ダメ店主とヴァンパイア (丁太郎)
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一話 熊狩り-1

 ここは地球ではないとある世界。

 そこで暮らす生き物は大なり小なり魔力と呼ばれる超常的な力を使うことができ、彼らはその力を用いて生活していた。

 その世界のある都の城壁の外、兵士も巡回しないほど離れた僻地に小さな店が建っている。

 いつからあったのか誰も知らない。いや、そこにお店があるということすら住民は知らないだろう。 

 城壁の外は危険に満ちている。日が落ちずとも何かに襲われることだってあり得る。大国の都市の住民がわざわざ利用することはない。

 しかし不思議なことにその店は、いつになっても潰れる様子が無かった。

 そして今日もまた店が開かれる。

 店の名は「ザッカヤ」といった。

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

 森の傍らにひっそりと建つ雑貨屋「ザッカヤ」の中で、少女が棚の埃を落としていた。やや細身の見目麗しい美少女だ。だがその美貌以上に目を引くのは、この世界でも特異な銀の髪と深紅の瞳だろう。手に持ったはたきを巧みに動かし、黙々と作業を進めている。

 カウンターの上では一人の青年が神妙そうに手を組んでいた。名前を栗原蒼太という。この店の店主であった。少女が特徴的な見た目をしているのとは対照的に、黒髪黒目の平凡な顔つきだ。その、これといって目を引く要素がない顔に深刻そうな表情を浮かべている。やがてため息を一つついて、

 

 

「さて、ミディくん」

「はい」

 

 

 

 少女の名前を呼んだ。ミディと呼ばれた少女は、手を休む素振りを見せることなく返事をする。

 素っ気ない反応に寂しさを覚えつつ、重々しく蒼太は告げた。

 

 

「お客様が来ない」

「……はい」

「ずっとだよずっと。もう最後に来店があってから1000日になる。そして売り上げに至っては0。こんなんだから帳簿を記入するのもやめてしまった」

「はい」

「繁盛とは言わない。せめて取引実績の一つでも欲しいんだけど、何かいい案ない?」

「お客様を呼ぶのは無理だと思います」

「なんで!?」

 

 

 何故だと憤慨する蒼太を見て、初めてミディは作業の手を止める。そして目の前にあった商品を手に取った。それはガラスビンで中にはひどく濁った深緑の液体が入っている。そのビンを軽く掲げて、蒼太へと問いかける。

 

 

「これは何ですか?」

「それはビンです」

「中身は?」

「ハイポーションじゃなかったっけ?」

 

 

 ポーションとはつまり傷薬だ。治癒の魔力を宿した液体で、経口経皮問わず肉体の損傷を治す効能がある。ハイポーションともなればその効果は絶大だ。今更何を言っているのかと蒼太は聞き返したのだが、

 

 

「そうですね、廃ポーションです。なぜこれを売ってるんですか?」

「回復するから?」

 

 

 ちなみにポーションは腐っていても傷を治す効果はわずかに残る。しかし、その後の処理を怠ると破傷風になる。確実になる。傷薬で命を落とすことになるのだから本末転倒だ。

 この世界では常識なのだが蒼太は知らない。そしてミディは蒼太が知らない事を知らない。故に彼がそれを並べたとき、何か理由があるのだと思っていた。もちろん勘違いゆえに思惑など何もない。

 的を得ない回答にあきれながらもミディはビンを元に戻す。捨てるより先にモノ申したい品はいくらでもあった。

 

 

「ではこの石は?」

「何かの鉱石だったかな? 魔力を通すとデロデロになるよ。知らなかったっけ?」

「いえ、初耳です。簡単に加工できるなら使い道はありそうですね」

「どうなんだろう。一度溶かすと元に戻らないんだよね」

「はい?」

 

 

 その鉱石は蒼太が鉱山都市のぼた山から拾って来たものだ。ミディの知らないうちに陳列されていたが、彼女はどうせゴミだろうとスルーしてきた。用途があれば捨てられていない。案の定である。

 この店にはそのようなガラクタの数々が所狭しと並んでいるのであった。そしてそのどれもが棚に置かれて以降、二度と店から出たことはない。むろんそのすべてが蒼太の独断によるものである。

 いい案はないかと言われても、そもそも売れるようなものは無いのだ。

 ミディがそんな冷ややかな思いを抱いていることにも気付かず、蒼太は無駄に頭を悩ませていた。

 

 

「何か一個売れてくれればそれでいいんだけどなー」

「ソータさん」

「ん?」

「私は珍品コレクターの倉庫としか思っておりませんので問題ないかと」

「一応お店だよ! 雑貨屋!」

 

 

 あまりに身もふたもない言い方をされ、思わず声をあげるがそれ以上の反論は出なかった。すでに店としての名目が形骸化して久しい。悲しい事にそれが現実なのだ。

 すっかり意気消沈して項垂れる蒼太をよそに、ミディは先ほどの鉱石を手に取った。

 

(……?)

 

 興味本位で魔力を流したが変化は見られない。

 もしやと、確認しようとしたタイミングでバサバサと鳥の羽音が聞こえた。一羽のハトが窓の向こうに止まっている。

 

 

「ソータさん、鳩丸が黄色紙を持って来ました」

「マジ? 内容は?」

 

 

 鳩丸。それは商売のできない蒼太(とそのせいで巻き添えを食らうミディ)が、生きるため唯一この国で関わりを持っている傭兵組合、そこの伝書鳩12号の通称であった(蒼太命名)。

 蒼太がエサをやっている間に、ミディは文書の内容に目を通す。

 傭兵組合の主な仕事は、危険な動物や魔力を用いてさらに危害をまき散らす『魔物』と呼ばれる生き物を狩る人々のサポートだ。そこから黄色い紙が送られてきたということは、緊急性の高い危険な魔物が出現したということである。

 彼女は素早く読み終えると、簡潔にその内容をまとめて伝えた。

 

 

「熊狩りです。一刻を争うので最低限の準備で向かいます」

「わかった」

 

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

 

 木暮の中を少年は駆け抜けていく。心臓はうるさいほど脈打ち、呼吸が際限なく早くなっていく。そんな苦しさすら些細に思えるほどに、彼は必死に逃げていた。

 家計の足しになればと踏み入った森の奥。魔物よけの範囲外なため本来なら禁じられていたが、少年は過去にも探索したことがあった。今日もめぼしい物をいくつか回収して村に戻る、そのはずだった。

 彼が森の奥で見たのは倒木の下敷きになっている熊の死体。頭が潰されていた。珍しい物を見たと思わず近寄り、初めて異変に気付いた。倒木が朽ちていなかったのだ。そして断面はへし折られたかのように歪だった。

 何が起きたのか。分からずとも、すぐに立ち去るべきだと判断したと同時に、

 

 

「……オオオオオォォォ」

 

 

 遠くから低い低い咆哮が響いてきた。

 まるで見られているかのようなタイミングの良さ、いや悪さというべきか、少年は背負っていた籠を投げ捨て脱兎のごとく逃げ出した。

 そうして、もうどれだけ走っただろうか。命の危機を感じ、限界を超えて走った少年の体は今にも倒れてしまいそうだった。

 幸いなことに、少年はこの森自体には慣れている。全力で走ったおかげか、既に魔物よけは越えて村への道も見えてきた。

 ようやく心に余裕ができ、彼は一息ついた。

 

 足を止める。

 その瞬間、何者かに抱えられ、景色が前に飛んだ。直後、道が爆ぜる。

 

 

「え?」

「ブオオオオオオオ!!!!」

 

 

 突如現れたのは大人三人を優に超えるほど巨大な熊だった。腹の底から震わすような雄たけびをあげている。先ほどの爆発はその前腕をたたきつけたことによるものだろう。その剛腕によって地表は粉砕され、隕石が落下した後のような窪地を形成していた。

 そこまで視認してから、初めて少年は自分が何者かに抱えられていることに気が付いた。しかも飛んでいるのか、地面は遠くなり巨大な熊も小さく見えてくる。

 なにが起きたのか呆然としていると、すぐ隣から声がした。

 

 

「怪我は無い?」

「……あ、いえ、大丈夫です!」

 

 

 しかし、聞こえてきた声はあまりにも冷淡で、少年は一瞬自分が気遣われていると気が付かないほどであった。

 思わず聞き返すところだったが、なんとか言葉を理解して返答する。

 それを聞いた少女はただ一言、

 

 

「そう」

 

 

 とだけ言うと、生えている黒い翼を大きく動かし、その場を飛んで離れていった。

 

 

 

   *   *   *   *

 

 

 

 間一髪のところで襲われていた子供を救い出したミディは、すぐに魔物のところへと戻った。

 そこでは、盾を構えて必死に囮役を務める蒼太がいた。

 

 

「ファイアーボム! エレクトロボム! ファイアーボム!」

 

 

 ウエストポーチから小石を取り出して投げつけている。それは狂熊『バーサークベア』に着弾と同時に、炎または電気をまき散らして爆発した。彼のメインウェポン、魔石投げである。事前にミディが各属性に変化させた魔力を封じた石、それを魔力を込めながら投げることで、込められた魔力に応じた威力と封じられた属性の爆発を起こす仕組みになっている。

 蒼太は振り回される腕に当たらないよう間合いをキープしながら、こまめに投げつけていた。

 

 

「エレクトロボム! ファイアーボム、っああああああ!! 目がああああああ!」

 

 

 突如として眩い閃光が炸裂する。

 それは割と離れたところにいたミディも思わず目を背けてしまうほどで、近距離でくらった両者はもれなく目を焼かれた。

 

 

「……ライトボム(閃光爆弾)じゃないですか」

 

 

 どうやら間違えて投げてしまったようだ。致命的なミスだが、幸い相手も目が眩んでいるようだ。だが、少しでも冷静になれば嗅覚で蒼太を捉えるだろう。

 魔石投げでバーサークベアの強靭な皮は焼け焦げている。電撃は固く締まった筋肉を痙攣させ弛緩させている。狙うポイントを確認したミディはすぐに魔法を発動させた。

 彼女の右手に魔法陣が浮かび、収束する。いつしか黒い槍をかたどっていた。闇を好む種族『ヴァンパイア』、彼らの固有魔法の己の影に魔力を通すことで物理的な力を持たせる『造影魔法』である。

 ミディは槍を握りしめると半身に構えて振りかぶる。大きなテイクバックの後、綺麗なオーバースローで槍は投擲された。さながら流星のように槍は漆黒の尾を引いて飛んで行く。そして、風切り音よりも早くバーサークベアの脇腹を貫いた。

 

 

「ッガアアアアアア!!!」

 

 

 ひときわ大きく魔物が吠えた。だが、それにはかつてのような威圧感はなく、苦悶に満ちた大音声でしかなかった。すぐにその巨体が力なく崩れ落ちた。恐る恐る近寄った蒼太が盾から手を伸ばす。既にバーサークベアは事切れていた。

 実に完璧な投擲だった。傷めつけられたポイントを的確に穿ち、計算された角度で胸骨を潜り抜け、見事に奥の心臓まで貫いていたのだ。

 

 

「アアアアアアアイッッ!!」

 

 

 一拍おいて、蒼太が怪鳥のような叫び声をあげる。何故かミディがこの魔法で仕留めると毎回あの奇声を上げるのだ。正直こればかりは鬱陶しいと彼女も思っていた。

 何はともあれ、無事討伐に成功した。これで緊急任務の達成である。

 本来であればバーサークベアはここまで早く倒せる魔物ではない。見境なく暴れ狂う高い凶暴性と被害を増大させる尋常ではない膂力、逆立った毛ですら魔力によって硬くなり、表皮は毛と合わさって刃すら通さない強固な鎧と化しているのだ。名のある狩人でも優に一日はかかる。

 傭兵組合の秘密兵器、それが日々売り上げのない店を抱えた二人が日銭を稼ぐために選んだ副業である。

 

 

 

「……副業?」

「副業!」



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一話 熊狩り-2

 魔物を討伐したからといって、仕事が終わったわけではない。

 蒼太が助け出した少年の保護に行っている間、ミディは倒した魔物の解体に勤しむ。魔物には力の源『魔力核(コア)』がある。それを討伐した証明として組合に提出する必要があるのだ。加えて皮や肉自体にも価値がある。特に熊の胆は滋養強壮の効果があり、ポーションの材料の一つとなる。バーサークベアのも同様である。

 目当ての物を回収し、腰に付けた保存袋にしまい込んでから彼女はさらに解体を続ける。

 肉や皮が欲しいからではない。捨てておいてもいいのだが、後で村人たちが回収することを考えて持ち運びやすいよう整理しているのである。

 一通り終えたところで、森の奥から蒼太が少年を伴って歩いてきた。

 

 

「お疲れー。いつも仕事早くて助かるよマジで」

「これぐらい造作もありません。あの店で売り上げを出すのに比べれば」

「いや、その、あの……はい。」

「冗談です。ところで」

 

 

 そこでミディが連れ来た少年に目を向けると、気付いた蒼太が軽く紹介した。

 

 

「近くの村のアキレス君だってさ。っと、この子がさっき言ってくれた助けてくれた人だよ」

「先ほどは助けてくれて、あと、村を救ってくれてありがとうございます!」

「仕事ですから」

 

 

 深々と頭を下げて感謝を告げられたにしては、ミディの対応は素っ気ない。機嫌を損ねたとおびえる少年の背中を軽くたたきながら、蒼太は苦笑いを浮かべていた。

 

(やっぱ人見知りには年下とか関係ないか……)

 

 冷たい対応だが、彼女の事情を知っている身としては話せるだけマシかと結論付け、フォローに回ることにした。

 

 

「にしても良くあんなバケモンから逃げ切れたよな。足早いでしょ? モテる?」

「えっと、村の近くだったのでたまたまです。それに森の中なので追いかけ辛かっただけだと思います」

「追いかけ辛いってもそれは逃げる方も同じじゃん。いや、すごい足してるよホント」

 

 

 実際、ただの熊でさえ一般人では逃げ切れないだろう。それなのに十二、三の子供が狂熊に追われて逃げ延びたのはにわかには信じがたい事である。

 これでもかと褒めちぎっていくが、アキレスの顔は沈んでいく一方だった。

 

 

「あの……怒らないんですか?」

 

(ああ、なるほどね)

 

 浮かない表情に納得がいき、ちらりとミディに視線を向ける。彼女が小さく首を横に振ったのを見て、蒼太はアキレスに語り掛けた。

 

 

「今回の事、反省してるしもう充分ビビったでしょ。俺達は君がいてもいなくてアイツを狩りに来てたし、むしろ連れ出してくれたおかげで山狩りしなくて済んだ。だからわざわざ怒ったりはしないかな」

「そう、ですか」

「ま、君の家族がどうするかは知らないけど、痛っ!」

 

 

 一瞬ホッとした表情を見せたのに、蒼太の一言で元に戻ってしまう。余計なことを、とミディが無言で針を刺した。便利な造影魔法である。

 蒼太は若干涙目で刺された足をさすりながら話題を変えた。

 

 

「ところで、ここら特有の物ってなんかない?」

「特有ですか? 特別なものなんてうちの村には」

「別にこの森でもいいからさ。なんか珍しいやつとか」

「珍しいものですか……売り物にはならないようなものでも良いんですか?」

「もちろん!」

 

 

 アキレスが金にはならないと言ってるにも関わず、蒼太は即答する。

 ミディはそんな光景を見ながら、やっぱりコレクターじゃないですか、と呆れたようにため息をつくのであった。

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

 それから本当に金にならない特産物を回収した後、二人はアキレスを村に送り届けた。アキレスを家族に渡し、村人たちの前で討伐した証拠を提示してようやく村に安寧が訪れた。

 いつもなら帰るまでの間に、蒼太が持って来た商品を披露するところ(披露するだけで売れたことはない)だが、今回は最低限の装備で赴いたため行商紛いの事は出来なかった。

 恥をかかずに済むとミディは思っていた矢先、

 

 

「なんかないですか村長さん。言い伝えのある井戸の水とか、扱いに困ってる魔道具とか、そういう曰く品が」

「あの、うちは普通の村ですので、そういうのは」

「掘り出し物とか家宝とかじゃなくていいんで、なんなら処分が面倒な品でも」

「そうは言われましても……」

 

 

 まるで押しかけセールスマンのごとく、村長に詰め寄る蒼太。そして困惑する村長。要求されるのが金品ならともかく、先ほどからあげられている例が妙に具体的で実に意味不明なのだ。当然、そんな品物はない。

 一応は商売ということで、ミディは離れたところで様子を見ていた。が、なおもしつこく問いかけようとする蒼太を見て、たまらず引き離す。村長があからさまにほっとしていた。

 

 

「この人がご迷惑をおかけしました。すぐに帰りますので、報酬は組合宛に」

「は、はい。ありがとうございました」

「首都タリクの西区城壁外ですよ。忘れないでくださいね。ご来店お待ちしております」

 

 

 深々と頭を下げる村長に見送られ、二人は村を後にした。既に日が落ちて久しいが、吸血鬼たるミディとそのオトモには関係ない。しばらく歩いて村の明かりが見えなくなった頃、二人を隠すように影が覆った。

 突然の事に蒼太は身を固くする。いつの間にかその傍にミディが寄り添っていた。

 

 

「ソータさん」

「えーっと、ま、まあ確かにそろそろかなとは思ってたんだけど、ここで? 魔力残ってるなら帰ってからでも」

「これでも精一杯なんです。ちょっと消耗しすぎたみたいで」

「ソ、ソウデスカ」

 

 

 確かに余裕はなさそうだ。無理をしているのか頬が上気し、いつもより声も細い。

 そんな状態のミディにお願いされてしまえば、もう拒否する権利はない。

 ぎこちない所作で首元のボタンを外す。ミディがそっと肩に手を置き、蒼太が目を閉じた。背伸びをした彼女の唇が首に触れて、

 

 鋭い牙が突き立てられた。

 

 動脈を巡る血液、その一部がミディに飲み込まれていく。彼女の体内へ流れ込んだ血液は内包していた魔力を放ち、自身も魔力へと変換され、限界まで消耗していたミディを癒していった。加えて舌を転がる血液の、良く熟れた果実のような芳醇さも実に心地いい。

 疲労が瞬く間にとれ、魔力も満ち、乾いていた喉も潤されていく快感にミディは身を委ねる。求めていた甘美なひと時。夢中になるあまり、いつのまにか蒼太の肩に置かれていた手は背中に回り、二人の体がより密着していた。

 ミディが幸福な時間を過ごしている一方で、

 

(くぁwせdrftgyふじこlp)

 

 痛いやら緊張やらで蒼太の頭の中はてんやわんやになっていた。

 既に百を優に超えるほど回数を重ねてきた吸血行為だが、こればっかりは未だ慣れる気配がなかった。痛いだけであればどれほど良かっただろう。むしろ痛みにだけ慣れた結果、伝わってくるのは彼女の柔らかな唇と押し付けられた体の感触だけだ。はっきり言って生殺しである。

 首で血を吸われているため、顔が赤くならずに済む事だけが救いだった。

 

 しばらくして名残惜しそうにミディがゆっくりと口を離した。蒼太の固く閉じられた目元がわずかに緩む。彼女は首元に手を伸ばし、治癒(ヒーリング)の魔法を唱えて、あけた穴を指でなぞった。蒼太の目が開く前に、指についた血を素早く唇で拭い、体を離した。

 

 

「ご馳走様でした」

「あっ、はい、お粗末様でした。……なんか今日長くなかった? 最近暇だったから間隔開いてるなーとは思ったけど」

「……」

 

 

 理性を試される辛い時間ながらも、いや、そんな時間だからこそ時間の長短には敏感な蒼太。なんとなく嫌な予感がしてそのことを尋ねると、ミディの目が少し逸らされた。

 

 

「怪我……とかはしてなさそうだけど、もしかして魔力使わせ過ぎた? 体調が悪いとかなら早めに」

「いえ、御心配には及びません。帰路の魔力が足りなくなった理由は帰ってからお伝えします」

「なら、まあいいか。頼むから隠し事とかは無しで」

「承知しました」

 

 

 心配は要らないと告げるミディだが、いつもより丁寧な態度がより蒼太の不安を煽る。とはいえ、教えてくれるのであれば追及はしない事にした。

 二人を覆っていた影がより力を帯び形を変える。ミディを残し、蒼太を包み込んで巨大な袋の形になった。

 その袋を掴むとミディは黒翼を広げて、彼らが来た方向、即ち「ザッカヤ」へ向けて飛び去って行くのであった。

 

 

 

   *   *   *   *

 

 

 

 村を出てからわずか一時間。既に二人はザッカヤに戻って来ていた。

 簡単な食事を終え、蒼太は気になっていたことを再び尋ねた。

 

「で、具合が悪いわけじゃないのはなんとなくわかったけど……なんであんなに限界ギリギリになってたんだ?」

「……本当に大した話ではないのですが」

 

 

 そういって彼女は机の上にあるものを置いた。

 

 

「これは……なんか使い道がありそうな鉱石!」

「まあ、その謎の鉱石です。魔力を通すと液状になるとか。ソータさんが言っていたことを試そうとした際に思ったより魔力を消費してしまった結果、必要とする血液が増えてしまいました。申し訳ありません」

「嘘だろ? ミディでもこれ溶かせないの?」

「今なら可能だとは思いますが、また血を頂く事になるかと」

「そんなに……」

 

 

 ミディはヴァンパイアだ。種族の特性として外部からの魔力の供給を必要とするものの、その保有量は魔法使い10人を優に超える。

 

 

「というわけですから、調子が悪いとかソータさんが心配するようなことはありません」

「ならいいんだけど……別に無理して吸血の間隔あけなくていいからね?」

「大丈夫です。必要になればその時は遠慮なく頂きますから」

 

 

 まだ不安をぬぐえない様子を見て、心配は不要だとミディは牙を見せながら軽口を叩く。

 蒼太はお手柔らかに、と苦笑いしながら返して後片付けを始めた。

 

 

「明日は組合に行くので早めに寝ますね」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 

 

   *   *   *   *

 

 

 

 ミディは自室に入るなりベッドへと倒れこんだ。

 

(―――ッッ!! すみませんソータさん嘘ついてすみません、ただ吸い過ぎちゃっただけで鉱石のことは言い訳で、そんなつもりで言ったわけではないんです、ああでもつい抱きしめてしまったのは大胆だったでしょうか)

 

 枕にうずめているが、その顔色は髪から覗く真っ赤な耳が物語っていた。

 いつもの冷静さは見る影もない。彼女もまた度重なる出来事で脳のキャパシティーがオーバーしてしまっていた。

 蒼太が年頃であるように、ミディも年頃の少女なのだ。

 吸血時間が長かったのは、単に好きな人の血に酔いしれていただけのことである。鉱石に魔力を使い過ぎたというのは、ほとんど理由になっていない。

 嘘をついてしまった罪悪感で冷静さを取り戻し、またすぐに羞恥に震える。

 そんなことを繰り返してヴァンパイアの少女の夜は更けていくのであった。

 

 翌日。出来てしまったクマを魔法を使ってまで隠そうとする健気な姿がそこにあった。

 



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二話 地竜狩り-1

 雑貨屋ザッカヤは今日も朝から閑古鳥が鳴いており、連続売り上げ0円記録を更新していた。

 

 

「ミディ! ちょっとこれ見てくれ!」

 

 

 倉庫を整理していた蒼太が何やら興奮しながら店内に駆け込んでくる。

 その手に握られていたのは、

 

 

「ただの棒じゃないですか」

 

 

 ミディの言う通りただの棒であった。しいて付け加えるのであれば、綺麗にまっすぐでチャンバラに理想的な形であるぐらいだ。

 今更そんなものではしゃいでいるのか、とジト目を向けられ蒼太は言い訳した。

 

 

「ただの棒と違うんだって! この間の村で教えてもらったやつだよ」

「……確か魔力を通すと燃えやすくなる、でしたっけ」

 

 

 先日バーサクベアから助け出されたアキレスが教えてくれたあの村近辺の珍しい木材である。なんでも非常に魔力を通しやすく、子供程度の魔力でも着火及び炎の管理が楽なことからそれなりに重宝されているのだと言う。割と使い道はありそうだが、薪となると量が嵩むため商品としては取り扱わず、手ごろなものだけ持って来たのであった。

 

 

「結局変わった物が欲しかったんですよね」

「だってせっかくだし手ぶらで帰るのも嫌だったから、じゃなくて! 別の売り方ができないか調べようと思ってね」

「他にも特性がないか知りたかったと。それで何か分かりましたか?」

「いや一応売り物として……まあいいや。ちょっと見てて」

 

 

