アクセル・ワールド外伝 ~炎神の胎動~ (ダルクス)
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第1話:「Encounter;邂逅」

『す…好きです! 僕と付き合って下さい!』

 

『…』

 

そう言って俺は、震える手でなけなしのお小遣いをはたいて買った、一番きれいな花束を彼女に差し出す。体は緊張のあまりに強張り、顔は火照って紅くなり、全身からは大量の汗が噴き出し、マトモに彼女の顔を見る事すらできず、うつむきながら彼女に告白した。

その日…俺は意を決して以前から想い続けていた彼女に告白することにした。

俺にとっては人生最大の難関…だがこの難関を突破すれば、彼女との幸せな交際の日々が始ま…―!

 

『…ごめんなさい』

 

『…え?』

 

 

 

それは…あまりにもあっさりとした答えだった。

 

 

 

『私、あなたのことなんとも思ってないから』

 

 

 

俺が何年もの間ずっと想いを募ってきたのに比べれば…あまりにもあっさりであっけない…。

 

 

 

『ちょ、ちょっと…!』

 

『さよなら』

 

 

 

思わず花束を取り落とし、俺に背を向け去っていく彼女に背中を、俺は手を伸ばして掴もうとする。しかし…何故かその場から動くことができない。

 

 

 

『バイバイ…一輝君』

 

 

 

俺の恋は…まるで終春の桜のように、その日儚く散った…。

 

 

 

 

 

―――――1話:「Encounter;邂逅」―――――

 

 

 

 

 

「…はぁ」

 

あれから3年、俺は今年の春から中学2年生になった。

通うのは近くの公立中学、小学校の場所からも近いので、昔の友達も何人か通っている。

…で、俺はと言うと久々に昔のことを思い出してしまい、朝から意気消沈していた。

あの時…もしも彼女が俺の告白を受け入れてくれていれば…今頃は…。

 

「おっす遠藤、おはよう!」ドンッ

 

「おっ…と!」

 

と、その時突然俺の背中が後ろから押され、俺の見知った人物が声をかける。

 

「なんだ、斎藤か…」

 

「なんだとはなんだ! せっかく小学校からの親友が朝の挨拶をしてやったというのに!」

 

こいつの名前は斎藤啓介、俺の小学校からの友達だ。

本人は自称「親友」を名乗っているが…正直俺はそこまで中が良いとは思ってはいない。

 

「朝からテンションたけーなぁ…生憎俺は朝からそんなに元気にはなれない」

 

と、俺は無気力で答える。

 

「んだよ冷めてんなぁ。…もしかしてお前、まだ小学生の頃引きずってんの?」

 

「…!」

 

斎藤の言葉に、思わずギクッとする。

こいつ…なんでわかるんだ…?

 

「『こいつ…なんでわかるんだ…?』って顔してんな? 当たり前だろ、小房からの付き合いなんだぜ、俺らは」

 

「…」

 

「いい加減シャキっとしろよ、女に一人振られたからってなんだ! それも人生が始まったばかりの小学生の時に! 女なんて星の数ほどいるんだぜ? またすぐいい女が見つかるって」

 

「…星に手は届かないがな」

 

「おまっ…なんでそういうネガティブな事言うかねぇ…」

 

…言われなくたってわかってる…自分がこのままじゃいけないってことぐらい…。

でも…忘れられないんだ、あの時の胸の苦しみ…あの時の喪失感…。

また俺に好きな女性ができたりなんかしたら…そのときの感覚をまた味わうことになるんじゃないかと考えると…とてもじゃないがまた恋なんてしようとは思わなかった。

あれ以来、俺は軽い女性恐怖症に陥り、マトモに女子と話をすることもなかった。

俺だってなんとかして克服したいと思ってはいるが…―

 

「おい! 見ろよ遠藤!」

 

突然斎藤が大声をあげ、俺の腕を引っ張ると前方を指さす。

指さしたそこには、近所でも話題のお嬢様高校、「私立セント・アルタイル女学院」の女生徒達の登校風景だった。

皆、お嬢様なだけあって高そうな外車で送ってもらったり、友達と共に楽しそうな会話をしながら校門を通っていく。中には首に付けてるニューロリンカー同士を直結させて会話人達もいる。

 

「おっと! こうしちゃいられない! 視界スクショ視界スクショ…っと」

 

と、斎藤は自分の首に装着しているニューロリンカーを起動させ、手で目の前の画面を操作すると視界スクリーンショットを使って写真を撮ろうとする。

…が

 

「あ、あれ? シャッターが降りねぇぞ?」

 

いくら画面上のシャッターをタッチしても写真が撮られることはなかった。

 

「どうやらこの女学院の周囲には、盗撮防止用の特殊なジャミングが施されてるみたいだな」

 

なんたっていいところの名門女学院だ、そりゃあ盗撮防止用のジャミングの2つや3つは学校周辺に張り巡らされているだろうな。

 

「んだよ~…気を持たせやがって。しゃーねー、さっさと行こうぜ」

 

写真が撮れないのだとわかれば斎藤の行動は早い、さっさと学校に向かってしまった。

 

「おう、俺も……ん?」

 

その時、何か誰かからの視線を感じた俺はその視線の主を探る。

そして…見つけた。おそらくは染めたのではなく、天然と思われる金色の髪を靡かせ、背が高く、赤い瞳をした、清楚そうなその女学生は、周囲の友達の話には耳もくれず、俺の方をじっと見つめている。

やべっ…斎藤なんかと校門の前で騒いでたから目つけられたかな…。

あんな奴と一緒にされるのはゴメンだ、俺はその視線をスルーし、斎藤の後を追って学校に向かった。

 

………

……

 

「あ~あ、終わった終わった…ようやく終わった」

 

一日の授業が終わり、俺はそのまま自宅に帰る。

放課後、また斎藤が「学内ローカルネットのゲームで遊ぼうぜ」と誘ってきたが、生憎今日は断ることにした。

というのも、どうも今日は朝からあの時のことが頭に浮かんでしまってどうにも何事にも乗る気にはなれなかった。

 

「…ただいまー」

 

テンションの低いまま自宅に帰ると、俺とは対照的にテンションの高い母が、おそらく夕飯を作ってる途中だったのだろう、エプロン姿で出迎えてくれた。

 

「おかえりかーくん♪ 今日は学校どうだった?」

 

「別にどうもしねーよ…てかさ、その『かーくん』て呼び方いい加減やめてくんない?」

 

靴を脱ぎながら、「ウザい」という顔を母に見せつけながら俺は呟く。

この俺の顔を見れば少しは俺の今の気持ちも察してくれるだろうな…と思っていたが、あいにくウチの母はそんなことはお構いなしだ。

名前が「一輝」だから「かーくん」…このあまりにも安易で、そして子供っぽい呼ばれ方に、俺はいい加減うんざりしていた。百歩譲って小学生の頃はまだ良かったが…さすがに中学生にもなると…もし斎藤のような同年齢の友人に聞かれたらいい笑い者だ…。

 

「え~? だって小さいころから『かーくん』て呼んでたんだもん…今更他の呼び方でなんて呼べないよ~。あ、今日お父さん早く帰ってくるって」

 

「…またウザったいのが一人増えんのかよ」

 

いつもなら俺の父親は仕事で帰りが遅くなって夕飯時には帰って来ないのだが、今日はいつもよりも早く帰ってくるらしい。

俺は親父がいない方が気が楽だった…嫌いだというわけではないんだが、親父がいるとまたさっきみたいに「学校はどうだった?」としつこく聞いてくるし、テレビの番組がいつも野球中継になるし、風呂に入るのだって遅くなる。

 

「なによその言い方~。ちょっとカズキ!?」

 

「そういう風に名前で呼んでくれよ。部屋にいるけど、勝手に入ってくんなよ? 飯になったら呼んでくれ」

 

まだ何か言いたそうな母親を無視し、俺は二階にある自分の部屋へと階段を速足で登っていった。

 

「全く…反抗期かしらねぇ」

 

………

……

 

ったく、こちとら朝から気分悪いってのに、みんなそんなことはお構いなしだ…。

こんな時は一人でネットサーフィンをするに限る。そうすればすぐにでも気が紛れるし、時間が経つのだって早く感じる。俺はニューロリンカーを起動し、ネットに接続する。

最初はお気に入りの記事が載っているまとめ系ブログのサイト、そこの記事をだいたい見終わったら、今度は現在進行形でレスがついている掲示板を見てみる。

…どれもこれもどこかで見たことがあって大した面白みもないような話題ばかり…こういう読み応えのない話題ばかりになると、とたんにページの進むスピードが早くなってしまう。俺はもっとじっくりしたものが読みたいのに…。

 

「…ん?」

 

その時、ふと俺はその掲示板のトップページの左上端のところに小さい■があることに気が付いた。

なにかと思い、タッチしてみると…突然白いトップページが一転して黒い画面に変わった。

 

「な…なんじゃこりゃ…?」

 

とりあえず、画面をスクロールしてそのサイトを見てみる。

いくつもなにかのタイトルと思わしき文字列が並び、その文字列の右端には数字が書いてあった。

その事から俺は察した、このサイトは所謂『裏掲示板』…つまりなにかしらの危ない話題を扱っている掲示板なんだとわかった。

こんなところに長いは無用…急いで「戻る」のキーを押そうとした。

しかし、そのスレタイトルの数々が俺の視界に入り、俺は無意識にそのタイトルを読んでいた。

 

「…? …『加速使って試験受かったったwww』…? 『加速使って五万円も稼いでやったぜwww』…?」

 

なんだ…? この「加速」っていう言葉の意味は…? 何かの暗号なのか…?

確かに皆、この「加速」とやらを使って試験に合格したりギャンブルに勝ったりしているそうだが…やはり何か違法なアプリなのか?

さっきは戻ろうと思ったが、次々に出てくる「加速」という単語について俺は興味が湧き、その掲示板を閲覧してみることにした。

どのスレも「加速を使って○○をやった」という内容ばかりだったが、俺はあるスレに目が止まった。

 

「『加速世界対戦待ちスレPart57』…?」

 

まるで対戦ゲームの交流場のようなタイトルに、俺は興味を惹かれ、試しにそのスレタイトルをタップして中を開いてみる。

そこには『渋谷ハチ公前広場で待ってます、誰か対戦しましょう!』、『スカイツリーに誰かいます?』といった、まるでオンラインゲームで相手を待つかのようなレスが数多くあった。

 

「…あれ?」

 

そして俺は気づいた。ここに書いてある地名…ほとんどが東京都内にある地区名や建築物名、観光名所ばかりだった。つまりはこの東京内で今この時間、その場所で何かが行われているということになる。

そしてこのスレタイトル…〝対戦″という言葉が使われている以上、なにかゲームやスポーツのような〝対戦″がその場所で行われているということになる。さらに、そのスレは今やPart57…結構な伸び具合だ。

つまりかなりの人達がその〝加速″という何らかの手段を用いて、そして東京都内でその〝加速″を用いた対戦が行われているということになる。

と、そんな事を一人で考えている合間にもスレは伸びていき、さきほどの対戦待ちにレスがついた。

内容は「自分でよければお相手しますよ」、「今ちょうどスカイツリーに遊びに来てるんで、対戦しましょうか?」といったものだった。

今この瞬間…その〝対戦″とやらが始まる…できることならその〝対戦″とやらを実際に見てみたいが…生憎ここは渋谷区にも墨田区にも面していない…近場でない以上、今から行って見れるもんじゃない…。なのでリロードし、しばらくスレの伸び具合を見ていたときだった。

 

 

 

573:加速する名無し2047/05/24(水)18:49:25.73 ID:t2ldXXXX

いやぁ…まいりましたよ。お強いですねぇ

 

 

 

「…!?」

 

そのレスIDを見る限り、先ほどハチ公前で対戦相手を募集していた人物と同一のものと思われる。このレスから察するに、もう対戦は終わったようだ。

しかし…まだものの1分と経っていない。何の対戦をしていたにしろ、早すぎる。

すると、今度はその対戦相手と思わしき人物からの返信レスがきた。

 

 

 

574:加速する名無し2047/05/24(水)18:49:58.21 ID:5gnqXXXX

>>573

いえいえ、そんなことないですよ

僕なんて2年前に始めてこの前ようやくレベル5になったばかりですし

むしろ近距離技に弱い赤の属性でよく戦ってましたよ

 

 

 

レベル…? 対戦していくのに各自レベルがあるのか…?

それに属性…? 一体何のことなんだ…?

