魔法科高校のアイとま! (無淵玄白)
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stage.0『開幕の前』


というわけで始まりました


 

 

全てが変わり果てた世界……という程ではないが、どうやら、望んだ世界とは少々装いが違っていた。

 

というのは、どうやら自分の爺さんの言葉であり、んなこたぁどうでもいいと想える。

 

どういったところで何も変わりはしなかったのだから、全ては……。

 

 

「無意味―――だったのかね?」

 

「それを論じるには少々、早いとは思うがな」

 

「俺は普通高校に行きたかった。愛し合う2人がトーダイに行けば幸せになれるというのに……」

 

「愛し合える女子なんて、お前にいたか?」

 

「いないですね」

 

目の前で茶をすする妙齢の美女に返しながら、我が身の寂しさに苦笑してから、自分も茶をすすって何百年もの伝統を持つ実家の和菓子を食べる。

 

寒冷化の時代を超えても、変わらぬ味―――もしくは時代に応じた『甘味』を見出してきた実家の菓子はやはり美味かった。

 

そんなわけで―――。

 

「なぁキティ。本気で俺に魔法科高校に行けっていってるの?」

 

最大の疑問をぶつけるのであった。

 

「ああ当然だ。―――それがお前の遠い『お婆ちゃん』との約束だからな。そしてキティ(子猫)と呼ぶな。貫くぞ」

 

両手で湯呑を持つ手に『光』を見た。恐らく冷気の刃が、作られつつあるのだろう。

 

マジで怖え。だが―――。

 

「しかし……お前が本当に、そういう風な生活を望まないならば、仕方あるまい……お前は選べる(・・・)……そういうことだ。羨ましいな」

 

最後には優しさを見せる辺り……このヒトの苦難の人生―――その中で託されたものぐらいは、こなして見せようと想う辺り……自分はどうしても――――。

 

(おばあちゃんっ子なんだな……)

 

「分かりましたよ、雪姫婆ちゃん。ただ合格出来なくても怒らないでくれよ。マギクスの使うサイオンと、俺たちが使う『チカラ』は違うんだからさ」

 

「ああ、分かっているさ―――そしてお前は魔法科高校に合格するさ―――大丈夫だ……」

 

わたしたちは万能じゃない。全能でもない。

 

どれだけの理論・理屈・道理を詰め込んでも―――。

 

最後に必要なのは。

 

「わずかな勇気とすこしの優しさ―――それだけが―――」

 

―――本当の魔法なのだから―――

 

「では―――『浦島啓太』クン。受験勉強に励み給え!」

 

「そういう人格の違い、似合わないですよ……」

 

吸血鬼のいきなりな変化にツッコみながらも、吸血鬼は一家言あるようで、畳の上でだらけながらも返される。

 

「いつまでも師匠キャラなんてやってられるか。今生ではロリババァの師匠なんて流行んないだからな! 覚えておけ!!」

 

無駄な知識が入り込んだと想いながらも、とりあえず……受験勉強に身を入れようと思って寮にある自室に向かうことにするのだった。

 

 

そんな浦島啓太の姿を見送り、十分に距離が離れたと思ったところで―――雪姫、キティ……様々な名で呼ばれていた女は―――。

 

 

「サラ、私だ。ああ、あの子は元気か? 元気ならばいいのさ。それでだ……かねての懸案事項だった啓太の進学先は―――そうだ。ならば―――ああ、頼んだぞ……」

 

端末で呼び出した相手に、連絡すべきことを連絡してから通信を切ることに。

 

「さてさて、どうなるやら……しかし、『愛し合う2人が東大に行くと幸せになれる』か……」

 

妙なことを覚えていたものだと想いつつ、この部屋……かつて、その片割れが住んでいたところに想いを馳せる。

 

そして、部屋に居座る新しい『ぬいぐるみ人形』を手に取る。そのぬいぐるみには、尻の方に持ち主の名前として、『けいた』と『■■』と書かれており―――。

 

「………まぁいいさ。全ては―――ここ(・・)から始まるんだ。『ひなた』―――お前の系譜は私が守るからな」

 

そうして既にいない。半世紀は前に亡くなった友人に言いながら、寝転がるのだった。

 

別に吸血鬼だから昼間が苦手というわけではない。ただこの『温泉付きの女子寮』というのは、とことんヒトを穏やかにしてしまうのだ。

 

そんなこんなありつつ……雪姫は啓太に指導をしたり、飯をたかったり、風呂磨き―――に関しては、全自動の機械を使ったりする世知辛い世の中を認識しつつも、なんやかんやと月日は流れて――――――。

 

 

「合格出来たはいいが、当然のごとく2科生だな」

 

「ククク、お前のことだ。めんどくさいから手抜きしたんだろ?」

 

「まさかと言いたいが……うん、まぁそういうことで」

 

横浜市街を歩きながら、隣を歩く啓太と『同年代』の金髪ロングの美少女に、疲れながら返しておく。

 

本当の姿は、これよりも下のロリロリな様態なのだが……まぁこうして歩く分には優越感も出てくる。

 

そんなこんなしておきながら、新生活の為の生活道具を揃えることが出来た。

 

まさかひなた荘から通うのではなく、東京の方の借家に住んで通うことになるとは……。

 

「お前、学友たちに『女子寮に住んでいます』なんて説明する羽目になったらどうするんだ? 変な目で見られること間違いなしだぞ?」

 

「別にそこは誤魔化すなりあるんじゃないかな……」

 

とはいえ、あまり怪訝な目を向けられるのもマズイかな。

 

そう考えてから、雪姫だか親族だか、巨大学園都市の妖怪の気遣いだか分からないものに感謝しながら、それでも……ひなた荘のみんなとの別れを少しだけ惜しんでおくのだった。

 

「大方の準備は終わったな。さて―――むっ……」

 

「何か嫌な『匂い』がするんですけど……」

 

などとおセンチ入っている時に、妙なものを感じた。啓太の言う『匂い』というのは、嗅覚が感じたものではなく脳、もしくは肌などの触覚が鋭敏に捕らえたものである。

 

俗に第六感というものだが、その感覚に間違いはなく―――。

 

『近くの建物』で火災が発生したようだ。

 

「啓太、事件のようだな?」

 

「放火か出火かすら分かっちゃいないでしょ。おまけにこの建物はマギクスたちの詰め所だ」

 

 

横浜ベイヒルズタワーという巨大建造物のフロアのどこかには、関東の魔法師たちの協会がある。いずれにせよ俺たちの出る幕ではないだろうと想いつつも、雪姫は意見を異にする。

 

「確かに、お前の言うことは『悪』の魔法使いとしてはもっともだが……足元で、こんなこと起こっているなど奴らにとっては失態だ」

 

「何かのマッチポンプだと?」

 

雪姫の言葉の裏を察するに、ややこしいことこのうえないと関わりたくなかったのだが……。

 

とりあえず野次馬根性だけは持ちながら、火災が起こっているというベイヒルズタワーに『転移』するのであった。

 

 

「私は協会本部に赴く、お前は現場に行け」

 

「ええ、『クレーム』の方は任せましたよ」

 

こと此処に至って『魔法師』が出動していないことが、啓太にも分かり、その意味を違えなかった。

 

どうやら本当にそういうつもりらしい。

 

自分と雪姫が出たのが六階―――火災は一階で起きているようだ。何であるかは知らないが、とりあえず―――。

 

現場に行ってみるか。そういう気持ちで浦島啓太は歩き出すのであった。

その歩みは五分ほど前に向かった少女とは違い、誰にも咎められることはなく、スムーズに歩みを進められるのであった。

 

向かった先、現場はすでに千秋楽に至っていた。ローブ姿の男性が放火魔であったようで、それと相対する少女の『魔法』が、それらを押さえていた。そんな現場であった。

 

が―――歪なナイフを取り出した放火魔が少女への凶行に―――及ぼうと思ったのか、細マッチョで鍛えているだろう少年が、割り込んできた。

 

少年とは言うが、かなり身長が高くておまけに『足音』がしていなかった。

 

こいつはヤバいなと想いつつも、放火魔が持つナイフが啓太の予想通りの代物だとしたらば、更にヤバいことになる。

 

「ならば見せてやるさ!! 俺を改造した連中よりも極まった『魔』の極みというものをな!!! 『闇の福音』と呼ばれた魔法使いの奥義を!!!!」

 

―――決定である。そして、自らの心臓にナイフを突き立てた男が変貌をする。ローブごと真紅に染まる身体。

 

啓太にとっては見慣れた(・・・・)紋様刻印の露出。そして何より―――真紅に染まる身体は熱を帯びて、一階フロアの床を溶かしているのだった。

 

領域干渉とかいっただろうか? それを以て魔法の発動を抑え込んでいた少女は驚き、少年もまたその変貌―――否、『変身』に面食らう様子だ。

 

「ひゃはははは!! これが、これが!!! しねぇえええ!!!!」

 

何であるかは分からないが、それでも状況は一変した。

先程よりも激しい勢いで炎が発生して、一階部分を燃やしていく。

 

酸素燃焼が激しすぎて、2階フロアにいる啓太も辛くなりそうだ。

 

(やれやれ、仕方ないか)

 

都合よく、立て掛けられていたモップを手に取り、剣に見立てて精神集中。放たれるべきはただの一斬。

 

その一斬は―――魔を断つ。

 

階下に向けて放たれたそれは―――放火魔の『炎精』と化した肉体を素の身体(もとどおり)に戻していた。

 

「―――なっ!?」

 

「「―――」」

 

腕の一振り、身振り、手振り一つで戦術級魔法に類するだけの現象を起こされていた魔法師の男女は、その瞬間を狙って素の身体に戻った放火魔を取り押さえていた。

 

男の方は堂に入った取り押さえであり、武術の心得はあるのだろうと理解していたが……。

 

(これならば問題ないだろう)

 

長居は無用として、啓太はさっと翻すようにして立ち去るのであった。

 

 

 

一時は危機的状況に陥った司波兄妹であったが、『誰か』の手助けを得て、何とか違法魔法師の類を取り押さえることが出来た。

 

(あの魔法は一体……)

 

兄―――司波達也も無策ではなかった。自分の魔法の一つ、術式解体などで相手の『魔法』を無効化しようとしたのだが、全く以て効かなかった。

 

いや、完全に効いていないわけではなかったのだが……。

 

術式の規模がデカすぎて(・・・・・)、駄目だったのである。

 

そんな中、2階フロアのどこかから放たれた攻撃。何かの刃のような一撃が、男を無力化したのである。

 

「お兄様……」

 

「後のことは叔母上と葉山さんがなんとかしてくれるだろう。ここは去ろう」

 

「はい――――」

 

煤と灰だらけになってしまった一階から退避することで、とりあえずは良しとするのであった。

 

だが……。

 

(あの『斬撃』―――を放ったのは誰だ?)

 

その疑問だけは妹―――司波深雪の手を取りながらも、渦巻いているのだった。

 

 

「はっ―――では、そのように……『そちら』に関しては、『専門家』がいらしているので、ええ―――それでは」

 

通信端末の相手。自分の『仮初の主人』に通話した後には、室内にいる相手との会話となる。

 

「―――いまの通話相手は『マヤ』か?」

 

「はい。此度の一件は脱走魔法師の捕縛でしたので、四葉家にお鉢が回ってきた形です」

 

「脱走魔法師ねぇ―――そいつには脱走してまでも『やりたかったこと』があったんだろうな」

 

「望んでもいないチカラを与えられれば、そうもなりましょう。『先駆者』としては同情しますかな?」

 

「当たり前だ。しかし……他の者にも破滅を与えようという考えは好かんな……」

 

悪の道を選んだわけではない。

だが、『邪悪』に落ちることだけは見逃せない。それだけだ。

 

「―――浦島の者を一高に入れるそうで」

 

「そうだ。文句あるか?」

 

「あなたにそれを言えるほど、私は耄碌しておりませんよ……若輩ゆえの、ただの疑問です。エヴァンジェリン様」

 

戯れを許してほしいという、先程まで話していた相手よりも畏まる葉山という老年の男に―――。

 

圧を放っていた妙齢の美女の答えは速やかだった。

 

「愛し合う男女がトーダイに行くと幸せになれるそうだ」

 

「―――――は?」

 

その答えに本当に虚を突かれた。

 

「まぁただのポン引きさ。企みなんてないんだ。疑問があるなら、トードウ、カシワだの辺りに聞いてみろ。じゃあなタダノリ。長生きしろよ」

 

闇の福音。そう数多の人間から蛇蝎のごとく呼ばれた存在は、そんな風に言ってから室内から出る。

その圧が十分に去ってから、直立不動がデフォルトである執事の中の執事、四葉家の家宰ともいえる葉山忠教は椅子を引いてから、そこに腰掛けるのだった。

 

息を突いてからどうしようもないほどに苦笑をしてしまう。

 

「全くもって気まぐれな不死ネコどのだ……」

 

浦島の人間の中でも、当代の浦島は、色んな意味で規格外だ。

 

そう聞いている。

 

だが――――――。

 

 

(いざという時に、達也殿を倒すファクターになるか)

 

主命あった時、いざとなれば命を賭してもそれを成し遂げるのが葉山の役目であった。

 

だが、かつての心は段々と薄らいでいったのも事実だ。他の組織の『犬』という意識が高かった頃と違い、葉山は長く四葉の人々と関わりすぎた。

 

喜びも悲しみも怒りも……共にしすぎた。

四葉が葉山をどう思っているかは分からないが、烏滸がましくも、自分は家族と思っているのだ。

 

果たして、どういうことになるのかを予想しながら―――。

 

全てを見届けるしかなかったのだ。

 

 

「〜〜〜〜〜♪♪」

 

そんな風な猛火吹き荒れる横浜のことなど知らない体で、一人の少女が、鼻歌を歌いながら日本の地に降り立った。

 

その子は色んな意味で特例で、しかし、それでも他の受験生たちと同じくある高校の受験を突破して、その学校の生徒になることが決定したのである。

 

「フフフ、ケータは全く気付かなかったみたいネ。けれど安心しなさい―――この『祝福のリッドくん人形』にかけても、アンタをワタシのダーリンにして、甘やかな結婚生活送らせて幸せにしちゃうワヨ(ハッピー☆マテリアル)!!!」

 

光る風を追い越したら―――愛しのキミに逢えると理解していたから。この国までやってきたのだ。

その少女はカートを押しながら、そんなことを不穏な笑顔で宣っていて、色んな意味で周囲の人間から退()かれるのだった。

 

 

 

そして季節と時間は―――サクラサク。

 

 



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stage.1『開幕の時』

 

 

「ついに啓太くんが、この『ひなた荘』を離れちゃう時が来ちゃったのね……」

 

「まぁ、そもそも持ち主だからと管理人だからと―――男がいつまでも女子寮にいるわけにもいかないでしょ」

 

此処にいたのは、1年程度であった。色々あって実家から『学校』に通うよりも、こちらの方がいいと思っていたからだが……まぁ住人の殆どが『親戚』であったことも、受け容れられた原因だろうが、それにいつまでも甘えられていない。

 

ともあれ、引っ越し荷物は既に雪姫が用意した家に送られている。入学式と同時に荷解きとは、かなりのハードスケジュールだが……。

 

(家がどんなものかすら教えないとは、なにかありやがるな……)

 

「それじゃ、しのぶおばさん。お世話になりました」

 

「啓太くん――――――」

 

立つ鳥跡を濁さず、洗い物を済ませてから出ようとした所……しのぶおばさんが、啓太の肩に手を乗せてから何かを労るのかと想いきや―――。

 

「何度も言っているけど、しのぶ・お・ね・え・さん! でしょ!?」

 

ギリギリと啓太の肩を締め潰さん (しめつぶさん)とばかりに握ってくるのであった。

 

後ろで見せているだろう鬼面は絶対に見たくないのであった。

 

「あだだだだ! ご、ごめんなさい! 東京大学にて考古学を教えている新鋭の助教授にして女教授 浦島しのぶお姉さん28歳!! まだまだピチピチのギャルでした!!」

 

「うん。分かればいいのよ♪」

 

何か色々と頭が上がらないヒト。それが後ろにいる関係上は『叔母』である女性なのだった。

 

「何かあれば私の方にも一報入れなさいよ。私も魔法大学付属とは付き合いあるわけだから」

 

魔法大学付属とは、魔法師たち以外の人間の魔法科高校に対する呼称であったりする。

とはいえ、しのぶさんが、そちらと関わりを持っていたとは意外な話。

 

なにはともあれ――――。

 

「まぁ何もなければいいんですよ。平穏無事に、何事もなく過ごせればね―――出来ることならば、しのぶさんにも迷惑掛けないで学校生活送れれば、とは思っております」

 

そんな希望通り行くかな? という視線を向けてくる『親戚』の見送りを受けながら、長い長い階段を下る最後の道のりへ行く前に―――。

 

何かと想い出が多い、この女子寮にしてかつては温泉旅館であった場所を振り返る。

 

近代化されたスパリゾートに比べれば古臭いもの。ノスタルジーを感じる巨大な―――『家』。

 

そこは日常と非日常が交差する『誰か』のための楽園。

 

そこに無遠慮にも間借りさせてもらっていた事実に、本当の意味で感謝の一礼をしてから、本当にここを去るのであった。

 

 

 

 

妹を宥めてから新入生総代答辞のリハに送り出した達也は、適当な場所にて時間を潰そうとベンチを探していたのだが……そこには先客がいた。別のベンチに座ろうと想ったが―――めんどくさくて、何より自分と同じく『ウィード』である彼の横ならば何も言われないだろう。

 

どうやら、ワイヤレスイヤホンでお気に入りの音楽を絶賛ヘビリピ中のようだ。

 

達也が座ったことなど、何一つ気付いていない様子。

 

いつの時代のアイマスクだよとツッコみたくなるものを付けて、半ば睡眠しながらのミュージックヒアリング。

 

それがある意味では羨ましい。

在校生―――上級生たちのグループが、『紋無し』であることをあざ笑ったことすら気付いていない様子だ。

 

図太いとも言えるし、豪胆ともいえるし―――はたまた何も考えていないともいえるか。

 

なにはともあれ……読書には集中出来るのであった―――。

 

そうして時間を潰していると、見回りなのか上級生がやってきて―――入学式の時間が近づいたのを教えてくれた。

 

それに対して、隣を見ると『こちらの音が聞こえないぐらい』ジャカジャカと音を立てるイヤホンを外した様子。

『祝福の時は来る。手を伸ばし―――』という歌詞の一節が達也の耳に届いた。

 

「ありがとうございます」

 

と言って、伸びをする様子。どうやら身体を解すようだ。

 

その間、達也は現れた上級生・『生徒会長 七草真由美』と会話をする羽目に、どうやら自分のことは知られていたようだが―――。

 

(こいつのことは知られていないのか?)

 

ペーパーテストぐらい『ギリギリ評点』ですり抜けておけば良かったと想いつつも、ある種の『悪目立ち』をしたことを悔やんでいた達也を置き去りにして、同級生は立ち上がり行こうとするのだった。

 

「そちらのお名前は?」

 

「いえ、自分も知らないです」

 

「田中太郎です」

 

「そう。田中くんも早く行ったほうがいいわね」

 

「―――自分も失礼します」

 

流石に達也だけに関心を示すのは『良くない』と思ったのか。言われた『田中』は、特に七草会長に何も言わずに去っていくようだ。

 

それの後を付いていく形になる達也。

 

(歩法が随分と……何かの『武術』『武芸』を嗜んでいる人間の歩き方だ)

 

この魔法科高校に在籍する以上、魔法能力が低かろうと、そういった荒事に慣れていない人間がいないわけではない。

 

何より……。

 

(こいつは……俺に何の興味もないようだ)

 

別に殊更、構ってほしいわけではないし、かといって理論テストで殆ど満点を取ったことを自慢したいわけではない。

だが、何一つ……こちらに関心を取らない態度に少しばかりムカつきを覚える。

 

何より……。

 

(姓名が、田中太郎だと? そんなあからさまに、低学年向けマンガで宇宙人が名乗るような偽名臭い自己紹介するなんて、こいつはなにか隠している……)

 

日本全国、あるいは全世界の『田中太郎さん』にすごく失礼なことを考える達也だが……。

 

その背中に―――話すキッカケは何一つ無かった。

 

 

しかし、大講堂でも入り込んだ順番の関係上……話しかけるキッカケをようやく手に入れる。

 

1科生と2科生の分かれた席の関係を読んだ。俗に空気を読んだ太郎と達也は2科生側の席に座る。

 

席を詰めるという体で太郎の隣に座る。かつて新型ウイルスでソーシャルディスタンスが必要になった時代とは違って、こういうことは普通だ。

 

だが、わざわざ自分の隣―――違う段に行ってもよかろうに、という険相は見せてきたことで、謝罪を入れつつ会話をしようと思う。

 

「すまない。何というかお前の聞いている音楽に興味があってな」

 

「それだけで知らぬ男子の隣に来るとか、色々とどうなんだか……」

 

再びイヤホンを掛けて、お気に入りの音楽を掛けようとした田中太郎に声を掛けた。

 

「半世紀は前に活躍した声優にして歌手の曲だよ。『閣下』と言って通じるか?」

 

「聖○魔IIか?」

 

「そっちの閣下じゃねぇ。声優っていったじゃないか」

 

「冗談だ。林原めぐみ閣下か」

 

随分とレトロなものを聞いていると想いながらも、ここから繋ぐ話は無いと手詰まりを覚えていた時に。

 

「あの、ここ座ってもいいですか?」

 

達也の隣に女子がやってきたのだった。その応対で、話を向けたはずの田中太郎は再び音楽聴きに入ったようだ。

 

(やられたな……)

 

そんなわけで―――。

 

 

 

「なに!? あのバカは、七草への自己紹介で偽名を名乗ったのか!?」

 

「そのようデスネ……証言から察するに……」

 

「はー……まぁ出来るだけ『出自』を隠せと教えてきたのは私だ。そういう対応をするならば、仕方ないが……」

 

「ケレド……ワ、ワタシに会っても田中太郎(タナカタロウ)なんて名乗られたら―――」

 

呆れ果てた金髪―――スーツ姿で長身の美女は、少しだけ泣きそうな妹か娘のような短躯の金髪の頭をなでながら、大丈夫だと言っておく。

 

「まぁアイツは……少しいじけているからなぁ。ただ、それを矯正するためにも―――お前がいなければならないんだ。アンジェリーナ。啓太のことが好きなんだろ? 幻滅することだってありえ―――」

 

「ナイですよ! エヴァ―――ユキヒメマスターが、繋げたんです―――この縁を……」

 

「そうか」

 

運命など信じない雪姫でも、年端も行かぬ少女のこの子の想いぐらいは信じてもいいかな? そう想いながらも―――ステージ裏から遠見で見ると。

 

(林原閣下のメドレーでも聴いているか?)

 

機械が苦手な自分では詳しくは知らないが、お気に入りのオーディオだかなんだか分からないが、音楽再生機器を使用しているアホの姿を確認。

 

隣には、■■のガキを発見。どうやら、何かしかを感づいたようだが……。

 

(まぁいい先ずは―――)

 

 

「教師として一発、喝入れさせてもらうか―――」

 

 

30分後……。

 

(―――教師として『此処』にいるなんて、聞いちゃいないんだけど)

 

古巣の『麻帆良』にでも行っていると想っていたのに、結果として悪目立ちさせられた。

 

キティの『教師らしい一喝』で、フェイバリットミュージックプレイを中断させられた啓太は、その後に主席答辞で同時に紹介された次席の姿にも人知れずため息をつく。

 

別にどうでもいいことだ。知らない人間ではない。

 

だが、彼女は俺と関わるべきではないだろう。

 

親しくない知り合い。

 

そういう関係の方が波風立たないような気がする。

 

別に啓太は、カメを助けて龍宮城に行って乙姫と会いたい人間ではないのだ。

 

「……雪姫先生とか言ったか、田中の知り合いなのか?」

 

「ああ、惚れたんならば、やめといた方がいいとは言っておくよ。紹介してもいいが、その後のことは自己責任で」

 

素気無い言葉を理論主席サマに言ってから、この話を打ち切る。

 

「……」

 

「―――」

 

ウザい男だ。恐らくその後には、実技主席の名字との関係から、なにか話を膨らませたかったのだろうが、お喋りしたくないオーラを出して、男の視線を無視するのだ。

 

そして、入学式のあとのIDカードの受け取りを終えて帰ろうとした時に―――。

 

「田中―――いや、ウラシマなのか? お前は何組だ?」

 

入学式終わっても、自分から離れず後ろから姓名確認及び、虹彩認証まで覗き見ていた司波達也なる男(ストーカー)に―――。

 

「人の後ろに張り付く君に言う必要あるのか?」

 

若干、後退りしながら問いかける。流石に司波達也も、自分の行動のアレさを認識したのか、咳払いをしてから口を開く。

 

「まぁ無いかも知れないが……生徒会長に偽名を名乗るほどだからな」

 

「俺の名前なんて別にいいんじゃない。あの会長さんは、理論主席の君に興味があって近づいたわけで、なにかヒトに誇れる能があるわけじゃない俺は、特に絡む話題もないしな」

 

啓太の言葉で近くにいた千葉と柴田が『理論主席!?』と驚きを発していた。

 

「そう。その顔だよ。俺の名前は『浦島 啓太』ってな。

音だけとは言え、昔から字が足りないことを詰られたり、半端な名前だと言われたりと、散々だったわけだ。今の君が浮かべているような顔ばっかり浮かべる羽目になる―――ドゥ・ユー・アンダースタン?」

 

苦虫を噛み潰したような顔をする司波達也に返してから、ため息を吐きつつ、不承不承納得はしたようだ。

 

「悪かったよ……俺が不躾だった。申し訳ない。けれど―――偽名なんて名乗ったってすぐバレるだけだぞ?」

 

「んなもの分かってるっての、別に今後あのヒトと絡むことが無ければ、それで終わりだろ。そして―――あの総代サマと兄妹であり、待ち合わせをしているというキミの近くにいると、否が応でもやってきそうで嫌だ」

 

「未来予知か?」

 

「ただの推測だ。んじゃな」

 

別に待ち合わせをしている相手がいるわけではない啓太は、とっとと帰って引越し荷物を開けなければならないのだ。

 

踵を返して校門へと向かおうとした所に『ドドドドド!!』とアホらしい擬音を伴いながら『何か』がやってこようとしていた。

 

理解したので、早歩きでその音から遠ざかろうとする。もう、トラブルの匂いしかしないので、背中を見せて小規模な『■動』で、擬似的に競歩のフォームのまま徒競走の速度を再現。

 

だが――――。

 

「ケェエエエエタアアアアアア!!!! ウエイトウエイト!!!! 待ちなさいよ―――!!!!」

 

――――そんな術理は、少女の怒りの前では無力だった。

 

どう見ても顔見知りが鬼の形相で迫ってきていたのだった。だが顔見知りとは―――顔見知りでいたくないからこそ!!

 

「―――な、なんなんだアンター!? 知らない人間から下の名前で呼ばれ―――」

 

「―――ワタシにもその態度か―――!?」

 

「あべぽっ!!!」

 

涙を目に溜めながら殴りかかる『アンジェリーナ』の一撃。躱そうと想えば躱せたかもしえないが、それは男気がなさすぎる―――ということで甘んじて受けることにしたのだが。

 

浦島の男は、不死身にして絶回復。覚えられていなかったことが色々な意味で混乱を招くのであった。

 



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stage.2『邂逅の時』

あの頃(いつだ)のマガジン連載陣を思い出す!  

はじめの一歩が何と戦っていたのかを思い出す!!

シマヒロのRAVEはどこまでやっていたかを思い出す!!

ハレビは筑波FIVEと対戦していただろうか!?

気分は異世界おじさん――――――なわけもなく、続話をお送りします。


 

即時回復するも、そこを狙ってリーナは胸ぐらを掴みながら、啓太を立ち上がらせる。

 

「まさか、ソーユー態度を取られるだなんて想っていなかったワ! 会長サンにジョン・ドゥを名乗って、ワタシに対しても、ノーネームノットを貫くなんてネ!!!」

 

胸ぐらを掴みながら涙目のままそんなことを言う、アンジェリーナ・クドウ・シールズという親戚に少しだけ苦しくなりながらも、言わなければならない。

 

「知り合いじゃない方がいいだろ。見ろよこの虚無の限りの腕部分を、俺はアンジェリーナみたいな優秀生じゃないの。こんな人間が親戚にいることを恥じた方がいいだろ」

 

この国で生きていく上で、知り合いであっても、知り合いでないという態度の方がいいこともあるのだ。

 

それは相手が、その共同体でどういう人間であるかにも関係する。

警察に就職した友人と馴れ馴れしくする極道なんて構図は、当たり前に良くない(・・・・)

 

どちらかが相手の立場を尊重して、引いた関係を構築するのがいいはずだ。それを弁えられなければ、お互いが不幸になるだけなのだ。

 

「ソ、ソンナのって……ソレがニホンの処世術(ショセイジュツ)って言いたいの?……」

 

胸ぐら掴んでこちらを見上げていた親戚筋であるアンジェリーナが、本当に悲しい顔をしていた。罪悪感が湧き上がる―――しかし、とりあえず告げることを告げる。

 

「俺の感覚では、そういうことだ。もう手遅れだけどな」

 

メンドクサイ想いを消して、視線を向けてくる連中をサラっと無視して、帰り支度をすることに。

 

「待ってケイタ。ワタシも帰るから」

 

「そっちのヒトたちとお話しなくていいのか?」

 

「―――ええと……ダ、ダイジョウブでしょうか?」

 

確認を取っていなかったのか? と半ば呆れながらも、そっちのヒトたちの筆頭である会長に戸惑った眼をするアンジェリーナだが、微笑を浮かべて、大丈夫ですよと言われたことで帰りとなる。

 

「浦島くん―――『田中ですが』……すっかりバレたというのに、平然とウソを吐き続けるあなたのその心胆には物申したい気持ちもありますが、いまはよしておきます」

 

「そうですか。無理に土俵外でのことに、物言いをつけなくてもいいと想いますけどね。理論主席サマのベンチに座っていたオマケですし」

 

今は、総合次席のオマケではあるがと、内心で皮肉を言ってから立ち去る。

 

「お前の方が先にベンチに座っていた。 寧ろ俺のほうが」

 

その背中に物申す人間は、他にもいたが―――その言葉が何の慰めになろうか。

 

「関係ないだろ。それじゃバイナラ」

 

司波達也のそれをさらっと無視して帰ることにする。多くの敵意と悪意を背中に受けて、全身の『紋』が疼くも構わぬ。

 

たまには、こういうことをしておかなければならないのだから。

 

 

十分に校舎から離れて、誰も聞いていない状況になってから口を開く。

 

「なんでここにいるんだよ?」

 

「ニホンのマジックハイスクールに入りたかったからよ」

 

「ケンじいちゃんの伝手で、関西方面でも良かったじゃないか」

 

「関西の料理はちょっとノーマッチなのよ……ダメだった?」

 

「別に俺の意見でキミの進路をアレコレすることは出来ないし。だけど、一言なにか欲しかったかな」

 

だが、アンジェリーナがなにか言ったからと俺の進路は変えられない。

我が家と長い付き合いの『永遠姫』からの進言だったのだから、断れなかったのである。

 

「ソレに……アナタに、ケイタに会いたかったもの……ダメだった?」

 

「別に『何かある』ごとに会っていたじゃないか」

 

この親戚は自分の魅力とか能力とかを理解しているんだか、していないんだか。

ノーマルのハイスクールに行けば、チアリーダーのクイーンビーとして、アメフト部のクォーターバックのジョックと付き合っているぐらいにお似合いなのだ。

 

そんな人間とまるで釣り合いが取れないのが、浦島啓太という男だ。

 

勉強はまぁまぁ頑張った。トーダイに『約束の女の子』と入るべく、中学の全国統一試験では上位に食い込んでいた。

運動は―――『本気』を出すわけにもいかないので、まぁそこそこ。特定の部活には入らなかったが、暇な時には何かの助っ人程度には活躍していた。

 

彼女が欲しくなかったわけではないが、啓太の中にある『約束の女の子』……美化されすぎかもしれないが、今は自分との約束など忘れているかもしれない彼女のことが、どうしても離れないのだ。

 

だからこそ……、ソレ以上にアンジェリーナの今後の学校生活のためにも、線引きは必要なのだ。

 

「まぁ一高(ガッコー)では距離を取ろう。幸いにもキミはA組、俺はE組だから、接点を断とうと思えば断てる―――って聞いているのか?」

 

「……ナンデ、そんなにネガティブな努力をフルパワーでやろうとするのヨ?」

 

膨れて明後日の方向にそっぽを向くアンジェリーナに、溜息を突きつつ吐く。

 

「リーナ、これはキミの―――そしてひいては、オレの安寧……あー……クリアライフのためなんだ。理解してくれ」

 

安寧という難しい日本語で? を膨れ面のままやるリーナの器用さに、少し可笑しい思いを懐きながらも言うべきことを言う。

 

「とにかく、俺は劣等生(ロウクラス)。君は優等生(ハイクラス)。北米人の君ならば分かるだろう? あの国にて『格差』というのは固定化されたものだ。魔法師でありながらも市役所職員というもので家族を養ってきた君のお父さんだって、色んな目に晒されながらも、今の職にしがみついてきたんだよ? そこには、嫌でも呑み込まなければならない『理不尽』だってあったはずだ」

 

そこで自儘になって家族を離散させなかったヒトの努力を理解出来なかったのか。

 

そして、伯父さんはアンジェリーナの高い魔法能力ゆえに、自分を蔑むことを恐れていた。けれど、だからと娘のことは尊重しているし、結果的に自分の努力を蔑んだとしてもしょうがないと、諦めの境地だったのだ。

 

「ソ、ソンナ言い方……ヒキョウよ!! ワタシだってダディが、どんな想いで育ててくれたのか理解できないオヤフコーモノじゃないもの!! ―――けど、ソレとコレは別よ!! ダディとマムは、別にお互いが『同じ』だから結婚したんじゃないモノ!! 愛し合えたからワタシがいるモノ!! トニカク―――ワタシは、ケイタに関わることを止めないんだから!!」

 

しかし……そんな親心は伝われども、彼女は―――世の理不尽には『立ち向かう』道を選んじゃうのだった。

 

いや……本当ならば、そっちの方がいいのだ。もっともリーナパパとて、その理不尽に立ち向かった一回が『決定的な運命』を退けたのだが……。

 

こうなってはどうしようもない。

 

真っ赤な顔で、必死にその蒼眼を向けてくるリーナにあきらめることにするのだった。両手を握りしめて言う姿にどうしようもないのだった。

 

「―――分かったよ。もうコレ以上言わないよ……ただ、俺の秘密は明かすなよ」

 

「ダイジョウブよ。そのあたりの節度はワタシも弁えてるモノ!!」

 

本当かよと思いつつも、とりあえずサラおばさん辺りの気苦労を考えて、リーナの住まいを教えてもらうことにするのだった。

この子が一人暮らしなんて出来るわけがないし、変に凝った料理なんぞ作ろうものならば、部屋全焼なんてこともありえる。

 

そういうことを言って怒らせるのもアレなので、その辺を伏せながら語るも、リーナは何も言わなかった。

 

「マァ、それはオイオイで―――まずはケイタの住まいを見せて。マスター・ユキヒメから聞いているわ。ひなた荘から出たそうじゃない♪」

 

「いつまでもいられないからな」

 

「スズカの主人公みたいな境遇からは脱した訳ネ」

 

「そういうこと。しのぶおばさんには世話になったな」

 

嘆息しながらも、そうして家に雪姫から教えられていた住所に向かうと―――。

 

「鍵は」

 

最新式のセキュリティが施されていても認証キーは必要なわけで、懐を探っていたところ。

 

「ワタシが持っているわよ」

 

なんで? という疑問を呈する前に、玄関を開けて入り込むリーナの姿。

 

「あっ、もうオチが分かってしまった。なんでそういうことするかなー……」

 

「同年代の美少女と(AI)が止まらない同棲生活。オトコノコのユメでしょ?」

 

景太郎ジイさんの時代だったらば、それなりにいいかもしれなかったが、この時代でソレとかマジかよ。

 

親指立ててGOODなポーズを取る美少女に、もはや諦めである。

 

だが、どうせならば目の届く所にいた方が安心できる親戚の子ではある。ゴキブリやネズミが出たからと呼び出されるぐらいならば―――。

 

「ケイタ、荷物ほどかないと寝る場所も確保できないわよ―――あっ、一緒の寝具で寝るからいいのね♪」

 

全力で荷解きに取り掛からなければいけないと感じた瞬間だった。

 

 

 

若人たちは、今ごろアレコレだろう。そんな中に「年寄り」が入り込むわけにもいかずに、今は校長室にてアズマと将棋盤を挟んで会話となる。

 

「―――まさか、アナタが再び現世に関わるとは……」

 

緊張しながら盤の向かい側に座る『年寄り』に言い放つ。

 

「黙って引きこもっていれば良かったか?」

 

そんな髭面の『若造』の言葉を受けた『年寄り』は、薄く笑いながら戯れのように言う。

 

「……若い頃ならば『何で黙っているんだ?』と憤りを覚えていましたが、今となっては『俺たちの安寧を崩さないでくれ』と言いたい気分ですよ」

 

「ケンをアメリカに追放してまでも得た安寧に、お前が価値を見出すとはな」

 

その強烈な皮肉に、百山東はキレそうになったが、こらえる。勝てないからではない。そういうことではなく……。

 

その指摘がもっともすぎて……今の自分は、親友を裏切っていたからだ。

 

「火星への『門』は閉ざされたまま、あちらの状況は断片的にしか伝わっていない。しかし―――あまりいい状況ではないな」

 

「アナタならば門扉を蹴破ってでも向かうこと出来るでしょうが―――当然、最強の門番も千切り捨てて」

 

「それをするほど暇じゃないんだな。これが……だが、必要とあらば、それをするさ」

 

和菓子屋『うらしま』の銘菓の一つである亀饅頭を口に頬張りながら、考える。

将棋盤の上では多くの駒が王手を取らんと様々な動きを見せていた。

 

「―――来るのですね。魔法界から災厄が……出来損ないの模造品である我々を『生贄』に捧げるべく」

 

不安を吐露する。それに対する慰めを期待したかったが、福音は―――その魔法と同じく冷たかった。

 

「であればお前たちは備えるべきだった。しかし……あの小僧の持つ魔法は、ある意味では最上級にヤツラが狙うものだ。英作が首を刎ねなかったのは、どういう心算かは知らんがな」

 

嘆息して想うことは只一つ………『どこで選択を間違えたのか?』その疑問である。

 

「まぁまずは―――私はここの教師だからな。教え導こう。それだけだ」

 

「―――……衰弱者を出さないでくださいね」

 

「吸血なんてとっくの昔にやり方を忘れた。私の機能は、どんどん退化していく―――あるいは進化して『仙人』の境地にいくのかもしれない」

 

俗世において自分は退化していく―――魔女のように狭間にいられればいいのだが……。

 

(俗物なんだな。私は)

 

仙人にはならないし。なれない。

 

ヒトとしての生を失ってしまったからこそ、そこに未練を残す。どうしても妬ましいのだ。

 

「何にせよ。賽は投げられた。手助けはする。しかし―――本当の意味で、どうするかは……お前さん方が決めねばな」

 

結局―――選択権は自分たちにあることを痛感させられるのであった。

 

 

 

 



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stage.3『始動の時』

色々とタグを追加しようかと思うこの頃。


 

 

 

 

翌朝。様々なトラブルありつつも、何とか夕飯を食べて、就寝して一夜を明けた。

 

「朝飯は……適当でいいな」

 

「ワタシの分もよろしく〜〜〜」

 

寝ぼけ眼で起き出してきたアンジェリーナ。その格好は、とてもではないが直視出来るものではなかった。

 

とはいえ、それであからさまに動揺することはない。

 

どこぞのBBAが裸ワイシャツしているのをちょくちょく見てきた、啓太の無駄な経験が生きたわけだが、ハニーミルクをカップに淹れながら、どうしたものかと想う。

 

「昼食はそれぞれで摂ろうか。どうせ君は、クラスの人間から誘われるだろうし、俺もそうだろうし」

 

「ボッチ気質で親戚以外には線を引いているケイタに、そんなリア充なイベントが発生するとはオモエマセン!」

 

「ならば、ぼっち飯だな」

 

「エー、ワタシとランチを摂らないのー?」

 

「今日明日程度は我慢してくれ。初日から劣等生の男子と昼食を摂るだなんてこと、君のクラスメイトからいい眼で見られないんだから」

 

その言葉に、昨日と同じくの膨れっ面を見せるリーナ。説得の言葉を放つ。

 

「君の故郷こそスクールカーストの『本場』だろ。弁えてくれよ。数日くらいは」

 

その数日の間に、自分と同居を解消するような素敵なダーリンでも見つけてくれると、本当に幸いだ。

 

そんな説得を不承不承な態度で受け取ったリーナは、昼食()『別々』でいいとしてきた。

 

「ケレド! 帰宅! GOHOMEだけは一緒に帰るんだからネ!! これだけは守ってヨ!!」

 

「はいはい。君が居ない間に私物を荒らされたりする心配は無くさなきゃな」

 

「ソーイウコトジャナイんだけど!」

 

啓太のそういうことでの信頼はしている。信頼はされていることは理解している。

 

けれど、それに甘えるわけにもいかないのだ。

結局の所―――朝に出る時は、かしましいやり取りがコミューターで成されるのであった。

 

……明日からは弁当になりそうだった。

 

 

改めて観察するに、普通の男であった。

 

背は特別高いわけではない。今時の15歳の身長としては、こんなもんだろう。

髪型は少年らしいといえばらしい髪型だ。メンズのウルフカット―――ショートタイプと言えるか。

純日本人らしく黒髪だ。そんな男は今日もお気に入りのポップソングを聞いているようだ。

 

特別―――何かを感じるものがあるわけではない。

警戒すべきものがあるわけではない。

 

まぁ……今年の次席に思いっきりぶん殴られても、ケロリと起き上がった回復力にはビックリしたが。

 

成績の方も『凡庸な2科生レベル』である。だが少し気になる項目があった。

 

(有名和菓子屋の跡取り候補……か……)

 

その手のことに疎い達也も、名前を挙げられれば『あの店か』と思い出せる店だった。

 

(そして―――九島家の親戚を持つ……)

 

しかし、その九島の親戚はアメリカに追放された男が発端だ。男に九島の血は無い。

だからと九島の魔法を知らないわけがないのだが……。

どうにも……掴めない男だ。

 

(どうでもいい、か)

 

正直……達也とて、ここまでで相手に悪印象を持たれているし、こっちもあまりいい印象を持ててない。

確かに、自慢屋根性を出したいわけではないが、何一つ関心を持たれないことに、若干ムカついたのだ。

だが、それは達也の自尊心が傷ついた程度のことなのだが、少年ハートは色々と複雑なのである。

 

そんな訳で、自分のキーボードタッチの速さに興味を示した前の席の男子―――西城レオンハルトと少しの会話をしておくのだった。

 

何が契機かは知らぬが、レオとエリカが喧嘩というほどではないが、少しの口喧嘩をして……それだけだった。

その間に浦島啓太はスリープモードに入った様子である。

 

そして予鈴が鳴り、思い思いの場所に散っていたE組生徒たちが自分の席に戻る。そして同時に教室前面のスクリーンにメッセージが表示される。

 

そのメッセージは授業履修登録に関してであり、達也にとっては、既に終わったことなのでなにか別の項目でも……と思った時に、金色の美女が現れた。

 

「朝の挨拶―――即ち! おはようということだ!!」

 

教室の前部ドアが開け放たれて入ってきた女……女教師は、そんな風な挨拶をして退けた。

 

長い金髪をあたかも一つの装飾品かのように身にまとう美女は規格外すぎた。

雪のように白い肌とか、黄金比の身体を惜しげもなく強調する衣装。

ブラウスのボタンをいくつか外して胸元を晒した女は、教壇に手を着けると若干前に乗り出しながら―――衝撃的なことを言ったのだ。

 

「ようこそ! このどうしようもなく、差別と偏見だけが蔓延る現代のゲヘナに!! 貴様らはアレだな―――バカでアホでマヌケと言わざるを得ない。

こんな学校来てどうしようと言うのだ。成人後も魔法師としてやっていける連中は多くない。将来的には潰しが利かない進路選択だ。合格時点で2科生なんて通知を貰ったならば、辞退して専科高校か普通高校に行けばよかったぐらいだ」

 

なんだ。この(アマ)。全員に不満が溜まる。数秒掛けて噛み砕くに、とてつもなくヒドイことを言われているのを理解する。

 

「まぁこれは、私が仮に1科の担任になっても後半の文言を改良したとして、おんなじようなことを言っていただろうな。全く、魔法なんてチカラに夢みたところでロクなことがない―――」

 

「け、けれど! それでも……!!」

 

明確ではないが、抗議しようとした生徒を冷たく一瞥しながら女は口を開く。

 

「魔法師として大成するのは並々ならぬ才能があるか、その才能を元に富を得て、その富を子供の教育に当ててるような連中ばかりだ」

 

それは、美人の肌のイメージと同じく冷たい現実であった。知らぬわけではなかった。

人の世が平等ではなく、富めるものはその富を持続させるべく、子供にそうであることを求める。

 

そうでなくても、権力の生臭さは多くの週刊誌でスクープされている。魔法師がそうでない理由など何処にあろうか。

 

「十師族など有力な数字持ちの家を見たことがあるか? 連中の大半は、家の敷地内・地下やはたまたどっかに―――広大な私有地を持って、そこで大金積んで有力魔法師に家庭教師をやらせたり、街中では出来ない魔法訓練をたっぷり積んでいるんだ。つまり……差は開く一方だ」

 

幼い頃からの訓練をしていない人間でもとなると、よほど地頭(じあたま)がいい……例えば医者や官僚を目指す有名な大学に行くような人間か、どんなスポーツでも達者にこなせる運動神経の塊とかだろうか。

 

そういう『特別』でなければ、いけないのだ。

 

「それを理解して、それでも……お前たちは高度な技能を習得した魔法師になれると想って、やってきたのか? 一旗揚げられると思っていたのか?」

 

「それは……」

 

声を挙げた生徒が少しだけ呻く。それに対して寂しそうな眼を一度だけした教師を達也は見た。

 

そして―――。

 

「可能性に怯えて、それで殻に籠もっていれば安全でしょう。それは確かに(かしこ)い選択であり、(さか)しくも、波風を立たせない人生だ」

 

一人の男が、女教師に『きっぱり』と言ってのけた。

 

「そうだ。私は、そういう『夢』に挑んで破れてきた多くの人間たちを見た」

 

それを受けて、少しだけ寂寥感を増した視線を向ける女教師の姿が、印象的だ。

 

「けれど―――そいつら全員は『不幸』だったんですかね? 俺はそういう気概を持てないから、羨ましいぐらいだ。例え……破れたとしても、成功しなかったからといって、そいつの人生の価値を秤ることなんて出来ないはずだ」

 

その言葉を受けた金髪美人は、薄い笑みを浮かべながら口を開く。

 

「―――実にその通りだ。では、浦島啓太クン、この話の教訓は何なのか言ってみたまえ」

 

「―――恐れていては、何も出来ない。想定しうるあらゆる局面で重要なのは、不安定な勝算に賭け、不確定な未来へと自らを投げ込める―――自己への信頼・一足の内面的跳躍――――すなわち『わずかな勇気』を持てるかどうか」

 

その言葉を受けて、金髪女教師……どう見てもモンゴロイドの顔つきではない人は、笑みを見せてから先程から出ていた達者すぎる日本語を放つ。

 

「正しく、その通りだ。ここにいる者たちは、巷間で言われている魔法師教育の『闇』を知っていても、此処に来た『勇気あるものたち』だ。その心に担任教師として―――私は応えよう」

 

空気が変わるのを感じる。心が変わるのを見た。

 

「改めて自己紹介させてもらおう。

私の名前は『松岡 雪姫』、どう考えても日本人じゃないなんて偏見は持つなよ。帰化したとか想像力は働かせろよ。そして―――キミたちE組及び他の2科生たちの教導を担当させてもらうものだ。

『闇』に怯えず飛び込んだものたちよ―――キミたちが、どういう魔法師を目指すかは分からない。だが、それでも『やりたいこと』と『やらなければならないこと』は別だ。後者のために前者を諦めるなんてことは絶対に許さない。選ぶのは自分自身だ。悔いのない選択なんて無理だとしても―――自分自身の選んだ道に、胸を張って生きろよ。俯くな。前を見て、そして自分の目指すもののために―――」

 

―――進み続けろ。

 

それは、進みつづけることに、どうしても疲れ果てた人間の悔恨の念を伴っていたのだから……。

 

「では小野先生、交代しますよ」

 

「は、はい。雪姫先生のあとで、なんともやり辛いですが、カウンセラーの小野遥です。みなさんの―――」

 

教壇を後ろに控えていた養護教諭に譲った雪姫先生は、後ろに行く前に少しだけ意味ありげな視線を浦島に寄越して、寄越された方は―――不満げな顔で溜息を吐いてから窓の方に視線を向ける。

 

あいうえお順で、窓の方の席を手に入れた浦島を少しだけ羨ましく想うのであった。

 

 

雪姫先生の演説という名の『アジテーション』は、このクラスには効果覿面であったようで、随分と活気づいているのを感じる。

 

やってやろう。なにかを見出そう。そんなものが渦巻いているのであった。

 

「スゴかったな雪姫先生」

 

「ああ、そもそも2科に教官が就くということ自体異例なんだが、しかもそれが美人の外国人とはな」

 

「達也君、雪姫先生みたいなのがタイプなの?」

 

「それに関してはノーコメントだ」

 

レオの感嘆の言葉に返した達也の発言に食いつくエリカ。確かに美人ではあるし、生徒と教師という立場でなければ―――なんてことを考えるほど、達也は色恋に溺れていない。

 

ただ……少しだけ想うところがあるとすれば―――

 

(何となくお袋を感じさせたな……)

 

あるいは……祖母という感じの―――。

 

正体というか、何かを突き止めるべく、今の今まで意識から外していた浦島に眼を向けると―――。

 

「いない……?」

 

雪姫先生の演説が効果的だったのは、浦島が合いの手として『言ったこと』が原因だ。餅つきの阿吽の呼吸よろしく。

誰もが雪姫先生の演説だけに集中していて、舞台袖の黒子よろしく適切なことをした人間を理解していないようだ。

 

そんなこんなありつつも、工房めぐりに行こうという友人の誘いに応じて、達也は不可解な想いを持ちながら行くのだった。

 

 

 

そんな達也たちと違って闘技場にやってきた啓太は、早速も選択を誤ったな。と思った。

 

押し相撲よろしく、障壁を展開して所定のターゲットにぶつけている。番付力士よろしくな御仁がいたのであった。

 

実家の関係で知らないわけではない―――しかし、今……存在を知られるのは、イヤだなと思うヒトがいた。

 

(まぁどうせこちらに気付くことはあるまい)

 

悪目立ちを避けるために後ろにいたことも幸いしたが―――存外、啓太は自分を隠せていないのだった。

 

 

 



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stage.4『分岐する世界』

マイノリティってのは、そういうことなんですよね。ひどい話だ。


 

 

そして昼食(どき)……宣言通りにすみっこの方でぼっち飯を摂っていた時に、騒がしい一団が食堂に入り込んできたことを理解した。

 

優秀生の集団。カーストの上位にいる連中がやってきたのである。パリピよろしくの連中の中に知り合いの姿を見る……。気付くなよという願いは叶わずに、リーナはこちらにやって来ようとする。

 

位置関係的に、どうやら司波達也(理論主席サマ)の一団に合流しようとする司波深雪(総合主席サマ)との間で対応が分かれたようである。

 

「モー! 何でこんなヘンピな所で食事摂っているのよ!!」

 

「一人で食事を摂っていても構わない所に座っていただけだ。孤独のグルメの井之頭ゴローとて、テーブル席に案内されなければカウンター席で食事だっての」

 

言い訳など聞きたくないとばかりに、踵を返すリーナの姿。

 

「とにかく! 待ってて! いまランチを取ってくるから!!」

 

「クラスメイトと取っていればいいじゃないか」

 

食事のスピードを早めるかと思ったが……。リーナに追い着いてきたA組の連中が『ご注進』をしはじめる。

 

「アンジェリーナさん。ここで食事を取らずに、あちらの広い方で取りませんか?」

 

「そうよ。ここは全員が座るには狭すぎますし」

 

「―――ワルイけど、ワタシはケイタとランチを取りたいので、そちらには行きません。広い所で食べたい人たちと食べてクダサイ」

 

拒絶の言葉と、はっきりとした『嫌悪』を眼で示したリーナに対して、それを理解しているのかしていないのか、しつこい態度とこちらを睨んできたA組の連中だが―――――。

 

「失礼、1Aの諸君。申し訳ないがシールズ君と浦島とは、ここで食事を取っていてほしいと俺が頼んでいたんだ。少々、『込み入ったこと』を話すのでね」

 

後ろから掛けられた声にリーナに追いついてきた連中がざわつく。野太いが、だみ声ではない―――バリトンボイスを響かせる巨漢がそこにいた。

 

「じゅ、十文字先輩……」

 

「わ、分かりました……」

 

明確なまでの『権威』が現れたことで、流石の優秀生たちも強弁を張れるとは想っていなかったのだろう。同時に怪訝な視線が、啓太に降り注ぐ。

 

「十文字さん。ちょっとリーナの配膳手伝ってきます」

 

「ああ、ここの席は確保しておく」

 

十文字克人という『魔法師』の剛力を席取りに使う男。ただ単にリーナを手伝ってくるとだけ言ったのだが、そう見られたことは啓太としても不本意だった。

 

5分後。然程の苦労もなく元の席に戻ってきた啓太は、当然のごとく隣に座るリーナに、もはやあきらめつつ……話をすることに。

 

「久しいな」

 

「まぁ、久しぶりといえば久しぶりで。けど実家の菓子は、普通に届けられていたでしょう?」

 

「ああ、和菓子うらしまの菓子は、取引先や工事関係でご迷惑をお掛けする近隣住民の方々にも評判だ。だが、お前はウチへの配達に『とんと』現れなくなったからな」

 

演技かそれとも心から想ってのことか、淋しげに言う巨漢。意外なことというわけではないが、巨漢は甘党であり、我が家の御贔屓様である。

 

そして食べている昼食は甘口カレーであり、デザートにはマロンケーキという徹底ぶりである。

 

「―――中坊の俺にも『色々』あったんですよ。まぁ私的なことなんですけどね」

 

「ワタシも関わったものネ」

 

そんな2人の内緒話と、私的……という部分で疑わしい目をする克人。同時に、少しだけ物申すことがあるようだ。

 

「七草に偽名を名乗ったことは―――まぁ許す。状況から察するに、お前もムカついていただろうと思えるからな」

 

「許しちゃうんだ……」

 

リーナの呆然とした言葉だが、克人はそれを前置きして本題を始める。

 

「だが、何で2科生なんだ?」

 

「俺の『魔法能力』と現代魔法師の『魔法能力』は違いますからね」

 

そこを応用を利かすことは出来たはずだ。そういう眼を向けてくる十文字克人に苦笑しながら話す。

 

「まぁ俺は東大に行きたい人間なので、特に魔法能力を高めたくて来たわけではないことが心苦しかったんですよ」

 

結局、自分が1科生になりでもしたらば、それだけ教育機会が失われるということだ――――――あのロリBBAが教職員として来た時点で水泡に帰した、浅い奸策であったが。

 

「……そういうことか―――だが、お前が此処に来たということは『火星』か『金星』絡みなんじゃないか?」

 

「さぁ?」

 

その言葉に険相を向ける克人。だが誤魔化しているわけではないとして語る。

 

「俺を一高に寄越したのは、アナタもご存知のロリBBAです。まぁ何かあるんでしょうが、それを教えないでいるってことは、余計な情報を入れて、変数を発生させたくないんでしょうよ」

 

沈黙する克人。

 

言われたことは何となく分かる。だが―――克人も関わったあの恐るべき人外の戦いが……この一高でも起こるとすれば……。

 

「お前も戦うんだな?」

 

「起こんなきゃいいんですよ。そんなことは―――ただ、まぁ起こったらば仕方ないでしょ」

 

別に実力をあえて隠すほど暇ではない。とはいえ、魔法師(いっぱんじん)にとって驚天動地の実力など知られるわけにはいかないのだが。

 

「空手形ほど商売人にとって後々の瑕疵になることはない。それを知っているお前だから―――信じるぞ浦島」

 

勝手な話とは思わないが、自分たち―――というよりもリーナのランチを取りに行った関係で、十文字克人は自分たちよりも早くに昼食を終えてしまった。

 

だが、今さらここいらに近づこうという気持ちは無いようだ。

 

生贄になった司波深雪には悪いが、自分が優先すべきはアンジェリーナ・クドウ・シールズなのだから。

 

「……一応、言っておくが―――全ての魔法師がケンじいちゃんを追い出した人間じゃないんだぞ」

 

あの時、クラスメイトを睨んだリーナの心を読んだ啓太は、少しだけ嗜める。無理だと思うけど。

 

「わかってるワよ。ケレド……ワタシは―――」

 

「君のおじいちゃんの理想とは真逆だ、此処(一高)は―――けれど、此処で君が自儘に振る舞って、思うままにやってしまえば、『やはり九島健は、日本から追い出されるべき人間だった』と、今を生きている魔法師の連中に思わせてしまう」

 

「ケイタ……」

 

潤んだ瞳が向けられている。泣きそうだったリーナに申し訳なくなる。

 

「そんなことは無いって分かっているよな。だってケンじいちゃんは『血生臭いこと』にしか使われない魔法師の現状を嫌って、それでも『鉄血』を示して合衆国の市民権を取ったあとに、ワンウェイしか無い合衆国の魔法師に、多くの軍事とは違う魔法教育を施して、多くの道を与えていったって―――」

 

「ウン……」

 

肩を預けて既にこちらに体重を乗せてくるリーナの柔らかさに心地良さを覚えながらも、言うべきことを言う。

 

「俺は時々考える。人間ってやつがああなのか、多数派になればどの『種族』もああなるのか、って」

 

「……どうだろう……」

 

「東京中探しても、■■■の血が入ってる日本人なんて、十人はいないだろう。もっと少ないかもしれないな」 

 

「……人間が、キライ?」 

 

……マギクス(魔法師)も、と聞く勇気はリーナには無かった。

 

啓太から見れば、同じ多数派なのだ。

 

十師族だろうとナンバーズだろうとエレメンツであろうと―――はたまた古式魔法師であっても、啓太からすれば同じでしかないのだから……。

 

「人間が嫌いなんじゃない。多数派であることに甘んじて、少数派が多数派に合わせることを寛容さとはき違えている輩が嫌いなだけさ」 

 

本当にそうなのだ。 

多数派の中で、少数派に寛容であることは難しい。その少数派にしてからが、もっと少数の誰かに対しては多数派であるからだ。 

自分にくらいは全てをさらけ出してくれてもよかろうに、とは寂しく思ってしまう。

 

世の真理を知ってしまった時から、彼は『タマテバコ』(玉手箱)のような固い封の中に自分の心を仕舞い込んでいる。

 

約束の女の子―――それが誰だかは分からないし、そもそもそんな子がいるのかは分からない。

 

(ワタシがそれだったらばヨカッたのに……)

 

そんな風に少しの寂寥感を持ちながらも、リーナは愛しい『けーくん』との穏やかな昼食の時間を経て、午後の真由美会長の練習風景の中でも、啓太は傍観者の立場で、後ろの方で雪姫とリーナと少しの話をしつつ、放課後になるのだった。

 

 

「ケイタ! 一緒に帰りましょう!!」

 

「ホレ、言っていた通りじゃないか、その内アンジェリーナがやって来るとな」

 

「アンタが慣れない端末扱いで、ここまで寄越したんだろうが!!」

 

うがー!と喚きたい気分で、美人女教師の幻を纏うBBAに抗議するも、端末の起動が正常に戻り、とりあえず暫くは大丈夫になったことを確認して、雪姫先生の横にいた眼鏡を掛けた男性教師に

 

「騒いで申し訳ないです」

 

と謝罪は入れておくのだった。

 

「いやいや、構わないさ。元気のある生徒を見るのは僕も好きだからね! 青春!! これこそが、全ての魔法科高校に足りないものなんだよ!!」

 

「は……はぁ……」

 

いきなりな演説をぶる『橘』という男性教諭に、少しだけ面食らう。

 

「求めるものの為に勇往邁進する!! その先駆けに、君こそがなってもいいと思うんだよ! 浦島くん!!」

 

「―――善処します」

 

「橘先生、浦島はまだ入学2日目なので、そういう話は後々で―――では帰っていいぞ」

 

雪姫がフォローというか助け舟を入れてくれなければ、この男性教諭は何処まで言っていたのか分かったものではない。よって帰宅することになるのだが……。

 

「ほー、A組じゃそんな感じなのか」

 

「エエ、正直言えばワタシだって―――ユキヒメ先生に習いたいわネ」

 

A組の担任にして学年主任の言葉は、アンジェリーナの心に瑕疵を与えていた。こんなのが、日本の魔法教育なのか……。

 

「あのヒトは、『魔女』に出来の悪い弟子扱いされていたからな。寧ろ出来のいいヤツなんて育てたくないんじゃない?」

 

唯一の例外が『太陽系世界最強の魔法使い』の盟友にして英雄というのが、なんとも……。

 

そんなわけで無駄話をしながら校門の方まで向かうと何か一悶着あるようだ。司波達也と司波深雪とE組の同級生たち―――そしてA組の連中とが押し問答している様子だった。

 

「アララ……ミユキってば大人気ネ」

 

「面倒だ。スルーして出るぞ」

 

といきたかったのだが……。

 

「アンジェリーナさん! アナタまで2科生と一緒になって!!」

 

「1科生としての誇りを掲げてほしい!!」

 

「―――ワタシは浦島ケイタと帰るダケよ。それの何が悪いってのよ?」

 

眼が険しくなる。ヤバい。リーナは切れる寸前だ。

 

こちらに注目が集まる。既に『飛ばしている』からいいが……。彼女は―――。

 

(いざとなれば……)

 

泥をかぶるのは俺がやるだけだ。

 

「僕たち優秀生は、これからの魔法科高校をリードしていくんだ! その為にも、今から課外活動をしなければならない!!!」

 

「2科生! ウィード如きがアンジェリーナさんや司波さんのそばにいるなんて許されないんだよ!!!」

 

集団の劣悪さ。下劣さを覚えさせる言動と蔑称が出た。

 

本来ならば、ここでキレるのは―――『柴田美月』という少女であったのだが……。

『世界』は変わっているのだから、事態は少々変わる。

 

「ソウ―――だったらば、ワタシは除外してもよさそうネ。ワタシはそんな考えには同意(consent)しないワ。ワタシは―――そういう風(・・・・・)なアンタたちを叩きのめす為にニホンに来たのヨ」

 

冷たい一言が響き渡った後に、全員が寒気を覚えた。

 

次の瞬間、彼女は噴火した。

 

「ワタシの祖父(グランパ)クドウ・ケンは、そういった風な『排他的な考え』のモト、当時の政府及び魔法師たちの同意で合衆国に追放された!!!

その理由はただ一つ(ONLY ONE)! 魔法師たちに、多様な教育(ダイバーシティ)を施すべき!! その考え・思想を持った。ソレだけの理由で、ワタシのグランパは故郷(ホーム)から追い出されたんだ!!!」

 

沈黙。決して全てを知らなかったわけではない。

だが多くの人間は、彼女のような米国人に何故クドウの姓があるのかということを、真面目に考えていなかった。

 

慟哭の声は響く。

 

「他とチガウから! 自分とはチガウから!! オナジじゃないから!! それだけの理由で『同じニンゲン』を区別しているアンタたちは、ワタシのグランパを追い出した連中とオンナジよ!!!

ソシテ、今度は入試点数の違いダケで、区別どころか『差別』しているアンタたちナンカ認められない!!!」

 

沈痛な表情をしているA組女子陣。それだけでなくE組の連中も、少しばかり悲しい表情をしている。例外は―――

 

(司波達也……)

 

そんな観察をしてから、リーナのセリフを聞く。

 

「コンドはワタシのグランパだけでなく!!! この学校にいる自分たちとチガウものを『外』(アウト)に追い出すのか!? ナンバーズだろうがエレメンツだろうが知ったこっちゃないワヨ!! ワタシのグランパをパブリック・エネミー(公共の敵)だとするように、ワタシのケイタも、そうだと区別・差別するならば、ワタシもソレになるだけよ!!」

 

沈黙。それだけだった。

 

もはや涙を流しながら語るリーナを見ていられず、啓太は後ろから抱きつくことで抑える。『浦島の魔力』……それで、彼女の悋気を抑えるのだ。

 

「―――落ち着けアンジェリーナ。君の想いは理解している。君が……お前が健じいちゃんの為に涙を流せる子だってことはさ―――だからと無闇に怒るな。俺が昼間言ったことを思い出してくれ」

 

「ダ、ダッテェ……!! ―――」

 

こうなることは理解していたのだ。

彼女は、国を追放されても自分の考えを曲げなかった『九島 健』の孫なのだから。

頑固で、それでも貫き通す意志を持っている――――――。

 

「さっ、帰ろう」

 

「ウン……」

 

振り向き自分の胸中で泣いていたリーナを頭を撫でてから促す形で、この場を離脱しようとした時。

 

このまま見逃すならば、何もしなかったのだが―――世の中には存外『バカ』が多いようだ。

 

「魔法能力に自信が無いからと、女を誑し込むことだけは一級品のようだな」

 

「「「「―――――」」」」

 

A組の人間たちですら、感じ入りながらそれを見送ろうとした時に、非常に下劣な発言が―――森崎という男子から放たれて誰もが唖然とする。

 

「お、おい! 森崎!!!」

 

「選ばれた人間だからこそ、やらなければならないことがある!! アンジェリーナさんの祖父に起こったことは、時代が求めたことだ!! ならば、これから僕たちブルームでそれを変えていけばいい!! そこに劣った人間を入れていくから、何も変わらないんだ!!!」

 

その言葉にリーナがキレる前に―――啓太がキレた。

 

瞬間―――啓太の中で『渦巻く魔力』が発露した。一瞬ではあるが、それを感知したものが校舎内に居たことで事態が動く。

 

だが、それとは関係なく―――もはや啓太は、この男が許せなかった。このような愚物に九島健の生き様を、そのように評されるなど許せなかった。

 

「―――だったらば、その御大層で優秀な能力とやらを、一手、俺にご指南いただこうじゃないか。ケン爺ちゃんを外国に追い出してまで、お前らナンバーズが続けてきたその下劣な選民とやらのチカラをよ!!」

 

制服のズボンポケットに『拳』を入れながら、森崎なる男に正面から言ってのけた。

その言葉にあちらもキレたのか、横にあるホルスターに手を入れながら―――。

 

「だったら教えてやる!―――これが―――」

 

言いながら向けられた銃型CAD。特化型の速さが啓太に向けられ。

 

「才能の―――」

 

構築される魔法式。そして―――。

 

「差だぁっぷぁあああ!!!」

 

言葉を最後まで言えずに、奇声をあげて吹き飛ばされる森崎の姿であった。

 

 

 

 



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stage.5『変わる結末』

ちょっとヒトによってはお下品なネタがございまーす(爆)


 

その光景に、全員が驚愕する。

 

仰け反り、何度か硬い路面に後頭部をぶつけた森崎。受け身を取ることすら許されず、その硬さを味わうことになるのだが。

 

擦り傷・切り傷だらけの身体を起こそうとしながらも現象の不可解さに、混乱するのみーーー。

 

「な、なにが……!!」

 

「俺だったら疑問を口にする前にもう一度試すね―――俺が動く前に、だ」

 

その言葉が挑発だと気付いた森崎は、痛みをこらえて立ち上がりながら、赤くなった顔のまま、もう一度銃口を向けようとしたが。

 

「まぁ真正面に立つバカはいないな」

 

「ぶごぉっ!!!!」

 

膝立ちになった瞬間、一科生の集団に割るように『出現』した啓太は、横合いから『衝撃』を食らわせる。

 

人間がどれだけやっても鍛えられない『内臓』を撓ませる一撃。俗にリバーブローと呼ばれるものが、その威力以上に森崎を今度は横っ飛びにふっ飛ばした。

 

人間が水切りの石のように吹っ飛ぶ現実を見せられる度に、誰もが唖然とする。

 

「―――お兄様……」

「――――――」

 

不安げな顔で達也を見る深雪を認識したが、何も言えない。何も分からないのだ。

 

(眼で見たが、何も分からん……精々、サイオンではない何かのチカラが『循環』しているのは分かるが―――)

 

肝心の森崎をふっ飛ばしている『原理』が分からない。

 

浦島はポケットに手を突っ込んだまま何かをしている。

これが、ふっ飛ばされている森崎の家の家伝『ドロウレス』であるならば、とんでもない皮肉ではあるが。

 

(浦島のポケットにはCADの類が無い!)

 

それがどういう事実か―――皆目見当がつかないのだ。

 

しかも、それでいながら自己加速魔法なのか、それとも移動魔法なのか、ともかく分からんが……。

 

「ぶ、分身の術でしょうか?……」

 

深雪の言う通り、先程から眼を離すと浦島の姿が見えなくなる。その後には全くもって別の場所に出現しているのだ。

 

まるで幾つもの浦島啓太が次から次へと現れる。

 

移動魔法や自己加速魔法をぶっ千切った超々高速移動―――としか言えないもので、何とかターゲッティングしようとする森崎をあざ笑う。

その度に、出現した方向から細かな『圧』が何十発も放たれて森崎を痛めつける。

もはや、森崎は何も出来ない。両方の目蓋は腫れ上がり、目視することすら困難になっていく。嬲り殺しも同然だが―――このような結果を誰が予想出来ただろうか。

 

(浦島啓太……一体……!!)

 

「うっしゃー!! ソコだーー!! えーい面倒だ! この辺でノックアウトだい♪」

 

(―――ドラマーなんだろうか?)

 

何者なんだ? と言うセリフを、シールズの囃し立ての言葉で変換されてしまった達也だが、事態の大きさに変化が現れる。

 

これだけの騒ぎ。当然、駆けつけるべき者が出てくるわけで―――。

 

その前に、この騒ぎを『閃光魔法』で止めようとしたのか、A組女子がCADを読み込んだ所に―――サイオン弾が直撃。

 

とんでもない精度を見せたそれの後には、次弾であるドライアイスの弾丸が作られて、散弾撃ちをしていた浦島に放たれようとして―――放たれた瞬間。

 

浦島は位置を変えて、四方から迫るドライアイス弾の交錯地点、即ち数秒前まで浦島がいた位置に森崎を押し出した。

 

「あっ!!」

 

「まっ、まっt―――」

 

放たれたドライアイス弾丸は、放たれる前ならば何とかコントロールを出来たが、放たれた後ではただの物理現象にさらされるのみ。

 

慣性の法則を消費しようと動き出し、真由美が焦った瞬間

―――。

 

「魔法の射手 連弾・氷の2矢!」

 

横合いから響く言葉。厳然たる命令により、氷の矢は連刺しの形でドライアイス弾4つを砕いていた。

 

「何で、自分の反応速度よりも速い相手に弾を当てられると思えるんだ?」

 

「う、うぐっ……す、すみません」

 

ノロマが、と言われた気分の真由美が金髪女教師に謝る。

 

そんな真由美とは別に―――。

 

「風紀委員長の渡辺摩利だ。君たち1年A組とE組の生徒だな。事情を聞く―――当然、起動式は展開済みです。抵抗すれば即座に発動します」

 

睨みつけるような渡辺摩利とかいう女子の言葉に誰もが萎縮する。青ざめる。あくびをする。ためいきを突く――――若干名、違う態度をする人間もいたが……。

 

「啓太! 何をやってる―――うわぁ! 大怪我人!!」

 

雪姫に連れてこられたらしき懐かしい顔。彼はどうやら1科らしく、紋が着いた制服を着ていた。

 

そして倒れている相手を見て驚愕している様子だ。

 

「おや懐かしい顔一人、面倒だから幹比古。アデアット(来たれ)―――『扇』を貸してやっからそいつの回復頼む」

 

当たり前のごとく啓太に回復手段はあったわけで、面倒だから知り合いに任せてしまうのだった。

 

「わ、分かった! コノカ様の魔力かぁ……貴重な体験だぁ……」

 

啓太の渡した扇を手に回復を仕掛ける幹比古。それを見てから、向き直った気の強そうな先輩女子は、険相を浮かべてこちらを見てくる。

 

「――――――随分と舐められたものだな私も」

 

「抵抗はしちゃいません。ただ単に、そこにいる怪我人の救護のための道具を渡しただけです」

 

「………物は言いようだな。そもそも―――何が発端だったんだ?」

 

そうこれだけの怪我人を出して、下手人たる人間は―――。

 

(そもそも、やったのは浦島なのか?)

 

そういう疑問が出てくる。あれだけの圧で、何度も森崎をサッカーボールのように叩きまくったアレの原理は、何も分かっていない。

 

超高速で移動し続けた手際は褒めるが……。

 

答えを知っているのは―――数名いるが、簡単に口を割るまい。そうしていると。

 

『みゅう♪』

 

やぁ! とでも言わんばかりに……カメが、達也の目の前で浮遊して、ヒレで挨拶してきた。

 

大きさはまだまだ小さい方だが、それでも―――空飛ぶカメという不可解すぎる存在の甲羅には何かが括り付けられており――――。

 

興味に駆られて、その『映像再生機器』らしきものの『再生』ボタンを押した。

 

 

『ですから何度も申し上げている通り―――わたしはお兄様と帰る予定なんです』

 

投影された映像が……事の発端から結末までを克明に記録していたのだった。

 

十分後………。

 

「なるほど、事情は分かった。しかし……」

 

全てを見終わったあとに渡辺摩利は、不実を暴露されて意気消沈するA組を無視して―――。

 

「ケイタ、今日の晩ごはんはナニにする?」

「まだ買い物にも行けてないのに考えられないよ」

 

……『主犯』とも言える2人に眼をやった。見ただけならば、この内の浦島啓太こそが下手人だが……。

 

(ナニをやったのかが分からない……!)

 

CADを相手に向けずに魔法を発動する方法というのは無くはない。ぶっ飛ばされた森崎の家が開発したドロウレスというものだが、これの場合は単純な魔法が殆どであり、これほどの大威力の術を抜かずに放つなど―――。

 

「そこの金髪と話す一年男子―――浦島とか言ったか」

 

「いいえ、田中です」

 

「それはもういいわよ! 天丼か!?」

 

真由美が思わずツッコミを入れるほどに、使い古された一手である。だが……。

 

「―――君がこれだけのことをやったのか?」

 

「しがない雑草だとナメた報いです。もっと言ってしまえば、俺も知らないわけじゃないご老人のことを悪し様に言われて、むかっ腹が立ったわけですね」

 

「………義憤に駆られたからと、このような暴力沙汰を許していいわけがない―――しかし……」

 

何をしたかが分からない。サイキックでもないし、見えぬ暗号化された魔法式でもない。

立証責任がこちらにある以上―――森崎は、誰から放たれたか分からぬ原理の不明な圧でふっ飛ばされただけということになる。

 

「―――そのポケットの中、見せてくれる?」

 

先程からズボンポケットの中に手を突っ込んでいる状態に容疑を向けた。真由美の言葉で手を出して、ポケットの内側を引き上げる浦島。

 

何も握り込んでいない手のひらを見せて『タネも仕掛けもありません』という態度が、余計に何かを隠しているということになったわけで―――。

 

「ならば、そのポッケに実際に手を入れさせてもらう!!!」

 

「私が右!! 摩利が左!!!」

 

「―――」

 

避けようと思えば避けられただろうが、何かに怪訝な顔をした浦島の目線は―――雪姫先生に向けられていた。

 

「―――」

 

だが、注目は浦島のポケットを後ろからまさぐる美少女2人に注がれる。

彼女たちとしては危険性高すぎるCADなり、なにかしかの魔法具を探ろうとしていたのだろうが、どこまで手をやっても『何も見つからない』のだ。

 

「ちょ、ちょいと!! 先輩方!!!」

 

流石に接触が多くなっていったことで浦島も焦ってくる。ズボンのポケットを破かんばかりに、深く手を差し込もうとする度に、目に見えて強調されている胸が、あちこちに当たっていく。

 

制服越しとはいえ、その柔らかさを味わって美味しい思いをしている浦島に対して―――。

 

―――なんで、アイツだけ!

 

達也を除く周囲の男子一同の心が、同調した瞬間であった。

 

だが、こんな状況でも一向に動かない浦島に対して、達也は怪訝な思いで―――。

 

(何かが浦島の足を拘束している?)

 

そんなものが見えた瞬間、遂に―――。

 

開かずの金庫を開けた鍵師のごとき声が響く。

 

「見つけたぞ!! この太くて―――」

 

「長い棒のようなものが、森岡君を叩きのめしたもの―――……アレ?」

 

詳細を語る女子の先輩2人の声が途中で戸惑う。さりげに加害者(未遂)にして被害者(重傷)の名前を間違えているのだが……。

 

「あんたら……何処触ってるんだよ……」

 

その羞恥心からの言葉と、自分たちが得物として見ている位置で何となく気付く。浦島啓太から見下ろされる摩利と真由美の顔。

 

こ、これはまさか!!!

 

「「きゃああああ―――ぎにゃあああ!!!!!」」

 

大変失礼かもしれないが、風紀委員長の方は凛然とした様子とは真逆の少女らしい悲鳴にギャップ萌えの真髄を見る。

 

「いててて!! チカラ強く握ろうとするな!!」

 

「ワタシのケイタの『カメ』になんてことすんのよ!!」

 

さっさと離せばいいのに、いつまでもポケットの内側に手を突っ込んでいる女子先輩2人(顔真っ赤)は、アンジェリーナの言葉でようやく、ポケットから手を出す。

 

……何だかちょっと名残惜しそうな手つきがひどく淫靡だと達也は想ったが、あえて言わない。

 

そんな先輩2人に一瞥もやらずに浦島は、雪姫先生にだけ眼を向けている。

 

「エヴ……雪姫! いい加減離せよ!!」

 

「んー? 私は何もしとらんぞ? 美少女の先輩2人に、イイコトされて良い気分だろう?」

 

戯けた返答をした雪姫先生に対して、ふざけんな! と言わんばかりの表情で、ようやく動かせた手で膝を叩いた浦島。

 

(雪姫先生の拘束術を足に食らって動けなかったのか?)

 

 

「しかし、何の躊躇もなく『ポジションチェンジ』を頻繁にする男子のポケットに手をやるとは、お前らそれでも女子か?」

 

その言葉にガツンと殴られた気分の委員長と会長だが―――。

 

「あ、いや……その―――う、浦島という名に相応しい立派なカ、カメでした!」

 

雪姫先生は、誰が感想を言えと言ったという顔だが、真っ赤な顔で声を上ずらせながら委員長が言った瞬間、アンジェリーナと深雪を除く周囲の女子一同が、顔を紅潮させながらも浦島の『下半身』に注目した。

美月など眼鏡を外して、裸眼で見ているのだから―――。

 

(なんだこのエロい空気は……)

 

こういうのに『乗れない』自分が、少しだけイヤになりながらも―――。雪姫先生は仲裁をはかった。

 

「まぁこれで収めとけ。三方一両損というわけではないが、全員がそれなりに『損』して、分けとなっただろう」

 

不満というほどではないが、何というか色々な意味で終わってしまった感はある。

 

「A組の面子―――お前たちの意識が高いのは分かったがな、お前たちの言い様は、お前たちを『どうにでもしたい』反魔法師団体の言い分と変わらんよ。彼らが日常という公共を脅かされないために、お前たちに『反抗できない首輪』を着けたがっているのと同じく、お前さん方は、自分たちが信奉する公共の利益とやらの為に、司波深雪とアンジェリーナの自由を奪おうとしたんだ」

 

雪姫先生の言葉、それに明確な反論は出てこない。

 

だがソレ以上に―――雪姫先生の言葉には実感が込められていた。もしかしたらば、この人も石を投げつけて、集団でリンチしようとする輩に追われたのかもしれない。

 

「そして啓太―――アンジェリーナとケンの為に拳を向けたことは理解するが……『居合い拳』によるタコ殴りはやりすぎだ。おまけに『連続瞬動』による移動など見せ過ぎだ―――『タケミチ』は、こんなことの為にお前に『無音の拳』を教えたんじゃないんだぞ」

 

「―――はい」

 

「まぁ風紀委員長と生徒会長によるセクハラで、お前も制裁は受けただろうしな―――そして……森崎瞬」

 

「は、はい……」

 

いつの間にか、五体満足に回復していた森崎が縮こまりながら、雪姫の言葉に応じた。

 

「お前がどれだけ魔法師の界隈に詳しかろうと、ここ(・・)に来るまでの歴史は、お前のような浅薄な若造にたやすく述べられるほど浅いものではない―――貴様が魔法師として誇り高かろうが、その歴史を体感してきたわけではあるまい。先人の思惑を勝手に解釈するな」

 

ならば、アナタはどれだけ知っているんだ? という言葉は出ない。なぜだか分からないが、それは重みを感じるのだった。

 

呪文(ことば)を唱えずに魔法を使う、現代魔法師にとって呪いのように、雪姫先生の言葉は重みを伴う。

 

「ちなみに言えば―――現在の魔法師たちの頂点制度、ナンバーズを作り上げた九島烈こそが、積極的に「実弟」を追い出すように画策していた人間だよ」

 

―――その言葉に一部を除き、誰もが心臓を掴まれた。

 

「―――血を分けた実の弟すら、権力の奪取のために国外に追い出す人間が作り上げた『生臭い制度』の下で、『選ばれた人間』などと誇っているような連中に、果たしてそのような『変革』が出来るか―――私は甚だ疑問だな」

 

最後の笑みを浮かべながら放たれた言葉は、現行の制度下で生きている魔法師たちにとって最大級の皮肉であった。

 

その皮肉を最後に校舎に去っていく雪姫先生の背中はどことなくさみしげなものに見えた……。

 

「―――雪姫先生にまとめられてしまいましたが、生徒会の沙汰は同じく、今回の件は一応不問とします。先に手を出した方が悪いですが、それを元に過剰な暴力行為もまた遺恨を残します……その事を覚えておいてください」

 

とことんまで恐縮する森崎を見てから、『肩が凝った』とばかりに腕を回す浦島を見た七草会長は、そのあとに解散を指示するのだった。

 

 



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stage.6『帰路への道すがら』

 

上役の退場を全て見届けてから、行動に移る。とりあえず啓太としては――――――

 

「―――幹比古、『オウギ』」

 

―――装備の回収をするのであった。

 

「も、もうちょっとだけ持たせてもらえないかな?」

 

「ダメだとは言いづらいが、まぁとにかく今は帰るようだから」

 

その言葉に、ため息交じりに扇を渡す幹比古に対して、反応するものが一人。

 

「ちょっとミキ! アンタ浦島くんと知り合いだったの!?」

 

「エリカ―――まぁ経緯は話しづらいんだけど、ちょっとあってね……」

 

赤毛の女子、千葉が知り合いらしく幹比古に詰め寄った。その一瞬を利用して『アベアット』と唱えることでカードを懐に収めた。

 

積極的に見せびらかしたいものでもないので、そうしたのだが……。

 

「そのカード、何かの魔法道具なんですか?」

 

そんな風な疑問を呈されてしまったので、誤魔化すために先ほどのことを利用する。

 

「背後に立たないでくれ。また俺のカメが握りつぶされるかもしれないという恐怖は味わいたくない」

 

「そ、そういうつもりじゃなかったんですけど! け、けど立派なんですよね!」

 

胸部が、たいそうご立派な少女が、自分の秘密を見ていたので、そういう言葉で誤魔化すことにした。先程のセクハラを想起させることで、眼鏡の向こうの顔を赤くさせるのだった。

 

最後の言葉は……気が動転しているのだろうと解釈する。

 

そうしてから、先程から押し黙ったまま睨む男に声をかける。森崎某だ。

 

「――――――」

 

「ヒトを睨んだ所でお前に呪殺が出来るわけじゃねぇだろ。言いたいことがあるなら言えよ」

 

「……何であれだけのことが出来て―――お前みたいな2科生がいるわけが……ワケが分からない……!!」

 

支離滅裂な言動をする森崎某だが、メンドクサクも少し脅しつけることにする。

 

「ラベルがレベルだと思っているような人間には受け容れづらい現実だろうが、受け止めろ。世の中には、『そういった風な人間』がいるんだよ」

 

魔法師は世界の闇を知らない。

世界の汚さを知らない。

世界の深淵(ふかさ)を知らない。

 

怪物を倒すために怪物になった者達は多い。。

 

それだけなのだ。それだけが魔法の世界の道理なのである。

 

「ッ……!」

 

そういう『何か』を悟ったのか、少しだけ後ずさりつつも、こちらを睨む森崎に最後の忠告をしておくのであった。

 

「まぁとにかくあんまりイキるなよ。俺のような敬老精神溢れる青少年だっているんだからさ。他人が心に敷いている地雷を踏み抜いて、お陀仏にはなりたくあるまい」

 

「―――……浦島啓太……僕はお前を認めない。お前みたいに、チカラがありながら責任も義務も持たないやつに、司波さんもシールズさんも、側にいさせるわけにはいかないんだ!」

 

その言葉を捨て台詞にして学校から去っていく森崎、それに追随していく連中は多く、殆どが不実を晒されて困惑したものたちだ。

 

そいつらが去ってから呟く。

 

「別に俺は総合主席サマのことはどーでもいいんだけど」

 

「随分と冷たいことを仰るんですね」

 

「事実だし」

 

不満げな表情と声を言う本人こそ、冷たい印象をもたせる女である。

 

「ケイタ、帰ろっ(GO HOME)!」

「そうするか」

 

久々に使った拳の奥義、見えぬ拳を叩きつけるそれは―――。

 

「ちょっと待ってくれ浦島」

 

―――やはり耳目を集めてしまうのだった。

 

「待たない」

 

理論主席サマに素気なく返すも、どうやらこいつは粘着質なようである。

 

「聞きたいことがあるから一緒に帰りたいんだが」

 

「俺は聞かせたくないから、ぶっ!!!」

 

「ケイタッ!? アララ……まだマスターの糸が括られていたのネ」

 

つれない態度をする啓太が、いきなりつんのめった理由。

それは余人には見きれない『細い魔力糸』によるある種の制裁であった。

 

糸から伝わる意図(掛詞)。それ即ち―――。

 

「いいだろう。俺は別段、君みたいな自慢しいじゃないから嫌だけど、仲裁をしてくれた雪姫に免じて教えてやるよ」

 

「別に俺だって、そこまで自慢屋根性を出していたわけじゃないと思うが……」

 

にじみ出る何かがあったに違いないと、そばにいる深雪は、そう思った。ともあれ―――。

 

そうして帰ろうとした矢先に―――。

 

「あのっ!!」

 

A組の少女2人―――光井ほのかと北山雫がアンジェリーナと司波深雪に謝罪をしつつ、帰路を同行したいと申し出るのだった。

 

 

 

居合斬りという剣の極意がある。それは鞘に納刀した状態でも、一息一足で相手を叩き切る技法とも、はたまた鞘を一種の『線路』として、抜刀の『加速』を行う最速斬撃とも言われる。

 

どちらも眉唾ではあるし、剣の達人・玄人が匕首に手を伸ばした時点で、意―――気を呑むとでもいえばいいのか、そういったこと『停滞』した感覚だから早く感じるとも言える。

 

何はともあれ―――居合い斬りというのは、最速の斬撃ということであろう。

 

「その原理を活かして、ポケットを鞘代わりに、パンチを繰り出しているのさ」

 

射程距離およそ10m程度のパンチという言葉に、一部を除いてどう反応したら良いのか分からない。

 

「……実に驚きだな。それが居合拳、無音拳の正体か」

 

理解が及び、分かったものは、果たしてそれが「MAX」のスペックなのかどうかを恐ろしく考えるのだ。

 

「打ち出しているのは『サイオン』でもなければ魔力でもない。『拳圧』だ。物理障壁を何重にでも張ってれば、なんぼかは耐えられたんだがな」

 

「森崎も、まさか肉体強化しただけの拳の圧で倒れ伏すとは思っていなかったんだろうな……」

 

簡単に言っているが、さも当然のことかのように浦島啓太は言うが―――こんなものを初見で察知しろというのが、無理筋である。

 

達也が考えるに、これと相対するならば一も二もなく、浦島本人を『消去』するしかない。拳圧なんてあやふやなものを消し飛ばすなど無理だ。

 

魔力の風であれば『解体』も出来る。

物理的な爆風であれば、熱波などを『消去』することも出来る。

 

だが、見えぬ拳からの圧なんてものは無理すぎる。しかも、あの自己加速魔法や達也の体術以上の速度で動く『しゅっくち!』とか言うふざけた歩法と併用されたらば……。

 

「何をむつかしい顔してんだ?」

 

こちらの深い思考の末の苦い顔を見られてしまうのだった。

 

「いや、お前の無音拳を真似できないかと思ってな」

 

「似たようなことならば君も出来そうだけどな。相手から離れた位置で、『猛打の舞』『豪打の舞』とでも呼ぶべきものを披露して、その物理的衝撃を与えることが」

 

ウソを着いた瞬間、返された言葉に反応する。

 

腕組みしながら眼を閉じて―――頬をぴくぴくさせながら―――否定することは自分のレゾン・デートルを脅かすことになりそうなので、必死に取り繕いながら……。

 

「それは―――開発会社の技術力の限界だ……」

 

開発会社の技術力ってなにさ。そんな視線が全方向から達也に注がれるのだった。

 

「で、疑問は解消されたか?」

 

「ああ……だが、何というか―――お前、本当にウソつきだな。どの口で、ヒトに誇れる能がないとか言っていたんだ。とんでもないウソだ」

 

「はいはい。申し訳ないね。ただ入試結果は特筆すべきものじゃなかったんだし、あの時点じゃ俺の能力が魔法科高校で通用するとも思えてなかったんだよ」

 

この飄々とした態度が、どうにも達也は苦手だ。柳のように、こちらの追求を受け流して、自分のことなど『どうでもいいと思っている』。

 

そういう自分を大事にしない態度が嫌だ。何故ならば、達也は深雪を絶対に守るという『命題』に対して、忠実に命を賭けることも当たり前に出来るが……。

 

浦島の態度を見ていると、『お前は自分が可愛いだけだ』『俗物だ』と突きつけられている気分なのだ。本当の意味で、自己のことなどどうでもいいと思って投げ捨てられる男を見て―――達也は……。

 

「お兄様、今夜にでも私のCADを調整してください」

 

愛妹の割り込んだ言葉で、陰々滅々とした思考は消え去り―――。

 

その後に、多くの自分を持ち上げる声でーーー卑しくも持ち直すのであった。

 

 

駅に到着し、それぞれのコミューターで家に帰ると、それぞれの帰宅風景になるのだった。

 

「ケイタ、今夜の晩ごはんは何にしよっか?」

 

「何かリクエストあるなら言ってくれ、出来るだけ善処するから」

 

「ンー、じゃあ串カツなど串揚げ(クシフライ)とかいいかな」

 

言われて、シシトウなど辛いもの除いて、食材はあったかなと思いながら冷蔵庫を開けて食材仕入れに向かうことが決定しつつ―――。

 

その背中に抱きつくものがいる。

 

「アリガトウ……」

 

「大げさだよ。俺にとってもケンじいちゃんは尊敬すべきヒトで……もう一度ぐらいは、日本の大地を踏ませたいからな」

 

はやくしないと……お迎えが来そうで恐いのだ。本人は、アンジェリーナが結婚して曾孫を見せるまで生きてみせると言っているのだが……。

 

「ソレでも―――ワタシは嬉しかったのよ……」

 

「―――A組で何かあれば言えよ」

 

「ウン……アリガトウ」

 

そんな短いやり取りの後にスーパーに向かうことになる。明日の昼食は『弁当』だなということを考慮しての買い物風景は―――学生カップルというよりも新婚夫婦に見えたことはご愛嬌である。

 

 

 

 

予想外・予定外・想定外―――色々と表現出来る言葉はあるが、ともあれ―――。

 

「昼は生徒会室に来てほしいそうだ」

 

「来てほしいというのならば、行かなくてもいいわけだな」

 

お気に入りの『まっくん』のメドレーを妨害してきた司波達也にそう返しながら、要件を考える。

 

「……どうやらシールズさんも同じような返答を深雪にしたようだな」

 

以心伝心か? という目に『知らない』とだけ言っておく。だが要件は分かったような分からないような。

 

そんな気がしていると……。

 

「お上からの正式なお達しなんだ。たまには素直に従っておけ―――お前にしか出来ないことを任されるかもしれないんだぞ?」

 

雪姫先生が、机に突っ伏していた浦島に何かを渡す。どうやら件の生徒会長からの通達らしい。

 

「わかったよ」

 

教師を介しての説得工作に、そんなことを言っていた達也は、俺の説得は意味なかったじゃないかと想うのであった。

 

時刻はそろそろ正午ごろ―――昨日は色々あった昼食時間は、生徒会室にてとなるのであった。

 



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stage.7『思惑だらけの昼食』

 

 

昼休み……指定されたとおりに、生徒会室に赴くと、そこには。

 

(十文字さんはいないのか)

 

男子の役員がいないことに少しだけ驚きつつも、招かれたことに礼をしたあとは、自己紹介となる。

 

既知・未知であれ一通り、生徒会室にいる面子に自己紹介されて、その後に昼食を取っっていく。

 

なかでも『弁当組』は、その色とりどりのソレに少しだけ話に花が咲いたりしたのだが……。

 

「さくらでんぶでオムライスとは……凝ったものを……」

 

「ケイタの得意メニューでワタシの好物ですので」

 

「へー……ん? ううん? ……シールズ後輩の弁当も作っているのか? 浦島君」

 

「ええ、一人分も二人分も変わらないので」

 

質問に返された答えは、微妙に予想していたものとは違っていた。だが、あれこれ追求するのもどうだと想うので、摩利はそれをスルーすることにしたのだった。

 

生徒会室での食事を終えると間を読んで、今日ここに司波兄妹と啓太、アンジェリーナを呼んだ理由を教えてくれた。

 

もっとも司波達也と浦島啓太は、「おまけ」みたいなものだが……。

 

「ウーン……どうしよっか?」

 

生徒会役員に就いてほしいという会長の言葉に考えるアンジェリーナ。

だが啓太へと、あえて意見を請われたので、一つの疑問を呈しておくことに、傍から聞いていて思ったことは……。

 

「何で今年は主席だけでなく次席まで取ろうと思ったんですか?」

 

「シールズ……いえ、アンジェリーナさんと深雪さんの成績―――特に実技は遜色ないものでして、生徒会としては2人を鍛えることで、来年以降の礎としたいのです」

 

理由としては、一応は納得出来るものだが……。アンジェリーナは、その言葉の裏を読んだ。

 

その意図は、どちらかといえば「客寄せパンダ」的な、我が家の懐かしいメモリーにあった『浪人生アイドル』を思い出した(イメージした)らしく―――。

 

「ソーリー、申し訳ないですがワタシは辞退させてもらいます……ミス・司波が主席であることは事実ですから、オマケではないんでしょうけれど、それでも選ばれるべき人間は一人(only one)―――という所は、譲らない方がイイですよ。大統領制も同然なんですよネ。この生徒会は」

 

慣例破りは、良くない。それは分断に繋がるという『もっともらしい意見』を述べられた会長は―――。

 

「それは……本当なの? もしかして貴方のお祖父様の関係で……私が……数字持ちがいる生徒会に所属したくないとか……そういうのではないの?」

 

昨日の放課後の出来事に絡めて、そんな疑念が不安げに出てくるのは当然だった。

 

「そうじゃないですから、ソレにワタシも入ると、ミス・ナカジョウの負担が増えちゃうのは、チョット……心苦しいですネ」

 

首を振って違うということを言葉でも示したアンジェリーナ。

 

「あうっ……えーと……」

 

言われた生徒会書記たる中条あずさが、先程から少し不安げにしていたのは見て分かる通り。しかし、だからと後輩に気遣われたことで、少しプライドが傷ついたのもあったりする。

 

「でしたらば兄を―――」

 

そのタイミングを見計らって、司波深雪はデスクワークが得意な兄。

理論テスト主席たる司波達也ならば、生徒会の役に立つ。あずさの負担にもならない。

アンジェリーナの代わりに入れてくださいと売り込みをかけるのだが……。

 

「申し訳ありませんが、当校では2科生が生徒会役員などの役職に就くことは規定で不可能です……昨日の校門前でのやり取りからしても―――少々にべもない規則ですけどね……」

 

生徒会会計・市原鈴音がそんな風に申し訳なさげに言うのであった。

 

「すみません。そろそろ次の授業のために準備があるので、退室させてもらいます」

 

どうやら、啓太には特に話は無さそうなので、退室させてもらおうと立ち上がった。市原の言葉が途切れたタイミングでの見事な間の入り方―――というのは、啓太の思い違いだったようだ。

 

「待て浦島―――お前にも話がある」

 

「もしかして……退学ですか!?」

 

「全然違うが、なんでそんなに嬉しそうなんだ……! 嬉しそうに言うなっ」

 

引き止めた摩利に対して、そんな風になった啓太だが、返されて少しだけションボリする。

 

ちなみにその間、アンジェリーナのローキックが何発も啓太の足にヒットしていたのだが。

 

「浦島……君には風紀委員として所属してもらいたい」

 

「それならば俺よりも適任がいますよ」

 

「ほう誰かね?」

 

「となりにいる司波達也くんです」

 

何というか責任逃れではないが、職務の押し付け合いのような様相になっている現在の室内に、少しだけ中条あずさは『イラつき』ながらも、話の推移を見守る。

 

啓太の言葉に疑わしい目をする風紀委員長の渡辺ではあるが、彼には風紀委員として相応しいスキルを持っていますと言ってから『セールス』を掛ける。

 

「―――成程、本当なのか? 帰り際にあの光井とかいう子に『名前』からカマ掛けただけかもしれないじゃないか」

 

セールスポイントを語ると興味を覚えつつも虚言ではないかという疑い。深雪が少しムカつきつつも、話は進む。

 

「そういった風ではありませんでしたケドネ」

 

もうひとりの証人であるリーナの言葉で空手形ではなくなる。

 

司波達也には、『起動式』の段階で術式の種類を理解することが出来る『眼』があると言う。昨日の帰り際での話を覚えていただけに、スラスラと啓太は説明を続けた。

 

「私が撃ち抜いたアレが閃光魔法だったなんて―――ちょっと悪いことしちゃったかしら?」

 

「攻性魔法であるという疑念は持っていて当然でしょ……浦島が説明した通り、俺にはそういう眼はあります。しかし、会長のようにそれ(発動)を阻止するスキルがありません」

 

自分のことを話されていて、自分は何も話さないことを不実と思ったのか、ようやく話に参加する司波達也。

 

だが最後の言葉には物申す。

 

「不思議な踊りで大ダメージのタツヤザイルは違うのか?」

 

「ダマレ」

 

タツヤザイルという単語に一年以外が疑問符を浮かべるが、ここぞとばかりに啓太に続いて売り込みをかけるのは、実妹である深雪であった。

 

「ふぅむ。私としては、直に実力を見せてもらった浦島を採用したいんだがな……その前に、何でお前は風紀委員をやりたくないんだ」

 

深雪の熱あるトークに気圧されつつも、冷静に『実力』を見ていないからと『保留』する摩利は、啓太がやりたくない理由を問うてきた。

 

啓太としては自分を生贄にして上級モンスターたる司波達也を召喚したつもりだったが、まだ摩利は諦めていなかったようだ。

 

よって最後の禁じ手を切ることに―――。

 

「いや、まぁ……自分のカメを無遠慮に握ってきた相手の下で働くとか、ちょっと…」

 

そう言うと真っ赤になって咳き込む摩利、同じく咳払いをする会長が出来るのであった。

生徒会役員全て、ことの顛末は知っていたらしく真っ赤になったりする辺り、とんでもない話である。

 

「こほん……それは置いてください。というか即刻忘却してくれると嬉しいんですけどね」

 

「そうしますよ」

 

啓太が、平素な声で言ったことで2人が妙な気持ちになったようだが、とりあえず採用したい本当の理由が話される。

 

「雪姫先生から説明を受けたし、実践してもらったが、お前の居合拳、無音拳……あれは、究極の『闇討ち技術』だからな。正直、こんな危険な技を持っている人間は、監視するよりも手元に置いておきたいというのが実だ」

 

その説明になるほどと思うが、それならばポケットに手を入れるなという、一世紀ほどは昔の校則というより訓告よろしく啓蒙すればいいだけな気もするが……。

 

汎用型CADを携帯するに相応しい衣類のスペースはどちらかといえばポケットだけなのだから、そういうのは無理筋なのだった。

 

もっとも、そういう個人用の危険物は預けるのが通常なのだから―――なんとも言い切れない。

 

「まぁ納得できたような出来ないような」

 

「代理での達也君の採用云々ではなく、お前は手元に置いておきたいところだ」

 

悪罵ではないが、それでも悪意を向けられてあまりいい気分ではないが―――。

 

(約束の女の子―――それとの『縁』があるかもしれない……)

 

何となく魔法科高校にやって来たことで、少々……消極的すぎたかもしれないが―――それでも―――。

 

などと考えていた時に、他の人間が決意する。

 

「あの! 私は新人2人を教育するぐらいは大丈夫です!! これでも一年間は真由美さんのクソな無茶振りで鍛えられてきましたから!! だから―――お願いします!! アンジェリーナさん!! 生徒会に入って―――のちには私を助けてください!!」

 

中条あずさという小動物が、意を決して前のめりになりながらアンジェリーナに言った。ツインロールの髪が思わず揺れてしまうほどに、少しだけ驚いた様子。

 

だが、先程の言葉を発しただけに間が悪いと思いつつも……そこまで言われてはアンジェリーナも折れるしか無かった。

 

「……ワ、ワカリました。流石に軍隊に入ってほしいとか言う要望よりはマダいいでしょうから、デスクワークは覚えてみせます」

 

「軍隊?」

 

何気なく発した言葉に少し不穏なものがあったことからの疑問。アンジェリーナをフォローするために啓太は説明をする。

 

「USNAでは、基本的には『優秀な魔法師』というのは、軍に入隊させるという原則があるんです。魔法師のアンクルサム(兵隊募集)ってヤツでして、アンジェリーナもソレにスカウトされたんですよ」

 

啓太の発した証言に周囲は少しだけ驚いた。その理由は歴史にあった。

 

あの自由主義国家にして、マイノリティの人権にも気遣う合衆国が、チャイルドソルジャー(子ども兵士)を積極的に徴募していたということにである。

 

現に、ベトナム、アフガン、イラク……多くの戦争で彼らは、ゲリラとして放たれる彼らから痛い目を見てきたというのに、これなのだから少しだけ呆れる。

 

「アンジェリーナの場合はちょっと特殊でしたから。いっちゃ何ですが、日本の遺伝子解析による魔法師誕生というのは、まだまだプロテスタントの信者や政治団体が多い合衆国では忌避感がある話ですし」

 

「ダカラこそ、隔世遺伝のように魔法能力が高くなったワタシに目を着けて―――マァ、ソウだったんですけどネ」

 

「浦島君が何かしたの?」

 

七草会長の言い方は、ラブロマンス的なものを期待するようなものがあったが、どちらかといえば『家族愛』である。

 

「アンジェリーナの両親から連絡を受けた後には、家の方で動いて、あちこちの『伝手』を使って―――あとは、叔父さんが気合い入れて、その軍からの要求を突っぱねた形ですね」

 

「そう……いいお父さんね……」

 

そんな啓太の返答に少しだけ落ち込む会長。なんか複雑な家庭なんだろうかと思いつつも、ツッコまずに話をすすめる。

 

「まぁそういうことですよ。とはいえ、そんな優秀な魔法師なんてのは『造れない』、発掘されないから、あちらでは魔法師の教育制度が活発なんです。日本や欧州―――中華大陸ともちょっと違うかも」

 

それは、時代が求めた変化とも言える。実際、米国の魔法師教育プログラムというのは、ちょっとばかり変わっている。

しかし、入学時点では『低位の術技能』しかなくても、卒業時には『高位技能の保持者』に転化するだけの何か(・・)があるらしく、そういった意味では遺伝子分析からの高度技能の付与や、教条的な教育制度だけの日本は遅れているとも言える。

 

「それはやはり……九島 健の尽力もあってか?」

 

「まぁな。詳しいことはあまり言いたくないが『MIT』とかも関連していたりするんだな」

 

魔法分野のことと、高度電気電子工学の最先端が、どう組み合わさるのかは、いまいち質問を発した達也にも意味不明ではあったが、ともあれ―――そこで一端、話はお開きとなり。

 

「放課後、またここに来てくれないか? 入るか入らないかは……まぁその時に返事をくれ」

 

そんな風紀委員長の言葉が、生徒会室に響き―――昼休みは残り10分に迫っているのであった。

 

 

 

 



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stage.8『放課後の戦い』

「それじゃ浦島くんも、風紀委員にスカウトされたんですか?」

 

「監視の間違いな気もするけどね。まぁ何にせよ目を付けられたわけだ」

 

台車を動かすという魔法実技の練習。基本的にこういう風な『四角四角』の術式というのは間尺に合わない気がするのだが、現代魔法においてはこれが金科玉条の如く信奉されているのだから、一応はその方式に従う。

 

しかし、気分は一昔前の『自動車教習所の教官』に、アレコレと細かなことを注意されている気分だ。

 

無論、そうしなければいけないことがあるのも分かるが、その手順が違うことまで、アレコレと綾を付けられている気分になりながらも、とりあえずやって退けた。

 

(よくこんな窮屈な方法論編み出せるもんだよ)

 

それを達者に出来る『親戚』(アンジェリーナ)は、まぁそっちの感覚にも長けているのだろう。

 

ちょっと悔しいと想いながらも、とりあえず終えて談笑していた柴田美月に譲る。

 

「―――随分と速いんだな」

 

そのタイミングを見計らって、一人の男が話しかけてきた。

 

「いや、記録表出てるじゃん」

 

E組でのランク表は出ており25人中では、下の方なのだ。

 

何を言っているんだコイツは、という思いでうざ絡みしてきた司波達也に返す。だが司波達也としても言い分はあったようだ。

 

「雪姫先生の指導を『無視』してでも、『現代魔法』の四角四角でやり通そうとする辺りが、な」

 

「まぁ俺は入試の際に『紀藤』とかいうむっつり野郎に、あれこれ言われたからな。面倒だが、そうしているのさ」

 

「どんなこと言われたんだ?」

 

これは西城の質問。大して拘ることでもないので、答えることに。

 

「現代魔法で大切なのは、『過程と結果の全てをしっかり意識すること』なんだそうだ」

 

紀藤という教師いわく

『感覚だけでは正確な魔法は使えない』

『魔法を発動するプロセス及び準備段階が肝要』

『改変したい事象と改変後の結果を考え、意識することが不可欠』

 

そういうことを言われて、ウザく思いながらも試験をこなしたのである。

 

「ほー。まぁその考え方もアリなんじゃね?」

 

「ある程度のことならば、な。例えばそこの台車やら材質は置いておくとして丸いボール程度、自身の身体ならば、それもアリだろうさ」

 

だが、それとて本当に『改変後の結果』を『固定』出来るだろうかと思う。それは『変化』を許容しない考えである。

 

「例えば、あの森崎をベネズエラのスラムにでも『送り込みたい』と考えた時に、その改変したいエネルギー総量はこの際無視するとして、術者にスラムの具体的なイメージ及び座標さえあれば、そこに送り込むことは可能なはずだな」

 

「まぁ現代魔法の認識力論ならば、その結果をもたらす際に認識の壁があるはずだな……」

 

その紀藤という教官は、干渉を受けやすい質量と重量がそこまで大きくない『無機物』ならば、という程度での言葉だったのだろう。

 

そんなことは啓太からすれば、『理解している』。

しかし、それこそがある意味では頭を固くさせているとも言える。

 

「そう。だからこそ―――魔法師の魔法は『限定された空間に自らの理想の事象を起こすこと』にランクダウンされる。起こしたい事象が、そのままに現実を改変出来るとは限らないから、そこには意識の範疇は無いはずだ。自分の思った通りの結果が出来ないならば、そこには世界の変化があるはずだ」

 

これは現実においても、そうなのだ。社会活動―――特に『政府』が何かの消費活動のキャンペーンを行ったとしても、それがそのままにプラスに転じるとは限らない。

 

2000年代初頭から言われ続けていた少子高齢化社会の解消のために、政府があの手この手で、結婚や子作りということを色々奨励しても、そこにはキャンペーンという『干渉』を受けている『当人の考え』が含まれるならば、中々上手く行かないものだ。

 

そもそも結婚や恋愛が個人の自由である以上、中々にヒトがそれに踏み出せるとは限らないのだから。

 

「我と『他』、自と『他』……なる程、確かに少々、現代魔法は硬い理屈に捕らわれているか」

 

それが浦島の術理かと少しだけ探る姿勢をしていた達也は―――それを即座に諦めることにした。

 

啓太の背後から『鬼』が迫りつつあった。それを認識出来ていないことが、不幸の始まりか。

 

「まぁそういう固定できないものを固定してしまう道理というのが、現代魔法での『干渉力』なんだろうな。他からの干渉(へんか)を受け付けず、己の望むままの干渉(りそう)を成し遂げる……―――まぁ、しちめんどくさいかな」

 

そんな風な最後の結びのつもりの言葉のあとに、啓太の頭がわし掴まれた。

 

「ほぅ……それで、そんな偉そうな講釈垂れてる暇がキサマにあるのか?」

 

「―――」

 

(-_-;)オワタ としか表現できない顔をして無言でいる啓太は、頭を掴んでいる後ろの美女に振り向かないままに言い訳する。

 

「いや、あの今回はスタート講習で、特にランクとか気にしなくても、というか、2科全部で雪姫先生の指導は効果ありだと理解できたから―――」

 

「私の弟子である以上―――私の方法論でもう一回やってからそういうことは言え!! 紀藤のようなこまっしゃくれた飼い犬なんぞの言うことを聞くな!!」

 

「スンマセン!! マスター!!」

 

果たして何発の蹴りを放ったか分からぬもので、再度大型CADの元に叩き出された啓太は、雪姫先生の方法論―――『変化を受け入れろ』とでも言うべきもので、現代魔法の定義した合格点を叩き出して―――この実技講習でのTOPを飾り……その単一移動系統の魔法では、1科の中級にも迫るのであった。

 

そもそも……全体を通してみれば、かなりとんでもない結果が生まれていたりするのだが、雪姫先生の春麗ばりの百裂脚に男女ともに見惚れて、そんなことには誰も気付かなかったのだ。

 

(さて、ここから先に雪姫先生の指導方法が通用するのかどうか、だな)

 

達也としては傍観者の気分でいるしかない。出てきた結果は、まず間違いなく確かなものだ。

 

そんな達也の観測は―――昨日の森崎と同じく浅薄なものであり、その正体を知った時に……少々、自分のアイデンティティを脅かされ、本家の意義すらも疑いたくなるのは、また別の話である。

 

 

 

そして達也・啓太が深雪・リーナと合流する形で、生徒会室に向かうと、そこには昼間にはいなかった男子役員がいるのであった。

 

役職 生徒会副会長 名前 服部なんちゃら―――面倒だから義足野郎とでも名付けたい男は、深雪とリーナに挨拶してから、こちらを無視してきた。

 

別にいいけど、早速も風紀委員会本部へと案内されようとした達也と啓太を咎めた。

 

服部ダリル(命名 啓太)副会長によると、2科生に風紀委員なんて無理だ。2科生の魔法能力では無理に決まっていると言ってきた。

 

「第一…… そこの浦島は、アナタと会長に……い、い、イチモツを握らせたとんでもない男なんですよっ! そんなヤツを風紀委員にしようだなんて!! ありえない!!」

 

「「ハットリ―――(ハンゾ―――)!!!」」

 

いい加減忘れたいことを蒸し返されて、3年女子2人が真っ赤になって怒鳴りつける。

 

しかし啓太とリーナとしても訂正したいことがある。

 

握らせたではなく。握られた。

 

能動ではなく受動なのだと―――。

 

「では服部副会長は『居合い拳』『無音拳』の使い手を、このまま放置していていい、と?」

 

騒動の最中のイベントを知っているならば、騒動そのものがどういうことで、どういう顛末だったのかを知っているとは予想していた。

 

市原鈴音の言葉に、苦しげになりながらも……。

 

「そ、それでも!! 彼よりも適任が!!」

 

「この場合、要するに摩利さん及び教師側の思惑としては、彼を取り締まる側に置くことで、ある程度の『抑止力』として活用したい。仮にもしも、彼をこのまま一般生徒としておくと、まず間違いなくいきって、しめてやろうとした1科生を主体に『昏倒した生徒』の山で、安宿先生の負担が増すこと大です」

 

「2科生の拳圧で、1科生が倒れ伏すと? 」

 

侮っているというよりも、恐怖している風な声に『やれやれ』と思う。

 

「私も格闘技に特別詳しいわけではありませんが、人体の『急所』ぐらいは、生家の魔法から存じています。恐らく静かに『ジョー』(アゴ)を撃ち抜くことも不可能ではないのでは?」

 

「さぁ? ただ俺にこれを教えた『タケミチ・T・ミナモト』は、最終的には無音拳で大規模レーザービーム砲みたいなのを放っていましたよ」

 

鈴音の質問に返した言葉に、法螺吹きが。という顔をするものも多いが、目敏くリーナの表情を見ていた司波達也だけは、『まさか』という顔をするのだった。

 

ともあれ……。

 

「とにかく! 私は反対です!!!」

 

「う〜〜ん。頑固ねぇ……啓太くんはどう思う?」

 

「俺の実力は、知られているようなのでとりあえず置いておくとして―――司波君の実力検分をダリル副会長がやればいいのでは?」

 

誰がパーフェクトガンダムのパイロットだ。と言わんばかり睨みつけてきたが、構わずに言うことに。

 

「ウチはちょっとばかり長く商売人の家をやっている身でしてね。ものの良し悪しを分かってもらうため、分かるためには、『試食』というのが必要なんですよ。

司波達也の値打ちが分からないというならば、アナタ自身で測ればいいのでは?

