問題児たちが裏ボスと出逢うそうですよ? (問題児愛)
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邂逅編
邂逅


裏ボス系主人公を書いてみたかった、ただそれだけ。


箱庭・〝世界の果て〟付近。

眠っていた少女が目を覚ます。

その少女は奇抜な容姿をしていた。

長髪で真ん中から右側が白銀、真ん中から左側が漆黒。

瞳も、右眼は白銀、左眼は漆黒。

服装も、真ん中から右側が白、真ん中から左側が黒のワンピースのようなもの。

そして頭部から生えた『角』も、右角は白、左角は黒と、真ん中から左右反対の色を持つ不思議な存在であった。

白黒少女は、空から落ちてくる何かを見つけて微笑する。

 

「………ふむ、ようやく動き出したか」

 

龍眼で落ちてくる三人と一匹を見つめる。

金髪にヘッドホンの学ラン少年。

黒髪ロングにリボンの制服少女。

茶髪ショートにヘアピンの私服少女。

そして三毛猫。

かの女王が召喚した異世界人。

さぞかしその者達の有するギフトは面白いことだろう。

 

「貴様らはこの箱庭に、一体何を齎してくれる?嗚呼、楽しみだ」

 

白黒少女は箱庭に訪れた『変化』に期待しつつ、再び眠りについた。

 

 

 

 

白黒少女が眠りについて一刻半ほど。

何やら近くで戦闘しているのか、騒々しかった。

白黒少女は目を覚ますと、不愉快そうに眉を顰めて起き上がる。

そして騒々しい方角を睨むと、軽く左腕を振るった。

瞬間―――耳を劈くような轟音と共に、左腕を振るった方角の森林が一直線に消し飛んだ。

比喩ではなく、文字通り消し飛んで、その一直線は焦土と化していた。

白黒少女は自ら作り出した『道』を通って、戦闘があった場所へと神速で移動する。

するとそこには、唖然として立ち(?)尽くす巨躯な大蛇と、臨戦態勢で白黒少女を睨みつける金髪少年がいた。

しかし眠りを妨げられたからか、白黒少女が一人と一体を睨んで問う。

 

「貴様らか?我輩の安眠の妨害をした者共は?」

 

「あ?テメェこそ何者だよ。人様の楽しみに横槍入れやがって」

 

白黒少女の凄みに、負けじと怒りをぶつける金髪少年。

大蛇―――蛇神の方は、白黒少女を見やると急に怯えたような声音で言った。

 

『―――ッ!!?あ、貴女様はまさか!?な、何故このような場所に居るのですか!?』

 

「あん?どうしたんだよヘビ?そいつを知ってるのか?」

 

『………人間、悪い事は言わん!今すぐその御方に謝るべきだ!死にたくなければなッ!!』

 

「………は?」

 

蛇神の狼狽っぷりに、金髪少年は怪訝な顔で見つめる。

白黒少女は、蛇神の方を見つめて思い出したように手を打った。

 

「ん?ああ、貴様はあの御方の。なれば貴様は見逃そう」

 

『ほ、本当ですか!?』

 

「うむ。如何に我輩とて、あの御方とコトを構えたくはないからな」

 

白黒少女はそう言うと、金髪少年に向き直り一言。

 

「だが貴様は駄目だ。我輩の安眠妨害の罪、万死に値する」

 

「カッ、テメェこそ俺の楽しみを奪ったんだ。覚悟は出来てるんだろうな?」

 

殺気の籠った声音で言い、拳を構える金髪少年。

まさに一触即発といった状況で、蛇神が慌てて忠告する。

 

『ば、馬鹿か貴様!?その御方は我とは比べ物にならない存在だぞ!?この箱庭の上層に棲う最強種の一角ッ!【純血の龍種】なのだからな!』

 

「龍!?」

 

途端金髪少年の瞳がキラキラと輝き、怒りの感情はどこかへ消え去っていた。

興味津々といった調子で見つめてくる金髪少年に、白黒少女が不思議そうに小首を傾げる。

 

「なんだ少年?我輩の顔に何かついてる?」

 

「いやなに、あんたの正体が龍と知って戦いたいと思っただけだが?」

 

金髪少年が嬉々として答えると、白黒少女が驚いたように目を見開き、すぐに目を細めて笑う。

 

「ふふ、いいだろう。どのみち貴様を逃すつもりはない。掛かってくるといい少年」

 

「ヤハハハ!そうこなくっちゃな!」

 

獰猛な笑顔と共に駆け出した金髪少年は、第三宇宙速度というデタラメな速さで白黒少女に肉薄し、右拳を振るった。

その金髪少年の一撃を白黒少女は―――人差し指のみで受け止めた。

 

「なっ………!?」

 

「どうした少年?この程度では我輩を満足させることは出来んぞ?」

 

「チッ!オラァッ!!」

 

右拳を引っ込めた金髪少年は、左脚を軸に右脚で回し蹴りを決めようとするが、これも白黒少女は人差し指のみで受け止める。

金髪少年は、拳も蹴りさえ通用しない白黒少女に舌打ちして一旦距離を取る。

どう攻めるべきか考えていた―――その時。

 

「ようやく見つけたのですよ十六夜さん!」

 

「あん?」

 

十六夜と呼ばれた金髪少年の下に、ウサ耳少女が現れた。

金髪少年―――改め十六夜がウサ耳少女に振り返って不思議そうな顔をして口を開く。

 

「あれ、お前黒ウサギか?どうしたんだその髪の色」

 

「あ、これはですね―――じゃなくて!」

 

黒ウサギと呼ばれたウサ耳少女が、十六夜に向かって文句の一つを言おうとしたが、彼の向かい側にいる白黒少女を見て驚愕の声を上げた。

 

「え!?り、輪廻様!?」

 

「………兎娘か、久しいな。こうして会うのは三年振りだ、息災か?」

 

「は、はい!黒ウサギは元気元気なのですよ!」

 

むん!と元気アピールするウサ耳少女―――改め黒ウサギ。

それを聞いて微笑する輪廻と呼ばれた白黒少女。

そんな二人を見回していた十六夜が訊ねる。

 

「なんだ?お前ら知り合いなのか?」

 

「YES!この御方は永劫輪廻様。三年前までは色々とお世話になっておりました!」

 

「ふうん?」

 

黒ウサギが返すと、十六夜は考え込んだ。

三年前というワードも気になるが、それ以上に白黒少女の名前だ。

永劫と輪廻、そして【龍】。

十六夜の推測が間違いでなければ、白黒少女―――改め永劫輪廻の正体はアレのはず。

早速確かめる為に十六夜は輪廻に問うた。

 

「………なあ、あんた」

 

「ん?」

 

「永劫と輪廻を名乗りかつ【龍】のあんたは―――ウロボロスだったりするのか?」

 

「へ?」

 

「ほう?」

 

十六夜の質問に驚く黒ウサギと、感心して目を細める輪廻。

その反応にニヤリと笑って十六夜が確認する。

 

「正解か?」

 

「ああ、正解だ。名だけで我輩の正体を看破するとは、な。中々の博識な少年だ」

 

「す、凄いのです!十六夜さんってば知能派だったのですね!」

 

「それほどでもないさ」

 

冷静に返す輪廻と、興奮する黒ウサギ、ヤハハと笑う十六夜。

 

「あんたのその見た目も、ウロボロスを表してるんだな」

 

「うむ。名に関しては〝ウロボロス〟を名乗るコミュニティが存在するから偽名を使って区別しているに過ぎないがな」

 

「へえ?名乗るって事はあんたが創ったコミュニティではないんだな。自分の名前を勝手に使われて不満はねえのか?」

 

「不満はない。それに我輩はそこのコミュニティの最終兵器みたいなものだからな。勝手に使われたというのは語弊がある」

 

「そうかい。んで、そんなあんたがこんな場所で油売ってていいのかよ」

 

「問題ない。我輩は最終兵器ゆえこうして暇を持て余しているからな。勝手気侭に振る舞ったところで咎められることはない」

 

つまりは十六夜と同じで暇人もとい暇龍らしい。

それならばやることは一つしかない。

十六夜は輪廻に提案する。

 

「なあ、あんた。暇ならもっと俺と遊んでくれよ」

 

「ほう?」

 

輪廻が目を細めて微笑する。

黒ウサギはギョッと目を剥いて声を上げた。

 

「い、十六夜さん!?輪廻様に挑むおつもりですか!?」

 

「ああ。つかもう既に始まってるんだよなあこれが♪」

 

「そうなのですね♪―――ってなんですとおおおおおおおおッ!!?」

 

十六夜の嬉々とした声音でとんでもないことを口にして、黒ウサギが絶叫する。

輪廻が黒ウサギの肩を掴んで言う。

 

「安心しろ、兎娘。軽く遊んでやる程度だ。少年もそれで構わないな?」

 

「おう。あまりにもつまらないものだったら許さねえけどな」

 

「ふむ、善処しよう」

 

十六夜の言葉に頷いて、輪廻が宙に浮いた。

黒ウサギが不安そうに十六夜と輪廻を見比べている。

輪廻はやれやれと苦笑しながら黒ウサギを見つめ、ゆっくりと右手を掲げる。

すると掲げた右手の上に小さな水球が発生した。

その数は計九つ。

それを一つ、十六夜に向けて指で弾き飛ばす。

神速で飛来する水球を、十六夜はつまらなそうに見つめ―――殴りつけた。

 

『「……………は?」』

 

十六夜の行動に素っ頓狂な声を漏らす蛇神と黒ウサギ。

神速に反応出来る動体視力もそうだが、その速度で飛来した水球を素手で殴るなど予想外過ぎた。

水球と十六夜の拳がしばしの鬩ぎ合いを見せると、水球がパンッと破裂したかのように霧散した。

 

『「なっ―――――!?」』

 

素手で輪廻の生み出した水球を霧散させた光景を見て愕然とする蛇神と黒ウサギ。

一方、水球を消し飛ばした十六夜は、怪訝な顔で輪廻を見つめ訊いた。

 

「………おい、何だよさっきの。本当にそのサイズが持つ質量か?」

 

「ほう、気づいたか。そうだ、本来のサイズはこんなものではない」

 

輪廻は一つの水球を上空に指で弾き飛ばす。

途端、急速に水球のサイズが大きくなっていき―――極大な水球へと変化した。

 

「コレが本来のサイズだ、少年」

 

「………ハハ、こいつは魂消た。あのサイズを圧縮して作ったものがそれなのかよ」

 

「怖気付いたか?」

 

「まさか、その逆だよ。どんどん撃って来いよ!全部相手になるぜ!」

 

「ふふ、そうか。では―――残りは一気に全部撃ってやろう」

 

微笑と共に輪廻が指で弾き飛ばす―――のではなく、指を軽く動かして全ての水球を十六夜に向けて撃ち放った。

それを十六夜は嬉々として両の拳を振るい、全ての水球を殴りつけ霧散させていった。

しかしそれだけでは足りないのか爆音と共に跳躍、第三宇宙速度を遥かに凌駕した速さで輪廻に肉薄し、踵落としを見舞おうとする十六夜。

だがやはりその一撃も輪廻に人差し指で受け止められる。

 

「そう急くな、少年。貴様が我輩との肉弾戦を望むのはまだ早い」

 

「チッ!」

 

舌打ちする十六夜を、輪廻は指で弾き飛ばす。

神速の一撃を、腕をクロスさせて受けた十六夜。

 

「―――ぐっ!?」

 

先の水球とは比較にならない一撃を貰って十六夜の身体は呆気なく弾き飛ばされ、滝壺に叩きつけられた。

 

「い、十六夜さん!?」

 

黒ウサギは悲鳴を上げて十六夜の下へと駆け出す。

滝壺から頭を出した十六夜は、輪廻を睨み付ける。

乾ききっていた服と体がずぶ濡れになったせいだろう。

つまり五体満足で健在だった。

それを確認した黒ウサギがホッと胸を撫で下ろす。

地に降り立った輪廻は、蛇神の下へと歩み寄り言う。

 

「蛇娘、貴様がギフトを用意しろ。我輩との戦闘の際、ギフト未使用のあの少年と『続き』をやる気力があるのならば止めはしないがな」

 

『なっ―――!?』

 

蛇神は思わず耳を疑った。

先程までの戦闘で、あの人間が一度もギフトを使っていないということに。

輪廻の生み出した水球一つ一つが、蛇神の全霊を遥かに凌駕していた為、それを拳のみで全て砕いた十六夜に挑めるはずなどなかった。

蛇神は輪廻の提案を受け入れるほかなかった。

滝壺から出てきた十六夜に、輪廻が微笑して告げた。

 

「貴様との戯れ、少しは楽しめたぞ少年。もし次に会った時、我輩との肉弾戦を望むのであれば―――ギフトを使うことだ。さすれば我輩に一矢報いることが出来るやもしれんぞ?」

 

「何?」

 

「へ?ギフトを使うと、ですって!?」

 

十六夜が眉を顰め、黒ウサギが目をいっぱいに見開き驚愕する。

ギフト未使用で戦っていたとはどういうことか。

それについて問いただそうとしたが、既に輪廻の姿は跡形もなく消えていた。




次回 拉致

一、白夜叉に拉致されて尋問される。

二、早すぎた再会。

三、問題児たちのギフトに興味津々。


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拉致

白夜叉との再会からギフトカードの所まで。


十六夜達に別れも告げずにその場を後にした輪廻は、次なる場所を目指していた。

それは女王が召喚したあと二人の異世界人がいる場所だ。

黒髪少女と茶髪少女の二人に逢い、彼女達の力量を確かめる為に。

箱庭都市の外門を潜った瞬間―――

 

『みぃつけた』

 

「ん?」

 

何処からか輪廻の聞いたことのある声が響き、一瞬にして景色がガラリと変わり、どういうわけかサウザンドアイズ支店前に立っていた。

輪廻は別段驚くこともなく、そして考えるまでもなく自分を別の場所に跳ばした犯人が誰なのかを理解する。

 

「………ふむ、盆娘の仕業か」

 

そう呟いた瞬間、凄まじい殺気を感じたような気がするが、輪廻は気にしないことにした。

一方、いきなり現れた輪廻に、掃除をしていた女性店員がびっくらこいて尻餅をついていた。

輪廻は微笑して女性店員に歩み寄ると、手を差し出しながら言う。

 

「ああ、驚かせて済まないな。怪我はないか、娘?」

 

「え、ええ。大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

輪廻の手を取って起き上がる女性店員。

服についた土や埃を払いつつ、女性店員が輪廻をジーッと見つめて訊いた。

 

「………貴女は何処の誰ですか?」

 

「ん?ああ、我輩は―――」

 

答えようとした輪廻だったが、途中で遮られることとなる。

何故ならば、店内から爆走して来た着物風の服を着た真っ白い少女が叫びながら輪廻に突進してきたからだ。

 

「リィィィンネェェェェちゃぁぁぁぁぁぁんッ!!!」

 

「………!」

 

十六夜の時のように人差し指で受け止めようとしたが、輪廻の知る者の声だった為、抱き止める体勢を取る。

店から飛び出した真っ白い少女のフライングボディーアタックを食らい、揃って縦に何回転もしながら後方に吹き飛び、水路にバシャン!と落下した。

その光景に唖然と―――ではなく痛い頭を抱える女性店員。

輪廻は抱きついて離さない白髪少女の頭を撫でながら言う。

 

「相も変わらず元気だな、白夜様」

 

「おんしは相変わらず冷静だの、輪廻ちゃん」

 

「盆娘が我輩を此処に跳ばしたのは、貴女の指示か?」

 

「はてさて、何のことかの?」

 

惚ける白夜と呼ばれた白髪少女。

 

「それと今の私は白夜叉だ。あと様もいらん」

 

「ふむ、あい分かった白夜様」

 

「………まあよい。これからおんしに訊きたいことがあるが、少し付き合ってくれるかの?」

 

「………拒否しても逃がすつもりはないんだろう白夜様?」

 

ミシミシミシ、と白髪少女―――改め白夜叉が骨ごと五臓六腑を潰さん力で抱きしめ上げてくるのを感じ取り、苦笑と共に聞き返す輪廻。

これが人間ならば間違いなく即死ものだ。

白夜叉はふん、と鼻を鳴らすと輪廻を解放して言う。

 

「分かっておるではないか。では用件は私の部屋で話そうかの」

 

むんず、と輪廻の首根っこを掴んだ白夜叉は、そのまま店内へと引き摺り込むと、私室の障子を開けて入っていく。

拉致紛いなことしなくても逃げないのに、と苦笑を零す輪廻。

それから白夜叉は上座に腰を下ろすと、輪廻と向かい合い話を切り出した。

 

「さて、輪廻ちゃん」

 

「なんだ?」

 

「ノーブラノーパンははしたないからやめろとあれほど言ったはずだがの!せめて下は穿いてくれ!私の楽しみが減るではないかっ!」

 

「………何か重要な話かと思ったらそれか。別に見られた所で恥ずかしくもないんだがな。あと最後のは貴女の願望ではないか?」

 

エロ親父発言をする白夜叉を軽くあしらう輪廻。

というよりいつスカートの中身を確認したというのか。

流石は白夜様だな、と感心する輪廻だった。

白夜叉はオホン!とわざとらしく咳払いをし、本題に入った。

 

「では気を取り直して輪廻よ」

 

「なんだ?」

 

ちゃん付けではなくなった為、今度のはお巫山戯ではないことを察する輪廻。

白夜叉は殺気の籠った声音で一言。

 

「………三年前、〝ノーネーム〟を滅ぼしたのは貴様か?」

 

「………ふむ。丁度姿を晦ました時期と重なるから、我輩を疑っているんだな?」

 

「御託はよい、疾く答えよ。貴様が、〝ノーネーム〟を滅ぼしたのか?」

 

白夜叉の星の殺意を前に、輪廻は尚冷静のまま小首を横に振って否定した。

 

「我輩ではない。そも、我輩は〝ノーネーム〟を気に入っている。何故滅ぼさねばならない?」

 

「そうか。ではそう仮定して、何故〝ノーネーム〟を守ってくれなかったのだ?おんしならば未知の魔王を返り討ちにする事も可能だったであろう!?」

 

「………我輩に〝ウロボロス〟の同士を討てと言うのか?敵である〝ノーネーム〟の為にか?気に入っているとは言ったが、敵であることには変わらんぞ?」

 

「……………っ!!!」

 

白夜叉はハッとして我に返る。

今目の前にいる輪廻はかつての旧友ではなく、『敵』なのだと。

プルプルと全身を震わせる白夜叉に、輪廻はゆっくりと立ち上がって訊く。

 

「………さて、我輩は〝ウロボロス〟に帰還するが、まだ聞きたいことはあるか?答えられる範囲なら、」

 

「いいや、駄目だ。このまま貴様を見逃すわけにはいかん」

 

「………弱体化してる貴女に、我輩を止められるのか?」

 

「ぐっ………」

 

図星を突かれて押し黙る白夜叉。

このままでは折角捕まえられた〝ウロボロス〟の一角をみすみす逃すことになってしまう。

だが輪廻を今の白夜叉が押さえるのは不可能だ。

すると輪廻から思わぬ提案が飛び出す。

 

「………白夜様が我輩の所属するコミュニティ―――〝ウロボロス〟が〝ノーネーム〟と敵同士であることを黙秘してくれるのなら、貴女の言う通りにしてやらんこともない」

 

「……………なんじゃと?」

 

「そも、箱庭に入り立ての少年少女が〝ノーネーム〟の敵を知ったところで勝てると思うか?答えは否。ロクにギフトも使いこなせない少年達に、我ら〝ウロボロス〟を倒せやしまい。それに我輩を『敵』と知れば、少年達は間違いなく我輩に挑んでくるだろうな。やむなく正当防衛で少年達の命は摘み取られた………という展開もあるやもしれんぞ?」

 

「き、貴様ッ!!」

 

白夜叉が激昂し、輪廻の胸倉に掴み掛かる。

輪廻は驚くこともなく冷静に白夜叉を見定め今一度問う。

 

「〝階層支配者(フロアマスター)〟として我輩に勝ち目の無いギフトゲームを仕掛けるか、我輩の提案を飲んで少年達の安全を確保するか………貴女ならばどちらが賢明な選択か、分からないとは言わせんぞ」

 

「……………」

 

白夜叉はしばしの間、黙考する。

前者は、〝階層支配者〟として輪廻を裁ければ御の字だが、今の白夜叉には勝ち目など皆無だし、他の〝階層支配者〟達に助力を求めたところで焼け石に水だ。

輪廻を止めるには―――〝全権領域(箱庭二桁)〟の協力が不可欠であり、それ即ち白夜叉が本来の力を取り戻した状態でなければどうすることも出来ない。

後者は、輪廻の要求を飲み〝階層支配者〟である白夜叉が『敵』を庇うという最悪なものだ。見返りは輪廻を白夜叉の自由に出来―――ん?自由に出来る?

白夜叉はふと妙案を思いつき、ニヤリと笑って輪廻を離した。

 

「そうだの。私も覚悟を決めておんしの提案を飲まざるをえんな」

 

「ふむ。貴女が賢明な選択をしてくれて安心した」

 

「ふふ、そうか。では次は私の番だ、輪廻ちゃん」

 

「なに?」

 

白夜叉の意味深な発言に眉を顰める輪廻。

輪廻の両肩を掴んだ白夜叉がこう告げた。

 

「おんしの身柄は私が預かる。そしておんしにとっては『敵』である〝ノーネーム〟に手を貸し、かつ〝ウロボロス〟の動向を探り私に報告しろ」

 

「……………………………は?」

 

白夜叉の思わぬ提案返しに、珍しく素っ頓狂な声を漏らす輪廻だった。

 

 

 

 

「よう、さっきぶりだな輪廻様?」

 

「………ああ、さっきぶりだな少年」

 

まさかこうも早く再会する羽目になろうとは思いもしなかったらしく、十六夜は様付けで茶化し、輪廻は気まずそうに彼から目を逸らす。

黒ウサギはというと、蛇神から貰ったギフト―――水樹の苗を抱きかかえながら嬉しそうに視線を輪廻に送ってくる。

一方、初めて輪廻を見る黒髪少女と茶髪少女の二人は、輪廻の見た目とその頭角を見つめながらコソコソと話していた。

 

「なんというか、奇抜な見た目をしてるわねあの子」

 

「うん。でもなんだろう………友達になりたいかも」

 

『お嬢ならきっとあの嬢ちゃんとも友達になれるで!ファイトや!』

 

いや、プラスして三毛猫もお嬢と呼んで茶髪少女に話しかけていた。

黒ウサギ達四人と一匹の〝ノーネーム〟御一行は、白夜叉に招かれて輪廻と同じ部屋に同伴している。

現在輪廻は白夜叉の隣に座っており、黒ウサギ達〝ノーネーム〟は二人と対面する形で座っていた。

輪廻について、初対面の黒髪少女と茶髪少女が質問してこないのは、既に黒ウサギあたりが紹介してくれていたからだろう。

自己紹介の手間が省けてありがたい限りだ。

だが茶髪少女が向けてくる熱い視線に、輪廻は小首を傾げて訊くことにした。

 

「なんだ茶髪娘?我輩の顔に何かついてる?」

 

「春日部耀。耀でいい。貴女のことは黒ウサギから伺ってます。永劫さんは」

 

「輪廻でよい。敬語も不要だ、堅苦しいのは嫌いでな」

 

「え?あ、うん、分かった。えっと、輪廻は『龍』………なんだよね?」

 

「そうだが?」

 

「じゃ、じゃあ是非私とお友達になってください!」

 

「ちょっと春日部さん?そんないきなりお願いしても」

 

「ああ、構わんぞ」

 

「了承してくださるとは思えな―――って、え!?よろしいの!?」

 

即承諾する輪廻に驚く黒髪少女。

そんなあっさり友達OKしてくれるとは思いもしなかったのだろう。

輪廻はそんな黒髪少女に微笑して言う。

 

「黒髪娘も我輩と友達になりたいのであれば、歓迎するぞ?」

 

「く、久遠飛鳥よ。飛鳥で構わないわ。私、『龍』とお友達になれるのならとても嬉しくってよ………っ!」

 

「ああ、よろしく頼むぞ、耀に飛鳥」

 

茶髪少女―――改め耀と、黒髪少女―――改め飛鳥に向けて微笑する輪廻。

照れ臭そうに笑みで返す耀と飛鳥。

そんな三人を微笑ましげに見つめる黒ウサギ。

一方、十六夜は眉を顰めると輪廻を睨みつけて言う。

 

「おい輪廻。あんたと最初に逢い、拳で語り合った仲の俺を差し置いて、なに初対面の春日部やお嬢様と友達になってんだコラ」

 

「ん?つまり少年も我輩と友達になりたいということか?」

 

「ああ。あんたと友達なら、友達権行使していつでも挑めるからな」

 

「………貴様の脳内はそれしかないのか?」

 

「あんたが俺より強いのが悪い。だから諦めて俺とも友達になりやがれ」

 

「………ふむ、まあいいだろう。友達になりたい理由は人それぞれだからな。よろしく頼むぞ、十六夜」

 

こうして輪廻に友達が三人も出来た。

それから白夜叉の自己紹介、外門の図がバームクーヘンに見えるとかなんとか、黒ウサギが抱きかかえている水樹の苗の話となり、輪廻が説明する。

 

「蛇娘と十六夜の戦いに我輩が介入してな、かくかくしかじかで少年と我輩が戦うことになり、その戦いを見ていた蛇娘が降参してソレを渡したんだろう」

 

「はいな。蛇神様が輪廻様の忠告を飲んで降参し、この水樹の苗をくれたのですよ」

 

「なに?輪廻ちゃんとその童の戦いを見て、アレが降参したとな?神格保持者が負けを認めるなど、余程の戦いを行ったようだの」

 

「なんだ?お前はあのヘビの知り合いか?………まさかあの時輪廻が口にした『あの御方』ってのは」

 

「ああ、私のことだよ童。アレに『神格』を与えたのが私だ」

 

呵々と笑う白夜叉。

十六夜は物騒に瞳を光らせ問いただす。

 

「へえ?じゃあ輪廻ほどの強者に敬わられてるお前は、輪廻よりも強いんだな?」

 

「いや、今の私では逆立ちしても輪廻ちゃんには勝てんよ」

 

「なに?」

 

「だがそれで私を舐めたら痛い目見るぞ小僧?何故ならば私は東側の〝階層支配者〟にして、この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者(ホスト)なのだからの」

 

それを聞いた十六夜・飛鳥・耀の三人が一斉に瞳を輝かせた。

 

「貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強ということになるのかしら?」

 

「無論、そうなるのう」

 

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

「うん」

 

剥き出しの闘争心を込めた視線で白夜叉を見つめる三人。

白夜叉は高らかと笑い声を上げた。

 

「抜け目ない童達だ。依頼しておきながら、私にギフトゲームで挑むと?」

 

「え?ちょ、ちょっと御三人様!?」

 

慌てる黒ウサギ。

白夜叉は右手で制して言う。

 

「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている」

 

続けて輪廻が煽るように言う。

 

「まあ貴様らでは白夜様の相手は務まらんだろうがな」

 

「何ですって!?」

 

「へえ?言ってくれるじゃねえか輪廻!俺達じゃ和装ロリに手も足も出ないと?」

 

「カチンときた、目に物を見せてやる」

 

こめかみに青筋立てながら輪廻を睨み付ける三人。

その意気や良し、と微笑する輪廻。

何火に油注いでるんですか!?とでも言いたげな表情で訴えてくる黒ウサギを、輪廻は無視することにした。

白夜叉は楽しげに呵々と笑い、十六夜達に問いかける。

 

「始める前におんしらに確認しておくことがある」

 

「なんだ?」

 

三人が白夜叉に視線を戻す。

白夜叉は着物の裾からカードを取り出し、壮絶な笑みで一言。

 

 

「おんしらが望むのは〝挑戦〟か―――もしくは、〝決闘〟か?」

 

 

そして世界は一変し、白い雪原と凍る湖畔。

水平に太陽が廻る世界に放り投げられていた。

 

「なっ………!?」

 

余りの異常さに、十六夜達は同時に息を呑んだ。

唖然と立ち竦む三人に、白夜叉は問いかける。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は〝白き夜の魔王〟―――太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への〝挑戦〟か?それとも対等な〝決闘〟か?」

 

白夜叉の笑みと凄味に、再度息を呑む三人。

十六夜は背中に心地良い冷や汗を感じ取りながら、白夜叉を睨んで笑う。

 

「水平に廻る太陽と………そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの土地は、お前を表現してるってことか」

 

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ」

 

白夜叉が両手を広げると、地平線の彼方の雲海が瞬く間に裂け、薄明の太陽が晒される。

飛鳥が驚愕の声を上げる。

 

「これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤………!?」

 

「如何にも。して、おんしらの返答は?〝挑戦〟であるならば、手慰み程度に遊んでやる。―――だがしかし〝決闘〟を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか」

 

「……………っ」

 

飛鳥と耀、輪廻に戦いを望んだ十六夜でさえ即答出来ないでいた。

しばしの静寂の後―――諦めたように笑った十六夜が口を開く。

 

「参った。やられたよ。降参だ、白夜叉」

 

「ふむ?それは決闘ではなく、試練を受けるということかの?」

 

「ああ。これだけのゲーム盤を用意出来るんだからな。あんたには資格がある。―――いいぜ。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」

 

苦笑と共に吐き捨てるような物言いをした十六夜を、白夜叉は堪え切れず高らかと笑い飛ばした。

腹を抱えて哄笑を上げ、一頻り笑った白夜叉は笑いを噛み殺して飛鳥と耀にも問う。

 

「く、くく………して、他の童達も同じか?」

 

「………ええ。私も、試されてあげてもいいわ」

 

「右に同じ」

 

苦虫を噛み潰したような表情で返事をする二人。

満足そうに声を上げる白夜叉。

一連の流れをヒヤヒヤしながら見ていた黒ウサギは、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「も、もう!お互いにもう少し相手を選んでください!〝階層支配者〟に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う〝階層支配者〟なんて、冗談にしても寒すぎます!それに白夜叉様が魔王だったのは、もう何千年も前の話じゃないですか!!」

 

「何?じゃあ元・魔王様ってことか?」

 

「はてさて、どうだったかな?」

 

ケラケラと悪戯っぽく笑う白夜叉。

ガクリと肩を落とす黒ウサギと三人。

輪廻も満足気に微笑する。

 

「貴様らが賢明な判断が出来る者共で安心したぞ」

 

「ああ。流石にこんなものを見せられちゃあ降参せざるを得ないさ」

 

「ええ。悔しいけれど、今回は試されてあげることにしたわ」

 

「輪廻が慕うだけあって、デタラメな存在」

 

「―――て、十六夜さん達を焚き付けたのは何処のどなたですか輪・廻・様!?」

 

三人が返し、黒ウサギが輪廻に怒る。

白夜叉は呵々と笑い、輪廻に訊いた。

 

「ところで輪廻ちゃん。おんしさえ良ければでいいのだが、私の相手をしてくれんかの?童達の〝試練〟の後での?」

 

「なんだ白夜様。貴女は我輩の玩具にされたい願望でもあるのか?我輩としては歓迎するが、」

 

「あ、いや、すまん。やっぱり今のはなしで頼む」

 

輪廻の恍惚とした表情を見てゾワっと身の毛がよだつのを感じ取った白夜叉は慌ててキャンセルする。

輪廻は玩具を取り上げられた子供のようにしょんぼりするのだった。

それから十六夜達は白夜叉の〝試練〟を受ける。

ギフトゲーム―――〝鷲獅子の手綱〟。

〝力〟〝知恵〟〝勇気〟の何れかでグリフォンに挑み、彼の背に跨って湖畔を舞うというもの。

これに耀が挑み、見事勝利した。

その後、耀の持つ木彫りの話題に移り、白夜叉達の鑑定が始まる。

それが〝生命の目録〟かもしれないと言って白夜叉が興奮し買い取ろうとするも耀に拒否されてしょんぼりした。

輪廻にはそれが何なのか、耀の父親が〝ノーネーム〟の前頭首―――春日部孝明だと知っているも、敢えて教えなかった。

鑑定を頼みに来たらしいが、白夜叉は専門外だったらしく、代わりに試練をクリアした耀達にギフトを与えた。

それはギフトカード―――〝ラプラスの紙片〟というもので、ギフトの正体が何なのかを知ることが出来るそうだ。

三人が受け取ったギフトカードにはこう記されていた。

 

コバルトブルーのカードに逆廻十六夜・〝正体不明(コード・アンノウン)

 

ワインレッドのカードに久遠飛鳥・〝威光〟

 

パールエメラルドのカードに春日部耀・〝生命の目録(ゲノム・ツリー)〟〝ノーフォーマー〟

 

輪廻は龍眼を以て三人のギフトカードを見つめる。

十六夜の〝正体不明〟は文字通り不明、理解不能。

流石に輪廻でも彼のギフトを実際にこの眼で見なければ分からない為、何とも言えない。

飛鳥の〝威光〟はかなり強力なギフトだが、恐らく彼女自身は『相手を従わせる』程度にしか思ってないだろう。

教えてやるのは簡単だが、それでは彼女の為にならないので黙っておくことにした。

耀の〝生命の目録〟は間違いなく孝明が持っていた物と同じだが、彼女自身は『全ての種と会話出来る』『友達になったギフトが使える』程度にしか思ってないだろう。

〝ノーフォーマー〟は西業―――〝閉鎖世界(ディストピア)〟で生まれ育った者達〝何者にも成れない者(ノーフォーマー)〟を指す。

耀の場合は孝明の嫁の二千華がディストピア生まれだからだろう。

………まあ何にせよ、彼ら三人がギフトを理解し使いこなせるようになったその暁には、さぞ強大な存在へと昇華していることだろう。

 

 

嗚呼、楽しみだ、貴様らが覚醒するその時が。

そしてその時が来たならば―――この我輩が貴様らを絶望のドン底へと叩き落としてやろう。

 

 

黒ウサギ達がギフトカードであれこれ騒いでる中。

輪廻だけは一人、凶悪な笑みを浮かべて十六夜・飛鳥・耀の三人を眺めているのだった。




次回、護衛

一、吸血姫の護衛と虎男

二、〝ノーネーム〟訪問

三、〝ペルセウス〟襲来


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護衛

思ったより文字数が多くなってしまったのでレティシア登場からガルドの所までになります。


〝ノーネーム〟一行と別れた後、輪廻は白夜叉の私室に残って正座していた。

向かい合う白夜叉は、上座に腰掛け真剣な眼差しで訊いてきた。

 

「ところでおんし。どうやって下層に降りてきた?第三桁以上のものが本来の姿のまま下界することはタブーだ。しかし何の影響も無く降りて来れているということは、」

 

「ああ。人間を器にして顕現しているな」

 

「………人間じゃと?」

 

「そうだ。だが我輩が器にしている娘の情報は教えてやらん。こうして姿を誤魔化しているのも、器の娘の要望だからな」

 

「待て輪廻。それでは私と交わした約束の一つに反するぞ。〝ウロボロス〟に関する情報の中に、おんしも入っておるんだからな」

 

「………ふむ。ではこう言えば諦めてくれるか?器の娘と〝ウロボロス〟は無関係だ」

 

「何?」

 

白夜叉は怪訝な顔をして輪廻を睨む。

彼女の表情からは『嘘』は見えない。

白夜叉は溜め息を吐き、扇子を開いて口元を隠す素振りを見せボソボソ呟く。

 

「それが本当なら隠す意味もないと思うんだがの」

 

「なんだ白夜様。貴女は我輩の霊格を事前に知ってから挑むクソゲーマーなのか?」

 

「は?」

 

「まあどの道話すつもりは毛頭ない。これ以上詮索するならば、今すぐ〝ノーネーム〟に我輩が『敵』であることをバラシに」

 

「あーもう!分かった!私が悪かった!この通りだから〝ノーネーム〟に向かおうとするのはやめてくれんかの!?」

 

「うむ、分かればいい」

 

白夜叉を黙らせることに成功する輪廻。

主導権を握った気でいた白夜叉は、逆に握り返されてムスッと拗ねたような顔をした。

だが〝ノーネーム〟を守る為には大人しく従うほかない。

輪廻は微笑を浮かべつつ、本題を促す。

 

「それで、我輩に何をさせる気だ?」

 

「ん?おお、そうだったの。盛大に話が脱線したわ―――ほれ、入ってきて良いぞ」

 

「ああ、失礼す―――ッ!?」

 

障子を開けて入ろうとした金髪ロングの紅い瞳を持つ少女が固まる。

輪廻はその彼女に視線を向けると微笑し、パチンと指を鳴らした。

瞬間、金髪少女の姿は掻き消え―――輪廻の膝上に横たわる形で現れる。

 

「―――!?―――――!!?」

 

驚く金髪少女を、輪廻は微笑しながら見つめ彼女の御髪を優しく撫でるように梳く。

白夜叉はその光景に苦笑いを浮かべる。

そう言えば、輪廻は金髪少女―――もといレティシアには激甘だったことを思い出しながら。

輪廻に髪を梳かれながら、レティシアが彼女を見つめ言う。

 

「お戯れはよしてくれ、輪廻殿」

 

「ああ、済まないな。三年ぶりの再会だから嬉しくてつい」

 

勿論、大嘘である。

三年前、〝ウロボロス〟に捕まったレティシアを、輪廻は姿を変えて見守っていたのだから。

 

「そ、そうか」

 

輪廻は手をレティシアの髪から頬、首筋、肩へとなぞる様に動かしてきた。

 

「………ッ」

 

レティシアは身の危険を感じると、転がるように輪廻の手から逃げる。

それに輪廻は、逃げられたと残念そうな顔を見せた。

久々のスキンシップ―――全身撫で繰り回し計画は失敗に終わったのだった。

白夜叉はやれやれと頭を振ると、輪廻と身構えるレティシアを見回して一言。

 

「この私を置き去りにして二人だけお楽しみとはどういう了見だ!私も混ぜろ!」

 

「「は?」」

 

「おっとすまんすまん。つい本音がポロッと口から漏れてしまったわい」

 

白夜叉は隠す素振りもせずに思いを吐露し、呵々と笑う。

美少女同士の戯れを眺めるだけでは物足りないらしい。

そんな平常運転バリバリな白夜叉に、輪廻とレティシアは顔を見合わせて苦笑した。

気を取り直して、輪廻が本題に戻す。

 

「それで、レティシアが我輩の下に来たということは―――遂にレティシアが我輩のモノに」

 

「ならんわ!私が黒ウサギに言った時と似たような台詞を言うでないわ!」

 

「は、はは………」

 

真剣な顔で言う輪廻に、白夜叉がツッコミを入れる。

レティシアは顔を引き攣らせながら笑う。

輪廻にお持ち帰りされたら最後、何をされるか分かったものではない。

ちなみに、白夜叉が黒ウサギに言った時と似たような台詞というのは、十六夜達を連れて来たから遂に黒ウサギが自分のペットになるという意味不明な発言のことである。

輪廻は微笑し、本題に戻すTake2。

 

「それで、レティシアが〝サウザンドアイズ(ここ)〟にいるのは何故だ?三年前、〝ノーネーム〟を滅ぼした魔王に捕まって捕虜にされているのではなかったのか?」

 

勿論輪廻はその後、レティシアはカルk―――殿下率いる〝ウロボロス〟第三連合が〝ペルセウス〟に売ったことを知っている。

姿を変えた状態のまま、あの場に居合わせていたのだから。

ならば今、レティシアが白夜叉の下にいるのも当然、理解している。

そのことを知っていながらも知らないフリをする輪廻に、白夜叉は内心では怒りつつも、その問いに落ち着いた調子で答える。

 

「うむ。レティシアは我ら〝サウザンドアイズ〟の傘下の一つ―――〝ペルセウス〟が買い取っていての。私が無断で連れ出し今に至る」

 

「つまり人様の所有物を泥棒したのか。〝階層支配者(フロアマスター)〟である貴女がしていい行為とは思えんが、何か弁解でもあるなら聞こう。よもや〝サウザンドアイズ〟の幹部同士なら相手のモノを許可無く連れ出してもいいなどとは言うまいな?」

 

輪廻が白夜叉を睨みつけ、白夜叉もまた輪廻を睨み返す。

まるでどの口が言うかとでも言いたげな瞳で。

レティシアが白夜叉を庇う。

 

「ま、待ってくれ輪廻殿!白夜叉は私の為にやってくれたことなんだ!彼女を悪く言わないでくれ、悪いのは我儘な私なのだからな………!」

 