新しい単語の出現に首をひねっていると、今度はまた別の人物からのレスがあった。

 

 

 

602:加速する名無し2047/05/24(水)18:57:23.01 ID:h7v0XXXX

ランド・クローラーとかいうデュエルアバターマジ氏ね

言動も厨二っぽいしコミュ障だしチキン攻撃ばっかりしてきやがる

おまいらもこいつとは対戦すんなよ

 

 

 

「デュエル…アバター…?」

 

また新しい単語が…〝アバター″という名から察するに自分の化身…つまりオンラインゲーム等で自分が操作するキャラクターのようなものだろうか?

そして『ランド・クローラー』という名称…これはおそらくそのアバターのリングネームのようなものだろう。

これらのことから察するに、この裏掲示板の住人は皆〝加速″という現象、あるいは特殊な能力のようなものを操り、東京都内の場所でその加速を用いた〝対戦″をし、そしてその対戦には自分を模した〝デュエルアバター″を用いる…。

ここまできたらだいたいのことはわかる…これはいわゆる〝対戦ゲーム″なのだと。ゲームを行うにあたって、現時点でわかっている必要なことは4点…それは対戦時間が恐ろしく短いということ、自分が操るキャラによって対戦の優劣を決める属性のようなものがあること、ゲーム進行方法はレベルアップ式だということ、そしてアバターネームが存在するということ。

となると、これを見ていた当の俺は興味をそそられずにはいられなかった。俺もその〝加速″とやらを操ってみたい…その加速を用いて対戦もしてみたい!

…しかし、どうやって対戦するのだろうか…?

ニューロリンカーが普及してからのゲームというのは、実際にリアルマネーを用いてゲームショップでゲームのダウンロードソフトを購入し、それをニューロリンカー内にインストールして行うというものだ。

だが、こんな〝加速″などという裏技が得られるダウンロードソフトなど、普通の店では見たことがない。ましてやこんな裏掲示板を作ってまで交流を持っている者たちのいるほどだ、表立って手に入るものではないだろう。

 

「どうすれば…」

 

俺は別のウィンドウを開き、検索画面を表示する。検索単語は『加速』、『対戦』、そして『デュエルアバター』…俺が今ここで聞きいれた3つの単語だ。

結果は…0件。今度は3つの単語すべてでなく、いくつかに分けて検索してみる。

だがしかし、表示される検索結果は俺が今この裏掲示板で仕入れた知識とは全く関係のない内容ばかり…。検索画面を閉じ、再び裏掲示板のウィンドウを開く。

…頼りはこいつらだけか…。

正直、こんな真似をすれば馬鹿にされて叩かれるのはわかっている。

だが俺は知りたい…その〝加速″という能力が、もしかしたら俺の人生を…この無気力な生き方を変えてくれるかもしれない!

意を決して、俺は掲示板上に表示される『立』というコマンドを押す。

表示されたのは…スレ立ての画面。初めにスレタイ、そして本文を入力する。

 

 

 

スレタイ:【お聞きしたいのですが】

1 :加速する名無し:2047/05/24(水) 19:13:05.38 ID:ka91XXXX

自分は今日、初めてこの掲示板に入りました

そこでROMってて思ったのですが、皆さんよく加速という単語を使いますよね?

あれってなんなんでしょうか?よければ自分にも教えてはくれませんか?

 

 

 

う~ん…これではただの「クレクレ厨」に見えなくもない…十中八九叩かれるレスで埋め尽くされるだろうな。やはりもう少しへりくだった文面で書いた方がいいか…?

書きなおそうとした、ちょうどその時。

 

「かーくん! ご飯だよ~」

 

下の階から母親の俺を呼ぶ声が聞こえた。

…チッ、肝心なところで呼ばれてしまった…仕方ない、このまま投稿するか。

文面を直すことなく、下にある「書き込み」ボタンを押す。

しばらくして「投稿が完了しました」という文が表示された。今はこれで様子を見て、飯を食い終わった頃にもう一度確認してみよう。

 

「ね~、ご飯だってば~」

 

「うっせぇなぁ、今行くよ!」

 

………

……

 

カチャカチャ…

 

食卓には俺と母親と父親、3人で食卓につく。

最初の「いただきます」という挨拶以外、これといった会話はなく、カチャカチャとスプーンと食器の触れる音だけがリビングに響く。

今日の夕食はカレーだ。

…俺は正直、あまりカレーは好きではない。なぜならカレーにした翌日の朝飯は決まってカレーライスになり、最悪の場合は次の日の夕飯もまたカレーになるかもしれないからだ。

ったく…いい加減作る分量考えろっての…。

 

「どうだカズキ、学校の方は?」

 

しばらく間をおいて、親父が口を開いた。

やっぱり出た…この文句。もううんざりだ…。

 

「…別に…どうもしねーよ」

 

俺は親父に目線を合わせることなくもくもくとカレーを頬張りながら答える。

 

「親父の方こそ、会社はどうなんだよ?」

 

「ん~…別にどうもしないかな」

 

ほれみろ。自分だって同じこと聞かれたら同じように答えるしかないくせに…。

 

「ま、当たり前が一番いいさ」

 

と、親父はへらへら笑いながらそう答えた。

 

「…ごちそうさま」

 

空になったカレー皿を片づけ、台所の方に持っていく。

 

「もういいの? おかわりは?」

 

「いらない。どうせ明日の朝飯もカレーなんだろ。親父、今日は先に風呂入ってくれよ」

 

「お、おう…」

 

それだけ言って、俺は2階の部屋に向かった。

 

「…はぁ~あ、やっぱり反抗期かしらねぇ…」

 

「なぁに、あのくらいの年頃の男ってのはそういうもんさ、俺にも覚えがある」

 

と、カズキの母、遠藤紀美子は若干不安になりながらも、父、遠藤学は何故かニコニコしながらそう答えた。

 

………

……

 

部屋に戻るやいなや、俺はニューロリンカーの電源を入れ、先ほど立てたスレの状態を確かめる。

レス数は6…中を開いてみると。

 

「うわぁ…やっぱり叩かれてんなぁ…」

 

「1げと」「新参乙」「半年ROMってろ新参」「お前ここは初めてか?肩の力抜けよ」「新参は帰って、どうぞ(迫真)」といったレスが、レスナンバー2~6を占めていた。

やっぱりこんなところで聞こうとした俺が馬鹿だったか…と、若干諦めかけた時だった。

新たなレスがついた。

 

「…?」

 

見るとそれは…アドレス? メールのアドレスのようだ。

なに…? なにかいかがわしいサイトへの入会メールか何かじゃないだろうか…?

妙なトラブルはゴメンだ…構わず無視しようとしたときだった。

 

レスの流れが…止まった。

 

そこから俺はリロードを繰り返し、5分…10分と時間が経ったが、一向にレスが来る様子はない。

戻って他のスレを見てみると、他は通常通り盛っている。

一体何故ここだけが…?

飽きられた、と言えばそれまでになる。だが俺はどうしても、あの最後についたレス…メールアドレスの記されたレスが気になって仕方がなかった。

また自分の立てたスレの方に戻り、そのレスをじっと見つめる。

…アドレス番号はいたって普通のもの…特に意味のない半角の数字と小文字の羅列…もしこれがいかがわしいサイトへの入会メールなら、アドレスの文面でそういった意味が捉えられるはずだ。

…もしも…もしもこれが〝加速″へのヒントとなるのなら…!

意を決して、俺はアドレス部分を押す。

そして開かれるメール作成のウィンドウ。宛先はもちろんそのアドレス…。

どうすればいいのだろうか…このまま空メールを送ればいいのだろうか…?

いや…もし〝加速″について教えてくれるという人の残したアドレスだというなら、せめて挨拶くらいは…。

俺はメール本文に、短く3文字「どうも」とだけ書いた。

そして…送信。もしこれがいかがわしいサイトへの入会メールだったら…まぁこちらのアドレスを変更すれば大丈夫だろう。しばらく反応を待つことにした。

返信はすぐに来た。その内容は…?

 

 

 

『加速のこと、知りたい?』




どうも、ダルクスです。
いつもは別の小説を書かせているのですが、今回はこのアクセル・ワールドの外伝小説を書かせていただくことになりました。
自分、アクセル・ワールドはアニメから入って完全にアニメを見ただけの知識で書いています。なので何か不備があれば申し訳ないです!(一応漫画版や原作もこれから読んでいこうと思ってますが)

主人公は中学2年生という思春期真っただ中でありながら女性に興味が無いという少し珍しいキャラです。
思春期だから当然それ特有の親への反発もあります。でも別に嫌いなわけではないのでご安心を。

この後主人公へのブレイン・バーストの説明等が続き、原作を知っている人にとっては退屈だとは思いますが、長い目で見守っていて下さい!
それではまた次回!


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第2話:「Sensation;体感」

加速のことを教えてくれるという謎のメールの主の言うとおり、翌日中野ブロードウェイ内の喫茶店で待ち合わせをするカズキ。
そんなカズキの前に現れた人物とは…?


「…!」

 

きた…! ついに来た!

絵文字も顔文字もない…ただその一文だけが書かれた質素なメールだった。

だが今の俺にとっては、加速のことが知れれば文面などどうでもよかった。俺はすぐに返事を書いて送った。

 

『知りたいです、是非教えて下さい!』

 

反応はどうだろうか…。

しばらくすると、また返信が来た。

 

『ならまずは今すぐにあのスレを消せ。不特定多数の人に見られるのはとても危険。このアドレスもすぐに変更する。スレが消えたのを確認したら、変更したアドレスで詳細をメールで送る』

 

どこか命令口調なのは気に入らないが…今はこいつの言う通りにするしかない。

まずは先ほどの裏掲示板に戻って、あのスレを消去した。スレ立てるときに消去用のパスワード入力しておいてよかったぜ…。

さて…あとは見知らぬアドレスからのメールが送られてくるのを待つだけか…。

 

ピロリン♪

『メールを1件受信しました』

 

待つ事数分、電子音とともにウィンドウ上に表示されるメール受信の一文…アドレスは見知らぬものだ。

高鳴る興奮を抑えつつ、そのメールを開く。内容は…?

 

『詳細を話す前に一つ問いたい、君は都内に住んでいるか?』

 

なんだよ…気をもたせやがって。

俺は一言だけ、『はい』という返事だけを書き、メールを送る。

今度の返信メールは、すぐに来た。

 

『ならば明日の午後16:00、中野ブロードウェイ内にある「夢間」という喫茶店にて待つ。そこで直接会って話そう』

 

「…はぁ!?」

 

おいおい…あれだけ期待させておいて今ここでは話さないだと!?

一言「ふざけんな!」と言ってやりたかったが…悔しいけど今は相手の方に主導権がある。機嫌を損ねてしまい、加速のことを教えてもらえないなんてことになったら身も蓋もない…ここは従うしかない。

返信メールではこれまた一言『わかった』とだけ送り、その後はもう相手からのメールは来なかった。

遅かれ早かれ、加速の正体については明日わかる。俺は裏掲示板のウィンドウを閉じ、ベッドに寝転がる。

…加速とは一体どのような能力なのだろうか…どのようなものにしろ、今の俺の生活を変えるだけの凄い力がある…正体はわからないのに、何故かそれだけは感じとれた。

今の俺…昔の失恋を今でも嘆いている俺でも、熱中できる〝何か″に目覚めれば、きっと今の俺を一変できるはずなんだが…。

 

「おーいカズキー! 風呂空いたぞー!」

 

下の階から風呂から上がったらしい親父の声が聞こえた。

 

「…おう、今入る」

 

とにかく考えても仕方がない。明日になれば全てがわかる。明日になれば…。

 

 

 

 

 

―――――第2話:「Sensation;体感」―――――

 

 

 

 

 

翌日、俺は朝から今日の午後のことが気になって仕方がなかった。

登校中にいつも通り俺に絡んでくる斎藤をスルーし、学校での6時間分の授業も早く終わらないかと待ちわびていた。

そして…午後15:30、ようやく1日の授業が終わった。

今から駅までダッシュで行けば、ギリギリ16時までに間に合う。

 

「おう遠藤! 今日こそ俺とローカルネットのゲームで…―」

 

「悪い斎藤、俺今日は急いでるからまたな」

 

昨日同様、俺を学内ローカルネットのゲーム対戦に誘ってくれた斎藤だったが、今は斎藤の相手なんかをしている暇はない。

手早く荷物をまとめると、教室を出て駅に向かった。

 

「あんだよあいつ…昨日といい今日といい付き合いわりーな」

 

………

……

 

駅までダッシュで走って約10分、電車に乗って中野区まで行くのに約10分、そして中野駅から中野ブロードウェイまで走ること約5分…現在の時刻は15:55、なんとか時間までに間に合いそうだ。ブロードウェイ内の館内ネットにニューロリンカーを接続し、ここのマップを見てみる。どうやら「夢間」という喫茶店は2階フロアにあるらしい。マップを見ながらエスカレーターに乗り、その「夢間」に向かった。

 

「…ここか」

 

見た目は古風でモダンチックなどこにでもありそうな普通の喫茶店…ここに〝加速″について知っている者が待っている…。

扉を開け、店の中に入る。チリンチリンという鈴の音とともに、店員が俺を出迎える。

 

「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」

 

「あ、えーっと…」

 

店員の問いに戸惑いつつも、俺は店の中をぐるりと見回す。

俺を待っていそうな奴は…と思ったが、よく考えてみたら…俺を呼んだ奴の顔はおろか、年齢も特徴も何も聞いていなかった!