 そう言って蒼太は魔力を込め始めた。大の男が棒を強く握りしめている様子に、ミディは少し戸惑いを覚えていた。

 

 

「やめて! そんな目で見ないで!」

「冗談です。それで何か変わりました? またとんでもない魔力を込めたように見えましたけど」

「ふっふっふ。ではミディ君。お得意の影魔法で切ってみなさい」

「分かりました」

 

 

 言うが早いか影が動いた。鋭利な刃に変形し蒼太へと斬りかかる。

 

 

「え!? 俺!?」

 

 

 切れ味に特化した影は木材程度なら容易く切り裂き、愚か者の喉元に突き立てられる……はずだった。

 まるで金属同士が衝突したような甲高い音を立て、影の刃が木の棒に止められていた。

 予想を超える頑丈さに思わずミディは目を丸くした。

 

 

「まさか完璧にはじかれるとは思いませんでした。とてつもない硬さですね」

「とんでもないのはミディの方でしょ……防げてなかったら死んでたんじゃないの俺」

「ちゃんと寸止めしますよ。……ですが、棒に対しては本気で切るつもりでしたが」

「俺も正直ここまでとは思ってなかったよ」

 

 

 試しにナイフを突き立ててみたが同じように弾かれてしまう。見れば、先ほどの影を含めて木の棒には一切破損した様子がなかった。

 

 

「それで、どれくらいの間硬いままなんですか?」

「どうだろう、さっきも実演したかっただけで効果が切れたわけじゃないし、あっ硬化のこうk」

「魔石のように貯めておく性質はないようですね。魔法陣もないですし、先ほどの魔力量ですと一日ぐらいは硬いままだと思います」

「……そうだね」

「まあ、ここまで硬いのはソータさんが魔力を込めたからだと思いますが」

 

 

 ミディの推察はおおよそ当たっていた。切断特化の影ですら無傷で弾き返す異常な硬度は蒼太の魔力量ありきである。しかしながら、武器として活用できる程度であれば現在込められている半分の量で充分である。もちろんそれでも常軌を逸しているが。

 とはいえ、ここへ来てようやく、1000日掛けてようやく売り物になりそうな品が見つかったのだ。その事実だけでミディは歓喜に沸いていたが、努めて冷静を保ち、重要なことを尋ねた。

 

 

「ところでなんて名前を付けるんですか?」

 

 

 そう、商品名。古今東西、世界を超えてもなお揺るがない超根本的なPR方法である。購買意欲をそそる名前はそれだけで売れ行きを決めると言っても過言ではない。シンプル、語感、売り文句、どの名前にも売り手の意図は存在する。

 待望のまともな商品(当社比)、一体どんな名前だろうとミディは期待に目を輝かせていた。

 

 

「ふっふっふ。この棒は見た目に反して伝説の武器にすら優る驚異的な硬さを誇る! 相応しい担い手が現れればかかる百難、すべて打ち払い共にあり続けるだろう」

「はい!」

「とは言えシンプルイズベスト! この朴訥な武器には凝った名前よりも分かる人には分かる程度のこだわりぐらいがちょうどいい」

「はい」

「そして俺のいた世界では、まさに艱難辛苦に耐えながらも信念一つ、練り上げた魔力で伝説を打ち立てた勇者の話がある。かの勇者の代名詞にもなったパートナーの名前にあやかって」

 

 

「”ひのきのぼう”と名付けよう!!!」

「……これひのきじゃないですよ」

 

 

 ミディは失念、いや考えないようにしていた。この男は自分の店にザッカヤと名付けるほどネーミングセンスがないことを。

 とりあえずの礼儀として突っ込みを入れる。既に彼女の意識は明日の仕事に向けられていた。

 先ほどまでの熱気が急速に失われていくほど冷たい態度を取られ、蒼太は大慌てで説明を行う。

 

 

「本当にそういう勇者、ていうか僧侶の話があるんだって! ひのきのぼうも本当は大した武器じゃないんだけどその僧侶が使ってて、最終的にはマジで伝説になったんだって!」

「……気持ちは分かりましたが、でもひのきじゃないのにその名前なのは」

「そこ変えちゃうとほら、話が伝わらないからさ」

「そうですか。ではひきのぼうということで、人に聞かれたらソータさんが説明してください」

「任せてちょうだい。もう明日持って行っていい?」

「うちの目玉商品になりそうですし、いいんじゃないですか」

 

 

 名前はともかく、そのポテンシャル自体はミディも認めるところである。思わぬ拾い物に欠ける期待は大きい。折しも明日は組合から魔物の討伐を依頼されている。現地でいくつか売ることができれば、ついに念願の売り上げが記録される。

 いそいそと荷物にひのきのぼうを加えたところで、蒼太は思い出したように問いかけた。

 

 

「そういえば明日って何倒すんだっけ?」

「地竜です」

 

 

 地竜。見た目は地球で言うトカゲのようだが、サイズは10m以上。にもかかわらず、魔力を利用して地面に潜ることができ、地面を隆起させて攻撃したり、急襲してくる非常に厄介な魔物である。かなり手強く、一流の傭兵ですら念入りに仲間を募るほどだ。

 とはいえミディは何回か倒した経験がある。造影魔法を駆使する彼女にとってはさほど苦戦する相手でもない。

 

「なので討伐には私が行きますので、ソータさんは行商でもしてて下さい。魔石もあまり補充できませんでしたから」

「いいの? 一人で倒すの面倒じゃない? 確か面倒な魔法使ってくる魔物だった気がするけど」

「たまには腕試ししたい時もあるんです。特に最近は魔法の操作も上達したので」

「確かに精密になったよね……」

 

 

 ミディは誇らしげに胸を張っているが、蒼太は若干辟易したような表情だ。彼の脳裏には先日の一件、突っ込み代わりに影の針で刺された痛みがよぎっていた。あれが精密化の恩恵なら願い下げである。とはいえ、彼女の戦闘力は見違えるほどに上昇している。腕試ししてみたいと思うのも当然だろう。

 それなら、と蒼太は荷造りを適当に終わらせた。

 

 

「こんなもんでいいかな。それじゃ俺はもう寝るよ。おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 

 就寝前の挨拶を済ませて自室に向かう蒼太。その後ろ姿を見送ってから、ミディは敢えて見せなかった依頼書を取り出す。

 

(イースト辺境伯領バサ村……大山脈付近ですね)

 

 ユーリ皇国最東端の村。巨大な山脈が隣接しており、その向こうにはある国が広がっている。

 かの国の存在を思い起こすたび、ミディの中で冷え冷えとした感情が湧き上がっていた。

 

(……何事もなければいいですが)

 

 頭を振って不吉な想像を追い払う。

 しかし、それでも胸中に巣食う嫌な予感までは振り払えないのであった。

 




「ミディが名づけるとしたらどんな名前になんの?」
「そうですね……不壊棍棒とかですか」
「くっなんてネーミングセンス、だがひのきのぼうに込めた思いなら負けない。あ、あとヒノキの花言葉は不滅らしいよ」
「伝わるといいですね……」


偉大なる僧侶とひのきのぼうとSSの作者に敬意を込めて

それとこの世界には花言葉はありません


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二話 地竜狩り-2

 ヴァルラヘイムのヴァンパイアは自身の影を任意に操作することができる。ミディは非常にこの魔法に長けており、物質として具現化させたり、魔法に寄らない武具として顕現させることすら可能である。戦闘においても強力だが、特に有用なのは長距離を移動するときだと蒼太は感じていた。

 

 

「なんで到着早々私を拝んでるんですか」

「だって、普通に移動したら何日かかるかわかったもんじゃないからね。ミディ様様ですよ本当」

 

 

 ここはイースト辺境伯領バサ村。タリクからは馬車で一週間はかかる僻地である。

 いつものようにミディに運ばれてきたのだが、やはりこの移動速度は驚異的だ。蒼太の感覚では、影に包まれて二度寝をしている間にはもう到着していたのだ。ジェット機も凌駕する乗り心地である。

 

 

「快適なフライトありがとうございます」

「まあ悪い気はしないので構いませんが……た、たまには開放的になってもいいんですよ? 飛んでる時の景色とか割と絶景ですし」

「高いところ苦手だからいいや」

「……そうですか」

 

 

 影ばかりでなく二人で一緒に飛びたい、という思いを含めた提案をすげなく断る蒼太。大きく伸びをして仕事モードに入る。

 

 

「んー、と……よし、まずは現地調査だな。地竜がどこにいるか調べないと」

「緊急依頼ではないので、村からはまだ遠いところにいると思います。実際、村の中にいる人たちからの情報はありませんでした」

「目撃者はいる?」

「村の狩人が何人か見てますね。それと別の依頼で山脈に来ていた傭兵がいます。彼らの目撃情報はミラさんがまとめてくれました」

 

 

 そう言って、ミディは荷物から書類を取り出した。

 ミラというのは傭兵組合集会所の受付嬢だ。そして二人の事情を知っている数少ない人間でもある。

 渡された資料に蒼太は素早く目を通す。そこには時系列順に整理された目撃情報とその信ぴょう性が記されており、さらにはミラ史なりに推測された地竜の潜伏予想までたてられていた。

 これならほとんど調査なしで討伐に赴けるだろう。そのあまりの情報密度に、蒼太から思わず感嘆の声が漏れる。

 

 

「相変わらずすごいな、ミラさんは……ん? もう一枚あるのか、なんだろ」

 

 

 まだ何か情報があるのかと紙をめくった。そこには

 

 

『ミディちゃんへ 

 

 お仕事いつもお疲れ様~

これ、私の今月の休みです。特に予定は無いから、いつでも遊びに来てね

それとこの間、いい感じのお菓子が手に入ったので』

 

 

 以降、地竜の情報をも上回る書き込みでミディへの熱いお誘いの文が綴ってあった。

 途中まで見てしまってから慌ててページを戻す。仕事の資料に個人的な誘いの手紙を同封しないで欲しいものである。

 無言でミディの方を見ると、彼女もいたたまれなさそうにしていた。やはり目を通していたらしい。

 

 

「読んだなら回収しといてよ」

「ちなみに一番下にソータさんへ宛てたものもありますよ」

「ええ……」

 

 

『PS.残業大変でした。お礼はミディちゃんで』

 

 

「と、いうわけなので、この依頼が終わったらミディにはミラさんちへ行ってもらって」

「遊びに行くぐらいなら別に構いませんが」

「一週間くらい」

「嫌です」

 

 

 二人のやり取りからもわかるとおり、ミラという女性はミディを偏愛すること甚だしかった。仕事ができ、傭兵組合の長からの信頼も厚いのだが、それらを駆使してミディにモーションをかけるのである。当然、共同体の蒼太も巻き添えを食らっていた。主に排除される方向で。

 

 

「まあ一週間はともかく一回くらいデートしてあげればいいんじゃない?」

 

 

 そう代案を提示すると、なぜかミディがジト目を向けてくる。

 

(普段はデートなんて言い方しないくせに……)

 

 そんな彼女の胸中は知る由もなく、蒼太は別の疑問を口にした。

 

 

「そういえばこれだけ絞り込めてるのに何でわざわざ村の近くに降りたの?」

 

 

 ミラのまとめた情報はそれだけで聞き込みを省けるほど詳細だった。恐らく記載された出現予想を回るだけで地竜は見つかるだろう。にもかかわらず、現地に直行せず村に降りた理由が知りたかった。

 それとなく聞いたつもりだったが、ミディはいつも以上に冷ややかな表情を纏って返答した。

 

 

「昨日言ったじゃないですか。今日は私一人で狩ってみますからソータさんは村にいて下さい」

「でも一人だと大変でしょ。狩るのはともかく後始末は手伝うし、なんかあったら」

「その何かがあるかもしれないから村にいて欲しいんです」

 

 

 蒼太の言葉を遮るミディ。その話し方は、まるで暗い感情を無理して押し殺したように無機質であった。それを聞いて初めて自分の考えがあっていたことに確信を持つ。

 今朝、珍しく早起きできた朝食の準備をしていたのだが、ふとどこに行くのかを聞いていなかったことを蒼太は思い出した。当然依頼書を探して、地名を確認する。そして彼の脳裏にもまた、同じようにかの国の存在がよぎる。

 ガド帝国。蒼太を召喚し、ミディを監禁していた国だ。

 なんとなく違和感を覚えた昨夜の言動。その理由としては充分だろう。そう思って探りを入れたのだ。

 もう意図はバレていると悟り、ミディは努めて平静を装いながら話し始めた。

 

 

「地竜は本来砂地を好む魔物です。それなのに生息地から離れて樹海の広がる大山脈近辺に来るのは不自然です」

「でも魔物だし、それぐらいのイレギュラーならない事もないんじゃ」

「ソータさんだってご存じのはずです。帝国は様々な魔物を軍事活用できないか研究していました。地竜もその対象です。偶然ならもっと南方でもいいはずなのに、こんな北の国境まで来て……明らかに人為的なものです」

 

 

 本当ならザッカヤに置いて行きたかったのだ。しかしタイミングの悪い事に、新商品の行商という仕事ができてしまったのである。さりとて理由を言えば確実についてくる。ミディはそれとなく理由を隠すため、蒼太に村にいるように誘導したのだ。

 いまだ目を合わせずに彼女は自分の意図を話す。

 

 

「幸い辺境伯は事情通。私たちの事は知りませんが、三年前の帝都の大混乱の真相には詳しいでしょう。私に何かあっても事情を離せば」

「ミディ」

 

 

 今度は蒼太がミディを遮る。

 彼女の言うことはもっともだった。だからこそ、その言い分は通らない。

 

 

「俺は付いていく。ミディほど戦えないけど手助けぐらいならできるし、足手まといになりそうならその時は血袋になるよ」

「ですが」

「それにね、あの時だって二人で逃げ切れたんだ。今回だって罠かもしれないけど俺たちならどうにかできるでしょ」

「でもソータさん……戦うの苦手だって危険なのは嫌だって言ってたじゃないですか」

「あのねぇ……」

 

 

 俯いたまま本音をいうミディを呆れたように見つめる。

 今日は本当に珍しい事があるもんだと思いながら、蒼太は言い放った。

 

 

「危険なのが嫌だってミディを罠に突っ込ませるなんてするわけないじゃないか。ていうか、もう二度とあんなクソ国家の事で思い詰めない事! いい!?」

 

 

 不意に蒼太の声が荒くなる。ミディに対してではなく、いまだに自分たちを煩わせる帝国に対してだ。その思いは彼女にも伝わったのか、ようやく顔をあげた。






「罠だってわかってるのにミラさんの所に送り込むのはいいんですか?」
「あれは突っ込んでもらわないと俺が危ないから」
「さっきのセリフもう一度言ってもらえます? 出来ればもっと力強く」
「すみません出来ません」


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二話 地竜狩り-3

うまくまとめられず分割になってしまいました


 ミラの作成した資料に沿って進み、二人は地竜の棲み処と思われる場所へと到着した。

 

 

「……千里眼でも持ってんのあの人」

「当たりですね」

 

 

 周囲は異様に地面が隆起しており、使用された魔力の残滓が色濃く残っている。

 間違いなく地竜によるものだ。

 ミラの慧眼に畏怖を覚えながら、慎重に蒼太は魔石を取り出した。既にミディは空を飛び、警戒に当たっていた。

 強く握って魔力を込める。発動させたのは『魔力探知(マナ・サーチ)』魔力を持つものを探し当てる魔法である。

 

 

「うっわ」

「どうしましたか?」

 

 

 蒼太の驚いた声が聞こえたのか、ミディが降りてきた。

 声を潜めるようジェスチャーして、小声で判明した居場所を伝える。

 

 

「ちょうどここの下で寝てるっぽい」

 

 

 彼らの真下、2mほどの地中で強い反応が見られた。間違いなく地竜の魔力だろう。

 ミディも魔法で調べた所、確かにそこで眠っているようだ。

 

「周りには何かいた?」

「微弱な反応ばかりです。恐らく監視は付けていないかと」

 

 

 そう言いながら、ミディは槍を手に取った。彼女の影で造形した真っ黒な槍だ。どうやらさっさと倒すことに決めたようだ。

 

 

「早めに終わらせるつもりですが、何かあったらフォローをお願いします」

「オッケー。準備はしてあるから任せてくれ」

 

 

 魔石をいくつか取り出して蒼太は下がっていく。対照的に、ミディは翼を広げ宙へと舞い上がった。

 

 

「いきます」

 

 

 そう言うと、ひときわ大きく羽ばたいて地面に槍を投擲する。魔力、そして物理的エネルギーをすべて速度に変え、槍は大地に突き刺さる。それは地中で眠っていた地竜へ到達し、その鱗を容易く貫いた。

 途端に地面が大きく揺れ始める。ミディが蒼太の方へ視線を向けると、首を横に振っていた。どうやら仕留めるには至らなかったようだ。

 

 

「さすがに一撃は無理ですね」

 

 

 そう呟いて槍を影に戻す。直後、穿たれた穴ごと地面を粉砕して地竜が現れた。そのまま巨体をよじり、ドスンと四足で着地する。

 その体躯をみて、思わず蒼太は目を見開いた。

 

 

「デカくない!?」

「これは……15m近くはあるかもしれません」

「マジでか……」

 

 

 地竜は平均5m、大きくなっても10mには届かない程度だ。だが、目の前の地竜はそのサイズを優に超えていた。そのあまりに規格外なサイズに、二人の思惑が一致する。

 

((帝国の実験体……!))

 

 とはいえ、少しだけ不安は解消された。飼いならすにしろ操るにしろあまりにでかすぎる。既に帝国の手に負えない脱走個体だろうと二人は考えた。

 先ほどの一撃が致命傷にならなかったのもこの巨体ゆえだろう。核の辺りを狙えていたのだが届いていないようだ。とはいえかなり痛い一撃なのは間違いない。現に目が血走り、獰猛な気配が周囲に満ちている。怒り心頭といった様子だ。

 蒼太の存在がばれる前に、ミディは地面におりて敢えて姿を見せつける。

 

 

「こちらです」

 

 

 ついでに分かりやすく槍を持ち、地面を叩く。敵を視認した地竜は瞬時に飛び掛かった。

 迫りくる巨大な顎。強靭な肉体をもつヴァンパイアとはいえ、まともに食らえば即座に噛み砕かれるだろう。ミディは素早く槍を軸にして跳び上がる。そして今度は投擲せず、全体重をかけて突貫した。落下速度に黒翼による推進力が合わさり必殺の一撃となる、はずだった。

 狙いをつけていた地竜の体表に魔力が集まる。まるで金属の塊のようにその質感が変わる。

 ミディの一撃は甲高い音を残して弾かれてしまった。

 

 

「!?」

 

 

 刃先が弾かれ、体が激突する直前、ミディは身を翻して横に跳んだ。急な動きの連続に体が悲鳴を上げるも、なんとか無事に距離を取ることに成功する。

 地竜もまた、動きを止めてぶるり、と体を揺らした。先ほど変質していた甲殻は既に戻っていた。

 

(まさか鉱物も纏うとは……とんでもない魔物を生み出しましたね)

 

 魔法に熟達した地竜は時に石などで身を守ることがある。この個体は石どころか金属を鎧としているようだ。その硬さはミディの一撃を凌ぐほどである。どうやって倒そうかと思案を巡らせていると、

 

 

「ミディ!」

 

 

 蒼太が声をかけると同時に何かを投げてくる。それはただの魔石だったが、既に魔力が込められていた。

 衝撃を加えれば即爆発する。ミディは全力で影を使って柔らかく受け止めた。そしてそれを手に取り、込められた魔力に思わず取り落とすところだった。

 

(……いくらなんでも込めすぎです)

 

 見れば蒼太は笑顔で親指を立てている。使えと言うことだろう。

 おあつらえ向きに、真下からは地竜が襲い掛かろうとしている。すぐに空へ飛ぶ。その刹那、足元が弾け、地竜が姿を現した。だが、最初の攻撃とは異なり、宙にいる彼女へ届く勢いだ。

 噛みつきにくる大口目掛けて、ミディは渡された魔石を投げつけた。口腔をすり抜けて、喉に当たった瞬間、爆炎が迸る。体内からの強烈な一撃に怯んだ隙を狙い、槍による二射目が投擲される。

 見事に核を貫き、宙に舞ったまま地竜は絶命した。

 力を失った巨体が地響きを立てて地面に落ちた。

 一仕事終えて地面に降りたミディが、駆け寄ってくる蒼太の方へと振り向く。

 

 

「……ミディ、危ないって!!」

「えっ」

 

 

 その声に反応して振り向くと、既に視界いっぱいに開かれた地竜の顎が迫っていた。

 影魔法は解除した。もう避けられるタイミングではない。

 せめてもの抵抗に、彼女はその身を硬化させ目を閉じた。

 

 

 

「……?」

「間に合ったぁ……」

 

 

 いつまでたっても衝撃が無く、そばでは安堵したような声が聞こえてきた。

 彼女が目を開けると、目の前で蒼太がひのきのぼうを構えてたっていた。

 がっちりと地竜の顎につっかえている。

 折れないことを確認して、蒼太は直ぐに顎に手をまわした。地竜は閉じる力はあるが開く力は弱いからだ。

 

 

「ミディ、こいつ、まだ、反応あるからっ、そこをっ」

「……わかりました」

 

 

 振りほどかれない様抑えつけている間に、ミディが地竜の頭蓋を貫いた。

 ようやく抵抗がやみ、そして魔力の反応も消えた。

 

 

「ふう、マジで間一髪だったよ」

 

 

 蒼太が額の汗をぬぐいながらひのきのぼうを拾い上げる。その傍ではミディが必死に頭を下げていた。

 

 

「すみません! 油断していました」

「いや、俺も魔力探知使ってなかったら気づかなかったから、しょうがないと思う。ミディは間違いなくコアを砕いてたし」

「ですが、確認を怠って……ソータさんまで危ない目に」

 

 

 普段しっかりしているだけに、油断してしまったのが相当堪えているようだ。

 とはいえ今回の件、なんとなく理由を察している蒼太としてはミディにこれ以上謝られたくはなかった。なぜなら。

 

(多分、俺のせいで魔力探知が鈍ってるんだろうなあ)

 

 もともと彼女自身、かなりの魔力量のため微細な反応を探すのを苦手としている。そこに人間魔力貯蔵庫(マナタンク)とまで揶揄された蒼太と生活を共にしているのだ。さらに蒼太が限界まで魔力を込めた魔石の爆発直後である。気づけないのも無理はない。

 だが、それを伝えたところで気休めにはならないだろう。

 

 

「一旦それは置いておいて、コイツが動き出した原因を調べようか」

「……はい」

 

 

 まずは異常事態の解明である。いまだ曇った表情のミディを気にしながら、蒼太はどうしたものかと手を動かすのであった。



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二話 地竜狩り-4

 巨大な地竜の解体はさすがに骨が折れる作業だ。二人係で行っていたが、到底さばききれるものではない。鉱石を使った異常な硬さなどはないものの、鱗や甲殻の堅牢さはそのままというのもさらに労を要する。

 だが、そんな中でも役に立つものはあった。

 そう、ひのきのぼうである。

 

 

「いやー本当に盲点だったよ。柔らかいうちに削って硬さと鋭さを両立するだなんて。おかげで鱗が落ちる落ちる。しかも刃こぼれしない! これは売れること間違いなし! でしょ、ミディさん」

「……そうですね」

 

 

 やけにテンションが高い蒼太に話しかけられるも、素っ気ない相槌を打つミディ。だが、それは先ほどまでの落ち込みとは既に関係のない物だった。

 長い解体作業を通し、蒼太はミディの探知能力が低下した理由を説明した。仮説にしか過ぎない物の、理路整然されており、彼女にも思い当たる節は多々あった。とはいえ、同じことが起きないよう気を引き締め、フォローしてくれたお礼を伝えて、ミディは落ち着きを取り戻すことが出来た。そこまでは良かったのだ。

 

 

「そういえば、私の魔力だとどこまで硬くなりますか?」

 

 

 そう、ひのきのぼうである。

 話のタネとしてでなく、新しい商材としてそのポテンシャルを知る必要があった。

 実際、ただ適当な枝を拾って来たとは思えないほどひのきのぼうは高性能である。殴ってよし、守ってよし、最硬の棒だ。

 というわけで、ミディもひのきのぼうを使ってみることにした。別の棒に新しく魔力を込めて。

 ところが、これが一向に硬化しない。なるにはなるのだが、頑丈な木材の域を出ないのだ。後で血を補給するということで、全魔力を込めてようやく鉄に近い硬度になったのである。魔力量では常人をはるかに凌駕する彼女をもってして、だ。

 

 

