真の実力はギリギリまで隠しているべきだったかもしれない (ちぇんそー娘)
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蹂躙は最高の恋のスパイス

 

 

 

 

 突然空から降ってきた某国が開発し、空輸されていた荷電粒子砲に押し潰される形で俺は人生を終えた。

 

 と思ったら、神様によってチートパワーを授けられてなんか魔法とかある感じの世界に転生した。幾らなんでも荷電粒子砲に潰されて死ぬのは可哀想だったかららしい。じゃあそもそも荷電粒子砲に潰されて死ぬ前に助けて欲しかったんだけど、チートパワーを使えば富、名声、力、女の全てが手に入るらしいので俺はとりあえず神様の靴を舐めることにした。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「という訳で俺はみんなからチヤホヤされて女の子にモテモテの勝ちまくりモテまくりな学園生活を送りたいんだけど、どうすればいいと思います?」

「童貞の見本市か?」

 

 神に選ばれし最強チート能力者であるこの俺が、ただの一言で精神に裁判になれば間違いなくて勝てるレベルの傷を負うことになった。さすがに今の一言は犯罪だろ。

 

「お前顔も能力もいいのに中身がほんと20年くらい童貞拗らせたみたいだよな」

「先輩俺の事嫌いなんですか? そんなに俺に死んで欲しいんですか?」

 

 俺の問に対して、特に返事することなく紅茶を啜りながら今日はいい天気だなぁ、と話を逸らしている先輩こと惟神(かむながら)カサネ。

 燃える炎のような鮮やかな赤髪を束ねて左肩の前に流す、所謂ルーズサイドテールにしている御歳17歳の美少女である。

 母親になったら死にそうな髪型してるけれど、言葉と同じくらい鋭い目付きとかを見るに120とかまで生きそうな生命力があるタイプである。

 

「それで、真面目に私に何を聞きたいんだハバキ。お前も来年からシーカ魔道学院の生徒だものな。心配事があって私を呼び寄せたのだろ?」

「さっき言った通り女の子にモテモテでみんなからチヤホヤされる学園生活を送りたいです」

「厨二病拗らせた陰キャ童貞か?」

 

 さすがはシーカ魔道学院生徒会会計にして学年成績順位では常に1位らしいカサネ先輩。オブラートの欠片も無い言葉で現年齢14歳の俺の心を完全に抉りとってきた。マジで俺じゃなきゃ致命傷受けて遺族が裁判起こすレベルだぞこれ? 

 

 しかし冗談などではなく、これが俺の本音なのだ。

 男に生まれたからには誰だって、いや女の子だって思うはずだ。

 

 圧倒的な才能とパゥワーで頂点に君臨し、異性にモテモテ引っ張りだこの勝ちまくりモテまくりの人生を送りたい、と。俺は送りたいと思う。

 

 この世界に生まれて14年。

 生まれてすぐの時はちょっとした災害で両親を失い途方に暮れていたが、たまたま今の義理の両親に見つけてもらいここまで元気に育った俺こと、惟神ハバキはもうめちゃくちゃにモテたいのだ。

 

 その為に、魔道学院で才能と顔の良さでブイブイ言わせてるらしい義姉にして先輩になるカサネ先輩にこうして土下座で頼み込んでいる。

 

「お願いします先輩! 俺モテたいんです! 彼女とか出来れば5人は欲しいし、男からは嫉妬か羨望の目で見られたいんです!」

「養子縁組ってどうやって解除できたっけな」

「ちょっと待って、さすがに義父さん達に言いつけるのはやめてくださいマジで、学校通えなくなっちゃう」

「お前みたいなのが学院に来ること自体恥なんだが? なんで試験落ちなかったの?」

 

 義理の弟にして未来の後輩に対する発言じゃないだろそれ。

 まぁ俺は神様からチートを貰ってるし、ぶっちゃけそれはほぼ関係ないけどこれでも20と数年の人生の経験が頭の中にある。小さい時から怠けずに勉強をしておけば、お受験なんてマジでちょっと心が折れて、当日全然解けた気がしなくて、合格発表まで受かってる気がしなくてろくに飯が胃に通らないくらいの感覚で過ごすだけでちょちょいのチョイで合格できるんだよな。

 

「まぁ……内容はアレだが志を持つことはいい事だと思うぞ。うん、内容はどうあれ、頂点を目指すのは我が惟神家の家訓だからな」

「『強いものに従え、従いたくないなら強くなれ』。俺も覚えましたよ、改めて聞いたら野生のイノシシでももうちょっと理性的な家訓作りそうですけどね」

「何を言う。イノシシは家訓なんて考えられないから私達の方が賢い」

「野生動物に対してそのマウントの取り方ってもう負けじゃないですか?」

 

 俺を拾ってくれた惟神の家は中々にファンキーな家訓と思考をお持ちで、例に漏れず先輩もファンキーゴリラベイビーズである。

 

「とにかく教えてくださいよお姉様〜! 簡単に楽して女の子にモテてみんなから尊敬される人間になれる方法を」

「そういう発言する人間が尊敬されると思うか?」

「靴でもなんでも舐めますから!」

「惟神の人間がそんな簡単に服従をするな! あと靴をマジで舐めてくるやつとか嫌だろ普通!」

 

 実家に帰ってくるだけなのに、何故かおめかし用のハイヒールを履いているカサネ先輩が足でシッシッと俺を追い払う。

 でも、靴を舐めようとするとかそんな漫画でしか見た事がないような服従の意志、逆に見てみたくないかな? 

 

「全く……だいたい、お前はモテなんかしなくてもお父様とお母様の意向で、貰い手がいなければ最終的には……その、私と……だろ? それともなんだ? 私は嫌か?」

「何言ってるんですかカサネ先輩。先輩はめちゃくちゃ美人ですけど、それはそれとして女の子にはモテればモテるほど良く、男は女の子にモテることで磨かれるんです。惟神の男として、いつかこの家を継ぐときに恥ずかしい男にならないためにも、俺は学院で多くの女の子にモテたいんですよ」

「お前さっき欲望丸出しなこと言ってなかったか?」

「男は過去を省みてはいけないんです」

 

 そうかなぁ、と頭を悩ませてそうかも……とカサネ先輩は何とか納得してくれたようだった。割とこの人チョロいところがあるから、義弟としては結構心配なところあるんだけれどこういう時は説得しやすくて助かるね。

 この世界では一夫多妻制はある程度認められてるところもあるので、ハーレムを築くこと自体は価値観的にそこまでおかしいことでもない。

 

「……まぁ、そうだな。私ももしお前と結婚することになった時にお前が私に釣り合わないなんてことになったら困るし、アドバイスしてやろう」

「ありがとうございます! カサネ先輩大好き!」

「その先輩っての、学院に入ったらそれでいいが家にいる時くらい姉さんって呼んでくれ。なんかムズムズする」

 

 フッ、と笑ってティーカップを置いたカサネ先輩の顔に曇りはなく、なんやかんやで俺の言うことに納得して協力してくれるようだった。

 いやいいのか? 俺としてはこれでいいのだが、義姉がこんな妄言に引っかかって簡単に協力とかしてるとなるとさすがに心配になるんだけど。

 

 まぁそれはそれとしてマジでモテたいし力は借りよう。

 カサネ先輩はかなりの数の男子に告白されてると風の噂で聞いたからな。何故か全部断ってるらしいけど。勿体ない。

 

「じゃあ姉さん、異性にモテるためには何したらいいですか?」

「全員殴り倒せ」

「蛮族の成人の儀か何かで?」

 

 モテモテの女子の口から飛び出したとは思えない言葉すぎて思わず反射で答えたけれど仕方なく無いか? 

 俺の事童貞だの陰キャだの言ってなんか真面目な雰囲気出してたくせにいざこうなったら全員殴り倒せはもうキャラが違うだろ。真面目な生徒会役員ポジションの美少女の口から出ていい言葉じゃないんだよ。

 

「でも私モテてるぞ。結局異性なんて強くて顔が良くていい感じの遺伝子持ってそうな相手にホイホイついていくもんだ」

「生物学的な本能について聞いてるんじゃなくて生理学的な好悪について聞いてるんですよ」

「小手先の感情なんてパワーで捩じ伏せろ。お前だって、なんかすごいパワーで誰にも負けないやつとかそれなりにかっこいいと思うだろ?」

 

 うーん……確かに、言われてみればそうかもしれない。どんな奴と戦っても負けないってシンプルにかっこいいって面はあるしな。強さが尊ばれるシーカ魔道学院では更に効果があるかもしれないし。

 

「私の時は、入学式でとりあえず全員に勝負ふっかけて全員ボコボコにしたな。そうしたら次の日にはみんな私に抱かれたいって殺到してきてたぞ」

「学院の生徒ってもしかしてみんな野生動物なんですかね?」

「お前由緒正しきシーカ魔道学院に対して失礼だぞ」

 

 でもそうなのかな? 

 俺はこの世界で14年間生きてきたけど、魔術について以外は実はあまり外に出たことがなくて知らないことも多いし、初めからこの世界の価値観で育ち、俺よりもこの世界では長く生きているカサネ先輩の言うことの方が正しいのかもしれない。

 特にモテるというのは、自分中心ではなく相手の気持ちになることが大切だろう。ここは大人しくこの世界の女子であるカサネ先輩の言うことを聞くのが……いい……のかなぁ? 本当にこれでいいのかな? 

 

「分かり、ました。とりあえずやれるだけやって見ますね」

「あぁ、お前の晴れ舞台楽しみにしてるぞ。ところで……今日の私の服についてどう思う?」

「え、おめかししてて可愛いと思いますよ。でもなんで実家に帰ってくるだけなのにそんな感じなんです?」

「うん、お前モテないよ」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「オラァァァァァァァ!!! 全身脳ミソの軟弱細胞共が! 全員纏めてかかってこいやァァァァ!!!」

 

 

 カサネ先輩が用意してくれた原稿を一言一句間違えずに真剣に心を込めて読む。結果として力こそが正義としか考えていない悲しき悪役の叫びのような俺の声がシーカ魔道学院の入学式会場に轟いた。

 

「何貴方? 煩いし生意気だし、消えていただけないかしら?」

 

 ある新入生の女子生徒が、そう口にして。

 次の瞬間には、もうそこは入学式会場ではなく戦場だった。

 新入生のほぼ全員からの攻撃術式、意識波動、視線の全てが俺に集中して空間がねじ曲がる程の魔力が個人を滅ぼす為に放たれ──────。

 

 

 

 

 

「……聞こえなかったのか? 三下共。全員纏めて、筋繊維みたいに力を合わせてかかって来いって言ってるんだよ」

 

 

 

 

 骨まで焼き尽くす業火。

 命を凍てつかせる極低温。

 神威の如き光の柱。

 数多のエネルギー、極彩色の破壊の全てを受けて、その上で俺は(カサネ先輩の用意した原稿に従って)告げた。

 

 お前達の攻撃では俺は傷つけられない。

 お前達の力では俺には未だ届かない。

 

 だから挑んでみろ、超えてみろ、と。

 言葉にすることなく、魔術には魔術を以て、今しがた俺に向けられた大量の術式、その全てを()()()()()()()()()を見せつけることで体現する。

 

 

「俺に従うか、俺に勝つか。選びな」

 

 

 もうやけくそ気味にカサネ先輩の用意した原稿を最後まで丁寧に読んでから、原稿用紙を投げ捨て光線で焼き払う。

 それが開戦の合図とでも言わんばかりに、再び俺に向けての総攻撃が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……格が、次元が、何もかもが違いすぎる。なんだ、なんだこれは? アイツら、なんなんだ……?」

 

 1人の生徒が絶望していた。

 己の実力を信じ、努力し、輝かしい未来を夢見てこのシーカ魔道学院に入学し、その一日目にして心が折られた。自らが研鑽を続けても永遠に到達しえない極地を見せられ、彼は羨望や嫉妬すら感じることなく、ただ恐怖した。

 

「なるほど……これが『極点』か。面白い」

 

 1人の生徒が笑っていた。

 戦闘には参加せず、遠くからその様子を眺めていた彼はショーウィンドウの中のトランペットを見つめる子供のように瞳を輝かせ、瓦礫の中で傷一つなく頂点に居座る男だけを目に映していた。

 

「……すごい」

 

 1人の生徒が希望を持った。

 完敗し、完膚無きまでに打ちのめされた。己の魔術の全てが一方的に打ち消され、術式の完成度、詠唱と構築の速さ、何から何まで敗北し、だからこそ彼は折れなかった。到達するべき目標を見つけ、彼は折れるのではなく己を奮い立たせていた。

 

 

 そして、そして。

 多くのものは最初の1人のように恐怖に呑まれていた。

 

 稲妻の如き金の髪をかき上げながら、『頂点』は全てを見下ろしていた。視線を向けられただけであるものは意識を失ったフリをし、あるものは本当に意識を失い、あるものは半狂乱になりながらその場から逃げ去ろうとした。

 意思の強いものだけが、何とかその視線に耐えて睨み返すことが出来た。そして、その強さに免じてと言わんばかりに彼は息を吐くように笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふっっっっっっっざけんなよバカ義姉。

 なーにがすぐにモテモテだよ。もうみんなドン引きだよ。モテモテの対極みたいなことになってるじゃねぇか。

 

 何人か可愛い女の子いるなーって目を向けただけでその子達気絶するフリしたりマジで気絶したり泣きながら逃げちゃってるし。

 そうしない子も女の子はほとんどみんな敵意剥き出しにするなり負けを認めてか良い笑顔してたりするだけで誰も俺に近寄ってくれないんだけど。目を向けたら一歩下がられて警戒されてるんだけど。

 

 もっとこう……囲まれて黄色い歓声を浴びたかったんだよ。そう思って遠くに姿の見えるカサネ先輩に目を向けると得意げに親指を立ててるし。なんであの人あんな誇らしげな顔できるんだ? どう見たって悲惨な戦場でしかないだろ。

 

 男子の方も俺に羨望とか嫉妬とか向けてくるやつ全然いないしさぁ。

 何がこれが『極点』か、だよ。

 脳筋の極点は向こうで満足気に親指たててるバカ姉なのでお願いだからそっちに行ってくれ。俺をおもしれー男……みたいな目で見るな。おもしれーのは俺じゃなくて向こうの義姉なんですよ。

 

 もうヤダヤダヤダ。こんなのどうしろってんだよってなって頭を抱えて蹲りたくなってふと視線を下に向けると、足元に転がってた女の子と目が合った。よく見れば、最初に俺に消えていただけないかしら? とか言ってきて攻撃も最初にぶち込んできた女の子だった。

 

「…………」

「…………へへっ、生意気なこと言ってすいませんでした。あ、靴汚れてますね。舐めて綺麗にしますか?」

 

 そう言って、女の子は女の子が絶対にしちゃいけないタイプの顔をして俺の靴を舐めようとしてきたので静かに足を引いた。

 

 見たくなかった……自分に自信がありそうなお嬢様がマジで完膚無きまでに折れて自分から相手に服従する姿とか、そういう尊厳破壊はマジで見たくなかった! 

 

 脳が破壊されそうになる感覚に耐えながら、もう一度一応何かの確認のためにカサネ先輩に目を向ける。めっちゃ誇らしげにサムズアップしてる。一発くらい殴っても許されないかな? 

 

 

 

「惟神……あの惟神家!? ひぃっ……」

「惟神ハバキ……覚えたぞ」

「ハバキか、おもしれぇ男……」

「惟神ハバキ、それが彼の……」

「へへへ……マジで靴とか舐めますかハバキさん?」

 

 

 

 拝啓、前世のお父様お母様、そして今世の天国のお父様お母様。

 僕は元気でやっています。ちょっと元気すぎるくらいですのでどうか心配しないでください。

 

 そして惟神の家のお義父様お義母様。

 とりあえず娘の教育方針を変えた方がいいと思います。お陰様で、貴方達の義息子は明日から学生が学生生活で得るもの九割が欠落した学生生活が始まりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









・惟神 ハバキ
ハーレム願望と肉体年齢の厨二病の再発で童貞をこじらせてしまった子。だいたい義姉のせい。

・惟神 カサネ
ハバキの義姉。赤髪ルーズサイドテールのつり目美少女。背が高く腕っ節も強くモテモテ。脳筋。




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理解らせは閃光のように






チートハーレム何もわからないで頑張ってるので面白かったら感想とか評価で褒めてください。






 

 

 

 

 

「はーい、それじゃあ実習訓練をしますので2人組を作ってくださいね〜。初めての人もいると思うので、実力とか気にせず同じ学年の仲間と交流を深めるつもりで」

 

 悪魔のような単語を先生が口にし、クラスメイト達の視線が一斉に俺へと向けられる。

 

「おいあれ……」

「あれが噂の……」

「惟神家の……」

「マジ? 女の子を自分の部屋に監禁して調教してるらしいあの?」

 

 そして向けるだけ向けてみんなザワザワと距離を取りながら各々で2人組を作っていく。なんだよ俺とは遊びだったのかよ。期待だけさせやがって。

 

 

 

 カサネ先輩のクソボケ脳筋ゴリラモテモテ必勝法で見事なまでに学院デビューを失敗した結果、俺は今に至るまでほぼ誰にも話しかけられない学院生活を送る羽目になっていた。

 ちなみに話しかけてくるのはだいたいカサネ先輩で、それも一言だけ「モテモテ?」とニヤニヤと大成功みたいな顔をして話しかけてくるので血管がぶち切れそうになる。何をどう見たらモテモテに見えるんだよ。半径5mに近づいただけで俺の気配を察知して女子が逃げ惑うんだよ。

 

「へっ、アイツちょっと強いからって調子に乗っていけすかねぇっすね。俺、アイツと組んでけちょんけちょんにして化けの皮を剥いでやるっす!」

 

 と、そんな俺に近づいてくる三下感あふれる口調のやつが一人現れた。

 もうこの際誰でもいいよ。頼むから先生が2人組を作ってと言ってからあ……って顔して俺の方を心配そうにチラチラ見ているこの現状から解放されたい。

 

「待て、お前はいつも感情的に動き過ぎる」

「兄貴! でもアイツ、なんかムカつきますよ!」

「それもアイツの策略だろう。あのハバキという男、敢えて不遜な態度を取ることで相手の冷静さを奪い、最初から勝負を有利に運ぼうとしているに違いない」

「なっ、あんなに強いのにそこまで考えてるんすか!? 抜かりねぇ!」

「ああ。下手に挑めばまた返り討ちにあうだけだ。ここは様子見をしつつ俺達は2人で組んでおこう」

 

 あの……深読みやめてもらっていいですかね? 

 兄貴くんと舎弟くんの声がでかいものだから、またみんなが一歩俺から距離を置いてきて、先生が一歩俺に近づいて来ちゃったしさ。

 もう「じゃあハバキくんは先生と組みましょうか」という死刑宣告に等しい言葉をかけられるまで秒読としか思えねぇ。

 

 

「あらあら、もしかして貴方組む方がいらっしゃらないのかしら?」

 

 

 そんな俺に対して、間違いなく俺に対してだ。1人の女子生徒が声をかけてきた。

 桃色のツインテールと瑞々しい果実のような蒼色の瞳が特徴的な、10人いたら10人が美少女と答えるような、もう美少女としか言いようがない美少女だった。

 

「なんだか知らないけれど貴方調子に乗ってるらしいわね。ならこの私、道祖(さえの)ハツネがボコボコにして差し上げる!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 道祖家と言えば、この国では知らないものはいない名家だ。

 このシーカ魔道学院を事実上運営する魔導九家の1つであり、代々優秀な雷属性使いを排出している家。そしてその現当主の一人娘こそが彼女、道祖ハツネだ。

 

 彼女の噂は俺もよく聞いている。

 顔と能力と家柄以外何もかも最悪の性格ブスとか、身長が低いから常に高所から誰かを見下ろしてる低所恐怖症とか、メスガキとか。まぁこの噂の数々でわかる通りろくな性格をしていない。

 家柄と能力にかまけて他者を見下す、典型的な嫌なお嬢様って感じのやつだ。そして趣味は肉弾戦で相手をいたぶること。これでドSであり実際優秀なのだから手が付けられない。

 

 どれくらい自分勝手かと言うと、聞いた話によれば面倒という理由だけで入学式をバックれていたらしい。

 つまり俺の前評判を知らずに、周りから聞いたとしても色眼鏡をかけずに普通に、いつも通り他者に接するように見下してくれてるのだ。

 

「え……やばい、好きになっちゃう」

「これからボコボコにされることに興奮してるなんて相当なドMみたいね! 立場の差を理解(わか)った後なら台座くらいになら使ってやるわよ!」

 

 奇跡的に会話が成立しつつ、俺は周囲に目を向ける。

 授業中に今から決闘を始める、みたいな雰囲気になったにもかかわらず先生は何も言えずに固まってしまってる。余程ハツネが恐ろしいのだろう。

 実際噂に聞いただけでも、入学前から下手な卒業生をボコボコにしてプライドをへし折ったこともあるくらいの天才らしいし、ご令嬢様ともなると雇われ人である先生は強く出れないだろう。

 

「貴方、入学式でザコ達相手にイキリ散らして調子に乗ってるらしいじゃない」

「はい!」

「なんかやけに素直に認めるわね……。まぁいいわ! そのねじ曲がった根性をこの私が本物の力というもので矯正してあげる」

 

 顔だけはいいのでついつい元気に返答してしまったが、なかなかにひねくれたことを言いながらハツネは片手に付けていた手袋を天に向けて放り投げた。

 

 あー、そういえばカサネ先輩が前になんか言ってたな。

 学院では己の手袋を天に向かって投げて、相手がそれが地面に落ちるのを見届けたら決闘成立だって。

 

 そんな風に思い返していたら、ハツネの紺色の手袋が地面に落ちてしまった。

 

 

春雷(thunder)不覚暁(bloom)

 

 

 間髪入れず、二節詠唱からの桜色の雷撃が飛んでくるのを察知して俺は防御術式を展開した。

 

「あら、やるじゃない。噂程度の実力はあるって事かしら?」

 

 防がれたにしては余裕のある表情のハツネ。

 二節詠唱をここまでの速度で繰り出してくるのは結構高等技術で、言うなれば銃の早撃ちのようなものなのだがここまでの速度となるとかなりやばい。さすがに冷や汗が伝ってくるくらいにはやばかった。SNSにこの早撃ち技術で風船とか割ってるところ上げたらバズるくらいにはかなりの技術だ。

 

「まぁ、小手調べですしね。逃げ惑って不様に踊り狂いなさい! 春雷(thunder)春雷(thunder)

 

 間髪を入れずに雷撃を放つハツネ。

 これが噂に聞く春雷。通常の雷属性の一節と言えば雷撃(thunder)なのだが、道祖家は改造された独自詠唱であるこれを使う。

 速さに性能を割り振り、命中精度や火力を犠牲にしているはっきりいって『使いにくい』術式なのだが、使い手が相応の実力があるならば話は違う。

 

「ほらほら! 守ってばっかりじゃ勝てないわよ? それとも何かしら? 自尊心が膨れ上がりすぎて太って動けないの? かわいそぉ〜! ブーブー泣いて謝ればやめてあげなくもないわよ?」

 

 めちゃくちゃに煽りを言ってくるが、実はマジで動けないのである。

 俺のチート能力は、端的に言えば『めちゃくちゃ魔力が多い』ことである。だから防御術式の硬度も尋常じゃないし、身体強化で得られる恩恵も大きいし、初級の一節詠唱とかを「今のはメラゾーマでは無い」みたいなことが出来る。

 

 でも……これはちょっと速すぎる。防御を解いた瞬間に被弾してそのまま流れるように崩されるイメージしかできない。

 メスガキのくせにマジで強いとか反則だろ。メスガキは負けるものだろ! 

 

 しかしこれはある意味好都合かもしれない。

 ハツネは実際に実力者であり、彼女に負けるならそこまで違和感もないだろう。多少彼女に付きまとわれて面倒なことになりそうだが、現状の最強すぎて誰も近づいてくれない状況よりは、彼女に負けた方がいい感じに……。

 

 

「兄貴、アイツなんで反撃しないんすか?」

「様子を伺っているんだろうな。道祖の雷撃の速さはそれだけに目を当てれば既に敵う者はいない」

「そ、そんな! じゃあアイツ負けるんすか!? アイツもムカつきますけど、道祖はもっとムカつきますよ」

「ふん……ここで負けるならその程度のやつだ。入学式での大言壮語も世間知らずなだけということになる……それに、道祖はヤツの実力に気がついていない様子だったからな。勝負は見えている」

「な、なるほど? ウォー! 道祖のやつをボコボコにしちまえ惟神ー!」

 

 

 兄貴さん何勝手に信じてるの? 俺達話したことないよね? そんな簡単に人を信じない方がいいよ? 

 

 観客達の話し声に耳を傾けてみたが、ハツネの普段の素行が悪すぎる故かほぼみんながハツネがボコボコに負けることを望んでいる節がある。

 ハツネさんもう少し周りを省みて行動とか出来ないのかなぁ。おかげでこれ、負けちゃいけない戦いになっちゃったじゃん。

 

 多分ここで負けたらみんなめちゃくちゃガッカリする。あれだけ入学式でイキっておいてこの程度かよみたいな扱いになる。

 つまり入学式で暴れた時点で詰みだったってことかよ。なんてことしてくれたんだあのバカ義姉。

 

 いや、まだ諦めるには早いはずだ。

 ここでハツネを鮮やかに倒せば、ハツネがヘイトを背負ってくれている分俺は一躍ヒーローになって、ハツネからいじめられてたからやつとかから好感度爆上がり、一気にモテモテハーレムのルートがあるんじゃないか? 

 

 よし、それでいこう。ひとまず、このメスガキを理解(わか)らせる。

 

 

「…………何よ、つまんない。いい加減引きこもってないで大人しくやられろ! 大体なによその防御の硬さ! ノロマで引きこもりとか亀から可愛さ抜いたみたいな気持ち悪ぃ戦い方してるんじゃねぇわよ!」

 

 

 性格からわかっていたことだが、動き回りもせずに防御で凌ごうとしていた俺に痺れを切らしたのか、ハツネは口調を荒らげて遠距離からの射撃戦から中距離での火力戦に切り替えるように詠唱を変えた。

 

 

春雷(thunder)不覚防(break)処処(execution)喚哭(scream)!」

 

 

 だが、頭に血が上ったからかそれとも彼女生来の性格か。

 詠唱速度と威力を両立させた三節詠唱ではなく、四節詠唱で防御を貫く構え。その一瞬の隙に、俺は自らに可能な身体強化の全てを施して、跳ぶ。

 

「ッ!? 速ッ──────」

光芒(shine)

 

 すれ違いざまに彼女の頭上から、髪を掠める程度に光線を放つ。地面に突き立てられた光の杭。髪の毛がほんの少し焼ける匂い。さすがに、誰がどう見ても今の一瞬で本来なら勝負がついていたことは明白だろう。

 

 

 

「……さすがだよ、僕の『極点』」

 

 

 

 誰かが一言声を漏らし、観客である生徒たちが沸き上がった。

 うん、とりあえず盛り上げてくれたことはお礼を言うけど今の誰? 僕の、とか言われても誰だか知らないしだからその『極点』って呼び方何? 