これでは迂闊に「一人です」とも「待ち合わせをしています」とも言えない…一体どうすれば…。

 

 

 

「あら、ごめんなさい。遅くなっちゃったわ」

 

 

 

「…え?」

 

突然、俺の背後から女の声がした。

振り向くとそこには…天然と思われる金色の髪を靡かせ、背はスラリと高く、赤い瞳をした、清楚そうな女学生が笑顔で立っていた。

そう…昨日の朝、俺がセント・アルタイル女学院で見た、あの女生徒だ。

 

「私、彼と待ち合わせしてたんです。でも彼ったら先にこのお店に入っちゃって…」

 

「あぁ、そうだったんですか。では2名様ですね? こちらのお席にどうぞ」

 

と、その女学生は店員に事情を説明すると、店員も納得したそうで俺達を二人用のテーブル席に案内する。

…てか、この女学生が本当に昨夜のメール相手!? そりゃたしかに性別とかは確認してなかったけど…というかそもそも! 遅刻したのはこいつなのになんで俺が悪いみたいになってんだ!?

 

「ご注文お決まりでしたらお呼び下さい」

 

「ありがとう♪」

 

店員は俺達のテーブルに水を2つ置くと、その女学生は笑顔で答えた。

…まぁでも、案外穏やかそうな娘だからいくらか話しやすいとは思うけど。

 

「で?」

 

「…え?」

 

突然威圧的にも感じられる言葉と、笑顔が消えた冷ややかな視線が俺の方に向けられる。

向けている人物はもちろん…目の前の女学生だ。

 

「アンタ、あれよね? 昨日の朝学校の前にいた2人組の男子生徒の片割れ」

 

「そ、そうだけど…」

 

「あ~、やっぱりねぇ! なんか変な奴が二人いたから不審に思ってたのよねぇ。こんなところでまた会うなんて、都内といっても意外と狭いわねぇ」

 

人を不審者みたいに言わないでくれ…。

ていうか斎藤はまだしも、俺は自分から女学院に行ったりなんか…い、いや、今はそれよりも…!

 

「それよりも教えてくれ! 加速のことを…あだっ!?」

 

突然右足の脛に鈍痛が響く。こいつが…目の前の女学生が、俺の脛を思いっきり蹴飛ばしやがった。しかも堅そうな革靴で…。

 

「大きな声で言うんじゃないの! アンタ馬鹿ぁ!? はぁ~あ、これだから新参は…」

 

と、周囲に聞こえないよう、小さな声で俺を叱咤する。

なんだこいつ…? さっきみたいに笑顔をばらまいてたのと本当に同一人物か…?

くっ…これだから女ってやつは…!

 

「すいませーん♪ 私このレアチーズケーキとアイスティーお願いします♪」

 

「かしこまりました」

 

「ほら、君は?」

 

「えっ…? あっ…!」

 

気が付くと、いつの間にかこの女学生は店員を呼び、勝手にケーキを注文していた。で、今度は俺に振られたわけなんだが…ど、どれにしよう…。

 

「じ、じゃあ…アイスコーヒーで」

 

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 

もっとよく見れば別の注文品の方が良かったのかもしれないが…一番最初に目についたのがそれだったから慌てて注文した

注文を受けた店員は店の奥へと引っ込んで行った。

 

「さて…」

 

店員がいなくなったのを確認すると、女学生は鞄の中をまさぐり、何かを取りだす。

長さは1メートルくらいの…ケーブルのように見えるが…?

 

「あんたのニューロリンカーにこれ繋げて」

 

と、俺の方にそのケーブルの片方を差し出すと、自分はもう片方を自分のニューロリンカーに差し込む。

『有線直結通信』…ニューロリンカー同士を直接ケーブルに繋ぐことで、繋いだ者同士でのみの会話を可能にする機能だ。なるほど、確かにこの通信手段ならば、会話内容を周囲に聞かれることはないため、聞かれたくないことを話し合うにはもってこいの手段だ。

しかし…この通信手段は強い絆のある二人に…それはつまり例えば……主に恋人同士で行う通信なため、周囲に誤解されるという可能性も…。

 

『なにじろじろ見回してんのよ』

 

頭の中に声が響く。

この女学生が思考発音を用いて俺の脳に直接語りかけているのだ。

 

『勘違いされたら困るんだけど、私別にアンタと直結したくてしてるわけじゃないんだからね。加速のことを大っぴらに世間に広めるわけにはいかないから、これを使ってるの』

 

『…わかってる。で、加速ってなんなんだ? いい加減教えてくれよ!』

 

いよいよ本題に入る…。

高鳴る興奮も抑えきれなくなり、若干声が荒ぶる。

 

『ま、聞くより実際に見た方が早いかしらね』

 

そう言うと、彼女は画面上で何かを操作する仕草を見せる。

すると、俺の目の前に一つのコマンドが表示される。

 

 

 

【〝BB2039.exe″を実行しますか?】

<YES/NO>

 

 

 

なんだこれ…?

どうやらこいつから送られてきたものらしい。

このアプリケーションが加速とやらの正体なのか、もしくはタチの悪い冗談なのか…。

 

『さ、どうするの? それを受け取るも受け取らないもアンタの自由。だけどもし受け取ったならば…』

 

そこで彼女の、さっきまで俺の方に向けていた人を小馬鹿にしたような表情が消え、真剣な瞳で俺の方を見据える。

どうやら…これが俺の真に望んだ力の正体らしい。ならば…!

 

『…!』

ポンッ

 

俺は≪YES≫のコマンドを押した。

すると、よくある『ダウンロードを開始しています。残り○○%』という一文と共にダウンロードパラメーターが表示され、メーターはぐんぐんと上がっていく。

 

『どんな力だって構わない…今の俺を変えてくれるならば…俺はなんだってする!』

 

『ふ~ん、いい覚悟だこと。じゃあその覚悟が…』

 

ダウンロード、80%まで完了。

 

『果たして〝加速世界″でどこまで通用するのか…』

 

90%…。

 

『見ものね』

 

99%…!

 

グワッ!!

 

『うわっ…!?』

 

突然目の前に燃え上がる炎。

しまった…やっぱりイタズラだったか!? と、一瞬ウイルスの類かと困惑した。

しかし、徐々に目の前の燃え盛る炎が文字を形作っていき、メッセージロールが表示される。俺はその炎で形作られたメッセージロールを読み取る。

 

『…? 〝WELCOME TO THE……ACCELERATED WORLD(加速世界)!!″…?』

 

『無事インストールできたみたいね』

 

女学生が水を飲みながら言った。

 

『無事…って?』

 

『このアプリケーション…〝ブレイン・バースト″は全ての人間がインストールできるわけじゃないの。第一の条件はこのニューロリンカーを生まれた時から付け続けてきたということ』

 

と、女学生は自分のニューロリンカーを指さしながら言った。

 

『生まれた時からって…このニューロリンカーって市販され始めたのが…』

 

『そう。16年前…つまりこの〝ブレイン・バースト″を持つ者に大人はいない。最年長でも16歳の子供なのよ』

 

ということは…あの裏掲示板にいる住人の全てが16歳未満の子供ばかりってことか…。

 

『ちなみに、私は16歳。最年長者よ』

 

あ、俺よりも2歳も年上だったのか…。

 

『第二の条件が、高レベルの脳神経反応速度を持つ者にしか与えられない』

 

『脳神経…なんだって?』

 

『つまり、人よりも少し反射神経が鋭いかどうかってことよ。主にはスポーツで鍛えてあったり、それ以外だと瞬時に物事を考え出したり』

 

反射神経か…。

自分では自覚がなかったが、俺もその脳神経反応速度とやらが鋭かったんだな。

 

『これらの条件をクリアした者でないと〝ブレイン・バースト″はインストールできない。ま、と言ってもあの掲示板に入れたってことはインストールできる人間ってことなんだけどね』

 

『…どういうことだ?』

 

『あの裏掲示板はブレイン・バーストと同じプロテクトがかけられているの。ブレイン・バーストをインストールした者、もしくはインストールできる人間にしか見る事ができないわ』

 

なるほど、あの裏掲示板はそういう仕組みだったのか。

確かに、そういうプロテクトをかけておかないと、ブレイン・バーストを持たない一般人までも〝加速″のことを知ってしまうからな。

 

『…で、そもそもこの〝ブレイン・バースト″ってそもそもどういうアプリなんだ? 件の〝加速″とやらとどういう関係があるんだ?』

 

『…アンタ、加速についてはどれくらい知ってるの?』

 

『どれくらい…って』

 

加速の事は昨夜の夜に知ったばかりだ。

何かと聞かれれば想像もできないが…おそらく日常生活を一変させる何かチートめいた能力だということは想像できる。

 

『あの裏掲示板に書いてあったことの受け売りなんだけど…それを使って試験に合格したりとか、ギャンブルで大金を手にしたとか…』

 

『…アンタまさかそのために加速のことを知りたいってわけじゃないでしょうね?』

 

女学生の目がまた鋭くなる。

やはり…この2つはブレイン・バーストを持つ者の中でもタブーなのか!?

 

『い、いや! 俺が一番興味を持ったのはもう一つ! この加速を使って対戦をしてるとか…なんとか』

 

『…へー、そこまで知ってるのね。まぁいいわ。じゃあ試しに見せてあげるわ、〝加速″の世界を』

 

『…え?』

 

ついに…謎の力、〝加速″の正体が俺の目の前で明らかになる!

期待と興奮に胸を躍らせていた…ちょうどその時だった。

 

「お待たせしま…あっ!」

バシャッ

 

「…!」

 

俺が注文したアイスコーヒーを持ってきた店員が足をつまずかせ、盆の上に乗ったアイスコーヒーが宙を舞う。そして落下地点はおそらく俺…全てがスローモーションに見えた…その時だ。

 

『今よ…叫びなさい! 〝バースト・リンク″!!』

 

「ば…〝バースト・リンク″!!」

 

その瞬間…全てが止まる。

倒れる店員…宙を舞う盆とアイスコーヒー…突然のことに驚く俺…その全てが青く染まり、停止する。

 

「な…なんだよこれ…って、俺なんで普段使ってるアバターの姿になってんだ!?」

 

自分の姿を見ると、いつの間にか俺はいつもの学内ローカルネット等で使っているアバターの姿になっていた。

ちなみに、俺のアバターのモチーフは70年代に流行ったバイクに乗った某変身仮面ヒーローだ(と言っても、頭部を覆う仮面だけは無いがな)

 

「ふ~ん、それがアンタがいつも使ってるアバターなの。だっさいわねぇ、もう半世紀以上も前のヒーローじゃない」

 

と、俺の目の前には赤い刺繍が施された騎士のような白い制服に身を包み、腰には一本のレイピアを携えた映画やゲームに出てきそうな女騎士の格好をした先ほどの女学生が立っていた。

 

「うるさいなぁ…いいもんは何年経っても廃れないものなんだよ。それよりなんなんだよこの空間は!?」

 

俺は改めてこの空間を見回す。全てが青く染まり、そして止まった世界…。

 

「これこそがブレイン・バーストの力よ。一見全てが止まっているように見えるけど、その逆よ。私達が超高速で動いているの」

 

「超…高速で…?」

 

「そう。だからこのアイスコーヒーも止まっているように見えて、実は少しづつ動いているの。見て」

 

そう言って彼女は空中で零れたコーヒーの雫を指さす。

確かに…それは少しづつではあるが、確実に動いている。

 

「これが…加速の正体」

 

なるほど…確かにこの力を用いれば、試験の時に誰かの答案を盗み見ることができるし、ギャンブルでも相手の手の内を覗き見ることができる。

まさに…兆常の力だ。

 

「この力…一体どういう仕組みになっているんだ…?」

 

「うん? まぁ仕組みはいろいろとややこしいんだけど、簡単に言うとこの世界は私達の肉眼で見てる世界じゃないわ。あそこのソーシャルカメラによって見た映像をここのソーシャルネットを通してニューロリンカーを経由し、脳内で見ているの」

 

と、彼女は店の天井隅に設置されている監視の意味も兼ねているソーシャルカメラを指さす。

 

「見てる…ってことは、今この俺達は脳内での存在ってことか?」

 

「その通りよ。その加速した思考により、現実の1秒を一千倍に…つまり、16分40秒として体感することができるの」

 

「たった1秒で16分以上も…!」

 

「この加速を扱う者たちを通称、〝バーストリンカー″と呼ぶわ。もちろん私もその一人」

 

「バースト…リンカー」

 

つまり…この加速を扱う俺も、今日この瞬間からそのバーストリンカーとやらの仲間入りってわけか!

