ、少しずつ部屋の外から漂う温かな夕食の香りに鼻孔をくすぐられながら、束の間の眠りについた。

 

 

 

 

 オルガとテイオーを寝かしつけてから、シャルロットは外に出て夜空を見ようと建物の外に出ると、そこで同様にのんびりとしていたキャルと会い、無茶ばかりするオルガについて言葉を交わしていた。

「……アイツ、アンタの所でも無茶な事ばかりしてたのね」

「うん。 学校行事の手伝いとかそう言うの、学生生活満喫する傍らで結構駆けずり回ってたね……あと、()()()()()()()()()()に巻き込まれたりとか……」

「修羅場って訳ね……なんとなく分かるわ」

 含蓄のあるシャルロットの言葉を、キャルは察したように苦笑いを浮かべていた。

 オルガは面倒見が良い性格である一方、自分の決めた道を突き進む頑固さも持ち合わせている。

 時にはそれは仲間の為に無茶をすることに繋がり、全てを自分で背負い込んで自壊してしまう危うさも孕んでいた。

 そんなオルガの気質を、恋人として弱さを打ち明けられたこともあるシャルロットはよく知っていた。

 そしてそれは別世界の話ではあるものの、キャルも同様にそのオルガの無茶をする姿を見てきたようで、シャルロットの口ぶりに納得していたようだった。

「無茶をしないでくれるのが一番良いんだけど、でも……そんなところを僕は好きになったんだ。 鉄華団の団長、オルガ・イツカを……」

「鉄華団ね……そう言えばアタシ達の世界でもよく口にしてたわね。 結局何だったのか分からずじまいだったけど……なんかの組織のリーダーだったって訳?」

 キャルの言葉にシャルロットは疑問を抱いた。 オルガと付き合いがあって鉄華団を知らないと言うのは妙だ。 あれは、オルガにとっては単なる組織では無く仲間(かぞく)を象徴するものなのに。

 何かを言いたそうな表情がにじみ出ていたのか、するとキャルはこちらが疑問を口にする前に答えてくれた。

「そう言えば、オルガったらリーダーになりたがってたっぽいけど、結局一緒にいたミカに阻止されてんのよ。 出しゃばりすぎだって……結局ペコリーヌの作った『美食殿』ってギルドの一員になったんだけど、諦めきれてなくって……バッカみたい」

 呆れたように笑うキャルの口ぶりにシャルロットも同じように、しかし乾いた笑いを浮かべる。 どうやらオルガの上昇志向は異世界であっても変わらないらしいが、そっちでは三日月がブレーキ役として働いたらしい。 ペコリーヌの意思を尊重したのは良いが、個人的には鉄華団は鉄華団で存続しても良かったのではと、ほんの少しだけ思ったりもした。

 

 シャルロットがひっそりと考えていると、不意にキャルは何かに気付いたように言葉を漏らした。

「……あれ? じゃあそう言えば……」

何かを思い出したかのように、キャルは視線を上に向けた。

シャルロットもつられて顔を上げると、そこには幾多の星々が浮かんでいる。

夜空に浮かぶ光の展覧会は、雲一つない空に煌々と輝いていた。

それを見上げながら、キャルはぽつりと呟く。

 

「何でペコリーヌ、時々オルガのこと……」

 

 何気なくキャルが疑問を口にした時、野外に置いてあったままの『基地のコンピューター』から通知が届く。

「あ、いっけない! 基地のコンピュータ―外に置いたままだった!」

「忙しすぎてすっかり忘れてたわね。 一々確認に外に出るの億劫だし、建物内にしまい込んじゃわない?」

 シャルロットはコンピューターを運ぼうと、不意に画面をのぞき込んだ時だった。

 

<以前のユーザーのログにアクセス中...追加のアーカイブを発見...>

 どうやら、コンピューター内部のデータの復元が引き続き行われていたらしい。 二人はコンピューターを運ぶ手を止めて、つい中身をのぞき込んだ。

 

<エントリー#4925Fが残っています...>

 

<スキャナーが不審な信号を発見した -kkzztzk- ' 16 'と繰り返して -kkkzt- 宇宙ステーション...>

 

警告 ■■ アーカイブを終了 ■■ 録音を中断

 



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第9話

「二人とも、それは本当か?」

 翌朝、朝食後の団欒の際に皆の前でアーカイブの中身を公表したシャルロットとキャル、その内容に皆が一様に食いついた。

「うん、昨日キャルと話してる時に偶然通知が来たんだ。 内容が内容だから、翌朝落ち着いてから話をしようって」

「アタシも確認したわよ。 まさかあの『宇宙ステーション』にもう一回行かなきゃいけないなんてね……」

 キャルとシャルロットはため息交じりにそう言う。 よく見ればラウラも少し困った様子で、ペコリーヌは特段気にしている様子は無かった。

「宇宙ステーションですか!? そんなのもあるんですね!」

「宇宙人の人たちが店を出していたり、ギルドがあったりとやばい場所ですね!☆」

「凄い凄い! 宇宙人までいるなんて、本当にSF作品の世界そのものだね! 早速行こう!」

「む、むう……そうか。 お前達三人はそうなんだな」

 目を輝かせるウマ娘二人に対し、ラウラは変わらず乗り気で無い態度を見せる。

「何だよお前ら、随分しけた顔してるじゃねぇか。 イヤな事でもあったのか?」

 オルガが問い掛けるが、ラウラは首を横に振って否定した。

「あー、多分それはきっと、アレですかね?」

 その疑問に口元に指を当てて考える仕草をした後に答えてくれたのはペコリーヌだった。彼女は何か思い当たる事があるらしく、それについて語り始める。

 

「ぶっちゃけますと、全く言葉が分からなくてやばいからですね☆」

 

 

 

「……成る程な、通りでミカの捜索が進まなかったって訳だ」

「ボディランゲージだけじゃ限界ありますからね……」

 プロミス/48の大気圏離脱後、7人は各々の宇宙船とISに乗り込んで星系に浮かぶ宇宙ステーションを目指していた。 シャルロットとラウラは各々のIS、『プリンセスストライク』にはキャルとペコリーヌが、そして『ラディアントピラーBC1』にはオルガとスペシャルウィークにトウカイテイオーが乗り込んでいた。

 

 ペコリーヌも出発前に口にした言語の壁についてだが、この宇宙にあまねく存在する宇宙人の主な種族は三種。

 スペシャルウィークが手に取った像と、オルガが知識の石にて触れた記憶で知ったは虫類のような人種『ゲック』、長身で機械の身体を持つ『コーバックス』、そして同じく長身……と言うよりは巨躯とも言う体格の良いみるからに血気盛んな獣人『ヴァイキーン』

 そして皆が皆、地球人の使う言語とは全く異なる言語体系を持っていて、幸いにも身振り手振りを理解してくれるだけの高い知性は持ち合わせているという点だった。 ひょっとすると詳しい情報を知っている可能性もあったのかも知れないが、シャルロットとラウラの身振り手振りと、三日月の写真を見せるだけの体当たり的コミュニケーションではいささか無理があったというのが真相らしい。

 無論、その三種族が更に各々異なる言語を持っているという事実は、宇宙ステーションを訪れたメンバーは誰も知らない。

<……当然、また言語の壁にぶち当たる訳だよねぇ>

<いささか面倒だが、背に腹は代えられまい。 団長達の受信した謎の無線の手がかりの件もあることだしな>

<大丈夫です☆裏を返せば相手を怒らせない程度には、コミュニケーションがとれると言うことです!>

<相変わらずねぇアンタは……まあ、それでも聞いてみなきゃ分かんないんでしょうけどね>

 無線を通し、各々が会話が通じるかどうかに話題に花咲かせる中、オルガは前席に身を乗り出してきたトウカイテイオーと互いに顔を見合わせる。

「なんとなーく、なんだけどね」

「……ああ、言いたいことは分かっている」

 そのやりとりを見ていたスペシャルウィークは首を傾げていた。 彼女に分かろう筈も無い。

 二人が通じない言葉に対しアテがあるかもしれないと、確信めいた予感をしていたなど。

 

 

 

 

<パルスドライブ停止:宇宙ステーションが接近>

 そして一分後、宇宙船の警告文と共にパルスドライブが自動停止。 目前に漂う巨大な黄色い球状の建築物が件の宇宙ステーションらしい。

「ホントだぁ~! 宇宙ステーションなんてボク初めて見る~!」

<あの青い光が宇宙船ドックになってるよ。 範囲内に入れば後は自動で機体を誘導してくれるから楽で良いよ>

「凄いです! こんな事まで出来ちゃうんですね――――」

 スペシャルウィークが言いかけた瞬間、突如ステーション付近で青い光の帯が発生する。 何事かと皆がそちらに注意を向けると、突如として巨大な船が次々と出現。 オルガ達の度肝を抜いた。

「お、おいなんだありゃ!! まさか、貨物船かなんかか!?」

<うむ、どうもそうらしい。 私達も初めて見た時は驚いたぞ>

<いきなり宇宙に現れたって事は、ワープ出来るって事ですね! やばいですね☆>

<ホント、この世界の文明レベルってどーなってんのよって話よね>

 シャルロットやペコリーヌ達は一度見ていた為か、ワープ可能な宇宙船に驚きはするも慌てふためいたりはしない。

 オルガもかつて巨大な船で宇宙を航行した経験がある以上、巨大貨物船に驚きはしなかった一方で、ワープ技術という物語だけの設定と思い込んでいた物をしれっと実現している技術水準に驚きを隠せなかった。 スペシャルウィークやトウカイテイオーに至っては、大きく口を開けたまま完全に硬直してしまっている。

「と、とりあえず着艦すっか」

 オルガ達はシャルロットの言った通りに機体を近づけると、宇宙船はオートパイロットにより中の宇宙船ドックに導かれ、ゆっくりと着艦する。

 シャルロット達も着艦すると、ISを生命維持システムが機能する部分展開だけに留め解除する。

 宇宙船から下りたオルガ達の目にとまったのは、青白い電子の光に包まれた広い空間だった。 人の行き来が頻繁にあるようで、自分以外にも着艦する宇宙船や、逆にこれから出ていく者も居た。

 そして何より、宇宙船から下りてきたその人種は、オルガが知識の石の記憶で合間見たゲックと思わしき姿だった。

「……改めて、本当に宇宙に出てきたって感じですね」

 スペシャルウィークは目を輝かせながら周りを見渡してそう呟く。

 この宇宙ステーションにはゲックと呼ばれる者達だけでなく、一つ目を輝かせる細長い機械の身体を持つ者や、角の生えた獣人のような姿の宇宙人もいた。

 彼等も彼らで一斉に宇宙船から下りてきた地球人類のオルガ達を見ると、驚いたように目を丸くする。

「にししっ♪ ここじゃボク達の方が珍しいみたいだね♪ 特にボクとスペちゃん、ウマ娘だし」

「えっと、確かあっちの機械っぽいのがコーバックスで、獣人がヴァイキーンだったわね……種族の名前とかは流石に知ってるわ」

 一部は一度ここを訪れているものの、何もかもが真新しい光景に皆が心を踊らせている。 そうしていると、遠目で様子を窺っていた宇宙人達の内から、ゲックの一人がこちらに歩み寄って来た。

 手を振りながらオルガの目の前に立つゲックに、オルガは不思議と驚いた様子も無く面と向き合った。 ほんの少し、彼の者の吐息から果物のような甘く優しい香りがした。

 

「jiasdj8fjeafij94iawkjlsadklkofk49akwoafkolsd?」

「ふぇ?」

 ゲックの口から発せられたよく分からない言葉に、スペシャルウィークは首をかしげた。

「……ね? ペコリーヌの言ってた通りでしょ? 言葉の壁にぶつかるって」

「え、ええ。 ちょっとどうしようか決めかねちゃってます」

 耳打ちするシャルロットに対し、スペシャルウィークは完全にタジタジといった様子で目を泳がせている――――が。

 

「hjf8aejiofjjfajwi」

「lifajikfloskofadskoafklfprewlfe-wlfe」

「「「「「え?」」」」」

 あろう事か、オルガは当然のようにやって来たゲック達と会話を始めたのだ。 これにはシャルロット達はおろか、ペコリーヌも目を丸くして驚いた。

「はじめまして、トラベラー、よく来た。 良い船、仲間、いっぱい」

 そしてそれはテイオーも同じだった。

「そうだ。 そんな所……私、労働者ゲック、名前は~ジョック」

「「「「「ええっ!?」」」」」

 オルガとゲックの会話をなぞるように呟く言葉の羅列。 どうやらオルガほど流暢ではないが、トウカイテイオーまで彼らの言葉の一部を理解していたのだ。

「すごいですね☆ テイオーちゃんも言葉を理解できるんですね!」

「あの人達にあった事なんて無いのに、一体どうやって言葉を理解できるようになったんですか!?」

 興奮気味のペコリーヌはともかく、シャルロットはどうしてこうなったのか分からず、混乱しているようだ。

「……まさかテイオー、それはひょっとして」

 何かに気づいたラウラが問いかけると、トウカイテイオーは腰に手を突いて胸を張った。

「へへんっ♪ どうやら昨日触った石の効果で、ちょっとした会話なら理解できるようになっちゃったみたいなんだよね~♪ ま、ボク自身もちょっと驚いてるけど」

 おどけた調子で言うテイオーに、残りの面々は納得がいったようだ。 オルガも救出後口にしていたが、あれは知識を保存しておく為の物で、触れた途端に脳に焼き付くように映像や言葉といった()()()()()()が焼き付いたと。 それ故に個人差はあれど、オルガやトウカイテイオーは彼らと意思疎通が出来るようになったという訳だ。

「でもあれ、テイオー達の様子じゃ人によっては……」

「うん、実際ボク倒れちゃったもん……あれ脳みそに負荷が掛かるんだよね」

「ふむふむ。 でもその代わりに言葉を覚えられるのなら、アリですかね!☆」

「うへぇぇ……私は遠慮しておきます」

 対話を行えるというのならそれもアリと言ったペコリーヌに対し、スペシャルウィークは痛いのは嫌だと頭を抱えていた。 知識の獲得に対し、三者三様の反応を見せる一同だった。

 

assaldwplwplcpdwl(わかったよ、ありがとな)

jfjdaskldsal,l;,;lcx;z@p!!(良い旅を、トラベラー!)

 オルガとゲックはお互いに手を振ると、会話を打ち切ってその場を離れる事にした。 二人の間に笑顔のやり取りが行われていたようで、どうやら円満にコミュニケーションを取れたらしい事が窺える。

「すまねえ、ミカやあのデータに載ってた奴の情報までは手に入らなかった」

 そう言って謝るオルガだが、シャルロットは首を横に振って笑みを浮かべた。 円満に会話が出来る事実を知れただけで、得られたものは大きいのだから。

 しかし転んでもただでは起きないのか、オルガはさっきのゲックに色々と質問していたようだ。

 曰く、このステーションに訪れるような人種はコミュニケーションを積極的に取りたがる傾向にある。 中には自分達に円滑に言語が通じるよう、性能の良いリアルタイム翻訳が可能な機械を持っている者も居るし、そうでなくても単語一つ程度なら見返りはなくとも教えてくれるとのこと。

「リアルタイム翻訳……そんなのまであるんですね」

「教えてくれるって言うのはどんな風に?」

 シャルロットの問いかけに、オルガは頭を指でトントンと音を立てる。

「あの知識の石と同じ、頭に情報を焼くんだそうだ」

ふぇ!? じゃ、じゃあまた痛い思いをするって言うんだ」

「ほんの僅からしいけどな……頭の使い過ぎで頭痛がする程度じゃねぇか? だからこそ単語一つまでって話かも知れねえしな」

 スペシャルウィークは不安げにオルガを見上げるが、オルガは心配ないと笑いかける。

 それよりも、この宇宙ステーションは銀河系でも人の行き来の多い部類らしく、彼らでなくともここには様々なギルド(組合)が出張所を構えているらしい。 もしかしたら三日月の事や、あるいはデータ上の人物を知っている存在に行き当たる可能性が上がるかも知れない。 そう思ったオルガ達は早速情報収集に出かけた。

 

 

 

 

 そして、結果だが――――

「うーん……ほとんどが欲しい情報じゃなかったですね」

「ま、そう都合良く情報なんて見つからないわよねぇ……」

 正直芳しくはない。 誰もが三日月・オーガスやデータ上の何者かの存在など知らないと答えられ、見事撃沈した。

「でも、コーバックスやヴァイキーンの人達から、色んなモノもらっちゃいました☆」

「うむ、一応の収穫はあった。 多少だが彼らの言語を知る事も出来た……頭痛はするがな」

「店もいっぱいあったよ! 宇宙船やマルチツール用のモジュールって言うの売ってたりとか!」

「もうここにいる大半の人には聞いちゃったし……後はあそこでベンチに座っているゲックの人くらいだね」

「だな。 これでダメなら今日はもう出直そうぜ……疲れたろ、シャル達はそこで休んでな。 俺が行ってくる」

 オルガはシャルロット達に休んでいるよう促すと、一人でのんびり休んでいるゲックの元へと足を進めた。

「ンンッ……邪魔するぜ」

 軽く咳払いをしながら話しかける。

 ゲックは突然の来訪者に少し驚いた表情を見せたが、オルガの友好的な態度にすぐに笑顔になった。

lreogkofkvmcvmidfjesokmesfokdeok、(おや、トラベラーの方ですか?) jfikeokoe,dwo,xpowo,(何か私に御用が?) xlexoewkdkfewowo(商談についてですかな?)

zzkfekwkdolwd,(ん、まあそんなとこかな。) eokfhtugiwokjfdkjsnbadnmmaxkxw,xwlq(ちょっと取引を検討しているんだが)――――」

 とりとめの無い会話から入り、三日月達の情報について尋ねて行くというやり方で、オルガは道行く人々を捕まえては質問を投げかけていった。

 しかしどうだろうか。 最後に話しかけたゲックはどうも相当なおしゃべりだったようで、会話の中でオルガが聞きたい情報について誘導しても、かなりの長い時間身の上話や商売がどうのだの、現状オルガにとってはどうでもよい話ばかりをを聞かされてしまった。

 これは参った。 ここまで来て何の収穫も得られないというのは、オルガ自身にとっても中々に堪える展開だった。

(ああクソ……長ぇな。 何か最後に質問だけして切り上げるか)

 長話に辟易したオルガは、まだ問い掛けていない質問をしようと口を開いた。

jdskdsoakdasoasdkpdf……(ところで話は変わるんだけどよ……)lpdflpkfdogkogrkp?(アンタに心当たりはねぇか?) dkiefjkklcmmvivmvkaxsl,(最近俺の身の回りで)|asxokeketoetiwokfokceiew不審な信号をキャッチするんだよ》」

 オルガが話を切り出すと、おしゃべりなゲックは饒舌ぶりが嘘のように口を閉じ、オルガの次の言葉を待った。

 

jfsikfesowe,x,povr,ogltrokero(ずっと繰り返されんだよ……)

"16" 

dijdwiedwiodwkmiowcemecwo(って数字なんだけどな)――――!!!!」

 そしてオルガが言葉を言い終わるその瞬間、オルガは突如として口を閉じていたゲックの瞳が赤く輝いていたことに気付く。 その瞳の奇妙な輝きに、己の心を見透かされたように動揺する。 そんなオルガの内心をも読み取ったのか、ゲックは驚くほど無機質なイントネーションで言葉を紡ぐ。

 

「我々は君を見ているぞ、旅行者よ。 ■■ 君に残した物を見つけなさい」

「ッ!!??」

 ゲックの口から放たれたその言葉は彼らが知りようも無い、オルガ達と同じ言語に聞こえた。

 同時に彼の瞳から放たれた赤い光はコードとしてオルガのエクソスーツに刻まれた。

 驚き呆れるオルガの姿を、対して異変の当事者である筈のゲックには、よく分からないと言った様子で首を傾げていた。

(自分の身に、何が起きたか分かってねぇのか?)

 ゲックの方も急にオルガへの興味が失せたのか、一言軽く別れの挨拶を済ませ棒立ちになるオルガを置き、立ち去ってしまった。

 

「……オルガさん?」

 少女の声に振り返ると、スペシャルウィーク達が目を丸くして立っていた。

「今の話、何? あの人翻訳機か何か持ってたの?」

「あ、いや……よく分からねぇ」

 ウマ娘の聴覚が遠目ながらオルガ達のやりとりをしっかりと聞いていたようだ。 トウカイテイオーも怪訝な眼差しを向けてくるが、しかし面と向かって話していたオルガが一番聞きたい質問を答えられるはずも無く、歯切れの悪い返事しか出来ずじまいだった。

 

 オルガは今の会話の中で受け取った奇妙なコードについて話をすると、一度基地のコンピューターで読み取ってみようと言う意見で一致した為、今日の所はお開きにしようと言うことで皆宇宙船に乗り込んだり、ISを展開してステーションのドックから飛び去った。

 

「ハァ、よく分かんねぇ情報といいミカのことも芳しくねぇと来て。 俺達は先の見えねぇお使いさせられてる気分だ」

ステーションから宇宙空間へと飛び出す宇宙船の中、一人呟くオルガの言葉に他の者も同意する。

<言葉が通じるっていうだけでも一歩前進だよ。 まだまだチャンスも時間もあるんだし、諦めずにもう一回ここに来よう?>

「しょーがねぇなあ……」

 シャルの励ましにも、オルガはため息交じりにしか答えられなかった。

 

 

 

 

<……>

<? どうしたのよペコリーヌ……って何してんの?>

<ごめんね皆さん。 やっぱり内容が気になっちゃいましたから、さっきのオルガ団長の貰ったコード、読み取ってみますね☆>

 突如、無線機越しにペコリーヌが妙なことを言い出した。 思わずオルガ達は、側で飛ぶペコリーヌのプリンセスストライクへ視線をやる。

<やめときなさいよ。 そんなの読み取れる機械なんてそもそも――――>

<宇宙船のコンピューターなら読み取れるかもですね! ちょっとやってみます☆>

「ペコリーヌ……おま……」

 苦笑いする一同を余所に、恐らくは止めようとしているであろうキャルを押しのけ、機体のコンピューターにコードを入力しているペコリーヌの姿が、宇宙船のキャノピー越しながら思い窺えた。

 

 

<――――を解読中... 16■■ 16■■ 16■■>

 するとその読み取ったコードと思わしきその内容が、突如としてオルガのエクソスーツのログにまで送り込まれてきた。

「ピェッ!? 何この数字!?」

「私の所にまで変なログが来てますよ? ……やだ、何か不気味」

 スペシャルウィーク達にもそれは届いたらしく、動揺の色が表情に窺えた。 そしてそれは、IS故に表情が丸見えなシャルロットとラウラにも同様だった。

 周囲を巻き込んだログの解読は続く。

<メッセージ:トラベラーは翼を手に入れた。 私たちのもとへ飛んでくるのだ。 そしてこの宇宙に居場所を確保せよ!>

 

 

<信号をキャッチ ■■ 生命反応を検知>



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第10話

注意! 後半ちょっときちゃない表現あり!


 ペコリーヌの出来心で行われた、宇宙船のコンピューターを使ってのログ解析により表示された座標は、オルガとスペシャルウィークらが最初に目覚めた『ラディウム・ぷると/11』にあると指していた。

 一度は基地に戻ろうとしたオルガ達はすぐさま月面へと進路を変更、たどり着いた先でオルガ達は墜落した貨物船を発見。 調査の過程で生命反応と裏腹に生存者の姿は確認できず、ついでに貨物船の残骸を物色した。

 調査の最中、墜落船の積み荷を開けた際により高濃度の放射線が漏れたりして一悶着はあったが、データログや色々な機器の設計図等と言った収穫を得られ、オルガ達は満足だった。 

 

 

 

 

 そして今、オルガ達は本来の予定通り基地へ帰還。 戦利品の確認に今後の方針について話し合っていた。

<■■ ログ損傷 ■■ 記録断片の読み出しは可能>

<アノマリーが星々を求めてやってくる。 逃げろ。>

「そうして何か物騒なログかと思いきや・・・・・・この『ハイパードライブ』の設計図を入手したって訳だ・・・・・・俺達の宇宙船向けのテクノロジーって辺りがおあつらえ向けだな」

「やってくれたわねペコリーヌ、お手柄よ」

 照れるペコリーヌを肘で小突くキャルの表情はどこか嬉しそうだ。 成果なしに躓きかけた矢先でまさかの収穫に、ペコリーヌの出来心に感謝するオルガ達はとても上機嫌だった。

 

 仕様に寄れば、このハイパードライブという物はざっくり言ってしまえば、数百光年の距離がある恒星間を一瞬で移動するワープ装置と言う事になるらしい。 それは、先ほど宇宙ステーションの訪問時に遭遇した、あの貨物船団が使用した技術と同じ物らしい。 オルガが言うには、これはその個人の宇宙船向けの小型な代物らしいが。

 何光年ものワープという絵に描いたようなSFの産物に皆が浮き足立つ中、必然的に次の大きな目標はこのハイパードライブを実装して、試運転を行ってみようと言うことになったのは言うまでもないが、ここで問題が一つ発生する。

 それはハイパードライブの実装に必要なパーツと燃料、そのどちらもが持ち合わせがなく不足している事。 そしてそれらに必要な部品は、少なくとも現状自前で用意することが出来ない『マイクロプロセッサ』が必要になるらしい。 幸い、部品自体は先程の宇宙ステーションで、テイオーが物資の販売を行っている取引ステーションを発見し、そこでも取り扱っているようなのだが・・・・・・。

 

「先立つものが、ねぇんだよな」

 オルガは困ったように頭を掻いた。 肝心のパーツを手に入れるための資金がない。

 必然的に金策を求められると言うことになるのだが、そうなると今度は別の問題も出てくる。

「お金を稼ぐって事は、勿論何日もかかる場合ってあるんですよね?」

「この基地を拠点にやってくのに全然物が足りないよー・・・・・・食べる物だって食べなきゃだし」

「仕事紹介して貰うにも、なんかギルドとかの信用がないと受けられないんだっけ?」

「そうなれば当面は物を売って種銭を稼がなければいけない訳だな」

「やばいですね・・・・・・思った以上に収入を得る方法、限られてるわけですね」

「基地も作りかけ、金策もままならない。 手を付けなきゃいけないこと山ほどあるわね」

 

 オルガ達はいざ直面した様々な問題に頭を抱える。 これまではそれ以上の生存の脅威に晒されてそれどころではなかったが、こうして落ち着いて考える余裕が出来た途端に現実が押し寄せてくる。

 頭の痛くなる問題に皆が困った様子であるが、ただ一人オルガはこの状況を内心喜んでいたりもした。

 皆の悩む様子そのものを喜んでいるわけではないが、こうして大勢で話し合って問題を解決しようとする姿勢は、オルガにとって好ましいものだった。

(以前なら、何でも出来る人間だけがやれば良いって、俺一人で抱え込んじまってたもんな)

 オルガはかつての鉄華団のワンマン運営を思い出し、苦笑を浮かべる。

 団員は自分が守らなければならないと無理が祟った結果、結局は誰にも相談出来ないまま崖っぷちに向かって走り、結局は危険にさらしてしまった。

 その際には副団長のユージンからも、もっと自分を頼ってくれと言われていたのも、それ以前にビスケットからも無茶をして仲間を危険にさらそうとしていると言われた事もあった。

 オルガはそうした失敗を踏まえて異世界の旅を続け、出会った仲間達と過ごす内に理解した。 自分達は未熟だが、未熟なりに話し合う事も出来る。 頼れる人達だってもっと存在すると。

 問題が山積みな事実に変わりはないが、それでもこうして仲間達と一緒に困難と向き合っていく姿を、オルガはどこか心地よく感じていた。

 

「・・・・・・なんだけど、オルガはどう思う?」

 オルガが考えにふけっていると、シャルロットが話しかけてきた。

 どうやら、先程からオルガが黙っていたせいで、話を聞いていなかったと思われてしまったようだ。

「ああ悪い、少し考え事をしてた」

「もう。 ・・・・・・一先ずはお金の掛からない基地の設営を、もう一段階進めようって話し合ってたんだ。 お金を貯めてハイパードライブをって考えたけど、地盤固めの方が大事かなって」

「……そうだな」

 シャルロット達が話し合った内容によると、ハイパードライブを先に完成させても、行った先で不備があれば戻ってこれるかどうかも分からない。 幸い大半の星系には、今日行ったような宇宙ステーションが点在しているらしく、そこのテレポートモジュールを使って戻ってくることも可能だが、それはこちらにも同様の『基地テレポートモジュール』を設置することが必須となる。

 そうなれば、そのモジュールは勿論動かすための電源設備等も拡充する必要があるわけで、いずれにせよいまテレポートをするのは時期尚早であると結論づけた。

「どうかな? オルガは先にハイパードライブ完成させる方?」

「……いいや、異論はねえ。 完璧だ」

 オルガがシャルロットの提案に賛同すると、シャルロットをはじめ皆が嬉しそうに微笑んだ。

 オルガはそんなシャルロット達の笑顔を見て、こんなにも相談し会える仲間達が得られたことの嬉しさを噛みしめていた。

(もしあいつらともう一度会えたなら、こんなふうに……)

 オルガは、かつて共に戦った鉄華団の仲間たちの顔を思い浮かべながら、彼女達の提案に沿う形でTO・DOをまとめることにした。

 一先ずは基地の拡張。 電源周りとテレポート機器の実装。 そしてそれを実現するには、つい先日テイオーがやりかけるもハプニングに巻き込まれ、うやむやになった『埋没したモジュール』の発掘作業の再開が不可欠であると結論づけた。

「今日は夜になる前にできる限り集めるぞ。 皆はそれでいいか?」

「うん、僕は大丈夫だよ!」

「はい! 私も一生懸命頑張ります!!」

「へへんっ、今度こそ頑張っちゃうもんねー!」

「任せてください!☆ 私はその間に皆のご飯を用意させていただきますね!」

「オッケー、じゃあアタシはペコリーヌと一緒に食材の調達をするわ」

「うむ、了解だ。 では残りの5人はモジュールの回収作業だな。 埋没している間隔にそこそこの距離があるから、私とシャルロットでオルガ団長達を運べばスムーズに行くだろう」

「よし、話は決まりだな……じゃあ早速始めるか!!」

 皆がおー!と声を張り上げて、早速行動を開始する。

 

 

 

 

 

「……よしっ、これだけ集めりゃ何とかなるだろ!」

 地面を掘り返しては埋没したモジュールから『回収データ』をサルベージするオルガ達のグループは、ウマ娘達とオルガ自身の俊足、回収後一纏めにした後のシャルロットやラウラの基地までのピストン輸送によって、絶大な回収効率を誇っていた。

 これだけあれば大半のデータを復元することが出来るかもしれないと、オルガは確信めいた感情を抱いていた。

「皆、お疲れ様!」

「おかげでかなりの数の回収データが集まった。 感謝するぞ!」

「へへんっ! ようやくこのテイオー様の面目躍如ってのが果たせたね!」

「いっぱい動いたせいでお腹が空いちゃいました。 そろそろ夕飯ですし、基地に戻りません? きっとペコリーヌさん達が夕飯の準備をして待っててくれてますよ!」

「おう! じゃ、そろそろ基地に帰るか!」

 こうして、オルガ達は夕食のために基地へと戻ることになった。

 

 

 

 

 しかしオルガ達は知らない。 基地に戻った後でまた一悶着あると言うことを……。

 

 

 

 

「ごめんなさい! 『栄養プロセッサ』がちょっと調子悪くて、私の特製レシピが使えなくなっちゃったんです!」

「マジかよ……」

 帰還後、基地の前で大量の食料を背に申し訳なさそうにする、ペコリーヌとキャルから告げられたのは、全自動調理器たる栄養プロセッサのトラブルであった。

 ペコリーヌの料理は絶品であり、その味を知るオルガ達にとってそれは由々しき事態である。

 だが、幸いなことに基地内には彼女達の集めてくれた食材が残っているため、何よりペコリーヌ自身の料理の腕前もあるので、炊事場と浄水装置さえ何とかしてしまえば、少々時間は掛かるが対処は可能かに思われた。

 オルガ達は早速回収したモジュールから、基地内においてそのような機能を実装できないかデータを復元してはみたが……。

「……ダメだ、建築資材や他のモジュールは見つかったんだが……料理に関するテクノロジーだけは何にもねえ」

 オルガはせっせと集めたデータから、本来のお目当てである『基地テレポートモジュール』や『電池』『ソーラーパネル』等の設計図を始め、様々なデータの復元に成功。 むしろ成果だけなら大成功だった物の、しかし今この場において最も欲しい料理関係のデータは遂に入手出来ず、頭を抱える羽目になった。

 スペシャルウィークとトウカイテイオーは、ショックを通り越して放心状態だった。

「そんなぁ……せっかくペコリーヌさんの美味しいご飯が食べられると思ったのに……」

「オナカスイタヨー……」

「どうしようか……こうなったら石を削ったり火を起こして調理してみる?」

「ふむ、原始的だがサバイバルの知識が役に立つかもな」

 その内ラウラ達は、ある物で現状をしのぐことを提案する。 もしペコリーヌに出会っていなければ、そうやって食材を調理するつもりであっただけに覚悟は座っているが、今から調理し始めると勿論時間は掛かる。

 肉や野菜はまだしも、主食のパンは調理までに中々時間が掛かるのは避けられないだろう。

 そんな中、ペコリーヌはふとオルガに歩み寄り、彼に対し耳打ちをした。

 

「オルガ君、その」

「……どうした?」

 オルガの相づちに、ペコリーヌはなお小声で話を続ける。

「あの、えっと……さっきの栄養プロセッサ、なんですけど」

「何だ? お前にしちゃ妙に歯切れが悪いじゃねぇか」

 オルガは首を傾げた。

「いえ、その……実はですね……」

 関わった人間を圧倒するハイテンションの彼女が、珍しく言い淀む姿にオルガは怪訝な眼差しを送った。

「実は、パンを焼くだけなら標準のレシピが今の状態でも使えるんです」

「!」

 唐突なカミングアウトにオルガは驚くが、ペコリーヌが周囲に聞かれぬよう小さい声で口にしたその言葉を、キャルは聞き逃さなかった。

「ちょっとペコリーヌ!? まさか、アンタ『アレ』を……?」

「違いますキャルちゃん! 私だって『アレ』を人様に食べさせるのはちょっと――――」

「何だよ。 勿体ぶらねぇで教えてくれても良いだろ?」

 オルガの催促に、ペコリーヌは観念したように口を開く……その前に、一言断ってオルガだけをひったくるようにして共にその場から遠ざかり、他に誰にも聞かれないよう再度注意を払った上で、彼にその難色を示す理由をこっそりと耳打ちする。

「標準のレシピじゃ小麦粉の他に『野生酵母』を別で入れる必要があるんです」

「おう、それで?」

「その野生酵母が問題で……『フェシウム』って成分を栄養プロセッサで発酵させる必要があるんですけど――――――ゴニョゴニョゴニョ」

「――――!?

 申し訳なさそうなペコリーヌの口から告げられた内容は、オルガを絶句させるには十分だった。 キャルも遠い目をしながら顔をそらしている。

 

「ま、マジかよ……パン一つ作るのにそんな事すんのか……」

「だから、小麦の中に元々ある酵母菌だけで発酵できるようレシピを改良したんですけど……」

「作れなくはないからって、それは……」

「「え!? パンだけなら調理できるんですか(の!?)」」

 突然の声かけに三人は背筋を震わせ振り返ると、そこには目を輝かせたトウカイテイオーとスペシャルウィークが立っていた。

「き、聞いてたのか?」

 オルガ達は戦慄した。 どうやらウマ娘の聴覚はこちらの声を捕らえていたらしい。

「パンだけなら作れなくはないって部分だけですけど!」

「人が悪いよペコリーヌ! パンだけでも作れたなら、出し惜しみする必要なんかナイヨー!」

 ……都合の良い部分だけ。

「え? あぁ……でも、はい」

「お腹空いたー! 早く作ってー!!」

「他に必要なレシピがあるなら私取ってきますよ!? ペコリーヌさん、キャルさん! 何が必要なんですか!?」

 距離を詰めて問い掛けるスペシャルウィークに、ペコリーヌは困ったように笑いながら言葉を濁すしかなかった。 材料のフェシウムの出所を明かすわけにもいかず、当然それを教えてまで取りに行って貰うなんて言うのは論外だ。 しかしこのままでは空腹に掛かったウマ娘が、またも一人で飛び出してしまう可能性を考えると沈黙を守ることも出来ない。 選択を迫られる三人だったが、そんな時逆上気味に立ち上がったのはオルガだった。

 

「ああ分かったよ! 取ってきてやるよ!! どうせ空腹は待ってはくれねぇんだ! 取りに行きゃいいんだろ!?」

「……オルガさん?」

 突然激高するように叫ぶオルガにスペシャルウィーク達は圧倒されるが、オルガはむしろヤケクソ気味に言葉を続けた。

「途中でどんな地獄が待ち受けようと……お前に……お前等に……俺が材料取ってきてやるよぉ!!!!」

 そして皆が制止をする前に、今度はオルガがマルチツールを片手に飛び出して行ってしまった!

「ちょ、ちょっとオルガ!? どこ行くのよ!?」

「材料取ってくるんだよ! お前等はシャル達の手伝いと――――基地にシャワールームでも作っといてくれ!!」

「……は?」

 スペシャルウィークとテイオーが首を傾げるも、その疑問に答えることなく今度はオルガが一人で森の中に入って行ってしまった。

 慟哭にも近い叫びを上げるその意味を、ペコリーヌとキャルだけが察するように引きつった笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 オルガは森の奥深くで、早速フェシウムの採取に取りかかろうとしていた。

 だが、オルガの表情は険しい。 その理由は、ペコリーヌの口から告げられたフェシウムの入手方法にあり、オルガは正にその入手元の前に立って息を呑む。

 つい昨日、彼女が抱えながら肉の美味しい大人しい生物だとのたまっていた、二本足の動物の前に。

「要するに、メシ食わせときゃ簡単に得られるって寸法だろ……?」

 オルガは覚悟を決め、フェシウムを手に入れる為の手段を実行すべく、インベントリ内にて『炭素』を合成、あらゆる動物の餌になる『クリーチャーペレット』を生成した。

「……よし、これでいいだろう」

 作りたてのペレットを動物の前に投げ置いて様子をうかがうと、動物は餌の匂いに釣られペレットを食べ始める。

 その様子を見て、オルガは静かにその場から少し距離を取った。

 動物はオルガが作ったペレットを食べると、餌をくれたオルガに好意的になったのかこちらへと近づいてきた。

 そしてオルガの前で背を向け、小刻みに震えてながらその場に屈みこんだ。

(おいおい、何も俺の前ですることねぇだろ……)

 そう思いながらも、オルガはさっさと必要な物を回収してしまい為、動物の意図を察して黙々と様子をうかがっていた。 しかしいつまで経ってもオルガが望む物は出てこない。

 何事かと思って動物の身体に『分析レンズ』を当てて調べてみると、そこでようやくオルガは理解した。

 動物の下腹部が、不自然に膨れたままになっているのを。

「……何だよ、詰まってんじゃねぇか」

 オルガはため息交じりに呟くと、動物の腹をさすってやることにした。

「いいから出せ。 俺だってこんな事したくねぇんだ、ほらあくしろよ……」

 動物が必死になって踏ん張っている。すると少しだけ動きを見せたと思った瞬間……。

「うわっ!?」

 形容しがたい物体が動物のアレから飛び出してきた。 オルガが慌てて身を引いて躱したそれは、勢いよく地面へと落下する。 身も蓋もなくハッキリと言うならば動物の排泄物だ。

「うげぇ……ペコリーヌから聞いてたけどこれがフェシウムの原料って言うのがなあ……」

 

 そう、嫌そうな顔をするオルガの言う通り、フェシウムとは嫌な臭いの元となる結晶状の化合物……言わば糞便臭の原因となる成分である。 これを栄養プロセッサで発酵させることで、どういう訳か野生酵母を抽出することが出来るというのだ。*1 言ってみれば動物の糞から取り出した酵母菌でパンを発酵させるという訳なのだが、あのペコリーヌが食べ物に違いないとは言え、これを安易に勧めることを流石に躊躇したというのも納得だろう。

 

「むしろこれが分かってたからレシピを改良したんだろうな……クソッタレ、あいつらにだけは絶対に話せねぇな」

 嫌そうな顔をしているオルガだが、ここまでやった以上はフェシウムを回収しないことには話が進まない。なのでオルガは目を背けながらも、さっさと動物の糞からフェシウムの結晶を回収する。

「ああクソ、最悪だぁ……ペコリーヌ等がシャワー作っててくれるの期待するかぁ」

 アイテムの回収は全自動でエクソスーツが行ってくれるものの、動物の糞に間接的に触れることに関してはどうにもならない。

「あーもう、この世界に来てからずっとこうだぜ? 何なんだよこの世界は、マジでありえねーぞ!」

そんな愚痴をこぼしながらも、オルガは必要分なんとかフェシウムの回収に成功した。

 これで後はさっさと基地に戻り、こっそりフェシウムを発酵させて野生酵母を抽出するだけで済むはずだ。 後のことは知らない。勝手にやってくれとばかりにオルガはその場を後にしようとした――――その時だった。

「さてと……帰るか――――ん?」

 気が滅入りそうなのを我慢して重い腰を上げようとするオルガだったが、不意に今し方出すものを出したはずの動物が震えている事に気がついた。

 よく見れば、フェシウムの原料を排出した部分が心なしか震えていることに気付く。

「お、おいちょっと待て……まさか」

 嫌な予感を覚えつつも、オルガは身を引いて慌ててその場から離れようとした。 しかし悲しきかな、無理な姿勢で屈んでいたことが祟って足が痺れ、立ち上がろうとしたところでもつれ倒れ込んでしまった。その瞬間、先程まで苦しそうにしていた動物の腹から轟音が鳴り響く。

 この子に起こりうる惨状を、オルガは直感的に察してしまった。

「まま、待ってくれ! これ以上の用を足すだけだったら、わざわざ俺の前で出す必要なんかないだろ!? 俺以外ならどこにでも出してくれ!! 何度でも出してくれ!! 鉄華団団長の俺の前だけは――――――!!!!!!」

 

ドバーーーーーーーッ!!!!

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 ……何が起きたかを詳細に語るにはあまりに見苦しいので、擬音のみの抽象的な表現にならざるを得ない事は悪しからずでお願いしたい。

 

 

「なんてコエ……出してやがる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからと言うもの、見るも無惨になりながら辛くも帰還したオルガを出迎えたのは、全身が汚れたオルガのあまりの臭気に、優れた嗅覚がアダとなって卒倒するウマ娘二人に、汚れたまま基地の中に入らないでとシャルロット達には怒られ、あまりに踏んだり蹴ったりな扱いだった。

 唯一救いがあるとすれば原料のフェシウムについて悟られなかったのと、事情を悟ってエクソスーツの洗浄を手伝ってくれたペコリーヌとキャルの優しさが身に染みたと言うことだろう。

 

 海水で体の汚れを落としながら、小声で話し合うオルガとペコリーヌ達は神妙な面持ちだ。

「ねぇアンタ、本当にあの子たちにあんなのを食べさせる気でいるの?」

「……食えるように加工はしてあるんだからよ。 そう悪く言うもんじゃなぇぞ」

 そう言うオルガの口ぶりは歯切れが悪い。 レシピさえ知らなければ、スペシャルウィーク達はただおいしいパンを頬張ると言う、一見無邪気な光景が繰り広げられるだけなのだろう。 しかし事情を知る自分達から見れば、だまし討ちに近い後ろめたさがあるのは致し方のないことだった。

「俺は止まんねぇからよ……責任は全て俺がとるぞぉ」

「少しは立ち止まって考えた方がいいと思いますね☆」

「……いずれにせよ、アタシ達地獄に堕ちるかもしれないわね」

 必死でごまかすようなオルガに対し、ため息交じりのペコリーヌとキャルの呟き。 それは容赦なくオルガの良心に訴えかける。

「今は食事が数少ない楽しみなんだ……あんなに食べたそうにしてるウマ娘なんか見たらよ。 どうにかしてやりてぇと思っちまうんだよ」

「……事情だけは話した方が良いような気するけどね」

 そう言われてしまえばキャルも無碍に突っぱねられなくなってしまう。 こうなったらと覚悟を決め、ペコリーヌ共々地獄に付き合うこととした。

 和気藹々と食材を調理するスペシャルウィークやラウラ達の残酷なまでに楽しげな姿を遠目に、オルガ達はこみ上げる感情をこらえながら、その後に訪れる食事の時間に思いを馳せるのであった。

 

 

*1
困った事に原作(No Man's Sky)通りのレシピなもよう。




 この後、しっかりレシピがバレたので落とし前をつけさせられた。


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幕間 ~スペシャルウィークの一日~

 今更ながら、原点の『プリティーオルガ』におけるスペのオルガに対する二人称が『オルガちゃん』だったことを思い出すワイ氏。


 ……ネタ、拾うか。


 これはオルガ達が初めての星系間ワープを実行する、その為の準備段階における話。

 

 スペシャルウィークは普段プロミス/48の地上において、食料や基地設営の資材などを集める役割を負っているのだが、地上では調達困難な物品が欲しいと言う事で気分転換も兼ね、今回オルガの駆るラディアントピラーに同乗する形で、宇宙ステーションを訪れていた。

 オルガと二人して買い込んだ多くの資材を縦に何十も重ねて両腕に抱えながら、人の行き来も盛んで聞き慣れない言語に満ちあふれた活気あるステーションの商業エリアを練り歩く。 特に彼女はウマ娘という珍しい地球人種も合わさり幾ばくかの視線を集める中、流石に息切れを起こした二人は近くのロビーに訪れ、ソファーの側に大量の荷物を置いてやっと腰掛ける。

「フー……ったく、買い過ぎだぞスペ。 そんなに一気に買い込まなくても良いじゃねぇか……第一スーツにはアイテムケースあるんだから、わざわざ重たいのに両手で持つ必要ねぇだろ?」

「はぁ、はぁ……それならオルガさんも律儀に付き合わなくても……。 いんですよ、最近運動不足気味な気がしますし、ペコリーヌさんのご飯もその……美味しくてつい」

 気恥ずかしそうに言う自身に対し、オルガは座りながらこちらの全身を一瞥する。

「……ぱっと見筋肉量は減ってねぇし、心配しなくても無駄な脂肪だってついてねぇよ。 生活基盤整えるストレスでむしろ痩せすぎを気にしろよ」

 あんまりじろじろ見ないでくださいよ……恥ずかしいです」

「おっと悪い。 サブトレーナー時代の癖で、な」

 顔を赤らめて身を抱えるスペシャルウィークに対し、オルガは天井を仰ぎ見る。

 トレセン学園に三日月と共にスペシャルウィークと訪れた際、オルガは沖野トレーナー率いるチーム『スピカ』において、スペシャルウィークの保護者でもあるという位置づけから選手兼サブトレーナーとしても働いていた。

 彼の言う幾度となく重ねてきた異世界の旅々の経験から身につけたフィジカルによる、実際にウマ娘と併走出来る強みを生かしてきたオルガ。 それは沖野トレーナーのトレーニングプランの組み立てにも大いなる貢献をもたらしたことを彼女は記憶している。

「スペ、俺がいなくなった後もあいつら元気にしてたか?」

 オルガが尋ねるとスペシャルウィークは少しだけ寂しさを込めたような笑顔を浮かべる。

「元気は元気でしたよ。 でも、やっぱり三日月さんやマッキーさんも一緒に居なくなって、私だけじゃなく皆もどこか寂しそうにしてました」

「そっか……」

 スペシャルウィークは輝かしい記憶に思いを馳せながら言葉を紡ぐ。

「スズカさんとトレーナーさん。 ウォッカちゃんにスカーレットちゃん。 ゴールドシップさん。 マックイーンさんとテイオーさん。 そしてオルガさんと三日月さん……私は皆がいるスピカが恋しくて仕方が無いです」

「――――ああ」

 皆がいるスピカ……その言葉と共に一瞬身を震わせるオルガの仕草をスペシャルウィークは見逃さなかった。 少しの間を開けて相づちを打つ彼の口ぶりはどこかぎこちない。 本意では無いとは言え、彼らの元を去ってしまった後ろめたさがあるのだろう。

「オルガさん。 三日月さんやマッキーさんも見つけて、絶対に元の世界に帰りましょう!」

「……そうだな」

 

「あ、いたいた! オルガー!」

 オルガとスペシャルウィークの会話を遮るように、商業エリアのブースの向こう側から声がかかる。

 視線をやるととそこには、レオタードとも水着にも見える露出度の高い格好の女性二人。 凜々しそうな銀髪の少女と手を振る快活そうな金髪の少女がこちらに駆け寄ってきていた。 ラウラとシャルロットだ

「遅れてゴメンね! 随分と貴金属の収集に手間取っちゃって」

「かなりの数が集まったからな。 売却にも少々時間がかかった……それにしてもスペシャルウィーク、随分と買い込んだな?」

 二人は歩み寄るなり、オルガとスペシャルウィークの側にある大量の資材の山に目を見張る。

「スーツのアイテムケースには入れないの? いくらウマ娘だからってこの量は重たいでしょ?」

「いいんですシャルロットさん。 身体がなまっちゃわないようにしないと、いざ現役復帰って事になったときに困りますから」

「相変わらず真面目なヤツだよなぁお前。 さてと、そんじゃあ皆でステーションを見てまわろうぜ」

 そう言ってオルガは先陣を切って歩き出すと、当然のようにシャルロットはオルガの隣に並んで足を進める。

 二人の背中を追うようにして興味津々に周囲を見渡して歩くラウラに対し、スペシャルウィークは担いだ荷物を物陰代わりに談笑するオルガ達を覗き見ていた。

(そう言えば、シャルロットさんと恋人同士なんだっけ)

 朗らかに笑みを浮かべ他愛のない話題を繰り広げる微笑ましいその姿は、恋人同士としても違和感の無い距離感であった。

 幾多の世界を渡り歩いているというオルガ達。 つまり順番こそ後か先かは分からないが、物心ついた時には一緒に居たオルガと三日月には文字通り別の人生があった。 そう、今彼の隣に居るシャルロットと交際していた、スペシャルウィークの知らない彼の人生が。

(……本当に、本当に私やテイオーさんと一緒に元の世界に帰ってくれるのかな。 オルガちゃん)

 自然とオルガを呼ぶ口調が昔のものになるスペシャルウィーク。 幼少の頃は母親に対してのものと同様、彼を義理の兄として『オルガちゃん』と親しみを込めてそう呼んでいた。

 育ての母親曰く突如として敷地内に現れ行く所がないと三日月共々引き取り、むしろ働き過ぎなぐらいよく動いて怒られていた事。 こちらの感情の変化に機敏で辛い時はよく励ましてくれたりしてくれたこと。

 何より、自分と同じ目線で接してくれていたことが嬉しかった。 彼自身も本当の親の顔をよく覚えておらず孤児だったことも手伝って、まるで本当の兄妹のような関係だった。 そんな彼と共に成長するにつれ彼女の胸中は言いようのない複雑な感情が込められ、いつの間にか呼び方が『オルガさん』に置き換わっていった。

 今でも偶にちゃん呼びをする事があるが、無垢な子供の頃とはまた違う感覚だ。

「どうしたスペシャルウィーク?」

 考え込んでいると、思考を遮るように声をかけてきたのはラウラだった。

「ひゃ! ら、ラウラさん!」

「……荷物を担いだまま考え事をするな、怪我をするぞ」

「い、いえ何でもありません! ちょっとボーっとしちゃっただけです!」

「気をつけろ。 もう荷物はしまい込んだ方が良いんじゃないか、手が震えているぞ?」

 ふと言われてみてスペシャルウィークは、自身の両の手が荷物の重さに悲鳴を上げている事に今更ながら気付いたようで、有無を言わさず荷物をスーツのインベントリにしまい込む。 間髪入れず両手を振り、腕や肩に溜まった乳酸の痺れを散らす。

「あ、ありがとうございます。 もうちょっとで落っことしちゃう所でした」

「……」

 知らずの内に負荷をかけ過ぎていたのか、スペシャルウィークはしばし自身の腕の疲れにしかめっ面を浮かべていた。

「二人が気になるか?」

「ふえ?」

 思いがけないラウラからの問い掛けに目が丸くなるスペシャルウィーク。 その視線の先には、こちらを気にも留めず談笑するオルガとシャルロットの姿からは、完全に二人だけの世界に入っているようにも見受けられる。 そんな彼らに思う所があるのはラウラも同じらしく、表情からして苦笑いに近い。

「まあ、お前からしてみれば居て当たり前の関係だった所に、突如としてシャルロットが現れたように見えなくもないだろうからな」

「え!? あ、いや! そんな、シャルロットさんを泥棒猫みたいだなんて、私!」

 不意打ちに動揺を隠せないこちらの姿を見て、何かしら察するところがあったのかラウラは失笑する。

「私は()()としての関係性のつもりで言ったんだが」

「!!」

「ふむふむ、テイオーが言っていたのもあながち的外れではないと言う事か」

「ラ、ラウラさん!! 私そんなんじゃ!」

 慌てるスペシャルウィークを見て、ラウラは悪戯っぽい笑顔を向ける。

「からかいすぎたか、すまないな。 だがいずれにせよ、親しい身内の知らない顔に複雑な気分になるのは当たり前だ」

 ラウラの言葉に、スペシャルウィークは押し黙る。 確かに彼女にとってオルガは兄のような存在だ、そう自身は思っている。 だが今は、自分よりも年上な少女が恋人として彼の隣にいる。 あの頃の自分達とは違う、今の彼と自分の間には大きな隔たりが生まれたような気がしてならないのだ。

「……私も正直複雑だ」

 ラウラもまた、オルガ達に目線を向けながら語る。

「ミカがここにいたのなら、私もシャルロットと同じように振る舞えていただろうと思うとな。 何せあいつは私の嫁だからな」

「!」

 オルガと同じように共に過ごしてきた少年、三日月・オーガス。 そう言えば彼もシャルロット達と同じ世界に居た時に、ここに居るラウラと男女の仲にあったのだと思い出す。(婿と嫁を逆に覚えているのが妙ではあるが)

「……ミカは、元の世界へ帰る事になっても共に居てくれるのか?」

 考え込むようなラウラの口調に、スペシャルウィークには何も答えられない。 彼らにとっては数ある異世界で知り合った仲間だが、自身にとってはオルガ・イツカや三日月・オーガスはたった一人なのだから。

「おーい、お前等どうした?」

「二人して難しい顔しちゃって……ああごめん! 僕達二人で舞い上がっちゃってたかも!」

 すると自身とラウラがいつの間にか立ち止まっていた事に遅れて気付いたオルガ達が、踵を返してこちらへと駆け寄ってくる。

 慌てて謝罪するシャルロットに対して、ラウラはいつものように軽く呆れたような態度を取る。

 そしてその横では、オルガが心配そうな面持ちを浮かべてこちらを見つめてくる。

「何でも無いんですオルガさん。 ただまあ、お二人の空間をジャマしちゃいけないというか」

「悪い、気を遣わせちまったか」

「気にするなオルガ団長。 さあ、残りの買い物も済ませてしまおう。 ステーションでないと入手出来ない資材はいっぱいあるんだ」

「そうだね! じゃあ行こう! みんな!」

 4人は改めて気を取り直し、宇宙ステーションの散策に繰り出した。

 オルガとシャルロットが道の先を向いたタイミングでラウラが耳打ちする。

「いずれにせよ、ミカが戻ってきて帰還の目処が立ってからの話だな」

「……そうですね」

 それは自分にも言い聞かせるような、スペシャルウィークの呟きだった。

 

 

 

 話は無事に帰れるアテがついてから――――今はただ、それでいいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステーションでの用事を終え帰路につき、今正にパルスドライブを起動しようとしたラディアントピラーの船内に、それを遮るように響き渡ったのは小気味良いスペシャルウィークの腹の音。

<……そろそろ昼時だったかな?>

 気恥ずかしそうに顔を赤らめるスペシャルウィークに対し、無線越しに問い掛けるシャルロットの声色には明らかに堪え笑いがにじみ出ていた。 折り悪く無線が繋がったままであったようで、思春期の女の子として恥ずかしい瞬間を共有されてしまったようだ。

「ううっ、笑わないでくださいよー!」

「ククッ、安心しろよ。 基地に帰れば今頃はペコリーヌが昼飯を用意しててくれてるだろうな」

<うむ、何よりペコリーヌの作る食事はIS学園の食堂と比べても遜色ない! 今日も楽しみだ!>

 照れ隠しに頬を膨らませるスペシャルウィークを、笑い声をあげながらもオルガは優しく宥めてくれる。

 ラウラの方は相変わらず、自身と同じで食べる事が娯楽の彼女らしい感想を述べる。 言うまでもなくスペシャルウィークの腹の音を本気で揶揄する者など一人も居ないのだが、それはそれとしてやはり音を聞かれるのは気恥ずかしい物があった。

(……こうなったら)

 スペシャルウィークはスーツのインベントリの片隅にこっそり保管していた、あるものをおもむろに取り出すとスーツの栄養補給口に放り込む。

(う"っ……やっぱり美味しくない)

 素朴と言えば聞こえはいいが、大してまともな味付けもされてない読んで字のごとく味気ない代物。 食感もモソモソとして口に残り水分を奪われるようで、やっとこさ飲み込んだ喉越しは悪い。

 お世辞にも美味しいと言えないそれは、テイオーと共にこの世界に迷い込んだその時から、彼女達の命脈を繋いできたライトブラウンのペレット状の固形物。 彼女が非常用の携帯食料と記憶する物体だった。

「おま……基地に戻りゃ飯だって言ったろ」

 呆れたように振り返るオルガの呼びかけに、ふと我に返るスペシャルウィーク。 しかし彼女は頬を膨らせて抗議した。

「オルガさんにはあげません!」

「そうじゃなくって、なあ」

<なんだかごめんねスペ>

<しかしそんなに気にすることではないぞ。 腹が減るのは当たり前なのだから>

 いつの間にか、シャルロットやラウラも外からコクピットをのぞき込んでいた。 3人から間食を見とがめられるようで流石にばつが悪い気分になってくる。

「……恥ずかしいものは恥ずかしいんですよぅ。 それに私達ウマ娘は、常に何かを胃に入れておかないと調子が悪くなるんです」

<本当に馬みたいなこと言うんだね……>

 シャルロットはよく分からないことを言うと言わんばかりに、スペシャルウィークは疑問符を浮かべるが、しかしそれはそれとして全員から食べている所を見られると、自身の大人げのなさや気恥ずかしさが先立ってくる。 これでは半分すねている自身の内心を見透かされた気分だが、事実その通りなのか考えを察したであろうオルガがペレットの一つをすかさず拝借し、有無を言わさずに自身の口に放り込んだ。

「あ! あげませんって言ったのに「うげっ! 何だこりゃぁ……」

 自身も美味しくないと我慢していた携帯食料だが、粗食に耐えると自負していたオルガでさえもたまらずにむせかえったようだ。

<だ、大丈夫オルガ?>

 たまらずに心配するシャルロット達に、オルガは手で制すると無理矢理にでも飲み下すと口元を押さえて顔をしかめた。

「前に言ってた味気ない非常食か? 良くこれを我慢して食えてたな……」

<そんなに不味いのか?>

「……食うに困って野良犬と奪い合った残飯の味がしやがる<ちょ、ちょっとオルガ!>あっ……」

 今の一言はスペシャルウィークにとって聞き捨てならない台詞だった。

 

 

 

 

 

 

「悪かった。 機嫌を直してくれスペ」

 プロミス/48に到着し基地の前に着陸して宇宙船から降り立つ今に至るまで、スペシャルウィークは終始不機嫌だった。

「確かに、お世辞にも美味しくない食料でしたけど! 犬の餌呼ばわりはあんまりじゃないですか!!」

 オルガの言い方だと、我慢して粗末な食事を受け入れた自分が残飯を漁ってるような言い方に聞こえてしまう。

 頬を膨らまし怒りを隠さない自身に対し、シャルロットやラウラの冷めた視線にせき立てられるように、オルガは終始謝りっぱなしだった。

「すまねえ。本当に悪かったよ。 いくら不味いからって俺が言い過ぎた」

 そう言うとオルガは誠心誠意、強く頭を下げて謝罪の言葉を口にした。 その姿を見てようやくスペシャルウィークも落ち着きを取り戻してきた。

 そんな2人のやり取りを見てシャルロットとラウラは目配せをして小さく笑みを浮かべると、スペシャルウィークに声を掛ける。

「ごめんね。 ボク達もデリカシーがなかったね。 オルガと同罪だよ」

「どうか団長を許してやって欲しい」

 シャルロットとラウラも頭を下げてわびを入れる。

 3人揃って同じような仕草をするスペシャルウィークは、流石に少しだけ気まずそうな表情をした。

 わざとでないことは無論理解しているし、別に皆に頭を下げさせたかったのでは決して無いのだが、こうなってしまうと相手を責める気持ちなど沸いてこない。

「もういいですよ。 私だってちょっと大人気なかったですし……」

 スペシャルウィークは顔を赤らめつつ苦笑いを浮かべて、これ以上の追及はしないことにした。

 しかし、同時に疑問符を浮かべる。 あの味気ないペレットの非常食を食べて、犬の餌だとのたまうオルガのみそっかすに等しい酷評。

 スペシャルウィークはペレットを取り出し、手の中で踊らせながらその不味い味わいに思考を巡らせる。

「……考えてみれば妙じゃないか?」

 ふと、そんなペレットを見てラウラは疑問を呈する。

「大きな荷物を量子化によってある程度持ち運べる輸送技術が確立されていて、しかも『栄養プロセッサ』という()()()()()()を安全かつ美味しく調理出来る方法が存在する。 なのに、どうしてこんなわざわざ小さいだけが取り柄のまずい食料が存在する?」

 主に()()()()()()のくだりをことさらに強調するラウラの口調には、例の野生酵母の件*1を根に持っているのだろう。 オルガ一人が身を震わせる中、シャルロットが口を挟んだ。

「皆が皆、食事が美味しすぎるとおやつ感覚でも食べられちゃうから? 昔軍隊の携帯糧食だってつまみ食いを防ぐ為に、茹でただけのジャガイモよりマシな程度のチョコレートとかあったよね?」

「WWⅡの米軍だな? それは不評過ぎて結局殆ど食べられずに処分された。 土壇場で不味い食事を出される負担が大きいのは身をもって知っているだろう? 本末転倒というものだ」

 確かに粗食に耐えるオルガをしても、民兵ではあるが正規の訓練を受けた者としてラウラの意見はしごく真っ当なものだ。 実際に平和な世界で生きてきた文明人であるスペシャルウィークも、テイオー共々ペコリーヌのできたてのご飯によって、不味いこのペレットから解放された際には涙を流して喜んでいたほどだ。

「……じゃあ、これの存在意義って一体何なんでしょうね?「あ! おいっすみなさーん! おかえりなさーい!☆」「おかえりスペちゃん! ダンチョー!」

 話し合っていると、基地に残っていたペコリーヌ、トウカイテイオー、それとキャルの3人が基地から出迎えてくれた。

「あ、皆さんただいま! いっぱい資材買ってきましたよ!」

 スペシャルウィークもペレットを持った手を大きく振ってそれに答える。

「スペちゃんそれ、美味しくない非常食じゃない! まさかそれ囓ってたの?」

「! う、うん。 どうしてもお腹が空くのが我慢出来なくて……」

「うー……本当に美味しくないって言うか、味気ないんだよね……ペコリーヌのご飯食べた後だと、尚更口にしたくないって言うか」

 苦虫を噛みつぶすようなテイオーの酷評を遮るように、オルガは3人に問い掛けた。

「そ、それよりもだ、飯の準備って出来てるか? もうスペの胃が限界なんだよ」

「あー……それなんだけど、ペコリーヌったら「作りたいと思ってた料理の材料がなくってやばいですね☆」とかぬかすもんだから、ちょっとだけ遅れてるって言うか「あーーーーーーーーーー!!!!!!」

 申し訳なさそうに質問に答えるキャルの間を割り、突如として大声でスペシャルウィークを指差すペコリーヌ。 その耳をつんざくような声に皆が強く耳を塞いだ。

「い、いきなり大声出すんじゃないわよアホリーヌ!「それですよ! その『クリーチャーペレット』! ちょっとお借りしますね!!」

 ペコリーヌは有無を言わさず、スペシャルウィークの手の中にあったペレットを引ったくると、踵を返して森の入り口の方へと駆け込んでいく。

「お、おいペコリーヌ! 一体何だって「はいみなさーん! 美味しいご飯ですよ!☆」

 こちらの制止にも耳を貸さず、ペコリーヌが森の中に大声で呼びかけると、引ったくったペレットを地面にまいた。 すると6本足の奇妙な親子連れと思わしき獣や、尻尾の枝分かれした二足歩行の小さなモンスターが喜んだ様子でこちらに駆け寄ってきた。 この星にすむ特有の生き物だが、形容致しかねる代物を引っかけられた思い出のあるオルガは特に後者の生物を見てあからさまに眉をひそめていた。

 それにしても一体彼女は何をしようとしているのか、動向を見ていると生物達は地面に散らばるペレットを美味しそうに頬張り咀嚼していく。 すると――――

「そろそろですね、ちょっと失礼しますよ」

 ペコリーヌは身を屈め、食事に夢中な6本足の生物の腹部へ手を伸ばす。 長細い管のような物が複数本ぶら下がるそこを優しく握ると、先端から乳白色の液体がしみ出し、勢いよく噴き出した!

「やばいぐらい出てきましたね☆ 頂きます!」

 インベントリから透明なケースを取り出し、液体を絞ってはそのケースの中に納めていく。 すると子供と思わしき小さな六本足の生物がその管に吸い付き、液体を飲んでいく。 どうやらこの生物の母乳のようだ。 ペコリーヌは同じように食事に夢中になる二本足の生物からも、同様の手段でミルクを搾っていく。

 ひとしきりペレットを食べ終わると、生き物たちはペコリーヌにお辞儀をして森の奥へ去って行った。 それを笑顔で手を振り見送ったペコリーヌは、ミルクを詰めたケースを持ってこちらへ駆け戻ってきた。

「ありがとうスペちゃん! ()()()()を持っててくれたおかげで良いミルクが搾れました! 今日の晩ご飯はクリームシチューですね!」

 搾ったミルクを無邪気に見せるペコリーヌ。 一方でオルガ達は開いた口が塞がらず、テイオーは、

うえぇ!! あれって動物の餌だったの!? ……知ってたらボク絶対食べなかった「テイオー!」

 気持ちが悪そうに舌を出すその表情を、何かを察したキャルが慌てて羽交い締めにして制止する。

「ちょっとキャル! 一体何するのさ「スペ……あんた……なんて顔、してるのよ」

 歯切れの悪いキャルの言葉で、テイオーも意図を察し言葉を止める。 ペコリーヌを除く皆が真顔になってこちらを見た瞬間、

 

 彼らのバイザーにおぼろげに映り込む自身の顔が、今になって虚無に染まっていたことに気付かされた。

 

「――――嘘おおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 ペコリーヌ以上の大声で上げた金切り声により、彼女は人生で初めてオルガの鼓膜と心の臓を破る快挙(?)を成し遂げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、その日の昼と夜に振る舞われるミルクを使ったペコリーヌの手料理は、追憶の中で幾度となく鼻腔をくすぐった牧場の香りを思い起こすものであり、スペシャルウィークに元の世界への帰還を強く決心させたそうな。

 

「絶対、元の世界に帰ってやるべええええええええッ!!!!」

*1
第10話参照




 とか言いつつ、一番書きたかったのは後半部の『クリーチャーペレット』のくだりだったり(白目)


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第11話

300(光)年だ……


 朝一番、オルガ達の基地は剣呑とした空気に包まれていた。

「分かった!? ダンチョー! 頼むから本当に大事なことはちゃんと言って!! もう少しで大事(ガイドライン違反)に発展する所だったんだからね!?」

「酷いですよオルガさん! 無害だからって『アレ』をその、食べさせようとするなんて!」

「「「すみませんでした」」」

 オルガとペコリーヌ、キャルは正座させられ、残り四人が取り囲んで非難の声を上げていたのだ。

 特にオルガに至ってはエクソスーツを着ているにもかかわらず、中にいる人間を直接殴られたかのようにアザや鼻血を流し、精も根も尽き果てたように項垂れていた。

 

 先日の食事から一日経ち、興味本位でレシピを調べてみたシャルロットの手によって、パンに使った『野生酵母』のレシピが発覚。 材料を取りに行って戻ってきたオルガの状況もあって、全てを察した彼女により情報は何も知らなかった残りの三人に共有。

 それからと言うもの激高した面々によって三人は夜通し問い詰められ、特にわざわざ知っていて材料まで律儀に取りに行ったオルガは、黙って食べさせる気満々だっただろうとやり玉に挙げられ、すっかりボロボロに叩きのめされてしまったと言うわけだ。

 

「はあ、もういいよ……自分だけ食べずに難を逃れようとはしなかったし、今回は許してあげる」

「ただし! 今後はこういった際どい食材を黙って食べさせようとはしないでもらいたい!」

「「「はい」」」

 流石に堪えただろうと思ったのか、シャルロットとラウラの口から許しの言葉が放たれた。

 オルガ達も流石に安堵したのか、揃って肩の力を抜いていく。

「ううっ、それにしてもアレが材料だなんてあんまりですよ……」

「こんなでもきちんと調理できちゃう機械が悪いのかなぁ……とにかく、暫くパンは見たくないや」

「……本当にすまねぇ、返す言葉もねえ」

 トラウマを植え付けられ、気分が悪くなったウマ娘達に頭を下げるオルガだが、そんな彼の様子にシャルがため息をつく。

「全くもう。 気にするくらいなら最初からやらなきゃ良いってのに……それはそうとして、いつまでも落ち込んでいられないから、気分変えていこ!」

 呆れたように、しかしこの気まずい空気をなんとかしたいと、シャルロットは元気づけるように声を上げる。

 それを受けてオルガも少しは気持ちを持ち直したのか、「そうだな……」と小さく呟いて顔を上げた。

 

 

 

 

 

 それからの材料集めは割と順調に進んだ。

 エクソスーツに納められた情報に従い、この世界でも価値のある部類にして比較的入手しやすい資材として知られる『銀』『金』『プラチナ』をかき集めるため、オルガとIS組は宇宙空間でそれら資材をかき集めるために小惑星帯の採掘を行った。

 地上に残ったウマ娘達と美食殿組は食料集めの継続に基地の設営を続け、入り口のすぐ傍である真っ白な砂浜に、簡素だが立派な宇宙船の『離着陸場』も設けることもできた。 これは別の星系に飛び立つ記念すべき日に、少しでも格好をつけたいというトウカイテイオーの希望だった。

 資金と材料……特に必要だった『マイクロプロセッサ』も入手し、念願の『ハイパードライブ』の導入は最終局面を迎えていた。

 

 

「よし……これで準備OKだ」

 そして波乱のパン祭りから1週間後、オルガは離着陸場に佇む自身の宇宙船にインストールした、燃料満タンのハイパードライブにご満悦だった。 いつでも飛び立てるようエンジンを稼働しつつ、離陸を待ちわびるよう待機するラディアントピラー号の姿は絵になる光景だった。

「これで、本当に星系を飛び越えてワープが出来るんだよね?」

「謳い文句を信じるなら、な。 まあ、昨日の宇宙ステーションで見た貨物船の姿を見りゃ、そんなヤバいもんでもねぇだろ」

 期待の色を隠せないシャルロットに、オルガはヘルメットの上から頭を掻いて答える。

 

 今日の目標は昨日手に入れた設計図通りに製作した、このハイパードライブを利用した恒星間のワープにある。 とは言え安全性のテストの為、とりあえずオルガの宇宙船一機分だけをかき集めて作ったこの装置に一抹の不安もあるが、一方でそれ以上にワープとい未知の体験を前に皆が色めきだっている様子だ。

 

「行き先は300光年先の星系だったな」

「光の速さで300年かかる距離を一瞬で飛ぶなんてやばいですね! えっと、確かそこで燃料の設計図も回収するんでしたね」

 ペコリーヌが基地のコンピュータが算出した座標を見ながら確認すると、オルガは肯定して答える。

「ああそうだな。 今回こいつに注入した燃料は丁度往復一回分しかねぇ。 だがここで設計図を回収して帰ってこれば、今後は好きに宇宙を旅できるって寸法だ!」

 オルガの言葉に皆が歓喜の声を上げた。 そこにトウカイテイオーが歩み寄ってオルガに提案を持ちかけた。

「ねぇねぇダンチョー! ボクもついてっていい?」

 期待に胸躍らせる彼女の申し出に対し、驚く一同。 しばしオルガは腕を組んで考え込む素振りを見せる。

(同行、か)

 人材も物資も色々と足りていない現状、一緒に行く仲間は多いに越したことはない。

 しかし今回のワープに関しては当然ながら少なからずリスクはある。 当然だ、失敗すればヘタをするとこの星系に帰ってこれず、仲間が分断される危険性があるからだ。

 自分一人がしくじるだけならまだしも、仲間を巻き込むことを恐れるオルガにとってはありがたくも手放しで歓迎することは出来なかった。

「ダンチョー、帰ってこれなくなるリスクがあるのはボクも分かってるよ」

悩むオルガの気持ちを察したのか、トウカイテイオーはそっと手を差し出しながら言葉を続ける。

「でもね、ボクだって鉄華団の仲間なんだ。 オルガ一人に危険なことをさせられないよ」

「テイオー……」

仲間(家族)を危険な目に遭わせたくない気持ちは同じなんだよ! だから、もっとボク達を頼って!」

 そう言ってはにかむテイオーの手を、オルガは照れくさく笑って握り返した。

「わーったよ、頼りにしてるぜ? 不屈の帝王!」

 オルガとテイオーのやりとりを見ていた面々から歓喜の声が舞い上がる。

「――あと一人ぐらいは一緒に乗り込めるのよね? アタシも付き合うわ」

 彼らのやりとりに感銘を受けたか、キャルも同行を申し出た。彼女もやはりオルガを一人で行かせたくなかったようだ。

そんな彼女に、オルガは感謝の念を抱きながら首を縦に振った。

「ああ、よろしく頼むぜ」

「……ごめんねオルガ、こうなるなら僕が一緒について行くべきなのに」

 彼女達のやりとりを見ながら、残念そうに口を開くシャルロット。 自他共に認めるオルガの恋人を名乗るのなら、いの一番に同行を申し出るべきだと彼女は思っているが、先述の通りハイパードライブは一つしか製作していない。 それに絶対防壁で守られているとはいえ、安全かどうかを検証できていない機械をISに搭載し、跳躍先で生身で放り出されるリスクを鑑みたからこそ、オルガの宇宙船に搭載する運びとなったのだ。

「すまねぇなシャル。 それにラウラもだが、二人にはISを基地を運営する皆の為に使ってやって欲しいんだ」

「分かってるよ……オルガ、僕の目が届かないからって浮気しちゃダメだよ?」

「するかよ」

 恋人同士の軽口を叩く2人に皆が苦笑しつつ、いよいよ出発の時を迎えた。

 

 オルガの宇宙船に3人が乗り込み、残りがそれを手を振って見送ってくれている。

「オルガ! 気をつけてね!」

「無茶だけはするな、オルガ団長!」

「テイオーさんも! 無事に帰ってきてくださいねー!」

「キャルちゃーん! 新しい食材を期待してますよー!」

 見送りに来ていた面々がそれぞれの言葉をかけていく。

 それに応えるように手を振るオルガ達を乗せた宇宙船が、ゆっくりと垂直離陸する。

 手を振って見送る皆がいる地上が離れていく姿を見ながら、必ず帰って来るという決意を胸に秘め……オルガは操縦桿を握りしめ一気に大気圏を離脱した。

 

 

 やがて見えてきた宇宙空間に、否応がなく高まるオルガ達の緊張。

 視界一面に広がる無数の銀河。 まるで宝石箱のように煌めく星の海の中を、一隻の宇宙船が飛翔していく。

 どこまでも続くような闇と光の狭間の中で、彼等の乗る宇宙船は加速を続け……そして静止した。

 船内のコクピットに広がるHUD、そこには新たに追加したハイパードライブにより、他の恒星系へのワープ機能が追加されているのが確認できる。

 オルガはコンソールを操作すると、続いて浮かび上がるはオルガの現在いる星系とその他星系を内包する巨大な銀河。

『ユークリッド銀河』……それが俺達のいる銀河系の名前か」

 かつて訪れた異世界の話で自分の元々いた世界も同じかは定かでないが、それでも自分達が元いた銀河系の名前は天の川銀河だった筈。 本当に別の宇宙に来てしまった事実を改めて突きつけられ、オルガはどこか感慨深いものを感じていた。 

「……っと、いけねぇ。 今はワープが先だ」

 が、それは後回しにして今はやらなければならないことがある。

 操縦席のすぐ後ろに座っているトウカイテイオーとキャルに、これから行う事を改めて問い掛ける。

「二人とも、今からいよいよハイパードライブを起動するぜ。 本当に良いんだな?」

 あらためて二人の意思を確認するも、決心の固い二人は迷い無くうなずいた。

「……行くぞお前等!」

 緊張は隠せないものの決心は強いテイオー達を見て、これ以上の問いかけは不粋と判断したオルガは、迷うことなくハイパードライブを起動した。

 

 

 ――――その瞬間、オルガ達の乗るラディアントピラー号は亜空間に突入! 極彩の上下左右の概念のない摩訶不思議な空間を通り抜ける形容しがたい違和感に、思わず顔をしかめる三人。

「っぐ……!? なんだこりゃあ……!!」

「ぴぇえ……なんか変な感じ……」

「な、何よこの雰囲気……これが異次元空間ってやつなのかしら……? うっぷ」

 如何ともしがたい違和感に音を上げたのはキャルだった。

 吐き気を訴える彼女に、慌てて背中をさするトウカイテイオー。

 一方、オルガは眉間にシワを寄せながらも、計器類の数値を確認していく。

 むちゃくちゃに動く計器類の数字を前に、オルガは本当に成功するか内心不安だったが――――それは杞憂に終わった。

 時間感覚すらあやふやになる中、突然前方に輝く光が見えたのだ。

 

 

――――出口だ。

 

 機体はひとりでに光に導かれるように更に速度を上げていく。 それに伴い機体を包み込む違和感のようなものは徐々に収まっていき……そして、ついに……異空間をくぐり抜けたオルガ達の前に広がる光景は、見慣れぬ星々と変わらず煌めく恒星の大海。

 オルガ達の歓喜の声と共に目前に広がったそれは、ハイパードライブが紛れもなく成功した事実を告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

ネイビーズ 星系

ユークリッド銀河  Biscuit Griffon が発見

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダリィ……気が乗らねぇ」

 青々とした空の広がる、昼下がりの中央トレセン学園が屋上でエアシャカールは憂鬱に呟いた。

 鋭い目つきに左半分をたくし上げたくせっ毛のパンクな見た目を裏切らない、つっけんどんで誰に対しても歯に衣着せぬ態度である一方で、理論派で数学に聡いインテリ系でもあると知られている。

 そんな彼女はノートパソコンを乱雑に閉じ、仰向けになって青空を見上げる。 この日の彼女の気分と裏腹に、雲一つない快晴だ。だが、その目はまるで曇天のように暗い。

 それもそのはず、彼女がこうして屋上で過ごす理由は天気とは関係ないところにあった。 その理由とは――

 扉が開く音がしたかと思うと、エアシャカールは心底面倒くさそうに舌打ちをする。

「よ、相変わらずシケた顔してんな!」

「うっせぇ」

 現れたのは長い芦毛をたなびかせた容姿端麗の、しかし破天荒な行動で一悶着を起こすことで知られる学園屈指の問題児。ゴールドシップである。そんな彼女を見て、不機嫌そうな顔を隠そうともしないシャカールに、全く気にせず近寄っていく。

 彼女の隣にあぐらを掻くと、いつもの豪胆さを感じさせる笑みを浮かべて口を開く。

「ここんとこずっとトレーニングにも身が入らねぇんだってな?らしくねぇぞ?」

「うるせえよ、お前に関係ねぇだろ」

「おーおー、すげーうんざりしてんじゃねーか! どうしたんだよ、やっぱり『例の件』が関わってんのか?」

「関係ねえよ。 ただどいつもこいつも辛気くせえ顔してて、同じ空気吸ってんのがいい加減タリィんだよ」

 突き放そうとするようなエアシャカールの物言いではあるが、言葉とは裏腹にどこか弱々しい様子を感じ取り、ゴールドシップの自称ゴルシちゃんレーダーが反応を示したようだ。

「お、シャカール。 お前もそう言うの気になるタチってか、お? お?」

 ウザ絡みするゴールドシップに、シャカールは眉間に深いシワを寄せため息をつく。

「関係ねぇって言ってんだろ? 第一……」

そこで一旦言葉を区切り、ゴールドシップの様子を一瞥して続けた。

「行方不明者が出たってのはお前のチームの連中だろがうよ。 気にしてねぇフリしてウザ絡みしてんじゃねぇよ」

 エアシャカールは指摘する。

 

 それはドリームトロフィーリーグの行われた一ヶ月前に遡る。

 スペシャルウィークの保護者にしてウマ娘並みに速く走れ、火星の王を自称する変わり者として名を知られていたオルガ・イツカと、その仲間達である三日月とマクギリスが忽然と姿をくらました。 盛大なウィニングライブの後別れも告げず、一向に帰ってこないままに遂に捜索願まで出た三人に対し、特にオルガを実の兄のように慕っていたスペシャルウィークの泣いている姿が痛々しかった。

 

 そんな彼女が所属チーム『スピカ』と共に立ち直ろうと奮起して三週間後、スペシャルウィークはチームメイトのトウカイテイオー共々、オルガ達の後を追うように突如二人して行方不明になってしまった。

 朝方の学生寮の部屋から痕跡一つも無く神隠しに遭い、二人の同室の住人であったサイレンススズカとマヤノトップガンが慌てて寮長に相談。 立て続けに起きた失踪事件に学園内で必死の捜索が行われるも見つかることはなく、遂には彼女達までも警察のお世話になるまでに事態は悪化したのだ。

 

 その事に触れられたゴールドシップは一瞬図星を突かれたように硬直し、しばし目を泳がせた後に深々とため息をついた。

「あの三バカをはじめ、スペに加えてテイオーまで居なくなっちまってよぉ、流石にマックイーンも憔悴して張り合いねぇんだよ。あの二人はいっつも一緒にいて、仲良しさんで、それが当たり前だったのにさぁ。 あいつ、日に日に元気無くなってってさ……こんな感じで絡んでもノってくれなくってさ、このゴルシちゃんも張り合いねーんだよぉ」

「チッ、それで俺に何で絡んでくるんだよ……」

 舌打ちしながらエアシャカールは呆れた表情を浮かべた。

 だが、ゴールドシップはそれを意にも介さず、シャカールの肩に手を置いた。

「だってよ、そこにきてお前までそんな辛気くさい面してたら、誰がアタシの絡み相手になってくれんだよぉ」

 エアシャカールはゴールドシップの手を払う。

「だから俺にどうしろってんだ? 行方不明者でも探せってか? それこそ警察の領分だろ――――って!」

 ゴールドシップはしれっとエアシャカールのノートパソコンを勝手に操作していた。

そして、とあるページを表示させる。

「おい! 勝手に人のパソコン触ってんじゃ「いーじゃん減るもんじゃねーし――――お、おい何だこれ?」……あ? 人が真剣に話をしようとしてんのに何を……」

 血の気の引いた顔でゴールドシップが見せつけた画面を見た瞬間、シャカールは戦慄した。

 

<■■ 時が来れば お前は我々を見いだすであろう ■■■■16 16 16 16 16 16 16■■>

 

「……俺のパソコンに何かしたか?」

 ゴールドシップは首を横に振った。

「……何も弄っちゃいねえ。 だけど蓋を開けた途端こんなメッセージが届いてたんだ……心当たりあんのか?」

「……知るかよ」

 ゴールドシップの問いに対し、シャカールは吐き捨てるように答えた。

そうこうしているうちに予鈴が鳴る。

「……もう行かねーと遅刻しちまうぞ。ほら、とっとと教室行け」

「あ、ああ……じゃーな」

 ゴールドシップをあしらいながら、怪しげなメッセージを見てしまったことに不安を覚えつつも、シャカールもノートパソコンを抱えてその場を立ち去った。

 

彼女の脳裏にへばりつく奇妙な数字の羅列に、例えようのない違和感に苛まれながら。



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ロスト・プラネット
第12話


そこは、オルガ達の見慣れない星々の集まりだった。

「やったねダンチョー! 本当にワープ成功しちゃったもんね!」

「ああ、まさかこんなに上手くいくとは思わなかったぜ!」

「いって貰わなきゃ困るわよ。 でもま、ワープ中は違和感でどうにかなりそうだったけど、無事に成功して何よりだわ」

 狭い船内で喜びを分かち合う三人。 特にトウカイテイオーは隣のキャルにひっついて歓喜の声を上げるあたり、その喜びようの程が窺えるだろう。

(キャルの言う通りだ。 無事に成功してくれて何よりだ)

 少なからず不安に感じていたワープ試験の結果に、オルガは内心安堵していた。

 自分一人ならまだしも、一緒についてきてくれた仲間二人を巻き添えにすることは絶対に避けたかったからだ。 リスクを承知の上で共に旅に出た彼女達の選択を否定はするまいが、それでも鉄華団の団長として二人を無事に安全に帰すことは使命であるとさえ考えていた。

(……おっと、あんまり自分一人で背負いすぎるのは良くねぇか――――ん?)