 

 ハツネもさすがに本当ならその光の杭が自分の体を貫いていたかもしれないことはわかっているのか、何も言わず拳を強く握り締めているだけだった。

 クラスメイト達は嫌な奴が見事に負けてスカッとしたのか、心做しか先程までよりも俺に対する目がフレンドリーになってる気がする。どうやら、俺の作戦は大成功らしい。

 

 

「……認めない。認めないわよ。私、本気じゃないし。本気でやったら、私は誰にも負けない。負けちゃいけない、負けられないんだから」

 

 

 だが、道祖ハツネという人間の負けず嫌いっぷりを俺はどうやら甘く見ていたようだ。

 手の皮が裂けて血が流れ出すほどに強く握りこまれた手を開き、彼女はある詠唱を始めた。

 

 

「──────魔導錬成」

「……は? おま、ちょっと待って!」

 

 

 とんでもない単語を聞いて、さすがに俺は止めようとした。だが、俺からの制止なんて逆効果と言わんばかりに彼女は詠唱の速度を上げる。

 

春雷(thunder)不覚境(chaos)処処(execution)喚哭(scream)

 

 先程までの感情の籠ったものではなく淡々と、ゴミを処分するかのように無機質に、無感動に詠唱が紡がれる。既に彼女の周囲には雷鳴が渦巻き、俺が咄嗟に行えたのはそれが周囲の誰かを傷つけないように防御術式を展開することだった。

 

夜は来たり(sky hide)雷雨は主を称え(gaia tear)露花の様に頭を垂れよ(slash of neck)

 

 七節の詠唱を完遂し、暗雲の向こうでハツネの手の内に一振の剣が出現する。

 

「──────理解させてあげる。私をコケにしたその罪を、この『桜雷』で!」

 

 

 おいおいおいおいおいおいおいおい!!! 

 マジでこのお嬢様とんでもねぇ性格してやがる! 

 

 魔導錬成は、一言で纏めれば魔術の一つの到達点、奥義と言い替えてもいい。

 術式そのものを現物質として形を持って出現させ、意思に応じて術式を発動させる強力な武器に変質させる。

 もちろん簡単に出来ることではなく、天才と呼ばれるような術者が何年もかけて己の魔力と術式の安定する形を探して、ようやく短剣1本の形で出現させられる程。

 

 だが、それに見合うだけの力を誇りそれだけでも魔導錬成を修得したものは、修得してないものと天と地ほどの実力差が生まれ、周囲からの扱いもこれを修得したものは個人ではなく兵器として数えられる。

 

 

 とにかく一つ言えるのは、魔導学院の1年生が本来なら使えるものじゃないし、使えたとしても授業中に使うような代物じゃないってこと。

 

 

「内臓ぶちまけて、豚みたいに呻きなさい!」

 

 

 剣の一振に合わせて雷が周囲を焼きながら切り裂き、動きに合わせて小さな氷の槍が幾つも俺に向けて放たれる。あの剣そのものが術式であり、あの剣を振るうことで詠唱を省略して術式の効果を発揮させる。

 怒りで我を忘れたように見えて、しっかり雷と氷の複合とかいう高等技術をこなしてるのが腹立つ。才能に対して人格がついていけて無さすぎだろ。

 

 しかしこれはまずい。

 このままだと俺だけではなく周囲のやつにも被害が出るし、原因は9割ハツネ本人であるが、1割くらいは俺にもある。というか、人間の感情的に俺のせいだと思うやつも出てくる。

 

 さすがにそれは俺としても嫌だし、ここまで周囲を考えてないとなるとさすがに性格が悪いで済ませるには度が過ぎている。

 

 

「ほら、逃げ惑いなさい! 恐怖しなさい! 私を見下ろさず、見下ろされろ!」

「──────光芒(shine)

 

 

 だから、魔力を込めた。

 チートとしか言いようのない俺の魔力を、一節詠唱の限界まで込めて、放つ。

 暴風雨の具現化、天災の降臨たるハツネの錬成術式『桜雷』に向けて、俺は光の一撃をぶちかます。

 

 

「うそ……なんで」

 

 

 空を覆う曇天のような、雷を纏った暗雲の津波が切り裂かれる。複雑で多彩で高度な術式、編み込まれた芸術品のようなソレをただの一筋の光が貫いた。

 通った後には雷は無く、雹は無く、刀身を貫かれへし折れたハツネの剣は、春の夢であったかのように霧散した。

 

 何が起きたか分からない、と言わんばかりに目を白黒させている。

 

「おい」

「ひっ、いやっ」

理解(わか)ったか? 俺とお前の力の差を。二度とこんな真似はするな」

「え。あ、あ……」

魔導錬成(その力)は無闇に人を傷つけるものじゃない」

 

 ペタン、とその場に座り込んで放心状態になってしまったハツネ。

 いやさすがにこれはやりすぎだからね。こんな周囲に人がいる中で魔導錬成は下手したら人が死ぬので、こればっかりは笑い事で済ませていいことではない。

 

 騒ぎを聞き付けて遠くから喧騒が聞こえてくる中で、俺は明らかに俺を見る目が変わったクラスメイトからの視線を受けて、内心かっこよく決まったんじゃないかとガッツポーズをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「さすがですぜハバキさん! 今度から兄貴2号って呼んでいいっすか? あ、オイラはシャッティっす!」

「俺はアニキスだ。まさか魔導錬成を一節詠唱で真っ向から打ち砕くなんてな。さすがは俺の見込んだ男だ」

「ふっ、おもしれー極点……」

 

 

 違うんだよなぁ!? 

 こうじゃない、俺が求めているのはこの野太い歓声ではなくもっと鈴の音のようなものなんだよ。俺を取り囲む3人の男に気圧されてか、それとも普通に俺に近づきたくないのか女子達はみんな距離置いてるし。

 そしておもしれー極点って言ってる奴はマジで誰なんだよ。名前くらい名乗れ。

 

 いや、まぁ半分くらい夢は叶ってるよ? 誰も近づいてくれないよりは全然いいけれど……人選! もっと可愛い女の子とかさ!? 

 シャッティはよく見ると可愛い顔してるけれど喋り方が舎弟すぎるし、アニキスは普通にガタイが良すぎるし目に傷があるスキンヘッドで人相ヤバすぎるし、おもしれーくんはロン毛とマスクで顔がよくわからん。多分全員男だしよ。

 

「あれだけの力を見せつけられたら、少なくとも目の前で見ていたやつは誰もお前に立ち向かおうなんて思えないだろうな。さすがの俺も現状勝ち目がないと思い知ったさ」

「女子とか普通に強すぎてドン引きしてましたっすね!」

 

 そっかぁ……さすがにやりすぎたか。

 でもあそこで止めてなきゃとんでもない被害出てただろうし、納得いかねぇ……。なんやかんやで守ってやったんだからもっとチヤホヤされたい……。

 

 そんな俺の感情を読み取ってなのか、励ますようにおもしれーくんはポン、と肩に手を置いて。

 

 

「ふっ、おもしれー状況」

「煽ってんのかテメェ?」

 

 

 

 男3人に囲まれながら、俺は普通に泣いた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 自分の力で言うことを聞かせられない相手なんて初めてだった。

 生意気なことを言うなら大人であろうとも無理やり言うことを聞かせてきたし、ムカつくやつは誰であろうとぶちのめしてきた。

 

 なんでかと言われたら、そう生きろと言われたからだ。

 道祖家の人間は誰かに舐められてはいけない、見下されてはいけない、常に他者を食い物にして勝者にならなければいけない。

 

 それは当然のことで、疑問すら持ったことは無かった。常に誰かを見下し、勝者であった私を家の人はみんな褒めてくれた。

 だから自分の周りにいる人達が、私ではなく道祖家とのコネしか見てなくても我慢できた。私には、この家の名前さえあればそれでいいのだから。

 

 

「……ムカつく」

 

 

 さすがに授業中に魔導錬成はやりすぎた。懲罰房の中で私は惟神ハバキの顔を思い浮かべて、むしゃくしゃして壁を蹴っ飛ばした。

 

 言われなくたって悪いことだってくらいわかってんだよちくしょう。良くないことだって、誰も私を好きになってくれないなんてわかってる。でもこれしかやり方なんて知らないし、『それしか知らない可哀想な子』と思われることはもっともっと屈辱的だ。

 

 私の全て、『桜雷』すらたった一節の詠唱にぶち壊されて、今まで積み上げてきたものを一瞬で壊されて、人生の全てを否定されたかのような屈辱。屈辱、屈辱、屈辱……だよね? 

 

「え、あれ……? え?」

 

 屈辱の、はずなのに。

 何故か自分がにやけてることに気がついた。頬が熱い、胸が高鳴る。

 道祖家の、負けの許されない、失敗の許されないはずの私がなんで失敗して喜んでいるの? 

 

 そう考えれば考えるほど興奮してくる。

 思えばいつも私は『道祖』と言う名前を背負っていた。

 

 それがどうだろう? 

 彼は私を負かした瞬間、ゴミを見るような目で見下ろして他の有象無象、まるで私が道祖ハツネ(わたし)でないみたいに、軽蔑の目を向けて。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!? おかしい、おかしいおかしいおかしい!」

 

 でも思い返すと胸が高鳴る。

 ずっと両親の言うことを聞いて、生まれてこの方誰にも叱られたことの無い私をあろう事か上から目線で説教したあの生意気な男、私を負かした憎たらしい男。

 

 信じられない、この私が下に見られてる。負けて、負かされて、見下ろされて、周りから蔑みの目で見られて。

 また懲りずにアイツに挑んで徹底的に負かされて服とかも破られて泣くまでボコボコにされて手足とか折られちゃって靴を舐めるように強制されちゃったりして、絶対に敵わないって魂に刻み込まれて奴隷宣言とかさせられて。

 

 

「……興奮してるの、私?」

 

 

 

 え、なにこれ? 

 これってもしかして初恋、なの? 

 

 

 

 

 









・道祖ハツネ
人をイラつかせる天才。実際めちゃくちゃ優秀。ドMなだけ。

・惟神ハバキ
は?メスガキになんか負けないが?
おい、なんで、メスガキが……負けている……?もう自分が嫌なんだ……モテたい……俺を殺してくれ。





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先輩は高次の存在





ハーレムタグの力をようやく発揮すると思います。






 

 

 

「それで……ハバキはただ相手の危険性を省みて制圧しただけで、何もやましいことはしていない。ただ魔導錬成を一節詠唱で打ち破って道祖ハツネ(クソボケ自己中桃頭)を制圧したってことか」

「さっきからそう言ってるじゃないですか」

「お前が嘘言ってないのは義姉としてよーく知っている。じゃあこれ誰が信じるんだバカ」

 

 シーカ魔導学院生徒会会計である惟神カサネ先輩、俺の義姉である彼女は苛立たしそうに何やら長ったらしい文章の書かれた報告書をくしゃくしゃに丸めた。

 

「と言うかあのハツネのバカもバカだよ。負けたのが悔しいからって試合でもないのに魔導錬成使うなっての。おかげで私達の仕事が増えた」

「こういうのってマジで生徒会が仕事に駆り出されることとかあるんだ……」

「いいや、社会勉強のおままごとだよ。……これ、内申に関わるからお前も協力してくれよ?」

 

 貴重な昼休みをこうしてカサネ先輩と過ごすことになるとは。

 それ自体が嫌というより、あのハツネの野郎のせいで俺の自由な時間がなくなってるってのがちょっと嫌だった。

 

「お前ならできるとは思っていたが、まさか魔導錬成をそんな簡単に撃ち破るなんてな」

「先輩の教え方が良かったからですよ」

「私だって未熟な魔導錬成ですら三節詠唱は必要だバカ。お前がおかしいんだよ」

 

 俺はチート級の魔力がある、っていう前提だからわかるんだがこれに関してはカサネ先輩の言ってる事の方がおかしい。

 魔導錬成は魔術の最奥の一つであり、切り札、奥義の類の技術。

 対して三節詠唱は一般的には高速戦闘下で最低限の速度を維持しながら威力を最大まで維持する手法だ。それで人生をかけて生み出すような奥義を、特に多い訳でもない魔力量で実現するカサネ先輩は間違いなく今のシーカ魔導学院において最強の一角だろう。

 

「ま、こんな書類さっき言った通りおままごとだ。適当に処理しておくから、戻っていいぞ」

「え、こんな早く?」

「なんだ、私ともっと一緒にいたいのか?」

「てっきりもっと怒られるのかと……」

 

 冗談っぽく笑っていたもんだから俺も少し軽口を叩いてみたが、瞬間カサネ先輩は一気に不機嫌そうになりじっと俺の目を見つめたあと、大きなため息を吐いた。

 

「別に、お前が悪いことしてなければ怒らない。今回は結果的にクラスメイトを助けてるんだ。褒めて褒めて褒め殺してやることはあっても怒ることなんてないのになー」

「その手の動き、明らかに殺す動きじゃないですか?」

「これで死ぬ軟弱な鍛え方してる方が悪いんじゃないかー?」

 

 そう言いながら鉄材を拳でかき氷みたいに削り砕かんとするような手の動きに、どう対応すればいいのか分からずとりあえずハハハと笑う。

 カサネ先輩、一応義姉さんだからそれなりに気心は知ってるつもりなんだけれど、たまーにどうしても心の内がいまいち読めなくなる時があるんだよな。

 

 なんかちょっと、本物の家族じゃないということを実感して寂しくなる。

 

 そんな感傷に耽けっていたら、俺とカサネ先輩の二人きりの空き教室の扉が突然と開かれた。

 

「おい、今は私のリフレ……うわっ」

 

 うわっ、て言った。

 あの虫が出たら俺が悲鳴をあげた瞬間には部屋に駆けつけて害虫なら握りつぶし、そうでないなら手で掴んで外に放り投げるカサネ先輩が露骨に嫌そうな顔と声をするものだから一体どんな魑魅魍魎が入ってきたのかと俺も視線を向けると。

 

「よっすカサネちゃん。んでそっちが……噂の弟くんか」

 

 おっぱいだった。

 いや、女性に対してこれは失礼だ。しかしおっぱいだ。こればっかりはもう偽ることが出来ない。

 

 それは巨乳だった。

 制服の上からでもわかるほど大きく、服の生地が悲鳴をあげるほどの圧と張りにより美しい曲線を生み出し……いやもう言葉に表すのめんどくせぇや。

 制服が可哀想なくらいデカい。以上。

 

「こんにちは〜。私は御狐(みけつ) アラシだよ。3年生だから私が先輩だね、よろしくハバキくん」

「アッ、よろしくおねしゃす……」

 

 動きにくいという理由で長い髪の毛は基本的に纏めたり編み込んだりしてる生徒が多い中で濡羽のような黒髪を腰に届く程に伸ばしているアラシ先輩はなんだかとても新鮮で、あとあっていきなりめちゃくちゃ距離を詰めて手まで握ってきた。

 

 え、何この先輩? 

 なんかふわふわしてるし美人だし胸が大きいし距離が近いし、もしかして俺の事が好きなの? 

 

「何しに来たんだアラシ」

「んん〜? 可愛い後輩に唾付けに来たんですよ先輩〜」

「え、唾つけて貰えるんですか!?」

「お前は何喜んでるんだよ」

「比喩だよ〜。唾は衛生的に良くないからね」

 

 だって美少女の唾だし。いや、美少女でも唾は汚いな。でも付けられたいか付けられたくないかで言うと付けられたい。

 

 それにしてもアラシ先輩、御狐家か。

 御狐家と言えば魔導九家の1つであり、魔導の探求に全てを費やす変わり者にして、他者の家の魔導の秘密を暴くことを生業にしてる嫌われ者だ。

 カサネ先輩は入学前に『絶対に近づいちゃいけない人間』にこの家の人間を挙げてたけど、自分は仲良くしてるんだな。こんな美少女を俺から遠ざけようなんて一体なんのつもりなんだ殺生な。

 

「ん〜、私回りくどいの嫌いだから、単刀直入に言うね〜」

「なんなんだよ……私とハバキの時間を邪魔するならさっさと……」

 

 

 

「ハバキくん。私と結婚を前提にお付き合いして貰いたいな〜って」

 

 

 

 …………ふぅ。なるほどね。

 来ちまったみたいだな、モテ期。

 

「よろしくお願いしますアラシ先輩。いや、アラシさんって呼んだ方がいいですか?」

「おい待てハバキ。御狐はやめとけ」

 

 離してくださいカサネ先輩。もう俺にはこの人しかいないんです。俺のことを好きって言ってくれる人はこの人しかいないんです。

 

「お前、考え直せ! マジでコイツはやめとけ! と言うかそんな簡単に結婚を決めてるんじゃねぇよバカ!」

「じゃあどうしろっていうんですか! クラスの女子の間で俺の接近を感じ取れる探知術式がプチ流行していて感知した瞬間女子が逃げるか靴を舐めに来るかの二択になってるんですよ!?」

「……えっ、お前のクラスなんかの喜劇団なのか? 怖っ」

 

 お前お前お前ー! 

 お前のせいーって叫びそうになったけどカサネ先輩は先輩として、義姉として俺の為にやってくれた事だし、ハツネぶちのめして更にビビられるようになったのは俺だし、一瞬でも全てをカサネ先輩のせいにしようとした己を恥じて自らの頬を殴ろうとして。

 冷静に考えたらやっぱりまぁまぁこの人のせいだよな、と握りしめた拳は行き場を失って宙に解けた。

 

「俺の事を好きって言ってくれる女子。それだけでもういいんです。彼女5人とか高望みしないから、せめて会話ができてる女子を……」

「お願いだから考え直せ! なんだ? 好きって言えばいいのか!? 私もハバキのこと大好きだから!」

「あは〜? 私もハバキくんのこと大好きだよ〜? カサネ義姉さん顔真っ赤〜」

「テメェ次その呼び方したら私がここで魔導錬成するからな?」

 

 基本的に言動は荒いけれど滅多に声を……多分荒らげないカサネ先輩がこんなに慌てふためくとは。

 よっぽどカサネ先輩はアラシ先輩のことが嫌いなんだろうか。

 でもなぁ……アラシ先輩、俺の事好きって言ってくれるし。会話が通じるし、靴とか舐めてこないし。

 

「それじゃぁハバキくん、婚約者としてお願いするんだけど〜」

「なんですか? 命以外ならなんでも差し出しますよ?」

「えっ!? じゃあ睾丸頂戴!」

 

 姉さんが肩を叩いてきて、な? と言わんばかりに大きなため息を吐いた。

 いや、まだ聞き間違いかなんかの冗談かもしれない。そうと言ってくれ。

 

「さすがにそれは……あの、死んじゃう……」

「じゃあ心臓」

「殺傷性能上がってるんですけど」

 

 残念〜とまるで冗談でも言ったみたいに朗らかにニコニコと笑っているが、声色は欠片も冗談に聞こえない。え、なんで? 俺のこと好きじゃないの? 

 

「……あの、アラシ先輩。俺のどこが好きですか?」

「魔力が多くてぇ〜、魔導錬成を一節詠唱でぶち壊したっていうところ!」

「他は? 顔とか人格とか?」

「顔で人が好きかどうか変わるの? 人格なんて今日はじめてあったからわかんな〜い。…………でも、私は多分この学院で一番君を愛してるよ?」

 

 とても16の女子の口から飛び出すとは思えない言葉を、恋する乙女のように弾む口調で紡ぎながらアラシ先輩は間合いの掴めない不思議な歩調でいつの間にか俺の手首を掴んで壁際に追い詰めていた。

 俺自身、動かされた感覚なんて全くないのに。気がつけば所謂壁ドンをされ、視線を決して彼女から外せないようにと言わんばかりに顔を近づけ、鼓膜を直接震わせるように呟いた。

 

 

「私、君の力がだーいすきでとっても気になるから〜。君がその力を全部私に見せてくれるなら私も全部をあげる〜。……だからさ、一緒に全部知悉、しよ♡」

 

 

 判断力が鈍らされる。唇と脳が切り離されて、ただ肯定の意味の言葉を吐き出すだけの機械に、内側から改造されていくかのような甘い声。

 

 

 

「おい、私の義弟(ハバキ)にそれ以上ちょっかいかけるなら、可愛い後輩でも灰にするぞ?」

「あはぁ? もしかして嫉妬ですかぁ? 女の嫉妬ほど見苦しいものはないって、知ってますかぁ?」

「嫉妬じゃねぇよ。事実だ。ハバキは()()()()()()?」

 

 

 威圧するようにぶつかり合う二人の魔力で部屋の何処かからミシリと構造が歪む音が聞こえ、それを聞いたアラシ先輩は狩人のような妖艶な笑みをやめ、先程までの朗らかな表情に戻る。

 

「ごめんなさい〜。カサネ先輩がこんなに弟くん思いとか知らなかったんです〜。先輩、嫌いにならないで〜」

「嫌いになるか。お前は頭が良くて数少ないちゃんと仕事する後輩なんだから」

「わ〜い! カサネ先輩、ブラコンでちょっとキモイけど好き〜」

「やっぱぶっ殺しておこうかな」

 

 急に雰囲気が変わって、2人は俺そっちのけで抱き合ってなんだかイチャイチャし始めた。

 なに? 俺は一体何を見せられてるの? 

 

「じゃあね〜ハバキくん! 結婚の話は本気だから考えておいてね〜」

 

 そう言い残して、ふわふわの暴風雨のようなアラシ先輩は部屋を去っていき後には今日何度目か分からないカサネ先輩の大きな大きなため息が残された。

 

「……カサネ先輩、あの人なんなんですか?」

「3年の御狐アラシ。好きなものは才能のある人間。それ以外には一切興味のないロクデナシ。喜べ我が弟、お前のことがだーいすきな美少女だよ」

 

 ただし、お前の才能がな。と、カサネ先輩は残酷すぎる真実を付け足してきた。

 

 ……でもまぁ、俺のことが好きなのは事実なんだよね? 体目当てよりもタチが悪いけれど、一応俺に好意はあるんだよね? 

 

「ようやく、この学院に来てまともな女子と話せました」

「その、辛くなったらいつでも私に相談しろな?」

「精神が追い詰められてるとかじゃなくて事実を言っただけなので安心してください」

「それならいいんだが、頼むぞ。前も言ったけど、もう一度言っておくが、万が一お互い結婚相手が見つからなかった時は私達二人で……惟神家を守っていくことになるんだからな?」

 

 カサネ先輩はルーズサイドテールをもふもふと弄りながら、そっぽを向いて聞こえるか聞こえないかギリギリの声でそう口にした。

 

「俺はともかく、先輩……義姉さんは大丈夫でしょう」

「安心しろ。お前が相手が見つからなかったらいつでも貰ってやる。姉弟は助け合うものだからな」

「それって……でも俺がそんな余り物になる年齢の時義姉さんは……」

「いや私は顔も性格も良くて才知溢れる女性だからぶっちゃけいつからでもどうとでもなるから」

 

 モテる女の余裕とばかりの笑顔で、カサネ義姉さんは思いっきり俺を突き放してきやがった。

 

「でも気持ちは感謝しておきます。もしも失敗しても大丈夫って気持ちになりますんで」

 

 ハツネとかアラシ先輩とか、今のところ俺の周りにまともな女子がいないけれど、カサネ義姉さんがいると何となく大丈夫なんじゃないかって思えてくる。

 この世界の両親を失って、惟神の家に引き取られて不安だったり分からないことばかりだった俺を助けてくれたのもこの人だ。なんだかんだで、この世界で一番信用してる人と言っても過言ではない。

 

「失敗した時のことを考えたら勝てるものも勝てないぞ。惟神の男なら当たって砕けろ」

「既に入学式で1回爆散してるんですよ」

 

 やっぱダメかもしれないけれど、まぁやれるだけ頑張ってみよう。もうだいぶダメな気しかしないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アラシのやつは近づけないようにしておくか……。いや、アレでも優秀なやつだ。しかし要監視だな」

 

 惟神カサネは懐から取り出したメモ帳の、御狐アラシについて纏められた項目に幾つもチェックを入れ直し、最後に要警戒の文字を書き足した。

 

「どうしようもないやつだが、優しいやつだからな。悪い虫でも殺すことを選べないし、かと言ってそれはアイツの美点でもある」

 

 だから、本当にどうしようもない害虫を殺すのは己の役目である。

 元魔導()()の一つ、『守護』を司る惟神家の138代当主になる予定である惟神カサネは、既に己の守護の対象を決めていた。

 

 

「安心しろハバキ。私が必ず、お前を幸せにしてやる。私の人生の全てを賭けて、お前をモテモテに……モテモテに……」

 

 

 姉とは弟の人生の道標となり、助けとなるもの。

 幼い頃、突然できた弟。武骨で男勝りで強さと凛々しさで惚れられるばかりのこの猪女を可愛いと言ってくれた、もっと可愛らしい弟。その幸せの為ならば、己の全てを──────。

 

 

「うぅ……やだー! 絶対お婿になんてくれてやらない! ハバキにはハーレムを楽しんでもらった上で私のお婿さんになってもらうんだー!」

 

 

 惟神カサネは17歳の少女である。

 完璧でありたいお年頃。それでも少女とはいつだって矛盾している。凛々しい姉の人格と極度のブラコンの人格はいつだってお互いを殴り合いながらも、惟神カサネは今日も総合的には良い人良い姉で収まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 








チーレム杯期間中に終わらせるつもりが終わる気がしなかったので更新頻度をばべべべします。




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同級生はかしましい





更新速度を上げてけ!