「……ソータさん以外に誰が使えるんですかこれ」

 

 

 それが彼女の出した結論であった。

 期待が大きかった商品なだけに、ここへきての新事実の落胆は大きい。

 しかし、使える者が使えば有用なのもまた事実である。ひのきのナイフは、蒼太が言ったように解体を楽に進めてくれた。

 あらかた近隣の村に運びやすいサイズに分けたところで、二人は手を止めた。

 そして、示し合わせたように地竜の頭に集まる。

 

 

「一応聞くけど、魔力核は胴体にあったよね」

「はい。残骸も確認済みです」

 

 

 魔物とその他の生き物とを大きく分ける要素こそが魔力核である。魔力核とは魔力にとっての心臓のような物で、ふつうの生物にも大なり小なりみられる。だが、魔物はその身に宿る魔力への依存度が高いが故に、魔力核の重要性が他の生物よりも極めて高い。彼らは魔力さえ残っていれば、心臓が貫かれようと、四肢を切られても、果てには頭を失っても、いずれ復活する。逆に魔力核さえ破壊してしまえば、五体満足だろうと死ぬ。

 そのはずだった。

 あの時、ミディは間違いなく地竜の核を破壊していた。にもかかわらず、再度動き出したのだ。

 地竜の解体をしながら、二人は怪しい物がないか探していた。探知も惜しみなく使い、見落としの可能性も無くした。そして残ったのが頭である。

 同じ失敗を繰り返さないよう、意識を研ぎ澄ましてミディが魔力探知を行う。

 

 

「もう反応はありませんが、念のため抑えはそのままにしておきます」

 

 

 顎は彼女の陰によって真っ黒に覆われている。これならば万が一動き出しても何もできはしない。

 鱗をはがし、甲殻を切り裂く。頭蓋をむき出したところで、蒼太はおかしなところに気づいた。

 

 

「なんだ、この穴……。ミディの槍?」

 

 

 地竜の頭蓋には、まるで穿頭手術を施したような綺麗な穴が開いていた。

 ミディの槍が開けた物かと確認すると、彼女は首を横に振る。前頭部が砕かれているあたり、そこを彼女の槍が穿ったのだろう。

 解体には慣れてきたとはいえ、まだまだ蒼太の感性は日本人である。内心、吐きそうになりながら穴から脳内を覗き込んだ。

 

 

「……うぷっ……、あ、あった」

「これは……やっぱり地竜の魔力核ですか」

 

 

 蒼太が摘まみ上げたのは、ミディが砕いた魔力核であった。念のため確認を取ると、間違いないと彼女は断言した。

 渡された魔力核を眺めているさなか、ミディは違和感を覚えた。

 

 

「……? もしかして……」

「オロロロロロ」

「あの、酷でしょうけど、少し吐くの抑えて頂けますか? 魔力まで出てますから……」

「あい……おうっ……」

「……この魔力核、この地竜の物じゃありません。別の個体の物で……ほんのわずかに魔法の痕跡が感じられます」

「ウオロロロロロ」

「大丈夫ですか?」

 

 

 違和感の正体、それは倒した地竜の魔力反応との不一致である。ミディには個体を識別するほど詳しくはないが、それでも別の魔力であると感じ分けることはできる。

 いったい誰が、とは考えるまでもなかった。

 ミディは蒼太の背中をさすりながら、山脈の向こうを睨んでいた。



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閑話 柿狩り

 雑貨屋「ザッカヤ」に客が来ることはない。

 そのため業務といっても特にすることはなく、やれることは在庫の整理ぐらいである。だらだらとやっていてもすぐに終わってしまう。

 二人は今日も早々に作業を終わらせていた。

 

 

「では組合に顔を出して来ます」

「いってらっしゃい」

 

 

 とはいえ暇を持て余しているわけではない。ミディは第一級の傭兵であり、依頼の後処理も相応に面倒である。素性を隠しているのだから猶更だ。

 バーサークベアにランドドラゴン、立て続けに二件も討伐をこなしたため、しばらくは城壁内にある組合に出向くことになるだろう。

 ミディは忙しい。では蒼太はどうだろうか。

 

 

「……何しようか」

 

 

 なんとも見事な穀潰し、になりたくはなかった蒼太。一応彼なりにやれることは作っていた。

 何から手を付けようか少し悩んでから、蒼太は森に向かっていた。

 

 

 

   *   *   *   *

 

 

 

 ヒモ回避プロジェクト。収入を得られない蒼太が己のメンツをかけて始めた一大事業である。

 第一弾は早くもとん挫したが、第二弾は今もなお進行中だ。

 その一つは森の中で進められていた。

 森の外縁、ミディに頼んで切り開かれた土地には、いくつもの果樹が植えてあった。

 そのうちの一つはちょうど収穫期なのか大量に実がなっていた。

 

 

「おお~」

 

 

 予想以上の実りっぷりに蒼太が感嘆の声をあげる。依頼のためにしばらく様子を見ていなかったが、ここまでになるとは思っていなかったのだ。

 だが、これだけで成果にはならない。頭ではわかっていながら、蒼太はもぎ取った果実を少しかじる。朱色に染まったその実は柿によく似ていた。

 

 

「しっぶ! うええええ……」

 

 

 舌に乗った瞬間に迸った鮮烈な渋さに吐き出してしまう。いわゆる渋柿であった。

 なぜわざわざ渋柿を育てているのかというと、単に売っていないからである。

 加工法がないのか、ユーリ皇国周辺で知られていないのか、渋柿が売られているのは見たことがなかった。蒼太が育てる果実を選んでいた時も、ミディは不思議そうにしていたほどである。

 

 

「……まあ、こんなくそまずい実が美味しくなるとは思わないよね」

 

 

 改めてその渋さを確認して、蒼太は近くに建てた小屋へと向かう。雨をしのげる程度に屋根が付いただけの小屋には、先日収穫した渋柿が干してあった。

 

 

「頼む……鉄腕の神々よ」

 

 

 その中の一つを手に取り、恐る恐る口にする。この結果に、今後の計画の行く末がかかっているのだ。

 

 

「あまーーーーーい!!!」

 

 

 無事成功したようである。

 予想以上の出来栄えに歓喜し、蒼太は意気揚々と残りの柿の収穫を行っていくのであった。

 

 

 

   *   *   *   *

 

 

 

「で、そのシブガキ?はちゃんとした商品になるんですか?」

 

 

 帰宅するなり押し付けられた干し柿を胡散臭そうに観察するミディ。というのもヴァルラヘイムでは解毒の魔法があるためか、毒の有無よりも味が価値を決める。異常な渋さを持つ柿は名前が付けられていないほど無価値な果実なのだ。それが干すだけで食べられるとはにわかに信じがたい。見た目も萎びているも同然だからかなおさらである。

 そんな彼女の警戒を解くように、干し柿を摘まみながら蒼太は説明を続けた。

 

 

「流石に俺がいた世界の物よりかは味は劣るけど、それでも充分商品になるクオリティだと思うよ。珍味として取り扱ったら買う人もいるんじゃないかな」

「ちなみに味はどんな感じですか?」

「んー干し柿としか言えないけど……乾燥してきた柿のジャムって感じ」

「余り食欲がそそりませんね……食べられるようになったのは間違いなんでしょうけど……」

 

 

 蒼太が初めて渋柿を食べたときのリアクションはミディもよく覚えている。人の忠告を聞かずに大口でかぶりつき、しばらくよだれを垂れ流しながら口を半開きにしていたのだ。

 その蒼太がノーリアクションで渋柿を食べ続けている。それだけで食用になったことは理解できた。だが、いざ食すには「呪われた柿はゲロマズ」という常識が邪魔をした。

 そして、ミディは名案を思い付く。

 

 

「どうやら自分で食べるには勇気がいるようです。ソータさんが食べさせてくれませんか?」

「はい?」

 

 

 何を思ったかこんな突拍子もない提案を臆面もなく行うミディに、思わず面食らう蒼太。本気で何を言っているのか分からないといった顔をしていた。

 

 

「口を開けて待ってますので、一欠片入れて頂ければ結構です」

「待って待って。別にそこまでして食べるようなものでもないと思うけど」

「ニホン人のソータさんだけが味見しても、この世界で食べられるとは限らないじゃないですか。売るのでしたらもちろん私も食べます。なので手を貸して頂ければ、と」

「じゃ、じゃあ食べられるようになってからでもいいよ、日持ちもするし」

「……あーん」

 

 

 それ以上有無を言わさず、ミディは待ちの構えに入る。その時、ふと蒼太の鼻に嗅ぎなれない香りが漂って来た。

 

 

「もしかしてさ、お酒飲んだ?」

「…………あーん」

「酔ってるよね! 絶対シラフじゃないって!」

 

(絶対ミラさんの仕業だ……!)

 

 

 街でミディにアルコールを勧められる人物は一人しかない。なんてことしてくれたんだ、と思いながら、蒼太は仕方なしに対応をし始めた。

 

 

「ミディさん、まずは水を飲もう? その方が味も分かりやすいでしょ」

「あーん」

「え、水も!?」

 

 

 こうして蒼太は真理を一つ理解した。

 酔っ払いにはムキになるだけ損だということを。

 もういっそ自分も羞恥心を捨てて目的を果たしてしまうことにした。

 

(業務業務業務業務業務業務業務業務業務)

 

「それじゃ味見をお願いしますよ」

 

 

 仕事の上だと心を静めながら、震える手で摘まみ上げた干し柿をミディの口に入れた。

 途端、彼女はひどく顔をしかめて一瞬で店を飛び出した。

 

 

「ちょ、ミディ!?」

 

 

 突然の事に後を追おうとするも、少し考えて思いとどまる。

 案の定、すぐにミディは青ざめた顔をして戻ってきた。

 

 

「失礼しました……」

「俺の方こそ、ごめん。まさかそんなに味覚が違うとは思わなくて」

「……」

 

 

 蒼太としては、口に合わなかった程度で済むと考えていたが、実際はレベルが違った。酔っていたとはいえ、嚥下していない物で吐き気を催すとなれば、相当酷い味に違いない。

 彼は知らない事だが、渋柿の渋さはタンニンに由来する。地球では干すなり湯もみするなりでどうにかできていた。だが、ヴァルラヘイムでその工夫がないのには理由がある。魔力だ。よりによって干された渋柿の中では、タンニンは魔力と結びついた上で腐敗する。舌には元の渋みだけでなく、腐敗した魔力の風味が襲い掛かるのだ。

 そうとは知らず、醜態を晒させてしまったことに蒼太は凹んでしまっていた。ミディもまだ舌の上の残り香に耐えきれず再び出ていく。

 長い間口をゆすいでいたのだろう。だが、どうしても味は取れなかったのか、正しく苦渋に満ちた表情で帰ってきた。

 そういえば、と先日のことを思い出した蒼太。

 

 

「魔力減ってない? 大丈夫?」

「……正直かなり無駄遣いしてしまいました」

 

 

 補給したばかりだが、吐き気と水で思いのほか消費してしまったようだ。

 あの日、帝国の関与が疑われた地竜を討伐してから、二人の間に新しい約束事ができた。それはミディの魔力を万端にしておくこと、すなわち吸血間隔の短縮である。戦えない蒼太から提案したことだ。

 ミディの返事を聞いて、無言でボタンを開ける。彼女もこんなことで補給していいのかと戸惑っていたが、欲求には抗えず口を着けた。

 

 

「ッ……そんな……」

 

 

 一口含むなり、驚愕に目を見開きいてミディが体を離す。

 

 

「もしかして、まだ味が残ってる?」

「いえ、むしろ……ちょっと頂きます」

 

 

 不安を口にする蒼太をよそに、ミディは影で手繰り寄せた干し柿にかじりついた。

 これに驚いたのは蒼太のほうだ。

 

 

「それクソ不味いんじゃ……」

「これは凄いです! 先ほども柿の甘さはわずかに感じ取れましたけど、腐った魔力のせいでむしろ不味さの補強でしかありませんでした。ですが、血の魔力で満たされた今なら、濃厚な甘さが口の中に柔らかく広がっていく感覚までわかります」

「何言ってん……」

 

 

 打って変わったように絶賛するミディ。それも大概だが、自分の血にまみれたまま食事をされて、蒼太はドキドキしてしまう。生々しさがいつもの比ではなかった。

 そんな心境を知りもしないミディは干し柿を食べ切ると、少し思案してこう言った。

 

 

「ソータさん、血のソースって興味ありませんか?」

「いや、ちょっとキツイっすね……」



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三話 鳩狩り-1

「……これで20羽目か……」

 

 

 傭兵組合組合長ギルドは部下からの報告を受けて頭を抱えていた。

 先ほど呻いた数字、それはこの一週間で失った伝書鳩の数である。この世界の高速通信を担う伝書鳩は非常に優秀で、帰巣率は9割を超える。その鳩たちが20羽も行方不明になるのは異常事態であった。

 苦々しげな表情を見せるギルドに対し、部下は報告を続ける。

 

 

「調査によりますと、同様の被害が皇国の鳩にも見られている模様です。特に東部地域では8割近くの伝書鳩が帰巣できていないとのこと。原因は不明ですが……」

「……帝国の仕業だろうよ。よほど優秀なスパイが潜り込んでいるようだな。それで、鳩商への被害は出てないか?」

「既に兵士が護衛として送られてきたそうです。うちにも多数依頼が寄せられ、いくつかのパーティが向かっております」

「後で依頼内容と受注者をまとめあげろ。等級は全て三級に変更して満たない傭兵が受注したところには代理を送れ。あとフィジカルバカとマジカルバカは招集して待機、一級の依頼以外は受けさせるな。喧嘩しだしたら俺が出る」

「承知致しました。すぐに手配いたします」

 

 

 一通り指示を出したところで、ギルドは深々とため息をつく。嫌がらせで済めばいいが、どうやらことはそれで収まりそうにないからだ。

 対策を講じる相手を脳内で選んでいるなか、忘れていた重要事項を思い出した。

 退室する部下を慌てて呼び止める。

 

 

「そういえば鳩丸は無事なのか?」

「鳩丸?」

「いや、なんだ、特書12号だ」

「無事です。特書用の鳩には被害は出ておりません」

「ならいい。5号と6号も使うからすぐに用意しておけ」

「承知致しました」

 

 

 

 

   *   *   *   *

 

 

 

 私の名前は鳩丸。伝書鳩の中でも特別な書類を運ぶために調教された誇り高きスーパーエリートである。

 私のように選ばれし鳩たちは特書と呼ばれ、存在そのものが意味を持つのだ。

 例えば1号は皇宮まで直通でき、その到来は皇国を揺るがす緊急事態を意味する。今のところは仕事がないそうだが、彼女は一切の怠けを許さず、日夜厳しい調教を送っている。まさに特書鳩の鑑である。見てると繁殖期になりそうだ。

 かくいう私はなんでもトップシークレットとかいう存在に向けられる鳩らしい。よく分からないが、一般の組合員が私を使用することは許されていない。その特別扱いは1号と私だけなので別に構わないのだが、その割には忙しい気もする。特書鳩の中では上位の忙しさだ。この間なんて5日と開けず出動したものだ。別に構わないが。どうやら今日も任務があるようだ。

 

 

「12号!」

 

 

 組合員が呼んでいる。そう、私には鳩丸という名前の他に12号と呼ばれている。鳩丸は限られたものが呼ぶ愛称だが、私は気に入っている。この名前を呼んでくれるのは、名付けてくれたミディ様と付き添い兼目印の男、あとはギルドとミラだけだ。

 そして私の役目はミディ様と組合の連絡役である。だいたいは都の外れにいるが、時折とんでもない辺境にいらっしゃるのだ。自慢になるが、私の速度と持久力は鳩並外れている。そこが特書鳩として選ばれたのだろう。その誇りを鳩胸に抱いて任務を果たすのだ。

 呼びに来た組合員の頭に止まり、私は魔力を感知する。今日はいつものところにおられるようだ。これならば向こうでゆっくりすることもできるだろう。

 おや、一般鳩舎がえらく寂しく感じる。普段はもっといるはずだが……もしや何か大事でも起きたのだろうか。もしやここ最近忙しかったのもそのためなのか。

 そうとくればこの鳩丸、微力ながら全身全霊で仕事をしなけばなるまい。ふんっ。

 ああ、すまない。力んでしまった拍子に粗相をしてしまった。だが体は軽くなったぞ。これで往復時間も短縮できるだろうから誉めてくれてもいいんだぞ。おい、なぜ爪弾きにする。やるのか、おら、つつくぞ。

 私が組合員に教育的指導を行っているうちにギルドの部屋に着いたようだ。

 

 

「今日はまた……一段と気が立ってるようだな」

「ええ、本当にこの気性の荒さには手を焼きます。

 

 なんだ、手を焼くだと? この鳩丸の手を? させるものか、

 

これさえなければ最高の伝書鳩なんですが」

 

 

 なんだわかってるじゃないか。そうさ、私は伝書鳩の中でも最高クラスの能力を持っているからな。だからこそ特書なわけだが。気分がいい。もう下がっていいぞ。ご苦労であった。

 組合員の頭からギルドの前に降り立つ。さて、今回は何を運べばいいのかな。黄色か赤か。おい、ふつうの紙じゃないか。なら明日にしてもいいだろう。もうすぐ雨が降るぞ。

 とはいえ私は選ばれし特書鳩。羽が濡れるからとかそんな理由で仕事を拒みはしない。紙が濡れるから明日にしようそうしよう。ちっ、もう括りつけやがった。ごつい見た目で器用な男だ。

 

 

「よし、それじゃ頼んだぞ鳩丸」

 

 

 そう、私は鳩丸。伝書鳩の中のスーパーエリートの特書12号だ。そこまで言われては仕方ない。行ってきてやるか。

 開かれた窓から勢いよく飛び立つ。空気が重いが、まあ私の羽なら雨が降る前に着くだろう。

 にしても飛翔というのは本当に気持ちがいい。忙しさに若干面倒に感じていたが、この昂揚感と開放感は最高だ。どれ、今日は高度も思いっきり上げてみるとするか。私は猛禽類ではないが、ダイビングをするのが得意なのだ。それに上空まで行けば風に乗れる。風を掴んで滑るように飛ぶのも気持ちがいいものだ。おい、向かい風じゃないか。なんてこったい。

 そんなことを考えて上昇しているうちに都から離れたようだ。さすが私だ。ここまで来ればミディ様のところまではすぐである。せっかく高空にいるし、華麗なダイビングエントリーを披露するのも悪くない。ふふふ。

 そして、私は羽を畳んでいざ降下しようとした時。嫌な視線を感じた。

 全く嫌な視線だ。本能に。

 その視線の主は見なくてもいい。私、いや鳩たちなら皆わかる。

 

 

「ピギャアアア!!!」

「クルッポオオオオオオオウ!!!」

 

 

 鷹だ。それもすぐ近くにいる。なんてことだ。私は調子に乗るあまり彼らが索餌している範囲に深入りしてしまったらしい。

 だが……まだ諦めるわけにはいかない。私は特書鳩。白い紙とて、私が運ぶことに意味があるのだ。鷹だからといってやられるわけにはいかない。

 幸い私は降下体勢に入っている。ダイビングする鳩には奴も戸惑うはずだ。

 私は地面に引っ張られるに任せ、ぐんぐんと降りていく。羽は綺麗に折りたためている。これなら相当速度が出るはずだ。

 ……だというのに。全く、なんて生き物だ。猛禽類とかいう奴らはとんでもない。

 振り返るまでもない。今や視線どころか、獰猛な気配までくっきりと感じ取れる。私のダイビングに面食らったはずだろうに、もうここまで距離を詰めてくるのか。

 だが、私にはまだ切り札がある。このギリギリのタイミングで見事に―――

 

 

 気が付けば奴の爪が私を捉えていた。

 体勢が悪い。容赦なく腹部が貫かれている。

 

 

「ポッ……ポゥ……」

「ピイイイィィィィ」

 

 

 痛い。まるで腹が焼けている様だ。しかも私に息があるのを知ってか、さらに力が加えられていく。もう臓器を潰しているのになんて非情な野郎だ。

 ……体から急に力が失われていく。先ほどまで羽ばたいていた翼はまるで私の物ではないかのように動かなかった。

 私は死ぬのか。ここへきてようやくその実感が湧いてきた。まあ、鷹に狩られるというのは鳩として仕方のない事だ。見給えよ、あの嘴と爪の鋭さを。私とは比べ物にはならない。肉体も強靭だ。捕食者という存在の理不尽さがこれでもかと詰まっている。私は肉をついばもうとする嘴を見て、そんなことを考えていた。

 

 

   *   *   *   *

 

 

「クルッポー(貴女はなんて素晴らしい鳩なんだ。しかし、なんでそこまで鍛え上げならもまだ鍛錬に余念がないんだい?)」

「クルポー(私の役目はないほうがいいからよ)」

「ポ?」

「クルポッポー(皇宮への特書、そう聞けば華やかだけどそんな仕事なんて本当はない方が良いの。人間がゆっくり伝聞できる情報の方が平和の証)」

「ポウポウ」

「クルルポッポー(だけど万が一私に仕事が来た時、私はそれを何が何でも達成しなければならない。全ては達成できない事の言い訳にはならない。だからこそ私は全力を尽くす。いつかのために、全力で鍛えて絶対に達成できるように)」

「ポゥ……(やはり貴女は素晴らしい鳩だ……)ポッポッピー(繁殖したい)」

「ポッ!?」

「ポッポ、ポッポッポ(違う、今のはつい本音がでてしまっただけで、貴女と番いになれるだなんてまだ)」

「……クルポー(……別にいいわよ)」

「ポポポ!?」

「ポッポッポー(正直オスとして魅力を感じるわ。もし本気なら応えてあげてもって思えるくらいには)

ポッポポッポー(貴方が今よりもっと魅力的になったら)

クルッポー(次の繁殖期、貴方の卵を産んであげる)」

 

 

   *    *   *   *

 

 

 気が付いた瞬間、私は全ての力を込めて鷹の喉笛を突いた。

 

 

「ピィイイ!?」

 

 

 油断しきっていたのだろう。奴は無様な鳴き声を上げて私を放した。

 ふふふ、さぞ痛かろう。組合員に教育的指導を行ってきただけはあるはずだ。

 だが、所詮は鳩の一撃。少し驚かせただけで鷹を退かせるだけの威力はない。腹部の傷も深い。雨も降ってきて羽根が重く感じる。逃げ切ることはできないだろう。

 だが、私にも誇りがある。気高く最後まで足掻いて見せよう。そうして初めて彼女の言葉に相応しいと思える気がする。

 思わぬ反撃を喰らった奴は、怒り心頭と言った様子だ。手負いの鳩に鳴かされた、なんて恥でしかないだろうからな。

 奴が攻撃をしてくるより早く、私は羽根を畳む。ダイビングだ。二度目だが、やはり鳩の挙動ではないのかほんの僅かにとびかかりが遅れた。

 そして、私には切り札がある。もうタイミングは見誤らない。

 今だ!

