ながされて藍蘭島 流れ着いたその島は (もう何も辛くない)
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プロローグ

気まぐれで書きました


ここは、太平洋ど真ん中

雨が海面にたたきつけられ、風が海水を巻き起こし、波が高鳴る

 

そんな中、一隻の船が波に負けじと前へ前へと進む

 

甲板では、船員たちが声を張り上げながら走り回る

 

俺、高町翔はその船に乗っていた

 

 

 

 

…そう、いたのだ

 

 

 

 

 

「うわっぷ…!あっ…、やばいって…!」

 

 

波にのまれそうになりながら、必死にもがく

一度溺れてしまえば、もう海面に上がってこれなくなるのは目に見えている

 

翔はもがきながら頭の中で考えてしまう

 

 

あぁ…、何でこんなことになってしまったんだろう…と

 

 

翔の家では、喫茶店を営んでいた

兄一人、妹二人の四人兄妹

…まぁ、妹の一人は同い年なのだが

 

双子ではない

同い年なだけだ

 

翔はいわゆる捨て子だった

赤ん坊のころ、捨てられていたところを父である士郎に拾われたのだ

 

血がつながっていないにも関わらず、士郎と母である桃子はよくしてくれた

兄である恭也も一緒に遊んでくれた

 

妹の美由希は、必死に姉であることをアピールしようとしていた

翔が拾われた時には美由希は生まれていたし、作られた戸籍には美由希と同じ誕生日にされた

 

先程双子ではないといったが、戸籍上では双子になる

 

意地っ張りである美由希は、いつも私をお姉ちゃんと呼びなさいと言ってきた

まあ、翔の方が行動が大人っぽかったため、翔の方が兄とまわりには認識されていたのだが

 

末っ子のなのははかなりの甘えん坊だった

士郎がけがで入院していたころ、翔は手伝いをせずになのはの面倒を見ていた

なのはが一人で寂しそうにしているのを見ていられなかったのだ

 

そのおかげで、親よりも翔に懐いてしまっている

 

 

「…て、そんなこと考えてる場合じゃn…がぼぼ」

 

 

翔は現在16歳

それなのに、なぜこんな状況になってしまったのか

 

高町家では、ある剣術を嗜んでいる

『永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀術』

略して御神流というのだが

 

その剣術関連で、翔は足にけがを負った

剣を封印とまではいかないものの、戦場に出るには重すぎる怪我を負ってしまったのだ

 

翔は混乱した

五歳のころから剣を握ってきた

 

剣は振れるものの、その剣を活かせるところには行けなくなってしまったのだ

 

そんな翔を見て、士郎は一度家から離れさせた

家にいれば、否が応でも剣を見てしまう

一度剣から離れさせ、心を落ち着かせようと考えたのである

 

高校には休学届を出した

翔は比較的真面目に授業を受けていたので、一か月は休んでも進級には影響なかった

 

そして、翔は船に乗り、自分探しの旅に出たのである

 

だが

 

 

「どうしてこうなった…」

 

 

今、翔は波にさらわれそうになっている

必死に腕を動かしながら、目の前を進んでいく船を追う

 

 

「なんで…!助けようとしてくれないんだ?!」

 

 

そう、船は進んでいくのである

翔は一人の船員の目の前で海に落ちたのである

翔のことを気づかないはずがない

 

 

(…見捨てられた?)

 

 

それしか考えられない

じゃなかったら、なんだというのだろう

 

こちらを助けようとする気配すら見えない

 

 

「ま…、待ってくれ!」

 

 

声を張り上げる

だが、風の音に遮られ船には届かない

 

翔は泳ぎながら前を見据える

 

人の泳ぎと船のスピード

当然船のスピードの方が圧倒的に速い

翔と船の距離はだんだん離れていく

 

翔も体力を奪われていき、少しずつ沈んでいく

それは、翔も自覚してきていた

 

 

「ま…、まって…」

 

 

さらに、寒さまで感じるようになってきた

意識まで奪われていく

 

 

「まって…くれ…」

 

 

瞼が落ちていく

視界から船が消えていく

そして、船の姿が見えなくなった瞬間

 

翔の意識は落ちた

 

 

 

 

 

 

 

 

世界のどこか

としか言いようのない場所

世間は未だこの場所を確認できていないのだ

 

空は晴れ渡り、木の葉は揺れ、平和であることが誰の目にもわかるであろうことが容易に想像できる

 

そのとある島の崖の上に、一人の少女が座っていた

 

青い和服に身を包み、黒みがかった亜麻色の髪を膝までのばし

その頭にはこれまた青いリボンをつけ、青色の瞳をのぞかせる

 

 

「よぉし!待っててねとんかつ!今日は大物釣ってあげるから!」

 

 

「ぶーぶー!」

 

 

その少女は傍らにいる…ぶた?に声をかけると、釣竿を海面に向ける

 

 

「えいや!」

 

 

竿についている針を海に向けて放つ

 

 

「昨日は嵐だったからねぇ。今日はきっと大量だ…おぉ!?」

 

 

少女が言葉を言い切る前に、竿が引きを見せ始めた

 

 

「え、もう!?すごいや!んん…!」

 

 

少女は握っている竿を力一杯引っ張る

だが、竿は中々引き抜けない

 

 

「くっ…、これは大物だぁ…!負けないもん…、やぁっ!」

 

 

少女は抜けない竿に驚きつつも、さらに力を入れて引く

すると、海面に影が見え始めて…、引っかかった獲物と見える姿が目に見える

 

 

「…え?」

 

 

「ぶ?」

 

 

少女ととんかつがその姿を見て呆気にとられる

硬直する

 

その理由は…

 

 

「ひ…、人ぉおおおおおお!?」

 

 

「ぶぅううううう!」

 

 

海面から出てきたものは人だったのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

…なんか、まぶしいな

 

俺、どうなったんだ?

 

そうだ

船から落ちて、それから…

 

…死んだのか?俺は

 

 

「…え…!だ…じょ…!?」

 

 

「んぅ…?」

 

 

声が聞こえる

誰だ?

 

 

「しっ……て!ねえっ…ば!」

 

 

「うぁ…?」

 

 

翔は瞼をゆっくり開ける

そこには、自分を心配そうに見つめている少女が

 

 

「わぁあああ…、どうしよぉおおおお!えっと、こういう時は~」

 

 

面白いくらいにあわあわしている

笑いを零しそうになった…その時だった

 

 

「そいやぁ!」

 

 

「へぶぅ!?」

 

 

頬を思いっきりビンタされた

いや、一度だけではない

往復ビンタなのだから

 

 

「しっかりしてぇ!」

 

 

「ぐほっ!ぶはっ!げふぅ!」

 

 

少女は混乱しているのか、翔が痛がって声を出していることに気づいていない

 

やがて少女はビンタをやめてまた慌てはじめる

 

 

「うわぁ…、目が覚めないよぉ…。えっと…、えっと~~~~~!」

 

 

(…なにこの地獄)

 

 

頬から伝わるじんじんといた痛みに耐えながら心でつぶやく翔

早く自分が起きていることを伝えよう

 

そう思って、声を出そう、とした時だった

 

 

「…む」

 

 

「…!?」

 

 

目の前にドアップの少女の顔が

さらに、唇から感じる柔らかい感触

 

 

(…えぇえええええええええええ!!!!!?)

 

 

なんと、少女からキスしてきたのだ

 

翔の頭も少女に負けじと混乱し始める

 

 

(え?え?地獄だと思ってたけど、天国だった?)

 

 

「せえの…」

 

 

(…せえの?)

 

 

少女の言葉に疑問を覚え、思考を再開させる

 

 

(ちょ!まさか!?)

 

 

「ふ…」

 

 

「まてぇええええええい!」

 

 

「ふにゃ!?」

 

 

翔は少女が何をしようとしているのかを理解し、両手に力を込めて少女の顔を離れさせる

 

その時の少女が出した声

なのはにそっくりだったと思うのも一瞬

翔は少女の前に仁王立ちし、説教を開始する

 

 

「殺す気か!」

 

 

「ふぇ?ふぇ?」

 

 

少女は目を点にして翔を見上げている

 

…正直可愛い

 

 

「君は俺に人工呼吸をしようとしたろ?」

 

 

「え?あ、うんうん」

 

 

自分の考えを当てられ、一瞬戸惑いを見せた少女はすぐに頷いて返す

 

それを見て、自分を助けようとしてくれたとわかり、翔は怒りメーターを下げる

 

 

「でも、あの人工呼吸は間違ってる」

 

 

「ふぇ?そうなの?」

 

 

少女が目を丸くする

翔は腕を組んで頷く

 

 

「人工呼吸はまず、気道の確保から始めないといけないんだ。顎を軽く上げるんだ」

 

 

「ふむふむ」

 

 

少女は頷きながら翔の説明に聞き入る

 

 

「…ていうか、その前に呼吸が本当に止まっているかを確かめにゃならん。呼吸してるのに人工呼吸されたらされるほうがまずい。

そう、さっきもお前が人工呼吸をしてたら俺はやばかった」

 

 

「ふぇぇ…」

 

 

「…」

 

 

本当にリアクションがなのはそっくりだ

外見は特に似ているわけではないのだが…

どこか重なってしまう

 

そこで、翔は気がつく

 

 

「…ここ、どこだ?」

 

 

まわりを見渡す

少なくとも、翔が知っている場所の中にはこの場所はない

 

 

「ここはね、藍蘭島っていうんだよ」

 

 

「あいらん…とう?」

 

 

はて、と首を傾げる

そんな名前の島、あっただろうか

頭を働かせる

 

翔は社会は得意だ

さらに、高校では地理を選択していた

 

今、目の前にいるのはおそらく日本人

だと思う

 

だが、日本にそんな名前の島があるなんて聞いたことない

 

翔も翔だが、目の前の少女も何やら考え込んでいるようだ

 

 

「んー…、外から流れてくるなんてな~…。こんなの初めてだな~…。おばばの所に連れていくのがいいかな~…」

 

 

何をつぶやいているのだろう

翔が聞こうとすると、少女が口を開いた

 

 

「よし!ともかくおばばの所に連れていこう!」

 

 

「!?」

 

 

急に大声を出され、びくりと震える翔

その様子を知ってか知らずか、少女は笑顔を浮かべながら翔の方を向く

 

 

「君、この島にいなかったんだよね?外から流れて来るなんて初めてだから…、おばばの所に行こうと思うんだけど」

 

 

なんのこっちゃ

おばばって誰や

 

だが、今はこの少女を頼るしかない

そのおばばの所に行くのが一番…か?

 

 

「それが、俺にとっていいんなら…、行く」

 

 

その答えを聞いて、少女は立ち上がり、翔に手を差し伸べる

 

 

「じゃあ、行こ?この島のこともそこで説明するよ!」

 

 

翔は、差し伸べられた手を、おずおずと取る

 

少女は走り出す

翔もその少女に引きずられないように走る

 

 

「私はね、すずって言うの。この子はとんかつ」

 

 

「ぶー」

 

 

「すず…。…とんかつ?」

 

 

翔は少女の目、そして、いつのまにか少女の頭に乗っていたピンク色の物体を見る

 

…正直戸惑ってしまうが、その物体のことも含めて、そのおばばとやらの所で説明してくれるだろうと結論付け、自分の名前も告げることにする

 

 

「俺は、高町翔」

 

 

翔とすず

 

この出会いは、二人にとって大きな影響を与えることになるなど、まだ知る由もない




高町翔 男 16歳
高町家とは血のつながりがなく、捨てられていたところを士郎に拾われた

成績は良く、運動神経も良い
だが、器械体操だけは苦手

家族仲は良く、特に同い年である美由希とは仲が良かった

御神流の修行をしていたが、足に怪我を負って剣を手放すことを決意



…読者様のご指摘で、一番最初に主人公紹介があるのはどうかとあったので
あとがきにて紹介させました



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第一話 吹っ飛ばされて

第一話です


ここは、地球上のどこかにある島、藍蘭島

この島に、一人の少年が流れ着いた

というか、島の住人に釣られた

 

藍蘭島の西部にある大きな村

その中でも特別大きな家にその少年はいた

 

 

「ほう、おぬしが島の外からやってきたというのか?」

 

 

「うん。翔っていうんだって~」

 

 

「…ども」

 

 

少年、翔の目の前には二人の人物と一匹のブタ(?)

そのうちの一人の老婆が翔を観察するように…というか観察している

 

翔はその老婆に戸惑いながらも目を合わせ続ける

 

 

「それにしても…」

 

 

「うにゃ?」

 

 

と、ふいに老婆は翔から視線を外すとすずに呆れた目を向ける

すずはなぜそんな目で見られるのかがわからず頭の上に疑問符を浮かべている

 

 

「助けようとしてなにとどめを刺そうとしてるんじゃ…。こやつが止めたからよかったものの…」

 

 

「にゃ…、にゃはは…」

 

 

呆れ七割怒り三割といった割合ですずに言う老婆

すずは後頭部に手をやりながら苦笑を浮かべてごまかそうとする

 

 

「…あの、あなたがおばば…ですか?」

 

 

その時、翔が口を開いた

 

我慢の限界…というべきか

さすがにそろそろこの島のことを知りたいという気持ちが抑えられなくなったのだ

 

老婆は翔の言葉に「いかにも」と言いながら頷く

 

 

「すずから聞いたんですが…、ここがどこかわからないって…。どういうことなんですか?

ここは、日本じゃないんですか?」

 

 

住んでるのは日本人だが、ここがどこにあるのかわからない

 

何を言っているのだろう

翔の率直な気持ちだ

 

何で島民であるはずの人たちが島の位置を把握していないのか

 

 

「ふむ、それはの。わしらもおぬしのように流れ着いた者だからじゃよ」

 

 

「…は?」

 

 

今度は翔が疑問符を浮かべる番だった

 

おばばが腕を組みながら口を開く

 

 

「あれは…、130年前の出来事じゃった…」

 

 

日本開国後、わしらは最新の衣食住の技術と医学を学びにヨーロッパに渡ったんじゃ

しかしその帰り、大嵐にあい、船が沈んでしまっての

 

たまたま目の前にあった無人島…、つまり、この島に流れ着いたんじゃよ

 

まぁ幸いにも住みやすそうな島じゃったし、沈んだ船の名をとって、藍蘭島と名付けたんじゃ

 

 

「…130年前?あんた、今何歳だよ」

 

 

「148歳じゃな」

 

 

「ありえんて。日本人は長寿で120歳とかは聞いたことあるけどそんなのありえんて。それに何かおばば、バカっぽくないし」

 

 

「どういう意味じゃ!」

 

 

目の前の老婆がそこまでの長寿だと受け入れられない翔

 

 

「しかし、変わった島だよな。明治から文明が変わらないなんて…ん?」

 

 

つぶやいた翔は気がついた

 

 

「あのさ、この島を行き来している定期船みたいなのはない?」

 

 

「うん」

 

 

翔が聞き、すずが頷く

 

 

「電話とか、外に連絡する手段も…ないか」

 

 

「うにゃ?電話って何?」

 

 

翔が持ってきている鞄から携帯を取り出し、画面を見る

防水機能付きで、壊れてはいなかったが当然圏外表示だった

 

 

「…俺って、この島から出られない?」

 

 

「そーゆーことになるかな♡」

 

 

翔が聞き、すずが無垢な笑みを浮かべながら答える

 

 

「なん…だと…」

 

 

翔が大きく衝撃を受ける

 

 

「…それにしてもさ」

 

 

「うん?」

 

 

「家の周り…、かなり人いるよね。やっぱり、外から流れてきた人が珍しいのか?」

 

 

翔はこの家に来てから、家の周りに大量の人の気配を感じていた

あえて気にしない方向でいたのだが、黙っているとだんだん人の気配が多くなっていくのだ

さすがにこれ以上黙ってはいられなかった

 

 

「そうだね~。こんなこと、初めてだから…んぅ?」

 

 

「…?どした?」

 

 

翔の問いにすずが答えている途中に、急にすずが翔をじぃ~っと見つめ始める

 

 

「翔の体つき…、私たちと違うね?」

 

 

「は?」

 

 

すずの口から出てきた問いに、翔が怪訝な表情になる

 

 

「何言ってるんだ、当たり前だろ?」

 

 

「うにゃ?」

 

 

翔が呆れた表情を浮かべながら答える

 

 

「俺は男なんだかr「「「「「「「「「「「男ぉ!?」」」」」」」」」」」!?」

 

 

翔が言い切るかどうかのタイミングでかなり多くの人たちの声が響き渡る

 

いきなり響いた大声に驚く翔

 

 

「こるぅあ!仕事さぼりおって!とっとと戻らんかぁ!」

 

 

「「「「「「「「「「「うわぁあああああああ!!!」」」」」」」」」」」

 

 

おばばが家に乗り込んできた人たちに一喝すると、慌てたように出て行く

 

そこで、翔は再び気づいた

 

 

「…男がいない?」

 

 

そう

先程乗り込んできた人たちは全員女だったのだ

男の姿は見えなかった

 

それだけではない

このおばばの家に来るまで、村の住民の姿は見てきた

 

思い返してみると、そこでも男の姿は一人も見えなかったような…

 

 

「おぉ、よく気づいたな」

 

 

「へ?」

 

 

嫌な予感がはしった

 

 

「この島には、男は一人もおらんのじゃよ」

 

 

「…」

 

 

硬直

 

そして、三秒ほど経っただろうか

 

 

「な…、なんだってぇえええええええええええええええ!!!!!!!?」

 

 

先程の大声よりも大きい叫び声が響き渡った

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に広がる青い海

いや、正確には青くはないのだが

 

 

「よし」

 

 

砂浜にいた翔は、広がる海を見つめながら気合を入れる

 

 

「お世話になりました」

 

 

そして振り返って、後ろにいるすずとおばば、とんかつに頭を下げる

 

 

「ねぇ、ほんとに島から出るつもり?やめといたほうがいいと思うけど…」

 

 

「ぷー、ぷー」

 

 

すずが、翔をさりげなく止めようとする

とんかつも何を言っているかはわからないが、翔を止めようとしてるのは感じ取れる

 

 

「まぁ、無茶かもしれないけど、天測できるし何とかなる」

 

 

だが、翔は止まらない

 

冗談じゃない

文明レベルが明治だと言うだけならまだしも、男が自分一人だと?

 

 

「俺はハーレムなんて御免だ…。そんなのは兄さんの役目なんだ…」

 

 

「「?」」

 

 

「ぷ?」

 

 

何やらぼそぼそつぶやく翔

そのつぶやきが届かなかったのか、すずとおばばととんかつが首を傾げる

 

とんかつに対してその表現があっているかはわからないが…

 

そんな二人と一匹の様子を無視して、翔はボートを押し出して海面に乗せる

そして、浮いたボートに翔も乗り込んだ

 

 

「さよーならー!」

 

 

「あ!翔ぉ!」

 

 

すずが未だ、翔を止めようとしている

だが、海に進んでいってしまった翔を、もう止められないと感じたのか

心配そうな表情になりながらも、翔を見守っていた

 

 

「…藍蘭島か。くくく…、今度、兄さんを連れてきてみるか…」

 

 

黒い笑みを浮かべながらボートを進ませる翔

 

そんな翔を見ながら、砂浜で様子を見守っているすずは、こんなことをつぶやいた

 

 

「いーのかなぁ…、言っとかなくて…。この島に住むことになったもう一つの理由…」

 

 

翔が乗ったボートが進んでいく

そこで、ボートが何やら不自然に揺れだす

 

 

「な、なんだ?大波でも来たのか?」

 

 

その解答は間違っていた

 

 

「…え?」

 

 

海面を見て、顔を引き攣らせる翔

 

ボートが浮かんでいたその水面付近では

 

 

「うぉおおおおおお!?今度は大渦かぁああああああ!!!」

 

 

大きな渦が巻かれていた

 

抵抗もできずに流れていく翔

 

 

「この島のまわりは激流の渦に囲まれていて…」

 

 

すずが見守る中、翔は不可思議な力によってボートと共に跳ね上げられていた

 

 

「ごくまれに嵐の日とかに入ることはできるけど、決して外に出ることはできないんだよね…」

 

 

波に流されて砂浜に打ち上げられる翔

 

 

「…なんだ。なんなんだあれは…」

 

 

翔がぐったりと横たわっているところを見ながらおばばがつぶやく

 

 

「口で言うよりも身をもって体験した方が理解できるじゃろ」

 

 

おばばは呆れたような表情

 

すずは倒れ込んでいる翔に寄り添いながら問いかける

 

 

「大丈夫?翔ぉ…」

 

 

「目が…、回るぅ~…」

 

 

かなり重大なようだ

 

 

「わかったじゃろ?島から出るなんて、絶対無理なんじゃよ」

 

 

おばばが翔に言う

 

 

「…でも」

 

 

「翔?」

 

 

翔は、諦められない

ここにはいられない

そう思う大きな理由があるから

 

 

「俺は、ここにいちゃいけないんだ…」

 

 

「え?」

 

 

翔がつぶやいた言葉を、すずが読み取る前に再び翔はボートへと駆けだす

 

 

「ちょっと翔!?なにするの!?」

 

 

「もっかいやる!」

 

 

翔はボートに乗り込む

 

 

「でぇえええええええい!!!」

 

 

雄たけびを上げながらボートを進めて…

 

 

「…ありゃりゃ」

 

 

「ぐわぁあああああ!!」

 

 

また跳ね上げられた

 

砂浜に打ち上げられる翔

 

 

「だから無理じゃって」

 

 

おばばが言う

 

 

「まだまだ!」

 

 

だが、翔は諦めない

 

 

「うわぁあああああ!!」

 

 

また跳ね上げられる

 

 

「諦めるか!」

 

 

だが、翔は立ち向かう

 

 

「ぐへぇえええええ!!」

 

 

また跳ね上げられる

 

 

「なんのこれしき!」

 

 

だが、翔は挑戦する

 

 

「どっへぇええええ!!」

 

 

また跳ね上げられる

 

 

「ねー翔ぉ…、もうやめた方がいいよー…」

 

 

「ぷー」

 

 

すずが呆れすらも通り越したような表情を浮かべながら翔に止めるように言う

とんかつも表情は変わらないもののすずと同じように言っているように感じる

 

 

「まだまだ大丈夫…」

 

 

翔はそう答える

 

とはいっても、そろそろ体力的にも限界が近い

御神流の修行で鍛えた翔だが、怪我により最近は修行もしていなかったため体力は衰えている

それでも常人よりは圧倒的に上なのだが、何度も跳ね上げられー砂浜に打ち上げられーを繰り返していたら当然消耗してしまう

 

残りチャンスは後一回

翔はそれを悟っていた

 

 

(でも…、渦のパターンは見切った)

 

 

海の向こうを鋭い目で睨みながら心の中でつぶやく翔

 

 

(あそこなら…、いける!)

 

 

再びボートに乗り込む翔

 

 

「無駄じゃ無駄じゃ。まぁ、それが男というものなんじゃがな…」

 

 

「けど、自信あったみたいだよ。もしかしたら、成功する…!」

 

 

そこですずがはっ、とする

翔が進んでいるその方向

 

 

「いけない!そっちに行ってはだめ!」

 

 

すずが来ている服を投げ捨て、下着だけの状態になって海に飛び込んでいく

 

すずの行動を知らない翔は、順調に進んでいくボートに安心していた

 

 

「よし…。やっぱりこっちには渦の隙間がある!」

 

 

ボートが進んでいくその先

二つの渦のその隙間があった

そこを通れば、外に出られる

 

 

「…っ!」

 

 

そこで、翔はボートを漕ぐ動きを止める

大きな気配を感じた

 

 

「下か!?」

 

 

海面を見る

そこには大きな影が映っていて…

 

ざっぱぁあああああん

 

 

「うおっ!?シャチ!?」

 

 

巨大なシャチが翔の真上を飛んでいった

 

海面に潜っていくシャチ

そして、海面に顔を出しながらボートのまわりを泳ぐ

 

 

「…行かせない気か?」(なら、鋼糸で…)

 

 

懐から鋼糸を取り出そうとする翔

だが、そこで動きを止める

 

 

(いや、ダメだ!鋼糸でシャチを絡めても、踏ん張ることができないから動きを止めることができない!)

 

 

鋼糸は、使えない

 

 

(敵意はなさそうだけど…、ここから出させないようにしてるのは間違いない)

 

 

どうするか考える翔

渦の隙間はもうすぐそこ

 

 

(…仕方ない)

 

 

“?”

 

 

シャチが、急に黙り込んだ翔を不思議そうに見る

 

そこで、翔の顔があがった

 

 

“!?”

 

 

びくりとシャチの体が震える

 

 

「!?」

 

 

その様子は、砂浜に立っているおばばにも見えていた

目を見開いて驚愕する

 

 

「…そこを、どけ」

 

 

言葉を発する翔

お願いではない

これは、強者の命令

強者から、弱者への命令

弱肉強食の摂理

 

 

「…うしっ」

 

 

シャチがひるんだのを見て、翔は再び漕ぎはじめる

 

 

“っ!”

 

 

それを見たシャチ

押し寄せる恐怖に負けそうになりながらも

 

 

「…え?」

 

 

翔が乗っているボートに、体当たりした

 

 

「なんだと!?」

 

 

素直に驚愕する翔

あれだけ格の違いを見せつけたというのに、まだ動けたとは思ってもみなかった

 

翔の体は空中へと投げ出され、海面にたたきつけられた

 

 

「翔!」

 

 

その様子を見ていたすずが、慌てて潜る

 

 

(…やべ、限界だ)

 

 

体に力が入らない

翔は無抵抗で海中へと沈んでいく

 

これで、死ぬのか?

 

そう思った時だった

視界の端に、こちらに向かってくる影を見た

 

 

(…すず!?)

 

 

すずがこちらに向かって泳いできていた

 

すずは翔の体を抱えると、海面に向かって浮上していく

 

 

「ぷはっ、さしみー!」

 

 

翔とすずが海面から顔を出す

すると、すずがなにやら叫んだ

 

さしみ?

 

翔が疑問に思っていると、先程のしゃちがこちらに向かって泳いできた

二人の真下で止まり、上がってくる

 

二人はシャチの上で座る状態になった

 

 

「…?」

 

 

「大丈夫だよー。さしみ、イイコだから」

 

 

翔が少し不安げにしていたのを感じ取り、すずが笑顔で翔に言う

 

 

「…でも、こいつ俺の邪魔したぞ?」

 

 

「はは…。あそこ見て?」

 

 

翔が拗ね気味で言うのを苦笑しながら見たすずは、先程翔が行こうとしていた渦の間を見るように促す

 

 

「…お?」

 

 

ボートが、渦の間に入った

そのまま進んでいく

 

 

「…おぉ?」

 

 

すると、急にボートの進行方向が変わった

そのままぐるぐると回り始める

 

 

「…おぉぉおおおおおお!?」

 

 

投げ上げられた

ただ、今までと違うのは、ボートが粉々に砕けながらという点だ

 

 

「あ…あぁ…?」

 

 

「あの渦を抜けたところは今までで一番の激流なの。しかもどんなものでもバラバラにして海底に引きずり込んじゃうんだー」

 

 

呆然とあの渦を眺めていた翔に説明するすず

 

 

「このコは万が一、人や動物が近づかないように見張ってくれてるの」

 

 

「…そうだったのか」

 

 

翔はそこで理解する

だからこのシャチは、自分を行かせまいとしたのだ

だからこのシャチは、恐怖を感じるものへと向かってきたのだ

 

 

「さっきは、ごめんな?あと、助けてくれてありがとう」

 

 

翔は柔らかい笑みを浮かべながらシャチを撫でる

シャチは笑みを浮かべる

 

翔はごろん、と寝転がった

 

 

「はぁ…、大自然には勝てない…ってか?」

 

 

どれだけ修行を積んでも

どれだけ修羅場を潜り抜けても、それには勝てない

 

 

「残念だね…。翔、帰れなくて…」

 

 

「…別に、帰れなくて残念ってわけじゃないんだ。いや、それも当然あるんだけど…」

 

 

「うにゃ?」

 

 

翔の言葉の意味がわからず、すずは首を傾げる

 

 

(ここに俺がいても…、いいのか?)

 

 

自問自答する翔

自分は、ここにいてもいいのだろうか

 

自分は…

自分の手は…

 

 

(けど…、それしかないか)

 

 

「この島にお世話になるかな?帰る手段はおいおい考えていくとして…」

 

 

翔は決心した

この島で、生活を送ることを

 

それを読み取ったすず

 

 

「翔?」

 

 

「んー?」

 

 

すずに呼ばれ、翔は見上げる

 

 

「ようこそ、藍蘭島へ」

 

 

満面の笑顔を向けて、すずは言った

 

 

「…っ!?」

 

 

翔の顔が赤くなる

すずの格好に気づいたからだ

 

 

「…ふにゃ?どうしたの、翔?」

 

 

「…すず、お前」

 

 

そこで、翔はすずのスタイルの良さを自覚した

 

水にぬれた下着がぴったりと体に張り付いている

出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる

 

 

「…」

 

 

「?ねぇ、翔ぉ。何で目を逸らすの?ねぇ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ…。ようやく決心がついたようじゃな。…しかし」

 

 

おばばが、シャチの上に載っている翔の様子を見て笑みを浮かべながらつぶやく

だが、気になることもあった

 

 

(あやつ、何をした?あの海の主であるさしみが…、気圧された?)

 

 

おばばが考える

 

 

「…まぁ、いいじゃろ。ここで生活していくうちに、明らかになってくじゃろう。それに…」

 

 

つぶやきの最後に、おばばは背後に広がる森に目を向ける

 

 

「これでようやく、この島にも…」

 

 

 

 

 

その森の中から翔の様子を見ていたひとりの少女

 

 

「あの大渦に挑むなんて、面白い方ですわ」

 

 

怪しげにつぶやく少女

少女はまわりにも視線を向ける

 

 

「ライバルも多そうだし…」

 

 

翔を見ていたのは、この少女だけではなかった

他にも何人か、木や草の影に隠れていた

 

 

「ここは先手必勝…って、ところかしら?」

 

 

少女は着ている巫女服を翻しながら、どこかへと去っていった

 

 

 

 

 

少年は、平和な島にやってきた

 

少年は悩む

自分が、こんな平和な島に来てよかったのかと

 

だが、この来訪は必然であった

この少年の隣にいる一人の少女

 

この少女のおかげで、少年は少しずつ…

 

 




どうでしたでしょうか
楽しんでいただけたでしょうか!



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第二話 驚いて

翔がたくさん驚く回です



ここは、地球上のどこか

その場所を知るものはいない

さらになんと、この島には男は住んでいない

 

これは、そんな島に住むことになった、とある少年の物語…

 

 

ながされて藍蘭島 流れ着いたその島は

始まります

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「て、なにパクってんだぼけぇ!」

 

 

「ふぇ!?」

 

 

「ぷ!?」

 

 

急に叫びだした翔に、びくりと体を震えさせて驚くすずととんかつ

 

驚かせたことに気づいて翔はすずととんかつの方を見る

 

 

「あ、ごめん。急に大声出して…」

 

 

「ううん、別にいいけど…。どうしたの?」

 

 

「いや…、何か叫ばなきゃいけないような気がして…」

 

 

「?」

 

 

翔が謝った後、すずがなぜ叫んだかを聞く

だが、翔にもそれはよくわからなかった

 

自分がわかるままに伝えたつもりなのだが、すずにはよくわからなかったようだ

翔は、話題を反らすことにする

 

 

「そういえばさ、すずって何歳なの?」

 

 

言った後、翔は後悔した

 

最悪だ…

女性に年齢を聞くなんて…

これで兄さんがひどいめにあったとこを見たことあっただろ!

 

心の中で、頭を抱えながら叫ぶ

 

 

「13歳だよ!」

 

 

「て、答えるんかい!」

 

 

「ふぇぇ!?」

 

 

すずの純粋さに驚いた

 

いや、13歳だからそこまで気にしないのか?

けど兄さんは11歳の時にひどい目に合ってたし…

 

悩み始める翔

 

 

「翔?ねえ、翔ってば」

 

 

というか、13歳?

ありえんて、なんだそれ

スタイルおかしいだろ

そのスタイルで13歳っておかしいだろ

 

どんどん思考がずれていく

 

 

「翔!」

 

 

「うおっ!?」

 

 

目の前にドアップのすずの顔が飛び込んでくる

恥ずかしさよりも驚きに気を取られる翔

 

 

「ど、どうした?」

 

 

「どうしたじゃないよ~。何度も呼んでたのに…。何考えてたの?」

 

 

すずが問いかけてくる

翔は黙り込んで、すずの声が届かなかったらしい

 

 

「いや…。すずが13歳って…、信じられないなって…」

 

 

「むっ」

 

 

翔の答えを聞いて、すずが頬を膨らませる

 

 

「それって、私が子供っぽいってことなのかな?」

 

 

「いや…」

 

 

むしろ逆なんですけど…

とは言えなくて…

 

 

「むぅ~!」

 

 

言い淀んでいる翔を見て、図星だと勘違いしたすずがさらに機嫌を損ねていく

 

 

「あぁ~、ごめん。悪かった」

 

 

「知らないっ」

 

 

やらかした…

これから世話になる人の機嫌を早速損ねてしまうとは…

 

どうやってすずの機嫌を直すか

兄さんが昔やってたあの手を使ってみるか?

 

などなどと考えていると

 

 

「っ!」

 

 

「…っ!」

 

 

最初に気づいたのは翔

その直後に、すずが気づいた

これは…、殺気?

 

すずより先に気づいた翔は、当然行動も先に移す

懐から鋼糸を取り出し、前方に立っている気に向かって糸を投げる

そして、そこにいた人物を絡めとり、木から落とすことに成功した

 

 

「ぎゃっ!」

 

 

木から落ちてきた人物が短い悲鳴をあげる

落ちてきた人物を見て、すずが目を見開く

 

 

「あ…、あやね!?」

 

 

「…?」

 

 

知っている人物なのだろうか

翔はすずに、視線で問いかける

 

 

「あ…、島の住人だよ。私の幼馴染なんだ~」

 

 

「…え?」

 

 

すずの…幼馴染?

俺は、その幼馴染を…

 

翔は慌てて鋼糸を解いて、あやねという少女に土下座を披露する

 

 

「すいませんでした」

 

 

「まったく…、いきなり糸で絡めるなんて…。ずいぶん強引ね?♡」

 

 

「はぁ…」

 

 

怒っていないのだろうか…

色目を使いながら寄ってくる

 

…正直、気持ち悪い

 

 

「もう、あやね?今日はかまってあげられないよ?」

 

 

「人を寂しんぼみたいに言わないでくれる!?」

 

 

すずの言葉に、あやねが腰に両手をあてながら言い返す

 

 

「それに、用があるのは彼よ」

 

 

「俺?」

 

 

あやねが翔に指をさしながら言う

 

翔には、なぜ自分に用があるのかわからない

先程感じた殺気も、すずに向けて放たれていたのだから

 

 

「あなた、泊まる所はお決まり?」

 

 

「あ?…、まぁ、すずの家に」

 

 

翔は、なぜそんなことを聞かれるのか疑問に思いながら答える

 

 

「あ~、やめておいた方がいいわよ~?」

 

 

「?なんで?」

 

 

あやねの言葉の理由がわからず聞き返す翔

あやねは、その問いに答える

 

 

「すずんちって、すっごいボロなの」

 

 

「…え?」

 

 

「床は抜けるわ雨もりするわ…」

 

 

「……え?」

 

 

「おまけにダニやネズミもわんさか…」

 

 

「…すずさん、やっぱり俺は野宿で」

 

 

「にゃぁああああ!うそ!うそだよ!?」

 

 

あやねの口から出てくるすずの家の現状らしき言葉に抵抗感を覚える翔

これなら野宿の方がましだと思い始める

 

すずは必死に翔の誤解を晴らそうとしている

 

 

「それにすずって、寝相も悪いしそのうえおねしょも…」

 

 

「わーーー!わーーー!言っちゃだめぇ~~~!!」

 

 

「…」

 

 

すずの家の現状についてはウソだと信じた翔も、このすずの反応を見て今のあやねの言葉に嘘はないと理解する

顔を引き攣らせてしまう

 

 

「んもぉ~~…。許さないんだからぁ~~~!!」

 

 

すずは頬を膨らませながら憤慨し、傍に落ちていた石をあやねに向かって投げる

 

 

「うふふふふ!」

 

 

だが、あやねは不敵な笑みを浮かべながら投げられる石をかわしていく

 

 

「おぉ~」

 

 

翔はそのあやねの身のこなしに素直に感心している

 

 

「そんなへっぽこ攻撃、私には当たらないわよ?」

 

 

「うおぉおおお!」

 

 

さらにあやねは空中でくるくると回転する

これには翔も称賛する

 

だが

 

 

「えい!」

 

 

「あふん」

 

 

「…」

 

 

すずはその動きを読み、石を当てた

あやねは空中で身動き取れないまま地面に落下し…

 

 

「「あ」」

 

 

「ぷ?」

 

 

顔面が地面に突き刺さった

 

 

「「………」」

 

 

「ぷー」

 

 

二人の間に流れる沈黙

声はとんかつしか出せない

 

 

「じゃ、行こっか翔♪」

 

 

「ぷっきーぷっきー♪」

 

 

「あれっ!?ほっといていいの!?」

 

 

まるで何もなかったかのように振る舞うすずに驚愕する翔

 

 

「いーのいーの!あの程度ならあやね、へっちゃらだから!」

 

 

「あの程度…」

 

 

すずの言葉に苦笑いしかできない翔

 

そんな二人を、奴が不敵な笑みを浮かべながら見ていた

 

 

「ふふ…、その通りよすず…。今度こそ喰らいなさい!」

 

 

「!」

 

 

「ふにゃ!?」

 

 

あやねが再びすずを狙いにつける

そして、それを感じ取った翔がすずを抱き寄せて、後ろを振り返る

 

 

「ふぎゃ!?」

 

 

「あ、ごめん」

 

 

「…」

 

 

あやねは、荷車に踏まれて気絶した

 

翔はあまりのいたたまれなさに悲しくなってくる

 

 

「しょ…、翔?そ、その…」

 

 

「…?あ!ご、ごめん!」

 

 

すずが翔の腕の中で、頬を染めながら翔を見上げる

翔は、自分が今どういう状態なのかを思い出し、すずを離す

 

すずは特に気にする様子はなかったが、翔はしばらく顔を染め、中々口を開かなかった

 

 

 

 

 

すでに辺りは真っ暗になっていた

翔はすずの家で、夕飯をごちそうになっていた

 

 

「でね?あやねって昔から色々と私と張り合ってきてね~。しょっちゅう勝負を挑んでくるの」

 

 

すずが茶碗に炊き立てのご飯を盛りながら言う

そして、ごはんが盛られた茶碗を翔に渡す

 

 

「勝負はいいけど、こっちの都合はお構いなしっていうのは困りものよね~」

 

 

「一人で空回りしてたな…」

 

 

すずの言葉に本当に苦笑いしかできない翔

 

あやねの第一印象は、かわいそうな子

これで決まった

 

そこで、翔はこの家についてから疑問に思っていたことを聞くことにする

 

 

「そういえばさ。ほんとにいいのか?この家に厄介になっても」

 

 

この家で居候させてもらうということは、すずも了承したうえで決まったこと

それはわかってはいるが、やはり不安に思って聞いてしまう

 

そんな翔の不安をよそに、すずは笑顔で答える

 

 

「うん、遠慮しないで好きなだけいていいよ~。狭いけど、私ととんかつだけだしね」

 

 

「?ご両親は?」

 

 

言ってしまった

 

すずの笑顔に、影が差す

 

 

「うち、二人ともいないから…」

 

 

「あ…」

 

 

地雷を踏んだことを自覚する翔

 

 

「ごめん…。悪いこと聞いて…」

 

 

「ううん。もう昔のことだから…」

 

 

すずはそんなことを言っているが、それでも…

 

 

(…悲しいだろうな)

 

 

翔はごまかされない

 

藍蘭島に来て初めての夕食

微妙な空気で終わることになった

 

ちなみに、とんかつは

 

 

「ぷー♪ぷー♪」

 

 

幸せそうに冷奴を食べていた

 

 

 

 

 

「…はぁ。無神経なこと言ったな…」

 

 

夕食を食べ終え、翔は風呂に入れてもらった

浴槽でのんびりとくつろぎながら先程の会話を思い出す

 

 

「…親…か」

 

 

翔は、本当の親を知らない

だが、士郎と桃子という素晴らしい親と出会い、幸せに過ごしてきた

 

すずは翔が親の愛情を受けている間、ずっと一人で過ごしてきたのだ

 

 

「…ここで世話になる以上、寂しい気持ちにさせないようにしないとな」

 

 

何も手伝えないかもしれない

足手まといになるかもしれない

 

それでも、これだけは絶対に守ろうと決意した翔

 

 

「翔ー。湯加減どう?」

 

 

風呂場の扉からひょっこりと顔を出しながらすずが聞いてくる

 

 

「あぁ、最高だぁ~」

 

 

翔は力を抜きながら答える

 

 

「それじゃ…」

 

 

「?」

 

 

扉が開かれる

 

…開かれる?

 

 

「私も入ろっかな?」

 

 

「うおっ!?」

 

 

急に視界に飛び込んでくるすずの裸体

大事な部分は隠されているが、それでもきれいなそれは翔にとって刺激が強い

 

即行で目を逸らす

 

 

「あの…、すずさん?」

 

 

背後からお湯が流れる音が聞こえる

湯かけをしているのだろうか

 

 

「あ、翔。背中流してあげよっか?」

 

 

「はぁ!?」

 

 

すずの言葉に驚愕する翔

そのせいで、翔の反応が遅れてしまった

 

 

「なっ…!?」

 

 

がっしりとすずに拘束されてしまう翔

背中に柔らかい感触が伝わるが、必死に耐える

 

 

「いや、俺もう洗ったから…」

 

 

「いーから、遠慮しないしない!」

 

 

遠慮じゃなくってぇ!

 

ここまで心が乱されたのはいつ以来だろう

いや、初めてかもしれない

 

 

「私、洗いっこ大好きなんだぁ」

 

 

「洗いっこぉ!?」

 

 

混乱してしまった翔は、結局すずに捕まって椅子に座らされ、背中を流されていた

 

 

(…なんだこれは。この島の女の子には羞恥心というものはないのか?)

 

 

「ねぇ翔。気持ちいー?」

 

 

「え、あ…。うん、気持ちいよ…」

 

 

…事実なのだから仕方ないだろう

 

 

「それじゃ、今度は翔の番だよ?」

 

 

すずが椅子に座り、翔に背中を向けて、背中を隠していた長い髪を分ける

なめらかな背中が翔の目に飛び込んでくる

 

 

「…」

 

 

もう何がなんだかわからないまま、翔はすずの背中を流す

 

小さい頃のなのはや美由希と流しあいの経験はあった

そのおかげか

 

 

「翔って、背中流すの上手なんだね~」

 

 

こんなことを言われた

 

喜んでいいのだろうか

少し複雑な気持ちになりながら背中を流し続けていると…

 

 

「…おい。まさかとは思っていたが」

 

 

お湯からこぽこぽと泡が立つ

 

すずと流しあいを始めたくらいから感じてはいた

頭の混乱で、そこまで思考がいかなかったのだ

 

 

「ぷはっ」

 

 

あやねがお湯の中から登場した

 

 

「ちょっとあやね!どこから湧いて出てくるのよ!」

 

 

すずがあやねに聞く

 

 

「途中から忍び込ませてもらったわ」

 

 

答えるあやね

 

 

「もう、今度は何の用なのー?」

 

 

聞くすず

 

 

「ふふっ。翔様のお背中を流して差し上げようと…。隅々まで!」

 

 

答えるあやね

 

 

「もうそれは私がしたよー?…あれ?」

 

 

気づくすず

 

 

「どしたの?」

 

 

聞くあやね

 

 

「…翔は?」

 

 

聞くすず

 

 

「…あれ?」

 

 

 

 

「付き合ってられるか」

 

 

翔はすでに、とんかつと共に上がっていた

服を着て、今はとんかつの体を拭いてあげている

 

 

「痛くないか?とんかつ」

 

 

「ぷー♪」

 

 

痛いところはないようだ

 

翔はとんかつを拭きながら、障子から見える月を見上げる

 

これから、ここで生活することになる

だが、ずっとここにいる気はない

 

 

(…必ず、帰る。俺は、ここにいてはいけないんだから)

 

 

翔が決意していたことを、すずは知らない

 

 

 

 




す…ストーリーが進まない…

完結まで何話になるのか…
先が見えません(苦笑)


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第三話 怖がって

連投です!

翔が怖がる回です!


ここは、地球上のどこか

場所もわからぬ島

 

その島に、とある少年が流れ着いて…

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ…」

 

 

日が昇ってすぐ

ある少女…というか、あやねが不気味な笑みを浮かべながら足音を立てないようにしてとある家…

すずの家に近づいていく

 

あやねはすずの家の障子を開ける

 

 

「さぁ、翔様ぁ…。今日はゆっくりと私と…、あれ?」

 

 

あやねの企み、皆にはわかっただろう

だが、その企みはさっそく潰えることになる

 

 

「…いない?」

 

 

そう、翔が寝床にいないのだ

 

二つの布団が並んでいる

そのうちの一つには、すずがすやすやと寝ていて

 

そしてもう一つは、綺麗にたたんで置かれていた

 

 

「…どこに行ったのよ」

 

 

叫びだしそうになる気持ちを抑えるあやね

 

翔がいないならここには用はない

あやねは駆け出していく

 

 

 

 

 

 

藍蘭島での初めての夜を過ごした翔

思ったよりもよく眠れて、起きた時に少し驚いた

 

翔は今、島の道を走っていた

迷わないかと心配はしたが、途中で引き返せば迷う必要もないと考えた

翔は方向音痴ではない

 

 

「…空気が気持ちいいな」

 

 

走りながらつぶやく翔

 

朝に走ることは、昔からの日課だった

剣をやめてからも、それは変わらない

この島に来ても、いつも通りに起きて、いつも通りに走ってしまう

 

 

「…ん?」

 

 

そこで、翔は何かの気配を感じる

さらに、耳を澄ましてみると、足音まで聞こえてくる

 

聞こえてくる足音は、だんだん大きくなっていく

 

 

「…なんだ、あれは」

 

 

足を止め、後ろを見る

視界に入ってきたのは、猛スピードでこちらに向かってくるダチョウ(らしきもの)

 

さらに近づいてくる

そこで、翔は何か恐怖を感じ始める

 

見たこともない姿の動物が、こちらに猛スピードで向かってくる

怖い以外のなにものでもないだろう

 

 

「う…、うわぁああああああ!!!」

 

 

悲鳴を上げながら再び走り出す翔

全力、全力全開だ

 

 

「翔様ぁ!まってぇ!」

 

 

「…?あやね?」

 

 

そこで、後方からあやねが呼んでいることに気づく

翔はスピードを緩め、後方を見る

 

 

「翔様ぁ!」

 

 

あやねが、ダチョウ(らしきもの)に乗っていた

 

知り合いがいるということに、安心する翔

スピードを更にゆるめる

 

そして、ダチョウ(らしきもの)も翔に追いつくとスピードを緩め、翔と並走する形で走る

 

 

「どうした?」

 

 

翔が聞く

追ってくるということは、何か用があるのだろう

 

 

「いえ。私がこの島を案内しようかと思いまして」

 

 

あやねが答える

 

翔は、お願いしようと口を…開かなかった

昨日の夜、寝る前にすずと島をまわるという約束をしたのを思い出したのだ

 

 

「悪いけど、今日は…」

 

 

「遠慮なさらずに!私と二人っきりで、この島を…」

 

 

あやねが顔を翔に近づけながら言う

少し翔が恐怖感を覚えた…、その時だった

 

 

「あっ!」

 

 

「…よっ」

 

 

ダチョウ(らしきもの)の動きが急停止する

ベルトなどつけていないあやねは、慣性に従って、無抵抗で前方に投げ出され…

 

すぐ前方にある坂を転がり…

 

 

「…あーあ」

 

 

川に落ち、流されていった

 

ダチョウ(らしきもの)は、そこに仕掛けてあった縄に足を引っ掛けてしまった

翔はその前に気づき、かわしたのだが

 

 

「ったく、抜け駆けなんて油断も隙もねえな」

 

 

「…君は?」

 

 

翔の後方に立っている少女

 

 

「よ、ダンナ。あたしは大工のリンってんだ。よろしくな」

 

 

男勝りの口調で言うリン

 

 

「…それで、あれはいいの?」

 

 

流されていったあやね

 

 

「いいっていいって♪いつものことだからさ♪」

 

 

「…」

 

 

やっぱあやねって可愛そゲフンゲフン

 

そんなことを考えていた翔に、リンが頬を染めながら話しかける

 

 

「そ、それよりさ…。あたいと…、その…」

 

 

「?」

 

 

どもりながら何かを伝えようとするリン

 

 

「…っ」

 

 

そこで、翔は新しい気配を感じる

その感じる方向へと目を向け…

 

 

“うばぁああああああ!”

 

 

「うおぅ!?」

 

 

草陰から出てきた巨体に驚く翔

これは…

 

 

「…くま?」

 

 

らしきもの

 

 

「なんだゆきの。珍しく早起きじゃん」

 

 

「へ?」

 

 

リンがくま(らしきもの)に話しかける

このくま(らしきもの)の名前はゆきのというのか

 

そう思った翔だったが

 

 

「リンちゃんだって人のこと言えないじゃないのー。何を企んでるのかな?」

 

 

くま(らしきもの)に乗っかっていたのか

小さな少女がひょっこりと現れる

 

…この子がゆきのか、と認識を改める翔

 

 

「そ・れ・で♡」

 

 

「…」

 

 

怪しい笑みを浮かべるゆきのに、嫌な予感を感じる翔

 

 

「今日はゆきのとでえとしよー?」

 

 

「…は?」

 

 

小さな少女の口から出てきた言葉に、呆然とする翔

 

 

「何言ってんだ!お前にゃ十年はええ!」

 

 

りんが怒鳴る

 

…そして

 

なぜか乱闘を始めるりんとゆきの…というか、くまくまと呼ばれているくま(らしきもの)

 

 

「…」

 

 

翔は無言でその場を去っていった

 

 

 

 

 

 

 

 

「やべ、迷った…」

 

 

何であのゆきのとりんが乱闘し始めたところで引き返さなかったのか

すっかり迷ってしまった翔

 

森を走っていたはずなのに、なぜか集落に着いてしまった

…もう一度言うが、翔は方向音痴ではない

 

引き返さなかった理由は、ランニングを再開させたからだ

異論は認めない

 

まあ、そんなことよりも…

 

 

「…見られてるなぁ」

 

 

まわりにいる住民全員の視線が翔に集中され、落ち着かない

 

この島には女がいないため、男が珍しいというのはわかるのだが…

いや、その考えもすこし違うのだが…

 

 

「…あの」

 

 

「ん?」

 

前方にいる眼鏡をかけた少女が話しかけてくる

 

 

「何かお困りのようですけど…、どうしました?」

 

 

「…」

 

 

純粋そうに見える笑顔を向けてくる

翔も一瞬、この子はまともか?と思ってしまうほどに

 

だが、翔は感じ取った

この子は、裏で何かを企んでいる

 

 

「…すずの家に帰りたいんだけど、迷っちゃって」

 

 

とりあえず、様子を見ることにする

 

 

「あら。なら、私が案内しましょうか?」

 

 

「え?いいんですか?」

 

 

なるべく自然に

警戒していることを悟られないようにする

 

 

「あ、申し遅れました。私、ちかげと言います。よろしくね?」

 

 

「翔です。こちらこそよろしく」

 

 

自然にを心がけながら挨拶する翔

 

 

「…っ!」

 

 

そこで、後方から殺気を感じ取る

十中八九、ちかげが発したものだろう

 

だが、それと同時に右側の草陰からも殺気を感じ取る

 

翔は、視界の端にきらりと光るものを読み取る

それは、こちらに向かってきていて

そして、その進行上には自分と

ちかげ

 

選択肢は、一つ

 

 

「…」

 

 

かわす

そして、自分の横を通り抜けた小さな光は

 

 

「はうっ」

 

 

ちかげのおでこに命中した

 

 

「…針?」

 

 

「私の吹き矢…、かわした…」

 

 

「?」

 

 

ぼそぼそとかわいらしい声が聞こえる

声が聞こえてくる方を見ると、あやねと同じようなデザイン

だが、色が赤色の巫女服を着た少女が立っていた

 

その少女が、にんまりと笑う

 

 

「…え?」

 

 

矢を、連射してきた

 

 

「うおっ!?」

 

 

翔は逃げ出す

少女は追いかけながら吹き矢を放つ

 

翔は矢をかわしていきながら逃げていく翔

だが

 

 

「あら?」

 

 

「まあ」

 

 

「あ!いたー!」

 

 

「…なんで増えてるんだ!?」

 

 

自分を追いかけてくる人はどんどん増えていく

 

さすがにまずい

もう、全力で…

剣士としてのスピードで駆け抜けるか?

 

と、考え始める

 

 

「ちょっと待ったぁー!」

 

 

どこかから声が響く

そして、翔と追う人たちの間に降り立つ声の主

 

 

「すず!?」

 

 

すずが、頬を膨らませる

 

 

「もう!みんな仕事サボってなにやってるのよ!翔は私が面倒見るようにおばばから頼まれてるんだよ!?」

 

 

どうやらすずはこの人たちを止めるために説得してくれるみたいだ

ほっとする翔

 

 

「そったらこと言って!男を独り占めするつもりべさ!」

 

 

「ずるいさずるいさ!」

 

 

「そ、そんなつもりはないよぉ」

 

 

反撃する人たち

先程の勢いはどこへやら

すずは弱弱しくなっていく

 

 

「わたしらだってすずみたいにでえととかいちゃいちゃとかしてみたいさね!」

 

 

「いちゃいちゃ?」

 

 

「してないって…」

 

 

誰かが叫ぶ

その言葉の意味がわからず首を傾げるすずと、呆れたように否定する翔

 

 

「静まれぇーーーーーーー!!!」

 

 

怒鳴るおばば

 

一気にその場が静まる

 

 

「まったく…。おぬしらの気持ちはわからないでもないが…。仕方ない」

 

 

おばばは呆れたようにつぶやいた後、何やら決心したような表情になる

嫌な予感がする翔

 

 

「ここは、婿殿争奪おにごっこを開催しよう!」

 

 

「ちょっと待てや!」

 

 

翔はおばばにツッコミを入れる

信じられない言葉をおばばは言い放ったのだから

 

 

「なんで俺が婿になんなきゃいけないんだ!」

 

 

「おぬしも知っておろう?この島には男はおぬし以外いないと」

 

 

翔の勢いが弱まる

それは知っている

 

 

「このまま滅びゆくだけだと思っていた時に、おぬしが流れ着いてきたのじゃ…。最早これは天命としか思えんじゃろ」

 

 

「思えん」

 

 

おばばの言葉に即答する翔

 

 

「それに見よ。娘たちを」

 

 

「?」

 

 

翔はおばばの言葉に従って振り返る

 

なにやら殺気立っていた

 

 

「12年間眠っていた女の本能が解き放たれておる。これはもう誰かのものにならんと解決せんじゃろ」

 

 

「…」

 

 

否定できない

したいが、できない

 

 

「…やるしかない…か」

 

 

 

 

 

 

スタートラインが引かれ、そこに翔は立つ

 

おばばが、鬼ごっごのルールを説明する

 

一つ、範囲は島の西側のみ

二つ、制限時間は一番星が輝くまで

三つ、最初に翔に触れたものを優勝とする

 

この三つ以外は何でもあり

翔以外はすべて鬼

 

 

「…かなり不利だな」

 

 

ぼそりとつぶやく

 

1対他の全ての人たち

翔が不利なのは火を見るより明らかだ

 

誰もが翔を捕まえることができると踏んでいるだろう

 

空中で、トンビが鳴いている

その時、おばばが片手をあげる

 

翔がスタートしてから100秒後に鬼もスタートする

 

 

「はじめぇ!」

 

 

おばばが片手を振り下ろす

それと同時に、翔は走り出した

 

翔はそこそこのスピードで走っていく

 

大分離れただろうか

 

おばばが再び口を開く

 

 

「はじめ!」

 

 

それは、鬼のスタートの合図

翔は警戒を濃くする

 

これにて、翔争奪の鬼ごっこが

血みどろの争いが、幕を上げた




次回はおにごっこです
果たして、翔は逃げ切れるのか!?


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第四話 追われて見抜いて救われて

鬼ごっこ編です
かなり難しかったです…
上手く書けてるといいのですが…


いよいよ始まった始まってしまった鬼ごっこ

翔は果たして逃げ切れるのか!?

 

ながされて藍蘭島 流れ着いたその島は

始まります

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翔は走っていた

後方から迫ってきているであろう鬼たちから

 

 

「…まあ、この島には女の子しかいないし、何とかなるかな?」

 

 

この時、翔は忘れていた

今までの信じられない出来事たちを

 

ある一人は翔に引けを取らない感知能力を見せ

また一人はどれだけ痛めつけられてもまったく堪えず

 

そして、この島の住人の本能の恐ろしさを、翔は知らなかった

 

 

「…おい」

 

 

翔は、大量の気配が近づいてきているのを感じ取る

まさかとは思う

 

今のスピードは、剣士としてのスピードではないものの、それでも100メートル10秒切るくらいのスピードで走っている

このスピードに追い付いてくるなんて、まさかそんな…

 

どどどど、という足音が近づいてくる

翔は恐る恐る後ろを見てみる

 

 

「…うぉおおおおおお!?こええ!こぇええええええ!!!」

 

 

大量の女たちが翔へと群がっている

そして、その表情は…

表現し難いほど欲望に染まっていた

 

その光景に恐怖を覚える翔

 

 

「やばい!追いつかれる!?」

 

 

そして気づくと、何人かの手が届きそうになっていた

 

これはまずい

不安だけど、トップスピードで振り切るか?

と、考えていた

 

 

「あ!」

 

 

誰がその声をあげたのかはわからない

だが、その次の瞬間

 

 

「「「「「あああああああああ」」」」」

 

 

「へ?」

 

 

ドミノ式に鬼たちが倒れていった

そして

 

 

「ぷ」

 

 

「え?とんかつ?」

 

 

翔の頭の上にとんかつが降り立った

何が何だかわからないが、助かったのだろうか

 

ともかく、足を止めることは許されない

ここはどこなんだろうなどと考えながら走り続ける翔

 

その後姿を、ほっとした表情で見つめる存在には気づかなかった

 

 

 

 

「…振り切ったか?」

 

 

翔は木の陰に隠れ、近くを探し回っている鬼のグループの様子を見ていた

鬼のグループは違うところへと探しに行き始める

 

 

「…よし」

 

 

翔は息をつきながら違う場所へと移動を始める

 

なんだかんだでこの鬼ごっこを楽しみ始めてきた翔

 

 

(あとは…、木の上にいるあいつか)

 

 

近くの木の上でこちらを伺っている…、りんといっただろうか?

気づいていないふりをして、襲ってきた時に対処する

そういう作戦を立てていた

 

と、殺気を感じ取る

 

…来るか?

 

翔は振り返る

りんが目を見開くのが見える

 

そして、次の瞬間

 

 

「ぐふっ!?」

 

 

「…HA?」

 

 

いきなりりんの動きの軌道が切り替わり、横の草陰に突っ込んでいく

 

 

「…すず?」

 

 

りんを吹っ飛ばした存在の正体

翔は見えた

すずがりんに体当たりしたその光景を

 

 

「…見間違いか」

 

 

そういう結論に至ったようだ

 

 

 

 

「…今度はその草陰か?」

 

 

隠れている存在に聞こえないように小声でつぶやく翔

隠れているのはちかげのようだ

 

翔が、要注意人物と位置付けたその人は

 

 

「翔さん翔さん」

 

 

草陰からひょっこりと現れた

翔は逃げる体制を作る

 

 

「あ、逃げないで。安全な所にかくまってあげますよ」

 

 

「…へ?」

 

 

素っ頓狂な声が出る

 

いやだめだ

信じ切ってはだめだ

あくまで警戒心はもって…

 

 

「私、結婚とかには興味ないので♪」

 

 

「そうなのか?」

 

 

ちかげの言葉に返事を返す翔

 

 

(でも…、そのにじみ出てる嫌な雰囲気は何なんだい…?)

 

 

口には出さず、心の中だけでつぶやく

 

ちかげが案内をするような形で森の中を進んでいく

 

 

(…あれ、罠だよな?)

 

 

二人の進行方向の向こう

翔の目は捉えていた

 

不自然に置いてある石

そして、そのまわりには縄が仕掛けられていた

 

やはり、ちかげも敵なのだ

 

 

「…ん?」

 

 

そこで、翔は見た

石が、何者かに動かされた

そして…

 

 

(…草が。草が動いてる)

 

 

ちかげは気づいていない

 

 

(…すず。お前は一体何がしたいんだ?)

 

 

切実な疑問である

 

ともかく、罠の心配はなくなったと考えた翔はそのままちかげに連れられていく

そして、その石のある場所にたどり着いた瞬間

 

吊りあげられた

 

ちかげが

 

 

「きゃぁああああああ!!!」

 

 

悲鳴を上げるちかげ

呆れたようにため息をつく翔

 

だが、ちかげの悲鳴のせいで

 

 

「あ、いた!」

 

 

「っ、気づかれた!」

 

 

何人かの鬼に気づかれてしまった

再び逃走を開始する翔

 

なのだが

 

 

「何で追いついてくるんだ!?」

 

 

おかしい

おかしすぎる

 

何で100メートル10秒を切るスピードについてこれるのだろうか

まったくもってわからない

 

 

「…ん?」

 

 

違和感を感じた

 

気配が、消えていく?

 

 

「…なんでやねん」

 

 

後ろを振り返ると、そこには誰もいませんでした

 

ええ

 

決して誰もいませんでしたよ?

 

 

「…川?」

 

 

水が流れる音がした

前方を見てみると、案の定大きな川が流れていた

そして、向こう岸につながる橋はなかった

 

 

「なら、飛び越えるまで!」

 

 

翔はしっかりと足を踏み切って

 

とんだ

 

 

「…っ!」

 

 

そして、見た

向こう岸に待ち伏せしている、巫女服の少女、まちの存在を

 

翔の判断は早かった

何とか勢いを弱めようと足を動かす

 

行動が早かったおかげか、勢いはだんだんと弱まっていき

川に落ちた

 

まちが目を見開いているのが見える

どこか勝ったような達成感を味わう翔は、ちょうど流れてきた丸太につかまる

 

 

「…でも、こういう時には大抵」

 

 

それがフラグだと、なぜ気づかない!

 

 

「…やっぱりか」

 

 

前方に滝が見えてきた

 

岸に上がろうと考えるが、思ったよりも岸が高い

不安定なこの体制では届かないだろう

 

どうしようどうしようと考える翔

だが、現実は非情で…

 

 

「あぁあああああああ…」

 

 

悲鳴がドップラー効果を残していきながら下に落ちていく

その翔を

 

 

「翔ぉおおおおおお!!」

 

 

すずは追いかける

翔が落ちた所へと飛び込んでいく

 

 

「なっ!?」

 

 

その光景を見て、翔は驚愕する

 

 

(なんて無茶をっ!)

 

 

すずはこちらに手を伸ばしてくる

このままでは、翔もすずも危険だ

 

翔もすずに向かって手を伸ばして…

 

翔が攫われた

 

 

「「は?」」

 

 

翔もすずも状況を飲み込めなかった

 

 

「!たかたか!?」

 

 

だが、すずはすぐに状況を理解した

逆に、翔は未だ飲み込めない

 

たかたかと呼ばれた鷹(らしきもの)はその足の爪でがっしりと翔をつかんでいる

たかたかに乗っている少女、ゆきのが落ちていくすずを見ながら口を開く

 

 

「ふふっ、ごめんねすず姉ぇ。こればっかりは譲れないよ~」

 

 

「すずっ!」

 

 

すずが翔の目の前で落ちていく

翔はすずの名を叫ぶが、すずには届かず

 

すずは水の中に落ちた

それを見て、翔は助けに行こうとする…が

 

 

「っ!いってぇえええええええ!!」

 

 

急に、つかまれてる両肩から痛みがはしった

 

 

「え!?え!?」

 

 

ゆきのが、急に叫び声を上げ始めた翔に困惑する

 

 

「イタイッ!イタイッ!爪が食い込むぅううううう!!」

 

 

どうやら翔の肩にたかたかの爪が食い込んで、それで翔が痛がっているようだ

かなりの痛みに暴れる翔

そして

 

 

「「あ」」

 

 

「ぷ?」

 

 

翔の肩から爪が外れ、体が宙に浮いた

 

 

「うぉぁあああああああああ!!!」

 

 

「ぷーーーーーーーーーーー!!!」

 

 

悲鳴を上げながら落ちていく翔ととんかつ

 

 

「くっ!」

 

 

だが、翔は冷静さを取り戻す

他人には見えないように隠しておいた、刀を取り出す

 

 

「ぷ?」

 

 

とんかつが刀を見る

それで何をするの?と言いたそうだ

 

翔は、下から森が近づいてくる光景を見る

そして、一本の木に狙いを付け…

 

 

「…そこだ!」

 

 

その木の幹に、刀を突きさした

 

突き刺さった刀は、木の幹を裂きながら落ちていく

だが、そのおかげで翔の落下スピードが一気に弱まる

 

そして

 

 

「…ふぅ」

 

 

地面の少し手前で、落下が止まった

 

 

「…あーあ、ぼろぼろだ」

 

 

刺した刀を抜く

そして、ぼろぼろになってしまった刀を見る

 

 

「…ありがとう」

 

 

自分を守ってくれた刀にお礼の言葉をかけてから、翔は刀を腰の鞘に差した

そして、まわりを見渡す

 

 

「…ここは?」

 

 

怪しげな雰囲気が漂う森

 

 

「…いるな。大量に」

 

 

こちらを狙っている気配が大量にする

 

 

「…っ!」

 

 

後方から嫌な気配を感じ取る

翔は再び刀を抜いて、一閃

 

翔が斬ったのは、植物だった

だが、その植物は…

 

 

「…囲まれた」

 

 

翔のまわりを取り囲んでいた

 

 

 

 

 

 

「はぁ…、はぁ…。翔、大丈夫かな…!」

 

 

すずは、翔を追いかけて走っていた

翔を婿にしようという考えはない

 

ただ、翔を助けたい一心で

 

翔が落ちた森は、東の森と呼ばれる森で、危険な生物が大量に住んでいるため誰も近づかない

そして

 

 

「あの森は、ぬしの縄張りでもあるから…!」

 

 

そのぬしに見つかる前に、翔を助け出す

すずは決意した

 

 

 

 

 

 

 

 

一方翔は、自分に群がってくる食肉植物を斬って斬って斬りまくっていた

数だけ大量でキリがない

 

 

「くそっ!」

 

 

翔は何とか植物が囲んでいるこの状況を打破しようとする

そして、この包囲網の中に、わずかに間ができたことを確認する

 

翔はそこ目掛けて駆け抜ける

 

 

「とんかつ、大丈夫か?」

 

 

「ぷー…」

 

走りながら頭の上のとんかつを気遣う

とんかつはどこかおびえた風に答える

 

 

「…っ!」

 

 

翔がびくりと震える

 

今までこの島で感じてきた殺気とはまったくの別物

純粋に、こちらを痛めつけようとするこの空気

 

それを感じ取ったのか、翔を追ってきた植物たちが去っていく

 

 

“のがぁああああああああ!!!!”

 

 

「!?」

 

 

「ぷー!」

 

 

大きな叫び声が聞こえてくる

そして、翔は気配を感じ視線を移す

 

そこには、何やら巨大な影が

 

 

「なんだ…あれは…」

 

 

警戒を強めながらその巨大な影を見据える

巨大な影は、のっしのっしとこちらに近づいてくる

 

その影の姿が、少しずつ明らかになっていく

 

 

「…え?」

 

 

翔の目が丸くなる

巨大な影の正体

 

 

「…パンダ?」

 

 

巨大な影の正体は、巨大なパンダだった

二本足で移動してたのは気になるが、どう見てもパンダにしか見えない

 

だが、翔は警戒を再び強める

可愛い見た目をしているが…

 

 

「…怒ってる」

 

 

怒りがにじみ出ている

今にも襲い掛かってきそうだ

 

翔は刀を握りしめ、腰を落とす

臨戦態勢をとった

 

 

「のがー!」

 

 

その次の瞬間、パンダがこちらに向かってくる

翔は刀で交戦しようとする

 

 

「…?」

 

 

そこに、翔の前に誰かが立った

その人は、襲ってくるパンダの腕をつかみ

 

 

「うにゃぁああ!!」

 

 

大胆な背負い投げを披露した

 

パンダは背中から打ち付けられ、行動不能になる

 

翔は呆気にとられていた

自分が交戦しようとしていた時に、乱入者が現れ、その乱入者がパンダを倒してくれたのだ

 

邪魔されたとか怒っているわけではないが、それでも少々驚いてしまった

 

 

「翔、大丈夫?」

 

 

「…すず、なんで?」

 

 

乱入者、すずが気遣うように翔の顔をのぞき込む

 

先程からそうだが、すずは一体何をしてるのだろうか

それを聞こうと思い、翔は口を開く

 

 

「…っ!すず!」

 

 

「ふぇ?うにゃぁ!」

 

 

そこで、翔は、視界の端で動くものを確認する

それが何なのかを読み取ると、翔はすずを抱き寄せて自分の後ろに隠すようにする

 

 

「のー…」

 

 

「こいつ…」

 

視界の端で動いたのはパンダだった

すずの背負い投げを受けてもまだ動けたのだ

 

見た感じ、かなりの威力があった

それを受けても動けることに驚く翔だが、今はここをどうやって脱するかを考える

 

いや、選択肢は一つなのだが

 

 

「すず!ごめん!」

 

 

「うにゅ!?」

 

 

翔はすずを抱きかかえた

いわく、お姫様抱っこというやつである

 

そして翔は

 

 

「の!?」

 

 

「ぷ!?」

 

 

「ふぇ!?」

 

 

この場にいる全員が驚くほどのスピードで駆け出した

 

今までのような一般人としての走りではない

剣士、高町翔として駆け抜ける

 

 

「すず、森の出口ってどこ?」

 

 

翔は走りながら腕の中にいるすずに聞く

 

 

「あ…。このまままっすぐ行ったら出れるよ?」

 

 

すずは戸惑いながら翔の問いに答える

 

翔は心の中でラッキー、とつぶやきながら走り続ける

 

五分ほど駆けただろうか

まわりの木が少なくなってきたように感じる

 

 

「あ、あれが出口か?」

 

 

そして、むこう側から木ではない

川が見え始める

 

すずが落ちた場所だ

 

そして、翔とすず、とんかつは森からの脱出に成功した

 

 

「…あ」

 

 

翔はすずを下ろす

 

森から出て、ほっと一息というところで、翔は気がついた

 

 

「あ…、あぁ…」

 

 

「?どうしたの、翔?」

 

 

様子がおかしい翔に問いかけるすず

 

 

「気づいたようじゃの」

 

 

「おばば?」

 

 

どこからともなく現れるおばば

おばばは翔に目を向けて話しかける

 

 

「…しまった」

 

 

翔はその場に崩れ落ちた

 

 

「え?翔!?」

 

 

すずが心配して寄り添う

その光景を見て、おばばはにやりと笑う

 

 

「さてと。鬼ごっこはこれで終わったの」

 

 

「ふにゃ?」

 

 

おばばが言った言葉の意味がわからず、首を傾げるすず

 

おばばはため息をつきながら口を開く

 

 

「優勝者は、すずじゃ」

 

 

「…ふぇ?私?」

 

 

すずが何が何だかわからないという風に自分を指さす

 

 

「そうじゃ。わしは婿殿をずっと監視しておった。わしは見たぞ?…婿殿がすずを抱いたところを」

 

 

「…あ」

 

 

そこで、すずも合点がいったようだ

ぽんと拳を手のひらに当てる

 

すずは、その時の感触を思い出す

 

 

「…っ?」

 

 

顔が熱くなる

だが、それがわからないすずはくびを傾げるだけ

 

 

「む?どうした、すず。顔を赤くして」

 

 

「へ?そうかな?」

 

 

すずの様子に気づいたおばばが問いかける

すずは両手を頬に当て、首を反対方向に傾げる

 

 

「…ふふ。おぬしも、婿殿と結婚するのはやぶさかではないようじゃな…」

 

 

「え?そんなんじゃないよ。それに、私は翔、いらないよ?」

 

 

「「は?」」

 

 

すずが放った言葉に、おばばだけではなく項垂れていた翔も反応する

 

いらない…?

 

 

「だって、こんなのおかしいよ。翔の意志を無視して結婚相手を決めるなんて」

 

 

「…」

 

 

翔は感動していた

ものすごく感動していた

 

自分を助けてくれた人は、なんと優しいお人なのだろうか…

 

まあ、本当はすずの考え方が普通で他の人たちが異常なだけなのだが

 

 

「こんな一方的な決め方はおかしいよ。翔がかわいそうだよ。だから、翔が好きな人ができるまで、待っててあげたほうがいいんじゃないかな?」

 

 

すずが優しい笑顔を浮かべながら言う

 

翔は、そんなすずに見とれ…

 

 

「っ!」

 

 

かけた

ぶんぶんと頭を振って我を戻す

 

 

「…まあ、それでいいか。どうせこの島からは一生出られないんじゃしの」

 

 

「…」

 

 

おばばの言葉に何も反論できない翔

 

 

「あー!見つけたー!」

 

 

そこで、大量の女たちが駆け寄ってくる

 

 

「鬼ごっこは終わりじゃよ」

 

 

そんな女たちに、おばばが鬼ごっこ終了を告げる

騒ぎ出す女たちに、おばばが優勝者がすずであるということ

そして、すずがした選択を説明する

 

 

「じゃ、帰ろっか、翔」

 

 

「…うん。もう疲れた」

 

 

おばばが説明している間に、すずが翔に帰ることを提案する

翔も、さすがにもういいだろうと判断して帰ることを選択する

 

翔は空を見上げる

すっかり空は赤く染まっていた

 

一番星は、輝いていなかった

負けたのだ

 

 

「…」

 

 

「?翔、どうしたの?」

 

 

「いや…、何か悔しくて…」

 

 

「?」

 

 

結局、自分への被害はなしで終わった

だが、それでも

仕方なかったとはいっても

 

すずに助けられたにも関わらず、鬼ごっこに負けてしまった

それが悔しく思えてきた

 

 

「さてと、今日の夕飯はどうしようかな~?」

 

 

「…」

 

 

伸びをしながらつぶやくすずを見る

すずは、まぶしいほどの笑顔を浮かべていた

 

負けた

けど、すずを助けることはできた

 

 

「…ま、いいか」

 

 

「ふにゃ?何か言った?」

 

 

「何でもないよ」

 

 

翔とすずは、並んで歩く

その歩く先は、すずと

 

翔の家




難しい…
翔は行人よりもかなり強いのでこうなりました

翔が殴られて飛ばされるのは無理があると思いまして…


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第五話 垣間見て

五話目です!連投です!


藍蘭島で迎える二回目の朝

 

 

「…」

 

 

布団の上で、翔は悩んでいた

ランニングをしに行くかどうかである

 

正直、行きたくない

昨日のあの朝

次から次へと怒る騒ぎ

 

もう二度と味わいたくなんかない

 

 

「…あ」

 

 

そこで、翔の視界はあるものを捉える

翔は立ち上がり、それに向かって歩く

 

そして、それを手に取ってつぶやく

 

 

「木刀だ」

 

 

翔が見つけたものは、木刀だった

手に取った木刀を眺める翔

 

 

「…そうだ。これで…」

 

 

 

 

 

 

 

「…んにゅ」

 

 

日差しが差し込んでくる部屋の中で、すずは目を覚ました

一度寝返りを打ち、そして、ゆっくりと上半身を起き上がらせる

 

 

「んんんんん~~~~!」

 

 

ゆっくりと、思いっきり伸びをして

 

 

「…っぷはぁ!」

 

 

脱力する

そして、翔が寝ているであろう場所を見る

 

 

「おは…、またいない」

 

 

翔が寝ていた布団は、綺麗にたたまれていた

昨日もそうだった

そして、あの翔に小さなトラウマを残したあの鬼ごっこが始まった

 

 

「また走りに行ったのかな~?」

 

 

昨日、家に帰り夕食を食べていた時に、すずは朝に翔が何をしていたのかを聞いた

 

翔は、ランニングをしていたと答えた

何でも、この島に来る前から毎日の日課だったらしい

 

すずは、障子を開ける

 

 

「…んにゃ?翔?」

 

 

すると、翔がいた

右手で木刀を持ち、その木刀を腰の所で構えてじっとしている

 

 

「…」

 

 

何やら空気が重い

それを感じ取って、すずは黙り込んでしまう

 

だが、視線は翔に釘付けになっていた

 

 

「…」

 

 

風が吹く

すずの髪が靡いて…

 

 

「…っ!」

 

 

木刀が、振り切られていた

 

 

「…え?」

 

 

すずの目には、何も捉えなかった

気付いたら、翔は剣を振りきっていた

 

翔の振りを、捉えることができなかった

 

 

「…ふぅ。あ、すず?起きたんだ」

 

 

翔は汗をぬぐいながらすずに目を向けて、笑顔を向けながら声をかける

だが、すずはその声に返答することができなかった

 

 

「…すず?」

 

 

反応しないすずを不思議そうに見ながら、翔は再び呼びかける

 

そこで、すずは我に返る

 

 

「ふぇ!?ど、どうしたの?」

 

 

「それ、こっちのセリフ…。すずこそどうしたのさ。ぼぉっとしちゃってさ」

 

 

翔が呼びかけていたことに気づいたすずは、驚きながら返事を返す

翔はすずの言葉を丸ごと返してしまう

 

 

「えっとぉ…、なにしてたのかなぁ…なんて…」

 

 

少し照れ気味に聞いてくるすず

翔の目が少し見開く

 

 

「…見てたんだ」

 

 

「うん。最後の一振りだけだけどね?」

 

 

翔が俯く

それを見て、翔が嫌がったのかと思ったすずが最後に言葉を付け足す

 

まさか見られてしまうとは思わなかった

いや、見られて困るということはないのだが…

 

 

(…やっぱり、気が引けるんだよな)

 

 

翔がしてたことは鍛錬だ

ただの鍛錬ではない

 

一振り一振り、確認するように

御神流の技を

 

御神は、この平和な島にはふさわしくない

 

 

「翔?」

 

 

「…ん?」

 

 

考え込む翔

そんな翔をのぞき込むすず

 

アップのすずの顔が急に現れたため、どきりとしてしまうが、それを悟られないようにする

 

 

「朝ごはんにしよ?」

 

 

「…そうだな。手伝うよ」

 

 

翔とすずは家の中に戻っていく

すずが普段着に着替えている間、翔は朝食の準備をする

 

そして、すずが着替え終わった後、二人ならんで調理を開始するのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を食べ終えた後、翔とすずは出かけていた

翔はどこへ行くのかわかっていなかったが

 

 

「…その桶、何?」

 

 

すずが持っている桶が何なのかを聞く

 

 

「これ?水汲みに使うの。一日うちで使う分の」

 

 

「そっか。水道ないんだもんな」

 

 

すずの言葉で、改めてここが自給自足の島だということを思い出される

 

 

「大変だな…。コンビニどころか電気、ガス、水道すらもないんだから…。てかとんかつ。頭の上気に入ったのか?」

 

 

「ぷー♪」

 

 

つぶやいた翔は、最後にとんかつに問いかける

とんかつは幸せそうに鳴く

 

翔とすずは、井戸にたどり着く

すずが水を汲む作業をしているのを見て、翔は思いつき、提案する

 

 

「…手伝おうか?」

 

 

「え?」

 

 

 

 

翔の両手に、水で満杯になった桶が一つずつ

想像以上に重かった

 

翔の歩みがいつもよりかなり遅い

 

 

「大丈夫?一つでもいいのに…」

 

 

心配そうに翔に声をかけるすず

 

 

「大丈夫大丈夫。すずは気にせず先に行っていいよ」(早くしてって言われたら、神速使えばいいんだし…)

 

 

比較的余裕そうな表情の翔

実際、余裕ではあるのだが…

それでも桶の重さ辛いのは事実である

 

 

「それに、こういう力仕事は男の…は?」

 

 

「おはよー。すずっち、ダンナ」

 

 

「おっはよー、りんちゃん」

 

 

翔を追い抜き、前方にいるすずと一緒に挨拶をかわすりん

翔が驚いたのは、りんが担いでいるといっていいカメである

 

大きい

大きすぎる

その巨大なカメに、さらに水が満杯まで入っているのだ

 

…どれだけ重いだろうか

 

 

「んじゃなっ」

 

 

「走る!?」

 

 

さらに、その巨大なカメを担ぎながら走るという信じられない光景を見せるりん

 

 

「…」

 

 

あんぐりと口を開ける翔

 

 

「あー見えてりんちゃんは島一の力持ちなんだよ」

 

 

そんな翔に語るすず

 

だが、翔にその声は届いていなかった

 

 

「…」

 

 

「翔?」

 

 

プルプルと震える翔

 

 

「…力で、負ける?ウソだろ?あれだけ辛い修行を重ねて…、女に負けるのか?」

 

 

「…翔?」

 

 

「ぷ?」

 

 

何やらぶつぶつとつぶやいている翔

心配げに声をかけるすずと、何もわかっていなさそうなとんかつ

 

 

「…いや、俺の長所はパワーじゃないんだ。そう、そうだよ…。はは…」

 

 

「…」

 

 

歩きながら、何やら黒いオーラを出し続ける翔

すずは遂に何も声をかけられなくなってしまう

 

 

「でも、やっぱり…。女に力で負けるって…。衰えたなぁ…。また鍛えなおすかなぁ…」

 

 

「翔!翔、しっかりしてぇ!それ以上逝ったらだめぇ~~~!!」

 

 

さらに噴き出るオーラの勢いが増す

それを見て、さすがに危ないと思ったすずが本格的に止めに入る

 

止め方は、飛び込む、だ

翔と一緒に倒れ込む

 

結果、桶が倒れて水が全て流れる

 

汲み直しだ

 

 

「…っ!」

 

 

「…っ」

 

 

正気に戻った翔

気づくと倒れていて、しかも自分の上にすずが乗っかっている

すずの表情も、どこか上気している

 

なんだこれは

 

お互い無言で立ち上がる

しばらく気まずい空気が続いた

 

 

 

 

 

 

 

それから翔は、すずの家事の手伝いを続けた

だが、一つを除いて全て上手くいかない

 

 

(あ…、甘かった…)

 

 

orz状態の翔が完成した

 

 

「ははは…。でも、まき割りは上手だったよ?」

 

 

「それ以外は?」

 

 

「え…。えっとぉ…」

 

 

「…」

 

 

言いよどむすず

翔の心にクリティカルヒット

一気にHPを奪っていった

 

 

「…ハハ」

 

 

「うにゃぁああ!翔ぉ、ごめんなさぁい!!」

 

 

再び黒いオーラに包まれる翔

すずは慌ててフォローに入った

 

 

 

翔は何とか復活し、すずが立ち上がる

 

 

「さって、そろそろお仕事に行ってくるかな」

 

 

「は!?今までのは何だったんだ!?」

 

 

すずのセリフに驚愕する翔

 

お仕事に行く?

今までやっていたのは?

 

 

「うん、うちの分はね。これからが本番ってとこかな」

 

 

翔の問いに笑顔で答えるすず

 

 

(・・本当に甘かった)

 

 

本当に改めて

この島の生活は、現代の者とかけ離れていることを理解した翔だった

 

 

 

再び家を出る翔とすず

歩いていくと村が見えてくる

 

田んぼや畑で農作業をしている人たち

トンカチで何やら叩いている人たち

掃除をしている人たち

 

スーツを着て出勤する人など当然いない

 

 

「それで、すずは何の仕事をやってるんだ?」

 

 

気になったことを問う翔

 

 

「全部だよ?」

 

 

「…」

 

 

硬直する翔

その翔を見て、誤解したことを理解するすず

 

 

「あ、別に今日一日でやるわけじゃないよ?」

 

 

「…そりゃそうか」

 

 

硬直が解ける翔

 

 

「忙しい人のとこでお手伝いするのが私の仕事なの」

 

 

「…傭兵?」

 

 

「ようへい?」

 

 

何でその単語が出てくるのか

 

豆知識

翔はたまに思考が物騒になります

 

 

 

すずが村に入ると

 

 

「おーいすずー!お芋の収穫手伝ってー!」

 

 

「はーい」

 

 

早速お願いが

 

すずって、人気者なのかな?

と心の中で思う

 

実際、そうなのだろう

すずに向けられる視線は全て好意的なものだ

 

例外は、あやねと俺が関わったときだけ

…その時は毎回憂鬱な気持ちになる

 

 

「今日は翔も手伝ってくれるって~」

 

 

歓声が上がる

地味に期待されている

 

 

「…」

 

 

やらねば

今度は上手くやらねば

先程のように恥をかくわけにはいかない!

 

 

「いもほりか…」

 

 

久しぶりだ

幼稚園で美由希とどちらが多く掘れるか勝負して以来だ

 

あの時は翔が僅差で勝って、美由希が泣いて

機嫌を戻すまでひたすら撫で続けた記憶がある

 

 

「まあ、これなら…」

 

 

上手くいくと

 

この時の翔は思っていた

 

すずが自分を止めようとしたのが不思議だった

 

 

「…?抜けない」

 

 

引っ張る

 

 

「…抜けない」

 

 

さらに力を入れる

 

 

「……抜けない」

 

 

さらにさらに力を入れる

 

 

「………抜けねー!」

 

 

抜けない

 

ここでも邪魔をしてくるのか

何だ

俺が手柄を立てることが気に入らないのか

 

翔がまったく的外れなことを考え始める

 

 

「翔、これは一人じゃ無理だよ~。一緒にやろ?」

 

 

「…わかった」

 

 

渋々すずに従う

 

翔がつかんでいた蔓を、すずもつかむ

その際、二人は密着することになる

 

 

「…」

 

 

女の子特有の甘いにおいが漂ってくる

翔がわずかに頬を染める

 

 

「それじゃ、いくよ!せぇ~の!」

 

 

すずが合図を出す

それに気づき、合図に合わせて蔓を引っ張る

すると

 

すぽーん、という表現が一番合うだろう勢いで巨大な芋が抜けた

 

 

「…でかっ!?」

 

 

翔がその巨大さに驚くと同時に、すずが一人じゃ無理だと言っていた理由をようやく理解する

なるほど、これは一人では無理だ

 

 

収穫した芋のうち一つを報酬としてもらい、次の仕事へと向かう

次は、羊の毛刈りなのだが…

 

 

「…羊?」

 

 

この島の動物に出会ってからよく思った

 

ここの動物は、外の世界とどこか違う

どこが違うのか説明しづらいのだが…

それでも何か違うのだ

 

翔とすずは、それぞれ一匹ずつ羊を抱いてハサミで毛を切っていく

 

 

(…刀持って来ればよかった)

 

 

心の中でつぶやく翔

刀で切っていけば、全部の羊を請け負っても10分ほどで終わっていただろう

今になって後悔する翔

 

今日はしょうがない

ハサミで毛を刈る

 

 

「あ、気を付けて刈ってね。この子たち怒ると…」

 

 

ぢょぎん

 

不吉な音が鳴り響いた

 

 

「めぇえええ!?」

 

 

「あ、ごめ…」

 

 

翔が抱いている羊が悲鳴を出す

謝罪の言葉を言おうとする翔だったが…

 

 

「一斉に襲ってくるから…て、遅かった」

 

 

翔は大量の羊に襲われた

姿が羊に隠れて見えなくなってしまっている

 

ちなみに

 

 

「ぷ」

 

 

翔の頭の上に乗っかっていたとんかつは、ちゃっかりすずの頭の上に避難していた

 

 

 

 

その後も…

 

 

釣り

 

 

「ぎぃぁああああああ!!!」

 

 

釣った魚に噛まれたり

 

ちなみに、噛んだ魚は鯛という話

 

 

乳しぼり

 

 

「ぐはぁああああああ!!!」

 

 

牛ののしかかりを受けたり…

 

 

田植え

 

 

「…足が抜けん」

 

 

足が埋まって抜けなくなったり…

 

 

 

散々だった

 

だが、それでも

 

 

「翔、だいじょーぶー?」

 

 

笑って助けようとしてくれるすずのおかげで、どこか救われた翔だった

 

 

 

空が赤く染まり、巣に戻るカラスの鳴き声が響く

 

翔とすずも、家路についていた

 

 

「…はぁ」

 

 

翔は、芋をかついで歩いていた

 

ようやく終わり

正直、鬼ごっこよりも疲れたと思う翔

 

 

「すずって毎日こんなの?」

 

 

「そだねー。今日は割とのんびりしてたかな?」

 

 

「のんびり…」

 

 

これで…、これでか…

 

 

「明日は山へきのこや山菜を取りに行くからちょっとだけ大変かも」

 

 

「…」

 

 

笑顔で言うすず

 

まあそれでも、御神の鍛錬よりはきつくないだろうと考える

というか、そうでなければやってられない

 

 

「…すずってすごいな」

 

 

「にゃ?」

 

 

翔のつぶやきに反応するすず

翔にとっては独り言だったのだが、聞こえてしまっていた

 

だが、どうやらその内容までは聞き取れなかったようだ

 

けど、ちょうどいい

ここで、すずに謝っておく

 

 

「…今日はごめんな。足引っ張ってばかりで…」

 

 

「し、仕方ないよー。今日が初めてだったんだもん」

 

 

気にしていないように言うすず

けど、翔の気は収まらない

 

 

「でも、すずにはずっと助けてもらってばかりなのに…。なにも返してあげられてない…」

 

 

翔が気にかかっているのはこれだ

この島に流れ着いてから、翔はずっとすずにお世話になりっぱなしだった

 

それなのに、翔はすずに迷惑をかけてばかりで

 

 

「ううん…。もう十分返してもらってるよ…?」

 

 

「え?」

 

 

すずが首を横に振りながら答える

 

 

「この島でね?一人ぼっちは私だけなの」

 

 

すずが村の方を眺めながら言う

 

 

「私ね?仕事が終わって、みんなが家に帰っていくのを見て…、いつも羨ましいなって思ってたの」

 

 

「すず…」

 

 

「だから、こうして翔とおうちに帰ったり、お話ししながらご飯を食べたり、一緒に寝たり、お風呂には入ってくれないけど…。翔が一緒に暮らしてくれるってだけで私、すっごく嬉しいの」

 

 

「ぷー!」

 

 

「あ、とんかつも一緒で楽しいよ?」

 

 

「…」

 

 

すずは一人ぼっち

すずの両親は、もういないのだ

 

 

(…いつも明るいなって思ってたけど。寂しいって思うときもあるに決まってるか)

 

 

心の中でつぶやく翔

すずの本質を、改めて垣間見た

 

明るくて、優しくて

けど、ちょっぴり寂しがり屋で

 

 

「おなかすいちゃったね。いそごっか」

 

 

「そうだな」

 

 

満面の笑みを翔に向けて言うすず

 

そんなすずを見て、翔は決心する

 

 

 

 

 

 

自分が今まで鍛えてきた刃

 

時が経ち、衰えてしまった刃

 

また、磨こう

 

そして、守るのだ

 

 

『翔。守りたいと。その剣で、守りたいと思える人を作りなさい』

 

 

いつか言われた、父の言葉

 

 

(父さん…。俺、できたよ。守りたいと思える人…)

 

 

もし、その時が来れば

 

自分は剣を振るおう

 

そして、守り抜くのだ

 

 

 

 

 




最後が少しシリアスもどきになってしまいました

もしかしたら、三連投あるかもしれません


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第六話 呆れて

どうだこら!
三連投やってやったぜこらぁ!