 ラディアントピラーの音声ガイダンスから聞こえてきた言葉に、ふとオルガは反応した。

 

<宇宙船モニタリングシステムレポート:ハイパードライブ ERROR ■■>

<ワープ燃料 残り僅か>

<燃料用資源の探索開始...探索中...探索中... ...>

<発見 ワープ燃料用資源までの距離:16 16 16... 16... 1...6... 16kls 燃料用資源へのガイドを開始しますか?>

 

「おおそうだ、忘れてた」

 ハイパードライブの材料集めの最中に見つけた燃料の『ワープセル』は、回数にしておよそ一往復分。 あるものを使わせて貰っただけで、そのレシピ自体を入手しているわけではない。 むしろレシピの在処を検索した結果が、300光年離れたこの『ネイビーズ星系』にあるのだから、手ぶらで帰ってしまえば今後の予定に差し支えてしまうかもしれない。

「じゃあよろしく頼むぜ」

<了解。 ガイド開始ルート探索中...>

 オルガがガイダンスに従って材料の在処を検索すると、指し示す先にあったのは一つの青い惑星。

 スキャナーを作動させ、惑星の詳細をチェックする。

 

 EDN-3RD

 惑星

   氷に閉ざされた土地

 

   二酸化物

   フロストクリスタル

   活性化銅

   コバルト

   攻撃的センチネル

 

「氷の惑星……か、それよりも」

 オルガはスキャン結果の最下部に書かれている『攻撃的センチネル』の存在が気がかりだった。 あの灼熱の惑星で襲いかかってきたドローンの存在が思い出される。

「ダンチョー、このセンチネルって」

 不安げなトウカイテイオーの言葉にオルガは無言でうなずいた。 今回の探索もまた何かがある。 そんな予感を感じずにはいられなかった。

 

「……悩んでてもしょうがないわ。 早いところ用事を済ませちゃいましょ」

「そうだな。 皆気を引き締めていくぞ!」

 オルガは座標の指し示す惑星『EDN-3RD』に向かうべく、パルスドライブを起動。 亜光速巡航により小惑星帯を容易く突き抜けつつ、一気に件の惑星へと距離を詰めていく。 果てしない宇宙の旅を身近にした文明の機器を頼もしそうに見つめつつも、それらがいよいよ大気圏突入を控えたところで、突然レーダーが警告音を発し始めた!

 

 オルガが異変を感じ取ったのも束の間、突如として巨大な貨物船が目と鼻の先に、青白い輝きと共にワープアウトしたのだ!

「これはッ!?」

 緊急的にパルスドライブが激突回避の為に強制解除されるも時既に遅し、大型貨物船はオルガたちの船と接触! 身体全体を揺する衝撃と船内の悲鳴に意識を刈り取られそうになりながらも、何とかオルガは阿頼耶識のコネクターを介してラディアントピラーの姿勢制御を試みた!

 しかし、オルガはノイズの走る宇宙船のキャノピー越しに、絶望的な光景を目の当たりにする。

 

 遠ざかっていく破砕したメインエンジンの残骸と貨物船の激突した痕跡、そして目前に迫っていた青い惑星の大気圏に飲み込まれていく瞬間を。

「ダ、ダンチョー!!」

「やばいわよ!! このままじゃ地面に激突よ!!」

 激しい揺れと共に厚い雲に突入し、パニックに陥った二人の声にせき立てられながらも、オルガは必死に頭を回しながら冷静に努めようとした。

 メインエンジンは破損、推進力を得るのに十分なエネルギーは発生できない。 幸い姿勢制御スラスターは生きている……そう判断すると、オルガは力一杯操縦桿を握りしめる。

「クソッタレ! 不時着するしかねぇ!!」

 オルガは堕ち行く船を飲み込む惑星の重力に抵抗を試みるも、その言葉と同時に船体が大きく揺れ動いた。

それはまるで何かに押し潰され揺すられているような感覚だった。

 身体を三次元的にシェイクされながらも計器を確認すると、機体にかかる大気圧に異常な変動が発生している。 どうやらこの星の大気には巨大な積乱雲があったようだ。

 機体の空中分解という最悪のシナリオに戦慄する三人、しかし次の瞬間。

 轟音と共に雲の外に放り出され、ようやく見えた地上の光景――――雪の舞う夜空の下、寒々とした青黒い海に木々の生い茂る銀世界がそこにあった。

「ピエェッ!! もう地上が見えてるよぉ!!」

「――――オルガ!!」

「ああ分かってる!!」

 恐らくはキャルの意図も同じ所にあるのだろう。 オルガは瞬時に機体を海に不時着させる決断を下した!

 高高度からの落下において水面に叩き付けられるのも危険には違いないが、硬い地面に機体を擦りつけるよりはまだマシであった。

 

 

「全員衝撃に備えろぉ!!!!」

 

 

 

――着水。

 

 

 

 水面の接触により機体がバウンド、そして一気に船体が大きく傾く!

 機体が地面に落ちた野球ボールのごとく凄まじい勢いで跳ねる中、それでもなんとかバランスを保とうとスラスターを吹かし姿勢を制御する!

 コクピットに響き渡るきしみ音は機体の断末魔の叫びなのか、それともパイロットである自分達の悲鳴か!?

 ギリギリまで減速を続けながら、ついにラディアントピラーの船首が海岸に接触する。

 

 そして遂に機体は限界を迎えた。 打ち上げられた魚のように地面に打ち上げられた機体のキャノピーが、ついに気密を保てなくなった。 隙間の空いたキャノピーに冷たい空気が流れ込み、傷だらけになったそれは付け根もろとも引き剥がされた!

「「「ッ!?」」」

 外界との隔たりを失った三人、更に都合の悪いことに期待と身体を固定するベルトも破損した! 三人はそれぞれ銀世界へ身体を乱雑に放り投げられた。

 オルガはとっさの判断でブースターを作動! かつ激突の衝撃を和らげる為派手に地面を転がり、粉雪を巻き上げる! それでもオルガの全身に耐えきれない衝撃が走った――――

 

 

 

 

EDN-3RD

ネイビーズ星系 Miho Nishizumi が発見

 

 

 

 

 

 

 

■■惑星 ―氷に閉ざされた土地―

 

気候           轟音を立てる氷の暴風

センチネル        憎悪

植物           生命レベル 高4

動物           生命レベル 低2

 

 

 

 

「ゴハッ! と、止まるんじゃねぇぞ……」

 オルガ団長、ヘルメット内に吐血して()()()()に――――

「……痛ってぇ……!! く、くたばってる場合じゃねぇ……二人は、キャルとテイオーはどうなった……!?」

 なってしまうも、オルガ自身の気力ですぐに蘇生する。 とっさの機転で肉体的なダメージをある程度緩和出来たためだろう。

<警告:テクノロジーに致命的ダメージ>

 しかしやはり地面に叩き付けられたショックは大きかったようだ。 オルガはエクソスーツの自己診断(ダイアグノーシス)機能を使うと、その映し出された結果に舌打ちする。

 どうやらジェットパックの機能不全と共に、ストレージを破損してしまったようだ。 手持ちのアイテムは散乱し、何とか手元を離れずに済んだマルチツールも損傷が酷い有様だった。

 そんな満身創痍の中で、雪の上に横たわる身体を軋ませながら何とか起き上がる。 一緒に放り出された二人にも同じだけのダメージに見舞われたかもしれない。 そう考えていると、少し離れた位置に共に投げ出された同乗者達の姿を見た。

「お、おい!! 返事をしろ!! キャル!!」

 そこにはトウカイテイオーを抱えるようにして、共に雪に埋まりかけたキャルの姿があった。 オルガは痛む身体にムチを打ち、足を引きずりながら二人の下に向かう。

「キャル! 大丈夫か!? キャル!!」

「うっ……くあぁ……そ、そんな大声出さないでよ……怪我に響くでしょ?」

 呼びかけながら彼女達を掘り起こすオルガに対し、キャルは頭からうっすら血を流しながら、か弱い声でそう返した。

 テイオーも気絶しているだけで、幸い怪我事態は避けられたようだ。 地面に叩き付けられる直前に、キャルがテイオーを身を挺して庇ったのだろう。

 幸いにして二人の生存はこれで確認された――――しかし。

「色んな所ぶつけて、身体の骨が、折れちゃった……みたいね……!!」

「!!」

 キャルのエクソスーツは特に損傷が酷かった。 幸い生存の要である『危険防御システム』『生命維持システム』に異常は発生していないが、オルガ同様その他の機能が全て著しく破損していた。 何より目に余るのが、あり得ない方向に曲がってしまったキャルの右側の肩周りと脚部だろう。

「全くの無傷なのは、あたしのマルチツールぐらいかしら……テイオーも、怪我は無いけどバックパックを故障してるみたいね……!!」

「もういい!! 無理に喋んな!」

「う、うう……痛たた……あれ? ボク生きてる……って!!」

 オルガとキャルのやりとりを聞いて意識を取り戻したのか、トウカイテイオーが目を覚ます。

 隣で横たわる重傷のキャルの存在と、同じくスーツをボロボロにしたオルガを見て、ただ事でない様子を察したようだ。

「まさかキャル、ボクを庇って……!?」

 キャルはまだ動く方の左腕を差し出して制止する。

「自分を責めるのはナシよ? アタシが勝手にやった事なんだから、謝ったら許さないわよ?」

「で、でも!」

「……そうだな、キャルの言う通りだ。 それよりも現状の確認だ」

 キャルの意思を汲んで、オルガはテイオーを窘め今現在置かれた状況を整理する。

 宇宙船ラディアントピラーは片翼とメインエンジンをもぎ取られ大破、キャノピーまで剥がれて気密を保つことは出来ず、激しく煙を上げている。 嵐が過ぎ去るのを待つ待避場所として使うことも叶わないだろう。

 次に自分達のエクソスーツ。 これも酷い、皆一様にストレージを破損し万一に持ってきた資材は全て散らばった。 回収しようにも雪が吹雪いて銀世界に埋もれてしまっている。 今から律儀に回収するのは砂漠の砂から砂金を回収するがごとし、現実的でない。 マルチツールもテイオーの分も含め破損、使用不能である。 無事なのはキャルの物だけだろう。

「資材もかき集める道具も無いんじゃ修理もままならねぇな……」

「え、でもキャルのマルチツールがあるんじゃ――――」

 テイオーの疑問にキャルが首を横に振る。

「アタシの奴は武器のテクノロジーしかインストールされてないし、それに無事って言っても燃料を補給する機構も壊れてるわ……これを直すには部品そのものをどこかで回収しなきゃ」

 トウカイテイオーは肩を落とした。

 正に八方塞がり、とは言えこのまま手をこまねいていれば座して死を待つばかりだろう。

 救援は恐らく期待できない……とにかくこの状況から脱するために、立ち直るための資材が必要だろうとオルガ達は話し合う。

 その時であった。 大破したラディアントピラーの通信機器に着信音が聞こえてきたのは。

 機体の大半の機能がやられていると思っていたが、まさか無線機は生きていたのだろうか?

「……ひょっとして、さっきぶつかった貨物船からだったり?」

「だったら話は早ぇ! ぶつかった落とし前はキッチリつけて貰うぜ!」

 期待と怒りが入り交じった複雑な感情だが、助かる見込みはあると期待を抱きながら、オルガはキャルの介抱をテイオーに任せて機体に駆け寄った。

 

 そして着信相手の情報を見た際に飛び込んだのは『16/16/16/16』と書かれた謎の数字だった。

 息を呑むオルガだったが、こちらが着信を受け入れる間もなく無線機は勝手に応答を開始する。

 

<通信要求... 発信源:不明... あなたは決して kzzktt ひとりでは――教えて欲しい、あなたが何者なのか。 私は kzzkttk

<あなたは私を置いて去った kkzzktt なぜ kzzttkk

「何を言ってやがる……?」

 オルガは困惑する。 どうやら、今になってあの謎の通信相手が交信を試みてきたようだった。

 しかし現状は緊急事態だ。 得体の知れない相手とやりとりをするヒマはない。

<もちろんそうだろう そう言うと思っていた kkkttkzzz あなたも皆と一緒 kzzttkk

「おい! いい加減にしやがれ! どこの誰のこと言ってやがる!? こっちは呑気に相手してる場合じゃねぇんだ!」

 訳の分からないことを一方的に語る何者かに、怒り混じりに受け答えするオルガ。

 こんなやりとりをするヒマがあるなら助けにでも来て欲しい、そう言う苛立ちを露わにするが……しかし返事はない。 チャンネルを開いたまま何度も問い掛けるが、通信機器からは何も返ってこない……そして、遂には機器から火花が上がり、完全にとどめを刺されたようだ。

 しばし頭を抱えて項垂れるが、束の間を置いてオルガのスーツに座標が転送されてくる。

「何なんだ一体……」

「ダンチョー?」

 外を振り返ると、キャルに肩を貸して介抱しながら一緒に歩いてきた、トウカイテイオーの不安げな姿がそこにあった。

「どうだった? 救援は来てくれそうなの?」

 オルガはぐっと堪えて首を横に振った。 期待を持たせてやりたいが、下手な嘘は余計に不安な二人を落胆させかねないだろうと。

 当然のように気落ちするトウカイテイオーたちだったが、合わせて奇妙な座標を受け取ったと、その上で今はとりあえずそこを目指そうと告げた。

「……信じていいの?」

「分からねぇ。 だがこんなメッセージを律儀に送ってくるんだ……信じて行ってみるしかねぇだろう」

「そうね。 ここに居たって何も変わらないんだから。 ……冷やかしだったらぶっ飛ばしてやるわ」

「「だな(だね)」」

――当面の目標が、決まったようだった。




 完全に蛇足だけど、実は異世界オルガ書く際にお題をこの『No man's sky』にするか、もしくは『メトロイド フュージョン』にして、オルガが自分の能力やグランドオルガの力を奪い去った『X』と戦う話を書くか悩んでた時期があったり。

2023/6/16
 ちょっと矛盾点が見つかったので一部修正しました。

マルチツールも故障か、テイオーに至っては紛失した。
   ↓
マルチツールもテイオーの分も含め破損、使用不能である。


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第13話

「これだけ集めれば大丈夫かな?」

 青々とした空の下、シャルロットは額の汗を拭いながら、ストレージ内に集まった鉱物を誇らしげに眺めていた。

 つい先程まではむき出しの鉄鉱石が、地面を埋め尽くすほどに転がっていたここら一帯が、今や土が一面に広がる丸裸の地面と化していた。

「ああ、しばらくは建設にも難儀しないだろう……それにしても腹が減った。 早くぺコリーヌの元へ戻ろうか」

「そうだね。 これで彼女の為にキッチンを作ってあげられる。 僕達としてもちゃんとした手料理食べたいしね!」

「うむ、スペシャルウィークとならさぞかし食材集めも捗っているだろうしな。 帰ってからが楽しみだ」

 ラウラの言葉に同意すると、シャルロットは彼女と共にISを展開し、我らが鉄華団の基地への帰路についた。

 空を飛びながら二人は考える。 オルガ達の乗った宇宙船のワープアウトを、施設内に新造したモニター越しに見送ったのがつい二時間前。 光を超える速さで300光年先に消え去った恋人を心配しつつも、帰ってくると信じるからにはと変わらず基地の運営に取り組もうと、そう段取りを組んだのはシャルロットだった。

 近場は動植物が豊富ということでスペシャルウィークとペコリーヌが、特に前者のフットワークを生かして食料集めに邁進し、ISを使える自分達が離れた所で鉱物資源を収集する役割を担っていたのだ。

 飛行中、基地側から二人の無線機に通信が飛んでくる。

<こちらスペシャルウィークです! シャルロットさん、守備はどうですか?>

<こっちはスペちゃんが手伝ってくれたおかげで、沢山の食料が集まりました!>

 スペシャルウィークとペコリーヌは互いに笑顔を見合わせると、退いて背後に山盛りになったそれを見せつける。 豊富な肉や野菜といった食料の山だ。 その圧巻の光景に、特にラウラが目を輝かせた。

「ほう! 壮観だな、さぞかし食い応えがありそうだ!」

 軍人上がりというお堅い身の上にありながら、一方で彼女は実年齢よりも内面が純粋なところがある。

 期待を隠しきれない今のラウラのそれはまるで、自分の好きな物を目の前にした子供のようであった。

 シャルロットは苦笑してそんな彼女を嗜める。

「全部食べちゃダメだよ? ただでさえ僕達食料の消費が凄いんだから……でも、こんなに沢山集めて食料枯渇しちゃわない?」

<大丈夫です! 取り尽くさないようにある程度には残してありますよ! 食べ物は大事な自然の恵みですからね!☆ ……ただ>

 胸を張って答えるペコリーヌだったが、ふと考え込むような仕草にシャルロット達は次の言葉を待つ。

<私達沢山食べる方ですから、都度採取できなくなって他の所に取りに行くことをしていれば――――>

「段々と遠征の距離が伸びてコストがかかってしまうな」

<そうなると私の足でも対応できなくなってしまいますね……>

 ラウラは腕組みをして首を傾げる。

 ペコリーヌの言う通り、食糧調達のために遠くまで出かければそれだけ移動距離も伸びるわけで、つまりスペシャルウィークがいくら脚力に優れ長距離を移動できるといっても、いずれは対応できなくなってしまう。

 そうなるとそれらもいずれは彼女達も宇宙船に乗って都度惑星内を駆け巡るか、シャルロット達のISを使わねばならなくなるだろう。

「手間が増えすぎて他の事出来なくなっちゃうね」

「うむ、いっその事農業でも出来れば良いのだが……いざ自分で育てるとなると勝手が分からないな」

 ラウラの言葉を皮切りに、皆が今後の方針に頭を悩ませていた。

<農業ですか……当たって砕けろの精神で私は賛成ですね☆ それに……>

 ペコリーヌはしばしの間を置いて、屈託のない笑顔を見せながら答えた。

<三日月君もきっと、手探りでも喜んで取り組んだかもしれませんからね>

「!」

 その言葉にラウラはハッとした様子で顔を上げる。 そして、彼女は懐かしさを噛み締めるように顔をほころばせるのだった。

 戦うことしか知らずに育ったあまりに哀しい人生を送りつつも、一方で腐らずに懸命に生きてきた彼の姿。 そんな三日月は血生臭い生き様の一方で、のんびりと農業をやりたいという純朴な夢を度々語っていたことを、シャルロットとラウラはこの時思い出していた。

「……そうだな。 そうかもしれない」

「農業かぁ。 最初は大変だと思うけど、上手くいきさえすればもう食べ物に右往左往せずに済むかもね」

<やってみる価値はありますよ! 私、牧場育ちだから動物の世話とかなら心得はありますよ! ……この星の生き物は、その、さっぱりですけど……

 照れくさそうに言うスペシャルウィークに、皆が一様にどっと噴き出した。

「でも、真面目に検討する価値はあるかもね。 とりあえず今は基地に戻ってご飯にしよう?」

<もちろんです! シャルロットちゃんも一杯資源を集めてくれましたよね? それで設けたキッチンで腕によりをかけますよ!>

 張り切るペコリーヌの意気込みに、二人は心躍らせながら基地への帰還を早めた。

(オルガ……僕達は三人揃って帰ってくるまで、いっぱい基地を充実させるからね?)

 今は遙か遠くの地に飛び去った、オルガの帰りに思いを馳せながら。

(ペコリーヌの美味しいご飯もいつでも食べられて、皆が笑って暮らせる基地にするから、だから無事に戻ってきて……そして)

 隣にいる、元いた世界から一緒にやって来た無二の親友に気をやりながら。

(ラウラの為にも、三日月を見つけて帰ってきて……皆で農業でも、しようね?)

 

その日が来るまで、共に頑張ろうと決意したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし彼女は知らない……驚くほどに希望に充実した生活を起こるこちら側と異なり、オルガ・イツカは正に危機的状況に追い込まれているなど。

 

「ううっ……!! 結構響くわね」

「しっかりしてよキャル! 大丈夫だからね? ボク達がついてるから……」

「お前こそ大丈夫かテイオー? 疲れてきたら俺が担ぐ「いいよダンチョー、ボクなりのお礼ってか恩返しだもんね!」

 負傷したキャルを担ぐトウカイテイオーを、寒さの中にありながら生暖かい視線を送るオルガ。

 エクソスーツの上から、墜落した宇宙船の端材とその辺の草木からなる添え木で、応急手当されたキャルの姿は痛々しくも、元気いっぱいにおぶさるテイオーの姿に思わず笑みをこぼす。

 

 思いがけぬ不時着によってたどり着いた厳冬の惑星『EDN-3RD』。 得体の知れない相手に送られた座標を目指す、不確かな道程を歩む3人の足取りは重い。 謎の通信によって道を指し示された一行は、雪に頼りない足跡をつけながら目的地を目指し、妙に減りの早い『ソジウム』を道中かき集めながら、吹雪の勢いが増してきた針葉樹林の中をひたすら歩いていた。

 

 現在3人の気温計には、氷点下……それも-70℃を下回る数値が表示されていた。 もし裸一貫で放り出された日には、当然ながら凍死は免れない過酷な環境である。

 凍死と隣り合わせの極限状態に神経をすり減らす、そんな彼らの命を守るたった一本の命綱と言えるエクソスーツ。 少々のことでは消耗しない筈の『危険防御システム』の残存エネルギーの消費が妙に著しく、3人の内心は焦りに染まっていた。

「……それにしてもやっぱ寒いねー。 キャルを背負ってるから身体自体は暖まるけどね」

-70℃を下回ってんだ。 地球の極地並だぞ」

「冗談じゃない寒さね……これでスーツがお釈迦になったらアタシ達もただじゃ済まないわね」

「縁起でも無いこと言わないでよー……ん?」

 唐突に足を止め、耳を澄ませるテイオー。 彼女の耳は人間より優れており、遠く離れた場所で鳴った音すら聞き分けることが出来る。

 その耳は今、不穏な音を捉えた。 何かの信号音が近づいてくる……それも一つではない。 幾つもの無機質な信号音が重なり合って響いているのだ。

 やがてそれは、徐々に大きくなって行く――――そして。

 三人の前に現れたのは、赤い輝きを宿した橙色の装甲を持つドローンだった。

 オルガはとっさの判断で、乱暴は承知で二人を抱きかかえるように茂みの中に引き倒した!

「(悪い! 痛くなかったかキャル!)」

「な、何なのよ一体! 驚いたじゃない――」

 オルガは有無を言わさずキャルのバイザーに手を押し当てると、人差し指を立てて声を出さぬよう指示する。

 その意味を二人は、特にトウカイテイオーは恐怖の色と共に理解した。

 

 辺りを見渡すように悠然と飛ぶ複数の丸いドローン……『センチネル』の姿がそこにあった。

「(やっぱりアイツ等この星にも居たんだ!!)」

「(クソッタレ、こんな時に面倒だな……何とか見つからねぇように迂回するしかねぇか)」

 悪態をつくオルガだが、幸いにしてドローン側は木々が邪魔をするようで、こちらの位置までは掴めていないようだ。

 オルガ達はゆっくりとその場を離れようとしたその時――突如として、一機のセンチネルがスラスターを吹かせ、凄まじい速度で接近してきた。

 オルガは咄嵯に身を屈めると同時に、テイオーの頭を庇いながら小声で呼びかける。

「(落ち着けよお前等? 馬鹿な真似はするんじゃねぇぞ?)」

「(わ、分かってるわよ……早くどこかへ行って!!)」

 しつこく辺りを探し回るセンチネルに毒づきながら、なんとかやり過ごそうと必死で茂みに姿を隠す。 しばし辺りを飛び回って何度も確認するも……やがて諦めたのか、他の機体と合流するとそのまま何処かへと飛び去って行った。

 それを確認すると、緊張の糸が切れたかのように安堵の息を漏らす。

「ふう……もう行ったみてぇだな」

「全く、寿命がちょっと縮んだかも知れないわね。 こういうのはもうゴメンよ」

「ううっ……身体がちょっと冷えてきちゃったかも、寒いよぉ」

「大丈夫かテイオー? やっぱり俺がキャルを担いでいこうか?」

 心配を寄せるオルガだが、トウカイテイオーは首を横に振る。

「いいってば! ボクの役目なんだからね! それにちょっと寒いぐらいなら、身体動かしてるぐらいが温まって丁度良いんだし、アスリートをないでね!」

「……わーったよ」

 テイオーは胸を張って答えると、その様子に苦笑を浮かべながらも、オルガはそれ以上何も言わなかった。

 センチネルとの遭遇を警戒し、なるだけ茂みの多いルートを選んでオルガ達が更に森の中を突き進んでいくと、ようやく目的地らしい座標を見つける事が出来た。

 遠目である為に雪降る中で視界も悪いが、うっすらと橙に光り輝いているようにも見えた。

「見えたぜ! ありゃ何かあるな?」

「当然よ……!! ここまで来てガセだったらたまんないわよ!」

「と、とりあえず、ハァ、ハァ、向こうに行こうよ! ボ、ボクもうちょっと頑張れるから」

 そう言ってキャルを担ぐテイオーの言葉は辿々しく、息切れを起こしているようにも見えた。 そんな彼女の心なしか徐々に弱々しくなっていく様子に、オルガは一抹の不安を覚えつつも、今はテイオーを信じて足を進めることとした。

 

 

 

 

「な、何だよオイ……墜落船じゃねぇか!」

 それは明らかに宇宙船であった。

 落下した衝撃でか、周囲の木々は全てなぎ倒され、地面は大きく陥没してクレーター状になっている。

 中心には墜落した宇宙船が煙を噴いて上向きのまま地面に横たわっていた。 周りに誰かがいる気配は無く、雪の積もり具合から放置されて暫く経っているようにも見え、恐らくはここを発ってしまったかあるいは力尽きた可能性があるだろう。

 形状は鋭い胴体の後ろ側に左右対称に羽とエンジンが取り付けられた、オルガのそれとは異なるも似たような技術体系からなる宇宙船に見えた。

 損傷もオルガの大破したそれよりかは軽微に見え、装備さえ万全なら十分修理は可能そうではあるものの――――。

 

「律儀に船を直す余裕なんかねぇぞ……こんな時にガセネタ掴まされた気分だな」

 可能性としてある程度想定はしていたが、いざ期待外れの成果を目の当たりに三人は落胆する。

「ねぇオルガ……地図の座標ってアレのこと言ってるんじゃない?」

 肩を落としかけるオルガだが、キャルが指さした方向を見ると、確かに煙を噴く球状の大きな物体を座標が指し示しているようだった。 駆け寄って物体を調べてみると、それは今正に機能不全に陥りかけているビーコンであり、見ると大半のデータが喪失する寸前、正に風前の灯火だった。

 オルガはめげずに内部のデータを取り出そうとはしてみるが、ノイズばかりで大した情報は得られなかった。

「……どう?」

 芳しくはない。 そう言いたげにオルガは落胆した様子で首を横に振った。

 敢えて言うなら通信主にしてこの墜落船の持ち主の情報に、『マインビーム』関連のテクノロジーがセットになって入っていたぐらいだろうか。 尤も、マルチツールの壊れてる今のオルガ達には無用の長物であるが。

「……は、はは、こ、ここまで来てそりゃないよー……」

 乾いた笑いを浮かべるトウカイテイオーだが、キャルを背負ったまま力なく膝をついてしまう。 数少ない希望としてこの場所を目指し、特に張り切っていたトウカイテイオーは空元気というのもあったのだろう。 期待を見事に裏切られたとあっては、無理もない反応であった。

「テイオー……」

「……そう気を落とすもんじゃ無いわよテイオー。 この宇宙船、壊れてるけど吹雪は凌げるみたいだから、一先ずはかわりばんこで休憩しましょ――――?」

 膝をついて項垂れるテイオーを宥めるオルガとキャルだが、彼女の仕草にふと違和感を覚えた。

 両肩を抱えるように蹲るテイオーの身体が小刻みに震えている。 それはまるで本当に寒いと言わんばかりに、身をよじって肌寒さを訴えるように身体を摩っていたのだ。

「何か様子が、変じゃないかしら?」

 疑問を口にするキャルの言葉に、オルガも雪に伏したテイオーの前に膝をついて、雪の上に蹲って寒さに身を震わせる彼女に声をかける。

「大丈夫かテイオー!? やっぱりどこか痛めたんじゃないのか「――――()()

 身を震わせるテイオーの言葉に、オルガとキャルはふと首を傾げた。

3人はエクソスーツを着ている……危険防御システムが生きているなら、暑そうや寒そうに()()()()()()()ことはあっても、内部そのものは適温に保たれる為に実際に厳しい環境に晒されることはない……筈なのだが。

「すまねぇテイオー、少し身体を調べさせて貰うぜ……うっ!!」

 オルガはテイオーのバイザー越しに透けて見える表情を見やると、明らかに寒さをこらえているような血色の悪い顔つきがそこにあったのだ。

 乙女の身体をむやみに調べるまいと思いつつも、万一を考えやむなくエクソスーツ越しに彼女の生態情報をスキャンする。

 

 そして息を呑んだ。 トウカイテイオーは明確に低体温症を起こしかけていたのだ。

「おい! まさか本当に寒いのか!?」

「そうだよ……急にスーツの中身が冷えてきちゃったんだよ……でもどうして……!?」

 肯定するテイオーの声にいつものハツラツとした元気は見当たらない。 そんな時、キャルはテイオーのエクソスーツのバックパックの違和感に気づく。

「オルガ! テイオーのバックパックから何か漏れてる!?」

 三者一様に破損したエクソスーツのバックパックだが、特にトウカイテイオーの物からは気体とか液体というか、形容しがたい何かが破損箇所から漏洩していることにキャルが気づいたのだ。

 その言葉に何かを気づいたオルガはテイオーに問いかけた。

「おいテイオー! 『ソジウム』の残量はどうなっている!?」

「……? え、えっと……ッ!? そ、そんな……空っぽだぁ……!!」

「タンクが壊れてたのよ! ほんの少しずつだから気づかなかったわ!?」

 身を震わせ、力なく答えるテイオーの声は掠れていた。 既に意識が混濁し始めているのだろう。

「わけ、わかんないよ……エネルギー残量に、変化ないはず、だった、のに……」

「! おい、寝るなテイオー! 寝たら最期だぞ!!」

 キャルはテイオーの身体を揺すり、オルガは平手でテイオーのバイザーを叩いて気付けをするも、身体が急速に冷えていく彼女に意識の回復は見られない。

 せめてこの寒さだけ何とか遮断できないかと辺りを見渡すが、オルガはそこで墜落船の存在を思い出した。

 宇宙を行き来する宇宙船はその極限の環境に耐えるだけでなく、長期的な旅においてパイロットの消耗を避ける為、機内が快適な環境に保たれるよう気密がしっかり作られている。 それ故に中に乗り込めさえすれば、消耗する危険防御システムのリチャージも行うことさえ可能になっているのだ。

「……どこまで機能するかは分かんねえがな」

 全体に及ぶ機体の破損具合からして、その機能が生きている可能性が低いと思われたものの、それでも僅かな望みを託してオルガはコクピットへと潜り込む決意をした。

 幸いキャノピーの開閉は問題なく行われたものの、操縦桿周りは動かしても稼働せず、コンソール類は電源そのものが入らなかったり、壊れていたりとまともに動かない状態だった。 風防を閉じても気温の最適化は行われないが、しかし外気温の遮断と気密の維持は出来ている為、危険防御システムのリチャージは見込めずとも、減少を食い止めることは可能なようだった。

 この寒さで風防が凍り付かずに開閉が出来ている所を見るに、凍り付きによる閉じ込めの心配は無さそうだ。

 ピンチの時にこれ以外、わざわざ何もないこの場所に誘い込んでくれたのだ。 放置した墜落船を頂いてもバチはあたらないだろうと、オルガはこの船を拝借する決断をした。

「二人共、この墜落船の中に避難しろ……俺がお前らのスーツや宇宙船を修理できねぇか材料を探してくる」

 オルガはまず身体の冷えるテイオーを、そして身動きの取れないキャルを墜落船のコックピットに入れてやる。

 流石のオルガも、動くこともままならない二人を連れて行くことは出来ない。 安全なこの場所に避難して貰い、動ける自分が探索に出るべきだと決断する。

「……頼んだわよ」

「ごめんね、ダンチョー……ボクばっかり、足を、引っぱって……」

「お前のせいじゃねぇだろ? 団員を守るのは俺の仕事だ」

 申し訳なさそうにするキャルとテイオーに、空元気ではあるがはにかんで見せるオルガ。

 その表情には疲労の色が見え隠れしているものの、しかしそれでもなお立ち向かう気力だけは失われていないようだった。

 そんな彼に対し、キャルは懐から自身のマルチツールを取り出した。

 ストックのついた銃身の長い、言うなればアサルトライフル状の黒いマルチツールがそこにあった。

「マインビームがないから材料集めは出来ないわ……でも、武器をいくつか積んであるから、探索の役には立つわ」

「……いいのか?」

 問いかけるオルガにキャルは有無を言わさずマルチツールを押しつける。

「どうせこの怪我じゃアタシが持ってても使えないし、アンタに預けとく」

 確かにそのマルチツールがあれば、最低限の装備はあると言って良いだろう。

 オルガは預かったマルチツールにに実装されたを武器を調べると、バースト射撃の『ボルトキャスター』、散弾銃の『スキャターブラスター』、そしてもう一つ……グレネードランチャータイプの『ジオロジーキャノン』なる3種がインストールされていた。

「3つめは取り扱いに気をつけなさいよ……岩盤も抉る威力があるんだから」

「了解だ」

 オルガは礼を言う代わりに、力強く拳を突き出す。 キャルもそれに応えるように拳を出し、二人の拳がぶつかった。

 墜落船に背を向け、オルガがいよいよ一人の探索を始めようとした時。

「オルガ!」

 キャルが唐突に呼び止めてきた。 オルガはその場で振り返った。

「……それ、ちゃんと返しなさいよね」

「……ああ。 お前もしっかり受け取ってくれよな」

 キャルと軽く言葉を交わして、キャノピーが閉じられるのを見届けたオルガ。 今度こそ一人きりで墜落船を離れ、孤独な探索を開始した――――



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第14話

 キャル達と別れてそろそろ小1時間は歩いただろうか?

 スーツの上からでも刺すような寒さを掻き分け、銀と緑のコントラストに囲まれた舞吹雪く白い大地に足跡を残しつつ、オルガはたった一人ひたすらに歩き続けた。

 命綱の危険防御システムは辛うじて生きているものの、ジェットパックもストレージも破損。 スキャナーの一部が機能不全で探索範囲が劇的に落ちている中、オルガは道中にてソジウムを回収しながらの強行軍を余儀なくされている為に、その歩みは決して速くはない。

 しかし、それでもオルガには止まっている暇はなかったのだ。

(とんでもねぇ事になっちまったもんだ……俺達はこんな所で何やってんだってんだよ!!)

 オルガはこの場に至るまでの経緯を思い返し、内心毒づいていた。 少々のリスクは想定していたが、まさかの貨物船との衝突事故でここまで状況が悪化してしまうとは思わなかったからだ。 いきなり現れたあの貨物船に恨み言の一つでもぶつけてやりたいが、それよりも今はキャルとテイオーの救助とこの極寒の星からの脱出が先だ。

 だが幸いなことにスーツのガイダンスによれば、当初目指していた『ワープセル』の設計図があるポイントにおいて、宇宙船やスーツの修理に必要な物資が手つかずの状態で放棄されていると確認できた。 エクソスーツのガイダンスには何度も導かれてきた為に信用の出来る情報ではあるのだが、別の相手とは言えつい先程何もない墜落船に誘導された身として、つい身構えて考えてしまうのは致し方のないことであった。

「……まあ良いさ。 悩んでいてもしょうがねぇ。 もし罠だったとしても、最悪力尽くで突破すりゃいいだけのことだからな――――ッ!!」

 オルガは咄嗟に近くの茂みに飛び込んだ!

 次の瞬間、青い光を放つ球体のような何かが頭上を通り過ぎていった。 茂みに隠れながら木々の隙間から様子を窺うと、それはやはりセンチネルのドローンのようだった。 その数3体。

(ちっ! またこいつらか! この星にはウヨウヨいやがるな!)

 オルガは舌打ちしながら思う。 この『EDN-3RD』へ不時着してからというもの、ずっとこんな調子なのだ。

 どうにもこのセンチネルはこの惑星を特に厳戒態勢の元で巡回しているらしく、実はキャル達と別れた後も度々こうして遭遇し、足止めを食らう羽目になっている。 キャルから預かった武器があるものの、残弾はこのツール内に装填されている分のみ。 攻撃を仕掛ければ、当然ながら無線で仲間を呼んで来るというおまけ付きだ。 今回も仕方なくやり過ごす事も考えていたが、しかし――――

 

<気象警報:嵐が接近中>

 

 それは唐突にオルガの身に降りかかった。

(クソッタレ! 今度は何だ――――な!?

 オルガの目に飛び込んできたのは、バイザーに投影されているインジケーターの文字だった。 惑星を探索中、急激な気候の変動が齎された際には警告のアナウンスと共に、視覚にも訴えかけるよう気温等のインジケーターに『STORM』と表記される。

『EXTREME STORM』だと……?」

 オルガの目に飛び込んできたのは、一単語多い『EXTREME STORM』の表記。 ただ事では無さそうな雰囲気を感じ取るオルガだが、それは正しかった。

 何故なら突然白く視界を遮るような勢いを増す猛吹雪と共に、見たことのない超低気温により見る見る内に、危険防御システムのエネルギーを奪い去られていったのだから。

 

 その気温、驚異の-202.7℃。

「ふ、ふざけんな……!! こんなの耐えられるか!!」

 満タンでも3分は持つかどうか怪しい危険防御システムのエネルギー残量が、残り後30秒を切るまでに急激に悪化した。 エネルギーを拾いながらのやっとこさの進軍をセンチネルに妨げられ、降って湧いたこの馬鹿げた数字を前に焦りを隠せない。

 オルガにはもう隠れて進行する選択の余地はなかった。

(こんな所でモタモタしてたらあいつらが危ねぇ! ……こいつで行くか!!

 決意を込めるようにキャルから預かったマルチツールのグリップを握り込み、オルガは武器の発射モードを選択する。

 選んだ武器は『ボルトキャスター』。 バースト射撃でフルオートに比べ制圧力は劣るものの、弾速に優れ弾道のブレが発生しにくいそれは、正規の訓練こそ受けているものの使ったことの無い武器をぶっつけ本番で使わざるを得ないオルガにとって、奇襲攻撃を成功させる手助けになる武器であった。

 

 覚悟を決め、オルガは道を阻むセンチネルドローンの前に飛びだした!

 突然の襲撃者に赤いランプを灯し威嚇するセンチネルドローン、対するオルガは身を低くした姿勢で突貫! 手早く銃口を向けてストックを肩に当て照準を定める。

 

 引き金(トリガー)を引く! ――――光弾がばら撒かれる! 1体に命中! 爆散!

 

 驚いた2体のドローンが直ぐさま警報を発する! 指切りにより引き金に掛けたままの指を再度引き、間髪入れずに2回目の速射! もう1体を排除!

 

 残されたのは真ん中のドローン! 仲間を呼ぶ警報を発し終えた時、オルガとドローンの距離は目と鼻の先!

 ――――オルガはストックを肩から放すと、銃床を相手のドローンめがけて振りかぶり、異世界の旅で人外と化した強大な膂力を生かし打撃!

 ドローンは叩かれた勢いで表面に凹みを作りながら雪に埋まる――――間髪入れずにマウントポジションを取り、数回打撃を繰り返す! 

 

 

 

殴打! 殴打! 殴打!

 

 

 

――――沈黙。

 

 その間僅か数秒。

 最期のセンチネルドローンは煙を噴き上げながら、物言わぬスクラップとして銀世界に横たわる。

「……何とかなるもんだな」

 オルガは頬の汗を拭うような仕草でヘルメットのバイザーを撫でた。 ひとまず敵を排除したものの、悠長に構える暇は無い。 直ぐさまここにセンチネルの援軍が駆けつけてくるだろう。 ただちにここを離れようと腰を上げたオルガだが、ふとスキャナーがセンチネルドローンの残骸に何かを探知した。

 見るとそこには、センチネルが抱えていた補給物資の存在のようで、一部はオルガのスーツやマルチツールと互換性を持っているようだった。

「ありがてぇ! ただでさえ物資が足りてねぇんだ、何個か頂いておくか!」

 残骸からはマルチツールにも使用可能な武器の『発射弾』と、その他機能強化用のテクノロジーモジュールのようだった

 オルガはそれらを持てる範囲で剥ぎ取っていくと、いずれここに来るだろう援軍を振り払うようにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で負傷したキャルと、エクソスーツの故障で低体温症になりかけたトウカイテイオーは、雪の降りしきる中放棄された墜落船の中で、身を寄せ合いながら互いに身体を温め合っていた。

 「寒い……凍え死んじゃいそうだよ……」

 震えながら呟くトウカイテイオー。 風防の気密はしっかりしている為外に出ているよりは幾許かマシであるが、下がった体温が中々戻らない上に室温が氷点下を切っていては、体力を奪われるのは致し方の無いことだった。

 その言葉を聞いているのかいないのか、キャルはテイオーを抱き寄せた。

「……大丈夫よ。きっとオルガは戻ってくるわよ。 それまでこうしていなさい」

「怪我してるのに、傷に響かない?」

「このくらいどうってこと無いわよ。 それに、アタシも寒くてしょうがないのよ。 だからもう少しだけ、このままにしておきなさいよね?」

「うん、わかった。 ありがとね」

 テイオーは感謝の言葉を述べると、力を抜いて空を仰ぎ見る。 治まることの知らない雪に白く彩られるも、なお一面に広がる暗闇の空。 心を吸い込まれてしまうような原初の恐怖に身震いしそうになる。

 そんな心細さの中、2人は互いの鼓動の音を聞き合うようにして身を寄せ合った。 そしてどれほどの時間が経っただろうか?

 静寂を切り裂くようにふとした瞬間に2人の耳に、スーツからの警告音が響き渡った。

 

<気象警報:嵐が接近中>

 

 じっと待っていたキャルとトウカイテイオーが慌てて身を起こす。 それは遭難してから丁度小一時間が経過した頃だった。

 辛うじて生きていた墜落船のインターフェースモニターに、目を疑うような外気温の低下が描かれ始めたのだ!

「な、なんなのよこれ……-100……-128……-165……-200!?」

「嘘!? 何かの間違いだよぉ!!」

 -200℃を下回る強烈な外気温の低下、それに伴う猛烈な吹雪が容赦なく機体を襲う。

 風防の外が瞬く間にホワイトアウトしていき、計器類は次々とエラー音を吐き出す。 透明なカバー一枚を隔てた先で踊り狂う、にわかに信じがたい極度の冷気を前に、2人が恐怖の色が混じった驚愕の声を上げた。

「ははっ、こ、これは夢なんだよ……悪い夢に決まってるよ……!!」

 室内の気温低下を感じ取るテイオー、凍死の危険性が差し迫る状況に引きつった笑いさえ浮かび上がる。

「し、しっかりしなさいテイオー! きっと一時的な現象のはず――――っ!?」

 

 キャルがテイオーを宥めようとしたその瞬間――――風防に一滴の雨がしたたり落ちた。

 しばしの間を置いて、また一滴。 もう少し間を置いて、一滴。 次第にそれは間隔を狭め、ぽつぽつと雨嵐に変わっていった。

 そしてそれは、風防を滴り落ちていく過程で白く蒸発し消えていく。

「あ、雨が……!?」

「蒸発、しちゃった!?」

 キャルとテイオーは混乱する。 雨? この吹雪の吹き荒れる、-200℃を下回る環境で液体の雨が降り注ぐ。

 水は混ざり物が無ければ、0℃を下回る時点で凍り付くのが当たり前なのだが……そこまで考えた辺りでテイオーはスキャナーを、風防に降り注ぐ雨に向けてみた。

 

 分析の結果、雨の正体は液化した窒素と酸素の混合液であった。

「えっと……これって……?」

「まさか……()()()()って奴じゃ……?」

 2人は目の前で起きた事象に対して理解が追い付かない。 この星の大気も、窒素をベースに酸素や二酸化炭素の存在する、地球によく似た大気組成だった筈。

 そしてそれらはいずれも極度の低温で液化することが知られ、一部は工業用にも用いられている。

 スケールが大きすぎて状況の把握に時間がかかったが、つまりは惑星の気温が急激に下がり過ぎて、大気が沸点を下回り液化し始めたのだ。

 なまじ理解をしてしまったが為に、2人の脳裏に浮かび上がる恐怖を助長していく。

「……どうすればいいの?」

 横目で見るキャルの目に映るテイオーの姿は弱々しい。 その身の震えは寒さなのか絶望から来るのか、身体を縮め身を震わせるテイオーの姿は、ハツラツとした彼女が空元気さえ振り絞れず、心が折れかけている様子を残酷なまでに訴えかけていた。

「や、やだよ……!! ボクは、ダンチョーと3人で、スペちゃん達の居る基地に戻るんだ……!! トレセン学園の皆とだって……!!」

「……!!」

「死にたくない……!! こんな所で凍って死ぬなんてやだよ……!! 早く戻って、来てよ……ダンチョー……!!」

 キャルは苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめながらも、身を震わせるテイオーを強く抱きしめる。

 1人じゃ無い、アタシはここに居ると、キャルは強く訴えかけるように抱擁する。

 

 全てを白く染め上げる極寒の環境は、生命の生存を許さない。

 生きとして生ける者にあまりに過酷な世界は、2人の少女の希望さえも奪っていく。

 それでも、諦めない。絶対に死なない。 オルガの帰りを待つと、皆の元へ無事に帰還するとスペシャルウィーク達と約束した。

 

 それが2人の生きる理由だから。



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第15話

<テクノロジーをリチャージしました>

「こいつで最後か……」

 窒素の雨が降りしきる極度の冷気の中、手持ちのソジウムを使い切ったオルガは毒づいた。

 嵐をやり過ごす洞窟も掘り進む事も出来ず、避難しているキャル達の存在もあって短期決戦を決めたオルガ・イツカ。

 道行く最中に散発的に遭遇するセンチネルドローンを屠り、その残骸や道中のソジウムを含んだ花からの補給を欠かさず先に進んできたものの、いよいよそれも限界に近づいてきた。

「そろそろ目的地にたどり着かねぇと……ん?」

 その時だった。 ブリザードの唸る暗黒の世界に青白い光を見いだしたのは。 青白くもどこか温かみのある光に誘われるように、オルガはその方向に歩いていくと……。

 

「……これは?」

 それは幾何学模様の刻まれた建造物……オブジェだった。 厳しくもありのままでいるこの自然環境の中にあって、明らかに場違いなまでに整った正方形に象られた大きな敷石の上に、大小様々な長方形の石柱が点在する。

 中でもその中央にそびえ立つ、丸い穴の空いた特に大きな石柱は青々とした神秘的な輝きを放っていた。 どうやら光はこの真ん中の構造物から放たれているらしい。

 異質な佇まいを見せる、しかし所々に朽ちたような形跡の見られるこれは、言うなれば古代のモノリスとでも言うのだろうか……オルガは厳かに佇まうこの構造物に、かつて拠点の惑星に存在した『知識の石』に似たものを感じていた。

 ……しかし切羽詰まった今のオルガにとって、その構造物よりも周囲にちりばめられた石柱の方にこそ目を奪われていた。

「おお! コンテナが沢山あるじゃねぇか!」

 そう、この建築物には多数のコンテナが放置されていたのだ。 見た目のデザインからしてこの構造物とは異なる意匠で、多少壊れてはいるが真新しさを感じる物で、ひょっとしたらまだ使える物が中に入っているかも知れない。 恐らくは後から誰かが投棄した物がそのまま残っていた物なのかも知れないが、今は有効活用させて貰うとしよう。

 して、早速中身を物色してみるが……それはオルガにとって救いの神とも言える品々が豊富に入っていた。

『フェライト塵』『コバルト』『ソジウム硝酸』……おお、『量子プロセッサ』もあるな!」

 色とりどりの部品の数々にオルガは心躍った。 オルガ自身はおろか、救助を待つ二人のエクソスーツも十分修理可能なほどの大量の素材が発見される。

 オルガはスーツのストレージが使えない代わりに、その辺の葉やツタをちぎって作った即席のロープをほどき、荷下ろしをする。 それらはいずれも、センチネルから鹵獲したよく分からない部品ばかりだった。

「さあ、ちゃっちゃと修理しちまうか」

 嵐は未だに吹き荒れている。 エネルギー源は手に入ったとは言え、今は危険防御システムのエネルギー残量はこれでもかと言うぐらい削られる極限の環境下だ。 早速オルガはセンチネルから鹵獲した素材も駆使して、まずは自身のエクソスーツの壊れたテクノロジーの修復に着手した。

 

…………………………………………

 

……………………

 

…………

 

<テクノロジーを修理しました>

 全ての修理が完了した瞬間、野放図に置かれていた素材や部品の数々が、あっという間にエクソスーツのストレージに収納された。

「工事完了です……って奴じゃねぇか、へっ」

 これで一安心だとオルガは一人得意げに笑う。 破損していたジェットパックやストレージ等の修理も終えたばかりか、その過程でテクノロジーモジュールも取り込んで、実質パワーアップも果たす形となった。

(だがまあ、センチネルの部品がどんな影響及ぼすか分からねぇがな)

 センチネルドローンの残骸から回収したモジュールは、言うなれば『生きたガラス』とも言えるような、無機質でありながらも生体パーツのような有機的な部品が含まれていた。

 使えそうだと修理の際の勢いでそれをスーツに組み込んだ事で、数字上オルガのエクソスーツは大幅な強化を果たした。 言うなれば、より高く飛べ、より長く生命維持が可能で、より効率よく走ることが出来る……と。

 自分で組み込んでおいて言うのも何だが、強力な能力と引き換えに何かが起きる気がしなくもない。 そんな予感があった。

(ま、今それを考えても仕方がねぇんだけどよ)

 オルガは首を横に振って考えを振り払った。 今はこの物資をキャルとテイオーに持って行ってやるのが先だ。 乗ってきたラディアントピラーは見るも無惨だが、一部部品をかっぱいで彼女達の避難する墜落船にでも組み込んでやれば、あれで元いた星系に帰還する事も十分可能だろう。

 燃料の設計図が手に入らなかったことは心残りだが、それよりも今は一刻も早くこの星から立ち去らねば、踵を返そうとしたその時であった。

 

ー{{トラベラーか? 友か?}}ー

 

 何者かの声が、突如として脳裏に浮かび上がってきた。まるで誰かに話しかけられたかのような感覚。

思わず辺りを見回すオルガだったが、周囲には誰も居ない。 あるのはこの場で青白い輝きと共に佇むモノリスのみ。

(……まさかな?)

 オルガはもしかしてと思い、モノリスをじっと眺めてみる。 あの知識の石のように、この不思議な物体はオルガに何らかの現象をもたらそうとしているのか? そう気になったオルガは、二人の元に帰還するという使命を忘れたかのように、頭に直接響いた謎の問い掛けに答えずに居られなくなる。

「俺は……鉄華団団長にしてトラベラー、オルガ・イツカだぞ……」

 モノリスは微動だにしない。 しかし、確実に何かが反応したような気がした。

 それは何かが目覚め、こちらを観察しているかのような圧倒的な感覚。 自然と次の問いかけのような物が頭に浮かび上がる。

 

ー{{これが最初か? これが最後か?}}ー

 

 ……質問の意図が分からない。 オルガはその意図を考えるように目を細める。

 こんな抽象的な質問をされてどう答えたものかと困ったが、少し考えた後答える事にした。

 相手が何を知りたいかは知らないが、心理テストのような物なら……だからオルガは、自分なりの解釈を込めてこう言った。

「……関係ねえ。 最初だろうが最後だろうか、俺はただ進み続けるだけだ」

 ……沈黙。

 相手の望む答えだったがどうかは知らないが、少なくともオルガは自分なりの答えを口にした。

 始まりとも言えるあの日、初めての死を前に見いだした自分なりの生き方。 それを貫くように異世界を渡り歩いてきた揺るぎない答えだ。

 それにしてもこのモノリスは、こうして訪れたトラベラーにこう言った質問を繰り返してきたのだろうか?

 遙か昔からからずっと、オルガは何故だがそんな感覚を覚えていた中、モノリスが再び問い掛けてきた。

 

ー{{真紅の目を見たか? 真紅の目に見られたか?}}ー

 

「……『両方』だよ」

 普段なら相手にすることのない質問に、何故か素直に答えずにいられない。 そんな唐突で奇妙な問いかけだが、何となしに心当たりがあった。

 記憶の石を通して三日月の姿を見たあの時――――オルガは部屋に鎮座していた、奇妙な輝きと共に脈動する球体。 そんな三日月を追いかけようと宇宙ステーションで聞き込みをしていた時に、一人のゲックから垣間見たあの瞳の赤い輝き。 むしろ、モノリスからの質問を通して合点がいったと言って差し支えはない。

 

ー{{アノマリー発生率が安全域を超過}}ー
 

ー{{■■ 侵入を検知 警告 警告 ■■ 警告 ■■}}ー

 

「!?」

 突然、モノリスの声色が変化した。 まるで警報を鳴らすかのように、その言葉を繰り返す。

 驚きながらも身構えるオルガに対し、しかしモノリスは告げた。

 

ー{{境界は破られた。 障壁は崩れ落ちた。}}ー

ー{{お前の宇宙が待っている。 我々を探せ。 TRAVELLER}}ー

 

 そう言い残し、以降モノリスはものを言わなくなった。

「……何だったんだよ……ん?」

 呆気に取られるオルガの手元に『ワープセル』や原料となる『反物質』『反物質格納容器』のそれぞれの設計図と――――

 

<警告:センチネルの脅威を検出しました>

 

 オルガを追ってきたセンチネル達の洗礼を残し……。

「ハッ……ああ分かったよ」

 自身を取り囲む赤い輝きを放つドローンの群れに、オルガは呆れとため息も混じった声色で静かに呟いた。

 あまりに寒い中での長い問答が終わった直後にこの始末。 どうやら何が何でも足止めをしたいらしい。

 幸い弾薬はこの空飛ぶガラクタ共の残骸から回収出来て潤沢にある。 ならば答えはこれだ。

 オルガは『ジオロジーキャノン』を選択すると、その弾頭をセンチネルの群れに叩き込んでやった。

 ――爆発!

 オルガの目の前で爆散する赤き光りのドローンの群れ。 ほんの挨拶代わりの一撃だが、連中を怒らせるには十分だった。

 赤い輝きと共にレーザーを放ってくるセンチネルの群れを前に、オルガは己の感情の高ぶりを感じた。

「全員ぶっ倒してやるよ! 派手にいこうじゃねぇか!!」

 そう叫んでオルガは手にしたマルチツールを構え、迫る赤光の雨の中へと身を投じた。

 

――――――……

 

 

 もうどれくらいの時間が経っただろうか、寒さで気が遠くなって時間の感覚がない。 体感的にはかなりの長い間、身を振るわせながら待ちぼうけを喰わされていたように思える。

 体温の高いウマ娘でありながらもトウカイテイオーは、そのあまりに冷たく容赦の無い窒素の雨に機体を打たれながら、次第に下がっていく室温に為す術を持たなかった。

 体温と共に意識も刈り取られていく中、時折身体を揺するキャルのおかげで辛うじて、眠ってしまう最悪の事態は避けられている……しかし、それも時間の問題であった。

「しっかりしなさいテイオー! 寝たらよおしまいよ!?」

「キャル、ごめん……ボク、もう……」

 内側から凍り付きそうなバイザー越しに見える、トウカイテイオーの面持ちは土気色に染まりつつある。 眠気どころか既に気力を失いかけてる彼女に、キャルは必死で励ましの声を送り続ける。

「あんたが諦めちゃったら何の意味も無いのよ! 3人で帰るって約束でしょ!? ほら、もっとしゃんとしなさい!」

 キャルとは違いテイオーのエクソスーツの危険防御システムは機能していない。 容赦なく体力と気力を奪われるテイオーに対し随分と無理を言っているが、それは承知の上なのだ。

「だって、とても……寒い……さむいよぉ……うう……もう……限界……」

 そして、極度の体温低下によりテイオーは遂に力尽き、気を失ってしまった。 焦ったキャルは強く彼女の身体を揺するが、反応は無い。

ちょっと、起きて! お願いだから! …………ああぁ……」

 絶望的な状況に追い込まれ、キャルは今にも泣き出しそうになりながら必死でテイオーに呼びかける。

 呼びかけながら、せめてあと少しだけでも彼女の命を繋げられないかを考えていた。

(どうすればいいのよ!? テイオーの、テイオーの危険防御システムが動きさえすれば良いのに!!)

「アタシだけ助かっても意味ないのよ!! テイオーが助かるならアタシのスーツが壊れても良いから……!!」

 何とかこの子だけでも助けたい! そう言いかけた時、キャルの脳裏に唐突にひらめきが走る。

 この極寒の中、低体温症で危篤状態のテイオーに対しキャルが無事なのは、ひとえに無事だった危険回避システムのおかげだ。 そしてそれは、ソジウム自体が底をついたとしても、25℃前後の常温に保たれれば自然にリチャージが行われる仕組みになっている。

 キャルは考えた。 テイオーのスーツを暖めてやれば、ソジウムの貯蓄タンクは破損していても、危険防御システム自体は復旧する。 そしてその暖める熱源は……ここにあった。

 

 そう、自身のエクソスーツを故障させて回路を発熱させてやれば、テイオーのスーツを復旧させうるほどの熱は発するだろうと。

 キャルの元いた世界、アストルムはこのような超科学的な電子機器とは無縁の世界だ……少なくとも彼女が知る限りは。 そんな彼女にとって、電子制御されている機械に意図しない動作をさせるなど未知の領域だ。

 どうなるかは分からないが、しかしやらなければテイオーの命が危ない。 キャルは意を決すると、自身のエクソスーツのガイダンスに、スーツを発熱させるぐらいに回路に何らかの過負荷をかけるよう指示を出した。

 

<警告:エクソスーツの機能ならびに、着用者の身体機能に著しい損傷をもたらす可能性があります>

 

「……やって頂戴」

 躊躇いつつもキャルは指示を出す。

 ガイダンスは指示を受け取ると――――直後、自身のスーツの内部温度が急上昇し始めた!

 身体が守られていたキャルにとって、スーツの加熱は言うまでも無く熱い。 温かな晴れの日にストーブで全身を囲うような蒸し暑さだが、キャルはそれを堪えるとテイオーの方に向き直る。

 意識を失っているのか、ピクリとも動かないテイオー。

 彼女の上に覆いかぶさり、全身を使って抱きしめると、自分の体を温めるようにして一緒に抱きかかえる。

 折れている片方の手足があまりに痛く軋んでいるが、それでも何とか耐えてぎゅっと力を込めると、次第に2人の体が暖まってきた。

(もう少し、もう少しだけ頑張れアタシ……)

 スーツ越しにも分かるほどテイオーの体は冷たく凍え、シャットダウンしかけている彼女のスーツもあいまって。今正に命が失われつつある状態だと強く感じさせる。

 それを何としてでも防ぐべく、自身のスーツに警告インジケーターが鳴り響く中、キャルは自分の体を犠牲にしながらも必死になって彼女を温め続ける。

 寒さで気を失ったテイオーに対し、自身は逆にあまりの暑さに茹で上がりそうな感覚に意識を朦朧とさせながらも、決して離すまいと力を振り絞って抱擁を続けた。

 

<警告:スーツの内部温度が限界値に達しました。 危険防御システムに損傷が発生しています>

 

(サウナでも、もうちょっとマシな気温してるわよ……!! でももうちょっと、もうちょっとだけ……!!)

 既にキャルのスーツも悲鳴を上げはじめ、今度はキャルの危険防御システム自体に致命的なエラーが発生しつつある。 それでも、ここで手を緩めれば確実に彼女は死ぬと確信していたからこそ、最後の最後までキャルはテイオーを抱きしめ続けた。

 やがて――――

 

<有毒熱防御、復旧>

<着用者のバイタルが危険値に達しています――――生命維持システム、起動>

 

 遂にトウカイテイオーの危険防御システムがリチャージされ、同時にスーツ内の生命維持システムが、昏睡状態にあった彼女のバイタルを復帰させようとフル稼働を始めた。

「――――あれ? 暖かい……?」

 するとどうだろう。今まで生死の境目にいたはずのテイオーが目を覚まし、ゆっくりと瞼を開いたではないか。 短くも長い眠りから覚めたような彼女の様子に、熱にうなされながらもキャルの口元に自然と笑みが浮かぶ。

「さ、寒くなりすぎたら、逆に周りが熱く感じるようになるって言うけど――――」

「そんなわけ、無いでしょ……?」

まだ頭がぼんやりとしているのか、どこか夢見心地のような口調で、それでもいつもの彼女らしい軽々しい口調のテイオーの様子に、思わず安堵のため息をつく。

 その一方で、テイオーの方はようやく現状を認識し始めたようで、自身がどうして助かったか分からないらしくキョトンとした表情でこちらを見ると、驚愕したように目を丸くした。

「ど、どうしたのキャル!? 凄い汗だくで……本当に熱そうに――――!?」

 テイオーは、キャルがスーツを本当に発熱させていることに気がついたようだ。 この様子ならもう大丈夫だと、キャルはスーツのオーバーロードを解除する。

「ま、まさか……ボクを暖める為に、スーツを……!?」

「……機能のいくつかが持って行かれちゃったけどね」

「そんな!? ボクなんかの為に……!!」

 涙を浮かべてこちらを見つめてくるテイオーに対し、キャルは少し照れくさそうな笑顔を見せる。

 その反応に対して苦笑いしながらも、彼女は怪我をしていない方の手でテイオーの頭を撫でてやる。

「なんか、じゃないでしょ? トップアスリート……3人で帰るって約束、忘れたの?」

「! そ、そうだけど……」

 キャルは不敵に笑って言葉を続ける。

「アンタを無事で帰さなかったら、アンタの友達のスペやペコリーヌ、それに他の皆に合わせる顔が無いわよ……。 命の危機ってのは何度も乗り越えてきたんだから、これくらいのことアンタが気にする必要なんか無いわよ?」

 キャルの言葉を聞いて、テイオーは思わず目頭が熱くなったようだ。

 先程までずっと死と隣り合わせだった恐怖心も手伝い、年相応の子供のように大粒の涙を流してしまう。

 それを誤魔化すかのように慌てて袖で拭おうとするが、バイザー越しに涙を隠す事は叶わなかった。

「帰るもん!! 必ず、必ず3人で皆の元に帰るもんね!」

「フフン、その意気よ!」

 泣き止んで鼻声になりながらも決意を新たにしたテイオーを見て、満足げに笑みを作るキャル。

 だが、内心キャルの心情は穏やかでは無かった。

 結局やむを得ない事態だったとはいえ、自身のエクソスーツの危険防御システムにダメージを与えてしまった。 今はまだ辛うじて稼働しているが、バックパックから既に煙が上がり、いつ機能停止をしてもおかしくない状況に追い込まれてしまった。 オルガが修理材を持って早く戻ってこなければ、本当に2人仲良く共倒れになってしまう。

 

 

 どうしたものかと考えた時、ふと背後からコクピットの風防を叩くような音が聞こえた。

「キャル! 誰か居るよ!?」

 テイオーの位置からは見えているらしく、音のした方を指指す彼女に従って振り返ると、そこには同じくエクソスーツを着込んでこちらを呼びかける何者かの姿が。

 白と緑のカラーリングからなるエクソスーツのデザインから、我らが団長では無い事が窺える。

 

「聞こえてますか!? さっきぶつかった貨物船の救助班です!! 返事して下さい!!」

 

 声質的に若い女性だろうか? 背丈や声の高さからして、自身とそう年齢の変わらない少女かも知れない。

 それはそうとして、さっきぶつかった貨物船から救助に来たという発言に対し、キャルとトウカイテイオーは互いに丸くなった目を見合わせた後、歓喜に震えた。

「生きてるよ! ボク達生きてるよぉ!!」

「早いとこ助けなさいよ!! こっちは手足の骨折るわスーツが壊れるわで大変なのよ!」

 救助に来たと告げる何者かに大声で返す2人、テイオーに至っては風防を内側から叩いて生存を必死にアピールする。

 突如現れて船にぶつかった憎き相手であるが、きちんと救助に現れたことと命が助かった事の安堵感で恨み節など吹き飛んでしまった。

 すると外の何者かは身を引いて無線機を繋ぎ、恐らくは仲間と思わしき相手に増援を要請する。

 

「こちらあんこうチーム、遭難者を発見! 遭難者は負傷してスーツも破損しています! タカキ君は『コロッサス』に乗ったままこっちにきて下さい!」



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第16話

<テクノロジーを修理しました>

「やーっと直ったもんね!」

「一時はどうなるかと思ったわよ……」

 生命線であるエクソスーツがようやく正常に戻ったことで、テイオーは騒がしくもはしゃぐようにステップを踏んでいた。

 助けに来たと思わしき謎の少女からの救援要請から暫くして、墜落船の前に暗闇を切り裂いて姿を現したのは、背丈ほどの巨大なタイヤが左右に4対もついた大型のトレーラーだった。

 ヘッドライトの光に照らされながら、『コロッサス』と呼ぶ乗り物の中から少女の仲間と思わしき女の子達に出迎えられ、キャルとテイオーは彼女達と入れ替わる形で中に入れて貰うと、然るべきエクソスーツの修理に加えキャルは怪我の手当も受けていた。 逼迫した状況から適切に治療を受けられ、キャルはようやく安堵の笑みを浮かべたのだ。

 墜落からここに来るまでほんの短い時間しか経っていないが、極寒の中取り残された心細さからそれは永遠のように感じられ、そこからこの暖かく明るいエクソクラフトの車内に案内されたのは、キャルとテイオーの傷ついた心を癒やすには十分だった。

「それにしても、この世界に宇宙船以外に乗り物ってあったんだね。 空や宇宙飛び回るのも夢あるけど、ボク的には地に足ついてる方がやっぱり安心するもんね!」

「このコロッサスもひっくるめて『エクソクラフト』って言われてるんです。 外で作業している皆はまた違う種類の車両に乗っているんですよ? 私達の知らない機種もまだあるみたいですけど」

「へぇ……色々種類あるんだね」

 テイオーは話を聞きながら車内のモニターに目をやり、救助の際に自身と入れ替わりで車内から出て行った少女達の姿を見る。 どうやらキャル達の避難していた墜落船を調べているようで、その数を見繕うと画面から見えるだけでも軽く14~5人は見受けられ、その周辺には少女の言うまた違った機種が駐めてあるのが確認できた。 少女曰く、この星の危険な環境故にまだ複数名のチームが巡回に当たっているらしいが。

 して、このコロッサス同様大型のタイヤが2対についた4輪車であるが、中には何故か和風ながらの旗を掲げていたり、黒い墨で『バレー部復活!』と大きく描かれた機種もある。 正直救助隊の車両にしては妙に主張が激しかったりする。

(ボク達ウマ娘の勝負服みたいなものかな? ま、隠れる必要もないから目立った方が寧ろ良いかもだけどね) 

 そんなことを考えながら生暖かい視線を送るテイオーだが、皆が仲良さそうにやり取りしている様子から良好なチームには違いないと見受けた。

 

「ありがと……後はスーツの生命維持機能で自然治癒するわ」

「あの状況で生命維持システムをフル稼働しなかったのは良い判断でした。 エネルギー切れのリスクを考えたらそのままにしておいて正解です。 ……でも」

 少女は口をつぐむ。 彼女と同じ考えで生命維持システムのフル稼働は避けたが、おかげで随分と痛い思いをしてしまった。 その事を気に病んだのだろう……バイザー越しにも分かるくらいに、少女は申し訳なさそうに沈んだ表情を浮かべていた。

「本当にごめんなさい……まさかワープ直後に貴方達の宇宙船とかち合うなんて。 こう言う接触事故はこの世界じゃよくあることだから、注意を欠かさないようにはしていたんですけど」

「もういいのよ。 こうして探しに来てくれたんだから義理は果たしたわ」

 少女は依然として申し訳なさそうに謝るが、キャルは肩をすくめて苦笑いした。

 そんな中で出入り口のハッチが開けられ、中に入ってきたのはこのコロッサスの乗り物を運転してきたもう一人の少年だった。 バイザー越しに金と黒のツートンの髪を持つ整った顔立ちを覗かせる。 年の頃はキャルやトウカイテイオーとそう変わらないだろう。

 

「みほさん、お二人さんが乗っていた墜落船は『修理キット』でなんとかなりました。 いつでも自力での脱出は可能です……ただ、先にぶつかったあの戦艦タイプの宇宙船は、現場じゃ修理は無理そうです。 改めてサルベージの段取りを踏む必要があります」

「ありがとうタカキ君。 いつも頑張ってるね……そろそろ休んだ方がいいんじゃない?」

「性分ですから」

 どこか心配する『みほ』と呼ばれた少女の問い掛けに、『タカキ』と呼ばれた少年は空笑いする。

「ふ~ん、二人は『みほ』『タカキ』って言うんだ」

 すっかり調子を戻したテイオーが、二人がそう呼び合っている名前を口に出した。

 すると、みほとタカキと呼びあった二人ははにかんでこう返した。

「『西住・みほ』です。 貿易船団()()()()()『エクソクラフト』部隊、『あんこうチーム』の隊長を務めてます」

 そう敬礼しつつ名と所属を告げるみほと言う少女。 テイオーはキャルと共に、不意に出てきた聞き覚えのある組織名に目を丸くするが、それに気付かずにもう一人が自己紹介を続ける。

『タカキ・ウノ』、同じく()()()()()の『あんこうチーム』にいます。 よろしくお願いします……えっと、怪我の具合はどうです? ……えっと」

 先に口を開いたのはキャルだった。 一瞬呆気に取られるも、動揺を悟られること無くスムーズに自己紹介を切り出した。

 

「……キャルで良いわ。 キチンと処置してくれたおかげで、後はスーツの生命維持システムで治癒出来るわ。 ありがと」

「ヨロシク! ボクはトウカイテイオー♪ ……()()()()()っていうのはどういう意味?」

 自己紹介を軽く済ませながら問い掛けたテイオーの質問。 それに間を置いて答えたのはみほだ。

『決して散らない鉄の華』……私の大事な人が、大切な友達との絆に込めた願いにあやかってつけた名前なの」

「俺達にとってもその組織の名前は特別なんです。 もっとも一度、生き急ぐあまり血で錆びてボロボロに枯らしちゃったんですけどね……」

 そう一言付け足すのは、何かを惜しむようなどこか遠い目で語るタカキだった。 しかし、みほ共々どこか決意を込めたような目でこちらにむき直し、言葉を続ける。

「だから、今度は枯らさない……返り咲けるようにってその名前を貰ったんです」

「いつかまた、その人がいつでも帰ってこられるよう二って……まあ。 初対面の人に語っても何のことなのかさっぱりかも――――」

 照れ隠しをするみほに、テイオーは満面の笑みを浮かべて見せた。

「ううん。 とても大事な想いが込められてるってのは伝わったよ」

 ()()()()()()は恐らくはやり方を間違えてしまったのだろうが、それでも居場所をもう一度用意してあげたいとあやかった名前のチームを立ち上げる辺り、よっぽど慕われている人なのだという。

 その人に対する純真な気持ちはテイオー達に確かに伝わったからだ。

 何より、それはそれとしてテイオーとキャルはみほとタカキの語りから、ある事を推測……と言うよりは、確信を持っていた。

 組織というか、絆というものに対する名前やその暗い生い立ち、そして込められた決意。 ざっくりとした話でしかないが聞き覚えのある、それも身近な人物から赤裸々に語られたような気さえする。

 色々思う所はあるが、ぶつかったことを負い目に助けに来たと言うことは悪い人ではないだろうし、何よりも()()()()()の名の下にけじめを果たそうとした彼女達の印象を一言でまとめるならば、少なくとも――――

 

((この人達はボク(アタシ)達の味方だね!(ね)))

 

 テイオーはキャルとアイコンタクトし、相手の笑みを持って互いの結論に相違は無いと確信した時、まさにその赤裸々に語った身近な人物を思い出した。

「そーだ! ここでじっとしてもいられないよー! こんなことしてる間に!!」

「そうよ、アイツを迎えに行かなくっちゃ! アタシ達を助けに行く為に、一人でこの嵐の中探索に行ったきりのよ!!」

 そう、その正に自分達を助ける為に単身探索に行った、我らが団長の存在を。 

 2人揃って慌てふためくテイオーとキャルに対し、みほとタカキはそんな彼女らを見て少しだけ驚いた顔をしたが、束の間を置いて何があったのかを尋ねてきた。

「……アタシが怪我を負ってテイオーのスーツも壊れて、もう1人が助かる為の資材を探しに行ったのよ。 怪我の治療薬やスーツの補修材をね」

「!! もう1人いたの!?」

「うん、北東の方だったかな。 キャルの武器を持ってたった1人で探索に行ったんだ。 センチネルだってウヨウヨしてるのに――――」

 その時だった。 テイオーが告げた正に北東の方から、激しい爆音と振動がコロッサス内部にも伝わってきたのは。

 

<こちら『ウサギさんチーム』、西住隊長大変です!>

不意にコロッサス内部のスピーカーから焦ったような少女の声が響き渡る。 ただならぬ様子にみほが慌てて機内の壁に備えられた通信機器と思わしき機械にアクセスする。

「! こちらあんこうチーム! 状況を説明して下さい!」

<12時方向の『モノリス』周辺にて()()がセンチネルと戦闘に入りましたぁ!!!!>

 仲間と思わしき女の子の叫び声と同時に、機内にけたたましい警報音が鳴り響き内壁に備え付けられたモニターに外部の映像が映し出される。 そこに映っていたのは――――

 

「オルガ!?」

「ダ、ダンチョーーーーー!?」

 

 テイオー達の叫びに、みほとタカキが驚愕の眼差しを注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「クソッタレ!! また増援かよ!!」

 オルガは番犬のような細い四脚のドロイド『センチネルクアッド』の残骸を雪の中に沈めると、破壊する間際に通告したのか、援軍と思わしきセンチネル達が吹雪の向こうから押し寄せる。

 その中には四肢を持ち二足歩行をする、胴体のずんぐりしたオルガの背丈の倍はあるロボットの姿もある。

「識別名は『センチネルハードフレーム』か……!! またやっかいそうなのが増えやがった」

 見るからに強力そうな新手の出現にオルガは毒づきながら、センチネルの残骸から剥ぎ取った弾薬を装填し、シールドエナジーの充填も同時にこなす。

 

 戦闘開始から10分足らず、絶えず晒されるセンチネルの波状攻撃にオルガは疲弊していた。

 最初にやって来たセンチネルドローンの群れも、装甲を纏ってレーザーを飛ばしてくる攻撃型から、妖しげな光を送って仲間を回復させたり、仲間を次々とワープ召喚する厄介者と種類を取りそろえ、連携して襲いかかってきた。

 それらは倒せば倒すほど警戒レベルの上昇と共に数も増え、今し方倒したセンチネルクアッドのような、四本足の見た目通り俊敏に稼働するドロイドに翻弄され、やっとこさ倒し終えたばかりだというのに、今度は巨大なロボットときた。

「我ながら情けねぇ……たった10分でこの有様かよ」

 初見かつ数の暴力に圧される割りには十分な戦果ではあるものの、今正に命の危機に晒されてるオルガとしてはそんなのは気休めに過ぎない。

 転生を切っ掛けに死亡しても生き返る能力を持つ彼でも、おいそれと命を狩られてやるつもりは毛頭無い。

「あのデカい奴が恐らく指揮官機だな……ならアイツを潰しゃぁ勝ち目もあるってもんだろ」

そう考えたオルガはセンチネルハードフレームに対し接近戦に持ち込むべく、背部スラスターを全開にして加速した。

しかし、それを迎え撃つようにセンチネルが動き出す。 ハードフレームは飛びかかるオルガに対し右腕をかざすと、その腕の先についている発射口らしき箇所から火炎放射!

「チィッ!?」

 オルガは咄嵯の判断で急制動をかけて射線上から離脱するが、それでも完全回避には至らず、スーツの左肩から先が燃え上がってしまった。

 しかしオルガは慌てず、回避した勢いで雪の上を転がり燃え上がった左腕を消化、めげずにそのまま敵へと突進していく。

 間髪入れずにマルチツールの発射モードを『スキャターブラスター』に切り替え、火炎放射を行ったハードフレームの銃口に散弾を撃ち込み破損させた。

(これで修理要員のドローンが集ってくるはずだ……!!)

 オルガの予想通り、ハードフレームの被弾を察知したセンチネルの修理ドローンがこちらに向かってくる。 ドローンの中でも一回り小型のそれは、壊された銃口を修復すべく修復用の光線を浴びせ、瞬く間にハードフレームの破損箇所を元通りに復元していく。

 折角壊した箇所をあっさりと元通りに直してしまう憎たらしい敵だが、元よりオルガもそうなることは想定の範囲内だった。 寧ろ狙ってやったと言っても過言ではない。

「コイツでも食らいやがれ!!」

 再び発射モードを切り替え再び『ジオロジーキャノン』に、引き金を引くなり銃口からプラズマを帯びた炸裂弾が放物線を帯びて飛び、健気に修復作業に当たるドローンの群れを複数体巻き込んで破壊! 岩盤ごと破砕する爆風により姿勢を崩され、ついでに抉れた地面により足を取られたハードフレームは転倒する。

 慌てて仲間を呼ぼうとするサモナードローンの存在もオルガは見逃さない。 主力が腰砕けになって隙を見せたサモナーに対し、オルガは弾速の速い『ボルトキャスター』によるバースト射撃を叩き込む! くしゃくしゃになったサモナーは爆発四散!

「ドンパチってのは補給から断つもんだからよ……!!」

 マルチツールのマガジンパックを入れ替えボルトを引くオルガの呟き。 戦線を維持する上で補給線を断ち、修理や増援の要請を行えないようにして孤立させるのは基本だ。 とは言え、一対一に持ち込めたものの相手はこちらよりも一回りも大きい機動兵器だ。 流石にモビルスーツほど巨大ではないが、ロボットであることに加え大きさも装備も充実しているとなれば不利に違いはない。

 そうこうしている内にハードフレームは起き上がり、こちらを排除すべく向き合って来る。

「来るなら来やがれ・・・・・・沈めてやるよ<オルガさん!! 伏せて!!>!?

 すぐ側の森の茂みからだろうか、拡声器で増幅されたであろう大音量の少女の声がオルガの名を呼びかける。

(――――この声は!?)

 どこか懐かしいその声にオルガはすんなりと従った。 その場で身をかがめ地面に伏せる。

 

<撃て!!>

 

 直後、その頭上を幾つかの何かが掠めた気がした――――直後、ハードフレームの胴体が爆風と共に炸裂! ハードフレームは四肢を散らばらせ爆散する。

「……助かったぜ」

 砕け散ったセンチネルの残骸を一瞥しながらオルガは立ち上がり、何かを発射したと思わしき方角に振り返り礼を言う。

 目先には声が聞こえてきた森が見えているが、その茂みを割って現れたのは複数台の戦車に似た乗り物であった。

(モビルワーカー、じゃねぇな?)

 オルガの目の前に現れた乗り物は砲台こそついてはいるが、キャタピラではなく左右2対の大きなタイヤのついた四輪駆動車が6台。 それらに挟まれる形で中央に位置するのが一回りも大きな、同じように大きなタイヤが4対についた大型トレーラーの姿だった。 大半は雪原の色合いに合わせ白に濃い緑のまだら模様のカラーリングだが、一部は黄色やピンクの鮮やかな色彩だったり、日本語で『バレー部復活!』と文字を書いていたり、柄の刻まれた旗を掲げた派手な車体も見受けられる。

(――――まさかな)

<ダンチョー! 無事でヨカッタヨー!!>

「! テイオーか!?」

 聞き覚えのある声が目の前のトレーラーから響いてくる。 それはトウカイテイオーの声だ。 寒さに震えていた弱々しい声と違い、すっかり元気を取り戻しているようだ。

<無事で何よりね……アンタがくたばったら、貸したマルチツール返して貰えなくなるじゃない!>

「キャルも……無事だったのか」

<ま、そんな所ね……ここにいる『鉄華団』の面々に助けられたのよ。 アンタの仲間だって言うらしいじゃない>

「……!!」

 オルガは目を見開くと、乗り物のキャノピーや乗降口の扉が一斉に開く。

 

「本当にイツカ君だ!」

「お久しぶりですオルガ殿! 元気そうで何よりです!」

 

 オルガの前に姿を現すは、皆自分と年の頃の変わらぬ少女達。

 かつて『戦車道』なる、チームで戦車同士の模擬戦を行う競技が広く知られていた世界……その世界の日本にある高校の一つである大洗学園の生徒達であった。

「お前等……!!」

 バレー部員からなるアヒルさんチーム、生徒会組のカメさんチーム、1年生達組率いるウサギさんチーム……その他多数を引き連れて現れた懐かしき面々に息を呑むオルガ。 彼もその世界に転生していた際、兵科は違えど彼女達の仲間として共に戦車道を歩んでいた記憶があっただけに、そして、そんな彼女達が一人として欠ける事無く勢揃いしていると言うことは―――――!!

 

「やっと、逢えた……!!」

 

「お久しぶりです、()()!!」

 

 トリを飾るのは一組の男女。

 戦車隊の隊長を務め、自身の義理の妹でもあった『西住 みほ』、その隣にいるのは最初の世界から度々共に過ごしてきた鉄華団の旧メンバー『タカキ ウノ』の姿だった。

「みほ……タカキ……!!」

 生死を共にした仲間達に窮地を救われ、オルガの胸裏には例えようのない熱い感情がこみ上げる。 まさか彼女達も、タカキまでもこの世界に現れていたとは。

「ヤッホー! ダンチョー!」

「オルガ、アンタ随分と大所帯だったのね」

 遅れてトウカイテイオーとキャルが車内からひょっこりと姿を現した。 スーツの破損はすっかり元通りになり、キャルも自力で車内から降りて立っている所を見るに、怪我の治療も彼女達にして貰っていたようだ。

「おお、お前等も保護されてたのか!」

「本当に凍死するギリギリだったんだけどね……でもここにいるみほ達が助けてくれたんだよ!