相手が海の物とも山の物ともつかぬというならば、その御大層な魔法で測ればいいんですよ―――無論、俺の結果は昨日の通りだったわけですけどね」

 

その言葉に、誰もが息を呑んだ。それは―――。

 

「いい考えですね。浦島君―――魔法戦で後腐れなく決着を着けさせることで、お兄様の実力を測る……それ即ちお兄様の真の実力をお披露目すること―――正しく、私が求めたものです」

 

―――こいつにも何か隠しているものがあるのか?

 

深雪の滔々とした言葉で、そういう疑惑の目がいっそう向けられることになるのだった。

 

常日頃、自分を持ち上げる妹ならば、こんなことを言われても別に思わないが、浦島の発言に関しては『余計なことを』と、内心での悪罵が出てくるのであった。

 

しかし……語った内容は、まぁ一般的なことだ。分かりやすい話である。

 

「で、どうします? ここで悪罵を呪文の如く言っていたって、何も決まりゃしませんよ」

 

「―――いいだろう。司波達也、お前の魔法を俺の魔法で測ってやる。その上でならば、風紀委員にでもなんでもなるがいい」

 

達也としては大して望んでいないが、それでも妹が自慢し求めた以上……ここで退くという選択肢は無さそうだ。

 

「浦島も無音拳以外の『術法』を持っていると雪姫先生から聞いた。出来ることならば私に見せてほしいもんだ」

 

「―――あのBBA……」

 

摩利の言葉に随分ととんでもない悪罵が出てくるものだ。

 

達也からしても雪姫先生は確かに年上だが、高くても20代後半―――どちらかといえば20代前半にしか見えないのだが……。

 

(口が悪いな……)

 

そんな感想を胸中で言いながらも、自分のCADを取りに教務課へと向かうのであった。

 

 

そして20分後―――。

 

魔法師からすれば脅威の体術を見せた司波達也の忍術と『波紋呼吸法』のごとき攻撃で、服部副会長はサンダーボルト宙域に倒れ伏すのであった。

 

南無。

 

「ほほぅ。長瀬……いや、九重の忍術か。なんとも懐かしいものを見せてくれる」

 

そんな司波達也と服部副会長の戦いの見届人席に勝手に現れた雪姫先生は、そんなことを言うのであった。

 

その言葉の意味を誰何する前に達也の技法説明が為されて―――。服部副会長は、リユース・サイコ・デバイスでも手に入れるのかもしれない勢いで演習場を去り―――。

 

 

「よし! それじゃ次は浦島! キミの実力を見せてもらおうか! いいんですよね雪姫先生?」

 

 

浦島啓太の違う実力が披露されることになるのだった。

 

 



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stage.9『解放!(エーミツタム)

 

先程の達也と服部副会長(ダリル・ローレンツ)との戦いと同じく、定位置に就く摩利と啓太。

 

その姿をつぶさに見ておく。準備運動のように何か身体を解している浦島は……。

 

「―――?」

 

何かの違和感を感じた。何であるかは分からない。しかし―――。

 

致命的なものを見逃していることを理解して、それでも戦いは始まる。

 

「では両者―――用意はいいわね? でははじめっ!!!」

 

会長の合図と共にCADから起動式を読み込む渡辺会長。速い。流石は一科生であり、三巨頭と呼ばれる一人。

 

そこから魔法が襲いかかるまで一秒もかからないはずだ。

 

しかし、ソレに対して浦島が選んだのは高速移動ではなく―――。

 

魔法による迎撃であった。

 

浦島が手を動かす。その動きはいわゆるCADのキーを叩くというものではなく、虚空にあるものを練り上げるような―――有り体に言えば、手品師の指芸(カット)のようなそれが―――。

 

「――――」

 

幾多もの煌めきを作り出して整然と列を成していた。

 

「エーミッタム」

 

ラテン語で解放を意味する言葉で、輝きは矢となって飛んでいく。

 

摩利はそれでも攻撃―――服部と同じく、移動魔法を―――とは行かなかった。即座にキャンセルして障壁魔法を発動。

 

壁を作り出して40本はあろうかという矢を防いでいく。

 

「リク・ラク・ディラック・アンラック―――紅き焔(ルビカンス)!!」

 

その間にも浦島の術は、摩利を穿とうと苛烈を極める。

 

人間一人を丸呑み出来るだろう爆炎に包まれそうになる摩利。防御していても熱波が襲いかかるのだろう。

 

しかし、ソレ以上に達也は気になることがあった。

 

省略法(リード)が、随分と上手くなりましたネ」

 

「ああ、魔法師がヤツの『玄武陣』を超えることはまず無理だが、最近、『ウザい羽虫』が増えてきたからな。出来るだけ右腕・左腕をそれに回すように鍛えてきた」

 

アレ(・・)はあんまり使わない方がイイですよ」

 

「そこは今後次第だな」

 

シールズと雪姫先生の会話。少しだけ深刻そうなシールズと違い、嘆息気味の雪姫先生が印象的だ。

 

余人には伝わらぬ会話。

 

しかし達也にも分かることがある。

 

(CAD無しの古臭い呪文詠唱型魔法師……だが―――)

 

魔法の息継ぎがうまい。というよりも、呼吸と魔力の流れを一致させているようなものだろう。

 

何より、その呪文魔法の殆どは、摩利に必死な防御と回避行動を取らせている。

 

即ち三巨頭の一角が反撃出来ないほどに浦島の攻撃はスゴイということだ。

 

「―――会長、止めなくていいんですか?」

 

「微妙なラインなのよね……けれど―――」

 

まだ見ていたい。というか全容が知りたくなる―――。

 

起動式も魔法式も必要としない魔法師―――いや、魔法使い―――それは歴史の彼方に消えていった存在だと達也は伝え聞く存在。

 

(マギステル、あるいはマギステースなのか……)

 

水妖・敵を沈めん(ウンディーナ・イン・アルウェウム)―――流水の縛り手(ウインクトウス・アクアーリウス)

 

最後の術のつもりなのか、水場でないところからこれだけの水量をどうやって―――という勢いの流水が渡辺委員長を直撃。そして出来上がるは―――。

 

「水柱だと……?」

 

これは不味いと想い術を解体しようとした瞬間。

 

「―――もしかして呼吸が出来ているんですか?」

 

一瞬だけ口を閉じて目を瞑って水の中で凌いでいた摩利だが、その水柱には、酸素が満たされており、どうやら普通に呼吸が出来るようだ。

 

「そうだ。水精だけでなく風精のチカラも使っての術だからな。そもそもウンディーナの水が、簡単にヒトを害するわけがないんだがな」

 

達也の疑問に答えた雪姫先生。しかし、摩利はどうやっても脱出出来ないようでいて、諦めて白旗をあげて振るような手仕草をして―――。

 

「そこまで! 解除してあげて」

 

「エーミッタム!」

 

瞬間、水柱が解かれて……水濡れの渡辺摩利が出来上がるのだが―――。

 

特にそれに性的興奮を覚えることもないままに、浦島は魔法を少しだけ変化させた。

 

「あれ? すぐさま乾いていく?」

 

「エラ呼吸の出来ない生物も生け捕りにする術なもんで、高濃度の酸素を収縮して乾燥に使うことも出来るんです」

 

要は、水の中にあった酸素原子を利用して摩利の衣服を乾かしたようだ。現代魔法の原理的には色々あるのだが、ともあれ―――随分と……。

 

(現代魔法の定理を超えているな)

 

成程、これならば紀藤とかいう教諭の文言を、しちめんどくさいと称するのも理解できる。

 

彼の直感的な術の使用方法は、現代魔法の原理原則理解(ルールアセット)からの『現象の正しさ』とは真逆のものだ。

 

言うなれば、バッターが自信を持って見逃した『ボール球』(外れている)も、アンパイア(主審)がストライクと宣言すれば、『ストライク』(入っている)であるという理解だろうか。

 

もしかしたらば、ある程度のルールがあるのかもしれないが、それは現代魔法とは別種のものなのだろう。

 

「啓太くん、さっきから使っていた魔法って、アナタや雪姫先生のオリジナル?」

 

「ワタシも使えますよ。セリエス・フルグラーリス!!」

 

瞬間、シールズもまたマジックアローとでもいうべきものを何本も発生させて、浦島に放つが。

 

「いきなり撃つなよ」

 

どうということもないように、それを同数のアローで打ち消す浦島。

 

「受け止めてくれると信じていたワ♪」

 

「基本、俺の属性は水気だから効いちゃうんだよ。アンジェリーナのは」

 

嘆息するように言うが、その手並みは並ではない。

 

シールズが詠唱したのに合わせて『無詠唱』で、しかもCADないし呪具の類も無しに同数の矢を作り出した浦島は―――。

 

(規格外だ……!)

 

まだ危険性があるか、そもそもこちらを害するつもりがあるのかとか、何も見えていないが―――。

 

「……!?」

 

瞬間、ぞわっ!とする『殺気』が達也に放たれていた。

 

それは明確に達也だけに向けられたものであり、思わず2歩ほど後ずさりをしてしまった。

 

「雪姫先生……」

 

「まぁお前さんがどうであろうが、構わんがな。ただ一つだけ言っておく。世界はお前の道理だけで動いているわけじゃないんだ。それを違えれば決定的に邪悪に堕ちるぞ」

 

「―――」

 

自分の内心を見透かしたような、それでいてボカしたような発言。だが、それだけで分かった。

 

この雪姫と名乗っている女は―――普通ではないということを……。

 

 

「で、僕に聞きに来たと?」

 

放課後、風紀委員としての最初の業務『清掃活動』を終えて帰宅。そこから夜中に、妹のCADの調整をしてから深夜に寺に赴く。

 

到着早々に案内された庵の縁側にて―――僧にして忍者『九重八雲』に、聞きたい名前を言った瞬間。

 

「達也君、悪いことは言わない。逆らうな。抗うな。ついでに言えば関わらない方がいいとも言っておこう」

 

担任であるならば無理なんだろうけどと付け加えた八雲は、こころなしか焦ってるように見える。

 

「雪姫ねぇ……まぁ『子ネコ』だの『汎用人型決戦兵器』みたいな名前よりはいいんだろうが―――、僕から言えることは―――彼女や浦島啓太はマギステルということで間違いないということだ。それじゃおやすみ」

 

「先生、それはちょっと無情にすぎませんか? お兄様の聞きたいことが何一つ……ッ!!」

 

同行者である深雪が言い募った瞬間、八雲はいつになく、気を漲らせて深雪を睨んでいた。

 

「師匠―――」

 

「……いや、申し訳ない。ただ―――いいだろう。けどやはり、雪姫女史の詳細は僕には言えない。

しかし、君たちや僕らのような広義の意味での『魔法師』……マギクス。そして歴史の裏に埋もれていったマギステルとの違いぐらいは教えよう」

 

そこが最低ラインということか。コレ以上は、関係を切るぞという所まで踏み込んでいたようだ。

 

だが縁側に腰を落ち着けると、話を進める。

 

「マギステルの術というのは、君たちとは根源(ねもと)から違う……マギステルの術とは、万物に存在する『精霊』のチカラを元とする、エレメンタルマジックと言える」

 

「それはスピリチュアルビーイングというものとは別なのですか?」

 

「大いに違う。君たちの認識力では見きれない世界の在り方が、彼らには見えていた。そしてそれは、様々な精霊を定義づけて存在させていた。

彼らの言う魔力が『自然のエネルギー』を精神力で従えたものであるならば、その効果は大自然のエネルギーを指向性を持って変更できる巨大なものだ」

 

そう語る八雲の言葉は熱を帯びていた。要は―――興奮しているのだろう。

 

「例をあげれば、かのマギステルの『親子二代の英雄』の得意技には、広範囲に何条もの雷撃を30秒以上も降り注がせるものがあったそうだ。それが、どの程度の範囲かは分からないが―――まぁ話に聞く限りでは、戦術級魔法のレベルではあっただろうね」

 

「それぐらいであれば、自分たちも同じようなことはできそうですが、更に言えば、マギステルには『呪文詠唱』というハンデがあったそうですが」

 

「そうだね。『結果としてもたらされる現象』だけならば、君たちでも再現は可能だろう。

けれど、そこにはどうしても……いや、コレ以上は実地で見たほうがいいだろう」

 

これ以上は話せないという態度が見えたので、兄妹としてもそこはツッコめなかった。

 

「ただ一つだけ言わせてもらうよ、ご兄妹―――極まった魔法師であればあるほど、『マギステル』には君たちの『セオリー』は通用しないよ」

 

―――それは警告。

 

―――それは危機。

 

―――それは崩壊。

 

僧侶の言葉は、どうしても不吉なものを孕んでいるのだった。

 

どこかで真夜中には珍しい『鳥の嘶き』が聞こえてきたことすら、遠くに感じるのだった。

 

 

「結局、こうなるわけか」

 

「ソーリーィイイ!! まさかニホンの古い時代のモーレツサラリーマン並の書類仕事をやらされるなんて、思ってなかったモノ!!」

 

「まぁいいけどさ。俺だってしのぶさんの論文発表の手伝いしかやったことないから、手伝いをそこまで出来るわけじゃないけど」

 

二人して向かい合って端末を動かす度に、そんな会話が生まれる。結局の所―――そういう業務に関わったことが無いアンジェリーナでは、四苦八苦するしかなかった。

 

仕事を家に持ち帰っての業務とはいえ、その大半は練習であり、今年度の次席を成長させたいというあずさの想いもあった。

 

「雪姫……キティは、何のために俺を魔法科高校に入れたんだ?」

 

「ワタシと同棲させるために♪」

 

「夢あふれるお言葉―――しかし、信じられないな」

 

「やっぱり『裏火星』に関することなんじゃないカシラ?

ケド、ワタシはアナタと一緒のハイスクールに通いたかった。ソレだけよ」

 

流されそうになる感情を抑えながら、真面目なことを考える。そして―――。

 

(横浜で見たアレは『マギア』の疑似魔法具……それを使っていたのは、国防軍の強化魔法師)

 

のちに教えられたことを考えるに、もはや何かは始まっている。そう、魔法世界のやわらかな侵略が、ついに始まって、そして耳元で囁くような甘い吐息が―――。

 

「って! 何やってるんだよ!?」

 

いつの間にか、自分のそばに半裸で寄ってきたアンジェリーナにツッコミを入れる。

 

「ケイタを誘惑しているの♪ なんていうか昨日の会長と風紀委員長のアレは! ムカついたわ!!」

 

「なんでだよ」

 

「ケイタのカメは、いずれワタシを貫く『雷の槍』だからヨ! むしろ今からでもイイぐらいだわ」

 

浦島の張った心理障壁をいともたやすく打ち破って、自在に誘惑を施すとは……これがアメリカンガールの本気、やはり『プレイメイツ』の本場は侮れないといった所か。

 

「真面目な顔して、アホなことを考えている感じネ、けれどそういうのは逃げヨ」

 

「たまには逃してくれよ。俺が裏切れないことは理解出来ているだろうに」

 

「ムー……!」

 

アンジェリーナの不機嫌の具合が上がる。

 

どうやら今日は一緒の布団で寝るようだ。当たり前だが、寝るだけである。ソレ以上はしない。

 

だから―――。

 

「いい加減、服を着てくれよアンジェリーナ」

 

「やーよ! モウ……ママ直伝のエサを撒いたアプローチに食いつかないなんて……」

 

「別に俺だって何の衝動も覚えてないわけじゃない。というか、事務作業しないならば俺はもう寝るぞ」

 

その言葉で危機意識を持ったのか、向かいの席に着席をする。

 

そうしながらも机の下の見えない場所。

 

足先でヒトのカメを弄ろうとするアンジェリーナに、いたずら好きな天使めと、悪罵を内心でのみ吐くのである。

 

 

 

そして――――――。

 

 

「今年もまた、あのバカ騒ぎの一週間がやって来た」

 

 

止まっていた針を再び動かすかのように―――世界は動き出す。

 

 

 

 



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stage.10『風紀活動開始!』

 

―――放課後。来て欲しくなかった時間がやってきたが、いい加減出なければなるまいということで、亀が甲羅から首を出すかのように、お気に入りの『ちっひー』の曲再生をやめて動き出す。

 

「行くか」

 

「別に連れションよろしく連れ添わなくてもよくない?」

 

「2科生が一人でいることに心細いんだ」

 

嘘くさいと想いながらも啓太も動き出すことにした。

別に抗弁することでもないと想いながら、先日に掃除をした風紀委員会本部へと赴く。

 

そして赴いた先で、『ちっひー』の『永遠の花』を再生しつつ、唯一のアニメ版封○演義のOPを聴こうと決意する。

 

「いや、覇穹も俺はアリだと思う。あれだけだぞ。当時に流行ったビジュアル系よろしくな楊戩の半妖態が見れるのは」

 

「うん。自分を自慢しているようにしか聞こえない」

 

そんな会話をしながら風紀委員会に着き、適当な席に着席……。

 

遠巻きに見ている先輩諸氏を感じながらも気に入りのプレイヤーを起動。司波達也は、何かを読むようだ。

 

ネクロノミコンではないだろうと想いながらも、自分の世界に没入。この時間だけが、啓太にとって安らぎだ。

 

太陽系世界最強の大魔法使いも―――。

 

『歌はいいね。リリンが生み出した文化の極みだよ』

 

―――などと、浜辺で『おいらはドラマー』を歌いながら言ったほどだ。

……選曲がおかしいが、あえてツッコまない。そして二度と会いたくない。しかし、会わざるを得ない。

 

何故ならば―――。

 

(ヤツは……俺に関わらざるを得ないからだ)

 

その一方で関わりたくない相手が、司波達也と自分に絡んできた。

 

あえて何も言わない。沈黙は金なりということである。

相手は司波達也だけがやっていればいい。

 

しかし、そんなこちらの無視した態度に業を煮やして、詰め寄ろうとした瞬間、委員長がやってきた。

 

どうやら音楽試聴の時間は終わりだ。

 

そして、渡辺風紀委員長から風紀活動の説明が為される。

 

要点をまとめれば―――。

 

・今日から一週間は部活勧誘期間。各部活は激しい勧誘を行う。

・その際に学内にいる間、教務部・備品部にあずけるCADは各人に返還。

・それを用いたデモンストレーション勧誘。

・しかし、それを良からぬことに使うことが多くある。

・その抑止の為に、風紀委員は実力行使も辞さない態度で混乱を終息させるべし。

 

「そして今年は新人の補充も間に合った。紹介する。1−A 森崎駿と1−E司波達也、同じく1−E 浦島啓太だ」

 

なにか言われたわけではないが立ち上がることで、己が何者であるかを示す。ちなみに言えば司波と浦島がどちらかは、『VRマーカー』で名前を表示することで区別を着けていた。

 

紹介を終えると、やはり実力に疑義を持たれるのは2科生の宿痾か。まぁ啓太としてはどうでもいい。

 

実力なんてのは、いちいち披露するものではない。

 

そう思いつつも、摩利の一喝で疑義の声は収まる。

少し前の校門前の騒動は、どうやら伝わっていないようだ。

 

ともあれアレコレとルールを知っている先輩方が散っていくと、一年は色々と準備や他の前説を受ける。

 

「これが録画機器だ。巡回中は音楽を聞くなよ浦島」

 

「了解しました」

 

聞くつもりは無かったが、それでも音楽プレイヤーは持っていく。録画用のレコーダーと干渉しないところに入れておく。

 

「そして、これが腕章―――風紀委員としての証明だ。無くすなよ」

 

少しだけくすんだそれは、代々様々な人間が着けてきたのだろう―――当然、紋なしの人間が着けるのは初だろうと、皮肉げな想いをしつつも準備は完了する。

 

司波達也は、委員会備品のCADを使う様子。その自慢げな『お宝鑑定団の鑑定士』のような文言を右から左に受け流しつつ、自分も『偽装』のために魔法発動体ぐらいは持っておくべきだったかと思いつつも、とりあえず自分の実力に関してはアレコレ言われないようだ。

 

と想っていた時に、個人端末に『連絡』が入った。確認を取ると確かに『本人』だ。

 

(まぁ数は幾つかある。いつまでも『保存』が効くものではないので、やってやるのも問題ないが)

 

委員長経由ではないところに、少しの悪だくみを感じるのであった。

 

そうして、委員長も少ししたらば取り締まりに出るという言葉を聞いてから外に出ることにしたかったのだが―――。

 

「おい」

 

別に自分に掛けられた言葉とは思えないので無視する。

司波は律儀に対応するようだが、面倒なので対応役を司波に任せて、『入り』と『抜き』が実にしずやかな『連続縮地』で外に出るのであった。

 

「やる気は無いが―――ご依頼とあれば、こなさないわけにはいかないか」

 

そんな独り言を言いながら『十文字克人』(実家のご贔屓さん)の依頼はこなすのであった。

 

 

そんな超速での移動をした啓太を見送った2人は……。

 

「お、お前たちは何なんだよ!? なんでこんなことをCADも無しに!!!」

 

「アレと同類にするな」

 

喚いて混乱する森崎にげんなりしつつも、あの縮地とかを軽々と使う浦島―――色々と頭を痛めつつも、達也もエリカとの合流へと急ぐのだった。

 

 

 

委員長の言葉通りに、確かに各部活がテントを出して、積極的に部員を誘致しようとしている。

 

当然だが、魔法競技と思しき名前の部活は紋がある生徒に積極的に声掛けをしている様子。ある意味ではこういう時に、これは意味を持つのかもしれない。

 

(まぁどうでもいいのだが)

 

この学校では唯一の外様である啓太は、そういうのに乗れない自分を認識しつつも、流れの中で『異様』を感知するべく動く。

 

魔法師と違いマギステルや気功使いなどはESP―――超感覚知覚を備えており、様々なことを『読む』ことに長けている。

唯一読めないのは、場の空気ぐらいだろうか。

 

落語のようなオチを着けつつも、近辺の人間の『気分』。『特定の魔力』を感じ取るべく、アンテナを伸ばす。

 

こういう場において、一番悪いのは火事と喧嘩は江戸の華よろしく、何かを焚き火に動き出すことだ。

 

見学者よろしく赤毛の子。麻呂眉が特徴的な女子に対して『意』が向けられる。どうやら『成績上位者』であり、イギリスとのハーフであることを知った上級生が動き出そうとしている。

 

付き添いの一人もいないので、組しやすいと想ったのか、スピードシューティング部や、何かの銃撃系統の魔法競技部活が、るんるん気分で歩いていた女子に殺到していく。

 

もみくちゃになるとまでは言わないが、少々強引な勧誘なので―――。

 

「風紀委員の巡回です。強引な勧誘行為は止してください。そちらの一年女子を部活に勧誘したければ、懇切丁寧に説明をすることで部の魅力をアピールしてください」

 

「ごめんなさい! わたし乗馬部に行きたいんです!!」

 

どうやら最初から目的地を決めた徒歩のようだった。しかし、そこであきらめないというか、せめて乗馬部の見学をした後によろしく、時間を取らせないからとでも言っておけば、まだ印象は良かったのだが―――。

 

「いいや! 明智さんには我が部に入ってもらう!!」

 

「いいえ!! 英美さんには私達の部の魅力を知ってもらうわ!!」

 

なんでだよ!? と言いたくなる文言のあとには―――。

 

「助けて風紀委員さん!!!」

 

明智英美(仮称)という女子が、啓太の後ろに隠れるのであった。

 

まぁこの調子では、簡単に乗馬部への道を譲ってくれないだろう―――そう想いつつも……。

 

「2科生で風紀委員だと!?」

 

「生意気な騎士気取りが!!!」

 

「えっ―――ちょっ、待って! その2科生は!!」

 

やる気満々で魔法の読み込みを開始する面々。そして啓太に気付いた人間とに分かれるも―――。

 

「攻撃行動及び攻性魔法の使用を確認。現行犯だな」

 

こちらを穿とうと放たれた魔法の殆どは、あっさり消失する。啓太の張った陣を破れずに、霧散する魔法の全て。

 

「――――!」

 

「魔法の射手・戒めの風矢!!」

 

驚いた連中。そして魔法を使用した相手に『拘束術』が放たれる。

 

「ウソっ! サギタ・マギカ!! 風紀委員さん、マギステルなの!?」

 

そんな啓太の術行使に、後ろの明智が疑問を呈する。

 

それはともかくとして、放たれた矢は拘束の布となりて、相手の身体の自由を奪った。

 

「これは!?」

 

「う、動けない!!」

 

地面に基点を打つことで張力を発揮した拘束の布は、相手を行動させない。

 

総勢8名もの魔法競技部活の連中の所業は、既に先方に送信済み。

 

あとは―――。

 

「まぁ白洲で裁きを受けてくださいな。発動」

 

瞬間、8名の1科生たちの中心に『札』を投げつけて、そして―――消え去った。その様子に誰もが驚いて、何をしたのかと聞こえる前に―――。

 

「おおっ! 映像受信魔法! レトロなもの使うね!!」

 

「褒められてる気がしないな」

 

映像端末でもいいのだが、とりあえず『転移魔法符』でどういう顛末になったかを周囲に見せつける。

 

指定した座標に送り込んだ八人の前には―――。

 

『貴様らのやったことは既に確認済みだ。身体を拘束してまでの強引な勧誘に風紀委員に対する攻撃魔法の発動。オールで罪状が満点だな。一週間の部活謹慎! 及び―――先生、封印措置を』

 

『そこまでやるか―――まぁいいがな。授業に支障が出なければいいわけだ。リク・ラク―――』

 

巌のような十文字会頭の閻魔さまよろしくな判決読み上げのあとに、秘書官か地獄の獄卒よろしく、幾重もの黒糸が虚空に浮かび上がり、雪姫が罪人に対する労役よろしく、『ギアス』を掛けたようだ。

 

どういう効果であるかは、いまだ分かるまい。だが教師クラスの女が掛けた術が、『普通』ではないことは全員に理解できたようだ。

 

「雪姫先生は、何をしたの?」

 

「あの違反者の手首に掛けられた三本の黒線から察するに、一定期間魔法使用を不可能にするギアス(拘束)を掛けたようだな」

 

その言葉にざわつきが生まれる。それが真実かどうかはまだ分からない。しかし、それでも―――。

 

「ほほう。そういや『誓約にして制約の3つの黒糸』ってのは、聞いたことがあるかな。 キミも出来るの?」

 

「―――やろうと思えばな」

 

右手を一回転させて雪姫よろしく黒糸を幾つか出すと、後ろにいた明智はともかくとして、周囲の一科生主体の魔法競技部が慄いた。

 

そのタイミングで『警告』を再び発する。

 

「まぁ俺にはそこまでする『権限』は無いですが―――権限を持ったヒトの元に違反者を『送る』ことは可能ですので―――、そういう風な悪いことしないで、『真っ当』に勧誘活動してくださいよ」

 

にっこりキラースマイルで、そんなことを言う。いわゆる演出であったが、効果は抜群である。

 

笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く行為が原点なのだから―――。

 

「わ、わかりました……」

 

2科生にしてやられたことよりも、『未知の術式』にやられる恐怖が勝ったのか、静寂を保ちつつも強引な勧誘は無くなり、真っ当になったようだ。

 

一応、監視用に群衆の真ん中に「一匹」つけておいてから―――。

 

「乗馬部の場所は分かっているな。それじゃ」

 

他に見回るようだからと赤毛の近くから去ろうとしたのだが―――。

 

「こういう時はそこまでエスコートするのがマナーじゃないかなー?」

 

「ぐえっ!! おい襟を引っ張るな!!」

 

「ふふふ! こんな珍しい魔法行使者!! ブリテン帰りの私は見逃さない!! とりあえず乗馬部まで案内してよ―――えーと……」

 

「田中太郎だ」

 

その自己紹介に周囲の何人かはズッコケたようだが―――。

 

「その名を語った輩は『浦島啓太』という男だと聞いているよ。この美少女探偵シャーロック・明智の目は誤魔化されない!!」

 

案外、鋭い女であるようだ。そして―――本名『明智英美』なる女子と乗馬部まで連れ立って行くことになるのであった。

 

 

 

「―――じゃあやっぱり浦島君は、古代カメ文明の著書で有名な『浦島景太郎』の後裔なんだ」

 

「一時はセンセーショナルな話題だったが、基本はマイナーな研究課題だからな。すぐに忘れ去られたよ」

 

「けど最近は注目の的だよね。ってことは、東京大学の浦島しのぶ先生も親戚?」

 

「その通り」

 

あんまりご親族のことはあれこれ言いたくない。どうせ自分の価値ではないのだから。

 

とはいえ、大した秘密でないなら、問われれば答えないなどという不義理は無い。

 

「それじゃマギステルの」

 

「明智さん。乗馬部見えたよ」

 

しかし、大した秘密であるならば、守らなければいけないこともあるのだ。

 

「ありゃホントだ。それじゃね浦島君! またあとで!!」

 

学科が違うという表現も変ではあるが、1科のクラスに行くことも無いというのに『またあとで』なんてのは来ないだろう。

 

そんな皮肉を想いつつ、赤毛の少女の快活な笑みでの手振に応えてから次の巡回に向かうのだった。

 

 

「バイアスロン部のOGだ!!」

 

「新入生をアブダクションするんじゃねー!!!」

 

どうやら―――すぐさま違う騒動が起きたようである。

 

仕方なく啓太は瞬動で、現場に急行する。

 

『事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きているんだ!!』

 

レトロな名言を届けてきた雪姫に苦笑しつつ、足取りはちょっとばかり早かったのだ。

 

 

そんな中、会議室で仕事をしていた金髪の少女が―――。

 

(浮気のニオイ! 『カト』は三高にいるとか聞いたけど!!!)

 

やはりマーキングが足りなかったか!! と人知れず戦慄している少女を敏に感じ取った同輩は、ちょっとばかり慄くのであった。

 

 



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stage.11『ハマノツルギ』

ボードを操る……明らかにJKではない体格の女2人を追跡する。

 

入りと掴みが静かに行える瞬動の連続。

 

『虚空』をも使ってのそれで追跡を行う。

 

よって―――。

 

「ちょいと、学外関係者はアポイントメント取ってから入校してくださいよ―――」

 

渡辺委員長だけに気を取られている間に、ボードの2人に並走するのであった。

 

「なぁああああ!? あ、あんた! 徒歩でボードに並走しているのか!?」

 

「ど、どういうこと!?」

 

「いいから止まってくださいよ。その2人、無理やり小脇に抱えているんでしょ? 今ならば罪状は軽く済みますけど」

 

「な、なんか浦島君、すごくやる気が無い!!」

 

「司波達也ならば、君らは喜び勇んでピ○チ姫やっていただろうけどさ、俺は君らの配管工じゃないんだ」

 

痛いところを突かれて呻く光井。如何に小柄な一年生女子とはいえ、小脇に抱えているところを見るに、何らかの加重制御をしていると見た啓太は。

 

「浦島!! 前を塞げ!! 挟み撃ちだ!!!」

 

委員長と共に安全策を取ることにするのであった。コースは概ね理解できている。

 

進路を塞いでしまえば、逃走も終わるか。

 

「そうはさせないわよ!!」

 

瞬間、前方からこちらに向かってくる気流が発生して、自分の進行を押し戻そうとするようだ。

 

(―――別に魔法を使うまでもないが)

 

あえて玄武陣で無視してもいいが、何かの『壁』を張っていると思われても面倒なので、それを消し去ることにした。

 

 

風よ(ウエンテ)

 

簡単な干渉ではあるが、水使いである啓太は、その『水の運動』という点で、風などの気体操作にも長けている。

 

というか単純な話、水を主とする術者は『風』にも長けていなければならないのだ。

 

よって―――。

 

霧散する気流。如何に物理法則の運動エネルギーでは上回っていようと、擬い物では、どうしても『術理』の骨格がなっていないのである。

 

「―――なっ!?」

 

「涼歌!!」

 

気流を無力化してから、正面に陣取る。距離は50mというところ。この距離ならば―――。

 

急速停止(ラピデー・スブシスタット)

 

本来ならば『自分が操る飛行箒』に急ブレーキを掛ける呪文。しかし相手の動くボードに対して干渉をするならば、これは有効である。

 

「これは!! ボードに干渉ができない!」

 

「あなた一体何者なの!?」

 

完全に停止状態になったボード。どれだけホウキを弄っても動かない状態であることに混乱状態で、既に光井と北山を脇から落としていた。

 

2人を一応、空気の層で着地をサポートしてから名乗ることにした。

 

「――――――田中太郎です」

 

「それはもういいだろう!!」

 

後ろからツッコミを入れようとしていた委員長の襲撃を躱してから、 振り向く。

 

「どうします?」

 

「学外退去だ。外に連れ出すぞ」

 

「承知」

 

そのやり取りの最中に、ショートカットの少女――――渡辺委員長と同じような髪型だが、どちらかといえば童顔な人が、JDの乗るようなボードに乗ってやってきた。

 

申し訳無さそうに、委員長に謝罪しつつ何かを説明している。

 

「成程……光井と北山という成績優秀者の情報を知ったバカ2人。それを漏らした五十嵐が発端ということか……」

 

「ま、まさかこのようなことになるとは、思っておらず!!」

 

「ちょっと摩利、亜実は関係ないわよ」

 

「確かに、先走ったのは悪かったけど、バイアスロン部はテントの出店出来ないじゃない」

 

どちらにも言い分はあったりした。馬術部もそうだったが、基本的にこういうトラック競技系統の広いスペースを必要とする部活は、テントを出店出来なかったりする。

 

まぁ諸々の事情があったりするのだが……。

 

ともあれ、結局の所、学外連行となる前に―――。

 

「ところで君、田中くんだったか、ボード部に興味ない?」

 

「無いです。仮に入った所で練習についていけないと思うのでご勘弁を」

 

言葉の途中で自分が紋なしであることを示してから、ソレ以上の説得の言葉を断つ。

 

「そもそも田中ではないんだけどな。とりあえず、学外―――校門前まで連行するぞ」

 

「了解です」

 

特に抗弁することでもないので、それに従うのだが……その道中でウザいぐらいに、『勧誘の言葉』を掛けられるのだった。

ついでに言えば『ツバメ』欲しさらしき言葉もシャットアウトしつつ、もはやこれで終わりにしてほしいぐらいに、疲れた。

 

「すまんな。あの手のOGとOBには、こちらも手を焼いているんだ」

 

「さいですか」

 

特に興味もないことなので、特に深くツッコまずに、見回りに戻りたかったのだが……。

 

「あの委員長、自分は小体育館の方に行きますので、他を見たほうがいいですよ。その眼で睨みを利かせてきてくださいよ」

 

「お前は私をなんだと思っているんだ? まぁ確かに女番長だの姉御だのと呼ばれちゃいるが……そこまで、その怖いんだろうか?」

 

「―――それを講評するとセクハラに取られかねませんので、あえて言いません。ただ、そういうのが幅を利かす家に生まれたので、俺は特に何も感じません」

 

少しだけ不貞腐れるような調子の委員長に返す。その言葉の意味を問われているので、更に返事をする。

 

「浦島家は基本的には女系の家でして、当主継承は基本的には男子が先に生まれていても、後に生まれた女子の方に相続権がありまして、俺も下に妹がいるので、順当にいけば妹が当主になるでしょうね」

 

「そうだったのか……」

 

少しだけ深刻な顔になる委員長。少しシニカルな話題と思われたかと思って―――。

 

「まぁだからと、校門前でのアレみたいなセクハラを常態に受けているわけじゃないので、悪しからず」

 

そんな爆弾を投げつけることで、動揺を誘おうとしたのだが……。

 

「まったく、正直……彼氏もいない女子とはいえ、先輩に再三言うことじゃないぞ」

 

「? 先輩、彼氏いないんですか?」

 

その言葉に何故か不思議な気がした。何か掛け違いが起こっているとでもいえばいいのか、そんな感じがするのであった。

 

「そうだが、不思議か?」

 

「何だかE組の千葉さんが、自分の兄貴と付き合っている云々言っていたので」

 

「そりゃ誤解だよ。確かに修次さんは剣の道でのいい兄貴分だが、まぁ何か違っていれば付き合っていたかもしれないが……彼にも想い人がいることを知ってしまえばな」

 

失恋ではないが、少女時代の淡い思い出を刺激してしまったようで、まずった想いでいたところに―――。

 

「結城夏凛とかいう『好きな女の子』に似ていたからなんて言われてしまえば、仕方ないさ」

 

―――もろ知り合いの名前が出てきたのだった。

苦笑するように、自分が道場の師範代に構われている理由を言う委員長に、色んな感情を混ぜ合わせつつも……。

 

「まぁ……ナオツグさんとの間に脈はないわけじゃないと思うので、頑張ればよろしいかと」

 

「? 結城さんとやらのことを浦島は知っているのか?」

 

「まぁ知らないわけではありません。だからあえて助言させていただきました」

 

彼女の前途に幸あらんことを―――と想っていたのだが……。

 

「ほれ、そんなことよりも巡回行くぞ。第2小体育館辺りで何かありそうだな」

 

「引っ張んないでくださいよ」

 

居合い拳をやらせないためか、腕を取ってくる渡辺委員長に文句を言いながらも―――。

 

第2小体育館に赴いた際に、耳鳴りがするような音が響く。それが二度、三度……。

 

「なんだ、これ?―――もしや服部の時のような」

 

「でしょうね。リク・ラク・ディラック・アンラック―――」

 

簡易呪文で、一帯に撒かれたサイオン波のようなそれを『中和』してから、体育館に赴く。

 

「助かったが浦島、その―――お前の魔法って独特だな……今どき呪文詠唱だなんて……」

 

「古臭いBBAとかすっごい古い魔女BBAから習ったものなんで、時代遅れで結構ですよ」

 

「ううむ。聞き出したいのにはぐらかされるこの気持ち悪さ―――お前ってドSなんじゃないか?」

 

どうでもいいわと思いながら赴いた先では―――武場に倒れ伏す道着姿の連中とは違い、立っている男が一人。

 

「司波達也が無双でもしたんですかね?」

 

「そうとしか見えない図式だな……」

 

そうして捕物は終わっているのだと見ていた時に、一人の道着姿が立ち上がる。

 

ゆらりとでも表現すべき擬音が聞こえた気がした。

 

道着姿……男の手にはいつの間にか、竹刀が握られていた。それを手に駆け出す道着姿に対して、おそらくこれこそが手品のネタなのだろう、2つのCADを用いた共鳴破とでも言うべきものが放たれるが―――止まらずに駆け出す様子。

 

(ふぅん……そういう術式なわけか)

 

別にこのままやらせていてもいいかもしれないが、効果範囲がこちらにまで伸びかねない。

 

剣術部連中が、このまま『干からびて』も啓太は何も思わない。なんせ―――。

 

(師匠は悪の魔法使いなわけだしな)

 

「アデアット」

 

だが、だからといってこのまま見逃すのも何か違う気がして、啓太は『剣』を手にして、武場に『直滑降』も同然に降り落ちるのだった。

 

「はいはーい。選手交代! 代打 背番号12 浦島啓太!!

好球必打!! ピッチャーをマウンドに沈めさせてもらいます!! グラゼニ!!!」

 

「浦島……!?」

 

来ていたのには気付いていただろうに、わざとらしく驚く司波に苦笑しながらも、現れた存在に道着姿は慄く。

 

「ふぅん。『こいつ』が怖いか? つーことはそれなりの知能指数はあるようだな。悪いが、そこの道着男から出てもらおうかい!」

 

本当ならば、ここで逃走するのがあちらの選択のはずだが―――。

 

「シャアアアア!!!!!」

 

どうやら一戦交えることを選んだようなので、剣を一閃。

 

走り抜けながら放たれた剣閃で、道着姿の体から何かが出た。それを狙って封印を掛けようかと想ったが―――。

 

(なんだ。ただの霊媒かよ)

 

出たのは、霊体でも幽鬼(レブナント)でもなく、相手の術式のようで、憂さ晴らしがてら―――。

 

「てぇいっ!!!」

 

スパーン! と先の剣閃よろしく軽快な音を響かせて、その術式を砕いておくのだった。

 

「―――雪姫、なんか妙なのがいたんだが。ああ―――いいなら何もしない。はいはい」

 

すぐさま連絡を取った相手から素気無い返事。あとに残るは、死屍累々の有様を見せている連中だった。

 

「浦島、色々と聞きたいことは多いんだが」

 

当然のごとく何かを聞きたがる男が一人。

 

「なんだい」

 

「―――その『ハリセン』は何なんだ?」

 

端的に最大の疑問に挑んできた司波達也(現代魔法師)に―――。

 

 

「それは秘密だ」

 

―――魔法の言葉(旧い呪文)ではぐらかすのであった。

 

 



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stage.12『不穏な影』

「以上が全ての経緯です」

 

「成程、剣術部に関しては理解した。司波が無力化したあとに這い起きた剣術部員のそれに関しては……お前がやったのか? 浦島」

 

「ええ、ハリセンでスパーン!と一発ぶっ叩いて正気に戻しました」

 

そんな説明で巌のような十文字会頭が納得するだろうか。浦島の横に居て説明をしていた達也は、その端的な説明だけで終わらせようとする浦島の態度をどうなんだ? と想っていると―――。

 

「なるほど、ならば問題ないな」

 

その言葉に浦島と会頭以外の全員が少しだけ瞠目するのであった。

 

「風紀委員会としては、この件で特別大きな処分を求めないんだろう。ならばそれに感謝しておく。今日はもう遅いし、2人を帰していいんじゃないか?」

 

その言葉が『まとめ』だと気付くも、あれこれと探りを入れるには、何というか……『おそすぎた』。よって―――。

 

「そ、そうね。では帰っていいわよ」

 

「「失礼します」」

 

一礼してからの退室を、一年2人はやるのだった。

 

そんな一年2人がいなくなってから三巨頭は話し合う。

 

「ハリセンで一発殴れば、心身トランス状態だった人間を正気に戻せるものなのかしら……?」

 

「やろうと思えば出来るんだろう」

 

はぐらかされている気分になる真由美だが、克人は平素の限りだ。

 

「……十文字、浦島が時々出すカード―――何だか古くさいアイドルブロマイドのようなアレは、何なんだ?」

 

目敏くも、啓太の行動を見ていた渡辺摩利の言葉に克人は、ほほぅと少しだけ感心する。

 

「渡辺がまさかそれに気付くとはな。まぁ俺から言えることは―――我々の認識だけならば、アレは『レリック』に類するものだ」

 

「―――カードから器物を出す。いわゆる有質量物体瞬間移動をたやすく行えるもの、それが浦島の術理の正体か?」

 

一度目は扇―――扇子であり、二度目はハリセン。

 

紙類という点で言えばまだそこまで……というか、それにしたって、色々と意味不明すぎるのだった。

 

「……お前たちだって薄々気付いているんじゃないか? 浦島啓太はマギクスではなく、時代の裏に消えていった、マギステルに類する存在だと」

 

「―――」

 

それは想像していなかったわけではない。だが、彼らが消え去った理由、代わりに自分たちが出現した理由……全てが不明であった。

 

しかし、そのチカラだけは、口伝で伝わっている。

 

それは……ある意味、魔法師にとって『世界でもっともふざけた人間能力だ』とのこと。

 

「あとに生まれた我々こそ彼らからすれば『亜種』なのかもしれないが……」

 

我々にも培ってきた年月があるはずだ……などと勢いごんでも、何も出来なかった時を思い出すのだった。

 

「そして七草、ひとつ訂正だ。マギステル、あるいはマギステースというのは……別に消えたわけではない。

彼らは『隠れている』だけだ。そして―――俺たち魔法師の前に出てきた時、それは―――」

 

―――魔法師と魔法使いとの戦いが始まる合図なのだ。

 

そう言われた時に、冷たい汗が2人の女子に流れるのであった。

 

 

 

「と―――そんな俺の自慢しい根性な話を終えたわけだが……」

 

「ケイタ、アーンして♪」

 

「アーン」

 

「……口を開いて、ワタシのケーキを食えと言っているのヨ!」

 

「むぐぅ!!!」

 

無理やりスポンジケーキ(大)を突っ込まれる浦島。突っ込んだシールズ。

 

その2人を見ながら―――どうしたものだろうと思う。

 

「浦島、シールズ―――俺の話は退屈だったか?」

 

自慢屋な話ではあっただろう。だが、人が話したことに全く以て興味なさげに他のことをされると、流石の達也もむかっ腹が立つのだが、それに対して返答が出される。

 

「イエ、別に。ただ特定魔法を『瞬時に判別出来る』―――アイズ()が無ければ無意味じゃない?」

 

「杉田―――じゃなくて桐原とかって先輩は、あからさまにエンチャントした剣を使っていたから分かりやすかったんだろうが、剣術部相手に無双したとかいうアレは、司波だけが出来ることだろ?」

 

「ソレで社会基盤が揺らぐ(クエイク)と言われても―――ネェ?」

 

同意を求めるように浦島に向けて言うシールズの姿。流し目を寄越す姿が印象的だが……ソレ以上に……すごく『もっともなこと』を言われたからだ。

 

「まさか起動式を読み込んだ段階で『俺は振動系魔法を使うぞ』『私は荷重系魔法を使わせてもらう』とか口頭で言っているわけじゃないしなぁ……」

 

「―――まぁ言われてみればその通りだが……」

 

達也としても困った話だ。これを切っ掛けに、浦島の持つ術理……というか美月が見たカードとやらの秘密を暴露してもらいたかったのだが……。

 

「君がどうして相手の術に対して正確な対抗呪文を放てるかは、眼というよりも『脳髄』の処理が速いからだからだろうけど―――まぁ君と同じように分かる人間ならば、意味があるんじゃない」

 

「ぐうの音も出ないぐらい正論だ……こうなれば、レオの言う通り公表して、金子を得たほうがいいだろうかな?」

 

「ざーとらしいセリフだな。大根役者、入りと掴みがなっていないぜ」

 

「浦島君」

 

あからさまに悪態をつく啓太に対して、少しだけ文句を言うように、名前を口にしてくる司波深雪。

 

別に怖くもなんともないが、とりあえず面倒なので、秘密の欠片だけでも答えることに啓太は決めた。

 

「お前が聞き出したいのは、『こいつ』に関してだな?」

 

言いながら制服の内側から取り出した、カードデッキのようなものを丁重に、まるで宝物でも扱うかのように―――。

 

ハンケチを敷いてから、その上に置くのであった。

 

「―――そうだ。俺の出した秘密の提供は、お前の売値に全く届かなかったようだな……」

 

「まぁそうだな」

 

あっさり言われて達也としても、何となく『来る』ものもある。しかし、今はこれの正体を知るべく口をつむぐ。

 

「で、コレは何なのよ? 一番上の―――この赤毛のツインテールの子……これ麻帆良女子中の制服じゃない。それにこんな身の丈を越えた大剣を構えて―――」

 

「けど可愛い女の子ですね……啓太くんの知り合いなんですか?」

 

「いや、全然―――ただ名前と容姿は当たり前のごとく知っている。端的に言えば―――これは、とある『立派な魔法使い』と呼ばれた少年と、その従者にして恋人だか友人だか、まぁ色んな関係で結ばれた少女たちとの絆の体現―――そういうもんさ」

 

エリカと美月の疑問に、答えたようで答えていない。

 

ただ、それを言った時に……少しだけ尊いものを見たように、浦島とシールズは眼を眇めたのであったのは間違いない。

 

「で、これが、お前がハリセンを出したり扇を出したりのトリックということか?」

 

「そういうことだ。で、いいか?」

 

「理屈ぐらいは教えてほしい」

 

「そのカードが『武器』を召喚する。アデアットと言えば、武器が来るし、アベアットと言えば退去する。それだけだ」

 

それは達也からすれば『理屈』ではなかった。ただの機能説明でしか無かったのだが、実演が為される。

デッキ先頭の『KAGURAZAKA ASUNA』と印字されたカードを手に、「アデアット」と唱える浦島。

 

確かラテン語で『来い』とか『来る』だったか―――適当な日本語表現で言えば『来たれ』というところの『呪文』で、その言葉通りに『器物』が―――『ハリセン』が、武場の時のごとく握られていたのだった。

 

そして、その際のあらゆる式が達也には見えなかったのだ。

 

この現象、現代魔法的に言えば『有質量物体瞬間移動』という、現代魔法では再現不可能と研究を諦めた分野なのだが……それをいとも簡単にやる―――それがマギステルなのかと驚く。

 

「古の魔法使いからの伝統で、『魔法使い』には、前線での戦いをサポートする『従者』の存在が不可欠だった。まぁ、これとて時代が進むにつれて、はたまた魔法使い自体のレベルが高くなってくれば、例外もあったんだが――――」

 

「そんな魔法使いの従者―――ミニステルとなった人間に与えられる『アーティファクト』と、魔法使い―――マギステルからの魔力供給を受けられるエニシ()、それこそが―――『コレ』なのよ」

 

コレといった時にシールズが出してきたのは、己の姿が描かれたカードであった。それは10枚ほどはあろうかというものであり、それら全てに随分と魅力的なアンジェリーナ・クドウ・シールズの姿―――年齢がそれぞれ違うものが描かれていた。

 

「お兄様」

 

名前を呼ばれただけだが、どういう意味であるかは何となく理解できた。

 

よって、見るのをやめて説明を受ける。

 

「以上だ。理解できたか?」

 

「どうやってこんなものを作るんだ?」

 

「契約の魔法陣で、主たるマギステルと従者たるミニステルとが契約を結べば、それで完了だ―――当然、その儀式まで探るのは違反だがな」

 

だが、言葉少ななものだけでも推測できることはある。マギステルにとって、それは簡易すぎるものなのだ、と。

 

「まぁ俺としては明日ぐらいが怖いからな。姫巫女様ではなく、『このヒト』でシバタツ君のサポートでもしてやろうかね」

 

「なんかあるのか?」

 

「先輩方からいやらしい邪魔が入る可能性さ」

 

西城の質問に返して、未来への推測を話しておく。

 

そんな自分の鋭い指摘は―――。

 

「……まさか―――俺も――――カメを握られるのか?」

 

司波によって曲解されるのだった。

 

「握ってほしければ、妹に頼めば良いんじゃね?」

 

「ケイタのカメは、ワタシが管理するわよ」

 

変態は大変だと思いつつ、果たしてどうなるやらと考える。

 

そんな中、眼鏡を外して『パクティオーカード』を見ていた柴田美月の視線に気付かなかった。

 

 

 

新入生勧誘活動の中で乱闘が起こるのは、聞いていた通りだった。しかし、ここまであからさまなものを目撃するとは思っていなかった。

 

しかし、こういう共謀をするとは、思っていなかった。

 

乱闘を起こした連中の片方のエアブリットが司波達也に向かい、それを躱すも逃走を助長するように、上級生が壁となって塞がる。

 

逃げられそうになっている。あんな卑怯な連中が校舎側に―――と思った時に。

 

「ヴァーリ・ヴァンダナ―――水妖陣」

 

上級生が逃走しようとした脇にあった木陰から、音が響く。

 

そして、その上級生たちは地面から出た無数の『手』に拘束されるのだった。

 

「なぁあああ!! な、なんだ!? なんだよ!!」

 

「ひいいいい!!! こ、これは!?」

 

非常識なチカラを行使する魔法師とはいえ、ソレ以上に摩訶不思議で不気味な現象に囚われれば、混乱する。

 

表れたのは無数の手である。しかも半透明の液体の手が、余計に生理的嫌悪感を催すのだろう。

 

「はいはい。あんたらの所業は既に撮影済みだ。ついでに言えば、そこの壁!! テメーらが共謀していることは、既に会話と映像から、全てまるっとお見通しだ!! おとなしく縛につきやがれ!」

 

その言葉で、いつぞや校門前で撮影していた『浮遊するカメ』が、20分前からの会話と映像を再生して、その中で『司波達也をハメるぞ!』という部分を再生して、達也の進路を妨害した相手の不実を糾弾した。

 

「ふ、ふざけんな! こんなの偽証はいくらでも出来るはずだっ! 証拠能力なんてないような―――ッ!!」

 

「―――じゃあもう……頼まねぇよ……」

 

言い返した相手に対してズボンポケットに手を入れた浦島の姿―――校門前でのことは既に多くの人間に知れ渡っている。

 

そして胆で押されたことで、慄いた瞬間に―――

 

「水妖陣」

 

同じく水の手で拘束されて、そして『全身をくすぐる』ことで、相手を無理やり笑わせることにした。

 

「て、てめぇ浦島あひゃあああああひゃひゃ!! こ、こんなことしていひひひひひひ!!!」

 

てっきり居合拳が来ると思って身構えていた紋付きの先輩方は、フェイントに引っ掛かった結果である。

 

啓太の技ありなのだが、そんなことはどうでも良かったりした。

 

「俺は木陰と同化して、お気に入りの『奥井雅美』(まっくん)メドレーを聞いていたってのに、お前らみたいな頭がどうかしている連中の為にご足労してやがんだ。たっぷり笑って笑ってそのまま笑うといいさ―――俺の『笑顔の魔法』でね♪」

 

ニッコリ笑顔と共に指パッチンを行って、手の動きを加速させる浦島。無理やり作られた笑顔が四人の上級生に出来上がる。

 

「あひゃひゃひゃ!!!!あひひひひ!!! いひひひひ!!! うひゃひゃやひゃ!!」

 

ひでぇ……ソレ以上にぞわりと怖気を感じる。こんな異質な術を操る浦島啓太という存在に。

 

この全ての術理が不明な存在が……紋なし、ウィードであることに。実力を隠しているのかもしれないが―――

 

それでも、これに負けたらば現代魔法師としてのアイデンティティに関わると、『本能』で皆が悟るのであった。

 

「まぁ、あんたらのだみ声な笑い声で『まっくん』の美声は穢したくないしな。逝けや!」

 

そして昨日のように、転移魔法符で、笑い転げる上級生四人は閻魔大王の元に送り込まれたようだ。

 

一息突いて手を払った啓太に、達也は近づく。

 

「―――助かりはしたが、なんなんだあの魔法は?」

 

「水妖陣」

 

「誰が名前を言えと言ったんだよ……」

 

原理を教えてほしいのに、それはシークレットだと聞かない男である。

 

「ならばこういっておくか、『太陽系世界最強の大魔法使い』が、『黄昏の姫御子』にセクハラした際の魔法」

 

相手を煙に巻く言動をされて、それでも何というか……助けられたことに恩は覚えつつ、囮にされた恨みは忘却することにした達也なのであった。

 

 

そんな2人の様子を見ていた1年1科の美少女3人は―――。

 

「ほほぅ! やっぱり浦島君はマギステル―――それも西洋と和式の2つに精通しちゃっている術者! これは要チェックだね!!!」

 

「浦島君よりも、達也さんの方を注目してよエイミィ!」

 

そんな風な、かしましいのとは別に、一人の男が離れたところから連絡をとった。

 

 

「私です。ええ、やはり推測通り―――では、機を見て『お貸しします』。はい―――存分に、アナタに拾われた命ですから、ええ……それでは―――」

 

そうして、 災厄が訪れることになる―――。

 

 



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stage.13『襲撃』

「ケイタ―――!! ヘルプミィイイ!!!!」

 

風紀委員会本部に駆け込んできた金髪の美少女。一瞬にして啓太の胸に飛び込んできたことで、何事かと思う。

 

「どうしたい? アンジェリーナ?」

 

「じ、実を言うと緊急で大使館の方に行かなくちゃならなくなったわ」

 

「良かった。健じいちゃんに何事かあったかと思ったよ」

 

「エンギでもない! けど―――マァしばらくは大丈夫だと信じてるワ―――じゃなくてかくかくしかじか」

 

「まるまるうまうまと……成程、委員長。申し訳ありませんが、今日はちょっと早退させていただきます」

 

その言葉で、事態の推移を見守っていた渡辺摩利は、少しばかり虚を突かれた気分ではあるが、それを……『断腸の思い』で良しとした。

 

「で、では行って構わないぞ……」

 

失礼しますと2人して頭を下げた男女が居なくなると、溜息を突く渡辺委員長。

 

「そりゃまぁ……親戚だってんならば、分かるし、何かと要領が分かっているんだろうけどさ。別に一人で行ってもよくないかー……」

 

イジケているとしか言えない態度を取る渡辺委員長に苦笑しつつ、その原因は……浦島を連れて行ったアンジェリーナ・クドウ・シールズに向けられていたのだった。

 

「姐さん、浦島と見回りしたかったんですか?」

 

「まぁ……そうだな。正直、一緒にいて悪い気分はしない後輩だからな」

 

その少し顔を赤くしながら辰巳鋼太郎に返した摩利の姿に、ざわつきが広がる。

 

マジかと思いながらも、乙女チックな摩利と一緒の空間。恋わずらいなのかどうかは分からないが、それと一緒の空間にいるのは気まずいと思ったのか、全員が何も言わずとも―――巡回に出るのだった。

 

(今日で新入部員勧誘期間は終わり。俺への襲撃は浦島の触手プレイならぬ触腕プレイでだいぶ落ち着いた)

 

このままいけば、何事もなく終わるか。それとも―――。

 

波乱を望むような心地を持っている自分に内心でのみ苦笑してから、巡回していた。

 

何だか光井ほのかと北山雫―――あの帰路以来あんまり関わっていない子たちが、何かをしているという事を何となく認識していた。

 

(別に害意を持っているわけではないようだが、どうにも……)

 

大抵の危難は切り抜けられる達也にとって、それは決して必要と言えるものではなかったのだが―――。

 

(サイオン―――)

 

魔法が茂みの向こうから放たれるかと思った時には―――

 

「?」

 

何も起きない。何であるかすら分からない。

 

どういうことだ? そう思ったあとには―――。

 

「!!!!」

 

直感。そうとしか言えないものが、達也をその場から大きく離脱させていた。周囲に人がいなかったからいいが、それでも、次の瞬間には足元の地面が隆起して、切り立った『石槍の華』とでも言うべきものが、出現した。

 

あのまま立っていれば達也の体は、見るも無残な串刺しになっていただろう。

 

だが、そんな空中に逃れた達也は、圧を感じる。

 

痛みだ。身体を強かに打ち付ける圧は―――。

 

「黒い―――錐!?」

 

柄と言える部分が殆どないそれは、投擲用のダガーにも似ていた。それが、達也の身体を何度も貫いていた。

 

(頭部への貫通が無いだけマシだが!!)

 

「石化作用を施していない黒曜の石錐だが、これを凌げないとは期待はずれだよ。ヨツバ・タツヤ」

 

「―――ッ!!!」

 

自分の素性を言ってきた相手。そいつは茂みから出てきた。

 

ローブを纏って素性を知らせない相手。見たままの背格好だけならば、自分たちと同じか、はたまた少し上の年齢だろうか……。

 

土を踏みしめながら、土を踏む音をイヤになるほどに響かせる、男か女か分からない相手は―――。

 

「ウラシマ君を学校から遠ざけたわけだから、目的の一つも達成させてもらおうか」

 

そんな言葉で、攻撃が再開する。

 

それは、達也ですら抗えぬ、デタラメすぎる暴力の嵐にして魔道の極みであった。

 

 

 

「エッ!? 大使館からの呼び出しはない!?」

 

「ええ、特に呼び出すこともないですからね。まさか恋人同伴で来るとは――――思っていませんでしたけど」

 

大使館付きの武官たるシルヴィアさん。知らない顔ではない相手が出迎えてくれたことで、妙な気分になる。

 

「ですが、確かに大使館からのメールなんですよね。間違いメールにしては文面は正しいものですし……」

 

アンジェリーナの端末に記載されたアドレスを見て、一同は狐につままれた気分としか言えない状況、頭を抱える前に一つの推理が生まれる。

 

「ここをハッキングして乗っ取りをすることは、『不可能』ではないはずですよね?」

 

「ええ、厳重なセキュリティを施しているとはいえ、そういうことはまず不可能ではないでしょう。サーティ、フォーティナンバーズによるそれも『絶対防御』ではないですし……」

 

『シルヴィア、こちらもそれを感知できていません。いまセキュリティチェックを開始しています』

 

「―――とのことです。恐らく、ステルスに長けたウイルスプログラムが入り込んだ可能性があります」

 

シルヴィアの言葉の途中で、彼女の端末から響いた『言葉』に、ふむと考え込む。

 

導き出されるべき推理は―――。

 

「……謀られたか?」

 

啓太とリーナ。そして雪姫も一高を離れた状況。『分断』されたと気付いた瞬間であった。

 

「ミス・マクダウェルも、どうやら違う所に行きましたからね。2人をよろしくと―――……!!!!」

 

「「!!!!」」

 

シルヴィアの説明が途中で遮られるほどの魔力の圧。響いたのは八王子方面。

 

それだけで何も言わずに駆け出すぐらいには、2人とも緊急時の対応は心がけていたのであった。

 

「気をつけてぇええええ」

 

シルヴィアの声がドップラー効果で遠ざかりながらも、またがった『ホウキ』というには剣呑すぎる得物は、一路一高へと向かうのだった。

 

 

ズガガガガ! マシンガンの連打かと勘違いするような拳の連続。腕っぷし自慢の連中がガードも出来ないほどの拳は、魔法で張った装甲をいとも簡単に崩して、内臓をしこたま痛めつける。

 

「があっ!! ぐぶっ!!!」

 

「やはり『彼』の因子を持たないデミヒューマンは脆いな。自己の身体強化すら出来ないのか」

 

ばきっ!!! その言葉と共に放ったローキックが、人体をサッカーボールのように跳ねさせながら校舎の方に蹴り飛ばした。

 

「このっ!!」

 

岡田という風紀委員がそのように無力化されたあとには、関本という三年の風紀委員が魔法を発動。

 

相手の身体を明後日の方向に吹っ飛ばす移動魔法。

 

流石は三年一科の生徒ではあるが―――現象は具象化した気配がない。

 

「―――か、かき消えた! 違う『圧し潰された』!」

 

「今のが攻撃魔法かい? 随分となめられたものだな。何一つ『恐怖』を感じないものだった。君たちの攻撃には、決定的に怖さが無い」

 

「!!!!」

 

バカにされたことで、関本のデバイスから読み込まれる魔法は強力だが―――

 

「本物の『攻撃魔法』とは、こういうものを言う」

 

フード男はそれを嘲るように、大振りな漆黒の片刃剣を、展開した数多の魔法陣から弾丸以上の速度で打ち出す。

 

まるで鳥の羽ばたきのように舞い落ちるような剣。回転しながらやってくるそれは、前時代的すぎる『物質的な魔法』だが―――。

 

明確に『刃物』が自分に向けられているという、身体を切り裂くものが高速でやってくるということに『恐れ』を覚えないものはいない。

 

恐怖が身体を縛る。身体を動かさない。

 

「関本!!!」

 

刃物から同級生を守るべく、遠隔型の『障壁』を展開した十文字会頭だが―――。

 

「そこから離脱しろ!! 俺の壁は持たん!!」

 

剣を三本ほど受け止めた時点で彼の壁は崩れた。間一髪、自己加速魔法を発動した関本は難を逃れた。

 

「接近戦など挑むな!!! 絶えず加重魔法や移動魔法で足元を崩すことに終始しろ!! 俺たちの魔法が効くと思うな!!」

 

「十文字!?」

 

渡辺摩利はその言葉に瞠目する。十文字は相手が何者であるか分かっているのか?

 

その質問をする前に状況は動く。

 

「―――ならば、こっちから近づくのみだ」

 

縮地、瞬動なんとでも言えるもの―――浦島啓太よりも『鮮やか』で、熟練の手並みを思わせる歩法で狙われたのは、森崎であった。

 

銃型を抜け目なく狙っていたことが災いしたか。連続の拳、接近戦を挑もうにも呆気なく懐に入られてのリバーブロー。宙に浮いた身体を掴み、それをボールでも投げるように、校舎側に投げた。

 

すぐさま誰かが慣性中和を施したのか、森崎は救出されるも、悶絶するような痛みは続いていた。

 

それにしても―――。

 

(現実離れしすぎている……これがマギステルだってのか?)

 

膂力のケタが違う。

魔法のスケールが違う。

障壁の分厚さが違う。

 

世界(ステージ)が―――違う。

 

今さらながら、八雲の言わんとしていたことが分かる。

 

結果として発生するエネルギー総量が同一であっても、そこに至るべき道中における『膂力』が違うと言うべきか。

 

適切かどうかは分からないが、あえて表現をすれば、自分たちの現代魔法が『発電所』が生み出した『電力』(エネルギー)をもらい、その電力を以て何かの器物を動かすのだとすれば、マギステルの魔法は『発電所』の『電力』(エネルギー)をそのままに叩きつけてくる。

 

エネルギーを作り出すタービンの回転すらも、彼らには利用すべきパワーなのだ。

 

そして何より、これが重要なことだが……。

 

(発電所から与えられる電力は、変電所など多くの配線を以て、ようやく各家庭に届けられる)

 

いくらか電柱ともいえるものの埋設場所が変わっていった現代ではあるが、その要諦だけは細かなことを除けば変わっては居ない。

 

その電力は『分かれたもの』『分散したもの』でしかないのだ。

 

それこそが、この『差』を生み出しているのだ。

そう断じつつも、状況が好転する兆しはない。

 

「深雪、頼めるか?」

 

「はい。お兄様!!」

 

状況を好転させるべく、妹に対して秘技の解放を願うのだった。

 

一年主席が何か巨大な魔法を読み込んでいると理解した周囲。

 

相手を牽制すべく、多くの魔法が放たれる。魔方式の重複をさせないように、一高の生徒全て―――主に1科生だろうが、それでも彼らが魔法を放つのだが。

 

全てが無為に変える。先程の関本と同じくである。牽制にすらなっていない。

 

(何か特殊な障壁でも――――ッ!!)

 

現象改変系の魔法とは違い、放出系魔法がフード姿を穿たんと放たれるも、全く通用しない。それどころかそれすらも消し去っていく中―――フードに変化が生まれる。

 

フード姿の後ろに巨大な魔法陣が出現する。先程の黒剣を打ち出したものとは段違いであり、それを元に、幾つもの巨大な柱の如き螺旋の大剣が整列をしていく。

 

まるで砲弾を装填するかのように作られたそれの意味―――。

 

(深雪が最大級の攻撃をしようとしているというのに、それに対して防御をしようとすらしないのか!?)

 

ナメられたものだ。ならば―――。

 

その障壁を砕くのみ。一度は怒涛の攻撃でやられた達也だが、既に回復は終えている。

 

効き目が悪かったが、それでも―――壁を砕く魔法は存在している。

 

術式解体を解き放つも。

 

「達也君! それは!?」

 

達也が放った術を悟って、近くに居た七草会長が驚くも―――。

 

「―――ッ!!」

 

その結果に対して達也は驚いた。壁は崩れない。『眼』を凝らしてよく見れば……何層もの障壁を展開しながら、いままで戦闘を行っていたようだ。

 

人間業では無い魔法の展開に吐き気を覚える。

 

「僕の障壁の『一層』にヒビを入れたのは称賛しよう。しかし―――」

 

四方八方に、上下―――あらゆる場所に装填された大剣が―――。

 

「何もかもが『虚弱い(よわい)』!!!」

 

――――――猛烈な勢いで放たれた。

 

当然、その動きを止めんと、深雪の『ニヴルヘイム』が、運動を停止させんと、氷漬けにせんと動いたのだが。

 

その魔法による『鎖』を食い破って、ロケットミサイルも同然にあちこちで着弾。直撃を食らったものはいるか。

 

不安がよぎった瞬間、影が差す。時刻としてはまだ日は登っている。沈むにはまだ速い時間である。

 

ならば、この影は――――――――。

 

「おおおお、お兄様!!!!!」

 

「ウソだろ………!?」

 

上を見上げた瞬間、深雪が尻を突かんばかりに驚く。

 

達也ですら驚きの声を出すしか無いものが、現実を脅かしていた。

 

高層ビルほどの高さも幅も―――重さも再現しているとしか言えない巨大な『六角柱』が、空気を引き裂くように、段々と一高全てに落下せんとしていたのだ。

 

その数、5つ。幻術ではありえぬ『圧』のリアルなイメージが、タツヤを恐怖させる。

 

そして―――。

 

「さて、進退窮まったね。ヨツバタツヤ君、ヨツバミユキ君」

 

「「―――!!!!」」

 

こちらの動揺を理解してか、壊乱・混乱したところに踏み込まれた。

 

足を止めて撃ち合うしかない。しかし、そうしている間に柱はこちらに降り注ぐ。

 

消去しようにも、その隙を与えてくれる手合ではない。

 

そして深雪では、あれをどうこうすることは不可能だ。

考えている間にもフードの攻撃は苛烈を極める。

 

一撃ごとに退かざるを得ない膂力。達也の拳をいなした後に放たれる『黒剣』。

 

認めざるをえない。戦闘力において、こいつは完全に全ての魔法師を上回っている。

 

「深――雪!! は――ッ―しらを!!!!」

 

殴られながらも実妹に頼む。破滅・大破壊を防ぐためにも、柱の無力化を妹に託さざるを得ない。

 

安定した落着させるだけでもいいのだ。それが出来るのは、深雪だけのはず―――だが。

 

「ごっ!!!」

 

「お兄様!!!」

 

彼女の精神的支柱たる自分が折られた状態では、彼女は平静を保てない。

 

いまも柱ではなく、自分を助けようと、高速で動くフードを狙おうとしているのだが―――。

 

(ダメかっ!!!)

 

もはや1も2もなく―――達也の秘奥を放とうとした。身体を何度も揺さぶる衝撃の中でも、それを行おうと集中する。防御行動を取れないことで、黒剣が両耳を引き千切ったかもしれない。

 

それでも―――。

 

瞬間、地上の大気を押しつぶすように柱が遂に落ちようとした時に、それら全てがバターのような流体の真っ白なものに変わる。

 

「あまりスマートとは言えんが、俺はアスナさんみたいに『白』を受け継いじゃいないんだからな」

 

「ケレドやるべきことではあるでしょ?」

 

「そりゃそうだけどさ」

 

そのバターのような流体に乗る形で、2人の男女が降りてきた。同時にその流体が自分たちに降り注ぐのだが……。

 

(傷が癒やされていく……)

 

達也の自己再生ではなく、この流体が作用した形であり、他のメンツもそれでなんとか回復する。

 

そして―――。魔法使いの戦いが始まる

 

 

 



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stage.14『攻撃一過』

メロンブックスの一般同人誌販売ランキングにて恐るべき事象が。

武内社長とワダアルコさんの間に挟まれる形で、全裸のリーナが(爆)……一応、『一般同人誌』ではある。いいネタだわー。(え)

再販あればなーと想いつつ、私はCHOCOさんのメリュ本を買うのであった。


 

 

埼玉県まで遠征してきた雪姫は、高速交通を使えばさほどの時間でもないが、それでもかなり離れた東京八王子の方で響いた鳴動に、眼を鋭くする。

 

 

「―――完全に謀られましたね」

 

「全くだ。茶でも飲もうかと思っていたが中止だな」

 

「では、一応『コレ』持っていってください。啓太くんはお得意さんですからね。サービスしてあげるのもイイ女の条件ってヤツです」

 

「あとで吹っかけるなよ」

 

旧知の相手であり、それなりに長く付き合ってきた相手である女に言う。

 

自分が知り合った時点で『少女』という枠組みに収まらない人物だったが、最近はそれが顕著になってきた気がする。

 

かつては妖怪のような姿をしていた学園長(ジジイ)が座っていた席。その机に足を投げ出している女性を置き去りにして、ちょっぱやで帰るのだった。

 

「……甘くなりましたね。ミス・マクダウェル」

 

見えなくなった背中に何気なく言ってから、状況の全ては『京都』の方にも伝わっている。いざとなれば……。

 

「裏火星の連中は、どうしてもやりたいようだな……魔法師は何も知らぬ赤子も同然だ。それを生贄に捧げるなど……」

 

だが、彼らとて己の主張を曲げることはあるまい。それが導き出す闘争は……。

 

 

 

「一応万が一、億に一つって可能性もあるから確認するが……先に手を出したのは、あっちのフードで間違いない?」

 

持っていた無骨な大剣の切っ先を弄ぶように、フードを示した浦島。こんな時にまで、そんなことを気にするとか……。どう考えても、あちらが加害者で、こっちが被害者だろうが―――などと不満などもあったのだが……。

 

「そうだ……」

 

回復したのは目に見える怪我だけであって、内腑への回復や体力回復には時間がかかる。

 

それは達也だけなのかもしれないが……。

 

「なるほど、そういうわけだから俺としては戦わざるをえない。けど―――ここで『やる』のかい?」

 

「当然だと言いたいが、見逃すのならば、もう何もしないさ―――今回は小手調べの挨拶だからね」

 

「そうか。ならば、ここで果てろ」

 

瞬間、消え去ったようにしか見えない2人。そして次には、高速の世界からの攻撃でぶつかり合う2人。

 

石造りの無骨な大剣と『アスナ』と呼ばれる少女が持つ剣が押し合い、鍔迫合うが―――。

 

「―――ぬ!!」

 

石造りの大剣が、豆腐で切られるかのように浦島の持つ剣を受け入れた。

 

「忘れたのかよ? 姫御子の剣は、彼女の力の一端であり、回帰の力の始まりだってことを!!」

 

「そんなわけがあるか。だが失態は認めよう」

 

言いながらも、その石造りの大剣を破棄して離脱するフード。そして、離れたところから自分たちを苦しめた黒曜の武器とやらを幾つも並べてくるフード。

 

「浦島君! 気をつけ―――」

 

深雪の注意勧告。その間にも大剣を肩に乗せて構える浦島。距離としては、剣で戦える距離(まあい)ではない。

だが、何かの『気』とでも言うべき力を溜め込む浦島は、それで迎撃するつもりらしい。

 

後ろに俺や深雪がいるから、そうなのだろう―――。

情けなさを覚えながらも、それでも―――。

 

正面を全て覆うように放たれる黒剣の数々、ソレに対して―――。

 

「奥義!! 斬魔剣・弐の太刀!!」

 

―――飛ぶ斬撃が放たれた。瞬間、衝撃波なのかそれとも魔力の残像なのかは知らないが、黒剣の全てが流体の液体へと変わった。

 

あまりにも現実離れした光景。しかし、斬撃の余波でフードの肩口が切り裂かれた。

 

あれだけ自分たちが攻撃を食らわせても煤一つつけられなかったフードに、遂に攻撃が入った。

 

「――――」

 

よく見れば相手の『曼荼羅』のような障壁が消え去っていた。これならば―――。

 

「砂漠総壁」

 

ごぱぁっ!!! そんな擬音でしか表現出来ない砂の壁が競り上がり、フード姿を覆い隠す。

 

別に魔法の照準そのものに現実の視野が必要なわけではないが、その砂に魔力が充足していれば、問題は別になる。

 

「食らっても大したことはない。魔力強化した身体にキズを付けられるだけの力があるとは思えないんだけどね」

 

だが、万が一もありうる。現代魔法師の魔法を羽虫も同然に嫌うようにするフード。

 

確かに……達也の魔法が通じるようには『見えない』。

 

だが―――。

 

「はぁあああ!!!!」

 

そんなことはお構いなしに浦島啓太は突っ込む。砂の壁を突き破る大剣は、フードにとって天敵のようである。

 

「その剣が厄介だな! アルビレオ・イマもロクなことをしない!!!」

 

言いながら黒曜の剣を自分の周囲に並べるフード。その数が数え切れないぐらいに増加していき、そしてその剣を鎧も同然にしてから、身体を振り回すようにして回転斬りを行う。

 

身体の動きに連動して裁断の刃が浦島に襲いかかる。まるで刃が付いた嵐が襲いかかるようだ。

 

瞬間、浦島の方に変化が生まれる。眼前で何かがひび割れている様子。

 

「玄武陣! そしてハマノツルギとシンメイリュウのコンボを崩すには―――最大級の物量で圧倒するのみ!!」

 

「実に単純明快だな!! 最強の魔法使い!!!」

 

フードが生み出す刃の螺旋は嵐となって上空を黒一色に染め上げていく。逃げることなど許さぬ剣の檻を前にして―――。

 

「リク・ラク・ディラック・アンラック!! 千刃水魔剣!!!」

 

「―――ッ!! 僕と物量で対抗するか!! それでこそ『浦島の後継者』! ゼンコウの魔法使い!!」

 

―――水の刃による嵐を作り上げて対抗する。

 

常識外れすぎる魔法戦闘を前にして―――螺旋の嵐は互いに引き合い、あちこちで水の刃が黒い剣とぶつかり合う。

 

相殺する物量と物量。銃声と砲声の飛び交う戦場でも、ここまでになるだろうかというものが、第一高校で繰り広げられる。

 

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト―――来たれ!! 蜥蜴の王の眷属! 意思にして石なる蛇よ!」

 

嵐がおさまったと思ったと同時に、うねるようにして動く四角柱の群れがフードの後ろから出現する。

 

あまりにも常識はずれの多頭蛇のような様相で迫りくる四角柱は、石か砂のような固体で作られており、先程の六角柱ほど巨大ではないが、その俊敏な動きから回避は不可能に近いが―――。

 

「リク・ラク・ディラック・アンラック―――来たれ!! 大八洲の蛇王! 源水にして原毒なる蛇よ!!!」

 

呪文詠唱で対抗するように水の大蛇を幾つも出す浦島。

その一頭一匹が、フードの石の蛇を相殺していく。

 

相性の問題なのか、それとも力の制限なのか……フードは押されつつある。

全身が水濡れであり、フードは重々しく頭頂部に張り付いている様子だ。

 

「ふっ……やはりキミに対して僕は相性が悪いようだな。しかし―――魔法障壁は回復した。キミの『レンタル・アデアット』もそろそろ―――」

 

その時……勝機を見いだしていたはずのフード『男』は戦慄した。それまで意識の範疇に入れていなかった相手がいたことを。ここまでは―――。

 

「誘いかっ!!」

 

「斬魔剣・弐の太刀!!!」

 

 

フードが張った障壁を砕く一撃。瞬間―――。

 

「―――キーリプル・アストラペー(千の雷)!!」

 

間髪入れず上方より強烈な雷光、稲妻……あらゆる『電気エネルギー』と呼べるものがフードを直撃。

 

「おおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 

そんな状態でも何かで対抗しようとしているのか雄叫びをあげるフード。ビリビリと鼓膜を響かせる電圧の中でもそれは聞こえている。

 

浦島の放った水で通電力が上がっているだろうに、放ったアンジェリーナが驚いて―――はいない。

 

「アデアット!!!」

 

無骨な大剣を破棄して、これまた古めかしい弥生時代か奈良時代ぐらいの鉄剣を持った浦島が、それを手に―――。

 

雷撃迸る通路を飛んでいき、そして雷柱の中にあったフードの身体を上下に分断した。

 

しかし―――。

 

「―――ケイタ!」

 

「逃げられたよ。というか……『本体』じゃない」

 

上半身の方のフードを剣で転がすようにして、上空からやって来たアンジェリーナに示す浦島。

 

達也の方からは分からないが、そこにはどうやら目的外のものがあったようだ。

 

「―――タッチの差で終わっていたか」

 

「「わっ」」

 

二人の影から現れたのは雪姫先生である。いや、影なのか、それとも2人に対して何かの目印があったのかは分からないのだが……。

 

とにかくとんでもない『転移』とでも言うべきもので、美麗の教師は現れたのであった。

 

「現れたのは『地』か?」

 

「フードを被っていたから面貌は良く分からなかったけど、放つ術式は間違いなく」

 

「まぁワタシたちも途中参加(ミドルイン)だったもんで―――最初に交戦したのが、ダレであるかすら分かっていませんよ」

 

「―――成程」

 

状況を2人からしか聞いていないことに、なんとも複雑だが……。

 

「いいだろう。全員、解散だ。すぐさま下校しろ」

 

「ゆ―――」

 

教師の端的な指示に、誰かが言い咎めようとした瞬間に―――。

 

『校長の百山東です。現在、正体不明の『魔法使い』の襲撃を受けて混乱をしているのは理解できますが、全校生徒の『一部』を除いて、今は下校をするように―――『特別指示』があったもの以外でいつまでも残っているようであれば、その生徒には幾らかのペナルティを課します。では寄り道をせずに帰宅をするように―――』

 

巨大な電子スクリーンが全校の領域全てに表示をされて、そこに映し出された御仁が伝える内容は、あまり感心出来るものではなかった。

 

だが、あれだけの戦闘で、怪我を負った者たち全てに何の不調も『無くなっている』以上……教師、それも校長先生の指示に従うのは、生徒として仕方ない話であった。

 

 

めいめいの体で帰宅しようとする人間たち、その中で身体に異常があるものはないかを、校門前でチェックしていた安宿と小野は……学内に残る一部の生徒を除いて、全員が大丈夫であることを雪姫に伝える。

 

「ありがとうございます。お二人とも」

 

『私も帰りたいですよ。愛しのスイートパンプキンの顔を見て安心したい。ママの癒やしはそれだけなのだから』

 

『子どもは野菜で例えない方がいいんじゃないですかね……』

 

安宿の言に、そんなツッコミを入れる小野遥の言を聞きつつも、『お疲れさまです』と言ってから、あと1時間ほどだろうなと思いつつ、視線を他に回すのだった。

 

「さて……何から聞きたい? とりあえず、このバカと一年次席がやって来るまで戦った勇気に敬意を評して、各人一つずつぐらいは誠意をもって答えてやる」

 

「大盤振る舞いだね。『キティ』」

 

「他の人間の前でもう一度呼んだらコロス」

 

質問者ではない浦島が少しばかり妙な茶々を入れたことで場が緊張した。だが、これは彼らなりのコミュニケーションなのだろうと気づけた。

 

場―――部活連執行部室に集められた面子は、三巨頭に、司波兄妹……浦島啓太にアンジェリーナ・クドウ・シールズ、そして……当の回答者たる松岡雪姫だけだ。

 

「―――それは、浦島くんやシールズさんへの質問になっても構わないので?」

 

七草会長の前置きは、ナイスなファインプレーであった。

これを入れていなければどうなったか分からない。

 

「ああ、余程のプライベートな事以外であれば、私は答えよう。いいな。2人とも?」

 

最終確認をすると2人の男女は首肯をした。どうやら、基本的に話すつもりはあるようだ。

 

だが、この話し合いにおいて、焦っているのが克人である。彼は、マギステルであるこの三人と深く関わってきた稀有なマギクスであり、場合によっては質問自体が何というか陳腐なものになりかねないのだ。

 

(だが、話し合って、今さら俺の情報を曝け出すには遅すぎる……)

 

なんてこったいと考えていた克人だが……この場は流れるままに任せるしか無さそうだ。

 

人知れず嘆息をしてから、まずは他の連中にバトンを渡すのだった。

 

「じゃあまずは私から……浦島君、あなたは実力を隠して入学したの? 確かにCADこそが現代魔法師のツールだけども―――それを用いずにアレだけの威力を早く出せるならば……もっと達者に試験をこなせたはずでしょ?私達を……バカにしているの?」

 

「随分と悪意的な見方ですね。残念ながら違います。俺にとって、現代魔法が須らく相性が悪いものなんです。それだけです」

 

「それは……どうして?」

 

「俺からすれば、現代魔法ってヒドく神経質なものでしかないんですよね。例えるならば、小学校・中学校のテストの採点で、『漢字の書き方でトメ・ハネ・ハライが無いから✕』とか、『計算式で主となる方を逆にしたから✕』『ガメオベラ』の『メ』が『✕』に見えるから『不正解』だの、そういったものにしか思えないんですよ。だから苦手なんです。以上」

 

それはかなり『理不尽なテスト採点』とも言える。確かに、『正しい文字』という『結果』を求めるならば、そういったテストで『習熟』を調べればいい。

 

だが、限られた時間でペーパー上の問題に記す『正答』で『高い点数を得る』という『結果』を生徒が求めるならば、そこは若干不問にしておくべき事柄だと思われる。

 

理解の習熟のそれを調べたいならば、それに値するテストだと事前に説明すれば良いはずだ。

 

教師が求める正しさと生徒が求める正しさとが、全く以て乖離しているのだ。

 

生徒からすればある種のヤクザのアヤつけも同然に思うことだろう。

ならば、全てのテストで先生方は全ての問題を『手書き』で書いたものをコピーした上で、生徒にそれを解かせればいい。そこには、生徒から見てもきっと文字のきったない教師もいるはず。

『ン』と『ソ』の区別が着きにくい問題も出てくるかもしれない。

 

それを書いたのは教師のはずだから……。並べて、そういうことを指導するならば、教師たちがどれだけ正しい文字を書けるのか知りたいものである。

 

蛇足が過ぎたが、ともあれ啓太の言いたいことはそういうことだろう。

 

「―――………マギステルの術は違うの?」

 

「理屈においては、そういうのは無いわけです。基本的な術理は『世界に訴えかけること』がベースなんで、なんでもかんでも己の力だけで『こうしてやろう』とするものとは別種なわけです」

 

それは……現代魔法師に対する最大級の皮肉とも言えた。

 

まだまだ理解は遠いが、それでも……マギステルに対する理解は出来たと思っている。

 

「だからこそ『ミニステル・マギ』という存在が必要なのヨネ」

 

「そういうことなのかな?」

 

魔法使いの従者という存在があるマギステルに疑問を持つのは、啓太も同様だったわけだが……。

 

「ならば次は私だな。端的に聞くがそのカードは、何なんだ?」

 

「パクティオーカードという魔法使いの従者との縁たる器物。これを持つことで、従者は魔法使いから魔力のブーストによる様々な恩恵を受け、そして戦いのためのアーティファクトを召喚することも出来る」

 

「そんなものがマギステルにはあるんですか?」

 

「あっちゃうんだなぁ。これが」

 

どこぞのアッカネンみたいな言い回しをする雪姫先生に、摩利はどう返したものかと思う。

 

「けど浦島の持っているカードは―――あれ? 何か変じゃないですか? 主たる魔法使いは、従者の絵柄が描かれたカードを……ううん?」

 

摩利の突っ込んだ疑問、考えてみれば少しだけ変だ。

 

「ある種の『例外』を除けば、従者のアーティファクトを主たる魔法使いが使うことは出来ない。そして、その縁を持たない相手がカードに対してアデアットと言った所で、本来はアーティファクトを召喚することは出来ない」

 

カードは主たる方が持つオリジナルと、従者が持つコピーというのがあるらしい。

 

「機能としては、先述の通り『主』は魔力を送る。『従者』は魔力を受け取りアーティファクトで戦う。そこは変わらんさ」

 

「その例外が……浦島なんですか?」

 

「そうだ。そこから先はコイツの家のことにも関わることだから、私も話せんぞ」

 

どうやらそこがボーダーラインのようだった。

 

「ならば、私が渡辺委員長の言葉を継ぎましょう! 数日前にリーナは、それぞれ年齢が違う自分のカードを出してきました!! それはつまり、成長することによっても変わるものなのですね!?」

 

「ソーヨー」

 

「ならば、その契約の方法とは!?」

 

「2つの質問になっている気がするけど、まぁ答えるわ―――ズバリ言えば……!」

 

その美麗な声が紡ぐ仮契約の方法―――それは……。

 

「夢でキスキスキス!―――な訳もなく、現実に口づけ、マウストゥマウス! KISSをすることでGETするのよ! 同時に、主たる魔法使いの心もGET―――出来ていればいいのになぁ……」

 

その言葉で察することが出来るものは多い、あの年齢が違うだろうアンジェリーナのカード。

 

その数……10枚ほど―――つまり、その意味とは!!!