呆れるのは翔です
呆れて呆れていちゃつきます


この島は平和だ

途轍もなく平和だ

 

だが、そんな島にも、行ってはならない場所はあって…

 

 

 

 

 

「きゃぁああああああ!!!」

 

 

いきなりすずの悲鳴から始まった今回

 

 

「すずっ!」

 

 

すずが足を滑らせ、道から外れて坂を滑り落ちてしまった

翔は慌てて、すずを心配し体制を上手く整えながら坂を滑り降りる

 

そして、置いてかれてしまったとんかつは坂を転がり降りる

 

 

「大丈夫か!?怪我ないか?」

 

 

すずに追いついた翔は、すずに怪我がないか確認する

 

 

「いったぁ~いっ。おしり打ったぁ~…」

 

 

すずは涙目でお尻をさする

 

そこを打っただけで、怪我はないみたいだ

 

 

「雨で滑りやすくなってるから気を付けてって言った本人が滑るなんて…、くっ」

 

 

心配が取れた翔が、すずを笑う

家を出る直前、すずは翔に雨で道が濡れているから気を付けてと忠告したのだ

 

が、滑ったのは忠告したすず

 

 

「あ~~~ん!笑ったぁ~~~!」

 

 

翔に笑われたことにショックを受けるすず

 

 

「ごめんごめん。けど、ホントに怪我してないか?」

 

 

翔は項垂れるすずに手を差し出す

すずは、その手を見て笑顔になり、手をとって立ち上がる

 

 

「うん、ちょっと擦りむいただけ。でも、何かにお尻をぶつけたような…」

 

 

すずがつぶやきながら、落ちた場所を見る

そして

 

 

「あ…」

 

 

固まった

 

 

「?どうした?」

 

 

固まったすずを不思議に思い、翔はすずが見ている方を見る

そこには、ばらばらになって倒れてしまっている地蔵が

 

 

「…?これがどうかしたのか?」

 

 

翔が問いかける

すると

 

 

「…どーしよー!お地蔵様壊しちゃったよー!」

 

 

さっ、と木の陰に隠れて壊れた地蔵を伺い始めるすず

その眼は涙で滲んでいる

 

 

「いやいや…。このくらい平気だって」

 

 

苦笑いを浮かべながらすずを安心させるために優しく声をかける翔

翔は地蔵を元通りにするために手を動かす

 

 

「ほら、元通りだ」

 

 

「…うん」

 

 

翔は元通りに地蔵を戻した

だが、すずの表情は晴れない

 

 

「じゃ、とっとと行こう。荷物届けにさ」

 

 

翔とすずは歩き出す

 

その時、翔とすずは気づかなかった

 

地蔵が淡く光っていたことなど

 

 

 

 

 

翔とすずは、一日分の仕事を終えて帰路についていた

 

 

「ちょっと遅くなったな…。真っ暗で見えない」

 

 

翔が左手に提灯を持っている

提灯の明かりがないと、本当に何も見えなくなってしまうだろう

 

 

「…元気ないな」

 

 

「うん…」

 

 

すずの元気がない

気になってしまう

 

 

「私、祟られちゃうかも…」

 

 

「あの地蔵のことか?あんなの気にしなくたって大丈夫だって」

 

 

「あれはただのお地蔵さまじゃないんだよ!」

 

 

涙目になりながら言うすず

 

あの地蔵には、100年前に悪さをした悪霊が封印されているものらしい

だから、島ではあの地蔵を絶対に動かしてはならないと言われているようだ

 

 

「言い伝えってやつか…。この島にもあるんだな」

 

 

手を顎に当てながらつぶやく翔

もしこの話が本当ならば、その悪霊とやらに会ってみたいと翔は思っていた

 

すると

 

 

「っ!でたぁあああああああ!!!」

 

 

「うぐぅっ!?」

 

 

いきなりすずが、翔に抱き付いた

ぎゅううっと両腕で首を絞められる翔

 

しばらくその状態でいられて、死にかけた翔だった

 

 

 

そして、家に帰り夕食

そこで、あの時すずが何を見たかを聞いていた

 

 

「悪霊を見たぁ!?」

 

 

大声を出す翔

 

 

「気のせいじゃなく?」

 

 

「違うよぉ!はっきり見たもん!白くてもやもやしたのを~!」

 

 

涙を浮かべながら必死に言うすず

 

 

「ううん…」

 

 

翔は手に持っていた茶碗を置いて、腕を組んで考え込む

 

 

「翔はこーゆー話は怖くないの…?」

 

 

不安げな目で翔を見ながら聞いてくるすず

 

 

「ん?見れるものなら見てみたいさ」

 

 

「えぇー!?」

 

 

翔が放った言葉に驚愕するすず

 

翔にとって、悪霊など恐れる要素はない

というか

 

 

(本当にいるのか?)

 

 

その存在を疑っている始末

 

真っ向否定するつもりはない

実際、海鳴には吸血鬼などというものがいたのだから

 

 

「~~~~~~~~~!!!」

 

 

「ん?…げぅ!」

 

 

翔が頭の中でそんなことを考えていると、再びすずが力一杯翔を抱きしめてきた

また締まる首

 

 

「すず!…すず…、くびぃ…」

 

 

翔はまた死にかけた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝

翔は水を汲みに出ていた

昨日の夜は死ぬ思いをしたが、何とか生き延びることができた

 

 

「え!?すずっちがあの地蔵を!?」

 

 

りんが驚愕の声を出す

翔は、すずが地蔵を壊してしまったことを話したのだ

 

 

「やっぱりその話は知ってるんだな」

 

 

「それはそうです。この島じゃ知らないものはいない七不思議のひとつなんですから」

 

 

「七不思議…」

 

 

七不思議と言われてしまえば、本当に悪霊なんか出るのかと疑いが深くなってしまう

 

翔が通っていた小学校にも、七不思議というものはあった

だが、結局その正体は全てくだらないものばかりだったのだ

 

翔の中で七不思議というものは、くだらないものが正体というイメージが定着してしまっているのだ

 

 

「あれからすずが悪霊見たって恐がっちゃってさ…」

 

 

苦笑を浮かべながら言う翔

そんな翔…の腰辺りを見て、あやねが口を開いた

 

 

「でもさー…。これじゃあ、すずの方がお化けみたいね」

 

 

あやねの視線の先には、布団を巻いて、翔の腰にしがみつき、涙で目をうるうるさせながら震えているすずの姿があった

 

 

「昨夜からずっとこうなんだ…」

 

 

すずの頭をぽんぽんと優しく叩きながら言う

その光景を、苦笑を浮かべながら見る一人を除いた一同

 

 

「夜中騒いだり抱き付かれたりで寝不足だ…」

 

 

ふぁぁ…、とあくびをしながら言う翔

 

 

「でも心配です…」

 

 

「あぁ…。本当に憑りつかれでもしたら…」

 

 

心配そうにつぶやくちかげとりん

そして

 

 

「あら?すずの後ろに白い手が…」

 

 

急に何か言い出すあやね

 

 

「うにゃぁあああっ!?」

 

 

飛び上がりながら翔に抱き付くすず

苦笑を浮かべながらすずを抱き留める翔

 

すずの震えが大きくなっているのを見たあやねは、達成感に満ち溢れた表情になる

 

 

「うふふ…♡久しぶりにすずに一矢報いたわ…♡」

 

 

「やめんか!」

 

 

達成感に満ち溢れているあやねの頭をグーで殴るりん

容赦がない

 

だが、あやねは止まらない

 

 

「ふふふ…。巫女の血を引く私にははっきり見えるわ…。すずの背中にくっついている悪霊の姿がね…」

 

 

「ひにゃあーーーーーー!!!」

 

 

怖がったすずが、さらに翔に密着する

 

 

「あぁもう…。落ち着けよすず…」

 

 

「一度憑りつかれたら最後…。いつでもどこでも現れてやがて魂を冥府へ引きづり込むのよ…」

 

 

「にゃぁーーーーー!!!にゃぁーーーーー!!!」

 

 

翔がすずを宥めようとするも、あやねの声にかぶさって声がかき消されてしまう

すずはさらに怖がって、翔の胸に顔をうずめる

 

 

「…」

 

 

翔の顔が俯く

 

 

「ふふ…。すずぅ~…」

 

 

「もう…」

 

 

また何やらすずに語り掛けようとするあやね

何かぼそりとつぶやいた翔

 

 

「やめんか!」

 

 

「へうっ!?」

 

 

翔はあやねの頭にチョップをかます

小さく悲鳴をあげ、怯んだあやねの後ろをとって、手刀をお見舞いさせる

 

 

「ふやぁ~~~…」

 

 

あやねが崩れ落ちる

気絶したようだ

 

 

「やめとけって言ったのに…。ダンナがやったのは予想外だったけど」

 

 

「けれど、なんか満ち足りた顔をしてますわね」

 

 

あやねの寝顔は、満足していた

 

 

 

 

 

 

 

ぶるぶるぶるぶる

 

 

「…」

 

 

すずが翔にしがみついたまま離れない

 

翔が夕食を作っている間も離れてくれなかった

翔はすずをしがみつかせたまま夕食をもぐもぐ食べていた

 

とんかつは幸せそうに冷奴を食べている

 

 

「ほら、すず。いい加減出てこ~い。夕飯食べろ~」

 

 

茶碗を置き、すずの頭を撫でながら言う

すずはひょこっと顔を出し

 

のそのそと布団から出てきた

 

 

「それにしても、意外だよな」

 

 

「うにゃ?」

 

 

ようやくご飯を食べ始めたすずに言う翔

 

 

「すずにも苦手なものがあったんだな」

 

 

「どーゆー意味よそれー!」

 

 

ぷくーっと頬を膨らませて反論するすず

だが、表情がだんだんとしょぼくれていく

 

 

「私、昔から幽霊とか苦手で…、夜とか一人じゃいられなかったの…。一人暮らしするようになってからは少し平気になったんだけど…、怖い話を聞くとまた…」

 

 

すずは、口に入れていた箸を抜く

 

 

「それに、怖いと悲しくなっちゃうの…」

 

 

「え?」

 

 

不意に出てきた言葉に反応する翔

 

怖いと、悲しい?

 

すると、すずの目からぽろぽろと涙がこぼれはじめる

 

 

「私が怖がってるときは、いつもお母さんが慰めてくれて…。お母さんのことも思い出しちゃって、怖いのと悲しいのがぐちゃぐちゃになって…!」

 

 

ぐすぐすと鼻を鳴らしながら言い切ったすず

 

 

「…」

 

 

翔は、すずに歩み寄る

 

 

「大丈夫」

 

 

「ふぇ?」

 

 

翔は、すずの頭に手を置いて声をかける

 

 

「今は一人じゃないだろ?」

 

 

「あ…」

 

 

翔が言った言葉に、はっ、とした表情になるすず

 

 

「俺じゃあまり頼りにならないかもしれないけど…。それでも、すずの気が済むまでしがみついていいからさ」

 

 

「…」

 

 

すずは思い出した

朝、昼、夜

すずはずっと翔にしがみついていた

 

翔が歩いている間も、人と話している間も、こうしてご飯を食べている間も

 

それでも、翔は文句ひとつ言わなかった

 

 

(…いいのかな?)

 

 

すずは、おずおずといった感じで翔の腰に両手を回した

 

 

「…あ」

 

 

翔はすずの背中に両手を置く

 

暖かい

すずは悲しかった気持ちも、怖かった気持ちも

全て安心感に変わっていくのを感じていた

 

 

「ねえ、翔。お願いがあるんだけど…」

 

 

「んん?」

 

 

すずが上目づかいで声をかける

翔の頬がわずかに染まる

 

 

「一緒にお風呂に入ってくれる?」

 

 

「…」

 

 

すずのお願いに、翔が硬直した

翔の予想をはるかに超えるお願いだった

 

 

「昨日怖くてお風呂に入ってなかったから…、ダメかな…?」

 

 

「え?いや…、その…」

 

 

すずの上目づかい付きのお願いに、翔はたじたじになっていた

 

 

 

その会話を、外から盗み聞きしていたあやね

すずを驚かせようとここへ来たのだ

だが…

 

 

「…今日は見逃しておいてあげるわ」

 

 

すずの本音を聞いてしまった今、すずを驚かせようという気持ちはなくなってしまった

 

 

「ま、翔様を独り占めにするのは許せないから…。邪魔はさせてもらうけどね」

 

 

それとこれは話が別なのだ

 

どうどうと小細工なしで、障子から入ろうとするあやね

 

すると、とんとんと誰かに肩を叩かれた

 

 

「ん?なによ…」

 

 

そして、見た

 

 

 

 

 

 

「ぐぎゃぁあああああああ!!!」

 

 

「うおっ!?」

 

 

「うにゃっ!!?」

 

 

急に聞こえてきた叫び声に驚く翔とすず

すずは布団の中に逆戻りしてしまう

 

翔は叫び声が聞こえてきた障子の向こう側の様子を見に行く

 

 

「なんだ、今の声は…って、あやね!?」

 

 

障子を開けると、そこにはあやねが倒れていた

気を失っているようだ

 

翔はあやねを抱き起こしながら、頬をぺちぺちと叩く

 

 

「…ん、翔様?」

 

 

意識を取り戻したあやね

 

あやねはがしっと翔の両肩をつかむ

 

 

「で、出たのよ!悪霊が!」

 

 

「…」

 

 

あやねの言葉を聞き、あやねに疑いの視線を向ける

 

 

「またすずを驚かそうとしてるんじゃないだろうな…」

 

 

「え゛!?なんでバレ…、い、いえ…、気が変わってやめたんだけど…その…」

 

 

噛み噛みのあやねにため息をつく翔

だが、あやねが何かを見たことに関しては信用し、まわりを見渡す

 

 

(!?この体制は…、チャンス!?)

 

 

「よいしょ」

 

 

あやねが良からぬことを考えたのを感じ取り、翔はあやねを下ろす

 

あやねが残念そうな声を出しているが、気にしない

 

 

「うにゃぁあああああああっ!!!」

 

 

「!すず!?」

 

 

すると、部屋からすずの悲鳴が聞こえてくる

翔は慌てて部屋へ戻る

 

 

「…」

 

 

「と…、憑りつかれちゃったよ~…」

 

 

憑りつかれていた

幽霊に

 

 

「ばけばけぇ~」

 

 

「…」

 

 

翔が白い眼ですずに憑りついている幽霊を見る

 

なんだこれは

これがあの恐れられている悪霊?

 

 

「しょ、翔様!ここは私にお任せください!」

 

 

「?あやね?」

 

 

あやねが翔の前に立つ

 

 

「ばけぇ~?」

 

 

「くっ…!なんて霊圧なの…!?」

 

 

「…」

 

 

何なのだろう、この茶番は

 

何でこれを恐れているのだろう

 

幽霊というのは、まあ認めてやる

だが

 

 

(…かわいいシロクマじゃん、これ)

 

 

翔にとってはシロクマにしか見えてこない

足がないため、幽霊であることは確かなのだろうが

 

シロクマにしか見えない

 

 

「待ってなさいすず!今、私が貸しをつく…じゃなくて、助けてあげるから!」

 

 

「あやねぇ~~」

 

 

「…」

 

 

あやねの心の奥底の本音を聞いた翔

幽霊と共に白い眼で見る

 

 

「ばけ」

 

 

「…」

 

 

幽霊は、長い舌でべろんとあやねの顔を舐め上げた

 

 

「あふん」

 

 

あやねはたおれた!

 

 

「あ、あやねーーーー!」

 

 

「よわ…」

 

 

「ばけ♪ばけ♪」

 

 

すずは悲鳴をあげ、翔は呆れ、幽霊は喜んでいた

 

 

「翔、私のことはいいから!翔だけでも逃げて!」

 

 

「いや…」

 

 

すずが必死に翔に叫ぶ

でも、翔にとってはまるで緊張感がない

 

それに

 

 

(たとえこれが本当に危険な状況だったとしても、すずを置いていくわけにはいかない)

 

 

すずを守ると決めたのだ

 

 

「ばけ、ばけぇ~~~」

 

 

「あぁっ!だめぇ~~~!」

 

 

今度は翔を狙いにつける幽霊

 

すずの叫びを無視して、翔に襲い掛かる

 

 

「ばけ、ばけ」

 

 

「…」

 

 

幽霊が翔のまわりをくるくると回る

 

だが、なにもおこらない!

 

 

「ばけぇ~」

 

 

「…」

 

 

幽霊が翔に巻き付く

 

だが、しょうにはきかなかった!

 

 

「…ばけ?」

 

 

「あほか」

 

 

翔は、幽霊を殴り飛ばした

 

 

 

 

「人騒がせなことを…!おかげですずがかなり怖がったんだぞ!」

 

 

「ばけぇ~…」

 

 

翔が胡坐をかいて幽霊に説教をかましている

幽霊は正座して翔の説教を受けていた

 

 

「幽霊に説教してるよー…」

 

 

「ぷー…」

 

 

「それ以前に幽霊を殴るなんて非常識よ…」

 

 

すずととんかつ、あやねが翔の後方で隠れながらその光景を見ていた

 

それとあやね

御神を鍛え続けていた翔に常識は通用しないし、翔にとっての常識も君たちには通用していない

 

 

 

それから、なんやかんやで幽霊は翔に懐いた

翔も特に迷惑がるそぶりも見せなかった

 

そして日が昇り始め、幽霊は消え、あやねも帰っていった

 

 

「やれやれ…。一体なんだったんだか…」

 

 

呆れながらつぶやく翔

 

 

「ははは…」

 

 

苦笑いするすず

 

 

「…翔」

 

 

「ん?どうした?」

 

 

すずが、翔に話しかける

翔は、戻ろうとして家に向けた目をすずに移す

 

 

「今日は…、ありがと…。すごく頼もしかった…」

 

 

頬を染めながらお礼を言うすず

その可愛さに、翔は悶絶しかけるが…

 

 

「いやいや…。布団お化けを相手する方が大変だったって」

 

 

立て直し、こういい返した

 

すずが頬を膨らませながら「いぢわるー」と不服を唱えている

 

 

「ふぁ…。じゃ、寝るか。今日は昼まで」

 

 

「うん!そうだね!」

 

 

翔とすずは、今度こそ家に戻っていった

 

翔はすずの横顔を見る

 

 

(すず。今夜はゆっくり眠れるな)

 

 

 




翔がたくさん呆れて、翔とすずがたくさんいちゃつく回でした!

…はぁ


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第七話 歩き回って

一つ、謝罪したいと思います
気付いている方もいるでしょう
感想欄を見て知った方もいるでしょう

何話か飛ばしてこの小説をお送りしております
さすがに、原作全部全部を参考にして書いていくのは辛すぎますです…

なるべく、全てのキャラを活躍させるようにしますので…

今回は、豆大福の話を飛ばしてゆきのメインの話です!


さらさらと流れる川

そこに、翔とすずはいた

 

 

「やった!うなぎー♡」

 

 

「なぬっ!?うなぎ!?」

 

 

すずがウナギを釣り上げたことを知り、翔ががばっ、とすずを振り向く

 

 

「うん!今夜は蒲焼ー」

 

 

「うぉおおおおお!!」

 

 

すずの言葉に雄たけびを上げて喜びを示す翔

 

豆知識

ウナギは翔の大好物

うな重とか至高の一品

 

すずがはしゃいでいる

翔は喜びをかみしめつつ、空を見上げた

 

 

(…この島に来てから10日。家はどうなってるだろう?…俺はこのまま?帰れるんだろうか?)

 

 

ウナギの喜びから一変

物思いに耽りだす翔

 

 

「…ん?」

 

 

物思いに耽っていると、何やらゴロゴロと何かが転がっているような音が翔の耳に届く

翔はその音と同時に、上から何かが近づいている気配を感じ取り、上を見上げる

 

 

「ひゃぁあああああああ!」

 

 

「え?」

 

 

なんと!上から女の子が!

 

 

(…かわしちゃダメだな)

 

 

さすがにそこまで翔は鬼じゃない

落ちてきた女の子を受け止める体制を作って…

 

 

「う…しょ…」

 

 

何とかその体を受け止めた

その女の子の持つ体重と、落下エネルギーによる重みが翔を襲うが耐える

 

 

「んにゃ?翔、どうしたの?」

 

 

翔の様子がおかしいことに気づいたすずが翔に駆け寄る

 

 

「…ゆきのが落ちてきた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!?くまくまが迷子!?」

 

 

「うん。それで探してたら足滑らせちゃって…」

 

 

「気を付けろよ?下に俺がいたからよかったものの…」

 

 

ゆきのの説明を聞いて、すずは驚き、翔は呆れる

 

 

「でも、運命的だと思わない?偶然わたしの落ちたとこに翔がいて、ピンチを救ってくれるなんて!私と翔に赤い糸で結ばれてたりして♡」

 

 

「ないない」

 

 

ゆきのの妄想を相手にしない

その対応に、ゆきのは憤慨する

 

 

「もう!ちゃんと聞きなさいよぉ!」

 

 

「あー…、聞いてる聞いてるー…」

 

 

「あの…。くまくまはいいの?」

 

 

憤慨するゆきのを流し続ける翔

その二人に、もっと重要なことを思い出させるすず

 

 

「あ!そうだよ!翔、探しにいこ!」

 

 

「…乗っかるなよ」

 

 

ゆきのが翔の肩に乗っかる

肩車というやつだ

 

 

「仕方ないな…。俺とゆきのであっちを探すから、すずはそっちを頼むよ。夕方になったら見つからなくても村で落ち合おう」

 

 

「うん」

 

 

「ぷ!」

 

 

翔の言葉にすずは頷き、とんかつは敬礼する

…敬礼できたのか

 

 

「でーとだでーとだ♪」

 

 

「デートの意味わかってるのか?」

 

 

翔はくまくまを探しに移動を開始する

その時、ゆきのがご機嫌そうにそんなことを言っていた

 

 

「…」

 

 

その様子を、すずはじぃっと見つめていた

 

 

「ぷー」

 

 

「あ、ごめん。行こっか」

 

 

とんかつに指摘され、すずも探しに行く

 

 

(…さっきの気持ち、なんだったんだろう。ちくちくする…)

 

 

すずがそんなことを思っていたことなど、翔は知る由がない

 

 

 

 

 

ゆきのを肩車しながら歩く翔

 

 

「…これ、足跡じゃないか?」

 

 

翔が進んでいた道に、大きな跡がついていた

十中八九足跡だろう

 

 

「ひょっとしてくまくまの!?」

 

 

「多分な」

 

 

翔は足跡をたどって進む

簡単に見つかりそうだな、と翔は思っていた

 

 

「そういえば、ゆきのっていつも色々な動物連れてるな?飼ってるのか?」

 

 

翔はゆきのにそんなことを聞いてしまった

ゆきのは色々な動物を連れていた

 

くまらしきもの、くまくま

鷹らしきもの、たかたか

イノシシらしきもの、いのいの

ペンギンらしきもの、ぺんぺん

 

 

「なによ飼ってるって!」

 

 

「いててて!ごめん、ごめんって!」

 

 

ゆきのが翔の言葉に怒り、翔の頭を拳でぐりぐりする

さすがの翔も肩車した状態でそれをかわせるはずもない

 

 

「私って島で一番若いでしょ?私が遊び盛りだったころはもうすず姉たちは働き始めてて。ほとんど動物たちと遊んでたの」

 

 

ゆきのが少し寂しげに言う

翔は上に載っているゆきのを見上げる

 

 

「で、気がついたら仲良くなったコがうちに住み着くようになったわけ。みんな私の弟や妹みたいなもんよ」

 

 

「お姉さん…ねぇ」

 

 

「そうよ。だから私がしっかりしてみんなの面倒を見なきゃならないのよ」

 

 

「はいはい」

 

 

誇らしげに言うゆきの

少し呆れたように返事を返す翔

 

 

「あっ!くまくま!」

 

 

「え?」

 

 

ゆきのが、木の影を指さす

翔が刺されている方向を見る

 

 

「…違くない?」

 

 

「…うん、くまくまじゃない」

 

 

確かに、くまくまそっくりだった

いや、くまという種類の動物なのだろう

だが、くまくまではないようだ

 

ゆきのには勿論、翔にも何となくわかっていた

 

 

「やれやれ…。足跡はあれのか…」

 

 

「探し直しだね…」

 

 

見つかるとばかり思っていた二人は意気消沈しながら再び捜索を始める

 

 

 

 

それから、二人は何匹ものくまを見つけた

 

 

「あれは…」

 

 

「違うわ…」

 

 

川で

 

 

「このコは…」

 

 

「違うな…」

 

 

崖の上で

 

 

「この中には?」

 

 

「…いない」

 

 

森の中で

 

全く見つからない

 

 

「ゆきの、疲れてないか?休憩しようか?」

 

 

「…うん」

 

 

翔は上に乗っかってるゆきのの元気がなくなっていくのを感じ、休憩を提案した

翔はゆきのを下ろす

 

 

「…」

 

 

丁度いい石に腰をおろし、しょぼんとしているゆきの

 

 

「大丈夫か?」

 

 

「…うん」

 

 

しょんぼりと返事を返すゆきの

 

 

「…ふぇ」

 

 

「ゆきの?」

 

 

ゆきのの目に、じわりと涙が浮かぶ

 

 

「くまくまぁ…。どこ行っちゃったの…?」

 

 

「…」

 

 

ゆきのが涙交じりの声でつぶやく

 

 

「ほら、悪い方に考えるな。くまくまは見つかるから」

 

 

「うわっ!」

 

 

翔はゆきのを元気づけながら肩車をする

 

 

「ゆきのが諦めるなよ。諦めたら見つかるものも見つからないぞ?」

 

 

翔がゆきのを励まし続ける

 

 

「…」

 

 

ゆきのはぽかんと翔の顔を眺めて

 

ふっ、と笑った

 

 

「うん!絶対くまくまを見つけるんだから!」

 

 

「その意気だ!」

 

 

 

 

 

 

それから二人は

 

崖から探し

 

他の動物にくまくまを見たかどうかを聞き(翔には何を言っているかわからなかった)

 

くまくまを探し続けた

だが、くまくまは見つからず、時間はどんどん過ぎていき…

 

 

「まずいな…。そろそろすずと落ち合う時間だ…」

 

 

ゆきのが狸に聞き込みをしているときに、翔がつぶやいた

空はすっかり赤に染まっている

 

翔の中に焦りが募り始める

 

 

「ほんと!?」

 

 

「?」

 

 

ゆきのが何やら驚いている

翔はゆきのを見上げる

 

 

「翔!すこし前にあっちで見たって!」

 

 

「!本当か!?」

 

 

何を、とは聞かない

聞かなくてもわかる

くまくまを見たという話を聞いたのだ

 

 

「急げ!しょーしょー!」

 

 

「しょーしょーって何だ…?」

 

 

変なあだ名で呼ばれながら翔は走り出す

 

 

「よかったな、くまくまが無事で」

 

 

「うん!」

 

 

翔がゆきのに声をかける

ゆきのは笑顔を浮かべながら返事をする

 

走っていくと、視界の中に橋が見えてきはじめた

 

 

「あの橋の向こうだって!」

 

 

「…」

 

 

翔は橋の前に立ち止まった

 

 

「?どしたの?」

 

 

ゆきのが聞いてくる

 

 

「…ぼろい」

 

 

翔がつぶやいた

目の前の橋は、ぼろかった

あまりにもぼろい

頼りなさすぎる

 

 

(これ、渡れるのか?)

 

 

翔が心の中でつぶやく

 

 

「翔、高いところ苦手なの?」

 

 

翔の様子を、怖がっていると勘違いしたゆきのが声をかけてくる

 

 

「いや、そういうわけj」

 

 

「なら、私一人で行ってくるよ!ちょっと待ってて!」

 

 

「あ!ゆきの!」

 

 

ゆきのが橋を走って渡っていく

翔は慌てて追いかけようとするが

 

 

「!」

 

 

橋が大きく揺れている

 

そして、みしみしと不吉な音が聞こえてくる

 

 

「…おい、橋だけじゃなく」

 

 

崖に、ひびが入っていた

 

 

「ま…ず!」

 

 

翔は極限まで集中を高める

翔の目に映る世界が、モノクロに変わっていく

 

神速を発動したのだ

 

 

「っ!」

 

 

翔は走り出す

どんどんゆきのに近づいていく不自然な足場での神速

 

当然、普通よりも翔の足に負担がかかる

 

ずきりと足に痛みがはしるが、気にしない

この程度の痛みならば、10秒くらいは神速を続けられる

構わず突っ込む

 

翔はゆきのを抱きかかえる

そのままむこう側へと渡りきろうとした時

 

バキッ

 

 

「なっ!?」

 

 

足を踏み切った場所が、割れた

そのまま下へと落ちていく

 

 

「きゃぁああああ!!!」

 

 

ゆきのが悲鳴を出す

 

 

「くっ!」

 

 

ゆきのを片手で支え、もう片方の手で懐の鋼糸を取り出して

 

 

「ふっ!」

 

 

むこう側にある支柱に巻き付けた

空中で落下が止まる

 

 

「「…ふぅ」」

 

 

安堵の息をつく翔とゆきの

 

 

ぱきっ

 

 

「「え?」」

 

 

また、不吉な音が鳴り響く

翔とゆきのは、支柱を見上げる

 

支柱が刺さっていた地面に、ひびが入っていた

 

 

「ウソ…だ…」

 

 

ぼこん

 

 

崩れた

 

 

「ろぉおおおおおおおお!!!」

 

 

「きゃぁあああああああ!!!」

 

 

落ちていく

 

 

「翔!」

 

 

下から誰かの声が聞こえてくるが、気にする暇もない

 

 

「くっそ!」

 

 

翔は腰に差していた刀をとり

岩壁に突き刺した

 

がががががが、という音を立てながらも、翔とゆきのの落下スピードが緩んでいく

だが

 

 

パキン

 

 

「「え?」」

 

 

刀が、折れた

 

 

「…おわた」

 

 

再び落下速度が加速し始める

 

不意に翔の視界に、落下している橋が入る

翔はすがるようにその橋をつかむ

 

 

「っ!っ!」

 

 

ゆきのは声にならない声をあげながら目をつぶっている

翔は、歯をかみしめながら近づいてくる地面を睨む

 

 

「…?」

 

そこで、違和感を感じた

浮遊感?

 

それを自覚する暇もなく

翔とゆきのは葉が茂っている木へ、着陸した

 

何がどうなったのか

 

 

「あっ!くまくま!」

 

 

「え?」

 

 

ゆきのの言葉を聞いて、翔はゆきのを見る

ゆきのは地面に目を向けていた

 

翔も地面へ目を移す

 

 

「すず?」

 

 

そこには、すず

そして、橋を持ち上げていたくまくまがいた

 

 

 

 

 

 

木から降りて、すずと合流する翔

隣にいるすずと共に、くまくまに説教されているゆきのを見守っていた

 

 

「あ、翔!」

 

 

説教が終わったのか、くまくまに乗り、翔に寄って来るゆきの

 

 

「どうした?」

 

 

「えと…、その…」

 

 

何かもじもじしているゆきの

そして、ゆきのは何やら決心した表情になり

 

 

「…!」

 

 

「…ん」

 

 

翔の頬に、口づけた

 

 

「今日はありがと!」

 

 

そして、そのまま帰っていった

 

 

「…何だったんだ?」

 

 

今のは…?

翔が頬を撫でながら帰っていくゆきのを眺めていると

 

 

「む~~…」

 

 

「?」

 

 

すずが頬を膨らませながら翔を睨んでいた

睨んでいるのだが、まったく怖くない

むしろ可愛い

 

 

「どうした?」

 

 

「知らない!」

 

 

すずがそっぽ向く

翔は首を傾げる

 

何なのだろうか、ゆきのといいすずといい

 

すずがぷりぷりしながら先に歩いていく

翔も追いかけようとする

 

 

「…っ」

 

 

右足に、痛みがはしった

 

 

「…久々の神速だったからな」

 

 

今日使った神速

剣を握らなくなってから、ずっと使ってこなかった

 

痛み自体は大したことないものの、やはり戦い続けることは無理だろうと考えさせるのは十分な痛み

 

 

「翔?」

 

 

「…うわっ!?すず!?」

 

 

すずが翔の顔をのぞき込む

急に飛び込んできたすずの顔に驚く翔

 

 

「どうしたの?…まさか、どこか怪我した!?」

 

 

「え!?いや…」

 

 

鋭い

いや、それよりも先程の不機嫌はどこへいったのだろうか

 

 

「見せて!怪我、見せて!」

 

 

「してない!してないから心配するな!」

 

 

「ぷー」

 

 

すずが翔を心配して必死になる

そんな翔とすずのやりとりを、とんかつが笑顔で見つめていた




はい、ゆきの落ちましたー
そしてすずのやきもちあぁかあいい…

感想待ってマース!


訂正しました
10分って…


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第八話 寂しくて

寂しがるのは翔ではありません


まったり

その表現が一番合っていた

 

翔とすずは向かい合ってゆっくりとお茶を飲んでいた

 

 

「ちかげが俺の本を見たいって?」

 

 

「うん。ちかげちゃん、本が好きだから」

 

 

翔は、すずを通して自分が持っていた本を読みたがっていることを知った

 

 

「いいぞ。ただ、あげはしない。貸すだけだから」

 

 

「わかった~。ちかげちゃんにもそう言っとくね~」

 

 

翔はすずに返事を返しながらごそごそと鞄の中から本を取り出していく

どの本も、濡れてごわごわしていた

 

 

「あれ?この本はきれいだね?」

 

 

すずが一冊の本を見て言った

その本は、高2の数学の教科書で

 

 

「あぁ。それは防水のバッグの中に入れてたから」

 

 

翔の返事を聞きながらすずはぱらぱらとページをめくっていく

すると、何かを見つけた

 

 

「翔?これ、色写真だよね?」

 

 

「ん?」

 

 

すずが見つけたのは、カラー写真

その写真の中には二人の男女が写っていた

 

 

「ほら、これ翔だよね?」

 

 

「そうだけど…。何で教科書に写真なんか…、あ」

 

 

翔が写真を見ると、その眼が見開かれた

 

 

「?翔、どうしたの?」

 

 

「…」

 

 

目を見開いて黙ってしまった翔

不思議に思ったすずが問いかけるが、返事が返ってこない

 

だが、翔は一言だけこう言った

 

 

「美由希…」

 

 

その写真には、隣の少女を困ったような表情で見ていた翔

そして、翔の腕にしがみついて笑顔を浮かべている三つ編みの少女が写っていた

 

 

 

 

 

 

 

「婿殿が変じゃと?」

 

 

「うん…。写真見てからずっとぼーっとしてて、話しかけても上の空だし…」

 

 

すずは、翔のおかしくなった様子についておばばに相談していた

その場には、すずのとおばば、とんかつの他にもあやね、まち、ちかげ、ゆきの、りんもいる

 

 

「それは郷愁じゃよ」

 

 

「きょうしゅう?」

 

 

おばばがすずの問いに答えるが、すずにはその答えの意味がわからない

 

 

「遠い故郷を恋しがることじゃよ。まぁ、ずっとこの島で住んでいたおぬしらにはわからぬかもしれんがの」

 

 

「…それって、帰りたいってこと?」

 

 

さらに重ねたすずの問いに答えたおばば

その答えを聞いて、どこか不安そうな表情になるすず

 

すずはおばばの言葉の意味を読み取り、再び問いかけた

 

 

「そうじゃ」

 

 

「…そっか」

 

 

俯いてしまうすず

 

 

「それよりも、気になるのはその写真の女よね」

 

 

その時、あやねが口を開いた

 

 

「翔は美由希って言ったきり何も…」

 

 

すずがあやねの言葉を聞いて反応する

美由紀について、すずは何もわからない

 

 

「…それって、恋人じゃないかしら」

 

 

「「「「「こいびとぉ!?」」」」」

 

 

まちの大胆な予想に驚愕の声を出す一同

 

驚いた一同だが、考え出すと納得顔になっていく

 

 

「確かに、ダンナもお年頃…」

 

 

「彼女の一人くらいいてもおかしくないわね…」

 

 

腕を組みながらつぶやくりんと、そのりんを見ながら付け足すあやね

 

 

「わしもそんな頃があったの~…」

 

 

昔を思い出して物思いに耽るおばば

 

 

「「「「「うっそぉ!!」」」」」

 

 

信じられない一同

 

おばばが怒り出した

 

 

「どーゆー意味じゃおどれらー!」

 

 

怒鳴り声をあげながら片っ端から一同を投げ飛ばしていく

 

すると、一番最初に投げ飛ばされたあやねが、何かを思いつきにやりと笑みを浮かべた

そして、勢いよく立ち上がり

 

 

「あ、私ちょっとドクダミ摘みに行ってくるからお先にー!」

 

 

「あ、あやね?」

 

 

急に帰りだしたあやねを戸惑いながら見送るすず

 

 

「どうしたんだろ、あやね…」

 

 

すずが気づかわしげにあやねの後姿を見つめている中、他の一同は疑わしげにあやねの後姿を見ていた

 

 

 

 

すず以外の一同が帰り、残ったのはすずととんかつとおばば

すずはベランダに座りながら空を見上げる

 

 

「どうした、おぬしまでぼうっとしおって」

 

 

おばばが急にぼぉっとし始めたすずに問いかける

すずはおばばの方に振り向いて口を開く

 

 

「どーすれば翔は元気になるかな?」

 

 

すずは気になっていた

翔の様子をずっと気にしていた

 

どうすれば翔は元気を取り戻せるだろう

自分は何ができるのだろう?

そう考えていた

 

だが、おばばはこう答える

 

 

「こればっかりは、婿殿自身が何とかするしかないのぉ。郷愁に効く薬なんぞあるわけでもないからな」

 

 

「でもぉ…」

 

 

だが、すずはどうにかしてあげたい

翔を元気づけてあげたい

 

翔はすずに助けられてばかりだと言っているが、すずはどう思っていなかった

 

自分こそ、翔に助けられてばかりだ

翔がいなかったら、自分はここまで楽しく過ごせていただろうか?

 

お化けに怖がっていた時、翔が抱き締めてくれなければ自分は乗り越えれただろうか?

 

助けたい

 

 

「まぁ、時がたつのを待つか…。もしくは…」

 

 

そんなすずの思いを知らず、おばばは言い放つ

 

 

「愛しいおなごが待っている故郷へ帰るしか方法はないじゃろ」

 

 

「っ…」

 

 

おばばの言った、翔を元気づける方法

それを聞いたとき、どこかで感じた覚えがあるちくりとした感覚がすずを襲った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、翔は海に面している崖にいた

じっと海の向こう

この島を囲んでいる渦の向こうを見る

 

 

「…」

 

 

その顔は、どこか決意に満ちた表情をしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おばばの家から帰路についていたすず

そして、家の前まで来ていた

 

 

「翔、まだ落ち込んでるのかな…」

 

 

心配そうな表情でつぶやくすず

 

 

「ぷ」

 

 

ぼぅっとしているとんかつ

 

すずは、朝、翔がいた崖を見る

だが

 

 

「いない…」

 

 

そこに翔はいなかった

 

 

「家の中かな?」

 

 

開いた障子から中に入ろうとするすず

だが、中から人の気配を感じないため不思議に思う

 

 

「ぷー」

 

 

その時、腕の中にいるとんかつが鳴いた

何かを知らせようとしている

 

 

「…あ。手紙?」

 

 

とんかつが見ている方を見ると、そこには一枚の紙切れが

その紙には、こう書かれていた

 

 

『海に行ってきます 翔』

 

 

「っ!」

 

 

弾かれるように、すずは走り出した

 

すずが向かう場所は、翔が流れ着いた最初の日

その日に、翔が島から出ようとして出発したあの砂浜

 

翔は、またあの渦に挑戦しているのではないか

すずはそう考えた

 

全力で走る

息が切れるが、そんなものは無視する

 

そんなことよりも、翔のことが心配なのだ

 

 

 

「翔!」

 

 

砂浜についた

その途端、すずは翔の名を大声で呼ぶ

 

だが、返事は返ってこない

 

 

「翔ぉー!どこー!?大丈夫ー!?」

 

 

砂浜を歩き回りながら叫び続けるすず

だが、望む人からの返事は返ってこない

 

 

「翔ぉーーーーー!!!」

 

 

最後に、思いきり翔の名を叫んだ

だが

 

 

「…いない」

 

 

返事は、帰ってこなかった

 

波がすずの足元を濡らす

 

すずは、日が沈みかけている海岸線を見つめる

 

 

「…まさか、島の外へ?」

 

 

翔ならあり得る

最初のあの日も、がむしゃらに挑戦して

もしかしたら超えられるかも?と思った瞬間もあったほどなのだ

 

すずは、顔を俯かせて家に戻っていく

そして、朝には翔が座っていた崖に腰を下ろす

 

 

「翔…、ちゃんと日本に帰れるといいね…」

 

 

「ぷー…」

 

 

すずが静かにつぶやく

その傍らでは、とんかつが涙を浮かべながら鳴く

 

 

「でも、ひどいよ…。お別れもしないで行っちゃうなんて…」

 

 

すずが翔に悪口を口にする

 

その途端、すずの体が震えはじめる

その眼には、浮かび始める涙

 

 

「…翔の…、ばかぁ…」

 

 

嗚咽が零れはじめる

耐えきれなくなっていく

 

そして、大きく泣き声を発しようとしたとき

 

 

「…ふぇ!?」

 

 

頭からぽん、という衝撃が伝わってきた

そのままぐしゃぐしゃと頭を撫でられる

 

すずは驚いて振り返る

 

 

「あ…」

 

 

「誰が馬鹿だって?」

 

 

そこには、呆れたような表情を浮かべた翔が立っていた

すずがぽかんとした表情で翔を見つめる

 

 

「…て、どうしたすず!泣いてるのか!?誰だ!すずを泣かせたのは!?」

 

 

すずの目に涙が浮かんでいるのを見て、慌てふためく翔

その涙の理由が、自分だということを知らず

 

 

「ふ…ふぇぇ…」

 

 

「す…、すず?」

 

 

「ふぇぇえええええええん!!」

 

 

すずが、翔の胸に飛び込んだ

翔は目を見開きながらもすずを抱き留める

 

 

「ばかばかばか!どこ行ってたのよぉ!」

 

 

「え?えぇ?」

 

 

「私…、翔が島を出ちゃったって思って…!…っばかぁああああ!!」

 

 

「えぇ?えぇぇ?」

 

 

なぜ自分は怒られているのだろうか

まったくわからない

 

それに、島を出た?

その前に、島からは出れないだろう

 

 

「あぁ…、えっとぉ…」

 

 

とりあえず、自分が何していたのかだけは話しておこうとする

 

 

「手紙を出しに行ったんだよ」

 

 

「ぐすっ…、手紙?」

 

 

すずが上目づかいで翔を見上げる

何回か喰らっているが、中々慣れない翔

 

頬を染めながらも、何とか耐えながら続きを口にする

 

 

「あぁ。美由希と…、他の家族に」

 

 

翔はさしみに頼み、海に出、手紙を入れた瓶はを渦の外へ向けて投げた

結果、瓶を渦の外に出しに行くことに成功

 

翔は家へと帰ったのだが…

 

 

「入れ違いになったみたいだな…」

 

 

すずとは入れ違いになっていたようだ

 

 

「ま、本当に届くかどうかはわからないけど…。やらないよりはいいかなって」

 

 

照れ笑いを浮かべながら言う翔

 

 

「届くよ」

 

 

「え?」

 

 

翔の腕の中で笑顔を浮かべるすず

 

 

「翔が恋人への思いを込めた手紙だもん。絶対届くよ」

 

 

まぶしい笑顔

翔は一瞬見とれてしまった

 

 

「…ありがと…て、恋人?」

 

 

お礼を言おうとし、すずの言葉に違和感を感じた翔

 

 

「恋人って誰のことだ?」

 

 

「誰って、美由希さん…」

 

 

ぽかんとした表情で聞く翔に、戸惑いながら答えるすず

そのすずの答えを聞いた翔は

 

笑いだした

 

 

「え?どうして笑うの?」

 

 

「ははは…、だって…。美由希が…くっ、こいびと…、ははははははは!!!」

 

 

すずを離して腹を抱えながら笑い続ける翔

翔を目を丸くしながら見るすず

 

 

「はぁ…、はぁ…。すず、美由希は妹だよ」

 

 

「え…、妹?」

 

 

翔の答えを聞いたすず

 

どこかほっとした

 

 

(?何で今、私ほっとしたんだろ…)

 

 

ほっとした理由がわからないすず

 

 

「さっと、帰ろうすず。腹減ったよ」

 

 

「あ、うん!」

 

 

翔が家に向けて足を向ける

その翔を追いかけて、隣に並ぶすず

 

 

「あ。そういえば、翔は手紙になんて書いたの?」

 

 

「秘密」

 

 

「えぇ!?教えてよー!」

 

 

「だめ」

 

 

「ぷー」

 

 

 

 

 

 

 

『拝啓 高町家の皆さんへ

皆、特に美由希。

俺が死んだと思ったら大間違いだ!

俺が死んだと思っておいおい泣いているだろう美由希となのはは安心しなさい。

そして、父さん、母さん、兄さん。

俺、諦めないことにしたから。 翔』

 

 

その手紙は、とても短いものだった

だが、込められている思いは大きなもので…

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにその頃

一同は…

 

島の中心部にある、ふじやまの頂上にいた

まちが翔の位置を特定する術を使うと、その術はこの場所を示したのだ

 

だが、翔の姿はどこにも見えず

 

 

「ふわぁ…」

 

 

「寒い…」

 

 

凍えそうになっていたとさ




普通に翔に抱き付くすず…
…ふぅ



感想待ってます!
というか送ってください…お願いします…


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第九話 尋ねられて

第九話です!


翔とすずの目の前に、西洋風の家が建っていた

海に面している崖の上

立地条件的にはすずの家と似てはいるが

 

 

「…でか」

 

 

ぼそりと翔がつぶやく

 

そう、でかいのだ

すずの家とは比べ物にならないほどでかいのだ

 

 

「洋館は、この島ではここだけなんだよ。島に流れ着いた人の中にはヨーロッパの人たちも何人かいて、その人達用に作られたんだって」

 

 

すずが説明する

翔はふーん、と返す

 

 

「それにしても、本のお礼がしたいから…か」

 

 

翔は、ちかげに本を貸した

今回、ちかげの家に来たのは、そのお礼に食事に招待されたのだ

 

翔が家の扉に近づき、こんこんとノックする

 

 

「ごめんくださーい」

 

 

どどどどどど

 

 

「?」

 

 

家の中から大きな足音が聞こえてくる

そして…

 

 

「うおぅ!」

 

 

バン、と勢いよく開かれた扉

扉は家の壁にたたきつけられ、翔はそれに挟まれてしまった

 

 

「しょ、翔!大丈夫!?」

 

 

“ぱおー…”

 

 

すずと、扉を開いたゾウ…が、翔を心配して声をかける

 

 

「…あぁ、大丈夫」

 

 

翔は無傷だった

何とか開かれるとびらに反応し、避けることはできなかったものの、足を出して扉をすれすれで止めていたのだ

 

 

「…ゾウ?」

 

 

扉をどけて、扉を開いた本人を見る

 

そのゾウを見て、翔は固まる

 

 

「ちかげちゃんちでめいどしてるぱなこさん。世話好きで気立てが良い島一の美少女って評判のコなんだけど…」

 

 

「びしょうじょ…?」

 

 

すずの言葉に疑問を持つ翔

ぱなこさんを見る

ぱなこさんは翔とすずを家の中に招いている

 

 

「ちょっとおっちょこちょいなのがタマにキズ…」

 

 

「…」

 

 

すずが言葉を言い切った直後、ぱなこさんがずてん、と転んでいた

 

これは…、大丈夫なのか?メイドの仕事は

疑問に思いながら起き上がって案内を再開するぱなこさんを見ていた

 

 

 

 

 

 

 

ぱなこさんに案内され、翔とすずは客室でコーヒーを飲んでちかげが来るのを待っていた

 

 

「ところで、ちかげは何をしてるんだ?」

 

 

“ただいまお料理中です。すぐにいらっしゃいますわ”

 

 

と、紙に書いて教えてくれるぱなこさん

 

 

(…ゾウと普通に会話してるよ俺)

 

 

カップを持ちながら心の中でつぶやく翔

それと同時に、この島に順応してきていることを自覚する

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 

翔が心の中でつぶやいていると、扉が開かれ、そこからちかげが入ってきた

 

 

「…ぶっ!」

 

 

そのちかげの恰好を見て、翔はコーヒーを吹き出した

ごほごほと咽ながら翔はちかげに疑問を口にする

 

 

「…ちかげ、ごほっ!…その恰好は何だ?」

 

 

「何って、お料理してましたのでエプロンを…」

 

 

確かにちかげはエプロンを着ていた

だが、問題はそこではない

 

 

「いや、何で下が裸なんだ!?」

 

 

そう、問題はそのエプロンの下には何も着用していなかったということだ

翔は顔を赤くしながらツッコミを入れる

 

 

「『エプロンは裸の上につけるのが正しい!!』と、この本に書いてあったんですけど…。違ってました?」

 

 

ちかげはその手に色々まずい本を持って翔に言った

 

 

「そんなもの参考にするな!ていうか何でそんな本がこの島にあるんだ!?」

 

 

翔は再びちかげにツッコミを入れると同時に、この島にそんな色々まずい本があることに疑問を覚える

 

まあ、翔の疑問は今は置いておく

翔はその後も必死にちかげを説得して、ちかげに着替えさせることに成功

 

ほっとした翔だった

 

そして、着替えが終わったちかげが料理を運んでくる

そこで、翔は先程感じた疑問を口にした

 

 

「それで、どうしてあんなのがこの島にあるんだ?」

 

 

翔の問いに、ちかげが料理を皿に盛りつけながら答える

 

 

「嵐が起きると時々、島の近くを流れる外界のものを波が引きずり込んだりするんですの。あの本の他にも色々ありますわ」

 

 

(…嵐…ね)

 

 

ちかげの答え

それを聞いて、翔の胸にひっかかることがあった

 

嵐だ

翔が流れ着いたその日も、ひどい嵐だったらしい

 

この島から流れ着くことと嵐

一体何の関係が…?

 

 

「翔…?」

 

 

「…ん?」

 

 

考え込む翔にすずが声をかけた

翔の様子が気になったのである

 

 

「どうしたの…?」

 

 

「いや、何でもないよ」

 

 

手を振りながら何でもないと伝える翔

すずは引き下がったが、それでもどこか不安そうな表情で翔を見ていた

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

翔とすずの間に微妙な空気が流れる中、ちかげが出来上がった料理、カレーライスを翔の前に置いた

カレーがこの島にあるということで、翔の目が一瞬輝いた

 

だが、すずはどこか嫌がる表情をしている

 

 

「すず、カレー嫌いなのか?」

 

 

「辛いのダメなの~…」

 

 

手を合わせた後、翔はカレーを口に入れる

パクパクと食べながらすずに聞く

 

すずはスプーンでカレーを掬うが、口に入れることを戸惑っていた

 

 

「うぅ~…。…ひにゃぁ~ん!からぁ~い!」

 

 

カレーを口に入れたすずは辛さに悶えていた

だが、翔はパクパクと勢いよく食べている

 

豆知識

翔は辛い物好き

 

 

(それにしても…)

 

 

翔はカレーをもぐもぐと咀嚼しながら考える

 

 

(カレーはおいしいけど…。何を企んでるんですかちかげさん…?)

 

 

ちかげから感じる嫌な予感が気になっていた翔だった

 

 

 

 

 

 

「どーぞ、お入りください」

 

 

食事が終わった後、翔とすずはちかげの部屋に招かれていた

翔とすずを招待した理由は、先程の本のように、この島に流れ着いたものの正体を翔に聞きたかったためらしい

 

ちかげが先に入り、すず、翔の順番で中に入っていく

 

 

「うにゃー…、すごい本の数だねー…」

 

 

「アイランド号に積んであった全ての本がこの部屋にありますから…よっと」

 

 

ちかげの部屋にある大量の本に驚くすず

翔も、言葉には出していないが大量の本棚全てにびっしりと詰められている本を見てぽかんとしていた

 

ちかげは本棚の上から何かをとっていた

 

 

「とりあえず、昨日拾ったこれを見てもらえます?」

 

 

「?桶?」

 

 

ちかげが取り出したものを見て、すずが率直に思ったことを口にする

だが、それは桶ではなく

 

 

「あぁ、それは電子ジャーだよ」

 

 

翔が答えた

 

 

「でんしじゃー?」

 

 

すずがでんしじゃーとは何なのかを、首を傾げながら聞く

ちかげもすずと共に首を傾げている

 

 

「その中にコメを入れてスイッチを押すとご飯が炊けるんだ」

 

 

すずとちかげ、そしてすずの腕の中にいたとんかつの目が見開かれた

 

 

「ええっ!?それだけでご飯が!?」

 

 

「火は使わないのですか!?」

 

 

「ぷ!」

 

 

今目の前にある物体がそんなにすごいものだと思わなかったのだろう

すずもちかげもとんかつも、電子ジャーを弄りまわしている

 

 

「では、これは何ですの!?」

 

 

すずに電子ジャーを渡し、また何かを持って聞いてくるちかげ

 

 

「これは電子レンジ。食べ物を中に入れて温めるんだ」

 

 

「こんなただの箱で!?」

 

 

翔の答えを聞いて驚愕するちかげ

次はこれ、次はこれと聞いてくる二人

 

それを見ていると、なんだかおもしろくなってくる翔

 

外では当たり前だったものでも、彼女たちには未知のものなのだ

 

 

「それじゃ、さっそく使ってみよーよ!まずはこのご飯が炊けるやつ!」

 

 

一通り聞き終わったらしい

すずがそんなことを言い出した

ちかげも乗り気でいる

 

 

「翔さん、これはどうやって使うんですの?」

 

 

ちかげがわくわくした様子で翔に聞いてくる

すずととんかつもどこかうずうずしている

未知のものに対する興味がにじみ出ている

 

だが、翔は残酷な現実を伝えなければならなかった

 

 

「使えない」

 

 

「「…え?」」

 

 

「ぷ?」

 

 

一言

たった一言で、空気が凍りついた

 

 

「「ええっ!?」」

 

「ぷー!?」

 

 

再起動した

 

 

「この島には電気ないだろ?」

 

 

「電気って、あの電灯を光らす?」

 

 

翔の言葉に、ちかげが聞く

翔は頷く

 

 

「じゃあ…、ここにあるものは…」

 

 

「ゴミだな」

 

 

ちかげが恐れている事実を、何の戸惑いもなく包み隠さず言ってしまった翔

ちかげは真っ白に燃え尽きてしまった

 

 

「…まあいいですわ。これらの正体がわかっただけでも良しとしましょう」

 

 

無理やり自分の心を納得させるちかげ

 

 

「あ。もう外真っ暗だよ。そろそろ帰ろっか」

 

 

「ん、そうだな。帰るか」

 

 

すずが窓から外を見て、言う

翔も外を見て賛成する

 

だが、それを良しとしない人物が

 

 

「あ、よろしかったら泊まっていきませんか?」

 

 

「…」(何で焦ってるんだ?)

 

 

ちかげが翔とすずを止める

だが、そのようすがおかしいのに疑問を持つが、スルーする翔

 

特に何かされない限りは気にしない

 

 

「でも…」

 

 

「夕飯後のケーキを用意しますよ?冷奴も♡」

 

 

「ケーキ!?泊まろうよ翔!」

 

 

「ぷー!ぷー!」

 

 

すずととんかつは釣られてしまった

 

とんかつが冷奴大好きなのは知っていた

すずが甘いものに目がないことは最近知った

 

もう、すずを止めることはできないだろう

翔は悟った

 

 

「そうだな…」

 

 

この暗い中帰るのも面倒くさいし、と考えて翔も賛同した

 

翔たちは部屋から出て階段を下りていく

 

 

「じゃあ、お食事の前にお風呂でもどうですか?」

 

 

「ん、そうするか」

 

 

ちかげの好意に甘える翔

 

そしてバスルームの前の更衣室に入っていく

 

…すずとちかげと共に

 

 

・・・・・

 

 

「俺は後でいいよ」

 

 

翔は更衣室から出て行った

 

 

 

 

更衣室から出た翔は、キッチンに向かっていた

 

 

「ぱなこさん、ケーキなんですが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「翔ぉ~…、あがったよぉ~…」

 

 

「ん、わかった…けど、どうしたすず…」

 

 

キッチンに入って、風呂が空いたことを知らせに来たすず

だが、なぜかぐったりとしていた

 

 

「気にしないで~…、ともかく、入ってきなよ~…」

 

 

「?わかった。あ、ぱなこさん、後はさっき言った通りに…」

 

 

“わかりました”

 

 

翔は更衣室で服を脱ぎ、風呂場に入った

体を流し、お湯に浸かる

 

気の抜けた声を発しながら伸びをする

 

いつもはすずが乱入してこようとするため、気を張っていたのだが、今日はすでにすずは入浴済み

気を張る必要がないのだ

 

そう思っていた

 

翔は気づかなかった

この場に、もう一人の存在がいたことを

珍しく気づかなかった

 

 

(ふふふ…。一緒に入りたがらないのなら、こっそりと覗かせてもらうまでですの)

 

 

お湯の中には、ちかげが潜んでいた

それを知らず、翔はぐったりとくつろいでいる

 

コンコン

 

「!すず?」

 

 

ノック音を聞いて、翔はすずが入浴済みにも関わらず乱入してこようとしてるのかと思った

 

 

「…ぱなこさん?」

 

 

扉が開き、現れたのはぱなこさん

 

 

“お背中お流ししますわ”

 

 

「ん、ならお願いしようかな?」

 

 

(?すずさんが言うには女性とは入りたがらないという話なのですが…。ぱなこさんは嫌がりませんね…)

 

 

なんの抵抗もなくぱなこさんと風呂に入ることを了承する翔

なぜなのだろう

 

 

(むぅ…。遠すぎて見えずらいですの…)

 

 

「いてててて…。ぱなこさん、強すぎだよ…」

 

 

“ぱおっ!?”

 

 

翔とぱなこさんのやり取りを遠目で観察するちかげ

 

ちかげは、曇る眼鏡を外していたのだが、眼鏡なしでは中々見えない

 

 

(…危険ですが、もっと近くで見ることにしましょう)

 

 

その選択は、間違いだった

 

 

「っ!誰だ!?」

 

 

翔が、ぱなこさん以外の存在の気配をつかんだ

上がる湯気で姿が見えてこないが、誰かがいることは間違いない

 

翔は警戒を緩めない

 

 

「…私です」

 

 

「…ちかげ」

 

 

観念したちかげが湯気の中から出てきた

翔はため息をつく

 

結局、三人で入浴することになった

 

 

 

 

 

風呂に上がった後、食事の盛り付けができるまで割り当てられた部屋で待っていた翔とすず

 

だが、すずはご機嫌ななめだった

 

 

「…すず、どうして機嫌悪いんだ?」

 

 

翔が、すずに聞く

 

 

「ちかげちゃんとぱなこさんと一緒にお風呂入ってたんだー。私をのけ者にしてー」

 

 

すずがぷりぷりしながら言う

 

 

「いや、ちかげがまだ入ってたなんて気づかなかったんだって…」

 

 

本当に驚いた

そして、自分の気の抜け方に驚いた

まさか、同じ部屋にいる存在の気配に気づかないとは

 

 

(…父さんと兄さんに知られたらなんて言われるだろ)

 

 

一瞬、怖い想像をしてしまう

ぶるりと体を震わせてしまった

 

 

「でも、ぱなこさんとは一緒だったじゃない!」

 

 

「なんでそんなに怒ってるんだよ…」

 

 

苦笑いを浮かべながら言う翔

すずは、ぷいっとそっぽを向きながら言った

 

 

「私とお風呂入ってくれるまで許してあげないんだから!」

 

 

「何で…」

 

 

すずの言葉に項垂れる翔だった

 

 

 

 

追記

 

「わぁ!このケーキおいしい!」

 

 

“このケーキは、翔様が作ってくださったものです”

 

 

「え!?そうなの!?すごいよ翔!」

 

 

「まあ、ここに来る前は喫茶店店長の息子だったからな…。それに、最後はぱなこさんがやってくれたものだし」

 

 

“私は翔様のご指示にしたとおりですわ”

 

 

すずの機嫌はケーキで直ったという




翔君は料理できますよ
それも、美由希=妹というイメージがついた要因なんですよ

感想待ってまーす!


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第十話 発せられて

発せられるのは…
何なのでしょうね?(笑)


翔は森の中で歩いていた

その足元では、とんかつも歩いている

 

目的地は、わからない

 

いや、森の出口が目的地なのだがその場所がわからないのだ

 

そう、翔は

 

 

「…迷った」

 

 

絶賛、迷子中だった

 

すずと一緒に仕事をしていて、手分けしてやろうという話になった

結果、翔ととんかつ、すずの二つのグループに分かれたのだが…

 

 

「とんかつ…、お前がちょろちょろするから迷ったんだぞ?」

 

 

「ぷ」

 

 

翔がため息をつきながらとんかつを咎めるが、とんかつは知らぬ顔で鳴く

その様子を見て、翔はまたため息をつく

 

 

「…水の音?」

 

 

そこで、翔の耳に水が流れる音が聞こえてきた

これは助かる

 

翔はとんかつを頭に乗せ、早足気味で歩き始めた

 

そして、翔の目に、水が見え始めて…、川に出た

 

 

「…え?」

 

 

「!」

 

 

翔の目が見開かれる

川の中に、りんがいたのだ

それも、裸で

 

水浴びをしていたのか

その裸体は、とてもきれいd「きゃぁあああああああ!!!!!」

 

 

「うぐっ…」

 

 

「ぷっ!」

 

 

りんが悲鳴をあげる

思わず翔は顔をしかめ、とんかつは驚いて耳でつかんでいた蝶を放してしまった

 

 

「やだ!見ないで見ないでーっ!」

 

 

「…っ、わかった!そっぽ向いてるから!」

 

 

りんの希望に従って、翔は後ろを向く

 

ため息をつく

迷い、少し希望を見つけたと思ったら、自業自得とはいえ耳に悪い大きな悲鳴を聞く羽目になってしまうとは

今日は厄日か…

 

 

「…ふぅ、驚いたぜダンナ」

 

 

「悪い…」

 

 

着替え終わったりんが翔の前に立って言う

翔は改めてりんに謝罪する

 

 

「でも、急に大声を出しちまって悪かったな…」

 

 

「いや、悪いのは全般こっちだろ」

 

 

後頭部を掻きながら謝罪してくるりんに、心外そうに言う翔

 

 

「あたい、他人に裸見られるの恥ずかしくてな…」

 

 

「え?女の子にもか?」

 

 

「当然だろ?ここには女しかいなかったんだから」

 

 

りんの言葉に驚いて翔は聞き返す

 

翔は先程の出来事で、りんは適度の羞恥心を持っていると思った

だが、そうではなく大きすぎる羞恥心をりんは持っていると思いなおされた

 

 

「それに、あたいってばどういうわけか女に言い寄られることが多くてさ…」

 

 

「あぁ…、わかる気がする。りんって男気あるもんな」

 

 

りんの言うことが理解できる翔

下手したら、外界にいる下手な男よりも男気があるかもしれない

 

女しかいなかったこの島ではさぞモテたことだろう

 

 

「お、男気…」

 

 

翔にとっては褒めたつもりなのだが、りんには心に突き刺さる言葉だった

だが、りんは笑みを浮かべながら言い返した

 

 

「ま、今はその連中もダンナの方に鞍替えしてくれてほっとしてるんだけどな?」

 

 

「…そうか」

 

 

今度は翔の心に突き刺さる番だった

 

 

「ま、それでもまだ一人しつこい奴が…」

 

 

項垂れる翔をスルーして、りんは話し始める

そして、二人の近くに立っていた木の葉が揺れた

 

それを見て何を思ったのか

 

 

「いるけどな!」

 

 

りんはその木を思い切り蹴った

 

その木からは

 

鳥が落ちてきただけだった

 

 

「…どうした?」

 

 

「いや…、てっきりあいつがいると…」

 

 

「…そのあいつって」

 

 

りんの言葉の中にあったあいつ

 

翔は鋼糸を取り出す

そして、近くの草陰に向かってそれを放った

 

 

「うぇ!?なんやこれ!」

 

 

「こいつの…ことか?」

 

 

翔は鋼糸で腕をくるめた人物を引っ張って草陰から出す

後頭部の髪をくるみ、忍びのような衣で身を包んだ少女

 

 

「はぁ…、またあとをつけてきやがったかお前は!」

 

 

「うぅ…」

 

 

「誰なんだ?」

 

 

りんはその少女に向けて怒鳴る

少女は項垂れる

翔は腕に巻き付けた鋼糸を解いて、りんに誰なのかを聞いた

 

再び、森の出口に向けて歩き出した三人

りんは少女が誰なのかを説明する

 

 

「こいつはみことっていって、未だにこそこそあたいをつけまわすしつこい奴」

 

 

「そらもう、うちは本気でお姉さまをお慕いしておりますもん♡」

 

 

「…」

 

 

百合という言葉の意味は知っていた翔

だが、実際にその人を見たことはなかった

 

それが目の前にいる

ぽかんとするしかなかった

 

すると、みことは翔の方を向いて笑顔を浮かべる

 

 

「あんたには感謝しとるわ。姉さまに群がる邪魔者たちをひきつけてくれて」

 

 

「ひきつけたつもりはないんだけどな…」

 

 

翔は苦笑気味に答える

自分がここに来ただけで、勝手に女たちが来ただけなのだ

 

正直、苦手だ

 

別にこの島の人間たちが嫌いなわけではない

むしろ、いい人たちだと思う

だが、たまに見せる肉食動物が獲物を狙うような目を見せるのはやめてほしい

 

 

「でもな…」

 

 

「?」

 

 

すると、急にみことが纏う空気が一変する

 

 

「うちに姉さまに手ぇ出したら…、ただじゃおかんぞコラ」

 

 

「…」

 

 

それはそれは物凄い顔をしながら言ってくるみこと

まあ、翔にしたらただの変顔でしかないのだが

 

 

「いつからあたいはお前のもんになった!」

 

 

「ぐへぇっ!」

 

 

「!?」

 

 

むしろ、りんの容赦ないかかと落としの方が恐怖を感じた

 

 

 

 

 

次の日

翔とすずととんかつは、りんの所に向かっていた

正確には、りんたち家族の所にだが

 

今日の仕事は、りんたちの仕事を手伝うことらしい

 

 

「ようすずっち、ダンナ。来てくれたか」

 

 

「おはよー、りんちゃん」

 

 

翔たちに気がついたりんが片手を上げて挨拶をする

代表して、すずが挨拶を返した

 

 

「悪いな二人とも。もろもろの事情で今日中に仕上げなきゃならねえんだ。頼むな」

 

 

「うん、任せて!」

 

 

りんの言葉に力強く答えるすずに疑問を持った翔

 

 

「すずって大工仕事できるのか?」

 

 

「うん、ちょっとくらいならやったことあるよ?翔は?」

 

 

「まったくの素人ってわけではない」

 

 

すずに大工仕事ができるのかと聞くと、逆に聞き返される

 

翔はよく士郎や恭也と共にものを作っていた

さすがに専門的なものはできないが、犬小屋くらいならお手の物だ

 

 

「なら話は早い。後は組み立てるだけなんだ」

 

 

「そうか。どこに釘を刺せばいいとか指示さえしてくれれば問題なくできると思う」

 

 

この仕事をすることにどこか感じていた不安はなくなった

組み立てるだけなら何とかなりそうだ

 

 

「ま、りん程度でもできる仕事なんだ。素人だってできるさ」

 

 

「ひどいなばっちゃ…じゃない、棟梁」

 

 

翔が安心していると、木材の上に座っていたキセルをくわえた老婆が言う

その老婆に頬を膨らませながら言い返すりん

 

ばっちゃんと呼ぼうとしたのだろう

それでも、棟梁と言い直した

特にぎすぎすしている様子はないが、仕事中に関しては上下関係が厳しいらしい

 

翔は、こういう関係はしっくりくる

実際、士郎、恭也と、翔、美由希はこういう関係だったのだから

 

 

「なんせこいつ、10年修行しても見習いだからな」

 

 

「そ、それを言うなよ母さん!」

 

 

「…くっ」

 

 

りんたちのやり取りを見ていると、翔がまだ剣を握っていた時のことを思い出す

悪い思い出ではなく、良い思い出を

 

修行は厳しかったが、乗り切ると優しく包み込んでくれた

美由希もこうやって見習い見習いとからかわれていた

 

翔はかなり早く開花したおかげでそうでもなかったが

 

美由希はよく、からかわれるたびに翔を恨ましげに見てきたものだ

決して憎みやそういう感情ではなかったが

純粋な羨みと、確かな尊敬と一緒に

 

 

(本当に…。美由希のそういうところは尊敬できるんだけどな)

 

 

「ん?どうした?」

 

 

翔が考え事をしていると、りんの母親が翔の顔をのぞき込んできた

翔は一瞬目を見開くが、すぐに戻す

 

 

「いえ、何でも」

 

 

「そか。じゃ、うちらの紹介しとかないとな」

 

 

りんの母親がそれぞれを指さしながら名前を紹介していく

 

 

「こっちがりんの祖母で棟梁のりつ。そいつらがりんの兄弟子のいた一とげ太。最後に下っ端のえて吉だ」

 

 

(…りんはさる以上いたち以下なのか)

 

 

この島の動物はどんな構造をしているのか

外界に連れて行って調べてもらいたいなと一瞬思ってしまう翔

 

 

「そして、あたしがりんの母親のりさだ。あんたのことはよくりんから聞いてるよ」

 

 

「はぁ…」

 

 

「ま、細かい仕事についてはりんから聞いてくれ。りん、聞いた感じ素人じゃあなさそうだからどこをどうするかだけ教えてやりな」

 

 

「了か~い」

 

 

翔にはりんがついてくれるらしい

ふぅっと息をつく翔

それにしても、りんは何を言われているのだろうか

顔を赤くしてるが

 

 

「そんじゃ、お前ら!とっとと片づけるよ!」

 

 

「「「「「「おーーーーーーーっ!」」」」」」

 

 

「…お、おぉ」

 

 

まわりの乗りについていけなかった翔

 

 

「さてとダンナはこっちだ」

 

 

「ん」

 

 

りんが翔の役割の場に案内する

それを見ていたすずとみこと

 

 

「…心配やな、あの二人」

 

 

「翔は大丈夫だと思うけど、りんはぶきっちょだからね~…」

 

 

みことの言葉にすずが苦笑混じりで返す

 

 

「いやそやなくて、姉さま魅力ありすぎるやろ?あの男、どさくさに紛れて手ぇ出さんとも限らんやん」

 

 

「それって、翔がりんちゃんのこと好きになるってこと?」

 

 

「そんなとこや。…それはあかんで。二人に張り付いて見張っとかんと」

 

 

みことが翔とりんがいる場所に向かっていこうとする

が、みことの襟を、げ太がつかんで止める

 

 

“お前はこっちだ!”

 

 

「あ、ちょっと兄ちゃぁん!」

 

 

みことが引っ張られていく

 

 

“すずちゃんはこっち頼むね”

 

 

取り残されたすずにえて吉が声をかける

すずは

 

 

「…」

 

 

どこか不安げに翔とりんの二人を見つめていた

 

 

 

 

 

とんてんかんとトンカチで叩く音が聞こえてくる

 

 

「…てきぱきやってるな」

 

 

初めて本格的な大工仕事を目にする翔

大工仕事には興味があったので、感動していた

 

 

「さてと、あたしたちもやらなきゃな。ダンナはこことここに釘を刺してくれ」

 

 

「了解」

 

 

りんに指示をされ、翔はトンカチを受け取る

そして、決して素人とは思えないトンカチさばきで釘を差し込んでいく

 

 

「おぉ…」

 

 

その光景を、感心して眺めるりん

翔を眺めながらトンカチを叩いていたのだ

当然、お約束が待っている

 

 

「…てっ!」

 

 

「ん?」

 

 

翔がりんの小さな悲鳴で作業を中断する

そして

 

 

「…何やってるんだ」

 

 

左手の人差し指を握って痛がっているりんに歩み寄る

 

 

「見せろ」

 

 

「あ…、うん」

 

 

翔はりんの左手をとる

そして、ポケットから幅が狭い指用の包帯をとり、りんの腫れた指にてきぱきと包帯を巻いていく

 

 

そして、それを見ていたみことは

 

 

「あーっ!あいつーっ!」

 

 

怒鳴り散らしていた

 

 

「あっ…」

 

 

そして、みことの隣で翔とりんを見ていたすず

寂しげにその光景を見つめる

 

 

「これでよし」

 

 

「あぁ…。すまないダン…ナ…」

 

 

包帯を巻き終えた翔

りんは翔にお礼を言おうと、自分の指に落としていたしせんを上げる

 

 

「…っ」

 

 

「…?」

 

 

近い

翔はきょとんとした顔をしている

 

だが、その表情がかわい…

 

 

「…っ」

 

 

すると、りんの目の中で、翔の腕がぶれた

 

 

「ほげぇっ!」

 

 

「…あ」

 

 

「え?」

 

 

誰かの悲鳴が聞こえる

そして、呆けた声を出す翔

何が起こったのか理解できないりん

 

翔はただ、身にかかる火の粉を払っただけなのだ

そして、火の粉を振りかけたのが

 

 

「みことちゃん!大丈夫、みことちゃん!?」

 

 

翔にトンカチを投げたみことだったというだけ

 

 

 

それからも、翔がりんに接近するごとに何かやらかすみこと

 

ある時は、翔に手裏剣を投げて…

 

 

「ひぃっ!?」

 

 

逆に手裏剣を片手の指の間で止められて投げ返され、頬が切れたり

 

ある時は苦無を投げて…

 

 

「ひゃぅ!?」

 

 

翔がその手で持っていたトンカチではじき返され、首すれすれを通り過ぎて行ったり

 

 

ある時は、翔に何かをする前に…

 

 

「…」

 

 

睨まれて行動を中断させられたり

 

翔がりんに接近しようとした理由は、りんが色々ボケをやったからだ

そして、そのボケをやったりんにとって今日は中々の厄日だったのだが…

 

 

「おいみこと、大丈夫か?」

 

 

「…」

 

 

真っ白に燃え尽きているみこと

翔に反撃を喰らいまくったみことにとってはそれ以上の厄日だっただろう

 

 

(やれやれ…。みことには困ったものだなぁ…。別にりんに手を出そうとかこれっぽちも考えてないんだけど…。まあいいや。それよりも…)

 

 

今の翔にとって、みことやりんよりももっと気になることがあった

 

 

(…何で殺気立っているのでしょうか?すずさん…?)

 

 

あまりの殺気でもやもやと黒いものが見えている

この島に来て初めて、すずに恐怖を感じた翔だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「完成!」

 

 

ついに、仕事が終わった

今は打ち上げ的な感じでみんなで飲んで食ってで大騒ぎしていた

 

翔はすずとりんに挟まれて間に座っていた

 

 

「よ、坊主。今日は大活躍だったな」

 

 

翔がエビフライをむぐむぐ咥えていると、りさが肩を叩きながら声をかけてきた

 

 

「ん…。いえ、お役に立てたのならよかったです」

 

 

「ははは!礼儀がいいねぇ!」

 

 

エビフライを飲み込んだ後、翔がりさに相槌をうつ

何が面白かったのか翔にはわからなかったが、りさは大笑いをしている

 

 

「ま、大したものはねえが遠慮しないで食ってくれ」

 

 

「大したことなくて悪かったな!」

 

 

りさはそう言い残して去っていく

そのりさに、りんは文句を言った

 

 

「これ、りんが全部作ったのか?」

 

 

「え?まぁ…、うん…。でも、本当に大したことないし…」

 

 

りんがわずかにしょんぼりしながら答える

 

 

「そんなことないって。これはすごいことだよ」

 

 

「え?」

 

 

翔の言葉に驚いたように目を見開くりん

 

 

「すごくうまいよ。ありがとう、りん」

 

 

「え…、あ…」

 

 

翔は笑顔を向けながらりんを称賛する

 

 

(そうだよ、これはすごいことだ。まったくできないどころか、ブラック料理を創りだす奴だっているんだし…。…いや、あれも一種の才能…なのか?)

 

 

翔の心の中ではこうつぶやかれていた

 

 

「…っ」

 

 

翔は身動きが取れなかった

というより、その暇がなかった

 

殺気を感じたそのすぐ後に、それは投げられたのだから

 

 

「…のこぎり」

 

 

翔とりんの間に、のこぎりが刺さっていた

 

 

「み、みことてめぇ~!また…」

 

 

「いえ!今回はまだ何もしてまへんで!」

 

 

「…」

 

 

りんはみことを怒鳴りつける

翔はその様子を眺めている

 

本当に、これはみことがやったのか?

 

 

「翔、その…、ごめんね?今の私なの…」

 

 

「あ…、え?」

 

 

すずだというのはわかっていた

だが、こうもあっさり自白するとは思わなかった

 

なんで?

 

 

「急に投げたくなっちゃって…」

 

 

「…」(これ、感じたことある!兄さんに惚れてた女の子が、兄さんが他の女の子と仲良くしてた時に発してたオーラだ!なんで!?すずもりんのことが好きなのか!?)

 

 

なぜすずが禍々しいオーラを発しているのかを考える

 

翔の中での結論は、りんのことが好きなのでは?と出る

だが、すずの殺気は確実に自分に向けられていて…

 

 

「…?…?」

 

 

結局わからずじまいで終わってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、夜

 

 

「…」

 

 

「…」(すず…、怖い…)

 

 

翔が寝ている隣ですずが寝ている

そのすずから未だ発せられるオーラで、その次の日、翔は寝不足になってしまったとさ




発せられたのは殺気でした!

そして翔君…
そこまでわかっていてなぜ気づかない…
やはり翔君は恭也君の弟ですね!(笑)

それと、感想プリーズ!


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第十一話 呼び出されて

第十一話目です!


ぱんぱんと洗濯物を叩いてから物干し棒にかける

 

翔とすずは今、洗濯物を外にある物干し場にかけていた

空は晴れ渡っていて、洗濯物はしっかりと乾くだろう

 

 

“うにゃー”

 

 

「うにゃ?」

 

 

「?」

 

 

二人の足元で、猫の鳴き声が聞こえてきた

二人が視線を落とすと、そこには一匹の猫がいて

 

 

「あ!みぃー!久しぶりー!」

 

 

“♪”

 

 

すずはその猫を抱き上げる

猫は抱っこされたことが嬉しいのか、尻尾を振っている

 

 

「ん?手紙?」

 

 

すずが、猫の両手で持っている紙を見つけた

翔は洗濯物を干していきながらすずと猫を見る

 

 

「あ!おししょーさまからだ!」

 

 

「おししょー?」

 

 

 

 

 

 

 

洗濯物を干し終え、翔とすずととんかつは猫を連れて南の森に向かっていた

 

 

「南の森の主?」

 

 

「うん。そのヒトが私のおししょーさま」

 

 

翔、すずが口にした言葉から予想できるだろう

南の森の主であり、すずの師匠であるヒトに会いに行くのである

 

先程届けられた手紙は、すずの師匠からのものだったのだ

 

 

「師匠か…。何を習ってたんだ?」

 

 

師匠と言うからには、すずは何かを習っていたのだろう

翔はそれを聞く

 

 

「うん!合気道とか柔術とかをね!」

 

 

「ほう」

 

 

すずの答えを聞いて、一瞬、翔の心の中の炎がめらりと燃えた

 

戦ってみたい

そう思ってしまった

 

だが、何とかその衝動を抑えていく翔

 

 

「子供の頃よくこの森に遊びに行っててね?遊びついでで教えてもらってたんだ~」

 

 

(そういえば、すずは東の主を投げ飛ばしてたな…)

 

 

すずの言葉を聞きながら、翔は心の中でつぶやいた

そして、気づいたことがあった

 

 

「そういえばさ?南の主、そして東の主もいたよな?じゃあ、北の主と西の主もいるのか?」

 

 

南の主と東の主

そこから北の主と西の主が存在することは容易に想像できる

 

 

「うん。他にも海の主と島の大主がいるよ」

 

 

「…東の主みたいに気が荒くなかったらいいんだけど」

 

 

東の主は、可愛いパンダの見た目ながらずいぶんと荒いところを見せてくれた

他の主はどうだろうと考える翔

 

 

「大丈夫だよー。気が荒いのは東と北の主だけだから。おししょーさまはとっても気さくなヒトだよ?ちょっと悪戯好きだけど」

 

 

「悪戯好きか…」

 

 

すずの言葉の中にある悪戯好きで、翔は思い出していた

美由希となのはは、よく自分に悪戯を仕掛けてきたものだ

 

仕掛けられる罠など、翔は容易に気づけるのだが、例外がある

それは、寝起きの時だ

 

今はそうでもないものの、中学生くらいまではそれはそれは寝起きが悪かったものだ

ひどいときは、士郎や恭也に拳で軽い徹を軽く入れられて強引に起こされたものだ

 

それでも起きるときは起きるのだが、ぽやぽやしながら部屋を出る

そして、美由希となのはの悪戯に遭うのだ

一番ひどかったのは、翔の部屋の扉のすぐ前にぬれた雑巾を置かれた時だ

足を滑らせて転んだ

 

後ろ向きに

 

知っているだろう

扉がついているところは、大体の確率で出っ張っている

 

翔はそこに頭をぶつけた

 

翔は気を失い、それはそれは大騒ぎになったものだ

美由希となのははこっぴどく桃子に叱られた

そして、翔も士郎と恭也に叱られた

 

その程度の悪戯など対処しろ、と

翔も情けなくて仕方なかったものだ

 

話がそれたが、まあ何を言いたいかというと、それによって翔は悪戯が軽いトラウマになってしまった

なので、その師匠とやらに悪戯を仕掛けられないかと心配で仕方ないのだ

 

 

「ちなみに、海の主と西の主は翔が知ってるヒトだよ?」

 

 

「そうなのか?」

 

 

翔が無表情の中で何を考えているか気づかなかったすずが言う

 

 

「海の主はさしみ」

 

 

「…あぁ、あのシャチか」

 

 

翔の頭の中で、初めの日に出会ったシャチの姿が浮かぶ

あれだけの巨体なのだ

主というのも当然だろう

 

 

「それで、東の主が…」

 

 

“にゃぁーーーーー”

 

 

すずが、西の主の正体を教えようとすると、遠くからかなりの数が鳴いているだろう猫の声が聞こえてきた

翔とすずが振り向くと、そこには

 

 

“にゃー”

 

 

“にゃー”

 

 

“にゃー”

 

 

「あー!みんなー!」

 

 

大量の猫が

 

 

「ね…猫がいっぱい…」

 

 

「久しぶりー、元気だったー?」

 

 

翔が目を見開きながら呆然と言い、すずが猫たちと挨拶を交わす

そしてとんかつは

 

 

「ぷ」

 

 

翔の頭の上の場所を他の猫にとられ、呆れたように息をついていた

 

 

「…」

 

 

「?どうしたの、翔?」

 

 

翔がぷるぷると震えている

それにきづいたすずが翔にどうしたのか問いかける

 

 

「…猫…、猫が…」

 

 

「翔…、猫好きなの?」

 

 

「…はっ。い…、いや…。ま、まあ、猫派ではあるかな?」

 

 

すずに図星をつかれる翔

何とかごまかそうとする翔だが、もう手遅れだ

 

豆知識

翔は大の猫好き

恭也の恋人、忍の妹であるすずかとは、猫好きつながりでかなり仲が良い

 

 

「?ていうことは、南の主は猫か?」

 

 

「うん」

 

 

翔の問いに、すずは猫たちを撫でながら頷き、翔の頭の上を指さす

 

 

「翔の頭の上に乗っかってるのがおししょーさまだよ」

 

 

「え?こいつ?」

 

 

「よ、おひさー」

 

 

「て、しゃべった!?」

 

 

翔の頭の上には一匹の猫が乗っていた

とんかつから翔の頭の上のスペースを盗った猫である

 

翔は、猫がしゃべったという事実にくちをあんぐりと開けている

今まで出会ってきた動物たちと翔は会話していた

だが、それはその動物が言っていることがただ何となく理解できたというだけなのだ

 

だが、この猫、南の主は違う

主は、純粋にしゃべっているのだ

 

主はひらりと翔の頭から降りる

 

 

「もー、ここんとこきてくんないからちょっと退屈だったよー」

 

 

「ごめーん。色々忙しかったからー」

 

 

「また少し背、伸びたんじゃない?」

 

 

「そう?自分じゃわかんないけど」

 

 

「…」

 

 

翔が呆然としている間にすずと主は会話を展開させていく

 

 

「それはそうと聞いた?」

 

 

「うにゃ?何を?」

 

 

主が話題転換させたとき、翔がすたすたと主に歩み寄った

 

 

「北の主がかわったって…」

 

 

主が話している間に、翔は主を抱き上げた

そして、主の顔をじぃ~っと見つめるというか眺めるというか睨む…?

 

 

「ん、なんにゃ…?」

 

 

「…」

 

 

主が戸惑いながら翔に問いかける

だが、翔は無言でただただ主を睨む

 

 

「こいつ誰?」

 

 

主が、翔に聞いても無駄だと悟り、すずに聞くことにする

 

 

「翔だよ。三週間前に流れ着いた男の子」

 

 

主の問いにすずが答える

 

 

「ほう、君が噂の…」

 

 

「…」

 

 

くるっと翔は主の体を回転させる

 

 

「長老も喜んでたよー。これで…」

 

 

「…」

 

 

くるっと翔は主の体を回転させる

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

翔はきょろきょろとまわりを見渡す

 

 

「翔、何してるの…?」

 

 

翔の行動に疑問を持ったすずが翔に問いかける

 

 

「いや、しゃべってる人はどこかなって…」

 

 

「…」

 

 

主の我慢が解かれた

主は翔の拘束を振り切って、鋭い爪が生えている手を翔に向けて振るった

 

 

「え!?」

 

 

「…ほう」

 

 

すずが驚愕し、主は感心したように声を漏らす

 

翔は主の攻撃を、上半身を反らすことで紙一重でかわしてみせたのだ

 

 

「…やるにぇ」

 

 

「いえ。あなたも見事な動きでしたよ。疑ってすいませんでした」

 

 

にやりと笑いあいながら言葉を交わす二人

 

 

「…」

 

 

すずは、ついていけずぼんやりとしていた

 

 

 

 

「おししょーさまはね、100年以上生きてる妖猫なの」

 

 

「ほう」

 

 

すずの言葉を聞き、翔は納得する

どうりで、見事な動きをするものだ

 

 

「いやいや、大したことないよ。それよりも、ぼくは君のことが気ににゃるんだけどにゃ…」

 

 

主が気迫を出しながら翔を見る

これは、敵意ではない

簡単な挑発

 

挑発といっても

 

 

「いえいえ。俺はただの一般人ですよ」

 

 

「そうは見えにゃいんだけどにゃー」

 

 

乗ってくれることは期待していないのだが

 

 

「…」

 

 

すずが、どこか不安げにそのやり取りを見つめていた

 

そして、それに気づいた主

にやりと笑った後、今回はそれについては触れないことを決めて口を開く

 

 

「まあ、この話は置いておいて…。本題に入るにゃ」

 

 

すずが、はっとして不安げな表情を止める

 

 

「すずを呼び出したのは他でもにゃい。今日は年に一度の大事な日…。主の座をかけたサバイバルゲームがあるからにゃ!」

 

 

「主の座?」

 

 

主の言葉を聞き、きょとんとした顔になる翔

 

 

「そうにゃ。南の森には猫族と犬族の二つの種族がいるにゃ」

 

 

主が、この森の種族について話し始めた

 

昔から猫族と犬族は、主の座をかけて争い続けてきたらしい

それは血で血を争うものだったそうな

 

だが、そんなことが続いていたある日、外の世界から人間が流れ着いた

そして、その人間の一人が提案した

 

年に一度、ルールを決めたゲームで勝負を決めたらどうかと

 

それ以来今までずっと、南の主はゲームで勝った方がその年務めてきた

 

すずを呼んだのはそのゲームに参加させるためで、去年も参加していたらしい

 

 

「ついでに翔も参加させてあげるよ。戦力になりそうにゃし」

 

 

「いいんですか?足手まといになるかもしれませんよ?」

 

 

「はっはっは、ありえにゃいありえにゃい」

 

 

また、挑発的に笑いあう二人

また、その二人を、というか翔を不安げに見つめるすず

 

 

「…?」

 

 

「来たにゃ」

 

 

そんな時だった

犬族が来たのは

 

丘の下から、その姿が現れた

 

 

 

 




最後まで書いたらかなり長くなりそうなので…
短いなと感じましたが、ここで切ることにしました!

感想待ってます!


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第十二話 楽しくて

翔君の隠れた〇〇〇っぷりが発揮されます


丘を登って現れたのは…

 

 

「ふっふっふ…。猫族よ!今年こそは負けんぞ!血のにじむ特訓を重ねてきた我らの力、見せてくれるわぁ!」

 

 

「…犬…なのか?」

 

 

ずいぶん物騒な言葉を吐いてくれているが、外見はかわいらしい犬だった

ご機嫌そうにはっはっは、と息を吐いている

 

 

「…おかしーなぁ」

 

 

「?何が?」

 

 

すずが顎に手を当てて、つぶやく

そのつぶやきが聞こえた翔がすずに問いかける

 

 

「うん。犬の長はしゃべれないはずなんだけど…」

 

 

「…」

 

 

翔の頭の中で、かちりと何かがはまった音がした

 

最初から、犬の声に、どこか既聞感を感じていた

そして、すずが言った犬の長はしゃべれない

 

 

「ふっ、できるかにゃ?いままでの戦績は51対50で我々が勝ってるもんね」

 

 

「ふふふ…。我々を今までと同じだと思うな…。先程も言ったが、我らは血のにじむ特訓を重ねた…。そして、それと同時に強力な人間の助っ人を呼んでいるのだ!」

 

 

「…」

 

 

聞けば聞くほどこの声が誰のものなのか確信していく

 

 

「聞いて驚け。彼女はめちゃめちゃ強くてすんごく賢くて完璧なスタイルで…」

 

 

「…」

 

 

犬がしゃべっている間に、翔は長へと近づいていく

 

 

「島一の美少女と評判の…わう」

 

 

言葉を言い切る前に、翔は長の体を押しのけた

そして、置かの陰に隠れた二人の人物を見つけ出す

 

 

「やっぱあんたか、今のアフレコ…。そしてまちまでいるし…」

 

 

「え!?翔様がどうして!?」

 

 

丘の陰に隠れていた人物は二人

あやねとまちだった

 

アフレコを入れていたのはあやねだった

 

 

「何やってるんだ?」

 

 

「何って…。犬の長に助っ人を頼まれて…」

 

 

翔が何をしているのかを聞くと、どこかおどおどしながら答えるあやね

 

うそだ

何かを隠している

 

 

「彼らの食料を盗み食いしてたところをつかまって、やむなく手を貸すことになったなんて言えないわよね…」

 

 

「お姉さまがおなかすいたーって言ったんじゃない!」

 

 

あっさりばらしてしまったまちに、あやねがツッコム

この事は、もう聞かなくていいだろう

 

いつもの通り、あやねがまちに振り回されて被害を受けたのだろう

 

 

「?翔様がいるってことは…」

 

 

「ん?すずのことか?いるぞ?」

 

 

あやねが丘から顔を出して下の様子を見る

そこには、翔の隣に立って、あやねに手を振っているすずの姿が

 

 

「うふふ♡これであやねのオチは決まったわね…」

 

 

「ちょっと!勝負の前に縁起の悪いこと言わないでよ!」

 

 

「…」

 

 

なかなか面白い姉妹だ

 

このやり取りを見て、翔はそう思った

 

 

 

 

 

 

二つの高い丘に、猫チーム、犬チームの二つに分かれる

もう一つ丘があるが、そこは猫チームと犬チームの応援団が陣取っている

 

 

「ルールってどうなってるんだ?」

 

 

心の中で緊張感ないな、とつぶやきながら隣にいるすずにルールのことを聞く翔

 

 

「勝負は10対10。先に対象を倒した方が勝ちだよ?」

 

 

「倒し方は…、気絶させるのか?」

 

 

「違うよー。この筆で顔にひげ二本書かれたら失格。使えるのもこの筆だけだよ?」

 

 

「ほう」

 

 

すずの説明を聞き終わった後、翔は筆をぶんぶんと振るう

 

軽い

が、それでも棒状の形だ

刀と同じ要領で振れるだけで翔にとってはアドバンテージだ

 

 

「あと、競技場から出ても失格だからね?」

 

 

「了解」

 

 

最後に、ぶぅん!と振るってから、すずに返事を返した

 

犬チームでは何やら盛り上がっている

もうそろそろ始まるだろうか

翔がそう思った時だった

 

 

ぶぉおおおおおおお!!

 

 

始まりの合図が鳴らされた

同時に、二つのチームが進行を始めた

 

 

「すず、作戦ってどうなってるんだ?」

 

 

翔が、このゲームの戦略について聞く

 

 

「戦闘は猫たちに任せて、私たちは敵の大将に突っ込めっておししょーさまが」

 

 

「なるほど」

 

 

「?」

 

 

翔はすずの言葉を聞いた後、頭の上に載っているとんかつを見てからにやりと笑った

すずが翔を不思議そうに見ている

 

 

「なら、突っ込みますか」

 

 

「にゃ?」

 

 

翔はすずを

 

 

「ふぇ!?」

 

 

抱きかかえた

そして

 

 

「しっかりつかまってろよ。ねこー、戦闘は任せたぞー」

 

 

“にゃーーーーー!”