あと義姉つっよ。






 

 

 

 

 食堂での食事は実は結構好きだ。

 最近気がついたのだが、俺の噂というか悪名は同級生には近づいたら気絶されるレベルであるが、上級生からしたらそこまで恐れるものでもないのか、それともカサネ先輩とかアラシ先輩とかみたいなのがいるから慣れてるのか、常に混んでる学食では俺の周囲に1年女子が座らないのを利用して先輩とかが座ってくれるのだ。

 

「いつも場所取りありがとなハバキ。お前のこの領域便利だよな」

「おかげでオイラたちいつも座れるっす! いやー、ありがたやありがたや」

「お前達が嬉しいなら、俺も嬉しいよ……うん」

 

 昔カサネ先輩が言っていた。どんな力も使い方次第なんだと。たとえどれだけ邪悪で恐ろしい力も、振るう人間が健全な意志と全てを破壊する握力があればそんなものに頼らずとも全てを破壊できると。何言ってんだあの人。

 とにかく、多分カサネ先輩はこういう時のことを想定していたのだろう。多分。

 

「あれ、おもしれーくんは今日居ないのか?」

「おもしれーくんは今日は弁当っすね。今朝荷物が少し多かったっすから」

「シャッティすげぇよな。マジでよく見てるわ」

「へへっ、オイラ記憶力がいいんすよね」

「シャッティは昔から記憶力が凄くてな。ここの入試も前日に全部詰め込んだんだ」

「それは褒められることじゃないよな?」

 

 なんて他愛ない会話をしつつ、俺達3人はどっ、と一斉に笑った。

 初めは男3人に囲まれても嬉しくないぜって感じだったけれど、ここ最近は舎弟と兄貴コンビことシャッティとアニキス、ここに加えていつもおもしれー何とかだけで会話を成立させるせいで、未だに名前が分からないおもしれー君で過ごすことが多くなっていた。

 

 話してみるとシャッティもアニキスもめちゃくちゃ良い奴だし、なんかいつも後方で解説してただけあってアニキスはめちゃくちゃ賢いし、シャッティは記憶力が良くて、更に可愛いんだよな。

 男にしては長めで黄土色と言うには輝きがあり、金色と言うには少々くすんだ髪の毛、丸々としたつぶらな金の瞳。そして人懐っこく、どんなことにも一生懸命。

 あんな舎弟舎弟した喋り方なのにアニキスがめちゃくちゃ可愛がってるのもわかる。コイツは誰からでもかわいがられるタイプの人間だ。今もカレーライスを口いっぱいにほおばってる姿が同性ながらリスのように愛らしいと思ってしまう。

 

 いかんいかん、女の子に避けられ過ぎて遂に同性に走りかけたかもしれん。

 いやぁ楽しいなぁ友達と過ごす時間は。この時間が永遠に続けばいいのに。

 

 

「はぁ!? ショッケン!? ショッケンってなによ!? なんで食事するのに剣が必要なの!? ……券? もっと意味がわからないわよ!」

 

 

 なんだか聞いたことがあるワガママで桃色な感じの叫び声が聞こえたが、多分気のせいだろ。アイツが食堂にわざわざ来るわけないし。

 

「あ、こっちに来てるでやんすね」

「バカ! 目を合わせるな、他人のフリをしろ!」

「さすがにもう遅いようだ。見ろ、一直線にこっちに来てるぞ」

 

 ご飯と味噌汁に焼き魚、漬物付きのセットメニューを机に叩き付けるように置き、わざととしか思えないくらいの音を立てて俺の隣にその桃色の髪のツインテール少女は座った。

 

「……ここの漬物美味しいよね!」

「食ったことないわよそんなの。あと話しかけないでくれる」

 

 じゃあなんで俺の隣に座るんだよ。

 よりによって、つい先日俺がボコボコにした道祖ハツネさんご本人がさぁ。

 

「あ、道祖さん昨日までお勤めご苦労様っす!」

 

 そしてシャッティが秒で煽りにいったのでカレーを吹き出しそうになった。恐る恐る横を向くと、ハツネはそれはそれは嫌そうな、新品の靴でデカめの虫を踏みつけてしまったかのような顔をしていた。

 

「……道祖って呼ぶのはやめて。ハツネでいいわよ」

「え、でも以前は苗字で呼べって言ってたっすよね?」

「私、勘当されたから。もう道祖の名前を名乗ることも許されないのよ」

「えふっ!? げふっ、ごほっ! は!?」

「何よ生意気金髪。食事中に汚いわよ」

 

 ハツネはキレながらもさっきのヤンキーみたいな席の座り方はなんだったのかというレベルで、焼き魚を綺麗に箸で骨と身を分けて食べているが今の情報で噎せないわけがないだろう。

 

 道祖家は魔導九家。この学院の、ひいては現在の魔導社会に大きな影響力を持つ家だ。その一角の家の一人娘が勘当だなんて大事件すぎるし、第一自らが道祖家の人間であることを誇りに思っていたはずの彼女が、こんなあっさりとそのことを? 

 

「何か嫌なこととかあったのか……?」

「強いて言えば、貴方のせいかしらね? 貴方に無様に負けたせいで今こうなってるのよ?」

「いやそれに関してはお前が100%悪いだろ」

 

 あの授業での一件は何をどう考えても、勝手にキレて魔導錬成使ったハツネが悪いので、その点に関しては俺は一切の罪悪感なくコイツに対処できる。

 悪い奴に対して罪悪感を抱くのは疲れるし。

 

「別にそんなことわかってるわよ。アレは全て私が悪い。その上で、アンタがムカつくってだけだけど?」

「つまり八つ当たりってことか?」

「正論言わないでよ。私、自分に非があるってわかる正論が1番嫌いなの」

 

 スラム育ちのギャングでももうちょっとまともな発言しそうなレベルの発言に対して、相も変わらず食い方があまりにも上品で脳がバグりそうになる。

 こんなのが名家の令嬢で、こんなのでも名家の令嬢なのかよ。

 

 それにしても本当に綺麗に食うな。魚がまるで始めからその姿であったかのように身を丸裸にされて骨にされている。

 

「……何よそんなじろじろと」

「いや綺麗に食うなーって」

「当たり前でしょ。いつどんな時も誰に見られているか分からない。魔導九家の人間は常に自分がその家の人間であることを自覚し、栄光ある人生を保証される代わりにその人生のほぼ全てを家の為に捧げる。どんな小さなミスも許されない」

 

 そういう割にはアラシ先輩も含めてかなり自由に振舞ってた気がするけれど、そこら辺の感覚も俺達とは違うのだろう。惟神家はもう200年以上前に魔導十家としての立場を捨てているから、こればかりは俺がいくらチートでも理解のできない感覚だ。

 

「でも、今は勘当されてるんすよね? じゃあ家なんて関係ないから好きに過ごせばいいんじゃないすか?」

 

 口の周りを少しカレーで汚し、アニキスに拭かれているシャッティがとんでもないことを口にした。

 またこの子ったら、シャッティは聞いたのがシャッティじゃなかったらまたハツネが魔導錬成をしてもおかしくない発言を気軽にぶち込んでくる。

 ハツネはため息を吐いてから俺の方を見て舌打ちをしただけで済ませてくれたが、俺が口にしてたら3回くらい魔導錬成してたよ間違いなく。

 

「確かに以前は家の為にやってたわよ。でも今は違うのよ。家柄にだけ飛びついてきた寄生虫(とりまき)もみーんな私を捨てて消え去った。だけど、それで私が私を変える理由になる?」

 

 ハツネは米を一粒残さず器用に口に運び、黙ってよく噛んで飲み込んで可食部位を何一つとして残さずに食事を終了させ、小さくご馳走様と呟いてから再び俺に目を向けた。

 

「私は強くて自由でやりたいことをやってる私が好きなの。責任がないから遊び呆けるなんてダサいマネ、金を積まれたってやってやらないわよ。私は私が好きなようにやる。もう二度と、誰かに邪魔なんてさせはしないのよ」

 

 そう言いきった彼女には、確かに芯の強さのようなものを感じた。

 うん、そうだよな。腐っても魔導九家の次期当主予定だった人間。この年齢で魔導錬成を使いこなす本物の天才。

 どのような人格であれ、彼女の芯に宿る強さは本物であるのだから。

 俺達は思わず拍手をし、ハツネが今日一番の舌打ちをしたのを聞いて3人揃ってすぐに手を引っ込めた。

 

「さて、食事も済んだことだし……早速だけど再戦いいかしら?」

 

 ハツネは滑らかに手袋を外し、そのままそれを天井すれすれまで投げてから俺に向かって指を銃の形で向けていた。

 それを見て俺はまたかぁと思いながらカレーを一匙口に運んで、それから大慌てで地面に落ちる前に手袋をキャッチした。

 

 シーカ魔導学院の決闘の流儀として、手袋が地面に落ちるのを見届けたらそれは決闘の承諾だが逆に言えば落ちるのを防いだりすればそれは決闘を受け入れないということだ。

 

「何よ、ノリが悪いわね」

「ノリも何もねぇよ。ここ食堂、俺食事中」

「喋りながら食べてるからよ。さっさと食べて私にリベンジさせなさい。負けっぱなしって一番嫌いなの」

「えー、ヤダ。お前すぐ魔導錬成使うじゃん」

 

 さすがに魔導錬成に打ち勝ったとなると噂とか人の目とかが煩くなるから、正直あんまりやりたくはないんだよなそういうの。

 そして、もう一度やったらあの春雷連打で普通に競り負けるかもしれないので嫌だ。

 俺は一度勝った相手に負けたら普通にめちゃくちゃ悔しいし落ち込む。チート持ちだからこそ心は繊細なんだぞ。

 

「アンタの都合なんて知ったこっちゃないわよ。さっさと食べて準備しなさい」

「勝負しねぇよ。少なくともそんなわがまま言ってる間は……あ」

 

 と、会話をしていたら意識が緩んだのか指先からスプーンが滑り落ちてカレーのルーと共に俺の靴へと落ちてしまった。

 

「あーあ、なにやってんのよ。魔導学院の生徒が幼児みたいなミスしないでくれる?」

「お前が話しかけてくるからだろ。あー……カサネ先輩から貰った靴なのに」

「……ったく、しょうがないわね」

 

 ハツネはポケットから取り出した純白のシルクのハンカチを、なんとなんの躊躇いもなくカレー汚れを拭って見せたのだ。

 

「え!? お前、なにやってんの!?」

「さっさと拭わなきゃシミになるでしょ。いい品なんだから、プレゼントした方もしっかり長く使ってくれた方が喜ぶわよ」

「……ありがとな。ハンカチ、後で弁償するよ」

「綺麗なだけのハンカチに意味なんてないわよ。こういうのは使ってこそ意味があるんだから気にしないで」

 

 なんというか、コイツって意外とまともなところもあるんだなと感心してしまっていた。

 特に俺は情けない話なのだが、義姉さんがいた分こういう面倒見の良い女性に反射的に憧れに近い感情を抱いてしまう節がある。

 

 そうだよな、当然だけど人は悪い所ばかりのはずがない。

 初対面は悪いところばかり見えたけれど、ハツネだって根っからのクズとかではないんだ。

 

 何となく分かり合えた気になって嬉しくなりハツネに視線を向ける。彼女は少し屈んだ姿勢のまま、何故か俺の靴を凝視したまま固まってしまった。

 

「あれ、ハツネ?」

「ハツネさーん? どうしたんすか?」

「…………めろ、って言って」

 

 小さな声で、ボソリと。

 だが急に変なことをハツネが呟いたものだから思わず俺は復唱する形で聞き返した。

 

 

「舐めろ?」

 

 

 なんの事か問返す前に、ハツネの頭が下がる。

 地面に頭を擦り付けるほど姿勢を低くして、丁寧に、汚れがどこについているかを把握し、一流の職人技のように。

 俺の靴に、その小さく、されど長くて髪の毛よりもなお鮮やかな桃色の舌を這わせ、一舐めした。

 

「え」

「わぁ」

「うおっ」

「………………え?」

 

 4人揃って素っ頓狂な声を、その原因たるハツネが一番驚愕したような声を漏らした。

 なんで? なんで今俺の靴を舐めた? 何かの間違い、と思いたいが靴には確かに彼女の唾液で濡れた後が薄く刻まれている。

 

 何かの間違い、そう、きっとこれは何者かによる幻覚攻撃だ。そうじゃなきゃ今の流れからハツネが俺の靴を舐める理由がないだろ! だから俺はこの場にいる者たちを追いつける為に一声。

 

「待てっ!」

「わ、わんっ! …………あ」

 

 今度こそ時間が止まった。

 不慣れで、それでも懸命に主人の声に応えようとするような可愛らしい犬の鳴き真似が、食堂中に轟いた。

 

「…………その、ハツネさん?」

「ちがっ、別に靴を舐めたいとか、犬みたいに首輪を付けられて、お預けさせられて、しっかり待てたら、そんな簡単なことをやるだけでそれが出来ないみたいに褒められて、バカにされてるみたいなのに興奮とか、そんな想像! 一切合切、これっぽっちも私はしてないわよ! してないんだから!」

 

 聞いてもいないやたらと詳細な言い訳をしながら、ハツネは顔を真っ赤にして、されど走ったりせずに早歩きで食器を返却してからその場から立ち去ってしまった。

 残されたのは、唖然としている俺と周囲からの視線。

 

「え、なに? あれって道祖さんじゃ……」

「惟神家の1年、やっぱり負かした相手を監禁して調教してるって本当だったんだ……やべぇよ……」

 

 うん……。

 もう、なんだか慣れてきたな。

 

「とりあえずオイラ達は誤解を解いてくるっすね……」

「お前が今行動するよりは、俺達の方がいいだろうからな」

「ありがとう。そしてゴメンなシャッティ、アニキス」

 

 周りの2人ももう慣れっこと言った感じで対処しに行ってくれる。

 そして、いつの間にか俺の隣にはロン毛のマスク男ことおもしれーくんが立っており、彼はただ一言。

 

 

「明日は、いい事あるよ」

「お前、おもしれー何とか以外も喋れるんだな」

 

 

 おもしれーくんの名前、バルゼ・プロキアスって言うんだって。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「いやぁなんというか……不憫というか豪運というか。凄まじい人っすよね彼」

「あぁ、幸運にしろ不運にしろ持っている、というのは間違いない」

 

 校舎の影の一角。

 あまりにも哀れすぎる誤解……でもない誤解を受けたハバキとハツネの名誉回復の為に奔走し、一仕事終えて一息つくアニキスは、周囲に誰もいないことを確認し、遮音の術式を張り巡らせた。

 

「……我らも休憩するとしましょう」

「そうっすねぇ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それと同時に、シャッティの声色がほんの少しだけ変化する。

 元々男性にしては高めで声変わりもまだ、と言った様子だった故にそこまで変化はないように聞こえる。だが、聞くものが聞けばその違いは確かであった。

 

「あの者、惟神ハバキの様子はどうでしたか? ()()()()()()()()?」

「そうね……魔力量は最低でも()()()()あるわ。これだけ巻き込まれるなら運命力も十分」

 

 シャルロッティ、私。

 本来ならシャッティ、オイラという言葉が入るはずの場所に入ったその単語こそが()()達の真実。

 

 

 4年前まで確かに地図上に存在し、そして今や完全なる廃墟となり国民全てと共に消えた亡国、ニーベルア王国。

 

 

「ハツネさんも、初めは驚いたけれどいい人だったものね。うん、この国の人はなんだかんだで素敵な人ばかりだったよ。()()()ハバキくん……彼のような子に出会えて良かった」

「……シャルロッティ様、ではやはり」

「うん。我が国を滅ぼし、そして今この国も滅ぼそうとしている()()()()。たとえ相討ちになろうとも、奴を倒してみせる」

「このアニキス・ディフェクス。シャルロッティ様の選択に最後までお供させていただきます」

「……ええ、お願いしますアニキス。必ずや、あの受肉降魔は私が」

 

 シャッティと名乗っていた、そして今はシャルロッティと呼ばれた少女は手の内に一振の剣を出現させる。

 それは明らかに魔導錬成を用いたものであり、だが彼女はなんの詠唱も無しに現したそれを当然のように軽く振り、具合を確かめて満足そうに微笑んだ。

 

 

 

「元ニーベルア王国第二王女、シャルロッティ・ニベルライトが必ずや討伐してみせます」

 

 

 

 かつて故郷を滅ぼされた憎しみ、そして新しく出来た友人たちの国をそうはさせまいとする使命感。

 シャルロッティとアニキスは決意を飲み込むようにして校舎の影に溶けるように消え、それから寮に戻ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 









・シャルロッティ・ニベルライト
シャッティという名前で密かに生き延びていた王女様。13歳でサバを読んで入学した。実は舎弟RPは本で学んで、かなり楽しんでいた。

・アニキス・ディフェクス
19歳。14歳でゴリ押したスキンヘッドで顔に傷がある筋肉モリモリのマッチョメン。兄貴RPは実はかなり心労がやばかった。




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逢瀬はブッキング






更新速度上げすぎてもはや生前葬なので感想いっぱいくれると豪華になって嬉しいです。潰れた福丸小糸みたいな声出しながら頑張ってます。
あと2話だったものを1話にまとめたので2話分褒めてください。






 

 

 

 

 

 

 アニキスとシャッティが急に姿を消してから4日が経った。

 でもこの学院、生徒が急に消えることとか良くあることらしくてあまり騒ぎにはなっていない。カサネ先輩は捜索の手伝いとかさせられてるせいでめちゃくちゃ不機嫌そうだったけど。

 

 でも、アイツらの事だからそのうちひょっこり出てくるだろうから特に心配とかはしていない。

 唯一問題があるとすれば、学院で友達があの二人除くとおもしれーくんしかいないことだろう。なのでめちゃくちゃ寂しい。おもしれーくんは良い奴だけど語彙がおもしれーしかないので会話が恋しんだよ。

 

 あとなんだっけな……おもしれーくんの名前。

 教えてもらったのに思い出せないのでちょっと自分から話しかけづらい。もうおもしれーくんで頭が覚えちゃってるんだよ。

 

 

 そんなわけで、こんなところにいるわけが無いと分かりつつも俺は貴重な休日に街に2人の捜索に来ていた。

 

「休日まで友人の為に割くなんて……ハバキくんってばと〜っても友人思いだよね〜」

「すいません、なんでいるんすかアラシ先輩」

「だって婚約者だし〜。君のことはなんでも知りたいから」

 

 おかしいな、今日出かけることは誰にも言ってないはずなのになんで普通にいるんだろう。もう俺の全て知ってないかこの人? とりあえず部屋に帰ったら盗聴器とかないか探して……。

 

「部屋に何か仕込んだりしてないから安心して〜。愛する2人は以心伝心、ってやつだよ〜」

「今まさに一方的に読み取られてるんですよ」

「まぁまぁ、ハバキくんだって私みたいな可愛い女の子とデート、嬉しいでしょ〜?」

 

 そう言って可愛らしいポーズをとるアラシ先輩だけど、あまりに自然な読心が怖すぎるんだよな。

 第一、今日の俺はアニキスとシャッティの行方を探すためにここに来ているんだ。

 いくらアラシ先輩が普段の制服ではなく、ただでさえ長い足がさらに長く見えるパンツスタイルとお腹とか胸元がチラチラ見えるようなカジュアルな服をうぉでけぇ。この人胸デカイよなうん。めちゃくちゃ美人だし。しかも俺の事が好き。最高か? 

 

「よーし、それじゃあハバキくんの同級生ちゃんを探しに行こ〜☆」

「はぁ……じゃあ俺は向こうで聞き込みとかするんでアラシ先輩は」

「えぇ〜! 2人で回ろうよー! 私達まだお互いのこと全然知らないんだから、仲良く2人で〜!」

「効率悪いじゃないですか」

「やだ〜!」

 

 駄々を捏ねられても、どれだけアラシ先輩が可愛くても目的が目的なのだからさすがに効率を落とすわけにはいかない。

 そう言おうと思った時、アラシ先輩は俺の腕に手を絡めて、胸を押し付けてきた。

 

「──────ッ」

「これならどう?」

 

 この人にはプライドとかないのか? こんなに簡単に自分の身体を売るような行為を行えるなんて、魔導九家の人間としてどうなんだ? ハツネが見たらぶちギレそうぉ柔けぇ。え? 人体でこのやわらかさって許されるの? なんで俺の胸板はこんなに硬いのにアラシ先輩のはこんなに柔らかいんだ。不公平だから俺も柔らかくして欲しい。

 

「言ったでしょ? 私、君のことを知れるなら自分のどんなものも差し出せるよ。か〜わ〜り〜にぃ、ハバキくんも私にぜーんぶ、教えて欲しいな〜」

 

 そう言う先輩の目に、恥ずかしさとかそういう感情は一切ない。

 この人は単純に、自分の目的の対価として本当に自分の全てを差し出せるタイプの人なんだろう。

 ある意味でめちゃくちゃに純粋で、めちゃくちゃ純粋に俺のチート能力(ちから)にしか興味が無い。そう考えると複雑な気持ちになる。

 

 いくらチート能力で無双してモテモテになろうとしてるからって、やっぱり惚れられるなら中身で惚れられてぇよ……。わがままだけど。

 

「……とりあえず、今は2人の痕跡を探しましょう」

「ぶ〜、わかったわかった。さてと、じゃあ私は向こうで探すね〜」

「え、2人で一緒に……いや、はい。お願いします……お願いしまぁす!」

「なんで泣いてるの〜? あは〜、ハバキくんって全然分からないから好き〜」

 

 腕に残る柔らかな感触に思いを馳せながら、俺は普通に手伝いをしてくれる意外と常識のあったアラシ先輩にまた複雑な感情にさせられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「当然だけどここに来た様子はないね〜」

「そうですねぇ」

 

 ベンチに座り、本日の徒労を思い出して俺は大きくため息を吐いてしまい、手伝ってもらった身分でこんなこと失礼だと思って慌てて口を抑えるが、アラシ先輩は特に気にすることも無く前髪を弄りながら遠くの鳥に目を向けていた。

 

 アラシ先輩の言う通り、俺達が調べられる範囲のことなんてとっくに捜査されてるに決まってるので何も見つからなかった。

 

「すいません、無駄な時間とらせちゃって」

「ううん、ハバキくんと一緒の時間は楽しかったから全然無駄じゃないよ〜」

「一緒って言ってもほとんど分かれて探してましたけどね?」

「アイス美味しかったし」

「遊んでんじゃねぇかアンタ」

 

 あは〜と誤魔化すように笑うアラシ先輩。

 何もかも独特でまるで宙に浮いてるような不思議な人だ。

 

「でも一緒だから楽しいってのはホントだよ〜? 今日は離れて行動してたけど、2人で協力して探したでしょ?」

「それはそうですけど」

「それがいいの。君と同じ考えを持って、君と同じ目的で行動する。それって、ただ2人で一緒にいるよりもずっと相手のことを思い、考えて過ごしてると思わない?」

 

 相手がどうなっているか、何を考えているか。

 分からないなりに考えて動くことは相手をより深く知るために必要なことだ、と。

 

「……とか、カッコつけて言ってみたり〜?」

「え、やばい。普通にめちゃくちゃカッコイイですアラシ先輩」

「ホント〜!? カッコイイ? 私の事好き〜!?」

 

 浅い考えかもしれないが、どんなことにも自分なりに意味や答えを見出そうとして動き、しっかり考えて生きているって姿は俺は普通にかっこよく感じる。

 しかも可愛くて優秀とかこんなの好きになっちゃうに決まってるじゃん。

 

「私は〜ハバキくんのこと好きだよ〜?」

「アッ……あー! 俺の才能がでしょう? そう言ってくれないとマジで好きになっちゃうのでやめてください!」

 

 くそっ、ダメだ。この人顔が良すぎる。意識をしっかり持たないとこの俺のことが好きでかっこよくて可愛くて優秀な人のこと大好きになっちゃう。

 何も問題なくね? 

 

「うーん、ハバキくんってカサネ先輩の言ってた通りの人だな〜」

「カサネ先輩俺の事なんて言ってたんですか?」

「童貞の見本」

 

 あの義姉さすがにライン超えてるぞ。かっこいい先輩からいきなり童貞とか言われると男の子は心臓止まっちゃうんだぞ。俺はチート能力持ちなので鈍い悲鳴をあげ、止まった心臓を叩いて無理やり動かすだけですんだが。

 

「すいませんどの辺が? どの辺が童貞なんですか? いえ知りたい訳じゃないんですけど……後学のため、優しく言葉を選んで言ってください」

「そのまんまだよ。人を好きになるのにはかっこいいとかそう言う理由が必要とか思ってそうなところ〜。ハバキくんって恋愛小説みたいな恋を神格化してるでしょ〜。相手の内面に惹かれて、色んなところを好きになって両思いになるみたいな!」

「ウギッ」

 

 やばいぞこの人、下手に喋ると俺は殺される。とんでもない言葉の切れ味持ってきてる。童貞に優しそうで全然優しくない先輩だ。

 

「別に悪いことじゃないと思うから安心して〜。でもぉ、私は人を好きになるなんてそんな特別な理由いらないと思うな〜」

「はぁ……はぁ……それは、どう言う?」

「これもそのまんま。きっかけなんて顔でも、助けてもらったことでも、体とかお金持ちだからとか、すっごい能力を持ってるからでもなんでもいい。大事なのは相手にどれくらい興味があるか。どんな理由でも好きって気持ちに優劣はないんだよ」

 

 私も恋人なんてできたことないけどね〜、と言っているが、確かにと思った。

 アラシ先輩にとっての好きとは、興味を持った相手をどれだけ知りたいか、ということなのだろう。

 

「つまりそれは俺の強さの理由を知れたらもう好きじゃなくなると?」

「うん」

「やだ俺すぐ捨てられちゃうじゃん」

「え〜? 顔で好きになったり性格で好きになったり体目当てでも飽きたら好きじゃなくなるでしょ〜?」

「やめてくださいよ俺はもっと恋愛に夢を持ちたいんです。末永くお付き合いする夢を見せてください」

「ならさ、見せてよそんな夢。一生をかけても私が知悉しきれないような、魅力的な男ってところをさ」

 

 アラシ先輩はいつものようにあは〜、とは笑わなかった。

 その表情の全てを覚えるように俺の目をじっと見つめ、ほんの少しだけ口角を上げる上品な笑い方。

 

 おいおい、こんなの反則だろ。

 俺この人の事、めちゃくちゃ好きになっちゃうよ。アラシ先輩の理論で言うなら、今俺先輩に興味津々だもん。

 

「アラシ先輩、俺……」

「あ、そういえばさっきカサネ先輩から聞いたんだけど〜、ハバキくんが探してるお友達お2人、戸籍が偽装されてたらしいよ〜」

「…………今言います!?」

「今探してるんじゃないの?」

 

 その通りだけど! 

 なんか今いい雰囲気だったのに……やっぱりこの人分からないな。とはいえ結構重要な情報だ。

 外国から留学生が来たりなんて珍しくもないが、少なくとも2人は名前からしてこの国の人間じゃなかった。

 偽装していたとなると良い捉え方をするなら、亡命などになるだろう。それがバレて今は何処かに逃げているとか? 