「全く、散々な目に遭ったけど何とか無事だったわ」

 再会を喜ぶ一同。 死の一歩手前まで追い込まれかけたが、無事に姿を現した二人の事を感謝すべく、オルガはこちらに歩いてきたみほに向き合い……そして強く抱きしめられた。

「お、おいみほ……」

「おお」

「これはこれは……」

 突然の抱擁に周囲から一部生暖かい視線を注がれ困惑するオルガだが、それはみほから発せられる強い熱情によってかき消される。

「本当に、本当に生きてて良かった……!! 廃校の危機を乗り越えた後で、鉄華団の皆と一緒にいなくなって……!! 訳の分からない世界に迷い込んで!!」

「みほ……」

 胸元に顔を埋める彼女の顔色は窺えない。 しかし小刻みに震える彼女の体躯と声色から、オルガは確かにみほの強い想いを感じ取った。 共に過ごしてきた家族としての温もりを、優しさを。

(随分と心配させちまったみてえだな……)

「もう大丈夫だから安心しろって。 俺はこうしてここに居る……どこにも行かないからよ」

 みほが涙を流す理由。それを察したオルガはみほの頭を優しく撫でた。 みほも一言「うん」と呟いた。

 

「……タカキ、まさかお前も一緒に居るとはな」

「ええ、まさか()()()の輸送船に団長の船が突っ込んでくるなんて思いませんでしたよ」

 困惑したような台詞を言いつつも、タカキの表情は嬉しそうだ。 しかし同時に、オルガはタカキの口にした鉄華団の名に引っかかりを覚えた。

「お前等もその名前をつけていたのか……」

「俺達にとって鉄華団は組織である以上に『絆』ですよ」

 しかし、タカキは少しだけ気まずそうな面持ちで言葉を続ける。

「妹の為とは言え、一度は離れてしまいましたけどね……でも、もう一度、一緒に歩いて行く事を許してくれるのなら。 そう思って……」

 黙って彼の言葉を聞いていたオルガは、束の間を置いてはにかんで告げた。

「異世界でも一緒だったろ? 今更気にすんな。 ……今度こそ一緒にたどり着こうぜタカキ! それに皆!!」

 オルガの一声でみほが顔を埋めたまま、戦車道チームが、テイオーとキャルが一斉に腕を空に掲げると、オルガもそれに倣いマルチツールを握っていない方の左腕を掲げ――――

 

 

「……あれ? ダンチョーその左腕どうしたの?」



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第17話

 新年明けましておめでとうございます! なので初投稿です。


「なんだこりゃぁ……」

 テイオーの唐突な問い掛けに首を傾げるオルガが見た自身の左腕。 センチネルハードフレームの火炎放射を受けて焦げていたそれは、いつの間にか白い装甲に覆われいた。 垂直に曲がった大きなショルダーガードの側面には、赤い斜めのラインが描かれていた。

「さっきまで普通のスーツだったはずだぞ? どうなってやがる?」

「……オルガ、なんかバックパックまで変わってるわよ。 白くて角張った奴に」

「直すついでにイメチェンでもしたのダンチョー?」

 トウカイテイオーとキャルの問い掛けにオルガは先程までの行動を振り返っていた。 確かにテイオーの言う通り、オルガは壊れたスーツを修復する為にセンチネルの部品を――――

「おおそうだった、センチネルからかっぱいだ部品使ってスーツを修理したんだよ。 機能の向上が見込めるって分析出てたからな」

 その言葉にオルガ以外の一同が引きつった顔を浮かべた。

「だ、大丈夫なんですか団長?」

「センチネルの部品をインストール出来るなんて聞いたことないけど……」

 みほとタカキも若干引き気味だ。しかし当の本人は涼しい顔をしている。

「なんだよタカキまでよ……現地調達なんか昔からよくやってたろ」

「そうですけど……「あれ? オルガさん、ひょっとしてその左腕って『獅電』の左腕じゃないかな? バックパックも」

 ……そう言えば」

 みほの問いかけにオルガは改めて、自身の一部変化したエクソスーツの装甲を見て確信する。 最初の世界では結局乗らずじまいで、異世界に行って初めて登場したり、あるいは等身大の強化スーツとして着用した『王の椅子』そのものだった。

「あいつらの部品使った影響で変質しちまったって事か? ……まあよく分かんねぇけど、普通に動いてるなら良いんじゃねぇか? しっかし腐れ縁だなコツ(獅電)も」

「ま、ダンチョーには似合ってるし……問題ないならいいんじゃない?」

「いいんだ……」

 なんてことは無いと言わんばかりのオルガと歩調を合わせるテイオーにみほは頭を垂れた。

「……」

 そんな皆の様子を見ていたはずのタカキが、何かを考えるかのように沈黙していた。 その視線の先にセンチネルの残骸を映して。

「どうしたタカキ?」

「!! ああそうだ!! こんな所でじっとしてるわけにはいかない!! 早く避難しなきゃ――――」

 

<警告:センチネルの脅威を検出しました>

 

 皆のエクソスーツから一斉に警告のアナウンスが響き渡った次の瞬間、彼らの影を覆うように突如として大きな何かが空中から出現!

 それは二足歩行の巨大な何かだったが、着地するなり振動でオルガ達が腰砕けになる圧倒的質量を見せつけた。 舞い上がる雪の隙間からオルガが見たのは、4~5階建ての建築物ほどに巨大で角張った二本足に支えられる橙色のロボット。

 バイザーに投影される分析データには『センチネルウォーカー』と書かれている。 周囲には先程駆除したばかりのドローンやハードフレームも引き連れている。

「な、何なのよアレ……センチネル?」

「あんなにでかいの見たことないよー!」

 戦車道の面々も身を強ばらせているが、特にテイオーとキャルは初見の為か一層困惑の色を強めている。

 彼女達二人にしてみれば、センチネルと言えばドローンのそれしか見たことが無いのだから。

「オイマジかよ!! まだいやがんのか!?」

 オルガはマルチツールを構えて抗戦しようとするが、その銃口をタカキが被さって制止する。

「ダメです団長!! 今は逃げましょう!!」

「お前等の乗ってきた車両があれば十分戦えんだろ! 俺が時間稼ぐから早く乗り込んで「そっちじゃ無いんです!!」

 タカキの言葉の意味は直ぐに解った。

 堂々と現れたセンチネルウォーカーの背後、吹雪の向こう側から地面の雪が大きくせり上がりはじめたのだ。

「この星の脅威はセンチネルだけじゃありません!!」

 そしてそれは膨れ上がった雪の山をたたき割って中から現れた。 やって来たセンチネルウォーカーとほぼ互角のサイズ。 装甲のような硬そうな殻に覆われ、丸みを帯びた胴体を支える四脚はまるで昆虫の脚のように節を持ち、特に前肢は長く強靱で何かを叩き潰すには絶大な効力を発揮するであろう。 見た目からして凶暴そうな虫のような生物が、なんと背後からウォーカーに襲いかかった!

「来たッ!!」

「!?」

 ウォーカーはあっさりと現れた巨大生物になぎ倒される。 その間オルガ達は呆気に取られていた。

「な、なんなのよアレ!? あんなでかいのが一瞬で倒れたわよ!?」

この星の原生生物(エイクリッド)です!! とても獰猛で見るもの全てに襲いかかるんですよ!!」

「見りゃぁ分かる!!」

「早く避難して!! 恐らく()()()()()()()()()()わ!!」

「仲間がいるの!? ワケワカンナイヨー!!!!」

 こちらを棚上げにして、突如現れたエイクリッドと呼ばれた巨大生物と戦闘になるセンチネル達を尻目に、みほとタカキが先導する形でオルガ達全員の避難を促した。 慌てて車両に入り込み急速前進! センチネルとエイクリッドの激戦区と化したモノリスから離脱した。

 

 コロッサス車内、ひとまず難を逃れたオルガ達は荒れた息を整えていた。

「危なかったぁ……あ、あんなのと戦ったらボク達、タルタルステーキにされちゃうよー!!」

「う”っ! ……そんな身も蓋もない事言うのはやめなさいよ。 でも、これで一安心かしら?」

「……!! いや、まだだ!!」

 その場からの脱出には成功したものの、しかしオルガは確かに機体の背後から敵意を感じ取った。 そしてそれは正しかった。

 機体ごと地面が大きく揺れ始め、何事かと感じる間もなくすぐ正面の雪の地面が割れ、さっき襲いかかってきたエイクリッドと同種の別個体が出現!!

「危ない!!」

 みほが指示を出す前に、運転手のとっさの機転で出現したエイクリッドの側面を通過し回避! そのまま止まることなく離脱を図るが、しかしエイクリッドはこちらの車両の追跡を開始する!

「追ってくるよー!?」

 テイオーの言葉通り、エイクリッドはまるで獲物を追う飢えた捕食者のごとく執拗に追いすがる。

 そればかりか、その巨体からは想像できない俊敏な動きで距離を詰めてくる。

「クソッタレ!! 素直に行かせちゃくれねぇってか!?」

「足を止めたら他のエイクリッドに追いつかれる可能性があるけど……仕方ない!!

 焦りの表情でみほはやむなく、反転して追いかけてくるエイクリッドを撃滅するよう、他のチームに指示を出そうとするが――――それに待ったをかけたのはキャルだった。

「反転しちゃダメ!! ――――オルガ!! マルチツールを返して!!」

 キャルは毒づくオルガに手を差し出し、貸していたマルチツールの返却を求める。 その目つきはどこか覚悟を決めているような、あるいは何かを決意したように強い意志を感じさせるものだった。 オルガは黙ってマルチツールを彼女に返す。

「どうするつもりなんだ? まさかあの化け物と戦うつもりなのか?」

 オルガは差し出されたマルチツールを受け取るキャルに対し問いかける。 対してキャルは何も言わずコロッサスの運転席側に移動した。

 

 

 

 

 

 

「キャルさん!?」

みほの制止も聞かず、キャルは上部にあるハッチからおもむろに身を乗り出しながら、無線機越しに車内のオルガ達に告げた。

「マルチツールのくせに『マインビーム』もついてないけどね、一つだけ他には無い機能があるのよ」

 キャルは迫り来るエイクリッドに向け銃口を向ける。 しかしそれは片手で銃口を突きつけるだけで、両手をしっかりレシーバーに添え射撃の構えを取っているような雰囲気ではない。

「それはね……」

 キャルは目を閉じ呪文を唱え始める……すると、銃口の先から朱く輝く魔方陣が展開され――――そこから一本の赤い光線が発射された!

 それがエイクリッドの脚部に命中し、頑強なエイクリッドの脚部を付け根からもぎ取った! それだけでは無い、キャルの魔法はデバフの効果が含まれており、それによりエイクリッドの全身の動きが一時的に鈍くなる。

 転倒に加えデバフにより、ロクに身動きのとれなくなった巨大生物を見送りながらキャルは不敵に笑う。

「杖の代わりに魔法の媒介に使えるのよ!」

 こちらが動きを止めずに敵の足止めに成功したことで、追っ手の脅威は無くなったと見て良い。 そう確信し車内に戻るキャルを待ち受けたのは、感嘆に沸く仲間からの一斉の称賛だった。

 特にトウカイテイオーはその中でも輪をかけて興奮気味だ。

「凄い、凄いよキャル! 車内のモニターから見てたけど今のって魔法だよね! ゲームとかでしか見たこと無かったよ!」

ふふん、剣と魔法の世界の住人なら出来て当然よ! ……ま、減った魔力を補うのにスーツのエネルギーを食うんだけどね

 目を輝かせるテイオーに胸を張って自慢げに語るキャル。 最後の一言が小声なのは秘密にしておきたいようだ。

「まさかエイクリッドの脚部を一撃で貫通出来るなんて……今の戦車砲と良い勝負じゃないかな?」

「威力は()()()()だけど、それ以外の効果もあるのよ! さ、ちゃっちゃとここから逃げましょ!! あいつらそこら中にいるんでしょ?」

「……そうね、それじゃあ皆! このままランデブーポイントに移動しましょう!!」

<<<<<<<了解!!>>>>>>>

 一同は一斉に回収地点へと車両を進めた。

 

 

 

 

 

 

 ランデブーポイントというのは、丁度オルガ達三人が不時着した場所だった。

 どうやら宇宙船が墜落した正確なポイントをいち早くに割り出して、こちらを救助しにきたらしい。

<気象情報:嵐が過ぎました>

 ご丁寧に液体窒素の雨も止みはじめ、極限まで低下していた気温が急上昇をはじめたらしい。 みるみるうちに液化した窒素が気体に戻り、真っ白な蒸気を上げて気体として溶け込みはじめたようだ。 モニターに映る景色にモヤがかかり始めて見づらいことこの上ない。

「一体どうなってんだよこの星はよ……勘弁してくれ」

こんな危険な星早く離れたいよー! ……って、あれ? ボク達の乗ってきた船の前に誰か居るね?」

「……よく見たらアタシ達が避難した墜落船も運ばれてるわね。 他に別働隊が居たのかしら」

 墜落地点改め回収地点、そこには墜落したラディアントピラーの残骸に加え、テイオーやキャルの言うように彼女らの避難していた墜落船と、一人の何者かがラディアントピラーを検めていた。

「回収に来てくれた俺達の船長ですよ、団長」

 様子を見ていたオルガの後ろから、タカキがその一人の人物について話をした。 どうやらタカキや戦車道の皆をとりまとめている、あの貨物船の船長らしい。

「そっか、ちょっくら挨拶に行ってこねぇとな」

「……お礼参りは勘弁してくださいよ?」

「わーってるって」

 落とし前をキチっとつけに来た、それもかつての仲間達だった彼らを恨む道理は無い。 オルガは『コロッサス』のハッチを開けて車外へと足を運んだ。

 真後ろでタカキとみほがが暖かな視線を送っていたことを、オルガはこの時気付いていなかった。

 

 

 

 

 

「ふう……ここまでグシャグシャだとスクラップにする以外無いなあ……幸い貴重な『阿頼耶識』対応のコックピットブロックは生きてるみたいだけど」

 船長とタカキが呼んでいたその人物は男性の声がする。 身長はそこそこに、全身がゲックよりも一回り横に広くずんぐりとしているのがエクソスーツの上からでも分かる程だ。

 独り言の内容からするに、タカキがいるのだから当然かも知れないが、阿頼耶識のことについても知っている様子だ。

 オルガは声をかけるべく、彼の背後に立って声をかけようとした……すると、オルガの目は自然と彼のバックパックに目線が行った。 オリーブカラーを基調とした色のエクソスーツ、そのバックパックの中心部に書き込まれた白い花びらのようなマーク。 それはかつての団員の一人がデザインした、決して散らない鉄の華の証。

「でも、中にいた人達が無事で良かった……今度こそ、この証を最期まで守り抜かなきゃいけないからね……」

 彼は言葉を続けた……その声にオルガは、決して忘れられない()()()()()()()の面影を見た。

「……そうだよね? オルガ」

 振り返りバイザー越しに映る彼の顔は、オルガの懐かしき追憶を呼び覚ますにふさわしい人物。

 

 

「ビスケット……!!」

 

 

 生きてさえすれば鉄華団が道を誤らずに済んだであろう、『ビスケット・グリフォン』その人だったのだから。




 ビスケット登場! タカキといい、ようやく旧鉄華団の面々を合流させられた……!


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返り咲く鉄の華
第18話


 オルガにとってビスケットは特別な存在だった。 火星のPMCの1つであり、ある意味で鉄華団の前身とも言える『CGS』時代に出会った、三日月とはまた違うオルガにとってのもう一人の相棒だった。

 そんな彼はさる仕事で地球に訪れた際に仲違いを起こしてしまうも、それを乗り越え命の危機に遭ったオルガを間一髪救おうと身を挺した結果横転した車両に潰され、項垂れるオルガの腕の中で息を引き取った。

 

 それから、彼もまた後のオルガと同様に異世界に転生を繰り返す、数奇な人生を送ることになる。

 主に現代日本らしき世界が多かったが、ある時は鬼退治に駆り出されたり、少女達の痴情のもつれを目撃したり、戦車道の試合中に事故に巻き込まれて下半身が不自由になったり、砂漠の大地で共に拠点を再興したり……またある時は太陽系の星々から人々がやってくる学園において、同じく転生したオルガ相手に溜まった鬱憤をぶつけてみたり……等々、時にぶつかったり共に手を取り合ったりを繰り返してきた。

 

 そんな彼が今、一面の銀世界の中で朗らかに笑みを浮かべながら立っている。

 

「そうか……お前だったのか」

「オルガもきっとこの世界に居ると思って、鉄華団の名前使っちゃったよ」

 ビスケットは悪びれた様子も無くおとぼけてみせる。

 オルガにとって鉄華団は家族の絆の代名詞だ、その名を捨てずにかつての仲間が拾ってくれていた事実に、悪い感情など抱きようが無い。

 オルガの胸中は感慨深い気持ちで一杯だった。

「さあ、感動の再会は後にしよう? 君が異世界で出会った仲間も一緒に居るんだし、この危険な星から早いうちに脱出しよう!」

「……そうだな!」

 積もる話は色々あるが、今はビスケットの言う通りこの危険な『EDN-3RD』から離れるべきだ。 オルガはビスケットが手配してくれた代わりの宇宙船に案内され、テイオーとキャルを一緒に連れてそのコックピットに乗り込んだ。

「ダンチョー。 あの乗ってきた船って()()()()()って言うので操縦してたんでしょ? ……急にマニュアル操作で運転出来るの?」

「まあな。 基礎知識は同調した時に頭に入ってくるしよ、何だかんだでこっそり練習もしてたんだよ。 こう言う可能性も有るかも知れねぇって」

「用意周到なのね」

 一応この星系に来るまでの間に何度か宇宙に出る機会があったが、実はその際に何度かマニュアル操作で宇宙船を操作することをオルガは経験していた。 こう言った不慮の機会で『阿頼耶識』に頼れなくなった可能性を想定してだ。 出来れば生かしたくない対策が結果的に役に立ってしまった訳だが、それはそれとしてキチンと対策するオルガにテイオーとキャルは感心した素振りを見せる。

「ねえねえ、ボクにも()()()()()って使えたりするかな?」

 ……そりゃムリだ、こいつが定着すんのはもっとガキの内からじゃねぇとな」

「えー、ヤダヤダー! ボクだってそんな便利そうなの使いたいよー!」

 駄々をこねるテイオー。 地団太を踏んでいるようだが、そのリアクションに本気の意思は見られない。 それを悟ってかオルガは諭すように告げる。

「定着しなかったら半身不随か寝たきりか、最悪死ぬぜ?」

 トウカイテイオーは固まった。

「それにこいつは脊髄に直接注射してコネクタも移植するんだ……麻酔なしでな。 お前も俺の背中見たことあるだろ。 想像を絶する苦痛を伴う羽目になるが、それでもやるか?」

う゛っ! そ、それはその……

「仮に使えるようになっても、阿頼耶識越しに機械から流れ込んでくる情報で脳が焼き切れる危険性もあるし、これも言うまでもねえけどよ、こんなコネクターが背中にあったらジャマで仰向けで寝れなくなる「も、モウイイヨー!! 分かった、分かったから!!」

 見るからに言葉を詰まらせ辟易するテイオーに畳みかけるように現実を突きつけると、遂に観念したか面白半分に告げるオルガの発言を遮って発言を撤回した。

「ハハッ、わりーわりー!」

「……アンタも中々にハードな人生送ってんのね」

 身に迫った、と言うよりは実体験を口にしたオルガに対し、キャルは苦笑いを浮かべながら小声で呟いた。

 

<んー……オホンッ! 話はもう済んだかい?>

 無線機越しからビスケットの催促する言葉が、わざとらしい咳払いと共に発せられた。

「おお、すまねぇビスケット」

<いいよもう……さ、それじゃあ皆。 僕達の貨物船に帰ろう>

<了解、『あんこうチーム』……準備OKです!>

<タカキ・ウノ、準備OKです!>

「OKだ、いつでも良いぜ……案内は任せた!

 最後のオルガの合図と共に、宇宙船に乗り換えていたタカキや戦車道の面々と一緒に、銀色の大地からその身を空の向こうへと浮上させる。 頼りになる独特の浮遊感がオルガ達三人を包み込み、この世界に来て慣れた感覚が再び戻ってきた事実に、ようやくオルガ達は安堵の感情に包まれた。

「『エクソクラフト』だっけ、乗ってきたあれを置いていくのは良いの?」

<貨物船にはそれを回収出来る設備があるから大丈夫だよ? 惑星の側ならテレポーターを使って船内と大気圏内を行き来させることが出来るの>

「へぇ~、凄いんだね! なんかもう何でもありって言うのかな♪」

 疑問に答えたのはみほだ。 その彼女の答えにテイオーは関心を示した。

 確かにこの世界に飛ばされてから何でもありで、テレポート装置についても普遍的な技術としてレシピが存在することが、基地内のコンピューターを通して知っているが、よもやそれが乗り物の転送にも使え、実際に運用している事実に出くわすとは思わなかった。

<ほら、その()()()()()がそろそろ見えてくるよ>

 感心するテイオーに注意を促したのはタカキだ。 彼の言葉で宇宙船の進行方向を見ると、彼女は更に目を輝かせて運転席に身を乗り出した。

 対してオルガは姿を見せたというその貨物船を前に目を丸くしていた。 宇宙を旅する貨物船の存在は、既にオルガ達にとっては見慣れたものだったのだが……問題はその形状にあった。

「何よオルガ、貨物船なら今までもちょくちょく見てきたじゃない「イサリビ」?」

 キャルの疑問の声を、オルガはつぶやきをもって断ち切った。

 

 何故なら目の前の宇宙空間に大きく佇むは、骨太で頑丈そうな船首から後ろに行くにつれ細く引き締まった逆くさび形のフォルム。 上部に赤い外板を身に纏った、貨物船と言うには少々無骨とも言える戦艦のような出で立ち。

 

 『NOAー0093 イサリビ』、それはかつての鉄華団の旅を支えた、懐かしき第二の我が家そのものだった。

 

<何故か最初からこの船と共にこの世界に来たんだ。 でも、今こうして僕達が本当の意味で再出発するには、この上ない最高の船じゃないかってね>

「ビスケット……お前って奴は!」

 オルガは目頭が熱いのを感じた。

<さあ、皆順番に船に乗り込もう! 宇宙船ドックもオートパイロットだから、落ち着いて誘導に従ってね! ……それから、後で皆でゆっくりと話そう>

「……ああ!」

 オルガ達はイサリビの宇宙船ドックから放たれる、青白い誘導光に従って宇宙船に乗り込み始めた……。

 

 

 

 

 

 

「ダメです……無線機が全然繋がらない……」

「スペちゃんもですか……私もさっきから全く繋がりませんよぉ」

 そろそろ日も暮れかけてきた『プロミス/48』惑星上のさる場所において、スペシャルウィークは一向に繋がらなくなったエクソスーツ内蔵の無線機に四苦八苦し、同様の症状が出ているペコリーヌ共々心底困り果てていた。

 食料も順調に集まり、基地待機組にして食糧確保の役目を負う彼女とペコリーヌ。

 この星にある新たな食材を探索すべく、ペコリーヌの運転する『プリンセスストライク』号に乗り込み、惑星内の別の場所を散策したその帰りの時であった。

 

 妙な反応がある。 機内のセンサーがそう感じ取った際、二人して未知なる何かの好奇心に駆られ現場へと降り立った。 そこは青々とした草原が広がるだけの、何の変哲のない場所に見えたが……。

 

「うーん、機械に詳しくはないですけど……素人目に見ても機械が壊れてる感じしないのに何故でしょう」

 ペコリーヌもため息をついて途方に暮れる。 

「……やっぱりこれのせいだったりするんですかね?」

 スペシャルウィークは()()に目をやりながらごちる。

 

 そう、正に彼女達が察知した妙な反応の出所……草原のど真ん中から突き出ている、青と赤の金属の構造体に対して。

 それは表面も傷ついていて雨風に晒されて汚れ、一見長い年月を経て風化したような様相を示していた。

 しかし所々塗装が剥げてむき出しの金属面に錆は見えず、今なおも妙な反応の正体とも言える奇妙な波長を発し続けていることが、二人のスーツにも信号反応という形で捉えられている。

 機能は生きているようなのだ。 構造体の正体が何なのかは皆目見当もつかないが。

 そしてやっかいなことにこの波長こそが、彼女達の持っている機器に対し誤作動を起こす原因となっており、無線にジャミングを起こす原因や、又は乗ってきたプリンセスストライクに対しても機能障害を引き起こしている……リチャージされないのだ、宇宙船の『発射エンジン』のエネルギーが。

「困りましたね……自然にチャージされないなら発射エンジン用の『宇宙船発射燃料』が必要なんですけどね」

「この近くに『二水素の結晶』も無いですし……何より」

 

「「お腹ペコペコ(です)……」」

 

 燃費の悪い彼女達にとって空腹は気力を奪う最大の原因だ。 件の燃料の材料である『二水素』がある場所は、ここからでも歩いて取りに行ける距離に存在はしている。 しかしその距離は片道3キロ離れており、スペシャルウィークが走って取りに行こうとも思ったが、如何せん腹が減ってしまい動くに動けないのだ。

「うう……お弁当になりそうな食料品しっかり積んで来たのに」

「結局全部食べちゃいましたからね……やばいですけど仕方が無いです。 今日は周辺で食料探して、ここでビパークするしかないですね」

「シャルさん達に心配かけさせちゃいますよ……って」

 確実に迷惑をかけるであろう、IS乗りの仲間二人を思うと憂鬱になるスペシャルウィークだったが、太陽の沈み行く方向の空を見上げていると……

 

 

 

「あ、いたいたー!」

「大丈夫か! 怪我は無いか?」

 

 

 

「「!!」」

 

 

 空の向こうからやって来た見覚えのある姿が、自分達を見つけて声をかけてきた――――正にその迷惑をかけそうだと憂いていた少女二人、ISを纏ったシャルロットとラウラの姿だった。

「おーい! 私達はこっちでーーーーす!!!!」

「やっと来てくれた!! 助けて下さーーーーい!!」

 スペシャルウィークはペコリーヌ共々大手を振って助けを呼ぶ。 その声に応えるようにシャルロット達は大慌てで飛んでくるが、二人はハッと思い出したように両手を突き出し飛んできたIS組を制止する。

「あ!! ちょっと待ってください!!」

「着陸するなら少し離れた場所にしたほうがいいかも知れませーん!!」

 その声が届いたのか、空中に急制止したシャルロット達は互いに顔を見合わせて首を傾げるが、こちらの言う通り直接側に飛来せず、少し離れた場所に着陸後ISを部分展開のみに留めてこちらに歩み寄る。

「ふむ、無事で何よりと言いたいが……一体どうしたんだ? 無線もノイズだらけで繋がらなかったぞ?」

「何か直接降り立っちゃだめな理由があったの? ……確かに妙な波長がこの辺りから出てるみたいだけど」

 やってくるなり怪訝な顔をするラウラとシャルロット。 スペシャルウィークは仲間の到着に安堵するも束の間、ここに来て起きたことを包み隠さずに話した。

 シャルロット達と同様に奇妙な反応をキャッチしたので、資材集めの帰り際に調査しに来たこと。 近づくと機体の調子が悪くなり発射エンジンのリチャージも行われず、また空腹で力も出なくなって途方に暮れていたこと。

「その原因がどうも……これみたいなんですけど」

 スペシャルウィークは身を翻し、自身の背後に突き出している原因の構造物に目線をやる。

 

 それに釣られたシャルロッツやラウラも訳が分からないように首を傾げるが……しばしの沈黙を置き、何かに気付いたように口を開いた。

「何か、見覚えないかな……コレ?」

「……シャルロットもか」

 どうやら何か心当たりがあるようだ。 それにしては随分と判断に困っている様子を醸し出しており、二人して小声で「でもサイズ感が」「そうだな……しかし」と話し合っている事が、スペシャルウィークの聴覚にハッキリと伝わっている。

「シャルロットさん……ラウラさん。 ひょっとして、見覚えあったりするんですか?」

 意を決して尋ねてみた。

「……全然大きさが違うけど、ひょっとしたら、ね」

「もしかしたらお前達二人も見ている物かも知れない」

「??」

 意味深に告げるシャルロット達だが、当然だがスペシャルウィークには何の事だか分からない。 ……しかし。

「……ひょっとして……いやまさか、だとしたら……大きさが違いすぎてやばいですね」

 一転してペコリーヌには、思い当たる節があったようだった。 集まった4人の内何の事だか分からないスペシャルウィークは、説明を求めるように視線を周囲に向ける。 すると残り3人は視線のやりとりをして、考えていることは同じだと再確認するように無言でうなずくと、一斉に口を開く。

 

 

 

 

 

「「「ガンダムバルバトス(だね)(だな)(ですね)?」」」




 ウマ娘の前でモビルスーツを披露したのは、マッキーのバエルだけだったはず。


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第19話

 貨物船『イサリビ』が船長室。 部屋の中央に燈色に輝くホログラフを中心に、計器類に囲まれる無機質な一室……正面の頑丈なガラスの向こうに見えるはイサリビの船首と、大きな貨物船を包み込む亜空間。 現在オルガ達の拠点である『フリージア星系』を目指すべくハイパードライブで空間跳躍を行っている中、オルガとビスケットは2人、窓の景色を見ながら語り合っていた。

「この船がまさか本格的に貨物船になるとはな……テイワズの依頼で、ドルトコロニーに貨物を運んだ時のことを思い出すな」

「とんでもない代物だったけどね。 全く、思い返してみると散々だったよ……もう随分と、昔の話になった気がするけど」

 苦笑するビスケット。

「……オルガは言ったね。 死んでしまっても、いつかまた向こうで逢えるって」

「ああ……とは言っても、辛い人生を割り切る為の方便みたいなのだったんだが……まさかこうして文字通りになっちまうと、何だかな」

 オルガは苦笑して頭を掻くが、ビスケットはそれを笑顔で受け止めて続ける。

「……ビスケット、改めて言わせて貰う。 鉄の華をもう一度咲かせてくれてありがとうな。 俺は一度、あれだけ大事だと言ってた筈の鉄華団を、色んな奴の返り血で錆び付かせてボロボロにしちまったからよ……」

「こうして再開出来たからいいんだよ。 それにあれは、落ち度以上に運が無かったんだから……」

「それでもよ。 もっと早く仲間に打ち明ける事の大切さに気付いてたら、一人で焦ってもがいた挙げ句に多くを失う事も無かったんだって……軽蔑されても仕方がねえって思うと怖くなっちまう事があるんだ……」

「オルガ」

 一人こみ上げる感情に打ちひしがれそうになるオルガの肩に、ビスケットが優しく、しかし力強く手を置いてやる。

「……あの砂漠の大地での夜明けの時、言ったよね? 僕達はオルガを信じているからこそ一緒に居るんだって」

 オルガはその言葉にはっと顔を上げる。 その瞳を見つめ返しながら、ビスケットは言葉を紡ぐ。

 

 そう、それは遠い日のここでは無い別の世界での出来事。

 どこの星かも分からない、文明の残滓が隙間から顔を覗かせる荒野の果て。 地平線の彼方より昇り来る朝日の光の中、オルガはビスケットに今し方告げたような弱さを打ち明けたことがあった。

 生き急ぎすぎるあまりに周りが見えなくなって、ビスケットがかつての一度目の死の前に告げた予言めいた言葉が現実の物になり、鉄華団を台無しにしてしまった。

 その時の後悔と無碍に死なせた仲間達に合わせる顔が無いと打ち明けた弱さを、ビスケットは受け止めてくれたのだ。

「同じ間違いを繰り返さなければ良いんだ。 例え違う間違いがあっても僕達は話し合っていける。 一度死んでから言うのも変な気分だけど、やっと僕達は本当の家族になれたんだから……もう一度命をもらえたのだから、今度は失わないようにしよう。 僕もオルガと一緒に鉄華団を守るよ。 君が何と言おうともね」

 その言葉は、オルガの心を蝕む暗闇を払う灯火だった。 ああそうだ、前にも同じ事を言っていたじゃねぇか。 不安に駆られても、何度異世界への旅を繰り返しても、出会う度にビスケット達は見捨てずに共にいてくれた。 今更何を迷う必要がある? オルガは拳を握りしめ、覚悟を決める。

「サンキューな。 何度も確かめるような言い方になっちまってすまねぇ」

「良いんだよ。 これから皆で支え合っていこう?」

 ビスケットの言葉に、オルガは力強くうなずく。

 

 それから、ふと何かを思いだしたのかビスケットは表情を暗くして言う。

「ねえオルガ、三日月はどうしたんだい……?」

 オルガは一瞬言葉を詰まらせるが、やがてゆっくりと息を吐いてから言った。

「見つからねぇんだ……この世界に来た時には俺一人だったんだよ。 行く先で聞いて回ろうにもまだ他の星系もロクにまわってねぇ」

「……そっか」

 ビスケットはその答えを聞くと寂しげに目を伏せる。

 オルガもビスケットも知っている。 三日月は強いが、同時に脆くもあることを。

 戦いの中で何度も傷つき倒れても立ち上がるのは、ただ自分も見捨てられたくない。 居場所を失いたくないあまりに無理をすることを。 そんな彼が自分達鉄華団という居場所から突き放され、ただ一人この宇宙のどこかを彷徨っているだろう事実を考えると胸が痛む。

 今オルガ達に出来ることは彼を探しながら再会するその時まで、三日月もまた自分達を見つける為に懸命に生きていると信じる他無いのだ。

「引き続き、他の仲間達も含めて僕も捜索に協力するよ。 ひょっとしたらタカキみたいに、前の世界で死んでいないはずの仲間も居るかも知れないし」

「……ああ、改めてよろしく頼むぜ」

 もう一度、共に歩んでいこう……決意を新たにするようにオルガとビスケットは互いの手を握った。

 

 

 その時船内の居住区画に繋がる自動扉が開き、テイオーとキャルがみほ達に引き連れられる形で戻ってきた。

「おう、そろったかお前ら。 そろそろフリージア星系に着くだろうから「ダンチョー」「オルガさん」

 無の面持ちで光彩の消えた眼差し(ハイライトオフ)を一斉にオルガに向けながら。

「お前等……?」

「ど、どうしたの皆? そんな怖い顔しちゃって」

 得も知れぬ圧を向ける彼女達にたじろくオルガとビスケット。 オルガは引きつった笑みを浮かべるビスケット共々、何故そんな怖い顔を向けるのか恐る恐る尋ねてみた。

「どうしたんだよみほ。 その、アレだ……しほさんが娘のお前を差し置いて薄い本に「オルガさん」

 全てを言い終わる前に、みほの両の手によってオルガの頬は捉え引き寄せられる。 無の表情と光彩の無い澱んだ瞳がオルガに有無を言わさない。

「……オルガさんにとって、私って何?」

「な、何の話だ?「いいから」

 質問の意味が分からず戸惑うオルガだったが、みほは容赦なく彼の両の頬を抑えたまま詰め寄るように迫る。

 答えなければ逃さぬとばかりの剣幕にオルガは思わず仰け反るが、背後には艦首のガラスがあり、隣のビスケットも頼りなくどもるばかり。 戦車道の面々も口々に「これって修羅場よね?」「西住殿から逃げることは許されないであります」と呟いて逃げ場はない。

 オルガはテイオーやキャルにも目線をやるが、彼女達も同様だ。 オルガの言葉を待っている。

 

「答えて」

 

 その言葉にどれほどの意味を込めているのであろうか。 オルガにとっては意味の分からない詰問であったが、それでも何かしらの(重そうな)想いを込めた問いであることは間違いない。

 オルガは考える。目の前にいる少女は、自分にとってなんなのかと。

 義理とはいえ家族同然の付き合いだった。 学生時代の青春を共にして、妹分であり戦友にして親友でもある。 みほの事を信頼している。 共に戦い、背中を預けてきた。

(けど、それだけじゃねえ)

 正直、家族以上の何かを感じ取っていたのも事実だった。それをはっきり自覚したのはいつの事か、今となっては思い出せない。 だけど、これだけは言える。

(俺の中で、こいつはもう……ただの家族以上に大事な存在になってる)

 男女の関係なのかは分からないし、そうとしてもシャルロットの存在を忘れたことは一度も無い。 ただ、今はそれとは別の問題として、この関係に白黒ケリを付けなければならない。そんな気がした。

オルガは一度大きく深呼吸すると、意を決してみほを見据えた。

 見つめ合う二人。やがて……。

 

 

「……なんてね」

 ふっ……と。 みほの顔が綻んだ。先ほどまでの真剣な雰囲気はどこへやら。 悪戯っ子のような笑みを浮かべると、彼女はオルガに向き直った。

「テイオーちゃんから聞いたよ? シャルロットさんって言う人居るんだって?」

 小指を立てて言うみほ。 どうやら彼女はオルガをからかいついでに問いただしたかっただけのようだ。

 オルガはため息を吐くと肩をすくめた。

「……なんだよ、勘弁してくれよ」

「ちぇーっ、ダンチョーのドロドロした修羅場って奴見たかったんだけどなー」

「やめなさいよ……」

 悪びれた様子も無く残念そうに告げるテイオーをキャルが窘める。

「顔を見るだけでも大事にされてるって言うのは十分伝わったよ? 私達はなんて言ったって()()だもの!

 朗らかに告げるみほの言葉を受けて、戦車道の皆からも剣呑とした雰囲気から解放された。

「なーんだ、イツカ君とそう言う関係かと思ってたのに」

「思わせぶりな発言ですなぁ西住殿」

「こりゃスペちゃんも大変だねぇ。 ダンチョーのガードは固いみたいだし!

「それこそ家族同士の関係じゃないの?」

 そんな感じでオルガ達を差し置きガールズトークが始まったようだ。 どうやら危機は脱したらしい。

「恋人、いたんだオルガ」

 言葉を発したのはビスケットだった。 オルガはビスケットに向き合うと、彼からの問い掛けに答えた。

「まあ、色々あってな……それにしてもみほにまで迫られた時、まさかって思ったが……俺の自意識過剰だったな」

「オルガも隅に置けないね。 この分じゃ、他に関係の進んだ子も居たんじゃ無いの?」

 ビスケットは肩をすくめて言った。 オルガは「まさか」と言わんばかりに否定しようとした、が。

 

 

(……?)

 ふと得も知れない違和感にオルガ自身が気付いた。

 初心でワーカーホリック気味なオルガに、自分から率先して多数の女性を囲い込む度量は持ち合わせていない。 彼自身もそう認識していた……筈だ。

(何で俺、次々に――――)

 そう考えた所で、館内放送を通じて少年の声が響き渡る。 この声はタカキだ。

<団長、ビスケットさん。 それに皆さん、もうすぐでフリージア星系に到着します>

 オルガ達は外の景色に目をやると、その瞬間に異空間からワープアウトを完了。 見慣れた星系が姿を現した。 目前にすぐさま現れたのは、青い大気に包まれた緑の大地とエメラルドグリーンの海が窺える我らが拠点『プロミス/48』の姿だった。 皆が一斉に驚嘆の声を上げた。

「凄い! 本当に楽園の星なんだ!」

「毒と菌類だらけの星じゃ無いんだよね!?」

「フフン! 地球みたいな自然豊かな星だよ! 基地は作ってあるから、これからは皆で住めるように敷地を広げていっちゃうもんね!」

 皆が一斉に感嘆の声を上げる。 それもその筈だ。

 何故ならビスケットやタカキ、それにみほ達はこの世界に召喚されて以来、訪れる先でやれ砂漠や灼熱地獄、先程までいた極寒の『EDN-3RD』など、過酷な環境の星ばかりを転々として定住出来ず、この最初からビスケットとタカキが所有していたイサリビ内の居住スペースを実質の我が家としていたのだから。

 みほ達にとってスケールや居住区域の構造は異なれども、オルガ達と過ごしていたこの船が決して悪かったわけではないが、それでも自然に満ちあふれた星で地に足着いた生活に憧れを抱くのは当然なことであった。

「……言いにくいことはあるかも知れないけど、落ち着いたらまた話してよ。 オルガ」

「そうだな、よしじゃあお前等。 そろそろ星に降下する準備するぞ!」

 一斉に『おー!』と叫んで皆の腕が一斉に天井を突くと、和気藹々とした様子でブリッジを後にする。 オルガとビスケットも一歩遅れて後に続こうとするが、ふとみほ一人が踵を返してオルガの元に戻ってくる。

 どうかしたのだろうか? オルガは首を傾げてカノジョに問い掛けようとする。

「オルガさん」

 先にみほが切り出した。

「……私、頑張るから」

「――――は?」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、そこで一言切り上げ皆の後を追っていった。 オルガとビスケットは呆然と立ち尽くす。

「本当に、隅に置けないと言うか……」

 呆れたようなビスケットのつぶやきに、オルガは何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くして、降下用の宇宙船に荷物を積み込み久々の我が家に帰還したオルガを待ち受けたのは、閑古鳥の鳴く無人の基地だった。

 日の沈みかけた赤々とした空に照らされ、木々の陰に黄昏れていく木製の基地に一切の活気は見当たらない。静寂と薄闇に包まれる空間の中で、オルガは思わず困惑する。

 どうして誰も居ないのか、何が起きたのか理解できずにいると、気まずそうにビスケットが尋ねてくる。

「その、なんて言うか……寂れてない?」

「あー……俺にも分からねぇ。 留守は頼むって言っておいたんだが」

 一応、基地が無人にならないようにスペシャルウィークとペコリーヌが基地の近くを。 彼女達が仮に遠出をする場合は、本来の遠征組であるシャルロットとラウラが基地近辺に留まるよう、事前に段取りを組んでいたはずだ。

「心配になって、ボク達の後を追いかけたってことは?」

「言ってもアタシ達長い間あの星系に居たわけじゃなかったでしょ? 異変を感じ取るには早すぎるわよ」

「ダヨネー……」

 テイオーの憶測をキャルが一蹴する。 がくりと項垂れてみるテイオーだが、だとしたら彼女達は何故いなくなったというのだろうか。 何かメッセージのような物を残していないか……オルガは彼女達にここで待つように言うと施設内に入り、中にしまい込んだ『基地のコンピューター』にログが残っていないかをチェックしてみる。

 

 

<エントリー#4801Mが残っています...>

 

 

「ビンゴ」

 オルガはログの記録主に『シャルロット・デュノア』の名が書かれているデータを発見した。 記録した時刻はほんの数時間前。 どうやら入れ違いになったらしい。

(あんなデカい貨物船が空に浮かんでて異変に気付かないわけがねぇ。 ……こりゃ惑星の反対側にでも行ったか?)

 乗ってきたイサリビの姿はこの星の重力圏外ギリギリで停留している。 その姿はこの星の空にハッキリと姿が浮かんでいるほどだ。 その上貨物船が基地上空に接近するとあらかじめメッセージも送ってある。 なんなら気がつけばこちらにやって来てもおかしくは無いはずだ。 だとすれば、あの船が見えない程の離れた位置に居ると考えた方がおかしくない。 約束を忘れていたことに頭を抱えるオルガだが、一先ずはメッセージを再生することにした。

 

<もし万が一僕達のいない間にオルガ達が戻ってきた時の為に……>

 

(始まったな)

 オルガが操作すると同時にシャルロットの声が流れ出す。

 

<オルガ。 僕達はここから少し……とは言っても惑星規模で離れた場所なんだけど、訳あって基地を留守にして行かなきゃいけなくなったんだ>

 

 シャルロットの声色が優れない。 何かあったようだ。

 

<……数時間前、指し示したこのポイントを最後にスペとペコリーヌの通信が途絶えたんだ>

 

「!!」

 内心動揺するオルガ。 しかし声は上げず冷静に努めながらメッセージの続きを聞く。

 

<正確には通信自体の電波は来てるんだけど、酷いノイズで正確に聞き取れない。 あの二人思った以上に食料食べちゃうから、きっと今頃はお腹空かせて動けないかも知れない。 微弱な反応は続いてるから恐らくは大丈夫かも知れないけど、万が一の為にメッセージだけは残しておくよ……でも、もしこのメッセージを再生していたら、迎えに来てくれると、嬉しいな>

 そう残したメッセージと共に位置座標のデータがダウンロードされ、以後の音声は途切れた。

 ……これは一体どうしたことだ?  通信が通じない? オルガは混乱しながらも、とにかくシャルロットへと連絡を取ることにした。

「シャル、俺だ! 今基地に帰ってきたんだ、応答してくれ!」

-kkzztzk- -kkkzt-

 ノイズが酷く、繋がっているのかそうでないのかは分からない。

「クソッ……変な電波はキャッチしやがるのに何で繋がらねぇんだよ」

 勘弁してくれと言わんばかりにぼやきながら、オルガは基地の外へ出る。 周りには心配そうにこちらを見る皆がいた。

 

「……オルガ、ペコリーヌ達は?」

「スペちゃん達はどうなったの? シャルロットは、ラウラは?」

 訴えるような眼差しを送るキャルとテイオーに、オルガはため息をついて先程のメッセージで聞いたままの内容を告げた。 その言葉に一同はどよめいた。

「そんな……」

「じゃあ四人とも居なくなったって事!?」

「落ち着けってお前等。 ……とりあえず、位置は分かってるんだ。 今から迎えに行こうと思う。 皆はここの基地に残って休んでてくれ。 すぐに帰ってくる」

 自分一人で行こうとオルガはそう指示するが、しかし残りのメンバーは首を縦に振らなかった。

「水臭いこと言わないでよ、オルガ」

「要人の捜索こそ、私達『あんこうチーム』の出番だよね?」

「!」

 ビスケットとみほの二人が、自分達もオルガに付いていくと言い出したのだ。

 オルガは驚きつつも、彼女らを宥めるように説得に入ろうとするが、畳みかけるようにここでタカキが言葉を続けた。

「一緒に行ってあげてください団長。 少しでも人員が多い方が良いでしょう? ……まあ、流石にEDN-3RDのような過酷な星じゃないから、救助班1つが居れば事足りると思いますけど」

「ボクも行くよ! スペちゃん達に顔を見せて安心させたいしね♪」

「じゃあ、アタシはここに残るわ。 一人でも基地の勝手を知ってる人員が居なきゃ、皆も設営に困るでしょうから……ここで皆と一緒にあんこうチームのサポートをするわ」

 テイオーが同行し、キャルは他の面々と共に基地に残る方針を決めた。 どうやら一人で行くという選択肢は無いらしい。

「……良いのか? 随分働かせちまってるが」

「気にしないで。 第一オルガの宇宙船壊れちゃったんだから、あんまり勝手の分からない機体に乗り続けたくは無いでしょ?」

「……あー」

 オルガは思い出した。 あの時イサリビにぶつかって不時着した際に、ラディアントピラーは完全に壊れてしまったのだ。 生きているのは『阿頼耶識』対応のコックピットブロックのみ、イサリビに乗り込むのも船めがけてまっすぐ飛ぶだけという単純動作だけだったし、この星への大気圏突入は他の仲間達に任せっきりだった。

「それに、私達が居れば『エクソクラフト』も使えるし……一緒に探そう?」

 ビスケットに事実を突きつけられた上にみほの提案。 オルガは観念したようにため息を吐いた。

 だがこれはこれで悪くないと思い直して、オルガは二人に言った。

「……サンキュ」

 オルガはそれだけ言って、みほ率いるあんこうチームの操縦する数々の宇宙船に便乗する。

 向かう先は当然、シャルロット達のいるであろう座標だ。

<オルガ。 シャルロットさん……だっけ。 彼女達の居た所は何故か無線が使えなかったんだ。 多分何かの干渉が起きてるかも……離れた所に機体を降ろした方が良いかもしれないね>

「そうだな。 万が一があるからそうしてくれると助かる」

「了解……それじゃああんこうチーム、出動します!」

 

 

黄昏時に、再び宇宙船が空を舞った。



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第20話

シャルロットの残していた情報から、彼女達の行き先は簡単に見つかった。

 丁度惑星の自転とは逆方向の位置にあったため、オルガ達は大気圏を一旦離脱。 パルスドライブを使用して一気に目的地上空に辿り着いた。 当然だが、出発時には日が傾きかけていた為に、自転と逆方向に飛んだ先は既に夜空に変わっていた。

 星々の煌めきと月明かりだけが頼りの中、一行は着陸態勢に入る。

「この辺りか」

 全員着陸のちに各々の宇宙船から降り立つと、オルガはマルチツールを取り出す――――が。

「あ、やべぇ……不時着の時に壊してたの忘れてた」

「そう言えばボクも……」

 テイオー共々、不時着の衝撃でツールを破損していることを今思い出し、げんなりとした面持ちになる二人。

 それを見ていたビスケットもバツが悪そうに、代わりに自分の物と思われるマルチツールを背後のツールラックから取り出した。

 ビスケットの物は顕微鏡と言った実験器具にトリガーを取り付けたような、白っぽい代物だった。 ジャミングが酷くおおよその位置しか分からなかった信号を、マルチツールの分析機能の1つである『ターゲットスイープ』機能を使用し詳細な位置を特定する。

「ここから大体2.2キロぐらいか……みほ、お願い出来る?」

 みほは無言でうなずくと、エクソスーツのコンソールに手をかざし、近場の平地にエクソクラフトを呼び出した。 先程もお世話になったコロッサスの巨躯が出現する。

「さあ皆、乗り込んで」

 オルガ達はみほの後に続いてコロッサスのハッチの中に入り込んでいくが、しかしテイオーだけはその場で屈伸等の柔軟運動を行い、中に入る素振りを見せない。

「どうしたテイオー、早く中に入れ」

 テイオーは首を横に振った。

「折角だけど、ボク走りたくなってきちゃった。 この乗り物と一緒に併走するね♪」

 その言葉に全員が首を傾げた。

「お前なあ……さっきまで凍死しかけてたんだぞ? 本当に大丈夫なのか?」

「うん! スーツの生命維持装置のおかげで体調は万全だから、寧ろ動かないと身体がなまっちゃうよ!」

「……分かった。 ただ変にペースは上げんなよ?」

 呆れたように笑みを浮かべるオルガだが、先に乗り込んだビスケットやみほ達は目を丸くしている。

「併走って……どういうこと?」

「このコロッサスって結構速度でるけど、あの子置いて行かれちゃうんじゃ?」

 心配と言うよりは困惑する一同だったが、オルガは気にしない素振りで言った。

「ま、本人もああ言ってるしよ。 いいんじゃねぇの? なあ」

「なあ、って……本当にいいの?」

 不安げに問いかけるみほに、テイオーがハツラツとした声で返す。

「えっへん! 不屈のテイオー様の辞書に、不可能の文字は無いのだー!」

 

 

 

 

 その言葉はこの後において直ぐに思い知らされることになる。

「ほ、本当に併走出来てる……」

<へへん! ヨユーヨユー! これ位の速度なら何時間でも走れちゃうもんねー!>

 車内のモニターから嬉しそうに走るテイオーの姿にビスケット達は目を丸くしていた。

 舗装されていない草地を走るコロッサスに、テイオーはウマ娘の面目躍如とも言うべきか、当たり前のようについて行くことが出来ていた。 これにはみほ達も感嘆の声を上げるしかなかった。 まあ、彼女達あんこうチームやビスケットにとっては未知の種族故に致し方ないだろう。

「テイオー。 距離もお前の脚質なら適正かも知れねぇが、ここは競技場じゃねぇんだ。 あんまイレ込むんじゃねぇぞ?」

<分かってるよー!>

 つい先刻まで命の危機に遭ったとは思えないほどに、元気良く返事をするテイオー。 寧ろわざとらしく脚を大きく持ち上げて、自慢のテイオーステップさえ披露してみせる彼女の様子を見るに、無理をしているような気配は感じられない。 テイオーの言うように、本当に体調は万全であることが窺えた。

 オルガは呆れたように笑うと、改めて操縦席にあるモニターを見やった。

(そうこう言ってる内に距離は残り1キロを切ったな……そろそろ見えて来る筈なんだがよ――――ん?

 突如として、モニターに奇妙なノイズが走った。 それは距離が近づく度に頻出し、画面に映る計器類にエラーを及ぼすようになっていった。 それはもちろんオルガと同様に、みほ達やビスケットも異変を察知した。

「あれ? おかしいな……機器に変なノイズが走ってる」

「……ひょっとして、無線の妨害電波と同じやつじゃないかな?」

 車内にいる同乗者達の呟きに、みほはその場に停車するよう指示を出す。 ゆっくりと速度を落とし停車するコロッサスに、テイオーは立ち止まり振り返ってきた。

 

<どうしちゃったの皆? 目的地はもうすぐそこだよ?>

「ああ、ちょっと待ってろテイオー。 コロッサスの計器類にエラーが出てんだ」

「少し調べてみようか。 何か分かるかも知れない……タカキ、聞こえる?」

<ちょっとノイズが強いですけど、やってみます>

 ビスケットは基地にいるタカキに分析を行うように頼むと、彼の声と共に信号の詳細な分析課程が車内のモニターに同期、投影されるが……それをじっと眺める内にみほ達は何かを思い出したように語る。

「……あれ? この波形ってひょっとして」

<エイハブウェーヴ……の可能性がありますね>

 タカキの発した言葉に、オルガは目を見開いた。

「お、おいつまりなんだ? あそこには稼働中の『エイハブリアクター』でもあるってのか?」

「かも知れない」

 オルガ達の口にするエイハブリアクター、それはオルガ達の生まれた世界において広く利用される、経年劣化と機械的損傷にも強く外部燃料無しに半永久的に稼働する動力源である。 リアクターが生み出すエイハブウェーブなる波動を発生させることで出力を賄うのだが、副作用として電気によって動くあらゆる機器に対し何らかの干渉を及ぼしてしまうため、機器に影響を及ぼさない宇宙空間における艦船の動力源兼重力発生装置や、緊急時以外市街地への立入りが許可されない人型巨大兵器『モビルスーツ』の駆動用エンジンに使われることが多い。

 みほ達の世界においても、同様の機器が競技用としても存在していることから彼女達も知っているが、そんな機器から発せられる波形をこの世界においても確認したことで、オルガ達の動揺は隠せない。

「だとしたら、この計器類の異常やジャミングの原因に合点がいくかも……もうちょっと分析を進めてみて、個体識別も出来るかも知れない」

「お願いタカキ君、もうちょっとだけ頑張ってみて」

<やってみます>

 タカキは更に波形の詳細な分析を進めた。 切れの良い指の操作で投影されたウィンドウを操作し、解析を加速させる。 その間外で待ちぼうけを食らっているテイオーの地団駄にも似た足踏みの音が重なり、一定のリズムを刻んでいるようにも思えた。

<もう、皆して何やってるの? エイハブリアクターって何なのー? データを共有してボクにも見せてよー!>

「だったらお前も中に入ってこい。 お前が外で走りたいって言ったんだろ?」

<えー! それもヤダー! 走りたくて外に出たんだからヤダヤダヤダー!>

「ったく……ちったぁ落ち着け、後で説明してやっから「「<こ、これは!?>」」

 わがままを言うテイオーを面倒臭そうにあしらうオルガのやり取りを、みほ達とビスケットの驚きの声が遮った。 何事かと思ってモニターを覗いてみると、オルガは目を見開いて絶句した。

 

 ビスケット達の予想通り、波形の正体は紛れもなくエイハブウェーブだった。 しかし、何の機器に搭載されているエイハブリアクターだったのか、その正体も詳細に記されており……それこそがオルガ達の度肝を抜いたのだ。

「「「ツインリアクターシステム……『ASW-G-08 ガンダムバルバトス』ッ!?」」」

<そんな……どうしてバルバトスが!?>

 オルガとみほ達の驚愕の叫び声は、見事にシンクロした。 コンソールに表示されている文字を見て、やはり自分達の推測は正しかったと確信したからだ。

<……バルバトスって、ナニソレ?>

 ……よく分からずに首を傾げているトウカイテイオーを余所に。

「モビルスーツだよモビルスーツ! 人型の形をしたロボットだよ! それも俺達の仲間の乗ってた奴!」

<よくわかんないけど……ひょっとしてマッキーがしきりに言ってた『バエル』とか言う奴?>

兄弟機(シリーズ)だ! つまりなんだ、ああっ……!!」

 モビルスーツと言われても今一ピンとこないばかりか、マクギリスの信奉するソレと勘違いしている様子のテイオーに、オルガは頭をかきむしり言葉をひねり出した。

 

「あの信号の中心にはミカがいるかも知れねぇって事だ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一同は電波障害にあうコロッサスを降り、テイオーに先導される形で走って目的地を目指していた。 ここにいる全員が、先程の分析結果を受けて逸る心を抑えられずにいた。 帰ってこないシャルロット達の心配も勿論あるが、それと同じぐらいにオルガは焦っていたのだ。

 何故なら、もしオルガ達が見つけた信号の発信源にいるのが三日月ならば……ようやく待ち望んでいた相棒との再会を果たせる事になるから。

(ミカ……!!)

 身体の重いビスケットの肩を担ぎながら、みほ達を引き連れてオルガは走る速度を上げた。

「ねえ! 本当にミカは向こうにいるのかな!?」

「その前にシャルやスペ達の心配だろうが! 話はそれからだろうが!」

「とか言っちゃって、ダンチョーが一番気にしてんじゃないの!?」

 否定は出来ない。 オルガにしてみれば、始まりである幼き日の出来事から、度重なる異世界の転生を経ても共に苦楽を乗り越えた存在なのだから。

 シャルロット達のような異世界で出会った()()()()とはベクトルは違えども、大切な相棒に違いは無い。 そんな存在と遂に再会を果たせるとなれば、否応なく心躍るというものだ。

「残り200メートル……あ、何か土煙上がってるよ!

 テイオーの言う通り前方には何かを掘り返すような音と共に砂塵が立ち上っており、それが徐々に大きくなっている事が分かる。

 そして、砂塵の向こうに透けて見える巨大な影――――そこから察するに、何かが確かに存在するのは明白であった。

「急ごうダンチョー! ボクらも早くミカに会いたいし!!」

 テイオーはそう言いつつオルガ達に自身の後に続くよう強く促した。

「お、おいテイオー!」

「ちょ、ちょっと待って! 僕達そんなに速く走れない……ゲホッゲホッ!」

「ハァ、ハァ、ビ、ビスケット君、しっかり……」

 しかしみほ達も賢明に後に続こうとするものの、ウマ娘やオルガと違い人間の体力では息切れを起こしており、特にオルガに肩を貸して貰っていたビスケットはその肥満が祟り、既に過呼吸気味にバテてしまっていた。 しかしそれでも重たい身体を引きずって何とか懸命に歩こうとはする。

「んもう! ちゃんと身体鍛えとかなきゃダメだよー! 特にビスケット!」

「お前と一緒にしてやんなよ……<トウカイテイオー! それにオルガ団長! 戻って来てたのか!?>

 突如、上空から拡声器を通した少女の声がする。 オルガとテイオーには聞き覚えのある声だった。

 

 すると、立ち上る砂煙の向こうから飛来する人型の何か……IS『シュヴァルツェア・レーヴェン』の黒い装甲を身に纏ったラウラだった。

「うわ! 本当に人が飛んでる!」

「これがISって言う機械なんだ……」

 重力を無視して空を飛ぶ装甲を纏った銀髪の少女の姿に息を呑むみほ達とビスケット、ラウラはそんな彼女達にも目をやる。

「む、見慣れない顔だな……団長の仲間か?」

「ようラウラ、元気そうじゃねぇか」

 オルガは右手を上げながら、空を降りてくるラウラに話しかける。 それを見たみほ達は咄嗟に敬礼する。

「に、西住みほです! オルガさんと同じお、大洗学園で戦車道を嗜んでます!」

「……()()()? あ、ああ、よろしく頼む……私はラウラ、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 突如として現れたISなる未知の機械を駆るラウラの存在に、流石に上がり気味になっているみほ達。 ラウラも戦車道なるワードに訝し気になったものの、しかし日々の鍛錬によって磨かれた礼節からなる、軍隊式の敬礼をもって出迎えた彼女達に悪い感情は無かったのか、直ぐさま温和な笑みを浮かべ同じようにドイツ式だが敬礼で返す。

「ハァ、ハァ、ぼ、僕はビスケット・グリフォン……鉄華団でオルガの参謀をやっているんだ……ふつつか者だけど、よろ、しく……」

 一方、ビスケットは呼吸を整えようと必死で深呼吸を繰り返す。

「大丈夫か? 随分と息が上がっているが」

「ほら、こうなるからちゃんと痩せとかなきゃ! 心配しないで、この人達はオルガのキューチの仲って奴で、ボク達の命を救ってくれた張本人だから! ……まあ、ある意味元凶でもあるけど

「うう、面目ない」

「……よく分からんが、色々あったんだな」

それを横目に見ていたテイオーは苦笑しつつビスケットの背中をさすっていたが、その様子にラウラはやや呆れたように呟いた。

 

「……ああそうだ! オルガ団長、シャルのメッセージを見てここに来たんだな?」

「ああ。 スペ達の反応が消えたって言うからよ、俺達も近くまで乗り物に乗ってきたんだが……機器の調子が急に悪くなって途中から徒歩に切り替えたんだよ」

 ラウラの問い掛けにオルガは肯定する。

「うむ、私も咄嗟にISを展開したが、アレの前では調子が悪くなるから余りそうしたくは無かったんだがな……団長達と分かっていたらそうはしなかったんだが」

「――――バルバトスが、発見されたんだろ?」

 ラウラは驚愕した。

「……知っていたのか?」

「途中から機体から出るエイハブウェーヴ……まあその、こちらの乗り物の計器にバルバトスの反応が出ていたんだよ」

 続けてビスケットが経緯を説明するが、ラウラはしばし目を泳がせた後にため息をつく。

「その通りだ、現在私を含む4人総出で発掘中だ……私の記憶よりも()()()()()()()、間違いなくあれはミカのバルバトスだ」

 随分と大きいと言う部分にビスケットとみほ達は疑問符を浮かべる。 彼らにしてみればガンダムは元々大きな乗り物であるという認識だけに釈然としないものの、ラウラはそれを遮ってとにかく一緒に発掘現場へ来るように促した。

 

 ラウラに引き連れられる道中、オルガは恐らくは互いの認識に齟齬があるのだろうと当たりをつけ、補足説明をしはじめた。

「ラウラ。 ミカのバルバトスがイヤに大きいって言ったな。 恐らくなんだが、多分俺の知る()()()()()()()()()()()()なんだろうよ」

 ラウラは黙って話を聞く。 オルガは続けた。

「俺がお前とシャルのいた世界にやっかいになってた時、ミカのバルバトスや俺の獅電もどういう訳かISに変化しててよ、それこそ直接身に纏う等身大の全身鎧になっちまったんだ。 元々は巨大な乗り物なんだよ」

 ……つまり私達の知るモビルスーツとやらは、そもそもが小さくなった後の代物だったという訳か」

「ああ。 多分お前等が発掘に難儀してるのも、ビルみたいにでけぇそいつの全身を掘り起こさなけりゃならねぇからだ。 それも稼働中のリアクターのせいで機器の不調に悩まされながらな……違うか?」

 ラウラは心底面白く無さそうな表情で、黙って両の手を開いてオルガの前に突き出した。 両手は土で焦げ茶色に汚れていた。 ……暗がりで気付きにくかったが、よく見ればレオタードのようなISスーツに覆われていない白い地肌の部分も、同じように土が所々にうっすらとついているのが月明かりによってようやく確認出来る。 どうやら相当掘り返すのに苦労していたようだ。

「……大当たりだ。 帰りが遅れてすまないが、おかげですっかり夜になってしまった」

 だろうな。 ため息をつきながら話すラウラに、オルガはそう返した。

「アレ大きいし設計古くて構造が複雑だから、整備班の皆もいつも苦労してたんだよね……」

「だよね……おやっさんもメンテには随分頭悩ませてたよ。 オルガ達の言うように、本当に人一人分のサイズだったら……いや、それはそれで苦労するかぁ」

 みほ達とビスケットも悩ましげに語る。

「……そう言えば団長、キャルはどうした?」

「ああ、アイツは基地に残って残りのメンバーと共に基地の設営を頼んでる。 ここに居るみほ達以外にも大所帯引き連れてるからよ。 鉄華団はもっとでっかくなるぜ」

「ふむ、無事なら何より……おっと、あれだ団長」

 ラウラは話しながら、視線を前に向けた。

 オルガ達は息を呑んだ。 視線の先……明らかに今し方掘り返したであろうクレーターが存在し、その中央には遠くからでも分かるくらい、一際大きな巨躯が佇んでいた。

 

 白を基調に青と赤のトリコロールカラーで構成された塗装は所々剥げ、首と右腕がもげてしまっている人型と呼ぶには無残な出で立ち。 しかし残されたその他の部分は見た目のぼろさと裏腹に、しっかりと形を保っているスマートかつ精悍なボディラインは見る者に迫力を醸し出すに十分過ぎるものだった。

 

 紛れもない、オルガのよく知るバルバトスの残骸だった。

 

 オルガ達は直ぐさま掘り返されたクレーターの崖に立ち、発掘済みのバルバトスを上から下へと見下ろした。

 崖下では鬼気迫る勢いでマルチツールをバルバトスの足下に向け、地面を掘り返すスペシャルウィーク達3人の少女の姿がそこにあった。

 彼女達は無心で地面を掘削していたが、尋常で無い採掘効率で掘り進められるマルチツールにしては、実に少しずつの面積しか掘り返せていないようだった。 これもエイハブウェーヴの干渉で機器の効率が落ちているのだろう……だが作業も既に大詰めだったのか、残された足下をじきに片付けると、その場に膝から崩れ落ちて四つん這いに項垂れていた。

 

「ふえぇ~~ん!! やっと発掘終わりましたぁ!! もうお腹ペコペコ~……」

「実家の雪かきだってもうちょっと早く終わるべぇーーーー!!!!」

「すっかり夜になっちゃった……でもこれで、バルバトスの中を調べること出来るし、持ち帰りの準備もね。 後はサルベージする方法だけど――――あ!

 どうやらシャルロットがこちらに気付いたようだった。 3人は揃って崖の上のオルガ達に気付くと、両手で大きく手を振って見せた。

 オルガ達は崖を飛び降り、ゆっくりブースターを噴かせて緩やかにクレーターの底へと着地し、発掘作業に従事していた彼女達の元へ足を進めた。

 全員泥だらけだったが、特に怪我はないようでオルガは内心胸を撫で下ろす。

「ったく、皆して何やってんだ……」

 オルガが呆れたように笑う一方で、彼女達もまた安堵した表情を浮かべ語りかけてきた。

「オルガさん! 良かった、無事だったんですね!?」

テイオーちゃんも無事で良かったです! ……あれ、キャルちゃんは?」

「キャルならこの人達の仲間と一緒に基地で待ってるよー!」

 テイオーは身を翻し、後ろに立っていたビスケットやみほを紹介する。 ビスケットは会釈し、シャルロット達に自己紹介を始めた。

「ビスケット・グリフォン……鉄華団の旧メンバー、オルガの参謀をやっていたんだ。 いつもオルガが世話になってます」

「あ、どうもこちらこそ……私はシャルロット、そっちの人は?」

 シャルロットはみほの方にも目を向けた。みほは小さく微笑むと一歩前に出て、ペコリと頭を下げる。

「初めまして。私、西住みほと言います。 オルガさんとは大洗学園の戦車道チームで一緒に戦っていたの。 こっちは武部沙織さん、五十鈴華さん。冷泉麻子さんに秋山優花里さん……」

「ほうほう、あなたが噂のシャルロット殿……オルガ殿の恋人にして西住殿の恋のライバル、と言う奴ですな?」

!! ちょ、ちょっと――――」

 みほの側に居た優花里の口を、テイオーが慌てて塞ぐ―――――も、一歩遅かった。

 

 ほんの少しだが、シャルロットの身体から冷たい覇気のような何かが漏れ出したのを、その場に居た全員が僅かに感じ取った。 触れてはいけないモノに触れた……そう言わんばかりに一同、思わず身震いしてしまう……みほを除き。

 

「やだなあ秋山さんったら……私達はあくまで家族だって言ったじゃない」

「……へえ、オルガとは()()()()()()なんだ」

 シャルロットの目はどこか笑っていない感じがする。 それも心なしか、あくまで家族の部分を強調している気がする。

《font:275》「うん。 血のつながりは無いけど、妹分として()()()()()()()()()()()()()家族なの」

「そうなんだー。 それにしては()()()()()()って単語が聞こえた気がするけど、まさか()()()()を差し置いてオルガが浮気してるんじゃ無いかって心配だったんだ」

「そんなことはないかな? いくら()()()()()()()()()()()()()()からって、それは家族同然の関係だよ。 少なくとも()()ね?」

「ふぅん……あははっ」

「ふふふっ」

 何気ない一言から始まった重苦しい雰囲気、紛れもなくコレは修羅場というものだ。

 お互い朗らかに会話をしているはずなのだが、見た目のやりとりとは裏腹にとても嫌な雰囲気が漂っている。

 空気が冷たく、そして重い。 シャルロットとみほの間には確実に火花が散っていると見ても良い。

 

 剣呑な雰囲気を漂わせる二人に対し、オルガは背中から冷や汗が流れ落ちるのを感じた。

 ペコリーヌ風に言うならこれは、やばいですね☆の一言しか出てこない。

 一触即発の雰囲気に合って、次に一斉にその矛先を向けるのは元凶たるオルガだった。

 

「「オルガ(さん)?」」

「!!」

 

 同時に名前を呼ばれて身を震わせるオルガ。 まるで心臓を直接鷲掴みされたような感覚さえあった。

 にこやかに笑みを浮かべながらもその眼の奥底には、確かに鬼を宿らせるシャルロットとみほの姿があった。

(勘弁してくれ……!!!!)

 恐怖のあまり声すら出せなかった。

 今までの人生においてここまで怖いと思ったことなど一度もなかったし、これからも無いだろうと思ってた。

 戦場での命のやりとりとはまた違うベクトルのプレッシャーを、目の前にいる二人からひしひしと感じ取る。

 オルガはその威圧感に押し潰されそうになるのを必死に耐え忍んでいた。

「ちゃんと説明してくれないかなあ? 彼女は()()()()()()()()()()()

「妹分でも、これからも()()()()()()()()()()()よね?」

 間違いない、彼女達二人は選択を迫ってきている。 そう言った意識を向けたことが無いわけではないが、みほの方からもそこまで重い感情を向けられていたのは意外だった。

 そしてなによりもシャルロットとみほに対し、浮気などできようはずも無いオルガにとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が余計に混乱を招いていた。

「ま、待ってくれ!!」

 その混乱が、オルガに唐突に膝を突かせるという突拍子も無い行動に突き動かした。

「みほは俺の妹分だしシャルも恋人には違いないんだ! お互い距離が近すぎて虫の居所が悪いのなら原因である俺の命を持って行けば済む話だろ!!」

「「――――へっ?」」

 これにはシャルロットとみほは呆気に取られるしか無かった。 構わずオルガは何度も地面に頭を叩き付けるように頭を垂れる。 ……否、文字通り叩き付けていた。

 周囲にはオルガが緊張のあまり錯乱してしまったようにしか見えず、一同に動揺が走る。

「俺ならどうにでも殺してくれ!! 何度でも殺してくれ!! 首を刎ねてそこらに晒してくれてもいい!! お前達、お前達の関係だけは――――「ちょっとオルガ!! ストップストップ!!」

 見かねたシャルロットとみほが頭を打ち付けるオルガを前に、ひざまずいて彼の動きを制止する――――しかし。

 時既に遅し。 オルガのヘルメットのバイザーは割れ、破片が顔中に突き刺さって血みどろになっていたでは無いか。 見るにオルガは既に虫の息、今にも卒倒しそうな程に肩を震わせている。

 

「ハァ、ハァ……」

「オルガ……」

「まさか、この流れは――――」

 地面に突っ伏すように倒れ込むオルガ。 その左腕……そして人差し指は進むべき道のりを指し示すように、掘り返した直後のバルバトスを指差していた。

 

 

 

 

「だからよ、止まるんじゃねぇぞ……」

「「オ、オルガーーーー!!!!(さーーーーん!!!!)」」

 

 

 

 

 

オルガ・イツカ、修羅場に耐えきれず無事死亡。




 修羅場ってコレで良かったかなあ? とか考えてみたり。


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第21話

 オルガは赤い光の反射する無機質な黒一式の空間に佇んでいた。 目先には階段が設置され3対の離着陸場と思わしき台座が鎮座しており、振り返ればいくつもの黒いアーチが4連続した先に、下方から白い輝きに照らされた黒い球体が浮かんでいる。

 何者かの手によって作られたであろう空間に突如呼び出され、その上どこか意識の浮いたような気分に囚われるオルガは、その現実感の無さに困惑していた。

(ここはどこだ? 俺は確か……)

 オルガは記憶を探るように思考を巡らせるも、自分は先程シャルロットとみほの修羅場に萎縮するあまり、自ら頭を打ち付けてあっさり死んでしまうという、我ながらなんとも無様な死に様を見せつけてしまったくだりしか思い出せない。

「はぁ……何やってんだ俺……」

 オルガはため息をつくと、自分が今いる場所を改めて見渡す。

 辺りは明かりにこそ照らされているものの、上下左右全てに果てしなく続く黒い空間が広がっていた。

「タダでさえ分かんねぇことだらけの世界だってのに……そんな簡単にくたばって「オルガ?」!!」

 突如、背後から男性の声がした。 今振り返った先には誰もいなかった……その筈だったのに。

 恐る恐るオルガが振り向くと、4つ並ぶアーチの向こう側……丁度黒い球体のオブジェが浮かんでいる手前にその存在は立っていた。

 色合いや細部こそ異なるが、自分と同じエクソスーツに身を包む何者かがそこにいたのだ。

 背丈はそう高くなく、この距離においてスモークの強いバイザー越しでは顔は窺えない。 ……しかしオルガには感覚で理解出来る。

 聞き覚えのある声……全身から漂う、農場に佇んでいそうな純朴そうな少年と、敵対するものに容赦ない狂犬のような獰猛さ併せ持つ矛盾したようなまなざし。 それはかつてオルガと共に駆け抜けた親友。

 

「ミカ?」

「やっと、会えた」

 

 オルガはゆっくりと、しかし次第にしっかりとした足取りに変化してアーチをくぐり抜け、男の前に立った。

 この距離ならハッキリと見える。 バイザー越しにあの青い目が……『三日月・オーガス』の顔が。

 オルガは思わず彼の名を呼ぶ。 すると彼は、少しだけ口角を上げて笑っていた。

 オルガも釣られて笑い、そして涙が溢れてきた。ずっと探していたかけがえのない相棒との再会。

「この野郎! 随分心配したんだぞ! お前一体どこにいたんだよ!」

 三日月もばつが悪そうな、しかし嬉しさを隠しきれないように笑みを浮かべて話す。

「ごめん、こっちの世界に迷い込んだ途端、色んな星を旅する羽目になったんだ。 俺もオルガのこと探してたんだけど、この広い宇宙じゃ……」

「……そうか。 ありがとな」

 どうやら同じ考えで、自分のことをいの一番に探そうとしていたようだ。 離れていても強い絆があるのだと再確認し、2人は言葉を続けた。

「でも、オルガがまさかここに来てるなんて思わなかった」

「俺もだよ。 ……活動拠点作ってるんだけどよ、その近くで何でかお前のバルバトスが掘り返されてな。 その最中にちょっとトラブって」

「また死んだの?」

 オルガはぶっと噴き出した。 三日月はクスリと笑う。

「……ああそうだよ。 異世界転生するようになって、簡単に死んで生き返るようになっちまったからな……ってか笑うなよ」

「ごめんごめん」

 おかしそうに笑う三日月に、一応本当に死んでいるんだぞ不貞腐れてみせるオルガ。

「ミカはどうなんだよ、ここに来てるって……この場所のこと知ってるような口ぶりじゃねぇか」

 オルガが問いかけると、口をつぐむように三日月が真顔になると、こう言った。

「……『アトラスステーション』って言うらしいよ。 俺もよく分かんないけど……ここ以外にもあって、いつも後ろのよく分かんない言葉を話す変な物があるんだ……別に興味ないんだけど、何だか行く先々でついつい入るんだ」

「妙に引きつけられるってか」

 三日月は「うん」と一言うなずいた。 それはオルガがEDN-3RDで見つけたモノリスを想起させる。 よく分からない質問を投げかける代物で応えるのも億劫だったはずが、ついつい律儀に質問を返してしまうと言った記憶があったため、オルガは三日月が同様の感覚に囚われているのだと結論づける。

『アトラス』って名前もどっかで聞いたような気がするが……まあいいや)

「……積もる話はあるけどよ、今は俺達の元に帰って来いよ。 ビスケットとタカキ、それに今までの世界で会った仲間達も集まりつつあるんだよ……ラウラだって基地で待ってんだ」

 そうだね……早くアイツにもあって安心させなきゃ」

 三日月の方に手をやろうと、オルガは彼に向かって手を伸ばす。

 

 

 しかしオルガが伸ばした手が触れた瞬間、その手は三日月の身体をすり抜けた。

 これには双方、驚いたような表情を見せる。

「お、 おい、どうなってんだよ!? なんで触れられねぇんだよ!!」

 何度も肩に手を置こうとするが一向に触れられない。 オルガは三日月に触れられない焦りから、段々と手つきがガサツになっていく。一方、そんなオルガとは対照的に、三日月は冷静に触れようとするオルガの手つきを見つめていた。

 まるで何かを確かめるように、三日月はオルガの手に視線を向けて、そして自分の腕をオルガの腕に重ねる。

 当然ながら、三日月の手もオルガの身体をすり抜ける。 一体どういうことかと焦っていると、三日月が目を見開いてこちらをたどたどしく指さした。

「オルガ、全身を良く見て。 透き通っててノイズが走ってるよ!」

「はあ!?」

 三日月の言う通りに全身をみてみると、確かにオルガの全身は半透明になってノイズが走っていた。 言うなればそれは電子データ……ホログラフのような状態になっているようにも思えた。 どうしてかとオルガは自身に起きた状態を把握出来ずしばし困惑していると、しばしの沈黙を挟んで突然謎のアナウンスが空間内に響き渡った。

 

 

<16 ■■ 16 ■■ 16 ■■

 

アトラスプロトコルを開始

 

■■ 16 ■■ 16 ■■ 16>

 

 

 

警告 ■■ アトラスステーション 侵入検知

侵入 侵入 侵入

警告:異常信号を検知

 

 

 

 

 視界が大きく揺れ始め、自身の身体が足下から崩壊を始めた!

「オルガ!?」

「クソッタレ! -kkttzztt- 一体どうなって -ktzt- がる!?」

 自身の声や視界にノイズが走り、それは次第に大きくなってくる。 それまるでオルガという異物をこの場所から排除しようとせんばかりに、彼の存在そのものが消されようとしているかのようだ。

 オルガの意識は徐々に薄れていく。 感情の起伏がそう強くない三日月にしても、この状況に驚き珍しく声を荒げている。

 何とか消えまいとあがいてみようとするも、そんな抵抗など無意味だと言わんばかりに不可解な消滅現象が加速する。

 既にオルガの肉体は下半身が崩壊するように完全に分解された。 そして、その粒子は空間へと拡散していく。 消滅まであと僅かだ。

「ミカ! プロミス/48 -kkttzztt- プロ -kkttzztt- って星を目指せ! そこに俺達鉄 -kktzzt- の帰るべき家がある!!」

「オルガ!」

 焦る三日月を前に、消えゆくオルガがしてやれる事は道標を作ることだ。 オルガは最後の力を振り絞り、三日月に告げる。

「ミカァ! 止まんねぇ限り -kkttzztt- 道は続く!! 俺はいつもお前の先にいるぞぉ!!」

「!」

「だからよ…… -kkttzztt- -kkttzztt- 止まるんじゃ -kktzz- ねぇぞ! -kkttzztt-

 視界に走るノイズの悪化と共に意識が遠のいてゆく。 しかし伝えるべき事は確かに伝えた筈だ。 後は三日月を信じるしかない――――消えていく身体に運命を委ねようとしたその瞬間。

 

「オルガ! これを――――」

 今まさにオルガの意識が途切れるその瞬間、三日月はインベントリから何かを取り出し、それをこちらに突き出したのだ。

 

――――一緒に掴んだであろう何かの種子をこぼしながら、赤く輝く何かを。

 

 

 

 

 

「ミカァッ!!!!」

「「わわっ!!」」

 オルガが目を覚ますと、そこには夜明け前の空を背景にこちらの顔を覗くシャルロットとみほの顔だった。 どうも二人は、自身を看病してくれていたらしい。

 オルガは上半身を起こし、辺りを見渡す。 そこは、一度死ぬ直前にいた時と同じ掘り返された採掘現場、側には心配そうにこちらを見ていたビスケット達や発掘されたままのバルバトスがあった。

「良かったぁ……また復活したのに目を覚まさないから気が気じゃなかったよ」

 胸をなで下ろすシャルロット……しかしオルガはそっと彼女の身体をよけると、仲間達に目もくれずブースターを噴かし、一直線にバルバトスのコックピットに飛んだ。 立ったままの姿勢で埋まっていたために少し高度があったが、エクソスーツのブースターによって易々とバルバトスの胸元にあるコックピットハッチに辿り着く。

「まだ機能はしてるみてぇだな……」

「どうしたのオルガさん! 一体何をしているの!?」

 みほの声かけさえも無視してコックピットハッチを解放する。 すると開けた瞬間、中から赤い輝きが放たれ、えんじ色のオルガのエクソスーツを深紅に照らす。 腕で頭部を庇うように覆うが、光は直ぐに収まるとオルガは顔を隠していた腕をどけると、コックピットの中にそれはあった。

 

 意識が遠のく直前に一瞬だけ見えた、三日月が投げつけたであろう赤い()()がシートの上に存在した。

「ミカ……!!」

 それは野球ボールのような大きさの不規則に輝く球体で、見る者を深淵へと誘うような奥深さが込められている。 周囲には、それを取り出す際に溢れたであろう植物の種が散らばっていた。 オルガは球体を種と一緒に手に取り、それをスーツの機能で分析してみる。

 

 

 

『キャプチャード・ナノデ』

帯状に切り替えられた準恒星の回路基板を含むアトラスシード。

 

注意:マトリックスをこの次空間と交信させないこと。

 

 

 

「何だこりゃあ……?」

 ついさっきまでの出来事は単なる夢ではなかった――――それはこの奇妙な光る球だけでなく、一緒に手に取ってこぼれ落ちた種子の存在から間違いは無いだろう。 だとしたら、一方で三日月は一体何を手渡してくれたのか、得体の知れない置き土産に謎は深まるばかりだった。

「こっちの種は……って、アイツ!

 オルガにはその種がなんなのか、見慣れた縦割れの細長い形状から直ぐに見当が付いた。

「ダンチョー!」

 オルガが振り返ると、トウカイテイオーを初めとする面々がブースターで飛び上がり、機体に取り付くようにしてオルガと距離を詰める。

「いきなり我先にバルバトスのハッチを開けてどうしたんだよ!」

「こっちは心配していたのに、声ぐらいかけてくれたって良いじゃないですか!」

 心配する素振りを気にも留めなかったことに対し、次々に不満の声を上げる仲間達。 流石にこれはマズイと今更ながらに気づいたオルガは申し訳なさそうに謝罪の弁を述べる。

「ああすまねぇ! ちょっと気になることがあってな……」

 目を覚まさないオルガを気にかけてくれていたのに、随分と雑な対応をしてしまったと反省し、オルガは改めて仲間達に向き直り頭を下げた。

「……オルガ団長、ミカはいなかったのか?」

 声を上げたのはラウラだった。 彼女は開けっぱなしのコックピットに目線をやりながらオルガに問いかける。 オルガは無言でうなずくと、ラウラは酷く落胆したように頭を垂れた。

「そう、か……」

「いつから埋まってたか分からないバルバトスにいなかったのは寧ろラッキーだよ、ラウラ」

 慰めるようにラウラの肩を持ってやるシャルロット。 そう、三日月はバルバトスに最初から入っていなかった。 それは間違いない、何故なら。

 

「……ミカに会ってきた。 俺がこっちに戻ってくるまでの、少しの間だけな」

 オルガの発言に、皆が驚きを持って反応を示す。

 当然だ。 皆の認識からすればオルガはつい先程まで倒れていて、皆固唾を呑んで復活の瞬間を見守っていたのだから。

「俺も復活までの間また夢でも見てたのかって思ってたけどよ、確かにアイツはこれを俺に託したんだよ」

 オルガは三日月と会っていたやり取りを話しながら、コックピットの中で見つけた赤い球体……『アトラスシード』と言う聞いたこともない何かを皆に見せつける。

「これがその……託された何かか? 一体これは何なんだ?」

「キャプチャード・ナノデって言うらしいが、俺も分からねぇ。 それにコイツは向こうで俺が消える直前に手渡された筈なんだが、何でかそこのコックピットの中にあったんだ」

 まるで導かれたみたいに、オルガがそう付け加えるとラウラは反論する。

「だったら本当にミカに会っていた証明にならないだろう……その不思議な球体が見せてた幻覚の可能性は?」

 訝しげな顔をするラウラに、オルガは一緒に見つかった種子も放り投げて渡してやった。 

 

 その瞬間ラウラ達は目を見開いた。

「――――この種は!

 三日月と触れ合ってきた彼女達なら、ソレの意味する所はなんとなしに理解したはずだ。 オルガは不敵に笑う。

「納得してくれたか? ……ったく、食った後のゴミぐらいちゃんと捨てとけってんだ」

「……少し釈然としないが、だがミカに会ったのは間違いは無いだろう」

「アイツとは必ず再会出来る。 俺には分かるんだよ……さてと、皆帰るか」

 このバルバトスもサルベージして、な。 そう付け加えてオルガは皆に基地に帰るよう呼びかけ、皆も生き生きとした表情でそれを受け入れた。

 

 サルベージの準備を進めながらオルガは考えていた。

 本当に得体の知れないこの球体が三日月を騙って呼びかけたのなら、わざわざこの種子の存在など気にも留めないはずだ。

 これは三日月を知る者なら間違いなく、彼を象徴する要素(ファクター)の1つであると理解するだろう。 オルガは確信する。

 

 

 

 

 

そう、この種子が『火星ヤシの種』であると知っているのなら。




 気分が乗ったので連続投稿!