 

 

翔が猫たちに呼びかけると、任せろとばかりに鳴きはじめる

そして翔は

 

 

「っ!」

 

 

「わわっ!?」

 

 

「ぷ!?」

 

 

全力で走り始めた

 

正面からくる犬たちも、翔のスピードに反応できずに突破されていく

 

 

「うわぁ!すごいよ翔!もう大将の所に着きそうだよ!」

 

 

すずがやや興奮気味に言う

 

 

「…っ!?」

 

 

すると、翔が急に止まった

すずはなぜ翔が止まったのかわからず、不思議そうに翔を見上げる

 

 

「どうしたの?」

 

 

「…下ろすよ?」

 

 

翔はすずを地面に降ろす

 

 

(…いる。地面の中か)

 

 

翔は気づいていた

地面の中に潜んでいる二人の存在を

 

このまま突っ込んでいっていたら、奇襲を受けていた

だが、こうして気づくことが出来たのだ

 

どうするか

 

 

(…引きずり出す!)

 

 

翔は、手に持っていた筆の柄を、地面にたたきつけた

すずは何をしてるの?と聞きたげな表情をしている

 

だが、翔がしていることには当然意味があって

 

 

「…ぶはぁっ!え!?何!?何なの!?」

 

 

「…地震じゃなさそうね」

 

 

「え…、あやね!?まち姉!?」

 

 

地面の中からあやねとまちが出てきた

 

 

「翔様、一体何をなされたのでしょう?」

 

 

まちが笑顔を浮かべながら翔に聞く

翔もまた、笑顔を返して

 

 

「秘密」

 

 

と言い返した

 

翔は、御神流<徹>を使用したのだ

威力はまあ怪我しない程度に抑え、地面にたたきつけた

 

そう、筆で地面を叩いたのはこのためである

 

 

「これで奇襲は防げた」

 

 

翔は筆の先をあやねとまちに向ける

翔の表情は、それは楽しそうに笑っていた

 

 

「さ、戦ろう?」

 

 

 

 

翔はまち、すずはあやねと戦う

それぞれ持つ筆をぶつけ合う

 

 

(…そういえば、ここに来るまでにすれ違った犬は五匹だったな。そして、あやねとまちと大将で八人…。あ)

 

 

そこで、翔は気づいた

犬たちの作戦に

 

だが、翔の表情に焦りは浮かばなかった

翔には、わかっていた

 

恐らく犬チームは、作戦通りに事を進めていると勘違いしているだろう

だが、それはまったくもって逆なのだ

 

 

「ほっ」

 

 

「なっ…!?」

 

 

翔はまちの突きをかわして、逆に突きをお見舞いさせる

まちの頬に、一本ひげが足された

 

まちが翔を警戒して距離をとる

翔は正面のまちと対峙しながらほくそ笑んでいた

 

 

(本当に…、南の主は面白いことを考える)

 

 

犬チームは、主の手のひらで踊らされていることを知らない

 

 

 

 

 

 

犬チーム、通称忍者隊

その隊が、主に牙を剥こうとしていた

 

草陰に隠れながら主に接近していく

 

主は犬の長付近で行われている戦闘に気を取られ、忍者隊の接近に気づいていない

 

 

“今だ!”

 

 

“忍者隊参上!”

 

 

そして、忍者隊が主に襲い掛かった

 

 

 

 

 

 

「あぁ!おししょーさま!」

 

 

「すず!しゃがめ!」

 

 

「え?…あっ!」

 

 

すずが、襲われている主に気を取られ、その隙にあやねがすずに一本ひげを書き足した

あやねには未だ一本もひげが書かれていない

すずは、絶体絶命のピンチだった

 

 

「すずに気を取られてていいの?」

 

 

まちが、翔に接近する

そのスピードは、一般人から見ればかなり速く見えるのだが

 

 

「遅いよ」

 

 

翔には遅く見える

 

翔はまちの筆の振りをさらりとかわす

そして、隙が出きたまちのもう片方の頬に

 

 

「はい」

 

 

「あっ」

 

 

ひげを書き足した

これで、まちは失格である

 

だが、それと同時に

 

 

“わおぉおおおおん!”

 

 

主の両頬に、ひげが書かれてしまった

 

 

「うにゃー…。負けた~…」

 

 

すずがへこんでいる

だが、翔は

 

 

笑っていた

 

 

犬の長の方を見て

 

 

 

 

“勝った♪勝った♪”

 

 

犬の長は浮かれていた

ゲームに勝ったのだ

それは仕方ないだろう

 

だが、それこそが主が仕掛けた罠だと長は知らなかった

 

 

「ぷー」

 

 

“?”

 

 

頭上から泣き声が聞こえてくる

見上げると

 

とんかつが飛んでいた

そして

 

 

「ふははははは!かかったな!」

 

 

“なにぃ!?”

 

 

とんかつは、主の変装だった

つまり、ひげを書かれた主は

 

 

「ぷー」

 

 

とんかつだったのだ

犬チームは、まんまと猫チームの罠にかかってしまったのだ

 

 

「くらえー!」

 

 

主が長に接近する

長はあまりの出来事に驚いて動けない

 

そして

 

長の両頬に、ひげが刻まれた

 

 

 

猫チームが勝ち、今年1年も今の主が主を務めることになった

そして、翔の目の前では

 

 

「なんか、負けた割には明るいな…」

 

 

戦う直前は、勝つぞと意気込んでいた割に負けても笑っている

 

 

「まあ、このゲームはただの暇つぶしだから」

 

 

「…暇つぶし」

 

 

翔は少しへこんだ

暇つぶしに勝つために、真面目に挑んでいたのか

 

まあ、全力のぜの字も出していないのだが

 

 

「おもしろかったねー」

 

 

すずがほわほわと笑いながら話しかけてくる

その笑顔を見た翔

 

(…まあ、久しぶりに戦って楽しかったし。いいか)

 

 

 

 

 

すずが楽しげに翔と話している

あんなすずを見るのは、初めてだ

 

 

(ここに遊びに来た時も楽しそうにはしていたけど…青春だにゃ~)

 

 

心の中でつぶやく主

 

だが、気になることもあった

 

 

(あの時、彼は何をした?)

 

 

それは、あやねとまちを地面の中から引きづり出した時

主の目には、ただ筆で地面を叩いただけのように見えた

 

だが、それによって信じられない現象が起きていた

主は、感じ取っていた

 

あの時、地面の中は揺れていた

翔が筆で地面を叩いたと同時に

 

あんなこと、普通の人間にはできやしない

それに、翔はどこか手加減…どころではない

手を抜いているどころではない

 

あれは、一体何なのだろうか

下手をすれば、東西南北の主四人でも手が付けられないような…

 

そこで、主は思考を切る

さすがにそれはないだろうと結論付ける

 

 

(…一応、西の主にも報告しておいた方がよさそうだにゃ)

 

 

翔を見つめる主

その翔の横では、すずが本当に今まで見せたこともないほど輝く笑顔でいる

 

 

(ま、悪い人には見えないけどにゃ~)

 

 

この警戒が無駄なものであってほしいと、主は願った




何やら要注意人物にされている翔君
主様、翔君は大丈夫ですよ
すずを守るって決めてるみたいですし(にやにや)


前書きの空欄に埋まるのは、戦闘狂です!
翔君は、さすがにシグナムほどではありませんが戦うこと大好きです


感想待ってます!


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第十三話 雨降って

短いです



ここは、地球上のどこか

誰もその場所を知らない

 

ここ、藍蘭島の今日の天気は

 

 

「どうした、すず?」

 

 

「あ、うん。今日は雨、止みそうにないなーって」

 

 

雨だった

 

翔が空を見上げる

確かに、この雲行き

日中はずっと雨だろう

 

 

「仕事はどうするんだ?」

 

 

翔がすずに聞く

翔がこの島に来てから、雨の日はなかった

だから、雨に火の時の仕事はどうするのか、翔はまだ知らないのだ

 

 

「雨の日はみんなお休みだよ」

 

 

「そうなのか?じゃあ、俺たちも休みか」

 

 

翔は、障子の硬い部分に寄りかかる

 

 

「雨が降ったら休みか…。日本では雨でも雪でも学校や会社が休みなんてことなかったからな…」

 

 

「それは大変だねー…」

 

 

翔が少し愚痴り気味で言うと、すずは苦笑いしながら返した

そして、お茶を入れていく

 

 

「それでも休みがあるのは事実なんだけどな。毎日仕事はさすがに息が詰まる」

 

 

翔が少し呆れ気味で言う

すると、すずの表情が少し沈んでしまう

 

 

「でも…、私は仕事してる方が好きだな…」

 

 

「?働き者のすずらしいな」

 

 

すずの言葉に返事を返す翔

だが、すずの様子がどこかおかしい

 

 

「そんな立派なものじゃないよ…」

 

 

「…」

 

 

やはりおかしい

どこか寂しがっているようにも見える

 

あぁ、こういう時はどうすればいいのだ

 

そうだ

何かをして遊べばいいのだ

 

そうと決まればさっそく実行だ

 

 

「すず、何か遊べるものはないか?」

 

 

「遊べるもの…?将棋があるよ?」

 

 

「お、いいな。やろうやろう」

 

 

この島にも将棋があるのか

いや、それ以前に

 

 

「すず、将棋できるのか?」

 

 

すずが将棋できるのか気になった

翔の言葉を聞いて、将棋盤を出しながらぷりぷり怒るすず

 

 

「ばかにしてー。私、将棋得意なんだよー?」

 

 

すずは将棋盤を取り出し、翔と自分の間に置く

 

 

「翔なんかコテンパンにしてやるんだから!」

 

 

「ふふふ…。やれるものならやってみるがいい…。我らダ〇ク・フレイ〇マ〇ターに仕える暗黒騎士団に勝てると思ったら大間違いだ…」

 

 

翔がどこか厨二くさい発言をする

これが、心のどこかでヒキニートもいいかもと思っていた男の力である

 

 

「そういえば、こうしてすずと家で遊ぶなんて初めてだよな」

 

 

「翔が来てから雨でお休みは初めてだからね」

 

 

言葉を交わしながら互いに礼をする

先攻はすず

 

 

「翔が流れ着いた日は嵐で大変だったんだよ。屋根とかあやねとか」

 

 

すずが歩を一つ進めながら言う

 

 

「…島の出入りと嵐には関係があるのか?」

 

 

「え?」

 

 

翔が歩を一つ進めながら言う

すずが翔を見上げる

 

 

「長老たちが島に流れ着いたときも大嵐にあったっていう話だし…。俺も島に流れ着く直前に大嵐にあった」

 

 

「…」

 

 

すずの表情が沈んでいく

翔はそれに気づかず、話を続けていく

 

 

「嵐の日は、渦が弱まるのか…、?」

 

 

そこで、翔は気づいた

すずの番なのに、動かしていない

 

そして、すずの表情が寂しげだ

 

 

「どうした?すずの番だぞ?」

 

 

「あ、うん」

 

 

すずが歩を一つ動かす

翔は、将棋の一手をあてながらすずの表情を見る

 

 

(…どうしたんだろ。すず、何か寂しそうだ)

 

 

 

 

 

ざあああぁぁぁ…

 

 

「わあい!私の十連勝!」

 

 

「すず強すぎぃ…」

 

 

翔が盤に倒れ込みながら絶望の言葉を漏らす

 

すずは、強すぎた

暗黒騎士団(笑)は、徹底的に蹂躙されてしまった

 

翔は弱くはない

むしろ一般人からしてみればそこそこ強い方だ

 

ただ、すずが圧倒的なだけ

 

 

「すず、ゲーム強いな…」

 

 

「…うん」

 

 

まただ

また表情が悲しげになった

 

気になる翔

 

 

「こんな雨の日は、よく相手してもらったから…」

 

 

「?だれに?」

 

 

なぜ気づかなかったのだろう

 

この少しあと、翔は後悔した

 

 

「お母さんだよ」

 

 

「あ…」

 

 

またやらかしてしまった

いつだかも地雷を踏んでしまった

 

何で学習しないのか

自分で自分にムカついてくる翔

 

 

「さてと、そろそろお昼にしよっか?」

 

 

「あ、あぁ…」

 

 

すずが立ち上がる

翔は、将棋盤を片づけることにする

 

将棋の駒を箱に入れながら翔は調理を進めるすずの後姿を見つめる

 

 

(今日すずがたまに寂しそうな顔になったのは、お母さんを思い出してたからなのか…。…待てよ?)

 

 

心の中でつぶやいていた翔

そこで、はっとした

 

 

(俺が島から出たら、すずはまた一人ぼっちになるのか…?)

 

 

翔は視線を落として考える

 

初めて仕事をした日の帰り、翔はすずを守ると決めた

この島にいる間は、絶対にすずを悲しませないと

 

だが、島から出てしまったら、すずは悲しがるか?

寂しがるか?

 

 

「どうしたの?翔」

 

 

「っ!い、いや…、何でも…」

 

 

すずが翔の視界に急に現れた

気配をつかめなかった翔が驚く

 

そして、そこで聞いてみることにした

 

 

「…すず?」

 

 

「うにゃ?」

 

 

もし、自分が島から出ることになったら

 

 

「もし…、俺が…」

 

 

すずは…

 

 

「ちーっす」

 

 

翔が意を決して口を開こうとしたその時、玄関の戸が開かれた

戸の前には、あやね、まち、ゆきの、りん、ちかげが立っていた

 

ちかげは何故かぐったりしていたが

 

 

「あら、すず抜け駆け?誰もいない間に翔様を襲おうなんて」

 

 

「抜け駆け?」

 

 

「?」

 

 

第三者から見たら、すずと翔の体制はそう見えるのだろう

だが、本人たちからすれば何のことかわからない

 

いや、翔は疑問符を上げた直後にわかったのだが

動揺したことを誰にも悟られないようにする

 

 

「みんな、こんな雨の日にどうしたの?」

 

 

すずが、皆にタオルを私ながら聞く

 

 

「いやー、なんかみんな偶然暇だったみたいでさ」

 

 

「そうそう。で、みんな偶然すず姉の家に行こうとしてたみたいなの」

 

 

(…なるほど)

 

 

すずの問いに、りんとゆきのが答える

その答えを聞き、翔は皆が何を考えてここに来たのかを悟る

 

 

「それより私、お腹すいたー…」

 

 

まちが腹の虫を鳴らしながら言う

 

 

「あ、ちょっと待ってて?今ちょうどお昼の準備をしてたところなの。大量に追加しなきゃね!翔、もうちょっと待っててねー」

 

 

「あぁ」

 

 

お昼は、それから30分ほど経ってから出来上がった

 

お昼を食べているとき、翔は他の皆から少し離れた場所でその様子を眺めていた

すずは、先程まで浮かべていた寂しげな表情がウソのように笑っている

 

翔は、それを見てふっと笑みを浮かべた

 

 

(俺がいなくなっても、すずは大丈夫だ)

 

 

 

 

 

 

どんちゃん騒ぎと言っていいほど騒ぎに騒いだ後、皆は帰っていった

そして今、夕飯を食べ終え、翔とすずは並んで座って、雨が止んで星が見えるようになった空を見上げていた

 

 

「今日は楽しかったな」

 

 

「うん。でも、みんなが帰った後はちょっと寂しいね?」

 

 

「ははっ。そうだな」

 

 

すずの言葉に翔は笑ってから返す

 

確かに、あれだけ騒いで、帰った今はとても静かなのだ

寂しいと言えば寂しい

 

 

「…みんなね?雨の日にはいつもここに来るの」

 

 

「え?」

 

 

不意に、すずが話し始めた

 

 

「いつも偶然偶然って…。バレバレだよ」

 

 

すずが笑顔を浮かべながら言う

 

 

「でもね、さっきも言ったけど、みんなが帰ったら寂しいの。でも、今日は違う」

 

 

「?」

 

 

何が違うというのだろうか

翔にはわからない

 

すずは、空を見上げていた目を翔に向けて、満面の笑みを浮かべて言った

 

 

「今日は、一人じゃないから。翔がいるから、安心できるの!」

 

 

「っ!」

 

 

揺らぐ

 

翔の中で、何かが揺らいだ

 

 

「だから…、その…」

 

 

「…」

 

 

すずは、気づいていたのだろう

そんな素振りは見せなかった

翔にも、わからなかった

 

だが、気づいていたのだろう

今日、翔が考えていたことを

 

だから、翔はその先を言わせるわけにはいかなかった

 

 

「しょ…ふぇ!?」

 

 

「…」

 

 

翔は、すずを抱き締めた

 

その先を言わせたくなかった

 

言わせてしまったら、自分の決意が揺らぎそうだったから

必ず帰るという意思が、揺らぎそうだったから

 

自分はここにいるべき人間ではないのだ

 

この平和な島に、〇に染まった手を持つ自分はいるべきではないのだ

 

けど、今、すずは不安で震えている

それは、止める

 

たとえ、ウソをついても

ウソがばれ、自分が嫌われてしまったとしても

今を、止める

 

 

「大丈夫」

 

 

「え?」

 

 

「俺は、ここにいるから」

 

 

翔は、すずの頭を撫でながら優しく言い聞かせるように言う

すずは、目を見開いていたのを少しずつ解き、そして、少しずつ笑顔になっていく

 

 

「…うん」

 

 

そして、すずは自らの体重を翔に預ける

 

翔は、すずを抱きしめたまま動かない

すずも、翔に抱きしめられたまま動かない

 

 

 

空では、そんな二人を見守っているかのように月が輝いていた




短いですけど、イチャイチャ度が…
書いてて少し恥ずかしかった…

でも、この程度で恥ずかしがってたら先が思いやられるんですよね…


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第十四話 落っこちて

レポートを一時間とかからず書き上げ、この話を上げたびびびびです!

ふはははは!あのテーマを課題に出した時点であなたの負けだったのだよ!(壊)


では、どうぞ


ある日の夜のこと

 

 

「翔、今日も一人で入るのー?」

 

 

すずが着替え場に入るための障子からひょっこり顔を出し、頬を膨らませながら聞く

翔はすずの方を見ないで手元にある本を読み続ける

 

翔には分かっていた

後ろを向いてしまえば、裸体のすずを見ることになるであろうことを

 

 

「一人で入るの」

 

 

翔はなるべく不愛想を心がけながらすずに返事を返した

すずは翔の答えを聞くと、さらに頬を膨らませてから風呂場に入っていった

 

翔は黙々と本を読み続ける

 

すずは、お湯に浸かろうと足をお湯につけた

 

 

「…」

 

 

翔はひたすらに本を読み続ける

 

 

「ひにゃーーーーーーーーっ!!!!」

 

 

「!?な、なんだ!?すず!?」

 

 

急に響くすずの悲鳴

翔は慌てて本を閉じ、床に置いて風呂場に駆け出した

 

 

「どうしたすず!」

 

 

翔は風呂場の扉を開ける

すると

 

 

「翔ぉーーーーーっ!!!」

 

 

「うわっ!…っ!?」

 

 

すずが抱き付いてきた

 

裸のままで

 

 

「お風呂が…、水になってるよぉ…。…?翔?」

 

 

翔の返事が返ってこない

すずは翔から離れて翔の様子を見る

 

 

「え…、翔!?」

 

 

「…」

 

 

翔は、顔を真っ赤にして気絶していた

 

 

 

 

 

 

 

この島にはガスなんてものはない

基本、この島のお風呂は温泉なのだ

なので、ガス給湯器と違って故障なんてありえないのだ

 

だが

 

 

「へー、ちかげちゃんちも温泉止まっちゃったんだー」

 

 

「どうやらこのあたり一帯すべて止まってしまったようですの」

 

 

すずとちかげが言葉を交わす

すずとちかげは、焚かれた即興の風呂に入っていた

 

どうやら、すずの家だけでなく一帯すべての温泉が止まってしまったようだ

 

 

「でも、急に一斉に止まってしまうなんて…。どうしてなのでしょう?」

 

 

「そら、昨夜の地震で地価が崩れてもうたんやろ」

 

 

ちかげの問いに、もう一人の入浴者、みことが答えた

 

昨夜、大きな地震が起こったのである

翔もとんかつも、すずも飛び起きた

 

そしてすずは、翔に飛びついてしまった

翔は何の苦も無く抱き留めたが

 

みことの方では、木材が倒れて大変だったようである

 

 

「ちかげちゃんはどうだった?」

 

 

すずはちかげにも聞いてみた

 

 

「地震…?」

 

 

ちかげは目線を斜め上にあげる

地震のことがわかっていないのか

 

 

「ああ!今朝起きたら、本に埋まっていたのは地震のせいでしたの!」

 

 

本当に気づいていなかったようだ

 

 

「ちかげちゃん…」

 

 

「ごつい神経やな…」

 

 

すずとみことは、ちかげを呆れたように見ていた

 

 

 

 

すずたちは風呂から上がり、りんの話を聞いていた

 

 

「ま、止まっちまった温泉のことはあたいたちに任せな!明日朝一で直してやるよ!」

 

 

りんが力強く言い切る

これは頼もしい

 

 

“つっても、棟梁とりさが仕事で三日ほど帰ってこねえから人手が足りねえぞ”

 

 

そんな中、りんの兄弟子であるげ太が現実を告げる

 

 

「それなら、俺が手伝うよ」

 

 

翔が、手伝うことを提案した

このまま風呂に入るのに手間をかけるのも面倒だ

 

 

「私も手伝うー」

 

 

「うちもぱなこさんが」

 

 

すずも手伝うことを提案する

そしてちかげよ

お前は手伝わんのかい

 

 

「そっか、助かるよ」

 

 

明日の朝一に、温泉を直す作業を決行することになった

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、予定通り朝一で出かけ、温泉の井戸についていた

 

皆で井戸の中をのぞき込んでいる

 

 

「あー。やっぱ中が崩れて詰まってるな」

 

 

りんが中の様子を口にする

 

 

「この島は地震が多いのか?」

 

 

翔が聞く

 

日本は、地震が多かった

ここで地震が多いと答えられても特に驚くわけもない

 

 

「小さいのならよくあるけど、あんなに大きいのはめったになかったよ」

 

 

「ふうん」

 

 

翔はすずの答えを聞いて、昨夜の地震を思い出していた

 

 

(あれは…、地震というより…。何かの足音だったような…。…いや、さすがにな)

 

 

自分の予想を振り切る

さすがにそれはないだろう

 

あれだけの揺れを起こす生き物なんていたらそれは大変だ

 

だが、どこかで違和感を拭い切れない翔もいた

 

 

 

 

翔の感じていた違和感をここで出して作業を止めるわけにもいかない

 

翔は自分が感じていた違和感を告げないでいた

作業は予定通りに行われている

 

今、井戸の中ではりんとげ太が詰まった土砂を掘っている

 

翔は井戸の中から掘られた土砂を運びあげながら中にいるりんに聞く

 

 

「どうだーっ?まだお湯は出てこないかーっ?」

 

 

「あーっ。結構掘ったんだけどなーっ」

 

 

中からりんの返答が聞こえてくる

 

 

「そろそろ交代するかーっ?」

 

 

翔は問いかける

 

 

「おうっ。じゃあ頼むわーっ」

 

 

りんも了承した

 

そして、翔とすずが井戸の中に入ることになった

 

 

「おっと。忘れないうちに渡しておくわ」

 

 

「ん?…これ」

 

 

りんが、井戸の中に入ろうとした翔に見せてきたものがあった

それは、刀だ

 

ゆきのとくまくまを探していた時、翔の刀は折れてしまった

それから、翔はりん一家に刀の制作を依頼していた

 

 

「っと、ここで渡すこともないか?」

 

 

「いや、受け取っておく」

 

 

これから、翔は井戸の中に土砂を掘りに行く

作業の邪魔になるのでは?と思ったりんが、今刀を渡すことをやめようとするが、翔はそれを止める

 

刀を受け取った

ずしりと心地いい重みが手に伝わってくる

 

 

「…ありがとう。じゃ、行ってくる」

 

 

「おう。がんばれよ」

 

 

翔とすずは、井戸の中に入っていった

 

特にトラブルもなく、底に到達することができた

 

 

「ちょっと暑くない?」

 

 

「まあ、せまいしさっきまでりんたちが作業してたからな」

 

 

地に降りたすずがぱたぱたと煽ぎながら言う

翔も、暑さで手で煽ぎながら答える

 

 

「上着脱いじゃおーよ」

 

 

「ちょっ…!」

 

 

すずが上着を脱いだ

 

島から脱出しようとし、沈みかけた所を助けてもらったあの時と同じ、さらし姿

翔は顔を赤くする

 

 

「翔も脱いだ方がいいよ?顔も赤いし」

 

 

「あ、あぁ」

 

 

顔が赤いのはお前のせいだと、翔が心の中でつぶやいていたのをすずは知らない

 

まあ、暑いのは事実なので、翔は上着を脱いで上半身裸になる

 

 

「…うにゃ?」

 

 

そこで、すずが自分を襲う違和感に気づく

 

 

(なんか、急に暑さが増したような…?)

 

 

ちなみに翔は

 

 

(大丈夫だ、大丈夫だ。すずを美由希だと思えばいいんだ。胸のでかさだけで言えばすず以上なんだから)

 

 

何やら自分に言い聞かせていた

自分の中の煩悩と戦っているようだ

 

すずを美由希だと思えばそういう気持ちが出てくるわけがないのだ

 

 

 

 

 

まあ、そんな感じで掘り進めていた翔とすず、ついでにとんかつだったが

 

 

「んー…、出てこないねー…」

 

 

お湯が出てくる気配がまったくしない

 

 

「まさか温泉が枯れたわけじゃないだろうな…」

 

 

「えぇっ!?そんなー…」

 

 

翔の言葉に、しょぼんとなるすず

 

 

「いや、ひょっとしたらの話だよ。もう少し掘れば出てくるって」

 

 

「うん…」

 

 

翔の言葉にしょんぼりと返事を返すすず

 

ここまで掘ってもお湯が出てこないということに、すずも不安を覚えているようだ

 

そして、作業を再開させようとした、その時だった

 

 

「…!」

 

 

「うにゃっ!?」

 

 

揺れが、はしった

 

昨夜感じた揺れよりも大きい

 

 

「じ、地震!?」

 

 

「くっそ!こんな時に!」

 

 

今、翔とすずは井戸の中

つまり、地中の中にいると同義だ

 

地震の発生システムを考えれば、かなり危険なのだ

 

 

「ダンナ!すずっち!上、気をつけろ!」

 

 

りんが頭上から注意を促す言葉を言う

翔が返事を返そうとした

 

またその時だった

 

 

「!」

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

「ぷ!?」

 

 

翔たちが立っていた土砂が、崩れた

 

 

「ちっ!」

 

 

「にゃぁあああああ!!!」

 

 

「ぷーーーーー!!!」

 

 

翔たちはなすすべもなく落ちていく

 

 

「すず!」

 

 

翔は、隣にいるすずを抱き寄せる

そして、その傍にいたとんかつも抱き寄せる

 

二人とも、落下スピードによって気を失ってしまったようだ

 

 

「っ!っ!」

 

 

翔も、意識が真っ暗になっていきそうになる

だが、そこをこらえる

 

そして、受け身を取りながら地面にたたきつけられた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ…」

 

 

「すず?」

 

 

翔が座っていた隣で横になっていたすずが、声を発した

そして、少しずつその眼を開けていく

 

 

「…しょう?」

 

 

「ああ。怪我はないか?」

 

 

「ぷー!」

 

 

目が覚めたすずを、翔ととんかつが気遣う

翔はすずの体を見る

 

 

(見たところ、目立った怪我はなさそうだが…)

 

 

見ただけではわからない

それが、怪我というものだ

 

まあ、すずのけがを心配している翔も、肋骨を二本ほど折り、さらに左足を軽く捻挫しているのだが

 

そこは、すずにもとんかつにも悟られないようにする

 

 

「ここは…?」

 

 

すずが、上を見上げながら聞く

 

 

「あの井戸の下だよ。こんな洞窟になってたんだな」

 

 

翔が答える

ここは、翔たちが落ちてきた場所だ

移動はしていない

 

 

「とりあえず、ここから出ようか。風が流れてきてるし、出口はあるはず」

 

 

「…」

 

 

翔がてきぱきと方針を決めるのを、すずはほえ~、と聞こえてきそうな表情で見ていた

 

 

「…どうした?」

 

 

「えと…。翔はずいぶん落ち着いてるんだな~って…」

 

 

「まあ、洞窟っていうのは初めてだけど、こういう事態に一人っていうのはよくあったから…」

 

 

思い出す

まだ、小学校低学年くらいだったころ

 

これも修行だと言われ、士郎に森に一人で放り出されたことを

その修行で、楽しみにしていた夏休みがほぼ潰れ、宿題を涙目でやっていた

 

さらに、美由希に宿題を見せてほしいと土下座で頼んだというおそらくここから先、ここまで感じる出来事はないだろうというほどの屈辱も味わった

 

ちなみに、士郎はこってりと桃子にしぼられていた

やりすぎだと

 

その士郎を見て、ざまあみろと心の中でつぶやいたのはいい思い出である

 

 

「それよりも、行こう。立てる?」

 

 

翔はすずに手を差し伸べる

 

 

「うん、平気…っ!」

 

 

すずが、手を取って立ち上がろうとした時、表情が歪んだ

それを、翔は見逃さない

 

 

「…左足か?」

 

 

偶然にも、翔が怪我した場所と同じところである

 

 

「…何でもないよ」

 

 

すずは、立ち上がってひょこひょこと歩きはじめる

正直、誰でも強がっているとわかるほど違和感のある歩き方だ

 

 

「…」

 

 

翔は息を吐く

そして、すずのすぐ前まで移動し、しゃがむ

 

 

「ふぇ?」

 

 

「ほら、乗れ」

 

 

翔がすずを横目で見ながら言う

 

 

「でも…」

 

 

「…」

 

 

渋るすずを、強引におぶった

 

 

「わぁ!しょ、翔!平気だって!」

 

 

「平気なわけないだろ?あんな違和感ありありの歩き方して」

 

 

「う…」

 

 

すずの口が閉じる

 

だが、すずは、翔の背中についているたくさんの傷を見て、再び騒ぎ出す

 

 

「で、でも!翔にだっていっぱい傷があるじゃない!」

 

 

「いや、それは古傷だから…」

 

 

修行でついた傷

 

士郎や恭也と共に仕事に出て、経験不足のせいでついた傷

様々な古傷が刻まれていた

 

すずは、気づいていない

翔が肋骨二本折り、すずと同じように左足を軽く捻挫していることを

 

 

「翔…」

 

 

「怪我なんてしてないから」

 

 

気づいていなくても、すずは翔が心配なのだ

 

翔は心配いらないということをすずに告げながら先を急ぐ

実際、このくらいの怪我は、剣士には付き物なのだ

慣れっこなのだ

 

 

「あ…」

 

 

「…鍾乳洞か」

 

 

翔とすずは、広いところに出た

そこは、鍾乳洞

 

あってもおかしくはない

だが、翔もすずも、この壮大な光景に驚いていた

 

 

「…行き止まりか?」

 

 

「え!?」

 

 

ここで、行き止まりのようだ

目を見張るものといえば、やけに大きい岩一つだけだ

 

だが、風の音だけはする

 

 

「翔!あれ!」

 

 

「…あれは」

 

 

すずが指を上にあげる

翔も見上げる

 

翔の真上の天井に穴が開いていた

だが、そこまで届かせる手がない

 

 

「私たち、ここから出れないの…?」

 

 

「ぷ!?」

 

 

すずが声を震わせながらつぶやく

 

 

「…これしかないか」

 

 

翔は、ぼそりとつぶやいた

 

 

「すず、ちょっと下ろすぞ?」

 

 

「え?うん…」

 

 

翔は、すずを下ろす

そして、先程見えた大きな岩に近づいていく

 

 

「…やっぱりか。この岩が温泉源をふさいでいるせいで温泉が出なくなったんだな」

 

 

「そうだったんだ…。でも、それがわかったって、ここからは出れないんじゃ…」

 

 

「いや、出れる」

 

 

翔は井戸の中に入る前に受け取った刀を取り出す

 

 

「この岩をどかせば、温泉が噴き出してくるはず。もともと地上まで噴き出てたんだ。お湯の流れを利用すれば」

 

 

ここから、出れる

 

 

「でも、こんな大きな岩をどかすなんて…」

 

 

すずが言う通り、温泉源をふさいでる岩はとても大きいものだ

普通の人間なら、不可能だろう

 

普通の、人間なら…

 

 

「できる」

 

 

「え?」

 

 

翔ははっきりと告げる

 

 

「大丈夫だから」

 

 

「翔…」

 

 

翔は優しい笑みを浮かべてすずに振り向きながら言う

 

 

「すずは、ちゃんと守るから」

 

 

「っ…」

 

 

翔はそう言って、岩と向き合う

 

そして、その言葉を向けられたすずは

 

 

「…」

 

 

顔を赤くして、翔を心配そうに見つめていた

 

 

 

 

 

(やれる。信じろ。実戦の時だってできたんだ)

 

 

翔は、この巨大な岩を破壊するために、ある技を出そうとしていた

 

それは、御神流<雷徹>

御神流の技、徹を二段重ねで使用する技である

 

正直、全力で徹を込めても、この岩を破壊できる気がしなかった

だが、その全力の徹を二段重ねで使用する雷徹なら

 

 

(信じろ。自分を信じろ)

 

 

翔には、一つ懸念があった

雷徹は、かなり高度な技である

 

剣を手放し、ブランクがある今、技が成功する保証はない

 

 

(やれる。やれる!)

 

 

翔は、成功を疑わないことを意識する

失敗するかもと思いながらやっても、できるはずがない

 

翔は、ぐっ、と腰を落とす

 

 

「…っ!」

 

刀を、抜き放った

 

ぎぃん、と鈍い音が鳴る

 

元々、徹という技は斬るためのものではない

内部へのダメージを与えるものである

 

今のところ、岩に変化はない

 

 

(…どうだ?)

 

 

手ごたえは、あった

 

それでも、全盛期とは程遠いものだったが

 

 

「…」

 

 

「ぷ…」

 

 

すずととんかつも、固唾を呑んで見守る

 

そして…

 

 

ピシ…ピシ…

 

 

「っ!」

 

 

ひびが、はしった

 

 

「すず!」

 

 

翔はすずへと手を伸ばす

すずも、反射的に翔へと手を伸ばす

つかみ合う手

 

それと同時に、はじかれたようにお湯が吹き上がった

 

さらに同時に

 

 

「!また地震か…っ!?」

 

 

翔は、見た

 

一部の壁が崩れ、そこから空洞が見えた

そして、その中に、巨大な何かがいたことを

 

 

「…っ。すず、大きく息を吸え!」

 

 

「うん!」

 

 

今は、そんなことを考えている暇はない

何としても、ここから脱出する

 

お湯が、押し寄せる

 

お湯を飲み込まないように、大きく息を吸って、止める

お湯が押し寄せ、流されていく

 

どこに行くのかは、わからない

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~…。休憩しようや~…」

 

 

みことは、ちかげの所の温泉を掘っていた

そして、少し休憩をいれようとしていた

 

そこに

 

 

「…!?なんや!?」

 

 

揺れがはしった

そして、掘っていた土砂が揺れる

 

 

どっぱぁん!

 

 

お湯がはじけ出た

それと同時に

 

 

「す、すずっち!?翔はん!?」

 

 

お湯の上に、翔とすずが乗っかっていた

 

 

 

 

 

 

「助かった…か」

 

 

「よかったぁ~…」

 

 

翔とすずが、安堵の息をつく

助かった

本当によかったと

 

 

「温泉も直ったみたいだし、よかったな」

 

 

「うん。みんな翔のおかげだよ」

 

 

「?」

 

 

すずが、翔を称える

だが、称えられた理由が、翔にはわからない

 

 

「だって、あの大岩を壊してくれたおかげで私たちも助かったし、温泉も出るようになったんだよ?」

 

 

「…あぁ」

 

 

だが、翔にとって、あれは褒められるべきではないと思っている

 

あの時使ったのは、御神の技

人殺しの技なのだ

 

それを使った自分は、褒められるべきでは…

 

 

「…っ!」

 

 

「…」

 

 

翔の目が見開く

 

翔の胸に、すずが顔を預けてきたのだ

そして、上目づかいで翔を見上げて

 

 

「守ってくれて、ありがとう!」

 

 

輝くような笑顔を浮かべて、こう言った

 

嬉しい

嬉しいのだが…

 

 

「…?翔はん?あんた、ずいぶん胸腫れとるな?」

 

 

「え?」

 

 

みことの言葉を聞いて、すずが翔の胸から離れる

 

翔は、胸から感じられる痛みから解放されて、ほっと息をつく

 

だが、それも一瞬のことだった

 

 

「…っ!ちょ!あんさん、肋骨折れとるんとちゃうか!?」

 

 

「え!?翔、どういうこと!?」

 

 

「あ…」

 

 

ばれた

ばれてしまった

 

すずに、ばれてしまった

 

この後、翔はおばばの所に強制連行された

おばばの検診を受けながら、翔はすずに説教を受けた

 

そして、さらに左足捻挫という結果も付け加えられ、さらにすずに説教を受けたとさ

 

 

 

 

 

 

 

翔とすずは並んで眠っていた

 

 

「…翔?」

 

 

「どうした?」

 

 

「今日は、ありがとね」

 

 

「大したことはしてないさ」

 

 

「そうやって謙遜する~」

 

 

「謙遜じゃない。本心だ」

 

 

「…でも、本当に安心した。もし、あの時私一人で落ちてたら、本当に二度とあそこから出てこれなかった…」

 

 

「そんなことない。すず一人でも脱出することはできたよ」

 

 

「ううん。絶対に無理だったと思う。私一人だったら、ただ怖くて震えてただけだったと思う」

 

 

「…」

 

 

「だから、これだけは素直に受け取ってほしいの」

 

 

「…なに?」

 

 

「何回も言ったけど…、ありがとう」

 

 

 

 

 

 




最後は、翔とすずの会話だけでした
すずのありがとうが、これからの翔に影響を及ぼす?
かもしれません

感想待ってます!


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第十五話 盗まれて

少し終わり方が強引かな?と思う十五話目です
これ以上書くと本当に長くなりそうだったので…


平和な島である藍蘭島

 

その藍蘭島で、何やら不可解なことが起きているらしい…

 

 

 

 

「へぇ、あやねんちもドロボーにやられたのか?」

 

 

「あら、りんのとこも?」

 

 

あやねとリンが言葉を交わす

 

翔とすず、あやねとまちとりんは、ある場所で腰を降ろし会話をしていた

話題は、ここ最近起きている、泥棒騒ぎである

 

色々な所の家庭で、食料が奪われるといった事件が起きているのだ

 

 

「被害はあんまり大したことなかったけど、結構広がってきてるらしいぜ?」

 

 

「なんか気味悪いねー…」

 

 

すずが表情を曇らせながら言う

 

翔が来てから以前に、これまでこんな事件は起きたことはなかったらしい

日本で住んできた翔には、特に何も感じないのだが

 

島の住民たちは恐怖を感じている者もいるようだ

 

 

「ネズミか何かの仕業じゃないのか?」

 

 

「ネズミさんたちはこんなお行儀の悪いことはしないよー。悪戯はするけど…」

 

 

ネズミ犯人説を出した翔

だが、その予想をすずは否定する

 

 

「…なら」

 

 

次に翔は、お腹を鳴らしているまちを見る

まちは翔に見られていることに気づき、疑問符を上げている

 

いや、翔だけではなかった

この場にいる全員が、まちを見ている

 

 

「な、なに?まさか私がやったと…?」

 

 

なぜ見られているかを悟ったまちが聞く

 

 

「いや、別にそーゆーわけじゃ…」

 

 

すずが誤魔化すように言う

 

 

「ほら、やっぱしお姉さまは日ごろの行いが悪いから」

 

 

あやねがばっさりと言った

 

まちは、がぁーん!、と効果音がつきそうな表情で項垂れる

 

 

「みんな、私をそんな風に見てたなんて…」

 

 

ショックを受けているまち

 

だが、妹への報復は忘れない

藁人形の胸の部分に釘をさす

 

あやねが胸を押さえて騒いでいる

 

その光景を、他の三人が苦笑して見ていると

 

 

「おーい!大変だよー!」

 

 

大声で叫びながら誰かが駆け寄ってくる

 

そして、この少女はまた起きた新しい事件を知らせた

 

 

 

 

 

「これはひどい…」

 

 

翔は、目の前の惨状を見てつぶやいた

畑の、食べごろの全てのきゅうりが食べ尽くされてしまったのだ

 

 

「一晩でこんだけの量を食べちゃうなんて…」

 

 

呆然とつぶやくすず

 

 

「そんなにまちはきゅうり好きだったのか?」

 

 

そして、まちの方へ振り向きながら聞く翔

 

 

「お腹壊さなかった?」

 

 

追い打ちをかけるすず

 

 

「翔様にすずまで…」

 

 

また項垂れるまち

 

すると、少しの間項垂れていたまちがゆらりと立ち上がった

 

 

「ふふふふ…。誰だか知らないけどこの私を陥れようなんていい度胸ね…」

 

 

まちのまわりに、黒いオーラのようなものが立ち込める

翔の隣で、すずがびくりと体を震わせる

 

 

「見てらっしゃい…。必ずや真犯人をふんばじって私に喧嘩を売ったことを後悔させてやるから…」

 

 

さらにまちから噴き出るオーラの勢いが増していく

 

 

「うにゃぁ!?」

 

 

すずは堪らず、翔に抱き付く

 

 

「お、お姉さまが本気で怒った!」

 

 

あやねはこの事態に大きな焦りを感じていた

 

そして、翔は

 

 

「はぁ…。ほらすず、落ち着け」

 

 

すずの頭をぽんぽんと叩く

物凄く落ち着いていた

 

 

(だって、目の前にもっと恐ろしいものを吹き出してたやついるし)

 

 

翔の視界には、翔の胸に顔を押し付けて震えているすずがいた

 

 

 

 

 

 

 

翔のまわりで、まちがせわしなく動いている

この島の泥棒事件の真犯人を探しているのだ

 

さらに他にも、先程会話をしていた面子、すず、あやね、りんもいる

 

 

「どこ…!?どこに行ったの…!?」

 

 

こんな活動的なまちは初めて見た

というのが、翔の率直な気持ちだ

 

先程からまちはそこら辺にある木、草陰、全てを探しつくしている

そんなに冤罪にかけられたのがショックだったのだろうか

 

 

「ところで、犯人の手掛かりはあるのか?」

 

 

不意に、翔がまちに問いかける

 

 

「ないわ」

 

 

まちは、ばっさりと翔の問いに否定の答えを返した

 

 

「なら、犯人を示す手掛かりがあるのか?」

 

 

なら、こっちはどうだ

 

 

「ないわ」

 

 

それすらもないらしい

 

 

「…それは、犯人がどんな奴でどこにいるのか、何もわからないで探してる…てことか」

 

 

「「「「…」」」」

 

 

すず、まち、あやね、りんの動きが同時に止まった

 

沈黙が流れる

 

 

「…何も考えていなかったわけか」

 

 

翔のつぶやきが、やけにこの場に響いた気がした

 

 

「こういう時は、犯行場所で手掛かりを探すのが一番だと思う」

 

 

「ふむ…」

 

 

まちが翔の言葉に、ポンと手を打った

感心しているようである

 

 

「もしかしたら、他の家でも被害に遭ったかもしれない。手分けして聞き込みに行こう」

 

 

「了解、ボス!」

 

 

なぜかまちにボスと呼ばれる

 

…ボス、良い響きだ

 

 

「じゃ、いくわよ!」

 

 

「「「おーーーーーー!」」」

 

 

まちが号令をかけて、翔以外の3人が答える

 

そして、それぞれ違う方向へと移動を開始した

今回、とんかつはすずの方へとついていくようだ

 

それを見て、翔は息をつく

 

そして、翔は立ち止まったまま、翔から見て左側に広がっている森を睨んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

すず、あやね、りんは聞き込みを一通り終え、一つの井戸のまわりに集まっていた

 

中心のすずが、被害に遭った家の位置を記した地図を広げる

 

 

「改めて調べてみると、結構被害に遭ってた家が多かったな」

 

 

りんが言う

 

調べてみて、たくさんの家庭が被害に遭っていたことに気づいた

想像以上の多さだった

 

 

「一昨昨日がりんちゃんちで、一昨日がおはなんち。昨晩があやねんちとしずちゃんの畑っと…。なるほど…」

 

 

「?何かわかったの?」

 

 

地図を見ながら何やらつぶやき、そして何かに気づいた様子を見せるすずに、あやねが問いかける

 

 

「うん。大したことじゃないんだけど、最初に事件に遭ったややちゃんちから南に現場が移動してるなぁって」

 

 

「お?そういえば…」

 

 

すずが気づいたことを口にし、りんが確かにと気づく

 

 

「なら、つぎにドロボーが狙う家はゆきのんちかかおりんちになるわね」

 

 

「うん。そうなんだけど…」

 

 

そして、すずの言った法則を重ねて次に狙われる家を予想するあやね

それは間違いないと思われるのだが、すずにはまだ何かが引っかかっているらしい

再び口を開こうとしたその時だった

 

 

「なるほど」

 

 

「「「うわあっ!?」」」

 

 

井戸の中から、にゅっとまちが出てきた

突然のことで三人は驚く

 

 

「じゃあ、二手に分かれて見張るわよ」

 

 

「ちょっと!まだ手伝わせる気!?」

 

 

驚かれたことは気にせず、指示を出すまち

その言葉に、あやねが異を唱える

 

これ以上手伝う気はないようだ

 

きゅうり畑にいた時、あやねが感じていた焦り

それは、巻き込まれてしまうのではないかと予感していたものだったのだ

 

 

「すずっち、さっき何か言いかけてたみたいだけど何だったんだ?」

 

 

「あ、うん。毎晩一軒ずつだった被害が、昨晩は二件。それに現場とは反対側なのが気になって…」

 

 

「確かに…」

 

 

すずの言葉に、納得するりん

 

だが、それを気にしてばかりもいられない

犯人を捕まえる

 

とりあえず、すずとまち

りんとあやねの二グループに分かれ、活動を開始した

 

 

「そういえばまち姉?翔は?」

 

 

「知らないわよ?すずこそ一緒じゃなかったの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翔は、森の中を歩いていた

それぞれ別行動を決めて、翔は睨んでいた森の中に入っていたのだ

 

 

「…水か?」

 

 

歩いていた翔の耳に、水が流れる音が届いてきた

翔の視界に、川が入ってくる

 

 

「…いる」

 

 

川の中から、何者かの気配を感じる

 

それは、きゅうり畑にいた時も感じたそれ

 

翔は近くに落ちていた石を取って

 

 

「ふっ!」

 

 

投げた

 

水面にたたきつけられた石は、水柱を上げる

 

 

「…逃げた?」

 

 

翔は、気配が感じなくなったのを確認する

だが、気配が直前に移動していたのも感じ取っていた

 

その移動したであろう方向へと走り出す

 

それは、川の上流

 

 

「…」

 

 

一体何なのだろう

 

川を泳いでいる…のだろうか

それにしても、追いつかない

気配が感じてこない

 

もうすでに川から出たのだろうか

いや、あり得ない

 

翔が走り出したのは、気配が消えたのを感じたすぐ後だ

そう距離が離れているとも思えない

 

それに、まずそれ以前に追いつけないということ自体がありえないのだ

泳ぐスピードと、走るスピード

どちらが速いかは目に見えて明らかだ

 

 

「…」

 

 

ダメだ

もうこれ以上走り続けても無駄だろうと判断する

 

翔は立ち止まる

 

一体、どんな奴がこの騒動を引き起こしているのだろうか

 

疑問に思いながら、翔は引き返していった

 

 

「…ここは、どこだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほな、泥棒捕まえたってなー」

 

 

「任して」

 

 

家の主に言われ、力強くまちは答えた

 

今は夜中

皆が寝静まっていく時間である

 

この時間から、見張りを決行することにしたのだ

 

 

「ふぁあ…」

 

 

すずがあくびをする

すずもこの時間は寝てる時間なのだ

 

眠いのも仕方はない

 

 

「…」

 

 

だが、すずはもう一つ気がかりなことがあった

 

それは、翔である

 

別行動を決めて分かれてから、翔の姿が見えない

心配なのだ

 

それに、調子が狂う

翔が来てから、ここまで長く離れて過ごしたことはなかった

 

ここに来るまでにも、いないはずの翔に呼びかけたりした

 

 

「…翔」

 

 

寂しい

 

いつからここまで寂しがりになったのだろう

翔が来るまでも寂しがりだったが、少なくとも一人でもここまで寂しく思ったことはないというのに

 

俯くすず

 

 

「…!?」

 

 

すずは、頭に軽い衝撃を感じ、慌てて振り返った

そして、目の前には

 

 

「わ、わるい。おどかす気はなかったんだけど…」

 

 

すずの驚きように驚いたのか、目を見開いた翔がいた

 

 

「翔…?」

 

 

翔の姿を見た途端、安心感がすずを包む

 

無事だった

また、自分の隣に来てくれた

 

 

「ふにゃぁ…」

 

 

「あ、すず…!?」

 

 

崩れるすず

翔はすぐさますずを支える

 

 

「…どうした?」

 

 

「あはは…。なんか安心しちゃって…」

 

 

安心?と首を傾げている翔

だが、これ以上詳しく伝える気はない

 

何だか恥ずかしいのだ

 

 

「?まあいいや。それで、今は何をしているんだ?」

 

 

翔は、この近くをさまよっていた

何とか森から抜け出し、いつの間にかここにたどり着いていた

 

そして、翔はすずとまちの気配を察知

忍び込むことにしたのだ

 

 

「あ、うん」

 

 

すずは、説明した

 

現場は南に向かって移動している

そして、次に襲われる家を予測

 

そのうちの一つがここで、今は見張りをしている、と

 

 

「なるほど」

 

 

翔は頷きながら、すずが覗いている障子の隙間を見る

 

確かに、その隙間の向こう側には台所

 

 

「…?」

 

 

すると、その台所に人影が

 

泥棒だろうか

 

 

(いや、これは…)

 

 

翔は、障子を開け放った

台所には

 

 

「…まち」

 

 

「あ」

 

 

まちがいた

 

 

「あ!まち姉!?」

 

 

すずも、まちの姿を見て驚く

 

まちが台所にある食材を食べようとしているのだ

 

 

「…やっぱりまちが犯人だったか。すず、連行するぞ」

 

 

「うん」

 

 

「え…!?違う…!ちょっ…、待って…」

 

 

翔とすずは、まちを拘束して連行していく

まちは必死に抵抗するも離れない

 

 

 

 

結局、まちは解放された

翔とすずの冗談だったのである

 

すぐ後に、翔たちは戻っていった

残していたとんかつに、問題はなかったことを聞き、再び監視を再開する

 

だが、結局犯人は現れなかった




次回出せると思います
中国娘を!


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第十六話 現れて

夏休み、家に帰ったら誰もいない時にピアノを弾いてやろうと心に決めたびびびびです

今回も終わり方が強引な気がする回です…


結局その日、泥棒は来なかった

翔とすずは、家路へとついていた

 

 

「結局泥棒来なかったねー」

 

 

「そうだな。あやねたちの方に来たとも考えられるが、連絡は来ないし…」

 

 

あやねたちの方から、泥棒を捕まえたという知らせは来ていない

来なかったのか、それとも来ても逃げられてしまったのか

 

それすらもわからないのだ

 

家の扉の前に着く

すずがその扉を開ける

 

 

「…あれ?」

 

 

「どうした?…?」

 

 

すずが声を出す

翔がどうしたのかと声をかける

 

だが、そのすぐ後、この家にもう一人の誰かの気配をつかむ

 

 

「家出る前にはあった野菜がなくなってる…」

 

 

「…この家に、もう一人誰かがいる」

 

 

すずが言葉を発し、翔は頷く

そして、翔もまた、気配を感じたことを伝える

 

かぽーん

 

 

「「!」」

 

 

風呂場から音が鳴る

間違いない

 

 

「俺が行く」

 

 

「え…!?危ないよ…」

 

 

翔が風呂場の扉に近づいていく

風呂場へ向かおうとする翔を止めようとするすず

 

 

「大丈夫だって」

 

 

「でも…」

 

 

翔が負けるはずがない

すずも信じたいが、万が一というものもある

 

 

「まずは俺が行くから。危なくなったら助けに来てくれ」

 

 

ならばと妥協案を出す

すずを危険な目に遭わせたくはないが、ここで意志を通し続けても意味はない

 

すずはその案でもまだ不安を感じていそうだったが、頷いてくれた

 

翔は足音を立てないように風呂場へと近づいていく

そして、すずと目を合わせて、同時に頷いた

 

 

「…誰だっ!?」

 

 

勢いよく戸を開ける

そして、風呂場の中を見ると

 

 

「…え?」

 

 

「…」

 

 

丁度浴槽から立ち上がり、一糸まとわぬ少女の姿が

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

固まる二人

いや、翔は硬直する直前に何とか後ろに振り向くことに成功した

 

 

「翔?どうしたの?」

 

 

翔の視界の中ですずが首を傾げている

ここで、翔は我を取り戻した

 

 

「…すず、任せた」

 

 

「え?え?」

 

 

翔は風呂場から離れていく

 

こればかりは、自分ではどうにもならない

 

悪意も感じないため、大丈夫だろうと判断した

 

この場はすずに任せ、翔は上がった体温を下げることに専念した

 

 

 

 

 

 

 

「それですず、知ってる子か?」

 

 

「ううん。初めて見る子だよ…」

 

 

翔とすずの目の前で、もじもじしている赤くきわどいチャイナ服を着ているチャイナ娘

 

このままでは話が進まない

翔は声をかけることにする

 

 

「あの…」

 

 

「っ!?」

 

 

面白いほどにびくりと震えるチャイナ娘

そして立ち上がり、おろおろおろおろするチャイナ娘

 

 

「ちょ、ちょっと…。別に君をどうこうしようとかじゃないから…」

 

 

翔がチャイナ娘の慌てぶりに苦笑いしながら言う

 

 

「あ…あ…」

 

 

すると、チャイナ娘が指をさす

そのさされた方向にあったのは

 

 

「…かご?」

 

 

すずが聞き返す

指がさされた方向にあったのは、かご

 

翔とすずの視線がかごに向けられる

そこで

 

チャイナ娘が舞った

 

 

「うおっ!?」

 

 

「うにゃっ!?」

 

 

翔とすずが宙を見上げて驚愕する

 

先程おどおどしていたチャイナ娘が空中三回転捻りを披露していたのだ

そのままチャイナ娘は

 

 

「ほーーーーーーっ……」

 

 

「すごーいっ!」

 

 

「…これで落ち着いたのか?」

 

 

先程指をさしていた籠の中に入り、蕩けるような安堵の表情を浮かべていた

 

翔は、チャイナ娘が落ち着いたと判断し、質問を再開させる

 

 

「改めて聞く。君は誰?どこから来たんだ?」

 

 

「は、はい…。ワタシ、メイメイ言いまスネ…」

 

 

チャイナ娘、メイメイが翔の問いに答えていく

 

メイメイの家は、一家で雑技団をやっているそうだ

だがメイメイは殿でもなく恥ずかしがり屋で、舞台ではいつも失敗ばかりだったらしい

そんなメイメイを見かねて、父が恥ずかしがり屋を直すために一人旅に出したらしい

 

だが、メイメイの恥ずかしがり屋はなかなか直らず、人目を避けて旅をしていた

 

そんなメイメイにも、友達ができ、一緒に旅をするようになったのだが…

海に出たところに嵐にあい、はぐれてしまう

 

そして気づいたときには…

 

 

「この島に流れ着いてタネ…」

 

 

「なるほど…」

 

 

「もしかして、翔と同じ日に来てたのかな?最近で大きな嵐はあれだけだし…」

 

 

メイメイが説明を終える

どうやら、翔と同じ日にこの島に流れ着いてきたようだ

 

恐らく、流れ着いた場所が別々だったため、合流することができなかったと思われる

 

 

「でも、島に流れ着いてきたのは2週間前だよね?その前までどうしてたの?」

 

 

メイメイの流れ着いてからの行動に疑問を持ったすずが問いかける

 

 

「あ、あ…。その…その…」

 

 

「あぁ…、ほら、落ち着いて・・・」

 

 

顔を赤くしてあわあわ慌てるメイメイ

声をかけて落ち着くことを促す翔

 

メイメイは、説明を始めた

 

メイメイが流れ着いたのは、この場所からずっと北の場所だった

その時は、ここは無人島と思っていたらしい

 

しばらくは凶暴な動物たちに追いかけられながらも、分かれた友達を探していた

 

そんなある日、メイメイがいた場所に人が通りかかったらしい

それを見て、メイメイは後をつけることに決める

 

そして、この地域にたどり着く

ここに来るまでは木の実しか食べていなかったらしく、我慢できずに犯行に出た

 

 

「ゴメンナサイ…」

 

 

籠の中でぺこぺこ頭を下げて謝るメイメイ

 

 

「ずっと北の森で苦労してきたんだよ…」

 

 

「まあ、俺は運が良かっただけだからな…。メイメイと同じ立場だったら同じことをしていたかもしれない」

 

 

翔とすずは、メイメイのこの行動は仕方ないと思う

だが、さすがに看過できないことがあった

 

 

「けど、きゅうり畑はやりすぎだろ」

 

 

「そうだよー。畑まるごと全部だもん」

 

 

「え?ええ!?」

 

 

さすがにきゅうり畑を荒らしたことはやりすぎだ

食べごろのきゅうりを全て食い荒らしたのだ

 

だが、メイメイの様子がおかしい

 

 

「…まさか。知らないのか?」

 

 

それを悟った翔が、メイメイに聞く

 

急に言い寄られてテンパり、籠に潜ったメイメイがこくこくと頷く

 

 

「それじゃあ、あれは誰が…?」

 

 

すずが顎に手を当てて考える

 

だが、すずが考えている途中にメイメイに心当たりがあったようだ

 

 

「あ、あの…。ひょっとして…」

 

 

メイメイが何かを言おうとする

体を籠から乗り出す

 

すると、ごろんと籠が倒れ、その拍子にメイメイが籠から追い出されてしまった

 

追い出されたメイメイがまたおろおろと慌てはじめる

 

 

「…外のヒトって、やっぱり変わってるよね~」

 

 

「おいすず。それは俺も変わってると言いたいのか?」

 

 

そんなメイメイを見ていた翔とすずは、そんな会話を広げていた

 

 

 

 

 

 

 

「え?きゅうり畑はメイメイの友達の仕業かもしれないって?」

 

 

外に出て、歩きながらメイメイの言葉を聞いていたすずが聞き返した

メイメイはこくりと頷く

 

翔たちは、メイメイの言葉を聞こうとした

だが、本格的にテンパってしまったメイメイにそれを聞くのは困難を極めた

 

なら、外に出てみればどうかという話になった

 

効果は、出た

 

メイメイは何とか、落ち着きを取り戻してくれた

 

翔の背中にへばりついてしまっているが

 

 

「まあ、きゅうり畑の被害に遭ってた場所は他の現場と反対側だった。メイメイとその友達は、全く別の方向からここに来たんだと思う」

 

 

「おぉ」

 

 

「確かに、ワタシたちすごい方向オンチでスヨ…」

 

 

翔の推理にすずが感心し、メイメイが賛同する

 

 

「ねぇメイメイ。メイメイの友達はどんな人なの?」

 

 

そこで、友達のことが気になったすずが聞く

 

 

「え、その…。人じゃなくて…」

 

 

「?なら動物なのか?」

 

 

人じゃない

その言葉い反応した翔が聞き返す

 

背中に、びくりという感覚がする

メイメイが震えたようだ

 

 

「…っ、隠れろっ」

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

急に、翔がメイメイを突き飛ばした

メイメイは急な出来事に反応できなかった

 

そのまま、突き飛ばされた先にあった坂を転げ落ちていく

 

 

「ど、どうしたの?」

 

 

「しっ」

 

 

翔の行動に戸惑ったすずが問いかける

だが翔は口に人差し指を当てて、すずに声のボリュームを下げろと意味を込めてジェスチャーする

 

 

「思い出せ…。まちは泥棒の濡れぎぬかけられて怒っていた…。メイメイが犯人だって知られたら…」

 

 

「あっ…」

 

 

翔の言葉に合点がいったすず

確かに、メイメイが犯人だとまちに知られたら…

 

…想像すらしたくない

 

 

「翔様♡」

 

 

「ん、どうした?犯人捜しをしてるのか?」

 

 

「ええ。うっかり忘れるところだったけど…」

 

 

そのまま忘れたままの方が良かったと心の中でつぶやく翔とすず

 

 

「あやねが犯人の手掛かりをつかんでね」

 

 

「え!?それ、ホント!?」

 

 

すずが聞き返す

その時、翔は感じとった

 

メイメイが坂をよじ登ってきている

 

 

「これよ。犯人はこれをかぶってたらしいの」

 

 

「あ、それ、ワタシの…」

 

 

「ごめん…」

 

 

まちが、どうも趣味が悪いかぶりものを取り出す

 

そして、坂を上ってきたメイメイがそれは自分のだと言いかけた瞬間

翔が小声で謝罪しながら再びメイメイを坂へ突き落した

 

今度はさらに勢いを増して転げ落ちてくメイメイ

 

 

「これのにおいをゆきのんとこのいぬいぬに嗅がせれば犯人を捜せるわ」

 

 

「そ、そうか…」

 

 

これはまずい

翔でも、これを止める手段を見つけることができない

 

 

「ねぇまち姉?もし犯人がすごく反省してて謝ってきたら、許してあげる…よね?」

 

 

翔が悩んでいた時、すずがまちに問いかけた

 

 

「ええ、もちろんよ。私は心の広い女よ?」

 

 

「「っ」」

 

 

その言葉に、翔とすずは目を合わせる

 

すずは表情を明るくさせて

だが、翔は表情を暗くさせて

 

 

「メイメイ、ちょっと来て…」

 

 

「!ダメだっ…。すず…!」

 

 

「上ってもいいんデスか…?」

 

 

メイメイが坂を上ってくる

だが、それをさせるわけにはいかない

 

翔にはわかっていた

まちはあんなことを言っていたが、内面では…

 

 

「悪いコにはきっちりお仕置きをしとかないとね…」

 

 

黒いオーラを吹き出しながら、ふふふと笑うまち

 

あ、やっぱり駄目でした

 

メイメイは、三度目の坂転がりを経験することとなった




これでメイメイ回は終わらせようかとも考えたのですが、一話が長々となるほのぼの小説もどうかと思いまして…。
その辺、どう思いますかね?


感想待ってまーす!


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第十七話 許して…(?)

ドラクエでスロットをやった作者です

スイカ スイカ     スイカ スイカ
        スイカ

が滅茶苦茶出てきて…
真ん中一ます上がれやー!



ということで、十七話目です


三度メイメイを坂に転げ落とした後、翔とすずは、ゆきのといぬいぬに合流し、まちと共に犯人の捜索を再開していた

まあ、翔とすずには犯人がだれだかはわかっているのだが…

 

 

「いぬいぬ、鼻がいいから見つかるのも問題だよ…」

 

 

「だろうな…」

 

 

すずがぼそぼそと翔にささやく

翔は、その通りだと考えていた

 

いぬいぬの姿はもう、丸まんま犬だ

鼻がいいということは容易に想像できる

 

 

(とりあえず、安全な所に隠れているとは言っておいたが…)

 

 

犬の鼻では簡単に見つけられてしまう

 

 

「犯人を捜すふりをして、何とか妨害しよう…」

 

 

「うん。そのまま犯人のことをうやむやにするんだね…?」

 

 

翔の意図を読み取って、言葉の先を言うすず

 

何とかそうしたいのだが…

 

 

(まちの執念がどこまでのものか…)

 

 

会った時は、忘れていたという話だったが、それでも犯人への執念はそれは大きいものだった

果たして誤魔化すことが出来るか…

 

 

「…なんか…、気配がする」

 

 

まちが急に立ち止まった

ゆきのがどうしたの?問いかけると、まちがそんなことを口にした

 

ばれた!?

と、焦りが襲う

 

 

「いぬいぬ、ちょっとそこら辺探してみて」

 

 

ゆきのがいぬいぬに頼む

それと同時に…

 

 

「「!?」」

 

 

翔とすずが向いている方の向こう側

 

岩に化けているつもりなのだろうか

顔だけ出して変装しているメイメイがこそこそとこちらをつけていた

 

これはまずい

 

いぬいぬが探す手間もなく、きょろきょろと辺りを見渡しているまちに見つかってしまう

 

翔が頭をフル回転させて誤魔化す方法をたたき出そうとする

 

 

「あ!ほら、あそこ!!」

 

 

と、翔が考え付く前に、すずが大声を出す

すずが指をさしている方

 

そこには、ドングリを食べているリスの姿が…

 

 

「あのリスさんじゃないかな?その気配って?」

 

 

「…そうかしら」

 

 

すずのおかげで何とかこの場は凌ぐことができそうだ

 

まちとゆきのがすずに意識を向けているうちに、翔はメイメイへと近づいていく

 

 

「何やってるんだ…!隠れてろと言っただろ…!?」

 

 

「で、でも…」

 

 

小声で叫ぶという器用なことを実行する翔

翔に怒られたことにあわあわしながら、メイメイは

 

 

「と、遠野さん、ワタシの大切な友達…。ずっと楽しく旅してきたデスね…。遠野さん近くにいる思たらいてもたってもいられまセンヨ…」

 

 

頬を紅潮させ、涙を浮かべて

メイメイはそう言い切った

 

遠野さんっていうのか

 

頭の中で初めて聞いた友達の名字を刻みながら、翔はメイメイの友達への思いの大きさを知らされる

 

 

「そうか…」

 

 

翔は、笑顔を浮かべた

メイメイは、なぜ翔が笑っているのかわからず、疑問符を浮かべながら翔を見上げる

 

翔は手をメイメイの頭にぽんと置いた

 

 

「大丈夫だ。きっとその…遠野さん?…も、すぐ見つかる。まちの方を何とかしたら一緒に探すから」

 

 

「で、でも…、悪いデスね…」

 

 

翔の言葉に、またあわあわしながら口を開くメイメイ

 

 

「気にするな。すずだってきっとそのつもりだろうしな」

 

 

翔は今度は少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う

 

メイメイは、その笑顔を見て思った

 

翔とすずは、本当に仲が良いのだ

もしかしたら、自分と遠野さん以上に…

 

 

「あ、あの…。ありがとうございますネ…」

 

 

言えた

お礼をちゃんと言えた

 

旅に出てから、初めて他人に優しくされた

嬉しかった

 

 

「さっきも言ったが、気にするなよ?俺たちがしたいからそうするんだから」

 

 

最後に、翔はそう言ってまた歩き始めたすずたちを追いかけた

 

 

「おーい!大変だ!今度はちかげんちのきゅうり畑が!」

 

 

りんがこちらに駆け寄ってきた

翔は慌ててメイメイへと駆け寄る

 

メイメイは、今度は川へと落ちていった

 

 

(…ほんとにすまん)

 

 

この事が解決したら、土下座して謝ろうと翔は心に決めた

 

 

 

 

 

 

 

 

今度はちかげの家が被害に遭った

遠野さんというのは、かなりの食いしん坊なのだろうか

 

それにしても、きゅうりばかりを狙っている

そこまできゅうりが好きな人など初めてだ

 

 

「ひどいねー…。これ全部一人で食べたのかな?」

 

 

畑のあまりの惨状に、ゆきのが思わずといった感じでそう言った

 

 

「でしょうね。足跡は一種だけでしたし」

 

 

ちかげがその言葉に答える

 

だが、一つツッコミたい

その探偵のような服装は何なのか

 

 

「探偵ですわ♪」

 

 

さいですか…

 

 

「これは…、遠野さんの仕業なのか?」

 

 

「は、はい…。遠野さん、無類のきゅうり好きデスね…」

 

 

やはり遠野さんはきゅうり好きらしい

 

翔は、地面に視線を落とす

そこには、恐らくその遠野さんのものであろう足跡がある

 

だが、これは…

 

 

(人じゃない…?)

 

 

明らかに、人のものでない足跡

動物か?

 

きゅうり好きで…、動物…

 

 

(…いやいやいや。さすがにない。それはない)

 

 

導き出された答えを否定する

さすがに、ない

 

 

“!わん!わん!”

 

 

考えていると、足跡のにおいを嗅いでいたいぬいぬが吠え出した

 

 

「いぬいぬ!?何か見つけたの!?」

 

 

ゆきのがいぬいぬに聞く

 

いぬいぬは、どこかに手を向けている

その方向は

 

 

「「「っ!?」」」

 

 

翔とすず、そして、メイメイがいる方向

 

いぬいぬがこちらに駆けてくる

まずい

これは間違いなくばれ…

 

 

「「え?」」

 

 

「?」

 

 

いぬいぬは、三人を通り過ぎてそのまま駆けて行った

いぬいぬを追いかけて、まち、ゆきの、ちかげ、りんも駆けていく

 

少しの間呆然とする三人

 

 

「…!そうか!遠野さんだ!」

 

 

「あ…!」

 

 

恐らく、いぬいぬが嗅ぎ付けたにおいは遠野さんのものだろう

 

 

「くそっ!見つけられて運がいいのか悪いのか…!」

 

 

「ともかく、追いかけないと!」

 

 

翔とすずも、慌てて駆けていく

 

 

「遠野さん…」

 

 

そして、メイメイもまた、この先にいるであろう友達に思いを馳せて、駆け出した

 

 

 

 

“わんわん!”

 

 

「え?この辺だって?」

 

 

いぬいぬが川が流れている岸辺で止まり、吼えた

ゆきの曰く、いぬいぬはここら辺に犯人がいると言っているらしい

 

翔は、川を睨む

 

感じるのだ

見張りをした日の昼頃

 

感じた気配と同じもの

この川の水中から

 

 

(きゅうり好き、水中に潜む…)

 

 

翔が追いかけても、姿を見つけられなかった

恐らく、泳いでいたのだろう

 

 

(泳ぎが、速い…。え?まじで?まさか…)

 

 

先程否定した仮定

状況を重ねていけば重ねていくほどそれしか考えられなくなる

 

だが、ありえない

ありえるはずがない

だって、それは

 

 

「そこ!!」

 

 

と、まちが吹き矢を繰り出した

矢が向かう先は、川の水面

 

 

(そこは…!)

 

 

今もまだ、翔が感じている気配を発している場所

 

その場所に、矢が当たる…

 

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

 

前に、水面から何者かが飛び出してきた

その何者かは、空中でくるくると回転しながら地面に近づいていき

 

 

「くあ」

 

 

着地した

 

全身緑

片手にきゅうり

そして、頭にはお皿

 

 

(…やっぱり河童かぁああああああああ!!!)

 

 

心の中で叫ぶ翔

こんな所で、空想上の生き物に会えるとは…

 

 

「あ、あれ…、遠野さんデスよ…」

 

 

メイメイが河童に指をさしながら言う

あの河童が遠野さんらしい

 

 

(え?じゃあ何だ?メイメイと一緒にこの島に流れ着いたわけだから…)

 

 

あの河童は、この島以外の世界で生息していたことになる

 

この島に生息しているというなら、まだ受け入れられた

この島に来て、培ってきた常識は崩れ落ちていったのだから

河童が生息してもおかしくないと思えた

 

だが、違う

 

メイメイと一緒に流れ着いたのだから、メイメイと出会ったのは島の外

遠野さんは、島の外で生きていた

 

 

(…皆…、俺、何を信じていいのかわからなくなってきたよ)

 

 

遠い目で空を見上げる

そんな翔を、不思議そうに見るすず

 

 

「悪さをするもののけを封印するのは巫女の役目…。覚悟なさい!」

 

 

「…はっ」

 

 

まちの声で我に返る翔

 

このままでは、遠野さんが危険だ

 

 

「や、やめなよ!このカッパさんだって、悪気があってやったわけじゃないだろうし…」

 

 

翔が行動に移す前に、すずがまちを止めに行った

まちも、すずの言葉をまるごと無視はしない

 

遠野さんの様子を見る

 

 

「…あれで?」

 

 

「…いや、その」

 

 

遠野さんは、まちに向かってあっかんべーをしていた

舌の上下運動付きである

 

 

「うふふ…。この私を挑発しようなんていい度胸じゃない…」

 

 

「くあ」

 

 

まちは止まらない

さらに、遠野さんも交戦大勢だ

 

 

「ま、待ってくだサイね!」

 

 

と、まちを止めようと、一人の少女が勇気を振り絞った

 

 

「ご、ごめんなさいデス!食料盗んでたのはワタシデスね!と…、遠野さんは何も悪くないデスね!」

 

 

メイメイが、大声で言った

遠野さんは、メイメイの姿を見て目を見開く

 

 

「くあー!」

 

 

「遠野さん!」

 

 

「??」

 

 

メイメイと遠野さんが互いに駆け寄っていく

その間に挟まれたまちは互いを見て、何が何だかわからないといったような表情

 

そして、メイメイと遠野さんは互いを抱き締めた

 

まちを吹き飛ばしてから

 

 

「よ、よかったよ~…。メイメイちゃん、友達と会えてホントによかったよ~…」

 

 

すずが涙を浮かべながらその光景を眺める

 

 

「あれ、どういう事なんだ?」

 

 

「えっと…」

 

 

りんたちが疑問を口にする

翔がそれに答える

 

そしてまちは…

 

 

「何だかよくわからないけど…。あんたたちが真犯人ってわけね…」

 

 

冤罪をかけられた恨みに、何が何だかわからずに突き飛ばされた恨みが足されたまち

黒いオーラは、増していた

 

それでも、すずが発していたものには敵わないが

 

 

「よくもこの私を陥れてくれたわね…」

 

 

「ひゃぁあ…。ご、ごめんなさいデスよ~…」

 

 

まちがゆらゆらと二人に近づいていく

メイメイが必死に謝罪するも、まちには届かない

 

 

「そーゆー悪いコには…、お仕置きよ!」

 

 

まちが、駆け出した

当然その先には、メイメイと遠野さん

 

 

「ひゃゃゃやや~ん!」

 

 

メイメイが遠野さんに抱き付く

遠野さんは、メイメイを守るようにその前に立ちはだかる

 

 

「や・め・ろ」

 

 

「!翔様?」

 

 

まちが攻撃を仕掛ける前に、翔がまちを後ろから抱きかかえた

まちの動きが止まる

 

 

「彼女もちゃんと謝っただろ?もう許してあげたらどうだ?」

 

 

「でも…」

 

 

まちが不満そうに頬を膨らませながら翔を見上げる

 

 

「お願い!まち姉!メイメイちゃんを許してあげて!」

 

 

すずも、まちに必死に訴える

 

 

「そーだねー。別に悪いコには見えないし」

 

 

「だいたい濡れ衣着せられたのだって、あねごの日ごろの行いが悪いからだし」

 

 

「あんなに謝ってるのに罰なんて鬼ですの」

 

 

ゆきの、りん、ちかげも、許してあげたらとまちに言う

 

 

「…なんか、私が悪者みたいじゃない」

 

 

「そんなことないって」

 

 

目にわずかに涙を浮かべるまち

翔はまちの頭を撫でてあげる

 

と、まちは翔から降りる

そして、メイメイと遠野さんに歩み寄る

 

 

「いいわよ、許してあげるわ。私は心の広い女だから」

 

 

「あ…」

 

 

まちはそう言って、握手しようと手を差し出す

それを見て、メイメイは笑顔になり、こちらも手を差し出そうと…

 

がぶっ

 

遠野さんが、まちの手を噛んだ

 

遠野さんの中で、まちは敵と認識されてしまったらしい

 

結局、まちと遠野さんの乱闘は避けられなかった

だが、メイメイに目をくれないところを見ると、濡れ衣のことは水に流してくれたらしい

 

これにて、一件落着となった

 

 

 

 

 

その後、メイメイと遠野さんをおばばの家に連れて行った

メイメイは今後、藍蘭島で生活することになったのだ

 

恥ずかしがりやなところで苦労しそうだが、案外早くなじめそうだな

 

と、翔はおばばの前でもじもじしているメイメイと、がつがつと勢いよくきゅうりを食べている遠野さんを見て思った

 

 

 

 

 

 

 

(…河童か。美由紀が見たら大喜びしそうだな…)

 

 

 

 

 




翔さんの反応、どうでしたでしょうか
行人君よりテンパった感じを出せているといいんですが…


感想待ってます!


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第十八話 届けたくて

色々飛ばしました
わかっていると思いますが、この作品のメインヒロインはすずですので


「ん…、んー…」

 

 

朝日が目に入ってくる

翔は目が覚め、上半身を起き上がらせて伸びをする

 

 

「…っはぁ!」

 

 

そして脱力

いつもの日課である素振りをしようと、玄関に立ててある木刀を取りに行く

 

 

「…え?」

 

 

玄関に目を向けて、呆然とした

そして、すずが寝ているはずの布団を見る

 

 

「…いない」

 

 

玄関に目を向ける

 

玄関にある水瓶

翔はそれを見ていた

 

 

「うにゃ~…。いい湯だにゃぁ~…」

 

 

「何がいい湯だ!何してるんだお前はー!」

 

 

すずが、水瓶の中に入っていた

 

翔は駆け出した

どたどたと玄関まで行き、すずを水瓶の中から引っ張り上げる

冷たい

 

一体何がどうしてこんなことになっているのか

まったく理解できない

 

 

「…熱い。ったく」

 

 

すずのおでこに翔は手を当てる

熱かった

 

まあ、冷たい水の中に一晩いたのだから当然なのだが

 

翔はすずをおぶる

おばばの所に連れていくのだ

 

 

「翔ぉ~…。あったかいねぇ~…」

 

 

「…どんな夢を見てるんだか。俺と風呂に入ってる夢を見てるのか?」

 

 

肩の所に置かれているすずの横顔を見る

 

顔色は悪いが、笑っている

顔色がなければ、とても幸せそうに見える表情だ

 

翔は歩きながら、ふっと笑みを零した

 

 

 

 

 

 

 

で、今

翔はおばばに、氷嚢に使う氷を持ってくるように頼まれたのだ

 

翔は氷が収納されている場所へと向かっていた

のだが…

 

 

「…なんかだるいな」

 

 

頭が重い気がする

この感覚は何なのだろうか

こんな感覚は感じた覚えがないのだが

 

 

「まあ、動く分には影響はないし大丈夫だろう」

 

 

そう結論付けて翔は進む

とはいっても…

 

 

「…ここら辺なのは間違いないんだけど」

 

 

氷がある場所がどこかわからなくなってしまった

おばばから聞いた限りでは、ここら辺なのだが

 

 

「翔ちゃーん!おっはよー!」

 

 

「うおっ!?」

 

 

と、後ろから衝撃を受けた

腰辺りに腕が回されている

 

どうやら抱き締められたようだ

 

 

「はぁ…。いきなり抱き付かないで下さいよかがみさん」

 

 

翔は背中から抱き付いてきた人物を見てため息をつく

 

かがみ

見た目は幼く、ゆきのとあまり変わらないように見えるのだが、それでもゆきのの母親である

 

その事実を知ったとき、翔はそれはそれは驚いたものだ

自分の両親も、かなり若く見えるのだが、ここまでくると妖怪の類ではないかとすら一瞬思ってしまったほどである

 

 

「もー、かがみさんじゃなくてかがみちゃんでしょ?」

 

 

かがみが翔を離し、翔の前に回り込む

そして、両手を腰に当てて頬を膨らませて言う

 

 

「いや、目上の人にちゃん付けは…」

 

 

かがみは年上だ

見た目は年下だが間違いなく年上なのだ

さすがにちゃん付けは抵抗がある

 

だが、かがみには不満があるようで

 

 

「むぅ~…。言うこと聞かないコは…」

 

 

「?」

 

 

急に言葉の雰囲気が変わる

 

 

「お仕置きよ!」

 

 

「うおっ!?」

 

 

かがみが、近くにいたくまくまに体当たりをする

くまくまは体制を崩し、倒れる

 

翔に向かって

 

 

「…さすがに」

 

 

翔は、かわした

これが、人相手だったら抑える準備をするのだが、くまくまを支え切れる自信はない

というか無理だ

 

 

「あらー?かわされちゃった♪」

 

 

「危ないですよ…」

 

 

けらけらと笑うかがみ

翔にとっては笑い事ではないのだが…

 

 

「それより翔ちゃん?暇なら遊ばない?」

 

 

「いや、俺は…」

 

 

かがみが遊ぼうと誘ってくる

だが、翔はすずに氷を届けなければならない

断ろうとする

 

 

「あー、いたいたー!」

 

 

翔が断りの言葉を言おうとした時、声が聞こえてきた

翔とかがみがその声が聞こえてきた方を向く

 

そこには、とてとてとこちらに向かってくるゆきのの姿が

 

 

「もー、どこに行ってたのよ母さん。くまくまたちも勝手に連れてってー。仕事あったのよー?…あれ、翔?」

 

 

「ちょっとおやつ食べたくてついてきてもらったのー」

 

 

「おはよ」

 

 

ゆきのがぷんぷんと怒りながらかがみに言う

そして、翔の存在にも気づいたようだ

翔がゆきのと挨拶を交わす

 

こうして見ると、ゆきのがお姉さんに見えてくるのはなぜだろうか

 

 

「まったく…。なにがおやつよいい年こいて…」

 

 

「…」

 

 

ぴくっ、とかがみが震えた

 

 

「だれがいい年こいてるだぁ?誰だってほっときゃいい年こくんだよ…」

 

 

「ず、ずびばぜん…」

 

 

かがみはゆきのの頭を右手で握りしめ、そして左手で顔を握りしめる

ゆきのの顔が凄いことになっている

 

かがみは年のことを言われるとキレてしまうのだ

翔も一度だけ逆鱗に触れてしまったことがある

逃げるのが大変だった

 

「ところで翔?何してるの?」

 

 

解放してもらったゆきのが聞いてくる

顔が赤く腫れてしまっているのは放っておこう

 

 

「あ、そうだ」

 

 

翔は、すずが風邪を引いたこと、そしてその経緯を話す

 

 

「す、すず姉…」

 

 

「まあ、すずちゃんらしいわねー…」

 

 

すずが風邪をひいてしまった理由に呆れるゆきのとかがみ

 

 

「すずはおばばの所に運んで、俺はすずに使う氷嚢のための氷を探してるんだけど…」

 

 

「あ、氷はすぐそこに保管してあるよ?こっち」

 

 

ゆきのが翔の様子を見て、迷ってしまったことを悟る

翔を案内する

 

かがみたちは、その場の流れでついていく

 

 

 

 

 

 

 

「ここだよー」

 

 

「へぇ…。涼しいな」

 

 

翔たちは氷が保管されている場所についていた

洞窟のような入り口を通り抜け、地下につながっている道を歩く

 

地下ということもあってかかなり涼しい

それでも、この気温では氷は溶けてしまいそうなのだが

 

 

「ゴザをかけて少しでも溶けないようにしてるの」

 

 

「なるほど」

 

 

溶けてしまうことは織り込み済みだったのだ

その上で、どれだけ溶けないようにするか

それを考えていたのだろう

 

ゆきのがゴザを取る

だが

 

 

「…あれ?」

 

 

「氷、ないぞ?」

 

 

氷が、ない

 

 

「おかしいな~。昨日は結構あったんだけど…」

 

 

「溶けた…はないだろうな。一晩で溶けるほどの量ではないんだろ?」

 

 

「うん。さすがにそれはないと思うんだけど…」

 

 

また泥棒か?

その考えが翔の中で過る

 

 

「あ、あの~…」

 

 

と、翔とゆきのの後方で申し訳なさそうに声をかけてくるかがみ

 

まさか…

 

翔は、悟った

 

 

「さっき、かき氷にしてくまくまたちと食べちゃった…」

 

 

「全部!?」

 

 

氷が入れてあったであろう容器を見る

かなりの量が入るだろう

 

ゆきの曰く、結構の量が昨日までではあったという

それを、全部

 

怒りよりも驚きの方が勝ってしまう

 

 

「…仕方ない。他に氷があるところは?」

 

 

ここで怒っても仕方がない

それよりも、これからの行動だ

 

 

「ここだけだけど…。あそこ」

 

 

「?」

 

 

前半の言葉を聞いて、やはりないかと落胆しかけた翔だったが、後半の声を聴いて持ち直す

ゆきのが指をさしている

その指の先には、巨大な山が

 

 

「富士山よ。あそこにたくさん雪があるの」

 

 

「なるほど。その雪を押し固めて氷にしてるわけか」

 

 

ゆきのが何を言いたいかを読んで先に言う

 

 

「じゃあ、行ってくるか。寒いだろうから防寒具と、雪を運ぶものを…」

 

 

「ゆきのも行くよ?」

 

 

翔がさっそく富士山に行こうと、準備を始めようとする

ゆきのが手伝うことを提案するが

 

 

「ゆきのには仕事があるだろ?俺一人で行くよ」

 

 

だが、翔は断る

ゆきのには仕事があるはずなのだ

 

手伝いの手が欲しいのは事実だが、無理をさせてまで欲しくはない

 

 

「翔ちゃん、私はー?」

 

 

「かがみさ…ちゃんは、ゆきのと仕事をしてください。子供に任せきりはダメですよ?」

 

 

「はぁい…」

 

 

かがみも手伝い…、いや、遊びたいだけだろうが、一緒に行きたいと言ってくるがだめ

子供に任せきりは親としてどうかと思う

 

 

「なら、防寒具や運ぶものは貸してあげるわ」

 

 

「え?でも…」

 

 

「遠慮しないで?それに…」

 

 

かがみがそこで言葉を切り、翔の耳元まで顔を寄せて囁く

 

 

「大事なすずちゃんのため…。なりふり構ってられないんじゃない…?」

 

 

「っ!?」

 

 

ばっ、と顔を離す

別にかがみが顔を寄せてきたからではない

 

かがみが囁いた言葉

図星をつかれたことに動揺してしまったからだ

かがみはくすくすと笑っている

 

 

「…はぁ」

 

 

翔はため息をついた

 

 

 

 

 

 

かがみとゆきのの所から防寒具と荷車を借り、翔は富士山を上っていた

翔の視界は真っ白と言っていいほど悪い

 

吹雪いているのである

 

 

「思ったより、辛いな…」

 

 

ゆきのに言われた、『すっごく大変だから、覚悟してね』

 

これは確かに大変だ

だが、それでもおかしい

 

修行を重ね、そして毎日走り、この島に来てからも運動は欠かさなかった

少しは衰えてしまっているかもしれないが、おかしい

 

疲労の量が大きすぎる

確かに過酷な環境なのは間違いないが

 

 

「それに…、だるい…」

 

 

朝から感じていただるさが大きくなっていく

だが、負けてはいられない

すずはもっと苦しい思いを感じているのだ

 

翔はわずかに息を切らせながらも歩き続ける

 

登り始めてどれだけかかっただろうか

翔は気づいた

 

 

「…頂上まで登らなくても、ここで雪をためればいいじゃないか」

 

 

翔は、雪を荷車に入れ始めた

 

どうして気づかなかったのだろう

ゆきが積もり始めた地点で気付いていれば、時間はかなり短縮されていたはず

 

翔はせっせせっせと雪を入れる

 

そろそろか?

いや、まだだ

 

それの繰り返し

 

雪を入れ始めてから、10分ほど経っただろうか

荷車の中は雪でいっぱいになっていた

 

 

「よし…、そろそろ良いか…」

 

 

というか、帰らなければまずい気がしてきた

だるいどころか頭痛までしてくる

がんがんと鬱陶しい

 

 

「…ふぅ」

 

 

荷車を引いて歩く

登りの時よりも比べ物にならないほど重くなった荷車

容赦なく翔の体力を奪っていく

 

翔が富士山から下山した時は、空が赤く染まり始めていた

 

 

「…!」

 

 

そこで、翔は見えた

荷車の中から、水が垂れているところを

雪が溶けはじめているのだ

 

まずい

早く届けなければ

 

翔は、中々思うように動かせない体に鞭を打って走り出した

 

早く、早く

焦りが募る

 

すず

すず

 

 

「翔ちゃ~ん」

 

 

「…かがみさん?」

 

 

そこに、翔の横でかがみが飛んでいた

正確には、飛んでいるたかたかに乗っていただが

 

 

「持ってこれたんだね~」

 

 

「何を、してるんですか…?」

 

 

「さんぽ~」

 

 

仕事はどうした、とツッコむ余裕は今の翔になかった

 

 

「ほらほら、早くすずちゃんに届けないと。今頃苦しんでるよ~?」

 

 

「っ」

 

 

かがみにとっては、ただの冗談だった

だが、翔にはその言葉がキた

 

 

(そうだ…。すずが待ってるんだ…)

 

 

「それより翔ちゃん?朝は気のせいかと思ってたけど、顔、赤くない?」

 

 

(すずが…、待ってるんだ…)

 

 

「あれ?翔ちゃん?」

 

 

(俺のことなんか…、どうでもいい)

 

 

翔の中で、かちりと音が鳴った

目に映る世界が、モノクロになっていく

 

神速を発動させたのだ

足など、どうでもいい

 

すずに、この氷を届ける

 

 

「うわっ!?」

 

 

急にスピードアップした翔に驚くかがみ

気づいたころには、翔の背中は点のように小さくなっていた

 

 

「…翔ちゃん。もしかしてすずちゃんの風邪がうつったんじゃないかな、て言いたかったのに…」

 

 

 

 

走る

走る

足に痛みはない

儲けものだ、このまま限界まで走り続けてやる

 

と、集落が見え始めた

おばばの家まではもうすぐだ

 

 

「きゃぁっ!?」

 

 

「え!?なに!?」

 

 

住人から驚きの声が漏れる

だが、翔には届かない

今の翔の頭の中にあるのは、氷をすずに届けるということだけ

 

そして…

 

 

「すず!」

 

 

すっかり小さくなってしまった雪の塊を持って、おばばの家の中に入る

 

 

「あ、翔。どこ行ってたのー?」

 

 

「どこほっつき歩いとったんじゃ」

 

 

呆れた様子のおばばと、おばばの診断を受けていたすずが

すずの様子は、もう苦しそうなものではない

 

 

「あ…、あれ?なんで?」

 

 

息を切らしながら戸惑う翔

 

 

「もともと大した風邪じゃなかったんじゃ。一晩寝とれば治るわ」

 

 

「…」

 

 

唖然とする翔

だが、ほっとした

努力が無駄になったとは思わない

すずの風邪が治った

そのことに安心した

 

 

「…はは。よか…た…」

 

 

「え、え!?翔!?」

 

 

翔は、そこで意識が途切れた

 

 

 

 

 

「無茶しおるな。体調がよくない状態で、氷を取りに行くために日帰りで富士山まで行くとは」

 

 

「それほど、すずちゃんが大切なんですよ~」

 

 

「…」

 

 

かがみが教えてくれた

朝から翔の顔色は良くなかったと

 

恐らく、すずの風邪がうつっていたのだろうと

 

その状態で、富士山まで行っていたと

 

すずは寝ている翔を見守る

翔のおでこには、翔が取ってきた氷で作った氷嚢が

 

翔の表情は、どこか気持ちよさそうだ

 

 

「…翔」

 

 

すずは、想像した

翔が一生懸命、自分のために走り続けていたところを

翔にとっては苦しかっただろう

 

だが、嬉しい

笑顔がこぼれる

 

 

「「…」」

 

 

その様子を見て、おばばとかがみは顔を合わせ、笑う

 

すずはそれを知らない

 

 

「翔、ありがと」

 

 

すずは、翔の頭をそっと撫でた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…」

 

 

皆が寝静まった時間

翔は目を覚ました

 

すぐ隣から、寝息が聞こえてくる

翔は顔を横に向けた

 

 

「…っ!?」

 

 

すぐに背けた

 

すぐそばに、すずの顔があったのだ

翔の顔が赤く染まる

 

それにしても、自分はどうしたのだろうか

すずに氷を届け、だがすずは風邪が治っていて

ほっとしたところまでしか記憶がない

 

 

(まあいい。明日すずに聞けばいい)

 

 

それよりも、気になることがあった

 

 

(…なんで)

 

 

翔は、上半身を起き上がらせ、右足をもむ

痛みは、ない

 

翔が気になっていたのはこれだ

 

前々から違和感はあった

いや、逆だ

違和感がなさすぎた

 

この島に来て、少し経ったくらいからだろうか

足の重みが消えているのを感じていた

 

最初は気のせいだと思っていた

だが、今日

それは違うと確信した

 

神速を使っても、足の痛みがないのだ

医者が、『完治することはないと思っていてください』と、言っていたほどの怪我

それなのに

 

 

(…治ったなら、それはそれで嬉しいことだけど)

 

 

怪我が治ったなら、もう気にすることはない

剣を思い切り振れるのだ

 

明日、様子を見ることを決めた

 

翔は、すずの顔を見る

あどけない寝顔

苦しそうな様子はない

 

 

「…よかった」

 

 

翔は、目を閉じ、眠りについた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右足の治癒

これが、後の翔に降りかかる災いの始まりだったなど、誰も知らない




何かフラグ臭がしますねww
ですが、回収はかなり先になると思われます


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第十九話 主が来て

今回から主回です


平和

この一言が一番似合っている島、藍蘭島

 

この藍蘭島は、大きく四つの地区に分かれている

北、南、東、そして西

そのそれぞれには主と呼ばれるものがいて、治安を守ってきている

主は、他の地区に入ったりはしない

 

だが…

 

 

「…またか。今日は何の用だ?西の」

 

 

巨大な体躯

黄色い体に黒い縞縞模様

 

虎と言っていいであろうこの体の持ち主は、北の主

 

 

「…なにっ!?それは本当か?」

 

 

北の主、タイガが大声で聞き返す

西の主がこくりと頷いて返す

 

北の主はふぅっと息をついて、ゆっくりと立ちあがり、洞窟から出る

 

 

「やれやれ…、ゆっくり隠居もさせてもらえないのか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

南の森

可愛い猫と犬たちが、にゃんにゃんわんわん楽しそうに川で魚取りをしていた

 

 

“わーい!とれたとれたー!”