 だが悪く捉えると……。

 

「スパイ、って可能性〜?」

「いやいや、うちの学校は名門とは言え潜り込ませる理由とかあります?」

「う〜ん? ハバキくんじゃない? 強い! 秘密が欲しい! みたいな」

 

 ぐうの音も出ない正論出てきちゃったよ。

 えぇ……じゃああの二人も俺の力目当てで擦り寄ってきたってこと? さすがにそうなるとショックがでかいぞ。

 

 

 

 ちょっと落ち込んで視線を下げようとした時、視界の端で誰かが路地裏に入っていくのが見えた。

 背丈は俺よりもかなり低く、同世代か年下の女子だろうか。そして彼女を追うように何人かの大柄な男性と思われる人影も路地裏へと入って行く。

 特に、追っている方は明らかに魔力の隠し方やらが一般人ではない。

 

「先輩」

「ん〜? ハバキくんの探してる子ってあの子なの〜? 見つかってよかったね」

「いや、違うかもしれませんが明らかに怪しかったですよね」

「そうだね〜」

 

 おかしいな、これは2人で一緒に様子を見に行く流れだと思ったんだけれど。

 

「アラシ先輩」

「なに〜?」

「小さい子が怪しい大人に追われてたらどう思います?」

「へぇ〜」

 

 この人アレだ、興味無いことには本当に興味無いタイプの人だ。既にさっきの光景を忘れたと言わんばかりに今の彼女は空を飛んでる鳥をぼーっと見つめている。

 かと言って俺の魔術は一節詠唱の低コスト以外だいたい街中でぶっぱなすとちょっと……なやつしかないんだよな。

 

「先輩、欲しいものとかあります?」

「君の睾が」

「俺が出しても死んだり生命活動に支障をきたさないものでお願いします」

「うーん、血かな? もちろん死なない程度の量でいいよ〜」

「じゃあ()()()()()()()()摂って、痛ぁ!?」

 

 俺がそう口にするとアラシ先輩はほぼノータイムで何処からか取り出したぶっとい注射を腕に刺して血液を抜いてきた。

 

「カッコつけてる途中だったのに……」

「あは〜、研究サンプルゲット〜! それで? 私に何をして欲しいの?」

「さっきの子、もしかしたら危ない目にあってるかもしれないので一緒に様子を見に行って、必要があれば助けましょう」

「判断が早いね〜。うん、そういうところ好きかも〜」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「くそ……くそくそくそくそ! クソォ!」

 

 口からは怨嗟の声しか、目から悔しさの籠った涙しか出てこない。

 準備は万端だった。切り札だってあった。気持ちだって、相討ちすら覚悟していた。

 

 足りないのは純粋な力だった。

 用意した札を全て真正面から打ち砕かれて、従者に庇われて情けなく逃げ延びた。

 

 次元が違う、格が違う、存在規模が違う。

 シャルロッティ・ニベルライトは己の弱さを嘆いていた。

 

 本来の計画であれば、潜伏する敵を誘き出し、誘導してこの国の軍とかち合わせる。その上で自分の『切り札』を使う。ここで彼……惟神ハバキが巻き込まれる形でも参戦してくれれば最高であった。

 

 結果から言えば、それは初期段階で失敗した。

 そもそも誘導する暇もなく、シャルロッティとアニキスは敗北したのだ。

 

「っぅ……毒か……」

 

 解毒の術式はあるが、複雑な毒ともなるとかなり高度になるために集中力が必要。

 4日間ろくに何も食べずに逃げ惑い、既に気力も体力も魔力も尽きかけているシャルロッティに残された自由は、死に方を選ぶことだけだった。

 

 このまま敵に捕まるか、ここで自分で命を絶つか。

 死体は利用されるだろうが、それでも生きたまま殺人機械のパーツにされるよりはマシだろう。

 

「……考える時間はない、か」

 

 背後から聞こえてくる足音は、まるでチェックメイトと言ってくるようだった。

 迷いはあった。けれど、その震えを無理やり押さえ込んでシャルロッティは懐に忍ばせていた短剣を取り出して、己の首に向けて──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────魔導錬成」

「え、使うんですか!?」

 

 建物の屋根を飛び移り、標的を目に収めた瞬間にアラシ先輩はなんの躊躇いもなく、己の魔力を圧縮し始めた。

 

解糸(analyse)……んー、めんどい! 詠唱破棄(cut)!」

「待って待って何してるの!?」

「詠唱って長いから私嫌い〜!」

 

 まるまる詠唱をすっ飛ばして、先輩の手には青色の植物が絡み付いたような見た目をした弓矢が現れた。

 

 魔術の詠唱とは、短い単語を口にしてるだけのようだがその短い言葉を口に出す過程で頭の中で様々な事象整理、簡単に言えば計算のようなものを行っている。

 詠唱が長くなれば魔術の効果も上がるが、扱うのは難しくなる。逆に言えば詠唱を長くすることで魔術は強くなるのだ。

 

 まぁ長すぎると当然言ってる間にやられるし、節を増やすと別の節と効果を打ち消しあったり狙いがズレたりするのでみんな二節か三節位をメインにしているが。

 

 つまり、詠唱をどれだけコンパクトにしつつ強力な魔術を行使できるかが現代魔術の流行りなのだ。

 

 

 それをこの人、威力強度全振りでクソ長い詠唱必須の魔導錬成の詠唱を丸々カットしやがったよ。

 こんなのチート能力者である俺ですら知らないんですけど!? 

 

 

「よし、断蒼(ブルーローズ)現出完了! 合図で飛び込んで!」

「え? 本当に詠唱すっ飛ばしたの何やったか説明ないんですか?」

「あは〜、企業秘密☆」

 

 

 地上にいる怪しい男達も俺達の接近に気が付いたようで、何か術式を出現させて……いや待て、もうみんな待って。なんだあの魔力量。俺ほどじゃないけれど、数人併せたとしても規格外のとんでもない熱量が収束してるんだけど。

 

「え、先輩あれやばくないですか? 打ち勝てます?」

「無理無理〜。ハバキくんほどじゃないけどあんな魔力量に勝てるわけない〜」

「じゃあさすがに守りますよ!? あれ受けたら死にますからね!?」

「いいから、私を信じて突っ込め〜!」

 

 しかしここまで来てごちゃごちゃ言っても始まらない。

 先輩を信じ、俺は熱光線の射線から外れながら追われていた子の方へと飛び込み、それと同時に先輩へと向けて熱光線が放たれた。

 

 見掛け倒しではなく、その光線に込められた魔力は俺程ではないがとんでもない量で掠めるだけでも体が消し飛ばされそうな攻撃だった。

 

 

 

「あは〜……つまんない攻撃。もう全部わかっちゃったから、興味無〜い。消えちゃっていいよ」

 

 

 

 それに対して先輩は、ただ弓矢を引いて細い矢を1本放っただけ。

 込められた魔力も見た目も何もかもアラシ先輩の魔術が敵う要素はどこにもなく、細い矢ごと業火が先輩を飲み込み灰に変えてしまう。

 

 そんな未来は、訪れなかった。

 

 矢が光線に触れた瞬間、大量の魔力と共に先輩に迫っていたそれはまるで()()()()()()()()()()()()()()()()消えてしまった。

 

 何……今の? 

 俺ですら何をしたのか分からないのだから、敵も何をしたのかわからず無機質な立ち姿にすら動揺が見える。

 

 

 まぁそのおかげで、こうして追われていた子は既に俺の腕の中にいて、アラシ先輩の方に意識を向けている変なやつらの真横から攻撃をぶち込める訳だが。

 

光芒(shine)

 

 この路地裏の長さと幅は既に上から降りてきた時に把握している。

 逃げ場のないように、されど表通りまで飛び出さないように、しっかりと調整して俺はお得意のビームをぶち込んだ。

 

 光が晴れた時、そこには誰の姿もなかった。

 焼き払った、と言うよりはギリギリで逃げたという印象。しかし危機は去ったのは確かだろう。

 

 

「おつかれ〜。いやーすごい魔力量。一節詠唱であんなことやるなんてねぇ」

「俺よりも先輩の方がやばいですよ。その魔導錬成何やったんですか?」

「えへへ〜。さすがに秘密かなぁ? お互いまだまだ知らないことだらけということで。それより、そっちの子は?」

 

 追われていた子はどうやら衰弱して意識を失ってしまったようで、ぐったりして呼吸も荒い。

 そして、体格的にかなりシャッティに近い。もしかしたら、と思い恐る恐る深めに被ったフードを外す。

 

 

「…………女の子、だね」

「え、あー……ホントだ」

「あ〜胸見て言った! やらし〜」

 

 

 髪色や顔立ちはシャッティによく似ているが、この子は女の子だ。

 壊れかけの軽鎧の下の胸には確かに膨らみがある。顔立ちとか髪色はほとんど一緒だが、シャッティは男なので別人か。

 

 そして、街中であれだけの魔力量の砲撃が空に向けてでも放たれれば誰だって気がつく。

 遠くから人の騒ぎ声が聞こえてくる。

 

「とりあえずこの場を離れて病院、ですかね?」

「いや、衰弱とかはどうしようもないけどそれ以外は私がどうにかできるからまずは確認しよう。その子が()()()()()()()()()()。だって、ここ街中だよ?」

「……あー、確かに」

 

 街中で追われているのであれば、警察なりなんなりに駆け込んで助けを求めることが出来たはずだ。

 それをしないということは、警察などには頼れない事情があるということだろう。

 

「とりあえずカサネ先輩に連絡して〜、安全な場所用意してもらおう〜。その子、ちょっと面白そうな魔力してるし〜」

「なんでカサネ先輩なんですか?」

「一番権力と信頼を両立してる人〜。あと迷惑かけてもあまり心が痛まない」

「割と最悪な理由ですね」

 

 しかし確かに権力と信頼を両立してるという意味ではカサネ先輩は最適だろう。

 とりあえず、人が集まってくる前にここから離れて、アラシ先輩と一緒にこの子の応急処置でもしておこう。

 

 ……それにしてもこの子、シャッティによく似てるな。

 しかしシャッティは男の子。体格が華奢で声も高くて可愛らしい顔立ちをしているが、男の子だからこの子は残念ながら別人だ。アイツら一体どこに行ったのだろう。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 アラシから連絡を受け、惟神カサネはちょっとキレながら一応駆けつけた。

 あの後輩は自分を便利な駒扱いしている節がある。しかし惟神の人間として「ちょっと事情を抱えてそうな女の子がいる」と言われたら助けないわけにもいかない。

 加えて現場にハバキがいると言うのだから、駆けつけないわけにも行かない。

 

「さて、この辺にいると言われたが……」

 

 とある公園にたどり着き、周囲を見渡すとすぐに見慣れた2人の姿が……

 

 

「あは〜、初めての共同作業〜。ハバキくん上手い上手い〜」

「そう言う言い方やめてください」

「ほら。2人の愛の力でこの子も元気に産まれました〜」

「だから……あ、カサネ先輩! こっちです!」

 

 

 

 なんかアラシが小さな女の子を抱きかかえ、ハバキがそれを心配そうに見つめている。

 惟神カサネは、妄想力豊かな17歳の少女である。そんな彼女の脳みそはその光景を見てただ一つの単語を弾き出した。

 

 

 

 

愛の結晶できてる(NTR)ー!?」

 

 

 

 惟神カサネは、妄想力豊かな17歳の少女である。

 付け加えるなら、割と常識に欠けた妄想力は人一倍の17歳の女の子である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








これチーレム期間中に終わらねぇな……ってなってますが頑張ります。
あとランキング1位ありがとうございます。





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選択とは悦楽






チーレム杯中に書き終わる気がしねぇなって感じです。チーレム中に書き終わらなかったらなじってください。
あと真の実力〜ってタイトルのチートハーレム系の作品があることを知ってやっべって顔してます。






 

 

 

 

 

 

 

 俺はシーカ魔道学院1年生の惟神ハバキ! 

 同じ学校の先輩である御狐アラシ先輩と街でデートをしていたところ、黒ずくめの男達に狙われている女の子を見つけなんだかんだで助ける。

 女の子を助け安心していた俺は、背後から迫る義姉の影に気が付かなかった! 

 

 

 

「で、なんで俺後頭部を殴打されたんですか?」

「それでこの子誰なんだアラシ」

「知らないから先輩を頼ってるんですよ〜」

「あの、俺の後頭部」

「顔は行方知れずの1年生に似てるが……」

「両方男の子なんですよね? この子女の子ですよ〜?」

「俺の頭……」

「細かいことを気にするな。男の子だろ」

「男の子が気絶するレベルで後頭部を強く殴りつけられてるから問題なんですよ」

 

 

 カサネ先輩はなんだか頬を膨らませているだけで、結局突然後頭部を殴打してきた理由は教えてくれなかった。

 まぁ傷は残ってないし、理由は教えてくれなかったけど叩いたことはちゃんと謝ってくれたしもう触れないでおこう。多分虫とか見つけたけど力加減を間違えたのだろう。昔はそれでよく俺の部屋の壁に穴を開けてたし。

 

「というかこの教室、本当に自由に使っていいんですか?」

「ハバキくん知らないの? この学院、教室を買えるんだよ〜?」

 

 アラシ先輩曰く、この学院の校舎は増設に次ぐ増設、改築に次ぐ改築で幾つも使われてないエリアが存在し、その一部をある程度の条件を満たせば生徒が自由使用したり実質的な自室としても使用できるらしい。

 生徒会に所属するカサネ先輩は色々あってそういう部屋を幾つも所持してるらしい。

 

 それはそれとして、教育機関がそんな計画性の欠けらも無い増築をしてるのどうかと思わなくもないけど、今はそれで助かってるんだよな。

 

「それにしても学院にこんな秘密基地みたいな場所作っていいんですか?」

「私くらいになるとたまに部屋に帰ろうとすると待ち伏せされて攻撃されるからな。セーフハウスは幾つも持っておいて損は無い」

「この学院治安どうなってんだ」

「年に2度の順位戦の時だけだ」

「でも〜、どうせハバキくんはぼっちっちだから考えなくていいと思うよ」

「なんてこと言うんです。俺もちょっと思いましたけど」

 

 そんなふうに結構3人で騒いでいると、少女が目を覚ました。

 いきなり知らない場所で知らない人に囲まれている状況のはずなのにとても落ち着いていて、少し周囲を見渡すとまだ起き上がるのもやっとのはずなのに、出来る限りの姿勢でこちらに頭を下げてきた。

 

「……助けていただいたみたいですね。ありがとうございます」

「礼ならそっちの2人に頼む。それで、お前は名前は? なんで追われていたのかとか、事情を説明して貰えると助かるな」

 

 少女とカサネ先輩は驚くほどスムーズに会話を進めている。

 普通もっと、びっくりしてあたふたするものだと思ったけれど2人ともすごいな。

 

「私は……シャルロッティ・ニベルライトです」

「……わ〜お、有名人!」

「面倒事だとは思ったけれど、まさかな……」

 

 少女……シャルロッティが名乗ると同時に先輩2人は各々でかなり驚いた反応をしていた。

 俺は誰なのか全然分からなかったけれど、とりあえず驚いたような反応をしつつカサネ先輩にアイコンタクトを送る。

 それに気がついたカサネ先輩は、1日前に教えた内容を思いっきり間違えたテストの答案用紙を見せた時みたいな表情でこっちを見返した。さすが姉弟、以心伝心だ。

 

「ニーベルア王国。今は存在しないが、4年前までこの国の隣国だったその国の王家。ニベルライト家のご令嬢。つまりお姫様だよ」

 

 なるほどね。

 そりゃあ亡国と言えどお姫様がいきなり目の前に現れれば驚くだろう。

 とりあえず俺は出来るだけ姿勢を低くしていつでも土下座に移行できる体勢になっておいた。

 チート能力者でも権力には勝てないからな。靴とか舐めた方がいいんだろうか? 

 

「あ、そんな。助けて貰った身分ですし第一もう私達の国はないんです。……それに、私達の仲じゃないですか。頭を上げてください」

 

 そう言ってシャルロッティさんは俺に立ち上がるように促すが、これ立っていいのかな? 後で国際問題にならないか不安でしょうがない。

 

 ……と、ふと今の発言に違和感があった。

 

「私達の、仲?」

「そうですよハバキくん。それ抜きにしても一方的に助けて貰った身分ですよ私。本当に王女だとか、そんなこと気にしないでください」

 

 仲、と言うが俺に王女の知り合いは存在しない。そもそもこの世界に産まれてからは田舎で細々と暮らしていたあとは、ずっと惟神の家で生活していたので隣国で亡国の王女様と知り合う機会なんてないはずなんだが。

 

「ハバキ、知り合いか?」

「いえ、誰かと勘違いしてるのかなと……」

「…………え? 嘘ですよね? そんなに分からないことあります!?」

 

 マジで信じられないとばかりに王女様はちょっと声が裏返るくらいに叫んだが生憎全く覚えがない。

 強いて言えばシャッティに似てるけれど、アイツは男の子だからなぁ。

 

「こほん、……オイラでやんすよ! どう見たって同じ顔でやんすよ!?」

「うわ、俺の友達のモノマネ上手いですね」

「本人だよ!?」

 

 いやいやそんなまさか。

 確かにシャッティは小さくて可愛くて声も高いし、顔も可愛くて同じ男子なのにトイレとか行ってるところを見た事なければ着替えも別のところで済ませてるし、常にアニキスと一緒にいて色々と謎が多くてあと顔が可愛くて声もシャルロッティと同じくらい可愛らしくて、男でもいけると思うくらいに可愛くて……。

 

 

 

「…………シャッティじゃねぇか!?」

「マジで気づいてなかったんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、すまんな。こいつは童貞を拗らせているから女子に対する認識が少し可哀想な感じなんだ」

 

 カサネ先輩がかなりの罵倒を混じえた説明をしているが、ぐうの音も出ない正論である。

 まさか、シャッティを男の子だと盲信するばかりにこんなにそのまんまな姿に気が付かなかったなんて。と言うか、意外と女の子が男の子の振りをしていても気が付かないものだな。

 

「まぁバレないように変装していたわけなので……。いや、まぁまぁ複雑ですけど……」

「いやほんと王女様の変装が完璧だっただけなんです。だからどうか不敬罪とかそういうのはおやめになってください」

「とりあえずハバキくんは落ち着いてね? さっきも言ったけれど、私の国はもう滅んじゃってるから、この国では身分も偽装してるに過ぎない一般人だよ」

「ハバキくんがどうて、ウブなのはいいとしてぇ。とりあえず現状の説明〜お願いシャルちゃん〜」

「は、はい。……シャルちゃん」

 

 王女様に対していきなり渾名呼びをするいつも通りのアラシ先輩。そして呼ばれたシャルロッティの方はなんだか嬉しそうだった。

 

 

 

 シャルロッティの身の上話や現状をざっくりと纏めるとこうだ。

 

 

 シャルロッティ達の国は『受肉降魔』と呼ばれる存在に滅ぼされた。その時国諸共受肉降魔も滅んだと思われていたが、秘密裏に逃がされていたシャルロッティとアニキスと同じように、受肉降魔も生き延びてこの国に潜伏している。

 

 シャルロッティとアニキスはそんな受肉降魔を倒して自国の仇を討ち、この国を守るためにこの学園に潜り込む。

 

 人間に擬態し社会的地位すら武器にする受肉降魔を倒すため、秘密裏に準備を整えいざ決行……したが用意した策は全て打ち壊され敗走。アニキスに庇われてシャルロッティは何とか逃げ延びて今に至る……という感じらしい。

 

 

 サラッと『受肉降魔』なんて単語が出てきたが、これはやばい。もうかなりやばい。

 

 降魔とは、簡単に言えば悪魔というよりは神様なのだ。人間の及ばぬ人智を超えた奇跡を扱う、魔術が存在するこの世界であっても超常の存在としか言えない存在なのだ。

 

 その力はシャルロッティの国がそうであったように、一国を容易く滅ぼしてしまうようなもので、しかもそれはあくまでまだ『概念』としてこの世界にあるだけでだ。

 もしもこの降魔が、自らの存在規模に適合する肉体を手に入れて『受肉』を果たしているならば、その恐ろしさは数倍にも膨れ上がる。

 

「……ねぇ、これさすがに俺たちだけじゃ対処できなくないですか? どこか大人とかに相談を」

「それは……あまりおすすめしません。間違いなくこの国の上層部に既にあの降魔は巣食っています。下手に問題として提示しても揉み消されるか先手を打たれるか、になってしまいます」

 

 それはそうである。そうだから、わざわざシャルロッティ達は身分を隠して潜入なんてしていたのだから。

 

「そういや、決行したってことは誰に化けてるかとか正体は掴めたのか?」

「いえ、あくまで痕跡を確認しこの学院内に潜んでいる確証が出来ただけです。狡猾で用心深い降魔ですから、簡単には尻尾を見せてくれません」

「うちの学院に降魔が潜んでるとか、生徒会としてはもう衝撃過ぎてな」

「あはー……さすがにちょっと笑えないかも」

 

 カサネ先輩とアラシ先輩も珍しくちょっと弱気になっている。

 それだけ『降魔』という存在はこの世界において脅威なのだ。しかもそれを学生である俺たちで対処するとなるともうハードモードとかそういう次元じゃない。

 

「私としてはぁ、そもそも2人だけでどうやって受肉降魔に勝とうとしたか気になるな〜って」

「……そうですね。方法は簡単なもので、要は()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って、シャルロッティは深く、深く息を吐いて何かを解除した。

 瞬間、彼女の体から溢れていた魔力の量が乱れる。抑え込んでいた水流が爆発するかのように、一瞬五感が全て狂うほどの魔力が溢れ出してきた。

 

 

 魔力保持法、という少し奇妙な法律がこの国にはある。

 個人が所有していい最大魔力量の上限を決定し、これに違反した場合は最悪死刑レベルの重い刑を課されることになる。

 表向きでは内部魔力で自立稼働する魔導兵器の所有や外部からの魔力供給器の使用を制限するそれらしい理由があるのだが、学院に来るような人間はみんなその『本当の理由』を知っている。

 

 400年前、膨大な魔力を持ち個人で国々と戦争を行い、勝利しこの大陸を恐怖のドン底に叩き落としたとされる人物『黄泉王』。

 当時はまだ惟神家も含まれていた魔導十家によって何とか滅ぼされたものの、その圧倒的暴威から人々は個人で彼ほどの規模を持つ魔力を持って生まれてしまったとしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それだけ、大量の魔力を持って生まれるということはこの世界においては法則を変えかねないバランスブレイカーとなり得る。

 

 

「私の魔力量は、この国の法に従えば存在することすら許されない量です。あの降魔は本来、私の肉体を使って受肉する予定でした。だから、アイツは私を殺せず、私はこの世界で唯一アイツを殺す刃に成りうる」

 

 

 シャルロッティの言うことは真実なのだろう。

 これだけの魔力、この学院の生徒の平均値の軽く100倍はあり魔力保持法に従えば間違いなく処刑モノ。

 これだけの逸材の肉体、降魔が欲しがるのも頷けるし降魔を倒す切り札となるのもわかる。

 

「アイツの目的は私の肉体です。だからこそ、私の存在は隠れ潜むやつを表に出す札だったわけですが……。見事に失敗しアニキスは私を庇い囚われ、もう打つ手がありません」

 

 敗北を思い出したからか、シャルロッティの顔は暗くなり言葉に迷い会話は途切れる。

 今の状況、何とか逃げはしたもののシャルロッティからすれば既に詰みに近い。自殺しようにも肉体の痕跡を残せばこのとんでもない魔力を持った体が降魔に奪われるだけだし、逃げようにも存在を晒してしまった以上血眼になって探される。

 

 つまりもう引き返せない。

 戦うしかないということになってしまう。

 

「シャルロッティ、ひとつ確認いいか?」

「なんでしょうか?」

「お前の魔力量なら、降魔を倒せる可能性があったんだよな?」

「……手も足も出ずに負けてしまいましたが、理論上は」

「そっか」

 

 なら良かった。

 シャルロッティの魔力量でも倒せるから、簡単な方法があるじゃないか。

 

「まぁこうなっちまった以上は仕方ない。カサネ先輩、俺がやりますよ」

「そういうことになるけどなぁ……何もしないと国が滅ぶけど」

「う〜ん、さすがにハバキくんがどれだけ強くてもどうにかなる問題じゃなくない?」

「はい……。ハバキくんはかなりの魔力量ですが、私と比べたら……」

 

 やる気に満ち溢れる俺とカサネ先輩に対して、アラシ先輩ですら少し余裕のない顔で止めに入り、シャルロッティも言いづらそうにではあるがはっきりと告げた。

 

 そうなんだよね、今の単純な魔力量で比べたら俺とシャルロッティではシャルロッティの方が()()()()()()。それに加えて相手の手の内を知るシャルが負けたとなると、俺に勝ちの目が無いことは明白だろう。

 

 

 だが、そこをどうにかする切り札は俺にもある。

 なんて言ったって、俺は『チート能力者』なのだ。この世界の理において、降魔を越える禁断の超常。

 

 やらなければこの国が無くなる。

 義姉さんやアラシ先輩、それにシャッティ改めシャルロッティとアニキスは俺の友達だ。友達が困っていて、俺に助けられる力があるのに見捨てるなんてことは絶対にできない。

 

 

 

 

 あと、めちゃくちゃこれ大チャンスじゃねぇか! 

 今の俺の評価は暴力の権化とかそんな感じだけど、かつて国を滅ぼした降魔を倒したとなれば話は違ってくる。

 日常で人を倒しまくってもやべーやつだが、異常の中で異常を倒せばそれはもう実質英雄なのだ。救国の英雄ともなれば、もう周りの女子からの評価はうなぎ登り。

 

 間違いなく俺の当初の目的であるハーレムが達成できる。

 

 

「安心しろシャルロッティ、俺が必ず降魔を倒してやる」

「……こんな時にすごく失礼なんだけど、なんかやましいこと考えてないですか?」

「まさか。家族や友人の生きるこの国を救いたくてうずうずしているぜ」

「本音は?」

「女の子にモテそう」

 

 カサネ先輩が俺の事を引っ掴んで床に投げて、容赦の無い蹴りを加えてくる。ついでにと言わんばかりにアラシ先輩も笑顔で参加してきて、シャルロッティは困ったようにしながらも止めるのも違うな、みたいな顔で傍観している。

 

「お前本当に死ぬかもしれないんだからな? 事の重大さとかわかってる?」

「わかってますわかってます! 今のはついでにというか、俺のモチベ的な話です! なんですか! モテたくて国を救っちゃ悪いんですか!」

「表に出すな」

「やめてください! 俺が悪いってわかる正論が一番嫌なんですよ!」

「そんなこと言うような子に育てた覚えはない! どこでそんな悪影響受けてきた!」

 

 だって仕方ないじゃん! せっかくチート能力持って生まれたのにここまでの人生この力でいい方向にいった試しがなかったんだもん! 

 だからようやく巡ってきたこの機会にちょっと欲望が出ちゃうのは……仕方ないだろ! 