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第22話

 星々の煌めく夜空の元、基地に帰還したオルガ達。

 再会を果たした戦車道の面々、旧メンバーのビスケットとタカキを新たにメンバーに加え入れ、一同は返り咲きの意を込め新たな鉄華団の立ち上げとそれを祝うパーティーの準備を進めていた。

「基地の方はこんなもんでいいか! そっちはどうだペコリーヌ?」

<こっちもバッチリです! 後は配膳をするだけですね☆>

「そっかぁ!」

 調理担当のペコリーヌと無線のやり取りをしつつ、オルガは仮に設けた調理場に目をやりながら、無事増築の完了した本基地を眺めていた。

 新たに加わった仲間達が大所帯という事もあり、7人に合わせて建築した今までの木造基地のスペースでは手狭も良い所であった。

 そこで基地に残ったキャルやタカキ達にあらかじめ増築のための資材集め等をお願いし、オルガ達の帰還と共にそれを実施する流れとなった。

「これで、随分と基地が大きくなるな」

「本当に良いのかいオルガ? 僕達一気に大人数で押しかけちゃったけど、ごめんよ。 基地の拡張なんて手間を急に押し付ける形にもなったし」

 一緒に作業をしていたビスケットがどこか申し訳なさそうな声を上げるが、オルガは全く気にしない様子で答えた。

「仲間内で水臭いことは無しってお前も言ったろ? 気にすんな……これでまた鉄華団が大きくなれる、それも平和的に返り咲けるかも知れねぇんだ。 喜ばしいじゃねぇか」

「……そうだね」

 オルガはビスケットと共に大きくなった基地を見てしみじみと思う。

(……本当に、こうしてまた皆と一緒にいられるなんてな)

 簡素な作りだった基地は、ビスケット等がイサリビの船内で用いていた技術等を流入させることで一気に立派な建築物に変貌した。

 今までの木造の部品に加え、白っぽい金属製のパーツや土台も追加された基地は、いよいよ持って絵に描いたようなSF風の立派な館(マンション)と言った出で立ちになったのだ。

 戦車道の面々の為に大幅に増やされた居住スペースと宇宙船の離着陸場にエクソクラフトの整備格納庫、面積を増築した談話室。 男女別のトイレにシャワースペース、倉庫。 ビスケット達が持ち込んだ基地の設備の設計図により、生活に必要なありとあらゆる設備を設けることが出来た。

 一カ所だけ不自然に空いている空間はあるものの、それは今離れに設けてあるペコリーヌ達の仮設の調理場を移築する予定地だ。 増築の作業に当たって祝賀パーティーの調理作業と競合するため、一時的に離れた場所に作る必要があったからだ。 移築自体は簡単にできる為、これはパーティーの後にでも行えば良いだろう。

 

 一回りも二回りも広くなったこの基地は、増えたメンバーと大きくなる鉄華団、そしてQOL(生活の質)の向上を象徴しているようだった。

 

<オルガ、掃除も完了したよ! いつ始めても大丈夫だよ!>

<早く配膳始めよダンチョー! もう待ちくたびれたよー!>

「落ち着けテイオー……料理は逃げねぇんだからよ」

<うん。 ボクもそうなんだけど、何よりスペちゃんが>

<もう! テイオーさんったら、私を口実に急かさないで『グゥゥゥゥ……』あっ……>

 無線機越しに聞こえてきたスペシャルウィークの腹の音に、オルガは軽く噴き出した。

「わーったわーった! 聞こえたかペコリーヌ、それに皆。 折角終わった所悪いが、直ぐにでもパーティー始めようぜ!」

 オルガの言葉に、全員が歓声を上げた。

 

***

 

 オルガ達は新たに拡張したばかりの食堂に集まり、テーブルの上にペコリーヌ特製の手料理を並べていく。

 今回は新たに加わったメンバーも入れて一気に大所帯になったこともあり、大皿料理を中心に肉、野菜、穀物、果物等色とりどりの食材を使った料理が並ぶ。

「今日は腕を振るいました! 新しく用意したキッチン様々ですね☆」

 いつもは『栄養プロセッサ』を使用して調理行程を全自動で賄っていた(レシピ自体はペコリーヌ謹製)オルガ達。 しかしその機械の不調によって現在使用不可に陥ったことで、マルチツール等手元にある機械を駆使したり、原初の人類さながらに石器を作ったりして手作業で何とか賄っていた状態だった。

 だが、そうなると栄養プロセッサの調理過程によって解毒が成されていた食材等は調理出来ず、さしもの高い調理スキルを持つペコリーヌを持ってしても、一品料理を安全に作り上げるには中々骨が折れた様子だった。(それでも美食家としての性か、何処となく生き生きと作業に取り組んではいたが)

 そこに来て栄養プロセッサと同等の調理工程を手動で行える、宇宙での生活に適切かつ優秀な炊事場を与えられたペコリーヌが、今まで以上に張り切って調理に励むのはある意味当然の帰結と言えよう。

 結果、普段よりも数段豪勢な食事が出来上がり、一同から感嘆の声が上がった。

「すっげえ……。 これ全部お前が作ったのか?」

「はい♪  スペちゃん達他の皆も手伝ってくたのもあって頑張っちゃいました! 久しぶりに料理の腕を振るえて私的にも大満足です!」

 オルガは目の前に広がる光景に思わず息を呑んだ。

 普段は美食家として舌を肥やし、その味を探求することに余念の無いペコリーヌ。 そんな彼女は作るのも好きと言うだけあって、腕によりをかけたと言うことが何処となく煌めきを感じる目の前の料理の出来映えから想像に難くない。

「お世辞抜きに言う……美味そうじゃねえか」

「ふふん! 栄養プロセッサも便利ではありますけど、できる限りは自分で調理したいですね! それが、食材として命をくれた者達に対する礼儀というモノですよ! オルガ団長!」

「違いねぇ!」

 オルガの率直な感想に、ペコリーヌが胸を張って答える。オルガもその言葉に同意すると、二人は互いに笑い合った。

「オルガさん! 私もうお腹ペコペコですよ!」

「うむ! 私ももう待ちきれん! そろそろ始めようじゃないか!」

 香しい芳香を放つ赤々とした『ピルグリムベリー』のジュースが入ったがらスコップを片手に、スペシャルウィークとラウラがパーティーの開始を催促をする。

「そうだな。んじゃあ始めるか。みんなグラス持ってるか?……よしそれじゃあ、今日は俺達の新しい拠点の完成。 そして戦車道の皆やビスケット達が戻ってきた! 言うなれば鉄華団の返り咲きだ! 乾杯!!

「「「「「「かんぱーーーーーーい!!!」」

 オルガの音頭に、全員が声を上げて応える。そして、オルガは手に持ったグラスを掲げる。

 全員もそれに倣ってそれぞれの手に持つ飲み物の入ったグラスを掲げ、いよいよ宴が始まった。

 皆一斉に、ペコリーヌ特製の『ピルグリムジュース』を呷った!

 

「……!!!!」

 

 そして、その甘美な味わいと独特の苦みと渋みをたたえた奥深い風味に皆が虜になる――――が。

 

「「「「「「「……んん?」」」」」」」

 

 疑問符を浮かべたのはペコリーヌと、彼女の料理の腕を知るオルガ達6人だった。

っぷはぁ! これは美味しいなあ! 凄く上品な味がするよ……って、どうしたのオルガ?」

 ジュースの味に舌鼓を打つビスケットだが、首を傾げるオルガ達にふと疑問を抱いて声をかけた。

「ん、いやまあ……なんて言うか」

「いつもと味が、違う気がしますね?」

 オルガとペコリーヌが目を見合わせて答える。

「確かにな」

「うん、間違いなく美味しいんだけど……ペコリーヌの言う通りちょっとだけ、いつもと感じが違う」

 ラウラとシャルロット二人の言葉に、スペシャルウィークとトウカイテイオーもうなずいて同意を示す。

「……? そういう、ものなのかい?」

「良いんじゃ無いですか? とても美味しいですし……あ、料理も頂きます!」

 今一腑に落ちないビスケットと、折角の楽しい雰囲気を楽しもうとみほ達と一緒に料理に手を進めるタカキの姿。 そんな彼らを前にオルガ達は目を見合わせ、はにかんだ。

「まあいいか。 よしお前等! 今日はとことんまで行くぞーーーー!!!!

 オルガの号令に、少しだけ出鼻をくじかれた感のあるシャルロット達を中心に、おーーーーー!!っと拳を突き上げるのだった。

(……なんだろう、ちょっとだけ……やばい気がしますね☆)

 ペコリーヌの脳裏に一抹の不安がよぎりながら。

 

 

 

 

 そして小一時間後、彼女の予感は見事に的中した。

「……僕、なんか身体が熱いよ……♡ 何だかムラムラしてきちゃった♡ オルガに鎮めて貰わなきゃ♡」

「あー♡ シャルロットさん、抜け駆け禁止ですよー♡ ふしだらな女は私のお母さんだけで十分ですから―♡」

「ふにゃぁぁああああっ、み、みなひゃぁん♡ いやひかおんにゃ(卑しか女)杯のかいはいれひゅかぉ?♡」

 それは乱痴気騒ぎと呼ぶにふさわしい光景だった。 呂律の回らないスペシャルウィークに煽られるように、半脱ぎになってオルガを巡る女の争いを今にも始めそうなシャルロットとみほ。 散らばった料理に突っ伏すようにして無心に頬張り続けるラウラの目に正気の色は見当たらない。 キャルは酔った他の戦車道の面々に残りの料理を口に突っ込まれ悶絶している。 トウカイテイオーは眠りこけ、気分を悪くしたビスケットがタカキに介抱されている。 その隣では盛大に真っ白な希望の華を床にぶちまけ仰向けに倒れるオルガの姿。

 またの名を、地獄絵図が繰り広げられていた。

 

 ただ一人、薄々危険を察知して惨事を回避したペコリーヌだけが、その光景を引きつった笑みを浮かべながらありありと眺めていた。

「……やばいですね☆」

 原因は見当がついている、最初の乾杯に呷ったあのジュースだ。 一口目に感じた芳香と苦みは、実はアルコール発酵によるものだった。 無論意図して仕込んだものでは無く、なまじ高性能になった調理器具によって張り切りすぎてしまい、意図しない作業工程が発生してしまったのだとペコリーヌは推測した。

 そして誰もがそれを知らずに飲んでしまった事で全員に酔いが回り、収拾がつかなくなってしまったのだ。

 ペコリーヌはジュースを飲んだ後、万一を考えてあらかじめ別で用意した浄水を飲み続け唯一無事だったが、それでもこの場に立ちこめる酒精の匂いだけで頭がくらくらしそうになる。

 こんな状況でまともに動けるのは自分しかいない。 そう思った彼女は、ひとまずはスペシャルウィークの主催する卑しか女杯を食い止めるべく、彼女達の間に割って入る。

「ダメですよスペちゃん、それに皆さん! あんまり羽目を外しちゃめっですよ!」

指を立てて顔を近づけスペシャルウィークを制止すると、彼女によって煽られ今正に女の戦いを始めかけていたシャルロットとみほもペコリーヌに振り返る。

「ペコリーヌも、参戦するの?♡」

「ペコリーヌさんまでオルガさんを狙ってるんだぁ♡ 私達皆ライバルだね♡」

「へっ?」

 

 酔っぱらっているせいか、妙に色っぽい声で迫ってくる二人に思わず一歩引く。

 そんな二人の様子に、他の参加者達は大いに盛り上がる。 その盛り上がりに、ペコリーヌの頬が引きつった。

(あっ……これは)

 直感で嫌な予感を察したペコリーヌはつい後ずさりそうになるが、それを背後に回り込むはスペシャルウィーク。

「……げまへん」

「え?」

 ペコリーヌが突然のスペシャルウィークの行動に驚きを見せていると、スペシャルウィークは目を見開いて叫ぶ!

「オルガちゃんはあげまひぇん!!」

 そして次なる行動は、ペコリーヌをタンクたらしめるたわわな胸部装甲を鷲づかみ!

「ひゃぁん!! す、スペちゃん!! ダメですよぉ!! それ以上いけない!」

 これには流石のペコリーヌも動揺を隠せない。

 この期を逃すな、そう言わんばかりにシャルみほコンビが黙っていなかった。

 二人はスペシャルウィークに加勢するように同時に飛びかかると、スペシャルウィーク共々ペコリーヌを押し倒して両側から彼女を拘束する。

 それはまるで、獲物を捕らえて逃さない肉食獣のような動きだった。

「ちょ!? みなさ~ん助けてくださいよぉ!」

 三人に抱き着かれもみくちゃにされ、ペコリーヌはつい助けを求める。

「いやー、なんか楽しそうだねー。私達も混ざっちゃおうかなー」

「ほうほう! こうすればペコリーヌ殿の立派な装甲もタジタジというわけですな!」

「……お、おいっす~☆」

 だがしかし、キャルに暴飲暴食を強いる酔った戦車道の面々に期待など出来るはずもない。 比較的正気を保っているタカキとビスケットも満身創痍。 とてもじゃないが、自身を助けに集団に飛び込んでいく気力はなかった。

「ペコリーヌひゃぁん!! おるがちゃんはわたひのおにいちゃんなんれひゅよぉ!! かぞくなんれひゅよぉ!!」

「だめだよスペちゃん!♡ オルガさんは私のお兄さんなんだからぁ♡ ペコリーヌさんもぉ、皆して私の家族を取らないでぇ!♡」

「でも恋人は僕なんだぁ!♡」

「ああもう、いい加減にしてくださいよー!」

 酔いによって羽目を外したシャルロット達はかつての団長のごとく止まらない。 このままではペコリーヌの身はそれこそ口で言えない事態にまで発展しかねないだろう。

(こうなったら)

 何とか彼女達を制止しようと、やむなくペコリーヌは強硬手段に出る。

「皆さん……ちょっと失礼しますよっ!」

 ペコリーヌはティアラにあるような『王家の装備』の力を一部開放し、自分の身体を光らせる。

 そして、その光が収まる頃には、彼女は『プリンセスナイト』と呼ばれる姿になっていた。

 言うなればペコリーヌが己の力にこれでもかと倍率をかけた状態であり、身体能力が大幅に強化されている。

「お酒は飲んでも……飲まれちゃいけません!」

 そう言い放つと、ペコリーヌは酔って騒ぐ一同を無理矢理引き剥がすべく、何処からともなく取り出したマルチツールを地面にかざし、その力を一気に解放した!

 

 

瞬間、食堂が閃光に包まれた後に大爆発!

 

 それはさながら剣より放たれし光の奔流のように、羽目を外した者達をたちどころに吹き飛ばした!

 

「あーーーーれーーーーーーーー!!!!!!」

「ぎゃーーーーーーーー!?」

「ひぃやぁ~~~~ん!!?」

「あばばばばばばばばばばばばばばばばっ!!!!!!」

 

 

 

 

……………………………………………………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 光が収まった後、肩で息をするペコリーヌの周りには、テーブルや食器の残骸と思わしき破片が無残に爆散した食堂の室内と、全員仲良く「止まるんじゃねぇぞ……」と言わんばかりに指を立ててうつ伏せに気を失うシャルロット達の姿があった。

 皆焦げて気を失っているが、幸い可能な限り手加減したこともあって、ペコリーヌの攻撃を内部で受け止めた基地の機能も含め目立った外傷はない。

「……あはは、結局パーティーが滅茶苦茶になっちゃいましたね」

 爆心地で一人立ち尽くすペコリーヌは、最早乾いた笑いを浮かべるしか無かった。

 

 こうなってはお開きにせざるを得なく、ペコリーヌは軽くため息をつくと仕方なく気を失った仲間達を次々に部屋へと運んでいった。

 一人一人を丁寧にベッドに寝かせ、残す所はオルガただ一人になった。

 一人で皆をベッドに運んだ疲れからペコリーヌも流石に息が上がるが、それを堪えてオルガの身体を抱き上げ、彼の部屋へと運び込む。

 そっと部屋の奥にあったベッドに寝かせるも、オルガが起きる気配は無い。 相当に深い眠りに落ちているようだ。 振り返ってみれば、最初に酒に酔ってダウンしたのも彼で、終始こちらの騒動など気にも留めず眠りにこけたままの状態だった。

(オルガ君はお酒に余り強くないんですね……)

 口元を拭いてあげる内に、ペコリーヌの表情に柔らかな笑みが浮かぶ。

 

 団長として日々皆を引っ張ろうとする彼の寝顔は、年相応の青年のように無垢で粋がった雰囲気など微塵も感じない。

 そんなオルガの事を皆が慕っていたように、ペコリーヌもまた彼のことを好ましく思っている。 「…………」

無防備に眠るオルガの頬を指先でつつくと、彼は僅かに顔を歪めて寝返りを打つ。

その様子に思わず微笑むと、ペコリーヌは彼の頭を優しく撫でた。

「シャルちゃんや今日であったみほちゃんといい、随分モテるんですね。 ちょっと焼きもち焼いちゃいます」

 そう言いつつも彼女の声音はとても穏やかだ。

「パーティーの場で酔い潰れる前に言ってましたね。 本当に浮気をするつもりなんて無かった。 シャルちゃんとみほちゃん、その二人と親密に暮らしてきた記憶が当然のように共存していたんだって……勿論、酔ったお二人は納得がいかずに詰められてたみたいですけど」

 ペコリーヌはクスリと笑う。

「……でも私、()()()()……いえ、()()()()()の気持ち分かる気がするんです」

 眠りこけるオルガから返答は無い。 しかしペコリーヌは独白する。

「……今目の前に居る貴方は、()()殿()()()()()()()()()()()()()なのかもしれません。 でも、私にとっては()()()()()()()()()()()()()()()()()()でもあるんです」

 ペコリーヌは暗い天井、そして窓の外に広がる星々の輝きを瞳に映しながら、ポツポツと言葉を紡ぐ。

「オルガ団長。 もし貴方が私の気持ちを理解してくれるなら、私はどうしたら良いんでしょう?」

 ペコリーヌはその問いを眠るオルガに投げかけるが、無論返事は無い。 静かな夜の空間に彼女の声だけが響く。 その声色には優しさの中に戸惑いが混じったような複雑な心境が感じ取れる。

 

 彼女は困ったように小さく笑みを浮かべながら、オルガの頬を優しく撫でてやる。

 するとオルガはくすぐったそうに身を捩り、やがてまた穏やかな表情で深い眠りに落ちていく。

「ふふっ、わかってますよ。 貴方も自覚していなかった事を急に答えなんて出せないですし、私も同じです」

 ペコリーヌは彼の頭をそっと抱き寄せると、自分の胸元へと導いてやった。

 トクントクンと、彼女の鼓動の音がオルガの手のひらに伝わっていくのを感じる。

「だから……その時が来るまで、私も答えを探しておきますから、ね?」

 慈愛に満ちた眼差しをオルガに送りながら、そっと彼の手を離す。

 ゆっくりと彼の元から離れ、明かりの差し込む廊下に足を踏み入れた時、ペコリーヌはそっと室内に振り返る。

「おやすみなさい……オルガ団長」

 ペコリーヌははにかんで軽く会釈を済ませその場を離れた。 自室に戻る最中、静かに扉の閉まる音が耳元に響く。

 

 

鉄華団の夜が更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<■■ メッセージ受信 ■■ 周波数:既知の接続先 ■■>

 

 

<エンティティ・アルテミス! 君の信号を受信した。 これが最初か? これが最後か?>

 

 

 




 記憶が混在しているのは、何もオルガ一人では無かったと言うお話。
(ヒント:オルガ騎士君ルート)


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星々の中で独り
第23話


 ようやくNo man's Skyのシナリオに沿って話が進む……。
 それはそれとして登場人物が増えている現状、各キャラの掘り下げのために掛け合いのような日常回も入れるべきか考えている今日この頃。


 早朝のプロミス/48。 近いようで遠い彼方から夜明けの光が海を割って地上を照らす時間帯。 空にはオルガ達の乗って帰ってきた貨物船イサリビが空気に霞み佇んでいるのが見える。

「頭が痛い……」

 そんな爽やかな朝日に似つかわしくないどんよりとした面持ちで、基地付近の砂浜を一人シャルロットは歩いていた。 ISの部分展開さえしていない、深紫のISスーツにオレンジのパーカーを羽織った文字通りの無防備で。

 元々この星の空気組成が地球のそれとほぼ同じであることに加え、それでも未知の空気感染症などを恐れて今まで危険防御シールドだけは展開していたのだが、ビスケット等の持ち込んだ基地施設の設計図の中に大抵の外傷や疾病を治療出来る『体力ステーション』なる機材が含まれ、それを実装したことで今のように外を歩くことが可能になったのだ。

 昨日の乱痴気騒ぎで悪酔いしてしまい寝覚めが最悪の彼女にとって、直にこの星の自然なままの澄んだ空気に触れられるのはありがたい事だった。

「大分派手に酔っちゃったけど……ペコリーヌや新しく来たみほって子に迷惑かけちゃったかなぁ……ん?」

 ふと視界の端に映る見慣れぬものに彼女は目を止めた。

 ここは宇宙船の離着陸場。 基地の浜辺に近い箇所から突き出たむき出しの連絡橋を通じて、海上に設けられた数々の着陸用デッキが設けられている。 仲間が増えた事で宇宙船の数も増えた為、それを留めておく為のデッキの数も拡張したばかりだ。 当然ながら、あまり見慣れない形の宇宙船が軒を並べている。

「こうしてみると壮観ですね」

 ふと背後から声がかかる。

 振り返ると、黄と黒のツートーンの髪色を持つ少年がそこに居た。 彼も私服姿で、オルガの私服と同じオリーブカラーで背中に白い花の刺繍が彩られた、鉄華団の証であるジャケットを身につけている。

「えっと、タカキ君だったっけ?」

「おはようございます、シャルロットさん」

「うん、おはよ。 ……新しく増えた仲間の宇宙船だよね? つい昨日まではたった一つのデッキだったのに、本当に大所帯になったんだなって思ってさ」

 IS乗りの自分がここに留めることは基本無いが、それでも基地と共に鉄華団の絆が広がっていくと言う実感を、シャルロットは感じずにはいられなかった。

 オルガもそうだが、彼の周りに居る人間は皆、何かしら強い想いを抱えている。

 それは、自分だって例外ではない。 別の世界でオルガの家族だったスペシャルウィークや、好意を明確にしている西住みほという少女。 そして、未だ再会を果たせない彼の相棒である三日月・オーガス。

 種類は違えども、彼等の気持ちに負けてはいられない。 そう思いながらも、オルガに対する強い想いを噛みしめる。

「……そう言えば、オルガって船とか壊れちゃったって聞いたけど」

 シャルロットはふとタカキに話を振ってみる。

「ええ、運悪く俺達の乗ってたイサリビが団長のすぐ側にワープしてしまって衝突して、そのまま近くの惑星に不時着しました。 船は大破してコックピットブロックしか使い物になりません……だから」

 タカキは数々の宇宙船の中の一つを指差した。 ずんぐりとしたキャノピーを先頭に、左右に乗降口の突いたキャビンスペースに長いブースターと続く大柄な宇宙船、この世界では『シャトル型』と呼ばれているらしい形式の船があった。

『USGケリオン』って言います。 俺達が団長とぶつかる前にいた星系でサルベージした宇宙船で、コックピットを移植出来る次の船が見つかるまで暫定的に使って貰おうと思うんです」

「へぇ……」

 シャルは感心しながらその船を眺める。 あのサイズなら複数人の乗り合いが出来そうだ。 居住性だって期待できるだろう。

「ありがとうね。 オルガ達の為に色々してくれて」

「いえ、仲間なんですから当然のことです。 それに俺達が起こした事故のせいで、とんでもない目に遭わせてしまいましたから、むしろ物足りないくらいです」

 タカキは少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。

 そんな彼に、シャルロットははにかんで彼に気に病まないように伝えると、彼は安心したように笑った。

(良い子だよね……タカキ君。 転生とかする前の、最初の鉄華団ってどんなのだったんだろう)

 タカキが自分達を気遣ってくれている事は、誰の目にも明らかだった。 そう言えばもう一人居た小太りな彼……ビスケットも気立ての良い温厚な青年であることを思い返す。

 傭兵団でもあったと言うことから少々気性の荒い、しかし情には厚い仲間達が居たと言うことはオルガの口から度々聞いていたが、こうしてみるとそればかりでは無かったのだと言うことを強く実感する。

 今度その辺りのことを詳しく聞いてみようか、そう思っていた矢先の出来事だった。

「あ、二人ともここにいたんですね? うっ、イタタ……頭が……」

 連絡橋を繋ぐ基地の出入り口から出てきたのはスペシャルウィークだった。 彼女も酔いが酷いのか、ヘルメット越しに頭を押さえているようだった。

「おはようスペ。 身体大丈夫? しんどくない?」

「ううっ、まさか二日酔いになるなんて思わなかったです……タカキ君もおはよう」

「あんまり無理しちゃだめだよ? ほら、もう安全だからエクソスーツは脱いで大丈夫だよ」

「あ、そうでした」

 衛生設備が整ったのだから、基地周辺でスーツを着る必要は無くなった。 その事実を伝えられていたことを思い出すとスペシャルウィークはヘルメットを外す。 端正な顔つきと共に馬耳と白斑の混じった頭髪が露わになる。

「ふう、こんなに良い空気だったんだ……故郷の北海道とはまた違うけど……あっ、そうだ!」

 少し肌寒い、しかし汚れの無い空気に気を良くしながらも、しかし何かを思い出したようにシャルロット達に向き直ると、改めて彼女達に告げる。

「二人とも、直ぐに食堂に集まってください。 基地のコンピューターに通信が来てるんです! 皆も集まってますよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日散々に暴れ回ったにも関わらず、ペコリーヌの人知れぬ尽力で元通りに清掃された食堂フロア。 その隅に配置し直した基地のコンピューターを前に鉄華団の面々が勢揃いしている。 その中心に居るのは、コンピューターを前にして屈んでいるオルガだった。 皆エクソスーツは来ていない私服姿で、特にオルガとビスケットはタカキ同様のオリーブの鉄華団ジャケット姿だった。

「どうしたの、皆?」

「基地のコンピューターに知らないメッセージが来てるって」

 そこに、シャルロットとタカキ、そして彼女らを呼びに行ったスペシャルウィークが戻ってくる。

「おう、朝っぱらから済まねぇ……話はスペから聞いてるみてぇだな?」

 オルガは立ち上がりシャルロット達に向き合う。

「うん。 この集まりは、ひょっとして今からメッセージを再生するとか?」

「ああそうだ……中身はまだ検めてねぇ、早速始めるぞ」

 そう言ってオルガは端末を操作して音声メッセージを再生する。

 

<エンティティ・アルテミス! 君の信号を受信した。 これが最初か? これが最後か?>

 

「――――!!!!」

 突如として流れ出した声と言葉に、オルガは目を見開き驚愕の表情を浮かべる。

 電子音の混じったような男の声で、何者かは分からない。 しかし問題はその内容にあった。

『これが最初か? これが最後か?』と言う謎の問い掛け、そして男が口にしたその名前……。

『アルテミス』……だと?」

「? オルガ、知ってるの?」

 シャルロットの問い掛けに、オルガは答えた。

「……俺やテイオーとキャルが不時着したEDN-3RDで聞いた名前だ」

 オルガは語る。

「墜落した直後に何者かから連絡が来て、行った先に煙を噴いている墜落船があったんだ。 キャルの怪我とテイオーのスーツの故障で、緊急避難先にその墜落船を使わせて貰ったんだが、その持ち主の名前がアルテミスって言う名前だったんだよ」

 そしてオルガはジャケットのポケットから奇妙な基盤を取り出した。 見ると電源など入っていないに関わらず、ランプの部分がしきりに点滅し、その輝くタイミングは基地のコンピューターについている、動作チェックランプの点灯と共鳴しているようにも見えた。

 

「こいつはその情報が入っていたビーコンから拝借した基盤だが、基地に持ち帰って調べるつもりだったんだ」

「……でも、何かする前に勝手に反応してる感じがするよ?」

「ああ、恐らくな。 このコンピューターに接続してどっかに信号を送ってたのかも知れねぇ。 それをこいつが拾って――――」

 

<■■ メッセージ受信 ■■ 周波数:既知の接続先 ■■>

 

 そう言っている間にも基盤はどこかに信号を送り続けていたようで、たった今新たな通信が基地のコンピューターに繋がった。

 一同にどよめきが走るも、コンピューターからはあの男の声が流れ出す。

 

<聞こえているか、トラベラー?>

 皆の間に緊張が走る。 オルガも内心恐る恐る、しかしそれを悟られないよう平常を装った上で次の言葉を待つ。

<そろそろ真実を話してもらおう。 君はエンティティ・アルテミスの信号を使っているが、本人ではないな?>

「ああそうだ……俺は、鉄華団団長、オルガ・イツカだぞ……」

 どういう訳か、オルガの自己紹介は元の世界において射殺された最後の記憶を引きずる為か、満身創痍を装う癖があるのだ。 そんなイヤに芝居がかった自己紹介に、一部のメンバーからはつい失笑が漏れる。

「笑うんじゃねぇよ……俺だって命がけなんだぞ」

「一々命かけなくて良いよダンチョー……で、ボク達アルテミスって人じゃないけど、そっちは一体誰なの? この信号の持ち主と知り合い?」

 オルガに代わり、テイオーが何者かとやりとりを続ける。

<ナーダはこの信号に見覚えがある。 君とは以前に交信したことがあるのだと思う。 ……どうだろう。 こちらに来て、ナーダ達の家できちんと顔を合わせないか?>

 オルガとテイオーは顔を見合わせて首を傾げ、他の面々も困惑の色を浮かべるだけだった。

「……『ナーダ』って言うのがコイツの名前? オルガ、アンタ異世界の知り合いで覚えはないの?」

「正直ピンときませんね……いや、冗談は抜きに聞いたことがねぇ」

 キャルからも知り合いに居ないかと聞かれるが、通信主であるナーダと言う名前に耳に覚えはない。 過去の転生先でも、こんな名前の人物に出会ったことは無い。

<ナーダの居る場所に案内する、今から宇宙船に乗って惑星の軌道上まで来て欲しい>

 そう言って通信を一方的に打ち切った。

「何だったの今の……明らかに怪しいよね」

「さぁな、だが仮に罠だったとしても……罠ごとかみ砕くまでだ」

「だよね」

 みほの言葉に、オルガは不敵に笑って返す。

「ま、行かなきゃ何も始まらないですし、行ってみるしかないですよね☆」

「そうだな。 よっしゃお前等! 次の目標が出来た……早速出発すんぞ!」

 オルガの号令で、一行は手早くエクソスーツに着替え、宇宙船に乗り込む。

 皆が乗り込んだことを確認すると、オルガもビスケット達から仮の宇宙船として譲られた、USGケリオンにスペシャルウィークとトウカイテイオー、そしてビスケットとタカキの計5人が乗り込んだ。

「よしっと、操縦桿はどれも特に差異はねぇみてえだな。 しっかし肩の装甲硬くなったのは良いけどよ、ゴツいったりゃありゃしねぇ」

 オルガは左肩周りを覆う、赤いストライプの入った獅電の白い装甲を若干疎ましく感じていた。 硬い防御力を備えているに越したことはないが、こと宇宙船の操縦においては取り回しの悪さが気になってしまう。

「あはは、でも似合ってますよオルガさん」

「フォローをどうも……でもまあ、今は使えねぇけどしっかり阿頼耶識には対応してるしよ、この際贅沢は無しってか」

 苦笑しながら、オルガは操縦席の計器類をチェックする。

 すると、コックピットの外から声がかかった。

<オルガ君、そろそろ出発しましょう!>

<皆準備は完了しているよ? オルガさん、合図をお願い!>

「ああ、分かってる」

オルガは通信機に向かってそう答えると、船内の全員に聞こえるようにマイクを手に取った。

そして大きく息を吸い込み、腹の底から大声で叫ぶ。

その言葉に、全員が耳を傾けた。

「気ぃ引き締めて行くぞぉ!」

 オルガの号令に、呼応するように雄叫びが上がると。

 オルガ達を乗せたUSGケリオンの浮上を合図に、他の宇宙船が次々に垂直離陸! その機首を遙か上空に向け加速――――機体は一斉に大気圏外へと離脱する。

 再び無限の宇宙へと駆り出したオルガ達。 青いプロミス/48を背に成層圏へと飛び出した彼らの側には、昨日からこの場で待機しているイサリビの巨躯が佇んでいる。

「……あのナーダとか言う奴の言葉を信じるなら――――」

「うん、ここに居れば案内してくれるって言ってたけど」

 オルガとビスケットが顔を見合わせる。 仲間達にも声をかけて辺りを見回してもらうが、しかし自分達以外には何も見えない。

 広大な暗黒空間の中に宇宙船に乗って、ただポツンと立ち尽くすのみ。 それらしい気配は一向に見当たらない。

<何なのよ……またガセネタでも掴まされたの?>

「それともまたいきなりワープしてきてぶつかる……ピエェ!?」

 呆れ声のキャルに対し、メット越しに耳元を抑えてその場に蹲るテイオー。 無理もないが、昨日の今日のショッキングな出来事に若干トラウマになりかけているようだ。

 気まずそうに苦笑いするビスケットに、震えるテイオーを慰めるように肩を抱き寄せるスペシャルウィーク。

 結局、何も起きない。

「……何だったんだ? さっきの通信は――――!!」

 オルガが諦め半分でぼやいたその瞬間、停留するイサリビの反対方向の空間に突如円形の歪みが生じる。それは次第に大きくなり、やがて巨大な穴となって宇宙空間に出現した。

 そこから現れたのは、古びたスペースコロニーと思わしき錆のある巨大な球体の構造物。 一カ所に窪みがあり、その中央にはシャッターと思わしき開閉口が見受けられる。

 ワープとも違う空間を割って現れるような異様な出現に、オルガ達は一斉に慄いた。

「これが……さっきの人が言ってた『家』、なのかい?」

「分からねぇ、だが……」

 行ってみないことには分からない。 そう言わんばかりに操縦桿を握り込むと、それに待ったをかけたのはトウカイテイオーだった。

え、ちょっとダンチョー!? ……まさか中に入ろうとか言わないよね?

そうなんですか!? 私その、ちょっと心の準備が……なんて

「おまっ……」

 怖じ気づいたような二人の言葉にオルガは苦笑いする。しかしそれも当然だろう。

 目の前に現れた謎の物体に、未知の領域に足を踏み入れるのだ。 先行きに不安を覚えても仕方がない。

 何よりそんな不安を感じているのはスペシャルウィーク達だけではない。 よく見ればモニターに映る別の宇宙船に乗るキャルを始め、戦車道の一部の面々にも不安の色が浮かび上がっている。

 そんな仲間達を安心させるように、オルガは力強く言い放った。

「大丈夫だお前等、散々良いように振り回されてズタボロだった俺が無事に帰ってこれてんだ。 俺を信じろ」

 少し自虐を交えつつもその自信を込めた一言に、仲間達の表情から怯えの感情が消える。

 そして皆が一様に、信頼を込めた瞳でオルガを見つめ返した。

(俺は鉄華団団長だ。 団員をいざという時に引っ張れねぇでどうする)

 オルガはビスケットとタカキに目配りをした。 タカキは無言でうなずき、ビスケットも後に続いて首を縦に振ると、こう告げた。

「僕達は何があってもオルガを信じる」

(この場合、信じなきゃいけないのはナーダって奴の言葉なんだが……)

「……ああ、任せろ」

 オルガは野暮な考えだと頭の片隅に追いやって口に出さず、背中を押してくれたビスケットの言葉を噛み締めると、宇宙船のスラスターを徐々に噴かせゆっくりと謎の構造物に接近する。

 すると意を決した他のメンバーもオルガの乗るUSGケリオンに続く。 オルガを先頭に一列になる姿は、まるで騎士の行進のようであった。

 やがて一行は、謎に包まれた構造物の間近まで辿り着く。 すると機体のオートパイロットが始動しオルガ達の宇宙船を誘導すると共に、構造物のハッチが展開。 内部は通路となっており、その最奥にはワープポータルと思わしき光が見えた。

 オルガ達はなすがままその光の中へと導かれていく。

 

 

 

 

 眩い閃光が収まると、そこはスペースコロニーを思わせるような機械と電子の光に包まれた……しかしそれ以上に広い空間と遙かに多い数の離着陸場が存在した。 それらにはまばらだが他の宇宙船の姿も見受けられ、人の出入りが少なからずあるようにも見える。 中央には球状の巨大な機械が浮かび上がる端末が存在し、その後ろをスロープ付きの出入り口がある建造物が鎮座している。 入り口の隠されていた空間だが、見ただけでそれなりに活気のある隠れ家的な場所であることが窺える。

「なんだこりゃあ……」

「そこいらの宙域にある宇宙ステーションよりずっと大きい……僕らの住んでいた世界のコロニーに匹敵するよ」

 技術に関しては桁外れに高度だけど……そう一言付け加えるビスケットと、オルガ等を中心とした面々は感嘆の声を上げた。 やがて宇宙船は各々にバラバラの位置に誘導され、離着陸場の真上に来ると垂直に着陸した後で機体の向きを変え、着陸プロセスを完了する。

 オルガ達は宇宙船のハッチを開け謎の空間内に降り立つと、皆が巨大な球体の浮かぶ端末の前に集合する。

「凄く広い空間だね。 ここにさっき通話してきたナーダって人が居るのかな?」

「だろうな。 ……とは言え、どこを探せば良いのか分かんねぇ……ん?」

 オルガがふと離着陸場の方に目をやると、オルガ達の後からそれぞれ黒と白を基調とした二機の宇宙船が

飛来した。 それらは自分達とは別の離着陸場に着陸すると、二機から一人ずつ大げさな荷物を背負ってパイロットが現れた。 宇宙服と船と色を合わせているのだろう。 黒の宇宙船の方からは黒一色の男性の骨格と思わしきスーツのパイロットが先に降りる、白の宇宙船からは白を基調に赤のアクセントが入っている、くびれを帯びたスーツを身に纏い、こちらは女性なのだと思われる……の降船を手伝っているようだ。 ヘルメットのバイザーに透明の部品がない為外側から表情は見受けられないが、やりとりから何となしに二人は親密であるかのように見受けられる。

「それなりに出入りはしてるみたいなんですね」

「知る人ぞ知る空間なのかしら「あーーーー!!!!」

 突如として、ペコリーヌが降りてきた二人組に対し指差し大声で叫んだ。

 急に声を亜上げるペコリーヌに一同は面食らう。

「お、おいどうしたんだよペコリーヌ! 急にそんな大声「あの人達ですよ! 以前一緒に栄養プロセッサの改造を手伝ってくれた人達は! おいっすーーーー!!☆」

 ペコリーヌは大手を振って、二人組に駆け寄っていく。

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 慌ててその後を追うキャル。 オルガ達も慌ててキャルに続く形でペコリーヌを追う。

(そう言えば以前にそんなことを言ってたな)

 オルガは、ペコリーヌとキャルに再開したその日の晩のことを思い出していた。*1

 彼女達が料理を行う際に用いた栄養プロセッサ。 それらを改造、再プログラミングし改造してくれた人物がいると会話の流れで教えてくれた事があった。

 同時に、ペコリーヌともう一人の女性の方と料理談義で何時間も盛り上がり、同行者のキャルを辟易させたとも。

「ペコリーヌったら! また料理の話で何時間も粘ったら許さないわよ!」

 

 

 そうこう言ってる内に、先に二人の元にたどり着いたペコリーヌが白いスーツの女性にハグをした。 女性の方も、まんざらでもない様子ででペコリーヌを抱きしめ返す。

「お久しぶりです! 元気にしていましたか!?」

「久しぶりペコリーヌ! 貴女も元気そうで何よりよ!」

「どうだ? 栄養プロセッサはちゃんと役に立ってるか?」

「ええもう! ……ただ、つい最近故障しちゃったみたいで、機械が上手く動かなくてやばいですね」

「そっか、今持ってるんだったらついでに修理してやるよ。 丁度材料とか色々かき集めてきたしな……で、その後ろの行列は――――」

 黒いスーツの男が後から追いついたオルガ達の方を向くと、一瞬だけ身を震わせ硬直した。

「あ、キャルも久しぶりね! ペコリーヌの元気に振り回されたりしてないか……な……」

 白いスーツの女も、オルガ達を見るなり口元の一辺りに手を持って行き、ハッとしたような仕草を見せる。

 いっぺんに押しかけたのが悪かったのか2人組は若干身構えているようで、これはしまったと言わんばかりにオルガ達一同にどよめきが走る。

「あ、ひょっとして……」

「一気に押しかけたから引かせちゃったかな?」

「一斉に走ってきたのが悪かったのかも知れん……」

「あー、そのいや、なんだ。 そこなペコリーヌとキャルの知り合いでよ「――――ひょっとして、オルガか?」

 オルガの声を遮るように、聞き覚えのある声が男の口から発せられる。 顔が見えないと言うこともあって一瞬相手が名前を知っていたことに身構えかけるも、しかしオルガは思い出す。

(待てよ? 男の方が機械いじりして、女の方がペコリーヌと語り合うレベルで料理得意って言ってたな)

 そう言えば、あの二人、確か名前は――――。

()()()()、このヘルメットじゃ顔が見えなくて誰か分からないよ」

「あ、そうだったな! 忘れてた」

「!!」

 男は慌てて顔を覆い隠していたヘルメットを脱ぎ捨てる。 そこには黒い短髪の、一見して女性と見間違えそうな端整な顔立ちの、しかし年の頃は自分とそう変わらない少年の顔があった。

 名前は、もう既に言われてしまっているが――――

 

 

 

 

 

 

 

『キリト』だったのか! アインクラッド以来じゃねぇか!」

*1
第6話参照




 ビーターな彼、参戦! もう一人の方は……最早言うまでもなかろうw


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第24話

「お前も、元気そうで何よりだよ!」

 オルガと黒いスーツの少年、キリトは互いに作った拳骨を合わせ再会を喜ぶ。

「って事は、そっちの女は……」

「ええ、久しぶり! 随分大所帯を引き連れてるのね。 これが貴方の言う鉄華団なのかしら?」

 片割れもヘルメットを取ると、橙色の長髪をスペシャルウィークみたくクラウンハーフアップに結んだ髪型の女性。 キリトの恋人である『アスナ』だった。

「やっぱりアスナか! なるほどな、ペコリーヌの話を聞いた時から薄々予感はあったんだよな!」

「彼らもオルガの知り合い?」

 隣にいたビスケットが問いかけてくる。

「ああ、スペやテイオーのいた所みてぇにVR技術が発達した世界があってな。 そのゲーム内で()()()あった時に知り合ったんだよ」

 含蓄のある言い回しをするオルガの説明に、キリトとアスナは苦笑いする。

 実際の所はとんでもない修羅場だったからだ。 1万人が同時接続する立ち上がったばかりのVRMMO『ソードアートオンライン』が、開発者である『茅場 昭彦』自身の手で文字通りのデスゲームに変貌。 ゲーム内で死亡すると、ログインするために必要なVR機材『ナーヴギア』から電磁波が発せられ脳を焼き切られ死亡してしまうと言う、極めて絶望的なリスクを背負わされ殺伐とした状況に置かれていた。

 そのゲームをクリアしたのが他でも無い、ここにいるキリトにアスナ、そしてオルガ達率いる仲間達の奮闘によるもので、のべ2年もの歳月をかけてようやく生還したというのが本当のところだ。 一悶着なんていう言葉では到底片付けられない、良くも悪くも濃密な時間があった事をここに簡潔ながら記しておく。

「……で、オルガ。 どうしてお前がここに居るんだよ? この『スペースアノマリー』を知ってる奴なんてこの宇宙に殆どいないだろ?」

「まあ色々あってな、ナーダって言う名前の奴に家に招待するってここに呼び出されたんだよ。 急に球体の入り口が宇宙空間に現れてよ」

 オルガはナーダと言う人物に、キリトがそう言ったこのスペースアノマリーなる場所に呼び出されたくだりから、これまでに起きてきた出来事をキリトとアスナに語った。

 

 これまでに自身が異世界転生を繰り返しており、突然訳も分からずにこの世界に呼び出された事。

 ここにいる仲間達がかつてオルガが巡った異世界の住人で、彼女らと旅の過程で再会を果たしながら、かつての鉄華団を再結成している事。

 そして、道中で謎の人物に導かれるままに『アルテミス』なる人物のIDを手に入れ、ここに行き着いたと言う事を。 オルガは仲間達の紹介も簡潔に交えながら、可能な限りの情報をキリト達に話す。

「そっか……オルガにも色々あったんだな」

「正直この世界もゲームなんかじゃないかって思ってたけど、オルガの言葉を信じるなら本当に別世界があるんだね……」

 アスナは彼女につられてヘルメットを外したキャルやウマ娘2人の揺れ動く耳を見ながら、そう呟いた。 確かにウマ娘を初めとする異種族やISにモビルスーツの存在、戦車に乗るのが乙女の嗜みとする世界など、本来ならばあり得ないだろう。

 しかし現実として目の当たりにしている以上、オルガの置かれた境遇も相まって信じざるを得ない。

「それじゃ改めて……これからもよろしく、鉄華団」

「へへーん! キリトもこれからよろしく! 機会があったらボクとゲーム勝負もしようね!」

「ネトゲ廃人をなめんなよ?」

 手を差し出してきたテイオーにキリトは握手を交わし、互いに笑い合う。

「おっと、長話になっちまった。 そろそろナーダって奴を探さねぇとな」

「だったら俺が案内する。 ここの連中とも顔なじみなんだ、ついてきてくれ」

「サンキュ」

 キリトとアスナはオルガ達を先導し、ここスペースアノマリーの案内も兼ねてナーダなる人物の元へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 道すがら、仲間達……特にテイオーと戦車道メンバーの一部は興味津々で、周囲の建造物一つ一つに目を輝かせていた。

 元々好奇心の強い彼女にとって、未来技術の粋を集めたSF世界の産物は新鮮そのものなのであろう。

「ねえねえ、この四角いホログラムに囲まれた球体って何? ここに来た時からずっと目についてたんだ」

「それは『ネクサス』って言うんだ。 俺らみたいな一部のトラベラー相手に研究目的の調査を依頼する端末だ」

「ふーん、要するに何かのミッションを受注する機械って事」

「ゲーム的に言うならな」

 テイオーに尋ねられたキリトがかみ砕いて説明をする。 そう言った依頼をする為の機械と言う事は、得られたデータをまとめて調査する研究者がいると言う事なのだろうか。 オルガがそのように考えていると、その考えを読んだであろうキリトが先んじて口を出す。

「このスペースアノマリー自体が『ポーロ』って言うゲックによって作られた施設なんだよ。 他にも色々研究目的で居座ってる奴はいるし、変わり種としたらグルメな芸術家なんかも居るぜ?」

「考えを読むなよ……」

「そんな顔してたからな」

 得意げに言うキリトにオルガは乾いた笑いを浮かべた。

「その芸術家ったら、随分偏屈で彼の満足する料理を作るの大変なんだから! まあ、おかげで実際の調理技術が鍛えられるから、キリト君に振る舞う分も美味しく作れるんだけどね!」

「……律儀に料理振る舞ってんのか? 随分と親しげ何だな」

「まあ、キリト君と一緒にここを拠点にしてるから。 他の住人と一緒によく食事を振る舞ったりもしてるわね」

「色んな人種が居るから食材集めが大変だけど……まあ、宿代みたいなもんと思えば」

「ここに住んでるのか?」

 オルガの質問をキリトが肯定する。

「定住って程じゃないけど、活動拠点にはな。 この場所は空間の狭間にあって、宇宙なら大抵の場所で入り口を呼び出せるから色々手間が省けるんだよ」

 その言葉にオルガは、拠点の惑星付近の宙域で急に入り口が出現した理由にようやく合点がいった。 今までこの建物が隠れていた事に気付かなかったわけではなく、本当にどの場所にでも現れる事が出来るのだと理解したのだ。

「ダンチョー! こんな所で止まってないで先に行こうよー!」

「グルメな人が居るとなれば、私も人肌脱がなくてはいけませんね!☆」

「研究者がいっぱいいるなら、エクソクラフトの研究している人とかいるかな?」

「ええ色々。 マルチツールに宇宙船から、基地の設備やスーツ自体も研究してる人がいるわ。 この辺の説明はキリト君の方が造詣が深いけど」

「ふむ、ならISのデータも提供してみようか。 ひょっとしたらこれ向きの新技術を開発してくれるかもしれん」

「だったら僕も見てもらおうかな? ラファールのアップデートも出来たら嬉しいし」

「アタシのマルチツールにもマインビームをつけてくれるかも知れないわ」

「できれば基地で農業もやりたいです! 食料品が全然足りてないですし……後は走る場所ですね!」

 女性陣が男性陣を置き去りに好き勝手に話を盛り上げているようだ。 置いてきぼりを食らうオルガとビスケット、それにタカキとキリトは互いに顔を見合わせる。

「なんて言うか……色々新しい事が起きすぎて頭の整理がつかねぇ」

「全くだよ。 女三人で姦しいというか……」

「はは……そう言えば俺達、ナーダって人に会いに行かなきゃいけないんでしたっけ」

「興味津々でそれどころじゃ無さそうだな……いっそアスナと誰かに引率してもらえないかな――――「おや、お帰りキリト、それとアスナ」

 ネクサスの前で皆が盛り上がっていると、すぐ近くのスロープから誰かが降りてきた。

 青と白のエクソスーツを着用しているも、むき出しの頭部は猫のような口元と白いひげ、紫の透き通った触手のような複数の管が首の部分に相当するように胴体と繋がれている奇妙な出で立ち……一目見て宇宙人と分かるような人物がキリト達の前にやってくる。

『アリアドネ』

「ああ、ただいまアリアドネ。 少々手間だったけど、例の惑星に前哨基地を建てといたよ」

「貴方達が無事で何より。 ……後ろのトラベラーは新たな客人かな?」

 彼はアリアドネと言う名前らしい。 キリト達と一緒に居たオルガ達に目線をやりながら問い掛けてきた。

 翻訳の必要も無い、流暢な地球の言葉でこちらに語りかけてくる様子に、キリトとアスナを除く皆が驚きを隠せないようだ。 しばし呆気にとられたが、すぐに気を取り直し代表たるオルガが自己紹介をする。

「ああ……俺は、鉄華団団長。 オルガ・イツカだぞ……」

「相変わらず芝居がかってるな」

 息も絶え絶えな様子で自己紹介するオルガの振る舞いはキリトにとっても見慣れた物なのだろう。 アスナ共々苦笑しながらその言葉を聞いている。

「ふむ、あなたがナーダの言っていた……ようこそトラベラー仲間よ」

 奇妙な挨拶だが、何がともあれ好意的には受け取ってくれたようだ。

 アリアドネと呼ばれた宇宙人は歓迎のジェスチャーをとりながら、オルガ達に言葉を投げかける。

「ここではあなた達は安全で、歓迎される存在だ。 特にそこの……オルガ・イツカ、イテレーション2394829084924924924G。 マッチングは完璧。 この場所はあなたとその仲間達を迎えるためにデザインされた」

「? お、おう……」

 よく分からない言い回しに首を傾げるオルガだが、しかしハキハキとした言い回しに煙に巻くような印象は見受けられない。

「ここは多くの者にとっては故郷ではない。 しかし、常に自分を歓迎してくれる惑星間の隠れ家のような場所なのだ。 どれ、私がこの場所を案内しよう。 皆も歓迎してくれるはずだ」

「アリアドネ、だっけ? 一緒に僕達を案内してくれるの?」

 聞きに徹していたテイオーが、身を乗り出して話に割り込んでくる。 その瞳は期待で輝いていた。

「ふむ、好奇心旺盛なトラベラーだ。 あなたのような存在は『ヘリオス』を喜ばせるだろう……特にあの者は、あなたのような若い旅行者から話を聞ければ活力を得られるだろう。 アスナ、共に案内しよう」

「分かった。 じゃあキリト君、私はアリアドネと一緒にここの皆を案内するわ。 キリト君はオルガ達と一緒にナーダの所まで案内してあげて」

「ナーダはこのスロープの一番上だ、トラベラー・オルガ。 ……それでは皆、ついてきて欲しい」

 女性陣は和気藹々と、アスナとアリアドネに連れられてこの場を後にする。

「元気な女性陣だことで……さ、あっちはアスナ達に任せて俺達は」

「ああ、ナーダって奴に会いに行かねぇとな」

 目につくもの全てに気をとられて色々と話が脱線していたが、ようやくオルガ達は目的を果たす事が出来そうだ。 オルガ、ビスケット、タカキはキリトに先導される形でスロープを上っていく。

 

 

 

 

 

「オルガも顔が広いというか、行く先々で異世界の仲間達と合流するよね」

「ああ。 今回のキリトもそうだが、ひょっとしたら他にもこっちの世界に招かれた奴もいるかも知れねぇな」

「だとしたらこの宇宙の隠れ家にも人が訪れてるかも知れませんね。 こうも異星人が多いと、俺達みたいな人間だったら案外すぐに分かるかも「あ、そう言えば」

 道すがら話していたオルガ達だが、タカキの言葉を遮るように何かを思い出したキリトが言葉を挟む。

「人間って言えば、何人かちょくちょくこのスペースアノマリーに招かれてるな。 特に最近よく顔を合わせるのは二人組だ。 顔つきからしてビスケットとタカキ……だっけ。 みたいに確か白人だったけど」

「本当か?」

「思い当たる節ある? オルガ」

 ビスケットから問われるが、こうも異世界を渡り歩いていると白人の知り合いぐらいあまり珍しいものではない。 誰と言われてもオルガには思い当たる節がむしろ多すぎた。

「正直多すぎてピンと来ませんね……なんか特徴とかあったか?」

「ん、まあ。 その人とはそれなりに親しいって言うか、目上の人として世話になってるからよく覚えてる」

 オルガの問い掛けにキリトは答える。

「まず一人目は俺やアスナとそう変わらない年頃の女の子だ。 ウェーブのかかったピンク色の髪で、ちょっとつっけんどんとしている。 でも立ち振る舞いに気品があるし、どことなく優しさのようなものがあるな……確か貴族だって言ってたな」

「ほう」

「そしてもう一人は中年男性だな。 メガネをかけた細身に見えて体格の良い……ちょっと頭のその、頭頂部的な意味の寂しい人って言うか」

「言うなよ」

 何かを察したオルガがキリトを制止してやる。 まだ見ぬその人物の名誉を考えた結果だろう、キリトも察したか外見の特徴は言わない事にした。

「特にその男性だけど、元いた所じゃ教師をやってるらしくって科学には目がないって言ってた。 元の世界の技術レベルから中世の住人かなって感じだったけど、頭脳は紛れもない天才だった。 俺やここの住人と触れあう度に滅茶苦茶技術を吸収してるんだ。 何なら新しい発明品を自分で生み出すくらいで、今じゃ俺の方が教えを請うぐらいだよ……正直憧れてたりする」

 そう言うキリトの表情は照れくさそうな、しかしどこか誇らしげな笑顔を浮かべていた。

「ああそうそう、確かその二人組は人を探してるって言ってたっけ」

「オルガの事?」

 ビスケットは質問するが、キリトは首を横に振って否定する。

「いや違う……確か名前は――――お、着いた」

 どうやら話に夢中になっている内に目的の場所に着いたようだ。

 

 

 

 

 

 

 扉のない開放的な小さいアーチのすぐ向こう側には広間が見える。 キリトに連れられ中に入ると、正面には端末とその奥にはネクサスのある宇宙船発着場……オルガ達がつい先程まで居た場所を望むベランダがあり、右の壁際には植物を植えているプランター。 それを眺めるように、ゲックと思わしき背の低いずんぐりした爬虫類人が植物の手入れをしている。

 反対側の左手には小さな作業機械のと思わしきパーツ立ち並ぶワークベンチらしきもの。 その側にはマントを羽織った縦長い機械の頭を持つ……コーバックスと言われる人種が佇んでいた。

「おや、お帰りなさいキリト。 任務の件で随分ご足労をかけましたねェ」

「ただいまポーロ。 今日はたまたま再会した仲間を連れてきたんだ」

 来客、もといキリトの帰還に気付いたように、右側のゲックが手を止めてこちらを振り返る。

 先程キリトが口にしたこのスペースアノマリーの設計者であるゲック、それが彼なのだろう。 その口調や纏う雰囲気からは、一目見ただけで物腰丁寧で穏やかな人物像が窺えた。 

「見慣れない人達ですねェ。 お知り合いですか?」

「ああ、昔の顔なじみなんだ。 紹介するよ」

「俺は、鉄華団団長……オルガ・イツカだぞ……」

 いつもの今にも死にそうなリアクションでお約束の自己紹介をするオルガ。 キリトがポーロと呼んだゲックは目を丸くしてこちらを見ており、ビスケットとタカキは苦笑いするしかない。

「私はポーロ……あなた、怪我や病気にうなされているのですか? このスペースアノマリーなら優れた治療設備がありますよォ?」

 あ、いや……俺は別に、そんな……」

「世話無いよオルガ。 僕はビスケット」

「タカキと言います。 以後お見知りおきを」

「どうもよろしく皆さん。 貴方達とも今後共に仲良くやっていけると嬉しいですねェ」

 リアクションを真剣に受け止められ、心配される様子にたじろくオルガに対し、他二人の自己紹介はいたってシンプルに恙なく終わる。

「君がアルテミスのIDを持っていたエンティティ・オルガだな?」

 すると反対側の壁際でこちらのやりとりを見ていたであろうコーバックスも、こちらに歩み寄って来た。

 身長はオルガと同じぐらい、2メートル前後はあるだろうか。

 その細長い体躯と表情のない機械らしい無機質な顔。 しかし、その口調と電子音そのままな声色からは落ち着を感じ、オルガを気遣っていたポーロとはまた違った知的な雰囲気を醸し出していた。

 敵意のようなものは感じない。 オルガは歩み寄ってきたコーバックスに問い掛ける。

「どうやら俺を呼んだのはアンタみてぇだな」

 アルテミスという名前を引き合いに出し、そんな彼のIDを持っていると知っている人物。 何よりキリトに連れられてこの部屋にやって来たのだ。 二人居て片方の名前はポーロと来た。 それでは未だに名乗りを上げていないこの人物こそが――――

 

 

 

「私は祭司ナーダ、コーバックスの異端者だ」



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第25話

 今回初めてやったから知らなかったけど、最新話を途中挿入してもトップページにはあくまで目次の一番下の話が掲載されるんだなあ、と。

 見逃した人も居るかもなのでこっちでもリンクを張って置きます。

~↓幕間:スペシャルウィークの1日↓~
https://syosetu.org/novel/292399/11.html


「私は祭司ナーダ、コーバックスの異端者だ。 ナーダ達のアノマリーによくぞ来た」

 オルガの予想通り、彼は自らをそう名乗った。オルガの目の前に立つナーダと名乗るコーバックス。

 無機質な金属の身体だが、ゆったりとした身振り手振りも合わせて会話する彼の仕草には人間味を感じさせる。

 彼がオルガを呼び出しここに招いた張本人と見て間違いない。

「ここがナーダ達の家だ。 なかなかのものだろう? そこにいるポーロが自分で設計したものだ」

 名を呼ばれたポーロの方を向くと、どこか得意げに胸を張るゲックの姿。 キリトが言っていた通り、この施設は彼が作ったものらしく素晴らしい工学センスを持ち合わせているようだ。 技術畑のキリトと中が良さそうなのも頷けるというものだ。

「センチネルも、コーバックスの追っ手も来ない完璧な場所だ。 ナーダはここで時が過ぎゆくのを観察している」

「……? あの、ナーダさんはお尋ね者なんですか?」

 同族からも追われているという彼の弁にタカキが尋ねると、ナーダは頭を垂れる。

「――――ナーダはコーバックスプライムの影で目覚めた。 なぜこんなことになったのか、なぜ孤独なのか分からなかった……今では異端となった。 コンバージェンスはナーダの目を見ていない」

「?」

 どこか遠くを見つめるような仕草をするナーダの、抽象的に思える会話にオルガは首を傾げる。 そんな彼に肘で脇を小突くビスケットが小声で補足説明をしてくれる。

「コーバックスって言う種族の主体は精神にあって、所謂集合意識から生まれて常に繋がれているんだ。 言ってみれば身体はその端末で、それらを『エンティティ』って呼ぶらしいんだよ」

 ビスケット達はオルガ達よりも早くこの世界を訪れ、貿易船団として鉄華団を運営していた。 片言ではあるがある程度主な三種族の言葉にも精通するようになった為か、彼らの歴史的背景にも触れる機会が多かったのだという。

「そう言うことか。 じゃあ異端っていうのは……」

「どうも彼らコーバックスは『アトラス』って言う神を信じてるらしいですけど、彼の生まれからしてその考えに従うことが出来なかったのかも知れません」

「異端扱いを受けたコミュニティからつまはじき。 普通のコーバックスも集合意識からリンクを切られてしまうらしい……さぞかし心細いだろうな」

 タカキの口にした『アトラス』と言う名前も耳に新しいが、それよりもキリトの影のある面持ちがオルガには気になった。 彼も孤独になった苦い記憶を思い出しているのだろう、間近に居たオルガにはそれがよく分かる。

(しっかしまあ、機械と繋がれた意識っていうと()()を思い出しちまうな)

 種の起源も違えば集合意識でもないのだが、オルガの脳裏にはガンダム00の世界で相対した、『イノベイド』と呼ばれる人造人間達をふと思い出した。

 ヴェーダというコンピューターと精神をリンクさせ、その主体をコンピューター上に移すことが出来る彼らは、いつどこでも機械の演算を意のままに利用出来る他、クローニングした複数の肉体を端末としていっぺんに操る事さえ出来る。

 それにより量産されたモビルスーツに一斉に乗り込み、肉体をも使い捨てにした特攻兵器として迫られ、ソレスタルビーイングの面々と共にやっかいな思いをした経験がつい蘇ってしまう。

 

 話はそれたがナーダは言葉を続けた。

「……だがもう孤独ではない、友達のポーロが一緒だ。 他にも大勢の友達が尋ねてきてくれる。 ささやかな集合体だがナーダは幸せだ」

 孤独を癒やす友達に囲まれた集合体、鉄華団という家族の絆を重んじるオルガにもなんとなく理解は出来る。 ナーダという彼もまた、絆を何より大事にする男なのだ。 会って間もないそんな彼に、オルガは少しばかり親近感を覚えた。

「そっか……アルテミスって奴を気にかけていたのもそう言う訳か」

「知り合いではないのか?」

 ナーダの問い掛けに改めてオルガは答えた。

「当てもなく宇宙を彷徨ってる時に、それとなく何度か無線を受け取ったことがある。 その、そいつが乗ってただろう宇宙船もな……だが本人には会ったことはねぇな」

 オルガは幾度と受け取った無線のやりとりと、墜落船の側のビーコンから拝借した機材の存在をナーダに打ち明ける。すると彼はほんの少し天井を仰ぎ見ると、こう切り出した。

「ナーダも()()は知らない。 反復行動についてもナーダの思考が及ぶ所ではない……そのエンティティは行方不明だったのだ」

「……本当はね、ここに来るのは貴方達ではなく友人アルテミスのはずでした」

「そう言う、話か……」

 オルガは左手でヘルメットのバイザーを覆い隠し、ため息をつく。 薄々そんな予感はしていたが、やはり彼らはアルテミスなる人物を探していたらしい。 そこにたまたま自分が彼の人物の無線を拾い、IDを取得し今に至ったという訳だ。 まるでその人物の導きのような一連のやりとりに、過度な干渉と束縛を嫌うオルガは何処となく窮屈な思いを禁じ得ない。

「極めて異例な事態だ。 センチネルはナーダ達のアノマリーを見失ったが、アノマリーが誰かを見失うことはあり得ないことだ」

「探せば友達はどこにでもいますよォ。 色んな形で色んな大きさで、色んな場所にねェ……それがどうしてこうなったのやら……でも、何だって起きる可能性は有るんですねェ。 それが宇宙ってもんですからねェ」

 ナーダとポーロは類を見ない出来事だと口にはするが、それでいてどことなくドライというか、むしろ達観に近いような印象を受ける。オルガからすれば、この2人はどこか掴みどころがない気分だった。

(向こう側で会えるって言う俺達の言い分も、他人から見たらこう見えるのかもな……)

(オルガ、勝手に殺しちゃダメだよ)

 ビスケットから注意を受け、どうやら自然と考えが漏れていた事実に気付き、慌てて口をつぐむオルガ。

「まあ、いずれアルテミスは見つけますよ。 必ずねェ。 いつだってどこかに信号が、どこかに痕跡があるんです……」

「……そっか」

 ナーダとポーロのしみじみとした語り口に、オルガは何とも言えない気持ちになる。

 このような言い回しからして、恐らく彼らはこれまでに多くの自分達のようなトラベラーを受け入れ、見送ってきたのだろう。 そして今回のアルテミスとやらも、また同じように彼らによって見送られるのかもしれない。

 それを果たしてすんなりと受け入れるべきなのか、それとも……。 オルガはふとそう考えてしまったが、すぐに頭を振った。

 

 アルテミスというトラベラーがどんな人物かは知らないし、会ったことも無い人物への気遣いなどしようも無い。 しかし、目の前の二人が友人と呼ぶ存在を探し続けるその姿が、自身が三日月を探している姿と重ねてみてしまう。

 オルガは意を決した。

「俺達に、何かしてやれることはねぇか?」

 その言葉に、この場に居た全員がオルガを注視した。

「正直な話、会ったことも無いアルテミスって奴のことは分からねえ。ただ、アンタらみたいに探してるヤツがいるなら……手伝ってやりたくなってな」

 それはオルガにとって素直な想いだった。

 ナーダとポーロは一瞬だけ目配せすると、再びオルガに向き直り、にこやかな笑みを浮かべた。 表情のないコーバックスのナーダも、どことなく嬉しそうな気配を感じる。 それはビスケット達も同じだった。

「そう言うと思ったよ、オルガ」

「お前って奴は……相変わらずお人好しなんだな」

「そこが団長らしいって言うか……ええ、俺達で良ければ協力しますよ」

 オルガと付き合いのある面々に、彼のお人好しな提案に反対する者はいなかった。

「感謝する。 エンティティ・オルガ、それとその友人達――――」

「鉄華団。 今度こそ散らさない、鉄の華だ」

 オルガは右手を差し出すと、ナーダも意図を察し同じく右手を差し出した。 そしてその手を互いに強く握りしめる。 冷たい機械の手だが、その手の力の入れようにはしっかりとした温かみのような感情があった。

「必要な時はいつでもここに戻ってくるがいい。 トラベラーのエンティティよ、いつでも歓迎しよう」

「ああ、よろしく頼む。 それじゃあそろそろアイツらと合流する……その前に」

 お互いに手を離すと、オルガはその場を離れると見せかけてナーダとポーロに告げた。

「二人はこの男を知ってるか?」

 オルガはホログラフを展開する。 それは相棒である三日月の写真だった。 ナーダとポーロは首を傾げつつ答える。

「残念ながら、彼の姿を見たことはありませんねェ」

「ナーダのデータログにも彼の記録はない。 このアノマリーに出入りした履歴もない」

「そう、か……」

 オルガは肩を落とした。 駄目元ではあったものの、キリトみたいに人間の行き来があるとなれば少しは期待してしまうだけにため息を禁じ得なかった。

(仕方ねぇか。 そもそもこの世界での地球人種なんか少数派だろうしな、見てたら印象に残るだろうからな)

 ナーダとポーロが知らない以上、少なくともここいらで三日月を知る者が居る可能性は居ないとみていい。

「まァ、きっとそのミカヅキと言う彼もまたどこかで会えますよォ」

「エンティティ・オルガ、旅を急いではならない。 自ら道を切り開く自由は、事の地道な積み重ねに支えられるのだから」

「サンキュ……ああそうだ、最後にもう一つ」

 女子組の仲間と合流すると見せかけ随分と引き延ばすオルガだが、正真正銘これが最後の質問だ。

「さっき言ってた()()って、何だ?」

 その質問にナーダとポーロはすんなりと応えてくれた。

「エンティティ・オルガ。 トラベラーには皆イテレーションIDなる番号が割り振られている」

「分かりやすく言えば識別番号ですよォ。 あなたの番号は、ふむ……『2394829084924924924G』ですねェ」

 随分桁数が多いんだな、と思うと同時にキリト達の次に出会った宇宙人アリアドネも、自分を見るなりそんな番号で呼んでいたことをふと思い出した。

(あれは俺の識別番号だったのか)

「オルガ、そろそろ行こうぜ……それじゃあナーダ、ポーロ、ちょっとオルガ達を見送ってくるよ」

「「良き旅を、オルガ・イツカ」」

 キリトに押される形で、ナーダとポーロの別れの挨拶を背に受けながら、オルガ達は部屋を出て廊下へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 廊下を出てすぐの、オルガ達が上ってきたスロープの丁度すぐ近くにある、十字路に足を進めた辺りで一同は立ち止まる。

「アルテミスだっけ、あんま安請け合いはするなよ? この広い宇宙じゃ、遭難者の数だって天文学的な数字なんだぜ?」

「んなことは良いんだ。 それよりも……何だよ見送ってくるって、水くせぇぞ? 俺達の元に来ねぇのか?」

「あー、深い意味は無いんだ」

 少し困ったような、寂しいことを言うなよと言わんばかりにオルガは目線を送ってみるが、対するキリトは気まずそうに頬を掻くと、十字路の向こう側……ナーダの居るベランダ付きの部屋の反対側を指差した。

 その奥にはコンピューターに立ち並ぶ部屋が見え、アリアドネの案内を受けているみほやテイオー達が目を輝かしている姿が見受けられる。

「俺は技術畑だからさ、単純に研究施設が充実してるここが一番都合良いんだ。 それに心配しなくっても……」

 キリトは目の前でウィンドウを展開、それを手早く指をあてがって操作すると、オルガのスーツにデータが送信される。

「このスペースアノマリーの入り口を呼び出すコードだ。 これがあれば大抵の宇宙空間でここの入り口を呼び出せる。 使ってくれ」

「おお、そんな物があるのか……じゃあ、代わりに俺は基地の位置情報を送るぜ。 これでいつでもこっちの基地に来れるだろ」

「助かる」

 将来的に楽に基地を行き来出来るようにと、テレポートモジュールのテクノロジー自体は既に持ち合わせている。 なんやかんやあって設置は見送っていたが、キリトがいつでも基地に来られるようになるなら、早い内に実装しなければならない。

 そう考えていると、向こうの方からこっちを見つけたテイオーが駆け寄ってきた。

 

「ダンチョー! もう話し合いは終わった!?」

「おう! そっちはどうだ? 収穫はあったか?」

「にっしっし♪」

 テイオーはインベントリから何かを取り出した――――トリガーとグリップのついたそれはマルチツール。 なのだが、壊れた自身のツールと同じ丸みのあるオレンジ色の本体が、角張った赤を基調としたオートマチック拳銃型のツールに変わっていた。 後部にはテールエンドとグリップ下部を二本の枝で繋いだような形のストックが装備されている。 紛れもない新品のマルチツールだ。

「修理を依頼したらついでにアップグレードしてくれたんだよ♪ 僕達の持ち帰った新機能のテストも兼ねてタダで良いってね♪」

「……『高機能マインレーザー』って奴か?」

 オルガは、アルテミスの乗っていた墜落船の側のビーコンから、彼のIDと共にマインレーザーのテクノロジーを回収していたことを思い出した。 テイオー曰く彼女の持つマルチツールには、その技術を実装したと思われるパーツが追加されている。

 テイオーは嬉しそうな顔のまま、新しいマルチツールを自慢する。 そんな姿を見ていると自身のツールもいじって欲しいと思うと同時に、テイオーと同様に著しくツールを破損してしまっていたことを思い出す。

「俺も修理してくれたりしねぇかな?」

 オルガもそうしたいと願うが、一転してテイオーは身を震わせ申し訳なさそうな顔をする。

 あー……それなんだけど、丁度ボクのを修理した段階で部品を切らしたって言ってた」

「何だよ……」

 オルガは落胆する。 テイオーは両手を合わせてすまなそうにする。

「ごめんねダンチョー、ボクもツール貸してあげたいけど……ラウラとの訓練に使うから、ね?」

 テイオーのその言葉に、オルガはハッとする。 訓練とは? 彼女の口から出た単語に引っ掛かりを覚えた。

 テイオーは、先程までの無邪気さから一転、真剣な表情を浮かべる。

 

「ボクもね、いざという時に闘ったりサバイバルできるように鍛えて貰いたいんだ。 正直皆手探り状態かも知れないけど、ラウラって軍人でしょ? せめて足を引っ張らないように、どこでも生き抜く力を持って出来ることも増やしたいんだよ」

「でも、だからって武器を手にするって言うことは……つまり!

 ビスケットが焦ったような口調で話に割り込んでくる。 が、それをオルガは手で制し、真剣な面持ちでテイオーの顔を見る。

「……命のやりとりを了承するって事なんだぞ、テイオー。 覚悟の上で言ってるんだろうな?」

 オルガの問いに、テイオーはしばしの沈黙の後に無言で、しかし頭を垂れて力強く首肯した。

「正直怖いよ。 死ぬのは怖いし、いきなり撃てと言われたって、相手の命を奪うことなんて出来ないかも知れない」

「じゃあ!」

「でもね、それ以上に無力なのは嫌なんだよ」

 テイオーは、真っ直ぐな瞳を向けてくる。 オルガはその視線を受け止めつつ、彼女の次の言葉を待つ。

 彼女もまた、オルガの目を逸らさず見つめ返す。 それは決意の表れであり、オルガはテイオーから確かに強い意志を感じ取る。

「火山の星で猛獣に襲われた時も、極寒の星で凍死しそうになった時も、ボクは助けてもらってばかりだったよ……まるで何度も骨折して、頑張る仲間達をただ見ているしか無かった時みたいにさ」

 テイオーは、己の不甲斐なさを噛み締めるように話す。 その言葉にオルガ達は言葉を挟まず耳を傾けていた。

 特にオルガにとってもテイオーがどんな気持ちだったのか、痛いほど理解出来た。

 テイオーが骨折した時の彼女の挫折と復活、そしてこの世界に来てからの命の危機を必死で乗り越えた記憶は、オルガも間近で見ていたから。

 周りがそうは思わなくともテイオーはずっと、自分は足を引っ張っているだけだと自身を責めていたのだ。

「反対する理由は分かるよ……でも言うことは聞けない。 これはボクが一生懸命考えて決めたことなんだ。 お願いダンチョー、ボクにも鉄華団を支えさせて」

「……オルガ」

 ビスケットが心配そうな声を上げる。 しかしオルガは、そんな彼の肩に手を置いて制した。

「答えは一緒だ、手放しで賛成することは出来ねぇ……」

 オルガは一度そこで言葉を切る。 テイオーを見据え、その目に一切の揺らぎが無いことを改めて確認すると、 再び口を開く。

「……だけどな、自分なりに考えて出した答えを俺には無碍に出来ねぇ」

 オルガはフッと笑みを浮かべて言った。 その表情には、どこか吹っ切れたものを感じる。

「そうだろ? お前等」

 他の仲間達にも改めて問い掛ける。 周りに居るビスケットにタカキ、キリトと……そして、背後に居る女性陣達へ。

「テ、テイオーさぁん……!!」

「! す、スペちゃん! それに皆!」

 テイオーは後ろから抱き着いて来たスペシャルウィークに驚く。 彼女は同情や悲しみではなく、感激に泣いているようだった。 他のメンバーは生暖かい視線を送っていたり、テイオーの覚悟を受け止めるように真剣な面持ちで居る者もいた。

「はあ……ったく、こんな廊下の真ん中で陣取って何話してるかと思ったら……」

「テイオーさんが、グスっそこまで、そこまで思い詰めていたなんて……私、知らなくって……二度も命の危険に晒されて……!!」

「スペちゃん……キャル……」

「なのにそれでも立ち向かって行こうとするなんて……私、感激しちゃって……!!」

 スペシャルウィークは涙を拭いながら、テイオーに熱い抱擁を続ける。 テイオーは困ったように笑いながらも、彼女の頭を優しく撫でた。 スペは目を潤ませながらテイオーから身を離し、テイオーがこちらを振り返るのを待ってから告げた。

「テイオーさん! 私も一緒に頑張ります! やり方は違うかも知れませんけど、一緒に鉄華団(家族)を守りましょう!」

 テイオーはその言葉を聞いて、嬉しさのあまり自身までもらい泣きしそうになった。

 だが、それを堪えると、精一杯の笑顔を皆に向ける。 それは、今までの彼女が浮かべてきたどの表情よりも晴れやかなものだった。

「テイオー、話は聞かせてもらった」

 そこに不敵に笑みを浮かべるラウラが一歩前に出て、テイオーに語りかけた。

「オルガ団長も認めたその覚悟は本物のようだな……良いだろう、訓練に付き合おう」

「ホント!?」

 テイオーが喜びの声を上げる。 対してラウラは笑みを浮かべるその口の端を更につり上げる。 何処となくサディスティックな雰囲気さえ感じさせた。

「私の訓練は公平だが厳しいぞ。 モノになるまでの間は教官と訓令兵の関係だ……分かったら返事に"サー"をつけろ!

「! サ、サー「声が小さい!」サー! イエッサー!」

 ラウラの檄にテイオーは反射的に背筋を伸ばして敬礼した。 作法として身につけているみほ達と違いぎこちない動きだが、テイオーなりに真面目にやろうとしているのは伝わってくる。

「……お手柔らかに、などとは言わさんぞ?」

「あ、あははははは……「笑ってごまかすな! テイオー二等兵!」サ、サー!」

 どうやら早速上下関係の植え付けにかかっているようだ。 ラウラは確かに厳しいが、彼女の言うように公平には違いない。 少なくとも自身のCGS時代の一軍連中のように、憂さ晴らしで折檻するような馬鹿な真似はしないだろう。

 そんな彼女の様子を微笑ましく見ていたキリトが女性陣に声をかける。

「話を遮って悪いけど……あんた等、ペコリーヌはどうした? それにアスナも」

 その瞬間、女性陣が一斉に真顔になった。 あれだけ騒いでいた女性陣達が一様に口を閉ざし、沈黙が周囲の空気を支配する。

「お……おい、どうしたんだよお前等……って言うかおい、スペ。 その腹は一体何だ?」

「はっ!!」

 オルガはつい目にとまった、スペシャルウィークの下腹部を指差すと、彼女は慌てて下腹部を手で覆って隠そうとする……隠せていないが。

 白と明るいパープル基調の勝負服の意匠を組んだ、しかし宇宙服らしく厚手の生地で出来ているエクソスーツ。

 そのスーツの下腹部が、蛙の腹のように膨らんでいることに今になって気がついた。

 先程までの和やかな空気はどこへやら、オルガの指摘によって更に冷え込んだ場の雰囲気に一同は口をつぐむ。

「ど、どうしたんですか皆さん?」

「そうだよ……別に責めたりしてるわけじゃ無いのに。 何かあったの?」

 一体何があったのか、聞きに回っていたタカキとビスケットもしどろもどろに問い掛けると、みほが一言。

「……ついてきて」

 そう言って女性陣は一斉に踵を返し、十字路の右側へ歩いて行く。

 口を閉ざしたまま歩いて行く彼女達の姿にオルガ達は互いに顔を見合わせるが、一先ずは後に続くことにした。

 

 そして、後についていった先の光景を見てオルガ達は絶句する。

 通路の先は下りのスロープからなる細い廊下で、抜けた先には広々とした踊り場があった。

 様々な機材をはじめ、壁に掛けられた絨毯に食材のようなモノをあぶるグリルなど生活感に溢れるブースが存在するのだが……そこでは信じられない場面が繰り広げられていた。

「やるわねペコリーヌ! 見ない内に料理スキル上がったんじゃない!?」

「アスナちゃんこそ! 鉄華団の皆に振る舞った腕はまだまだここからですよ~!」

 あろう事か、何処からともなく持ち出した調理器具を使って料理勝負を行っていたのだ。 空中を舞う肉や野菜にめがけて包丁を繰り出し切り刻み、それを鍋に入れたり串に刺してグリルに設置したり、その間に他の食材を切り刻んだりした味を付けたりなど、マルチタスクをスムーズかつ手早くこなしていく。

 そしてこれら一連の行為を幾多も重ねてきた事の証明か、彼女らの目の前にはテーブルに置かれた和洋中の入り乱れる満漢全席が繰り広げられていた。

「う、うぷ……もう、入らない……」

「お、お若い方……随分と張り切っておりますな……こちらはすっかり胃袋が満たされてしまいました、よ……」

 そしてその周りには散乱する空の食器と共に、アスナと一緒に鉄華団の女性達を案内してくれたアリアドネを始め、緑の目に触手の生えた赤い頭部の宇宙人や、目玉が大きかったりグレムリンに似た顔立ちの二人組の宇宙人、植物のような宇宙人など様々な人種が横たわっていた。 皆一様に、スペシャルウィークのように下腹部に当たる部分が大きく膨れている。

「ア、アリアドネ……『アレス』……それに『ジェミニ』『ヘスペロス』……『ヘリオス』まで……何だこれは、たまげたなあ……」

 全員顔見知りなのだろう、床に転がる宇宙人らの姿を見て彼らの名と思わしき名前を、引きつった笑いを浮かべつつ呟いた後に膝から崩れ落ちるはキリトだった。

「も、もういいお前達……私はすっかり満足した、ぞ……」

「なんの『クロノス』さん! 勝負はまだこれからですよ!」

「期待して待っててください! もっともっと素晴らしい料理の芸術を披露して見せます! とりゃあああああああ!!!!」

「ば、爆発するのは芸術だけで良い……!! 私の腹まで、爆発、するぞ……うぷっ!!」

 そして『クロノス』と呼ばれた、下唇が縦にも割れた緑の肌の小太りな宇宙人が、アスナとペコリーヌに大量の料理を押し付けられ、今にも卒倒しそうになっている。

 

「……スペ、これは一体どういう事なんだ?」

「うひぃっ!」

 目先で繰り広げられる異様な光景に、オルガは自身でも驚くぐらい冷静に、しかしドスの効いた声でスペシャルウィークを問いただした。 思わず背筋をピンと伸ばし悲鳴を上げるスペシャルウィークだが、しばし目線を泳がせた後気まずそうに語り始めた。

「……その、ペコリーヌさんってあそこのアスナさんとよく料理の話してたって言ってましたね」

「ええ、今回もまた話し込んでたわ。 そこで倒れてるクロノスって言うグルメの宇宙人も交えてね」

 キャルが説明を補足する。

「キャルさんをさし置いて3人で話し合ってる内に、グルメの人に対してどれだけ美味しい料理を振る舞えるかって料理対決を始めたんです……そうしてる内に私も美味しそうな匂いにつられちゃって、つい」

「周りで倒れてる連中もその煽りを受けた訳か……で、そんな食材どこにあった?」

「ぺ、ペコリーヌさんの持ち込んだ食材です!!」

 身を震わせるスペシャルウィークの額からは嫌な汗が流れ出している。 持ち込んだ食材と言うが、鉄華団の食材は量子化技術によって成されるスーツの豊富なインベントリにしまい込まれ、それらはメンバーの二人によって管理されている。

 一人は調理担当のペコリーヌ、もう一人は――――

「もう一つ質問良いか? お 前 の 手 持 ち の 食 材 は ど う な っ た ? 

「……お、オルガさんのような勘の良い団長さんは嫌いですうううううううううううう!!!!!!