 

 

“よかったねー”

 

 

猫が魚を取ることに成功し、嬉しそうにはしゃいでいる

それを見て、川岸に立っていた犬が褒める

 

 

“ところでさ、しまとら様、まだお出かけなのかなー?”

 

 

“もうずいぶんたつよね”

 

 

しまとらとは、南の主の名前である

 

しまとらは森から離れていた

それ自体はよくあることなのだが、今回はその期間が長い

 

 

“?”

 

 

と、そんな風に話していると地面が揺れる感覚がした

地震か?

 

そう思っていた時、揺れが大きくなっていく

そして、ずん、ずん、という音まで聞こえてくる

その音はだんだん大きくなっていく

 

そして、その姿が現れた

 

 

“あ!”

 

 

“あれは!”

 

 

その姿を見て驚く猫と犬たち

 

そして、その姿を見ていたのはもうひとり

 

 

「やれやれ…、あいつは血の気が多いからにゃー」

 

 

木の上から、南の主であるしまとらが見ていた

巨大な影はずんずんと進んでいく

 

 

「よし。先回りするかにゃ」

 

 

しまとらは、ぱっと移動を開始した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すずは家で夕食の準備をしていた

鍋から少し汁をとり、味見をする

 

 

「…うん、おいし」

 

 

上手くいったようだ

だが、翔と二人で食べるには多すぎる気がする量だ

 

 

「翔ー?」

 

 

「ん?なんだー?」

 

 

すずは料理を小さめの鍋に入れ、それを持って外に出る

そして、外でまき割りをしている翔を呼ぶ

 

翔はすずに手招きをされ、すずに歩み寄る

 

 

「これ。お隣に持ってってくれない?」

 

 

「うん。了解」

 

 

翔は鍋を受け取り、隣にいるとある宅まで行く

その家の前に着き、戸をこんこんと叩く

 

そして、戸が開き、出てきたのは

 

 

“あら翔さん”

 

 

鶏だった

その傍らにはぴーぴー泣いているひよこ

 

 

「おすそわけです」

 

 

翔はお鍋を鶏に渡す

 

すると、ひよこが翔の腕に飛び乗ってきた

 

 

“あそぼー”

 

 

“あそぼー”

 

 

「ごめんなー。今日はちょっとダメかなー」

 

 

あそぼーと誘ってきたひよこに、柔らかく断りを入れる

えー、とひよこは不満そうな声を出す

 

 

“こら、翔さんを困らせないの。翔さん、少し待ってておくれやす”

 

 

ひよこを優しく諭した後、家の中に入っていく

そして、出てきた時、その手に何かを持っていた

 

 

“はいこれ。お返しどす”

 

 

「あ。ありがとうございます」

 

 

受け取ったのは、卵だった

それを持って、翔は家に戻っていく

 

 

「すずー。はつさんが生みたての卵をくれたぞ」

 

 

「わぁ!すごーい!いっぱい!」

 

 

すずがたくさんの卵をもらったことに喜んでいる

だが、翔はそこで何かに気づき、固まった

 

 

「翔?」

 

 

固まった翔を不思議に思い、すずがのぞき込む

 

 

「なれって恐ろしいな…」

 

 

眉間にたらりと汗をたらしながら、翔はつぶやいた

 

 

 

そして夕ご飯

 

 

「「いただきます」」

 

 

両手を合わせて、食事前の挨拶をする

翔は味噌汁が入ったお椀を持ってすする

 

 

(本当にこの島になじんできたよな…。他の動物たちとも意志疎通できるようになってきたし…)

 

 

しみじみと心の中でつぶやく翔

 

 

「さっきからどうしたの?少しおかしいよ?」

 

 

すずが怪訝そうな表情で聞いてきた

どうやら変に思われたらしい

 

 

「いや…。この島にもなじんできたなって思っただけだよ」

 

 

すずの質問に正直に答える翔

すずはその答えを聞いて、きょとんとなる

 

 

「…そっか。この島に来てから大分経つもんね」

 

 

すずもまたしみじみとつぶやく

そして、笑顔を翔に向けながら言う

 

 

「私も、翔との生活になじんできちゃったな。もうずっと昔から一緒に生活してきたみたい」

 

 

と、その言葉を言い切るとすずは少し不貞腐れた表情になる

 

 

「一緒におふろに入るのも慣れてくれればなー…」

 

 

「悪い。それだけは無理だ」

 

 

風呂に一緒に入るのは絶対に無理だ

 

そういえば、この島に男がいたときはどうだったのだろう

今では羞恥心が薄れてきているものの、男がいた時は羞恥心はあったのだろうか

 

 

「ん…。おかわり」

 

 

「はーい」

 

 

翔はお椀の中のご飯を食べきったことに気づき、すずにおかわりを求める

すずは翔からお椀を受け取り、ご飯を盛る

 

 

「…これからも、ずっとこんな日が続けばいいな」

 

 

ぼそりとすずがつぶやいた

 

 

「ん、何か言ったか?」

 

 

「え!?いや…、なんでもないよー!」

 

 

翔にはよく聞こえなかったようで、すずに聞き返す

すずは顔を赤くして慌てて何でもないと言う

 

翔はなぜ慌てているのかわからず首を傾げる

 

 

「うふふー、にゃんでもにゃいねー…」

 

 

「ふぇ!?おししょーさま!?」

 

 

いつのまにか、翔の隣にしまとらが座っていた

はむはむと翔の魚をかじっている

 

翔は驚かない

気配を感じていたから

というか、魚を与えたのは翔だ

 

しまとらが隣に来たのに気づき、魚をあげたのだ

 

すずは言葉を聞かれたとわかり、顔を赤くさせる

 

 

「いっそ夫婦になっちゃえば?そうすればずっと一緒だにゃ♪」

 

 

「め、夫婦って!おししょーさま!」

 

 

しまとらのからかいに反応するすず

翔は苦笑いをしながら味噌汁を啜っている

 

 

「そ、そんなことよりどうしたの?おししょーさまがこっちに来るなんて」

 

 

すずが話題をずらす

だが、主が違う地域の場所に来ることは珍しいのだ

 

しまとらがそうそう、と言ってから口を開く

 

 

「西の主に用があったんだにゃ。でも、まだ帰ってきてないみたいだけどにゃ…」

 

 

(そういえば、西の主のことは聞いたことないな…。心当たりはあるけど…)

 

 

しまとらが口にした西の主

まだそれが誰なのかということは知らないが、心当たりはある翔

 

だが、想像できない

 

 

(…すず)

 

 

そして、すずが先程つぶやいた言葉

つい聞いてなかったふりをしてしまったが、聞こえていた

 

 

(ずっとこのまま…か)

 

 

すずには悪いが、それはない

 

翔にとっても、この島での生活は良いものだった

仕事して、島の人たちと談話して

いつも隣にはすずがいて

 

このまま生活していてもいいくらいだ

 

 

(けど、やっぱり駄目なんだ)

 

 

心の中でつぶやく翔

 

その翔を、しまとらは悟られないように見ていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕飯を食べ終わった後、先に翔が入浴して、その後すずととんかつ、しまとらが今入浴している

 

 

「実はね、東の主が一か月ほど前に何者かに負かされたそうにゃ」

 

 

「え!?東の主が!?」

 

 

しまとらが驚愕の事実を口にした

 

東西南北の主

その中でも、一番弱いとはいえ、主の一人が負けたというのだ

 

 

「そういえば、最近北の主も負けて隠居しているって話があるな。東はまだ主やってるらしいけど…」

 

 

扉の向こうから翔の声が聞こえてくる

 

 

「東のを負かした奴のことを聞きたいんだけど、あいつが話してくんないにゃ」

 

 

「一体どんな人なんだろうね…」

 

 

しまとらの言葉を聞いて、すずが不安そうにつぶやく

 

 

「北のにしても東のにしても、ともに主を負かすほどの手練れ…。ほっとくわけにもいかにゃいから正体を確かめることにしたんだにゃ」

 

 

しまとらがばちゃばちゃと泳ぎながら言う

 

 

「ぼくが東のを調べるから、西のは北のを調べるように頼んだにゃよ」

 

 

「ふーん」

 

 

すずが相槌をうつ

そして、しまとらはひゅっと浴槽から上がる

 

 

「ぼくは、君が負かしたことも視野に入れてるんだけどにゃ」

 

 

「え?」

 

 

しまとらの言葉を聞き、すずが戸惑いながら扉を見る

いや、扉の向こうにいるであろう翔を見ているのだ

 

 

「違いますよ、そんな時間はありません。すずに聞けばわかりますよ?俺はすずとほぼずっと一緒にいたんですから」

 

 

「…そうにゃのか?」

 

 

翔の言葉を聞き、しまとらはすずに問いかける

 

 

「う、うん…。翔が主を倒すような時間はなかったよ?」

 

 

すずの言葉を聞き、しまとらは引き下がる

その可能性は低いと最初から踏んでいたのだ

 

 

「それにしてもおししょーさま。その東の主を負かした人の手掛かりはないの?」

 

 

すずたちがお風呂からあがってきた

すずは浴衣を着ている

 

髪がやや濡れて、顔が少し上気している

本当に13歳なのかと疑いたくなるほど色っぽい

だが、翔には通用しない

 

必死にすずを美由希だと考え続ける翔には通用しない

 

 

「そうだにゃ。つい昨日知ったことにゃんだけど。緑色したよそ者が川を下ってここに向かったという話なんだにゃ。東のもそれを聞きつけてリベンジしにこっちに向かってる」

 

 

「緑…。川を下る…」

 

 

「ふぇ~…、どんな人なんだろ…」

 

 

すずがあたふたする

そして翔は…

 

 

(…心当たりがありすぎるんだが)

 

 

緑色で、川を下る生物

つい最近この村にやってきた奴

 

何やら嫌な予感がしてきた翔だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝がやってきた

川がそよそよとさわやかに流れていく

 

 

「ふわぁ~~…。遠野さーん、朝デスよー…。朝ごはんにしましょー」

 

 

布団からのそりと起き上がり、家の端っこの方の穴が開いている床から下で流れている川をのぞき込むメイメイ

そこからざぱっ、と出てきた河童、遠野さん

 

 

“くぁああああ…”

 

 

大きく欠伸をして眠そうだ

 

欠伸をする河童…

 

と、戸をノックする音が響いた

メイメイがとの方へ目をやる

 

 

「?こんな朝早くに誰でショウ…?」

 

 

メイメイはとの方に歩いていく

そして、そぅっと戸を開ける

 

 

「はいデスよー。ど、どちら様デスか?」

 

 

戸の前にいたのは

 

 

「っ!?」

 

 

巨大な影だった

 

 

「ひゃややややややぁ~ん!」

 

 

“!メイメイ!?”

 

 

メイメイの大声に驚いた遠野さんが外に走り出る

そして、そこで見たのは

 

 

「と、遠野さぁん!」

 

 

「のー♡」

 

 

涙目のメイメイと

 

うっとりした顔でメイメイを抱き締めている巨大なパンダの姿だった




ひとまずはここまでです


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第二十話 戦って

展開が早いです
心して読んでください


「の♪」

 

 

「ひゃやややぁ~ん!」

 

 

“メイメイ!”

 

 

捕まってしまったメイメイ

メイメイの叫び声を聞いて飛び出した遠野さん

 

そして、遠野さんは気づく

メイメイを捕まえている巨体の正体を

 

 

“あっ!お前、あちきに喧嘩を売ってきた変なパンダ!”

 

 

パンダ、東の森の主であるぱん太郎がやってきたのである

ぱん太郎はメイメイをうっとりと見つめながら口を開く

 

 

“やっぱりここにいたのん。けど、今はお前なんてどうでもいいのん”

 

 

“なっ!?メイメイを離せ!”

 

 

ぱん太郎が言いながらメイメイをさらにぎゅっと抱きしめる

それを見て、遠野さんは大声で怒鳴りつける

 

だが、ぱん太郎は止まらない

 

 

“いやだのーん♪この娘気に入っちゃったからお嫁さんにするんだのーん”

 

 

「ええ!?」

 

 

ぱん太郎の発言に衝撃を受け、涙を流すメイメイ

それを見た瞬間、遠野さんの中でぶちりと何かが切れる音がした

 

 

“メイメイを…泣かせたな…”

 

 

「の?」

 

 

ゆらりと遠野さんから何かが噴き出る

 

そして

 

 

“また負かしたる!”

 

 

遠野さんは、ものすごい速さでぱん太郎に向かって跳んだ

ぱん太郎はその動きに反応し、手を振りかぶる

 

 

“ふふ。前のぼくと同じと思わないでほしいのん”

 

 

とはいえ、爪が少し伸びただけなのだが

 

互いの腕が、ぶつかり合う

その時だった

 

互いの頭に、衝撃がはしった

 

 

 

 

「し、翔…?」

 

 

「いやぁ。あのコ、やるにゃ~」

 

 

すずが目を見開いて、しまとらは感心したように見ていた

 

目の前で遠野さんとぱん太郎が戦おうとしていた

 

メイメイを巻き込んで

 

翔はそれを見た途端、踏み込んだ

腰から木刀を抜いて、二匹の頭に木刀を叩き込んだのだ

 

 

 

“ててて…”

 

 

“痛いの…”

 

 

「ごめんな、遠野さん。けど、あのパンダの腕の中にメイメイがいたことを忘れてなかったか?」

 

 

“!”

 

 

遠野さんの目が見開いた

 

メイメイを泣かせたやつへの怒りゆえに、このまま戦ってしまえばメイメイが巻き添えを喰らってしまうということを考慮することを忘れていたのだ

 

 

“な、なんなのん!?”

 

 

遠野さんが顔を俯けさせると、今度はぱん太郎が大声を出す

勝負の邪魔をされたのだ、我慢ができない

 

 

「あ?」

 

 

“ひっ!”

 

 

翔を叩きのめそうと腕を上げ、襲い掛かろうとした

が、翔がぱん太郎に目を向けた途端、動きが止まる

 

ぱん太郎の本能が叫んでいた

こいつとは戦ってはいけない

戦えば、ただでは済まない、と

 

 

「遠野さん、大丈夫?」

 

 

「やれやれ、君が謎の者の正体か。やっと見つけたよ」

 

 

ぱん太郎が翔におびえていたころ、すずとしまとらは遠野さんの様子を見ていた

遠野さんは、もう顔を上げていた

 

そして、一同は翔の方へと目を向ける

 

 

「さてと、東の主を怯えさせるほどの実力…。見せてもらうかにゃ」

 

 

「翔…」

 

 

しまとらはわくわくした様子で

そしてすずは、どこか不安げな様子で翔を見つめる

 

 

「メイメイ、怪我はないか?」

 

 

「は、はいデス」

 

 

翔はメイメイに怪我の有無を確認する

メイメイが怪我はないと言ったため、ひとまずは安心する

 

 

「じゃあ、少し待ってて。すぐ助けるから」

 

 

翔は、メイメイからぱん太郎へと目を移す

翔と目が合った途端、ぱん太郎はびくりと体を震えさせる

 

 

“あ…、あ…”

 

 

「…俺が言いたいことは、わかってるな?」

 

 

今やぱん太郎に、主の威厳などなかった

この光景を見ていた者は、全てこう言うだろう

 

強者が弱者を喰らおうとしている

 

そして、弱者はぱん太郎で、強者は翔だと

あの巨体とは比べ物にならないほどちっぽけな体の持ち主が、強者だと

 

 

「の…、のーーーーーー!!!」

 

 

「…」

 

 

「あ!」

 

 

すずが声をあげた

ぱん太郎は体を反転させ、逃走を始めたのだ

 

メイメイを抱えている腕を除いた三本の腕と足を上手く使い、スピードに乗っていく

 

 

“ま、待て!”

 

 

遠野さんを筆頭に、ぱん太郎を追いかけはじめる

それは、当然翔もなのだが…

 

 

「…っ」

 

 

翔の目が、横を向いた

誰も気づいていない

 

そして

 

 

「のぉおおおおおおおおお!!!!?」

 

 

「ひゃ!?」

 

 

ぱん太郎が飛んだ

 

気付けば、ぱん太郎がいた所には巨大な虎の姿が

そして、メイメイはその虎に抱きかかえられている

 

 

「なっ!北の主!?」

 

 

一同は足を止める

そしてすずが目の前の存在に驚きを見せる

 

北の主までもが、この西の地域にやってきていたのだ

 

 

「き、北の?君まで何しに来たのにゃ?」

 

 

「ふん。俺はすでに北の主ではない。俺は本当の北の主を取り戻しに来ただけだ」

 

 

「にゃに!?」

 

 

しまとらの問いに答えたタイガ

タイガは、自分を負かし、北の主となった存在を取り戻しに来たという

 

その事実に、しまとらが驚愕する

 

 

「君を負かした奴もこの村に来てたの!?」

 

 

「あぁ。西の奴が教えてくれた」

 

 

しまとらとタイガが言葉を交わしている

その間、メイメイは涙目でおろおろしている

 

 

「しかし、姿は初めて見たが、においで分かったぞ。北の主」

 

 

「「「“…え?”」」」

 

 

一同が、固まった

 

北の主が言った言葉は、この中に北の主がいるということだ

だが、一同が驚いたのはそこではない

 

 

「ふや?」

 

 

「さ、森に帰るぞ。北の主」

 

 

タイガが、メイメイを見て言ったことだ

 

 

「…はっ。いやいやいや!このコが君を倒したなんて、何かの間違いじゃ…」

 

 

さすがのしまとらも信じられない

このひ弱そうなメイメイが、タイガを倒したなどと

 

第一、メイメイは今、涙で目を潤ませながら何を言っているのかわからないみたいにおろおろしているのだ

 

 

「間違いない。ともかく、この娘はもらっていくぞ」

 

 

「ひゃぁ!?」

 

 

タイガはそのまま立ち去ろうとする

 

主というのは、戦って負けてしまえば、その戦いに勝った者に主の座を譲るというのが基本である

まあ、負けても主の座を譲らない存在もつい先ほどまでいたのだが

 

タイガは、決まりというものを重んじている

当然、負けたら主の座を譲るという決まりもだ

 

信じられないが、メイメイがタイガを倒したという話は本当らしい

何がどんなことを起こしてそうなったのかはわからないが…

 

 

「さて、メイメイとやら。今の北の主はお前だ。戻るぞ」

 

 

「…またあのおっかない森で一人きりデスか?」

 

 

タイガはのっしのっしと歩き出そうとする

その腕の中で、メイメイが目をウルウルさせる

 

メイメイは、この村にやってくるまでは北の森にいたのだ

北の森で生活していた

 

思い出す

暗いあの森

一人ぼっちで寂しかった日々

 

北の森に行ってしまえば、またあの日々に後戻りになってしまう

 

 

「…」

 

 

タイガは、メイメイの弱弱しい様子を見ていた

 

 

“待て!メイメイを離せ!”

 

 

そこに、メイメイの親友がタイガの前に立ちはだかった

 

 

「遠野さん!」

 

 

「…邪魔だ、どけ」

 

 

メイメイがぱぁっと顔を明るくさせる

タイガは、不機嫌そうに表情を歪ませながら言う

 

 

“あっしはメイメイの友達だ!メイメイが嫌がっていることをさせるものか!”

 

 

遠野さんは、タイガに気圧されずに立ち向かおうとする

それが、タイガの興味に触れた

 

 

「…ほう。貴様が東の主を倒した奴なのか。てっきりあの小僧かと思ってたんだがな…」

 

 

“?”

 

 

タイガの最後の言葉は、遠野さんの耳には届かなかった

 

 

「いいだろう。俺を倒してみろ。そうすれば、このメイメイとやらを返してやる」

 

 

“!”

 

 

タイガは、メイメイをそっと下ろす

そして、遠野さんと向き合う

 

 

「貴様はメイメイとやらを連れて行ってほしくないのだろ?なら、俺を倒してみろ。俺を倒すことが出来たならば、メイメイを北の主にすることはやめてやろう」

 

 

“…本当だな?”

 

 

「俺は東の主とは違う。ウソはつかん」

 

 

その言葉を聞き、遠野さんはファイティングポーズをとる

一方のタイガは、自然体の構え

 

遠野さんの今の構えは、タイガの提案を飲むという合図だ

 

 

“…行くぞ!”

 

 

遠野さんが、踏み込んだ

東の主と戦おうとした時のように、踏み込みは中々のスピードだった

だが

 

 

「遅い」

 

 

“ぐはっ!”

 

 

タイガにとっては、遅すぎた

タイガは遠野さんの動きをしっかりと目で捉え、そして裏拳で遠野さんを弾く

 

遠野さんは空中で一回転

体制を整え、再びタイガに向かって踏み込んでいった

 

 

“まだまだ!”

 

 

「だから遅いと…、むっ」

 

 

遠野さんが、正面から突っ込んでいった

だが、遠野さんは途中で軌道を変え、タイガの後ろをとったのだ

 

 

「わぁ!」

 

 

「…」

 

 

すずは、今の動きで決まったと思い、顔を明るくさせた

だが、しまとらの表情は、暗かった

 

 

「だが、甘い」

 

 

“なっ!?ぐぅ!”

 

 

タイガは、後ろに生えている2本の尻尾で後ろに回り込んだ遠野さんを再び弾き飛ばしたのだ

これは遠野さんも反応しきれなかった

 

受け身を取りきれずに、地面にたたきつけられる

 

 

「どうした?もう終わりか?」

 

 

タイガは地面で這いつくばっている遠野さんを見下ろしながら、にやりと笑みを浮かべながら挑発する

 

 

“ま、まだまだ…!”

 

 

遠野さんは、体を震わせながら立ち上がる

 

東西南北の主の実力は、一人を除いて拮抗しているのだ

その一人は、圧倒的に強いという訳ではない

 

圧倒的に、主の中では弱いのだ

 

そして、その主というのが、東の主だ

 

主を倒したという時点で、遠野さんが強いというのはよくわかるのだ

だが、他の主にとっては違う

 

他の人たちにとっては、凄いことでも

他の主たちにとっては、東の主を倒したか、少し興味が出た

くらいに変貌してしまうのだ

 

確かに、主が倒されるということは大問題だ

その一辺を守っていたものが代わってしまうのだから

だが、それが実力の推移の変化になるということにはならない

 

例に、しまとらも東の主が倒されたことに関してよりも、北の主が倒されたということの方が圧倒的に驚きを示していたのだから

 

 

「…ふん。この程度か」

 

 

結果、こうなる

 

タイガの足元で、ぼろぼろになっている遠野さんが倒れていた

 

 

「と、遠野さん…」

 

 

メイメイがぽろぽろと涙を流す

友達が自分のために傷だらけになっているという現実が、とてつもなく悲しい

 

 

「も、もういいデスよ!遠野さん!私のことは…もういいデスよ!」

 

 

メイメイが叫ぶ

これ以上、友達が傷つくところを見たくない

 

だが

 

 

“…まだ…まだ”

 

 

遠野さんは、立ち上がる

 

 

“メイメイは…、あっしを助けてくれたんだ…”

 

 

思い出す

メイメイと自分が出会った時のこと

 

悪さをして封印されていた自分を救ってくれた

お腹をすかせていた自分を救ってくれた

元の住処であった、川の変わり果てた姿を見て落ち込んでいた自分を慰めてくれた

 

 

“あっしは…、メイメイと一緒にいたい…。メイメイを、怖いところに行かせたく、ない!”

 

 

「遠野さん…!」

 

 

遠野さんは、諦めない

 

その思いは、タイガにも届いていた

 

 

「…その思いは認めよう。だが」

 

 

“!”

 

 

タイガの姿が、消えた

気づいたときには

 

 

「終わりだ」

 

 

遠野さんの後ろに回り込んでいた

 

 

「あぁ!」

 

 

「遠野さん!」

 

 

「くっ!」

 

 

さすがに、これ以上遠野さんにキズが与えられてしまえば危険だ

しまとらが介入しようとした

 

だが、その必要はなかった

 

 

「なっ!?」

 

 

タイガの目が、見開かれた

腕を振り切った

 

だが、手ごたえがない

さっきまでそこにいたはずの遠野さんの姿が、なかったのだ

 

 

「くっ!」

 

 

タイガが気配を感じた方へと振り返る

そこには

 

 

「大丈夫か?遠野さん」

 

 

“あ、あんた…”

 

 

遠野さんを抱え、心配そうに遠野さんの傷を見ていた翔の姿があった

 

 

 

 

 

さすがに、これ以上見てられなかった

 

傷つく遠野さん、傷つく遠野さんを見て、傷つくメイメイ

 

そんな連鎖を、これ以上見たくなかった

 

 

「…貴様」

 

 

タイガが後ろから自分を睨んでいることが感じられる

 

 

「北の主」

 

 

翔は、振り返らずに声を出す

 

 

「…なんだ」

 

 

タイガは、油断せずに翔を警戒しながら返事を返した

 

目の前の人間から、大きな殺気が感じられる

警戒を解いた途端、こちらに迫ってくるということも考えられたからだ

 

 

「この勝負、俺が引き継いでもいいのか?」

 

 

「…なに?」

 

 

今、この人間は何を言った?

勝負を、引き継ぐ?

 

それは、つまり

 

 

「くっははははは!小僧、貴様、俺に勝つというのか!?ちっぽけな人間である貴様が!」

 

 

言葉ではこう言ったタイガだが、心ではこう思っていた

 

こいつは、強い

 

油断をしてしまえば、負けてしまうほど

全力でかからねば、負けてしまうほど

 

だが、それでも自分には及ばない

そう考えていた

 

 

「…いいのか?ダメなのか?」

 

 

「…いいだろう。そこまで言うのなら、相手になってやろう」

 

 

面白い人間だ

自分にたてついた人間など、今までいただろうか

 

タイガはわくわくしていた

勝ちは揺るがないにしても、この人間がどこまで戦えるか

 

もし、自分を楽しませてくれたらあの娘を返してやるか

あの娘は主の器ではない

 

タイガは気づいていたのだ

だが、東の主を倒した存在と戦いたいがゆえに演技をしていたのだ

 

タイガが構える

遠野さんと戦った時のような自然体の構えではない

自分の全力を出しやすい構え

 

 

「…北の、本気だにゃ」

 

 

「え?」

 

 

タイガの構えを見て、しまとらがぼそりとつぶやく

しまとらの翔に対しての評価も、あくまで人間にしては強い、だった

 

それは、すずも同じ

翔が北の主にかなうはずがない

そう思っていた

 

翔は、特に構えを見せない

 

 

「…構えないのか?」

 

 

「俺は特に構えはしない」

 

 

構えない翔を不思議に思い、タイガが問う

だが、翔にとっての構えは、これだ

 

 

「そうか…。なら、行かせてもらう!」

 

 

もう、いいだろう

我慢できない

 

タイガが、翔に向かって突進する

巨大な腕を、翔に向かって振り下ろしていく

 

 

「翔!」

 

当たる

誰もがそう思っていた

 

 

「…」

 

 

翔は、振り下ろされる腕から目を離さない

そして、体を横にずらした

 

タイガの腕は、地面を抉っただけだった

 

 

「なっ…」

 

 

「…」

 

 

タイガが驚愕した目で翔を見る

翔は、表情を動かさない

 

 

「くっ!」

 

 

タイガは、再び腕を振るう

だが、翔には当たらない

 

両腕を縦横無尽に振り回す

ただ、がむしゃらに振るっているのではない

 

翔の動きを見て、読んで

 

いや、読んでというのは間違いだろう

翔の動きが、読めない

 

 

「こ、小僧っ!」

 

 

「…あまり長くは戦いたくないから」

 

 

「なにっ!?」

 

 

雪を取りに富士山へ行った帰り、翔は全開で神速を使った

その時、怪我した足に痛みははしらなかった

 

だが、今回もそうだとは限らない

あまり、時間はかけたくない

 

 

「終わらせる」

 

 

翔の目に映る世界、色が失われていく

神速を発動した

 

タイガの腕の動きが遅い

翔はタイガの後ろに回り込んだ

 

そこで、神速を解く

もうここまでくれば、勝ったも同然だ

 

 

「な…!?」

 

 

タイガが驚愕する

遠野さんの時とは違う

 

本当に消えたように、タイガは感じたのだ

動いた気配も感じさせず、翔はタイガの後ろへと回り込んだ

 

 

「…ふっ!」

 

 

翔は、木刀をタイガの背中に叩き込んだ

 

ただ、叩き込んだわけではない

刀に、<雷徹>を込めて

 

二段階の徹を叩き込まれたのだから、さすがのタイガも耐えられるはずもなく

 

 

「ぐ…はっ…」

 

タイガは、気を失い

地面に倒れた

 

 

「…」

 

 

翔は、倒れたタイガを見下ろす

 

戦っている途中に、気づいた

 

 

(こいつ…。メイメイを連れてく気なんてなかったな?)

 

 

タイガが翔の提案を飲んできた時を思い出す

楽しんでいた

 

 

「…戦い損じゃないか」

 

 

ぼそりとつぶやく翔

 

その翔に、すずたちが駆け寄っていくのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おいおい、あいつ勝っちまったぞ」

 

 

「そうだね…。僕も彼に対しての認識が甘かったね…」

 

 

ゆきのの家族であるたかたかと、小さな影が話していた

話題は、隠れて見ていた翔とタイガの戦い

 

 

「それにしても…、最後のあれは何だ?一瞬で北の主の後ろに回り込んで…」

 

 

「僕にもわからない…。実際に喰らってみれば少しはわかるかもしれないけど…」

 

 

「西のでもわからにゃいのか…」

 

 

「…しまとらさんか」

 

 

話していた二人の後ろから、しまとらが現れる

 

 

「四人の中で最強の君までだめとは…」

 

 

「ごめんね?」

 

 

しまとらと小さな影、西の主が言葉を交わす

 

 

「気になるのはそれだけじゃないにゃ。確かにあのスピードも驚きだけど、北のを気絶させたあれは…」

 

 

「…あれに関しては少しわかったよ」

 

 

「本当か!?」

 

 

西の主の言葉に、たかたかが声をあげる

しまとらも、気になるようでうずうずしている

 

 

「あれは、外にキズを与えるものではない。中へ衝撃を与える技だよ」

 

 

「…よくわからん」

 

 

西の主が説明するが、たかたかにはよくわからなかったようだ

だが、しまとらにはわかったようで

 

 

「ようするに、あの技は体の内部にダメージを与える技ということだにゃ」

 

 

「!?なぜ、奴がそんな技を…!」

 

 

タイガに使った技が、どれほど恐ろしいものかがわかったたかたか

 

 

「わからないけど…。そろそろ僕たちもここから離れようか。彼にも気づかれてるみたいだし」

 

 

「「え?」」

 

 

西の主の言葉で、しまとらとたかたかが視線を一同に向ける

 

すずに抱きしめられていた翔が、こちらに目を向けていた

 

 

「「!」」

 

 

「ね?そろそろ離れよう」

 

 

西の主の言葉に二人は頷き、その場から離れていく

 

西の主は、最後にもう一度翔の方を向く

そこには、泣いているすずを苦笑いを浮かべながらあやしている翔

 

 

(…何ともないといいんだけどね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばかばかばかばか!心配させないでよ!」

 

 

「ごめん。ごめんって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主たちも、翔の力を正確に読み取れていたわけではありませんでした
何もしていなければただの一般人にも見えますからね

けど、これで翔の評価がさらに変わる…


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第二十一話 わからなくて

翔君のキャラが崩壊すると思われます


「りんの様子がおかしい?」

 

 

翔が言った

 

翔とすずは、今りん宅にいる

げ太が翔たちを呼び出したのだ

相談がある、と

 

そして、その相談が

 

 

「あぁ…。どういうわけか仕事と反比例して料理がくそまずくなったんだよ…」

 

 

ということらしい

 

先程までりんは翔たちと話していた

確かに、違和感を感じるものがあった

 

まず、口調

りんの一人称はあたいだ

だが、先程のりんの一人称はわたくしだった

 

そして、纏っている空気だ

おしとやか

りんとはかけ離れているものだ

だが、先程話していたりんが纏っている空気は柔らかいものだった

 

おかしい

 

 

「確かに様子が変だったよね…。どうしちゃったんだろ?」

 

 

すずが言う

鈍いすずでもりんの変貌はさすがにわかったらしい

 

 

“そういえばあねさん、変わってから毎晩どこかにでかけてるみたいでやんす…”

 

 

と、えて吉が今気づいて言う

 

 

「なに?」

 

 

それに関しては、他の誰も気づかなかったらしい

皆が思考を巡らせる

 

仕事がうまくなったりん

料理が下手になったりん

毎晩出かけるようになったりん

 

 

「霊の仕業ね」

 

 

「「「うわっ!?」」」

 

 

「…その出方やめたらどうだ?」

 

 

畳の中からじゃじゃじゃじゃーん

まちが現れた

 

 

「ここ数日妙な気配がしてたから村中探ってたんだけど…」

 

 

「!やはり…」

 

 

まちの言葉に、翔が目を見開く

 

まちと同じく、翔もここ何日か妙な気配を感じていたのだ

目立った悪意を感じなかったため、特に気にしないでいたのだが

 

まちにとっては気になるものだったようだ

 

 

「りんが憑りつかれたってことか…」

 

 

「ふぇぇ!?」

 

 

まちの言う通り、霊の仕業ならばりんが憑りつかれたと考えるのが普通だろう

 

 

「何か心当たりはないかしら?最近りんが何か壊したりとか…」

 

 

「最近…?」

 

 

まちに問われてここ最近のりんを思い浮かべる

 

 

「あ…」

 

 

「何かあるのね!?」

 

 

問われたりさに何か心当たりがあったらしい

 

 

「ちょっと気になってたんだが、あいつの仕事道具がずいぶん古いものに変わってたんだよな…」

 

 

「…元凶はそれね」

 

 

りんの仕事道具が古いものに変わっていた

まちはそれが原因だと決定づける

 

 

「古い道具…?それ、蔵にしまってたものか!?」

 

 

「知ってんのかお袋!?」

 

 

すると、さらにその古い道具に関してりつに心当たりがあった

 

 

「をれは多分、200年ほど前に日本一の名工と言われた阿部カンナ愛用の大工道具だ。若くして亡くなったカンナの道具を一番弟子だったうちのご先祖様が譲り受けたんだ」

 

 

「なるほど…。りんに憑いてるのはその阿部カンナね…」

 

 

「そういえば、あれは危険なものだから蔵から出すなって言われてたな…」

 

 

恐らく、カンナはこの世に強い未練を残していた

成仏できずにその道具に乗り移ってしまった

そして、その道具をりんが持ってしまった

 

 

「そういえば、カンナは料理が爆発的に下手だって話らしい…」

 

 

りんの料理が下手になった理由も解決した

 

 

「…」

 

 

「?翔、どうしたの?」

 

 

皆が相談していると、翔が何やらうずうずしていた

すずが気になって聞くと…

 

 

「霊…、霊に会えるのか…?」

 

 

「え?」

 

 

翔がぼそぼそとつぶやいている

よく聞き取れなかったすずが聞き直す

 

と、翔は勢いよく立ち上がった

 

 

「霊に会える!霊に会えるんだ!あのばけばけ~とか鳴いてたなんちゃって霊じゃなく!きた!きたこれ!ktkr!きt」

 

 

「…ごめんなさい、翔様」

 

 

急に興奮し始めた翔に、まちは手刀を叩き込んだ

興奮しっぱなしだった翔は反応できずにそれを受け、気絶してしまう

 

 

「翔…」

 

 

どこか苦笑気味で翔を眺めるすず

 

 

「と、ともかくこのまま放っておくわけにもいかないわ。りんが戻ってきたら霊を払いましょう」

 

 

「た、頼むぜまちっち」

 

 

翔の変貌に驚きながらも、霊の処遇を決めた一同

 

 

「…」

 

 

その話を、隠れて聞いていた者がいたことを知らず

 

 

 

 

 

“おい!りんのやつうちン中にいねえぞ!”

 

 

夜まで待っても来ないりんを探しに行っていたげ太が言った

気づかれた…?

 

 

「夜中に出かけてるって言ってたわよね?」

 

 

“は、はいでやんす”

 

 

まちがえて吉に何やら確認をとる

 

 

「ひょっとしたら、この世の未練を晴らすためにどこかへ行ってるんじゃないかしら?」

 

 

まちが外を見上げながら言う

 

 

「その未練が何なのかは霊に聞いてみなきゃわからないけど…。その内容によっては、りんに危険が及ぶかもしれない…」

 

 

「え!?なら早く見つけなきゃ!」

 

 

翔を除いた皆が外へ駆け出していく

 

 

「あたしらは村の方を捜してくるから、りさはこの辺を調べてくれ!」

 

 

「わかった!」

 

 

二手に分かれて探し出す

 

 

 

 

「…んー?」

 

 

その時、翔が目を覚ました

ゆっくりと上半身を起き上がらせる

 

 

「…俺、どうしたんだ?」

 

 

何が起こったのかわからない

 

 

「…みんなはどこ行ったんだ?」

 

 

誰もいない

気配が…、いや、する

一人、いる

 

これは…

 

 

「りん…じゃない。これは…!」

 

 

翔の後ろ

そこに

 

 

「…!」

 

 

「え?」

 

 

翔が振り返った

その翔の表情は

 

まるで獲物を狙った肉食動物のようだった

 

 

 

 

 

 

「つかまえたぁああああああああ!!!!」

 

 

「きゃぁあああああああああああ!!!!」

 

 

「うにゃ!?」

 

 

「家の方!?」

 

 

急に響く叫び声

家の周りを捜していたすずたちは、慌てて声が聞こえてきた家の方へと向かう

 

 

「どうした!?」

 

 

「何があったの!?」

 

 

すずたちは先程までいた部屋に駆け入る

そこには

 

 

「霊!?霊なんだよな!?そうだと言ってくれー!」

 

 

「え!?えっと…、その…!」

 

 

りんの両肩をつかんでぐらぐらと揺らしている翔と、涙目で戸惑っているりんの姿が

 

 

「…翔?」

 

 

「…!」びくぅっ!

 

 

第三者から見れば、翔がりんに言い寄っているようにも見えるこの光景

すずに中で、何かがほとばしった

 

 

「なに、してるの…?」

 

 

「え…、いや…。このコ、霊…」

 

 

翔にとっては、今まで見たくてたまらなかった霊を見れて嬉しいというただそれだけなのだ

だが、客観的に見ればそうは見えなくて

 

 

「…チョット、コッチキテ」

 

 

「す、すず…?」

 

 

翔はすずにどこかへ連れていかれた

 

 

「「「…」」」

 

 

それを呆然と眺める三人

 

 

「…とりあえず、こうしておきましょうか」

 

 

「あ」

 

 

まちは、りんの額に札を張り付けた

 

 

 

 

 

 

 

「あなた、阿部カンナね?」

 

 

『は…はい…』

 

 

翔とすずが戻ってきて、話し合いが再開された

りんの体からふよふよした女性の姿が浮かんでいる

 

だが、それを見ているはずの翔は何も反応しない

翔の目に光がないのは気のせいだろう

 

 

「この世に未練があるなら、できる限り叶えてから成仏させてあげるわよ?」

 

 

『ほ、ホントですか!?』

 

 

さすが巫女

霊の扱いはお手の物だ

 

カンナの表情が明るくなる

 

 

「しっかし、日本一の名工と言われたあんたに何の未練があるってんだ?」

 

 

りさが、カンナに何の未練があるのかを聞く

すると、カンナは目に涙を浮かべながら口を開いた

 

 

『私は…、りささんと同じく職人一家の一人娘でした…。家族は私を一人前の跡継ぎに育てるためにそれは厳しい修行を私に課しました…。そして、私はそれを乗り越えて、日本一と言われるまでになりました…。しかし…』

 

 

カンナはそこで一度言葉を切った

何やら様子がおかしい

 

それに気づいたときには、遅かった

 

 

『おかげで私は一度も殿方とお付き合いできず…、気づけば同年代の女たちは皆嫁いでしまって、私だけ行き遅れてしまったんです~!!』

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

カンナが心の奥の気持ちをありったけ吐く

すると、とてつもない霊圧が家を揺らす

 

 

『そのうえ20歳ではやり病で死んじゃうし…。殿方の手も握ったことないのに成仏などできるわけないじゃないですかぁ!』

 

 

「お、落ち着け!」

 

 

カンナは座り込んでおいおいと泣き出してしまう

りさがカンナを落ち着かせようとする

 

 

『それで、境遇が似てたせいか波長が合ったこの娘に憑りついて思いを遂げようとしたんですが…。村を捜せど殿方は見つけられず…。そして今日、翔様とお会いしまして…。しかももろ好みで…』

 

 

事情はわかった

カンナは生前、男と恋愛をしたことがなくそれが未練となっていた

そして、翔と出会い、ひとめぼれをした

 

 

「なるほどね…。同じ女としてその気持ちはよくわかるわ…。よし!あなたに翔様と一日でーとをする権利を与えるわ!」

 

 

『あ、ありがとうございます!』

 

 

「え!?」

 

 

カンナの気持ちがよくわかったまちがこんなことを言い始める

カンナは喜び、すずは驚く

 

 

「で、でも肝心の翔は良いって言ってないよ?」

 

 

「翔様も事情を話せば了承してくれるわよ」

 

 

すずが膨れる

なぜだかわからないが、でーとをするということを許したくないすず

 

まちはりんの額に張り付けた札をはがし、そして翔の体を揺らす

 

 

「翔様、起きて」

 

 

「…はっ。俺は何を…?」

 

 

完全に意識を取り戻した翔

翔をここまでにするすずは一体…

 

 

「それではさっそく参りましょう!」

 

 

「は?な、何…?」

 

 

カンナが翔の腕を引っ張る

急に腕を引っ張られ、戸惑う翔

 

 

「今から?もう夜も遅いし、明日にしたら?」

 

 

まちも戸惑いながら言う

 

 

「何言ってるんですか。でーとは夜からが本番ですわ」

 

 

「…何を言ってるんだ?」

 

 

未だに何が何なのか飲み込めない翔

 

カンナはふすまを開けたその部屋には、布団が敷かれて、枕が二つ

 

 

「さあ翔様。私と、こ…子づくりしましょう…?」

 

 

「…は?」

 

 

「「なんですとぉ!?」

 

 

「?」

 

 

恥ずかしがりながら言うカンナ

どうしてこうなった、翔

驚愕するまちとりさ

子づくりとは?すず

 

 

「ちょっと!誰もそこまで許した覚えはないわよ!」

 

 

「てめぇ!人の娘を勝手に!」

 

 

さすがにこれは看過できない

まちとりさが止めようとする

 

が、カンナはにやりと笑みを浮かべ、手元にあるロープを引いた

 

すると、まちたちの頭上から檻が落ちてきた

その檻に閉じ込められ、身動きが取れなくなってしまう

 

 

「なっ…!?」

 

 

「フフフ…。もしもの時のために仕掛けておいてよかったですわ♪」

 

 

「?…?」

 

 

策が上手くいってご満悦のカンナ

どうしてこうなった、翔

 

 

「さぁ翔様…」

 

 

「え?え?ちょ…」

 

 

御神の修練を積んだ翔でも、この状況の対処法は知らない

何もできず、ただ戸惑うだけ

 

カンナは少しずつ翔との距離を詰めていく

 

 

「ま、まずは接吻から…」

 

 

「…」

 

 

え?まじで?

これ、夢じゃない?

 

翔も、思春期真っ只中の一人の男である

心臓がばくばくと高鳴り、抵抗することができない

 

 

「え?あ…、あ…」

 

 

すずが檻の中でその光景を見る

 

何で…、ここまで不安になるんだろう

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

一方の翔とカンナは、さらに距離を狭めていく

 

 

(何が何だかわかんないけど…。このまま流されてもいいかな…)

 

 

逆らえない

 

 

「だ、ダメぇえええええええええ!!!」

 

 

すずが、叫んだ

 

 

「っ」

 

 

その叫びは、翔の中の理性を少しだけ取り戻させた

その理性が、働きを見せる

 

 

「ちっ!」

 

 

何かの気配を感じる翔

 

落ちてくる

 

翔は、その落ちてくる物体を

蹴った

 

 

「なにやっとるkぐへぇええええ!!」

 

 

「え…、きゃぁああああああ!!」

 

 

蹴った物体は、カンナに命中

カンナとその物体…、人だ

は、目を回して気絶した

 

 

「とっとと成仏しなさいこの色ボケ霊!」

 

 

その次の瞬間、脱出に成功したまちがりんの額に三枚の札を張り付ける

 

 

『そ、そんなぁ…』

 

 

カンナはしょんぼりと言う

 

こうして、霊を封じることに成功した

 

 

 

 

 

 

 

「…すず。いい加減何が起きたのか説明してくれよ…」

 

 

「つーん」

 

 

次の日の朝

翔は朝食を食べながら昨日の出来事について聞いていた

 

だが、すずは何やらご機嫌斜めのようで何も答えてくれない

 

 

「すずぅ…」

 

 

「つーん」

 

 

いや、答えてくれている

つーん、と

 

 

「…翔の馬鹿」

 

 

「誰が馬鹿だって?」

 

 

「翔!」

 

 

「何でだよ…」

 

 

正直、すずも何が気に入らないのかよくわかっていない

だが、すずの中で何かが変わってきたのは間違いないようだ

 

 

「…はぁ」

 

 

「ふん!」

 

 

 

 

 

 




次話、今日中に投稿できるかもしれません

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第二十二話 まったりして

~てというタイトルが思いつかんくなってきた…

今回は短いです


世界のどこにあるのか、正確な位置がわからない藍蘭島

様々な伝説があるこの島

 

その伝説の中に、こんな話がある

 

見つければ幸せになれるという、青い鳥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こけーーーーーーーー

 

響く泣き声

 

すずは、布団の中でもぞもぞと動き

 

 

「ん…?」

 

 

起き上がった

すずはふすまを開け、入り込んでくる日差しを遮るように目を手のひらで覆う

 

手のひらの間から、翔が木刀を振るってるのが見える

 

 

「毎日熱心だよねー…」

 

 

「腕が落ちたら嫌だからな」

 

 

すずが自分の朝の鍛錬を見るのも今や日課となってきている

翔は木刀を肩に担ぐ

 

 

「あれ?これで終わり?」

 

 

「あぁ。やりすぎるのもダメだしな」

 

 

翔はまだ、剣士として未熟だ

未熟な剣士が我流で訓練を続け、型が崩れてしまえば大問題だ

 

 

「でも、最近は鍛錬激しくやってるよね?」

 

 

すずが言った

 

翔が朝の鍛錬を始めた時は、軽く流すような感じだった

だが、ここ最近は向上させようという意思が見え隠れする

 

 

「あー…、まぁ、ね…。前まではあくまで鈍らせないことが目的だったから」

 

 

「ふーん。鈍らせないってことは、やっぱり翔は剣術習ってたんだね」

 

 

ぎくりと体を震わせる翔

すずは気づかない

 

が、翔の足元にいるからあげはその様子をばっちりと見ていた

 

 

「そういえば翔君。翔君は何の剣術を習ってたんだい?」

 

 

からあげが聞いてくる

翔は考える

 

名前くらいなら…いいか

 

 

「御神流っていう流派ですね。正式名称は、<永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀術>です」

 

 

「えいぜん…?はち…?」

 

 

「永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀術」

 

 

「ふ…ふにゃぁ…」

 

 

あまりにも長いそれに、すずの頭がオーバーヒートを起こしてしまった

すずは、それでよし

 

 

「二刀術…。でも、君は今、木刀1本しか持ってないよね?」

 

 

からあげが中々鋭いところをついてきた

確かに、二刀術というのに、剣を一本しか使わないのはおかしいだろう

 

 

「えっと…」

 

 

翔が剣を1本しか使わない理由

それは、使う必要がないからだ

 

正直、この島では、2本目はいらないと言っていいのだ

北の主との戦いも、翔は2本目を使わずに倒してしまった

 

 

「…」

 

 

この際だ

正直に言ってしまえ

 

 

「その、2本目はいらないなって…」

 

 

「…つまり、君に2本目を使わせるほどの実力者がいない…と?」

 

 

「はっきり言えば、その通りです」

 

 

どこか鋭い目で翔を見てくるからあげ

 

やっぱり、この人は只者ではない

なんだ

 

下手をしたら、北の主よりも…

 

 

「…?すず?」

 

 

と、翔が自分の両腕をつかんでくるすずを見る

オーバーヒートから復活していた

 

 

「翔ってたくましいよねー…。それなのに、まだ強くなるの?」

 

 

すずの純粋な疑問

ただでさえ、翔は北の主に勝ったのだ

 

それなのに、まだ強くなろうとしている

一体、なぜなのか

 

 

「…まだ、足りないよ。俺より強い奴でも、届かなかったものだってあるんだ」

 

 

「え…?」

 

 

翔の目が、悲しく歪んだ

 

気がした

 

 

「それに、帰ってから驚かせたい奴だっているしさ」

 

 

翔の家族の存在

翔は足を怪我し、剣をやめてしまったと考えている家族

 

もし、帰ったとき、全盛期より自分が強くなっていたら…

反応を考えると、ついにやにやと笑みを零してしまう

 

 

「…すず?」

 

 

笑みを引かせる

 

すずが顔を俯けていた

 

 

「別に、喧嘩のために強くなるわけじゃないぞ?」

 

 

「えっ?あ、うん…。…その、まだ寝ぼけてるみたい。川で顔洗ってくるね?」

 

 

すずはそう言って着替えに家に戻る

 

翔は疑問符を浮かべながらすずの背中を見つめる

と、すずは不意に立ち止まった

 

 

「翔…」

 

 

「ん?」

 

 

すずは、翔の名前を呼ぶと振り返った

 

 

「早く…、日本へ帰れるといいね」

 

 

すずは、家に入っていった

 

 

「…なんで」

 

 

何でだ

なぜ

 

 

「そんな…、悲しい顔するんだ?すず…」

 

 

翔の足を、からあげはこつんと蹴った

 

 

 

 

 

すずが川に出かけて行ったあと、翔はまったりとお茶を飲んでいた

からあげ家族が入れてくれたのだ

 

 

「そういえば、聞いた?翔君」

 

 

「何がですか?」

 

 

からあげがお茶をあおりながら言う

 

 

「タイガさん、北の主に返り咲いたみたいだよ。強者100人を倒して」

 

 

「あぁ…。まあ、あの人ならそれくらいできるでしょうね」

 

 

からあげの言葉に納得する翔

北の主、タイガ

 

前回戦った時はあっさりと勝たせてもらったが、次に戦うときはそうはいかないだろう

その機会があれば、2本目を使うことを視野に入れとかないとな…

 

翔がそう心の中でつぶやいていると

 

 

「…」

 

 

「ぴょん!?」

 

 

横から何かが飛びついてきた

翔はそれを、片手で抑え、むぎゅっとつかむ

 

そして、視界の前までもっていく

 

 

「…うさうさ?」

 

 

“ひどいよー…”

 

 

うさうさが、涙目で翔を睨む

 

 

「ご、ごめん。それで、どうした?ゆきのは一緒じゃないのか?」

 

 

翔は謝りながらうさうさを優しく床に置く

そして、一人でいることに疑問を持つ

 

 

“ゆきゆきなら、青い鳥を探してるの。すずちゃんも一緒だよ”

 

 

「すずも?」

 

 

青い鳥

そういえば、自分も探したことがあったな…

 

思い出す

あれは、まだ幼稚園に通ってた時だったか

 

 

 

 

 

 

『うわぁ…。きれいだなぁ…』

 

 

翔が絵本に描かれている青い鳥を、目を輝かせながら見る

その隣には

 

 

『しょうちゃんしょうちゃん!このとりってここらへんにもいるのかな!?』

 

 

妹である美由希

美由希は、興奮した声で聴いてくる

 

 

『…よし!』

 

 

 

『?しょうちゃん?』

 

 

翔が、急に立ち上がる

そんな翔を不思議そうに見上げる美由希

 

 

『さがしにいく!』

 

 

『なにを?』

 

 

『あおいとりを!』

 

 

意気込んだ翔は、部屋から出て行く

そして、美由希は慌てて立ち上がる

 

 

『ま、まってよぉ!わたしもいく~!』

 

 

美由希もついていこうとした

 

 

『ダメだよ。みゆきはダメ』

 

 

『え!?なんで!?』

 

 

『ダメだから』

 

 

幼稚園

このくらいの年ごろは、何でも一人でやりたくなってくる

翔も当然、例外ではない

 

翔は一人で探しに行きたかったのだ

だが、美由希は翔と一緒に行きたい

 

 

『ともかく、だめだから』

 

 

『あ!しょうちゃん!』

 

 

翔は家から飛び出していった

美由希は慌てて追いかける

 

翔の背中を、追いかける

だが、その距離はだんだんと離れて行って

 

 

『あ!』

 

 

転んだ

 

 

『うぅ…。いたいよぉ…』

 

 

美由希は目に涙を浮かべながら立ち上がる

それでも泣き出さないところは、中々に強い

 

だが

 

 

『…しょうちゃん?』

 

 

翔を見失っていた

 

 

 

 

 

 

 

「…ん。翔君?」

 

 

「…?はい?」

 

 

からあげが、目の前で自分を呼んでいる

 

 

「どうしたの?ぼうっとして」

 

 

からあげの言葉を聞いて、思い出す

昔のことを考えていて、ぼうっとしていたようだ

 

 

「いえ、昔のことを思い出していて…。と、そういえばまきが切れてたんだっけ?」

 

 

からあげの問いに答えた後、まきが切れていたことを思い出す

翔はまき拾いに行くことにする

 

まき入れを背負い、歩き出そうとする

 

 

「すずも一緒に行く予定だったんだよね?しょうがないなぁ…。すっぽかして…」

 

 

「大方ゆきのに引っ張られたんでしょうね。大丈夫ですよ。まき拾いくらい一人でできますよ」

 

 

翔は出発する

 

すると

 

 

“私もいくー!”

 

 

「ぷー!」

 

 

うさうさが翔の頭に乗り、とんかつはまき入れに乗る

翔はそれを微笑みながら見て、歩き出した

 

 

 

 

 

 

一方のすずは…

 

 

「まってぇええええ!!」

 

 

「ゆきの!やみくもに走ったら道に迷っちゃうよ!」

 

 

鳥を追いかけていた

だが、それは青い鳥ではない

 

黄色い、ひよこのような鳥

 

蒼い鳥を探していたすずたちは、唯一の手がかりである青い鳥の羽のにおいを頼りに探していた

そして、いぬいぬがその匂いを嗅ぎ取り、いざ青い鳥と対面…の、はずだったのだが

 

 

「かわいぃいいいいい!!」

 

 

どうしてこうなったのだか

 

黄色い鳥はせっせと小さい翼を必死にはばたかせながら飛んで逃げる

それを、ゆきのは必死に追いかけ、そんなゆきのをすずたちは必死に追いかける

 

 

「もう…すこし!」

 

 

ゆきのの手が、届きそうだ

 

ゆきのは、精一杯手を伸ばす

 

 

「とどい…え?」

 

 

届いた

と、思った時だった

 

急に浮遊感に襲われる

不思議に思って、下を向く

 

落下していた

 

 

「「きゃぁああああああああ!!!!」」

 

 

「…!…!」

 

 

すずたちが落下していった大きな亀裂

そのまわりを、黄色い鳥が飛んでいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空は赤く染まっていた

翔はまきを十分に拾い、帰宅する

 

 

「ただいま。遅くなってごめん。いいまきが中々見つからなくて…?」

 

 

戸を開けながら遅くなった言い訳をする翔

だが、家の中から誰の気配も感じられない

 

すずも遅くなっているのか?

まだ青い鳥を探しているのか?

 

 

 

「…すず?」

 

 

言い様のない不安が、翔を襲っていた

 

 

 

 

 

 

 




これはあくまでつなぎの話です
三連投を予定しています


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第二十三話 探して

予定通りの三連投です
ですが、上手く書けてるか不安です…


「…ゆきのたちも帰ってない?」

 

 

「ぴょん!」

 

 

翔がすずが帰ってこないことに胸騒ぎを覚え、外に出ると、うさうさが飛んで寄ってきた

うさうさ曰く、ゆきのたちもまだ帰ってきていないらしい

 

さらに胸騒ぎが加速する

 

 

 

 

 

 

すずたちは、亀裂の中で何とか出れないか試行錯誤していた

皆で肩車をして、届かないかを試したが、だめ

 

今度は肩車の順番を逆にしてみたが、だめ

いや、当然なのだが

 

 

「すず姉、足大丈夫?」

 

 

「うん、このくらい平気だよ!」

 

 

さらに、すずは落ちた時に足をひねってしまったのだ

 

 

「大丈夫だよ。翔に取探しのことを言ったんなら、翔たちが私たちが戻ってこないことを不審に思って探しに来るよ」

 

 

すずは、力強く言う

ゆきのが不安そうな表情になったのを見たから

 

自分が弱音を吐いてはいけない

 

 

「でも、ここ結構森の奥だし…。この穴が見つかんなかったらずっと…」

 

 

だが、ゆきのの表情は晴れない

 

 

「とんかつは鼻もいいし、翔も頭いいから、絶対見つけてくれるよ!」

 

 

すずは再び力強く言う

ゆきのを元気づけるために

 

だが、そうしなければ、不安で押しつぶされそうになるのも事実だった

 

 

 

 

 

 

翔は、一度ゆきのの母、かがみと合流した

だが、未だゆきのたちは戻ってきていないらしい

 

翔は山に探しに行くことにする

かがみには、村の方を捜すように言っておいた

 

かがみは、ふくふくといのいのを翔の手伝いに貸してくれた

 

うさうさが、ゆきのが青い鳥に会ったという場所まで案内してくれる

翔は、ここに来るまでの道で、すずたちに会うことを期待していたのだが、それは叶わない

 

 

「ほう!」

 

 

「…このあたりにもいない…か」

 

 

空から探させていたふくふくも、見つけることはできない

 

 

「すず…」

 

 

あまり考えたくはなかったが、すずたちに何かが起こったと考えるべきだろう

もし、何らかの理由で身動きが取れなくなっているのならそれは厄介だ

 

 

「…よし。とんかつ、お前の出番だ。においですずたちを捜してくれ」

 

 

「ぷ!」

 

 

とりあえず、まずはすずたちの居場所を把握することだ

居場所を見つければ、そこから救助する方法を考えることもできる

とんかつは鼻を動かしながらすずたちのにおいを探る

 

だが、翔には懸念もあった

 

いぬいぬである

いぬいぬは鼻も利く

それなのに、なぜ帰ってこれないのだろうか

 

やはり、身動きが取れないと考えるべきか

だが、その考えでもパターンが分かれる

 

怪我で身動きが取れないだけならばまだ何とかなる

だが、そうでないのなら…

 

 

「ぷー!ぷー!」

 

 

「見つけたか!?えらいぞとんかつ!」

 

 

とんかつが、すずたちのにおいを嗅ぎあて走り出す

翔たちもとんかつを追いかける

 

 

(…待ってろよ、すず!)

 

 

何としても、見つけ出す

あの時のように…

 

 

 

 

 

 

 

「もうすっかり暗くなってきちゃったね…」

 

 

ゆきのが暗い声で言う

この穴に落ちてからかなりの時間が経っていた

待てども待てども助けは来ない

 

不安が容赦なく襲う

 

 

(…翔)

 

 

すずの目に、涙が浮かぶ

 

本当にずっとこのままになってしまうのだろうか

翔たちは探してくれているだろうか

 

会いたい

会いたい

翔に、会いたい

 

 

「うぅ…。おうちに帰りたいよ~!」

 

 

「わう~!」

 

 

“おなかすいたよぉ…”

 

 

ゆきのたちが泣き始めてしまう

その声を聴いて、すずははっとする

 

そうだ

自分がしっかりしなければ

 

すずは、懐から入れておいたさくらんぼを出す

 

 

「ほら、みんなで食べない?」

 

 

何とか笑顔を浮かべる

ゆきのたちも、わずかに表情を明るくさせる

 

 

「もう、翔たち遅いよねー?どこ捜してんのかなー」

 

 

必死に強がる

 

 

「…すず姉、すごいね」

 

 

「え?」

 

 

不意に、ゆきのがつぶやいた

 

 

「だって何でもできるし、みんなに頼られるし、すたいるいいし。それに、ゆきのくらいの年にはもう一人で暮らしてたし…。ゆきのもすず姉みたいに強くなりたいなぁ…」

 

 

ゆきのの言葉にぽかんとなるすず

自分が、強い?

 

 

「…そんなことないよ」

 

 

そんなことはない

いつも寂しくて、一人は嫌で

 

翔がいなかったら、何もできなくて…

 

 

「あ…。雨?」

 

 

「え?」

 

 

すずの頬にも、ぽつりと滴が当たる

 

 

「大変!私たちのにおい、流されちゃうよ!」

 

 

「ええ!?」

 

 

 

 

 

 

すずたちの捜索は、難航していた

急な雨により、においは流されてしまった

唯一の手がかりが、なくなった

 

 

「くそっ…」

 

 

翔たちは巨大な木の下で雨宿りをしていた

悪天候の中での捜索は、自分たちも危険になる

 

 

(どうする…?この状況で、何ができる?)

 

 

考える翔

そんな時、昔のことを思い出した

 

 

(そういえば、こんなことあったな…)

 

 

 

 

 

 

 

青い鳥を捜しに家を飛び出した翔

だが、青い鳥は見つけられず、家に帰ることにした

 

 

『ただいまー!』

 

 

翔は声をあげながら家に入る

そのまま家の中に入る

 

そろそろ夕食の時間だ

 

 

『あら、翔。美由希は?』

 

 

台所からひょっこりと顔を出した桃子が聞いてくる

 

 

『え?しらないよー?うちのなかにいないの?』

 

 

『それがいないのよ。翔と一緒に遊びに行ったんじゃないの?』

 

 

血の気が、引いた

そういえば、青い鳥を捜しに行ったとき、美由希はついてこようとした

 

家から飛び出した時も、自分を呼ぶ声がした

 

まさか、まだ自分を捜しているとしたら…?

 

 

『…もういっかいでかけてくる!』

 

 

『え!?翔!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!」

 

 

翔は、大きく首を振った

何を考えているのか

今はそれどころじゃない

 

昔のことを思い出して何になる

確かに状況は似てはいるが、それで何か解決策が考え付くわけでもない

 

 

「くそ…」

 

 

何もできない

 

初めてすずと一緒に仕事をした帰り、翔は決めた

すずを守ると

 

なのに今、自分は何もできていない

無力

 

 

「…くそ!」

 

 

いら立ちがはしる

もう、危険の顧みずに駆け出したくなる

 

そう思った時だった

 

 

“…う”

 

 

「…え?」

 

 

何かが、聞こえた

何かの声

 

 

「誰か呼んだ?」

 

 

「ぷ?」

 

 

翔がとんかつのほうを向く

だが、とんかつは首を傾げている

 

他の人たちも同じ

自分を呼んだという様子はない

 

 

“ぉぅ…”

 

 

「!誰だ!」

 

 

翔は駆け出した

 

なぜだかはわからない

だが、この声が懐かしく聞こえたのだ

 

翔は目を巡らせながら辺りを見渡す

気配は、感じない

 

気のせいなのか?

 

と、思った時、後ろの草が、舞った

 

 

「!?」

 

 

空中で舞う輝く鳥

翔は、見た

 

 

「…青い、鳥?」

 

 

まさか、この目で見ることになるとは思わなかった

先程の声は、青い鳥のものだったのだろうか

 

 

“王よ…。こちらです…”

 

 

「え?まっ…!」

 

 

青い鳥が飛んで移動を始めた

翔は慌てて追いかける

 

だが、速い

翔も全力で追いかけているのだが、なにしろ生えている草が邪魔でスピードに乗れない

 

 

“王よ…。あなたが求めし人はこちらです…”

 

 

「待てっ!待ってくれっ!」

 

 

王という意味はよくわからない

だが、求めし人

 

間違いない

あの鳥は、すずの所へと案内しようとしている

 

 

「くそっ!すず!」

 

 

ダメだ、追いつけない

青い鳥を、見失ってしまった

 

だが、方向は覚えた

青い鳥が飛んでいった方向に進めば、すずがいる

 

 

「どこだ、すず!」

 

 

叫ぶ

すずの名を、叫ぶ

 

届け

 

 

「すず!」

 

 

届け

 

 

「どこだ!すずーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 

「…翔?」

 

 

届いた

 

 

 

 

「翔ぉーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

「!?すず!?」

 

 

その声は、翔に届いた

翔は声が聞こえてきた方へと走り出す

 

すると

 

 

「あれは!?」

 

 

翔の視界の中に、大きな亀裂が見えた

翔は亀裂の中を覗く

 

だが、暗くてよく見えない

 

 

「すず!いるのか!?」

 

 

亀裂の中へ叫ぶ

 

 

「翔!みんないるよー!」

 

 

すずの声が、聞こえる

 

 

「…よかった」

 

 

ほっ、と力が抜ける

できた

 

すずを、助けることが出来たのだ

 

 

「…そういえば、青い鳥は?」

 

 

翔は、ここまで連れてきてくれた青い鳥を探す

だが、いない

 

 

「あれ…、どこ行ったんだ?」

 

 

青い鳥は、見つけられなかった

 

 

 

 

その後、四人は救出された

すずが軽いけがをしていたものの、目立った障害はなかった

 

村ではかなりの騒ぎになっていたらしい

 

ゆきのは、かがみにこっぴどく叱られていた

だが、それでも母親に会えたと安心したゆきのがかがみにしがみついて泣きだしたのは、見ていてほっこりさせた

 

そして、翔とすずは

 

 

「このバカが!」

 

 

「ひうっ!」

 

 

家に帰り、そしてすずを正座させた

足の怪我はというと、やはり軽いもののようで

 

正座しても大丈夫だと翔は判断した

 

 

「何やってたんだ!心配したんだぞ!?」

 

 

「…」

 

 

怒る翔を、すずはぽかんと見つめる

 

 

「…おい、聞いてるのか?」

 

 

「翔、心配してくれたの…?」

 

 

「当たり前だ!」

 

 

はっきりと、即答で

すずの問いに答えた翔

 

 

「すずはもう家族なんだ!心配するのは当然だろ!」

 

 

翔は怒鳴った

翔は怒っている

 

だが、すずにとってはそれが嬉しかった

 

 

「…ふぇ」

 

 

「え?」

 

 

翔が戸惑いの声を漏らす

すずの目に、涙が浮かんでいたのだ

 

そして、ぽろぽろと涙をこぼし始める

 

 

「ふぇえええ~ん!」

 

 

「はぁ…。ほら、泣くな」

 

 

翔は、すずの頭を撫でる

少し言い過ぎたかな?

 

 

「悪かったよ。だから泣くなって」

 

 

翔はすずに謝る

だが、すずの涙は翔が考えているのとは違った

 

 

「ひっく…。違うの…。私、嬉しかったの…」

 

 

「?」

 

 

嬉しかった?

怒られて?

 

意味が飲み込めない翔

 

 

「私、一人ぼっちになってから…、本気で叱ってくれる人がいなくて…。だから、翔が家族だって言ってくれて…それで…!」

 

 

「…そうか」

 

 

すずが言いたいことが分かった

 

 

「わかった。わかったから…」

 

 

翔はそっ、とすずを抱き締めた

すずは翔をぎゅっと抱きしめ、声をあげて泣く

 

翔は手をすずの頭の上に置いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふぇえ…』

 

 

雨が降ってきた

雲が太陽を遮っているせいで、まだ暗くはない時間帯でも真っ暗に等しい状態になっている

 

そんな中、美由希は一人で歩いていた

 

 

『おとうさぁん…、おかあさぁん…。きょうちゃぁん…』

 

 

親を、兄を呼ぶ

 

 

『しょうちゃぁん…、どこぉ…?』

 

 

いつも一緒にいた、弟を呼ぶ

 

だが、誰も返事をしてくれない

誰も、いない

 

 

『うぅ…』

 

 

涙がこぼれる

心細い

 

どうしてこうなったんだろう

 

 

『かえりたいよぉ…』

 

 

ここがどこなのか、わからない

 

 

『みんな、どこぉ…?』

 

 

みんなが、いない

 

 

『しょうちゃぁん…!』

 

 

『みゆき!』

 

 

そこに、自分を呼ぶ声が

美由希は振り返る

 

そこには

 

 

『!しょうちゃん!』

 

 

『みゆき!』

 

 

美由希は、翔に向かって駆け出した

そして、翔にしがみつく

 

 

『ふぇええええん!しょうちゃぁああああああん!』

 

 

『ばかみゆき!なんでいえにかえってなかったんだよ!』

 

 

『だって…、しょうちゃんといっしょに…、あおいとり、さがしたかったんだもん…』

 

 

翔は、ため息をついた

まさか、そこまで自分と一緒に探しに行きたかったとは

 

 

『なら、こんどはいっしょだ』

 

 

『…ほんと?』

 

 

『あぁ!やくそくだ!』

 

 

美由希が、笑顔を浮かべる

 

そして

 

 

『うん!』

 

 

大きくうなずいた

そして二人は、手を繋ぐ

 

 

『さ、かえるぞみゆき』

 

 

『はぁい!』

 

 

 

これは、翔の古い記憶

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パタパタパタ、と黄色い鳥が駆ける

その先は、暗闇で下手な人間ならその先を見ることすらできないだろう

 

 

“りゅうじんさまりゅうじんさま!”

 

 

黄色い鳥は、言う

龍神

 

 

“…どうした?ずいぶん嬉しそうじゃないか…”

 

 

“あのね?あのね?今日、王様に会ったの!王様を助けたの!”

 

 

黄色い鳥は興奮して言う

 

 

“ほう…。王に会ったのか。それはよかったな”

 

 

“ねえねえりゅうじんさま!わたしはまだ王様のところにいっちゃだめ?”

 

 

“それはダメだ”

 

 

黄色い鳥は、不満そうに“えー”とぼやいている

 

龍神は、そんな黄色い鳥を見つめる

まだ、早い

早すぎるのだ

 

まだ王は自覚すらしていない

目覚めていないのだ

 

外の世界では、王を創り出そうとすらする輩までいる

そんな奴に、今の王が見つかってしまえば…

 

だから、まだ早い

まだ…

 

 

(だが、目覚めの時は近い…)

 

 

龍神は、さらに水中へと潜っていった

 

 

 

 

 




…もう、後戻りはできない
駆け抜けてやる!


とか言ってますが、回収はまだまだ先な件…


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第二十四話 したくなくて

翔の過保護っぷりが…


この島は、外の世界とはかけ離れている

まず、当然の話だが、技術力が追いついていない

そして、俺は学問も追いついていないのではないかと思っていた

 

だが、その考えはつい最近打ち破られた

いや、レベル的にはやや低いが、それでも外の世界の学校でもやっていけるほどの生徒にはなっている

 

俺はそこの教師を手伝っている

ちかげに頼まれたからだ

 

…ちかげは凄かった

何でこの島でsin、cos、tanを知っているんだ…?

高3のレベルまでいってるんじゃないか…?

 

まあ、今はこっちの話だ

俺は今、すずと一緒に歩いている

ある所に誘い込むためだ

すずは、そのある所が新しく建てられた校舎だということを知らない

 

すずは勉強が大嫌いなのだ

そのため、授業中に抜け出すことなんてしょっちゅうで…

 

そして今、俺はすずの勉強嫌いを直そうという作戦に協力しているのだ

勉強が嫌いだという気持ちはよくわかるんだけどな…

 

 

 

 

 

「ところでさ、最近よく翔、出かけるよね?どこ行ってるの?」

 

 

「…まあ…、散歩を」

 

 

今、翔は新しく建てられた校舎へすずを連れている

ちなみに、すずにはちかげの招待だということは言っているが…

 

 

(言えない。学校の教師をやってるだなんて、このタイミングで言えるわけない)

 

 

「おはよー。すずー、翔ぉー」

 

 

「あ、おはよーらん、おはなちゃん」

 

 

翔が心の中でつぶやいていると、横から挨拶する声が聞こえてくる

すずが挨拶を返す

 

と、すずの視線がらんが抱えているものへと移る

 

 

「らん、なんで算盤なんて持ってるの?」

 

 

「え!?」

 

 

(…)

 

 

動揺しすぎだ…

 

 

「い、いや。うっかり持ってきちまったさ!姉ちゃん、置いてこようか!」

 

 

「ん、んだ!」

 

 

らんとおはなはあきらかに不自然に動揺している

それを見て、当然すずは

 

 

「…あやしい」

 

 

「…」

 

 

怪しむ

翔は、この作戦は失敗だろうと最早思い始めていた

 

 

 

 

それからも、すずは疑いを深めていく

 

 

(…みんな、あほだろ)

 

 

翔は心の中でそうつぶやく

 

まず、服装が違う

仕事着ではない

いや、学校に行くからしょうがないかもしれないのだが

 

そして、視線だ

なんでそんなじろじろ見ているのか

そんな風に見ていたら誰だって怪しむだろう

 

この島の人は、いい意味でも悪い意味でも純粋だ

 

 

「ん、あの家だ。見えていたぞ」

 

 

「あ、これ?」

 

 

翔とすずの前方に、大きな建物が見えてくる

 

 

(…学校だ)

 

 

翔にとってはなじみ深い、時計がついた建物

木造と、少し古い感じはうけるが、それでもこの形式の建物には懐かしさを覚える

 

すずは入口の所を歩きながら建物を観察している

 

 

「いらっしゃい、すずさん、翔さん」

 

 

「あ、ちかげちゃん」

 

 

すると、入り口からちかげが現れる

 

まずい、今すぐにでも作戦について話しあいたい

だが、そんなことをすれば、すずの疑いをさらに深めてしまう

あ、すずの視線

あれ、ちかげを怪しんでる

 

 

(…なんで俺にはその視線を向けないんだ)

 

 

自分も疑われるべき人ですよ?

…心が痛むんだが

 

 

「ねーねーちかげちゃん」

 

 

「はい?」

 

 

すると、すずはちかげに話しかける

 

 

「すごいところだねー。こんな立派なとこで授業するんだー」

 

 

「はい、そうですの。気に入りましたか?」

 

 

「…」

 

 

や っ ち ま っ た

 

すずのこめかみがぴくりと震える

ちかげの顔が青ざめる

翔は、苦笑い

 

少しの間の沈黙

 

そして、すずは走り出した

 

 

「あぁ!翔さん、追ってください!」

 

 

「…あほ」

 

 

翔はちかげに頼まれ走り出す

最後に、ぼそりと悪口を言い残して

 

すずが逃げ出したところを見て、他の人たちは作戦がばれたのだと気づく

 

 

「気づかれた!?」

 

 

「はね!つかまえるわよ!」

 

 

はねと、かもかもに乗ったゆきのがすずの進路上に飛び出す

だが、すずには通用しなかった

 

まず、すずは飛び掛かってくるはねを馬跳びの要領でかわす

そして、自分に向かってくるかもかもを、体をひねらせてかわす

さらにかもかもの足を引っ掛けて転ばせた

 

 

「…すげぇ」

 

 

本当にすずの身のこなしは凄い

翔でも感心してしまう

 

初めて会った時のあやねの身のこなしも凄いものだったが、あれはまあ論外で

 

翔は逃げるすずを追う

 

どうするか

正直、捕まえようと思えば捕まえられる

剣士としてのスピードでも神速でも使えばいいのだ

 

だが

 

 

「へへーん。翔、つかまえてみなー」

 

 

「…」

 

 

すずが、後方を走る翔に向けてあかんべーをして挑発してくる

 

普通の翔なら、通用しないだろう

だが、すずを家族のように思っている翔

普通より馴染んでいるすずに、挑発される

 

 

「…いいだろう、乗った」

 

 

全力ですずを捕まえてやる

神速は使わない、使ってやらない

 

手加減した自分に捕まるがいい

 

 

「捕まえてやる!」

 

 

ぎゅん、とスピードを一気に上げる翔

すずとの距離をぐんぐん近づけていく

 

 

「え!?」

 

 

すずは、後ろを見て驚愕する

先程まで遠く後方にいた翔が、ものすごい勢いで近づいてくるのだ

 

これでは、まずいすずは川を飛び越えた後、木に飛び乗った

 

 

「なにっ?」

 

 

さすがの翔も、木に飛び乗るなんてできない

すずはぴょん、ぴょんと次から次へと飛び移っていく

 

翔はその動きに翻弄される

 

だが、まだ手はある

 

 

「とんかつ。今夜の冷奴上げるから協力してくれ」

 

 

「ぷ♪」

 

 

頭の上のとんかつだ

協力を得た翔は、とんかつをつかむ

 

そして、大きく振りかぶり

 

 

「いけぇ!」

 

 

「ぷーー!」

 

 

投げた

 

とんかつは一直線にすずの方へと向かっていく

跳んでいるすずの着地点にばっちりだ

 

 

「うにゃっ!」

 

 

「はい?」

 

 

…かわされた

 

 

「ぷーーーーーーー」

 

 

とんかつはそのままどこかへと飛んで行ってしまう

 

すずの反射神経は凄まじいものだ

だが、今の避けの行動によって、すずは一旦着地せざるを得ない

これはチャンスだ

 

 

(地面についた瞬間を狙う!)

 

 

翔はすずの落下地点まで向かう

そして…

 

 

「うにゃぁ!」

 

 

「っ!?」

 

 

すずは、体をひねらせた

翔をかわそうとしている

 

だが、空中で上手く身動きは取れない

翔には、通用しなかった

 

すずは着地点を変え、その場での拘束はかわした

だが、翔は再び駆け出そうとするすずの足をつかんだ

 

 

「にゃっ!?」

 

 

すずはバランスを崩し、転ぶ

翔はそれを逃さない

 

 

「ふぅ…。つかまえた」

 

 

「うにゃーーー!はなしてーーー!」

 

 

「やだ」

 

 

暴れるすず

捕まえたはいいものの、これでは学校へと連れていくことができない

翔はため息をつきながらすずの靴を脱がす

 

美由希の悪戯のお返しによくやったこと

 

 

「うりゃっ」

 

 

「ひにゃぁっ!足の裏はやめてー!」

 

 

翔は、すずの足の裏をこちょばした

すずは抵抗できず、ただ笑い続けるだけ

 

結果

 

 

「ひにゃぁ…」

 

 

ぐったりと地面に横たわるすずが出来上がった

 

 

「やれやれ…」

 

 

まさかここまですずは勉強が嫌いだとは思わなかった

すると、ようやくすずが復活した

むくりと起き上がる

 

すずは、じと~っと翔を睨む

 

 

「ひどいよ…、私を騙して…。翔は信じてたのに…」

 

 

「うぐ…」

 

 

やっぱり自分は信用されていたらしい

あれだけまわりに疑いの視線をかけて、自分には何もなしだったから気づいてはいたのだが

 

心に何かが突き刺さったような感覚がする

 

 

「私が勉強嫌いだって知ってるくせにー!」

 

 

「いて、いて…。ごめんごめん…」

 

 

すずはぺちぺちと翔をはたく

翔は特に抵抗せず、甘んじてそれを受ける

 

すずを騙したことに関しては、何も反論できないのだ

 

 

「皆もひどいよ!なんでこんな意地悪を…、うにゃっ!?」

 

 

だが、この言葉だけは聞き逃せなかった

翔はすずの脳天にチョップを入れた

 

 

「はぁ…。すず、みんな意地悪でやってるんじゃないんだぞ?すずも大事な友達だから一緒に勉強したいって思ってるだけなんだ」

 

 

翔はすずを諭すように言う

だが、すずはぷくぅっと頬を膨らませてそっぽを向く

 

 

「だったらもっと面白いことすればいいのに!勉強なんてしなくたって生きていけるもん」

 

 

「まあ、気持ちはわかるけどな…」

 

 

翔もすずと同じ類だった

逃げ出したりはしなかったが…

 

 

「でもな、すず。確かに勉強はつまんないかもしれないけど、今までできなかった問題が出来るようになった時の嬉しさは凄いものだぞ?」

 

 

「…」

 

 

翔はすずの頭をわしゃわしゃと撫でながら言う

すずは翔をじっと見上げる

 

 

「すず、がんばろう?何度も言うけど、みんなは意地悪ですずに勉強をさせたがってるんじゃない。すずと一緒に頑張りたいからこそ、すずに勉強を好きになってもらいたいんだ。勉強の楽しさをわかってほしいからこそ、こうしてすずを…、まあ騙すのはダメだな、うん。そこら辺は俺から言っておこう」

 

 

良いことを言っていたというのに…、最後ので台無しだ

 

だが、すずに気持ちは届いていた

すずは顎に手を当てて考えて、そして

 

 

「…私も、頑張ってみようかな」

 

 

「ん、その意気だ」

 

 

翔はすずを褒める

 

 

「…でも、あぁ。数字や漢字を思うとめまいがぁ~…」

 

 

翔はやれやれと頭をかく

すずが勉強を好きになるのは遠いだろう

 

だが、一歩踏み出したのは間違いないだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

翔とすずは、校舎に戻っていた

 

 

「ほな翔先生。きょうから頼みますわ」

 

 

「わかりました」

 

 

「え?先生?」

 

 

翔が先生と呼ばれていることを、すずは不思議に思う

 

 

「はいですの。翔さん勉強できますので」

 

 

「そんなことはないって」

 

 

すずはちかげと翔を見て、俯く

 

 

「そっか…。翔が教えてくれるんだ…」

 

 

ぼそりとつぶやいた

そのつぶやきを、あやねは聞いていて

 

 

「あらすず。翔様が教えるって知って嬉しいの?」

 

 

「ふぇ!?そ、そんなことないよ!」

 

 

隠しきれてない

すずはにやついていた

 

 

「では翔はんはこっちどす」

 

 

「はい」

 

 

翔が行く

すずは翔についていこうとする

 

 

「待つですの。すずちゃんはこっちですの」

 

 

「え?なんで?」

 

 

翔と話されることに疑問に思うすず

 

 

「翔さんが受け持ったのは高学年ですの。すずちゃんは今までサボっていたのだからこっちですよ」

 

 

「えぇっ!?そんなぁっ!?」

 

 

翔に教えてもらえるという期待から一変、絶望に変わる

 

 

「ふふふ…。私の特別レッスンを…ひゃぁっ!?」

 

 

特別レッスンという言葉に震えあがるすず

 

と、ちかげの動きが止まった

すずは、ちかげが見ている方を見ると

 

 

「翔?」

 

 

翔がいた

笑っていた

 

だが、目は笑っていなかった

 

 

「…ちかげさん。その特別レッスン…。すずの勉強嫌いに拍車をかけた原因なのではないのでしょうか…?」

 

 

「あ…、その…」

 

 

翔の言葉通りである

ちかげの特別レッスンというのは、はっきり言おう

 

ちかげの興味に従った授業、だ

この勉強法はどうだ、こっちは、あっちはと

要するに、すずは実験台なのである

 

ちかげの様子を見て、翔は思った

 

すずに勉強を好きになってほしいという気持ちは本物だ

けど、ちかげに任せていたらすずはさらに勉強嫌いになるだろう、と

 

 

「…ちかげさんはあっちを頼みます。すずは俺が教えるんで」

 

 

「え?けど…、すずちゃんは私が…」

 

 

「ち か げ さ ん は あ っ ち を た の み ま す 」

 

 

「はいですのーーーーー!!!」

 

 

ちかげは、逆らえなかった

翔が受け持つはずだったクラスへと駆けこむちかげ

 

翔はそれを見てため息をつく

 

 

「…翔が教えてくれるの?」

 

 

「ん?あぁ。すずは遅れてるって言ったな?なら他の人と一緒じゃダメだし…。あの、1対1で教えれる場所ってありますか?」

 

 

翔が聞いている

 

1対1

つまり、翔と二人で勉強できる

 

 

「…えへへ」

 

 

これから、翔と二人で勉強だ

 

 

(翔と一緒に勉強できるなら…、勉強、好きになれそうだな♪)

 

 

「…わかりました。ほら、すず。行くぞ」

 

 

「うん!」

 

 

翔についていくすず

 

その表情は、とても嬉しそうなものだった

 

 

 

 

 

 

 




すずの一人勝ちですね、これは…

感想待ってます!


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第二十五話 怪しくて

今回から温泉回です

そういえば、アニメの温泉回見ましたか?
紅夜叉の声、ガンダムSEEDのクルーゼさんと同じ声なんですよww


いつでもどこでもどこまでも平和な島である藍蘭島

そんな藍蘭島には、大人気であるミステリー小説が販売されている

 

その小説の題名は…

 

怪人紅夜叉

 

 

 

 

 

 

 

「…う…翔ってば!」

 

 

「…ん?どうした?」

 

 

「どうしたじゃないよ!いつまで本読んでるの?早くしてくれないと灯り消せないよぉ」

 

 

「あ…。わるい」

 

 

翔は手に持っている本を閉じ、枕元に置く

すずはその本をじっと見る

 

 

「その本、前も読んでたよね?確か…、えっと…」

 

 

「怪人紅夜叉シリーズ。静丸っていう人が書いてる、大人気ミステリー小説」

 

 

翔が読んでいた本は、ミステリー小説だ

別にミステリー小説が特別好きという訳でもないのだが、娯楽が少ないこの島で最近ようやく見つけた翔に合った娯楽である

 

外の島ではラノベなどをよく読んでいた翔

こういう本格的な本を読むのには少し抵抗があったのだが、いざ読んでみると面白くて夢中になってしまったのである

 

 

「そういえばちかげがもうすぐ新作が出るとか言ってたな…。楽しみだな…」

 

 

「へぇ…ふわぁ…。もう寝るよー…」

 

 

すずはもぞもぞと布団にもぐっていく

いつもならまだこの時間帯は起きている

なぜいつもより早く寝ているのか

 

 

「明日は月見亭にお泊りしに行くんだから」

 

 

明日は、旅行の日だからである

月見亭という旅館に行くのだ

 

すずはそれが楽しみで仕方ないようだ

 

 

「しかし、招待状をよこすなんて…。何かあるのか?」

 

 

招待状

月見亭の女将であるさくやという人物が送ってくれたのである

 

翔は、いや翔たちはまだ知らなかった

その送られてきた招待状が、恐ろしい事件の始まりだということを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翔とすずは月見亭へ向けて歩いていた

その途中でメイメイと遠野さんと会い

 

 

「へぇ~、メイメイと遠野さんもさくやさんに招待されたんだ」

 

 

メイメイと遠野さんも、月見亭に招待されたらしい

他にも、ちかげやあやねたちも招待されたと聞く

 

 

「でも、私さくやさんって方と面識ないデスよ…」

 

 

懸念もあった

メイメイはさくやと面識がない

翔もそうだが、すずと一緒に暮らしているためそこは考えなくてもいいと判断できる

 

だが、まるで面識のないメイメイに招待状が来るのは少し違和感がある

 

 

「きっと村の誰かが置いてったんだよ」

 

 

すずがそう言う

だが、メイメイは少し不安げな表情

 

 

「大丈夫、心配ないよ。さくやさん優しいから」

 

 

すずはメイメイを安心させるために、大げさに明るく言う

それを見て、メイメイも笑顔がこぼれる

 

 

(…けど)

 

 

翔は、考えていた

招待状のことを

 

 

(別にただの招待状なら問題はない。けど…)

 

 

翔は、持っている招待状を裏返す

そこには、紅という文字

 

 

(…さくや、月見亭。紅…、なんだ?)

 

 

紅という文字が気になる

ただ招待するだけならばこんな文字はいらない

 

この文字の必要性は?

そして、この文字の意味は…

 

 

「翔?」

 

 

「すず?」

 

 

考え込んでいると、すずが翔の顔をのぞき込んできた

そこで、自分がぼぅっとしていたことを自覚する

 

 

「どうしたの?具合悪いの?」

 

 

すずが心配げに聞いてくる

メイメイ、遠野さんにとんかつも心配げにこちらを見ている

 

 

「いや、大丈夫。それより、月見亭はまだつかないのか?」

 

 

笑顔を浮かべながらすずに聞く

 

 

「ううん、もうすぐ着くよ。あ、ほらあそこ」

 

 

翔たちの視界に、大きな建物が見えてきた

 

 

 

 

 

 

「ようこそ月見亭へ。私、月見亭の女将を務めさせていただいております、さくやと申します」

 

 

月見亭の前に着くと、入り口の前には美しい女性が

ぺこりと頭を下げ、丁寧なあいさつ

 

 

「うわ…、えと…。翔です」

 

 

「あ、あの…、メイメイと言いますネ…」

 

 

とてもきれいなお辞儀に戸惑う翔とメイメイ

 

 

(きれいな挨拶だな…。月村のメイドを思い出す。確かあの二人は…、いやいやいや。さすがにそれはない)

 

 

海鳴にいた頃交流があった月村家

そこにいたメイドと雰囲気が似ていた

 

だが、あそこのメイドは…

 

と、さくやから何かがぽろっと落ちた

翔は何が落ちたのかを確かめる

 

 

「…え゛」

 

 

「うにゃっ!?」

 

 

「ひゃややぁ!?」

 

 

落ちたのは、首だった

 

 

「あら、すいません。私、からくり人形なもので…」

 

 

「…」

 

 

まさかの月村メイドと同類だった件

翔は苦笑を浮かべることしかできなかった

 

 

その後、翔たちはさくやの案内で部屋に向けて歩いていた

 

 

「…?」

 

 

と、翔は何かの気配を感じ取る

 

これは…、見られている?