「ふむ。まあいいだろう。白夜様が理由もなく盗みに働くただのコソドロではないのは我輩もよく知っているからな。〝ノーネーム〟の再建を止める為に〝ペルセウス〟から脱出する手伝いを白夜様がした―――こんなところかレティシアよ?」

 

「あ、ああ。流石は輪廻殿だ。なんでもお見通しというわけか」

 

輪廻の持つ左右異なる色をした龍眼―――〝この世の全てを見通す瞳〟の前に隠し事や嘘は通用しない。

そんな彼女の瞳を以てしても、十六夜のギフトだけは中身を確認しなければ見抜けないようだが。

輪廻は微笑し、レティシアに言う。

 

「心優しいレティシアよ。〝ノーネーム〟の同士が茨の道を行こうとするのを止めようとしているが―――それは杞憂だ」

 

「なに?」

 

「それについては白夜様が話してくれる。我輩は共犯者ではないからな。教えてやる義理はない」

 

「あ、ああ。そうだな」

 

輪廻は話を白夜叉に振り、レティシアが白夜叉を見つめる。

白夜叉は、そうだのと頷いてレティシアに話始めた。

 

「まず、黒ウサギはかの黄金の魔王に依頼して異世界人を三人召喚した」

 

「黄金の魔王………〝クイーン・ハロウィン〟にだと?」

 

「うむ。そしてあやつが召喚した異世界人三人の中で、神格級のギフト保持者が現れたの」

 

「し、神格級のギフト保持者だと!?」

 

にわかに信じ難いと言うような表情で白夜叉を見るレティシア。

白夜叉は微笑して続ける。

 

「ふふ、正直私も信じられん。我が眷属の神格保持者・白雪が戦わずして降参したそうだからの。一体どんな力試しをしたのだろうな………のぅ、輪廻ちゃんよ?」

 

「は?輪廻殿が直接相手をしたのか!?」

 

「まあな。軽く遊んでやったが、中々面白い少年だった」

 

「そうだの。私に喧嘩を売ったり、相手の実力も推し量れる童だ。私が招待したゲーム盤を見て、私を表していることを見抜いたり、降参して〝試練〟を選んだ時なんか『試されてやる』などと言いおったからな。いやはや本当に面白い奴だったわ―――逆廻十六夜という小僧は」

 

白夜叉は十六夜のことを思い出して物騒な笑みを浮かべる。

そんな彼女を見て、レティシアは背筋がゾクリと、寒気がする感覚がした。

白夜叉の目は完全に面白い獲物を見つけたようなモノを映す瞳だった。

何よりも白夜叉のお気に入りである輪廻と戦った事実が、彼女の戦闘意欲を引き出しているのだろう。

だが今の話を聞いて、レティシアも動かずにはいられなかった。

 

「そう、か。ならば私は黒ウサギ達を止めるよりも先に―――彼らの実力をこの目で確かめたいな」

 

「ふむ?止めるのは一旦保留にして、童達の実力を知りたいと?」

 

「ああ。何か妙案はないか白夜叉?」

 

「そうだのう………たしか〝ノーネーム〟は〝フォレス・ガロ〟に喧嘩を売ったらしい。決戦は明日でギフト鑑定をしに〝サウザンドアイズ(ここ)〟へと足を運んだそうだからのう」

 

チラッとレティシアに目配せする白夜叉。

何が言いたいか分かったかの?とでも言いたげな表情でだ。

レティシアは気付いたように頭を下げてお礼を言った。

 

「助言、感謝する!では私はやることができたのでこれで」

 

「いや、まだ行かんでくれレティシア」

 

「え?」

 

白夜叉に待ったをかけられて戸惑うレティシア。

白夜叉は視線を輪廻に向けて言う。

 

「というわけでだ、輪廻ちゃん」

 

「ふむ。どういうわけかは知らんがなんだ?」

 

「おんしは私の捕r」

 

「ん?」

 

「おほん!私の旧き友として、レティシアの護衛を頼みたいのだが………やってくれるかの?」

 

「ほう?」

 

「……………は?」

 

白夜叉の頼みに微笑する輪廻。

レティシアは素っ頓狂な声を漏らして固まるのだった。

 

 

 

 

場所は変わり〝フォレス・ガロ〟本拠地。

白夜叉の私室から『空間跳躍(テレポーテーション)』なるもので、一瞬で移動してきた輪廻とレティシア。

正確には輪廻がレティシアを―――お姫様抱っこした状態でだが。

輪廻の腕の中で大人しくしていたレティシアだったが、中々下ろしてくれない彼女に訊いた。

 

「………いつになったら下ろしてくれるんだ輪廻殿?」

 

「我輩はレティシアの護衛だからな。このまま〝フォレス・ガロ〟に突撃するのも」

 

「悪いわッ!護衛対象をお姫様抱っこしながら連れ回す護衛とかいないだろッ!頼むから下ろしてくれ………ッ!!」

 

「やれやれ、照れ屋さんだなレティシアちゃんは」

 

レティシアを下ろす輪廻。

すぐさま輪廻から距離を取り身構えるレティシア。

さりげなくちゃん付けされたが、それを言及したら拉致があかないのでやめた。

ふと、レティシアは輪廻を見つめて訊いた。

 

「………その格好で行くつもりか?」

 

「ん?………ああ、そうだな。流石にこのままでは騒ぎになりかねんか」

 

輪廻は、ふむと少し考えを見せる素振りをした後、レティシアに言う。

 

「丁度いい。我が化身(アバター)を紹介しておくか。白夜様には言うなよレティシア?」

 

「………も、もし公言したら?」

 

「ああ、そうだな。レティシアにあんなコトやこんなコトをして生きているのが辛くなるレベルまで辱めてやろうか?」

 

「……………ッ!!?」

 

両手をわきわきさせてジリジリ迫る輪廻。

レティシアはゾワッと身の毛がよだつ感覚がして、自分の体を守るように抱き締めて後ずさった。

そしてつくづく思うことがある。

輪廻も白夜叉の変態(どうるい)ではないのかと。

輪廻は微笑し、レティシアの反応を楽しむ。

無論、輪廻はそんなことはしないししたら絶対に彼女達に嫌われるのは確実だからやるはずなどない。

輪廻は目を閉じると、彼女の体は光に包まれ見えなくなり、光が止むと―――白黒メイド服に身を包んだ金髪ロングの少女に変貌を遂げていた。

レティシアが金髪メイド少女をまじまじと見つめていると、彼女の目が開き紫色の瞳が露になる。

そしてレティシアと目が合った金髪メイド少女が微笑みながらスカートの裾を持ち上げ一礼し、自己紹介をする。

 

「お初目にかかります。私は西郷夢と申します。以後お見知りおきを、レティシアさん」

 

「え?あ、ああ。私はレティシア=ドラクレアだ。こちらこそよろしく頼むぞ、夢殿」

 

レティシアも自己紹介し、ふと夢の苗字を聞いて眉を顰めた。

 

「………失礼ながら夢殿」

 

「はい、なんですか?」

 

「夢殿の苗字のサイゴウは、〝西〟の〝業〟で西業か?」

 

「いえ、〝西〟の〝郷〟で西郷ですよ」

 

それを聞いて安堵するレティシア。

もし西業ならば、かの大魔王―――〝閉鎖世界(ディストピア)〟と同じ苗字である。

もしそうなら夢はディストピアの化身(アバター)の可能性が出てきて、永劫輪廻の正体がディストピアになってしまう。

だがそれは有り得ない話なのだ。

ディストピアは間違いなく、金糸雀達が倒している為、生きているはずがないのだから。

そしてもう一つ、夢に問わねばならないことがレティシアにはあった。

 

「質問、もう一ついいか夢殿」

 

「はい、いいですよ」

 

「何故メイドなんだ?あの奇抜な衣装ではないものに変えたのは理解できるが、護衛でメイドは目立ちすぎる気がするのだが」

 

「あ、これはですね。輪廻様が『不自然ではないかつ怪しまれない格好がいい』と言うことでメイドになりました」

 

「……………」

 

いや、メイドも十分不自然かつ怪しまれるぞとツッコミを入れようとしたレティシアだったが、その言葉を飲み込む。

龍角はないしどこからどう見ても人間のメイドにしか見えないからまあいいか、と割り切るのだった。

それからレティシアと夢の二人は〝フォレス・ガロ〟本拠地の屋敷の中へと侵入する。

完全に不法侵入だが、〝フォレス・ガロ〟はもっと酷いことをしている連中なのだから、自分達の行いは可愛い方だ―――とは思わないがなりふり構っていられない為、こういう行為に至った。

しばらくすると、男の叫び声と共に窓が割れる音が聞こえた。

何やら荒れているようだった。

その方向へ足を運ばせるレティシアと夢。

その男―――ガルド=ガスパーが更に叫ぶ。

 

「あの女のギフト………精神に直接触れる類だ。あんなのがいたらどんなゲームを用意しても勝ち目なんてねえぞ!」

 

精神支配の類のギフトを持つ女―――飛鳥のことだろう。

確かにガルドが彼女の〝威光〟を跳ね除けられなければ、彼がどんなギフトゲームを用意したとて勝ち目など皆無に等しい。

夢がそんなことを思っていると、レティシアが金髪を結っていた大きな黒いリボンを解いた。

すると幼かった彼女は一瞬にして妖艶な雰囲気を醸し出す大人な女性へと変貌し、開いていた扉から侵入してガルドに近付きながら言う。

 

「―――ほう。箱庭第六六六外門に本拠を持つ魔王の配下が〝名無し〟風情に負けるのか。それはそれで楽しみだ」

 

「っ、誰だ!?」

 

ガルドの驚きの声と同時、夢がコンコンと扉をノックしてからレティシアに続いて入ってきた。

 

「失礼しますね、虎さん」

 

「いや、なに君はご丁寧に入ってきてるんだ?」

 

貴族に仕えるメイドの所作のように立ち振る舞う夢に、思わず苦笑するレティシア。

夢は疑問符を頭上に浮かべながら小首を傾げ、当然では?と言いたげな視線をレティシアに向ける。

ガルドは二人を見回しながら獰猛に唸り声を上げて威嚇した。

 

「テメェら………どこのどいつか知らねえが、俺は今気が立ってるんだ。牙を剥かねえうちにとっとと失せろ」

 

「ふふ。威勢がいいのは評価してやる。だが、獣からの成り上がり風情が〝鬼種〟の純血である私に牙を剥くのか?」

 

「なっ……………!?」

 

ガルドは声を詰まらせで驚愕する。

先ほどまでの威勢はどこへやら、顔は青ざめ巨体をよろめかせて後ろに下がる。

 

「き、〝鬼種〟の純血だと………!?馬鹿を言え、鬼種の純血と言えば殆んど神格じゃねえか!そんなもんがどうして俺の下に来る!?〝名無し〟共の尖兵か!?」

 

「ああ、それだ。実はあの〝名無し〟とは少々因縁があってな。もう再建は望めないと思っていたんだが………新しい人材の中に神格級のギフト保持者がいると聞いて、様子を見に来たのだ」

 

ガルドは打ちのめされたように跪く。

精神支配のギフト持ちだけでも勝ち目がないというのに、更に神格級のギフト保持者という化け物を相手にしなければならないのかという事実に絶望する。

 

「そ、それはいつのことだ?黒ウサギじゃねえのか?」

 

「本日の夕方より少し前ですね。十六夜お兄ちゃんのデタラメ加減は私がよく知っていますし、虎さんでは絶対に勝てませんよ」

 

「「は?十六夜お兄ちゃん!?」」

 

レティシアとガルドが声を揃えて愕然とする。

夢はキョトン、と二人を見回し小首を傾げた。

 

「どうしましたか?」

 

「ど、どうしたもこうしたもあるか!そんな重大な話をサラッと言ってもいいのか!?それに夢殿の苗字は〝西郷〟で、十六夜という少年の苗字は〝逆廻〟じゃないか!どうして君は彼を兄と言ったんだ!?」

 

「え、えっと………」

 

レティシアに詰め寄られて困る夢。

ガルドはハッ、と馬鹿にしたように笑い始め夢と彼女の兄を笑う。

 

「神格級のギフト保持者と聞いてやべえと思ってたが、お嬢ちゃんのお兄さんかよ。なら負ける気がしねえ!何故なら―――今ここでお嬢ちゃんを攫って人質にすれば〝名無し〟共は俺に逆らえなくなるからなァ!」

 

そう言って下品極まりない笑みを浮かべながら夢に飛びかかろうとするガルド。

レティシアはガルドを止めようと思ったが、彼の外道っぷりに呆れていっそ痛い目を見させるかと傍観することを決めた。

ガルドは夢を殴って気絶させようと拳を振りかぶり―――

 

 

「―――しゃらくさい」

 

 

「ガッ………!?」

 

 

夢に腹部を殴られて無様に吹っ飛び、屋敷の壁に背中を強打して床に倒れ伏す。

それきりガルドは動かなくなってしまったが、恐らく気絶しているのだろう。

夢が、やってしまった!というような顔をして口元を押さえていた。

そして『輪廻』に文句を言った。

 

「り、輪廻様!?出力をもう少し抑えてください!虎さん、気を失っちゃったみたいですよ!?」

 

『ふん。我輩の化身(アバター)に手を出そうとしたからな。自業自得だ』

 

「は、はあ………」

 

全く悪びれるつもりのない脳内『輪廻』に、呆れる夢。

十六夜と違い、ギフトを使うには『輪廻』のバックアップが必要のようだ。

一方、レティシアは夢の力もそうだが、ガルドを殴る際に発した言葉を聞いて固まっていた。

―――しゃらくさい。

そう言った彼女に、かつて魔王だった頃のレティシアは救われた。

金髪ショートで緑色の瞳を持つ彼女―――金糸雀。

〝      〟大連盟の創始者の一人にして参謀を務め、数々の魔王を打ち倒した最強のゲームメイカー。

そんな金糸雀と夢の姿が一瞬、重なったように見えた。

レティシアは疲れているのか?と自問自答し、目を擦るとそこにはもう金糸雀の姿は消えていた。

気のせいか、そう思ったレティシアはこれ以上深く考えることをやめる。

金糸雀ならきっと無事で、どこかで元気に暮らしているに違いないのだから。

そんなレティシアが、金糸雀の死を知ることになるのはまだ先の話になる。

気絶したガルドは半刻も経過せずに飛び起きた。

それからガルドはレティシアの隣にいる夢にビクビクしながらも、レティシアの提案を飲んで〝鬼種〟のギフトを貰い、吸血虎に変貌するのだった。




輪廻の化身の正体は十六夜の妹。
そして輪廻と夢が『敵』だと理解したその時が。
〝ノーネーム〟にとって本当の絶望の始まりである。


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訪問

無理やりねじ込んだら1万文字近くいってしまった。


翌日、〝サウザンドアイズ〟・白夜叉の私室。

白夜叉と輪廻そしてレティシアの三人が集まっていた。

モニターのようなモノが幾つも空間にあり、何かが映し出されていた。

それは〝ノーネーム〟一同が〝フォレス・ガロ〟の居住区に集まっている光景だった。

これからギフトゲームを始める為の集まりだ。

無数のモニターから様々な視点で映し出されており、〝フォレス・ガロ〟の居住区が異様なモノに変貌を遂げていた。

木々がまるで生きているかのように蠢き、それらがビッシリと居住区に根を張りジャングルのようだった。

この木々はレティシアが〝鬼化〟させたモノだ。

別のモニターにはレティシアが〝鬼種〟を与え、吸血鬼化したガルドの姿もあった。

昨夜会った彼の姿はなく、人型ではなく完全に虎の姿をしている。

脳内『夢』が、虎さんが虎さんになってますね!などと呑気な言葉を発していた。

一方、白夜叉が扇子で口元を隠しながら、フホホホホと笑いながらとあるモニターに釘付けである。

そのモニターに映し出されるは―――黒ウサギのスカートの中身を覗き込もうとしている絶妙な視点という白夜叉得なお馬鹿なモニターだった。

フホホホホ!フホホホホ!フホホホホ!

レティシアはそんな白夜叉を冷ややかな眼差しで見つめ、ハッとしてスカートを押さえる。

そして輪廻を睨みつけて、まさか覗いているのかと言いたげな眼で訴えるレティシア。

輪廻は小首を左右に振り、レティシアの脳内に直接伝えた。

 

『安心しろレティシア。我輩に覗きの趣味はない。愛を伝えるならば直に触れるべきであろう?』

 

安心できるかッ!と心中で叫ぶレティシア。

とどのつまり、輪廻はやはり変態であった。

最強種には変態しかいないのだろうか?とレティシアは痛い頭を抱える。

ふと、輪廻が見つめる先のモニターを見つめて、レティシアが目を丸くした。

そのモニターに映っているのは―――十六夜の顔がドアップされたモノだった。

それをレティシアが問う前に、輪廻がレティシアの脳内に直接伝えた。

 

『ああ。コレは我が化身(アバター)のたm【きゃあああああーーーーーッ!!十六夜お兄ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!】………うむ、言わずとも分かるな?』

 

「は、はは………」

 

輪廻の言葉を遮るように脳内『夢』の歓喜の叫びが聞こえる。

凄まじいお兄ちゃん大好きオーラが輪廻の身体から放出される。

レティシアは、そういうことかと苦笑いをした。

茶番はさておき、輪廻達が見守る中、〝ノーネーム〟と〝フォレス・ガロ〟のギフトゲームが開始された。

ギフトゲーム―――〝ハンティング〟。

ホストの本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐というシンプルなものだが、〝契約(ギアス)〟により指定武具でしか討伐できないという限定付きだ。

これにより耀の〝生命の目録(ゲノム・ツリー)〟で借りた動物(ともだち)の力で物理的に傷付けることも出来なければ、飛鳥の〝威光〟で精神的に傷付けることも出来ない。

ガルドと彼女達の圧倒的な実力差を無くし、五分に持っていくゲームメイクとは流石だな、とレティシアを評価する輪廻。

そして五分になったことで、見応えのあるギフトゲームとなり、耀と飛鳥がどう出るか楽しみであった。

ギフトゲームの結果は―――〝ノーネーム〟の勝利に終わった。

だが仲間を頼らず独断でガルドに挑んだ耀は負傷。

飛鳥が白銀の十字剣(していぶぐ)に〝威光〟を行使し、〝疑似神格〟を付与する事で恩恵は極大化され、一撃でガルドを葬ってみせた。

如何に指定武具とはいえ、たったの一撃で対象を殺すほどの力はない。

これは飛鳥の為せる御業だが、おそらく彼女は白銀の十字剣を『支配した』という程度にしか思っていないだろうが。

それから黒ウサギが負傷した耀を〝ノーネーム〟に連れ帰り、残った三人は―――十六夜を筆頭にジン=ラッセルを掲げ上げ、〝フォレス・ガロ〟に奪われた〝名〟と〝旗印〟の返還を行った。

その際、〝ノーネーム〟が『打倒魔王』を掲げたのを聞いた輪廻から、星を殺しかねないほどの殺気を放出したのを感じ取る。

それにレティシアだけでなく、白夜叉さえゾッと背筋が凍り付く感覚がした。

そして同時に思う、輪廻は『魔王』ではないのに、何故『打倒魔王』に反応したというのか。

白夜叉と同じ『元・魔王』だとでもいうのか?だが『元・魔王』ならば何処かに隷属しているはずだ。

だがそんな情報は聞いたこともないし、輪廻の動きに制限があるとも思えない。

彼女は一体、何者なのだろうか………?

 

 

 

 

「では、〝ノーネーム〟へと向かうか、レティシアよ」

 

「あ、ああ………だが二つほどいいか?」

 

「なんだ?」

 

輪廻が小首を傾げて聞き返すと、レティシアが言った。

 

「何故私は純白ドレスに着替えさせられて、またお姫様抱っこされてるんだ?何故また輪廻殿は白黒メイド服に着替えているんだ?」

 

「なんだ、そんなことか。レティシアは吸血鬼の姫君だからその格好の方が合っているし、姫君をお姫様抱っこするのはそんなにおかしなことか?我輩がメイドの格好をしているのはレティシアの護衛だと言ったはずだが?」

 

「おかしいわッ!!メイドの格好はもう何も言わないが、輪廻殿は私で遊んでないか?遊んでいるよな!?わざと怒らせたり恥ずかしがる表情を見て楽しんでいるんだよな!?」

 

「そうだが?」

 

全く悪びれる素振りもなく即答する輪廻。

レティシアはガクリと頭を垂れた。

輪廻はレティシアが大人しくなったその時を待っていたかのように微笑し、白夜叉に向き直り言う。

 

「では行ってくる。それと白夜様―――〝ペルセウス〟の頭がここへ向かってきている。お相手を頼む」

 

「う、うむ。任された。輪廻ちゃんもレティシアのことを頼んだぞ」

 

「ああ。レティシアを守るついでに、〝ノーネーム〟のことも守ってやろう」

 

「なに?」

 

それは一体どういう意味だ、と問う前に輪廻とレティシアの姿が掻き消える。

〝ノーネーム〟の本拠地に『空間跳躍(テレポーテーション)』したのだろう。

意味深な発言を残した輪廻に、白夜叉は静かに呟いていた。

 

「輪廻よ、おんしは………〝ペルセウス〟が〝ノーネーム〟を襲うと、そう思っておるのか?」

 

 

 

 

「まあ、次回を期待するか。ところでその仲間ってのはどんな奴なんだ?」

 

「そうですね………一言で言えば、スーパープラチナブロンドの超美人さんです。指を通すと絹糸みたいに肌触りが良くて、湯浴みの時に濡れた髪が星の光でキラキラするのです」

 

「へえ?よく分からんが見応えはありそうだな」

 

「それはもう!加えて思慮深く、黒ウサギより先輩でとても可愛がってくれました。近くにいるのならせめて一度お話ししたかったのですけど………」

 

談話室でそんな話を十六夜と黒ウサギがしていると、

 

「―――ほう?レティシアの話をしているのか?それならば丁度いい手土産が貴様らにあるが」

 

「いや、誰が手土産だ誰が!?」

 

音も無く、輪廻と、彼女にお姫様抱っこされたままのレティシアが談話室に現れた。

あまりの唐突な出現に黒ウサギだけでなく、十六夜さえびっくらこく。

黒ウサギは、輪廻とレティシアの姿を認めて目を大きく見開き、驚愕の声を上げた。

 

「え?り、輪廻様!?それにレティシア様まで!?」

 

「ああ。昨日ぶりだな、兎娘、十六夜」

 

「様はよせ。今の私は他人に所有される身分。〝箱庭の貴族〟ともあろうものが、モノに敬意を払っていては笑われるぞ」

 

冷静な口調で微笑する輪廻と、黒ウサギの態度に苦笑するレティシア。

だがすぐにレティシアは、輪廻を睨みつけて言う。

 

「それよりも輪廻殿?いつになったら下ろしてくれるんだ?」

 

「ん?ああ、すまんな」

 

輪廻はレティシアを下ろす。

ビックリするほどあっさり手離した輪廻に、レティシアは驚きつつも距離を置いて警戒する。

やれやれと小首を振って輪廻が苦笑を零す。

十六夜は、ふうん?と輪廻とレティシアを見回して口を開く。

 

「昨日と格好が違うな輪廻?メイドか………ならそっちの純白ドレスの奴はどっかの姫君かなんかか?」

 

「ああ。レティシアは吸血鬼の姫君で、我輩は彼女の護衛だ。ゆえに先はお姫様抱っこを」

 

「だからそれはおかしいと言っているだろう!?」

 

「なるほど、その為のお姫様抱っこか」

 

「君は何故それで納得する!?」

 

愕然とするレティシアを、輪廻は微笑し、十六夜がニヤニヤと見つめる。

黒ウサギがそんな光景に苦笑しつつも、本題を訊く。

 

「そ、それでお二人はどういったご用件でいらしたのですか?」

 

「用件というほどのものじゃない。新生コミュニティがどの程度の力を持っているのか、それを見に来たんだ」

 

「先も話したが我輩はレティシアの護衛だ。誰に頼まれたかは言わずとも分かるだろう?」

 

「………白夜叉か」

 

「ああ、流石は十六夜だ。では何故貴様らの頭首に会うのを避けるようにコミュニティを訪れたかも分かるな?」

 

「………!ではやはりガルドに手を貸したのは、」

 

「ああ、私だ。お前達の仲間を傷付けてしまったからな。ジンには合わせる顔がないんだ」

 

「御チビが言ってた〝鬼化〟。なるほど、それで吸血鬼のお姫様か。そして美人設定だと」

 

「は?」

 

「え?」

 

「いや、いい。続けてくれ」

 

十六夜はヒラヒラと手を振って続きを促す。

輪廻はいつもの微笑を浮かべていた。

 

コミュニティを解散させるよう説得しに来たが、白夜叉から神格級のギフト保持者が〝ノーネーム〟に所属した事を聞かされる。

そこでレティシアは、コミュニティ救済の力があるかガルドを利用して試すも彼では当て馬にもならなかった。

飛鳥と耀ではまだまだ青い果実で判断に困るし、何よりも肝心の神格級のギフト保持者である十六夜が参加していなかったからだ。

その話を聞いて十六夜が笑って立ち上がる。

 

「ならあんたが俺を試せばいい。そう思わないか―――元・魔王様?」

 

「ふふ………なるほど。それは思いつかなんだ。実に分かりやすい」

 

それを聞いてレティシアも笑って立ち上がる。

だがそんなレティシアを輪廻が制した。

 

「いや、レティシアでは十六夜の相手は務まらん。我輩が代わりに力試ししよう」

 

「は?何を言ってるんだ輪廻殿!私なら」

 

「ふん。神格を失った貴様では無理だ、下がれ」

 

「………っ!」

 

図星を突かれたのか、言葉が詰まるレティシア。

ウサ耳で捉えたトンデモ情報にギョッと目を剥く黒ウサギ。

 

「え?神格を失った!?どういうことですかレティシア様!?」

 

「……………、」

 

「そんなに知りたければ自分の目で確かめるといい」

 

輪廻がパチンと指を鳴らすと、黒ウサギの眼前に金と紅と黒のコントラストで彩られたギフトカードが現れる。

黒ウサギは驚きつつもギフトカードを手に取り見つめ、震える声で言う。

 

「ギフトネーム・〝純潔の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)〟………そんな、ギフトネームが変わってる。鬼種は残っているけど、本当に神格が残っていないなんて」

 

「なんだよ。元・魔王様は吸血鬼のギフトしか残ってなくて弱体化してるのか?」

 

「………はい。武具は多少残してありますが、自身に宿る恩恵(ギフト)は………」

 

「まあそういうことだ。ゆえにレティシアでは十六夜の相手は務まらん。我輩が買って出たわけだが………不満か?」

 

輪廻が訊くと、十六夜はまさかと笑って首を横に振る。

 

「輪廻とは元・魔王様との力試しの後、友達のよしみで遊んでもらうつもりだったが、手間が省けて助かったぜ。元・魔王様があんなんじゃ、あんたの言う通り楽しめないだろうしな」

 

「ふむ?そんなに元・魔王様と戦いたかったのか?」

 

「別に?元・魔王様の白夜叉ともお預け状態だが、あんたとの再戦が出来るならどうでもいいさ」

 

「そうか。だが安心するといい十六夜」

 

「あん?」

 

それはどういう意味だ、と言いかけた十六夜は咄嗟に身構える。

輪廻の体から放たれた、尋常ではない殺気に反応したことによって。

輪廻は怪しげに光る白と黒の異なる眼で十六夜を見据えて告げる。

 

 

「我輩こう見えて『元・魔王』だ。ゆえにこそ我輩を楽しませてみせろ。なあ―――『打倒魔王』を掲げし〝ノーネーム〟の諸君ら?」

 

 

「「「……………ッ!!?」」」

 

 

衝撃のカミングアウトをした輪廻に、黒ウサギもレティシアも十六夜さえ戦慄する。

黒ウサギとレティシアも、輪廻が『元・魔王』であることを知らないし、彼女が『魔王』として暴れたことすら聞いたことがない。

考えられるとしたら一つしかない。

輪廻は正体を偽っているのだと。

彼女は『ウロボロス』を騙る〝何か〟なのだと、二人は確信する。

一方、十六夜は瞳を輝かせながら嬉々とした声を上げた。

 

「輪廻が『元・魔王』!?てことはあんたを倒したコミュニティが存在するってことか!?」

 

「そうだな。そのコミュニティは残念ながら『魔王』に滅ぼされてしまったが」

 

「へえ?こいつは面白い偶然だな。輪廻を倒したコミュニティもまた仮称・超魔王に滅ぼされて〝ノーネーム〟になってるのか。………ハッ、そういうことかよ。だからあんたは黒ウサギのコミュニティの面倒を、『魔王』に滅ぼされる三年前まで見てたってことだ?」

 

「ほう?面白い解釈だな十六夜。我輩が秘密裏に〝ノーネーム〟に隷属しているとでも?」

 

「じゃなきゃなんだってんだ?」

 

「ふふ、その答えを知りたきゃ我輩に一発入れてみせろ」

 

輪廻は微笑と共に窓から中庭へと降り立つ。

 

「上等だオラ!すぐに答えを言わせてやらあ!」

 

十六夜も飛び出して輪廻と向かい合う。

置いてけぼりを食らっていた黒ウサギとレティシアがハッとして我に返る。

輪廻が『元・魔王』なのは、金糸雀達が秘密裏に隷属させていたというのか?

黒ウサギやレティシアに内緒で?

そんな疑問が生まれる二人を余所に、輪廻と十六夜が激突していた。

第三宇宙速度というデタラメな速度で乱打された十六夜の拳や蹴りは、輪廻の人差し指が全てを受け止めていく。

輪廻の神速で打ち出された人差し指による突きを、十六夜は紙一重に躱していく。

互いの尋常ならざる攻防を目の当たりにした黒ウサギとレティシアは、開いた口が塞がらない状態で固まっていた。

輪廻は最強種の一角だから今更驚きもしないが、彼女の動きについていけてる十六夜はデタラメ過ぎた。

彼は本当に人間なのだろうか?という純粋な疑問が脳を埋め尽くしていった。

それから一分ほど経過し、輪廻が更に速度を上げて十六夜を翻弄し始めて人差し指の突きが十六夜の胸を捉えようとし、咄嗟に両腕でガードを試みるが、

 

「無駄だ」

 

「ぐっ………!?」

 

そのガードは人差し指で跳ね上げられ―――胸に触れるすんでのところで止まった。

輪廻は微笑し勝利宣言する。

 

「我輩の勝ちだ、十六夜」

 

「チッ、まだ速くなるのかよ」

 

負けて悔しそうに口を歪める十六夜。

二人の戦いを見届けた黒ウサギとレティシアも降りて来た。

 

「す、凄かったのです!ところで十六夜さんは本当に人間でございますか?」

 

「俺は人外になった覚えはないが?」

 

「いや、君の動きは吸血鬼の私でも真似出来ないぞ」

 

「そりゃどうも。俺としてはまだまだ余裕綽々な輪廻の顔を歪めてやりたいが、今の俺じゃ無理みたいだな」

 

「挑戦ならいつでも受けてやるからそう慌てるな」

 

「言ったな?なら今すぐ第三ラウンドおっぱじめようぜ!」

 

「やれやれ、元気だな十六夜。だがその前に―――レティシアに用がある連中が来たようだ」

 

なに?と三人が怪訝な顔をしたその時、遠方から褐色の光が射し込み、こちらに向かってきた。

レティシアはその光に気付いて叫ぶ。

 

「あの光………ゴーゴンの威光!?まずい、見つかった!」

 

焦るレティシアを、輪廻が抱き寄せ耳元で囁く。

 

「魔星の威光を受ける必要はない。元々大人しくレティシアを奴らに渡すつもりだったからな。〝ノーネーム〟を巻き込みたくはなかろう?」

 

「あ、ああ。だがゴーゴンの威光を放っておけば黒ウサギ達が!」

 

「それなら問題ない。我輩に任せよ」

 

輪廻はそう言って魔星の威光に右手を突っ込んだ。

そしてそのまま魔星の威光を掴み、握り潰した。

 

「「は?」」

 

「へえ?」

 

「「「「「馬鹿な!?」」」」」

 

素っ頓狂な声を漏らす黒ウサギとレティシア。

怪しく瞳を光らせる十六夜。

そして魔星の威光を容易く握り潰した事に愕然とする何者か達。

ゴーゴンの首を掲げた旗印―――〝ペルセウス〟の騎士達だった。

そんな彼らに輪廻が微笑して言う。

 

「そう強行手段を取らずともレティシアは貴様らに返すつもりだったんだがな」

 

「何!?」

 

「ぬかせ!〝名無し〟の分際でッ!」

 

「なんだ?中層風情が上層に席を置く我輩に挑むのか?」

 

「「「「「は、箱庭上層だと!?」」」」」

 

顎が外れるほど驚愕する〝ペルセウス〟の騎士達。

上層といえば修羅神仏が割拠する人外魔境。

そんな者が何故最下層にいるというのか、それも〝ノーネーム〟に?

〝ペルセウス〟の騎士達は輪廻の発言をハッタリと決めつけ嗤う。

 

「そんな嘘で我らが騙されるものか!」

 

「我ら〝ペルセウス〟を侮辱した罪、万死に値する!」

 

「覚悟しろ〝名無し〟共!」

 

「ふむ。聞く耳を持たんか………さて、どうすればいいかレティシア」

 

「いや、それを私に聞かれてもな………」

 

輪廻とレティシアがそんな話をしていると、〝ペルセウス〟の騎士の一人が輪廻に斬りかかってきた。

 

「我らの所有物、返してもらうぞ!」

 

「返さんとは言ってないんだがな」

 

輪廻は困ったように突っ込んできた騎士に向けて左手を翳す。

すると騎士の姿は掻き消え、元いた場所に跳ばされていた。

 

「「「「「……………は?」」」」」

 

「何が起きた!?私は確かにあの女に斬りかかったはず!?」

 

「貴様を元の場所に跳ばしただけだ、そう驚くな」

 

何の前触れもなく、レティシアを抱きかかえた輪廻がその騎士の眼前に現れる。

 

「うおっ!?」

 

「な、なんだ!?何が起きた!?」

 

「どっから湧いて出てきた!?」

 

「ふむ、いちいちうるさいなこいつら。そうは思わんか、レティシア?」

 

「いやだからなんで私に振るんだ?」

 

輪廻が騒がしい〝ペルセウス〟の騎士達を無視して、呑気にレティシアに話しかける。

無視されてイラつきつつも、ハデスの兜のレプリカを被った〝ペルセウス〟の騎士達が輪廻とレティシアを包囲した。

 

「ふん。ハデスの兜をつけて我輩の眼を欺いたつもりのようだが、我が龍眼の前では無意味だな、丸見えだ貴様ら」

 

「「「なん、だと!?」」」

 

「ええい!こうなれば一斉に突っ込んで取り押さえろ!」

 

「「「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」」」

 

「………本当に騒がしいな貴様らは」

 

輪廻は溜め息を吐くと、パチンと指を鳴らした。

すると輪廻とレティシアを捕らえんと突っ込んでいった〝ペルセウス〟の騎士達数十人が一瞬にして忽然と姿を消してしまった。

これには騒がしかった〝ペルセウス〟の騎士達も言葉を失う。

さっきとはわけが違う、今の一瞬で数十人規模の『空間跳躍』をやってのけた輪廻が〝ノーネーム〟の一員と見るのは間違いだったと知る。

彼ら全体に恐怖が浸透していく中、輪廻が忠告した。

 

「貴様らの仲間は我輩が〝ペルセウス(おうち)〟に返した。まだ我輩の言うことが信じられないのなら向かってくるといい。その代わり次は全員〝ペルセウス(おうち)〟に強制送還するが………どうする?」

 

「「「「「すみませんでした!!!」」」」」

 

輪廻が紛うことなき上層の者だと理解した〝ペルセウス〟の騎士達が一斉に深く頭を下げて渾身の謝罪を見せる。

〝ノーネーム〟なら兎も角、上層の者に敬意を払わなければ殺されると思ってるのか、彼らは全身を恐怖で震わせていた。

輪廻は満足したように微笑し、分かればよいと頷いた。

何だこの光景は、とレティシアは唖然として見つめていた。

大人しくなった〝ペルセウス〟の騎士達を見てから、輪廻は地上にいる黒ウサギに訊いた。

 

「さて、我輩はこいつらを伴って〝ペルセウス〟に行こうと思うが………なにかレティシアに聞いておきたいことはあるか、兎娘?」

 

「え?あ、はい。レティシア様を買い取る方は何処に住まわれてる方なのですか?」

 

「……………、」

 

「………?レティシア様?」

 

「………黒ウサギ、落ち着いて聞いてくれ。私が売られる場所は―――箱庭の外だ」

 

「なっ………!?」

 

箱庭の外と聞いて黒ウサギが血相を変えて叫ぶ。

 

「どうしてなのですか!レティシア様は―――〝箱庭の騎士〟は箱庭の中でしか太陽の光を受けられないのですよ!?その彼女を箱庭の外に連れ出すなんて………!」

 

「我らの首領が取り決めた交渉。部外者は黙っていろ」

 

〝ペルセウス〟の騎士の一人が突き放すように語る。

これには黒ウサギが激昂する。

 

「こ、この………!これだけ無遠慮に無礼を働いておきながら、非礼を詫びる一言もないのですか!?それでよく双女神の旗を掲げていられるものですね、貴方達は!!!」

 

「ふん。こんな下層に本拠を構えるコミュニティに礼を尽くしては、それこそ我らの旗に傷が付くわ。身の程を知れ〝名無し〟が」

 

「なっ………なんですって………!!!」

 

〝ペルセウス〟の騎士達に更なる侮辱をされて黒ウサギの堪忍袋が爆発する。

輪廻が穏便に済ませようと動いてくれていたが、黒ウサギには我慢の限界だった。

レティシアが黒ウサギを止めようと口を開くが、その口は輪廻に塞がれ耳元で囁いてきた。

 

「兎娘はレティシアのことを思って怒ってるんだ。彼女のその想い、しっかりと受け止めてやれ」

 

「……………ああ」

 

輪廻に諭され、レティシアは渋々従うことにした。

自分の為に黒ウサギが怒ってくれるのは嬉しいが、何か余計な真似をしないかヒヤヒヤしている。

しかしレティシアの嫌な予感は的中してしまう。

黒ウサギの右手には閃光のように輝く槍―――〝疑似神格・梵釈槍(ブラフマーストラ・レプリカ)〟が顕現する。

それに慌てふためく〝ペルセウス〟の騎士達に、輪廻は凶悪な笑みを浮かべると、レティシアを離して彼らを守るように立ち塞がった。

 

「り、輪廻様!?何を!?」

 

「兎娘、貴様の怒りは分かる。ゆえに遠慮せず帝釈天(インドラ)の槍を放つがいい。我輩が受け止めてやろう」

 

「………本当によろしいのですか?」

 

「ああ、構わん。撃て」

 

「………分かりました。輪廻様、どうかご無事で!」

 

黒ウサギはピンクの長髪を靡かせながら、帝釈天の槍を全力で撃ち放つ。

 

「はああああああああ―――――ッ!!!」

 

神速で撃ち出した帝釈天の槍は、輪廻目掛けて一直線に空を駆り―――その尖端を輪廻は人差し指で受け止めた。

 

「「「「「なっ………!?」」」」」

 

「へえ?」

 

帝釈天の槍を指一つで受け止める輪廻に、愕然とする黒ウサギとレティシアそして〝ペルセウス〟の騎士達。

十六夜だけは、黒ウサギの渾身の一撃さえものともしねえとかどこまでも俺を楽しませやがる、などと言ってそうな獰猛な笑みで輪廻を見つめていた。

彼女も彼女で、自身を穿てずとも無数に放出される神雷で滅ぼしにくる一撃にこれまでにない笑みを浮かべていた。

 

 

嗚呼、善き哉。

貴様の神雷をこの身に受けたのは、幾星霜ぶりだ。

やはり闘いはこうでなくてはな。

そうは思わんか―――〝神王(インドラ)〟よ。

 

 

輪廻は神雷を堪能し尽くしたのか、槍の柄を掴むと天幕に向けて投げ飛ばす。

その速度は十六夜ですら到達出来ない―――第六宇宙速度を叩き出して天幕に着弾し、更なる神雷を撒き散らし続けた。

驚きのあまり尻餅を突いていた黒ウサギを、輪廻は微笑して見下ろし言う。

 

「中々に良い一投であった。久々に楽しめた。だが―――まだ足りん。我輩を楽しませるにはまだ足りん」

 

そう言って輪廻は、凶悪な笑みを浮かべて十六夜を見つめた。

まるで、次は汝のとっておきを余に見せよ、とでも言ってきてるような眼差しだった。

それから輪廻が指を鳴らすと、そこにはもう〝ペルセウス〟の騎士達やレティシア、そして輪廻の姿は跡形もなく消え去っていた。




次回

ルイルイとの邂逅

十六夜のとっておき

失った記憶


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交渉

1万字超えてしまった………。


場所は変わり、〝ペルセウス〟本拠地。

輪廻の『空間跳躍(テレポーテーション)』で七桁の〝ノーネーム〟本拠地から一瞬で五桁の〝ペルセウス〟本拠地へと跳んできた事実に、言葉を失う〝ペルセウス〟の騎士達。

おそらく彼女は〝空間〟を司っているかあるいは〝境界門(アストラルゲート)〟を操作出来る者に違いない。

箱庭上層に席を置き、そして彼女の頭部にある白と黒の異なる立派な角を見るに、最強種の一角と見て間違いないだろう。

そんな彼女に喧嘩を売った〝ペルセウス〟の騎士達は、ドッと嫌な汗を滝のように流して俯いていた。

よく命があったものだと思うと同時に、なぜ彼女は〝ペルセウス〟の騎士達に一切危害を加えなかったのか。

〝ペルセウス〟を傘下に置いている〝サウザンドアイズ〟とことを構えたくないのだろうか?