 スペシャルウィーク、号泣。

 

 

 

 

 

 

「なぁにやってんだあああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 山積みになった大量の料理は、他のスペースアノマリーの住人も交えた親睦会という名の宴会で全て食べきられ、腹部を膨れ上がらせたトラベラー達の死屍累々となったそうな。



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第26話

 ペコリーヌ達の()()()()()()粗相により、図らずともキリト達やスペースアノマリーの面々とちょっとした宴会を行い、ほぼ全員が腹を膨れ上がらせた状態でこの場所を立ち去ろうとしていた。

「うぷっ、流石にこんなに食べたの初めてというか……」

「シャルロットさん、消化薬ならあるけど……ううっ」

「ありがとうみほ……」

 互いに大きく膨らんだ腹を摩りながら、シャルロットに消化薬を手渡しするみほ。 心なしか宇宙船に乗り込む時の動きに圧迫感が見える。

「お腹、膨れるというか……」

「これ絶対太っちゃうよー……」

「体重がやばいですね☆」

「……いっそ基地に帰ったら全員で運動しなければな」

「食べた直後は勘弁よ……」

 まさに死屍累々。 これから再び宇宙に飛び出そうとするにしては緊張感のない光景だが、それもまた彼ららしいと言えるだろう。

 今からこの調子では、帰った後の運動や再度の食料調達などを考えて気が滅入るのも無理はない。 しかし、満腹感に一部眠気さえ覚えながらもオルガ達は気を取り直して宇宙船に乗り込み、いよいよ出発の準備を整えた。

「もう出発か、随分慌ただしい一時だったよ」

 宇宙船に乗り込んだ彼らを、キリトとアスナが見送りにきた。 オルガら同様キリト達も膨らんだ腹部を重そうに担ぎ、困ったような笑顔を浮かべていた。

「キリト」

「まさかペコリーヌと一緒になって、ここの連中が卒倒するまで料理を振る舞うとは思わなかったよ。 あのグルメのクロノスが卒倒するなんて尚更な……なあアスナ」

「あはは……ごめんなさいオルガ。 私も自分以外に料理に聡い娘がいたものだから、ついはりきっちゃった」

「ついって……おま……」

「あんなに沢山の料理を作れたのは楽しかったですよ! またやりましょうアスナちゃん!」

「……勘弁してくれ」

 健啖家を含め全員卒倒するレベルの満漢全席を作ったのを「つい」だとか「またやりたい」で済ませるのは流石にどうかと思うオルガだったが、それを言ったところでどうにもならないのは分かり切っていたので言うのをやめておいた。

「まあ、なんだ。 気が向いたらいつでも遊びに来てくれ。 鉄華団はいつでもお前を歓迎する」

「また近い内に、な」

 遠慮がちなキリトに対し、トウカイテイオーが話に割って入る。

「本当にいいの? 住むスペースぐらいなら幾らでも確保出来るよ?」

「ああ。 さっきオルガにも話したけど、現状活動拠点としてはこっちの方が都合が良いんだ。 ……俺やオルガもと好きに行き来出来るようにしたんだ。 いつでも会えるだろ?」

「……そっか、キリトが言うならそうする」

 テイオーはどこか腑に落ちない様子だったが、ひとまずはキリトの意思を優先しUSGケリオンに乗り込んだ。

「またな。 近い内に会おうぜ」

 オルガもキリトと互いに握り拳を合わせると、同じくケリオンに乗り込み発射の準備をする。

 オルガとしてもキリトを是非基地に招きたかったが、無理に催促するのも気が引けた。 ならば今自分がすべき事は三日月ともう一人、ナーダ達と約束したアルテミスの捜索だ。 無論他にもいる可能性のあるかつての仲間達も、自分達の元へと探し集める必要がある。

「相変わらず、やることが山積みだな」

「だね……結局僕達はスペースアノマリーを見て回る暇もなかったし」

「食料集めもやりなおし、ですね」

 オルガはビスケットやタカキ共々、生暖かい目線をスペシャルウィークに注ぐ。 別段怒っている訳でもなく恨み節のつもりはないのだが、スペシャルウィークはばつの悪そうな顔でたじろいた。

「うう、面目ないです……」

「今度こそ体重増えちゃったかもね……何なら一緒にスペちゃんもラウラと一緒に鍛えてもらう?」

「……体重計と相談します」

「お互いがんばろう……僕もがんばるから」

 体型が少なからず気になるのか、ビスケットも共にダイエットに参加する意思を見せた所で、オルガはケリオンを発射シークエンスに移行させる。

「ま、何にせよ一旦基地に帰ってからだ。 行くぜ?」

 オルガを合図に鉄華団所属の宇宙船とISが一斉に垂直離陸、そのままスペースアノマリーの出入り口へと飛行した。 宇宙空間に繋がる光のゲートを潜るべく、オルガ達の船は閃光に包まれた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ウマ娘にIS、ランドソルと戦車道……か。 オルガもそうだけど、まるでゲームの登場人物だな」

「良かったのキリト君? 一緒に行かなくて」

 かつての仲間と彼が率いる大所帯を手を振って見送った後、不意にアスナが問いかけてきた。

 元の世界でも長きにわたってソロプレイヤーを続けてきたキリトだが、その一方で孤独感に苛まれてきたことは恋人であるアスナもよく知っている。

「今は良いんだ。 今は、な」

 無論、キリトとてオルガを見送ったことを後悔していない訳ではないが、さりとて自身の判断が間違いではないとも思っているのだ。

「一緒にいたらあいつらに気づかれてしまう。 俺自身も確信を持っていないのに……無用のトラブルを招くのはごめんだ」

 そう言って、キリトはインベントリにしまったあるモノを取り出した。

 それは野球のボールのような大きさで、自ら紫の輝きを放つ不思議な球体だった。

「あの時に見つけた不思議な球だよね、キリト君」

 アスナの言葉にキリトが頭を垂れる。

 これは彼女と共に旅をした道中にて立ち寄った、無機質な漆黒の建築物の中で発見した。 

『ステート・ファジュア』と名のついた『アトラスシード』なる物質。 何のためにあって何を為すための物なのかはまるで分からない。

 

 キリトは一度この球体の正体を突きとめようと、危険を承知でスーツとの接続を試みたことがあった。

 しかし結果はスーツの過負荷と暴走を引き起こしかけた為に中断、その時の余波によってキリトは気を失ってしまい、目覚めるまでの夢の中で形容しがたい何かに襲われた事を覚えている。

 今となっては、その時に見た夢が何だったのかは思い出せない。 しかし夢の中で感じた現実感の欠如、違和感。 それが目覚めた後から今に至るまで、ずっと引きずっているような感覚に囚われるのだ。 一体自分はあの夢の中で何を見てしまったのか、そればかりが頭の中を反芻する。

「まだ、違和感ある?」

「……ああ」

 力ない返事を感じ取ったアスナが、キリトの手を握った。 彼女の柔らかな温かさがスーツ越しに感じ取れる。

「大丈夫だよ、キリト君。 私はここにいるから」

「アスナ……」

「誰が何を言おうと、私と一緒に過ごした時間や感情は本物だから」

 そしてこの手の温もりも。 キリトは頭の中でそう反芻すると、心の中のわだかまりが少しだけ和らいだ気がした。

(ああ、そうだよな)

 この先、キリトが自らの疑念に対する答えを見いだしても、この感覚だけは決して変わらない。 そう心に刻み込むように、アスナの手を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「収穫はゼロ……これで2ヶ月目、か」

 窓の外もすっかり暗くなったIS学園の職員室。 教職員が皆寮に戻っていった一人きりの空間の中で、『織斑 千冬』はデスクトップPCに向き合いながらため息をつく。 その目元には隈ができており、凜とした佇まいな普段の仕草からはにわかに信じがたい、憔悴した雰囲気を醸し出している。

 彼女がこうして残業をしてまでデスクワークに精を出す理由はただ一つ、この学園でさる大事件が発生し、その対処に追われているからだ。

 千冬は手元にスマートフォンを取り出し、自分が受け持つ生徒達の集合写真……とりわけ仲の良い専用機持ちのメンバーの写真を画面に映す。

 その写真には5人の人物に赤くチェックマークが記されていた。

 

 シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ。 教職員のマクギリス・ファリド。 そして、三日月・オーガスとオルガ・イツカ。 皆、()()()()()()姿()()()()()()()()()()だ。

「……どこにいったんだ、お前達」

 目頭を押さえて天井の蛍光灯を仰ぐ千冬の表情には、疲れの色が滲み出ている。

 

 最初に行方が分からなくなったのは、オルガと三日月、そしてマクギリスの3人だった。 ある日の朝を期に部屋にあった制服も、私物も何もかもが消失しもぬけの柄になった上、監視カメラにも彼らが出て行った姿がどこにも映っていないことから、またしても第三者の襲撃があったのかと学園全体が騒然となった。

 シャルロットとラウラを始め、主立った生徒が制止を振り切って捜索に向かおうとしたのを、何とか必死に説得して宥めつかせたのも束の間、そのしばらくの後にシャルロットとラウラ自身までも完全に消失した。

 おかげで学園内に戒厳令を敷く羽目になり、マクギリスも教職員の間ではルックス面で人気があったという事もあって職員達の気の落ちようは見るに堪えないものがあった。

 自身もこうして表沙汰になって無用の混乱を招かないよう、さる独自のルートから行方不明者の5人を捜索し続けているが、成果は芳しいとは言えない状況にあった。

 手詰まりな状況に頭を悩ませていると、不意に職員室の出入り口の扉を叩く音がした。

「失礼します」

 聞き慣れた少年の声と共に部屋の扉が開かれると、入って来たのは今やこの学園唯一の男子にして血の繋がった弟の姿。

「一夏か……」

『織斑 一夏』、実弟にして彼女の受け持つクラスの生徒達の一人にして、中心人物でもある。

「……千冬姉、今日もまた一人で仕事してたんだ」

「馬鹿者、学校では織斑先生だ」

 軽く睨みをきかせて叱責するも、しかし一夏は意に介さずにこちらに歩み寄る。 その面持ちは程度は違えど、こちらと同じように疲れを感じさせるようなものだった。

「家族として、だよ。 ……今の千冬姉は全然覇気がない、相当疲れているんだろ?」

「……当たり前だろう」

 そう返すと、一夏の表情は更に重々しくなる。 彼女の知るかつての一夏は、もっと朗らかに笑う好青年だったはずだ。

 憔悴感から陰気さえ滲ませる今の一夏からは見る影もない。

「オルガ達がいなくなってさ、丁度2ヶ月経つんだよな……ファリド先生も」

 ぽつりと呟かれた言葉に、彼女は小さく溜め息をつく。

 2ヶ月という月日は、それだけの期間を一夏に、そして学園の生徒達に精神的な打撃を与えるには十分過ぎた。

 千冬は隣の席から椅子を引っ張り、一夏に座るよう促すと彼もそれに倣い腰掛ける。

 腰は重々しく、座るなり項垂れてぽつりと語り出す一夏。

「千冬姉に止められてさ、学園に残った俺達でも出来ることを考えたんだ……普段通りの生活をして、いつでも帰ってくる3人を迎え入れられるようにしようって……分かっていたんだけど、な」

 そこに来てシャルロットやラウラまで失踪した。 そんな状態だと幾ら元気を装った所で空回りになるだけなのは言うに及ばず、クラスの空気も険悪で腫れ物に触るような重々しさに支配されるのも時間の問題だ。

 意志が強く、頑固な所があるのは家族としてよく知る一夏の性格だ。 残された仲間達と共に制止を振り切ろうとした姿から、こんな状況になっては今からでも捜索に飛び出したいのは間違いが無いはずだ。 それを何とか諫めて学園に残らせて、しかもその割に状況が進展させられないでいるのだから、彼としても内心我慢の限界が近いだろう。

「済まない……私が頼りないばかりに」

 謝罪の言葉を口にする千冬だが、それを一夏は制止する。

「よしてくれよ。 千冬姉のせいじゃないし、もっと堂々としないと……やつれて卑屈になっていく姿なんて見たくない」

「……そう、だな」

 千冬はふと笑うと、一夏も作り笑いだが口元を緩ませた。

「今日はもう休もう。 ほら、一緒に寮に戻ろうぜ」

 一夏に促されるまま席を立とうとした――――その時、千冬のスマートフォンが振動する。 着信相手は、非通知。

 誰の着信かと思ったが、このような状況下で非通知の電話をかけられる人物に何となく心当たりがあった。

 無言でスピーカーホンを入れると、向こう側からは予想通りの人物の声が聞こえてきた。

<はろはろー! 久しぶりだねちーちゃん! いっくん!>

 電話の主は女性だった。 それも一夏が同じ部屋に居ると理解した上での挨拶である。

 

「……何の用だ束」

<つれないなぁちーちゃん! このお友達の束さんが折角わざわざ電話をかけてきたってのに! さみしーぞー!>

 声の主、『篠ノ之 束』は呆れ半分の千冬に場にそぐわないハツラツとした雰囲気で語りかける。

 彼女はこの世界におけるISとそのコアを開発した天才科学者であり、同時に自分本位なきらいがあり場の空気など意識しない天衣無縫な性格の持ち主でもある。

 そんな彼女が幼馴染みである自分達を含め周囲を振り回そうとするのは、いつもの事であった。

 しかし今は、それどころではない。千冬は苛立ちを抑えつつ、束の用件を尋ねる。

「済まないがこっちは取り込み中だ。 冷やかしなら構ってる暇は<オルガ・イツカ>

 彼女の口から出たその名前に、千冬と一夏は真顔になった。

<散々束さんの邪魔立てをした三日月って奴やバエルバカ、何なら他にいっくんの女友達が2人くらい行方不明になったんだってね>

「……お見通しか」

 千冬は内心動揺していたが、冷静に務めて返事をする。

 治外法権を謳うも実質有名無実になりつつあるIS学園において、外部からの介入を防ぐためにオルガ達が行方不明になったことは箝口令を敷いている。

 そんな中でも世界をも振り回す天才科学者の彼女がその事実を知っていることは、まああり得る話ではあると千冬は認識している……しかし、問題はそこでは無い。

「お前にしては私達以外の名を口にするとは、どういう風の吹き回しだ?」

 束はその天才的な頭脳と引き換えか、対人能力が壊滅的で興味の無い相手について、名前を呼ぶことすら面倒くさがるなど徹底的に冷遇する悪癖がある。

 それはオルガ達に対しする態度が正にそれで、辛うじて三日月だけは認識はしているが、それは目の上のタンコブとしての忌々しい相手と認識する故にある。

<んー、まあアレかな? ぶっちゃけ人捜しを手伝ってしんぜようと!>

「……?」

 千冬と一夏の頭に疑問符が浮かんだ。

<先に言っておくけど、ちーちゃん達にとっては選択の余地はないと思うかな? まずこの世界をどれだけ探し回ったって、絶対に見つけられっこないし>

「待て、どうしてお前の口から人助けなんて言葉が出る?」

「俺達だってオルガの為を思ってがんばっています、絶対に見つけ出してみせますよ」

 千冬と束の問答に一夏も割って入る。 成果が芳しくないのは分かっているが、生きていると信じて探している所に、決して見つけられないと水を差すように断言されてしまうのは気分の良いものではないだろう。

 しかし束はそんな2人に呆れたようにため息をつく。

 表情こそ窺えないもののその声色は、まるで聞き分けのない子供に対するようで、そして何より馬鹿にするようなものだった。

 だが、次の瞬間には一転して、真剣味を帯びた口調に変わる。

<見つけられないって言ってるでしょ>

 しかも今まで聞いたことのないような冷たい声で。 聞いたことも感じたことも無いような彼女の真剣な雰囲気に、一夏は息を呑んだ。

()()()()()()()()()()()()()()()んだよ? どう探したって見つけられないよ。 それにね、人捜しを協力するってのは束さん自身の為。 ぶっちゃけ打算>

「待て、()()だと……?」

 打算だと今束は口にした、シンプルな動機だがそれはオルガ達が彼女にとって必要であるからだろう――――理由はさておき、千冬にとっては前者こそが引っかかった。

 

<うん、残り二人も間違いないね☆ 5人とも別の世界に行っちゃったのだ!>

「「別の世界だと(だって)!?」」

 荒唐無稽な回答に千冬と一夏が驚愕する。 すると束はわざとらしく大きなため息をついた。

<話の腰を、折らないで。 一々オウム返しされたんじゃうっとーしーんだよ>

 す、すまん」

 千冬の謝罪に束は不機嫌そうに咳払いをした後、言葉を続けた。

<とにかく。 束さんとしてもこんな事態になったんじゃ協力せざるを得ないって話。 癪だけど特に5人の中でオルガ・イツカって奴が、束さんの目的には必要不可欠なんだよ>

「……手伝ってくれるなら感謝します。 でもどうして、どうしてオルガが束さんにとって必要なんですか?」

 大体彼女が動く時は、IS学園やその関係者達を振り回すことが多々あった。 その上で今し方話の腰を折ったばかりで恐縮するのもあり、一夏は恐る恐る束に問いかけた。

 

 しばしの沈黙を挟んで、束は告げる。

<ねえ二人共>

 その声音はいつものおちゃらけた雰囲気など微塵も無い。 ただ一言、あまりに衝撃的な言葉を千冬達に告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<もうすぐ世界が終わるって聞いたら、どうする?>

 

 

 

 

 



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第27話

 ゲーム内のキャプチャー画像使ったりとかの補足説明いる……いらない?


オルガ達がキリト達やナーダ達スペースアノマリーの面々と顔合わせを済ませ、拠点に戻った鉄華団はそれぞれが得意とする分野に分かれて各自行動をとっていた。

 まずみほ達戦車道メンバーはプロミス/48に残り、惑星の細かな調査を行っていた。 そこにウマ娘組とペコリーヌ等アストルム出身組はそれに便乗する形で、食べてしまった食料を含む基地の資材集め兼、みほ達の随伴を務めている。

 そしてオルガにビスケット、タカキ等旧メンバーとシャルロット達IS組はイサリビに乗り込み、このフリージア星系の残りの星を探索していた。

 

 

 そう言った行動に切り替えて2週間が経ち、オルガ達は三日月達の捜索について進展が見られない中、先立つ物の確保の為、現在墜落した貨物船にて廃材集め(スカベンジング)を行っていた。

 

 

 

 

新たなるトキシ

フリージア星系 新しいディスカバリー

 

 

 

■■惑星 ―苛性の土地―

気候           毒性の通り雨

センチネル        間欠的

植物           生命レベル 低4

動物           生命レベル 低1

 

 

 

 破片をそこら中にまき散らして辺りを焼け野原にし、クレーターの中央で真っ二つに折れて地殻に突き刺さる痛々しい残骸は、困った事にカジュアルに星々を行き来する割に、治安の行き届かない宙域がザラにあるこの世界においてはありふれた事なのだ。

 して今は、船に積み込まれていただろう散らばったコンテナの1つの前に立ち、隅々までチェックしているようだ。 オルガ達が今調べているのも含め、コンテナはいずれも潰れて変形しており所々隙間が空いてるものもあるが、いずれも開け口がひしゃげている為に側についている解放用の操作パネルなど受け付けない。 無論それさえも破損しているが。

「どう?」

 シャルロットがISを展開してラウラ共々宙に浮いたまま、コンテナの前で何かを分析するオルガとビスケットにタカキへ声をかける。

「――――こいつもだ、ガイガーカウンターが振り切れやがる」

「そんなご大層なもの積み込んでないのに、一体何で放射能漏れが起きるんだろうね?」

「どんな設計かは分からないけど、積み荷がダメにならないものなんでしょうかね……シャルロットさん、ラウラさん。 少し手を貸して下さい」

「任された」

 ラウラとシャルロットは地面に降り、ISを着用したままオルガ達と入れ替わるようにコンテナの前に立つと、二人揃って顔を見合わせて無言でうなずき、コンテナの開け口に空いた隙間にISの手を添える。

「皆離れていてくれ、また放射能が漏れるかも知れない」

「毎回すまねえな。 男だてらに力仕事で任せっきりなのは歯がゆいもんだ」

「気にするな団長。 それだけISが優秀だからな」

「違いねぇ」

 オルガはラウラと軽口を言い合うと、大人しくビスケット達と揃ってコンテナから後退する。

「……行くぞ」

「うん――――ふんっ、んんっ!

 隙間から開け口をひっぱり出そうとするラウラだが、ISのパワーをもってしてもビクともしない。

「ふぬぅ……!」

 シャルロットも同様に、力を込めるがやはり開かない。

「はぁ、はぁ……今回のは結構重たいね」

「そうだな、変形がかなりきつくて開かないな」

 二人は息を切らせて汗を流し、額を拭いながら再び目を合わせる。オルガ達はその様子を黙って見守る。

 すると今度は二人でタイミングを合わせ、同時に腕に力を入れると、ギシギシと音を立てながらもゆっくりと開いていく。

 そして完全に開き切った時、オルガ達全員のガイガーカウンターが著しく変動する。

 

<警告:放射線被曝量が臨界点に達しています>

 

 急激に減少する危険防御シールドのエナジー。 ラウラは解放したコンテナから手早く中の物資を取り出し、それを確認したオルガ共々全員直ちにその場から離れた。

 足早く少し離れた所に停めた宇宙船、USGケリオンの元へ戻ると皆で今日の成果を見せ合う事とした。

「これでコンテナは全部か?」

「うん、合計7個。 確かに回収したよ。 皆、お疲れ様」

 ビスケットはシャルロットとラウラをはじめ、貨物船のサルベージに貢献した皆に労いの言葉をかける。

 オルガはそんな彼の肩を叩き、親指を立てて笑いかける。ビスケットはオルガの笑顔につられて笑みを浮かべた。

「しかしその、お二人を見てるとちょっと心配になりますね……素肌を出してる分、放射線とかこの星の毒性とか、その」

 タカキは心配そうにシャルロット達に目を配ると、その視線を周囲の景色へと移す。

 青緑の大気に緑々した大地が広がるこの惑星……分だけだと鉄華団の拠点たるプロミス/48のような環境を連想するが、実態は全く異なる。

 

 

 空気中には猛毒が漂い、毒に耐性のあるウマ娘でもこの星の大気を、スーツの危険防御機能無しに一呼吸でもすれば即死は免れないだろう。 そして地面を緑に染め上げる元にして劇物の大気の原因と思わしき、毒々しい深緑のキノコやカビがそこら中に生えている。

 特にキノコ……『ファンガルクラスター』と呼ばれるそれはいずれも背丈が一番高いオルガよりも更に一回り大きく、物によってはちょっとした建築物に迫るほどの巨大な個体さえもそれなりの数が存在した。 これらはスーツ越しであっても触るだけで毒が回りかねない厄介者で、同時に対応した手袋などで安全に採取出来れば、高額な貿易品の原料にもなるとも言われている。

「シールドエナジーが守ってくれてるから安全……とも言い切れないな」

「物理的に地肌が覆われてない部分が多いから、シールドエナジーが切れたときの事は考えたくないよ」

「この星の毒や放射線に熱波に冷気、それに真空状態もある。 ゾッとするだろうな……」

 オルガは極寒の星でキャルとテイオー共々凍死しかけた記憶を思い出していた。 ISは宇宙船とエクソスーツのいいとこ取りをした素晴らしい代物だが、同時に両者の欠点をも引き継いでしまっている。

 生身で宇宙に出られる反面、万が一に機器の故障を招けば極限とも言える悪環境に即座に晒されかねないのだ。

「……まあ、頭だけ晒したまま宇宙を旅するってくらいなら、この世界じゃメジャーな方だけどね」

「ですね」

 ビスケットとタカキは空を見上げ、オルガ達も倣う。

 空にはこの星の探索にやって来たであろう、異星人達の宇宙船の数機が編隊飛行を楽しんでいた。

 この銀河に幅広く勢力を広げる、ゲック・コーバックス・ヴァイキーンなる勢力も、危険防御技術の発展からかシャルロット達同様にヘルメットをかぶらずに宇宙に出る者達も多く存在する。 わりかしメジャーな部類に入る行為らしい。

「さてと……あんまりこの星の大気にスーツを曝したくはねぇな。 そろそろ基地に帰るか」

 オルガは全員に呼びかけると一同は帰還の準備を始める。

 ビスケット、タカキの3人でケリオン内に入り込むと運転席にはビスケットが着席する。

「それじゃ、帰りの運転は僕がするよ」

「ああ、頼む」

 ビスケットを挟み込むように、オルガとタカキは左右それぞれの助手席に座る。

 ウィンドウ越しにシャルロットとラウラが再度ISを展開するのを確認すると、ビスケットは指で外の二人にサインを送る。 それを了承したシャルロット達が飛び立つと、オルガ達の乗るUSGケリオンも出発した。

 毒々しい地上が瞬く間に離れていき、瞬きする間にあっさりと大気圏外を離脱する。

 有毒の緑に染まった惑星を見下ろす形で、ラグランジュポイントにたどり着いたオルガ達。

「それじゃあ皆、パルスドライブを起動するね? 着いてきて」

<ああ、いつでも構わない>

<僕達も後に続くね>

「目標プロミス/48。 3、2、1――――発進!

 

 パルスドライブを点火し、シャルロットとラウラを引き連れ亜光速移動を開始するUSGケリオン。その先には、まるで流星群のように通り過ぎる小惑星の数々が無数に存在していた。

 宇宙空間にて過ぎ去っていく無数の岩の群れを前に、ビスケット達は目を輝かせている。

「いつ見ても凄いですね」

 一切機体に触れる事なく通過する障害物の数々に、タカキが呟いた。

「だね。 デブリ帯の通過なんて僕達にとっては頭を悩ませる部分なのに」

 タカキの言葉にビスケットは苦笑しながら答えた。 彼ら宇宙時代の人間でも宇宙に漂う小惑星帯の存在は航行に当たっての悩みの種でしかない。 しかも普通の岩だけならまだしも、その中にはモビルスーツの残骸……その動力源たるエイハブリアクターも含まれている。

 それらは単なるエネルギー源だけに留まらず、妨害電波の発信や船内に重力を発生させるパワーソースとしての役割も持つ為、無造作に宇宙に転がせばあっという間に異常重力の発生源という厄介な地雷原と化す。 おまけにそうそう壊れない頑丈さも持ち合わせて。

 そんな苦労がこのパルスドライブの亜光速航行ともなれば、速い上にあっさりと障害物を透過出来てしまうのだから、元の世界にこれさえあればと思わざるを得ない。 まぁ、無い物強請りしても仕方が無いのだが。

<宇宙を航行するのが当たり前なんだっけ、オルガ達の世界では>

<私達にはにわかに想像がつかない世界だな>

「なーに、そんな優れたISがあっちの世界にはあるんだ。 宇宙の旅も遅かれ早かれ実現するだろうよ」

 シャルロットとラウラの声に、オルガは笑いながら答える。 ビスケットの運転に安心感を得ながら、オルガ達は気ままに雑談を楽しんでいた。

 ――――その矢先だった。

 

<アノマリーを検知 ■■ パルスドライブを終了します>

「「「!?」」」

 全員のパルスドライブが突如一斉に停止した。

<な、何!?>

<何かを検知したぞ――――って何だアレは?>

 突然の事態に一同が困惑する中、ラウラが航路の先に何かが漂っているのを発見する。

「何か、浮いてるね」

「ここからじゃ少し距離があって見えねぇな」

<待っていろ。 ハイパーセンサーの感度を上げてみる……ん!?

「どうしたんですかラウラさん? 何か見えたんですか<あ、アレは……!!>え?」

 ラウラの驚愕した声にタカキを始め一同は首を傾げるが、彼女の言葉の意味はすぐに理解出来た。

 何故ならラウラは驚き呆れた面持ちで、自身の視覚センサが捉えた映像を全員のスーツのHUDに共有したからだ。

 そこには、オルガの知る人型の機動兵器……モビルスーツ、と言うにはいささか小さいを象った像がそこにあったからだ。 しかしその形状が問題だった。

 白を基調にしたそれはシンプルな造形ながら均整のとれたフォルム。 背中の左右に対になるように設けられた翼のようなブースター。 それらに挟まれるような位置取りで、腰の後ろにマウントされた対になる二本の金の剣。 そんな像が両の手を広げこちらに招き入れる、と言うよりは大声で何かを宣言するように威風堂々と立たず待っていた。

 オルガにとってはよく知っている、ある意味で異世界転生の遠因とも言える忌々しい代物に酷似していた。

 

 

<――――聞け、全宇宙を股にかけるトラベラーの諸君!>

 

 

「うん!?」

 更に、オブジェからは何者かの音声とも言える放送が成されていた。

 ラウラを通して共有される映像から、その声がこの場にいる全員の耳に入る

<今、数多の世界を飛び越え……この kzzktkzt の元に、 kzzt  が舞い降りた!>

 肝心な部分にノイズが入っているようにも聞こえるが、間違いなくこれは何らかのアジテーションと思わしき演説だ。 オルガはそう確信した。

<トラベラーを名乗る身ならば、この宇宙に遍く存在するアトラスとセンチネルが、如何にして我々を抑圧してきたかは理解できるだろう。 だが、この世界においても kzzktkkt を操る者こそが唯一絶対の力を持ち、代わって頂点に立つ!>

 そして、オルガは嫌な予感がした。

 この音声に対し妙に聞き覚えのある記憶が蘇ると同時にこんなことをする奴は、オルガの知る限り一人しか思い当たらなかったが、まさかと思いつつもオルガは聞きに徹していた。

<奴らの嘘を拒絶しろ! 自由の為に我々に続け! 全ては zztkzzktzkt の魂の下にーーーー<こら!! kzzktkzt !!>

 そして唐突に、メッセージの中で何者かが間に割って入り、何かが転がるような激しい物音が響き渡る。

 

<お前また kzzzttkz 気取ってるな!? この世界にまで来てまた革命ごっこでもするつもりか!?>

<ごっことはなんだ zztkzz !! センチネルという抑圧の象徴から俺は本気で戦いを挑まねば――――>

<どっかのアホ家督みたいな世迷い言はやめて下さい!! ――――ああ、またこんなに kzztzz のレプリカなんか作って!!>

<何、また資材を融かしたの!? それも周りを唆すのにこんなしょっぱい模型なんて作って、一体何時になったら kzztzz を卒業するの!? ――――――>

 ……声の主と思わしき誰かが割って入った何者達かに詰められ、そこで途切れ……しばらくして再び同じ放送が繰り返された。 どうやらこの音声は録音された物で、近場に通りがかったトラベラー達を煽動しているようだった。

 そして申し訳程度に、この音声の発信主と思わしき者の座標データが機体に転送される。

 

<……な、なんか凄まじい会話だったね>

<ああ……それよりもだ>

()()、だと?」

 一同、先程の会話越しに何やら不穏なワードが聞こえてきたことに冷や汗を流す。

 特にオルガはその単語に強い引っかかりを覚えていた。

 今し方口にした()()にやたらとこだわりを見せる、異世界の旅々の道連れと言える存在。

 何だったら割り込んできた音声の主にも覚えがある。 元々敵として立ちはだかるも、元の世界での戦いや異世界における何度かの邂逅により和解した存在。 特に内一人は今仲間に居るペコリーヌと性格は違えどよく似た感じの声。

 変わらず宙に漂うオブジェクトを見つめながら、この世界に来るまでに自分が辿った旅路を思い返される。 

「一人しか居ねぇじゃねぇか……!!!!」

「あの人まだやってたんですね、その……()()()()ごっこ」

 頭を抱えてメインパネルに突っ伏すオルガに、ビスケットとタカキ。 そしてシャルロットやラウラも微妙な表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わってプロミス/48の基地近辺。 ウマ娘2人組は青い海と砂浜を背景に、マルチツールを携え横に並ぶ。

「テイオーさん、行きますよ!」

「うん、いつでも良いよスペちゃん!」

 2人は互いに視線を合わせた後、同時にマルチツールの銃口を正面に向ける。 視線と銃口の先にあるのは規則正しく並べられた、基地の運営にあたって出た廃材の類。 

 それらに向かって同時にトリガーを引くと、2人の銃口からそれぞれ光弾が放たれ、見事に的に命中させた。

「やった! 当たった!」

「気を抜かないでよスペちゃん! ほら次!!」

 テイオーはガッツポーズを取るスペシャルウィークを叱咤激励しながら、次の的に向けて銃口を向け引き金を絞る。

 現在彼女達は、『ボルトキャスター』……マルチツールに内蔵出来る機能の一つで、マルチツールのエネルギーに『発射弾』の金属元素を充填、バースト射撃する武器を使った射撃訓練を行っている。

 テイオーの放った弾丸は、スペシャルウィークのそれよりも早く、正確に的を撃ち抜いた。 元々射撃ゲームなどでこう言ったシューティングにある程度の心得があった事に加え、テイオーのマルチツールは先日ほぼ新調と言える改修を行った事で、ストック付き拳銃の形状に改造が施されていた。

 これは今後を見越したテイオー自身の要望であり、彼女はより精密な射撃を可能としているのだ。

「これで、最後だぁ!」

 最後の一発を放ち、テイオーの撃ったそれは、彼女の宣言通り見事、全ての的の中心を貫いた。

 テイオーが満足げに振り返ると、そこにはマルチツールの弾倉を空にして、早々にその場に座り込み息を整えるスペシャルウィークの姿があった。

「えっへん! これがテイオー様の実力だぁ! お疲れ様、スペちゃん!」

テイオーは笑顔で彼女に労いの言葉をかける。

「あ、ありがとうございます、テイオーさん……それにしても凄い、私なんか殆ど当たらなかったのに」

 その言葉に、スペシャルウィークも微笑みを返す。彼女の顔には、明らかな疲労の色が浮かんでいた。

「気を落とさないで、ボクだって最初は全然当たらなかったんだよ? 実物とゲームは違うって、ラウラにものすごくシゴかれたんだから……」

 乾いた笑いを浮かべながら言いつつも、テイオーの顔はどこか誇らしげであった。 それを見て、スペシャルウィークはふと思う。

(テイオーさんは本当に努力家なんだな……。私がもし同じ立場だったとしても、こんな風になれるかな?)

 そんな事を考えていると、突如として二人の無線に仲間からの通信が入った。

 通信主はペコリーヌからだった。

「もしもし? どうしたのペコリーヌ?」

<テイオーちゃん! スペちゃん! そちらは今どこで何してますか!?>

 慌てた様子のペコリーヌの声に、2人は一瞬驚く。

 普段の彼女からは想像できない声色に、何かあったのかと心配になった。

「ど、どうしたの? 切羽詰まった感じだけど……」

<今すぐその場から離れて下さい! やばいですよ!>

 ペコリーヌの焦ったような口調に、テイオー達は思わず顔をしかめる。

 一体どういう事だろうか。 早々の事で動じないペコリーヌがこんなに慌てたように無線をかけてくるとは。

「キャルやみほ達も一緒じゃなかったの? 大丈夫なの、そっちは<とにかく逃げて下さい! 凶悪なモンスターが何匹かそっちに逃げたんです! だから早く逃げて――――>

 全てを言い終わる前に、通信を遮る形でおぞましい叫び声が無線機から聞こえてきた。

 それはまるで断末魔の悲鳴のようだ。

「……テイオーさん、とにかく逃げません?」

「うん、そうだね――――ッ!!!!

 

 

 テイオー達がペコリーヌの指示に従って逃げようとしたその矢先、同じような叫び声が基地の建物の後ろ辺りから響いてくる。 つい様子を伺うと次の瞬間、ペコリーヌの言う逃げ出したクリーチャーと思わしき化け物が数体、建物に飛び乗るようにして現れた!

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 

「――――――ッ!!!!」

 思わずテイオーとスペシャルウィークは硬直する。

 現れた化け物は昆虫に似た緑の姿。 頭部は複眼が並ぶシュモクザメのような張り出した側頭部を持ち、大きく開いた鋭い歯の並ぶ口からは、ウマ娘という獲物を前に唾液を滴らせていた。

 その姿はまさに捕食者、数は5~6匹。 とてもではないが、今の二人では太刀打ちできそうに無い。

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!」

「ぴぇぇぇぇええええええええええッ!!!!」

 

 凶悪なクリーチャーの雄叫びを前に、スペシャルウィークとトウカイテイオーは怯えの声を上げる。

 彼女らはトップクラスの実力を誇るアスリートではあるものの、当たり前だが実戦経験などない。 目の前の未知の怪物に恐怖を覚えるのは当然だろう。

 

 

 大きく口を開け、クリーチャーが飛びかかってきた。咄嵯に二人は避けるが、スペシャルウィークはその際にバランスを崩し転倒してしまう。

 そこに追い討ちをかけるように、別のクリーチャーが襲いかかってきた!

「きゃああああっ!」

「!! 危ないっ!」

 トウカイテイオーは慌てて拳銃を取り出し、スペシャルウィークに迫るクリーチャーへ発砲する。 しかし、弾丸は命中したものの、甲殻に覆われたクリーチャーには対して通用しなかった。

 銃弾はめり込んで出血を強いたものの、致命傷には至らない。

「――――こ、こっちだバケモノ!! ボクが相手だ!!」

 テイオーは銃を構え、大声で威嚇しながら後退る。 クリーチャーは攻撃を受けた事でテイオーに狙いを定め、怒り心頭に一斉にテイオーを追いかけてきた!

「ピエェェェェエエエエッ!!!! ボ、ボクなんか食べてもオイシクナイヨーーーーー!!!!」

「テ、テイオーさんっ!!!!」

 スペシャルウィークもテイオーを助けようと、必死になって追いかけてくるクリーチャーに慌てて立ち向かおうとする。

 だが、重ねて言うが彼女は運動神経が良いとはいえど、戦闘の経験はない。

 そもそもまともに喧嘩すらした事がないのだ。 そんな彼女が、数匹のクリーチャーを相手に立ち向かうというのは無謀極まりなかった。

「テ、テイオーさんから離れてぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 スペシャルウィークは、追ってくるクリーチャーに向けて何度も発砲するが、やはり効果は薄い。

 しかし、それでもスペシャルウィークは諦めず、逃げずに戦い続けた。

 その甲斐あってか、今度はクリーチャーの意識が再びスペシャルウィークに向かう。

 慌てて逃げ出すと再びテイオーが射撃し、またも彼女に意識が向いて……そんな繰り返しだった。

「こ、このままじゃ……!!」

「倒すのも逃げきるのもできない……もう弾も尽きそうだよ……!!」

 しかしいくら頑張ったところで足りない銃弾をまともに当てるのも難しく、この数を二人で相手にするのは無理があった。 ペコリーヌに従って逃げようにも、どっちか片方にクリーチャーが集中してはそれを必死で散らしても、結局は攻撃した方に執拗にたかるばかりで、敵を分散して逃げることもままならない。

 

 

 

 いよいよ持って限界が近づいたその時―――――轟音と共に、爆風がクリーチャーの群れに炸裂!

 

 

 

 クリーチャーの群れは吹き飛び、一体は完全にバラバラに粉砕。 緑の体液をぶちまけて絶命する。

「テイオー! スペ! 大丈夫!?」

「よくもやってくれたなバケモノめ!! 落とし前はつけさせてもらう!!」

 声のした方……空を見上げた先には、ISを展開したシャルロットとラウラの姿があった。 IS用のライフルを携え、ラウラに至ってはより強力なレールガンを展開している。

「シャルロットさん! ラウラさん!」

「フッ、無茶をするなと言ったはずだぞ二人共」

「でももう大丈夫、後は僕達に任せて!!」

 そう言ってシャルロット達は、二機のISによる一斉射撃でクリーチャー達を掃射する。

 容赦ない攻撃にクリーチャーの群れは瞬く間に肉片と化し、爆発と立ち上る硝煙の中へと消えていった。

 しばしの間を置いて、規則正しい波の音だけが辺りを支配する。

 どうやら全滅させたらしい。

 トウカイテイオーはホッと息をつくと、腰が抜けたかISを解除したシャルロットとラウラの前に崩れ落ちた。

「た、助かったぁ……ありがとう、正直限界だったよー……」

「テイオー、大丈夫!?」

「……ふむ、怪我はないようで何よりだ」

「本当に助かりました……何とか二手に分かれて逃げようとしたら、必ずどっちか片方に集中しちゃって……」

 心配して駆け寄ったシャルロットとラウラに、スペシャルウィークは息も絶え絶えながら申し訳なさげに頭を下げる。

 ラウラはそんなスペシャルウィークの頭をポンと撫でると、優しく微笑んだ。

「よく頑張ったな二人共。 お前達が無事ならそれでいい。 星に近づいた際に偶然ペコリーヌの無線を傍受してな、急いで救援に向かった甲斐があったというものだ」

「ホント。 僕達だけでも先に帰ってきたのは思わぬファインプレーだったね……で、このクリーチャーはなんなんだろう?」

「あ、それは――――「スペちゃーーーーん!! テイオーちゃーーーん!!!! 無事ですかーーーーーー!?」」

 

 シャルロットが状況を聞こうとした矢先、遠くから聞き覚えのある声が響いてきた。

 その方向を見ると、そこにはみほの率いる複数台のエクソクラフトに乗ったペコリーヌとキャルの姿が。

 大手を振って必死に呼びかけるペコリーヌとグロッキーのキャル、その出で立ちは搭乗する乗り物も含め煤こけて、ただならぬ様子であった。

 基地に到着するなりペコリーヌは機体を飛び降り、テイオー達に駆け寄るなりウマ娘2人を抱き寄せる。

「本当に良かった……!! ごめんなさい、私達が油断したせいでこんなことになってしまって!!

わぷっ!? ちょ、ちょっとペコリーヌさん落ち着いて……!」

「でももう大丈夫ですよ! 残りのクリーチャーは全部やっつけましたから!」

「ぐええっ! 締まってる締まってる!!」

 ペコリーヌはテイオー達が窮屈さを感じるほどに強く抱きしめる。

 その様子を見ていたシャルロットは、ふとペコリーヌに質問した。

「ねえペコリーヌ。 さっきのクリーチャーって一体何だったの?」

「あんな凶悪そうな生物が住んでいたなんて初めて知ったぞ」

「……アタシから説明するわ」

 エクソクラフトから降りてきたキャルとみほが、シャルロット達の疑問に答える。 その面持ちは酷く憔悴していた。

 

 

 

 みほ達と共に周囲の探索に向かった際、ここから少し離れたところに何らかの基地跡と思わしき廃墟を発見、調査を開始することになった。

 しかし基地はグロテスクな粘性の有機物に覆われており、慎重に建物内を探索していたところ基地の設備に擬態していた触手と思わしき生物にキャルが弾き飛ばされてしまい、近くに転がっていたクリーチャーの卵と思わしき物体に誤って接触。 地下深くに潜んでいた先程のクリーチャーの群れが飛びだし、そのまま激しい戦闘となった。

「まさかあんな生物が地中に隠れていたなんて思わなかった……こっちもエクソクラフトの主砲で対抗したけれども、あんまりにも数が多くて乱戦になってもうメチャクチャ……」

「結局廃墟は流れ弾に当たって全焼しちゃったわ……散々振り回されて腹が立ったからコレ、持って帰って来ちゃったわよ!!」

 そう言ってキャルは手に持っていたものを見せる。

 それは粘液に覆われた、毒々しい緑に斑点のあるバスケットボール大の物体であった。 一見するとアメーバのような形状をしているが、全身が脈動している。

 また、表面はブヨブヨとした質感で悪臭を放っており、原初的な恐怖を煽り立てる。

「うぇえ!! 何この気持ち悪いの!?」

「まさかこれって……」

「そ、クリーチャーの卵……『幼生コア』って名目で一部じゃ高値で取引されてるらしいのよ、コレが」

 げんなりした表情で答えるキャル。 その隣ではみほが頭を抱えていた。

「正直持ち帰って良いか分からなかったけど……さっきの戦いでエクソクラフトも所々破損してたから、先立つもの必要かなって……」

 そう言うみほの様子からはリアクションも相まって、どう見ても不本意であることが窺い知れる。 その様子を見ていたラウラから、ため息交じりに質問が飛ぶ。

 彼女はみほの心情を察しているようだった。

「わかった、もういい……とにかく、さっきのクリーチャーがまた襲撃してくる心配はもう無いんだな? だったらそれでいい」

 これ以上はもう言わせまいと、ラウラは話を中断する。 今はラウラの言う通り一旦忘れようと、一同は何も口に出さず暗黙の了解で納得した。

「……そういえば、ダンチョー達はどうしたの?」

 テイオーが思い出したように、何故かこの場にいないオルガ達の不在を指摘する。

それを聞いてシャルロットは、少し悲しげな顔をする。

「団長達なら、宇宙ステーションに寄ってから帰ると言ってたが……」

「そう言えばさっきラウラさん達だけが急いでこっちに戻って来たって言ってましたね」

「オルガ君が戻ってきてないのはたまたま寄り道してたからなんですね――――て、あ。 噂をすれば、ですね」

 ペコリーヌが空を指さすと、USGケリオンの影が見えた。

 

「オルガー!!」

 シャルロットが手を大きく振ると、遅れてやって来たオルガ達もそれに応えるように、基地の側の離着陸場に着陸。 よく見れば、機体の背後には何やら大きなコンテナが牽引されているようだ。 コンテナにワイヤーなどの物理的なものは見当たらず、無線誘導によって機体に引っ張られているらしく、その重々しい白の長方形の金属体はまるで重力など働いていないかのように、機体同様にやんわりと着陸。

 しばしの間をおいて、こちらの騒動など何も知らない様子でオルガ達がケリオンから降りてきた。

「おう、帰ったぞ――――って、お前らどうしたんだ?」

「シャルロットとラウラ以外随分ボロボロになってるね? ……何かあったの?」

「う、うん……そうなんだよ、実は――――」

 テイオーはこれまでにあったことをオルガ達に話すと、オルガ達3人は目を見開いて息を呑んだ。

「そ、そりゃ大変な目にあったな……済まなかった」

「IS組が先に帰還してくれて良かったですね……」

「全くだよ……もうちょっとでボク達食べられてたかもしれないんだから……」

 テイオー達の反応を見て、オルガ達が彼女らがどれだけ危険な目にあったのかを実感したようで、改めて震え上がる。

「とにかく、無事で良かった。 後はゆっくり休んで、って……言いたい所なんだけど」

 するとビスケットはオルガやタカキらと無言で目を合わせたと思いきや、何かを言いよどむように視線を泳がせる。

 一体何があったと言うのだろうか。 テイオーは尋ねてみる。

「3人ともどうかしたの? 何か言いたいことあるの?」

「あー、えっと……それなんだが」

「コレを見て貰った方が、早いかと思う」

 タカキはシャルロットやラウラにも目配りをした後、彼女達も「あー……」と言いたげに気まずそうに視線を送られながら、一緒に牽引してきたコンテナに足を進める。

「な、何よ……あのコンテナには何が入ってるの?」

「ひょっとして厄介なトラブルの元を持ち帰ってきたとか?」

 キャルとみほが心配そうに問いかけてくるが、それをシャルロットが手で制止する。

「多分皆も見覚えがあると思う……よく見てて」

 地上にいた面々が、黙って首を縦に振る。 静かになったのを確認すると、タカキはコンテナのコンソールを操作する。

「……皆さんは、これに見覚えはありますか?」

「さっき別の惑星からの帰りに、宇宙で漂っていたものを回収したんだ」

「間違いなく、あのバカが関わってる代物だろうがな」

 呆れたようにため息をつく3人の声と共に、コンテナの蓋が開き中身が解放される。

 

 

 その中身が全貌を露わにした時、一同が一斉に驚きの声を上げた。

「こ、これって……!!」

 中に入っていたのは、白を基調としたガンダムバルバトスのようなモビルスーツ……を幾許か小さくしたような模型が入っていた。

 翼のようなブースターと対になる2本の金の剣を背中に携えるそれは、両の腕を開いた状態で収納されていた。

「このす○ざんまいみたいなポーズは……まさか!!

「もうちょっとマシな例えねぇのかよスペ……まあ、アイツにはソレで十分かも知れねぇがな」

 寿司屋のそれに例えるスペシャルウィークに思わず失笑するオルガだが、あながち間違いでも無いと言わんばかりに同意する。

「妙なアジテーションとセットでご丁寧に位置情報まで送ってきたんだよ」

「なので皆さん。 お疲れのところ申し訳ないんですが、今からそこを目指すことになります」

「……ちなみにどの辺?」

 テイオーの再度の問いかけにタカキは目頭を押さえながら告げた。

 

「ここから364光年……この前行ったネイビーズ星系とは違う方角ですが、またワープしないといけないんです」

「治安の行き届いていないならず者の星系も通過するかも知れないから、心してかかって欲しいんだ」

 

 タカキとビスケットの申し訳なさそうな、しかし無慈悲な宣言に対し……鉄華団の基地に悲鳴が響き渡った。




 例のアレごっこって、誰何やろなあ?(すっとぼけ)


 ……丸わかりですけど、知らないフリをお願いしますw


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反乱軍の星の下で
第28話


 

 

 

 

カイエル 300/B 星系

《small》ユークリッド銀河McGillis Fareed が発見(/small)

 

 

 

 

 

 

「ここが座標の指し示した星系か……」

 ハイパードライヴによる星系ワープを敢行後、オルガはイサリビのブリッジにおいて神妙な面持ちで呟きながら、とウィンドウの向こう側に広がる光景を見渡す。

 そこは静寂に覆われた宇宙空間であり、小惑星帯や機械の残骸などあちこちにデブリが散らばるように浮いている。 中でもひときわ目を引いたのは、そう言ったデブリをかき分けるように鎮座する巨大な建造物。

 

 漆黒に覆われた装甲の隙間からは人工の輝きは見受けられず、無数の錆び付いた鉄骨やケーブルが複雑に絡み合い、中央上部には一際大きな砲塔だったと思わしき、ひん曲がった主砲を備えた要塞じみた、戦艦と一目見るだけでは間違えるだろう貨物船の残骸。

 それらは先程までオルガ達が惑星上でサルベージしていた遺棄貨物船のように、いくつかの大まかな部分に分断されており、その一つ一つのパーツが独立して浮遊している。

「オルガ、座標はあの貨物船の残骸を指し示してるみたいだよ?」

 コンソールに転送した位置情報の指し示すポイントを見て、ビスケットは怪しげに目を細めつつ、オルガに報告する。

 ビスケットの言葉にオルガは黙って首肯すると、その地点にある廃棄されたであろう貨物船の残骸をモニターに映した。

「皆聞いてくれ。 どうやら俺達は無事に目的地に辿り着いたようだ――――が、もっともらしい演説……? で呼び出したにしては随分と辺鄙な場所に思える。

 ひょっとしたら罠の可能性があるかも知れねえから、チーム分けをして一部はこの貨物船に残って調査しようと思う」

 オルガは通信回線を通じて艦内の全クルーに呼び掛けると、気を引き締めるよう促す。

 そんなオルガの号令に対し、みほ達戦車道のチームが返事を返してきた。

<ならオルガさん、私達がイサリビに残って周囲を見張るね? 貨物船の運用なら私達が精通しているし――――>

<いざ調査に乗り出してる隙を狙われたら、オルガ殿の帰るべき船がなくなってしまいますので!>

<うん! いざとなったら砲撃で火力支援するね!>

「助かる……異論はねぇな?」

 オルガの呼びかけに、全員が肯定の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

「……派手に壊れてるね」

「ですね。 こう言う放棄された貨物船ってこの世界じゃ当たり前なんでしょうか?」

 USGケリオンにオルガ達と共に乗り込み、男3人が座る操縦席の後ろから身を乗り出しては呟くトウカイテイオーとスペシャルウィーク。

 機体の接近と共に破壊された貨物船の残骸が目前に迫り、その凄惨な戦禍と思わしき痕跡を目の当たりにして2人は息を飲む。

 そんな彼女達の反応にオルガも内心緊張感に身震いし、操縦桿を握る手に力を入れた。

<……んー>

<? どうしたのよペコリーヌ>

 不意に、ペコリーヌとキャルが無線機を通して意味ありげに言葉を紡ぐ。

<ずっと引っかかってるんですけど、さっき聞いた演説の内容に覚えがあると言うか、『自由の為に我々に続け』っていうくだりが妙に引っかかるんですよね>

「まあ、どう考えたって()()()が垂れ流しにしてるとみて間違いはねぇからな……妙に耳に残る言い回ししてやがったし」

 ペコリーヌの言葉に、オルガは小さく溜息をつく。 しかしペコリーヌとしてはもっと別なところが引っかかったようだ。

<違うんですオルガ君、どっちかというと内容と言うより()()ってワードが引っかかるというか――――>

「? 聞き心地の良い言葉でアジテーションするのは、古今東西よくあることじゃないんですか?」

<そうなんですけど、それも違うんですタカキ君。 その――――>

<あ、思い出した!>

 会話を遮るようにキャルが声を上げる。

『自由の声』*1よ!! アタシ達の宇宙船を撃墜してくれたアレ!!>

「!」

 キャルの放った言葉に、オルガは思わず目を見開く。 しかしそれはオルガだけではなく、ケリオンの同乗者や通信機の向こう側の全員も同じだった。

<そうよ、すっかり忘れてたわ! アタシ達がプロミス/48に墜落させられた時にも、あいつらにそんな捨て台詞吐かれたのよ!!>

 演説を聞いている間、ずっとモヤついていたものが一気に晴れたと言わんばかりに、興奮気味に叫ぶキャル。

 明らかに怒っている彼女の怒りに同調するように、オルガもドスの聞いた声で口を開く。

「つまりアレか、今回の一件とペコリーヌらを襲った連中は同じグループの可能性がある訳か……!!」

「かも知れないね」

「酷い! 運が悪かったらペコリーヌさん達と生きて出会えなかったかも知れないのに!」

「文句言ってやんなきゃ気が済まナイヨー!」

<のみならず>

<けじめをつけさせる必要があるかもな――<皆さん大変です! 座標地点近くにワープアウトする宇宙船を確認しました!>

 

 無線機から聞こえてきたみほの焦り声に続いて、宇宙船内のスピーカーから流れるアラーム音。

 オルガ達の大方予想通り、どうやら待ち伏せをされていたようだ。 みほからの警告を聞いたオルガは即座に返信する。

「数はどれくらいだみほ!」

<10機! かなり多いです! 皆さん気をつけて下さい、私達も援護します!>

<――――総員戦闘準備だ!! スペとテイオーはしっかり掴まってろ!!>

「分かってるよ!」

 言われるまでもなく2人はシートベルトの締め付けを強くして、この後来るであろう激しいドックファイトに備える姿勢を取る。

 一部の面々にとっては初めて経験する宇宙での戦闘に、否応なく緊張感が走る。オルガは操縦席から振り返って、後方確認を行う。

 モニターに映る敵影を示すUIは、ワープアウトを予測して既にデブリ帯の隙間に位置を指し示し――――瞬きしたその直後にそれは出現した。

 

 

<!! あいつらよ間違いない!! アタシ達を襲った『自由の声』の連中よ!!>

 キャルが叫ぶ。 その指差す先には、ワープアウトによって出現した宇宙船の集団がそこにいた。

 機体数はみほの分析通り10機ほど。 全員が以前オルガが登場していたラディアントピラーに代表される、『戦艦』タイプの宇宙船に乗り込んでいる。

 

<カモがノコノコやってきたかと思えば、そこにいるのは以前我々が惑星に撃墜した宇宙船だな!>

 声の主は驚くことにオルガ達の知る標準語でキャル達を煽り立てていた。 どうやら向こうとしてもペコリーヌらの乗るプリンセスストライクに見覚えがあるらしい。

<貴重な『エキゾチック』タイプの宇宙船だ! 中のトラベラーごと生け捕りにしろ!! 周りの連中もだ!!>

<ウガァ!! アトラスの使いっ走りを駆逐しろ!!>

 有無を言わさず、現れた宇宙船はこちらにビームを放ってきた!!

『フェーズビーム』だ、危ない!! シールドエナジーを剥がされる!!」

「全員散開しろ!!」

 

 オルガの合図とほぼ同時に、仲間達の宇宙船とISが蜘蛛の子を散らすように散開する――――束の間をおいて、敵の放ったビーム兵器がその場を通過する。

 ビームは先程までオルガ達がいた場所を薙ぎ払い、その威力でデブリの1つが吹き飛ばされて消滅した。 元々岩石採掘用のマインビームと類似した技術で作られ用途も準ずるが、兵器として用いれば宇宙船を保護するシールドエナジーを剥離し、吸収すら可能にする代物だ。

 ワンテンポ遅かったらビームが直撃し、危機的状況に陥る可能性すらあった。 そう考えるとゾッとするが、そんな感情をおくびにも出さずにオルガ達は敵機を見据えた。

「ペコリーヌとキャルの件では世話になったな……お礼はキッチリさせて貰うぜ!!

「シャルロットとラウラは特に気をつけて! 宇宙空間でシールドエナジーを切らしたら命取りだ!」

 ビスケットがIS組を気遣うと、真っ先にラウラが反応した。

<分かっている! 任せろ!>

<今度はこっちの番だよ! 行こうラウラ!>

 IS組2人が顔を見合わせ、シャルロットはISの背部からスラスターユニットを展開すると、高速で飛び回り攻撃をしかけてくる敵宇宙船に接近戦を挑む。

 ラウラもそれに続き、両手のワイヤーブレードを振るい、更にISのレールガンを連射して反撃に出る。

 しかし、敵宇宙船はシールドを展開しており、その攻撃を全て弾き返してしまう。

<厄介だな……互角のシールドに互角の機動力で飛び回る宇宙船というものは――――だが小回りなら!

 ラウラはブースターを噴射させ、急加速と急停止を繰り返し、不規則な動きで相手を翻弄する。

 

 瞬間加速(イグニッションブースト)、慣性を打ち消せるPICとブースターの出力を組み合わせた、ISであるが故の強力な瞬発力。

 敵が大回りに攻撃を回避しようとしたところを、小刻みな動きと素早い加速で先回り、同時に左手に握るISの量子ストレージから同じくフェーズビームの発射装置を取り出し、敵機に向けて発砲する。

 ビームは相手のシールドエナジーをそぎ取りバリアが完全に解除されたその瞬間、瞬時に武器をロケットランチャーに切り替えたシャルロットが援護射撃!

 放たれたロケット弾は追尾機能をもって敵戦闘機のパルスドライブに着弾! メインエンジンを破壊された機体の1つは立ち往生。

<礼を言う>

<どういたしまして>

 シャルロットとラウラは得意げにハイタッチする。

「いいぞシャル! そいつらは殺すな、生け捕りにしろ!」

<言われなくても!>

 

 

 

 

 

 

<ふーん。 オルガには悪いけど、アタシ達は手加減出来ないかも知れないわ――――って!!>

 話に割り込もうとしたキャル達だが、一瞬の隙を突かれ敵戦闘機の複数機に追跡を受けていた。

<ちょ、ちょっとペコリーヌ!! 逃げ回ってないでさっさと反撃しなさいよぉおおお!!!>

ご、ごめんなさい!! でもキャルちゃん、私宇宙船の操縦はやばいですよぉ~~~~!!!!>

 逃げに徹するプリンセスストライクを追い詰める、因縁の宇宙船達。

 初めてこの相手に撃墜された時に比べれば、遥かに磨き上げられたペコリーヌの操縦技術によりすんでの所で絶妙な回避運動を行うも、それは彼女自身があくまで操縦がもとより得意でない中で、せめて攻撃から逃げ切ることに特化して訓練を積んだからに過ぎず、実態としては多勢に無勢。

 地上においてはタンクの役割を担うほどに優れたスキルと戦闘経験で活躍出来る彼女だが、そもそも分野が違う彼女に苦手な宇宙船の操縦をした上で相手を殺さないように攻撃するのは土台無理な話だった。

「ああクソ、やっぱり付け焼き刃じゃムリがあったか! 仕方がねぇ<援護します!!>!」

 逃げ回るペコリーヌを追う2機の機体を、デブリ帯を縫ってイサリビからのビーム兵器による援護射撃がエンジンを貫く!

 ブルズアイ! たて続けにもう2発、今度は武器を貫き武装解除!

<ウ、ウガァ! こ、これでは戦闘が継続できん!>

<フシュー! してやられたか!!>

<ターゲットダウン!! ヒヤッホォォォウ!! やったぜぇぇぇぇ!!>

 今のはあんこうチームの優花里だ。 普段はですます口調で温厚な彼女だが、こと実戦となるとハイになる一面を見せる。 そんな彼女の役割は――――ズバリ砲手である。 それも超一流の。

 

<助かったわ……死ぬかと思ったわ>

<危なかった、ありがとう優花里ちゃん!>

<良いってことですペコリーヌ殿!>

<やるねぇ、見事な狙撃だったよ>

<セシリアと一度勝負をさせてみたいものだな>

<皆、気を引き締めて下さい! 敵はまだ8機残ってます!>

 みほからの激励に全員が直ぐさま戦闘を再開する。

「ペコリーヌ、無理に攻撃しようとするな! 敵を引きつけてさえくれれば俺とみほ達が迎撃する! 出来ることをやれ!」

<了解です!>

 あまりにも殺伐と慌ただしい戦場の空気。オルガ達はまるで自分達の命をチップに博打を打っているような感覚に襲われる。

 キャノピー越しにめまぐるしく動き回る宇宙空間に半規管をやられそうになる中、先程から沈黙を守っているスペシャルウィークとトウカイテイオーに違和感を覚えたタカキが振り返る。 2人は脚を踏ん張り、明らかにこみ上げる感情をこらえるような面持ちで目を見開いて、目前の戦場の光景をしかと焼き付けているようだった。

 

「……2人とも大丈夫かい? 見るに堪えないなら目と耳を閉じてた方が良いよ?」

 見かねたタカキが彼女達に気遣うも、スペシャルウィークとテイオーは首を横に振った。

「いえ、最後まで見届けます」

「コレが戦場なんだって、ボク達は受け入れなくちゃいけないんだ……!!」

 その言葉通り、2人はこの過酷な現実を受け入れようと努力していた。自分達は安全な場所にいたり危険から目をそらしたりして、仲間達の無事を祈るだけではダメなのだと。

 仲間達と共にあろうとする心意気にオルガは内心複雑ながら、彼女達の覚悟を尊重することにした。

 上手く口では言えないが、特にウマ娘達には殺伐とした光景を出来れば見せたくはない気持ちだった。 その為にはやはり、無血のままこの戦いをいち早く終息させなければならない。

 オルガは自分が背負っているものの重さを再認識すると、迫り来る敵機の群れを睨む。

 まずは眼前の敵を一掃しなければならない。それがオルガの導き出した答えだ。

「よし、この調子で全部やっちまえ!!」

 オルガは仲間達に活を入れると、機体を加速させて敵集団に突っ込んだ。

 シャルロットとラウラもそれに続き、随伴するように飛びながら敵戦闘機に攻撃を加えていく。

 相手のバックを取るように3次元的に飛び回りシールドエナジーを削り、エンジンを破壊。 そう言ったドッグファイトを繰り広げ2機、3機と撃沈する。

 

 

 

 

 

 

<ラウラちゃん! 敵を引きつけました!!>

「任せろ!!」

 プリンセスストライクを囮に引きつけるペコリーヌに対し、ラウラは彼女達を追い回す五月蠅いハエにフェーズビームとレールキャノンを発射する。 しかしこの機体は機動力に優れるのと、デブリ帯を複雑に飛び回るその動きが軍人上がりの高い射撃スキルを狂わせ、小憎たらしい敵戦闘機のエンジンから発せられるマゼンタの軌跡を憎たらしげに見せつけていた。

「クッ! ちょこまかと厄介な――――ならば!!」

 ラウラはシュヴァルツェア・レーヴェンを制止させ、ペコリーヌを追う敵をじっくりと見据えながら機体の出力を徐々に上げる。

 狙いはあのちょこまかと動き回る奴だ。 機動力が厄介なら、それを奪ってしまえば取るに足らない有象無象だ。

 そしてシュヴァルツェア・レーヴェンは、最大出力に達した瞬間に『それ』を解き放つ!

 

 

「――――()()()ッ!!!!」

 

 

 執拗にプリンセスストライクを追撃していた敵戦闘機が、突如一切の減速なく制止した!

<な、なんだ!? 機体が全く動かん!!>

<ふぇ!?>

<ど、どういうこと!? 敵の動きが止まったわ!?>

 これには止められた敵はおろか、追いかけられていたペコリーヌ達も舌を巻いた。

「――――くっ、流石にこのサイズの敵を止めるのは骨が折れるな」

 

 アクティヴ・イナーシャル・キャンセラー……通称『AIC』とは、ラウラの駆るシュヴァルツェア・レーヴェンに実装された、PICを発展させ敵の動きのを一切を封じる目的で使用させる制圧兵器。 これに補足されればどんな物体であろうともその動きを制限することが可能であるが、他ならぬ搭乗者であるラウラが目視で相手を補足かつ集中力が必要であることから、同時に複数の……それも大きな機体を止めるのが非常に困難であるという欠点がある。

 故に、宇宙船ほどのサイズをそれほど長く制止させるのは不可能ではあるが――――

 

 

「一瞬で、十分だ」

 

 

 刹那の判断が問われる戦場において、既に敵機のエンジンにレールガンを向けていたラウラが、最早それを憂慮する必要はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

<撃て!!>

 みほからの指揮で、シャルロットの追い詰めていた2機の宇宙船のエンジンがイサリビの援護射撃で撃ち抜かれた。

<ありがとう、みほ!>

<どういたしまして♪>

 イサリビへのシャルロットのサムズアップに対するみほの声色は、得意げで非常に明るいものだった。 オルガを巡る恋のライバルとも言える彼女達だが、一人の人間としてはとても相性の良い女友達であった。

「……これで全部ですか?」

「いいや違うなタカキ、奴さんは10機いた筈だ……」

 シャルロットが撃墜した2機、ラウラが3機、イサリビの援護射撃によって4機……後1機が見当たらない。

 オルガは神妙な面持ちで周囲を見渡した。 ひょっとしたら逃げられた――――そう思いかけたが、USGケリオンの動体センサーは確かに後1機、まだ宇宙船が残っていることを告げている。

「ならこのデブリ帯のどこかに……どこに行きやがった」

「気をつけて、オルガ」

 ビスケットはオルガを諌めるように注意を促した。

 ケリオンのレーダーに動きはない。 しかし数多のデブリ帯に視覚的に遮られて正確な位置取りを掴みづらい。 

 オルガは警戒心を解かずに、周囲を注意深く見渡す――――次の瞬間!

 

 

 

<隙を見せたな、トラベラー!!>

 

 

 

 突如ケリオンの左側面にあるデブリの1つから、隠れ潜んでいた最後の1機が突進する!

「しまった!!」

 ケリオン内の人員が、一斉に驚愕する。

<オルガ!! 皆!!>

 シャルロットが慌てて追跡するが、なまじ少し離れた位置まで移動してからの敵の不意打ちに、デブリ帯の数々を縫って進む事を強いられる。

 みほ達も慌てて援護射撃を行おうとするが――――

<撃って――――<ダメです! ここからじゃデブリに当たってかえって破片が散らばってしまいます!!>

 砲手からの反対にみほは慌てた様子で指示を取り下げた! 確かに下手に撃ったところでデブリの陰に隠れる敵機に対して有効打を与えられない。 ばかりか、当たったデブリが散らばりオルガ達のケリオンまで損傷しかねない。

「まずい!! この狭い空間じゃ小回りがきかない!!」

 慌てた様子のビスケットに、オルガは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 絶体絶命のピンチに、テイオー達も流石にパニック寸前に陥りかけていた。 そんな時、彼女がバックパックのラックに引っかけていたマルチツールを見つける。

 オルガは問いかけた。

「テイオー、そのツールに『ブレイズジャベリン』は実装しているか!?」

 う、うん。 一応精密射撃の訓練用にってラウラが「悪い、ちょっと借りるぞ!」

 オルガはテイオーの同意を待たずに、ストック付の拳銃とも言えるそれをふんだくる。

「ダ、ダンチョー!?」

「オルガさん、どこに行くんですか!? そっちは――――」

 仲間の制止を無視して、オルガはマルチツールのトリガーを引いたまま()()に駆け寄ると、腰の安全帯を出入り口側の手すりに引っかけた。

 

 

 そう、ケリオン搭乗口の左側ハッチに。

 

 

<クケケケケケケッ!!!! 冥土に行けエエエエエエエエエエッ!!!!>

「!! ダメだ、もう回避出来ない!!」

「皆、衝撃に備えて!!」

 ビスケットとタカキの呼びかけに、スペシャルウィークとトウカイテイオーが共に身を縮め、この次に起こりうる惨劇になけなしの抵抗を試みる!

<オルガ団長!!>

<オルガさあああああああああん!!!! みんなあああああああああああ!!!!>

<やめろおおおおおおおおおおお!!!!>

 最早仲間の救援も間に合わない! 敵機がフェーズビームとダメ押しのロケットランチャーの発射態勢を取りながらケリオンの横っ腹に迫ったその時!

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

<<え??>>

 

 敵機のパイロットと後を追ってすんでで間に合わなかったシャルロットが間抜けな声を上げる。

 

 そしてオルガはマルチツールを向け、その赤く光を溜め込んだ銃口を敵機のコックピットにめがけ、絞った引き金を解き放つ!!

 

 細く鋭く、赤い収束されたプラズマチャージ光が解き放たれ――――敵機コックピットを貫通!!

 

 超高温のイオン化ガスを一極に集中させ放射するチャージ兵器、ブレイズジャベリンの真骨頂である。

 

<ゲェエッ!?>

 

 それはすんでの所でパイロットの頬をかすめ、縦一直線に機体を貫通。 メインエンジンの制御基板をも溶解し、機体はケリオンをかすめるように明後日の方向へ飛んでいくと、側にあった大きめの小惑星に激突!

 

(危ねぇ所だった……感謝するぜ、キリコ)

 かつて異世界の旅で出会った、『キリコ・キュービィー』なる愛すべきAT乗り(最低野郎)が用いた……機体ごと押し倒されつつも、自らハッチを開け装甲を貫通する携行兵器(アーマーマグナム)で反撃、撃破した戦法をオルガは土壇場で思い出していた。

 オルガは呆気に取られて宙に浮かんだままのシャルロットに向き合うと、不敵に笑って見せた。

「へっ……こんな所じゃ終われねぇ、だろ?」

<――――オルガ!!>

 

 

 

 

 

不敵に笑うオルガを、仲間達の歓声が優しく出迎えた。

*1
第7話参照



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第29話

この世界における初めての宇宙における戦いはオルガ達の完勝に終わった。

 敵機10機、全機撃墜。 お互いのパイロットに一切の死者は出さず、文句なしの戦果だった。 そんなオルガ達は拿捕した敵パイロット達に投降を促し、現在はイサリビの宇宙船ドック内に連行していた。

 そんなオルガ達を、イサリビ内に残ったみほを初めとする戦車道の面々が出迎えた。

「オルガさん! お疲れ様!」

「素晴らしい戦果ですね! いやはや、これだけ状態の良い宇宙船を大量にサルベージ出来れば、当分食べるには困りませんよ!」

 謙遜する彼女達に、オルガはフッと笑う。

「何言ってやがる。 僅差とはいえ一番撃墜数稼いだのは戦車道組だろ」

そうですよ! 私なんか終始助けられっぱなしです! ……もっと活躍出来なくちゃやばいですね

 危機感を募らせるようにむむむっと口を出すのはペコリーヌだった。 宇宙船の操作が得意でないだけで、こうやって仲間に攻撃のチャンスを作り、無事に生還出来ただけでも上出来だ。 ここにいる誰もが彼女を足手まといなどとは思っていない。

「得意不得意はあるんだよペコリーヌ、君だって鉄華団がやって行くには欠かせない人なんだから、気にしないで」

「ありがとうございますビスケット君。 でもそれはそれで、いざという時に宇宙船でも戦えるようにならなきゃ行けません」

「……焦らずに、ゆっくりやっていけば良いよ。 だよね、オルガ?」

 オルガは一言「おう」とだけ応えた。

 

「……さてと」

 仲間達は改めて、襲ってきた不埒な自由の声の海賊達に厳しい視線を向けた。 怒りの程度は様々だが、鉄華団の皆が揃って怒りを覚えていることは確かだ。

 

「この落とし前……アンタ、どうつけてくれるんだ?」

 

 捕虜とした敵達を取り囲むように詰め寄り、威圧するオルガ。 それに対し詰め寄られたリーダー格であろうゲックは、依然としてふてぶてしい態度を見せつけるように、余裕たっぷりの表情を浮かべている。

「落とし前だと? 一体何のことを言っている?」

「とぼけるんじゃねぇ、聞けば以前にウチとこの宇宙船を襲撃して、墜落させた因縁があるらしいじゃねぇか。 二度もちょっかい出しといて知らぬ存ぜぬが通ると思ってんのか?」

「フン、アトラスの言いなり風情が粋がるな。 それに墜とされたのはそっちの連中に力が無かったからだ。 良い子ちゃんぶって身も守れん貴様らが悪いのだ」

「あぁ!? アトラスだぁ!? テメェふざけてんのか、何を訳の分からねぇこと言ってやがる!」

 激高してつかみかかろうとするオルガだが、それを手で制したのはビスケットだった。

「オルガ落ち着いて、ここでカッとなったら相手の思うツボだよ」

「チッ……分かったよ」

 オルガは舌打ちしながら引き下がった。しかしそれでも、その鋭い目つきで相手を睨みつけるのを止めない。

「大丈夫、僕に任せて。 タカキ、頼むよ」

 タカキははにかみながら首を縦に振ると、先程鹵獲した敵の戦闘機の1つに足を進めた。

 それを見届けたビスケットは改めて敵のゲックに向き合うと、話を切り出した。

「随分、流暢に僕達と言葉を交わせるんですね」

「ハッ、何を言い出すかと思えば……当然だろうな、我々の新たなるリーダーも貴様らのようなスムーススキンで似た言語を話すからな……口を開けば訳の分からんエクソクラフト? っぽい何かを押しつけてくるがな」

「……だからペコリーヌとキャルが『自由の声』って名前を覚えてたんだ」

 そう言われて、ペコリーヌら自身は勿論オルガも合点がいったようだった。 確かに彼女らはこの世界に来た時、この宇宙に遍く繁栄する三種族の言語を習得しておらず、対話と言えば身振り手振り(ボディランゲージ)で何とかすると言った有様だった。 そんな彼女らが組織名だけを自分達の言語に落とし込んで、正確に記憶していたのはいささか不思議であったが、相手が自分らの言葉を知っていたとなれば納得はできる。

 翻訳機という優れた代物はあるが、わざわざ撃墜するつもりの相手にそんな気遣いをする必要も無いとなれば、答えはひとつしか無いのだから。

「そう、それじゃあ話が早い……僕達もそのリーダーに会わせて下さい。 同郷のよしみなら、話が合うかも知れませんし」

「バカを言うな。 何故お前達を我らが閣下に会わせる必要がある? それにこの宙域は自由の声の勢力圏、直に我々の仲間が異変を察知してここにやってくるわ!!

 ゲックは高笑いをしながらそう言うと、彼の仲間達も釣られて余裕ぶった笑みを浮かべ始めた。

 聞きに徹していたオルガ達も流石に我慢出来なくなったのか、一歩前に踏み出そうとする。 しかしビスケットはそれも手で制するとゲック達に冷静に返す。

 その表情には焦りの色すら伺えない。 まるで相手の言ってることなどまるで意に介さないかのように。

 

 

 

 

「……そうですか、それじゃあ貴方達をこの船に留めておく理由は無い。 解放してあげましょうか」

「「「「「「「「「「「ビスケット(君)(さん)!?」」」」」」」」」」」

 

 女性メンバー全員が驚愕の声を上げる。しかしビスケットはやはり平静なままだ。

 そんな皆のやり取りをただ1人、オルガだけはここに至っては一瞬気を取られて間の抜けた表情を浮かべた後に……ニヤリと笑みをこぼした。

(ああ、そう言う話か)

 彼等の反応に、ゲック達は虚を突かれたのか一瞬たじろぐもすぐにまた強気に返してきた。

「ク、クク……力の差が分かったと言う事かな?」

「ええ、それはもう嫌というほどに」

「ビスケットさん、準備終わりましたよ?」

 そんな中で、鹵獲した宇宙船の中からタカキが何やら部品の幾許かを抱えて下りてきた。

「ビスケットさんの望んだ通り、宇宙船のコックピットの機材の一切合切を取り外してきました。 これでこの人達全員が1機に収まりますね」

「ありがとうタカキ。 デブリだらけのこの宙域に放り出すのはかわいそうだし、航路からもうんと遠くに離れた場所で解放してあげよう!

「ゲッ!?」

 ゲックは驚愕した。 それもその筈、タカキが機材を取り外したと言うのは彼が乗っていた戦闘機であり、コックピットの横には座席から操縦桿……そしてタカキが脇に抱えているのは『シンギュラリティコア』と言う、ハイパードライヴの現在位置とワープ座標の計算を司る部品。 更には無線機や遭難時用のビーコンもそこにあったのだから。

 ビスケットは穏便を装っているものの、タカキとのやり取りも含めこれが意味するところは最早語るまでもないだろう。

 

「命は大事ですし、言った通り()()してあげましょう。 あなた達の乗るあの船以外は僕達が頂いちゃいますけど、それぐらいは言いっこナシですよね? ……ラウラ、シャルロット、彼らを船に乗せてあげてくれない?」

 う、うん」

「……ふむ。 正規軍でもなく、そもそもジュネーヴ条約も無いからな。 妥当な捕虜の扱いだ」

 収納したISを再度展開し、彼らの仲間1人の肩に背後からアームを添えてやると、あからさまに震え上がった素振りを見せる。

 どうやらなまじ言葉が理解出来る分、ビスケットが発した言葉のニュアンス……決してタダでは済まない事を理解してしまっているのだろう。

「やめろ!! 離せ!!」

「き、貴様ら!! 我々を宇宙の片隅に置き去りにするつもりか!?」

「人聞きが悪いこと言わないで下さいよ。 命は大事ですから、文字通り解放してあげるって言ってるじゃないですか」

「ま、運が良かったら親切な通りすがりが助けてくれるだろうな……運が良けりゃ、な?」

 ここぞとばかりにオルガも煽りを入れると、ゲックをはじめ敵達の動揺がますます大きくなる。 最早パニック寸前にあると言っていい。

「どこのどいつが命が大事と言って、空っぽの棺桶に詰め込んで宇宙に放り出すのを良しとするんだ!! ふざけるなよ!?」

 

 

 

 

「ふざけているのはそっちだろうッ!!!!」

 

 

 

 その瞬間、ビスケットは目を見開いてゲックに詰め寄った!

「ゲッ!?」

 ビスケットの気迫に押されたのか、ゲックは思わず後ずさってしまう。 彼の後ろではシャルロットとラウラが控えているのだ。 逃げることは叶わない。

 周囲で見ていたスペシャルウィークらもビスケットの豹変に目を丸くしている。

「散々俺達を襲っておいて殺される方が悪いだとッ!? 身勝手なのもいい加減にしろッ!!」

 そこからビスケットはなおもヒートアップし、両手でゲックの胸ぐらを掴んで前後に激しく揺する。

「言え!! 貴様等のアジトは!? 本拠地はどこにある!! 俺達は怒っているんだ、言わないと許さないぞ!!」

「グエッ!! グエッ!! グエッ!?」

「さっさと吐けよ、俺達もそこまで気は長くねぇんだよ……ビスケットの望み通りこのまま()()しても良いんだぜ?」

「グエェッ、わ、分かった!! 言う通りに、いうとおりに、する――――」

 

 

<通信要求...発信元:#300P.D>

 

 唐突に、オルガのエクソスーツに謎の通信が入った。 怪訝な表情を浮かべながらも応答すると……。

<そろそろ許してはやってくれないか? 不出来だが私の大事な部下に違いはないのだよ>

「! その声は!!」

 無線機越しの聞き覚えのある声に、オルガは思わず反応した。

 突然の通信に声を上げたことでこの場にいた皆がこちらを振り返る。 ビスケットも締め上げていたゲックを離してやると、ゲックは尻餅をついてむせ込んだ。

 構わずオルガは黙って無線を全員に見聞き出来るよう、ホログラム通信に切り替える。

 オルガと座り込むゲックの間に、その男の立体映像が姿を現した。

 

 

 

<会えて嬉しいよ、鉄華団の諸君>

 

 

 その瞬間、その場にいたオルガ以外の全員が驚愕の声を上げる。

「ゲゲッ!? か、閣下!?」

 ゲックが男の姿を見た瞬間後ずさる。 それは彼の仲間も同様だった……予想はしていたが、どうやら『彼』こそがゲック達の、自由の声のボスだったらしい。

「……やっぱりアンタだったのか」

 現れたその男は長身でスマートな金髪翠目の容姿端麗。 知的さと蠱惑的な色気さえ感じさせる、素性を知らぬ女性なら一目惚れしてしまいそうな人間の白人男性であった。

 そしてオルガのみならず、ここにいる鉄華団の面々全員がその男を知っていた。

 何故ならば、彼こそが原初の鉄華団を破滅に導き、異世界の旅の切っ掛けを作ったとも言える……ある意味で全ての元凶とも言える男だったからだ。

 

 

 

「マ ク ギ リ ス じ ゃ ね ぇ か」

 

 

 

 

『マクギリス・ファリド』……決してブレない鋼の意思、自他共に認めるバエルバカのお出ましだ。

 もう何度やったか分からないやり取りを、オルガは脱力したような素振りで返した。

 だが当のマクギリスは余裕綽々と言わんばかりの笑みを浮かべている。

<久しぶりだなオルガ団長。 私の部下が君の仲間達に粗相をしたようで済まなかった>

「全くだ。 おかげさんで随分と危ない目に遭わされたぜ……誰も死なずに済んだのは幸いだった、誰もな」

 震え上がるゲックに憎々しげな目線を送ると、ゲックは強く身を震わせる。

<こちらの管理不行き届きであると言わざるをえない。 責任者であるこの私がしっかりと()()()()()()をすると約束しよう>

「ヒィッ!!」

<罪のない人々を襲うなと強く言い聞かせておいたはずだが……君たちには()()()()()()()()()()が必要なようだね>

 

「お、お、おおおおお許しをぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!! アグニカコワイバエルコワイアグニカコワイバエルコワイアグニカコワイバエルコワイアグニカコワイバエルコワイ」

「フ、フシューッ!! バエルバエルバエルバエルバエルバエルバエルバエルバエルバエル」

「ウガァッ!! アグニカカイエルノタマシイアグニカカイエルノタマシイアグニカカイエルノタマシイアグニカカイエルノタマシイアグニカカイエルノタマシイ」

 

 意味深なマクギリスのお叱りに、海賊共はハイライトオフのまま呪文のように聞き慣れた単語を繰り返す、壊れたスピーカーと化してしまった。

 どうやらアグニカ教の彼は、荒くれ者を矯正するのに得も知らぬ恐ろしい治療……もとい教育を強いているのだろうと察した。

「ダメだこりゃ……もう使い物にならねえな」

「……でも、こうしてこいつらのトップがお出ましなら」

「改めて尋問する必要は無いかも知れませんね」

<ふむ、では私から君たちを招待させてもらおう。 我々のアジトはこの星系内にある。 今から座標を転送しよう>

 そう言って通信が切れると、ワンテンポ遅れてオルガのスーツに自由の声のアジトの位置情報が転送される。

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……やっぱりアイツじゃねぇかよ……」

 全てが終わった途端、オルガは膝に手をつくように大きく項垂れ、深くため息をついた。

「やっぱりマッキーだったんだ……ボクも学園の大感謝祭であのオブジェの形には見覚えあったけどさぁ」

「バエルの時点で分かってましたけど、正直予想が外れていて欲しかったですね……」

「よりにもよってアイツの部下がコレなんてねぇ……」

「気まずさがやばいことこの上ないですね」

「なんて言うか、マクギリスさんこっちの世界でもアグニカ教徒なんて……どこにいても変わらないというか」

「まさかファリド先生……セラピーって言うのはひょっとして」

「……前に一夏にやろうとしてた、アレの事では?」

 各々がマクギリスへ呆れの感情を吐露する中、ラウラが未だにおびえて発狂する海賊共に目をやる。

 

 彼女が言う()()とは、かつてIS学園にオルガ達が共に通っていた学生生活の内において、ある時期に気落ちしてしまった一夏を励まそうと教職員を巻き込む形で、『織斑一夏にサービス対決』なる催し物を行った事がある。

 しかしながらその中の一つ、マクギリスが彼に対して行った励ましの行為というのが、なんと彼の信奉する英雄『アグニカ・カイエル』なる人物と、彼の駆る『ガンダムバエル』を象ったアメニティ一色を押し付け、全方位からバエルを連呼したりサブリミナルを狙ったりと洗脳まがいの行為に及んだ事があるのだ。

「もし同じ事をされていると考えれば、まあ気の毒な話ではあるな」

「だからといって無罪放免ともいかないけどね……」

「ああ」

 震える海賊達の処遇についてはこのまま身柄の引き渡しと言う形で、一先ずは空き部屋に閉じ込めておく事とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一同は指し示した座標を確認すると、イサリビの航路をそれらに向ける事とした。

「同じ星系内にあるのか……だがこの位置はどこかの星に点在してるって訳じゃ無さそうだな」

「だね。 宇宙空間のどこかって事は宇宙ステーション的なのがあるって事かな?」

 オルガとビスケットは、指し示された座標にイサリビを向かわせながら、目的地の正確な場所について思案する。 奴らのボスだというマクギリスが話を通したと言う事は、これ以上の攻撃の可能性は無いとみて良いだろうとするものの、渡航警戒の指示が出ている危険な空域においては警戒の余地は十分にあった。

「ま、いずれにせよ行ってみねぇと分かんねぇ……っと」

 オルガがそう言いかけた時、同じくブリッジで計器とにらめっこしていたみほが、何かを見つけたように目を丸くしていたのを見逃さなかった。 彼女に問い掛けてみる。

「どうしたみほ? 何か見つけたのか?」

「うん……目的地の座標に、こんなのが」

 ブリッジから見て丁度正面の窓の向こう……それらの先にあるものを拡大するように、みほはコンソールを操作して拡大表示する。

 

 そこにあったのは宇宙ステーションだった。 ただし朽ち果てて外板のそこら中に穴やひしゃげたような形跡が見受けられる。

「どういうこった?」

 オルガは疑問に感じた。 どう見ても、放棄されているとしか思えない外観であるからだ。

 つい先程破壊された貨物船に誘い出されてドンパチを起こされた身としては、再び罠にかけられるのではないか……そう言いたげな動揺が周囲に巻き起こる。

「……アイツはバエルバカだが、そう言った不義理はしない筈だ。 落ち着け」

 オルガは不安げな表情を浮かべるメンバーに呼びかけると、落ち着いて相手側の動向を待った。

 すると、電源が落ちていると思われていたステーションの出入り口に赤色灯が点灯し、イサリビの通信機に『自由の声』からの連絡が入った。

 

「俺だ」

 オルガは通信してきた相手にぶっきらぼうに返答する。

<――――まさかここに来て再び鉄華団と相まみえるとはな、つくづく俺達は腐れ縁らしい>

「!」

 返答が帰ってくるは男性の声……しかし皮肉めいた口ぶりで応対するその声はマクギリスのものではない。

 だがオルガにとっては同じ世界の住人……だが、実際にハッキリと面識を持ったのは数ある異世界での旅の最中である、ギャラルホルンがセブンスターズの一人。

 

 

「えっと、ガリガリ『ガエリオ・ボードウィン』だッ!! だからどうして名前を間違えるんだ!?>」

 オルガは思わず噴き出しそうになりながら、今し方怒鳴り声を上げた男の声を思い出す。

 ガエリオ・ボードウィンとは、元の世界においてマクギリスの友人で『セブンスターズ』なる特権階級に連なる貴族の御曹司の一人にして、鉄華団にとって因縁浅からぬ間柄であった。

 なぜならば彼らは『ギャラルホルン』という治安維持組織を支配する家柄の人間にして、彼自身もそこに所属する正規の軍人であるのだが、我らが鉄華団とやり合う形となり、結果引導を渡した因縁のある相手でもあるのだ。

 もっとも彼本人が直接手を下したのではなく、その仲間達であるのだが――――

<私は面白い渾名だと思いますが……それはさておき久しぶりですね、オルガ・イツカ>

<お前もか『ジュリエッタ』!>

 やりとりをしてくると、正にその引導を渡す形になった相手にして、結果的に悪魔と呼ばれた我らがエース・三日月にトドメを刺す形となった少女兵士『ジュリエッタ・ジュリス』の存在も明らかになった。

「お前もいたのか……」

<ええ。 チャイカとの冒険以来ですか? それとも戦車道での、まあ……些細な話でしょうが>

<カルタもいるんだがな、あいにく今は別件で席を外している>

「そっか……」

 オルガはフゥとため息をつくと、相対した彼らを思い出してはこれまでの異世界の旅を思い出す。

 

 当然ながら正面切ってやりあった相手なので、第一印象など宜しいはずもない。

 一方で因縁があると言ってもそれはあくまで立場上敵同士で、互いに身内を殺しあうことになったからと言う理由だけで、別段組織的に敵対する理由もない異世界で再会した際には、お互い死んでいった筈の仲間と無事再会を果たせていた事情もあって、今となっては懐かしくわだかまりは完全になくなっていたと言うのが実情だ。

 

<まあ、詳しい話は後にしましょう>

<貨物船を下りて宇宙船に乗り換えてくれ。 着陸用のガイドは生きているから安心して入ってきてくれ。 なに、取って食ったりはしないさ>

「分かった。 こっちにもあんた等にとっても懐かしい仲間を連れてるんだ……積もる話は後にしよう」

 そう言って通信を切ると、オルガは仲間達に宇宙船に乗り換えステーションに入る段取りを仲間達に通達する。

 内何名かが捕らえていた海賊達を連れてくるが、彼らはギロチンを待つばかりの死刑囚さながらに青ざめて抵抗の意思は見られない有様だった。 扱いが楽では良いが、素直に連れて行って良いものかと情けをかけそうになるも、オルガは敢えてそれを黙殺し連行を決意する。

 

 

 

 

 オルガ達はケリオンに、他の仲間達も宇宙船に乗り込みあるいはISを展開し、いよいよステーションへ乗り込む段階でみほが共有の無線を送ってきた。

<あれから久しぶりだよねオルガさん。 あの人達と会うのも、もうずっと昔のように感じられるなあ……>

「そうだったな、みほにしてみりゃ聖グロリアにプラウダ、黒森峰なんかの対戦相手だったもんな」

<毎回崖っぷちだったけど、しのぎを削ったのはよく覚えてるよ>

 懐かしむような感情がみほの声色から伝わってくる。 彼女としても、今話した彼らが他校の生徒かつ戦車戦の対戦相手としてよきライバルだった記憶をオルガと共有している為、みほの感情がオルガには手に取るように分かる。 それはタカキやビスケットも同様だった。

「だね。 それにしても、なんだかガエリオさんやジュリエッタは他にもオルガの旅を知ってる素振りだったけど」

「えー! そうなんだー! ボク達にもその話教えてよー!」

 テイオーが背後から身を乗り出してオルガをせっついてくる。

「後でなテイオー、話せば色々複雑で長くなるんだ。 第一ガエリオなら競バの記者として面識あるってか、取材だって受けてたろ」

「……だったかなぁ? でもいいや! 後でオルガの旅の話また聞かせてね! ゼッタイ! ゼッタイだもんね!