常人とは違う特別な力を得れたことに、なんだかとても嬉しく思う。

 

「まぁそれでも、もちろん体感制限もあるわ。最大で30分まで、つまり現実では1,8秒ってとこね」

 

…てことは、このまま何もせずこの世界で30分過ごしたとしたら…。

 

「や…約2秒後には俺、アイスコーヒーを頭から被るってことになるじゃねぇか!?」

 

「あら、別にいいじゃない。面白くって♪」

 

と、こいつは人の気も知らずにくすくすと無邪気に笑う。

 

「いやいや面白いとかじゃなくて! 何か回避手段は無いのか!? 例えば…ここにある俺の体を動かすとか!」

 

そう言いながら、俺は椅子に座っている俺の体を引っ張り、なんとかその場所から退避させようとする。

しかし、いくら引っ張っても俺の体はビクともしない。

 

「それは無理よ。この世界はあくまでも私達の脳内で見ている空間だっていうことを忘れないで。故に現実の出来事には干渉できないわよ」

 

「じゃあどうすれば…!」

 

「簡単よ。加速状態を任意で解除すればいいの。それなら現実に戻った瞬間に瞬時に避けることができるでしょ?」

 

「あ…た、確かに」

 

普通なら突然の出来事にどうすることもできず、動かずにただ頭からコーヒーを被ってしまうだろうが…じっくり観察してみるとほんの後ろに1、2歩下がれば避けられるようだ。

 

「わかったわね、じゃあ加速を解除するわよ。解除コードは〝バースト・アウト″よ」

 

「わかった…〝バースト・アウト″!!」

 

叫んだ瞬間、全てが元の世界に戻る。

床に倒れ込む店員、落ちてくるアイスコーヒー、そして俺は…。

 

バシャッ

 

「あっ…! も、申し訳ございません! 私めの不手際で…」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

見事に、後ろに下がって避けることができた。

先ほどまで俺が座っていた場所には零れたアイスコーヒーと割れたグラスが転がっていた。

もしこのままここにいたら、制服はコーヒーの染みで汚れ、下手をしたら割れたガラスで怪我をしていたかもしれない。

 

「本当に申し訳ございません…ここは私が片づけますので、お客様はどうぞあちらのお席をお使い下さい…」

 

と、店員は平謝りして俺達に謝罪する。

だが俺はむしろ、この店員に感謝したいくらいだった。なにせこの人のお陰で身を以て加速の凄さを体感できたんだからな。

 

『どう? 言った通りだったでしょ?』

 

『あぁ、サンキューな』

 

と、俺たちは直結したまま語り合い、俺は笑顔で小さく親指を立てた。




というわけで主人公の初加速でした。
今回は主人公への加速に対する説明が主だったので原作を知っている人にとっては少し退屈だったかもしれませんね。
次回からは主人公たちのデュエルアバターも登場する予定です!お楽しみに!


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第3話:「Reddish;未赤」

ブレイン・バーストを無事インストールし初のバースト・リンクを体験する一輝。
今度は対戦について知りたいと、女学生に詰め寄るが…?


別の席に移ると、しばらくして彼女の注文したレアチーズケーキとアイスティー、そして注文され直して来たアイスコーヒーと、先ほどのお詫びの証にと、この店で一番高いというフルーツ盛り合わせのケーキも付けてくれた。女学生はかなり羨ましそうにこちらのケーキを見ている(ちなみに、このアイスコーヒーもケーキも、お代は結構とのことらしい)

 

『へへっ、まさに漁夫の利ってやつだな』

 

『…』

 

『いや、これも加速ってやつのお陰なのかもな。やっぱり力を正しいことに使うとそれ相応の御褒美が…―』

 

『…えいっ』

 

『…あーーー!!』

 

こいつ…自分の分のケーキを食べ終わったかと思いきや、いきなり俺のケーキにフォークを伸ばしてその上に飾ってある大きなメロンの切れ身を持っていって一口で食いやがった!!

俺まだ食べてないのに…あいつにはチーズケーキがあったのに…!

 

『うるさいわねぇ、直結してるんだからアンタの声が頭ん中に響くでしょ』

 

『お、お前…俺のメロン…メロンを……!』

 

『男が細かいことぐじぐじ言ってんじゃないの。そもそもそのケーキ自体もともと無かった物でしょうに』

 

『こ、これは俺が加速の力で手に入れた物だ!』

 

『ふん、そんなもの加速で得る物にしたら小さい小さい。この世界ではねぇ、もっと大きな物を手にすることができるんだから』

 

と、今度はアイスティーを飲みながら答える。

 

『そういやまだ話の途中だったな…今度は〝対戦″とやらのことについて教えてくれ!』

 

『口で直接教えてやってもいいけど…これも直接自分で体験した方が手っとり早いかしらね』

 

そう言って彼女は飲みほしたアイスティーのグラスをテーブルの上に置く。

 

『それに、もうすぐ門限だから早く帰らないといけないしね』

 

あ、そっか。そう言えばセント・アルタイル女学院は全寮制だったな。

門限は17:00っていったところか。

 

『わかった。じゃあ明日またこの場所で会えるか?』

 

明日はちょうど土曜日、学校は休みだから早くから会えるはずだ。

 

『えぇ、いいわよ。その時にならアンタも真のバーストリンカーの仲間入りを果たしているだろうし。その時が来たらアンタに言っておかなきゃいけないこともあるし』

 

なんだ…? 真のバーストリンカーの仲間入りって…? 〝対戦″とやらと何か関係があるのか?

そんなことを考えていると、俺のニューロリンカーから直結用のケーブルが抜かれ、彼女は帰り支度をする。

 

「じゃ、明日の13:00くらいにまたここで会いましょ」

 

「ま、待ってくれ!」

 

帰ろうとする彼女を慌てて呼びとめる。

俺は一つだけ、この場で彼女に聞いておかなきゃいけないことがある。

 

「君の名前は?」

 

そう…俺はまだ彼女の名前を知らない。

それと同様、彼女も俺の名前をまだ知らないはずだ。

 

「セント・アルタイル女学院2年生、〝御剣咲夜″よ」

 

「お、俺は遠藤一輝。明星中学校2年だ」

 

「ふ~ん…って、アンタまだ中学生だったの!?」

 

なにを今更…と思ったが、そう言えばあちらもこちらのことは何一つ知らなかったんだから知らないのも当然か。

 

「そ、そうだけど…」

 

「アンタねぇ…中学生のくせに高校生にそんな生意気な口きいていいわけ?」

 

「あ…」

 

そうか…そういえば向こうが高校生だっていうのは昨日見た時からわかっていたことじゃないか。それなのに今までタメ口だったのは…この御剣さんて人がよほど年齢が近しい人に感じられたからなんだろうな。

 

「すいません…以後気をつけます」

 

「ん、よろしい」

 

なんか今更敬語で会話するのも変な感じだが…まぁいいか。

 

「じゃ、また明日ね遠藤君。あ、そうそう」

 

今度こそ帰ろうとした御剣さんがまだ俺に何か言わなくてはいけないことがあるらしく、歩みを止める。

 

「ここの館内ネットを出たらグローバルネットには接続しない方がいいわよ。でもニューロリンカーはずっと付けたままでいなさい」

 

「それって…どれくらいの間です?」

 

「少なくとも明日私に会うまではね。じゃないと…痛い目を見るから」

 

「…?」

 

最後になにやら意味深な言葉を呟き、御剣咲夜は帰っていった。

そういえば、母親以外の女性とこんなに喋ったの…久しぶりだな。

 

 

 

 

 

―――――第3話:「Reddish;未赤」―――――

 

 

 

 

 

……その夜、俺はまたもあの時の夢を見た。

 

 

 

『…ごめんなさい』

 

 

 

あぁ…もう何度目だろうな…もうやめてくれ…。

もう…わかったから…。

 

 

 

『私、あなたのこと何とも思ってないから』

 

 

 

俺はもう忘れようとしているのに…そうやって何度も出てくるから……忘れられないじゃないか…。

 

 

 

『さよなら』

 

 

 

蘇る…蘇る……あの時の心の痛さ…。

 

二つに砕け、バラバラに飛び散ってしまいそうなほどに痛む俺の心…。

 

ああ…でもきっとあの頃じゃもう遅いってわかってたんだろうなぁ…なのに……なのに何故あの時、もっと早くに君に告白しなかったのかなぁ…。

 

 

 

『バイバイ…一輝君』

 

 

 

頼む…待ってくれ…!

 

クソッ…クソッ…!

 

こんな思いを…こんな思いをするくらいだったら…俺の砕けた心を…強くしたい…もう2度と壊れないように…強固な殻で包んで…。

 

もう…あんな苦しくて、悔しくて、痛い思いをしたくないから…!

 

だから…だから……!

 

 

 

 

 

―…ソレガ

 

 

 

 

 

【ソレガ、君ノ願イカ?】

 

 

 

 

 

………

……

 

「…!?」ハッ

 

また…あの夢か…。

しかし…いつもの夢とは何か違う。いやにリアルだったというか…いつもより長かったというか……まるで今の俺の意識がハッキリしていたまま、あの時にダイブしたかのような感覚だった。

 

「…11時か」

 

少し寝過ぎてしまったかなと思ったが、今日は土曜日だからいくらか寝ていても問題はない。家が静かなことを考えると、母親はパートに行っているようだ。

もそもそとベットから起き上がり、下の階に降りる。

 

「…なんじゃこりゃ?」

 

下の階に降りるとやはり母は留守にしており、テーブルの上にはメモが置いてあった。

 

『カレーにした翌朝もまたカレーばっかりじゃ飽きるでしょー? だから今日はちょっとアレンジしてみましたー♪ お昼にあっためて食べてね♪ by母』

 

…いや、アレンジもなにもこれ、どう見てもただのカレーうどんなんですが…。

確かに2食続けてのカレーには飽きてるとは言ったが…起きて早々にこんなボリュームのある物は…。

…とはいえ、食べずに残すわけにもいかないし、ここは大人しく、カレーうどんを食すことにした。

 

………

……

 

「…まさかまた遅れてるなんてことはないよな」

 

昨日、御剣咲夜に言われた通り、俺のニューロリンカーは首に装着したままだが、ネットへの接続は切ってある。

そして今、俺は昨日御剣さんと会ったあの喫茶店の前まで来ているのだが…果たして来ているんだろうな…? まさか昨日みたいに遅れてるんじゃないだろうな…? ニューロリンカーを切ってるからメールを送ることもできないし…。

まぁ店の前でそんなことを考えていても仕方ないし、入ってから考えるか。もし遅れて来ても、昨日みたいにお互い顔を知らないってわけじゃないんだからな。

 

チリンチリンッ

「いらっしゃいま…あ!」

 

「ど、どうも」

 

ドアを開けると、迎えてくれたのは昨日の店員だった。

 

「昨日は本当に申し訳ありませんでした…」

 

と、俺はまだ何も言ってないのにその店員はまたぺこぺこし始めた。

 

「い、いえいえ! 本当にもう気にしていませんから! それより、昨日の俺と一緒にいたあの娘、ここに来てますか?」

 

「お客様の彼女様ですか?」

 

いや、彼女ではないんだけど…。

 

「それでしたらあちらのお席に…―」

 

「おっそい!!」

 

店員が案内しようとした時、突然ずかずかと店の奥から御剣咲夜が俺の元にやって来た。

 

「アンタねぇ、この私をどれだけ待たせれば気が済むの!?」

 

「え、だってまだ時間には…―」

 

「女の子との待ち合わせに男は早く来るのは当たり前でしょ!? んとにグズなんだから…」

 

な、なんだこの言われようは…。

昨日は遅く来たと思ったら今日は早く来たり…全く女ってのはめんどくさい生き物だ…。

 

「ほら、さっさと来なさいよ」

 

「お、おう…」

 

しかしまぁ…触らぬ神に祟りなしとも言うし、ここは大人しくこいつに従うとするか。

俺は御剣咲夜の後に続き、昨日座った席に向かった。

 

「やれやれ、お客様も大変ですね♪」

 

………

……

 

『で、言われた通りニューロリンカーでネットには接続してないでしょうね?』

 

席につくと、昨日同様直結して周囲に聞かれぬように会話をする。

御剣さんは食べてる途中だったと思われるエビドリアを食べながら、俺に問いかける。

どうやら俺が来るまでのあいだ、ここで昼食をとってたみたいだ。

 

『えぇ、そう言われてましたから』

 

『ふ~ん、じゃあまだ体験してないのね』

 

体験…? もしかして、一昨日の夜から俺が最も気になっていた〝対戦″とやらのことだろうか? もしそうだとするなら、今日こそはその〝対戦″とやらの正体を聞き出さないと…!

