アクタージュの世界で生まれたなら (ユメノコトワリ)
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1話

初めての投稿。

仕事が忙しいので不定期になるかと。


なんだか夢の中にいるような気持ちの良い感覚で幸福感に包まれていた。それは大きなお風呂でただ浮かんでいるような何もしなくても時間が進んでいるようなそんな時間がずっと続いていた。

 それは異常なほどに気持ちがよく、このままズルズル引き摺られているようにも感じていた。目を覚ますことが出来ないかもしれないと感覚的に分かっていながらも、俺は何かを起こす気はさらさらなかった。そしてそのまま深くて暗い奥底へと引き摺られた。

 

 

 意識が戻った時には、時間がたくさん経ったようなそんな気がした。今まで意識が無かったわけではないが、夢の断片を見せられていたように思われた。

 全てのものが大きく、全ての音が大きい。目に見えるものは焦点がおかしくぼやけて見えてしまう。

 まるで自分が幼児になってしまったのではないかと思う記憶の断片ばかりだった。

 きっと麻酔が強いのだろうと、よく分からない状況で俺はずっと現実逃避をしていた。

 

 俺という意識がしっかりと認識出来るようになるまでに1年近く経っていたらしい。

 一年近くというは、俺の一歳の誕生日を祝う誕生日会を母親と2人きりで昨日行われたからだ。

 母親は前世でも見たことがないほど美人だった。

 まるでテレビの世界から連れてきたかのような華やかさと存在感があり、世界の主役は誰だと聞かれたら、俺は迷わず母親の名前を言うだろう。

 星アリサと...

 

 

 俺という意識が生まれてからは言葉も少しずつだが理解出来るようになってきた。

 早口や長い言葉は聞き取れないが、単語単語は意識が生まれてからすぐに聞き取れるようになった。

 

 日本のどこかで生まれ変わったんだとぼーっとする思考の中で考えていた時、母親とベビーシッターと思われる人の会話で俺の名前と母親の名前が聞こえてきて驚いた。

 俺の名前がアキラで、母親の名前が星アリサだと理解できた時には声を荒げてしまっていた。

それはかつて読んだことがあるアクタージュと呼ばれる漫画で登場するキャラクターの名前だったからだ。

 

 かつての俺は寝たきりが多く、漫画を読むことが多かった。アクタージュも読んだことがある漫画の一つだった。

 アクタージュの中に出てくる星アキラは努力家だった。天才や化け物たちに囲まれながらも俳優として生きていく為に、悩みや葛藤を超えていく姿に感動したことを覚えている。

 だが、そんな星アキラに転生したいかと問われればNOだった。

 誰が星アキラのような努力を続けられるのか、1番になれないと知りながら夢を追いかけることが出来るのか。

 きっと俺では役不足だろう。

 

 

 年齢が2歳半ばになった頃に、母親である星アリサの仕事場に初めて連れて行ってもらった。

 大手芸能事務所スターズ。大物俳優から人気若手俳優が所属するテレビを見たことがある人なら誰もが知っている芸能事務所の社長が星アリサだ。

 連れて行かれたスターズの事務所は、なんというか熱気に包まれていた。

 一枚のガラスの向こうで、若手俳優らしい人たちが演劇の練習をしていた。その人たちの目は真剣で、少し怖いくらいだった。

 

「驚いたかしら?」

 

 アリサがそう言うながら、俺を優しく抱きかかえた。

 

「凄いです」

 

 俺はありきたりな感想を述べた。

 前世の俺は、寝たきりばかりで輝かしい青春時代なんてものがなかった。

 だからだろうか...知らない誰かが努力をしている姿を見ても、感動がなかったような気がして寂しかった。

 

「その割には浮かない顔じゃない?まあさっきの若手じゃ仕方ないかもしれないかしら」

「いえ、凄かったですよ。ただ声が大きく怖かっただけです」

 