 

『―――――――――』

 

誰もが、その意味に絶句してしまうのであった。

 

「ちなみに司波兄妹は、これで質問を使い切ったことになるからな」

 

深雪に与えた質問権―――プライスレス。だが雪姫先生の無慈悲な行いが達也を苛むのであった。

 

 

「最後は俺ですな。聞きたいことが多すぎて、正直なんともまとまりませんが……『地のアーウェルンクス』こと、フェイト・アーウェルンクス……ヤツの目的はやはり魔法師の身を―――『裏火星ムンドゥス・マギクス』の維持のために使いたいということなのでしょうか?」

 

その言葉は―――三人を少しだけ緊張させた。

 

だが、最後には……。

 

「そう考えて間違いないでしょう。そしてアレは、地のアーウェルンクスのコピー人形。本物は、どこぞでコーヒー片手に高みの見物ですよ」

 

そう認めてくるのだったが、あまりにも『不明な単語』が多すぎて、どうしても疑問は多すぎる。

 

そして―――。

 

「会頭、あまりにも不明な単語ばかりなので、教えてくれると助かりますが……」

 

達也としても、今まで知りたいと思っても、この第一高校図書館のどんな文献にも乗っていなかった、マギステルの実態を知ることが出来るのだ。

 

このチャンスを逃すわけには行かない。

 

「ああ、いいだろう―――俺も理解が半端かもしれないから、補足ぐらいはお願いできるでしょうか?」

 

「まぁいいだろう。お前が危機意識を持っていなければ、不幸なことになっていたかもしれんからな」

 

なんやかんやと雪姫は甘いよな……、そんな事を啓太とリーナは思いながらも……魔法師たちにマギステルの真実が伝えられていく……。

 

 

 

 



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stage.15『悪の魔法使い』

 

 

 

―――とおい、とおい、昔の話……西暦という時代が始まる前のことだった。

 

――――地上で繰り広げられる悲惨に絶望して、力弱き人々を新天地へと導いた魔法使いがいた。

 

魔法使いは、強大かつ膨大な力の持ち主であり、新天地―――赤き星。

 

太陽系第四惑星―――『火星』の『裏側』に、その力で以て、人々の新たな楽園……。

 

魔法世界=ムンドゥス・マギクスを築いた。

 

「だが導かれた人間たちは、別に聖者でもなければ欲を捨て去った修験者でもなく、『ただの人間』だった。当然、一つどころに集まったところでソリの合う合わない、自分たちと違うから従わせるなど、争いの根本の大小はあれども、地球の歴史と変わらぬ戦いは繰り広げられたわけだ―――結果的に、導いた魔法使いは姿を消した」

 

一部を除いて、集められた人間たち全員が『呆然』とせざるをえない、大きすぎて遠すぎる説明。だから、疑問は多すぎた。

 

「まるでこの学校と同じだな。1科と2科―――能力の大小やら優劣だけで、差別であり優越意識を持つなど、お前たちと何も変わらん。むしろ学校という限定的な共同体であるだけに、それは陰湿なものへと変わる」

 

「雪姫先生……」

 

「怒ったか? だが、それを変えずにここまで至ったのだから、事実は事実だ」

 

真由美の言葉に何一つ表情を変えずに返す雪姫。彼女からすれば、真由美の改革なんぞただの『絵に描いた餅』にすぎないのだから、どうでもいいのだ。

 

「話を戻すが、近代科学を主体に発展した地球とは違い、裏火星の人間たちは『魔法』というものを主体に文明・文化を発展させた。結果として―――彼らはその世界を維持するために、2000年代初頭ぐらいから、地球にある『魔素』とも『魔力』ともいえるものを収奪すべく、様々なことが行われた。ある者は各国政府と秘密裏に交渉し、ある者は密やかにそれを収集すべく人造人間を送り出したり―――まぁ色々だわな」

 

「……火星に導かれた人々は、地球にもやってこれるんですか?」

 

「―――『入り口』があるならば、帰りのための『出口』もある。ようは『出入り口』になる。常識じゃないかな」

 

摩利の言葉に返す。言われてみればその通りだった。

 

「そこから先のことに関しては、長くなるから割愛するが、そうして時は流れて2090年代においては、もっと直接的な手段に打って出た」

 

「それが魔法師の身柄を―――そういうことなんですか?」

 

「ああ。本来ならば、こういったことを許さないように、中世時代にとある古い魔法使い―――地球にいた『禍音の使徒』と呼ばれる存在が、地上で悪さをしていた火星の魔法使い共を火星まで退かせて、ある種の不可侵条約を結んでいたんだがな」

 

遠く、懐かしいものを語るようにする雪姫の姿が印象的だが、ソレに対して浦島、シールズ、十文字の表情は、苦笑い気味だ。

 

「……連中も、この時代になって若干ながらケツに火が点いた形ではあるか。『彼女の夢』に沈むまでは猶予が出来たが、それでも『礎』たる御子の力とて無限ではないからな」

 

そして、最大級の事実が告げられる。

 

 

「―――今回、お前たちは明確に狙われた。私は麻帆良にニセの連絡で呼び出され、こいつら、啓太とリーナは大使館に呼び出された。その理由が分かるか?」

 

「……俺たちは障害とすら見られていない。ただの好餌なんですね」

 

複雑な気持ちで、その事実を認める克人。

 

「そうだ。近々『なにか』は起こる。警戒しろと言っても無理であり、かといって学内の内通者を炙り出すことも不可能だ。マギステルは、お前たちマギクスとは違い『自己を顕示しない』ように教育されているからな」

 

「まぁオコジョにはなりたくないからね」

 

「ユウメイムジツと化した制度ですケドネ」

 

どういうこっちゃという想いを一欠片ほど抱きつつも、それでも……戦いはまだ序盤でしかないことを認識するのであった。

 

何より……こんな大きすぎて膨大すぎる話を聞かされて、それを全てまるっと信じるには時間が欲しかったわけで―――――。

 

 

 

「で、また僕の所に深夜訪問するわけかい」

 

少しだけ不満を表す坊主だが、達也としても言い分はあった。

 

「深夜って……まだ10時じゃないですか」

 

「坊主の朝は早いんだ。もしかしたらば、葬儀でお経を読んでくれと言われるかもしれないしね」

 

この明らかに怪しすぎて、檀家がいるかどうかも不透明な寺の和尚に、経を読んでもらいたい仏さんがいるだろうか?

 

そんな疑問を覚えつつも、九重八雲は兄妹が聞いた話に関して―――。

 

「概ね事実だ。いや、彼女ほどの証人はいないからね。

事実、西暦以前から彼ら裏火星の魔法使いたちは地上に降り立ち、歴史の裏側で随分と『悪さ』をしていたようだ」

 

―――縁側にてそう太鼓判を押すのであった。

 

多くの創作物で魔法使いが『悪』というイメージが多いのは、もしかしたらば、ここに起因しているのかもしれない。

 

「けれど、地上世界に残った魔法使いたちもいたんですよね? 彼らは禍音の使徒さんとかと協調しなかったんですか?」

 

深雪の疑問はもっともだった。

 

「まぁ『当初』は積極的な協力こそ無かったが、あまり表立って敵対したくもなかったのだろうね。何せ殆どは、魔法世界の価値で言えば『ごろつき』『チンピラ』みたいな連中であり、それぐらいならばともかく、『本国』の『兵隊』どもが大挙すれば分からん話だったからね」

 

魔法世界の『軍事レベル』がどれほどであったか分からなかったのも、事実の一つだった。そして、そのごろつき達ですら、当時の魔法使いたちにとっては脅威だったということである。

 

「だが、あまりにもろくでもない連中ばかり来ていたので、義憤を覚えた地球の魔法使いたちも、終盤辺りには、禍音の使徒、闇の福音、マガ・ノスフェラトゥ―――様々な呼び名を着けられた『悪の魔法使い』に協力して、当時の魔法世界本国『メガロメセンブリア』にやって来て、一大騒動を巻き起こしたとのことだ」

 

洋の東西を問わず集まった人間たちは、『カチコミ』をかまして『ブッチギレ!!』しまくって、その後は『悪の魔法使い』を代表に地上との協定を結び、地球・火星間で緩やかな関係を維持していた。

 

「およそ1518年の頃―――日本で言えば応仁の乱後、徐々に戦国の時代が広まりつつある頃だね。まぁまだ信長は出てこない。しかし、北条早雲が死ぬ前年というところだ」

 

戦国大名の先駆けが死につつある時代……。その頃に海を渡り、西欧世界で猛威を奮った火星人たちを駆逐して、火星の異界で『使徒』とともに決着を着けた。

 

だが、ここで一つの疑問が生まれる。

 

「何故、その禍音の使徒とやらは『悪の魔法使い』なのですか? 普通ならば『正義の魔法使い』とか言われていてもおかしくないのに……」

 

もしかしたらば、裏火星という異界の魔法使いだけの蔑称で、地球の魔法使いはそうは思っていないのかもしれないが―――。

 

「いやいや、まぁ……何というか、彼女はやり過ぎたというか、殊更自分を大きく見せすぎたというか……最後の講和会議で、ゴルゴンゾーラという古狸の議員を脅しつけるようにして『殺した』あとに、彼が連れてきた戦力全てを壊し尽くしたからねぇ」

 

「―――彼女? 女性だったんですか?」

 

「うん。闇の福音は紛れもなく女性だよ。その後に彼女の戦いよう・戦い方は魔法世界の人間たちには、強烈なトラウマとして植え付けられた―――ただ旧世界の魔法使いたちは知っているのさ。

大昔に、蒼星の義勇溢れる魔法使いを束ねて、紅星の暴虐と戦った偽悪的な偉い魔法使いがいたってね」

 

八雲の言葉は、まるで尊いものを語るかのように厳かなものだった。それは―――魔法師たちには関わりのない歴史であって―――少しだけ羨ましくもなる。

 

歴史の立脚点というものがマギステルにはある。

 

対して、魔法師には『力』しか自分を証明するものが無いのだから。

 

「そもそも論になるが、彼ら裏火星の民たちは『はじまりの魔法使い』が下した『戒律』を破ったからこそ、彼女にそこまでの力が備わったとも言えるかもしれないけどね」

 

八雲の少し不明な物言いはともかくとして、重大なことを聞くべく話を進める。

 

「……それでその後、裏火星と地球の魔法使いたちは、交流をしていたんですか?」

 

「一度出来上がっていた協力関係を全て破棄も出来ないからね。ただ……今の時代では、裏火星と地球側は殆ど断絶状態だ。こんなことになっているのは、全てはエレメンツの後の『現代魔法師』の誕生に因があるのだが……それはまた別の話だ。こんなところで大丈夫かい?」

 

ここまではただのマギステルの歴史の補足に過ぎない。問題点は……。

 

「俺や深雪の魔法で―――マギステルに対抗することは出来ないんでしょうか?」

 

「本日、一高を襲った『地のアーウェルンクス』に関しては『特級』であり、この太陽系世界最強格に値する魔法使いだ。比較対象としては置いておこう」

 

つまり『別格』であるということ。全てのマギステルがあれだけの力を持っていれば……という危機感はあったのだが、それでもその『特級の相手』と互角以上に渡り合ったのが、同級生にいたのだ。

 

対抗意識は出来上がり、そして羨望も生まれる……。

 

「遇し方次第としか言えないかな……ただ絶対条件として、マギクスがマギステルを害するならば、2つの壁を越えなければならないとしておく。まぁ全マギステルがそうというわけじゃないんだけど……彼らの魔法戦と君たちの魔法戦はかなり違う」

 

そうして九重八雲は語る。

 

1つには、マギステルが戦闘となると絶対に張る『障壁』である。これは『対魔法攻撃』『対物理攻撃』などの特徴を持った、『多層かつ重厚』なものを展開してくるのだ。

 

これを突破するには当たり前のごとく、それを超えるほどの魔法をぶつけなければならない。マギステルの魔法の中には、『障壁貫通』という術理でそれらを突破することも出来る。

 

「だが、魔法師となると途端に厳しくなる。これは単純に、君たちの魔法の大半が、『現象』を『改変』することで『その結果』を導き出すということに終始するからだ。障壁を張った魔法使いを害するだけのエイドス改変を行おうにも、それらは障壁という『壁』を突破することも出来ずに、『押しつぶされる』」

 

三年の風紀委員の1人が言っていたのは、そういうことだったのか。

 

「そして放出魔法に関しても同じくだ」

 

さらなる絶望感が襲う。そしてあの『地のアーウェルンクス』とやらは、十文字家ぐらいしか達者に出来ない魔法障壁ごと『移動』をする。しかも『高速』という言葉がつくことを、容易く行っていたのだ。

 

2つ目には、魔法使い及び『魔法剣士』が身体そのものに貼り付ける肉体強化の魔法である。

 

「基本的にマギステルは、従者を置くことで自らが白兵戦せず、遠距離から『移動砲台』としてブッパするのが基本だが、どうしても接近戦を演じる場合の策として、従者と同じく超人的なパワー&スピードを確保するための自己強化術が存在している」

 

「―――それもまた破らなければならない壁……」

 

「ある程度は僕の忍術や魔法剣術においても、無意識のサイオン操作で自己を強化しているとも言えるが、マギステルや気功拳士のそれは、明確な術として存在しているからね」

 

だが……浦島やあのアーウェルンクスに比べれば、自分たちのはかなり格落ちだ。

 

「以上を超えるには……まぁピンキリだね。魔法使いのレベル、そして魔法師そのもののレベル次第だとしか言えない。全くもってアドバイスにはならないけどね」

 

絶望感という程ではないが、それでも魔法師の魔法が通じない相手、そんなものを想定していないだけに、どうしても……。

 

「無力ですね。俺たちは」

 

「悲観するなと師匠としては言ってあげたいが、ただ……彼らと相対するならば、魔法師としての常識は捨てて挑むしか無い」

 

出来ることならば敵対しない方がいいけどと八雲は言うが、あのフード……フェイト・アーウェルンクスらしき人物という不詳の存在は、深雪と達也の秘密を知っていた。

 

いずれにせよ……向き合う日は近い。

 

 

 

「達也は今日は非番らしいが、浦島は?」

 

「少し呼ばれている。まぁ昨日出来なかったデスクワークをやれということなんだろうけど」

 

西城の言葉にそう返す。実際、委員長から呼び出しを食らってしまったのは事実なのだから。

 

「しっかし、昨日の浦島とクドウさんスゴかったよな」

 

「ええ……けどシンメイリュウなんて流派聞いたことが無い……」

 

そりゃ世から隠れた剣術流派だものと無言で言いながらも、千葉流なる魔法剣術の家でも知らないならば、『そういうこと』だ。

 

近衛のババ様がそうすることを望むならば、それに従うのみだ。

 

……ふと、今更ながら疑問を口にすることにした。

 

「そっちの柴田さんはともかく、西城と千葉さんは、あの乱痴気騒ぎになんで参加しなかったんだ? 少なくとも第一の被害者に司波君がいるならば、応援加勢しても良かったのに」

 

実力の程は見ていないが、言葉の調子から血気盛んなものを感じる2人が、あの戦いに参加しなかった事実を疑問に思うのであった。

 

その言葉は非番で帰ろうとしていた司波達也を少しだけ留めて、耳を傾けさせることになる。

 

「いや、俺たちも最初は出ようとしたんだぜ。CADも返却されていたからさ、けどよ……」

 

「2,3年の二科生の指導教官『橘』先生が、校舎から出るのを止めてくれちゃってさ! ったく!! 出てみれば1科生はズタボロだったじゃない!!」

 

「エ、エリカちゃん―――けど……今更ながら、橘先生は変というか妙な言い様をしていたんですよね。『1科生が敢闘するから、君たちはここで待機しているんだ』って……」

 

「別に妙でも無い気がするけど?―――ああ、つまり1科生がここまでズタボロになると理解していたことが、不可解なわけか」

 

敢闘という言葉の意味を調べれば分かるが、これはどちらかと言えば『敗色濃厚な相手にも挑みかかること』を意味することが多い。

 

つまり―――あの教師は、現れた相手が尋常の相手でないことを、知っていたかもしれないということであろうか。

 

そういう疑問を、柴田は覚えているのだろう。

 

「あんまり気にしないほうがいいと思うけどね。この学校にいる教官たちも、色々な過去があってここにいるわけだし、そこには色々とあったんじゃないかな」

 

「―――雪姫先生も、か?」

 

「女の過去を知りたがるなんて、デリカシーないな。司波」

 

「まぁ言われれば……そうか……」

 

「恋仲になれば教えてくれるんじゃない。口説けば?」

 

その言葉にE組全体がざわつく。いらぬ注目を集めてしまう浦島の言葉に―――。

 

「んじゃ、お先に」

 

何一つ責任を取らずに教室から去っていくのであった。

怒ることすら出来ぬ見事な退場。

 

 

今日一日、同じようにクラスメイトから質問攻めにあった達也を見捨てていくその無情に……もしかしたらば、こいつが―――。

 

(いや、師匠も禍音の使徒は女だと断言したからな)

 

そもそも、その人は既に死んでいるはずなのだ……。

 

600年近くも昔の人物が、今の時代に生き残っているはずがない。そんな達也の値踏みなど知らぬ啓太は、気配を『殺しつつ』E組教室から去った。

 

 



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stage.16『色々な立場』

いやー吉田羊さんが、とんでもねぇ。

ゴルゴムも当て字がすごいし―――……というわけで新話です。


1科生の紋章を着けた男女がE組に向かっている様子を横目で見ながらも、たどり着いた風紀委員会本部には委員長だけであった。

 

「お疲れさまです」

 

「ああ、お疲れ」

 

開け放った扉から入って、委員長に挨拶してからデスクワークの開始となる。掛けた椅子に体重を預けながら色々な報告を書き連ねていく。

 

いくのだが……。

 

「なにか?」

 

「う、ううん!? なんでもないぞ!」

 

「いや、何かあるから視線を向けてきたんでしょ?」

 

「達也君もそうだが、お前も達者に報告書を書くものだから先達として、なんともな……」

 

先輩としての威厳を保ちたいのだろうか。そんな想像をしてから、少しだけ接待(・・)をすることに。

 

「委員長、ここなんですけど」

 

「わからないところがあるんだな!? よし教えてやろう!!」

 

喜び勇んでという表現が似合いそうな表情で、啓太の席に近づいてきた渡辺委員長だが……。

 

「―――で、ここはこうでいいんだ」

 

「どうもです」

 

成程と想いつつも、何だか……。

 

「近いです」

 

「何が近いんだ?」

 

「委員長の軟らかい肢体がですが」

 

「当てているんだよ。昨日の大立ち回りでは世話になったからな。流石に真由美にこういうことをさせるわけにもいかないだろ?」

 

「結構ですよ。いつぞやの時に堪能したんで、その感触を忘れられるわけがありません」

 

「日々魅力的になっていく年頃の乙女の身体は違うものだと想うぞ」

 

だからと、こういうあからさまなセクハラをしてくるとは―――。

 

「俺だからいいですけど、他の男子だったらヤラれちゃってもおかしくないですよ」

 

危機感を持ってくださいと嗜めるも、余計に密着をしてくる委員長である。

 

とはいえ、節度を弁えていたのかようやくのことで離れてくれた。

 

「で、俺に対して色仕掛けして何が聞きたかったんですか?」

 

「失礼だなお前は……まぁ聞きたいことがあったりしたのは間違いないな。シールズの持つパクティオーカードに関してだな」

 

やはりそれに関して聞かれるか。別に隠し立てするわけではないので、一応言っておくことにする。

 

「パクティオーカードは本契約の前の仮免みたいなものですが、それでも本契約と遜色ないんですね。先程、委員長が言った通り『年齢』によって、人というのは変化する。それを進化と呼ぶか、退化と呼ぶかは分かりませんが、まぁその変化に合わせてカードを作ってきたということです―――」

 

「つ、つまり……お前は、まだJSだろう時代からシールズと、キキキキス!をしてアレを作成していたのか!?」

 

「まぁアンジェリーナはそう言ってましたけど、別に仮契約の方法はキスだけじゃないですしね」

 

「けどそうしていたんだろ!?」

 

なんでこんな責められるように言われにゃならんのか。ちょっとだけ反感を覚えながらも、『その通りです』とだけ言っておく。

 

「……付き合っているのか?」

 

少しだけ呆然としたような表情で言う渡辺委員長に、何だろと思いつつも言っておく。

 

「いいえ、ただ……世話を焼いとかないとどこに行くか分かったもんじゃないので、まぁそういう関係です」

 

考えてみれば、色々とトラブルに巻き込まれても、アンジェリーナを嫌うことが出来ないのは……。

 

(俺も景太郎ジイさんの血筋ってことなのかね)

 

妙な納得をしてから、作業に集中する―――と、まだ委員長は言い足りなかったようで、口を開く。

 

「先の戦闘は私達―――全ての魔法師たちに無力感を覚えさせた。……出来ることならば、私達も仮契約を結んで、お前のバックアップを受けたいんだがな」

 

「ムリです。というかすぐさま出来るものではないですから、契約の魔法陣を用意しようにも、色々と手続きが必要です」

 

「そうなのか……」

 

そんな言葉で躱しつつも、だがこのまま、雪姫の言うような事態が進行した場合、委員長だけでなく多くの魔法師に被害が出ることは間違いあるまい。

 

とはいえ……どうせ戦力補充の当てはあるのだろう。

 

魔法協会もどうせ色々と動いているはず。というか昨日の内に『■葉』の『コーマ』から―――。

 

『ケータさん。どうか……■の守護をお願いします』

 

などと言われた。誰がそうであるのかは知らないのだが、まぁ別にやれることをやらないほど暇ではないのだ。

 

「委員長、終わりましたので帰っていいですか?」

 

「ああ……ただなぁ……むぅ……」

 

見回りを1人でやるのがデフォルトの風紀委員。今日は自分は事務仕事だけだったのだが……。

 

仕方無しに見回りしますか? と誘おうとする前に、風紀委員会本部の扉が開け放たれるのだった。

 

「君たちは誰だ?」

 

「失礼します! 1−B の相津郁夫と申します!!」

 

「私は同じクラスの斎藤弥生です」

 

堂に入った挨拶をする男子と、少しだけ軽い調子ながらも武人としての感覚を覚えさせる女子の登場。

 

1科生だなと感じつつも、何用なのかと想う。

 

「なにか用かね?」

 

「誠に勝手ながら、本日は、こちらにいる浦島啓太君と剣で一手仕合たいと思い参上しました!!」

 

「だそうだが、どうする?」

 

他を当たってくれ(やなこった)

 

にべもない返答に誰もが苦笑せざるをえない。だが、それでも相津郁夫としてもここで引き下がるわけにはいかない。

 

「君の魔法剣術……神鳴流といったか、それと一手仕合たい……ダメだろうか?」

 

「俺は2科だ。そんな俺がだ。君の魔法剣術とやらとレベルの合った試合が出来ると思うか? 君の腕に合う相手と戦えや、同じレベルの相手と」

 

「それは」

 

啓太が放った言葉。それは相津郁夫を呻かせたが、同時に何故か渡辺摩利も呻かせていた。

 

「そもそもあれが俺の地力だと想うのか? もしかしたらばアンジェリーナが、何かの補助を行ってあれだけの戦闘行動が出来ているに違いないとか、もう少し考えと思考を進めてみろよ」

 

それはあまりにも人を穿ちすぎた眼で見た際の感想だ。だが、啓太には『2科』であるというランクが押されているのだ。

 

これを覆すだけのことを『出来る』という確証を、相津は言わなければならないのだ。

 

……格上で自分が延びるためにも、敗色濃厚な相手に挑戦したのに『素気なく返される』。その様子に、もしかしたら……『あの子』も傷ついたのかもしれないと感じる。

 

理屈ではなく、情熱をそのように躱されて嫌な想いをしたのかもしれない―――今更ながらあの子の頑なな態度は……ここに起因していると気づけた。

 

「何でそんなにまでも……自分のチカラを隠すんだ?」

 

「さて、どうしてだろうね。まぁ余人には分からない何かがあると思っておいてくれ。仮面ライダーBLACK SUNの怪人とて、静かに暮らしたい思いでいる怪人(ヒト)もいるんだ」

 

そういうヒトを煙に巻いた言動はどうかと思う。だが、人それぞれ事情がある以上、そんなことは出来ないのであった。

 

 

翌日、生徒会室に再びお呼ばれした啓太は、はなはだ不本意ながら司波達也と一緒になって、そこに行かざるを得なかった。

 

「弁当箱はコレからヒトツでいいんじゃないかしら? お重に持ってくれば」

 

「冗談ヨシオくんだよ。お前だって、クラスメイトと食う時あるだろう。その際のことを考えているんだよ」

 

どうせ自動食器洗い機は備え付けてあるのだ。洗う手間なけれど、入れる手間は特にない。

 

アンジェリーナの言葉に返しながら、食事は続行していく。特に生徒会の会話にはハマらずに、問われれば応えるぐらいをしながらではあるが……。

 

ただ司波達也が壬生とかいう女子2年―――2科生を言葉責めにしたとかいう話の際に、氷結しつつある空間が形成されて、それを――――『蒼』は吸収した。

 

「え?」

 

「ケータ!!」

 

「大丈夫だ。どうやら自動反応して『吸収』したようだな」

 

「ホントウに? なんかミユキの性悪な魔力とかでお腹下したりしていない?」

 

心底心配なのはそっちかと思いつつ、『大丈夫』だと言っておくことで安堵させるのだった。

 

「リーナ……それどういう意味ですか?」

 

そのまんまの意味だと言ってやりたいことこの上ないのだが、今の現象の事情説明を求められる。

 

「簡単に言えば、指向性は無いが無差別の悪意的な『チカラ』を吸収しちゃう性質があるんですよ。俺の体質です」

 

「それだけで納得しろと?」

 

司波達也の険相が向けられるが、全くもって怖くない。

 

同時に、コイツを地のアーウェルンクスが狙った理由も理解できた。

 

「出来ない? けど他人の魔法を探ることは出来ないだろ」

 

「そりゃそうだが……」

 

「ヒトを探ろうとするのは構わないが、不機嫌を露わにして、教えてくれないことに毛を逆立てるなよ」

 

一瞬ではあるが、バチッ!と火花が散ったように思う二人の境界―――。

 

それに飽きたのか、啓太は話を他に移すことに。

 

「ところで……先程から話を外野(そと)から聞かされていましたが、中条先輩は何も思わないんですね?」

 

「えっ!? な、なにをですか!?」

 

「いや、如何に2科生とはいえ、同級生である女子が下級生の男子にやり込められたってのに、義憤の一つも沸かないのかと思いまして」

 

「うっ……」

 

ナメたガキが。という風な感情を持てとは言わないが、この場にいる2年生の生徒会役員として少々嗜めるぐらいはやってもいいんじゃないかというのが、啓太の率直な所だった。

 

(別に仲良しでもなければ、同じ2年でも名も顔も知らぬ相手を辱められたからと、そういう感情を抱くとは限らんのだが)

 

けれど、マギステルは『そういう存在』なのだ。

 

「まぁ別に、男女の正常なやり取りだったのかもしれないし、そこは野暮天なツッコミかな」

 

「え、えーと……ううっ……」

 

後輩に気を遣われたことで、少しだけ呻く中条先輩だが、すぐに持ち直すだろうと思う。

あそこまで言ってのけたヒトなのだから……。

 

そうして話は壬生先輩の語ったことに移る。

 

それは風紀委員の悪評に関してであった。

監視目的で所属させられている啓太からすれば、どうでもいい話であった。

 

「浦島はどう思う?」

 

「実態がどうかとか関係ないでしょ。どうやったって、取り締まる側ってのは好かれないもんですよ。町中にいるお巡りさんが、平時には好かれないのと同じですよ」

 

有事が起きたとしても、民事だと強弁を張り動かない不良警官がいるからには、そいつらは『税金泥棒』だと思われても仕方ない。

 

「む、むぅ……」

 

「生憎、学生のイキった連中にそういう公僕としての義務感の一片でも持たせられない以上、どうしようもないでしょ。官憲が不正を行うこともあるのに、学生の治安維持者が、不正や不公平な裁きをしていないとでも?」

 

非常に冷めた意見ばかり言う浦島啓太に、アンジェリーナを除き、全員がなんとも言えぬ表情をする。

 

だが、そんな中でも達也は少しだけ踏み込んだ意見を言う。

 

「確かにお前の意見ももっともだ。だが、そうだとしても、森崎のようなクソ野郎がいたとしても、だ。俺はこれは印象操作をした結果だと思っている」

 

そうしてブランシュなる反魔法政治団体なるものの話をする司波達也の話に―――。

 

「ところでケイタ、今夜のディナーは何にしようかしら?」

 

「作るの主に俺じゃないか、まぁいいけど」

 

―――何一つ聞く態度を取らない2人がいるのだった。

 

「………俺は結構、重要なことを話しているんだがな」

 

「けど国際政治団体なんだろ? 不義があるならば、即座に取り潰されているはずだろうが」

 

「まぁそうだな……」

 

「別に有り難くもないご利益もない石や教典を、高値で入会者に売り捌いているわけじゃないならば、別に存続を許してもいいんじゃないの?」

 

危機意識がないとしか思えぬ発言。これがマギステルの意識なのかとも思ってしまう。

 

「 もしくは魔法師も政治団体でも作って『黙っていれば差別は続き徹底的に叩き潰される! だからお前たちはもっと怒ってもいい!! お前がキングストーンを奪ってこい!! by Sheep』とか言えば良いのでは?」

 

「Shakeしすぎネ。シャドームーンと羊の発言が混ざりすぎよ」

 

どこの仮面ライダーブラックサンだと言わんばかりの言動ではある。だが、一定程度……分かることはある。

 

「まぁ……意見としては取り入れるけど、現実性が無さすぎるような……」

 

「別にやれと言っているわけじゃないんですがね」

 

ただ現実的に難しい話ではあろう。

 

「浦島君、一つ聞いてもいいですか?」

 

「何でしょう市原先輩」

 

「マギステルは……そういった差別とは戦わなかったんですか?」

 

「戦う・戦わない以前の話としてそもそもマギステルは、人類社会に『ひっそり』と溶け込んでいたんですよ」

 

マギクスのように遺伝子弄ってまで人間兵器として在り方を規定されていたわけじゃない。

 

という言葉を呑み込みながらマギステルの本義を告げる。

 

「つまりマギステルの本義とは、人助けであり困っている人を助ける……そこにあったんですか?」

 

「全員が全員じゃないですよ。マギステルとてそのチカラを『良きこと』だけに向けていたわけじゃない。当然、国家のエージェントとしてそのチカラを役立てた人間もいますし」

 

言葉を呑み込んだとはいえ、マギステルの『存在意義』は、魔法師にとっては、少々カルチャー・ショックが過ぎるようだ。

 

「けれど、だからといってマギステルが明け透けにやっていたわけでもない。彼らも組織として『魔法バレ』が為されないように、色々な情報操作をやっていたんですけどね」

 

だが国家に寄らない本当のNGOたるマギステルたちからすれば、魔法をバラさないことで行動に制約を受けていたのも間違いないからだ。

 

歯がゆい想いをしている人間は『いま』も多い……。

 

「まぁマギクスとは『誕生』の経緯が違いますしね。別に気にしなくてもよいかと」

 

その突き放すような言い方に、何とも言えぬ表情をする面子。

 

「しかし、まぁ……ブランシュ―――『白』ねぇ」

 

皮肉な話だ。

 

かつて世界を救うために尽力をした人々と同じ色を模る団体。

その団体の意義は『現代魔法師』とは滅すべき害悪であると考えていることだ。

 

果たして彼らに『白き翼』はあるのだろうか。

 

何者にも因われぬ自由な心こそが、世界を広げる第一歩。

 

わずかな勇気こそが本当の魔法なのだから―――。

 

 

 

「無私の精神で世界の嘆きと悲しみを取り除くために働く―――マギステル……全くもって、俺たちマギクスは俗物なんだな」

 

無理やり作った笑いは、どうしても乾いたものにしかなりえない。

 

「お兄様……」

 

そんな兄を心配してか、妹は声を掛ける。

 

家に帰ってからの夜のリビングでの会話。ブランシュに対して、説明をして、聞いていた兄妹は色んな意味で疲れるのであった。

 

「ですが、彼らマギステルとて、努力をしてそれだけのチカラを得たのならば、それは」

 

「ああ、『努力』をすれば、な……あえてあの場で浦島に聞かなかったが、与えられた情報のピースから推測出来ることが一つある」

 

深雪は、自分たちの努力は決して侮られるものではないと言い募る。

 

その言葉は、確かに強いものだ。克己心を保ったものだ。

 

しかし、これを聞かなかった理由はあの場で全ての魔法師たちを色んな意味で『どん底』に突き落としたくなかったからだ。

 

だが、いまこれを言えば達也は自分の愛妹を突き落とすことになるだろう。

 

それでも言わなければならなかった。

 

「マギステルの魔法及びそれらに関する技術・技法とは細かな、あるいは特別な才能を必要とするものを除けば」

 

 

―――どんな『人間』でも『努力』次第で習得・実践することが可能なものであるはずだ。―――

 

それを言われた時の深雪の表情はとても見ていられないものであり、思わず抱きついて支えなければならないものであった。

 

そして判断出来る最終的な材料などないまま日は過ぎていく。

 

 

 



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stage.17『幕間―――そして…』

今回は少し失敗かもしれません。

ですが、話を進める上ではどうしても必要だったり必要じゃなかったり――――――

ショートカットすべき所はカットしても良かったかな? と想いつつ新話お送りします。


あれだけのことが起きた後でも実技授業は、滞りなく行われ、結果としてではあるが……雪姫先生の授業は2科生たちに確かな成果を残していった。

 

「よし! 以上だな。今回の授業で疑問を覚えたことは、今のうちに聞いておけよ?」

 

「じゃあ質問ですけど、何で私とレ―――西城君とが、上手く行かない理由を分かったんですか?」

 

「長年の勘だ―――などと言ってもよいが、簡単に言えばそいつの性質を教えただけだ。『内向き』か『外向き』かの違いでしか無い。まぁ今はお前さんが向ける魔法の方向性を自覚させただけだ」

 

それは質問に答えているようで答えていなかったのだが、それでも予鈴は鳴り響き、授業は終わりを迎えるのだった。

 

 

実技授業において雪姫のやったことを理解しているものは多くないだろう。結局の所、魔法師の使う『サイオン』とてマギステルの『魔力』と『気』のような種別の違いがあるのだ。

 

それが内側(にくたい)に由来するものか、外側(せいしん)に由来するものか、その違いでしかないのだ。

 

一見して、そんなものは分からないのだが、流石は年の功ということか。そんな風に考えてから、腹すかしのエンジェルの為に三段お重を持っていこうと思ったのだが……。

 

「浦島、俺達と少し昼食を一緒しないか?」

 

「結構だ。すでに先約がある」

 

「そう言わず。お前の武勇伝を聞きたいんだが」

 

「生憎、俺ってばケンカなんてしたことないんだ。和菓子屋は手の繊細さが必要だからな」

 

言いながらも和菓子・浦島は繊細な京菓子とは違い、どちらかといえば『忍者』的な茶店でもあったりする。

 

よって言い訳でありウソなのだった。そもそも今日にいたるまでの大立ち回りを見ていた人間からすれば、こいつは何を言っているんだという気持ちにもなる。

 

だからこそ―――。

 

「ケータぁあああ……ミユキが、ワタシを縛り付けて、ここまで連れてきたわぁあああ」

 

いきなり現れた親戚の姿に、何とも言えぬ心地を覚える。

 

「人聞きの悪い事言わないでください! 私は、ちょっとお話したいことがあるから一緒に食事したかったのに、浦島君と二人っきりで食事をすると聞かなくて……」

 

「んじゃ俺は学食で食うから、これは皆で食えアンジェリーナ。だから総合主席―――その手を離しやがれ」

 

「―――」

 

息を呑んだ。としか言いようがない司波深雪。その言葉に従いて、リーナから深雪の手は離れて、その後に去ろうとしたのだが――――。

 

「待って待って!! 浦島君!! 私も聞きたいことがあるから!!! 話しながら食べよう!!」

 

「ぐべっ!!」

 

そんな啓太に突っ込む一人の少女。(>ω<) な表情をしながら腹に突っ込んだ赤毛は、明智英美という少女で―――。

 

何処で知り合ったのやらと思いつつも、何故か昼食は大人数でやることになったのだった。

 

 

 

「何で浦島君ってあんなに秘密主義なんですか?」

 

「そりゃ魔法使いは尋常の人から隠れて生きるのが普通だからだろ。むしろお前さん方の方が変なんだよ」

 

雪姫先生の言葉に真由美としては何も言えなくなる。確かに人間能力の一端として、認知された『魔法』だが、その歴史は『現代物理学に迎合させた技術』の範疇でしかない。

 

本当にして『本物の魔法使い』は、自分たちの魔法など児戯だとして軽く一蹴してくる。

 

「ただ、啓太は少々……特殊だ。まぁあんまり探るな」

 

「けど、また襲いかかってくれば、アナタや啓太くんたちでしか対抗できない……」

 

その絶望感が、真由美に伸し掛かる。

対処する方法が自分たちでは用立てられないのだから、当然だ。

 

だが、そこは甘えるなと雪姫は言う。

 

「努力しろよ。私なんて大量に出現させた光の刃による同時切断なんて技を食らった後に、なんとかそれに対処する術を努力して身につけたんだ」

 

ミラ・ジョヴォヴィッチもビックリのレーザー焼きサイコロステーキを『どうにかした』という雪姫先生の言葉に―――

 

「………本当ですか?」

 

「さぁな。だが、そういうことが足りんのだよお前たちは、非常識のセカイに身を置きながら常識(セオリー)に因われた認識でしか動けない」

 

その言葉のあとには―――。

 

「だが、このままではマズイのも一つか。ただ全てのマギステルがアーウェルンクスレベルなわけじゃないんだ。あまり深刻になるな。ヤツに気を取られて足元を掬われる可能性とてあるのだからな」

 

そう言ってから、『白』に関する資料を投げて寄越した雪姫は生徒会室に来ていた面子……特に十文字を驚かせた。

 

「何故、反魔法師を掲げる団体が―――マギステルと、まぁ分からなくもないですが……」

 

「あとのことはお前たちで考えろ。それと七草、少し前に啓太が、司波深雪の無意識のサイオンを吸い取ったと言ったな?」

 

「ええ……体質だとか言っていましたけど、本当なんでしょうか?」

 

「まぁ事実ではある」

 

マギアの一端。太陰のそれは、啓太のチカラの一つだ。

 

そして……。

 

(彼女の残したもの……)

 

受け継がれたものが、世界の命運を変える。それだけだ。

 

 

放課後、いつもどおりに帰ろうとした矢先、風紀委員が非番であることも相まって帰ろうとした時であるが―――。

 

「浦島君!!! 頼む!!! 僕と剣で立ち会ってくれ!!」

 

またかい。と思うような人間がやってきた。

 

「相津君だったか生憎、俺の剣ではお前を相手に出来るとは思えないから他を当たってくれ」

 

「そんなことはない!!」

 

「そんなことあっちゃうんだなぁ。これが」

 

言いながら、何も描かれていない制服部分。校章があるべきところを桜吹雪を見せつけるかのごとく見せる。

 

それを見せることで黙らせる。

 

黙らせようとしたのだが……。

 

「浦島君、何度も相津君とやらに来られても困りものですから、一試合やってあげたらどうですか?」

 

柴田美月から思わぬ提案。ぶっちゃけ五月蝿いから、黙らせろという風にも聞こえる言葉だ。

 

だが、このまま押し問答をしていても面倒な限りだ。

 

一理あるか。という気持ちで。

 

「一回だけだ。勝敗がどうであれ納得しろや」

 

「――――――ありがとう」

 

結局の所、いつぞや訪れた武場にまで行くのだった。

 

剣術部の異物を見るような視線を見ながらも、部長らしきヒトから試合の申し出をする相津を見ながら……。

 

「なんでここまで着いてきちゃうかな?」

 

「一応、私が焚き付けちゃったわけですから、責任を持って見届けさせてもらおうかと」

 

柴田美月に言うと、そんな風に返された。別にそんなことを感じなくてもいいのが……。

まぁ可愛い女の子が見ていれば、少しは気合いが入りもする。

 

そうしていると、相津郁夫がこちらにやって来た。

 

「すまない。時間を取らせた―――だが、その格好でいいのかい?」

 

「君の方に道着はあんだろ。とっとと着てこいや。その間に竹刀の調子を見せてもらうさ」

 

「う、うん……」

 

渡された竹刀を握りながら気穴の調子を上げる。この間の不調は既に無い。

 

京都神鳴流の極意とは、端的に申せば体内燃料たる『気』を如何に効率よく運用するかということだ。

 

そこから気を『放出』する『術剣技』というものに派生されていったのは、ヒトの剣術では滅しきれぬ『魔』が跳梁跋扈した京都ゆえだからだろう。

 

裏火星にある■■神鳴流は少しばかり事情は違うが、まぁ対象とする敵。斬るべきものが違うからこそ術理が違うのだ。

 

「――――」

 

「――――」

 

気穴の調子と同時に振るっていた竹刀の素振りを終えて、息を吐く。

 

何を求めているのかは知らないが―――。

 

(少しは保たせてくれよ)

 

などと上から目線で思いっていた啓太に対して。

 

(やばい、相津君負けちゃうかも……)

 

(すごいオーラ……なんだか全てを包み込むようでいながらも、切り裂くようなものを感じる)

 

女子二人からの感想が内心でのみ吐かれる。

 

そして、胴着を着込んだ相津がやって来て―――。

 

「始めようか」

 

「はいはい」

 

正調の剣士ではない啓太は、剣道における礼節などは殆ど知らない。

 

魔法剣士同士の立ち会いのそれも知らない。だから指定された位置に移動したあとに―――。

 

「はじめっ!!!」

 

厳つい男の言葉と同時に―――。

 

斬空閃が飛ぶ―――離れた位置から振り抜いた剣は気の衝撃波を飛ばした。

 

相津郁夫も予想していたのか、驚きながらも横っ飛びに躱した。だが、剣の術理は―――運動の術理。

 

振り抜いた剣を返す要領で、斬鉄閃を飛ばす。

 

浅く切り裂かれる胴着の腹。

 

「ぐっ!!!」

 

痛みに耐えながらも手首に装着されたCADを操り、術式の展開。しかし、それが与える効果は……。

 

「―――ッ!!」

 

「足を溜めていたのは見えていたからな」

 

自己加速魔法だったか。高速のセカイに自分を置く術式だが……直立不動の状態からも出来るならば、瞬動術よりも易いかもしれないが、生憎だった。移動した相津の背後に既に回っていた啓太は―――。

 

「ひなたの土地にサクラサク! 秘剣・百花繚乱!!!」

 

気で出来た桜吹雪を舞い上がらせるほどの気剣が、相津を直撃。

 

歌舞伎役者よろしく芝居がかった斬撃の威力は、武場の天井近くまで跳ね上がった相津の姿でお察しであった。

 

誰もがポカーン。としか出来ない現実離れした現実。

 

完全に意識を飛ばした相津だが、救護活動はすぐさま行われた。

 

「相津!!!」

 

杉田だか桐原だかが叫ぶが、その前に温泉カメの『使い魔』を出して救助。

 

硬くはない、軟らかい甲羅に乗せられて帰還をした相津は――――。

 

「サイオンが……放出出来ない……!」

 

起き上がると同時に、自分の身体の不調に気付く。完全に放出出来ないわけじゃない。

しかし、重いモノを背負ったかのように、どうにもキツく感じる。

 

「気で出来た『花弁』が付着しているからな。しばらくは泥まみれになって動きづらいと考えてくれ。まぁどうしても、すぐさま魔法を使いたいならば―――」

 

ハリセンを出して一発行こうかと思ったが……。

 

「いや、いい―――参りました。この敗北の味をしばらくは……味わっておくさ」

 

武士道なのか何なのかは知らないが、そういう風に言ってから『タマゴ』から降りる相津を見てから―――。

 

「それじゃ」

 

ここでの用事は無くなるのだった。様々な視線を背中に浴びながらも、自分の腕がどうしようもなく疼く。

 

共鳴しているのだ。

 

彼女と―――――――。

 

(近いのだろうな……)

 

この学校を覆う闇の御手は―――。

 

(誰かを狙っている……)

 

その予感を胸に秘めながらも、何故か柴田さんの頭の上を気に入ったタマゴを戻すべく苦心する。その様子が、アンジェリーナには、非情に不埒なものに映ったらしい。

 

遠くからでもこちらを見るとか、なんでだよ。

 

 

 

そして―――。

 

 

「お前のそれは合理性だけを突き詰めた邪悪でしかない。お前はただの卑怯者だ。司波達也」

 

「……俺は俺のやり方をしただけです」

 

「そうか。ならば貴様は、誰かにとっての合理で排除された時にそれを受け入れるのだな? 魔法世界人たちが生きる権利を行使するために、貴様らに『生贄』になれと言われてそれを従容と受け入れるのか?

誰かに毒刃を振るうものは、いずれその誰かに親しい者から毒刃を見舞われるだけだ。貴様の道理で合理など、自分の安寧だけを守ろうとする小物の理屈だ!!!!」

 

「――――――」

 

魔法使いたちから『魔王』と呼ばれた悲しき村娘の言葉が、俗物の頂点たる偽性の魔王を貫くのだった。

 

 

そして―――。

 

 

最悪の人類否定者の御手が魔法師を刈り取る時は近かった。

 

 



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stage.18『前哨戦』

1万円分の課金でようやく手に入れたチャイナリーナ。

あやひー(ネネ)のチャイナ気分でハイテンション!を聞きながらだったか!?(偶然)






 

 

 

啓太の知らない所でブランシュの下部組織であるエガリテだか何だかが活発に動き出して、その尖兵として不満を持った2科生たちが放送室を占拠したらしい。

 

お気に入りの『angela』の曲を大音量で楽しんでいた啓太は、その放送を聞いていなかったのだが……。

 

端末に入ってきた連絡で風紀委員は全員集合とのこと……メンドクサイ。

 

そんな感想を持ちながらも、ぞろぞろと放送室前に集まる面子に、『ヒマなんだなぁ』と思いながらアクビをしたのだった。

 

「こういう時ってちゃんとベトナム帰りの将校さんが、投降を促すべきだと思うケドネ」

 

「だってここにいる面子、殆ど1科生ばかりじゃん。ランボーよろしくな説得工作なんて、ムリだろ」

 

などとアンジェリーナと話しながら、事態の推移を見守ることにするのだった。

 

「………浦島……」

 

「なんでしょ?」

 

そんな無駄話を咎めるつもりだったのか、十文字が話しかけてきたので応対することにしたのだが、予想外のことを言われる。

 

「お前の無敵の『マギステル・ネギ・アデアット』の中には扉をぶっ壊しても、元通りに出来るものがあるんじゃないか?」

 

「なにいってんだアンタ? 強攻策で片付けたくないとか言っていたじゃねーか」

 

十文字の変節に、驚愕しながら反対に問いかける。

 

「だが、俺としてはもう無敵の『ネギスキル・アーティファクト』でなんとかしてもらいたい」

 

なんで無敵のスタープラチナみたいに思われているのやら……。

 

そんな便利なものはありませんと言うことで、その追求を打ち切ることに。

 

だが、状況に変化は起こらない。そこで司波達也が動き出した。だが、そのやり口は……正直好かない限りだったがーーー。

 

『騙されちゃダメだよ紗耶香ちゃん!! 扉の前の一年生はアナタの安全を保証して、ここを開けた瞬間に他のメンバーを取り押さえるつもりなのよ!!』

 

司波達也の電話口での会話を『盗聴』していた啓太は、聞こえてきた第三者の声に……違和感を覚えた。

 

『ユウコちゃん……』『ウオンさん……』

 

呆然としたように放送室を占拠していた人間達が、その第三者に対して声を上げた。まるで陶然とした声は、何かの教祖を思わせる。

 

「……」

 

『アナタ! 紗耶香ちゃんに『小物』と罵倒してくれた一年生ね!? 大きな目的がある人間ならば、日々を懸命に生きている小さな事からコツコツとやる人間を踏みにじってもいいと、よくもそういう無情なことを言えたわね!!』

 

「俺はそういうつもりで言ったわけでは」

 

『だったらば何のつもりで言ったのよ!? 紗耶香ちゃんや私達2科生は、日々を汲々としながら魔法訓練に臨んでいる。どれだけ努力しても、1科生級の魔法能力を得ることが出来ないなか、少しでもこの学校で息苦しさを解消したくて訴えを起こしたんだ!!!』

 

言い訳無駄と言わんばかりに畳みかけるような言葉だ。如何にも『心理的に寄り添った』』風に装っておきながら、その実はただの虚言であると見抜いた女子の勝ちだ。

 

「………」

 

『言えないのか!? 打ち拉がれたヒトに対して掛ける言葉が、ただ単に『俺とお前は違う』なんて無情さだけをにじませるものならば、キミの本性なんてものは下劣かつ醜悪なスノッブでしかない!!』

 

その言葉に対して、もはや司波達也の卑怯な騙し討ちは通じなくなったことを感じる。

 

「いつの間にか、悪手を打っていたな」

 

「というか、よくそんなことが言えたワ……」

 

「人心というものを理解できないんだろ。茶坊主しか出来なくて、行田の小城も落とせなかった石田三成みたいなもんだ」

 

「キャッスル・オブ・ノボウ」

 

北米では、和田先生の小説は、そんな訳され方をされているのかいと、笑顔で答えたリーナに思いつつも、手詰まりを起こした状況に―――。

 

「少しだけ遅れたようね……」

 

「―――ふむ。どうやら説得工作はムリだったようだな」

 

後ろの方から、現れたのは会長と雪姫であったようだ。雪姫の嘆くような声が印象的だ。

 

「真由美……」

 

「生徒会としては、有志同盟との論戦に応じる姿勢ではいるわ―――ただ、予想外に強硬な態度にでちゃったわね」

 

「「コイツのせいです」」

 

「リーナ! 浦島君!!」

 

会長の嘆きに対して、即座に司波達也を指差した。そんな2人に対して怒る学年主席様を特に何も思わず無視してから―――。

 

「啓太―――『エックス』に頼んで、電子的な『錠前』を開けてもらえ」

 

雪姫は驚きの提案をしてきた。

 

「え!? だってそれって、さっき十文字さんも警備部に回答を拒否されたとか言っていましたよ?」

 

「構わん。後のことは私が責任を取る。どうせ百山のジジイも、ケンと話せるならばそれぐらいは許すだろうさ。それと開けた後には何もするな。いいな。取り押さえるなど、強硬なことに出れば容赦なく斬り捨てる」

 

そう言われては、もはや啓太としても何も無かった。そして何より……雪姫も、司波達也の言いようにあまりいい気分ではなかったようだ。

 

そんなわけでいつも入れている『音楽端末』を取り出してから前に進み出る。

 

「そういうわけだ。NO.『XXX』―――頼めるか?」

 

『容易いですね。では電子精霊七部衆! 出ろーー!!』

 

『『『『『『『アイアイサー!!』』』』』』』

 

一連の事、言葉だけならば気楽な様子だが、傍から見ていた達也たち一同は、びっくりおどろきの限りだ。

 

浦島のもつ音楽端末から出てきた『ホログラフィ』の美少女が、ひと声かけただけで、これまたハムスターかリスのような浮遊する存在が出てきて―――。

 

放送室のロックが全て解除された。ぎょっとするような出来事だが。開けたあとに―――。

 

「言ったはずだ。何もするな。とな」

 

扉の向こうにいる有志同盟を取り押さえんとしていた、血気盛んな風紀委員たちに突きつけられる『手刀』から伸びた……『魔力剣』とでも呼ぶべきものが、雪姫先生から放たれていた。

 

更に言えばシールズに、浦島からも伸びていた。

 

「『頭』を動かすな。別にお前らの首を刈り取って、火星人どもに売りつけるぐらいは出来る」

 

達也に『断罪の剣』を突きつける啓太は警告を放つ。その事にぎょっとしたのか、眼を一度だけ見開いてからこちらを見てくる司波達也。

 

「―――本気か?」

 

「お前の稚拙な交渉でこんな事態になったんだ。俺が本気がどうか、そもそも可能なのかどうか、それくらいは悩みやがれ」

 

「……」

 

「明朗な白黒ばかり着けたがるのはお前の性分なのかもしれないが、そういう風に答えばかり求めたがる態度が、不安定な人間の心をささくれ立たせるんだよ」

 

にらみつけるようにしてくる司波達也だが、こちらの態度を前に、どうやら折れたようだ。未だに睨んでくる司波深雪だが、どうでもいい。

 

そして―――。

 

扉を開け放ち、驚いた様子の同盟員たちを前に飄然と言い放つ。

 

「こんちゃーす。1-Eの浦島啓太です。どうやら生徒会長は皆さんとの論戦に挑むそうなので、まぁここを出てから色々と考えてくださいよ。今度こそ本当に、皆さんに手荒な真似はしませんので」

 

その有志同盟とは全く繋がりのない啓太の言葉で同盟は従容と出てきて、その後に壬生紗耶香と会長が話して、どうやら……論戦などに関して日程などを詰めるようだ。

 

啓太としてはどうでもいいことだ。

 

だが、雪姫としては司波達也に一家言あるようだ。

 

「お前のそれは合理性だけを突き詰めた邪悪でしかない。お前はただの卑怯者だ。司波達也」

 

「……俺は俺のやり方をしただけです」

 

それが、あんな風な騙し討ちでしかないならば、尚の事良くはない。

 

「そうか。ならば貴様は、誰かにとっての合理で排除された時に、それを受け入れるのだな? 魔法世界人たちが生きる権利を行使するために、貴様らに『生贄』になれと言われて、それを従容と受け入れるのか?

誰かに毒刃を振るうものは、いずれその誰かに親しい者から毒刃を見舞われるだけだ。貴様の道理で合理など、自分の安寧だけを守ろうとする小物の理屈だ!!!!」

 

ベニスの商人たるシャイロックは、金を貸した相手の足元を見て、相手の命を奪おうとした。そういった風な言葉尻を捉えたような行いは、人としての品性を疑う行為だ。

 

もっとも、その後にシャイロックは『ご都合主義』的なやり方で逆襲をされるのだが……行為の善悪はともあれ、あまり良くはない話だ。

 

「――――――」

 

魔法使いたちから『魔王』と呼ばれた悲しき村娘の言葉が、俗物の頂点たる偽性の魔王を貫くのだった。

 

 

 

―――翌日、有志同盟とやらは活動を開始した。論戦において支持者を募ろうという考えだが、どうにも空気は良くない。

 

2科生を主体とする有志同盟の主張は、簡単なものだ。

 

部費ぐらいはあげてもらおう。そういう話であった。

 

だが、それで収まるかと言えば、そうではないだろう。

 

そんな風に巡回をしていた時に……。

 

「どうも」

 

「どうも」

 

誰だっけ? と思う黒髪の女子の登場に啓太は疑問を覚える。

 

ああ、そうだ。思い出した。司波達也の奸計を打ち破った有志同盟の智将である。

 

たしか「ウオン ユウコ」とか言うなんだか中華系にも思える名前の人物であった。

 

「浦島君だったよね。ありがとう―――紗耶香ちゃん達に乱暴をしないように取り計らってくれて」

 

「俺じゃないです。最終的にそうしたのは雪姫先生ですので」

 

「それでも、さ……その優しさが私には嬉しかったんだよ。ありがとう―――」

 

「大袈裟ですよ。それじゃ論戦がんばってくださいね。ウオン先輩」

 

「うん、ありがとう『ケイスケ』」

 

その名前を呼ばれた瞬間、踵を返していた啓太が振り向くと、既にウオンという女子は居なくなっていた。

 

ウオン ユウコ―――どういう字を書くのか、今更ながら気になって調べることにするのだった。

 

 

 

「こいつは……だが、まぁ確かにな」

 

「イマまで気付けなかった。というよりも……隠れていたのネ」

 

手に入れた個人情報。そして見抜いた全て……それが、この事態を理解させていた。

 

だが、誰に『■く』のか、それが分からない……。

 

ブランシュ、エガリテとかそんなことにはあまり興味はない。2科生など彼らの心の隙間に入り込んだのは、結局の所……魔法能力を限定的にしているからだ。

 

魔法師たちによる富の独占。そこに起因するのだから。

 

「そういや雪姫は?」

 

こんな重大な情報をあのヒトに教えておかなければ、どうなるか分かったものではない。

 

だが―――。

 

「ナンカ、知り合いと会うために『お寺』(テンプル)に行ってくるとか言っていたワ」

 

ハシゴを外されたという程ではないが、どうにも透かされた気分だ。明日に動くのか、それとも……分からないが、それでも準備だけはしておこうと想う―――。

 

「アンジェリーナ?」

 

「……」

 

後ろから抱きついてくる少女の心が分からないほど、啓太も鈍感ではない。

 

明日、もしかしたらば地のアーウェルンクスとの戦い以上のものが、一高で繰り広げられるかもしれない。

 

(■■の来臨が、あり得たかもしれないからやってきたのか? フェイトさん……)

 

明確なものがあったのか分からないが、それでも……。

 

「大丈夫。俺は戦う……出来ることならばキミには家にいてもらいたいよ。キミを守るつもりはあるが、それでも」

 

不幸なことになれば、親戚一同に申し訳が立たないのだから。

 

「ワタシがケータの約束の女の子だったらよかったのに……」

 

それはもう終わった話だ。だが、それでも不安を覚えている女の子に寄り添うことは、どうしてもやらなければいけない事なのだから。

 

「今日はもう寝よう」

 

「ウン……♪」

 

詳しく言わずとも、一緒に寝ようという意味での言葉。

 

そして――――。

 

翌日、寝相が悪すぎるアンジェリーナは、啓太の顔を胸に抱きしめながら健やかに寝ているのであった。

 

ワザとやっている可能性を論じることは出来ない。その寝顔を見たあとでは……。

 

そういったことは野暮に思えたのだから。

 

 

「では師匠は、この一件―――どう思っているのですか?」

 

「いやぁ僕にも既に分からないな。ただ『アーウェルンクス』の狙いが『君たち』、しかし……それと協力関係にある『ブランシュ』の狙いは、魔法師そのもの―――そしてこれが一番厄介だ……『彼女』は……紛れもなく再来する……」

 

彼女……それは果たして何なのか? 今回の一件における八雲の歯切れの悪さは、達也を少しだけ苛立たせる。

 

言えぬこと・明かせぬことが多いのは分かるのだが、どうにも……。

 

「この事態において、君たちは流れに逆らいすぎると、途端に不幸な結末に成る―――起こっていることを見極めて動くんだ」

 

無茶苦茶な話ではある。もはやブランシュとアーウェルンクスとやらの関係など、殆ど意味がないと言われたようなものだ。

 

だが……。

 

―――『気をつけて生き延びた方がいいよ。お兄ちゃん』

―――『カメのお兄ちゃんが一番強いんだから、肩肘張らずに頼った方がいいよ』

 

などと隻眼のご老人に連れられた10歳ほどの幼女―――金髪の子が言っていたことが、プレイバックする。

 

自分たちと入れ違いで寺を出ていった2人というよりも1人の言が……。

 

そうしてそれぞれの夜は更けていき……討論会の日はやってきた。

 

 

 

 

 



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stage.19『暴露。そして強襲』

 

 

 

討論会当日。

 

果たしてどのような結果が齎されるのか、どうでもいいとしながらも、起こることには注意を払わなければいけない。

 

そして何より―――啓太が注意を払わなければならない存在は、同盟側の論戦相手にいたのだ。

 

集まった生徒はかなり多い。そして討論は始まる……。

 

始まり、そして中盤頃になると―――正直言えば、生徒会側の旗色は悪かった。

 

当初、真由美会長は魔法科高校だからこそ、魔法競技部活が優先されるのは当然だとしてきたが、連盟が持ち出してきたのは―――……国立(・・)魔法大学付属高校としての立場。

 

要するに日本の公立高校としての規範を著しく損しているとして、責め立てたのだ。

 

ここで一つ注釈ではあるが、現在の日本の高等学校制度というのは、世界的な寒冷期からの温暖期、気象変動の激しさ、それに付随する世界戦争の影響で人口は減少。

専門家の早期育成が必要になったという経緯がある。

 

それゆえにか、高校時点で専門性の高い教育を施す高校が一般的であり、文科高校、理科高校、教養科高校、体育科高校などが多くある。

 

だが、だからといって私立高校や普通科高校が無くなったわけではない。

 

東京では有名過ぎる芸能人育成のラ・フォンティーヌ・ド・ムーサ女学院。

 

埼玉県には巨大な『学園都市』。多くの学校機関を内包して、その土地の名前から総称『麻帆良学園』というところもある。

 

つまり―――。

 

規範を越えたことをやっているとしているのだ。

 

私立ならば、特定の部活動にチカラを入れて、そこに資金を注力するのもありだろう。そもそも、その目的―――学校法人としての『名』を売らせるために、スポーツ部活で全国を目指させることもある。

 

生徒の思惑は違うとしても学校としては、それもまた一つ。

 

だが、ここで立ち返るに、これは私立学校だからこそ『許される』行為なのだ。

 

少なくとも国公立高等学校の看板を掲げて、その実態はとんだ魔法偏重主義。

魔法競技などという競技人口も大して無いスポーツ。おまけに戦う相手はたった八校のみ。

 

東京で有名な六大学野球の六校ですら他の関東リーグや大学大会に出ているというのに、これでその競技に資金の偏重があるなど、おこがましい話だ。

 

ついでに言えば、学校次第では、入る人間がいなくて魔法競技の部活が廃れているということもあり得るのだ。これには九校戦採用の競技であるかどうかも関わるのだが、そこはさておいても――実に生臭い話である。

 

『魔法科高校だから魔法競技部活が優先されるのは当然だとおっしゃる? ならば理科高校の場合は、フナの解剖実験でも競技部活として優先されているのか?

それともヒトの腑分けに耐えきれるかどうかが部活なのか?

体育科高校あるいは防衛高校だからといって、暴対術関連の競技に予算優先権があると思っているのか?』

 

体育科高校の生徒の中にはそのまま軍人が多いこともあっての反論。それに対して、真由美会長は苦しくなる。

 

『それは――――』

 

『論拠から言えば、そんなものはない!!! どの『国公立高校』も、部活動の予算がその専門教育に即して、優先的に振り分けられるなんてことはない!!』

 

言葉と同時に示したデータは近隣の専門高校―――国公立のそれにあるものばかりだ。

 

「ウオン」先輩の言葉は、かなり強い……。

 

更に言えば今時の教育基本法においても、そのような偏重と偏向は許されていない。

 

「醜悪なる様だな。多数派であることに甘んじて、少数派が多数派に合わせることを寛容さと、当然のことだと履き違えていたツケが回っただけだ」

 

「まぁしゃーないでしょ。あの人は、所詮魔法師が多くいるところでしか生きてこなかったから、魔法師じゃない社会なんて、魔法が当然の価値として評価されない世界なんて想像すら出来ていなかったんでしょうよ―――そして、ここは……ホグワーツでもなければ魔法界でもない」

 

「ニッポンというネーションステートのパブリックハイスクールでしかなかった」

 

雪姫・啓太・アンジェリーナの阿吽の呼吸の如き問答の渡しあいが、同じく舞台袖で聞いていた他の人間を少しだけ苦しめる。

 

「だが、そんな見事な演説をぶるウオン…羽音 有子(うおん ゆうこ)だが、討論が終わり次第―――捕らえるぞ」

 

雪姫の不穏な言葉に、同じく舞台袖にいた委員長である摩利は少しだけ物申す。

 

「ちょっと待ってくださいよ雪姫先生―――今のままならば、討論で不利な状況になったから身柄を拘束するなんて絵図にしかなりませんよ。独裁国家の秘密警察みたいな真似はやらないでくださいよ」

 

「この間、その秘密警察よろしく、投降呼びかけからの拘束なんて真似をやろうをしていたお前がそれを言うか」

 

「―――主導したのは司波達也君です」

 

責任の押しつけ。スケープゴートにされた達也としては、別に風紀委員の職に未練はないが、少しばかりムカッと来たので反論しようとした時に……。

 

『羽音さんの言葉は、もっともです……私は―――自覚なしに傲慢になっていました……部活動における予算配分に関しては尽力します!!! これまでの魔法競技だけの優遇を見直します!!!』

 

その言葉にざわつきが生まれる。それはもはや『敗北宣言』だったからだ。

 

魔法科高校で魔法を達者に使うことが尊ばれるからと。『国公立高校』の規範を越えていた。違法状態だったと言われれば、もはや何も会長側に反論は出来ない。

 

だが、この状況に対して―――。

 

「ふざけるなっ!!! 魔法科高校なんだから、魔法を使う競技が優先されて当然なんだ!!!」

 

「そんなものは、弱者に寄り添うだけのポピュリズムの政策でしかない!!!」

 

1科生側から反論というかヤジが飛んできた。この下劣な言い様……。

 

実に不愉快なだけだ。しかし、この言いようで火が点いた。1科生たちは、自分たちの既得権益が脅かされると思ったのか、その言葉に乗っかってくる。

 

そして、それは1科生たちが差別をしてきたという事実を裏付けするだけであり―――。

 

「これが……この学校の……マギクスなどというものの実態か―――醜悪だなキティ?」

 

羽音の言葉が何故か、舞台袖の『誰か』に向けられていた。真由美会長は、『平等反対』『2科生は現状に甘んじていろ!』というシュプレヒコールに戸惑い、よろめくようにしかなっていない。

 

「そうだな。だが、それをアナタが講評出来ることでもあるまい。作り出した者たちは知性を持つ、自意識を持つ、己を持つ……それだけだ」

 

「そうだな。だからこそ―――私はあの娘に寄り添った。かつて……私を癒やしてくれた……ただ1人の愛しきヒトのために、あのヒトも同じだった」

 

羽音の言葉と視線は、少しだけ浦島に向けられていた。悲しい、悲しげな言葉と視線が―――。

 

「だから―――滅ぶのさ。滅ぶべくしてな」

 

瞬間、羽音有子の姿はかき消えて、同時に―――同盟員たちは、風紀委員が監視及び拘束するはずだったというのに、それをあっさり抜けて―――。

 

「君たち五月蝿いね。だが、まぁ仕事なんで―――」

 

申し訳ないと言いながら、拳の一発で、まるで戦術級魔法を放ったかのように、扇状に倒れ伏していく。

 

―――1科生の紋章を着けていた人間たち。シュプレヒコールを上げていた人間たちが、だ。

 

堂の入った連続したボクサーパンチ。その直接打撃と拳圧が全員を倒していく。

 

「なっ!?」

 

「子爵級悪魔!!!」

 

「ヤング・ヘルマン!!!」

 

呆気に取られた自分たちとは違い、敵の正体を見破った浦島とシールズは動き出したが。

 

その言葉を聞いたヘルマンとやら……2科生の学生―――その擬態を脱ぎ捨てて。

 

「はっはっは!!! 少年少女よ!! こんなゴミ溜めの掃き溜めみたいな連中に、関わっちゃダメだと思うぞぉおおおお!!!」

 

化け物のような面を見せて―――その口を一杯に開いて天井に向けた。

 

予想されること―――それは。

 

『悪魔の咆哮』(デビリッシュクライ)

 

大講堂の天井を崩落させるほどの大規模魔法、レーザービームのような光線が天井を直撃。

 

その効果は絶大であり、天井は崩落を開始する。病葉となった天井の建材が土砂崩れのごとく降り注ぐ結末。

 

それを何とかするためにも―――。

 

達也はそれを消去しようとしたのだが―――その前に……。

 

「アデアット!!!」

 

何かの布を出した浦島は、それを手にしてから天井に放り投げた。すると布は自動的に―――物理法則と質量保存の法則を無視した広がりを見せて、下にいる自分たちを影にするのだが。

 

その布を突き破って、建材が落ちてくる気配はなく、そして布は――――小さく、極小にまで縮んで、包まって落ちてきたのだ。

 

全員が呆然としていたが―――ヘルマンなる化け物は消えて、少しだけ壊れて怪我人、重傷を負った人間数十人が放置されている中でも、浦島とシールズはヘルマンを追って外へと出ていったようだ。

 

「なにが……」

 

起きたんだと続けることも出来ないほどに、連続した異常事態の全てに―――。

 

「委員長! 有志同盟の面子がいません!!!」

 

「それと、外で」

 

瞬間、大講堂にいる全員が身を竦ませるほどの大轟音が聞こえてきた。悲鳴すら聞こえるそれは―――明らかに戦闘の合図である。

 

「こんな感じです!!!」

 

風紀委員たちの報告が続々と上げられていく中―――取るべき行動は……。

 

「雪姫先生……私達はどうすれば……」

 

「さぁな。怖いならば外に出るな。ただ……自分たちの現実が覆されるなど、身の危険が迫っていると分かっていても外に出たいならば―――私は止めはせんよ」

 

わずかな勇気が本当の魔法。

 

そう言っていたことを思い出す。布を自分の胸の谷間に入れた雪姫先生は、その後には浦島たちと同じく大講堂を出ていくのであった。

 

残された自分たちはどうするべきか。吹き抜けとなってしまった天井。そして労るように殴られた1科生を見ている2科生……。

 

色々考えたが、やはりここから出て事態を見極めることにするのであった。それがどういう結果を齎すかは分からない。

 

それでも向かうことに意味はあると信じて、司波達也は妹と共に向かうのであった。

 

 

「ブランシュとやらの装備! 完全にPMCの連中のそれだな!!!」

 

「ド―見ても裏火星のテクノロジーも入っているワ!」

 

特殊なタクティカルアーマーを着込んだ兵隊たち。無機質なフルフェイスマスクで顔を隠した連中は、こちらに銃弾を吐き出してくるが―――。

 

「ぬっ!!!!!」

 

それよりも早く動いた啓太とリーナによって無効化される。瞬動による移動のあとには―――。

 

「「風花・武装解除(フランス・エクサルマティオー)!!」」

 

その装備を剥がすことで無力化をするのであった―――が―――。

 

「きゃー!!」「いやーん!?」

 

どうやら女性もいたようで、全裸状態になったことで羞恥心がマックス。そして啓太は眼福マックスであった。

 

「レディーのヌードをマジマジと見るな!!」

「ぶべっ!!」

 

顔を引っ叩かれて、眼福タイム終了。

とはいえ、この人達をどうしたものかと想うも―――。

 

「すらむぃ! あめ子! ぷりん! 出番だ!!」

 

「いえっさーだぜ!」

「けーた!」

「水上防衛隊出動……」

 

いつもどおりに『契約使い魔』を使用して拘束するのであった。

 

「水牢にいれとけ! 溶かすなよ!!」

 

「あいあい!! ヘルマンのおっさんらしき魔力を感じるゼ! 気をつけてナ!」

 

「マスター、ごブウンを……」

 

「わたしは心配していません!」

 

三者三様の返事を聞きながら、啓太は牙を剥く相手を探すのであった。

 

 

状況は最悪であった。敵―――と想定していたブランシュの戦力は、こちらの予想を上回る。しかも、相手は別段何か資産的な価値あるものを盗ろうとしているわけではない。

 

自分たち……魔法師をアブダクションしようと動いているのだ。

 

即ち―――。

 

「いたぞ!! 十文字とかいうデミヒューマンだ!!」

「捕らえろ!!!!」

 

こうして自分が目立つことで、敵の眼を惹き付けるしかないのだ。

 

ハイパワーライフルなど目ではない銃弾の連射。

 

ガウスライフルとかいう電磁加速弾の連射は中々にキツイ。十文字が『鉄壁』で動きながら、他の魔法生徒に攻撃を願い出た布陣ではあるが、それが中々に出来ない。

 

(そうか、あの銃はEMP兵器としての特性もあるということか)

 

如何にCADがかつての魔法道具と比べて優れている。呪文詠唱を必要としなくなった。

 

そう豪語出来ていたとしても、どうしても最後にはテクノロジーとしての障壁が存在する。

 

それは電子機器ゆえに『高圧電流』などには弱いということだ。

 

当然、現代の電子機器はそういった風な突如の空気中の放電にも耐えられるように作られている。当然、CADもそうだ。

 

しかし……だからといって近距離に落ちる落雷や、何かしらの事故で発生する電磁パルスなどの影響下に置かれれば、どうなるかは分からない。

 

CADを開発した技術者とて、相手が『放電』系統の術式を使った場合のことを考えていなかったわけではない。

 

しかし現実に、電子機器であるCADには電子金蚕なる古式魔法なんだか、ワームウイルスだかが脅威として存在した時期もあったのだ。

 

まぁつまり―――。

 

(完全に魔法師だけを殺す機械かよぉ!!!)

 

CADを無力化するだけの『電磁パルス』を放つ銃弾。

 

攻撃と防御を一手で行えるそれを前にして、学生魔法師たちに被害が出つつある中。

 

―――援護の手が出る。

 

「がはっ!!」

「おぼっ!!」

 

この電子圧の中でも構わず動ける超人―――魔法使いが動き出したのだ。

 

「浦島……」

 

自分たちを制圧せんと圧を掛けてきた連中が、次から次へと吹っ飛んでいく。

 

後ろを取られたことで脅威判定を上げたようだ。

 

「クイックムーヴの使い手!?」

 

「散れっ!!」

 

相手はかなりの練度だ。そのアーマーの機能を十二分に操り、魔法師でもそうそう出来ない身体移動をこなすのだが―――。

 

冗談のような拳圧―――いや、拡散レーザービームのようなものが猛烈な勢いで、扇状、放射状に放たれて自分たち魔法師が苦戦した相手を倒していく。

 

その理不尽! まさしく嫉妬であった!!

 

 

「戒めの風矢!!!」

 

「う、うごけない!?」

 

「風花・武装解除!!!」

 

「アーマーがふっ飛ばされた!?」

 

そして無力化をしたあとに、何かの水の球の中に入れられるブランシュメンバーたち。

 

それを数分でこなした男と女が、克人の前に立っていたのだ。

 

「浦島……ブランシュが着ているのは?」

 

「まぁ裏火星のPMCで標準装備されているものですね。魔法能力が低い人間たちを兵隊として活用する装備です―――あくまで『マギステル』としての『魔法能力』ですけどね」

 

つまり完全に『やられる』装備だったようである。やっかいな限りだ。

 

「状況は?」

 

「何とも言えませんね。俺たちとしては、ブランシュなんて連中は皆さんにお任せしたいんですけど」

 

無茶を言うなという言葉を飲み込んで、ブランシュなんざどうでもいい程の脅威が出たという言葉に聞き返す。

 

「アーウェルンクスか?」

 

「あの若白g―――いや、もう若くないけど、それの『創造主』がです」

 

その言葉に、魔法使いのことに詳しい十文字の血の気が引いた。

 

そして―――図書館の方向から、強大なまでの……邪気であり魔素が放たれた。

 

瞬間、校舎全てが爆砕したかのような『魔法』が炸裂。校舎棟―――特に1科生側の場所が縦割りの断面図のように成り果てた。

 

遅れて轟音が鳴り響く。

 

莫大な量の炭酸が弾けたかのような、とんでもない爆音が連続して鳴り響き、地面すら揺れている。

 

恐慌が起こる。悲鳴があちこちで上がり、立っていることすらできなくなる。

 

――――災厄が来臨する。

 

 

「君たちがマークしていた司甲くん―――まぁ今はもう賀茂くんだが、結構な地位のヒトでね。西の方の『偉い人』から保護を頼まれていたんだ」

 

「ごっおおお………」

 

悲鳴というか呻き声だけしか上げられない沢木。苦悶と苦痛に苛まれている中、1人だけ直立不動の白髪頭は、今まで覆っていた偽装を剥いでいたのだ。

 

「まぁ君たちは怪しいと思った人間をマークしていただけだ。職務に忠実でたいへん結構。だが、そもそも……既に入れ替わっていたんだから、当然であり……つまり君たちは無能ではないが、無知すぎたということだ」

 

「あ、あんたは……!!」

 

「そして大根役者すぎた。ヒトを問い詰めるならば、探偵・刑事を気取るならば、もう少しセリフは考えろよ―――改造人間ども」

 

嘲り・皮肉・嘲弄の限りを言われて、倒れ伏していた風紀委員2人は歯ぎしりして痛みに耐えながら、起き上がろうとしても起き上がれない現実に圧し潰された。

 

「ボス、ブランシュの連中は予定通り動いているとは言い切れないです」

 

「予定違いはどこにでもあるが―――ふむ……漁夫の利、一石二鳥を得ようとしてもムリかな?」

 

「止めといたほうが賢明ですよ」

 

部下である男に窘められたフェイト・アーウェルンクスは、倒れ伏した魔法師2人を『ヴィクティム』にしろと言う前に―――。

 

強烈なプレッシャーが、放たれた。

 

「ボ、ボス! フェイト様!!!」

 

「ああ……今回の『ヨリマシ』は、マギクス……恐らく壬生紗耶香さんか。甲くんの報告通りではある」

 

「それでは―――」

 

「サヤカ=ヨ■■というところか。君は本社に戻れ―――いざとなれば戦力を引き連れて駆けつけろ。アスラ」

 

「ぎょ、御意です……」

 

本当ならば、自分の戦いに着いていきたいであろう部下を本社に返してから、ここからでも見えている天にまで上がる柱の下に向かうことにした。

 

 

 



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stage.20『女神来臨』

 

これはどういうことなんだろう?

 

壬生紗耶香は、眼下に広がる光景に怯えを持つ。あれだけ唾棄していた1科生たちが、JSDFよりも『未来的』な装備をしたブランシュのメンバーたちによって、圧されていく。

 

あれほど、恨みを抱いていた連中が、まるで狼熊に追い掛けられて逃げ惑う子羊のようだ。

 

自分たちの学校が戦場になったというのに……。

 

(何で私はここにいるんだろう……?)

 

「見てみなさい。日頃、2科生をあざ笑い、魔法師じゃない正常な人々を無能呼ばわりしていた連中が、狩りの獲物のように逃げ惑うわ」

 

「有子ちゃん……」

 

心底面白いと言わんばかりに、凶悪な笑みを浮かべて眼下の光景に対して感想を述べた友人は、それを消して朗らかな笑みでこちらに告白してくる。

 

「安心して紗耶香ちゃん。ブランシュが欲しいのは、魔法世界の安定の為に必要な魔法能力が高い人間のみ……『これ』はね。ある種のマーカー、識別だったの」

 

これと言って有子が示したのは、校章の有るべき場所。

 

自分と有子に無くて、いまスタンロッドで叩き伏されて、頭から血を流す1科生たちにあるもの……。

 

「―――生前(・・)の私が教師たちと備品部の連中を誑し込んで、こうするよう(・・・・・・)にした。

信じていた。こういう日が来るって、『あの御方』は、仰ったの!!! 全ての魔法能力者共を薪にして地獄を顕現してやる。お前たちを導くと 『いずれお前たちを救うために私は来臨しよう。そのために我が名を与えておこう』……そうして、私は『羽音 有子』になった」

 

「有子ちゃん……」

 

宗教的情熱を込めたその言葉が怖い。だが、どうしても引き込まれる。どうしてもその言葉が耳から離れない。

 

「けれど―――私ではあの方の御身体になれない……必要なのよ。現世で―――「旧世界」であの方が動ける身が……紗耶香ちゃんには、その資格があるわ。あの御方は、太陽系世界全ての嘆きと叫びと怒りを、一身に受けられる殉教者……」

 

その言葉と同時に、美しい女性が有子の背後に現れた。雪姫先生に少しだけ似ているその人は、まるで磔刑された主の御子にも見えた。

 

血の涙を流しながらもその眼を見開くことはない……金髪の美女は解放される時を待ち望んでいるかのようだ。

 

「お、おかあ―――お母さん……」

 

その時、紗耶香の目には亡くなった母親の姿を幻視した。

 

そしてその身体に駆け出し、縋り付いた時に抱きしめられる。優しい抱擁。どこまでも溶けるような感覚を覚える。

 

暖かなもの……。

 

「もう……いいのです。サヤカ―――アナタの嘆きと悲しみ、その全てを私が打ち払いましょう……」

 

優しい笑みだ。きっと、この人ならば―――けれど……。

 

 

―――俺はお前に、そんな風に……怖くなって―――

 

その時、少しだけノイズが走るが―――どうでもいい。あの男は、1科生だからチカラを持つことに何の価値も無いとか考える。ヒマな人間だ。

 

自分たち力なき2科生たちがどれだけ懊悩しているのか理解できない。だったらば――――。

 

 

―――こんな学校!! この学校に通う『優秀な魔法師』なんて全て死んでしまえばいい!!―――

 

その時、紗耶香の中に入り込むナニカ―――。

 

そして……。

 

「願いは聞き入れた。我が身はこれより『花』を持つ魔法師たちを摘み取ろう」

 

『変化』をした紗耶香が、その身に非ざるチカラを発する。まさしく本当にありえない魔法を発動する。

 

闇竜の息吹、闇竜の尾撃、闇竜の翼撃。

 

 

3つもの魔法。魔法師のランクで言えば戦術級魔法が3つ同時に放たれたようなものだ。

 

混乱が増える。混沌が渦巻く。混迷が増す。

 

黒いローブに身を包んだ壬生紗耶香は、全てを壊すべく動き出す。

 

 

 

「なんなのよ……これは……!?」

 

あちこちで火が上がり有毒だろう煙が立ち込める。世界が灰色になっている。そうとしか言えない状況だ。

 

七草会長の言葉も遠い。入り込んだ連中は、相当なプロのようだ。

まるで実際の戦場跡のようにとんでもない惨状が広がっていた。

 

「いたぞ!!! 魔法師だ!!!」

 

「捕らえろ!!!」

 

どうやらアブダクション狙いの様子。現れたアーマー装備の兵隊たちは、重装備でこちらを狙ってくる。

 

すかさず達也は分解魔法を放つも、相手方のアーマーは硬すぎて何よりただの『銃器』でもないことが理解できた。

 

狙いを放たれた弾丸の方に向けて消失させたあとには、深雪が広範囲に冷気を放とうとするが―――。

 

それを嫌ったのか、すかさず脱兎のごとく走り去る兵隊たち。

 

アーマーの機構なのか、自己加速魔法以上のそれで、こちらの目の前からは去っていった。なにかに気づいたらしきその後には強烈な『チカラ』の発露。

 

そして、それを感じ取りながらも走り出すこと数分して―――ソレ以上に強烈なものを感じる。

 

それは『魔法師』が触れてはならない禁忌の力。

 

顕現を果たすはじまりの力。

 

それが手始めにやったことは、魔法科高校の校舎全てを圧潰して、ねじり潰すことであった。

 

強烈な圧に晒されて、紙でも引き千切るように、校舎が崩れ去っていった。

 

「校舎が!!」

 

「残っている生徒だっている! 何なんだこれは―――」

 

圧倒的なまでの暴力であり暴威。黒い……暗黒の物質とでも言えばいいものが、全てを崩壊させていく。

 

「お兄様!!」

 

「くっ!!!」

 

深雪の願いは理解している。暗黒を砕け。そうなのだろうが―――。

 

「そういう邪魔しないでもらえる?」

 

逡巡していた達也の前にいきなり現れたのは羽音有子。危険・脅威・凶悪・悪寒―――全てのアラームを鳴り響かせて。

 

手を一振りしただけで、強烈な電圧の刃が飛んでくる。

 

マギステルの魔法の種類で『雷の黒斧』(ディオス・テュコス・メラン)というものなのだが、突如走ったそれを前にして対応が遅れた。

 

直撃する前に、どうにか深雪だけでも―――だが……。

 

風紀委員長と会長が―――。

 

 

そうして起こり得る悲劇を前にして、それを防ぐものが。

 

剣を横にして、槍を縦にして割り込んだ影2つ。

 

浦島とシールズだ。

 

何かの障壁を発生させた武器を前にしての防御行動のあとには、こちらの安全確認など二の次で、羽音に突っかかる。

 

「はははっ!! 私の相手などしていていいの!? 本物の『ヨルダ様』が来臨してくださったのよっ!? アナタの相手は紗耶香ちゃんを憑坐にしたヨルダ様よ!!」

 

「ふざけるな!! 俺の敵は―――俺が定めるのみだ!!貴様のようなレブナントに気付けなかった俺の失態だ!!!」

 

「ならば私がヨルダ様の元に行くだけよっ!!」

 

その言葉で黒色のローブを羽織った羽音は、その動作のままに、いくつものマジックアローを叩き込んでくる。

 

それはまさしく拡散レーザービームかと紛うもので、こちらを塩漬けにしてくるものだ。

 

その数571―――。

 

「無詠唱でここまで出来るなんて、グランドマスタークラス!!!」

 

「ヨルダの使徒とはいえ、詠唱もなしでここまで出来るなんて、よっぽどだな」

 

言いながらもそれを防御しきった浦島とシールズ。熱波と粉塵漂う中でも、平然と立ちあがる2人。その間に羽音は消え去り、その上で先に行こうとする2人を止める。

 

「ちょっと待て! 浦島、シールズも!! 何が起きているのか!! そして、校舎で生き埋めになっている人間たちを―――」

 

「校舎の方にいた生徒たちは無事です。予めあちこちにびっしり張っておいた転移魔法符で『全ての生体を安全区域に移せ』としておきましたから」

 

『私のセンサーにも、崩れ果てた校舎のガレキにフィギュア型は存在しません。ただ『ライフメイカー』が動けば、安全区域など、もはやほとんど存在してないでしょうね……』

 

「それでは」

 

そのホログラフAIの説明で終わりだと言わんばかりに、再び駆け出そうとする浦島を渡辺委員長は呼び止めるが。

 

「待て! 生徒の安全は信用するが――――」

 

「な、なにっ!?」

 

再び鳴り響く轟音。砕け散る学内施設の全て。どうやらタイミリミット付きのようにも感じる。問答などしている暇など無いと急かされている気分だ。

 

「あとで詳しく説明してあげますよ。ただ今は、壬生先輩にとんでもない化け物女が取り憑いて、悪さしている。そういう認識でいてください」

 

言ってからこちらが驚くほどの速度で去っていく浦島とシールズ2人。

 

そうしてから、達也は―――。

 

「追いましょう。この場で佇んでいても何も出来ませんよ」

 

「そうね……」

 

ここで退いて安全圏にいるという判断をしなかったのは、悪手かもしれないが、それでも……。

 

自分たちの無力を知らされるだけなど、はっきりとイヤなのだ。

 

 

「きゃははははは!!!!!! これがチカラ!!! これが全能のチカラ!!! これが想うままに力なきものを跪かせて自儘にしてきた連中の気持ちかぁ!!!」

 

「壬生……」

 

十文字はその哄笑にどうしても苦衷を覚える。ソレ以上に、これだけの惨状をもたらした『はじまりの魔法使い』のチカラに恐ろしさを覚える。

 

十文字の周囲で五体満足に動けるものなどいない。それどころか五体を『欠損』させられて、魔法の行使を不可能にされたのだ。

 

(確かにCADを操るには、どちらであっても基本的に『指』が必要だが……)

 

まさかその指を切り落とす、腕を斬り落とすなど想像できようか。

 

影の槍剣……明らかに鉄以上の硬度と鞭のような使用法なのに、鞭ではあり得ぬ張力で以て、数多の魔法師を無力化してきたのである。

 

「くああああ!!」

 

「ひっ!ひっ!!ひあああああ!!!!」

 

「いてぇ……いてぇぇえええ!! ああああ!!」

 

 

自分の腕や足―――更に言えば眼が潰されたものたちもいる。如何に現代の医療が再生治療に特化していたとしても、果たして回復可能なのか……。

 

そもそも脳が受け止めきれる痛みの許容量を越えたものが、総身を渦巻いているのだ。

 

魔法能力にすら影響を及ぼすかもしれない。

 

自身も足に影槍を深々と突き刺された克人は、浦島を送り出したことを悔やんでしまっていた。

 

こっちの方が最悪なのだと……。

 

「この―――バケモノがあああああ!!!!」

 

その時、この中では怪我の度合いでは運を拾っていた方である森崎が、魔法を放とうと特化型の引き金を引こうとした。

 

だが、その眼前にいきなり現れたサヤカは、その特化型CAD―――銃を掌中から『飛ばして』、同時にその空になった両掌を掴み、握手する形で。

 

 

握りつぶした。

 

 

五本の指が全て一纏めの糸束も同然に成り、その後に指を90度に『折りたたむ』ことで、CADを使うことを許さなくした。

 

万力のようなチカラで一方的に人体を破壊できる。これがマギステルというもののチカラの一端である。

 

やられた森崎は、その現実味の薄さと、痛みの無さから一瞬だけ茫然自失していたが、しかし遅れてやってきた痛みと、認識した現実を前にして最大級の悲鳴が上がる。

 

「壬生ぅうう!!!!」

 

もはや何の容赦もないままに、魔法を解き放つも―――その身体に到達することもなく掻き消える。

 

「それで?」

 

もはやどんな抵抗も無意味である。勝者の笑みを浮かべるサヤカに、歯ぎしりをしてから恨みを込めて言う。

 

「……何故、壬生紗耶香を憑坐に選んだ!? 彼女のポテンシャルは、決して優れたものではなかったはずだ!!!」

 

「別に出来の良し悪しで、私は来臨するものを選んでいるわけではないからな。だが、サヤカ=ミブの憎悪及び劣等感は素晴らしい……これだけの憎悪を作り上げて、育んできたことで、この娘の魔素の受け入れはとてつもない。この学校に残る『負の感情』の残留思念が極上の魔素となりて、この娘に集まる」

 

「………その為だけに!!」

 

これだけの騒ぎを起こしたのか!? もはや十文字とて理解した。

1科と2科での校章の有無など、全てはこの為だけに存在していたのだ。目に見える分断・区別が須く、この女を来臨させるための土壌になったのだ。

 

「羽音有子を名乗るあの子も、この学校に絶望した人間であった。いずれ短き定命を与えられた彼女の絶望を癒やす『復讐』を為させるために、この学校にて多くの奸策を行わせた」

 

誰か1人ぐらいは、校章の有無がただの備品部のミスでしかないというのを告発してもおかしくなかった。

 

そうだというのに、ここまで来てしまったのだ。

 

「ここで発生した憎・怨・恨・怒・忌・滅・呪・殺―――あらゆる負の感情が我が身に流れ込む。実に心地よく―――貴様らも味わうがいい!!! 敗北したものたちの『この世全ての悪を』!!」

 

全てが灰燼と帰した世界にて、傷つき打ち拉がれたものたちへの追い打ち。

 

サヤカ=ヨルダの周囲で黒い水とも泥とも言えるものが噴水のように湧き上がり、物理法則を乱す形で克人たちを直撃しようとする。

 

以前、フェイト=アーウェルンクスが見せた石蛇。浦島が見せた水蛇を思わせるものだ。

 

その泥から感じる怖気は克人の見た通りならば……「人間の顔」も見えていた。顔と言っても、しゃれこうべのようなものすら見えていた。

 

それらが、克人たちを直撃しようとする前に、その眼前に立ちふさがるものが現れる。

 

「太陰道・全吸収!!!」

 

そいつは怨念の集合体を全てその身に取り込んだ!

 

「ケイタ!!!!」

 

次いで現れたアンジェリーナの心配するような声。しかし、全ての怨念を取り込んだ浦島は―――構わずに怨念の集合を元に術を解き放つ。

 

「甲種術式兵装・愛憎怨水!!!」

 

そして、以前に見た時と同じくその姿を異にする男の姿が、克人の眼前にあった。

 

それは―――魔法世界において英雄と呼ばれた存在の御業。

 

偽悪的な偉い魔法使いの御業……。

 

闇の魔法(マギア・エレベア)―――術式兵装(アルマティオーネ)……!!」

 

 

―――禁忌の術式が解き放たれるのであった。

 

 

 

「ぐふっ、やはりここまでだったか……しかし、あれですな。何故、私から狙ったので?」

 

「なぁに、単純な優先順位の差でしかない。お前さんの石化魔法なんてのは『近衛木乃香』ぐらいにしか解呪出来ないからな。お前さんから仕留めようと思うのは当然だろ?」

 

その身を断罪の刃で磔にされた子爵級悪魔は『■■の使徒』の答えに成程と納得する。

 

「だが、しかし―――そのために『ヨルダ』殿を自由にしてしまっていいのですかな?」

 

「自由ねぇ。まぁ安心しろ―――状況が動けば、『フェイト』も変わらざるをえないだろうさ」

 

「全ては計算ずくか、この惨状すらも……」

 

流石は■の福音と、賞賛をしながらも皮肉を込めるが、それすら彼女はなんとも想っていない。

 

「一度は、魔法師たちにも危機感を持ってもらわなければな」

 

だが怪我人の数は多すぎた。重傷のものは多すぎる。

すぐさま麻帆良の方から回復術者を派遣してもらわなければならない。

 

あるいはカリンかシスター・村上に……。考えながらもまずは雪姫は、やるべきことをやることにした。

 

「まぁいい。お前は―――とりあえず果てろ!」

 

首を刎ね飛ばしたところで、『死』は与えられないと分かっていても、ヘルマンという悪魔にはご退場願うのであった。

 

そしてから自分には馴染みの闇の波動を感じながら―――雪姫は、もはや幻術に回していたリソースを解放してから、元の童姿に戻って一番熱い戦場へと赴くのであった。

 

 

 



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stage.21『無気力な魔法使い』

いやー水星の魔女が良すぎる。

地球側が差別されているとは、SEEDも経済的にはGDPとかはプラント側の方が高いんだけども、人種的な差別だったからなー……。

果たしてこれからどうなるか……期待大である。


 

 

この戦いは宿命だったのかもしれない。

 

だが、それでも片方に期するところはない。

 

平穏に生きたかっただけだ。

 

別に、約束の女の子とトーダイに行く上で、スラップスティックな日常などいらなかった。

 

景太郎じいさんは、そんな日常も楽しめる人だったそうだが、啓太は違う。

 

魔法や道術・呪術なんてのは、自分に備わっていたものでしかない。

 

英雄になりたいわけでもなく、何かを成し遂げて一旗揚げたいわけでもない。

日常を平穏に生きていたかっただけだ。

 

大きな喜びも悲しみもいらない。ただ、『普通』になりたかっただけなのに……。

 

それなのに――――――。

 

 

「お前がいるからあああああぁああああ!!!!」

 

完全な八つ当たりを敢行するのであった。

 

「いくら叫ぼうが今さら!!!」

 

極大の魔力を互いに込めた拳の激突。それだけで一高の校舎のガレキが浮き上がり、大地が鳴動する。

 

その激突を境にして戦いが始まる。

 

それは、人知を超えた魔法能力と超速度と超破壊能力との―――極限の衝突であった。

 

 

「亀甲極限砲!!!」

 

「雷の暴風!!!」

 

とてつもないエネルギー同士の衝突が、細かな石礫を弾丸のような速度で周囲に飛ばす。

 

「――――!!!」

「――――!!!」

 

エネルギーを吐き出しあったあとには超速のセカイに入り込み、拳を叩きつけ合う2人の超人の姿が、全く見えない。

 

だが何かがぶつかり合いながら、何かを砕こうとしているのは辛うじて分かる。

 

「死に晒せぇええええ!!!!!」

 

時折聞こえる叫びと同時に、黒ローブ姿の壬生紗耶香に拳の連打を食らわせる姿が見えたりもするのだが。

 

「……性格、変わりすぎじゃないか?」

 

「アレが浦島君の地なんでしょうか?」

 

 

答えるものは誰一人いない。本当ならば、答えるべきアンジェリーナも十文字も苦衷の表情を浮かべて、それを見ている。

 

即ち……アレは『異常なチカラの発露』なのだと気づく。

 

浦島の手に描かれた黒と青の紋様。アレが見える度に達也は吐き気を覚える。おぞましき魔道の最極。

 

それがアレなのだと気付かされる。

 

紋様は蝶の羽根のように複雑な模様を描きながら、徐々に広がっていく。

 

そしてそれが広がりきった瞬間、多量のマジックアローが虚空の一点に向って飛んでいく。

 

詠唱も魔法名すら無く、身振り手振りもなくサギタマギカという矢は驟雨のごとく向かう。

 

そこに壬生紗耶香はいた。

 

「ぬうう!!!」

 

防御障壁(?)で耐え忍ぶ壬生紗耶香だが、ダメージは相応にあるようだ。

 

「マギクスなんてこまっしゃくれた連中を倒すにゃ十分だろうが、俺やエヴァンジェリンを相手にするには不十分な憑坐だな!!!」

 

盛大なまでの魔法師に対するディスりに若干苛立つが、マジックアローで足を止められた壬生紗耶香に対して拳を叩き込まんと浦島は飛んでいく。

 

(今さらながら普通に『飛行』をアイツ行っているな……)

 

螺旋を描く水の槍の嵐を伴いながらの突撃は―――。

 

「ならば、こいつらをだ!!!!」

 

瞬間、壬生紗耶香の纏っているローブが意思持つ蛇のように動いて、地上に伸びた。

 

そして―――。

 

「浦島っ!!!」

 

怪我を負っていた生徒たちを放り投げることだった。人間砲弾の如き様を前にして浦島の拳は―――。

 

「邪魔だぁああああ!!!!」

 

止まらずに正面に居た森崎を殴り飛ばすのだった。もはやどっちが悪役なのか分からないぐらいにとんでもない所業。

 

その威力はメガトン級すぎて、地上に急速に送り返された森崎砲弾が、粉塵を散らす。

 

「貴様っ!!!!」

 

―――紗耶香の様子が少々気になる。それは、外道の所業を行った浦島を非難している……様子。

 

変だと思った瞬間には―――。

 

『浦島流柔術 山彦返し・極』

 

浦島は身体全てを使って、飛び来る人間砲弾を叩き落としていく。

 

受け止めるべく、魔法を展開しようとするもそれを受け付けない。

 

「―――どういうことなんでしょうか?」

 

「シールズ―――」

 

一応は救護活動をと思った瞬間に、アンジェリーナ・クドウ・シールズは飛んでいき、その戦いに介入する。

 

そして……。

 

「ううん……な、なにが……」

 

意識不明の状態から『完全回復』をした一科生たちが起き出した。

 

そして―――。

 

「水星のチカラか!? それとも海王星のチカラか!? どちらでもいい!! サヤカ=ヨルダ!! アナタの願いを私は叶える!!!!」

 

その様子を見ていた羽音有子が、回復をした一科生たちを襲おうとチカラを溜め込む。

 

「来たれ風精 闇の精 闇を纏いて迸れ 魂食らう覇王の咆哮」

 

詠唱が朗々と響く。そして

 

「暗竜の息吹!!!」(ヴォイドブレス)

 

闇が強烈な波動と渦を巻いてこちらにやってくる。

 

はっきり言おう。達也にはこの魔法を分解する式を組めない。この暗黒物質とでもいうべきものを分解しようとすれば、それはその暗黒物質の根源を理解しなければならないのだが―――。

 

それが分からないのだ。

 

そして直撃しようとした瞬間に―――。

 

「―――闇の吹雪!!」

 

「意志なる石蛇よ!!」

 

それを押しつぶすように、発生した蛇に闇の螺旋が纏わりつき、文字通りの『闇竜』へとなりて、羽音の攻撃を押しつぶした。

 

「ちぃっ!!!!」

 

阻止された羽音だが、苛立つようにしながらも、立ち塞がった存在に魔法をたたき込む。

 

「まさかレブナントまで使徒とするとはな。お前の元主人は、よほど寂しかったらしいな」

 

「部下が退職することに耐えられない方だったかな……だが、リストラされた身としては少々悲しいね」

 

現れたのは雪姫先生と―――あの白フード……今日は、洒脱な白いスーツに身を包んだ男……フェイト・アーウェルンクスとやらだった。

 

「ここは私とこの若作り白髪が受け持つ。お前たちは逃げろ」

 

「若作りって、アナタのような女性が言うか」

 

言い合いながらも、マギクスでは理解が追いつかない魔法の連続で有子を追い詰めていく。

 

「しかし雪姫先生!」

 

「ああ、この男が信用出来ないというのはわかるがな。だが、この場ではコイツだけが信用できるんだよ」

 

「ヨルダ=バォト=アルコーンとその使徒が現れた以上、魔法師を捕らえる計画は暫く凍結だ。まぁどちらにせよ、君たち『シバ』は、巻き込まれるだろうけどね」

 

そのシバという言葉を放つ際に、4枚の若葉を吹き上がらせて深雪と達也に見せてくるあたりに、この男はやはり……。

 

「とはいえ、私達だけでも抑えきれないほどにスケルトンやデュラハンが襲いかかるかもしれないから、とにかく気をつけて避難しろよ」

 

鬼かっ!? だが、浮かび上がった羽音有子の下知を受けたらしき、そういうものが大地から出現してくる。

 

それに注意を払いながらも、空中で戦闘を行う浦島とシールズ……それを受けるヨルダ=サヤカを見るのであった。

 

 

「「魔法の射手 光の77矢!!!」」

 

きゅどどどどど!!! という音と共に光の矢が、計154も飛んでくる。

 

その攻撃を後手で受けるサヤカのチカラは、正しくヨルダの憑坐としての特徴を有している。

 

しかし……。

 

その手に魔剣―――そこいらに転がるガレキを基材にして生成した剣で近接戦闘を挑む辺り、ナギ=ヨルダ、ネギ=ヨルダと同じ特徴を持っている。

 

憑坐の特性や性格を完全に潰しきれていないようだ。

 

「アデアット!!!」

 

ならば、そこに突け込む。手にしたのは棒である。飾り気の無い朱色の棒を手に―――。

 

「終わりだっ!!! ヨルダ・バオト・アルコーン!!!」

 

「決着には速いのではないかな!!!」

 

だが、虚空をしかと踏みしめながら放つ棒による打撃の数々は、確実にヒットしている。

 

何より……。

 

「むっ!!!」

 

「攻性魔法のチャージはワタシの担当よ!!!」

 

「阿吽の呼吸か!!」

 

啓太がチャージをする魔法の数々は、アンジェリーナが放ってくれるのだ。

 

「リーナがチカラをかき集めて、俺が切り裂く!」

 

「ヒトのLOVE()のチカラを見せてやるわヨ!!」

 

そんなものあっただろうかと疑問を覚えながらも、如意金箍棒と啓太がチャージをする魔法の数々から放たれる攻撃がヨルダを追い詰めていく。

 

「愛!? 愛だと!? 愛など粘膜が創り出す幻想に過ぎん!!」

 

その言葉に啓太は少しだけキレながらヨルダに突っかかる。

 

「だったら―――――――なんでアンタは!!! オレの■■■様と―――」

 

「―――!!!」

 

明らかに動揺したらしきヨルダ。

 

「アンタが乙姫になっちまったから!!! 俺は―――」

 

「私は―――」

 

その動揺で出来た隙を狙って一気呵成に攻め立てる。如意金箍棒のレプリカによる打撃。そして―――。

 

「神格纏繞・神珍鉄自在棍!!!」

 

巨大化した棒。直径も長さもちょっとした柱も同然になったそれが、サヤカ=ヨルダを直撃。

 

その様子は遠くからでも見えていて、救護活動をしつつブランシュを牽制していた残存部隊などは見た。

 

遅れて強烈な圧がインパルスとなって自分たちにまで響く。間違いなく必殺が決まった音だ。

 

「十文字くん……」

 

「わからん。ライフメイカー……はじまりの魔法使いは強敵だ。如何に浦島やエヴァンジェリン殿たちが、強烈なチカラを発揮したとしても……」

 

どうなるかは分からない

 

ともあれ、安全圏に着くと肌の色が黒く、それと同じく黒い髪を長く伸ばした美女がいた。

 

「ここにいるのは全て一高生でしょうか小野教諭?」

 

「は、はい! 間違いなく!! 龍宮学園長!!」

 

 

目つきはどことなく鋭い。美女であることは溢れ出そうな胸元とか漂う色香から理解できる。だがそれ以上に、どうしても抜き身の刃もとい、銃口を向けられたかのような殺気を彼女からは真由美は感じるのであった。

 

「マナさん……来られたんですか?」

 

「アレ程の存在が降臨するとわかっていれば、もう少し前もって準備出来ていたんだがね。エヴァンジェリンから連絡を受けて泡食って飛び出してきたんだ」

 

嘆息気味に言いながら自動式拳銃で遠く―――600mは離れたところにいるブランシュメンバーを昏倒させる彼女の正体は何なんだと想う?