 

『もしかしてそれって対戦のことですか!? 御剣さん、俺にもそれ教えて下さい!』

 

『…咲夜でいいわ』

 

『え…?』

 

注文したレモンティーを飲みながら、御剣咲夜は答えた。

 

『だから、私の呼び方は〝咲夜″でいいって言ってるの。名字で呼ばれるのあまり好きじゃないの。学校の後輩たちにも名前で呼ばせてるし』

 

『あ…はい、咲夜…さん。じゃあ俺も〝一輝君″で』

 

『だれがあんたなんかに〝君″付けするっていうのよ! キモいわねぇ! あんたなんか呼び捨てで十分よ!』

 

えぇ!? でも昨日別れるときは「遠藤君」って言ってたのに…。

 

『…って、それよりも早く対戦について…!』

 

『あーもうわかったわかった! はいはい、食べ終わったから教えてあげるわよ!』

 

食べ終わったエビグラタンの器にスプーンを放りだし、咲夜さんはようやく俺に対戦のことを教えてくれるそうだ。

 

『ただしここでじゃないわよ。この中野ブロードウェイの外に出て、グローバルネットに接続したらね』

 

『は、はい!』

 

『じゃ、行きましょ』

 

………

……

 

俺と咲夜さんは会計を済ませると、中野ブロードウェイの外に出る。

休日ということもあり、館内も外も結構な人で賑わっていた。

 

「これだけ人がいれば、どっか近くにいるかもね」

 

「それって…バーストリンカーのことですか?」

 

俺は渋谷のハチ公前や、スカイツリー内で対戦を募集しているというレスのことを思い出した。対戦相手がいない場合はああやって募集するのだろうけど、これだけ人がいればもちろんその必要もないってことか…?

 

「ま、これも聞くより実際にやってみた方が早いわね」

 

俺と咲夜さんはブロードウェイ周辺をブラブラしながら辺りを見回す。

 

「ここらでいいかしらね」

 

着いたのはコンビニの目の前。中央の中野通りから少し離れてビルの陰になっているため、あまり人はいない。

 

「じゃあ、まずはアンタのニューロリンカーを起動してグローバルネットに接続しなさい。おそらくそのまま一度ブレイン・バーストが発動すると思うけど、私も後から行くからちゃんと待ってなさい」

 

「は、はぁ…」

 

ブレイン・バーストが起動する…? 起動コマンドを言わないのに?

不審に思いつつも俺はニューロリンカーを起動し、グローバルネットへの接続コマンドを開く。

 

 

 

【グローバルネットに接続しますか?】

≪YES/NO≫

 

 

 

「あ、そうそう」

 

〝YES″のコマンドを押そうとした時、咲夜さんが呼びとめる。

 

「たとえ自分がどんな姿になっていようとも、それはあなたの運命だと思って受け入れなさい」

 

…どういう意味だ? と、問いただそうとしたが、押そうとした途中でそんなことを急に言われたために、俺は〝YES″のコマンドを押してしまった。

そして、次の瞬間。

 

 

 

ピキィッ

 

 

 

「なっ…!?」

 

なんだ…何が起こった!?

加速…? いや、それにしちゃ世界が青く染まってないし、時間だって止まっているような感覚はない。

それに…こ、これは…!

 

「なんだよ…これ……」

 

辺りを見回してみると、そこは先ほどまで賑わっていた中野の町並みの面影はなく、ビルは寂れて鉄骨がむき出し、色あせて白茶けた建物がいくつもいくつも並んだ、なんとも殺風景な外観になっていた。

 

「一体、なにがどうなって…って、なんじゃこりゃあ!?」

 

ふと目の前のコンビニを見てみると、そこにはかろうじてショーウィンドウのガラスが残っており、そこに今の俺の姿が映し出された。

まず顔だが、口にあたる部分はまるで変身ヒーローのような四角いマスク状になっており、眼は緑色で鋭い目つき、頭からはV字状の刺々しい角のようなものが側頭部と後頭部にそれぞれ2本、合計4本ほど生えている。

次に体の方を見てみると、全体的にはスラリとしたフォルムとなっているが、手首から拳にかけての部分が異様に硬く、そして他の四肢に比べると少し太くなっている。

…で、俺が一番気になったのはこの姿の色だ。

 

「なんかこの色…錆びた鉄みたいな色でめちゃめちゃかっこわりぃ…」

 

そう、パッと見るとこの体色は全体的に茶色い体色で地味な感じに見える。目を近づけてよーく見るとわずかに赤みがかった茶色であるということがわかるが。

 

「風化ステージか。確か属性は壊れやすい、ホコリっぽい、時折突風が吹く、だったかしらね。ま、初心者にはちょうどいいわね」

 

背後から声が聞こえ、俺は後ろを振り向く。

そこには…地味な茶色の体色な自分とは裏腹に、鮮やかな藍色の甲冑をまとった女騎士が立っていた。甲冑に覆われていない頭部は、口も鼻も見当たらないが薄い水色の二つの瞳が輝き、後頭部からは板状の濃い群上色の髪が何本も何本も生え、それらが合いまってとても鮮やかな色合いを演出していた。

 

「へー、それがアンタのデュエルアバターかぁ」

 

「その声…咲夜さん!?」

 

「そうよ。ま、この加速世界では〝ブルーティッシュ・カリバーン″って名乗ってるけどね」

 

「ブルーティッシュ…カリバーン…?」

 

「アンタの名前は、どれどれ…」

 

そう言って咲夜さん…もとい、ブルーティッシュ・カリバーンは俺の頭の上を見ながらつぶやく。

 

「ふーん、〝レディッシュ・ハート″っていうのね。色的に見ると、完全な遠距離型っていうよりも中~近距離攻撃を得意とする属性っぽいわね」

 

「レディッシュ・ハート…」

 

それが…今この姿の俺の名前…。




というわけで主人公のデュエルアバター初公開となりました。
レディュシュ・ハートのイメージとしては超速変形ジャイロゼッターのライバードをイメージしていただければ幸いです。
ちなみに“レディュシュ”という言葉の意味は“赤みがかった”という意味です。

次回は主人公らの初対戦となります!お楽しみに!


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第4話:「Introduction;序章」

御剣咲夜ことブルーティッシュ・カリバーンに連れられ、加速世界でレディッシュ・ハートとなった遠藤一輝。
この世界で彼を待っていたのは、戦いに次ぐ戦いの数々だった…。


「それで、なんで俺こんな姿になってるんですか!? それにこの世界は一体…」

 

レディッシュ・ハートとなった俺は、ブルーティッシュ・カリバーンとなった咲夜さんに事の説明を求めた。

 

「これが私達の加速世界での姿、デュエルアバターよ」

 

「デュエル…アバター…?」

 

そういえばあのスレでも見たな…。

 

「このデュエル・アバターは他のゲームのように自分が操作するアバターではなく、自分そのものがアバターとなって、戦うのよ」

 

「な、何と…?」

 

「同じ、バーストリンカーとよ」

 

 

 

 

 

―――――第4話:「序章;Introduction」―――――

 

 

 

 

 

「いい? 加速っていうのは無限に行えるものじゃないの。一人のバーストリンカーが行える加速には必ず回数限度があるの」

 

俺と咲夜さん…ことブルーティッシュ・カリバーンは、この荒廃した世界をブラブラと歩きながら、俺にこの世界でのシステムを説明する。

 

「限度…?」

 

「そう、バーストリンカーにはそれぞれ〝バースト・ポイント″というのが一定量割り振られて、これがゼロになると…」

 

「加速できない?」

 

「それだけじゃないわ…このブレイン・バーストを永久にアンインストールされるの」

 

「…!」

 

永久にアンインストール…その言葉を聞いて、俺は急に不安に駆られた。

この兆常の力を無くすだって…? それも永遠に?

 

「そんな…! じゃあ加速しまくってたらいずれは…!」

 

「だから戦っているのよ、私達は。この加速世界でね」

 

咲夜さんの口ぶり…ということは、この世界で俺達バーストリンカーがデュエルアバターとして戦う理由って…まさか!

 

「察しのいいアンタならもう気付いてるでしょ? そうよ、バースト・ポイントはこの世界で戦って勝ち取るのよ。他のバーストリンカーからね」

 

「…そういうことだったのか」

 

咲夜さんのこの説明で、俺はあのスレに書かれていた内容について大方理解した。

なるほど、バーストリンカーは皆、加速の力を失わないよう必死で戦ってるってわけか。

 

「まぁよほどのことが無い限り、バーストポイント全損なんてことには滅多にないから安心しなさい」

 

「は、はい。…それで、ちょっと気になったんですけど」

 

「なにかしら?」

 

「このデュエルアバター…姿形は変えられないんですか? せめて色だけでも…」

 

俺のアバターは…まぁ形状はいいんだが、この赤錆びのような色がどうしてもミスマッチで、なんとかして変えたいと思っていた。

 

「それは無理ね。言ったでしょ? 『たとえ自分がどんな姿になっていようとも、それはあなたの運命だと思って受け入れなさい』って。デュエルアバターの姿は、そのバーストリンカーの過去のトラウマや劣等感といったものよって形作られたものなのよ」

 

トラウマや劣等感…。

そうか…俺のトラウマ……それは小学生のあの時、あの娘に振られたときの…。

 

「で、でも咲夜さんのアバターってすごい綺麗ですよね? それもトラウマで作られたものなら、結構差が…―」

 

 

 

「…本当に、そう思う?」

 

 

 

「…え?」

 

そう言って咲夜さん…ブルーティッシュ・カリバーンは拳を握り、わなわなと震え始めた。

いかん…何か地雷を踏んでしまったか…。

 

「…デュエルアバターはバーストリンカーの負の過去を映し出すものなの…それを綺麗だとかかっこいいだとか…今度言ったら」

 

咲夜さんは俺の顔に拳を突きつける。

拳は俺の顔の寸前で止まり、その風圧が顔に感じられた。

 

「潰すわよ」

 

「…ご、ごめんなさい」

 

ドスの効いた声と睨み視線、そして眼の前の拳に俺は思わずビビる。俺は素直に謝ると、咲夜さんは固く握った拳を開き、ゆっくりと下ろした。

…そうだよな、誰だって自分のトラウマや劣等感をいい意味でとらえてなんてほしくないし、軽はずみなことを言った俺が浅はかだった…。

 

「…次にこの世界について説明するわね。ここは通称〝風化ステージ″、バーストリンカーが戦うステージはいくつかあって、それらはランダムで出現してくる仕様よ。戦うステージによっていろいろ特性があるから、それらをうまく利用して戦うことね」

 

「はい」

 

気を取り直してこの世界の説明を再開してくれた咲夜さんに、俺はちょっと安心した。

 

「他に質問は?」

 

「あ、そういえばあのスレを見てたときにレベルがどうのこうのっていうのを見たんですけど…」

 

「あぁ、そうだったわね。一番大事なこと忘れてたわ」

 

そう言って咲夜さんはタッチ画面を開き、リストのようなものを開く。そこには俺達のアバター名が書かれており、その横の数字の部分を指さす。

 

「アバター名の横に数字が書いてあるでしょ? アンタはさっき始めたばっかりだから当然レベル1」

 

確かに、俺の名前の横には「Lv1」と書かれていた。

一方、咲夜さんのレベルはというと…。

 

「え…? レベル6!?」

 

「そうよ、すごいでしょ♪」

 

「…一応聞きたいんですが、このレベルまで到達するのにどれくらいかかったんですか?」

 

俺はふとあのレベルに関する内容が書かれたレスのことを思い出した。

あのレスの主は、自分がレベル5に到達するのに2年かかったと書いてあったが…。

 

「それは知らない方がいいわよ、私がこの世界でどれくらいの間過ごしてきたのか…それを知ったらアンタ、絶対ひっくり返るから」

 

「マジっすか…」

 

「質問は以上? なら今度は自分の力を試す番よ」

 

「え? なんのこと…―」

 

 

 

「お、やっと来たか」

 

 

 

俺と咲夜さんの他に別の者の声がした。

声のした方を見ると、そこには2人のデュエルアバターが待っていた。

一人は青い体色に、稲妻のような紋様が描かれたボディ。そして頭からは一本の角が生え、俺たちに手を振っている。どうやら俺達に声をかけてきたのはこの人のようだ。

もう一人はひょろひょろとか細い体系に薄い赤、おどおどしてて気の弱そうな人だった。

二人ともデュエルアバター…つまり、バーストリンカーのようだ。

 

「待ちくたびれたよ~、5分も待たせるなんて」

 

「ごめんごめん、ちょっと新米(ニュービー )にここの説明してたから」

 

咲夜さんはにこやかに青いバーストリンカーと話す。

 

「あの…咲夜さん、この人達は…あだっ!」

 

咲夜さんはいきなり俺の頭をグーで殴る。

 

「本名で呼ぶなバカ! ここではリアルでの情報が漏れるのは厳禁なんだから! ちゃんとアバターネームで呼びなさい!」

 

「は、はい…カリバーンさん」

 

「ははは、まぁ初めてだからいろいろ間違えることもあるさ。俺の名は〝ライトニング・ユニコール″、よろしくな」

 

「あ、どうも。〝レディッシュ・ハート″っていいます」

 

そう言ってそのデュエルアバター、〝ライトニング・ユニコール″は俺に握手を求める。

差し出された握手に応え、俺も手を握る。

 

「しかし、長い事ソロで活動していた〝暴麗の騎士(タイラント・エクティス )″も、ようやくお子さんを見つけたってわけか」

 

「〝暴麗の騎士(タイラント・エクティス )″…?」

 

「私の二つ名よ。この加速世界である程度有名になると、そういう風に二つ名で呼ばれるようになるのよ」

 

二つ名かぁ…なんだかそういう名がつくと、いかにもベテランって感じがするな。

俺にも二つ名が付く日が…果たして来るんだろうか?