何はともあれ助かった、と〝ペルセウス〟の騎士達が安堵していると、輪廻がレティシアを抱きかかえたまま屋敷の中へ入ろうとし―――

 

「って、お待ちください!」

 

「ん?」

 

「ん?ではありません!なに勝手に上がろうとしているんですか!?」

 

「なんだ、駄目なのか?」

 

「送っていただいたことには感謝しますが、不法侵入されるというのは流石に」

 

「い・い・よ・な?」

 

「「「「「はいッ!どうぞお入りくださいッ!!!」」」」」

 

輪廻の凄味に白旗を上げながら全力で頭を下げて彼女を招き入れる〝ペルセウス〟の騎士達。

なんというか哀れだな、とレティシアは〝ペルセウス〟の騎士達を可哀想な仔羊を見るような目で見つめた。

よろしい、と微笑する輪廻は彼らに招かれて屋敷の中へと入っていった。

それから輪廻は最上階まで行くと、玉座に腰かけ居眠りを開始した―――レティシアを抱き枕にしながら。

 

「すぅ………すぅ………」

 

愛らしい寝顔で寝息を立てながらスヤスヤ眠る輪廻に、〝ペルセウス〟の騎士達が堪らず叫ぶ。

 

 

「「「「「自由かッ!!!」」」」」

 

 

全くだッ!!!と内心で叫ぶレティシア。

しかし輪廻が眠ったのならば、今なら彼女の腕の中から逃げられるのでは?と思ったレティシアは脱出を試みるが、ガッチリホールドされていた為、断念した。

というより寝てるのになんて力だ、とレティシアは驚いていた。

ただ力が強いというだけでなく、レティシアを締め上げないように力加減もされている器用さ。

ずっと疑問に思っていたことだが、なぜレティシアに対してこうも過保護だというのか。

母親でもなければ、〝箱庭の騎士〟を造った『純血の龍種』というわけでもない、血の繋がりなどないはずなのに。

いやそもそもコレは変態だったな、とレティシアは思い直し深い溜め息を吐くのだった。

一方、〝ペルセウス〟の騎士達は眠っている輪廻を遠目から観察して何やらブツブツと呟いていた。

 

「寝ている隙に吸血鬼を奪還できるのでは?」

 

「寝首を掻くことは可能か?」

 

「………しかし良く見たら二人とも可愛いな」

 

「ああ、たしかに可愛い。なぜ今まで気付けなかったんだ?」

 

「そんな余裕が我らにはなかったのだろう」

 

「ではルイオス様がご帰還されるまで、我々は目の保養に彼女達を観賞するとしよう」

 

「「「「「うむ」」」」」

 

満場一致で〝ペルセウス〟の騎士達は輪廻とレティシアを観賞することにした。

最初の方は奪還だとか、寝首を掻くとか物騒なことを言ってたのに可愛いとか目の保養にするとかお馬鹿なことを言っていた。

レティシアは苦笑しつつも、襲われることはないことを知り安堵した。

………ルイオスか、とレティシアはその男に買い取られた日のことを思い出す。

ベッドに押し倒されて襲われるのかと思いきや、結局は何もしてこなかった。

『やっぱやめた。お前は愛想ないし体は殆んどガキだし僕の好みじゃない』とかなんとか言ってルイオスはレティシアを部屋から追い出した。

………思い出しただけで少し腹が立ってきた、私だって大人化すれば胸もそこそこあるんだぞ!と内心怒りを見せるレティシア。

愛想ないのは単純に、ルイオスなんかに振り撒くつもりは毛頭ないからだろう。

目的は〝ノーネーム〟だったし、〝ペルセウス〟には所有物らしく大人しくしてチャンスを伺っていただけに過ぎないのだから。

だがふと、レティシアは嫌な予感が頭に過ぎった。

ルイオスが好みそうな者が〝ノーネーム〟にいることを思い出して。

加えて彼女は献身的でルイオスの口車に乗せられて交渉に応じてしまったらと思うとレティシアの顔色がみるみるうちに青ざめていく。

頼む黒ウサギ!間違えても自分の身を犠牲にしてまで私を取り戻そうなどという馬鹿な真似はしないでくれッ!!と内心で悲痛の叫びを上げ、何も無いことを祈るレティシアだった。

それから暫くしてルイオスが屋敷へと帰還する。

何やら上機嫌の様子な彼を、側近の男が出迎え屋敷の中へと入っていく。

側近の男はルイオスに言った。

 

「ルイオス様、最上階にてお客様がいらしてます」

 

「うん?なに勝手に招き入れてんの?………ああ、なるほど。もしかして白夜叉が言ってたやつのことかな?まあいいや、案内しろ」

 

「ハッ!」

 

側近の男と共に最上階へと向かうルイオス。

最上階に着き、そこでルイオスが目にした光景は―――玉座に腰かけ、レティシアを抱き枕にして眠る輪廻の姿と、その少女二人を列をなして胡座を掻きながら観賞する〝ペルセウス〟の騎士達という何とも不思議なものだった。

口をポカンと開けて固まるルイオス。

意味が分からなかった、自分の玉座に腰かけ居眠りする輪廻もそうだが、自分の部下達の行為が一番謎すぎた。

全くもって、一体何をしているのやらとルイオスには理解不能であった。

だがレティシアの状態を見るや否や不機嫌そうに眉を顰めて騎士達に言う。

 

「何やってんのお前ら?つか吸血鬼石になってないじゃん。言われた通りに出来ないとかホント何やってんの?」

 

「「「「「はっ!?ルイオス様!おかえりなさいませ!!」」」」」

 

「え?あ、うん。ただいま………じゃなくて、なんで吸血鬼石になってないんだよ」

 

「え?あ、はい。石化のギフトを使って吸血鬼を捕らえようとしたのですが………そこで居眠りしてる彼女に握り潰されて失敗しました」

 

「……………は?」

 

素っ頓狂な声を漏らすルイオス。

星霊のギフトを素手で握りつぶしただと?と。

ゴーゴンの威光は触れた対象を石化させる効果を持つというのに、居眠り少女は素手で触れても石にならず逆に握り潰したというのだ。

ルイオスは顔を引き攣らせながら言う。

 

「へ、へえ。流石は白夜叉の言っていたやつなだけあるな。まさか星霊アルゴールの石化を無効にするとかどんだけだよ」

 

「私達も目を疑う光景を目撃した次第です」

 

「……………」

 

ルイオスは居眠りする少女を見つめながら、白夜叉の言葉を思い出す。

『私はむしろ貴様の同士が可哀想だと思ったわい。今頃は輪廻ちゃんの玩具にされておるだろうな』と言い、呵々と笑っていた白夜叉。

ハッタリだと思っていたルイオスだったが、部下の様子やレティシアが石になっていない事実を見れば嘘などではなかったのは一目瞭然である。

ルイオスはあの時の光景を思い出して震える部下達に、訊いた。

 

「それで、お前らは寝てるそいつにボコボコにされたから何も出来ずにいるわけだ?」

 

「いえ、それが彼女は私達には危害を加えませんでした」

 

「ふうん?………ああ、なるほど。そいつと白夜叉の仲なら、僕ら〝ペルセウス〟に危害を加えなかったのも納得できる。だって〝ペルセウス〟の後見人は白夜叉だからね」

 

つまり、白夜叉とことを構えたくなかったから居眠り少女は騎士達に一切危害を加えなかったということだった。

ルイオスは拍子抜けとばかりに肩を竦ませ笑う。

 

「なんだよ、白夜叉が言うからどんなヤバイやつかと思ったら大したことなさそうだね。今なら寝首も掻けそうだし、これ以上邪魔されたら困るから今ここで殺しとくか」

 

「ル、ルイオス様!?何を!?」

 

側近の男の声を無視して、ルイオスがギフトカードから一振りの鎌を取り出す。

そしてその鎌を、居眠り少女に振り下ろし―――

 

「ふむ、ようやく来たか。〝ペルセウス〟の頭首よ」

 

―――目を覚ました輪廻が、人差し指と中指の二本で鎌の刃先を白羽取った。

 

「「「「「なっ……………!?」」」」」

 

驚愕する騎士達とルイオスとその側近の男。

輪廻は眠い目をこすりながら白羽取りした鎌を見つめて呟く。

 

「なるほど、『星霊殺し』のハルパーか。たしかにこの鎌ならば、『純血の龍種』たるこの我輩を傷付けられるやもしれんな。だが、そんなノロマでは掠り傷一つさえ負わせられんが?」

 

「………チッ―――て、は?『純血の龍種』だと!?」

 

「ん?なんだ貴様、白夜様から聞いてないのか?」

 

「は、初耳だよッ!!クソ、まさか最強種相手に斬りかかってたのか僕!?」

 

「ふふ、しかも我輩の寝首を掻こうとしていたな?名前負けのボンボン坊ちゃんの分際で」

 

「ぐっ、」

 

言い返せず、苦虫を噛み潰したような顔をするルイオス。

今の一撃をあっさり受け止められてしまった以上、実力の差は歴然で勝てる気が全くしない。

それに『亜龍』ではなく『純血の龍種』の人型は、よく分からないがヤバイ、とルイオスの直感が警笛を鳴らしている。

ルイオスは鎌をギフトカードに仕舞うと、輪廻に訊いた。

 

「それで、お前がここに残ってたのは僕に用事があるんだろ?」

 

「ああ、そうだ。貴様、レティシアを箱庭の外に売ろうとしているんだってな?」

 

「そうだね。だけどその取引も、もしかしたら無くなるかもしれないよ」

 

「………?ああ、なるほどな。貴様はやはり黒ウサギに目を付けたか」

 

「へえ?よく分かったね。うん、そうだよ。僕は黒ウサギに一目惚れしちゃってさ、だから交渉したんだ」

 

「―――私を〝ノーネーム〟に返す代わりに、黒ウサギを〝ペルセウス〟が貰う………そういう交渉を黒ウサギに持ちかけたのか貴様ッ!!」

 

ルイオスの言葉を遮り、レティシアが彼の交渉内容を推測して言い、彼を怒りの形相で睨みつける。

ルイオスは鬱陶しそうにレティシアを睨み返して言う。

 

「なに僕が言おうとしたことを邪魔してお前が言ってんの?つか所有物の分際で偉そうな態度取るのやめてくれる?あー、まじでうざい」

 

「くっ………!」

 

「落ち着けレティシア。黒ウサギが貴様を見捨てるはずがないと、初めから分かっていただろう?それにまだ返事は貰ってないはずだ。そうだろう、〝ペルセウス〟の頭首?」

 

「え?あ、うん。一応一週間の猶予は与えたさ。未練とか残されても困るからね。僕の所に来たら金輪際、〝ノーネーム〟と関わることはなくなるんだし」

 

ケラケラと笑って言うルイオス。

レティシアは必死に怒りを抑えながらも、ルイオスを睨みつける。

輪廻は、なるほどと頷き更に問う。

 

「では万が一、黒ウサギが交渉に応じなかった場合は、従来通り箱庭の外に売るんだな?」

 

「そうなるね。え、なに?もしかしてアレ欲しいの?」

 

「うむ、超欲しい。もし我輩にレティシアを譲ってくれるのであれば―――我輩が〝ペルセウス〟の後ろ盾をしてやってもいいが」

 

「マジで!?あ、いやお前って何桁の住人?」

 

「ん?詳しくは教えてやらんがそうだな………〝全能領域(箱庭三桁)〟以上とでも言っておこうか」

 

「「「「「さ、三桁ッ!!?」」」」」

 

顎が外れんばかりに口を開けて驚愕する騎士達とルイオスと側近の男。

しかも以上ということは〝全権領域(箱庭二桁)〟の可能性も出てくる。

そんな怪物が後ろ盾になってくれるのならば、〝ペルセウス〟は安泰で間違いないだろ。

しかしレティシアにそれほどの価値があるとは思えないが、これは千載一遇のチャンスと思い、ルイオスは口角を吊り上げて笑って頷く。

 

「うんうん、いいよいいよ。お前………いや、貴女が〝ペルセウス〟を守ってくれるならそいつはあげる!黒ウサギが交渉に応じなかったらね?」

 

「ああ。交渉が決裂した場合は、我輩がレティシアを貰い〝ペルセウス〟を守ろう。………ついでに取引先を潰して証拠隠滅もするか」

 

うん?とルイオスが耳を疑った。

………取引先を潰して証拠隠滅って言わなかったか?

箱庭の外とはいえ、一国規模のコミュニティを滅ぼしていいのだろうか?

最強種は一体何を考えてるのかルイオスにはさっぱり分からないのだった。

それからレティシアを丁重に扱うようルイオスに約束を取り付けると、輪廻は白夜叉の下へ帰っていった。

 

 

 

 

「ただいま、白夜様」

 

「ん?おお、輪廻ちゃんか。丁度良かった」

 

輪廻の帰還に、白夜叉が意味深な発言をする。

輪廻は、なんだ?と思い視線を白夜叉から外すと、視界に十六夜の姿が映った。

 

「………十六夜?」

 

「輪廻か。俺がここにいるのが不思議か?」

 

「いや、大方〝ペルセウス〟と決闘する方法を探しに白夜様を頼ったのだろう?」

 

「ああ、流石は輪廻、話が早くて助かる」

 

「ふふ、我輩も先ほどまで〝ペルセウス〟の頭首と交渉していた。レティシアを譲ってくれるならば、我輩が〝ペルセウス〟の後ろ盾になろう、とな」

 

「へえ?輪廻が後ろ盾のコミュニティとかヤバイな!誰も挑む気ないんじゃねえか?」

 

「はてさて、それはどうだろうな。少なくとも我輩は〝旧ノーネーム〟に一度敗北している『元・魔王』だ。勝ち目があるやもしれぬと挑んでくる奴らはいないとも限らんが?」

 

「それもそうだな」

 

微笑する輪廻と、ケラケラと笑う十六夜。

それにしても俺ですら手も足も出ない怪物の輪廻を、一体全体どういう方法で倒したのか興味に尽きない。

本当に面白いコミュニティに所属したもんだ、と心の底から楽しげに笑う十六夜。

そんな彼に微笑した輪廻は、白夜叉に向き直り訊いた。

 

「それで、丁度良かったとは何のことだ?」

 

「ああ。私はそこの童に〝ペルセウス〟と決闘を行える方法を教えてやっての。ただ開催している場所がちと遠すぎるから、輪廻ちゃんの『空間跳躍』でちょちょいと連れて行ってやってほしいのだ」

 

「ほう?そういうことならお安い御用だ。だがな、十六夜」

 

「なんだ?」

 

仮令(たとえ)友の頼みであっても、タダでとはいかんな」

 

「………へえ?ならあんたは俺に何を望むんだ?」

 

十六夜の問いに、輪廻は凶悪な笑みと共に告げた。

 

 

「貴様の隠し持っている恩恵(ギフト)を我輩に見せてみろ。さすれば送り迎えをしてやってもよい」

 

 

そう言って、輪廻は懐からギフトカードを取り出す。

そのカードには〝互いの尾を喰らい合う三匹の龍〟―――〝ウロボロス〟の旗印が刻まれていた。

初めて見る輪廻の所属するコミュニティの旗印を見た十六夜は、不可解そうに眉を顰めた。

それもそのはず、〝ウロボロス〟は〝己の尾を喰らう蛇〟として描かれるのだが、輪廻のコミュニティ〝ウロボロス〟の旗印は、三匹の龍が描かれ互いの尾を喰らい合う様なのだ。

十六夜が思考を高速で張り巡らせようとするが、白夜叉のゲーム盤に招かれた時の感覚に似ていることにそれどころではなくなってしまう。

そして十六夜と白夜叉が投げ出されたのは―――漆黒の空間に輝く無数の星々と、蒼き星『地球』が眼下に広がっていた。

つまりここは『宇宙空間』であり、『地球』の真上のようだった。

十六夜は、ヤハハハ!と興奮しながら笑って両手を大きく広げ天を仰いだ。

 

「ここが輪廻のゲーム盤なのか!?」

 

「いや、我輩はゲーム盤を持たん。これは我輩の故郷を再現した〝疑似世界〟のようなものだ」

 

「似たようなもんだろ。しっかし白夜叉といい、あんたといい、俺の想像を遥かに超えたデタラメな景色を見させてくれやがる!〝箱庭〟って場所はこんなにもロマンが溢れてるのか!?」

 

「気に入ってくれたようで何よりだ」

 

瞳をキラキラと輝かせながら嬉々とした笑みを見せる十六夜と、そんな彼に微笑する輪廻。

一方、白夜叉は『地球』の赤道線上に幾つも建ち並んでいる〝何か〟を見つけて怪訝な顔つきになる。

何だ〝アレ〟は?………赤道線上に幾つも建ち並ぶ………〝塔〟?

白夜叉は神速で『地球』の周りを赤道線上に沿って飛んでみる。

そして〝塔〟のようなものの数を数えて、更に驚いた。

………『二十四本』の〝塔〟だと?………『太陽の主権』の数と同じ数の〝塔〟か………ううむ、分からん!

だがこの〝塔〟のようなものは、白夜叉もどこかで見たことがあるような気がしたが、一体どこで見たものか、と必死に思い出そうとする。

輪廻は白夜叉が何かを思い出そうとしているのを遠目で眺めていたが、その邪魔はせず十六夜に言った。

 

「さて、景色を楽しむのはいいが、そろそろ本題といこうか」

 

「おっと、悪い。『宇宙旅行』でもしてみたかったが、ここはあくまでも輪廻の創った〝疑似世界〟だったな」

 

「ああ、そうだ。まあ、このまま〝疑似世界〟に囚われていたいのならば、それも構わんが………それだと黒ウサギは救えんぞ?」

 

「……………そうだな。早くここから脱出しねえと黒ウサギがあの色男の物になっちまう」

 

そう言って十六夜は右腕を掲げる。

すると右手から極光が輝き、輪廻の〝疑似世界〟にある星々の輝きを飲み込んでいく。

どこまでも伸びていく巨大な極光の柱が、〝疑似世界〟の何もかもを飲み込み、〝疑似世界〟は徐々に割れ始めた。

輪廻はその光景を見て歓喜の笑みを浮かべていた。

 

 

やはり貴様は―――貴様は、『トウヤ』の………!

そうか、遂に見つけてくれたのか。

我輩の………(わたし)の親愛なる『カナリア』が!

ならば、救えるやもしれん。

幾星霜もの永き戦いで〝悪〟の御旗を掲げし余の真なる友―――『アジ=ダカーハ』の悲願を!

さあ、〝未来を救うと確約された英雄〟逆廻十六夜よ!

今こそ汝の往く道を歩み、そして運命に、宿命に抗ってみせよ!

余は幾らでも待ってる、何年だろうと何十年だろうと何百年だろうと。

だから余の下へ辿り着け、星の光よりも速く―――!

――――――――――〝創造主(マイマスター)〟。

 

 

そして十六夜の巨大な極光の柱は、輪廻の〝疑似世界〟を跡形もなく消し飛ばし、三人は白夜叉の私室へと跳ばされていた。

十六夜は畳が視界に入ると、戻って来れたんだなと安堵する。

輪廻の〝疑似世界〟すら切り裂けるとか、我ながらチートギフトを手にしてるなと苦笑する。

そうして十六夜は顔を上げると―――見覚えのない美少女が彼の顔を覗き込んでいた。

その者は十六夜と同じ金髪で、アメジストの瞳の少女だった。

見た目的に十六夜の弟の焔よりも若く幼い少女である。

実妹がいたとしたら、こんな美少女なのかもしれない。

ジーッと見つめてくる金髪美少女に、十六夜は頭を掻きながら一言。

 

「………誰だ?お前」

 

「………ッ」

 

十六夜の反応に、金髪美少女が悲しげな顔を見せ、俯いた。

十六夜が不思議そうに彼女の顔を覗き込もうとして、不意に彼女が口を開いた。

 

「………そっか。夢のこと、忘れちゃったんですね―――十六夜お兄ちゃん」

 

「………夢?………お兄ちゃん?」

 

「―――――っ」

 

やはり十六夜の反応は、金髪美少女こと夢の望んだものではなく、また悲しげな顔を見せる。

十六夜はどうしてそんな顔をするのか分からないといった調子で頭を掻き言う。

 

「………名前、教えな」

 

「……………西郷、夢です」

 

「西郷?ふうん?焔と同じ苗字か、凄い偶然だな」

 

「………焔お兄ちゃん」

 

「あん?さっきからお兄ちゃんお兄ちゃんって、俺も焔もお前のお兄ちゃんじゃないし、俺はお前とは初対面だが?」

 

「―――――ッ!!?」

 

夢の見る世界がグルグルと回って立っているのが困難になる。

十六夜は完全に夢のことを忘れてしまっていた。

夢はその事実に耐え切れず、部屋から飛び出して行ってしまった。

 

「お、おい!」

 

「よさんか小僧」

 

追いかけようとした十六夜を、白夜叉が扇子で制す。

 

「今日はもう輪廻ちゃんの気配を感じんの。今日は泊まっていけ小僧。おんしとあやつ………夢と言ったか?どういう関係かは知らんが、今はそっとしておいてやれ」

 

「………ああ」

 

白夜叉の行為に甘えることにする十六夜。

流石に『ちょっくら箱庭で遊んでくる』と言い残して早々帰るなど格好がつかないし、何よりも何の成果も得られていない状態で帰るわけにはいかなかった。

それにしても、西郷夢か………知らないはずなのに、初対面のはずなのに………どうして俺の胸はこんなにも苦しくなるんだ………?

わけも分からない感情が蝕む中、十六夜は眠りについた。

 

 

 

 

夢は一人、啜り泣いていた。

覚悟はしていた、だからこうなるのは分かりきっていたはずなのに。

実際に赤の他人と会話を交わすような扱いをされると、胸が張り裂けそうでとても辛く悲しかった。

輪廻曰く―――『〝消去〟された者の器になるということは、夢の存在もまた〝消去〟されるということだ。それは夢を知る者達の記憶からも例外なく〝消去〟される。思い出すことはまずないだろう』とのこと。

輪廻はかつて最初の化身(アバター)と共に、とある戦争で幾星霜もの永い時を戦い、最終的には〝乗り越える〟のではなく〝消去する〟という方法で殺された。

箱庭から消滅したはずの輪廻の器になるということは、つまりそういうことなのだ。

輪廻がそれでも存在できているのは、『純血の龍種』であり、箱庭の法則(ルール)の外側のもので、自己観測能力を持っているがゆえか、あるいは―――本来の霊格が別に存在しているからか。

だがその本来の霊格もまた、〝乗り越える〟ことが出来なかった為か、輪廻の故郷へと続く未来は、神話は閉ざされ実現不可能のものになってしまった。

〝    〟は〝消去〟され、真の〝   〟へと至る道が閉ざされてしまったこの箱庭では、その霊格を併せ持つ『純血の龍種』たる輪廻の器となることを選んだ夢は、大好きな十六夜(おにいちゃん)の記憶から〝消去〟される運命を受け入れるしかない。

夢は涙を拭って立ち上がる、いつまでも泣いてちゃ駄目だと、私は十六夜お兄ちゃんと焔お兄ちゃんの実妹で、金糸雀お姉ちゃんから沢山愛を貰って育ってきたのだから。

 

 

「―――それでこそ、私の可愛い夢ちゃんよ」

 

 

「……………え?」

 

 

夢は目を見開いたまま固まる。

その声の主は、夢の弱々しい背中を優しく抱きしめて耳元で囁く。

 

「あいつとの〝契約(ギアス)〟を破って会いに来ちゃった!」

 

「ひゃあ!?………て、え?金糸雀お姉ちゃん!?」

 

驚き振り返る夢の視界には、フードを目深に被る女が映った。

夢がフードの顔を覗き込み、金髪ショートにエメラルドの瞳が特徴的な彼女は紛れもなくあの金糸雀だった。

だが夢は驚きを隠せない、なぜなら金糸雀は外界で亡くなった事実を知っている。

 

「………本当に金糸雀お姉ちゃん………なんですよね?」

 

「え?もしかして疑われてる私?」

 

『―――まあ、貴様は外界で死んだことになっているらしいからな。それは余の偽装工作だが』

 

「へ?」

 

「そういうこと。ユーちゃんに渡されていたギフトを使って一時的に仮死状態になって、死を偽装したのよ。それから夢ちゃんや十六夜君と会わないように」

 

『ちょっといいか金糸雀』

 

金糸雀の言葉を遮る輪廻。

金糸雀は話を遮られてやや不機嫌そうな顔で聞き返す。

 

「なにかしら?」

 

『ユーちゃんというのは、余のことか?』

 

「そうよ。ユートピアのユーちゃん。素敵な愛称だと思わない?あ、それとも閉鎖ちゃんとかでも」

 

『閉鎖ちゃんはやめろ。余はもう『魔王』ではないのは、余を殺した貴様が知っていよう?』

 

「それもそうね。しっかし幾星霜もの永い時を殺し合った彼の大魔王様の本体が、あんな可愛らしい見た目をしていたなんて驚きよ。クロアのやつが密かに『我が幼女ハーレムに入れて愛で回したいッ!!』とかなんとか計画していたわね」

 

『ほう?レティシアに飽き足らず、余にまであのロリコンの魔の手が迫っていたのか。うむ、では今度会った時には奴の股間を粉砕してやるか』

 

「あー、うん。なるべくお手柔らかにね?ユーちゃんが容赦しなかったらあのクロアでもひとたまりもないでしょうし」

 

『ふむ、善処しよう』

 

そんな感じで輪廻と金糸雀が会話をしていると、夢が不意に金糸雀を抱きしめた。

夢は体を震わせながら涙を流し、嬉しそうに笑った。

 

「金糸雀お姉ちゃんが、生きていてくれて、よかったです………ッ!!!」

 

「夢ちゃん………あーもう!こんな可愛い子にそんな顔されたらこうしちゃうッ!!」

 

そう言って金糸雀は、夢を抱き上げるとそのままクルクルと回り始めた。

夢は久々の感覚に満面の笑みを見せる。

 

「わーーー!わーーーーー!」

 

「ふふ、そーれ高ーい高ーい!」

 

まるで母と子のような関係の金糸雀と夢に、輪廻は微笑を浮かべる。

だが金糸雀のお陰で夢がすっかり元気を取り戻していたのを見れば、自分との〝契約〟を破って夢に会いに来たことは水に流そうと思った。

まあそれはさておき、夢と交代してもらった輪廻は懐から何かを取り出し金糸雀に投げる。

 

「わっ」

 

それを危なげに受け取った金糸雀は、黄金に輝く指輪を見つめて首を傾げた。

金糸雀が訊くよりも早く、輪廻が説明する。

 

「その指輪には余の霊格が込めてある。それを指に嵌めておけ。さすれば貴様は死ぬことはない」

 

「………あら、私を生かしてくれるの?」

 

「なんだ?貴様は西側で生まれた娘だ。ならば余にとっては娘同然だからな。むざむざ死なせる親がどこにいる?」

 

「………そう。ふふ、随分と可愛らしいお母さんだこと」

 

「………ふん、言ってろ」

 

金糸雀の茶化しに、僅かに頬を赤らめる輪廻。

彼女が相手だと、どうも調子が狂うらしい。

 

「さて、金糸雀よ。余の影の中で、余と共に箱庭の行く末を見届けようか。なるべく外に出してはやるが、貴様は我が化身とは違って〝消去〟されたわけではないからな。下手に動いて生きていることがバレれば、箱庭に大きな影響を与えかねん」

 

「ええ、分かってるわ。私とユーちゃんは『敗北者』。これ以上の箱庭への干渉は避けないといけないわね。箱庭の未来は、新しい子達に委ねて私達は隠居しないとね」

 

「分かればよい。ではまたな、余の親愛なる金糸雀よ」

 

「ええ。またね、私の可愛いユーちゃんと夢ちゃん」

 

「ん?」

 

「なんでもないわ。でもせっかく箱庭に戻ってこれたのに、十六夜君や黒ウサギ達に会っちゃいけないとか死んじゃいそう」

 

「………余と夢がいつでも抱きしめてやるから元気出せ」

 

「うし!超元気出た!それじゃあね!」

 

ズズズズズ、と輪廻の影の中へと入っていった金糸雀。

やれやれ、やっと行ったかと珍しく疲れたような顔を見せる輪廻。

今ではこう軽口を叩き合える仲ではあるものの、彼の戦争では永きに亘り殺し合い、沢山の命が失われていった。

つまり、かつては敵同士であり、互いが相容れぬ存在だったということ。

それが終わり、幾星霜の月日が流れ今に至るのだ。

そんなあの頃を思い出しながら輪廻は天を仰ぎ呟いていた。

 

「余と夢、そして金糸雀の存在は箱庭にとってイレギュラー。この存在と余の正体を知る者は唯一無二―――協力者たる黄金の魔王〝クイーン・ハロウィン〟だけなのだからな」

 

女王に弱味を握られるのは正直アレだが、彼女の協力無くしては我が化身の召喚と金糸雀の帰還はなし得ないのだから。




なんか色々と設定てんこ盛りだけど後悔はしていないッ!!


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決意

またしても一万文字突破…最初に比べて文字数が増えてく一方だな。


翌日の早朝。

十六夜は後頭部に違和感を覚えて目を開けると―――例の金髪美少女が彼の顔を覗き込んでいた。

 

「……………」

 

「ん?ああ、起きたか。おはよう十六夜」

 

「……………輪廻か。この状況について説明を求めたいんだが」

 

「ん?ふふ、いや十六夜の寝顔が可愛くてついな。無料で寝顔を拝見するのは失礼と思っての膝枕だが………寝心地は良くなかったか?」

 

「いんや、悪くはなかった。だがメイドの格好をして、膝枕をするとか俺を誘ってるのか?」

 

「なんだ?こんな年端もいかぬ娘の体に欲情しているのか?美少女ならば誰でもいいという口か、節操が無い男だ」

 

「酷い言い草だな。生憎だが俺は未成熟なガキに手を出す気はねえよ。俺が手を出すとしたら強いて言うなら―――」

 

「黒ウサギか?」

 

「―――――ッ!!?」

 

十六夜は驚愕に目を見開き、勢いよく体を起こしゴチンッ!!ととても痛そうな音を響かせた。

 

「……………っ!!」

 

十六夜は輪廻の額とゴッツンコしたことで、痛そうに顔を歪める。

だがその時、十六夜の目に映った輪廻―――否、夢の姿に、どういうわけか『懐かしさ』を感じた。

十六夜は目をこすりながら輪廻を見ると、既にその『懐かしさ』はどこかへと消えていた。

………なんだ今の?

十六夜は痛む額を押さえながら先ほどの謎の感覚に眉を顰める。

一瞬、何かを思い出せそうな感じがしたのだが、それはすぐに泡となって消えていった。

もしかしたら輪廻なら何か知ってるのかもと十六夜は思い、彼女に訊ねた。

 

「………なあ、輪廻」

 

「なんだ?」

 

「西郷夢ってヤツを知ってるか?」

 

「ん?ああ、我輩の―――(わたし)化身(アバター)のことか」

 

「あん?」

 

輪廻が急に一人称を変え、まるで別人のような雰囲気を纏ったことに警戒する十六夜。

輪廻は微笑して小首を振る。

 

「そう警戒するな西郷―――ああ、いや、今は逆廻十六夜だったか」

 

「なっ………!?」

 

〝西郷〟と呼ばれて十六夜の警戒心が最大になる。

輪廻を鋭く睨みつけながら叫ぶ。

 

「テメェ………なんで俺の本当の姓を知ってやがる!」

 

「何故って、それは貴様の実妹が西郷夢だからだが?」

 

「は?あいつが、俺の実妹………?」

 

「そうだ。そして貴様から夢との記憶が失われているのは、余が原因だ。余が、夢を化身として利用しているせいなんだ」

 

「記憶の損失だと?それとあんたがどう関係してるってんだ?」

 

「詳しくは教えてやれんが………そうだな。この箱庭に於いて、余は〝消去〟された存在だからだ。ならばそんな存在しない余の化身となった夢も同じように箱庭から〝消去〟されるのは道理であろう?」

 

「ちょっと待て。輪廻は〝消去〟された存在なのか?ならどうしてあんたは箱庭に存在していられるんだ?」

 

「それは企業秘密というやつだ十六夜」

 

片目を閉じて口元に指を当てて悪戯っぽく笑う輪廻。

十六夜はその〝企業秘密〟とやらが気になったが、訊いても多分教えてくれないだろうと悟った。

十六夜は諦めたように笑い、すぐに真剣な顔つきで顎に手を当て考える。

 

「………輪廻は〝消去〟された存在で、夢ってヤツは〝消去〟された者の化身………つまり、俺の記憶から夢が存在ごと〝消去〟されてるってことか?」

 

「マーベラス、大正解。流石は十六夜だ」

 

「………なら、西郷夢は本当に俺の………?」

 

「ああ。貴様の実妹だ。そして貴様の実弟である西郷焔とやらの実妹でもあるな」

 

「そうか………」

 

十六夜は顔を伏せる。

夢が十六夜と焔の実妹と知らされて、実感が湧かないし何も思い出せない。

だが本当に彼女が妹ならば、〝消去〟された記憶の中にいるというのならば、取り戻したいと思った。

伏せていた顔を上げて輪廻を見る。

今の彼女の容姿は、夢そのものであり、年齢は八、九歳あたりだろう。

こんな幼い少女を化身にする輪廻も輪廻だが、夢に至ってはその覚悟は計り知れないものだったのだろう。

何故なら、輪廻の化身になるということは―――大好きな十六夜(おにいちゃん)を奪われることになるのだから。

 

「……………っ、」

 

十六夜はやるせない気持ちになる。

記憶から〝消去〟されていたとしても、夢を赤の他人扱いしたことに罪悪感を覚えた。

夢は実兄の十六夜に赤の他人扱いされ、胸が張り裂けそうなほどの想いをしたに違いない。

泣きながら走り去った彼女のあの背を、十六夜は見たのだ。

彼女を酷く傷付けてしまったのは間違いないのだから。

十六夜は暫し無言でいたが、スッと真剣な表情で輪廻に言う。

 

「輪廻………夢に会わせてくれないか?」

 

「ああ、いいぞ。ふふ、まさか十六夜が夢に会いたいと言うとは思わなんだ。さて―――起きろ夢」

 

途端、輪廻の気配が消え失せ、眠っていた夢が起きた。

 

「ふぇ?………っ!い、十六夜さん」

 

「おう、夢。こっち来な」

 

「へ?あ、はい―――きゃっ!」

 

夢が十六夜に歩み寄ろうとし、彼に腕を掴まれるとそのまま引き寄せ抱きしめられた。

驚く夢はあたふたとした様子で十六夜に言う。

 

「い、いい十六夜さん!?こ、こここれは一体!?」

 

「おいおい他人行儀はやめろって。あんたが俺に言ったんだろ?〝お兄ちゃん〟って」

 

「………!十六夜お兄ちゃん、記憶が戻って!?」

 

「いや、悪いな。記憶に関しちゃ全くだ。だが、輪廻の話が本当ならあんたは本物なんだろ?なあ、我が妹よ」

 

「うんうん!十六夜お兄ちゃん!十六夜お兄ちゃんッ!!」

 

嬉しそうに興奮して抱きしめ返す夢。

十六夜は苦笑いを浮かべながらもポン、と夢の頭に手を置いて言う。

 

「今は何も思い出せないが、絶対に取り戻すから―――それまで待っててくれるか?我が妹よ」

 

「うんうん!ずっと待ってる!ずっと、ずぅっと待ってるからッ!!」

 

涙を流しながら十六夜を抱きしめる夢。

十六夜はやれやれと苦笑しながら夢の頭を優しく撫でて―――

 

 

『―――そうね。夢ちゃんのこと、ちゃんと思い出してあげないと許さないわよ―――十六夜君』

 

 

「………ッ!!?」

 

ハッとして顔を上げ、周囲に視線を向ける十六夜。

だが今ここにいるのは夢と十六夜だけで、第三者の姿どころか気配などありはしない。

それでも十六夜にはこの声を聞き間違えるなどありえなかった。

………ハッ、幽霊になっても俺に付きまとう気かあのクソババア。

などといつもなら悪態をつく十六夜なのだが、今回ばかりは違った。

 

「………そうだな。夢のこと思い出してやらないとな―――金糸雀」

 

フッと笑う十六夜は、亡き金糸雀に向けて呟いていた。

夢は満足したように輪廻と交代して、

 

「―――いつまで余を抱きしめてる気だ十六夜?」

 

「おっと、悪いな。夢は寝たのか?」

 

「寝てはいないが〝表〟に出てるのは余だ」

 

「そうかい」

 

十六夜は輪廻を離し、軽く伸びをする。

しばらく無言で輪廻を見つめたのち、十六夜は彼女に訊いた。

 

「なあ、輪廻」

 

「なんだ?」

 

「夢を思い出す方法………なんかないか?」

 

「ふむ、そうだな」

 

輪廻は少し考えたのち、微笑してこう言った。

 

 

「余の霊格(しょうたい)を暴け、さすれば我が化身のことを思い出すであろう」

 

 

「輪廻の霊格、だと?あんたは『ウロボロス』じゃないのか!?」

 

「いや、余は本物の『ウロボロス』で違いない」

 

「なら、」

 

「だが貴様の知っている『ウロボロス』ではない。それらの殆んどは、箱庭の―――いや、コレを言うのはルール違反か」

 

「………俺の知ってる『ウロボロス』ではないってことは、あんたの霊格(しんじつ)は全くの別物だって言うのか?」

 

十六夜の言葉に首肯する輪廻。

つまり、十六夜はこの箱庭で輪廻の霊格を一から洗い出さねばならないということだ。

これは参ったな、と十六夜は苦笑を零すも、夢の為に成し遂げてみせるさと意気込んだ。

そんな十六夜に、輪廻は期待するのだった。

それから輪廻は約束通り十六夜を目的の場所へと送り出し、しばらくしてから入口で待機していた輪廻の下へ大風呂敷を抱えた十六夜が帰還する。

輪廻はその中身を見るまでもなく―――海魔(クラーケン)とグライアイを打倒した証を手に入れたのだなと理解した。

十六夜と共に白夜叉の下へと帰還する輪廻。

白夜叉は、十六夜の脇に抱えた大風呂敷を見つめ驚いていた。

 

「あの二体を小僧一人で倒すとは、どこまでもデタラメなやつだのおんし」

 

「そこそこ面白くはあったが、輪廻と戦う方が断然面白いな」

 

「………ふむ。これは十六夜を楽しませられる逸材は、〝ペルセウス〟にはいなさそうだな」

 

ヤハハと笑う十六夜に、白夜叉と輪廻はやれやれと苦笑する。

その後、十六夜は〝ペルセウス〟との決闘をする為の戦利品を持って〝ノーネーム〟へと帰って行った。

 

 

 

 