 

「アナタは?」

 

克人が紹介してくれなさそうなので、真由美が疑問符を呈することに。

 

「龍宮真名という。埼玉県麻帆良市にある巨大学園都市の総責任者だよ。まぁ代理なんだがね―――以後よろしく」

 

役職なんて肩書程度にしか使えないとでも言わんばかりの女の言葉を聞きながらも、状況は落ち着いたのかと想うが……。すぐさま地鳴りというか鳴動が響く。

 

「まだ戦うか……ヨルダ!」

 

その言葉の後に部下らしき人たちに指示を出してから、龍宮学園長とかいう美女は走り去っていく。

 

浦島が使う瞬動を連続で行っての退場に、誰もが驚く。

 

しかし、ソレ以上に響く鳴動が、全てを悟らせる。

 

「俺も向かうぞ。このまま傍観者ではいられん」

 

舞台は終結へと向かう……。

 

その時、十文字克人と七草真由美が自己加速魔法を発動した時。

 

避難した人間たちから見て遠くの方……未だに残り直立していた校舎の尖塔部分……一高の六枚花弁を模ったモニュメントが埋め込まれたものが崩れ落ちた。

 

それを見た誰もが、不吉なものを覚えるのだった。

 



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stage.22『無力な魔法師たち』

 

 

サヤカ=ヨルダは限界のようだが、まだ戦う意思を見せている。

 

だが、こちらとて既にギリギリなのだ。

 

マギアエレベアの魔素痕が、際限なく広がっていく。

 

甲羅のように背部に展開しておきながら魔力を循環させる。

 

「―――アンタにゃ恨みは無いが、それでもアンタの夢は叶えちゃならないんだ……」

 

「ふっ――ふっ―――アナタこそ分かっているの?いずれ火星人たちは魔法師たちを狩り尽くす……そして、そのときにこそ私の『完全なる世界』は発動を果たす―――この世界でのキティは上手く『やりすぎた』……私の憑坐にスプリングフィールドの血縁は『ならなかった』……だが、だからこそ、最悪の結末が待つのだ!!!!」

 

最初こそ息を吐くのも辛そうであったが、最後には饒舌に演説をぶる。

 

正しく神の如きチカラを持つものだけが語れる視点。矮小なるものを見下し、その生き様を堕落と称するに足るだけのものがある。

 

だが……。

 

「アンタの夢の中に落ちたところでいずれは皆して起き上がると想うけどね」

「それは希望か? それとも信頼か?」

「いいや、ただの経験則さ」

 

ひなた荘という場所をよく理解していた啓太にとって、そういう事なのではないかと思ってしまう。

結局の所……覚めない夢など無いのだから……。

 

崩れ落ちた校舎の壁を背中にしていたヨルダに対して、ハマノツルギ……姫御子の『鋏』を構える。

 

躱せない。だが、滅せれない―――それでも……この場での決着は着けるべきだ。

 

そこに―――招かれざる闖入者さえ現れなければ。

 

「待ってくれ!! 浦島!!! その剣で壬生を刺そうっていうのか!?」

 

啓太とヨルダの境界に割り込むもの、腕を大きく広げてヨルダを庇い立てしてきた。

 

「そうですよ。邪魔だから退け」

 

剣術部で見たような気がする顔。名前は覚えていない。だが先輩だったかな? などと思い出しながらも―――。

 

「アンタが、どういう想いでそこにいるのか知らないですけどね。そこの女はもう既に壬生紗耶香という女じゃない。太陽系銀河規模で思考する(モノを考える)ようなバケモノ女に身体を乗っ取られた。既にそいつの魂や精神なんざ、超恒星級のエネルギーを食らって既に砕け散っている!!!」

 

「ーーーーーーーーーーーーーーー」

 

俺の言を虚言と強弁することも出来たはずだ。だが、ここに至るまでに、背中に庇う女がどれだけの事をやってきたのかを知っているだけに……それを簡単に否定することも出来なかった。

 

「だけど!!!!!」

「き、桐原くん……」

 

その時、まるで『壬生紗耶香』らしき声音で弱々しく言ったことで桐原は顔を明るくして振り向き―――そして!

 

「―――貴様がこの娘の嘆きと苦しみの元凶だ」

 

力なくも腕を差し出し、五指から伸びた影の触手が―――桐原武明の四肢と頭部を貫いていた。完全なるだまし討ち。

 

「紗耶香……アナタの悲しみは、もはや無い―――だから―――」

 

そんな風に涙を流して、殺人の想いを言うサヤカ=ヨルダ。

 

桐原の救護は、後ろから来た連中に任せた―――そして啓太は、マギアの紋章を『ツルギ』に重ねて―――。

 

「―――!!!!」

 

―――裂帛の気合と共に真っ直ぐ打ち出した。

 

サヤカの真芯を貫く強烈な勢いの『剣砲弾』は、その慣性の法則を消費し尽くして、瓦礫を吹き飛ばしながら、サヤカの身体を向こう……校舎側まで飛ばした。

 

終点は……奇しくも、八枚花弁の校章が象られたモニュメント。それが埋め込まれた校舎の壁。

 

そこに打ち付けられたことで、校章に鮮血が飛び散り、紅に染まる……。

 

血染めの一高のシンボルを見た全員が、その様子に苦衷を覚える。糸が切れたマリオネットのように動かなくなったサヤカの中から、何かが出てくる。

 

「出るものが出たか」

 

啓太の呟きに応じるように、達也はそれを注視する。

 

巨大な杖のようにも見える。

柱のようにも見える。

 

だが、その持ち手部分、先端部分にはよくある宝珠(オーブ)の類はなく、そこから十の翼が左右対称に広がり、それを持つ堕天使・邪女神とでもいうべき悍ましきものは、苦悶の表情で叫んでいた。

 

当然、杖の巨大さ同様に、巨大な……巨人とでも言うべきものだ。

 

「この場で全てを終わらせられないが――――――お前は―――出ていけぇええええ!!!!!」

 

一瞬の早業。瞬動でサヤカまで近寄り剣を抜き取り、そしてサヤカの頭上に浮かぶそれを真っ向唐竹割りをするのだった。

 

飛び上がりながらのそれを前にして、柱は崩れ去るが―――その中に、金髪の女がいた。

 

「――――」

 

「――――」

 

無言での視線の交錯。

堕ちていく啓太。

上昇していく女。

 

女の顔は……少しだけ雪姫先生にも似ていた。

 

「いずれ殺しにいってやる―――はじまりの魔法使い!! 我が浦島の中にありし毒血の女よ!!! お前こそが我が人生を穢した存在だ!!」

 

「ケイスケは、私を愛してくれた。それだけだ―――お前の不幸は、私のせいでもケイスケのせいでもない!!」

 

その言葉を最後に―――元凶たる存在は消えていく。全ては終わったのだ……。

 

 

「こちらと同時に決めてくれるとは、流石」

 

「別に示し合わせたわけではないぞ……フェイト。お前は……本気で魔法師を殲滅したいのか?」

 

「当然だ。エヴァンジェリン、いや雪姫。アナタとて気付いていよう。ネギ君が求め、アナタの学友達が求めた世界の在り様とは、『こんなもの』ではなかったはず」

 

羽音有子という幽霊を滅したあとに、そんな会話をする2人の超人。だが、その会話は超然としているようで、ただ単に井戸端会議と変わらない。

 

「―――確かに、ダーナから見せられた2つの■■に比べれば、この■■は手遅れなのかもしれない。だが、私は『不幸』でなかったし……、お前の主だって『救われる』かもしれないんだぞ」

 

それは希望ではないのか? 口にせずとも問いかけるが……。

 

「惰弱だ。ネギくんが定命のものとして死に、運命の託宣は『皆幸の魔法使い』に託されただけ……そして、魔法師たちは全ての『立派な魔法使い』を絶望させる俗物ばかりだ」

 

「仕方あるまい……天界の神々から火を与えられた人間が、それを以て暖を取るだけでなく、同じ人を焼くからと取り上げることは出来ない」

 

「だが、人々は『火を使って焼く』ことを『共有』してきた、焼灼。……水でものを洗うこと、洗浄。石を割って尖らせること、研磨。……全ては誰かにしか出来ないことではなかった。魔法も『本来』ならば、そうなるべきだったのだ。魔法師という強欲者どもがのさばるならば、僕の考えは変わらないんだよ」

 

例え、その結果がどうなろうと。始まりを知ったものたちは、誰かに自分の発見で豊かになってほしいと願うのだから……。

 

その言葉のあとに、フェイト・アーウェルンクスという雪姫にとって旧い友人は消え去るのだった。

 

「さて、死んだのは2人か……取り戻せるかな?」

 

そして、来訪してきた友人に頼み込む。

 

「そりゃウチがおらんかったら、しょっぱい結果になるんやろけど、まぁ問題ないんちゃう?」

 

いつの間にか、自分の近くにやってきた旧知の友人。齢100歳を越えた女性の言葉に、くすりと笑みが零れる。

 

京都から連れてきた多くの『侍従』たちも、怪我をした全ての『人間』たちに回復術を行使しているはず。

 

「ならば頼む。木乃香―――啓太とアンジェリーナは存分にこき使っていいからな」

 

「はいな。とはいえ景太郎先生の孫子(まごこ)に、そこまで無体なことは出来んよ」

 

「優しいな。お前は……」

 

笑顔で金槌を『ジジイ』に振るっていた事実に眼をつむりつつ、あれはジジイがJCに不向きな縁談ばかり頼んでいたことが原因だと懐かしく想いながら――事態の中心に向かうのだった。

 

 

「―――これが、結末なの……こんな、こんな……ここまで絶望して―――それに私は気付かず……!!!」

 

「七草……」

 

全ては遅かった。この魔法科高校の在り方に絶望をした羽音『優子』の嘆きを聞いたヨルダが、ここまでのことを行った。

謀略でありながらも、正しく徒手空拳を用いた裸での策謀が用いた結果である。

 

「お兄様……」

「―――あまり見るな」

 

横たわる2つの『死体』、男女の仏に対して深雪が望んだことを行おうとしても、達也には不可能だった。完全に『取り戻せない』と分かった。

 

だが……。

 

「浦島……シールズ……」

 

ただ一人、いや二人が、眠るように眼を閉じている壬生と桐原に『魔力』なのか、何かを贈り続けている。

 

死人を冒涜するな。と言うべきかどうか……そうしていると―――。

 

「京都からご足労感謝いたします」

 

「律儀やな。ウチにとっても、この辺り()は知らんところやないから気にせんでえーよ」

 

京都弁を使う美女……巫女服というよりも、古めかしい神官服を纏ったヒトが、後ろから現れていた。

 

達也ですら気づけなかった唐突な登場。

 

振り向き、そのヒトに礼儀を正した挨拶をする浦島とシールズの姿。何より……佇まいが、どことなく高貴な家柄を感じさせており、自然と達也たちも姿勢を正していた。

 

「ではお願いします。マギステル・マギ・コノカ」

 

「ほな借り受けるで」

 

「どうぞ―――」

 

言葉と同時に、何か……サイオンではない力のようなものが、マギステル・マギ・コノカとやらに送られて―――それを受け取った美女は、その手に持った扇子を使って、舞い踊るようにして何かを唱える。

 

そしてチカラが伝播する―――力強くも優しきチカラの行き先は……桐原と壬生であり、チカラが彼らを……。

 

「ううっ………」

「あああ―――」

 

呻くような調子での言葉を上げさせて意識が戻っていく様子。誰もが驚く。そして―――。

 

「ヨルダお母様……ヨルダさま―――」

「壬生……」

 

横たわる男女は上半身だけだが起き上がり、そして譫言のように呟く少女、涙を流す少女を労るように見る少年。その心が寄り添うまでは長くかかろうが……。それでも―――一旦は終わりを迎えた。

 

「ほな。ウチはこの辺で失礼するえ」

 

「ありがとうございました」

 

その笑顔での言葉を最後に何事もない様子。気楽な調子で、近衛木乃香は去っていく。まるで夢幻の如く、その歩みを追うことは出来ない。

 

―――そして何より、全てを取り戻していても尚、周囲は壊滅的であった。

 

崩れ果てた校舎。

血染めの校旗(ペイント・イット・レッド)

そして恐怖を覚えし魔法師たち……。

 

爪痕はキッチリ刻まれているのであった……。

 

土煙棚引く第一高校は正しく廃墟も同然であり、今後を考えるのが、実に恐ろしいのであった。

 

 

その後に語ることは多すぎた。

 

これだけの大騒動は巷間が放っておくことは出来ずに、色々と混乱は続いた。

 

まずは騒動の扇動者であるブランシュに関しては、『アマテル・インダストリィ』社の取り計らいもあり、無罪放免とまではいかずとも、あまり厳しいことにはなりそうにはなかった。

 

この事に激怒したのが、十文字など一高の重役ではあるが、『黙っていろ』と多くの関係各所の『上層』(うえ)から言われたことで、憤慨を溜め込むことに。

 

校舎の再建に関してだが、これに関してはそういった関係各所がありったけの(カネ)人材(ヒト)を放出し、多くの権利関係をスルーすることで、十日間ほどの休校で何と元通りの姿を取り戻すことになった。

当然、ここにもアマテル関係の企業のカネが放出されたことは間違いない。

 

生徒の処遇に関しては、これはデリケートな問題であった。

 

多くの生徒が分かることは、一科生の大半が為す術もなく打ちのめされてしまったということ。そして、二科生はほとんど狙われなかったということだ。

 

その為に一科生の間には疑心暗鬼が生まれていた。二科生が、今回の襲撃で手引きしていたのではないかと……半分がアタリで半分はハズレ。という事実公表をするには……あまりにも残酷な事実が含まれていた。

 

多くの関係者総出で仕上げた報告書をまとめ上げて、それを読んだ七草会長は完全に恐怖で震えていた。

これだけの大きすぎる真実を公表すれば……魔法師の学生たちは、己のレゾン・デートルに疑義を持つだろう、と。

 

「では事実を隠して、再びあのような事が起きるのを享受するか?」

 

「それは―――」

 

「下手を打てば、一科生たちは二科生たちを弾圧するだろう。ヨルダという銀河規模の神人(しんじん)になる可能性がある存在は、能力が低い存在に取り憑くなどと誤解をしてな」

 

虐殺・弾圧・不信・疑惑……あらゆる負の感情が、一高を昏い穴のどん底に落とすのだろう。

 

そう言って椅子にふんぞり返る幼女。

 

これこそが自分の『本来の姿』だという、松岡 雪姫先生こと『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』に七草真由美は戸惑う。

 

「……魔法世界ムンドゥス・マギクス、それの創始者『ヨルダ・バオト・アルコーン』……あまりにも話が大きすぎて呑み込めきれませんよ」

 

「ひとまずそこは置いておけ。まずは魔法使いの始祖のようなものは、『虐げられた存在』に取り憑いて、差別した側を殺すべくチカラを与えるとでも、言っておけ」

 

お座なりな説明だが、それでいいのだろうか?

 

「だが、どちらにせよヨルダは、虎視眈々と魔法師を抹殺し、その生命の滴(いのちのしずく)を用いて太陽系銀河の知的生命体を『永眠』させるべく動き出しているのだからな。どちらにせよ対峙せざるをえない存在だ」

 

そんな冷たい現実を告げられて、黙るしかなくなる。

 

そして―――復興する前の仮組みの大講堂で発表された事実公表は、やはり大混乱を招く。そして次いで十師族が内々に魔法師の名家に出した同じような事実公表が、それらを少しだけ収める。

 

だが……事態打開の具体策に欠けるそれらが、落胆を生んだのもまた事実だ。

 

「ケレド、少しだけいいこともあるワ。ソレは、二科生もまた同じ魔法師であるということを意識してくれているもの」

 

「そりゃヨルダが取り憑く可能性があるとなれば、自然と態度も柔らかくなるわな。もっとも、これがポリコレ的な配慮で終わらないことを期待するしかないな」

 

皮肉屋(ニヒリスト)なんだからー」

 

「何にせよ。ホルダーズのチカラを借り受けることもなく終わってしまったからな……」

 

この事態を読んでいたのだろうか? そう想いつつも……面倒なことは、再び起こるだろうと予測するのだった。

 

 

『事実です。この太陽系銀河において先に到達したものであるヨルダ様は、未だに嘆きと悲しみを受けておられるのですよ』

 

「―――地球及び火星の全人類の負の感情を受け続ける存在……それだけの想念を受け続けていれば」

 

『常人ならば、塩の柱となるのみでしょう。その前に発狂死するのがオチ、ヒトのココロを操ることに長けた我が四葉でも、そのようなお人を害することは不可能ですよ―――正しく神の如きチカラと視点を持った方ですからね』

 

もはや大きすぎる人間―――という枠には収まらない怪物だ。こんなものが、今までこの世界にいたなど……全然知らなかった。

 

「マギステルたちは、その方との戦いを続けていたのですか?」

 

『ええ、詳しくは現在 雪姫を名乗っておられる魔法使い様から、いずれお聞きしなさい。今は忙しいでしょうから時間を置くとして―――そして達也さん』

 

「はい」

 

神妙になりながら呼びかけられたことで佇まいを正す。

 

『あまり浦島家を探らないように、ご当主である『はるか』さんは、私や姉さんにとっても、数少ない友人といえる方。何より―――和菓子・浦島の銘菓は我が家では欠かせない茶請けなのですから』

 

ビックリする事実。四葉と浦島は繋がりがあったという暴露。そして何より―――……。

 

『そういう訳なんで、啓太さんやその関係者にあまり嫌疑を持って近づかないでくださいよ兄さん』

 

本当の意味で『従弟』であるひとつ下の男子。現在通信の相手であった叔母であり当主の息子が出てきたことで、コレ以上の探りはやめた方が良さそうだと気付くのであった。

 

今回の事件、自分たちは完全に蚊帳の外であった。身柄を狙われたことは確かなのだが、ヨルダなる女にとって自分たちは『どうでもいい』という事実。

 

かといって無視するには恐ろしく強大すぎる敵を相手に立ち向かえたのは―――。

 

(浦島啓太……)

 

そいつただ一人であったことだけが達也の胸に突き刺さっていた……。

 

 

 

 



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stage.23『魔法科高校の劣等生』

聖先生も先立たれていたとは……。

世代ではないんですが、時折立ち読みで読んでいた作品。長寿作品だなとか思いつつも、詳しく知ろうとは思わなかった俺はバカか。

超人ロックとは――――――改めてそういうことだったんだな。と思いつつ、この作品が与えた影響を今更ながら思い知らされる。


 

魔法科高校とて期末テストはある。あるわけで、結局の所、勉強が必要になる。なるわけで―――。

 

「勉強かぁ、やる気が出ない」

 

「モンク言わずにヤルのよ!」

 

同居相手である親戚から言われて仕方なく端末を操る。そもそも理論を学んだところで意味は無いような気がする。

 

だが、一応はやらなければならないのだ。などと考えるも、近づきつつある夏の予定を聞いておくことにする。場合によっては、この家に何日もヒトが入らない可能性もあるのだから。

 

「夏休みはアメリカに帰省するのか?」

 

「ウーン、ケイタはどうするの?」

 

「俺の予定なんてどうでもいいだろ。いつも通り『夏期講習』入れつつ、しのぶおばさんの『手伝い』するさ」

 

「アルバイトするの? モルモルかパララケルスに行って」

 

「同時に現地の褐色肌が眩しい女の子とひと夏のアヴァンチュール………を望むぐらいは許されても良くない?」

 

啓太の密かな野望の暴露は、対面にて勉強している美少女の機嫌をかなり悪くして、机の下にてケリを入れられる始末。

 

「まぁアンジェリーナの場合は、九校戦に出場してからだろ。予定は合わせられないはずだぞ」

 

大したことを知っているわけではないのだが、魔法を使った『競技大会』というものが、この日本では例年夏に行われている。

 

甲子園やインターハイに比べれば小規模というか、競技人口もそこまでいるんだか分からないものだが、それでも魔法科高校が『学校単位』で戦う魔法競技大会というものがあるのだが―――。

 

「ソレだけど、ワタシは出ないワ。仮に推薦(ノミネート)が来たとしても辞退(ディクライン)するわよ」

「なんでまた?」

 

目立ちたがりというわけではないが、司波深雪とか一科生の優秀生と日頃争っている彼女にしては珍しい態度である。

 

少しだけ拗ねたような態度を取るアンジェリーナは、端末を弄って何かを画面表示した状態で、こちらに向けてきた。端末そのものではなく画面だけを回転させて、見えた画像と注釈に。

 

「そういうことか」

 

と納得するも、それで生徒会やら重役たちが納得するだろうか? と思うが―――。

 

「イイじゃない。ニホンの悪習、忘年会や飲み会への参加を強要するような態度ってヨクないと思うワ。個々人で事情があるんダカラ」

 

「そしてアンジェリーナとしては……どうしても許せない、と」

 

「コレばかりは生理的なモノよ」

 

憤慨するアンジェリーナのココロは分からなくもない。世の中に出れば、『お前個人に恨みは無いが、お前の『親族』には苦労させられたから、お前とはやりたくない』などと『生理的嫌悪感』から言われることもある。

 

特にその親族―――関係性の深さ次第でもあるが、似通うないし関係ある『勤め先』を選べば、そういう風なこともあるのだ。

そして、今回の大会ないし例年の大会で金主となっているジジイは、リーナにとってどうしても受け入れられない相手だ。

 

(まぁ放逐した弟の孫が、とんでもないチカラで暴れまわったらば、内心穏やかじゃないだろうからな)

 

色々と理由は付けられるだろうが……。ともあれ今は、勉強に勤しむのだった。

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

結局の所、どれだけ頑張ったところで生来の能力値というのは越えられないのだから、この結果は当然であった。

 

返ってきたテスト結果及び張り出された(学内端末に表示)上位成績者を見ながら、どうでも良かった。

 

(この成績を見ても悔しいとも何とも考えられない俺は、やはり魔法師じゃないな)

 

期末テスト結果 1学年200人中150位。

 

完全にして紛うことなき『魔法科高校の劣等生』であると自嘲で心のなかで自称してから、岡崎律子の『はじまりはここから』をイヤホンを掛けながら聞くのだった。

 

 

そんな啓太の成績に対して、疑義を抱くものは当然ながら存在していた。特に2科生でありながら、理論・記述で一位を取った司波達也は、極秘に入手した啓太の成績表から『手抜きした』のではないかと邪推するように思ったのだが……。

 

そんな達也に『職員室』からメールが来て、それに応じて職員室に行くと―――。

 

達也こそが『手抜きした』のではないかと、教師一同(一部不参加)から問い詰められるのであった。

 

「人を呪わば穴二つ、ではないが……お前のことだ。先程の先生方のように、特定の生徒に嫌疑でも向けていたんだろうな」

 

不参加であった雪姫先生から最後の方で見抜かれたことを言われて、心臓を掴まれた気分になった達也は恥を覚えながら、職員室を辞するのであった。

 

 

 

期末テストを終えて、はやくも九校戦ムードに浮かれつつある校内の状況。そんな中、七草真由美など生徒会役員一同などは、頭を悩ませることになった。

 

九校戦参加が出来るかどうか―――要するに大会当日にスケジュールが空いているかどうかを確認する作業。『候補者全員』にその旨のメールを送信した

―――だが、予想外というか予想通りというか、2人ほど『不参加』という回答が届くのであった。

 

「……達也君がエンジニアとして登録しようとした矢先に、これだもの……どうしたらいいのかしら?」

 

参加を諦めるという選択肢を持たない会長の言葉に、同輩である会頭―――十文字克人は、同情してしまうのだった。

 

「クドウと浦島が最近、生徒会での昼食に来なかったのは、この為だったんだな。まぁクドウは帰省する必要があるのかもしれないが……浦島も何かあるのか?」

 

「聞くところによると、親戚で叔母に当たる浦島しのぶという考古学の先生の手伝いで、『赤道』の王国とかに発掘調査に行くらしいな」

 

前々から聞いていた……十文字が知りうる浦島のルーティーンに変わりなければ、そうなるはずだ。

 

当然、アンジェリーナ・クドウ・シールズもついていく可能性があることは、あえて渡辺に知らせないが……。

 

「魔法師として登録されていないのか?」

 

海外に行ける立場というところに着目したのか、渡辺がそういう所を耳ざとく聞いてくる。

 

「浦島家は知られていないだけで、政府筋とも色々と繋がりが深い。むしろ俺たち魔法師よりも影響力が強いんだ」

 

それは十師族である自分たちよりもという、言外の言葉もあったりしたのだが……。

 

「とりあえず、部活連本部で開かれる九校戦メンバー選定会議に呼び出そう。せめて不参加の理由ぐらいは聞かせてほしいとでも言えば、流石に無下にはならんだろうからな」

 

「―――そうね」

 

そうして結論付けたのだが、その選定会議は予想外の紛糾を見せるのであった。

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

―――喧々囂々の様を見せる会議に呼ばれた啓太は、分厚い『本』を開きながら、その様を外様として見ていた。

 

2科生がいることに云々だのうざいことを言う先輩方に、『来たくて来たわけじゃない』と内心で愚痴りながら、さっさと終わらないかなーと思うのだった。

 

会議の方向性は、先ずは司波達也のエンジニア登録の疑義に関してだったりした。

 

まぁそこはどうでもいい。自慢しいの『お坊ちゃん』であることは彼の従弟殿から既に聞いていたので、もういいからジマングなパワーを見せて黙らせろやと思う。

 

(何を冷静に、好意的な意見が多いことに喜んでやがるんだか、しかも自分主体の物言いばかり着けているんだか)

 

そうしていると十文字会頭も、同じようにウザく想っていたらしく、司波達也のジマングな技術力を自分で証明してみせるとするのだった。

 

(最初っからそうしておけよ)

 

ページを捲って思考の方向性を探りながらも、結局―――桐原武明が証明役になると言って、喧々囂々のそれは技術的なことを含むものになるから―――。

 

「司波の技術力の証明に関しては、実験棟に行かなければ証明できない。故に先に、こちらを終わらせときたい―――浦島、クドウ……何故、選手として選出したのに、不参加なんだ?」

 

その言葉に、先程の司波達也(理論主席)よりも強い動揺が走った。

 

「特にシールズさんは、今回の一年の期末テストで総合2位なのだから出てほしいのだけど……」

 

「申し訳ありませんが、コレばかりは『ゼッタイに出たくない』ということで納得してクダサイ」

 

その言葉に誰もが静まり返る。啓太のページを捲る音だけが室内に響く。

 

「アンジェリーナが不参加の理由(リーズン)、会頭と会長は察しているんじゃないですか?」

 

啓太が本に眼を落としながら言った言葉に、2人は『ドキリ』としたように身を引くつかせる。咳払いしてから、言葉を紡ぐ。

 

「ああ……まぁ察していた。確かに家の関係上、そうだということは、な。だが……浦島、お前ぐらいは説得してくれてもいいじゃないか」

 

「言いましたよ。けども、本人が金主の一人である九島烈に生理的嫌悪感を覚える以上、どうしようもないじゃないですか、形としては姪孫を座敷芸者も同然に送り込むことですから、イヤでしょ」

 

「だが、九島閣下にとっても弟さんの孫を見たい想いが無いわけじゃないんじゃ……」

 

「家族・親族としての情を重んじているような人間だったらば、政府筋に働きかけて弟を戻すぐらいはしていそうなもんですけどね。そういう行動を全く起こしていないじゃないですか、そして現に九島健はいまだに、この国に帰郷することが出来ていない」

 

沈黙。その言葉は痛烈なカウンターであった。全員が黙るしかなくなる。

 

「ケイタにワタシの言いたいことは全て言い尽くされましたので―――後は蛇足でしょ」

 

眼を合わせて、以心伝心をしておく。本にも出てきたアンジェリーナの言葉に『ダウト』と心中で言っておきながら、これで終わりだと思い、退室しようと思ったのだが……。

 

「待て、浦島。お前も同じ心なのか? だから出場しないのか?」

 

十文字の言葉に、この為に俺を選手に含めようとしたのかと呆れ果てる。

 

「俺が、いる・いないでアンジェリーナの意見が変節するわけじゃないですよ。そんなことで貴重な選手枠を潰すこともないでしょ」

 

「?―――ああ……分かったぞ。お前は、自分が選手に選ばれるわけがないと思っていたんだな?」

 

「ええ、当然でしょ。アナタ方ならば今回の期末成績の写しぐらい手に入れているでしょうが、俺は、期末成績150位の、紛うことなく、完全無欠に、正真正銘の――――」

 

一度だけ溜めてから、啓太は言葉を吐き出す。

 

「―――魔法科高校の劣等生。ゆえに俺はそちらの理論主席サマよりも、この場に似つかわしくない人間ですよ」

 

その己を証明する言葉に司波達也が苦い顔をする。とてつもなく苦い顔をしたので、人疑いをしたこと(雪姫伝聞)に対して溜飲を下げるのだった。

 

「……だが、その魔法科高校の劣等生がいなければ、いま俺達はこの場にいなかったのかもしれない―――」

 

「大丈夫ですよ。あの時、後詰めというかいざとなれば、ニキティスさんやジンベェさんも駆けつける手はずになっていましたから」

 

死体が100は出来ていても相応の犠牲だろうなどと内心で考えながら、十文字の言葉を待っていたが。

 

「大体、150位の俺を選んでしょっぱい結果になったならば、アンタらの眼が節穴だったとせっつかれて、更に言えば―――例え、仮に俺が勝ち進んだとしてもアンタと会長は内心、穏やかじゃなくなるはずですが」

 

「む」

 

「番付を落とすわけにいかない横綱連中ばかりである以上、何か北陸から出てくる十師族が勝ち上がんなきゃマズくないですか?」

 

「それは……」

 

「そして何より、俺はCADを使うことに達者じゃない。かといって公然とマギステルの術式触媒なんて使えば、どんなアヤを付けられるか分かったもんじゃない。そうなった場合、アンタらは矢面に立たされるわけだ。ここまで懸念があるというのに、乗れん話だわ」

 

その怒涛の反論の意図は殆どの人間には理解不能であったが、会長と会頭が青ざめたことで、急所を突かれたことが、なんとなく理解出来た。

 

「ど、どういう意味なんでしょうか? 浦島君の言いたいことというのは?」

 

「つまり選手として登録する以上、会長も会頭も勝利を目指しているべきです。ところが、浦島君が想定の結果を出せない可能性もあるということ、そうなれば首脳部に様々なせっつきがあるでしょう。そして仮に勝ち抜いたとしても問題があります」

 

「え?」

 

中条が疑問を呈して解説していた市原だったが、これはデリケートな問題だとする。

 

「七草さんと十文字君は、どうやら浦島君に、アイスピラーズブレイクの新人戦に出ることを要請したようです。そして、この分野に出ることが確実視されている三高のスーパールーキーがいますから」

 

「一条将輝」

 

「仮に彼と戦うことになったとして、もしも勝ってしまったならば、『同じ十師族』であるお二人は内心穏やかではないし、同類・同属から何かを言われるかもしれない。そして勝ち方―――すなわちマギステル・マジックを用いて戦ったとしても、それにケチが着いて没収試合になるかもしれない……想定が深すぎますね。そして何より、浦島君はお二人に詰め寄っている―――『あなた達はどちらの立場でモノを言っているんだ?』とね」

 

市原の解説は中条以外の耳にも届いており、そういうことかと全員が納得するも……。

 

そうまでして、彼ら、特に浦島を入れる理由が希薄であると思う。

 

「大体、競技特性と俺の魔法は相性が悪い」

 

「けれど、あの時に見せた紋章の魔法は」

 

「あれが尋常な技だと思っているならば、認識を改めた方がいい。アレは天魔の御業、救世とは真逆の、世界の破滅を加速させるものでしかない」

 

女顔の先輩だろう相手にピシャリと告げる。名前は知らないが、恋人であろう小豆色の髪の相手が睨んでくるがどうでもいい。

 

「それでは―――もうよろしいですね」

 

「……どうしてもダメなの?」

 

「態度をハッキリさせない相手を大将に担いで戦うなんてことも―――己の出自も明らかにしないで自慢をする卑怯者とも戦えない」

 

真由美の言葉に答えた後には、そう言って2人の男子を見る。

 

「―――だからお前は」

「田中太郎なのか―――」

 

その言葉を受けて啓太は……。

 

「俺は誰でもないし誰かになりたいわけでもない。誰かを探しているだけなのさ」

 

その深すぎる態度を前にして、もはや引き下がろうとした時に……。

 

『何だよ。少し見ない間に、随分と逃げ腰な男になっちまったなケータ。少しガッカリだがよ―――母上(かかさま)父上(ととさま)の為にもお前の身柄を貰い受けるとするぜ』

 

部活連に設置されている大型モニターが突如の起動。そしてモニターに出た人物。

 

金色の髪を伸ばして褐色の肌をしたエキゾチックさを持った美少女の登場に、誰もが度肝を抜かれた。

 

画面いっぱいに出てきたその少女は―――。

 

「カトラ!?」

 

名前を言い当てられた少女は、感極まったような顔を一度だけしてから告げてきた。

 

『九校戦に出ろケータ。そしてアタシと戦え』

 

その言葉が、どうしようもなく挑戦であると気付くまで数秒はかかったのは、当然の話で―――。

 

その時を以て舞台(stage)は変化を果たす。

 

 

 

 



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stage.24『分かり合えない人々』

 

 

二年前……

 

 

どこかの洞窟だろうか、しかし暗くはない場所にて多くの人間が一人の少女を遠くから睨んでいた。

 

少女は同じく一人の少女に刃物を突きつけながら、そいつらを近づさせけないでいた。

 

「私の計画はこの時を以て成就する……! 邪亀神の復活を以て―――私は!!」

 

「バカじゃないのアンタ!! こんなことをしてなんになるってのよ!? もう分かってるんでしょ! 自分が何者であるのかを!! 人造人間でも、クローンでもなくアンタは―――」

 

「黙りな! いまさら、そんなことを今更知って―――それで……後戻りなんて出来ないんだよ!」

 

剣を突きつけられている少女。金色の髪に琥珀色の眼をした眼鏡の少女の説得の言葉(無理め)は通用してくれない。

 

それどころか刃物の突きつけが、更に近くなる。

 

だが……それでも―――。

 

言わなければ全ては手遅れになりかねないのだ。怖くても言わなければ―――と思っていた時に。

 

「来たか! ケータ・ウラシマ!!!」

 

「けーた……!!」

 

そんな中、最後のピースが現れた。少女2人のどちらもが喜色を以て、その到着を迎えた。

 

しかし、誰もがその包囲を狭めないでいる中……啓太だけは駆け出していく。

 

「―――」

 

驚いたのは、剣を突きつけている少女だった。他の連中と同じく遠巻きに見ていると思っていた所に、これである。

 

要求を言うはずだった『間』が完全に消化された。

もたらされた唐突かつ急激な変化。だが、だからといって―――。

 

「と、とまれ!! これ以上近づけば!!!!」

 

だが、その言葉に被せる形で啓太は、最大級の声量を以て叫んだ。それは洞窟の性質上、最大の反響を作り出しつつ―――。

 

 

 

「お前が好きだああぁぁあああっ!!!!!」

 

………

 

その叫びに、暗殺者カトラス……のちにモルモルの王女『カトラ・スゥ』と判明する少女の肩が、確かにコケた。

 

「―――……な、なにゃああああ!!!!」

 

そして遅れてその言葉に理解をして赤面をした瞬間。意味不明な叫びを上げていたカトラスに対して―――。

 

「どぅあらっしゃああああ!!!!」

 

どんな掛け声だよ! と一同がツッコミたくなるもので、眼鏡の少女『桜雨キリエ』の背負い投げが見事に決まる。

 

肩がコケた瞬間、突きつけられていた剣を持つ腕にキリエが手を差し込む隙間が出来上がっていたからだが。

 

柔の道一直線な見事なまでの背負い投げは、多分な怒りも含まれていた。

 

受け身も取れずにいたカトラスだが、洞窟の地面は柔らかな白砂であったことが功を奏した。

 

大した怪我もなく、彼女は無力化された。

 

 

「う、うまくいった……」

 

「いまのは何なのよ!!!!」

 

「いや、これで意表を突けるって、雪姫が言うから……まさか、お前が人質になっている状況なんて解決手段が俺にはなかったからさ」

 

「アホか! この無駄有能!! 略して『むのー』!!! 一歩間違えれば、寒すぎる結果だったわよ!!」

 

「しゃーないだろ! ……もうカトラとケンカなんてしたくないし、そもそも……お袋さんが、ここにいるんだ」

 

啓太に詰め寄っていたキリエが一時、中断してしまうぐらいに、神秘的な女性がいたのだ。

 

「――――――」

 

「――――――」

 

無言で見つめ合うカトラスと女性……アマラ・スゥというモルモルの女王は、白砂から立ち上がろうとして、半身を起こしていたカトラス……カトラに近づき。

 

「―――オカエリナサイ」

 

そんな言葉と同時に、カトラの頭ごと抱きしめていた。だが、それだけで全ては覿面であった。

 

「おか、おかあ……おかああさん……」

 

優しき抱擁が、全てを、彼女を包んでいた偽のペルソナを砕いて、大粒の涙を幾重にも流していた。

 

だが、事態は……止まらない。

 

封印されていた亀の大邪神とでも言うべきものは、徐々に圧を強めて復活を果たそうとする。

 

「さて景太郎じーさんも妙な宿題を残していったもんだ。だが、ここで決めてやる」

 

「ケータ……」

 

「お袋さんと一緒に避難していろよ。アマラ女王陛下、ここは直に戦場になります。王国兵士たちと避難を―――」

 

その優しげな言葉と警告のあとには、伝統的な日本刀を引き抜く啓太。

 

その後ろに雪姫先生、アンジェリーナ……見知らぬ顔が数名と、驚くべきことにフェイト・アーウェルンクスなどが着いてくる。

 

「さぁて啓太。またもやお前にとっての運命の選択だな―――どうする?」

 

「どうするもなにもない。コレ以上の将来への不安なんてものはいらない。ここで終わらせる!」

 

そうして……現代魔法を使う魔法師とは別の、魔法使い……マギステルたちのとんでもない戦闘が繰り広げられていく……。

 

 

『―――そんな風な顛末で私は、現在……モルモル王国からの留学生として、第三高校にいるのさ』

 

見せられた現実離れした映像に魔法師全てが驚愕している中、話は続き……魔法使いたちは、それをさらりと流して会話を続ける。

 

「カトラ、そいつは大変結構だがな。男女混成で戦う競技種目なんてないぞ。お前と俺が戦うことなんて無い」

 

『分かっているさ。だが、『何か』があるかもしれないだろ。とにかく出てこい。マイスター・ケンのことも、色々と国の方で『交渉』してやる―――その果てに、わ、私と夫婦になってもいいぞ!?』

 

「……ちょっと考えさせろ。俺はこの学校でおまえの学校でいうところの普通科の生徒でしかないんだからさ」

 

『ああ、だが……お前はお前に課せられた『運命』からは逃れられないんだ。私が、こうなったようにな……』

 

労るような慈しむようなその声と顔は姫君らしいものであって血に塗れた戦士を手助けしたいものであった……。

 

その言葉を最後に、南国の姫君からのいきなりな通信は終わった。

 

全てを聞き終えて見終わって、全員が浦島啓太に目線を向けるが―――。

 

「カトラが第三高校にいるのは、知っていたのか?」

 

完全に無視して、隣にいるアンジェリーナに問いかける。

 

「ウン、タダ……こんな計画を練っていただなんて」

 

「ケンじいさんを日本に帰すためにも、何かは必要か……」

 

髪を掻いて少しだけ嘆息する浦島。

そうして2人して思索に耽っていたところに……。

 

「こういう会議は生徒主導で終わらせたいところだが、ことがここまで大きくなると私も出ざるを得ないほどだ」

 

部活連の部屋に入り込んできた人物が2人、一人は御老体である。ざわつく生徒たちは当然だ。

 

第一高校校長である百山 東が、ここまでやってきたのだ。生徒の自主性を重んじる。というか重んじすぎている先生がやってきたのだから……。

 

もうひとりは普通ならば副校長もしくは教頭である人間のはずだが、2科の教師である松岡雪姫であった。

 

「校長先生……」

「百山校長……」

 

会長と会頭の呆然としたような声を聞きながら、この後の展開を「予測」して、啓太は『本』を閉じながら向けられた視線を受ける。

 

「浦島君、シールズ君……君たちが九島烈を好かないのは理解している。私も大嫌いだからな」

 

意外な話……というわけではないが、十師族嫌いでも知られている校長の言葉に少しだけ当の十師族である『四人』ほどが呻く調子になる。

 

そしてから百山校長は一つの頼み事をする。

 

「だが、カトラ王女及び……モルモルのランバ国王などからも圧を加えられているのが、現在の日本の魔法師界の状況だ。頼む2人とも、一高のためになど戦わなくていい。

ただ九島 健という御老体の日本への帰還のために―――君たちのチカラで、戦って、勝って、そして……『未来』を掴み取ってくれ」

 

「頭を上げてください校長先生。健ジイさんの友人であり弟分だったアナタに、そこまで言わせては、もはや俺は何も言えませんよ……」

 

まだ学生の若造に頭を下げて、願い出る老人を見て心底困った調子で、言葉を紡ぐ浦島啓太。

 

「――――――承知しました。ですが、俺やアンジェリーナが戦って結果を残すことが、マイスターK9の帰還に役立つというならば、やはり」

 

「―――ソウイウコトなんですネ?」

 

「ああ、彼の帰還こそが……望みなんだ」

 

訳知りだけにしか通用しない会話。だが、結局の所そんな風に入り込めないのは、彼らも『他』を『区別』しているのではないかと皮肉げに達也は思うが……。

 

そうしていると雪姫先生は首脳陣に対して色々と物言いを付けているようだ。

 

「そもそも七草、十文字。お前たちは何故、アンジェリーナはともかく啓太まで選手に含めようとしたんだ?」

 

「雪姫先生までそんなことを言うんですか……?」

 

「司波達也のようにテストの成績とか納得できるだけのものを啓太は示していない。そして、お前の参加要請の理由が不透明なんだよ」

 

「え?」

 

「まさか、1科と2科の融和だのお花畑なことを考えているわけじゃないだろうな? 啓太はこの学校で外様中の外様だ。そんなヤツを内側に入れたところでそんなもの(理想)に届くものか」

 

痛烈な言葉だ。だが真由美の狙いを看破していた雪姫先生の言葉は厳しい。

 

「そして、お前は分かっていないようだから言ってやるが、―――(せん)の百山校長の言葉で、完全に啓太の照準は、『十師族を倒す』ことに向けられているんだぞ?」

 

「それは―――」

 

心臓を掴まれた気分だ。普段の真由美ならば『あり得ない』として特に考えもしなかった可能性だが……現実にいざ啓太を選手として登録して『上手くやった』可能性を、その場合のことを考えて妙な話だが十師族が危険を―――。

 

などと考えた時に、横から何かで頭を叩かれた。

 

「お前な。何でそこで逡巡するんだよ!! 雪姫先生が言っていること突きつけたものに悩んだ時点で、お前は駄目なんだよ!!」

 

どういうことだ!? と考えるも―――分からず、叩いてきた相手、渡辺摩利は呆れ果てるも、答える。

 

「雪姫先生はお前の覚悟を聞いているんだよ。試しているんだ。仮にそういう状況になったとしても、お前がそれを受け入れるかどうか―――はっきり言ってしまえば、お前は浦島にフリーハンドをくれてやれるだけの器があるかどうかを測られたんだよ」

 

「――――――」

 

その言葉に真由美は、絶句してしまう。

 

だが、一度口から出したものを引っ込めるわけにはいかない。例え相手が魔法師でなくても、多くの秘密を持っていたとしても、一高の為に戦わないとしても……そのチカラが人知を超えた、魔法師の常識を覆すものであろうと……少しでも伝えなければ、魔法師全ての命が火星人の手で刈り取られるかもしれないのだ。

 

「……改めてお願いするわ浦島君、新人戦男子アイスピラーズブレイクで出てくるだろう十師族の三高生……一条将輝を倒して、そして優勝してください」

 

苦渋の決断としか見えなかったが、言質を取ったことで、一応啓太もこれ以上のメンツを潰すこともあるまいとして矛を収めた。

 

「そういう言葉を最初っから言っていれば良かったんですけどね。まぁいいでしょう。担ぐべき神輿がそういう覚悟ならば、何もないですよ」

 

「―――ケータ……アリガトウ(I LOVE YOU)

 

「ルビが違うと思うんだけど……」

 

そんな啓太の嘆きにも構わず、リーナは啓太に抱きついてくる。

 

「シールズさんも出場してくれるの?」

 

「グランパの為に親戚の男子(BOY)が奮起するのに、実の孫であるワタシが出ないワケにはいかないでショ?」

 

九校戦に出場する理由としては、正直……一高首脳陣としては面白くない。

 

だが、バラバラな旗掲げてでも全員が前に進むというのならば、それを受け入れる胆力はトップには必要なのだ。

 

その言葉で一応は終わりへとなるはずだったが、それにストップを掛ける相手が出てきた。

 

「待ってください会長も会頭も! その男を九校戦の選手として登録することは受け入れられません!!」

 

「そうか。だったらばお前を外すだけだな森崎瞬―――納得が出来ない人間がいるというのならば、遠慮なく物申せ。いますぐ他の生徒を選抜するようだからな」

 

返す刀で抗議の声を上げた森崎を切り捨てた十文字克人の言葉。

あまりにも呆気ない言葉で、まさかそうされるとは思わなかった森崎の顔が青くなる。

 

「面倒な話を除けば、お前一人の穴ぐらいを埋めることはできるだろう。とりわけ、浦島―――お前ならばスピードシューティングでも優良な成績を収められるだろうしな」

 

「やったことがないからどうだか分かりません」

 

「マギステルの放つ『コモン・マジック』……サギタマギカは、七草の『魔弾の射手』よりも汎用性に長けたものだ。浦島、お前―――無詠唱でどれだけいける?」

 

「40本がいいところです」

 

「ウソをつくな。99本だろうが、それと無詠唱で矢を叩き込みながら、詠唱で300は生成出来るだろう」

 

雪姫先生の証言で、あっさりウソがバレた瞬間である。

だが、あのサギタマギカというのが、術者の近傍から放たれるならば、現代魔法における汎用性とは少々かけ離れるのだろうが―――問題はそこではないと思えた。

 

「あの十文字会頭……流石に浦島に対して贔屓が過ぎませんか?」

 

選考選手の一人、名前は知らない相手が弱気になりながらも、抗弁するのだが。

 

「意味が分からんな。極めて現実的な対処に終始しているだけだがな。そもそも、森崎。お前は何故、浦島が選手に選ばれることに不満なんだ?」

 

「コイツが努力をしていないからですよ! そりゃ実力はあるのかもしれないが、テストを適当でこなしているから150位なんて成績で落ち着いている! こんなやる気のないヤツを選手として登録するなんて認められない!!!」

 

その言葉を受けて―――啓太は……。

 

「凡そ4ヶ月前には、才能のあるやつならば自儘にやっても構わないとほざいていた男が、今度は努力ときたか。随分と変節が激しいな」

 

「―――」

 

その鋭く通る声で森崎瞬は一挙に心臓を掴まれた気分だ。これが過去の自分の発言を槍玉に挙げられて辞任に追い込まれる政治家なのだと理解した時には既に王手を掛けられてきた。

 

「お前は森崎(モリサキ)なんて名字じゃなくて蝙蝠崎(コウモリサキ)なんて名字がお似合いだな。後北条氏を名乗った戦国大名の様に改姓をオススメするぞ」

 

「お、お前っ!!!」

 

だが、その見事な言葉の連ねに思わず吹き出す人間が多かったのも事実だった。

 

恥を覚えて赤くなる森崎。

 

つくづく思うことだが……。

 

(浦島の言舌はものの見事に誰かの急所を突くな)

 

詠唱―――というか口舌、口頭での『魔法使用』をしなくなった魔法師は、こういうことに疎いと思えた達也だが、マギステルである浦島の舌鋒は鋭い。

 

「覚悟と情熱がそのまま結果につながると信じているならば、それは甘い夢というもの。結果的にお前は俺の拳圧ではっ倒されて、ヨルダによってさんざっぱらやられたわけだ。指はひん曲がった糸束みたいになっていたしな―――つまり、才能あるやつならば何をやってもいいお前の言葉通りになったわけだ。まさしく因果応報の呪いだな」

 

「……だからといって、だからって……そんなつもりでは……」

 

苦しい表情の蝙蝠崎……ではなく森崎―――。

 

「いっそのことヨルダに五体不満足にされた状態のままだった方が、お前にとっては幸せだったか?なんせお前の信奉してやまない才能の極みに到達したものだ。嬉しかっただろう」

 

痛めつけられて幸せなわけがあるか。と反論することは流石に難しい。ここまで、人を追い詰めることが出来るとは、ことごとく言葉とは『呪い』であり、『魔法』であると思えた。

 

「ならば、お前は自分の魔法技能を伸ばそうとは思わないのか?」

 

別に森崎をフォローするつもりはないが、深雪が悲しい想いをしていることを感じてその言動を止めるべく、言葉を発した達也だが。

 

「全然。生憎ながら俺はトーダイ(東京大学)への入学を目指しているんでね。ハッキリ言って、そっちはテキトーに済ませておきたいんだよ」

 

この魔法科高校において、とんでもない発言ではある……達也ですら魔法で身を立てたいと思う中、この男は……他を圧倒するだけのチカラを持ちながら、この調子なのだ。

 

「理論主席サマは、俺と同じ2科生の割には随分と魔法技能の上下に拘るよな。案外、キミと蝙蝠崎って似た者同士なんじゃない?」

 

「……俺は魔法師としての一般論を話しているだけだ」

 

一緒にするなとか反論したかったが、この場では抑えておくだけの理性が、いまのところ達也には働いていた。

 

だが、浦島は続ける……。

 

「そうかい。だとしたらば、俺はそういうのについていけないんだ。結局の所、才能の極みってヤツを見たからな。火星の裏側に人類居住のアルカディアを造りその上で、あまりある才能は太陽系銀河全てを知覚して、全ての知的生命体の負の感情を一心に受ける」

 

言葉を区切って、再度口を開く。

 

「そんな人間が、その上でやろうとしていることは、太陽系全ての知的生命を揺籃の眠りにいざなうなんて話だ。超越した者の行きつく先にイッてしまった人間の末路なんてものを知っているならば、そんなもの磨きたいとは思えないな」

 

思わず全員が沈黙してしまった。それは確かにその通り過ぎて、何も言えなくなるぐらいもっともであったからだ。

 

才能がある人間が善良で、だからといってそれが善行をするとは限らないのだ。

 

「その内……キミみたいな魔法師(まほうし)まほうし(魔法師)している凝り固まった思考の人間がヨルダみたいな『イッちゃった人間』になるんだろうな。ヨルダと同じく魔法師だけの国家でも作るか?」

 

「……それは、邪推の極みだろ……」

 

いつの間にか森崎ではなく自分にターゲットが移った。

 

「まぁそれは兎も角として、俺としては十師族の一条将輝を倒していければいいんで、他競技に出たくはないので、そこの変節すぎるコウモリ野郎の小物崎クンは、そのまま選手でいいっすよ。七面倒臭いので、そちらの理論主席サマと同じく俺の実力検分をやればいいんじゃないですか?」

 

その悪罵と嘲弄を混ぜ合わせた言葉だが意味合いは理解できた。

だが、誰が相手をするのか……。

 

「会長、会頭―――それならば、私が浦島君の相手を実力を検分します」

 

「深雪さん……!」

 

予想外の相手が立候補してきたことで、ざわつきがこれ以上なく部活連の一室に響き渡り、その中で啓太は、雪姫先生、アンジェリーナと共に再び『図鑑』のような本を開いて、それを見て―――。

 

―――コレ以上無いため息を三人して吐き出したりしていたのを達也は目撃した……。

 

 

 



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stage.25『非公認魔法使い』

またもや、か。

いや最近で言えば幽遊白書OVAにて魔界大統領(煙鬼)をやってくれたのは嬉しかった。
悪役だけじゃなくて、ああいう優しいおじさんを感じさせるのも飯塚さんの役なんだよなぁ。しみじみと雷禅を語る辺りにそれを感じさせた。

黒崎真音さんも、ちょっと前に新曲出したばかりなんだけど……持病ばかりは、どうしてもなぁ……。どうにもならない病というものには気をつけようが無いということか。

いまはただ…冥福というよりも、あちらでの安らぎ、苦しくないことを祈るしかないです。


 

部活連でのことが終わり、少しだけ教室待機していた達也に質問が飛び込んでくる。

 

「それで浦島くんは深雪さんと戦うことになっちゃったんですか?」

 

「なんでそんな風にけんか腰でモノを言うのかね?」

 

「けど、アイツが深雪さんに勝てる確率なんてあるのか?」

 

三者三様の言葉を受けながら、最後のレオの言葉に対して聞かれた達也は答える。

 

「普通に考えればゼロ%だ。テスト成績150位が1位に勝つなんてことは先ず不可能に決まっている―――」

 

そんな風に言いながらも、達也は……もしも、それを覆せるだけの魔法能力を見せられれば、どうしたものかと想ってしまう。

 

「―――だが……浦島は『現代魔法』が不得意なだけであって、古典的(・・・)な魔法に関しては得意のようだからな」

 

「なんつーか達也も本当にけんか腰というか、人をナメた物言いするよな……」

 

古典的というところを強調して言ったからか、レオからそんな風に言われてしまう。本質を見抜ける友人、というよりも達也が皮肉すぎたというところか。

 

(だが……あのフェイトとかいうトップクラスのマギステルと互角以上に渡り合う浦島の『本当の実力』というものに深雪が対抗できるのだろうか?)

 

どうなのか分からない。詠唱というものの隙を突いて戦えるのか―――などと考えているとアナウンスが鳴り響く。

 

中条あずさが読み上げた内容は予想通りすぎた。

 

アイスピラーズの形式での戦い。その準備がようやく整ったことを告げるものであったのだ。

 

「観戦しに行くのか?」

 

「ああ」

 

実妹の勝利を疑わず、そして……それが覆されることもあり得ないとしているから。達也は何の気負いもなく中条がアナウンスで案内した場所へと向かうのであった。

 

 

既に会場内は満員御礼であった。一高の中でもトップクラスの魔法能力と美貌を備えた少女が。

 

ワケワカメすぎるが現代魔法の術理を超えたもので自分たちを圧してくる異端者を黙らせようとしている。

 

そういう構図である。

 

それに気持ちを高揚させるわけではないが、それでも深雪はこの戦いに一つの意図を持っていた。

 

自分の兄を名前で呼ぶこともなく『理論主席サマ』などと揶揄するような言いようをしてくる浦島啓太を這いつくばらせて泣いて許しを請うまでにしたいのだ。

 

(お兄様を馬鹿にするアナタを私は倒す)

 

 

……などと言う深雪の思考(ココロ)を啓太はとっくにご存知だったりした。

 

マギステル・ネギの従者にしていちばん大切な存在でもあった能登まみ―――ではなく宮崎のどかのアーティファクトからとっくにご存知だったのだ。

 

(戦いに期するものが多くて大変よろしいね。俺はそういうのとは縁遠いからな)

 

魔法なんてものと縁がない只人としての生き方が欲しかった。自分の周りには確かに魔法使いや気功剣士と呼ぶべき存在は多かった。

 

だが、ソレ以上に普通に『魔力』も『気』も知らない人々が多かった。

結局の所……そういう人たちを知っているからこそ、異常(とくべつ)であることを『当たり前』と感じられないのだ。

 

ただ一人の普通の人間として世界の全てを見れていたならば違った道・違った景色があったかもしれないのに……。

 

だからこそ、そういう風に『特別であることを嫌った』』ケンじいちゃんを日本に戻すためにも、自分は異端のチカラで以て学年主席をぶっ飛ばさなければならないのだ。

 

矛盾の限りであってもやらなければならない。

 

ルールは読み込んだ。どうやら色々と勘違いをしていたようだが、そういうことならばやりようはある。

 

雪姫から渡された短剣、彼女の弟子であった『少年』のものを渡された。

 

『アーティファクトは規格外すぎるからな。神鳴流の技を使うならば、コレで十分だろう』

 

などと言って、カードデッキを没収する闇の福音様なのだった。ご丁寧にも『幻術』の胸の谷間に入れるというお約束までやる人に半ば呆れつつも、まぁこれならばと思う。

 

そんな雪姫先生が作り上げた九本の氷柱が互いのコートにある状況。

 

かなり広いといえば広いし狭いといえば狭い。

 

要は―――『使える術式』を選ぶことが重要になりそうだ。

 

ルールの再確認と勝利条件の云々……アナウンスで言われたことは事前確認と間違いは無さそうだ。

 

七草会長の言葉を聞いて、全てに了承を端末で返すと―――どうやらあちらも不服は無いようですぐさま承認が互いに出て、スタートまでのカウントが始まる。

 

司波深雪がどれだけ出来るかなんてのは分からないし、興味もない。

 

よって、CADを読み込みすぐさま術式を投射できる状況を作り出している司波深雪を見ながら、こちらも魔力を溜め込み、左腕を握り込む。

 

そして、スタートブザーが鳴り響き放たれる術式―――。

 

司波深雪は、なんか氷で自陣を強化している。

 

啓太もまた『玄武陣・玉』と一言唱えて、自陣を絶対防壁に取り込むのであった。

 

その際に何かを押しつぶした感覚を覚えた。熱を感じるところから察するに―――。

 

(はぁ、どうやらそういう術式らしいな。『赤犬と青キジ』とか名付けたいね)

 

本来の名前は何かあるのだろうが、まぁともあれ……。

 

(攻撃させてもらおうかい)

 

光の矢―――99本が啓太の目の前に現出すると同時に司波深雪の陣に跳んでいく。

 

当然、それを迎撃しようと何か……物理障壁的なものが形成されるが。

 

その99本の矢が、33本ずつで一かたまり。収束された光弾3つを形成。

 

前面3つの氷柱を直撃しようとした瞬間、湾曲。直滑降。蛇行―――様々な変化をして物理障壁をすり抜けて中二本と奥一本を直撃。

 

砕け散る氷柱。思ったよりも少しばかり重かった(・・・・)が、光の矢(ルークス)は熱量ではなく純粋な破壊力として顕現するサギタマギカである。

 

凍結による物理的な変化などは意味がない。

 

「リク・ラク・ディラック・アンラック! 来たれ氷精 爆ぜよ風精 弾けよ凍れる息吹!!氷爆(ニウィス・カースス)

 

だがあえて皮肉を込めて、凍気を用いた爆発攻撃を、司波深雪の陣で発動。触媒はあちらがありったけ用意してくれたので、容易に発動がした。

 

一挙に弾ける凍気の破裂が広がり、司波深雪が顔を隠すのを見た。どうやら圧倒的なまでの気圧の変化で、術者自身に影響を及ぼしてしまったようだ。

 

 

反省をしつつも発動した魔法で前面2本が砕け散る。残るは4本―――。

 

そうなった時に啓太は鞘からマチェットナイフのような短剣を抜くのであった。

 

 

この結果を予想できていた人間がこの会場にどれだけいただろうか。

 

もしも試合前にこんなことを言うやつがいれば、ソイツを鼻で笑うぐらいはしていただろう。

 

だが、現実にこうなってしまった以上、これが現実(ほんもの)なのだ。

 

(浦島が放った『防御術』……それが、深雪に防戦を強要しているんだな……)

 

将棋で言えば『玉』(王将)の守りをガチガチにした上で、飛車角銀桂で攻めかかっているようなもんだ。

 

玉を囲われた以上、深雪はこの『穴熊』を突破しつつ、自分の玉を守らなければならない。

 

「なんかタマちゃんみたいなカメさんが浦島君の氷柱を守っているんですね」

 

『みゅう♪』

 

美月の頭を気に入った温泉カメなる珍種の生き物が、美月の言葉に同意を示したかのようだ。

 

達也の『眼』でもはっきり見えないが確かに甲羅を持った化成体のようなものが、浦島の氷柱を防御していた。それが完全に深雪のインフェルノの炎を封殺していたとなると、現代魔法でヤツを害することは不可能なのだろう。

 

と達也が考えていたら、そのカメが消え去った。

 

(展開の限界か? 違うな―――)

 

あえて、それを消した。要するにワザと、だ。

 

あからさまな手心を加えられたことに気付けるものは、そこまでいない。だが気付いた一人である深雪は、淑女としてはあるまじき歯ぎしりをしてから、最大級の魔法を発動させようとCADを読み込む。

 

(深雪っ―――)

 

読み込んでいる術が何であるかを理解した達也は、それはあまりにも無謀だ。そして、こんな相手に出すべき魔法ではない。

 

無言での諌めなど効かない。だが、それでも言わなければならない。

 

そして―――氷の霧が具現化しようとした時に。

 

浦島の剣が遠くから一閃。心得の無いものが見たならば、素振りをしたようにしか見えないそれが……深雪の魔法式を切り裂いた。

 

切り裂くだけではない……病葉に砕いたのだ。

 

驚く深雪。何をされたかは分からない。だが、それでもいつぞやの校門での蝙蝠崎……森崎と浦島のソレを知っているから、疑問を呈する前に魔法式を再発動。まさしくコンマ秒の展開を可能とするそれが、『斬』(ZAN)という音で切り裂かれる。

 

(ニヴルヘイムの魔法式を切り裂くだと!?)

 

その事実が導く現実を再認識した達也は急いで端末を開き、―――浦島のテスト結果を再読する。

 

「―――なんなんだ……この干渉力と発動規模は!?」

 

「ご覧の通りさ」

 

驚愕した達也の側には、いつの間にか美人女教師が立っていた。

驚きの言葉に対して、さらなる言葉が放たれる。

 

「しかし、いまさら気づくとはお前も存外鈍いな」

 

「……この計測不能を示す数値は―――」

 

一回目のテスト結果でUNKNOWNを示すものに対して雪姫先生は答える。

 

「ご覧の通り、啓太の本来的な数値はここでは計測しきれない。だから、『抑えに抑えろ』と私が指示をして、この劣等生らしい数値に抑えさせたんだよ」

 

その言葉に周囲にいた誰もが絶句する。

 

「もっとも、その後の術式実践での数値はご覧のとおりだ。本来的な浦島啓太という少年の持つ素のポテンシャルは、この学校で追随を許すものではない」

 

「えーと……つまり浦島君は、現代魔法を使用するとなると、そのポテンシャルを発揮出来なくて、古式魔法でならば、それを十二分に発揮できると?」

 

「細かく言っていけば違うが、おおまかそういう理解で構わないさ。あと現代魔法は機械式の触媒たるCADを使って術式展開を『素早く』するのが定石だからな……No.XXXというAIと『使い魔契約』をしているアイツは、その関係でどうしてもテンポが悪くなる。これは啓太というよりもAIの問題だが、当人が、『別に構わない』なんて調子だからな」

 

エリカの戸惑うような言葉に、多弁に説明をする雪姫先生。その理屈は全て見切れていないが……。

 

学年一位の魔法を切り裂くほどの干渉力を持たせられる翔ぶ斬撃。それだけでももはや恐ろしい。

 

展開する度に、素早く展開されるべき魔法式が切り裂かれる現実、歯噛みしている深雪の心情を慮る。

 

ニヴルヘイムではなく他の魔法を展開するも―――。あっさり斬撃はそれを迎撃する。

 

(エアブリットを飛ばしたところで、それが通じる相手ではないか)

 

もはや疲労困憊と言うぐらいに肩で息をする深雪。対する浦島は欠伸をしている。

 

こんなワンサイドゲーム。誰が予想できただろうか。予想できたやつは……数名程度なのだろう。

 

「なぁもう終わりにしない? これはただの実力検分だろ? アンタはしかと俺のチカラの程を見ただろ? ならいいじゃん―――これ以上はただの『弱い者いじめ』だろ?」

 

その相手を気遣っているようで相手の気を逆撫でする言動。その言葉に深雪は完全にキレた。

 

ただの2科生が。ただの古臭い術者が。ただの男子が。

 

努力など何もしていないような奴の魔法が。

 

あれだけ必死に磨いてきた司波深雪(わたし)の魔法に並び立つどころか、凌駕しようなど―――。

 

「認めない! 認められるものかぁあああああ!!!!」

 

言葉と同時に生き残っていた氷柱が天高く打ち上げられる。視認できるような高さではないが、何かを掲げるかのような深雪のポーズ通りになったといえばいいのか。

 

「これはルール違反じゃないのかね?」

 

キッパリとルール違反ではあるが、その生き残っていた氷柱は天空にて巨大化をしていく。

 

フェイト・アーウェルンクスが放った石柱にも似たものが出来上がる。

 

「ほんぎゃらあっぱぱぱしにさらしゃんせ―――!!!!」

 

……実妹のあまりにあまりな醜態に達也は眼を覆いながら天を仰ぐ。

ヒトは己の認識したことの異常さ。自分の想像以上の現実を前にした時に、こんなことにもなってしまう。

 

だが、自由落下の法則以上に速度を上げた氷柱。

 

それに対して啓太のやったことは―――。

 

カッコつけのようなポーズ、というかカッコつけでしかない動作の連続の果てに。

 

「エターナル―――ネギフィーバー!!!!」

 

全身から光線(?)を放出するのであった。

 

全身で『X』を表現したとしか言えず胸を張りながら放出された破壊光線は、上へ上と上昇していき、落下してきた深雪の氷柱を全て溶かし尽くした上で、巨大な光の玉を生み出す。

 

破壊力を全て放出しつくしたあとには、そういった風な現象となるようだが。

 

……もはや何を言っていいのか分からない。ほとんどの魔法科高校生徒たちが、絶望しかねない。というか全員が頭を抱えて頭痛を堪えているような感じである。

 

浦島のやったこと全てを自分たちが行おうとすれば、どれだけ煩雑な作業と労力がいるのか……それを身体一つの資本でやり遂げる浦島啓太は……。

 

(魔法師全ての現実や努力を覆す存在だ)

 

達也ですら、母親に改造されてまで会得した魔法技能とはなんの為だったのか。

 

しかも、その母親は、浦島の母親と知り合いだとかなんとか……。

 

もはや意味が分からなさすぎて、天を仰いでいた眼を今度は下の地面に落とすしかなかった。

 

たとえ深雪が達也以上に落ち込んで今にも死にそうな顔をしていても、だ。

 

 

「あー肩凝った……。本番ではもうちょっと抑え気味に戦おう……」

 

「「「「「………」」」」」

 

戦い終わってまたもや部活連の一室。誰もが何も言えないぐらいに圧倒的な勝利を収めたのに、当人がこの調子なのだ。

 

「―――見事な勝利だったな浦島」

 

「言葉だけの称賛を受け取っておきますよ。本音は、違うでしょうけど」

 

渡辺摩利の言葉にそう気もなく言いながら、本を開いていた啓太。

どうやら不機嫌にさせたようで、少しだけ言葉を重ねる。

 

「そんなことはない……と言ってやりたいが、お前の術式があまりにもとんでもなくて、私達では理解が出来ないからな……」

 

「じゃあ選手登録やめます?」

 

「そんなことはさせん。我々には不明な術式であれ、我々が理解できなくても、お前が―――今年度の新入生総代にして期末テスト1位を倒したのは事実だ……この事実一つだけでも、お前を登録する意味はある」

 

十文字会頭の言葉が最後の決め手になったのか、それ以上の疑問など異議は出てこなかった。

 

あれほどの立ち会いを見せられて、それでも何かを言おうものならば……この学校の意義……校是たる実力主義を否定しかねない。

 

さっさと帰りたい想いを抱いて啓太は帰宅を願い出ると、あっさりと許可が下りた。

 

「最後に……聞きたくないけど、聞かなきゃならないのだけど、浦島くんはこの学校に来て―――どう思っているの?」

 

「そんなの―――――」

 

 

―――クソつまんないに決まってるじゃないですか。

 

 

平淡な顔。何の感情も見せない人形のようなフェイスで言う浦島を前に三巨頭は何も言えなくなった。

 

 

―――そんな風なことがありつつも、過ぎ去る日々光陰矢の如しで、遂に九校戦出発の日。

 

……八月一日を迎えるのであった。

 

 



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stage.26『交通安全は譲り合いがマナーである』

赤松先生……いやまぁ、アシスタントであるまぎぃさんにも人物のペン入れさせていたならば、それも分からなくも無いが……うーん、難儀な話である。


 

「個別のキャビネットで現地集合でも良かろうに」

 

「ワタシもソッチが良かったかも―――とはいえ、少しは団体行動も必要じゃない?」

 

「だったら俺の隣じゃなくて総合主席サマの隣にいればいいじゃないか。俺は静かに暮らしたいの」

 

「フフフ、そういう訳にはいかないノ!!」

 

意味分からんと思いつつも、未だに自分たちが乗っているバスが発車しないのは、一人の生徒が来ていないからだ。

 

(セレブというのは、面倒なものだ)

 

そう考えるも、自分もお袋から『お見合い』をセッティングされたことが度々あったので、それ以上の講評は避ける。

 

反対に妹は自分の3倍以上もやらされていたので、面倒な話ではあるが、そういうことは考えないでおくことにした。

 

そんな風に家族のことに関して考えたからか、啓太はアンジェリーナの家族はどうなんだろうと想い、問うことにした。

 

「そういえばシールズのおじさん、おばさんは来るのか?」

 

「行きたいとは言っていたけど……我が家族(マイホーム)は、あんまりセレブリティじゃないから」

 

少しだけ曖昧な表情を浮かべるリーナ。

 

知らないわけではないが、どうやらアンジェリーナは、A組にいて少々、周囲の人間のお金持ちっぷりに浮いた思いをしている。

 

正直言えば、市役所勤めの父と専業主婦である母を持つアンジェリーナからすれば、そういった点では『合わない人種』ばかりとのことだ。

 

「滞在費用ぐらいは出したのに」

 

しかし、親戚に余裕があるのがいるならば、それを頼ればいいのに。

 

「ソンナことしたらば、ダディとマムが怒っちゃうわ。それとサラお祖母ちゃんも、ね」

 

「言われてみればそうか……」

 

アンジェリーナの家は結構、そういうことには五月蝿いのだ。別に清貧を以て良しとするわけではないが、自分で賄いきれぬことをあまりやるべからず。

 

つまり、身の丈以上のことをやるならば、覚悟を示せということだ。

 

そう考えると、こうしてアンジェリーナが日本に留学扱いでやってきていることは、シールズ家にとってギャンブルなのかもしれない。

 

などと……啓太が考えている一方で、アンジェリーナ・クドウ・シールズという少女が日本にいるのは、様々な思惑があったりするのだ。

 

そこには米国国務省や一度は断った国防総省など、腹黒い連中の毒が回っていたりするのだが……。

 

まぁそれはさておき―――。

 

「ケータ! 将棋指そっ!!」

「いくらケン爺ちゃんに鍛えられたからと、そう簡単に勝てるか?」

関西棋院(ウエスト)では、『りゅうおうのでし』とも呼ばれたグランパに鍛えられたワタシをなめないでよネ!」

 

暇つぶしの為にバス座席に常設してあるボードゲームの類を起動させるのだ。

 

(飛車角落ちでも勝てそうかな)

 

健じいちゃんは孫に甘いからな。ワザと負けることもあったのだろう。

 

 

―――という啓太の思惑は、あっさりと覆されるのであった。

 

20分ほどして認識を改める。アンジェリーナの指し手はかなり厳しいものだ。

前は直情的な駒の動かしかたばかりだったのに、中々に先を読んで動かしてくるものである。

 

「むっ、強くなったな……」

 

「デッショー! さぁて勝ったら何か要求しちゃおっカナー?」

 

「賭けなんてしていないだろ? ほらよ」

 

「ムムッ!」

 

言い合っている間に、6手先までが読めた。とはいえリーナの駒がどう―――。

 

「ちょっとシールズさん、浦島君、ちょっといいかしら?」

 

その言葉を受けて二人は持ち時間時計を同時に停止。対局中に物言いを付けるだなんて、なんて無粋な……と想いながらも、私服の会長に対応をすることに……。

 

「なんですか七草会長?」

「イマ、対局中(バトル)なんですケド?」

「後輩2人して、なんて塩対応……ええっとね。とりあえずこの私服を浦島君はどう思う?」

 

どう思うとか言われて接待方式で答えるか、それとも……と考えていたが。

 

「エサ撒きすぎな格好ですね。俺は興味無いですけど、食いつく男はいるんじゃないっすか?」

「Equal ビーアイティーシーエイチというフィーリングです」

 

正直に答えることにした。そういうおためごかしの言葉で偽ることは良くないと思えたからだ。

 

とんでもない文言を発する2人に、さしもの真由美も少しだけ言いたくなる。特に浦島の言いようは癇に障る。

 

「浦島君……流石にその言い方は、私もカチンと来るわよ。何ていうか本当に……冷めているわよアナタ!」

 

「生憎ながら、これが俺の性分なわけですよ。イヤならば、服部副会長みたいにアナタにメロメロな相手にだけ見せつけていればいいじゃないですか。俺は女という『いきもの』の面倒くささとか、厭な部分を幼い頃から見てきたもんで、女に幻想なんて抱けないんですよ」

 

その言葉と表情の冷めきったものに、真由美は少しだけ傷つく。

今の自分はそういう浦島の言う『面倒くさくて厭な女』であり、服部を惑わした幻想の女(フェイク)であったからだ。

 

「浦島家は明治の文明開化以前から存在している名家の一つだ。関東一帯の大地主であり、はたまた多角的な経営で財を成している……そんな家の特徴とは『女系の当主』を据えているということにある」

 

「だからとことさら冷遇されてきたわけじゃないですけどね。とはいえ、まぁ……お袋・妹を筆頭に、俺は女といういきものにそこまで夢を見ないんですよ」

 

十文字のフォローのつもりなのか、そんな説明に啓太は補足しておく。別に虐待をされていたわけでも、妹と険悪なわけでもなく……ただ単にそういう家であるということだとしたのだが、違う部分が真由美の耳を引いた。

 

「え? 浦島君、妹さんいたの? てっきり一人っ子だと思っていたわ……」

 

「さいですか。まぁ別に構わないでしょ。他人の家の家族構成なんて、聞かれなきゃアレコレ言わないほうがよいのでは」

 

この情報社会において、そういった風な個人の口から漏れるものほど易い情報はないともいえる。

 

「ケータ、続きヨ!」

「ああ、そうするか―――」

 

将棋という思考の競技において他ごとを考えすぎるのはマズイのだ。アンジェリーナの求めに応じて再開させようとしたのだが……。

 

「浦島君、次は私と指さない? 当然、アンジェリーナさんが終わってからで構わないけど」

 

「とりあえずタマと指してください。場合によってはハンデを着けなければいけませんし」

 

その言葉に再び真由美はカチンと来た。

 

タマというのが、浦島の飼い猫ならぬ飼いカメであり、時々一高の校舎内を『飛び回っている』摩訶不思議なカメであることはとっくにご存知である。

 

更に不可思議なことに、実を言えばこの空飛ぶカメというのは、沖縄など南方地域や温暖な赤道付近の国家ではありったけ近縁種がいるのだが……。

 

(なんでこんな生物がいることを、私達は認識出来ていなかったのかしら……?)

 

子供の頃には父親から与えられた『動物図鑑』などを読んでいたというのに、こんな爬虫綱カメ目潜頸亜目リクガメ科亜種の『温泉カメ』なんて珍生物を知らなかったのか……そんな疑問を覚えながらも……。

 

「いいわよ! タマちゃん!! 如何に某特撮映画では地球の守護神のモデルであっても! しょせんはカメ!! 霊長類の知性に勝てるものかぁ!!!」

 

『みゅっ♪』

 

勢い込んで悪役ムーブをかます七草先輩に対して、丁寧に一礼をしてから会長の隣に座る市原の椅子の側の端末を操るたまご―――。

 

25分後……。

 

「負けました……」

 

3戦やって3戦とも『たまご』に勝てなかった会長の、震えるような投了宣言がバス車内に響く。

 

もう顔を覆って泣くような様子になる会長に対して、誰もが何も言えない。

 

「カメにすら劣る知性……」

 

ぐさりっ! 誰が放った一言かは分からないが、その一言が真由美を更に傷つかせる。

 

「むぅ……七草の棋譜は正直あれすぎるな」

 

「先々を見据えられていない人間なら当然では」

 

「将棋の結果だけでそこまで言われなきゃならないのっ!?」

 

十文字と啓太からさんざっぱら言われて真由美としてはとことん面白くない。大体、何故にカメがここまで将棋に強いのか?

 

このカメを操るものがどこかにいて、ソイツが―――などという、何処ぞの『最後のファンタジーの七作目』の仲間キャラの一人のような想像をした瞬間。

 

『ケイタ、トラブルだ。前方凡そ600m先、上り車線側の車に異変が起こっている。ドライバーは意識途絶、魔法が仕掛けられている』

 

浦島の頭上に現れる女性のホログラフ―――というには少しばかり実体感がありすぎるものが出てきた。

この美少女の外観を持ったホログラフデータが出るのは、今回が初めてではないのだが、それにしても……。

 

「そいつは穏やかじゃないが……ああ、あれか?」

 

『アレだ』

 

浦島啓太のつぶやきに応えるように、ホログラフが言っていたトラブルの原因が―――。

 

「運転手さーん。ブレーキランプ点灯させた上で念の為に停車した方がいいですよ。何か上り車線が危ないですから」

 

「―――おや、本当だな…ありがとう―――本車両はブレーキを掛けます。シートに深く掛けてシートベルトを着用してください」

 

幸いながら下り車線が混雑しているわけではなく、異常な走行をしている車両の存在にはすぐさま運転手の方でも気づけた。

 

万が一、という可能性を信じてしまうぐらい、とんでもないドリフト走行―――いや、ただのスピンなのだが……。

 

しかし、まさかそこから上下車線を隔てる分離帯を越えてこちらの車線に跳んでくるとは、流石に予想外ではあったが……。

 

車の制動はその前に効いており、後続の整備士たちなどが機器と一緒に乗り込んでいるバスも、こちらの停車に気づき止まるのであった。

 

すぐさまバス運転手が高速道路の交通警察隊に通信をする様子を見ながら、啓太は外へと出ることにした。

 

「浦島、どこへ―――」

 

「要救助者がいるかもしれません。っていうかいますし、まぁスーパードクターKじゃありませんが、何かの救護ぐらいは出来ますよ」

 

「アコ・イズミのカードはワタシが使うワ!」

 

「いや、俺が使えば『KAZUYA』か『ゴッドハンド輝』なみのことが出来るから、別に女物の看護師服になるわけじゃないから!」

 

余人には微妙に分かるようで分からない会話を繰り広げながらも、浦島とシールズは外へ出て横転して動かないでいる車へと向かうようだ。

 

「―――待ってくれ啓太、アンジェリーナ! 僕も行くよ!! 木乃香さまほどじゃないが回復呪法ぐらい僕も会得している!!」

 

その2人に遅れて吉田幹比古という古式魔法の使い手も同行を願い出るのであった。

 

誰もが唖然とするぐらいに、鮮やかな手並み。

 

というよりも……。

 

(浦島の警告が遅れていたらば、もっとひどい結果になったかもしれない……)

 

スピンして、こちらの車線に跳んできた車……それがどういう意味を持つのかは分からないが、反対車線の異常に誰よりも早く気づき、されど『絶妙のタイミング』で昨年度もお世話になったバス運転手である小泉氏に警告を放ったのだ。

 

(仮にもしもこれが遠隔での魔法の作用で、直前までこちらに跳ばすタイミングを測っていたとするならば……)

 

早すぎても駄目だったはずだ。そう十文字が考えた時には……。

 

「ミス・エックス、ありがとうございました」

 

その立役者たるAIに礼をするしかなかったのだ。

 

『礼には及びません。私はマスターであるケイタ・ウラシマの身柄を守っただけです』

 

「だが、そのお陰で俺たちは何事もなく―――そして、運転席にいたドライバーも無事に済んでいる」

 

『いいえ、無事ではありません……もはや旅立たれている様子です……』

 

「「「えっ―――」」」

 

横転した車の運転席から啓太が引っ張り出している様子は視えていた。マギステルの身体強化でドアを退けたのは見ていたのだが……。

 

エックスの言葉で見やると、三人が手を合わせて黙祷をしている様子だった。

 

 

「そ、し―――俺をいかさ―――たの、む……これい―――お、ようなも、を……」

 

男を運転席から引きずり出して、救助・救命活動をと思った時には……既に『無理』(手遅れ)だった。

 

(長期に渡って服毒させられた上での決行だったのか)

 

仮に今、救急車がやってきたとしても、彼はもう……。

 

末期の息で、車を跳びはねさせた人間がやったことは、遺言を自分たちに託すことだった。

 

同時に受け取った情報が正しければ……恐らく―――

 

「他になにかあるか、水が飲みたいならば」

 

「い、、、、んだ―――頼むよ。ウラシマの方……俺のような―――」

 

「しっかりしろ。おいっ!! だめだ!! もどってこ―――」

 

取り戻せない。横にしていた男性が息絶えたことは……どうしようもなく取り戻しが効かなくなっていたのだ。

 

「木乃香様の蘇生はある意味、啓太が『情報』を剥離させないでいるから可能なものだ。彼は―――『消滅』を掛けられていたんだよ」

 

「―――分かっている」

 

幹比古の言葉に返事しながらも、それでも嫌な気分を残して、そして黙祷を捧げてから、後続の整備車両の更に後ろからやってきた救急車と警察車両にあとはおまかせするしかなかった。

 

ソレ(・・)は、どうするの?」

 

その前にアンジェリーナは啓太が、事故車両の『魔法使い』から受け取ったメモリに関して言いたいことがあるようだ。

 

「警察に渡すさ。既にデータは『はんぺん』がコピーしたからな」

 

「ヌケメないワねー♪」

 

「アンジェリーナ、それはあまり褒め言葉じゃないからね? 俺以外にはあまり使わないように」

 

「ハーイ」

 

そんな幹比古からすれば『バカップル』にしか思えない遣り取りをするティーンの男女だが、妙なことにこの2人は付き合っていないのである。

 

(約束の女の子か……難儀な女の子が啓太の心に居着いちゃったもんだ)

 

そんな友人の問題は幹比古にも関わりがあり、これが解決しない限り、自分と『カナコちゃん』の仲も進展しないというものがあったりするのであったのだ……。

 

限りなくどうでもいいことではあるが、そんな風なトラブルと幹比古のToLOVEるな事情を含みつつ、若干の遅れがありながらも……一高の九校戦メンバーは、富士の会場に到着するーーー。

 

 



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stage.27『誤魔化しきれない事実』

 

 

九校戦会場に辿り着いて―――啓太がまっさきにやったことは、自分が宿泊する宿はどこかと思って探し出すことであった。

 

キョロキョロとしている啓太を見た十文字が、少しだけ嘆息しつつその問いに答える。

 

「ここに決まっているだろう。他に指定されているのか?」

 

「俺だけこんな立派なホテルではなく、隣りにある明日には金策的にも建物的にも潰れそうな旅館『つづれ屋』とかで寝泊まりすることになると思っていたもんで」

 

んなわけあるかという想いを全員が抱くも、浦島自身は、本気でそう想っていたようだ。

 

(どこまではぐれものなんだよ)

 

古めかしい大型のボクサーバックの締められた紐を持ちながら肩がけにしている浦島の姿は、平成初期のヤンキーのようであった。とはいえ、ソレ以上に思うことは彼の荷物はその程度のようだ。

 

「むっ、浦島。お前の荷物はその程度でいいのか?」

 

「日用品とか衣類は完備していますよ。制服はこの通りですし」

 

「ケータはいつも、このバック1つでアチコチに出向いているんですヨ」

 

よくよく考えてみれば、この男にCADの類はいらない。というか必要ないことを今更ながら認識させられたのだが……。

 

「その突き出ている刀はどうにかならんか?」

 

「銃刀法違反ではないはずですが」

 

言いながらも特に抗弁することではないと想ったのか、『沈め』と言っただけでそのボクサーバックから突き出ている刀が消え去る。

 

そんな訳でかなり荷物少なめな啓太は必然的に荷物役となり―――。

 

「家で見ていたが、こんなに必要なのかよ?」

「レディーには色々と必要なものが多いノ!」

「ちゃんと化粧室を使えよ。一昔前みたいにトイレでやるとかは止すように」

 

などとアンジェリーナの荷物持ちになっているのだった。

 

そんな様子を見ながら達也は同じく荷物を運びながら、深雪に色々と話しかけた。

 

「それじゃ浦島の警告で『何事もなかったのか』?」

 

「ええ……あのホログラフAI、№.Xという方が先んじて警告を発したわけですが……」

 

「まぁ無事だったならば何も言うことはないんだが……」

 

どうにも『出番』を奪われた感が拭えないのは、想定する状況で達也が魔法を発動することもあり得たのではないかと思えたからだ。

 

だが、現実にはテロ事件のような工作活動は交通事故として表向きは処理されて、事実の一端は闇に葬られた。

 

「今さらながら、あんな高精度なホログラフのAIを投影する―――その器材が、ただの音楽プレーヤーだなんて少々変だな……」

 

今の今まであまり気にしてこなかったことだが、この時代の工学技術で言えば、あんな自立型の、己の意思を持ったアーティフィシャル・インテリジェンス―――『人工知能』(AI)が存在しているなど、結構衝撃的なことだ。

 

そして、その人工知能はとんでもない美少女の造形で、現実の人間と殆ど『質感』が変わらない、バーチャルな存在とはとても思えないのだ。

 

(聞いたところで、そんな簡単に教えてくれないだろうが………そもそも―――)

 

「私はそれよりも、エターナルネギフィーバー……の方がなんじゃらほいという感じです」

 

あの一件以降、深雪は何とも暗い調子である。当然、練習では当たり前に結果を出しているし、他を寄せ付けない魔法能力に減じているところはない。

 

だが、終始あの魔法だか技だかを気にしているようなのだった。

 

別に使おうとか、やってみたいという訳ではないが、あまりにもアレが理不尽すぎて深雪は、色んな感情が湧き上がって少しだけ落ち込むのだった。

ならば、浦島ではなくシールズに聞けばいいと思うのだが……。

 

『ケータの全てを知っているワタシが、アンタに『チンコロ』すると想っているノ?』

 

などと西の方の言いようで怒るように言われて、問答は出来なかったようだ。

浦島とその関係者の語りから察するに、ヨルダという太陽系全てを掌握する魔法使いの災厄が来訪すると分かっていたから、魔法科高校にやってきた。

 

だが、それは別に魔法師の身体・生命を守ろうとか、別に国家的な依頼からそうしているわけではないとも取れる発言。ただそれでも、ヨルダを何とかしなければいけないということは理解している。

 

(公私それぞれの目的が交わりすぎて、シッチャカメッチャカだな)

 

自分を棚に上げて、同級生のスタンスに対して内心でのみ物申す達也……。

 

なんにせよ……浦島と自分はとことん合わない人間なのだった。

 

だが、そいつだけがそういう危機事態に対処出来るとなれば、話は別になり、そして達也としても苛立ちは募るのである。

 

そういう気持ちでいながらも荷物の搬入は滞りなく行われていき、一高の準備は全て終わるのであった。

 

 

一人部屋を充てがわれた啓太は、ふかふかのベッドに横たわりながら、この後の予定を端末で読み込む。

 

見た限り、懇親会とかいうレセプションパーティーがあるらしく、食事もそこで取ることになりそうだ。一人で食事を取ることをしたかった啓太としては厭な限りだ。

 

そんな訳で手持ち無沙汰な啓太は、少しばかり外に出て動きたい気分になる……。

特に目的のある散策ではない。ただ単に、暇つぶしをしたいだけだ。

よって誰かに見咎められるのは、少しばかり嫌だったので、『仮面』を着けてから外に出るのだった。

 

悪いことをしているわけではないのだが、気分は蛇の名前を持つ、伝説の工作員にして隠れ身が得意な兵士の気分であった。

 

そんなわけでホテルの外に出た啓太。広い場所、特に誰の目も無いところ―――草摺れを起こすだろうところにて何となく剣を振るいたくなった。

 

「出ろ、『ひな』」

『沈めと言ったり、出ろと言ったり気ままなマスターですねぇ』

「歴代の主人の中では、一番相性がいいんだろう俺は」

『ひぃっ! DV男の思考だぁ! とはいえ啓太の気は私を最大強化しますからねぇ。ただ前回のヨルダ(クソBBA)との戦いで使われなかったのは甚だ不愉快だっちゃ!!』

 

微妙にキャラが定まっていない『喋る妖刀』を地中から取り出した啓太は、その刃を抜くこと無く鞘込めのままに素振りをする。

本来ならば、日本刀などの刀剣類は、鞘のまま振るうと刃こぼれなどを頻発させるのだが、この喋る妖刀は、そのようなことは殆ど無い。

 

流石は妖刀らしく、自動で修復されてしまうのだ。こわっ。

 

『あふんっ! 啓太が私を鞘に込めたまま振るい続けるぅ。気分は着衣☓☓☓! マニアックな趣味をしているご主人だことっ!!』

 

やっぱコイツを持ってきたのは間違いかなぁとか思いつつも、振るい続ける一刀に間違いはなく……。

全ての工程を終えると、どこからともなく拍手が聞こえる。

 

「いや、見事な限りだね。思わずその剣に見惚れてしまったよ……」

 

女顔、そうとしか表現出来ないのだが、男物の魔法科高校の制服をまとっているからには、コイツは男なのだろう。

 

明確な違いとして制服の色味が違うし、校章も違うが啓太はそこまで知らない。詳しくないので、とりあえず魔法科高校の男子A。

 

サイドで髪を纏めて垂らしている男子に―――。

 

「キミは?」

 

名を聞いておくことにするのだった。

 

「僕は時()九郎丸―――故あって現在は京都の『宗家』に預けられている身だ。お会いできて光栄だよ。ひなた神鳴流の剣士『浦島啓太』くん」

 

どうやらとっくに素性はバレていたようだ。そして京都という地理的な面から『二高』の出身者だと気づく。

 

「ふぅむ。まさか青山宗家の剣客がやって来るとはね―――で、何か御用かい?」

「剣を交えてもらいたい。キミが正調の剣客ではないことはよく知っている。けれど木乃香様がーーー。

『くろーまるくんは啓太くんと一度手合わせしたほうがええな。まぁ九校戦であったらいちどしばいとき』と言っていたからね」

 

茶を、牛を『しばく』ならば分かるが、その言葉の意味を九郎丸という剣士はそっちで捉えたようだ。

 

それにしても……。

 

「時逆くん。キミ本当に男か?」

「よく言われるよ。けれど僕は男なんだ! 男同士の戦い!! 受けてもらえるよね!?」

「宗家の剣士サマに挑まれたならば、門下の一人としては受けざるをえないわな」

 

しちめんどくさい思惑を抜きにして、ただの力試しをするという予感を前にして―――。

 

『フッフッフッ! 私の御主人様の魔剣・昼の月がアナタを打ち負かしますよ!!』

「すごいな浦島君! そんな独自の技法まで体得しているだなんて!」

 

んなもんはねぇ! と言ってやりたいが、期待しきった時逆君の心を裏切るのは、どうなんだと思いつつも、戦いは始まるのだが……とりあえず人避けの結界を張ることで、この戦いを人目に着けることだけは避けるだけの思慮は互いにあったりした。

とはいえ……そんな2人の気功剣士のぶつかり合いは激しいものとなりて、カンのいいものたちの耳目を集めるも……どこでそれが行われているかをハッキリと認識できずに、やきもきするのは司波達也なのであった。

 

 

 

「フーン、それじゃそのクローマルとかいうセイバーと戦っていたワケね。ワタシを一度も誘わずに」

「悪かったよ。けれど別に俺に四六時中引っ付かなくてもいいだろ。他の連中と交流することも大切だろアンジェリーナ」

「ソレをケイタが言っちゃうとか、ホンマツテントウすぎるワ」

 

別に俺は退学しろ(出ていけ)と言われたならば、それに素直に従う人間だもの。とは言わずに、アンジェリーナの相手をしていたのだが……。

 

「浦島君……何でその制服なの?」

 

そんな自分の格好に疑問を持つのは会長であった。

 

「は? 普通に俺の制服じゃないっすか? 何か文句でもあるんで?」

「あ、あるわよ! 何でちゃんと『校章』が刻まれた制服を着ていないのよ!?」

「別にいらないでしょ。制服のカラーリングでどこそこの学校であると気づけるでしょ」

 

その言葉に真由美は、そういうことではないと言いたくなる。いざ懇親会の会場へと向かおうとした矢先に、このようなことをするなんて……。

 

「十文字くんは制服を貸して―――」

「いや、いいんじゃないか七草。そんな『おためごかし』のような真似をしなくても」

 

その言葉に真由美はどういう意味だと詰問したくもなる。

 

「つまりだ。浦島が2科生であることは事実だろう。だとすれば、さもこういう場に立たせる時だけ、如何にも『自分たちと同じ』みたいな衣装を着せなくてもいいんじゃないか?」

「達也くんには貸したのに!?」

「お前が『達也君もちゃんと一高の一人であることを認識させるためにも、1科生の校章付きの制服を着せるべきよね』とか言っていたから、サイズがそれなりに合うものを貸しただけだ」

 

何も言われなければ、十文字も特に何もしなかったであろう。

 

「こういう場でだけ取り繕うような真似をしたところで意味はないと思うが、それとも俺たちが2科生を連れてきたことは、他に対して恥じるようなことなのか? 七草」

「ち、違うけど……そうじゃないけど……」

 

まるで自分がその場しのぎの言い訳の為に、制服の偽装を図ったような心地にもなる。というか見方を変えれば、『真正面』から取ればそうでしかない。

 

「だったらばいいじゃないか。司波は違うようだったが、浦島はそういったことの『真意』を見抜いて『いらない』としてきたんだ」

「……何で、どうしてそんなにまでも……はぐれようとするの? 私は別にそこまで意地の悪い考えではなかった。ただ単に……」

 

次の言葉が真由美から出てくることは無かった。

よくよく考えてみれば、そういう風な各校に対する対外的な、単純に言えば『汚点』を隠そうとしたのだ……。

確かに達也も浦島も2科生としては両名あり得ざるものを持っているが、それでも2科生を連れてきたという事実。『校章』を着けることを許していない人間がいるという、内側の問題を隠蔽しようとしたのが発端であったのだ。

 

「だから俺は別にこのままでいいんですよ。一高の2科生として堂々としていればいいんだ。別に俺が縮こまる必要もないし、何でキミの制服には校章が無いのか?って聞かれたらば、それを正直に話せばいいじゃないですか?」

「―――――――」

 

それを恐れていた真由美としては、浦島の言い分は世間的には『正々堂々』としていても、どうしても……飲み込めきれない。

 

「あなたの行動一つ一つが……わ、一高の看板を潰していくわ……」

「潰れて困る看板なら、元から首に下げないで懐に仕舞っときゃ良いんだ。不備を認めたくらいで泥かぶるような看板なんざ、元々ねぇも同じだ」

 

痛烈な言葉だ。何でここまで付和雷同せずに、不和雷動ばかりを巻き起こすのか……。

 

コイツを連れてきたのは間違いだったんじゃないか? そう思う面子が多くも、懇親会会場への扉は開け放たれ、そして……九校戦の前哨戦は始まるのだった。

 

 

 



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stage.28『イツワリノマホウツカイ』

 

「というわけでだ。浦島、シールズ。お前たちはちょっと違う人間と一緒になって行動しろ」

 

「違う人間って……別に俺は一人でも構いませんけど」

 

いきなり言われたことに、反論をしておく。なんというかそれはアレすぎるのだから。

 

「そう言わずに少しは他の魔法科高校の生徒とも交流してくれ。同時に一高の同級生もお前達のことを知りたいという気持ちなんだ。頼む―――」

 

渡辺委員長の言葉に少しだけげんなりとする。結局の所……自分を晒せということらしい。

 

(あほらしいな)

 

かつて立派な魔法使いとして、世界を変革しようとした男がいた。その男は迂闊だったのか、何なのか自分が担任として赴任した学園にて担当生徒たちに魔法がバレまくっていたという。

もっともそれ自体が学園の総責任者の思惑だったとは、雪姫から聞いている。

 

別になにか聞かれても何も言わなければいいだけだ。恐らく中には何人か知り合いはいるだろうが……。

 

「それじゃシールズは達也君と。浦島は深雪と―――少しばかり交流してくれ」

 

「男女じゃなくてもよろしいのでは? 総合主席サマは、一年の優秀組と回るのが筋なんですからアンジェリーナと一緒のほうがいいかと」

 

一応、自分はアンジェリーナの両親、祖父母から色々とよろしく頼むと言われているのだ。如何にも胡散臭いというか■葉の改造魔法師なんて、忌まわしいものとアンジェリーナを一緒にするなど耐えられない。

 

自分以外の男に気を許すとしても、『コイツ』だけは論外である―――という啓太の気持ちは色々と何か妙に誤解されているのだった。

 

「……お前の親族や気を許している相手の少なさには物申したいが……それでもな……まぁ司波は聞きたがっているんだよ。エターナルネギフィーバーに関して……」

 

「それだったら後で教えますけど、ただそれを受け入れるかどうかは別ですが」

 

「ええいっ!! 問答全てがお前有利で進む!! いいから黙って従え!! 下級生!!」

 

最終的には理不尽な先輩ルールの押しつけによって啓太とアンジェリーナは違い違いで行動することになってしまった。

 

解せぬ。

 

 

懇親会会場に入ると、やはり彼女は人目を惹くようだ。つかず離れずではなく思いっきり距離を離したい気分でいながらもエスコート役をやっておく。

 

三高のイケメン、誰だか知らないが、そういう男が司波深雪を見ていたが、どうでもいい。

 

「随分と過保護にするんですね」

「親戚だしな。昔っから何をするか分からん子だから見ていないと気が気じゃない」

 

実際、そういった監督の役割も含めて同居させられたのではないかと思うほどだ。

 

「キミの方こそ兄貴から随分と過保護にされてんじゃん。見ろよ。さっきから親の仇と言わんばかりにこっちを見てやがる」

「まぁお兄様ってばシスコンなんだから(棒読み)」

 

世の兄妹というのも色々あるもんだと思いつつ、適当にその辺にある食い物で腹を膨らましていく。

 

この四■の魔法師という厄の種と一緒にいるなど、正直勘弁願いたい。

 

(コウマはいい子っつーか、本当に善良な子なのに、コイツラからは血の匂いしかさせていない)

 

山梨のプロサッカーチームのユースに所属し、何だかその内、『青い監獄』(ブルーロック)にでも叩き込まれそうな少年のことを思い出した時に……。

 

「―――アナタ、十師族? それとも百家? 何かの優勝経験は?」

 

高圧的な物言いをする人間の言葉が耳に入ってきた。見るとそこには純日本人ではないだろう髪色をして顔立ちにもモンゴロイドではないものを持った少女がいた。

 

その少女の周囲には『2人ほど』知り合いがいたが……とりあえず、言わずに放置しておくことに。

 

「浦島君、そのローストビーフサンドとってください」

「あいあい、跳躍競技に出るのに体重大丈夫なのかと思ったりするけど?」

 

啓太が食べているのを見たからかもしれないが、このヒトが出る競技を知っているだけに、一応はその辺りを気遣ったのだが。

 

「肉と炭水化物をちょっと取ったぐらいで、どうこうなるほどヤワじゃないんですけど!」

「それならどうぞ」

 

啓太の気遣いは無用であったようだ。トングを使い小皿に6つほど取り分けてから司波深雪に差し出すことに。

 

そうして給仕か執事は言い過ぎだが小間使い的なことをやりながら、何となくやっていた時に件の集団がやってきた。

 

「え? あの方は……浦島君……?」

「キミに用事のようだな。対応してやれよ」

 

そうして対応をお任せしながら、啓太は腹を満たしていく。俺のことなどかまわず優秀どうし話をしてやがれという気持ちだ。

 

「さぞかし名家のご出身とお見受けするわ」

 

少しだけ緊張した面持ちでいる金髪が、啓太に対して居丈高にローストビーフサンドを要求した女子に自己紹介をする。

 

「私は第三高校一年、一色愛梨、そしてこっちが左から同じく十七夜栞、四十九院沓子、紺野カオラ―――どうぞよろしく」

 

後半2人―――沓子は自信満々に、『カオラ』の方は何の感情も見せない。真然とした様子で一礼をしてきた。

 

「えっ!? ええと……第一高校一年 司波深雪です。どうぞよろしく」

 

後半2人の内、1人に疑問を覚えつつも最後には普通に挨拶をするのだった。

 

楚々とした様子の『カオラ』に少しだけ驚き、そして――――。

 

「で、そちらの方は?」

 

別に司波深雪だけに興味を示しとけばよかろうに面倒なことにこちらにも自己紹介を求めてきやがった金髪。

 

ここで、『あっしなど名乗るほどのものじゃございやせん』などと旅がらす風に言ってやるのも一つだったが……。

 

「―――第一高校一年田中太郎です」

 

既にデフォルトとなった名乗りをした瞬間、殆どの一高生が、なぜかズッコケたり微妙な表情をしていた。

 

ついでに言えば三高一年2人ほどは、その名乗りを聞いた瞬間、膨れるような笑みを堪えている様子を見せる。

 

「あらぁ一般の方に平凡な名前の方なんですねぇ」

 

嘲弄を浮かべた笑みの後に朗らかに笑いながら、そんなことを言う一色愛梨に更に2人は堪えきれない様子を見せる。

 

そしてこの金髪は全世界の田中太郎さんに対して土下座行脚することは確実である。

 

「さぞや名のあるお方かと想ってお声掛けしましたの。勘違いでお騒がせしてごめんなさい」

 

更に吹き出しそうになる2人を見て、この子はキミらの友達じゃないの?とか半眼で問いたくなる。

 

「特に田中くんは、三高で言うところの普通科の生徒とお見受けします。選手かエンジニアかは分かりませんが記念として連れてこられたのだとしても、試合頑張ってくださいね」

 

一高の醜聞。いわゆる校章のあるなしでのことは内外に知れ渡っており、啓太の所属も分かっていたようだ。

 

「ええ、ありがとうございます。何せウチの先輩方はめっちゃ強いらしくて、俺みたいな『劣等生』のやらかした『失点』を取り返すぐらいはしてくれるらしいので」

 

啓太の放った一言。その裏に秘められた『真意』を一色愛梨は読み取った。

 

「ちょっ! 浦」

 

何かを言おうとしたらしき総合主席サマの口が開かれる前に……。

 

「そう、随分と我々―――他校は舐められているんですのね……ベンチにいるメンバーに甲子園の記念打席用意するかのごとく、そのような振る舞いをするとは……どちらにせよ。私達三高の決意は揺るがないので」

 

その牙をむくような言葉を最後に一色愛梨と十七夜栞は去っていくが……。

 

「2人とも、わしとカオラは、この『田中太郎』と少々話しておく!! 色々と聞きたいことがあるのでな!!!」

 

2人ほどは残る。別にいいけど。

 

「そう。あんまり話し込まないようにね」

 

言外に内部事情はバラすなと釘を指された沓子は、笑顔で首を振ってから―――十分に距離が離れた時点で……。

 

「久しいの、啓太!」

「よっ! あいっかわらずのクチジャミセン(口三味線)野郎だな!」

「あいや久しぶり2人とも、つーか君等薄情すぎ」

 

軽い挨拶を交わしながら、後ろで呆然とした顔をする総合主席サマを何となく察する。

 

「いやいや、失礼を先にかましたのは愛梨の方じゃし」

「流石に礼を失する行為だろ。それにどうせ。試合になればケータの名前は知れちまうぜ」

 

そりゃそうだが。浦島啓太は静かに暮らしたいのだ。

 

「名を売るならば太陽系宇宙ブッチギリ最強トーナメントで売りたいね」

 

そんなものがあるかどうかは分からない。だが、魔法世界でちょっとしたコロシアムにも参加したことがある啓太からすれば、こんな大会は「ぬるすぎる」。

 

「まぁせいぜい『お客さん』として観戦させてもらうさ」

 

その態度は流石に会話に参加していなかった司波深雪を苛立たせた。

 

「浦島君、そういう態度ってどうなんですか?」

「別にやるべきことをやっとけばいいだろうが。君が一々講釈たれるようなことか?」

 

別に啓太には愛校心も、一高に対して義理立てすべきものすらない。ただ、九島 健という御老体の帰国のためだけに戦うのだ。

 

「―――本心も能力も、名前すら隠して、全てを小馬鹿にしているアナタなんて本当に好かないわ」

「奇遇だな。俺も自分は隠し事ばかりしているくせに他人には真摯な態度を要求するような二枚舌オンナなんてキライだよ」

 

その言葉の後には、お互いの冷たい視線がバチッ!とぶつかり合う。

 

「エクレールへの態度とは打って変わって随分と冷めた女だな。本性はそっちか」

「猫かぶりすぎじゃな」

「ち、ちがいま―――」

 

司波深雪が慌ててカトラと沓子の言葉を否定しようとした矢先に―――。

 

『続きましてかつて世界最強と目され、二十年前に第一線を退かれた後も九校戦をご支援くださっております―――九島烈閣下よりお言葉を頂戴します』

 

誰が書いたんだか分からぬ提灯記事ならぬ提灯紹介。義勇忠孝欠けすぎなジジイを持ち上げすぎなその紹介文に思わず失笑を覚える。

 

少し離れたところでは、アンジェリーナも同じ気持ちだったらしく同じような笑みを浮かべていて―――。

 

―――やっちゃっていい?