 

「あは〜! でもすご〜い! 私からしたら全然分からない理由で命かけられるんだもん! 私は更に好きになったよ〜」

「ありがとうございますアラシ先輩。あ、痛い、じゃあ蹴るのやめてください」

「それはそれとして人としてどうかとは思う」

 

 睾丸か心臓をもぎ取ろうとしてきた人に人としての在り方をどうこう言われるとは思わなかった。なんだ、ダメか? ハーレムってそんなにダメか? モテたいじゃんよ。

 

「ハバキくん、その……本当に、あの降魔は危険な存在なんです」

「でもやらなきゃどうせ死ぬんだろ? なら、結局誰かが頑張らなきゃならねぇんだ。ならその責任は俺が負うよ。その分対価を要求するだけで」

 

 そう、どうせ誰かがやらなければいけないのだ。

 ならばそこに自ら対価を要求して挑むことは別にそんなおかしいことじゃないだろう。だからカサネ先輩はもう睨みつけるのをやめて欲しい。

 

「……私の最初の計画ではこうでした。まず、私の存在を知らせ受肉降魔を表舞台に引きずり出す。それから戦闘しながら、この国の軍や警察機関を戦闘に巻き込む。さすがにこの方法なら揉み消したりして隠蔽することは出来ない。その過程で、ハバキくんのことは上手く戦闘に巻き込むつもりでした」

「へぇ、頭いいなシャルロッティ」

「利用しようとしていたって、事なんですけど……」

「さっきも言ったけどコイツ童貞拗らせてるから、唾とか付けられたり女子に何されても喜ぶぞ」

「シャルロッティにまで変な印象植え付けないでくれませんか!? 数少ない友達なんですよ。それに、さすがに唾は嫌ですよかわいい女の子のでも」

「あは〜、言ってることが全然違う〜」

「男は振り返ってはいけないんです」

 

 まぁアラシ先輩風に言うとだ。

 きっかけがどうだとか、理由がどうだとか。そういうことよりも俺が何に興味を持ち、何をどう思うかが重要だとは思うし。

 利用だとか下心だとか、きっかけがそれでも俺はシャルロッティのことは友達として大事だし、アニキスのことも助けたい。そしてついでにモテたい。俺が損することは実は一個もないのだ。

 

「というわけで安心しろシャルロッティ。受肉降魔でもなんでも俺がぶっ倒して、必ずアニキスを助けてお前の故郷の無念も晴らす。だから、俺が倒したら、その……」

「何……?」

「俺のカッコいい感じの噂、広めてくれ」

 

ぶふっ、となんの取り繕いもなく変なツボに入ったみたいにシャルロッティは吹き出した。王女様が絶対にしちゃいけないタイプの笑い方だった。

 

「……同衾くらい言われると思いましたよ。そんな簡単なことでいいんですか? 本当に、いいんですか?」

「いやこれ重要なんだよ。それに、シャルロッティは友達だから……そういうのは段階を踏んでね?」

「ハバキくん、男女はまずお友達からだんだん積み重ねて恋人になると思ってるタイプだかわいい〜」

「それの何がいけないんですか。あと、シャルロッティは友達だからそういうカウントじゃないんです」

「そう言われると一応女の子としてそれなりに複雑なんですが…………まぁ、わかったっすよ。代わりに、絶対生きて帰るって、オイラとの約束っすよ?」

 

 シャルロッティは舎弟みたいな喋り方で、改めて笑顔を作りそれから頭を下げた。

 まさか学院に入ってすぐにこんな脅威にあたる羽目になるとは思わなかったが、やるだけやってやろう。

 カサネ先輩もアラシ先輩も呆れながらではあるが協力してくれるようだったし、じゃあみんなで頑張っていこうと、和やかな雰囲気が流れ始めた時。

 

 

 

 空き教室の扉がなんの前触れも無く開かれた。

 

 この教室はカサネ先輩のセーフルーム。周囲には監視の術式が施されており、扉を開けるどころか近づいた時点でカサネ先輩が気がつく。

 そもそも、近づいて来たとしても扉は鍵をかけてその上から魔力で保護をしていたはずだ。そこには俺も協力したので力技ではそう簡単に入ることは出来ない。

 

 

 なのに、ゆっくりと教室に入ってきたそいつは、まるで当然のように扉を開けて、閉め、それから俺達を、いや俺だけを見て一言。

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ、おもしれー選択。さすがは『極点』」

 

 

 

 

 

 そう、口にした。

 

 

 

 

 








1話の靴ペロ女は保食 ネブちゃんって言うらしいです。




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降魔はボーイズラブ






読者様から『キャラクターの苗字が難読すぎて覚えられない』『アラシ先輩が市川雛菜を連想させる』等の声がありました。
そのようなご意見を受けて、市川雛菜のSSRを当てられないPの自覚のない投稿者も反省して名前を変更することにしました。得用20個入ではなくなりましたが心機一転、美味しくなってリニューアルしてチートハーレム杯期間中に書き終えます。








 

 

 

 

 

 降魔とは神に近しい存在である。

 人がこの世界の法則に従い生きるのに対し、降魔は己の法則で生きる。だから降魔は強い。肉体を持たず、この世界に対して干渉力が低い状態でも都市を滅ぼせると言われているほどだ。

 

 では、受肉降魔は? 

 人と同じように肉体を持ち、されど人の法則に縛られないモノ。それは最早神すらをも越えた存在である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!? ここは……?」

「俺と君だけの空間だよ。話は君とだけしたいからね」

 

 いつの間にか俺は、さっきまでのカサネ先輩のセーフルームではなく、真っ白な空間に椅子二つと机一つが置かれた不思議な場所にいた。そして、その内の椅子の一つに腰をかけ、俺に座るように促しているのは俺のクラスメイトである……えっと、おもしれーくんだ。

 

「お前、何者だ?」

「それもおいおい話していこうと思う」

「まどろっこしいのは嫌いだ。……お前、受肉降魔か?」

 

 俺の質問に対しておもしれーくんは笑顔で、普段の何気ない会話のように答える。

 

「大正解。改めて自己紹介しようか」

 

 おもしれーくん、いや。

 受肉降魔はマスクを外し、その口元を顕にした。

 

 裂けたような紋様が施された頬と、舌の上には何らかの魔術的記号が彫られた異様な容姿。たとえ赤子であろうとも、その異様さと存在感に目を惹かれ、恐怖するだろうという確信がある。

 

 

「我が名はバルゼ・プロキアス。降魔の内最上位に属する七階、第五位に座する『悦楽』の王、バルゼ・プロキアス!」

 

 

 七階、というのは降魔のランクのことだ。

 降魔である時点で驚異であることには変わりないのだが、その中でも降魔には下級、中級、上級とランクがある。

 

 じゃあコイツは? となるがそんなランクなど意味の無い存在だ。

 七階は降魔の王。7体しか存在しない、神話の中でのみ語られるこの世を削るために生まれた悪逆の刃。

 存在そのものが世界を歪める絶対悪。そのうちの一体が自分だと、はっきりと、()()()()()()()()()()()()()

 

 さすがにこれはやばい。

 カサネ先輩と二人がかりでならともかく、今の状態だと俺でも勝てるかは分からない。相対して改めて、シャルロッティがあれだけ恐れていた理由がわかる。

 

 コイツらはダメだ、この世界にコイツらが在ることを許してはいけないのだ。

 ただそこにいるだけで法を腐らせ、原理をねじ曲げ、道徳を膿のように吐き出させる。まさに悪という概念そのもの。

 

「というか名前、降魔の真名って大事に管理するものじゃねぇのかよ?」

「…………既に教えたよね?」

「マジ?」

 

 これは本当に申し訳ないんだけど、全然覚えてなかったわ。

 

「ふふっ、恐れているように見えて普段と変わらない。そもそもこの俺の名前を忘れるなんて、おもしれー極点……ますます好きになる」

「生憎、俺はお前のことが嫌いになったよ」

「それは残念。なら、どうする?」

 

 かかってこいと言わんばかりに受肉降魔、バルゼ……えっと、バル…………おもしれーくんは両手を大きく広げる。

 勝てる可能性は、おそらくは半々だろう。だがそれで十分。

 

 

「悪いが、シャルロッティと約束をしたんだ。だから負けられないぜ、受肉降魔様よ」

「………………ふっ、シャルロッティって誰?」

 

 

 何を言ってるんだコイツ、と言わんばかりの顔で。受肉降魔おもしれーくんは威厳のへったくれもない間抜け面を晒しながらそう答えた。

 何言ってんだコイツ。

 

「忘れたとは言わせねぇぞ。お前が滅ぼした国の王女様の名前だよ!」

「滅ぼした国? そんなもの覚えてないよ」

 

 コイツ……! 

 人間の命なんて数えるに値しないと、そう言いたいのか。やはり降魔の王。コイツは絶対に生かしておけない。

 

「アニキスは何処にいる。どうせ人質として活かしているんだろう!」

「いやそれ俺も聞きに来たんだよ。何処にいるの彼?」

「…………」

 

 

 なんか、おかしいな。会話が噛み合ってない。名乗りまではめちゃくちゃ威厳があったのに、もう完全におもしれーくんの雰囲気に戻っちゃってるし。

 

「その、一応確認するけどさ。お前ってシャッティが女の子って知ってた?」

「マジ? おもしれー真実……」

「それで実は亡国のお姫様って知ってた?」

「マジ? おもしれー真実……」

 

 こんなことがあっていいのか正直分からない。

 降魔が受肉するというのは、それだけで歴史書に刻まれる大事件。歴史上それが起きた時代は重大なターニングポイントとして、様々な厄災が巻き起こり時には人類滅亡の危機にまで発展している。

 

 だから、そんなことあるはずがないけれど、一応聞いておかなければならない。

 

 

「お前、何しに来たの?」

「サプライズで、ハバキくんを驚かせようと思って探したんだよ。驚いた?」

 

 

 

 コイツ、特に事件と関係の無い通りすがりの受肉降魔だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ〜俺以外にも受肉降魔が。おもしれー状況」

「何が面白いんだよ。人類からしたら台風が上下から突っ込んできてるんだよ」

 

 真っ白空間で適当に茶をしばきつつ、お互いの認識を擦り合わせていく。

 おもしれーくんこと……ダメだ、全く真名が覚えられない。受肉降魔としてのおもしれーくんは、何となくつい最近受肉したらしい。何となくで受肉されるのめちゃくちゃ困るんだが? 

 

 そして受肉したので人間の営みを見ようと思いこうしてシーカ魔導学院に転がり込んで、あの入学式というわけだ。

 

「俺は君に『極点』を見た。こう、肉体で言う足の間のところがうずうずしたのさ」

「きっしょ」

「ふっ、受肉降魔に対してその態度……おもしれー」

 

 ダメだこいつ無敵だ。箸が転がっても面白い期の赤ちゃんみたいな情緒している。

 実際受肉1年生らしいから赤ちゃんでも間違いではないらしい。肉体を持つというのに慣れてないのか、さっきからやたらズボンの下でアレの位置調整してるし。

 

「ともかく俺は君が好きだ。だから君を観察し、友人となり、今日はより親交を深めるために己の正体を明かしに来ただけだ」

 

 つまりタイミングが死ぬほどややこしいだけの一般通過受肉降魔おもしれーくんということだ。

 嘘だろ死ぬほど迷惑。なんでわざわざこのタイミングで突っ込んでこれるんだこいつ? お前の方が俺よりよっぽどおもしれー存在だろ。

 

「しかし俺以外にも受肉降魔がいるとは……ふむ……それは、面白くない」

「やっぱり降魔同士でも仲とか政治みたいなのあるのか?」

「いやそれは無いけれど、今度アニキスに料理を教わる予定だったのだが、彼が囚われてるとなると教えて貰えない。面白くない。しかし、受肉した降魔同士は不干渉がこっちの決まり事、故に俺は手を出さない」

 

 面倒くさそうな顔をして頬をかいている。おもしれーくんは俺のことは贔屓にしてくれているようだが、それ以外は多分、この世界を含めて全てが割とどうでも良いのだろう。

 

 でも、おもしれーくんは俺には興味がある。

 カサネ先輩に今だけは感謝しなければならない。あの頭のおかしい入学式のモテモテ大作戦のおかげで、今こうして一つのチャンスを手に入れた。

 

「なぁおもしれーくん? 俺と契約しないか?」

「いいよー」

「軽っ」

「さっきも言ったけど俺君のこと好きだし。断る理由ないよ」

 

 そりゃあこっちもその弱みにつけ込むつもりだったけれど、ここまで軽いとは思わなかったんだよ。

 

「んじゃあ、もう一体の受肉降魔討伐を手伝ってくれ」

「よし。それじゃあ何を差し出す? 一応言っておくけれど、七階、第五位の降魔。『悦楽』を司る俺に対して、何をさしだすのかな?」

 

 先程までと話の雰囲気は何も変わらず緩いまま。

 されど、この質問は決して答えを誤ってはいけない質問だ。契約とは、降魔にとって最も重要なモノであり、俺が何を差し出すかによっておもしれーくんもどれだけ力を貸すかが決まる。

 

 そして、差し出したモノの価値は降魔側が決める。

 つまり、俺は己の願いの価値を自分で考え、口にして、おもしれーくんに認めさせなければならない。

 

 

「これからも友達でいてやる。一番近くで、お前におもしれー俺の姿を見せてやるよ」

「…………ふっ、おもしれー男」

 

 

 心臓が鎖で縛られるかのような苦しさ。

 降魔との契約が完了し、俺とおもしれーくんの魂が繋がったことを表す。

 

「改めて、我が名は……まぁなんでもいっか。おもしれーくんでいいよ。とにかく、俺は君の契約者だ。君が払う対価に応じ、その願いを叶えよう!」

 

 心底楽しそうなおもしれーくんに対して、俺はちょっと冷静になってきた。

 そういえば降魔との契約って死罪じゃなかったっけ? まぁ今は状況が状況だし、多分情状酌量が働くだろう。深く考えないでおこう。

 

「だが、この契約は君が俺にとってのおもしれー男である前提で成り立っている。もしも俺が君を面白くないと、興味が無くなったその時は」

「あぁ……わかってるよ」

 

 さすがにそこまで上手い話ではなかったようだ。

 当然ではあるが、もしも俺がおもしれーくんを楽しませられなくなったら。

 契約違反となった場合、俺の魂を奪う。そう言いたいのだろう。

 

「ケツを出せ」

「あぁ…………あ?」

「よし契約成立」

 

 待って今のなし。

 とんでもない事を言わなかったコイツ? 

 

「ケツって、ケツ? 臀部?」

「うん。面白くなかったら、娶るね」

「は?」

「君が面白くなくなっても、君の子供なら面白いかもしれないし」

「俺男だよ?」

「俺降魔だよ? 男でも孕ませられる」

 

 魂とかの方がよっぽどマシな契約させられたんだが? 

 というか俺が孕ませられる側なのかよ。そこはせめて性別可変とかにしてくれないか? 

 

「というわけで、これからもずっとおもしれー姿を見せてくれよな。俺の見つけた、唯一の『極点』……」

 

 ものすごく、なんだか湿ってるような声で。その視線は明らかに俺の下半身に向けられていて。俺はとりあえず怖くて尻を抑えた。

 せめて見た目だけでも女の子になってくれねぇかなコイツ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 道祖(さえの)ハツネは容姿端麗、成績優秀、性格最悪、本性雌豚の14歳の女の子である。

 

 どれだけ優秀かつ悪辣かつ、性癖がどうしようもないくらい終わっていたとしても彼女は14歳の女の子なのだ。

 普通に少女らしい夢だって見るし、人並みに自分の親の事は大好きなのである。

 

 

「どういうことですかお父様」

「どうもこうもない。近日、私の方から惟神家に公式試合の申し込みをする」

 

 自分が気に入らないものならばたとえ神であろうと噛み付く自信があるハツネであるが、そんな彼女が唯一口答えができない存在。それが父親であり現道祖家当主である道祖クナドである。

 

「元を辿ればお前が原因だハツネ。あの家は魔導十家に名を連ねながら、その誇りと責務を捨てた家。そんな家のものに無様に負け、魔導錬成までみせてしまっては、我が家だけではなく魔導九家の恥だ」

「ならば私に再戦の機会を用意してください! 次は……」

「魔導錬成を破られたお前に、それ以上の切り札があると?」

「…………」

 

 黙るしか無かった。

 自分ではあの惟神ハバキに勝つ方法は現状存在せず、現在はなんの肩書きもない惟神家に、魔導九家の人間が圧敗したとなればメンツが潰れる。

 全ては自分の責任であり、仕方の無いこと。

 

「それを伝えるためだけに、わざわざ勘当した私を呼び戻したんですか?」

「その通りだ」

「……え? 本当にそれだけですか?」

「その通りだが? 悔しいだろ? 別に勘当したはいいが本心では心配で顔を見る機会を作ったとかではないからな?」

「そう、でしたね。お父様は、他人の悔しがる顔が大好きでしたもんね。もう既に私と貴方は他人ということですか?」

「…………………………ふん。好きに捉えろ。お前の好きに、できるだけいい感じの方にな。好意的に捉えていいぞ。ポジティブな方が生きやすいからな」

 

 娘が娘なら父も父である。

 ハツネは相手が父親でなければ本気の舌打ちを披露していただろう。

 

「それに今回は我が家だけの問題では無い。保食(かてほ)家と風辺(しなとべ)家。2つの家も協力する」

「協力……? 公式試合は1対1の真剣勝負では無いのですか?」

「そうも言っていられない。万一にも、魔導九家があの家にメンツを潰されたままなど、あってはならない」

 

 ハツネは勘当された身であれど、道祖の人間として生きてきた自分に誇りがあった。

 誇りとは、己の行動に対して湧くもの。決して曲げてはならないものを曲げないからこそ、誇りは保たれる。

 幾ら惟神の家が頭のおかしいイノシシみたいなことしかしないイカレポンチの集まりだからといって、魔導九家が複数で潰しにかかるなんて、彼女がこの家で育くんだ誇りに反することだった。

 

「道祖がそこまでして、誇りすら投げ捨ててまで潰さなければならないほどのことを、あの家はしたのですか?」

「した。具体的に言うか? 入学式で3年前には惟神カサネが、そして今年では惟神ハバキが暴れまくって、特に後者のせいで保食の家の娘は酷いトラウマを植え付けられたらしく、最近では部屋に籠って如何に舌だけで靴を綺麗に磨けるかの研究に没頭しているらしい」

「それはさすがに全力で潰したくなりますね」

 

 思ったより具体的かつ凄惨な結果を言われハツネも冷静になってしまった。

 自分の娘がそんな風にされたらそりゃあ相手の家を潰したくもなるだろう。基本他人のことはどうでもいいハツネですら保食家の人達が少し可哀想に思えてくるほどだった。

 

 そりゃあ可愛い娘がいきなり靴を舐めることに生き甲斐を見出すド変態になってたら親としては相手が憎いだろう。ハツネは他人事のようにそう思った。

 

「ともかく、無事に惟神家を潰せれば私もお前をなんの気兼ねもなく家に戻せる。お前としても喜ばしいことだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことを思い出して、ハツネは非常に不機嫌であった。

 自分が弱くて思い通りにいかないという現実がとにかく腹立たしくて仕方がない。ストレス発散のため昨日の夜は亀甲縛りを自分にしてみたが1人だとあまり楽しくもなかった。

 

 

「おい……ほんとに大丈夫なのか? 俺何もかも不安なんだけど……」

「緊張してるのか? ふっ、かわいいじゃねぇか……おもしれー男」

「あっ、やめろ! ケツを揉むなケツを!」

「今更何を言ってるんだよ。あんなに深く繋がった俺とお前の仲だろ?」

「くそっ……これ本当に必要なことなのか?」

 

 

 そんなハツネの耳に、聞き覚えのある声で聞き覚えがあったらダメなタイプの会話が聞こえてきた。

 間違いなく1人は惟神ハバキのもので、もう1人は……確証はないがいつもハバキと一緒にいるロン毛でおもしれーって口癖のように言っている男だろう。

 

 隠れるなんてそんな自分らしくないこと、普段のハツネなら絶対しない。だが、これはなんというか、さすがに隠れなきゃいけない気がしたのだ。

 物陰から、人気のない校舎の影でお互いの身体を触りあっている2人を見る。

 

「……っぅ、おい、やっぱりこんなのおかしいだろ」

「何がおかしいんだ?」

「だって……やっぱり、これは……」

「今更怖気付いたのか? ふっ、そういうところもおもしれー」

「くっ……殺せ!」

 

 脳が壊れた。

 ハツネの中で確実に何かいけない扉が開いた。あれだけ自分を一方的に打ちのめした惟神ハバキが、臀を撫でられて顔を真っ赤にしている。まるであのおもしれーが口癖の男のモノであるかのように弄ばれている。

 

 許せない。ハバキは自分が倒す。そうやって挑んで負けて、めちゃくちゃにされるはずなのになんで誰かの手で、私以外の手で……。

 

 

 悔しくて悲しくて、腹立たしい。

 そのはずなのにハツネは興奮していた。

 

 自分のモノが誰かに奪われてしまうのも、男と男が意味の無いはずの愛を育んでいる様子も。今までどうでもいいと思っていたそんなものがこの世で最も尊いもののように感じる。

 

しっかりと目に収めつつ、薔薇の花園を決して汚さぬように立ち去りながら、部屋に戻って大人しくその光景を絵に描き写しておくことにした。

 

 

 道祖ハツネの性癖はめちゃくちゃになった。

 

 

 

 

 

 

 








感想と高評価沢山くれると喜びます。マジで喜びます。


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その力は不正(チート)と呼ぶか 前編






何とかチートハーレム杯中に完結間に合いました!







 

 

 

 

 

 

 その知らせは突然舞い込んできた。

 

 

 ハツネの実家、つまり道祖(さえの)家から公式試合のお誘い。

 魔導九家らしい上品な文章で装飾されているが、その内容を抜き出して俺達庶民にも伝わるように言えば。

 

『よくもうちのメンツを潰してくれたな。衆人環視の中でボコって格の違いを教えてやるから逃げんじゃねぇぞボケ』

 

 ……ってことだ。

 そもそも惟神(かむながら)家の人間に逃走はなく、あるのは一時撤退と戦略的撤退だけなので断るつもりもないし、第一断れるわけもないから考えるだけ無駄なのだが。

 

「このタイミング、どう考えても罠だろうな」

「ですよねぇ……」

 

 道祖家のご当主様は直接俺を指名しているし、立会人として同じく魔導九家の保食(かてほ)家と風辺(しなとべ)家もいる。こうなっては断れるような理由もないし、何より俺だけではなく惟神家の人間として義姉さんも参加せざるを得ない。

 

 つまり、この日は俺と義姉さんの2人はこのセーフルームでシャルロッティの警備には参加出来ないのだ。

 

「お前から何か言って止めさせられたりしないか、アラシ?」

「うーん、そもそもうちはあんまり発言力ないですしぃ。当主の方針としては他所の家と政で関わるのはいや〜って感じですねぇ」

「まぁそうだよな。最初からお前には期待してない」

「あは〜辛辣〜」

「ですが……逆に言えば『道祖』、『保食』、『風辺』。この三家のどれかに受肉降魔が潜んでいる確率が高い」

「アラシ、受肉降魔から1人でシャル守れるか?」

「先輩私に死んで欲しいの〜?」

 

 さて困った困った。

 シャルロッティを一緒に連れていくという手もあるが、そもそも外に出すことの方が危険は多い。そもそも俺もカサネ先輩も守ることより消し飛ばす方がずっと得意なタイプだし。

 そもそも、わざわざ俺とカサネ先輩を呼びつけてるんだからそこで纏めて二人とも始末するって考えの可能性もあるなぁ。そっちだと嬉しいけれど、無差別攻撃とかされて人死にが出るのは俺としても喜ばしくない。

 

 やはり先にみつけて先制でぶん殴るのが一番なんだけどなぁ。

 

「そもそも三家揃ってアウェイに誘き寄せるとか大人気ない〜。惟神家ってホント嫌われてるね〜。さすがって感じ」

「お前ん家のが嫌われてるよ。謙遜するな」

「あは〜?」

 

 カサネ先輩とアラシ先輩が壮絶な肘での小突き合いを始めたのを横目に見つつ、俺は教室の入口に目を向ける。

 

 まるで()()()()()()()()()()()扉は修復されている。いや、修復と言うよりはそもそもおもしれーくんが扉を壊したことそのものがなかったことになったのだ。

 

 さすがに受肉降魔が通りすがって契約しました、はみんなに言えないから黙っておいてって言ったら限定的に時間を巻き戻してくれたのだ。

 改めておもしれーくん本当に受肉降魔なんだよな……。時間逆行なんていくら魔術でも起こせない奇跡のはずなのになんかサラッとやっちまってるし。

 

 とは言え言うことを100%聞いてくれる訳でもないし、下手すると俺の命よりも失ってはいけないものが失われるので頼りきることも出来ない。

 

「あんまり良くないことだろうけれど、試合を受けない、って選択はダメなんですかね。もしかしたら、誘い込んでハバキくん達を殺すつもりなんじゃ」

「あ、それならOK。勝てる勝てる」

「そうだな。私とハバキが揃ってるなら受肉降魔くらいならまぁどうにかなる」

「どうにかなるんですか!? 私の国滅ぼした相手ですよ!?」

 

 一つ確信を持って言えるのは、殴り合いでの勝負になれば100%俺が勝つ。

 相手にもそれなりに手札があるだろうが、それはこちらの受肉降魔(おもしれーくん)にどうにかしてもらう。それなら俺が負けることは万に一つも有り得ない。

 

 そういう確信があるから俺も、義姉さんもいつもと同じように気楽に振る舞える点があるのだ。

 アラシ先輩は知らないはずだけどまぁ……アラシ先輩だからなぁ。

 

 けれど、俺は殴り合いが強いだけで隠れたり探したりが得意な訳じゃないからそっち方面で勝負されたらあっさりシャルロッティが攫われてゲームオーバーも有り得るんだよなぁ。

 

「シャッティ……じゃなくて、シャルロッティも切り札あるらしいけどそれって使えるのか?」

「使えますけど……私のも正直戦闘を始める前提で……」

 

 これだから陰湿で狡猾な降魔は。

 殴って終わりの単純な相手ならどれだけ簡単だったか。かくれんぼと鬼ごっこをしてようやく勝負してくれるとか、昔のポケモンのエンカウント式伝説みたいな面倒くささ。金銀リメイクのサンダーくらい堂々としろよまったく。

 

「まぁでも、都合がいいっちゃ都合がいいかな」

「ん〜? 現状私達にいいことなんてなんにもなくない〜?」

「いや、わかってることがある。相手は少なくとも私とハバキを罠にはめようとしている。これがどういうことがわかるか?」

 

 惟神家の家訓、その三十二くらいにはこういう言葉がある。

 

「罠を仕掛けるということは相手はビビってる」

「ビビって腰の引けた相手は胸ぐら掴んで殴れば勝てる」

「ッ! 潜み隠れる受肉降魔の策に敢えて乗ることで、相手が姿を晒さざるを得ない状況を作るということですね」

 

 多分そういうことだと思う。俺とカサネ先輩は爆弾仕掛けまくった野原を走らされたりしてただけだからよくわかんないけど。

 

 改めてなんだか行ける気がしてきた。やっぱり日頃からカサネ先輩が言うように力こそ正義なんだな。

 

 

 

「……え? これ私が真面目にやらないといけないやつ?」

 

 

 

 普段の惚けた口調すら忘れてアラシ先輩がそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 やれることはもうあんまりないのであとは英気を養うだけなのだが。

 

「……あの。ハツネさん? どうしました?」

「あらこんなところで。偶然ね」

 

 おもっくそ俺の通る道を通せんぼするように立っているのに偶然もクソもないだろ。

 

「そのー、俺明日から色々忙しくなる予定なんで。今日は早めに帰りたくて……」

「逃げた方がいいわよ。多分、明日行ったらアンタ大怪我することになるわよ」

 

 勘当されたとはいえハツネは道祖家の人間。多分なんとなくの事情は知ってるのだろう。

 でもね、多分実際は大怪我どころかワンチャン死ぬし、行かなかったら行かなかったでほぼ間違いなくケツを掘られるんだよ。

 

「悪いな。俺には絶対に退けない理由がある」

 

 シャルロッティの為にも、あとモテたいしケツを掘られたくは無いし。

 

「せっかく人が親切で言ってやってるのに……負けたら許さないからね」

「相手お前の父親だぞ? そっち応援しなくていいのか?」

「あの人は私に応援なんてされたって嬉しくない。それに、アンタを倒すのは私なのよ。だから……」

 

 ハツネは少しだけ目を伏せて、上擦りそうになる声を抑えるようにしぼりだした。

 

「私以外のやつに負けて絶対服従を強いられて体を思い通りに弄られてそれでも心だけは、と抵抗し続けるも虚しく……みたいなことになったら許さないわよ」

「ごめんなんて?」

「私以外のやつに負けて絶対服従を強いられて体を思い通りに弄られてそれでも心だけは、と抵抗し続けるも虚しく……みたいなことになったら許さないわよ、って言ったの。一度で聞き取りなさいよ」

 

 一度で聞き取れちゃったから聞き直したんだろうが。

 ハツネは俺にそんな風に負けて欲しいのか、それともそうなって欲しくないのかどっちなんだ? 