翔は視線を感じる方へと目を向ける

 

だが、そこには誰もいない

 

 

「気のせいか?」

 

 

翔は気にしないことにする

特に悪意が含まれている気配はない

 

そして、その一同を見ていたある人物

 

 

「…役者はそろったか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に着き、とりあえず落ち着

 

 

「翔!温泉行こ!」

 

けなかった

すずが翔を温泉へ誘う

 

やはりここのお風呂も混浴なようだ

 

 

「やだ」

 

 

「やじゃないよ~!せっかくの露天風呂なんだからさぁ!ね?ね?ね!?」

 

 

すずは後ろから翔に抱き付いて駄々をこねる

だが、翔は揺るがない

 

 

「むり」

 

 

「ぶぅ~」

 

 

すずは膨れる

こうなった翔は梃子でも動かない

 

一緒に暮らしてきてわかってきたことだ

 

 

「もういいよ!メイメイ、行こ!?」

 

 

「あ、すずさん!待ってくださいデスよ~!」

 

 

ぷりぷり膨れながらすずは部屋から出て行った

メイメイは慌てて追いかける

 

翔は部屋の出口を見ながらため息をつく

 

それにしても静かになった

翔はお茶でも淹れて一息つこうとした

 

 

「あら翔様?おひとりですか?」

 

 

「さくやさん?」

 

 

さくやが部屋に入ってきた

さくやは翔の隣にある座布団に腰を下ろす

 

 

「お風呂には入らないのですか?」

 

 

「皆が上がったら入ろうと思ってます。今はお茶でも飲もうかと」

 

 

翔が答えると、さくやは「私がお入れしますわ」と言い、急須に茶葉を入れてお湯を入れる

 

 

「今日はお招きいただいて、ありがとうございます」

 

 

翔は、さくやにお礼を言った

この旅行はさくやが招待してくれたからこそできたものである

 

だが

 

 

「え?なんのことですか?」

 

 

さくやは何が何だかわからない様子

 

 

「え…、この招待状、さくやさんが書いたものじゃ…」

 

 

「いえ…。翔さんこそ、ここに遊びに行くとお手紙を送ってくださったじゃないですか?」

 

 

「なに…?」

 

 

話が合わない

食い違っている

 

翔はさくやから招待状をもらい、さくやは翔から手紙をもらったという

だが、翔はさくやに手紙を送った覚えはない

 

 

「…さくやさん。これ、送られてきた招待状なんですけど…」

 

 

翔はさくやに招待状を渡す

さくやはそれを受け取り、招待状に書かれている文字をじっと見つめる

 

 

「…これ、私が書いた文字ではありません」

 

 

「…」

 

 

翔は思考する

 

招待状が送られてきて、月見亭へ

月見亭の女将、さくやは招待状など送っていないと言う

招待状の裏に書かれた紅という文字

 

 

「…紅夜叉」

 

 

不意に、ミステリー小説に出てくる紅夜叉を思い出す

一部の人たちの間では、紅夜叉は存在しているという話もある

さらに、小説の題材は、紅夜叉が実際に起こした事件を参考にしているという話も…

 

 

「…一応用心しておくか」

 

 

翔は腰に差してある刀を、そっと撫でた

 

 

 

 

「…まさかそこまで考えが至るとは思ってませんでしたわ」

 

 

影からそっと覗く人影

素直に驚いていた

 

 

「ちかげ、何してるんだ?」

 

 

「ふぁ!?は、はい?」

 

 

あっさりと覗いていたのがばれてしまった

 

 

「あ、そういえばすずちゃんたちのことを忘れてたですの!ちょっと行ってきますわ!」

 

 

「…」

 

 

現れて、そしてすぐ立ち去っていくちかげ

 

 

「…まさかな」

 

 

ふと出てきた考えを、翔は打ち消した

 

なぜって、ちかげは正直ありえないからである

 

 

 

 

 

 

何があったのかはわからないが、すずたちはのぼせて帰ってきた

本当に何があったのかはわからないが

 

しかも、夕飯がまさかのお鍋とうどんとおでんと湯豆腐である

夕飯が追い打ちになるとは誰も思わなかっただろう

 

夕飯を食べ終わり、翔とちかげ以外は皆ぐったりと横たわっている

翔はすずとまちの二人を団扇で煽いでいる

 

「と、俺も風呂に入ってくるかな」

 

 

そこで翔はまだ自分は風呂に入っていないことを思い出す

翔は立ち上がって部屋を出る

 

すずとまちがもっと煽いでと強請っていたが無視だ

 

その翔を、にやりとした笑みを浮かべながら見つめていた人物

あやねである

 

 

(ふふふ…。これはチャンスよ。二人でお風呂に入るチャンスよ!)

 

 

あやねはこっそりと翔をつける

見つからないように、音を立てないようにそっと

 

そして翔は暖簾をくぐり、着替え場に入っていく

少し待つと、ガラガラと扉が開く音がし、そして同じように閉まる音がする

 

それを見計らって、あやねは着替え場に侵入する

 

 

(ふふふ♡これで私が一歩リードね♪)

 

 

あやねはほくそ笑みながら浴衣を脱いでいく

 

あやねは気づいていない

もう、リードとかそういう問題ではなくなってきていることを

 

あやねは浴衣を脱ぎ終わり、そっと風呂場に入っていく

そこには、椅子に座って体を流している翔が

 

そっと近づき、そして

 

 

「翔様?お背中お流ししますわ♡」

 

 

翔の背中に張り付きながら猫なで声で言った

翔が、ゆっくりと振り返る

 

あやねは、翔の顔を見た

 

 

「…っ!?」

 

 

翔の顔には、仮面が被られていて

 

 

 

 

 

 

 

(…やれやれ、撒いたか)

 

翔はあやねにつけられていたことに気づいていた

そっとあやねに気づかれないように進路を変えていたのである

 

 

(…風呂に入るのは後にした方がいいかもしれない)

 

 

今頃あやねは自分がいないことに気づいているだろう

そして、そこで風呂場の様子を見に行こうと思い立ち、そして自分と鉢合わせになったら

 

 

「…うん、やめとこ」

 

 

翔は引き返すことにする

体を後ろに向ける

 

 

「あら?翔さん?」

 

 

「さくやさん」

 

 

そこに、さくやが現れた

 

 

「どうしたのですか?お風呂に向かわれるのですか?」

 

 

「あぁ…、そうしようかと思ったんですがね…」

 

 

どこかの誰かのせいで予定変更しなければならなくなったとは言わない

 

 

(そうだ。手伝い…は、やめといた方がいいんだっけ)

 

 

どうせ暇なので、手伝いを提案しようとするが、踏みとどまる

 

ここに来る途中、すずが言っていたのを思い出した

 

 

『決して仕事のお手伝いをしちゃダメだよ?敵として認識されちゃうから』

 

 

敵って…

 

 

「翔さん?どうかされたのですか?」

 

 

「あ、いや。じゃあ、俺は部屋に戻りますね」

 

 

「え、翔さん?」

 

 

どうしてここに来たのだろうと不思議に思うさくや

 

 

きゃぁああああああああああああああ!!!!!!!

 

 

「!」

 

 

「え!?」

 

 

その時、悲鳴が鳴り響いた

 

 

 

 

悪夢の、始まり




この回は…、三部作になりそうですね


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第二十六話 期待して

紅夜叉編二話目です!
ですが、短いです!


どうしてこうなってしまったのだろう

ただ、旅行を楽しんでいただけだというのに

 

それなのに…

 

 

 

 

 

「今の悲鳴は…!?」

 

 

「あやねか!」

 

 

翔とさくやは走り出す

悲鳴は風呂場から響いてきた

 

どたどたと足音が響くのも気にしない

 

暖簾をくぐり、風呂場へと入っていく

 

 

「あやね、どうし…!」

 

 

翔は、あやねの姿を見た

岩を背もたれにして座り込んでいる

 

 

「あやねさん!」

 

 

「ちっ!」

 

 

翔とさくやはあやねに駆け寄る

翔はあやねの容態を確かめる

 

 

「…気を失っているだけか」

 

 

大事ではない

そのことにほっとする二人

 

すると、あやねがぴくりと動いた

 

 

「んん…」

 

 

声が漏れる

意識を取り戻したようだ

 

目が開く

 

 

「…さくや?」

 

 

まず、さくやを見る

そして、顔をずらして

 

 

「翔様…」

 

 

翔を見る

 

途端、あやねはばっと立ち上がり、翔に迫る

 

 

「あーっ!翔様ひどい!私とてもびっくりしたんだからー!」

 

 

「なっ…!服を着ろ服を!」

 

 

あやねは、裸だった

 

 

 

 

風呂から上がり、あやねは服を着る

そして、何が起こったのかを話し始めた

 

 

「俺が変な仮面をかぶってお前を驚かせた?」

 

 

「まさか私があんな初歩的ないたずらにはまるなんて…、油断したわ」

 

 

あやねがやや悔しそうに言う

 

だが、翔はぽかんとしている

はっきり言って、身に覚えがない

 

というか、あやねにつけられていることに気づき、撒いていたのだ

そんなことをするはずもない

 

 

「それはおかしいですね。翔さんは私と一緒にいたんですよ?」

 

 

さくやもおかしいと気づく

あやねの悲鳴が響いたとき、翔はさくやと話していたのだから

 

 

「え?でも私は翔様の後を…」

 

 

あやねは腕を掻きながら言う

そして、急に目を見開く

 

 

「…て!なにこれ!?かゆい!体中がかゆいよ!?」

 

 

「ど、どうし…!」

 

 

あやねが体中を掻き始める

戸惑いながらどうしたのかと聞こうとした翔

 

だがその時、翔は後方から気配を感じる

これは、この旅館に来た時と同じ

 

 

「ふふ…。どうやら効いてきたみたいだな…」

 

 

「誰だ…?」

 

 

後方の木の上

そこに人が立っていた

 

だが、その素顔は仮面で隠されていて

 

 

「わが名は…、紅夜叉…」

 

 

「…は?」

 

 

…何を言ってるのだろうか

紅夜叉って

 

いや、紅夜叉って…

 

 

「…いや、お前はあやねに何をした?」

 

 

今は、こっちだ

あやねは一心不乱に体中を掻き続けている

 

体中がかゆいというのは本当の話のようだ

 

 

「私の目的は、うら若き乙女の悲鳴と恐怖におののく顔だけだ…」

 

 

「…」

 

 

ぽかんとする翔

その隣では、鋭い目つきでさくやが紅夜叉を睨んでいる

 

 

「その娘には肌に着いたらとてもかゆくなる島一のとろろをかけたのだよ…」

 

 

「…」

 

 

「なんて恐ろしいことを!」

 

 

しょぼい

やることがしょぼすぎる

 

何でさくやはそこまで恐ろしがっているのか

 

 

「ふふふ…、放っておいても治るが…。一週間はかゆみが続く!」

 

 

「なんですってぇ!?」

 

 

規模はしょぼいが、やられた被害者にとっては死活問題だ

この地獄のかゆみを一週間も我慢しなければならないのか

 

 

「すぐに治したくば、某が持つこのかゆみ止めの薬を使うしかないぞ」

 

 

「…」

 

 

翔は無言のまま

 

何なのだろうか

普通なら緊張感が溢れる場面なのだろう

だが

 

 

(…しょぼい、しょぼすぎる)

 

 

本物の戦場を味わってきた翔にはどうにも実感がわかない

なんだ

なんだこれは

 

被害者を助けたくば、かゆみ止めの薬をとってみろ

こう紅夜叉は言いたいのだろう

 

いや、しょぼい

 

 

「私のもてなすお客様をあだなすなんて…」

 

 

「さくやさん?」

 

 

ぼそぼそとさくやがつぶやいている

翔は、さくやの方を振り返る

 

 

「排除します!」

 

 

「うおぉおおおおお!?」

 

 

体中から剣やら大砲やらマシンガンやらを出すさくや

 

ずいぶん物騒なものを…じゃない

 

 

「いや、そんなのをここで使うなぁ!」

 

 

「問答無用です!」

 

 

「やめろ!そんなのここで使ったら、あなたの大事なお客様が危険に…あぁ!」

 

 

さくやは、引き金を引いた

翔の表情が絶望に染まる

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

「かゆいかゆいかゆい!」

 

 

一人を除いて沈黙に襲われる

 

何も、起きない

 

 

「あ…。以前撃ち尽くしたんでした」

 

 

「何があったんだよ」

 

 

弾切れという事実にツッコむ翔

いや、本当に何があった

 

 

「ふ、ふははははは!この薬が欲しければ、満月が出ている間に月見亭に潜む我を捕まえることだ!犠牲者がこれ以上出ないためにもな!」

 

 

「あ」

 

 

ぼふんと、煙を立て紅夜叉は姿を消した

一体なんだというのだろうか

 

ともかく、今はあやねを落ち着ける場所に連れて行こう

 

 

 

 

 

 

 

一方、この事件(?)が起きていることを知らない人たちは、誰が翔と一緒に寝るかを争っていた

 

すずが、自分と同じ部屋なのだから一緒に寝るのは自分だと言うが、それに反論する他の人たち

曰く、すずは一緒に住んで毎日一緒に寝ているのだから今日ぐらい譲れ、だ

 

この人たちには翔の意志というものを知っているのだろうか

 

いや、一人だけ知っていた

 

 

「ふふ…。どうやら私の出番のようですわね…」

 

 

ちかげが眼鏡を光らせながら言う

そのちかげを馬鹿にするような目で見るりん、まち、ゆきの

 

 

「ほう…?どんな案なんだよ」

 

 

りんが聞く

ちかげはにやりと笑いながら口を開いた

 

 

「フフフ…。まず、皆さんは翔様がお風呂から戻る前に寝室に戻ってください。後は、ここに翔様あての手紙を置いておくだけですわ」

 

 

「それだけ?」

 

 

「手紙にはなんて書くの?」

 

 

もっと複雑なことかと思っていた一同は戸惑う

 

ゆきのが手紙に書く内容を聞く

 

 

「皆それぞれの部屋で待っているので、共に一夜を過ごしたいと思う娘のもとへおいでください…、というような感じですかね」

 

 

「翔様に選ばせるということかしら?」

 

 

「でも、翔サン、誰も選ばないで空き部屋に行くかもデスよ…」

 

 

「そうですわね…」

 

 

メイメイに指摘され、考えるちかげ

 

 

「なら、その空き部屋にはくまくまたちに待機してもらいましょう。もし翔様が来たなら、追い払ってもらいます」

 

 

…交戦する翔が思い浮かぶ

すずは誰にも気づかれずにそっとつぶやいた

 

 

「ま、これで選ばれた方は、翔様に一番好かれている方ということですわね…」

 

 

一番、好かれている

このフレーズに反応するすずたち

 

気になる

翔は、誰が一番好きなのか

 

恨みっこなしの争いが、本人の知らぬところで開催されようとしていた

 

 

 

 

 

 

 

その頃、翔たちはさくやの部屋にあやねを寝かせていた

あまりの痒さに意識が朦朧としているようだ

 

何やらぼそぼそつぶやいている

 

翔は、そのつぶやきの内容を気にしない

気にしないったら気にしない

 

 

「…とりあえず、紅夜叉をどうするかだな」

 

 

正直、どうでもいい

だが

 

 

「そうですね!何としても紅夜叉を捕らえないと!」

 

 

隣の女将様がとてもやる気満々でいらっしゃる

これはどうでもいいと言えない

 

それに、あやねの様子だ

あまりにも残念すぎる

助けてあげたいという気持ちもある

 

 

「だけど、あいつ変装上手いみたいですね…。どう見分けようか…」

 

 

あやねは紅夜叉を翔と見間違えた

あやねは馬鹿だが、そこそこ優秀な巫女だ

 

そのあやねが、見間違えた

気を引き締めないと、翔でも気づかないという可能性もある

 

 

「それなら、私に任せてください!」

 

 

「え?さくやさん、何か考えがあるんですか?」

 

 

張り切っているさくや

さくやに何やら考えがあるようだ

 

 

(さくやさんはからくり人形だからな…。何か仕掛けでも使うのか…)

 

 

そう考えている翔は普通だろう

 

 

「はい!一人一人顔面を引っ張るんですよ!こう、ぎゅっ、とね?」

 

 

最後の言葉は、正直可愛かった

だが、内容は…

 

 

「ダメでしょう…。さくやさんがそれやったら大惨事ですよ…」

 

 

顔の皮がはがれてまう

 

どうやらさくやには特殊能力のようなものはないらしい

なら、どうするか

 

 

「…まずは戻りましょう。みんなと合流を」

 

 

「そうですね」

 

 

まずは、すずたちと合流しよう

 

 

 

 

 

 

それぞれがそれぞれの期待を持って待つ夜

 

 

「翔…、誰を選ぶんだろう…」

 

 

すずは、満月を見上げながらつぶやく

 

 

「うにゃー!なんかもやもやするよー…」

 

 

枕をぶんぶん振り回しながら言う

 

翔…

翔…

 

 

「…でも、もしこの部屋に来たら」

 

 

それは、翔は一番自分のことが…

 

 

「うにゃぁ!?なんか今度はドキドキしてきたよぉ!」

 

 

自分は何を思ってるんだろう

わからない

 

すずは、どんどん混乱していくのだった

 

 

 

 

 

メイメイの部屋

おろおろしていた

 

 

「な、なんか大変なことになってしまったデスよ…。どうしましょー!」

 

 

おろおろしていたメイメイは、そこで動きを止める

そして…

 

 

「…ひゃややややや~!私たちには早すぎデスよ~!」

 

 

何を想像していたのだろうか

顔を真っ赤にして悶えるメイメイ

 

 

「て、それはありえないデスね…。翔さんが私を選ぶわけないデスよ…」

 

 

そんなことはありえない

そう思ったメイメイはばたりと布団に倒れ込む

 

 

「…でも」

 

 

すっくと立ち上がる

 

 

「万が一というのもありマスね…」

 

 

鏡の前に立って、髪形を確かめるメイメイ

すると

 

コンコン

 

 

「ひゃややっ!?」

 

 

ノックの音

 

メイメイはびくりと反応する

 

…ノック?

 

 

「…え?」

 

 

まさか…、まさか…?

 

 

「翔さん…デスか…?」

 

 

まさか、翔が…?

 

メイメイは確かな期待を持って、戸へとそっと近づいていく

 

その戸のむこうには

 

 

「…」

 

 

にやりと笑みを浮かべた何者かが立っていた




次で最後になると思われます


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第二十七話 イラッときて

紅夜叉編終了です!
…本当の意味で終了かもしれません


翔とさくやは部屋に集まっているであろう部屋に向かっていた

 

 

「あら?翔さん、さくやさん、何をしているのですか?」

 

 

そこに、ちかげが現れた

ちかげこそ何をしているのだろうかと疑問に思った翔だが、あの事を話そうと思い立つ

 

翔が怪人紅夜叉シリーズを読むようになったのは、ちかげの紹介があったからだ

 

 

「あぁ、その…。何か、紅夜叉って名乗る奴が現れて…」

 

 

「え…、紅夜叉!?」

 

 

ちかげは大きく目を見開いた

まあこれは当然の反応だろう

空想上であるはずの存在が、現実に出てきたのだから

 

だが、翔はちかげの反応に違和感を感じる

 

紅夜叉は実在する

この説は、翔も知っていた

翔が知っているのだから、ちかげも知っているだろう

 

だから、翔の言葉に疑問をぶつけてこないことには目をつぶろう

 

 

(…演技じみている?)

 

 

そう、ちかげの反応はどこか作っているように感じたのだ

 

ちかげの表情

どこか、笑うのを我慢しているような…

 

 

「ひゃやややや~ん!」

 

 

「!」

 

 

「この声は、メイメイさん!?」

 

 

響く悲鳴

この声は、メイメイのものだ

 

三人は駆け出す

 

さくやがからくり人形の機能を駆使し、どこから声が聞こえてきたのかを把握し先導する

 

 

「メイメイ!?…これは」

 

 

旅館の部屋の一つ、寅の間

そこにメイメイはいた

 

横たわっている状態で

 

翔たちはすぐにメイメイに駆け寄る

 

 

「…大丈夫。死んではいない」

 

 

一応息をしているかどうかを確認する

 

 

「何か顔にかけられてますね…」

 

 

ちかげがメイメイの顔に何かかけられているのに気づく

翔とさくやはそれを見る

 

 

「まさか…、とろろ?」

 

 

「いや…、匂いが違う…。とろろじゃない」

 

 

さくやがとろろではないかと予想するが、翔は否定する

 

とろろの匂いではない

この匂いは…

 

 

「ん…、翔サン…?」

 

 

すると、メイメイが気がついたようだ

ゆっくりと瞳が開かれる

 

 

「メイメイ、大丈夫か?どこか体の調子がおかしかったりしないか?」

 

 

翔がメイメイに体の調子を尋ねる

メイメイは、ぼぉっとしている

 

様子が、おかしい

いつものメイメイなら顔を赤くして慌てふためく所なのだが

 

 

「…翔サァン!」

 

 

「…はい?」

 

 

メイメイは、急に動き出したかと思うと翔にひしっと抱き付いた

何が起きたのかわからない翔

 

メイメイが、抱き付いた?

 

 

「翔サン、私を選んでくれたんデスね~!」

 

 

「何のことだ…」

 

 

メイメイは翔に頬擦りしながら言う

だが、翔には何が何だかわからない

 

メイメイと翔のいちゃつきぶりを、さくやとちかげはただ眺めることしかできない

というか、呆然としている

 

ちかげはもちろん、さくやもこの短い時間の間にメイメイの性格を把握している

あの恥ずかしがり屋のメイメイが、男の人に密着している

このことに戸惑いまくってしまう

 

すると、メイメイはどこかもじもじしながら翔と距離をとる

そして

 

 

「では…、不束者ですが…。さっそく(ぴー!)をして「おい」(びー!)して「待て」(ぶー!)で「落ち着け」(がぁん!)んで「メイメイ」それから(ばきゅーん!)を…」

 

 

「…」

 

 

信じられない

一体何がどうしてどうすればメイメイがこんな状態になってしまうのか

 

 

「ていうか、二人とも。メイメイを止めてくれ…」

 

 

うっとりとしながら翔に迫ってくるメイメイ

翔はさくやとちかげに助けを求めるが、二人は顔を赤く染めながら、翔とメイメイのやり取りを見つめるだけで何もしてくれない

 

すると、背後から気配を感じ、翔は振り返る

そこには何がどうなっているのか、頭を地面に向けて浮いている紅夜叉が

 

 

「ふふふ…。その娘にかけたのはとろろではないぞ…」

 

 

「やはりそうか…」

 

 

予想はできていたため、そこまで驚きはしない

だが、さすがに次の言葉までは予想できなかった

 

 

「実は間違えて、口にすればたちまちエロエロな気分になってしまうキノコ汁をかけてしまって…」

 

 

「お前は何をしてるんだぁ!」

 

 

というか、そんな代物がこの島にあるのか

 

 

「まぁ、例によって解毒薬はここにある。その娘を治したくば捕まえて見ろ」

 

 

「ちっ」

 

 

紅夜叉は姿を消す

というか上に昇っていった

 

翔は迫ってくるメイメイを強引に引きはがす

 

 

「二人とも、メイメイを頼む」

 

 

「仕方ないですねー…」

 

 

「このヘタレさん…」

 

 

二人はどこか不満そうだ

というかちかげよ、ヘタレって…

 

 

 

 

紅夜叉の気配は覚えた

翔はその気配を追って駆ける

 

そして、つかんだ

 

 

「ここかっ」

 

 

「むっ?」

 

 

翔は戸を開ける

その部屋の中には、案の定紅夜叉が

 

どうやら今度はゆきのをターゲットにしていたようだ

ゆきのはすやすやと気持ちよさそうに眠っている

 

だが、翔が来てしまった

紅夜叉は逃走を開始する

 

 

「さあ今度はどの娘にしようかな…?」

 

 

「ちっ、くそ…」

 

 

翔は紅夜叉を追って外に出る

ゆきのが寝ていた部屋は一階だった

 

 

「…!二階!?」

 

 

紅夜叉の気配が、二階に移った

翔は慌てて館内に戻り、階段に向かう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巳の間

そこはすずが割り当てられた部屋だ

 

腕を枕にして船を漕いでいるすず

 

 

「うにゃぁ~…。とくだい~…、まめだいふく~…」

 

 

幸せな夢も見ているようだ

 

と、そんなすずは、戸が叩かれる音で現実に引き戻される

 

 

「はにゃ!?は、はい!起きてますよ!?」

 

 

「すず!無事か!?」

 

 

すずが言葉を言い切るか否や、翔が部屋に駆け込んできた

すずは、翔が部屋に来たことに目を見開く

 

 

「翔…!来て…くれたんだ…」

 

 

「来てくれたって…、どういうことだ?」

 

 

すずは、翔が手紙を読んでここに来てくれたと思っていた

だが、翔はわかっていない様子

 

すずは、翔争奪戦のことを教える

だが、翔はそんなことは知らないと言う

 

 

「…そっか。翔は手紙を読んでなかったんだ」

 

 

「あぁ。怪人紅夜叉ってのが現れて、そいつを追ってたんだ」

 

 

翔が説明してくれる

 

何でだろう

どこか、残念なような…

 

 

「そっか…。そうだよね…」

 

 

すずがつぶやいている所をじっと見つめる翔

 

 

「…がっかりした?」

 

 

「え!?そ、そんなこと…」

 

 

ない、と言い切れない

 

なんで?

 

 

「がっかりすることないよ」

 

 

「え?」

 

 

不意な翔の一言に、素っ頓狂な声を出すすず

 

 

「俺が好きなのは…、すずだから…」

 

 

「ふぇ!?」

 

 

翔は、顔をすずの顔に寄せながら言う

すずは顔を赤くして驚く

 

 

「え!?どうして!?だって、私よりもいい人なんてたくさんいるしそれにそれに…」

 

 

「そんなことない。俺はすずが好きだ」

 

 

はっきりと告げる翔

 

はっきりと告げられたすずは言葉を詰まらせる

 

 

「…信じられないなら、証拠を見せる」

 

 

「しょぉ…こ?」

 

 

「あぁ。目をつぶって…」

 

 

「う、うん…」

 

 

翔に言われ、目をつぶろうとするすず

頬に手が添えられる

 

そして…

 

 

 

 

「すず!無事…か?」

 

 

 

 

翔が、部屋に入ってきた

 

 

 

 

 

 

「え、翔!?どうなってるのぉ!?」

 

 

翔が二人いるという状況に混乱するすず

 

すずの近くにいる方の翔が、一瞬だけにやりと笑う

それを、もう一人の翔は見逃さない

 

 

「どっちが本物…!?」

 

 

「あいつが偽物だ。さっき言った紅夜叉ってやつだ」

 

 

混乱するすずを安心させるように言葉をかける近くにいる翔

 

 

「すずならわかるだろ?ずっと一緒に暮らしてるんだから…」

 

 

「え?う、うん…」

 

 

近くにいる翔はさらにすずに迫っていく

 

 

(…)

 

 

その光景を見ながら、翔はものすごい速度で思考を働かせていた

 

状況は?

すずと俺がいる

恐らく、紅夜叉の変装だろう

紅夜叉がすずに迫っている

…むかつく、ぎるてぃー

 

一瞬で判決が出た

 

そこからの翔の行動は早かった

 

神速を発動させる

一瞬で紅夜叉のもとへと接近する

 

そして、腰に差してある刀を、紅夜叉の喉元へ突きつける

 

そこで、神速を解く

 

 

「…え?」

 

 

紅夜叉の口から呆けた声が漏れる

 

 

「…あの?」

 

 

「…なんだ?」

 

 

自分と同じ顔が、青ざめた表情でこちらを見上げてくる

 

 

「…これは、何でしょう?」

 

 

「刀だ」

 

 

「…真剣ですよね?」

 

 

「このまま振るえば首が飛ぶな?」

 

 

紅夜叉の顔全体を、大量の汗が流れ出る

 

 

「あの…。こういう時はどちらが本物かという駆け引きをするのでは?」

 

 

「しない」

 

 

ばっさりと紅夜叉の主張を切り捨てる翔

 

もうこのまま首を飛ばしてしまおうか

割と本気で考え始めたその時

 

 

「…さらば!」

 

 

「!」

 

 

紅夜叉が変装を解きながら後退する

すずから離れたところを見た翔は、紅夜叉を追いかけるのではなく、まずすずを紅夜叉から遠ざけた

その分、紅夜叉は逃げる時間が増える

 

紅夜叉は軽い身のこなしで屋根まで上がっていく

 

 

「ここでじっとしてろ」

 

 

「え…、うん…」

 

 

翔はそっ、とすずを離した後、紅夜叉を追いかける

すずは、その後姿を見つめる

 

 

「…翔。…かっこよか…った」

 

 

ぼそぼそとつぶやいたその言葉は、翔に届かなかった

 

 

 

 

 

 

屋根まで上がった翔

紅夜叉が、満月を背景に立っていた

 

 

(…何なのこのコ!?殺気が物凄いんですけど!?)

 

 

内心かなりビビっていた

翔の逆鱗に触れてしまったのだしょうがない

 

まあ、なぜここまで怒っているのかは本人自身わかっていないのだが

 

 

「…処刑」

 

 

「え?」

 

 

ぼそりとつぶやかれたその言葉

なぜかそれは、嫌になるほど響き渡っていて

 

 

(…まずい!)

 

 

翔の目を、見た、見てしまった

本気だ

本気の目だ

 

 

「ほれ、解毒剤だ」

 

 

紅夜叉は、解毒剤を宙に投げる

翔は、その解毒剤を目で追う

 

 

(…二人の解毒剤か。一応取っておくか)

 

 

翔は懐から鋼糸を取り出す

 

 

「!」

 

 

紅夜叉は、それを見て驚いた

翔が取りだした鋼糸は、翔の意志に従う

 

解毒剤が入れられた二つの小瓶を、鋼糸が巻き付く

そして、翔が腕をぐいっ、と引くと、まるで意志を持っているかのように翔のもとへ

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

仮面で顔は隠されてはいるが、紅夜叉は先程以上にだらだら汗を流していた

 

小瓶に気を取られている間に逃げようとしていたのだが、翔の芸当に見とれてしまい失敗した

いや、見とれていなくても失敗していただろう

 

それほどに、翔の手際は鮮やかだった

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

流れる沈黙

翔はじっと紅夜叉を見つめるだけ

 

紅夜叉は、その翔を見返す

 

だが、仮面の中では

 

 

(ダメダメダメ!あのコの目を直視できない!)

 

 

滅茶苦茶目を逸らしていた

 

 

「…なぜ」

 

 

「え!?」

 

 

不意に、翔が声を出す

紅夜叉はびくりと体を震えさせる

 

 

「なぜ、お前から殺気を感じない」

 

 

 

「…え?」

 

 

どういうことだ?

殺気を感じない?

 

紅夜叉には、翔が言っていることがわからなかった

 

 

(…悪い奴では、ないのか?)

 

 

翔が心の奥底で、そう思い始めた時

 

 

「…では」

 

 

「は?」

 

 

翔が目を逸らした一瞬の隙

そこを突かれた

 

煙玉が投げられ、気づけば紅夜叉の姿はなかった

 

 

「…」

 

 

気配は…

 

 

「…」

 

 

翔は、ひらりと屋根から飛び降りた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ」

 

 

紅夜叉は、ため息をついた

正直、殺されるかとまで思った

 

今は、森の中で身を潜めている

 

 

「お疲れ様ですわ」

 

 

「…ちーちゃん」

 

 

そこに、木の影からちかげが現れた

紅夜叉は、すっと仮面をとる

 

 

「本当に…、疲れましたわ…」

 

 

「翔様があそこまで…。正直予想外にも過ぎましたわね…」

 

 

ぐったり、といった感じで言う紅夜叉の正体

 

 

「それでママ?首尾はどうでした?」

 

 

ちかげが問う

 

そう、紅夜叉の正体は、ちかげの母であるしずかなのだ

 

 

「…死ぬ思いもしましたが、上々ですわ。けど、二代目主人公には合いませんわね…」

 

 

少し残念な風に言うしずか

 

二代目主人公

それは、怪人紅夜叉の新シリーズの、新しい主人公のことである

そう

 

 

「なるほど。紅夜叉シリーズの作者は、その人ってわけか」

 

 

「!翔さん!?」

 

 

急に聞こえてきた声

二人が振り返ると、そこには翔の姿が

 

翔はあの後、一階まで移動し外に出た

そのまま、まだ感じ取れる紅夜叉の気配を追ってここまで来たのだ

 

 

「あ…、その…」

 

 

しずかが怯えている

それも当然だ

 

先程、割と本気な翔の殺気を浴びていたのだから

 

 

「…すみません」

 

 

翔は、頭を下げた

しずかは、目をぱちくりさせている

 

 

「何でかはわからないんですけど…。急にこう…、イラッと来て…」

 

 

「…」

 

 

ぽかんとするしずか

まさか…、この少年は…

 

 

「…ふふ」

 

 

「?」

 

 

急に笑いを漏らすしずか

翔は首を傾げる

 

こうして見れば、可愛い男の子だ

先程あんなにおびえていたのがウソのようだ

 

 

「気にしてませんわ。それに、あなたのおかげでいんすぴれーしょんがピピンときてますの」

 

 

「え?」

 

 

インスピレーションのことが良く分からない翔

いや、意味は分かるのだが

 

一体今までのやり取りのどこにそれを感じたのか

 

しずかとちかげは顔を見合わせて、笑う

翔はただただ首を傾げるだけ

 

 

 

 

そのやり取りは、翔を呼ぶすずの声が聞こえてくるまで続いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、回答紅夜叉シリーズの新作が販売された

 

 

「…どこかで聞いたことある話だよね」

 

 

「気のせいだ」

 

 

本を読みながらすずが言う

翔は、作者である静丸を知っている

 

だが、正体は誰にも言わないでほしいと言われている

 

すずは、本当に違和感を感じているらしく、うんうん唸っていた

翔はそんなすずを見て、ふっと微笑むのであった

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで、紅夜叉の正体がばれてしまいました…
いや、翔相手にして紅夜叉が逃げる…無理でしょう…

そして、無自覚の独占欲…くくっ
いや、中盤はにやにやしながら書いてましたよww


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第二十八話 しかれて

お久しぶりです!

最近はSEEDの方を投稿してまして…
さらにここ最近はテストがありまして…

鬼門の教科は終えたので、活動を戻していきたいと思っています


みこと

女好き、そう女好きである

 

だが、その正体は千影流忍一族である三姉妹の末っ子である

 

そして、そのみことの家に、ある人物が帰ってきていた

 

 

「ははうえ…。ただいまでござる…」

 

 

その人物は、地を這いながら進んでいた

顔は青ざめ、今にも気を失ってしまいそうだ

 

 

「…今までどこ行っとったんや」

 

 

千影流37代目当主であり、みことの母であるこころが呆れた顔をして尋ねる

 

青ざめている人物は、ある時ふと姿を消していた

忍の一族であるにも拘らず、剣を極めると言って

 

そして、今、帰ってきたのだ

 

地を這いつくばりながら

 

 

「…修行をして…、そろそろ帰ろうと思い…、道に迷ってたでござる」

 

 

こころは、はぁ、とため息をついた

 

帰ってきた次女は、とんでもない方向オンチなのである

その癖に、自分たちにはほとんど何も言わずに旅に出てしまうという無鉄砲さも持っていて

 

 

「それで…、とある噂を聞いたでござる。だから帰ってきたんでござるよ」

 

 

「噂?」

 

 

次女は何か噂を聞いたらしい

その噂に興味がわいたこころは噂の内容を聞いてみる

 

 

「…この島に、とんでもない剣士が現れたという話でござる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…今日もいい天気だな」

 

 

翔は空を見上げて、赤く染まりかかっている空を仰ぐ

島に来たばかりの頃から、雨がまったく降らない

 

それはそれで、農業に影響を与えそうだが…、そんな話は聞かない

大丈夫なのだろうか

 

翔は今、干されている洗濯物を取り込んでいる

もうすっかり乾いた洗濯物をきれいに畳みながら籠の中に入れていく

 

 

「…?」

 

 

と、翔はそこで自分とすず、とんかつ以外の気配を感じ取った

二つ…だ

 

翔はこの家につながっている道の方に視線を向ける

 

 

「…」

 

 

だんだん気配が近づいてくる

だが、そのペースがやけに遅いのが気になるが

 

 

「…あ」

 

 

その気配の正体が見えてきた

木の棒、だろうか

それを杖代わりにしてよろよろとこちらに向かって歩いてくる

 

さすがに様子がおかしい

翔はその人物に向けて駆け寄る

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 

翔はその人物、当然なのだが女性だ

 

長く黒い髪をくくり、ポニーテールにした女性を支えるように抱える

もう倒れそうなほどによろよろしていたのだから仕方ない

自分に言い聞かせる

 

…なんで、自分はそんなことを自分に言い聞かせているのだろうか

 

不思議に思ったが、今はこの女性を助けることが先決だ

 

 

「つかまって…。とりあえず、あの家に連れてきますから」

 

 

翔は女性に言う

 

ふと見ると、その女性の頭の上にちっちゃい牛が

とんかつのような動物だろうか

 

女性は頷き、了承する

翔は家に向かってゆっくりと進んでいく

 

 

「翔ぉ、晩御飯もうすぐできるから準備手伝って…、て、しのぶちゃん!?」

 

 

すずが家の中から翔を呼びに出てきた

翔が女性を支えている姿を見ると。すずは大きく驚いた

 

しのぶ…

この女性の名前だろうか

 

 

「知ってるのか?」

 

 

「う、うん。それよりも、家の中に運んで!」

 

 

翔とすずは協力して、女性、しのぶを家の中に運ぶ

そして、とりあえず床に横たわらせる

 

 

「しのぶちゃん!大丈夫!?」

 

 

すずがしのぶの容態を聞く

しのぶは、苦しそうに胸を上下させている

 

一体どうしたのだろうか

 

 

「…怪我とかはなさそうだが。おばばの所に連れていくか?」

 

 

翔は、しのぶに怪我がないことを確認する

 

病気の類だろうか

おばばの所に連れて行こうと考え、すずと目を合わせた時

しのぶが口を開いた

 

 

「…お」

 

 

「なに!?しのぶちゃん、どうしたの!?」

 

 

すずがしのぶに顔を寄せながら問いかける

 

しのぶは、ゆっくりと片腕を上げながら言葉を紡いだ

 

 

「おなか…、すいたで…ござ…る…」

 

 

「「…」」

 

 

なんだろう、このやり場のない感情は

翔とすずは、ぴたりと固まった

 

何も、言えなかった

 

 

 

 

 

 

 

「はぐはぐはぐはぐはぐはぐ…」

 

 

「…」

 

 

「ははは…」

 

 

夕飯

翔とすずはいつも通り向かい合って食べていた

 

が、いつもとは違うその風景

 

二人の隣に、しのぶがいたのだ

しのぶはものすごい勢いですずが作った夕食を平らげていく

 

 

「おかわり!」

 

 

「う、うん」

 

 

「…遠慮なしだな」

 

 

しのぶがすずに茶碗を差出し、おかわりを要求する

これでもう五杯目だ

 

翔とすずは苦笑いしかできない

 

 

「…それで、しのぶちゃん、どうしたの?何か用事でもあったの?」

 

 

そこで、すずがご飯を持った茶碗をしのぶに差し出しながら、しのぶに問いかける

この家は、島の端に位置している

何の用もなしに来ることなどそうそうないのだ

 

しのぶはすずから茶碗を受け取りながら頷く

 

 

「あれは、拙者が南の主に稽古をつけてくださっていた時であった…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!」

 

 

しのぶの手から木刀が跳ねあげられる

くるくると舞った木刀は、しのぶの傍らにからんからんと音を立てて落ちる

 

しのぶはこめかみに汗を垂らしながら、木刀を弾き飛ばした張本人を見据える

 

 

「ふむ、君もだいぶ強くなったにゃぁ」

 

 

しまとらが、微笑みながらしのぶに言う

しのぶは片膝を地に着ける

 

 

「いえ、拙者などまだまだ…」

 

 

しのぶが遠慮気味に言う

 

 

「…それより君、三か月前に村に流れ着いた男の子のことを知ってる?」

 

 

すると、しまとらが腕を組みながらしのぶに問いかけた

しのぶは首を傾げる

 

 

「いえ、拙者はしばらく村には帰っていないので…」

 

 

しのぶは、知らない

最近村に帰らず旅を続けていたしのぶが、村に流れ着いた男の子のことを知るはずがない

 

 

「だったらその少年に会ってみるといいにゃ…。彼は北の主を倒すほどの腕を持つ唯一の剣客だにゃ!」

 

 

「な、なんと!あの北の主を倒した!?それに、この島に本物の侍が…!?」

 

 

しのぶは驚きながらも、その眼に期待を浮かばせる

 

会いたい

そして、戦ってみたい

 

誰だ

一体、どんな人なのだ

 

 

「その者の名は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「翔!おぬしのことで間違いなかろう!?」

 

 

しのぶが翔に迫りながら人差し指を突き付ける

翔はモグモグと口の中のご飯を噛み、飲み込んでから口を開く

 

 

「確かに翔は俺のことだけど…。剣客って、大げさだよ」

 

 

翔はしのぶに答える

 

剣客って…

そこまで強いわけではない

 

翔はそう思っているのだが

 

 

「証言は他にもある」

 

 

しのぶがその他の証言とやらを説明する

 

木刀で岩を切り裂く

凄まじい剣速でかまいたちを起こし、離れた木を薙ぐ

大滝を逆流させる

 

なんだそれは

人間じゃないだろう

 

 

「無理だ無理。真剣なら木を切り倒すくらいならできるけど…」

 

 

「できるんだ…」

 

 

翔がしのぶが言ったことは全て無理だと断言する

それよりも規模が小さいことならできるがと付け足すが、そんなに大したことではない

 

だが、そう思うのは翔だけで、すずがぽつりと翔にツッコミを入れた

 

 

「ということで!」

 

 

「どういう事だ」

 

 

しのぶが何やら改まる

そして、翔に向かって姿勢を正し、そして

 

 

「拙者と試合をしていただきたい!」

 

 

頭を下げた

 

 

「…試合?もしかして、剣の?」

 

 

話の流れから読み取って、何の試合かを予想する翔

 

 

「その通りでござる!」

 

 

翔の予想は合っていたようだ

 

剣の、試合か

 

 

「「ごちそーさま」」

 

 

翔とすずは夕食を食べ終え、食後の挨拶をする

 

 

「翔殿!」

 

 

「ほら、しのぶ…だっけ?食べ終わったなら挨拶して」

 

 

「あ、ごちそーさま…、ではなくて!」

 

 

しのぶもどうやら満足したようだ

まあ、あれだけ食べてまだ足りないと言ってきたらそれはそれで困るのだが

 

 

「翔殿!拙者と勝負するでござる!」

 

 

「翔、私、お風呂入ってくるから~」

 

 

「りょうか~い」

 

 

「翔殿!」

 

 

返事をすることも許してくれないのか

 

まあ、答えは決まっているのだが

 

 

「お断りします」

 

 

「…」

 

 

しのぶは、固まった

 

翔はそれを気にも留めず、自分のカバンに入っていた本を取り出す

ちかげから借りた小説である

 

怪人紅夜叉シリーズの本ではないと説明しておこう

 

 

「ぷー」

 

 

とんかつが翔の頭の上に乗っかる

翔は本を持っていない方の手でとんかつを撫でる

 

 

「…なぜでござる!」

 

 

「うおっ」

 

 

「ぷ!?」

 

 

しのぶが再起動した

あまりに突然のことに、翔ととんかつは驚いてしまう

 

 

「なぜって…」

 

 

「おぬしは強いのでござろう!?拙者は強者と戦いたいのでござる!お願いでござる!」

 

 

しのぶは再び頭を下げる

 

しのぶの言葉を聞き、翔は思う

 

やっぱりか、と

 

翔は何となく予想していた

しのぶは、自分という強者と戦いたくて試合を申し込んだのだろうと

 

だが、それでは自分は戦えない

 

 

「悪いけど」

 

 

翔は、再び断る

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

「…なぁ、いつまでそうしてる気?」

 

 

「翔殿が勝負をしてくれると言ってくれるまででござる」

 

 

しのぶが頭を下げたまま、土下座の体制のまま動かない

さすがの翔も調子が狂う

 

 

「…」

 

 

翔はしのぶを放っておくことにした

そのまま動かないのならそれでもいいと何とか割り切ろう

 

翔はしのぶから目線を反らし、しのぶがいる方とは逆の方向に体を向ける

 

 

「…」

 

 

しのぶはちらりと翔を見る

そして、翔が自分に背中を向けていることに気づいて

 

 

「…?」

 

 

翔は横目でしのぶがいた場所を見る

だが、しのぶがいない

 

上か

降りてくる

 

 

「勝負してくだされ」

 

 

「…」

 

 

しのぶが土下座で頼み込む

その傍らで小さな牛、ビフテキとしのぶが言っていた

ビフテキが忍と同じように土下座している

 

翔は何も答えず無言で体の向きをずらす

 

 

「勝負するでござるよ!」

 

 

しのぶは翔の正面を追いかけて体をずらしていく

翔は無言で体をずらしてしのぶをよけていく

 

 

「なんの!」

 

 

しのぶが何やらムキになり始める

 

翔としのぶの小さな追いかけっこが始まった

 

 

「…二人とも、何してるんだろ?」

 

 

お風呂で体を流していたすずは、外からどたどたと物音がすることに気づく

翔としのぶは何をしているのだろうか

 

まあ、正確には物音をたてているのはしのぶだけなのだが

 

 

「やるなおぬし!やはりちゃんとした訓練を受けているでござるな!」

 

 

「…お前、本来の目的忘れてるだろ」

 

 

しのぶが本格的にムキになっていることに翔は気づく

 

こいつ、俺と勝負したかったんじゃないのか?

いや、これも勝負…なのか?

 

 

「ねー翔。何してるのー?」

 

 

「っ!?」

 

 

すずがひょこっと出てきた

 

裸で

 

翔はぴたっと動きを止める

そして

 

 

「うわっ!急に動きを止めるなー!」

 

 

「ぐふっ」

 

 

「し、翔ぉー!?」

 

 

しのぶが翔に突っ込んでいった

翔が動きを止めたことにより、その突進を翔は身に受けることとなる

 

そのまま翔としのぶは吹っ飛んでいき、障子を倒し、外へと倒れることとなったのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、翔とすず、とんかつは川で釣りをしていた

だが、翔の隣にはしのぶもいた

 

翔が自分との勝負を受けてくれるまで離れないと

 

 

「やったー!大物ー!」

 

 

すずが大物を釣ったことに喜ぶ

 

 

「ねーねー翔ぉー!見て見てー!」

 

 

すずは翔に釣れた大物を見せようとする

だが

 

 

「…いつまでくっつく」

 

 

「無論、武士に二言はないでござる」

 

 

翔はしのぶに注意を向けていた

 

 

「それに、拙者はおぬしを一目見た時から胸が高鳴るのを感じていた…」

 

 

「は?」

 

 

しのぶが変なことを言い出した

翔にとってはその程度の認識

 

そして、それはその通りで

 

 

「これはきっと拙者の侍の艦がおぬしは只者ではないと言っているのでござる!」

 

 

「…」

 

 

もう、無視しよう

 

と、翔はすずがこちらをじぃっと見ていることに気づく

 

 

「お、すず。おおもn…、ウナギだ!すず、今日の夕食はうな丼か!」

 

 

翔はすずがウナギを釣ったことにテンションを上げる

 

だが、すずは逆に頬をぷくぅっと膨らませていく

そして

 

 

「…」

 

 

「あぁ!ウナギが!なんでぇ!?」

 

 

「しらないっ」

 

 

すずはぽいっ、とウナギを川に投げ捨ててしまった

翔はかなりショックを受ける

 

今日は大好物のウナギが食べられると思っていたのに…

 

それにしても、すずの機嫌が悪いのは気のせいだろうか…

 

 

 

それから一日、しのぶは翔から離れなかった

 

移動するときも

休憩する時も

とんかつを追いかけるときも

仕事で梨を収穫する時も

 

だが、それと比例してすずの機嫌は下がっていき

 

 

「…」

 

 

「…うわぁ」

 

 

すずは笑っていた

だが、その笑みを信じてはいけない

 

翔は何となくそう思ったのだった

 

 

 

 

 

 

そして夜

夕食を食べ終え、翔はお風呂に入っていた

 

ゆったりとお湯に浸かる

 

 

「…何か今日は疲れたな。しのぶは離れないしすずの機嫌は下がるし」

 

 

翔はつぶやく

本当に今日は疲れた

 

それにしても、すずはどうしたのだろうか

あそこまで機嫌が悪くなるとは

 

まあ、ここ最近はそうなることも多かったから戸惑うことも少なくなってきたのだが

 

理由がわからない

 

どうしてすずは機嫌が悪くなるのか

自分に対して機嫌が悪くなっていたのだから、自分がすずに何かしたのは間違いないのだろうが…

 

 

「…わからない」

 

 

まったく思い当たらない

そして

 

 

「…何で入ってきた!?」

 

 

「おぬしが勝負を受けてくれるまで離れないと言ったであろう?」

 

 

考え事をしているせいで警戒を怠っていた

しのぶが風呂場に入り込んでいた

 

 

「お前な…。はぁ…、もう上がる」

 

 

ため息をつきながら翔は上がろうとした

 

 

「まあまあ。背中を流して差し上げよう」

 

 

「いい」

 

 

しのぶが翔の背中を流そうと提案してくる

当然翔は断るが

 

断りを入れながら、翔は思い出していた

 

島の外、月村家にいる忍のことを

しのぶと同名だ

 

受ける感じや口調は違うが、自分の欲望に正直なところ

そして、それを実現するためには手段を選ばないこと

 

本当に似ている

 

 

「遠慮しなさるな」

 

 

「遠慮はしてない」

 

 

しのぶが、翔に後ろから抱き付こうとしてくる

だが、翔はかわす

 

 

「きゃっ!」

 

 

「え?」

 

 

しのぶから小さな悲鳴が届く

翔は振り返る

 

しのぶが転んでいた

自分に突っ込んでくる

 

ここでかわしてしまうと、しのぶは何らかの怪我をしてしまうかもしれない

 

翔は、しのぶを受け止めることにした

今回ばかりは仕方ないだろう

 

だが、翔は失念していた

 

しのぶが転んでしまった理由は、足を滑らせたから

そして、翔もまた

 

 

「うおっ」

 

 

足を滑らせてしまった

 

 

 

「翔、しのぶちゃん!どうした…の…」

 

 

すずが翔としのぶの大声に驚いて様子を見に来た

そして、すずの目に飛び込んできた光景

 

翔としのぶが重なって倒れていた

 

しのぶは翔の胸板に額をつけて

翔はしのぶの下敷きになり、痛みに顔を歪めながらもしのぶを守るように抱き締めていた

 

 

「お、おぉ…。翔殿、かたじけないでござる」

 

 

「…とりあえずどいてくれ」

 

 

しのぶは翔の言葉に従って翔の上からどく

そして翔は立ち上がりながら、すずのことに気づく

 

すずはしのぶを指さしながら頬を染め、何やらつぶやいている

 

 

「すず殿、どうしたでござる?」

 

 

しのぶがすずに問いかける

 

すずは、その瞬間、ぶわっ!と黒い何かを吹き出す

翔としのぶは同時にびくりと体を震わせる

 

 

「ねぇしのぶちゃん…。翔と勝負できれば翔に付きまとわない…?」

 

 

「え…。そ、そうでござるな…」

 

 

しのぶはすずの問いにそう答えた

というか、そう答えざるを得なかった

 

 

「ねぇ、翔…」

 

 

「な、なんだ?」

 

 

すずは翔を見下ろしながら話しかける

そして

 

 

「しのぶちゃんと勝負しなさい!」

 

 

「…え」

 

 

すずがそう言ってきた

翔は戸惑う

 

すずは勝負に反対するとばかり思っていたからだ

 

なので、すずが勝負しろと言ってくるのはとても意外だった

 

 

「いや、でも…」

 

 

だが、勝負することは戸惑われる

翔はすずにそれはできないと言おうとしたのだが

 

 

「いいわね!」

 

 

「はい」

 

 

翔は即答で了承するのであった

 

そして、その光景を見ながらしのぶは思った

 

まるで、嫁の尻に敷かれる夫だ、と

 

 

 

結局次の日、翔はしのぶと試合をすることとなったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




翔…
本当に君は…

久しぶりなので、上手く書けてるか不安です…

感想待ってます!


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第二十九話 試合して

…日間ランキング五位

いや、ランキングに入っているだけでも驚きなのに、五位って…

読者様、本当にありがとうございます…

今回はしのぶとの試合です!


「翔殿、しょうとはどう書くのでござる?」

 

 

夜、しのぶがそんなことを聞いてきた

勝負は受けたのだから、とっとと離れてくれないかとはさすがの翔も言わない

 

 

「羽という文字がついたかける」

 

 

「ふむ…、こうでござるか?」

 

 

翔が自分の名前の漢字を説明し、しのぶが書く

 

 

「勝負の日時は明日の正午で良いでござるか?」

 

 

「いいんじゃない?」

 

 

しのぶが再び問いかけてくる

翔はもう適当にその問いに答える

 

正直、勝負などしたくない

のだが、すずが…、怖かった

 

 

「場所はどうするでござる?」

 

 

「どこでもいい」

 

 

「なら西の大樟にするでござる」

 

 

勝負の場所は、西にある大きな樟が立っている所に決まった

というか

 

 

「さっきから何をしてるんだ?」

 

 

しのぶは何やら筆で紙に書いている

何を書いているのだろうか

 

 

「できたでござる!」

 

 

「だから何が…」

 

 

しのぶは翔の問いかけが聞こえなかったのか

何か書いていた紙を折り曲げ、そしてその表面にまた何かを書いて…

 

 

「果たし状でござる!読んでくだされ!」

 

 

「…」

 

 

翔に差し出した

表にはしっかり果たし状と書かれている

 

というか、もう勝負は決定事項なのでは

 

 

「ねぇ翔ぉ。お勉強の時間だよー」

 

 

「?珍しいな、すずが自分から勉強しようって誘ってくるなんて」

 

 

しのぶに呆れていると、すずが翔を誘ってきた

珍しい

 

すずは勉強が嫌いだ

翔に教えてもらうのは嬉しいが、それでも勉強は嫌だ

 

それがすずの本音だ

 

だが、すずは進んで勉強をしようと言ってくる

 

 

「…悪い?」

 

 

ゆらりと何かが揺れる

 

 

「い、いや…。何も悪くないです!」

 

 

本当に、どうしたのだろうか

すずの機嫌がまた下がってしまった

 

どうしてすずはここまで機嫌を悪くしてしまうのか

わからない

 

 

 

 

わからない

 

 

 

 

 

 

 

 

日差しが差し込み、お隣のからあげの鳴き声が響く

いつもの朝の日課らしい

 

翔はTシャツにジャージという、いつも仕事をしているときの格好でいる

今日は試合の日だ

 

しのぶは「勝負にふさわしい格好で来い」と言っていたが、そんなふさわしい格好とかはないだろう

 

どんな格好でも戦える

それが剣士としての条件

翔の考えだ

 

 

「はい翔。木刀だよ。さっさとしのぶちゃんとの勝負、終わらせてね♡」

 

 

「お、おう…」

 

 

翔が体をほぐすためのストレッチをしていると、すずが木刀を翔に押し付けてきた

何か言葉にとげがある

まだ機嫌が悪いようだ

 

 

「そうだ!お弁当と傷薬も持ってかないと!」

 

 

すずは翔に木刀を渡すと、家の中に戻っていった

とんかつがすずの後をついていきながら、翔をどこか憐れんでいるような目で見つめる

 

 

「…はぁ、どうしてこうなった」

 

 

翔は座り込みながらため息をつく

 

 

「やあ翔君、今日はしのぶちゃんとの勝負だって?」

 

 

と、その翔にからあげが声をかけてきた

翔は俯けていた顔を上げ、視線をからあげに向ける

 

 

「なんか乗り気じゃないねぇ。そんなに嫌なら断ればよかったのに」

 

 

「いや、断る気だったんですけど…」

 

 

からあげの言う通り、翔は断ろうとしたのだ

だが

 

 

「なんかすずが…、機嫌悪くて。有無を言わさず勝負しなさいって…」

 

 

どこか哀愁を漂わす表情で水平線を見つめながら翔は言う

そんな翔を見ながらからあげは苦笑い

 

 

「君って…にぶちんだよね」

 

 

「…は?」

 

 

からあげの言葉に疑問を持つ

 

にぶちん?自分が?

 

 

「そんな、兄さんじゃあるまいし」

 

 

「?君のお兄さん?」

 

 

ぼそりとつぶやいた翔の言葉が聞こえたからあげが翔に問いかける

 

 

「はい。俺の兄さんは…、小学生のころから女たらしでして…。でも、本人はまったくの無自覚で…。いや、驚きましたよ。いつだったか、『私のことを見てよ!どうして他の女のことばかり見るの!?』とか、家まで女の子が押しかけてきて言った時は…」

 

 

「…君のお兄さんは、その…、すごいんだね」

 

 

翔の兄の説明を聞いて、からあげは表現に困る

結果、凄いとしか表現ができなかった

 

 

「そんな兄さんと一緒にしないでください」

 

 

「…」

 

 

どうやら、翔にとってのにぶちんの象徴は兄なのだとからあげは悟る

だが、確かに兄には劣るものの、翔が鈍いという事実は揺るがない

 

 

「やれやれ…」

 

 

「?」

 

 

からあげは呆れたようにかぶりを振る

翔は疑問顔でからあげを見る

 

翔にはまったくわかっていなかった

 

 

「…ともかく、勝負、がんばってね。応援してるよ」

 

 

「…はい」

 

 

からあげはそう言い残し、去っていく

翔はそのからあげの背中を見つめる

 

 

「おまたせー。行こっか!」

 

 

準備ができたのか、すずが出てきた

翔は立ち上がる

 

 

「そうだな、行こう」

 

 

「ぷー」

 

 

とんかつがもう定位置といっていいだろう、翔の頭の上に乗っかる

そして二人は歩き出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…遅い」

 

 

ぽつりと翔が口に出した

 

しのぶが、来ない

もう正午を三十分は過ぎているだろう

 

あっちから仕掛けておいて、これはない

翔の機嫌がだんだんと下がっていく

 

 

「迷ってるのかな?」

 

 

「さすがにないだろう。すずの家からここまで一本道だぞ」

 

 

すずが迷っているのではと言うが、ここまで一本道なのだ

迷うなど、ありえない

 

 

「んー…。一緒に来ればよかったのにー…」

 

 

すずがそんなことを口に出す

だが

 

 

「…すずが怖くて嫌だったんじゃないか?」

 

 

「え!?私、しのぶちゃんを怖がらせるようなことした!?」

 

 

「…無自覚か」

 

 

思い出す

あのすずの巨大なオーラを

 

…もしかしたら、父、士郎でもあそこまでの気は出せないのでは?と思うほど

 

 

「…帰る」

 

 

「え?翔?」

 

 

正直、我慢の限界だ

 

すずを責める気はないのだが、あんな風に勝手に望まぬ試合を受けさせられ、その上約束の時間すらも守らないとは

 

はっきり言って、論外だ

 

 

「もう待たない。というか、俺は元々試合なんてしたくないんだ」

 

 

「翔…」

 

 

すずの表情がわずかに悲しく歪む

 

元はと言えば、自分が強引に受けさせたのだ

まさか翔がここまで不機嫌になるとは思わなかった

 

 

「…あ、すずを責める気はないぞ?悪いのは約束の時間すら守れないしのぶなんだから」

 

 

翔は慌ててすずのフォローをする

 

 

「うん…」

 

 

すずは目を俯けさせながら頷く

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたな!翔殿!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 

唖然とする翔

 

しのぶが、現れた

ひらひらのかわいらしい服装で

 

 

いや、翔が唖然とした理由は、服装ではないのだが

 

 

「…お前、遅れてきておいてずいぶん偉そうだな」

 

 

「あ、それは謝るでござる。何しろ、ちかげどのが放してくれなくて…」

 

 

「ちかげ?」

 

 

思いもよらぬ名前が出てきて、翔の怒りがわずかに収まる

すると、木の影からちかげが現れた

 

 

「す、すみません…。ここに来る途中で初めて知ったのですが…。まさか試合とは思わなくて…」

 

 

「…あぁ」

 

 

遅刻した理由は、ちかげに捕まっていたかららしい

 

もう、怒りの気持ちはなくなっていた

 

 

「てなわけでみなさん、でーとというのは勘違いでしたの…」

 

 

「ふーん」

 

 

「なら、その試合と言うのを見ていく?」

 

 

「…」

 

 

ツッコむ気すら起きない

 

木の陰に、さらにいつものメンバーともいうべきメンツが勢ぞろいしていた

 

 

「ということで、勝負するでござる!」

 

 

「…まあ、いいか」

 

 

帰ろうとしていた翔だったが、しのぶに全くとは言わないが、否がほぼないというなら話は別だ

 

仕方ない

やろう

 

それに、試合をしなければまたひっつかれ、すずの機嫌が急降下するだろう

それも、嫌だ

 

翔としのぶは少し距離を開け、対峙した

 

 

「先に一本を取った方が勝ち、もしくは降参した方が負け。それでいいでござるな」

 

 

「…」

 

 

しのぶの提案に翔はこくりと頷いて返す

 

そして、二人は腰に差してある木刀を抜く

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

風邪が吹き、木の葉が揺れる

 

二人を纏う緊張感がまわりにも伝わり、試合を見物しようとしていた一同をも包む

 

そして

 

 

「…っ」

 

 

「!?」

 

 

しのぶの姿が、消えた

 

いや、正確に消えたわけではない

あまりのスピードに、そう見えただけなのだ

 

翔は予想外の早さに目を剥く

だが、通用しない

 

がきぃっ

 

木刀同士がぶつかり合う音が響く

 

しのぶは、翔の後ろに回り込んでいた

翔は、しのぶの気配を感じ取り、その攻撃を防いだ

 

 

「くっ!」

 

 

しのぶが表情を歪ませると同時に、再び姿が消えた

 

だが、翔はもう油断しない

このスピードはもう、見えている

 

 

「っ!」

 

 

「なっ!?」

 

 

しのぶの目が見開かれる

 

翔の目の動きを見たのだ

 

翔は、自分の動きを目で追えている

先程は、勘にも等しい動きでしのぶの攻撃を凌いだのだが、今回は違う

 

しのぶの動きをしっかりと見ているのだ

 

それが、しのぶには信じられなかった

 

しのぶは、自分の動きは速いと自負していた

それは、しまとらとの特訓でさらに磨かれている

 

主であるしまとらにも、しのぶの動きを捉えるには苦労すると言われているのだ

それなのに

 

翔は、いとも簡単にしのぶの動きを捉えた

 

 

「ふっ!」

 

 

「くぅっ!」

 

 

翔は木刀を振るう

その先には、しのぶが

 

攻勢に出る前に攻められたしのぶは、何とか木刀を割り込ませて防ぐ

そして堪らず後退し、距離を取る

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

沈黙が流れる

 

どうする

どうすれば、目の前の強者を打倒せる

 

しのぶは思考する

どうすれば、勝てるのか

 

 

「…」

 

 

いや、決まっているではないか

 

このまま、攻め続けるしかない

それが、自分の戦い方だ

 

しのぶは、翔の後ろをとるために、トップスピードで駆け抜けた

 

 

 

 

 

 

「おー、ダンナ凄いな」

 

 

「そうだねー。話には聞いてたけどここまでとは!」

 

 

「でも、しのぶさんも速くて見えないデスよ…」

 

 

観客が戦っている二人を称賛する

だがそんな中、すずは心配げに眺めていた

 

 

「お、やってるね」

 

 

「からあげ?」

 

 

そこに、すずの頭の上にからあげが乗っかった

 

すずは、乗っかったからあげを見上げながら問いかける

 

 

「からあげ、二人ともいい勝負してるよね?どっちが勝つのかなぁ…」

 

 

「…いい勝負、か」

 

 

問いかけられたからあげがぽつりとつぶやく

その様子が気になったすず

 

 

「からあげ?」

 

 

「…みんな、翔君の動きをよく見てごらん」

 

 

からあげが言う

したがって、みんなが翔の動きを見つめる

 

翔は、しのぶの攻撃を捌いている

体を回し、しのぶの動きについていく

 

 

「あ…」

 

 

「翔様、その場から動いてない…」

 

 

みんなが、気づき始めた

 

そう、翔は試合が始まった時点に立っていた場所から一歩も動いていないのだ

そんなことをできる者がどれだけいるだろうか

 

 

「翔サン、凄いデス…」

 

 

メイメイがつぶやく

 

それは、全員同じだった

声には出さないものの、呆然と翔を見つめる

 

 

「…」

 

 

だが、やはりすずは、心配が拭えない

 

胸元で両手を握りながら、試合の行方を見守っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

(くっ!この者…!)

 

 

しのぶは、焦っていた

翔は自分の攻撃を全て捌いていた

そしてさらに、絶妙のタイミングで反撃を入れてくるのだ

 

だが、それだけではない

しのぶも気づき始めていた

 

 

(…翔殿、あの場から一歩も動いていないでござる)

 

 

翔が、一歩も動かずに自分と戦い続けていたことを

 

しのぶは悟る

どれだけあがいても、自分は翔に勝てないと

 

だが

 

 

「翔殿!おぬしは強いでござる!」

 

 

「?」

 

 

しのぶは一度動きを止め、翔にびしりと人差し指を突き付けながら何やら叫ぶ

翔はきょとんとした表情でしのぶを見る

 

 

「だから…、拙者の必殺技を見せよう!」

 

 

「…必殺技?」

 

 

何をマンガみたいなことを

いや、自分の存在がもうマンガみたいなものなのだが

 

翔はそんなことを考えながらしのぶの言葉に耳を傾ける

 

 

「行くでござる!」

 

 

しのぶがこちらに駆けだした

翔は木刀を構えなおす

 

しのぶの動きをよく見て…

 

 

「!?」

 

 

驚愕した

 

しのぶの姿が、分かれ始めて

七人になった

 

 

「必殺!<多方陣影の太刀>!」

 

 

「ぶ、分身の術!?」

 

 

さすがの翔もこれには驚かされた

 

忍術、これは忍術ではないか

 

翔だって忍術を見るのは初めてだ

 

七人に分かれたしのぶがこちらに向かってくる

だが、翔には分かっていた

 

 

「前方の七人は囮で…」

 

 

翔は振り返る

 

 

「本命はこっちだろ?」

 

 

「なっ!?」

 

 

翔の視線の先には、驚愕の表情のしのぶ

 

翔は初見でしのぶの必殺技を見破った

 

翔は剣を振るう

しのぶも剣を振るうが

 

 

「俺も、技を見せてあげるよ」

 

 

「え?」

 

 

翔は、木刀を振り切った

結果

 

しのぶが持っていた木刀が、叩き折られた

 

呆然とするしのぶ

 

 

「…御神流、<徹>」

 

 

翔は先程振るった木刀に徹を込めていた

結果、しのぶの木刀を叩き折ったのだ

 

ルールは一本を取られた方、または降参した方が負けというが、得物を壊されたしのぶの負けは、最早決定づけられていた

 

 

「…」

 

 

翔は振り返り、しのぶに木刀を突き付ける

しのぶは、木刀の切っ先を見つめながら

 

 

「…参ったでござる」

 

 

降参したのだった

 

 

 

 

 

 

 

試合は翔の勝ちで終わった

これで、しのぶも付きまとうのを止めるだろう

 

翔とすずはそう考えていたのだが

 

 

「お願いでござる!拙者をぜひ弟子に!」

 

 

「だからダメなんだって…」

 

 

「…」

 

 

土下座するしのぶ

ため息をつく翔

そんな二人を、見つめるすず

 

勝負に負けると、しのぶは翔に自分を弟子にしてほしいと頼んできたのだ

 

だが、それはできない

 

翔は御神流の修行をしてきた

だが、未だ師範代をとれていなかったのだ

 

自分は、師匠にはなれない

 

 

「悪いけど、それは本当に無理なんだ」

 

 

「そこを何とか!」

 

 

「しつこいって!」

 

 

翔も何度も断るのだが、しのぶはしつこく食い下がる

 

 

「…しのぶちゃん?」

 

 

「「っ!」」

 

 

地の底から這うような低い声

翔としのぶは同時にびくりと体を震わせた

そして、かくかくとした動きで振り返る

 

そこには、もう出してはいけないようなものを出しているすずがいた

もう、真っ黒だ

 

標的は翔ではないのだが、なぜか自分も怖がってしまうほど

 

 

「しのぶちゃん…、翔にはもう付きまとわないんじゃなかったの…?」

 

 

「いや…、けど…。拙者は師匠に修行を…」

 

 

ぴくりと震えたすず

 

あ、察し

 

 

「そんなに修行がしたいなら…」

 

 

「え…、すず殿…?」

 

 

すずが、しのぶの襟をつかむ

 

その光景を見ていた翔は、しのぶに向けて合掌

 

 

「山でも籠ってなさぁああああああああああああい!!!!」

 

 

「きゃぁああああああああああああああ!!!!」

 

 

すずに投げ飛ばされ、しのぶはどこかへ飛んで行ってしまった

それを見送り、翔は思う

 

 

(…何ですずは機嫌を悪くしたんだ?今回は俺、何も悪くないし…)

 

 

本当に、にぶちんである

 

やはり、高町の息子である

 

 

 

 

 

 

「えへへぇ」

 

 

「…」

 

 

夜、すずは翔にくっついて離れなかったという

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




しのぶがいなくなり、すずのたまったストレスが最後で解放されました
そして翔君は鈍いですね~ww
すずも自分の気持ちに気づいてはいないんですけどねww

感想待ってます!


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第三十話 どうして

今回は…


もそっ、と動く布団

それに包まってうにうにと寝ていたすずは起き上がり、大きく伸びをした

 

 

「ん…。今日も良い天気だね」

 

 

窓から見える青空

本当に良い天気だ

 

と、外からぶんぶんと何かを振るう音がする

翔がもう稽古をしているのだろうか

 

すずは障子を開ける

 

 

「翔、おはよ…」

 

 

すずの動きが止まった

その視線の先には

 

木刀を持っているしのぶと、そのしのぶにくっついている翔の姿だった

 

 

 

 

 

 

 

朝、もうすずよりも早く起きるのが当然のようになってきた

翔はいつものTシャツ、ジャージ姿で、木刀を持って外に出る

 

だが

 

 

「おはようでござる、師匠!」

 

 

「…なんでいる」

 

 

しのぶが待ち構えていた

いや、なぜいるのか

 

 

「師匠!さっそく拙者に稽古をつけてくだされ!」

 

 

「師匠じゃない。そして断る」

 

 

翔はしのぶをじと目で睨みながら言う

 

しかし、どうするか

しのぶに見られているこの状況で修業はしたくない

 

そんなことをすれば、しのぶがさらにしつこくなりそうで嫌だ

 

 

(…ん?けど、御神を教えさえしなければ…、ただ剣の基本だけを教えるのはいいのか?)

 

 

翔は心の中で自問自答した

 

翔は御神の師範代をもらっていない

そう、御神の、だ

 

ならば、御神を教えさえしなければ、しのぶに稽古をつけるのはいいのでは?と考えた

というか、そうであってほしい

 

いい加減このしつこい娘を何とかしたい

 

翔は決意した

 

 

「…わかった。稽古をつけてやる」

 

 

「ほ、本当でござるか!?」

 

 

という経緯があり、翔はしのぶの師匠となったのだ

 

そして、すずが起きた時

翔はしのぶの剣の振りを修正するためにくっつくこととなったのだが、それをすずに目撃されたのだった

 

 

 

 

 

「「ひぃっ!?」」

 

 

「…」

 

 

にこにこと笑っているすず

だが、その後ろにとても恐ろしく、覇気を放っているにゃんこがいるのは気のせいだろうか

いや、気のせいではない(反語)

 

 

 

 

 

 

 

覇気を放ったすずにより稽古は強制終了

そして、しのぶはお風呂を借り、そして翔は

 

 

「じゃ、水汲みに行ってくる…」

 

 

「うん…」

 

 

水汲みに出かけた

だが、その顔がやや青ざめていたことがすずは気になっていた

 

なので

 

 

「ねーとんかつー。翔なんか様子おかしかったけど、どうしたのかなー?」

 

 

とんかつに聞くことにした

とんかつは呆れたようにため息をついた後

 

 

「ぷー」

 

 

と一鳴き

 

 

「え!?私が怖かったから!?いつそんなに怖がらせた!?」

 

 

とんかつが何を言ったのか、すずにはちゃんと理解できたようだ

驚くすず

 

 

「ぷーぷー」

 

 

さらにとんかつは鳴く

 

 

「誰が鬼みたいなのよー!失礼しちゃうー!」

 

 

怒るすず

すずはとんかつの頭に拳を当て、ぐりぐりと捻る

 

とんかつは目に涙を浮かべて痛がる

ぷーぷーと鳴きながら暴れる

 

 

「…何してござるか?すず殿」

 

 

そのやり取りを、お風呂から上がったしのぶとびふてきが見ていた

 

 

「えっと…、お仕置き?」

 

 

「なぜ疑問形でござるか」

 

 

そして、すずはここまでの経緯を話した

 

翔の様子がおかしかったこと

とんかつにその理由を聞いてみたこと

自分のせいだと言われたこと

鬼のようだったと言われ、お仕置きしたこと

 

それを聞いたしのぶは

 

 

「…あれだけの殺気を出して、無自覚とは」

 

 

「さ、殺気!?そんなの出してないよー!」

 

 

殺気を出していた?

すずにはそんな覚えはない

 

だが、それは事実で

 

 

「ひょっとして、拙者はすず殿に嫌われたでござるか…?」

 

 

「ち、違うよー!そんなわけないじゃない!」

 

 

目に涙を浮かべながら不安げに問いかけるしのぶ

だが、そんな事実はなく、すずは当然否定する

 

しかし、ここで疑問が浮かぶ

 

 

「なら、どうしてあんなに怒ってたでござるか?」

 

 

「え…」

 

 

嫌われていないのなら、なぜすずはあそこまで怒っていたのだろうか

 

すずは顎に人差し指を当てて考える

 

 

「先程だって、拙者と師匠は稽古をしていただけでござるよ?」

 

 

「う、う~ん…」

 

 

しのぶの言葉を聞き、さらに悩むすず

 

そしてしのぶは風呂上がりの牛乳をあおってから、言う

 

 

「そういえば、拙者が試合を申し込んでいた時も不機嫌でござったな…」

 

 

「う、うん…。二人ともただ楽しそうにしてただけなのに…。だけど、なんかもやもやしてきて…」

 

 

本当にどうして自分はあんなもやもやとした気持ちになったのだろうか

 

…わからない

 

 

「それに、すず殿は少し感じが変わったでござるよ」

 

 

「え?そう?」

 

 

しのぶがすずが変わったと言う

だが、そんな自覚はすずにはない

 

何がどう変わったのか

しのぶに聞いてみる

 

 

「うーん…。何ていうかこう…」

 

 

考えるしのぶ

どうやら言葉にしづらいようだ

 

そして

 

 

「…そう!女っぽくなったでござるよ!」

 

 

「…うにゃ?」

 

 

きょとんとするすず

 

女っぽくなった…

 

 

「…それ、なんか失礼じゃない?」

 

 

「そうでござるが…。けど、そうとしか言えないでござる」

 

 

すずが頬を膨らませながら言う

だが、しのぶは何の悪びれもなく言い放つ

 

 

「…?そういえば師匠は?」

 

 

と、ここでしのぶは翔がいないことに気づく

 

 

「翔なら水汲みに行ったんだけど…、遅いね」

 

 

水汲みに行ったにしては遅い

しのぶが帰った後、すずは出かけることにした

 

 

 

 

 

「翔…、水汲みにどれだけかかってるんだろ…」

 

 

すずはとんかつと共に走りながら翔を探していた

と、視界に二人の人物の姿が入ってきた

 

 

「あ、いた!」

 

 

翔がいた

そして、あやねも一緒にいる

 

何か話しているようだが

 

 

(…あ、道草食ったお仕置きとしてびっくりさせてやろ♪)

 

 

悪だくみをするすず

そぉっと物音をたてないようにして草陰に隠れる

 

なんか、楽しい

 

 

(…それにしても、なに話してるんだろう)

 

 

翔とあやねが話している内容が気になり、耳を澄ませる

だが、その途端に二人は並んで歩き始めた

 

 

「…」

 

 

そんな二人をじぃ~っと睨むすず

そして

 

 

「…よしっ」

 

 

ついていくことにした

 

そして

 

二人は東の森に入っていき

 

 

「…」

 

 

何か二人はくっついていた

すずが不機嫌オーラを発する

 

翔がびくりと震えたのは気のせいではない

 

 

「…あ」

 

 

そこで、すずはまわりを食肉植物に囲まれていることに気づいた

翔ばかり見ていて注意を向けていなかった

 

 

「…ばいばい」

 

 

すずは駆け出した

そして

 

 

「にゃぁあああああああああ!!」

 

 

食肉植物との追いかけっこが始まった

 

 

 

 

「…すず?」

 

 

「え?」

 

 

翔にその声が届いていたのは言うまでもない

だが、こんな所にいるはずがないと気のせい扱いされてしまったが

 

 

 

 

 

 

 

「お、おいついた…」

 

 

植物たちを撒き、翔に追いついたすず

 

翔とあやねは、花を摘んでいた

あやねは摘んだ一輪の花を髪に差す

 

 

「どう?翔様…」

 

 

「ん…、似合ってると思う」

 

 

「本当!?」

 

 

「…」

 

 

あやねはとても嬉しそうだ

 

 

(…私には、あんなこと言ったことない)

 

 

ぽつりと心の中でつぶやくすず

 

不機嫌にはなる

だが、怒りは湧いてこない

 

すずの目の前で、翔とあやねが楽しそうに話している

 

それが、とても嫌だ

 

何でだろう

 

 

(…何で、こんなに嫌なんだろう)

 

 

何でだろう

 

 

(…何で、涙が出てくるんだろう)

 

 

「…っ!」

 

 

あやねが翔の腕にひっついた

翔は少し苦笑気味ではあるものの微笑んでいた

 

それが、止めとなった

 

堪らず、すずは駆け出した

 

 

 

 

 

 

「はぁ…、疲れた」

 

 

ため息をつきながら帰路に着く翔

だが、目的は達した

 

すずの喜ぶ顔が浮かぶ…

 

 

「…それにしても」

 

 

翔が思い返す

 

あやねと一緒に薬草取りをしていた時に感じた視線

特に悪意はなかったため、気にしていなかったのだが、あれは何だったのだろうか

 

 

「…まあいいか」

 

 

今は、この豆大福だ

 

翔の手には、たくさんの豆大福が入った袋が握られていた

これを、すずに届ける

 

すずはどれだけ喜んでくれるだろうか

 

 

「ただいま」

 

 

家に着き、戸を開ける

 

 

「ぷー!」

 

 

途端、顔にとんかつが体当たりしてきた

あまりにも咄嗟のことで、翔もかわしきれない

 

ぽふっ、と顔に激突する

 

 

「うぶっ…。とんかつ?」

 

 

「ぷーぷー!」

 

 

なんか焦っているみたいで

とんかつはピョンピョン跳ねて移動して

 

 

「…っ!すず!?」

 

 

移動を止めた所には、すずが倒れていた

翔は慌てて駆け寄る

 

 

「すず!どうした!?」

 

 

背中に手を当てて揺する

だが、すずは反応を返さない

 

どうしたのだろうか

何か病気にでもかかったのだろうか

 

と、そこでぐすっという鼻を啜る音がした

 

 

「…すず?」

 

 

すずは、泣いていた

どうして

 

何があった?

 

 

「…や…と」

 

 

「ん?」

 

 

すずが何か言った

だが、よく聞き取れずに聞き返す

 

 

「あやねと…、何してたの?」

 

 

「あやね?」

 

 

どうしてあやねと一緒にいたことを知ってるのか

あの視線の正体は、すずだったのか

 

 

「いや、特に何もしてないけど…」

 

 

「ウソだよ!」

 

 

特に悪いことはしていない

そう答える

 

が、すずががばっと起き上がる

 

そして、翔に詰め寄る

 

 

「っ…」

 

 

翔は息を呑む

 

すずの目は、腫れていた

真っ赤に充血していた

 

どれだけ、泣いていたのだろうか

 

 

「翔、あやねととても楽しそうにしてたよね!?楽しそうにお花摘んでたよね!」

 

 

すずは、吐き出す

 

 

「あやねにとても優しい言葉をかけてたよね!?似合ってるって!私にはそんなこと言ったことないのに!」

 

 

何で自分じゃないのだろう

 

 

「しのぶちゃんととても楽しそうにしてたよね!」

 

 

一番近くにいるには

 

 

「私だって…」

 

 

自分なのに

 

 

「私だって…!」

 

 

 

 

翔は呆然としていた

すずが、また泣き出してしまった

 

というより、あやねに優しくしたという自覚はない

しのぶとだって、楽しく…は思っていたかもしれないが、それよりも迷惑感の方が大きかった

 

あやねよりも、しのぶよりもすずの方が当然大切だし、優しくしてきたと思っていた

 

 

(…すずには、そうは思えなかったのか)

 

 

目の前のすずが、証明している

 

大粒の涙を流して嗚咽しているすず

 

 

「…」

 

 

することは、一つだった

 

 

「…え」

 

 

ふわりと、翔は優しくすずを抱き締める

 

 

「確かに、楽しかったし、優しくしていたかもしれない」

 

 

「っ…」

 

 

翔の胸にうずめていたすずの顔が、わずかに歪む

 

やっぱり、翔は…

 

 

「でも、一番はすずだから」

 

 

「え?」

 

 

すずの表情の歪みが消え、戸惑いが浮かぶ

 

 

「俺は、すずと一緒にいるのが一番楽しいって思ってたし、すずに一番優しくしてるって思ってただけど…」

 

 

翔の顔を見上げるすず

 

翔は困ったような、苦めの笑みを浮かべていた

 

 

「…ホント?」

 

 

「ん」

 

 

頷く翔

 

 

「…そっか」

 

 

自分の体重をゆだねるすず

 

暖かい

これで、翔に抱きしめられたのは何度目だろうか

 

でも、抱き締められるたびに安心するし、とても暖かい気持ちになる

今回はそれがとても顕著だった

 

 

「翔?」

 

 

「ん?」

 

 

すずが翔に声をかける

翔はすずを見下ろして首を傾げる

 

 

「私が、一番なんだよね?」

 

 

「…そうだけど」

 

 

翔の顔が紅潮した

 

ここで自覚した

自分は、とてつもなく恥ずかしいことを言っている

 

というか、どうしてこうなった

 

 

「…へへ」

 

 

すずがご機嫌になった

 

 

「…そうだ。豆大福持ってきたんだ」

 

 

「え!?豆大福!?」

 

 

翔はすずをそっと離し、玄関に置いてきた豆大福の入った袋を持ってくる

 

 

「ほら」

 

 

「うわぁ…!さっそく食べよう!?」

 

 

「ダメ。まだ夕飯食べてないだろ。これは食後の…デザートなのか?」

 

 

ともかく、豆大福は食後に食べることに決定

 

ということで、未だ夕食の準備をしていなかったため早速取り掛かる

 

今日は初めて、翔も一緒に夕食を作る

初めて二人での料理だ

 

隣で並んで作業する翔を、すずはちらっと見る

 

 

「…」

 

 

嬉しい

何でかはわからない

 

だが、今はそれでいい

 

今は、この嬉しさをかみしめたい

 

すずはそう思った

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで、すずの嫉妬が爆発しました
上手く書けてるといいんですが…

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第三十一話 始まって

あの競争の始まりです!

そして、翔君の過去の話が少し見られます


とても平和な島、藍蘭島

こんな島で何か事件が起こるとはとても思えないほどの平和さであり、そしてそれを感じさせる空気が流れている

 

そんな藍蘭島のとある大きな家

その家の中で、外を眺めながらのんびりとお茶を飲んでいる一人の老婆

 

 

「う~む…」

 

 

失礼、のんびりというのは少し間違いのようだ

何やら考え事をしているらしい

 

 

「どうなさいましたか、おばば様?考え事なんて明日は大雨かしら…」

 

 

「どういう意味じゃみちる…」

 

 

そんなおばばを冷かすように言葉をかける一人の女性、みちる

だが、間違えてはいけない

 

この女性は、至って真面目に言っているのだ

 

本気で明日は大雨なのかと懸念しているのだ

 

それがおばばにはわかっていた

額に青筋を立てている

 

 

「何、ちと村の未来のことを考えていてな…」

 

 

「え?何か悪いことでも起こるのでしょうか!?」

 

 

おばばの言葉を聞き、みちるが驚く

額に汗を流す

 

 

「いや。婿殿にも困ったものだと考えていてな」

 

 

「は?翔君ですか?」

 

 

そう

翔には困ったものだ

 

この島に来て、はや3ヶ月

翔が流れ着いたときには、ようやくこの島に未来がやってきたと歓喜したものだ

 

だが、今ではどうだろう

 

誰かを娶って子づくりするどころか、誰かを好きになる空気すら感じられない

 

これでは、翔が島に来る前と一緒ではないか

 

 

「そうですか?よく働くし、可愛いし、ぬし様たちにも一目置かれていますし…。島にも馴染んで村娘たちと仲良く過ごしているではありませんか」

 

 

「馴染みすぎなのじゃよあのすっとこどっこい…」

 

 

すっとこどっこいとは何なのだろうか

 

 

「そして、ぬしたちに一目置かれている…、それはちと違う」

 

 

「え?」

 

 

ぬし達は一目置いているのではない

警戒しているのだ

 

まあ、東の主がそうなのかは微妙なのだが

 

本当にあの少年は何者なのだろうか

東の主を倒すだけならまだしも、さらに北の主を、それも無傷で倒してしまうなど、異常が過ぎる

 

それも、全力は出している様子はなかったという、西の主の話だ

 

全力を出さなくとも、ぬしを凌駕する力を持つ

 

 

「…あの少年がもたらすのは、未来か、破滅か」

 

 

「?おばば様、何かおっしゃられましたか?」

 

 

「何でもない。それより、あれやるぞ」

 

 

「…あれ?」

 

 

翔が素知らぬところで、陰謀は動かされていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やれやれ…。美由希は気絶してしまったか』

 

 

翔の兄、恭也が呆れた様子で言う

 

翔、恭也

それに加えて、父である士郎の目の前で美由希が横たわっている

 

今日は模擬戦をしていたのだが、美由希は恭也の攻撃をくらい、気絶してしまったのだ

 

 

『加減ができなかったのか?』

 

 

士郎が恭也に問いかける

恭也ほどの実力の持ち主なら、美由希を気絶させなくとも無力化できると考えていたのだが

 

 

『…成長しているよ。つい気絶させてしまった』

 

 

最近のことではあり得なかった

だが、美由希は恭也に気絶をさせる程度の攻撃をさせるほどに成長していたのだ

 

士郎はその言葉を聞き、暖かな笑みを浮かべる

その隣の翔もまた、美由希を笑顔で見守る

 

 

『さて、そろそろ夕食の時間だ。美由希は…』

 

 

『俺が残るよ。父さんと兄さんは先に行ってて』

 

 

翔が二人に言う

二人は、翔の言葉に従うことにする

 

 

『わかった。俺たちは先に戻るからな?』

 

 

『目が覚めたら、引きずってでも連れてこい』

 

 

『了解』

 

 

上から士郎、恭也、翔である

 

当然恭也の言葉は冗談であり、翔はそれに乗っただけである

三人は笑いあい、そして士郎と恭也は修練場を去った

 

翔は美由希が寝そべっている近くに腰を下ろす

 

 

『…気持ちよさそうな寝顔しやがって』

 

 

翔の視線の下で、美由希がすやすやと寝ている

少し頭にくる

 

こちらは成長速度が速いとかで、士郎にも恭也にも本気で斬りかかられるというのに

美由希は…

 

 

『…』

 

 

『イタッ』

 

 

起こしてしまった

つい、美由希のおでこに凸ピンしてしまった

 

美由希はおでこを抑えながらがばっ、と起き上がる

 

 

『起きたか?』

 

 

『翔ちゃん…?あ!また私のおでこに凸ピンしたでしょ!やめてよ、あれ意外と痛いんだから!』

 

 

『気が向いたら』

 

 

『何よそれ~!』

 

 

軽い言い合いをする二人

そして、翔は立ち上がる

 

 

『立てるか?そろそろ夕飯だと』

 

 

翔が言う

 

美由希は立とうと足に力を入れ…抜いた

そして、何か考えるようなそぶりをして

 

 

『ん』

 

 

両手を翔に向かって上げた

 

 

『…その手は?』

 

 

『おんぶ』

 

 

『甘ったれるな』

 

 

再び凸ピン

 

 

『たっ!もう、翔ちゃんのケチ!』

 

 

『ケチで結構』

 

 

もう、美由希に構わない

そのまま翔は修練場の出口に向かっていく

 

 

『あ、待ってよ翔ちゃん!』

 

 

美由希は慌てて立ち上がり、翔を追いかける

やはり、立てたか

 

美由希は翔の隣に並ぶ

修練場の外に出て、翔は戸を閉めて鍵をかけた

 

そして家へと歩いていく

 

 

『…どうした?』

 

 

翔が美由希に問いかける

美由希がこちらを心配げに見つめてくるのだ

 

 

『…明日行くんだよね』

 

 

美由希がぽつりとつぶやいた

 

明日、翔と恭也はとある仕事をしに行くのだ

いつもなら美由希も共に行くのだが、今回の仕事は美由希にとっては危険すぎた

 

なら、なぜ翔は良いのかというと、当然翔の方が強いからだ

 

はっきり言って、美由希の成長スピードは速い

それは、恭也と比べてもそうなのではと思えるほど

 

だが、翔はそれ以上なのだ

 

剣を修行し始めて今だ10年たたない

それでも、翔は恭也と互角に打ち合えるほどまで成長している

 

3歳の頃から剣を握り、仕事もそこそこの数こなしてきた恭也とだ

 

だからこそ、翔は行ける

 

 

『大丈夫だって。兄さんだっているし、それに俺は美由希よりも断然強いぞ?』

 

 

にやりと笑みを浮かべながら翔は言う

 

翔の成長スピード

それは、御神最強の剣士だった、御神静馬に匹敵するのではと士郎が考えるほどのものだ

 

だからこそ、士郎は翔を行かせる

 

行かせてしまったのだ

 

 

『心配するな。絶対帰ってくるから』

 

 

翔は美由希の頭を優しくなでる

美由希は、少し黙り込んでから

 

 

『…うん』

 

 

こくりと頷いた

 

それを見て、翔は頭から手を離す

 

 

『じゃ、とっとと飯食いに行くぞ。早くいかないとなのはがうるさくなるだろうし』

 

 

『…そうだね!』

 

 

二人は家の中へと入っていく

これは、翔の記憶、翔の夢

 

そして、これは翔が剣を諦めるきっかけとなる事件の3日前の出来事だった

 

 

 

 

 

 

 

「…夢か」

 

 

翔はゆっくりと目を開けた

その瞳に日差しが入り込む

 

思わず目を瞑り、そして手を当てて抑えながら目を開ける

そして、起き上がった

 

 

「お、起きておったか」

 

 

と、声が聞こえてきた

 

翔はその声が聞こえてきた方へと目を向ける

そこには

 

 

「おばば?」

 

 

おばばがいた

 

というより、日がずいぶん昇っている

寝坊、したようだ

 

 

「おはよう、ございます…」

 

 

翔は目をこすりながらおばばに挨拶をする

 

 

「少し用がある。すずを起こしてくれ」

 

 

 

 

 

おばばの言葉通りにすずを起こす

そして、お茶を入れ、おばばに渡し、ベランダに座って話を聞くことにする

 

 

「それでどうしたのおばば?用って何?」

 

 

「…まあ、まずこれを問わせてもらおうかの」

 

 

少し考えたおばば

そして、手に持っていたお茶を置き、口を開いた

 

 

「婿殿がこの島に流れ着いてはや3ヶ月。今まですずの言う通り黙って見守ってきたが…」

 

 

そこでおばばは一度言葉を切る

そして、おばばはびしっと指を翔に向ける

 

 

「おぬし!いつになったら結婚するんじゃ!?」

 

 

「け、結婚!?」

 

 

「…あぁ」

 

 

結婚

翔は思い出す

 

そういえば、そんな話があったなと

 

だが

 

 

「嫌ですよ。俺は16歳。このしまではどうかわかりませんが、外の世界では結婚できない年齢なんです。外の世界で育ってきた俺には結婚なんて無理というか…嫌です」

 

 

「なんと…」

 

 

無理ならまだしも嫌と来た

おばばはこれには呆気にとられてしまう

 

…ならば

 

 

「惚れたおなごはできたか?」

 

 

「惚れた?」

 

 

「っ!」

 

 

すずがびくりと震える

翔は視線を上げて考え込む

 

すずは頬を染め、それでいて心配げに翔を見る

 

 

「一人だけ特別、というのは…。すずですね」

 

 

「おぉ!」

 

 

「ふぇぇ!?」

 

 

翔の答えを聞き、おばばは歓喜しすずはぼふっ、とさらに頬を染める

 

 

「ですけど、惚れたというのは…、違いますね」

 

 

「「…」」

 

 

二人のテンションが下がった

 

本当に

本当にこの男は…

 

 

「たまなし野郎め…」

 

 

「たまなし…?」

 

 

「何だと老いぼれ」

 

 

何ということでしょう

おばばが翔に対してたまなしと言っているではありませんか

さらに翔はおばばに対して老いぼれと言っているではありませんか

 

そしてすずがたまなしの意味が分からず首を傾げているところに匠の遊び心を感じますね…

…すいません

 

 

「おぬし、すずが特別というのならそれは惚れたということではないのか?」

 

 

「すずが特別というのは認めますが、惚れたというには少し違う気がします」

 

 

まだ、恋愛感情は持っていない

 

まだ

 

 

「…そうか」

 

 

おばばは考える

 

今日ここに来たのは、とある競技を開催しようとしていたのだ

だが、翔はおばばが思っていたよりも進んできている

 

…競技の開催は、止めておくか?