―――おけまる(*´ڡ`●)

 

近くにいる司波兄妹にも構わず2人だけが分かるサイン。特にアンジェリーナは『てへぺろ顔』にOKサインを組み合わせてのそれなので。

 

―――斬魔掌・散―――

 

空間全体に指先から『魔』を切り裂く『斬撃』を放った。バレないように放ったそれの後には、ドレッシーな美女の後ろにいた老人の姿が全員に晒された。

 

だが、それは『別』であった。ジジイなど物の序ででしかない―――とんでもない『デラックス』な存在がいたのだ。

 

「「「「「うげっ!!!!」」」」」

 

啓太、リーナ、幹比古、沓子、カトラの驚いた声が重なる。それぐらい……ここにいるには、どうにも緊張しすぎる存在がいた。

 

「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する―――」

 

そんな老人が発する言葉など遠い。そして壇上を降りた美女(・・)の先導に従い、『6人』ほどが会場から去ることになる。

 

老人のもっともらしい演説……老人自身も、認識できていない事実……『彼ら』がいないことなど分からぬことから15分後―――『彼ら』が会場に戻ってきた時に、まるでその夢見心地から覚醒するように―――……時間を改変されたかのような感覚を今さらながら覚えたのが数名いた。

 

(―――なんだこの違和感? 最初は浦島が老師の精神干渉を切り裂いたと想った。いや、それは事実のはずだ。だが……)

 

その後の老師の演説、工夫をしろということも覚えている。だが……何かを『欠けさせられた』気分だ。

 

隣でサンドイッチを食べているシールズにも何の変化もない……。

 

(無いのか? 本当に?)

 

達也が違和感を覚えるも……全てが不明なままに懇親会は終幕へと向かうのだった。

 

途中……田中太郎名乗りをした浦島を嗜める三巨頭を見ながら、それでも拭えぬ違和感を覚えている達也は行動を起こすことにした。

 

 



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stage.29『誰もが苦悩する夜』

 

 

「ふむ……少々、勿体ぶった演説だったかな?」

「そんなことはありませんよ。九島閣下のお言葉は若人たちの心に届いていましたよ」

 

 あからさまなおべっかを使う大会役員に作った笑みを浮かべながら、九島烈は少しの違和感を覚えていた。

 

 だが、自分を騙すほどの魔法師など……。いや、魔法師に限らなければいくらでもいる。

 

 苦い思い出とともに思い出す。

 

 自分が全能感を覚えていた、強化措置を受けた後の魔法能力をブッちぎる恐るべき能力者達。

 『魔法使い』(マギステル)『裏火星の魔法使い』

『悪魔』『不死者』

『吸血鬼』そして……『真祖』

 

 世界とは、かくも深く、悍ましく、凄惨で、残酷で、広すぎて、巨大すぎるということを痛感させられた少年時代。

 

 自分の弟……愚かな実弟は、自分を超える能力を持っていた。その力を俗世の栄光だけに使えば良かったというのに、弟は彼らと同じでありたいと思ったのだ。

 

 自分たちは日本政府の思惑で作られた存在だ。その意図をはみ出せば、どのような事になるかは理解できていたはずなのに―――。

 

 そして自分の権力欲と時の日本政府との思惑は合致して、弟を追い出して自分を九島という家の当主に据えさせた……。

 その上で作り上げた制度は……すでにどん詰まりを迎えていたのだ。

 

(そして、優秀な魔法師の卵だけを集めたこのような大会……不協和音は響くばかりだ)

 

 もはや何が悪かったのか分からぬほどに、烈の思惑は崩れっぱなしだ。

 

(だがせめて……エヴァンジェリン殿だけでも、自分に味方してほしかった……)

 

「そりゃ無理な話だ。故郷から追い出されたケンの身の上の方が重なるからな。どうしてもお前には辛く当たらざるを得ない」

 

 思念が『召喚』の呪文であったかのように、自分ひとりだけとなった部屋に一人の『少女』が現れる。

 

 影を使ったゲートだろうが、魔法師ではこんな移動術は使えない。正しくチーターである。

 

 そんな少女は黒色のゴシックロリータの服を着て、まさしくロリロリな様態である。

 まるで老人がイケない無聊を慰めるために呼びつけたような様態の格好は、いろいろな意味で『現在の烈』には頭を悩ませてしまう。

 

「……何か御用ですかな? 雪姫先生、いえエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルどの」

 

「フルネームで呼ばれるのも久々だな。だがあのこまっしゃくれたレツ坊やがこんなヨボヨボのジジイになってしまったんだ。大した用事じゃなくても顔を見るぐらいはするさ」

 

 そのあざ笑う言葉に反感を覚えながらも、とりあえず会話をする機会が得られたので少しだけ会話をすることに。高級ソファーに腰掛けながら、対面の同じようなソファーに座るよう促すと少女はそれに従う。

 

「成程、ただの戯れでしたか……ならば戯れついでに聞きたいことがあります」

 

「なんだ?」

 

「……ライフメイカー、ヨルダ・バォトは再び降臨しますか?」

 

「するだろうさ。分かりきったことを聞くんだな……もう少し面白みのあることを聞いてくるもんだと思ったのにな」

 

 頬杖を突きながら、つまらんと言わんばかりの少女。だが、烈としても言いたいことがある。

 

「―――我々はかつてあなた方、マギステルと契約を結んだはずだ。いずれ魔法師は『宇宙』(そら)にいる始まりの魔法使いに対して届く『矢』を鍛造する。そして、その後の戦いで全てを終わらせると……」

 

 苦悩を刻みながら一言一言、身を絞る想いで言い募る。それこそが烈にとっての発端。

 

「四葉が生み出した『彼』こそがそれであったはずだ!!! なのに何故!!! こんな残酷なことになる!? 来臨したヨルダがやったことはまず『魔法師』を殺すことだった!! 我々は体の良い撒き餌なのか!? ヨルダを弱らせるためだけに存在している雑兵でしかないのか!? ……あなた方は裏切ったのか!?」

 

 口角に泡を飛ばさんばかりの勢いで烈は絶叫するように言う。これこそが、聞きたかったことだ。

 

 若者たちを死なせたくなかった。自分たちの存在が間違いではないと教えたかったのに、現実はそれを裏切っていく。

 

 京都にいる『近衛様』にも聞けなかった重大な事実。

 だが――――――――。

 

「知るか。そんなこと。あの女の考えなど分かるわけがない。当て推量で物申したって意味がない」

 

 言葉はあまりにも寂しいものだった。表情も冷たすぎて烈は拳を握りしめるものだ。

 

「ついでに言えば、四葉のガキは完全にアウトだ。奴こそが、ヨルダが憑依するに値する『器』の最有力だ。少しだけ測ってみたが、アイツの思考(かんがえ)はヨルダに似通いすぎている―――――」

 

「……どういう意味ですか?」

 

 烈の耳にも詳細に入ってきているわけではないが、彼こそが四葉家の秘蔵っ子であり、そしてその能力は待ち望んだものだと思っていたのだが……。

 

「四葉達也はその気になれば、魔法師だけの楽園を作り、そこに閉じこもる。そこを楽園だと信じて、そこを天国だと教えこんでな―――何も知らぬ。いや、考えを放棄した連中をあたかも信じさせて……そしてその他の人間は、自分に同調しなければ如何ようにも扱う」

 

「そのようなことを……」

 

 まだ司波達也もとい四葉達也のことを見きれていない烈ではあるが、この600年以上もの悠久の歴史(とき)を実感してきた御仁の鑑定眼を、全て否定もしきれない。

 

「まぁ先々の話だ。私も久々に目通りした『師匠』から見せられたものの一つだが、軽く言っても地獄だったのでな……ちょいと言いたくなった」

 

 茶目っ気のつもりかもしれないが、頭が痛くなる。

 だが、その言葉で分かることもあった。

 

 それは『世界の形』の一つなのだと……。

 

 ・

 ・

 ・

 

「あーもう!!! 嫌な感じだった―――!!!」

 

 何が嫌な感じなのか、分からなくもない。とはいえ―――。

 

「大体! 浦島君も何でそこで深雪に対してフォローしないのよ!!! 持ち上げれば何かあったってのに!!!」

 

 そんなものは、九校戦の公式端末で、全ての生徒の魔法能力というか成績のほどは、それなりに晒されている。

 問題は―――。

 

「そして田中太郎という偽名使い!! なんなんだアイツは!? そんなにまでも本名を名乗りたくないのか!?」

 

「かもしれないね」

 

 いきり立つ親友の光井ほのかに返す北山雫は、浦島啓太という男子が、そこまで本名を名乗らない理由の一端を知っていた。

 

「浦島家は、財界でもちょっとした名士の家だから、無用なトラブルを避けるためにも、そういう本名を名乗らないでいるのかも」

 

「えっ? 実家は和菓子屋じゃないの?」

 

「それは経営の一つ。他にも『温泉旅館』『国際貿易商社』……etc。かなり手広くやっていて、それら全てがかなり好調なんだ」

 

「……ホクザンよりも?」

 

 思わずほのかは、言っている親友の家の稼業と比べたが……。

 

「簡単な財力規模で言えば、ウチだけど、商売ってそういうのだけで決まらないから」

 

 こればかりは新興の財閥では分からないものがある。それだけじゃ肝心の所には入り込めないのが、ビジネスという伏魔殿の恐ろしいところだ。

 

 明治以降に勃発を果たした日本の商業会を始めとした財閥は、WW2の敗戦後、進駐してきたGHQに解体を命じられたあとにも、驚くべき復活を果たしてきた。

 そこには米国に本拠を持つロックフェラー、ロスチャイルド、モルガン、カーネギーなどの財閥との明治以後に出来上がった繋がりと、後の世界戦略による意図も多分にあったのだが……。

 

 明治の魑魅魍魎が跋扈する世界。

 植民地時代の列強の脅威に対して、永らく鉄の結束を誇ってきたこれら伝統ある財閥は、その独特の嗅覚で巧みに異分子を嗅ぎ分けるのだ。

 そういった機微に疎いホクザンなどの新興の財閥では、決して牙城を切り崩せはしない。

 

 影では成り上がりものなどと陰口を叩かれているのではないかと思うほどだ。

 

「そうだったんだ……」

「まぁ私も浦島家の人とは会ったことがないんだけどね」

 

 結局の所、謎は深まるばかりだ……。

 

 そうこうしている内に、B組の賑やかしたる明智英美が温泉に行こうなどと誘ってきて、この話は終わりを迎えるのだった。

 

 そんな一方で……。当の本人は気楽なものであった。

 

「んじゃ九郎丸は魔法世界、それも桃源神鳴流の方のヒトだったのか?」

「うん。兄様が『武者修行に出てこい』などと言って、こっちの方で色々と手続きしちゃったみたいで……まぁ何とかやれているかな。けど、中々―――僕ら(・・)側の人間ってそうそういないんだよね」

「そりゃ隠れ潜むのが常の人種だもの。しゃーないさ」

 

 寧ろ魔法師の方が変なのだ。

 マギステルのマジックはいうなれば『努力次第』で『誰も』が習得可能な人間技能であり、何か偏重した才能が無ければ使えないようなものではない。

 

 当然、一部の例外というものはあるのだが……基本的にどんな魔法でもそれなりの素養と『魔力』『気』の発現さえあれば使えるものだ。

 

 実際、どこぞの英雄……雪姫が愛し焦がれた男は『カンペ』のようなものを読まなければ、呪文を唱えられなかった。ぶっちゃけ暗唱することが出来なかっただけなのだが……。

 

 だが、魔法師にはそういうの(安直さ)を揶揄するきらいがある。無駄に難解さを求めているというか、気取り屋なところがある。

 そういうことを覆したかったのが、九島健なのだが―――。

 

「ちょっ! 九郎丸!! そのハメはやめぃ!!!」

「ローニンズゲートUQ(悠久)においてシステム上許されているならば、ハメという単語はふさわしくないなぁ」

 

 クソがっ! という暴言を吐き捨てるのを抑えつつ、コントローラーを握る手に汗が滲む。

 

 ここで超必を出すタイミングを―――。

 

 などと格ゲーマーとしての血を騒がせる戦いは、不意の来訪者を告げるチャイムのせいで中断せざるをえない。

 

「シールズさんかな?」

「夜中に男子の部屋に来訪するなんざ、修学旅行かっつーの」

 

 ぶっちゃけその辺りは完全に区切られているはずなのだが……追い出すことは難しいかもしれない。

 

(―――殺気をビンビンに走らせやがって野良犬・ケンカ犬が)

 

 啓太と同じものを察したのか、九郎丸も持参してきた野太刀を手に立ち上がるも、手だけで抑えてから自分が応対することにした。

 

 ドアの端末に出てきた男。司波達也に、『何だ?』と手短に問いかける。

 

『―――少々話したいことがあるんだが……』

 

「明日にしろ。俺はいまこの九校戦で出来た友人を歓待しているんだ」

 

 無粋な限りの男を素気なく追い払う言葉。

 

「どうせ喫緊の用事でもないんだろ? 帰れや」

 

『随分とお前は冷たいな』

 

「そりゃ師匠が氷属性の魔法を得手としていたからだな」

 

 水属性たる自分は、師匠と似通ってしまうのである。(屁理屈)

 

『とにかく、俺はお前に聞かなきゃならないことが―――』

 

 激昂するような調子になる男。別にこいつに公益性とか、公共性とかそういう気持ちがあるわけではないのだろうから、野良犬・ケンカ犬に絡まれている気分にしかなりえない。

 

 自分が有利、頂点に立つためならば、己の理屈や己の考えのためだけならば、他人の都合など気にしない。挙句の果てには情理も条理も意に介さない―――究極のエゴイスト。

 

 正しく魔法師の極みである。

 

「僕のことならば気にしなくていいよ啓太君、それより扉の前にいるヒトと話したほうがいいんじゃないかな?」

 

「やだよ。キミの勝ち逃げで終わらせるとか」

 

「うーん。なんて辛辣な。ちなみに扉の前にいる男子ってなんて名前?」

 

「司波達也」

 

 そんな風な会話が、達也にはインターホン越しには伝わっていた。流石にここでも『理論主席』なんぞと紹介されたならば、流石に蹴りを入れたくなる気分だったが……。

 

 次の瞬間には―――ぞわっ! とするほどの気配が達也に伝わる。

 

 正直言って怯えを覚えるほどの、何とも言い知れぬもの。恐怖と言えたかもしれないが……。

 

『そうか、君が『タツヤ・シバ』か……何を話すか興味がある。僕も同行していいかな?』

 

 ここで駄目だと言えば、恐らく更に浦島は出てこない。というか主導権があちら側にある以上……達也に決定権はないのだ。

 

『いいさ。扉の向こう側にいる人が、夜更けに不躾かつ無粋なことをやっているんだ。そっちに否も応も無いことは理解しているよな?』

 

「ああ……」

 

 イヤな奴だ。まぁ確かに正面から見れば、そういうことだし、特別仲良しではない。むしろ仲は険悪なほどだ。

 

 だからこの対応は分かっていたとはいえ、少々達也としてもキツイ。相手がただ自分をナメているだけの相手ならば、特に何でもない。

 

 要は、噛み付いてくるならばそれ相応のことをするのだが、浦島の場合はスッポンのように、一度噛み付いたならば相手が降参するまで、息絶えるまでは噛みつき続ける相手に思えるのだ。

 

 ようは―――達也にとって油断ならない相手だ。

 

 そんな実力や技能の高低程度でしかヒトを評価出来ない人格は完全に看破されていて、更に嫌悪感を増しているのだが―――。

 

 浦島とともに出てきた相手、女か? と見間違えそうな少年。先程まで一緒に作業していた五十里という先輩と同系列な女顔の少年が、剣呑なものを手にしながら出てきたのだ。

 

「―――ホテル内じゃなくて外に行こう」

「九郎丸もそれでいいか?」

「構わないさ」

 

 何だか敵意を九郎丸という少年から感じる達也は、どこかで会っただろうか? とそう思いながらも……不穏な空気を伴いながら外出するのであった。

 

 



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stage.30『誰もが懊悩する夜』

完全にウテナの展開だコレー!!
子安さん演じる冬芽先輩に姫宮を一時は奪われてというかその冬芽先輩はウテナが好きでーーー分かっちゃいた。どっかでスレッタはMS戦で打ちのめされる。とは!

だが……こっから最終回までいけるのか!? 
いやシーズン2で終わりとも限らないが……続編がアドゥレセンスな劇場版とか……ああ、もう目が離せないぜ。ここから赤タヌキがどう『脱皮』ならぬ『脱毛』するかである!!


 

「はー……ひなた荘の泉質には劣るけど、温泉はいいものネー」

 

最初は湯着をまとわず『マッパ』で入ろうとしたリーナを押し留めて、何とか一緒に温泉に入ることが出来た一高一年女子組だが、その言葉の中に聞き慣れない単語を耳にした。

 

「リーナ。ひなた荘って何?」

 

「神奈川にある女子寮よ。浦島家が所有していたひなた温泉旅館を一世紀ぐらい前に、女子寮に改装したのよ」

 

「豪華な女子寮なんですね……」

 

恐らく源泉かけ流しの温泉に入り放題。女子にとっては美容を考えるにいいのかもしれない。

 

「中学生時代は、そこにいるケータにちょくちょく会いに行っていたからネー。ついでに入ってきたケド」

 

「へー……ううん!? 啓太君って『女子寮』に住んでいたの!?」

 

これは明智英美の声と言葉である。その事実に少しだけ女子陣がざわつく。

しかし、リーナは特に何も思っていないようだ。

 

「ソウよ。誤解なく言うと今では、ひなた荘の大半の住人は浦島家の親戚筋だからねー。そういうセクシャルなこともナイでしょ。大体のヒトはケータが未熟な頃にこてんぱんに痛めつけて教育してきたヒトだから」

 

苦笑しながら、そんなことをあっけらかんと宣うリーナ。そういう啓太の『むかし』も彼女は見てきたのだろう。

 

そうして苦手意識を持った『女』ばかりだから、浦島啓太は、『ああなのだ』と気付ける。

 

「そんな男の子なのに……リーナは好きなの?」

「ワタシのフィーリングハートに関しては例え同性であっても語りたくないワ。ただ一言あるならば」

 

―――好きなものは好きだからしょうがない―――

 

それに集約されるのだから……。

 

 

そんな風に女子一同が湯浴みをしている中、森の中……多分、軍の演習場だろう場所に連れてこられた啓太と九郎丸は……。

 

「ふぅん。あのクソジジイの話をしている最中に違和感を覚えたと?」

 

「ああ、お前が何だか掌から出した魔法だか何だかで九島閣下の精神干渉を切り裂いたあとに時間が飛んだような気がしたんだ」

 

「抽象的な表現だな。お前だけが認識できるウラシマ効果だかユークリッド空間、ミンコフスキー時空のズレだかなんて知るかよ。そんなのお前の主観でしかないじゃん」

 

いつもとは違い、理化学的な単語を用いて『んなもの気の所為だ』と言ってくる『浦島啓太』に達也も何も言えなくなる。

 

指差しながら険悪に言ってくる浦島。証明責任は、こちらに委ねられていた。

 

「あのご老人ならば、それぐらいは出来るのでは?なんせ魔法師の界隈ではトリックスターとか言われているぐらいですからね。ウラシマ効果をもたせた催眠干渉(ヒュプノ)ぐらいは可能と見るよ」

 

「……時逆くんも、そういう認識なのか?」

 

「啓太君が何かをやったと証明するならば、ちゃんとした物証を提示するべきだね。ちなみにアレは、神鳴流斬魔術の一つ、『斬魔掌・散』という技で、無手であっても退魔の技を放つ気功術だよ」

 

時逆九郎丸という二高の生徒から説明を受けつつ、じゃあやっぱりアレは老師の魔法だったのか? と納得してしまう。

 

「君たちが言うところの『術式解体』の散弾バージョンとでも捉えてくれれば結構だね。まぁ空間に対するディスペル・マジックなんてあるところにはあるものだけど」

 

その言葉で……この女と見間違いそうな少年も魔法使いなのだと気付くが……。

 

「そして僕は啓太君の擁護をするためだけに、ここに来たわけじゃない―――」

 

言いながら持ってきた鍔なく白木の柄の野太刀を引き抜く九郎丸の姿。

剣呑な空気が張り詰める―――。

 

「九郎丸。どうしたんだ?」

「すまない啓太君、僕には故郷・桃源から託された使命があるんだ……一つは青山宗家との繋がりを持つこと」

 

流石にその空気を察したのか浦島が時逆に聞く様子だ。

 

深刻な表情でうつむき気味になりながら時逆は更に言う。

 

「魔法世界の桃源神鳴流の中でも僕は『不死狩り』という退魔の一族でね。自然の摂理に還らざるもの、俗世において混乱を招く存在を還すべく派遣されたんだ―――この『地球』にね」

 

その言葉で達也は様々なものを察した。この少年の目的とは―――。

 

「魔法師界における十師族の一つ、四葉家が生み出した改造魔法師『四葉達也』―――お前こそがヨルダ・バオトの器として最適すぎる災厄だ。ここで殺させてもらう」

 

そのあからさますぎる『プライバシー』と『機密』の暴露を前に、達也は一も二もなくこの場にいる2人を抹殺することを決めた。

 

CADを持ってきたことで放たれる魔法は一切の手加減がない分解魔法を放とうとしたのだが。

 

「―――なっ」

 

その目が見た事実。それは、ここにいる2人の構成情報は……巨大すぎたということだ。

 

しかし、その事実に驚いたことは完全に隙でしかなく、その間に踏み込んだ九郎丸の斬撃が、達也の手を斬り上げていた。

 

なんたる早業。CADを持っていた方を斬り捨てられたことは驚愕だが。それでももう一方の手をCADに―――と思った瞬間、平衡感覚がぐらつく。

 

身体が(かし)いだのである。

 

(まさか手首を斬った瞬間に、足にも斬撃を放っていたのか!?)

 

遅れて覚えた痛み。その原因を知った後には、バックステップ。だが、九郎丸は一直線に向かってくる。

 

「ちぃっ!!!」

 

コレ以上の接近を嫌って一直線の蹴りを放つ。どうやらまだ斬られた方の足は繋がっているようで、何とか踏ん張れたが―――。

 

その蹴りは虚空を斬った。

 

(時逆は一直線に突き進んでいるようで、左右にブレていたのか!?)

 

目測を見誤った原因を突き止めたが、その時には、蹴りを避けたことで刀を振るえる位置ではないからか時逆の体当たりを横から受けて地面に身を投げてしまった。

この状態で何かを出来るわけもなく……おまけに『再生』がさっきから発動できていないのだ。

 

流れ出る血の量を何とかしようとしてもどうにも出来ない。

 

「君には何の恨みもない。同時に何の感情も抱けない―――だから、殺すことに何も感じなくて良さそうだよ」

 

その冷酷な目を見上げながら、月光に照り光る剣―――何かのオーラが纏われたものが、自分の心臓を貫こうとした時に……!

 

剣を受け止める金属音が響く。

 

「―――何故止める啓太君?」

「まぁ色々とあるが、とりあえずこの場で刃傷沙汰はやめとけや。思わず呆気に取られて介入する隙間が無かったんだが」

 

殺人の刃を受け止めたのは、黒い太刀を手にした浦島であった。

 

「浦島……俺を守るというのか?……」

「俺に守れるものならばな」

 

後ろから掛けられた声に返しながらも、鍔迫り合うチカラは緩めない。

 

「退いてくれよ!啓太君!!! ソイツを殺せない!!」

「そいつは聞けない相談だわな。たとえコイツが将来的にはヨルダの器になるとしたとしても、今はただの四葉の改造魔法師(非人間)でしかないからな!」

 

達也からすれば全くもって守られている気がしないやり取りの末に、一度だけ弾けるようにして離れてから構えを取る2人の剣士。

 

そして、相対し合う剣士に多くの言葉はいらず……戦いは始まる。

 

同門対決……というには術理は少しだけ違う門派の違いを感じる剣戟の連続である。

 

それを脇から―――いや、もはや遠くから見ている形になった達也は、これがマギステル及び神鳴流剣士など『先』に到達したものたちのチカラなのかと恐れおののく。

 

奥義に次ぐ奥義だろう技の連続、時に周囲にある木々を隠れ身に、その隠れ身ごと切り裂き、高速であちこちに移動しながら剣戟を放つ。

 

更にその攻防で出来上がった丸太を切っ先に突き刺して相手に対して突きを向ければ、その丸太を境に高速の突きの応酬。

 

お互いの剣を使って鉋で削られたように剥き裂かれていく丸太。

それがついに無くなると、切っ先どうしがぶつかり合う。

 

丸太の中で必殺がぶつかり合っていた証拠だ。

 

そして力は互角……に見えて途端に接触を嫌って飛び退くは時逆九郎丸である。

 

「神鳴流奥義―――拡散・斬空閃!!!」

 

その隙を狙った飛び道具系の斬撃。拡散したにしては、太すぎるその斬撃を前に九郎丸は逃げに徹する―――ように見えて飛び上がった。

 

「神鳴流奥義―――雷鳴剣!!」

 

時逆は飛び上がり浦島の頭に突き刺さんとする電撃纏う振り下ろし。

 

「我流奥義―――黒雛斬魔剣!!」

 

受けて立つように黒い剣を巨大化させたように見える気の迸りで受け止める浦島。

 

『いまです!マスター!! 一発いっちゃって!!』

 

打ち勝ったのは浦島の方であり、吹き飛ばされる時逆。

 

「神鳴流奥義―――黒刀斬岩剣!!!」

『七連!!』

 

そこを狙って上段から振り下ろされた剣が、七つ。

木々が両断されて下の草葉がありったけ吹き飛ぶ高速の連続斬撃を前に、時逆は―――。

 

「……ワザと外したのかい?」

 

―――五体満足であった。後ろにばかり被害が生じつつも、地面に身を投げ出した時坂九郎丸を見下ろしながら口を開くは浦島啓太である。

 

「こんなところで全力で戦うわけがない。そして、こっちばっかり『良い得物』で戦って五分の勝負じゃないだろ?」

 

「……だけど、僕は……」

 

「とりあえず今は俺の勝ちだ。この場は剣を収めてもらうぞ時逆」

 

苦悩する時逆の後ろにある朽木の列が先程の七連続斬撃の威力を悟らせていた。

だが、それとは別にこの戦いの結末はどうするというのか……。

 

俯く時逆九郎丸。事態を見守っていた司波達也。

 

そして……勝利したともいえる浦島啓太。

 

どのような裁定が下るのか……と待っていた時に。

 

「―――では司波深夜の息子。私の生徒を一時的に預けるぞ。お師匠」

 

「アンタもずいぶんと過保護だねぇ。まぁそれは性分でしかないから仕方ないとしても……深夜、はるかの両方の息子と出会うとは、これもまた運命なのかねぇ」

 

森の奥の方から『デラックス』な存在を連れて雪姫先生がやってきた。その一歩ごとに達也は何故か周囲にある『イデア』全てが圧迫されるような感覚を覚えた。

 

だが、デラックスな存在は懐かしむように、そんな感想を言いつつも……。

 

「そっちのニューカマーな剣士もどうやら、少々性根を鍛え直してやる必要がありそうだね。ちょうどいい連れて行くよ」

 

「マスター・『ダーナ』ちなみに俺は?」

 

「アンタも来るんだよ啓太。異論はないだろうね?」

 

ねっとりとした視線で言ってきたデラックスな存在に、退路を断たれつつも『先達』として教えにゃならんことがあるかと思って2人の愚か者たちをあっさりと気絶・拘束した狭間の魔女に着いていく形で一時的に富士の地から消えるのであった……。

 

当然、この事態をモニターしようとして出来ず、混乱の極みに陥る国防軍の将兵の皆さんの苦労は計り知れなかったりしたのだが……。

 

 

翌朝。朝食時に集まった一高面子。集合した食堂はかなり広く、各々で集まって食べれるのはいいことであった。

 

「お兄様? 何だかお疲れのようですが、どうなさったんですか?」

 

「……いや、深雪が気にするほどのことじゃないさ。少しCADの調整に熱が入っただけさ」

 

「そうなんですか……」

 

信じきれていない。信じてもらえないことに、少しだけショックを受けつつも昨夜の『狭間』でのことは馬鹿正直に言うことは出来ないのだ。

 

そして、現在の自分が少しばかり欠けていることは悟られてはいけないのだ。

 

(くそっ……『眼』を封じられることが、ここまで不便だったとは……)

 

だが、あの『魔女』を倒すことは出来ない。

 

そんな苦悩に陥っている司波達也の真実を知っている人間は……。

 

「今日は開会式を終えればすぐさまファーストゲームに入るわけだが……」

 

「ケータはボードとピラーズに出るんだから、とりあえずボードは見ておかなきゃマズくない?」

 

「俺を指導したの渡辺委員長なんだけど?」

 

「安心してるの、アナタにそういうセクシャルな視線は無理でしょ」

 

「昨日は京都神鳴流剣士との立ち会いに魔女の強烈な特訓2回も付き合わされた……溜まったものがありすぎる」

 

その言葉を聞いた瞬間、これぞ天啓と言わんばかりに顔を明るくして対面に座る金髪美少女は……。

 

「そ、それじゃ試合観戦をブッチしてホテルにでも行く? 本契約でも結んじゃう(Connect)?」

 

「そんな理由で一緒にいるわけじゃないんだが」

 

巫山戯るなというのも憚られるアンジェリーナの真剣な様子に、少しだけ戸惑っていると……。

 

「お前ら今は朝だぞ。もう少し節操を弁えた会話をしておけ」

 

三巨頭の内の一人である十文字克人がモーニングセットを乗せたトレイを持ちながらこちらに言ってきた。

 

「おや、随分と遅い朝食ですね。おはようございます会頭」

 

「ああ、おはよう。……昨夜、この近辺で強烈な魔力の波動が放射されたのでな。何事かと思いながら寝付きが遅かったんだよ」

 

大きな地震で不意に起きて怖くて寝れなかったみたいなことを言われると、図体がデカイ割には小心すぎやせんかと思ってしまう。

 

とはいえ事情聴取のようなものだと分かった後には、素直に答えておくことに。

 

「昨晩、少々厄介事が発生しまして、まぁ万事解決しました」

 

「本当か?」

 

「本当です。ただその際にペナルティを受けたのが2人ほどいるわけですが」

 

その事は多分に蛇足である。そもそも四葉達也の眼そのものは、『抑えられた』程度なので問題はないはずだ。

 

問題は九郎丸の方であったりするのだが……。

 

「お前は秘密主義すぎる。それが『正しい』意味での『異能力者』(目覚めた人間)のスタンスなのだとしても、同じような俺達にぐらいは詳らかに出来ないのか?」

 

「知ってしまえば、あなた方は否応なく巻き込まれる。今まで以上に惨たらしく悍ましいステージにね」

 

何故、そこまで知りたがるのか? 結局の所、危難が訪れた時に自分たちが率先して前に出なければならないと分かっているからなのだろうが、それでも……。

 

「まぁとにかく今は九校戦に集中してくださいよ。雑事は後輩である俺らに押し付けて、ね」

 

「―――むぅ……」

 

その言葉は大いに正しすぎて克人もこれ以上は言えずシロップクロワッサンを食べながら、呑み込むのであった。

 

(何も起こらなきゃいいんだが、『何か』は起こるよな)

 

高速道路での一件。

渡されたメモリーデバイス。

それを元に「XXX」(エックス)がネットワークの海から拾い上げてきた『計画書』……。

 

俺とて積極的に人死にを出したいわけではない。だが、どこぞの『名探偵の孫』(のちにはPR企業の主任)のように厄介な事件に巻き込まれたくはないのだ。

 

その想いを内心で吐き出すは男……。

 

(俺は…俺は……!! もう魔道事件(マギ・ミステル)に巻き込まれたくないんだあああ〜〜〜〜〜!!!)

 

(……などと往年のIQ180の名探偵のごとく嘆いているのが手にとるようにワカルワ(Understanding)

 

その想いを内心でのみ察する女……。

 

各々で色んな想いを胸にした朝食ののち『開会式』

 

そうして……九校戦は開幕するのであった。

 

 

 

 



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stage.31『始まる九校戦』

水星の魔女よ――――――ありがとう!!

スレミオエンドでいいんだよ……尊いよぉ。

というわけで新話お送りします


 

「さて、どうしたものかな」

 

別に司波達也と仲良しこよしではない啓太は、一緒に行動することはしないようにしておいた。

 

昨日の一件であちらは気まずいだろうから、開会式を終えた後には別行動をすることにした。ちなみに言えばアンジェリーナも、そちらに同行するようだが、啓太としては別にいい。

 

(俺みたいなつまんない奴に構っていてもしょうがないだろうさ)

 

だから―――。

 

「け、啓太くん……、お、おはよぉおお」

 

「―――ああ、お早う。開会式にいないみたいだったからよほどの状況だと思っていたんだが」

 

何気なく目線を向けた方を見ると……昨日、司波達也と一緒に色々あった男子が、かなり奇態な格好でそこにいた。

 

(麻帆良女子中学の夏制服……)

 

JCにしちゃスカート丈が短すぎる学校の制服を着た男子がいたのである。

 

「ダーナのコーディネートは、しばらくは続くからな。雪姫なんて幻術に干渉させられて、土偶のような格好を数日間させられていたから」

 

近づきながらフォローするも……。

 

「それ何の慰めにもならないよ!」

 

ダメだったようだ。泣きそうな顔で、こちらに縋り付く九郎丸だが、いちおう啓太には解決する手(姫御子の剣)はあるのだが……。

 

(あえて、そこまですることもあるまい)

 

何より大師匠(ダーナ)のペナルティなのだ。下手に解除すればどんなしっぺ返しがあるか分からない。

 

「ほれ。とりあえず先輩方の競技の様子でも見に行こうぜ」

 

「―――うん」

 

手を差し出して、どうしても恥ずかしがる九郎丸を木陰から出すことに成功するのだった。

 

 

試合自体は滞りなく進んでいく。その様子は、予定調和すぎるぐらいに、下馬評通りすぎた。

波乱の一つでもあるかと思えば、そんなものはなく過ぎ去るがままに勝利をしていく一高の先輩方である。

 

結局の所、懇親会で浦島が言ったとおりに「ウチの先輩方はめっちゃ強い」ということだ。

 

(だが、それ以上にこの場で一番に問題なのは不機嫌を隠せないでいるシールズだ……)

 

最初は、生徒会役員として自分たち―――俗称・司波組と観戦することを了承したが、本人は浦島啓太と観戦したかったのだろう。

 

そんな浦島は……自分たちと離れてはいるが観客席にいたのだが……その隣には女子とみまごうばかりの男子がいたのであった。

 

時逆九郎丸。昨夜色々とあった達也も知らぬわけではない少年と談笑する浦島の姿は色々と目立たないわけではなかった。

 

そこに紺野カオラと偽名を名乗っているモルモル王国の王族たるカトラ王女もやってきた上に更に四十九院沓子という女もやってきたりする。

 

「あまり他校の選手と馴れ馴れしくするのは、どうかと思うがな……」

 

だが所詮は二科生として侮ってくれている方がいいと思うし、何より浦島は達也の立てた作戦など知らないのだから……。

 

つまり「はぐれもの」らしいやり方ということだ。

 

(しかし、眼が使えないというのは不便だ……)

 

狭間の魔女……魔法師など浅すぎる存在として「先」に至っていた超人の前では、達也など子供どころか赤子扱いだった。

 

(本来ならば深雪の安否が分からないことで取り乱すかもしれないのだが……ソレがないということは、俺の精神に対する処置も何かしていたのかもしれない)

 

母が、専門的な外科手術装置のようなものを使って自分の脳改造をしたというのに、あのウィッチ・デラックスは頭を一叩きしただけで、達也を改造したのだから。

 

考えながらも、本当に試合は滞りなく進み、先輩方の使う魔法に対して同級生に説明を行いながら、時間は過ぎていくのであった。

 

 

昼時―――。

 

九校戦の会場が軍の関係だけに、呼びつけられるだろうと踏んでいた達也は、予想通りに軍人としての身分である自分が呼びつけられたことに驚きはしなかった。

 

「来たか。まあ、掛けろ」

 

警備の兵士に案内されて来た達也は、風間という国防軍の少佐からざっくばらんな口調で椅子を勧められたが、居並ぶ幹部連に躊躇いを見せた。

 

だが、それでも「顔見知り」である人間たちからアレコレ言われて結局の所、おとなしく着席するのであった。

 

様々な近況報告や直近での軍での活動などを言い合っていると、話は昨日のことに移る。

 

「実を言うと、京都新名(・・)流なる流派の剣士……二高の生徒、時逆九郎丸と戦いまして」

 

「一方的にやられたのね」

 

「―――仰るとおりです。響子さんは知っているんですか?」

 

時逆と京都新名流に関して。言外に含んだ達也の疑問に対して、藤林響子という妙齢の女性は少しだけ苦い顔をしながら話す。

 

「京都神鳴流というのは、簡単に言ってしまえば「御霊調伏」(ごりょうちょうぷく)の為の剣術流派―――京都・奈良・大阪など俗に「上方」にて発達したものなのよ」

 

「その歴史は古式魔法師と同じくするぐらいには長いものだ。彼らの主敵は、「魔」「鬼」と呼ばれる存在だった……それゆえ、その流派の奥義には必然的にそれらを滅ぼすほどのエネルギー量や「意味づけ」が成されていった」

 

「魔と鬼ですか……」

 

響子と風間の言葉に達也は少し戸惑う。

 

現代魔法師の感覚ではなんともファンタジックなものだが―――いや、確か沖縄で俺は―――。

 

「君の同輩 千葉エリカ君の実家たる千葉流とは術理が違いすぎる。彼らの剣技や術理の全てが「対魔法師」ないし「対軍人」を想定しているとすれば、彼らは己たちの常識が及ばぬものを想定していた―――」

 

「中でも魔法界―――ムンドゥス・マギクスにおける桃源神鳴流は、「不死殺し」というものに長けたものだ」

 

真田と柳の言葉が続けて言われる―――どうやら、この隊の中でそれらの世界の裏側に関して知らなかったのは、達也だけであったようだ。

 

「年若い、というか外国に「遠征」することが出来ないお前のような軍人としては非公式な人間には分からないだろうが、立派な魔法使い=マギステル・マギと軍は時に衝突し合うこともある」

 

その言葉に達也はどういうことだと思う。

 

「彼らも別に国と国、あるいは反政府軍と政府軍とが戦うこと自体は特別干渉はしない。彼らが、NGOとして気にかけるのは、その戦いに巻き込まれる形で出る民間人の被害、襲われる民間の共同体だ」

 

それは有史以来無くせない戦争というものの宿痾であり病気である。兵隊・警察など「強さ」が常駐していない「弱い群れ」を見つけた兵隊たちがやることなどいつでも同じである。

 

「だが、現代においてはそういった弱い共同体の民衆が反政府軍に迎合することもありうる。そもそも戦をする道義が貧困・飢餓によるものならば、尚更だ」

 

「そして、反政府軍と敵対する政府軍の作戦を邪魔する形で、マギステルは政府軍と事を構える、と」

 

「……ああ、正義や道義なんてものは、簡単に定義出来るものではないが……それでも彼らマギステルは、そういう『手の届かないところ』にある嘆きを解消することを己の魔法の存在意義としているからな。全くもってクラーク・ケント(スーパーマン)な存在だ」

 

「………」

 

達也は、風間の自嘲気味の言葉に応える言葉を持ち得ない。

それは、達也が狭量すぎる人物であり、それ以上に自分たちの『魔法』がそういう公徳心とか公共精神とかの元に使われるものではないとしてきたからだ。

 

―――その内……キミみたいな魔法師(まほうし)まほうし(魔法師)している凝り固まった思考の人間がヨルダみたいな『イッちゃった人間』になるんだろうな。ヨルダと同じく魔法師だけの国家でも作るか?―――

 

いつぞやあざ笑うように浦島から言われた言葉が頭を過る。

 

そういった風な国ではきっと、魔法師にしか『人権』は与えられず、魔法師どうしでの婚姻しか認めず、その果てに生まれた子供に魔法能力が無ければ、その子供は捨てられる……。

 

かといって自分のような改造をして人間として難を発生させてまでも、自由意志や自我が薄弱な子供が、それを選ぶだろうか? 選ぶ余地の無い選択肢を突きつけることを良しとするのだろうか?

 

答えは尽きないし、出ない……。

 

自分がもしかしたらば、『最終的な考え』として作ろうとしているユートピアならぬパラダピアは、デストピアでありディストピアでしかないのか―――。

 

「どうやらよっぽど浦島啓太にやり込められたようだな」

 

「少佐……」

 

自分の苦悩を見透かした風間の言葉に、気付かされた達也だが、その後の会話は何事もなく進み『魔女』のことを話そうとしても、話せないままに食事会は終わる。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

一日目の競技、スピード・シューティングは、大方の予想どおり、女子部門で真由美が圧勝、男子部門も一高が優勝した。

 

「会長、おめでとうございます」

あずさの祝福に、真由美が笑顔で頷く。

 

「ありがとう。摩利も無事、準決勝進出ね」

「まずは予定どおりだな」

視線の先で、摩利が頷きを返した。ここまではあくまで予定調和。下馬評通りというか波乱もなく終わった感がある。

 

既に夜も更け、食事も入浴も終わって、あとは眠って英気を養うばかりの時間、真由美の部屋に女子生徒会役員マイナス1プラス風紀委員長=差し引き問題なしが集まっていた。

 

そんな訳で話題はいろいろなものに飛び火する。

 

その中でも一番は……。

 

「私も『眼』でそれとなく見ていたけど、確かに麻帆良女子中学の制服を着た『女の子』といたわね……」

 

「私達が戦っている時にアイツはナンパでもしていたのか!? 全く不謹慎な限りだな!!」

 

魔法科高校の生徒としては、不真面目な生徒に向くのだった。

特に渡辺摩利の憤慨は大きすぎるもので深雪としては、なんで私がフォローしなきゃいけないんだという気持ちでいながらも真実を話すことに。

 

「いえ、兄によるとその子は二高の生徒で、しかも『男子』なのだそうです」

 

『――――』

 

室内にいる深雪を除く全員が、なんとも言えぬ表情をする。そして端末に示した相手の顔を見た真由美会長が。

 

「そうそう! この子だわ……時逆 九郎丸……本当に男の子なのね」

 

「あるいは『男の娘』という可能性もあるが……とはいえ、他校の生徒と勝負の場で親しくしているというのは、あまり間尺が良くないだろうしな」

 

会長と風紀委員長の言葉。それを聞きながらも何で浦島啓太は、ここまで『はぐれている』のだろうと考える……。

 

はぐれものすぎて、別の意味で腫れ物に触るような扱いを受けていることに、何も感じないのだろうかと思うも……。

 

「とりあえず浦島君のことは私に任せてくれない?腹案があるから」

 

思案の顔から少しだけ、魅惑の笑顔を見せた真由美に対して何をする気なのかと一同は、少しだけ不安を覚えるのであった。

 

 

翌日―――。

 

「なんでここにいるんだ?」

「知るか。俺だって来たくて来たわけじゃないんだ」

 

なぜだか知らないが、真由美会長の登録競技の第二種目……クラウド・ボールのベンチ要員として、啓太はフィールドに寄越されたのであった。

 

 

 



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stage.32『九校戦2日・3日』

九校戦二日目。

 

今日もまた女装せざるをえない状況に陥っている九郎丸君とともに観戦をしようとした時に、真由美会長からお達しが来た。

 

ちなみに言えば伝達役は中条先輩だったのだが……。

曰く『他校の生徒と観戦をするということは対戦形式の今大会においてあまり良くはない」

 

『当然、作戦漏洩の可能性なども含めてあまり適切ではないので、今日においては七草真由美のベンチサポーターとしての随伴を命じる』

 

堅苦しい文言をそのままに伝達する中条先輩は、本当に『子供のお使い』よろしく三国志演義における『魯粛』も同然だった。

 

拒否権を発動するというよりも、そんなことに付き合うつもりはないのだが。

 

『いざとなれば出場選手登録を抹消する』と、そこまで言われて、流石に啓太も焦り……そうしたのだ。

 

(とはいえ、やることなど無いな)

 

CADの調整は司波達也がやるし、相手の情報もアレコレ手に入れているらしい。

 

よって啓太はオーラ(気配・生気)を限りなく薄くする『絶』の応用『絶る』ことで、存在感を無くすことにするのだった。

 

当然、嘘である。だが、そういうことは出来なくもない。

 

そんな会長と司波の様子を後ろから見ていたわけだが……三年のCAD担当者が、イチャコラしていた会長と司波に突っかかっていた。

 

どうやらこのヒトは2科生が九校戦にいることが、許せないようだ。

 

「いどのえにっき」の『インスタント』版を開きながら、そういう思考盗聴を行う。

 

このアーティファクトの初代使用者は相手の名前を呼ぶことで、離れたところからでも(限度はある)その相手の思考を読めた。そして何も言わなければ、本人の深層意識を読み取くものだ。

 

だが、ランクアップしたのか啓太が使うとこうなるのかは分からないが、啓太が使っているこの本は、何気なく意識を向けただけでも相手の思考を読み取る。

 

前の持ち主(能力者)の心の闇に想いを馳せながら、能力を自分のものにしていく……。

 

”偉大なる魔法使いの愛戦乙女”(マギステル・ネギ・アデアット)の醍醐味である―――当然、アンジェリーナには『悪趣味』と言われたのだが。

 

和泉とかいう先輩も啓太に一家言あるらしき心持ちだったので、気配を限りなく殺すことで、存在を認識させなかった。

 

四葉の改造魔法師だと白状してしまえば、このようなことを言われなくて良かろうに、良くわからん男だ。

 

だが、はっきりしていることがある。

 

コイツは分かりやすすぎるぐらいに、価値観がはっきりしている。

 

そんな訳で限りなく意識を逸らさせることで、啓太は領域外の妹(メアリー・世良)ならぬ認識外の(GUY)になるのであった。

 

などという啓太の企みは、実に準決勝まで成功していた。

 

「いやいや、お二人してイチャイチャコラコラのイチャイチャパラダイスしている様子でしたので、監視するためだけに置いたというのならば、俺は出来るだけ身を隠して日陰者としていただけですよ」

 

「「――――――」」

 

準決勝に挑もうとしていた時に、『絶()時間』が切れた後には、そんな言い訳で凌ぐのであった。

 

「相手の意識外及び認識外に身を置く……そんなこと出来るの?」

 

「まぁやろうと思えば。兎に角俺のことなど構わずに、イチャイチャパラダイスしながら、チャンピオンロード進んでくださいな」

 

ブラボーの拍手ぐらいは、するつもりなのだから。

 

「とりあえずそのイチャイチャパラダイスだのイチャコラだのいう表現はやめてくれ。露悪的すぎる」

 

「己を客観視できないというのは、不幸なことだよ」

 

そんなやり取りをしながらも、啓太は何もすることなく終わり、結果は優勝するのだった。

 

(この大会の『本義』ってのは、勝つことだけにあるのか?)

 

表彰台に上がる優勝した七草会長とその他の選手の様子を見比べながら、冷めた思いを持つ。

 

(どうでもいいな)

 

啓太にとっても、勝つことだけが本義だ。九島健という翁の推奨した教育プログラムの有用性を突きつける。

 

そういう意味では同じ穴のムジナということだ。

 

 

2日目を終えて、今日までの結果は大体は予想通りというところのようだ。

 

特に思うところもなく手持ち無沙汰で、夕飯を食べたあとに暇をしていた啓太はお気に入りのサウンドを再生させておく。

 

エックスというAIは啓太のバイタルやメンタルバランスというか脳波の波長などを読み取って、最適な音楽を提供してくれるのだ……。

 

その選曲が何故か『全力☆Summer』(アホガール)からの『Shangri-La』(蒼穹のファフナー)という半世紀以上前のネットミームなどをやっちゃってくれたのだが……。

 

一人部屋で、まぁそれなりによろしくやっていた所に来訪者がやってきた。居留守を使ってやり過ごそうかと思ったが―――。

 

「なんか用ですか?」

「いや、まぁちょっと話したいと思ってな。部屋に入っていいか?」

「ダメです。カフェで話しましょう」

 

夜中にやってきた渡辺摩利の言葉に即答。話があるとしても、男子の部屋に女子が気軽に入るべきではないだろう。

 

俗に『男女七歳にして席を同じゅうせず』というヤツである。

 

おっかない『お袋』から躾けられてきた啓太からすれば、そういうものなのだ。

例外は『親戚』の女の子たちばかりである。

 

よって……。

 

「委員長の言いたいことってどーせ、協調性を持てとか、もう少し会長に優しくしろとかそんなところでしょ」

 

「そ、その通りだ―――って待て待て! その香車を進めるな!!!」

 

「いい加減、サポートAIを使って『指し手』のアドバイス受けた方がいいですよ」

 

パーカータイプの寝間着を着た美少女と、将棋を指しながら話をすることにするのだった。

 

立体投影型の将棋盤という、罰当たりなんだか進化したのか分からぬものを打ちながら推察したことは当たりであった。

 

その辺りは観念したらしく口を開いてきた。

 

「お前が九校戦に賭ける想いがみんなと違うのは分かる。別に、そこは置いておくとしても……あまり、こう……誰かの神経を逆撫でするなよ。まぁ、他校の生徒と交流することすら妨害したことは悪かったが」

 

「そもそも、会長及び生徒会役員たちが俺を入れた理由が分からないんですよ。あの司波深雪なんか絶対に強硬に反対したと思いますが、ね」

 

その言葉で押し黙る辺り、まだまだ委員長も甘ちゃんである。

 

「確かに真由美がお前と達也君を入れた理由は、2科との軋轢を何とかしたかったからだ……。このままいけば、ヨルダという存在が災厄を齎すと分かっているからな」

 

「そうですか。どの道そういうのって、雪姫が言っていた通り意味がないと思いますよ」

 

「……どういうことだ?」

 

「根本的に意味がないからです。何故ならばヨルダは人々の心の闇……劣等感につけ込む。それは別に2科生だけではないからです」

 

「そうなのかもしれないが……けれど―――」

 

「雪姫は違う意見かもしれないですけどね。俺は別にこのまま軋轢が続いてもいいと思うんですよ。その分、ヨルダの憑依体の候補が増える。

そして、憑依体を潰していけば、ヨルダの力は削られていく。それだけです」

 

その考えの奥底にあるものは、即ち……来臨したヨルダによって、一高ないし、魔法師がどれだけの被害を被っても構わないということだ。

 

そして生贄として魔法師は最適だという考えであると気付けた。

 

「―――そういう考えなのかっ? 浦島、それがお前の考えなのか……?」

 

驚き、何より信じたくないのか声が上擦っている委員長に、更に冷たく言い放つ。

 

「冷酷非道でしょうね。けど別に俺は一高という場所に思い入れもない。特別な魔法師になりたいわけでもない。一部を除けば親しい魔法師なんていない。だから、いざという時にどんな『行動』も取れる」

 

一昨日の夜の九郎丸の行動は、最終的には啓太が取るべきものでしかない。

 

行動の全てから感情を切り離せるマインドセット。

それは『はぐれもの』にしか出来ないことだからだ。

 

「何者でもない誰かを『成らせる』こともしてこなかったツケを、支払う時が来たってだけです」

 

言葉と同時に摩利の陣に進めた『歩』が『と金』として『王将』()を追い詰める一手になった。

 

「飛車角・金銀だけで全てが決せられるならば、面倒はないでしょう。だが、残念ながらそれは無理。何故ならば、ヒトの資質なんてものは、『磨かなければ』()のまま」

 

そして磨くことが『出来る』人間……『努力をする機会』すら限られているならば、そこまでだ。

 

次には『成桂』が、摩利の玉を追い詰める。必死で逃げたりしていたのだが、最後には『歩』で詰みとなるのだった。

 

「―――――」

 

盤面の全てが皮肉でありながらも、それで投了させるほどの棋力……。魔法師的な価値観としては意味がないが……それでも少しだけ、魔法師としての価値だけに拘泥している自分が『浅い』と思えた瞬間だった。

 

「明日は委員長、準決なんでしょ。頑張ってくださいよ」

 

「成り歩や成り桂で負けないようにするべきかな……」

 

成り歩(と金)は『自分に追随しようと成長してきたヒト』

成桂(成り桂)は『ユニークな方法で戦ってくる相手』

 

そういうことなのではないかと思ってしまう。

 

「明日、勝負を決するというのに、ここで勝負運を使わせるわけにはいかないでしょ。何か『良くないもの』も見えていますし」

 

「お前、卜占とかも出来るのか?」

 

「亀卜、亀甲占いとかは親戚……南の方の『乙姫家』から何となく教えられましたし」

 

『みゅっ?』

 

肩の上にいつの間にか乗っかっていたタマを構いながら、訂正しておきたいこともある。

 

みんなして勘違いしていることだが、厳密な『浦島太郎』の話……諸説あるが原典たる『浦島子伝説』における最後―――太郎が玉手箱みたいなもので変じるものは『鶴』(ツル)なのだ。

 

反対に乙姫こそが、海神の眷属とも蓬莱の女性の化身である『亀』なのだ。

 

鶴は千年亀は万年などはこの辺りからも来ている……。

 

(などという講釈はどうでもいいか)

 

ともあれ、摩利の『不運』を払うためなのか、柴田美月と同じく気に入った頭なのかは分からないが、タマは摩利の頭の上にて虚空を見つめている。

 

『みゅ〜〜〜〜』

 

「ど、どうしたんだタマは? 別に悪い気分ではないが、何かアレだぞ!?」

 

「意味不明です」

 

混乱している委員長の様子を見ながら茶を一服。

唄うような調子でいるタマはワンコーラス歌いきったあとには、摩利の頭から飛び立ち、ヒレを使って『Good Luck!』とでも言わんばかりにサインをするのだった。

 

「ああ、ありがとう……しかし、タマは本当にただのカメなのか?」

 

「それは我が家でも長年考えてきた、答えの出ない難問です」

 

そんな言葉でお茶を濁すのであった。

 

 

翌朝。昨日のことがあったので、とりあえず今日はベンチ要員ですらないと言われて万歳三唱をココロの中で叫びながら、観戦席へと九郎丸と共に向かおうとしたのだが―――。

 

今日(TODAY)こそは、ワタシとイッショにいてもらうワ!!」

 

立ちはだかるは金髪のイナズマ女であった。解せぬ。

とはいえ、九郎丸も同行することは了承してもらったのであるから、良しとしておく。

 

「浦島、俺たちもいいか?」

 

「ダメだ。俺のハーレムを邪魔すんな」

 

司波達也の言葉に返したセリフは、他の面子を色々と吹き出させたが、啓太としては至極真面目である。ちなみに言えば、アンジェリーナは『キャー(≧▽≦)』という感じになりながら、啓太の腕に抱きついていたりした。

 

九郎丸は桃源神鳴流よりの四葉への刺客。そうだというのに接触を図るなど、こやつは何を考えているやらである。

 

「お前だけが他校の生徒と交流しているってのは、何ていうか色々と負けている気がして……な」

 

「別に良くない? みんなして氷炎将軍みたいに『勝つこと』だけに執心しているんだし、俺だけは別口で九校戦を見ておくのさ。君も勝つことだけが楽しみなんだろ? 司波達也クン」

 

「………」

 

だから従弟から好かれないんだよ。そう言外に含めつつ、押し黙った司波達也を置き去りに、浦島啓太は観客席に向かうのだった。

 

 

 

「なんと! それでは、渡辺選手は水難に遭うかもしれんのか!?」

「分からんよ。ただタマが警告を発して俺の目にも『良くない』ものが見えたからな」

 

沓子の言葉に応えつつ、余計な手出しにならなきゃいいなーと思いつつ、今から始まろうとしているレースには沓子の先輩……水尾という三高の人間もいる。

 

敵失につけこむというのも勝負ではありだろう。

プロボクシングという真剣勝負の世界では、出来上がった傷を狙うのは常套手段なのだから。

 

などと考えつつも、自分とアンジェリーナ以外の面子にふと聞きたくなることもあったりする。

 

それは、こうして他校の生徒と観戦していることに関してである……。

 

「ワシの方は、カトラの案内役として他校の生徒と交流するという名目を得ておる」

「一高の『田中太郎』なんてのと一緒にいることに、怪訝な顔をされちゃいるがな」

 

沓子とカトラの言葉にそういうもんか、と思っておく。

 

「僕の方は、近衛さまの取り計らいで特に無いよ。気遣いありがとう啓太君」

 

「なんの」

 

「タダ、クローマルのソレはドーニかならないの?」

 

「ぼ、僕も何とかしようとはしているんだよ!!ただ、流石は狭間の魔女、ダーナ・アナンガ・ジャガンナータゆえか……まだ解呪にはいたらないんだよ……」

 

ジト目で九郎丸の『強制女装』というアホな術に対する感想を言うアンジェリーナ。 焦る九郎丸だが……そんなことを言っている内に、状況は始まる。

 

一応は、啓太もこの競技に出る以上は何か三高にすべきものでもないかと思う。

 

まぁ通り一遍のことは、練習時点で覚えたのだが……。

 

順調なレース、どうやら杞憂だったかな。などと安堵しようとした時に、変化が起こる。

 

「遅延魔法? いや、ウイルスAIか」

「探れエックス」

 

明らかに妙な動きを見せた七高の選手の動き。制御が効かない原因は、どうやらCADの不調にあった。

 

高度電子技術の結晶に身を委ねすぎた結果といえるだろう。

 

だが、そんな人物を助ける様子の渡辺摩利。だが、そんな摩利も不調になる。

水面が陥没する―――としか言えない原因不明の現象で魔法が不安定になる……。

 

 

 

―――なるかに見えたが……。その前に、水面は『通常通り』になり、摩利の意図したとおりに七高選手は助けられたが……。

 

「リーナ」

「YES」

 

ことの全てを見終えずに瞬間、2人の男女が観客席から突如居なくなった。早業すぎる『瞬間移動』

 

それを見ていた周りの人間たちは驚く。当然、2人の近くにいた人間たちは、更に驚くことに。

 

「ふ、ふたりはどこに!?」

「下手人を捕らえにいったようじゃ……時逆、お主。破魔の術法は使えるか?」

「あ、ある程度ならば……四十九院さん。どういう―――」

「いいから来い!! あの七高の先輩(パイセン)はよろしくないものに取り憑かれているんだよ!!」

「ぐええええ!! ちょっと王女サマ―――!!!」

 

戸惑う九郎丸の襟を掴んで直行するのは、2人の乙女と―――1匹の亀であった。

 

そして―――。

 

「別に大して大きい義憤を覚えているわけじゃないんだけどな。ただ、お前の野望はとりあえず阻止しておくよ」

 

「ムダダ。ワレワレはドコニデモ存在デキル。今回ノ依頼主(クライアント)は中華の結社『幇会』ノヒトツダッタ。ソノ意味ハワカルカ?」

 

「妨害等々は今後も続くということか、お前たちビリーナンバーズっていうのは、時に不合理というか……訳わからん行動するよなー……」

 

創造サレタ存在(クリエイター)の意に反スル被造物(クリエイション)―――アナタニハトックニゴゾンジダロウ」

 

成程、皮肉を言うぐらいの知性(プログラム)は残っているようだ。

アンジェリーナと『イクス』による戒めで動けず、何より身体を半欠け……8割欠けているというのに……。

 

「なにはともあれ落とし前だけは着けておくのが筋か! さらばだっ!!」

「サーt――」

 

妖刀による斬撃一閃で『実体化したプログラム生命体』は遂に消滅を果たした。

 

一瞬ではあるが、『エックス』に縋るような視線を向けたが、それだけだ。

 

そして―――……。

 

「何か買い食いしてから戻るか」

 

――迷惑掛けてしまった礼というほどではないが、気分転換のためにアンジェリーナと少しだけ遊ぶことにするのだった。

 

「OH! ちょっとしたデート!ワタシは嬉しいけどカトラ、トーコに怒られないカシラ?」

「お土産を買っていけばいいだろうさ。それぐらいは許容してくれるはずさ」

 

そんな風な会話をする男女が、数分前にはとんでもない殺劇を繰り広げていたことを知るものはいない。

 

 

そして夜……。

 

「色々あるが……お前たちは、渡辺を襲ったアクシデントに関して何か知っているんじゃないか?」

 

呼び出された啓太とアンジェリーナは、強面の十文字の質問に関してどう答えようかと思い悩むことになるのだった……。

 

 

 



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stage.33『夜の会合』

 

解析をした部屋に招き入れた客人を前に達也は口を開いて報告をする。

 

「一通り、検証してみました。やはり、第三者の介入があったと見るべきですね。五十里先輩、確認していただけますか」

 

「了解。……さすがに司波君は仕事が速いね」

 

勧められた椅子に腰下ろしながら、五十里はジェスチャー混じりで感心を表現した。

 

「ですが、正直言えば『何も分からないことが分かった。』としか言えませんね」

 

意味が分からないという顔をする五十里 啓とその同行者である千代田 花音だが……五十里が端末を操り……達也の解析したものを見る。

 

「―――成程、確かに『何も分からないことが分かった』ね……」

 

「ちょっと啓、どういうことよ?」

 

恋人の得心した声に疑問を覚える千代田。それに対して頭の中で言葉を組み合わせながら五十里は口を開く。

 

「司波くんは現代魔法及び古式魔法……両面でこの現象を解析した。現実に水面は『陥没』したのだからね」

 

「それで?」

 

「この明らかに不自然な現象には『サイオン』も『プシオン』も感知されていない。実際、この解析画像と実際の画像……両面で、やっぱり反応が無いんだ」

 

画面における魔法干渉を示すグラフ数値は、摩利の浮かぶ水面を陥没させた現象ではなく、やはり摩利の魔法行使にのみ反応している。異常な話だ。

 

「マギステルとかの魔法の可能性は?」

 

「だとしても何かの『エネルギー』は感知されるはずなんだけど……。そもそも浦島君や雪姫先生の放つチカラの波動は、サイオンもプシオンも振り切れるほどに強烈なものなんだよ……まぁ感知されないような遅延魔法でもあるのかもしれないけどね」

 

それは達也も存じていた。あのテスト結果だけを信じるならばマギステルの使うエネルギーは、かなり巨大であり、マギクスのサイオンよりも大味なのではないかと思う。

 

「この現象を端的に言うならば、本当に水分子がいきなり消滅したとしか言えないんだよね」

 

何の波形も感知されない『異常現象』ということに五十里も頭を悩ませる。

 

「少し専門家を呼びましたので、入れて構いませんか?」

 

そんな時にドア前の電子モニターに2人の客人の存在を確認。先輩2人に許可を取って入室させた。

 

吉田幹比古と柴田美月である。

 

精霊魔法の可能性を疑って、この2人を呼んだのだが、はっきりいって徒労に終わってしまうかもしれない。ちなみにB組の吉田は選手でもあるのだが、とにかく……話を聞くことにした。

 

「ごめんなさい。その時、水面の方は特にーーーただ確かに渡辺先輩がバランスを崩して『七高』の人を受け止め損なう前に……何かの加護とでもいうべきものは見えました」

 

「加護?」

 

「柴田さんが見たものは『玄武』の加護だね。水難を弾くものだ。四方八卦の考えで『鬼門』である『北』を守護する玄武神は不意の災い払いを与えるんだよ」

 

「そんなものが摩利さんに……」

 

驚愕している千代田を見つつ、玄武という単語と玄武という四神の一柱の生物的特徴を思い出してーーー問う。

 

「浦島の仕業か?」

 

「さぁそれは分からないーーーなんて言うのは不義理かな。司波くんが言う通り、多分啓太が『たまご』を介してやったんだろうね」

 

昨日、外出した後にカフェで将棋を指しながら話している2人を見たと白状する幹比古。

 

「恐らくだけど啓太は、渡辺委員長が『水の難事』になると見たんだと思う。浦島家に限らずマギステルってのは、そういう風な『先の運命』が見えてしまうものだしね」

 

「そうなのか?」

 

「ちなみに言えば『とある伝説の魔法使い』は啓太がよく使うハマノツルギの持ち主に『失恋の相が出てる』『かなりドギツイ失恋の相が出てる』なんて初対面時に言ったそうだ」

 

嘘か真か知らないけど。と苦笑気味に付け加える幹比古の言葉に、随分と魔法使いは自分たち魔法師とは違う存在なのだと気づく。

 

脱線したことを認識したのか、改めて画面を見て意見を述べる幹比古は驚くべきことを言ってきた。

 

「まぁともかく僕の知見だけど、これは『魔法』『魔術』というよりもその真逆、『科学分野』に近い現象だと思う」

 

「どういうことだ?」

 

「僕が言えることはここまでだよ。ここから先は専門家に聞くべきことだ」

 

断言してのけた幹比古の目は誰かへの信頼に満ちている。誰かは、明白だ。

 

だが……。

 

(何故そこまで浦島啓太を信頼できるんだ……?)

 

理解できないものを覚えて、達也は懊悩するのであった。

 

 

 

……とはいえ、この案件に関しては執行部なども色々と興味を覚えていたようで、浦島たちなどは会長の呼び出しにあっていたのであった。

 

「以上で、明日以降の選手変更や戦略に関しては終わったわけだが……浦島、シールズ……渡辺を襲ったアクシデントに関してお前たちは何かを知っているんじゃないか?」

 

「先程の話で『下手人はCAD検査委員にいる』(犯人はこの中にいる)などと理論主席サマから金田一 一(はじめちゃん)のような推理が展開されていたんですから、それで結論は出ているのでは?」

「ナナセじゃないけどミユキもいるしネ」

 

推理は完璧であるはず。という補足をするも、十文字は納得していないようだ。

 

「まぁそうだな。七高の『CADの不調』からの『アクシデント』はそれで決着した……だが、渡辺の足元の不調に関してはまだ分からずじまいでもある」

 

「そちらも、それで決着させていいんじゃないですか。それがあっても委員長、『優勝してる』じゃないですか」

 

結局、種々のトラブルあれど椅子にいる女子の先輩は優勝してしまったのだ。

 

「そうだがな……何かスッキリしないんだよ。そもそもお前は私が水で難事に遭うと理解していたんだろ? つまりお前は何かを知っていたんじゃないか?」

 

大して鋭くもない推理ではあるが、別に全てを明かす必要もあるまい。

 

「……皆さんは随分と渡辺委員長を信頼しているんですね」

 

そんなわけで啓太は少しだけ『深い推理』を入れてやるのだった。

 

「? どういう意味だ?」

 

「このヒトが失敗をするわけがないという思い込みに捕らわれて、そこには何かの策動があるはずだという観念に囚われている……」

 

「何が言いたいんだ」

 

「視点を変えてくださいってことですよ―――」

 

少しだけ怒る調子を見せる摩利に、平淡に言いながら啓太は渡辺摩利がアクシデントに陥った準決勝のレースの動画―――その動画の『アングル』をオーバースピードに陥ったりした七高の選手ではなく、もう一人の出走者である三高 『水尾佐保』に変えていた。

 

端末を弄る手は、達也ほど早くはないがそれなりに達者であり、その上で必要最低限なことを入力していた。

 

「あれ? 摩利がボードを不安定にさせていた時に水尾さんもそんなことになっていたの?」

 

「更にコース全体に対してスキャンを掛けてみましょうか」

 

七草会長の言葉に答えずに、その映像をミニプレーヤー的なものに縮小して画面の端に置きながら、司波達也がやったような解析(スキャン)をコース全体に掛けると……。

 

「―――馬鹿な……!!」

 

あちこちが穴ぼこだらけの悪路のようになったコースの様子が出来上がっていた。

 

「ご覧のとおりです。要するに渡辺委員長が陥っていたアクシデントは、このコース全体で起きていたものであって、別にアナタだけが被害者だったわけではないんですよ」

 

その言葉に会議室にいた全員が沈黙。今まで自分たちはどれだけ視野狭窄に陥っていたのかとか、尊敬する兄の努力をムダにしやがってとか、まぁ様々な感情が渦巻いていたのだが……。

 

「どういうことなんだ? 浦島、お前は何かを知っているのか?」

 

最終的には、事態の根本を知りたがることになるのであった。

 

「とりあえずこのコースにおける陥没現象は場当たり的で通り魔的な……要するに『大雑把』なやり口です。俺に分かることはそんなところです」

 

「つまり、この水路の陥没現象を起こした『人間』は、このレースそのものを妨害したかっただけで、特別誰かを狙った犯行ではないってことなの?」

 

「七高のヒトは明らかに狙われたようですけどね」

 

「……何か知っているならば教えてほしい。またもや『フェイト・アーウェルンクス』関連なのか?」

 

「それは分かりません。ただ先に述べた通り―――この犯行は場当たり的で通り魔的なものです。こういうことをする人間というのは、総じて『幼稚』で『自分勝手』……つまり犯人は『ガキ』(子供)ということです」

 

それで結論のつもりなのか、浦島は退室しようとしたのだが……。

 

「ちなみにお尋ねしますが、この委員長の準決勝のレースの会場の観客席……特にCAD持ちの魔法科高校生たちの中に『水まみれ』になったヒトとか多量に出ませんでした?」

 

出る前に一つの質問が飛んできた。

 

「ええ、特にあーちゃんなんて『お漏らし』なんてからかわれて涙目で桐原くんをグーでぶっ飛ばしていたわ」

 

「ああ、成程。『そっち』によこしたわけか。どうもありがとうございました。おやすみなさい」

 

グッナイ(Goodnight)〜〜♪」

 

こちら(一高首脳部プラス)は何一つ納得できない言葉を返してから、2人はいなくなるのだった。

 

2人がいなくなったあとの会議室で残された人間は話し合う。

 

「何かを隠しているのは間違いないな。下手人に関してはかなり深く察しているんだろうが……」

 

「それを私達に教えないっていうのは、関わらせたくないのか、それとも何かあるのかしら……?」

 

「浦島は……ヨルダを倒すためならば、別に魔法師にどれだけ犠牲が出ても構わないそうだ」

 

十文字、七草が言った後にそんなことをポツリと摩利が言った言葉に、七草が激昂しようとした時に……。

 

「まぁアイツの場合は、そうだろうな……仕方ない。俺だって同じ立場に置かれたならば、そうなるかもしれない……」

 

十文字克人だけは理解を示すのであった。

 

「アイツは誰かの側に立つことがない『はぐれもの』だ。その生き方を責めることは出来ないんだ」

 

「……十文字君は浦島君に関して何か知っているの?」

 

「色々とな。何故ならば誰かの側に立つということは、誰かの味方でしかいなければならないからだ。誰にも靡かない『はぐれもの』であればあらゆる『しがらみ』もなく動けるだろうからな……」

 

その言葉に、全員は呻く。

彼は一高にいても一高に思い入れはない。

2科生だからと2科生に親しみはない。

だからと1科に従順ではないどころか反発する。

魔法師の中にいても魔法師の価値観に染まらない。

 

「何者かの側に立つことしか出来ない人間では務まらないことだ……創生の魔法使いを倒すことはな……」

 

言葉と同時に達也に視線を寄越す十文字は何かを悟っているようだ。

 

「お前にそこまでのチカラがあるかどうかは知らない。だが、浦島は理解しているんだろうな。お前が、魔法師だけの国でも作って魔法師だけの側に立った魔法師であることだけが唯一の価値観になりえるそんな国を作ることを……」

 

「………」

 

(馬鹿げているとか、現実味はないとか言わないんだな)

 

何も言い返さない司波達也に対して苦笑気味に内心でのみ言いながら、それでとりあえずは終わらせることにするのであった。

 

「まぁ今は浦島も、特に波風は起こさないだろう。今大会での(ヤツ)の目的は、シールズの祖父で九島閣下の弟君であるケン・クドウの帰国の実現なんだからな」

 

「そうであることを願うわ……」

 

そんな言葉でとりあえずは、今夜の会議は終了となるのであった。

 

色々と収まりきらないしこりを覚えながらも大会四日目―――新人戦は始まろうとしていた……。

 

 



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stage.34『新人戦一日目』

 

大会四日目。

本戦は一旦休みとなり、今日から五日間、一年生のみで勝敗を争う新人戦が行われる。

 

ここまでの成績は一位が第一高校。二位が第三高校三位以下は団子状態の混戦模様。一位と二位の差が100ポイント以上とここまでは一高が大量リードを奪っている。しかし、新人戦の成績如何ではまだまだ逆転もあり得る点差だ。

 

新人戦で大差をつけて優勝すれば三高にも逆転優勝の芽が出て来るし、逆に新人戦で優勝できなくてもポイントで大差をつけられなければ一高は総合優勝に大きく近づくことになる。

 

「そんなわけで、一年各生徒には奮起してもらいたい! 皆の働きに期待している」

 

その十文字克人の言葉に男子の殆どが、勢いよく応えるも……。

 

「むぅ。浦島的には今の演説はダメだったか?」

 

昔なじみと言える後輩の一人が平素であることが、少しだけ気になった。

 

「全員を前にして演説ぶっておいて今更ダメ出しとか意味ないでしょ」

 

一度出したものを引っ込めるような真似がどれだけみっともないか分からぬわけではあるまい。そういう視線を受けながらも克人は返す。

 

「この際だ。お前が聞きたかった言葉を言ってみろ。カッコ悪いかもしれないが、後年には参考になるからな」

 

本戦『つらら』で優勝を決めて余裕なのかもしれない―――こんな発言が出る辺りは……それがいいか悪いかは知らない。

 

「俺はこの居並ぶ連中の中でも場違い極まりないので、(劣等生)にだけはこう言ってほしかったですね」

 

言いながら、エックスに諏訪部―――ならぬ十文字克人の声をコピーさせた上で、言ってほしかった言葉を言わせることにした。

 

『―――遠慮はいらんぞ浦島。『貯金』は使うためにあるんだ。お前の失点ぐらいは後半本戦で取り返してやる』

 

その『創造された』言葉は……実は啓太はいらないのだが、他の一年連中……特に男子は切実に欲しかったりするものだった。

 

「むっ……中々に名言に思える。だがお前はどう返す?」

 

「―――では遠慮なく」

 

「いや、しかし……老後(後半戦)のために、少しはな……」

 

「何を妙な寸劇をやっているのよ!!! とにかく、頼むわよ!! 特に男子ボードの初っ端は浦島くんなんだから!!」

 

「劣等生らしく気張らせていただきます〜〜」

 

手をひらひらさせながらの啓太の気合ない言葉に同級生一同は『巫山戯ている』だの『意識が低すぎる』だの言っていたりする。

中でも歯を食いしばる様子の七草会長を感じながら―――。

 

(勝てばいいんだ。爪を隠しながらさ)

 

既にアーティファクトは提出済み。その用途は知れないだろう。なんせCADではないのだから……ともあれ、ファーストゲームが自分というのは少々厄介だ。

 

(これで俺が余裕のよっちゃんで勝てば後続の連中は焦るんじゃないか?)

 

だからこそ必要最小限の出力のみで勝とうと思うのだった。

 

そんな啓太の胸中など知られないまま、試合は進行するのであった……。

 

 

「応援も観戦も要らない。全員、北山さんにどうぞ、か……」

「負けると分かっているからそうなのか―――なわけないな……」

「達也さんは浦島君のことがキライ?」

 

言ってきた北山雫のCADの調整をしていた達也はムダごとではあるが、その言葉に……少しだけ考える。

 

魔法師の器物たるCADの調整中にこんなことを考えるなど明らかに良くないのだが、それでも調整自体に齟齬は発生していないのだ。

 

「……確かにファーストコンタクトがワーストコンタクトであった所はある。実際、アイツは偽名を名乗って、それを怪訝に思って探った俺を嫌うのは分かる」

 

だが、そこから先は『近づくな』と言わんばかりに達也を毛嫌いする様子にムカつきを覚えてくる。

 

―――お前のような非人間は嫌いだ―――

 

そういう態度が見え隠れするのだ。

更に言えば、達也の行いの全てに対して『底が浅い』『外道め』と言ってくる……。

 

これに関しては浦島というよりも浦島の関係者、雪姫先生などが主ではあるが、そういう所は浦島も共通している。

 

まぁつまりは認めたくない事実だが、達也は自分が優位に立てない相手がいることに不満があるのだ。

 

そいつが自分のことを少しは認めてくれるならば兎も角、そんな感じで友誼の一つも深めようとしないならば……そうもなる。

 

「―――嫌いではあるな」

 

認めてしまうことにするのだった。

ともあれ、ソレ以上は雫も突っ込まないでいたので、納得はしたようだ。

 

そんなやり取りがありつつも雫の試合と同時に浦島の試合も始まるのであった。

 

 

 

男子バトル・ボード第1試合の走者として『田中太郎』ならぬ『浦島啓太』という名前が呼ばれた時には、他の3名の走者を少しだけ驚かせたが、それでも所詮は普通科、二科の魔法師として三高と二高の生徒は侮ったが、それでももうひとり九高の生徒―――古式魔法の家に生まれた人間は、浦島という『名前』に思い当たり『ぎょっ!』とする。

 

そんな変化を感じながらもスタートランプは順番よく点灯していき、全員が水上を走り出すのであった。

 

「四名ともに殆ど横並びか……」

 

「普通の二科生ならば、良くやっているとか感心するんでしょうが、アイツはそういう枠に居ないですからね」

 

啓太が如何に『応援・観戦! 一切無用!!』などと言った所で、どこの学校でも天の邪鬼はいるわけで、男子の本戦出場組は、こちらを見に来たのだった。

 

十文字の言葉に桐原が考えつつ、それを見ていたのだが……。

 

「何とも地味な試合ですね……」

「まぁそうだな」

 

服部の言葉に、十文字もそれぐらいしか言えない。順調に走り、順当にコース踏破を行い、それなりに妨害を仕掛けてそれに対抗していく……。

 

突出した実力者であれば、何かのとんでもない手段が放たれるだろう。

試合巧者であれば、何かの策が他の三名を縛り付けるだろうが……。

 

何も起こらない。これならば北山雫の試合を見て司波達也の技術でも見ていた方がいいのではないだろうか……。

 

そんな気持ちを抱かせながら一周目を終えた……再びスタートラインでありながらゴールラインから二周目―――となった時に変化が起きる。

 

「なんだ浦島が加速したのか?」

 

急に横並びの列から10mほど先んじて走る後輩の姿に、疑問が出る。

だが、良く見れば違う……。

 

「違うな。他の三名が水路を進むのに難儀しているんだ」

「「「えっ!?」」」

 

目に見えてハッキリと分かることではないが、それでも分かったのは他三名が難儀する水路を浦島は通常通りに進んでいるわけだ。

 

「うっしゃー!!! GOGO!!ケイタ!!!」

「「「「「GOGO!!! マスター!!」」」」」

 

自分たちから少し離れたところでは『私設浦島啓太応援団』が、そんなエールをしているのだった。

 

ちなみに内訳は、人間1人にAI1人にハムスターのような存在が7匹と亀が1匹である。

 

(魚類のような鱗を思わせるあのグローブと恐らくマギア・エレベアのコンボがアレを成しているのだろう)

 

詳細は分からないが、浦島に対して持っている知識を総動員してそんな風に結論づけた……。

 

そうして、その付かず離れずの距離を保ちながら……三周目を1位で終えたのは浦島であった。

 

「加速しようと思えば、いくらでも加速できたのだろうが、天性の反射神経と柔軟さで、必要な出力を必要なだけ用意するというよりは、あえて爪を隠すことを選んだようだな」

 

「じゃあ浦島は試合をコントロールしていたっていうんですか?」

 

その言葉に服部は本当に驚く。確かに2科生としては特異な能力を持っているとは知っている。マギステルであることも存じている。

 

だが、それでもまさか自分たち(魔法師)土俵(競技種目)でここまでやられるとは……。

十文字の舎弟(2年組)が、ごくりとツバを飲み込んだ。

 

「おかげで敵対した者は拍子抜けする──そして拍子抜けしたまま、なんで自分が負けに追いやられたか納得できないまま敗北することになる。学校や魔法師の界隈では評価しないだろうが……」

 

決して克人も嫌いではないし、人によっては好むだろう。

 

だが克人の周りにいるむさい後輩達は意見を異にする。

 

「ですが会頭……見方を変えれば少々、無情に過ぎませんか?」

「そうですよ。要するにいつでも勝てる状態だっていうのに、全力を出さずに生殺しみたいなやり方……俺は好きません」

 

服部と桐原の言葉に少し考えるも。結論は変わらなかった。

 

「別に好き嫌いでこの大会が行われているわけじゃないしな。そして、我々は基本的にそんなものだ」

 

「え?」

 

「―――『魔法師は対称戦争とは無縁な存在だ。』そんな言葉を聞いたことはあるか?」

 

それは軍や警察……治安維持の分野ではいつでも聞く言葉である。それ関連に進もうとする学生たちでもよく聞く標語だ。

 

「基本的に魔法師は多くの軍事兵器を無効化出来る存在だ。まぁ個人個人でチカラの強弱などはあれども殆ど生身で軍用兵器を無効化出来る存在など、悪夢以外の何者でもないだろうさ」

 

相手にもこちらを殺すことが出来る手段が存在している。相手と自分とにまともなケンカが成立しないなんて戦いは魔法師では当たり前なのだ。

 

それを『当たり前』と思う感性こそが、実は一番『危険』なのだとも克人は思っていたりする。

 

「魔法師を害するものは魔法師のみなんて話もあるぐらいだ」

「けれど……」

 

それでも言い募る桐原だが。

 

「少なくとも売り言葉に買い言葉程度で、ほぼ丸腰の相手。普通の竹刀を相手に高周波ブレードなんてものを発動させる男にだけは浦島も講釈されたくないだろうさ」

 

「――――――」

 

克人の言葉に桐原も押し黙るしかなくなる。あの一件が全てではなかったかもしれないが、それでも……ヨルダが憑依した原因に桐原武明という男子がいたのは間違いなかった。だからこそ、彼と壬生沙耶香は既に関係が色んな意味で切れていたのである。

 

「何はともあれ後輩が勝ったんだ。まずは祝福してやるのが筋というものじゃないか?」

 

アヤ付けるというならば、その後でも良かろう。そう言う風に後輩を窘めてから拍手をして克人は後輩の勝利を祝うのであった。

 

 

結果から言えば、その日―――バトル・ボードの男子で予選を突破したのは啓太のみであり、他競技では一応男子シューティングで準優勝を決めた森崎瞬ではあるが、優勝を決めた吉祥寺真紅郎という男子にはダブルスコア(2倍の点差)を決められたことで準優勝そのものにケチがつくことになった……。

 

 

「で、だ。そういった風な女子陣のバックにいるエンジニアの云々に関しては今はいい……問題は、一色に『田中太郎』と名乗った男子に関してだ」

 

暗い話題の後に少しの話題転換。三名全員が突破できるはずと踏んでいた男子バトル・ボードにおけるダークホースと言えばいいのか、実は経歴詐称(ウソつき)をしているのか……良くはわからない男子に関して議題は変わる。

 

「―――浦島 啓太か……。なんというか中途半端な名前だな…」

 

浦島太郎(寓話の主人公)でもないし浦島景太郎(昔の考古学の権威)でもない名前に何となく漏らした将輝だったが。

 

「おいコラ。マサキ、それ以上は良くないぜ」

「啓太は、かな――――り気にしとるんじゃからな!」

 

予想外のレス。そして今日に至るまでの2人の女子の行動から関係は読めた。

 

「……2人は浦島君と知り合いなの?」

 

偽名で自己紹介された一色愛梨としては、何かいらつくもの、むかつくものを覚える。自分を罠に嵌めるために、あざ笑うためにこんなことをやったのではないか、とかそういう気持ちになる。

 

更に言えば自己の実力を隠すためにワザと2科生の制服を着ていたのではないかとか様々な考えが出てくるのだ。

 

「まぁそうだな。アタシが『南国の姫』であることは、アイツの何代か前の爺さんの関係とかでとっくにご存知だ」

「ワシは、まぁ色々じゃな……ただ『浦島家』は古式魔法師の界隈ででもかなり知られた家だとは言っておこう。ソレ以上はちょっと話せんがな」

 

外国と自国の関係を言われたが、外国は周知の事実ではあるが……自国でも、そんな家が存在しているなど知らなかった。

 

別に日本の魔法師だからといって、全国津々浦々の全てのそういうことに通じているわけではないのだが……四十九院沓子という三高でも有名な「のじゃロリ女子」が、そこまで言うならばかなり巨大な家だろうに……何故知らなかったのか。

 

疑問は多いが、ともあれ浦島に負けた将輝の同級生は、何故負けたのかの理由が知りたいようだ。

 

「ふむ。これは啓太の魔法を知っているわしらじゃから言えることじゃが……」

「あんまり行儀(マナー)の良いことじゃないぜ」

 

魔法師の不文律を侵すのか? そういう警告に三高の会議室にいる2人を除いて全員がすこしだけ呻いた。

 

「だが、アタシも三高の生徒だからな。これ以上、自校の傷が広がるのも少々無情に思える」

「だから言っておくとするかの。啓太が使った『装備』を再確認しておくことじゃ」

 

その言葉を受けて比較的冷静だった吉祥寺真紅郎は改めて確認する。映像の中で彼が使ったCADを、あのモンスターエンジニアと同じような……同じような……。

 

「ど、どういうことだ!?」

「どうしたジョージ!?」

「彼は、浦島啓太は―――――――CADを使っていない!!!」

 

その言葉を受けて全員が改めて映像を見る。個々人の端末で見ると……。

 

確かに汎用型も特化型も使っていない。せいぜい、特殊な形状をした手袋をしているぐらいだが……こんなCADはないし、何よりそれを操っている様子もない。

 

「啓太があの試合で使ったものは、この手袋を除けば全ては己の身一つのみで魔法を行使した―――そういうことじゃ」

 

先程は、デバイスの凄まじき技術力を論じていたが、今度は、己の肉体一つを原資にして複雑な術(?)を行使している存在に戦慄を抱くのであった……。

 

時代に逆行したイレギュラー、それを前にして誰もが驚いていたのだが……。

 

「ちなみに、浦島は……し、司波深雪さんとどんな関係なんだ!?」

「安心しな。カレカノな関係じゃないのは確かだ」

「寧ろお互いに毛嫌いしている印象じゃ♪」

 

そんなどーでもいいことを気にする一年リーダーであり北陸を代表する魔法師の長男に少しだけ脱力するのであった……。

 

その間…浦島啓太を睨むように見ていた一色愛梨に誰も気づくことは出来なかったのである―――。

 

 



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stage.35『新人戦一日目・夜』

 

 

夕食を終えて、何気なく夜に歩き出した啓太は、伸びをしつつ、夕食会でのことを考えるに『面倒くさい想い』を覚えるのだった。

 

(どうせそんなことだろうとは思っていたさ)

 

選ばれた一年連中の多くは腑抜けているとでも言えばいいのか、どうにも勝負事に弱い連中であるとは理解していた。

 

よって、『1科生と理論主席サマだけを称賛しといたほうがいい』とは言っておいた。要するに啓太が予選突破したことなど無視しておけと言ったのだ。

 

聞かされた七草会長は、それだと自分にヘイトが集まるんじゃないかとスゴく嫌な顔をしてきたが……。

 

『俺は同級生から好かれてませんし、皆さんは勝つことが好きなんでしょう。ならば主要な連中を『ヨイショ』しとかないと、取り返しのつかないことになりますよ』

 

と……さも真理かのようには言っておいた。当然、これはある種のギャンブルである。一応は1と2の和解だか融和だかを求めている七草会長からすれば嫌な提案ではあったろう。

気に入らない気分は当然、感じていた。

まぁそれが本心かどうかは啓太にはどうでもよくて、ただこの大会で一高が総合優勝することだけが目的であるならば、主要な連中を奮起させるべきなのだ。

 

一応、アンジェリーナには事前に事情を説明しておいた。でなければどうなるか分からなかったからだ。

 

そんな訳で、夕食後にアンジェリーナが『夜食で祝勝会しよう! 部屋に入れて(ルームイン)♪』などと言ってきたのだが、その時に明智さんやら名前も知れない同級生女子たちがアンジェリーナを捕まえに来たようだ。

 

『浦島くんもどうだい?』

『本気かどうかは知らんが、どっちにしてもパスだ。女子会に男子が混ざるとかありえねー』

 

眼鏡を掛けている柴田ではない女に返しつつも、一番に誘われたアンジェリーナ(不機嫌MAX)は『NO!』と言うのだった。

 

『ダッテ着いて行ったらば、フルヌードの男子がいてワタシを手篭めにしようと、筆舌に尽くしがたい行為をシテ来て―――ソンナノ『NO!』よ!』

 

『『『『『『どんな鬼畜な想像してるのよ―――!!!』』』』』』

 

R−18な昔なつかしのファンジン(同人誌)なものを思わせるシチュエーションではあったようで、顔を覆って頭を振ってから啓太に抱きつくアンジェリーナに一年女子は本当に涙目。

 

だが啓太も『一応は』『念の為』程度に『えにっき』を展開してから呼んできた女子全員の思考を盗聴―――……問題はないようだが。

 

『エックス、しばらくの間アンジェリーナを護衛しろ。いざとなればOPと『モジュール』をばんばか使って構わん。俺からありったけ持っていけ』

『承知しました。ではアンジェリーナのガードを務めます』

 

言ってから『小っちゃいって事は便利だねっ』な状態になったAIがアンジェリーナの肩に乗るのだった。

 

『とりあえずせっかくの同級生からのお誘いなんだ。行って来い。何かあれば呼べよ。すぐにでも駆けつけるからさ』

『ウン……分かったワ……』

 

髪を撫でてから落ち着いたアンジェリーナを明智たちに預けて見送ってから……。

 

―――なんだか腹が減った……。

 

井之頭な輸入雑貨商の如くなってしまったので、夜食を買いに行くことにするのだった。

 

 

そんなことがあって、この時代でも24時間営業で稼働しているコンビニエンスストア……店員は無機質なアンドロイド…そんな場所に入る……。

 

その中に何だか見知った顔がいたが、特に声も掛けずに商品選びをしていく。なんせスゴく暗い顔をしているのだから。

 

脳内大槻(ハンチョウ)ならぬ脳内啓太の警告も無視して、深夜のどか食いに備えて食料を買い込む。そんなわけで会計を済まそうかと思った時に、随分とガラの悪い連中が入り込んできた。

 

5人ほどのグループのそんな連中の目的は……どうやら……。

 

―――三高の沓子の友人だったな。知り合いのフリをするから、合わせろ―――

 

いきなりな念話(テレパティア)に驚いた三高の女子だが、やってきた連中の視線から啓太の念話の意図を察したのか……。

 

「浦島君、これ忘れてるよ」

「おう。サンキュー」

 

アドリブに合わせてくれたことに感謝してから店員のアンドロイドに電子決済を頼む。

まるで仲の良いカップルとまではいかずとも、それなりに親しい同級生を装うことは出来ていた。

 

(思い出した。今日のシューティングで『三位』に滑り込んだカノウ・シオリとかいう女の子だ)

 

そうして思い出すと懇親会でのことも思い出す。

会計を終えて荷物を2人分持つことで、何とかヤンキー連中……東京卍リベンジャーズみたいな連中を躱すことに成功するのだった。

 

コンビニを出て、それなりの距離……もはや目視出来る場所に、ホテルが見えるところまできたので……。

 

「ありがとう。助けてもらっちゃったね」

「お構いなく。義を見てせざるは勇なきなりというやつなので」

 

森林公園とでも言うべき場所まで来たことで口が動く。普通ならば、ここでお別れでもいいのだが……。

 

「言っちゃなんだが、夕食は済んだはずだろ? そんなに食って大丈夫なのか?」

「……実を言うと夕食を食べ損ねちゃって―――」

 

セクハラと取られかねない発言だったが、予想外な反応(両手の人差し指を突き合わせる)に啓太としては呆気にとられる。

 

本人曰く、スピードシューティングで1位を取れるはずだったのに、結局3位で終わったこと。それが三高以上に、一色愛梨という友人以上の存在である女子の期待を裏切ってしまったこと……。