 テイオーは相変わらずマイペースだが、その無邪気さが今はありがたい。

 オルガはふっと微笑んで、仲間達にも促しながらケリオンの機体を発信させ、イサリビ艦内のドックから心許ない赤色の誘導灯が灯るステーションの中へと入っていった。



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第30話

 

 放棄され荒れた宇宙ステーションの中には言った一同に抱かせた印象は、スラム街そのものだった。

 乱雑に廃材が散らばり、メンテの不十分さから大半の区画が封鎖され、宇宙船ドックを中心に掘っ立て小屋やテントの中に代替品となる機材が設置され、正規のショップが立ち並ぶショッピングモールと言うよりは、文字通りの闇市(ブラックマーケット)と言って差し支えはないだろう。

 

 本来なら青々と光り輝く照明も、光量の不十分な非常用の赤色灯のみが点灯し赤く仄暗く、本来なら最奥に見える球体型のステーションコアなるメインコンピューターは適当に転がされ、代わりに等身大のガンダムバエルを象った白い像が佇んでいた。 その足下ではここを根城にしているのだろう海賊達がひざまずき、バエル像を拝んでいる様子が窺える。

 

 マクギリスのアグニカ教とやらがそれなりには功を成しているのだろうか、荒れているなりには一定の秩序は保たれているようにも思えた。

 

 

 

会えてうれしいよ。 オルガ団長。

 

 

 

 それはそれとして、出会い頭にマクギリスから放たれたその一言を言い終わる前に、オルガのけじめがマクギリスの顔面に突き刺さったのは言うまでもない。

「まあ、そうなるでしょうね」

 冷めた目線を送りながら呟くは鉄華団の面々をこの自由の声のアジトたる、放棄された宇宙ステーションを案内していたジュリエッタである。 彼女は共に出迎えたガエリオと共にオルガ達が自由の声の手下共に襲われた事、特にペコリーヌ等はそれ以前にも一度撃墜され、一歩間違えれば死んでいたかも知れなかったというのだから、けじめとして一発入れないと気が済まないと息巻いていたことを知っている。

 ちなみに彼女とガエリオに非が及ばなかったのは、マクギリスを止めようとしていたことがあのアジテーションのメッセージの中に含まれていた事も大きかった。

「グハッ……ず、随分ご挨拶だな」

 殴られた頬を拭いながらも、マクギリスはオルガの鉄拳を甘んじて受ける様子だった。

「当たり前だろ! ペコリーヌ等を危ない目に遭わせやがったんだからよ!」

「……その件に関しては本当に済まない。 こちらの落ち度と言わざるを得ない」

 改めてマクギリスはオルガに謝罪する。 オルガはわざとらしく鼻で荒っぽく息をすることで、ここに来てようやく溜飲が下がったような思いだった。

「ったく。 孤児上がりの俺らならともかく、何だって公僕(ギャラルホルン)だったあんた等がこんな海賊連中とつるんでやがんだよ」

「むしろ俺達は反対だったんだがな……」

 異を唱えたのはガエリオだ。 ジュリエッタも会話に入ってくる。

「訳も分からずこの世界に飛ばされて、見知らぬ地で生きていくなら先ずは後ろ盾になる組織が必要だと思いました。 それがたまたまこの自由の声なる組織で――――」

「反アトラスとか言う主義を掲げる傍らで海賊行為を行う連中……関わる内に実態を知って離れるつもりだったんだが、マクギリスは違った」

「……いかにも、我々が来る前はもっともな主張と裏腹に、貨物船や惑星状への基地への一方的な破壊行為……彼等のあまりにも無秩序な悪行は目に余るものがあった。 故に我々はバエルの威光を持って彼らに秩序をもたらそうとした」

 そう言ってマクギリスが指差す先には、ステーションに来るなり目についた巨大なバエル像がある。

 オルガは苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。 オルガにとっては鉄華団を振り回した曰く付きで、数々の転生先でも色んな意味で辟易させられたそれをあまり快くは思っていない。 そして何より、足下で像を礼拝するカルト染みた光景は、一つの嫌な想像をかき立てられる。

 

「で、結果は?」

「確かに問題行為の頻度は減りました、が」

「一部はより先鋭化して周囲の被害は結局プラマイゼロ。 下手したら組織だって動く事を覚えた分悪化したかも知れない」

「全然ダメじゃねぇか……」

 ジュリエッタとガエリオのダメ出しに、何よりそんな状況でもめげる様子のないマクギリスに、オルガは頭を掻いて呆れ果てるしかなかった。 ジュリエッタ等もどこかで疲れたような面持ちでいる辺り、相当に現状に手をやいている姿が容易に想像出来てしまう。

 なんとなく気まずい空気が生まれ言葉を発しにくくなるものの――――ふとした切っ掛けでそれは破られる。

「……?」

 何やら辺りに、肉の焼ける美味しそうな匂いが漂った。 最も早く反応したのは肉好きを公言するジュリエッタであった。

「なにやら、香ばしい匂いがしますね」

「本当だ。 さっきまで埃っぽかったんだがよ「さあさあ皆さん! 順番に並んで下さいね! 焦らなくても肉の在庫はやばいぐらいにありますよーーーー!!!!」

 ふと離れた所を見ると、あるテントの一角に人だかりが出来ていた。 よく見ればその中ではペコリーヌがテント内に設けられた簡単な厨房において、他の仲間達と共にせわしなく動き回りながら調理にかかっていた。 熱の入った網の上に肉と野菜の串を並べては、焼き上がったそばから海賊達が目の色を変えて我先に料理を奪っている。

「おいペコリーヌ?」

 オルガが心配して声をかけるが、彼女の代わりに料理の受け渡しを手伝っているキャルが代わりに返答する。

「あ、聞きなさいよオルガ! ペコリーヌったらまた料理をここの住人に振る舞い始めたのよ!」

「スペースアノマリーの人達より食べ盛りだから、調理の手が収まらないんですーー!!」

「ったく! 愛想が良いのは結構だけど、所構わずに料理し始めるのもいい加減自重しなさいっての――――わわっ!」

「だ、大丈夫ですかキャルさん!!」

 スペシャルウィークやシャルロット、みほ達も突然始まったペコリーヌの食事会にてんてこ舞いのようだ。

 キャルは足を滑らせて尻餅をついてしまい、それをスペシャルウィークが心配そうに介抱する。

「おいっすオルガ君!☆ この人達美味しいものを中々食べられなくて凄く鬱屈していたんで、私が調理役を買って出たんです! 余った食材は後で分けてくれるそうですから、オルガ君も後で一緒に食べましょう! あ、次に焼く食材は――――」

 

 

「私は肉を所望します!」

 

 

 よだれを垂らしたジュリエッタが、ペコリーヌの調理するテントの前にすっ飛んでいった。 程なくして海賊共ともみ合いになってバーベキューの串を奪い合う彼女の姿が見られた。

「ケンカしちゃだめですよー! 料理なら一杯ありますからー!」

 

「なんつーか……まあ」

 殺傷沙汰を避けたとは言え、つい先程まで命のやりとりをしていた組織の相手に挨拶代わりに料理を振る舞える、そんなペコリーヌの底抜けな明るさと図太さにオルガは感服するしかなかった。

「……なんとなく、あのペコリーヌってのはジュリエッタと声が似てる気がする」

 彼女らのやりとりを見ていたガエリオがふと呟いた。 言われてみれば、性格や外見など全然違っているが、その声については一人二役のようにも聞こえていた。

「じゃあ、俺はあいつらがお前の所の娘っ子に粗相をしないよう見張りに行く。 ついでにご自慢の料理も味合わせてもらうか」

「そっか」

 ガエリオもまたジュリエッタの後を追った。 そんな中でジュリエッタが頬張った肉を飲み込んだ所を見せると、オルガに対し声をかける。

「オルガ・イツカ、貴方に返す物があります! 後で積み荷を用意するので!」

「……?」

 疑問符を浮かべるオルガだが、ジュリエッタはふと柔らかな笑みを浮かべて告げた。

「もう、私達の側には必要の無い物ですよ!」

 そう言い残して、バーベキューの争奪戦を再開した。

 

「ふむ……彼女も粋な言い回しをするものだ」

 マクギリスも察したように、不敵な笑みを浮かべている。

「何のこったよ」

「後のお楽しみさ……それはそうとして、オルガ団長」

 マクギリスはオルガを真剣な表情で見つめたると、オルガもその意図を汲み取り一度咳払いして話を聞く事とした。

「君は、『アトラス』『センチネル』というものをどの程度知っている?」

 オルガは束の間を置いて返答した。

「どちらもちょくちょく耳にするが、正直言ってこっちの世界に来てから分からねぇ事だらけでピンとこねぇ。 特にセンチネルってのは、いつも出会い頭に襲ってくるポンコツロボットのイメージしかねぇよ」

「ふむ……」

 率直な感想を口にするとマクギリスは少し考えるような仕草を見せる。

 

 センチネルという名前自体、スペシャルウィーク達を乗せて初めて宇宙に出た時、次の目的地の星をスキャンした際に名前を知って、着陸後に理由も分からずに攻撃を仕掛けられ、以降も同じような目に遭わされた厄介者でしかない。

 アトラスにしても、このエクソスーツのOSが『アトラスシステム』と言う名前なのと、コーバックスなる種族がその名の神を信仰していると、ビスケットやタカキがそう教えてくれた事を記憶している。 尤も彼らにしても抽象的というか、そう詳しくはない様子だったが。

 

 そんな断片的だが何とか知り得た情報を、オルガはマクギリスの質問に対し答えた。

 オルガの説明を聞いて、マクギリスは何か納得するように口を開く。

「ふむ、『神』か……確かに彼ら、3大種族達はそのように扱っているようだな。 尤も、ヴァイキーンについては今は昔といった感じらしいがな」

 3大種族……ゲック、コーバックス、ヴァイキーンの事だろう。 彼らについても、この世界で過ごす内にオルガにもおぼろげながら実態が見えてきた所だ。

 

 

 かつては『はじまりの民』と呼ばれた武闘派ながら、今は一転して穏便で商業を重んじる爬虫人類ゲック。 アトラスについては信仰という姿勢は取っているが、実利重視の彼らは原理主義的ではない。

 

 機械の身体に集合意識の中から生まれ出た魂が宿りいずれは帰って行く、科学と知識を探求するコーバックス。 アトラスへの信仰心が一番深いのはこの種族だ。

 

 最後は戦いの中で生きる好戦的な獣人で、かつては信仰していたアトラスに今は唯一敵対的な意識を持つヴァイキーン。 彼らはセンチネルに対しても積極的に攻撃を加える事がある。

 

 

「3大種族についてもこんな所だと思っている」

「その通りだ、オルガ団長。 関わり方は違えど我々を含む彼らの後ろ側には、常にアトラスとセンチネルの存在がある。 それも我々をどこかで常に監視するかのようにね」

 オルガの認識は正しかったようで、マクギリスはそのように答える。 続けて彼はある事を語り始めた。

 

「センチネルとは惑星の生態系や資源の保護、宇宙空間における犯罪の取り締まりや、あらゆる公的な施設の防衛を担う……言わば秩序を保つ治安維持の役目を持っている。 そしてこれらは、神であるアトラスの一部が機械の身体を持って顕在した存在らしい」

「……随分、ファンタジーな話じゃねぇか。 こんな科学だらけの世界にしては似つかわしくねぇな」

 オルガは苦笑するが同時に興味深くもある。

「第一よ、治安維持だって言うんなら出会い頭に撃たれる理由が分からねぇ。 百歩譲ってむやみに生き物を殺したり、過剰な採掘繰り返したなら言われても仕方ねぇけどよ」

 今し方マクギリスが告げたセンチネルの役割……衛兵という意味の名を持つ彼らの意義を考えれば、一番最初に襲われた理由は敵対生物の殺傷にあるとオルガは結論づけた。

 しかしあれは先に襲われたのは自分達で、いいとこ過剰防衛ぐらいしか自分達が咎められる理由はない筈だ。

 

「あらゆる破壊行為に対して不寛容過ぎる理由は不明だ。 しかもその攻撃は、我々トラベラーと称される存在に対してのみ特に苛烈に行われる……現にならず者の略奪行為には通報がなければ、治安の維持もままならないのに対し、我々についてはほんの些細な事で襲われる始末だ」

「なんだそりゃ……理不尽じゃねぇかよ」

 ぼやくオルガにマクギリスは笑う。

「そう、理不尽だ……そんな身勝手な秩序を振りかざす、得体の知れない何かに常に付きまとわれるなど、到底我慢出来ないと思わないか?」

(ああ、そうかい)

 マクギリスやこの自由の声なる連中が、どうして反アトラス・反センチネルを掲げ、海賊行為を繰り返すのかその意図がなんとなく見えたような気がする。 彼らの言う自由とは、奴らの嘘……センチネルの欺瞞をはねのけアトラスに監視されない、本当の意味での自由意思を求めているのだろう。

 

「オルガ団長、君とは気心の知れた間柄だと私は思う」

 オルガが理解した事を見透かすようにマクギリスが言った。

 確かに、オルガにとってマクギリスとはただの知り合いではない。

 彼の判断が結果として危機を招きこそしたものの、最後まで鉄華団を裏切らず筋を通しきった。 異世界の旅を含めても行動を良く共にした事もあり、既に彼もまた同じ飯を食った仲間とも呼んでよい存在なのは間違いない。

「再び、共に駆け上がろうとは思わないか?」

 マクギリスはその手をオルガに差し伸べた。

 

 

鉄華団はアンタの側に乗ってやる。

 

 

 以前の自分なら話の流れでそう決めていた事もあった。 オルガはその手を――――

「お待たせしましたマッキー君!! ペコリーヌ特製バーベキューです!☆」

 差し出そうか一瞬悩んだ際に、それを遮るようにやってきたペコリーヌが、焼きたての肉を差し伸べられたマクギリスの手に渡したのだ。

「お、おいペコリーヌ「ほらほら、オルガ団長も! ずっと難しい顔をしてますね? こういう時はお腹いっぱい食べたら元気になれますよ!」

 オルガの口におもむろに肉の串を突っ込むペコリーヌ。

「うぐぅっ!!」

 肉の串が喉を貫通……とはならなかったが、焼きたての大きな肉片が噛まずに喉へ送られた事で窒息。

 

だからよ……止まるんじゃねぇぞ……。

 

 口に出す事無く、オルガはいつもの人差し指を立てたポーズで卒倒。 他界した。

「あれ? 焼きたての美味しいお肉でほっぺが落ちちゃったんですね?」

「ほっぺと言うか……」

「命が、落ちたんじゃないかな……?」

 ペコリーヌを追ってやって来たラウラとシャルロットが、床に倒れたオルガを見て何やら上手い事を呟いた。

 

 

 

「ククッ、フハハハハハハッ!! ハハハハハハハハッ!!」

 

マクギリスは、そんな鉄華団の面々のやり取りを見ながら高笑いを浮かべたのだった。




 お知らせ:今回は筆が乗ったので明日の同時刻(6/18 12:17)にて次話を投稿致します!


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第31話

 今週は二本立て!


 

 力を尊ぶ彼らが力で敗れ、マクギリスの後押しとペコリーヌの料理により、胃袋さえ捕まれた自由の声のならず者どもが、一転して鉄華団を受け入れるのは至極当然の事であったのかもしれない。

 こちらが驚くほどすんなりと、鉄華団の面々を受け入れる姿にこちらが恐縮しかねない勢いだったが、それは仲間内に見せる彼らの気さくな態度により、すぐに打ち解ける事となった。

 して、ジュリエッタとガエリオにより鉄華団の面々は闇市を案内されながら、その混沌とした独特な市場に度肝を抜かれることがあった。

 当然禁制品などの曰く付きな売り物もある一方で、真っ当な物や意外な物も高値で取引されることがあり、キャル達がクリーチャーに襲われた時に腹いせに持ってきた『幼生コア』等は意外と高値で取引され、思わぬ副収入となった。

 なんでも精錬すればナノマシンの原料や、あるいは無毒化すれば食材にもなり得ると説明され、それを聞いたペコリーヌが一瞬渋ったような面持ちになったことは記憶に新しかった。

「……でも、ジュリエッタさんやガエリオさん達も無事で良かった。 こっちの世界じゃオルガさん達も一斉に行方不明になって大騒ぎになってたんです」

「心配を掛けさせてしまいましたね、みほ。 私達にしても、まさかこんな事になるとは思いもよらなかった」

「完全に青天の霹靂って言うか……目が覚めたらまた宇宙だったもんな。 皮肉にも、こっちの世界に飛ばされてから、俺達が元々は別の世界の人間だった事を思い出したんだよなぁ」

 そんな中でみほは、戦車道の試合において面識があったガエリオ等と話が弾む内に、急に異世界に送られて双方が混乱していた事実を知る。

 

 戦車道なる、旧式の戦車を使って戦車戦を行う競技が大々的に行われるみほの世界。 その世界においてオルガ達は異世界から来訪した人間というアイデンティティを持たず、むしろガンダムのあるオルガ達の世界と互いの文化が最初から混じり合っていたような、言わば完全なるクロスオーバーを果たしていたようだ。

 

 それ故にオルガもその世界で転生を果たした際には、再度の異世界転生を果たすまでは元からこの世界の住人であったと信じて疑わない節があったようで、それはここに居るガエリオとジュリエッタも同様だった。 無論、彼らを静かに見守るマクギリスも同様なのだろう。

「でも、二人が元気そうで何よりですね。 この事実を早くお姉ちゃん達に話してあげたいなあ」

「ああ、貴女の姉は私と同じ黒森峰の……」

『西住 まほ』、だったかな? 何にせよ無事を報告出来れば言う事は無いんだがな……と、ここがモジュール屋だ」

 

 ガエリオはこのステーション内唯一の、アップデートモジュールを扱う商店のテントに一同を案内した。

 中は雑然といびつな形状の部品という部品が露天に並べられており、周囲の雰囲気もあって怪しさが立ちこめる異様さを醸し出していた。

「ほ、本当にここで良いのだろうか」

「IS用のパーツがあるかも、ってつい言っちゃったけど……」

 不安げに呟くは、ここを案内して欲しいとガエリオ達に告げたラウラとシャルロットであった。

 

 全てではないが、異世界からの転移の際にアトラスシステムにアップグレードされた二人のISは、技術体系的にこの世界におけるエクソスーツと宇宙船を足して二で割ったような代物となっており、装備出来るモジュールも双方の物を流用出来る等一定の互換性を持っている。 

 その為彼女らは自力で自らのISに、エクソスーツ用と宇宙船用のアップデートモジュールをいくつか転用して性能の向上に成功しており、同様の……それどころか、これまで貿易を行ってきたビスケットやみほ達が言うには、正規のモジュールと比べ独自のチューニングが施されているらしい、非公式な強化モジュールがこう言った場所には並ぶ事があるらしいと聞いて少なからず関心があった。

 しかしいざ現物を目の前にして、その上にこれまたうさんくさい素振りの4つの目玉を持つ爬虫人類、露天商のゲックが奥から姿を現すのを見て、ラウラ達は無意識につい身構えてしまう。

「huhdweul;l;vfdmkz?」

 こちらの姿を見るなり飛び出した言葉は、どうやらゲック語だったようだ。

「……言っておきますが、皆が私達の言葉に会わせてくれるとは限りません。 ゲック語で喋って下さい」

 ジュリエッタの無慈悲な言葉に意欲をくじかれそうなりながらも、シャルロット達はゲック語を理解出来るオルガとテイオーに通訳をお願いした。

「お願い二人とも」

「分かったよ」

「……大丈夫カナー?」

 二人はゲック語で闇商人と思わしき店主に声をかけた。

「「fiejwokswqolpwsl?(ジャマするぜ?)(おじゃまするよー?)」」

「jduewijikddkeisqiwidwj! jfiwjeidekdwqoswqkoqoq!」

自由の声、謹製、モジュール! 品質保証、ナシ、仕様書、ナシ、自己責任……ええ……」

ewijdweijisk?(いや、アンタの売り物だろ?) iwdjiwdkklnnzm,,?(まさか一切合切謎って話じゃねぇだろな?)

「jijidwodklqwos,oell///:/x!」

「……知らない、出所も不明、だって……ワケワカンナイヨー……」

 オルガとテイオーは項垂れた。 闇商人のゲックが売る商品とその謳い文句に、あらためてここが秩序の及ばぬ場所だと言う事を再認識させられる。

 特に相変わらずゲック語なら単語レベルでの理解が出来るテイオーは、完全に会話をこなせるオルガ共々身も蓋もないゲックのセールスを前に、ただただ後ろにいた仲間達に振り返るなり引きつった笑みしか浮かばなかった。

「……一応、こう言った非正規のモジュールを実装して事故が起きたという報告はありませんよ。 ()()()()()()

()()()()()()()では?」

 意味深に言うジュリエッタの言葉に異議を申し立てるのはラウラだった。 彼女は自分の専用機であるシュヴァルツェア・レーゲンのシステムアップデートに余念がなかったつもりなのだが……いざ話を聞いてみようとして肝心な部分がぼかされると、本当にこのモジュールを購入すべきか否か躊躇してしまった。

 曰くこの程度のやりとりは軽いジャブらしいのだが、それで不安を煽られる辺り慣れていない初心者はお断りな代物なのだろう。

「第一、ボク達普通のモジュールすらあんまり買った事無いからね……」

「最高クラスのモジュールと良い勝負するよね、この……うさんくさいの」

 テイオーとシャルロットは、提示されたモジュールのお値段を見てため息をついた。

 その価格『435』と書かれ、対してオルガ達は一日辺り約『8,000,000』……『クレジット』と呼ばれる通貨を稼いでいるが、この世界の基準においては決して少なくない金額らしかった。

 

 しかしながら、この商品はその通貨で購入出来るとは言っていない。

「hudjiejkwoakso435jiwjiejwiek! dijiesjieklsk--!」

「……これに『ナノマシンクラスター』が435必要ってか」

びた銭一文、まからないってさ……」

 そう、金銭として出回っているのは何もクレジットに限らず、オルガの言うナノマシンクラスターと呼ばれる、文字通りナノマシンの集積物を通貨として利用する場合もあった。 これらは通常出回るクレジットに対し貴重で集める手段が限られている事から、全体的に桁数が少ない。

 今し方シャルロットが発したように、435ナノマシンが必要ともなれば、この世界においては最高級なモジュールが買えてしまうほどの単位なのだ。 決して持っていないわけではないが、今の手持ちだと多くても2~3個買うのが限度であるため、それほどのナノマシンを投資する価値があるかは決めかねていた。

「さっきの幼生コアっての、取っといた方が良かったかも知れないわね……」

「そうですね……1つくらいはあったほうが良かったと思いますね「アンタに任せたら食べちゃうでしょ?」

 ぼやくキャルやペコリーヌだが、売ってしまった物は仕方がない。

「kmgoewkokcls,」

「早く決めてくれ、だとよ」

 いずれにせよ今ここで買うか買わないか、判断をせっつかされてる以上は悩んでいる暇などなかった。

「オルガ、僕達の為に無理しなくっても「はぁ、わかったよ。 ……hijdwijwdikosk、lkallaklkfknzk(物は試しだ、一つだけ頂くぜ)

 オルガはナノマシンクラスターの納まるペレットを、物々交換で商人に手渡した。 別に良いと言いかけたシャルロットを遮っての購入に「買うんだ……」と彼女がぼやいたのは言うまでもない。

「lixziekdolwksloep!」

毎度あり! だって……本当に良かったのダンチョー?」

 人柱を覚悟でうさんくさいモジュールを購入したオルガに向ける、テイオーの眼差しは怪訝なものだった。

「こりゃスーツ用か……ま、安全かどうかは使ってみりゃ分かんだろ」

 オルガはその視線を気にする事無く、購入したモジュールをインベントリの中に仕舞い込む。

「……結構ピンキリですからね?」

「言うまでもないかもしれんが、一度つけたモジュールは完全に分解しないと外せない。 いらないから他人に譲渡して使い回しは出来ないんだぞ?」

「わーってるよ……いざとなったら俺が人柱になるさ」

 ジュリエッタやガエリオの忠告にオルガは苦笑しながら答える。 そんな彼の様子に非公認モジュールに興味のあったラウラや、彼の無鉄砲な部分を恋人としてよく知るシャルロットは不安げな表情を浮かべた。

((簡単に人柱になっていいのか(な)……?))

 そう言いたい気持ちをぐっと堪えて、一先ずは彼の判断を信じる事にした。

 

 

 

 

 その後、貨物船の襲撃などの仕事を斡旋されそうになったり、気づかないフリをしないと色々と面倒になりそうな裏の世界を垣間見たオルガ達は、少し早いが宇宙ステーションをおいとますることとなった。

 自由の声のステーションのほぼ全員が、出発するオルガ達を見送りに来ている中、オルガは宇宙船……その後部を眺めていた。

「……あのミニチュアバエルとほぼ同じぐらいのサイズだな」

 オルガはジュリエッタからの贈り物……もとい返却物として、USGケリオンの後部に牽引されたコンテナの大きさを確かめつつ呟いた。 ミニチュアバエルとは、あのマクギリスのアジテーションを垂れ流しにしていた、スペシャルウィーク曰く某す○ざんまいポーズの模型である。

「あのバエルのミニチュア像は宇宙の至る所にばら撒いたそうだ。 見かけたら回収してスクラップにするなり好きにしてくれ」

「ガエリオ!」

「……あれのせいでカルタ様が資源集めに奔走する羽目になったんですからね。 後で貴方に逆エビを掛けてやるって息巻いてましたよ?」

 ジュリエッタからの言伝にマクギリスは身震いした。 どうやらマクギリスには、熱いお灸を据えられる事になりそうだ。

 

「――――んんっ、それでオルガ団長。 話だが」

 気を取り直すようにマクギリスが咳払いをすると、真剣な面持ちで話を切り出してきた。 それは恐らく、先程ペコリーヌによって遮られたあの話の事なのだろうが――――。

「あんた等は個人的に嫌いじゃない。 だが一緒になってアトラスと対峙するって話は首を縦に振れねえ……正直分からねぇ事が多すぎて決めかねてんだ」

「……ふむ」

 オルガの答えにマクギリスは腕を組む。 オルガにも至極真っ当な言い分がある。

 現時点においても実態のつかめていないアトラスやセンチネルに対し、自分達と共に戦えと言われても困るのが当たり前である。 ましてや腐っても相手はこの世界の秩序を保っていると言われる存在だ。 これではギャラルホルンがアリアンロッドと呼ばれる最大勢力と対峙した時と変わらないのではないか? そう言った疑念がオルガの胸中にはあった。

 日和見と言うつもりは無いものの、しかし正体さえつかめていない相手と事を起こすつもりもわざわざ無く、そう簡単に決められないと言うのがオルガの偽らざる本音だった。

「まあ、そう簡単に決められるわけでもあるまい。 ……君とて二度と鉄華団の仲間を失いたくはないだろうからな」

「……すまねえ。 悪いが、暫く考えさせてくれ」

 マクギリスの物言いに、オルガとガエリオ、ジュリエッタまでもが気まずそうに顔をしかめる。 ()()()()に関わったものとして、複雑な感情がこみ上げているのが見て取れるようだ。

「どうしたのダンチョー? もう出発の準備は出来てるよ?」

 先にケリオンに搭乗していたテイオーが心配そうに声をかけてきた。オルガは一瞬だけ振り返ると、テイオーの頭を撫でてケリオン内に戻るよう言いつけた。

 その様子にテイオーもそれ以上は何も言わず、大人しくコックピットへと戻る。

「じゃあな、また会おうぜ」

「ええ。 オルガ・イツカ、ご武運を」

「近い内にまた基地を訪れさせてもらうよ」

 

 そう言って別れを告げるジュリエッタとガエリオだが、いざ出発とケリオン内へ入ろうとした際、マクギリスがオルガを呼び止めた。

「待ちたまえ、オルガ団長……これを」

 マクギリスはオルガに何かを投げ渡した。 それは何らかのコードとオルガの顔写真が挟まった小さな冊子だった。 コレは何かと問う間もなく、マクギリスの説明が入る。

『偽造パスポート』だよ。 規制区域内の星系への渡航履歴はならず者との関与を強く疑われる。 それをステーションコアに認識させるだけで、君達の背後関係はシロになるという寸法だ」

「おまっ……」

 思わず絶句するオルガ。 いくら何でも用意周到すぎるだろうと思ったが、どこで誰が見ているか分からないリスクを鑑みれば、マクギリスの気遣いはむしろ妥当とも言えた。

「……大事に使わせてもらう。 サンキュ」

「幸運を、オルガ団長」

 オルガは軽く手を振ると、ギャラルホルンの面々もそれに応じてくれた。 挨拶を見届けるとケリオン内に戻りハッチを閉める。

「待たせたな皆、イサリビに戻った後は元の星系に帰ろう」

「そうだね。 色々あって疲れたよ」

「ですね」

「帰ったら晩ご飯の準備しないとですね! いっぱい食料分けてもらったから、ペコリーヌさんのお手伝いしてちゃっちゃと作っちゃいましょう♪」

「うへぇ! スペちゃんまだ食べるの!?」

 スペシャルウィークの底なしの食欲にドン引きするテイオーだったが、そんなテイオーの肩をタカキがポンと叩く。

 思わず振り向くと、タカキは黙って首を横に振った。 どうやら彼もテイオーと同じく、スペシャルウィークの胃袋に恐れをなしているらしい。 そんないつものやりとりに頬を緩ませるオルガは、宇宙船を発進させイサリビへの帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 イサリビへ帰還後、この星系から離脱すべくハイパードライヴを起動。 ワープ航行を開始するとハンガーに置いたままのジュリエッタに渡されたコンテナに向かった。

 ハンガーへ到着すると、鉄華団の面々の大半がそこに集結していた。

「おう、お前等もいたのか」

「オルガさん。 うん、さっきあの人からもらったコンテナって何だったんだろうって」

「でもオルガに渡されたコンテナだから、勝手に開けるわけにも行かなくって」

「ボク達ダンチョーが開けに来るだろなーって待ってたんだよ!」

「ハハッ、お見通しかよ」

 みほやシャルロット、テイオーからの期待にせっつかされるように、オルガはコンテナのコンソールを入力する。

 特にロックなどはかかっていないと言われていた為、オルガとしても中身が気になると思っていただけに手間がかからないのは有り難い所だった。

「そう言えばオルガ団長、ファリド先生はともかくあの二人は確か……」

「ああ。 本人もそう言ってたが元は敵同士、だったぜ」

 ラウラからの問い掛けにオルガの脳裏に過るのは、かつては敵として立ちはだかったジュリエッタとガエリオの二人だった。

 鉄華団と対峙したギャラルホルン、その内のアリアンロッドなる艦隊率いる敵側のエースとして活躍したのが、彼ら二人だった。 尤も、直接相対したのはここに居ない相棒の三日月で、元の世界においてオルガ自身が面識を持った事は殆ど……むしろ皆無だった。

 しかしながら、マクギリスと張り合ったガエリオや、それに及ばずとも立派に立ち塞がり、何よりも彼女自身も自負する悪運の強さによって遂に表向き三日月を討ち取り、鉄華団に引導を渡す形となったジュリエッタの存在など、立場上致し方がないとは言えオルガにしてみれば苦汁を飲まされた相手には違いが無いのだ。 無論、後者がそれを成し遂げた際には既にオルガは元の世界とは別れを果たしていたのだが。

 

「兵士ならその立場で敵味方が決まる事はままある……だが、複雑な気分じゃないか?」

「まあな。 だが、もう昔の話だ。 味方として一緒に旅をした事だってあるしよ、そんなもんだと思うぜ」

 オルガは今更掘り返す必要も無いと思っていた。 立場故に命のやりとりをして、奪われた側が相手を憎む事もあっただろうし、自分達も経験がある。 だがそれも過去の話だ。 異世界の旅で死んだはずの仲間達と再会は果たせたし――――そう考えていると、解放シーケンスを実行していたコンテナの蓋が遂に開ききり、積み荷の全貌が露わになる。

 

 ハンガーの外気に曝されたその中身に、この場にいた誰もが息を呑んだ。

 オルガも彼らが、ジュリエッタやマクギリスが口にしていたその粋な計らいをようやく理解し、ふと頬を緩ませた。

 

「それに……わだかまりを無くしてぇ気持ちは向こうも同じだからよ」

 

 そう、鉄華団の一度目の終焉を飾った……ガンダムバルバトスの頭部がそこに入っていたのだから。

 

 ジュリエッタ自身が討ち取った悪魔の首を彼女自身が手放す……その行いには確かに、全ては過去の思い出になったというメッセージが含まれていたのだ。

「ミカ……!!」

 思わずラウラはその場に膝を曲げて座り込んだ。 その目尻からは涙が滲んでいる。 無理もない。

彼女にとってガンダムバルバトスは、ラウラの『嫁』にしてオルガの相棒、三日月・オーガスの象徴なのだから。

「これが、三日月さんのバルバトス……の首なんですね」

「そうだよ。 基地に帰ったら、バルバトスの頭部をくっつけてあげないとね。 いつか三日月が戻ってきた時の為にもね」

「確かに、もう一仕事ですね……また頑張らないと」

 

 その頭部を惜しみなく返還した彼らの心意気を、オルガは確かに受け取った。



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第32話

 マクギリス達と一旦別れ、オルガ達鉄華団一行はフリージア星系に帰還した。

「やーっと帰ってきたな」

「そんなに長く居たわけじゃないけど、なんか懐かしい感じがしますよね」

「ああ、そうだな。 異世界の地だろうと、帰れる家があるってのはいいもんだ……が、悪いが基地に帰る前に宇宙ステーションに寄ってくれ」

 タカキは疑問符を浮かべるが、オルガはそれに答えるようにマクギリスから預かった『偽造パスポート』を取り出した。

「コイツをステーションコアに読み込ませる必要あるらしいんだよ。 何でも渡航歴を綺麗に細工する為だとか言ってたが……」

「まあ、曰く付きでしたからね……やる事も非合法というか何か……」

「じゃあ、寄り道ついでに他に必要なものの買い出しもしちゃいましょう!」

「よっしゃ、それじゃあ目標は宇宙ステーション――――」

 

 

<■■ステーションの管轄で貨物検査を検出!■■>

 

 

 

 宇宙ステーションに向けていざ出発、そう思ったオルガ達に冷やかしを入れるがごとく謎のアナウンスがイサリビ艦内に響き渡った。

 突然のアナウンスに騒然とするオルガ達だったが、その内ビスケットとタカキにみほ達はため息をつくだけで、特に驚いたような素振りを見せない。

「またか、センチネルの貨物スキャンだ……」

「? なんだそりゃ?」

 心底うんざりしたようなビスケットの言葉にオルガが反応すると、みほとタカキが変わって説明してくれる。

「禁制品なんかの怪しい積み荷がないか、こうやって抜き打ちでチェックされることがあるの……もし見つかった場合は直ちに差し出さないと攻撃を受けちゃう」

「まあ大丈夫ですよ皆さん。 俺達、変な積み荷を積んでいないことは事前に確認済みですから――――」

 

 

 

<■■貨物スキャン完了:禁制品を検出!■■>

 

 

 

「……は?」

 しかしタカキの言葉とは裏腹に、センチネルは禁制品の摘発を宣言した。 これにはタカキも面食らった面持ちで、ただ間の抜けた声を上げるしかない様子だ。

 

<フリージア プライム 管轄コア接続 ■■ 違法貨物を検出 ■■ 直ちに降伏せよ!>

 

「タカキ、話が違うじゃねぇか……」

「そんな! 俺達確かに積み荷のチェックしましたよ!?」

「私も一緒に見てたよ!? 一体何が検査に引っかかったの!?」

 一同大混乱。 オルガはタカキに詰め寄り、みほは大慌てでビスケットと一緒にコンテナを調べ始める。 しかし、いくら調べても禁制品などは出てこない。 これには他の仲間達も焦りを禁じ得ない状況だ。

「ど、どうなってんのよ一体……なんかの間違いじゃないの「あれ? キャルさんお尻の所に何かついてますよ?」

 困惑するキャルに対し、スペシャルウィークが唐突に彼女の尻にくっついていると言うそれを引き剥がした。

 それはどうやら植物の茎というか新芽のようで、押し花のように平らに潰れキャルのスーツの尻周りにエキスが染みついている有様だった。 ほんの少し、蠱惑的な香しさがあった。

「何だか見覚えありますね……それにこの香り」

「あ、これさっきの人達に料理を振る舞ってた時に使った野菜ですね! 良い香りがするからすり潰して香草代わりに使っていたんです☆」

 スペシャルウィークの疑問に答えたのはペコリーヌだった。 どうやら彼女曰く、その植物は自由の声のアジトにて誰かが栽培していたもののようで、良い香りがするからと肉の串に振りかけて使っていたらしい。 それを聞いて潰れた新芽を見た瞬間、ビスケット達が青ざめた。

 

「そ、それはまさか……!!!!」

「嘘!! キャルさんがそれを持ち込んじゃったの!?」

 震える指先でスペシャルウィークの持つ潰れた新芽を指すと、キャルが何かを思い出したように叫び声を上げた。

「思い出した!! ペコリーヌの手伝いしてた時にアタシ尻餅ついちゃって、多分その時に……!!」

「まさかこれが……!!」

 事実に気づいて同じように青ざめていくキャルやスペシャルウィーク達。 その答えを、タカキが神妙な面持ちで告げる。

 

 

『ニップニップのつぼみ』……禁制品です!!

 

「「「ええええええええええええええええええッ!?」」」

 

 一同が驚くのも無理はない。 ならず者達の間で取引される植物の類で禁制品とくれば、おおよそどんな代物なのかは想像に難くない。

 そんな中でペコリーヌは目を丸くする。

「え、でも私達食べても何もなかったですよ?」

「食べる分にはね! 実際に『ゲックニップ』って言うゲック達の食品の材料にもなってるけど*1、加工の仕方によってはそう言うクスリになったりするんだ!!」

「え、ええ……食べた後で知りたくなかった」

 またしても意図しない食に関するトラブルに、スペシャルウィークは頭を抱えた。 しかし困惑するのも束の間、摘発者達は彼らのやり取りを暢気に待つつもりはなかった。

 

<反応を認証:服従の意思なし アクション:現地の宇宙規制をセンチネル迎撃機に移譲...>

 

「!! お、おい!!」

 艦内に響く無慈悲なアナウンスは、彼らのやり取りに先方がしびれを切らした事を意味していた。

「ちょっと待ってくれ!! 俺達だって知って違法薬物を持ち込むつもりはなかった!! 没収するんだったらさっさと持って行ってくれ!! ここまで来てアンタ等とわざわざ事を構える気はねぇ!!」

 慌ててオルガが応対に出て止めに入るも時既に遅し。 ブリッジ越しに見える宇宙空間に複数の宇宙船がワープアウトする兆候が確認された。

 

<警告:センチネルの迎撃機が接近>

 

 数にしておよそ30機以上、一般に出回っている宇宙船のどのタイプとも異なる、オレンジカラーの鋭角的なデザインの宇宙船が一斉に出現。

 現れるなりこちらに赤い光――――フォトンキャノンと思わしきレーザー兵器を用いて攻撃をしかけてきた。

 最早酌量の余地はないらしい、攻撃が命中しイサリビの艦内が大きく揺れ、艦内全域に一斉に非常サイレンが鳴り響いた。

 混乱し、悲鳴を上げる仲間達。 オルガは舌打ちすると仲間達にすぐさま対応の指示を出した。

「総員戦闘配置だ!! ビスケット達やみほ達はさっきと同じようにイサリビの指揮と砲手を務めてくれ! テイオーとスペ達も可能ならそっちについてみほ達の補佐につけ! 残りのメンバーは宇宙船で出て応戦だ!」

「! 了解!!」

「オルガ、皆も気をつけて!!」

「任せとけ!」

 ビスケット達にイサリビの指揮を任せ、オルガ達は宇宙船ドックに走って行く。

 

 

「ったく!! 別に楯突こうなんて言ってねぇだろ!! トチりやがって!!」

「オルガ、ごめん!! アタシのせいで!」

「キャルちゃんのせいじゃないです! 私がこの植物の正体を知ってたら!!」

 ドックへの廊下を駆けながら、キャルとペコリーヌが申し訳なさそうに謝る。 対するオルガは苛立ちながらも、その怒りは仲間達には向けていない。

「ああ? ちょっとしたトラブルなんかいつも通りだろうが!」

「未知の食材を探し求めるのが、美食殿のモットーでしょ!?」

「うむ! あのバーベキューはとても美味かった! あの料理や作った人間のどこに罪がある!」

 シャルロットとラウラも、オルガ同様にペコリーヌ等を責めたりはしなかった。

 むしろ彼女達の面持ちには、美味い飯を用意しそれを手伝ってくれるペコリーヌらに感謝はすれど、恨むような気持ちは一切ない。

 ペコリーヌはつい感極まるような気持ちで、目頭を押さえながら言葉を口にした。

「ありがとうございます皆さん!! 気を取り直してバシバシ囮務めちゃいますからね!!」

「ペコリーヌが武器を使えないなら、アタシもさっきのオルガみたいに直接魔法を叩き込んでやるんだから!」

「なぁに、文句なら気の短いセンチネルの野郎にぶつけてやらぁ! 行くぞお前ら!!」

 そうこうしている間に宇宙船ドックに辿り着いたオルガ達は、遠隔操作で宇宙船のキャノピーないしハッチを解放すると、飛び込むように機内へ乗り込み、同時にシャルロットとラウラの二人は瞬時にISを展開する。

 

「どうだビスケット、みほ! センチネルの動きは!?」

<先ずは1機撃墜したよ!>

<でも数に圧されて砲塔が各個撃破されそうです! オルガさんは出撃後に直ちにセンチネルの迎撃機を砲塔から遠ざけて下さい!!>

「任された!」

 オルガがUSGケリオンを発進させ、ペコリーヌのプリンセスストライク、続けてシャルロットとラウラも出撃する。

 宇宙船ドックから飛びだしたオルガ達を待ち受けるのは、激しい攻撃に晒されるイサリビの外板とセンチネルの猛攻。 装甲に突き刺さる光の雨を前に、第二の我が家を好き勝手蹂躙するセンチネルに怒りさえこみ上げた。

 

「好き勝手やりやがって! 俺らの艦を舐めんじゃねえよ!!」

 

 オルガは操縦桿を握る手に力を込め、憎き敵達に咆吼する。

 スラスターを吹かし、イサリビの巨体にまとわりつくセンチネルの迎撃機に突貫する――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 うって変わりイサリビの艦内、スペシャルウィークとトウカイテイオーは艦内の通路を走り回っていた。

 オルガの指示でみほ達の補佐につけと言われてみた彼女達だが、二人以外のメンバーは皆何かしらの戦闘スキルを持っているのに対し、自身はまだ付け焼き刃の領域だ。 ペコリーヌのように攻撃スキルは無くとも宇宙船を所持していて囮を務められるわけでもない。 一見役職とは裏腹に手持ち無沙汰に見えなくもないが、実際の所は激務であった。

<二人共急いで!! 別の貨物ブロックでまた火災だ!>

「いぃ!?」

「またですか!? ああもう! さっき消火したばかりなのに!」

 ビスケットの指示、あるいは自発的に艦内を動き回り、攻撃を受けて発火した施設の消火に修理と負傷した人員の救助。 所謂後方支援として、俊足のテイオー達はその才能を遺憾なく発揮していた。

 絶え間ないセンチネルの攻撃により少なくないダメージがイサリビ艦内を蝕むも、動きも速くフィジカルに優れる利点を武器に、時には破損した機材を強引に取り除ける彼女達の迅速な対応により、これでも被害は最小限に抑えられていた。

 

 そして今、大きな衝撃と共に船体が大きく揺れる。

 消火器やリペアツールを手に廊下を走るウマ娘達を遮るように、天井から破片が降り注ぐ。

「危ない!!」

 慌てて立ち止まる二人の目の前に、崩れてきた端材が激しく音を立てて積み重なった。 間一髪潰されずにすんだ二人はホッとしたように胸を撫で下ろす。

 しかしすぐに顔色を変えると、持っていた機材を側に置いて崩れた天井の破片を撤去する作業に入る。

「ああもう!! 艦内に火事が起きてるのに!!」

「これじゃキリがないですよ!! まだ優花里さん達への補給も済んでないのに――――」

<まずい!! 二人ともそこから逃げて!! 通路ブロックの気圧が下がってる!!>

 崩落した破片を担いでは端に避け、悪態つきながらも迅速に撤去作業を進めるテイオー達に、ビスケットの悲鳴に似た叫びが無線機越しに響く。

 気圧低下? そのワードに二人の脳裏に嫌な光景が想像される。 この宇宙空間でそれが置きうる状況は――――

 

 

 次の瞬間、崩落した通路の反対側の曲がり角の壁に、突如大穴が空いた。

 艦内の通路ブロックの空気と共に、崩落した天井や消火器にリペアツールが、スペシャルウィークとトウカイテイオーもろとも引き寄せられる!!

 

「きゃあああああああああああああッ!!!!」

「スペちゃんッ!!!!」

 

 テイオーは咄嗟に右手でスペシャルウィークの腕を、空いたもう片方の腕は老化の側面に備え付けられる手すりを強く握りしめ、その上でジェットパックも全開に宇宙空間への吸い出しに対抗する。 今この手を放せば、2人とも猛烈な勢いで宇宙空間に放り出されるだろう。 その上外は激戦区だ。 オルガ達が賢明に戦っている中で無防備な2人が飛び出せば、センチネルの餌食になってしまう事は想像に難くない。

「スペちゃんも手すりを掴んで!!!! 吸い出されたらおしまいだよ!!!」

「わ、分かってます!!」

 空気の吸い出される音にかき消されそうになりながらも、テイオーの声に従ってスペシャルウィーク自身も手すりを掴み負圧に耐える。 猛烈な勢いでブロックの空気が吸い出されて行く内に、遂には重力を発生するシステムにも障害が起きたのか、勢いの弱まる空気の吸い出しと共に身体が徐々に浮かび始めていた。

 

 そして静寂が訪れた。

 

<無重力状態に入ります>

 

 吸い出しが終わったと思えば、今度は無重力に切り替わる。

 力で耐えていた状態とは裏腹に、慣れない浮力に包まれた状態に2人は文字通り宙に浮いた状態に陥った。

 

「――――――ッ!!!! ――――――ッ!!」

 

 慌てたように声を上げているスペシャルウィークだが、それはテイオーの耳に届かない。 それもその筈だ、真空状態では音を伝える空気が無いのだから、ウマ娘の聴力が優れていても意味を成さないだろう。 心電図のような規則正しい電子音だけがスーツに響き渡る中、トウカイテイオーは逸る心を抑えて無線機のスイッチを入れた。

「スペちゃん大丈夫!? 真空状態じゃ音は伝わらないよ、無線機を入れて!」

 スペシャルウィークもそれに気付いたように、同じく無線のスイッチを入れた。

<驚きましたよもう! テイオーさんも大丈夫ですか!?>

何とかね! ホントどうなるかと思ったよ……」

<無事かい2人とも!? 通路ブロックに穴が空いたけど、吸い出されてない!?>

 ビスケットの安否を確認する無線が聞こえてくると、テイオーはビスケットに状況を説明する。

「ボク達は大丈夫だよ! 何とか宇宙空間には放り出されなかったよー!」

<でも落ちてきた天井の破片と一緒に、ツールと消火器が吸い出されちゃいました! ごめんなさいビスケットさん!>

<いいよそんなの! それより2人が無事で良かった! 何時までも真空状態じゃスーツの酸素も持たない、早くそのブロックから離れて!>

う、うん! 了解したよ!! でもそれはそれとしてこのまま消火に向かうけど、代わりの消火器はこのルートからだとどこからが近い?」

<! いや、消火はもう大丈夫! 火災の起きた区画も真空状態になって火は消えたみたいだ! それよりも、今は一旦戻ってきて優花里達への補給を優先して!>

 ビスケットからの通信を聞いて、トウカイテイオーとスペシャルウィークは顔を見合わせる。

 そしてビスケットからの指示に従い、2人は一旦引き返す事にした。

 

 引き返す間際、テイオー達は無言で背後を振り返る。 静かに佇む壁の大穴の向こうはどこまでも冷たい宇宙空間が広がっている。 音も無い光だけが無数に広がる虚空は、2人に本能的な原初の恐怖を実感させられるあまりに息を呑む。

<……行こうテイオーさん。 皆が待ってます>

「うん……」

 そうして、2人はビスケット達の元へ戻っていった。

 

 

 

 

 

「貴様ッ!! よくもイサリビの壁に穴を開けたな!?」

<スペ達やみほ達が巻き込まれたらどうするんだよッ!!>

 ラウラとシャルロットは、イサリビの艦船側面に穴を開けたセンチネルの迎撃機一機を猛追。 怒りのままにアサルトライフルを叩き込み撃墜する。

「よし! また一機落としたぞ!」

<だけど僕達ももう手持ちの武器が尽きそうだよ、一旦艦内に戻って補給しよう>

「……そうだな」

 ラウラとシャルロットは、互いに顔を見合わせる。 レールガンやアサルトライフル、ロケットランチャーの弾薬やエネルギーもそろそろ底をつき始め、特にラウラ自身は集中力を求められるAICの使いすぎにより、既に疲労困憊であった。

 とは言え今の一機で合計20近い迎撃機を撃墜、ようやくセンチネルの攻撃が弱まってきたその矢先だった。

 

 

 

<警告:多数のセンチネル迎撃機が接近>

 

 

 

 警告インジケーターに、センチネルの増援が到着しつつある事実が無慈悲に告げられた。

「新手か!?」

<そんな!! これじゃキリが無い!!>

 ラウラとシャルロットが焦りを帯びた声を上げる。 こちらが優勢に転じ始めていたとは言え、海賊よりも厄介な敵が増援を呼んだとあれば、このままでは全滅は免れない。

<皆、機体の状態は!?>

 シャルロットは無線でオルガやペコリーヌに状況を確認する。 返事がすぐに返って来るも、その声は切羽詰まっていた。

<良くはねぇ! 武器弾薬をしこたま積み込んだおかげで何とか数機は墜としてるが、敵の数が多すぎて機体がボロボロだ!>

<私もです! キャルちゃんのおかげで私も2~3機は自力で倒せました! でもこのままじゃやばいです!>

<損傷率がもう半分を超えてるわ! アタシの魔力もそろそろ尽きかけてるし、武器弾薬もよ! 正直これで増援呼ばれたら持ち堪えらんないわよ!>

 皆、消耗を強いられて機体の損傷も目立ち始めていると告げる有様だった。 そんな中でセンチネルの迎撃に回っていた自身等に、ビスケットからの連絡が入る。

 

 

<皆! イサリビのダメージが深刻になりつつある! もうこれ以上は戦えない、撤退しよう!>

 

 

 そうか……!!>

『緊急ワープユニット』でこの星系から脱出します! 残りの迎撃機は私達が足止めします、皆さん急いで戻って来て下さい!>

 焦りが声色からも聞いて取れるビスケットやみほからの連絡に、皆が一斉に押し黙る。 オルガも苦虫を噛みつぶしたように悔しさを滲ませた声で返答する。 不本意ではあるが、圧されていてジリ貧の状況に理解があったのだろう。

<わかった、皆の命が優先だ。 聞いたなお前ら!?

 オルガは撤退に同意する旨を伝えると、すぐさま通信を切った。 どのみち既に継戦能力は限界に達しつつあり、いずれにせよイサリビに補給と修理に戻る必要があったのだ。 少なくとも今飛び回るセンチネルの残りに対しては、みほ達砲手が対応してくれている。

 皆がイサリビの方角を見つめると「撤退の準備を急ぐ」の一言をオルガが告げた。 すると、他の4人もそれぞれ了解の意を示したのであった。

「悔しいがこれ以上は戦えないな……」

<うん、素直に撤退しようラウラ……ほとぼりが冷めるまで他の星系に批難しよう>

 ラウラも疲弊した身体に鞭打って、シュヴァルツェア・レーヴェンのスラスターに点火する。

 一斉にイサリビの宇宙船ドックを目指し飛行を開始するも、機体の損傷に各々ムラがあるのか、元々優れた機体性能を持つペコリーヌのプリンセスストライクはそれ程でないが、オルガの乗るUSGケリオンは目に見えて遅れていた。

「大丈夫かオルガ団長?」

<こんくらい何てこたぁねぇ……って言いてぇが、流石に修理が必要だ>

 心配するような声を上げるラウラだが、オルガ自身も窮している様子を隠さず、やっとの思いで先行する4人の後を追う状態だ。

 見かねたシャルロットが殿を務めつつも機体を押してやろうと、オルガの元にUターンしたその瞬間だった。

 

<――――大変だ! もうセンチネルの増援がやって来た!!>

 無線越しのタカキの慌てた声と同時に、厄介なタイミングでセンチネルの増援がワープアウト! 現れたその増援を見て、思わず皆が一様に唖然とする。

 

<――――マジかよ>

 

 迎撃機の時よりも更に巨大な反応と共に現れたのは、自身等のイサリビと同じ巨大サイズの艦船――――断面の細い長方形のような船体と側面に多数設けられた砲口を持つ、センチネルの主力艦と思わしき戦艦。

 呆気にとられたようなオルガの呟きの後に、センチネルの主力艦はドックと思わしきハッチから艦載機を発進させながら、側面の多数の砲口からイサリビへ向け一斉射撃する。 イサリビの外板にセンチネルの攻撃が突き刺さり、これまで懸命に防戦に努めていたイサリビの砲口が瞬く間に刈り取られていく。

 

<わあああああああああああああ!!!!>

<お、おい!?>

<優花里さん!? 優花里さんッ!! 大丈夫ですか!?>

<だ、大丈夫です西住殿!! ギリギリ攻撃は掠めました! だけど砲台が――――!!!!>

<まずい!! このままじゃオルガ達の回収まで持たない!!>

 抵抗の手段が失われ、現れたセンチネルの増援に追い詰められつつある中、イサリビの艦内からビスケットやみほ達の悲痛な叫びが響き渡る。

 イサリビの艦隊はセンチネルの攻撃で見る見る内に削り取られ、瞬く間に窮地へと陥っていく。 ビスケットの言う通り、オルガの速度に合わせていては艦内に戻る前に母艦を失ってしまうのは避けられない。

 

 するとオルガは何を思ったか、イサリビのドックへ進めていたケリオンの軌道を反転させ、何とセンチネルめがけて特攻を仕掛けたのだ!

「オ、オルガ団長!? 何を!?」

 ラウラは慌ててオルガへ呼びかけるが、オルガはなおも敵に向かって前進!

<足の遅い俺に構うな!! まだ弾を積み込んでる俺が囮になってやるから、その隙にお前らはイサリビと一緒に逃げろ!!>

<無茶だよ!! それにオルガが残るくらいなら僕だって――――>

<団員を守護(まも)るのが俺の仕事だッ!! 良いから早く行けッ!!!!>

 シャルロットは溜まらずオルガの後を追おうとするが、それをラウラは咄嗟に飛びかかり羽交い締めして制する。

「何するんだよラウラ!! 離して!!」

 身を捩らせて抵抗するシャルロットを、しかしラウラは力強く押さえ、そして一睨みした。

「――――撤退するぞ!! 団長の気持ちを無碍にするな!!」

「――――!!!!」

 ラウラは無意識に込めた目力と、そして自然と下唇を噛むような仕草により、興奮するシャルロットの押さえ込みに成功する。

 その瞬間、オルガは2機のセンチネルに向けてフォトンキャノンを連射、シールドを剥がしながらロケットランチャーを叩き込み1機撃墜! しかしもう一機から反撃を受け、機体の後端から遂に煙を上げる。

 

「オルガッ!!」

<行けって言ってんだろッ!! 心配すんな! 俺は死んでも死なねぇからよ!! お前らが逃げたら俺も逃げる!! だから行けッ!!

 ボロボロに打ち砕かれ壊されていくケリオンの姿に後ろ髪引かれる思いだが、それを堪える仲間達の意も汲んだシャルロットは、渋々ラウラ達と共にその場を離れた。

<ああもう!! 団長自らが囮になってどうするんですか!!>

<――――今はオルガを信じよう!! さあ、今の内に早く戻ってきて!!>

 冷や飯ぐらいと言うか、自己犠牲を平気でやるオルガの姿にタカキやビスケットも不満の声を上げる。 しかしながら逃げ切れるチャンスが生まれたのは事実で、それを無にするべきでないと言う気持ちは、皆痛いほどに分かっていた。

 

 ラウラ達は一斉にイサリビのドックへ着艦! 慌ててブリッジにいるビスケット等に着艦の通告をすると、艦内にいる皆に対しアナウンスが為された。

 

<直ちに緊急ワープする!! 全員何かに掴まってくれッ!!>

 

 ビスケットの絶叫が響くと同時に、艦が大きく揺れる。

 同時にワープ航行中特有の、形容しがたい強烈な違和感に艦内が支配され、重力制御すらままならなくなる程の超加速に体が押し潰される。

 それはまるで、巨大な手で押さえつけられるかのような感覚だが、ラウラ達にとってはオルガを見捨てて逃げた罪悪感の重さのようにも感じられた。

 

(……すまない、団長!)

 

 ラウラは心の中で謝罪する。 長いとも短いとも言えない奇妙な感覚に支配される中、やがて視界は光に包まれた。

 光が晴れると機体の揺れや圧迫感は収まり、イサリビが無事にワープによる避難を完遂した事を告げられる。

 

<皆、お疲れ様……イサリビは何とか避難に成功したよ……>

 

 安堵するようなビスケットの言葉だが、その声色に嬉しさのようなものは感じられなかった。 そしてそれは皆も同じ気持ちだった。

 

 鉄華団……この星々の海を渡る世界において、初めて明確に敗北した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すまほ・ですま 星系

ユークリッド銀河 新たなるディスカバリー

 

 

 

 

緊急ワープに成功 飛行距離:286光年

 

 

*1
ちなみにゲーム内のクラフト機能で実際に製造可能だが、レシピに『ニップニップのつぼみ』は使われていないもよう。



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熱砂の惑星
第33話


 今回からは暫く団長不在だ! な新章スタート!


「お疲れ様です皆さん……機体の整備はやっておきますので、今はゆっくり休んで下さい」

 やっとの思いで帰艦を果たし、疲労困憊の重い足取りでブリッジに戻ってきたシャルロット達を見るなり、タカキはこちらをねぎらうように声をかけてくれた。 しかしながら、帰艦を喜ぶ口ぶりながら嬉しさのような気持ちはあまり感じられない。 

「……団長はきっと生きてますよ。 自他共に認める殺しても死なない男なんですから、きっとその内「――――アタシが」

 

 タカキのフォローを遮ったのはキャルだった。

「アタシが船に乗り込む前にこれに気付いてたら、こんな騒きにはならなかったわ……」

 キャルは重々しい口調で潰れたニップニップのつぼみを指で転がすと、それを地面に投げ捨てマルチツールを抜いた。

 

「こんなもの!!」

 

 そしてツールの銃口から魔力を放ち、潰れたつぼみを熱波で粉々に粉砕する。 禁制品がただの灰に燃え尽きるのを見ると、そこらの機材に背をも垂れかけるように座り込み、ツールを持っていない左の手で頭を抱え項垂れた。

「……キャルちゃんのせいじゃないです。 私がそれを禁制品だと知らずに調理に使ったせいで「それは言いっこナシって話だったでしょ? ペコリーヌ、キャル」

 キャルに次いで、ペコリーヌが自身を責め始めようとした様子を見かねたのはシャルロットだった。

「あの時団長と一緒にボク達も言ったじゃない。 あれは誰かが悪かったって言う話じゃ無い」

「そうだぞ。 だから自分達をそう責めるな」

「――――でも!

 誰も悪くない、と宥めるような二人に対して、それでもキャルは食い下がろうとした。

 するとそこにビスケット達もわざとらしく咳払いし、皆の会話を遮って視線を集めるような素振りを見せると、ゆっくりと語り始めた。

「キャルやペコリーヌが責任を感じるなら、皆の身体チェックが不十分だった僕達にも責任があるよ」

「ビスケット君の言う通りだよ。 これは皆の問題なんだから、誰かを悪者にしようなんて私達は思わない」

「そうですよ。 ……それに今は」

 みほやタカキもフォローに入ろうとした所で、ふとブリッジの照明が落ちて周囲が暗くなった。

 

「停電!?」

 

 シャルロットの声と共に空間にざわめきが広がるが、束の間を置いて赤い非常灯が点灯した。

 それは先程まで居た自由の声のアジトのような赤く仄暗い雰囲気で、辛うじて窺えたビスケットの顔はため息をついてるようで、ぼやくように言い放った。

「……主電源が落ちて非常用に切り替わったんだ。 こうなるからあまり緊急ワープはしたくなかったんだよ」

「……ワープと何か関係あるんですか?」

 スペシャルウィークが問い掛けると、タカキが代わって答えた。

「大ありだよ。 ハイパードライブに過負荷を掛けて行き当たりばったりにワープさせる機能だから、何らかの機器を巻き込んで故障をしてしまうんだ。 こっちがワープで逃げられないように、敵が仕掛けてくるある種の妨害電波(ジャミング)に無理矢理対抗する為に、ね」

「だからイサリビの主電源が壊れちゃったってこと?」

 テイオーが聞くと、みほは申し訳なさそうに首を縦に振った。

「と、言う事は……そろそろあの機能が――――」

 

 

 

<無重力状態に入ります>

 

 

 

 

 無機質なアナウンスの後に、ブリッジに居る皆が浮遊感に包まれた。

「うわわっ! 何よコレ!!」

「この浮遊感……やばいですね!

「アンタ他に言う事ないの!?」

 初めての無重力に遭遇したペコリーヌ等は、スペシャルウィークやトウカイテイオー同様に身体の制御がままならない。 しかしながらそのリアクションは慌て半分、残りは興味と言った具合だ。

「ああ、やっぱり……」

 ビスケットはぼやいた。 電源周りの故障を招くと、重力を発生させる機構にも影響を与えるらしい。

 身体が浮き始めて宙を回るテイオー、スペシャルウィークやペコリーヌにキャルも同様に無重力の浮遊感に不安げであるが、一方でそれ以外の面々は直ぐに地に足ついて平然と立っている。

ウソ! どうしてビスケット達は普通に立ってるの?」

「僕達はPICの機能をいじれば、好きに重力の向きを変えられるから」

「それにテイオー達も、靴底に重力を発生させる機能がスーツに内蔵されてるはずだよ。 探してみて」

「えっと……あ、コレかな?」

 テイオーはスーツのHUDを起動し、『重力ブーツ』と書かれた項目をONに切り替えると、靴底にだけ重さがかかったように地面に吸い付いた。 浮いていた他の皆も地面に着地する。

あ、良かった! ちゃんと地に足ついた感じ――――はするけど」

「ちょっと弱いですね。 まだなんとなくふわふわします」

「でもこれで、とりあえずは普通に動けますね!」

「まあ、浮ついたままよりかはよっぽど良いわね……」

 宇宙を旅する面々にしては初々しいリアクションだが、彼女らの立ち寄った場所は全て人工重力の発生している施設ばかりの為、シャルロット等IS組と違って無重力には馴染みが無かったのだろう。

「……さて、そう言う訳だからもう自分を責めたりするのはナシ! 早くイサリビを修理してオルガを探しに行こう!」

「そうですね……でもその前に宙に散った資材の代わりを集める必要がありますし」

 タカキが言いかけた所で、皆の腹が一斉に鳴いた。

「――――何より先に腹ごしらえですね! 分かりました! 幸い食料庫は無事だったと思いますし、まずはお腹いっぱい食べましょう!」

 腹の音を聞いて、沈みかけた感情に灯が灯ったペコリーヌ。 どうやら自身の役割を思い出した事で元気を取り戻したようだ。

 

 

 

 

 

 

 

<... ... ... zzktt ... どこに zzkttk 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中で、辛うじて生きているイサリビの通信システムに何者かの通信が入った。

 突然の通信に一瞬センチネルを警戒してどよめきが走るが、こちらが受信を受け付ける間もなく通信機がオーバーライドされ、独りでにホログラム通信に切り替わる。

 

 ブリッジの中央に設けられたホログラフィーに投影されたのは、黒一色の大きな目を持つスマートな出で立ちの知的な宇宙人の姿だった。 シャルロットは皆に目線を配るが、自身を含め誰一人として彼か、あるいは彼女化の姿に対して見覚えのある者はいない。

<誰かそこに kzzkt いるのか? それは外にある どこか zzzkkt 何かがおかしい ->

 ノイズにかき消される中でのか細い声だが、しかしシャルロット達にはその声だけは心当たりがあった。

「この声……確かプロミス/48で基地を建てて間もない頃の……」

「それ以前にもありました! 初めてオルガさんと一緒に宇宙に出た時にも――――」

「!」

 

 シャルロットにとってはキャルと共に基地のコンピューターのアーカイブによって、スペシャルウィークにとってはテイオーやオルガと共に宇宙船の中で聞いたあの妙な通信。 聞いた切っ掛けは様々でも、その声の主については定かでは無いものの、確かに聞き覚えがあったのだ。

 その話は既にこの2週間の間にビスケット等やみほ達と情報を共有済みで、ビスケット等はその人物について、スペースアノマリーで会話したナーダ達の友人であるとシャルロット達は教えて貰ってもいた。

 

タカキとビスケットは顔を見合わせてうなずくと、謎の人物へと応対を試みた。

「……『アルテミス』さん、ですね?」

 それがこの人物の名前なのだろうか、アルテミスと呼ばれたその人物も首を縦に振った。 どうやら肯定と言う事だろう。

「僕はビスケット。 貴方と幾度かやりとりをしていたオルガ・イツカの仲間で、貴方の友人のナーダさん達からも貴方を捜索するように頼まれていました」

 相手の顔をよく見据えて言うと、しばしの沈黙の後にアルテミスは答えた。

<君は、君達は私を見つけた……>

 それは何処となく感極まっているような声色で、アルテミスは改めて言葉を続けた。

<光はほとんどなかったのに。 もう二度と自分以外の存在の声を聞けないと思っていたのに、どうやって私の声を見つけた?>

「それは――「墜落した船をダンチョー達と見つけたんだよ! あの極寒の星で、ボク達遭難した時に!」

「あんな場所に誘導されてあの時はカッとなったけど、なんやかんやで助けにはなったわ。 一応感謝しとくわね」

 テイオーとキャルが代わりに答えた。 当事者だけあって説明は手短かつ感情を込めて言い放った。

 先の初めてのハイパードライヴのテスト直後に、散々な目に遭ったとテイオー達からは聞かされていたが、しかしアルテミスはそれを遮って独り言のように話し始めた。

<それは外にある。 でもどうやら kzzzkt 私は安全... それは16個ある、 それはまるで kzkzkzt 

「……ボク達の話聞いてるのかな?」

「シッ!」

 シャルロットは思わず人差し指を口元に立てて、テイオーに注意を促した。

 そんな彼女達をしておき、上の空なやりとりをするアルテミスに対し、この場に居る皆がつかみ所のなさに困ったような仕草を見せる。

 会話の流れを掴み損ねる中で、不意にスペシャルウィークがアルテミスに問い掛けた。

 

「アルテミスさん……? 『16』ってどういう意味なんですか?」

 

 それを問い掛けた途端アルテミスは驚いたように、明らかに挙動不審になったように振る舞いを見せた。 まるで聞いてはならない事を聞いたように、恐怖に怯えているようにも見えた。

しかし、それに対する返答はなく、沈黙が流れる。

だが、やがて何かを決意したように、ゆっくりと語り始めた。

<自分が何者なのか分かっていないだろう? あなたは kzzkt それは私に嘘をついた。 それは全てに嘘を...>

 要領の得ない発言をここに居る誰にぶつける訳でなく、ただぶつ切りのセリフを呟く。

 まるで、壊れたラジオのように……それでも、何かを伝えようとしているように。

 

 そしてしばしの後、肝心な事を何も聞き出せないままに音声も映像もノイズに飲まれ、やがて無に消えていった。

 後に残された鉄華団の面々は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「な、何だったんでしょうか? ビスケットさん、私、何か聞いちゃいけない事を……?」

「分からない。 本当に何も分からないよ……だけど」

「……信号が弱すぎるのかも知れませんね」

 今の慌てふためいたまま消えていったアルテミスとのやりとりの中で、タカキが何かに気付いたかのように声を上げた。

「今の会話中に、相手がどこから通信をしているのかを逆探知していましたが……信号そのものが微弱すぎて、正直やりとり出来ただけでも奇跡的と言わざるを得ません。 強力な長距離発信装置、つまりは通信タワーのような設備が必要です」

「それ、どこか近くの惑星にあったりするかな?」

 みほからの問いかけに「探してみます」とタカキは一言告げた後、直ちにブリッジの端末を手早く操作する。 非常用の電源に切り替わっても稼働はするらしい。     

 

 

 

 しばし端末のキーボードを操作する打音のみが聞こえるが、直にその答えは出たらしく、タカキは顔を上げて口を開いた。

 

「ありました、ここです!」

 

 タカキは更に端末を操作すると、先程アルテミスの姿が投影されていたホログラフィーにお目当ての惑星が投影される。 目前に映し出されたのは、所々に緑青の点在する赤茶けた星であった。

 

 

 

 イトゥチ/97

 

 惑星

 

   砂塵の舞う土地

 

   黄鉄鉱

   サボテン果肉

   

   センチネルの脅威:低

 

 

「砂漠の星……か」

 映し出された情報と惑星の全貌を見たビスケットが呟いた。 大気の成分分析は酸素が薄い以外はほぼ窒素と残りは二酸化炭素とメタンが少々。 空気の問題はないが温度差が中々激しく、朝昼は耐熱に夕方以降は寒冷と危険防御システムを酷使する可能性が高いだろう。 海と思わしき緑青の斑点もある為、それなりに水資源は存在するのだろうが、地表が緑に覆われていないのを見るに、サボテンなどの砂漠植物のみが点在する乾燥した星に違いは無さそうだ。 食料の調達には難儀しそうだと窺える。

「まあ、この宇宙で海や植物が必ずしも青や緑とは限らないんだけどね……あと空も。 タカキ、イサリビは後どれくらい進めそう?」

「この惑星なら12時間程度で行けます。 パルスドライブは現状使用出来ませんので少し時間がかかるかと……現地で必要な資源も採取する必要がありそうですね」

「そう、なら早速出発しよう。 今後の人員の割り振りは移動中に決めてしまおう……そろそろお腹も空いてきたし、食事もしないとね」

 ビスケットはペコリーヌにアイコンタクトを送ると、ペコリーヌははにかんで「任せて下さい!」と鷹揚に肯いた。

 

 

 

 

 

 

 ペコリーヌの料理によって一先ずは普段通りに落ち着いた鉄火団の面々は、予定通り次の惑星への航行中に再度ブリッジに集合し、今後の方針について話し合った。

 地球時間にて11時間、惑星『イトゥチ/97』近辺に到着後は人員を半分に割って、地上組と貨物船に残る側に分ける。

 半分は地上に降下後アウトポスト(前哨基地)を建設し、物資のてレポーターを設置後、随時地上から資源を輸送する。 もう半分はそれを受け取って貨物船の修理に従事するというやり方に決まった。

「そして地上に降下するメンバーは……みほ達あんこうチームを中心に、スペシャルウィークとシャルロット、キャルとペコリーヌ、そして僕でいいかな? 残りの皆は貨物船に残って、修理と万一の海賊に備えた見回りを行って欲しい」

「えー、今回地上に降りるのはボクじゃないんだ」

 人員の割り振りにテイオーはどこか不満げだ。 その様子にビスケットは申し訳なさそうに苦笑して頭を掻く。

 テイオーはどこか地上に降りる機会を楽しみにしていたのだが、今回はあくまで船の修理要員として留守番になった事にあまり納得がいってないようだ。

「ごめんねテイオー。 君は皆の役に立ちたいって覚えてきた、機械修理のスキルをこの艦に発揮して欲しいんだ。 それに荷物の運搬や資源採取は、これまでペコリーヌ等と一緒にやって来たスペの方が適していると思ったし、何よりあそこまで必死に説得されたら、ね?」

 ビスケットは視線をスペシャルウィークにやる。 本人の希望ときて彼女を見れば、そこから想像できることは一つだ。

「えー!? スペちゃんまさか降下チームに入りたいって直談判したの!? 抜け駆けはずるいよー!!」

 テイオーは頬を膨らませてますます反発した。

「あはは、その……ごめんなさいテイオーさん。 でも私、どうしてもじっとしていられなくって……これから宇宙船も仕立てて貰う必要あるから、海賊さんの船から見繕わなくっちゃ――――」

「しかも船まで貰えるの!? ボクだって専用機持ってないのにーー!! ヤダヤダヤダヤダッ!! ボクも行くー!!」

 地団駄を踏んで抗議するテイオーを、みほが手を差し出して制する。 何とか宥めつかせると、今度はスペシャルウィークに向き直して語った。

「スペちゃん、ここまでするからには例の訓練、()()()忘れないでね? それが一緒についてくる条件だし、何より命に関わる事だからね?」

「……勿論です!

 どことなく厳かな雰囲気を漂わせるみほに、しかしスペは気圧される事無くハッキリとした声で答えた。

 そんな2人して納得する姿に、テイオーは入り込む余地がないとむくれるも、ビスケットが小声で耳打ちすると一転して上機嫌になった。

 何とかテイオーを宥めつかせたであろうビスケットは、改めて集まった面々に対し宣言した。

「これで決まりだね。 それじゃあ、惑星に到着次第早速行動を開始しようか。 早く皆でイサリビを修理して、僕達の基地に帰ろう」

 

 ビスケットの言葉に皆がハツラツと大きな声を上げ、腕を高らかに突き上げた。




 2023/7/18:追記
 章の名前と最後の展開を少し修正しました。


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第34話

 ラウラはAICの使いすぎで疲弊してるって設定。


<テクノロジーを修理しました>

 

「修理カンリョー! これでいつでも出られるもんね!」

 

 メンテナンスドックに保管しておいた、先の戦いで海賊から鹵獲した宇宙船の内の一つ。 修理完了のアナウンスと共に、トウカイテイオーはメンテナンスハッチを閉じた。

「わあ! ありがとうございますテイオーさん! すっかり機械修理出来るようになったんですね!」

「へへんっ♪ ボクだってやればできるんだもんね! ……ま、スーツのナビゲーション機能のおかげでもあるんだけど

 スペシャルウィークからの賛辞にテイオーは気を良くするも、すぐ小声で照れ隠しをするように謙遜した。 最初は抜け駆けして降下班に志願したと不満げだったテイオーだが、どういう風の吹き回しか自らも整備の仕事を覚えたいと、彼女もまた整備を担当するメンバーにお願いして、共にスペシャルウィークの宇宙船を整備したのだ。

「ううん、テイオーちゃん寧ろ筋が良い方だよ?」

「私達のやり方を見よう見まねですぐ覚えちゃったし、コツを掴むのが早いね」

「そうそう。 実際に工具を手に取って、エンジンの積み替え作業ができるなら立派なものだと思うよ?」

「えへへっ、そうかなあ?」

 それに待ったをかけてテイオーの手際が良いと賞賛するのは、みほ率いる戦車道の面々の中でも、元々自動車部に所属していた『レオポンさんチーム』なる、今は宇宙船やイサリビのメンテナンスを買って出る少女達だ。

 

 地上への降下が近づく中で、自分用の宇宙船を選ぶ際にスペシャルウィークが選択したのは『輸送船』タイプと呼ばれる宇宙船だった。 展望出来る範囲の広いキャノピーを備えたコックピットに、胴体の左右を覆うような半月型のウィングを持つそれは、硬い装甲と豊富な積載量を備えた、戦いよりも文字通り運送に重きを置いたタイプの宇宙船だ。

 当機は通常戦闘向きではないものの、海賊は鹵獲した物をそのまま用いる傾向にある為、ロケットランチャーやビーム兵器など色々な武装を搭載していた所謂魔改造が行われていた。 しかし荒事ではなく支援に専念したいスペシャルウィークの希望により、自衛用の最低限の装備だけを残して大半を取っ払った。

 カラーリングも白を基調にアクセントにピンクに近い明るい紫に塗り替えられ、ウィングの部分も左側だけを黒にするなど左右非対称に。 シンボルマークに蹄鉄と鉄華団の燃えるような華のマークを重ね合わせたデザインで、アクセントカラーと同じ紫色であしらっている。 名実共に彼女の専用機になった。

 

「でもスペちゃん用の船だからって、一緒に整備を手伝った甲斐はあったよ。 そうじゃなきゃ、あんまりにも破損が酷いと自力で修理せざるを得なくなるっての知る事もなかったし……それに以前のボクだったら()()()()()()()って言うのかな、危ない事やらかしてたかも知れないよ」

「ですね……」

 テイオーは修理、カスタムにこぎ着けた船の作業風景をしみじみと思い出す。

 友達の船だからと自分も役に立ちたいと整備班に頼み込んで一緒に作業に取り組んだが、当初彼女はスーツのナビゲーション機能によって、該当箇所に表示されるホログラフィーの枠に必要素材を合わせれば、スーツのクラフト機能が作業を勝手にやってくれると思い込んでいた。 それはオルガと初めて再開した時に彼が目の前で実演した事で、軽度の修理なら間違ってはいなかった。

 しかし今回のケースのような重大な破損を招いた場合は、きちんと専用の設備や工具で自力による修理を求められる事がある為、クレーンを使ってエンジンを吊して載せ替えたりと、整備班の主導の下で専門性の高い作業に従事せざるを得なかった。

 だがそれも乗り越えて、むしろ現役の整備班を唸らせるような高い学習能力と適応力を発揮し、無事に作業を済ませる事が出来たのだ。

「色々あったけど整備班の人達の折り紙付きだから、出来映えについては安心してねスペちゃん!」

「はい……ありがとうございますテイオーさん」

 得意げに笑うテイオーにはにかむスペシャルウィーク。 そんな朗らかな雰囲気の中、メンテナンスドックに艦内放送が響き渡った。

 

<スペ、そろそろ次の星に辿り着くよ。 一旦ブリッジに戻って来て>

「あ、そろそろみたいです。 それじゃ行ってきます」

「オッケー! 船はボク達で乗船ドックに運んでおくから、スペちゃんはブリッジに行ってきてね!」

「お願いします!」

 そう言ってスペシャルウィークは、テイオーやレオポンさんチームの面々に見送られながら、一足先に船内へと戻っていった。

 去り際、背後からは「この調子なら、テイオーには一番良い宇宙船宛がってあげなきゃねー」「ホント!?」と和気藹々と声を上げていたのを、スペシャルウィークは笑みを浮かべながら聞いていた。

(大事に使わせて貰います。 皆さん、そしてテイオーさん)

 その言葉を飲み込みつつ、彼女はビスケット達のいるブリッジへと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 かくしてブリッジにやって来たスペシャルウィークを待ち受けたのは、ビスケットと降下するグループであるペコリーヌにキャル、シャルロットとタカキ、そしてみほ率いるあんこうチームの面々だった。 その奥のブリッジの窓の外に広がるのは、これから降下する予定の惑星『イトゥチ/97』が佇んでいた。 緑青の斑点がある、赤茶けて乾燥した星だ。 ビスケットはスペシャルウィークの到着を確認すると、予定通り降下前のブリーフィングを始める。

 彼女達降下班に与えられる主な任務は、資源の収集とアルテミスとの通信回復。 降下地点は件の長距離通信用の設備である通信塔のすぐ側となっており、通信塔の近くには今は使われていないベースキャンプがあったのか、まだ現役で稼働しているシェルターも設置されていると、事前の調査で分かった。

「どうやらこの星……以前は通信と貿易の拠点として登録されていたみたいですけど、気候変動で磁気の乱れを伴う砂嵐が頻発するようになったせいで、通信施設は放棄。 惑星自体のデータ登録も抹消されているらしいんです。 だから登記上こそ未知の星となっているようですけど、それでも嵐の少ない交易所の方は現役で使われているようですね」

 タカキは次いで交易所と、目的の長距離通信タワーをホログラフィに投影する。 前者は複数の宇宙船の発着場に囲まれたような、高台の建築物と言った出で立ち。 そして後者の長距離通信用のタワーは、枝分かれした先に平らな傘を持つキノコのような、テーブル状の姿を持つ黒い塔。 正式名称は『ホロターミナス』と言うらしい。

 

「これが通信タワー……ホロターミナスって言うんだ。 それはそれとして現役の交易所……今でも人がいるのに()()()ってなんか変な気分だね」

「そう言う星、この世界の銀河だと割とあるらしいの。 だから新発見って出る割にはしっかり前哨基地(アウトポスト)もあったりするし……」

「ややこしいわね……未発見って言葉の意味を考えたくなるわ」

「後は資源の問題ですね。 水や食料も仕入れたいところですけど、この環境だと中々手に入らなくてやばいかもですね」

「だね。 やっぱり先ず降下後はベースキャンプの建設と、資材集めに注力した方が良いかもしれないね……スペはどう思う?」

「私もビスケットさんと同じ意見です。 補給は大事だと思いますし、まずは拠点を作って安全に動けるようにしてからだと思います」

 各々が意見を出し合い、降下後の方針を改めて確認し合う。 団長であるオルガは居ないものの代理であるビスケットやタカキを中心に、今後の話し合いは滞りなく行われているようだった。

「なら当初の予定に変わりなし、だね。 このまま人員の交代も地球基準で1週間を目処に行うつもりだけど、異論はない?」

 ビスケットの問いかけに、皆が黙ってうなずいた。

「それじゃあ、予定通り今から30分後の降下に備えて。 降下後は先述の通り、磁気嵐による通信トラブルの可能性も考えられるから、皆そのつもりで気を引き締めて……解散!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして30分後、いよいよ降下が差し迫ったその時。 乗船ドックに運ばれていた自身の専用機を前に、スペシャルウィークは緊張した面持ちで佇んでいた。

 操縦に当たって手を貸して貰えるとは言え、

「これがスペちゃんの専用機かぁ……良い機体だね」

「テイオーさんやレオポンさんチームの人達が頑張ってくれたおかげです。 あの、みほさん……」

「大丈夫、ちゃんと機体を誘導するから。 万一突入後に操縦が効かなくなった時は、()()()()に、ね?」

 みほの気遣いにスペシャルウィークは笑顔で感謝の意を述べた。 そして宇宙船のキャノピーを展開し緊張した足取りで乗船すると、直ぐさま降下班全員が通信によってビスケットを中心とするイサリビの残留組と繋がった。

<そろそろ出発ですね。 少なからず困難が予測されますけど、ご武運を>

<スペちゃん気をつけてね! ボク達も1週間後に交代だから、それまで頑張ろうねっ!!>

<済まないなシャルロット……。 私もゆっくり休養をとって必ず回復する。 それまではお前達に任せたぞ……>

 激励の声をかけるタカキ達に対し、スペシャルウィークも深呼吸をして気を引き締める。 それから束の間をおいて、シャルロットが他の降下班に対し口を開く。

<僕が先導するから、みほはスペの誘導をお願い。 ラウラも万一出動する自体があっても、AICを使わないようにね……それじゃ、出発しよう!>

<タカキ、イサリビの皆をお願い>

了解! スペちゃん、落ち着いて操縦席の感覚に慣れてね……出発します!