それから五日が経ち、〝ペルセウス〟と〝ノーネーム〟がギフトゲームをすることが決まった。

決めてはやはり、十六夜が〝ペルセウス〟への挑戦権を獲得していたことだろう。

海魔とグライアイを打倒されたとあれば、〝ペルセウス〟は〝ノーネーム〟との決闘を応じずにはいられないのだから。

白夜叉の私室には、白夜叉と女性店員が集まっており、一つのモニターを眺めていた。

そのモニターには、作戦会議をする〝ノーネーム〟が映し出されている。

ギフトゲーム―――〝FAIRYTALE in PERSEUS〟。

ホスト側のゲームマスター・ルイオス=ペルセウスを打倒するというシンプルなものだが、彼に辿り着くことこそが難しいものだった。

何故なら、ルイオスがいる最上階まで『姿を見られてはいけない』というルールがあるからだ。

姿を見られたものは挑戦資格を失い、ルイオスに挑むことは出来なくなるが、ゲームの続行は可能というもの。

だがこのルールはプレイヤー人数の少ない〝ノーネーム〟には厳しく、綿密な作戦が必要となる。

プレイヤー側のゲームマスター・ジン=ラッセルの姿が見られただけで〝ノーネーム〟の敗北が決定してしまうのだから。

それだけじゃない、ルイオスには『元・魔王』という切り札がある。

アレを相手に出来るものはおそらく、十六夜だけであり、彼をジンと共に最上階に向かわせることが出来ねば、〝ノーネーム〟に勝ち目はないだろう。

幸い、ルイオスは相手が〝ノーネーム〟だから大したことないと高を括っている為、上手くその隙を突けば勝ち目は十分にある。

白夜叉はそう確信していた、何せ十六夜は輪廻の〝疑似世界〟を破壊するギフトを持っていたのだから。

 

「最強種を倒せるほどのギフトを―――〝疑似創星図(アナザー・コスモロジー)〟を人間の小僧が手にしているとはの。ますます以て〝正体不明(コード・アンノウン)〟な童だ」

 

モニターに映る十六夜を見つめながら白夜叉は呟く。

〝疑似創星図〟は本来、神群の代表者か龍種にしか振るえない代物なのだ。

それを人類の十六夜が振るえるのはまずありえない話だ。

彼が〝疑似創星図〟を振るえるその謎を紐解くにはまず―――輪廻の化身『西郷夢』を知らねばならない。

 

「………〝西業〟の〝夢〟か。とてつもなくおぞましい名前だの。まるで彼の大魔王―――〝閉鎖世界(ディストピア)〟を彷彿させおる」

 

東西南北に仕切られた箱庭の世界の一地方を、西側を支配した〝人類最終試練(ラスト・エンブリオ)〟―――〝閉鎖世界〟魔王ディストピア。

極西の魔王(ファー・ウェスト)〟、〝人類最終観測者(ラスト・オブサーバー)〟、〝神喰らい(ゴッド・イーター)〟などの王号を与えられた最強の魔王の一角。

もしも永劫輪廻の正体が〝閉鎖世界〟ならば、由々しき事態である。

 

「いいや、ありえん。奴は金糸雀達が倒したはずだ、生きているなどあってはならん!あっては、ならんのだ………ッ!!」

 

白夜叉は血が滲むほど拳を強く握り締める。

〝人類最終試練〟を倒さねば、箱庭に未来はない。

金糸雀達が建ち上げた大連盟―――〝      〟が、〝閉鎖世界〟を倒し、〝絶対悪〟魔王アジ=ダカーハを倒すまでには至らずとも封印する偉業を成し遂げてみせた。

タイムリミットの機能を果たす〝退廃の風(エンド・エンプティネス)〟も止まっており、箱庭を脅かす最古の魔王達はいない………はずなのだ。

だがもし、〝閉鎖世界〟が箱庭に存在し続けているというのなら、再び〝退廃の風〟が動き出す恐れがある。

箱庭の危機の再来、なんとしても防がねばならない事態だ。

輪廻が〝閉鎖世界〟であるならば、旧き友として引導を渡してやらねばならない。

輪廻の力は未知数で果たして勝てるかどうか分からないが、推定二桁が相手であるならば、二桁ナンバーの白夜叉以外に相手どれるものなどいやしないのだから。

 

「―――白夜叉様?先ほど恐ろしい大魔王の名が聞こえた気がしたのですが」

 

「え?あ、ああいや!おんしが気にすることではない!それよりもゲームの方はどうなっておる?」

 

「………?ええと、たった今作戦を決め終わってこれから突入しようとしているところですね」

 

「そうか。ふふ、果たして童達は〝ペルセウス〟を相手にどこまでやれるか、見物だの」

 

白夜叉は同伴者の女性店員の存在をすっかり忘れていたらしい。

危うくとんでも情報を彼女の耳に入れてしまうところだった。

いや既に耳に入れてしまっているかもしれないが、取り敢えずてきとうに誤魔化すことには成功したであろう。

ふう、危ない危ないと白夜叉が冷や汗を掻きながらモニターに視線を向けていると、

 

「―――ん?もう始まってしまったか」

 

「む?おお、輪廻ちゃんか。うむ、始まっておるぞ―――って、その子らは?」

 

白夜叉は今し方帰還した輪廻の後ろにいる、フードを目深に被った幼い少女達を見つめて問い質す。

輪廻は微笑を浮かべると、後ろの少女達に話しかけた。

 

「もうフードはとってもよいぞ―――ラミアとその娘」

 

「はい、輪廻様」

 

「その娘という呼び方に異議を唱えたいのだわ!」

 

ポニーテールの金髪と紅い瞳が特徴的な美少女―――ラミアと。

ラミアの娘と呼ばれたツインテールの金髪美少女が納得がいかないような顔で輪廻を睨みつけていた。

輪廻は困ったように小首を振り返す。

 

「どっちもラミアでは紛らわしいからな。二世ちゃんがいいか?」

 

「誰の二世ですか誰のッ!」

 

「確かにそうだな。ではやはり今ここで娘の新たな名前を決めねばならんようだラミアよ」

 

「そ、そうですね。レイミアというのはどうでしょう?」

 

「ん?レティミアと言ったか?」

 

「言ってません!それにその名前だとまるで私と姉上の娘みたいじゃないですかっ!!」

 

赤面して怒るラミア。

そんな彼女の顔をラミア二世がジーッと見つめて一言。

 

「その割にはお顔に〝それも悪くない〟と書いてありますよお母様?」

 

「―――ッ!!?ラ、ラミアッ!!そこに直りなさい!お仕置きの時間です………!」

 

「きゃー!お母様が顔を真っ赤にして怒ってる!全力で逃げるのだわ!」

 

「白夜様の私室で走り回るな二世ちゃん」

 

むんずっ、とラミア二世は輪廻に首根っこを掴まれてそのままラミアに向けて投擲される。

きゃー!という悲鳴と共にラミア二世は縦に三回転半ほどして―――ラミアの腕の中に収まった。

ラミア二世はひいっ!と引き攣った声でゆっくりと振り返ると、とてもいい顔で微笑むラミアの姿があった。

冷や汗ダラダラ逃げようにも逃げられずラミア二世は、ラミアのお仕置きという名の〝くすぐりの刑〟が執行され、愛らしい悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

「お見苦しいものをお見せしてすみません、白夜王様」

 

「う、うむ。美少女同士の戯れ合いなら大いに結構!存分にやってよいぞつかこの私も混ぜろ!」

 

「はい?」

 

「オーナー、悪ふざけはそこまでにしてください。ギフトゲームが始まってます」

 

暴走手前の白夜叉を冷静な声で制す女性店員。

白夜叉は思い出したように手を叩いた。

 

「おっと、そうだったの。それとラミアと言ったか?今の私は白夜王ではない、白夜叉と呼べ」

 

「は、はい!白夜叉様」

 

「うむ。ところでさっきから気になっておったのだが、おんしの姉上とやらは」

 

「レティシアだな。ラミア=ドラクレアとその二世ちゃん。彼女達は紛れもないレティシアの実妹と姪だ」

 

「なんと!?この娘達がレティシアが取り戻したかった妹とその娘だったか!む?だがレティシアの話では〝妹は封印されている〟って言ってたような」

 

「それは輪廻様がお母様を救ってくれたからなのだわ!」

 

白夜叉の言葉を遮るように胸を張って言うラミア二世。

輪廻は小首を振って苦笑いする。

 

「救ったという表現は違うような気がするがな。我輩はラミアにかけられた詩人共の呪いごと、霊格を封じただけに過ぎん。お前の母はレティシアよりも弱くなってる」

 

「それなら問題ありません。お母様もレティシア伯母様も、この私が守ってみせますから。輪廻様は大船に乗ったつもりでいるといいのだわ」

 

「ほう、それは頼もしい限りだ。ラミアは良い娘を持ったな」

 

「ふふ、そうですね。たまに調子に乗りすぎて空回りするところもありますが、それも含めて可愛い私の自慢の娘です」

 

「お、おおお、お母様!?」

 

顔を真っ赤にしてあたふたするラミア二世。

ドジっ子の面を明かしてからかいつつ、褒め倒されて恥ずかしいことこの上ないようだ。

そんな彼女を微笑ましげに見つめるラミアと、微笑する輪廻。

冷徹な女性店員でさえも、母娘とはいいものですねと眺めていた。

しかし白夜叉だけは、輪廻の力に驚嘆していた。

なんてことだ、輪廻は第四の最強種と呼ばれる『詩人』の力にも干渉出来るというのか。

ラミアの容姿が幼いのは、霊格も封じられて〝純血の吸血姫〟としての力しか残ってないのが原因だろう。

そして輪廻がレティシアに過保護だった理由も分かった。

ラミアとその娘の為に、レティシアを守っていたのだろう。

それでも分からないのは、何故輪廻は〝箱庭の騎士〟に肩入れしているかだ。

関係を見るに、〝ウロボロス〟に無理矢理従わされている感じは全くない。

ならば輪廻が個人的に〝箱庭の騎士〟の娘達を救い、保護しているのやもしれん。

〝永劫龍〟、〝西業〟、〝箱庭の騎士〟………うむ、さっぱり分からん!これらに繋がりがあるとは思えん。

〝箱庭の騎士〟は遥か未来から召喚された系統樹の守護者。

一方、輪廻は白夜叉の知る限りではかなり古い龍種のはずだ。

遥か未来と旧い過去では、どう考えても繋がりは見えてこない。

だがもし、輪廻は古い龍種ではなく〝最新〟の龍種ならば、繋がりがないとは限らなくもないが―――

 

「え、何ですかこれは!?」

 

「なにって、一つじゃ不十分だろうから我輩が色々な場所から観戦出来るようにしてやっただけだが?」

 

「た、確かに様々な視点から映し出されたものですね」

 

「輪廻様の目は二つしかないのに、二十四カ所の視点から同時視聴………まさか二十四頭龍!?」

 

「我輩は〝多頭龍〟ではないんだがな。二十四個の頭がある龍種とか聞いたことないが」

 

ラミア二世の発言に、輪廻が苦笑と共に返す。

それもそうね、と納得するラミア二世。

そんな話を耳にしながら、白夜叉はハッと何かに気が付く。

〝二十四カ所〟………輪廻の〝疑似世界〟で見た例の〝塔〟と同じ数だと………?

白夜叉はモニターの数を気にしたことはなかったが、まさかそんな意味が隠されていたとは思いもしなんだ。

 

「………あ、姉上だ!………え?あの姉上が、白いドレスを着てる!?」

 

「あらまあ、とてもお似合いだわ伯母様」

 

「うむ。我輩が着せた衣装だな。黒も勿論似合うが、白も良かろう?」

 

「超グッジョブッ!!!」

 

「あのお母様?鼻から紅い液体が出ているのだけれど、大丈夫ですか?」

 

「え!?こ、これは………ジャムです!そうこれは朝食べたイチゴジャムですっ!!」

 

「ラミアよ、それは無理がある言い訳だ。素直に〝姉上好き好き超大好き愛してる結婚してッ!!!〟と心の声を」

 

「叫びませんっ!!結婚もしてますし娘もいますもんっ!!輪廻様まで私をからかうんですか!?」

 

「うむ」

 

輪廻に即答され、ラミアはガクリと項垂れる。

何を馬鹿なことをやっているんだこやつらは、と白夜叉がやれやれと小首を振り―――ふと、一つのモニターに目が留まった。

それは〝フォレス・ガロ〟戦でも用意されていた、白夜叉専用と言っても過言ではない、黒ウサギのスカートの中身が見えそうで見えないローアングルのとてもお馬鹿なモニターだ。

やはり持つべきは良き友だと、白夜叉は二度三度頷いた。

 

「………輪廻ちゃん」

 

「なんだ?」

 

「超グッジョブ!」

 

「うむ」

 

短く言葉を交わした二人のうち白夜叉はそのモニターを食い入るように見つめ、フホホフホホ!と鼻の下を伸ばしながら怪しい笑い声を上げた。

そんな白夜叉を見たラミアとラミア二世は目を丸くする。

 

「………白夜叉様は、ああいう方なんですか?」

 

「か、完全にエロ親父じゃない。アレはないわ」

 

「………オーナー」

 

白夜叉の性格を知ったラミア母娘はドン引きする。

痛い頭を抱える女性店員。

輪廻だけは、喜んでもらえて何よりだ、という風に微笑していた。

彼女にとって、白夜叉の喜びこそが自分の喜びなのかもしれない。

肝心のギフトゲームの方は、結果だけを言うならば〝ノーネーム〟が勝利を収めた。

 

飛鳥は失格覚悟で〝囮と露払い役〟を請け負い、目視できる騎士達を相手取った。

失格者の飛鳥を騎士達が相手する必要はないのだが、彼女は白亜の宮殿を破壊しようとする為、彼らは無視できずにいるのだ。

飛鳥は〝ノーネーム〟から持ち出した〝水樹〟を以て騎士達と交戦する。

戦いは飛鳥が優勢、騎士達は別の意味でも焦っており冷静さを欠く。

それもあるが、〝水樹〟の生み出す圧倒的な水量と、それを自在に操る飛鳥の力にしてやられているのもあった。

要するに、〝ノーネーム〟の実力を見誤り、苦戦している状況なのだ。

一方、飛鳥は〝ギフトを支配するギフト〟として才能を開花させることを選んだ。

今はまだ〝水樹〟しか『支配』することしか出来ないが、これからは様々な奇跡を『支配』してみせると意気込む。

しかし飛鳥は知らない、彼女の〝威光〟は対象を『支配』するのではなく―――〝与える側〟のギフトであるということを。

 

耀は優れた五感で『見えない敵』に奇襲を仕掛け、〝不可視の兜〟を奪取することに成功する。

最初はジンにその〝不可視の兜〟を渡したが、作戦を変更し耀を囮にして騎士達を誘き出し〝不可視の兜〟を被った十六夜がそいつらを叩くというもの。

最初の方はそれで上手くいったのだが、『本物のハデスの兜』を被ったルイオスの側近の男に耀は奇襲され負傷する。

耀を抱き上げて引こうとした十六夜にも『不可視の騎士』の攻撃をもらいあわや兜が取れるところだった。

十六夜は手当たり次第吹き飛ばそうかと考えるが、耀が作戦を思いついたらしくそれに乗ることにする。

回廊端の隅に移動した十六夜はそこで耀を下ろし、『不可視の騎士』を待ち構える。

耀は〝生命の目録(ゲノム・ツリー)〟で獲得した友達(イルカ)のギフトを使い、『音波』を繰り出す。

そう、〝ハデスの兜〟は『透明』になるものであり、『透過』ではない。

イルカの『音波』が姿の見えない〝何か〟に当たって反響する『音波』を耀が感じ取ったならば、そこに『不可視の騎士』がいるということになるのだ。

耀の作戦は見事成功し、十六夜の一撃で『不可視の騎士』を打ち倒す。

真正面から敗れた側近の男は、ルイオスへの挑戦資格があることを認めたのだった。

 

十六夜は最上階にてルイオスに戦いを挑んだ。

ルイオスは初っ端から切り札である『元・魔王』を、〝星霊〟アルゴールを召喚し、見せしめに〝ゴーゴンの威光〟で最上階にいる十六夜達以外を石に変えてしまった。

世界に〝石化〟を与える星霊のギフトの力を垣間見た瞬間だった。

しかしこの程度怯むほど十六夜は弱くはない、彼は既に今の自分では決して勝てない頂きに挑んでいたからだ。

永劫輪廻―――十六夜が勝ちたい最終目標であり、決して越えられない壁でもある最強種〝純血の龍種〟の一角にして『元・魔王』。

かつての〝ノーネーム〟が魔王だった頃の彼女に勝利したのならば、倒せない敵ではないということだ。

それに彼女の〝疑似世界〟を砕く力を十六夜は手にしている、勝ち目がゼロというわけでもない。

そして誓った、彼女の正体を暴き―――〝西郷夢(我が妹)〟を取り戻すことを。

こんなところで負けるわけにはいかないと、十六夜は己を奮い立たせ星霊アルゴールに突撃する。

星霊アルゴールの一撃を真正面から受け止めた十六夜は、そのまま力比べへと持ち込む。

僅かに拮抗していたが、十六夜は星霊アルゴールを持ち上げ勢いよく地面に叩きつける。

驚くルイオスの奇襲を、十六夜は上空へ蹴りで弾き飛ばし吹き飛ばす。

跳躍して追いついた十六夜に、負けじと反撃しようするルイオスだったがあっさり受け止められ、そのまま星霊アルゴールに向けて投げ飛ばした。

ルイオスは宮殿の悪魔化を許可し、星霊アルゴールは宮殿の外壁や柱を蛇蠍に変えて十六夜を呑み込むが、彼の山河を打ち砕く拳によって闘技場ごと粉砕する。

その一撃を目の当たりしたルイオスは、最後の手段を取り、星霊アルゴールに〝ゴーゴンの威光〟を使わせた。

しかし〝ゴーゴンの威光〟も、輪廻が握り潰して見せたように、十六夜は踏み潰した。

これにはルイオス達だけでなく、白夜叉の私室から観戦していた女性店員やラミア母娘も吃驚仰天していた。

だがこれは仕方がないことだった、何せ十六夜には『物的な干渉』を起こす恩恵以外通用しないのだから。

ルイオスは戦意喪失するが、十六夜の〝お前達の全てを奪って徹底的に貶めてやる〟発言に〝ペルセウス〟の騎士としての血が目覚める。

敗北覚悟で最後の最後でいい顔つきになったルイオスと星霊アルゴールに、満足した十六夜はこれを打ち倒し〝ノーネーム〟の勝利が決定したのだった。




次回で一巻分完結

〝天動説〟と〝閉鎖世界〟

再会の姉妹

傍観者達の宴


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正体

約1年ぶりに書いて色々詰め込みすぎたら前の二倍以上になってしまった⋯


白夜叉は〝大事な話がある〟と言って、女性店員とラミア母娘を別室に向かわせ、輪廻と二人きりになる。

輪廻は、白夜叉の殺気立った雰囲気を感じ取り、いつもの微笑を消して彼女と向かい合う形で座った。

白夜叉が上座に腰掛けると、真剣な顔つきで問い質した。

 

「さて、輪廻ちゃん⋯⋯⋯いや、輪廻よ。単刀直入に聞くが、貴様は―――貴様が〝閉鎖世界(ディストピア)〟か?」

 

その言葉と共に白夜叉の全身から凄まじい星の殺意が放たれ、輪廻を怒りの形相で睨みつけていた。

それに輪廻は一度目を閉じると、全身から闇の如き真っ黒な〝何か〟が溢れ出し彼女の姿を覆い隠す。

その闇が晴れると、金髪を暗黒に染め上げ、アメジストの瞳は血のように赤い紅玉を覗かせていた。

白夜叉の警戒は最大になり、立ち上がると臨戦態勢に入る。

しかし輪廻は座ったまま、白夜叉の問いに答えた。

 

「⋯⋯⋯やはり我が化身(アバター)を知ってしまえば、そう疑うか。⋯⋯⋯貴女の言う通り我輩は―――(わたし)は『元・魔王』〝閉鎖世界〟だ」

 

「そうか」

 

短く返した白夜叉は拳を硬く握り締めると、全力で輪廻に殴りかかった。

白夜叉の今出せる本気の一撃を、輪廻は片手で受け止めて言う。

 

「こんな場所で余達が殺し合えば、下層は無事では済まないぞ?」

 

「⋯⋯⋯チッ」

 

盛大に舌打ちした白夜叉は、悔しいが輪廻の言う通りだった。

拳を収めた白夜叉は、ドカッと上座に腰掛け直し輪廻を睨みつける。

輪廻はその場から動こうとはせず、白夜叉を見つめ返していた。

そんな輪廻を睨みつけたまま白夜叉は訊く。

 

「それで、貴様の正体を知ってしまった私は、今ここで消されるのか?」

 

「⋯⋯⋯?どうしてそうなるんだ?」

 

「どうしてだと?この私に正体を知られたのだ、貴様にとって都合が悪いことではないのか?」

 

「都合が悪い?別にそうは思わんな。余の正体が露呈されようが一向に構わん。正体を知ったところで、余に挑んで来る無謀で愚かな奴はこの箱庭にいるとは思えんが?」

 

身体から〝闇〟を滲ませ不敵に笑う輪廻。

かつて箱庭の勢力を二分させた『元・魔王』故の余裕か。

実際に白夜叉の目の前にいる存在は、ただの魔王ではない。

人類最終試練(ラスト・エンブリオ)〟―――人類が人類を滅ぼす魔王であり、彼女はその一角。

様々な王号を与えられ、数多の神群を滅ぼしてきた最凶にして最強の大魔王。

如何に強大な神群であろうと、最強の〝神殺し〟が相手では容易に戦いを挑めるものではないのだ。

だがそれでも白夜叉は、拳を強く握り締めこう告げた。

 

「呵ッ!ならばこの私が―――〝天動説〟が貴様に挑んでやろう!貴様を止める為ならば今すぐにでも神格を返上し、全身全霊を以て相手をするぞ?」

 

「ほう」

 

〝天動説〟―――それは黎明期に全ての宇宙観(コスモロジー)に君臨していた頃の白夜叉が名乗っていたもの。

神々としての神威と、魔王としての王威を生まれながらに手にして発生した星霊最強個体・箱庭席次第10番。

全権領域(箱庭二桁)〟の最初に座した最強の宇宙真理(ブラフマン)の一人である彼女は三度の敗北を経て、その強大だった霊格は、今や一介の太陽神と同程度しか残っていない⋯⋯⋯のだが、

 

「それに貴様も知っているはずだ。私には貴様を封印する術を持っているということを。如何に貴様とて、この私のパラドックスゲームを受ければ最後、私諸共、永遠に出口のない白夜の地平を彷徨うことになるだろうな」

 

〝天動説〟の霊格(しんじつ)は、人類史が存続する全ての時間を費やしても暴けない位置に存在しており、星の果て、時の果て、宇宙の最果てに到達してようやく証明が可能なのだ。

白夜叉がパラドックスゲームを仕掛ければ、彼女の霊格は肥大し、輪廻と無限(どうかく)に至り、封印も可能だということだろう。

輪廻は顎に手を当てながら呟いた。

 

「⋯⋯⋯ふむ。白夜様と二人っきりで永劫の刻を過ごすか。それも悪くないな」

 

「は?」

 

「だがそれでは夢が十六夜や外界に残された実兄と友らに金輪際会えなくなってしまうのは心苦しい。何よりも、十六夜が夢との失われた記憶を取り戻す為に頑張ってくれるのだからな。それが永遠に果たせない結末を迎えさせるわけにもいかないか」

 

輪廻は独り言のように何かをブツブツと呟くと、パチンと指を鳴らした。

するとまるで最初から〝閉鎖世界〟の力を解放していなかったかのように〝闇〟は霧散し、金髪とアメジストの瞳に戻っていた。

白夜叉は不可解に思いながらも輪廻を睨みつけることは忘れない。

輪廻はやれやれと肩を竦ませ言う。

 

「白夜様の箱庭愛は相変わらずだな」

 

「ふん。何を今更言うておるんだ貴様は」

 

「ふふ。まあそれはさておき、現実的な話をしようか白夜様」

 

「何?」

 

「余としては先も言った通りバレようが一向に構わん。だがそれを知って得をするのは一体何処のコミュニティだと思う?」

 

「⋯⋯⋯?貴様一体何を―――ハッ!?まさか!?」

 

輪廻の質問に、白夜叉は完全に理解する。

彼女が所属しているコミュニティは―――〝ウロボロス〟。

金糸雀達のコミュニティ〝      〟大連盟をたった一夜で滅ぼした魔王が属する最大の『敵』。

もしも奴らが輪廻の正体を知ってしまえば、どんな手を打ってくるか分かったものではない。

最悪、〝ディストピア戦争〟が再び起こる可能性だって無いとも限らない。

そんなことになれば、今度は一体どれ程の犠牲者が出るというのか。

白夜叉は暫しの黙考後、苦渋の決断をした。

 

「⋯⋯⋯分かった。貴様の正体は言わん。またしても〝階層支配者(フロアマスター)〟として許されない行為をしてしまったわい」

 

「別に気にする必要はないと思うぞ。余の正体を知っているのはもう一人いるからな」

 

「何じゃと!?一体誰が貴様の正体を知っているというんだ?」

 

「⋯⋯⋯夢を箱庭に召喚したのは誰だ?」

 

「!?まさかあやつも共犯者なのか!?」

 

「共犯者というよりかは、どちらかというと余の方が弱みを握られてるな」

 

「何!?この私も輪廻ちゃんのありとあらゆる弱みを握っては好き放題したいというのにあやつはこの私よりも上だというのか⋯⋯⋯!」

 

「本音が駄々漏れだが、というより余は白夜様に散々好き放題され続けてきたと思うが⋯⋯⋯まだその先があるのか?」

 

輪廻はやれやれと肩を竦ませるが、内心では満更でもなさそうだ。

彼女にとって白夜叉と共に居れる時間もまた、とても大切なものであり失いたくないものの一つなのだろう。

故にこそ、彼女は白夜叉との本気の殺し合いは望まないし、出来ることならばそうなる結末は迎えたくないと思っているのだ。

どうして輪廻が白夜叉を慕うのかは、何れ語るとしよう。

 

 

 

 

一方、その頃の〝ノーネーム〟はというと、

 

 

「「「じゃあこれからよろしく、メイドさん」」」

 

 

「え?」

 

「え?」

 

「⋯⋯⋯え?」

 

〝ペルセウス〟から取り返したレティシアを、十六夜・飛鳥・耀の問題児三人がメイドにしようとしていた。

唐突な展開に困惑する黒ウサギ・ジン・レティシアの三人に飛鳥・耀・十六夜の順に言う。

 

「え?じゃないわよ。だって今回のゲームで活躍したのって私達だけじゃない?貴方達はホントにくっ付いてきただけだったもの」

 

「うん。私なんて力いっぱい殴られたし。石になったし」

 

「つーか挑戦権を持ってきたの俺だろ。所有権は俺達で等分、3:3:4でもう話は付いた!」

 

「何を言っちゃってんでございますかこの人達!?」

 

混乱して叫ぶ黒ウサギ。

ちなみにジンも絶賛混乱中だった。

唯一、当事者であるレティシアだけが冷静に返した。

 

「んっ⋯⋯⋯ふ、む。そうだな。今回の件で、私は皆に恩義を感じている。コミュニティに帰れた事に、この上なく感動している。だが親しき仲にも礼儀あり、コミュニティの同士にもそれを忘れてはならない。君達が家政婦をしろというのなら、喜んでやろうじゃないか」

 

「レ、レティシア様!?」

 

黒ウサギが、まさか尊敬していた先輩をメイドとして扱わなければならないとは⋯⋯⋯と焦りと困惑の中、飛鳥が嬉々として服を用意し始めた。

 

「私、ずっと金髪の使用人に憧れていたのよ。私の家の使用人ったらみんな華も無い可愛げも無い人達ばかりだったんだもの。これからよろしく、レティシア」

 

「よろしく⋯⋯⋯いや、主従なのだから『よろしくお願いします』の方がいいかな?」

 

「使い勝手がいいのを使えばいいよ」

 

「そ、そうか。⋯⋯⋯いや、そうですか?んん、そうでございますか?」

 

「黒ウサギの真似はやめとけ」

 

ヤハハと笑う十六夜。

意外と和やかな四人を見て、黒ウサギは力なく肩を落とし、

 

 

「―――なるほど、そういう展開になっていたか」

 

 

「へ?フギャア!?」

 

何の前触れもなく背後に現れた輪廻に驚いて悲鳴を上げる黒ウサギ。

輪廻はそんな黒ウサギに詫びる。

 

「おっと、済まない。驚かせてしまったな黒ウサギ」

 

「り、輪廻様!?〝ノーネーム〟にはどういったご用件で―――じゃなくて、いきなり現れないでくださいと言ってるじゃないですか!?」

 

「だから済まんて」

 

「心臓に悪いのですからね!⋯⋯⋯って、え?輪廻様、そのお姿は?それに後ろのお二方は一体、」

 

「ん?ああ、そうだな。我が化身(アバター)と後ろの娘達については後で話してやる。それよりも、だ」

 

輪廻は十六夜・飛鳥・耀を見回すと、鋭い視線で睨みつけた。

 

「レティシアをメイドにしようとしているのは貴様らで間違いないか?」

 

「ええ、そうよ」

 

「何か文句ある?」

 

「まさか駄目だって言うつもりか?」

 

輪廻の問いに、飛鳥・耀・十六夜が答え睨み返す。

暫しの睨み合い後、四人は同時に右手を掲げて親指を立てた。

 

「超グッジョブ」

 

「でしょう?」

「でしょ?」

「だろ?」

 

雰囲気的に今から殺し合いでも始まるのかと勘違いしそうなものだったが、輪廻もまた問題児側の人間もとい龍であった。

黒ウサギは思わずずっこけそうになり、レティシアはやっぱりかというような調子で溜め息を吐く。

ジンも苦笑いな様子。

輪廻は顎に手を当てながら十六夜達三人に訊いた。

 

「それで、レティシアを三人でどう分けるつもりなんだ?まさか三枚に」

 

「卸すかッ!どうしたらそういう発想が生まれるんだ!?というか私を三枚に卸したところで三人には増えないぞッ!!」

 

「うむ、分かっている。ちょっとしたジョークだ」

 

「⋯⋯⋯ならいいが」

 

どうしてか輪廻が相手だとツッコミ役を買ってしまうというよりツッコまずにはいられなくなるレティシア。

輪廻は気を取り直してコホンと咳払いをして言う。

 

「正直に言うとだな。レティシアがお前達の主になるということはこれから彼女は忙しくなるということだ。何せ三人も仕えるべき主がいるのだからな」

 

「ああ、そうだな。忙しくなるのは百も承知の上だ。メイドとして誠心誠意努めさせてもらうつもりだ」

 

「だがそれだと我輩がレティシアで遊ぶ時間が無くなる。それは由々しき事態だ」

 

「は?」

 

「そこで我輩から提案があるんだが、」

 

「ちょっと待てッ!!」

 

輪廻の言葉を遮るようにレティシアが声を上げた。

輪廻は不思議そうに小首を傾げた。

 

「ん?」

 

「ん?ではないぞ輪廻殿!なんだ私『で』遊ぶ時間が無くなるっていうのは!?なんで私『と』ではないんだ!?」

 

「なんだ?その言い方だと我輩と遊んで欲しいように聞こえるぞレティシアよ?」

 

「ッ!!?一言もそうは言ってないだろ!?どうしてそういう解釈になるんだ!?」

 

「そういう割には顔が赤いな、照れ屋さんなのかな?ふふ、可愛いレティシアよ」

 

「ッ!!?」

 

いつの間にか眼前に現れた輪廻が、レティシアの頬に手を添えて微笑した。

レティシアは驚いて逃げようとしたところ、唐突に飛鳥が手を引いてきて庇った。

 

「あら、駄目よ輪廻さん。レティシアは既に私達のものだもの。口説き落とそうったってそうはいかないわ」

 

「うん。友達の輪廻でも、レティシアは譲れない」

 

続いて耀も飛鳥の意見に賛同し、レティシアを庇う。

十六夜もヤハハと笑いながらレティシアを庇うように輪廻に立ち塞がり言う。

 

「まあ、そういうことだ。レティシアへの逢い引き行為は主人の俺達が認めないぜ輪廻」

 

「ふむ、そうか。それならば仕方ない」

 

「だが、後ろの奴らには俺も興味がある。是非紹介してほしい」

 

「ああ、構わん。後で話してやると言ったからな。それに元々この娘達は貴様らとの取引材料というわけでもない。この娘達は―――〝ノーネーム〟に無事帰還できたレティシアへの褒美だ」

 

「⋯⋯⋯?私の⋯⋯⋯?」

 

輪廻の意味深な発言に、レティシアは困惑の表情を見せる。

これには黒ウサギ達五人も全く見当が付かず首を傾げた。

輪廻は待機していたフードを目深に被った少女達に言った。

 

「さて、もう顔を見せていいぞ―――ラミアとその娘」

 

「―――!!?」

 

輪廻の口から告げられた『ラミア』という名前に、レティシアは目をいっぱいに見開き驚愕する。

聞き間違えだろうか、輪廻殿が私の―――私の妹の名前を口にしたのは。

そんなレティシアに微笑する輪廻。

次いで、はい、と輪廻の後ろの右の方にいた少女が応えて黒いフードを取って顔を見せ、

 

「だからその娘と呼ぶのはやめてほしいと言っているのだわ!」

 

左の方にいた少女も怒りながら黒いフードを取って顔を見せた。

金髪紅眼のポニーテール少女―――ラミアと。

金髪紅眼のツインテール少女―――ラミア二世。

親子だからか顔はそっくりで、髪型が同じだったらどっちがどっちか分からなかったかもしれない。

そんな彼女達をまじまじと見つめた飛鳥・耀・十六夜はそれぞれ感想を口にする。

 

「まあ!なんて可愛らしい子達なのかしら!」

 

「金髪美少女が二人増えた」

 

「なるほど、これはレティシアに負けず劣らずの美少女だな」

 

「ほ、褒めても何も出ないわよ人間!」

 

「こ、こらラミ―――こほん。レイミア!褒めてくださってるんですから素直に喜んだ方がいいですよ」

 

己が娘の名を『ラミア』と言いかけて『レイミア』と呼び直すラミア。

二人して『ラミア』では紛らわしい為、娘の名前を仮名『レイミア』と呼ぶ事にしたらしい。

輪廻がラミアを揶揄う際に言った『レティミア』にしようかともラミアは悩んでいたらしいがそれはここだけの話。

黒ウサギとジンもラミアとレイミアの顔をまじまじと見つめて小首を傾げた。

 

「それにしてもお二人様方のお顔、どこかレティシア様に似ているような気がするのですよ」

 

「うん、僕もそう思った。失礼ながらお二人は、レティシアさんの親戚か何かでしょうか?」

 

ジンの質問に、ラミアはハッとした顔を見せ、自己紹介がまだだった事に気づき頭を下げて謝罪する。

 

「あ、申し訳ありませんでした。自己紹介がまだでしたね。私の名前は―――きゃっ!」

 

ラミアが名前を名乗ろうとしたところ、何者かによる突進で遮られ、彼女はその者に押し倒される。

ラミアに突進した何者かの名前を、黒ウサギが驚きの声を上げて呼んだ。

 

「レ、レティシア様!?一体どうされましたか!?」

 

そう。

ラミアに突進して彼女を押し倒した者は―――レティシアだった。

黒ウサギがレティシアに近付こうとすると、それを輪廻が右手で制した。

そして彼女は口元に人差し指を持っていき『シーッ』と言って黒ウサギを黙らせる。

輪廻のその行動に黒ウサギとジンが困惑する中、飛鳥・耀・十六夜の三人は彼女の意図を汲み取ったのか、ラミアとレティシアを温かな眼差しで見守ることにした。

レティシアに押し倒されたラミアの隣で、レイミアが意味深な笑みを浮かべてその二人を眺める。

突然の出来事に驚いた表情のまま、自分の上に覆い被さるレティシアを見つめるラミア。

そんなラミアを、目元に今にでも溢れ出しそうな涙を堪えた瞳で見つめてレティシアが口を開いた。

 

「⋯⋯⋯君は本当に、『あの』ラミアなのか⋯⋯⋯?私の愛する妹なのか⋯⋯⋯?」

 

「⋯⋯⋯姉上には私が偽者に見えるんですか?それならその⋯⋯⋯凄く悲しいです」

 

「―――っ!偽者なわけが無いッ!この愛おしい匂いも、最後に言葉を交わしたあの時と全く同じ姿の君は―――紛れも無い、私の愛する、たった一人の可愛い妹だ」

 

「っ!あ、姉上⋯⋯⋯っ」

 

レティシアに『愛する』とか『可愛い』などと言われて、ラミアの顔は熟れたトマトの様に真っ赤に染まる。

顔だけでなく、耳や首までもが。

そんなラミアを見ていたレイミアがニヤニヤしながら言う。

 

「最愛の姉上に『愛する妹』とか『可愛い妹』とか言われて、とても嬉しそうですね?ラミアお母様?」

 

「―――ッ!!?」

 

「ん、お母様?⋯⋯⋯なら君は」

 

「はい。私はラミア=ドラクレア二世と申します。お母様と名前が被ってしまうので仮の名で『レイミア』と名乗っております。以後お見知り置きを、レティシア伯母様」

 

「ふふ、そうか。ではレイミアもこっちに来てくれないか?」

 

「⋯⋯⋯?いいですけど、伯母様は私にも何か用件が―――ひゃあ!?」

 

レティシアに近づいたレイミアは、唐突に彼女の手に引き寄せられラミアと共に抱きしめられた。

困惑するレイミアだったが、限界を迎えたのか、レティシアの両目から大粒の涙が零れ落ちているのを見て、何か言おうとしたがやめた。

レティシアは、ラミアとレイミアを抱きしめ泣きながら言った。

 

「よかった⋯⋯⋯本当に、よかった!妹も姪も無事で⋯⋯⋯っ!こうしてまた、ラミアと再会できて⋯⋯⋯っ!ラミアの娘に、私の姪に、会う事ができて―――っ!!」

 

「姉上⋯⋯⋯」

「伯母様⋯⋯⋯」

 

泣きじゃくるレティシアに抱きしめられていた妹と姪は、それぞれ彼女に向けて言った。

 

 

「ただいま、姉上」

「私も会えて嬉しいです、伯母様」

 

 

そんな光景を眺めていた飛鳥と耀は、目尻に光る涙を手で拭い取りながら言った。

 

「⋯⋯⋯なんていうか⋯⋯⋯よかったわね、レティシア」

 

「⋯⋯⋯うん。本当に、よかった」

 

「そうだな。あの感じからすると、俺の推測だと生き別れて数百、数千年ぶりの再会だろうな。レティシアの様子を見るに、本来なら有り得ない出来事とすら思える」

 

「ほう。彼女達の様子を見るだけでそこまで読み取るとは中々の観察眼だな十六夜」

 

「そりゃどうも」

 

輪廻が感心すると、ヤハハと笑う十六夜。

一方、黒ウサギとジンはというと、

 

「レディジア様ぁああああッ!!ぼんどうに、よがっだのでずよぉおおおおおおおおッ!!!」

 

「く、黒ウサギ!?よ、よぉしよぉおし。い、いい子だから泣き止んで?」

 

レティシア以上に泣きじゃくっていた大号泣ウサギを、ジンが彼女のウサ耳を優しく撫でて必死にあやすというカオスな展開になっていた。

 

 

閑話休題(しばらくして)

 

 

泣き止んだ黒ウサギとレティシアは、人前で泣きじゃくっていた事を恥ずかしく思い、顔を赤らめていた。

そんな彼女達を飛鳥・耀・十六夜・レイミアがニヤニヤしながら見つめ、輪廻も微笑する。

レティシアは輪廻に向き合うと、深く頭を下げ感謝の気持ちを述べた。

 

「輪廻殿。私の妹と姪を救って頂き誠に感謝致します。この御礼は必ずお返しさせていただきます」

 

「ふふ、御礼は不要だ。我輩が好きでやった事だしな。それに―――お前達〝箱庭の騎士〟は箱庭の秩序を、下層を守る為に戦ってきたというのに、何者かの謀でコミュニティは崩壊し、ある者は魔王に堕ち、またある者は化け物にされて幾星霜も苦しんできたのを我輩は知っている。ならばこうしてお前達が報われる日が訪れてもいいだろう?」

 

「⋯⋯⋯っ、輪廻殿」

 

「だがもし本当に何か御礼をしたいのならば、レティシアが体で払ってくれてもいいぞ?無論、ラミアでもレイミアでも三人纏めてでも我輩は一向に構わん!」

 

「「「お断りします」」」

 

「グハッ」

 

輪廻の申し出に吸血姫三人は丁重に断る。

クリティカルヒットを受けた輪廻は吐血してくず折れた。

白夜叉みたいな事を言い出す輪廻に、飛鳥・耀・黒ウサギは生ゴミでも見るかのような冷ややかな視線を向け、十六夜は腹を抱えて笑い転げ、ジンは苦笑した。

それから黒ウサギはハッと思い出したような顔で輪廻に訊いた。

 

「そういえば輪廻様。そのお姿についてもお話して下さるのですよね?化身がどうのとか言っておりましたが」

 

「ん?ああ、そうだったな。話してもいいが―――我が化身の正体を明かしても構わんか十六夜?」

 

『え?』

 

「ああ、いいぜ。俺も知ってもらった方がいいと思っていたとこだしな」

 

『え?』

 

「ふふ、ならお言葉に甘えて自己紹介といこうか―――交代だ、夢」

 

輪廻と十六夜の会話に、レティシアを除いた六人が困惑する中、夢と呼ばれた少女が、はい、と応えて丁寧に自己紹介を始めた。

 

「皆様、初めましての方もそうでない方もこんばんは。私は輪廻様の器であり、十六夜お兄ちゃんの妹で名前は西郷夢と申します。輪廻様と十六夜お兄ちゃん共々、これからもよろしくお願い致します」

 

夢の自己紹介が終えると暫しの静寂後、

 

 

『十六夜お兄ちゃん!?』

 

 

飛鳥・耀・黒ウサギ・ジン・ラミア・レイミアの六人が同時に声を上げた。

レティシアだけはガルドとの一件で既に知っていた為、今更驚きはしないのだが、夢と十六夜が兄妹なのは本当に驚きものだ。

飛鳥達六人はすぐさまその事について問い質す。

 

「あ、貴女があの十六夜君の妹さん!?」

 

「一体全体どういうこと!?」

 

「というより十六夜さんに妹さんが居たなんて初ウサ耳なのですよ!?」

 

「僕は驚き過ぎて何を聞こうか忘れちゃったよ」

 

「でも苗字が違いますね?どういうことなんでしょうか?」

 

「きっとアレだわ。養子というやつね」

 

「え、ええと⋯⋯⋯」

 

一斉に質問されて困惑する夢。

そんな彼女の肩を抱き寄せた十六夜が眉間に皺を寄せて叫ぶ。

 

「いっぺんに質問するな戯け共がッ!我が妹が困ってんだろうがッ!!」

 

『!!?』

 

〝フォレス・ガロ〟との戦いの後に行われた『〝名〟と〝旗印〟の返還』を行う際に見せたものとは比べ物にならないくらいの威圧感を放つ十六夜にギョッとする飛鳥達七人。

そんな彼の学ランの裾を摘んで夢が言った。

 

「十六夜お兄ちゃん!?私は大丈夫ですから落ち着いて!でも―――夢の為に怒ってくれたのはとても嬉しい、ですっ!えへへ♪」

 

『(―――ッ!!?何この可愛い生き物は!?)』

 

天使のような笑顔を見せる夢に、飛鳥・耀・黒ウサギ・レティシア・ラミア・レイミアの女性陣六人の心臓(ハート)は射抜かれた。

十六夜は、そうかい、と微笑して夢の頭を優しく撫でてやる。

その撫で方は夢にとっては懐かしかったのか、気持ち良さそうに目を細めてご満悦のようだ。

そんな十六夜と夢を眺めていた女性陣六人がボソリと呟く。

 

 

『尊い』

 

 

「ふぇ?」

「あん?」

 

『なんでもない』

 

「「???」」

 

たった今、十六夜夢兄妹―――通称イザユメ推しのファンが六人も出来たのはここだけの話。

そんな光景を、夢の目を通して眺めていた中にいる輪廻が笑いを噛み殺す。

一方、僕の目の前に天使が舞い降りた、とでも思ってそうな顔で頬を赤らめ夢を見つめたまま呆けるジンがいた。

そんなジンの視線に気付いた(てんし)が小首を傾げて、

 

「ジンお兄さん?私の顔に何か付いてますか?」

 

「お、お兄さん!?ぼ、僕がですか!?」

 

「はい。輪廻様からはジンお兄さんは11歳だとお聞きしましたので、9歳の私にとってはお兄さんですよ」

 

「き、9歳なんですか!?そのようなお歳で輪廻様の化身を!?」

 

ジンはびっくらこいた。

僅か9歳で輪廻の化身という大役を務めているということに。

そんな彼女より年上の僕といったらなんだ、黒ウサギにあれこれやってもらって、ギフトゲームに参加しても飛鳥さんや耀さん、十六夜さんに頼ってばっかで何の役にも立てていない⋯⋯⋯!