 奴の爪が届く直前、私は降下したまま片羽根を上げた。急減速がかかり、体が持ち上がる。だが、奴の爪は私を捉えることはできない。ブレながら急旋回したからだ。これが私の切り札『木ノ葉舞』。木の葉のよう舞い落ちることで、攻撃をかわし、急旋回で私を視界から外させるのだ。

 私は獲物を見失った奴の間抜け面を見下ろしながら、ミディ様のいる近くの森へと飛び込んだ。

 

 

 

 そして木々に身を潜めながら移動してどれ位経っただろうか。

 

 

「鳩丸!!」

「……この怪我でここまで来るなんて……お前……」

 

 

 どうやらミディ様の元へ辿り着くことができたようだ。

 手で掬い上げられた。それが誰の手かもうわからない。どちらだろうと関係ない。私は役目を果たしたのだ。その昂揚感だけでいっぱいだ。

 そう、私は鳩丸。伝書鳩の中のスーパーエリートの特書鳩。



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三話 鳩狩り-2

「鳩丸の仇を討とうと思う」

 

 

 届いた封書を読み終えるなり蒼太は考えをミディに伝えた。

 もし、鳩丸が自然の摂理で死んだのならこんなに強く思うことはなかっただろう。しかし、封書には伝書鳩が人為的に襲われていることが記されていた。

 ミディも同じようなことを考えていた。だが、一つ気にかかることがある。

 

 

「今回も帝国が何かしているみたいですけど……大丈夫ですか?」

 

 

 前回の地竜は帝国の実験体。ギルドによれば今回の件も何かしらの関与が疑われている。

 短い期間に立て続けに起きたということと、二人は共に帝国から追われる身ということを鑑みると、ミディには何かしらの罠と思えて仕方がなかった。

 

 

「俺も最初はそう思ったんだけど……どうやら俺たちが狙いじゃないっぽいんだ」

 

 

 そういって、蒼太は封書のある部分を指し示した。そこには、帝国の皇国に対する軍事侵攻との関連性が指摘されていた。

 

 

「確かガド帝国とユーリ皇国ってまだ戦争中だったよね」

「はい。今は休戦中だったはずです」

「ならやっぱり目的は皇国の通信断絶だ。それに罠にかけるって言っても多分向こうは俺たちが組合所属どころか皇国にいることすら知らないと思うんだよね」

「なんでそう思うんですか?」

「ギルドさんのおかげでミディの活動が隠蔽されてるってのもあるし、ミディも慎重でしょ? そこらへんを信じてるのもあるけど……」

 

 

 そこまで行ってから、蒼太は言いにくそうに声を落とした。

 

 

「けど?」

「ここに店があること誰も知らないじゃん? 辺鄙なうえに誰も知らないところに住んでたらちょっとやそっとじゃバレないと思うんだよ」

「確かにそうですね」

 

 

 言われてみればミディが街中に寄った時、一度たりとて「ザッカヤ」の名前、どころか城壁外の店についての噂を聞いたことがない。情報の一片すら無ければ、誰が調べられるのだろう。

 誰一人知らない店、という認めたくなかった事実を口にしたことで、蒼太は若干へこんでいた。

 

 

「で、でもそういう物珍しい怪しい店がソータさんのコンセプトだったわけじゃないですか。目論見通ってことですよね」

「まさかここまでとは思わなかったけどね……はは」

 

 

 ちなみに蒼太のイメージは某育成RPG金銀のタ○バシティの薬屋なのだが、かの店ほど有用な品を売っていない時点でなんともおこがましい話である。

 想像とはかけ離れた成果に思わず力なく笑う。

 ともかく、「ザッカヤ」から足が付くことは無いということは分かった。

 

 

「まあ今のところバレてる様子も無いし、戦争するなら余裕も無くなると思う。奴らに一泡吹かせるにはいい機会だと思うんだ」

「……結局最後のが本音だったりしませんか?」

「正直、頭にきてる」

 

 

 珍しく蒼太は怒気をにじませていた。

 今回の事ばかりではない。勝手にヴァルラヘイムに召喚された事、帝国で受けた理不尽な扱い、ミディへの非道な仕打ち。(だいたい自分の商才のせいだが)望まぬ隠遁生活もあって、鬱憤は溜まりに溜まっていた。

 そしてその気持ちはミディにも痛いほどよく分かっていた。

 

 

「意外ですね、ソータさんがそこまで言うなんて」

「許せないからって国相手に喧嘩売れるわけないからね。今回は俺でも邪魔できそうだからやる気が出てるっていうのもある」

(俺でも‥…?)

 

 蒼太の物言いに引っ掛かるところを感じたミディは、念のため確認する。

 

 

「……もしかして自分だけ協力しに行こうとは思ってませんよね?」

 

 

 彼女は蒼太という人物をよく知っている。ジト目で視線を向けると、案の定焦ったように言い訳が飛び出してきた。

 

 

「ほら、もし密偵とかいたらバレるし、そもそも相手がどんな手段で鳩狩りしているか分からないかし、だったらミディが直接働くよりも俺の魔力で間接的に協力したほうがいいかなって」

 

 

 蒼太の言い訳は、少しだけ彼女を苛立たせた。

 

 

「……では私はしばらく店番ですか? 一人で?」

「そ、そうなるかなー」

「嫌です。こんな誰も来ないようなところで一人留守番するつもりはありませんから」

「あの、本音漏れてません?」

「だいたい怒ってるならもっと分かりやすく怒ってください。なんで余計な気を回す余裕があるんですか。とにかく、私も鳩丸の仇討ちに参加します」

 

 

 本当に無駄な気づかいをする人だ、と改めてミディは感じていた。先の言い訳も全てではないだろう。恐らく、自分の憂さ晴らしに巻き込めないとか、そんなところか。

 水臭い、というのは言葉にせず、ミディは自分の気持ちを打ち明けた。

 

 

「いつも思うんですけど、私の魔力って全部ソータさんの血でできてるんです」

「はい。存じております」

「だからこういう時は、『血をやるから俺のために働け』ぐらい言ってくれたっていいんですよ。そもそもいつも血を頂いてるんですから、遠慮なんかしないで下さい」

「はい」

 

 

 こちらは特に珍しくもない剣幕で詰め寄る。すっかり威圧された蒼太は委縮して頷くことしかできなかった。

 前々から気になっていたことが言え、心なしか楽しそうにしていたミディだが、ふと我に返って

今後の行動を尋ねた。

 

 

「協力するって言っても具体的にはどうするつもりですか? ギルドさんになにか言われたわけではないんですよね」

「今のところは探索魔法の魔石を沢山提供するぐらいかな。あと俺たちが知っている情報を伝えたら何かしらできる対策も増えるでしょ」

「情報? なにか調べてたんですか?」

「いや、情報っていうか結論は推測なんだけど……」

 

 

 そう前置きしながらも蒼太は確信をもって話し始めた。

 

 

 

   *   *   *   *

 

 

 

「そうか! それで効率よく伝書鳩が狩れるのか!」

 

 

 次の日、組合で蒼太の推論を聞いたギルドは盲点だったと言わんばかりに膝を打った。

 隣ではミディが影魔法で複製した鳩丸を用意している。

 青太はその複製をギルドに渡しながら推測の根拠を提示した。

 

 

「ご覧いただいた通り、鳩丸に付けられた傷は爪痕に見えます。それに矢や魔法の痕は見られませんでした」

「だが、本当に生物を操ることができるのか?」

「この間ミディが倒した地竜は異常成長に加えて、死後も噛みついてきました。自律行動ならともかく既定の行動をさせるだけなら帝国の魔法技術だと……恐らく可能です」

 

 

 蒼太が帝国の実験材料として召喚されたことはギルドも把握していた。それだけに無下にすることはできない。

 

「……そうか。それがわかっただけでも儲けもんだ。わざわざ来てもらって悪かったな」

「いえ、話っていうのはもう一つあって……俺達も鳩狩りの件に関わらせて欲しい」

「……こっちとしては助かる話だが、いいのか? あまり表立って行動すると帝国にバレかねんぞ」

「その話はもうミディとしました。今のところ勘づかれている様子はないですし、組合の隠蔽も完璧です。それに、帝国をのさばらせておく方が後々には面倒なことになりますから」

 

 

 蒼太は行動を起こそうと持ったもう一つの理由を伝えた。皇国は東大陸内で帝国に対抗しうる国の一つである。仮に皇国が負けることがあれば帝国の覇権は確たるものとなり、彼らはまた逃避行する羽目になる。特に愛国心があるわけでもないが、蒼太には切実な思いがあった。

 即ち、

 

 

「俺は皇国以外の気候や文化で暮らせる気がしないんです。それにギルドさんほど俺たちに便宜を図ってくれる人がいるとは思えないですし、生活が脅かされると考えれば割と当然の判断だと思いますよ」

 

 

 帝国からの逃亡中、蒼太は痛いほど実感させられていた。一般人が何の準備もなく呑気に暮らせるほど自然は甘くないのだ。

 

 

「ははっ、確かに。お前がいたところは相当文明が発展しているらしいからな。いい加減ミラの世話になれや。その方が俺としても都合がいい」

「二、三日したら俺だけ速攻で追い出されそうですけど。……まあ大変ですがミディもいますし、なんとかやっていけそうです」

「そうか。だが、協力してくれるってんならしばらくはあいつの家に泊まれ。鳩丸が死んじまった以上、逐一呼び出すのは骨が折れる」

「わかりました」



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三話 鳩狩り-3

前後編からナンバリングに替えました


 蒼太達が協力したからと言って、トントン拍子に事が解決するわけではない。

 危害をもたらす対象が分かっただけで、結局は地道な捜索を行わなければならないのだ。

 といった事情があり、蒼太はこの一週間、せっせと魔石づくりを行っていた。

 

 

「こうしてるとさ、昔の事を思い出すんだよね。覚えてる? 金がなくてさ、たくさん魔石作りまくって売ってたんだっけ」

 

 

 今日もミラの家で魔石作りに勤しんでいる蒼太だが、ふと懐かしい感じを覚えた。傍らで魔法を刻んでいたミディも当時の事を思い起こしていた。

 

 

「あの時は一体どこからお金が湧いているのかと不思議でした。結構な大金を短時間で稼いでくるので、私はてっきり身売りしているのかと」

「身売りって……誰が買うんだよ。で、作った魔石売ってるのばれてしこたま怒られたっけ。足がついたらどうするんですか、って。あの時は稼ぐのに夢中で全く考えてなかったなー」

「割と今も考えなしですよ」

「酷くない!?」

 

 

 そんなふうに二人が思い出話に花を咲かせながら作業をこなしていると、にわかに外が騒がしくなってくる。

 蒼太は手を止めてミディに確認すると、彼女は心配は不要と首を振ってみせた。

 直後、ドアが開いたと同時に、ダイナマイトバディなナイスレディが飛び込んできた。そのまま勢いよくミディに抱き着きいて頭を抱え込む。

 

 

「お手柄よ、ミディちゃん!! これでようやく二人でゆっくりできるわね!」

「…………」

「ミラさん、ミディが窒息してる。返事できないから」

「セクハラよ」

「別におっぱいのせいとは言ってないっすよ」

「視線が」

「ベベベ別に見てな、あいたっ」

 

 

 慌てて蒼太が視線を逸らすも時すでに遅く、操作されたミディの影が背中を軽く突き刺した。

 その様子をけらけらと笑っている彼女の胸から、ミディが顔を出す。憮然とした表情だ。

 

 

「あーもー、かーわーいーいー! 心配しなくても私の体はミディちゃんの物だからねー!」

「あの、それはいいので状況の報告を頂きたいのですが……」

「んー? だからお手柄って言ったでしょー? ……それはともかく、二人が教えてくれた情報と魔石のおかげでかなりの数の『鳩狩り』を捕まえることができたわ。被害件数も目に見えて減ってきたし、国からもたっぷり褒賞が出る予定よ」

「なんか思いの外順調ですね」

 

 

 予想以上に結果が出たことに少し驚きを覚えるミディ。

 だが、ミラは仕事モードに切り替わったまま、戻ることなく報告を続けた。

 

 

「捕獲された『鳩狩り』は確かに魔法改造の痕跡があったわ。伝書鳩に追い付けるようになったのはそれが理由。でも、その程度じゃ特書鳩を狩れるには至らない。……悔しいけど、特書鳩を狩った鷹が見つからない限り、帝国の目論見を潰したことにはならないってことね」

「……今の方法で見つけられることはできますか?」

「わからないとしか言えないわね。探知できた鷹を全て捕獲できたわけじゃないし、逃げられた中にいた可能性もあるわ。けど捕まえられていない以上、脅威なのは変わらないでしょうね」

 

 

 悔しそうに言うミラの腕に、ミディはそっと手を重ねる。途端、嬉しそうに顔をほころばせながら彼女を抱き寄せたが、いつものようなハイテンションは戻らなかった。

 そんなミラに蒼太は思いついたことを言ってみた。

 

 

「見つからないなら囮でおびき寄せたらいいんじゃないですか?」

「特書鳩ってソータくんが思っている以上に貴重なの。皇国にはうちのも含めて100羽もいないし、1羽も所有していない貴族も多いのよ? それを囮に使うなんて誰も許可しないわ」

「いや、そこは見張りというか護衛を付けて狩られないようにすれば」

「あのねえ、伝書鳩ですら魔法を重ねて重ねてようやく追えるほど早いのに、特書鳩になんて追いつけるわけないでしょう」

 

 

 非常識なことを言う蒼太に呆れながら不可能な理由を告げるミラ。速度強化系の魔法は、術者にもよるが人が自動車並みに走れるようになるほどの効果がある。それを重ね掛けしてようやくというのは、蒼太の知る鳩とはあまりにも速度が違う。

 

 

「え? この世界の鳩ってそんな早いんですか?」

「特書鳩ならその日に皇国を往復するわよ」

「マジで!? ちょちょちょ、待って待って、一旦、一旦計算させて下さい」

 

 

 蒼太は教えられた速さに声を出して驚き、案外そうでもないという可能性を考えて計算してみることにした。

 

(端から端ってどれくらいだ? ミディは前に4000kmないぐらいって言ってたけど……4000kmを一日で!!? 時速300kmで飛ぶの!!!?)

 

 ちなみにミラは大雑把に情報を伝えているが、実際は1日もかからない。正確には朝6時に出した特書鳩が夜6時につく。

 この世界の鳩は固有の魔法を行使して飛翔している。伝書鳩は調教を行い、さらに飛行速度を上げているため、例え猛禽類であっても本来ならば捉えられる存在ではないのだ。特書なら尚更である。

 つまり、それを狩れるだけの速度を持つ『鳩狩り』を狩猟するのは至難の業なのだ。

 

 

「ってことは今の方法だと仮に見つかっても狩るのは難しい?」

「見つけて特定さえできれば、あとは国が何とかしてくれるわよ。……きっとね」

 

 

 蒼太の問いに力無くミラが答える。彼女とて本心では、皇国が総力を挙げてもすぐに『鳩狩り』の問題が解決できるとは思ってなかった。通信網は遮断される日々は続くだろう、と。

 だが、皇国の戦力には数えられえなくても、組合の協力者として事態を解決しうる存在が身近にいることを、彼女は知らなかった。

 ちょんちょん、と腕をつつかれたミラは、反射的に抱きしめる。

 

 

「ごめんねー、ほったらかしにしちゃって」

「……」

「また溺れてますよ」

「あら、ごめんなさい。どうしても収まりがよくてつい」

「そうですか。……それで、あの、お伝えしたいことがあるんですけど」

「それじゃあ新居探しに行かないといけないわね。できれば組合に近いところだと嬉しいんだけど、ミディちゃんはどこか希望はあるかしら?」

「誰も同棲する覚悟が決まったなんて言ってないっすよ」

「……私、特書鳩に追いつけますけど」



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三話 鳩狩り-4

「「ええええ!!?」」

 

 

 ミディの申告に二人が揃って驚きの声をあげた。

 

 

「本当に!? 本当に追いつけるのミディちゃん!?」

 

 

 流石に信じられないようで、ミラがものすごい勢いで肩を掴んで確認する。

 やや気圧されながらもミディはハッキリと答える。

 

 

「いつでもってわけじゃないですし体調次第ですけど……追いつけると思います」

 

 

 その返答を聞いてみるみる青ざめて行ったのが蒼太である。

 早い早いとは思っていたが、まさかそんな速度だとは露にも思っていなかったのだ。

 

 

「待って待って、ミディそんな速さでいつも飛んでたの!?」

「だからいつもじゃないですよ。調子がいい時ぐらいです」

 

 

 つまりたまにはジェット機並みの速度で飛び回っているということでもある。

 

 

「あの、次からはもっと遅くなってもいいからゆっくり飛んでくれません? 飛行機レベルは俺には怖すぎるよ」

 

 

 なんともみっともない話である。が、影で覆われているとはいえ感覚的には生身一つだ。

 運ばれている身で図々しいとは思いつつ、蒼太は情けなく頼み込む。

 

 

 

「別に構いませんけど、帰るの遅くなりますよ? ソータさん割と時間はしっかりしているので早い方が良いと思っていましたが」

「どうせ早く帰ったって店番だし、それで怖い思いするぐらいなら俺はミディとゆっくり帰った方が万倍有意義だね」

「そ、そうですか。なら次からそうしましょうか」

「ねえ、私いいこと思いついたんだけど」

 

 

 ふと、黙って考え込んでいたミラが妙案を思いついた。

 彼女の提案は確かに対処法として有効であったが、それを聞く蒼太の顔はみるみる青ざめていくのであった。

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

 翌日。作戦実行直前にも関わらず、いまだ異議を唱えているヘタレがそこにいた。

 

 

「この作戦には俺たちの意志が著しく軽視されていると思うんですけど」

「国の存亡だからな。すまんが他に打てる手がない以上、お前にはいろいろと頑張ってもらいたい」

「頑張れって言われたって……」

 

 

 背中を叩いてくるギルドを恨めし気に見ながらため息をつく。

 ミラが思いついた妙案、その内容自体は単純なものだった。

 囮として特書鳩を飛ばし、ミディが護衛に付く。鳩狩りが現れ次第捕獲もしくは討伐。ただそれだけの話だ。問題なのは、魔力補給要因として蒼太が同伴させられることである。

 彼としてはただでさえ鳩に追い付くような速度での飛行は遠慮したいところ。そのうえ、ミディの飛行速度維持のために魔力、つまり血を提供するために影で連れて行ってもらうことができない。ではどうするのかというと、

 

「ミディちゃんに担いでいってもらえばいいじゃない」byミラ

 

 これが蒼太にとってなによりもネックだった。気恥ずかしいし絵面が嫌だし、なけなしの沽券にも関わる。視界がクリアなのも怖い。

 そんな思いがあってこのヘタレは未だに抗命を続けているのである。

 蒼太がしつこい抵抗を続けているところに、ミディがミラと共に現れた。それを見て加勢が来たとばかりに、同意を求めに行く。

 

 

「ミディも人を長時間持つのは嫌でしょ? 飛べないから役に立たないしさ」

 

 

 俺を、と言わないあたりにメンタルの弱さが垣間見える。

 一緒に難色を示してくれるだろうと踏んでいた蒼太だが、

 

 

「いえ、むしろ普通に飛ぶより心強いぐらいですが」

 

 

 あっさりと反旗を翻したミディによって孤立してしまった。

 これにより作戦阻止は不可能となった。そしてミディはさらに追い打ちを仕掛ける。

 

 

「そんなに私と飛ぶの怖いですか?」

「そりゃあ、高いし早いし……」

「……何があっても絶対にソータさんを落とすようなことしません。それでも信用できませんか?」

 

(そういうことじゃないんだよおおおおおおおおおお!!!!)

 

 頭を抱えたい思いでいっぱいなのだが、幸いというべきか高いところは苦手というだけで恐怖症という程ではない。全力で勘弁してほしいところであったが、ミディにそこまで言われては断る方がかえって沽券に関わるというものである。

 

 

「もちろんミディのことは信用している! いっそどこまでも飛んでって行くか!!」

 

 

 というわけでより複雑な思いを抱きながらも、蒼太は作戦を受け入れることにした。

 

 

「はいそれじゃミディちゃんの後ろに立ってー」

「え、後ろ?」

「ベルト着けるわねー」

「ちょっと待って!!!」

 

 

 やたらとミラが手際よく二人の腰にベルトを回す。結び付けられる直前になって全てを理解した蒼太がその手をなんとか押しとどめた。

 この期に及んで……と言わんばかりの呆れた表情でミラが説明した。

 

 

「ソータくんの安全のためにやってるんだけど。こうしとけばミディちゃんの手も空くじゃない」

「それはありがとうございます! でもインストラクタースタイルがいいです!」

「いんす、なんだって?」

「えっと、俺が前でミディが後ろで抱えるというかそんな感じです」

「それじゃ槍が振り辛いでしょ。前も見えにくいし。却下」

「……あ、なら背中合わせとか」

「しがみつけなくなるけどいいの?」

「却下します」

「なんでミディが……怖いから俺的にもなしだけど」

「いっそ向かい合わせはどうだ?」

「却下に決まってんだろ!!!」

 

 

 ニヤニヤしながら最悪の案をぶっこんでくるギルドを睨みつけて、蒼太は頭を抱えた。

 確かにそれしか方法はないのだが、いかんせん素直に受け入れるには蒼太は純情すぎるのだ。

 悩みながら一瞬ミディに視線を向ける。彼女と一緒に暮らすようになって早三年。必死に意識しないようにしていたが、目も眩むような美少女なのだ。当然憎からず思っているわけで、下心だって沸くというものだ。そしてそれがどうしても申し訳なく、さりとて言うわけにもいかずヘタレは苦悶していた。

 

 もっともそんな悩みは大人組にはとうに見抜かれているのだが。

 

 気配を殺して距離を詰めたギルドが蒼太に手刀を入れる。

 

 

「アヘッ……」

 

 

 崩れ落ちる前に体を支えてミディに近づけると、ミラが手早く二人を結び付けた。

 ついでに気を利かせて、蒼太の腕を首に回してウインクする。ミディは顔を伏せたが、真っ赤になっているのはバレバレだ。

 そして、いつのまにか特書鳩を用意していたギルドが合図と同時に鳩を放った。

 

 

「鳩狩り狩猟、開始!」

 

 

 

 

 

 瞬く間に見えなくなっていく鳩と二人を見送りながら、ギルドとミラは言葉を交わした。

 

 

「上手くいくといいですね」

「大丈夫だろう……ん? どっちのことだ?」

「どっちもですよ」

「あの様子じゃあなあ……。そういえばお前らなんで遅れてきたんだ? あいつよりも早く起きたんだろ?」

「一緒にお風呂入ってたんです」

「なるほどなぁ」




ここに書くには最低過ぎる後書き

https://twitter.com/teitarou_2/status/1568629952442146817?s=20&t=hwXlJdaK_BGT3AMPKQ-2bg


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三話 鳩狩り-5

 皇国のはるか上空3000mをミディが飛んでいく。その速度は既に500km/hを優に超え、先を行く特書鳩をしっかりと追跡した。

 飛行も安定してきたタイミングで、蒼太が気が付いたようだ。

 回された腕に力が入るのを敏感に感じ取ったミディが声をかける。

 

 

「おはようございます」

「ああ、うん……ところで今どれくらいで飛んでる?」

「ちょうど今安定してきたところです。速さは鳩と同じ、高さはわた雲よりは上、ぐらいでしょうか」

「……ならこのまま目を閉じたままにしとくよ」

「それが賢明かもしれません」

 

 

 なにせ今までの比較的低高度低速な飛行ですら影に引きこもっていた男である。目を開けたところで景色を楽しむどころか取り乱すのは目に見えている。全く当然の判断であった。

 蒼太は極力邪魔にならないよう大人しくすることにした。

 そうするつもりであったが、いかんせん視覚を遮断すると他の感覚が研ぎ澄まされてしまう。具体的には触覚とかだ。

 すぐに居たたまれなくなり、携帯している魔力探知の魔石を取り出す。

 

 

「何か気になることでもありました?」

 

 

 何か思いついたのかとミディが聞いてくるが、蒼太にそんな意図など全くない。

 

(むしろ気を逸らしたいことばかりなんだけど)

 

 というのが本音である。もちろんそれを言うはずがなく

 

 

「これなら目をつぶったままでも協力できるからね。やるからには万全を期さないと」

 

 

 と、白々しく建前を述べた。

 

 

「でしたら私は魔力探知は使わないで魔力を節約しますね。何か反応が見られましたらお願いします」

「アイ・コピー」

 

 

 戦闘機乗りを気取るならせめて目ぐらい開けて欲しい物だが、この場でそれを指摘する者はいない。

 とはいえ仕事ぶりの方は悪くなく、蒼太はいつにないほど真剣に魔力探知を行い、普段よりも広範囲をカバーしていた。それだけ広ければ得られる情報も多い。

 

(速過ぎて見つかった魔力反応があっという間に遠ざかってく……あ、ドラゴン)

 

 最強種のドラゴンすら追い抜き、寄せ付ける間もなく探知から反応が消えていく。

 改めて飛行速度を直視(見てはいないが)する羽目になり、顔面蒼白になっていったが、ふと何かに気づく。

 

 

「……無理してない?」

 

 

 ヴァンパイアの特性として、吸血後は魔力が活性化し一時的に能力の向上が見られる。ミディが特書鳩に並ぶ飛行ができるのは調子がいい時と強調していたのも、本来の能力では不可能だからという事情があった。

 しかし、本来の能力以上ということは限界を超えているということである。いくら特性で強化されていると言っても、スペックに見合わない出力を続ける負担は絶大だ。蒼太の血は魔力の供給源として優れており、いわゆる吸血バフの時間も長い。だからこそ長時間にわたる高速飛行も可能だが、今のミディは出力、持久力ともに限界を超えて動いているのである。

 そしてもう一つ。上空3000m時速700kmの飛行は生身で耐えられるものではない。故に彼女は結界を展開しているが、媒材を用いない結界の維持は多大な集中力と魔力を要する。

 隠してはいるものの、魔力反応で無理をしているのは一目瞭然であった。

 

 

「……。問題ありません」

「絶対そういうと思ってたよ」

 

 

 真面目な彼女の事だ。強がりを認めないのはもちろん、任務の中断を提案しても断ることは容易に想像できた。

 

 

「任務止めないならさ、せめて俺の血ぐらい好きに飲みなって。そのためについてきてるんだから」

 

 

 蒼太は魔法を使えない。唯一ミディを癒せるとするなら、それはやはり血の提供しかなかった。だが何を考えているのか、ミディは蒼太の腕が近づけられてもそれを噛もうとはしなかった。

 

 

「このペースで血を吸っていたらソータさんが倒れてしまいます。ただでさえ強引に連れ出したのに、魔力にかこつけて好きなだけだなんて……」

「いいからいいから、ほら」

 

 

 尚も遠慮しようとする彼女の口に強引に腕を押し込む。

 

(あれ、これもしかしなくてもセクハラ?)