 そう声が大きかった。ガラスが割れんばかりの声を張り上げ、演劇の練習をしていた。ただそれは演劇の練習が目的ではなく、声を出すのが目的になってしまっているかのようなそんな気がした。

 

 

「そうね。演劇ではなく声出しの練習みたいだったものね。自主練は構わないのだけれど、後で指導しておかなくてはね」

 

 アリサは、今まで見たことがない真剣な眼差しを練習している若手俳優たちに向けていた。

 きっと彼らの中からスターズのブランドを背負って芸能界で活動していくのだろう。

 それでも俺の心は大手事務所の俳優の卵だろうと、こんなものかとガッカリしなかったと言えば嘘になる。

 

 

 その後、何度もスターズの事務所へ連れて行かれることになる。その度に、テレビで見たことがある俳優や聞いたことがあるスポンサーのお偉いさんたちと挨拶することになる。

 

 誰もが俺を星アキラとして認識せずに、星アリサの息子として接してきた。

 流石は星アリサの息子だと耳にタコが出来るレベルで聞かされてクタクタになった。

 それでもアリサの顔に泥を塗らないように仮面をかぶっていた。

それくらい転生者としてアドバンテージがあれば余裕だった。

 

 それにテレビで見たことがある俳優たちと会うのは楽しかった。キラキラした世界で今まで体験したことがない世界だった。おっさんたちがヘコヘコと挨拶してくる様は面白かった。たまに頭をガシガシやってくる奴もいたが、なによりアリサが微笑んでいるところを見るのが楽しかった。

 この数年間で気付いたことがあるとすれば、それは母親である星アリサが楽しそうにしているところが好きなんだと思う。

 

 父親がいないことやアリサが夜遅くに帰ってくることに、今まで何も感じていなかったと言うのは嘘になる。

 だけど、そんなことがどうでもよくなるぐらいには愛情を注いでくれている。

 それに対して、親孝行がしたいと思うのは息子の権利だろう。

 俺が星アキラの偽物だろうと気持ちは本物のはずだ。

 星アリサに対して、尊敬しているし星アリサのような大人になりたいとすら思いはじめていた。

 

 

 今日はアリサに重要な仕事があるとかで、お留守番となった。ベビーシッターと一緒に留守番だが、ベビーシッターはキッチンでおやつを作り っている。

 そして俺は映画を見ようとDVDをDVDプレイヤーの中に差し込んでいた。最近の俺の日課は、映画を見ることだった。アニメや邦画に洋画など有名な映画を片っ端から見ている。

 

 今回観ているのは、かつての俺も知らない映画だった。それは恋愛映画で、若手時代の星アリサが主演の映画だった。世界の中心は星アリサだと言わんばかりに星アリサという演者に釘付けだった。

 全ての動きや仕草がその作品のヒロインとして完璧だった。星アリサの全てが輝いていた。惜しいのは、他の俳優たちが星アリサのレベルについていけてないこと。

 それも今ではベテラン俳優として活動している人ばかりの中で、当時の俳優たちはついていけていない。

 当時の星アリサは素人の俺がみても別格だったと感じる。

 本物のスターだった。

 

 

 

 

 もしかしたらこの映画を見ることは運命だったのかもしれないが、それでも俺はきっとこの映画を観てはいけなかった。

 本物の星アキラが何故、俳優を目指したのかは知らなかったが、今なら確信を持って言える。

 きっと自分の母親、星アリサに憧れたのだろう。

 俺が星アリサに憧れたように、本物の星アキラもまた星アリサのような俳優になってみたいと思ってしまったのだろう。

 

 原作を知っている俺が星アキラとして俳優を目指す覚悟とかを全て忘れさせてしまうほど、星アリサの演技は神がかっていた。

 蛙の子は蛙とはよく言ったものだ。偽物だろうが俺もまた、星アリサの息子して生まれてきているのだから、俳優を目指すのは定められた道なのかもしれない。

 



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