僕はなんて惨めなんだ、と己の無力さを嘆き、自分の弱さが嫌になる。

ジンの心中を察したのか、夢が歩み寄ってきて彼の両手を取って微笑んだ。

 

「大丈夫ですよジンお兄さん。貴方は決して弱くなんかありませんし、今からでも遅くありません。ですから貴方の中で眠っている可能性を引き出してください。私も輪廻様も、貴方の『変化』に期待していますから」

 

「―――っ!?僕に、期待を!?」

 

「はい。ですから諦めずに頑張ってください。何も力だけが全てではありませんからね。十六夜お兄ちゃんすら超えられる何かが、ジンお兄さんにもあると思いますよ」

 

「僕が⋯⋯⋯十六夜さんを、超える⋯⋯⋯!?」

 

先日、十六夜に『先代を超えろ』と言われた。

今度は夢に、『十六夜を超えろ』と言われた。

そんなのは絶対に無理!無理だけど、それは力の面であり頭脳ならばあらゆる知識という知識を詰め込めば追いつけるかもしれない⋯⋯⋯!

ならばとジンは夢に誓った。

 

「⋯⋯⋯分かりました。僕、頑張ります!夢さんに、輪廻様の期待を裏切らない『変化』を見せます!そして貴女のお兄さんを―――十六夜さんを超える立派なコミュニティのリーダーになってみせます!!」

 

夢の激励により、ジンの顔付きが変わった。

それに夢の中にいる輪廻と、十六夜が感心した。

これはひょっとしたら、ひょっとするかもな、と。

夢は嬉しそうに笑ってジンに言った。

 

「はい。ジンお兄さんの覚悟、伝わりました。―――ということで、十六夜お兄ちゃん!この方が弟子になりたいそうですよ」

 

「へ?」

 

「へえ?そいつは度胸があるじゃねえか。それに俺を超えるって言ってたしな。こいつは扱き甲斐がありそうだ」

 

「ひいっ!?」

 

ボキボキ、ゴキゴキと拳を鳴らしていい笑顔でジンの目の前で仁王立ちする十六夜。

ジンは魔王ですら畏怖するであろう大魔王を垣間見た。

ジンは夢に助けを求めようとしたが、彼女は天使のような笑顔で一言。

 

 

「十六夜お兄ちゃんを超えることは生半可な覚悟では絶対に出来ませんよ?なので―――死ぬ気で頑張ってくださいね?ジンお兄さん♪」

 

 

前言撤回。

夢は天使の皮を被った大悪魔だった。

嗚呼、僕の恋心、ここで潰える。

やはり問題児の妹もまた問題児であった。

イザユメは尊いが、最大限に警戒はしようと女性陣六人は思ったのだった。

それから夢から輪廻に戻ると、

 

「では我輩は〝ウロボロス〟に帰還する」

 

「あ、はい。ところでラミア様とレイミア様は」

 

「ん?このまま〝ノーネーム〟に置いていくぞ」

 

『え?』

 

「え?ではない。先も言っただろう、この娘達はレティシアへの褒美だと」

 

「だがそれだと輪廻殿が所属しているコミュニティが取り返しに来たりするんじゃないか?」

 

「その事なら心配は無用だ。その娘達は〝ウロボロス〟の所有物ではなく、我輩のものだからな。ならば我輩が勝手に〝ノーネーム〟に預けたところで誰も文句は言えまい?」

 

輪廻の言葉に、それもそうかと納得する一同。

 

「それにお前達もレティシアに会いに来ただけでは物足りないだろう?特にラミアはレティシアと幾星霜もの間生き別れになっていたんだからな。これからゆっくりと失われた時間を取り戻すといい」

 

「⋯⋯⋯っ、輪廻様⋯⋯⋯本当に、ありがとうございますっ!」

 

深々と頭を下げて感謝するラミア。

救ってくれただけでなく、レティシア(あねうえ)と一緒に居られる時間まで作ってくれるとはいくら感謝してもし足りない。

そんなラミアに輪廻が微笑で返すと、次にレイミアに視線を向けて言う。

 

「それとレイミア。人間を憎むなとは言わんが少なくとも、レティシアを救った〝ノーネーム〟とは仲良くしてやってくれ」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯」

 

「それが出来ぬと言うのなら、お前には酷だが〝ウロボロス〟に連れ帰る。母親大好きのお前がラミアと距離を置き、これから伯母とも交流を深められるそのチャンスを棒に振ってもいいのならな?」

 

「―――っ!ひ、卑怯なのだわ!そんなこと言われたら〝ノーネーム〟に残る選択肢しかないじゃない!」

 

ムスッと不貞腐れるレイミアの頭を、輪廻が優しく撫でて言う。

 

「ふふ。お前だってレティシアを救ってくれた十六夜と飛鳥、耀には感謝してるだろう?」

 

「そ、それは⋯⋯⋯そうですけど」

 

「ならば仲良くしてやってくれ。まあ、彼らは問題児だから苦労するかもしれないが」

 

「え?」

 

「いやなんでもない」

 

苦笑する輪廻に、レイミアは頭上に疑問符を浮かべる。

最後に、レティシアに視線を向けて輪廻が言った。

 

「ではラミアとレイミアのことは任せたぞ、レティシア」

 

「⋯⋯⋯本当にいいのか?」

 

「何がだ?」

 

「いやだって、私の愚行のせいで妹と姪を苦しめてしまったんだ。そんな私が彼女達と共に暮らす生活を手にして」

 

「いいに決まってるだろ。あの娘達がお前のことを恨んでるわけないし、逆にお前がそれを望まなかったらとても悲しむぞ?」

 

「⋯⋯⋯っ、」

 

「だからお前は黙って我輩の好意に甘えろ。いいな?」

 

「⋯⋯⋯ああ、分かった。本当にありがとう、輪廻殿」

 

分かればよろしいと、レティシアに微笑する輪廻。

だがまだ輪廻に用があるようで、十六夜が口を開く。

 

「帰る前に一つ聞かせろ輪廻。あんたはどうしてレティシア達に優しいんだ?」

 

「それは私も気になるわ。まさか保護者だったりするのかしら?」

 

「DNA狙い?」

 

「保護者ではないし耀のは何を言ってるのかさっぱりだ。そして十六夜の質問の答えは―――企業秘密と言っておこうか」

 

ではな、と輪廻は問題児達三人の質問をてきとうにあしらって〝ノーネーム〟から姿を消すのだった。

 

 

 

 

それから三日後の夜。

子供達を含めた〝ノーネーム〟一同は水樹の貯水池付近に集まっていた。

その中で一際目立つメイド服に身を包んだレティシア・ラミア・レイミアの吸血姫三人。

輪廻が〝ウロボロス〟に帰った後、ラミアとレイミアは『戦力としては〝ノーネーム〟に協力出来ない』のと、レティシアがメイド故かやる気満々のラミアと不本意ながらも母親と伯母がメイドをやるならとレイミアもメイドを務める事となった。

メイドが三人に増えた為、十六夜・飛鳥・耀は専属メイドを作るのではなく、ローテーションを決めて日にち毎に担当するメイドを交代するようにしたそうな。

そんな吸血姫メイド三人が見守る中、黒ウサギが開会の音頭を取った。

 

「えーそれでは!新たな同士を迎えた〝ノーネーム〟の歓迎会を始めます!」

 

ワッと子供達の歓声が上がる。

周囲には運んできた長机の上にささやかながら料理が並んでおり、本当に子供だらけの歓迎会だったが、悪い気はしていなかった。

 

「だけどどうして屋外の歓迎会なのかしら?」

 

「うん。私も思った」

 

「黒ウサギなりに精一杯のサプライズってところじゃねえか?」

 

〝ノーネーム〟の財政は想像以上に悪く、あと数日で金蔵が底をつく。

十六夜達三人が本格的に活動し始めたとしても、100人超の子供達を支えるのは厳しいだろうし、ましてやその中で、魔王との戦いや仲間達の救出を行わなければならないのだ。

こうして敷地内で騒ぎながらお腹いっぱい飲み食いをする、というのもちょっとした贅沢になる程に。

その事について輪廻が『援助してやろうか?』と提案してきたが、流石にそれは断ったらしい⋯⋯⋯というよりそこまで気にかけてくれるならいっその事〝ノーネーム〟に移籍して欲しいくらいだ。

冗談はさておき、そういった惨状を知っている飛鳥は、苦笑しながら溜め息を吐いた。

 

「無理しなくていいって言ったのに⋯⋯⋯馬鹿な子ね」

 

「そうだね」

 

耀も苦笑で返す。

二人がそんな風に話していると、黒ウサギが大きな声を上げて注目を促す。

 

「それでは本日の大イベントが始まります!皆さん、箱庭の天幕に注目してください!」

 

十六夜達を含めたコミュニティの全員が、箱庭の天幕に注目する。

満天の星空で、空に輝く星々は今日も燦然と輝きを放っている。

異変が起きたのは、注目を促してから数秒後の事だった。

 

「⋯⋯⋯あっ」

 

星を見上げているコミュニティの誰かが、声を上げた。

それから連続して星が流れ、すぐに全員が流星群だと気が付き、口々に歓声を上げる。

黒ウサギは十六夜達や子供達に聞かせるような口調で語る。

 

「この流星群を起こしたのは他でもありません。我々の新たな同士、異世界から来た三人がこの流星群のきっかけを作ったのです」

 

「え?」

 

子供達の歓声の裏で、十六夜達が驚きの声を上げる。

黒ウサギは構わず話を続ける。

 

「箱庭の世界は天動説のように、全てのルールがここ、箱庭の都市を中心に回っております。先日、同士が倒した〝ペルセウス〟のコミュニティは、敗北した為〝サウザンドアイズ〟を追放されたのです。そして彼らは、あの星々からも旗を降ろすことになりました」

 

十六夜達三人は驚愕し、完全に絶句した。

 

「―――⋯⋯なっ⋯⋯まさか、あの星々から星座を無くすというの⋯⋯⋯!?」

 

そう飛鳥が声を上げた刹那、一際大きな光が星空を満たした。

そこにあったはずのペルセウス座は、流星群と共に跡形もなく消滅していたのだ。

言葉を失った三人とは裏腹に、黒ウサギは進行を続ける。

 

「今夜の流星群は〝サウザンドアイズ〟から〝ノーネーム〟への、コミュニティ再出発に対する祝福も兼ねております。星に願いをかけるもよし、皆で観賞するもよし、今日はいっぱい騒ぎましょう♪」

 

嬉々として杯を掲げる黒ウサギと子供達。

だが三人はそれどころでは無い。

 

「星座の存在さえ思うがままにするなんて⋯⋯⋯ではあの星々の彼方まで、その全てが、箱庭を盛り上げる為の舞台装置という事なの?」

 

「そういうこと⋯⋯⋯かな?」

 

その絶大とも言える力を見上げ、飛鳥と耀は茫然としている。

だが十六夜だけは、流星群を見ながら感慨深く溜め息を吐いていた。

 

「⋯⋯⋯アルゴルの星が食変光星じゃないところまでは分かったんだがな。まさかこの星空の全てが箱庭の為だけに作られているとは思わなかったぜ⋯⋯⋯」

 

十六夜が口にしたアルゴルとは、アラビア語でラス・アル・グルを語源とする〝悪魔の頭〟という意味を持つ星のことで、同時にペルセウス座で〝ゴーゴンの首〟に位置する恒星でもある。

そしてアルゴルが悪魔の星として伝承されたのは、変光星であるからだ。

連なる連星が重なり合い、光の波長を変える星が食変光星であり、アルゴルの魔性の正体。

星の位置を自由に遊び、ソラの彼方まで支配するような絶大な何かが、この箱庭にはあるのだ。

感動を補充するように眼を細めると、元気な黒ウサギの声が十六夜を訊ねる。

 

「ふっふーん。驚きました?」

 

黒ウサギがぴょんと跳んで来ると、十六夜は両手を広げて頷いた。

 

「やられた、とは思ってる。世界の果てといい水平に廻る太陽といい⋯⋯⋯色々と馬鹿げた物を見たつもりだったが、まだこれだけのショーが残ってたなんてな。お陰様、新たに個人的な目標が出来た」

 

「新たに、という言葉は意味深でございますが⋯⋯⋯それは何でございます?」

 

黒ウサギが訊くと、十六夜は消えたペルセウス座の位置を指差し言った。

 

「あそこに、俺達の旗を飾る。⋯⋯⋯どうだ?面白そうだろ?」

 

今度は黒ウサギが絶句するが、途端に弾けるような笑い声を上げた。

 

「それは⋯⋯⋯とてもロマンがございます」

 

「だろ?」

 

「はい♪」

 

満面の笑みで返すが、その道のりはまだまだ険しい。

奪われた物を全て奪い返し、その上でコミュニティを更に盛り上げなければならないのだから。

だが他の二人も反対はしないだろうと、そんな予感が十六夜にはあった。

 

「ところで十六夜さん。新たな目標が先程言ったものでしたら、最初の目標は何なのです?」

 

「そりゃ勿論―――『元・魔王』様の永劫輪廻を倒して隷属させ、〝ノーネーム〟のメイドにするに決まってんだろ」

 

「んなッ!!?」

 

十六夜のトンデモナイ目標を聞いて黒ウサギは顎が外れそうなくらい驚愕する。

 

「あの輪廻様を倒して隷属!?彼女の実力は未知数ですが〝全能領域(箱庭三桁)〟以上だと黒ウサギは白夜叉様から伺っているのですよ!?」

 

「〝全能領域〟以上ねえ。今の白夜叉では『逆立ちしても勝てない』とか言ってたな。けどどれくらいヤバイのか見当もつかねえよ。何度か手合わせして全く歯が立たないことは分かってるが」

 

「十分思い知らされてるじゃないですか!」

 

声を上げる黒ウサギに、ヤハハと笑う十六夜。

 

「だが少なくとも俺の『とっておき』はあいつに通用した。勝ち目がゼロじゃないならやってみなきゃ分かんねえだろ?」

 

「そうなんですか!?あの輪廻様に通用するギフトを所持しているとか何処まで規格外な方なのですか十六夜さんは!?」

 

騒がしい黒ウサギを見つめながら、十六夜は独り考えていた。

 

「(とはいえ俺の『とっておき』には発動までが時間掛かるからな。もし輪廻に本気の勝負を挑んだら、そんな隙は与えてくれねえだろうな)」

 

そう。

疑似世界(アナザー・ワールド)〟の時のように、輪廻が十六夜の『とっておき』を―――〝疑似創星図(アナザー・コスモロジー)〟の発動を待ってくれるとは限らない。

それもそのはず、〝疑似創星図〟とは世界そのものを武具として翳す領域であり、世界の頂に立つ神話の武具や、世界を支配する全能の術理などは所詮、世界を構成する一要素に過ぎないこれらに対抗する力は無い。

〝疑似創星図〟を真正面から迎え撃てるものなど、星霊の最上位か或いは最大成長した龍種くらいしかいないのだから。

十六夜は知らないが、輪廻の〝疑似世界〟は彼女の霊格の一部で構成されており、それを消し飛ばしたということは彼女の霊格の一部を消し飛ばしたのと同義である。

故に輪廻は〝疑似世界〟を消し飛ばされた後、一度夢と交代し、失った分の霊格を作り直す時間が必要だったのだ。

結論を言うと、十六夜は輪廻を倒す事が可能だが、〝疑似創星図〟が使える隙を作り出せなければ勝機は無い。

 

「(だが仮に、直接コイツを輪廻に当てられたとして、あいつの化身である我が妹を殺しちまわないかってとこだな)」

 

十六夜の懸念はむしろそこだ。

如何せん〝疑似創星図〟は強力過ぎる為、対象を確実に殺してしまうだろう。

だから打倒輪廻の目標よりもまずは夢を救う方法が先だ。

 

「―――ああ、そうだな。絶対にお兄ちゃんが救ってやるからな」

 

「⋯⋯⋯へ?十六夜さん、何か仰いましたか?」

 

「いんや、何でもねえよ」

 

ヤハハと笑う十六夜を、疑問符を頭上に浮かべた黒ウサギが見つめる。

夢を救い、輪廻を倒すことはきっと大変なことだろう。

それでも成し遂げてみせると、密かに誓いを立てた十六夜だった。

 

 

 

 

新たな同士を迎えた〝ノーネーム〟の歓迎会を、別館の屋根上で眺めている者が二人ばかりいた。

金髪ショートのエメラルドの瞳を持つ少女―――金糸雀が口を開く。

 

「ふふ。すっかり十六夜君に狙われちゃってるわねユーちゃん?」

 

「出逢って早々十六夜には目を付けられているがな」

 

金髪ロングのアメジストの瞳を持つ少女―――〝理想郷(ユーちゃん)〟こと永劫輪廻が肩を竦める。

その輪廻はムッと眉を顰めて言う。

 

「それはいいとして―――何故余は貴様の抱き枕にされているんだ?」

 

「あら、駄目だって言うの?体は夢ちゃんだし裏の夢ちゃん絶対喜んでると思うのだけれど」

 

「⋯⋯⋯はあ。夢の為ならばこの状況を甘んじて受け入れるほか無いか」

 

「やった!」

 

この体は金糸雀の言うように輪廻の化身こと西郷夢のものであり、彼女がこの状況を喜んでるなら拒否出来ないのは仕方が無いこと。

輪廻が夢にたいして甘いのもあるが、彼女が下層に行く為には必要な器であり、無くてはならない存在なのだ。

輪廻の本体は箱庭上層の何処かで眠っており、万が一ソレが下層に顕現でもしようものなら大変な事態になるのだから。

輪廻はふと星空を眺めながら呟く。

 

「―――そういえば貴様らも、かつてはデタラメな事をしでかした事があったな」

 

「あら?それはなんの事かしら?」

 

「ふん、とぼけるなよ。余が魔王〝閉鎖世界〟として活動していた時に見たあの光景は忘れるわけが無かろう。主権を持たぬ者には〝全能領域〟達でさえ箱庭の星は動かせないというのに貴様らは―――黄道十二宮を落とすという馬鹿げた事をやってのけたんだからな」

 

「⋯⋯⋯!ああ、レティシアを救出しに行った時のアレね!てかユーちゃん西側から見てたんだ」

 

「あれ程のビッグイベント、この余が見逃すわけなかろう?故にこそ貴様らには期待していたんだ。これ程面白い事をやる貴様らならば―――余達を殺してくれるやもしれぬとな」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯っ、」

 

輪廻のどこか寂しそうな瞳を覗き込んだ金糸雀は、居た堪れない気持ちになる。

〝ディストピア戦争〟の時に幾度か見せていたあの魔王の寂しげな瞳は、やはり見間違いでは無かったことを金糸雀は知る。

倒さねばならない最悪の魔王なのに、どうしてそんな瞳で私を見つめてくるのか当時は分からなかった。

だが今なら解る。

あの魔王が死に際に放った『ありがとう』の意味を。

あれはきっとこう言いたかったのだろう。

 

 

「⋯⋯⋯『余達を止めてくれて、殺してくれて―――ありがとう』」

 

 

「ん?」

 

「違うわよ⋯⋯⋯私達はあんた達を倒してなんか無いッ!倒し方を見つけられず彷徨った挙句、あの戦争を早く終わらせる為にあんな方法を取ってしまったというのに―――ッ!!」

 

血が滲む程力強く拳を握りしめて声を上げる金糸雀。

あんなものは胸を張って『勝利した』、『倒した』なんて言えないわよッ!!

ずっとずっと後悔していた。

もっと他にいい方法があったのではないかと。

今目の前にいる〝閉鎖世界(かのじょ)〟に、どんな顔をすればいいのか。

だがそんな金糸雀を、輪廻は振り返り優しく抱きしめた。

 

「確かにお前達の選択は間違っていたのかもしれない。だがそれでも、『不倒の魔王』たる余達を相手に勇敢に立ち向かい、箱庭を、人類の未来を救おうと必死に足掻いたのを余は知っている。それだけでも、余はこう言うぞ。お前達は『よく戦った』。その事を『誇って良い』。他ならぬこの余が『許そう』。そして『お疲れ様』、金糸雀」

 

「―――――⋯⋯⋯っ!」

 

「それにお前達は外界で見つけてきてくれたじゃないか。人類最高クラスのギフト保持者を―――人類最強戦力(ミリオンクラウン)を。逆廻十六夜(げんてんこうほしゃ)久遠飛鳥(あめのむらくものつるぎ)春日部耀(ゲノム・ツリー)。彼らはまだまだ青いし、〝天叢雲剣〟に至っては飛鳥の片割れが持っていたからな」

 

「⋯⋯⋯ユーちゃん、貴女いったいどこまで読めているの⋯⋯⋯?」

 

「ん?それは―――無論秘密だ。如何に戦いの舞台から降りている金糸雀であってもそれは教えられんな」

 

「そう⋯⋯⋯」

 

「だが特別に、お前だけに教えてやってもいいぞ。余の真の名を」

 

「え?」

 

輪廻が意味深な発言をして、金糸雀はキョトンとした顔をする。

輪廻は気にせず続けた。

 

「我が最初の化身であるトウヤが付けてくれたお気に入りの名だ。余の名は理想(りお)―――西郷理想(さいごうりお)だ。これから『りお』と呼んで構わんぞ、余の最愛なる金糸雀よ」

 

「〝西〟の〝郷〟の〝理想〟と書いて〝サイゴウリオ〟と読むのね。分かったわ、次からはそうさせてもらうわね理想ちゃん 」

 

「何故余をちゃん付けしたいんだ貴様は?」

 

「あら、別にいいじゃない減るものでも無いし」

 

「⋯⋯⋯ふん。勝手にしろ」

 

ムスッと不貞腐れる輪廻改め理想ちゃん。

ふふ、と上機嫌に笑う金糸雀。

まさか思わぬ形で二人だけの、夢を含めて三人だけが知る秘密を得られるとは思わなかった。

理想の言い分だと、〝ウロボロス(やつら)〟も彼女の本当の名前を知らないということになる。

これはしてやったりの気分だった。

そう。

〝ウロボロス〟は理想の正体を『知っている』。

そも、彼女が今まで正体を知られずに箱庭に存在していられたのも、〝ウロボロス(かれら)〟が匿っていたからだった。

それも金糸雀は知らないが、魔王〝閉鎖世界〟が倒されたその日に、眠っていた理想を見つけた〝ウロボロス〟の手によって保護されていた。

そして彼女にとって慕っているはずの白夜叉に吐いてしまった大きな一つの『嘘』。

だがこれは仕方の無い事だった。

〝ウロボロス〟と交わした〝契約(ギアス)〟―――『正体が明るみになった時、我ら〝ウロボロス〟と共に箱庭に〝戦争〟を仕掛ける』という恐ろしい内容が実行されないようにする為なのだから。

一方の金糸雀は、理想が口にした『最初の化身』の正体に内心驚愕していた。

 

「(理想ちゃんの言った〝トウヤ〟って何処かで聞いた事があると思ったら⋯⋯⋯十六夜君と焔君そして夢ちゃんの父親の名前じゃない!〝西業〟って名乗ってたから魔王ディストピアとは関係ないと思ってたのにこれは一体どういうことなの!?)」

 

理想の口にした〝トウヤ〟とは即ち〝サイゴウトウヤ〟―――西郷東夜(さいごうとうや)の事だろう。

粒子体研究者にして〝環境制御塔〟と言う名の『星を管理するバベルの塔』の発案者。

人類には当初、星の定めたタイムリミットが存在していた。

史上最大級の星の息吹―――破局的大噴火(ウルトラボルケイノ)

火山活動の中でも最大級の物を俗に〝巨釜噴火(カルデラボルケイノ)〟と呼ぶ。

強大すぎる星の力によって噴出した土石流は時に大地を造り、時に大陸すら木っ端微塵に吹き飛ばす最大最強の自然災厄であり、大地に残された傷跡の形状から巨釜や大杯などの意味を持つ〝カルデラ〟という名で呼ばれるようになったのだ。

核兵器の3000億倍と推定されるその力の奔流は大陸を砕き、巻き上げられた粉塵は空を覆って太陽の光を遮り、数百年に及ぶ氷河期で星を包み込むという。

当時、人類はこれを乗り越えることは不可能とされていたのだが、東夜の発案した〝環境制御塔〟によりそれを可能にした。

〝人類滅亡の形骸化〟―――別名〝神殺し〟と呼ばれる終末の獣達を打倒した末に、箱庭はその救済の力が人類の手に渡るよう歴史を正す事に成功する。

だが人類救済の力を得た人類は、その力を使って自滅する未来が確定してしまった。

これこそが〝人類最終試練〟―――人類が人類を死滅させる三体の魔王。

〝絶対悪〟魔王アジ=ダカーハ。

〝閉鎖世界〟魔王ディストピア。

〝退廃の風〟魔王エンド・エンプティネス。

当時の箱庭に〝踏破不可能〟と太鼓判を押された最強の魔王である。

 

「(人類救済の為に十六夜君の父親は尽力したはずなのに、まさか〝人類最終試練〟の魔王三体を生み出した元凶だというの!?)」

 

〝第三永久機関〟コッペリアを含めるのならば、東夜が生み出した人類への試練は四体かもしれない。

だが金糸雀には理解出来なかった。

どうして〝環境制御塔〟なるものを発案し、人類の未来を救おうとした男が、理想の化身に―――魔王〝閉鎖世界〟の化身になっていたというのだろうか。

彼の抱いた〝理想郷〟が否と突きつけられたから?それとも―――

 

「(いや駄目ね。私じゃ十六夜君の父親の気持ちを理解する事なんて出来ないわ。この事については分からず仕舞いだけれど、お陰様で理想ちゃんの正体が判明したわね)」

 

そう。

東夜が理想の化身であるならば、〝理想郷〟と〝閉鎖世界〟の霊格を併せ持つ彼女の正体も自然と浮き彫りになる。

 

「―――〝環境制御塔〟の化身。レティシア達〝箱庭の騎士〟を造った純血の龍種、太陽の軌道線上を飛ぶ〝衛星〟の化身と同じで、人類が残した文明の擬人化だったのね、理想ちゃん」

 

「ん?ああ、そうだ。ふふ、最初に余の正体に辿り着いたのが金糸雀で嬉しいぞ」

 

「いや流石に十六夜君の父親の名前を出されたら分かるわよ。だって私は元・最強のゲームメイカーだもの」

 

「それもそうだな」

 

「そしてもう一つ。〝生命の目録〟の製作者なんだけれど―――これも理想ちゃんが造ったんでしょ?」

 

金糸雀の核心のついた問いかけに、理想の表情が微かに驚きに染まる。

 

「⋯⋯⋯どうしてそう思ったんだ?」

 

「簡単な話よ。理想ちゃんが〝環境制御塔〟の化身ということはつまり、星を管理するバベルの塔の力を有している。それを箱庭の星に置き換えるなら―――〝星権を支配する王〟って意味になるでしょ?だからね、私はこうすら思ってるの」

 

「なんだ?」

 

「―――箱庭の星権が持つ全ての権能を『星権なし』で振るえる。そうよね?〝不可能を可能にする生命体(エネルギー)〟の魔王様?」

 

カラコロと笑ってそう言った金糸雀。

今度こそ理想の表情が驚きに染まった。

〝不可能を可能にする生命体〟という表現を使ってきたことに驚いたのだ。

それは一桁ナンバーの〝退廃の風〟すらその気になれば倒せるんでしょ?と言ってるようなものだから。

確かに彼女の故郷は〝終末論〟を超えたその先に生まれた真の〝理想郷〟。

その世界に〝退廃の風〟の居場所などありはしないのだから倒す事も可能かもしれない。

だがそれでも理想が直接〝退廃の風〟を倒すことはないだろう。

何せ〝人類最終試練〟とは人類が乗り越えねばならない試練なのだから、純血の龍種たる彼女が出る幕では無いのだ。

理想は観念したように笑って頷いた。

 

「ああ、本当にお前には敵わないな金糸雀。そうだ、余が〝生命の目録〟を造った純血の龍種だ。〝生命の王冠(ゲノム・クラウン)〟まで至った孝明を見れば、余の正体を知った金糸雀ならばこの回答に行き着くのは当然か」

 

「まあね。てか〝生命の王冠〟は流石にチート過ぎないかしら?制限時間付きでも〝生命の目録〟所持者が最強種の器になれるとかホント星権に喧嘩売ってる代物よ」

 

「ふふ。だが余という単独二桁を倒すには必須級ギフトであったろう?」

 

「うわ、それ聞くと私達はトンデモナイ怪物と数万年も戦ってきたのかってなるわね」

 

「まあ、とはいえ人間(トウヤ)を器に顕現していたからな。流石に〝全権領域〟程の力はないぞ」

 

「それもそうね」

 

理想の言葉に納得する金糸雀。

だがそれでも彼女は強すぎた。

戦いが数万年も長引いているのだからその壮絶さを物語っている。

まあだがもし、彼女の最後の霊格を―――〝第三永久機関〟に辿り着いて居たのならば、彼女の故郷に、真の〝理想郷〟に至れたのかもしれない。

 

「ところで理想ちゃんの今の実力は何桁相当?」

 

「ん?ああ、夢を器にしている余は〝全能領域〟には負けぬが流石に〝全権領域〟には勝つ自信ないな」

 

「勝てないじゃなくて勝つ自信がないだけなのね。そこは流石単独二桁の魔王様ってところかしらね」

 

「茶化すな。それに余はもう魔王では無いと言ってるだろう?」

 

「あらごめんなさい」

 

本当に謝ってるのかこいつ、とでも言いたげな表情と半眼で金糸雀を見る理想。

金糸雀はクスクス笑った。

 

「次に夢ちゃんが表に出てきている時の実力は何桁相当?」

 

「夢が表に出ている時か。それならば十六夜の足並みとでも答えておこう」

 

「え?」

 

「ここだけの話だが、夢は余の正規の化身ではない。彼女はあくまでスペアにすぎないからな。故に余のバックアップを以てしても、十六夜には届かぬ」

 

「ちょっと待って!夢ちゃんが理想ちゃんの正規の化身じゃないってことは⋯⋯⋯まさか、十六夜君なの⋯⋯⋯?」

 

「ああ。十六夜こそが余の真の化身であり―――〝創造主(マイマスター)〟だ」

 

金糸雀は絶句した。

東夜が理想の最初の化身だった事を知った時以上に。

 

「十六夜君が理想ちゃんの真の化身にして〝創造主〟。ということは〝環境制御塔〟を造り上げたのは未来の十六夜君ってこと?」

 

「そうだ。少なくとも余の故郷で余を造った人類は十六夜で間違いない。だが十六夜が箱庭に召喚される可能性があると判断された段階で、歴史を修正する為に生み出されたというイレギュラーの彼の弟―――西郷焔と。余の化身のスペアとして〝ウロボロス〟が用意した本来存在する事自体イレギュラーな彼らの妹―――西郷夢の三人が、未来の余の〝創造主〟となるやもしれぬな」

 

「あら。それなら理想ちゃんは三人で取り合いになりそうね」

 

「どうしてそういう結論に至るのか分からんが、余の〝創造主〟が何人増えようが構わん。だが〝ウロボロス〟のようなやり方だけはしないでほしいな」

 

理想は目を閉じて黙祷する。

彼女に倣って金糸雀も黙祷した。

〝ウロボロス〟は世界を救う為ならば犠牲を厭わない連中だ。

彼らの行いで消えるはずのなかった命が幾つあったというのか。

これは金糸雀が箱庭を追放された時に外界で見てきた事だから知っていた。

そして十六夜と金糸雀で〝組織〟を壊滅させたこともあった。

あれから例の〝組織〟がどうなったか、完全に沈黙したか、それとも性懲りも無く同じ事を繰り返しているのか。

仮令(たとえ)後者であったとしても、舞台から降りた金糸雀にはもうどうすることも出来ないが。

理想は目を開けると、歓迎会を楽しむ十六夜達を眺めながら言う。

 

「〝敗北者〟である余達が今の箱庭に口を挟む権利などないからな。余達はこれからも彼らの行く末を見届けるとしようか」

 

「そうね。あ、でも理想ちゃんは白夜叉の言い付け通り、これからも十六夜君達に手を貸してくれるんでしょ?」

 

「そうだな。だが余の属する〝ウロボロス〟連盟に可愛い新米魔王達がいるからな。彼らの面倒もしっかり見てやらないといけない。故に次は〝ノーネーム〟の敵として、十六夜達の背中を押す形になるやもしれぬ」

 

「新米魔王?」

 

金糸雀が首を傾げると、理想は頷いて言った。

 

「うむ。皆初やつで可愛いぞ。一人は〝ウロボロス第三連合〟の盟主を任された白髪の少年で、もう一人は―――お前達の罪そのものと言える魔王だ」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯っ、その魔王の名は?」

 

「〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)〟―――黒死病(ペスト)。〝8000万の悪霊群〟の代表にして、彼らの怨嗟を叶える為に太陽に復讐する、心優しい魔王だ」




我ながら自己解釈満載の内容になってしまったが後悔はないッ!!