 

 内心ビビりながらの行動ではあったが、観念したように牙が突きたてられ少しばかり安心する。

 

 

「気を使ってくれるのは嬉しいけどさ、遠慮はしなくていいよ。頑張ってるんだから血をくれって言ってくれなきゃ」

 

 

 前にミディに言われたことのほんの意趣返しのつもりだが、割と本音でもあった。

 そんな思いはしっかり伝わったのか、いつものように血が抜かれて行く。

 

 

「ん?」

 

 

 肩につつかれた感触があり、振り返るとそこにはミディの影が小瓶を持っていた。

 

(今? ここで?)

 

 戸惑いながらもそれを受け取る。中身は黒飴だった。

 

 

「なんで?」

「……飴は栄養補給にちょうどいいですし、黒糖は増血作用があると言われてますから」

「ああ、そういうことね。ていうかもういいの? たくさん魔法使ってるのに足りる?」

「その分こまめに頂きますので大丈夫です」

「確かにそっちの方がいいか」

 

 

 こまめな回復の方が楽ならそれに越したことはない。遠慮しているわけじゃないならいいか、と蒼太は貰った黒飴を口に入れる。

 

 

「思ってたより美味しいな黒飴って」

「……そうですか」

 

 

 この世界の黒糖は技術力の不足からか地球のものよりも雑味が多いが、それだけミネラルが豊富ということでもある。この黒飴は加工の際、さらに手を加えて造血効果を高めた代物であった。

 甘いものでリラックスできたのか、蒼太の顔に赤みが戻る。血糖値も上がり、集中力も働き始めてきた。

 

 

「視界良好、異常検出なし。ねえ、今どれくらいまで来た感じ?」

「そろそろ東辺境伯領が見えてくるぐらいですね。緩衝地域にはあと半刻ほどで着くと思います」

「早い、早すぎる。もうジェット機じゃん」

 

 まだまだ認識が甘かった、とドライブ感覚で聞いたことを後悔する蒼太。一時間前に皇都にいたのがもう1000kmの彼方である。飛んでいるのがミディでなければ信じられないところだ。

 しばらくして再度吸血を挟んだころ、蒼太はある反応を探知した。

 

 

「ミディ。右45°に多分鳩狩り。位置は低め」

 

 

 これまでのフライトで特書鳩とミディの速さがずば抜けているのはさんざん確認している。その速度についてこれるとなれば、件の鳩狩りで間違いないだろう。

 

 

「了解です。一旦高度を上げますので、接近のそぶりが見えたら教えてください」

「オッケー」

 

 

 今回の目的は『鳩狩り』の狩猟である。気づかれて逃げられれば伝書鳩が飛べない状況は改善されない。そのためミディは速度と高度をさらに上げた。

 

 

「まさか本当に特書鳩狩りがいるだなんて……」

「あいつら改造実験大好きだからね。これぐらいのことはするでしょ。どうやってあんなバカみたいなスペックを実現したかは分からないけど」

「……ソータさんが言うと重みがありますね」

 

 

 ミディとしては鳩狩りよりも蒼太の方がよほど信じられない存在である。厳密には生み出されたわけではないのだが、実験の結果として彼がいる以上は確かに常識内で考えるのは無意味なのだろう。

 『鳩狩り』は警戒しているのか、それとも獲物を観察しているのか、一定の距離を保ちながら飛行を続けている。今までよりもさらに強く結界を張り、気を張っているミディを見兼ねて、蒼太は無言で血を吸わせた。

 

 

「……助かります」

「俺はまだ余裕あるから。それよりこんな高いと迎撃のタイミングも難しくない?」

 

 

 今回、対象を狩るにあたってミディがとった作戦は、囮に襲い掛かった瞬間を狙い撃つカウンター作戦である。特書鳩を狩れる以上、最高速度がミディを上回る可能性があるからだ。そのための後の先、最悪後の後になってでも仕留めなくてはならない。

 今二人は上空5000m付近に位置している。この距離では先を読んで行動したとしても攻撃が間に合わない可能性があった。

 だが、ミディは自信ありげに告げた。

 

 

「大丈夫です。ソータさんのおかげで新しい魔法を編み出せましたから」

「俺のおかげ?」

 

(多分、魔力のことかな)

 

 確かに魔力の補充にアテがあれば心置きなく練習できるのだろう。彼女がそういうのならば、蒼太としてもそれを信じるだけである。意識を『鳩狩り』に集中させ、極力鮮明なイメージをミディに共有する。

 そして、すぐにその時は訪れた。

 

 

「動いた!! ……嘘だろ、マジかよ!?」

 

 

 『鳩狩り』が速度を上げる。見る見るうちに加速していき、音速の壁にぶつかり、超えた。マッハの世界に足を踏み入れ、特書鳩に迫る。

 あまりの速度に驚きの声を上げる蒼太に対し、ミディは瞬時に切り替え、意識を研ぎ澄ましていた。

 その様子に気づいて慌てて黙る。

 だが、彼女の変化はそれっきりだった。魔力が高まるわけでも、魔法を展開しているわけでもない。こうしている間にも『鳩狩り』はぐんぐん距離を詰めている。特書鳩が接近に気づいたが、あまりにも生物としての格が違う。なにより、特書鳩と言えど音速の域には達していないのだ。特書鳩10号は鳩丸とは違い、本能に従って愚直に逃げているが、最早その命は風前の灯火だった。

 遂に射程内に捉えた『鳩狩り』が爪を構える。まだミディはアクションを起こさない。それならそれで、と蒼太が考えたときであった。

 急に『鳩狩り』の速度が落ちる。力無く落下していくその姿を見れば、事切れているのは明白だった。

 

 

「ミディなんかした?」

「造影魔法で小さくした黒槍を射出しました」

 

 

 もう無理して高速飛行することは無い。落下速度を緩める程度に魔法を使いながら、ミディは撃ち込んだ槍を蒼太に見せる。

 それは槍というよりも幾分か手が加えられており、要するにライフル弾に近い形状をしていた。

 ……のだが、その魔法は蒼太の目には映らない。

 

 

「今どれくらい?」

「……だいたい先ほどまで飛んでいた高さに戻ってきたところです」

「ならもうしばらく目をつぶってるからその後でもう一回見せて」



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三話 鳩狩り-6

「狙撃したってことか……」

 

 

 ようやく地面に着き、蒼太はミディが射出した槍を眺めていた。

 サイズは実際の弾丸よりもはるかに小さい。仕留めるには急所を確実に狙う必要があった。距離もあり強風吹き荒れる高空、さらにマッハを超える生き物を一発で捉えるとは、卓越した射撃の腕前だ。

 発想と精密さに感心していたところで、ミディに欠けられた言葉を思い出した。

 

 

「そういえば俺のおかげって言ってたけど、銃の話なんかしたことあったっけ?」

「いえ、この世界よりもすごい火器があるのは聞きましたが、具体的に教えて頂いたことはありません」

「だろうね。人に話してあげられるほど詳しいわけじゃないし。やっぱり魔力?」

「それと精密さがあれば破壊力はいらないということに気づかせてくれました」

「あの突っ込み代わりのあれのことか……」

 

 

 失言する度に突き刺さる影の事である。思わず脳裏に感触がよぎり、背後を確認してしまう。

 

 

「お? あれじゃない?」

「ですね」

 

 

 ちょうど視線の先には撃ち落された『鳩狩り』の死体があった。

 もはや動いてはいないが、地竜の一件もある。念のため魔力探知を使いながら慎重に近づく。

 

 

「魔力反応はもう見られません」

「流石にもう死んでるか。……こりゃまた綺麗にぶち抜いたね、脳幹部分をドンピシャだ」

「練習しましたから」

「……俺には向けないでね。にしても本当にただの鷹にしか見えないのに、なんであんな早いんだ? 特書鳩もそうなんだけどさ」

「ご存じなかったでしたっけ? 伝書鳩は元がリョコウバトの魔物ですよ」

「そうなの!?」

 

 

 蒼太は今まで当たり前のように怪物=魔物と認識していたため知らなかったが、人・亜人を除く魔法を扱う生物という定義が一応がある。中でも強大で魔法に長けた魔物に魔力核が生まれるのだ。

 鳩、一般的には伝書鳩だが、彼らはリョコウバトが魔力を操るようになり、種族として独立した鳥類である。とはいえ、魔力を操るという点以外ではほとんど同じ生物であり、飛行能力以外で魔力を活用しているわけでもない。ちなみに特書鳩はより強い魔力を持ち巧みに魔法を操る一部の鳩を示す。

 

 

「……というわけでリョコウバトの繁殖力の低さがそのまま伝書鳩の生産数の少なさに繋がります。特書鳩なんて年に一羽生まれるかどうかですから、それを狩られると通信以前に取り返しがつかないんです」

「なるほどねぇ。でも魔物なのに魔物よけには引っかからないけどそれはなんで?」

「えっと、確か人への殺意が基準だとか。だからお腹が空いただけの魔物とかはすんなり入ってこれるみたいです。伝書鳩は人懐っこいですから結界には引っかかりませんよ」

「人懐っこい、ねぇ」

 

 

 かつてミディを真似て撫でようとしたら、穴が開くほど突かれた経験がある身としてはにわかには信じがたい。とはいえずかずかと頭頂部に立ち入る姿は、そう言えなくも無いか、と蒼太は在りし日の鳩丸を回想していた。ミディも同じような光景を思い浮かべていた。

 ふと物悲しさを覚えた二人だったが、仇を討つことはでき、帝国の妨害もできた。これ以上ない成果と言えるだろう。

 

 

「帰ろう」

「はい」

 

 

 短いやり取りを交わして、二人は帰り支度を始めた。

 蒼太は地面に座り、ミディはベルトを用意する。

 

 

「ん?」

「なんで座ってるんですか?」

「いや、だってもう全速力で飛ばなくていいでしょ。いつも通り帰るんだよね?」

「はい。いつもの速さで帰るつもりです」

「だから影で包みやすいように座ったんだけど……」

「ちゃんといつもみたいに帰りますよ?」

「そうね、いつも通りね」

「ならこっち来てくれないと困りますよ」

「ん?」

 

 

 先に述べておくが、ミディは意図的にとぼけている。

 

 

「落ちたら危ないですし、ベルト巻かないと」

「あの、いつも通り……」

「大丈夫ですよ。さっきみたいな速さでは帰りませんから。時間はかかっちゃいますけどゆっくり帰るつもりです。さあさ、早くベルト巻いて帰りましょう。ミラさんにもお世話になったお礼をしないといけないんですから」

 

 

 ここへきて鈍い蒼太もようやく気付いた。

 

(さては、影には入れるつもりないな)

 

 そこにしか気づいていない。鈍い男である。

 そんな鈍い男でも何が自分にとってまずいのかは理解している。例えば美少女と長時間密着する、とかだ。

 とはいえ午前中、この手の問答は散々行っている。そして一度背に乗った以上、理由もなく断わり続けるのは難しい。どうしたものかと蒼太が頭を捻っていると、妙案が浮かんだ。

 

 

「ほ、ほら俺は鷹の死骸持ってるし汚いじゃん? だから影で移動したほうが」

「ではその袋だけ影に入れます」

 

 

 『鳩狩り』が入った袋を掲げた途端、間髪入れずに影に奪い取られた。

 

 

「でも触っちゃったし」

「私は気にしませんが、手を洗うなら水出しますよ? 先ほど魔力を頂いたばかりですから、どうぞ遠慮なく」

「……ありがとうございます。あ、手が濡れ、はい、自分のハンカチ持って来てます」

 

 

 差し出されるハンカチを断りながら、尚もなにか逃れる方法はないかと思案する蒼太だったが、ミディの次の一手で負けが決まった。

 

 

「ベルトを付けないなら私が抱えるしか……」

「ごちゃごちゃ言ってすいませんでした。安全飛行でよろしくお願いします」

 

 

 こうしてミディにしがみついて帰ることとなった。

 往路では味わなかった離陸時の加速にビビり、強く抱き着いてしまったのは言うまでもない。

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

 その帰路の途中のことであった。

 

 

「ミディ」

「なんでしょうか」

「多分だけど、この鷹は鳩丸を殺した奴じゃないよ」

「……どうしてそう思われるんですか?」

「鳩丸はうちと皇都の間で襲われてたけど、今回はかなり東に飛んでからこいつが現れたでしょ? いくらなんでも一羽でカバーできる範囲じゃない……って思うんだけど、ミディはどう思う?」

「でしたら二羽でしょうね。特書鳩は鳩丸以外にも二羽だしたそうですが、どちらもきちんと往復した、とギルドさんが言っていました。それにこの速さの生物を量産できているのなら、普通の『鳩狩り』をあんなに投入する必要はないでしょうし」

 

 

 あえてミディは口にしなかったが、技術の問題もある。一度成功したからと言って、そう何度も同じものが作り出せるとは限らない。生物であれば猶更である。だからこそ特書鳩は貴重なのだ。

 

 

「これ、きちんと報告書にしないとダメだろうなあ。なんて書こう」

「大丈夫ですよ。情報の精査をするのは上の人の役目なんですから、そのまま書けばいいんです」

「けどなー」

「別に私が書いてもいいんですけど、その時は代わりに別の仕事をしてもらいますよ」

「うん? なんかあったっけ?」

「お店の帳簿記入です。たまにはご自分で0を書いて猛省したらいかがですか」

「すいません、ちゃんと報告書を書きます」



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三話 鳩狩り-7

 『ジヤマナ要塞に5万の軍』

 

 その報せが東の国境警備隊から来たのは、ミディと蒼太が『特書狩り』を討伐した二日後である。

 

 

「帝国の連中がわざわざ鳩狩りをしたのはコレのためだろうな」

 

 

 既に同じ文を持った鳩が王宮にも届いている。半ば予想していたとはいえ、面倒ごとの到来にため息をついた。

 当然、この文を額面通りに受け取るようなことはしない。

 

 

「バーツ」

 

 

 同室で仕事をしていた男を呼ぶ。バーツというその男は傭兵組合の№2、副組合長である。

 

 

「はい。折しも先日鳩商達の護衛についていた傭兵たちが報酬を貰いに来ているそうです。いかがいたしますか?」

「そうだな……そいつら含め六級以上の傭兵達の受注は黄紙に限定させろ。依頼の等級判断はお前に任せる。国からの対応は俺がやろう」

「承知いたしました。それではそのように手筈致します」

 

 

 ガド帝国が国境付近に大軍を集めて軍事演習、と考えるわけがない。

 戦争の到来を予見しながら、彼らは慌ただしく自分の仕事に取り掛かるのだった。

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

「へえー、傭兵って言っても戦争時に駆り出されるわけじゃないんだ」

「地方にいる大人数の傭兵団はそういう契約で領主に雇用されているそうですけど、皇都にいるのは狩人メインの人たちですね」

 

 

 しばらく空けていたため、風通しとついでに大掛かりな掃除をしながら、蒼太とミディは雑談を交わしていた。言うまでもないが客はいない。

 この世界に来て三年ではあるものの、交流を避けているせいか蒼太はヴァルラヘイムの常識には疎いのだ。そのためか、こうしてミディに物を問うことも多い。

 

 

「なら戦争に行かされることは無さそうだね」

「私達は組合に所属しているわけではありませんから。それにギルドさんが事情を知っているので大丈夫だと思いますけど」

「それもそうか」

 

 

 ミディの説明を聞いて蒼太は胸をなでおろした。隙あらば帝国の寝首を搔こうとは思っているものの、実際に戦争に行くとなるとやはり恐怖の方が強い。

 そんな蒼太とは逆に、ミディは顎に手を当てて何かを考えていた。

 

 

「……もしかして参戦しようとしていない?」

「いえ、戦場でどうやって立ち回れば戦況が有利になるか考えていたところです」

「いえ、じゃないじゃん。想像が具体的過ぎるでしょ。ていうかダメだからね?」

 

 

 想定よりも一歩先を行っている考えを制止する。意外と彼女の血の気は多いのだ。

 

(ヴァンパイアなのに……)

 

「何か失礼なこと考えてますね」

 

 

 蒼太のくだらない感想を抱いていると、ミディがそれに鋭く気付いた。

 非常に鋭利である。

 突きつけられた影の針の痛みを蒼太は良く知っていた。

 

 

「ノ、ノー、サーあ痛っ」

 

 

 白を切るも当然見抜かれて制裁を受ける。せめてサーではなくきちんとマムと答えられていればまだ救いはあったのだが、それを知る由はない。

 刺された眉間をこすりながら、蒼太は話を元に戻した。

 

 

「ま、まあ直接参戦しなくても、今回みたいに何かしらの形で帝国の邪魔はしていきたいとは考えてるから、その時は協力してくれると嬉しいですハイ」

「……構いませんが、ソータさんも無理は絶対にしないでください」

 

 

 ミディの言葉の裏には、先日帰還した際に起きたある出来事があった。

 あの日、帰路の道半ばといったところで蒼太の意識が飛んだのだ。無茶をしていたのはミディだが、蒼太も同様に限界を超えて血液を供給していたためである。それと密着による緊張と高所への恐怖もあった。ともかく、気絶したことを受けてミディは全力で集会所へと帰還し、蒼太は宿直室へと担ぎ込まれ深夜まで目を覚まさなかった。

 未だ鮮明に白く冷え切った手の感触は残っている。もうあんな時間はごめんだと、ミディは強く思っていた。

 

 

「……ミディもね」

 

 

 同じようなことを蒼太も思っていた。限界を超え続けたせいか、ミディは日常生活すらままならない痛みに悩まされたのだ。普段変化の少ない表情だからこそ、辛苦に耐えているのは分かりやすく、ついには見かねた蒼太がベッドに叩き込んだ。結果、名乗りをあげたミラによって二人ともしっかり看護されたのである。一日ゆっくり休養したためか、もう動きを疎んじる様子はないが、それでもぎこちなさは見て取れる。今なお忸怩たる思いが燻っていた。

 

 

「約束ですからね。ちなみに破ったら針千回刺しますから」

「……ちょっと俺が知ってるのと違う上に本当にやり兼ねない気がするんだけど」

「守ればいいんです。もしかして破る気だったんですか?」

「いーや、男たるもの約束は守りますとも。ていうか俺としてはミディのほうが不安なんだよね、実動役だし」

「なら私が破った時はどうしますか?」

「え!? えーっと、どうしよっか……やばい、なんも思いつかないんだけど」

「……。」

「じゃ、じゃあその時次第で」

 

 

 冷ややかな視線に耐えられなくなったのか、逃げの一手を打つ。

 わずかに距離が縮まったのは、気のせいだったようだ。

 




できることならちゃんと昨日のところも小説にしたいです。



……好きな子だったら針千回刺されても気持ちいいと思いますよ。


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四話 鈍竜狩り-1

 戦争が始まった。

 ジヤマナ要塞から出撃した帝国軍はパサツイトル砂漠を横断し、皇国のムカエウツ砦を強襲。五万に対し、わずか三千人足らずの国境警備隊は壊滅的な被害を負ったものの奮戦し、見事に辺境伯そして国の援軍が到着するまでの時間を稼いだ。以降帝国軍も増員し戦線は停滞。未だ攻勢には出れないものの、進軍は食い止めている。

 

 

「……とまあ、今んところはそんな感じだ」

 

 

 一通り戦況を説明し終えたところで、ギルドは煙草を吸う。テーブルの向こうでは、呼び出された蒼太が「それ大丈夫?」とでも言いたげな表情をしていた。

 

 

「あちらさんは十万ぐらい兵士を投入しているらしいが、皇国は六万弱ぐらいで凌いでいる。兵士の数じゃ勝ってるから今はこれで十分な成果だろう」

「へぇー、ていうか詳しいですね」

「俺ら傭兵も結構な人員出してるからな。いざって時のために情報はしっかり貰ってんだよ」

 

 

 現在、傭兵組合の武闘派部隊は待機を命じられているため、代わりに働いているのは斥候部隊と組合員も駆り出されている輸送部隊だ。国中から糧食を集積地に運び、そこから前線へと供給している。一部の腕利きのみが、輸送部隊の護衛のために皇国全体に散り散りになっていた。

 

 

「……なるほど。今日呼び出されたのはミディを雇いたいってところですか」

「察しが早くて助かる。単騎であれだけの強さを誇る彼女なら護衛にちょうどいいからな」

「前線に出さないと約束してくれるなら俺としては問題ないです」

「もちろん約束する。地方から集めて来る部隊の護衛だから、魔物はともかく帝国軍に襲われることはないはずだ」

「なら後は本人に聞いてください」

 

 

 事情を慮った配属だ。であれば、ここから先はミディの仕事である。用件は済んだと考えて退室しようとする蒼太をギルドは呼び止めた。

 

 

「待て。実はお前にも依頼したいことがある」

「俺に? 軍需品になりそうなものでも欲しいとかですか?」

「あんなゴミいるか。そうじゃなくてな、国の研究所が魔力機関車の試運転できるやつを募集しててよ、うちに魔力量に自信のある奴を紹介して欲しいって言われてんだ」

「報酬とは別に飯代がそっち持ちならいいですよ」

「……いいのか?」

 

 

 蒼太が即答するとは思ってなかったのか、訝しげにギルドが聞き返す。

 

 

「実はですね、ミラさんからそういう話が来たら協力して欲しいって頼まれてたんですよ。今はテストパイロット、試乗する人も結構な人数いてチームに紛れるだけらしいから素性もバレにくいって言ってました」

「……極秘のはずなんだが、敵わんなミラには」

 

 

 ちなみにバレた経緯は、魔力トップの傭兵がやたらと羽振りが良くなったのを疑問に思ったミラが色仕掛けで尋問したからである。あっさりとゲロった。

 

 

「ついでにミラさんが仮の身分用意してくれるってとこまでは相談してたんです。なんで遠慮とか要らないですよ」

 

 

 規格外の魔力を持つため、帝国では日夜実験動物扱いされていた蒼太。先に別の傭兵を派遣し、募集が公開されてから話が来たのは、それなりに心情を考えていたためであろう。わかりやすい気遣いである。

 ギルドはバツが悪そうに頭をかきながら、引き出しからぶっきらぼうに書類を出した。

 

 

「こいつが募集文だ。マリーヨの奴に持っていけばすぐに案内するよう言ってある。奴が来次第向かわせるから、先にここで待ってな」

「了解です」

 

 

 

    *    *    *    *    

 

 

 

 渡された地図に書かれていた路地裏でしばらく待っていると、通りから金糸をふんだんに誂えた衣服を着た男が現れた。

 その男は遠目で一瞬立ち止まると、喜色満面で駆けつけてきた。

 

 

「相変わらず物凄い魔力をしているから一発でわかったよ! まさか君が来るだなんて!」

「ちょ、声! 声抑えてマリーヨ」

 

 

 路地裏で待ち合わせた意味が無くなるようなテンションではしゃぐマリーヨ・ク・オーイ。傭兵組合どころか、皇国全土でもトップの魔力量を誇る魔法使いである。

 と、同時に生粋の魔法バカでもあった。

 マリーヨは怪しく微笑み、防音結界を張りながらソータに話しかける。

 

 

「ところで、いつものやっていいかい? 君に会うのが久々で僕はさっきから疼きっぱなしなんだよ」

「もちろん嫌だけど」

「ハッハッハ、行け! 【トリア・イグニス】!」

「問答無用じゃん」

 

 

 魔法陣から火柱が3つ、螺旋を描いて放たれる。暗がりを赤々と照らしながら蒼太へと向かっていき、その体に触れるや否や余波もなく掻き消えた。僅かに温まった空気もすぐに散っていく。 

 渾身の魔法が効かず、マリーヨはわなわなと肩を震わせていた。

 そして、

 

 

「ああああああああ! またか!! まだか!! なんって未熟なんだ僕はあああああああああ!!!」

 

 