 皆の合図と共に、みほの遠隔操作によって彼女の宇宙船にワンテンポ遅れる形で発進。 宇宙船ドックからイサリビを離れイトゥチ/97への航路をとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これが……宇宙に出る緊張感なんだ)

 宇宙における座席の浮遊感は、オルガの後ろに乗る事で幾度か体験している。 しかしながら操縦桿の重みを感じながら握りしめる中で宇宙を出る感覚は、スペシャルウィークにとって初めての事だ。 無論、機体の加減速や操縦桿の操作は全てみほに倣う形で自動的に動作している。 それでも、自分が今この瞬間、未知の領域へ足を踏み入れようとしているという実感は、否応なくスペシャルウィークの心拍数を上げていた。

<スペちゃん大丈夫ですか? 緊張していませんか?>

 マイルドながらも宇宙船の操縦という未知の感覚に戸惑っているのは、誰の目にも明らかだった。 そんな彼女を心配したのか、ここにきてペコリーヌが声をかけてきた。

「だ、私は大丈夫です。 でも、正直緊張してないって言ったら、嘘になります……!」

<その感覚を忘れないで下さいスペちゃん。 宇宙に出るって言うのは本来とても怖くて、素質や訓練がいるぐらいらしいですから。 変に慣れ過ぎるとやばい事故の元ですよ!>

<アンタも操縦に慣れるまでは随分スリリングな運転してたのに、今じゃ立派にこなせるんだから……人って変わるものねぇ>

<もう、キャルちゃん! 言わないで下さいよぉ!>

 茶化すようなキャルからの暴露に、柄にもなくペコリーヌが慌てたような声を上げ、一同の無線が笑いに包まれる。 あまり宇宙船の操縦は得意でないとペコリーヌ自身の口から耳にした事はあったが、どうやら恥ずかしさを感じるレベルだったようだ。

 そんな彼女でさえも、普通に人を同乗させて宇宙に出られているのだから、改めて皆が当たり前のように物事をこなしている姿に感心する。

(そう考えたら、生身で宇宙に出てるシャルロットさんなんかは特に……)

 スペシャルウィークは先頭を飛ぶシャルロットのいでたちに、尚のこと凄みを感じていた。 ISと言う先進的なパワードスーツを纏い、バリアで守られているとは言え生身で宇宙空間を自在に飛び回るその姿。 自分と対して違わないじ年頃の少女でありながら、シャルロットに尊敬の念すら抱いていた。

 そう思うと、いつかは自分自身も彼女達の足を引っ張らないように、もっと色んな事が出来るようにならなければと奮起させられる。 そうすれば――――

(いつオルガちゃんが帰って来ても、きっと安心してくれるよね)

 スペシャルウィークはここにいない我らが団長、オルガ・イツカの姿を思い出していた。 自分達を庇おうとして敵の群れに向かって行き、安否が分からない彼。

 仲間の為なら無鉄砲になる彼だが、いつも不敵に笑って危機を乗り越え帰って来たし、自身もそんな姿をまた見せてくれると信じて頑張ろうとしている。

 きっとオルガも疲弊しているだろう。 彼がいつ帰ってきても温かく迎えられるように、今自分が出来る事を精一杯やり遂げようと、決意を新たにした。

<そこまでだよ、任務に集中しよう。 大気圏突入も間近に迫ってきたし、気を引き締めて>

<了解――――じゃあ僕が先に行くから、皆も後に続いて!

 ビスケットからの一言に皆が気を改めると、いの一番にシャルロットが大気圏への突入を開始した。 赤く燃え上がるラファール・リヴァイヴの姿をなぞるように

ペコリーヌも、ビスケットも、みほも、そして自身も厚い大気の層に突っ込んでいく。

 

「……ッ!!」

 

 赤い灼熱に呑まれ揺れる機体に全身がこわばり、スペシャルウィークは歯を食い縛って耐えた。

 

 

 

<惑星接近を開始 惑星名:イトゥチ/97 大気圏に突入>

 

 

 

 

 慌ただしい突入の瞬間とは対称に、無機質なアナウンスが響き渡る。 彼女はこの瞬間にこそ、本当の意味で宇宙船に乗っているのだと実感していた。

 オルガの後ろに乗せられ、煌めく宇宙を無邪気に駆け抜けた時とはまるで違う感覚。

 恐ろしいまでの緊張を伴うそれはまるで、自分の中の何かが変わっていくような不思議な高揚感さえあった。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて機体の周りから灼熱の光が剥がれ、その先に黄色みのかかった空と赤茶けた大地が広がっていた。

<熱砂の……惑星……>

 無線越しに呟いたのはビスケットだった。 目前にどこまでも広がる荒野を前に息を呑む彼の声に、誰もが同じような印象を抱いた。 次いで機体の高度を下げていく。

 地表は赤茶色の岩場が目立ち、命を焼き尽くすような強い光を前にサボテンと思わしき草木はまばらにしか生えていない。

 眼下に広がる景色は、まさしく異界そのもの。 自分達の住む地球とは違う空気を肌で感じ、一同は興奮を隠しきれなかった。

<あ、あれかな? 僕達の目指すホロターミナス!>

 降下中、シャルロットは遠くに見える蜃気楼を指さした。 熱気で実像が歪んでいるものの、この明るさの中にあって黒く光るテーブル状の建築物は、降下前に割り出した座標からして例の建築物に違いないと当たりをつけた。

<良かった、着陸地点からこれくらいの距離なら誤差の範囲かな? 早く近くまで飛んで設営しよう――――>

 

 

 

 

<気象警報:砂嵐が接近中>

 

 

 

 

 先を急ぐ彼女達を足止めするかのように、唐突に一番警戒していたであろう厄介な障害が現れた。

<これは……皆気をつけて、機体の計器が乱れてる!

<僕もだ! なんだかバーニアや手足のレスポンスが悪くなってきた!>

<着陸を急いだ方が良いかもしれないですね……皆さん! 一旦その場で着陸しましょう!>

<賛成! 3回も墜落するのはごめんよ! さっさと降りてペコリーヌ!>

<分かってます!>

 砂嵐と共に磁場に異常が出る事は知っていた、が。 あまりに早く、優れた耐環境性能を持つ宇宙船にさえ干渉する磁気嵐の強さに、予期せぬトラブルに見舞われたスペシャルウィークは戦慄した。

 

 

 

<警告:先導機との通信途絶 オートパイロットを解除します>

 

 

 

「えっ――――ッ!!!!」

 そんな彼女に対し更に冷や水を浴びせかけるように、先導していたみほとの宇宙船とのリンクが強制解除!

 突如として手動操作に切り替わり、意図しない機体の振動も相まってスペシャルウィークは声にならない叫びを上げた。

(嘘ぉッ!?)

<スペち kzzkt 大へ スペちゃんの kkzzt のリンクが!!>

 ノイズも混じり、慌てるみほの声が途切れ途切れになるのも相まってスペシャルウィークはパニックを起こし、操縦桿やスラスターのペダルを乱雑に操作してしまう。 当然ながら機体は錐揉みのように回転し、なまじ重力を無視して縦横無尽に飛行出来る機動力が徒になり、瞬く間に平衡感覚を喪失する。

 

<スペ 落ちついて kkzzkkt 練習 非常時の 練習 思いだし kzzzkzzt !!>

 

 空中でとっちらかって混迷を極めるが、みほのある言葉……()()と必死に呼びかける声に、スペシャルウィークはようやく正気を取り戻した。

 そうだ、宇宙船操縦の初心者にトラブルはつきものだと、付け焼き刃でも緊急時の対策をしたばかりではないか。 ここで焦ってしまえば更なるトラブルを招くだけだ。 そう考えた彼女は一度深呼吸をし、冷静になって状況を見極める事にした。

 

そうだ! 確かこう言う時はみほさんに言われた通り――――)

 

 スペシャルウィークは11時間前の事を思い出していた。

 最初に方針を話し合う前、自身はいち早くブリッジに集まったビスケットやみほ等に対し、いち早く降下班に志願を申し出た。 

 しかしながら、同乗できる宇宙船もなく操縦経験もない、到着後の惑星環境で機体トラブルに見舞われる可能性も鑑みて、ビスケットらには地上での体制が整うまではと反対された。 そこを食い下がって必死で頼み込み、宇宙船についてはみほがオートパイロットで先導する事を条件に、何とかメンバーに加えて貰っていた。

 しかしながら、その頼みの綱が万が一に効かなくなって、墜落という事態を招いてしまえば目も当てられない。

 

 そこでみほ達が考えた結果……スペシャルウィークには()()()()()()()()()()()を短い時間の間に徹底的に反復練習するように要求され、それを実践した。

 

 天と地が入れ替わり地表に落ちていく実感も無い中、スペシャルウィークは外には目もくれず必死で()()()を探す。

(運転席のすぐ側に()()が――――あった!

 それは見つかった。 スペシャルウィークは迷う事無くそれを()()()。 黄色のレバーを力一杯。

 

 機体は目にも止らぬ速さで地表に向けて水平に――――しかる後にキャノピーが展開!

 

 

 

 

 

スペシャルウィークの身体は、飛び上がる運転席と共に宙に投げ出された!

 

 

 

 

 

「うひゃあああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――悲鳴を上げた後、空中遊泳。 シートベルトが切り離され、自身の身体から座席が離れていく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……みほが万が一を考えレオポンさんチームの皆に組み込んで貰った、姿勢制御用のジャイロシステムとエマージェンシーシート……緊急脱出装置を迷わずに作動させる。 それがスペシャルウィークに課せられた訓練、降下班に参加する為のたった一つの条件だった。

 

 地面に向かって自由落下を始め、手足をばたつかせるスペシャルウィーク。 だが、荒れ狂う機体のくびきから解き放たれたとなれば、もう彼女にはすべき事が理解出来ていた。

(それから、それから……地面に激突する前に――――)

 空中推進ジェットパックを点火。 慌てず小刻みにブーストを噴かせながら減速を重ね――――

 

「きゃっ!!」

 

 勢い余って砂山に落下! 嵐の中に砂塵を巻き上げながら、下半身が熱い砂の中に埋没してしまった。

 

 しばしの後に少し離れた場所で落下する、機体の激しい落下音の後は……吹き荒れる砂嵐の音が聞こえてくるのみ。

「痛たたたたたたた……」

 スペシャルウィークは目を回しながらも何とか身を起こし、下半身を重々しく砂から引き抜いてやる。 減速が不十分で砂に突き刺さってしまったが、幸い軽く打った程度で脚や臀部の骨折と言った重傷には見舞われずに済んだ。 しかしながら怪我無く身体が埋没する程の柔らかな砂の上は、彼女がまっすぐと立ち上がろうとする姿勢を保ちづらい。

(砂が柔らかい……立ちにくいよぉ……)

 それでも何とか四つん這いから二つの足で立つと、おぼつかない足取りで落下した宇宙船に向かった。 幸いにしてそれ程遠くない位置にそれはあった。

 

 落下地点は半ばクレーターのように穴が広がり、激突前に水平姿勢を保っただけあって、機体はその向きのまま砂に半分近く埋もれていた。

 慌てて地形操作機で周囲の砂をどけるスペシャルウィークだが、露わになった機体の底は頑強な装甲のおかげかひしゃげる程度で済んでいた。 しかしながら、砂をどけた途端に煙が上がったところを見るに、かなりの損傷を負ってしまったのは間違いないだろう。

「うう、やっちゃったぁ……」

 スペシャルウィークはつい半泣きになりながら、無残に成り果てた愛機を前にウマ耳を折りたたんで佇んだ。 無理を言って折角テイオーや整備班の人に仕立てて貰った機体を、物の1時間足らずで台無しにした悲しみと申し訳なさに打ちひしがれた。

 

 

 

 

 

 

 

「居た! あそこだ!」

「スペ!! 大丈夫だった!?」

 

 そんな彼女の少し離れた背後から、ビスケットやシャルロット達の声が聞こえた。 振り返ると、段々強くなっていく砂嵐の向こうから、夜間用のランプをストロボ代わりに点灯する仲間達が姿を現した。

「やっと見つかったわね! ゴツゴツした岩の壁だらけで中々座標までまっすぐに進めなかったわよ!」

 だだっ広そうな砂漠に見えたが、どうやら思いのほか障害物が多かったようだ。 岩場に行く手を阻まれたとキャルが不満をごちる。

「……皆さん「よかったあああああああああああああッ!!!!」

 失意にくれるスペシャルウィークを、ペコリーヌが飛びつき押し倒した。

「スペちゃん大丈夫!? 怪我は無いですか!? 心配したんですよ! あんな落ち方してやばい事になるんじゃないかって!」

「だ、大丈夫ですよペコリーヌさん! ちょっとその、離して」

「あ、ごめんなさい!」

 押し倒しに気づいたペコリーヌは慌ててスペシャルウィークから身を離す。

「良かったぁ……スペちゃんに怪我は無いみたい……いざという時の練習をして貰って良かった」

「無事で何より、だね。 ありがとうみほ、スペを訓練してくれなかったら本当に危なかった……」

 胸をなで下ろすみほやビスケットだが、対してスペシャルウィークは浮かない面持ちだ。

「……みほさんやレオポンさんチームの人達のおかげで助かりました。 でも……機体が」

 底面を破損し煙を噴く宇宙船を指さし、スペシャルウィークは自身の未熟さが機体を壊してしまった無力感に涙する。

「無理を言って機体を仕立ててくれたのに、テイオーさんにだって申し訳が立たないですよ」

「こう言う時は、感謝をするべきだよスペ」

 しょげるスペシャルウィークをビスケットは厳しく、それでいて優しく諭す。

「元々トラブルはつきものだったんだ。 それが分かっていたからこそ、みほや整備班はこうなった時の対策をしてくれたんだ」

「はい、でも……」

「機体が壊れたのは残念だけど、それ以上に大事なスペの命を救えたんだから本望だよ。 もっと胸を張らって前向きにならなきゃ、それこそオルガに止まった事を怒られちゃうよ?」

「!」

 ビスケットにそれを言われて、スペシャルウィークは何かを思い出したようにハッとした。 そうだ、自身が無理を承知で降下班に同行したのは、鉄華団を1日でも早く立て直してオルガの帰りを迎えたい。 そんな鉄華団に貢献したいという強い意志からだった。 なのにいざ事故の当事者になって、落ち込んだまま尻すぼみになっては、無理を頼み込んだ仲間達にだって申し訳が立たない。

そう思い直した彼女は、自身を叱咤するようにヘルメットの頬を叩いた。

「ごめんなさい皆さん! 私……!!」

「――――謝ったら許さない。 だよ? これは三日月の受け売りだけどね」

「!! はい!」

 ビスケットの、三日月の受け売りだという言葉に、スペシャルウィークは改めて力強く返事をした。

 

「――――大丈夫だよ、スペ」

 そんな彼女の背後にて、機体を検めるようかがみ込んでいたのはシャルロットだった。

「故障箇所全てに修理用のダイアログが表示されるって事は、スーツの機能による自動修理は可能だよ。 心配しなくても、これくらいなら現地修理で十分に対応出来るよ」

 完璧に直るって事ですか?」

 シャルロットは無言でうなずいた。

「~~~~~~!!!! 良かったぁ……」

 折角の機体をすぐ傷物にしては直してくれた皆も落胆する。 そう不安だったスペシャルウィークは、安堵からその場にへたり込んでしまった。

 その様子にシャルロットはクスリと笑みを浮かべた。 しかしすぐに表情を引き締めると、この星の気象情報を再度確認する。

「……でも、悠長な事は言ってられないね。 ビスケット、それに皆……スーツの機能に問題は無い?」

 言われてみて、スペシャルウィークやビスケットをはじめとする皆は、スーツの機能が不全に陥っていないかを確認する。

 

<アトラスシステムスーツの機能をスキャンしています>

 

 スーツの機能をスキャンしたいと呟くと、その場で自己診断機能(ダイアグノーシス)が起動する。

 

<シールドディフェンスシステム、稼働中>

<空中推進ジェットパック、稼働中>

 

 今のところ、これと言った不具合は少なくともスーツ側には発生していないようにも思えた。 しかしビスケットやみほは、念の為にマルチツールのチェックも実行すると――――

 

<マルチツールパーツの各摺動部に異物を確認。 除去が必要です>

 

「! まずい、砂が囓ってる!!」

「西住殿は大丈夫ですか!?」

「ダメ! 私のもやられてる!!」

「アタシのもやられてるわ! ペコリーヌは!?」

「私のツールもやばいですよ!」

 皆次々と悲鳴のような声を上げる。 どうやら皆の持っているマルチツールに砂が入り込み、異常が発生していたようだ。

「砂の粒子が細かすぎて中に入り込んだんだ……じゃあ僕も――――ダメだ、トリガーが引けない!

 注意を呼びかけたシャルロットのマルチツールも同様だった。 スペシャルウィークも不安に駆られ、手持ちのツールに対しスキャンを実行する。

 

 

「――――!! よかった、まだトラブルは起きてません! 動きます!」

「本当かい!?」

 どうやら不幸中の幸いか、それとも本格的に砂嵐が強くなる前に宇宙船を掘り返そうとツールを稼働させたのが良かったか、スペシャルウィークのマルチツールは砂がこびりつきつつあるものの、辛うじて動作する程度の状態だった。 これには皆も歓声が上がる。

 スペシャルウィークはこれ以上ツールの状況が悪化しないよう、周りの勧めに従ってツールを量子化してインベントリに納めた。

「動くツールが1つでもあればとりあえずは十分だ。 ……それよりも次は――――」

 シャルロットに次いで、ビスケットが更なる懸念を想像し始めた直後、それは起こった。

 

 

 

「……あれ? 何ですかこの……唸るような音は?」

 

 

 

 砂塵が辺りを舞う激しい砂嵐の中で、スペシャルウィークのウマ耳は確かにその音を聞いた。

 

 

 

黄土のうねりの中で微かな光を伴う雷鳴を。



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第35話

荒れ狂う砂塵の中に轟く爆音を感じ取るスペシャルウィークを切っ掛けに、共に居た仲間達もその異変を感じ取ったようだ。

「そう言えば聞いた事がある」

 神妙な面持ちでビスケットは語った。

「例え乾燥している砂漠地帯であっても、海からの風なんかの条件さえあれば積乱雲が発生して」

 語気を強めるように語るビスケットの言葉に合わせるように、砂嵐は徐々に黒く濁り、その合間から轟きと雷光が垣間見え――――

 

 

「雷雨が発生するってッ!!!!」

 

 

 それは猛る龍の如く、天より降り注ぐ!

 白き落雷の直撃を受けた砂は弾け飛び、巻き上がった土砂は空高く舞い上がると共に溶解、閃光を放つそれはビスケット達の網膜と鼓膜をも白く染め上げた!

 

 炸裂した雷光に意識を刈り取られそうになるも、束の間を置いて持ち直したその先には、歪に枝分かれした赤い樹木が唐突に生えていた!

「な、何これ……!? 雷が落ちた場所から」

「木が生えちゃいました!? やばいですね!!」

閃電岩(フルグライト)だ!! 砂漠の砂に落雷が落ちると、その熱で砂が溶けて急激に冷え固まって、時に枯木のような歪な形と枝分かれした()を持つんだ!」

 ビスケットの熱のこもった説明に、一同は喉を鳴らす。 一瞬で砂を焼き固めてしまう雷のエネルギーに戦慄する傍ら、ふと辺りを見渡したみほが更なる異変に気付く。

「!! スペちゃんッ!!!!」

 みほは、自分達の直ぐ側で唯一地面に卒倒して蹲るスペシャルウィークを発見した。

 慌てて駆け寄り抱き起こすも、幸いにも目立った外傷は無く呼吸は安定していた。 しかし完全に気を失っているようで、呼びかけても返事が無い。

「どうしちゃったの!? 雷は直撃していないはずなのに――――」

「ひょっとして、ウマ娘って聴覚や嗅覚が普通の人より鋭いって言ってたから……!!」

 シャルロットからの指摘を受け、みほはスペシャルウィークの異変に気付いたようだ。 常人よりも音に敏感な彼女が至近距離で落雷に遭遇すれば、言うなればフラッシュバンを直撃したようなショック症状に陥らないとも限らなかった。

 

「!! 見て皆! 薄ら見えるこの周りの岩、今できた岩に似ていない!?」

 みほに言われて辺りを見てみると、所々砂嵐の向こうでシルエットに、あるいは薄らと岩肌を確認出来るそれは、今し方形成された閃電岩と同一では無いにせよ、似たような肌合いや歪さの特徴が似通った岩が当たり前のように多数見受けられた。 本来この岩は、地球上においては砂漠に雷雨が押し寄せると言う、年に数回しか無い希な状況が起きる事が条件の為めったに生成されない代物だが、そのめったな事がどういう訳か辺り一面にかなりの数が生成されていた。 それもかなり大きく、いずれも身の丈の何倍もある巨大な代物だ。

「まさかアタシ達が隆起した岩壁だと思ってたのって、これと同じ物……!?」

「大変! そんなのが沢山あるって言う事は――――!!!!」

 キャルとペコリーヌの懸念は的中し、立て続けに雷光があたふたするビスケット達を襲った。

 轟音と閃光と共に、赤黒いガラスの樹が一瞬にして無数に増殖していく。 それはもはや稲妻のカーテンとでも形容すべき光景だった。

 まるで、天から降り注ぐ無数の槍に貫かれているかのような錯覚さえ覚えてしまう程に。

「皆逃げろッ!!!! 降下予定ポイントのホロターミナスまで全力で走るんだッ!!!! こんな雷に当たったら一瞬で黒焦げだッ!!」

 ビスケットは叫んで仲間達に逃避を呼びかけた! 気絶したスペシャルウィークはビスケットが背負った。

 元より一番役に立ちそうなISは磁気嵐で機能不全に陥っている。 ならばこういう時、男所帯が頼りになるだろうと一瞬で判断した故の行動だった。

 

 

 

 

 

 

「出来る限り背を低くして走って!!」

「びゃああああああああッ!!!! 雷が!! 雷が当たるぅぅぅぅううううううッ!!!! ヤバイわよおおおおおおおおお!!!!」

 逃避行の最中、荒れ狂う稲妻は容赦なく鉄華団の仲間達の側に落ちる。 行く先々で閃電岩が形成され、時には行く手を阻むように形成され、足止めを食らった挙げ句に迂回を強いられる事が多々あった。

 ホロターミナスとの距離は直線距離で残り1㎞、普段ならなんてことの無い距離だが、雷が降り注ぐ切羽詰まった今だけは相当に長い距離に感じられた。

「くそっ、どうしていつもこうなるんだ!!」

 悔しさに歯噛みしながら、ビスケットは必死に走り続けた。

 背後からは幾重にも重なる落雷の音が鳴り響き、時折り稲光と爆炎が視界を覆い尽くす。 それでも彼は足を止めなかった。 背に負ったスペシャルウィークや仲間達を守る為、そして何時の日かオルガと再会する為に。

 ビスケットは、鉄華団を守ると言う己の信念を貫くためにも決して諦める事無く走った。しかし、そんな彼らの生きようとする意思を嘲笑うかの如く、無慈悲な落雷が鉄華団の頭上に振り下ろされた。

 

 それはあまりにも唐突で理不尽極まりない出来事であった。 まるで狙いすましたかのように、突如として放たれた雷の一撃。 それはビスケット達のすぐ側にある一際大きな閃電岩の頂点に直撃!

 

 石柱が崩落し、岩のつぶてとなってビスケット達に降り注いだ!

「ペコリーヌ! キャル!」

「ああもう! 分かってるわよ!!」

「やってみます!!」

 ペコリーヌとキャルは、迫り来る岩のつぶてに対してそれぞれのマルチツールを構えた。

 マルチツールとしては使い物にならなくとも、魔力の媒体としてならかつての剣や杖のように使う事が出来る。

二人は同時にマルチツールに込めていた魔力を解放し、その力を解き放った――――ユニオンバーストだ!

 

 

 

「プリンセス……ストラーーーイクッ!!!!」

 

「グリムバーストッ!!!!」

 

 

 

 強力なエネルギーの奔流により降り注ぐ岩石の大半粉砕され、そのまま勢い余って空の彼方へと消えていった。

 だが、残った僅かな撃ち漏らしがビスケット達に襲い掛かる。

「まずい!!」

 ビスケット達は内心舌打ちをしながらマルチツールを取り出す――――が。 トリガーを引く事は叶わない。

 ツール類は砂を噛み込んでいて使用出来ない。 だからこそのペコリーヌ達のユニオンバーストだったのだが、土壇場でついそれを失念していたのだ。 今からでは間に合わない!

 このままでは押し潰される……そう思った時。

 

「させま……せん!!」

 

 ビスケットが背負っていたスペシャルウィークが、岩石のつぶてに地形操作機を発射! 迫り来る全ての岩々を全て砕き散らした。

「スペ! 良かった、目が覚めたのかい!?」

「えへへ……ごめんなさい、凄い音と光で気を失っちゃいました――――うひゃぁ!!

 気絶から立ち直ってまだ意識がハッキリしないスペシャルウィークだったが、鳴り止まぬ落雷が再びどこかの地面に落ちた轟音に、尻尾を立てて飛び上がるように背筋を伸ばした。

「ビ、ビスケットさん!! 背負って貰って言うのもアレなんですけど! 早くここから離れて下さい!! 耳が、鼓膜が破れちゃいそうです!!」

 人間でも一歩間違えれば昏倒しそうな音と光を、ウマ娘の優れた聴覚があっては尚のこと苦痛に感じるのだろう。 スペシャルウィークの必死の懇願にビスケットは改めて皆に声をかけると、その場から駆け出していく。

 

 砂塵に視界を遮られ、落雷が絶え間なく降り注ぐ荒れた環境に背中のスペシャルウィークが身悶えし、それでも懸命に彼女を背負って走るビスケットと鉄華団の仲間達。 すんでの所で稲妻を回避し、必死で危険地帯を駆け抜けた一同は、ようやく目的地であるホロターミナスの影が薄らと砂塵の向こう側に浮かび上がってくるのを見た。

 

「皆、もうすぐだ!! あの建物の側にはシェルターがある! まずそこに避難しよう!!」

 走りながら呼びかけるビスケットの声に、皆も息も絶え絶えながら大きく返事を返す。

 その声は悲鳴に近いが、やっと見えてきた希望を前に足を止める者は一人として居ない。 全速力でホロターミナスに駆け寄ると、その巨大なタワーの側に円柱を縦半分に割って横倒しにしたような小さな建物の影が二つ、砂塵の中におぼろげながら出現した。

「あれだ!」

 ビスケットの合図と共に、チームは二手に分かれ現れたそれぞれのシェルターに駆け寄った!

 

 シェルターの外装は砂嵐に曝されて傷は目立つものの、その割には骨組みはしっかりと残ったまま意外なほどに綺麗な状態が保たれていた。 電気系統にも問題は無し、人の気配は無く長らく放棄されている様子が窺えたが、驚くほど保存状態は良好。 そのまま使えると判断したビスケット達は、みほ達あんこうチームとそれ以外とで分かれてシェルターの中へ駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中に入ると、そこは狭い一室の空間が広がっていた。

 最奥にはデスクが、壁際にはいくつかの端末が設置され、この星の生物などの生体データや貯めたまま引き出されていないクレジットに少々の物資等々、いずれもパスワードのロックも無く持って行けと言わんばかりにほったらかしにされている状態だった。 ハッキリ言えば少し散らかっている、が。

「暫く砂塵をやり過ごすには十分だね」

「ですね!」

 安堵したようなシャルロットとペコリーヌの言葉を合図に、ようやく皆が一様に肩の力を抜いたようだ。 ビスケットもここに来て、やっと背中に背負っていたスペシャルウィークを横にしてやった。

「もう大丈夫、これで暫くは問題ないよ」

「暫く横になってなさいよスペ。 アンタ結構無理しちゃってるから」

そう言ってビスケットとキャルは、備え付けの毛布を取り出してスペシャルウィークにかけてやる。

「うう、ありがとうございますビスケットさん……キャルさん……」

 すると彼女は疲弊した様子で礼を述べる。 ずっと背負われてはいたものの激しい轟音と閃光に曝され続け、スペシャウィークはグロッキー状態に陥っていたようだ。

 

<こちらあんこうチーム。 ビスケット君、スペちゃんの調子はどう?>

 デスク上の通信機から、隣のシェルターに入ったみほ達の声が聞こえた。 エクソスーツの無線では電波障害が発生する為、シェルターに備え付けられている有線式の通信機でやりとりしているようだ。 ビスケットはデスクの通信機のマイクにスイッチを入れると、応対をする。

「こちらビスケット、スペはいま横で寝ているよ。 安心して、鼓膜が破れたりしてる様子は無いみたい」

 ビスケットは毛布を掛けられて横になるスペシャルウィークを流し見ながら答えた。 見るに彼女はもう寝息を立てているようで、それを他の仲間達が微笑みを浮かべながら見守っていた。

<良かった……一時はどうなるかと思ったけど、この子がいなかったら今頃岩つぶてに潰されていたかも知れないから……>

「だね。 こっち側のシェルターに異常は無いけど、そっち側はどう?」

<それは大丈夫。 問題なく全設備は稼働しているよ? 砂塵は暫く吹き続けるだろうから、それまではこの中で待機して置いた方が良いかも……この嵐じゃイサリビとの通信は無理そうだし>

「うん、じゃあ砂嵐が収まり次第アウトポストの設営にかかろう。 このシェルターも補修して、基地の一室に取り込む形で利用させて貰おう」

<了解。 それなら私達も一旦待機するから、何かあったらまた連絡してね?>

 みほはそう言い残し、通信を打ち切った。

 

 

 

 通信切断後、砂嵐は数時間に渡ってシェルターの外に吹き荒れ続け、ビスケット達はその間ずっと狭いシェルターで過ごす事になった。 空間は狭いものの、複数人がやり過ごすだけならばそれほどスペースを圧迫する心配も無く、各々砂の入り込んだマルチツールの整備を行い、無事復旧させた。

 衣食住についても幸いにも水と食料は備蓄されており、ギリギリではあるが消費期限内にあった事もあり、毒も無く地球人種の自分達でも安全に喫食出来ると確認するや否や、ストレスによる空腹も手伝って食料の大半を食べてしまったりもした。

 

 そうして時間を過ごす事5時間後、狭いながらも十分に休息を取ったビスケット等のタイミングを見計らうように、稲妻を伴う砂嵐がようやく収まった。

 

 

 

 

<気象情報:嵐が過ぎました>

 

 



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第36話

「ようやくか……」

 ビスケットは、エクソスーツのコンソールに表示された情報を見て感慨深そうに呟いた。

 待ちくたびれたと言わんばかりに重い足を引きずって外に出てみると、すっかり晴れて澄んだ空気を見せたかと思えば、一方で既に日は沈みかけているようだった。 隣のシェルターからも、みほ達が待ってましたと言わんばかりに外の空気を吸いにやってきたが、日が暮れ始めている外の景色にどこか疲れを感じさせる眼差しを送っていた。

 

 

 

イトゥチ/97

すまほ・ですま星系 新たなるディスカバリー

 

 

 

■■惑星 ―熱砂の惑星―

気候           窒息性の粉塵嵐

センチネル        低セキュリティ

植物           生命レベル 中6

動物           生命レベル 中3

 

 

 

「すっかり夕方になっちゃいましたね」

「イサリビの皆も今頃心配しててやばいかもですね……」

「スペは大丈夫? まだ足ふらついたりとかしない?」

 皆は病み上がりとも言えるスペシャルウィークの体調を心配するが、当の本人は少なくとも見た目は元気そのものだった。

「もう全然平気ですよ!」

「あんまり無理しないでねスペちゃん? まだ本調子じゃないかもなんだから」

 みほはそんな彼女に釘を刺すが、スペシャルウィークは「分かってますよー」と笑って返すだけだった。 ここに居る誰もが気遣いの出来る人柄ばかりだ。 皆を心配させまいと元気に振る舞っている可能性も無きにあらず。

「辛い時は遠慮無く言うのも、気遣いの内の一つだからね。 くれぐれも無理はしないでよ?」

「はい!」

 念を押すシャルロットの問いかけにも、スペシャルウィークは笑顔で返した。 シェルター備え付けの食料を食べた時も食欲は旺盛だった彼女の振る舞いから、仮眠も相まってどうやら本調子を取り戻しているのは間違いないらしい。

「……さ、完全に暗くなる前にアウトポストを建設しよう。 それからイサリビと連絡だ」

 ビスケットは皆に告げると、基地のコンピューターを設置し本格的にアウトポストの建設に乗り出した。 建物自体はスーツ内蔵のファブリケーターで作れる為、足りない資材も周囲の岩を破壊すれば、建築に必要な『ピュアフェライト』には事欠かない。 前半の騒乱が嘘のようにテキパキと設営が進み、完全に日が暮れる頃には必要な施設は完成していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 満天の夜空の元、最低限の非常用電源しか入っていない基地は夜の闇に溶け込むほどに暗かった。 そんな建物を前に横並びに皆が見守る中、ビスケットが完成した基地の側に置かれた『バイオリアクター』なる機材に歩み寄り、機材の蓋を開ける。

「夜は太陽光発電は使えないから……ね」

 そして建設の最中にかき集めた枯れ草や、今にも朽ちそうなサボテンの残骸を放り込み、スイッチを入れる。

 

 直後、暗がりだった基地に歓声と共に文明の明かりが灯った。 円形の建物を中心に、周囲にガラス張りの通路を通じていくつかの大きなブロックに枝分かれし、いずれも居住ブロックや食堂、資材置き場など一通りの役割を持つ区画が完璧に設置されていた。 野外にも宇宙船の離着陸場にイサリビ用の通信アンテナも完備。 

 現在は閉じているが、朝方になれば太陽光を受けてパネルを展開し発電を始めるだろう、ソーラー発電機と蓄電池も抜かりなく設置されていた。

 ちなみに、先程まで待避所に使っていたシェルターも補修した上で、基地の一研究室として物理的に通路を接続、取り込んでいる。 撤収時にはこの建物も分解し回収する段取りだ。

「皆、お疲れ様! これからしばらくの間、ここが僕達の仮の住まいだ」

「何とか今日中に間に合ったね!」

「これで明日からも安心ですねっ!☆」

 シャルロットとペコリーヌはそう言って笑い合う。 他の仲間達も、急ごしらえながら立派に組み立てられたアウトポストの設備に満足している様子だ。

さ、皆さん中に入りましょう! 流石に私も疲れちゃいました……」

「そうだね。 でもスペ、中に入った後はすぐにイサリビと繋いで、今後の方針について会議をするからね? 夕食とかはその後だよ」

「ふえぇ……」

 スペシャルウィークは辟易したような声を上げた。 無理も無いだろう、散々な目に遭ってそれは回復したとは言え、砂嵐が過ぎ去ってからの基地建設を急ぐせわしなさに、流石に疲れを感じているのだろう。

「ええ? ちょっと正気? アタシ達流石に疲れたわよ!?

「私も流石にお腹ペコペコ……」

 それはキャルやペコリーヌをはじめ、他の面々も一緒だった。 しかしビスケットは困ったように笑みを浮かべながら言う。

「まずはイサリビの皆に無事を伝える意味もあってね……僕も気持ちは分かるから、もう少しだけ辛抱して?」

 そこまで言われてはと、ビスケットのその言葉に、皆は思わず渋々ながら納得するしか無かった。

 重い足取りながら基地の入り口であるホログラフィー式のドアから内部へと入っていく一同だが、気だるさは内部の快適な空間に触れる事で綺麗さっぱりなくなったようだ。

 

 単に建築物を配置しただけでは無く、内部には観葉植物やオブジェなどの装飾品が配置されており、それらは生活感を感じさせる事で、中長期的にこの場で生活を強いられても無機質さを感じさせないような工夫が施されていた。

 また、天井にも単に照明が埋め込まれているだけでなく、地球での家にあったようなモニターやエアコンなども完備されており、空調設備は勿論の事、空気清浄機や浄水器など、まるでホテルのような居住性を兼ね備えていた。

 そして何より、それらの家具はどれもこれも新品同様にピカピカで、汚れ一つ無い。 誇張抜きに普通に生活が出来るレベルの、それこそ高級マンション並みの環境であった。

 

「こんなに豪華な作りにして、随分贅沢しちゃったんじゃないかな?」

「正直に言えばそうだね。 でも士気は大事だし、それに後で入れ替わるメンバーの慰労も兼ねてるからね」

「そのまま住み着いちゃいそうですね」

 スペシャルウィークの冗談に、ビスケットとシャルロットはシェルターの豪華さに苦笑した。

 確かにこれだけの設備があれば、一生ここで暮らしていても問題ないくらいだろうが。 しかし少なくとも今の自分達の()と言えば、あのプロミス/48の基地を指すのだろう。

「さ、会議室はこっちだ。 早くイサリビの皆と通信を接続しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イトゥチ/97からイサリビのブリッジへと連絡が入るなり、明るさの戻った艦長席に座って残留組に忙しなく指示を出していたタカキは、慌てて降下組からの無線と通信を接続した。

 ビスケット達の降下からおよそ8時間が経過。 イトゥチ/97の軌道上から恒星の光が当たる位置に停留し、船の修繕に従事する傍らで自転を眺めている内に、彼らの降下ポイントは反対側近くまで回っていた。 降下組の居場所は既に夜になっている事だろう。

「こちらイサリビ、ビスケットさん! 無事でしたか!?」

<こちらビスケット。 色々とトラブルはあったけど何とか設営に成功したよ>

 タカキは気持ちを逸らせながら、ブリッジ内のホログラフィーを起動。 ブリッジ中心にビスケット達降下組の姿が映し出されるが、メンバーは誰一人欠ける事なく全員無事が確認され、タカキは胸をなで下ろした。

「良かった。 トラブルはある程度想定してましたけど、予想以上に時間がかかっていたものですから、よほどの事が起きたのかと……」

<まあ、実際その通りだけどね……おかげでこっちはもう夜になったよ>

「でしょうね」

 頬をかきながらばつの悪そうにするビスケットに、タカキは苦笑いで答えた。

 

 して、ビスケット達から降下後のやりとりについて伝えられた時は、タカキは思わず目を丸くした。

 磁気の乱れが原因で不時着を強いられ、特にスペシャルウィークは機体の底面に損傷が発生した。 しかしながら現地修理は可能なレベルだとの事。

 砂嵐によって発生する磁気嵐は絶え間なく発生する雷によって齎されるもので、その証拠に地上では砂地への落雷の証拠として閃電岩が多数生成されていた事。

 砂の粒子が非常に細かく、マルチツールがたちまちの内に作動不能に陥った事。

 そんな中で近くに落雷が落ち、直撃しなかったもののスペシャルウィークが轟音と閃光で失神。 しかしながら落石があった際には目を覚まし、唯一無事だった彼女のマルチツールで難を逃れた事。

 しばしの間目的地側に放置されていたシェルターで砂嵐を待避している内に、すっかり日が暮れ設営が遅れた事。 その全てを打ち明けられた。

 

「壮絶と言うか、この星の気候を甘く見ていましたね……。 スペは大丈夫? 鼓膜とか破れてない? 身体の疲れとか」

<あ、私は大丈夫ですタカキ君……でも、次また雷が近くに落ちて失神するの考えちゃうと……>

 スペシャルウィークは身震いする。 確かにあれはもう勘弁願いたい。 そう言わんばかりに降下組の皆がうなずいたり耳や目を塞いだりと、様々な仕草ながら同じ気持ちが窺えた。

<ところでそっち(イサリビ)の方はどう? 修理とかは進んでる?>

 シャルロットがタカキに尋ねてくる。

「レオポンさんチーム主導の皆さんが頑張ってくれるおかげで、作業の質自体はとても高いです。 テイオーも思った以上に工学の適性があったみたいで……ただ、破損の箇所に対する物資不足は如何ともし難いですね」

 タカキはブリッジの様子を見ながら言う。 電源周りは最優先で補修した為に、艦内の照明と重力発生装置の再起動は完了した。 しかしながらタカキの言うように艦内に残された資材が圧倒的に足りない事から、修理を中途半端にする訳にも行かず直せるところだけを徹底して直す、と言った段取りを取っていた。 あり合わせの材料で直せる部分がある内は良いが、いずれは資材も底をついて作業が滞る時が来るだろう。

<そっか……幸いフェライトに関してはこの辺にいっぱいあるから、明日から資源採掘を優先的にやって行くとしよう>

<アタシ達の船も砂嵐で埋まっちゃってる可能性もあるから、それも掘り起こさないといけないし……>

<食料集めもですね!>

<いずれにしても砂嵐がきたら身動きも通信も取れなくなるから、動ける内に動いておかないと……タカキ君、忙しいのは承知だけどエクソクラフトの用意をお願いね?>

「了解ですみほさん。 通信が生きている今の内に転送するように段取りします」

 そう言ってタカキはビスケット等と現状報告をしあった後、無事通信を終了した。

 

「ふう、降下組の皆とエクソクラフトの転送を残留組に伝えないと<タカキ! こっち側の壁面の修理は終わったもんね!>お」

 一息ついてビスケット達の無事を伝えようかと思った矢先、テイオーから通信があった。 ホログラム映像の画面を切り替えると、そこにはイサリビ船外で外壁と命綱で繋がれているテイオーの姿があった。 彼女の声色は弾んでおり、破損していた外壁の一部はナノラミネート塗装も含めキチンと修復されていた。 作業開始から2時間程度で壁面の修理が終わるとは、テイオーの適性もあって作業は順調らしい。

「お疲れ様。 ずっと慣れない船外作業してただろ? そろそろゆっくり休んだら?」

<へへん! ヨユーヨユー! まだまだ元気は有り余ってるし、船外活動ってのも慣れると楽しいから大丈夫ダヨー!>

<こらテイオー。 あまりムリをするな……タカキ、ビスケットやシャル達はどうした?>

 画面外からISに搭乗したラウラも会話に参加してきた。 彼女達はレオポンさんチームの主導の下、他の戦車道メンバーに混じる形で、外板や武装の補修などイサリビの船外活動に従事していた。

 一方でラウラはISと言う武器を生かして船外の警備に当たっていた。 脱法貨物の混入が無い以上はセンチネルの攻撃は無いものの、それとは別に『自由の声』以外のならず者がちょっかいをかけてくる可能性も否定は出来ないからだ。

「全員無事でした。 降下時に磁気嵐に遭遇してスペの宇宙船にトラブルがあったりとか、色々あったみたいですが<え!? 僕達が整備した奴だよね!? スペちゃん大丈夫!?>

 テイオーは食い気味にタカキに問い掛ける。 自分が手がけた宇宙船にトラブルがあって友達がピンチになったと聞けば、心中穏やかでないのはムリも無いだろう。

「整備のトラブルじゃないよ、むしろ脱出装置の件でファインプレーだったってさ。 尤も、折角の船が降りてすぐにボロボロになったって凹んでたけどね……」

<――――良かったぁ。 スペちゃんが無事ならそれでいいよ……>

 テイオーは心底安心した様子で胸を撫で下ろした。

「とにかく、予定より少し遅れましたが全員無事でした。 これから他の皆にもそれを伝えます……ラウラさんも病み上がりなんで無理をしないで下さいね?」

<承知した>

 そう一言告げてラウラはその場から離れていった。 AICの使い過ぎでつい先程まで疲労困憊だった彼女の後ろ姿に、無理をさせているという不安や後ろめたさがタカキにはあった。

<……タカキこそムリをしないでね? ダンチョーみたいに頑張り過ぎちゃうんだから。 それじゃ、また後でかけるね!

「また後で」

 テイオーが通信を打ち切ると、今度こそタカキは少しだけ一息ついた。

 

 無理をするなと言ったものの、かく言う自分自身も身体や瞼が重い。 テイオーが指摘した通り、確かに自分も頑張り過ぎていたかも知れない。 気持ちが集中出来ず少し考えが浮つき、つい現状とあまり関係の無い事に思考が逸れてしまう。

(……それにしても頻繁な落雷による磁気嵐か。 トラブルはある程度想定してたけど、予想を読み違えた気分だな)

 タカキはビスケット等が遭遇したトラブルについて、一人考えを巡らせていた。

(地球には砂漠に雷って偶にあるって聞いた事あるけど、砂漠に雷雨を伴う雨雲が発生する事が稀だからな……ん?)

 そこまで考えた所である疑問が浮かび上がる。 

 タカキが思ったように、砂漠に雷が落ちるには雷雨を発生させる雲が形成されなければいけない。 そして地球の環境なら、大陸の一部が乾燥していてもそれ以上に面積の大きい海がある。 海から運ばれる湿気た空気が砂漠の熱に当てられて雲が発生する。

 しかし……タカキは改めてイトゥチ/97の星表面と、到着前に惑星スキャンしたデータを交互に見る。

「……この星に海なんて見当たらないよな?」

 頭で思い描いている疑問がふと口から漏れ出すタカキ。 惑星の表面はとても乾燥していて、水の見える面積は地球のそれとは真逆でまばらにしか見当たらない。 その傍らで、この星の動植物の生息データを見るに種類こそ把握出来ては居ないが、乾燥した環境で満たされている割には生息数が多いと分析結果には書いてある。

 生命が繁栄するには、液体の水やそれに相当する物質が必要だ。

(あのまばらな湖だけで広域的な雷雨が来るのは考えにくい……空気中に水分を補給出来る、豊富な水源が存在するとでも?)

 タカキは色々と考えてみるが……やがてそれを振り払うように首を横に振った。

やめた! ビスケットさん等の事も皆に報告しなきゃいけないし、エクソクラフトの転送の段取りも進めないと!)

 他にやる事は山積みだし、疲れた頭ではどの道いくら考えてもどうにもならない。 タカキは疑問点を適当な場所にメモ書きし、皆に必要事項を伝えるべく再度無線のスイッチを入れた。

 それが終われば、テイオーの言う通り休ませて貰おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BackLog:あるインターネットの片隅に残る通信履歴

 

 

 

!monad:アンタがHeathcliff(ヒースクリフ)……いや、『茅場 昭彦』だな?

 

 長らく電子の海を漂っていた私こと茅場 昭彦に、突如として見知らぬ来客がアクセスを試みた。

 

 昔から他人との露出や接触を避けて生きてきた私は、予てから抱いていた異世界への羨望からとある男に協力し、そして自らのルールに殉じた。 以来現世への未練を断ち切った私は生身の肉体を捨て去り、精神の残響としてこの電子の海だけの存在となった。

 そんな人ならざる存在に成り果てた私の元へとたどり着ける人間は数多くは無いが、今のようにごく僅かな人間は私の存在を探り当てる事がある。

 

Heathcliff:如何にも私が茅場だ。 この電子の海に漂う残響に何用かな?

!monad:アンタを探し出す為にこっちは随分骨を折った。 面倒な説明は嫌ェだ、不躾だが単刀直入に用件だけを言わせて貰う。

Heathcliff:……続けたまえ。

 

 有象無象の相手をする必要も無いが、かのような場所で世捨て人となった私を捜し当て、互いに面倒事を嫌う率直な心意気は買おうと、私は彼? 彼女か……の次の言葉を待った。

 

!monad:『VRウマレーター』の開発者として聞きてェ。 アンタの培った量子力学の知識を貸してくれ。

Heathcliff:……ふむ。

 

 VRウマレーターの名前には聞き覚えがある。 あれは確か、私が初めて()()()()()()の住人……サトノの一族なる資産家と接触した際に、そのような機材の設計を依頼された事がある。 普通ならばそう易々と引き受けるつもりは無いが、異世界人……それもサトノの令嬢がウマ娘なる未知の人種に心躍り、つい安請け合いをしてしまった。

 フルダイブ式の機材に加え、量子力学による実の肉体へのフィードバック。 そしてソフトウェア……AIを設計した事も記憶に新しい……噂に寄れば三女神なる、その世界の神を模した疑似人格と言う、中々に興味深い現象が発生したらしいが。

 だが、それはそれとして……。

 

Heathcliff:話はそれだけかね? 設計だけならばデータならサトノ家が持っている。 機械を作りたければそこを当たれば良いだろう?

 

!monad:『16』

 

 話半分にするはずだったのだが、彼女の口から飛び出した数字に思わず目を見開く。 何故その数字を、思わず言葉に出かかったが、ここを訪れている時点でそれを聞き返すのは愚問だろう。

 

!monad:アンタも深紅の目を見たり見られたりしたンだろ? だったらオレが何を求めてるか、意味は分かンよな?

 

 ……何より、この人物は()()を知ってしまったからこそ私を尋ねたのだから。

 

Heathcliff:気が変わった。 協力は惜しまない、何なりと言ってくれたまえ。

!monad:ハッ、話が早ェ。 だったr

 

 

 

 

 

LuckyRabbit:面白そーな話してるね☆ だったらこの天才科学者も一枚噛ませて貰おうかな~?

 

 今度は誰か、と思えば……。 私はため息をつきながら無作法な来客にごちた。 イヤにハツラツとした、年不相応な趣味としゃべり方はよく知っている。

 

Heathcliff:盗み聞きとは感心しないな、()()科学者殿。

LuckyRabbit:ぶー! こんな人目につく所で面白そーな話するからだゾ! かーくん♪

!monad:……何モンだ? 既存のインターネットからは独立した回線使ってンだぞ?

LuckyRabbit:甘い甘い! このたばn……じゃなかった、LuckyRabbit様にかかれば、ネットから物理的に切り離した程度じゃ何の防御にもならないのだ! ブイブイ!

 

 !monadは恐らくはアワ食っているだろうが……まあ()()ならこの程度の割り込みは簡単にこなすだろうし、実際にそれが可能になる辺り()()()()()()()()()()()()()()と見て間違いないだろう。

 何よりも、彼女とてこの事態を嬉しくも快く思っていない事は、先のウマレーターの設計に協力した件で十分承知の上なのだから。

 

Heathcliff:私も彼女も、付き合う人種は選ぶ主義だ。 !monad君、心配せずとも彼女は君の敵では無い。

LuckyRabbit:そーそ! この天才様がキミの味方になるんだから、これ以上ないってくらいに安心出来るっしょ!?

!monad:……よく分かんねェが、ネットの片隅から見つけ出して話に乗っかるような有能様なら、信じるしかねェだろ?

LuckyRabbit:お、話が早いね! その辺の頭の容量足りて無さそうなのとは訳がちがーう♪ ……さ、与太話はこんなものにしておいて、さっさと本題に入ろうか?

Heathcliff:同感だ。 我々にはもう時間がないのだから。

 

 さあ、つまらない世間話は終わりだ。 我々は早急に成すべき事を為さなければならない。 私はたばn……もといLuckyRabbitと共に、!monadに件の設計を手伝うべく必要なソフトウェアのインストールを始めた。

 

Heathcliff:ふむ、parcaeと言う名前か、悪くはない。 暫くは君の端末を間借りするとしよう。

!monad:そいつはどーも。

LuckyRabbit:図面も引ける分はこっちで引いとくから、ちゃっちゃと組み立てちゃってねー♪ あ、でもでも、コスト的に一個で完結するのを個人で作るのは流石に材料費的に高くつくから、機械的に足りない出力はかーくんの作ったウマレーターとか言う機械の出力を間借りすればオールオッケーかな?

!monad:……三女神サマは別の端末に待避しときゃいンだろ?

Heathcliff:その通り。 ……ふむ、そしてこの機械の名前だが、敢えて名付けるなら。

LuckyRabbit:うんうん♪ 癪に障るけど、皮肉を込めて良いって言うならこの名前しかないよねー♪

 

 

 

 

 

!monad: 

Atlas(アトラス)、だろ?

 

 

 

……おっと、先に言われてしまったな。



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第37話

 翌日、日の登り始めていた早朝の時間帯。 荒れ狂う砂嵐に襲われた昨日とはうって変わり、近辺は嘘のように穏やかな日の出を迎えていた。 そんな日の光を背に佇み、アウトポストを包み込むような大きな影を作っていたホロターミナスのタワーを、ビスケット達はその頂点を目指して足を進めていた。

「はあ、はぁ……す、素直にジェットパックで飛び越せば良かった、かな?」

 ビスケットは、頂上に続くハシゴを登り切った後で膝をついて力なく項垂れた。

 上を目指す唯一の通路である、塔の周囲を回るささやかな廊下と長いはしご、後者を上るのにビスケットは体重が祟り息を上げる有様だった。 それなりに身体の中は鍛えているが、やはり肥満体型の部類に入る彼の肉体は、重力に逆らい続けるのに向いていないようだ。

 それもあってか、一方で先にタワーを上ってきた他の面々は平然としている。

「……ビスケット君大丈夫? 膝とか痛めてない?」

 見かねたみほが身を屈めて手を差し出してやると、ビスケットはそれを丁重に断わった。

「だ、大丈夫。 自分で立てるから……あ、ありがと!」

 みっともないところを見せてしまったと、ビスケットは恥ずかしそうに頬を掻く。

 彼女らとて鍛えている立場だとは言え、同じ環境に居る大の男一人がへばっているのは格好がつかないと、ビスケットは内心反省した。

「まあ、兎に角タワーの頂点にはついたみたいだし……」

「天気の良い内に通信しちゃいましょう!☆」

 シャルロットの言葉を、ペコリーヌが引き継いで右腕を高々と掲げた。

 

 

 

 今から行おうとしているのは、昨日のイサリビに通信を試みたアルテミスとの再度の交信。

 ビスケット達は昨日のタカキ達とのやりとりの後で、もし明日天候が穏やかで磁気障害が起きにくい状態が続いていたなら、目的の一つである通信途絶したアルテミスとのコンタクトを試みる事に決めていたのだ。

 そして今日起きてみたら運良く快晴。 この星では昨日のような磁気に乱れを伴う砂嵐が何時また発生するか分からないからこそ、皆は絶好の機会だとして通信塔を慌てて登っていたのである。

「さあ、皆少し離れてて。 アドレスは確保してあるから僕が操作する」

 ビスケットは皆を下がらせ、ホロターミナスの端末を操作し始めた。

「ここをこうして……これで良い筈だけど――――」

<ホロターミナスを起動... 複数の発信源を利用可能>

「ビンゴ」

 端末からの無機質なアナウンスが告げる利用可能の一言に、ビスケットは口角を吊り上げる。

 そしてアルテミスの以前の通信ログに記録されている周波数を打ち込むと、彼はホロモニターの表示にしたがって通信タワーの出力を増幅する。 するとタワーに内蔵された強力な発信器が、アルテミスの周波数に対し信号を送った。

 

 

 

<一致信号を検知>

 

 

 

 束の間を置いて、ホロターミナスの端末……その背後にある大きな台座から、細長い楔のような機材が飛び上がり、傘を開くように光を台座の上に投影する。 直後、つい先刻通信途絶により姿を見失った大きな黒い目を持つ宇宙人……トラベラー・アルテミスの立体映像が、淡い光を伴って表示された。

「やった!」

「繋がりましたねビスケットさん!」

 歓声を上げる仲間達にビスケットは親指を立て、姿を現したアルテミスの立体映像に一歩、二歩と足を進め、アルテミスの映像のすぐ前に立って問い掛けた。

「アルテミスさん、これで心置きなく話が出来ますね」

 ビスケットは、皆を代表するような心持ちでそう語り掛ける。

<誰だ kzzkkt 誰なんだ? ……おお、またあなたか、そうだろう? 本当に、現実に存在するんだな? あなたは夢でないのだな?>

「ええ、僕達はハッキリとここに居ますよ? ……映像越しで伝わりにくいですけどね?」

 ビスケットはおとぼけたように、しかし友愛の精神を持って、そう答えてみせた。

<おお……>

 その答えを聞くと、アルテミスは感極まったように声を漏らした。

 しかしすぐに彼は神妙な顔つきに戻ると、ホロディスプレイ越しにビスケットを見つめながら静かに語り始めた。

<すまない、ここでは考えることが難しい。 何かがおかしいんだ kzzzkkt 

 アルテミスとのやりとりはノイズ混じりではあるが、何とか成立している。

 ビスケットはそんなアルテミスの様子に、少し戸惑いつつも次の言葉を待つ。

<やろうと思えば、マシな現実を捏造することはできるのだ。 だからあなたは夢かもしれないと思った。 すまない、自分以外の存在の声を久しく聞いていなかったのでね。 エクソスーツのスピーカーを切ってからずっとね。 なんて恐ろしいことをと聞かれたよ……>

 どうやら相当な間、他人との接触がなく孤独に苛まれていたようだ。 虚構と現実の境界線があやふやになりかけているようにも思えるアルテミスの物言いに、ビスケットは同情を禁じ得なかった。

 

 改めて、ビスケットはアルテミスに問い掛けた。

「貴方は何者なんですか? アルテミスさん。 僕達は貴方がナーダさん達の友人であるという事しか知らない」

 アルテミスは何も言わずに微笑むと、少しの沈黙を挟んで答えた。

<私は君や……君の後ろに居る仲間達と同じだ。 君達はトラベラー、宇宙を旅する者だろう?>

「……? まあ、仲間達を探して旅をしていますが、分かるものなんですか? そう言うの」

 疑問符を浮かべるビスケットに、アルテミスは言葉ではなく、あるビジョンをビスケットに見せつけた。

 

 アルテミスの隣に映し出される暗闇のような映像――――

 

 赤い星、はかない世界。 銀河の果てまで散らばった生命、星々を求める人物の最初の息吹。

 そして、深紅の虚空にまどろみ世界の夢が訪れるのを待つ自分自身……。

 

 頭の中で言葉にしてみるものの……抽象的にしか表現出来ないその映像にビスケットは、困惑と同時に意識が奪われるような錯覚に陥る。 だが、同時に暗闇の中からある声が聞こえてくる。 ビスケットは浮いたような感覚の中で、その声に耳を傾けてみた。

 

 

 

 

 

<■■ アノマリーを検知 ■■ 指定:トラベラー

 

 

 

 

 

 

「うわぁッ!!!!」

 ビスケットは咄嗟の判断で跳び退き、そして尻餅をついた。

「ビスケットさん!?」

 見かねたスペシャルウィークが飛び出し、慌ててビスケットを介抱する。 背中を擦られ、跳ね上がる心拍数を宥め尽かせようと息を荒げるビスケットの、まどろみかけていた意識が一気に覚醒した。

「今のは一体……?」

 極度の緊張から独り言をごちるビスケットに、アルテミスは意に介さない様子で語りかける。

<たった今君に見せたもの……それはすでに君達の中にある。 私達は皆この記憶を持って生まれる、たとえそれを失った理由を知らないとしても>

 ビスケットの息がようやく整ってくる……アルテミスは続けた。

<私達はトラベラーだ。 3種族のいずれでもない、世界の発見者だ。 自分が他とは違うと認識するのに、どれくらいの年月を要した? 目覚めた瞬間から、君達は何かを感じ取った筈だ。 私と同じく>

 そもそもが異世界の人間だから……そう言いかけたが、含みのあるようなアルテミスの言い回しに、ビスケットは黙ってアルテミスの次の言葉を待つ。

<ここに流れ着く前、私は自分の種族を探す旅を続け、 kzzzttt 遂に巡り合った。 君がこの信号を発見したのは偶然ではない……教えて欲しい>

 聞きに徹していたビスケットだったが、ここに来て不意にアルテミスに問い掛けられた。

<例の墜落した宇宙船のデータログはまだ持っているか?>

「アタシが持ってるわ」

 名乗りを上げたのはキャルだった。

「ドタバタしてて皆に渡すのすっかり忘れてたけど、テイオーやオルガとデータを共有してたのよ。 あの中にはマインビームの設計図も入ってたから、テイオーが早速マルチツールの修理に使っていたわね」

「そっか、だからあの時……」

 身に覚えのないデータの話をされて内心焦ったビスケットだったが、キャルが当事者の一人でしっかりデータも確保していた事に安堵すると同時に、テイオーが回収したテクノロジーとやらで、スペースアノマリー内でマルチツールを更新していたことに合点がいった。

 こちらが何も言わずともキャルは一人テキパキとアルテミスに対し、墜落船のデータログをアップロードする。

 

<……装備品の殆どが損傷してしまった。 ただ独り、太陽のない世界を徒歩でさまよっている。 あなたの信号がどうして私に届いたのかは分からない>

 キャルがデータを送信すると、程なくしてアルテミスの声が返ってきた。

<しかしあなたが見つけた船……言うまでもないがそれはかつて、私が乗っていた船だ。 もしかしたら、どんな状況でも望みはあるのかもしれない>

 アルテミスの声色に、希望が彩られているようだった。 長らく望みのない状況を、たった一人で堪え続けてきた絶望感から解き放たれようとしているのだから、その喜びようは計り知れない。

「僕達で良ければ、出来る限りの協力をします。 何をすれば良いですか?」

 改めてビスケットはアルテミスに尋ねた。

<現在地がどこなのか、協力して探そう。 この星系の各地で『信号ブースター』を作ってくれたら現在井位置を特定出来るはずだ。 そうすれば私はこの奈落の底から脱出して、 kzzzkt 

 アルテミスは何かを言いかけたが、肝心な所でノイズが入ってしまう。

<――――あなたは求める答えの全てを手に出来るはず。 この提案をどう思う?>

 アルテミスは改めて、ビスケット達に質問を投げかけた。 どうやら、この提案に乗るかどうかを聞きたいようだ。

(……求める答えの全て……か)

 ビスケットにとっては仲間達と再会し、再び鉄華団の絆を返り咲きさえすればそれでいい。 求める答えなんて大層なものはない。

 

 ……その筈だったが、ビスケットの脳裏には先程アルテミスのビジョンで垣間見た、あの不可思議な現象が脳裏に焼き付いて離れない。 なんとも言えない謎が気になって仕方がないビスケットは、その現象への答えも欲し始めていた。

 決して、見返り欲しさにアルテミスの提案に乗っかろうとしている訳でない。 あくまで知り合ったナーダ達への義理、そして目の前の窮するアルテミスを救いたいという善意からだ。

 

 だからビスケットはあくまでよかれと言う気持ちを第一に、アルテミスの提案に乗っかることとした。 謎の答えもついでに手に入れられるなら。

この決断が正しいかどうかなんて分からないけど……今はやれる事をやるしかないんだ……!そう自分に言い聞かせたビスケットは意を決して口を開く。

 

「僕達鉄華団は、困っている人を見過ごせませんよ。 協力します」

 ビスケットからの模範的な回答に、アルテミスは至極満足したように感謝の言葉を述べる。

<感謝する、トラベラー・ビスケットよ。 君は私の命の恩人となるだろう。 君は私を見つけだすのだ>

 

 そして、ホロターミナスの端末から電源が落ち、アルテミスの姿は再び虚空へと消えた。

 それと同時に信号ブースターなる機器を設置すべきポイントが、ビスケットを始め全員のエクソスーツの端末に転送された。

「全部で3カ所……いずれも極端に離れている場所じゃないね」

「これくらいなら、僕がISで飛んでいって先に機械を設置してしまうって言うのも――――」

 シャルロットが率先してISで飛んで、然るべきポイントにブースターを設置してくると提案したが、タワーの頂上から太陽の昇る方向へ何気なく目をやった瞬間、その言葉を全て言い終わることなく口をつぐんだ。

 

 何故ならその方向からは、再び例の砂嵐が近づき始めていたからだ。

「……またかぁ」

 仄暗い砂嵐の中に弾ける閃光の嵐は、まるで雷雲のよう。 それは再び、あの荒れ狂う洗礼がビスケット達に迫り来る未来を物語っていた。 シャルロットを始め多くのメンバーがは出足を挫かれて不貞腐れるようだったが、対してみほ達戦車道の面々は動じた様子は見られなかった。

 それどころか、どこか得意げな様子さえ見せている。

「心配しないで。 皆、こういう時こそ――――」

「我々あんこうチームの出番でありますよ!」

 みほや優花里達が一斉に軍隊式の敬礼を見せつけ、みほの号令の下あんこうチームの面々が動き出した。

 

 

 

 

 

 数分後、急いでホロターミナスのタワーを降りたビスケット達はみほ達の言葉の意味を、先んじて基地に転送されていたエクソクラフトの存在を持って知ることとなる。



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第38話

砂嵐の吹き荒れるイトゥチ/97の広大な砂漠を、2台のエクソクラフトが砂を巻き上げながら駆け抜けていた。

 先行きの見えない砂塵の中を、カメラ越しに見えるわずかなシルエットとあらかじめ設定した座標だけを頼りに、2台のエクソクラフトを操縦するのは鉄華団の面々だ。

 1台はみほ率いるあんこうチームで固まり、運転手はメンバーの『冷泉麻子』が担当している。 そしてもう1台は残りの面々が集まり、ビスケットが操縦を行っていた。 時折頭を押さえるような仕草を見せるビスケットを、同乗するスペシャルウィーク達が心配げに見つめる。

「ビスケットさん、大丈夫ですか?」

「ん、大丈夫。 心配かけさせてごめんね。 僕は何ともないから」

「……無理はしないでくださいね? さっきあんな事があったばかりなんですから」

 何もない体でふるまうビスケットだが、メンバーの内心はビスケットの体調を心配する気持ちでいっぱいだった。

 それもその筈、先ほどビスケットは通信タワー屋上のホロターミナスにおいてアルテミスと会話中、何かを見せられたのちに唐突に悲鳴を上げて倒れた。

 何らかの形で彼の精神に多大なショックを与えたようにも見受けられたが、しかしビスケットは後の今となっても辛そうな様子を見せる事もなく、自らエクソクラフトの操縦を続けている。

 このメンバーで自分が一番エクソクラフトを運転出来るからと自ら操縦を買って出たものの、仲間として彼を気遣うなという方が無理な話であり、特にスペシャルウィークは自分で彼を介抱したこともあって一番心配そうな素振りを見せていた。

<こちらあんこうチー -kzzkkz- ビスケッ -kzkt- 調は問題ないですか?>

 こちらビスケット、平気だよ。 ありがとう、皆にも余計な心配掛けさせちゃってるね……」

 運転中、みほ達の乗るエクソクラフトから無線通信が入る。 雷鳴の伴う砂塵で電波障害が出ていて随分とノイズが酷いが、先の着陸時のトラブルを受けてエクソクラフトを送信して貰う際、無線電波のブースターと本体部の磁気シールドの設計図も併せて送信して貰い、出発前に現地改修を実施。 短距離なら何とか連絡が取れ合うほどには改善出来た。

 その電波で、みほが心配そうな声を漏らす。

「本当に体調については問題ないから……あ、それに。 もう少しでこの砂嵐も一時的に止みそうだから、一先ず嵐が止んだら立ち止まって休憩しよう。 それでいい?」

<了解 -kzktk- 無理だけはしないで―――― -kzzzkktt-  通信終わり>

 それを最後に通信を打ち切った。 先の見えない砂塵の舞う未知の惑星という事もあり、先程から10分刻みで定期的に無線を送るようにしていた。

 今のところ通信にもエクソクラフト本体にも異常は見られないが、万一のトラブルを考慮しての判断だった。

「しかし、この嵐って嫌になるよね……折角のISの性能を完全に持て余すんだから」

 通信を切った後、シャルロットはエクソクラフトの外で吹き荒れる砂嵐にげんなりした顔を見せる。

 シャルロットが乗るISはエクソスーツと宇宙船の良いとこ取りをしたような性能である反面、ひとたびエネルギー切れを起こしたり何らかのトラブルを発生させたら最後、生身で極限環境下に放り出されるリスクを抱えている。

 故に宇宙船でもトラブルの発生したこの砂嵐では、同様に機器の異常を発したこともあって絶対防壁の展開以外控えているのだが、自在に地上と空を行き来出来るその真価を発揮出来ず、どうにもフラストレーションを溜め込んでいる節があった。

「なんだか、こっちに降りてきて役割の一つも果たせる気がしない感じだよ。 早くこの砂嵐が止んでくれないかなぁ?」

「まだ地上に降りてきたばっかりですよシャルロットさん。 きっとこれから先、活躍の場はありますよ!」

 天気の悪さもあって気分が沈みかけているシャルロットを、スペシャルウィークが励ましの言葉を贈る。

「それに、私だって宇宙船の操縦も自力で覚え切れてないのに、荷物持ちをやるってだけでついてきちゃいましたし……大丈夫ですよ、いざとなったら根性です根性!」

「スペ……」

「スペの言う通りよ」

 そこにキャルやペコリーヌも会話に参加した。

「まだまだこの惑星に降り立ったばっかりよ、上手くいかない事なんてあって当たり前なんだから」

「そうですよ! それにどんなに気分が沈んでも、私がこの星でやばいぐらい美味しいサボテン料理を作っちゃいますから、へっちゃらです!☆」

「……ふふ、そうだね。 ありがとう皆」

 スペシャルウィーク達の言葉に少し明るさが戻ってきたシャルロット。

 そんな彼女達を微笑ましく見ながら、ビスケットは改めて操縦に集中し直そうとしたその時である。

 

 

 

 

<気象情報:嵐が過ぎました>

 

 

 

 

 

 砂の舞う中に現れた、束の間の晴れの時間帯。 2台のエクソクラフトを側に置き、ビスケット達はあんこうチームの面々と合流し、道中に生えていた巨大サボテンから採取を行っていた。

 しかしながら、サボテンを前にするビスケット達の面持ちは、ペコリーヌを除き皆重々しい表情に包まれていた。 スペシャルウィークに至っては、少し離れた所の岩の影に隠れて様子を伺っている始末だ。

「ペコリーヌ、お願い出来る?」

「お任せあれ!☆」

 ビスケットはこの巨大サボテン……『エキノカクタス』と分析されたこの植物が食べられる品種であると確認を取ると、それの採取をペコリーヌに委ねることにした。

 目の前にそびえ立つサボテンは身の丈のサイズからその何倍以上にも大きい物までが群生しており、そのいずれもが非常に鋭利な棘で覆われていた。 しかしながら、単なる植物の棘と思うなかれ。 それらの鋭さはエクソスーツを貫通し、試しにとISのアームで掴んでは見たものの、関節の隙間に入り込んでは引っかかったり、装甲にさえ傷を入れるほどの厄介な代物であると言うことが分かり、断念した。

 とは言えこの星で滞在するのならどうしても水や食糧問題が付きまとうし、それはイサリビに居る皆も同じであった。 今後の食糧事情を考えたら目の前のサボテンが諦めきれずにどうしたものかと考えている中、採取に手を上げたのはペコリーヌだった。

「大丈夫です、私のスーツの手袋なら触れる気がするんですよ。 多分」

「た、多分って――――そんなあっさり決めちゃって大丈夫なんですかペコリーヌさん!?

 得意げなペコリーヌに対し、スペシャルウィークは依然として離れた物陰で恐る恐る顔を出しながら声を上げる。

 ウマ娘という種族はどうにも先端恐怖症の気があるらしく、一般人に比べて針のような鋭利な物が苦手な傾向が多く、特にこの場に居ないトウカイテイオーは、定期検診に注射を打とうとするのを逃げ出すほどで、是が非でも針を刺されようとするのを嫌がるなどその傾向が顕著であるほどだ。

 そんな程度がマシとは言え、例に漏れず尖った物が嫌いなスペシャルウィークは、シャルロットのISの爪甲に傷を入れてしまったのを見てすっかり怖じ気づいてしまい、こうやって距離を置いて難儀なコミュニケーションを取っている有様だ。

 そんなスペシャルウィークに対してペコリーヌは安心させるように笑いかけると、心配はないと見せつけるように巨大サボテンへと手を掛けたのだった。

「では、行きます……!!」

 意を決するようにペコリーヌが手を近づけると、皆も固唾を呑んでその様子を見守った。 スペシャルウィークは耳を塞いで蹲るように身を縮めた。

 色々な仕草で皆が見守る中、ペコリーヌの手が巨大サボテンの棘だらけの茎を掴んだかと思えば――

「えい――――やっ!

 そんな掛け声と共に、まるでバナナを取るようにあっさりと引き千切ったのだった。

『『おおおおおおおおおおおおッ!?』』

 思わず皆の口から感嘆の声が上がる。

「わぁ……! 色んな食材が回収出来るから行けるって思ってましたけど、やっぱりこの手袋やばいですね! 突き刺さると思ってましたけど全然大丈夫でしたよ!」

引き千切ったサボテンの棘だらけの茎を、誇らしげに掲げるペコリーヌ。

そんな様子を見たみほとビスケットは顔を見合わせると――二人揃って笑顔を浮かべてハイタッチした。

「ぺ、ペコリーヌさん!? ひょっとして採れたんですか!?」

「スペちゃんやりましたよ! やばいサボテンがしっかり採取出来ました!」

 歓声を聞きつけたスペシャルウィークが駆け寄ってくると、ペコリーヌは誇らしげな面持ちで手に取ったサボテンを掲げて見せた。

「う、うわああ! すごいです! 中身が詰まってて瑞々しくて、なんだかちょっと甘い匂いがします……!!」

 その大きさと中身の詰まった立派な葉肉に目を丸くして驚くスペシャルウィーク。 そんな彼女に微笑むと、ペコリーヌはサボテンから針を丁寧に抜き取り、丸裸にした所で葉肉の一部を摘まんでちぎると、そのまま口に含んで見せた。

 その次の瞬間、彼女は顔を綻ばせながら幸せそうな声を発し、見事にサムズアップをして見せたのである。

「薄味ですけど、爽やかな酸味と甘みのバランスがやばいですね!☆ そのままでも食べられますよ!」

 そして彼女は続けてサボテンを口に含むと、もぐもぐと美味しそうに咀嚼して見せた。

 それを見たスペシャルウィークも我慢できず、ペコリーヌが残した葉肉を手に取って口に含んでみると――その表情はみるみる内に笑顔になっていき、尻尾をぶんぶんと振りながら絶賛しだしたのだった。

 

「……どうやら、食糧問題はこれで解決かもね」

「うん。 でも、採取出来るのはペコリーヌさんだけだから、イサリビに戻ったらあの人の持つ手袋を量産出来るようにしないと」

「だね」

 ビスケットとみほは、そのままで鋭い針を持つサボテンを摘み取ったペコリーヌの手袋、危険物を処理する為の特殊な加工がなされていると、他ならぬペコリーヌ自身から告げられたそれの有用性に強い関心を寄せていた。

 自分達と合流する以前から食料集めの為に、色んな植物をもぎ取ってきたと教えてくれたペコリーヌ。 場合によっては高温を発したり、ガラス状の鋭い物質やスーツにさえ浸透しかねない劇物を発する物など色々あったらしいが、彼女だけは安全にそれを取り扱い、栄養プロセッサー共々機器を総動員しては安全に調理が出来たのだという。

 ならばその手袋、内部構造を解析しあわよくば、ペコリーヌと共に資材集めに奔走するスペシャルウィークをはじめ、いずれ鉄華団の皆にそれが行き渡るようにすれば、今後の採取がぐっと楽になるだろうと確信していた。

 爽やかで甘酸っぱいサボテン果肉に舌鼓を打つペコリーヌ等に生暖かい視線を送っていると、不意にビスケット等の背中に影がかかる。

「皆お待たせ、偵察終わったよ」

 砂嵐の途切れているこの僅かな時間、ようやく訪れた電波障害に悩まない瞬間を利用して空を飛び回っていたシャルロットが、ISを展開した状態のまま空から舞い降りたのだ。

「お疲れ様、シャルロット」

「シャルちゃんやりましたよ! サボテンの果肉、無事回収出来ました!」

「ペコリーヌの手袋がまさかの針山を防いだのよ! これで食料と水の問題は何とかなるわ!」

本当!? それは良かった――――と、言いたい所なんだけど」

 皆が喜びに満ちあふれる中、一方で戻ってきたシャルロットは何やら浮かない表情だった。

 その雰囲気を察してか、何気なくスペシャルウィークが代表してシャルロットに声を掛ける。

「あの、どうしましたシャルロットさん? 何だか浮かない顔してますけ――――ど!?

 するとスペシャルウィークは急に青ざめた表情で鼻元を押さえる。 その耳や尻尾は毛という毛が逆立ち、ただならぬ何かを嗅ぎ取ったようにも感じられた。

「その、失礼を承知で聞きたいんですけど……この、変な臭いは?」

 恐る恐る訪ねるスペシャルウィークに、シャルロットはため息をついてこう答えた。

「やっぱり、スペには気付かれちゃうか……臭いがつかないように触れずにいたんだけどなぁ」

「……何の話をしてるの?」

 意味ありげに語るシャルロットにみほが尋ねてみる。 シャルロットは重々しく言葉を続ける。

 

 

「スぺには分かったんでしょ? 僕から血の臭い……死臭がするって」

 

 

 

 

 

 

 

「――――これは……!?」

 シャルロットに案内され、訪れたその場所を少し離れた所から見て皆が唖然とする中、ビスケットは一人言葉を漏らす。

 目の前に広がるのは無残に食いちぎられたサボテンと思わしき植物と、その周りに散乱するのは大量の白骨死体。 その遺骨の中には食べ残しと思わしき肉片が残っており、いずれもまだ新しい。 まだ瑞々しい骨付き生肉とおびただしい血糊が砂の上に染みを作り、その周囲には茶色い臭気を放つ塊のような何かが散乱しており、死臭漂うビーフストロガノフをぶちまけたような光景がそこにあった。

「間違いありません、さっきシャルロットさんから臭ったのはこの臭気です……!!」

 青ざめた面持ちで鼻を押さえながら、スペシャルウィークは震え声を上げる。

「偵察時に妙な光景が見えたって思って、恐る恐る地上に降りてみたんだよ。 そしたら……」

「……酷い」

 みほの一言は、この光景を初めて見たシャルロットの内面を代弁するかのような言葉だった。 生物の墓場と言うよりは、乱雑に身体のパーツが飛び散ったこの光景は、凄惨な殺人現場も想起させる有様だ。

「そうですよ! こんなに食べ残しをするなんてバチが当たっちゃいますよ!」

「……アンタ、間違ってもこれを調理しないでよね?」

 ペコリーヌは少しずれたポイントにて憤慨し、キャルもそんな変わらない相方の仕草に呆れながらも、どこか安心するような仕草をして見せた。

 そんな中、ビスケットとみほは意を決したように互いに顔を見合わせると、その惨状の広がる現場に二人して足を踏み入れる。

「ビスケットさん!?」

「西住殿!?」

 

 仲間達が呼び止める間もなく、二人は現場を調査する。 食いちぎられたサボテン果肉をみほが、動物の死骸は『現場慣れ』しているビスケットがその断面図をまじまじと調べた。 シャルロットも彼らの後に続き、慌てて他の皆もシャルロットを追った。

「うう……気分が悪くなってきました」

 神妙な面持ちながらも躊躇いなく死体をあさるビスケット達の様子と、近づくことで一層強くなる死臭。 いよいよスペシャルウィークが両手で口と鼻を押さえ、音を上げそうになっている。

「無理してこの場に来なくてもいいわよスペ……にしても、見れば見るほど凄惨ね」

「スぺちゃんには刺激がきついかもですね。 本当に大丈夫ですか?」

「いいんですぺコリーヌさん。 この場で皆から離れる方が心細くて……うっ」

 見かねたキャルとぺコリーヌがスペシャルウィークを介抱するが、しかしそれでもなお、スペシャルウィークは現場から決して目をそらそうとはしない。

 そんな彼女の姿を痛ましく思いつつも、みほはビスケットと意見交換をしながらこの光景の理由を解き明かさんとしていた。

 そして、ビスケットとみほは一つの結論に至る。

「やっぱり……ビスケット君」

 ビスケットはみほの問いかけに無言でうなずくと、その場にいた皆に一つの推論を話し始めた。

「皆、聞いてくれ。 どうやらこの星には、相当巨大な生物が棲んでるかもしれない」

 ビスケットの口から出た言葉に、皆は驚きを隠せなかった。

 無理もないだろう。 不毛なこの星にはそんな巨大な生物が育つような環境など存在しないと、皆が考えていたのだから。 しかしビスケットは続ける。

「根拠はこのサボテンや食べられた生物の断面だ。 刃物やレーザーで切られたようなきれいな切断面も焦げた跡もない。 肉から骨まで巨大な塊に挟まれて寸断されたような乱雑な切り口なんだ」

 ビスケットは心を鬼にして、あえてその断面を皆に見せた。 一瞬

 するとそこにはビスケットが口にした通り、大きな何か……恐らくは歯に圧壊されたような痕跡があったのだ。

「それに、血以外の臭いがするけど……周りに落ちているこの臭い塊、これは多分……」

「動物の、フンですね?」

 ぺコリーヌが真剣な表情で問いかけると、おそらくはと言わんばかりにビスケットとみほは首を縦に振る。 じっくり眺める気にもならないが、所々に周囲と同じ動物の骨が散りばめられているのを見てしまい、臭いも相まって思わず顔をしかめてしまう。

「……実は、さ。 ここだけじゃないんだよ、こんな風に動物の死体が散らばってるの」

 不意にシャルロットが口を開いた先に出た言葉に、一同は改めて戦慄する。

「一番近かったからここに連れてきただけで、他にもこんな風景が所々にあったんだ……死体の痛み具合や乾き具合とかはまちまちだったけどね」

「……いずれにしても、あまりここに留まるべきじゃないかもしれない。 それに――――」

 

<気象警報:嵐が接近中>

 

「砂嵐もまた来てるみたいだし、ね……」

 ビスケットの言葉に異を唱えるものはいなかった。

 

 

 

 

 再び砂嵐が吹き荒れる中を、2台のエクソクラフトが砂埃を巻き上げて走行する。 雷を伴う砂嵐の真っ只中では、相も変わらず視界が著しく制限される。 速度を控えめに、しかしかろうじて表示される決められた座標めざし、少しずつだが確実に目的地へ近づく。

 そんな車内の空気だが、せわしなくハンドルを切るビスケット以外の様子は、どこかお通夜のような静けさが漂っていた。

 ……無理もない。 サボテンに舌鼓を打って喜ぶも、その後すぐにあんなひどい現場に遭遇したのだから、気分が悪くならない方がおかしい。

 皆も気を遣って悪態をつかないよう配慮はしているが、どこかぎこちなさが残ってしまう。

 そんな中、不意にスペシャルウィークが口を開く。

「……なんだか、妙に揺れません?」

 その言葉に釣られるように、車内の皆も揺れを感じる。 しかし砂漠の上を大げさなタイヤで走り抜けているのだ。 多少の揺れがあるのは当然だろう。

「舗装されていない場所を走るし、これぐらいは当たり前じゃないかな?」

「やっぱりスペったら、さっきので気分悪くなりすぎたんじゃない?」

 心配を寄せる皆だが、しかしスペシャルウィークは少し考えた後に首を横に振る。

「いえ、タイヤをとられたり石を踏んだとか……そう言うのじゃないんです。 ただなんていうかその――――」

 自身の感覚を形容しづらいのか、しばらく考え込んでいる様子だったが、やがて思い当たる言葉が当てはまったのか意を決したように口を開いた。

 

「地震、でしょうか? 地響きっていうか、地面そのものが揺れてる、ような――――」

 

 気のせいを疑っていた皆だったが、その瞬間――――今度はハンドルが取られるくらい、車体全体が大きく揺れた!