早々に正体バラされてるけど金糸雀がいるからしょうがないしょうがない(白目)

この調子だと西郷パパが魔王ディストピアなら、西郷ママは⋯⋯⋯いや群体って表記あるしわざわざ西郷ママ絡める必要ないか(夫が魔王になったら必然的に妻も魔王になりそうなものだけど)

一番のやらかし要素は、輪廻がその気になれば〝退廃の風〟倒せるかもしれないとか書いてるとこかな。二桁が一桁に勝てるわけないじゃん!全くもってその通り!ただこのSSの裏ボス主人公ちゃんは〝退廃の風〟すら吹かない真の〝理想郷〟の世界で発生した〝純血の龍種〟って設定だから、箱庭に来たから〝退廃の風〟に殺されるのもなんか違う気がするしでも『全ての世界を終わらせる権利』持ってるのが〝退廃の風〟だし⋯⋯⋯ホントこの風扱い難しすぎる!まあ、絶対倒せる!とは書いてないしセーフって事で()

邂逅編はこれにて終了です
次回はペスト編入るか番外編にするかは作者の気分次第ということで


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番外編
特訓・前編


丁度一ヶ月経過したか。
ペスト編の前に番外編を前編(〝ウロボロス〟side)と後編(〝ノーネーム〟side)でお送りします。


―――箱庭のとある西側〝閉鎖世界(ディストピア)〟跡地。

これは〝ノーネーム〟の歓迎会が行われた後日の話。

廃墟と化したその玉座に一人の少女が眠っていた。

陽の光で極光のような輝きを魅せる金髪の幼い少女。

その少女の名は永劫輪廻であり、その(うつわ)の名は西郷夢。

白と黒のメイド服を着ているのは以前そのような格好をしていたから全くもって問題ない。

だが、その手首足首そして首には―――無骨な枷が取り付けられていた。

まるで奴隷と化した輪廻の下に、三つの影が突如姿を現した。

一人目は黒髪短髪で黒い軍服を着た長身の男。

二人目は白髪で布の少ない白装束を纏う女。

三人目は赤紫髪で白黒の斑模様のワンピースを着た少女。

赤紫髪の少女の手には〝ウロボロス〟の旗印が刻まれたカードが握られていた。

恐らくこのカードは輪廻の本拠地へ向かう為に必須なものなのだろう。

まあそれは兎も角、玉座に居眠りする輪廻の姿を認めた三人はギョッと目を剥き声を上げた。

 

「は?なんだあの格好は!?」

 

「輪廻様ったらこんな趣味があったのね!」

 

「いや違うでしょ。服装は兎も角、輪廻にあんな趣味は無いと思うわ」

 

訂正、赤紫髪の少女だけは冷静な声で言った。

それもそうか、と納得する黒髪の男と白髪の女。

とはいえ異常といえば異常だ。

だから眠っている彼女に訊くことにした。

 

「起きなさい輪廻。どうしてそういう格好になってるのかしら?」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯」

 

「ちょっと聞いてる?」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯すぅ」

 

「オケ、あくまでも寝てるつもりね。なら容赦しないわよ―――ヴェーザー!」

 

「OK、マイマスター!」

 

赤紫髪の少女にヴェーザーと呼ばれた男は、獰猛に笑って肩に担いでいた巨大な笛を頭上でグルングルン回し始める。

それからその遠心力を利用して、輪廻の頭に巨大な笛を勢いよく振り下ろした。

ヴェーザーのその一撃を、

 

「―――――⋯⋯⋯うむ、時間通りだな〝グリムグリモワール・ハーメルン〟の諸君ら」

 

輪廻が微笑と共に人差し指一つで受け止めた。

ヴェーザーは別段驚くことも無く、巨大な笛を肩に担ぎ直す。

赤紫髪の少女は口元を隠しながら微笑して言う。

 

「おはよう輪廻。だけどせっかくヴェーザーが素敵な目覚ましプレゼントしようとしていたのに防ぐなんて酷いわ」

 

「ふむ、そうか。それはすまなんだ。だがこの娘は大切な我が化身(アバター)だからな、容易に殴らせはせんよ―――ペスト」

 

輪廻の返答に、そ、と短く返すペストと呼ばれた少女。

白髪の女がムッとした顔でペストに向かって言う。

 

「マスター!ヴェーザーばっかり狡いです!次は私にやらせてくださいよー!」

 

「あらごめんなさい。だけどそのチャンスはこの後いっぱいあるじゃない―――ラッテン」

 

ラッテンと呼んだ女を宥めるペスト。

そんな様子を輪廻が微笑して見ていると、ヴェーザーが頭を掻きながら訊いてきた。

 

「それはそうと、輪廻様はなんでそんなものつけてんだ?」

 

「ん?メイド服のことか?」

 

「そっちじゃねえよ!?首とか手足についてる枷の方だ!」

 

「ああ、コレか。コレはまあカクカクシカジカで」

 

「なるほど、そういうことだったのか」

 

輪廻の説明に納得したように頷いたヴェーザー。

それにペストが堪らずつっこんだ。

 

「いや何がなるほどよ!?何も伝わらないんだけど!?」

 

「え?伝わらないんですかマスター?」

 

「え!?ラッテンにも伝わってるの!?」

 

「それは勿論―――」

 

ラッテンとヴェーザーが顔を見合わせて頷き、

 

「「さっぱり分からない!」」

 

「でしょうねッ!!」

 

そう言うと思ってたわッ!!!と心の中で叫ぶペスト。

輪廻はニヤニヤしながらペストを見つめて事のあらましを説明した。

 

「これは内緒で〝ノーネーム〟のところに行っていたことと、ラミア母娘をその〝ノーネーム〟に置いてきたことによる厳罰だな」

 

『〝ノーネーム〟?』

 

ペスト達三人が声を揃えて聞き返す。

輪廻は、うむと頷いて続けた。

 

「〝ノーネーム〟が新しい人材を呼び出したと聞いてな、気になって下層に降りてたんだよ」

 

「そ。それでその人材はどうだったの?」

 

「そうだな。異世界から召喚された三人のうち、二人の娘はまだまだ磨けば光る原石だが、少年の方は〝ウロボロス〟で喩えるならば―――白髪の少年並みもしくはそれ以上か」

 

『は?』

 

思わず素っ頓狂な声を洩らすペスト達三人。

〝ウロボロス〟に所属する白髪の少年と言ったら―――殿下の事だと理解する。

殿下の実力なら、輪廻との特訓を見ている為よく分かってるつもりだ。

彼の実力は一言で表せば―――デタラメ。

ラッテンもヴェーザーも、ペストでさえ勝てる気がしないと思っている存在(でんか)と。

その存在(でんか)に匹敵するあるいはそれ以上の少年が〝名無し(ノーネーム)〟にいるという話を聞いて驚くなという方が無理な話である。

 

「あの殿下並みの実力者が〝ノーネーム〟にいるのか⋯⋯⋯そいつはやべえな」

 

「はいはーい!私は他の女の子二人の方が気になります!」

 

「貴女はそっちにしか興味無いのね」

 

「ふふ。まあそんな彼らとはすぐに出逢うことになるだろうな」

 

『え!?』

 

驚いた顔で見つめてくるペスト達三人に、輪廻はただ微笑する。

ペストが顔を引き攣らせつつ輪廻に問うた。

 

「⋯⋯⋯それで、彼らと会うのはいつ頃?」

 

「ん?そうだな⋯⋯⋯これよりひと月もないかな」

 

「結構すぐじゃない―――ってちょっと待った!ひと月もないってことはまさか〝ノーネーム〟も火龍誕生祭に来るというのかしら?」

 

「無論だ。彼らには白夜様が付いてるからな。路銀が無くて〝境界門(アストラルゲート)〟が使えなくとも北側に連れて行ってもらえるだろう」

 

白夜。

その名前を聞いてペスト達三人の表情が強ばる。

東側最強の〝階層支配者(フロアマスター)〟で太陽の主権戦争の優勝者。

直接戦ったことは無いが、彼女の化け物っぷりは前マスターが率いた〝幻想魔道書群(グリム・グリモワール)〟に所属していたラッテンとヴェーザーが知っている。

何よりも―――〝ウロボロス〟最強と称され、〝最終兵器〟である輪廻が『様付け』して慕う程の存在だということが、ペスト達三人が恐怖する最たる理由だった。

 

「輪廻様に加えあの白夜王すら気にかける〝ノーネーム〟、か。名無しになる前は一体どんなコミュニティだったんだよ」

 

額を押さえながら呻くヴェーザー。

 

「只者では無かったことはなんとなくだけれど分かるわね」

 

肩を震わせながら呟くラッテン。

 

「⋯⋯⋯とはいえ、それは過去の話でしょ?確かに殿下並みの実力者が〝ノーネーム〟にいるのは脅威だけれど―――だから何?まさか貴女はそんな事で私の、『ワタシタチ』の悲願を諦めろと言うつもり?ハッ、冗談じゃないわ。その程度の脅しで諦めるくらいなら、今ここで貴女に挑んで殺された方がマシよ!」

 

恐れるどころか逆に闘志を燃やして自身を奮い立たせるペスト。

輪廻に挑んで死んだ方がマシというのは自虐的に聞こえるが、これはまったく逆の意味で―――『輪廻さえ敵に回せる覚悟』の表れだった。

彼女は、8000万の怨嗟の声を叶える為ならば、勝ち目の無い相手だろうと立ち止まるわけにはいかない。

仮令(たとえ)強大な敵が立ちはだかろうとも、この身朽ち果てるまで決して諦めたりはしないのだ。

揺るがぬ強い意志を魅せるペストに、ラッテンとヴェーザーは感化される。

嗚呼、やはり彼女に付き従ってきて良かったと。

今のマスターは貴女だけだと、この命尽き果てるまでついて行くことを誓う。

ほう、と感心したように笑う輪廻は、〝ウロボロス〟の旗印が刻まれたギフトカードを取り出して言った。

 

「ではその覚悟が本物かどうか、見せてもらうとしようか。今日こそは我に一撃入れてみせるがよい」

 

「ええ、上等だわ。すぐに吠え面かかせてあげる!ラッテン!ヴェーザー!力を貸して!」

 

『イエス、マイマスター!』

 

臨戦態勢を取るペスト達三人。

輪廻はギフトカードを掲げて呟いた。

 

 

「―――〝疑似世界(アナザー・ワールド)〟」

 

 

刹那、四人のいた廃墟はガラリと変貌を遂げる。

天を衝くかというほど巨大な赤壁の境界壁。

そこから掘り出される鉱石で彫像されたモニュメント。

境界壁を削り出すように建築したゴシック調の尖塔群のアーチ。

外壁に聳える二つの外門が一体となった巨大な凱旋門。

色彩鮮やかなカットガラスで飾られた歩廊。

数多に点在した巨大なペンダントランプが朱色の暖かな光で照らしていた。

ペスト達三人は、その境界壁の天辺に立っておりその街を見下ろしている。

いつ見ても凄い光景だと舌を巻く。

何せこの街は―――一ヵ月後に開催予定の〝火龍誕生祭〟が行われる舞台にして、ペストにとっての初の戦いの舞台でもある場所を模倣したものなのだから。

輪廻にとって箱庭の街一つ模倣しそれを新たに生み出すことなど造作もないことなのだろう。

〝疑似世界〟はある意味〝模倣世界〟と言っていいのかもしれない。

そんな輪廻は、輪郭を円状に造られそれを取り囲む形で客席が設けられている闘技場のような場所の中央に立っていた。

彼女の下へ、境界壁から飛び降りてきたペスト達三人が向かい合う。

それからペストはギフトカードから一枚の羊皮紙を取り出し、ヴェーザーとラッテンと共に確認する。

 

 

『ギフトゲーム名〝永劫への挑戦〟

 

・プレイヤー一覧

〝ウロボロス〟第三連合に所属するコミュニティ。

 

・ホストマスター側 勝利条件

 なし。

 

・プレイヤー側 勝利条件

 ホストマスターに一撃与える(但し、防がれたら無効とする)。

 

・プレイヤー側 敗北条件

 なし。

 

・ルール

 ホストマスター側は恩恵(ギフト)及び権能の使用の一切を禁ず。

 プレイヤー側が勝利条件を満たすまで挑戦資格は無期限のものとする。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

     〝          〟印』

 

 

内容はシンプルなものだが、その永劫輪廻(ホストマスター)に一撃与えるという勝利条件がペスト達には難易度が高過ぎた。

恩恵や権能の使用が禁止されている輪廻を相手にしているというのに、ペスト達の攻撃がまるで通用しない。

そればかりか、人差し指一つで全て受け止められ、弾かれ、一発も当てられていないのだ。

最初の頃は随分と舐められたものだと憤っていたが、いざギフトゲームが始まり実力の差を分からさせられては何も言い返せやしなかった。

それに後から来る殿下達が加わっても、追い詰めるどころか彼らの攻撃さえ指一つでどうにかしてしまう化け物なのだ。

もう正直彼女には指一本すら使って欲しくない程なのだが、回避だけだと面白味が欠けるとかなんとかで却下されることだろう。

まあそんなわけで今日まで幾度となく挑んできたこのギフトゲームをクリア出来ないままでいる。

それは一先ず置いておいて、〝契約書類(ギアスロール)〟に輪廻のコミュニティの名が欠落していることについてだが。

遥か昔にこの箱庭から消滅したコミュニティらしく、彼女はそのコミュニティの頭領だったそうだ。

今の彼女のギフトカードには〝ウロボロス〟の旗印が刻まれており、第一か第二連合に所属していることだろう。

なれば彼女の掲げていた旗印は別のものだったのだろうが、それはコミュニティ消滅と共に箱庭から消え去ってしまった為、ペスト達がそれを知る由もない。

そんなことを思いながらもペストは羊皮紙をギフトカードに仕舞って輪廻に言った。

 

「いつでもいいわ。開始の合図を頂戴」

 

「ああ。では―――始め」

 

輪廻が開始の合図を取ると、ペストは宙に舞い、ラッテンは後ろに跳んで距離を取り、ヴェーザーが巨大な笛を構えて突貫した。

 

「オラァ!!」

 

ヴェーザーは巨大な笛を自身の手足の如く操り、次々と攻撃を仕掛けていくが、輪廻はそれらを人差し指一つで弾いて捌く。

容易く捌かれるのは重々承知のヴェーザーは、攻撃の手を休めることなく輪廻に仕掛け続ける。

ヴェーザーが輪廻を相手取ってる間に、宙に舞っていたペストは双掌に束ねた8000万の怨嗟は黒い衝撃波となって輪廻へと撃ち出された。

それを背後に感じ取ったヴェーザーは巨大な笛を肩に担ぎ直して真横に跳ぶ。

輪廻に向かってきた黒い衝撃波は、

 

「いい連携だが―――無意味だ」

 

指一本軽く振るだけで霧散する。

しかしそうなる事は既に分かっていたヴェーザーとペストは、特に気にすることも無く輪廻を牽制すべく連携攻撃を続けた。

右からはヴェーザーの巨大な笛による連撃が襲い掛かり、左からはペストの竜巻く黒い風が襲い掛かる。

輪廻は右手の人差し指でヴェーザーの猛攻を弾いて捌きながら、左手の人差し指でペストの竜巻く黒い風を霧散させる。

こんな事をしても無駄だとヴェーザーやペストは理解しているはずなのに、無謀にも挑んでくる。

そんな彼らの意図を『時間稼ぎ』だと分かっていながらも、輪廻は敢えて彼らの作戦に乗ってあげていた。

そしてその時間稼ぎの目的はと、輪廻が二人の攻撃を凌ぎながらラッテンを見る。

ラッテンはフルートを唇に当て、奏で始めた。

高く低く、疾走するようにハイテンポなリズムを刻む曲調は、まるで何かを目覚めさせるかのようで―――やがて大地を迫り上げ、陶器で出来た巨躯の兵士を八体程造り上げた。

輪廻を取り囲む様に闘技場に現れた陶器の巨兵達は、一斉に雄叫びを上げた。

 

『BRUUUUUUUUM!!!』

 

文字通り、輪廻の四方八方に現れた陶器の巨兵達は、その全身の風穴から空気を吸い込み、大気の渦を造り上げる。

だがこの程度の乱気流では輪廻を巻き込む事など出来やしない。

輪廻は涼しい顔でヴェーザーとペストの攻撃を凌ぎつつ、地上に起きた乱気流の渦が周囲の瓦礫を吸収している様を見つめる。

ラッテンはフルートを掲げて陶器の巨兵達に向けて叫ぶ。

 

「放て、シュトロム!!」

 

『BUUUUUUUUM!!!』

 

ラッテンにシュトロムと呼ばれた陶器の巨兵達は、彼女の合図と共に吸収した瓦礫の山を圧縮し、臼砲のように一斉に撃ち出した。

そのタイミングで輪廻を牽制していたヴェーザーが上空へと跳び上がり、ペストの黒い風に乗る。

そして四方八方から撃ち出された数多の瓦礫が輪廻を襲い―――彼女は右脚を軸にしてクルリと一回転した。

ただ回転しただけではなく、シュトロムが撃ち出した無数の瓦礫を人差し指で全て打ち返していた。

それも揃って第三宇宙速度を遥かに凌駕した速度となって飛来し、八体のシュトロムを撃ち抜き一撃で粉砕する。

シュトロム達は崩れ落ちて土へと還る。

すると突如、輪廻を閉じ込めるように竜巻く黒い風が吹き荒れた。

輪廻はこれを指一つ軽く振って霧散させ―――上空から巨大な笛による落下攻撃を仕掛けてきたヴェーザーの一撃を人差し指で受け止める。

ヴェーザーはチッ、と舌打ちしてラッテンの下へ跳び退く。

ペストも一旦地上に降りて、ヴェーザーとラッテンの下へ移動した。

 

「いい感じに攻められたと思ったけれど、全然通じないなんて。それにその場から移動しないで私達の攻撃を全て捌くなんて本当に化け物」

 

「ふふ。とはいえ連携すら取れてなかったお前達がここまで出来るようになったのだ。我は嬉しく思うよ」

 

微笑する輪廻に、頬を微かに赤らめるペスト。

褒められるのは悪い気はしない。

そんなペストを微笑ましげにヴェーザーとラッテンが眺めていると、

 

「⋯⋯⋯ふむ。彼らも来たようだな」

 

輪廻のその言葉にハッとして振り返るペスト達三人。

すると突然、四つの影が現れた。

一人目は黒髪でノースリーブの黒いワンピースを着て腰にジャケットを巻き付ける少女。

二人目は白髪金眼で真っ白い正装を着崩した少年。

三人目はローブのフードを目深にかぶった豊穣と天候の神格を持つ〝黄金の竪琴〟を持つ女性。

四人目は巨大な一本角の龍角を頭上に持ち、胸元に〝疑似・生命の目録(ゲノムツリー・レプリカ)〟が刻まれた黒い鷲獅子。

そのうちの黒髪の少女が輪廻を見るや否や微笑み―――一瞬で輪廻の眼前に姿を現し抱きついてきた。

 

「私達も来ましたよー!輪廻様ー!」

 

「いらっしゃい。それにしても、抱きつくと見せかけて零距離からの短刀による刺突の奇襲は見事だリン」

 

「そう言って顔色一つ変えずに指一本で防ぐ輪廻様は相も変わらず隙が無くてヤバイですね!」

 

そう言いながら後ろに跳ぶと腰に下げている革のベルトに備えていた短刀を幾らか取り出して輪廻に投げつけるリンと呼ばれた黒髪の少女。

輪廻はそれらを人差し指と中指の二本で白刃取り、リンに向けて第三宇宙速度を遥かに凌駕した速度で投擲する。

至近距離なのに容赦の無い投擲をする輪廻だが、リンに当たることなく彼女の眼前で落下した。

地面に転がっていた短刀はいつの間にかリンのベルトに収まっており、一瞬で白髪の少年の下へ移動する。

白髪の少年は〝ウロボロス〟の旗印が刻まれたカードをヒラヒラさせながら輪廻を見つめて言う。

 

「悪いな。来て早々奇襲を仕掛けて」

 

「気にするな。少し前に寝込みを襲われたばかりだからな」

 

「へえ?それはペスト達の仕業か?」

 

「まあそうだな」

 

「いえ、寝ている振りをしておいて〝寝込みを襲われた〟という表現はどうかと思うのだけれど?」

 

すかさず冷静にツッコミを入れるペスト。

そもそも輪廻の寝首を搔ける猛者が居るなら是非紹介して欲しいものだ。

リンはペストに笑顔で手を振る。

 

「やっほーペストちゃん!既に輪廻様と一戦交えたみたいだね。手応えはあった?」

 

「いえ全く。ヴェーザーとラッテンと共に考えた作戦は見事に通じなかったわ」

 

「まあ、あの輪廻様が相手じゃしょうがないかー。私達が戦いに加わっても余裕の表情崩した事なかったし」

 

ムスッとした顔で輪廻を見るリン。

そんな彼女の後ろにいたローブの女性が口を開く。

 

「確かに輪廻様は〝ウロボロス〟最強の御方。容易くゲームクリアとはいかないでしょう。けれど私達にはリンがいるわ。今日こそは勝利に導いてくれるのよね?」

 

「勿論だよアウラさん!今日こそは輪廻様の表情を崩して勝利を掴んでみせるッ!!」

 

「ええ、期待してるわリン」

 

口元に笑みを作るアウラと呼ばれたローブの女性。

リンは〝ウロボロス〟第三連合のゲームメイカーにして、〝アキレス・ハイ〟と呼ばれている概念的な〝距離〟を支配する空間操作系の恩恵を所有している。

輪廻自身、ゲームのルールで恩恵と権能を禁止している為、空間操作等を使えない彼女にリンの恩恵を攻略出来る手段はない。

だが零距離の奇襲すらものともしない輪廻に一撃当てる方法が果たしてあるというのか。

いや、どんな超常的存在だろうと恩恵も権能も使えない状態で隙が無いはずがない。

きっと何処かに一撃当てるチャンスはあるはずなのだ。

アウラの隣に居た黒い鷲獅子は獣が唸る様な声で言う。

 

『リンの作戦と恩恵があればゲームクリアも不可能では無いはずだ。それに輪廻殿は殿下が押さえてくれる。我らはやれる事を精一杯行い、隙を作るまでよ』

 

「ああ。恩恵と権能を使わないだけじゃなく、速さまで俺に合わせた超舐めプしてくれてる輪廻が相手ならやり易い」

 

殿下と呼ばれた白髪の少年が頷く。

リンも頷き、ペスト達に確認を取る。

 

「うん。ペストちゃん達も全力で殿下の援護お願いできる?」

 

「ええ、分かったわ。貴方達もそれで構わないわね?」

 

「ああ、構わないぜ」

 

「マイマスターの御心のままに」

 

ペストの言葉に了承するヴェーザーとラッテン。

これで準備は整―――

 

「ところで貴方達は輪廻の格好を見て何とも思わないの?」

 

「ん?ああ、枷を取り付けられたメイドの輪廻か?別に何も思わないな。アレも一種の〝ふぁっしょん〟とやらなのだろう?」

 

「そんな訳ないでしょ!?」

 

「えー?私はアレはアレで可愛いと思うなー!輪廻様の器の子がそもそも美少女で可愛すぎだし!」

 

「確かに輪廻の器の子は可愛いけどそういう問題じゃない気が」

 

「いっその事、鎖で繋いで連れ回したいですわね」

 

「ちょ、アウラ!?なに恍惚とした顔でとんでもない事言ってるのよ!?」

 

『フン、下らん。装い等どうでもいいだろう。鎖が無いから動きづらいわけでもあるまい』

 

「まあ、貴方ならそう言うと思ってたわ」

 

―――って無かった。

輪廻の格好についてペストが殿下達に問いただすも、特に問題無かったようだ。

約一名、変な性癖に目覚めかけているようだが。

これから輪廻と再戦だというのに変に疲れて脱力するペスト。

そんな様子を眺めていた輪廻は、思い出したように言った。

 

「ああ、そうだグライア。お前に朗報がある」

 

『⋯⋯⋯はい?何でしょうか、輪廻殿?』

 

いきなり話を振られて目を丸くして聞き返すグライアと呼ばれた黒い鷲獅子。

輪廻はニヤリと笑って続けた。

 

「我が秘密裏に接触した〝ノーネーム〟についてだが。呼び出した新たな人材である異世界の人類の中に―――コウメイの娘が居るぞ。コウメイが持っていた〝生命の目録(ゲノム・ツリー)〟も一緒にな?」

 

『はっ⋯⋯⋯!?』

 

輪廻のとんでも情報に、グライアだけでなく殿下達六人が素っ頓狂な声を上げる。

コウメイの名は〝ウロボロス〟に属する者ならば知らぬ者はいない。

何せ三年前に滅ぼした〝旧ノーネーム〟の頭首を務めていた男であり。

かの〝ディストピア戦争〟でも活躍し名を馳せ。

グライアの兄・ドラコ=グライフを打ち破った男でもある。

そして〝旧ノーネーム〟は―――輪廻にとっては因縁のあるコミュニティらしい。

遥か昔に〝魔王〟だった輪廻を打倒したコミュニティも〝旧ノーネーム〟であり、彼女の〝契約書類〟が黒くない〝元・魔王〟である理由が正にこれだった。

グライアは獰猛な笑みを浮かべた。

 

『あのコウメイの娘が⋯⋯⋯〝生命の目録〟の完全体を所有していると⋯⋯⋯ククッ、それは良いことを聞いた!早くその娘に会いたい。そして倒し、〝生命の目録〟をこの手に⋯⋯⋯ッ!』

 

「猛る気持ちは分かるが落ち着けグライア。お前達には南側の〝階層支配者〟を打倒する役目があるだろう?」

 

『はっ!?申し訳ありません!私としたことが冷静さを掻くところでした』

 

「それにコウメイの娘と戦うのは構わんが、〝生命の目録〟の略奪はこの我が許さぬ。アレはコウメイにあげた物だし、それが今や娘の手にあるのなら尚更」

 

『ヌゥ⋯⋯⋯!む?〝あげた〟?』

 

『あげた?』

 

輪廻の言葉にグライアと共に首を傾げる殿下達六人。

輪廻は小首を傾げて、

 

「ん?どうしたお前達?」

 

『え?あ、いや、その輪廻殿?先程コウメイにあげたと仰いましたよね?』

 

「ああ、言ったぞ。正確にはニチカに託していた物で、コウメイが選ばれたと言うべきか」

 

「⋯⋯⋯えっと。もしかしなくても、〝生命の目録〟を造った御方って―――輪廻様だったりする?」

 

グライアに続いて恐る恐るリンが訊ねる。

その反応に、輪廻は合点がいったようにポンと手を打った。

 

「成程。〝ウロボロス〟の頭首は中々に意地悪な奴だな。てっきり知っているものだと思っていたが、知らなんだか」

 

「そもそも知っていたら〝生命の目録〟を輪廻様に〝頂戴!〟って言ってるよ!?」

 

「ほう。そんなに〝生命の目録(コレ)〟が欲しいのか?」

 

輪廻がメイド服のポケットから黄金と漆黒で彩られたギフトカードを取り出し―――〝生命の目録〟を顕現させてリン達に見せる。

嘘、と唖然とした表情で輪廻の手にある〝生命の目録〟を見つめるリン達七人。

灯台下暗しとは正にこの事か。

まさか〝ウロボロス〟第三連合の後見人兼自称保護者の輪廻が〝生命の目録〟の製作者とは思いもしなかった。

そして同時に、〝ウロボロス〟が輪廻を真の意味で支配しようと躍起になっている理由が分かった気がした。

輪廻はとある事情で〝ウロボロス〟に組みしているものの、全てに従うつもりはないらしい。

実際、〝ウロボロス〟の為に〝生命の目録〟を譲った事はないしあげるつもりは更々ないようだった。

しかしそれをしないのは無理もない。

何せ輪廻が造ったという事は〝生命の目録〟は―――彼女の力の一端を恩恵にして与えるという意味になるのだから。

その輪廻の恩恵の一端である〝生命の目録〟がすぐそこにある。

それを欲しくない者など、此処に居るリン達の中にいるわけがなかった。

代表してグライアが一言。

 

『超欲しいです!』

 

「ふふ、そうか。だがタダであげる程我は甘くないぞ?」

 

「⋯⋯⋯どうすれば手に入るんだ?」

 

殿下の問いに、輪廻は壮絶な笑みで答えた。

 

 

「我のギフトゲームをクリアせよ。ああ、それとな。お前達は勝利報酬に〝生命の目録〟を要求したんだ。これまでの〝戯れ〟と一緒だと思わぬ事だ」

 

 

『―――――⋯⋯⋯ッ!!?』

 

 

ゾッとする輪廻の笑みに、殿下達七人は一瞬動けなくなる程の恐怖に支配された。

彼女の〝疑似世界〟も悲鳴を上げるかのように軋んだ。

輪廻は不意に後ろを向いて軽く指を振った。

たったそれだけで耳を劈く様な爆音と共に、殿下達の目の前にあった綺麗な街並みは一瞬で消滅する。

 

『なっ⋯⋯⋯!!?』

 

絶句。

比喩では無く、指一つ軽く振っただけで街並みが消し飛ぶ光景を目にすればそうなるのは無理もない。

何も無くなった街だったところを背にして輪廻が微笑する。

 

「ああ、気にしなくていい。お前達相手に今みたいな事は間違ってもしないからな」

 

『⋯⋯⋯⋯⋯』

 

「それに我がその気になれば指一つで我が〝疑似世界〟をも消し飛ばせるからな」

 

『⋯⋯⋯⋯⋯ッ!!?』

 

また絶句。

指一つで世界(ほし)を砕けるとか笑えない。

殿下ですらそんな芸当は出来ないというのに。

指一つで世界を創造し、指一つで世界を破壊する―――これが〝全能領域(箱庭三桁)〟以上に席を置く者の実力だというのか。

輪廻なら恐らく指先一つで次元を裂いて世界の境界さえ打ち砕く領域に到達しているに違いない。

そんな怪物の彼女に〝特訓〟してもらっているこの現状に改めて感謝せねばならない。

殿下は震える体をプライドで捩じ伏せ、一歩前に踏み出す。

 

「⋯⋯⋯ハッ、いつまでも餓鬼扱いされるのには飽き飽きしてたところだ。俺の全力がアンタに通用するか―――試させてもらうぜッ!!」

 

気合一閃、殿下は地を勢い良く踏み抜くと第三宇宙速度を遥かに凌駕した速度で輪廻に肉薄し、

 

「てい」

 

それよりも速い速度で打ち出された輪廻のデコピンを喰らって、街を軒並み粉砕しながら吹き飛んでいく。

 

「まずは一人」

 

「な、殿―――ガッ!?」

 

アウラが殿下と叫ぶ前に、一瞬で眼前に現れた輪廻のデコピンにより遮られ、第三宇宙速度を遥かに凌駕した速度で殿下を吹き飛ばした方へ飛んでいった。

 

「これで二人」

 

『なっ、己ッ!!』

 

グライアは怒りの声と共に吼える。

彼の龍角が総身を包むように灼熱の炎を放出し始める。

炎の中で体を変幻させていく彼はやがて全身を巨躯へと変え、別の怪物として組み上げていく。

黒い鷲獅子の面影はやがて消え―――炎の嵐から、巨大な四肢と龍角を持つ黒龍が顕現した。

輪廻は黒龍と成ったグライアを見上げて微笑するだけで何もしてこない。

グライアは随分舐められたものだと憤り、口内に炎を蓄積させ、熱線として輪廻に撃ち放つ。

それを彼女は人差し指で器用に絡め取り、そっくりそのままグライアに撃ち返した。

 

『何!?』

 

輪廻が撃ち返した熱線がグライアを焦がす寸前で霧散する。

それをやったのはリンだった。

 

「グーおじ様、大丈夫!?」

 

『済まぬリン、助かった』

 

グライアがリンにお礼した瞬間、輪廻の指の一振で発生した暴力の渦がリンを吹き飛ばした。

 

「きゃあああああ!?」

 

『リン!?』

 

一瞬の隙を突かれ、リンは自身を守るための〝距離の壁〟の構築が間に合わずに容易く吹き飛ばされてしまった。

輪廻がわざとグライアの変幻を許し、あの様な方法を取ったのは全て厄介なリンをどうにかする為だったようだ。

 

「三人目」

 

「悪いが0人だ、輪廻」

 

「む?」

 

輪廻が視線をグライアから外し、声がした方へ向ける。

するとフラフラしながらもアウラとリンを脇に抱えて現れた殿下がいた。

輪廻は感心したように笑い返す。

 

「一撃で意識を刈り取るつもりだったが、まさか意識を保ったまま戻ってくるとは驚きだ」

 

「ペッ、いや。頭がグラグラして立ってるのさえやっとだよ。これでも手加減してるとかなんの冗談だ?」

 

「ふふ。我が手加減せねば既に四人消し炭になっていたところだからな」

 

「笑えない冗談はやめて欲しいかな輪廻様。それに今の発言だと―――恩恵も権能も無しで私の恩恵を砕けるって言ってるように聞こえるんだけれど?」

 

「無論だ。世界を砕ける我に、概念が砕けぬと思ってるのか?」

 

輪廻の当然だろ?という発言に、リンは恐怖で身震いさせる。

 

「だがそんな力技はせぬから安心しろ。それをしてしまったら―――我の可愛い同士達を死なせてしまうからな」

 

両手を広げて〝我はお前達を愛している〟とでも言ってるかのような愛情に満ちた表情を見せる輪廻。

この表情こそ、自称保護者を名乗っている所以だった。

愛してくれてるのは嬉しいが、それならもう少し難易度を下げてほしいものだと、ついていけてなかったペストとヴェーザー、ラッテンの三人は思った。

そんな彼らの思いを汲み取ったのか、輪廻は挑発的な笑みを浮かべて言う。

 

「なんだ?先の覚悟は何処へ行った?我を敵に回せる覚悟があるならば、この程度クリアしてもらわねば話にならんぞ?」

 

ピシッとペスト達三人のプライドに亀裂を入れた。

ペストは怒りで赤紫色の髪を戦慄かせて一歩踏み出す。

 

「上等じゃない!今すぐ貴女をぶっ飛ばしてやるわッ!!」

 

「俺達を怒らせた事、後悔させるぜコラ!」

 

「その愛らしい顔を泣き顔にしてやるわ!」

 

ペストに続いてヴェーザーとラッテンも吼える。

輪廻は満足した様に笑い、慈愛に満ちた表情で両手を広げ、

 

「ふふ、ではかかってくるがよい。我の可愛い同士達よ」

 

それが合図の様で。

ペスト達七人が地を勢い良く蹴り、この少女(かいぶつ)に挑むのだった。

 

 

 

 

そして全力を出しきった彼らは疲れきった様な表情でこの場を後にした。

結局、ゲームクリアとはいかなかった。

殿下達は頑張ったが、〝ウロボロス〟最強の〝純血の龍種〟では相手が悪い。

というより、〝生命の目録〟をちらつかせながらもクリアさせる気がないのかという程の鬼畜っぷりである。

〝疑似世界〟を消した輪廻は上機嫌だった。

やはり可愛い同士達の成長をこの目で直接確かめるに限る。

輪廻はパチンと指を鳴らす。

すると廃墟だったはずの屋敷が嘘のように―――何の綻び一つも無い豪奢な屋敷へと変わる。

それが合図だったのか、別室から二つの影が現れた。

一人目は黒髪でやや大柄だが見事に整った体躯の背広姿の男性。

二人目は茶髪長髪で〝春日部耀〟をそのまま大人化したような容姿の女性。

黒髪の男性が呆れた様な顔で輪廻に歩み寄る。

 

「相も変わらず容赦ないな輪廻。可愛い同士ならもう少し手加減してあげてもいいんじゃないか?」

 

「何を言うかコウメイ。お前なら分かるはずだ、手を抜かれたゲーム程つまらぬものだということをな。そうだろう?」

 

「否定はしない」

 

コウメイと呼ばれた黒髪の男性は即答する。

そんな彼の傍に歩み寄った茶髪の女性がクスクスと笑いながら言う。

 

「頭が切れるコウ君でも、脳筋な面はありますからね」

 

「そ、それは言わない約束だろにっちゃん⋯⋯⋯」

 

コウ君と愛称で呼ばれたコウメイが照れくさそうに頭を搔き、茶髪の女性をにっちゃんと愛称で呼ぶ。

この茶髪の女性、にっちゃんこと春日部二千華(にちか)はコウメイこと春日部孝明(こうめい)の妻である。

とある日、〝ウロボロス〟から使者が遣わされ、この西側へ招かれた孝明はありえない光景を目にした。

死別したはずの愛しい妻が、二千華が輪廻と共にいた事に、孝明は最初夢でも見ているのかと思った。

しかし次の瞬間には孝明の身体は弾かれたように駆け出し、二千華に飛びつき抱きしめていた。

いきなりの事で二千華は驚いたが、泣きながら抱きしめてくる孝明を見て、彼女は微笑み抱きしめ返した。

それから二千華の口から告げられた衝撃の事実に、孝明は言葉を失った。

輪廻の正体が、かつて幾星霜に亘り殺し合い、その末に箱庭から〝消去〟されたはずの最悪最強の大魔王―――〝閉鎖世界〟だということに。

〝閉鎖世界〟に匹敵する大魔王〝絶対悪(アジ=ダカーハ)〟を200年前に封印して以来、〝旧ノーネーム〟に度々訪れる友好的な最強種という印象しかなかったのだから尚更だ。

だが二千華が生きているこの状況に納得出来た。

何故なら二千華は〝閉鎖世界〟で生まれた人間であり、〝何者にも成れない者(ノーフォーマー)〟の為、西郷理想(ディストピア)以外に彼女を救える者など居ないのだ。

輪廻にどうして妻を救ってくれたのか問いただしたところ、

 

「ニチカは(わたし)の協力者であり、余の良き理解者だからな。それに余の世界で生まれた娘ならば、母としてみすみす死なすわけなかろう?」

 

と答えたそうだ。

協力者というのは、〝生命の目録〟を造るにあたって二千華が手を貸したのだろうと推測できる。

だが理解者とは一体どういう意味だろうか?

まさか二千華は、輪廻の真の目的を知った上で協力していたとでもいうのか。

彼女は孝明すら知らない輪廻を知っているのか⋯⋯⋯何だか少し妬ける気持ちになった。

話を戻して現在。

見つめ合う孝明と二千華。

その熱々ムードにやれやれと小首を振った輪廻は、パチンと指を鳴らす。

すると何処からともなく輪廻の背後に一つの影が現れた。

その者は金髪で紅い瞳の執事服を来た少年だった。

 

「御用件はなんでしょうか、〝創造主(マザー)〟」

 

「うむ。これから野暮用で〝ノーネーム〟―――いや、〝アルカディア〟に出向く。コウメイとニチカの事は任せたぞ、ガルド」

 

「ハッ、このガルドにお任せを。いってらっしゃいませ」

 

ガルドと呼ばれた金髪の少年は行儀正しく一礼する。

ニ週間程前に〝ノーネーム〟が倒した〝フォレス・ガロ〟のリーダーの名前もガルドだったが、立ち振る舞いや輪廻を母親呼びする彼とは別人だろう。

あるいは―――死亡したガルドを輪廻が新しい生命体として生まれ変わらせて執事として雇っているか。

それよりも、この場を後にしようとした輪廻を、驚愕の声で孝明が引き止めた。

 

「待ってくれ輪廻!」

 

「ん?」

 

「ん?じゃない!どうしてお前が俺達の、〝      〟大連盟の名を口にできるんだ!?」

 

「そんなの―――〝アルカディア〟の名を所有しているのが余だからに決まってるだろう?」

 

「なっ⋯⋯⋯!?」

 

絶句する孝明。

それはおかしい。

だって輪廻は三年前の〝      〟大連盟襲撃に参戦していない事は周知の事実。

では何故彼女が〝      〟大連盟の名を所有しているというのか。

まさか彼女は―――〝ウロボロス〟に頼んで〝      〟大連盟の名の所有権を譲ってもらったとでもいうのか?