 

 

「…いや、やるか」

 

 

「何をです?」

 

 

おばばのつぶやきに対し、翔が問いかける

おばばはすっくと立ち上がる

 

そして

 

 

「これが、今日ここに来た本題じゃ」

 

 

おばばが言う

翔とすずは耳を傾ける

 

そして、おばばは言い放つ

 

 

「第2回、婿殿争奪杯を開催することにした!」

 

 

「「…」」

 

 

翔とすずが沈黙する

そして

 

 

「えぇえええええ!?」

 

 

「なんでそうなる!」

 

 

すず、翔がそれぞれ驚愕の声をあげる

 

 

「すでに村のものには伝えてある」

 

 

「…また鬼ごっこか」

 

 

翔が項垂れる

 

また、あの恐怖の鬼ごっこをしなければならないのか

そう考える

 

だが、それは違った

 

 

「いや、今回は狩り物競争じゃ」

 

 

「…借り物競争?」

 

 

「そうじゃ」

 

 

借り物競争

それを村の人たち全員でやる

 

…無理がないか?

 

 

「翔、知らないの?」

 

 

「え?」

 

 

翔の様子を見ていたすずが、翔は狩り物競争を知らないと判断する

その通りだ

 

 

「引いたくじに書いてあるコの指定された持ち物を狩るゲームなの。ただし、自分の持ち物を相手に奪われたら失格なの」

 

 

「あぁ…。借りじゃなくて狩りね…」

 

 

翔は自分の考えが違っていたことを悟る

 

要するに、持ち物の奪い合いということだ

 

 

「今回の競技は、くじに書いてある4人の持ち物を集めるのじゃ。他の者と獲物がかぶり、先にとられた場合はその相手自身の持ち物を奪って失格させることが出来る。狩った相手の持っていた戦利品は全て持っていくこと。ただし、得物以外の獲物は得点にはならん。そして指定されたものを全て集め、一番最初に西の大樟に手をついた者を優勝とする。ただし、全て集めたとしても大樟に触れるまでに奪われてしまえばそれは失格となる」

 

 

「…なるほど」

 

 

狩り物競争のルールを理解する翔

そしておばばは再び口を開く

 

 

「んで、優勝者には賞品として…。婿殿独占!二人だけで行く1泊2日の月見亭宿泊券を贈呈する!」

 

 

「だから、何で人の断りなしに勝手に決める!」

 

 

どうしてこうなった

 

 

「…?俺が優勝した場合はどうなる?」

 

 

「宿泊券は婿殿の物じゃ。当然、その券は使ってもらうぞ?」

 

 

「…そうですか」

 

 

だが、誰か特に知らない人と行くよりもましか

 

翔は優勝を目指すことにする

 

 

「…やる気になったようじゃの。ほれ」

 

 

「?」

 

 

おばばが翔に何かを差し出す

翔は無意識にそれを受け取り、目を見開く

 

おばばから受け取ったものは、花火だった

 

翔はとっさにそれを投げ上げた

 

投げ上げられた花火は、上空で爆発する

 

 

「では、狩り物競争の始まりじゃ!」

 

 

それと同時に。狩り物競争の開催が宣言された

 

 

「木刀がおぬしの持ち物じゃ」

 

 

「…2本持って行っていいですか?」

 

 

「いいじゃろう。ほれ、これが婿殿の獲物の一覧じゃ」

 

 

「了解です。すず、今回は手助けはいらないからな」

 

 

翔は駆け出す

それを、すずとおばばは見送る

 

 

「…今回は三か月前と違うぞ」

 

 

「え?」

 

 

おばばがふとつぶやいた言葉

すずは理解できずに聞き返す

 

 

「今は婿殿にまことに惚れている者もいる。なめてかかると痛い目に遭うぞ?」

 

 

言いながら、横目ですずを見る

そして、すずの獲物の一覧を渡すおばば

 

 

「…」

 

 

すずは一覧表を見ながら考える

 

翔に、惚れている人

 

 

(何でだろう…、何で…)

 

 

こんなにも胸が苦しいのだろう

 

 

 

 

 

翔は一覧表を見ながら駆け抜ける

 

翔の頭の上には、からあげの姿があった

翔が駆けだした時に、ついていくと言って頭に乗っかってきたのである

 

 

「…お」

 

 

翔はわずかに声を漏らす

 

理由は、一覧表に書かれていた翔の4つの獲物の内容だった

僅かに三日月形に唇を歪ませる

 

翔の一覧表に書かれた得物

それは

 

 

 

 

 

 

<東西南北のぬしが持つメダル>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…上等!」

 

 

静かに、闘志を燃やす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで、三十一話でした
次回から本格的に狩り物競争が始まります!

果たして、優勝者は誰になるのか…


感想待ってます!


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第三十二話 狙って狙われて

今回は短いです
そして、出来がひどいです…

狩り物競争、書くの難しい…


遂に始まった、翔争奪狩り物競争

村中の人々が優勝を目指して動き出していた

 

そしてそれは、この人物も同じ

 

 

「ぷーぷー」

 

 

「え?翔の方に行かなくていいのって?」

 

 

すずが走りながら頭の上のとんかつに声をかける

 

 

「行かない。翔ってどこか、人の手を借りること嫌ってるみたいだし…」

 

 

三か月ずっと一緒にいたのだ

翔の性格だってわかり始める

 

仕事の時、翔はどこか人の助けを借りることを避けているようにすずは感じていた

 

 

「それに…、あ」

 

 

言葉を続けようとしたすず

そんなすずの目の前に人影が

 

その人物は

 

 

「あやね!?」

 

 

「すず!?」

 

 

あやねが現れた

すぐさますずは警戒態勢を取る

 

あやねは急に現れたすずに驚いて一瞬動きを止めたものの、すぐさま動き出す

すずに向かって駆け出した

 

 

「あやねも私のリボンを取りに来たの!?」

 

 

ここに来るまでに、すずは何人かに頭に着けているリボンを狙われていた

あやねもそうでないかと考える

 

だが、あやねはすずの後ろに回り込み…、背中に隠れた

 

 

「た、助けてすず!」

 

 

「うにゃ?」

 

 

おかしい

あやねは自分を狙っているのではないのだろうか

 

と考えているうちに、再び人影が

数は三

 

 

「あ!見つけたであやねー!」

 

 

「すずっぺもいるべ!」

 

 

ターゲット、ロックオン

 

 

「「「まてぇええええええ!!」」」

 

 

「うにゃああああああ!!」

 

 

「どうなってるのぉおおおおおお!?」

 

 

 

逃走、開始

 

 

 

 

 

 

 

 

すずがあやねと共に追いかけられているころ、翔は岩陰に隠れて様子を窺っていた

翔の獲物となるメダルの一人目の持ち主である、東の森のぬしを

 

 

「…気づかれてはいないか」

 

 

気配を消して様子を窺う

東の森の主、ぱんたろうは翔の存在に気づいてはいないようだ

 

ご機嫌そうに、食肉植物をみそにつけてもしゃもしゃ食べている

 

 

「…奇襲で行くか」

 

 

ここで時間をかけてはいられない

東の森のぬしは、今まで会ってきた北、南のぬしよりも圧倒的に弱い

 

ここで一気にメダルを取り、時間を稼ぐ

 

 

「…よし」

 

 

翔は岩陰から一気に駆け出す

ぱんたろうへと肉薄

 

 

“の!?”

 

 

ぱんたろうの目が見開かれる

翔の接近に気づいたときには、もう遅かった

 

翔は手に握られている木刀に徹を込める

そして、木刀を振り切り、ぱんたろうの背中へとぶつける

 

ぱんたろうは、抵抗すらできなかった

 

 

「…一つ目」

 

 

「お見事」

 

 

一つ目のメダルを取る

翔の様子を見守っていたからあげが翔を称賛する

 

もうぱんたろうには目を向けない

次は

 

 

「…南かな」

 

 

 

 

 

 

 

翔が一つ目の獲物を手に入れた頃、すずとあやねは逃走していた

 

あれから一度は撒いたのだ

そして、二人は手を組むことに決めていた

 

二人の獲物はかぶっていない

なら、いつものように争う必要も今の状況ではないからだ

 

そして手を組んだ途端、再び奴らに見つかってしまったのだ

 

 

「待てぇー!」

 

 

「待つだぁー!」

 

 

待てと言われて待つ人はいない

 

 

「ねえあやね。待てと言われて待つ人っているのかな?」

 

 

「さあね。だったらあんたやってみれば?」

 

 

…まさか

 

 

「やってみよ!」

 

 

作者は間違っているのだろうか…

すずが足を止める

 

急に止まったすずに驚く追いかける一同

すずのように、急には止まれずにすずを通り過ぎていく

 

 

「ぷー!」

 

 

そして、止まろうとした人たちの足に向かってとんかつが突進していく

目にもとまらぬ速さで突進し、追いかける一同の足を払っていく

 

結果

 

 

「いたたたた…」

 

 

「うぅ~…」

 

 

追いかける一同全員が転んでしまった

そしてさらに

 

 

「もんじろう!」

 

 

あやねが呼びかける

どこからともなくダチョウのもんじろうが現れ、追いかける一同の上に乗り、動きを封じた

 

すずとあやねは、動けずに悶える追いかける一同に黒い笑みを浮かべながらゆっくりと近づく

 

 

「うふふ…。私、得物はおはなちゃんだけなんだけど~…」

 

 

「私はかおりだけなんだけどねぇ~…」

 

 

何かを企んでいる笑み

そして、宣告する

 

 

「また狙われるのもめんどくさいし…」

 

 

「全員狩っちゃお~」

 

 

「ひ、人でなし~!」

 

 

これが、狩り物競争である

 

だが、誰も気づかない

 

この光景を、少し様子がおかしい蝙蝠が見守っていたことに

 

誰も気づかない

 

 

 

 

 

 

 

「…皆、腕を上げたわね」

 

 

ゴールである大樟

そこ木の下に、それはいた

 

まちだ

まちはそれぞれの場所に式神を向かわせ、様子を見守っていた

 

 

「おかげで楽しくなってきたわ…」

 

 

この村の住民の中では、圧倒的に一番強いまち

 

 

「いらっしゃい…、私の可愛い得物たち…」

 

 

その得物とは、一体…

 

 

 

 

 

 

「それにしても、翔様はどこにいるのかしら?まさか、あの大外れのくじを引いたのかしら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

まちの想像どおりである

翔は今、南の森にいた

 

南の森の主、しまとらが持っているメダルを取る

そのための戦いに、今、翔は勝ったのだ

 

 

「よく捕まえたにゃ~」

 

 

しまとらが翔を称賛する

 

闘い、というかゲームだった

 

しまとらに、大量の猫が変装する

そのなかに、本物のしまとらが混じる

 

同じ姿の猫の集団の中から、本物のしまとらを捕まえろ

これが、メダルを手に入れるための条件だったのだ

 

正直、翔に相性が良かった

 

修行を積み、気配を読めるようになっている翔はこのゲームを容易くクリアしたのだ

たとえどんなに数が多くても、距離さえ近ければ気配はつかめる

 

 

「じゃ、俺は次に行くんで」

 

 

「次はどこにするのかにゃ?」

 

 

翔はもう次の獲物へと向かおうとする

しまとらは、次の獲物はどこにするのかを問う

 

 

「西は誰なのか知りませんし…、西は最後にしようと思ってます。なので次は、北ですね」

 

 

「…あ、そういえば翔君、気を付けてにゃ」

 

 

「?」

 

 

次は北を狙うと答える翔

そんな翔に、しまとらは気を付けてと忠告する

 

翔は何を気を付ければいいのかわからず首を傾げる

そして、しまとらはその答えを告げる

 

 

「そこ、脆いから」

 

 

「…え」

 

 

翔は声を漏らす

 

しまとらの言葉に驚いたわけではない

 

しまとらが答えを告げた途端、翔が立っていたところが崩れたのだ

 

翔が立っていたのは川が流れている近く

翔は川へと落ちていく

 

 

「…まじかよ」

 

 

何か懐かしい感覚がする

そして思い出した

 

最初に鬼ごっこをした時も、川に流されたっけ

 

 

 

 

 

一方すずとあやねは昼食をとっていた

昼に魚を釣り、その魚を焼いて食べていた

 

と、急にすずは俯き、口を開いた

 

 

「翔…、今頃どうしてるかな…?」

 

 

川で流されています

 

 

「ご飯、ちゃんと食べてるかな…?」

 

 

食べていません

 

 

「あんた、過保護ね。翔さまだってお腹がすけば何とかできるわよ」

 

 

何もできない状況にあります

 

 

「そうだといいんだけど…」

 

 

出来ません

翔は今、何もできません

 

あやねは、もぐもぐと魚をかじっているすずを見つめて口を開く

 

 

「…聞きたかったんだけど」

 

 

「?ふぁに?」

 

 

「あんた、優勝したら、今回も放棄して翔様を助ける気?」

 

 

「え?」

 

 

前回、鬼ごっこの時、優勝したすずは翔と結婚する権利を放棄して翔を助けた

 

あやねは、今回もそうするのだろうかと気になったのだ

 

 

「…今回は」

 

 

すずは、俯く

 

わからないのだ

どうしたいのか

 

優勝したら…、翔と温泉旅行に行く?

 

 

「…ま、翔様もずいぶん島になじんできたし、あなたの助けなんていらないんじゃないかしら?」

 

 

「むっ」

 

 

なんだろう

あやねの言葉にカチンときた

 

 

「そ、そんなことないよ!その…、馴れ始めっていうのが一番危ないんだよ!」

 

 

「な、なによ急に…」

 

 

急に大声を出し始めたすずに戸惑うあやね

そして、筒に入れてある水をあおってから再び口を開く

 

 

「まったく。そんなに心配なら助けてあげれば?」

 

 

「う…」

 

 

詰まるすず

 

だが、腕を組んでまるで強がるように言い放つ

 

 

「い、いいんだもん!翔は手助けなんていらないって言ったし、ここは心を鬼にするの!」

 

 

そして、まるでやけになったみたいに魚を勢いよく齧っていく

 

 

「翔にはまだまだ私がついてないとダメダメだってことを教えてやるんだから!」

 

 

「…なに怒ってるのよ。あんた達、喧嘩でもしたの?」

 

 

すずの様子を見てそう思ったあやねが問いかける

 

 

「してないっ!」

 

 

「…はぁ」

 

 

何をムキになっているのだろう

 

あやねは思わずため息をついた

 

 

 

 

 

 

すずとあやねが話しているころ、翔は川で流されながらもどこかに上がれる場所はないか探っていた

丁度良く流れてきた丸太に捕まり流されていた

 

 

「…ないな。というかここ…」

 

 

上がれる場所がない

そして、翔は気づく

 

ここに見覚えがある

 

 

「あの時の大滝がある場所じゃないか…?」

 

 

鬼ごっこの時川に流され、滝で落ちた

その滝がもうすぐ見えてくるだろう

 

その前に何とかしなければ

 

 

「…そうだ、確か」

 

 

頭の中で思い浮かべる

この川の図を、思い浮かべる

 

 

「…この先に右に曲がれる場所がある。そこを曲がれば大滝を避けれるし、北の森にも行けるはずだ」

 

 

あの時とは違う

翔はこの島の地理を勉強していたのだ

 

そのまま流されていくと

 

 

「あれだ」

 

 

見つけた

二つに分かれている流れがある

 

そこを、右に曲がれば

 

 

「…くっ」

 

 

必死に漕ぐ

そして、何とか曲がることに成功した

 

 

「ふぅ…。もう少し行けば流れも緩くなるし、何とかなる…?」

 

 

何かの気配を感じる

これは…

 

狙われている

水中!

 

 

「くっ!」

 

 

木刀を抜く

それと同時に、水しぶきを上げながら巨大な魚が跳ねあがった

 

こちらに鋭い目を向け、大きな口を開けている

鋭い歯が、大量に生え並んでいる

 

 

「…!…!」

 

 

今の状況では上手く刀を振るえない

だが、食われるわけにはいかない

 

翔は臨戦態勢を取る

 

そして

 

 

「なっ!」

 

 

勢いよく魚がこちらに向かってきて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




翔君の実力上、東の主は余裕
南の主も、あのルールだと簡単に行くのは必然でした

次回はおそらく北の主との再戦…になるといいな…


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第三十三話 再戦して

何か戦闘が物足りない…

ま、まあ藍蘭島は戦闘がメインじゃないんだし(震え声)


翔の目の前で、巨大で凶暴な魚が大きな口をいっぱいに開けて翔を飲み込もうとする

翔は丸太にしがみついている片方の腕を離す

 

そして、腰に差してある木刀を抜く

 

だが、今の翔の体制では思うように体を動かすことはできない

 

島に来た時のように、あのシャチを気圧すこともできない

すでに翔はそれを試みていた

 

だが、この巨大魚はそれでも突っ込んでくる

翔の方が格が上なのにも関わらず

 

戦うしかない

 

 

「ちぃっ!」

 

 

翔はこちらに突っ込んでくる巨大魚に木刀を突く

命中した

 

だが、やはり上手く力が木刀に伝わらなかった

巨大魚は鯛性を崩し、一旦翔から距離を取ったものの、水中で翔のまわりを泳ぎ様子を窺っている

 

翔は軽く舌打ちする

 

どうする

どうする

 

考えているうちに、巨大魚は再び翔に襲い掛かってくる

今度は、翔の背後から

 

だが、翔には通用しない

気配を感じ取り、翔は振り返って木刀を振るおうとする

 

 

「なっ!?」

 

 

だが、振るわれた木刀は空を切った

巨大魚は体を捻らせて翔の剣筋をかわしたのだ

 

翔がこんな状況でさえなければ、剣筋を曲げるなどしていくらでも対処できただろう

 

何も、できない

試みようとはするが、上手くいかない

 

 

「っ!」

 

 

ならば

 

翔は、もう一本の木刀を取った

 

上手く力が伝えられない状況でも、全力で木刀に徹を込めて、巨大魚に突き付ける

 

そして

 

巨大魚は空中で気を失い、体制を大きく崩す

そしてそのまま落下

 

その先には、丸太にしがみついている翔

 

翔は避けきれず、巨大魚と激突した

 

 

 

 

 

 

すでに辺りは暗くなっていた

だが、その暗闇を満月の光が照らしていた

 

その中、すずは木の幹に寄りかかりながら眠気を我慢していた

 

 

「うにゃぁ…。お腹いっぱいになったら眠くなっちゃったねあやね…」

 

 

隣にいるあやねに声をかけるすず

だが、あやねはすずに返事を返さない

 

 

「あやね?」

 

 

疑問に思ったすずは、あやねの体を揺らす

だが、あやねは反応しない

 

つまり

 

 

「むっ、あやね寝てるの?ずるいよ、人には寝たら獲物とられるから寝るなって言っておいてさ!」

 

 

すずが憤慨するも、あやねは反応しない

 

 

「…いいもん!私も寝ちゃうもんねー!」

 

 

膨れてしまったすずは、寝ることに決めた

あやねが寝ているのだから、自分だって寝たっていいじゃないか

 

すずはすぐさま寝息を立てた

 

だが、その光景を見張っていた三人が、二人の頭上に

 

 

「ふふ…。寝てる寝てる」

 

 

「今がチャンスですの。今のうちに獲物を奪ってしまいますの」

 

 

「でも、なんか悪い気がするデスヨ…」

 

 

ゆきの、ちかげ、メイメイの三人が、二人の獲物を狙う…

 

 

 

 

 

 

 

ぱち、ぱち、と小さい弾けるような音がする

翔はゆっくりと瞼を開ける

 

視界に、輝く満月

 

 

「…俺は?」

 

 

頭を働かせる

 

確か、川に流されて、巨大魚に襲われて

撃退はしたものの、木を失った巨大魚が落下してきて、かわしきれなくて

 

 

「…!ここは!?」

 

 

翔はがばっ、と上半身を起き上がらせる

辺りを見渡す

 

一つの大きな気配もする

 

 

「ん、起きたか?」

 

 

「…北のぬし?」

 

 

翔が感じていた気配の主は、北のぬし、タイガだった

 

タイガは大きく口を開け、翔が撃退したあの巨大魚にかぶりつく

 

 

「ほれ。お前の分も焼いておいてやったぞ。食え」

 

 

「え?あ、いただきます…」

 

 

翔とタイガの間には焚き木が燃えていた

先程聞こえたはじけるような音は、この音か

 

そして、その火で小さな魚が二匹焼かれている

タイガが焼いてくれたのか

 

翔はお腹が減っていたので、遠慮せずにもらうことにした

 

毒とかそういうのはないだろう

何しろぬしなのだ

 

翔がメダルを狙っていることも知っているはず

 

そして、毒を盛って勝とうとするなど、東ならいざ知らず、北のぬしならばなおさらしないだろう

 

翔は焼き魚にかぶりつく

骨は器用に口の中で分けていき、吐き出す

 

 

「…あなたが助けてくれたんですか?」

 

 

翔は問いかける

 

巨大魚と激突してから記憶がない

 

 

「…俺を負かした貴様でも、水中では上手く動けんか」

 

 

「?」

 

 

何を言っているのかよくわからない翔

首を傾げる

 

 

「偶然流れてきた貴様を拾っただけだ。それに、貴様の傍にはこのタキタキタローが浮いていたしな」

 

 

タイガが言いながら巨大魚のものだと思われる骨を掲げる

というか、もう食べきったのか

 

翔は少し食べるペースを速める

 

 

「…一つ聞いていいか?」

 

 

「?はい?」

 

 

タイガが言葉をかけてくる

 

 

「貴様のその剣の腕。どこで身に着けた?」

 

 

「…」

 

 

ここまでストレートに来るとは思わなかった

それも、この状況でだ

 

翔は一瞬動きを止めるが、すぐに魚を食べる作業を再開する

 

 

「外の世界ですね」

 

 

「…質問を変えよう。どうやってその剣の腕を身に着けた?…貴様は一体、何なんだ?」

 

 

先程の質問が、外角低めへの直球ならば、今の質問はど真ん中への直球だ

 

つい、答えそうになってしまうのを抑える

 

 

「修行です、内容は教えられません。そして、何、ですか…」

 

 

何、と問われると困る

いや、ただの剣士だと言えばいい話なのだが

 

翔はこう答えることにした

 

 

「<御神の剣士>、です」

 

 

「…」

 

 

御神、と言われてもタイガにはわからないだろう

だが、翔は正直に答えた

 

何と言われようと、正直に答えた

これ以上答えるつもりなどさらさらない

 

 

「そうか」

 

 

タイガは立ち上がる

そして、座って未だもぐもぐと魚を食べている翔を見下ろす

 

 

「まあ、そんなことはどうでもいい」

 

 

「…は?」

 

 

どうでも、いい?

ならどうして聞いたというのだ

 

 

「西のがうるさいから聞いたが、やはりよくわからん。それに、俺にとって大事なのはこれだ」

 

 

タイガは翔に背中を向けて歩き出す

そして、少し開けた所まで行くと、再び翔の方へと向く

 

 

「貴様にリベンジする!さあ、剣を取れ。お前も、俺が持っているこれが欲しいのだろう?」

 

 

言いながら、タイガが腕に着けているメダルを翔に見せつける

 

翔は、魚の最後の一口を飲み込む

そして

 

 

「…はい」

 

 

タイガに返事を返し、立ち上がってタイガへと歩いていく

 

 

「…再戦、受けましょう。いえ、俺から申し込むべきものなのですが」

 

 

翔は腰の木刀を抜く

タイガも、拳を握ってファイティングポーズをとる

 

 

「…行くぞ、翔とやら!」

 

 

「…っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うふふ…、いたわ)

 

 

まちはとある崖の上にいた

まわりには、まちの式神が

 

そしてまちの眼下に、翔とタイガが対峙している

 

 

(どうやら間に合ったみたいね…)

 

 

まちが見守る中、二人は激突した

 

 

 

 

 

 

 

まず動いたのはタイガである

前回の対戦と同じだ

 

タイガは翔に向かって拳を突き出す

翔は体を捻らせてかわす

 

だが、目はタイガの拳から逸らせない

逸らしてはいけない

 

さらにタイガは連続で拳を突き出していく

かなりの速さで突き出される

 

その拳を、翔は全てかわしていく

 

 

「さすがだな…、だが前回とは違う!」

 

 

「っ!」

 

 

スピードが、上がった

翔の目がわずかに見開く

 

これは、かわしきれない

 

素早く判断した翔は、木刀を振るう

 

かわしきれない殴打を木刀で弾いていく

これで応戦していく

 

その上で、タイガに隙が出来ないか目を光らせる

 

 

「…っ!」

 

 

「ちぃっ!」

 

 

隙が出来た、と思い木刀を振るえばかわされる

そして再び拳の嵐

 

キリがない

 

翔は神速を使うことに決める

 

だが、わずかに懸念があった

 

タイガの長所は攻撃力と反応速度

さらにタイガは翔の神速を一度見ている

 

もしかしたら、反応されるかもしれない

 

 

(けど、神速を使わないと、北のぬしを倒すのは骨が折れる…)

 

 

北のぬしを倒しても、まだ西のぬしが残っているのだ

 

神速は確かに消耗が激しいものの、それでもこのままひたすら戦い続けるよりは消耗は少ないだろう

翔はそう判断する

 

神速に、入った

 

翔の目に入る世界が全てモノクロと化す

 

タイガの腕の振りが、スローモーションに感じられる

その間に、翔はタイガの後ろへと回り込む

 

そして、とった

 

翔は神速を解除

木刀に、前回と同じように徹の上級技、雷徹を込めて振るう

 

完璧だ

タイガは未だ腕を振り抜いている途中

 

これを避けることはできない

 

 

「…甘い!」

 

 

だが、その目論見は破られた

 

 

「この俺が、同じ手に引っかかるとでも思っていたのか!?」

 

 

タイガは、振り抜いている途中の腕とは違う、もう片方の腕を振るう

そして、翔の木刀と、タイガの腕がぶつかり合った

 

 

「っ!?」

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

タイガは苦悶の表情を浮かべて後退する

 

当然だ

翔は木刀に雷徹を込めていたのだ

 

タイガは前回この技で気絶した

 

そして、その気絶させられた技を腕に受けた

腕にはしる激痛は想像を絶する

 

 

「ちぃっ…」

 

 

「…」

 

 

だが、翔も驚いていた

確かに懸念はしていた

 

とはいえ、ここまで完璧に反応されるとは思っていなかった

 

翔とタイガは再び対峙する

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

沈黙がはしる

 

勝負はまだ続く

 

だが、互いにその勝負はどちらに傾くかはわかっていた

 

タイガは、一つミスをしていた

それは、翔の雷徹を防いでしまったことだ

 

翔の雷徹は内部に対して、単純計算で徹の二倍のダメージを与える

それを、道具も使わずに生身で防いでしまったこと

それがタイガの犯してしまったミスだ

 

もう、タイガの片腕は使い物にならない

恐らく、最低でも骨は折れているだろう

 

タイガは、翔と対峙している今、戦慄する

 

圧倒的存在であるぬし

そのぬしの強靭な体を、この少年はいとも容易く壊すことが出来るのだ

 

 

(…だが、勝負を投げることはせん!)

 

 

自分のプライドにかけて、勝負は最後までやり通す

 

タイガは腰を落とし、再びファイティングポーズをとる

 

翔は、木刀を鞘に戻した

勝負を諦めたわけではない

 

むしろ、本気で勝負に勝ちに行くため

 

 

「…うおぉおおおおおおおお!!」

 

 

タイガが雄たけびを上げながら翔に向かっていく

そして、同時に翔もまたタイガに向かって駆け出す

 

翔は、再び神速に入っていた

もう、消耗がどうこう言ってられない

 

全力を以てこいつを倒す

 

翔はタイガとの間合いを測り…、木刀を振り抜いた

 

御神流奥義、虎切

御神流の技の中で最上級の速度で切り裂く抜刀術

 

翔の獲物が木刀なため、殺傷能力が失われると同時に威力も半減してしまうのだが、翔はそれにさらに徹を込めて補った

 

これが、士郎が翔を御神静馬の再来とまで言わせられる理由でもある

習得することすら難しい奥義

その上に、さらに技を重ねることが出来るのだ

 

 

「かはっ…!」

 

 

恐らく、タイガはもう自分に何をされたのかすらわからない領域に達しているだろう

そのまま倒れていく

 

翔はタイガのその様子を眺める

 

そして、もうタイガが戦闘できない状態であることを確かめ、木刀を鞘に戻した

 

タイガに歩み寄り、腕に着けているメダルを取る

これで、残り一つ

 

後は、西のぬし

翔は、西のぬしの正体を正確には知らない

 

 

(…予想はできている。恐らく、あの人だろうな)

 

 

翔は、タイガから視線を移す

その視線の先には、崖が切り立っていた

 

 

 

 

 

 

「…ばれてるみたいだね、僕が西のぬしだってこと」

 

 

「…しかし、翔様」

 

 

翔が目を向けていた崖の上に、まち、そして西のぬしからあげがいた

 

まちが翔とタイガの対決を見ている途中、からあげがまちの隣にやってきたのだ

そして、決着がつき、からあげが立ち去ろうとした時、しょうの視線はからあげの方へと向いたのだ

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

睨みあう翔とからあげ

そして、からあげが口を開いた

 

 

「…ゴールの大樟」

 

 

「…」

 

 

翔は頷いた

この一言で、翔はからあげが何を言おうとしたのかを読み取った

 

翔は、その場から駆け出した

 

 

「…さてと、僕も向かおうかな」

 

 

からあげもまた、体を反転

目的地に向かう

 

 

「僕が戦うことで、彼の正体が少しでわかればいいんだけど…」

 

 

圧倒的才能を持っているにもかかわらず、未だ見習いの部類である剣士、翔

 

島最強のぬしであるからあげ

 

この二人の対決は、あと少しの所まで迫っていた

 

 

 

 

 

 

 




次回はいよいよ決戦です
文字数が増える、かもしれません
二部に分ける、かもしれません

ちなみに、翔が巨大魚を気圧せなかった理由は、あの巨大魚がそこまでの感性を持っていなかったためです
頭も悪いです
何かそういう見た目してますもんね


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第三十四話 改めて決意して

翔対からあげです

ほのぼのラブコメ小説とは思えない熱いバトルが、今、始まる…!(笑)


翔争奪狩り物競争

そのゴールである大樟

 

その場所に、からあげはいた

 

まわりには誰もいない

 

からあげは空を見上げる

 

もうすぐ、自分を倒そうと翔がやってくるだろう

 

どんな戦いになるかはわからない

もしかしたら、勝てないかもしれない

 

そんな思いが過る

 

だが、この戦いで少しでも、翔の正体に近づくことが出来れば

 

そう、翔は得体のしれない存在

人間にして、人間離れした存在

 

そんな存在を、そう容易くすずの傍に置いておくことなどできない

 

あの人の遺産を…

自分が守らなくてはならないのだ

 

 

「…来たね」

 

 

からあげの視界に、小さな影が映る

翔だ

 

さあ、確かめよう

 

彼が何者なのか

 

そして、もし彼がすずに害悪を与えるものだとすれば

 

全力で、排除する

 

 

 

 

 

 

 

翔は大樟の場所までやってきていた

その場所で、すでにからあげが翔を待っていた

 

翔はゆっくりとからあげがいる場所に向かって歩いていく

 

初めて見た時は、ただの鶏だと思っていた

だが、少しずつその印象が変化していく

 

からあげと会うごとに違和感を感じる

 

ただの鶏とは思えなくなっていく

 

あの隙のない立ち振る舞い

よく見てみれば、しっかりと体が鍛えられていた

 

そして、たまに見せる自分を警戒するような視線

 

あの視線は、南の森のぬしがたまに自分に向ける視線と同じだった

 

 

「…」

 

 

翔は気づいていた

からあげに警戒されていることを

 

からあげはすずを、とても大切に思っていることを

 

だから、翔はからあげに何もしなかった

 

大切な存在の近くに、こんな得体のしれない存在が来れば、誰だって警戒する

 

自分で自覚していた

 

そして今、からあげは自分を倒そうとしている

自分を見極めようとしている

 

翔はゆっくりと鞘から木刀を抜く

 

わかる

からあげの気持ちはよくわかる

 

だが、関係ない

 

今、自分は剣士になる

 

ここで、からあげを打ち倒す

 

争奪戦で優勝するとか、そんなことは今の翔の頭の中になかった

 

なぜだかはわからないが、ここでからあげを倒さなくてはならない

そう思えてならないのだ

 

 

「…行くよ」

 

 

「推して参る…」

 

 

この島に来てから三か月

実に二年ぶり

 

翔は、御神の剣士として剣を振るう

 

 

 

 

 

 

翔とタイガの戦いの時と同じように、まちは翔の戦いを見守っていた

 

いや、見ていることしかできない

 

あまりにも次元が違いすぎるのだ

 

島最強の主であるからあげはもちろん、翔の力が圧倒的すぎる

 

まちも、島の中では有数の実力の持ち主だ

だが、今目の前で行われている戦い

 

この中に、自分が入り込んでしまったらどうなるだろうか

 

考えたくもない

 

 

「…でも」

 

 

確かに、翔とからあげは圧倒的だろう

自分よりも強い

 

だが、それでも

 

 

「優勝するのは…」

 

 

背後に気配を感じる

その気配の持ち主は、自分が狙っている獲物の持ち主

 

 

「私よ…!」

 

 

メイメイ、しのぶ、ゆきのにすず

自分の獲物を持っている人たち

 

そして、あやね、ちかげ、りん、とおのさんまでいる

 

さて、行こう

 

こちらも、決戦の開始だ

 

 

 

 

 

 

 

今回の戦いは、同時に動き出した

 

翔の木刀とからあげのくちばしがぶつかり合う

 

木刀とくちばし

一般的に、勝つのはもちろん木刀だろう

 

だが、西のぬしであるからあげにそんな常識は通用しない

 

ぶつかり合った木刀とくちばしからぎりぎり、と音が鳴る

 

同時に距離を取る二人

そして、からあげはすぐさま翔に向かって跳びだす

 

そこから繰り出される無数の乱打

 

速さは北の主とほぼ同等のものの、正確さは圧倒的にからあげが勝っている

 

 

「しかし、いいのかな?」

 

 

「?」

 

 

からあげのラッシュをいなし続ける翔にからあげが声をかける

 

 

「この狩り物競争では獲物が奪われるのはもちろん、得物が壊れてしまっても失格になるんだよ」

 

 

「っ!」

 

 

なぜ、失念してしまっていたのか

翔は自分に叱咤する

 

翔が握っている木刀に、小さいものの無数のひびが入っていた

 

 

「飛鶏流!<風車>!」

 

 

翔が木刀に気を取られたその一瞬を、からあげは見逃さない

 

猛スピードで回転しながら翔に向かっていく

 

回転していることによって、明らかに通常の突進よりも威力は増している

まともに木刀で防いでしまえば、間違いなく木刀は折れてしまう

 

受け流してもいいのだが、それでも木刀への負担は免れない

 

この状況では、少しでも木刀への負担を減らしたい

正直、いつ折れてしまってもおかしくない

 

神速を使ってもいいのだが、北の主との戦いですでに使ってしまっている

 

使用時間はわずかだったものの、この戦いでも神速に頼ることになる状況は必ず出てくる

ここで神速を使う訳にはいかない

 

翔は、しゃがみこんだ

 

翔とからあげの背丈は、断然翔の方が高い

 

からあげは、先程地面に立っていた

つまり、先程の突進は、飛び上がってのもの

 

そこを利用する

 

しゃがみこんだ翔の頭上をからあげが通り過ぎていく

 

 

「なっ…!」

 

 

からあげはかわされたという事実に驚愕する

 

凌がれることは確信していた

だがそれは、木刀で受け流してだと予想していたのだ

 

翔はそのからあげの予想を上回った

 

からあげは空中で回転を止める

 

翔はそこを当然狙っていく

 

いくら身軽そうなからあげでも、空中で身動きを取ることはできないだろう

そう考え、翔は木刀に徹を込めて突き付ける

 

だが、からあげもまた翔の予想を上回る

 

 

「甘いよ、翔君!」

 

 

「!?」

 

 

からあげは、自分の二つの翼を力一杯はばたかせる

そして

 

翔の突きを、避けた

 

 

(まさか…!?鶏は飛べないはずじゃ…!)

 

 

正確には、飛べたとしても一メートルほどしか飛べない、だ

それでも、からあげは空中で思うように身動きを取った

 

からあげも、空を飛べるという訳ではない

だが、一度空中に来てしまえば、翼を操ってわずかながらも身動きが取れるのだ

 

 

(本当に、この島の生物は常識を壊してくれる…!)

 

 

たらりと汗を垂らす

 

強い

想像以上だ

 

さらに、得物である木刀が壊れそうであるこの状況

 

負けたくない

 

 

「…ねぇ翔君。一つ賭けをしようか」

 

 

「賭け?」

 

 

からあげがそんなことを話し始めた

翔は目を軽く見開いてしまう

 

何を言いたいのだろうか

 

 

「君がもし、この争奪戦に優勝できなかったら…、すずの家を出て行ってもらおう」

 

 

「っ」

 

 

…正直、いつか言われるのではないかと考えていた

 

からあげがすずを本当に大切に思っていることはわかっていたから

 

 

「すずが本当に君を気に入っていることは僕にもわかっているんだよ」

 

 

からあげは話す

 

 

「僕はね、あねさん…。すずの母親であるすずらんさんに卵の時から育ててもらったんだよ」

 

 

「え?」

 

 

すずの母親、すずらんというのか

からあげがすずと昔からすごしてきていることは見て取れるのだが、それがすずの母親の話までいくとは翔も思わなかった

 

 

「あねさんは僕の姉でもあり、強く鍛えてくれた師でもある。そんな僕にとってすずは姪っ子も同然なんだよ。あねさんがいない今、すずを守るのは僕の役目…。僕は君がすずを暮していい存在なのかどうか見極める義務がある」

 

 

「…」

 

 

「僕は、君のような得体のしれない存在をすずの近くに置きたくない」

 

 

はっきりと言われる

 

翔は、まだ誰にも御神のことを話していない

なぜここまで翔が強くなったのか

 

問われても誰にも答えていない

 

からあげにとって、それは気味が悪く思えるのだ

 

 

「…確かに俺は、あなたにとっては得体のしれない存在かもしれません」

 

 

翔は、からあげの言葉に答える

 

 

「…俺は、外の世界で怪我をしてたんです」

 

 

「?」

 

 

急に語りだした翔

からあげは不思議に思う

 

 

「もう、二度と戦場には出れない。そう言われた途端、剣を振る気持ちがまったく起きなくなって…」

 

 

「けど、君は今、その剣を振っている」

 

 

そう

翔は剣を振っている

 

 

「…すずのおかげなんですよ。こうしてまた剣を振ろうと思えたのは」

 

 

「すずの?」

 

 

なぜ、すずのおかげなのか

 

 

「俺が習得している<御神流>。誰もがなぜ剣を振る、と言われたらこう答えます。『大切な人を守るため』」

 

 

思い出す

すずの輝くような笑顔を見るたび

 

 

「俺、あいつを守りたいって…、そう思うようになったんです。だから今、こうして剣を握っている」

 

 

すずの笑顔を見るたび、何度もこの笑顔を守りたい

そう思うようになっていた

 

最初はただ世話になっている礼、そう思っていた

だが、今は違う

 

 

『いいかい、翔、美由希。今二人が握っている剣は、自分が守りたいと思う人のために振るう。そのための物だ』

 

 

剣を習い始めた頃

士郎に言われたこと

 

翔は今まで本気で守ろうと思える人がいなかった

 

そんな時に、すずと出会った

 

何かと自分に世話を焼いて

けど、どこか寂しがり屋で

なぜかはわからないけどすぐ機嫌が変わって

笑顔がとても寂しくて

 

 

「これはわがままなのかもしれない。でも…」

 

 

からあげは黙って耳を傾ける

 

初めて

初めて翔の本気の思いに触れる

 

 

「俺が、すずを守りたい」

 

 

「…そう」

 

 

からあげはそっと俯く

 

すずは、ずっと一人だった

と、思っているのはすずだけだろう

 

まわりから見れば、すずは一人ではないように見える

 

村に出れば慕われ

家でもとんかつ、そしてからあげ一家が見守っている

 

一人、というには恵まれている

だが、すずにとっては違った

 

すずは、誰にも甘えなかった

誰にも自分の本気をぶつけなかった

 

この島の誰にも、すずという存在を引き出すことが出来なかった

当然、からあげでも

 

いつからだろう

からあげはすずの本気を引き出すことは、この島にいる誰にも不可能なのだと悟る

 

翔が流れ着いたのはそんな時だった

 

翔は来て一週間も経たずにすずの笑顔を引き出した

 

初めて見た時は本当に驚いた

すずが、翔に甘えていたのだから

 

 

「…だったら」

 

 

その光景を見て、からあげは再び悟った

この少年ならば、すずの本気を引き出すことが出来る

 

もし、すずらんがいたら、この少年にすずを託していただろう、と

 

 

「僕を倒してみろ!」

 

 

 

 

からあげがこちらに向かってくる

そして

 

 

「飛鶏流!<木枯らし>!」

 

 

分裂した、そう見えるほどに速い

だが、スピードを信条にしているのはからあげだけではない

 

神速を、引き出す

モノクロの世界の中でも、からあげのスピードは凄まじいものがあった

 

だがそれでも、神速には到底かなわない

翔は木枯らしをかわしきる

 

 

「!ならば…!」

 

 

木枯らしはかわされた

だが、まだ技はある

 

 

「飛鶏流!<旋風>!」

 

 

からあげはその場で回転

すると、からあげを中心にして小規模の竜巻が起こる

 

その竜巻を利用し、からあげが翔に突進していく

だが、翔は未だ神速を解いてはいなかった

 

神速の領域にいる翔は、かわしきれないことを素早く判断

仕方ない

 

二本目を、抜いた

 

 

「なっ!?」

 

 

からあげは戦慄する

 

自分とのこの勝負

少なくとも、翔の全力を引き出せていると思っていた

 

だが、それは違うと、あの二本目の木刀が語っていた

 

翔は抜いた二本目の木刀でからあげを弾き飛ばす

もう片方の木刀では、壊れてしまう危険性があったからだ

 

 

「…二本目を使うことになるとは、本気では考えなかった」

 

 

「君は…」

 

 

汗を垂らしながら、からあげは翔を見据える

 

これが、翔の全力

 

 

「言いましたよね。俺が習っているのは、<小太刀二刀流>だって」

 

 

「!」

 

 

そういえば、質問した

翔の剣のことを

 

その時、確かに翔は言った

自分が使うのは、<小太刀二刀流>だと

 

あの時は翔が本当のことを教えてくれないだろうと高をくくって聞き流してしまっていた

 

 

「くっ!」

 

 

自分の迂闊さに舌打ちする

 

何が、翔が得体のしれない存在だ

 

翔は、ちゃんと答えていたではないか

 

わずかなものでも、ちゃんと…

 

 

「っ!それでも!」

 

 

纏わりつく雑念を、からあげは振り切る

この一撃で、決める

 

 

「止めだ!飛鶏流必殺!<疾風怒涛>!」

 

 

この一撃に、全てをかける

 

翔はからあげの動きを見て、右手に握っている木刀を鞘に戻し、すぐに抜刀

からあげの突進を払う

 

からあげの突進は止まらない

それでも、鈍らせることはできた

 

翔は神速に入ったまま、間髪おかずに後ろに回り込む

そこで、左手に持っている木刀を振り抜き二撃目

 

だが、ここで終わらない

 

さらに両手に持つ木刀を順に振り抜いて三撃目、四撃目

 

 

「…御神流奥義之六、<薙旋>」

 

 

ゆっくりとからあげが倒れていく

 

からあげに歩み寄り、翔はからあげがつけているメダルを取る

これで、得物はそろった

 

大樟の近くでは、すずたちが戦っていた

…戦いにしてはものすごく騒がしいが

 

 

「今のうちに…」

 

 

翔はぼそりとつぶやきながら歩き出す

 

その先は、当然ゴールである大樟

翔はすずたちに気づかれないように、足音を立てず、気配を消して大樟にたどり着き

 

 

「…ゴール」

 

 

小さくつぶやきながら、木の幹に手をつけた

 

 

 

 

 

こうして、狩り物競争の優勝者は誰にも気づかれずに決まった

 

争われる存在が、優勝という微妙な結末を迎えることとなったのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで、翔君の優勝となりました
次回は、女性陣の戦いをほんのちょっと

そして、お待ちかね(?)温泉回です!

となるのですが…
活動報告にて報告があります

まあ、そこまでのものでもないのですが、ここまでの更新ペースを考えたら報告した方が良いと思いまして


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第三十五話 優勝して

お久しぶりです!
いやぁ、寛いできましたよ!

二時に寝て
十一時に起きて
昼ご飯を食べて
出かけて
帰って
ゴロゴロして
夜ごはんを食べて
ゴロゴロして
風呂入って
ゴロゴロして
二次に寝て
エンドレス…

皆さまはどんな夏休みをお過ごしでしょうか?

では、、予定よりも一週間以上早い投稿です!


翔がからあげに勝利し、大樟に向かっているとき

すずとあやねは未だまちと戦っていた

 

途中から、メイメイ、ちかげ、りん、ゆきの、しのぶが戦いに参戦してきたのだが、まちの容赦ない攻撃によりすでにノックダウンしている

これで、まちのターゲットはすず一人となったのだ

 

 

「そろそろ観念したら?私に勝てると思ってるの?」

 

 

やや息を切らしながらすずに声をかけるまち

最初からずっと一対多の状態でまちは戦ってきた

疲労も相当なものになってきている

 

だが、それでもまだ余裕はある

すずとあやねを倒す自信はある

 

だからこそのこの言葉

 

実際に、すずとあやねの二人がかりでもまちに勝てるかどうかは怪しい

 

先程まで、七人という人数でまちに襲い掛かっていたものの、それでもまちを倒すことが出来なかったのだ

まちは、強い

 

それでも

 

 

「やだ!」

 

 

否定する

すずは、認めない

 

 

「翔と温泉に行くのは私だもん!」

 

 

絶対に、勝って見せる

翔と、自分以外の誰かが温泉に行く

 

そんなこと、考えるだけでも嫌なのだ

 

 

「そう…。なら、遠慮なく狩らせてもらうわ!」

 

 

すずの返答を聞き、まちは式神村正をすずとあやねに襲い掛からせる

 

おでこに角をはやし、腕には強靭な筋肉

竜のような胴体に、六枚三対の翼を生やしている

 

その村正は、すずとあやねに向かって腕を振るう

 

 

「うにゃっ!」

 

 

「くっ!」

 

 

すずとあやねは振るわれた腕を、しゃがみこむことでかわす

 

村正は逃がさないと、すずとあやねがかわした方向に向かってうでを振っていく

だが、当たらない

 

 

「何をしてるの村正!」

 

 

まちが焦ったように叫ぶ

 

余裕はある

 

だが、今の状況を見ると、村正がすずとあやねを捉えるには相当の時間を要することが目に見えてわかるのだ

 

それは、まずい

式神を使用する妖力が間違いなく足りなくなってしまう

 

そうなれば…

戦いに勝つ負けるの問題ではなくなってしまう

 

 

「ムガッ!」

 

 

村正も、ちょこまかと攻撃をかわすすずとあやねにイライラしてきた

一気に片をつけようと、動きのスピードが増す

 

 

「にゃっ!」

 

 

「ぶっ!」

 

 

すずは、あやねを踏み台にすることで跳んだ

そして、村正の背中をとる

 

 

「ムガァ!」

 

 

村正はすずを振り落とそうと腕、尻尾を動かすが、背中にいるすずに届かない

すずは、そのままおでこについている村正の角を引っ張る

 

 

「んにぃ~~~~~~っ!」

 

 

「ムガァアアアアアアアア!」

 

 

「!!いたたたたたたたた!」

 

 

相当痛むのだろう

村正が叫び声を上げる

そしてなぜか、まちも痛がっている

 

 

「!すず!そのまま村正の角を引っ張り続けなさい!式神を使用するには代償が必要だってまにゅあるに書いてあったの!お姉さまの代償は、感覚の共有よ!」

 

 

あやねの考えた通りである

まちが式神を使用するにあたり、出した代償は、式神との感覚の共有である

 

つまり、村正が痛いなら、まちも痛いのである

 

 

「う…にゃぁあああああああ!!」

 

 

痛みにより動くが鈍る村正

すずはそこをつく

 

角をつかんだまますずは村正の背中から飛び降りる

 

すずの体重が一気に村正に襲い掛かり、村正は体制を崩す

体制が崩されたことにより、村正の力が抜ける

 

そして、すずの足が地につき、それと同時にすずは村正を地面に叩きつけた

 

 

「ムガァっ!?」

 

 

「うぐぅっ!?」

 

 

村正、まちが痛みにより短い叫びをあげる

そして、まちは気絶し、村正は

 

 

「あ!ホウキがもとに戻った!」

 

 

元の箒の状態に戻る

まちの式神である村正は、元々箒だったのだ

 

すずの最後の獲物は、その村正なのだ

すずは村正をとり、大樟に向かっていく

 

 

「…え!?」

 

 

「ほほほ!よくやったわすず!これで優勝は私よ!」

 

 

駆け出したその瞬間、すずの手から村正がなくなった

 

前方には、その手に村正を持ち、もんじろうに乗って大樟に向かっていくあやねが

 

 

「あーーーー!」

 

 

すずは慌てて追いかける

だが、さすがのすずでももんじろうに追いつくなど到底不可能

 

差はどんどん広がっていく

 

 

「あ…」

 

 

あやねの手が、大樟につく

 

これで、あやねの優勝だ

 

翔との温泉

目の前まできていたというのに

 

絶望が心を包もうとした

その時だった

 

 

「きゃぁっ!?」

 

 

「?…!?」

 

 

あやねの頭上から、みちるが落ちてきた

あやねはみちるの下敷きになり、もんじろうと共に気絶する

 

そして、みちるも落ちた衝撃により気絶

 

 

「…」

 

 

すずは呆然とする

 

無言のままあやねの所まで歩き、村正を手に持つ

 

 

「まち姉のホウキ、しのぶちゃんの木刀…。昨日狩ったおはなちゃんとよりちゃんのリボン…」

 

 

少し釈然としないが、すずの獲物四つがすべてそろった

これで、大樟に手を着けば

 

 

「やったぁ!優勝だぁ!」

 

 

すずは、喜びの声をあげながら手を大樟に着ける

 

 

「ぷー!」

 

 

頭の上のとんかつも、声をあげながら両耳を振って喜びを表す

 

だが、優勝はすずではなかった

 

 

「残念じゃが、おぬしは負けじゃ」

 

 

「ええっ!?」

 

 

いつのまにここに来ていたのか、おばばがすずに申告する

すずはがーん、と効果音がつきそうな具合でショックを受ける

 

 

「おしかったの、あと一息じゃったのに」

 

 

「だ、誰が優勝しちゃったの!?」

 

 

一体誰が優勝したのだろうか

翔は、誰と温泉に行くのだろうか

 

気になるすずはおばばに問い詰める

 

 

「ほれ、そこじゃ」

 

 

「え?」

 

 

おばばはすずの問いに対し、すずを指さした

すずは、おばばが向けている指が微妙に自分の立っている位置とずれていることに気づき、後ろを差しているのだと悟る

 

振り返ると、そこには

 

 

「ごくろーさま…」

 

 

「し、翔!?」

 

 

どこか苦笑いを浮かべながら座っている翔が、そこにいた

 

 

 

 

 

ゴールした翔は、すぐに傍で行われている激しい戦いに目を向けた

自分が優勝したことを教えようとしたのだ

 

だが

 

 

「…入り込める隙がない」

 

 

いや、入り込もうとすればいけるのだ

神速でもなんでも使えば、あの戦闘を止め、自分の優勝を報告できるだろう

 

なら、なぜ翔は入り込めないと思ったのか

 

すずたちの表情である

鬼気迫るというか何というか…

 

ともかく、この戦いに勝つことに全てを賭けている

そんな風に思えるほど、気迫がこちらに伝わってくるのだ

そんな戦い、止めることなどできやしない

 

 

「…」

 

 

無言で、翔は大樟の幹に寄りかかって座る

 

こうした経緯で、翔はすずたちの戦いを見守ることにしたのだった

 

 

 

 

 

 

「というわけで、優勝は婿殿となったわけなのじゃが…」

 

 

おばばが、狩り物競争に参加した全ての人に、優勝者は翔だということを報告する

そして、翔以外は気づかなかっただろう

 

小さく表情を歪め、小さくつぶやいた

 

 

「ちっ…。なに優勝しとるんじゃ…。このすっとこどっこいが」

 

 

「なんだとばばあ」

 

 

そして、翔のこの言葉もおばば以外には聞こえなかっただろう

 

この言葉の応酬が行われていた時も、まわりでは拍手が沸き起こっていたのだから

 

 

「で、誰と温泉に行くんじゃすっとこどっこい」

 

 

「ばばあ…」

 

 

今度は容赦なく翔に毒舌をかけるおばば

そして、翔もまた、容赦なく応戦する

 

まわりは、すっとこどっこいのことが分からず首を傾げている

 

 

「…」

 

 

ともかく、優勝したのは翔だ

 

この競技は、翔争奪ということで、優勝した者は翔と一緒に温泉に行くというご褒美をもらえる

だが、何度も言うが優勝したのは翔

 

翔が優勝した場合は、温泉に共に行く人物を決める権利をもらえる

 

ちなみに、温泉に行くことは決定事項である

 

 

「…じゃぁ」

 

 

少し間を置いて、翔は口を開く

 

共に温泉に行く人

 

といっても、もう決めていたのだが

 

 

「「「「「「「…ええええええええええええぇぇぇぇぇ!!?」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

ここは月見亭

からくり人形であるさくや女将を務める温泉旅館である

 

 

「ようこそ月見亭へ」

 

 

その月見亭に、二人の客が来ていた

今日は、旅館はその二人で貸し切りである

 

 

「お疲れでしょう。今朝まで何か大会があったそうで」

 

 

「…まぁ、かなり疲れましたね」

 

 

さくやの優しげな声で問いかけられる

その問いに答えたのは翔である

 

貸し切り客の一人目は翔である

 

そう

狩り物競争優勝者に贈られる温泉旅行の券

 

その温泉旅行の行先は月見亭だったのだ

 

 

「それでは、今夜のお布団はおばば様の言う通り、一組ということでよろしいですね?」

 

 

「よろしくないです。二組にしてください」

 

 

部屋のふすまを開けながら、さくやが悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う

その言葉に、翔は黒い感情を浮かべながら冷静に反論する

 

また、あの老いぼれめ…

 

 

「では、本艦はお二人の貸し切りとなっておりますので、ごゆるりとおくつろぎください♪」

 

 

(楽しんでるなこの人…)

 

 

ご機嫌そうに言うさくやを見て、確信する翔

さくやは、楽しんでいる

間違いなく

 

 

「あ、それと…」

 

 

「?はい?」

 

 

ふすまを閉めようとしたさくやは、動きを止めて再び口を開く

 

 

「決して邪魔者は立ち入らせませんので、安心してください♡」

 

 

「…」

 

 

その言葉を残して、さくやは去っていった

閉められたふすまを少し眺め、その後翔は隣にいる人を見る

 

頬を少し染め、落ち着かないのかわずかにそわそわしている

 

 

「…どうした?すず?」

 

 

その様子を見て、気になった翔が問いかける

問いかけられたすずは、驚いたのかびくりと体を震わせる

 

 

「え!?え…、何でもないよ!?」

 

 

「…そうか?」

 

 

何でもないようには思えない

すずの膝元にいるとんかつも、どこか呆れた風にすずを見ている

 

 

そう

優勝した翔が選んだのは

 

 

「…」(そわそわ)

 

 

すずだった

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりの投稿
感想楽しみにしています!

それと、活動報告にアンケートを載せます
どうか見て行ってやってください


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第三十六話 旅館にて

三十六話目ですー
どうぞー


狩り物競争に優勝した翔

すずを共に温泉に行くパートナーに選んで、月見亭に来ていた

 

その翔は、自分の隣で何故かそわそわしているすずに疑問を感じながらお茶をちびちびと飲んでいた

 

翔が今、座っている場所は、振り返ればふすまが開かれていて、外の景色がよく見える場所

 

そして翔は、ふと何かに気づき振り返る

そこには、外の景色が広がるばかり

森が生い茂っていた

 

 

「…」

 

 

翔はじっと景色を、ある一点を眺める

そして

 

 

「…はぁ」

 

 

ため息をついたのだった

 

どうやら、温泉旅行でリラックスというのは難しそうだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう?二人の様子は?」

 

 

月見亭から少し離れた所

森の中に、それらはいた

 

 

「今、午の間で茶をすすっているでござるが…。師匠がこっちを見ていたでござる」

 

 

「え!?それって、こっちに気づいたってこと!?」

 

 

あやねの問いに答えたしのぶ

そしてしのぶが、翔がこちらを見ていたことを口にする

 

ゆきのが驚く

何しろ、この場所は月見亭から離れている

人間が自分たちを見つけることなど不可能なはずなのだ

 

 

「いえ、ただ景色を見ていただけなはずですの」

 

 

「さすがの翔様も、それはむりよ」

 

 

ちかげとまちが、それぞれさすがにそれはないだろうと言う

いや、実際ありえないのだ

月見亭からこの場所を特定するなど

 

 

「しかし、まさかだんなが相手を選んで温泉に行くなんてな~…」

 

 

当初、島の住民全員は、翔は断ると予想していた

 

他の人が優勝し、誘われて行くならそれは強制で仕方ないと翔は行くはずだが、自分が優勝し、相手を選ぶ権利を得た

それでも、優勝したのは自分だ

なら、温泉に行く行かないを決める権利をくれてもいいだろうとかなんだの言って断ろうとすると皆は予想していたのだ

 

 

「で、でもすずさんなら大丈夫デスよ。普段から一緒なわけデスし…」

 

 

メイメイが言う

だが、それは違う

 

 

「だから余計に気になるのよメイメイ。いつも一緒なはずのすず姉を何で誘ったのか…」

 

 

そう

いつも一緒のすずを、翔は温泉に誘った

 

そこが、気になるのだ

 

 

「それよりも、これからどうするでござるか?」

 

 

そんな時、しのぶがこれからどうするかを問いかける

その問いに、あやねが

 

 

「まぁ、メイメイの言う通りあの二人は恋愛に疎い。とりあえず今はこのまま見張ってましょ」

 

 

と、答えた

 

 

「そんな悠長なことを言っていていいのですか…?」

 

 

そんなあやねに待ったをかける

ちかげだ

 

 

「何よちか姉。意味深なこと言って」

 

 

何でそんなことを言うのか

ゆきのがちかげに聞き返す

 

 

「あら、誰もあの月見亭の伝説についてご存じないのですか?」

 

 

「「「「「「伝説?」」」」」」

 

 

ちかげが口にした、月見亭の伝説

そのことについて、ちかげ以外の六人が聞く

 

 

「この月見亭で四年に一度、葉の月の満月の夜に、男女かっぷるが二人っきりで入浴すると夫婦になれる…。そんな伝説ですの」

 

 

「「「「「「えぇっ!!?」」」」」」

 

 

六人が驚愕する

そんな伝説が、あの月見亭にあったとは

 

いや、そんなことより

 

 

「その話、本当なのか!?」

 

 

「いえ…。この話はお母さまから聞いたのですが、当時この話は誰もが知っていて、その日はいつも温泉は満杯で誰も事実かどうかわからなかったそうですわ…」

 

 

りんが、ちかげが話した伝説が確かなのかを聞く

だが、ちかげは伝説が確かなのかはわからないのだ

 

 

「でも、今夜はちょうど葉の月の満月の日…。島の生き字引であるおばばがこの日の前日に大会を開いたのは偶然とは思えないわ…」

 

 

そう

この伝説を、あのおばばが知らないはずがない

 

この島で、一番高齢で一番物知りなあのおばばが

 

 

「くっ!さっきから妙に夜が近づくにつれて温泉から霊気が大きくなっていると思っていたら、そういうことなのね!」

 

 

ばっ、とまちが草陰から飛び出す

そのまま、月見亭に向かって駆け出していく

 

 

「お姉さま!?」

 

 

「何としてもあの二人の入浴を阻止するのよ!」

 

 

まちが先導し、そしてそのほか六人もまちについて走り出す

だが

 

 

「そうはさせません」

 

 

「っ!さくや!」

 

 

七人の前に立ちはだかる人…物?

月見亭女将、さくや

 

 

「当館は貸し切りとなっておりますので…。招待されていないお方は、どうかお引き取り下さい…」

 

 

「そう言われて、素直に帰れると思って…?」

 

 

さくやが追い返そうとする

だが、七人は絶対に帰らないと決める

 

大会で体はへとへとだ

それでも、翔とすずがこのままではくっついてしまう

 

そんなことは嫌なのだ

 

 

「行くわよ!」

 

 

「ふふふ…。久しぶりに腕が鳴ります…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さくやが害虫(人)掃除をしていたころ…

 

 

「はい、飛車取りー」

 

 

「なっ…」

 

 

翔とすずはほのぼのと将棋をさしていた

どちらが優勢かは…、読み取ってほしい

 

 

「く…。すずはやっぱり強いな…」

 

 

翔が次の一手をさす

その翔を、すずはじっと見つめる

 

 

(…どうして翔は、せっかく優勝したのに私を誘ったんだろう?)

 

 

すずは次の一手をさしながら思考する

 

すずも、当然翔が断ろうとすると予想していた一人だ

そして、もし断るのが不可能だったとしても、一人で行くと言うと予想していた

 

だが、翔は自分を誘ってここ月見亭に来た

 

 

『二人きりの一泊旅行は、まさに婿殿を落とす絶好のちゃんすじゃ』

 

 

大会が開催された直後、おばばがにやつきながら言っていた言葉

 

 

(!?まさか…!翔が私なんかを…!?)

 

 

「すず…」

 

 

「!?は、はい!?私の番!?」

 

 

声をかけられたすずは、びくっ、と体を震わせながらも何とか翔に返事を返す

 

翔は、何とも珍しく、しょんぼりとしながら言う

 

 

「…投了。てか、早くとどめさせよ…」

 

 

「あ」

 

 

盤上

翔の駒は、王一つになってしまっていた

 

すずは王を殺さず、まわりからじっくりじっくりと…

…恐ろしい

 

 

「ぷー…」

 

 

そんな時、二人の傍らにいたとんかつが、力のない声をあげる

それと同時に、鳴り響く、くぅ~。という音

 

それがお腹の音だとわかるのはそう時間はいらなかった

 

 

「ん、とんかつ、お腹すいたのか」

 

 

どうせなら、とんかつのおやつと一緒に自分たちのおやつもお願いしよう

翔とすずはふすまを開けて、顔をひょこっと出しながら大きく声を出す

 

 

「さくやさーん!小腹がすいたので、おやつもらえませんかー?」

 

 

「私、特大温泉まんじゅー!」

 

 

二人の声が、響き渡る

だが

 

 

「…あれ?」

 

 

さくやからの返事がない

 

 

「…外?」

 

 

翔は、さくやの気配が外からすることに気づく

それと同時に、その他の存在

森から感じていた気配が、近くまで来ていることも感じ取る

 

 

「さくやさーん」

 

 

翔はさくやを呼びながら、ふすまの外を見る

だが、そこにはさくやはいなかった

 

 

「はーい!今いきまーす!」

 

 

と、さくやの声が聞こえてきた

翔はふすまに寄りかかりながら座る

 

 

「やれやれ。さくやさんは何をやっているんだ…」

 

 

「さくやさんも、きっと忙しいんだよー」

 

 

さくやは一体何をしているのだろうか

今日は自分たちで貸し切りのはず

 

外から感じるこの気配は何なのだろうか

なぜ、来ているのだろうか

 

 

「…ねぇ翔?怪我とか…、しなかった?」

 

 

「怪我?…あぁ、ないよ。心配しなくていい」

 

 

急に、すずが心配げにこちらを見ながら問いかけてきた

不思議に思う翔は、この温泉に来ることになった理由を思い出す

 

すずは、大会中に怪我をしなかったかと聞いてきたのだ

 

だが、翔は怪我一つない、とは言えない

 

あの、川に流された時のことだ

 

大きな怪我はないとはっきり言えるが、まったく怪我がないというのは嘘になる

 

 

「そっか…。よかったぁ…」

 

 

「…」

 

 

安心し、ほっと息をつくすず

そこまで心配してくれるとは

 

いや、自分たちは家族なのだ

心配するのは当然だ

 

 

「そう言うすずこそ、怪我しなかったか?」

 

 

自分だって心配なのだ

すずが、どこか怪我をしていないか

 

すずは、無理をする面があるから心配だ

 

 

「うん、大丈夫だよー」

 

 

「…ほんとか?」

 

 

「ほんとだよー。心配しないで?」

 

 

すずは、大丈夫じゃなくても大丈夫と言う時があるからそうぽんぽんと信じるわけにはいかない

まあ、今回は本当に大丈夫そうなので、疑うのはここでやめる翔

 

 

「でも、翔はからあげと戦ったんだよね?本当に怪我しなかった?」

 

 

「あぁ、本当に大丈夫だから」

 

 

今度は、すずが翔を疑い始める

 

翔が、すずはよく無理すると思っているように、すずも翔はよく無理すると思っているのだ

 

あの、地震によって鍾乳洞に落ちた時

翔は捻挫、さらに肋骨を折っていた状態で自分を助けてくれた

 

本当に、翔は無茶をする

 

 

「なら、良いんだけど…」

 

 

「本当に、大丈夫だか…」

 

 

翔が、もう一度大丈夫だと伝えようとしたその時、動きが止まった

 

 

「どうした…」

 

 

すずも、動きを止める

 

すずは、翔に何度も何度も確かめていくうちに、だんだんと翔に近づいていっていたのだ

そのことに、すずも、翔も気がつかなかった

 

いつのまにか、すずの顔が、翔の顔が目と鼻の先にあるという状態

 

動きが停止してしまってもおかしくはない

 

 

「…」

 

 

「えっと…」

 

 

戸惑う二人

 

だが、何故か

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

まるで、ここからどういう風にすればいいかわかっているみたいに

 

二人の顔が吸い寄せられていく

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

鼻がつき、そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい!お待たせしました、温泉まんじゅうでーす!」

 

 

「「っ!!!!!!!?」」

 

 

同時に、ばっ!と離れる二人

 

 

「?」

 

 

さくやは、首を傾げながら様子がおかしい二人を見る

 

二人は、自分が入ってきたと同時に離れた

そして、二人は同じように耳まで真っ赤になっている

 

そこから導き出される答えは…

 

 

「…お邪魔でしたか?」

 

 

「いえ!そんなことはありません!」

 

 

いや、さくやの答えは当たっていた

 

のだが、翔はそれに気づかない

なぜなら、どこかホッとしていたのだから

 

だが、同時に翔は他のことに気づいていなかった

 

まず一つは

 

 

「…むぅ」

 

 

どこかすずが不満げな表情をしていたこと

 

そしてもう一つは

 

 

(本当に危なかった…。このまま流されて…、とかダメすぎだからな…。…でも、何か…、おかしいな?)

 

 

どこか、おかしい

これは…、残念?

 

 

「まあ、そんなに焦らなくても大丈夫ですよ♡夜は長いんですから…」

 

 

「だから違いますって!」

 

 

「…」

 

 

すずは俯きながら唇を尖らせる

翔と違って、すずは今、残念がっているというところまでは自覚していた

 

だが

 

 

(…なんで私はこんなに残念がってるんだろ)

 

 

そこまではわかっていなかった

 

 

「…?」

 

 

「……!」

 

 

と、そこで翔とさくやがぴくりと動いた

先に気づいたのは翔

それでも、先に動いたのはさくやだった

 

さくやは翔の目の前を横切り、ふすまの外を見下ろす

 

 

「言いましたよね~…」

 

 

「…!」

 

 

さくやは、何かをつかんで飛び上がった

 

 

「本日は貸し切り~…」

 

 

「…?」

 

 

その過程で、翔は見た

 

さくやがつかんでいたのは、ロープ

そして、それを使っていたのは…

 

 

「ですってぇ!」

 

 

さくやはロープを投げ上げた

そして、そのまま地面に着地

 

 

「…っ」

 

 

「おぉっとぉ!屋根に何やらゴミが!」

 

 

翔が屋根を見上げようとしたその時、さくやが叫びながら再び飛び上がった

 

屋根に上がったさくやは、何かをポイポイと投げ上げていく

 

 

「気にしないで、お二人はゆっくりといちゃついていてください♪」

 

 

「げふっ!」

 

 

「…」

 

 

最後の悲鳴は忘れておこう

 

 

「…すず、まんじゅう食べてて。俺、ちょっと出てくよ」

 

 

「?どこ行くの?」

 

 

翔は立ち上がり、部屋から出ようとする

すずは、どこに行くのかを聞く

 

 

「いや、すぐに戻ってくるから。食べたかったら、俺の分も食べてていいぞ」

 

 

翔はそう言い残し、部屋から出た

すずは翔が出て行ったふすまをじっと見つめる

 

 

「…翔?」

 

 

そして、こくんと首を傾げるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翔は、廊下を歩く

 

 

(…今日は、邪魔されたくないからな。皆には悪いけど…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




…あぁああああああああ!
恥ずかしかった…
本当に、恋愛イチャイチャ小説を書いている人は尊敬します…

いや、この小説もいずれそうなる…かなぁ?


感想待ってまーす!

アンケートの回答も待ってます!
それと、温泉回が思ったよりも長引きそうで…

期限を、もう一日延ばします
つまり、明後日の正午です
明日ではありません

勝手ながらすみません…


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第三十七話 輝いて

温泉回の最後です


狩り物競争に優勝し、すずと共に旅館、月見亭に来ていた翔

 

ゆっくりとくつろげる旅行だったはずなのだが…

 

 

「はぁ…。戻ったぞー…」

 

 

「ひょう、ふぉこいっふぇふぁの?」

 

 

部屋を出ていた翔が戻ってきた

すずが、さくやが持ってきてくれた温泉まんじゅうを頬張りながら聞く

 

 

「…何言ってるかわからないぞ。ちゃんと飲み込んでから言え」

 

 

何を言っているのか意味不明だった

 

すずはもぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲み込んでから再び口を開いた

 

 

「どこ行ってたの?」

 

 

「あぁ。ちょっとトイレにな…」

 

 

すずの問いかけに答える翔

その翔を、すずは訝しげに見ていた

 

そんなすずに気づく翔

すずの言う通り、トイレになど翔は行ってなかった

 

少し、仕込みをしていた…

 

すずにばれるわけにはいかない

ばれたからどうという訳でもないのだが…

 

 

「それよりすず。最近、肩凝ってるって言ってたよな?もんでやるよ」

 

 

「え!?本当!?ありがとう!」

 

 

誤魔化し成功

こんな簡単に誤魔化したことに少し罪悪感を感じながら、こちらに背中を向けたすずの肩をつかむ

 

 

「…ふにゃぁ。翔、上手だねぇ…」

 

 

蕩けるような声を出すすず

 

 

「…」

 

 

すずの肩をもみながら、天井を見上げる翔

…声が聞こえてくる

 

 

「…何してるのでしょうか?」

 

 

「よく聞こえないわね…」

 

 

その声は小さく、すずには聞こえていないらしい

蕩けた声を出し、蕩けた表情をして翔のマッサージを受けている

 

 

「…ああ~~~~ん!そこそこぉ!」

 

 

「ここか?ここがいいのか?」

 

 

肩のある一部に親指を立てて押すと、すずが一層気持ちよさそうな声を出す

そこがかなり凝っているようで、そこを重点的にもんでいく

 

 

「あふ~~~~ん…」

 

 

すずの声と同時に、天井からも声が聞こえてくる

 

 

「あ、あの二人は何をしてるの…!?」

 

 

「わぁ…」

 

 

この旅館に来てから思っていたことだが

 

 

(…何でついてきてるんだ?)

 

 

「あなたたちこそ、何をしてるんでしょうか…?」

 

 

「?」

 

 

翔が思考した直後、天井から聞こえてくる二人の声の他の、三人目の声が聞こえてくる

この声は、さくやの声だ

 

そして

 

 

「さ、さくや…?ごふっ」

 

 

「げふぅっ」

 

 

「…」

 

 

がすっ、ごすっ、という物騒な物音が聞こえてくる

…さくやは何をしているのだろうか

 

 

「にゃふぅ~~~~…」

 

 

「…」

 

 

そして、まったく気づいていないすず

そんなすずを見て、翔はふっ、と笑みを浮かべる

 

願わくば、誰にも邪魔されずにゆっくりできるといいのだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな翔の願いは、叶う

 

本当に

本当に水面下、と言っていい状況の中でだが

 

すずは気づいていない

 

外から侵入しようとしてくる彼女たちを、さくやが追い払っていく

 

その中で、翔が唯一驚いたのは水中から侵入しようとしてきた時だ

それも、例外ではなくさくやが追い払ったのだが…

 

なんて執念だ、と思わず感心してしまうほど

 

 

「ふー…。夕食もおいしかったぁ…」

 

 

すずがお腹をさすりながら言う

そう、もう夕食を食べ終えたところだ

 

ここまで特にトラブルはない

このまま何もなければ、と翔は心の中で願う

 

 

「そろそろ温泉はいかがです?」

 

 

食器をお盆にのせながらさくやが言う

 

 

「そうだね。とんかつ行こ?」

 

 

「ぷー!」

 

 

さくやの勧めにのり、すずはとんかつを呼び、温泉に行こうと部屋を出ようとする

 

 

「翔さんもご一緒に入られては?」

 

 

にやにやと笑みを浮かべながら勧めるさくや

からかってるのは目に見えてわかる

 

だが

 

 

「…そうだな。そうするか」

 

 

「あぁだめだめ。翔はいっつも一人で入るって…」

 

 

すずがとんかつを抱いていない方の手を振りながら言う

そして、その言葉を切り、ばっ、と翔の方へと振り返る

 

 

「ええっ!?一緒に入ってくれるの!?」

 

 

目を輝かせながら翔に聞く

相当嬉しいのか、目どころか体中が輝いているようにも見えてしまう

 

 

「き、今日だけは…特別だ」

 

 

頬を引き攣らせ、染めながら言う翔

 

恥ずかしさ、戸惑い、そしてここまで喜んでくれた嬉しさが混ざった表情

結果

 

 

(…今、絶対気持ち悪い表情になってる気がする)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、翔とすずを監視している一行

もう辺りは暗くなり、満月が出てきたことに焦りを覚えていた

 

 

「!?みんな、あれを見るでござる!」

 

 

しのぶが大声を出して指をさす

その方向を、見る一行

 

 

「あ!温泉が光ってる!」

 

 

そう

温泉が光りはじめたのだ

 

光っているといっても、お湯が輝いているわけではない

小さな光の玉のようなものが、たくさん浮いているのだ

 

そしてさらに、一行に追い打ちをかけるように

 

 

「おい!だんなとすずっちが温泉に向かってるぜ!」

 

 

「うそ!?」

 

 

りんが、温泉に向かっている翔とすずの姿を発見する

 

一行は、その光景を信じられなかった

 

いつも混浴することを拒み続けていた翔

それなのに今、翔はすずと一緒に温泉に入ろうとしている

 

 

「…仕方ないわね。みんな、例の最終作戦で行くわよ!」

 

 

「「「「「「おぉーーーー!!」」」」」」

 

 

温泉に二人で入らせるわけにはいかない

それだけは、絶対阻止だ

 

一行は最終手段に出る

だが、一行は一つ見落としていた

 

旅行を邪魔されたくないのは、さくや一人だけではないということを

 

 

「まったく、懲りませんね!」

 

 

旅館の屋根の上からさくやが降りてくる

本当に懲りない人たちだ

 

自分がいるかぎり

 

 

「おもてなしの邪魔は、絶対にさせません!」

 

 

さくやは箒を振り回し、一行をなぎ倒す

一行は全て倒れ、今度こそおもてなしを守れたことを確信するさくや

 

 

「かかったわね!」

 

 

「!」

 

 

だが、それはわなだということに気がつかなかった

 

声が聞こえてきた方へと振り向くと、そこにはなぎ倒したはずの一行が

 

 

「そ、そんな!じゃあこれは!」

 

 

さくやは、もう一度なぎ倒した一行を見る

だが、そこにいたのは、七匹の猿

 

 

「これで!」

 

 

一行が、温泉の方向へと向かっていく

 

これで、二人だけの入浴を防ぐことが出来る

 

そう、思っていた

 

 

「え!?」

 

 

「なっ!?」

 

 

「きゃぁっ!?」

 

 

温泉を隔てる壁を飛び越えようとしたその時

一行の足は何かに引っかかった

 

そして、その瞬間

 

 

「え!?え!?何!?」

 

 

「何なのよこれ!?」

 

 

何か硬い糸のようなもので作られた網に、七人全員包まれてしまった

そのまま身動きが取れなくなってしまう

 

 

「ちょ、こんなものまで用意してるなんて!」

 

 

「ふふふ…。おもてなしの邪魔をしようとした罰ですよ…。けどおかしいですね?」

 

 

「「「「「「「え?」」」」」」」

 

 

七人は、この罠はさくやが仕掛けたものだと思っていた

だが、何故かさくやは首を傾げている

 

 

「私、こんなもの仕掛けた覚えはないのですが…」

 

 

「「「「「「「…え?」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな騒ぎが起こっていることを片方は予想し、もう片方は露知らない

そんな中、翔とすずは更衣室で浴場に入るべく、服を脱いでいた

 

 

「いいか?湯あみ着は絶対につけろよ?」

 

 

「はーい!」

 

 

ロッカーを隔てて話す二人

 

翔は、すずに湯あみ着を着けるように言う

それがないなら…、いくらなんでも入るものか

 

 

「それにしても、翔から一緒に入ろうなんて、初めてだよねー」

 

 

「…そうだな」

 

 

他愛のない会話をする二人

だが、翔の声がどこかぎくしゃくしているのは気のせいではない

 

これから、混浴をするのだ

緊張してしまうのは無理もない

 

…あの常時新婚気分の両親ならば緊張などしないのかもしれないが

 

 

「…ねえ翔?」

 

 

「ん?」

 

 

すずが声をかけてくる

先程まで聞こえてきたご機嫌な声とは違う

 

どこか真剣で…、そう、何かを知りたがっているような

 

 

「その…。聞きたかったんだけど…、どうして…。翔は、どうして旅行の相手に、私を選んだの?」

 

 

少し戸惑いながら、言葉を言い切るすず

翔は、作業の手を一瞬ぴたっ、と止める

すぐに手をまた動かすのだが

 

そして、翔はゆっくりと口を開く

 

 

「まぁ…。何だろうな…」

 

 

この島に来る前の生活を思い出す

 

 

「…俺ってさ、本当の親を知らないんだ」

 

 

「え…」

 

 

そのことを知ったのは、確か、中学二年の時

そう、剣を手放してすぐのことだった

 

前から不思議に思っていたのだ

初めて親を見せた友達に全て、両親と似てないなと言われ続けてきたのだから

 

まあ、自分でも似てないと思っていたのだが

 

剣を手放し、たんまりとできた自分だけの時間

その間、家族みんなにばれないように調べた

 

まあ、調べても戸籍はちゃんと士郎と桃子の子供という風になっていたのだが

 

だが、見つけてしまった

見つけてしまったのだ

一枚の写真を

 

ある四人が映っていた一枚の写真

若いころの士郎と桃子

といっても、まったく変わっていないようにも見えるのだが

 

そして、小さい頃の恭也

赤ん坊の美由希

 

この四人

 

自分がいないのだ

自分と美由紀は双子

それなのに、どうして美由希は写っていて自分は写っていないのか

 

翔は、確信を持つ

その写真を持って、翔は士郎と桃子の所へと行った

 

 

「まぁ、ものすごくショックだったな。ずっと家族だった人たちが、元々はまったくの赤の他人だったんだからな」

 

 

「翔…」

 

 

すずの悲しそうな声が聞こえてくる

その声を聞き、翔は我に返る

 

何を言っているのだろう

楽しい旅行、それも、すずが物凄く楽しみにしている入浴の前にこんな話をするなんて

 

 

「わ、悪い。こんな話して」

 

 

すずに謝罪する翔

そして、そのすぐ後にまた口を開く

 

 

「まあ、何が言いたいかって言ったら、すずは家族だ」

 

 

「え?」

 

 

何を言っているのだろう

翔が話したあの話と、この話

何の関係があるのだろうか

 

 

「また嫌な話になるけど、俺、あの後父さんと母さんを問い詰めた」

 

 

そして、本当のことを教えてくれた

 

自分は道端に捨てられていた子供で、たまたま士郎が連れて帰り、そして育ててきたということを

 

話し終えると、桃子は泣き出してしまった

ごめんなさい、黙っててごめんなさいと翔に謝りながら

 

だが、その時の翔はその言葉に何も答えられなかった

 

何も言わず、ふらふらとしながら部屋に戻っていった

 

 

「その後は、特に何もなく、元に戻ったんだけど…」

 

 

士郎も桃子も、恐らく両親から翔に知られたことを聞いたであろう恭也も変わらず接してくれた

そして自分も、変わらず接した

 

そう、思っていた

 

 

「…どこか、壁、作っちゃったんだよな」

 

 

本当に、そこにあることすらもわからない

綺麗で薄い、小さなガラスの壁

 

 

「そして、俺はこの島に流れ着いた」

 

 

剣もやめ、家族とのことも本格的に悩み始めていた高校二年の春

士郎は翔に休学することを勧めた

 

あの時は、本当に感謝したものだ

ゆっくり考える時間が欲しいと思っていたから

 

翔は旅に出ることに決める

家族みんなに見送られ、絶対に自分なりの答えを見つけ出すと決めて

 

だが、自分が乗った船は嵐にあって

 

 

「すずと会って…、いろんな人に会って…。…おばばとは会いたくなかったが。何がすっとこどっこいだ、あの老いぼれ…」

 

 

「…ふふ」

 

 

この島で出会った人たちのことを思い浮かべる翔

その過程で、おばばのことを思い出す

 

あのあからさまに自分を挑発する行為

ため息をつきながら、『このすっとこどっこいが…』

 

…いらっ

 

 

「…どうでもよくなったんだ」

 

 

「?」

 

 

すずが、翔の言葉に首を傾げる

どうでも、よくなった?

 

 

「この島は、みんなが家族みたいで。でも、みんなが血につながりがあるわけじゃないだろ?」

 

 

「う、うん…」

 

 

「そんな光景見てたら、俺が悩んでたことなんて、すごくちっぽけに思えたんだ」

 

 

翔は腰にタオルを巻き、すずはしっかりと湯あみ着をつける

そして同時に浴場へと向かおうとして、入り口でばったり顔を合わせる

 

 

「翔…」

 

 

今まで、見たこともない表情だ

 

今の翔の表情

こんなに清々しい笑顔を見るのは、すずは初めてだった

 

 

「…何か、話してよかった。すっきりした」

 

 

翔が言いながら、浴場への暖簾を開け、先にすずを通す

すずが浴場に入った後に、翔が浴場に入る

 

 

「うわぁ!」

 

 

「おぉ…」

 

 

そして、見る

温泉が、光っている

 

二人は並んで歩き、そして並んでゆっくりとお湯に浸かっていく

 

 

「あ、翔。ありがとね?」

 

 

「え?」

 

 

すずが、急にお礼を言う

何でお礼を言われるのかわからない翔は、目を丸くしてすずを見る

 

 

「だってほら。翔が自分のことをあんなに詳しく言ってくれたの、初めてじゃない」

 

 

「あ…」

 

 

そういえば、初めてだ

自分のことを話したこと

 

 

「私、嬉しい」

 

 

「…なんで?」

 

 

翔は軽く後悔していた

楽しい旅行の中で、あんな暗い話をしてしまったのだ

 

すずの気分だって、きっと沈んでしまっている

そう思っていた

 

それなのに、すずは嬉しいと言っている

 

 

「だって翔、今はこうしてちゃんと私と向き合ってくれてる」

 

 

「…!」

 

 

もしかして、すずは気づいていたのだろうか

自分が、あの時と同じように、すずにも壁を作ってしまっていたことを

 

 

「これで、本当の家族になれたのかな?」

 

 

「っ!」

 

 

輝くような笑顔で、言うすず

とても、綺麗な笑顔で

 

 

「…」

 

 

翔はふっ、と微笑む

 

 

「…この島に来て」

 

 

「え?」

 

 

翔が口を開く

すずは、よく聞こえなかったのか聞き返す

 

 

「この島に来て、初めて出会ったのがすずで…」

 

 

出会いは、最悪と言ってよかった

殺されかけたのだから

 

だが、今なら言える

はっきり、言える

 

 

「本当によかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人は、肩を並べていた

 

水面から浮かぶ、光の中で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

「ちょっとさくや!早く私たちを解放して!」

 

 

「早くしねえと、すずっちとだんなが!」

 

 

「ダメです。おもてなしの邪魔は絶対にさせません」

 

 

もう、すでに遅いのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想待ってます!

そして、アンケートの回答、ありがとうございました!
想像よりたくさんの回答が…
全てを出す、とはならないと思われます
回答送ったのに、採用されていない
そう思われた作者様は本当に申し訳ありません

この回答の中から三つか四つほどピックアップし、何話かに分けて出していきたいと思います

では、たくさんの回答を、ありがとうございました!


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第三十八話 白くて

まちの式神回です
といっても、まちの戦いは書くつもりはありません

ですが、次の編のつなぎになる重要な話になる予定なので

では、三十八話目です!


色々なものが渦巻いている世界の中

世界のだれもが言うであろう

 

『そんな島があるはずがない』

 

事件の事の字もないほど平和な島、藍蘭島

そんな平和な島である藍蘭島にも、人が踏み入れない領域というものがある

 

ある一人を除いて

 

 

「…この気は」

 

 

島のはずれにある孤島、海龍島

この島には、島の守り神である海龍が祭られている海龍神社がある

 

そんな島に、一人の女性が立っていた

女性は、流れる風に髪をたなびかせながらぽつりとつぶやいた

 

 

「海龍様。少しの間、出かけてまいります」

 

 

女性は、海龍が祭られている社に手を合わせ、頭を下げる

そして、頭を上げた後、一枚の札を出し、放る

 

その札は、煙を上げてドラゴンのような姿に変える

そして、そのドラゴンは女性と少しの間目を合わせた後、海へと潜っていく

 

 

「…じゃあ、私も行きましょうか」

 

 

女性は、島の岸にロープをつなげて泊めてあるボートに乗る

ロープを解き、櫂でボートを進める

 

 

「そういえば…。本島の地を踏むのは久しぶりね…」

 

 

そして、そのすぐ後に再び女性は口を開いた

 

 

「最近、海龍様の様子もおかしいし…。島で何かが起こっているのかしら…」

 

 

僅かな懸念を胸に秘めながら、女性は島へと向かっていった

 

 

 

 

 

 

 

「…あぁああぁあぁ」

 

 

大きく口を開け、これまた大きな欠伸をする翔

明らかに退屈そうだが、実際に退屈なのだ

 

 

「翔ぉー、釣れそーー?」

 

 

翔は、橋の上に腰を下ろして釣竿を握っていた

釣糸の先は、翔の目の前を流れている川の中

 

翔は、夕食の食材調達のために川で釣りをしていたのだ

その成果を、橋の下、川に足を入れているすずが尋ねてくるのだが…

 

 

「ダメだ…。まったく釣れん」

 

 

いつもなら、二、三匹は釣れているはずなのだが…

今日はまったく成果なし

 

翔にとっては初めての経験である

 

こんな経験、できればしたくはないのだが

釣りなのだから、こんな時もあると自分を納得させる翔

 

 

「ま、こんな日もあるよー。今日は魚以外の食材があるし、それ使って作るから。だから釣りはやめて、川であそぼーよー」

 

 

すずが橋の下で翔に呼びかける

 

確かに、これ以上粘っても釣れる気配はない

このまま待ってても無駄なのなら…

 

と、翔が考えた時だった

 

 

「…お?」

 

 

竿が引かれている感覚が手に伝わってくる

これは…

 

 

「当たりか!?」

 

 

翔はすぐさま立ち上がって、竿を引く

そして

 

 

「っ!よしっ!二匹だ!」

 

 

何と、二匹引っかかっていた

翔は二匹の魚を投げ上げるようにして糸から離す

 

 

「あっ」

 

 

翔の頭上に上がった魚

翔は、気配は感じていた物の、この行動はさすがに反応できなかった

 

翔の頭上を、もんじろうが飛び越える

そしてもんじろうに乗っていたまちが、進行上にいた、翔が釣り上げた魚をくわえたのだ

 

お〇くわえたまちさん♪

と、歌が歌えそうなそんな図だ

 

 

「…ってまち!魚返せ…て、まち?」

 

 

翔は当然、魚を盗っていったまちを咎める

だが、そこで翔は疑問を持つ

 

なぜ、まちだったのだろうか

 

なぜ、もんじろうに乗っていたのが、まちだったのだろうか

 

 

「めずらしいね、その組み合わせ」

 

 

すずも不思議に思う

いや、すずの方が違和感を感じるだろう

 

ずっと藍蘭島に住み、そしてあやねと共に過ごしてきたのだから

あやねともんじろう、という組は固定視されているはずだ

 

 

「っ!ちが…!そっちじゃないわよ!」

 

 

きょとんとしながら、もんじろうが走っていった方向を見ていた二人

その二人の耳に、上空から声が届く

 

そう

上空から

 

 

「あやねの…声?」

 

 

すずがあたりを見回しながら、声の正体を当てる

そして、翔はその気配を感じる方向を悟る

 

 

「すず。三歩半下がろうか」

 

 

「え?うん…」

 

 

翔と一緒に、すずは三歩半後ろに下がる

 

その、一秒も経っていないほどの間の後

翔とすずが先程まで立っていた場所に、ぐるぐると回転しながら落下し、そして橋に頭を突っ込む一人の人と、一つの大根

 

 

「「「…」」」

 

 

目の前で広がるあまりにもシュールな光景に、沈黙が流れる

 

あやねと大根は、橋に頭を突っ込んでいるのだ

頭から先が見える

つまり、橋を隔てて頭が見えないのだ

 

あやねが残念なのはいつものことなのだが、こればかりはさすがのすずもスルーし切れなかったようだ

というか、これもスルーできるのは逆に凄い

 

 

「…とりあえず、翔、助けてあげて?」

 

 

「…わかった」

 

 

翔は、腰に差してある刀を抜く

そして、あやねと大根のまわりの部分だけを切り取る

 

そして、翔は大根

すずはあやねを橋から放し、傍の草むらまで連れて行った

 

 

 

 

 

 

「助かったわ、翔様。すずにも、でんでん大根が世話になったわね。今回ばかりは礼を言ってあげるわ」

 

 

「何でそんな上から言ってるの…?」

 

 

助けてもらった立場なのに

翔だけでなく、すずにも助けてもらったというのに…

 

すずにだけあやねは見下ろすように言う

 

 

「まあ、いつものことだろ。気にするな、すず」

 

 

「…まぁ、翔が言うなら」

 

 

「…」

 

 

とても

まるで当たり前のような感じでそんな言葉をかわす翔とすず

 

あやねはそれを見て、違和感を感じる

 

何というか…、距離が縮まった?