 頭を掻きむしり、髪を振り乱して絶叫した。

 それはいつもの事であった。初対面の時に半狂乱しながら魔法を放って来てからというもの、顔を合わせるたびに繰り返してきた。

 膨大な魔力を持つ蒼太に対し、生半可な魔法は抵抗(レジスト)されるまでもなく効果を失う。

 マリーヨはそのことを知ったうえで、自分の成長度合いを測るために蒼太に魔法を放っていた。

 そして魔法を無効化されるたびに、

 

 

「僕はまだ成長できるうううぅぅぅ!!!!」

 

 

 自分の至らなさに狂喜乱舞するのだ。

 もう奇行には飽き飽きしている蒼太が欠伸をし始めたころ、ようやく落ち着きが戻ってきた。

 

 

「ふぅ……そういえばこの間の『鳩狩り』の時も協力してたらしいけど、もう隠遁しなくていいのかい?」

「組合には世話になってるからな。こんな事態だし、少しぐらいは頑張らないとなって」

「そうか。確かに君の魔力を遊ばせておくのはもったいないだろうさ。それじゃ、案内するからついてきてくれたまえ」

 

 

 そう言うと、マリーヨは踵を返して通りへと向かう。去り際に軽く手を振ると、壁についた僅かな焦げ跡が消えていく。

 相変わらずの手際の良さに感心しつつ、蒼太はその後についていった。

 

 

「まあ案内するとは言っても、目的地はすぐ目の前さ。国の研究施設は君も知っているだろう?」

「あそこの四方が建物で囲まれているところでしょ。ていうかこんな近いのに待ち合わせする必要があった?」

「人員募集の紙は確認しただろう。そこにも書いてある通り、魔動機関車は軍事機密だから君のような素性不明の流人なんて本来門前払いになる。けど組合長の信頼も厚いし、魔力量は目を見張るものがあるから是非にと勧めたのさ。その関係で、僕と一緒に直接本棟に向かう必要があるってわけ。ほら、着いたよ」

 

 

 少し話している間にもう入り口に着いたようだ。建物の大きさとは不釣り合いなほど小さな扉が二人を出迎えている。

 

 

「ここから?」

「そうだよ。ただ、鍵がかかっていてね、ちょっと待っててくれたまえ」

 

 

 そう言ってマリーヨは懐から魔石を取り出してドアノブに嵌める。しばらくすると、ガチャリと音がして、扉が開いた。

 その向こうから、研究員らしき白衣をまとった男が姿を見せる。険しい目つきをした初老の男性だ。マリーヨを見るなり、皮肉たっぷりに声をかける。

 

 

「お待ちしておりました、マリーヨさん」

「すまないね、最終実験前に」

「全くです。……ところで、その方が?」

「ギルドさんの紹介で来ました、蒼太です」

 

 

 自己紹介を終え頭を下げる青太を、白衣の男はじろりと一瞥する。

 

 

「ふむ……てっきり傭兵の方がいらっしゃるかと思っていましたが、魔法を得手としているわけではないようですな」

 

 

 男は蒼太の格好の事を言っているのだろう。人ごみにいても気づかれないような、とても傭兵とは思えない一般的な服を着ている。隣にローブに杖と、見るからに魔法使いと分かるマリーヨがいるのだから、なおさら違和感を覚えるのだろう。

 

 

「ヘイ、ドクター。彼についての詮索はよして欲しいと言ったじゃないか」

「しかし、ただでさえ魔力を必要とする実験、魔法に心得のない方が参加されても」

「そこは僕の『眼』がばっちり保証しよう。魔力量に関して心配は要らない、大丈夫さ」

 

 

 自分の右目を示しながらマリーヨが自信たっぷりに告げる。彼の眼は魔力を直接みれるのだと、蒼太も知っていた。その効果はかなり高く、ミディが張っていた魔力を誤魔化す結界を容易く見抜くほどである。

 男はまだ疑わし気に蒼太のことを見ていたが、基準を満たす協力者を欲しているのだろう。根負けしたように謝った。

 

 

「……失礼いたしました、ソータさん」

「いえいえ、こちらもなにぶん貧乏でしてちゃんとした服が買えなくてですね」

「もちろん報酬はたっぷりとご用意しております。しかし、この実験は生半可な魔力の持ち主では話にならないほど過酷です。マリーヨさんですら実験後は悶えてばかりですから」

 

 

 蒼太は先ほどの絶叫を思い出していた。

 

 

「それはまた、大変な事で」

「君なら問題要らないさ。ドクターも早く中に入れてくれたまえよ」

「ではこちらに」

 

 

 またあの奇行を見せつけられるのかと思うと気が重くなるが、ここまで来て引き返すのもアレなので仕方なしに蒼太は歩みを進める。

 所内は暗く、不自然なほど人気がなかった。あたりを見てみると、窓がない。魔石の灯だけが、薄暗く通路を照らしていた。

 

 

「なんていうかいかにも研究施設って感じ」

 

 

 少しばかり嫌な思い出が蘇る。かつて囚われていた帝国の研究施設も同じような雰囲気だった。

 

 

「侵入されないようにするためには経路を減らすのが一番だからさ」

「理にはかなってるんだろうけど、俺だったらおかしくなりそうだ」

「ソータさん閉所苦手ですからね」

「いい思い出ないからなー。しかも暗いせいで空気も重く感じるし、息が詰まりそうで……ん?」

 

 

 非日常体験の最中、やたらと馴染みのある声がした。

 まさかと思った蒼太が慌てて振り返ると、そこにはミディがついてきていた。




男しかいない話とか書けないよう……


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四話 鈍竜狩り-2

「どうしてミディがここに!?」

 

 

 確かギルドが別の仕事を斡旋していたはずである。

 

 

「変えてもらっただけですよ。こちらの方は戦場までの輸送も担当するとお伺いしましたから」

「え、そうなの? 俺聞いてないんだけど」

「君の持っている募集文、ちゃんと確認したかい?」

 

 

 マリーヨに言われて蒼太は渡された書類を確認する。しっかり目を通していたはずなのだが、

 

 

「あ、二ページ目にも書いてある……」

 

 

 ちょうど切りよく収まっていたため気付かなかったが、二ページ目にも募集要項が続いていた。そこに実用にこぎ着けた時のことがきちんと書いてあった。

 いまさらそんなことに気づいた蒼太へ、呆れたと言わんばかりの視線が集まる。特に研究員のそれは目つきと相まって非常に居心地が悪い。背中に嫌な汗をかきながら、急いで目を通していく。

 

 

「……ここか。えーっと『実験結果が良好の際は、直ちに輸送部隊と合流し実用性の調査に移行する』」

「一応説明しますと、我々が研究開発している魔動機関車は一台で非常に多くの物資を輸送することが可能となります。現在、ムカエウツ砦によって戦線が動かない今のうちに、魔動機関車の実用化計画を進めていく必要があります」

「は、はい、ちゃんと読んでおきます」

 

 

 説明の最後に睨みつけられて、すっかり委縮する蒼太。流石に戦争に関わる研究だけあって厳格である。

 ため息をついてから、研究員はミディの方へと顔を向ける。意図を察したミディが先に答えを返した。

 

 

「私は確認してきたので説明は不要です」

 

 

 いつもどおりの冷ややかな対応だが、こちらの態度の方が彼の気に召したらしい。

 表情は変わらないものの、軽く頷いて再び三人を先導する。

 

 

「マリーヨ」

「なんだい?」

「魔動機関車の実験なのになんで室内でやるの?」

「さあ? かくいう僕も実物を目にしたことはないからね。いつも魔力を抜き取られて休憩して抜き取られて解散さ」

「なんだよそれ」

 

 

 マリーヨの話を聞いて蒼太は落胆する。てっきりもう乗り回しているものだとばかり思っていたのだ。どうやら実用化まではまだまだ遠いようだ。

 そんな会話をしているとすぐにドアの前に着いた。今までの部屋とは違い、鉄扉である。

 

 

「では、こちらの部屋に入ってお待ちください。ミディ様はドアの手前で待機して頂きます」

 

 

 研究員はそういってドアを開けて二人を中に入れた。

 部屋は中央に置かれた灯り一つで四方の壁がわかる程度の広さだ。既に先客が三人座っている。

 二人が入ってきたのを見て、その中の一人がぶっきらぼうに声をかけた。

 

 

「ようマリーヨ。そいつが新入りか」

「そうだよ。みんなにも紹介しようソータくんだ」

「どうも蒼太です。お世話になります」

 

 

 反応は寂しい物だった。特に歓迎されている様子もなく、大半はじっと観察するように蒼太を見ている。

 意外なことに、最初に声をかけてきた男が気さくに話しかけてきた。

 

 

「話は聞いてるぜ。組合長の知り合いなんだってな」

「ギルドさんには色々お世話になってます」

「俺はニーバンだ。ソロで傭兵をやってる。よろしくな」

 

 

 蒼太はその名前に聞き覚えがあった。

 

 

「もしかして、ニーバン・メニオーイさんですか?」

「ん? 俺のこと知ってんのか」

「皇国の東部で一番強いと言われている傭兵の方ですよね? 噂はギルドさんから何回か聞きました」

「ハッハッハ。俺も随分と名が売れたもんだ。まあ、西部一の傭兵は二人いるもんなあ、マリーヨ」

「……エースは僕だけさ」

 

 

 フン、と不機嫌そうにマリーヨは鼻を鳴らす。

 皇都のある西部は対称的な二つのパーティが鎬を削っており、事実上Wトップなのだ。その片方のリーダーが彼である。

 予想外の大物に蒼太は驚きを隠せなかった。それと同時に疑問が浮かぶ。

 なにせ彼ら二人だけでその魔力量は魔法士一部隊に匹敵しているのだ。にも関わずあと四人も揃えるあたり、魔動機関車の消費魔力が膨大なのは伺える。その燃費では実用化できるはずもない。

 

 

「ねえ」

 

 

 蒼太が内心面倒だと考え始めたところで、はす向かいに座っていた女から声がかけられた。

 

 

「あたしのことは何か聞いてないの? ヨンナっていうんだけど」

「ヨンナさん……? いやーちょっと記憶が定かじゃなくて」

「あっそ」

 

 

 ヨンナと名乗った女性は、もう興味がなくなったのか視線をそむけてしまう。

 蒼太がどうしたものか困惑していると、マリーヨが小声でフォローしてきた。

 

 

「気にしなくていいよ。彼女も一級傭兵だから自分の知名度には自信があったのさ」

「そういえば聞いたような気が……」

「世辞は要らないよ」

「すみません。全く覚えがありません」

「なんなんだ、あんた……」

 

 

 くだらないやり取りではあるが、やや毒気を抜かれたヨンナの雰囲気が和らぐ。

 最後の一人は無表情な男だった。蒼太が視線を向けても何の反応も見せなかった。

 

 

「彼は国に所属している騎士だよ。無口な男で僕たちも名前は知らないんだ」

「へえー」

 

 

 気難しい男のようだ。マリーヨたちはそれなりに実験に参加していたようだが、それでも名前を知らないというのがそれを物語っている。

 ともあれ参加者の面通しを行うことができたところで、蒼太は肝心の質問をした。

 

 

「で、今から何すんの?」

「ただ座ってるだけだよ。勝手に魔力が抜かれていって限界が来たら休憩」

「この中で? えっ、どれくらい?」

「うーん、魔力を抜かれるペースもまちまちだから何とも。一番きつかったときは一時間ぐらいだったかな」

 

 

 充分長い。知らない人間と何もない小部屋で一時間弱は蒼太にとっては長すぎる。しかもそれ以上の可能性もあるのだ。

 助けを乞うようにミディの姿を探すも、残念ながら部屋の外である。

 

 

「ま、辛いのは底が尽きて来る最後らへんだけだ。途中までは適当に喋ってりゃあっという間よ」

 

(それが辛いんだわ)

 

 蒼太の不安に気付いたのか、ニーバンが声をかけて来るも懸念しているところはそこではないのだ。

 彼にとってこういった交流の場は初めてである。学校生活も記憶の彼方だ。どの程度の距離感で行けばいいのかすらわからないのだ。そのうえ、秘密にしていることも多いと来ている。

 どうしようかとしどろもどろになっていると、魔力が抜かれ始めた。

 

 

「始まった感じですか」

 

 

 とりあえずしばらくは実験の話で場を繋ごうと二―バンに話しかける。

 

 

「……今日は、また随分と」

「……尋常じゃないペースだね」

 

 

 本当に余裕がないのか、その会話を最後に部屋は静寂に包まれた。どうやら相当な量の魔力を持っていかれているようだ。

 蒼太は少し集中して自分の中の魔力を感じ取ってみる。

 

(血を抜かれないだけいつもより楽かな)

 

 もとよりイカレた魔力量の蒼太からすれば、なんとなく減っていることは分かってもまだどれくらい減ったか計れるほどではない。

 だが、他のメンバーはそうもいかないようだ。マリーヨとニーバンは早くもサウナ室のおじさんの如き覇気のなさ、ヨンナの辛そうな姿はちょっと色っぽく、騎士の男も無表情ながら額に汗をかいている。

 蒼太は空気を読み、タオルを頭に被った。

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

(たまには揚げ物でもいいよなー、豚カツとか食べたいし……お?)

 

 蒼太が晩御飯を考えているうちに、抜かれていた魔力が止まった。

 結局、半時間程度だろうか。マリーヨの言っていた時間よりもはるかに早く実験が終わったようだ。

 顔をあげると、疲労困憊といった様子の面々が椅子にもたれかかっていた。

 

 

「お疲れ様です」

 

 

 ドアの向こうからミディが労いの言葉をかけてきた。

 一瞬、晩御飯の話をしようとしたところで思いとどまる。

 

 

「いやー、ガンガン魔力持ってかれたよ」

「外からでもかなりの魔力が動いているのがわかりました。大丈夫ですか?」

「えーっと、死ぬほどしんどい、かな」

「かなって、あんたねえ……」

 

 

 息も絶え絶えにヨンナから突っ込みが入る。確かに死ぬほど疲れてる人間の会話ではない。

 

 

「それはほら、あの、かっこつけというか、無理してるんすよ」

 

 

 思わず口をついて出てしまった言い訳。言い終わってから失言したことに気づいた。

 

 

「「「ほほう?」」」

 

 

 魔力が尽きているくせに、にやりと口角を上げる傭兵トリオ。

 全員一級傭兵でギルドとは直接話す機会もあるだろう。まず間違いなく喋られる。

 

 

「最悪だ……」

「魔動機関車最終試乗実験は以上で終了です。ご協力していただいた皆様はしばしご休息ください」

 

 

 蒼太が頭を抱えていると、最初とは違う研究員が実験の終了を告げた。

 

 

「え、実験ってこれで最後なの?」

「……そうだよ。今日の結果次第で実践投入されるかどうか決まるらしい」

 

(とてもそこまで進んでいるようには見えないけどなぁ)

 

 

 どんな実験をしたかは定かではないものの、蒼太達は部屋で魔力を吸い取られただけだ。魔力の貯蓄は魔石でしかできない以上、これだけの魔力を何かに充填させただけとは考えにくい。

 

 

「僕も気になってるけど、最後はちゃんとどんな実験してたか教えてくれるらしいから」

「ま、こんなキツイ目にあわされただけの物ができてりゃいいんだけどな」

「しょぼかったら承知しないって言ったら自信満々にしてたわよ」

 

 

 やはり他のメンバーも魔動機関車の実態については良く知らない様だ。

 そこに蒼太の耳にそっと影が差し込まれる。ミディの影だ。 糸電話の原理で影のイヤホンから彼女の声が聞こえてくる。

 

 

「……この建物全体にかなり巨大な幻影結界が張られているようです。他にも様々な魔法が使用されているように感じました」

(なるほどね)

 

 

 なにやら相当大掛かりな仕掛けが行われていたようだ。魔法の使えない蒼太が見抜けなかったのも無理はないだろう。

 傭兵たちは誤魔化されているのを承知で参加していたらしい。道理で実用化に疑問を持っていないわけだ、と蒼太は一人納得していた。

 

 

「……えっ」

 

 

 唐突にミディの驚いた声が聞こえてくる。

 何があったのか聞きたいところだが、影電話は一方通行だ。

 

 

「……ちょっと詳しいことはわからないですけど、ギルドさんがソータさんを推薦した理由はわかりました」

(魔動機関車ってどんなんよ……)

 

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

 結論から言えば、実際に現れた魔動機関車は蒼太の想像をはるかに超えていた。

 

 

「この建物全部が荷台だったの!?」

「正確にはこの棟だけです」

 

 

 研究員の訂正があってもなお、蒼太の驚きは変わらなかった。

 とはいえ、地球の技術を知っている彼だからこそ驚きの声をあげられるだけで、他のメンバーは絶句していた。

 外に案内された彼らの前に現れたのは、研究棟という投影が解除された全長20mにも及ぶ巨大な魔動機関車だった。

 

 

「俺たちはこれを動かしていたのか……」

 

 

 ようやく我に返ったニーバンが感嘆の声を上げる。馬鹿みたいに魔力を吸われるのも納得のでかさだった。

 驚きから立ち直ったのを見計らってか、研究員が今回の実験結果を伝えてきた。

 

 

「えー、今回は最大積載量まで載せた魔動機関車を悪路で走行しました。横転、転落防止のための足場生成魔法は無事発動を確認。魔力量はこちらの計算範囲内に収まっています」

「それ本当に収まってんのか?」

「実際に行ったのはコースアウトではなく、崖からの脱輪です。これに耐えた以上は、多少コースアウトしても走行を続けられるでしょう」

「……無茶なことさせるわね」

 

 

 なんとも大掛かりな実験を行っていたものである。

 とはいえ、ヨンナの愚痴に力はない。なにせ未だに目の前の衝撃が抜けきっていないのだ。

 研究員は恐らく実験の仔細が記されたであろう書類を抱えて、無口な騎士の元へと駆け寄った。

 

 

「……問題はなさそうだな」

「はい!」

「では改めて魔動機関車を用いた作戦を発令する」

「ははっ」

 

 

「なあミディ」

「はい」

「多分だけどあの騎士サマ、自分が偉い立場だって言うのサプライズにしたかったんだろうね。ちょっとこっち気にしてるし」

「だと思いますよ」

「でもこれの後じゃあ微妙な反応しかできないよね」

「可哀そうですけどね」

 




おまけ


「で、それがそのトンカツですか」
「……はい」

 文明の利器なしで料理するのは至難の業だ。ましてや調理経験が浅ければなおさらである。にもかかわらず、衣つけて揚げるだけだとトンカツに挑んだ蒼太が作り上げたのは、は脱皮した上に外は焦げ中は生の豚肉だった。
 ミディは元居た世界の料理だと聞いていたため口出しはしていなかったが、どうみても失敗作だった。
 魔法による保存技術があるとはいえ、それでも生肉は安いものではない。流石にやらかしを自覚した蒼太は平身低頭する他なかった。

「……無理してでも食べたかったんですよね」

 怒るかと思われたが、意外なことにやさしく言葉が掛けられた。顔を上げずに蒼太はうなずく。
 ミディはため息をついて立ち上がった。

「少し待っててください」

 蒼太が言われた通り土下座して待つこと十分。

「なんでその体勢で待ってるんですか」

 顔を上げると、ミディが呆れ顔でテーブルに皿を並べていた。
 上には少し記憶されていた物とは違うが、紛れもなく豚カツが乗っていた。


「……ありがとう、ミディ」
「作り方は見てましたから。あとは少し工夫しただけです」

 焦げたところを綺麗に切り、ついでに肉全体を一口大に細かくし、見様見真似で衣をつけて揚げたのだ。
 いわゆる一口カツだ。
 もう一度ミディに感謝を述べてから、蒼太は箸をとる。ソースがないため塩を振り、豚カツにかぶりついた。
 荒めのパン屑にさくりと歯が立ち、肉に到達するや否や温められた肉汁が舌を潤す。しっとりとした肉と柔らかい脂が衣についた塩気と一緒に口に入る。

「自分で作っといてなんですけど、美味しいですね」

 ミディも同じタイミングで食べ、豚カツに舌鼓を打っていた。
 蒼太は無言でガツガツと食べすすめていく。あっという間に食べ終わってしまった。

「本当にありがとう、すごい美味しかった」
「多分ソータさんが知っているものとは違うかもしれませんけどよかったですか?」

「これが俺の豚カツだよ、ミディ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

何ぞこれ

冗談はさておき、閑話にするほどの文量にはならなかったためこういった形で出させていただきました。
よろしければご意見いただければ幸いです。


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四話 鈍竜狩り-3

「いくらなんでもトントン拍子過ぎない?」

 

 

 魔動機関車で東部戦線へ向かいながら蒼太が愚痴る。

 なにせ最終実験を行ったのは僅か三日前だ。こんなにも早く実用化されるとは微塵も思っていなかった。おかげでまたも店を閉める羽目になってしまった。

 

 

「どうせ閉まってるのも気づかれてませんよ」

「……それは言わないで欲しかった」

 

 

 文句のついでにミディの辛辣な突っ込みを思い出し、蒼太は恨みがましい視線を車両前方に送る。

 そこには元凶である皇国軍総参謀長サンボ・ウチョウがふんぞり返っていた。

 

 

「使えると分かったのならば躊躇う理由などないからな!」

 

 

 愚痴が聞こえていたらしい。高笑いしながら答えられた。

 

 

「そうは言っても事故のリスクとか、実際に運用するためのコストとか色々あると思いますけど」

「実践投入は私が直々に実験に参加して決めたことだ。それに、試験運用するならば戦局に余裕があるうちにすべきだろう。今ならば万が一事故が起きても影響は軽微、しかし成功すれば兵站に多大な恩恵がもたらされる。なればこそ、早ければ早い方が良いというものだ!」

 

 流石に宮廷で雷迅卿と呼ばれているだけのことはある判断の速さだ。

 実のところを言えば、その判断で割を食ったのは蒼太達ではなく、その部下である参謀本部の面々である。何せ事前に概要は知らされていたとはいえ、中二日で輸送隊との連携、護衛の増員、魔動機関車のルートの選定まで行ったのだ。サンボを除く全員が色濃い隈を拵えて見送りに来ていた。蒼太が愚痴を漏らしたのも、その光景を目にしたからである。

 とはいえ彼の言っていること自体は一理あるように思えた。

 

 

「でも俺達の魔力が全快するまでは待って欲しかったですがね」

 

 

 疲労が隠せない顔色でニーバンがそう言うと、他メンバーも同調したように頷いた。なにせ短時間で限界まで魔力を絞られたのだ。回復にも相応に時間がかかる。

 たっぷりと余力を残している蒼太もそうだそうだと言わんばかりに頷いた。

 

 

「ふむ、通常運転の際は増員必須ということか」

「……この人、戦争の事しか考えられないんじゃないの?」

 

 

 抗議の声はサンボに全く響いてないようだ。暖簾に腕押しとはこのことである。ヨンナの嫌味も効いてないだろう。

 

 

「しかし実に惜しい事だ。君たちが軍に所属してくれれば機関車の魔力源について悩む必要なないのだが、どうだ?」

「遠慮させてもらうよ」

「「同じく」」

「勘弁してください」

 

 

 サンボの勧誘を傭兵達は即座に断る。サンボはそう返ってくると分かっていたのか、苦笑いしてそれ以上言葉をかけることはなかった。

 そして、そのことでちょっと困ったのは蒼太の方であった。なまじっか同じように返事してしまったため、どうして国の勧誘を断ったのか聞き辛くなってしまったのである。会話自体も終わってしまい、実はふざけて答えましたとも言いにくい。

 そんなこんなで蒼太はそわそわしていたのだが、それをどう感じ取ったのか、護衛隊室からするりと影が伸びる。いうまでもなくミディの影である。

 

 

「少なくとも彼らは傭兵生活で十分なお金と名誉を得ていますから、いまさら軍に所属するメリットがありません。あの人もそれをわかっているようです。それと、皇国への貢献という意味でも魔物を狩ったり戦争に協力したりしていますから、無理強いはしないでしょう」

(確かに)

「ですが傭兵組合に所属している人達全員がそう考えているわけでもありません。中には収入の安定した常備軍を志望する方もいますし、実力ある方も地位次第では引き抜かれるでしょう。……なんですか。今、大事な話をしているので話しかけないでください」

(……さてはまたコミュ障発揮してるな)

 

 

 部屋の隅で一人でいるのが目に浮かぶようである。

 最後にまた気になることが発生したが、ひとまず蒼太が知りたいことは教えてもらうことが出来た。

 役目を終えたためか、それとも怪しまれないようにするためかミディの影が戻っていく。

 

(まさか攻撃用じゃないよな……)

 