だが一体何の為にそんな事をしたというのか。

輪廻が何を企んでるのかさっぱり理解出来ない。

頭を悩ます孝明に、輪廻は微笑すると去り際に一言。

 

「ふふ、お前達の愛娘の箱庭の活躍については後で話してやろう」

 

ではな、と手を振りこの場から姿を消したのだった。




特訓・前編は〝ウロボロス〟第三連合VS輪廻メインでお送りしました。
オリジナルは書くの大変だわ
リンの恩恵って殿下は「見破った所で打つ手が無い」言ってたしパラドックスの類なんかね?空間跳躍か条件発動する特殊なギフトくらいしか対抗策が無いらしいし。

金糸雀といい二千華といい、流石に〝原作死亡キャラ生存〟タグ追加しといた方がいいかな?
ガルドは蘇生ではなく輪廻の手で別の生命体に生まれ変わってるため、実力は十六夜の劣化版ですかね(ペスト編にて再登場予定)

次回は特訓・後編で〝ノーネーム〟VS輪廻メインでお送りします。
飛鳥(未熟かつディーンなし)や耀(未熟)、レティシア(弱体化)の三人を輪廻とどう戦わせるか。
ちなみにラミア母娘は応援組です戦わないので


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特訓・後編

お待たせしました。
本当は輪廻VS〝ノーネーム〟の予定でしたが、せっかくなので原作で雑に扱われた某神群の一柱を登場させてみました。
結果、約3万文字という限界突破を果たしましたとさ。


〝ノーネーム〟本拠地・大広間。

そこには〝ノーネーム〟主戦力の十六夜・飛鳥・耀の三人。

彼らのメイドを務めるレティシア・ラミア・レイミアの三人。

そして〝ノーネーム〟現頭首ジンと黒ウサギが集まっていた。

その中でレティシアは容器を持っており、長机を囲うように席に着いている十六夜達七人の前にはそれぞれティーカップが置かれていた。

レティシアは優雅にそれぞれのティーカップに、容器の中に入っていた液体を注いでいく。

その液体の正体は―――紅茶。

何故紅茶か、それは数万年前にラミア(いもうと)と交わした約束を果たす為だ。

この紅茶が、妹の苦労が全て労われる程のものである事を願って。

本当は自分と妹と妹の娘の家族三人だけでお茶会を開こうと思っていたが、十六夜達五人にも感謝の気持ちを込めて淹れた紅茶を飲んで欲しいと思い、彼らも招いたのだ。

紅茶を淹れ終えたレティシアは、一礼して言う。

 

「本日は私のお茶会に参加してくれてありがとう。腕によりをかけて紅茶を淹れたので是非堪能してほしい」

 

レティシアがそう言うと、真っ先にラミアがティーカップを手に取り、まずは紅茶の香りを嗜む。

 

「まあ!なんて上品な香りでしょうか!あの姉上が淹れた紅茶とは思えない出来映えです!」

 

「いや、ラミア?あれから数万年も経っているのだからむしろ上達していなかったらお笑い種なんだが」

 

「ふふ、冗談ですよ。あ、でも香りが良くても味の方がイマイチという可能性も捨て切れませんね」

 

「⋯⋯⋯ラミアはそんなに私を〝美味しい紅茶も淹れられない姉〟のままにしたいようだな」

 

苦笑しながらもラミアを見つめて感想を待つレティシア。

そんなマジマジと見つめられては飲みづらい、とでも言いたげなラミアは頬を紅潮させながらティーカップに口を付けて一口。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯ッ」

 

そのたった一口飲んだだけで、ラミアの両目から涙が零れ紅潮した頬を伝う。

唐突に涙を流すラミアを見たレティシアはギョッと目を剥いて驚く。

 

「ラ、ラミア!?まさか私の紅茶は泣く程不味かったのか!?」

 

「ち、違います!あ、姉上の淹れた紅茶は、とても美味しいです⋯⋯⋯っ!この、涙は⋯⋯⋯嬉し涙ですっ!」

 

「嬉し涙?」

 

「はいっ!〝次のお茶会では姉上の淹れたお茶で〟という約束を忘れずに果たしてくれたことと―――私のことを想って淹れてくれたことが堪らなく嬉しいんですっ!!」

 

そう言いながらまた一口、また一口と紅茶を飲み、涙を流しながらレティシア(あね)に微笑むラミア。

そんなラミアを見て、照れくさそうに頬を掻きながらレティシアは言う。

 

「ふふ、喜んでもらえて私も嬉しい。ずっとずっと、こうしてあげたかった。本来、私が受けるはずだった呪い(モノ)をラミアに背負わせて幾星霜も辛い思いをさせてすまない。だから私の淹れた紅茶で、その苦労が労われることを願って。―――ありがとう。そしてお疲れ様、私の最愛の妹」

 

「あ、姉上⋯⋯⋯!」

 

「―――見つめ合う二人。高鳴る鼓動。互いの想いは一つになり、押さえ切れなくなった感情は二人の行動を加速させベッドへと縺れ」

 

「込まないからな!?いきなり現れて変なナレーション付けないでくれ輪廻殿⋯⋯⋯っ!!」

 

「な、なんて積極的な姉上でしょう!?ふ、ふふふ。これはいよいよ私も覚悟しなければなりませんねッ!!」

 

「ラミアは少し黙っててくれないか!?話がややこしくなるだろう⋯⋯⋯っ!!というかなんで凄く嬉しそうに言うんだ!?」

 

何処からともなく現れた輪廻の茶々入れにツッコミを入れるレティシアと、それを満更でもない表情で受け入れようとするラミア。

ちなみに、流石に輪廻は首と手首足首に付けていた枷は外してある。

この体は夢のものであり、十六夜の実妹だ。

もし枷を付けっぱで〝ノーネーム〟を訪問しようものなら十六夜が蟀谷に青筋立てて凄く良い笑顔で『我が妹にこんなもの付けた〝ウロボロス〟の頭首様には今度お礼参りに行かねえとな♪』という感じに言うに違いない。

輪廻はそんなことを想像しながら苦笑し、レティシアの持つお盆の上に置いてあった容器を手に取ると―――『I LOVE人類!』などという小っ恥ずかしい文字が刻まれたマイカップに紅茶を注いで飲む。

 

「うむ。いつ飲んでもレティシアの紅茶は美味(かな)

 

「うむ、じゃないわッ!!また輪廻殿は勝手に紅茶を飲んで自由か⋯⋯⋯ッ!!」

 

全くだッ!!!と内心で叫ぶ黒ウサギ。

いや、〝ノーネーム〟への不法侵入(テレポート)も幾千万と行っている輪廻は既に自由の域を凌駕しているかもしれない。

とはいえ彼女には良くしてもらっている分、それを許してしまう黒ウサギである。

輪廻はふむ、と少し考える素振りを見せたかと思うとパチンと指を鳴らした。

すると次の瞬間、極光が大広間を呑み込み、その光が晴れると―――長机の上に白い大皿とその上には一ホールのケーキがあった。

 

「「「―――⋯⋯⋯は?」」」

 

何の前触れも無く現れたケーキに素っ頓狂な声を洩らす十六夜・飛鳥・耀の異世界三人組。

そんな光景に慣れてしまったレティシア・ラミア・レイミア・黒ウサギ・ジンの箱庭五人組は苦笑。

レティシアは何処からともなく取り出したナイフで素早くケーキを八等分し、輪廻を除いた十六夜達七人分と自分の皿を用意すると切り分けたケーキを乗せていく。

それから一切れのケーキが乗った皿を十六夜達七人の紅茶の隣に置いていき、残り一つはレティシアの手元に。

立ったままのレティシアに、輪廻はもう一度パチンと指を鳴らし、極光と共に現れた豪奢な椅子に座り誘う。

 

「ほれ、レティシア。立ったままではなく座ったらどうだ?ここに丁度いい椅子が」

 

「輪廻殿の膝上には座らないからな?」

 

「むぅ」

 

身の危険を感じたレティシアは即断じる。

見事に振られて拗ねる輪廻。

一連の流れに呆気にとられていた飛鳥がハッと我に返って声を上げた。

 

「ちょ、さっきのは何なのかしら!?いきなり美味しそうなケーキが現れたのだけれど!?」

 

「その椅子もいきなり現れた。どういうこと?」

 

耀も不思議そうに小首を傾げて訊ねる。

十六夜もヤハハと笑いながら、

 

「まるで魔法だな。もしかしてさっきのはどっちも無から生み出したモノだったりするのか?」

 

「YES!先程のケーキや椅子は、輪廻様が〝模倣〟し無から生み出したモノでございます♪」

 

「模倣?」

 

「はいな。輪廻様が生み出すモノは基本、他の方が作ったモノなんですよ」

 

「へえ?」

 

黒ウサギの説明を聞いて物騒に瞳を光らせる十六夜。

続けて飛鳥が訊く。

 

「もしかして輪廻さんは、なんでも模倣できるのかしら?」

 

「いや。我輩にも模倣出来ぬものならある」

 

「それは?」

 

「それは―――〝疑似創星図(アナザー・コスモロジー)〟だな」

 

「「「〝疑似創星図〟?」」」

 

「うむ。〝疑似創星図〟は神群の秘奥或いは神群を構築する世界(うちゅう)そのものだ。我ら龍種の〝自己観測宇宙(パーソナルコスモロジー)〟もそうだな。これらに関しては我輩にも模倣出来ぬ」

 

そも、輪廻の〝模倣〟は全能の一端に過ぎない。

その〝模倣〟で世界そのものである〝疑似創星図〟や〝自己観測宇宙〟すら作れてしまったらそれこそ反則である。

まあそれでも、これら以外なら〝模倣〟出来てしまうのだからデタラメといえばそうなるが。

十六夜がスッと瞳を細めて輪廻を見つめ言う。

 

「〝純血の龍種〟である輪廻も、〝自己観測宇宙〟なるものを所有してたりするのか?」

 

「ふふ、それについてはノーコメント。それよりもせっかくレティシアが淹れてくれた紅茶だ、冷める前に飲め。我輩の用意したケーキも一緒にな?」

 

「それもそうね。冷めないうちに戴きましょう」

 

「うん」

 

輪廻に促されて紅茶とケーキに舌鼓を打つことにした。

紅茶を飲んだ後、ケーキを食べる。

レティシアの淹れた紅茶はさっぱりとした味わいで飲みやすく、輪廻の用意したケーキは甘過ぎず見事に紅茶とマッチしていてあっという間に飲み干し、食べ切ってしまった。

 

『ごちそうさま(でした)』

 

「「お粗末さまでした」」

 

レティシアは食器類の片付けに入る。

輪廻もパチンと指を鳴らして一ホールのケーキが乗っていた大皿を消し去った。

今まで無言だったレイミアが口を開く。

 

「伯母様の紅茶、とても美味しかったのだわ。これはお母様も腕を上げねばなりませんね?」

 

「うぐっ。そ、そうですね。悔しいですが姉上の方が遥かに上手ですし⋯⋯⋯私もメイドとして腕を磨いて追いつきませんとね!」

 

「ふふ。そういうレイミアはまだまだ未熟だからな。伯母としてみっちり鍛えてあげないといけない」

 

「あら?それは母親である私の役目でしてよ?まずは私を超えて頂かないと」

 

「ひっ!?お、お手柔らかに頼みます⋯⋯⋯っ!」

 

どうやらレイミアの腕はまだまだらしい。

レティシア(おば)ラミア(はは)がみっちり鍛えるようだ。

半泣きのレイミア。

そんな吸血鬼家族三人の様子を微笑ましげに輪廻が眺めていると、十六夜が思い出しように訊いてきた。

 

「なあ、輪廻」

 

「ん?」

 

「以前、お嬢様達が〝フォレス・ガロ〟とのギフトゲームをクリアした後に、奪われた〝旗印〟と〝名〟の返還を行ったんだが、その中に〝ルル・リエー〟ってのがあったんだがもしかして―――クトゥルフも箱庭にいるのか?」

 

「「「え?」」」

 

〝クトゥルフ〟という言葉を聞いて反応する黒ウサギ・ラミア・レティシアの三人。

飛鳥・耀・ジン・レイミアの四人は初めて聞く言葉に小首を傾げる。

十六夜が〝ルル・リエー〟とクトゥルフを結びつけたのは、〝ルル・リエー〟はクトゥルフが眠る場所だからだ。

 

1925年3月23日のラヴクラフトの小説『クトゥルーの呼び声』において初めて言及された架空の都市。

異常極まりない非ユークリッド幾何学的な外形を持つ多くの建造物からなっている。

大いなるクトゥルフが眠り夢見ながら再浮上を待つ場所であり、クトゥルフ神話の中核を成す要素の一つ。

星辰が正しい位置に着いた時、クトゥルフは目覚め、〝ルル・リエー〟は再び浮上すると伝えられている。

〝ルル・リエー〟は南太平洋の、位置はニュージーランドと南米大陸と南極大陸の中間付近の海底に沈んでいるとされる。

著者によっては〝ルル・リエー〟の位置はバルト海だったり、カリフォルニア海岸沖だったりと変わったりするが。

 

輪廻は頷いて答える。

 

「ああ。正確には〝居た〟だがな」

 

「居た?なんで過去形なんだ?」

 

「それは〝クトゥルー神群〟を名乗る奴らが昔、下層で好き勝手暴れてな。〝天軍〟によって外宇宙(いせかい)に封印されて今は居ないんだ」

 

「ふうん?下層でってことは文献に書いてる程強くはないのか?」

 

「そうだな。連中は大抵六桁で実力のある奴でも五桁程度だ」

 

「そいつは意外だな。アザトースとかヨグ=ソトースあたりは輪廻とサシで渡り合える強さがあると思ってたが」

 

「人類の創作物というのもあるが、彼らはまだまだ成長途中の〝純血の龍種〟だったからという点が大きいな」

 

「「「龍?」」」

 

龍と聞いて瞳を輝かせる十六夜・飛鳥・耀の問題児三人組。

輪廻は『この異世界人らは〝龍〟好き過ぎないか?』と苦笑を零す。

しかしそこまで興味があるのならば、と輪廻はニヤリと笑って問題児三人組に訊いた。

 

「〝クトゥルー神群〟の一柱に逢いたいか?」

 

「「「超逢いたい(わ)」」」

 

「「「「「え?」」」」」

 

即答する問題児三人組。

驚くジン・黒ウサギ・レティシア・ラミア・レイミアの五人。

ついさっき封印されていると言ったばかりなのに、まるで逢わせることが可能みたいな事を輪廻が口にしたのだから驚くのは仕方ないことだろう。

輪廻はうむ、と頷くと〝ウロボロス〟の旗印が刻まれた黄金と漆黒のギフトカードを取り出して、

 

「ふふ、いいだろう。そんなに逢いたいならば逢わせてやる。だがその前に場所を移すとしよう―――〝疑似世界(アナザー・ワールド)〟」

 

大広間を再び極光が呑み込み、景色がガラリと変わる。

そこは十六夜達三人が白夜叉に喧嘩を売った時に見た光景と全く同じ世界だった。

黄金色の穂波が揺れる草原。

白い地平線を覗く丘。

森林の湖畔。

白い雪原と凍る湖畔―――そして、水平に太陽が廻る世界。

 

「「「なっ⋯⋯⋯!?」」」

 

十六夜・飛鳥・耀は驚愕の声を上げる。

まさか白夜叉のゲーム盤さえ〝模倣〟出来るとは思いもしなかったのだろう。

輪廻の〝疑似世界〟を経験済みの黒ウサギ・ジン・レティシア・ラミア・レイミアの五人は今更驚きはしないが、相も変わらずデタラメだと舌を巻く。

しかも〝箱庭の騎士〟にとって致命的な太陽光も、輪廻のアレンジで薄明の太陽の光を浴びても何の問題もないらしい。

次に輪廻はギフトカードから極光と共に一つの箱を顕現させた。

何故かその箱は開けっ放しで、その中には宝石が吊り下げられている。

その宝石は、黒光りして赤い線が走る多面結晶体で、箱の内面に触れることなく、金属製の帯と奇妙な形をした七つの支柱によって、箱の中に吊り下げられている。

箱は不均整な形状をしており、異形の生物を象った奇怪な装飾が施されている。

それも文献で見たことがある十六夜が目を見開いて驚く。

 

「おいおい、まさかそれ〝輝くトラペゾヘドロン〟じゃねえだろうな?」

 

「輝くトラなんとかかんとかって何かしら?春日部さんは分かる?」

 

「さあ?」

 

十六夜の言ってることがさっぱりな飛鳥と耀は小首を捻る。

輪廻は感心したように笑みを浮かべた。

 

「ほう?コレも知っているとは中々。ならば誰が召喚されるかも分かるな?」

 

「ああ。異名は代名詞である〝這いよる混沌〟。異形の神々の使者であることに着目した呼称〝強壮なる使者〟。化身は二重冠を戴く、長身痩躯の〝暗黒のファラオ〟、身体も服も全てが闇のように黒い〝暗黒の男〟、〝終末の煽動者〟、〝核物理学者デクスター〟、〝ナイ神父〟、〝ランドール・フラッグ〟などの人の姿を始め、燃える三眼と黒翼を備えた〝闇を彷徨う者〟、三重冠を被り、ハゲタカの翼、ハイエナの胴体、鉤爪を備える顔の無い黒いスフィンクス〝無貌の神〟、異名『盲目にして無貌のもの』北米ンガイの森における化身体で、円錐形の顔の無い頭部に触手と手を備える流動性の肉体を持ち、二本のフルート吹きを従える〝夜に吠える者〟〝闇に棲みつく者〟、化身説と眷属説がある巨大な翼あるマムシと形容できる〝忌まわしき狩人〟〝狩り立てる恐怖〟などの異形の姿etc…」

 

「説明が長いぞ十六夜」

 

「おっと悪い。『クトゥルフ神話』体系における旧支配者の一柱にして、盲目で白痴なアザトースの生み出した三つの分身の一つ。その主人であり創造主たるアザトースら異形の神々に仕え、知性を持たない主人の代行者としてその意思を具現化するべくあらゆる時空に出没するらしいな。んで主人であり外なる神の中で最強のアザトースと同等の力を有する地の精、その名は―――〝ナイアーラトテップ〟」

 

心地よい冷や汗を流しながら〝クトゥルー神群〟の一柱の名を告げる十六夜。

輪廻はニヤリと笑って〝輝くトラペゾヘドロン〟を閉じた。

 

「マーベラス、大正解だ。相も変わらず博識だな十六夜は」

 

「そりゃどうも」

 

十六夜がヤハハと笑った瞬間、〝輝くトラペゾヘドロン〟は赤黒い怪しい輝きを放ち〝疑似世界〟を満たしていく。

その輝きが収まると〝輝くトラペゾヘドロン〟の前には―――白髪ロングに紅い瞳を持ち、黒のロリータを着た少女が現れた。

 

 

『うわお!』

 

 

十六夜の話を聞いた後だから一体どんな異形のモノが姿を現すかと思ったら、絶世の美少女だった為、コンマの狂いも無く同じ言葉が重なる十六夜達八人。

というかその白髪美少女は絶賛お食事中だったらしく、正座したままオニギリなるものを口に咥えてキョトンとした顔で固まっていた。

そんな彼女に、輪廻が歩み寄る。

 

「急に呼び出して済まないな、ニャルちゃん」

 

『ニャルちゃん!?』

 

「はっ!?貴女様は輪廻様じゃないですか!あ、てか今私を召喚出来る御方は輪廻様以外におりませんでしたね!はい、そうです!私こそ皆のアイドルニャルラトホテプことニャルちゃんでございますよ!」

 

パチリッ!と輪廻達九人に愛らしくウインクして謎の自己紹介をするニャルラトホテプ(ニャルちゃん)

輪廻を除く十六夜達八人は、『何かやたらとテンション高い子』という感想を抱いた。

というより食事の邪魔されたのに怒らないとかどんだけ輪廻好かれてるのだろうか。

ニャルちゃんが素早くオニギリなるものを食べ切ると、立ち上がって輪廻に問いただす。

 

「ところで輪廻様。あちらにいる人間共は?ニャルちゃんが殺しても構わない連中ですか?」

 

「こっ!?」

 

「殺す!?」

 

「黒ウサギをか?」

 

「何でですか!?こんな時にボケないでくださいお馬鹿様ッ!!」

 

ここぞとばかりにボケる十六夜の頭に、スパァーン!と黒ウサギの渾身のハリセンが炸裂する。

輪廻は小首を横に振って拒否した。

 

「それは駄目だ。彼らは我輩の無くせない友だからな。もし誰か一人でも殺めたら―――分かっているな?」

 

「ひっ!?」

 

輪廻の凄まじい殺意に、恐怖で声が上手く出せないニャルラトホテプ。

全身から冷や汗を流しながら小首を勢い良く縦に振る。

輪廻の地雷を踏んでしまったらしく、危うく殺されるところだった。

反省いや、猛省しているニャルちゃんの頭を優しく撫でながら「分かれば良し」と言う輪廻。

輪廻はニャルちゃんの代わりに頭を下げて十六夜達に謝る。

 

「ニャルちゃんが失礼なことをした。この子は人間や自分が仕える神々もとい龍種以外にはこういう態度を取りがちなんだ。根はいい子だから仲良くしてやってほしい」

 

「そ、そうなのね。いきなり物騒なこと言われて驚いたけれど、私は平気だから顔を上げて輪廻さん」

 

「うん。殺る気満々な龍でも私は構わない」

 

「ヤハハ。殺る気満々ならむしろ俺と一勝負しようぜ!」

 

どうやら許してくれるようだ。

問題児ではあるものの、心は広いらしい。

まあ、約一名やる気満々な問題児もいるが。

輪廻はうむ、と頷いてニャルちゃんに向き直る。

 

「では仲直りの握手を彼らとしよう。これを機にニャルちゃんも友を増やすといい」

 

「はーい!」

 

元気を取り戻したニャルちゃんが飛鳥・耀・十六夜の順に握手をした。

それからモジモジと恥ずかしそうに上目遣いでニャルちゃんが言う。

 

「そ、その!輪廻様の御友人方!よ、よろしければニャルちゃんとも、友達になっていただけないでしょうか⋯⋯⋯?」

 

「「可愛い」」

 

「ああ、可愛いな」

 

「へ?」

 

「もちろん、いいわよ。よろしくね、ニャルラトホテプさん」

 

「私もいいよ、むしろこっちがお願いしたいくらいだったから。よろしく、ニャルラトホテプ」

 

「おう。その代わり友達のよしみとして一勝負申し込むから覚悟しとけよ、ニャル子」

 

「は、はい!ありがとうございます!それと私のことは親しみを込めて〝ニャルちゃん〟とお呼びください!⋯⋯⋯ところで金髪の殿方!」

 

「十六夜様だぜ。なんだ?」

 

「はい、十六夜様!〝ニャル子〟とはどういう意味合いで付けた愛称でしょうか!?」

 

ニャルちゃんが訊くと、十六夜がヤハハと笑って答える。

 

「〝ニャルラトホテプは女の子〟、縮めて〝ニャル子〟だ。どうだ?悪くないだろ?」

 

「成程!確かに悪くない愛称ですね!〝ニャルちゃん〟は輪廻様限定にして私の事は〝ニャル子〟とお呼びください!」

 

「ええ、分かったわ。私のことは飛鳥で構わなくてよ。改めてよろしくね、ニャル子さん」

 

「分かった。私も耀でいい。改めてよろしく、ニャル子」

 

「はい!こちらこそ改めてよろしくお願い致します!飛鳥様!耀様!」

 

こうしてニャルちゃん改めてニャル子は飛鳥・耀・十六夜の問題児三人組と友達になったのだった。

飛鳥と耀は様付けをこそばゆく感じているが、恐らく様付けはやめてくれないだろうと思い諦めた。

そんな光景を微笑ましげに眺めていた黒ウサギ・ジン・レティシア・ラミア・レイミアの五人のうち、黒ウサギがハッと思い出したように輪廻に問いただす。

 

「輪廻様!先程〝クトゥルー神群〟は〝天軍〟に封印されたと仰いましたよね?」

 

「ああ、言ったな。それがどうした?」

 

「どうしたもこうしたもないのですよ!封印されているはずの〝クトゥルー神群〟の一柱を召喚出来るとか一体どうなってるのでございますか!?」

 

「黒ウサギの言う通りです!まさか輪廻様には封印されていようがいまいが関係ないんですか!?」

 

黒ウサギに続きジンも輪廻に訊いてくる。

するとそれに十六夜が口を挟んだ。

 

「黒ウサギと御チビはニャル子のことを何も知らねえみたいだな」

 

「「え?」」

 

「〝クトゥルー神群〟が〝天軍〟に封印されたって聞いてピンと来たんだが。俺が知ってる内容は〝旧支配者は旧神との戦いに敗れ封印された〟だ。この〝旧支配者〟=〝クトゥルー神群〟なら、〝旧神〟=〝天軍〟を指してるんじゃないかってね」

 

「ほう。それで?」

 

「ナイアーラトテップだけは〝旧支配者の中で唯一、旧神の封印を免れた〟って文面がある。これを指す意味は―――〝ニャル子はそもそも封印されていない〟じゃねえか?」

 

ハッとした顔でニャル子を見る黒ウサギとジン。

パチパチと拍手したニャル子が答える。

 

「その通りです!流石は輪廻様の御友人!十六夜様ですね!大正解ですッ!!遥か昔のことですが、〝天軍〟と名乗る連中に敗北した我々の同胞は次々に封印されていく中、次は私の番となった瞬間―――私は極光に包まれ気付いた時には見知らぬ場所に立っておりました!」

 

『え?』

 

「驚きの余りしばらくの間固まって動けないでいた私の前に現れたのは、太陽よりも眩しい極光の輝きを放つ黄金の長髪を靡かせ、血のように紅い瞳を持ち、漆黒のワンピースを着た少女でした!その彼女は私に右手を差し出し、こう言いました!『(わたし)と共に来い、ニャルラトホテプ。〝天軍(やつら)〟に目にもの見せてやろうではないか』と!」

 

『ほう』

 

「私はそんな彼女の手を取りました!それからというもの、私は彼女に色々なことを教わったりもしましたね!この少女の姿も彼女が『美少女に変身すれば〝天軍〟の目を誤魔化せる』と仰いましたので今日までこの姿なんですよ!」

 

チラチラ、と横目で輪廻を見ながら語るニャル子。

やはり輪廻だったか、と十六夜達八人が納得したように頷く。

ニャル子の話を聞いていた飛鳥が訊く。

 

「つまり、ニャル子さんを〝天軍〟というものの手から救ったのが、輪廻さんということでいいのかしら?」

 

「はい!」

 

「〝天軍〟って悪い奴らなの?」

 

「悪い奴らというわけではありませんね!我々〝クトゥルー神群〟は最も醜い龍種だったので〝邪神〟認定されましたが、もとはといえば我々が〝箱庭侵略しようぜ!〟などと息巻いて下層を襲撃したことが発端ですし!」

 

「ヤハハ、なんだそりゃ。完ッ全にニャル子達が悪者じゃねえか!」

 

「ですよね!」

 

「ですよね!じゃないのですよこんのお馬鹿様ああああああ―――ッ!!」

 

ズパァーンッ!という強烈なハリセンの一撃をニャル子の頭にクリティカルヒットさせる怒りウサギ。

ギャンッ!?と謎の悲鳴を上げたニャル子は、ぶたれた頭を抱えて涙ぐむ。

本当は痛くないのだが、弱々しい印象を持たせる為のニャル子の作戦(?)である。

一方、レティシアがふむ、と考えるような素振りを見せた後、口を開いた。

 

「邪神ニャル子を救ったということは、その頃の輪廻殿は魔王だったのか?」

 

「そうだな。というか〝天軍〟は悪者を封印したんだからな。その邪魔をした我輩は必然的に〝悪〟となるだろう?」

 

「いえ。輪廻様なら〝あの子、面白そうだから救っとくか!〟という感じで〝天軍〟の邪魔しそうな気がしますね」

 

「お母様に激しく同意なのだわ」

 

「お前達、我輩をなんだと思ってるんだ?」

 

「「「面白いものに目がない変態龍」」」

 

「ぬぅ」

 

レティシア・ラミア・レイミアが口を揃えて言い、それに低く唸る輪廻。

苦笑いのジンは、ふと気になってニャル子に訊いた。

 

「ニャル子さん。輪廻様の仲間になった後、〝天軍〟とは戦いましたか?」

 

「いいえ!当時の私は弱かったので隠れてましたね!」

 

「ふうん?ちなみに輪廻は〝天軍〟と戦ったことある感じか?」

 

「ん?まあ、そうだな」

 

「輪廻様なら幾度となく〝天軍〟と戦っておられますね!しかも単騎で〝天軍〟を退ける程の最強魔王様でしたから!」

 

「「「うわお!」」」

 

「「「「「なっ⋯⋯⋯!?」」」」」

 

口を揃えて驚く十六夜・飛鳥・耀の三人。

だが他の五人の驚き方は尋常じゃなかった。

それもそのはず、〝天軍〟を単独で相手どれる魔王は、数える程しかいない。

 

〝天軍〟―――最強の武神集団と噂される神々の連合コミュニティ。

これに属している神群は仏門だけでなくオリュンポスの神々や天使、スラヴ神群、ケルト神群など多種多様だと聞き及んでいる。

 

そんな〝全能領域(箱庭三桁)〟の神々が雁首揃えている混成神群を、単騎で打ち負かすなど正気の沙汰ではない。

それをやってのけた、かつて魔王だった輪廻。

その正体はまさか―――

 

「(いえ、それだけは絶対にあり得ないのですよ!)」

 

「(かの大魔王は〝消去〟されて箱庭に存在するはずがありません!)」

 

「(〝ジェームズ〟なら輪廻様の正体を知ってるのかしら?)」

 

「(〝天軍〟を単騎で退けた⋯⋯⋯〝西業〟⋯⋯⋯だが奴の容姿は〝黒髪で血のように紅い瞳の長身の男〟のはず⋯⋯⋯ニャル子の言った〝金髪長髪で血のように紅い瞳の漆黒のワンピースを着た少女〟ではない⋯⋯⋯一体どういうことだ?)」

 

黒ウサギ・ラミアは内心で否定し、レイミアは輪廻の正体が気になりとある男の名を内心で呟き、〝ディストピア戦争〟の経験者であるレティシアだけは矛盾を見つけ頭を悩ます。

だがハッと気が付く。

否、気が付いてしまった。

容姿こそ違えど―――〝瞳の色〟は一緒だという事実に。

輪廻は〝模倣〟に長けている。

もしレティシアの予想が正しいのならば⋯⋯⋯姿すら自在に変えられるというのなら―――

 

「⋯⋯⋯⋯⋯ッ」

 

いや、そもそも姿を変えていたではないか。

輪廻は〝西郷夢〟という少女の化身(アバター)を隠す為に、全く別の姿に。

全てのピースが繋がってしまった。

 

輪廻の化身、〝西郷夢〟―――〝西業〟の〝理想(ゆめ)〟。

輪廻は幾度となく〝天軍〟と戦っている―――〝天軍〟はそもそも対ディストピアの為に組織された混成神群。

輪廻が〝天軍〟の手から救ったニャルラトホテプ―――〝ディストピア戦争〟の頃の話というのなら。

 

どっと嫌な汗が全身から噴き出すのを感じ取ったレティシア。

今は、輪廻と眼を合わせられない。

眼があったら最期、殺されるかもしれないという恐怖が彼女を支配する。

顔色が悪いレティシアを、心配そうに見つめてきたラミアが言う。

 

「あ、姉上!?どうしたんですかそのお顔は!?」

 

「⋯⋯⋯いや、大丈夫だ。妹を心配させるなんて悪い姉だな私は」

 

「そ、そんなことはありませんよ!お辛いのでしたら私の膝を貸しますよ?」

 

「⋯⋯⋯すまない、恩に着る」

 

レティシアはそう言ってラミアの方に体を倒して、レティシアの頭がラミアの膝元に乗る。

これ即ち―――〝膝枕〟である!

 

「(きゃああああああああああっ!!?な、ななななんというご褒美タイムですかこれは!?あ、あああ姉上が私の〝膝枕〟を求めてくるなんてッ!!あーもう今日死んでもラミアの人生に一遍の悔いなしッ!!!)」

 

顔を今日一番に真っ赤にさせながら内心で歓喜の声を上げるラミア。

そんなラミアを見て、悪そうな顔をするレイミア。

 

「(あらあら、お母様ったら伯母様に〝膝枕〟出来て御満悦のようですね。揶揄ってあげたいけれど、伯母様、本当に辛そうなのだわ。まさか本当に輪廻様の正体が魔王〝閉鎖世界(ディストピア)〟とでもいうのかしら?)」

 

レティシアの様子がおかしいことを疑問に思い小首を捻るレイミア。

ジェームズなら知ってるかもしれないし、取り敢えずこの件は彼を頼ることにした。

この選択が仮令(たとえ)―――母親と共に〝ウロボロス〟へ帰還する事を命じられたとしても。

一方、ニャル子はポンと手を叩くと、十六夜を見て言った。

 

「そういえば十六夜様!」

 

「なんだ?」

 

「友達のよしみで一勝負したいと仰ってましたよね?」

 

「ああ、言ったな。お?もしかして、手合わせしてくれるのか!?」

 

「いいですよ!輪廻様の御友人方の実力がどれ程のものか見てみたいですしね!飛鳥様と耀様もよろしければ是非是非私と一勝負しましょう!」

 

「そうね。私もニャル子さんがどんな恩恵(ギフト)を持っているのか気になるし、参加しようかしら」

 

「私も、友達になったニャル子の恩恵を使えるか試してみたいから参加する」

 

「ヤハハ、そうこなくちゃな」

 

そんな感じでニャル子・十六夜・飛鳥・耀の四人は一勝負することになった。

ニャル子は輪廻の方へと向き直り言う。

 

「というわけで輪廻様!私は十六夜様、飛鳥様、耀様の御三人方とギフトゲームをしようと思います!」

 

「ほう?それで?」

 

「私の〝主催者権限(ホストマスター)〟は輪廻様に封印されておりますので、貴女様が〝主催者(ホスト)〟としてギフトゲームを開催して頂けないでしょうか!」

 

「え?」

 

「うむ。そういうことならばこの我輩が〝主催者〟を務めるとしよう。だがその前に―――」

 

輪廻はスッと眼を細めて十六夜達三人に問うた。

 

「ニャルちゃんは〝白痴の魔王〟アザトースの娘にして化身だ。〝天軍〟に敗北した頃は中層(五桁)程度であったが今は違う。魔王の娘に挑む覚悟はあるか?」

 

「「「⋯⋯⋯ッ!?」」」

 

輪廻の凄味に、十六夜・飛鳥・耀の三人は思わず息を呑む。

安易な気持ちで挑むな、と輪廻は釘を刺してきたのだ。

しばしの静寂の後、覚悟を決めた十六夜が口を開く。

 

「ああ。〝当時の〟ってニャル子が言ってたからな。〝ペルセウス〟のとこの隷属された元・魔王様並とは思ってないぜ。だが―――だからこそ、俺は戦ってみたい。お嬢様達もそう思うだろ?」

 

「ええ。私と春日部さんはその元・魔王様と戦っていないからあの下衆坊ちゃんの実力がどれくらいだったのかは分からないけれど⋯⋯⋯私の恩恵がニャル子さんに通用するのか知りたいわ」

 

「私もさっき述べた通り、友達になれたニャル子の恩恵が使えるか試したいから降りるわけにはいかない」

 

瞳に宿る闘志の炎を燃やして十六夜・飛鳥・耀の三人がやる気を見せる。

そんな彼らに輪廻は満足したように笑い頷いた。

 

「お前達の覚悟、確かに受け取った。ならば止めはすまい。ではニャルちゃん、改めて自己紹介をよろしく」

 

「はい!」

 

元気良く返事をしたニャル子は一礼して、今一度名乗り直した。

 

「我が父君〝白痴の魔王〟アザトース様の娘にして化身!箱庭第四桁・〝クトゥルー神群〟が一柱―――魔王ニャルラトホテプ!這いよる混沌が生きとし生けるもの全てに狂気と混乱を齎す邪神でございます!」

 

『〝神域級(第四桁)〟だと!?』

 

これには流石に黒ウサギ・ジン・レティシア・ラミア・レイミアの五人も驚愕する。

〝神域級〟ということは、今の白夜叉並みはあると見ていいだろう。

十六夜は心地よい冷や汗を流しながら苦笑する。

 

「四桁、か。ハッ!いいぜいいぜいいなオイ!今の白夜叉並みとは一度戦ってみたかったところだぜ!」

 

「とても楽しそうね十六夜君。今の白夜叉並みってなると、死闘は覚悟しないといけないかしら?参るわね」

 

「そういう飛鳥も実はワクワクしてるでしょ?本当にこれは参った!」

 

参った、と口にしながらもその表情は三人共に楽しげである。

〝神域級〟の実力を知る良い機会ということもあるが、何よりも己が恩恵がニャル子に通用するのか試したくてうずうずしているようだ。

なんと頼もしいことか、と思う半面無茶をしないか心配になる黒ウサギ達五人。

輪廻は微笑すると、黒ウサギとレティシアに言う。

 

「そんなに心配ならお前達も参加したらどうだ?黒ウサギとレティシアよ」

 

「そ、そうでございますね!黒ウサギもギフトゲームに参加致します!」

 

「⋯⋯⋯ッ、そうだな。主殿達が頑張るのだから、私もメイドとして彼らを守らねば」

 

「姉上!黒ウサギさん!ファイトです!」

 

「伯母様!兎の人!ファイトなのだわ!」

 

「二人とも、気を付けて!」

 

「はい、行って参りますね御三人方!」

 

「ああ、行ってくる」

 

ラミア・レイミア・ジンの応援を背に十六夜達三人の下へと向かう。

 

「お?黒ウサギとレティシアも参戦か。〝ノーネーム〟対魔王の実戦訓練みたいで燃えてきたぜ」

 

「黒ウサギとレティシアの恩恵も気になっていたのよ。共に頑張りましょう」

 

「共に頑張ろう!」

 

「はいな!」

 

「ああ」

 

「おやおや!五対一ですか!?これではか弱いニャルちゃんも流石に負けてしまうかもしれませんね!」

 

どの口が言うか、と十六夜達八人は内心で呟く。

そんな十六夜達五人とニャル子の下に、輝く羊皮紙が一枚ずつ現れる。

十六夜とニャル子が〝契約書類(ギアスロール)〟を手に取り、その内容を確認した。

 

 

『ギフトゲーム名〝狂乱の魔王と無名の新星〟

 

・プレイヤー一覧

逆廻 十六夜

久遠 飛鳥

春日部 耀

黒ウサギ

レティシア=ドラクレア

 

・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター

〝狂乱の魔王〟ニャルラトホテプ

 

・勝利条件

ゲームマスターに一撃与える(但し防がれたら無効とする)。

 

・敗北条件

降参か、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

〝          〟印』

 

 

〝契約書類〟に目を通した十六夜が軽薄な笑みを浮かべて、

 

「輪廻が指定したゲームマスター〝狂乱の魔王〟ニャル子に一撃与える、か。シンプルな内容でいいじゃねえか」

 

「き、狂乱って何だか凄そうな魔王名ね」

 

「ニャル子が狂い乱れるのかな?」

 

「いえ。恐らくニャル子さんではなく相手を〝狂気〟と〝混乱〟に貶めるのでしょう」

 

「正気を保ったまま戦えるかどうかも鍵になりそうだな」

 

「ふむふむ!私の勝利条件は皆様を降参させればいいんですね!」

 

ニャル子が楽しげに拳を握って言うと、輪廻は苦笑しながら、

 

「軽い試練みたいなものだ、そう構えるな。ニャルちゃんはくれぐれも彼らを殺すような真似はするなよ?」

 

「分かっておりますとも!とはいえ殺さない程度にはボコボコにしても構いませんよね!?」

 

「え?」

 

「ああ、いいぞ。だがお前と渡り合えるレベルの奴もいるから、舐めてかからん方がいいとだけ忠告しておこう」

 

「了解しました!それで、私と渡り合えるレベルの御方はどなたでしょうか!?」

 

「言わずともギフトゲームが始まれば分かる。さて―――」

 

輪廻は両手を広げて告げた。

 

「これよりギフトゲーム〝狂乱の魔王と無名の新星〟を開始する。両者共に、存分に力を振るい臨みたまえ」

 

輪廻の合図の下、ギフトゲーム〝狂乱の魔王と無名の新星〟の戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

「先手は皆様にお譲り致します!」

 

ニャル子がそう言うと、十六夜は獰猛な笑顔で応えた。

 

「そうかい。なら―――お言葉に甘えさせてもらうぜ!」

 

大地を勢い良く踏み抜いた十六夜は、第三宇宙速度を遥かに凌駕した速度でニャル子に肉薄する。

 

「へ?」

 

「間抜け面してどうした?魔王様!」

 

同速度で振り抜かれた拳を辛うじて回避したニャル子は、納得したように笑う。

 

「成程成程!私と渡り合える強さを持つ御方とは十六夜様の事でしたか!ならば手加減は不要ですね!」

 

そう言って第三宇宙速度で蹴りを繰り出した。

十六夜は左腕で受け止め、お返しとばかりに蹴りを繰り出す。

ニャル子は左腕で受け止めた。

互いの力は拮抗し、鬩ぎ合う。

この状況に十六夜は嬉々として笑った。

 

「こいつはいい!元魔王様には落胆させられたが、輪廻程デタラメな実力はなくともこの俺と殴り合えるのは最高だ!」

 

「ふふ。私もこんなにも強い人類に出会ったのは初めてです!私の力はまだまだこんなものではありませんよ!」

 

「へえ?なら見せてもらおうじゃねえか魔王様!」

 

呵ッと笑い合う二人。

第三宇宙速度で互いを肉薄し合い、殴る蹴るの攻防を繰り出し続ける。

その人智を超えた戦いを見ていた飛鳥達四人はポカンと口を開けて呆けていた。

 

「⋯⋯⋯私達は一体何を見せられているのかしら?」

 

「十六夜って、本当に人間?」

 

「く、黒ウサギが召喚を依頼した中には人間しか含まれていないのですよ?」

 

「ま、まあ、心強いじゃないか。四桁の魔王と渡り合えるのは⋯⋯⋯想像以上だが」

 

半眼の飛鳥と耀に苦笑いの黒ウサギと、フォローを入れつつも顔が引き攣ってるレティシア。

それだけ十六夜は人の域を逸脱した存在だということだ。

だが互角である以上、飛鳥達も加勢せねば勝機は見出せないだろう。

飛鳥は深呼吸をし、右手を戦っている二人に突き出し叫んだ。

 

「ニャル子さん―――『止まりなさい!』」

 

ニャル子に向けて己の〝威光(ギフト)〟を放つ。

その結果は、

 

「⋯⋯⋯ッ!!?」

 

ほんの一瞬だけ、ニャル子の動きを止めた。

その一瞬の隙を十六夜は見逃さない。

第三宇宙速度を遥かに凌駕した速度で繰り出された十六夜の拳は、ニャル子を捉えんと迫り―――グニャリと体を歪めることでニャル子はコレを無理矢理回避した。

 

「チッ!」

 

絶好の機会をものに出来ず盛大に舌打ちする十六夜。

人型を取っていたからすっかり忘れていたが、ニャル子は本来異形の怪物の姿をしている〝軟体生物〟のようなもの。

それ故に、本来躱せるはずの無い一撃さえ、自身の体を歪めることで躱すことが出来るのだ。

 

「―――あッぶないですね!?飛鳥様のギフトも脅威のようです!舐めてかからない方がいい御方はもう一人いましたか!ならば!」

 

バックステップで十六夜から距離を取りながら、ニャル子はパチンと指を鳴らす。

するとニャル子の影から扇を手に持ち、腰に幾本もの鎌を携えた―――もう一体のニャル子が現れた。

 

『うわお!』

 

重なる驚きの声。

本来は異形の姿なのだが、美少女としてやっているニャル子としては、美少女のままにしておきたいらしい。

ニャル子はもう一体のニャル子を傍に控えさせながら言う。

 

「流石の私も十六夜様程の相手をしながら、他の四人を相手取るのは厳しいので頼みましたよ―――我が化身!」

 

『了解』

 

化身と呼ばれたもう一体のニャル子は、コクリと頷き地面を踏み抜いた。

十六夜を無視して瞬く間に飛鳥に肉薄したニャル子の化身(以降化身ちゃんとする)は、扇を振り下ろす。

 

「―――〝疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)〟!」

 