 

 

「それよりあやね?もんじろうどうしたの?」

 

 

違和感を感じた二人を眺めていた時、すずが問いかけてきた

 

 

「あら、お姉さまを見たの?」

 

 

まあ、よく考えてみればすぐわかることだ

 

あやねはまちを追いかけていた

そして、その過程で翔とすずに遭遇した

 

ならば、翔とすずがまちと会うのも当然のことなのだ

 

それよりも、あやねは翔とすずに事情を説明することにする

 

 

「それが…、お姉さまの式神が…」

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ!?まち姉の式神がピンチ!?」

 

 

「まちの式神…あれか」

 

 

あやねから口に出た、まちの式神の今の容態

すずは驚愕する

 

翔は、式神についてそこまで詳しくないどころか、知らないにも等しい状態なのでそこまで驚くわけでもない

 

 

「ええ。それで、お姉さまが龍神島へすっとんでったのよ」

 

 

「龍神島?」

 

 

翔が、あやねの口から出てきた龍神島という言葉に反応する

 

 

「式神がピンチ。それで、何で龍神島が出てくるんだ?」

 

 

「翔様は知らなくて当たり前ね。龍神島には、私のひいおばあさまがいるのよ」

 

 

「あやねの…、曾祖母?」

 

 

あやねは首を傾げる翔に、さらに続ける

 

 

「ひいおばあさまは、龍神島で一人生活しているんだけど…。式神のこともよくお知りになっている方なのよ」

 

 

「だから、まちは龍神島にすっ飛んでった訳か。式神を助ける方法を知るために」

 

 

「そういうこと」

 

 

翔は理解する

まちがもんじろうに乗っていたその理由を

 

まちはかなり切羽詰まっていたのだろう

つまり、あの基本冷静なまちが慌てるほどに式神の状態は良くない

そういうことなのだ

 

 

「で、どうしてあやねはまち姉を追いかけてたの?」

 

 

そこで、新たな疑問が浮かんでくる

あやねがまちを追っていた理由だ

 

 

「実は、龍神島には結界が張られていて…。お役目とお役目が許可したもの以外は入れないようになっているの」

 

 

まちは、それを知らない

だから、まちにそのことを報せるために、あやねはまちを追っていたのだ

 

 

「…そういえば、確か龍神島に入れるのは、もう一つあったような」

 

 

「え?そんなの聞いたことないよ?」

 

 

あやねがつぶやいた言葉に、すずが返す

すずが知らないことを、翔が知るはずもなく

というか、翔は初めて知ることばかりでだんだん頭が追いつかなくなってきていた

 

 

「確か…」

 

 

「王…、と、呼ばれる存在。私、お役目だって、王がもし入ってはダメと言ったら入れなくなってしまうわ」

 

 

あやねの目が斜め上に上がり、思い出そうとしたその時、涼やかな声が響いた

それは、何やら誰かの声ととても似ていて

 

 

「あ…!」

 

 

「え?」

 

 

「?」

 

 

上からあやね、すず、翔である

 

 

「一部の人しか知らないのだけど…。伝承にはちゃんと書いてあるの。この島には大昔、王と呼ばれる者が流れ着いてきていて…。龍神様ですらも屈服させていたとか…」

 

 

龍神を屈服させていた王?

王の癖に、神を屈服させてたのか

 

そんなくだらないことを考えながら、翔は視線を上げた

 

先程の声が、頭上から聞こえてきたのだ

そして、見上げるとそこには

 

 

「…まち?」

 

 

たなびく髪は、黒とは真逆の真っ白で

それでも、目の前にいるのは間違いなく

 

 

「…まち?」

 

 

「なぜ二回言ったの?」

 

 

 

 

 

 

 

「…龍神島。もう少しね」

 

 

もんじろうに乗って突っ走っていたまちは、龍神島につながる海域まで来ていた

ここからは、舟に乗って進まなくてはならない

 

まちは、舟が泊めてある所に、もんじろうから降りて歩いていく

 

 

「…?舟が…」

 

 

まちの動きが止まる

泊めてある舟が、一隻多い

 

これが示すことは

 

 

「誰か、島に帰ってきたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしたのまち姉!?」

 

 

「式神のことがショックで、髪が真っ白になったのか…?」

 

 

すず、翔は少しわかりづらいが、取り乱してしまう

なぜなら、先程見たまちの髪が、真っ白に変色してしまったのだから、取り乱してしまうのも仕方ない

 

 

「…?」

 

 

まち、と思われる人物は、首を傾げて何が何だかわからないという風

翔とすずがまちと思われる人物を問い詰めていると

 

 

「ま、待って!翔様、すず!」

 

 

あやねが翔とすずを咎める

翔とすずは、なぜ止められるのかわからず振り返る

 

きょとんとしている二人の表情を気にせずに、あやねは言い放った

 

 

「その方は…、私のひいおばあさまよ!」

 

 

「「え…」」

 

 

固まる翔とすず

 

ゆっくりと首を動かし、あやねの曾祖母という人物を見る

そして、再びゆっくりと首を動かしてあやねを見る

 

あやねは、頷く

 

 

「「…えぇえええええぇえええぇええええ!!!!!?」」

 

 

 

 

 

 

「お腹すいた…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




式神編は次回で終わる予定です   


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第三十九話 入られて

この回で、アンケートで募集したオリキャラの一人を登場させます
名前は出ていませんが、どれが採用されたのか絶対にわかりますねww

では、どうぞ!


ベランダで、式神たちと共にまったりしていたまち

だが、急に式神たちの様子がおかしくなってしまった

 

妖怪の専門医であるバラさんの診察によると、まちの霊力不足が原因だという

 

早急にまちの霊力を増やさなければならない

だが、そんな都合のよい方法など思いつかない

 

それでも、まちたちの曾祖母なら

お役目である曾祖母なら、もしかしたら

 

そう思ったまちは、あやねからもんじろうを借り、龍神島へと向かう

 

そして、後は小舟に乗って海を進めばいいというところで、小舟が一隻増えていることに気づいたまち

 

 

「誰かが、島に来た…?」

 

 

つまり、海を移動したということ

そして、海を移動しないとこの島に来れないということは、他の島から来た

 

本島から離れてる島

誰かが住んでいる他の島

そんな島は、一つしかない

 

 

「まさか…、ひいおばあさま…!?」

 

 

 

 

 

 

 

もぐもぐ

 

口いっぱいに食べ物を入れて咀嚼している目の前の女性

現れ、何やら言葉を言った後

 

 

『お腹すいた…』

 

 

今、女性はすずが翔と食べるために作ってきた弁当を食べている

すずが渡したのだ

 

 

「…それで、この人があやねの曾祖母?」

 

 

「えぇ…」

 

 

翔が、問いかけるとあやねが答える

この人があやねの曾祖母だというのは間違いないらしい

 

それにしても…

 

 

「髪の色以外は、まち姉にそっくりだねぇー…」

 

 

すずがしみじみとつぶやく

本当に、髪の色以外はまちとうり二つなのだ

 

雰囲気も、まだそこまで話してはいないが、今までの話し方も

 

もしあやねがいなかったら、この人をまちだとずっと勘違いし続けていただろう

 

 

「そ、それで…、ひいおばあさまはどうして本島に?」

 

 

ここで、あやねが質問する

あやねの曾祖母、やしろは、口の中の食べ物を飲み込んでから答える

 

 

「今朝、まちの霊力の淀みを感じたの。それで、何があったのか調べに来たのよ」

 

 

「そ、そうなの?」

 

 

やしろの答えを聞き、あやねはふっ、と力を抜く

どうやら、まちとは違う、もっと別の理由があると思っていたようだ

 

 

「…まあ、他にも理由はあるんだけど」

 

 

「…?」

 

 

ぼそりとやしろがつぶやいた

すずとあやねは気づいていない

 

別の…理由?

一体何なのだろうか

 

 

「それにしても間が悪いわ…。お姉さまは朝早くにひいおばあさまの所に向かったわよ?」

 

 

「あら。行き違いになったのね」

 

 

やしろのつぶやきには気がつかなかったあやねが口を開く

あやねの言葉を聞いたやしろは、着ている巫女服の懐から札を取り出す

 

やしろは取り出した札をひょいと放る

放られた札は、ややサイズが大きめの鳥になる

 

やしろの式神なのだろう、と翔は悟る

 

 

「ぴよじゅーべー、島までまちを迎えに行ってちょうだい。…あ、たつごろーに連れてこさせた方が早いわね。これも持っていきなさい」

 

 

実体化させた式神に、やしろは新たな札を渡す

これも式神…だろうか

 

 

「式神の札を式神に渡すって…。奇妙な話だな…」

 

 

やしろから札を受け取ったぴよじゅーべーが飛び立っていくのを見ながら翔がつぶやく

 

 

「確かに…。けど、噂に聞く十二神なら可能かもしれないわ…」

 

 

「十二神?」

 

 

翔のつぶやきに言葉を返すあやね

あやねの言葉の中にあった、十二神というのが何なのかをすずはあやねに聞く

 

 

「その名の通り、おばあさまに仕える十二体の式神よ。おばあさまは一人で十二体の式神を従えてるのよ」

 

 

「十二!?えっと…、まち姉は六体だから…、三倍…?」

 

 

二倍だ

 

心の中でつぶやきながら翔は思う

やはり、まちとあやねの曾祖母

 

偉大な巫女であることが見てわかる

 

まちも十分優秀な巫女だというのはこの島に暮らしてきてわかることなのだ

やしろは、単純計算で二倍、まちよりもにばい優秀だということ

 

…戦ってみたいと思ってしまうのは仕方ない仕方ない

 

 

「そして十二年前起こった、村を飲み込むほどの大波から私たちを救ってくださったのが、ひいおばあさまと十二神だったそうよ」

 

 

十二年前…は、すずがまだ一歳の時だ

そんな災害が起こっていたことなど、覚えてすらいないだろう

 

 

「…そんなにすごいことじゃないわ」

 

 

すると、あやねが話していた間、黙っていたやしろがぽつりと言葉を零した

翔たちの視線がやしろに注がれる

 

 

「私だけで収めたわけじゃないし…」

 

 

やしろは、視線を落とし、その瞳に悲しみを映して

 

 

「みんなの大事な人を守れなかったわ…」

 

 

今度は空を見上げて、やしろはつぶやいた

 

すずとあやねが、俯いてしまう

翔は…

 

 

(…?)

 

 

空気がやけに暗くなってしまった

なぜこんな空気になってしまったのかさっぱりわからない

 

翔は、話題を変えることにする

 

 

「そういえば、やしろさんここに来た時に言ってましたよね。何なんですか?王って」

 

 

やしろは、会ったすぐの時言った

王、と

 

その言葉を聞き、翔は思い出したのだ

青い鳥を見た時のことを

 

 

“王よ…”

 

 

青い鳥はそう言った

あの時、自分のまわりにはとんかつやくまくまなどたくさんの動物もいたのだが、あれは間違いなく自分に言っていた

 

青い鳥がすずの場所まで案内するために移動し始めた時、青い鳥は、自分をちらっと見たのだ

 

気になる

王とは、一体何なのだろうか

 

 

「そうね…。私もあまり知らないのよ。残っている資料もかなり少ないし…」

 

 

やしろはそこで言葉を切り、そして翔に視線を向けて口を開く

 

 

「でも、その少ない伝承にはこう残されていたわ。『何もない草原。そこに、何も前触れもなく現れた、黄金に輝く髪を持つ姫』」

 

 

「黄金に輝く髪…?」

 

 

「そんな人、いないよね?」

 

 

すずとあやねが言いあう

 

 

(黄金の髪…、金髪。西洋人か…?)

 

 

翔は、この島に流れ着いた人だと一瞬考える

だが、やしろはこうも言っていた

 

何もない草原に、何も前触れもなく現れた…と

 

そんなもの、魔法でも使わなければ無理だ

 

 

「『姫は強い力を持っていた。島の強者が次々に挑戦していったが、全て薙ぎ倒されていく。そしてついに、島の主をも飲み込んでしまう』」

 

 

「の、飲み込むって…」

 

 

「倒した…てことか」

 

 

やしろの飲み込むという言葉を聞き、そのままの意味で理解しようとしたすずを訂正する翔

しかし

 

強い力

その力とは、一体何なのか

 

 

「それで、その姫様はどうなったの?」

 

 

島に現れ、島の主という存在すら倒し、その後

あやねが聞く

 

 

「それが、わからないの」

 

 

「わからない?」

 

 

「えぇ。伝承にはそこから先、何も残されていない」

 

 

島の主とは、恐らく海龍のことだろう

海龍のことは、やしろが一番分かっているはずだ

 

そのやしろが、何も知らない

ならば、島の誰にもわからないだろう

 

姫のその後は

 

 

「…それにしても、中々腕の立ちそうな子ね。私でもどうか…」

 

 

「?」

 

 

「あれ?やしろ様、翔のこと知ってるの?」

 

 

王の話を一段落させ、やしろは翔に注目を向ける

すずが、やしろの翔を知っている感じを不思議に思い、問いかける

 

 

「えぇ。時々幽体離脱の術を使って、島の近況を調べているのよ」

 

 

幽体離脱…

先程、自分でも翔に勝てないというようなことを言っていたが…

 

 

(そんな術…。勝てるわけないって…。たとえその術を使わなくても、その術を習得するための修練はとてつもないだろうし…)

 

 

はっきり言って、ムリだ

自分のことを過大評価しすぎだ

 

一体誰から自分のことを聞いているのだろうか

 

 

「しまとら様と大牙様よ」

 

 

「心を読まないでください」

 

 

さらに読心術の使い手…

ムリムリムリムリ

 

と、そんなことを思っていると、四人を影が包む

翔たちは上空を見上げる

 

…翔の真上だ

翔はさっ、とその場から退避する

 

 

「きゃっ!」

 

 

短い悲鳴が聞こえてくる

翔が先程までいた場所に、何かが落ちてきた

 

木で作られた小舟

そして、その小舟に乗っていた

 

 

「いたたた…」

 

 

「まったくたつごろーは大ざっぱね…」

 

 

落ちてきた人物とやしろが、対面する

 

 

「「…え?」」

 

 

二人は、同時に左手と右手を動かす

すると、同じ動き方、同じ場所へ手が行き着く

 

ぺたりと合わさる手

 

 

「「…どうしてこんな所に鏡が?…って」」

 

 

一瞬の硬直

そして

 

 

「私の自慢の黒髪が真っ白に!?」

 

 

「私の自慢の上級巫女の証である銀髪が真っ黒に!?」

 

 

…本当に鏡を見ているようだ

髪以外は

 

落ちてきたのは、やしろと髪の色以外は瓜二つであるまちだった

 

二人は同じところに同じ仕草でショックを受ける

 

その様子に三人は、苦笑いするしかなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

翔とすずは、あの後やしろたちと分かれた

ここから先は、巫女たちの領域なのだから

 

すずは式神の様子を見に行きたいとごねたのだが、翔がそれを止めた

 

その様子を見ていたまちとあやねがまるで変なものを見るみたいな視線を向けていたことは気にしないことにする

 

 

「うー…。気になるよー…」

 

 

「はは…。そこは我慢しな」

 

 

すずが箸をかじかじと噛みながら不満げな表情でぼやく

翔は苦笑しながらすずを注意する

 

 

「だってー…。翔は気にならないの?」

 

 

「気にならないと言ったら嘘になるけど…。やっぱり、あそこから先は踏み込んだらダメだ」

 

 

「…けち」

 

 

いつもと変わらない会話

だが、どこか互いに遠慮がないような感じがするのは気のせいではないだろう

 

翔とすずは今、夕食を食べている

 

今までにすずは何度も行きたい行きたいと不平を漏らしていた

そして、再び不平を漏らしたという訳である

 

 

「…うー」

 

 

「我慢しなさい」

 

 

再び不平を漏らしそうな空気になったのを感じ取った翔

すずが不平を漏らす前に釘を差しておいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝方

まだ日が出始めてきた時間帯だ

 

そんな時

 

 

「…」

 

 

翔は目を覚ました

上体を起き上がらせて辺りを見渡す

 

そして、かけてある布団をどけて立ち上がる

 

すやすやと寝息をたてているすずを見てから、ふすまを開けて外に出る

 

 

「…やしろさん?」

 

 

「やっぱり気づいたわね。私が見込んだ通りだわ」

 

 

外に出て、まず翔が見たのは水平線が良く見える崖の所

そこから人…よりは薄いものの、気配を感じたのだ

 

すると案の定、そこには人の姿

どこか透けているやしろの姿が

 

 

「…なるほど。昨日言っていた、幽体離脱の術ですか」

 

 

「正解。まぁ、あまり時間がないから、単刀直入に言わせてもらうわね」

 

 

まちはどうした

式神はもう大丈夫なのか

 

聞きたいことがあるのだが、やしろが先回りするように口を開く

 

 

「この島のどこかに、侵入者がいるわ」

 

 

「…侵入…者?」

 

 

侵入者、とはどういうことだろうか

この島に流れ着いたということではないのだろうか

 

 

「あなたのように流れ着いたわけじゃないわ。この島に、力技で侵入してきた」

 

 

「それって…!?」

 

 

翔がやしろの言葉に驚愕する

翔も、すずから聞いたことがある

 

 

「わかってるようね。この島のまわりには、強い結界が張られている。大抵のものは内部に入ることを許さないわ。その結界を破壊して…、侵入してきた」

 

 

「っ!」

 

 

息が詰まる

そんな存在…、いるとは思わなかった

 

 

「それで…、その侵入者はどこにいるんですか?それほどに強い力を持ってるんだ。感じることができるのでしょう?」

 

 

翔がやしろに問いかける

 

結界を破壊するほどの強大な力を持っている

ならば、やしろが感知できないはずがないのだが

 

 

「それが…、恐らく完全に力を隠蔽しているようね。まったく感じ取ることができないのよ」

 

 

「…」

 

 

強大な力を持ち、そしてその力を隠すことが出来る

どれほどの強者か、想像すらつかない

 

 

「…もう時間がないわ。ともかく、覚えておいて。この島に、強大な侵入者がいるということを」

 

 

「あ…、待ってください!あの!」

 

 

翔が言い切る前に、やしろは姿を消してしまった

 

やしろの言葉を聞いた限り、幽体離脱はかなり霊力を消費すると言う

霊力が続かなくなってしまったのだろう

 

聞きたいことがあったのだが、仕方ない

 

翔は空を見上げる

まだ、日は出切ってすらいない

かなり早い時間なのだろう

 

 

「…もう一度寝るか」

 

 

翔は二度寝することにする

トレーニングする時間もまだまだ先だろう

 

翔は、すずが寝ている隣の床に戻っていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

島の北部にある森の中

そこに、二つの存在がいた

 

 

「ぐ…、貴様…」

 

 

一つは、木に寄りかかっている虎

そう、タイガだ

 

そしてもう一つ

 

 

「ふむ…。やはりおぬしではないか…。確かに、懐かしい気がこの島のどこかから感じるのじゃが…。もう少し南西の方かの」

 

 

背がそこそこ高い

百八十センチほどだろうか

 

銀色の長い髪を括っている

 

女、のような容姿をしているが、声の感じから男だということがわかる

 

 

「しかし、この島は何なんじゃろうのう?あれほどの強力な結界が張られているとは…。かなり優秀な陰陽師の者がいるのか…」

 

 

男は、タイガには目もくれず立ち去る

タイガはその男の背中を睨むが

 

 

「くっ…!」

 

 

力尽きる

息はあるため、気絶したようだ

 

 

「…探索してみるかのぅ。まずは…」

 

 

男は歩き出す

そして、つぶやいた

 

 

「懐かしい気を感じる、南西の方から」

 

 

男が向いている方向は、ちょうど翔とすずが住んでいる家の方向だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで、採用したのは澪刹弥凪さんの案です!
二つの内の一つですが…

これからの活躍を楽しみにしてください

ちなみに、後二つオリキャラは採用したいと思っています


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第四十話 集まって

四十話目です


藍蘭島の朝は早い

仕事がある日はもちろん、休みの日でも住民のほとんどは自分のリズム通りに早くから起きている

 

例外もいるが、この家はその例外の内には入っていない

 

 

「翔ぉー、朝ごはんだよー」

 

 

「ん、わかった」

 

 

翔は外で海を眺めていた

今日は鍛錬はしていない、という訳ではない

もちろんしている

 

朝早く、やしろの言葉を聞いた翔は、再び床についた

だが、二度目の就寝にはつけたものの、再び起きてしまったのだ

 

いつもより早い時間に

 

翔は、もう寝れないと判断し、鍛錬を開始した

鍛錬が終わった時間

 

それが、すずの起床時間と重なったのだ

いつもなら、朝食の時間と重なっていたのだが

 

翔は家の中に入り、おいしそうなにおいを漂わせている料理が並んでいる居間に入っていく

そして、敷かれている座布団に腰を下ろす

 

すでにすずは座布団に腰を下ろしており、今は茶碗にご飯を持っている

 

 

「はい、翔」

 

 

「ありがと」

 

 

翔はすずからご飯が盛られた茶碗を受け取り、床に置く

その後すずは、自分の分のご飯を盛り、その茶碗を床に置く

 

そして、二人は両手を合わせて

 

 

「「いただきます」」

 

 

「ぷー」

 

 

三人が同時に食事前の挨拶をした

これが、もう当然の光景となっている

 

翔もすずもまず、味噌汁から手をつける

その後は、ばらばらになるのだが

 

ちなみにとんかつの朝ごはんは冷奴である

冷奴おいしいよね冷奴

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を食べ終えた二人

仕事の前にまず、水を汲みに井戸へと行く

 

井戸に着くと、そこにはいつものメンツが集まっていた

 

 

「お、ダンナ、すずっち。おはよー」

 

 

その中で、りんが代表してあいさつを言う

 

 

「おはよ」

 

 

「りんちゃん、みんなおはよー!」

 

 

翔は静かに、すずは元気にあいさつする

 

 

「まったく、朝からすずは元気よねー」

 

 

「元気なのは良い事デスヨ」

 

 

すずに呆れたように言うあやね

それに少しだけ反論するメイメイ

 

 

「翔様…。今日は二人だけででえとしない…?」

 

 

「ちょっとまち姉!なにやってんのよ!」

 

 

色気を出しているつもりなのだろうか

ややポーズを決めて誘ってくるまちに、止めようとするゆきの

 

 

「ふふ♪元気なのは皆そうですの♪」

 

 

見守るちかげ

 

いつもの感じだ

いつもいつも同じ感じなのだ

 

だが、翔は飽きない

この感じが、とても気に入っているのだ

 

とても、楽しい

これから今日一日、どんなことが待っているのか

楽しみになるのだ

 

 

「し、翔さん!」

 

 

だが、そんな空気にふさわしくない声が響く

とても慌てて切羽詰まっているような

そんな声が響く

 

女性がこちらに駆け寄ってくる

そして女性はこちらまで来ると立ち止まり、両手を膝について息を切らす

 

 

「と…溶ける…」

 

 

「あんた…。…だれだ?」

 

 

「みちるです!」

 

 

そういえば、と翔は思い出した

 

島に流れ着いた最初の日

おばばの家に行った時に、その人はいた

確か、おばばの助手をしているという話だったはずだ

 

みちるっていうんだ、と翔もそこまで覚えていない様子だった

 

 

「それでみちる。どうしたの?そんなに慌てて」

 

 

「っ!そ、そうでした!こんなバカなことに構っている場合ではありません!」

 

 

はっ、と我に返るみちる

思い出す

本来の自分の目的を

 

 

「き、北の主が!」

 

 

「北の主?」

 

 

「なに?まさか、また負けて、新しいぬしを探しにここに来たわけ?」

 

 

「ち、違います!

 

 

みちるの用事が、北の主に関することだということがわかる

 

そして、思う

メイメイの時のように、新しい北のぬしを探しに来たのだろうか、と

 

だが、翔だけは違った

翔だけは、そうは思わなかった

 

今朝のことを思い出す

やしろが現れ、言った

 

 

『この島のどこかに、侵入者がいるわ』

 

 

島の結界を破り、侵入してきた者

 

 

(…まさか)

 

 

そして、考える

なぜ、みちるが北の主のことに関して慌てているか

 

そして、わかってしまう

 

 

「き、北の主が…!」

 

 

侵入者に

 

 

「大けがをして、おばばの家に運ばれてきたんです!」

 

 

やられてしまったということを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すぐさま翔たちはおばばの家に向かった

北の主が運ばれてきた

 

信じられないが、これが現実なのだ

 

実際に、目の前でタイガが横になっているのだから

 

 

「…本当に…、北の主が…?」

 

 

すずが呆然とつぶやく

 

タイガの傷は、ひどいものだということがわかる

体中包帯だらけなのだから

 

翔は、タイガの体を見る

 

 

(…これは?)

 

 

そして、見つけた

包帯が巻かれていない部分に、おそらく大した出血ではなかったのだろう

小さな傷を

 

 

(切り傷…)

 

 

その傷は、間違いなく切り傷だった

 

 

「…おばば、傷を見たいのですが。…いいですか?」

 

 

翔はおばばに問いかける

傷を見るということは、包帯を解くということ

当然、医者であるおばばの許可をもらわなくてはならない

 

おばばは、翔を見て、考える

 

 

「…いいじゃろう。こっちに来るがよい」

 

 

許可を出したおばば

翔はおばばの傍に歩み寄る

 

おばばが、少しだけ包帯を解いてくれた

そこから見える傷を、翔は見る

 

 

(…この傷、まさか)

 

 

「…もうよいか?」

 

 

「あ…、はい。ありがとうございました」

 

 

おばばは包帯を戻し、翔は元いた場所に戻る

 

 

「…翔?」

 

 

翔は座布団に座って考え込む

そんな翔が気になったのか、すずが声をかけるが翔は反応しない

 

 

(…あの傷は)

 

 

おばばに見せてもらった傷

あの傷は、間違いない

 

 

「北の主が、やられたそうね」

 

 

翔が考え込んでいるとき

今、この場にはいない新しい人が現れた

 

 

「!?ひいおばあさま!」

 

 

「え!?まち!?」

 

 

「「「「「「…え?」」」」」

 

 

事態が混沌としてきそうだ

 

 

 

 

 

やしろのことを話し、とりあえず事態は一段落した

しかし、混沌とした事態の中で、やしろは一言も言葉を発しなかった

 

 

「…やはり」

 

 

やしろが何やら考え込んでいる

侵入者のことを考えているのだろう、と容易に予想できる

 

北の主、タイガがやられてしまった

早急に対策を立てなければならない

 

 

「…長老様、翔さん。ちょっと…」

 

 

すると、考え込んでいたやしろが、おばばと翔を呼ぶ

 

やしろは立ち上がって外へと出て行く

その途中で、翔とおばばをちらっ、と見る

 

ついてこい、ということだろうか

翔とおばばはやしろについていく

 

 

「…恐らく…、いえ。間違いなく、タイガ様は侵入者にやられたと思われます」

 

 

やはり、侵入者の話だ

そして、タイガを倒したのは、侵入者だとやしろは考えているらしい

 

翔と同じ考えだ

 

 

「…でしょうね。あの傷。刀でやられたものでしょう」

 

 

「刀…じゃと?」

 

 

やしろに続いて、翔が口を開いた

その内容は、タイガの体についていた傷

 

その傷は、刀で斬られたものだと翔は考えていた

 

爪でやられた、とも考えたが、それにしては傷の幅が一定だ

 

爪は、根元に行くほど太くなり、先に行くほど細くなる

そうでなければ、戦いの中で爪で、切り傷をつけることはほぼ不可能だ

 

だが、タイガにつけられていたきずは、幅が一定だった

爪でつけられたものならば、幅が一定となるのはありえない

 

つまり、タイガと戦ったのは

 

 

「剣士。タイガさんが戦ったのは、剣士だと、俺は考えています」

 

 

「…なるほど」

 

 

翔の言葉に、おばばが顎に手を当てて返す

 

 

「剣士ならば当然、人間じゃろう。タイガを倒せる剣士など、おぬし以外はこの島に存在せぬし、たとえ動物だとしても、そんな動物この島にはおりゃせん。…どちらにしても、侵入者ということで間違いはなさそうじゃな」

 

 

しかし、タイガを倒せるほどの手練れ…

一体どんなものなのだろうか…

 

三人がそれぞれ考え込もうとしていた時だった

 

 

「おばば!北の主が目を覚ましたよ!」

 

 

「「「!」」」

 

 

すずが、そう言ってきた

 

三人はすずの後についてすぐに部屋に戻る

そして、目を開けているタイガを見る

 

 

「タイガ!」

 

 

おばばがタイガの傍に寄り添う

タイガはそんなおばばを見て、ふっと微笑む

 

 

「長老…か…。ふっ…、こんな…無様な所を…くぅっ…」

 

 

「これこれ…。無理するでない…」

 

 

上体を起こそうとするタイガ

だが、やはり傷が痛むのだろう

顔を顰め、起こそうとした上体が横たわってしまう

 

 

「タイガ様。そのままでよろしいので、お話をきかせてもらえるでしょうか?」

 

 

再びタイガが上体を起こそうとしたその時

やしろがタイガに声をかける

 

タイガは声が聞こえてきた方に目を向ける

 

 

「…やしろか。聞きたいことは一つだろう?」

 

 

「…」

 

 

タイガは、やしろが聞きたがっていることをすぐに読み取る

そんな中、未だ状況が読み取れていない人がたくさんいた

 

 

「あ、あの…。何の話をしてるの…?」

 

 

すずが口を開いた

状況がわかっていないのは、すず含む八人

翔を除いたいつものメンツたちだった

 

やしろは、すずの問いを聞いて考え込む

 

 

「…そうね。話した方が良いかもしれないわね、特にすずちゃんは。翔君にも協力してもらう予定だから」

 

 

「翔…?」

 

 

なぜ、ここで翔が関わってくるのだろう

すずは、異様な不安に襲われる

 

どうして、翔は黙ったままなのだろうか

いつもなら、ここで大丈夫だ、と声をかけてくれるというのに

 

やしろは、話した

島に侵入者がいるということ

島の結界を無理やり壊し、入り込んできたということ

そして、その侵入者がタイガを倒したということを

 

沈黙が流れる

 

 

「…北のぬしをここまでやっつけてしまうとは。その者、油断ならないでござる…」

 

 

話しを聞いて、一番最初に口を開いたのはしのぶだった

 

 

「よし!拙者が成敗するでござる!ではさっそく…」

 

 

「やめて…おけ」

 

 

しのぶが、何やら暴走気味に部屋から出て行こうとするのを、タイガが止める

しのぶは、その声を聴いて動きを止めて振り返る

 

 

「しかし!タイガ様をここまでにして…、許せんでござる!」

 

 

「その気持ちは受け取っておくが…、貴様ごときでは、俺の二の舞になるだけだ…」

 

 

確かに、そうだ

しのぶはまだまだ甘い

 

そんなしのぶが、タイガを倒した相手と戦ってしまえば…

二の舞どころではない

もっとひどい目に遭ってしまうだろう

 

だが、結局は誰かがその侵入者を倒さなければならない

 

やしろが言っていた協力

侵入者を倒すということに、翔に協力させようとしているのだろう

 

 

「それで…、やしろの聞きたいことは、俺を倒した輩のこと…だろう?」

 

 

タイガの言葉に、やしろが頷く

 

ありえないのだ

タイガは、おばばがこの島にやってきた時からすでに生きている

 

タイガを倒すというのは、翔というイレギュラーのような存在でない限り不可能なのだ

 

そしてその翔は、心優しい存在だった

さらに、すずの傍にいたということで、そのことをすぐに確認できた

 

だからこそ、翔の時はそこまで騒ぎにはならなかった

 

だが、今回は違う

得体のしれない存在なのだ

 

 

「…刀の使い手だった」

 

 

「!」

 

 

翔の目が見開かれる

 

やはり、予想通りだった

タイガについていた傷は、刀によってつけられたものだったのだ

 

 

「かといって…、翔。貴様のように技術が優れていたわけではない…。だが…、力が凄まじいものだった…。この俺とは、比べ物にならないほどにな…」

 

 

タイガの力とは、比べ物にならない

想像もつかない

 

タイガと戦ったことがある翔だからわかる

 

東西南北の主の中で、力が一番すぐれているのは、タイガだ

そのタイガが、力で負けた

 

 

(人間ではあり得ないな…)

 

 

はっきり言おう

タイガの力は、人間の限界を超えている

 

たとえ、御神最強の剣士と言われている、御神静馬でも、力勝負ではタイガに勝てないだろう

なぜなら、彼も人間なのだから

 

だからこそ、翔は技術、スピード勝負に持ち込み、勝利をもぎ取ったのだ

 

 

「奴の姿は…。銀色の髪…、背は、翔より高かった…。男だ」

 

 

この場にいる全員が目を見開いた

 

二人目の、男

だが、手放しに喜べないのは、この場にいる皆が同じだろう

 

 

「気を付けろ…。奴は…、何か…、隠している…」

 

 

タイガの声が、弱弱しくなってきた

タイガの傷はまだ、癒えてなどいない

 

恐らく、意識を保つのに限界が来たのだろう

 

 

「奴は…まだ…」

 

 

そこで、タイガの言葉が切れた

 

目を閉じ、すやすやと寝息を立てている

この姿だけ見れば、北の主であるなど考えられないほど、安らかな姿だ

 

タイガの言葉を聞いていたやしろが立ち上がる

 

 

「長老様。残りの三人の主、そして、翔さんを連れ、侵入者の捜索に行きたいと思っています」

 

 

「!」

 

 

やしろの言葉を聞き、すずがびくりと体を震わせる

そして、ばっ、とやしろの顔を向ける

 

その表情は、語っていた

 

どうして、と

 

 

「…わかっておる。もし、その者が心悪しきものならば、置いてはおけぬ」

 

 

おばばは、承諾する

島を守るものとして、長老として

 

 

「…翔さん。いいわね?」

 

 

「…」

 

 

やしろが、翔に声をかける

翔は無言でただ頷き、立ち上がる

 

そして、やしろの隣まで行くと、やしろも共に歩き出す

 

 

「ま、待って!」

 

 

 

 

 

 

 

 

つい、声を出してしまった

本当は、してはいけないことなのに

 

でも、止めたい

 

北の主がやられた

そのことを聞いて、おばばの家に向かった

 

この島に入り込んできた人がいることを聞いた

島のまわりに張られている結界を破って

 

北のぬしがやられたのもその人らしい

相当強いことがわかる

 

そして、いつの間にかその人を探すのに、翔が参加することになった

 

もしかしたら、その人はとても危険な人かもしれないのに

翔が…行っちゃう…

 

そう考えると、気づかぬ間に自分は翔を呼び止めていた

 

 

「…ダメ」

 

 

不安、だ

とても

 

このまま行かせてしまえば、翔がどこかに行ってしまいそうな気がしたのだ

 

そう

父と母のように

 

また、自分は一人になってしまう

そんな気がして

 

すずは、翔のすぐ後ろの所まで行く

 

 

「嫌だよ…」

 

 

翔の袖をつかむ

 

行かせたくない

行かないで

そんな思いを込めて

 

 

「一人は…嫌だよ…」

 

 

ぽろぽろと涙がこぼれる

不安で、胸がいっぱいになる

 

 

「一人に…、しないでよぉ…」

 

 

 

 

 

 

 

すずが、泣いている

すずを泣かせないと、誓ったのに

 

でも

 

でも

 

今回は…ダメなのだ

 

 

「すず…」

 

 

翔は、すずと向き合う

すずが、こちらを見上げてくる

 

涙で目がうるんでいる

顔に、涙が流れた跡が見える

 

でも、ダメだ

 

 

「…ごめん」

 

 

翔は、すずの首元に手刀を当てた

すずの体から、力が抜けていく

 

 

「しょ…う…」

 

 

すずの意識は、途切れた

それを確認した翔は、自分が首元に巻いていたタオルをまくら代わりにして、その場にすずを横たえた

 

 

「…すずを頼みます」

 

 

「わかっておる」

 

 

おばばにそう頼むと、おばばはちゃんと了承を返してくれる

 

大丈夫だ

おばばなら、安心できる

 

いけ好かないが…、すずをちゃんと見てくれるだろう

 

 

「ひいおばあ様…、あの…」

 

 

翔がやしろの所へ歩いていくと、まちが口を開いた

 

自分も一緒に、そう言おうとしていたのだろう

だが

 

 

「ダメ。まちにはまだ、早すぎる」

 

 

やしろは拒絶する

まだ、まちには早すぎる、と

 

翔が、立ち止まっていたやしろの隣に立つ

 

二人は顔を見合わせた後、全員の視線が注がれている中、外に出て行くのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ここはどこじゃ」

 

 

男が、まわりを見渡して言う

 

 

「気が遠くなっておる…。やはり、あの方向で合っていたのかのう…」

 

 

男が、方向を変えて歩き出す

 

邂逅は、近い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十一話 感じて

少し遅くなりました
今回は、翔と侵入者との邂逅です

あと、ほんの少しだけ戦闘に入るのですが…

なんだこれ!むずっ!はっ!?
五回かきなおしてこれかよ!
いや、読者の皆様、本当に申し訳ありません!

頑張りましたが、こんなのしかできませんでした…
次回は、もっと頑張りますので…


おばばの屋敷から出た翔とやしろ

その表情は、やや緊張が含まれている

 

やしろは、海龍の社を管理するお役目であり、そして島を守るための巫女である

今までも、妖怪と何度も対峙してきたが、今回の敵は過去最強の敵と言っていいだろう

何しろ、島の結界を破るほどの相手である

 

そして、翔にとっては三年ぶりの実戦である

今までのような試合ではない

恐らく、斬り合いに、殺し合いになるのは間違いないだろう

腰に差してある実剣で敵を斬る

不安がないと言ったら当然うそになってしまう

 

 

「…大丈夫」

 

 

「え?」

 

 

翔の表情が強張っていることに気づいたやしろが、優しく声をかける

翔は目を丸くしてやしろを見る

 

 

「私だっている。これでも、最強の巫女なんだから」

 

 

むん、と両手を握るやしろ

その仕草が何とも幼く見える

 

…年のことは考えたくないが、見た目とマッチしていて微笑ましい気分になる

 

 

「そうですね…。ありがとうございます」

 

 

翔は微笑みながら、励ましてくれたやしろにお礼を言う

 

やしろだって不安でないはずがない

あの物の言い方からすると、過去に島の結界を破ったという者はいないのだろう

 

少なくとも、やしろが生きているうちは

 

それほどの相手と、これから戦うことになるかもしれないのだ

たとえ戦うことはないとしても、対峙しなければならない

 

 

(…しっかりしろ。不安なのは俺だけじゃないんだ)

 

 

視界に、西の森の主からあげ、南の森の主しまとら、東の森の主ぱんたろうが見えてきた

いつもと変わらない表情をしているようにも見えるが、どこか陰りが差しているのを翔は見逃さない

 

全員、不安なのだ

まだ見ぬ相手に、不安を感じているのだ

 

 

「…じゃあ、行きましょうか。からあげさんは…」

 

 

やしろが、全員の捜索範囲の割り振りを指示していく

島を守るため、五人が戦いに身を投じようとしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やしろの指示はこうだ

 

三人の主は、それぞれの領地を捜索

やしろはその場待機

式神を使って島全域の捜索をするためである

 

そして翔は、北の森へと向かう

もしかすると、侵入者はタイガを倒した後移動していない可能性だって考えられるからだ

 

可能性は少ないが、何しろ妖気が感じられず、場所を特定できない今、様々な可能性を考えておくことに損はないだろう

 

今、翔は指示の通りに北の森へと向かっている

 

 

「…何か、静かだな」

 

 

それにしても、静かである

 

翔が歩いている場所は、森の中である

まだ、西の森の範囲内である

だが、いつもなら聞こえてくる鳥の鳴き声、猿の鳴き声がまったく聞こえてこないのである

 

もしかすると、もう侵入者の情報が知れ渡っているのかもしれない

だとすると、この静けさも納得がいく

 

…のだが

 

 

「…それにしてもおかしいぞ」

 

 

翔は、どことなく違和感を感じていた

はっきりと感じているわけではない

 

だが、それにしてもおかしい

どうして

 

 

「どうして…。生き物の気配がまったく感じられないんだ?」

 

 

まったくだ

音がしてこないのはまあ納得できる

 

侵入者を警戒して物音をたてないようにしていると判断できるからだ

だが、気配がまったくしないというのはどういうことだ

 

気配を消そうとしている、と言ってしまえばそこまでなのだが、翔を誤魔化しきれるとはとても考えにくい

だとしたら…

 

 

「この森にいない…。いや…、まさか…」

 

 

翔はある考えに行きつく

この森から生き物の気配が感じられない

つまり、それはこの森に生き物がいないということ

 

今、翔は侵入者を探している

強大な力を持つ

 

 

「…逃げた?」

 

 

この島の生き物は、基本住処から遠く離れたりはしない

だから、翔がまわりからまったく気配を感じ取れないというのはあり得ないことなのだ

 

生き物は、いない

ということは、この地域からいなくなった

 

この島には、侵入者がいる

 

なぜ、生き物が逃げたかは、明らかだ

 

 

「っ!」

 

 

翔は、刀を鞘から抜き放った

 

 

 

 

 

 

 

 

やしろは今、ぴよじゅーべー、たつごろー、ワンといちを操って島を捜索していた

 

空、地上、水中

それぞれ専門となるエリアを捜索させている

 

なぜ、もっと式神使わないのか

それは、侵入者と戦うという場面を想定してである

妖力はなるべく節約しておきたいのだ

 

たった三体とはいえ、式神としての能力はとても強い

これでもやしろの妖力はかなりの勢いで減っていっているのだ

 

 

「…っ」

 

 

式神を操るために瞑想していたやしろの体がぴくりと震えた

それは、ワンといちから受け取る嗅覚の情報

 

翔と…島で嗅いだことのない者

共にいる

 

やしろはすぐさまワンといちを向かわせる

他の二体はまだ捜索させる

 

もしかすると、侵入者ではないということも考えられるのだが…

 

 

「…これは、すぐに向かおうかしら」

 

 

次に受け取ったのは、視界情報だ

翔と謎の人物が戦闘に入ったという

タイガの言う通り、謎の人物は刀を使って

 

 

「ぴよじゅーべー、たつごろー、ワンといち。あなたたちは主たちにこのことを伝えて。私は翔君に加勢するわ」

 

 

やしろは立ち上がって走り出す

翔の居場所は、北の森に行く道の途中に広がる森の中

 

 

(…それにしても、ずいぶん早く見つかったわね。妖力も完璧の隠していたのに…。いえ、まず、どうして妖力を隠したまま戦っているの?)

 

 

やしろは、移動しながら様々な疑問点について思考する

 

 

(…刀。翔君も、刀を使っていたわよね…。まさか…)

 

 

あまり考えられないが、可能性はある

 

刀と刀

翔と、侵入者の共通点

 

 

(翔君を…、探していた?)

 

 

先程も言った通り、可能性としてはかなり少ないが、十分に考えられる

何しろ、翔に関してだって謎に包まれているのだ

 

あの、御神といっただろうか

その剣術について、翔は何も教えてくれない

 

いつ、どこで、どうやって身に着けたのか

 

 

(…あまり考えたくはないけど、翔君。私は、あなたも疑っているのよ)

 

 

島を守る巫女として、最悪の可能性は視野に入れておかなければならないのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やしろが式神を操りながら、こちらに向かっているその時

翔は背後から襲ってきた謎の人物と対峙していた

 

銀色に輝く髪を括って、目は赤く鋭く、冷たい印象を受ける

 

やしろは、結界が破壊された時、巨大な妖気を感じたと言っていた

つまり、目の前にいる人型は妖怪のはずなのだが…

 

 

(…ファッションが現代!)

 

 

心の中でツッコんでしまった

 

黒いジャケットの下は白いTシャツ

青いGパンを穿いている

 

…本当に妖怪なのか

 

 

「…やっと…、見つけたぞ」

 

 

「?」

 

 

何やらつぶやいている

 

見つけた…?やっと…?

まるで、今まで自分を探していたと言っているみたいだ

 

 

「この島に来てから感じていた懐かしい気配…。間違いない、おぬしじゃ」

 

 

「…悪いが、俺はあんたのことなんか知らないぞ」

 

 

物凄い電波なことを言ってしまっている

最近の妖怪は、こういうものなのだろうか

 

 

「…」

 

 

「…っ!?」

 

 

刀を、振るう

 

振るわれた刀は、翔の目の前で、謎の人物が振るった刀と耳障りな音を響かせながら交わる

 

 

(っ!!!?なんて…、馬鹿力だ!!!!?)

 

 

襲い掛かってくる重さが半端ではない

明らかに人間が出せる力じゃない

 

翔は体をずらせて、相手の刀を流す

 

そのまま距離を取ろうとするが、謎の人物は翔を逃がそうとしない

 

 

「っ!」

 

 

「逃げるでない。せめて、儂が感じるこの懐かしい気配がなんなのか。それが思い出せるまでは付き合うてもらおう」

 

 

鋭い目で、翔を睨みながら謎の人物は刀を振るってくる

避けられない

 

翔の手に、再び強烈な重さがのしかかる

 

 

「ぐぅっ…!」

 

 

思わず唇から声が漏れてしまう

それほど、この人物の力は凄まじいものなのだ

 

翔は再び相手の刀を横に流す

だが、そこからは違った

 

翔は相手の背後に回り込んで刀を振るおうとする

 

ここまで戦ってわかったことだが、確かに相手の力は凄まじい

力でタイガを倒したことは納得できる

 

だが、剣の技術はそう大したことはない

もしタイガが剣の技術があれば、間違いなくタイガは勝てた

 

しかし、わからない

こいつは、明らかに人にしか見えない

 

妖怪…、それも、島の結界を破壊したというようには見えない

どう見ても日本にいる若者だ

 

これで終わりとは、思えない

 

翔は刀に徹を込めて一文字に振るう

だが、刃は倒していた

斬る、ではなく殴るためである

 

 

「…甘いぞ」

 

 

「っ!?」

 

 

間違いなく、背後は取ったはずだった

徹で相手の意識を刈り取り、それで戦闘は終了するはずだった

 

それなのに、なぜだ

なぜ、手がしびれるほどの衝撃をが、刀から伝わってくる

 

 

「痛いのぅ…。儂に痛みを感じさせるとは…。おぬし…、何者じゃ」

 

 

「ちっ」

 

 

翔は舌を打ちながら後退する

そして、見た

 

先程まで人だと思っていた者の背後

ゆらゆらと揺れる九本の物体を

 

 

「…尻尾…か?」

 

 

それは尻尾だった

髪と同じく銀色に輝く尻尾がゆらゆらと揺れている

 

先程の背後からの攻撃

まさか、それで防いだとでもいうのか

 

 

「…刀。儂に痛みを…。まさか、おぬし、御神の者か?」

 

 

「っ…、知っているのか?御神を…」

 

 

目の前の人…、いや、妖から発せられた御神という言葉

なぜ、知っているのか

 

御神という剣術の名前自体は、確かに内密にはしていない

だが、それにしても、御神という名は広まっているわけではないのだ

 

御神の剣士自体、数がかなり少なくなってきているというのに

 

 

「ほぅ…、こんな所で御神の剣士と会えるとは…。奇縁なものよ…。なるほど、儂が感じた懐かしい気配は、それか」

 

 

と、そこまで言うと目の前の妖は明後日の方向に目を向ける

 

 

「…こちらに近づいておるのか?邪魔はさせぬぞ」

 

 

妖が、左手を振るう

…だが何も起こらない

 

翔は、そう感じていた

 

 

「…これでよし。では…再開といこうかの…」

 

 

しかし、妖にとってはこれで良いらしい

何が起こったのかはわからないが、間違いなく翔にとって良いものではないのは確かだろう

 

妖は刀を構える

背後に揺れる尾の動きが活発になっているのは気のせいではないはずだ

 

翔も姿勢を低くして構える

…くる

 

翔も動く

 

妖は翔に向かっていき、翔は妖から距離をとる

互いの距離は一定を保ったままだが、妖がスピードを上げた

 

刀を振るう

 

今回は、翔は受けずに避けた

すれ違う二人

混じり合う視線

 

 

「そういえば、まだ名乗ってなかったのぅ…。儂の名は九宇牙、九尾の九宇牙じゃ」

 

 

名乗る妖、九宇牙

そして名乗りながらも九宇牙は翔を襲う

 

今度は刀ではなく、九本の尾を使う

尾が、翔の頭上から降り注ぐ

 

翔は動かない

そして

 

 

 

 

 

 

 

九本の尾が、地面に突き刺さった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前書きでも申した通り、次回はもっと頑張ります



うぅ…、頑張ろう


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第四十二話 激化して

お久しぶりです。
ここまで小説を凍結してしまい、申し訳ありませんでした。

覚えていらっしゃるでしょうか?翔と九宇牙の戦闘です。


翔と九宇牙が戦闘を繰り広げていた頃、やしろは自身の妖力を用いて巨大化させたぴよじゅーべーの背に乗って、わんといちが案内する翔の居場所へと向かっていた。

 

初めは走って向かっていたやしろだったが、ぴよじゅーべーを呼び寄せて飛んだ方が早いと判断したのだ。

ぬしたちの連絡は、たつごろーが行ってくれる。

 

 

『そろそろつくはずわん!』

 

 

「えぇ…。この巨大な妖力、だんだん近づいてきている…」

 

 

やしろは優秀な巫女だ。今、自身の感じている巨大な第三者の妖力。

間違いない。何者かがこの島に侵入してきた時と同じ妖力。

 

だが、相手も自分たちの接近に気づかないはずがない。

何か手を施してくる可能性だってある。

 

やしろは気を引き締めながら、翔と侵入者が戦闘を行っている場所の方向を見据えていた。

 

 

「…っ!?これは!」

 

 

もう少しで翔の加勢に行ける距離となったその時、やしろは急に迸った妖力に目を見開く。

その妖力は、翔と侵入者を中心に四方を囲む。これは…

 

 

「結界…!」

 

 

やしろは、ある所を境にぴよじゅーべーを止めて地面へと降り立つ。

 

右手に妖力を貯めて、そっと突き出す。

だが、ある所を超えようとすると、目に見えない何かがやしろの手の侵入を拒む。

 

 

「…相当固い結界ね。でも、作りが少し甘い。即興で作ったのかしら?」

 

 

身震いする。確かに、作りが甘いし壊せないものではない。

だが、壊すための時間が必要になってくる。やしろが、結界を壊すために時間を使ってしまう。

 

これだけの結界を一瞬で作れる侵入者の妖力に身震いしてしまう。

 

 

「こんな化け物と、翔君は対峙しているのね…」

 

 

頭に浮かぶのは、気を失うその瞬間まで心配そうに翔を見つめていたすずの顔。

本当なら、翔一人で侵入者と戦わせてはいけなかった。

この事態を作り出したのは、自分だ。

 

効率を優先せずに、自分は翔と共に侵入者を捜索すべきだったのだ。

 

侵入者が翔を狙ってくるだろうということは、捜索を始める前からタイガの報告によってわかっていたのだから。

 

 

「…すずちゃん、ごめんなさい」

 

 

自分のミスのせいで翔が危険な目に遭っている。

小さく、相手には聞こえないが謝罪するやしろ。

 

 

「たつごろー、ぬしたちへの連絡は終わったかしら?」

 

 

『きゅごー』

 

 

「そう。なら、すぐにこっちへ来てちょうだい」

 

 

ぬしへの連絡を終えたと言うたつごろーを呼び戻すと、やしろは懐から九枚の札を取り出す。

 

 

「皆、この結界を破壊するわよ。力を貸して」

 

 

やしろの意志のこもった声に、召喚された式神、十二神が同時に頷く。

 

やしろは目を閉じて集中を始める。

やしろの中の霊力を、式神たちに送り込んでいるのだ。

そしてやしろ自身もまた、術を使うために霊力を貯めて…。

 

 

「…っ!」

 

 

やしろと十二神。同時に、霊力の砲撃を結界に向けて放つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ。外の奴ら、想像以上にやるの」

 

 

結界内部。九宇牙は、結界全体が震えたのを感じ取る。

即興で作ったものではあるが、硬度は申し分ない物のはず。

そんな九宇牙の結界を、大きく揺るがすほどの力の持ち主が外にいる。

 

 

「陰陽師、か?だが、そんな力の感じではないが…」

 

 

九宇牙は、思考を途切る。

九宇牙の目の前で、自身の尾が突き刺さった地面から砂煙が立ち込めている。

 

翔を狙って九の尾を突き付けたのだが…。翔の姿は見つからない。

 

 

(…これで終わりとなると、相当の拍子抜けになるのじゃが)

 

 

九宇牙は、地面に突き刺した九の尾のうち二本を地面から抜いて背後で交差させる。

 

尾を交差させた部分から大きく衝撃を受ける九宇牙。

前につんのめりそうになるのをかろうじて耐え、笑みを浮かべながら振り返る。

 

 

「手ごたえがないと思っておった。それにそれは御神の奥義<神速>じゃな?幼いおぬしがよく身に着けることができたものじゃ…」

 

 

「…」

 

 

先程の九宇牙の攻撃を受ける直前、翔は神速の領域に入り、かわしたのだ。

そして背後へと回り込み、徹を込めた斬撃を撃ちこんだのだが、九宇牙の尾によって防がれてしまった。

 

いや、それよりも…

 

 

(神速まで知っている…。こいつ、何者だ?)

 

 

こんな得体のしれない奴が、何故御神の技を、それも奥義まで知っているのか。

 

御神の剣は、決して他人に知らせてはならない。

自身の大切な者以外には決して教えるなと、父士郎から言われてきた。

 

御神は、決して表の存在には知られていなかった。

 

 

(…裏の人間?いや、こんな奴、聞いたこともない。それに…)

 

 

少なくとも、翔は九本の尾を生やした奴の存在など聞いたことはなかった。

だが、九宇牙は自分と戦い始めた直後、こう言っていた。

 

 

『ほぅ…、こんな所で御神の剣士と会えるとは…。奇縁なものよ…。なるほど、儂が感じた懐かしい気配はそれか』

 

 

それはまるで、過去に御神の剣士と会ったことがある。そんな言い方だった。

それも、とてもとても遠い過去に…。

 

 

「さぁ、儂をもっと楽しませて見ろ。若き剣士よ」

 

 

「…あんた、懐かしい気配の正体がわかるまでと言ったな?もう戦う必要はないんじゃないか?」

 

 

楽しそうに笑みを浮かべながら言う九宇牙に言い返す翔。

 

確かに、九宇牙はその通りに言った。

 

 

『儂が感じる懐かしい気配が何なのか。それがわかるまでは付き合うてもらう』

 

 

「確かに、言ったのぅ…。だが…、気が変わった」

 

 

そう言うと、九宇牙がこちらに突っ込んでくる。

そのスピードは、神速を使っている翔と遜色ないもの。

 

 

「っ!」

 

 

こちらに突っ込み、刀を振り下ろしてくる九宇牙を迎え撃つ翔。

だが、力比べでは圧倒的に九宇牙が上。

 

すぐに翔は押し込まれていく。

 

 

「くっ…!」

 

 

「さぁ見せてみろ。貴様があの…。御神静馬と同じ気配を儂に感じさせた、その訳を!」

 

 

九宇牙の刃から伝わってくる力が大きくなる。

このままでは押しつぶされると感じた翔は、すぐに刀を滑らせ受け流し、九宇牙から距離を取る。

 

 

「ほぅ…。だが」

 

 

自身から距離を取った翔に感心するように息を漏らす九宇牙。

その背後から、九の尾が伸びる。

 

 

「なっ…!」

 

 

迫る九の尾。

もう、出し惜しみをしている場合じゃない。

 

翔は躊躇いなくもう一本の刀を抜き放つ。

それと同時に、右手に握った刀を一度鞘に戻した。

 

迫る尾に向けて、翔は右の刀を抜刀する。御神流奥義<薙旋>だ。

翔が、抜刀と同時に右に飛ぶ。そして、翔が狙った二本の尾を薙ぎ払うと間髪開けずに次の尾の側面に回り込んで二撃目を叩き込む。

さらにこちらに迫ってくる尾に三撃目、四撃目を叩き込んで翔の繰り出した<薙旋>は終了する。

 

が、それでも九宇牙の攻撃を迎撃しきれてはいなかった。

 

 

「今のは<薙旋>か。確かに、その年でその領域にたどり着くとは見事じゃが…、儂にはまだ届かん」

 

 

迎撃しきれなかった三本の尾が翔に迫る。

 

 

「っ…!」

 

 

翔は、防ぎ切れないことを悟ると体を捻らせる。

 

三本の尾が翔の体を掠っていく。もし、体を捻らせていなかったら串刺しにされていただろう。

 

掠った部分から血が噴き出す。

ひりひりと火傷のような痛みが翔を襲う。

 

 

「…」

 

 

だが、翔は立ち上がる。

まだ、戦う意志を弱らせてはいない。

 

 

「…そうこなくてはな」

 

 

その様子を見た九宇牙も笑みを浮かべて翔の意志に応える。

 

一度、沈黙を迎える戦い。

先に動いたのは翔だった。

 

真っ直ぐに九宇牙に向けて突っ込んでいく。

 

 

「闇雲に向かってきても、儂は斬れんぞ?」

 

 

九宇牙も、翔に向けて九の尾を突っ込ませる。

それでも翔はスピードを緩めない。それどころか…

 

 

(…何だ。小僧の動きが…、速くなっている?)

 

 

翔の動きが速くなっているように九宇牙は感じる。

そして、その感覚は気のせいではなかった。

 

翔自身、自覚しているわけではない。

だが、翔が今入っている神速の領域。その集中が少しずつだが深くなっているのだ。

 

神速の領域は、底がないと言われている。

つまり、使う本人次第でどこまでも深く、どこまでも速くなるということだ。

そう、どこまでも。

 

 

「っ!」

 

 

九宇牙が突き出した尾を潜り抜け、翔は加速する。

 

目を見開くその間に、すでに翔は九宇牙の背後へと回り込む。

尾での防御は、間に合わない。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

九宇牙は体を前方に投げ出す。

翔の振るう刃の切っ先が背中を掠るが、九宇牙は前転しながら翔から距離を取る。

 

そして体の向きを翔に直して、翔と向き合う。

 

 

「…ふふ、第二ラウンドということか」

 

 

翔は、自身の戦いの中で進化している。

自分という大きな存在との戦いで、翔の中の潜在能力が目覚め始めているのだろうか。

 

 

「楽しみじゃの…。本当に楽しみじゃよ!」

 

 

九宇牙は九の尾を揺らしながら、翔は二本の刀を構えて同時に突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん」

 

 

翔と九宇牙の戦闘がさらに過熱し始めたその時、おばばの家に寝かされていたすずの目が覚めた。

体にかかる布団を避けて、すずは体を起こす。

 

 

「…おやすず。起きたのか」

 

 

「おばば…」

 

 

起きたすずに気づいたおばばがすずに声をかける。

すずは、まだ寝ぼけているのか目を半開きの状態でおばばを見る。

 

体がこくこくと揺れている。

やはりまだ寝ぼけているようだ。

 

 

「私、どうしてこんなとこで…っ」

 

 

何故、自分はおばばの家で寝ているのだろうか。

思い出そうと考えたその時、すずは全てを思い出す。

 

翔と共におばばの家に来て、この島に侵入者が入り込んできたことを知った。

そして翔は、北以外のぬしたちとやしろと共に侵入者の探索を始めたということを。

 

 

「翔!おばば、翔はどこ!?」

 

 

すずは体をおばばの方に向けて問いかける。

 

一体、翔はどこに行ったのか。

そして何をしに行ったのか。

 

わかり切ったことではあるが、それでもすずは問いかける。

 

 

「…やしろとぬしたちと共に侵入者の探索に行ったぞ。すでに翔は侵入者と接触したようじゃが」

 

 

「っ!?」

 

 

おばばの思いのかけぬ答えに大きく目を見開くすず。

すると、すずは立ち上がっておばばの家から外に出ようとする。

 

 

「待て、すず!」

 

 

だがすずの走りはおばばがすずの腕を掴んだことによって止められる。

 

 

「止めないでおばば!翔が!翔が危ないの!」

 

 

「冷静になれすず!ぬしたちだけでなく、やしろもついておるのじゃぞ!そう危ない目になど遭うはずがないじゃろ!」

 

 

「…でも。でも…!」

 

 

実際、おばばの言う通りだ。

ぬしたちだけでなくやしろも翔と共に捜索している。

そんな状態で翔が危険な目に遭うとは考えづらいのだが…。

 

 

「…そう、だね」

 

 

ひとまず、すずはおばばの言葉に納得する。

いや、自分の心に納得させたというのが正しいか。

 

今こうしている間にも翔は危険な目に遭っているかもしれない。

確かにぬしたちとやしろもいるが、それで本当に危険ではないという証明にはならない。

それに、おばばは今、言った。

 

翔はすでに、侵入者と接触していると。

 

 

(…おばばは、翔の他の人の名前は言わなかった。ということは…)

 

 

今の所、侵入者と接触したのは翔一人ということになる。

 

こうしている間、翔は一人で侵入者と戦っている。

 

翔は強い。それはすずにでもわかる。

だが、侵入者は北のぬしをあっという間に、圧倒的な実力を見せつけて叩きのめしたのだ。

そんな侵入者相手に、翔でもそう無事ではいられないかもしれない。

 

 

「っ!」

 

 

すずは首を大きく振って、出かかった嫌な考えを振り払う。

 

そんなはずはない。翔は無事だ。翔は強いんだから。

そんな…、自分を置いていくなど…、あるはずが…。

 

 

「…翔」

 

 

「…茶を入れてくる」

 

 

翔のことが心配でたまらないのだろう。

不安に染まった目を、青空に向けるすず。

 

それを見たおばばは、少しの間、すずを一人にするべきだろうと考えてそこから立ち去った。

 

だがすずはここから立ち去ったおばばにすら気づかずにただ空を見上げていた。

 

 

「…翔」

 

 

もう一度翔の名をつぶやくすず。

 

何か、嫌な予感がするのだ。このままじっとしていたら、何か…。

 

 

「…っ!」

 

 

おばばの言う通りかもしれない。

自分が行っても、足手まといにしかならないかもしれない。

 

だが、このままじっとしていることもできなかった。

 

すずは意を決して、外へと駆けだすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想待ってまーす


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第四十三話 呼び覚まされて

九宇牙さんが、そのチートさを存分に発揮します


同時に互いに突っ込んでいった翔と九宇牙、

九宇牙は、振りかぶった刀を翔に向けて振り下ろす。そして翔も、右手の刀を九宇牙に向けて振り上げていく。

 

だがそこで、翔は体を捻らせた。

 

 

「っ!?」

 

 

先程までの翔のスピードならば、九宇牙は反応していただろう。

しかし、今の翔のスピードに九宇牙は反応できなかった。

 

九宇牙の振り下ろしをスルーしながら、翔は九宇牙の背後へと回り込む。

 

 

「甘いわ!」

 

 

普通の人間相手ならこれで詰み。

だが、九宇牙は妖。それも九尾と呼ばれるもの。

 

九宇牙の九本の尾が、回り込んだ翔を襲う。

 

 

「っ!」

 

 

だが翔は、迫る尾に構わず九宇牙の背に斬りかかる。

 

 

「なっ!?」

 

 

九宇牙は、尾に手ごたえがないことに気づいて振り返る。

九宇牙の目に見えたのは、二本の刀を振り下ろそうとしている翔。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

舌打ちしながら九宇牙は前方へと足を踏み出す。

何とか翔の斬撃から逃れようとする。

 

これまた、先程までの翔ならば九宇牙の背を捉えることは出来なかっただろう。

翔の二本の刀が、九宇牙の背を斬り裂く。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

前方に倒れ込んだことにより、九宇牙の傷はそう大したものではなかった。

だが、それにしてはあまりにも大きい激痛に九宇牙は思わず顔を顰め、声を漏らす。

 

九宇牙はゴロゴロと転がり、体勢を整えてこちらに追撃を仕掛けてくる翔を見据える。

翔の斬撃を九宇牙は刀で抑え込む。だがその瞬間、翔の左腕がぶれる。

 

 

「っ!?」

 

 

御神流<虎切>

御神流の基本的な技で、一刀による抜刀術。

 

もう一方の手で操る刀で九宇牙の刀を抑えながら、翔は虎切で九宇牙を引き斬ろうと試みる。

 

 

「ぁあっ!!」

 

 

九宇牙の体勢は整っているものの、尾の動きはまだ定まってはいなかった。

尾での防御は間に合わない。九宇牙は、刀を持っていない方の腕をくれてやる。

 

 

「っ!?」

 

 

九宇牙の手が、翔の腕をつかむ。

九宇牙の握力に、翔は顔を顰めるが構わず刀を振り切る。

 

九宇牙の腕が宙を舞う。斬られた腕から血が踊り、翔の顔にこびりつく。

 

一瞬のこととはいえ、九宇牙に腕を掴まれ斬撃が僅かに鈍ってしまった。

その僅かの鈍りを、九宇牙はものにする。

 

 

「ふぅんっ!」

 

 

九宇牙は、翔の刀を弾く。刀を手放さなかった翔が後方に飛ばされ、そこを狙って九宇牙は尾を突き出す。

 

 

「はぁっ!」

 

 

翔は、空中で体を捻らせる。

回転しながら、二本の刀に徹を込め九宇牙の尾に叩き込む。

 

 

「がぁっ!?」

 

 

「ぐっ…!」

 

 

徹の込められた刀を受けた九宇牙と、尾を体を掠めた翔が、痛みに声を漏らす。

 

九宇牙はその場から動かず、翔は地面に着地すると追撃を恐れて一旦九宇牙から距離を取る。

 

 

「…?」

 

 

だが九宇牙に動きはない。

徹を受けた痛みに耐えているのだろうか。

 

あの、九宇牙が…?

 

 

「…くく」

 

 

翔の考えは間違っていた。

九宇牙の体が震えるとともに、口から洩れる笑いが翔の耳に届く。

 

 

「くく…、ははっ…」

 

 

九宇牙が、手で顔を覆いながら天を仰ぐ。

 

 

「はははっははははっ!!」

 

 

「…」

 

 

翔は二刀を構えて九宇牙の様子を窺う。

ここで攻めれば、と思う節もあったがあの九宇牙が警戒を怠っているはずもない。

 

 

「小僧…、名を教えてくれぬか?」

 

 

笑いを収めた九宇牙が、不意にそんなことを口にした。

 

翔は一瞬答えるのを躊躇うが、九宇牙の浮かべる笑みを見て答えることにする。

 

 

「…高町翔」

 

 

「そう、か…。翔か…」

 

 

九宇牙は、翔の名を自分に刻み込むかのように何度も何度も口にする。

 

 

「翔。儂はお主を侮っていた。全力を出さずとも、お主を倒せると高を括っておった」

 

 

九宇牙は翔を甘く見ていた。

たかが人間の子供。その程度の存在に負けるはずがないと、九宇牙は翔を甘く見ていたのだ。

 

かつて、その翔のような人間の子供に一度、追い詰められたことを忘れて…。

 

 

「だから…、儂はここから全力で行く。儂を…、本当の儂を、楽しませて見よ!」

 

 

「っ!?」

 

 

九宇牙が叫ぶと同時、九宇牙を中心にして風が巻き起こる。

その強烈さに、翔は目を見開きながら両腕を顔の前で交差させて守る。

 

風に巻き込まれ、まわりの木が大きく揺れ、中には根元からめきめきと音を立てながら折れるものまである。

 

 

「翔…。これが、儂の本当の姿じゃ…」

 

 

「…なっ」

 

 

風が止み、翔が腕をほどいて見ると、目の前いたのは先程までいた九本の尾を生やした男性ではなく、九本の尾を生やした狐。

 

これが、九尾である九宇牙の本当の姿。

 

 

「う…、がぁあああああああああああああああああああ!!!」

 

 

「くっ!」

 

 

九宇牙の咆哮と共に、強烈な威圧感がビリビリと翔を襲う。

それと同時に、戦闘直後に張った九宇牙の結界が割れた。

 

霊力や妖力を使わない翔はもちろんのこと、自分を追い詰めた翔しか見えていない九宇牙もその事実に気づかない。

 

 

「さぁ…、行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、突然のことだった。

結界内から感じられる妖力が、一気に膨れ上がったのだ。

 

やしろは驚愕し、目を見開いて結界の奥を見つめる。

 

 

「何…?何が起こってるの…!?」

 

 

結界の力なのか、上空に上げたぴよじゅーべーも結界内部を見ることはできなかった。

この結界を破壊しない限り、翔の援護に行くどころか内部の様子を知ることもできないということ。

 

 

「やしろさん!」

 

 

もう少しで結界が破壊できる。

ラストスパート、やしろは込める霊力にさらに力を与えた所で背後から声が聞こえる。

 

東、西、南のぬしがこの場に到着したのだ。

役者がこの場に到着した。

 

 

「ぬしたちはそこで待っていてください。もう少しでこの結界を破壊することができます」

 

 

言いながら、霊力の勢いを高めるやしろ。

同時に、結界からぴし、ぴし、と罅が入るような音が響いてくる。

 

その音を聞き取ったやしろはさらに霊力を高めていく。

 

やしろが霊力を大きくするごとに、音の聞こえるペースが速くなっていく。

そして━━━━

 

 

「っ、割れたっ」

 

 

耳を劈くような音と共に、結界がバラバラに割れる。

それと同時に、結界の中心部から巨大な咆哮が響き渡る。

 

 

「っ」

 

 

「やしろ!早く行くにゃ!」

 

 

「は、はいっ」

 

 

咆哮の恐ろしさに身を竦めてしまったやしろだったが、しまとらの一声によってすぐに我を取り戻す。

 

しまとらも、からあげも、ぱん太郎もこの奥にいる巨大な存在に恐れを抱いているはずだ。

それでも、島のために、その島に脅威を与える存在に向かって足を進めようとしている。

自分だけ、ここで足を止めるわけにはいかない。

 

 

「翔君…!」

 

 

そして、この奥で巨大な存在と今でも戦っているだろう翔のためにも。

早く、辿りつかなければ。

 

やしろたちは、翔の元へと足を急がせる。

 

 

「…」

 

 

その背後から、ついてくる存在に気づくことなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!」

 

 

翔に向かって疾走する九宇牙。

そのスピードは、先程までの人間の姿をしていた時とは比べ物にならないほどの速さ。

もしこの時、翔が自身の集中力の節制のために神速を解いていればこの瞬間、勝負はついていただろう。

 

翔は、かろうじて見える黄の影を見て、横にステップを取る。

先程まで翔がいた場所を影が、九宇牙が通り過ぎていく。

 

 

「ほぅ、反応するか」

 

 

九宇牙は、四本の足で自分が出した急激なスピードを留める。

砂煙を出しながら、九宇牙は立ち止まると一本の尾を翔に向けて突き出す。

 

 

(っ、尾のスピードも!?)

 

 

尾が突き出されるスピードまでもが格段に上がっている。

顔面目掛けて突き出された尾を、翔は首を傾けることでかわす。

だが、かわしきれず頬を掠め、掠めた場所がひりひりと熱い。

 

そんな痛みを気にする暇もなく、翔は追撃をかけてくる九宇牙を見据える。

こちらに迫る九宇牙は、八本の尾を翔に向けて突き出す。

 

それだけではない。

先程翔にかわされた尾が、Uターンし再び翔に迫ってくる。

 

 

「く…、そっ!」

 

 

翔は、再び横にステップ。

何とか尾の追撃から逃れるが、間髪おかずに尾が逃れようとする翔に追いすがる。

 

 

「逃がさぬぞ。お主にはもう、剣を振う暇も与えるつもりはない」

 

 

まさに九宇牙の言葉の通りだった。

スピードを上げた尾の執拗な追撃に、翔は反撃の暇を見つけることができなかった。

 

神速のスピードでひたすらかわし続けることしか、今の翔にはできなかった。

 

 

「はぁっ…はぁっ…!くっ!」

 

 

だが、翔は戦闘が始まった直後からずっと神速を使用し続けていた。

ここまで翔の体力が保ったことが不思議なくらいである。

 

ついに翔の息が切れ始める。

翔の限界が近づきつつあるのだ。

 

 

「そろそろ限界か?まぁ、よく保ったほうだがの」

 

 

感心したように言う九宇牙。

だが、心の奥ではがっかりしていた。

 

自分の本当の姿を引き出した人間は、翔ともう一人だけだった。

そしてそのもう一人は、この姿を引き出した上に自分を打ち倒したのだ。

 

あれからすでに何百年も経っている。そんな時間を経て、自分も強くはなっているのだが…、あの時感じた手応えを感じることは出来なかった。

 

 

(やはり、この程度だったのかの…)

 

 

目に見えて翔は消耗している。ここが、この少年の限界なのだろう。

 

 

「翔君!」

 

 

その時、翔を案じる声が横合いから九宇牙の耳に届く。

そこで初めて、九宇牙は自分が張った結界が破られていることに気がついた。

 

この者たちは、自分を倒しに来たに違いない。

ならばこの者たちの相手は、この少年の気を奪ってからにしよう。

 

 

「あっ…」

 

 

九宇牙は、尾を翔の背後に回り込ませる。

そして翔の首元を叩いて気を失わせる算段だった。

 

 

「ふむ…。ここまで楽しむことができたのは久しぶりじゃ。だが…、少し、残念だった」

 

 

この少年が、あの時の少年の域に届いていなかったこと。

それだけが、唯一の心残りだった。

それでもここまで楽しませてくれたことに感謝しながら、九宇牙は尾を翔に叩き込もうとする。

 

その瞬間、九宇牙は大きく目を見開いた。

叩き込もうとした尾と、その狙いの翔の間に影が現れた。

 

翔を狙っていた九宇牙は、割り込んできた影を叩き飛ばし。叩き飛ばされた影は大きく吹き飛ばされ、近くに木に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

 

翔は呆然としていた。

何が起こったのか、わからなかった。

 

九宇牙の尾に叩き飛ばされ、気を失っているはずなのに、何かの影が割り込んだと思うと、自分の身代わりとなって近くの木に叩きつけられたのだ。

 

 

「何が…」

 

 

翔は、その影を追って視線を移動させる。

そして、大きく目を見開くのだった。

 

 

「え…?」

 

 

木に寄りかかり、ぐったりとしている人の姿。

青い巫女服のような衣服を身に着け、黒みがかった茶髪を括って下ろした少女。

 

毎日毎日、寝食を共にして、離ればなれになった時間などこの島に来てから数えるほどしかなかった。

 

 

「す…ず…?」

 

 

自分の身代わりとなったのは、すずだった。

自分がどんなものからも守ろうと決意した少女、すずだったのだ。

 

 

「すず…?すず!?」

 

 

翔はすぐさますずに駆け寄る。

 

 

「すず!しっかりしろ、すず!」

 

 

翔の声にすずは応えない。

胸が上下している所を見ると、生きていることは確認できる。

 

だが、すずを傷つけた。それだけで、翔が怒りを抱くには十分だった。

 

 

「す…ず…」

 

 

それだけじゃない。すずを守ることができなかった。

守りたかったすずが自分の代わりに傷ついた。それもまた、許されない現実として翔の怒りを燃え上がらせる。

 

 

「…っ!?」

 

 

九宇牙は、こちらを睨みつける翔の目を見て震える。

 

先程までとは違う、巨大な殺気と共に向けられる翔の瞳。

それは、歴戦の妖である九宇牙を震え上がらせるほどのものだった。

 

大切な者を守れなかった怒り、大切な者を傷つけられた怒り、

二つの怒りが合わさり、その対象としてその怒りが九宇牙に向けられる。

 

 

「すず…を…」

 

 

九宇牙も、意識的にすずを傷つけようとは思っていなかった。

それでも、翔にとっては関係はなかった。

 

 

「よくも…、すずを…!」

 

 

その言葉が、翔の口から放たれた瞬間だった。

 

先程の九宇牙が巻き起こしたものと同じ現象。

翔を中心として、巨大な風が巻き起こる。

 

 

「なっ…!?」

 

 

九宇牙は、その現象に大きく驚愕する。

 

今まで九宇牙はいろんな人間を見てきた。

長い間生きてきて、通常の人間には備わっていない力を持つ人間も見てきた。

 

自分を追い込むことができるほどの力を持つ人間も見てきた。

 

そんな九宇牙でも、これを見るのは初めてだった。

 

虹色の風を巻き起こすことのできる人間など、見たことがあるはずはなかった。

 

 

「すず…、ごめん…」

 

 

さらに異質なことに、九宇牙だけでなく先程この場にやってきた者たちまでも風に吹き飛ばされないように踏ん張っているというのに、風の中心部である翔のすぐそばに力なく座り込むすずにはまるで風の影響を受けていないのだ。

まるでその風は、翔とすずを守ろうとしているかのように包み込む。

 

 

「すぐに…、終わらせるから…」

 

 

翔は、目から零れる涙を拭いて九宇牙を見据える。

すずを傷つけた敵を、睨みつける。

 

誰もが予想していなかった。

近いうちにそうなるだろうと考えていた者も、この形は想定していなかった。

 

島に侵入してきたイレギュラーによって、翔の中で眠っていた力が呼び覚まされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




すずが…すずがぁ…


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第四十四話 呼びかけて

何か、最近の戦いの話を書きながら、俺、何の小説書いてるんだろうと思うようになってきました。


翔を中心にして巻き上がる虹色の風。

その現象は、先程翔自身が目にした九宇牙が引き起こした現象と同じものだった。

 

風に、色がついていること以外は。

 

 

「虹色の…風…」

 

 

翔が起こす風を見て、やしろが呆然とつぶやいた。

何かの伝承で、虹色の風のことについて書かれていたような気がする。

 

遠い昔のこと。それは、アイランド号がまだこの島に難破するよりもまだずっと昔のこと。

 

『何もない草原。そこに、何の前触れもなく現れた、黄金に輝く髪を持つ姫』

 

それは、島の伝承では王と呼ばれる存在と書かれていた。

そして、こうも書かれていたのだ。

 

『王は、その拳でどんな強者をも打ち倒してきた。その拳と、虹の力を操ってどんな強者をも打ち倒してきたのだ』

 

虹色の、力。

まさに、今やしろの目の前で翔を中心として巻き起こる風も、虹色。

 

 

「王…?」

 

 

今の翔の姿は、まさに伝承に伝わる王そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なんじゃ、これは…」

 

 

九宇牙すらも、呆然とするほど凄まじい光景。

見入ってしまうほど美しい虹色の風が巻き上がる。

 

それを起こした張本人は、九宇牙を憎々しげに睨みつける。

 

 

「…」

 

 

魅了されている場合ではない。

翔はまだ、戦闘意欲を失っていない。

 

九宇牙は姿勢を低くして次の翔の行動に全神経を注いで警戒する。

 

 

「…」

 

 

翔が、こちらに足を踏み出す。

九宇牙はさらに姿勢を低くして備えるが、不意に翔が前方に倒れ込み始めた。

 

 

「え…?」

 

 

思わず呆然と声を漏らす。

あれだけの力を一気に吐き出したため、翔の体に限界が訪れたのだろうか。

 

そう思い、翔の体を受け止めようと足を踏み出そうとした九宇牙だったが、その行動は失敗だったと思い知らされる。

 

 

「…っ!」

 

 

前方に倒れようとした体が、次の瞬間その動きを停止し、翔は次の足に力を込めて踏み出すと一瞬にして九宇牙との距離を詰める。

九宇牙が驚き、目を見開いたその瞬間には、翔の刀は九宇牙の眼前まで迫っていた。

 

九宇牙は大きく上半身を反らせて翔の振り上げを回避する。

翔が追撃にもう一方の刀を振り上げようとするが、その前に九宇牙は自身の尾で翔を弾き飛ばそうとする。

が━━━━

 

 

「なっ…、に!?」

 

 

九宇牙が翔を薙ぎ払おうと振るった尾が、風…、いや、壁といった方が良いだろう。

翔が巻き起こした虹色の壁によって阻まれる。

 

九宇牙は驚愕する。だが翔は、まるでこうなる結末をわかっていたかのように動きを止めず、九宇牙に斬りかかっていく。

 

尾で防ごうか、そう思い、尾を動かした九宇牙は見た。

翔の刀に、虹色の風が纏っている所を。

 

それを見た九宇牙は直感する。

あれを受けては、まずいと。

 

九宇牙は仰け反らせた上半身に逆らわず、後ろに向けてバック転。

地面に足を着けると同時に四本の足を折ってしゃがみこむ。

 

翔の斬撃が、九宇牙の頭上を横切る。

そしてその斬撃から飛び出す何か。

 

その何かは、九宇牙の後方にあった木を折る、いや、斬っていく。

木を斬ればまたその後ろの木、またさらにその後ろの木と次々に木が斬られていくのだ。

 

その光景を見ていた、九宇牙、そしてやしろや主たちは呆然とすることしかできなかった。

特に九宇牙の衝撃は他の者とは比べ物にならなかった。

 

先程までの翔と今の翔はあまりにも違いすぎる。

 

 

(まずいのう…。この少年に何が起こっているのかはわからぬが…、このままでは…!)

 

 

考える九宇牙に向かって、翔が再び刀を振るう。

だが、翔の立っていた場所は先程と同じところ。

 

つまり、翔のやろうとしていることは先程と同じこと。

翔の刀から飛ぶ虹色の斬撃が、九宇牙目掛けて放たれる。

 

九宇牙は四本の足で力一杯飛ぶ。

それは、翔の斬撃をかわすことの他に狙いがあった。

 

九宇牙が飛んだ場所は、翔と九宇牙の戦闘を見ていたやしろと主たちの近く。

九宇牙は、やしろや主たちと話をするために彼らの近くに飛んだ。

 

 

「な、くっ!?」

 

 

「気持ちはわかる!だが今は儂の話を聞いてく…、ちぃっ!?」

 

 

翔の攻撃をかわしたと思えば、九宇牙がやしろの方に接近してくる。

接近してきた九宇牙に、やしろは式神で攻撃しようと構える。

 

だがその前に九宇牙がやしろに何かを話そうとする。が、その前に翔が九宇牙目掛けて飛び掛かってくる。

 

九宇牙はやむを得ずその場から離れ、そして翔の斬撃を捌きながら言葉を続ける。

 

 

「そこの者たち!儂の話を聞いてくれ!儂が信用できないのはわかる!が、今は儂の話を聞いてくれまいか!」

 

 

「何を…」

 

 

翔と激しい打ち合いを繰り広げている九宇牙が語り掛けてくる。

 

やしろたちにとって、翔は味方で九宇牙は敵だ。

たとえ今の翔の様子がおかしくとも、その事実はそう簡単には変わらない。

 

それは、九宇牙にもわかっている。

だが、今は自分だけの力ではどうしようもない。

 

 

「今は儂に協力してくれ!そうでなければ…」

 

 

九宇牙は、翔の斬撃を回避するために一旦言葉を切る。

そして翔と距離を取ると再び、口を開く。

 

 

「この島が、滅ぶぞ!」

 

 

「っ!?」

 

 

その言葉に、やしろだけじゃない。主たちの目も大きく見開かれた。

 

この九宇牙の言い方では、九宇牙自身が島を滅ぼそうとしているのではないと感じる。

つまり、九宇牙はこう言いたいのだ。

 

翔が、この島を滅ぼすと。

 

 

「っ…」

 

 

「お主らならばわかるであろう!この少年の放つ力の大きさを!まだ少年はその力を使いこなせてはおらん!だからこそこの暴走を生み出しておる!」

 

 

手に入れた強すぎる力。

その力を手に入れてすぐに使いこなすことのできる者などいるはずもない。

 

 

「この少年の暴走が、儂を殺してから止まるとも思えん!むしろ、それからもまだ暴れる危険性の方が高いじゃろう!だから、儂に手を貸してくれ!この少年の動きを止めてくれさえすれば後は儂が何とかする!」

 

 

「…」

 

 

やしろは考える。

島を守るお役目として、どうするべきか。

 

この九宇牙は、島の結界を破って入ってきた侵入者。さらに、北のぬしを打ち倒した危険な存在。

ならば、今の翔は?今、自分たちに協力を仰いでいる九宇牙が危険な存在だとしたら、翔はどうなのだ?

 

やしろが危険な存在だと判断した九宇牙を圧倒し、さらに今は暴走している。

さらに九宇牙は、このまま翔を放っておけば島が滅ぶとまで言っている。

 

 

「やしろ様…」

 

 

からあげが、やしろを不安そうに見上げる。

からあげだけでなく、しまとらもぱん太郎も、やしろの判断を待っている。

 

 

「…あの九宇牙というものは、この島の侵入者」

 

 

九宇牙は侵入者であり、北のぬしを倒して島に害を与えた者。

 

やしろは、けど、と続けて口を開く。

 

 

「今の翔君は止めるべきだと、私は、お役目として判断しました」

 

 

そう告げると、やしろは背後にいる三人のぬしを見回す。

 

 

「あなたたちがもし、あの者に協力したくないと言うのなら止めません。私をあの者と一緒に危険だと判断したのなら、攻撃するのも構いません。ですが、私は島を守るために…、翔君をあの者と共に止めに行きます」

 

 

主たちは息を呑む。

侵入者で危険分子である九宇牙は、やしろの中で島を危機から守るための同志となったのだ。

 

 

「やしろちゃん、僕たちを見くびらないでほしいにゃ。今、どちらが島にとって危険かの判断がつかないとでも思っていたのかにゃ?」

 

 

「そうだの。大体あの翔という奴は気に入らなかったのん。島を守るとともに、今までの仕返しをすることができるのん♪」

 

 

「…今の翔君は見ていられない。こんな所をすずが見たら、悲しむだろうね」

 

 

三人の思いも、やしろと共に。

翔を止める。

 

四人は思いを同じく、翔へと駆けだしていく。

 

 

 

 

 

 

(儂があの少女を傷つけた…。それがこの暴走の引き金となったことは間違いなさそうじゃの)

 

 

翔の斬撃をかわし、翔から距離を取りながら九宇牙は思考する。

 

翔の意識を奪うための尾での薙ぎ払い。

その攻撃から翔を守った少女。あの場面が翔の暴走を引き起こした引き金になったことは疑いようのない。

 

 

(じゃが…、この力は何だ…!?)

 

 

だが、これだけはわからない。

先程、翔のまわりに巻き起こった虹色の風。

今は止んでいるものの、翔の体に触れようとすると何か見えない壁のようなものに阻まれる。

 

どんなに力を込めてその不可視の壁を叩こうと決して揺るがない強固な盾。

そう、まるで翔を守るかのように全身をその不可視の壁は囲っている。

あの現象が起きてから、九宇牙は翔に触れることすらできていないのだ。

 

 

「くっ、また…!」

 

 

翔の振り下ろす刀を、九宇牙は四本の尾を一カ所に纏め、斬撃をその箇所に当てて防ぐ。

その斬撃には徹が込められており、九宇牙の尾から凄まじい痛みが伝わるが、わずかに眉を顰めるだけで動きは途切らせない。

残った自由な五本の尾を翔に向けて突き出す。

 

だが翔は、空中で体を捻らせ突き出される尾をかわし地面に着地すると、九宇牙に向けて疾駆する。

そのスピードに、九宇牙は反応しきれない。

かろうじて二本の尾を交差させ、割り込ませる。

 

翔の振るう刀が、交差させた九宇牙の尾にぶつかった瞬間、先程とは比べ物にならない激痛が九宇牙を襲う。

 

先程の斬撃には徹が込められていた。

だが、この斬撃には奥義<雷徹>が込められていた。

 

徹を更に極め強化させた奥義が九宇牙に襲う。

 

 

「ぐぅ…ぁっ…!」

 

 

声にならない声を上げて激痛に耐える九宇牙。

痛みに耐えるので精一杯で、九宇牙は翔から距離を取ることができない。

 

 

「…」

 

 

翔の目は、ただ九宇牙だけを捉える。

すずを傷つけた、九宇牙だけを捉える。

 

止めの一撃を、決して外さないように、奥義に乗せて放つ。

 

奥義之六<薙旋>

通常、右の抜刀から始まるこの技だったのだが、今の翔はそれを軽く超越する。

 

翔の左手が握る剣が九宇牙に向けて振り抜かれる。

そう。翔は薙旋を抜刀を省略してかつ、利き腕ではない方の斬撃から始めようとしているのだ。

 

 

(っ、これはさっきの…!)

 

 

翔が何をしようとしているのか、ここで初めて気づく九宇牙。

防ぎ切れなかったとはいえ、まだ翔がこの戦いで成長する前の段階で見せた技。

 

もし翔がこの技を完成させていれば、危なかったのは自分だったかもしれないと思わせたあの技。

 

今の翔が、全力で九宇牙に叩き込もうとしていた。

 

 

(まずい…!)

 

 

今の体勢では神速の四連撃を防ぐことは出来ない。

 

万事休すか、九宇牙は自分に刃が訪れるのを、目を開いたまま、視線を逸らさずに待つ。

 

 

「…っ」

 

 

九宇牙に刃が届く直前、翔がその場から飛び退いた。

その直後、九宇牙は何者かに抱きかかえられてその場から離れ、翔と九宇牙はいた場所に巨大な砲撃が降り注ぐ。

 

 

「なっ…」

 

 

その光景を見て目驚愕した九宇牙は、次に自分を抱えて翔から遠ざかっていく何者かの正体を見る。

 

 

「…龍、か?」

 

 

「きゅごー」

 

 

飛行するスピードと反比例したかのような頼りない姿に頼りない鳴き声。

その主は、九宇牙を抱えながら地面に着地する。

 

 

「ありがとう、たつごろー」

 

 

「っ、お主たちは…」

 

 

着地した龍を、撫でて労わる女性。

そしてその女性の後ろに立つ者たちを見て九宇牙は目を見開く。

 

協力を頼んだ九宇牙だったが、正直、来てくれるとは思っていなかった。

 

 

「この光景を見ていれば、どちらが島の脅威かくらいわかります。それに、あなたを見た時、殺意は感じませんでしたから」

 

 

九宇牙をまっすぐ見つめる女性、やしろは九宇牙にはっきりと告げる。

この島を救うために、九宇牙に協力すると。

 

 

「…そうか」

 

 

話を長くするつもりはない。

その間に、翔がこちらに攻めてくるのは目に見えているから。

 

九宇牙は目を、こちらの様子を窺う翔に向ける。

 

戸惑っているのかもしれない。

自分の仲間だと思っていたやしろたちが、九宇牙の傍で自分に闘志を向けていることに。

 

 

「さっきも言ったが、援護を頼む。後方から翔を狙ってくれぃ」

 

 

「わかりました」

 

 

九宇牙の言葉に返事を返したやしろは、自身の霊力を式神と主たちに渡す。

 

 

「使い方は任せるわ。けど、霊力には限りがあるから、あまり無駄遣いはしないように」

 

 

霊力を渡し終えるとやしろは渡した相手に忠告する。

やしろが持つ霊力も無限ではないのだ。どんなに優秀な術者でも、力の限界は存在するのだから。

 

 

「では、行くぞ!」

 

 

九宇牙が、翔に向かって跳びかかる。

翔もまた、飛び掛かってくる九宇牙を迎え撃とうと姿勢を低くするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん…」

 

 

再び両者が対峙したその時、目を覚ます者がいた。

九宇牙に吹き飛ばされ、木に叩きつけられ気を失っていたすずだ。

 

 

「あれ…、私、どうして…」

 

 

どうして自分はこんな所で寝ているのだろう。

疑問を浮かべるすず。

 

自分は、侵入者と戦っている翔の元へと急いで…、翔を見つけて、翔が危ない目に遭ってて…、それで…。

 

 

「っ!」

 

 

思い出す。

自分は翔を庇って侵入者の攻撃を受け、気を失ったのだ。

 

思い出すとすぐに、すずは翔の姿を探す。

 

翔はどうなった?まだ、侵入者と戦っているのだろうか。

どこか怪我はしていなかっただろうか。

 

 

「あっ…」

 

 

辺りを見回したすずは、翔の姿を見つける。

こちらに背中を向け、何者かと対峙しているのがわかる。

 

だが、おかしい。何かがおかしい。

一目ですずは、その翔がいつもの翔ではないことがわかった。

 

 

「翔…?」

 

 

先程、侵入者と戦っていた時でも感じた、いつもの優しげな雰囲気はどこにもない。

まるでそんなものは初めからなかったかのように失われている今の翔。

 

それに、何故だろう。対峙している侵入者の傍で、やしろや式神たち、からあげやしまとら、ぱん太郎までが翔に向かって身構えている。

 

翔と戦おうとしているのはわかる。

そしてその光景を一目見て、今、脅威となっているのが翔なのだと悟るすず。

 

だが、何故。何故、そんなことになっているのか。

 

 

「翔…」

 

 

翔の名をつぶやくすず。

呆然とするすずの目の前で、侵入者が翔に向かって跳びかかる。

翔もまた、その侵入者を迎え撃つために姿勢を低くとる。

 

 

「っ、ダメ!翔ぉ!」

 

 

無意識だった。思わず叫んでしまった。

 

このまま翔を戦わせてはダメだ。

そう思うとすぐにこの叫びが口から出てしまった。

 

この声は、侵入者ややしろたちにも届いていた。

 

そして、様子がおかしくなってしまった翔にも。

 

 

「!」

 

 

飛び掛かってくる九宇牙に向けて刀を振るおうとしていた翔の動きがぴたりと止まる。

 

九宇牙もまた、翔のこの動きの変化に気づいて、翔のいる手前の地面に着地する。

 

翔は、だらりと両腕を下げる。

そして、ゆっくりと振り返っていく。

 

 

「す…ず…?」

 

 

その目にすずの姿を捉えると、半開きとなったその唇から、彼女の名がつぶやかれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次で九宇牙篇は完結すると思います。


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第四十五話 残していって

投稿、遅くなってしまい申し訳ありません。
九宇牙篇、完結です。



それと、藍蘭島とは関係ないのですが活動報告の方でアンケートを取らせていただいています。
読者様の声を聴きたいので、回答していただけると嬉しいです。








 

 

 

 

 

すずを守ることができなかった。

何故?俺が弱かったから。

 

あいつが、すずを傷つける前に斬ることができなかったから。

 

あいつを斬る。必ず斬る。斬って、すずを守る。

 

何故、皆はそいつの味方をする?何故?