 隣の部屋の事は考えないようにしつつ、蒼太は暇つぶしに周りに話しかけようとする。

 だが、そんな元気のある者はおらず、すでに全員が辛そうに魔力の吸収に耐えていた。

 わかりやすく例えるなら長距離走のような物だろう。序盤こそ話が出来ても、負荷が蓄積されるにつれてそんな余裕がなくなっていく。現に、キャラ変してうるさかった参謀総長もふんぞり返りながらじっと汗を流していた。

 そこで蒼太は少し考えを巡らせる。

 この様子では万が一の時に魔力が底をついてしまうかもしれない、と。

 

(ちょっとだけ俺の魔力を流すかな)

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

「何してるんですか!」

 

 

 休憩と後続の合流を兼ねて魔動機関車が停まる。

 乗員がわらわらと降りる中、蒼太を見つけるなりミディが駆け寄ってきた。いきなり小声で叱りつけられるが、蒼太も身に覚えがあるのか、ばつが悪そうに彼女に引っ張られていく。

 マリーヨが二人を気まずそうに見送っていた。

 

 

「そりゃ、そうなるさ……」

 

 

 怪しまれないようさほど離れていない木陰に引っ張り込み、念のため影で自分たちを覆ってからミディは蒼太を問いただした。

 

 

「なんで機関車からソータさんの魔力がはっきりと感じ取れるようになってるんですか!?」

 

 

 彼女の言う通り、本来なら供給している全員の魔力がごちゃ混ぜになるため魔動機関車から個人を特定することはできない。さらに二人にとって朗報だったのは、そんな魔動機関車の魔力によって中にいる人間の魔力は認識しづらくなる効果もあった。

 にもかかわらず、今は蒼太のそれだと明確に感じ取れるほど魔力が単一の物に染まっている。

 幸い魔眼持ちのマリーヨと魔法なしで魔力を識別できるヴァンパイアのミディ以外にはバレていないが、探知魔法を使われれば一発でわかるだろう。

 蒼太は申し訳なさそうに目を伏せながら、理由を説明した。

 

 

「みんなしんどそうだったからちょっと肩代わりしようと思って……」

 

 

 その何とも言えない理由に少しだけミディの気勢が削がれる。

 

(全く……これだから……)

 

 人を慮ることそのものを責めるつもりはないが、もう少し自分の力を省みて欲しい物だ。そんな感じで説教してもいいのだが、事情を知っているだけにあまり強く言う気にはなれないでいた。

 一方、既に緩んだ雰囲気のミディとは対照的に蒼太はひたすら自己嫌悪に陥っていた。

 

(どうして、こうなったら危なくなることぐらいわからなかったんだ……)

 

 今更ではあるが、蒼太の魔力コントロールは稚拙の一言に尽きる。弱と強の二段階でせいぜいだ。強出力を使う機会がほとんどないことを考えると、実質弱一択、それですら普通なら手に負えないレベルの魔力量だ。故に魔力を用いた失敗は多々あり、その度にミディがフォローしてきた。

 万が一のことよりも、こうなる可能性の方がよっぽど高い。そんなことすら気づかなかった至らなさを恥じ入るばかりである。

 そして、後始末をミディに頼ってしまう自分の未熟さを悔いた。

 

 

「……とりあえず血を頂きますね」

「うん……え?」

 

 

 吸血、つまり蒼太の血を以てミディの魔力を補充するつもりなのだろうが、出発前にこっそり行ったばかりである。護衛室に吸魔石はないため、魔力は減っていないはずだ。彼女の意図がわからず、蒼太は疑問の声を上げる。そんな心情を察してミディが理由を述べた。

 

 

「あまりいい手ではありませんが、私が全力で魔力を上書きします。及ばないとはいえ、薄めることはできれば、あとは残りの方の魔力と混ざって誤魔化せると思いますが……どうですか?」

「そういうことね……ありがとう」

「いえ、では頂きます」

 

 

 体が近づき、肩に手が添えられる。

 蒼太は吸血を嫌がったわけではない。ミスしたのにいい思い(・・・・)をすること、そう思っていることが嫌だったのだ。

 そんな心情だけは知らないミディは、嬉々として蒼太の首筋に噛みつく。なにせ今朝の吸血は魔動機関車のために遠慮していたのだ。今なら多少吸い過ぎても大義名分がある。

 彼女は今朝の分と合わせて心ゆくまで二人の時間を堪能した。

 

 

 

 一方そのころ。

 

 

(ミディくんの魔力がイキイキとしている……魔法を使っているとはいえ大胆過ぎないかい!?)

 

 

 影で覆われていようと、魔眼を持つマリーヨには魔力の様子が筒抜けだ。彼の眼は、感情によるほんの些細な揺らぎも識別できるのだ。

 即ち、蒼太からは羞恥と罪悪感と僅かな快楽。ミディからは高揚と快楽。透視ではない以上、ナニをしているかはいつも推測している。そしてこれらの感情からは邪推するほかなかった。

 その後、若干顔を赤らめた二人を見て自分の考えが正しかったことを確信する。

 

 

(冷たいふりしてあの娘割とやるもんだね)

 

 

 いやはや女性というのはわからないものだ、とマリーヨはミディへの認識を改めた。

 ちなみに作戦は成功し、魔動機関車にミディの魔力が注がれ蒼太のモノを薄めることができた。が、すっからかんになった彼女にもう一度吸い取られる一幕があり、マリーヨが(まだヤるのかい!?)と驚愕したのは言うまでもない。




私、待~つ~わ


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四話 鈍竜狩り-4

色々ありましてマリーヨ→マリヨに変更しました。


 魔動機関車が停止してから一時間、いまだに後続の輸送隊の姿は見えなかった。

 同行していた研究員によると、機関車の接地面を魔法で整える手法が想定以上に速度の維持に貢献したとのことで、遅れて出発したにもかかわらず輸送隊の倍以上の距離を進んでいた。

 これを受けてサンボは「兵は神速を貴ぶ」として、合流を待たずに出発することにした。

 

 

「しかし本当に素晴らしい行軍速度だ! 兵站に革命が起きたといっても良かろう!」

 

 

 ワハハと上機嫌で笑うサンボ。まるで周りの様子など目に入っていない様だ。

 長時間魔力を吸われ続けた傭兵たちは、休憩後にもかかわらず早くもぐったりとしている。ヨンナに至っては体を起こす気力もわかないのか、鎧を脱いで横になっていた。

 蒼太はそんな彼女を見て、魔力を肩代わりしたいという気持ちが再度湧くも、ぐっとこらえる。それに目ざとく気付いたマリヨがこっそり耳打ちしてきた。

 

 

「彼女、ああ見えて意外と余裕あるよ」

「そうは見えないけど……」

「疲労は感じてるだろうけど、魔力が枯渇するのはまだ先だね。寝てるのは体だけでも休めておきたいって理由だから、君が気負いすぎる必要はないよ」

「ああ、うん」

 

 

 流石は魔眼持ち、状況をよく理解しているが狭い車内での内緒話はまずかった。

 向かいのヨンナがジロリと二人を睨みつける。

 

 

「聞こえてるんだけど」

「すいません」「申し訳ない」

「どーせ私が一番魔力が少ないですよ」

 

 

 そういって彼女はフン、と鼻息荒く壁の方に顔を向けた。

 詮索されることがなかったのは幸いとはいえ、同乗者と険悪になったのは失態である。

 すぐに蒼太は機嫌を直しにかかった。

 

 

「そりゃ魔力量はそうですけど、魔法の熟練度は比べ物にならないですよ。俺なんか魔法使えないですし、こんな場面でもないと使い道なんてないんですから」

 

 

 この男も三年隠遁しているだけあって、ミディよりマシな程度の社交性しかない。いくら何でも露骨すぎやしないだろうか。そのうえ、持つものが自虐的になるのはヨンナのような勝気な性格にとっては逆効果である。現にマリーヨは蒼太の発言を聞いて青ざめていた。

 

 

「チッ」

 

 

 のうのうと喋る蒼太に苛ついたのか、ヨンナが舌打ちする。しかし、その音は魔動機関車の音に紛れてしまい、感覚が鋭敏な傭兵たちにしか聞こえなかった。

 まだ打ち解けていないためか、なおも蒼太は褒めにかかる。ニーバンが止めようとするも間に合わなかった。

 

 

「余計なこと言わない方が……」

「昨日聞いてきたんですけど、ギルドさんが『ヨンナはトップのバカ二人と比べて加減は上手いし、意識も高いから重宝する』って言ってました」

「それ本当?」

 

 

 ギルドからの評価を聞くや否や、苛立っていた雰囲気を消して彼女はこちらを向いた。

 これで嘘をついていたらもうひと悶着あっただろうが、蒼太はそこまで器用ではない。本当に昨日ヨンナについてギルドに聞いてきていたのが功を奏した。

 

 

「嘘じゃないですよ。ミラさんも『どんな依頼もそつなくこなしてくれていつも大助かりです』って言ってくれって」

「ふーん。組合はちゃんと評価してくれてるのね」

 

 

 満更でもない様子でヨンナは姿勢を戻した。機嫌もよくなり、威圧的だった雰囲気がすっかり和らいでいる。

 窮地を脱した男三人はホッと胸をなでおろした。

 

 

「ところでソータくん」

「ん?」

「トップのバカ二人っていうのは誰のことだい?」

「そりゃマリヨとフイージのトップ二人でしょ」

 

 

 蒼太が挙げたのは、傭兵組合最高戦力の一人フイージ・カルー。かの狂熊と組み合ったと言われるほどの筋肉を誇る男である。

 魔力トップのマリヨ、筋力トップのフイージ、彼ら二人こそが傭兵組合のWトップであった。

 もちろん仲は悪い。

 

 

「なんで僕がフイージの奴と並んでバカ扱いされなきゃならないんだ!」

「毎度のように競争して要らん被害出してりゃバカ呼ばわりもされるわな」

 

 

 こちらは東でトップのニーバンがけらけらと笑いながら事実を指摘する。ちなみに彼はきちんと順序立てて物事を進めるタイプの優秀な傭兵である。

 

 

「こないだなんか護衛だってのに魔法の巻き添えで馬車破壊したんだろ? 本末転倒じゃねえか」

「あれは移動疲れでちょっと手元が狂っただけさ」

「頼むからこの機関車は破壊してくれるなよ」

 

 

 部屋の前方からもヤジが飛んできた。

 

 

「おかげさまでそんな魔力はないよっ」

 

 

 サンボへそう言い返した途端、全員が大口開けて笑った。ムキになっていたマリヨも笑っている。

 ただ魔力を抜かれるだけの疲労でなく、心地よい笑い疲れを感じながら、彼らは目的地までの時間を過ごしていた。

 

 

 

 

 ……のもつかの間。

 

 

「総員出撃準備し待機!」

 

 

 突然サンボが立ちあがると、号令をかけて慌ただしく部屋を出ていく。即座に意識を切り替えた傭兵組は、素早く荷物をまとめて各々の武器を構えていた。

 戸惑う蒼太の耳に影が伸びる。

 

 

「進行方向に巨大(・・)な魔力反応を感じました。その対処かと」

「魔物が出たってことか」

 

 

 魔動機関車は蒼太の知る機関車とは異なり、動力源が魔力なせいかあまり頑丈ではない。強力な魔物、それこそ狂熊の腕力だけで容易く破壊される程度だ。

 もっとも、こういった事態は十分予想されている。ミディたち護衛隊の出番だった。

 となると、心配なのはミディの素性がバレることである。ただでさえ圧倒的な戦闘力、その上ヴァンパイアに見られる影を駆使した戦闘は、見るものが見ればすぐに彼女の正体に気づくだろう。それは極力避けたい事態だ。

 

 

「いえ、私を気にする余裕はないと思います」

「それはどういう……」

 

 

 意図を計りかねた蒼太が言葉の真意を問おうとした時。

 

 

 

 

「グオオオオオ!!!!!!」

 

 

「何この音!?」

 

 

 突如として人どころか魔動機関車を揺るがすような爆音が響き渡る。

 それに反応して傭兵たちが次々と外に出ていく。

 蒼太がそれを声を認識するまでは少しのラグがあった。

 

 

「もしかして魔物の声!?」

「探知魔法使ってねえのか!? 鈍竜だよ!!」

 

 

 残っていたニーバンが何を今さらと言わんばかりに、声を張り上げて外に飛び出していく。

 だが大音声で耳をやられたのか、くぐもったようにしか聞こえなかった。

 辛うじて聞き取れった単語を繋ぎ、魔石を取り出して探知魔法を発動する。

 

 

「でっか!!!」

 

 

 そこで蒼太は初めてミディの言っていた意味を理解した。

 並の索敵範囲では探知できないであろう遥か前方。そこに巨大な魔力が佇んでいた。

 三度、驚きの声を上げる蒼太の傍にいつの間にかミディが控えていた。

 

 

「その反応の主が鈍竜ベヒンモスです」

「ベヒンモス?」

 

 

 自分の知っているものよりも間抜けな名前だと蒼太は思った。

 

 

「国によっては神獣扱いもされる巨大な竜です」

「巨大てったって、え? これ……」

「全長100mは超えてきますね」

「マジでか……」

 

 

 今までさんざん規格外の生物に遭遇してきたつもりだった。だが、ベヒンモスはその想定を遥かに超えてきた。

 

 

「待ってよ、100mって言ったら上で競走できるよ? そりゃでかいけど、言うても50mぐらいじゃないの?」

 

 

 50mでも競走はできるのだが、そんなことはもう頭の中にない。

 

 

「……もっと魔法に集中したら私が言ってるサイズが誇張じゃないってわかりますよ」

「…………確かに」

「で、余りに巨体なせいか名前の通り動き自体は鈍いです。縄張りも狭く、移動範囲も限られています。本来なら観測班がいて移動があればすぐに伝書鳩が飛んでくるはずですが……」

「『鳩狩り』か。これまた帝国案件なの?」

「どうでしょう。流石に鈍竜をコントロールできるとは思いませんが……」

「やっぱり強い?」

「この人数ではすぐ全滅しますね。少なくとも領主軍ぐらいは総動員してようやく移動を阻止できるレベルです」

「無視したらいいんじゃないの?」

「いえ、恐らくですが……」

 

 

 そこでミディが言い淀む。

 ちょうどそのタイミングで、サンボが部屋に怒鳴り込んできた。

 

 

「悠長に話している場合じゃないぞ! 奴がこっちに向かってるんだ!」

「だそうです」

「やばいじゃん!」

「早く出ろ!」

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

「~というわけで鈍竜ベヒンモスは街道を破壊しながらこちらに近づいている。損害は不明だが、これ以上は帝国との戦争にも関りかねん。援軍の到着までなんとかして奴をここに留めるんだ!」

 

 

 乗員を集め、サンボが得られた情報を伝達すた。

 蒼太は隣にいる「どうされました」ミディとは反対のマリヨに話しかける。

 

 

「魔力残ってる?」

「……ここにいる全員それなりに消耗してるよ。護衛隊の人員は魔法に長けている様子もないし、ベヒンモスの足止めは難しいだろうね」

「結構移動してきたからな」

 

 

 疲労の色を隠せない様子でニーバンが付け足した。既に彼らは前線のムカエウツ砦が確認できるほどの距離に来ている。相応に魔力を消費していた。

 

 

「ま、幸い奴は砦に向っているわけじゃねえ。最悪少しでも移動を遅くさせれば依頼失敗にはならねえだろ」

「やるしかないよね」

 

 

 そういって傭兵たちはベヒンモスの元へと向かっていった。

 既に戦闘員は軒並み出撃しており、魔動機関車の近くに残っているのは非戦闘員の研究者達と蒼太達二人だけになっていた。

 

 

「……俺の魔石投げ、通じると思う?」

「ダメージ通ったとしてもそのまま踏みつぶされかねないですね」

 

 

 蒼太にミディのような身体能力はない。魔石は遠くまで投げられないし、鈍いとはいえベヒンモスの攻撃範囲からは逃げられないだろう。

 

 

「ってことは」

「ここで待機しててください」

「了解です」

 

 

 黒槍ではなく、偽装用に持ってきた槍を装備して、ミディは傭兵たちと合流しようとする。

 

 

「そういえば、魔力は補給しなくていいの?」

「……昼に十分頂きましたし、下手に目立つわけにもいかないので」

 

 

 ミディは血を吸うと魔力が回復すると同時に、短い時間全能力が強化される。いくら激戦とはいえ目立ってしまうだろう。

 

(……そのままでも十分目立つだろうけどね)

 

 そんな感想は口に出さずにしまっておく。なにせ鉄槍を構え、防具を纏ったミディは神話の戦乙女(ワルキューレ)もかくやの美しさだ。兜から零れる銀髪が半月の薄明かりで幻想的に輝いている。

 ちょっとどころではなく見惚れていると、ミディが何か言いたげに口を開いた。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 が、それはベヒンモスの大音声にかき消される。

 既に向こうでは攻撃が始まっているようだった。

 

 

「……それでは行ってきます」

「怪我しないでね」



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四話 鈍竜狩り-5

大変長い間更新期間が開いてしまい申し訳ありませんでした。
引き続き書いてまいりますので、お付き合いいただきますと幸いです。


 ヒガシノ辺境伯領シンジンブカ市。世界でも珍しい、結界線上や魔物除けが設置されていない地域外で発展した町である。その町は神獣ベヒンモスを中心とすることで魔物の襲撃から逃れていた。

 そんなシンジンブカ市から特書鳩が届いたのは異例の事である。

 辺境伯はすぐに派兵を決断。先遣隊をその日のうちに出立させた。

 

 

「……嘘、だろ」

 

 

 遠くからでもわかる甚大な被害状況を目にし、思わず隊長は手綱を取りこぼした。無理もない。なにせ自分の出身地が家屋が残らないほど壊滅しているのだ。

 市街地はまるで天災にでも襲われたかのようにそのことごとくが破壊されていた。大地すらも大きく抉られ、無造作に掘り返されたかのようだ。

 見るも無残な光景だったが、何とか奮起して先遣隊は市街へと辿り着いた。

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

 

 鈍竜ベヒンモスの足止めは難航した。

 なにせ相手は全長100mを超える超巨大な魔物である。移動するだけで地震が起き、あまりの巨体故に生半可な攻撃ではぶ厚い表皮を突破することさえかなわないのだ。

 

 

「チッ……ほんっと、嫌になるわね」

 

 

 放った矢がまたしても効果を発揮せずに落ちていくのを見て、ヨンナは思わず舌打ちをした。

 魔力がほとんど尽きているため、サブウェポンの弓矢を持ち出しているのだが、やはりベヒンモスの巨体に効く様子は見られない。

 せめてもう少し魔力が残っていれば、と彼女は唇を噛む。魔力で強化した弓矢ならば、ベヒンモスに一矢報いる事ができただろう。

 彼女のように魔力を武器にも纏わせる技術を持つ者は多くない。遠距離武器がこの防戦に役立つことはなさそうだ。

 近くではマリヨ率いる魔法部隊が魔法を撃っていたが、こちらも同じ様に結果は芳しくなかった。

 

 

「参ったね、牽制程度の魔法じゃダメージを与えられてるのかすらわかんないや」

 

 

 ヨンナと比べればまだ余力を残しているとはいえ、いつものように高火力の大魔法を連発するような戦いはできない。

 せっかくの好きなだけ魔法を打ち込める相手を前に、マリヨもまた悔しそうにしていた。

 それを聞いて隣にいたニーバンは、悪癖が出るより先に釘を刺す。

 

 

「勝手に大魔法打つんじゃねーぞ。この距離じゃ何撃ったって大したダメージにゃならねえんだから」

 

 

 二人に限らず、魔法部隊が手にしているのは普段の装備ではなく、超遠距離専用の装備だ。放たれた魔法の威力減衰を著しく抑える効果がある。それによって普通ならばせいぜい数百mが有効範囲の魔法の射程を飛躍的に延ばすことが可能なのだ。これを用いることで、遠くから安全にベヒンモスを牽制するのが作戦の第一段階である。

 代わりに魔力の増幅効果などはないため、ニーバンの言うように威力という面では物足りない。

 

 

「わかってるさニーバン。けどかの神獣様に魔法を撃つ機会を逃すのがもったいなくってね」

「……この非常事態でも変わらないなお前は」

 

 

 マリヨの相変わらずの魔法バカっぷりに呆れるニーバン。空いた手には既に複雑な魔法陣が浮かび上がっているあたり、本当にわかっているかも怪しいところである。このような状況では、いっそ頼もしいと言えなくもない通常運転っぷりだ。

 だからだろう。その違和感に真っ先に気づいたのはマリヨであった。

 

 

「……なんか鈍竜というには動きが早くないかい? さっき見たときよりよっぽど大きく見えるけど」

 

 

 マリヨは照準器を覗き込みながら覚えた違和感を共有する。

 そんなはずはないと、何度か鈍竜を見たことがあるニーバンが確認すると、彼の想像以上にベヒンモスは大きく見えた。

 

 

「おいおいおいおい!? マジじゃねえか!」

 

 

 一流の傭兵たる者、対象との距離を見紛うはずがない。想定されていたよりも遥かに上回る速度で、鈍竜はこちらに迫って来ていたのだ。

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

 様子見とはいえ、今もなお進撃を続けるベヒンモス相手には有効打になるような攻撃はなかった。

 サンボはそんな報告を聞いて、ため息をついた。

 

 

「せめて怯むぐらいはして欲しかったが、まさか気にする素振りも見せないとはな。流石に神獣と呼ばれるだけのことはある」

 

 

 やれやれ、とでも言いたげな様子なあたりまだ余裕が伺える。というのもサンボの立案した作戦は三段階であり、本命の作戦はここからだ。きちんと遂行さえできれば、鈍竜撃退という本懐こそ遂げられないまでも、被害を抑え込むだけの時間稼ぎにはなる。

 皇国軍総参謀長の肩書は伊達ではないのだ。

 彼の隣では引き続き副官が斥候部隊と連絡を取り合っていた。

 

 

「閣下! 報告によりますと、ベヒンモスの移動速度がこちらの予想を大きく上回っており、既にここから5㎞地点まで到達しているとのことです!」

「なんだと!?」

 

 

 切羽詰まった報告を聞き、サンボから余裕が消えた。

 鈍竜と呼ばれるだけあって、ベヒンモスの移動速度はそこまで早くない。だいたい時速にして10km弱だが、巨体から考えれば実に緩慢な速度である。今回、斥候の情報によって倍の速さで移動しているものと考えていたが、今の報告だとさらに想定速度の倍だ。

 

 

「……全部隊に撤収の準備をさせろ。それと市民を避難させるようカナメ子爵に伝令をだせ」

 

 

 一呼吸おいて冷静さを取り戻したサンボは、すぐに撤退の判断を下した。緩慢な鈍竜相手の作戦である以上、既に成立条件は満たせないからだ。

 撤退先に選ばれた地方の中核都市『カナメ』は、対帝国戦の物資や兵士が国中から集まっている。予想される被害は甚大だろうが、下手に防衛ラインを上げて突破されるよりマシだと判断したのだ。

 

 

「はっ」

「待て」

 

 すぐに伝令を出しに行こうとする副官を呼び止め、サンボはあるものを渡した。

 

 

「この階級章を持って行かせろ。偽の命令だと疑われている時間などなさそうだからな」

「はっ」

 

 

 その時だった。

 突如後方からけたたましい音をあげて、例の魔動機関車が姿を現した。

 そして、あっという間に彼方へと消えていく。

 まさかの出来事に二人は驚く間もなく、唖然としている。

 

 

「……とりあえず、お前は伝令に行け。今のは俺の方で調査する」



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四話 鈍竜狩り-6

 少し時間を遡る。

 

 

 傭兵たちがベヒンモスを牽制しようとしている頃、蒼太は後方の魔動機関車の車内でのんびりと横になっていた。することがないのである。

 同乗していた人員の中で、戦闘どころか自衛もままならない以上、一人で放置されるのも仕方がないのかもしれない。

 若干思うところを感じつつも、言われた通り車内で待機していると外からミディの気配がした。

 偵察を終えてすぐに戻ってきたらしい。

 

 

「お疲れ。どうだった?」

「帝国の実験体ではなさそうです。コアの反応も一つだけでした。あと念のために魔力を開放してみましたが、それに反応する気配もありませんでした」

「陽動でもないってことか」

「まだ断定はできませんが、恐らくイレギュラーで間違いないですね」

 

 

 必死に足止めしている傭兵や兵士には申し訳ないとは思っているのだが、二人にも事情がある。先に帝国の罠かどうかの確認は最優先事項なのだ。

 ミディの偵察のおかげで最大の懸念事項は無くなった。そうなると、次はベヒンモスの対処である。

 