 想像内容が具体的すぎて前者としか思えないんだが? 

 

「……おう、応援ありがとな!」

「応援なんてしてないわよ」

 

 知ってるよ。世辞に決まってんだろ。

 こんな地獄のような応援あってたまるか。

 

「……あと、一つ聞きたいんだけどさ」

「なに? 変な質問しないでくれよ?」

「しないわよ。アンタって、受けでいいのよね?」

 

 何の話か分からないけれど、これにどう答えても最悪な未来になる気しかしなかったのでとりあえず俺は無視して走って帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「はじめまして、ハバキくん。ご両親は元気かな」

「ええ。息子の晴れ舞台にも駆け付けずに武者修行に明け暮れるくらいには」

 

 闘技場の中心で、俺は髭を蓄えた初老の男性と向き合う。

 彼こそがハツネの父親、現道祖家当主である道祖クナドさん。そして今日の俺の対戦相手でもある。

 若い頃はうちの義父と殴り合いしてたらしいから、めちゃくちゃ怖いんだよな。正直うちの父親、受肉降魔とかより全然怖い。

 

「それで、勝負の前にひとつ聞きたいのだが。いいかね?」

「なんですか? 一応言っておくと、俺はおたくの娘さんとはなんの関係もないですよ?」

「……そうか。よかった……ではなく、向こうについてだ」

 

 クナドさんが指を指した方向には、惟神家用に用意された専用の観客席がある。そこには美しい朱色のドレス身に纏い、不機嫌そうに足を組んで座っているカサネ先輩の姿がある。

 

「安心してください。今日は()()()()()()()()()一対一の真剣勝負、でしょう?」

「なるほど。大人の世界が汚れていることくらいは知っているようだな。だが、聞きたいのはそっちじゃなくてな」

 

 クナドさんの指先は、カサネ先輩ではなくその隣に向けられていた。

 

 

「あは〜! この席すごく近い〜。頑張れハバキく〜ん」

 

 

 うん、アラシ先輩がいるね。

 

「あの子、御狐家の子だよね? なんで君の家用に用意したところに堂々といるんだ?」

「妻です」

「え?」

「まだ籍は入れてませんが、将来を誓い合ったので実質惟神家の人間です」

 

 できる限り大真面目に、何もおかしいことなどないと言わんばかりに胸を張って俺はそう応えた。

 冷静になってきたが、これダメじゃないか? これが通じるのは逆にそっちの方がダメな気がする。

 

 

「…………そうか。まぁいい」

 

 

 いけたわ。

 いけちゃうんだこれ。いけていいの? 

 

「ほら、シャルちゃんも応援してあげて〜。お嫁さんでしょ〜? 夫のことは応援してあげないと」

「え、えっと……がんばれ〜?」

 

 惟神家用に用意されたその席には、当然のような顔をしてアラシ先輩とシャルロッティも座っていた。

 正確には当然のような顔をしているのはアラシ先輩だけで、シャルロッティの方は顔を真っ赤にしてちょっと俯いてる。

 

「ではその隣の見慣れぬくすんだ金髪の子も……」

「妻です。未来の」

「二人か……ふん、豪快だな」

 

 よし、ギリギリ通った。

 まさかこんな方法でアラシ先輩とシャルロッティを近くに置いておけるなんて、さすがはカサネ先輩、頭が柔らかい。普通どう考えても無理過ぎてこんなの実行するわけないもん。これでいけるという発想には常人ではたどり着けない。

 

 代償として観客席から聞こえてくるざわめきと目線が刃みたいに鋭くなって俺を攻撃してきてるが、既に学院で同級生から全く近づかれないせいでこういうのには慣れている。

 

「では、あの隣に座っている長髪の青年も」

「知らない人です。つまみ出してください」

「ふっ、おもしれー返答……おもしれー……」

 

 ちょっと落ち込んでるおもしれーくんが連れていかれた。

 契約で魂が繋がってるからその気になればすぐ呼べるからどこにでもいていいと言ったが、そこに座ると誤解を産むからやめろマジで。

 

「もしかしてあの長髪の男も……?」

「やべぇだろ惟神のやつ。女二人囲っておいて男も?」

「性癖終わってやがる……」

 

 ほらね、すぐこう言う変な噂流れる。だがもういいよ、俺が全部終わらせてやるから。受肉降魔をぶっ倒せば多分今度こそ、モテモテになれるはず。だからあと少しの辛抱、今日ここから俺のチートハーレムが始まるんだ。

 

 

「では、準備は良いな?」

 

 

 クナドさんはそう言って魔力を励起させ臨戦態勢に入る。俺も同じように準備をする。

 指先に魔力を集め、ただ一言、極めに窮めたこの一撃を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャルロッティ・ニベルライトがこの場に来ることは彼にとって想定外だった。

 てっきりどこかに隠すものだと思っていたから、邪魔者やこの国の要人達が集まっているこの闘技場を()()()()()()()()()終わりにするつもりであったが、これではあの肉体まで消し飛ばしてしまう。

 

 1万年かけてようやく見つけた理想の魔力。『黄泉王』にも負けない魔力量を誇る、『極点』に至る可能性を持つあの肉体。

 その為にわざわざここまで計画を練ったのだ。それがあと少しで、もう手を伸ばせば手に入るのに慎重に動かないと壊れてしまうのはあまりに歯痒い。

 

 しかしこんな風にコソコソと潜んで行動するのも今日が最後。

 あの肉体さえ手に入れれば、もう全ては自分の掌の中。彼はそんな本性をひた隠しにして、この場にいることが当然の1人として試合が始まるのを待っていた。

 

 道祖クナドも惟神ハバキも、倒すこと自体は簡単だがそれなりに面倒な相手だ。勝手に削りあってくれるなら殺すのはその後で十分。

 

「…………」

 

 そう思っていた時、会場の中心に立つ惟神ハバキと目が合った。

 偶然だ。いくら奴が強くとも、本気で潜伏している受肉降魔である自分を見つけるのは人間では不可能。

 

 だから、偶然だ。

 目が合い、試合開始のその宣言の前に魔力を練り、指をこちらに向けているのは全て偶然。

 

 

 何故ならば奴らは人間だ。

 いくら強くとも存在が違う。奴らでは隠れ潜む降魔を捉えることは出来ない。だから、決して動揺せずに堂々としている。それだけでいい。

 

 

 

『あ、メセナ・セルバーンか。おひさ』

「は?」

 

 

 

 知らない声、だが確実に知っている気配。

 いつの間にか自分の隣に立っていた、先程連れていかれた長髪とマスクで人相を隠したその男は、はっきりと。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

光芒(shine)!」

 

 

 

 惟神ハバキの指から光が放たれた。

 まっすぐと、試合で人に向けて撃つようなものではなく確実に人の肉体を穿ち殺す為の、殺意の籠った一撃。

 

 人間では防ぐことは出来ない。

 だから、こうするしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おっとすいません、手が滑りました。怪我はありませんか? ()()()()

「貴様、何故。何故我の正体が、何故!」

 

 魔導九家の1つ、今回の公式試合の立役者の一家である保食(かての)家の現当主、保食ゴウケンはその肉体から巨大な蝙蝠のような翼を生やし、俺の攻撃を受け止めていた。

 

 被害は……出てないな。

 周囲の人間がパニックになって逃げたり、隣に座ってた娘さんが俺の方を見てなんか靴を見せてるけど問題ない。

 いや問題あるか? なんであの子あの状況で靴舐めてるの? 

 どうですか? みたいな顔して俺に見せつけてるけど意味わからんから早く逃げて欲しい。

 

「そんなでかい翼生やしてたら一目で分かりますよ。保食さん……いや、受肉降魔メセナ・セルバーン!」

「我が真名を……人が容易く口にするものでは無い」

 

 受肉降魔、という言葉が会場に轟き、すぐに会場の人間の動きが切り替わった。

 さすがは腐っても魔導九家の人間達だ。避難誘導と速やかな退去が為されあっという間に改めて舞台が整った。

 

「惟神のせがれ、これはどういうことだ?」

「見ての通り受肉降魔ですよ。大災害。なので、周囲に被害が出ないようにお願いします」

「……これだから惟神の人間は嫌いなのだ。だが、我らは我らの役目を果たそう」

 

 いや〜本当に話がわかる人達で助かる〜! 

 道祖クナドさんもここは退いて逃げた人達を守る事に集中してくれることだろう。

 魔導九家の一角の当主が直々にみんなを守ってくれるとなれば、これで気兼ねなく戦える。

 

 それにしてもマジでおもしれーくんすげぇな。全然分からなかったけれど一発で受肉降魔が誰か見抜いてくれるとは。さんざんケツを揉ませた甲斐があったというものだ。

 俺のケツ一つで受肉降魔の姿を晒させられるなんて安い買い物だ。さすがに穴まで払うとなると高いけれど揉ませるだけなら……心が削れるだけだからな。

 

「その顔、上手くいったと思っているのか? 己の思い通りだと、人間が我らを前にそんな驕りを抱くか」

 

 姿を晒されたというのに受肉降魔……メセ……なんだっけな。コイツら名前覚えにくいんだよな。

 とにかくメセなんとかは余裕綽々の表情のままだった。そりゃあアイツらからしたら人間なんて簡単に殺せるゴミみたいなもの。例外はシャルロッティのような有り得ないほどの強大な魔力を持つ存在だけだろう。

 

「こうして姿が見えたなら、あとは殴るだけだからな。簡単でわかりやすい」

「それだ。何故、我が正体を人が見抜いた? 『影』の理を持つこの我、メセナ・セルバーンの隠形を!」

「あれで隠れたつもりだったのかよ。油断して隠れるのを忘れてるのかと思ったぜ」

「見つかるはずがない……貴様、なんだ、貴様は何者だ!」

 

 まぁ……正直ちょっと可哀想だとは思う。

 自信満々に隠れてたら通りすがりの受肉降魔の王に普通に姿を晒されるの、事故だよね。俺だったら台パンするわ。

 

 しかしそれをわざわざ言って相手を落ち着けてあげるほど俺は優しくない。そもそもコイツ、俺の国を滅ぼそうとするわシャルロッティの国を滅ぼしてるわで慈悲とかかけるような相手でもない。

 

 だから、俺は堂々とこう答える。

 

 

「──────惟神ハバキ。お前を倒し、全て(ハーレム)を手に入れる、チート能力者だよ」

 

 

 

 さぁようやくだ。

 チート能力持ちらしく、この世界の絶対。人は受肉降魔に勝てないと言うそんなふざけたルールをぶち壊してやるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








遂にチートハーレムのチートの部分に辿り着きました。
おい、なんで、チートハーレム杯が終わってる……?




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その力は不正(チート)と呼ぶか 後編 (挿絵あり)





何とか完結させることが出来ました。皆さんここまでたくさんの応援ありがとうございました。





 

 

 

 

 

 

「──────魔導錬成」

 

 もう一度言うが魔導錬成とは、魔術の奥義の一つである。

 術式を現物質として現し、威力と速効性を飛躍的に上昇させる。巨大で強力な術式ともなればそれだけ扱いは難しくなる。

 

 これを使える時点で上級者なのだが、普通は短剣程度。

 1年で剣の形として使えるハツネや、何故か詠唱をすっ飛ばしてるアラシ先輩は十年に一人クラスの天才。

 本当に魔力量が多く、その扱いに長けた者は砲台や鎧等を生み出せたりするがそんな奴らはそうそう現れない。

 

影よ来れ(shadow with me)深淵より来れ(abyss with you)我が形成す黒紫の檻よ(dark is mine)

──────矮小なる命に運命を刻め(calling of death)!」

 

 では、受肉降魔がそれを使うとどうなるか? 

 現れればその場所を生命の痕跡ごと全てを消し飛ばしてしまうとも言われる彼らの魔導錬成とは。

 

「ハバキくん、足元!」

 

 いつの間にか闘技場の最上階にまで移動していたシャルロッティがそう叫ぶ。

 見れば、俺の足元近くの地面が段々と黒くなりそこから人の形をした何かが生えてくる。

 

「これ、あの時シャルロッティを追ってた使い魔か?」

「いや……違う! それは使い魔じゃない。『生命』だ」

 

 アラシ先輩の声を聞いて改めてそれらに目を向ける。

 真っ黒で表情などは分からないが、目鼻立ちがシャルロッティに似ている気がするその影の人形は、それそのものが全て()()()()()

 

 信じられない話だが、これは生命だ。

 あの受肉悪魔は己の魔力で生命を再現している。しかも10、100……際限なく増え続けるそれらは()()()()()()()()()()()()()()

 

「さぁ武器を取れ、術理を唱えてみせろ。その上で、真っ向から全て打ち砕いてくれる」

 

 いやー確かにこれはやばいな。魔導錬成使いを自分で生み出し、生み出した後は自律稼働してるから本体は魔力を消費しない。しかし幾ら受肉降魔でもこんなものは1000生み出すのがやっとだろう。

 

『俺は権能の方向が違うから出来ないけど、王クラスの降魔なら似たようなことは10000くらいはできるよ』

 

 おもしれーくんの声が脳に響いてくる。アイツ今どこにいるか知らないけれどそういうテンションが下がる情報だけ言うのやめて欲しい。

 ま、まぁ? 10000体くらいが相手でも別にどうにか……。

 

「……わかりました。奴は、取り込んだ人間を魔導錬成を使用できる兵隊に改造しているんです。……私の国の人口は、約30万。アイツは30万の兵士のストックが存在します!」

「はぁ?」

 

 30万ってなんだよ急にインフレしすぎだろ。トリコの捕獲レベルだってもうちょっと段階踏んでたろ。

 おもしれーくんの野郎適当言いやがって。というかヤバい。さすがに30万は馬鹿だぞ。見えてる範囲だけでも1000くらい。その術式の矛先が全て俺に向けられてる気しかしないし、影の中から今も無尽蔵に湧き出してきてる。

 

 ふざげんなよ〜! さすがにこんなバケモン相手に無双なんて出来るわけねぇだろ。

 チート能力にはちゃんとチートとしかいいようがないような活躍をさせろ! 

 

「焦りが顔に出てるぞ人間。今すぐ泣いて許しを乞うならば、一撃で殺してやらないことも無いぞ?」

 

 やべ、顔に出ていた。思いっきり焦ってるのがバレて受肉降魔は下卑た笑みを浮かべながら見せびらかすように影の兵隊達を並ばせる。

 確実に守る為には連れてくるしか無かったんだけど、これをシャルロッティに見せるなんてあまりにいやらしい。すっげぇ悪な感じの敵が使ってくるあれだよ。

 

 

雷火(shine)!」

 

 

 そんなことを考えていた俺の横を光の一閃がすり抜け、敵の兵隊の1体の頭を見事に貫き消滅させた。

 一応誰が撃ったのかなと振り向いてみると、いつの間にか魔導錬成を済ませていたのか、大砲……というか銃のような武装を装備しているシャルロッティがいた。

 

「えぇ……撃っちゃっていいの? これってお前の国の人だったんじゃ……」

「悲しいですがみんな既に四年前に殺されています。今更この程度でビビってられる程ヤワな人生は送ってないんですよ」

 

 なるほど、俺が思うより全然覚悟がガンギマリのお姫様だったようだ。普通はこういう時攻撃を躊躇しそうなものだけど、むしろキレが上がってる気さえするもん。

 

「義姉さん」

「なんだ?」

「本気出します。サポートよろしくお願いします」

「いいの? 使ったらただじゃ済まないよ?」

 

 まぁ本音を言うなら出来れば使いたくなかったけれど。ここで負けたら元も子もないし、シャルロッティが覚悟決めてるんだから俺も頑張らなくちゃだし。

 

 何よりここで本気を出さなかったら、ちょっとかっこ悪いだろう。鮮やかにカッコよく勝てなければ、モテるものもモテない。

 

「はぁ〜……わかったよ。馬鹿な弟をもつと大変なもんだよ」

 

 義姉さんと俺は背中を合わせるようにして立ち、大きく息を吸って、まるでお互いの存在を肺の中に取り込むように意識を集中させる。

 

「「我らは大地と共に生き(秩序は炎と共に)季節と共に巡り(法は雨と共に)星と共に老いてゆく(営みは光と共に)」」

 

 それは、惟神家に伝わる変則詠唱。

 それを俺と義姉さんに合わせて改造した、オンリーワンのオリジナル。

 

「…………おい、おい! おいお前! バカ!」

「ちょ、詠唱中になんですか!?」

「お前……この詠唱やると私達は魂が接続されるの忘れてないか……? お前、受肉降魔と……」

 

 やっべ。

 義姉さんの言う通り今俺と義姉さんは魂が繋がっている。どういう状態かと言うとお互いのことがだいたい全部わかるようになり、お互いが同じ存在のように感じられる。

 

 つまりまぁ、はい。隠し事が出来なくなるので……受肉降魔であるおもしれーくんとの契約とかその他諸々がバレました。

 

「魂を悪魔に売りやがって……浮気モノ……男色家! モテるなら相手は誰でもいいのか!?」

「誤解ですマジで誤解です。俺は女の子に囲まれたいです」

『ふっ、おもしれー言い訳』

「お前は黙ってろ!」

 

 せっかく割とかっこいい詠唱だったのに、これじゃあ台無しじゃねぇか。シャルロッティもアラシ先輩も何やってんだアイツら……みたいな目で見てきてる。

 

 なんか割とマジめになにかにショックを受けてる義姉さんを小突いて現実に引き戻しつつ、気を取り直して詠唱を再開する。

 

「「人が人である為に(護るべきものを見つけたのなら)我らは此処で人を越える(拳を握り敵を見よ)

偉大なる(クソッタレの)神々よ──────我らが蛮行を(力だけ寄こして)見守り給え(黙って見てろ)!」」

 

 詠唱の後、義姉さんの手には二振りの長剣が現れる。

 それ単体でも一騎当千、『紅蓮』の銘を授かった1組の双剣。だが、これの本当の使い方は俺達だけが知っている。

 

「よし、我慢しろよ」

「……やっぱ怖いんでいちにのさんでヅァ!?」

 

 俺の話を全く聞いてくれない義姉さんは、なんの躊躇いもなく()()()()()()()()()()()

 

「…………? 何をしている? 恐怖で頭でもイカれたのか?」

 

 あまりに義姉さんが遠慮なく刺すものだから受肉降魔すらも若干引いてるよ。本当にこの人ってばイノシシの擬人化なんだから。

 

 だが、この行為をただの仲間割れとか自害としか捉えられない時点であの受肉降魔の格はたかが知れるというものだ。

 

 義姉さんの、と言うより惟神家が伝えてきた魔導錬成の特性は『封印』と『解放』。

 在ってはならないもの、在るだけで他者を傷つけるものを抑え、在るべきものをこの世に解き放つ世界の均衡の番人。

 義姉さんは常に自分の魔力のおよそ半分を、とあるものを誰にも悟られないように封印している。そして、今その封印が解かれ義姉さんは全力を振るえる状態となり、俺も同時に『アレ』が可能になる。

 

 

「──────魔導錬成、『極光(sun shine)』!」

 

 

 そう高らかに宣言し、俺は遂に自らの魔術の極地、魔導錬成を顕にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………くは、ははははは! 何をするかと思えば、()()()()()()()()()()()! 所詮人間のガキ、出来もしない夢を見て、見栄を張って、その末路がこれとは!」

 

 受肉降魔は久方ぶりに腹の底から笑った。

 己に楯突いた者が紡いだ詠唱、顕にした魔導錬成は不発に終わった。そのあまりに滑稽な姿に堪えきれず、戦闘の途中ということを忘れて笑い続けた。

 

 確かに傍らに立つ赤髪の女の魔導錬成は強力な気配があるが、それでも相手は人間だ。

 剣を振るい、魔力を練り、戦い続ければ疲弊し倒れる。無限の兵隊を持つ自分が負ける道理はどこにも無い。

 最早相手は絶望するしかない。そういう確信があったからこそ、受肉降魔は嗤ったのだ。

 

 

「──────光芒(shine)

「──────は?」

 

 

 その笑みが、たった一言でこの世から消し飛ばされた。

 

 惟神ハバキの一節の詠唱。

 それと共に空から降り注いできた幾千もの光の雨。破壊の化身とも終末の光景とも言える、そんな地獄の顕現が瞬きの間に1000を超える兵士を光で焼き切り、消し去ってみせたのだ。

 

「何を、いや、そもそもどこから!?」

 

 魔導錬成は成功していたのか? 

 だとしたらどこから攻撃をしてきたのか。少なくとも武装はハバキの手にはなく、彼は両の手をズボンのポケットに突っ込んで悠然と受肉降魔を睨みつけたままだった。

 

「お前、影を操るみたいな力あるんだろ? それならちゃんと自分の得意な影に目を向けてやれよ」

「影、だと?」

 

 相手に指摘され、屈辱に感じながらも受肉降魔はつい視線を下ろした。

 そして、自らの影がより濃く、二重になっていることに気がついて、すぐにもう一度空を仰ぐ。

 

 

 魔導錬成は顕現させる武装の大きさというのは一つの強さの指標となる。

 顕すものが巨大であればあるほど、形成と制御が難しくなり、必要な魔力も上昇する。

 

 魔導錬成を使える時点で一人前。

 剣や弓に出来るならそれは天才の技。

 双剣、鎧、大砲など巨大で複雑になれば研ぎ澄まされた天才。

 

 御伽噺の存在ならば、城や国なんてものを己の魔力で生み出してしまったり。

 そんな存在に比肩する受肉降魔は、一国の国民ほぼ全員を己の魔力だけで再現してみせた。

 

 

 だが、惟神ハバキは格が違う。

 彼のその力は規格外や天才や異常などでは表せない。この世のバグ、存在を許されない不正(チート)

 

 

「……太陽が、2つ? いや、まさか!」

 

 

 空に輝くもう一つの太陽。

 黄金の輝きを纏うその姿こそ、惟神ハバキの魔導錬成だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が授かったチート能力。膨大な魔力はそれこそ星を生み出す魔導錬成が可能な程であった。

 しかしその魔力量はこの国の法律と死ぬほど相性が悪い。もう存在がダメ、頼むから死んでくれって感じで生まれて間もなく殺されそうになり、実の両親はそんな俺を隠して育てるために人里離れた場所で生活し、その結果不幸にも獣に食い殺されてしまった。

 

 当時の俺は肉体が幼すぎて上手く魔力を行使できず、たまたま武者修行中に通りかかった義姉さんが居なければ一緒に食われて死んでいただろう。

 

 そんなわけで俺は惟神の家に拾われ、どうにか普通に生活できるように魔力を隠す方法が、義姉さんが俺の魔力を封印することだった。

 

 ……そういう訳で、実は全力の魔力をぶっぱなすのは人生でもほぼ初めてなのである。

 それでも日頃からこのバカみてぇな魔力を操る訓練をし続けたおかげで操作精度にはかなりの自信があったし、青ざめた受肉降魔の顔を見るにこの自信に見合った実力が俺にはあるらしい。

 

「星……星を、魔力で? は? ……ふざけるな! なんだそれは!?」

光芒(shine)連奏(rain)

 

 受肉降魔は更に兵士を出そうと影を蠢かせたが、繰り出す兵士は現れるとほぼ同時に空からの光の雨が貫き、穿ち、存在した証すら残さず消し去っていく。

 

「我は1万年だ! あの忌々しい黄泉王の時代すら最近と言える程、途方もない時間をかけて受肉を果たし、ようやく見つけた『極点』、国を生み出すことが可能なほどの魔力を持つ女、シャルロッティ・ニベルライト、我が肉体に相応しいその女を手に入れるため、我が、どれだけの労力を──────」

「他人に迷惑かけまくったことを自分の努力みたいに自慢してんじゃねぇよカス」

 

 湧き出す影の兵隊を光で焼き続けたが、しばらくすると受肉降魔の息が荒くなり肌に大粒の汗が滲み出していた。

 俺と比べたらそりゃあ矮小に見えるけれど、アイツがやってることも相当異次元な行為だ。消費魔力は相当だろう。

 

「おい、おもしれーくん。アイツって殴れば死ぬのか?」

『んー、多分死なないね。肉体が滅んでも、アイツの存在を消すには魂を焼く必要がある』

「どうやるんだの魂を焼くって」

『仕方ないなぁ……俺が力を貸してあげる』

 

 そう言って俺の隣に現れた『悦楽』の王、受肉降魔……ダメだ、やっぱり名前覚えてないわ。おもしれーくんは唇と唇がふれあいそうになるくらいに俺に顔を近づけてきてこう呟く。

 

『──────合体しよう』

「変な意味じゃないよね?」

 

 つまり一時的に降魔であるおもしれーくんの『降魔の魂を捉える第六感』を得る為に俺の体で受肉する、ということらしい。これは契約により詳細な情報が脳に叩き込まれたので嘘はないだろう。

 

『それじゃあ──────合体!』

「合体って、そういやどう言う風に……っ!?」

 

 次の瞬間、俺のケツに猛烈に嫌な感覚が走った。

 

「まて待て待て。え、え? 合体って、魔術的なあれだよね? 魂とかのアレであって、ねぇ待って!?」

『安心してくれ。肉体に傷一つつきはしない。ただ、自分の魂ではない異物が体の中に入るから本人が思う()()()()()()()()イメージが拒絶反応として脳に叩き込まれて苦しいかもね』

 

 なるほど。だから俺は今猛烈にケツに嫌な感覚がしてきてるのか。

 

「じゃあとりあえず背後から入ってくのやめてくれない? 正面から頼む」

『…………』

「おいふざけんなよ。お前ちょっと楽しんでるだろ」

『ふっ……普通の人間なら拒絶反応で死んでもおかしくないのにその反応。おもしれー男……』

「それ言えば俺が全部流すと思ったら大間違いだからな?」

『ケツだけに、流す?』

「お前ホントに後で覚えとけよ?」

 

 こっちは割と真面目に受肉降魔討伐に全力を注いでるのに、この特に事件と関係の無い方の受肉降魔はどこまでも遊び感覚で困る。実際、関係ない立場なので契約とはいえ付き合ってくれてるだけありがたいのだが。

 

「ハバキ……その」

「どうしたんですか義姉さん、俺今ちょっとケツに余裕なくて…………」

 

 いつも強気で男よりも男らしいあのカサネ義姉さんが、顔を真っ赤にし目に涙を浮かべて俺を睨みつけている。剣を握ったまま、左の手を背後に回して、多分臀部を抑えている。

 

 ……そういや、今俺と義姉さんは魂が繋がってるんだった。俺の魂におもしれーくんが侵入しようとするということは、その感覚が伝わって、うん。

 

「最低! 私の、私の尻に何をしてるんだお前!」

「これは本当に俺悪くないですよね!? 悪いのは変な想像するような入り方してきたおもしれーくんですよ!」

「お前が変な想像するからその感覚が私にも伝わってくるんだよ! もっと心を強く持、ひゃっ!」

 

 義姉さんが可愛い悲鳴を漏らし、つい目線がその跳ねるような動きで揺れる胸とか尻に行ってしまい、気付いた義姉さんにジト目で睨まれる。

 