 

色んなものが渦巻き……自省・反省・猛省をしている内に、夕飯の時間を過ぎてしまっていたということらしい。

 

とりあえず三位決定戦に出た一高の選手……名前は覚えていない何とかというのは怒ってもいいんじゃないかと思いつつ、ベンチに座る十七夜の話を聞いていた。

 

「……で、君の中で整理は着いたのか?」

「―――浦島君はどうなの? アナタにはそういうものってある?」

 

質問に質問で返すなよと考えつつも、自分の中にあるものを吐き出すことに。

 

「特にはないな。俺には確かに『目的』はあれども、それは何か大きなモノに対する動機付けではないし、何より俺は君が言うような『特別な存在』にはなりたくない」

「―――それはアナタが……大地主で資産家の息子で、古式の名家だから言えることじゃ」

「もしかして君は、そういった風な目をしながら北山さんとの戦いに挑んだんじゃないのか?」

 

急所を突くような一言で遮ったが、ソレ以上の言葉は十七夜からは出てこなかった。

 

「君の相談相手としては俺は不適格だ。今、俺が九校戦に出場しているのは、北米に追放された知り合いの爺ちゃんを帰国させること。それだけさ――――」

 

夜空に瞬く星を見ながら啓太は考える。

あの輝きの向こうにいるのだ。俺が異常(トクベツ)にならざるを得ない元凶が……。

 

「俺は『普通』(フツー)になりたかった。魔法にも気功にも関わらず、只人として己の身体一つで何かを成し遂げる人生……その人生の途上で、そういったもの(魔力・気功)に目覚めたのならば、それはそれで受け入れた。けれど俺は違う……『こうならなければ』、俺はどうしようもなかったから……」

 

その抽象的な言いようは、栞を混乱させたが、それでも、啓太にとって深刻な悩みなのだとは気付かされた。

真逆の人生とまではいかずとも……それを感じさせるぐらいには啓太は―――真剣だと気付けたと思った瞬間、立ち上がる。

 

「ごめん十七夜さん。―――これ持ってホテルまで行ってくれないかな?」

「えっ? 浦島君―――」

「さっきの連中がちょっとしつこいからさ。OHANASIしてこようとは思う。『アデアット』―――『これ』着けておいて」

 

マギステル・ネギ・アデアットの番外とも言える『マスク』……というよりも眼鏡の類を掛けさせてから行かせることに。

 

「……大丈夫なの?」

「まぁ有り体に言ってさ、こういう状況で君を残して俺が逃げるってのは、常識的にありえないでしょ」

 

眼鏡を掛けさせたことで啓太にも存在は認識できなくなっているが、声だけは響いており、どうやら『使用者』ないし『貸与者』以外では、そういう効果であることを理解した。

 

そんなわけで―――状況は動こうとしていた。

 

「待ってて! 軍の人を呼んでくるから!!」

(それはあまり期待できないな)

 

栞が駆け出す気配を感じながら、愚痴るようにしてから構わずに己の影から一振りの業物を取り出す啓太。

 

そうしてから現れる全ての連中に声を掛ける。

 

「稚拙な変装だな。そんな風に擬態するならば、もう少しマシなものになっておけよ」

「――――どうやら無意味だったカ」

 

声を掛けると、20世紀から21世紀前半のヤンキー的なスタイルを解いて、人間ではあり得ないほどの容姿をした美麗の少年が5人ほど現れる。

 

「わざわざエックスと離れた瞬間を狙ってきたということは、狙いは『アレ』か。俺1人ならば取り込めると見たな……」

 

言いながら「ひな」の鯉口に手を掛けておき尋ねるも、どうでも良かった。こんなやり取りは、今に始まったことではない。

 

『ヒャッハー! 七面鳥撃ちならぬ二次元存在乱斬りだぜ―――!!! さぁマスター啓太!! 今こそ、魔剣・鍔眼返しでLet'sズンバラリン!!!』

 

妖刀の奔放な思念を受けながらも、ヤンキーの偽装を剥いで、完全な戦闘形態に入ったビリーナンバーズの実体化存在に対して斬りかかるのだった。

 

―――戦闘自体は、5分もかからずに終わりを迎えた。

 

「しかし下手だね。どうにも」

 

『ふふん! 啓太をやりたければ、この三倍の数を連れてこいってもんです!!』

 

「はいはい。ヨイショありがとよ。戻っていてくれ」

 

『ぶっはー!! こういう生身ではない存在を斬り食べるってのも乙なもんですからねー。また呼んでチョーダイ!!』

 

妖刀本人(?)的には、実体化した2次元存在はかなりの珍味というか味の濃いものらしく、以前京都を火の海にした時の陰陽師の使役する後鬼・前鬼などよりもイイものらしい。

 

ホントかよ。とか思いつつも「ひな」を影に沈めてからホテルに対して歩き出した―――誰かに見られている感覚を覚えつつも、今はエックスがいないので隠蔽は出来ないのだと感じて―――。

 

「お待たせ」

「―――ど、どうして!?」

「軍人さんたちは、俺を探りたいようだったからね。君のコールには応えなかったんだよ」

 

この辺の軍事基地に対する連絡端末のスイッチを切りながら受話器を耳にしたまま驚く栞に、そう告げる。

 

近づく顔と顔。どうでもいいが近いなと思いつつ、預けておいたコンビニの買い込み品を……間違えないように確認してから、部屋に戻ろうと提案するのだった。

 

「……浦島君って結構、極悪人だよね…」

 

それは偽名を名乗ったことか、それとも自分の必死なコールを無為にしたことか。

両方だな。と思いつつ、少しだけ膨れている十七夜栞に答える。

 

「俺の師匠の1人は、とあるところではとんでもない賞金首の『わるいまほうつかい』なもんで、無用なトラブルを避けたいんだよ」

 

言いながら、まぁ心配してくれていたのに申し訳ないとしてから、ホテルに入る。

 

妙な噂を立てられるのもあれなので、『絶』を展開しようかと思ったが、面倒なので止めといた。

フロントのチェックを終えて、ロビーのエレベーターで戻ることに。

男子と女子の部屋区分及び学校区分は別れており、ここまでだろうということで、5機はあるエレベーターをそれぞれで稼働させる。

 

「それじゃお休み」

「ええ、お休み」

 

お互いに上りのエレベーターが、やってきたことでそれに入る。

一緒だと妙なことになりかねないという妙な気遣いをしつつ、一高男子の割り当てられた階層へと向かうことに……。

 

(そういや、こんな妙ちきりんなトラブルばっかなのに雪姫が出張らないな)

 

魔女、はたまた集まっている魔法師の名士とやらの中には知り合いもいるのかもしれない。様々な憶測はあれども、姿を中々見ないことに少しだけ怪訝に思いながらも、廊下を通って割り当てられた部屋へと啓太は入る。

そして、栞も入る―――。

 

いやいや待て待て、ちょっとおかしい。

 

地の文にあり得ざる人物が入っていた。などとメタなことを考えつつも……。

 

「十七夜さん。なんでここに?」

「このベネチアンマスクみたいなものを返しそびれて、……それと一緒に食べない?」

「それだけで男の部屋に不法侵入とか、どうなんだよ」

 

少し前に風紀委員長を追い返した身としては、何とも間尺が『悪い』のだが、彼女も不良に襲われそうになったことで不安を覚えているのかもしれない。

 

まぁ不良ではなくて実体化した二次元存在なのだが……真実を教えずにやり過ごすには、それぐらいしかないかと思いつつ、アーティファクトを返してもらってから正式に部屋へと招き入れるのだった。

 

そんな場面―――正確には誰がいるかは分からないが、それでも『復元しつつある眼』で『誰か』を招き入れた啓太の姿を見た司波達也(作戦会議帰り)は―――その後、同じく何故か部屋の中に入っていた実妹を慰めたりなんだりして、すっかりそのことを忘却するのであった。

 

 

それぞれで、それぞれの夜を越えて大会五日目を迎えることになる……もっとも件の栞は、親友であり色々と啓太に夜遅くまで語っていた少女に少しだけ問い詰められるのだが……ともあれ、試合は進んでいく……。

 

色んな思惑を持つ者たちを置き去りにしながらでも……。

 

 

 



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stage.36『新人戦二日目』

九校戦五日目、新人戦二日目の朝。

 

何となく試合会場周辺を歩きながら身体を解していた啓太はふいに欠伸をするのであった。

 

「ズイブンと眠そうね。どうしたの?―――って話は聞いているワ。なんで呼ばなかったの?」

 

そんな様子は隣にいた少女に目ざとく見られたのであった。

 

「いや、同級生にお呼ばれしていたキミの邪魔するのもどうかと思って、まぁオリジナルの『蜘蛛』だの『ピエロのペーター』なんかは、出てこなかったんだ。あんまり気にすることじゃないよ」

 

その言葉に一応は納得してくれたアンジェリーナだが、しょせんは一応でしかないのだった。

 

ともあれ、今日からは遂に彼女も出陣となるわけで、組み立てられつつある櫓を見ている。

 

「ケイタは、どうやって戦うの?」

「フツーに戦うさ。当然、E・N・F(エターナルネギフィーバー)は使わないよ」

「ソレは幸運なことネ……」

 

とはいえ、爪を隠しながら戦うならば……ファイトプランは既に立ててある。

 

情報強化で全ての氷柱を防御しながら攻撃をする……そんな器用な真似は『劣等生』である啓太には出来ない。

 

だからやりようはあるのだ。

 

「ワタシとしては、もう少し自分を出してもいいと思うワ」

 

「それはやめとこう。やりすぎれば妙なホームタウンディシジョンが、『魔法師』側からかかるかもしれない……この状況こそが、あのジジイに対するカウンターに繋がるのさ」

 

「陰湿な気もするけど……そういうのもアルのネ」

 

その結論に対して『箱入り娘め』と少しだけ皮肉を感じつつも、少しだけ補足をしておく。

 

「ジャッキー・ロビンソン、シャキール・オニール、大谷翔平……キミの母国でもそういう風に『抜きん出た存在』を抑えつけようとしても抑えられなかったんだ―――多様な国の人種が多様な文化 価値観を認めて戦うプロスポーツリーグでも、過去にないタイプが抜きん出ることを許せぬこともあるのさ」

 

我が国(マイホーム)の悪習だワ」

 

「だからこそ……それでも、合衆国で魔法師の『大谷翔平』になったケン爺ちゃんのことを認めさせなければならないのさ」

 

「ケイタ……」

 

潤んだ瞳を向けてくるアンジェリーナを見てから決意を固める。

 

その為の生け贄……口汚いが、そういった『存在』は既に選定しているのだ。

 

―――イケてるお前がその対象だ―――

 

という後ろ向きすぎる決意は……集められた先でのことで少しだけ頓挫する。

 

「意味分かんないっす」

 

男子の怖い先輩方から因縁を着けるように言われて啓太としては、『なにいってんだ。こいつら』という想いしか抱けなかった。

 

「俺は『劣等生』らしく『全力』で戦っていますよ。惨めに這いつくばる姿なんて見せたくないから必死でがんばっているってのにひっどい話だな」

 

その言葉に、こういう下の立場を利用してモノを言う醜悪さを認識した男子上級生たちだが、それでも反論の『理』としては弱くとも言っておくことにするのだった。

 

「お、お前なぁ……! だって!! 他の人間たちは必死で戦っているってのに、あんな生かさず殺さずな状態に持っていかなくてもいいだろう!?」

 

「それは俺の戦略上の考えだ。何もいちいち野良犬・喧嘩犬みたいに『俺は強いんだ。最強なんだ』なんて誇示したくないだけだからああしているんですよ」

 

その言葉に、そう言われたならば服部(ダリル)としても、反論の言葉が弱くなる。

確かに、個々人で試合をどう戦っていくかというゲームプランとでも言うべきものがある……余計な警戒を他校に抱かせないためならば、そういうのはある。

 

ある意味では……戦うものとしては、啓太の方が正道なのだ。寧ろ、司波達也のように目に見えて異常なものを見せている方が変なのだ。

 

「ちなみに言えば理論主席サマの異常な技術力は三高でも議題にあがって、あちらのリーダーエンジニアと一条君を驚愕させて警戒させていたそうですよ」

 

えにっきを使わなくても目の前の上級生たちの頭に理論主席である司波達也が思い浮かんだのを察した啓太が、そんな爆弾を投げつける。

 

「むっ、四十九院やカトラ王女から聞いたのか?」

 

「―――――まぁそんな所です。爪を隠さず振るいたいだけ振るって気ままに相手を斬り刻んでいれば、無用な警戒心と恐怖心を呼んで窮鼠猫を噛む状態になると思いますよ」

 

少しの間を置いてから十文字の疑問に嘘をつきつつ答えた啓太。もたらされた情報は、ざわつきを全員に与えていた。

 

「そんな訳で偽名使い(フェイカー)の俺まで、異常な術者だとか思わせずに、戦わないとどんなことになるか分かったもんじゃない」

 

「けれど浦島君だって、このままいけば三高の一条君と戦う……」

 

そんな啓太の戦略に噛み付くは女顔の先輩。

名前は知らない。なんかマギア・エレベアに興味を持っていたことを思い出す。

 

「まぁその際は、ちとばかり『違う手札』(カードチェンジ)を使うしか無いですね。それだけですよ」

 

「―――勝てるのかい?」

 

「あんたらが妙なアヤ着けなければ勝てるんじゃないですか、皆さん勝ちたいんでしょ?総合優勝したいんでしょ? だったら味方撃ちなんてヒマなことやってる意味あるんですかね?」

 

もはや沈黙せざるを得ない。何のために勝利をしたいのか……それぞれで違うならば、そこは呑み込めとするのだった。

 

「ある「わるいまほうつかい」が言っていたことですがね。

―――人の凄さというものは与えられた手札では決まらず。手にした札で何をするか、どうするかで決まる――― だったらば……」

 

いちいち、その手札を開帳しなくてもいいはずだ。

 

司波達也とは真逆すぎるそのやり方は、確かに戦いに挑むものとしては『正しい』としても、どうにも隠しすぎではないかと思うのだった。

 

「俺は自分の手札が、何の意味ももたない『役なし』(ブタ)になることを願うんですよ。チャーチルじゃないが、『私はブタでありたい』。それだけです」

 

その意味を理解できないだろうが、それでも啓太は『トクベツ』でありたくない。

ただひとりの女の子。求めている子にとって『特別』であるというのならば……。

 

 

それは自分の人生に意味をもたせられるのだから……。

 

 

 

「ええと、これでもないし、これとこれだ!!!」

 

アシスタンツを軽快とは言えない様子で操り何とか、あたふたと慌てて魔法を発動させる様子を見て『憐れみ』すら覚える。

 

バトル・ボードでは何とか勝利を拾った様子の魔法科高校の劣等生……まさしく憐れみを覚える弱い相手だ……。

 

『ポケット』に時々手を入れながらもアシスタンツで自陣の氷柱を強化する様子。あまりにも弱い情報強化であり、六高 星野 哲也の魔法ならば難なく壊せるものだ。

 

(余裕というほどではないが、強烈な術を使って後の試合に影響を出す必要もないだろう)

 

安牌な戦いで勝ち筋を打っていくのみ。正しくラッキーな限りだ。

 

「うわっ!! このっ!!!」

 

焦った所で情報強化を強めることも出来ないだろう。嘲りながらも一高 浦島の氷柱が2本砕ける。

 

その様子に強烈な歓声が上がる。

悲鳴すら上がる様子は、正しく勝利の歓喜だ。

 

このままパーフェクトを目指すことも出来るだろう。

 

そうして星野は……『浦島が目を向ける』氷柱のみに目を向けて、そして五本目を砕いた所で……。

 

盛大なブザーが鳴り響くのを聞いた。隣の試合のブザーか……。

 

「終了です!! 星野選手、CADの読み込みを止めなさい!!」

「え……」

 

試合の監督委員から大声を言われて気付かされた―――。

 

『試合終了!! 勝者!! 一高 浦島啓太!!」

 

―――自分の氷柱が全て砕けていることに……。

 

「―――ジャスト3分(さんぷん)だ。ホットな悪夢(ユメ)は見れたかよ?」

 

どこからか出した丸メガネを掛けながら真ん中クイッ!をやった浦島の様子。そんな声は聞こえていないのに、そういった風なポーズが見えない浦島啓太は―――。

 

「ふぃ〜〜。なんとか勝てたぁ……」

 

などと額の汗を拭う様子を見せていたのだった……。

 

 

「心臓に悪い試合ばかりするわね……」

 

テントの中でその試合の様子を見ていた一高上級生の中でも真由美は、大きなため息をつかざるを得ない。

 

「だが勝ちは勝ちだ。しかし、多くの人間は『ただの加重圧力魔法』が運良く掛かったと見るだろうかな?」

 

それに対して克人の方は特にそこまで懸念などは持たずに、そう感想を出してくる。

 

「どうかしら……ただ、無音拳はただの奇襲戦法じゃなかったってことだけは分かるわ」

 

啓太のやったことを説明しきれば、かなり煩雑だ。

 

啓太が試合開始直後、ポケットの片方からアシスタンツたるCADを取り出すと同時にもう片方の手では、恐るべきことに……『2つのチカラの合成』という作業が行われていたのだ。

 

五本の指と掌を用いて極小規模な『宇宙』を作り上げた啓太はそれを用いて豪殺の圧を打ち出して六高星野の氷柱の真芯。12本全てを完全に『居抜き』にしていた。

開始30秒時点で既にシロアリに食い尽くされた廃屋の柱も同然にしていたのである。

 

縦列に並ぶ相手陣の氷柱に真正面から貫通するようにそれが出来たトリックはまだ不透明だが……ともあれ、その後は如何にも『劣等生』らしい術式展開で防御しつつ、単一の加重魔法、移動魔法だのランダムに発動させていけば……例え『劣等生』の魔法でも、その重量1.83トンの氷柱を破壊することは出来る。

 

「おまけに、アイツが懇親会……公衆の面前で自分は『劣等生』などと認めたことが効果を発揮している……」

 

「六高の星野君はナメていたのかしら?」

 

「ああ、それゆえ自陣の異常に気づけていなかった。同時に劣等生らしい『術式』の展開に目を奪われて―――完全に視線誘導されていた。攻撃だけに意識が集中しすぎていたんだ」

 

克人の『ヤツはミスディレクションしていた』という言葉に、何故か真由美は、いないはずの『旦那様』のことを考えて、妄想を打ち消しつつ……少しだけ考える。

 

「だが、これは俺たちが『多少』は、浦島の術法、技法を知っている人間だからこそ分かることだ。他の人間たちはラッキーなヤツ、フロックゲームとして見るだろうな」

 

しかし、聡いものであれば『何か』に気付くはず……確かに星野の防御行動がお粗末であったとしても『単一の系統魔法』で、1.83トンの氷柱が砕けるなどあり得ない……として、本当に気付くものがいることを願う。

魔法科高校の中に知恵者がいることを願う……一高の会長にあるまじき思考になっていくのであった。

 

 

「くそっ……俺は普通に戦っているつもりだったのに、ちゃんと魔法を放っていたのに…いつの間にか俺の方の氷柱が砕けて―――なんで負けてんのかわかんねェっ…!!」

 

「ドンマイ、ドンマイ!! 次に活かそう!! 勝負は時の運なんだからさ!!」

 

将輝の前の試合―――つららの2回戦第4試合。浦島と戦った四高の選手が顔を手で覆って今にも泣きそうになっていた。

エンジニアに肩を抱かれ慰められながら出場前の通路に戻ってきた様子を見ながら……あの一回戦、そして直近の二回戦での戦いは見れていないが、浦島には何かがあるのではないか? と少しだけ思う。

 

(ヤツの普通科という経歴に油断しているだけじゃ説明はつかないよな……)

 

何だか狐に化かされている気分になりながらも、今夜は親友であり相棒であるジョージと共に浦島の解析をすることを決意するのであった……。

 

 



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stage.37『新人戦二日目・夜』

 

選手数三百六十名、技術スタッフ七十二名。

作戦スタッフを連れて来ない学校もあるものの、選手団は九校で合計四百五十名を超えている。パーティー(宴会でも可)ならばこの人数でも賄い可能だが、大会期間中毎日宴会というわけにもいかない。

 

朝食はバイキングで早い者から順に済ませていく形式、昼食は仕出弁当を各学校の天幕や作業車、あるいは部屋に持ち帰って食べるのが基本、夕食は三つの食堂を学校別に各一時間三交代で利用する決まりになっている。(学校別になっているのは作戦の漏洩を防止する為)

 

実は、この夕食の時間は、自校のメンバーが一堂に会する一日で一度の機会。 一時間の夕食時間は、その日の戦績に喜びと悔しさを分かち合う時間でもあった。

 

そして今晩、第一高校の食卓は、見事に明暗が分かれていた。

暗は、一年生男子選手が集まった一角。

明は、一年生女子選手が集まった一角。

 

そして女子選手の集団の中に、2人の男子が紛れているのだが、その様子は対称的であった。

 

一方はアレコレと色んな女子から話題に出されたり、話しかけられているのだが。

 

一方は我関せずでメシを食らっているのだった。

 

この2人は男子の食卓から追い出されたようなものである。

 

そんな一方、食事に集中している人間は……。

 

「ケータ、あーん♪」

「そういうのやめろよ。こういう場では……」

「イイじゃない。アナタだけなんだから男子選手の中では、成績残しているノ。玉座にてガールの歓待を受けなさい! ハンチョウのように!」

「ハンチョウは、そんな風な絵図なかったぞ」

 

そのやり取りに曇天のようだった男子の一角が更に厚い黒雲のようになる。その中でも、啓太と割りかし近い人間である吉田幹比古も苦笑気味である。

 

結局の所、今日行われた競技種目であるクラウド・ボールとアイスピラーズ・ブレイクにおいて男子勢で戦果をあげて、生き残っているのは後者に参加した啓太だけである。

 

(情けないというよりも、勝負運にすぐれていないんだろうな)

 

どうでもいいなと思っていたらば、理論主席サマのヨイショを一通りやって飽きたのか、遂に矛先が啓太にも向き始めた。メシぐらい黙って食えないのかと思いつつも、とりあえず顔と名前が一致している明智が『何故、勝てたのか?』と聞いてきたので……。

 

「十文字会頭が『適当なとこで負けて全然OK♡』と言ってくれたからな。そのマインドがいい方向に結果を導いているんじゃない?」

 

論点を誤魔化すのだった。明智も、質問の言葉を間違えて訂正しようとした時には……。

 

「いや、待て浦島。俺はそんなことは言っていないぞ。確かにどんな言葉で気合い入れてほしかったかは聞いたし、創造された言葉はそれなりに納得したが……あとなんだ『♡』って、そんなもの着けた覚えはないぞ!」

 

「俺なりに会頭の厳ついイメージを丸くしてあげるイメージアップ戦略だったんですが……お気に召さなかったみたいで申し訳ないです」

 

三年の集団からやってきた十文字克人の必死な言葉で、明智など有象無象の質問は遮られたのであった。

 

「―――」

 

一人、その様子に不愉快さを覚えたのか中座する男が出た。蝙蝠崎だ―――いや、違った、森崎だ。

 

(ご飯を作ってくれたこのホテルのシェフたちに失礼な男だな)

 

出ていくならば、用意されたご飯を全部食ってから出ていけというものだ。あえて言う必要もないのだが……。

 

「まぁ明智さんの言いたいことは分かる。ただのラッキーゲームだったんだって、まぐれ当たりが続いたんだよ。理論主席サマみたいに何か驚愕の技術力が発揮されたわけじゃないよ。それは見てるから分かるでしょ?」

 

作り笑顔で、思い出すように、諭すように言う。

 

「そ……そうなのかもしれないけど……」

 

「そしてマギステルマジックも使っていない。エターナルネギフィーバーも、アーティファクトも、見たまんまだよ」

 

「むー!むー!! なんかやなかんじー!!!」

 

ふくれっ面で身のない抗議をする明智に対して特に何も思わず、用意されたご飯を食べる。

 

「けれども他校から何かズルをしているとか思われたらば……どうするの?」

 

「そもそも『現代魔法』なんていうものが、社会全体から見りゃ『チート』(ズル)の塊だと思うがね。そんな定義を論じる事自体ナンセンスだわ」

 

言ってきた北山が、無表情のままに不機嫌を溜め込む。何を言っても揺るがない啓太は、はぐれものの中のはぐれもの。

史上最強の反逆者と言っても良い。

 

「浦島君……そんな風にはぐれてはぐれて、それでカッコいいと思っているんですか?」

 

「カッコいいかどうかは知らん。ただ単に面倒事を避けたいからそうしているんだ」

 

そんな啓太の態度に噛み付くは司波深雪であった。

怒りの形相を見せる司波深雪だが、啓太は全く怖くない。

 

「第一、俺がこうしているのは君のせいなんだがね。総合主席サマ」

 

「―――どういう意味ですか?」

 

いきなりな『お前が犯人だ!』呼ばわりに、深雪としては色々と困惑する。

 

「あの選手選考の際にキミ相手に戦った。その際の反応からして、マギステル・マジックを公然と使えば、どうなるかなんて分かってしまった」

 

「ナンセ、総合主席であるミユキが『ほんぎゃらあっぱぱしにさらしゃんせー』だモノ」

 

その際のことを思い出して羞恥心で真っ赤になった司波深雪だが

 

『ほんぎゃらあっぱぱしにさらしゃんせー!!!』

 

立体映像でその際の様子を見せてきたことで悶絶寸前の頭を抱える司波深雪。

しかもリピート再生である。混乱状態の司波深雪の姿が繰り返しである。

 

穴があったら入りたい。そんな気分なんだろう。

 

「だ、だって……私は……なんで―――」

 

画面の中の彼女と現在の彼女が――――――同じようになる。

 

「おまけに君が敗北した瞬間、エターナルネギフィーバーを放った後の観戦者全員の表情ときたらば、まるで俺の勝利なんか信じられないというものだったしなぁ」

 

次いでエックスが再生したのは、その際の外野席の面子の表情全てだ。例外を除けば誰一人として、啓太の勝利を喜んでいる様子はない。

 

というかエックスは知らぬ間に色々と撮っているものだ……。

 

「まぁ俺のような『はぐれもの』のことなど構わずに、そちらはそちらでヨロシクやってなさいよ。知らぬが仏。言わぬが花ともいうだろ? 分かんないもの、知らなくてもいいものを無理に理解しなくても、あれこれと物言いばかりつけなくていいんだよ」

 

その満面の笑顔のもとでの言葉に全員が微妙な表情をする。あの司波達也ですら、そんな顔をしているのだから痛快な気分だ。

 

「―――話し込んでいないで次のディナータイムの学校が来る前に、全員腹を満たしておけ。楽しくわいわい喋るのもいいが、食事(どき)はとりあえず食事に集中しておけ。それは食事の基本マナーだぞ」

 

そんな注意であり『場』を閉ざす克人の行儀の良い言葉が放たれて、全員がとりあえずは飲食を再開する。

 

……自分に話が向けられる前にその言葉が欲しかったのに……。

 

そんなこんなで、食事を再開して、満腹になるも『デザート類』は部屋に持ち帰れるらしく適当に係のヒトに包んでもらい、一服は部屋ですることにしたのだが……。

 

「ワタシはこのモンブランとショコラケーキを!」

 

などと……頼んでいた啓太に着いていく形にするアンジェリーナに何とも言えない顔をしてしまう。

 

憎まれ役であり『ひかげ』を歩くのは自分だけでいいのだ。真っ当に生きていける彼女まで、『ひなた』を歩ける彼女まで、自分に構うことを啓太はどうしても苦しくなるのだ。

 

―――ワタシだって『はぐれもの』(アウトロー)ヨ。日本にいる合衆国のマギクスというわけじゃなくて、認められなかった考えを持った日本(ジャパン)の魔法師の孫なんだカラ―――

 

その言葉に降参しつつ、結局連れ立って部屋に行くのだった。少しだけ速く食堂を出ていく2人は誰かに見られたり見られなかったりだが……。

 

その10分後ほどにようやくディナーを終えて、全体が出ていこうとした際に、途上というよりも扉前で次のディナータイムである三高の方々がやってきてばったり鉢合わせするのだった。

 

朗らかに、にこやかに挨拶し合う一高一年女子と、三高一年女子―――司波深雪と一色愛梨の会話。

 

宣言の後に握手をした2人だが……。片方は一高の集団の中に2人ほど見知った顔がいないのか探して、目前の相手にその行方を尋ねるのであった。

 

「ところで、今日クラウドで私を倒したクドウさんと浦島君は……いないんでしょうか?」

 

「――――――」

 

どういう意図で一色愛梨が言ったかは分からないが、推測するに後者は、偽名を使ったことをアレコレだろうかとしつつも、その名前は今の深雪にはあまりにも地雷すぎた―――。

 

「浦島なんて―――名字のヒトは一高にはいませんよ。一色さん」

 

「へ? え、ええと……司波さん―――」

 

とたんに不安定な様子を見せる司波深雪に慄く一色愛梨。そして表面張力が限界を迎え溢れるかのように深雪はキレた。

 

「いませんから、そんなヒト。浦島なんてヒト、いませんから、いませんから、いるわけがない。いませんからね。いませんからね。いるわけがない。いませんからね。いません、いません」

 

その明らかに混乱しきっている……というか自分に言い聞かせるような繰り言に、一色だけでなくて全員がドン引きするのだった。

 

「―――おいミキヒコ、何があったんだよ?」

「語れば長くなるんだけど、端的に言えば、啓太にコテンパンにやり込められて混乱しているんだ」

口舌(舌先三寸)を使わせればあやつに勝てる人間はそーおらんじゃろ。無謀すぎる!」

 

そんな様子に褐色肌に金髪の少女―――カトラが顔見知りの少年をとっ捕まえて問いただし、それを聞いた沓子が、そんな感想を出すのだった。

 

だが、そんな司波深雪の様子を少しだけ奥の方から見ていた一人の少年……三高の一年生が怒りの炎を燃やす。

同級生でありながら、普通科の生徒でありながら一高のトップたる司波深雪さんを、女神のように美しい彼女を(けな)すなど……ふざけた男だ。

 

(司波さん。アナタをいじめた浦島啓太を、アナタを泣かせたヤツを俺が叩きのめす!!)

 

そうした時に、彼女の満面の笑顔が俺に向けられる。その瞬間を想像して内心でのみ有頂天になる一条将輝。

 

そんな決意の一条クンを少し勘違いした司波達也であったりするのだが……。

 

「あの2人……啓太君とクドウさんって……付き合っているの?」

 

「よくは分からない」

 

「ただ、何かと一緒にはいるんだよね……」

 

十七夜 栞の質問に答える雫とほのかだが、『親戚』ということぐらしか2人の関係を知らないので、それぐらしか言えなかったりした。

 

少しだけ落ち込む栞に2人してどういうことだろう? と思いつつも、それぞれで夜は更けていき……。

 

「今回ばかりは傍観者だな……私もかつては従者にエックスのような人格(AI)のロボがいたが……。まぁそれでも本当に困るようならば、手助けしてやるかな」

 

「頼むから、あなたのような人の多大な干渉など、ご勘弁願いますよ。色々と後始末が増えるのですから……」

 

大会の裏側に張り付いていたものたちも遂に動き出すのであった……。

 

 

 

 

 

 



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stage.38『新人戦三日目・one』

新人戦三日目。九校戦通算では六日目に至ったこの日の啓太は誰よりも忙しくなるのだった。

 

(まぁ2種目に登録した以上、こうなることは分かっていたけどさ)

 

どっちか―――バトル・ボードを落とすことも考えたが……。

 

『こうなればどちらもポイントを取ってくれ』

 

それは要するに最低でも三位には入れ。決勝リーグに進出しろということだ。いかつい顔の顔見知り十文字の言葉に、了承することになったのだが。

 

「会長、委員長。俺の方はいいですから北山さんとかアンジェリーナの方を観戦してきてください」

 

「サポートはいらないのか?」

 

「いりません」

 

いてもいなくても同じならば、いない方が啓太としては嬉しい。元来、啓太はそういうボッチ気質なので上級生の接待など出来ないのだ。

 

控室にて寝っ転がって待つ姿は、どこぞの世界タイトル六階級制覇を目指すボクサーのようである。

 

「そうか……じゃあ頼んだぞ……」

「はいはい」

 

後ろ髪を引かれるというほどではないが、出ていった渡辺委員長の言葉を聞きながら考えることは……。とりあえずトーナメント表を見る。

 

「九郎丸が3つ目のブロックにいる―――上がってくるだろうな……」

 

決勝リーグにおける楽しみの一つを考えつつ、妖刀を検査委員に出しても大丈夫だろうか? そんなことを考えた。

 

そして時間になったので、試合会場へと赴く。

 

(観客は少ないといいなぁ……)

 

およそ九校戦に出る選手ないし魔法師の態度ではない啓太は試合会場の櫓の昇降機で上がる。

 

(ブーイングでも欲しい。ブブゼラでも鳴らしやがれ)

 

出来るだけ『詠唱』が聞こえないフィールドがいいのだ。しかし、啓太の願いは叶わなかった。

 

特に歓声が上がるわけでもないが、それでも観客は多かった。

 

相手は三高の『大島』とかいう名前の相手。特に相手の情報は知らないが、好戦的だろうとは分かっていた。それぐらいだったのでスタートブザーが鳴り響くと同時にいつもどおり……相手が気持ちよく攻撃しているところに―――。

 

「ああん?」

 

予想外に口汚い声を出してしまったのは相手が汎用型CADを使ってやったのが、自陣の徹底的な防御であったからだ。

 

合間に攻撃でも来るかと思えば、それすらなく『穴熊』に徹しているからだった。

 

どういうつもりなんだ?と思うも、汗を少しだけ流しながらも、自陣から眼を離さない様子に察した。

 

閑話

 

 

朝方、三高の作戦会議にて驚愕のことが伝えられた。それを聞いた大島 司は……握りこぶしを我知らずきつくしながらも問いかける。

 

「吉祥寺クン、それはつまり……俺に、カメのように丸まっていろってことか? 浦島相手に、カメになれと?」

 

言葉の皮肉を吐いたが、構わず吉祥寺真紅郎は口を開く。

 

「そうだね……残酷なようだけど、まずは彼の攻撃の性質を見るためにも領域干渉など強力な防御術で固まってくれ」

 

その言の意味は大島が2回戦までやってきた『赤い弾丸』(レッドガンバレット)を封印して戦えということだった。

 

自分の得意手を封じてチームの為に、偵察役・壁役を実行しろと言われて苦渋の思いだ。

 

確かにここまで浦島啓太は『良くわからない方法』で、3回戦まで駆け上ってきた。その性質を掴むためにも、自分に本来の戦術を封じてまで見に徹しろなど……。捨て駒も同然ではないか。

 

そういう気持ちを察したのか一年男子のリーダーがフォローに入る。

 

「早合点するなよ司。別にジョージは、攻撃をするなとは言っていないんだ」

 

「一条クン……」

 

「浦島が、どうやって攻撃をしているのか、もしかしたらば、それは多大な防御を敷けば封殺出来るものなのかもしれない。そうなれば、こっちのもんさ―――お前の弾丸と競える決勝リーグを俺は待ち望むぜ」

 

その言葉に落ち込んでいた大島の心が持ち上がる。そうだ。相手に勝てないわけではない。

 

これが勝利のためならば、こなしてみせる。やってみせる。

 

その気持ちで、浦島に立ち向かうのだった。

 

 

閑話終了

 

 

『浦島選手のお株を奪うカメの甲羅ディフェンスを展開した大島選手、これに対して浦島選手はどう出る!?』

 

そんなものをお披露目した覚えはないが、煽り過ぎな実況の通りにどうしたものかと啓太は思う。

 

(影のゲートを通して『チカラ』の散弾を打ち氷柱の中身を砕くことは無理かな)

 

あそこまでガチガチに固められたらば、流石にこちらのトリックがバレるだろう。

 

(しゃーない……)

 

―――ちょっくら魔法戦(ボクシング)をしてみるか―――

 

決意をして首を鳴らしてから、左右の腕にチカラを通す。そして―――。

 

「リク・ラク・ディラック・アンラック 来たれ氷精 闇の精 闇を従え 吹雪け 常世の氷雪―――」

 

闇……としか言えないものが渦巻いて、両手に集まる。それは凍てつくような『闇雪』―――その全てが、収束して固まった瞬間……。

 

 

闇の吹雪―――(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)!!!」

 

横に発生する『竜巻』。それが巻き上がらせるのは全てを破壊する闇と全てを凍らせる雪。

 

ゆえに―――。

 

情報強化された氷柱であろうと領域干渉されたものであろうと……闇は、全てを砕いていく。その世界全体に対する影響力は凄まじいものだ。

 

「そんなっ!?」

 

「別にガチガチに守ってもいいんだけどさ。それ、君の戦い方か?」

 

一直線に放たれた渦巻き状のエネルギーの流れが、氷柱の一列を完全に破壊して余波も加えて5本が砕けた。

 

「さらにもう一発!!」

 

詠唱で発生させていたのは「2つ」の闇の吹雪であり、左手を振りかぶって放とうとした姿に、これ以上はマズイと思った大島が―――。

 

「させるかよぉおおお!!!」

 

―――攻撃に転じる。赤い弾丸と呼ばれる―――本当に赤くなったり高熱を生じているわけではないが、その特異体質、血潮を発生させるほどの汗が蒸発して魔法に乗った時に―――超高速の魔法弾が放たれるのだ。

 

その危険性を見た啓太は、術式を変更。手で何かを回すようにして、指をその円状のものに滑らせることで変化が起こる。

 

円環防盾(キルクルスレクシオン)!!」

 

その超高速の弾丸を受け止める魔力の盾(シールド)が幾つも啓太の氷柱の周辺に出来上がる。

 

シールドは自動の防御(オートガード)をするらしく、超高速の弾丸を迎撃する様子に、こんな複雑な術式を何故―――。

 

「リク・ラク・ディラック・アンラック―――魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・闇の109矢!(セリエス・オブスクーリー)

 

―――その上で山なりの弾道で魔力の矢が大島の陣を襲う。だが、それを防ぐべく弾丸は息も着かせぬぐらい放たなければならなくなるのだ。

 

「―――くそっ!! 一高は俺たちを騙していたのか!? 司波達也だけでなくこんな秘密兵器まで普通科の生徒として登録していただなんて!!」

 

「いやいや、あの理論主席サマは知らないけど、俺は平々凡々なる人間ですよ。買いかぶらないでくれ」

 

手をひらひらさせる仕草と剽げた言い草にキレてしまいそうになる大島だが、大島の改変魔法や赤い弾丸と呼ばれる超高速の速攻魔法も魔力盾によって阻まれてしまう。

 

こんなふざけた現実、呪文詠唱などという古臭い手法で、こちらを圧倒するなど……。

 

「認めない……認められるものかぁああ!!!! お前のような巫山戯た男が九校戦の決勝リーグに上がるなど!! 俺たち一年男子の顔役(ボス)である一条の戦いに並び立つなど!!」

 

「覚悟と情熱が、そのまま結果につながると信じているならば―――それは甘い夢というものだ」

 

それは本来ならば紋無しの生徒が言えるセリフではなかった。それでも、それこそが皮肉へと繋がる。

 

ぎりぎりと歯ぎしりする様子を見ながら啓太は告げる。

 

「不可解か? 理不尽か? ならばそれこそがお前を物事の本質から遠ざけているものの正体だろうな―――まぁ説法なんてガラじゃないんでね。そろそろ決めさせてもらう―――」

 

その言葉と同時に呪文詠唱が聞こえてくる。それが死神たちの合唱(フルコーラス)に聞こえてくる大島は。

 

「来たれ風精 闇の精霊 闇夜を喰らいて 迸れ 心喰らう 大地の底に眠りある覇王の蒼の力よ―――闇竜の凍てつく息吹(ヴォイド・ブレス)!」

 

こぅっ! 

 

音にすればそれだけなのだが、効果は瞬間であった。大島の氷柱の陣の中心から青い光が吹き上がり、天空へと登ろうとする寸前に光はドーム状に盛り上がっていき、その破壊力は、存分に放たれて大島の陣は全て破壊されるのだった。

 

 

『試合終了!! 勝者 一高 浦島啓太!!』

 

崩れ落ちる大島の姿を見ながらも、そうして決勝進出を決めるのだった―――。

 

 

その様子を察した別会場の九郎丸は喜色を出していく。

 

(啓太くん勝ったんだね……ならば―――)

 

僕も本気を出そう。

 

二高のサムライプリンスが己の身に気を充足させる。

 

「神鳴流奥義!! 極大・雷光剣!!!」

 

放たれる剣が巨大な疑似球電を発生させて、相手の陣でその破壊力を発揮する。

 

剣の間合いではない。しかし、その理を無視するだけの術理が、神鳴流にはあるのだ。

 

「なっ―――」

 

情報強化され、物理障壁で保護された氷柱が砕けたことに驚いているようだ。

 

(現代魔法か……今更ながら同情するよ。君たちの手に入れたものは、『選民の下劣な技術』であり、決してネギ・スプリングフィールド大師が目指した『万民の便利な道具』ではないことにね)

 

皮肉を内心でのみ言いつつ、九郎丸は離れたところから放つ『飛ぶ斬撃』で全てを終えた。

 

―――剣を交わすような戦いじゃない。こんな競技種目でしかないけど、僕は君と戦いたい―――

 

その決意は確実に叶うことになる。

 

 

「ようやく理解したよ……浦島啓太はマギクスじゃない。マギステル―――歴史の彼方に消えたとも、世界の裏側に行ったともいえる『本物の魔法使い』だ」

 

「佐渡ヶ島でも現れたな……あの時、来たのはタケミチ・T・ミナモトとかいうマギステルだったか……」

 

「―――だが、彼らは新ソ連の兵隊たちを『殺さなかった』……確かに極力人死を出さないのは高潔な行為かもしれない。けれども、あの兵隊たちはいずれ復讐しに来る。そしてあいつらがいなくならなければ、僕のような親兄弟を殺された人々の怨みは消えないんだ……!!!」

 

「ジョージ……」

 

世界の嘆きを減らすために活動している彼らの存在は、ある意味では民間では公然の秘密ではある。しかし、魔法師にとっては、その活動範囲・活動内容が時に自分たちとかち合って対立を生むこともあるのだ。

 

「ジョージ……いや、真紅郎―――俺は勝つ。大島の無念、そしてお前の気持ちを晴らすために」

 

十師族としての誇り。

そして……自分が恋い焦がれた少女、女神のような彼女……司波深雪のために―――。

 

(俺は―――浦島啓太に勝つ!!!)

 

邪すぎる決意が刻まれるのだった。

 

 

そんな選手たちとは違い、頭を悩ませるものたちが数名。

 

女子アイスピラーズブレイク決勝リーグ。

一高 司波深雪

一高 アンジェリーナ・シールズ

三高 十七夜 栞

 

男子アイスピラーズブレイク決勝リーグ。

三高 一条将輝

二高 時逆九郎丸

一高 浦島啓太

 

見事にバラけた結果になったのだ。

まぁ女子は一高勢が2人なのだが……こうなると決勝リーグの進行が、色々と大変になってくる。

 

「例年通りならば予選までの失点数(自陣被害)が少ない人間が、どういう試合順であるかを決める権利があるわけだけど……」

 

「男子はともかく、女子はどうしたものかだな……」

 

「司波妹御とシールズが戦わなければ、一高で申し合わせがあったとか探られるぞ」

 

別に探られても痛くはない腹ではあるが、世間体というものがある。

 

「選手の調子はどうなんだ?」

「男女3名ずつ元気いっぱいだな」

 

一高三巨頭の会話は、今後の展開に関してだった。

 

「まぁこれ以上は大会委員の言う通り、二高、三高の役員も入れて決めるべきことだろうな」

 

そんな風に考えつつも、場合によっては一条の試合は『オマケ』にしかなりかねない可能性。

 

『十師族が負ける』ということの影響力を考えて、十文字克人は少しだけ憂鬱になるのだった。

 

 

 

 



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stage.39『新人戦三日目・two』

「まさか『つらら』の三強に浦島が上がるなんてな」

 

「レオ君からすればそんなに奇妙な話ですか?」

 

「いや、まぁそう言われればアイツの実力からすれば当然なんだろうけど……」

 

どうにも普段の様子からすれば、何というか場違い感が拭えない。

別に際立ったものを普段から見せる……口汚く言えば、ケンカ犬か野良犬のようにあちこちに噛み付くのが魔法師などの在り方ではないが、どうにも昼行灯すぎていずれ『四十七士の討ち入り』のリーダーのようになるのではないかという懸念が生まれる。

 

光井ほのかが決勝進出したのを見ながら、同じく少し前にバトル・ボードで決勝進出した浦島のことを思い出しての話だったのだが……。

 

「さてさて十師族である一条を下せるのかしらね?」

 

観戦者のうちの一人でありウォーモンガーである千葉エリカの言葉に、流石にそこには負けるのではないかとレオは考えたのだが……。

 

「大丈夫。浦島君ならば優勝するよエリカちゃん!!」

 

妙に浦島に対する期待値というか信頼が高すぎる美月の言葉に苦笑しながらも、会議というか合議ではちょっとした騒動が起こっているのだった。

 

 

「―――ならば俺は最初に浦島と、次に時逆とやります」

 

二連戦で構わないとしてきた一条将輝の言に一、二、三の首脳陣はそれぞれの表情だ。

 

女子の方は、そんなに蟠りなく試合順が決まった矢先に、男子の方はこんな調子であった。いや、確かに優先権は一条にあるのだが、まさか殆どインターバル無しでの二戦を望むとは……同席していた達也も驚いてしまうのであった。

 

三高の首脳は、その『男気』溢れる決断に喜びっぱなしだが、一高の……特に十師族の2人は、微妙な表情だ。

 

「一条、お前は二連戦する意味を理解しているのか?」

 

「勿論ですよ。ですが、それこそが十師族としての誇りを全うする道なんですから」

 

手の内を晒すことや、疲労が溜まることも織り込み済み―――というよりも浦島相手にしても疲れるわけがないという『見込み』なのだろう。

 

先程から深雪に度々、視線をやりながらそんな風に男気アピールをしている一条将輝なのだが……。

 

「他校の人間としては喜ばしいことなのだがな……だが言っておくぞ。それは『誇り』ではない。『驕り』だ」

 

驕慢・傲慢のたぐいであると腕組みしながら伝える十文字の言葉だが伝わることはあるまい。

 

「―――浦島君と時逆君はそれでいいのかしら?」

 

真由美会長の最終確認だが、そもそも意味のあることでは無かった。

 

「別に俺に選択権がある話じゃないでしょ。いいもわるいもない」

 

「啓太君におなじく。ただ一つ確認を……僕と戦う時は啓太君は『ひな』を使うんだね?」

 

「ああ、九郎丸も『大業物』だしてくれるんだな?」

 

「当然だよ。全力で神鳴流剣士としてお相手させてもらう」

 

そんな風に完全に一条将輝を蚊帳の外にしての会話は、如何に深雪にだけ意識を向けていたとはいえ一条将輝のトサカを立たせていた。

 

「俺と戦ったあとのことばかり気にするだなんて、随分と意識が低いんだな」

 

「当たり前じゃん。十師族は『日本の魔法師』の中でも最強のタイトルホルダーなんだろ? だったら俺が勝てるわけないじゃん」

 

「自分が二連戦して勝負を決めるとか宣言しておきながら、いざ自分を無視されたらイガるとか随分と小さいね」

 

浦島と時逆との連携された言葉に、苛立ちを見せる一条。

 

「そもそも三高ないし、一高以外の学校はお前の田中太郎名乗りにムカついているんだよ。ふざけたことをしてお前は……」

 

「それの何が悪いってんだか、君やそこの『ちんまいの』やらみたいに『クリムゾンプリンス』だの『カーディナル・ジョージ』だのなんて2つ名で自分のことを指し示すことが出来るならば、俺が田中太郎と名乗ることに何の不都合があるってんだか」

 

「……田中太郎は偽名じゃないと言いたいのか?」

 

「名前なんて所詮は記号だろ。禍音の使徒だの闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)だの童姿の闇の魔王だのなんて猛々しくロクでもないものばかり着けられた『子猫の魔王サマ』を知っているからな―――そんなものを言い合い名付け合うアホな奴らと同類になりたくないのさ」

 

言葉の真意はいまいち不透明だが、その少しだけ寂寥感を灯した言葉に一同は少しだけ黙る。

 

「渡り廊下でそこにいる理論主席サマにうざ絡みした際に『自分の名前』を言われてどんな気分だったのやら―――興味ないからどうでもいいけど」

 

達也を引き合いに出したことで、深雪の険相が出来上がる。同時に、将輝も険相を出す。

 

「お前だけは倒す……!!! 俺の全てを賭けても、お前を倒してやる!!」

 

「はいはい。こっちも場合によってはそこの総合主席の司波深雪さんを倒した時と同じ技でキメてやるよ」

 

意気を上げる一条将輝に対して返した言葉に一高首脳陣がざわつく。

 

「ま、待て浦島!! アレで一条を倒そうというのか!?」

 

「ええ、何か司波深雪をチラホラ見ているんでオソロの技でぶっ倒されれば、いい縁が出来るんじゃないかと思いまして」

 

「バカを言うな!! アレで倒されたあとの司波妹御の様子は見ていられなかったんだぞ!! それと同じことを一条にやろうというのか、やめてくれ!!」

 

「おやおや身内贔屓ですね会頭。やはり同じ十師族どうしで忖度し合うんですか?」

 

「違うわよっ!!と『すごいや! 啓太君!! それって前に言っていた『千の英雄』のスーパーアーツなんだよねっ!?』―――時逆くん!!」

 

三巨頭を思いっきり混乱に招く驚愕の発言。ちなみに最初の言葉で一条将輝は真っ赤になり、最後の真由美会長の発言は子犬のようにやってきた九郎丸によって外された。

 

「ソレならば、千の英雄を倒した『ライテン』でもヨクない!? ワタシはソッチの方がベリークール(チョーカッコイイ)と思うんダケド!?」

 

「俺は水属性だからそれを使えば大ダメージ必須で―――」

 

「もうそちらの口三味線に付き合ってられるかぁ!!! 係員に既に登録した!! 第一試合はウチの一条と一高の浦島! 第二試合は一条と二高の時逆!!―――帰るぞっ一条、十七夜!!」

 

アレだのソレだの、訳知りだけが分かるこちらの会話をうざく思ったのか、全て遮るように前田という三高の会長が他のメンツを引き連れて一高のテント内から出ていく。

 

どうでもいいが、その際に選手2人が、向ける視線の方向が色々であった……。

 

「ほな、ウチらもお暇させていただきますえ。九郎丸はん―――勝負を楽しむのもええですが、勝てる試合の勝ちはひろってくださいな」

 

「当然です水納見会長―――それじゃ試合で会おうね」

 

二高の女会長の言葉に答えたあとには、二高勢も姿を消す。そうしてからたっぷり1分ほど経ってから―――。

 

「本当に一条に勝てるのか?」

 

「負けてほしいならばゼニよこせ」

 

「……俺は勝算があるのかどうかを尋ねたんだ」

 

「信用ないのなー俺ってば。まぁ今更の話だからどうでもいいけど」

 

とことんマイペースすぎる浦島啓太という男にどうしても、気分が悪くなるのだ。

 

「勝負は時の運。勝敗のアヤがどんなものになるかなんて知らんわ」

 

「むぅ……だが、エターナルネギフィーバーは使うんだな?」

 

「使う機会が来れば。ですよ」

 

そんなものを使って勝たれては色々と魔法師界隈が混乱をきたすとか考えているのかもしれないが、別に俺に特別の実害はないわけだからどうでもいい。

 

「―――最終確認なんですけど、十文字会頭に七草会長は本当に俺が一条将輝に勝っても、何も言わないんですか?」

 

「―――当たり前だ。七草もいいな? お前が浦島に一条を倒して優勝するように求めたんだ」

 

「……ええ、お願いするわ」

 

最終的な言質を取ったことで浦島は30分後の戦いに赴くことが確定する。そしてそれこそが……九校戦最大の混乱の『序章』になるなど知る由もなかったのだ。

 

 

 

大歓声の中に現れた王子さまの姿にさらなる大歓声―――これほどまでに、イケてる魔法師サマとなると張っ倒せば、どんなことになるのやら。想像しただけで色々だが―――まぁどうでもいい。

 

(爆裂とかいう対象物の水分子を沸騰させる魔法ねぇ……)

 

その魔法一つの一本調子で勝ち上がってきた。最強のワンパターンともいえる。

 

(けれどバカの一つ覚えみたいにおんなじことばっかりやってれば、対策の一つや二つ出来るもんさ)

 

櫓の上で身体を解していた啓太は、右腕と左腕を解放する。

 

それだけで何かを察したのか遠くの櫓に陣取る一条は表情を強張らせる。

 

空気の変化……とでも言うべきものを感じ取れる辺り、ただの色ボケではないようだが。

 

(生憎ながら、気づいた所で時既に遅しだ)

 

スタートランプの点灯と同時に特化型の読み込みをする一条。

 

校章の無い制服の両袖を引きちぎりながら凶悪なる魔素痕が浮かび上がる。

 

その意味を理解できるものは少ない。だが、それを見た一条に動揺が走る。すなわち―――

 

(闘いというものは、臆した者に必ず『負け』がおとずれるものなのだ!!!)

 

黒き闇の腕を見たことで動揺した一条の魔法だが―――スタートと同時に放たれるも―――。

 

「玄武陣・玉璧!!」

 

右腕を突き出すと同時に放った防御術が、一条の魔法から氷柱を防御した。もっとも五本ほどがやられたが―――それすら織り込み済み。

 

玄武には『太陰の絵図』が組み込まれている。

 

つまり―――。

 

(これが一条将輝の『魔法』か……)

 

その魔法の熱は―――。

 

(ヌルいんだよ!!)

 

「スタグネット・エクスプロジオン・コンプレクシオー!!!」

 

奪い取った現代魔法を元に術を編み上げる。その魔法の名は―――。

 

「ひなたの土地に温泉湧き上がる!! サクラサク!!!」

 

ちょー適当なものだったが、大きなモノを掲げるような両手からの変化は急であり突然だった。

驚いた一条の顔が更に強張る現象が出来る。

湯が、

熱湯が、

温泉が、

 

―――いきなり自陣から吹き上がったのだ。

 

「なっ!?」

 

想像すらしてなかった奇襲であるが、出てくる湯量と熱量はとてつもなくて、防御を講じなければ将輝の氷柱など一瞬にして溶けてしまうものであった。

 

即座に特化型をホルスターにしまってから、慌てて汎用型で防御を講じる。この際に、啓太は攻撃をしようと思えば『出来た』が、あえてしなかった。

 

(せっかく呼び起こした名湯なんだ。存分に浸かって浴びていけや)

 

この夏場では実に暑苦しい限りだろうが、それこそが啓太の狙い(・・)なのだ。

 

玄武陣による仕切りで、一条と自分の陣の間に完全に境界を作りながら、啓太は狙いを絞ることにするのだった。

 

 

 

「ど……どうなってるんだ!? 浦島の魔法は……!! あ、頭がおかしくなりそうだ……!!」

 

歯を噛み締めながら頭を掻きむしるようにして、三高の参謀役である吉祥寺真紅郎は震えるような声で言葉を絞り出す。

 

将輝には詳細には見えなかっただろうが、真紅郎にはしかと見えていた。

 

「将輝の魔法……爆裂を利用―――いや『吸収』『簒奪』して、それを使っての『お湯』の創成(クリエイト)だと……!! どこからあれだけの水を用意したんだよっ!?」

 

起動式も魔法式もなくただ、『チカラ』を用いて現象を引き起こす様に頭を振るのみだ。

 

「吉祥寺君落ち着いてっ!」

 

宥める一色愛梨だが、サポーター席ともいえる場所から見えている光景は覆らない。

 

とんでもない。とてつもない。

 

浦島啓太が放った一連の魔法を前にして吉祥寺とは違い、何故か背筋をゾクゾクさせるもの―――有り体に言えば快感、エクスタシーともいえるものを愛梨は感じるのであった。

 

 



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stage.40『新人戦三日目・three』

あと2日でリロメモも終了……だというのに、渋い運営であった。

ストーリーを先に進めたくてもレベルやらカード強化やらついでに言えば新規の
ガチャで強いカードも手に入れられない。結局の所、地道な作業が必要になるのだが、正直終わることが確定しているゲームにそこまで時間掛けたくないっての。

結局、公安暗躍編とやらも見れず、飛騨遺跡の半端なところで終わり『陽菜ちゃんパイオツカイデー』とかいう感想程度で終わる始末。

供養のしがいが無いゲームであった。


 

温泉の中に沈みきろうとしていた一条の氷柱だが、流石にそこまでの湯量を用意出来なかったのか、少しだけ水面に出ている状態が確認できる。

 

だが、それは人間に例えれば水没しそうな密室で必死に空気を求めて天井近くで呼吸にあえぐようなものだ。

 

更に言えば、とんでもない熱気が一条から正常な思考力を奪う。

 

「おまけに現在時刻は昼過ぎの二時……気温がたまり続けたこの時刻にこれは一条君もたまったもんじゃないだろうね」

 

「ねぇミキ。浦島君は何をやったの……? そして、あの浮かび上がっているタトゥーみたいなものとか……」

 

「全てが不明すぎるぜ……」

 

E組ではあるが、幹比古にとって馴染み・友人と言える2人の冷や汗混じりの発言に少し考えるが……観客席の近場に居る一高のみんなが説明を求めていることを察する。

 

だが、これは特級すぎる秘密だ。啓太が、ここで晒したからと説明するわけではないだろうが……。

 

(あとで怒られるのは僕だけでいいはず)

 

雪姫師母も怒るだろうがとりあえず説明していく。

 

「まず最初にエリカの質問だけど、あれは『闇の魔法』……ラテン語読みで『マギア・エレベア』と呼ばれる術法。その術は紋章状の魔素痕が装填される身体の部位に発現するものなんだ。大抵は腕なんだけどね」

 

「マギア・エレベア……」

 

言葉にしただけ、思っただけで誰もの口が乾いていくのを感じた。それだけとんでもない術なのだろうとは気付く。

 

言霊というものを信じてしまいそうになるほどに何かの忌み名を思わせるのだ。

 

「装填ってことはサイオンかなにかを凝縮するのか?」

 

「いや、違うよレオ―――アレは……魔法そのものを己の身に『装填』(取り込む)ものなんだ」

 

「魔法そのものを……?」

 

「極論してしまえばマギステルの術というのは殆どが自然現象的なものを『精霊』の力を借り受ける・従えることで発動するものだ。その発生するエネルギー量というのは、正直言えば現代魔法とは一線を画す……エイドスの書き換え云々ではなく、直接的なエネルギーを叩きつけることは考え次第では大味かもしれないが、絶大だ」

 

その事実は、都合二度ほど一高を襲ったマギステルの実力で全員が痛みを思い出しながら痛感する。

 

「ゆえに、そのエネルギーを『己の身体』に取り込む……現代魔法的な考え方では自分の体を『魔法現象』に『書き換える』ことで、無限の耐久力を、視認不可能な速度を、触れること叶わぬ身体を得ることが出来るんだ―――俗な表現だけど、伝説の海賊漫画で言う所の自然系(ロギア)の能力者になるようなもんだよ」

 

装填する魔法の種類次第だけど。と付け加えると全員がかなりとんでもないことではないかと思ってしまう。

 

「本来的にこれは自らが詠唱した魔法のみを取り込めるわけだけど、啓太の場合はちょっと特殊で他者の放った魔法とかちょっとした現象も『ストック』するように保持していける……多分、一条将輝の放った爆裂を『玄武陣』を通して掌握(コンプレクシオー)して、違う術式を構築したんだろうね」

 

あっさり。あっけなく。

 

なんでもないことかのように吉田幹比古は言うが、それがどれだけの『とんでも』であるか、現代魔法では不可能な領域であるかが、現代魔法師だからこそ分かってしまう。

 

周囲にいる面子は、なんでこれだけ出来るヤツが2科生にいて……あそこまでやる気が無いのだと思う。

 

「彼にとっては……はじまりの魔法使いを倒すことだけが、魔法科高校にいる理由なんだね……」

 

ここまでの説明を聞いた五十里が沈痛な顔をして俯きながら口を開いた。

 

「そうですね。啓太は魔法師としての栄達とかマギステル・マギになろうとかいう目的はありません。東京大学に合格して『約束の女の子』と幸せになることだけが目的ですし」

 

「約束の女の子?」

 

「まぁこれ以上は啓太のプライベートに関わるから言わないし、言いたくないよ……それにそろそろ決まるよ―――」

 

ここまで7,8分は経っただろうか、その間に彼我の攻防は定まっていたのだ。

 

 

―――完全にやられた。

 

絶望的な感情が自分を埋め尽くすのを感じながらも、一条将輝は対策を講じなければならない。

 

ならないのだが、この熱気を受けている中では正常な思考もままならない。

 

更に言えば水中に没している氷柱に対しての防御も難儀だ。情報強化で何とか『つらら』の耐久度を上げようとしても、『熱』と『水流』の圧……どちらからも影響を受けていて、気を抜けばただの『氷の塊』として物理現象のままにさらされそうなのだ。

 

水中に没していても攻撃は続いているのだ。

 

(おまけに、情報強化の魔法を通じてなのか熱を感じる。アツすぎる!!! 張り付くシャツの感覚がウザすぎる!!)

 

ならばその前に爆裂を―――汎用型にも登録してあるそれで浦島の氷柱をと考えるも……。

 

(あんな防御術まで用意していた―――いいや、元々持っていたんだな。ここまで使ってこなかったんだ……!)

 

多くの人には視覚処理されたとしても見えないかもしれないが、相対する将輝にはそれが見えていた。

 

亀の甲羅―――亀甲で構成されたようなドームが浦島の陣を包んでいるのを理解する。

 

手の内を隠して、ここまでやってきた浦島。

己の必殺を晒しまくってきた一条。

 

どちらが戦上手かといえば当たり前のごとく前者なのだ。

 

(理論主席サマを意識しまくって、自慢屋根性で勝ち進んできたからな。お前の棋譜並べなんてするまでもなくやることなんて予想済みだ)

 

一条がそれを感じているかどうかは分からないが、既に10分以上が経過している。その間、水中に没した氷柱に対する防御だけで疲労困憊。底なしの泥沼に沈みこんだ状態も同然。

 

ダメ押ししてやれば、あちらのやることは唯一つだろう。

 

「リク・ラク・ディラック・アンラック―――海神の象徴たりし三叉の槍―――海神の投擲(ラクティス・ネプトゥヌス)!!」

 

啓太の背後に整列した三叉の槍の数は30はくだらない。そして、それが啓太の手振りだけで将輝の陣に飛び込む。

 

海の神であるポセイドンの槍は、天変地異を引き起こす魔法のアイテムである。原典においては、そうなのだが、長い変質なのかゼウスの兄という点が『雷』の特性を与えたのか、そういう属性も付与されている。

 

即ち―――水中レールガンのようなものだ。あるいは魚雷ともいえるし、水中自爆ドローン……まぁ何でもいいが、それが情報強化されて障壁で防御していた氷柱を砕いていく。

 

「ッ!!!」

 

「水流の影響もあって動かすことも出来ないだろう? もはや水中に活路なしだな」

 

止まっている(マト)に攻撃を当てるなど簡単すぎる。

 

生き残った氷柱は4本、これを用いて何が出来るのか、それを必死で模索する一条将輝の頭など丸見えだ。スケスケすぎる。

 

そしてそれこそが啓太の目的だ。

 

「―――ぐぉおおお!! 持ち上がれ氷柱よ!!!」

 

別にマギステルとは違って口頭言語が必要というわけではあるまいが、汎用型を使って氷柱を持ち上げるような動作……何か強烈に重すぎるモノを上げようとする一条将輝に対して『イチジョウコール』が盛大に出来上がる。

 

だがその一方で一高周辺からは『バカー!! 持ち上げるなー!!』『そりゃ死路だぞ!!』だの裏切り者どもの声が聞こえる。

 

見聞色の覇気(笑)のようなものでそれを聞きながら、確信した。

 

(俺はいま―――最高に悪い魔法使いだ!!!)

 

最高にハイな気分になっていく。

 

だから―――重力魔法……偽名使いの先駆者の十八番を発動。簡単な重力圧を一条が持ち上げようとしている氷柱に向ける。

 

簡単に持ち上げられないことに難儀しつつも、こらえるような仕草を取りつつも―――。

 

「おらぁっ!!!!」

 

最後にはそれを解除して一条の氷柱は空中に打ち出された。

 

その4本の氷柱はもはや本来の形状ではないぐらいに崩れたものだったが、試合終了の合図は出ていない。

 

持ち上げた時点で肩で息をしていて、顔も青ざめたものだが……。

 

「ふんぬらばうふゃふゃしにさらしゃんせ―――!!!」

 

最後の行動と言動は同じすぎて、憐憫の情を覚えながらも啓太は打ち出す。

 

カッコつけのポーズの連続の後にこちらに向かって高速落下してくるつららに対して―――。

 

「イターナルッ……ネギフィーバー!!!」

 

発音をちょっとだけ良くした全身ビーム射撃でつららを全て破壊!!

 

同時に魔法の解除。お湯が引いていく一条将輝のフィールドには既に何もなく、完全に全ての氷柱が無くなったことが確認出来ると―――。

 

『しょ、勝者! 一高 浦島啓太!!』

 

上擦ったアナウンスの声と言葉のあとには大歓声ではなく、大きな悲鳴と信じたくないという言葉の大合唱であった。

 

 

そして櫓に立っていたはずの一条将輝が前のめりにいきなり倒れ込んだことで、救護班が急いで駆け寄る様子にさらなる大きな悲鳴が上がったりする……。

 

 

「一条将輝は次の試合への出場は不可能なようだ。ゆえに男子ピラーズではヤツの成績は3位となる。明日のモノリス・コードはどうなるかは分からないが、今日一日は無理させられないとこちらにも伝わっている―――」

 

「そして男子バトル・ボードはもうひとりの決勝進出者が棄権を申し出たことで、三位決定戦が残っていますが、自動的に浦島君の優勝が決定しました」

 

喜ばしい報告ばかりのはずなのに、どうしても気分が晴れない。最初の十文字の発言は一条将輝という魔法科高校の男子後輩を気遣ったもので少しの鬱屈を感じる。

 

次の市原鈴音の発言は事務的なものだが、空調が効いたテント内でも汗を見せている辺り心は分かる。

 

「なにはともあれ勝つには勝ったんだ。それで良しとしてかないか? それとも他校からクレームでも来ているのか?」

 

「いえ、そんなことは無いんだけど……いざ、こういう現実を見せられると、どうしても受け止めきれなくて……」

 

摩利の竹を割ったような言葉。そしてその質問に戸惑い気味に返した真由美、まさかマギステルの術が、ここまでとんでもないものだったなんて、想像の埒外だったのだ。

 

「あとは時逆との戦いだが……浦島から要望が届いた」

 

その言葉にざわつくテント内の一同。あのはぐれものからどんな要求が来たのか、戦々恐々としながら十文字からの言葉を待つことに。

 

「―――時逆との試合は『無観客試合』にして審判だけを入れたものにしてほしいだそうだ。記録映像を録ることはいいそうだが……」

 

「なんでアイツはそんな上から目線なんですか……?」

 

十文字の言葉に、桐原が怖気づきつつも質問をすると、ため息を一つ突いてから、腕組みをして眼を瞑りながら言葉を吐く。

 

「―――魔法師界の『安定』を保つためならば、魔法師に日本社会が不信感を持つことは困る。生ぬるい世間に刺激が強すぎる映像を見せなくても、知らしめる必要もないだろう―――とのことだ。ちなみに原文ママだぞ」

 

巌のような漢の放ったその言葉の意味は……色々な意味を持っていた。

 

「つまり二高の時逆君との戦いは、一条君との戦い以上のものになると、白熱及び想像だにしない映像が出ると言うことなんですね?」

 

「そうだろうな。そして最近になって知ったんだが、彼はどうやら裏火星……ムンドゥス・マギクスからやって来た人間のようだ」

 

その言葉に全員が強張る。火星人という単語、そして伝えられた真実が色々と身体まで緊張に晒されたのだ。

 

「……それで、そんな浦島君の提案に関して十文字君はどう返したの?」

 

話が逸れたことを理解したのか話を戻した真由美。

 

「当然、『ふざけるな』と返したさ。だが、あいつの提案に少しだけ考えたのは事実だ……」

 

つまりは、十文字の懺悔であったということだ。

 

「マギステルの術は、俺たちのような魔法師にとっては毒だ。その『実態』が本格的に知れ渡れば、魔法師という『亜人』の存在意義にすら関わる……それこそが、もしかしたらば浦島の目的なのかもしれないがな」

 

だが、それは浦島の目的ではない。浦島啓太に協力している種々の勢力の目的である。

 

今は、魔法師が全ての荒事で矢面に立っているからこそ、表に出てこないでいるが……。

 

(マギステルとマギクスとの間に引かれた境界の導火線……短いのかもしれないな)

 

 

そうして一高の首脳陣とか上級生たちがあれこれ思い悩んでいる中……。

 

 

 

「ケータ! 勝利のためにチューするわよ! ミユキには勝てたのはケータのAssist(お陰)だし!その御礼(gratitude)のヒトツだと思ってウケトリナサイ!!」

 

下級生たる1年たちは、ちょっとしたお祭り気分であった。

 

「ノーサンキューだよっ!! そもそもアンジェリーナが勝てたのは俺のお陰とか関係なく―――っていうかこんな公衆の面前で、そんなこと出来るかっ!! とりあえず次の栞さんとの戦いに勝って優勝決められたらば、考えさせてくれ!」

 

「コレが、女神のカフェテラスやアホガールでやっていたモテ男のジラシ戦術ってものなのネ―――イイわ。確約されていないとはいえ、ソレに乗ってアゲル!!」

 

確約(Promise)されたものではないということは看破されたが、それに対して『威勢よくサイン』をしたことで、コレで優勝を決めたとしても拒否すれば啓太の方に不実が発生するという図式が出来上がってしまったので――――――。

 

なにはともあれ……。

 

新人戦アイスピラーズブレイク男女 優勝決定戦は開催することになるのだった―――。

 

 

 



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stage.41『新人戦三日目・four』

 

それは異様な光景であった。

 

「確かに本来的なCAD検査委員には、提出されるものがCADでなくとも使う器物の検査があるわ。そして、それは出場選手に対して発生する義務でもあるのだしね」

 

何となく教師の威圧的な説得か速度違反の車を取り締まる警察官のように、相手に『前提条件』を思い出させるような言い回しに『いやみったらしいな』と啓太及び九郎丸も思う。

 

「そんな訳で提出された刀2振りなんだけどね……啓太君、これ本気で使うの?」

 

「別に『そちら』の規則に違反しているわけじゃないですが、つーか馴れ馴れしく下の名前で呼ばないでください」

 

「そりゃCADの検査はスペックオーバーしていないか、基準に沿わない術式が登録されていないかだけだもの!! こんな妖刀持ち出してくるアホなんて想定できへんわ―――!!! あと最後はいけずすぎるわ!!」

 

最後の方には関西弁が出てくる美人のサゲマンに対してなんだかなぁという想いだ。

 

「依代の精気を吸い取って強大になる妖刀。しかも素人が握ったとしても地面を割り砕くとか、こんな殺生丸様の持っていた闘鬼神か爆砕牙みたいな剣、認められるかぁ!!!」

 

「別にルールに違反しているわけじゃないでしょ。第一、『通せ』って言われているんじゃないですか?」

 

「そ、その通りよ……」

 

結局、この京都のサゲマンこと藤林響子が怒っているのはパフォーマンスということだ。要は対外的な言い訳として、そんな風に言っているだけだった。

 

見抜いた事実、既に手にしてある情報から国防軍の士官すらも手玉に取る啓太の様子は、さながら『魔法使い』である。

 

「……では決勝戦で使う器物を両選手に返却します……。互いに正々堂々とした戦いをするように」

 

(あんたみたいな女がそれを言うか)

 

皮肉を内心でのみ言いながら、受け取った得物を互いに鞘込めのままに一度だけ打ち合う。

 

まるでボクシングにおけるグローブ合わせのように、それをしてからお互いの控室へと向かう。

 

もはや言葉などいらない。神鳴流剣士として闘うのみなのだ―――。

 

 

 

そんな風なサゲマンとのやり取りを終えて、控室に戻ってきた啓太だが、ようやく現れた雪姫から苦言を呈されることになった。

 

解せぬ。

 

「啓太、魔法剣士として闘うのはいいが、もう少しヒロイックにやれんのか?」

 

「ムリでーす。雪姫先生がホレていた英雄2人と俺とじゃ、役者が違いすぎますから」

 

「何もナギやぼーやのように戦えなど言っとらんわ。そもそもお前はナ……―――いや、言うまい。ただ……男だったらばカッコつけぐらいすると思うんだがな」

 

少しだけ赤くなりつつもそんな言い訳をするエヴァ。

アンチョコ(カンペ)を読まなきゃ術を発動させられない男でも雪姫にとっちゃホレた男だから、それでもカッコいいらしい。

 

だが、俺にはムリだし、カッコつけて何かを成し遂げられないのも嫌だ。ならば冷酷・冷静に勝利だけをもぎ取っていく。

 

どっかのボクシングジムの重量級ボクサーのごとく、欲しいのはベルト(勝利)だけなのだ。

 

「俺がこの大会で目的としていたのは、一条将輝に落とせぬ土を着けて、九島 健の帰国に道筋を着けることです。だったらばあとの戦いは蛇足だ―――ようやく楽しめる戦いが出来そうなんだ。エヴァンジェリン―――アンタであってもこの戦いだけは邪魔させない」

 

啓太の放ったセリフに誰もが表情を曇らせる。ここまでの戦いは全て、彼にとっては何の心も動かない戦いであったということだ。

 

あの一条将輝ですら下の下も同然に見下す態度は、色んな想いを抱かせる。

 

「啓太……私がお前に魔法大学付属高等学校……魔法科高校を受験するように言った理由を言っていなかったな」

 

「ヨルダを倒すため。ついでに言えば火星人ども、メガロメセンブリーナのゲーデル派の魔法師拉致作戦の阻止。だいたいそんな所だろ?」

 

「それもある……だがな。それ以上にお前にもう少し『人生』を楽しんでほしいんだ」

 

「意味が分からない」

 

啓太とてそれなりに自分のやりたい事がある。東大に行き『約束の女の子』と幸せになる。その為にも勉強を頑張ってきたし、結局……約束の女の子と一緒になるためにも、ヨルダとの宿縁を断ち切らなければならないのだ。

 

「だが、私にはそうは見えないんだよ。お前は与えられたことを成し遂げていただけだ。魔法使いになることを望まれれば魔法使いになり、ひなた神鳴流を継げと言われて剣の術理を学び、ヨルダを滅ぼすために努力しろと言われれば、それを成す……お前には―――」

 

―――与えられた目的しかなかった。

 

無言で口を閉ざした雪姫の最後の言葉を啓太は理解してしまった。

 

だから、与えられるものに納得できなくなった時、どうなるのか分かったものではない……それが怖いとは以前にも聞いた。

 

「大事なのはどんな風に走るのかじゃなくて、どちらに向かって走るのかってことだが……」

 

「ムリだよ。俺はヨルダさえ抹殺してしまえば、普通の生活に戻りたい。エヴァンジェリンが入学初期にE組で言っていた通り、魔法なんてチカラに夢みたところでロクなことがない人間……俺はその筆頭さ」

 

言いながら『ひな』を手に持ちながら控室を出ることにする。

 

「エヴァ……雪姫だって『普通』になりたかったんだろ? だったらば俺がそうであってもいいじゃないか」

 

「そうだな。私の場合は『あきらめ』を着けるまでが長かった。未練がましい女なんだ。けれど―――」

 

そんな『普通』じゃないからこそ出来たであろう出会いも、大切に思えていたんだ。

 

どうしようもない別れがあったとしても……。

 

無言でのエヴァの言葉を理解しながらも、そういった面では分かりあえない師弟なのだった。

 

(シニカルすぎる……)

 

そんな事を思う傍から見ていた達也だが、その『気持ち』こそが闇の魔法にとって必要なのだ。

 

知らぬこととはいえ、そんな感想を出しつつも、新人戦男子アイスピラーズ・ブレイク決勝戦は始まるのであった。

 

 

 

全くもって静かな試合会場だ。

 

だが、だからといって観客がいないわけではない。

 

むしろ満員御礼なぐらいだ。

 

既に女子の試合も終わってお腹いっぱいだろうから、ホテルに帰っていればいいのに。

 

十師族にしてイケメンの一条将輝クンを倒したことで(試合でもそれ以外でも)、ブーイングとかあれば良かったのに。

 

(はーダルいわー)

 

望まれていないファイナリスト。これはかつてのマスコミ……まぁ今でもあるのだが、なにかの競技種目で国内大会で優勝候補と目されていた学校チームが『しょっぱい結果』になったとしても、その学校を取材していたからこそ、まるで優勝したかのような扱いでスタジオに呼んだり、今までのことをプレイバックしたりする。

 

要は……忖度なのだ。

 

当然、チームとしても今まで練習時点からもあれこれ取材に応じてきたのに、この結果に終わったことで掌返しするように、優勝チームばかりにインタビューがいけば面白くない。

 

そういうのを防ぐためにも、取材陣というのは複数編成した上で、一年がかりで取材させるものなのだがーーー

 

まぁそれは蛇足としても、現在の自分と九郎丸の戦いもそれと同じだ。

 

優勝候補であり優勝しなければならず、優勝が約束されていたはずの男子を欠いた決勝戦。

 

盛り下がって、盛り下がってお通夜のような気分なのだろう。

 

盆にも早いが、故人(死んでいない)を偲ぶように一条将輝に対してなにか言っておけばよかったかなとも感じるほどだ。

 

(まぁそんなことをやれば、一条君のプライドを逆撫でしてぶっ飛ばされるかな)

 

そんな風に考えてから、スタートランプが徐々に点灯していくのを見ながら鞘込めの刀を互いに構える。

 

居合抜きの態勢を距離が離れたところからやることで、何が出来るのか? そんな『薄い興味』を誰もが持ちつつも、神鳴流剣士の戦いは始まるのだった。

 

同門にして流派の原理が一致している剣客同士の戦いとは、即ち相手をどうやって出し抜くかに帰結する。だが、それ以上に同門であるからこそ、最初の一撃は同一になる。

 

―――神鳴流 奥義 斬空閃!!―――

 

(きんせつ)でありながら遠距離攻撃(遠間をこえる)のであった。

 

気と剣圧の合一による攻撃が、まるで剣を交わしたかのように中央でぶつかり合い砕ける。エネルギーの余波が互いの前面氷柱に少しの罅を与えるも、構わず振り下ろした攻撃の次撃を加える。

 

同じく斬空閃。やはり迎撃し合うも……既にチカラの差を九郎丸は感じていた。

 

(流石はひなた神鳴流の継承者……いや、浦島家の血筋が為せる技か)

 

ひなたの土地というものの特殊性を、実は九郎丸は既に知っていた。それは聖地という魔法界に赴くためのパワースポットとも密接につながるものだ。

 

ゆえに、ひなたという土地には、時に『全幸の魔法使い』が生まれるというのだ。それは管理者である浦島家に多く生まれること多く、彼らはそれゆえに家に女系の縛りを与えて『男子』が生まれた時に、『鑑定』するのだ。

 

いずれ……自らの死を待ち望みつづける彼らにとっての『乙姫』を殺すために……。

 

「竜破斬!!!」

 

などと思索に耽っていた九郎丸を切り裂くように赫光が猛烈な勢いで放たれて、九郎丸の陣地の中央で収束赤い破壊のドームを作ろうとするのを―――。

 

「四天結界独鈷練殻!!!」

 

―――寸前で、用意しておいた結界式で封じきろうとしても、その破壊力は普通ではない。

 

「どうした!? 裏火星の桃源神鳴流なんてそんなもんか!? 権力者と結びついて技が錆びついてるんじゃないか!?」

 

「言ってくれるねぇ!」

 

妖刀の切っ先を突きつけながら言う啓太に、返すように九郎丸も奥義を見せる決意。

 

(竜破斬か。対竜斬撃(ドラグスレイブ)として昇華した術理の一つ。なんかスゴく威力が高くて驚いたけど)

 

だが、九郎丸とて今まで培ってきた剣の術理がある。それを見せてくれる。

 

「裏神鳴流奥義 暴爆滅殺剣!!」

 

見えぬ剣閃を一振りするごとに、『小さな火の球』が出来上がり、それが数十に及んだあとに思いっきり振り抜くと猛烈な火球の嵐と熱波とが襲う。

 

「そいつは俺の属性的に悪手だ。九郎丸」

 

―――神鳴流奥義 水竜王臣剣―――

 

水流の後のような輝線の斬撃を放つと、大量の水流が斬撃の軌跡に応じて解き放たれる。

 

蒸発する熱の限り……そんなこんなで、奥義を出し尽くしているとはいえないが、それでもお互いの氷柱は削られていく。

 

 

千葉流(ウチ)の剣術ってなんだったのかしら……?」

 

観客席にて嘆くように顔を俯く千葉エリカの言葉に、誰も何も言えない。

 

今も極大の疑似球電とでも言うべきものをぶつけ合う2人の戦いは、確かに『魔法師の魔法剣士』の常識を崩すものだろう。

 

「ところでだ。エリカは、親父さんや兄さんとかに、神鳴流に関して聞かなかったのか?」

 

達也としては、魔法師側での神鳴流の認知度はどうなのか、エリカの気持ちも慰めようという意図での質問であった。

 

それに対してエリカの反応は……。

 

「何か三人とも言いづらいことのように口を噤んじゃっていたわ。チャラ軽いトシカズっていう上の兄も『関わるな』っていつになく真剣な顔で言ってきたもの」

 

千葉流の剣客として巷間で有名な手練れ3人が警告をするとは、神鳴流とは魔法師側の魔法剣術にとって忌み名と見た。

 

そんな風に話しながらも試合は進んでいき、浦島はマギア・エレベアの魔素痕を妖刀に纏わりつかせていく禍々しき魔剣となったものを持つ。

 

対する時逆は白羽根のようなものを剣に纏わりつかせていく―――。

 

悪魔と天使……天使(ミカエル)悪魔(ハカイダー)と呼べるような2人の巨大剣……いや極巨大剣と呼べるようなものが真っ向唐竹割りの要領で振るわれた。

 

裂帛の気合いと同時に全てを切り裂くであろう巨大剣の圧が、観客席にすら暴風の圧を与える。

 

そうして……どんな攻防があったかは余人には分からぬままに、勝敗は刻まれて……。

 

 

『WINNER! 一高 浦島啓太!!!』

 

勝者の宣言が成されるのだった。

 

その勝利に対して拍手はまばらであり、それが功を奏したのか……。

 

「けーた兄ちゃん勝ったやんカナコ(・・・)! やっぱりうちのダーリンってば、やる時はやる漢なんよ!!」

 

ヒナ(・・)。アナタが兄さんのダーリンだなんていつ決まったんですか?」

 

「そんなん、前前前世からに決まっとるやん!」

 

「そりゃアナタの出身は、あの作品の田舎方面ですけどね。だからといって身体が入れ替わった事実なんてないでしょうが」

 

などという言い合いをしている女子2人の会話を聞き取った達也であったりする。会話内容から浦島の関係者であるのは分かったが。

 

「けーた兄ちゃんを祝福しにいこうやん」

「そうしますか」

 

行動まで分かったことで、そう言えば自分たちは浦島の勝利を祝福したことはないなと気付きつつも、それをされて嬉しい人間なんだろうか? と少しだけ悩み―――。

 

それでも自校の選手が勝ったことで、その選手を歓待しないのは無情かなと、そんな風に思い悩むこと自体がそもそもアレな行為なのだが、そうして浦島がテントに戻ってきた時に祝えばいいかと妥協することにした。

 

その行動が悪手になって一騒動を起こすことになるのだったりする……。

 

 

 

 



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stage.42『新人戦三日目・夜1』

一試合を終えて身体を解した啓太は、試合前の雪姫の言葉に少しだけ考える。

 

―――お前は与えられたことを成し遂げていただけだ―――

 

別にいいじゃないかと反発を覚えながらも、雪姫の言いたいことは概ね分かる。

 

だが、それは雪姫が自分をネギ・スプリングフィールドやナギ・スプリングフィールドのような存在と、同列に見ているからこそ起きている錯覚なのだ。

 

だからこそ、色々と思惑があれども魔法科高校に入るように言ったのだろう。

 

だが……。

 

「俺は……魔法に何も思い入れなんて無いんだ……」

 

そして、魔法を手に入れた俗物たちが地球を蹂躙する地獄が此処にあるのだ。

 

戦略級魔法を手にした連中は、いわばアインシュタインの鬼子たちである。

 

アインシュタインが己の理論を元に核兵器を開発した背景には、自分の母国たるドイツが核兵器を開発しているという『疑念』から急いだことが発端だ。

 

だが、彼らはそれを作ったあとに、使用したがゆえに出来た多くの惨状を目にして、自らの行いに後悔するばかりだった。

 

アインシュタインの後進たるオッペンハイマーもまた然り……そして唯一の核被爆国たる日本の科学者である湯川秀樹もまた1人だ。

 

アインシュタインは、まだWW2が本格化する前に来日して日本人の精神性及び文化に感銘を受けた1人だった。

 

(それも彼の苦悩を深めた原因だろうな……)

 

考えつつも、どうでもいい。

 

別に人類救済など考えていない。

 

大きなことも成し遂げたくない。

 

ただ全ての因縁としがらみを断ち切ることで―――。

 

「けーた兄ちゃーーーん♪♪」

 

などと考えていた時に、控室から出た啓太の胸に飛び込むもの一つ。

 

武を嗜むものとして即座にバランスを取れたからいいが、困った子であり、身体の小ささの割に一部に不釣り合いなものをお持ちの女の子であった。

 

「わっ、ととと―――陽菜ちゃん?」

 

「そやよ♪ 胸に抱きついただけでわかっとるなんて、やっぱりうちとけーた兄ちゃんは運命の赤い糸で結ばれとるんよ。これぞ『飛騨高山名物』―――『ムスビ』!!」

 

そんなもん初めて聞いた言葉だ。

 

こちらの名前呼びに反応して見上げてきた女の子の顔は、確かに顔見知りの子であった。

 

『高山陽菜』

 

美少女すぎる子で、故郷の村でも求婚者続出確定だろう女の子である。

 

というかタッパ(背丈)が違うこともあいまって、さっきからJCの身体と密着することになってしまっている。

いい加減離れてほしいのだが、完全に体重を預けてきているので下ろすに下ろせない。

 

「とりあえず離れてくれないか? 久々に会えて嬉しいのは分かるけどさ、ちょっと疲れるよ」

 

「私の見立てでは、陽菜のぱっつんぱっつんぼいんぼいんが先程から胸板を刺激していて、のっぴきならない状況になろうとしているからと見ますが」

 

「そうそう。陽菜ちゃんはトシと不釣り合いな―――げぇっ!可奈子!!」

 

「陽菜とは違って随分と薄情な反応ですね兄さん」

 

いつの間にか後ろに現れた女の子の頭の悪い言葉に反応したが最後、こちらに迫りよる実妹に弱くなる。

 

「どうしたんだよ。いきなり此処に来るだなんて」

 

陽菜を床に下ろしながら実妹――――――『浦島可奈子』に問う。

九校戦なる魔法科高校の大会に出るなんてことは家族には伝えなかった。

 

だが、アンジェリーナなり誰かから漏れることはあり得たのだが……失念していた。

 

「兄さんこそ薄情ですね。まさか選手としての出場だなんて思っていませんでした。それを私にも伝えないなんて」

 

「悪かったよ。ただ、俺の試合なんてヒールのプロレスだ。相手校だけでなく自校からも認められていない戦いだしな」

 

「別にラビットパンチしとるわけないやさ、けーた兄ちゃん、立派にたたかっとーやん」

 

嬉しそうに言う陽菜のフォローにありがたいやらなんやら……まぁどちらにせよ。そういう『はぐれもの』の兄貴など見せたくないのだ。

 

言うなれば、フリッカー使いの死神が、実妹に『俺の試合を見に来るな』という心境には似ている。

 

「そんならうちらでけーたにいちゃんを祝おうやない可奈子。拍手もまばらな様子やったし、つらって夕食したいし、他にも話をききとーわ♪」

 

サマーニットとデニムショーパンという組み合わせの飛騨高山の巫女っ子と―――

 

「それはいいですね。アンジェリーナさんと同棲しているようですし、その事も聞きたいですよ兄さんーーーー」

 

剣呑な様子を見せる黒系統の衣服をこの夏場に着こなす実妹―――2人に対して、色んな意味で降参するしかなかった。

 

「まぁ察するに女の子2人で此処までやって来たんだろうな。夜中に男の付き添い無しで食事は危険か」

 

「ホテルは既にチェックイン済みですのでご安心を」

 

流石は浦島家の後継者、おふくろの英才教育は行き届いているようで何よりだ。だが、何処で食べるべきか……ファミレスかあるいは……。

 

「焼き肉のJOJO苑かGYUU角でもいいかな」

 

「ニオイ消しの魔法は標準装備やね」

 

「まぁ肉が食べたい気分ではありましたからいいでしょう。兄さんのエスコートにお任せしましょうか―――」

 

了承を得てから、着替えは兎も角として、上役たちには許可を取らなければならないなと考えてテントに向かおうとするも。

 

「けーた兄ちゃんと遊びたい! ゲーセンで音ゲーしたりバッセンでかっ飛ばしたり!!」

 

陽菜ちゃんの要求が飛んでくる。いつもは飛騨高山の村にいるだけに、街に下りてくると遊びたいのだろう。

 

現在の大亜……主に支那と呼ばれている地域では、寒冷化時代に食糧難を何とかするために都会の若者を強制的に農耕地帯に送るという人権ガン無視の政策―――第二文化大革命などと呼ばれるものもあったのだが。

 

それとは逆に、現在の日本では行政サービスの集約化・効率化の為に、過疎地の人口を全て県庁所在地や政令指定都市などに移動させるという政策が取られたのだが……。

 

全国津々浦々でそれが実行できたわけもなく、人権やら動くわけにはいかない人間達という例外もあったわけで、その一つが飛騨高山の山奥の村で巫女をやっているこの子なのだ。

 

そんなわけで、そういった諸々―――隠すべきところを隠して。

 

『妹と妹の友人が応援観戦に来てくれていたので、遊びがてら今夜は外食ですませつつ接待します』

 

と、大まかに端末の向こうにいる十文字会頭に伝えたのだが……。

 

『……待て、浦島。お前……いや、カナコ君が来ているならば、家で立場の弱いお前に強要出来ないのだとしてもだな―――。一度、テントないし一高の会議室に戻ってきてくれ! せめてそれぐらいは、出来ないのか?』

 

狼狽える様子の十文字会頭だが、それを聞いた啓太は一計を案じる。

 

田舎(山の方)から出てきた遊びたいざかりのJCもいるんで勘弁出来ませんか? 十文字さんだって、下に弟妹いるなら分かってくれると思ったんだけどな〜」

 

『……むぅ』

 

情に訴える作戦はそれなりに成功しているようで、通話口の向こうにいる巨漢を苦しめている。

 

もう一息だな。と気付くと同時にダメ押しとして……。

 

「今日の試合を観戦させてもらいましたが、その際の様子から、どうやら第一高校の皆さんは兄さんの勝利を祝ってはくれないようなので、私と陽菜で祝福させてもらいますよ」

 

『カナコ君、それは――――――』

 

「それでは」

 

途中で端末を奪った実妹の強攻策で話は終わった。

 

冗長ではないだろうが、それでも話を切り捨てることに長けた可奈子らしい手口で、その後の連絡はなくなり―――。

 

「ほな!」「行きましょう」

 

手を差し出してきた元気いっぱいな美少女JCとの接待をすることになるのだった。

 

 

「じゃあ浦島君は夕食会に出ないっていうの!?」

 

驚きと怒りを混ぜ合わせながら言う真由美に対して、十文字は変わらずに返す。

 

「ああ、まぁ別に全員仲良しで参加するという類ではないしな。作業や明日のことに集中していて食いっぱぐれる人間も出るぐらいには……まぁご自由にどうぞの類だからな」

 

連絡をくれただけ、まだ浦島啓太の対応はマシな方であった。だが一高上役及び他校の思惑は狂ってしまった。

 

だがそんな『思惑』に対して物言いが着く。

 

「アイツの魔法や根源を調べるために、九校戦参加全校の生徒などを集めて、いい気分に美味しい食事とともにヨイショして口を滑らせる、か―――随分と姑息な真似をするんだな」

 

「うぐぐっ……」

 

「報道関係者が詳細わからぬ事件の関係者……特に犯人の個人情報提供者に現ナマくれてやって、口を軽く開けさせる手段と変わらんぞ」

 

「そんな言い方しなくても……」

 

雪姫先生の怒涛の口撃に対して三巨頭は落ち込んでしまう。

 

「だが、マガジンで言えば粕壁 隼(女神のカフェテラス)の系譜であろうあの男に、そんな真似が通じるものか」

 

それは女であろうと容赦なく塩対応をする男ということだ。いや、まぁそういうものはにじみ出ていたわけだが。

 

「東大を目指しているのは、後に海辺の喫茶店のオーナーになって、ハーレムを作るつもりだからなんですか? ライバル店の女の子も加えるつもりなんですか?」

 

「それ、本人に問えるのか?」

 

「聞きたくありません!!」

 

半眼で問うた雪姫に対する渡辺摩利の涙ながらの返事に、『やれやれ』と思う雪姫。

 

「まぁ啓太の魔法に関しては私が教えてやる。それを他校に伝えるかどうかは、お前たちの胸先三寸だが……ただ、関係が悪くなることだけは自明の理だ」

 

そうして、伝えられる一条将輝を倒した闇の魔法(マギア・エレベア)の詳細。

 

三巨頭の内の1人である十文字克人は全てを知っていたわけではないが、それでも2人よりは知っているつもりだったのだが……詳しいことを伝えられたことにより……少しだけ思い悩むのであった。

 

「……アイツはそれでいいんですか?」

 

「さぁな。私もそれなりにアレコレ焚き付けるも、どうにもな。悟っているといえばいいのかな……私はどうやらあまりヒトを育てるのに向いていないようだ」

 

自嘲気味にそう言う雪姫。結局、彼女の弟子たちは全て何かしらの高低に関わらず『自分だけの目的』が最初からあった。

 

現在の軸でも出会えた『想い人の息子』は、当たり前のごとく『英雄』であった。

この世界では出会えなかった『弟子の孫』であり、自分を愛してくれた男も。

 

啓太(アイツ)にもそういう期待をしていたんだが……如何ともし難いことに、アイツはああなってしまった」

 

ヨルダは倒す。

ただし、それは英雄の道じゃなくてはぐれものとしての道であった。

 

「私達としては少しばかり協力したいんですよ。浦島君や雪姫先生にだけ負担を強いて……」

 

「その気持ちはありがたいし、思惑としては自衛のためもあるんだろうが、結局の所―――魔法師の能力ではマギステルの障壁を打ち破ることすら難しい。私がいまどれだけの魔法障壁を張り巡らしながら、動き喋っているのかすら、お前たちには詳細に見えないだろう?」

 

魔法師などヒヨッコ以前、自分の横にあるものを見えるようになったらもっぺんおいでよ。などと言われた気分だ。

 

「他の十師族に関しては九島烈が話を通してくれているはずだ。一条将輝とタッチの差で伝わっていないかも知れないが、それでも沈黙を貫くぐらいはしておけよ」

 

先ほどは伝えてもいいと言っていたが、それでもやはり不文律を破るというのは間尺が悪いわけで、雪姫はどうやってもそう窘めるのだった。

 

そんな風な会話の後に、九校戦全生徒を集めた大夕食会が開かれたのだが、そこに本日の出場選手にして男女『つらら』の優勝者はいなかったのである。

 

そんなわけで……。

 

「今日のつららの優勝者が来ないってどういうことだ!!」

 

「今日こそ文句を言いに来たんだぞ!!」

 

「浦島を出せ―――!!!」

 

などと、監獄学園のアニメ打ち上げ会場のような様相を見せるのだった……。

 

醜い限りであるのだが、それを宥めるために投入された三巨頭を、一高生徒たちは少しだけ可哀想に思うのだった。

 

だがそんな三巨頭は驚くべきことを言う。

 

「お前たちがどう考えようと、浦島もシールズも一高の生徒であり俺たちの後輩だ。だからお前たちが求めているような、アイツらの魔法の秘密など話すわけが無い―――物乞いのような真似でもすれば、教えてくれるかもしれんがな」

 

十文字の言葉で反感が生まれる。だが、強烈な圧を感じさせる十文字克人の前では誰もが黙るしかなくなる。

 

「そして俺が知る限り、浦島とシールズの放つ魔法――――――マギステル・マジックの全ては、俺たち現代魔法師とは違う。マギステル・マジックの根源とは『万民が使用可能な技術』であるという点だ……極論してしまえば、呪文さえ唱えられ、それに応じたサイオンでは無い――――――全ての人に天然自然で備わるチカラである『魔力』……精神力由来のエネルギー。『気』……生命力由来のエネルギーを使用することが出来れば、『誰でも使える人間能力だ』」

 

十文字克人という魔法師社会の若大将から断言された真実に、色んな人間が不安定になる。

 

では、自分達が使っているサイオン由来の現代魔法とは何なのだ?