 

「ユニコールはバーストリンカーの中でも数少ない常識人なの。ま、悪く言えばただのお人よしなんだけどね」

 

「おいおいひでぇなw」

 

確かに、このライトニング・ユニコールという人、さっきも俺に握手を求めたりとなかなか気さくな人のようだ。

加速世界初心者の俺からすれば、こういう人の存在はとてもありがたい。

 

「で、そっちの赤いのは?」

 

咲夜さんはさっきからずっとユニコールさんの後ろに隠れている細長で薄赤のデュエルアバターを指さす。

 

「ほれ、ごあいさつごあいさつ」

 

「あ…はい」

 

ユニコールさんはそデュエルアバターの背中を押し、俺達の前に立たせる。

 

「えっと…〝シナバー・アラクニ″っていいます…よろしくお願いします」

 

うつむき加減に小さく呟き、それだけ言うとそのデュエルアバター、シナバー・アラクニはまたすぐにユニコールさんの陰に隠れた。

 

「こんな彼だけど、これでもこの前の対戦でレベル2に上がったんだ。そこそこの腕前だよ」

 

ユニコールさんの言う通り、さっき咲夜さんがやってたようにリスト画面を開き、アラクニのレベルを見てみると「2」と書かれている。そしてその上のユニコールさんのレベルは5…ちょうどレベル1の俺と、レベル6の咲夜さんを足した数になる。

 

「じゃあ、そろそろ始めましょうか。もう7分も経っちゃったし」

 

「え? 始めるってなにを?」

 

「アンタねぇ…誰の為にここまでやってあげてると思ってるのよ! 対戦に決まってるでしょ対戦! あの掲示板使って、この二人をわざわざ呼び寄せたんだからね!」

 

「あ…え!? そうだったんですか!?」

 

「そうよ、感謝しなさいよね」

 

「まぁ俺達も、いつもは渋谷区あたりを活動拠点にしてるんだけど、〝暴麗の騎士″のお誘いとあっちゃね~」

 

「渋谷区っていうと…もしかして一昨日ハチ公前で戦ってたりします?」

 

俺は一昨日の掲示板の書き込みのことを思い出した。

たしかあの掲示板で戦っていた人もレベル5だと言っていたし…もしかしてと思った。

 

「見てたのかい? そうだよ。ちなみに、その時に対戦相手はこのアラクニ君さ」

 

「…負けちゃったけどね

 

「ハイハイ、そこまでにしなさい。本当に時間がもったいないんだから」

 

そういえばこの世界では30分までしかいられないんだった。

30分経っても互いにダメージゼロだと、当然引き分け(ドロー )になってしまい、バーストポイントは手に入らない。

 

「そいじゃ、始めるとしますか」

 

俺と咲夜さん、そして相手側のユニコールとアリアドスは俺達と一定の距離をとる、

 

「いい? 対戦方式は2vs2のタッグ形式よ。私の相手はあのライトニング・ユニコール、アンタの相手はシナバー・アラクニよ」

 

「でも俺…どんな風に戦ったらいいのかよくわからなくて…」

 

「大丈夫よ、ステータス画面で自分の技が確認できるからそれを頼りに戦いなさい」

 

「えぇ!? そんな大雑把な!?」

 

これから戦いだっていうのに、しかもまだ戦ったことすらないこの俺に対するこのあまりにもあっさりな戦闘方式の説明…この人、俺が勝っても負けてもどっちでもいいっていうのか!?

 

「やれやれ…これじゃキリがないな。なら!」

 

長らく咲夜さんと話をしていたため、相手側のユニコールさんがついに痺れを切らし、手に長いランスを出現させ、それを俺達に向けて構える。

 

「こちらからいかせてもらうぞ!」

 

そしてそのままランスの切先を咲夜さんに構えると、咲夜さん目掛けて突進する。

 

「チッ! せっかちな男はモテないわよ!」

 

「か、カリバーンさん!?」

 

「いいから、アンタもさっさと戦いなさい! 戦いはもう始まってるのよ!」

 

急に戦えなんて言われても…俺の目の前に立つこいつ…シナバー・アラクニは、どう見たって気が弱そうで、その細い体からは明らかに俺よりも攻撃力のある攻撃を繰り出すとは思えない。これじゃ一方的な勝負になるんじゃ…。

 

 

 

「…来い、強化外装」

 

 

 

どうしようか…と考えていたとき、突然シナバー・アラクニが小さく何かを呟いた。

「何て言ったんだ?」と聞き返そうとしたが、その必要はなくなった。なぜなら、シナバー・アラクニ自身がその答えと思わしき姿に変わったからだ。

 

「なっ…!」

 

シナバー・アラクニの下半身が突然巨大な何かに覆われる。それは巨大な朱い楕円形の物体であり、アラクニの下半身に装着されるとその底部から6本のロボットアームを展開し、地面に降り立つ。

俺よりもはるかに全長がデカくなったシナバー・アリアドスの姿は…まるで神話の中に出てくる怪物、アラクネーに酷似していた。

 

「なんじゃ…こりゃ…」

 

突然の事に硬直してしまい、俺の動きが止まる。

 

「クククッ…そうさ…これが俺様の強化外装! 他のデュエルアバターよりも高い所から攻撃し、殲滅する! シナバー・アラクニ様の真の姿だァ!!」

 

その〝強化外装″とやらと合体したとたん、いきなり口調や態度が豹変するアラクネに、俺は驚きと若干の恐怖を覚える。

 

「強化外装!? …って、なんなんですか!?」

 

俺は遠くの方でユニコールの相手をしている咲夜さんに問いかける。

 

「デュエルアバターの中には、稀に自分専用の武器を持った者がいるのよ。その武器のことを通称〝強化外装″と呼ぶのよ。ちなみに私も…来い、〝グランド・ディスキャリバー″!!」

 

咲夜さんがそう叫ぶと、その手には一本の大ぶりな剣が握られる。

刃渡りは自分の身長よりも長い、片刃の巨大な剣だ。柄の部分にはもう一本、小振りの短刀が付属している。

 

「ちなみに俺の、この〝ライトニング・ランス″も強化外装だぜ」

 

と、ユニコールさんが自分のランスを指さして言う。

 

「て言う事は…この中で強化外装持ってないの俺だけぇ!?」

 

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ! オラいくぜ!? ≪ジェノサイド・フルガトリング≫!!」

 

よそ見をしていた俺に対し、シナバー・アラクニは(これも強化外装の一部だろう)右手と左手に2門づつ、両手合わせて4門のガトリングガンを装備する。その砲身全てを俺の方に向けると、砲身を回転させ、その銃身から雨あられと銃弾が俺に向かって発射される。

 

「うわっ…うわわわわわわ!!」

 

慌ててアラクニの傍から離れ、全速力で走って距離をとる。

後ろからは撃ち出された弾丸の風圧と爆音が響き、俺の体を銃弾が掠める。

と、そのうちの数発が俺の脇腹あたりに命中する。

 

「がはっ…!」

 

その途端、俺の体力を示すパラメーターが少し減少する。

…なんてこった、痛覚まであるなんて…。

これ以上銃撃を受けたらヤバい。俺はよろけながら崩壊した建物の陰に隠れ、奴の攻撃をやり過ごすことにした。

 

「隠れても無駄だぜェ!! ≪ミサイル・ストーム≫!!」

 

俺の姿が視界から消えると、今度は下半身の蜘蛛の腹のような部分が、まるで潜水艦の魚雷発射管のようにハッチが開き、そこからミサイルが何発も発射される。

発射されたミサイルは上空で割れ、その中からまた新たに小型のミサイルが俺のいる場所に降り注ぐ。

 

「くっ…ヤバい!!」

 

慌ててその場所から転げるように逃げる。

その瞬間、地面に着弾したミサイルの爆発と衝撃により、俺の体が宙を舞う。

 

「うわあああああああ!!」

 

爆風に吹き飛ばされ、地面に転がり落ちる。

すると、また体力ゲージが少し減少する。

 

………

……

 

「お連れの彼、大丈夫かい? 随分苦戦してるようだけど」

 

「心配はいらないわ。あなたは私の相手だけをしてればいいの」

 

やっぱり思った通り…あのシナバー・アラクニというアバターは、完全な遠距離攻撃を得意としている。なら、その相手をアイツに任せて、私は同じ近接戦闘タイプのライトニング・ユニコールとの戦闘に興じる…。

悪く思わないでよレディッシュ・ハート、簡単にやられないよう、せいぜい逃げ回ってなさい。

 

「なら遠慮なく…行かせてもらう!」

 

「…!」

 

瞬間、ユニコールのランスが私の体を貫かんとばかりに迫る。しかし、私はその一撃に刀身をぶつけて狙いを逸らす。

 

「なっ…!」

 

「もらった!」

 

槍は一度攻撃を逸らされると防御に回るのが遅くなる。その一瞬の隙をついて、私は剣を逆刃で持ち、真横に迫るユニコールに斬りかかる。

 

「まだまだ!」

 

しかし、その一撃はランスの柄の部分によって弾かれる。大剣を逆刃で持っていたため、バランスは悪い。ちょっとした一撃で私は剣を取り落としてしまった。

 

「しまった!」

 

「おやおや、〝麗暴の騎士″にしてはらしくないミスだ…ねっ!」

 

ユニコールはその隙を見逃すことなく、すぐさま体制を整えるとランスを持ちかえ、武器を失くした私にその矛先を向け、突きを繰り出す。

 

「なんてね」

 

「…!」

 

剣を取り落としたのはワザと。相手の隙を作るためのね。

私は足を使い、地面に転がるグランド・ディスキャリバーの刀身を踏む。グランド・ディスキャリバーは石の上にかぶさるように転がっているから、あとはシーソーの要領で刀身の部分を踏めば、いくら重い大剣であってもその柄は自動的に私の目の前にまで持ってこれる!

起き上がった柄をそのまま握り、刀身を翻してランスの突きをかわしながら一気に相手の懐に飛び込む!

 

「はぁあああっ!!」

 

そのまま一気に下段から上段にかけて剣を振るう。

手ごたえあり…私の一撃は確実にユニコールのボディを切りつけた。

 

「ぐぅっ…あっ…!」

 

斬られた部分を手で押さえ、そのまま後ろに後退するユニコール。体力ゲージを見ると、大きく削れている。

 

「なんてこったい…まさかあんな方法で反撃してくるなんて…」

 

「それが私の二つ名の由来じゃなくって?」

 

一見、私の戦い方は利に当てはまった、いかにも騎士のような美しい戦い方のようにも見える。しかし、実際は相手の隙をついてあらゆる手段を用いてダメージを与える様は、荒々しくも効率を重視した、暴力的にも見える攻撃手段…その戦闘スタイルからついた二つ名が〝暴麗の騎士(タイラント・エクティス )″…。

 

「確かに…ならこれからは本気で行くよ!」

 

「望むところ!」

 

……

………

 

「くっ…あいつ…強化外装を装着したとたんにキャラが変わりやがって…」

 

ただ一方的にやられてるわけにはいかない…なにか武器はないのか!?