 

「正直、どう?」

「手強いです。黒槍は重さは増えませんから、どんなに貫通力をあげてもコアまでは届かないと思います」

 

 

 蒼太の血を吸ってからまだ数時間。ミディの魔力が満ちてなお、決定打にはならない様だ。

 

 

「ミディでもダメとなると、もう俺たちに出来ることは無さそうだね。大人しくサンボさんの作戦通りに動こうか」

「実はそのことなんですけど……」

 

 

 ミディは先ほど本隊へ報告したことを蒼太に伝えた。

 

 

「ってことは、足止めしても効果ないってこと?」

 

 

 知識がないせいかいまいち事の重大さが分かっておらず、発した疑問は的を外していた。

 

 

「いえ、そもそも早すぎて今の人員では手の打ちようがありません。すぐに撤退の通達が来るかと」

「撤退、か。なら、皆が下がった後にミディが戦うのは? 話聞いた感じだと、普通のと比べて早いってだけで、攻撃当てられるほどじゃないと思ったんだけど」

「そうですね。一方的に攻撃し続けられると思います。ただ距離を取るので魔力の消費が激しくなりますが」

「良いってそれぐらい。ん? もしかしてまた俺を担ごうとしてる?」

「それも良いですが、自由に飛ぶとソータさんが耐え切れなさそうなので今回は見送ります。どちらかというと、その、流石に四度目になると前みたいなことになりそうで……」

 

 

 蒼太が失血により倒れたのはまだ数日前の出来事である。原因でもある彼女にとっては、本人以上に強く意識されてしまっているのだろう。

 そんなことは微塵も気にしていない当事者の方は呑気なものだった。

 

 

「過食は良くないっていうからね、痛あっすいません口が滑りました!」

 

 

 デリカシーのない発言の報いをしっかり受けて、蒼太は額を抑えて平謝りする。

 いつも以上に冷ややかな視線を貰いながら謝り倒したところで、話を戻す。

 

 

「とにかく、血の方は問題ないよ。あの時よりも全然回数は少ないし間隔だって長い。俺の事はいいから、自分の事だけ考えて戦って欲しいな。生半可な相手じゃないんだから」

「はい」

「それじゃ俺は皆と一緒に撤退するけど、無茶だけはしないでね」

 

 

 最後に念押しして、蒼太は機関部の方へと乗り込む。

 何気なく見送ろうとしたミディだったが、扉を閉める直前になって慌ててそれを止めた。

 

 

「ちょっと待ってください! なんでそっちに乗り込んでるんですか!」

「え? これに乗って逃げるんだけど」

「他の人たちは戦った後ですから、機関車を動かす魔力なんて残ってません!」

「あ、そっか。でも俺だけでも動かせるから」

「そんなことしたらソータさんの魔力のこと全員にバレてしまいます! 昼間の事もう忘れたわけではありませんよね!」

「そうなんだよ。それがあるから置いて行くのもまずいと思うんだよ、これ」

「っそれは……確かにそうですね」

 

 

 盲点だったところを指摘され、ミディは冷静さを取り戻した。

 蒼太とて全くの考えなしに乗ったわけではない。魔動機関車には彼らの魔力が今もなお色濃く残っている。他者の魔力との比率が異常なほどに、だ。本来なら帰りの運転で少しずつ魔力を減らしていくつもりだったが、もうその機会はないだろう。

 ミディも頭の中で状況を整理する。

 

 

「補給が断たれるとなると、帝国軍は砦を破って機関車を見つけて回収するでしょうね」

「よしんばベヒンモスに破壊されても魔力の残った破片があるし、やっぱこれごと避難した方が良いかなって」

「ですが向こうに持ち帰っても問題では? 乗った人達への言い訳とかもありますけど」

「そこはいじってたら暴走したってことにして、向こうではベヒンモスのごたごたついでに爆発させようかなって考えた」

「そこをしっかりしとかないと別の面倒ごとが起きますよ」

 

 

 計画の詰めの甘さに呆れたような口調だが、内心ミディは歓喜していた。

 日頃、珍品だからと意味不明なものばかり仕入れる考えなしの店主とは思えない深謀なのだ。多少の甘さは惚れた弱みで帳消しである。

 とはいえ蒼太の言う通りだと考えるほど彼女は短絡的ではない。

 

 

「いっそ暴走という名目でソータさんだけ別のところへ逃げるとかどうですか?」

「けどほかのみんな置いてくのはどうかと思うんだよ。すごい人たちばかりだろうけど、相手がアレじゃ巻き込まれる人もいるでしょ」

 

 

 彼方に目を向ければ、既にベヒンモスは姿を現した山を大きくえぐりながら街道を潰してこちらに向かっている。二人が少し相談している間にも、どんどん進撃は迫っていた。

 

 

「そういえばさ」

 

 

 ふと、蒼太は妙案を思いついた。

 

 

「はい」

「さっき軽いから攻撃が効かないみたいなこと言ってなかった?」

「そうですね。影はどうしても私以上の重さにはなりませんので、ってまさか」

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

 突如として現れた暴走する魔動機関車。前線に移動していた時とは桁違いの速度であっという間に走り去っていく。

 傭兵たちが呆気にとられるのも無理はなかった。

 

 

「……なんだったんだ、あれ」

「……さあ?」

 

 

 いち早く我に返った一人が疑問を口にするも、それに答えられるものはいない。

 直後に響いたベヒンモスの地鳴りによって現状を思い出した傭兵たちは、狐につままれたように感じながらも一目散に退却していくのであった。

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

「いやー、思う存分魔力を開放するのってこんなに清々しいんだね。マリヨの気持ちが少しわかった気がするよ」

 

 

 先頭車両のサンボが座っていた助手席では、目隠しした蒼太が魔力を開放していた。

 ……何故目隠しをしているのかと言えば、おおかたいつもの展開通り、オフロードを爆速で走ることにビビり散らかしたからである。見えていなければいいというのは、それはそれで豪胆な気がしなくもない。

 そんなチキンの隣には、ミディがやけに思い詰めた表情で魔動機関車のハンドルを握っていた。

 こちらはこちらで移動する魔動機関車が木々に衝突しないよう前方に展開した影魔法を駆使して切り開いたり、横転しないようバランスを取っているためである。燃料がアホなせいで、速度制御もままならないなかよく運転しているものだ。しかも自重する気がないせいか、今なお加速し続けている。

 どんどん重くなるハンドルを固く握りしめて、ミディは遂にブレーキをかけることにした。

 

 

「これ以上はもう制御しきれません! 少し魔力を抑えてください!」

 

「……」

 

 

 返事がない。そんなまさか、と一瞬だけ横を見る。幸いなことに気を失っているわけではなかった。

 ミディが神速のチラ見を行ったことに気づいたのか、蒼太は声を震わしながら告げた。

 

 

「ごめん、なんか抑えられない」



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四話 鈍竜狩り-7

 シンジンブカ市に近づくにつれ、先遣隊は奇妙なちぐはぐさを感じていた。より街の様子がはっきりとするにつれ、その違和感はより強まっていく。

 

 鈍竜が齎したであろう破壊の後は間違いなく街に致命的なダメージがあったはずだ。だが、先ほどから人が全く見当たらないのだ。生きている人間だけでなく、死体すら転がっていない。神獣乱心の知らせを受け取ってからまだ一日足らず。片づけるにはいくら何でも早すぎる。

 

 そうして街についた彼らを出向かえたのは、復興に励む人々の活気だった。

 

 

 

 

 

「瓦礫はここまでどかしてくれよ、道を広く作り直すんだから。あと、設備の魔石ちょろまかした奴はその場でたたっ斬るからな!」

 

「「「へい!!」」」

 

 

 

 

 

 親方の怒号と威勢のいい返事からは、とてもではないが魔物による被害の重さは感じられない。

 

 あまりの悲壮感のなさに先遣隊の面々は戸惑いの色を隠せないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

 

 

 

 

 魔力というのは目には見えないからこそ、その調整にはそれなりに練習が必要になる。習熟してもなお、魔法の杖に代表されるアイテムに補助して貰うことで、ようやく万全な運用が可能となるほどだ。

 

 技術もなく、そのような補助輪も無い蒼太が自身の膨大な魔力を制御できないのも仕方がない出来事ではあった。

 

 際限なく充填されていく魔力に呼応するかのごとく、魔動機関車はどんどん加速していく。限界点すらとっくに超えているのだが、備え付けられた応急修復機能もフル稼働で、挙動が怪しくなっていく先から直されていくせいで自壊する様子はない。

 

 蒼太の告白からとっさにミディがブレーキを作動させるも、余りにも巨大すぎる魔力の流れを断ち切ることはできなかった。

 

 そして、ミディはハンドルからも手を離した。

 

 

 

 

 

「ごめん」

 

「いえ、別に怒ってはいません。こうなることは正直予想外でしたが、物は考え様です。これだけ魔力がありふれているのなら横転防止も機能するでしょうし、障害物も刃を置いておけば勝手に切れていきます」

 

「けど流石にここまで速いと衝突したときヤバくない? 俺たちごと木っ端微塵になる気しかしないんだけど」

 

 

 

 

 

 実は魔動機関車は異様に堅牢になっているため、衝突した場合、中の二人がその他の積載物と一緒にミンチというよりグロテスクなことなるのだが、命を落とすという点に違いはない。

 

 本来はそこそこの速度でベヒンモスに衝突し、重量で魔力核近くまで影魔法を刺し、送り込んだ魔石で魔動機関車ごと爆破する計画であった。

 

 今の速度では衝突した時点で無理心中するようなものである。

 

 危機的状況のなか、彼女はある作戦を思いついていた。

 

 

 

 

 

「目隠しはつけておきますから扉を開けてそのままそこで待ってて下さい」

 

「え? なんて?」

 

 

 

 

 

 まさかの度胸試しのような発言に思わず蒼太は聞き返した。

 

 

 

 

 

「いいから早く!」

 

 

 

 

 

 だが既に猶予はないため、珍しくミディは語気を強めて急かした。前方にはもうベヒンモスの巨体を見上げるほどに近づいている。蒼太はすぐに彼女の言う通りドアを開けると、閉まらないよう抑えるようにして自身の体を間に入れた。ミディはそれを確認すると、蒼太が転落しないように手足を影で縫い留め、恐怖で腰が抜けないように再度目隠しを行った。

 

 

 

 

 

「ちょっと、これ磔スタイルになってない? 目隠しが怖いんだけど」

 

「集中するので静かにしてて下さい」

 

 

 

 

 

 戸惑う蒼太をよそに、ミディは全感覚を研ぎ澄ましてハンドルを握る。魔動機関車の進行方向を定めると、車内にあふれる魔力を存分に用いて大地にジャンプ台を生成した。

 

 ベヒンモスまで残り幾許も無い。頬を伝った汗が落ちる刹那にもう一度作戦を脳内でシミュレーションして、ミディはアクセルを踏み込んだ。

 

 遂に耐久限界を超え、魔動機関車は自壊しながら速度をさらに上げていく。危うく車輪が外れるその瞬間、車両はジャンプ台に差し掛かり、空へと跳ねた。

 

 

 

 

 

「ヒィッ!! ん? え!? ミディ!?」

 

 

 

 

 

 目で見えなくともその衝撃は誤魔化せるものではない。蒼太は自分たちの乗る魔動機関車が上空へと射出されたことを悟り、思わず情けない悲鳴を漏らす。その背後にはいつの間にかミディが寄り添っており、その肩を貸していた。親しんではいるが慣れはしない感触に、蒼太の情緒も乱高下する。

 

 さりげなくはないボディタッチを敢行したミディだったが、今回ばかりは役得だと考えているわけではない。彼女の巧みな影操作によって車両からは衝角が長く鋭く生えているが、装備させている影魔法の行使とは別に投影した翼にも集中を研ぎ澄ましている。

 

 そして、宙を舞う魔動機関車の刃はベヒンモスの胸部へと届いた。ミディの攻撃を受け切った肉の硬さは、機関車の質量によってついに切り裂かれていく。

 

 

 

 

 

「グオオオオオオオオ!!!!」

 

 

 

 

 

 恐らく初めて体験するであろう肉を貫いていく攻撃に耐え兼ね、ベヒンモスが苦悶の叫びを放つ。

 

 もはや音波というよりも衝撃波に全身を揺さぶられながらも、蒼太はある違和感に気づいた。

 

 

 

(……これが神獣ってことか)

 

 

 

 だが、それに気づいたところで彼らの行動は変わらない。

 

 ベヒンモスが身に突き刺さる異物を振り払おうと身を捩った時、影の先端が胸郭を突破した。

 

 その手ごたえを感じ取るや否や、ミディは取り付けていた魔石を起爆させると、蒼太を抱えて飛び出した。直後、乗っていた車両がベヒンモスへと衝突し砕けていく。

 

 刃が届いてから僅か一秒にも満たない間の出来事である。

 

 爆発がベヒンモスの強固な胸郭の中で起きたことにより、爆風が反射され魔力核へ幾重にも襲い掛かる。

 

 

 

 

 

「グオオオオオオオ!!!」

 

 

 

 

 

 最後に一際高く咆哮してから、鈍竜ベヒンモスは遂にその巨体を横たえる。彼の魔物による被害は地方都市シンジンブカ市と交通大動脈ダイジナ街道の大規模な破壊であり、あわや中枢都市も壊滅するところであった。

 

 だが、迫る危機を乗り越えたにもかかわらず、二人はただ悲しそうにその亡骸を見つめていた。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 ベヒンモスに近づいた蒼太は、無言で手のひらを合わせる。

 

 ミディもその隣に傅き、首を垂れる。

 

 

 

 

 

「……やっぱりミディも気づいてたんだ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 それは最も近づいた彼らだからこそ気付けた、ベヒンモスの敵意の無さである。

 

 強大な力を持つ魔物は縄張りを拡大し、より闘争に明け暮れる。むき出しにされた闘争本能は魔力と共に、見えない圧力となって敵対者へと向けられる。

 

 山のような巨体と莫大な魔力をもつベヒンモスともなればそのプレッシャーもまた尋常ではないはずだ。だが、蒼太が怯みもせず、ミディすら感じ取れなかったほどに、彼の魔物からはプレッシャーがなかった。それは胸を貫かれ、核が破壊されてなお変わることはなく、最後までベヒンモスは人類に敵意を向けなかったのだ。

 

 

 

 

 

「こういう時、通訳の魔法があればって思うよ」

 

「そうですか」

 

「だってさ、言い分を聞けたらこんなになる前に解決できたかもしれなかっただろ? ……ベヒンモスならさ」

 

「かもしれませんね」

 

 

 

 

 

 虚しさを誤魔化すようにして蒼太は軽口を叩き、立ち上がった。直に神獣討伐を聞きつけた本隊が近寄ってくる。その前にしなくてはいけない事があった。

 

 砕け散った魔動機関車の残骸のうち、まだ蒼太の魔力が残っている物を拾い集める。探知魔法を使って拾い残しがない事を確認する。

 

 

 

 

 

「ファイアーボム」

 

 

 

 

 

 投げられた魔石が爆発する。残骸にたまっていた魔力が連鎖して派手に爆散していく様子を見ても、そこに爽快さはなかった。



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四話 神獣狩り

 傭兵たちはすぐに駆けつけてきた。当然、近くにいた二人へ何が起きたのかを聞いてくる。バカ正直に答えるわけにも行かず、とりあえずは魔動機関車の暴走に巻き込まれた、と説明。もちろん突っ込みどころは多々あったのだが、詳しく追及されなかったのはベヒンモスの亡骸があったからだ。文字通り山のようにでかい魔物、肉も皮も魔石も個人レベルなら取り放題。宝の山をちょろまかし放題である。国の目が入る前に貰えるものは貰おうということで、蒼太の話はすぐに切り上げられたのだ。

 しばらくして軍属のメンバーが到着した。一部始終を見ていたサンボが疑問をぶつけるも、根回しによって傭兵達が口添えしてくれたため、その場「は」収めることが出来た。

 当然それだけで終わるわけがなく、救援に来た部隊によって『カナメ』へ向かう途中、サンボの馬車に呼び出された蒼太は尋問されることになった。

 

 

「……実験車両なら暴走することもあるだろう。だがそんなに都合よく鈍竜に向かっていくか? そんな迎撃システムは搭載していなかったはずだが」

「それについては取り残された私を助けるついでにミディが進行方向を調整していました。核に直撃したのは彼女の功績です」

 

 

 嘘は言っていない、といわんばかりに、堂々と答弁する蒼太。

 その顔にいくつもの疑いの視線が突き刺さる。

 この気まずさで虚勢がバレる前に、とっとと話を終えることにして、蒼太は続きを喋った。

 

 

「神獣を倒せたのは先頭車両にありったけの魔石をかき集めたのもあります」

「確かに鈍竜の核近くで魔石の残骸が大量に散らばっていました。車両の爆発により起爆したものと思われます」

 

 

 ありがたい事に、研究者の裏付けがついてきた。現場の確認は済んでいるようだ。

 余計な報告をされるより先に、蒼太は畳み掛けた。

 

 

「我々は事故を利用して神獣を討伐しただけです。魔石も討伐のために使用しました。なにとぞ弁償だけは勘弁して頂けませんか」

 

 

 頭を下げ、これ見よがしに手を合わせる。実に卑屈な態度だ。

 まるで本題のように金の心配をして見せるデコイ作戦である。

 サンボからして見れば、傭兵組合の切り札とも噂されるミディはともかく蒼太は魔力が多いだけの小市民でしかない。大量の魔石だけでなく、国家プロジェクトの魔動機関車まで弁償させられてはたまったものではない、という印象を抱くだろう。

 

(そして本命である討伐手段から注意をそらさせるつもりだな)

 

 内心、サンボは鼻で笑っていた。いくらなんでもこのタイミングの切り出し方は露骨すぎる。これで誤魔化せる算段なのだろうか、と。

 このレベルの駆け引きなど皇国軍総参謀長たる彼にとっては児戯に等しい。当然さらにその裏を読みに行ってもいいが、脳内には事前に調査させたソータという男の情報があった。

 壁外で雑貨屋を営んでおり、まるで商才がなく来店すらない事、ガラクタ集めにしか興味がなく、生活基盤は同棲しているミディに頼っているヒモ男、と。

 入手した情報に加えて、サンボの観察眼を持ってすれば、なぜ超一流の傭兵ミディがヒモを養っているかの理由も察せられる。自ずと結論は導き出されるのだ。

 

(頭が回らんがゆえの度胸はあるな。わざわざ交渉を買って出ているのも……女の前だからか。あまり考えがないのなら)

 

「鈍竜による更なる被害を考えれば、討伐の多少の損は比べ物にはならない。よって責は軍が引き受け、貴様らの功績が相殺されることもないことは明言しておく」

 

 

 

    *    *    *    *

 

 

 

「とまあそんなわけで魔動機関車についてはおとがめなし、暴走の原因が俺ってこともバレないと思う」

 

 

 その晩、カナメ市の宿屋で蒼太は尋問の内容をミディに伝えた。

 

 

「それ、本当に大丈夫ですか? 割と見抜かれてそうですけど」

 

 

 話を聞いた印象では、向こうも敢えて便乗している気がしてならない。蒼太に腹芸ができるとは思えず、ミディは不安を拭えないでいた。

 

 

「大丈夫。向こうは俺の人となりを調べてるだろうし、ああいう上に立つタイプの有能な人は要領の良さが売りだから、無駄に疑いまくるってことはしないんじゃない」

「それは、若干見くびってませんか?」

「いや、絶対バレない」

 

 

 いつになく自信ありげなヒモ男。とはいえそれを妄信するほど彼女も馬鹿ではない。

 納得してない、と顔にありありと書かれ、蒼太は説明しようと口を開き、

 

 

「あー、説明できないからちょっと待って」

 

 

 のっけから不安しか感じられない。

 ミディからの冷ややかな視線をもろに受けながら、頭の中を整理して再び話し始めた。

 

 

「えっと、俺が魔動機関車を暴走させたのバレてもいいんだよ」

「え?」

「だって暴走じゃないじゃん」

「? ……! そういえばそうでしたね」

 

 

 本質に気づいたミディの目が丸くなる。

 蒼太が絶対とまで言い切れる理由はそこにあった。

 

 

「『暴走』を前提の事実とした時点でソータさんの勝ちという訳ですか」

「そうそう。最悪、あの人が『暴走の原因がお前が何かしたからだろ!』とか言ってきても、それはそれで良いんだよ。正常運行だとバレて動力源の話になることさえ避けられれば」

 

 

 そのために余計な情報が見つからないよう念入りに処理したのだ。新しく魔動機関車が製造されて誤作動を起こさなかったとしても、欠陥車両だったということで片が付く。何せ最初の一台だ。不手際があるのは向こうも承知の上だろう。

 ……などと、のうのうと語る蒼太。そこへミディがある事実を突きつける。

 

 

「結局は暴走させてましたよね」

「……ソウダネ」

「それに見せかけとはいえなかなかの弱みは握られましたね」

「た、確かに」

 

 

 調子こいているが、別に全て作戦だったわけでもないし、話術によって得た結果でもない。たまたま事実が良い感じに曲解されただけのこと。蒼太がしたことと言えば、誤解を深めるためにしゃしゃりでたことぐらいだ。

 それでも煙に巻いたことは間違いなくミディも内心では感心していた。が、それはそれとして懸念される点については確認しておかなくてはならない。

 

 

「私個人としては実験に参加するのは最後にして欲しかったのですが」

「店の経営もおざなりになるし」

 

 

 そこはどうでもいいです、とは言わないのが彼女の優しさである。

 

 

「とすると、またミラさんに依頼は受けられない事を言わないと」

 

 

 蒼太が実験に参加している間は、護衛としてミディの行動も縛られることになる。どうせ何もないのは承知しているが、一緒にいられる口実にはもってこいだ。

 だが、蒼太には彼女と違う思惑があるようだ。

 

 

「ああ、ごめんミディ。しばらく別でお願いしたいことがあるんだけど」

「……別で、ですか」

「うん。ベヒンモスのことを調べて欲しい。具体的にはシンジンブカ市の被害状況と死体検分。俺はこっちで文献を調べるから、帰ってきたときにイメージを共有して欲しい」

「わかりました。サンプルはいかがしますか?」

「上空から見てくれるだけで大丈夫」

 

 

 魔法というのは便利なもので、記録を取らなくても見たものをそのまま相手に伝えるものもある。特に彼女は目が良い上に、暗いところも見通せるためこういった偵察や調査にはうってつけであった。

 蒼太の頼みを何気なく承知したミディだったが、ふとある事に思い至る。

 

 

「もしかして、ベヒンモスを討伐したこと後悔してます?」

 

 

 返事はない。それがミディの指摘が図星だということを示していた。

 しばしの逡巡の後、ポツリと蒼太が話し始める。

 

 

「……そりゃあ思うところはあるよ。自分が死ぬって時にも敵意が無くて、しかもずっと人を守ってきた魔物だったって聞けばさ。この街にも来ることはなかったかもしれない。俺が余計なことを思いついたばかりにその可能性すら消えたんだって、ずっと考え込んでる」

「それはそうですが、」

「いいんだ。理屈は分かってる。ただ偉大だった神獣を殺したことに感情が整理できないんだ」

 

 

 情けない話だと蒼太は自嘲した。ミディに調査を頼んだのも、ベヒンモスの死に意味づけしたいという感傷に過ぎない。

 吐露し終え、深々とため息をついている蒼太を見て、正直甘すぎる、とミディは感じていた。

 

(生きることに対する共感性が高いんでしょうね。……帝国でのトラウマもあるかも知れませんが)

 

 ここまでナイーブになっているのは、なまじベヒンモスの背景を知ってしまったのも大きいのだろう。

 

 

「私としてはそういう風に悩んでいてもいいと思いますけど」

「……でも情けなくない?」

「今のソータさんが『かっこ悪いとこ見られたなー』って凹んでいるのは情けないと思います」

「ハイ……」

「ですがいつも食材を大事にしたり、魔物の素材を少しでも有効活用したり、今回みたいに奪った命に悩んでいるところは、むしろ……好ましいです、かね」

 

 

 食事時や解体前には欠かさず手を合わせているところなど、律儀だなと思っていたものだ。流石に失敗した料理まで食べて腹を壊しているのは考え物ではあるが。

 ただ、蒼太の考え方は彼女にとっては眩しく思えた。

 

 

「えっと、ですから釈然としたくないからって理由でもはっきり言って下さい。別に呆れたりとかはしませんので」

「じゃ、じゃあそういうことで調査お願いします」

「はい、しっかり調べてきます」



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