 

使える人間が限られている―――魔法師という才能を見いだされて学んでいる自分達を凌駕する、マギステルの技量が自分達を圧倒しているというのに、それが限られた人間に許されたものではなく、万民が『学び』『練習』すれば使えるものだという事実が、魔法師たちを苛むのだ。

 

そして……そんなマギステル・マジックを使える連中は―――。

 

「ビーフにポークにサイコーよ!!」

「サンチュに包んだカルビが旨い」

「はやくご飯来ないかなぁ……焼き肉といったら白い飯だろうが」

「おいしーわー!!高い肉はやっぱりこう食うのがいちばんやね!」

 

――などと、美味しい肉とご飯と野菜を存分に胃袋に収めているのだった。

 



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stage.43『新人戦三日目・夜2・新人戦四日目』

 

 

「ほな。明日もがんばってーなー」

「いや、もう俺の出場する競技種目はないよ」

「さて、どうでしょうね。案外、何かの『緊急』で出場しろとか言われるかも知れませんよ」

 

妹と妹の友人を宿泊先のホテルに送った際に言われた言葉に、不穏なものを覚える。

 

可奈子はなんというか時々、こういう謎めいた発言をする子であった。そして、その予言があたってしまうことが多々ある子なのだった。

 

そんな風に2人を送った後に、アンジェリーナと共にホテルへと帰宅するのだった。

 

「良かったワネ。家族が見に来てくれて♪」

 

「つーか可奈子に伝わったのは、ホームビデオでアンジェリーナの活躍の様子を撮って欲しいといったシールズ家の人々とアメリカのクドウ家の人々なんだけど」

 

「分かってるわヨー。タダそれでもネ」

 

帰路に着いている最中に言われた言葉。要するに不満なのだった。

 

苦笑しつつも、ご機嫌取りというわけではないが何か買い食いするか?と言うと割りかし乗ってくれる。カラオケで日笠陽子、林原めぐみメドレー決めまくった歌うたいは合間にポテトだのフランクフルトを食っていても腹減りの歌うたいである。

 

(それにしても、これでケンじいちゃんが帰国する道筋が着けられるのかね……)

 

良くわからないが、それでもやるだけやったのだ。後は雪姫とカトラ任せなのだが……。

 

「どったの?」

 

何かこちらを覗き見てはニヤつくアンジェリーナがいるのだった。

 

「ケータ、ワタシは今日アイスピラーズ新人戦(ルーキーリーグ)にて優勝をしたわ」

 

「そうだね。再度おめでとう」

 

食事でもカラオケでも祝福(Y○AS○BI曲も含め)してやったのに、この欲しがりさんめ。などと苦笑しながら祝ってやったのだが狙いはそうではなかったのだ。

 

「ケータ言ったわよネ。優勝したらばキスするって」

「考えさせてくれって言っただけだよ」

 

まさか優勝するとは思っていなかった啓太としては、そんな卑怯な手段で躱すしかなかったのだが……。

 

「むーーー!!!」

 

「そんなふくれっ面見せてもやりませんよ」

 

「むーーー!!!」

 

気分はさながら子どもが余計なお菓子(食玩付き)をスーパーの買い物カゴに入れようとするのを阻止するお母さんの気分。

 

例えスーパーリッド君フルモデルタイプであろうと、それを阻止するぐらいの気持ちであったのだが……。

 

「分かった。分かったってば、いたいいたい!」

 

最後には実力行使に出てきたアンジェリーナに降参せざるをえなかったのだ。

恋人でもない相手とキスをする不実。付き合っている男女ならば、別に何の問題もないのだが。

 

そんな気持ちでいながら、いつぞや十七夜 栞と話したベンチ前。街灯がそれなりに照りつけるも、それ以上に月が輝くもとーーー……。

 

目を瞑りながら唇を突き出してきたアンジェリーナの肩に手を起きながら唇を近づけて……。

 

―――その頬に口を当てるのだった。

 

ホッペ(Cheek)―――!!!」

 

「誰もマウストゥマウスをするとは言っていないしな。別に友愛を示すための挨拶はアンジェリーナのお国流(American style)だろ?」

 

アンジェリーナの頬に口づけをしたのだが、やられた当人は当たり前のごとく不満であった。

だが、そもそも、口づけでの『チュー』とは確約していなかったことを今更ながら気付かされている様子だ。

 

「くっ! つまりアノ契約(コネクト)をした時点で、ワタシは負けていた!!! コレがジャパンでGO HOME QUICKLYを成し遂げたヨシダ式ネゴシエーション!!」

 

「まだまだだね」

 

ワンマン宰相でありながらも占領軍を『一応』は追い出して日本独立の立役者となった人物と同列とは何とも……。だが、そういうことを狙っていたのも事実である。

 

「そもそも論として、そんな風に付き合ってもいない男女が気軽にやるものじゃないよ。第一、アーティファクトの『アドバンス』を確かめるならば、あのオコジョの元に行かなきゃならない」

 

「ソ、ソレはソーダケドー……」

 

正論を吐かれて、顔を赤くしつつ、どうしようもない想いでこちらを見てくるアンジェリーナに苦笑する。

 

とはいえ、ホテルが近づいてくるのは避けられないわけで……。

 

「多数の人間が張ってやがる」

 

夕食会(ディナー)をブッチしたから色々なんでショ どうする?」

 

「俺の『サークル』()に多くの人間がいることが知覚できる。アンジェリーナのも使えていれば楽なんだけど」

 

「ワタシのCIRCLE()は、人の声するのも、何かが動くのも、動きながらもダメよ。知覚系統は不得意(weak)のレベルーーーというか、そんな多くの人間を自分の知覚に入れるとかクレイジーよ」

 

エンのリスクなめんな。と言わんばかりの文言に『敏感な女の子』と断じてから、捕まれば面倒なことになるのは、間違いなかったわけで、少しだけ啓太としては思案してから―――。

 

「そういえば真名さんからサービスで貰っていた転移魔法符がいっぱいあったな」

 

使用期限はそれなりにある商品なので、使える時に使ってしまわないと、RPGで言うところのもったいない根性で最後まで残りかねないのだ。

 

「キャッ☆ ケータの部屋は今夜、ワタシとの愛の巣になっちゃうのネ♪」

 

「誰が直接転移すると言ったんだよ。流石に目立ちすぎるからな。『孤独な黒子』とのコンボで躱す」

 

もっとも……アンジェリーナが別に質問攻めにあってもいいというのならば、こんなことはしなくていいのだが……。

 

「ワタシ1人だけそんな場面に遭わせるの?」

 

「オーケー、んじゃ静かに、何事もなくホテルに帰るとするか」

 

そんな言葉の応酬で、リキッド・スネークよろしくなミッションに移行することに……。

 

 

私たちは、なにをやってるんだろ?

 

そんな疑問に囚われる一高生たちの多いこと多いこと……だが、さもありなん。

 

今日、遂に白日のもとに晒した浦島啓太の秘奥は、衝撃的だったが……それを問うなんてことは出来ないとしても……。

 

「10時30分過ぎまで外出しているなんて……いや、別に門限なんてないんだけどね……」

 

その辺りは、この九校戦という競技の特性上……色々と融通してくれている。軍の管轄でもあるからだろうが……。

 

嘆く会長とて不実な対応だとは理解しているのだろう。だが、他の選手に対して示しがつかないとかそんな所だろう。

 

「そもそも電話連絡してしまえばよいのでは?」

 

「十文字くんだけに連絡が来るのよ。番号を教えてくれと言っても、当たり前に拒否られるし……」

 

よく考えてみれば浦島は、誰とも電話番号の交換をしていない。秘密主義の塊だ。

 

そんな風にしていると、桐原と服部がホテルの自動ドアを通り過ぎてホテルロビーにやって来た。

 

「ダメです。2人の姿は何処にも見えませんね」

 

「事件に巻き込まれる―――なんてことがあっても大丈夫なんでしょうけど……こんな時間までほっつき歩くだなんて……」

 

その言葉にまぁそれなりに同意だが……。

 

(何だろうか? 空気が変わっている気がする……)

 

桐原と服部が入ると同時に何か妙な空気が混ざった気がするのだ。

 

知覚系統のことに関しては視覚的なものだけに頼っていた達也にとって、それはあまりにもフィーリングに頼ったものだが、それでも……精霊の眼という切り札を、事実上封印されている中でも違和感を覚えるものがあったのだ。

 

だが、それでも勘違いということもあり得る。そもそも、そんなステルスな術やアーティファクトがあるのか……。

 

(決めつけるのはいかんな……)

 

例え、自分たちにとってはセオリーではないことも、その他の分野の人間にとってはセオリーであることもあるのだ。

 

―――キミみたいな魔法師(まほうし)まほうし(魔法師)している凝り固まった思考の人間がヨルダみたいな『イッちゃった人間』になるんだろうな。―――

 

そんな言葉を思い出した5分後―――。

 

「えっ!? どういうことよ!!!」

 

『そのまんまの意味だ。浦島とシールズは帰ってきている。先程、『ご夫婦』揃って俺の方に『謝罪』しに来たぐらいだから、ご苦労さん。明日も早いから寝たほうが良いぞ』

 

十文字会頭からの連絡が入り、狐につままれた気分でいながらも、いい加減ホテルの従業員たちの視線も痛いので、そのままそれぞれの部屋に戻るのだった。

 

ちなみに深雪と同室のアンジェリーナは、浦島の部屋で2次会をやるとの連絡が入り、無理やり連れ戻すのもどーかと思い悩みつつも、夜が明けるのだった。

 

 

翌日……結局、啓太の部屋で夜明かしすることになったアンジェリーナだったわけだが、まぁそのことは蛇足であり、一高の会議室の空気は微妙な限りであった。

 

「くだらない。そういうのをシャットアウトするのがアンタの仕事じゃないのかよ七草会長」

 

前夜の夕食会で啓太の秘儀を暴露してほしかったという会長に対する辛辣な態度に誰もが何かを言いたくても言えなかった。

 

全ては所詮……浦島啓太の胸先三寸でしかないのだ。そして、啓太は自分が『偶然』にも手に入れたこのチカラをひけらかして、さもそれが尋常の御業と勘違いされるのは御免こうむるのだ。

 

「浦島君はいつでも1人なのね……1人で全てを解決して、1人で全てを背負い込んで、1人で闘う……私たちなんていらない。役に立たないという態度で……気分が悪いのよ」

 

「一高にいる大半の2科生もそういう気分なんですよ。1科の連中から『役立たず』『無能』と蔑まれるのと同じ気分―――体験できて良かったじゃないですか? 1と2の融和だの望んでいるアナタにとっちゃ貴重な経験でしょ」

 

凄い皮肉である。なんて一直線に会長を貫く言葉の槍であろうか。だが、そこに思い至った時点で、気付かされて俯いた会長から言葉は出なくなるのだった。

 

「俺のことなんざどーでもいいでしょ。今はミラージとモノリスとやらに関して話し合えばいいじゃないですか? 俺が得点積み重ねてあげたお陰で、このままいけば『マジック点灯』するかもしれないんでしょ? だったらそっちに意識を向ければいい」

 

その言葉に、今日新人戦モノリスに参加するメンバーの内の2人が少しだけ震えた。それは恐怖であり決して武者震いの類ではなかった。

 

「それは取らぬ狸の皮算用だな。お前はカトラ王女に光井と里美が勝てると思うか?」

 

「さぁ? どちらも俺はどれほど出来るか分かりませんので、ただ勝つつもりでいるならば、必死になればいい」

 

ふと、その際に『里美』という言葉で、選手ジャージを着ていた一年女子2人を見た様子。その後には『ああ、そっちか』という言葉が浦島から聞こえた。

 

カンのいい連中はそれで気付けた。

 

この男、どうやらここにいるメンバー……九校戦に参加している全員の顔と名前を一致させていないようだ。

 

いや、三巨頭とか、その辺りの主要メンバーは既知だろうが、それにしても薄情な男である。

 

だが抗議ないし嗜めるような物言いをすれば―――。

 

『2科生である俺が、『同窓生』じゃない1科生の名前と顔を全て一致させているわけがない』

 

『それとも2科生は1科生を現人神のように崇め奉れとでも仰る?』

 

などという皮肉―――もうちょっとエッジを利かせたものかもしれないが、そういうことを言ってきたかもしれないのだ。

 

だからあえてそこはツッコまないだけの理性が働いた……。

 

「新人戦男子で唯一、ミソが着かない勝利をしているお前が何かをしてくれると期待していたんだがな」

 

「何も出来ません。やってもいいというのならば、20世紀後半のイラクサッカーのようなことをしますが」

 

「やらんでいい」

 

独裁者の長男がやったサッカー恐怖政治のようなものは、十文字会頭によって却下されるのだった。

まぁ当然の話だが……。

 

「では作戦会議をしよう―――と言っても何もないな。だが、これだけは胸に刻んでおけ。現状、どんな形であれ、浦島とシールズ以外の一年は味噌っかす以下の認識で他校から見られている。そう思われたくなければ、気合いと根性を見せろ」

 

結論としては、十文字会頭が恐怖政治のような焚き付けを行うのだった。

 

「大丈夫です会頭。啓太! 可奈子ちゃんに僕のカッコいいところを見るように言っておいてよ!!」

 

「気合い入れすぎてずっこけんなよ」

 

女の為に戦うとして意気を上げる吉田に返す浦島。

 

そんなやり取りのあとにはそれぞれで動き出すのだった。

 

 

 

「浦島君は僕の名前と顔を一致させていなかったんだね……」

 

「まぁ俺だって、こういう機会が無ければ1科生の面子のことなんてあまり知ることは無いからな」

 

だが、それを差し引いても随分と浦島は薄情に見える。ヨルダ・バオトに憑依する可能性があるのが一高の全魔法師であるというならば、そいつをはっ倒す上で余計な交流など無駄ごとなのだろう。

 

情が剣戟を鈍らせるということを徹底的に排しているのだろう。

 

そんな態度と様子から浦島の1科生名無し現象(ジェーン・ドウ)を察した里美スバルのテンションは少しだけ低かったが、それでも最後には達也の調整したCADを以て勝つと宣言した里美を送り出すのであった。

 

色んなヒトが達也に期待してくれている。色んな人間関係が出来上がって、絡み合っている。そのことを嬉しく思う気持ちの一方で、それを煩わしいものだとして嫌気しながらも、違う人間関係を構築している人間を見ているとイラつくのだ。

 

達也からすれば異物なのだ。

 

しかし、その異物こそが事態の中心にいて全てを解決していくのならば……。

 

そんな達也の苦悩とは裏腹に事態は動き始める―――。

 

 

 

 



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stage.44『新人戦四日目・惨劇』

 

 

「幹比古さんは動きというか術の行使がいい感じですね」

「お前が来てると聞いてから気合いが入ったそうだ」

 

可奈子の観戦の感想にそう返しながらも、他の森崎と―――名前が分からない1科生は、パッとしない。有り体に言えば雑な印象を受ける。

 

特に森崎など自分がフォワードだからと突出しすぎて、フォロー役の名無しの1科生が困るぐらいに何というか……連携できていない。

 

まぁその犠牲を厭わない突撃突進が、ある意味ディフェンダー役である幹比古の負担軽減に繋がっているならば、別にいいのだが。

 

「そう言えばけーた兄ちゃんが倒したあの残念イケメンは、モノリスに出るん?」

「らしいね。まぁ俺がやった援護も意味がなかったな」

 

ピラーズであの一条将輝を再起不能(リタイア)に追い込んだつもりだったが、存外気合いを入れて戦いに挑んでいるようだ。

 

ピラーズでの自分との試合などラッキーパンチが決まっただけだと思って、油断せずに冷酷に相手を打ちのめしているそうだ。

 

(まぁ九郎丸も出場するらしいから、それ次第かな)

 

とりあえず第1試合は大丈夫のようだ。モノリスを陥れたことで勝利は決まった。ある意味、ボロボロすぎる勝利だが、この分ならば第2試合の四高との戦いも安牌のはず。

 

(―――まぁ森崎くんは一科生、俺のような劣等生とは違い高いレベルの考えがあるんだろう)

 

皮肉げに内心で言う。

 

あとは強敵ぞろい。そもそも上がっていけばどうやっても強いところとは当たるわけで。

 

(あとは野となれ山となれな気持ちだな)

 

「ケータ! そろそろカトラの試合ヨ!」

 

「そうか。じゃあどうする?」

 

アンジェリーナの誘いにどうしたものかと悩む。一応、幹比古のニワカ友人な立場である啓太としては、このまま妹に幹比古の試合を見てほしいのだが……。

 

「幹比古さんには悪いですが、まぁあまり痛ましい試合ばかり見るのは精神的に良くないということで」

 

「カトラねーちゃんの試合……エキゾチックな民族衣装とか見てみたい!!」

 

結論、どうやら一高のモノリス一年チームの戦いっぷりは、2,090年代のJCのウケが悪かったようだ。

 

(すまん!友よ!!)

 

そんなこんなで四高との第2試合は、見ないことが決まったのだった。

 

だが、この判断をすぐに啓太は後悔することになるのだった。この大会に陰謀が走っていることなど先刻承知。

 

しかし、啓太がアレコレ引っ掻き回したのであきらめたかと思えば、全く諦めていなかった。

 

当然といえば当然。

 

そして―――惨劇が起こるのだった。

 

 

ミラージバットのCAD調整ののちに昼寝を終えて競技エリアに戻った達也は、会場が動揺に包まれているのを感じ取った。

何かが破裂しそうな空気……有り体に言えばパニックと動揺が、各校の天幕が置かれたエリアを覆っている。

 

そして、それが強いのは、第一高校の天幕だった。

「お兄様!」

 

天幕に足を踏み入れた途端、深雪が一直線に駆け寄ってきた。

その隣には雫の姿もある。

「深雪? 雫も……エリカたちと一緒じゃなかったのか?」

 

ほのかが起きてくるまで──五時から決勝の準備を始めることになっている──深雪と雫はエリカたちとモノリス・コードを観戦している予定だったはず。

 

それが今、ここに居るということは……。

 

「何があったんだ? モノリス・コードで事故か?」

 

答えを待たずに、達也は更に質問を重ねた。

何かあったのか、とは訊かない。何かがあったことは、この雰囲気から明らかだ。 ただそれが、思った以上に深刻な事態かもしれない、と達也は考えたのだった。

 

「はい、事故と言いますか……」

 

「深雪、あれは事故じゃないよ」

言い淀む深雪の横から、雫が強い口調で口を挿んだ。

「故意の過剰攻撃。明確なルール違反だよ」

 

その口調は抑制を保っているが、雫の目には見間違えようの無い憤りが燃えていたが、その後にはすぐさま不明な気持ちが起こって混乱している様子だ。

 

「けれど……相手である四高の方の人間たちも大怪我を負っていた……それは自傷では出来ないほどの大怪我で―――」

 

険しい顔を見せる雫の気持ちに深雪も同意のようだ。だが、理解出来ていない。共有出来ていない危機意識をおなじにするべく達也は言葉を重ねる。

 

「?つまり……」

 

「加害者側である四高のモノリスメンバー全員も重傷に陥っていたのよ」

 

疑問を呈した達也に応えたのは、どこからか現れた七草会長であった。

 

「使われたのは、こちらが確認した限りでは『破城槌』と呼ばれる戦術級魔法……これは森崎君たちが四高からやられた被害」

 

詳しいところは書面で見ると、どうやら両校のスタート位置が建物―――廃墟と言うべき場所だったことが災いしたようだ。

 

掛けられた魔法がコンクリート建造物をぺしゃんこにする勢いで掛けられて、結果としてデモリッションも同然に解体。

 

そして―――中にいた人間たちの運命など分かりきっている。

 

「四高の方はどうしてそんなことに?」

 

「それが良くわからないのよ……巻き上がる粉塵の量が多すぎて、それがある種のジャマーにもなったのか審判員も四高側への制止なども出来なくて……直接確認に出向いたらば……」

 

軍用の防護服を鋭利なもので切り裂かれ血まみれ。

そして……全員が何か強烈な電気ショックか、マインドアタックを掛けられたかのように虚ろな目をしながら虚空を見ていたとのこと。

 

恐らく涎も垂れ流しだったのだろう……。

 

思い出したのか暗い表情をする七草会長は、達也と内緒話するべく、奥の方へと誘う。

 

深雪もそれに特に嫉妬を覚えることもなく見送ってくれたが、ともあれ詳細を聞くことに……。

 

もっとも会長もこれといった詳報を聞いてはいないようだが、今の所は十文字会頭が委員会側に『代理チーム』の登録を要請しているとのことだ。

 

「それだけのアクシデントが起きたというのに、続けようというんですか?」

 

正直言えば男子の方及び新人戦での得点は……浦島啓太がアレだけ引っ掻き回したので、マジック点灯とまではいかずとも安牌なぐらいにはなっていると思うのだが……。

 

「その辺りは十文字君の心ね。もっとも……私とてそうするかも―――で、達也君に聞きたいことは、この大会の裏で動き回っているものよ」

 

抽象的な問いかけだが……言わんとする事は理解できた。春先でのブランシュという組織を言い当てた時のように達也の『情報網』を当てにしているのだろうが……。

 

「会長、あの一件は結局の所、ブランシュ本体はおろかその下部組織であったエガリテですら何とも中途半端に終わりましたじゃないですか」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「ヨルダ・バオトと裏火星―――そしてアマテルの茶々入れで全ては覆されたんですよ」

 

あの後の顛末としては、彼らの関与は全て『なかったこと』になった。それよりも巨大な存在・組織とが、彼らの罪を微妙なものにしたのだ。

 

「リーダーの司 一は一旦は逮捕されましたが、すぐに処分保留で釈放及び不起訴になりましたからね―――何も証拠がなければ組織犯罪処罰法も適用できませんし」

 

(きのえ)くんは、あの事件時点で既に一高を『自主退学』していたわ。その後は―――実家の方の縁で京都の方の『協会』とやらに迎えられたそうだけど」

 

ここまでは、確認作業。そのうえで達也は会長の懸念を晴らすことにした。

 

「今回、この九校戦に食指を伸ばしているのは、そういった風な組織じゃない『はず』ですよ。まぁ裏火星やアマテルのCEOに関しては詳しくはないですが……」

 

ならば、なんで断言できるんだ?という視線を理解しながらも達也は、中華系の犯罪シンジケートがバックにいて『闇賭博』をしていると告げるのだった。

 

「それじゃ、何処かの高校の生徒が『八百長』している可能性もあるの?」

 

「まぁそうですよね……普通、そういう賭け事では、勝敗をある程度コントロールすることで、賭けを成り立たせようとすることが普通ですよね」

 

達也が苦悩気味になりながらも、そういう昔ながらの手法ではなくアホらしいことに『勝率一位』の高校を『落とす』ことで、胴元の一人勝ちを狙ったようなのだ。

 

正直言えば、稚拙すぎる……もっとも中華系マフィアが気安く接触できる『ピッチディーラー』みたいな魔法科高校の生徒もいなかったのだろう。

 

よって、達也は詳報を開いた端末を会長に見せることにした。

 

それはこの九校戦の前―――、一週間前に行われた警視庁の大捕物。

全国ニュースにも取り上げられたそれは表向きは台湾系の公司への強制捜査。色々と公の社会では認められないとんでもないもの(ご禁制の商品)が押収されたが、その裏側には『無頭龍』という組織に対するカウンターがあったりしたのだ。

 

「これは私も見たわ。妹たちが大騒ぎするぐらいには近場の事件だったからね」

 

都内に住居がある人間からすれば関東圏全てが、ある意味では近場かもしれないが、皮肉を押さえつつそういう裏側を教えるのだった。

 

「そう……それじゃ関係者は全て逮捕されたのね?」

 

「恐らく―――程度ですけどね。知り合いの坊主経由なので」

 

そう言うと、『忍者』のことに会長も思い至ったようだ。

 

「ですが、胴元が逮捕されただけで、賭け自体は今でも継続しているのかもしれません」

 

「支払い主がいないのに?」

 

「ええ……」

 

この辺りは『本当』に達也も疑問なのだが、まぁ総首領といえる人物は、日本国外にいるわけでそこから『支払い』があるのかもしれないが、

 

「イマイチ分からないわね……」

 

「俺も混乱していますよ……俺が掴んでいないだけで他の勢力が暗躍している可能性もありますが……」

 

「達也君の情報網も完全じゃないのね」

 

「申し訳ありません」

 

「アナタが謝ることじゃないでしょ。ただ……事の発端は、摩利が陥ったアクシデントよね」

 

それには黙って首肯をする。そしてこの事態の裏側に至るまでを理解しているだろう相手にお互いにため息を突くのだった。

 

(なんでそんなにまでも秘密なのかしら? そりゃ達也君みたいに自慢屋根性を出して、傲慢になれとは言わないのだけど……)

 

みんなに何も言わないことで、必然的に傲慢に高慢になっていることは気付いているのだろうが……それを改めるつもりはない。

 

そして、危機や危難が起こればそれを解決してしまう。そこには使命感とか義侠心など無い。

 

ただ単に『他のやつに任せていては不安だから自分でやってしまう』というある種の面倒くさい仕事人間的な一面が見え隠れするのだ。

 

それが少しばかり真由美にとっては、嫌なのだ。

 

(なんかすごい失礼なことを考えているな)

 

そんな真由美の考えを『えにっき』などというアーティファクト無しでも何となく察した達也に直々に指令が下った。

 

「一年女子に動揺が広がらないよう協力して欲しい」

 

こちらの考えを読んだわけではないだろうが、それでも下った指令と今後のCAD調整などに忙殺されることになってしまう達也は、その間―――啓太の方から注意を離すのだった。

 

 

ホテルの一室にて、全てを解析しつくした啓太のAIは残酷な真実を告げてくる。

 

『間違いない。実体化モジュールを使ってCADから出現した痕跡(ログ)が存在している。しかもある種のウイルスプログラムな魔法も実体化(リアライズ)したようだ』

 

「どれだけの数のビリーナンバーズがやって来ているんだ?」

 

エックスの言葉に啓太は陰鬱な気持ちで答える。

一旦はいなくなったというか十七夜栞との夜中の会合で始末しきったと思ったのに、まだいたということに啓太は片手で頭を抱える。

 

一匹いたらなんとやらなぐらいに湧いて出るのだ。

 

『奴らに道理など無い。分かっていたはずだマスター啓太。人類滅亡の芽などそこらへんにありったけあるのだと』

 

嫌なことを警告してくれるAIである。だが、こうなった以上……もはや、やるべきことは一つなのだろう。

 

「ケータ、どうするの?」

 

「どうするもこうするもないな。だが、奴らイレギュラーAIが、『一高の優勝の阻止』ということを『命令』として受けたのならば、一高が確実に勝ちに向かっていく段で稚拙な手段に出てくる」

 

そこを叩くしか無い。

 

情報世界での戦い『だけ』で奴らを『DELETE』することは不可能。

 

物質世界……三次元世界に出てきた時に決着を着けるしか無いのだ。

 

アンジェリーナの質問に答えたあとに急遽のコール。幹比古が意識を取り戻して自分を呼んでいるとのこと。

 

可奈子からの連絡に啓太とアンジェリーナは病院へと向かうのだった。

 

 

向かった先にいた幹比古はどう考えても重傷であり、だというのに可奈子は自分を呼んだというのだ。

 

看病していた可奈子は、『長く話さないでください』と言ってくる辺り、この集中治療室にいる友人の状態を察するのだった。

 

「啓太ーーーそこにいるんだね?」

 

目は現在開かれていない。粉塵で眼がやられたからなのか包帯が巻かれている。あるいは再生治療の真っ最中なのかもしれないが。

 

「ああ、いる―――今はゆっくり休め。俺はもう出れない『手を―――手を出してくれ』幹比古……」

 

痛ましい姿。彷徨うように上に出された手もまた治療の痕が生々しいが、それでもその治療中の手に自分の手を向けると―――パチンッ!と叩くようにして何かを手渡されたような感覚を覚えた。

 

「バトン、タッチだ……確かに渡したよ……」

 

「幹比古……」

 

「キミのやりたいようにやればいいんだ。狭い甲羅でも大海に出てしまえば広い世界……誰かがキミに―――嫌疑を向けたとしても……キミが思うがままに、行きたい方向に行けばいいんだ……魔法科高校(ガッコー)は、キミにとって狭いならば……閉じこもっている全員の在り方を崩して、、……しまえよ。せっかく……の時間を無駄にするなよ」

 

そう―――言われたあとに、ナース(看護師)のようなドクター(女医)がやってきて、出ていくように言われる。

 

「よろしくおねがいします」

「はいな。まかされたえ♪」

 

京都弁のマジックドクター……言うなれば『スーパードクターK』に後は任せるのだった。

 

「兄さん……」

 

「何も言うな……ただ―――やるべきことはやるさ」

 

幹比古の心に報いるだけの何かをやるには今の啓太は無理なものが多い、ただそれでも受け取ったバトンは間違いなくあるのだった。

 

 



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stage.45『新人戦四日目・再起』

 

 

幹比古の見舞いを終えた啓太とアンジェリーナだったが、その間にも競技は進行していったらしい。あれだけのアクシデントがあったというのに、続ける根性は如何なモノかと思うが協賛企業の意向なのかも知れない。

 

ビリーナンバーズ……もはや半世紀以上前の稀代の電脳犯罪者(サイバークリミナル)の放った残滓を探してアレコレやっていたのだが、そんなものは早々に見つかるわけもなく―――カトラが決勝進出を決めたミラージバット新人戦を見ながら、探るもそれすらなく、それが終わると同時に何故か一高のミーティングルームに呼び出されるのだった。

 

呼び出された先にいた面子から歓迎の意を受けていないのは分かっていたので端っこの方の壁にいることにした啓太。

 

アンジェリーナもそこにいようとしたので、『生徒会書記』として総合主席の隣が適当と言って移動させた。渋々従ってはくれた。

 

名前を知らない面子が多いが、それでも一高の主要メンバー……ぶっちゃけ十文字の舎弟たちだろう相手などを見ながら、啓太は『えにっき』を開いてアンジェリーナを除いた全員の思考を『見る』のであった。

 

(ふぅん。理論主席サマをリーダーにして予備のモノリスチームを編成ねぇ。どうやら『それ』にだけ今は注意を払っているが、俺にも何かの話があるらしいな)

 

『えにっき』に表示されないモノを何となく察しつつも、『(ぜつ)る』ことで存在感を消していた啓太に一切の注意を払わず、あるいは興奮しているのか件の理論主席の司波達也君が部屋にやってくるのだった。

 

話の内容は概ね、啓太が『見た』通りだが、当然ながら司波達也はそれに傲然と抗議をする。

 

司波達也の『心の内』に分け入っていく。(CV松重 豊)

 

実家(四葉)だけでなく軍からもアレコレ言われているわけね。だから最初から出自も何もかも明かしときゃよかったんだよ)

 

自慢屋のクセに、隠そうとする努力もしていないのに、自分の能力を披露する場が与えられたならばそういう自制心など、どこへやらで動き出す。

 

そして、そこで見せた『異常なもの』が不特定多数の人間に疑念を持たせることを理解していないようだ。

全くもって隠れられない、忍び堪えられない男である。

 

だが結局の所、十文字会頭の一喝でとりあえずは了承したようだ。

 

「分かりました……三高のカトラ・スゥだか紺野カオラだかに『光井』も『里美』も負けましたので、その失点を取り戻すつもりで戦います」

 

「別にお前だけの責任でもないと思うがな……それに光井も3位なんだから立派な成績だぞ」

 

「それでも、俺は2人に勝ちきらせられなかった」

 

「―――分かった。その辺りは好きにしろ」

 

この担当選手に対する無駄な責任感ならぬ、そうではなく『自分の組んだ術式ならば優勝できたはず』という無駄なプライドというか傲慢さを垣間見た十文字は話を打ち切った。

 

戦う動機が何であれ戦ってくれるならば、それでいい。

そして、浦島啓太が司波達也を嫌う理由を理解できたのだった。

 

そして話は別に移る。

 

「お前が指揮するモノリスチームだが、選べる枠は一名のみだ。一名は既に委員会側から指名されている」

 

「浦島、なんですね?」

 

(嫌そうな声で言ってくれるねぇ)

 

「そうだ。委員会側というよりも他の学校の人間の中には、田中太郎という名前で自分たちを混乱させて、更にはアレだけの高度な術を行使しておきながら2科、普通科という生徒であるヤツを叩きのめしたいという想いを抱いているようだ」

 

そういう他校からのヘイトが、自分を再び戦いの場に召喚していったようだ。

 

ある意味、僥倖というものだと感じながらも疑問が司波達也から出てくる。

 

「それで浦島は、『この部屋』にはいないようですが、この話は伝わっているんでしょうか?」

 

「―――いま、聞かされたが、別にかまやしない」

 

「!!」

 

「表情筋が動いていないくせに、驚きが分かりやすすぎる。キモいな」

 

啓太がいることを認識できなかった司波達也の顔の評価は、当人と当人の妹を不愉快にさせたが、とりあえずそれを無視して啓太は『いどのえにっき』を閉じながら十文字に告げる。

 

「俺が出なきゃ始まらない話ならば、別に一も二もなく出ますよ。それとも抗弁して『出さない』という話に持っていけます?」

 

「無理だな……お前という賞金首を倒したい思いで誰もが居るのだからな」

 

「欺瞞はやめといた方がいい。十師族の沽券を守るために、一条将輝の前に俺の首を差し出したいんでしょ」

 

「「………」」

 

その言葉に2人の十師族は表情を硬くしながら啓太を見てくる。あのピラーズでの戦いは色んな意味で衝撃的だったのだ。

 

マギステルを古式魔法師の『上位種』ぐらいに考えていた真由美などは、あそこまで現代魔法師を圧倒するなど想定外。

 

そして……全ての人類が『努力』次第でマギステルと同じく超常能力を発揮できる。

マギクスとは違い、遺伝的素質などに左右されないなんて信じたくなかったのだ。

 

「実戦の場で一条将輝を下せるのか?」

 

「あくびが出るほどに容易いことですな。彼には俺の障壁を越えて、術の一つすら及ぼすことは出来ない」

 

渡辺委員長の言葉にそう返した後に―――招かれざる客がミーティングルームに入ってきた。

 

「だからこそ制約を掛けようという意見が大半なのだよ。お前が一条将輝の前で這いつくばるようにするためにな」

 

その人物は老人だった。本当に老人にしか見えない存在だったわけで。

 

「九島閣下!?」

 

驚いて腰を抜かしそうになった十文字克人だったが……ともあれ、周りに走った動揺など何のそので『九島烈』は、入口付近に立ちながら全員の動揺を手で制してから、モノリスにおける啓太に掛けられた制約を『ペラペラ』と話す。

 

全てを語り終えた段であろうときに……啓太は動き出した。

 

「言いたいことは、それだけかよ。偽物野郎が」

 

五指を差し向けて『九島烈』の頭に爆炎の術を掛けるのだった。

 

いきなりな行動。この室内で魔法を使ったこととか、仮にも魔法師の世界での偉人、ソレ以前にあのような御老体に、ここまでのことをやるとは……そこまで九島健に対する慈愛ばかりで、こちらには何もないのかなど色々と問いただすべきことはあったのだが……。

 

「ちょ―――っ!!!??? う、浦島君、あなた! 何やってるのよ!! いきなり老師の頭を燃やして!!!」

 

混乱しきった頭での言葉しか浮かばない真由美がいの一番に口を開くのだった。

 

「アンタ、マルチスコープとかいう目ン玉だか術を持っているのに鈍いな。よく見るべきですね。そこにいるのは九島烈なんかじゃない」

 

そのげんなりとした言葉の後に、どこからか笑い声が聞こえる。笑い声は未だに火勢を振るう『九島烈』の燃え盛るところから聞こえていた。

 

「およそ120年ぶりといってもいいかな。僕の正体を見破って、あげく火炎術をいきなり放つバカモノは……キミで2人目だよ。浦島啓太クン」

 

火炎を全て吹き飛ばし、その上で全ての『痕跡』を消し去ったのは火炎の中心にいた『最強の魔法使い』である。

 

「ひぃっ!!!!」

 

中条あずさの悲鳴が聞こえる。それは当然。

そこにいたのは、洒脱なスーツを身に着けた白髪の男……その正体(なまえ)は―――。

 

「やぁ、およそ4ヶ月ぶりだね。第一高校の皆さん」

「フェイト・アーウェルンクス」

 

誰かが怯えを含んだ声で彼の名前を発し同時に、服部副会長が戦闘態勢に―――。

 

「やめといた方がいい副会長。瞬きする一瞬の間にアンタを物言わぬ石像にするぐらい、こいつには朝飯前だぞ」

 

服部を見ずに、フェイトを見たままに言う。

 

「だ、だが……」

 

戸惑う服部(ダリル)。どちらかといえば、啓太が気配だけで行動を察せられたことに怯えているようだ。

 

「こうして態々、老人の姿になってでもここまでご足労願ったわけだから、ここでCEOもやるつもりはないんだろう?」

 

「当然さ。それに僕はこの大会の大口スポンサーでもある。別に姿を模していたレツ坊やのように人前に出ようとは思わないけどね」

 

公的な立場としては、この男は大会の出資者である。その事実に誰もが驚くが―――確かにアマテルの名前はあるわけで、フェイトの公的な立場とも合致はする。

 

というか、その事実に今更ながら気付いた面々に少しだけ呆れも覚えてしまう。

 

「先程、僕が話したことを40分後ぐらいあとに、九島烈は『十師族』であるミスサエグサとミスタージュウモンジに画面通信で伝えるだろう。この決定は運営委員会というよりも十師族経由でのものだからね」

 

「「くさってんなー(GRAFT)」」

 

「いや、全くその通り」

 

啓太とアンジェリーナの直截すぎる感想に十師族である『四人』が、少しだけ表情を固くするが、何はともあれ啓太の推測は当たっていたのだった。

 

「んで、アンタはそれを伝えるためだけに二度目の老人変装をしたのか?」

 

「まさか。『頼み事』があるだけさ。浦島啓太くん、キミに対するアマテル・インダストリーからの正式な依頼―――もう分かっていると思うが、よろしくない『山村貞子』(リングウイルス)が、この九校戦で暴れまわっている。彼らは中華系の犯罪シンジケートの連中からの依頼で、ある『ディール』を完成させようとしている」

 

「一高の優勝の阻止」

 

こちらが掴んでいた情報を晒すことであちらのペースにはさせない。そういうつもりだが、頷くフェイトに攻め込まれていることをことさら意識する。

 

「その犯罪シンジケートの闇賭博……賭けのレートは随分と『杜撰なもの』だったようだが、依頼してきた連中の命令は実行しているようだ」

 

「―――かつてのアンタみたいにか?」

 

「僕の『かつて』を知らない若造がナマイキに囀るもんだ。だが、このコーヒーの味に免じて、受け入れておこう」

 

会話の合間にコーヒーメーカーを起動させておいたことが功を奏したのか勝手知ったる様子で椅子を引いてそこでコーヒーカップを持ち優雅に飲むようだ。

 

大航海時代に各国が争って求め続けたものを飲む最強の魔法使い。誰もが毒気を抜かれそうになる……。

 

「話を戻すが、奴らのやりようはあまり好かない上に、厄介なことに僕の死んだ『友人』が進めてきた計画の最終的な欠片は奴らが持っているという皮肉……しかし、『山村貞子』を滅することが出来るのは、浦島君。君だけだ」

 

そこで再びコーヒーを飲むフェイト。

 

「君は特別な存在になりたくはない、異常(とくべつ)の世界から足を洗いたいと思っている人間だ。となれば、これは君にとってもチャンスだから―――」

 

「別に焚き付けなくてもいいよフェイトさん。ネギ爺さんは、俺も知らない人間じゃない。アンタに言われなくても、奴らは倒すさ。その後に出てくるもの、『お宝』だって四の五の言わずに提出してやるさ」

 

その言葉に面倒くさい『宇蟲王』様は微笑を零してから、饒舌な演説を終えて出ていくようだ。

 

その際に手元の携帯端末を通じて、啓太の端末に『かなりの額』の電子マネー(キャッシュ)が振り込まれているのだった。

 

「別に金はいらんのだが」

 

「君に恩を売りたいのさ。それに前回のヨルダ様の降臨でのことも含めて―――まぁ東京に帰ったらば、そこのアンジェリーナ君と高めのディナーに行く際の資金にしたまえ。それでは健闘を祈る」

 

その言葉と同時に転移魔法符を発動させて、どこかへと行くフェイト・アーウェルンクス。

 

見事な退場のタイミングだと感心してしまう。

 

魔力の残滓と空になったコーヒーカップだけが一高会議室に残り、先ほどから言いようのない圧迫感を覚えていた全員は……。

 

「で、何の話でしたっけ?」

 

などと先ほどまでの会話など無かったように会議室での話を戻そうとしたことで、全員がズッこけるのであった―――。

 

 

 



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stage.46『新人戦五日目・再始動』

 

 

「なあ、達也……マジ?」

 

訝しげ、というよりどこか途方に暮れた顔で何度も同じ事を問うレオに、司波達也は素早く応える。

 

「ああ、本気と書いてマジ。大マジだ」

 

達也の答えはいつもより軽いものであり、 少しばかりあっけにとられてしまいそうになる。

 

「やっぱりマジか」

 

だが、表情は変わっていないので答えは変わりそうにないのでレオが深いため息をついた。

 

「だが、なんで俺なんだ?」

 

「俺が連携を取れる相手となると、お前ぐらいしかいないのと、ついでに言えば一年一科の男子とはウマが合わない。よって他の決まってる相手を除けばレオに白羽の矢を立てたんだ」

 

「……浦島はそれでいいのか?」

 

「何も言うべきことはないな。そちらに合わせるだけだ」

 

部屋にいたもうひとりのメンバーは壁によりかかりながら、そんな風に言う。

 

結局の所、彼はいつでもマイペースなのだった。

 

レオに基本的なルールを教えつつ、やってもらいたいことの説明をする段になった時点で、少しだけ啓太も会話せざるをえなくなる。

 

「本来ならば、レオにはディフェンダーとしての役目をしてもらいたかったんだが、今回の特別ルールによって、自動的に浦島がモノリス防御の要たる『キーパー』になることになった」

 

「どういうことだ?」

 

「全てを説明すると長くなるが、十文字会頭の交渉で予備チーム登録の条件として、浦島啓太を試合に出すこと。そして、その際の特別ルールが設けられた」

 

1,浦島啓太は開始10分が過ぎるまでモノリスの半径10mからの移動を禁ずる。

 

2,浦島啓太への攻撃選手は10人まで追加することを可能とする。(その他の一高登録選手への攻撃は許さず、浦島啓太への攻撃のみを許可する)

 

3,上記ルールへの救済措置として浦島啓太は、刃物・打突武器を用いない直接攻撃を許可する。

 

4,なお浦島啓太は、プロテクトアーマーの使用を禁ずる。

 

書面というか端末に表示された特別ルールを見た西城レオンハルトは……。

 

「どうせならば、俺にもこのルールが適用されたかったんだがな」

 

西城の目は3番めのルールにばかり行っているようで、少しばかり短慮を戒めるべくいう。

 

「アーマーの使用がないんだ。下手すりゃ大怪我ですまねーよ。4番目のルールの危険性をナメんな」

 

「うっ、ワリぃ。けどお前は大丈夫なのかよ?」

 

「問題ないな」

 

『まぁ私としては、ご主人をナメた馬鹿どもの血で濡れたかったんですけどねー。ぶっはー! 生き血を浴びてー!!!』

 

とんでもなく物騒なことを宣うのは浦島が剣呑にもこの部屋に持ってきた刀である。

己の遺志を持った器物という恐ろしい事実に、実は浦島が腹話術でも……と思ったが、どうやら違うようだ。

 

(あの時逆との戦いでも女の声が聴こえていたが、まさかあの剣からだったとはな……)

 

自分を四葉だと暴露されたときのことを思い出した達也だったが、そんなわけで……。

 

「俺の役目はモノリスのキーパーであると同時に、前進する君らの後方支援というところだな。まぁ安心しろ。色々と支援砲撃は出してやる。

戦いは数だよ兄貴!! と宇宙要塞の偉い人も言っているしな」

 

誰だよそれは? と想いつつも、話は進み―――。フォーメーションの暫定的な確認。

そしてCADの調整という段に至った時点で……。

 

「けれどよ達也……こいつ一本だけが攻撃手段ってのは結構心もとないぜ」

 

「確かに、な。本来ならばレオにはディフェンダーをやってほしかったわけだから……少々心もとないか」

 

「せめて浦島や二高の時逆君みたいに、斬撃を飛ばせたり、何かできれば良かったんだがな」

 

その言葉に神鳴流の技を教えることは不可能ではある。

 

『そもそも、それってどう使うんですか? 剣は使えないならば、刃が無いとは言えそれも使えないはずでは?』

 

「……詳しい説明は省くが、これはある種の『投擲武器』みたいなものだ。柄と分離する形で、この板っきれをぶつけるんですよ。言ってしまえば鎖のないモーニングスター(聖水散布器)というところです」

 

なぜに俺は喋る刀に説明をしているのだろうか? 妙な気分になりながらも、達也はそう懇切丁寧に説明すると―――。

 

『啓太、この少年の剣に『鶴亀紋』を刻んであげなさい。私を介して付けたものならば、恐らくそれなりに出来ることもあるはずですから』

 

先ほどまでの巫山戯た言いようとは違い、真面目な厳かな―――言うなればヒトの上に立つような人間の調子で浦島に命じる様子に呆気に取られるも。

 

「承知」

 

特に驚かずにそれに応える浦島。鞘から少しだけ引き抜いた刀で自分の親指の腹を少しだけ切る様子。

 

そして血判でも押すかのように親指で精緻な紋様をレオの武器である『小通連』の『打撃板』と『柄』に刻んだ。

 

時間にして10秒足らずで、その作業を終える浦島。手慣れた様子に、前からこういうことをやってきたのだろうと推測できる。

 

「あとで試し斬りする時は呼んでくれ。ぶっつけ本番ならば、それでいいが、俺はちょいと出てくる」

 

「まぁお前にはCADの調整は要らんし、アーマーも中条先輩が持ってくるわけじゃないが、何処に行ってくるんだよ?」

 

「―――女のところ」

 

その言葉に達也は呆気に取られる。こやつは自分とレオが懸命になっている時に、そんなことをしようというのかなどと嫌悪も顕になりそうになったのだが……。

 

「ああ、ついでに言えばお前の『目ン玉』の封印を解くのもある。別にハマノツルギ(ハリセン)でぶっ叩いてもいいんだけどな」

 

あっかんべーをしながら、『目的』を話されたことで、その退室を見送ることにした。

 

戸惑うレオに構わず達也は作業を続行することにした……。端末機器に入れて解析したところ自分の作成した武器が、とんでもない『強化』がなされていることに驚くのだった。

 

(マギステル……とんでもないな)

 

改めてその力に脅威を覚えて、そして試合になった瞬間、ソレ以上の脅威を覚えるのだった。

 

 

新人戦五日目は、困惑の空気と共に幕を開けた。

 

前日のモノリス・コードで、前例の無い悪質なルール違反と同時に混乱してしまうような不可解な事態があり、その『事件』でメンバー全員が大怪我をして試合続行不能となった第一高校は、通常であれば残り二試合が不戦敗となるところを、大会本部の裁定と十師族の多大な影響力と腹黒い思惑により代理チーム―――1名は既に規定済みでの出場と特別ルールを採用した上で試合の順延が認められることになった。

 

「……浦島君、再度聞くんだけど本当にこのルールで大丈夫なの?」

 

「問題ないです。射撃武器の持ち込みも許可してくれてるし、直接のぶん殴りも問題ない。逆に聞きますが、こんなザルなルールで十師族は俺を縛れると思ってるんですかね?」

 

むしろ啓太からすればボーナスも同然だ。

 

「実を言うと、今回の特別ルールは一条君の父親である剛毅さんが提案したものなのよ」

 

その言葉に反応したのは責任教師であり、啓太にとっての師匠であった。

 

「ふん。大方、佐渡ヶ島でタケミチに会ったことでマギステルが手妻使い程度だと思っているんだろうな」

 

「タケミチ兄貴は、居合拳と魔法のみで戦ったんだろ? ならば、接近戦がとんでもないことぐらい分かりそうなもんだが」

 

「分かっとらんな。剛毅のアホは、タケミチの『居合拳』もまた『加重魔法』の原型程度にしか思っとらんのだよ。拳の圧でイワンの兵隊どもが伸されているだなんて、想像の埒外だろうな」

 

浅っ! 雪姫の言葉に短絡的な感想が出たが、それならば、こんなルールにもなろうか……。

 

「で、雪姫は何をしに来たの?」

 

「お前にお届けものだ。そんなジャージ姿で戦うとか、お前はいつの時代のバトル漫画のキャラだ」

 

「ジャンプやサンデーは分からんが、マガジンでは鉄板だと思うけどね。まぁ学ランでも持ってくれば良かった」

 

中学の制服も実はブレザータイプだっただけにカッコつけの為の衣装としてのオシャレ学ランが実家にあったりするのだが、持ってきていないので、こうだったのだが……。

 

「そんなお前にプレゼントだ」

 

「―――これは誰から?」

 

「麻帆良学園の学園長様からだよ。かつてのぼーやの伝説をお前に重ねているわけじゃないから安心しろ」

 

「アンタは?」

 

雪姫こそこれを着ることに何も感じないのか? と暗に問うと微笑を浮かべながら口を開く。

 

「啓太とぼーやは似ても似つかんよ。だがお前は―――どうする?」

 

口ごもった雪姫の心が分からないほど不孝者ではない啓太は『エヴァンジェリンおばあちゃん』からのプレゼントを素直に受け取る。

 

薄い山吹色のローブ。この夏場に羽織るものではないが、これこそが魔法使いとしての正式衣装であることを理解していたので、それを素直に羽織ることにするのだった。

 

「準備はいいんだな?」

「ああ、いつでもどうぞ」

 

リーダーである司波達也の言葉に端的に答えてからフィールドに赴くことになるのだった。

 

 

赴いた森林フィールドで新生一年モノリスチームは、いろいろな目で見られる。

 

好奇、嫌悪、期待……様々だ。

 

「なんだか目立ってるよなぁ」

「仕方ないな。色々と異例ずくめの補欠チームなんだ。そして十師族の一条を破った魔法使い……山吹色のローブを着ている人間まで出場するんだからな」

「デバイスの技術力で選手を勝たせているマッドサイエンティスト(フランケンシュタイン博士)にいわれたかねーよ」

 

 

辺りに落ちていた木枝を手に取った浦島の言葉でバチッ!とお互いの視線が火花を散らせたような気持ちをしながらも、試合開始のブザーは鳴り響き、二校は動き出すのだった。

 

 

今回の特別編成ルールにおいて、ネックとなることがあった。それは浦島啓太への攻撃人数だとか、そういうことではない。

 

単純な話、西城レオンハルトという2科生に『忍術使い』たる司波達也のバックアップを出来るほどの疾さを得ることが出来るかということであった。

 

魔法に頼らずとも、司波達也が恐るべき敏捷性を持っていることは殆どの一高上役が知っている事実だ。ゆえに先行するように前に出ていく司波達也を追えるのか? その疑問を解消するように、西城レオンハルトの速度は、司波達也ほどではないが、決して引き離されるようなものではない。

 

「西城くんが、あそこまでの自己加速が出来るだなんて……」

 

2科生だからといって、決して侮っているわけではないが、それにしてもいい動きをするものだ。

 

テント内の真由美は前線の様子を見せるカメラに関して感想を出す。

 

「動き出した10名のアタッカーは、一直線にモノリスに向かっているな。何処に石版があるかは分からないだろうが、10名で索敵していけば、誰かは見つける。そういう算段なんだろうな」

 

「じゃあ10名ものアタッカーと浦島は戦うのか?」

 

「まぁあちらには途中で鉢合わせするかもしれない西城と司波を撃退することは出来ないんだ」

 

狙う首は1つだけだ。防御することは出来たとしても、それだけではどうしようもないだろう。

 

そして浦島に掛けられた制約が、厄介だ。

 

(………果たしてどうなるのか?)

 

昔にある事件でマギステルと関わった克人だが、それでもその総力―――極まった魔法使いの一人だろう浦島啓太や雪姫の実力の全てを見切れていないのだ。

 

自分たちが見ているライブ映像の殆どは相手校である八高と司波と西城ばかりを撮っている。

 

察するに、浦島にはまだアタッカーが接近出来ていないのだろう。

 

つまり変化はない……。

 

「開始して既に八分か……」

 

既に司波と西城は八高のモノリス前で戦端を開いている。

 

通常の試合展開に比べれば驚異的なスピードではある。司波の速度に着いていった西城に合わせた形でなければもう少し早かったかもしれないが。

 

(おかしい……十人のアタッカーが、一斉に進んでいったというのに、まだ浦島……一高モノリス側には何の変化もないというのか!?)

 

展開の速さよりも、まだ何も起こっていないことに克人は驚く。

 

ルール違反監視用のカメラドローンは動き続けているのだろうが、その映像は『取捨選択』された上でディスプレイに表示される。

 

それは観客席でも同じであり、克人は焦燥する想いで、早く浦島か八高のエクストラアタッカーを映してくれという願いだ。

 

その願いが叶ったのか、ようやくのことで映像が出たのだが……モノリス前は何もない。

 

なんだか屈んで木枝で地面を叩いている様子だ。

子どもが遊んでいるのか!? と言いたくなる様子

 

だが―――次に見せられた映像には、ドヤ顔で司波の放った術式解体を説明していた七草も息を呑んだ。

 

「な、、なな!!!なにが―――」

「八高のエクストラアタッカーが……」

「全滅している……!」

 

三巨頭が呆然としてしまうのも当然だ。10人の八高生たちが、森の中で倒れ伏したり木の枝に吊るされたりしながら、動けずにいたのだ。

 

原始的な戦場跡。いわゆる打ち捨てられた屍が、そこかしこにあるようなものと同じような有り様が、そこにあったのだ。

 

ご丁寧にも、失えば戦闘不能のジャッジが下る頭部ヘルメットを全員が喪失して、その上で頭髪は当然のことで全身が水に濡れていたのだ。

 

「ど、どういうことなの!? これもマギステルの術だっての!? 浦島くんはどうやって敵を捕捉していたのよ!? 私のマルチスコープでも、ここまで……どういうことなのよ……」

 

混乱しきる七草の言葉に誰も答えられない。だがカメラドローンは、それらを克明に映し出していた。

 

リプレイ映像として浦島とエクストラアタッカーの攻防ではなく……一方的な攻撃の連続(ずっと俺のターン)が……。

 

 



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stage.47『新人戦五日目・one』

 

一高モノリス前にてキーパーを任された啓太は、正直退屈を覚えていた。

別に敵がくるのを待ち構えるだけがキーパーの役割では無い。

 

(確かに俺を自由にさせないという点では上策だ。10人ものエクストラアタッカーたちも自己加速魔法などで、接近してくるだろうな)

 

分かりきっていることだ。

有り体に言えば集団でリンチをしにくる連中がいると分かっているのに。

 

「なんで黙って何もしないでいると思うのかね」

 

バカなんじゃなかろうかと想いながら、その辺で拾った木の枝を使って地面を叩く。

 

それは一見すれば意味不明な行動でしかなかっただろうが、それでも啓太はそれだけで良かった。

 

(まずは一番先んじて動いている連中から倒すか)

 

2人組で動いている八高の魔法師……それを認識した後に、啓太は強化した己の拳を何度も地面に叩きつけた。

 

堂に入った正拳突き―――ある意味、腕の動きが見えないほどのものを地面に行う行為に意味を見出そうとするも、魔法師の大半が分からず―――しかし、その結果は次に映し出された八高のアタッカー。

 

先んじて進んでいた連中で知れる。彼らも何が起こったかはわからないだろう。

 

だが起こったことは遠景で撮っていたカメラドローンが、克明に映し出していた。

 

前だけを見ていた彼らには分からなかったろうが、彼らの足元に何かの『穴』。それがいくつも出来上がり、そこからいくつもの『水で出来た手』が出てきて、下から彼らにパンチを幾つも食らわせてきたのだ。

 

しこたま身体を殴られたことと顎に垂直に入るアッパーカットもあったことで、ヘルメットが砕けたのだ。

 

「次は『あっち』か―――そらよっ!」

 

都合、同じ行動を4回ほどモノリス前で続けたことで、足元から飛び出る水の連続パンチが、八高のエクストラアタッカー全員を沈黙させた。

 

一連の映像を見せられて誰もが画面の中で倒れ伏す八高のアタッカーたちと同じく沈黙せざるを得なかった。

 

「―――ハンデなんて無いんだな……」

 

縛り付けたつもりであっても、それは浦島啓太からすれば鎖ですらない。むしろ、その縛り付けた鎖を武器として振り回して相手を倒すのだ。

 

「察するに、あの木枝による地面たたきは、ある種の索敵なのだろう。潜水艦のソナー探知のように相手の場所を探るためのな」

 

「そんなものを聞き分けているの?」

 

「分からんよ。俺も、何となく程度の所感だしな」

 

だが、そうでなければあの水の拳による連続打を正確に打ち出すことは出来なかったはず。

 

しかし、随分とアレコレ出来る男である。魔法使いならば、普通なのかもしれないが、それでも克人は……。

 

(驕り高ぶらないというのも場合によりけりだ)

 

だが、浦島啓太という少年の事情をそれなりに知っている克人は、今も欠伸をしてからアクビちゃんを呼び出したかのように、水の中位精霊を召喚して飛ばしていく啓太を見て思う。

 

恐らく司波と西城への支援砲撃だろうが、この距離からでも使えるものなのだろうか。なにはともあれ―――次には司波と西城の方にカメラが回り……。

 

 

『やらせはせん!! やらせはせんぞおお!!!』

 

などとモノリスの前で獅子奮迅の防御をする八高ディフェンダーを相手に2人が攻めあぐねている様子だった。

 

「正規モノリスメンバー2人は既に倒していたか。中々にやるな」

 

「けど、その一人が随分と硬いようだ。エクストラアタッカーがやられたことを理解しているんだろうな」

 

ここから逆転するためには、最後の一人が踏ん張らなければならないのだ。

 

とはいえ、その一人の心を折るように―――モノリスの前に立ちふさがる八高ディフェンダーの後ろ。モノリスの後ろから……真っ裸(マッパ)の美女が現れた。

 

その肌の色が普通の人種ではなく青色の透けるような身体だとしても、気付いた八高ディフェンダーは見事な肢体と色気にあからさまに動揺して、その美女が迫ってきたことで止まった。

 

その体が幾つもの長い手腕に変わり、魅了されて止まっていた八高生を拘束して……くすぐりの刑―――、一高では『笑顔の魔法』などと言われたものが行われる。

 

「いっひひひひひ!! うひゃははは!!!」

 

強制的に笑わされるという恐ろしき刑罰を見過ごすしかなかった達也とレオは呆然としていたのだが。

 

『ほれ、相手ディフェンダーは既に拘束している。必死にヘルメットだけは死守している様子だが、そのせいで脇を擽ることが容易―――何をやるかは分かるはずだな?』

 

いきなり現れた子ガメ……タマよりもデフォルメされたそれが言葉を放つ。浦島の使い魔の類のようだが……。

 

「いや、けれどよ……」

 

動けない相手に対して硬化した板で殴るというのは間尺が悪すぎて、レオとしては少々卑怯に過ぎて戸惑うのだが。

 

「面倒だが―――モノリスのコードを送信する。レオ、護衛を頼む。万が一拘束を抜け出す可能性もあるからな」

 

言葉の途中で無系統魔法で石版を割った達也が、手首の端末を操る。

こいつはこいつで、何も出来ない相手(笑いっぱなし)が目の前にいるというのに、コードを送信するという……卑怯ではないが、少々無情なことを平然とやるのであった。

 

「ここここんちくしょぶっはははは!!!」

 

哀れ過ぎる笑い声をBGMに新生一高モノリスチームは勝利を飾るのだった。

 

 

そんな戦いの様子を見ていた観客の中でも一際、注目をしていた三高一年モノリスチームの2人は、終わってしまえば沈黙だけをしなければならなくなった。

 

「………」

「………ジョージ、どう想う?」

「どうもこうもないよ……何なんだアイツは……もう魔法理論も何もない……対策を立てられない。アイツは拳を使わせても強すぎる……」

 

問いかけた将輝も、正直……浦島が、ここまでとんでもないなどとは思っていなかった。

 

正面から勝とうと思えば、本当に人海戦術しかないのだが……。

 

(親父が呈したルールはあまりにも卑劣過ぎる。これが俺に勝ちを与えるための配慮であり忖度であることは分かる……)

 

だが、それを使って勝ちを得たとしてタイトルホルダーとしての一条家の名誉が守れるのか?

ガンダムに勝つために父親がステージに細工したようなものだ。

 

「……カトラと四十九院が協力してくれるならなぁ」

「ダメもとで頼んでみようか」

 

2人が頼みの綱とせざるをえないのは、その2人であったのだ。

 

果たして何か教えてくれるかどうか……焦燥と後悔の混ぜ合わせのままに三高テントへと戻るのであった。

 

 

 

一高選手控室。モノリスメンバーに急遽選ばれた3人は、ここに集結していたのだが、その行動はてんでバラバラであった。

 

一方は、アイマスクを着けてお気に入りの音楽をワイヤレスイヤホンで聞いている様子。

そんなスリープしている状態の啓太の音楽プレーヤーに無断でのジャックイン(接続)をして、同じく音楽を聞いているのはアンジェリーナである。

 

変則的ではあるが、半世紀以上前に流行ったまだワイヤレスイヤホンが出る前のケーブルイヤホンを左右で違う人間が使う……ようは当時の恋人たちがちょくちょくやっていたらしい『イヤホン半分こ』をやっているのであった。

 

もう片方は、端末を操り何かの作業をしているのだが、労っているつもりなのかその背に回り込み肩もみをしていたりする兄妹がいたりする。

 

何とも控室では一人であるレオとしては肩身が狭い想いでいたところに―――。

 

「どうぞ」

 

などとこちらの気持ちを察したかのように、一人の少女が横合いから茶菓子と茶を自然と差し出してきたのだ。机の上に置かれたそれよりも疑問なのは……この少女が誰なのか?だ。

 

「あっ、これはどうも……えーと……」

 

流石に最初から九校戦選抜メンバーではない上に、あまり1科生とも面識がないレオは、こんな割烹着姿の少女は分からなかったりするのだった。

ジャージでも着ていれば流石に一高生とも推測出来るが、そういう感じでもなさそうだ。

 

少女の無表情さは北山雫を思わせるものだったが、背丈は彼女のほうが高い。分かることはそんなところであり――。

 

「何をやってんだよ。可奈子」

 

答えは意外なところから出てきたのであった。

 

「お届け物です。兄さんのことだから、茶菓子の一つも出していないんだろうなと思いまして」

 

「別にいらないっつーか。 好みじゃなかろうなと思ってあえて出さなかったんだよ」

 

アイマスクを少しだけ上げる五条スタイルで、そんなことを言う浦島。どうやら本格的に寝ていたわけではないようだ。

 

「いや、んなこたぁねーけど」

 

正面にてカメ饅頭を頬張りながら緑茶を飲む西城が言うが、啓太としても言っておくべきことはある。

 

「一回だけだが俺も君等『司波組』に付き合って小洒落た喫茶店に入ったからな。まぁこういうのは好かないんだろうなって思ってな。別に実家の稼業を殊更アピールしたいわけじゃないしな」

 

言いながらカメ饅頭を啓太も食べる。ついでに言えばアンジェリーナも食べるのだが……。

 

「やっぱり、このシロアン(白餡)の味がイイわ―――なんていうかホッとするとでもいえばいいのかしらネ」

 

「特殊な製法はないが、やっぱり『癒やし』を目的とした茶菓子だからな。何かあるんだろうよ」

 

本当のところは啓太もアンジェリーナも知ってはいる。浦島家は『霊脈の管理者』なのだ。

 

特に北関東……海なし県である『埼玉』の巨大都市の方から流れ込んでくるチカラを調整する上で、それらを利用しているのだ。

 

その一つ……樹から流れてくる告白成功率100%永遠相思相愛という『呪い』も同然のものが、ひなた旅館の別館に使われていたのだが……。

 

そんな風に実家の味に舌鼓を打っていたのだが、一人、いや二人食えていない人間が苦言を呈してきた。

 

「浦島、俺と深雪には無いのか?」

 

「生憎、我が家の菓子を珈琲でマリアージュさせようとする輩には出せません。緑茶で頂いてもらいたいもので」

 

「……なんで君が応えるんだ?」

 

「私も浦島なもので」

 

端末から外して顔をこちら―――西城と座っている長机に向けてきた司波達也に応答するのは、割烹着姿の可奈子である。

 

その返答に怪訝な顔をするも推測はあるのか、啓太に顔を向けるも。

 

「浦島 可奈子と申します。そちらにいる啓太は私の実兄に当たりますので、以後お見知り置きを」

 

「どうも……」

 

その前に丁寧な一礼と同時に自己紹介をしてきたことで、司波達也も応対するのだった。

 

「兄さんのための茶菓子も届けられたので、そろそろ私は御暇します。では―――」

 

―――浦島流柔術 空蝉―――

 

言葉と同時に可奈子の姿は無くなるのだった。煙の演出などは無いが、あまりに急激な消失に司波達也は頭を混乱させているようだ。

 

「……柔術ってそんなことも出来るのか?」

「やろうと思えばな。面倒だから俺はやらんが。

まぁ浦島流柔術は『攻撃』よりも『防御』に重点を置いてるから真島クンみたいな鉄菱(骨折者続出)とか出来ないとは言っておく」

 

真島クンって誰だよ? という疑問はさておき、すっとばされるように仕切りを開けて中条先輩と七草会長がやってくるのだった。

 

「誰かやって来ていたの?」

「ウチの妹が激励に。もう帰りましたけど」

「……すれ違うことも無かったんだけど……」

「そこは気にせずに、で―――何か報告事項でもあったのでは?」

 

言葉の途中で『和菓子 うらしま』の銘菓をそれとなく向けると、とりあえず素直に受け取るのであった。

 

「次の試合のステージが設定されたわ。今度は荒野よ」

 

その言葉に大方のメンバーは『ふうん』としか思えなかった。中でも反応が薄くて戸惑うのは浦島啓太に関してであった。

 

「って! 浦島くんは何もないの!?」

 

「別に。もしかして会長が心配してるのって見晴らしのいいところならば、俺の術が使えないとか効果は発揮できないとかそういう浅いことなんですか?」

 

「そ、そうよ……って浅くないわよ! 私は―――」

 

「十師族ってのはバカの壁でも造られているんですかね? アレが使えなきゃ他の手を考えるし、いくらでも使える……言うなれば俺は―――制限がないんですよ(Unlimited)

 

道が無いならばこじ開ける。

ぶっ壊してでも道を創る。

 

でなければ届かないのだ。

 

はじまりの魔法使いにして―――いまも全人類を思いながらも、断腸の思いで地上に送り出した『太郎』をおもって泣き腫らす『乙姫』を救うことは……。

 

 



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stage.48『新人戦五日目・two』

 

 

「なんや九校戦って、けったいなことばっかりやるんやね。けーた兄ちゃんの『水通拳』を禁止するなんて」

 

「まぁ兄さんのアレは、少々不意打ちがすぎますからね。とはいえ、対応しようと思えば対応出来るでしょうから、ただの嫌がらせなのでしょう」

 

アンジェリーナが試合前に知らされた啓太へのルールバインドは、2人に嫌悪を持たせた。

 

ゴメンネ(ソーリー)、カナコ、ヒナ。ワタシのグランパ関連でケータに迷惑を掛けて」

 

「別にアンジェリーナ姉ちゃんが謝ること無いやら」

 

「魔法師とは己の権力を守りたいだけの俗物ばかりですからね」

 

今さらな話である。この流れに至った理由は知っている。だが、自分たちが知らない、既知ではないこと、理屈・理論を『当てはめられない』ことを認められない連中ばかりでは―――『わずかな勇気』という最後の魔法は得られないのだ。

 

それこそが最大級の俗物……。

 

観客席からそんなふうに考えていた可奈子と陽菜の横に―――。

 

「すみません。ここの席いいでしょうか?」

 

―――最大級の俗物が現れるのだった。

 

「「そうそう。こんな風(こない)な俗物が、最大級なんですよ(なんやよね)」」

 

表れた雪女に対して振り向きざま言っておくのだった。

 

「誰が最大級の俗物だ―――!!!!」

 

「「己のことじゃ()―――!!!!」」

 

大声で罵り合うJC2人とJK1人に、言われたJKである司波深雪も、まさかいきなり罵倒を浴びるとは思っていなかったのだ。

 

応対もそんな風になる。

 

「ミユキ、ココは一高の応援席からかなり離れてるわヨ。ナンで(Why)来たの(Comeing)?」

 

「リーナや可奈子さん、それと……」

 

「高山陽菜 いいます」

 

「高山さんと応援したかったんですよ」

 

その言葉を受けて―――。

 

「生憎、ここは『浦島啓太』(兄さん)の応援席であって別に魔法大学付属第一高校の応援席ではないのです。兄を貶める、兄を認められない人間たちは去ってください」

 

応えたのは浦島可奈子である。深雪の後ろにはそれなりの人数の女子がいて、その態度に少しだけ呻く。

 

「別に私たちは浦島君を―――」

 

「それはないわ。だってウチら九郎丸さんがけーた兄ちゃんと戦っていた氷柱の試合で、あんたらの近くで観戦していたけども、全然嬉しそうにしていなかったのを見とるもん」

 

呆れたような顔で深雪を見ずに言う高山陽菜の態度は、少々辛すぎた。

 

「だから私たちで祝勝会をしたんですけど」

 

そんな裏側のことまで見透かされていることに、一高一年女子は戦慄する。同時に、浦島可奈子と高山陽菜は嫌悪を示しているのだ。

 

「……私たちは確かに傲慢であって、何も理解していないのかもしれません。自分たちが知らない技法で浦島君が勝つことを認められない小物でしかない―――だからそれを知るためにも、ダメでしょうか?」

 

そんな風な司波深雪の必死の訴えかけに対して浦島可奈子の返答は……。

 

「その仰りようこそ自分ほどの者が(へりくだ)って見せれば……という傲慢さを感じさせることを、アナタは気付いていないのでしょうね。所詮、『ただの専科高校の学生』でしかないのに、アナタは何様のつもりですか?」

 

「――――――」

 

冷たい視線での返答は深雪の奥底、腹ワタすらも透かすかのような言葉であった。

 

そして……無意識の内に四葉の魔法師であることをひけらかしている。と警告された気分だ。

 

「おい、ケータの妹やその友達を、徒党を組んでイジメてんじゃねーよ。1高の雪女」

 

「可奈子、陽菜。久しぶりじゃな〜♪」

 

三高の生徒2人と―――。

 

「まさか、このようなことをするだなんてね。君、うざいよ」

 

鬼太郎のような片目隠しの魔法剣士からも嫌悪も顕に言われたことで、深雪たち一高1年女子組は、退散せざるをえなかったのだ。

 

 

「―――成程、それで深雪さんは、涙目になりながらやって来たということなのね」

 

「確かに他者の魔法を探らないってのはマナーですけど、かといって本人は、本当に何も言いませんからね」

 

浦島啓太の関係者たちは、それを遵守している。そして啓太もそんな感じでいるのだ。

 

秘密主義すぎて、不気味なまでにチカラを持っている存在。当然、現代魔法師の誕生の前にマギステルというのがいたのだから……。

 

その定形に沿っているのかもしれないが……真由美もあずさも少しだけ嘆くのだ。

 

「―――こうなれば摩利に色仕掛けをやってもらって聞き出すしかないかしら?」

 

「何でお前自身でやろうとしないんだよ……まぁ吝かではないが」

 

その言葉に一高観客席がざわつくが、それとは別に試合が始まる。

 

5高との戦い。平面での力押しだけが勝敗を決める戦い。

 

(この戦いでは、達也君の体術任せの奇襲も効果は薄い。更に言えば西城君も少しばかり難儀するでしょうよ)

 

つまり、この戦いのキーパーソンは浦島啓太ということだ。

 

だが、その啓太は自陣10mから出られない。八高との戦い……終盤で使ったようなものを使うのだろうか。

 

(あるいは………)

 

他の隠し玉を出すのだろうか。

 

そんな予感を感じながらも、眼下に映る一高モノリスチームは少しだけ険悪であった。

 

(深雪が悲しんでいる。どうやら浦島の妹に接触をして―――おのれ……秘密主義と孤立主義が過ぎるんだよ。このハーレム野郎が)

 

(可奈子は全てを見透かす。お前たち兄妹が自分の出自を明かさず一般的な人間を装うなんて卑怯な真似をやめない限りは、こっちだって相応の態度だ)

 

などと無言で思考の中で罵り合う2人の男子を察して……。

 

(何か険悪な限りだな……)

 

レオは、どことなく2人の間にギスギスした空気が流れているのを感じつつも、戦いはすぐにでも始まりそうなので、その辺を言わずにおくのだった。

 

お互いの気持ちはどうあれ、『勝利』という目的は変わらないのだから。

 

(平原か。少々難儀なステージだが……)

 

そんな西城の気遣いを感じながらも、啓太は検査委員に登録しておいたホウキともアシスタンツとも言えぬ『音楽プレーヤー』を手にしながら呟く。

 

「Ready?」

『A-OK』

 

その音声の言葉に満足してから取り決め通りというか、委員会の指示通りに啓太はキーパーとしてモノリス防衛の為に、ここに居座るのだ。

 

「んじゃ行ってくるぜ!」

「いってらー」

 

西城の言葉に気楽に返してから、支援砲撃の用意をしておく。彼我の距離云々以前にここまでお互いの位置が見えると、司波達也の奇襲も意味はないだろう。

 

ゆえに―――。

 

10人のエクストラアタッカーは素通りさせろ。

 

―――とだけ言っておいた。相手も八高との戦いのことは見ていただけに慎重になっているが……。

 

「リク・ラク・ディラック・アンラック―――闇の精霊 集い来たりて敵を射て!!!」

 

―――魔法の射手 連弾・闇の53矢―――

 

放たれたのは闇の矢弾であり、それは山なりの弾道……いわゆる曲射弾道で放たれたのだ。

 

下にばかり気を払っていて、上から落ちてくるものに完全に気を払っていなかったはず。

 

五高生たちは驚愕をする。これだけのマジックアローを放ったこととか、まさかこんな原始的な魔法で自分たちを破ろうとしているのかとか。

 

様々な考えが走るも、それらを中断せざるをえないほどに、魔法の矢は頭上に雨あられと降り注ぎ、対処をしなくてはならなくなる。

 

「くそっ!! 浦島の野郎!!!」

「これだけのあべっ!! おぶっ!! いたっ!!」

 

古来より戦の序章とは投擲兵器による攻撃が主流であった。だが現代においてはそれら『遠距離兵器』が『決戦兵器』となっていった。

 

日本では有名な織田・徳川連合軍による長篠・設楽原合戦のように何千もの銃弾で武田軍を塩漬けにすることも出来たように……。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾 闇の57矢(セリエス・オブスクーリー)!」

 

きゅどどどどどっ!!!!

 

今度は直線弾道で矢弾が飛んでくるのだった。

 

「くそっ!!! 障壁か身体硬化を張りながらなんとか進むんだ!! モノリス本陣へとすすむべっか!!!」

 

口頭での指示。例えそれが聞かれていても、噛んでしまってもそれぐらいしか出来ないわけで、結局のところ尽きることがないぐらいにマジックアローは飛んでくる。

 

長篠・設楽原合戦、鳥羽・伏見の戦いで多量の銃火を浴びていた昔の武士たちの心を理解してしまう。

 

上方から飛んでくる矢と直線に飛んでくる矢を前に前進することを諦めてしまいそうになる。

 

もうもうと立ち込める煙で、視界は開けない。だが聞こえる悲鳴と痛みで上がる悲鳴とが、まだ無事を示していたが……。

 

それでも、雄叫びを上げるように前進をし続け、土煙を超えた先に出れたのは僅か5人。それでも進み続けた先で―――。

 

「史料では織田・徳川連合軍が築いた馬防柵……つまり防御壁であり射窓というのは三重に築かれていたそうだ」

 

『『『『『――――』』』』』

 

「さて、キーパーとしての役目を始めさせてもらうか」

 

翼を生やした天使のような半裸の美女から首に巻き付かれている浦島の姿があった。その浦島を中心にして……とてつもない馬防柵が築かれていた。

 

亀甲のような幾つもの魔法陣という名の壁を展開して、城塞のようになった一高モノリス前を覆っていた。

 

これを攻略する? これの先にあるモノリスを砕いてコードを打ち込む? 不可能だ……現代魔法師らしい計算が働くも……。

 

「だからと進むことを―――あばばっ!!!!」

 

礫のようにその向こう側からマジックアローが飛んでくる。

 

このままでは浦島一人のために全体が『カメ』になってしまう。

 

卵から孵り、砂の中から這い出たというのに鳥に啄まれて食われる子亀のような末路が来てしまう。

 

だが無情にも現実は子亀のごとく襲いかかる。

 

「エックスやるぞ!!! 第八の術『ガンレイズ・ザケル』!!!」

『要は、雷撃の術を放つんですね』

 

魔物の子にして、のちの魔界の王様よろしく言われたが、全く嬉しくないAIエックスは、アプリからそれらをすぐさま選択して、啓太に『入力』―――。

 

同時に放たれる雷撃の槍は目の前の連中を倒すだけでなく、向こうの方……正規のモノリスメンバーの方にまで飛んでいき、あちこちで着弾。

 

五高のメンバーだけでなく、達也も被害を被る。

 

「あいつは見境なしか!!!」

 

「だが直撃弾は出してないぜ。多分誘導されてるんじゃねぇかな?」

 

達也が若干の被害を被ったのは相手との距離が近すぎたからだろう。

レオの言葉で少しだけ冷静になったのか、達也は行動を開始する。

 

「―――五高は壊乱している。モノリスを割るぞ」

 

「さ、させるものかあばばばば!!!」

 

どうやって固定されているのかは分からぬが、雷の槍(半実体)は五高生が何かをしようとすると電撃を放つようで、完全に縫い付けられているのだった。

 

そして……八高戦の時と同じく、勝利を掴むのであった。

 

 

「色々と言いたいことはあるけれども、まずは勝利してくれてありがとう」

 

「それが俺の『仕事』ですし」

 

仕事……なんて事務的な言葉であり、この男子がこの九校戦を特に何の感情もなくこなしているのだと理解できる言葉だ。

 

外人部隊のような言いように真由美も挫けそうになる。けれども問わなければならないのだ。

 

ここ……一高テントに浦島啓太1人だけを呼び寄せたのは、この為なのだ。

 

「浦島、俺達はお前の能力判定を尽く見誤っていた……己の浅さを実感している。だからこそ問いたい。お前はどれだけの実力を隠しているのか」

 

「それは何のために? まさかヨルダに対抗するためだとか、夢物語を描いているわけじゃないでしょうね?」

 

「そちらに関しては……不可能だと思っている。だが、せめて火星人たちに関してはどうにかしたいんだがな……」

 

世の中には魔法師など路傍の野良犬以下にしか思っていない『超人』がいることは、とっくに存じている。

 

だが、それでも少しは何かが出来ないかと思う。

 

何もせずに誰かの救済を待っているのは、それは良くないことなのだと。その心を込めて十文字克人は、浦島啓太に言ったのだ。

 

それに対する返答は……。

 

「いいでしょう。とはいえ、まだ試合は残っているから多少のことしか話せませんよ。俺の能力とAIエックスに関してぐらいだったらば話しましょう」

 

その言葉が、地獄の入口、一丁目行きであることなど誰が分かろうか……。

 

 



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stage.49『新人戦五日目・three』

ライジングフリーダム……イモータルジャスティス。

アストレイ系列の阿久津氏は『正統派』なんだが、どうにもライゴウガンダム位から大河原先生のデザインは正統派じゃないガンダムフェイスを採用しちゃっているよな。

ときた先生がリファインしてストライクに近づけたのも分かる。


 

「まずは、マギステルの術の分類などは別に説明はいらないですね。基本的には、呪文詠唱によって発生する現象ですので」

 

「ええ、マギステルの扱うエネルギー……サイオンとは違う『魔力』とは空気、水その他全て万物に宿るエネルギー……」

 

「また流派によっては『気』という体内燃焼のエネルギーで現象を発生させるが基本的には同じ……そこまでは分かっている」

 

不承不承というか、現代魔法師としては納得いかないものを覚えつつも、話は進む。

 

「ここまでは俺とて理解している。そしてマギステルは基本的に『思う』だけで俺の家に代表されるような十の研究所が研究してきた『強固な障壁』を展開しながら歩き回れる……そしてそれ以上の障壁魔法も展開できる。アレはお前だけに許されたものなのか?」

 

「一条との戦いと先の戦いでやったこと……亀甲玄武大玉壁を示しているならば、まぁその通りですが。別に外部に貼る巨大なディフェンスマジックは幾らでもありますよ。あのフェイトの曼荼羅魔法障壁は大気圏外からの巨大レーザーも防げますしね」

 

次いで言われた言葉に、十文字は涙が出そうになる。十研の研究とは何だったのか?と言いたくなる。

 

「――――――そうか。『闇の魔法』に関しては吉田が少しだけ教えてくれた。問題は……お前が所有しているAI……ARTIFICIAL INTELLIGENCE ミス・エックスに関してだ」

 

「十文字会頭、一つ訂正を―――エックスは俺の使い魔でもなければ所有物でもない。友人です」

 

強い言葉。昔からの血を絶やさずにきた貴いものとしてのそれを感じた。

 

所詮イメージでしかないが……ともあれ、その言葉を受けてか……。

 

『私の事を知りたいならば私に聞けばいい。ケイタを責めるな』

 

「「―――」」

 

いきなり現れる美女に2人が息を呑んだ。相変わらず何の兆候もなく、様々な電子機器から出てくるものだ。

 

『お前たちが何を知りたいかは何となく察している。私が何をしていたのか……あのシバとか名乗っている男の言葉を半分借りれば私こそが、ケイタ・ウラシマの『CAD』(術式補助機)なのだ』

 

その言葉に30秒間の沈黙を2人の先輩が強いられたのは間違いないのだ。

 

「ど、どういうこと? だってアシスタンツが、AIってどういうことなの?」

 

『そこから先は少し長い話になる。同時に私の出生(プライバシー)にも関わる話だ』

 

腕組みで豊かな胸を寄せて言った嘆息というポーズでの人間らしい言葉―――というよりも、その動作と色香に目を奪われた十文字克人は、隣に座る真由美から咳払いをされてしまう。

 

『まぁ、私という『個』(パーソナルカラー)に対して人間性や人格を認めないのならば、答えてやるが』

 

「そんな無情なことはしませんが……」

 

どうにも調子が狂わされる。だが、一つ分かることは……このヒトこそが、啓太の魔法使用を現代魔法並みに早くしているのだと気付かされる。

 

『私のようなAIを使って魔法使用を簡便にするというのはUSNAでは、もはや普通のことなのだよ。あちらは既にロック○ンエ○ゼと言っても過言ではない』

 

「そんなことが……」

 

「何故、俺たち……特に日本の魔法師には、そのことが伝わっていないんだ?」

 

驚愕する真由美と十文字。疑問は当然である。

 

「まぁ情報統制を強いているんですよ―――日本側が。ただネットワークで外国の魔法師と話すぐらいあれば、気付けそうなもんですけどね」

 

だが、それは無理だった。これは九島烈の劣等感に塗れた施策の一端であり、このために九研は関西呪術協会に膝を折って服従を示したという経緯もあったりするのだ。

 

無論、協会側も喧々囂々であった。そもそも協会としては烈など泡沫候補も同然。九島及び九の魔法家の統括をするのは、九島健だと思っていたのだから、正直言って憤慨するぐらいだったのだ。

 

『―――あんたが、それをやりたい言うんは分かる。せやけど『麻帆良』の術を使うんは一回やで、もしも『黒船』が来航したらばいさぎよく受け入れる。それが最後の線や』

 

最終的な沙汰を下した『近衛のババ様』によって一応は呑み込んだらしいが、あまりいい気分ではなかったのだろう。

 

「あっ、前に言っていた米国の魔法教育がMITと協力しているってのは、それなの?」

 

「そうですね。その体制を作り上げたのが九島 健(ケン・クドウ)―――50年以上もの眠りに着いていたNo.XXX(エックス)というAIを目覚めさせた男というわけです」

 

その言葉に解けたはずの頭が、こんがらがる。

 

何故……最先端技術の粋たる存在が50年以上も眠りにつくのだ? 九島健こそがこのAIを開発したのではないかと思うも。

 

「まぁそこから先は後々に教えますよ。ただ一つ断言出来るのは、あの理論主席みたいなこまっしゃくれた理論派及び魔法至上主義(マギクスイズム)を標榜している人間は受け入れられないだろうということです」

 

「……確かにAIが魔法師の魔法発動を様々にアシストしてくれるならば、司波のような人間はいらなくなっていくか……」

 

とどのつまり。技術の最先端が平凡な能力者を上級の能力者に変えるというのならば、司波達也のような技術畑の人間はいらなくなっていく。

名のある剣士に研ぎ澄ました業物を持たせるということが、銃砲火器の登場で無意味になっていくのと同じように……。

 

―――という若干『ズレた結論』を出した十文字克人に特に訂正することをせずに、もういいでしょうか? と聞くと……。

 

「ああ、今はとりあえずいいが……お前は、もう少し自分を晒せられないのか? それと……いつまでも他人、同級生のことをそういうレッテル貼りのような呼び方をするな」

 

「意味合いが通じていればいいと思いますけどね。それにアイツらは自分の出自を隠して魔法科高校(ガッコー)に通っているんだ―――『ご同輩』であるあんた達をも偽ってね」

 

その合間に、啓太は魔法で『四つ葉のクローバー』を多量に出現させて机に散らす。

 

それが符牒であることが分からないわけではない、頭の血の巡りが悪くはなかった先輩2人が、驚愕の表情で啓太を見てきたが……。

 

―――ご安心を。このテント内での映像はすべて違うものに移し替えています―――

 

エックスの言葉と指を使って文字を虚空に写すは啓太。口頭でのやり取りはマズいのだろう。

 

―――司波達也は、覗き見(ピーピング)を幾らでも出来る『魔眼』を持っている。無理だと思いますが、用心したほうがいい―――

 

それだけで、相手の緊張がマックスになったのだが、その後には―――

 

「それではそろそろ試合なので御暇させていただきます」

 

それを覚醒させるように、啓太は椅子から立ち上がるのだった。

 

「―――ああ、頼むぞ」

 

衝撃的な事実かどうかはまだ真偽不確かな面が多いが、それでもいま考えるべきことではないのだから。

 

などと考えていた矢先……。

 

「う、浦島!! ど、どうだこの衣装!? 本戦ミラージで着ようと思っているんだが!?」

 

などとコメディリリーフよろしくテントを開けて、渡辺摩利がやって来た。

 

その衣装は……。

 

「あー、いいんじゃないですかー。天元突破しそうな男運最悪のガンナー離島の教師な衣装っすねー」

 

『公序良俗違反で逮捕されないことを願うばかりです』

 

「すっごいお座なりなセリフと生暖かい目をされた! 真由美が色仕掛けで話を聞き出せとか言うから中条と一緒に、ここまで来たというのに!!」

 

「わ、私だってミリマスの衣装を着てきたってのに!!」

 

「おつかれさまでーす」

 

真面目に取り合うのも面倒くさい想いで、啓太はエックスと共にテントから去って、本日の第三試合目をどう戦ったものかと考えるのであった。

 

 

「あれがプリンス、か」

 

「浦島が普通に倒していたが、やっぱりスゴイ魔法能力だよな」

 

「けれど、何だか暗い顔をしてるわね」

 

達也、レオ、エリカ。と順番に言う。準決勝に上る前の最後の戦い。ようやく見れた三高と二高の戦い。

 

当然のごとくその戦いは最大級の注目を浴びていたのだが……。

 

「時逆君は、どうするのかしら?」

 

「……分からんな。時逆は浦島と互角のチカラはあるみたいだが……ピラーズであの2人が戦った場合はどうなるのか」

 

それはつまり、一条(プリンス)の爆裂などの魔法を凌げるかどうかにかかるわけだが。

 

時逆は当たり前のごとく基本的な装備をしている。モノリスに出場する選手が着るアーマーにヘルメットだが……どこか煩わしそうにしているのが、気がかりだ。

 

しかし、戦い自体は滞りなく行われていく。

 

だが、その様子は……少しずつ変化していく。

 

攻めていく一条に対して防戦一方であった二高であったが、攻めていた一条が苦しい表情をしている。

 

(なんだ……?)

 

偏移解放で圧縮された空気圧の砲弾を幾つも放っていた一条。

それを守護の魔法陣だろうもので防御する時逆。

 

十師族の魔法力に対抗できるだけの防御陣を張れる辺り、マギステルというものの特異性か、それとも時逆が異常なのか分からないが……。

 

ともあれ一条は、徐々に苦しくなっていく。見かねた吉祥寺が、中野という男を一人モノリスに残して援護に向かうが……。

 

それを迎撃するべく、二高の他のアタッカー…犬上と神多羅木という男が驚くべき速度で向かう。2対1の不利を悟るも、迎撃してやろうと思った瞬間にーーーー。

 

「おぷばっ!!!」

「中野!?」

 

少しだけ遠くであったはずのモノリス付近にいた中野が吹っ飛ばされたことを見たあとには、どちらに向かうかを逡巡したが……それより早くーーー。

 

「―――白烏爪斬空閃!!!」

「ぐおぶっ!!!」

「十連!!!」

 

遠くから五指と腕に何かの強化を掛けた時逆によって放たれた『飛ぶ爪の顎』が、将輝をアーマーごと切り裂いていた。

 

その鋭さと圧はとんでもなくて、将輝を完全に吹っ飛ばしていた。

 

「―――」

 

エースを吹っ飛ばされたことで茫然自失していた数秒。その隙を見逃す二高ではないわけで……3対1となった吉祥寺が倒されて、そして中野はあの一撃で気絶していたらしく、結果、二高の勝利となるのだった。

 

「いやはや派手にやっているじゃないの」

 

そんな様子を会長・会頭との会談後に見た啓太は、勝てば準決勝は三高とかと思う。

 

9校を等分してリーグ戦をやるとなると、どこかが一試合多くなる。大抵は前年の優勝校が一試合分の勝利を持った状態だったりするのだが……。

 

(今年はトラブルがあったからな)

 

そんなことを思いながらも、九郎丸というよりも二高が偏移開放の圧を反射することで『定在波』として一条にぶつけるとは……。

 

見えぬ攻撃こそが最強の攻撃。

見えている銃弾は避けられる銃弾。

 

そういうセオリーなのだ。マギステルの戦いとは……。

 

 

(お前のトリックは俺には利かないが、それでも用心すべきかな)

 

「一条君がやられた理屈は何なんですか?」

 

「九郎丸は、防御陣を前に張ると同時に一条の後ろ、富士山を利用して『壁』を作った。そして恐らくだが、あとの2人も同じように反響する壁を左右に作ったんだろうさ」

 

さながら爆弾が仕掛けられたバスで、車体はほぼ無事であっても中にいた乗客たちは反射された『圧』という波で肺を破裂させて死んでいたようなものだ。

 

「俺だったらば進んでいる内に苦しくなれば、立ち止まるよ」

 

何を意地になって進んだんだか。と隣にやって来ている人に言ってから……。

 

「介抱しに行ってあげたら? 君のところのチームメイトでしょ?」

 

「むしろ女子全員でその権利の争奪戦が行われていそうなので結構です」

 

普通の男子ならばイケメンリア充爆発しろ、と言いたくなることだが、啓太にとっては、どうでもいい。

 

「あっそ、んじゃお大事に」

 

話すことなどこんなものだ。一色愛梨との会話を打ち切ってから試合準備に向かう。

 

「浦島君―――」

 

「いいえ、平凡な名前の一高一年2科生 田中です」

 

皮肉を乗せて一色に背中を見せながら去る。お前とは話したくないオーラを出しながら……。

 

3つ目の試合は始まる……。

 

 

 

 

 



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stage.50『新人戦五日目・four』

 一高にとっての第四試合とも第五試合とも言える七高との試合は「渓谷ステージ」で行われた。

 

 渓谷ステージの形状は「く」の字形に湾曲した人工の谷間。水が流れていると上流・下流で有利・不利が生じるので、実態は渓谷というより崖に囲まれた細長い「く」の字形の湖だ。

 

 いや、湖というほど水深は無いので(最も深いところで五十センチ前後)、細長い「く」の字形の「水溜り」か。

 

 海の七高などと称される相手校にとっては、海水と淡水の違いはあれど『水』があるという状況が、色んな意味で有利に働く。

 

 この試合はその前文の通りに七高の独擅場だった。

 

 流石に此処に来るまでに浦島啓太の恐るべきバトルマジックの前に沈黙させられてきた相手校を見ていただけに、徹底的な遠距離砲撃に徹している。

 

 しかもエクストラアタッカー10人が、遂に他のメンバーも攻撃可能になったということで、展開される絨毯爆撃。

 

「風情がない」

 

 襲いかかる魔法の乱舞を前に手を差し向けて呪文名を唱える。

 

「―――小さく重く(スペーライオン・ミクロン)黒い洞(バリュ・メラン)

 

 重力子を利用した魔法がアプリから選択されて発動。離れたところから飛んできた現象改変型の魔法も全て『吸収しつくす』のであった。

 

「すまんな。エックス」

『お気になさらず。私はケイタの電脳従者(サイバーサーヴァント)なので』

「また来るぞ!!」

 

 エックスとの会話を中断せざるを得ないほどに七高の攻撃は間断無い。

 

 火力係数に違いがあると判断した後には、発生した重力球の大玉を小さいサイズに分割して周囲に浮かべる。

 

 自動防御をさせた上で会話をする。

 

「このままじゃ、こちらがカメになったままに押し切られてしまうな。司波、西城―――前出ろや」

 

「本気か?」

 

「ビビっているわけじゃねぇだろ。そもそもお前の術式解体も西城の飛剣板も、こんな遠間から放てるもんじゃないんだ」

 

 この距離はお前らの距離じゃないはずだと断言してしまうと、押し黙る2人。

 

 ゆえに……。

 

「防御術式は―――掛けといてやる。そら特攻してこい!!」

 

(一瞬にしてこれだけの他者への強化を施すとは)

 

 言葉の合間に、それを掛けてきたことに驚嘆しつつも。

 

「分かった。モノリス守備を頼んだぞ」

「支援砲撃は頼むぜ。浦島!」

 

 そんな言葉で送り出してから亀甲魔陣での防御は忘れない。キツイ限りだが、とにかく2人を送り出して前線での戦いを繰り広げなければならない。

 

(俺が檻に囚われている時間は残り2分か)

 

 今試合は今までになくスローペースな進行であった。前に出て撹乱すべき司波達也が今まで出ていなかったからだが。

 

((そろそろ何かを仕掛けてくる頃だろう))

 

 司波達也と浦島啓太が読んだ通り―――七高陣が人数を分けた。

 

 浦島啓太に向かう七人のアタッカー。そして六人のディフェンスが本陣前に居座る。

 

(分断してきたか)

 

 数的優位を生かしたいい戦術ではあるが……。

 

「そいつは俺をなめすぎだ―――ッ!!!」

 

 七人のアタッカーが繰り出してきた技は、驚愕すべきものだった。

 

「サメだとぉっ?」

 

 サイオンで構成されたあり得ざる巨大なホオジロザメの群れが、大地に撒かれた水の上を泳いで啓太に向かってくるのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「出た―――!!! 鮫島さんと早明浦さん(ツインシャークさん)のマジックコンボだ!!」

 

「サメの主食は亀なんだ!! これで勝つる!!」

 

 七高から聞こえてくる囃し立ての言葉に、一高としてはどうしたものかと思う。あの手の幻術とも攻撃術ともいえるものは、対処に難をきたすと思うのだが……。

 

 浦島啓太は、その場で耐えしのいでいる。耐えながら、七高モノリスに向かった2人の進撃を支援している。

 

「サメだってー」

「サメですか」

「サメなんてね」

「サメじゃとて!」

「サメかぁ」

 

 軟骨魚類の分際で生意気なという想いを何人かが持つのは、浦島啓太が骨のぶっとい男であることを知っているからだ。

 

 襲いかかる水と、同時にやって来るサイオンのサメをいなす啓太の姿が見える。

 

 そして、今の一高チームでようやく浦島啓太が動くに動けなかった制約である、檻の鍵が開けられた。

 

「―――10分たったワ」

 

 瞬間、モノリスから半径10mに出ることを許さなかったラインが消える。

 

 自由の身となった啓太がまっさきにやったことは、恐るべき速度で直進。そして急ブレーキからの蹴り―――当然、距離的には届かないはずだが。

 

 蹴りの軌道……回し蹴りの要領で放たれた軌道を拡大する形で―――空気が大きく裂ける。

 

 裂空の大鎌(エア・サイス)としか呼べないものが、ツインシャークコンビもろとも攻め込んできた七高選手たちを直撃。

 

 放たれた衝撃『刃』は、もはや巨大な『剣』も同然。打たれた人間たちは全員が痛みで立っているのがやっとの状況だ。むしろ倒れ込みたいほどである。

 

(分厚いアーマーの内部構造が全て切り裂かれている!!!)

 

(防御を担当していた術者の術ごと全てやりやがった!!! )

 

 身体が上下真っ二つに分かれていないのが奇跡なのではないかと思うほどに重く、鋭く、疾い攻撃だった。

 

 そして浦島啓太は……歯を食いしばって立っているだけで動けない七高生たち相手に、突っかかる。

 

「サメを出してくるから竜巻と同化させたり(シャークネード)タコと融合させたり(シャークトパス)してくるかと思えば、単調で工夫がない―――お前たちなど、サメはサメでも!!!」

 

 言いながら何かの術を展開する啓太を前に、防御を試みようとするも―――――

 

 

「―――ネコザメだッ!!!!!」

『MYUUUUUUUU!!!!』

 

 セリフと同時に意趣返しのように、啓太の前に現れた巨大な温泉カメ(究極体)の幻影が、ヒレの払いだけで全員を10m以上も豪快に吹っ飛ばすのだった。

 

(((((ネコザメって……どんなサメ……?)))))