と、俺はさっき咲夜さんに言われた通り、スターテス画面を開き、自分の攻撃技を見てみる。

 

「え~っと…え~っと…お! ビームとかあるじゃん! よし、これで!」

 

すっくと起き上がり、シナバー・アラクニの方を向く。

 

「あん?」

 

アラクニもそれに気付いたらしく、俺の方に自分の巨体を向かせる。

 

「いくぞ! 今度はこっちの番だ!」

 

ステータス画面を見る限り、どうやらビームは額のクリスタルから発射されるようだ。

俺は両手を頭の前でクロスさせ、エネルギーを溜める。

 

「くらえ! ≪レディッシュ・ビィィィィム≫!!」

 

そして溜めたエネルギーを一気に放出し、アラクニに向けて赤みがかった色のビームを発射する。

…だが。

 

「はんっ! 効かねぇな!」

 

ビームはアラクニの本体に届く前に、見えない壁のようなものによって弾かれてしまった。

 

「なっ…!」

 

一体…何が…?

 

「残念だったなァ! 俺様この前レベル2に上がった時に、レベルアップボーナスで『電磁バリア』の能力を取得したんだよォ!」

 

「レベルアップ…ボーナス…?」

 

つまりレベルが上がるたびに何か特殊な能力が付与できるってことなのか!?

つかバリアとか…そんなのアリかよ!

 

「そんなしょんべんみたいなビームじゃあ、俺様のバリアは破れねぇなァ!!」

 

「くっ…」

 

どうする…バリアを張られてるんじゃ、ビームはいくら撃ったってダメージを与えられない…。

 

「ボーっとしてんじゃねぇぞ! オラオラァ!!」

 

またもアラクニは両手のガトリングで俺を銃撃する。

先ほどの爆風で吹き飛ばされた時のダメージがまだ残っているらしく、思うように体が動かない。

 

「ぐあああああっ!!」

 

今度はマトモに、攻撃を喰らってしまった。

それと同時に大幅に減少する俺の体力ゲージ。

他には…なんでもいい、他に技はないのか!?

俺は地面に転がった状態のまま、ステータス画面を開き、先ほどのビームの技からさらに下にスクロールする。

…あった! え~っと、なになに…?

 

「ヒャーハハハハハ!! ミサイルミサイルゥ!!」

 

すると、更に追い打ちをかけるように発射されるミサイル。俺は慌ててその技を確認する。

 

「…よし、これなら!」

 

その技を試すと同時に、着弾するミサイル。

辺りに爆風と爆音が轟き、粉塵が巻き上がる。

 

「あん? 木端微塵に吹き飛んじまったか?」

 

ミサイルの着弾地点に俺がいないことにアラクニは気が付いた。

しかしもちろん、そんなわけはない!

 

「俺は…ここだぁ!!」

 

「なっ…!」

 

俺に備わったもう一つの技…それは、掌からワイヤーを射出し、対象物に絡ませるというものだった。

攻撃用の技ではないが、これのお陰で咄嗟に近くの電柱に射出し、その高さまでの登ってミサイルの雨から逃れることができた。

そして今度は、その電柱の上から飛び降り、アラクニ目掛けてキックをかます。

俺が飛び降りる瞬間に気が付いたようだったが、もう遅い。俺の渾身の蹴りはアラクニの体にクリーンヒットした。

 

「ぐっ…はぁ…!」

 

蹴られた衝撃でアラクニが悶絶する。

キックは下半身の頑丈な蜘蛛の部分ではなく、元々細くて脆い上半身の本体に命中したんだ。たった一撃だったが、元々防御の薄いボディのため、その一撃でアラクニの体力ゲージは一気に三分の一も削れた。

 

「ど…どうだ!?」

 

蹴りをかました後、地面に降り立つ俺。

アラクニはしばらく蹴られた部分を抑え、痛みに悶えていたが、やがて復活する。

 

「や…やるじゃねぇか…だがな、その一撃で俺様を仕留められなかったのはテメェのミスだ!」

 

「…どうゆう意味だ?」

 

「そのまんまの意味だよ。テメェの今の攻撃で俺様の必殺技ゲージは満タンになったからな!」

 

アリアドスのパラメーターをよく見てみると、体力ゲージの下に黄色のパラメーターが新たに表示されている。最初に見たときには溜まっていなかったが…今は限界まで溜まって『FULL』の文字が記されている。

 

「こいつでテメェを葬ってやるぜェ!!」

 

すると、アラクニの蜘蛛の下半身の正面ハッチが開き、何か突起物のようなものが出現する。その突起物から火花が散ると光が収束していき、狙いをピッタリと俺の方に向けられている。

 

「ビーム砲か…!」

 

それも大出力の…。なんとかこの場から逃げなければ、あのビームによって文字通り蒸発してしまう!

だが、先ほどのキックで俺の足にも深刻なダメージを負っている…逃げ切れるかどうか…。

考えていてもしかたがない…今は逃げる事が先決だ。

俺は若干足を足を引きずりながらアラクニの傍から離れる。

 

「チャージ完了…いくぜェ!! ≪完全破壊滅殺光(ジェノサイド・デトネイター )≫!!」

 

その瞬間、アラクニの下部から大出力のビームが広範囲に渡って発射された。

 

「うわあああああ!!」

 

背後からビームが迫る…このままではビームで呑みこまれる…!

その瞬間、俺は…全てを覚悟した…。




前半は主人公にこの世界のことを説明しなくてはいけなかったので、どうにもバトル描写が短くなってしまいましたw
今回は前編といったところで、後編で決着をつけたいと思います。
さぁ…どうなる主人公!どうやってこのピンチを切り抜ける⁉


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第5話:「Conclusion;決着」

シナバー・アラクニの大火力の攻撃を受け、窮地に立たされるレディッシュ・ハート。
アラクニに一矢報いるも、それはアラクニの必殺技ゲージを溜めたにすぎなかった。
そして必殺技が放たれ、ハートにビームが迫る…果たして逃れる術はあるのか!?


轟音を立てながら俺に迫る閃光…大出力のビームが迫るたびに、その熱波を俺の赤みがかった肌で感じ取れる。

ああ…これは負けたな…。まぁしょうがないか…初戦だし、相手はレベル2だし…ここで負けても、何も死ぬわけじゃないし…。

と…半ば覚悟を決めた。

 

その時だった。

 

 

 

「ったく…しょうがないわねぇ」

 

 

 

俺の前に、一人の人影が降り立つ。〝暴麗の騎士″…咲夜さんことブルーティッシュ・カリバーンだった。

 

 

 

 

 

―――――第5話:「Conclusion;決着」―――――

 

 

 

 

 

「咲夜さん!?」

 

「見ちゃいられないから、私がちょっとだけ手伝ってあげる。よいしょっと!」

 

そう言うと、咲夜さんは手に持つ大剣…確か〝グランド・ディスキャリバー″を地面に突き刺す。

それと同時に照射されるビームは、大剣の刀身によって阻まれ、背後にいる俺へのダメージはない。

しかしそれを支えている咲夜さんには、少なからずそのボディにビームの余波が当たり、体力ゲージが減少する。

 

「なにっ!?」

 

自分の必殺技を突然防がれ、困惑するアラクニ。

これ以上ビームで攻撃しても無駄だと判断したのか、必殺技ゲージが空になる前にビームの照射を中止した。

 

「くっ…子供の喧嘩に親が出るのかよ!?」

 

アラクニが咲夜さんに文句を垂れる。

 

「何言ってるの、これはタッグマッチよ。互いに頼り、互いに庇い合い、互いに助け合う…本来そういうもんでしょ?」

 

確かに…咲夜さんの言う通り、タッグマッチっていうのは本来そういうものなのかもしれない。

でも…だとしても…俺は…!

 

「咲夜さん…」

 

「ん?」

 

「咲夜さんの気遣いはありがたいけど…けど、ゴメン…これは俺の戦いだから」

 

「え…?」

 

「邪魔は…しないでくれ」

 

よろよろと立ちあがり、咲夜さんの前に立つ。

 

「な、何よ! アンタ今の攻撃喰らってたら負けてたのよ!? 少しくらい感謝しても…―!」

 

「…だとしても、たとえそこで負けていたとしても、これは俺の戦いだから…咲夜さんの手を借りて勝っても…それは俺の本当の力じゃない」

 

先ほどの足の衝撃も大分和らいでるようだ。

これなら、走り回ることも、もう一撃蹴りを喰らわせることができる!

 

(な…なによ…確かにタッグ戦ていうのは、相方の片方がやられたらもう片方は集中攻撃を受けて不利になるから…私の為に助けたようなものだけど…だけどあいつ…)

 

「オイオイ、俺を放っておいてそれはないんじゃないか? 〝暴麗の騎士″」

 

ブルーティッシュ・カリバーンが声のした方を見ると、復活したライトニング・ユニコールが立っていた。

 

「…フン、私の勝手でしょ? アイツを助けたのは私の為によ」

 

「まぁそう言わないで。男っていうのは、目の前の戦いには誰の力も頼らないで自分だけの力だけで挑もうとするものさ。それを邪魔する権利は誰にもない。たとえ、親であってもね」

 

「…」

 

「さ、残り時間ももう少ない。このままタイムアップされたら俺の負けだからね。ここは少し本気で行かせてもらうよ」

 

「…受けて立つわ」

 

ランスを構えるライトニング・ユニコールに対し、ブルーティッシュ・カリバーンもまた、地面に突き刺した剣を引き抜き、構える。

 

「必殺技ゲージは双方ともに満タン…この一撃で決着といこう!」

 

「…」

 

無言で剣を構えるカリバーンに、ユニコールはランスを翳す。

 

「いくぞ! ≪ギガボルト・チャージ≫!!」

 

瞬間、ユニコールの頭部に生えた角とランスの先から妻が迸る。稲妻は周囲に撒き散らされ、そのうちの一つがブルーティッシュ・カリバーンの鎧に掠める。

 

「くっ…!」

 

掠めた脇腹部分は黒く焦げ、同時にその部分に力が入らない。

どうやらこの稲妻は、触れると感電し、体の感覚を麻痺させるもののようだ。

 

「この程度で終わりじゃないぜ!」

 

ユニコールは更なる電撃を繰り出し、その電撃はユニコールのランスの先へと集まる。

 

「やっぱ風化ステージはいいなぁ! 空気が乾燥してるから伝導率が上がってくるぜ!」

 

放った電撃はユニコールのランスの先へと収束していき、一本の巨大な光の槍へと姿を変える。

 

「いくぜ!! ≪ライトニング・ギガボルテックス≫!!」

 

そのまま一気に光の槍を上空へと投げる。

投擲された槍は上空で弾け、ランスに溜められた電撃が一気に放出され、辺りに極太の稲妻を撒き散らしながら周囲の物を破壊していく。

 

「どうだ、四方八方から襲いかかって来るこの稲妻を避ける術はない! 一撃でも当たれば、全身麻痺で俺の勝……なっ!?」

 

そこでユニコールは気が付いた。

いつの間にか、ブルーティッシュ・カリバーンの姿が目の前から消えているのだ。さらによく見てみると、先ほどまでブルーティッシュ・カリバーンがいた場所には、彼女の大剣、〝グランド・ディスキャリバー″が地面に突き刺さっていた。

周囲の雷は、その大剣に吸い寄せられるように降り注いでいる。

 

「なっ…なに!? あれは…まさか…!」

 

 

 

「私、ずっと気になってたのよ」

 

 

 

直後、背後から響く声…それと同時に、

 

「がはっ…!?」

 

背中に響く激痛…。

ライトニング・ユニコールはおそるおそる背後を振り返ると、そこには小太刀を自分の背中に突き刺している、ブルーティッシュ・カリバーンの姿があった。

 

「なんであんたは稲妻の中心にいながら、電撃の被害にあわないのかって」

 

「あ…あっ…!」

 

「考えてみれば私の剣、私よりも全長が高いのよね。もちろんあんたよりも。しかも金属製…そりゃあ雷は私の方に落ちるわけよね」

 

カリバーンはさらに深く小太刀をぐりぐりと刺し込む。

 

「ひ…避雷…針…!」

 

「そう。あんたは私の剣を避雷針に使ってたのよね。だから私も使わせてもらったわ、自分の剣を避雷針代わりにね」

 

しっかり奥まで刺し込んだ小太刀を、今度は上段に向かって力を込め、ユニコールの背中を掻っ捌いていく。

 

「がっ…! あっ…あぁあぁぁあ!!」

 

小太刀を一気に引き抜くと、そのまま逆刃に持ちかえ、そのまま連続でユニコールに小太刀による連撃を繰り出す。

 

「≪暴虐の暴風(タイラント・ストリーム)≫!!」

 

「ぐああああああっ!!」

 

響き渡る絶叫。ユニコールのボディには小太刀によって傷がいくつもいくつも刻まれていく。

もう十分だろうと判断したのか、カリバーンは連撃を止める。

それと同時に、ゼロになるライトニング・ユニコールの体力ゲージ。

 

「ぐふっ……全く…油断してたよ…」

 

「悪く思わないでよ。別にあんたに恨みがわるわけじゃないけど…これが私のやり方なの」

 

「あぁ…わかってるよ……暴麗の騎士…君のそういう激しいところも…俺は好きだぜ…」

 

「…くだらないこと言ってるんじゃないわよ」

 

フラフラなユニコールをカリバーンは手でちょんと後ろに押す。ユニコールはそのまま地面に倒れ込むと、強制バーストアウトし、この加速世界から消滅した。

 

「ふぅ…さて、アイツは今頃どうしてるかしらね?」

 

………

……

 

「邪魔が入って、悪かったな。仕切り直しといこうぜ」

 

「ハハァ! その意気込みは買うがなぁ、素直にてめぇの親に助けてもらった方がいいじゃねぇか!?」

 

「…これが俺にとっての初戦だからな。こんなところであの人の助けを借りるようじゃ、これから先満足に戦っていくことはできない。それに…」

 

それに…そう。俺にだって勝機は十分にある。というのも、俺の方もその必殺技ゲージとやらがもう満タンだ。今度はこっちの必殺技を繰り出して、奴を一撃で仕留めてやる!