それを阻止せんと輝く三叉の金剛杵を顕現させた黒ウサギが、雷光と共に稲妻を放つ。

 

『ッ!?』

 

化身ちゃんは黒ウサギの放つ稲妻を扇で打ち払った。

不快そうに眉を顰めた化身ちゃんは黒ウサギを睨む。

 

『⋯⋯⋯雷』

 

「あや?雷が嫌いでございますか?」

 

『同胞の、仇ッ!』

 

かつてクトゥルー神群を一蹴した憎き〝天軍〟の一人にしてローマ神群の主神―――天空神ユピテルと黒ウサギを重ねて吼える化身ちゃん。

それに呼応するかのように、彼女の周囲の地面から六本の触手が飛び出してきた。

それらの触手は化身ちゃんの腰に携えていた鎌を取り臨戦態勢に入る。

その姿を見た十六夜が成程、と理解したように笑う。

 

「姿がニャル子と同じだったから化身が何なのか分からなかったが、触手が出てきたところでピンと来たぜ。扇と六本の鎌を腰に携えた異形の姿なら―――〝膨らんだ女〟だろ?」

 

「おお!?我が化身の正体を見抜くとは流石ですね十六夜様!その通りです!彼女こそ〝膨らんだ女〟!複数人を相手取るには打ってつけての化身だと思いませんか!?」

 

「⋯⋯⋯そうだな」

 

十六夜の表情から余裕が消える。

黒ウサギなら問題ないが、他の三人が狙われては一溜りもない。

レティシアはそう簡単にやられるような奴ではないだろうが、六本の触手と鎌を、化身ちゃんと扇の計七体が相手だと分が悪すぎる。

加勢してやりたいが、目の前には十六夜と同格と見て取れる四桁の魔王がいる。

むしろ一番押さえねばならない相手こそ、このニャル子なのだから。

ニャル子はニヤニヤと笑って十六夜を挑発する。

 

「おやおやぁ?先程までの余裕はどこへ行きましたかぁ?早く私に一撃を当ててクリアしないと不味い状況だったりしますかねぇ?」

 

「ハッ!言ってろ邪神。確かに不味い状況ではあるが⋯⋯⋯よくよく考えてみれば俺が心配する必要はねえかもな」

 

「ほほう?それはどうしてですか?」

 

「いやなに。お前を一瞬でも足止め出来たお嬢様のギフトなら、活路を開けるかもしれないと思っただけさ」

 

「⋯⋯⋯ッ、そういえば飛鳥様のギフトが我が化身の動きを封じれる可能性がありましたね!とはいえ簡単には倒せるとは思わないことですね!モチのロン―――十六夜様には我が化身に指一本触れさせませんよ!」

 

「カッ!最初(はな)からそんなつもりはねえから安心しな魔王様!」

 

調子を取り戻した十六夜は笑って拳を握りしめニャル子に突貫する。

それを迎え撃つニャル子。

一方、飛鳥達四人を相手取る化身ちゃんは、扇の一振りで鎌鼬の如く風刃を無数に生み出し飛ばしていく。

それをレティシアが己が影を操り、無尽の刃と化した影で迎え撃つ。

だが神格を失っているレティシアには、風刃を逸らすのが精一杯だった。

流石は〝神域級〟のニャル子の化身といったところか、今のレティシアには荷が重い相手のようだ。

だがそれでいい。

少しでも対抗出来る力があるならば、とレティシアは思い黒ウサギに言った。

 

「私の〝龍の遺影〟なら、風刃をなんとか逸らすことができるみたいだ。黒ウサギ、触手と鎌は任せてもいいか?」

 

「はいな。レティシア様もご無理はなさらないようにお願い致します!」

 

「ああ、分かった」

 

レティシアは化身ちゃん本体が繰り出す攻撃に警戒し、黒ウサギは六本の触手と鎌を警戒する。

化身ちゃんは扇を振りかぶると同時に、六本の触手を動かして一斉攻撃を仕掛けようとし―――

 

 

「『全員、そこを動くな!』」

 

 

『ッ!!?』

 

 

飛鳥の〝威光〟がそれを阻止した。

ニャル子本体以上に、飛鳥のギフトが通用している。

ニャル子本体には一瞬しか効かなかったが、化身ちゃん相手ならば触手も含めて数秒間有効のようだ。

数秒後、化身ちゃんは飛鳥のギフトを突破して吼える。

 

『忌々しい!まずはお前から潰してやる!』

 

「⋯⋯⋯っ!!?」

 

標的を飛鳥に定めた化身ちゃんは、扇による風刃も、触手の鎌の攻撃も、全て飛鳥に向けて振るった。

 

「「させるかッ!」」

 

黒ウサギの金剛杵が放つ稲妻が六本の触手を、レティシアの〝龍の遺影〟が放つ無尽の刃が無数の風刃を迎え撃つ。

稲妻が触手を撃ち落とし、無尽の刃が風刃を逸らしていくが―――一本の触手が稲妻を掻い潜り、鋭い鎌が飛鳥に迫る。

 

「ッ!飛鳥、危ないッ!!」

 

「きゃっ!」

 

耀が飛鳥を突き飛ばして鎌の一撃から庇う。

その結果、触手の鎌が耀の背中を袈裟斬りにした。

飛び散る鮮血と共に、耀は力無く飛鳥に倒れ込んでしまう。

 

「か、春日部さん!?」

 

悲鳴を上げる飛鳥。

決して浅くない傷を負った耀は、背中に焼けるような熱さと痛みが襲い苦しそうに顔を歪める。

化身ちゃんは気を良くしたように嗤い、追撃の為の扇と触手を振るう。

黒ウサギとレティシアは、攻撃を捌き切れずに仲間を守りきれなかった事を悔いながらも化身ちゃんの攻撃を必死に凌いでいく。

飛鳥は泣きそうな顔で耀の背中に出来た裂傷を手で押さえつけながら叫ぶ。

 

「『止まれ!止まれ!お願いだから、止まってよっ!!』」

 

だが飛鳥のギフトでは、耀の背中の裂傷から溢れ出る血を止めることは出来ない。

激痛に苛まれながらも、飛鳥を、友人を守ることが出来たことを誇りに思う耀。

十六夜も飛鳥も黒ウサギもレティシアも、皆強い。

ニャル子やニャル子の化身を相手に負けず劣らずの力を持っている。

それに比べて私は―――なんて非力なんだろう。

白夜叉の試練を受けて、憧れの鷲獅子(グリフォン)の背中に跨がり、彼とも友達になれてギフトも貰った。

なのにガルドとの戦いでは倒し切れずに怪我して皆に迷惑をかけてしまった。

〝ペルセウス〟戦では友達(みんな)の力のお陰で十六夜達の力になれた。

けれど今は―――何も出来ずにこうして身を呈して友達を守ることしか出来ない。

ニャル子のギフトを手にした感覚も、ギフトが顕現していない事が何より物語っている証拠。

耀はこのギフトゲームで力になれない己の未熟さに、弱さに悔し涙を流す。

いっそこのまま死んでしまった方が―――

 

『お前はその程度の人間だったのか?』

 

いつの間にか耀の傍に現れた輪廻が言う。

耀以外、誰も気付いていないのはどういうことだろうか。

というより、時間が止まってるような感覚さえした。

そんなこと言われたって、私にはニャル子の化身にすら抗う術がないよ。

 

『⋯⋯⋯それはお前が〝生命の目録(ゲノム・ツリー)〟を―――〝生命の大樹〟の力を理解していないからだ』

 

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?

輪廻は一体何を言ってるのだろう?

〝生命の大樹〟?

 

『やれやれ。本来は教えてやる義理はないが、あの男の娘がコレではな。流石にこのまま静観とはいかなくなった』

 

―――ッ!!?

待って、その言い方だとまるで私の父さんを知ってるみたいな⋯⋯⋯っ!?

 

『無論知ってるぞ。あの男とは殺し合ったこともあるし、今では親友と呼べる存在だ』

 

こ、殺し合ったッ!?

ちょ、ちょっと待って!もしかして私の父さん、箱庭に来たことあるの!?

 

『来たことあるも何も、お前の父親―――コウメイは〝ノーネーム〟の前頭首だが?』

 

は、はあっ!?

何それ初耳なんだけど!?

黒ウサギもレティシアもジンも私の苗字知ってるのに父さん知らないとかどういうこと!?

 

『まあ、それは一先ず置いといて。コウメイの娘であるお前なら、使いこなせぬわけあるまい?』

 

置いとくな!

⋯⋯⋯そう言われても、父さんには色んな獣と言葉を交わせるとか、私の身体が今よりもずっと強くなるとかくらいしか教えてくれなかった。

 

『成程。実にコウメイらしい教え方だ。だが過保護というものだ、〝ノーフォーマー〟のお前が合成獣(キメラ)になることはまずない』

 

き、キメラ?

ええと、〝生命の目録〟ってどういうギフトなの?

 

『ふむ。教えてやる前に一つ、我輩と―――いや、私と約束してもらいましょうかね。この話は秘密にするという約束を』

 

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯その約束、破ったらどうなるの?

 

『そうですねえ。貴女が持っている私のギフトを没収しましょうか。それから力を失った貴女を西側に連れ帰り幽閉します』

 

え?私のギフト!?

それに西側に連れ帰って幽閉とか、私に何する気なの!?

というか何その丁寧口調は!?

輪廻には似合わないんだけど!?

 

『別に何もしませんよ?ただ貴女はそのギフトを取り上げられたら生きていけなくなってしまうので、私が面倒を見てあげようとしてるだけですが?⋯⋯⋯む、それはどういう意味ですかね耀ちゃん。本来の喋り方では気持ち悪いとでも言うつもりですか?』

 

べ、別に気持ち悪いって意味じゃないけど、なんていうか⋯⋯⋯変?

後さりげなくちゃん付けしないで!?

⋯⋯⋯⋯⋯、私の身体がこのペンダントのお陰で丈夫になってることまで知ってるんだ。

 

『当然ですよ。貴女がやって来た年代記は、人類が万能を謳う時代。〝閉鎖世界(私達)〟を、そして〝環境制御塔の暴走()〟の可能性をも乗り越えた世界なんでしょう?それ故の〝ノーフォーマー〟で、不治の病の正体です』

 

⋯⋯⋯???

ええと、輪廻が何を言ってるのかよく分からないけど、私の不治の病=〝ノーフォーマー〟ってこと?

 

『そうです。そして〝何者にも成れない者(ノーフォーマー)〟である貴女は、〝生命の大樹〟を使用しても合成獣にはなりません』

 

〝何者にも成れない者〟、それが私なんだね。

⋯⋯⋯その〝生命の大樹〟=合成獣の方程式が成り立っているのはどういうことなの?

 

『〝進化〟と〝合成〟を行えるからなんですよ。〝生命の大樹〟とは系統樹を指し、そこから成る生命の系譜(ゲノム)を自在に操り獣と獣を〝合成〟し、新たな生命体に〝進化〟させることが可能です』

 

獣と獣を〝合成〟して、新たな生命体に〝進化〟させる⋯⋯⋯それ故に〝合成獣〟なんだね。

なんというか、彼らの命を弄んでるみたいで好きじゃないな。

 

『奇遇ですね。私も模倣した〝同類〟のギフトは気に入らないので、私なりに改良してソレを作ったんですよね。〝進化〟と〝合成〟ではなく―――〝見たもの〟或いは〝識るもの〟の〝生命体(エネルギー)〟を模倣する、という感じに』

 

―――⋯⋯⋯は?

⋯⋯⋯ええと、つまり貴女を含めた全ての最強種のギフトすら模倣出来るってこと?

 

『さあて、どうでしょう?〝純血の龍種(私達)〟や〝幻獣〟、〝神獣〟のギフトを模倣するのは構いませんが、〝神霊〟や〝星霊〟のギフトを模倣するのはオススメ出来ません。万が一、〝純血の龍種〟以外の最強種を模倣してしまったら、ペナルティを受けてもらうかもしれませんね』

 

ぺ、ペナルティ⋯⋯⋯ゴクリ。

わ、分かった、気を付ける。

 

『ふふ。では私と貴女の時間の流れを元に戻します。他に聞いておくことはありますか?』

 

⋯⋯⋯時間の流れを戻すとは何?

飛鳥やみんなの動きが止まってるのはそれが関係してるの?

 

『はい。〝一秒の定義〟を少しズラして私と貴女の本来の一秒を、一年にするみたいなことをしてますね。簡単に言うと飛鳥ちゃん達の一秒は、私と貴女にとっては一年経過したことになります』

 

何それ超凄い、私にも出来る?

 

『出来るも何も、〝一秒の定義〟に干渉する事で瞬時に模倣を可能にしてますからね。貴女が瞬時にお友達のギフトを顕現出来るのもそういう原理ですよ』

 

そうなんだ。

あれ、ちょっと待って。

十六夜が言ってた〝膨大な時間をかけて滅んだ〟って話。

まさか〝一秒の定義〟に干渉出来るギフトなら、〝ノーネーム〟の惨状を再現出来るんじゃ!?

 

『へえ?流石はコウメイ君の娘さんですねえ。私みたいな事が出来る者こそ、〝ノーネーム〟を滅ぼした魔王だと言いたいんですね?』

 

う、うん。

一つ分かることは、輪廻が〝ノーネーム〟を滅ぼした魔王ではないってことかな。

 

『どうしてそう思うんですか?〝一秒の定義〟に干渉出来る者が犯人だと疑いながらも、私は違うというその根拠は?』

 

それは、輪廻が今こうして私に〝生命の大樹〟について教えてくれてることかな。

もし敵だったら、今の行為は敵に塩を送る行為でしかないからね。

 

『ふふ、確かにそうですね。〝ノーネーム〟を滅ぼした魔王ならば、新しい人材であるあなた達をも殺しに来てないとおかしな話ですね』

 

そういうこと。

あ、最後に質問がある。

〝環境制御塔の暴走〟=輪廻ってどういうこと?

〝閉鎖世界〟=輪廻と他の誰かを指してる言い方も気になる。

それに〝環境制御塔〟ってまさか私の元いた世界に建てられているあの〝巨塔〟のことを言ってたりする?

 

『おっと、私としたことが、戯れで少し喋り過ぎてしまったようですね。まあ、そうですね。〝閉鎖世界〟については何れ分かることですので特別に私の正体を教えてあげましょうか。勿論今から話すことも含めて、他言無用ですよ?』

 

分かった。

誰にも言わないから教えて!

 

『良いでしょう。心して聞きなさい。私は人類が万能を謳う時代に姿を現した〝純血の龍種〟。〝環境制御塔〟の暴走によって世界にばら撒かれた膨大な生命体(エネルギー)そのもの。これにより万能を謳う時代は、人類をも滅ぼし尽くす魔王()によって終焉を迎えることとなります。人類が打ち建てし〝環境制御塔〟の暴走による〝人類滅亡の形骸化〟、最強の〝神殺し〟の魔王にして〝不倶戴天(世界の敵)〟であり〝殺人種の王〟でもあります。箱庭推定二桁―――人類の神話の終末論、魔王〝世界を喰らう龍(ウロボロス)〟。これが私です』

 

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯、

そう、なんだね。

私達人類が貴女を魔王に、〝世界の敵〟にしてしまったんだね。

 

『どうして貴女がそんな悲しそうな顔をするんですか?トウヤ君にも言いましたが、〝環境制御塔〟なくして人類の未来を救済する術はないと。ですがトウヤ君はこう言いました―――〝私達が貴女を魔王に、〝世界の敵〟にしてしまったからには私はその責任を果たそうと思う。幾星霜の時を要するかもしれないが、私が必ず貴女を救ってみせる!だから信じて私に協力して欲しい〟―――と。そんなトウヤ君は己を器にして私を取り込み、魔王となりました。本当に愚かで、とても優しい人でした』

 

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯そう。

〝環境制御塔の暴走による人類の神話の終末論〟が輪廻で。

〝閉鎖世界〟はそんな輪廻を取り込んだトウヤさんを指してたんだね。

 

『⋯⋯⋯また口を滑らせてしまいましたね。その通りです。だからこそ、トウヤ君の目指した理想()を嗤う者は、誰であろうと許しません。それが神だろうと同類だろうと星だろうと許しません。魔王として、〝世界を喰らう龍〟として、その全てを喰らい尽くして滅ぼしてやる』

 

う、うわお。

輪廻がガチギレするとこ、初めて見たかも。

元魔王、〝閉鎖世界〟、成程、今の輪廻が魔王じゃないのは―――

 

『いいえ、私はまだ魔王ですよ?』

 

へ?

 

『私は〝観測不可領域(ブラックボックス)〟から発生した魔王ですからね。私は今でも〝閉鎖世界〟の本体だと箱庭が誤認しているからか、真の正体に気付けないでいるのか、元魔王扱いなだけです』

 

⋯⋯⋯⋯⋯その話、今しちゃってるけど箱庭にバレたりしない?

 

『問題ありません。私の〝疑似世界〟は、私さえ観測していれば存在維持が可能です。つまり―――箱庭の〝眼〟は不要なので遠慮無用にこの世界は〝観測不可領域〟となっております。勿論、黒ウサギちゃんの〝審判権限〟は封印させてもらってますし、箱庭の中枢と繋がっている彼女の目と耳の機能も強制シャットアウトです』

 

うわお!

何それ不正し放題?

 

『なんでそういう発想が出るんですかねえ。むぅ、私を下衆魔王にしないでもらいたいですよ。さて、ではお喋りはこの辺にして、戻しますね』

 

うん、色々教えてくれてありがとう。

これで〝ノーネーム〟にも、父さんよりも輪廻のことを識っている超親友になれた。

 

『超親友ってなんですかそれ。ふふ、まあいいです。それでは耀ちゃんが私のギフトを使いこなせるか見せてもらいますよ』

 

分かった、超頑張るから見ててね輪廻!

期待してますよ、と言う輪廻の台詞と共にパチンと指の音が鳴った。

刹那、〝一秒の定義〟の干渉による事象は解除され、耀は元の時間の流れに戻る。

動いてないとすら錯覚していた世界が、時を刻み始めた。

傍に居たはずの輪廻の姿は既になく、いつの間にか元の場所に戻って静観している。

忘れかけていた激痛が耀を襲うが、気合いで捩じ伏せゆっくりと立ち上がった。

驚く飛鳥に微笑み、耀は口を開いた。

 

「私はもう大丈夫。後は任せて」

 

「え?」

 

それはどういう意味、と問う前に耀は地面を踏み抜き大気を焼き尽くす程加速して―――第三宇宙速度で化身ちゃんに肉薄した。

 

『何!?』

 

「痛かった。凄く痛かった。だからこれは―――そのお返し!」

 

耀は同速度で拳を繰り出し、化身ちゃんの鳩尾を殴りつけた。

 

『ガッ!!?』

 

強烈な一撃をもらった化身ちゃんは、一瞬だけ息が出来なくなる。

 

「そしてこれはオマケ」

 

『ギッ!?』

 

追撃に化身ちゃんの蟀谷を蹴り抜き、第三宇宙速度を遥かに凌駕した速度で吹き飛ばした。

蹴り飛ばされた化身ちゃんは、彼方へと吹き飛び幾つかの山脈を巻き添えにしては粉砕して瓦解させていく。

その光景を開いた口が塞がらない状態となった飛鳥達六人と、目を丸くした十六夜が獰猛な笑みを浮かべて言う。

 

「おいおい一体全体何があったんだよ春日部!?実に俺好みにパワーアップしてるじゃねえか!」

 

「ニャル子のギフトを顕現させてるからね。凄い、背中の傷が一瞬で塞がった。これが〝純血の龍種〟のギフト!」

 

『なっ!!?』

 

耀がサラッととんでもないことを言ったことにより、十六夜すらも驚きの声を上げた。

だがそうなるのは無理もない。

人の身でありながら、最強種の一角たる〝純血の龍種〟のギフトを顕現させているのだから。

今の耀はニャル子本体と同等にして、十六夜にさえ匹敵し得る存在となっている。

ニャル子はチラッと遠くで静観している輪廻を見た。

輪廻はニャル子の視線に気付いてニヤリと笑う。

そして理解した、輪廻が耀にギフトの使い方を教え込んだのだと。

そうでなければ耀が輪廻のギフトを使いこなすことなんて出来るはずがない。

ちょっと、いや凄く狡いとニャル子は思った。

このギフトゲームの〝主催者〟は輪廻だし、彼女自身手を出すことを禁ずるルールは設けていない。

そもそもギフトの使い方を教えただけであって、直接的にギフトを与えたわけでもないわけだが。

というよりいつ教えたというのだろうか?

耀の急激なパワーアップからするとついさっきなのは間違いないのだが、そのついさっきは―――刹那にも満たない一瞬の出来事ということになる。

ニャル子は冷や汗を掻いた。

 

「(私が輪廻様から使い方を教わった〝なのましん〟とやらが一秒の定義に干渉出来るとかなんとか仰っておりましたね!〝疑似創星図〟のデフォルト機能にもあると言われていますが、まさか箱庭の時間流から切り離して御自分と耀様二人だけの刹那の時間をデタラメに引き延ばしてしまわれるとは恐れ入りました!)」

 

ニャル子が第三宇宙速度で動けるのもまた、一秒の定義に干渉出来る〝自己観測宇宙〟のデフォルト機能によるものだったりする。

輪廻から使い方を教わった〝なのましん〟に関しては、今のニャル子には、〝地の精〟でしかない彼女には使用不可だ。

クトゥルー神群が保有する〝自己観測宇宙〟―――〝ネクロノミコン〟を発動させることによってニャル子を含めたった三柱しか成れない〝星の精(アイテール)〟の力に覚醒すれば話は変わるが。

そこでふと、ニャル子は恐ろしい可能性に気付いてしまった。

 

「(⋯⋯⋯まさか、十六夜様は人類でありながら〝疑似創星図〟を保有しているというのですか!?)」

 

そう、それだ。

十六夜の人類とは思えないデタラメな速さと膂力。

これが〝疑似創星図〟を保有しているのならば、その表層部分(デフォルト機能)を無意識に使っているのならば、十六夜のデタラメ加減は全て説明がつく。

そしてその〝疑似創星図〟を使えるのならば―――ニャル子をも一撃で打倒することも可能だということだ。

魔王としての本気のギフトゲームで挑んでも敗北して隷属させられる可能性が出てきた。

それはそれでありかもしれないと思うニャル子だった。

次に耀のギフトもまたえげつない。

〝生命の目録〟―――否、〝生命の大樹〟ならニャル子も知っている。

アレは輪廻が造った〝生命体の情報を解して模倣し、所持者に与えるギフト〟だ。

そう、アレは恩恵ではなく権能。

他にも段階が幾つかあるらしいのだが、ニャル子の識る情報はこれだけ。

そして〝生命の大樹〟の所持者は、模倣した生命体のギフトを得る代償として怪物化するらしいのだが―――どういうわけか耀の体は怪物化していない。

ニャル子のギフトをその身に顕現している以上、彼女の本来の異形の姿となっているはずなのだがこれ如何に?

このカラクリは耀のもう一つのギフト―――〝ノーフォーマー〟によるものだが、ニャル子がそれを知るのはまだ先の話である。

最後に飛鳥のギフト。

〝威光〟についてはニャル子もよく分かっていない。

〝神域級〟のニャル子を一瞬だけ支配し、化身ちゃんに至っては数秒間も支配してみせた。

これだけしか飛鳥のギフトについては知らないが、十六夜の〝疑似創星図〟、耀の〝生命の大樹〟が権能なら―――飛鳥の〝威光〟もまた恩恵ではなく権能の可能性があるかもしれない。

飛鳥自身が己のギフトを使いこなせていないだけで、実はとんでもないギフトなのでは!?とニャル子は期待に胸を膨らませた。

そんなことを思っているうちに、彼方へと吹き飛んでいた化身ちゃんが激昂しながら耀に突っ込んできた。

 

『よくもやってくれたなァ!』

 

六本の触手の鎌と、扇が放つ無数の風刃が耀に襲い掛かる。

 

「春日部さん!」

 

叫ぶ飛鳥。

しかし耀は冷静に見つめると、己の影から飛び出した無数の触手で全て打ち払った。

 

『馬鹿な!?』

 

「「「嘘!?」」」

 

「ハハ、こいつはすげえな!」

 

驚愕の声が四つ。

十六夜だけは楽しげに笑う。

耀は触手を操り、瞬く間に化身ちゃんの四肢を搦め捕った。

 

「これでニャル子の化身の身動きは封じた」

 

『く、くそっ!』

 

「あとはニャル子に一撃当てれば私達の勝ち」

 

ニャル子の下へと歩みを進める耀。

十六夜に加えて耀までニャル子に匹敵する実力を手にしている。

窮地に立たされたことを自覚したニャル子は冷や汗を掻いた。

千の化身を生み出して神群を築こうが、ニャル子のギフトを顕現させている耀が相手では効果は薄いだろう。

これはいよいよ以て詰みか、と思ったニャル子は凶悪な笑みを浮かべて輪廻に訊いた。

 

「輪廻様!今の私では彼らを相手取るのは厳しいです!なので〝自己観測宇宙〟の使用許可を」

 

「駄目だ。それを使用したら流石に死人が出る。言ったはずだ、これは軽い試練みたいなものだと。殺すなよと言わなかったかニャルちゃんよ?」

 

「うっ、」

 

輪廻に厳しく断じられて言葉を返せなくなるニャル子。

すると十六夜が「へえ?」と獰猛な笑みを浮かべて訊いてきた。

 

「ニャル子の〝自己観測宇宙〟?何それ超見たい。なんで止めるんだよ輪廻」

 

「ほう?ニャルちゃんの本気が見たいと?お前達も見てみたかったりするか?」

 

「超見たい」

 

「そ、そうね。見てみたいわ」

 

「み、見るだけなら黒ウサギも是非!」

 

「そうだな。龍種の端くれとして、〝自己観測宇宙〟というものには興味がある」

 

十六夜だけでなく、耀達四人も見たいらしい。

輪廻は好奇心旺盛な彼らに苦笑する。

 

「いいだろう。お前達がそこまで言うならニャルちゃんの〝自己観測宇宙〟の使用を許可する」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ただし、その力を振るう相手は我輩にしろ。それと、そのギフトの使用許可を求めてきたということは―――ギフトゲームの勝者は〝無名の新星〟側で良いな?」

 

「はい!それで構いません!」

 

「うむ。ではギフトゲーム名〝狂乱の魔王と無名の新星〟の勝者は、〝無名の新星〟側とする」

 

輪廻がそう宣言すると、ニャル子は化身ちゃんを消す。

それとほぼ同時に、十六夜達の下に一枚の輝く羊皮紙が舞い降りた。

十六夜がそれを手に取り内容を確認すると、こう書かれていた。

 

 

『ギフトゲーム名〝狂乱の魔王と無名の新星〟の勝者は〝無名の新星〟側とする。

 この羊皮紙は勝利報酬の引き換え券として有効です。

〝主催者〟に渡して報酬を受け取ってください』

 

 

『報酬!?』

 

驚く十六夜達五人。

流石に報酬があるとは思ってもみなかったのだろう。

輪廻は微笑と共に十六夜達八人を守る為に結界のようなものを張った。

これで彼らを余波から守ることが出来る。

舞台を整えた輪廻が微笑して言う。

 

「さて、いつでもいいぞニャルちゃん」

 

「はい!では―――参ります!」

 

ニャル子は深呼吸すると、己のギフトを解放した。

 

「〝ネクロノミコン〟起動。我が宇宙(ホシ)よ輝け〝自己観測宇宙〟―――!!」

 

ニャル子の霊格が膨張する。

それだけじゃない、彼女の〝地の精〟としての力は―――〝星の精〟へと変化を遂げ、限定的な星霊化を引き出した。

それにより輪廻から与えられた〝アストラ〟が覚醒し、ニャル子の体は星辰体(アストラル)へと変貌する。

輪廻はそんなニャル子を見据えて泰然と構えた。

両手を広げて、ニャル子の一撃を待つ。

ニャル子は地面を勢いよく踏み抜くと―――第六宇宙速度という尋常外の速度を叩き出して輪廻に突っ込んだ。

輪廻は星の光より速く飛び込んで来たニャル子を、真正面から抱き止めて、

 

「⋯⋯⋯む?」

 

僅かに後退させる程度で止まった。

星辰体化を解いたニャル子が、嬉々として輪廻に抱きつく。

 

「やはり輪廻様には通用しませんでしたか!」

 

「そうでもない。僅かに動かされたのだからな、ニャルちゃんの精度が上がっていると見受けるぞ」

 

「ほ、本当ですか!?やりました!輪廻様に褒められました!」

 

歓喜するニャル子の頭を優しく撫でてやる輪廻。

その光景は、頑張った妹を労っている姉の様にも見えるが、和んでいる場合ではない。

アレが〝純血の龍種〟の本気なのかと、ニャル子の本気の一撃なのかと、十六夜達は戦慄する。

本来のニャル子にあれ程の力はないが、輪廻の与えた〝アストラ〟が全知全能の極致へと至らしめた。

そしてそんなニャル子の本気の一撃を、僅かに後退させられる程度で抱き止めてしまう輪廻は問答無用にデタラメだった。

これが最強種同士の戯れ合いか、と不敵に笑う十六夜に、輪廻が結界を解除して手招きする。

 

「十六夜よ、その羊皮紙を持って我輩の下へ来い」

 

「あん?おお、そうだった。報酬をくれるんだったな。何が貰えるんだ?」

 

嬉々とした笑みで十六夜が問うと、輪廻はニヤリと笑って答えた。

 

「それはな―――コレだ」

 

パチンと指を鳴らすと輝く羊皮紙が極光を放ち―――〝輝くトラペゾヘドロン〟となった。

 

『―――⋯⋯⋯は?』

 

素っ頓狂な声を洩らす八人。

輪廻は不思議そうな顔をして小首を傾げた。

 

「ん?どうした?」

 

「どうした?ではないわよ!?そのギフトってたしかニャル子さんを召喚出来るものではなかったかしら!?」

 

「ああ、そうだが?」

 

「そうだが?じゃないのですよ!?黒ウサギ達が〝神域級〟の魔王を召喚出来るギフトを貰ってもいいんですか!?」

 

「無論だ。勝利報酬だからな」

 

「わ、私達がそのギフトを受け取れる資格があるとは思わなんだが」

 

「そうでもないぞ。ニャルちゃんが本気を出さねば勝てないとまで言わしめたのはお前達だ。故にこの報酬は、受け取れるだけの〝力〟を示したお前達に献上されて然るべきものだ」

 

輪廻がそう言うと、ニャル子が瞳を潤ませて言ってきた。

 

「〝自己観測宇宙〟を使わなければ弱い私は要らないと言うんですか!?」

 

「「超欲しい」」

 

即答する十六夜と耀。

 

「リン・カーター版〝ネクロノミコン〟の文献にはアザトース、ヨグ=ソトース、そしてナイアーラトテップの三柱は、四大霊とは別の第五元素アイテール扱いされてるんだったな。あんなデタラメなもん見せられて、そんなニャル子を召喚するギフトが得られるんなら貰う手はねえだろ」

 

「前半何言ってるのかさっぱりだけど、うん。それに輪廻とニャル子が良いって言ってるんだから、貰わないとむしろ失礼だよ」

 

「〝ネクロノミコン〟も知っていたか。相も変わらず抜け目の無い奴だな十六夜」

 

「頭脳明晰かつ超強いとか完璧超人か何かなんですか十六夜様は!?」

 

全くだッ!と黒ウサギが内心で叫ぶ。

今回のギフトゲームで十六夜のデタラメ加減は思い知った。

耀もいつの間にか強くなってて頼もしくはあるけど一体何があったのだろうか?

飛鳥のギフトも〝神域級〟の最強種を相手に一瞬でも通じるのなら、隙を作り勝利を導くことが出来るかもしれない。

しかし、白夜叉からは耀も飛鳥も魔王のゲームで命を落とすと脅されていたから、彼女達には荷が重いものだと思っていたが、〝神域級〟の魔王相手にあれ程立ち回れるのならあるいは―――

 

「では、我輩達はそろそろ西側(お家)に帰るとしようかニャルちゃん」

 

「はい!それでは皆様方!またお会い致しましょう!這い寄る混沌はいつでも召喚に応じ馳せ参じますので、不束ものではございますが宜しくお願い申し上げます!」

 

「ああ。また遊ぼうぜニャル子」

 

「ええ。またお会いしましょうニャル子さん」

 

「うん。またね、ニャル子」

 

そんな感じで別れの挨拶を済ませて〝ウロボロス〟にではなく西側に帰るらしい―――ん?西側?

 

「⋯⋯⋯輪廻も、色々ありがとう。またね」

 

「はい。また御会いしましょう、耀ちゃん」

 

『耀ちゃん!?』

 

「む?どうかしたか?」

 

『⋯⋯⋯なんでもない』

 

「???」

 

不思議そうな表情で十六夜達七人を見回す輪廻。

耀は輪廻にちゃん付けされることに慣れないのか、照れ臭そうに頬を掻く。

耀の反応を見て十六夜達は確信した。

耀の急激なパワーアップに輪廻が関与してることはまず間違いない。

だがそんなタイミング、あったとはとても思えない。

色々と言っている以上、耀が倒れてから立ち上がるまでの刹那にも満たない時間の中で輪廻が色々したのだろう。

レティシアには、かつて歴史の追想体験ゲームを受けたことがある彼女には、輪廻が何をしたのか大体想像がついた。

だがまさかギフトゲーム中にそんなことが出来るとは思いもしなんだ。

 

「(いや、待て。そもそもここは輪廻が創った〝疑似世界〟の中だ。既に箱庭が刻んでいる時間流から切り離されていて、〝疑似世界〟の中に存在する生命体の一秒の定義を自在に操れるのだとしたら⋯⋯⋯!)」

 

輪廻なら可能だろう。

実際にそれを行い、耀と色々話していたみたいだから。

 

「(そういえば、〝ディストピア戦争〟も数万年という長い歴史がある。だが箱庭の時間流では数千年しか経過していない。白夜叉が魔王だったのが〝ディストピア戦争〟以前かつ数千年前という事実がその証明だ。ならば魔王〝閉鎖世界〟が支配していた西側は一秒の定義がズレて独自の時間流を刻んでいたに違いない。そうでもなければあの途方も無い時間を過ごした感覚が嘘になってしまう)」

 

そしてその魔王を〝消去〟したことによって、西側は〝観測不可領域〟となってしまった。

その西側へ帰ると言った輪廻と、彼女の〝契約書類〟から組織名が欠落していること。

なら〝ウロボロス〟に所属する前の旗印は―――〝鳥籠〟で間違いないはずだ。

 

「(⋯⋯⋯ッ、だとしたら〝ウロボロス〟というコミュニティにも警戒した方がよさそうだな。輪廻を匿いかつ利用しようとしているのかは私には分からないが―――ッ!?)」

 

レティシアは最悪の予感がした。

〝ウロボロス〟が輪廻を利用して何かをしようとしている。

輪廻が自分の意思でラミアとレイミアを救ったと言っていたが、それは実は嘘で―――〝ウロボロス〟がラミア達を利用する為に輪廻に救わせたのだとしたら⋯⋯⋯!

 

「(⋯⋯⋯この幸せは仮初に過ぎない。〝ウロボロス〟が何れ〝ノーネーム〟を襲い、私諸共妹と姪を奪還しに来るということかッ!)」

 

なら〝ウロボロス〟こそ、三年前に〝ノーネーム〟を滅ぼした魔王が属するコミュニティとみていいだろう。

今すぐこのことを黒ウサギに伝えて輪廻を拘束してもら―――

 

『ほう?この余を、神王(インドラ)の眷属如きに拘束出来ると本気で思っているのかレティシアよ?』

 

―――⋯⋯⋯っ!!?

 

『ふふ、そう怯えるな。別にお前のことは殺しはせんよ』

 

⋯⋯⋯なら、わざわざ一秒の定義に干渉して私と貴様だけが動ける状況を作った理由はなんだ!?

 

『ああ、それか。お前には忠告しておこうと思ってな。余の正体に気付き始めているお前にな』

 

⋯⋯⋯そうか、やはり輪廻が魔王〝閉鎖世界〟なんだな。

 

『正確には違うが、まあそれは置いといて』

 

⋯⋯⋯は?

 

『〝ウロボロス〟が〝ノーネーム〟を滅ぼした黒幕という事実に気付いてしまったようだが、下手に動かぬ方がいい』

 

それはどうしてだ?

まさか輪廻が私達を皆殺しに、

 

『それはない。〝ウロボロス〟の命令で余が動くことはまず無い。その辺は安心してくれていい』

 

⋯⋯⋯では何故、下手に動かない方がいいんだ?

 

『それはな―――余が勝手に〝ウロボロス〟からラミア達を連れ出しているからだッ!』

 

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?

いやちょっと待て!

私の妹と姪の所有者は輪廻ではないのか!?

 

『違うぞ』

 

違うのかッ!

 

『余がラミア達を所有するわけないだろう!対等な立ち位置を好むというのに上下関係を作るわけがない!』

 

⋯⋯⋯いや、魔王〝閉鎖世界〟が言う台詞じゃないだろ!?

 

『正確には違うと言ったはずだ!まあ、あれだ。お前が現状を維持したいのであれば下手に動くな。だが、それを捨てる覚悟があるのならば余は止めはせん。その道は―――最悪な結末しか待ってないだろうがな』

 

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯、

 

『折角余が作った時間を無駄にするな。それとも余を信じられぬか?』

 

信じるも何も、輪廻は私達の敵なのだろう?

⋯⋯⋯だが、そうだな。

一つだけ教えてくれ。

どうして敵であるはずのお前は―――私達に優しくしてくれるんだ?

 

『それは―――私も貴女達を造った〝同類〟と同じ存在だからですよ』

 

⋯⋯⋯⋯⋯え?

 

『人類の手で生み出された私は、喩え〝世界の敵〟として生まれ落ちようとも、人類を愛しています。これが理由ですよ、人類の次の世代の霊長の一角である吸血鬼のお姫様』

 

⋯⋯⋯そう、か。

それが私達に無条件で優しい理由なのか。

 

『はい。それに〝ノーネーム〟には〝閉鎖世界(私達)〟が人類に課した最大の試練である〝鳥籠(偽りの幸せ)〟から抜け出し羽ばたいてみせた〝金糸雀(一羽の鳥)〟がいたからでもありますかね』

 

偽りの幸せ⋯⋯⋯?

 

『そうです。アジ君が、〝絶対悪〟が人類の悪性そのものを試練と課すように。〝閉鎖世界(私達)〟は人類に真の〝理想郷(幸せ)〟とは何かを問い質す試練なのです。故にこそ、〝閉鎖世界(私達)〟も幾星霜もの間、願っていました。〝閉鎖世界(私達)〟が作り上げた〝鳥籠(偽りの幸せ)〟を否定し、内側から打ち破る勇者の存在を』

 

アジ君!?〝絶対悪〟って、まさか輪廻、かの大魔王を君呼びするだと!?

真の〝理想郷〟?願っていた?

⋯⋯⋯その勇者こそが、金糸雀なのか?

 

『はい。ふふ、クロア君の執念が齎した奇跡とも言えますね。クロア君と金糸雀ちゃんの出会いこそが鳥籠を―――〝世界の果て(偽りの幸せ)〟を乗り越えることが出来たんでしょうね』

 

そうだったんだな。

しかしあの変態(ロリコン)を君呼びするのか輪廻。

金糸雀のこともちゃん付けするし、それにさっきから口調がおかしいぞ?

 

『んんッ!まあ、そういうことだから、お前は〝ウロボロス〟のことは黙って置いた方が得策だ。いいな?』

 

あ、ああ。

口調を戻した輪廻がパチンと指を鳴らす。

一秒の定義への干渉を解くと、ニャル子を連れて西側へ帰って行った。

輪廻達が消え去ると同時に〝疑似世界〟も消えてレティシア達八人は〝ノーネーム〟の本拠に戻される。

こうして〝ノーネーム〟は〝輝くトラペゾヘドロン〟というニャル子を召喚出来るギフトを手に入れたのだった。

レティシアが言った「龍種の端くれ」について、問題児達に根掘り葉掘り聞かれることになるのだがそれはまた別の話である。




最近執筆してる新作と表現が被る可能性を考慮して匿名投稿を解除しました。
ニャル子と十六夜に名付けられてますが某這いよる混沌アニメではなく原作の〝クトゥルー神群〟のニャルラトホテプなので悪しからず。
輪廻に〝生命の目録〟を改良されて耀が原作より強化(?)されてますが、元々が〝全局面兵器〟ですしまあ問題ないでしょう。


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