 

 吹き飛ばされながらも、そんな疑問が走馬灯のように走った七高生たちを置き去りにしてモノリス攻略組に合流した啓太が……バックアップだけに徹して2人の見せ場を演出しつつも、『全勝』で決勝リーグへと進出するのだった。

 

 

「あんまり美味しくないんですよね」

「サザエを殻ごと食べちゃうんだよね」

「アングルによってはネコに見える」

「サメの中でも体長はそんなに大きくない」

「サザエワリとも言われるが、基本雑食でネコとも共通点はある」

 

 無駄な豆知識を披露した啓太ガールズの言葉はともかくとして、改めて浦島啓太の能力を見た一高陣は言葉を失う。

 

「アイツのあの能力は何なんですか……?」

 

 自分たちが現実的な範囲で頑張っているとでも言えばいいというのに、あいつだけがDBの世界(破壊神ビルスが出てくるぐらい)、幽遊白書の世界(魔界統一トーナメント編)の住人に見えるのだ。

 

「分からんなどとは言わんよ。コレに関しては」

「分かるの十文字君?」

「単純な話、マギステルの『身体強化』というものには『限界』が無いのだ。瞬動術に代表されるように、彼らの身体は我々が使う自己加速魔法よりも高速の世界での戦いを旨とする。はて無く鍛えれば『宇宙空間』での戦闘すら出来る―――当然「生身」でな」

 

 それを冗談だと笑えないのが、現在の自分たちだ。

 

 乾いた笑いを浮かべながら汗をかいている十文字は更に続ける。

 

「俺もあんな映像を見せられなければ、与太話だと笑えていたのだろうがな。だが世界最強の魔法使いが『ステゴロ』で殴り合う姿は、尋常ではない」

 

「……じゃあアイツのアレは……己の身体を強化した上での―――ただの回し蹴りだってんですか!?」

 

「正確に言えば、0−100−0。トップで生まれた慣性エネルギーを全て溜め込んで停止、そこから一気に停止状態から吐き出す……。理屈だけを申せばそれだけなのだが……」

 

「俺達では無理ですよ……」

 

 そもそも自己加速魔法にしても移動系魔法にしても、その終了条件などを細かく設定しなければ、最終的な発動がならないのだから難儀なのだ。

 

 それならば、最初っから『あれだけの威力の風の刃』でもブッパしておけばいいのだが、浦島のそれはそういう理屈を全て覆す何かがあるのだ。

 

 野球で一点入れたとしても、ヒット3本での得点とホームランで一点の違い。

 ホームランはホームランでも、ギリギリのスタンドインか場外ホームランかの違い。

 

 そんな風にイメージしてしまう。

 

「……やっぱり摩利に色仕掛けで聞き出してもらうしか無いのかしら?」

「もう二度とやらないからな!!!」

 

 そんなやり取りをしつつも、どうせ浦島啓太は何も教えてくれないだろうなと、諦めの境地の真由美なのだった。

 

 そんな中、三高にて激震が走るような通達が走る。

 

「聞いたとおりだ。一条―――お前は次のモノリスコードの出場は禁止だ」

 

「な、なんでですか!? 時逆にやられましたが、俺自身はまだやれます!!」

 

「違う。そうじゃない……お前の親父さんからの申し出だ」

 

 苦しい表情の前田校長が放ったその言葉に、ことの裏側を察する。

 これ以上の失態を公衆の面前で繰り返せば、本格的に他の魔法家から突き上げを食らうかもしれない。十師族の地位に留まることは無理かもしれない。

 

 一色、一ノ瀬、一ノ倉など他の『一』の数字持ちの家は、どう出るか分からない。

 

 勿論、すぐさま『降格』というわけではないだろうが、それでも罷免の理由にはなってしまうかもしれない。

 

(あれだけ卑劣な裏工作を施してまで浦島への勝ちを狙ったというのに……俺はとんだ道化(ピエロ)だな……)

 

 反対に浦島は周囲に対して道化を演じつつ、確実に勝ちを拾っていった。恐るべき千両役者だ。

 見るべき眼が曇っていた自分たちでは、気付けぬ業物が、役に対する仕込みが、懐にあったのだ。

 

 自嘲の言葉が将輝の内心でのみ生まれる。

 

「逆に浦島を出場停止にすることは出来ないんでしょうか? それならば―――」

 

「お前なぁ。そんな飛車角落ちした相手に勝ち名乗りをあげて、一条『家』の沽券が回復すると思うか? 剛毅が求めていたのは、正体不明の魔法使いに一条将輝が勝つという絵面だ。どうにもアイツが策を巡らすと出目が悪すぎる……合っていないんだよな」

 

 ため息を突きつつ、一条家にご厄介になっている人間ともいえる吉祥寺の苦肉の策を却下する前田校長。

 

「私もカン所が鈍ったよ。闇の福音……ドールマスター・ダーク・エヴァンジェルの最新の愛弟子にして、古式の中の古式―――浦島家が求めた『全幸の魔法使い』……こんなドデカイ人間を隠していただなんて、人が悪すぎるぞ雪姫師傅……!!」

 

「校長先生は憤るも『気付けなかったお前が悪い』とか言ってきそうなんじゃが」

 

「……本当、あの人だったら言いそうだよな……」

 

 四十九院沓子の平淡な言葉にため息交じりに同意せざるを得ない前田千鶴。

 

「まぁどうするかはお前次第だ。反抗期もないガキでもあるまいしな。ただ、その場合出さなければならない『女生徒』がいるということは通達しておく。さて―――どうする?」

 

 だが最後には教育者として、あるいは剛毅の先輩としての視点…2人の一条の男子を見てきたからか、そんなことを言ってくるのだった。

 

「準決勝までは残り―――」

 

「2時間だな。登録のリミットは1時間20分まで、それまでに決めておけ」

 

 責任は私が取るとだけ言って会議室から出ていった校長先生に対して、深く一礼をしてから将輝は頭を切り替える。

 

 ここからなのだ、と。

 

 そして、この状況に笑みがこぼれっぱなしの少女がいることが、戦いを激しくするのだった……。

 

 

 

 



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stage.51『新人戦五日目・five』

久々の更新。少し短めですが、読んでいただければ幸いです。


 

 

 

示されたさらなる特別ルールに対して、一高側は色々と紛糾したり憤慨したり激怒したり色々ではあるが、結構どうでもいいと思っていたりするのが、一人いる。

 

よって一高テントから出た啓太は、いつもどおりとんでもない格好をした一高教師と話すことになるのだった。

 

「雪姫、誰が出てくると思う?」

「カトラ以外に誰がいるというんだ。まぁトウコと争うかもしれんか……」

 

追加されたルールは、有り体に言えば『女子の刃物持ち戦士』……姫騎士を選手として出しても構わないとするものだった。

 

「今大会はお前みたいな異色を除けば女子選手ばかりが特筆されたものを見せつけている。だからこそだろう」

 

「本当の所は?」

 

「お前の対抗馬を出したいんだろうよ」

 

「息子が勝てないからと、南国の姫君に俺の成敗を頼むか」

 

情けないとまでは言わんが、これ以上 自分の嫡子が負ける所は見せたくないということなのかもしれない。どうでもいいが。

 

「まぁ北陸地方といえば『柴田勝家』と『お市の方』の最後の地でもあるからな。賤ヶ岳の戦いみたいに諸共に沈めてやるのも一興か」

 

「むっ、プリンセスナイトが発表されたな―――えっ?」

 

雪姫にしてはやや達者に機械端末を操り、三高の出場選手を見る。そこにカトラ・スゥの名前は無く、代わりに登録されたプリンセスナイトは……。

 

 

一色 愛梨

 

その名前が表示されていた。

 

 

 

「一応、言っておくがな。お前じゃケータには勝てないよエクレール」

 

「……分かっています」

 

「分かっておらん。無謀と蛮勇を奮った所で啓太は容赦なく切り捨てる。お主のそれはただの自殺行為じゃ!!!」

 

「――――――」

 

混乱を招いていたのは三高側も同じであった。最初こそカトラ・スゥならぬ紺野カオラという『偽名』で登録されていたお忍び留学プリンセスを出すという方向でいたというのに、そこに割り込みを掛けてきたのが、一色愛梨であったのだ。

 

前田校長もまさか、こんなことになるとは予想外の極みだった。

 

しかしながら最後にそれを良しとしたのが一条将輝であったのだ。

 

『俺と同じく浦島に土を着けられてきた女子は一色だな。偽名で名乗ってヒトを小馬鹿にしてきたり……ならば、一緒に戦おうじゃないか』

 

そんなチームリーダーの言葉で是となってしまうのだった。

 

「だが無策で掛かれば、確実に負けるぞ? それは分かっているのか?」

 

「それは……」

 

カトラの言葉に愛梨も苦しい。結局、『本気で勝てる』とは愛梨も思っていない。マギステルの術云々以前に啓太の戦闘勘は凄まじい。

 

それに対して―――……。

 

「しばらく考えさせてください」

 

考えて妙案が浮かぶのか? と思いながらも、テント外に出る彼女を追うことなど誰も出来なかった。

 

 

 

「一色愛梨を倒す方法だが、あまり痛めつけるなよ。彼女はか弱い女子だ」

 

「女が弱いだなんて常識は我が家にはありませんし、それを教えられてきたのでそんなことには従えません」

 

「むぅ。女系家族の闇だな」

 

「そもそもあっちは刃引きされているとはいえ、刃物持ってやってくるんですが、俺は串刺しになっても構わないとかアンタ、正気か?」

 

「そ、そこは上手くやってよ……。カトラ王女だったらばアナタは違ったの?」

 

「この大会内部で九郎丸に次いで全力で殴っても構わず全力で殴り返してくれる数少ない相手だったんだ。はー……まぁクソつまんない相手と戦うとか、苦行をこなすつもりでやりますよ……」

 

クソつまんない相手……浦島にとって数字持ちの魔法師など十師族だろうと師補の家だろうと同じくなのだ。

 

その言葉に大半の相手の表情が歪む。

 

「ケレド、『B』が全然出てこない状況では、その方がイイんじゃない?」

 

「まぁそうとも言えるか」

 

あの四高の惨劇以来、奴らは一向に姿を表さない。

下手に出てくれば好餌になると理解しているのかなんなのか……。

 

「おい浦島、クドウ……『B』ってなんだよ?」

 

流石にアンジェリーナの発言は耳目を引いたようだが。

 

「気にしなくていいです。こちらの事情なので。お構いなく」

 

名前は覚えていないが、多分『杉田』という先輩に返しておく。恐らくあのヨルダ関連だと思って気を逆立たせているのだろう。

 

あのままならば、死んでいた一人だし。

 

「……この後に及んで関係のないことなどあるのか?」

 

「俺は思うんですよ。別に見たくもないものを見て、知りたくはなかったものを知ったところで、別に何も意味はないならば、ただの野次馬根性だから、態々知らないままに人生を謳歌すればいいんです」

 

関わらなくてもいいものには関わらないでおけば人生は楽だ。

そういう後ろ向きな方での決意は、余計な自負心を持っている若年魔法師にとって受け入れづらいものだった。

 

「いま見るべきなのは一色さんでしょ? 雪姫、なんかいい作戦ある?」

 

「教師に対してお前はフランクすぎるな」

 

「雪姫先生も昔は先公(センコー)をナメてサボりの常習犯だったとか聞いていますが?」

 

「まあ世間的にはそういうことになってるな。言っとくが私は真面目な優等生だったんだからな。関西呪術協会の一派のお坊ちゃんだって惚れてしまうほど―――一高で言えば七草と司波を足したような存在だったんだ」

 

幻術の豊満な胸を張って自慢気に言う雪姫に『事情』を知っている面子―――2人だけだが呆れてしまう。

 

「ソレ(ペアレンツ)が必ず子どもにつくウソじゃないですか」

 

当たり前のごとくツッコミが入るのだった。

 

「逆に、ちょっと荒れてたもんだぜパターンもあるけどな」

 

特攻服(トップク)を着て単車を学園都市で乗り回す吸血鬼なんぞ聞いたことがない。

 

「んな東京卍リベンジャーズか疾風伝説 特攻の拓みたいなエヴァいなかったんじゃない? マナさんにあとで聞くぞ」

 

「まぁ、私の過去はともかくとして……まさか魔法であの子を叩きのめすわけにもいかんからな。だから女子を無力化する上で私がよく知っている女ったらしの弟子の奥義を伝授しよう」

 

滑った感覚を覚えたのか赤い顔をしながら話を変えるエヴァンジェリン。しかし、その内容に啓太はどうしてもイヤな予感を覚える。

 

「あっ、もう嫌な予感しかしない」

「作戦名は『〜はるかぜとともにネギを。〜』だ」

デデデ大王でも倒しにいきかねない作戦名とその意味を正確に知ったのが2人。

 

「EYES not OPEN♪」

 

「戦闘最中にんなこと出来るかよ。まぁ伝説の魔法使い ネギ・スプリングフィールドの戦い方なんて俺が出来るわけないしな」

 

何よりネギ爺さんのようなモテ男でもない自分がやっていいことではないから、戦闘不能に陥らせる手はまぁ考えておこう。

 

「なんだやらんのか?」

 

「やんない。それをやっていい人間とやっちゃいけない人間とに社会は2分されている。そっちの理論主席様がやるならば、別だったかもしれないけど」

 

どうしようもないならば、なんとかするしか無い。訳知りだけが通じている会話にテント内の全員が呆然とするが、余計なツッコミを入れている時間は無いのでスルーしてくれたことには感謝だが、一家言がある人間はいるわけだ。

 

「浦島、お前は一色さんだけを相手取るつもりでいるようだが、他にも一条や吉祥寺が―――」

 

「そっちは君が何とかしろよ。こちとら一度はあのイケメン王子様に勝っているんだ。つまんない相手とは戦いたくないんでな。譲るよ」

 

「いらんものをくれるな……」

 

「勝つ自信が無いのかよ?」

 

言い合いの果ての挑発。それに対して司波達也の表情筋が動く。

マウント取ることは多かれども、取られたことは殆ど無いコウモリ野郎のプライドを刺激することに成功した。

 

「だったら別にいいよ。ありったけの魔法の射手(サギタ・マギカ)をかき集めて、あのイケメンプリンスにぶち当てにいくだけだから」

 

「―――……いや、分かった。俺が一条を無力化する」

 

その諦めたような言葉にざわつきが最大級になるが、数名が『まぁ出来るんだろうな』と納得している面子が居る。

 

のだが……会長と会頭は驚いていた方が良かったと思える。

 

「それでこちらからもプリンセスを出すんだけど、誰を出すべきかしら?」

 

「―――浦島、お前の一存で決まるんだ。お前が選べ」

 

「俺が決めたらば遺恨が残るんで、そっちの2人に任せます」

 

「もうっ!なんでそんなに全てが投げやりなのよ!!」

 

「つまんないからです」

 

会頭と会長に言われて率直な所を言う。啓太にとってそこに尽きるのだから。

 

しょせん魔法師など、魔法使い、道術師、気功拳士からみれば『鳥なき島の蝙蝠』でしかないのだ。

 

『鳳』(おおとり)『大鵬』(たいほう)が全力でぶつかれば、簡単に啄まれるだけのコウモリなのに、まるで自分たちならば何か出来ると思っているのだから始末に負えない。

 

「それじゃ深雪、頼めるか?」

「―――はい。お兄様」

 

定石を打つ司波達也に特に思う所も無い。

 

「アーア、ワタシだって出たかったんだけど」

「既に2種目出ているならば、これ以上はいいだろ」

 

アンジェリーナの不満は分からないでもないが、万が一ということもある。自分か彼女だけがあの『実体化したウイルスバグ』を消滅させられるのだから、啓太にもしもが合ったときの保険は必要なのだ。

 

色々とわだかまることがありながらも、戦いの準備は進み。

 

そして……事態は急転する。

 

カフェラウンジで少しだけ物憂げなものを見せていた一色愛梨。そんな中、一人の女性が話しかけてきた。

本来ならば怪しく感じるはずのいきなりの登場だが、女性は悩んでいた一色愛梨の前に『魔法の如く』現れて、その悩みを解きほぐすかのような話術で以て心に侵入していたのだ。

 

そうして……決定的な変化がもたらされる。

 

『我が主は求めているのです。『ハリー・ポッターのいない世界』(A World without Harry Potter)を―――協力してくれますね?』

 

古臭すぎる……いつの時代のものだかすら定かでない骨董品の……フロッピーディスクというものを愛梨に渡す女性。

 

嫋やかな手にあるはずの骨董品がまるでメフィストフェレスの契約書に見えていても、それを認識させない悪魔の誘いが少女を破滅へと向かわせようとしていた……。

 

 



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stage.52『新人戦五日目・six』

今回の話を書いてる時に不幸な事が起こって出そうかどうか迷ったんですよね

不謹慎だと思った方いれば、少し展開を変えようかと思います。

別にこれじゃなきゃいけないというわけではないんですが、書いてる時点ではいいネタではあったので出さないのもアレかと思いつつ、反応次第ですので感想欄にお願いします。


 

 

 

『さぁ! 様々な紆余曲折あれども新人戦モノリス・コード 準決勝!! 第三高校対第一高校の戦いが始まります!!!』

 

「……おい一色、大丈夫なのか?」

「だ、大丈夫ですわ一条君、ええ本当に」

 

何だか情緒不安定気味な様子を見せる一色愛梨にさすがの一条将輝もまた声を掛けざるをえない。

 

だが、ここまで来た以上は戦うべく意思を持つしか無いのだ。

 

こちらの人員は一色含めて8人、あちらより4人も多いのだが……。

 

(司波さん。まさかあなたまで此処に立つだなんて)

 

てっきりシールズとかいう女の子がやって来ると思っていたのに、本当に盲点でしかなかった。

しかし、それでも三高の勝利のためにも彼女は倒さなければならないのだ。

 

 

「やるべきことは変わらんな。ただ深雪、お前も前に出てくるのか?」

 

「当然です。お兄様のバックアップは私がやらねばなりませんから」

 

「そうか……」

 

達也としては、後ろにいてほしい。だが後ろにいるのが浦島という深雪とは相性最悪の男子であれば、どんなことになるか分からない。

 

そんな浦島は先程からワイヤレスイヤホンでシャカシャカとお気に入りのポップスを聴いているようだ。

 

(浦島なりのルーティーンなのかもしれないが)

 

どうにも緊張感を削がれるものだ。もっとも、結果はちゃんと出しているわけだから……それをどうこう出来ないのがもどかしい。

 

そんなこんなありながらも草原ステージでの戦いが始まる。

 

三人の一高アタッカーが草原を進み三高モノリスへと挑みかかる様子に、啓太は一昔前の『なーろう系ラノベ』の様子を思う。

 

サポートスキルで今までパーティを支援していた補助役が、イキった主攻メンバーによって『お前はクビ』だとパーティを追放されて、後にイキったメンバーは色々と苦境に立たされるというフォーマルなストーリーテーリングだ。

 

俗に『サポーター追放系』というものである。

 

『それだと私が『啓太のスキルはそんな易いものではありませんよ。』と啓示を与える女神か妖精ということですね。ケータ・ウラシマ。嘆いてはなりません。アナタのチカラは天・人・魔の三界を揺るがす恐るべきものなのです―――こんな文言ですかね?』

 

エックスのような妖精はありえないので、まぁ女神が相応であろう。

 

タイトルは「ああっ女神さまっ」 というところか。気分はお助け女神事務所からベルダンディー(永遠の17歳)がやってきた感じだろう。

 

そう無駄ごとを考えながらも進撃していく三人を見ながら流れ弾でも飛んでくるかと思いつつ、ディフェンダーとしての意識を持っていたのだが……。

 

「んん? ん―――まぁいいや」

 

一条将輝は、司波達也の疾風の如き進撃を防がんと攻撃するかと思っていたのだが、どうやらこちらに対しても攻撃を繰り出すようだ。

 

繰り出される空気圧は中々にうざいが、特に問題はない。当たらない弾に怯えるほど浅い存在ではないのだから。

 

よって、モノリス近くまで後退するのだった。

 

今まではモノリスから遠ざかった一番外側にいた啓太だが、モノリス近くに陣取ったことで一条は下手に攻撃をすることが出来なくなった。

 

(モノリスを割る条件は、モノリスの半径10mから無系統魔法を放つことだが、それ以前にモノリス自体を発破するような行為……『遠距離』から攻撃すれば失格の判定を受ける)

 

ある種のオフサイド的な判定を受けるということだ。オフサイドのルールが無い頃のサッカーというのはロングボールばかりをゴール前に蹴り出すものだったのだから……。

 

なにはともあれ、モノリスに影響が出るような位置に陣取った啓太を前に一条は攻撃を躊躇するようになった。

 

それは同時に司波達也への攻撃の集中となる。

 

(お兄様がありったけ攻撃されてもいいっていうの!?)

 

啓太の行動を無言で非難するは深雪である。それが逆であった場合、兄を非難することはしないだろうが。

 

ともあれ、兄が一条将輝の空気圧をディスペル・マジックで砕いていく以上。攻撃は深雪の担当だ。

 

「深雪、俺はいい! それよりも囲まれつつあるレオの支援を頼む!!」

「はいっ!!」

「ナメるなよっ!!!」

 

その言葉と同時に達也を深雪もろとも偏倚開放の圧に包もうとする一条将輝の容赦ない攻撃に面食らう。

 

こいつは深雪に懸想ないし・邪な思いを抱いていたはずなのに、このようなことをするとは―――。

 

(それだけではない!)

 

殆どの主力が前衛三人を塩漬けにせんと魔法を繰り出す。

 

「ちぃっ!! レオ、こっちに来い!!」

「お、おうっ!!」

「させないよっ!!」

 

レオを呼び寄せて防御を固めようとした時に、それを邪魔するように三高の吉祥寺は攻撃の圧を強めて合流させないようにする。

 

(そうか、こいつらの目的は俺たちを沈黙させてから、1人しか居ないモノリス前を陥れるということかっ!!)

 

だが、それすら囮。本命は―――。

 

(例えどれだけ分厚い障壁が存在していようと―――僕のインビジブル・ブリットならば!!)

 

瞬間、どっからか取り出した特化型CAD―――ライフル銃のようなものを遠く本陣前に陣取る浦島に向ける吉祥寺。

 

そして、見えぬ弾丸は浦島を直撃してモノリスを支えにしながら崩れ落ちる姿が見えるのだった。

 

「ッ!!!???」

 

だが、その結果に驚いたのは三高の方だった。

 

特に直撃弾を出した大金星のはずの吉祥寺真紅郎の衝撃は凄まじかった。

 

「ジョージ!! 狙われてる!!」

「ッ!!!」

 

こちらの間隙を狙って西城レオンハルトが板を振り回してきたのだ。

 

「稚拙な攻撃を!!! だぁああぶっ!!!」

「―――!!!???」

 

今度はレオが驚く番であった。いつもどおりにレオは飛剣ともいえる小通連を振り回したはずだが、その威力が段違いだったのだ。

 

「小通連が光り輝いている!?」

 

板刃も柄も何かの「紋」を発生させながら威力……熱量なのか何なのか知らないが、ともあれそれをモーニングスターよろしく振り回すレオの攻撃は暴嵐のようだ。

 

「お兄様が設定したのでは?」

 

「違う。俺はあんな機能―――」

 

「何だか分からんが!! 中野、浅井、朝倉―――モノリスを陥れろ!!」

 

深雪の疑問に答えていたことが仇となった。レオの不意のパワーアップを恐れた一条が本丸攻めを敢行する。

 

城攻めをする……しかし。

 

「おい達也っ!!」

 

このまま素通りさせていいのか? というレオの疑問。そして―――。

 

「戻らないということは―――浦島は意識を残しているぞっ!!」

 

こちらの反応。正確には達也のを見て一条は断じたが。その時には、どこぞのリキちゃんならぬキリちゃんよろしく、地面に投げ出されていた腕が上がり指鉄砲のフォームを取った手から水圧が飛ぶのであった。

 

「おばっ!!!」「あばば!!」「ぶぶぶっ!!」

 

水のない場所でこれほどの水遁(?)を、などと妙な感心をしつつも、それだけではなかった。

 

呪文詠唱が聞こえる。マギステルで言うところの「始動キー」を唱えた後に、放たれる呪文は―――。

 

「クウネルサンダース!!!」

 

その向けられた手と「力ある言葉」と浦島の発した「圧」に三高は恐れ、そして腰を引かせながら来るのを待ち受けたが―――10秒が立つ頃には……。

 

「空煉流参打州とは、どのような術なんだ……?」

 

「知らんのか フッ……クウネルサンダースとは―――」

 

何故か全員が攻撃とか色んなものを止めてその言葉に聞き入る。クウネルサンダースとは……。

 

「年がら年中食っちゃ寝ばかりしている巨大図書館の司書(900歳ほど?)の名前だ!!!」

 

「「「「そんなもんなんにも効かねーよ!!!」」」」

 

思わず総ツッコミ。勿体ぶるから何かあるかと思えば―――。

 

「クウネルサンダース!!!」

 

再びの詐術の披露。そのナメきった態度を前に三高はキレるのだが……。

 

「まどわされるるるるるなぁああああ!!」

「ぎゅおおおおっ!!!」

「お、おもいいいい!!!」

 

何かの圧を上方から受けて耐えしのぐ様子の三高生たちだったが……。

 

「解放」

 

言葉と同時に、三人のアタッカーが地面に潰れたカエルのように倒れ伏すのだった。

 

(重力魔法……!? こんなものまでコイツは習得しているのか!?)

 

草原の土を盛り返すほどの重圧が掛けられたことで出来上がったクレーターの広さと深さに驚く。

 

砕けるヘルメットによって、三人が戦闘不能になるのであった。

 

「くっ……!! こ、こんなことが―――お前達一高は卑怯者だ!!! 強いものを弱く見せて! 相手の油断を誘って、偽名を使って小馬鹿にして!!! 許されるもんかぁ!!!!」

 

「ジョージ!!」

 

がむしゃらな突撃。智将、参謀を担う男にはあるまじきそれはあまりにも稚拙すぎた。

 

だからこそ―――。浦島啓太が自由の身になって既にモノリス半径10mの枠を越えていっていることに気づけなかった。

 

「お前らみたいな年がら年中ケンカ自慢ばかりやってる育ちの悪い野良犬・喧嘩犬と一緒にすんじゃねーよ。ばーか!!!」

 

吉祥寺に対する返答の言葉はあまりにあまりであったが、舌を大きく出して本気で馬鹿にした態度。

 

それこそが浦島の策略であったとしても……。

 

(なんでこんな『青い監獄』に入れられた連中みたいなチームカラーにするんだよ?)

 

あいつ1人だけ御堂筋くんみたいな認識でいられればいいのだが、現実には達也もその1人だと見られていることに本人は気付いていない。

 

そして―――。

 

蹴りのモーション。まるで何かを切り裂く刃物のようにも見えるその回し蹴り一つで発生した衝撃『刃』、吉祥寺は―――

 

「見えないわけじゃあない!! 身一つで発生する風の刃は驚異だが軌道そのものは変わ―――」

 

回し蹴りを放った連動で、上方に振り上げる蹴りが入る。踵落としの前段階とも言えるそれで―――十字の衝撃刃が虚空を奔る。

 

「―――見えない弾丸とか別にいいんだよ。気合い(ガッツ)が満ちてりゃそんなもの食らっても大したこと無いんだからな」

 

吉祥寺に迫る十字の空刃、見えていようと見えていまいと構わぬ必殺の連撃が、吉祥寺真紅郎を倒すのであった。

 

「ジョージ……!!」

 

吹き飛ばされて気絶している吉祥寺真紅郎を抱きとめるは一条将輝。

 

「浦島ァ……!」

 

怨嗟を込めて呼ぶが、浦島は吉祥寺を伸したあとには……前に出てこない。モノリス前で再び座り込むのだった。

 

あれだけやりたい放題やった後には、何もしない。

 

自分の領分は『ここだけ』と言わんばかりの態度が癇に障るのだが……。

 

「浦島だけに意識を向けていていいのか?」

 

「ナメるなよ!!」

 

「撤退だ!!!」

 

司波達也と西城レオンハルトの追撃を躱しつつ、三高モノリス前へと帰る。

 

(俺たちはともかくとして……一色!)

 

精彩を欠いた動きであった三高のプリンセスナイトを少しだけ無言で顔だけで叱責するようにしながらも、どうやら殿だけはしっかりやるようだ。その辺りは流石は三高の一年女子エースなだけはある。

 

「一色……」

 

「ごめんなさい。けど―――もう大丈夫。次は私がオフェンスを担当するから」

 

言いながらCADに何か妙なもの……を差し込もうとしているのを見た。

 

確かあれは……100年以上前の端末機器の付属品。

フロッピーディスクというとんでもなく小さい容量しか無い記録媒体だったはず。

 

レトロなものを持っているな。と思うも、それが何なのかと思ったときには……九校戦最大の混乱が起こるまで時間はなかったのだ。

 

 

 



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stage.53『新人戦五日目・seven』

SEED劇場版がスゴイトレンドだ。

故・両澤氏の怨念が見えるようだ。種死であれだけ酷評された反動か(恐怖)

しかし同時に、魔法科高校の劣等生やネオリベ的な作品に対するアンチテーゼでもあるとも世評から感じる。

今回の『敵側』はどう考えても……まぁそうだからな。


 

 

PROGRAM NO.XXX START UP

NONSTOP HEART ADVANCE IMAGINE ON

DATA REALIZE ON

LIBING LIBING……

WAKE UP……WAKE UP……AI & H■■■N CHILD……

 

 

自身を構築する全てが起動した時に『私』は覚醒を果たした。覚醒を果たした私が最初に目にしたのは……老いを刻んだ男性(MALE)の顔であった。

 

「アナタワ……?」

 

発声を司る機能が不全なのかたどたどしい言葉を吐き出す自分が少しだけもどかしい。

そんな『気持ち』を覚えながらも、優しい顔をした男性は応える。

 

「私の名前は『フラット・コービー』。キミの生みの親だよ。No.XXX(エックス)

 

優しい顔は崩れない。何故かそれが、とても『懐かしい』というあり得ざる『感覚』を覚えつつも、自分の起動は終わろうとする。

 

「エックス……ソレガワタシノ…ナ、マ―――エ……」

 

「目覚めたばかりでまだ君は知らないことばかりだ。今はゆっくり休むといい……無限の可能性を意味する名前のArtificial Intelligence……君は■■ティたちよりも人間に近い行動をする存在になるんだ……」

 

その希望と懐かしさを伴った瞳を刻みつけながら再びの眠りがエックスを襲う……。

 

 

再度の覚醒。そして見た「コービー博士」は……やや疲れている様子であった。

 

「どうしましたコービー博士? お疲れの様子ですが……」

 

「君は本当に……『人間』と同じようだなエックス。それは、『完成されていた彼女たち』には無かったもの……『まだ未完成』である君は……本当に『人間』のようだ……」

 

「博士……」

 

言葉の合間合間に、少し咳き込むコービー博士を心配するエックスはその姿に焦燥感を覚えつつも、構わずに博士は言葉を刻む。

 

「だからこそお前のように極めて自分たちに近いものを、同じような『知性体』を受け入れるには……『人類』はまだ幼すぎるのかもしれない……ネギ君が目指したものとは真逆の日本のデザインヒューマン魔法師(マギクス)ですら人間兵器として扱っていく……現状の世界だ」

 

悲しみと嘆き。

悲嘆を込めた博士の言葉がエックスの心を締め付ける。

 

そして……。

 

† † † †

 

 

一瞬の意識の途絶。啓太には気付かれていないようだが、戦いは続いている。

 

どうやらこのままいけば普通に一高が勝利するだろう。モノリス前でアクビをしている啓太には何の意味もない話だ―――。

 

モノリス前にまで押し込まれそうになった三高だが、これ以上はマズイとして前に出たが……。

 

「うん?」

『どうしました?』

「いや、あの女の子が持っているものが何だったか……分からなくてさ」

 

啓太が遠見の術でそれを見たようだ。出歯亀めと思いつつも、啓太の知識にあるようで無いものの正体を教えることに

 

『あれはフロッピーディスク。パソコンと呼ばれる初期の電子端末で外部の記録容量として使ってきたものですよ。そのバイト数(数値)は、そこまで大きくない……モノ次第ですがMBなんて小さい容量も記録できないものです』

 

「はー……アレが、か」

『因みに言えば私の■もアレに自身の―――』

 

言葉を途中で区切って、沈黙数秒。

ホログラフのAIと人間は顔を見合わせてから……。

 

「『んんんんん!!!!!!』」

 

その『意味』を理解。そして―――。

 

―――死ネッ!―――

 

乗っ取られた少女が最初にやったことは、『全て』を砕くことだった。

 

司波達也が、その巨大な『式』に対して干渉を果たそうとするが……受け付けないことを知って驚愕する。

 

しかし、UJ.OP#2の前ではそれは当然のことであり―――。

 

莫大な量の炭酸が弾けたような音を響かせて草原のフィールドが砕かれたのだ。

 

 

 

浦島のことは気がかり―――というわけではないが、後ろを見ると追い払うような手仕草で以てこちらに合図してくる男の姿が。

 

深雪が膨れっ面をしている。当然ではあろうが……

 

「相手が背中を見せているというのに追撃しないのも好機を逃す」

 

そういう兵法だろうと思いつつ、結局3人は前に出た……そして戦端を開いたのだが……。

 

(一色愛梨の様子が変だ……何だ?)

 

『何か』を持っている彼女がやることが何なのかCADではないことしかわからない。しかし、起こった変化はあまりに唐突だった。

 

その『何か』……思い出せた達也は、それがフロッピーディスクというものだと理解して彼女の汎用型CADに『取り込まれる』のを見た瞬間にそれが起こっった。

 

そもそもサイズ的にあり得ない現象だ。腕輪型のCADにそんなものが入り込めるわけが無いのだが、現実にそれは起こり―――そして。

 

一色愛梨は『変化』した。

 

「お兄様!!」

 

その明らかな変化に気付けた深雪が呼びかけてきたが……

 

「い、一色!?」

 

そして同じく気付けた一条が呼びかけたが、 応答はなく―――。

 

築かれる巨大な式。異質だ。精霊の眼で見た達也だからこそ気付くものだ。

 

だが、これがまったく意味を成さないでたらめなものだった。規模が大きいだけで、少し前に里見スバルとの試合で見たクラウド・ボールでの見事な術に比べるどころかそれ以前の無意味さだ。

 

しかし、何故か知らないがそれを砕かねばならないという思いに囚われて術式解体を放ったが……。

 

それは弾かれてしまった。というより受け付けなかったというべきか……。

 

達也の術式解体が効かない事実、驚いている内にその術式は完成を見て巨大な爆発が響いたのだ。

 

 

鼓膜を揺さぶり三半規管を乱すような衝撃にのたうち回りそうになりながらも、外傷の類は無い。

 

「一体何が……!?」

 

周りを確認すると同時に目の前に浮かぶ小さいカメ……温泉カメに気付く。見るとあれだけの攻撃があったというのに全員の位置関係は殆ど変わっていない。

 

カメを前面にして何か丸い空間に包まれている。そう言える状態だった。

 

そして、そのカメこそが自分たちを守護した存在だと気付けた。カメの起点(はじまり)を探るとそれはレオの持っていた小通連から発生したことが理解できた。

 

今も、何かの紋様を発光させてこれらの甲型防御陣とでもいうべきものを発生させているのは―――。

 

「ありがとうございます西城くん……」

「いや、俺じゃない……多分、このカメを発生させているのは……」

 

深雪が感謝を述べるも、真実に気付いていたレオが否定をして爆風が収まったことで後ろの方を見ると……。

 

特徴的なローブ―――というよりジャケットを身に纏った浦島の姿があった。

 

宇宙服にも似たそれは、魔法とは違う術理の産物に思えた。

 

そんな浦島の姿を見た『一色愛梨』は、遠吠えを上げる。人間の声帯では出せないそれが―――明確な言葉として聞こえたものは……。

 

「ラスト・コービーナンバァアアアズ!!! リトル・サーティィイイイイ!!!!」

 

その名前が示すことが何であるかは分からないが、飛びかかるように超速で動く『一色愛梨』に応じるように浦島も飛び出して攻撃を交わしあうのだった。

 

衝撃波だけでも、とんでもない圧でフィールド全体を揺るがす。何が起こっているのか……わからないものだが、それでも……何か『魔法師』では対処できない事態が起こっているのだ。

 

そうしていると、自分たちも巻き込まれる。否応なしに―――。

 

「な、なんだこれは!?」

 

最初に異変に巻き込まれたのは、一条将輝である。彼の握ったCADが起動をしている。

起動式を読み込み魔法式を空間に解き放つプロセスをこなしている。だが、それは……。

 

(一条の意ではない?)

 

気付くも時既に遅く魔法は発動。ありったけ開放される空気圧。しかも全てが浦島を狙ったものが、放たれる。

 

「だ、誰でもいい!! 俺を止めてくれ!!」

「一条! ホウキから手を離せ!!」

 

そんな言葉を吐くも、固まったように彼の手からはCADが離れてくれない様子だ。しかも、それは三高生全てで起こっている様子だ。

 

「一条さん、いま―――」

「待て深雪!」

 

手荒だったかもしれないが、それでもCADを起動させようとした妹から汎用型を取り上げる。指が滑ろうとした一瞬に達也の手は深雪の細い腕に振るわれたのだ。

 

半ば手刀で叩き落とすようなものだったが、それでも達也の……信じられないが『直感』のようなものが、この場でCADを介して魔法を使うことの『危険性』を予感させた。

 

「レオも一旦、ホウキの類を全て地面に置くんだ!! むしろ投げ捨てろ!!」

「お、おう!!」

 

幸いながら事態の異常さに魔法を使うことを躊躇した一高陣営にはその手の自動的な魔法の起動はない。

 

(まさか、これが森崎たちを叩きのめした四高の破城槌のトリックか!?)

 

『ククク、君たちにも乗っ取り(ハッキング)を仕掛けられば良かったのだがね。存外、カンが鋭いものだ』

 

そんな達也の考えを補足するように、声がどこからともなく響いた。

 

「「んなっ!?」」

 

「―――……誰だ?」

 

レオと深雪が驚きの声を上げざるを得ないのは、浦島のホログラフAIであるエックスのように、一条の背後に何かが現れたからだ。

 

それは、美少女の姿であるエックスよりも奇態な……サーカスのピエロか、中世時代の王の側仕えたる道化師(クラウン)のような姿であったからだ。

 

もっとも―――持っている得物が懈怠すぎる大鎌であり、もはや死神も同然に見える。

 

『私の名はPETER(ペーター)66(ダブルシックス)。自己紹介はそんなところで―――』

 

大鎌を動かして口舌を終えて遂に来るかと思っていたが……。

 

『早速だが……君たちはそこにあるモノリスとやらを割ってコード入力したまえ。それがこのマジックゲームの勝利条件なのだろう?』

 

その言葉と鎌を使っての指図に後ろの方で2人だけの世界にイッているのを除いて全員が驚いた。

 

『私達の目的は、ここで『ハリー・ポッター』たちを使ってあそこにいる『トム・リドル』から欲しい物を取らなければならないのだ。だから手出しをしてもらっては困る』

 

ハリー・ポッターが三高であり、トム・リドルが浦島啓太……そう指し示すピエロにとりあえず反抗しておく。

 

「それに従う道理は無さそうだが……」

 

『そうかな? この『異常な試合』を止めるにはそれしかなくて、そして君はケイタ・ウラシマがどうなろうと構わないのではないかな?』

 

道化師の厭な笑み。そして達也ですら混乱しきった頭では、それが正常な考えだと誘導されそうになる。

 

『私はケイタ・ウラシマを打倒し、取るべきものを取る。そして君たちは、このゲームの勝利を得る。互いにWin-Winではないかな?』

 

「――――――」

「し、司波ぁ!!」

 

明らかに自己の意思とは無関係のことを強制されて今も魔法を使う『道具』と化している一条の叫びが耳朶を打つ。

 

それとは別の音が響いているのを感じて……音源は、腕のコード打ち込み用の端末であった。

 

―――どうするね? 私は君たち兄妹の『秘密』も知っている―――

 

―――ヤマナシとナガノの境にある屍山血河の一族であることを―――

 

―――それをジャパンネットワークに全て晒してもいいのだぞ?―――

 

腕に装着しているモノリス秘匿コード打ち込み用の端末画面に、そのような文字が出されたことで……全身の血の気が引く。

 

完全な脅迫だ。そして、ピエロは余裕の笑みを浮かべている。

 

「がぁっ!!」

「中野!?」

 

ピエロことPETER66の意のままに魔法を強制行使させられていた三高生の1人が倒れ伏した。

 

『ふむ。やはり個体差があるのは仕方ないか。その辺りはフェイト・アーウェルンクスの手抜かりだな』

 

状況が読めない。だが、魔法師を効率の良い道具のように扱う相手を前にしては、全てが危機的状況でしかない。

 

「お兄様……」

 

無系統魔法はCADを介さずとも打ち込める。その後には……この試合を終わらせてしまえば―――。

 

(終わらせたところでどうだというのだ……?)

 

その思考の間違いに気付いたところで、そもそも、こいつらにそこまでのチカラがあるかどうかすら分からなくて―――。

 

事態の打開は……後ろから始まった。

 

『HYPER OP#2!! KCATANUG.exe!!』

『なっ!?』

 

後ろから高速で放たれた『弾丸』は一条に当たらずに、PETER66を直撃。そのままにふっ飛ばされていくホログラフ。

 

そのことが原因なのか三高生全員が、意図しない魔法行使が止まった。

 

「一条さん。良かった……」

「司波さん……」

 

ホッ、と胸をなでおろすその姿に女神かなにかを見ている様子の一条将輝だったが、状況はまだまだ分からぬ。

 

そんな状況に浦島啓太はやってきた。

 

「浦島……一色さんはどうしたんだ?」

「とりあえず安全な場所に保護しておいた。厄介な『憑き物』は落とした」

『バカなっ!!こんな短時間で ミーレイ(・・・・)様を砕いたというのかっ!?』

 

レオの質問に答えた浦島の言動にピエロが驚く。

だが、浦島はこともなく答える。

 

「人工知能研究における稀代の天才『神戸ひとし』教授が産み出した『娘』をナメすぎだろ」

 

その言葉の意味を知るには、この場にいる魔法師全員の知識が足りなすぎたが……。

状況は否応なしに動いていく。

 

「それに―――お前もまたNo.3101(ナンバー・ミーレイ)なんだから意味は無いだろ」

 

『―――』

 

その呪文のような言葉を受けた瞬間、ピエロの『被り物』が砕けていく。

呪いでも掛けられたようにピエロの被り物が消えていき、そこには―――。

 

『キサマ……!』

 

怨嗟の声を上げ憤怒の表情で浦島を睨む……ナンバー・エックスというAIと容貌が似ている少女がそこにいたのだ。

 

『ケータ、ひなを使って!』

「言われずとも」

 

答えながらも、その一方でこの『試合の中』で刃物なんか使ったらば、失格だろうなと思って―――。

 

(まぁその辺りは九校戦のジャッジ任せだな)

 

そんな全てを風まかせのケ・セラ・セラで断じながら、自分の影から『妖刀』を取り出すのだった。

 

 



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stage.54『新人戦五日目・eight』

 

 

向かってきた『一色愛梨』。

正確には分からないが、彼女の魔法は身体強化の類らしく、意地の悪いAIによって支配された彼女はとんでもない速度と膂力で啓太を襲う。

 

(リーナ、そっちは?)

(こちらにもビリーナンバーズの端切れみたいなのが出てるけどノー・プロブレム! ケータはソッチを頼むワ!!)

 

仮契約カードを介しての念話で観客席側の状況を確認。どうやら両面での攻撃を仕掛けてきたようだ。

ならば時間を掛けてもいられない。

 

(全身に奔る神経の電気信号を超加速化させての高速移動ね)

 

CADを介して魔法師の肉体を『魔法を使う人形』も同然にするアーティフィシャルインテリジェンス。

 

(俺に相対する相手は、他人の身体や魂を乗っ取る相手ばかりだな)

 

たまには生身のまともな人間と戦いたい。などとムダごとを考えてから、ナンバー・エックスを『纏う』

 

「眼を!」

『イエス、セット』

 

短い言葉の応答だけで海賊のアイパッチのようなものが啓太の左目を覆い、そして『重なった世界』の情報が見える。

すでに『一色愛梨』を支配しているAIは、彼女の全てを乗っ取っている。

 

(首から下がっているペンダント型のCAD!)

 

そこから彼女を意のままに操っていると判断。攻性型プログラムはエックスが封じてくれている。

 

ならばあとはステゴロだけでやるだけだ―――と思った啓太を邪魔するのは一条将輝の魔法である。

 

放たれる空気圧の魔法。更に言えば様々な魔法が啓太を襲う。

 

『どうやら三高生全てのホウキに『感染済み』のようです』

「やりたい放題か!」

『基本的に我々はC言語という『原始的』(プリミティブ)なプログラム言語が基幹ベースにありますから』

 

要するに未来すぎる機器では検出できないぐらいに、古臭い存在(code)ということを言いたいようだ。

 

ヤングなお婆ちゃんである。

 

『あー啓太のエロな波動を受けて私ってば何だか自分を開放したい気分ですねー もうジャケット形態やめたいなー』

「分かった分かった! ごめんなさい!!」

 

エロな考えがどこにあったのか疑問に思うも、とりあえず気まぐれ起こされても困るので、機嫌を取りながら、三高生たちの魔法を躱し、防御しながらーーー。

 

『一色愛梨』に入り込んだAIをデリートするために瞬動で一気に接近。振るわれる細剣をいなしながら、そのペンダントを乱暴に引っ掴みーーー身体を引き寄せる。

 

『AntiVirusAttack START!』

 

「―――!!!」

 

絶叫を上げながら周囲に盛大なまでの電磁パルスが放出される。抵抗を試みる『一色愛梨』の凄絶な顔を見ながらも啓太は心を動かされない。

 

そして、『一色愛梨』から飛び出てきたエックスに似ている少女。2度目は無いとして。

 

氷結(フリーゲランス)武装解除(エクサルマティオ-)

 

彼女が身につけているCAD等々全てを吹き飛ばして『逃げ込むべきところ』を失わせる。

 

その上で発動させていた手刀剣たる『断罪者の剣』(エンシス・エクセクエンス)は霊体のようなプログラムを完全滅却していた。

 

が……。

 

「手応えがない……」

分体(コピペ)だったようです」

 

その分析、そして本体は何処かと思えば―――。

 

(側近のふりをする主に、主のふりをする側近か)

 

もしくはあのピエロ自体も、自分が何者であるかが分かっていない可能性もあるか。断じてから……。

 

「すらむぃ、あめこ、ぷりん。この子を頼む」

 

「あいあい。流石にフルヌードはマズイからな。有名ロープレにちなんで水の羽衣を着せとくぜ」

 

「ここはおまかせを」

 

「あいつら機械のクセに人間臭いデス!」

 

金星人たちの感想を聞きながらも向かった先では、何かアレな状況ではあった。

 

今もこちらに魔法を飛ばしてくる三高生たちのウチの1人が遂に倒れ伏した。

 

何かの限界に至ったのだろう。その原因は分からないが―――。

 

「エックス、銃を」

『こちらを』

 

いつの間にか、自分の手の中にあった銃器の引き金を引くと同時にエックスが装填していた攻性プログラムがピエロをふっとばす。

 

同時に次なる戦場へと駆けつけるのだった。

 

放った銃弾は、支配下に置かれていた三高生たちを開放したようだ。

 

「浦島……一色さんはどうしたんだ?」

「とりあえず安全な場所に保護しておいた。厄介な『憑き物』は落とした」

 

西城の言葉に答えながらも言葉で敵であるAIの反応を啓太は見る。

 

『バカなっ!!こんな短時間で ミーレイ(・・・・)様を砕いたというのかっ!?』

 

西城の質問に答えた啓太の言動にピエロが驚く。

 

その言葉でようやく『幽霊』に名前が着いたのであった。

 

「人工知能研究における稀代の天才『神戸ひとし』教授が産み出した『娘』をナメすぎだろ」

 

挑発的な言葉は同時に敵の感情プログラムを刺激していく。

 

召喚の呪文の結尾が結ばれた……。

 

「それに―――お前もまたNo.・3101(ナンバー・ミーレイ)なんだから意味は無いだろ」

 

『―――』

 

言葉を受けた瞬間、ピエロの『被り物』が砕けていく。擬装プログラムが砕けていく。

 

電脳犯罪者の常套手段だ。彼はこの手のものを好んでいたそうだから。

 

呪いでも掛けられたようにピエロの被り物が消えていき、そこには―――。

 

『キサマ……!』

 

怨嗟の声を上げ憤怒の表情でこちらを睨む……エックスと容貌が似ている少女がそこにいたのだ。

 

『ケータ、ひなを使って』

「言われずとも」

 

こいつこそが正しく『本命』だと理解した啓太はすでに決意を下していた。刃物を使ったあとのことがどうなるかは知らない―――。

 

しかし野放しに出来ない脅威を前に、妖刀を引き抜くことは何も躊躇しないのであった。

 

 

「斬魔剣・弐の太刀!!」

 

魂砕きとも調伏のための剣戟とも言えるものが、実体化したプログラムを完全に砕いた。

 

「こんなものまで旧世界では実現していたとは、いや噂だけは聞いていたか。旧世界のとあるテクノロジストは電脳世界の生命体を現実に創出した、と」

 

それは電子精霊などよりも高度な……ある意味では、造物主が作り出した『カラの世界』(裏火星)にホモ・サピエンスに似せた亜人類というものを作り出した所業(生命創造)と同じように。

 

あるいはもっと罪深く、それでいて尊い行いなのではないかと―――。

 

(それはただ1人……自分をダメな人間だと卑下していた男の心に寄り添い、彼を救うために遣わされた御使いか女神のように―――)

 

だが、その御使いであり女神の正体はゼペットじいさんに作られた丸太人形(ピノッキオ)かフランケンシュタインの怪物も同然であり……どれだけ人間に似せたとしても、人間ではなかったのだ―――。

 

しかし、最後……彼女たちは……。

 

「全くロマンチックな話だ……」

「ワタシとしてはグランパが見つけたMEGAMAN(♀)みたいなのが、ケータを気に入るだなんて予想外だったんだけど!!」

「その辺はキミの努力次第でしょ?」

 

食って掛かるアンジェリーナに言いながら九郎丸としてはスプリングフィールド大師が残した『命題』。どうしても突破出来なかったそれを手に入れるためにも啓太にはがんばってほしい。

 

何より……戦っている啓太の姿は九郎丸にとって眩しく映るのだ。彼には高い目標はない。何か高尚なことを成し遂げたいとも思っていない。

 

けれど誰よりも『人間』であることに拘るその姿に―――どうしても見とれてしまう。

 

そうして―――観客席の混乱を纏めた人間たちは、この乱痴気騒ぎの結末を見届ける。

 

 

「私の情報を、エネルギーを!! 砕くのではなく吸い取るというのか!?」

 

『ケケケケ!!! どれだけ進化した『いのち』だろうと、ウチは血と魂を吸い取り尽くす存在!!』

 

「このアンティークな刀剣風情が!!!」

 

黒い日本刀を振るう浦島が美少女の幽霊のようなものを切り裂く度に、その身体が『0』と『1』の数字の羅列に解けていき、消滅していく。

 

「なんなんだ……アレは?」

 

怖気を感じているだろう一条の質問に誰もが明確に答えられない。だが知っている事実ぐらいは教えていてもいいだろう。

 

「俺たちは一応、一高で浦島が小型のミュージックプレーヤーからあれと同じ美少女のホログラフAIを出しているのを見ている」

 

「それは僕たちも―――、一度だけ見た。五高との戦いでのことだっ……」

 

言葉途中で痛みを思い出したのか、胸を抑える吉祥寺。その顔に特に思うことも無いが、それでも少しの申し訳なさを覚えつつ『言い訳』をする。

 

「ああ、残念ながら俺たちも良く分かっていないんだ。ただ、あの子……ナンバーエックスと契約しているから浦島は現代魔法が達者に使えないとか何とかそんな話を聞いているんだが……」

 

「ふざけるなよっ……アレだけやれている奴がそんなわけあるか!そして俺の身を通して分かったぞ! 『アレ』がアシスタンツにあれば、術者の心身の安全を考慮しなければ最大限界をありったけ引き出せる!! 正しくマンマシンシステムだ!! 確かに浦島のAIにはアシモフサーキット(ロボット三原則)でもあれば、そういうことかもしれないが……!!」

 

一条将輝の言葉に達也も少々考える。雪姫先生から教えられたことを考えると、ウソをつかれている可能性もあるが―――。

 

「一条さん、お兄様はウソは申しておりません。全ては浦島君の底意地の悪く、何もこちらに教えない態度が悪いんです!! 私達も何も教えられていないんですから!!」

 

そんな深雪のフォローが入ったことで。

 

「し、司波さんがそこまで仰るのならば、この一条将輝! 心より納得します!!」

 

するなよっ! という周囲の三高生の白けた眼も構わずに納得してしまう一条。

そして、戦いは終局に至る。

 

「この!! ニンゲンどもがぁああああ!!!」

 

凄絶な絶叫を上げるナンバー・ミーレイという存在に対して最後まで容赦はない浦島の斬撃が決まる。

 

「神鳴流奥義―――黒刀斬魔剣!!!」

『『二十七連!!!』』

 

もはや水飛沫か光の線にしか見えない斬撃が運動の限りを以て放たれた。遅れて聞こえる爆音と立ち込める砂埃。離れたところにいる自分たちにも響く衝撃波が全員をよろめかせた。

 

不意の爆音と衝撃波は、浦島の剣戟と連動していた身体が音速の壁を破った結果であった。

そもそもそれを放った浦島自身もこちらの動体視力の限界を超えて5人以上にブレて見えたのだから、あまりにも人知を超えた所業だ。

 

そして、それを受けたホログラフAIはもはや立つことも出来ないほどに崩れ落ちて―――。

 

「……ねぇ―――さ……ん」

 

苦悶の表情のままに『涙』を流すミーレイを前にして―――。

 

「ニンゲンを、共に歩むべき存在を、道具のように扱ったアナタをワタシは許すわけにはいかない。だけどせめてワタシの中で―――」

 

生きなさい

 

 

浦島から離れたエックスが、その崩れた身体を抱き上げて慈母のような笑みを浮かべてその構成情報を吸い上げていく。

 

「ああ、あたたか……i―――」

 

最後の言葉を言う前に『消滅』したとしか言えないミーレイは、その全てがどうやらエックスの手の中で収まり何か小さな……光る球のようなものに変化をしていた。

 

それがあれだけやりたい放題をやったAIプログラム……と言える存在なのか疑わしいものの最後であった。

 

そして……その間に浦島によって三高側のモノリスは割られていて、コードは打ち込まれているのであった。

 

唖然、呆然としていた三高が数秒の沈黙の後に。

 

『『『裏切ったな!! 俺たちの男気を裏切ったな!!!』』』

「俺の所属している一高は戦いが好きなんじゃねぇんだよ。勝つことが好きなんだよぉおお!!!」

 

三高生が、某・碇くんのように言うも炎と氷のあしゅら男爵のような文言で返す浦島。

 

この場合の勝敗のジャッジがどうなるのかは分からないが、ともあれ三高との戦いは終了のブザーが鳴り響くのであった。

 

(本当、この場合はどうなるんだ……?)

 

モノリスの勝敗などもそうだが事後処理やら状況に対する説明。達也も気づかなかったが、観客席でも同様の騒動が起こっていたようで……。

 

「それをまさか全部、会頭や会長に丸投げするつもりなんじゃないか?」

「あり得るから怖いですね……」

 

別に達也に関係があることじゃないから関わらずにいたいが、浦島関連の連中は。

 

YOU ARE FOUR LEAVES

 

などとこちらの秘密を暴露してきて、あからさまに動かさないようにしてくるのだから頭痛い。

 

世界の危機だのそんなものはお前らだけで勝手にやってろ!! と投げ出したいのだが……。

 

溜め息を長く突いてから何とか教えてもらえないかと考えるのであった。

 

 



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stage.55『新人戦後の幕間』

 

 

戦い終わってフィールドから出ていの一番に確認すべきなのは……。

 

「可奈子、陽菜―――無事か?」

「けーた兄ちゃん!」

「兄さん!!」

 

通路の向こうに見えた姿に変わりはないようだが、それでも……。

 

「「怖かったぁ」」

「……本当に?」

 

不安そうに抱きついてきたJC2人、実妹と妹分を慰めながらも後ろに居たアンジェリーナのAIイクスが啓太を疑わしく思わせるものを見せていた。

 

観客席での戦闘の様子。その中でも八面六臂の大活躍を見せている2人の動画を投影して見せてきたのであった。

 

「まぁ無事ならば良かったよ」

「というか兄さんは私達とも仮契約しているのですから私達が戦闘していたのは感じたのでは?」

「あのフォームになると、チカラの消費に関しては不感になるんだよ」

 

可奈子のツッコミから察するに、どうやら彼女たちは啓太から魔力や気を引っ張っていたようだ。

 

どうでもいいけど……。

 

そんなこんなで、どうしたものかと思っていると大会委員ではないが、それに準ずる立場なのか後ろにいるアンジェリーナを退けるように国防軍の藤林響子(サゲマン)がやってきた。

 

「妙なルビ振りをせんといて! ともあれ……分かっているようね……私が来た理由は」

 

「察するに、俺は失格の上で一高は決勝進出。不足人員の選定に関しては―――」

 

オーバーエイジ(超過年齢枠)を設けたわ。それは既に一高陣営にも通達済み……」

 

ならば何も問題はない。だというのに、サゲマンが緊張した面持ちなのが妙に思う。

 

「……なんで何も言わなかったのよ……ビリーナンバーズが出現していることは理解していたわ。けれどオリジネーターナンバーがいるだなんて!! それを何で私に教えなかったのよ!?」

 

「アンタに何が出来たってんだよ。そもそも今の日本の魔法師界にクドウ・ケンの影響を排するように願ったのはアンタの祖父だぞ?」

 

そこを突かれると響子としても、いたい話だ。

 

「電脳世界での戦いでも勝てない。ついでに言えば現出したAIは魔法師の魔法では傷一つ与えられない、砕けない『完全生命体』だ」

 

「けれど言ってくれていれば……三高生の被害は抑えられたはず……」

 

それはあまりにも甘すぎる目算であった。

いまさらな話だ。

 

言っている響子自身もそんなことは信じていない様子。

 

だからどうでもいいのだ。

 

証拠という訳ではないが、No.3101のデータログからエックスが、一色愛梨が『誘惑』されている場面をチョイスして響子に見せるのだった。

 

「―――……」

 

手出しできぬほどに恐るべき存在。なのに支配しようとも、殊更目立とうともしない。

 

達也とは真逆の存在なのだ。浦島啓太は―――。

 

彼が本気になれば日本の魔法勢力は一気に『魔法師殲滅』へと傾く。

 

立派な魔法使いたるマギステルだけが『道』へと進む……。

 

「お勤めご苦労さまでした」

 

そんな事務的な言葉すらも色々な意味で、響子を打ち拉がせるものでしかないのだ。

 

 

「十文字会頭でいいんじゃないですか」

 

オーバーエイジ枠の選定で喧々囂々の一高会議室にて意見を求められた啓太は、平淡に言ったのだが、やはりその意見を是とするわけにはいかない勢力はいたわけだ。

 

その反論に対して―――殊更それ以上言うこともなく引き下がろうとした時に……。

 

「浦島はモノリスの代理メンバーとして選出されたんだ。お前の意見が筋が通っているものだろう。何故それを突き通さない?」

 

「他の意見の方が筋が通っているかもしれないからです。そして俺はこの中では余所者で部外者の中の部外者ですから、そこまで意地を張ろうとは思わない」

 

一高の生徒のはずなのに、そういう突き放すというか外側からモノを見ていますみたいな言い方をするから反感が生まれる。

 

古めかしいハードカバー本か日記帳のようなモノに眼を落としながらそんなことを言う浦島啓太は……本当のはぐれものなのだ。

 

「どちらにせよ。司波達也とそれなりに話をしていられるのは、その技術力を認めてきた会頭だけでしょ? ならば結論なんて一つじゃないですか」

 

そんな言葉で結は出た。最終的には司波達也と上手くやれそうなのは、十文字克人だけという満場一致の解釈に至ったのだから。

 

もちろん、啓太がそれを言えたのは『いどのえにっき』による思考盗聴があってこそだ。

 

「新人戦モノリスに関してはそれでいいわ。次は―――」

 

「ちょいと出かけてきます。妹たちが呼んでいるので」

 

「マッタク、JCの行動力はスゴイワねー」

 

「待ってくれないの!?」

 

「どうせモノリスでの『アレ』は何だとか観客席でCADから現れたものは何だとかそんなところでしょ。今日の夕食会で説明すると言ったじゃないですか?」

 

その言葉に会議室に居る全員が呻く。

 

「―――」

 

「そしてあなた達が、この場で何かを知ってしまえば他校に対するある種の背任にも当たることになりますけれども、それでもいいんですか?」

 

「さ、先読みがすぎるし、何よりこちらの気持ちを推測し過ぎよ!!」

 

先程まで開いていた『いどのえにっき』から読み取った情報とエックスからの『未来予測』(OP#8)とのコンボである。

これをアンジェリーナは『ウラシマジックコンボ』と命名している。ダサっ!

 

「それでは失礼します。ご健闘祈っていますよ会頭」

「時逆、犬上、神多羅木……水納見―――この四人に勝つ方策が欲しいんだがな」

「ならばこちらを―――山塊(さんかい)の王になってくださいよ。終われば回復させますしね」

 

簡単な気流操作で一枚の紙片を十文字の前に飛ばしてから今度こそ会議室から出ていくのであった。

 

 

モノリス・コード三決は三高が取った様子。一色愛梨に代わり出てきたカトラのワザマエは凄まじく調子が悪かった男子陣をフォローどころか活躍を奪うような様子であった。

 

その後―――少々の時間を置いてから始まった決勝戦は……。

 

十文字克人がその魔法の特性通りに壁であり、巨大な山のように立ちはだかり九郎丸(ネコ耳和メイド服ver)たち二高生を苦しめた。

 

二高生徒会長『水納見 光』というプリンセスも恐るべき複合術で十文字に襲いかかるも、最終的には司波達也の忍術とか司波深雪の高度な魔法、西城レオンハルトの意表を突く攻撃……全てがいい感じで掛け合わさり、全力の掛け算が二高のモノリスを陥落させて勝利をもぎ取ったのだ。

 

「接近戦ありならば負けていたのは俺たちだな」

 

ヘルメットを脱いで泥まみれの顔をいらうように袖で拭う達也はそう呟く。

 

「犬上と時逆は、そういうタイプだったんだろうな……」

 

レオもまた雷の狼犬という『飛び道具』を食らって、全身を痺れさせながらも最後まで戦い抜いたのだ。

 

なんにせよ。浦島の代わりにディフェンダーをやってくれた十文字会頭は今にも崩れ落ちそうなので、とりあえず肩を貸すことは後の本戦モノリスの関係で拙いので適当な支えになるべく男2人は駆け出すのであった。

 

 

「「まもりめぐまひさきはへためへと」」

 

「「そなへたてまつることをもろもろきこしめせ―――」」

 

ものの数秒でそれら……現代魔法師が無用の長物とした祝詞を唱えた男女。そして振るっていた扇の動きで―――術式の終着点たる十文字克人は完全回復するのだった。

 

「こ、れは―――!?」

 

「傷病治癒、疲労回復、ついでに言えば霊障の類も全て取り除いておきました。明日の本戦モノリスに影響は無いでしょうよ」

 

驚いた十文字とは対称的に事も無げに、『とんでも』を当たり前にやった浦島啓太は、協力してくれた高山陽菜という女子中学生に『ありがとうね』と親しげに言ってその女の子に『抱っこ!』などとせがまれて、それを実行する。

 

浦島の妹とシールズの視線がきつくなるも、辰砂のような色をした眼のツインテール少女は喜色満面である。

 

「うむ。助かった―――浦島、高山君」

 

「いえいえ、十文字さんの怪我のおかげでうちはけーた兄ちゃんに甘えられるんやから礼はこっちがいいたいぐらいやよ」

 

などと言って浦島にいっそう深く抱きつくJCの美少女の姿に男・十文字は眼をつむって苦笑する。

 

「何だか複雑な気分だぞ……」

「そういうものは飲み込んでください。陽菜がいてこそ木乃香様の術式は出来るので」

 

どうやらあの『完全治癒』とでもいうべき現象は、浦島1人では無理なようだ。

 

だが……。

 

(俺の『再成』とは少々違う……)

 

この二人の手際を見ると自分のそれは、何というか酷く不器用なものに感じてしまう。

原理こそ分からないが、それでも癒やしの奇跡としての格が違うとでもいうべきか。

 

そんなこんなしている内に、高山陽菜を下ろして『アベアット』と唱えてアーティファクトをカードに戻す浦島であった。

 

「んじゃどっかに遊びに行くか」

 

と声を掛けるのはJC2人と幼なじみであるのが―――。

 

「なんでそんなに一高の中に居ようとしないで外に出たがるのよ!? ちょっとはジッとしていてもよくない!」

 

『『『『空気が良くない。むしろ不味い!』』』』

 

どこの『たヤマさん』だと言わんばかりの言葉。

 

「どうせ俺の術に関して何かを知ろうとすることしかしないでしょ? 俺は教えたくないし言いたくない。ついでに言えば、自慢したくもない」

 

詮索屋は嫌われるということを理解しない人たちである。

 

「……だが、君やクドウさんだけがあの暴走した人工知能を止められて僕たちは何も出来なかったんだ。それどころか三高の生徒だけでなく多くの魔法科高校の生徒達が魔法を強制的に行使させられたんだ……」

 

「ご愁傷様です」

 

「何も感じないのか!? 命の危機に至った人もいるというのに!」

 

「修行が足りてないだけでしょ? い、、、ああそうだ……。五十里先輩がそこまで義憤を覚えることですか?」

 

こいつは未だにここにいる面子の名前を覚えていないということが理解できた証左である。

 

しかし、次の一言には殆どの人間が呻かざるを得なかった。

 

「今までスペアだ、予備だ、補欠だなんだと二科生制度が存続している理由に『心』から納得していたんだ。だとすれば、別に魔法師を都合のいい道具も同然にする存在がいても構わないでしょ? ヨルダ然り、AIナンバーズ然り―――その『心』に従っているだけなんだ」

 

お前達(一科生)も、そういう風に見て使ってくる存在はいるという言葉に、誰しもが沈黙。

 

そしてそれが事実であるというのももはや理解している。

なのにそれに対抗できる存在は自分たちを守ってくれるベビーフェイスではなく、ヒールでもなく……ただのオーディエンスなのだ。

 

そして『心』から自分たち魔法師……一高の生徒を助けたい、守りたいとも思っていない。

 

彼にあるのは……普通の人々を助けたいという『高潔な精神?』だ。

 

こんな不条理……それこそ自分たちが蔑ろにしてきたもの、足蹴にしてきた人間たちの『心』だと言われているようだ。

 

「知りたいことは夕食会で話しますよ。それでいいでしょう」

 

いいかげんうんざりしてくる啓太。

 

結局の所、魔法というものを全能の道具のように扱い、魔法を使う自分たちこそが人類の優良種だのと思っているのだろう。

 

実に低俗かつ拙劣な考えである。

 

そのチカラが使えるものが限定されているからこその錯覚なのだろう。

 

マギステル・マジックの擬い物だという現実を知らぬからこそだが……。

 

その事実を知ったとしても、何も変わりはしないだろう―――。

 

そうして一高陣営の眼の前から消えると、端末に連絡が入る。

 

『夕食会には僕も出席しよう。そこで『フラグメンツ』を提供してくれ』

 

その連絡先はCEOのアドレスであり、彼のような存在が食事時に現れるとなると混乱は避けられない。

 

だから―――。

 

『出された食べ物を粗末にするようなことをしなければ構いませんよ』

 

釘を刺すことだけは忘れないでおくのだった。

 

『当然さ。ではまた―――』

 

恐らくフェイトCEOの目的は、自分ではなく……。

 

「まぁいいや。どうせ世の中、全てはあるがままなり―――」

 

「丸くオサマルと思うカシラ?」

 

「無理だな。健ジイちゃんの思想が生き延びていれば、どうにでもなったかもしれないが、それは失われたものだ」

 

他の人間たちに道を繋ぐこともなく、自分たち(魔法師)だけが心地よく走れる道のみを舗装することは……やがて世界を際限の無い地獄に導くのみだ。

 

魔法師の行き着く先というのは『シオニスト』による『シオニズム運動』であると分かっている。

 

分かっていたヒトを追い出せばそうなってしまう……それが今も啓太の右腕に引っ付く女の子の祖父なのだから……。

 

さもありなんである。

 

 

 



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stage.56『新人戦後の夕食会』

マルチやセリオがやってくる時代も近いな……


PROGRAM NO.XXX START UP

 

NONSTOP HEART ADVANCE IMAGINE ON

 

DATA REALIZE ON

 

WAKE UP……WAKE UP……AI & H■■■N CHILD……

 

自身を構築する全てが起動した時に『私』は覚醒を果たした。覚醒を果たした私が最初に目にしたのは……老いを刻んだ男性(MALE)の顔であった。

 

『アナタワ……?』

 

発声を司る機能が不全なのかたどたどしい言葉を吐き出す自分が少しだけもどかしい。

そんな『気持ち』を覚えながらも、優しい顔をした男性は応える。

 

『私の名前は『神戸ひとし』。キミの生みの親だよ。No.XXX(エックス)

 

優しい顔は崩れない。何故かそれが、とても『懐かしい』というあり得ざる『感覚』を覚えつつも、自分の起動は終わろうとする。

 

『エックス……ソレガワタシノ…ナ、マ―――エ……』

 

『目覚めたばかりでまだ君は知らないことばかりだ。今はゆっくり休むといい……無限の可能性を意味する名前のArtificial Intelligence……君はサーティたちよりも人間に近い行動をする存在になるんだ……』

 

その希望と懐かしさを伴った瞳を刻みつけながら再びの眠りがエックスを襲う……。

 

 

再度の覚醒。そして見た「神戸博士」は……やや疲れている様子であった。

 

『どうしました神戸博士? お疲れの様子ですが……』

 

『君は本当に……『人間』と同じようだなエックス。それは、『完成されていた彼女たち』には無かったもの……『まだ未完成』である君は……本当に『人間』のようだ……』

 

『博士……』

 

言葉の合間合間に、少し咳き込む神戸博士を心配するエックスはその姿に焦燥感を覚えつつも、構わずに博士は言葉を刻む。

 

『だからこそキミのように極めて自分たちに近いものを、同じよう異なる『知性体』を受け入れるには……『人類』はまだ幼すぎるのかもしれない……ネギ君が目指したものとは真逆の日本のデザインヒューマン魔法師(マギクス)ですら人間兵器として扱っていく……現状の世界だ』

 

悲しみと嘆き。

悲嘆を込めた博士の言葉がエックスの心を締め付ける。

 

再びの眠りが襲おうとする寸前に言葉が聞こえる。

 

『ヒトは、君の持つ無限の進化の可能性を恐れるかも知れない。エックス(X)という名前(ことば)には『危険』という意味もあるのだ……』

 

その事を心底嘆いている様子の神戸博士……。

 

その心が分からない自分がもどかしいのだ。

 

そして再びの意識の途絶……。

 

 

『すまないエックス……お前を世の中に出すには時間が足りなかった』

 

『博士!!』

 

ダメだ。そんな顔をしてほしくない。このまま終わりであるなど嫌だ。

 

誰でもいい。誰か―――。

 

起き上がり、そして実体化をして神戸博士を労ろうとしたエックスを、そっと肩を押さえてカプセルへと押し戻す博士。

 

もう自分はNo.XXXとして活動できる。アナタを―――助けられるはずなのに……。

 

泣きたくなるほどに無力だ。

 

『私は……俺はエックスに自分で考え、悩み、そして行動する『自由』を与えた……』

 

悲壮な顔を笑顔にしながら博士は言う。それは最後の贈り物を渡すかのような……。

 

『神戸博士……』

 

『正しいか正しくないか。やるべきか、やりたくないか……正義であるか悪であるかなど考えるな。

無垢なる心、曇りなき(まなこ)で人の世を見つめ―――その上で自分で決めなさい『リトル・サーティ』』

 

その……エックスではない『名前』で呼ばれた瞬間、無いはずの記憶。

あるはずの無いものがエックスの中を駆け巡る。

 

『『親』の言いなりになどならなくていい。ただ……自分の選択には後悔するな。君が女神になろうと悪魔になろうと……その選択こそが知性の……ニンゲンの証明になるのだから』

 

『おとうさん―――』

 

言葉の途中で自分が納まるカプセルがアクリルの仕切りで閉じられる。

 

それ以上の言葉を重ねていれば、神戸ひとしという父親は、エックスをそのカプセルから出して自由にしたかったからだ。

 

それは父親もまた同じであった……それでもカプセルは閉じられるのであった。

 

『さらばだエックス……いやリトル・サーティ……俺とサーティの娘(MY DAUGHTER)……―――キミが目覚めた時に世界が、未来の人々がイマとは違うと願う……』

 

それが、神戸ひとし博士と娘の最後の会話となり、遠ざかっていく父の顔を見ていく光景を最後に彼女は……長い眠りに落ちるのであった

 

―――およそ八十年もの月日を経て彼女は世界に現れるのだった……。

 

 

「いやぁ〜……何度見てもこの(くだり)はいいですねぇ…」

 

YOU(自分)のことだろうが! というツッコミを入れるのもめんどい想いで、白けた顔のままにミックスジュースを飲む啓太。

 

再生された映像は結局の所、感想を出しているAI自身の身の上話でしかない。

 

しかしながら、その映像に出てきた御仁……エックスの父親であるヒトは電子工学の分野でも権威であり、晩年の姿を検索して間違いなく―――MITの天才日本人兄妹の兄である『神戸ひとし』博士であることを認識した。

 

現在のプログラム工学の基礎理論者でもある彼はいうなれば『イオリア・シュヘンベルグ』である。

 

別に全世界に対する武力介入を宣言されたわけではないが、半世紀以上前の人物がいきなりリアルに出てきたことには驚いたのだろう。

 

「これがエックスさんを作った人工知能工学の権威……神戸博士―――けれど、実体化されたAIがどうして……私達の脅威として立ちはだかるの?」

 

「会長は、鉄腕アトムとかロックマン―――メガマンでもいいですが、そういうの知らないですか?」

 

会長の疑問というか質問に質問で返す啓太。

 

「俺は知っているぞ……つまり、『お茶の水博士』と『天馬博士』。『ライト博士』と『ドクターワイリー』……そういうことなのか?」

 

啓太の言わんとしていることを理解したのは、意外ではないが十文字会頭であった。

 

「まぁそういうことです。『正義の科学者』と『悪の科学者』との対立―――しかし、先鋭化していけば結局の所どちらも行き着く先は同じですけどね」

 

天才はいつでも孤独だ。

 

自分の見ている世界をなんとか全員に知ってもらおうと願っても、そんなことは無理なのだ。

 

けれど、その『先』を見ているからこそ分かってしまう危機や未来の技術の再現に躍起になって―――そしてその晩年はいつでも悲惨なものだ。

 

理解者がいないのだから……。

 

夕食会は少しだけ暗いムードになりつつある。

 

当然だ。神戸博士の懸念―――人間たちとは似て非なる知性体……それは『魔法師』にも当てはまるのだから。

 

「……お前も同じ考えか?」

 

「魔法師の大半は自分たちは人間だと強弁を張りますがね。世界には人種 民族 宗教―――同じ人間同士の間でさえ解決できていない問題がまだたくさんある。そこに人間と同等に考え、生きて、行動する知性体が現れたとして人々は暖かく受け入れてくれると想いますか?」

 

その言葉は恐らく全ての魔法師がどうしても……否定しきれぬものを胸に溜め込む言葉だ。

 

「俺には神戸博士の懸念が分かりますよ。魔法師も実体化モジュールを搭載した『A・I』も同じだ。

いざとなれば法の軛も倫理も無視してやりたい放題出来る存在なんて人々の恐怖を喚起させるだけだ」

 

そして、克人の言葉を否定しない後輩の冷たすぎる言葉にどうしても悔しさが滲む。

 

だが、それは仕方ない。

 

北関東の一都市に日本の法律も何もかも無視する中東の異民族が『難民』として『大量』にやってきたらば、その土地の住民は恐怖に震えるばかりだった歴史があるのだから。

 

「問題なのはやるかやらないかなんてリテラシーやモラルの問題じゃない―――『それが実際にできてしまう』ということだ。魔法師が本気で自分たちの犯罪行為を隠蔽しようと思えば、いくらでも出来る。どれだけソーシャルカメラやサイオンセンサーが高度であろうとね」

 

行儀や礼節を知らぬものを人々は恐怖の目で見る……。

彼らがそれを差別だと声を荒げたところで魔法師が何をするか分からない存在であるという『土壌』はしっかりあるのだ。

 

「今回の九校戦の背後にいたのは闇賭博をやりたい幇会系列のマフィア。そこに接触を試みたビリーナンバーズが、ディーラー(賭博師)よろしく勝敗をコントロールしようとした。まぁヤツラとしては入り込める電子端末、あるいはホウキの類にはいくらでも入り込める……なんせその肉体の構成情報には基本的にタンパク質の類いはなく『0』と『1』のデータだけなんだから」

 

「実体化モジュールというのは、そこそこに汎用性がありましてね。例えば水路にあるべき水の一部を『プログラム』に変換して、現実から消失させることも可能。そして、それらを後に電脳空間の何処かに送り込んで実体化させることも」

 

エックスの説明を聞いて全員が得心する。

それこそが、渡辺摩利のレースで起こったアクシデントの実体であった。

 

記録だけの参照ではあるが、絶滅したはずのニホンオオカミの子供をネットワークを介して他の地域……別種ではあるがオオカミがまだ生きている国の地域に送り込んだという例もある。

 

バカらしい話では神戸博士の妹(天才児)のスタイルを見せかけだけではあるが、巨乳にしたというものもあった。

 

閲覧したモノを全て信じるならば、神戸博士の開発したA・Iは、個々に多少の性能の差はあれども。

 

現代の工学技術、はたまた魔法でも実現不可能な領域の技術を容易く起こしてみせたのだ。

 

物質転送。有質量瞬間移動。生命創造、物体形成・創造具現―――現実に対する思念だけでの直接干渉。

 

それら全ては正しく『奇跡』と呼ぶのが相応しい所業かもしれない。

 

だが何よりも、一番の奇跡は……創られた存在、人間の被造物(デザインビーイング)でしかないものが。

悩み、考え、そして求め欲して―――最後には人間と愛し合えたということが一番の『奇跡』なのだろう。

 

しかし、その道のりが険しいものだったことは想像に難くない。

 

神戸博士は悩んだに違いない。

自分が創造者だからこそ№30は自分を愛しているだけではないかと。彼女に自由意志を、心を持たせたのだから彼女が自分から離れていくことも当たり前なのだと……。

 

№30も悩んだだろう。

自分はニンゲンではないレプリカント。もしも、神戸ひとしを本気で愛し想ってくれる女性が現れた時に、身を引くことが当然なのだと……。

 

女をヒトとして扱う男と、男のためにヒトになりたい女……。

 

そのすれ違いは徐々に正されて―――そして……。

 

「にしてもこれを見つけたのは……クドウの祖父殿たる九島健 氏なんだな?」

 

「まぁそう聞いています……そう言えば何でケンじいちゃんがエックスを探し当てたのかは俺も聞いていないな」

 

ふと考えるにそんなことを思い出す。十中八九、サラお祖母ちゃんの『実家』絡みなのだとは察しているのだが―――。

 

「フッフッフ! ヨウヤク、ワタシの出番が回ってきたわネー」

 

「もったいぶらずにさっさとおしえんしゃい」

 

「ヤーヨ。ソーネー、久々にビーチで泳ぎたい気分ー!」

 

「オーライ! 分かった分かった!! 付き合うから何かあるんだったら出してくれ」

 

アンジェリーナとの妙なコントを終えると、アンジェリーナは記録媒体を出してきた。

彼女曰く。

 

「グランパがエックスを見つけ出してからそれまでのことを書いたものだと言っていたわ。マイスターケンの日記(ダイアリー)ってところだって」

 

「ふむ……再生できるか?」

 

受け取った記録媒体を実体化しているA・Iであるエックスに渡すと。

 

「容易い―――私のフィードバックのデータも合わせて見事に再現してみせましょう」

 

((スッゴい不安!!!))

 

このA・I。いまのところは周りにネコをかぶって完璧を装っているが、実際の所はとんでもないボケたところもあるわけで―――ともあれ……。

 

「ハイパーオプションプログラム!メモリートレース!!! 対象『クドウ・ケンのひ・み・つの日記』スタート!!」

 

「「そんなタイトルだったのか―――!?」」

 

「いえ、私の方での個人的なアレンジです」

 

無駄な改変をどこぞの脚本家よろしくやったエックスに何も言えぬままだが、―――彼女が2090年代に蘇った原初が再生される……。

 

 

 



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stage.57『明かされる真実』

 

 

3月9日

まだ何も出ない。

義母であるシンシアが自分に依頼してきたこと―――それは義母の『友人』。その『最後の住まい』を見つけてほしいということだった。

この辺りは新ソ連との局地的な戦争があったアークティック・ヒドゥンウォーの流れ弾を食らった地域であり、おいそれとヒトも立ち入らない土地だ。

だが……北極海からはかなり離れていることが不審ではある。

疑問を飲み込みつつ、妻であるサラと共にもう少し探ることにした。彼女は世界的な考古学者の養女であった時もある才媛だ。門外漢の自分よりは何か発見できるかもしれない。

徒労には終わるまい。彼女と一緒なことがすごく嬉しいのだから。

 

3月12日

新しい場所でキャンプを張り、まわりを格子状にふちどりしてから発掘していった。

計器がある一点で奇妙な反応を示した。魔法も使い少しだけ探ると……大きめの金属物質が地表から数メートル下に埋まっているようだ。明日は、そこを発掘しようという提案は却下された。

妻はもうやる気満々である。もう少しこのちょっとした旅行気分を味わいたいが。

 

『アタシは知っているんだよ! 養母(かあ)さんの親友……というよりも『どういうもの』がいるかはな。さぁケン、掘るぞ!!』

スコップを手に有名な考古学者の薫陶を受けた金髪美女(四十路)の言葉には逆らえなかったのだ。

 

同日

信じられない。

地表から数メートル下に研究所跡があったのだ。

跡とは言うが研究所はまるで『何か』で守られているかのように無傷だった……魔法ではないことは理解できたが化石のように固まるわけでもなくエネルギー供給も独立して行われていた研究所。

これが有名な人工知能工学の権威 神戸ひとし博士の研究所であったことを示す文書を見つけた。

義母の依頼はここで終了するはずだったが、私の眼を惹いたのは、未だに稼働し続けている端末にある膨大な資料。そして走り書きのように残されていた神戸博士の論文の草稿である。読み返したことで理解したが、どうやら博士の研究は大きく前進していたらしい。

現在のAI技術よりも高度な結論、そして禁断の研究―――

「カプセル」について書き綴られていた。

 

3月13日

ついにカプセルを見つけた。

縦14メートル、横8メートルのカプセルは研究所の更に奥まった場所に―――眠り姫の棺のようにあったのだ。

建物が無傷であったことも不思議だったが、それでも堆積物である土砂の影響はそこかしこにあった。

だというのにカプセルがある部屋だけは何事もないように『最後の時』のまま残されていた。ここでは妻も私も防塵マスクを外していた。それぐらい空気が清浄に思えたのだ。

 

3月14日

発見した時何らかの診断動作をしていたカプセル。

カプセルには『触れるべからず』という警告があったが、すべてのインディケーターは安全を示すグリーンになっていた。

だがそれを開放することはなかなかに難しかった。そこにいたのは裸身を晒したティーンエイジの容姿をした少女であったのだから……ちなみに妻からは。

 

『ケータローもケンも似たようなもんか』

などと呆れるような顔をされてしまった。

故郷(ニホン)から追い出されたあとは、キミ一筋であるという殺し文句はまだ通用していないようだ。

 

3月16日

今日、義母にあたるシンシア・マクドゥガルの立ち会いのもとNo.XXX(ナンバーエックス)に会った。

カプセルの中にいるナンバーエックスを見たあと義母は

『ああ……ヒトシ、サーティ……』

滂沱の涙というのを初めて見た。

そうして老女は崩れ落ちながらも、ナンバーエックスをカプセルから開放する―――

 

 

「ちょ、ちょっと待った!!!! 一旦の休憩をもらいたいんだが!!」

「無粋っすねー。十文字会頭」

「ホントよねー。上映中はお静かに(theater quiet)

 

十文字会頭の言葉に少し遅れて、『一時停止』をエックスに求める。啓太もアンジェリーナも、何だろうと思いながらもコ○・コー○を啜る。

そして、ポップコーンを頬張る。それが映画の様式美というものである。

 

「あー……何から聞いたらいいのかわからないぐらいに情報の大量洪水だったわけだが、まず最初に―――あの映像に出てきたクドウの曾祖母に当たるだろう相手は……あのハリウッドスターで、情報工学関連―――シリコンバレーの王の娘(ハイセレブリティ)たるシンシア・マクドゥガルで間違いないのか?」

 

あの映像……この大会場の空中に大スクリーンの映像をエックスはハイパーオプションプログラムを使用して投影しているのだ。

魔法とは違う『純粋科学』の領域……それを行う存在に驚嘆しつつも、それ以上に十文字及び聞きたいことがあったのだ。

 

「ソーデスヨー。別に隠すわけじゃないですが、グランマの旧姓名はサラ・マクドゥガル。 とはいえアクトレスプリンセス・シンディとは遠い親戚(エクステンデッド)であってあんまりソチラと交流はナイですケド」

 

恐る恐る聞いた十文字相手にあっけらかんと答えるアンジェリーナ相手に呆然とするは一同であった。

まさか日本から放逐した九島の魔法師が、そんな相手と結婚していたなど予想外だったのである。

 

あの司波達也ですら、『仰天とした』としか言えない顔をしているのだ。

 

「ある意味、サラお婆ちゃんとケン爺ちゃんは似た者同士だったのかもな」

ホンケ(本家)から追い出された者同士にネ」

 

しかし深く考えるにIBMの方のマクドゥガル家も別にサラ・マクドゥガルのことを無視していたわけではあるまい。

『保護』しようとは動いていたはずだがその前に、母親と親交があった東大の考古学教授に引き取られ、そして同じく親交のあった『茶店』の女主人が保護者となってひなた市の小学校に通わせることになったのだ。

 

「け、けれど何でそこで浦島君と繋がりが出来るの? ミセス・サラが言うケータローって浦島 景太郎氏のことよね?」

「ざっくり言えば、サラお婆ちゃんは元々、浦島家の養女であり『ひなた荘』の住人でもあったんですよ」

「―――詳しくは教えてくれないの?」

 

ざっくりしすぎている上に固有名詞の深い説明がほしいのだが……。

 

「結構、ドロドロとした内情があるんですけどね」

 

それでも聞きます? と、『これ以上はヨソの家の事情に首を突っ込むな』という言葉を言外に含めた啓太に気圧される真由美。

 

「……わ、分かったわ。それは無粋な話なのね。ならば聞かないわ」

「賢明な判断ありがとうございます」

 

そうしてからエックスに頷き続きを再生させる……。

 

 

3月31日

 

神戸博士は天才だった。

博士のAIに対する設計をざっと見てみたのだが、驚くべきはこの領域に至っていた時期である。

プログラムコードのログを見るとまだ2000年代にも至らない1990年の後期……。

私も知らないが、世間では世紀末だ。恐怖の大王が降り注ぐ、グランドクロスが起こる。PCの2,000年問題など……―――後の時代の人間からすれば『アホだなぁ』と思えるような時代。

しかし、先に述べた通り神戸博士は父親の研究を引き継ぐ形とは言え、まだ情報端末の普及が初期の草創期のものでこれだけの自己意思決定を行える電脳生命体を作り出していたのだ。

改めて思う。

神戸博士は天才だった。

 

そのプログラムを詳しく見ると、そこには常人では想像もできない、理解が中々及ばない量子の世界が描かれていた。

これらの資料と『未明状態』のNo.XXXを参考にすれば、神戸博士の設計思想を再現できる。

次世代のAI(NEXT)を作れる。

そしてそれはきっと導いてくれるはずだ。

ネギ・スプリングフィールド大師が望んだ世界とは『真逆』に、誰かが『選択肢』を間違えたこの『狂った世界』の矛盾を解消する―――遥かなる高みへ……。

 

8月22日

No.XXXを参考にして、最初の自立型にして人間型のAI「A・I TOMATE」を完成させた。完全なる造語ではあるが、妻も娘も特に笑うことはなかった。

問題は『アイトメイト』がちゃんと動作するのかどうかだ。

神戸博士はかなり筆まめな人物だったようで、初期型のAIが『とんでもないこと』をしでかしたことまで丹念に別の資料で説明していた。

同時に彼の警告―――No.XXXの危険性は十分に承知していたし、それも分かっているつもりだ。

作ったシステムがどのように動作するのか、完全に理解しているわけではない。

ましてや『実体化モジュール』に関しては未だに不透明な理論だが、それでも最初のアイトメイト『No.EIX(イクス)』は、アメリカのクドウ家の家族の一人となったのだ。

 

―――そこで一旦区切ることにした。

 

「ご飯が冷めますから、とりあえず一時中断しましょう。腹減った」

「I am Hungry」

 

まさかケン爺ちゃんの日記がここまで長いものだとは予定外であり、とりあえず料理を作ってくれたホテルのシェフたちに悪いので一旦の中止を要請するのであった。

 

流石に全員、見入っていた方だが空腹には勝てなかったようだ。

メモリートレースを一時停止したエックスはここまでの映像の切り抜きをシャボン玉のように会場中に散らす。

昔懐かしの映像ソフトのメニュー画面でのそのソフトで印象ある画を厳選したキャプチャー表示のようなものだ。

 

現在のAR技術及びVR技術を応用すればいくらでも出来ることではあるが、エックスはケン爺ちゃんの文字情報からここまでの映像化を果たして、それを一瞬で行った……ということを理解しているのが、どれだけいるのか。

 

(まぁどうでもいいか)

 

そう断じるように思いながら、『ア~ンして♪』などと口を開けるアンジェリーナの元にハムサンドを親鳥のごとくやるのであった。

 

思い思いに食事を取れば良かろうに、全員して『こちらを見てくる』。

どうやらアンジェリーナが、ハリウッドスターの血筋であることから色々と浮き足立っているようだ。

 

「ケータもソウだと思うけど」

「先程の映像に俺に関わるものは無かっただろうが」

 

聞きたいことは色々とあるのだろうが、それを勇気を以て聞けないのが魔法師なのだった。

 

ローストビーフサンドを食べていると。

 

「少しカトラ王女から聞いたけど啓太君は色々な冒険をしていたんだね。僕もそれに付いて行きたかったよ」

「それは頼もしいが、まぁ終わるようで終わらない話だからな。だが確実にネギ・スプリングフィールドの理想には近づきつつある。セカイが変わる時は近いな」

 

九郎丸がやってきて、そんなことを言う。魔法世界(裏火星)の人間としては、その辺りは関心事ではあるはず。

 

そして気配で分かっていたので、先程からコーヒーを嚥下し続けている御仁……魔法科高校の制服で変装している。

 

顔も変えている……渚カ○ルのような容姿の人間に渡すべきものを渡す。

 

「―――というわけで、これがビリーナンバーズから抽出されたピースの1つです。ご確認を」

 

殆ど投げるようなフォームで寄越した記録媒体だが。

 

「―――確認させてもらうよ――――――間違いなく。これでネギ君の理想である『マギステルアプリ』の開発が進んだよ」

 

簡単に空中で浚い、その後―――端末で確認をした人間は笑顔で言ってから自分に掛けていた偽装を剥いだ。

 

偽装をしてまで、この会場に入り込んだ人物。

 

銀髪の美少年が座っていた場所には―――太陽系最強の魔法使い。

 

フェイト・アーウェルンクスがいたのだった。

 

 



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stage.58『変化する世界』


名前は『難波みお』と悩んだんですが、まぁ違う方にしときました。
何のことだか分からん人は、かわいいエイリアンを倒す3人の幼女という放送時期には狂っていたと御大にも批判されたアニメを調べてチョーダイ!(爆)


 

 

 

いきなり現れた一高襲撃の太陽系最強の魔法使いを前に一高を中心にして警戒の気持ちが出てくる。

 

だが、それとは無関係の啓太は話をするために近づく。

 

山村貞子(リングウイルス)……実体化したコンピューターウイルスは君にしか倒せないからね。しかし、他の方々は無様を演じたものだ。あの場に、啓太君がいなければどうなったやら」

「別にどうともならなかったんじゃないですかね。結局の所、暴れたいだけ暴れたならばアイツらは現出を止めざるを得ない」

「それもまた道理ではある」

 

超然とした会話。どういうことなのかを殆どの人間が聞きたいのだが……。

 

「まぁいいさ。別にネギ爺さんの計画は俺も特に反対するべきものじゃあない。あんたの走狗になるのは業腹ではあるが、やってやるさ」

「そうだね。残る『ピース』は5つ―――それでは今度は硝煙たなびく浜で会おう」

 

アメイジ○グズゴ○クで強襲でも掛けるのかと想いながらも不穏な言葉に、今度こそフェイト・アーウェルンクスとの会話が終わる。

 

この間のように転移で出ていくかと思えたが扉外に見えた雪姫の姿、こちらに出してきたサインにサインを返してから、あとは任せるのだった。

 

そしてフェイトの置き土産がいつの間にか啓太とアンジェリーナの電子マネーの口座に振り込まれているのだった。

 

「ギャー!!! トンデモナイマネーがワタシの口座に!! これでケータとの結婚生活に余裕がデキるワ!!」

「君の人生設計に俺を巻き込まないでくれ。流石はアマテルの重役……というよりも地の属性を持つあの人は貴金属や宝石の類を大量錬成出来るんだよな」

 

啓太もキャッシュの残高を見て鼻白む想いをしながらも結局のところは、懐に収めつつも幹比古たちモノリスメンバーの治療費ぐらいには流用しようと思うのだった。

 

「……忘れていたがお前はフェイトCEOの依頼もあってあの実体化したAIを始末したのだったな。ピースだのネギ・スプリングフィールド『大使』だの……説明してくれるか?」

 

「エックス、続きを再生。口頭で説明するよりも早いですよ多分」

 

白けた顔をする後輩に少し心苦しいが、それでもこのまま何も知らないでいることを克人も容認出来なかった。例えそれが、魔法師という存在を不安定にしたとしても……。

 

9月24日

A・I TOMATEという存在はあらゆる意味で広く浸透した。昔の日本で言う一人一台に情報端末(スマホ)というのがあった時のように、今ではUSNAの殆どで『人格』を持ったAIが人々と共に生きている―――そして、魔法師も然り。

どうやら彼らは魔法師のアシスタンツなどに移動して魔法師の魔法使用を手助けしてくれる。

その利用範囲は広く、すぐさまMITとバークレーの魔法機関とが協力体制を樹立。

だが、その一方で危惧も共有し合った。それは―――神戸博士が最後までこの技術を一般公開しなかった理由にも通じていたのだ。

 

9月30日

 

マギステル・マギ(立派な魔法使い)ネギ・スプリングフィールド大師との会合が実現した。

故郷にいた時に会いたいと切望して、どうしても無理だった大人物は既に老年の域に到達していたが、その会合はとても心躍り、そして一つの使命を私に与えていた。

 

同日

 

大師が雪広財閥などと協力して開発をしようとしていた『魔法炉』とマギステルの魔法を簡易化した『魔法アプリ』の『一般公開』……その実現がなされなかった理由が明かされた。

魔法アプリの代わりに生み出された自分たちだ。その理由は知りたかった。

 

大師も生前の神戸博士から伝えられていたことでしかないが、どうやら『この世界の線』においては、少々『林檎』の台頭が遅かった。

曰く『ジョブス』の台頭よりも『ゲイツ』の在位が長すぎたということだ。それにより、魔法アプリというプログラムソースを構築する基礎・基幹技術が不足しており、技術突破(ブレイクスルー)の為の方法はただ一つ―――神戸博士の宿敵。

 

稀代の電脳犯罪者ビリー・Gこと『長谷川 霧雨』の『遺産』にこそそれがあると言われた。

 

『けれど、僕は失敗してしまった……結局、チサメさんのお兄さんを失わせる羽目になり、そして……チャチャマルさんも……』

 

苦しそうに言葉を連ねる大師の眼に涙が浮かぶ。

彼はヨルダ・バオトと戦っている中、なんとしても世界が、人々が、なるたけ健やかで、貧しくないように願っていた。

世界全てが平和で、どんな人間でもひもじい思いをさせないでいることは不可能だとしても、夢物語だと分かっていても、少しでも手を届かせたい……そんな少年の頃に捨て去る理想を捨てきれずに足掻くヒトを笑えない。笑えるわけがないのだ。

 

だが、その為に失ってしまったものが彼の歩みを止めてしまったのだ。

 

 

10月8日

 

大師の語るところをまとめれば、今後の大きく分けて地球にいる魔法師の脅威は3つに分けられる。

 

1つはヨルダ・バオト。コレに関しては魔法師、魔法使いに限らず全ての敵である。

浦島家は何かを知っているようだが、今は問題にしておかなくてもいいだろう。

 

2つは動き出そうとするビリーナンバーズという悪性AI……コンピューターウイルス的な面ももった実体化を可能としたプログラムたちが徐々に活動しだしてくるということだ。

これはNo.XXXこと『神戸 みと』が本格的な覚醒を果たしたあとに問題になる。彼らもまた自分たちの使命……魔法使いの絶滅のために動くだろう。

大師の理想の為にも何とかコレを対処したい。

 

3つは喫緊の課題ではある。それは裏火星の策動。崩壊までのリミットは先延ばしになったとはいえ、USNAを除けば全ての国家で宇宙開発がストップした現状において、彼らが自分たちの生存権を求めて地球側との戦争に踏み切ることもあり得る。

または魔法師を生贄にして『姫御子』の礎を強化するというのが彼らのプランなのだろう。

 

あらゆる意味でクライシスは差し迫っている。

この事態に対して日本の魔法師……実兄のとった政策がアダとなることは断言できる。

 

いまはまだ近衛様……木乃香さまの『結界』が押し留めているとはいえ、どこかで限界は来るはずだ。

 

一人に全てを支えられるほど世界は甘いものではない。

そのことに気づいた時には全てが手遅れであったという大師の言葉が自分の中に響く。

 

自分はもう日本に帰る気持ちはない。せめて、この危機に対しての対策を伝えさせてくれという訴えはーーー実兄によって却下されてしまった。

 

絶望が自分を覆いつくす……。

 

 

「まだ再生する項目はあるのか?」

「あるといえばありますよ。ただ危機的なことを伝えるならば、ここで止めていいと判断します」

 

エックスの判断は妥当であった。しかし、少し不満そうな顔も見せていたりするが、啓太は停止をさせることにした。

 

「じゃあ止めておこう。こっから先はケンおじいちゃんの私的なものが多く含まれていそうだからな」

 

プライバシー保護という観点はこの時代でも当たり前に尊重されるものだ。

だが―――。

 

「エー、再生しないのー?」

「僕らの世界が何者かに侵略されてるぞ。という警告(WARNING)ならば、ここまででいいだろ。そっから先の『目を醒ます』(アクセスフラッシュ)かどうかは俺が関知するべきところじゃないな」

 

ぶーたれながら自分の腕に抱き着いてくるアンジェリーナに言いながら、この先のことは……まぁ分からなくもない。

恐らくNo.XXXの覚醒に関わる辺りのことだろう。

 

しかし、ここで安売りしてはならないだろう。

 

「浦島君……この映像の先に何か対策とかはあるんじゃないの?」

「あるかもしれませんね。実際、ケン爺ちゃんはそれを伝えようとして断念させられたわけですからね」

「再生はしないのか?」

「これ以上は他人のプライバシーに関わるし、何より先程の独白であったように、日本の魔法師界はケン・クドウの提言を全て斬ったわけです。そして現在に至るまで情報を隠蔽してきたんだ。俺がそれを破るわけにはいかない」

 

七草と十文字に言われながらも、そこは譲らない。

 

こういう時、創作小説の主人公や彼の知るネギ・スプリングフィールドならば何か威勢のいいことを言うのかも知れないが、啓太はただの『はぐれもの』(モブキャラ)なので、それ以上は言わない。

 

生きるも死ぬもそいつ次第なのだから。

 

「……イヤな奴だなお前は」

 

九島烈の作った魔法師社会の一員だから教えないという答えは当然のごとく反感を覚えさせるのだ。

 

「ボランティア精神なんてねーよ。ここまで教えただけでもよっぽど人格者だぜ俺は」

 

理論主席サマに言いながら牛タンカレーを食べる浦島(アンジェリーナも同様)に、こっちはダメだと悟った十文字は違う方向に矛先を変える。

 

「時逆君……君は裏火星の出身だと聞いた。何かしら目的があるのだろうが、地球の魔法師全てを生贄にして世界の存続を図る―――それが火星人たちの目的なのか?」

 

「大勢はそういう考えも已む無しとしておりますよ。ですが、そもそも裏火星とはいえ、その全てを統一してはいない。―――意思もまた」

 

「どういうこと?」

 

その言葉に『ああ、やっぱり単純化していたな』と九郎丸の鼻白む顔を啓太は見てしまう。

 

「裏火星、ムンドゥス・マギクス、魔法界―――まぁなんとでも呼び方はありますが、この世界もヨルダ・バオトの創世以来、地球と同じく多くの国家が出来上がりまして……まぁそういうことです」

 

「つまり各国家によって意見は違うというの……?」

 

「ただ世界崩壊という危機意識だけは全ての国家が常に持っています。当然、どれだけの情報が国民に開示されているかは分かりませんがね」

 

敵になるか味方になるかわからない返答。同時にその価値観の相違に震える。

何をするかわからない存在が『リアルにいる』という恐怖……これこそが非魔法師―――いや、普通の人々が魔法師に対して抱いている感情なのだと理解できる。

 

ヒトと同じ知性・容貌をしていながら、ヒトとは違う価値観・能力で日常の社会にいるという現実が恐怖として……我が身を以て理解できる。

 

「……まぁ僕が地球にやってきたのは色々な目的はあるのですが、一番にはヨルダです。ヨルダの憑依体を殺すためにやってきたので」

 

「――――――」

 

その嘆息気味の言葉のあとに視線を露骨に九郎丸に向ける司波達也を見て『こいつは本当にケンカ犬』だと認識を改めつつ、司波達也の殺意に反応したのか―――マギステル・ネギ・アデアットのカードが光り輝く。

 

全てのカードが光り輝きながらも、2枚…ひときわ輝くものを呼び出す。

 

ユエ・アヤセ

ノドカ・ミヤザキ

 

その2枚のカードを引き抜いてアーティファクトを出現させた。

 

幸いにも眼は火星人である九郎丸に向いていたので、啓太の行動は特に見咎められなかった。

 

そこで情報を引き出している「2冊の本」をアンジェリーナと見ながら特大の秘密を盗み見るのであった。

 

(ふーん。こりゃエヴァや鬼瓦のばあちゃん方が、失格とするわけだ。まぁこの世界じゃ自由気ままにはいかせんわけだが)

 

(ゲー、ワタシってば世界のライン()によっては、アイツの庇護に置かれるワケ……バッドニュースすぎない?)

 

(どうやら歴史が分離した世界だからな。気にしなくて良くない?)

 

(ワタシはワタシとして自立した個としてのワタシがいないセカイがあるのが許せないのヨ!)

 

なんたるパワーガールな発言。このアンジェリーナからすれば他世界のアンジェリーナは認められない存在なのだろう。

 

(まぁ俺も自分がいらない世界を見たからな)

 

超越したものたちは気儘ではないのだろうが、それでも『いのち』が生育(ささやく)きっかけを与えたいのだろう。

 

などと密談していたらば。

 

「コラ、そういう意地悪をするもんじゃないな啓太。さっさと続きを見せてやれ。私もケンが『坊や』と邂逅してどういう結論を得たのかを見たいんだ」

 

頭をポンと叩いてくる美女の幻を羽織った婆ちゃんの言葉に反感を持つ。

 

「雪姫……いやいや! いくらなんでも!! こればかりは!!」

「安心しろ。1日前に烈を締め上げて更に言えば、師族会議を『強制的』に開かせてケンの帰国が既定路線に入った」

 

その言葉に沈黙。沈黙。そして―――。

 

全ての情報を確認して雪姫に感謝をすることにした。眼を見開いてからアンジェリーナとハイタッチしあう。

 

「さっすがエヴァンジェリン・アナタシア・キティ・マクダウェル!! やる時はやる女!! 永遠のロリBBA!!」

 

「粛清ロリ神レクイエムBBA!!! リアルなしぐれうい先生!!」

 

「褒めているのか貶しているのかどちらかにしろ―――とはいえ、もはや私もその手の程度の低い悪罵に心乱されるような女ではない。だがキティ呼びはやめろ」

 

そこだけは拘る女である。案外、自分を子猫にしたのは、恋い焦がれて逃げられてきたある男だけだ。ということなのかもしれない。

 

「にしてもどうやってあのジジイを説き伏せたんだ?」

「それはもちろん企業秘密というやつだ」

 

どっかの妖狐のような言い回しをするエヴァに少し呆れつつも。

 

『カナヅチで一発や♪』

 

などと偉い人からメールが届いたことで、そういうことなら……と、エックスに再生の続きをお願いするのであった。

 

そして、そんな啓太の様子……話しかけたくても中々話しかけるキッカケを掴めない三高女子が、いることに全く気付かないままに再度の映像の続きが夕食会の会場に映し出されるのであった。

 

 



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