「その……俺も同じの味わってるんで、我慢の方向で……」

「あっ…………あ〜もうやだぁ! お嫁にいけない!」

 

 実際俺のケツの貞操はまだ無事なので、穴に入れられる感覚は想像がつかないから感じるのはケツをめちゃくちゃ撫でられてるくらいの気持ち悪さなのだが、女の子である義姉さんはその感じ方が違うのだろう。

 

 すっごい真面目な戦闘の最中なのにマジで申し訳なくなる。義姉さんが泣いてるところ見たのまだ人生で2回目だよ。

 

「ハバキぃ……終わったら責任取れよ……?」

「なんの? なんの責任ですか?」

『複数人と魂レベルで繋がる。見方によってはハーレムだよ。良かったね。おもしれーハーレム』

「俺と義姉さんが一方的にケツ揉まれてお嫁にいけなくなってるんだが?」

 

 さすがにこんなケツが嫌な感じになるハーレムなんてのは願い下げだ。

 さっさと受肉降魔を倒して、英雄として凱旋し本物のハーレムの方を楽しませて貰うとしよう。

 

「合体、終わったか?」

『OK。今の俺達は2人で1人』

「私完全に被害者なんだが……まぁ、さっさとやってこい。マジで臀部が気持ち悪い」

 

 おもしれーくんと一体化した影響か、髪が急に伸びてきたが動きに特に影響はない。

 まっすぐと俺達と敵対する方の受肉降魔。……こっちも名前忘れたな。とにかく敵を見据えて俺は指で銃を象って照準を合わせる。

 

「ふざけるな……何故我以外に受肉降魔がいる!」

 

 それは俺も聞きたいよ。

 

「何故、何故何故何故何故! 何故我の邪魔を、こんな狂ったバケモノ共が! クソがァァァァァァァァ!!!」

 

 確かに考えてみれば、中々コイツも可哀想だ。

 何年もかけ、1国を滅ぼし、綿密に練ったであろう計画が、おもしれーくんというたまたま通りがかった受肉降魔と、俺という神からチートを授かったトンデモ存在に真正面から砕かれるなんて。

 

 でも、シャルロッティの故郷を滅ぼしたりとか同情できる余地は全くないので本当に助かる。気持ちよく殴って終われる悪役だ。

 

 空に浮かぶもう一つの太陽の光を右腕に集中させ、狙うは目の前の受肉降魔の存在の核。

 

 

「──────落陽極光(twilight sun shine)!!!」

 

 

 義姉さんとおもしれーくん、2人の魂の影響を受けて紅の色となった光が空から受肉降魔の体目掛けて放たれる。

 空に浮かぶ恒星一つのエネルギーを全て注ぎ込んだ最大火力。

 光の向こうで絶叫を上げながら必死にどうにか魂だけは守ろうとする受肉降魔だったが、いつまでたっても止まぬ光の猛攻に、段々とその声は小さくなり、姿は光に呑まれ見えなくなり。

 

 

 光が止み、空の太陽が一つに戻った時。

 まるで悪い夢から覚めるように、受肉降魔の体は跡形もなく消滅していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 遠くでシャルロッティが涙を流しているのが見える。

 そりゃあ自分の国を滅ぼした因縁の相手をようやく倒せたのだ。少しくらい我慢していた分を吐き出したいだろう。

 

「とりあえず、助かったよおもしれーくん……おもしれーくん?」

 

 呼びかけてみるけれど反応がない。まぁ消えたとかではないだろうし、今はどうでもいいか。

 

「終わった……のか? ……はぁ、疲れた」

「お疲れ様です義姉さん。怪我とかしてません?」

「お陰様で臀部がめちゃくちゃ気持ち悪い以外は無事だよ……」

 

 それは……本当にごめん。

 でもあれやっぱ悪いの10割おもしれーくんで俺も被害者なので俺がとやかく言われるのは納得いかねぇよ。

 

「おつかれさま〜ハバキくんにカサネ先輩〜」

「アラシ先輩も色々とありがとうございます。攻撃の余波でシャルロッティとか、避難した人達が傷つかないように適度に打ち消してくれてたでしょう?」

「あは〜! 女の子の細かな変化に気付くなんて満点〜! 童貞じゃないみたい〜!」

「残念ながら童貞なんですねこれが」

「可哀想」

 

 マジなトーンで言わないで欲しい。

 俺まだ肉体年齢は14だから。まだまだこれからだから。

 

「さて……それはそうとすごいね〜。なにか隠してるとは思ってたけど、受肉降魔との契約に魔力隠匿に恒星規模の魔導錬成。ハバキくんってほんと面白くて好き〜」

「好きなだけ好きになってください。明日から受肉降魔討伐の英雄としてモテモテでしょうし、今のうちに好意を伝えとく方がお得ですよ」

「あは〜やっぱり調子の乗り方が童貞さんだ〜」

 

 さすがに今回ばかりは調子に乗っても許されるだろう。

 死にかける、という程ではないがそれなりに肝は冷えたし何より俺と義姉さんのケツが大切なものを失ったんだから。

 

「でも、だから残念だな〜。……どんなに好きな相手でも、お仕事しなくちゃいけないから」

「お仕事?」

 

 返答より早く、俺の腕に手錠がかけられる。

 

「受肉降魔との契約及び魔力保持法違反。魔導九家、御狐家()()()()()惟神ハバキ。貴方を拘束させていただきます」

 

 ごめんね〜、といつもの雰囲気で謝るアラシ先輩であるが、これがなにかの冗談とかな雰囲気は一切ないし、残念なことに証拠だけは死ぬほどある。

 

 

 

 ようやくハーレムエンドにたどり着いたと思ったら、もしかしてこれ豚箱エンドになる感じ? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







完結しませんでした腹切ります。
あと合体は普通は死ぬか人格が擦り切れるのでケツですんでる惟神姉弟がおかしいだけです。


チートハーレム杯主催者である氷陰様より義姉こと惟神カサネちゃんのイラストを描いて頂きました。ルーズサイドテールは気分で流す方を変えるおっぱいのでかい美人さんです。めちゃくちゃ自信満々な表情のいいサムズアップしてますがだいたいこの人が全部の原因です。


【挿絵表示】



そしてひふみつかさ様より悦楽の受肉降魔バルゼ・プロキアスことおもしれーくんのイラストを描いて頂きました。メインヒロインのようなえっちさ。おもしれー男……。


【挿絵表示】





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限界はブレイキング





今回も完結しませんでした。





 

 

 

 

 

 

「というわけでハバキくん。遺言ある〜?」

「あ、弁解の余地ない感じです?」

 

 

 胸がでかくて、髪の毛からいい匂いがして顔が良い先輩と、2人きりの密室。

 お互いの心臓の音が聞こえてしまうくらいの距離。そんな夢のような空間に俺の胸は緊張でゲボ吐きそうなくらいに高鳴っていた。

 

「あは〜冗談冗談」

「めちゃくちゃタチ悪いからやめてください。脱獄して暴れますよ?」

 

 

 魔導九家の一つである保食家の現当主が、受肉降魔に成り代わられていたことが発覚、という一大ニュースが世間を騒がせてる中、その騒動の中心であるはずの俺の情報は現在驚くべきほど出回っていない。

 

 まぁ、扱いに困るのだろう。

 

「罪状は魔力保持法違反にぃ、受肉降魔との契約。そして功績は受肉降魔の単身での討伐。そしてあの有り得ない規模の魔導解放。……これ私達君をどう扱えばいいんだろうねぇ〜?」

「それについては大変申し訳ないのですが、とりあえず死刑は取消の方向で」

 

 自分で言うのもなんだけど、こんなのが国に生えてきたらお願いだから死んで欲しい。

 法律に恨みでもあるのかってくらい徹底的に違反して、力だけはあるから抑え込むこともできないし考えてることがわからなすぎて手綱を握ろうとも思えない。

 

 こんなん普通に世に混沌しか産まないから死んでくれってなるよ。

 頼むから死んでくれ。存在しているとこの世の理が狂うのだ。仕方ねぇだろチート持ちなんだからよ。

 

「うーん、一応聞くけど……死刑ってなったらどうする?」

「とりあえず国家に反逆します」

「だよねー。私もそうするもん」

 

 そもそもこうして捕まってるのだって、一応俺が付いていってるという方式なのだ。その上で死刑とするなら、さすがに全力で抵抗させてもらう。

 俺だって死ぬのは嫌だ。死んだらハーレム作れないし。ここで一回捕まっておかないと、義姉さんやシャルロッティの立場が危ういからそうしてるだけでそういうの無かったらうるせぇ〜!!! 知らねぇ〜!!! で逃げてるよ。

 

「そうなったら君とこの国で全面戦争。さすがに私達が勝つにしても、国土焼かれたら国としては滅んだも同然になっちゃうからねぇ〜」

 

 さすがに魔導九家……今は当主1名が欠けてるので八家だがその全てが『切り札』を使ってきたらさすがの俺でも多分負けると思うけれど、逃げるだけなら十分勝ち目はある。

 

 でも、それではお互いに失うものが多すぎる。こういう力での牽制はずるい気がするが、そもそも俺の能力は不正(チート)なんだから今更でもある。使えるものを使わないという手はない。

 

 

「それで提案なんだけどね……ハバキくん」

 

 

 だから、こうなるのも俺はわかっていた。

 お互いにここは話し合い、妥協点を見つけるのが最善手なのだ。国家としても慎重に動かなければ法という社会を成立させる重要な柱に傷をつけることになり、俺もさすがにここは慎重にならないと今後の人生はハーレム作りてぇとか言ってられなくなる。

 

 司法にも深く関わる御狐家の当主であるアラシ先輩が今から口にすることは、それは国と俺の未来を賭けた交渉ということになるのだ。

 

 

「……私と一緒にさ〜、この国をむちゃくちゃにしちゃわない?」

「…………うん?」

 

 

 なんか司法の番人がとんでもないこと口にしなかった? 

 

「魔力保持法、受肉降魔との契約の絶対禁止。合理的で確実だと思う。でも〜、それは可能性の閉塞。1000年単位でゆっくりと詰みに近づく畏れの具現。そんな分かりきった詰みの未来なんて面白くないし興味なんてぜんぜ〜ん湧かない!」

 

 アラシ先輩は立ち上がり、制服に付いているベルトを緩めて服を捲り、突如としてお腹を俺に見せつけてきた。

 野生動物なら俺への服従か? となるところだが、先輩は生憎文明人。俺はその行為に込められた意味を、先輩の腹をガン見してすぐに気が付き、めちゃくちゃすべすべしてて細くて綺麗だなと思った後に絶句した。

 

「この国はね、黄泉王によって未来を壊されてるの。彼の残した災禍は、魔力の可能性を恐怖で閉ざし、強大な敵を討つことではなく、如何に昨日と変わらぬ今日を産むかに集中してしまった」

 

 先輩の腹に刻まれていたのは、瞳を3つ持つ巨大な目のような紋様だった。

 それそのものは俺は初めて見たし、なんなのかも見当が付かない。だが、それと似たようなものを俺は知っている。

 

「例えばこれ。12年前、降魔七階第二位、『起源』の王、ラフー・シュバルディス。その受肉の危機に際し、この国が取った行動はね。当時4歳で、生まれつき体が弱く10まで生きられないであろうとある女の子の体に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。結果として、魂に合わず脆弱な肉体に抑え込まれた降魔は精神性を維持することすら出来ずに眠り続けている」

 

 

 おもしれーくんの口元と舌に刻まれていた紋様、あれと同じ雰囲気なんだ。

 つまり、アラシ先輩が話したその女の子というのは……。

 

 

「そう、降魔の王の影響で元気いっぱい16歳。私こと御狐(みけつ)アラシは、実は同時に受肉降魔でもあるのだ〜、あは〜!」

 

 

 …………この人がこんな馬鹿げた交渉してきた理由がわかった。

 多分、アラシ先輩今ここでやりあったら7()()()()()()()()

 

 というか何? なんで俺の周りにこんなに受肉降魔いるの? 

 しかも3体中2体が降魔の中でも特に危険で格の違う、神のごとき存在である『七階』に数えられるやつなんだけど。

 

「なんですか……先輩も通りすがりの受肉降魔なんですか」

「私はあくまで人格は御狐アラシのものだから正確には違うけどね〜。あと、さすがに受肉降魔の中でも『王』に数えられるものはそうそういないし通りすがるなんてないよ〜」

 

 そうなんですよ、そんなことありえないんですよ。

 聞いているかボケホモ野郎。二度と通りすがるなよ。

 

「とーにーかーく! 今の世界だとハバキくんとか、シャルちゃんみたいな天才が生きにくいし〜! 過去の事件への対策に熱心になり過ぎて、もし予想外のことが起きた時のことを考える余裕がなくなっちゃってるの〜」

「だから、国をひっくり返すと?」

「正確にはその手伝い。私の中の降魔がね〜、こう言ってるの。『他の降魔七階も全員受肉してる』って」

「え〜やだぁ〜」

 

 もう頭痛すぎてオネエになっちゃったわね。

 というかその内一体知ってるし。そりゃあ当然だけど、誰も俺が契約した相手がまさか七階の一角だとか思わないよね。そんなやつが男のケツ追ってるとか想像できないよね。

 

「簡単に言えば、世界は今滅亡の危機ってこと〜。だ、か、ら! それを全部まるっと私やハバキくん、シャルちゃんみたいな『存在することが許されないもの』で倒して世界を救っちゃうの〜!」

「それで俺達の価値を見せつけて、受け入れざるを得なくする的な? そんな上手く行きますかね?」

「根回しはしてある。この時のために、私は今までの人生の()()()()()()()()()

 

 先輩は本気だ。

 本気でこの国を、世界を変えるつもりでこの交渉に来ているのだろう。そもそも断れば多分俺はこれ殺されるよな? 拒否権はないに等しいんだけど……あんまり気が進まないんだよなぁ。

 

「先輩のやり方は、強引だけど筋が通っていて正しくはあると思います。でも、俺は……」

「この計画はねぇ〜、重要な事として『私が生きてる』ってのと『降魔七階を全てその魂から消滅させる』ってのが大切なんだけど……」

「待って、今からかっこいいこと言うんで聞いて」

 

 残念ながらアラシ先輩は俺の考えたかっこいい自論に耳を貸してくれず、ふわふわとした口調で計画とやらの概要を話進めていく。

 

「最終的にぃ、私の中の降魔も殺さなきゃいけなくて。つまり、私が死ぬ事で計画は完遂する。そしてぇ、協力してくれるなら私は死ぬまでハバキくんと協力者として一緒に歩んでくの〜」

「えっと、つまり……」

「私は死がふたりをわかつまで、君を好きでい続ける。君の力に期待し、君に興味を持ち続け、私のやり方で君を愛し続けるよ」

 

 それって……結婚するってこと!? 

 

「そんな……女の子がそういうの良くないと思います!」

「あは〜、急に顔真っ赤。面白い〜」

「あ、面白いとかの評価を俺にするのやめてください」

「え〜。面白いのに〜」

「それされるとケツが痛くなるんです」

「なんで?」

 

 おもしれーくんのせいで、面白いとかって言われるとケツがヒュンッ、ってするようになっちゃったんだよ。あいつホント残した爪痕デカすぎるよ。

 

「とにかく、俺はそんな色仕掛けには騙されませんよ!」

「え〜私新しい世界の夜明けみたい〜! こんな閉じた可能性だけの世界なんて壊して新たなる地平をみたい〜」

 

 子供が駄々をこねるみたいに過激な革命思想を口にするアラシ先輩。確かに彼女の言うことは俺にメリットが大きく、この国の未来としては一つの正しい選択かもしれないが、彼女程の人ならば他にやりようが思い付くはずだ。

 

「俺は絶対! 先輩の言いなりになんかなりません!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、アラシに協力することにしたの?」

「はい……」

「ここまでの速度で発言を矛盾させるなんてお前すごいな」

 

 一時的な拘留から解放され、迎えに来てくれたカサネ先輩は呆れていると言うより怒っている感じで死ぬほどでかい舌打ちをしていた。

 

 だって……アラシ先輩が腕に抱きついてきて……めちゃくちゃデカいおっぱいが当たって、つい契約してしまったんですよ。

 

「まぁ、私はお前が無事ならそれでいいよ。アラシの言う計画にも私は賛成だ。そもそも惟神家は他の家の保守的な姿勢と反りが合わなくて十家から離反した一族だからな。その血が流れてる私がそう思うのはある意味当然なんだろう」

「はい。カサネ先輩はそう言うだろうからこのことは言っていいって、アラシ先輩に言われました」

「ムカつく〜」

 

 とは言えこれにてハッピーエンド。

 俺が捕まってる間にカサネ先輩は『交渉』をして、亡国とは言えお姫様であるシャルロッティと、見事無事に救助されたその従者であるアニキスの扱いを一任される権利を勝ち取ってきたらしい。

 なんか拳の皮が剥けたらしくて包帯巻いてたけど『交渉』の内容は聞かないでおこう。うん。

 

「…………あの、ちょっといいですか?」

 

 女の子の声だったので俺は即座に振り返り、カサネ先輩が手刀を脇腹に叩き込んできて変な声を出しちゃった。

 

 呼吸を整え直して前を向くと、そこには空の青のような透き通った青いおさげ髪と、エメラルドのような瞳を持った美少女。

 

「あの、へへっ……この度は父……のフリをした降魔だけど、とにかく父が迷惑をおかけして申し訳ないなーって……あの、靴とか舐めます?」

 

 その美しい顔立ちに似合わない下卑た笑みと挙動不審な声色の少女。

 入学式で最初に俺に攻撃をぶち込んできて、返り討ちにしたら靴を舐めることに心血を注ぐようになってしまった女の子。

 今回の事件の中心であった保食(かての)家の人間である保食ネブの姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 あと一手遅れていたら死んでいた。そういう確信が受肉降魔、メセナ・セルバーンにはあった。

 

 あの恒星の一撃により、受肉体は完全に消し飛ばされて蓄えた力も全て失ったが、何とか魂だけは逃げ出すことが出来た。

 それでも存在を維持することが限界で、消滅する寸前だったが運良く()()()()()()を見つけることが出来た。

 

 この国の中枢に潜り込むために使っていた保食家の男の体。

 その娘であるネブという女の肉体は実によく馴染んだ。

 

 今の実力こそ以前の体には劣るが、ポテンシャルで言えばかなりのもの。降魔である自分が今から鍛えれば、十分妥協点には届き得る。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、憎き仇敵である惟神ハバキを見つけてしまった。

 この肉体の記憶によればクラスメイトらしいが、奴の現在の契約状況などは分からない。さっさと殺してしまいたいが、ひとまずは様子見のために今は合わないように距離を取ろうと……。

 

「…………あの、ちょっといいですか?」

(…………何? 勝手に、喋った?)

 

 現在、この肉体の主導権は100%降魔側にあり、ネブ本人の意識は眠っているような状況で、それもあと数日続けば完全に消滅しこの肉体は改めて受肉降魔となるはずであった。

 

 何かの間違いかと思ったが、おかしい。体が言うことを聞かない。

 

「あの、へへっ……この度は父……のフリをした降魔だけど、とにかく父が迷惑をおかけして申し訳ないなーって……あの、靴とか舐めます?」

(やめろ、私の体でなんてことを! こんな男に媚びへつらうなぞ、そんな真似を!)

 

 ネブの意識はやはり完全に眠っている。しかし、降魔側も体を全く操作できない。

 つまりこれは()()()()()()()()()()()。この女は、肉体の反応だけでここまで惟神ハバキに媚びへつらっているのだ! 

 

「いや。本当にいいよ……うん、ごめんね?」

「謝らないでください! そもそもハバキさんに逆らったクズでゴミでダメダメな私が悪いんですから! あ、そうだ! 私寝ないで靴を綺麗に舐める術式作ったんですよ!」

 

 肉体の反応だけでここまで自分を罵倒できるとか、この女の自意識はどうなっているんだ? 

 そんな当然過ぎる疑問を抱いた降魔だったが、彼女がどこからともなく、肉体を乗っ取っている彼ですら把握出来ない場所から泥などで汚れた靴を取り出したことでさすがにこれ以上はまずいと思い、必死に体を動かそうとする。

 

「ほら見てください! 頑固な土汚れ油汚れ! こうなってしまうとなかなか汚れは落ちませんよね!?」

「なになに、なんでセールス始めてるの?」

(こっちが聞きてぇんだよ!)

 

 だが100%無意識でネブの体が勝手にセールスを行うだけで、降魔側は全くネブの体を動かすことはやはりできない。

 

「しかし私が開発したこの術式、名付けて『神の舌(ネブリガミ)』を使えば……」

 

 魂にすら逆らい、肉体の反応だけで魔力を練り術式を発動させるネブの体。ここまで来ると恐ろしいまでのポテンシャルに感心すらし始めていた降魔だったが、術式が発動しネブの舌がほんのりと青い光に覆われ始めた時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(なんだ、何だこの術式はァァァァァァ!!! 魂が、我が魂が直接、()()()()()()!?)

 

 降魔の魂に干渉できるのは、少なくともこの降魔の知識では同じ降魔やその契約者だけであったはずだ。

 だが、この肉体の舌に宿ったこの術式はなんだ!? 

 

「見てください! この術式が発動すれば私の舌は()()()()()()()()()()()()()! 土汚れ油汚れ、血液から何から何まで! 唾液等による匂いの心配も、汚れを舐めたことで私が体調を崩すこともない、あらゆる穢れを消し去る超強力靴舐め術式!」

「それ絶対靴舐めに使う術式じゃないよね? そもそも靴は舐めるものじゃねぇよ」

 

 保食ネブは、それなりに優秀ではあるがそれまでであるだけの学生だった。

 だが、惟神ハバキに心を折られ、なんやかんやで靴を舐めることに心血を注ぎ始めた彼女がこうして至った浄化の術式は本人すら気付いていないが、穢れであるならば()()()()()()()()()()()()究極の洗浄術式へと至っていた。

 

(こんな……こんな頭のおかしい最後が我の終わり……? こんなふざけた最後が?)

 

 体が勝手に靴を舐めて、その結果として消える。

 あまりに惨めで頭のおかしい最後。あらゆる後悔が降魔を襲うが、もはや浄化により弱りきった魂は、最後の疑問の答えを探すことしか出来なかった。

 

 この女はある程度優秀であるが、所詮はその程度。

 それが何故、こんな術式を生み出したかと言えば、その原因は──────

 

(惟神ハバキ、貴様は……貴様こそがまさか──────)

 

 最後に、己の全てを否定され己の無力を思い知り。

 とある降魔はその魂に至るまで完全消滅を果たした。

 

 

 

 

 

 

「というわけで靴舐めていいですか?」

「いや、いいです……」

「お前の同級生こんなのしかいないの?」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ〜良かったぁ。ハバキくんが童貞で」

 

 御狐アラシは緊張から解放され、大きく溜息をつきながら椅子をふたつ並べてその上に寝転んだ。たわわに実った胸の重さで少し息苦しかったが、それよりも今は自分の思い通りにことが運んだことの安堵が大きかった。

 

 ぶっちゃけ何も考えてなかった。

 今言ったことは半分は出任せ。アラシは確かにこの国の在り方に疑問があって、御狐家の当主として全てをひっくり返すことの出来る可能性を秘めていたことも本当。

 

 でも、アラシ自体はむしろこのまま緩やかに滅ぶことを是としていた節すらあった。

 

 余命1年。

 それがアラシに告げられていた現実。

 

 無理やり降魔七階の一角を肉体に入れられ、その拘束のための生贄となった彼女は今日までその力のおかげで生きてこれていたが、それは同時に降魔の溢れる力に彼女の肉体が犯されているという事実でもあった。

 

 予想ではあと1年。それでこの肉体の主導権は完全に降魔へと渡る。そしてそうなる前にアラシは自分を『処分』することになる。

 

 それは決まったことであり、覆せない現実。

 かと言ってそれほど悲観していた訳でもない。そもそもそれが無ければ10歳になる前に死んでいたであろう肉体なのだからむしろ感謝すらしている。与えられたこの時間で、アラシは自分の知的好奇心を満たして満たして、そして死ねばいいと、そう思っていた。

 

 

 だが、見てしまった。

 恒星の魔導展開。可能性の獣、希望の象徴。そして、体の中に眠る降魔七階が告げたある概念。

 

 この世界の理を超え、全てをひっくり返して新しい可能性を生み出すかもしれない魔導の収斂地。理論上の『ありえない』の全てを内包しうる概念。

 

 ──────『極点』。

 周囲の人間すら巻き込み、世界の全てを革新へと導く星の嬰児はそう呼ばれていた。

 

 人にはまだ可能性がある、魔導にはまだ極地がある、私の知ってる世界は、私の想像なんかよりもずっとずっと狭いんだ! 

 

 そう知った時、アラシはその場でこう決めた。

 彼のような可能性の邪魔をするこの国の在り方は私は認められない。正解不正解ではなく、可能性が閉ざされるのは耐えられない。

 星は空にあるべきなのだから、空に輝く彼の可能性を余すことなく目にしたい。あと1年で燃えつきるこの命で、最後まで私の予想のつかない可能性を目に収め続けたい。

 

 

 

 御狐アラシの行動原理とは、興味を持つことである。

 わからない、知りたい、解明したい。そう言ったものに抱く感情こそが御狐アラシの『愛』なのだから。

 

 

 

 

 君を全部知りたいんだ。

 ワカラナイだらけで、全然何考えてるか読めなくてやることなすことめちゃくちゃで面白い、そんな君の、その全てを。

 

 そういう気持ちを御狐アラシは『好き』と定義したのだから。

 

 人生をかけた大勝負。

 これこそが御狐アラシ、一世一代の大恋愛。

 

 

「私の『極点』。君の可能性は無限大なんだから、何もかも壊して、その先を私に見せて、魅せて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






・ハバキくん
先輩……己の志に人生を賭けてるんだ!協力しますおっぱいいっぱい

・アラシ先輩
今考えたけど頑張ってハバキくんが好き勝手やれる国にしてあわよくば王にもしちゃお。今考えたけど。

・ネブちゃん
とりあえず靴とか舐めましょうか?



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俺達の戦いはこれからだ!