そうか。皆そいつの味方なのか。すずを傷つけようとしていたのか。

そうか。敵か。敵なら、斬らなきゃいけない。

 

いや、この島の全てがすずの敵なのかもしれない。

だとしたら、もう、島の全てを斬ってしまおう。

 

 

「ダメ!翔ぉ!」

 

 

誰だ、俺を止めるのは。

また、他の奴が現れたのか?

 

…いや、違う。この声、俺が聞き間違うはずがない。

この、声は━━━━

 

 

「す…ず…?」

 

 

 

 

 

 

 

翔の瞳を目の当たりにした時、すずはわずかに震えた。

 

いつも、自分に笑いかけてくれた翔の瞳じゃない。

思わず、怖いとさえ思ってしまうほど。

だがすずは、勢いよく首を横に振ってその恐怖を振り払う。

 

あの人は翔だ。何で翔がおかしくなってしまったのかはわからないが、止めなくてはならない。

 

 

「ダメだよ、翔…。皆を、傷つけちゃ…」

 

 

一歩一歩、すずは翔に歩み寄りながら語り掛ける。

翔はただ、光のない瞳をすずに向けるだけ。

 

 

「どうして、こんなことするの…?どうして、からあげたちまで攻撃しようとしたの…?」

 

 

気を失っていたすずには、詳しい状況などわからない。

わかるのは、翔を止めなくてはいけないこと。

 

そして、自分自身が翔を止めたいと思っていること。

 

もし戦闘になってしまえばすずに勝ち目はない。

それでも、すずは翔を止めるために一歩ずつ翔に歩み寄っていく。

 

 

「すずが…、傷、ついた…。皆、傷つけようとした…」

 

 

「っ!」

 

 

この言葉に、目を見開いたのは全員。そして表情を歪めたのは九宇牙だった。

故意ではないとはいえ、すずを巻き込んでしまった自分が原因だったのだ。

 

それを自覚すると同時に、翔がどれだけすずを大事に思っているのかを思い知る。

自分が原因なのだ。自分だけが、その少女を傷つけてしまったのだと何とか翔に知らせたい。

 

だが、できない。出会ったばかりだが、九宇牙にもわかる。

翔を止めることができるのは、あの少女だけなのだということを。

 

 

(…見守ることしか、できんか)

 

 

いつでも、飛び出すことができるように体勢は整えておく。

翔は今、暴走状態。すずのおかげで今は抑えられているものの、そのまま安定する保証はないのだから。

 

 

「…大丈夫だよ、翔。私、どこも傷ついてないよ…?」

 

 

両手を広げるすず。

確かに強烈な衝撃が奔り、気を失ってしまったが、大きな怪我はどこにもない。

小さな擦り傷などはあるが、それを言ってしまえばどうなるかわからないため、喉奥に飲みこむ。

 

 

「…嘘だ」

 

 

「嘘じゃないよ。どこも痛くないほら」

 

 

「…」

 

 

表情を動かさない翔は、本当にすずに傷がついていないか確かめようとしているのか、視線をすずの体中に巡らせる。

恥ずかしい、と感じてしまうがすずは甘んじてその視線を受け入れる。

ここで退いてはダメなのだ。

 

 

「翔、私は大丈夫なの」

 

 

一歩

 

 

「どこも痛くない」

 

 

一歩

 

 

「翔が心配してくれることは、とても嬉しいよ?」

 

 

一歩

 

 

「でも…」

 

 

すずが、翔の眼前まで歩み寄った。

翔の目に、すずの顔は映らない。俯いてしまい、すずの顔を見ることができない。

 

 

「皆を傷つけようとする翔を、私は見たくない!」

 

 

「っ!」

 

 

叫びと同時に上げられた顔を見た瞬間、すずの両目から零れる雫を見た瞬間、翔は全身を殴打されたかのように衝撃が奔った。

 

すずが、泣いてる。

何故?誰が泣かせた?

 

俺が皆を傷つけたから?俺が泣かせた?

 

俺が、すずを泣かせた。

 

俺が…、すずを、泣かせた…。

 

 

「すず…」

 

 

「翔ぉ…、戻ってよ…。もう、こんな翔を、見たくないよぉ…」

 

 

泣きじゃくるすず。

 

ただ、俺はすずを守ろうとしただけなのに…。

 

それが、いけなかったのかもしれない。

 

すずを守ることが、悪い事なのか?

 

それが悪い事とは思わない。だが、守るためにまわりを犠牲にすることがダメだと言っている。

 

何かを守るのに、犠牲を出さないでなど、できるのか?

 

…そのために、俺は強くなろうとしたんだ。

 

 

「…」

 

 

翔は、目を閉じて天を仰ぐ。

まるで、憑き物が取れていくような、そんな感覚を全身で味わう。

 

 

「忘れてた…。俺が、剣を取った理由を…」

 

 

「しょ、う…?」

 

 

先程までの感情を感じさせない声とは違う。

すずは、流れる涙を拭って翔を見上げた。

 

天を仰いでいた翔は、目を開ける。

 

 

「ごめん、すず」

 

 

「ぁ…」

 

 

下ろされた翔の顔を見て、すずは小さく声を漏らした。

 

 

「色々と、見失ったけど…、もう大丈夫」

 

 

「翔…」

 

 

帰ってきた。

 

 

「これからは、本当の意味ですずを守り切ってみせるから」

 

 

「翔っ!」

 

 

翔の笑顔を見て、すずはまるで花のような笑顔を咲かせる。

そしてすずは、勢いよく翔の胸へと飛び込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

「…すまなかったの」

 

 

「え?」

 

 

翔とすずの抱擁を暖かい目で見守っていた時、不意に九宇牙がやしろに声をかけた。

 

 

「こんなことになってしもうて。儂も、こんなことになるとは思わんかった。…信じてもらえるとは思わんがな」

 

 

「あなたは…」

 

 

「儂はすぐにこの島から出よう。それが、この島に住む者たちにとって一番良い事じゃて…」

 

 

ふっ、と笑みを浮かべながらその場から去ろうとする九宇牙。

 

 

「待って」

 

 

そんな九宇牙を、やしろは呼び止める。

 

 

「…あなたがこの島から出ようとするなら、止めはしません。ですが、一つだけやり残していることがあります」

 

 

「…何じゃ?」

 

 

やり残したことがあると言うやしろに振り返る九宇牙。

自分の後姿を見るやしろは、どこかに指をさしていた。その指の先に視線を向かわせる。

 

 

「一言、二人に謝ってからにしてください」

 

 

「…じゃが、儂は」

 

 

「礼儀でしょう?」

 

 

言いながら微笑むやしろは、九宇牙にはとても美しく見えた。

きょとん、とやしろを見つめた九宇牙は島を去ろうと進ませた足を反転。

 

 

「…謝らせて、くれるかのう?」

 

 

「大丈夫です。あの二人の人の好さはこの島で有名ですから」

 

 

「また、暴走が起こるかもしれんぞ」

 

 

「大丈夫です」

 

 

また暴走が起きるかもしれないと言った九宇牙に、やしろはそれはないと言い切った。

やしろの目に映るのは、翔とすずや、まわりに集まるぬしたちが笑ってる光景。

 

中心にいる翔とすず。

 

 

「翔君はもう、見失うことはないでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すずとぬしたちに声を掛けられ終えた翔は、こちらにゆっくりと歩いてくる九宇牙に視線を向けた。

先程までの巨大な狐の姿ではなく、最初に会った時の人間の姿。

 

人間の姿では、九宇牙は力を出し切ることは出来ない。

翔は、いつでも刀を抜刀できるように心掛けてはいたが、内心そうはならないだろうと悟っていた。

 

 

「すまなかったの。儂のせいでとんだことになってしまった」

 

 

「いえ、今ならわかります。あなたが俺を止めようとしてくれたこと。おかげで俺は、やしろさんやぬしたちに傷つけずに済みました」

 

 

九宇牙の謝罪に、翔は笑って答える。

翔の笑顔を見て、九宇牙はわずかに目を見開いた後、ふっと笑みを零した。

 

 

「やはり、似ておるの。かつて儂と闘り合った、御神静馬に。あ奴もそうやって儂のことを笑って許してくれたわ」

 

 

「御神、静馬…!?」

 

 

九宇牙の口から出てきたその名前に、翔は驚愕する。

 

 

「御神静馬って、あの…!?」

 

 

「お主、御神静馬を知っておるのか?儂が奴と闘ったのは二百年ほど前なのじゃが…、ん?三百年前だったかの?忘れたが、奴も有名になったものじゃの」

 

 

何処か面白がっているような笑みを浮かべながらつぶやく九宇牙に、翔は混乱する。

 

 

「に、二百?三百年前?あれ?御神静馬が亡くなったのは、確か十三年前じゃ…」

 

 

九宇牙が語る御神静馬と翔が知っている御神静馬と相違点がある。

 

 

「…同姓同名?」

 

 

「かもしれんの。人間が何百年もの時を生きるとは思えんからの」

 

 

九宇牙の語る御神静馬は、翔の知る御神静馬と同じ名の別人としか考えられない。

別に、同姓同名の人が昔に存在しても珍しくはないため、翔は気にすることを止める。

 

 

「しかし、お主の気配がほんに御神静馬とそっくりじゃ。おう、儂が知っている方じゃぞ?」

 

 

「え?」

 

 

「話が変わるが、儂がこの島に来たのもお主の気配を感じて気になったからなのじゃ」

 

 

自分が、九宇牙が知っている御神静馬と気配が似ている?

 

何か、よくわからない話になってきた。

 

 

「…お主は良い剣士になる。儂が保証しよう」

 

 

「…」

 

 

九宇牙は、翔の目をまっすぐと見て告げた。

必ず、翔は強くなると確信していた。

 

 

「…次に会う時は、もっと強くなっておれ。儂も、少し修行をしなおそう」

 

 

「はい。必ず」

 

 

互いの手を握り合う翔と九宇牙。

九宇牙は、翔の手を放すと翔の後ろに立って会話を見守っていたすずたちに頭を下げた。

 

 

「改めて謝罪する。特に、黒髪の長い女子よ。本当に申し訳なかった」

 

 

「そ、そんな…。反省したのなら、良いですよ。頭を上げてください…」

 

 

特にと指名されたすずは慌てて手を振って九宇牙に頭を上げるように言う。

だが、九宇牙はしばらくの間その体勢のままでいた。

 

 

「…では、行こうかの」

 

 

ずっと頭を下げ、謝罪の意を示し続けた九宇牙は頭を上げると同時に宙に浮いた。

 

 

「次にこの島にやってきた時は、歓迎します」

 

 

「…そんな資格はないのだがのう」

 

 

やしろに言葉をかけられた九宇牙は、苦笑を浮かべながらこめかみを掻く。

そしてすぐに苦笑を収めて笑みを浮かべると、高く高く飛び立っていった。

 

 

「次は、酒でも飲み交わすとしよう!」

 

 

その言葉は、この場にいる全員に向けられたもの。

 

 

「あなたの謝罪の言葉、必ず島にいる全員に伝えます!」

 

 

翔が、飛び立っていった九宇牙に向かって叫ぶ。

 

飛び立っていった九宇牙の姿が、小さくなっていく。

そして、そのまま見えなく…

 

 

「…ん?」

 

 

「あれ?」

 

 

初めに気づいたのは翔だった。

その後、次々に何か違和感を覚えるすずたち。

 

飛び立ち、小さくなっていた九宇牙のシルエットがだんだん大きくなってきていた。

ついには、九宇牙の顔を視認できるようになる。

 

 

「あ、あの…?どうかしましたか?」

 

 

何故、戻ってきたのだろう。

理由を問いかける翔に、九宇牙は先程と同じ苦笑を浮かべながら口を開いた。

 

 

「…島から出られぬ」

 

 

「は?」

 

 

「何故か、入る時には破れた結界が今では破れなくなっておるのじゃよ…」

 

 

「え?」

 

 

結界が破れなくなったという言葉に大きく反応するやしろ。

すぐにやしろは式神たちに命じて結界の様子を見に行かせる。

 

 

「九宇牙さん。結界に何か違和感を感じましたか?」

 

 

「違和感は感じなかったのう…。破るために力を加えて初めて、結界が固くなっていることに気が付いたからのう…」

 

 

九宇牙は、一度飛び立ったはずの空を見上げてから続ける。

 

 

「あの結界、儂の全力でも破れないほど強化されておるぞ。何が起こっておるかわかるか?」

 

 

「…いえ」

 

 

九宇牙の問いかけに、やしろは首を横に振る。

やしろにも、今回のこの現象の原因をすぐに悟ることは不可能だった。

今までこんなこと起きたことなどなかったからだ。

 

今回の様に、島に何者かが侵入してくるというのは初めてではあったが、結界を乗り越えて押し寄せてた津波は十年前にあった。

だがその後、結界が強化されることはなかった。

 

今回の九宇牙の侵入と、過去の大津波。

確かに人為的なものと自然現象という違いはあったが、何があって今回結界が強化されたのか。

 

 

「…っ!」

 

 

やしろの頭の中に、あの光景が過る。

 

虹色の、風。

 

 

(まさか…!)

 

 

やしろの目に映るのは、すずやぬしたちとこの現象について話しあっている翔。

 

 

(王を、守ろうとしているというの?龍神さまが…、この島が…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

様々な謎を残した今回の事件。

不安を残す材料が残ったこの事件は、無事にとはいえないものの解決の途を見せた。

本人にその気はなかったものの、新たな島の住人が増えることとなった。

 

そしてまた、翔たちはそれぞれの日常へと戻っていく━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からはまた原作に沿って進みます


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第四十六話 手伝って

久しぶりにこんなほのぼの書いたなぁ…。





 

 

 

九宇牙との激闘を終え、どこか島の中に満ちていた緊張は消えうせた。

空は晴れ渡り、島の日常は何も変わらずに過ぎていく。

 

翔とすずは、九宇牙との戦闘の疲労を考えてお休みをもらった。

そして今日、仕事に復帰する日を迎えた二人はおばばのお屋敷にやってきていた。

 

 

「ふむ。特に体に異常は見当たらん。心配せんでも大丈夫じゃろ」

 

 

翔とすずがおばばのお屋敷に来ていたのは、翔の体を調べてもらうためだ。

九宇牙との戦闘で怪我などをしていないか、すずが心配になって無理やり翔をここに連れてきた。

 

 

「だから言っただろすず。心配しなくていいって」

 

 

「うぅ…、でも~…」

 

 

結局その心配は杞憂に終わった。

まあ、戦闘が終わった直後に調べてもらい、大きな怪我はないという診断は受けたのだが。

やはり、目の前であんな激しい戦闘を目の当たりにすれば心配になるのも仕方ないだろう。

 

無理やり引っ張ってこられた翔にとっては堪ったものではないが。

 

 

「しかしお主、体中傷だらけじゃのぅ。この島に来る前はどんな修行をしていたんじゃ…」

 

 

不意だ服を着直す翔におばばが問いかける。

体を見るために上半身を裸にさせたのだが、おばばが目にしたのは胸から背中までつく生傷。

診察の前に、おばばが驚いて動きを止めてしまうほどだった。

 

 

「あー…。外の常識に疎いこの島の人たちでも信じられないくらいのこと…と、答えておきますよ」

 

 

「…本当にどんな修行を重ねてきたのじゃ」

 

 

あまり口にしたくないのだろう、苦笑しながら言う翔。

聞かれたくないならば深入りしないというスタンスを取るおばばだが、やはり気になってしまう。

 

人である翔が、主を圧倒するまでの力を得るまで重ねてきたその経緯が。

 

 

「むー…」

 

 

「何でむくれてるんだよ…。ほら、異常はないんだから仕事に行くぞ」

 

 

「もう!無理しちゃ絶対にダメなんだからね!?」

 

 

「何で怒ってるんだよ…」

 

 

どこから見ても夫婦のやり取りにしか見えない会話を繰り広げる翔とすず。

すずの胸に抱かれるとんかつがご満悦の表情を浮かべながら翔とすずを交互に見遣る。

 

 

「やれやれ…。すずの言う通りじゃぞ。医者として言うが、後になって異常が見つかるという事もある。しばらくはなるべく激しい動きはせんことじゃな」

 

 

「えぇ!?し、翔!やっぱり今日は休も!?ね!?」

 

 

「よ、余計なことを…!すず、大丈夫だから。激しい動きをしなきゃ大丈夫だから、な?」

 

 

おばばを恨めし気に睨んでからすずを宥める翔。

してやったり顔なおばばは微笑ましげに翔とすずを見守る。

 

 

「…やはり、すずが他の島の者たちよりも、何歩もリードしているようじゃな。さてさて、これからどうなることやら」

 

 

島の長老として、これからが楽しみだ。

翔とすずのやり取りを背中越しに聞きながら、広がる青空を見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おばばの診察を終えて、外に出た翔とすずは島の道を歩いていた。

翔とすずの仕事は他の人たちの仕事の助っ人。基本はこうしてただ気ままに歩いていることも多くなる。

 

 

「ぷー、ぷぷっぷっ、ぷー」

 

 

「今日はずいぶんご機嫌だな、とんかつ」

 

 

「ぷーぷー!」

 

 

頭の上で歌うとんかつを翔がそっと撫でると、とんかつは耳をしきりに動かして喜びを表す。

 

 

「ホント、今日はいつもより元気だね?」

 

 

「ぷー、ぷーぷー!」

 

 

「え?そっか…。ごめんね?とんかつ」

 

 

「…?何だって?」

 

 

すずととんかつが話すが、翔はまだとんかつの言葉をすべて理解することはできない。

そのため、すずにとんかつが何て言ったのかを問いかける。

 

 

「翔も私も、あの時自分を置いていって、心配してたから。また三人で歩けてうれしいって」

 

 

「…そうか」

 

 

確かに九宇牙の元に行くとき、翔もすずもとんかつを置いて行ってしまった。

今こうして思い出すと、どれだけとんかつが自分たちを心配したのか計り切れない。

 

 

「ごめんなとんかつ」

 

 

「今日は冷奴を好きなだけ食べさせてあげるからね?」

 

 

「ぷー!?ぷーぷー!」

 

 

すずの言葉に、翔の頭の上で飛び跳ねて喜ぶとんかつ。

 

そんなとんかつを微笑ましげに見つめる翔とすず。

二人に声がかけられたのは、その直後だった。

 

 

「あ、いたいた!ダンナー、すずっちー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怪我?棟梁たちが?」

 

 

「あぁ…。全治一週間。だから、今回の仕事をダンナとすずっちに手伝ってほしいんだ」

 

 

翔たちに声をかけてきたのはりんだった。

りんは、翔とすずを先導しながら声をかけた理由を二人に伝える。

 

 

「…でも、話を聞いてたらその橋に止めを刺したのは棟梁たちじゃ」

 

 

「言わないでくれ…。あたしもちょっと呆れてるんだ…」

 

 

りんからの話では、橋の消耗をりつが見抜き、他の弟子たちがその言葉を疑い、橋を揺らせてしまった。

結果、消耗した橋は振動に耐えきれずに崩れ落ち、りつたちも…。

 

明らかな自業自得ですありがとうございます。

 

 

「と、とにかく!母さんたちは怪我で今回の仕事はできねえからあたしが受け持つことになったんだ。手伝ってくれねえかな…?」

 

 

りんが両手を合わせて頭を下げる。

 

翔は、すぐに了承の返事を返そうとする。だが、その前にすずが口を開いた。

 

 

「でも…。翔はまだ無理しちゃいけないし…」

 

 

「あ…。そっか…、ダンナはまだ病み上がりなんだっけ?」

 

 

すずが暗い顔をしながらつぶやき、りんが思い出したように翔の体の状態を言う。

 

 

「いや確かにおばばに無理はするなとは言われてるけど、釘打ちとか木材を切る位のことは出来るだろ」

 

 

無理はするなと言われている翔だが、自分の体は自分がよくわかっている。

りんの言う通り、激しい戦闘での疲労はまだ残っているが、工事の手伝い位で参るほど甘い訓練は積んでいない。

翔はすぐにりんに了承の返事を返す。

 

 

「でも、翔…」

 

 

「大丈夫だって。心配するな」

 

 

不安気に見上げてくるすずの頭に翔はそっと手を乗せて優しく撫でる。

すずの目が、気持ちよさげに細められる。

 

それを、りんは見逃さなかった。

 

 

「さあさあ!手伝ってくれるんなら早く行こうか!」

 

 

「ん…?あぁ」

 

 

「…むぅ」

 

 

翔とすずの間に割り込んでからりんが二人の先を歩き始める。

何処かりんがムキになっているように感じた翔は疑問符を浮かべ、すずは不満げに頬を膨らます。

 

 

「…何で?」

 

 

微妙な空気がすずとりんの間で流れ出す。

何とかしたい翔だが、理由がわからなければどうすることもできない。

 

結局、りんが集めた他の人員たちと合流するまで、この微妙な空気を止めることは出来ず、翔は肩身の狭い思いをするのだった。

 

 

 

 

今回、りんが集めた人員は翔とすずにみこと。りんと同じ見習いで、怪我をすることなかったえて吉に、何故かしのぶ。

 

 

「何でしのぶがいるんだ?こういう仕事はしてないんじゃ…」

 

 

「りん殿に呼ばれたのでござる。それに、師匠も呼ぶと言っておったでござるからな」

 

 

翔の問いかけに答えたしのぶはその後、どこかからかうような視線をみことに浴びせてからもう一度口を開いた。

 

 

「妹の働きぶりも見たいでござるからな…」

 

 

「か、かんにんしてや…」

 

 

げんなりとした様子で放たれたみことのつぶやきをりんは聞き逃さない。

 

 

「何だ?棟梁代理のあたしが決めた面子に文句でもあるのか?」

 

 

「い、いえ!滅相もあらへん…!」

 

 

じとっとしたりんの目線に、慌ててみことが弁解する。

 

 

「…やっぱり、みことも姉には弱いんだな」

 

 

「…何や、やっぱりって。あんたにも兄弟がおるんかいな?」

 

 

「あぁ…。妹二人に兄一人。…妹たちはともかく、兄にはどうしても勝てなかったよ。色々と…」

 

 

「…こればかりは、あんたと息が合いそうやな」

 

 

みことにとって、翔は恋敵といっていい。

だが、兄と姉という性別の違いはあるものの共に姉弟に関して悩みを持つ者同士。

これだけは同情するし、話が合いそうだとみことは初めて翔との共通点を見つけるのだった。

 

 

「それにしても…、見事に落ちちゃってるねー。この橋…」

 

 

話が続く中、すずが落ちて川に浮かぶ橋の残骸を見下ろしながらつぶやく。

 

 

「まったく。物を作る職人が物を壊してどーするんだか…」

 

 

「…それをりんが言うんだな」

 

 

「うむ」

 

 

この惨状を職人である家族がやったことに改めて呆れるりんに、こちらもまた呆れてツッコむ翔。

さらに、翔の言葉にしのぶまでもが頷いて同意。

 

 

「ひでえよダンナ…」

 

 

何か言い返したいりんだが、言い返すことができる要素が思い当たらない。

結局、弱弱しくこう言うしかなかった。

 

 

「けど、棟梁たちが大けがしたって言うからもっと高い橋だと思ってたが…」

 

 

「あぁ。落ちた時点では大したことなかったらしい」

 

 

そこで翔が、橋の高さが思ったよりも低いと疑問を持った。

職人で、それなりに体も鍛えられているだろうりつたちが大けがをしたと聞いていたため、もっと高い橋を想像していたのだ。

その翔の疑問に、りんが答える。

 

 

「けど、職人の命である道具を守るのに必死で、下流にある滝で落っこちたっだってよ」

 

 

「職人魂…。やるな…」

 

 

滝から落ちるのだから、下手をしたら命にもかかわってくる。

それでも、自分たちの命も顧みずに職人の道具を守ろうとしたその職人魂に何故か翔は対抗心を抱く。

 

そんな翔の気持ちなど露知らず、りんがまわりにいる人員を見渡してから大きく声を張り上げる。

 

 

「んじゃ、そろそろ仕事に取りかかろうぜ!」

 

 

「おーーーーーー!!」

 

 

りんの号令に元気よく続くすずたち。

 

 

「じゃあみこと。壊れた橋を引き上げっから、手裏剣で向こうの縄を切ってくれ」

 

 

「はいな♡」

 

 

荷台に載せてある荷物を整理してから、りんがみことに指示を出す。

顔を赤らめながらりんに答えたみことは懐から手裏剣を取り出すと、その目をきらりと光らせる」

 

 

「ほないきまっせ…」

 

 

「…っ!」

 

 

みことから発せられる嫌な空気を、翔は逃さず感じ取っていた。

 

 

「死ねえい!」

 

 

「しっ!」

 

 

みことが手裏剣を投げるのと、翔が近くにあった木材をつかむのは同時だった。

翔はみことが投じた六つの手裏剣を、凄まじい速度で木材を振って迎撃する。

 

手裏剣は翔に命中する前に全て木材に刺さり防がれてしまった。

 

 

「ちっ…。さすがに一筋縄ではいかんか…」

 

 

「…」

 

 

翔を仕留めきれなかったみことは舌打ちしながら不満を露わにする。

そんなみことを呆れた目で見る翔。そして…

 

 

「みことちゃん…?」

 

 

「ん?どないしたすずっ…」

 

 

すずに声をかけられたみことは、振り返った所で動きをぴたりと止めた。

みことだけでない。翔も、りんもしのぶもえて吉もとんかつもびふてきも、全員が動きを止めていた。

 

 

「翔に無理をさせちゃいけないって…。みことちゃんもわかってるよね…?」

 

 

「え…?あ、いやぁ…。まぁ…あはははは…」

 

 

すずから発せられる凄まじい気に、全員が呑まれ、動けなくなる。

辛うじて返事を返すことのできたみことは、乾いた笑いを出す。

 

 

「…みことちゃん。ちょっとあっちに行こうか…」

 

 

「え…、ちょ…。し、翔!た、助けんかい!いや!まだ死になぁああああああああああああい!!」

 

 

すずがみことを連れて森の奥へと歩いていく。

翔たちは、二人の後姿を見つめることしかできない。

 

 

「…続けようか」

 

 

「あぁ…」

 

 

何とか翔が声を絞り出すと、まわりの人たちも続いて硬直から逃れるのだった。

 

 

「手裏剣なら拙者に任せるでござる。こう見えても元忍者でござるからな」

 

 

「…どう見ても現役忍者なんだがな」

 

 

今、しのぶが身に着けているのは忍装束。どこからどう見ても現役バリバリの忍者にしか見えない。

 

 

「でもかなり距離あるぜ?サルマイの修行ばかりして鈍った腕で当たるのか?」

 

 

「サムライでござるよ…」

 

 

しのぶが手裏剣で縄を切る役を買って出るが、忍者のブランクが心配になったりんがしのぶに声をかける。

だが、しのぶは自信満々気に口を開く。

 

 

「拙者を甘く見るな。確かに、遠投げの修練は長い間積んではおらぬが…」

 

 

しのぶは懐から四枚の手裏剣を取り出す。

 

 

「一度得た技は、そうやすやすと衰えはせん!」

 

 

「お!?」

 

 

「…お?」

 

 

見事なフォームから投じられる手裏剣は、真っ直ぐに縄へと飛んでいく。

予想外のことに思わず声を上げたりん。そしてりんが声を上げた直後に翔もまた声を漏らすのだが、りんと違って感心しての声ではない。

 

しのぶが投じた手裏剣の回転がどこかおかしいのだ。

翔の懸念は、すぐに実現する。

 

 

「…あれ?」

 

 

しのぶが異変に気づく。自身が投じた手裏剣のスピードが落ちている。

すると、手裏剣はあり得ない軌道を描いてこちらにUターンしてくるではないか。

 

 

「うわぁ!」

 

 

「っと…!」

 

 

戻ってきた手裏剣は、しのぶを通り過ぎて後方にいた翔とりんに飛んでいく。

すぐに振り返ったしのぶが見たものは…

 

 

「…しのぶ。どんな投げ方したらあんな飛び方するんだよ…」

 

 

「あ、あぶねぇ…」

 

 

すれすれで手裏剣を避けていた翔と、荷台に衣服を釘付けられたりんがこちらをどこか冷たい視線で見てくる光景だった。

 

 

「い、いやーすまんすまん。やはりすっかり鈍っていたようでござる…」

 

 

「「…はぁ」」

 

 

翔とりんが同時にため息を吐く。

 

果たして、りんが初めて受け持った仕事は上手くいくのだろうか。

それは、次回に続きます━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長くなったのでここで切ります。


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第四十七話 話して

ほのぼの書くのは楽しい





 

 

 

 

 

いきなり躓いてしまった橋の工事作業。

縄は翔が鋼糸で切って引き上げた。

 

引き上げた木材を、りんとえて吉が見ている中、森の奥に入っていったすずとみことが戻ってきた。

すずは何かすっきりした笑顔で、みことは物凄くぐったりとした様子を体全体から醸し出しながら戻ってくる。

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

「どうしたの?二人とも」

 

 

苦笑しながら見てくる翔としのぶに、きょとんとしながらどうしたのか尋ねるすず。

 

 

「い、いや…。何でもないでござる…」

 

 

「気にしなくていいから」

 

 

「?」

 

 

聞けない。聞けるわけがない。

みことにどんな事をしたのか、聞けるはずがなかった。

 

引き上げた木材を見ながらこれからどうしていくかを話し合うりんとえて吉に歩み寄ろうとした翔は、みことがゆらゆらとこちらに向かってくるのに気づく。

また何かされるのか、とも思ったがそんな様子ではない。

 

みことは、翔の肩を掴み、耳元でそっとつぶやいた。

 

 

「あんま言いたかないんやけど…、愛されてるなぁ、あんた…」

 

 

「え?」

 

 

それだけを言うと、みことは先程とは打って変わってうきうきとスキップをしてりんに抱き付きに行った。

…殴られた。

 

 

「…?」

 

 

首を傾げる翔。みことの言っていることがよくわからない。

 

少しの間考えるが結局わからず、材料の切り出しをするというりんの指示を聞くと同時に思考の外へと追いやるのだった。

 

 

「さて…。棟梁代理のあたいの腕前、とくと見せてやるぜ!」

 

 

木材を取り出し、のこぎりを手にりんが意気込む。

そんなりんを、翔たちは心配そうな目で見つめる。

 

 

「大丈夫かなー…。りんちゃんって、張り切ったときに限って失敗するから…」

 

 

「怪我はするなよー」

 

 

「ひでえよ二人とも!」

 

 

本当に心配そうに言う二人に、涙目になって言い返すりんは、すぐに持ち直して木材と向き合う。

 

 

「今日のあたいはいつもよりも気合が入ってんだ!そこんとこ見せてやるぜ!」

 

 

りんの気合の声と共に次々と橋に使われるサイズの木材が出来上がっていく。

そのスピードは、他に切り出しをやっている誰よりも速い。

 

 

「ど、どうでい!」

 

 

りんの横には、切られた木材の山が出来上がっていた。

 

 

「すごいけど…。そこまで急いでやらなくても良くないか…?」

 

 

翔はそうつぶやくが、かわいそうなのでりんに聞こえるようには言わないであげとく事にした。

 

量をこなしたりんが、他の人の作業の様子を見に行く。すると、ある違和感に気が付いた。

 

 

「あれ?すずっち、これ長すぎねえか?」

 

 

「え?そうかなー?」

 

 

りんに指摘されたすずが、切り終わった木材を眺める。

そして、りんが違和感を抱いたのはすずだけではなかった。

 

 

「あー、しのぶにダンナもだぜ」

 

 

「そうか?」

 

 

「ん…?図面通りやったはずなんだが…」

 

 

翔としのぶも、自分が切った木材を確かめる。

 

 

「おいおい…。本職のお前たちまで間違ってるぜ?しっかりしてくれよ」

 

 

『うそっ?』

 

 

「ホンマですかー?」

 

 

それだけではない。本職であるみことやえて吉まで間違っている。

 

…翔やすずたちと同じく、りんの切った物よりも木材が長かった。

それに翔が気づく。

 

 

(…まさか)

 

 

翔は、りんが切った木材を見る。そして、確信した。

 

 

「…りん。お前が切った木材、短くないか?」

 

 

「え!?」

 

 

指摘し返されたりんが、顔を赤くして声を上げる。

 

翔の言うことが本当かどうか気になったしのぶが、物差しでりんが切った木材を計る。

 

 

「ホントだ。りん殿の方がかなり短いでござる」

 

 

翔の言った通り、りんの切った木材は図面で示された物よりもかなり短く切られていた。

 

 

「やっぱりはりきりすぎたから…」

 

 

ショックを受けているりんを苦笑しながら見たすずが、つぶやいた。

 

 

 

 

 

「ちと時間を無駄にしちまったな…」

 

 

りんが間違った長さでかなりの数の木材を切ってしまったため、フォローするのにそれなりに時間がかかってしまった。

だが、木材の切り出しは全て終わった。次の作業に入るためにりんが荷台から新しい縄を持ってくる。

 

 

「じゃ、じゃあ次はこの柱と向こう岸の柱に縄を張るぜ」

 

 

「誰かが縄を持って向こうまで泳いでいくの?結構流れ速いよ?」

 

 

次の作業は、こちらの柱から向こう岸の柱まで縄を張ることなのだが、向こう岸まで渡るにはどうすればいいのだろうか。

橋など当然使えるはずはないし、回り道はかなり時間がかかってしまう。

 

泳いで渡ろうにも、すずの言う通り川の流れは速くできそうにない。

 

どうすればいいのか悩むが、りんはその答えをすでに持っていた。

 

 

「いんや。この石を結んだ細い縄を投げて向こうの柱に引っ掛けるんだ。で、細い縄を引っ張って、太い縄と入れ替えてその縄を伝って、もう片方の縄を掴んで移動するんだ」

 

 

「へー…」

 

 

りんの説明を、ぽかんとしながら聞くすず。

 

 

(…本当にわかってるのか?すず)

 

 

恐らく、わかっていないだろう。

 

 

「投げ縄ならあたいの特技だからな。今度は絶対にバシッと決めてやるぜ!」

 

 

「果たして汚名返上となるかな?」

 

 

(…心配だ)

 

 

今度こそと再び意気込むりんに、期待して見つめるしのぶ。

そして、心配そうにりんを見る翔。

 

ひゅんひゅんと縄を回して勢いをつけるりんは、大きく振りかぶる。

 

 

「せやぁっ!」

 

 

りんの手から投じられた、縄で結ばれた石は勢いよく飛んでいく。

 

 

「おーーーーーーーー!」

 

 

「へへっ、どんなもんだい!」

 

 

感心して石の飛んでいく先を見つめる翔たち。

翔も、先程の心配は無用だったかと思った、その時だった。

 

りんの足下にあった縄が、飛んでいった石に引っ張られていく。

そして、引かれた縄が、りんの片足に巻き付けられ、体を引く。

 

 

「うわっ!?」

 

 

「え?」

 

 

引っ張られ、転んだりんはそのまま川へと落ちていく。

 

 

「ね、姉さまぁっ!?」

 

 

「んなあほな…」

 

 

あまりの出来事に呆然とする一同。

そしてそれだけではなかった。

 

 

「あ、縄外れたよ…」

 

 

りんが引っかかったことにより、当初は目標へと間違いなく進んでいた縄の軌道が外れてしまった。

そのため、縄は柱にかからずその横に着地した。

 

結論、りんが張り切ったら失敗する。

 

 

 

 

 

「へーっくしょい!うぅ…、やっぱ着替えときゃ良かったかな…?」

 

 

「りんちゃん、風邪引いちゃった?」

 

 

川から引き上げられたりんだったが、濡れた服も着替えずにそのまま仕事を続けたため、くしゃみをする。

 

 

「こ、こんくらい何でもないぜ。それよりすずっち、落ちないように気をつけろよ」

 

 

「私、おっちょこちょいじゃないもーん」

 

 

「…そうですか」

 

 

問いかけてきたすずに、大したことないと答えたりんは、すずに注意する。

だが、返答はりんの心にちくりと痛みを与えるものだった。

 

…否定などできるはずもなかった。

 

 

「ちゃんと引っ張る長さを合わせてな。ずれると落っこちちまうから」

 

 

向こう岸からつないだ縄を、りんとすずが長さを合わせて引く。

 

結局、縄は翔が投げて柱とつないだ。

剣と共に鋼糸も操ることに長けている翔に初めから頼めばこんなややこしくなることはなかったかもしれない…。

 

 

「なんやかんやあったけど、これなら何とか完成しそうだな…」

 

 

作業を続けながら、りんは頭の中でこの仕事のペースを計算していた。

これならば今日中に終わらせられるだろう。

 

 

「これで母さんも…、ふぇっ?へっ…へっへっ…」

 

 

「ん?」

 

 

「ぷ?」

 

 

りんの頭の中で、自分を称賛する母が浮かぶ。

妄想に浸りそうになったりんだが、鼻のムズムズ感に襲われる。

 

それに気づいたすずととんかつ。

止めようとする暇もなく、りんは大きく…

 

 

「ぶえっくしょん!」

 

 

くしゃみをするのだった。

くしゃみと共に、力強く縄が引かれ、向こう岸で縄を掴んでいた翔とみことの体が引かれる。

 

 

「うぉっ」

 

 

「なんや!?」

 

 

引っ張られた翔とみことは、重力に従って川へと落下していく。

 

 

「あーーーーーーーーーーっ!!」

 

 

「翔!みこと!」

 

 

翔とみこと一緒に、支えを失った木材も川へと落下する。

流されていく木材を呆然と眺めるりんに、川に落ちた翔とみことを助けようとするすず。

 

二人を引き揚げた後、再び振出しに戻った橋を眺める一同。

 

 

「また一からやり直しだな…」

 

 

「これじゃ、いつまで経っても完成しないよ…」

 

 

「っ!」

 

 

それは、無意識につぶやかれた言葉だった。

そのつぶやきは、りんの耳へと届き、りんの頭の中で整理される。

 

 

「…失敗したらミミズ風呂…ミミズ風呂…」

 

 

「りんちゃん…?」

 

 

「ミミズ…?」

 

 

様子がおかしくなったりんをのぞき込むすず。

りんがつぶやいたミミズという言葉に疑問を持つ翔。

 

すると突如、俯いていたりんが勢いよく顔を上げた。

顔を上げたりんは、翔の前にばっ、と駆け寄って口を開いた。

 

 

「ダンナ!すぐに土台用の丸太をそろえろ!」

 

 

「…は?」

 

 

「刀を使ってもいい!すぐに木材を切るんだ!」

 

 

「え…、あ、あぁ…」

 

 

りんの勢いに押された翔は腰に差してあった刀を抜いて、木材を図面通りに切り揃えていく。

 

 

「すずっちたちは出来た端から丸太を縄で結ぶ!」

 

 

「「「「はいっ!」」」」

 

 

翔が作業に入るのを見届けると、りんは振り返ってすずたちに更なる作業を命じる。

すずたちもすぐに作業に入る。

 

 

「次!今度はダンナとみことで向こうから縄を引っ張れ!」

 

 

「わ、わかった」

 

 

「はいっ!」

 

 

木材を切り終えると、りんはすぐに指示を送る。

翔とみことは縄を伝って向こう岸にわたって縄を引っ張る。

 

 

「次!踏み板貼り急げ!」

 

 

「り、了解…」

 

 

「りょーかいっ!」

 

 

翔とみことはすぐに踏み板を貼っていく。

トンカチを振るって釘を打つ。

 

 

「釘の内が甘ぁーーーーーーーーい!!」

 

 

「オッケーボス!」

 

 

「棟梁代理だっ!」

 

 

「り、りんちゃん…」

 

 

「これは、相当お仕置きが効いているでござるな…」

 

 

勢いが止まらないりんを、木材を運びながら見つめるすずとしのぶ。

 

りんは、この時忘れていた。

作業に入る前、翔とすずをこの作業に呼んだその時、二人が言っていたことを。

 

その事が、りんをミミズ風呂よりも怖い恐怖のどん底に突き落とすことをこの時、彼女は知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、完成したでござるーーーーーーーー!!」

 

 

何と、橋が完成した。

一同のほぼ全員、というより、りん以外は完成しないと予想していた橋が出来上がった。

 

 

「え…?あ…、まじで…?」

 

 

橋が出来上がったことを自覚すると同時に、りんは我に返る。

 

自分が、やった。橋を、完成させた。

初めて、自分で仕事を完遂したのだ。

 

 

「おお!?もう終わってんぞ!?」

 

 

『マジで!?』

 

 

りんが呆然と完成した橋を眺めていた時、森の方から驚愕する声があげられた。

 

 

「母さん!?アニキも!」

 

 

声を上げたのは、松葉づえをついてやってきたりさと、腕に包帯を巻いているげ太だった。

 

 

「な、何しに来たんだよ!絶対安静だって言われただろ!?」

 

 

「決まってんだろ。しっかり仕事してるかどうか確認しに来たんだよ。…にしても」

 

 

『あぁ…。見てくれだけじゃない。しっかりできてるみたいだぞ』

 

 

「…てっきり、最後に崩れてオチかと思ったんだが」

 

 

「失礼だな…」

 

 

りさとげ太は、完成した橋の出来を確かめる。

落ちる気配はない。しっかりとこちら側から向こう岸まで張られている。

 

 

「よくやったじゃないかりん!見直したぜ!」

 

 

「い、いやぁ…。皆のおかげだぜ…」

 

 

『うむ。皆で協力し合うのが大工の仕事ってもんだ』

 

 

りさとげ太に称賛されるりん。

 

 

「確かに、りん殿の指揮っぷりは気合が入って見事でござった」

 

 

「よ、よせやい…」

 

 

さらにしのぶにまで称賛されて、りんは堪らず俯いてしまう。

 

 

「で、肝心の作業はどうよ?ちっとは腕が上がったか?」

 

 

「それが…、あんまよく覚えてなくて…。なあ皆、どうだった?」

 

 

りさに、作業に就いて問われたりんだが、作業中についてよく覚えていなかった。

そのため、一同に振り返って問いかける。

 

 

「…りんちゃん。何もしてなかったよね?」

 

 

「え?」

 

 

「何もしないで…、私たちをこき使ってたよね…」

 

 

りんの問いに答えたのは、すずだった。

それも、いつものすずじゃない。みことの時以上にオーラを吹き出しながら答える。

 

 

「す、すずっち…?」

 

 

「言わなかったっけ…?翔に無理させちゃダメだって…」

 

 

あまりの迫力に後ずさるりん、そして一歩ずつりんに歩み寄っていくすず。

 

 

「…りんちゃん。ちょっと…、お話ししよう?」

 

 

「え…、すずっち、落ち着いて…」

 

 

「落ち着いてるよ…。だから、りんちゃんにしっかり、人の話はちゃんと聞くってことをわからせてあげる…」

 

 

すずに腕を掴まれ、みことと同じように連れていかれるりん。

 

 

「い、嫌だぁっ!助けてくれ、母さん、アニキぃ!みこと、ダンナぁ~!」

 

 

助けを求めるりんだが、一同は動けずにいた。

りんの自業自得のためだけじゃない。すずの迫力に、りんと同じく動けないでいたのだ。

 

 

「すず…。何でお前、そこまで怒ってるんだ…」

 

 

「あぁ~…疲れたぁ~…」

 

 

森の奥にりんを連れていくすずの背中を、翔は疲労して立てないでいるみことを支えながら呆然と眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お手伝いはこれで終わりです。
りんは…、冥福を祈りましょう。ww

次回は何を書こうかな?


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第四十八話 汚くて

少し遅くなってしまいました。申し訳ありません。


 

 

 

 

 

 

今日も、藍蘭島は平和である。いつもと全く変わらない、平和な日常を島民は過ごしている。

 

それは今、歩いている翔とすずにも同じことだった。

 

翔が先に起きて軽い鍛錬。その素振りの音と陽の光で目を覚ますすずととんかつは、丁寧に剣の振りを確認する翔を縁側でじっと見守る。

翔が鍛錬を終えると、すずと二人は朝食を準備し、食べ終えると身支度をして仕事に出かける。

 

この時、翔とすずは芋の収穫と稲の肥料まきを手伝った後のことだった。

 

 

「今日は、いつもより仕事が多いよな?」

 

 

「そうだね~。夏になると、決まって仕事が多くなるの」

 

 

「…暑いと、やっぱり他の人に手伝ってもらいたいって気持ちになるんだろうな」

 

 

「なのかな~」

 

 

頭にとんかつを乗せた翔とすずは、のんびりとした様子で雑談を広げる。

二人の言う通り、今日はやけに仕事を頼まれることが多かった。そして今日の気温は、ここ最近では一番の暑さだった。

気温の高さと比例して、二人の仕事も多くなっている。

 

 

「しかし…」

 

 

翔は、空を見上げる。

 

 

「この島には梅雨というものはないのか?」

 

 

恐らく、外では六月と呼ばれる時期だろう。

この時期には、梅雨前線の影響で日本ではほぼずっと天気は雨になる。

だが、この島はほとんど雨が降らない。まったく降らないという訳ではないのだが、それでも日本の六月を経験し続けた翔にとっては違和感が感じられるのだ。

 

 

「梅雨?」

 

 

翔の出した、梅雨という言葉が気になったのか、すずが首を傾げながら翔を覗き込む。

とんかつも、首を傾げることができず、体を傾けて翔を覗き込もうとしている。

 

 

「日本ではこの時期、梅雨前線っていうものの影響でほぼ毎日天気が雨になるんだよ」

 

 

「えぇ!?毎日雨ぇ!?」

 

 

毎日が雨になるという翔の言葉に驚くすず。

この島では、日本の様に毎日が雨になるという事はないのだろう。

 

いや、日本だけではない。

インドネシアや東アフリカやフィリピンなどでは日本と同じように、独自の名前はついていないものの雨季というものは存在する。

 

そんなこと、この島の住民は信じてくれないだろう。

 

 

「ふぅ…。とんかつ、暑いからすずのとこ行ってくれ」

 

 

「ぷ~…」

 

 

家を出て少し経ってから、とんかつはずっと翔の頭の上に陣取っていた。

暑い中、ずっと頭の上に乗られていた翔は蒸し暑くなって仕方なくなる。

 

翔はとんかつを片手でつかんですずに渡す。

無造作に頭を掴まれてすずに渡されたとんかつは、顔(?)を膨らませながら不満げな声を出しながら翔をじと目で睨む。

 

 

「暑いんだからしょうがないだろ?我慢しろ」

 

 

「ぷっ」

 

 

翔の頭の上がお気に入りなとんかつは、我慢しろと言われるがふいっ、と目を逸らす。

それを見た翔はため息をつき、すずは苦笑いする。

 

 

「間に合えーーーーーーーーーーー!!!」

 

 

「ん?」

 

 

「え?」

 

 

「ぷ?」

 

 

そんな中、前方から叫び声が聞こえてくる。

そして前方から、壮絶な勢いでこちらに走ってくる影が見えてくる。

 

 

「あれは…」

 

 

その影を、翔が認識し始めてきた時だった。

 

 

「お?」

 

 

「わっ!ゆきのちゃん!?」

 

 

「ぷ」

 

 

翔は頭の上に軽い衝撃が奔り、目線を上にやる。

そして、すずととんかつは三人の脇を通り過ぎていく何かを見て目を見開く。

 

その何かとは、ゆきのとその友達、くまくまにいぬいぬ、かもかもの四人だった。

かなりの勢いで滑っていった四人は、少しの間地面から立ち上がってこなかった。

 

 

「た、助かったわ翔…」

 

 

“ぴよ丸、痛いところはない?”

 

 

立ち上がってこちらにやって来た四人は、翔の頭の上に落ちてきた小鳥を労わって声をかける。

 

 

「その言葉、ゆきのたちに言いたいよ…。大丈夫か?」

 

 

「ぴよー」

 

 

苦笑しながら、声をかけたゆきのたちを労わる翔。

事実、ゆきのたちは皆、滑ったことによって顔に擦り傷ができている。

 

翔の問いかけに大丈夫と答えた後、ゆきのは翔の腰に差してある物に気づく。

 

 

「あれ?翔、何で刀もってるの?」

 

 

翔の腰に差してある刀。ゆきのからは見えていないが、もう一方の腰部にも刀が差してある。

 

 

「木刀だけどな。いつも、刀は持っていってるんだよ」

 

 

「へぇ~」

 

 

翔の言葉に感心したように刀を眺めるゆきの。

そんな中、翔の頭の上に乗っていたぴよ丸と呼ばれた小鳥は翔をじっと見つめる。

 

 

「ぴよぴよ?」

 

 

「そのコは翔だよ。島ただ一人の人間の男の子」

 

 

ぴよ丸は、すずにこの人は誰?と聞いたのだろう。

すずはぴよ丸に翔のことを紹介している。

 

 

「ぷー…」

 

 

そして、とんかつは何故かぴよ丸を睨んでいる。睨まれているぴよ丸はまったく気が付いていないが。

 

つい先ほど、翔は暑いからととんかつを頭の上から降ろしたのだ。

それなのに、すぐ翔は違う人(?)を頭の上に乗せている。それがとんかつには不満なのだ。

 

 

「ぴよー…。ぴよー!」

 

 

「いっ…、いてててててて…!」

 

 

「翔!?」

 

 

翔を不思議そうに眺めていたぴよ丸が、その頭にかぶりついた。

さすがの翔も、力一杯噛みつかれて痛くないはずがない。すずも翔を心配して声をかける。

 

 

「あちゃー、またやったか…。こら!やめなさいぴよ丸!」

 

 

今度は、翔の髪の毛を引っ張るぴよ丸を止めようとするゆきの。

だが、ぴよ丸は前方でとてとてと駆けるものを見つける。

すぐにぴよ丸は翔の頭の上から降りて、前で駆ける存在に近づいていく。

 

 

「あ」

 

 

「ぴよ丸!?」

 

 

ぴよ丸が見つけたものとは、あやねを乗せて走るもんじろーだった。

 

もんじろーに近づいていったぴよ丸は、迷わずにもんじろーの尻部分に迷わず齧りつく。

 

 

「くあ!?」

 

 

噛みつかれたもんじろーは、痛みに悶絶する。

そして、叫び声を上げながら全速力で走り出した。

 

 

「ちょ、ちょっともんじろー!?どうしたの!?」

 

 

「ま、待ってよーーーー!!!」

 

 

急に走り出したもんじろーに驚くあやねに、走り出したもんじろーを離さないぴよ丸。

ぴよ丸を追いかけるゆきの。

 

もんじろーは、痛みから逃れようと必死に暴れる。

ぶらんぶらんと揺られるあやねは、目を回しながらもんじろーにつかまっている。

 

 

「ぴよ」

 

 

ついに、ぴよ丸はもんじろーを離してしまった。

もんじろーが暴れていたことにより、勢いよく飛び出していったぴよ丸が向かう先は、川。

 

 

「くぁっ!?」

 

 

だが、川に飛び込むという事はなく、ぴよ丸は川を泳いでいた遠野さんの皿に着地した。

ぴよ丸が無事だという所を見て安心するゆきの。しかし、そんな安心もつかの間。

 

 

「ぴよ」

 

 

「ぎゃぁああああああああ!!あっしの皿に何してくれとんじゃぁあああああああああああ!!!」

 

 

皿をこんこんとくちばしで突かれた遠野さんは、ぴよ丸を思い切り投げ飛ばしてしまう。

 

 

「あぁあああああああ!!もう、いい加減にしてよねぇええええええええええええ!!!」

 

 

この一日、ぴよ丸に相当振り回されたのだろう。

かなり披露しているように見えるゆきのだが、ぴよ丸の落下地点にたどり着き、ぴよ丸をキャッチする。

 

 

“あ、危ないゆきゆき!”

 

 

「え?ほら、ぴよ丸は大丈夫だよー」

 

 

こちらに駆けてくるくまくまたちがゆきのに声をかける。

ゆきのは、彼らがぴよ丸を心配しているのだと勘違いしてぴよ丸を掲げてみせる。

 

だが、これまでで疲労していたゆきのは、下半身が踏ん張ることができずととと、と後ろによろめいていく。

 

そして、ゆきのの背中にどすん、と衝撃が奔った。

 

 

「ぐえっ!」

 

 

「え?」

 

 

背後から聞こえてきた、くぐもった悲鳴。

振り返ったゆきのが見たのは、鳩尾を痛そうに抑える者と、痛そうにする者を心配する者の、白と黒の二匹の狼だった。

 

 

「ぐぉおおおお…」

 

 

「あ、ゴメンナサイ!」

 

 

すぐに自分が悪いと悟って謝罪するゆきの。

だが、白い方がゆきのに詰め寄って声を張り上げる。

 

 

「こんのガキャァアアア!何さらしてくれとんじゃぁ!!」

 

 

「な、何よ!ちょっとぶつかったくらいで大げさね!」

 

 

「こう見えても兄貴は打たれ弱いでやんすよ!」

 

 

叫ぶ白と、言い返すゆきの。そして白をフォロー(?)する黒。

 

 

「大変だよゆきゆき!そいつらかみかみ団だよ!」

 

 

「ええ!?」

 

 

「そうよ!北の森でも名の通った荒くれ軍団!泣く子も黙るかみかみ団の長、白狼の狼デンとはワイのことや!」

 

 

とか言っているが、実際は…。

 

 

「団員は二人だけでやんすし、この白色も小麦粉をかけただけやんすけどね」

 

 

黒が言った通りである。

 

 

「な、何であんた達が西の森に来てるのよ!?」

 

 

「ふふふ…、ちょいと噂を聞いてな…」

 

 

二匹に、ここに来た理由を聞いたゆきのに、笑みを浮かべながら口を開く白。

 

 

「この前、西の主がなんたら競争とやらで人間の小僧に負けたそうやないか」

 

 

「え?あぁ、翔のことね?」

 

 

西の主が負けたというのは、翔のことだ。

思いついたゆきのが翔の名前を口に出す。

 

 

「うひゃひゃ!噂はホントやったのか!あの主、家庭を持ってからふぬけたようやのう!」

 

 

西の主が人間に負けたことが本当だと聞いた白は、爆笑しながらからあげを馬鹿にするような言葉を吐く。

 

どうやら、この白は知らないようだ。

翔に負けたのはからあげだけでないということを。

 

 

「翔も主様も、あんたなんて話にならないくらい強いわよ!」

 

 

「まあ確かに、今まで二つ名ばっかり一人歩きしとったようやが…、今日ワイの手でその伝説の化けの皮を引っぺがしてやる!そして!」

 

 

そこで言葉を切った白は、さらに力を込めて言い放つ。

 

 

「西の主を倒して、この森の主の座をワイのモノにするんや!」

 

 

この言葉を聞いて目を見開いて驚愕するゆきのたち。

 

 

「冗談じゃないわ!あんたみたいな乱暴者が主なんて!」

 

 

“どーせ、主様に負かされちゃうだから!今のうちに帰れー!”

 

 

ゆきのたちにぼろくそ言われる白。

チンピラな白は、当然こんなことを言われて我慢などできるはずもなく…。

 

 

「生意気なガキどもめ…。こいつは一つ、新しい主への礼儀を教えてやらんとな…」

 

 

「うぅ…」

 

 

完全に怒っている白を目の前に、ゆきのは身を竦めてしまう。

動くことが、できない。

 

白は、一歩ずつ近づいてくる。だが、逃げることができない。

 

 

「この、チビがぁ!!」

 

 

「っ!」

 

 

ぴよ丸を力強く抱いて、ゆきのは目を瞑る。

白は、拳を振りかぶって、そして振り下ろす。

 

その時だった。

 

 

「なっ!?」

 

 

白は目を見開き、動きを止める。

そしてゆきのは、誰かに抱えられて白から距離を取る。

 

 

「す、すず姉!?翔!」

 

 

ゆきのが目を開けると、ゆきのを抱えるすずと、白と対峙している翔がいた。

 

 

「な、なんやお前は!」

 

 

「お前みたいなやつに名乗る名前などない」

 

 

白が、翔に問いかけるがまるで相手にしない。

翔の、自分を馬鹿にするような態度を見てさらに額に青筋を立てる白。

 

 

「かみかみ団、か。からあげさんに悪さをしないように見回りをしてくれと頼まれたが…、ここまでレベルの低い奴らだとは思わなかった」

 

 

「な、なんやと!?」

 

 

明らかな挑発に乗る白。それを見て、さらに警戒のレベルを下げる翔。

 

 

「ふ、ふん。キサマだな、西の主に勝ったという人間は?」

 

 

「…だったら?」

 

 

問いかけに答えた翔を、にやりと見た白はすっ、と身構える。

 

 

「こんな貧弱そうな奴に負けるとは、やはり西の主は噂程ではないな…。まずはキサマを倒し、とっとと主の座をいただきに…」

 

 

「…」

 

 

いつでも襲い掛かってきそうな空気を醸し出す白を見て、翔も刀を握る手の力を強める。

 

 

「行くとするか!」

 

 

白は、襲い掛かっては来なかった。

不意打ち気味に、左足を蹴り上げる白。

 

翔は、横目で振り上げられる左足を見る。

 

遅い、遅すぎる。

翔は刀を握っていない方の手を、左足の軌道上に掲げる。

 

白の蹴り上げは、翔の左手とぶつかる。

翔は、白の足を握りしめる。

 

 

「なにっ!?」

 

 

目を見開く白。白は、必死に力を込めて押し込もうとするが、翔の腕は全く動かない。

 

 

「…貧弱だな」

 

 

「なんやとぉ!?うぉっ!」

 

 

ぽつりとつぶやいた後、翔は手を捻る。

すると、翔の力に従って白の体は回転する。

 

ごろん、と地面に転がった白は目をぱちくりさせる。

見えるのは、こちらを見下してくる翔だけ。

 

 

「てめぇよくも!!泣いても許さへんで!!」

 

 

大声を上げながら殴りかかってくる白。

翔は、白の振り切る腕を潜り抜けてかわすと、白の懐に潜り込む。

 

 

「危ない、翔!」

 

 

その時、すずが叫んだ。

木刀を振り上げようとした翔の背後で、黒が翔を狙って拳を振りかぶっていた。

 

この時、誰もが翔は黒の存在に気づいていないように見えた。

 

翔は木刀を振り切る。

そして、翔を殴ろうとしていた黒は横合いから突っ込んできた何者かによって吹っ飛ばされていた。

 

 

「「ぐげぇ!!」」

 

 

揃って汚い声を上げる二匹。

翔は、木刀を鞘に戻し、黒を蹴り飛ばした何者かは翔の背後で着地する。

 

 

「お前ほどの奴が、まわりの気配に気が付かないとは、体調でも悪かったのか?」

 

 

「いえ。たかたかさんが近くにいたことはわかってましたから」

 

 

翔を援護したのは、たかたかだったのだ。

たかたかは、自身の問いに答えた翔の左手が添えているものを見る。

 

それは、この戦闘で抜いていなかった方の木刀。

 

 

「やれやれ…。助けはいらんかったということ「何かっこつけてんのよ!!」」

 

 

翔と話の途中だったたかたかは、ゆきのに殴り飛ばされる。

さらに、ゆきのはたかたかに飛び掛かって羽毛を引っ張られる。

 

 

「自分で手に負えないからって子守を人に押し付けるなんてサイテーよ!かみ癖のことも説明しないで、叔父として責任持ちなさいよ!」

 

 

「いてててて!!すまんぜよ!!いてて!!」

 

 

目を丸くして、ゆきのとたかたかのじゃれ合いを見つめる翔。

 

 

「あはは…。たかたかも、ゆきのちゃんの前では形無しだね…。それと翔、さっきの狼たちがいないよ?」

 

 

「ん、あぁ」

 

 

ゆきの達を苦笑しながら眺めていたすずが、白と黒がいなくなっていることを翔に知らせる。

だが、返ってきたのは淡白な反応だった。

 

 

「ま、大丈夫でしょ」

 

 

「え?」

 

 

翔の返答に、すずは首を傾げる。

 

 

「だって、西の主はからあげさんだぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、いてて…。あの小僧があんなにできるとは…」

 

 

「どうしやすアニキ!?」

 

 

白は木刀で殴られた左頬を抑えて、黒はたかたかに蹴られた右頬を腫らして逃げていた。

正面からぶつかっても敵わないという事を知った黒と白。

 

だが、全く懲りてはいなかった。

 

 

「こうなったら、あの小僧の寝こみを襲って仕返しを…」

 

 

翔への仕返しの方法を考える白と黒。

その時、頭がやけにすっきりして、すーすーと風が直接当たるという感覚がした。

 

 

「「な、なんだぁ!?」」

 

 

驚きに声を上げる白と黒。

頭の一部分だけやけにすーすーする感覚がした直後、ぱらぱらと白と黒の毛が舞い落ちる。

 

 

「聞いたよぉ?君たち、僕から西の主の座を奪うんだって?」

 

 

「げぇっ!西の主ぃ!?」

 

 

二匹の背後に、いつの間にいたのだろうか、からあげが立っていた。

 

 

 

「まあ確かに、昔に比べて少し腑抜けたかもしれないね…。ちょっと、試しに相手をしてくれないかな?」

 

 

「「ひぃっ!」」

 

 

微笑みながら問いかけてくるからあげに震えあがる白と黒。

もう、逃げることは許されない━━━━━

 

 

「飛鶏流!<旋風鬼>!!」

 

 

「「ぎゃぁああああああああああああああああああ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、夕焼けが見えてくる少し前、悲鳴が響き渡ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十九話 おつかいして

今回の話、書きたい話ベスト10に入る回です。
書くのが楽しかったですよ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと?里芋に人参、牛蒡に長葱…。今夜の献立は煮物かな?」

 

 

「ぷー」

 

 

翔は、背負った籠に入れられた野菜を確かめてから定位置に座するとんかつを見上げて話しかける。

もうすでに慣れてはいるが、外の世界では考えられないサイズの野菜が翔の背負う籠に入っている。

 

 

「すずの煮物は、うな重の次に上手いからな。楽しみだな、とんかつ?」

 

 

「ぷー…」

 

 

翔の問いかけにうっとりしながら声を漏らすとんかつ。

 

 

“こんちはー”

 

 

帰路につく翔ととんかつは、こちらにとてとてと駆けてくるもんじろーに気づく。

 

 

「もんじろー、今日は一人なのか?」

 

 

“うん、これ頼まれた”

 

 

もんじろーの背中に乗っているもの、籠に入った玉ねぎ。

 

 

「おつかいか。えらいなもんじろー」

 

 

翔は褒め称えながらもんじろーの毛並みを撫でる。

すると、もんじろーは気持ちよさそうに目を細めながら言う。

 

 

“ごほーびにくりよーかん二本もらえるんだよー”

 

 

「へー。それは良かったなー」

 

 

どうやら、もんじろーの本命はそれのようだ。

おつかいをして帰った後の、ご褒美の栗ようかん。

 

 

“じゃねー”

 

 

「気を付けて帰ろよー」

 

 

翔はもんじろーを見送ってから歩き出す。

そして、歩きながらふと思うのだった。

 

 

「…俺、動物の話す言葉がどんどんわかるようになってきたな」

 

 

「…」

 

 

「ん?どうしたとんかつ」

 

 

しみじみとつぶやいた翔は、直後にとんかつが去っていくもんじろーをじっと見つめていることに気づく。

問いかけられたとんかつは、一鳴きする。

 

 

「ぷー」

 

 

「え?とんかつもやりたい?」

 

 

ぷーとしか言わないとんかつの言葉も、少しずつ翔にわかるようになってきたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁー。またたび団子、たくさん作ったねぇー!」

 

 

翔が家の前にたどり着いたとき、中からすずの感嘆する声が聞こえてきた。

誰か、お客さんでも来ているのだろうか。

 

 

「ただいま」

 

 

「ぷー」

 

 

「あ、おかえりー」

 

 

扉を開けて家に入る翔ととんかつを迎えたのは、すずとからあげだった。

翔は、からあげにこんにちはと挨拶をしてから靴を脱いで上がろうとする。

 

そんな翔に、すずは膝歩きをして近づいてくる。その手には、包みに包まれた箱。

 

 

「翔、明日おししょー様のとこに行かない?またたび団子を届けたいんだー」

 

 

「ん。またたび、か。いかにも猫が好きそうな食べ物だな」

 

 

翔とすずの会話。それは、当然翔の頭の上に乗っているとんかつにも聞こえていた。

そして、おつかいに出ていたもんじろーをじっと見つめていたとんかつ。

 

 

「ぷー!ぷーぷー!」

 

 

「え?とんかつ、一人で届けに行きたいの!?」

 

 

とんかつが耳をぱたぱたと動かしてすずに自分の気持ちを伝える。

 

 

「あ、丁度良いじゃないか。とんかつ、おつかいに行きたがってたし」

 

 

「んー…」

 

 

翔はとんかつの提案に抵抗なく承諾するが、すずはどうやら抵抗があるらしい。

 

 

「と、とんかつにはまだ早いよ。おししょー様のうち遠いから、迷子になっちゃうよ」

 

 

「ぷーぷー!」

 

 

「すずと一緒に何度も行ってるから大丈夫だってさ。それに、とんかつはしっかりしてるし早いという事はないだろ」

 

 

すずの心配を、翔ととんかつに言い返される。

すずも少し考え込むが、やはり心配のようだ。

 

 

「でも、やっぱり一人じゃ心配だよ。皆で一緒にいこ?ね?」

 

 

「ぷーー!ぷーぷー!」

 

 

何とかなだめようとするすずだが、とんかつはいやいやと全身を使って抵抗する。

 

 

「すず?心配なのはわかるけど、あんまり過保護なのはどうかと思うぞ?手伝いしたいって言うんだから、ここは応援すべきだと思うけど」

 

 

「ん~…。でもでもでもぉ~~~…」

 

 

とんかつの意志を尊重しようとする翔に、とんかつの事が心配で何とか止めようとするすず。

二人の会話を、じっと聞いていたからあげ。

 

からあげは、二人を見ていて遂に耐えきれなくなってしまった。

 

 

「あのさ。今の君たちって、まるで子供の教育方針を話し合う夫婦みたいだよねぇ」

 

 

「「ふっ!?」」

 

 

からあげの言う、夫婦という言葉に反応する翔とすず。

声を上げてから、翔とすずは、そっとそれぞれの顔を覗き込むように見る。

 

二人の目が、合った。

 

 

「「っ!?」」

 

 

同時に、目を逸らした。

 

 

「ふふふ…」

 

 

「ぷー」

 

 

からあげととんかつは、二人の様子をニヤニヤと笑みを浮かべながら眺めていた。

 

この時の翔とすずは、羞恥に頬を染めていたという事は言うまでもない。

 

 

 

翌朝、とんかつはしまとらに届けるまたたび団子の入った箱を背負って外に出ていた。

 

いつもの日課である素振りをするために外に出ていた翔は、汗を拭いながらとんかつに昨日にも何度も言っていたお使いの注意事項をまた話しているすずを見つめていた。

 

 

「いい?危ない所は行っちゃダメだよ?寄り道はしないでね?それとそれとー…」

 

 

「すず、昨日も何度も言ってただろ?心配なのはわかるけど、とんかつも困ってるぞ?」

 

 

「ぷー…」

 

 

今、すずがとんかつに言っている言葉は昨日、何度も何度も言っていたこと。

何度も同じことを言われているとんかつは、どこかうんざりした様子ですずを見上げている。

 

 

「うー…」

 

 

「ほら、行って来いとんかつ」

 

 

「ぷー!」

 

 

唸るすずに、出発するように翔。そして、右耳を振りながら走り出すとんかつ。

 

 

「行ってらっしゃーい…」

 

 

「気をつけろよー」

 

 

手を振りながらとんかつを見送る翔とすず。

 

 

「…うー、やっぱり心配だよー」

 

 

「…心配性だな、すずは」

 

 

ため息をつき、苦笑しながらまだそわそわしているすずを眺める翔。

だが、相当心配なのだろう。すずは決意する。

 

 

「…こっそりついてくよ私。心配だもん!」

 

 

そう言って、駆け出そうとするすず。

そんなすずを、翔は引き止める。

 

 

「ちょっと待て、すず」

 

 

翔に声を掛けられ、立ち止まったすずは振り返って翔を見る。

 

 

「ついてくなら、絶対にとんかつに見つからないようにしろよ?もし困ってても、すずが出て行って助けたらだめだからな」

 

 

「え!?でも、困ってたらほっとけないよ~…!」

 

 

翔の言葉に、まるで縋るように言い返すすず。だが、翔は揺らがない。

 

 

「ダメだ。絶対にとんかつに見つからないようにするんだ。いいな?」

 

 

「う~…、わかったよ~…。じゃ、行ってくるね!」

 

 

翔に、しぶしぶ頷いてからすずは言葉をかけてから走り出す。

 

 

「やれやれ、大丈夫なのか…?」

 

 

「どっちが?」

 

 

「すずが」

 

 

出かけていったすずの後姿を眺めながら、からあげと会話する翔。

 

おつかいに出たとんかつ、追いかけるすず。二人の姿が小さくなってきた時、笑っていた翔の表情が引き締まる。

 

 

「さて、と。俺も準備しなきゃな」

 

 

翔にも、やらなければいけないことがあるのである。

 

 

 

 

とんかつとすずの姿が見えなくなってから、翔は家の中に戻って汗を流す。

そして着替えてからすぐに家を出て行った。

 

向かう先は、村の方へ。

 

 

「あれ?翔君じゃない」

 

 

「はるちゃん。こうして話すのは久しぶりかな?」

 

 

翔が村に来たのは、このはるという女の子に用事があったためである。

 

翔は、はるにあれこれと事情を話して、頼みを承諾してもらうと翔はすぐに南の方へと駆け出していった。

 

 

(えっと…。しまとらさんの家に行くには…、この道か?)

 

 

右、左を目を動かして辺りを確認する翔はここが南の森へと向かう道だという事を確かめる。

そして、森の奥から何かの鳴き声が耳に届き、翔はすぐに草陰の中に隠れる。

 

翔の耳に届いた何かの鳴き声、それは…。

 

 

「ぷーぷーぷー!ぷっぷぷぷー!」

 

 

ご機嫌そうに歩くとんかつだった。

ここまではちゃんと順調に来れたようだ。

 

 

(よし、ここまでは順調だな…。この先は分かれ道…)

 

 

ここから少し行くと、二本の分かれ道がある。左の道を行けばいいのだが、とんかつにそれがわかるだろうか…。

 

 

(…)

 

 

少し考え込んでから、翔はそっと走り出す。

あっという間にとんかつを追い抜いてその先を走っていくのだった。

 

すぐに、翔が考えていた分かれ道が見えてくる。

 

 

(さて、どうしようか…)

 

 

どうにかして、とんかつが正しい道を進むように細工をしなければ。

とんかつにも、ついてきているすずにもばれない様に…。

 

 

「…ん?」

 

 

その時、分かれ道の間にある木の上で楽しそうに話している二匹のリスが見えた。

翔は、すぐに思いつく。

 

 

 

 

 

 

「さて、ちゃんと来れるか少しここで待ってるとするか」

 

 

分かれていた二つの道の、左の道。

進んでいった先には、南の森にしかない梨の木が茂る森に入る。

 

ここまで来れば、しまとらの家までもうすぐなのだが…。

 

 

(とんかつ、梨に興味がわいて寄り道しなければいいんだが…)

 

 

翔は、梨がなる木の葉の茂みの中に隠れる。

いつも、翔たちがしまとらの所に行くとき通る道はそこだ。

 

 

「…来た」

 

 

茂みの中で隠れていると、こちらに歩いてくるとんかつが見えてきた。

どうやらちゃんと、あのリスたちは打ち合わせ通りにしてくれたみたいだ。

それとも、とんかつが自分の力で来たか。まあ、そんなことはどちらでもいい。

 

翔が隠れている梨の木の傍を、とんかつは通り過ぎて…。

 

 

「ぷ?」

 

 

行かなかった。とんかつは立ち止まって、梨の実を見上げる。

 

 

「ぷー…」

 

 

とんかつも、この梨の実を食べたことがある。とても、おいしかったのだ。

 

食べたい、が、寄り道してはいけない。当然、梨だって取りに行ってはダメだろう。

だがその時、とんかつの頭の中にある光景が浮かんできた。

 

とんかつが、翔とすずと一緒に梨を食べた時のこと。

二人は、おいしいおいしいと言いながら、笑顔で梨を食べていた。

 

 

「ぷー…」

 

 

もし、この梨を二人に持って帰っていったら喜んでくれるだろうか…。

 

 

「ぷー!」

 

 

喜んでくれるに違いない。

二人の笑顔が目に浮かぶ。とんかつは、梨を取ることに決めた。

 

 

(おいおい…)

 

 

梨を取るために、木に登るとんかつを翔は一筋の汗を流しながら見つめる。

とんかつが登る木の下には、川が流れていた。もし、足でも滑らせて落ちれば…。

 

 

(まずい。それに…)

 

 

とんかつのすぐそばの茂みには、とんかつを助けに行きたそうにうずうずしているすずの姿。

 

 

(すずも、今にも飛び出していきそうだし…。仕方ない)

 

 

ここで助けの手を差し伸べる予定はなかったが、翔は傍にある梨の実を手に取って引く。

そして、翔は実をとんかつが登る木の下に落とした。

 

実が地面に落ちる音に気づいたとんかつは、下に降りてご満悦そうに梨を頭の上に乗っける。

ぴょんぴょんと飛び跳ねながらとんかつは走っていき、その後をすずがついていった。

 

 

(…ふぅ。すずも飛び出していきそうだったし、危ない所だった)

 

 

翔は、ひらりと枝から飛び降りる。地面に着地すると、すぐさま走り出す。

 

 

「さてと、次は…」

 

 

 

 

 

 

 

「た、だいま…」

 

 

翔は、大きな桶を抱えながら家の中に入る。

床に桶を置いてから靴を脱いで、壁に寄りかかってからゆっくりと腰を下ろす。

 

 

「ふぅ…」

 

 

ため息を吐く翔。さすがに少し疲れた。

この程度で参るような鍛え方はしていないが、山の中で走り続けるのは久しぶりの事だった。

 

 

(そろそろ帰ってくるころかな?とんかつ、喜ぶだろうな…)

 

 

翔は、もうすぐ帰ってくるであろうとんかつを思い浮かべながら笑みを浮かべ、桶の中に入っている、水に浸された巨大豆腐を眺める。

これは、翔が今朝、家を出てすぐに向かった村のはるという女の子に頼んだものである。

 

はるは、豆腐職人。おつかいを終えたとんかつにご褒美に冷奴を食べさせてあげようと考えたのだ。

それも、今まで食べたことのないような巨大な冷奴を。

 

 

「…来たか」

 

 

外から、とんかつとすずが話す声が聞こえてくる。

 

翔は、とんかつを快く迎えるために立ち上がる。

直後、家の戸が開いてとんかつが飛びついて来た。

 

 

「ぷー!」

 

 

「おっと…。お帰り、とんかつ」

 

 

とんかつを受け止めて、翔は笑みを浮かべてそっと抱きしめる。

 

 

「ちゃんとおつかいできたみたいだな?さすがとんかつだ!」

 

 

「ぷー!ぷーぷー!」

 

 

翔に褒められて、耳をぱたぱたと動かして喜ぶとんかつ。

 

 

「ほら、翔。これ、とんかつが取ってきてくれたんだよ?」

 

 

「ん?お、梨じゃないか。これ、くれるのか?」

 

 

「ぷーぷー」

 

 

すずが、翔にとんかつが取ってきた梨を見せてくれる。

とんかつが取ってきたと言っても、翔がつかんで落としたものだが…。

 

翔の問いかけに、こくこくと頷いて返すとんかつ。

 

 

「そっか。ありがとな、とんかつ?」

 

 

「ぷー!」

 

 

そんなこと、翔が言う訳がなく。とんかつを高い高いしながらお礼を言う翔。

 

翔は、とんかつを抱いて大きな桶の中を見せる。

 

 

「ほらとんかつ。おつかいをしてくれたご褒美だぞ?」

 

 

「ぷー!?ぷー!ぷー!」

 

 

翔が言うご褒美というのは、とんかつの大好物である冷奴。それも、とんかつが食べたこともない大きな冷奴。

とんかつは翔の腕から飛び降りて、桶のふちでおおはしゃぎ。

 

 

「ぷっ!?」

 

 

「「あ」」

 

 

とんかつのはしゃぐ様子を眺めていた翔とすず。

その時、とんかつがふちの上で滑り、桶の中にある豆腐に顔を突っ込ませた。

 

翔とすずは呆然と声を漏らす。

 

頭皮に顔を突っ込ませたまま動かないとんかつ。それを眺める翔とすず。

 

 

「…ぷー♪」

 

 

とんかつが顔を上げると、その表情は蕩けていた。

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

目を合わせる、翔とすず。

 

そして、

 

 

「「ぷっ…。あははははははははっ!」」

 

 

同時に、大きく笑い出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食を食べ終え、すずととんかつが先に風呂に入って、今は翔が風呂に入っていた。

 

とんかつは、かなり疲れていたのだろうすでに鼻提灯を膨らませて寝ている。

すずは、寝ているとんかつを見守りながら考えていた。

 

 

「…」

 

 

思い浮かぶのは、しまとらとからあげの言葉。

 

 

『どうしても手助けしなくちゃいけない時は、ばれないようにやればいいんにゃよ』

 

 

『男ってのはかっこつけたがる生き物なんだよ』

 

 

冷奴を嬉しそうに食べるとんかつと、おいしいかと聞いているとんかつに問いかける翔を眺めていた時すずは気づいた。

翔の服に、南の森にしか育たない草の種が一つだけついていた。

 

きっと翔は、自分と同じようにとんかつの後をつけていたのだ。

そして、とんかつを助けていた。

 

とんかつが道に迷った時、りすが話していたことも、梨の実があの時落ちたことも、おししょー様が珍しく昼間からたき火をしていたことも。

今思えば、出来すぎだ。きっと翔が仕組んだことなのだ。

 

 

「ふぅ、いい湯だった」

 

 

がらっ、と風呂場の扉が開く音がしてすずが振り返ると、タオルで頭を拭きながら翔がこちらに歩み寄ってくる。

 

翔はすずの隣で腰を下ろして、鼻提灯を膨らませて眠るとんかつを眺める。

 

 

「…とんかつ、頑張ったよな」

 

 

「…うん」

 

 

「だから言っただろ?とんかつなら大丈夫だって」

 

 

「…うん」

 

 

翔の言葉に、ただ頷くだけのすず。様子が少しおかしい。翔は首を傾げる。

 

 

 

「どうしたんだすず?さっきからぼーっとして」

 

 

「…」

 

 

聞きたい。聞きたいけど、聞いて答えてくれるだろうか?

 

…答えなくても、答えは決まってるじゃないか。

 

 

「翔?今日、どこに行ってたの?」

 

 

「え?今日は…、豆腐職人のはるちゃんの家に冷奴を頼みに行った。後は家でごろごろと…」

 

 

「ウソ」

 

 

天井を見上げながら答える翔に、すずは一言だけ、嘘だと言う。

翔が今言った答えは嘘だ。

 

 

「翔、本当はとんかつを助けてくれたんでしょ?分かれ道の時も、梨の木も、おししょー様の焚き火も…」

 

 

「…何のことやら」

 

 

表情を変えずに、そっぽを向く翔。

だが、そんなことをしても無駄だ。

 

質問の直後、翔の口から漏れた声が震えていたことにすずは気づいていた。

 

 

「翔」

 

 

「ん?」

 

 

すずは、翔が風呂から上がってからずっと翔の顔を見つめていた。

少しも目線をずらさず、もう一度翔を呼ぶ。

 

天井を見上げていた翔は自分を呼んだすずの方を見る。

 

 

「ありがとう。お疲れ」

 

 

「…」

 

 

すずの口から出たのは、翔を労わる言葉。

自分だけだったら、とんかつはどうなってただろう。

おつかいも失敗して、今こうして幸せそうに眠ることもできなかっただろう。

 

感謝の気持ちをたくさん込めて、すずは翔にいたわりの言葉を言った。

 

 

「…何のことやら」

 

 

返ってきたのは、翔のそっけない言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作ではすず視点でしたが、こちらでは主人公視点、翔視点にしてみました。
そして、原作で描かれなかったその日の夜の光景。
楽しんでいただけたら嬉しいですね。


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第五十話 魘されて

五十話目です!
正確には、五十一話目となってはいますが…、五十話目です!


 

 

 

 

 

 

 

藍蘭島にしては珍しい、嵐の日だった。すずは、翔を追いかけて浜辺に向かっていた。

 

 

『翔!何してるの!?危ないよ!』

 

 

翔はすずの目の前で荒ぶる海と向き合い、その足元には木で作られたボートと櫂が。

翔が、足元の櫂を握るとすずの方へと振り返り何かを言っている。

 

 

『何?聞こえないよ!?』

 

 

だが、何を言っているのか聞き取れない。

すずは大声で翔に聞き返す。

 

翔は、再び口を開きゆっくりと動かした。

 

 

『さよなら』

 

 

『!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「翔ぉ!?」

 

 

「!?」

 

 

叫ぶすず。

心臓がバクバクと震え、息苦しい。酸素を大きく取り込み、ゆっくりと吐く。

 

 

「どうした、すず」

 

 

「ぁ…」

 

 

先程まで嵐だったのに、今は太陽に光が部屋の中に差し込んでいる。

そして、さよならと言って去ろうとしていた翔が、心配そうに自分の顔を覗き込んでいる。

 

 

「…夢」

 

 

「…大丈夫か?」

 

 

すずは、頭の上で優しく動かされる翔の手の温もりを感じながら、あの光景は全部夢だったのだと悟る。

 

 

「嫌な夢でも見たか?魘されてたぞ」

 

 

「…」

 

 

翔が問いかけるも、すずは息を整えるだけで答えようとしない。

いや、答えたくない。もし答えたら、あの夢が本当のことになるような気がして━━━━

 

 

「…まだ朝も早い。朝ごはんの準備もまだいいから、寝ておいた方が良い」

 

 

「あ…」

 

 

そう言い残して、翔は襖を開けて外に出ようとする。

いつもの日課である、剣の素振りのためだ。

 

だが、すずは布団から身を乗り出して翔のズボンの裾を掴む。

 

 

「ん?」

 

 

外に出ようとした翔は、振り返ってすずを見下ろして問いかける。

 

 

「どうした?」

 

 

「あ…、その…」

 

 

問いかけられたすずは、顔を赤くしてしどろもどろになる。

翔は、その様子を見て不思議に思い首を傾げる。

 

翔の目の前で、すずは頬を赤く染め、手を体の前で組んでもじもじしている。

何か恥ずかしがっているようだが、何故、何を恥ずかしがっているのかわからない。

 

だが、次のすずの言葉でその理由を翔は悟る。

 

 

「あの…、い、一緒に寝て!」

 

 

「…は?」

 

 

すずの口から飛び出した言葉に、翔は呆然とする。

 

いっしょにねて

 

イッショニネテ

 

一所にねて

 

…一緒に寝て?

 

 

「落ち着けすず落ち着くんだ何があったんだ一体」

 

 

息継ぎすることなく言い切った翔。

傍から見れば冷静に見えるが、その声が震えていることは長い付き合いであれば気づくことができるだろう。

 

まあ、すずの今の精神状態では気づくことはできなかったのだが。

 

 

「…私ね?夢見たの。…翔が、私の前からいなくなる夢」

 

 

「っ…」

 

 

すずの返答を聞いて、わずかに翔はたじろぐ。

 

 

「さよならって…、翔は…、いなくなった夢…」

 

 

俯いて、弱弱しい声ですずは答える。

布団を握りしめた手は、震えている。

 

 

「怖かった…。とても、怖かったの…」

 

 

翔がいなくなるのでは、という恐怖で震えるすず。

 

翔も、何度も言っているのだ。すずを置いていくことなどあり得ない、と。

それでもすずは思っている。翔は、きっと島の外に帰りたいと心のどこかで感じているのだと。

 

だからこそ、怖い。いつか、今日見た夢の様に翔がどこかに行ってしまうのではないのか、と。

 

震えるすずを見て、翔は少しだけ大きく息を吐くと、外に出るために履きかけた靴を脱いですずに歩み寄る。

そして、すずの肩にそっと手を乗せて、優しく力を込めて布団に寝かせる。

 

 

「翔…?」

 

 

すずが、不思議そうな目を翔に向ける。

その視線に気づいているのかまたは否か。翔はすずに目も向けずに、手に握られていた木刀を床に置いて、畳んだ敷布団を広げてその上に寝転がる。

 

 

「ここにいる」

 

 

「あ…」

 

 

布団の上に寝転んだ翔は、すずの手を握って声をかける。

すずの目は見開かれ、すぐに微笑みと共に細められる。

 

 

「うん…」

 

 

僅かに頷いてから、ゆっくりと目を閉じるすず。

安らかな寝息が聞こえてくるまで、時間はいらなかった。

 

 

「…」

 

 

翔は、自分の手を握って眠るすずの寝顔を見つめる。

 

まさか、まだ自分がこの島から出ようとしているのではないかと不安に思っているとは思わなかった。

とはいえ、全く家に帰りたいと思わないと言えば嘘になるのだが。

 

すずが、行方不明になった母と父に会いたいと思うように、翔だって家族に会いたいと思う時だってある。

どうしようもなく会いたくなって、ひたすら剣を振ってその気持ちを振り払おうとしたことだってある。

 

それでも、この島から出ようと試みないのは、すずと一緒にいたい。彼女を、守っていきたいという気持ちが強いからなのだ。

 

言葉で伝えたこともある。だが、言葉だけでは伝わらないという事を翔は知っている。

 

 

「…どうすればいいのやら」

 

 

「ぷ…?」

 

 

翔がぽつりとつぶやきを漏らすと、その傍らで何かが身動きした感触がする。

片目をわずかに開けて、辺りを見回すとんかつ。

 

 

「まだ朝は早い。寝てていい」

 

 

「ぷー…?ぷー…」

 

 

翔の言葉に甘えて、とんかつは再び目を閉じる。

とんかつが規則正しい寝息をとり始めたことを見とめた翔は、天井を見上げる。

 

 

(…今日は、昼から九宇牙さんとの修行の約束があったから、しっかり剣を振っておきたかったけど)

 

 

すずと、九宇牙との訓練。

どちらを優先するかなど、考えるまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ…」

 

 

からからと、井戸から水を汲み上げながら大きく欠伸をするすず。

 

 

「ずいぶんと大きなあくびね。寝不足?」

 

 

「んー、そんなとこかな?」

 

 

汲んだ水を桶に入れ替えながらすずはあやねの問いかけに答える。

あやねはすずの返答を聞いて、珍しいわね、と目をぱちくりとさせながらつぶやく。

 

 

「何か、嫌な夢見ちゃって~…」

 

 

「嫌な夢?」

 

 

「翔がね?…ってやっぱりダメ!内緒!」

 

 

すずが言ういやな夢が何なのかを聞いたあやねは、答えかけ、そして口を噤んだすずをにやりとした笑みを浮かべて見下ろす。

 

 

「この私に内緒事とは生意気ね!とっとと吐きなさい!さもないと、このこしょばし地獄からは抜けられないわよー!」

 

 

「うにゃぁ!?やめ…、あはははははっ!あっははははははははっ!!」

 

 

あやねの両手がすずの両脇に差し込まれ、十本の指が細かく動かされる。

両脇をこしょばされるすずは、笑いをこらえることができず大声で笑いを漏らしてしまう。

 

その笑い声が止んだのは、すずがあやねの問いに答えると言うまでの約一分ほど後のことだった。

 

 

「…ふーん?翔様が島を出て行く夢、ね~」

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 

すずの答えを聞いて、手を顎元へやり何か考えるようなしぐさを取るあやねに、ひたすらこしょばされ、笑い続けて荒げる息を整えるすず。

 

あやねは、すずから目を逸らしてぷっ、と吹き出す。

 

 

「バカね。たかが夢にへこんだりしちゃって」

 

 

「べ、別にへこんでなんかないもん!えっと…、そ、そう!嵐の中で危ないなぁって…。うんそう!良い天気だったらおめでたい夢だったのになぁっ!」

 

 

「翔様が出てって、何がめでたいのよ」

 

 

あやねのバカにする言葉に言い返すすず。

だが、すずの言葉を聞いてあやねはむっ、とした表情となり両手を腰に当ててすずに言い返す。

 

すずは、憂いの秘めた笑みを浮かべて、海を見つめながら口を開いた。

 

 

「だって…。外には翔を待ってる家族がいるんだよ?やっぱり、家族と一緒にいるのが一番いいはずだもん」

 

 

いつか、温泉に一緒に入ったときに教えてくれた。

翔の家族は、翔とは血が繋がっていないという事を。

けど、この島に来てから本当の家族は血の繋がりなんか関係ないという事に気が付いたとも言っていた。

 

翔は、この島に来て時間が経つごとに、家族に会いたいという気持ちを募らせている。

すずはそう思っていた。

 

血の繋がりを超えたという事を、翔の家族は知らない。

何故なら、翔は外界から隔離されたこの藍蘭島に来てしまったから。

 

 

「翔だって、家族に会いたいって思ってるに決まってるよ…」

 

 

暗い笑みを浮かべて俯くすず。

 

 

「…あんたって。所詮は夢でしょ?どのみち翔様はこの島からは出られないんだし」

 

 

あやねの言葉を聞き、顔を上げてあやねの顔を見るすず。

 

 

「それに、翔様の意志は翔様にしかわからないでしょ?」

 

 

「…翔の意志は、翔しかわからない」

 

 

あやねの言葉が、すずの心にずしりとのしかかる。

結局、翔の気持ちは誰にもわからないのだ。その事実が、すずの心に影を差す。

 

知りたい。翔の気持ちを、意志を知りたい。

でも、どうすれば…?

 

 

「あのねすず?いずれにしても生き物は巣立つものなのよ?動物たちから見れば翔様くらいの歳はとっくに親離れしてもおかしくないわけだし」

 

 

「親離れ…」

 

 

あやねは知らない。翔の家族事情を。

だから、仕方ない事なのだが…、すずにはあやねの言葉がどうしても無神経なものに聞こえてしまう。

 

温泉で言った、翔の言葉が思い出される。

 

 

『…俺ってさ、本当の親を知らないんだ』

 

 

翳りが浮かんだ笑みと共に口にしたその言葉。

 

 

『ものすごくショックだったな。ずっと家族だった人たちが、元々はまったくの赤の他人だったんだからな』

 

 

自分に気を遣ったのだろう。その後すぐ、翔はいつもの笑みを浮かべた。

だが、その笑みは浮かべようとして浮かべたものだという事をすずは気づいていた。

自然と出た笑みではないという事を、すずは気づいていた。

 

もし自分だったらどうなってただろう。

翔は、証拠の写真を持って両親を問い詰めたという。自分なら、どうしただろう?

 

翔みたいに行動することはできただろうか?

きっと怖くて、知らないふりをしていただろう。何も見なかったことにしていただろう。

 

翔は…、どれだけの勇気を振り絞って行動したのだろう。

どれだけ、辛い気持ちを感じてきたのだろう。

 

 

「…ず?すず?聞いてる?」

 

 

「…え、あ」

 

 

いつの間にか、ぼうっとしていたのだろう。

あやねがひょっこりと眼前でのぞき込んできてようやく我に返ったすず。

 

 

「き、聞いてたよ?」

 

 

「ふーん…?じゃあ、あたしは何を話してた?」

 

 

「え?え、えっと…」

 

 

人差し指を顎に当て、考え込むすず。

何も、思い浮かばない。当然だ。今まで聞き流していたのだから。

 

あやねも、すずが自分の言葉を聞き流していたことに気づいていた。

そして、そのことを特に咎めようとも思っていなかった。

これ見よがしにため息をついて、やれやれと首を振る。

 

 

「これは、重症ね…」

 

 

「うぅ…」

 

 

「まあ、さっきも言ったけど翔様は島から出れっこないんだから、気にすることないわよ」

 

 

俯くすずに声をかけると、あやねは駆け出した。

 

 

「じゃあ、あたしも水を家に持っていかなくちゃいけないから。じゃね、すず」

 

 

「あ、うん」

 

 

両手に桶を持って、あやねは家路へと着く。

すずも、早く汲んだ水を家へと運ばなければならない。

 

翔がいれば楽に終わるのだが、今、翔は森に栗を集めに行っている。

そして午後からは九宇牙と鍛錬をする約束をしているらしい。

 

早く帰って、お昼ご飯の準備もしなければ。

 

 

「今日は、栗ご飯だね!」

 

 

すずもまた、あやねとは逆方向へと足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回に続く…


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