 

「行くぞ!!」

 

右腕に力を込める。

さっき咲夜さんに助けもらった時、密かにステータス画面を開いて俺の必殺技も確認しておいたからな。

俺の必殺技は、ズバリロケットパンチ…そう、ロボットアニメではもはや定番ともいえる、腕の部分がロケット推進によって飛ぶパンチだ。

さっきの蹴りで奴は大ダメージを負った…つまり、ビームや火器といった武器には奴の電磁バリアは作動するが、体を使った物理攻撃にはバリアは発動しない。この一撃にすべてを賭ける!!

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

右腕を脇の下に構え、奥の方に引き込む。

それと同時に肘の辺りからロケットブースターが作動し、炎を噴き出す。

エネルギーチャージ完了…今だ!

 

「くらえぇ!! ≪粉砕拳(ブロウクン・ナックル)≫!!」

 

俺の腕から放たれた拳の一撃は、空を裂き、そのまま一直線にアラクニへと向かっていく。

よし! そのままアイツに命中すれば…!

 

「ハッ! あめぇよ!」

 

しかし、命中する寸前でアラクニは下半身の6本の脚を高速で動かし、俺のパンチを避けてしまった。

 

「くっ…避けられたか…!」

 

なら仕方ない…当たるまで何度も攻撃するまでだ!

…と、俺はそこであることに気が付いた。一度発射した俺のパンチは、一体どうやって回収すればいいのだろう…?

 

「あ…あれ? もしかしてこの技…!」

 

あたふたしている間に飛ばした俺の鉄拳はそのままフィールドの果てへと飛んでいき、やがて遠くのビルに命中し、そのビルをバラバラに崩しながらやっとその動きを止めた。

しかし、回収しようにもそこはフィールドの果ての果て…とてもじゃないが、アラクニの攻撃を掻い潜って今から回収に向かうのは不可能だった。

一度飛ばせばコントロールは不能…飛ばした後は回収不能…しかも命中しなかった場合、俺の腕は…、

 

「くそっ…! 片腕で戦わなきゃいけないのかよ!」

 

片腕を失うというリスクがある。

この必殺技、攻撃力とそれによって失う物の天秤が全く釣り合っていない…この必殺技は、『確実に当てなければこちらが不利になっていく』という、両刃の剣だったのだ。

 

「ヒャーハッハハハハハ!! どんなすげぇ技を見せてくれるのかと思いきや…とんだ茶番だったな!」

 

「くっ…!」

 

マズい…現状で俺の腕は1本しか使えない状態…だが必殺技ゲージを見ると、まだ溜まっている状態になっている。

どうやらこの技、両腕のパンチを両方使わないと溜まった必殺技ゲージは減らならない仕様のようだ。それがこの技の、唯一の利点か。

 

「それで終わりか!? なら今度は俺様のターンだ!」

 

と、アラクニはまた下半身のビーム基部にエネルギーを溜め始めながら、ガトリングとミサイルを連射する。

アラクニの必殺技ゲージは先ほどの一撃で満タンではなくなったが、それでも俺を葬るだけの火力はまだあるはずだ。だから手持ちの火器で俺の動きを封じ、一気に決めるつもりらしい。

 

「くっ…!」

 

どうする…どうすればいい!

銃弾とミサイルの雨あられを避けながら俺は必死で考える。

奴に一撃を与えるには…どうやったってあいつの懐に飛び込み、ゼロ距離でこのパンチをお見舞いしなきゃいけない。

しかしこの集中砲火の中を避けて行くのは容易なものではない…ましてやあいつは6本の脚で俊敏に動き回れる。飛びこんでも、避けられたらそれまでだ。

 

どうすれば…!

 

「ちょこまかと動きやがって! …チッ! 弾が尽きたか!」

 

と、相手からの攻撃が止んだ。

どうやら弾切れを起こしたらしい。まぁあれだけ派手にドンパチやってたら尽きるものは尽きるだろう。

今の内になんとかしなければ! 奴がビームのチャージを終わらせる前に!

 

…もう、これしかない!

 

俺は自分の直感を信じて、その通りに行動することにした。まずは奴の視線を釘付けにする!

 

「うおおおおおおおっ!! ≪粉砕拳(ブロウクン・ナックル)≫!!」

 

片方だけ残っている左腕を思いっきり振りかぶると、先ほど同様腕内部に仕込まれたロケットモーターが起動し、肘の辺りから炎を上げ、一直線にアラクニ向けて放たれる!

 

「バカが! 何度やったって同じなんだよ!」

 

しかし、アラクニは六本の脚を器用に動かすと、そのまま横にずれ、パンチをかわす。

 

「へっ、これで文字通りてめぇの手は尽き…なっ!?」

 

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

奴が俺の放ったパンチに気を取られている隙に…走って一気に距離を詰める!

 

(野郎…! 両腕が無い状態で何をしようってんだ!? さては…バリアが張れない至近距離にまで接近し、ゼロ距離であのビームを撃つつもりだな? だが、その程度じゃ俺様の体力ゲージはゼロになりゃしないし、なによりもそんな距離で撃ったら自分自身へのダメージの方がデカい! 玉砕するつもりか? 馬鹿め!)

 

恐らくアラクニは俺が玉砕覚悟で突っ込んでいくものだと考えているのだろう。

だが…違う! 俺がこれほどまで奴の近くまで近づいた真の目的は…これだ!!

 

「≪スレイヤー・アンカー≫、射出!!」

 

奴と目と鼻の先にまで接近した時、俺は腕の中から先ほどのワイヤーを射出する。射出されたワイヤーは一直線に伸び、対象物を先端のアンカーに捕まえる。

その対象物とは…

 

「なにっ!? こいつ…自分の拳を!?」

 

アラクニが気付いたが、もう遅い!

アンカーに引っ掛かった俺の左手の拳はそのまま引き寄せられ、そのまま俺の左腕にガチンッと填まる。

それと奴との距離がゼロ距離にまで近づいたのはほぼ同時。

俺はそのまま接続した左腕を奴の腹部にピッタリと当てる。

 

「あ…あ……!」

 

アラクニが突然の事に驚きと困惑の声をあげる。

俺が走ってからここまでの流れ…約3秒。自分でもここまでうまくやれるとはな…正直思ってもみなかった。

だが、ここまで来ればこっちのものだ!

 

「フッ…」

 

俺はニヤリと笑う。

それと同時に左腕のロケット部分から火が一つ…また一つと点り…―

 

「よ…よせ! やめろ!!」

 

これから俺が何をするのか…悟ったらしい。

だが…今更もう遅い!

 

「吹っ飛べ!! ≪粉砕拳(ブロウクン・ナックル)≫!! ゼロ距離発射!!」

 

瞬間、俺の左腕から拳が発射される。

元々『当たれば強い』という威力を持つ〝粉砕拳″…それはあの時、外した拳が彼方のビルを粉砕したときからわかっていた。

その拳をマトモに、しかもゼロ距離で喰らったらどうなるか…。

 

「ぐぅっ…! がっあぁぁぁぁぁぁあっっっ!!」

 

自分の腹を拳によって貫かれるという苦痛に悶絶の声を上げながら、アラクニの巨体はそのまま拳によって持ち上げられ、後方に飛ばされる。

アラクニの巨体がビルの壁にぶつかっても、未だ粉砕拳の威力は衰えることはない。アラクニの体力ゲージはみるみる減っていく。それと同時にアラクニの細い上半身に徐々に亀裂が入っていく。

そして…、

 

バキンッ!!

 

突然何かが割れるような音と共に、アラクニの上半身が蜘蛛の下半身と千切れた。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

あまりにも予想外の威力に俺は思わず、千切れて地面に転がるアラクニの上半身に駆け寄る。

 

「はっ…ははっ……やられたなぁ…負けちゃったよ……」

 

蜘蛛の下半身が無くなったシナバー・アラクニの口調は、先ほどのおどおどした口調に戻っていた。

 

「えっと…俺…」

 

「心配しなくていいよ…体力ゲージがゼロになった者はゲームオーバー…強制的にバーストリンクが解除される…そして僕と君のレベルの差の分のバーストポイントが君に加算される…初勝利おめでとう」

 

「あ…ど、どうも」

 

最後に賞賛の意を申し、俺はお礼を返すと、シナバー・アラクニは消滅した。

他にもいろいろとこの人からは聞いてみたかったが、残念ながら強制バーストアウトは自分のタイミングでコントロールできない。後は咲夜さんから聞くとしようかな。

そういえば咲夜さんの勝負はどうなったかな…?

 

「見てたわよ。初対戦の相手がレベル2なのに、なかなかやるじゃない」

 

「あれ…? 咲夜さん?」

 

振り向くと、そこには暴麗の騎士、ブルーティッシュ・カリバーンが腕を組んで立っていた。先ほどまで戦っていたライトニング・ユニコールの姿はない。

 

「あいつなら私がとっくに倒しちゃったわよ。で、暇になったからアンタの戦いを見てたの」

 

「…それって、どの辺からですか?」

 

「アンタが走り出したあたりからよ。何をするつもりなのかと思ったら…とんでもないことをするのね。もしあの時ワイヤーの目標が寸分狂ってたらどうするつもりだったの?」

 

「うっ…」

 

「両手が無いのに、うまく腕に填まらなかったらどうするつもりだったの?」

 

「それは…」

 

咲夜さんの問いに、俺は曖昧にしか答えることができなかった。

何せ、俺だってなんとかしようと必死だったわけだからな…なりふり構わず、自分の直感に従って戦っていたにすぎない。

しかし、そんな無茶な戦い方が次もうまくいくという保証はない…今回は本当にたまたま、運が良かっただけだ。

 

「ま、戦い方はこれからいろいろ練習して身につけていくしかないわね。しかしアンタのパンチなかなかの威力ね。あれじゃゼロ距離っていうよりもマイナス距離よ」

 

「マイナス…?」

 

確かに…ゼロ距離で撃っても推進を止めることなく、相手を貫いてもなおその威力を弱めることのない俺の拳は…『ゼロ』というより『マイナス』と呼ぶに相応しかった。

 

「まぁ何にしても、今回は初戦でレベル2の相手に勝ったんですもの。よくやったわ」

 

「え…? 咲夜さん今なんて?」

 

気のせいかな…? あの咲夜さんが俺の事を褒めたように聞こえたんだが…。

 

「な、なんでもないわよ! 〝バースト・アウト″!」

 

「あ! ちょ、ちょっと待って下さいよ! 〝バースト・アウト″!」

 

俺の問いに答える暇もなく、咲夜さんはさっさとバースト・アウトして加速世界からログアウトしてしまった。

俺も慌てて解除コマンドを言って現実の世界へと戻る。

その際に、結果表示(リザルト)画面が表示された。

俺のバーストポイントが99だったのだが、さっきの戦いに勝利したお陰で20増え、今では119となっている。

なるほど…戦うことによって得られていくこの満足感と力…世のバーストリンカーが皆こぞって競い合うのもわかってくる。

勝てば力を得て、負ければ失っていくこの世界…果たして俺はどこまで生き延びられるのか…?

その答えは、俺が戦い続けながら探さなければならない。




というわけで決着です。
初陣でレベル2を相手に勝たせるべきかどうか模索した結果、咲夜さんの助けもあって、ようやく勝てたという感じで終わらせてみました。

ちなみに、カリバーンさんの技は必殺技ではないです。
彼女にとってはユニコールは必殺技を使うまでもない相手だった…ということですかねw

ハートの必殺技は弱点が多いですが、それを自前の技と能力でなんとか使い物にしていく、という感じですw


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