 ビスケットはとっさの判断で強くブレーキを踏み、併走していたみほ達も同様にその場で急停止した。 急ブレーキの勢いで乗員が将棋倒しになってしまう。

「危なかった……だ、大丈夫皆!?

「痛たたたた――――ビスケット! もうちょっと優しくブレーキ踏みなさいよぉ! 結局ぶつけてるじゃないのよ!

「ご、ごめん!」

 思わず急停止してしまったことを謝罪する前に、キャルから抗議の声を上げられてしまった。慌てて謝罪しながら、皆の無事を確認する。

 幸いにも誰も怪我はしていないようだったが、いち早く揺れに気づいたスペシャルウィークはあからさまに不安げな面持ちだった。

 そんな中、みほ達あんこうチームからの無線が入る。

<こち -kzzzt- チーム! ビスケット君応と -kztzt- います!>

「こちらビスケット! みほ、大丈夫だった!? あんこうチームの皆は!?」

<私達は大 -zktzt- です! でも、この揺れ――――ひょっ―――― ザザザ...

 相変わらずのノイズで聞き取りがしづらいが、どうやら彼女達も異変の正体がなんなのか察しがついているようだ。

「ビスケットさん……ひょっとしてこれって」

 喉を鳴らすスペシャルウィークの声色は、まるで死刑宣告を受けたかのように重いものだった。 ビスケットもこれから起きうることを察しているからこそ、あえてその質問には答えなかった。

 

 

 

<警告:動体反応を確認>

 

 

 

 エクソクラフト内に警告シグナルが発せられ、全員が総毛立つ。

「……判断を誤ったかもしれない。 あの時点で一旦引き返すべきだったんだ」

 先の食い散らかしの時点で十分警戒をしていたのだが、いかんせん目的地が近く到着を優先してしまったのは悪手だと、ビスケットは天井を仰いで後悔する。

「どうだろう……あそこから引き返した所でリスクはあまり変わらなかったかもしれないよ?」

 シャルロットがフォローするも、車体に走る振動は徐々に大きくなっていく。 今やるべきことは判断ミスを責めるべきでも反省会でもない。

「仮にミスだって失敗ぐらいはあるわ」

「そうですよ、それよりも――――」

「と、とりあえず皆さん。 ここはひとまず」

 皆の心は一つだった。 それは無線機越しにやりとりを聞いていたみほ達さえも同じだった。

 

 

<退却しますッ!!!!>

 

 

 一転、2台のエクソクラフトは進行方向から向きを変え、一斉に逆方向へと舵を切った――――その瞬間。

 

 揺れが最高潮に達し、砂を大きくかき分けて()()は地中から一気に飛び出した!!!!

 

「――――ッ!! で、でかい……!!」

 

 ビスケットは車内の動体センサーに検知された映像をモニター越しに見て、その巨体に戦慄する。

 

 

 

 

そう、砂塵のカーテンのすぐ向こうに現れた……百足ともワームともとれる、巨大な砂の蟲のシルエットを――――。



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第39話

 ギリギリだけど、なんとか今月中に投稿できた……。


 

 砂のカーテンを引き裂いて踵を返したビスケット等の背後に現れたそれは、巨大な建築物を思わせるような巨体を持つ、ミミズの胴体に無数の節足を持つ蟲だった。そして、その頭部にあたる部分は……まるで巨大な百足のような鋭い歯を持つ形状をしていた。

 

 

 

<警告:敵性生物を検知 『タイタンワーム』と推測>

 

 

 

 動体検知器のフル稼働によってスキャナも同時に稼働、その分析結果と共にけたたましいブザーが車内に鳴り響く。 そしてタイタンワームと分析された巨大生物が威嚇と共に咆吼すると、先程の地面を掘り返したものであろう地響きに負けない振動と威圧感がエクソクラフトを襲う!

 

(な、なんて大きさだ……EDN-3RDのカテゴリGに匹敵するぞ!?)

 

 ビスケットはモニターに映る巨大な敵影に気圧される。 ここまでの巨体で砂漠の底から勢いよく飛び出す俊敏性、そのたった一つの動作だけで感じ取れるポテンシャルに、ビスケットはかつてない危機的感情に身を震わせる。

(落ち着け、落ち着くんだ……! オルガがいない今、俺が皆の命を預かっているんだ! びびってる場合じゃない!)

 自らに言い聞かせるように感情を落ち着かせると、ビスケットはみほに通信を送る。

 

「みほ! こんなに巨大な相手じゃ、俺達の持ってる武器だと攻撃が通らない!! 回避に専念して基地に全速力だ!!」

<――――麻子さ -kzkt- 全力で回 -zzkt- 動を取ってください!!>

 

 みほは操縦手に再度撤退を強く訴え、ビスケットも並んでアクセルペダルを底まで踏み抜いた。 一瞬のホイルスピンの後、空転をものともしないオフロードタイヤによる強力なトラクションにより、乗員が後ろ倒しになる勢いで車体が加速!

「皆!! 何でも良いから掴まって!! 身体をぶつけるよ!?」

「ああっ!! もう遅いわよ!!」

 指示が遅いと言わんばかりにキャルは頭を押さえながら理不尽に抗議する。 しかしビスケットにとってはそれに耳を傾ける余裕もなく、ただ全速力での離脱を図る。

 だがタイタンワームは獲物を逃すまいと、節足を大きく広げ砂に沈めながら猛追してくる! その速度はエクソクラフトの最大速度と同等かそれ以上であった!!

(まずい!!)

 ビスケットはモニターから得られる情報と感覚でそれを感じた。

 

 

<警告:回避行動を取ってください>

 

 

 敵が攻撃を仕掛けてくる。 そう判断したビスケットは、ステアリングをみほの居る車両と距離を置くようにステアリングを切った!

 

 

 その刹那――――ビスケットとみほの開かれた車両間隔に割って入るように、タイタンワームが突貫!

「危ないッ!!!!」

 間一髪!その巨体が掠める寸前で回避に成功! しかしその衝撃は凄まじく、ビスケット達の乗るエクソクラフトは大きく吹っ飛ばされてしまう!!

「うぉああ!!」

「きゃあぁっ!!」

 車内が大きく揺さぶられながら地面を滑るようにスライドしていき、エクソクラフトの側面に砂煙が立ち上る。 タイタンワームは体勢を立て直すかのように、左右に大きく身体をくねらせて一旦身を引いた。

 そうした中で意図せず発生したドリフトを立て直すも、幸いなことに車体へのダメージは回避。だが操縦していたビスケットは何とか踏ん張るも、同乗者達は車内の壁に身体を叩き付けられる。 エクソスーツで守られていなければ頭を強く打っていただろう。

 そして、砂煙も晴れぬ内に再びタイタンワームの巨体が再びエクソクラフトに突貫!! 今度は左右に身体を振りながらではなく、真っ直ぐな軌道での突進だった!

 

<警告:回避してください。 回避してください――――>

 

 

「そんなの分かってるよ!!!!」

 ビスケットはステアリングを慌てて切り返すも間に合わない!

 そのままタイタンワームは車体後部に衝突!! その衝撃でビスケット達の視界は激しく揺れ動き、車体が大きく吹き飛ばされてしまう!!

「うわぁああ!!」

 車内に激しい振動と衝撃が伝わる。

 派手に横転するが、しかし車体は綺麗に一回転し姿勢を元通りに! そしてそのまま砂塵を巻き上げながらエクソクラフトは大きくスライドし、結果として距離を取ることに成功する。

「ああもう!! どうしてこっちばっかり狙うのよ!! いや、向こうを狙えば良いって訳じゃないけど!?」

「み、皆さん大丈夫ですか!? どこか怪我をしたりしてませんか!?」

「僕は大丈夫!! それより、あの蟲を何とかしないと! このままじゃ基地まで付いてこられる!」

(どうする? どうやってコイツを撒けば良い!?)

 車内が混乱する中、ビスケットは忙しなくハンドルとペダルを操作しながら、必死で打開策を考える。

 想像よりも遙かに敵が機敏で、こうも執拗に追撃を浴びせられては車体が持たない。 エクソクラフトが爆散するか、それとも車体ごと敵に食べられるか――――あの無残な食べ散らかしの中に自分達が加わる想像をしたところで、背筋に悪寒が走る。

 

 そんな中で、タイタンワームが更なる追撃を浴びせようと、大きく身を振りかぶって力を溜める。

 

<警告:回避してください>

 

 AIはエクソクラフトの操縦よりも敵の次の行動を察知し、ビスケットにそれを伝達する。

(どうする!? このままじゃ時間の問題だ!!)

 ビスケットの脳裏に、惨たらしい捕食の瞬間がよぎる。 そんな彼らに一気にトドメを刺すべく、タイタンワームが次なる一撃を加えようと突貫してくる。

 諦めず回避しようとビスケットが再びハンドルを大きく切ろうとした瞬間――――

 

<華さん!!>

 

 みほのエクソクラフトに搭載された砲口から、迫り来るタイタンワームめがけて砲撃が放たれた! その攻撃はタイタンワームの開かれた口内に命中! サボテンの張りも貪るワームだが、高エネルギー体の砲弾には流石に怯んだようで、飛び込んだ際の勢いが他方に反れ、その隙にビスケットは一気にペダルを踏んで見事回避行動を成功させる!

 エクソクラフトは再び横転しながらも地面を滑るようにスライドして距離を取り、何とか体勢を立て直した。

 

 今の射撃はみほがその名を口にしたように、彼女らあんこうチーム随一の砲撃手『五十鈴 華』の手によるものだろう。 戦車戦においても屈指の命中率で敵戦車をなぎ倒していったその手腕は、この土壇場においても遺憾なく発揮されたらしい。

 しかしながら、ビスケット達への捕食を妨害したことで、タイタンワームの注意がそちらに向くのではないかと危惧するビスケットは、慌ててみほ達に無線通信を送る。

「助かったよみほ! だけど――――」

<分かっ -zzkzkt- ます!>

 みほ達に警告するも束の間、一瞬怯んだだけのタイタンワームは今度は彼女らの乗るエクソクラフトに標的を変え、一転してそちらめがけて頭部を突っ込ませる!

 

<優香里さ-zkzt-願いします!>

<了解です! イヤッハアアアアアアアアアアアッ!!!!>

 

 そこはパンツァーハイ、この異常事態に否応なしにテンションの上がった彼女はすんでの所で攻撃を回避! 神がかり的なドライビングで、ワームの変則的な軌道を華麗に躱す!

 回避に成功したみほは続けざまに砲撃! が、しかし。今度の狙いは外れてしまう。 避けたその動作から反撃に飛び出すワームの攻撃を、同じく脇を掠めるように車体をスライドさせるみほ達のエクソクラフト。

 撃っては避け、偶に当たるも一瞬身じろぎする程度で直ぐに反撃されてはそれを避けると言う、撤退しながらも攻防を繰り広げる。

 

「す、すごい……!! みほさん達的確に避けてる!」

 あんこうチームの息の合った連係プレイにスペシャルウィークが感嘆の声を上げる。

 しかし、タイタンワーム自体に一切のダメージが見られる様子もなく、激しい動作に息が上がるような仕草も見当たらない。 このまま防戦一方ではみほ達が疲弊してしまうのも時間の問題だろう。

「――――だめだ! 倒せないまでも撃退しなきゃ、やられるのも時間の問題だよ!!」

 シャルロットが焦燥感に駆られながら叫ぶと、ビスケットは焦りながらも頭を回転させる。

「何かアイツに対抗できる方法は!? せめて戦車砲以上に強力な一撃を口の中に叩き込まないと!!」

 だが、必死で思考を巡らせている内にタイタンワームの攻撃は激しさを増していく! みほ達は懸命に回避するも、車体を降るテンポがワームの掘り返した地面に足を取られ、ごく僅かに回避のタイミングがずれて行っている。

 

「ビスケット君! 私とキャルちゃんが迎撃します! 主砲の準備をしてください!!」

「しょうがないわねぇ!!」

 

 名乗りを上げたのはペコリーヌだった! 彼女に呼ばれ、キャルも渋々ながらそれに答えるように上部ハッチに手を掛ける。

 有無を言わさずに飛び出した二人にビスケットは焦りを禁じ得ないが、しかし有効と思われる方法がこれしか思い当たらない。 ビスケットは頭をかきむしりながら叫ぶ。 

「もうやぶれかぶれだ!! みほ達のほど強力な主砲じゃないけど、何とか振り向かせてみる! いつでも放てるように準備して!!」

 ペコリーヌとキャルは首を縦に振ると、マルチツールを展開しつつ上部ハッチを開放。 同時にビスケットは主砲の向きを荒れ狂うタイタンワームへと向けた。

 

<ペコリーヌさん!? キャルさん!? 何を!?>

「あんこうチームの皆! アイツの口の中に二人の技を叩き込む! 出来る限り距離を取ってくれ!」

<! ――――了解!!>

 ビスケットからの問いかけに、みほ達あんこうチームのエクソクラフトが一際大ぶりな回避行動をとる。 タイタンワームはそれを執拗に追撃しようとするが、それはビスケットのエクソクラフトの砲口から放たれたエネルギー弾によって阻止される。

 2~3発発射、命中したのは1発のみで残りは明後日の方に飛んでいく。 当たったのも堅い外殻でロクなダメージも与えられないが、しかしワームの注意を引くには十分だった。

 大口を挙げて威嚇の後再度飛びかかろうと一瞬身を引き、再びこちらに頭部を突き出すように飛びかかってきたのを見計らい――――既にエクソクラフトの屋根に立って身構えていたペコリーヌとキャルからユニオンバーストが放たれる!

 

 

 

「プリンセス……ストラーーーイクッ!!!!」

 

「グリムバーストッ!!!!」

 

 

 

 二人のマルチツールから放たれるエネルギーの奔流。 岩石の雨あられを容易く撃ち払ったそれが、タイタンワームの開かれた口内に叩き込まれる!

 巨大な炸裂音が響き、ワームの悲鳴と思わしき砲口と共に頭部が大きくのけぞった。その巨体がバランスを崩して転倒するのを、みほ達はエクソクラフトを巧みに操って回避した。

二人は見事命中させた手ごたえに満足気な笑みを浮かべると、すぐさま返す動きで地面に潜っていくタイタンワームから距離を取るべく後退するのだった。

 ビスケットはその様子を見て安堵のため息をついた後、改めて無事だったみほ達の姿を見据えた。

 

《big》「皆、無事かい!?」

<……こちらあんこ-zzkzkt-ーム、なんとか無事です! 助かりまし-zzkzkt-さん!>

「無事で何よりですね!☆」

「マルチツールにまた砂が入っちゃったけど」

 

 車内に戻ってきたペコリーヌとキャルが上部のハッチを閉め笑顔で答える。 安全な食糧確保に危険な外来生物の撃退、間違いなく今日のMVPは彼女らだろう。

「よかった! 無事にあの怖いモンスターを撃退できたんですね!?」

 歓喜に沸くスペシャルウィークだったが、しかしペコリーヌは一転神妙な面持ちで首を横に振る。 それは他の皆もそうだった。

「……どうだろう。 撃退はしたけど、車内から見てた感じダメージが通ったかは分からない」

「そうね。 怯んで逃げていったみたいだけど、あれだけ硬い生き物があれくらいで引き下がるとも考えづらいわ」

「え、ええ……」

 冷静に事態を見ていたシャルロットと、撃退した張本人であるキャルの言葉を聞き、スペシャルウィークは思わず黙り込んでしまう。

 確かに彼女の言う通り、あの程度の大きさでは怯んだところですぐに立ち直りそうだ。 もしもう一度追ってこられたらエクソクラフトで逃げ切れる保証はどこにもない。

「やはり不本意だけど、一度基地まで撤退するべきだ。 敵がこちらを見失っている内に逃げて対策を立てないと――――!?」

 ビスケットが総括しようとしたその直後、大きな地震が辺りを襲った。 それは先ほどまでワームが暴れ回っていたものとは比べものにならない、大きな縦揺れ。

 しかも一度ではない。続けて何度も、まるで怪獣が暴れているかのような激震が周囲に響き渡った。 明らかに普通では無かった。

 

 やがてその震動は、エクソクラフトが蹴り上げる砂の地面そのものにまで影響を及ぼした。

「ビスケットさん!! なんだか砂が動いています!!」

 スペシャルウィークが画面を指さすと、砂の地面が流砂に変わったようにうねりを見せ始めている。 次第にその動きは激しくなり、やがてエクソクラフトの足元まで迫ってきた。

「!! まさか!?」

<地面が、割れ-zzkzkt-

 そのまさかだった。 猛るタイタンワームの激しいうねりは、辺りの地殻をも粉砕するあまり脆くなった地面が、エクソクラフトを乗せたまま一気に沈下したのだ。そして、激震によりひび割れた地面は砂を飲み込み始め、それはビスケット達の乗る2台のエクソクラフトをも飲み込む勢いだった。

 

「ダメだ、もう回避できない!! 車体が飲み込まれる!!」

<ビスケット君!! 皆ッ!!>

「皆!! 身を低くして衝撃に備えてッ!!」

 

 最早落下は避けられない。 それを悟ったビスケットとみほの叫び、それと同時に最悪の事態に備えるよう声を上げるのはシャルロットだった。 最早抵抗は無意味、2台のエクソクラフトの操縦手はせめて車体のダメージを最低限にする為、車体のエネルギーの振り分けを危険防御に全振りすると同時に、その身を車内に伏せさせる。

 

 

鉄華団の面々はなすがまま、砂の海の奈落へと落ちていく――。



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第40話

 エクソスーツのバイザーに液体のような何かがしたたる音が、ビスケットの耳をくすぐった。 暗転した意識がゆっくりと覚醒していく。

 いったい自分はどれだけの時間気を失っていたのだろうか。

 何度となく繰り返した疑問を今一度脳内で巡らせつつ、彼はゆっくりと目を開いた。

「ここは……?」

 彼が意識を取り戻したのは暗がりの、しかし天井の所々の隙間から光の差し込んだ、かなり広い鍾乳洞のようだった。 すぐ側は崖っぷちで、遠くに目をこらしてみると地下水脈……というよりは地底湖が広がっているようで、乾ききった地上とは異なってかなり湿り気を帯びているようにも見えた。

 

 うつ伏せに倒れていたその体を起き上がらせようとした際、彼の脳裏には気を失う前の記憶が蘇ってきた。

(そうだ……あの時……ッ!?)

 ビスケットは思い出す。 地割れに飲まれた際、機体は共に流れ込む砂や破砕した砂岩に何度も叩き付けられ、遂には空中分解してしまった記憶を。 その際に仲間達が散り散りにななってしまったのではなかったか。

 今の彼は、見たところ五体満足で済んでいるようだが……果たしてここはどこなのか?

 

 ビスケットは辺りを見渡してみると、彼の直ぐ後ろには見るも無惨に破壊されたエクソクラフトがそこにあった。 幸い、ホイールにサスペンション、それとエンジン周りとシャーシは無事ではあったが、そこから上のガワの部分は綺麗さっぱり失われてしまったようだ。

「これは酷い……こんな砂漠でオープンカーになってしまうなんて笑い話にもなりゃしない。 ……皆は無事だろうか?」

 一体ここはどこで、仲間達はどうなったのか? 疑問と共に徐々に記憶が蘇ってくる中、ふと耳に流れ込んでくる何かの音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「――――なーーー!! 皆あぁぁーーーーーーー!!!! 返事してくださあああああああああい!!!!!

 

 

 

 

 

「この声は!?」

 洞窟内に残響する少女の声、スペシャルウィークのものだ!

「――――ぺ!? スペなの!? 僕はここだよおおおおおおおおおお!!!!」

「シャルロットも! おーーーい!!!! 俺はまだ生きてるよーーーー!!!!」

 両の耳に残るスペシャルウィークとシャルロットの声を頼りに、ビスケットは崖の側に立って叫ぶ。

 幸いにして開けていたその洞窟の中にあって、彼の眼に二つの影を捉えることはそう難しくはなかった。

 少し離れた所にスペシャルウィークとISを展開するシャルロットがそこにいるのを、彼はすぐに見つけ出した。

「ビスケットさん!」

「無事だったんだね! 怪我はしてない!?」

 スペシャルウィーク達もこちらを見つけたようで、大手を振って存在をアピールしてくる。

「僕は大丈夫! だけどエクソクラフトが大破してる! 2人共こっちに来てくれないか!?」

「わかった! 行こうスペ!」

「はい!」

 シャルロットはISの腕でスペシャルウィークを抱えてやり、共にこちらに向かって飛んできた。 どうやらこの地下水脈では機体のトラブルは発生しないようだ。

「ISの機能に問題はないみたいだね」

「外みたいに磁気嵐は出てないから。 ……で、これが僕らの乗ってきたエクソクラフト、かぁ」

「うう、見事にタイヤから上が無くなっちゃってますね……」

 シャルロットとスペシャルウィークは、重々しい外装の取っ払われたエクソクラフトを見て、自分達の巻き込まれた地割れと転落が如何に凄まじかったかを、げんなりとした面持ちで思い知る。

 ビスケットもこれには溜息をつくしかなく、その残骸を前にして肩を落とした。とは言えここで落ち込んでいても仕方ないのも事実で、彼は立ち上がると2人に告げた。

「……こうなったら仕方がない。 一刻も早く残りのメンバーを探してここから脱出しよう」

「そうだね。 まずはどっちに行けばいいんだろう?」

 シャルロットは改めて周囲を見回してみるも、そこはただただ地下水脈の広がる湿りきった洞窟といった雰囲気で、どちらに進めばいいかなど皆目見当もつかなかった。

「でも、地下にこんな大量の水脈があったなんて驚きですね。 水もかなり青く透き通っててキレイですし……」

「局所的には大きな湖か海も確認出来ていたし、ひょっとしてあの雷の伴う砂嵐ってこれが原因だったりするのかも知れないね」

 地上こそ荒れ果てた大地が広がるイトゥチ/97の地表であるが、地下に潜れば気温も低く水資源も豊富に思える。 もしかすると、乾燥した空気ながら動植物が生きていけるのも、この地下水脈があってこそなのかも知れない。 水気がなければ成り立たない、あの雷を伴う砂嵐が頻繁に発生するというのも頷ける話だ。

 辺りを見渡す3人だが、ふとスペシャルウィークの耳が何か物音を捉えたようだ。

 

「……この音」

「何か気付いたのかい?」

 彼女の表情の変化に、何かを察したビスケットが問いかけると、スペシャルウィークは頷いた。

 音のした方を指差してみると、それは直ぐ向こう側の対岸にあった。 崩れた岩石が積み重なっている、恐らくは地殻の崩落によって形成された石の山が確認出来た。

「気のせいかも知れないですけど、さっき石が崩れたような音が聞こえて……」

「まあ、あれだけ派手に崩れたら……ね「! ちょっとまって! あの崩れた岩石の中から反応が!」

 シャルロットのハイパーセンサーが何かを捉えたようだ。 直ぐにそれを分析してみると、それはシグナルのようだった。 そしてその識別信号を見た瞬間、慌てた様子で彼女は叫んだ

「大変だ! ペコリーヌとキャルがあの中にいる!」

「まさか崩落に巻き込まれたって事ですか!?」

「皆! 行こう!!」

 2人の安否を確かめるために、3人は急いで駆け出した。 崖をジェットパックで飛び越え、崩落した岩石の山の前にたどり着く。 ビスケット達は揃ってマルチツールを取り出し、それを山のてっぺんに向ける。

「上から切り崩していこう!」

 ビスケットの声に2人が首を縦に振る。 これだけの質量に下敷きにされているとなれば、最悪を覚悟しなければならない。 戦々恐々とした面持ちでマルチツールの発射モードを『地形操作機』に切り替え、崩れた岩石を見る見る内に切り崩していく。

 なだらかになる山と裏腹に心拍数は上がるが、崩れた岩石は瞬く間に小さくなり、やがて2人のエクソスーツを纏った少女の姿がそこに現れた。

「ペコリーヌ! キャル!」

 五体満足な、しかしキャルと彼女を庇うようにして倒れているペコリーヌの姿だった。 いの一番に介抱氏に駆け寄ったのはスペシャルウィークだ。 ペコリーヌを横に寝転がし身体を検める。

「怪我はしていないみたい……」

 二人の胸元に耳を押し付けるようにヘルメットを近づける。 ペコリーヌと次いでキャルを同様に検め終わった時、スペシャルウィークは安堵したようだった。

「大丈夫! 気を失って眠っているだけみたいです!」

「スーツの検査機能(ヘルスチェック)はどうだった?」

 シャルロットの問い掛けにスペシャルウィークはOKサインを出す。

「問題ありません! お二人のスーツ自体の危険防御機能や生命維持装置もOKです!」

「……良かったぁ」

 ビスケットとシャルロットも、ようやく安堵のため息をついた。

 

 

 スペシャルウィークがキャルを、シャルロットがペコリーヌを背負い、先程のエクソクラフトの残骸があった場所まで引き返す。 気を失った2人をエクソクラフトの側に横にしてやると、これからの方針を話し合った。

 残りのメンバー……あんこうチームの面々をこの広大な地下水脈から探し当てるのに、機動力のあるシャルロットとスペシャルウィークが自ら立候補した。 自分もそうしたいと思うビスケットではあったものの、子と身動きを取るという面で2人にかなうはずもなく、気絶したペコリーヌ達の介抱やこのメンバーで唯一可能なエクソクラフトの修理を行えるのはビスケットしかいないという、文字通り選択の余地のない判断が下されたのだ。

 未だ目を覚まさない2人の頭を優しく撫でた後、ビスケットはシャルロット達に向き合うと、ぺこりと頭を下げた。

「2人共、宜しくお願いするよ」

「うん。 留守番ヨロシクね」

「何かあったら連絡を下さい! でも、無線の調子は相変わらず良くないみたいですけど」

「あ。 できればあんこうチームを見つけた際には、ひょっとしたら向こうもエクソクラフト壊れてるかも知れない。 そうなった時は可能な限り部品を回収してくれ。 ひょっとしたらニコイチ整備が出来るかも知れないから」

「わかったよ。 それじゃあ、行ってくるね!」

 そう告げると、シャルロットは地下水脈を飛んでいき、スペシャルウィークは崖を滑り落ちた。 この洞窟内は電波を反響しやすいようで、あまり入り組んだ場所に入ると無線が通じにくくなる。 なので一応2人には即席の無線機のブースターを用意してやり、定時連絡を欠かさないように伝えてあるが、それでもビスケットの内心は彼女達が心配であった。

 それに、この鍾乳洞の奥にいるであろう他の面々も同様に……。

「頼んだよ2人共。 よし、俺も頑張ろう!」

 一抹の不安を拭うように、ビスケットも己の仕事……エクソクラフトの可能な限りの修理を始めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<こちらは異常なし。 あんこうチームを発見出来ず、スペはどう?>

「こちらスペシャルウィーク。 私も同じです……それよりもシャルロットさん。 この地下水脈、所々流れが速いですね」

 スペシャルウィークは地下水脈の側を歩きながら、その水が思いのほか速く流れていることに驚いていた。

 先ほどの開けた地下水脈から少し入り組んだこの場所は、わずかな日の光も入り込んでおらず、唯一マルチツールに内蔵されるフラッシュライトの光だけを頼りに足を進めていた。 強い光に違いは無いが、この広大なダンジョンを歩き回るにはそれでも心許ない気分だった。

<湧き水や高低差もあったりするからね。 気をつけて、足を滑らせて落っこちたら袋小路に嵌まって――――なんてこともあり得るからね>

そうなったら溺れちゃいますね……気をつけます!

 シャルロットとの通信を切り、スペシャルウィークは改めて足元を見やりながら歩く。

 しかしよくもまぁここまで複雑に絡み合った通路だこと……鍾乳洞というものがここまで複雑な代物だとは彼女は知らなかった。 地球の鍾乳洞もこんな感じなのだろうか、などと益体もないことを考えながらゆっくりと進む。

 スペシャルウィークは足を取られないように水に飛び込まないように、特に速くなっている部分は避けるようにしつつ、あんこうチームの捜索を急いでいた。

(まさか、川に落ちて流されたりとかしていませんよね?)

 そうだとしたら、この広大な地下水脈の中を探すのは相当に骨が折れそうだ。 十分考えられる可能性に不安を感じるも、けれど彼女は気丈にも弱音を吐くことなく歩みを進める。

(いえ、きっと見つけます! 仲間を見捨てる訳にはいかないもの!)

 そう意気込むと、スペシャルウィークは水の流れに沿って真っ直ぐに進んでいくことにした。

 流水の音と暗がりで水も滴る鍾乳洞の壁面だけが続く光景に、次第にスペシャルウィークは不安を感じ始めていた。

 そして何より、先ほどのワームがまだ暴れているのかしれないが、わずかだが洞窟内に微細な揺れを感じ取り、時折天井の一部や鍾乳石が崩れて落ちてくる様子が見える。 あまり岩盤が丈夫でないのかもしれない。

 仲間を探す為だと自分に言い聞かせながら歩く彼女だが、こんな状況ではやはり心細くはある。

「……っ、大丈夫。 きっと皆無事でいるはずです……!」

 弱気になる心を叱咤しながら、前へと進む。 仲間達は無事だ、必ず皆で帰れると自らに言い聞かせながら歩いていると、前方に開けた空間が見えた。

「……あれは?」

 空間は少し広い水たまりになっており、中心の辺りに岩が隆起しているようでそこに目を凝らしてみると、その隆起した岩の部分に見覚えのある人影が見えた……白と緑のカラーリング、バックパックに鉄華団のマークが入ったエクソスーツを身に纏った、体格や背格好は自身とそう変わらないその姿がうつ伏せになって倒れている。

 

 

(あんこうチームの人だ!! 間違いない!!)

 

 

 仲間だと確信したスペシャルウィークは近づいて肩をつかみ、仰向けに寝かしてやる。 バイザーから見えたその顔はまさにそのあんこうチームのリーダー、西住みほの姿だった。 介抱しながら辺りに目をやるが、他の仲間達の姿は見当たらない。 水辺に伏せていたところを見るに、どうも彼女は地割れに飲まれた後流されたようで、同時にそれは彼女らのエクソクラフトもただじゃすまなかったことを確信する。

 軽く分析をかけてみると、ぶつけた衝撃なのかスーツの生命維持システムに一部故障があるようだが、彼女自身に外傷らしき形跡は見当たらない。

「みほさん、私です! スペシャルウィークです! 目を覚ましてください!」

 肩を軽く揺すり、彼女の目を覚ましてやるスペシャルウィーク。 呼び声に反応してか、みほの目がゆっくりと開いていく。

「……スペちゃん? ここは……」

「よかった、気がついたんですね!? 皆地割れに飲まれてこの地下鍾乳洞に落ちたんですよ!」

「!」

 みほは慌てて立ち上がる。 彼女もまた、落下した瞬間の記憶が一部飛んでいたようで、スペシャルウィークからの呼びかけによってそれを悟ったようだ。

「そうだ! エクソクラフトがバラバラになって、皆が――――痛ッ!!

 立ち上がろうとしたみほだが、右足をひねったようにしてバランスを崩し、水面に派手に飛沫を上げて着水する。

「みほさん!? ――――まさか!!」

 倒れたみほの前に座り込んで目線を合わせると共に、歩行に異常を来したであろう右足に触れてみる。

「ッ!!」

 みほの表情が苦痛に染まった。 やはり、と言った面持ちでスペシャルウィークは語る。

「骨は折れてないみたい……捻挫したのかもしれません」

 捻挫と聞いた瞬間、みほが反射的に右足を動かそうとしたため慌てて制止する。

 無理に動かしては更に悪化してしまう可能性があるからだ。 それを察してか、みほは申し訳なさそうに俯くと小声で呟くように謝った。

「私が背負います。 みほさんは無理に足を動かさないでください」

「ごめんねスペちゃん……あんこうチームの皆を探さなきゃいけないのに」

 スペシャルウィークはみほを背負ってやると、特に重量を気にすることもなくすんなりと立ち上がる。 みほもなすがまま、スペシャルウィークの背中に体重を預けた。

「背中、おっきいね」

「えへへ♪ ウマ娘は皆そう言われるんですよ――――おっと」

 スペシャルウィークの無線機に通信が入る。 シャルロットからだ。

 

 

 

<こちらシャルロット! スペ、あんこうチームの皆を発見したよ! だけど――――>

<スペ殿! みほ殿の姿を見かけませんでしたか!?>

 

 

 

 不意に優花里の大声が割り込んできた。 思わずスペシャルウィークは耳鳴りに顔をしかめるが、どうにか応対を試みる。

<落ちた際にエクソクラフトが破壊されて、メンバーが散り散りになってしまったんです! 幸い皆は近くにいて、エクソクラフトの前に集合していたところでシャルロット殿に発見されたのですけど、みほ殿だけが……>

「こちら西住みほ……優花里さん。 私は無事だよ?」

 背負っているみほが代わりに応対すると、無線機の向こうで歓声が聞こえてきた。

<丁度スペちゃんに救助された所だったの。 だけど足をひねっちゃったみたいで、今スペちゃんに背負われてるところ>

「ひどい怪我じゃないみたいですけど、スーツが故障してるみたいで生命維持システムによる治癒は望めなさそうです。 なのでみほさんをおぶったまま、これからそちらに向かおうと思います!」

<了解! 下手に動かない方がいいし、こっちは待機しておくよ>

 通信を切ろうとしたスペシャルウィークだが、不意にその手をみほが静止した。

「シャルロットさん、エクソクラフトはどうなったかな?」

<ひどい状態だよ。 シャーシ周りはぐしゃぐしゃでとても直せそうにない……でも、上半分だけは生き残ってるから、ビスケットの所にある残骸とならニコイチ整備できるかもしれないね>

「よかった。 1台でも組み上げられるなら何とか……じゃあ、すぐにそっちに向かうね?」

<気をつけてね……この洞窟、何だか嫌な予感がするんだ>

「分かってます……通信終わり」

 通信が切れると、スペシャルウィークは改めて気を引き締める。

 無事に仲間達と合流してここから脱出するまでが、自分達にとっての正念場だ。

 そう思いながら彼女は暗い洞窟を再び歩き始めようとした――――その時だった。

 

 

 

 

 

壁に開いた小さな穴の向こうに広がる空間を、何か巨大な生物が地鳴りと共に横切るのを見たのは。



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第41話

まさかの連日投稿。


「……今、何かが」

「横切りましたね……」

 小さな穴の向こうで蠢き、そして通り過ぎていった巨大なナニか。 暗がりではあるがフラッシュライトに僅かに照らされて見えたそれを、みほとスペシャルウィークはハッキリと視認した。

「……まさか」

2人はその巨大な何かの正体に心当たりがあったようだ。 この鍾乳洞に落下し、エクソクラフトを壊されみほが怪我をする原因になった……その生物は。

「さっきのワーム、ですか……?」

「うん。 でもさっきと比べるとかなり小さな個体だったね」

「私達からすればそれでも大きいですけど……」

 先程地下の洞窟に落下する前に執拗に攻撃され、危うく食われる所だったがなんとか難を逃れたタイタンワームだ。

 しかし人が何人も入るエクソクラフトを丸呑みしかねない大きさだったが、今見えたそのシルエットや物音の規模を考えればまだ小さい方にも思えた。

(それでも身の丈の何倍も巨大な、自分達を捕食しかねないサイズには違いないが)

 とは言えあのワームがあの一匹だけとも思えない考えが2人の脳裏にあり、もしかするとこの鍾乳洞の地底には奴の巣があるのかもしれない。 それを想像すると2人は身震いする。

「……なるべく早く、この洞窟を脱出しようね?」

 みほの言葉にスペシャルウィークは無言でうなずいた。 地上で出会った奴ほどでないにせよ、十分に巨大なその体躯で、しかもこの狭い洞窟で遭遇した時の恐ろしさは計り知れないだろう。 スペシャルウィークがいささか早足でその場を離れようとするのは、その本能的な恐怖心を体が感じ取ったからかもしれない。

そんな折、みほが背負われているスペシャルウィークの後頭部をぽんぽんと優しく撫でてきた。

 そして彼女は小さく微笑む。 その笑みはどこか得意げで、まるでいたずらっ子のようでもあった。

(あ……)

 その様子にスペシャルウィークは一瞬虚を突かれた様子を見せるも、すぐに彼女も小さく笑う。

 早くここから出よう――そんな思いを込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人がしばらく洞窟を道なりに歩いていると、再び周囲が大きな揺れに包まれる。 先程と同じく、かなり近い位置でワームが徘徊しているように思えた。 天井から剥がれた小石が仕切りに2人のヘルメットを叩く。

「うう、暴れ回らないでくださいよぉ……」

 タイタンワームの驚異に対して、凶暴な存在であると理解していてもついそう言わずにはいられないスペシャルウィーク。

 そんな彼女の嘆きが届いたのか、揺れも収まり再び静かな鍾乳洞に佇むと、緊張の糸がほつれたように2人してため息をつく。

「はぁ……洞窟は崩れずに済んだみたい」

「……こんなに生きた心地しなかったのは、初めてのウィニングライブで棒立ちになった時以来ですよ」

「?」

 スペシャルウィークの独白にみほは聞き慣れない単語に首を傾げた。

「ウイニングライブを知らないんですか? レースが終わった後に出走者で歌って踊ったりするんですけど」

「むしろレース後にそんなことする体力がある方が驚きかな……ウマ娘って凄いんだね」

 苦笑するみほに対し、スペシャルウィークはハッとした表情になる。

(そうだ、そもそもみほさん異世界の人だから……)

 シャルロット等も偶に口に出していたが、スペシャルウィークのいる世界以外は、自分達ウマ娘の代わりに馬という4本足の動物が存在するのだと耳にする機会があった。

「レース後にって事は、競バ自体はあるんですか? シャルロットさんも言ってましたけど、私達に似た馬って言う四足の動物が自分達の世界には居たって」

「うん、私達の世界にも馬はいるよ。 人を背中に乗せて、1位を目指して競争したりするの。 その、レースの跡は流石に疲れててライブをやったりはしないけど、ね」

 そう言って、みほは少しだけ困ったように微笑んだ。

 カルチャーギャップに驚くスペシャルウィークだが、それを言うならば馬は存在しないしシャルロットのように空飛ぶ人型の機械も無いし、背中に乗せるみほのように戦車を嗜む文化もこちらにはない。

 それは自身のウマ娘という存在やウィニングライブ1つとっても、異世界人であるみほからは今みたいに変に見えるだろうし、シャルロットやみほ達の間柄にしても、ISと戦車道という互いの文化が奇っ怪なモノに見えるのは至極当然だろうと、スペシャルウィークは思った。

「……なんだかごめんなさい、ものを知らない人みたいな言い方になっちゃって」

「気にしないで。 それを言うなら戦車道も同じようなものかも知れないし、もっと言うならペコリーヌさん達みたいな剣と魔法の中世みたいな世界なんて、絵本の話みたいに見えちゃうんだから」

「あはは、そうですね。 こう言うレンガ造りの建物とか、こっちの世界じゃ歴史ある建物ぐらいでしか見たこと無いです……か……ら……」

 スペシャルウィークは鍾乳洞の中に埋もれていたレンガ造りの石壁を撫でながら、今自分が何に触れたのかに気付いたようにぎこちない動きをする。

 

 そう、ここは自然に形成された洞窟。 にも拘わらずレンガ造りというある筈の無い人工物が、かすかだが壁の岩肌から僅かに露出していることに今気がついた。 無論洞窟に入ってみほ達を探していた段階では一切見つけられず、たった今偶然それを目の当たりにしたばかりなのだ。

 みほも呆然とした様子で彼女と同じ場所を見つめており……スペシャルウィークは後ろを振り返って2人は互いに見合わせた顔を近付けた。

「……自然の鍾乳洞、ですよね?」

「かなり古くなってるみたいだけど、これって人工物だよね? ……見て、この部分崩れてるけど、なんだか配管とか千切れた配線が見えてる!」

 みほの指摘を受けて、スペシャルウィークは目を凝らしてむき出しになったレンガの壁を見る。

 するとそこには確かに彼女の言う通り、所々に崩落した形跡があり、その断面には配管やパイプが剥き出しになっている。 単にレンガを積み上げたのでは無く、インフラと思わしき何かが張り巡らされているのを見るに、ステレオタイプな古代の遺物と言う訳でも無さそうであった。

「昔の建物が地下に沈んじゃった、とかですか?」

「かもしれないね。 さっきのタイタンワームみたいなのがそこらを徘徊してたんじゃ、どんな丈夫な建物も地下に沈んじゃいそうだし。 ほら、例えばあんなのとか」

 みほは崩れた壁の隙間から見える、液体を滴らせる大口からうなり声を上げる巨大な何かを見ながら言った。

 あの怪物ならそれくらいのこともやってのけそうだと推測できたが、そうなると壊れる前のこの建物はどんな姿だったのだろうかと思いを馳せる。

「……こんな丈夫そうな壁なら、かつての姿も立派だったんでしょうね」

「それを簡単に粉砕しちゃうんだから恐ろしいね……今みたいに大口を開けて、簡単にバキバキって」

 

 

 

 

 

「「――――――え?」」

 

 

 

 

 

 2人が同時に間抜けな声を上げた瞬間、正にその地盤ごと建物を崩落させた恐るべきタイタンワームが、レンガの壁を大口で粉砕しながら飛び出してきたのだ!!

 

「「嘘おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!???」」

 話に入り込むあまりに緊張感を削がれていたスペシャルウィーク達に、この鍾乳洞の水脈よりなお冷たい冷や水をぶっかけるが如く現れたその巨蟲は、自分達をこの奈落の底に突き落とした恐るべきワームと大きさを除き、寸分違わぬ出で立ちと威圧感を持って彼女達に迫った!

「うひいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

「こ、来ないでぇええええええええええええええッ!!!!!!」

 みほを背負ったまま慌てて全速力で駆け出すスペシャルウィーク。 それを追跡するように、狭い洞窟を埋め尽くさんばかりの大きさのタイタンワームが壁や天井を破壊しながら彼女を追った。

 迫り来る恐怖に絶叫しながら必死に逃げるも、その圧倒的な質量とそれに見合わない俊敏な動きからは、如何にウマ娘とは言え人を背中に乗せ、慣れない洞窟で足を取られそうな状況下では逃げ切れない。

「スペちゃん右に避けて!!」

 みほの咄嗟の指示にスペシャルウィークは咄嗟に右へ回避行動を取った。

すると先程まで彼女の居た位置に、タイタンワームの巨大な口が激しい地鳴りと共にすぐ側を通過! 大地を砕いて横隣に現れた。

「わああああああああああああああああああッ!!!!!!」

 間一髪の状況にこの上ない悲鳴を上げるも束の間、その巨蟲は直ぐに向き直り再びスペシャルウィークに向かって突進する。

「しゃ、シャルロットさん!! シャルロットさん!! 応答ねがいまああああああああああす!!!!!!」

<――――ちら -zzkt- スペ -zzzzttt- が聞こえ -kkzt- どうし 無線が -zkt- 

「そ、そんな!! 無線が――――あッ!?」

 慌ててシャルロットに助けを求めようと無線を飛ばしてみるが、間の悪いことに無線はノイズが酷く繋がらない。 激しい音と自身の悲鳴のおかげで異常事態を察しているような素振りは聞き取れるが、事前にビスケットから警告されていた事を今になって思い出し、入り組んだ洞窟で電波が反響している為にブースターが効き目を失っているのだろうと察してしまった。 恐らくは、正確な位置さえ向こうからは把握しかねているだろう。

 救助に来て貰うのを待っていたらそれこそワームの餌になる方が早いだろうと、スペシャルウィークの心をどん底にたたき落とすには十分だった。

「ひいい!?!? わ、私の身体はあげませんッ!!!!」

「スペちゃん今度は左ッ!!!!」

 食べられまいと更に必死な様子で逃げ続けるスペシャルウィーク。 みほはそんな彼女に指示を飛ばしながら、自身も必死で背中にしがみ付き続けた。 しかしそんな彼女達に対して、無常にもタイタンワームの再度の突進攻撃が繰り出される!

「うわわッ!?」

 いとも容易く洞窟の壁面を抉る一撃をまたもや間一髪で回避するが、2人とも足が縺れ姿勢を崩しそうになる。 しかしながらここで倒れては2人共ワームの胃袋に収まる羽目になると、必死に姿勢を立て直そうとする。

「!! ちょっとまって! そのまま倒れて滑り込んで!!」

「え!? ――――あっ!!」

 急に血迷ったようなみほの指示に一瞬呆気に取られるスペシャルウィークだったが、その意図は直ぐに理解出来た。

 何故なら目先には人工の水路、その間に張り巡らされたパイプとすぐ下に、人が寝そべった状態なら滑り込みで入れそうな隙間が確かに見えたのだ。

「みほさん!!」

 スペシャルウィークは倒れる一瞬の時間でみほの身体を背中から側に抱き寄せ、そのまま滑り込んでパイプの隙間を滑り込んだ! くぐり抜けたパイプは直ぐ後ろでワームの行く手を阻むように引っかかり、ワームもまた堅いパイプに負けじと食らいつく!

「今の内に!!」

「待ってスペちゃん! これ!!」

 みほは滑り込んだその瞬間に何かを見つけたようだ。 酷く錆び付いて今にも朽ち果てそうだが、赤いハゲ書けた塗装のパンパンに膨れたボンベのような、微かに炎のようなマークが見て取れるその物体を指差した。

 恐らくは、()()()()()()()()()――――!!!!

 スペシャルウィークは流れるようにそのタンクを拾い上げ、今にもパイプを食いちぎろうとするワームめがけて投げつけた!

「これでも食べててッ!!!! おりゃあああああああッ!!」

 ガスタンクは見事にワームの牙の一つに引っかかる。 だがその直後にパイプを食い破ったタイタンワームが大口を開いて迫る!

「スペちゃん!! マルチツール!!」

「分かってます!!」

 スペシャルウィークとみほは同時にマルチツールを構え、あのガスタンクに照準を合わせ引き金を引いた!

 

 

 

 ツールの銃口から尤も標準的な装備である『ボルトキャスター』のバースト射撃が放たれた!

 

 2人のそれは、スペシャルウィークの方は若干拙いながらもテイオーとの訓練の成果が出たのか、しっかり当てるべきガスタンクに命中!

 朽ちかけてなお密封されていた可燃性ガスが引火によって解き放たれ、爆熱と共にワームの顔面に炸裂!! ワームだった頭の一切を粉砕し、弾き飛ばしたのだ!!

 スペシャルウィークは咄嗟に身動きのとれないみほを庇った!

「「きゃあああああああっ!!!!」」

 爆風が2人を飲み込むも、幸いにもスーツの危険防御機能により衝撃の大半は緩和され、水面を数回転がる以外のダメージは無かった。

「ううっ、痛たたたたた……みほさん! 大丈夫ですか!?」

 スペシャルウィークは庇ったみほの身を心配する。 スーツの一部機能に不備がある身では不安だったが、幸いみほも無事だったようで、直ぐに腕を上げて大丈夫と合図する。

「うん、大丈夫。 スペちゃんが庇ってくれたおかげだよ……スペちゃんこそ大丈夫?」

「ちょっとスーツが焦げちゃいましたけど、私も大丈夫です。 でも、よくこんなタンクが都合良く落ちてましたね……?」

「ひょっとしたら、ここは昔の貯蔵庫だった場所だったのかも」

「……あ、それよりワームは――――」

 スペシャルウィークは自分達を執拗に追っていた巨大なワームの姿を探そうとしたが……。

 

「うっ!!」

 

 その真っ黒に焦げて頭部を失った末路を目の当たりにして、秒で後悔した。

 撃たなければ自分達が食われていたとは言え、自分の手で生き物の命を奪った事実は多少なりとも堪えた。

「ごめんなさい……どうか恨まないで」

 自分達をここに引きずり込んだ敵ではあるが、悪意では無く生きる為にやった事。 助かりたい一心で命を奪う選択を取ったスペシャルウィークは沈んだ面持ちで、せめてもの情けもあって心の中で十時を切ってやった。

「スペちゃん……」

「……行きましょうみほさん。 今は助かるのが先決です」

 こちらの心情を察したように表情を曇らせるみほを、スペシャルウィークは多くを語らずに背負う。

 

 

 そんな時であった。 さっきの爆発で天井から何かがひび割れる音が聞こえたのは。

 今度は何!? そう言わんばかりに上を向くと、その音に違わぬように鍾乳洞の至る所にヒビが入り始めた!

 

「「げ」」

 

 そう、この鍾乳洞は至る所が砂岩で出来ていてとても脆い。 今みたいに強烈な衝撃が加わったり、そうでなくても下手に切り崩せば連鎖反応で一気に崩落しかねない。

 ましてや昔からワームが動き回って地質が揺さぶられることが度々起これば、地層がズレて力がかかったまま放置され、それが何らかの切っ掛けで取り払われることで一気に揺り戻しが起きる『岩はね現象』(山間の鉱山採掘やトンネル掘削にも見られ、山はねとも言う)も起こりえるだろう。

 それを恐れてビスケットは、先程の出発前の話し合いでスペシャルウィーク達に言って聞かせ、彼女もそれを律儀に守って地形操作機の使用を控えていたが――――ワームの撃退に用いた爆発で、全てが台無しになった。

 

 少し長くなったが、洞窟が崩れ始めるのは至極当然のことだったろう。

 

 

 慌ててみほを背負い直し、その場からの脱出を試みるスペシャルウィーク。

「ふええええええええええええっ!!!! どうしてこうなるべぇぇぇぇぇえええええ!!!???」

 崩れてくる天井をかいくぐりながら泣き喚くが、当然ながらそれで崩落が止まるはずもない。

 絶望的な状況の中、2人は全速力で鍾乳洞内を駆け抜けるしかなかった。

 後先考えない全力疾走で息も絶え絶えだったが、それでも足を止めるわけにはいかなかった。 しかし2人を追うように次々と落ちてくる天井や岩盤は、いくら逃げてもきりがない上に、足を止めればそれこそ潰されてしまう。

 スペシャルウィークとみほは既に体力も限界に近づいていたが、それでも必死に走り続けるしかない。

 しかしもう足の感覚もなくなってきたその時だった。

「――――あれは!!」

 わずかだが、日の差し込んでいる空間が遠方に見えた。 あそこまで走り抜ければ何とかなるかもしれない! そう信じたスペシャルウィークは最後の力を振り絞って、そこに目掛けて走り始めた。

 

 

 

 G1ウマ娘の豪脚で出口までの距離を詰め、脱出が目前に迫ったが瞬間――――目の前を大量の岩石が降り注ぎ行く手を阻む。 出入り口は完全に塞がってしまった!

「「まだまだぁ!!」」

 わずかに見えた希望が潰えそうになるも、2人してマルチツールを構え一か八か地形操作器による粉砕を試みる。 崩れた岩石を直ちに除去するも、い打ちをかけるように彼女らの背後で起こる崩落スピードが加速、連鎖的に洞窟が埋まっていく!!

 それでもと出力を最大にして崩れる大岩を除去を進め、遂にわずかな隙間が見え始めた――――

 

<警告:マルチツールの燃料が減少>

 

「ああもう!!」

 脱出を目前に、地形操作器のエネルギーが切れてしまった。 簡単に鉱物を採掘できる機械であるが、著しいエネルギーの消費を発生させてしまうのが難点だ。 エネルギー源には土に含まれる『シリケトパウダー』やフェライト系のミネラルを使用するのだが、慌てている状況ではリロードもままならない。

 そうこうしている内に崩落はすぐ後ろまで迫ってくる。 このままでは生き埋めだ!

「ダメ! 間に合わない!!」

(そんな……ここまで来て!!)

 生き埋め、心が折れる2人の脳裏を絶望が支配しかけた――――

 

 

 

「そこの2人!! 出口から離れなさいッ!!」

 

 不意に、崩落した出口の向こう側から少女の声がした。 

「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ・オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス・ユル・スヴェエル・カノ・オシュラ・ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル――――」

 そして叫んだかと思えば早口で何かを唱え始めた様子に一瞬戸惑ったが、考えるよりも先に身体が回避行動を取っていた――――みほを庇うように出口から離れた瞬間。

 

 

 

 

「エクス、プロージョンッ!!!!」

 

 

 

 

 

 強烈な指向性の爆発により、出口を塞いでいた岩石の山が文字通り一瞬で粉砕された!

 間近での爆裂にスペシャルウィーク達も多少なりとも巻き込まれるが、スーツの危険防御機能が辛うじて衝撃を塞いでくれた。

「こっちよ! ボサッとしてないで早く出なさいよ!!」

 何者かの助けにより、千鳥足になりながらもみほを担いで何とか脱出。 狭い洞窟から出た瞬間、先ほどの爆発によってトドメを刺された洞窟は完全に埋没してしまった。 正に間一髪。

 崩落も一段落し、広場――――ビスケットらと別れた場所のような広々とした地下水脈の静けさの中、スペシャルウィークは側にみほを下ろして四つん這いに息を荒げていた。

(うう、2度も爆発に巻き込まれるなんて……でも)

 スペシャルウィークの独白通り、2度も爆発に巻き込まれたスーツはすすこけてズタボロ、危険防御システムのエネルギーも今ので完全に底をついてしまった。 これで中身の彼女自身は全くの無傷なのだから、エクソスーツの性能に感謝する以外無いだろう。 何よりも――――

 

「あ、ありがとうございますぅ……おかげで助かりました」

 スペシャルウィークは膝をついたまま顔を見上げると、そこにいたのは同じくスーツを身に纏う小柄な人間だった。 声からして少女だろうか、白と桃色を基調に洋風の貴族を思わせるようなエキゾチックな細工が施されたスーツに、黒っぽいマントを羽織ったような出で立ちの何者かが、膝をかがめてこちらに目線を合わせてきた。 その立ち振る舞いにはどこか気品を感じずにはいられない。

「来たばかりの洞窟が急に崩れだして何かと思ったら……まあ、無事で何よりね」

「潰されるかと思いました……本当に感謝しかないです」

「貴女が助けてくれなかったら私達は生き埋めになってた……本当にありがとう!」

 みほからも九死に一生を得た事を目の前の少女らしき存在に感謝し、少女は胸を張って高らかに主張する。

「光栄に思いなさいよ? だけどまあ、貴族たる者……救いの手を差し伸べるのは当然のことなんだから!」

 スペシャルウィークはみほと顔を見合わせた。 みほも西住流の家元の子で知人にもいいところのお嬢様は存在するし、スペシャルウィークも知り合いにメジロをはじめとする、やんごとなき家系のウマ娘の友達がいる。 そう言う家柄に馴染みがないわけではないが、貴族という直球のワードには一瞬面食らってしまった。

 

 

 そうしていると、目の前の少女が再び立ち上がるとヘルメットを取り外す。

 カールのかかった長い桃色の髪が広がり、凛とした吊り目の……しかし幼さを感じる可愛らしい少女が不敵に笑いながら告げた。

 

 

 

 

 

「私はルイズ……『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』よ」

 

 

 

 

 



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第42話

 ルイズと名乗る少女に救助され、九死に一生を得たスペシャルウィーク達の元に慌てた様子でシャルロットらが駆けつけたのは、ルイズの自己紹介からのほんのすぐ後だった。 なし崩し的に顔合わせを果たすことになったが、スペシャルウィーク達を間一髪助けてくれた礼もあって、互いの印象は好意的であった。

 はぐれた仲間達同士で合流も果たし、談笑しながら一同はビスケットの元へと帰路につく。

「それじゃあ、ルイズさんはそのサイトって言う使い魔……大切な人を見つける為に宇宙を旅しているって事ですか?」

 スペシャルウィークからの問い掛けに、ルイズは束の間を置いてから照れくさそうに一言「そうよ」と返すと、周囲は黄色い声を上げて姦しい様子を見せた。

 

 探し人を『使い魔』と呼んだのは彼女が元の世界において、使役する目的で生物を召喚する儀式を行った際に、彼女の言う『平賀 才人』なる同年代の男性……所謂現代日本人を呼び出したことを切っ掛けとする。

 最初は価値観の違いから衝突も絶えなかったものの、時には泣いたり笑ったり、ある時には生死を共にする経験を共有するようになった。 そんな彼を敢えて使い魔と呼称しながらも、どこか声色に熱っぽさを感じるのは、主従を求めていたつもりが自然と相思相愛になっていった様子が垣間見える。 ルイズの身の上話に周囲が盛り上がる様子が見られ、それをルイズ自身も照れくさそうにするもまんざらでもない振る舞いが、彼女が如何にその使い魔たる男性に思いを寄せているかを窺わせる。

「……それにしても、まさかファリド先生がそっちの世界で一度生まれ変わっていたなんてね。 それもグラモンって言う名前で生徒として」

 シャルロットが違う話題を振ると、ルイズも何か呆れたように天を仰ぎ見る。

「ギーシュの事ね……アイツったら、ガンダムバエルって言うよく分からない銅像を学園中に作ろうとしてて、ルックスの良さを武器に女生徒に迫って「君もアグニカ教徒になりたまえ!」って怪しい勧誘をよくやってたわ……なんの話をしてるのやら」

「プッ! 全然変わってないね」

 うんざりした様子で話すルイズにシャルロットは軽く噴き出した。

 彼女やマクギリス……向こうでは『ギーシュ・ド・グラモン』と名乗っていた彼も、形は違えど学び舎で共に貴族としてあるべき姿を学ぶ同じ学生であったようで、よく分からない『アグニカ教』を広めるのに躍起になっていたとルイズの口から告げられ、そんな光景がいとも容易く想起出来てシャルロットは更に笑いが止まらなくなった。

 異世界への転移を経ても、ギーシュもといマクギリスのアグニカ教への傾倒ぶりに変化はないらしい。

 そうやって絶えない談話を繰り広げながら足を進めていた先に、ビスケット達と共に滑落したあの広い鍾乳洞へと帰ってこれた。

「あ、ビスケットさんだ! ……あれ? 隣に誰かいる」

 スペシャルウィークが遠くに見える、エクソクラフトの修理に取り組むビスケットの姿を見て声をかけようとするが、その側で長身の誰かを発見する。

 見れば紺色のシンプルな意匠のエクソスーツを身に纏い、ビスケットの作業に指示したり時には共に部品をくみ上げたりと、積極的に彼の仕事を手伝っているように見えた。

「コルベール先生!」

 ルイズが大手を振って声を上げた。 彼女の声かけに、コルベールと呼ばれた長身の男性が手を止め、ビスケット共々こちらを振り返る。 彼らも手を振って出迎えてくれた。 どうやらルイズの先生という呼称から彼女の知り合い、それも保護者でもあるようだ。

「おお、ルイズ君!」

「皆! 無事で良かった!」

 出迎える2人を見て、皆が一斉にスーツのブーストを噴かせては、飛び寄って彼らの目前に着地する。

ビスケットさんも無事で何よりです! ――――貴方はルイズさんの」

 スペシャルウィークが問い掛けると、目の前でコルベールと呼ばれた男性がヘルメットを外す。 小さなメガネを掛けた、頭の輝ける優しげな中年男性の顔が露わになる。

 

『ジャン・コルベール』だ、ルイズ君の教師をしている。 君達の事は隣のビスケット君から話を聞かせて貰ったよ、以後お見知りおきを」

 

 コルベールは柔和な微笑みを見せると、ゆっくりと手を差し出してきた。

 そんな彼にスペシャルウィークも微笑んで握手を返す。 彼を見るスペシャルウィークの緩んだ面持ちは、仲間にして友達という今までの関係性では無く、年長者に対する明確な保護者としての安堵の眼差しであった。

 

 

 

 

「と、言う訳で。 修理中に偶然彼女と先生の2人がやって来て、捜索と修理をそれぞれ手伝ってくれることになったんだ」

「ハハは……修理の手伝いと言っても大半は君が終わらせていたよ」

「いえ。 コルベール先生の指示のおかげで非常に作業がやりやすかったです。 実務だって手伝って頂けたじゃないですか」

 ビスケットはコルベールに謝意を表しながら、事のあらましを話してくれた。

 

 ルイズとコルベールは先程ルイズが話してくれた平賀才人を探しているらしく、時系列的に自分達鉄華団がこの星に到着した直後に地に降り立ったようだ。

 熱く磁気を伴う砂嵐を彷徨っていたところ、こちらがタイタンワームに襲われた場面を遠巻きに発見、鉄華団のシンボルマークを掲げていた車両が地割れに飲まれていく瞬間を目撃したことで、生存者を見つけ出そうとこの洞窟に入ったと告げられた。

「この星にまさか他のトラベラーがいるなんて思わなかったわ。 それも特に、あの鉄華団の面々なんて」

「我々もサイト君とも共通の知り合いだから、なおさら助けに行かねばと思いましたぞ。 ただ、どうも知らない子……はそうとして、ここにいる皆が若者のようにも見えるのだがね……?」

 コルベールはどこか困惑の色が混じったような目線を送った。 彼も鉄華団を知っていると言うことはオルガがから聞いてはいただろうが、生き別れの仲間達がいるとだけで、ティーンエイジャーの集まりだとは流石に言っていなかった可能性があるのだろう。

 対するシャルロット達は困ったように乾いた笑いを浮かべて茶を濁す。

 

「で、ルイズさん達はこの星で手がかりは見つかったんですか?」

 スペシャルウィークはルイズ達に問いかけたが、コルベールはため息をつきルイズは黙って首を横に振った。

「その為にここにあるホロターミナスって言う塔を目指していたのよ。 でも砂嵐だらけでとても見つかりっこないわ」

「嵐が出ている間は機器も狂って宇宙船で飛ぶことも出来ない。 正直、芳しくはありませんな」

 ホロターミナスを探しているんですか?」

 シャルロットが突然話に割って入り、ルイズとコルベールもそれを肯定するように頷いた。

「それなら僕達のアウトポストの側にあります。 僕達もそれと資源を目当てにこの星にやってきたんです」

「アルテミスって言うトラベラーが私達の貨物船にコンタクトを取ってきて――――」

「本当!?」

 2人が目の色を変えて食いついてきた。 思わずたじろいてしまうシャルロットとみほだが、すぐルイズ達は気づいたように身を退いて謝罪する。

「――――ごめんなさい」

「……アルテミスという名前は我々にも耳に覚えがありましてな。 サイト君も彼を探しに行くとメッセージを残していたんだ」

「そんなことが……」

 会ったこともない才人なるルイズの探し人、彼もまたアルテミスの行方を捜している人物だったらしい。 ルイズ達がホロターミナスを探しているというのも、もしかしたら才人の手がかりを持っているかもしれないアルテミスと、接触を図る為だったのかもしれないと推測できた。

 鉄華団の面々は無言でアイコンタクトを取ると小さくうなずき、代表してビスケットがルイズらに問いかけた。

 

「ルイズ、コルベール先生……良かったら僕達と行動を共にしませんか?」

 その提案に、ルイズとコルベールは2人して同時にビスケットの方を振り向いた。

「アルテミスの捜索という当面の目標は同じですし、何より貴方達も同じ鉄華団の面々です。 お二人さえ嫌じゃ無ければ、サイトって人の捜索も手伝えるかもしれない――――」

「それは渡りに船だ! 助かるよ!」

 こちらが全てを言い終わる前に、食い気味にコルベールが賛同の声を上げる。 ルイズも目を輝かせており、肯定的な様子が窺えた。

「ありがとう、この世界で人間を見たケースが『殆ど』なかったから――――」

「?」

 殆ど、と言ったルイズの言葉に、一瞬引っかかりを感じたビスケット――――だが。

 

「!! あああああああああああああああッ!!!! 寝過ごしちゃいましたぁッ!!!」

「ぎゃわわっ!?」

 

 エクソクラフトの側で布をかぶせて寝かせていたペコリーヌらが、遂に目を覚ましたようだ。

 ニワトリ顔負けの大音量で飛び起きるペコリーヌに対し、隣にいたキャルもびっくりして変な声を上げながら目を覚ましてしまった。

あ、おいっすー!☆ 皆さん無事でしたか!? ひぃふぅみぃ……良かった、皆勢揃い……ってかお二人程見慣れない「ペコリーヌさあああああああああああんっ!!!!」

 目を覚ましたペコリーヌに、スペシャルウィークがその胸に飛び込んで強く抱擁する。

「良かった! 無事に目を覚ましてくれて良かったですぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!」

「あ、スペちゃんおいっす!☆ 無事って事はあの巨大なワームから逃げ切れたんですね!?」

「それが……!!」

 スペシャルウィークは簡潔に説明した。 ワームのせいで鍾乳洞に落ち、一度は仲間と分断された。 そこから捜索し無事に見つけることは出来たが、ワームの幼生と思わしき化け物に襲われ間一髪難を逃れたこと。 その際にそこにいるルイズに救助され、コルベールはビスケットのエクソクラフトの修理に手を貸してくれたことなどを全てを話した。

「お二人も崩れた岩の下敷きになっていて大変だったんですから……!!」

「ぶへっ!? なによそれ!! ヘタしたら私達二人して圧死してたんじゃない!!」

「やばいですね☆」

「本当にやばいわよッ!!!! ってかヘタしたら協力者が増えた以外状況改善してないじゃない!」

 目覚めたばかりで元気ハツラツなペコリーヌと騒々しいキャルの姿。 鉄華団にしてみれば見慣れた光景に、思わず笑みがこぼれる。

「鼓膜が破れるかと思ったわ……騒々しすぎるわよッ!!」

「げ、元気な仲間ですな……」

 その場にいた皆が耳を塞いでいた中でルイズは抗議の声を上げ、コルベールは引きつった笑みを浮かべていた。

 そんなルイズがペコリーヌと不意に目が合うと、ペコリーヌは一直線にルイズに飛び込無用に抱き寄せた。

「貴女がルイズちゃんですね! スペちゃんを助けてくれてありがとうございます!」

「だぁああっ!! な、何すんのよ! いきなり抱きつかないで!!」

「くぉら!! 何やってんのよアホリーヌ!! 離れろっての!!」

 女三人で姦しいを地で行くような状況。

 ルイズとキャルの2人がかりでの引き剥がしにも、ペコリーヌは一切動じる様子はない。

 馴れ馴れしいを通り越した過剰気味なスキンシップが行われ、ルイズも抱きしめに抵抗できない中、小声で『また私より胸が大きい』と不満そうに唇を尖らせてぼやいていた。

 そんな様子を苦笑いしながら眺めていたコルベールであったが、ビスケットが口を挟む。

「……いつもあんな感じなんです。 彼女なりの親愛の証といいますか」

 ビスケットは苦笑いを浮かべてそう説明した。

「はは、心配せずともそれは伝わりますぞ……あと、彼女は高貴な家の出ですかな? やんちゃな振る舞いにしてはどこか気品を感じるような……」

「一国のプリンセスだそうです。 それとああ見えて、人肌恋しい所があるとやりとりの中で見え隠れしていましたし、それ以前にもオルガの口から……」

「成る程」

 コルベールは腑に落ちたようにうなずくと、騒がしい少女達をよそに辺りを見渡し始めた。 そしてそれは、騒動に温かな視線を送っていたスペシャルウィークも同様だった。

「スペちゃんどうしたの?」

 その様子をたまたま視線に気がついたみほが声をかけた。 そして次にシャルロットが身構えた。 彼女の目前にUIが展開される。

 

 

 

<警告:動体反応を確認>

 

 

 

!! これは――――」

「這いずるような足音が聞こえます……これって!!」

 スペシャルウィークは青ざめる。 どうやら彼女には聞き覚えのある音だったようだ。 よく見れば、彼女と同じようにいち早く反応したコルベールが、そしてその隣にいたビスケットがマルチツールを取り出し、辺りを警戒していた。

「……どうやら、のんびりとここにいる訳にもいかなさそうですね」

「そうかもしれない」

 目を細める彼らの表情には鬼気迫るものがあった。 どうやらスペシャルウィークが、そしてシャルロットも気づいた通り望ましくないモノが近づいてきているようだ。 近づく引きずり音からもスペシャルウィークは背筋を撫でられる悪寒が増していき、悪い想像が現実味を帯びてきているように感じられた。

「ああ、間違いない……この音は間違いなくさっきの……!!」

「ビスケット君! もうこのエクソクラフト、動かして大丈夫なんだよね!?」

「!! ああ、大丈夫!! 修理のデキについては折り紙付きだよ!!」

 問いかけるみほに対しビスケットが答え、その言葉を聞いたみほが他の仲間達に呼びかけた。

「あんこうチームのはエクソクラフトの中に入って! 迎撃の準備を!」

「――――来る!!!!」

 ビスケットがそう告げた次の瞬間、鍾乳洞の穴という穴からそれは一斉にエクソクラフト目掛け飛びかかってきた。

 

 

 

 

 

スペシャルウィークとみほを襲った小型のタイタンワーム、その群体が。




 もう1月も終わりかけですが、明けましておめでとうございます!

 めっちゃ忙しくて中々執筆に集中できず、去年の12月はついにお休みしてしまいましたが皆さんはお元気でしょうか?
 ルイズとコルベール、こういうキャラで合ってたっけと色々思い出しながら書いてますが、まあ何かある度に新キャラ出すと動かすのに苦労するのなんの(白目)
 異世界オルガって言う共通のテーマとは言え、水滸伝よろしく多くの主人公勢が集まる作品はこの辺が大変ですね……でもめげずに最後までやるぞ!

 と、言う訳で……変わらず不定期連載になりますが、今年もよろしくお願いします!


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第43話

 激しい攻撃に傷ついたイサリビの修復に当たり、船内にある程度備蓄されていたはずの資材が外壁に空いた穴のせいで吸い出され失われ、それを補う為にもイトゥチ/97に訪れるのは必然であった。 何故なら惑星上は勿論のこと、星のすぐ周辺にも小惑星帯が存在する為、穴の空いた外壁を修復するのに必要な鉱物資源を得るのに都合が良かったからだ。

 そんな鉱物資源の豊富なイトゥチ/97の朱い輝きを背に、小惑星の1つに取り付いてマルチツールによる採掘を行っているのはトウカイテイオーだった。

「ふぅ……これでこの小惑星からとれる『ピュアフェライト』はこんなものかな? あんまり掘るとガスも吹き出しちゃうし、潮時だね」

 小惑星上から資源を掘り返し、鉱物の回収を終えるとトウカイテイオーは汗を拭いながら、そろそろ減ってきた『酸素』のカプセルをスーツの生命維持システムに接続し、補充する。

 

<テクノロジーをリチャージしました>

 そろそろ底をつきかけていた酸素が補充され、心なしか息の詰まるような感覚が取り払われた。

 かれこれ半日程無線越しにメンバーと定期通信を欠かさないようにしつつ、小惑星の数々を転々と移動しながら採掘を続けた甲斐もあり、それら作業自体は順調に進みつつあった。

「ふわぁ……でも流石にボクも眠くなってきちゃった」

 しかしながらマルチツールの出す波形1つで地殻を採掘できるとは言っても、宇宙空間のような高ストレス環境で延々と作業を行うのは、心身にとって想定以上負担を強いられていた。 ましてやテイオーはつい先程スペシャルウィークと船内の消火に当たっていた際、一歩間違えたら外壁に穴の空いた衝撃で空気共々吸い出されていたかもしれないのだ。 トラウマになってもおかしくない経験をしてきた彼女は、気丈にそれを押さえ込みつつもやはり無理が祟ったか疲れきった状態であった。

(素直に船内での修理作業をしてても良かったかなぁ? ……ううん、皆大変なんだ。 今は弱音を吐いちゃダメだ!)

 テイオーは首を横に振って思考を振り払う。 無論、そんな大変な経験をしたテイオーの心身を考慮して、実際に船内での修理作業にシフトを組んだ方が良いのではと仲間達からも提案された。 しかし資材不足のこの中で、スーツの初期仕様も相まってそれらを大量に持ち運ぶことの出来るのはテイオーだった。 ならばと採掘作業に従事した方が効率が良いのは事実だと、他ならぬ彼女自身が主張したのでは皆も受け入れざるを得なかった。

(そろそろここから離れよう。 えっと、重力靴だっけ……それの機能をオンに切り替えて――――って!!)

 地殻の採掘を無事に終えたと安心した瞬間、気を緩んだのかテイオーは、地殻の隙間から漏れているガスの圧力が加速度的に増していることに気づくのが遅れてしまった。

「やば――――!!」

 咄嗟にジェットパックを吹かして噴出口から離れるが、跳び退いたその身体に地殻から漏れ出した高圧のガスが吹きかけられ、彼女の身体を容赦なく明後日の方向に跳ね飛ばし、さらに加速をさせていった。

 

 悲鳴を上げる間もなくその身体が小惑星帯の中を縫うように飛んでいき、母船であるイサリビとの距離が開きそうになるも束の間、何かが彼女の背中を受け止め空中遊泳はすぐに終了した。

!! っはぁ!! はぁ……ラ、ラウラ?」

 極度の緊張から一気に引き戻され、息を荒げるテイオーは背後を振り返ると、そこには彼女の言った通りシュヴァルツェア・レーヴェンを纏ったラウラがテイオーを抱き留めていた。

 ラウラは一息ついた様子で、しかしテイオーを叱咤する。

「高圧のガスには気をつけろと言ったろう」

「た、助かったぁ……ありがとうラウラ」

テイオーはお礼を言ってシュヴァルツェア・レーヴェンのアームから離れようとするが、ラウラはしかし手を離さない。

「待てテイオー、そろそろ休んだ方がいい。 イサリビに戻れ」

「え? ボクもうちょっと作業は出来るよ? そうするのはせめて次が終わったらのつもりだったんだけど」

 ラウラは首を横に振る。

「それだけ注意力が散漫になっていたら、また事故を起こすかもしれんぞ? 今回はすぐに見つけ出して助けに入ったが、次も私が間に合うとは限らないのだからな……なによりガスが吹きだした際に、そもそも岩石も一緒に飛散して命中していれば――――」

「うう……分かったよ」

 頭を垂れるテイオー。 ラウラはこの宙域内でISの機動力を生かし、警備と飛来する隕石の排除をメインに辺りを飛び回り警戒に当たっていた。 そんな中で正にガスに吹き飛ばされた瞬間のテイオーを発見、即座に救助に当たれたのは正にその任務が役に立ったからと言えるだろう。 とは言え、助け出されることが当たり前ともなれば、今度はラウラの負担を増やしてしまう。

「素直にイサリビに戻る。 これでいいでしょ?」

「ああ、だが安心しろ。 先程レオポンさんチームの皆が、ADSの修理を完了したと連絡してきた。 これで飛来する隕石の心配は無くなった」

「! アレ直ったんだ!」

 テイオーは目を輝かせた。 ADS(アステロイド・ディフェンス・システム)とは、イサリビをはじめとする多くの大型宇宙艦船に装備されている、飛来するデブリや小惑星を破壊する為のシステムで、艦船の砲台より先述の通り飛来物を自動迎撃する制御装置であった。 イサリビがセンチネルの攻撃にさらされて一部機能が故障し、修理の資材も散らばってしまったが、テイオーが鉄を始め金・銀・プラチナ等の貴金属類を採掘した事で修理の目処がついたのだ。

「テイオーが十分過ぎる程に働いてくれてたからだ。 だから気に病む必要は無い……むしろ本当に休む必要があるのはお前と」

「……タカキだね」

 ラウラがその名を口にするよりも、目星のついていたテイオーがその名を紡いだ。

 タカキ・ウノ。 オルガやビスケットが不在の現在、イサリビ船内における管理者として一番の権限を持っているが、責任者を名乗るだけあって船内全体の指揮を取っている。 その責任の重さはさることながら、システムダウンしたイサリビのプログラム再入力も休み無しで行っている。 勿論交代要員として大洗学園において生徒会をやっていたかめさんチームの面々も協力、シフト制を取って対応しているものの過労の域に達しており、現場をチラ見したテイオーから見ても、その時点で目の下にクマを作っていた彼の面持ちは、とてもではないが見ていられるものではなかった。

 しかも今も他の船員達が宇宙に散らばった資材や道具の回収作業に追われている中、彼はイサリビに居残って管理を行っているのだ。

「いつも頑張りすぎなんだ、その内死ぬぞ……」

「ボクが戻ったらタカキにも休むよう言ってみるよ……にしても、鉄華団の旧メンバーってワーカーホリックしかいないのかなぁ?」

「お前も片足を突っ込みかけてるぞ? さあ、今はイサリビに戻ろう。 私が送っていく」

「お願い」

 テイオーはラウラの背中に回ってしがみつくと、ラウラは彼女が振り落とされない程度の低速飛行でイサリビのドックを目指す。

 イサリビへの帰還は特に問題なく行われ、開かれたドックのハッチをくぐり、ラウラに抱え降ろされたテイオーはイサリビの船内を見渡した。

「半日も経ってないのに随分久しぶりな気がする。 ラウラはどうするの?」

「私はまだ警邏の必要がある、また会おう」

「ラウラも無理しないでねー!」

 こちらの返事を待たず飛び行くラウラ。 振り返らずとも軽く手を振り去って行く彼女を見送ると、テイオーは改めて船内を歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 船内は傷ついた箇所やそれらを修復材で覆っていたり、そこかしこで補修作業を行うクルー達……戦車道の面々ともすれ違うが、皆テイオーの存在に気づくと笑いかけたり手を振ったりしてそれに応じる。 皆がテイオーが宇宙に出る不安感を押し殺して献身してくれたことを知っており、ねぎらいの意を示していたのだ。

 テイオーは一区画だけとは言え、修復が進みつつあるイサリビの様子に安堵していた。

(無事に修理が進んでるみたいだし……後は食料とかが補充されれば言うこと無いよね)

 唯一の懸念材料は食料などで、至る所に穴が空いて資材が漏れ出した際、当然ながら生活に必要なものもそこに含まれていた。 おまけに直撃を免れたはずの保管庫の電源まで落ち、衝撃でハッチが解放もされていたことで中身が一気に流出。 大事な食料の大半も他の有害な物質等と混じってダメになってしまっていたことも記憶に新しい。 清掃自体はこの宙域に来るまでに終わらせ、無事だった食料や資材も近くの空き部屋を仮倉庫として保管しておいたが、持っていた重要な物品の大半が駄目になったときは流石にげんなりしたことも記憶に新しかった。

 現状、ここにいるメンバーだけでは食料と水は1週間足らずの分しか無い。 それらについては降下したスペシャルウィーク達地上班の頑張りにかかっていると言って過言では無いだろうと。 そこまで考えた辺りで、件の仮物置の前をテイオーは通りかかった。 彼女達の仮設の休憩所はこのすぐ近くにある。

 

 まだまだ仕事はある、早いところ身体を休めて仕事に復帰しなければと考えた辺りで、ふとテイオーは仮物置の前に違和感を覚えた。

(ん? 何だろこの物音)

 それはテイオーのウマ娘としての聴覚が僅かに捉えた物音だった。 何かが這い回るようなどことなく不気味な、しかし小さな物音。 船内の各フロアの機密はしっかりしており、ほんの僅かにテイオーだけが捉えられる音だったが、その物音は仮倉庫の中で起きているようだった。 この船内でそんな音を立てるものなど思い当たらない、不審者が隠れているのかと訝しんだテイオーは恐る恐る仮倉庫に近づくと、耳を当てて中の様子を探る。

 すると中からははっきりと、何かが動き回るような音が耳に届いた。 それは蟲と言うべきか、節足動物のような足音を立てているような気がした。

(やっぱり何かいる……!)

 テイオーは異変を感じ取ると、マルチツールを引き抜いて武器の発射モードに切り替る。 そして自動扉の手前に浮かぶ開閉のホログラフに手をかざし――――かけたところで慌てて手を引っ込めた。

(ヤッバ!! 1人で部屋に入りそうになった!!)

 テイオーは自身の疲れから、無意識に判断ミスを犯しかけていたことに気づく。 基本として独断専行はしない、こういった不測の事態においては必ず仲間に連絡をするという決まり事を、危うく忘れそうになっていた事実に冷や汗をかいた。

(こう言う時先走ったら酷いことになっちゃうよ! 危なかったぁ)

 すかさずテイオーは無線機を通し、タカキに連絡する。

<こちらタカキ。 どうしたのテイオー?>

「うん、ちょっと気になる事があって」

 テイオーは事の顛末をタカキに伝えた。 するとタカキは一瞬驚いたような表情で、応援が来るまではその場から動かないように指示を飛ばしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テイオーは指示に従い部屋の入口のすぐ側で待機、そして程なくしてADSの修理を終えたレオポンさんチームの面々が慌てたように駆け込んできた。

「テイオー! 大丈夫!?」

「何か仮倉庫で不審な物音がしたって!」

 ホシノとチームリーダーのナカジマがテイオーに問いかけた。

「うん、その中の音はまだ続いてるみたい。 ボク一人で中に入ろうか一瞬悩んだけど、念のために」

「よかった。 何かは見当はつく?」

「……わからないけど、何だかでっかい虫みたいな足音がする」

 身震いしながら答えたテイオーに対し、レオポンさんチームの面々は顔を見合わせると、意を決したように倉庫の扉の側に背を向ける。

「開けて!」

 テイオーは無言で頷き、扉の前に浮かぶホログラフ式のコンソールにアクセスすると、圧の抜ける音と共に自動扉が開く。 テイオーとレオポンさんチームの計5名が足を踏み入れると、照明を切って暗い部屋の中にフラッシュライトの眩い光が差し込んだ。

「うっ……」

「うわ……なにこれ」

 5名はそこで目にした光景に思わず呻く。 手持ちのライトに照らされた部分、仮倉庫として利用するために間に合わせで設置した棚や、それも足りず適当な小型のコンテナに詰めて重ねて置いていたそれがひっくり返され荒らされて、泥棒にでも遭ったかのように乱雑に散らばっている。

「……中々に酷いことになってないかな?」

「電気付けよ、電気」

 ライトで照らしながらナカジマが呟くと、見かねたテイオーが翻って突入した入口の側にある部屋の照明のスイッチを入れる。

 部屋はすぐに明るくなったが、照らされた部屋の中は想像以上に荒れていた惨々たる有様だった。

「こ、これは……」

「うわぁ……」

「ピェ!? 何これ!! 色々荒らされてるけど、食料のコンテナが一番ぐちゃぐちゃにされてるよぉ!!」

 ナカジマ達が言葉を失う中、テイオーは特にショックを受けているようだった。

 

 テイオーの言う通り特に食材がらみが壊滅的で、調理前の生の食材から、調理され日持ちのする食品などが皆一様に乱暴に荒らされた跡があった。

 それらはケースごと蓋を完全に破壊され、葉肉の切れ端や肉片のついた骨の欠片など、食材と思わしき僅かなかけらだけを残して散らばっていた。 そしてまるで飢えた獣がそれを食べ散らかしたのだと言わんばかりに、得体の知れない粘液などが床や壁に付着している。

 特に食べ盛りなウマ娘であるテイオーにとっては、船内に残った食料品が無残に食べ尽くされた事実が精神的に堪えて仕方なかった。

「うえぇん!! ワケわかんない!! こんなの絶対許せないよぉ!!」

 何たることか! 食料を盗み食いする不届きものがいたとは!! テイオーは怒りのあまりに涙さえ浮かんだ目で周囲を見回した。 初見で分かるくらい一切食料が残っていないのは理解した上で悪あがきをしてみるも、やはり何も見つからない。

 ここまでくると本当に、何者かが倉庫に侵入して食料を荒らした可能性は高いだろう。 この事実を踏まえた上で最初に口を開いたのは、ナカジマだった。

「……一体何が艦内に? 本当に外部から侵入したの?」

「ラウラさんがイサリビの外を見回っているから、万一には連絡が飛んでくるはず……」

 彼女達の言う通り、イサリビの外はアヒルさんチームやカバさんチームなど、大多数が採掘やイサリビの補修に宇宙へと駆り出された者達、そんな彼女らを事故が無いように見回るラウラがいるし、タカキやカメさんチームら生徒会組が指揮を執ったり艦内の監視をカメラ越しに行なっている。 メンバーの疲労による見落としの可能性は0ではないものの、そう言ったヒューマンエラーを限りなく低くなるようにシフトを組んでいるはずだ。

「!? 皆、ちょっとこれを見てよ!!」

 不意にテイオーが慌てた様子で叫んだ。 それもその筈である。

 

 テイオーは震える指を指していた。 謎の粘液が道を指し示すように続き――――その先は崩れた棚の陰、蓋を強引にこじ開けられたであろう通風口へと繋がっていたのだから。

 

「……さっきから僅かに響くように聞こえてたんだ。 ボクの聞いた、虫のようなガサガサって言う音が、気になってもう一度見渡したら……ここが……!!」

 

 

 ナカジマは即座にタカキに連絡を送った。

 

 

「緊急事態発生!! 何者かが通風口を通ってイサリビ艦内を徘徊してるッ!!」

 

 




 早くこのエピソードにケリつけたいけど、忙しくて中々続きを投稿できなくてごめんやで……(白目)


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