感動の最終回です。
ありがとうチートハーレム杯。





 

 

 

 

 

 

 久しぶりに、何も考えずに熟睡したからか。俺は朝日を浴びて眠気やだるさが一切なく目を覚ます。

 

 ここ最近はずっと学校でどうやって生活しようとか、シャルロッティ達無事かなとか、色んなことを考えながら寝ていたせいで寝付きが悪かったからなぁ。

 

 事件の辻褄合わせをアラシ先輩がしている間、実家に帰ってろと言われたので実家のベッドで眠ったというのも大きいかもしれない。

 

 ……それにしてもいい朝だ。

 なんというか、いい感じの一日が始まりそう。そんな予感を胸に、俺は部屋の扉がノックされたのでとりあえず出てみることにした。多分使用人さんが朝食の用意が出来たことを伝えに来たのだろう。

 

「おはよう……おもしれー起床……」

「おはようございますハバキさん! 靴舐めましょうか?」

 

 どうやら俺が寝ている間にうちの屋敷は変態万魔殿に改造されたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「使用人の雇用基準何にしたんですか?」

「何って普通に私が入れてやったんだよ」

 

 ナチュラルにおもしれーくんが淹れたお茶を飲みながら、カサネ義姉さんは何かおかしいことでもある? と言いたげな顔だけれどおかしいところしかないだろ。

 

「仕方ないだろ。あの……えっと、おもしれーくんだっけ? アイツの正体を知ってるのは私とお前、そして多分アラシくらいなんだろ?」

 

 俺が受肉降魔と契約してる、というのはバレていてそれなりに周知の事実になってしまったが、その相手がおもしれーくんであり、彼の正体が降魔七階の第五位であることまで知ってるのは義姉さんと……多分アラシ先輩も知っているのかどうか、その2人くらいなのだ。

 

「何かあった時の処理を一番楽にする方法は身内にすることだ。私だってアイツ見ると臀部に気持ち悪い感じするし、お前のことを見る目が性的だから嫌だけど仕方ないだろ」

「じゃあ……ネブの方はなんなんですか。アイツ俺の靴全力で舐めに来るから怖いんですよ」

 

 今朝は靴がないなら素足を舐めればいいじゃないと、頭革命な発言もしてきたし、そのうち乳首とか舐められそうで怖いんだよ。女の子から乳首を舐められたらご褒美としか思えないはずの俺が普通に恐怖してるんだよ。

 

「お前忘れてないか? あの子の父親、受肉降魔に成り代わられてたんだぞ」

「そう言えば……」

 

 義姉さんによれば、当主が受肉降魔とすり替わっていた、という事実に今日まで気が付かずに過ごしていた保食(かての)家の信頼は地に落ちた。

 更に何人も受肉降魔によって傀儡同然にされており、ろくに今あの家を動かすことが出来る人材はおらず、事実上解体状態であり次の九家会合の結果によっては取り潰しすら有り得るらしい。

 

「本人が何も気にせずお前の靴を舐めてるから忘れてたけど、アイツ今めちゃくちゃ危ない立ち位置なんだよ。お飾りの当主として祀り上げられるか、降魔と契約してそれを受肉させちまった父親の罪をそのまま押し付けられるか。どっちにしろろくな未来じゃない」

「え……めちゃくちゃ深刻じゃないですか?」

「だから誰かが守ってやる必要があるんだろうよ」

 

 しかし改めて考えるとめちゃくちゃ可哀想な境遇だなネブ。

 父親はいつから父親じゃなくなってたかもわからず、気がつけば家は取り潰され命か人権どちらかが奪われる可能性大の謀の世界にその身一つで放り込まれるなんて。

 

 ……変態変態と罵倒していたけれど、そんな境遇になったら普通は精神をおかしくしてしまってもおかしくないのかもしれない。

 

「まぁここに来たのはアイツが自己PRしてきてめちゃくちゃ家事も料理も上手で靴磨きが天才的だったから採用したんだけど」

 

 はい心配して損した。

 アイツもう俺の靴舐めたいだけだろ。そもそもなんで俺の靴を舐めるの? もう完全に俺よりも俺の靴のことの方が好きそうだったよあの子? 

 お家取り潰しからその足で入学式で自分をボコった男の家に使用人として自分を売りに来るメンタルどうなってんだ? 

 

「ま、まぁ……それくらいならね? もう慣れましたよ」

「そうだぞ。これから主にお前のせいでこんなことばっかになるだろうからな」

「言うて義姉さんも俺以上にトラブル呼び込んでません?」

「……おーい。シャル、お茶ー」

 

 明らかに返す言葉がなかったなこの人。

 お茶を濁すというか、お茶で濁すと言わんばかりにメイド服に身を包んだシャルロッティを呼び付けて、お茶を淹れさせて。

 

 

「おい待て、義姉さん。シャルロッティ」

「どうした?」

「どうしたんですかハバキくん。お茶嫌いでした?」

 

 

 なんか当然みたいな顔でシャルロッティは給仕してるし、義姉さんは亡国とは言えお姫様であるシャルロッティを使用人にしてるし、これっていいの? 

 

「本人がしたいって言うんだから別にいいだろ」

「そうですよ。私はハバキくんに命を救ってもらった身。この家の為ならば、何でもします!」

「いいんですか……?」

 

 元気いっぱいで張り切ってるシャルロッティ。

 こんな可愛いメイドさんならば確かにいてくれると嬉しいけれど、一国のお姫様をこの扱いとか本当にいいんだろうか? 

 

「心配するな。俺も一緒だ」

 

 そうして俺の後ろから現れたのは、何故かシャルロッティと同じメイド服を身に付けたアニキスだった。

 美少女であるシャルロッティが身につけるからこそ映える衣装は、筋肉モリモリスキンヘッドのマッチョが着るとなんかの拘束具にしか見えない。

 

「あの……なんで、その服」

「……可愛いものが、好きなんだ」

「そっかぁ」

 

 まぁ、趣味は人それぞれだからね。

 とりあえず早く学院に戻れねぇかなと、騒がしさしかない実家の惨状を省みてお空を見ながら俺は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改めて考えると、学院に入学してからここまでは激動でしかなかった。

 しかしその結果として得たものは沢山ある。受肉降魔2体との契約とか、道祖のやばい娘さんに目をつけられたりとか、うちにキャラの濃い使用人が一気に4人も増えたりとか。うん、トータルで見るとマイナスしかねぇよ。負を取得してるんだよ。

 

 しかし、さすがに受肉降魔を倒したともなれば俺の評価も変わるだろう。

 アラシ先輩との契約で、彼女の国家転覆に付き合うことになった以上詳しいことは表に出ないだろうし、俺は今度からは受肉降魔を倒した英雄なのだから。

 

 きっと次学院に行った時は、もうモテモテのハッピーライフが始まるんだ。色々あったが、ようやく俺のチートハーレムが始まるという訳だ。

 出来れば彼女とかは5人欲しい。そして支離滅裂な言動をしなかったり、靴を舐めてこなかったり、ちゃんと女の子がいいな。

 

「ふっ、おもしれー妄想」

「勝手に部屋に入ってくるな変態ホモ受肉降魔メイド」

「ふっ、おもしれー呼び名」

「ホントだよ」

 

 一応表向きの立場は使用人のくせに堂々と主人の部屋を鍵も開けずに侵入してくるおもしれーくん。使用人としてどうなんだ? と思わなくもないが、それは受肉降魔に言っても無駄な事だろう。

 

「だいたい妄想とか言うな。きっと今度から俺はモテモテだぞ」

「……真面目に答えると活躍したからと言ってすぐに異性に言い寄られるほど人間の心は単純じゃないと思うよ」

「急に真面目なこと言うのやめろ。夢を見ることくらい自由だろ」

 

 今のところ、俺のことを好きって言ってくれてるのおもしれーくんとアラシ先輩だけで100%受肉降魔という悪魔ハーレムだからな。

 アラシ先輩はハーレム要因って言うよりは完全に違う独自ポジションに立ちつつあるし、ここから頑張ってハーレムを作っていかないといけないのだから気合いも入ってくる。

 

「……そういえば、俺の知らないところで勝手に別の受肉降魔、それも『王』の一角と契約した?」

 

 そういえば、アラシ先輩との契約のことは勝手に把握してると思っていたから伝えてなかったけれど、もしかしてこれってやばい感じだろうか? 

 そもそもアラシ先輩は正確には受肉降魔ではなく、受肉降魔の力を持つ人間だからセーフかなって思ってたんだけど。

 

「いや、二重契約なんておもしれー男……」

「お前ワンチャン俺が何してもそれで許してくれる節ない?」

 

 返答はせず、おもしれーくんはニッコリと笑みを浮かべるだけだった。

 多分本当に何やってもおもしれーで流してくれる気はするんだけど、万が一流してくれないと俺のケツがぶち抜かれるから気軽に試せるものでもない。

 

「あぁ、でも一つだけ気をつけて欲しいことがある」

「なんだよ。ケツは常に綺麗にしとけとか?」

「完全に降魔の王をケツ狙いのホモ扱い……おもしれー……」

「お前はケツ狙いのホモだろ。それで、何に気をつければいいんだよ」

「多分俺じゃない方の降魔が特殊なんだろうが、本来降魔との二重契約はその時点で()()()()()()()()()()

 

 おいそれ早く言えよ。

 もしかしたら気付かずに契約して爆散して死ぬことになってたかもしれないだろ。危うく死因がアラシ先輩のおっぱいになってたわ。

 

「降魔との二重契約なんて、そんなおもしれー奴今までいなかったからな」

「そもそも受肉降魔2体が同時に鉢合わせるなんて俺の知る歴史書でも起きてねぇよ」

「おもしれー状況……と言いたいんだが、実はあまり面白くない」

 

 なんでもおもしれーと言うイメージがあったおもしれーくんが、なんと面白くない、と真面目な顔でそう告げた。

 さすがに俺も巫山戯て聞いている場合ではないと思い、姿勢を正して彼の話に耳を傾ける。

 

「特殊な状況と言えど、降魔との二重契約が響いたのか今君の体はなかなかおもしれーことになっている」

「なになに? モテやすくなるとかそういうやつ期待していい?」

「……不安定な契約が響き、今の君は魔術的な契約を例え人間との間のものであろうとも複数重ねると降魔との二重契約と同条件になりかねない」

 

 契約、というのは降魔とのそれでなくても人間の日常生活、魔術概念の中で結構登場するものだ。

 

「つまり俺は誰かと契約をし過ぎると、死ぬかもしれないってことか?」

「そういうこと。でも多分死にはしないかな。それに契約って言っても簡単な口約束とか、取り決めとかでは発動しないと思う」

 

 じゃあどんな時にその条件を満たしてしまう恐れがあるのか。

 

 

 

「恐らく、()()()()()()()()()()()()()()()股間が爆散する」

「そんなピンポイントなことある?」

 

 

 それって、つまり。

 ハーレム作るったら……死ぬってことじゃん。

 

 

 待て、まてまて。

 おもしれーくんとの契約は解除方法がいまいち分からない。だから解けるとしたらアラシ先輩との契約の方だ。

 

 内容を大雑把にまとめるなら、『降魔七階の全てを討伐』することだ。

 

 つまり、これって……。

 

「降魔七階をお前含めて全滅させるまで、俺は恋人を作ったら股間が爆散して死ぬ……!?」

「……ふっ、さすがにかわいそーな死に方」

 

 降魔七階って言ったら、正真正銘のバケモノ。

 大災害の顕現、何故か俺の周りに2人受肉しているアレだ。今回倒した上級降魔とは比較にならない強さ、狡猾さ、隠匿性を持つ存在。

 

 それを7体、全て倒さなければ俺は女の子と恋仲になることすら許されないというのか!? 

 

 どこだ……? 

 どこで俺の人生間違えてしまったんだ? 

 

 頭に浮かんだのは、入学式で全員ボコって頂点に立ったあの時。思えばあそこから何もかもおかしくなったのだ。

 力さえ見せつけりゃあとりあえずモテるんじゃね? と安易な考えで義姉さんの考えに乗った、あの時点で俺は全てを間違えたんだ。

 

 

 

「…………頑張れ。明日はきっとおもしれーことになるよ」

「これ以上なってたまるか……!」

 

 

 

 

 

 嗚呼……。

 

 真の実力はギリギリまで隠しているべきだった。

 後悔しても、もう遅い感じ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 








ここまでご愛読ありがとうございました。
チートハーレム杯中に終わらせる予定でしたが、ちょっとオーバーしてしまいました。

とりあえず完結です。
でも、思った以上にたくさんの感想(主におもしれーくんに)とか評価を頂いたので、現金な話ですがもしかしたら何か追加の話を書きに戻ってくるかもしれません。
ひとまずは、改めてここまでありがとうございました。



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登場人物のみんな





登場人物の名前が覚えにくいことに定評があるので纏めておきました。
ネブちゃんは漢字で書くと合歓ちゃんです。






 

 

 

惟神(かむながら)

 

・惟神 (ハバキ)

 

肩書き:シーカ魔導学院1年生、チート能力者、おもしれー極点

 

 本作主人公、14歳。

 不幸にも荷電粒子砲に押し潰され前世を終え、チートを貰い神様転生を果たした奴。

 つまりチートハーレム主人公になってわっしょい出来ると思ったら全然出来なかった。

 

 行動原理がモテたいと出来るだけいい感じのポジションにいたいの2つくらいで生きているので肝心なところでヘタレてチャンスを逃していると思う。本当に心の底からモテたくて、モテモテで健康的で文化的な最低限度の生活が保証されるなら基本的にあとはなんでもOKなスタンスで生きている。悪くいうとアホ。

 実は金髪碧眼にそれなりの身長という絵に書いたようなイケメンなのだが喋ると顔の筋肉が急にだらしなくなるらしい。

 

 神様から授かったチートは『異常な魔力量』。幼少期は量がアホすぎて全く制御出来なかったが、惟神家の皆さんによる人を人とも思わないスパルタ特訓のおかげでだいぶ制御ができるようになった。

 

 戦闘では異常な魔力量による基礎火力が保証されているため、速射に重きを置いた一節詠唱連打を使う。弱パンで相手を殺せるならわざわざムズいコマンドを打つ必要なくね? という考え。

 かと言ってそれで調子に乗ってカサネにボコボコボコボコにされた過去があるので、ちゃんと多節詠唱も使えたりはする。

 

 

使用魔術

光芒(shine)

 光線系の基礎魔術であり、ハバキの場合はその性能の殆どを速攻性と命中精度に割り振り、威力は大量の魔力を注ぎ込むことで補っている。魔力がアホほど多いため「今のはメラゾーマではない」と言わんばかりの火力が出る。

 ハバキの戦闘スタイルは、基本はこれに追加でもう一節を加えるくらい。

 

「魔導錬成:極光(sun shine)

 形質は恒星。

 普段はその多すぎる魔力をカサネが無理やり封じ込むことでこれも封印されている。

 上空にもう1つの太陽と呼べるほどの魔力の塊を投射し、これを発動している間、ハバキのあらゆる魔術は射程が視界内の全てとなり、座標を把握していれば地表のほぼ全ての場所に攻撃を行うことが出来る。

 そもそも、星を魔導錬成で作るなんて前例がないので本人ですら割と何ができるかはわかっていないらしい。

 

落陽極光(twilight sun shine)

 魔導錬成に加えて、カサネとおもしれーくんの魔力を借りて火炎の属性を帯びた熱光線。光芒とは比べ物にならない範囲と威力を誇る超火力砲撃。もちろん上空からの攻撃なので回避不可。単純なエネルギーならば本当に恒星の爆発力に並ぶとされている。

 

 バリエーションに暴風極光とか月夜極光とかあると思う。

 

 

 

 

 

 

・惟神 (カサネ)

 

肩書き:シーカ魔導学院4年生、魔導学院生徒会会計、ハバキの義姉

 

 ハバキの義姉、17歳。

 シーカ魔導学院の生徒会にも所属する優等生。成績も学年トップであり、男女問わず人気のあるイケメン女子。真っ赤な髪の毛をルーズサイドテールにしてるが多分120歳とかまで生きる。

 成績優秀才色兼備、先輩後輩問わず誰からも信頼される人格者だが、どうしようもないほどに思考がイノシシ。顔の良さと実力からなんやかんやで良い方向に捉えられがちだが、ハバキと並ぶレベルのアホ。

 

 紛うことなき天才であり、研鑽を極めた秀才でもある。既に国内でも指折りの術師であり、常にハバキの魔力の拘束に自身の力の五割を注ぎ混みながら学年一の成績を維持していたり、未だにハバキとの組手の総合戦績では勝ってたり、双剣の魔導錬成という高度な技を使いこなしていたりとその強さはハバキも恐れるほど。

 ハバキがこの世界の常識に対して少し疎いのは、この姉があまりに規格外だからという点が大きい。

 

 弟のことが大好きで、弟だけは守ることを己の誓いとしているが、弟に幸せになって欲しい気持ちと普通に自分が結婚したい気持ちが常に矛盾しているので変なことを言う。というか矛盾してなくても変なことを言う。可愛いイノシシ。

 

 

使用魔術

「魔導錬成:紅蓮」

 形質は双剣。

 性質として『封印』と『解放』を司り、常時発動させることによってハバキの多すぎる魔力量を隠匿している。解放の方は自分に使って筋力を盛ったりするらしい。そもそも、この魔導解放自体ハバキの封印の為に半分の出力なので本気のカサネの魔導錬成は家族くらいしか知るものはいない。

 

 

 

・おもしれーくん

 

肩書き:シーカ魔導学院1年生、降魔七階 第五位『悦楽』の王

 

 ハバキのクラスメイト、年齢不詳。

 特に今回の一連の事件と関係なく、たまたま気分で受肉してたまたまシーカ魔導学院に来てハバキをおもしれー極点としてなんか付いてきた通りすがりの受肉降魔。

 降魔七階に属する者は降魔の中でも格が違い、もしも本気を振るえる状況になったのならば人類にほぼ勝ち目はない……が、おもしれーくんはとにかく『面白い』ことを求めているので、とにかくおもしれーことになっているハバキの存在を優先している。

 

 かと言ってハバキを守る訳ではなく、おもしれーことになるならなんでもいっかと見守るのが基本スタンスの邪神。男色は受肉の影響で目覚めた性癖ではなく、単純にハバキが好き。ロン毛とマスクは人相を隠す為のものだが、普通に髪の毛は長い方が落ち着くらしい。

 

 真名はバルゼ・プロキアスだけどなんかハバキが覚えてくれないしおもしれーくんでいいかなって思い半ば真名を放棄しつつあり、権能が削れていたりする。

 

 

 

・シャルロッティ・ニベルライト

 

肩書き:シーカ魔導学院1年生、ニーベルア王国第二王女

 

 ハバキのクラスメイト、年齢を偽っており本当は13歳。

 くすんだ金髪を後ろで括った美少年に見える美少女。

 故郷の国を受肉降魔を追って魔導学院に潜入し、討伐の機会を伺っていた。ハバキに近づいたのは優秀な魔力量を見抜いたとかではなく、単純に気が合いそうだったから。

 

 受肉降魔を倒そうとしていた理由は、祖国の仇と同じような被害者を出さないことと、何より舐められたまま終わるのが許せないという理由。実はカサネと並ぶイノシシ勢であり、大抵の事は殴れば解決すると思ってる。復讐は何も生まないけどやると気持ち良いし明日から元気に生きれる。

 

 ハバキには及ばないものの魔力保持法に違反する規模の魔力持ちであり、その魔導錬成の性質は『城』なのだが、本人の技術力がそのレベルのものを維持するのに至っておらず、安定する武器の形で運用することが多い。

 実の所受肉降魔と相打ちになる気しか無かったので、この後の人生についてはノープランだがそれなりに楽しくやっていくつもり。舎弟RPはずっとやりたかったらしい。

 

使用魔術

雷火(shine)

 光線系の基礎魔術の改造版。シャルロッティも魔力バカ族なので射程と弾速に割り切って威力を馬鹿みたいな上げ、命中精度は己の腕に全てを賭けている。威力はハバキと比べて低い。

 

 

 

 

・アニキス・ディフェクス

 

肩書き:シーカ魔導学院1年生、シャルロッティの近衛騎士

 

 ハバキのクラスメイト。年齢を偽っており本当は19歳。

 顔に傷がある筋肉モリモリのスキンヘッドのマッチョマン。そんな外見だけれど趣味は裁縫と料理。可愛いものが好き。

 ニーベルア王国では同性愛がかなり一般的であり、シャルロッティもそっちの色が強く、アニキスも同じであるために男ながら王女の護衛を任されている。

 そういうわけで割と純粋な好意を唯一ハバキに抱いている貴重な人材だったりする。兄貴RPは姫に失礼な口をきく必要があるのであまりやりたくない。

 

 

 

 

 

魔導九家・道祖(さえの)

 

・道祖 八津寧(ハツネ)

 

肩書き:シーカ魔導学院1年生、雌豚

 

 ハバキのクラスメイト、14歳。

 絵に書いたような良いところの傲慢なお嬢様。自分以外の大体全てを見下しており、自分の気に入らないことは全部嫌いな性格の悪い女。

 家柄と能力と顔しか良いところがないとまで言われるほど性格が悪く、しかし実力自体は本物であるためだいたい全ての人から嫌われている。

 

 桃色ツインテールと強気なツリ目が特徴で、腹立つくらい顔が良い。ツインテールに使っている紐は父親からのプレゼント。青い瞳は父親譲り。父親のことは尊敬はしてるけど好きではない。

 

 どれだけ苦しい目にあっても自分に絶対的な自信があり、研鑽と閃きで乗り越えてしまった為挫折を挫折と思わず無敵のメンタルで14歳まで生きてきたが、ハバキに完膚なきまでに完全敗北したことで変な方向に目覚めてマゾ豚になってしまった。

 そしてその後NTRと通りすがりの受肉降魔に完全に脳を破壊されてもうまともに生きていけない性癖になった可哀想なお嬢様。

 こんなんだけれど実は今年の1年生の筆記試験で1位だったり、実家で飼ってるたくさんのペットの世話は全て自分で行ったり、趣味は古文書の解読だったりと対人の口と態度の悪さを除けばこれ以上ない最高のハーレム要員のはずだが致命的に性癖が汚い。

 

使用魔術

春雷(thunder)

 雷撃系の基礎魔術。道祖家の人間用に速さと威力に特化させた特殊術式。強力だが術式が複雑で操作性にかなりの難があり、これを1年生で使いこなせるハツネは実際天才。

 

「魔導錬成:桜雷」

 形質は刀。

 込められた魔術は道祖が得意とする雷を中心とした大規模な天候操作。全力で解放すれば広範囲に暴風雨、落雷、雹を撒き散らし崩壊させる。対人にその火力を向ければ容易く人は死ぬ。でも使う。

 

 

・道祖 久那土(クナド)

 

肩書き:道祖家現当主、ハツネの父親

 

 娘のことが大好き。

 父親としての威厳と当主としての体裁を保ちつつ娘を如何にしてベタベタに愛するかを考えて生きている。当の本人がかなりストイックなせいで甘やかす機会を失い、厳しい父親と厳しく育てられた娘みたいな関係性になっちゃって毎晩泣いてる。

 

 娘の結婚式に参加することが夢だが、娘と結婚するやつを皆殺しにせんとする矛盾を抱えている。

 受肉降魔との決戦時、魔導九家が持つ『切り札』の準備はしていたがハバキが全部消し飛ばしてしまった為特に使うことは無かった。苦労人。

 

 

 

 

魔導九家・御狐(みけつ)

 

・御狐 新詩(アラシ)

 

肩書き:シーカ魔導学院3年生、御狐家現当主、受肉降魔の依代

 

 ハバキの先輩、16歳。

 長い黒髪と抜群のスタイルのふわふわの雰囲気を併せ持つ最強の先輩。

 独特な感性を持ちマッドなところがあるが、感性が独特なだけで出力が常人なので割と常識があり、なにか起きるとツッコミに周りがち。自分では他者を振り回すタイプだと思っているが、実際は振り回される側。

 

 才能のある人間が大好きで、見たことないもの、知らないことに興味津々。チート能力を持つハバキのことは本人の感覚としては割と純粋に大好きであり、見たことないものを見せてくれる彼に期待をしている。

 そして受肉降魔相手にみせた恒星錬成で感情をめちゃくちゃにされ、この人を祀りあげてめちゃくちゃになる世界が見たいと感情が壊れた頭革命家女。

 降魔七階第二位、『起源』の王、ラフー・シュバルディスを一時的に封印するための禁忌の術式の人柱という境遇だがあんまり気にしていない。元々10歳まで生きられないとされていたのが降魔の影響でこの歳まで生きられているのでむしろ感謝し、残された時間で如何に人生を楽しむかを大事にしている。

 

 そんなわけで人生エンジョイRTA勢であり、寿命が長くないことから先のことを考えない悪癖があるが、なんやかんやでガバチャートを建て直して完璧に仕上げる判断力で天才キャラを気取っている。本来はハバキを超えるアホ。本当に先のことなんて何も考えてない、今自分が興味あることにだけ集中しているタイプ。

 

使用魔術

「魔導錬成:???」

 形質は弓。

 接触した相手の魔術を打ち消す効果があったが、ぶっちゃけ降魔の権能なので詳細は不明。

 

 

 

 

魔導九家・保食(かての)

 

・保食 合歓(ネブ)

 

肩書き:シーカ魔導学院1年生、靴ペロちゃん

 

 ハバキのクラスメイト、14歳。

 空の青のような透き通った青い髪をおさげにし、エメラルドの瞳を持つ美少女。

 ハツネから自分への厳しさを抜いたような人物だったが、入学式でハバキに圧倒的な力の差を見せられ心が折れ、己の矮小さと無力さから性格が変貌。常になにかに恐れるようにビクビクとし、下卑た笑みを浮かべながら常に何かに謝る感じになってしまった。

 

 自分は雑魚のゴミのカスだと思い込んでいるので、強者であるハバキに徹底的に媚びへつらうことを決め、とにかく靴を舐めればいいのかなという結論に至り如何に靴を綺麗に舐められるかの研究に没頭。結果として『神の舌』の術式を開発した。

 

 父親が知らない間に受肉降魔に乗っ取られてたことは、まぁ父親が弱かったから仕方ないのかなで割り切ってるが紆余曲折で実家に居場所を失い惟神家に転がりこむこととなった。

 

使用魔術

神の舌(ネブリガミ)

 清流を司る保食家の魔術特性と、靴を舐めることに命を懸けた彼女が生み出した洗浄術式。

 神聖を帯びた彼女の舌はあらゆる穢れを否定し、消滅させる。本来ならば降魔や聖人と呼ばれる存在にしか出来ないほかの降魔の魂を捉え、完全消滅させるという行為を可能にした。

 しかしその性質には本人を含め誰も気づいてないので靴磨きに使用される。見た目はあれだが唾液とかはつかないのでめちゃくちゃ綺麗になる。

 

 

 





頂いた支援絵の方も再掲しておきます。

氷陰様より頂いた惟神カサネのイラスト。すっげぇいい顔でサムズアップしてますが八割この女が原因です。

【挿絵表示】


ひふみつかさ様より頂いたおもしれーくんのイラスト。メインヒロインのようなえっちさです。

【挿絵表示】




なんかちょっと話思いついたんで完結とか言いましたが来週くらいに書きにふらっと戻ってくるかもしれません。その時は許してください。




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当然の顔して現れるな





お久しぶりです。
たくさんの完結祝いを貰ってすぐにこんな風になるとは自分でも思っていませんでした。思った以上になんか書けました。





 

 

 

 

 

 

 

惟神(かむながら)だ! 惟神ハバキが出たぞー!」

「現代の奴隷商だ! 逃げろ!」

 

 学生につく渾名じゃねぇなと思いながら今日も現れた瞬間にガラガラになる食堂はもはや俺がこの学院で唯一落ち着けるスペースかもしれないと、俺はとりあえず席に着いた。

 だって教室、席の配置的に俺から離れられない生徒が泡吹いて倒れたりするんだもん。

 

 その点、食堂は俺が現れた瞬間みんな逃げるし、例の受肉降魔事件の事が知れたのか上級生すら逃げるようになってもう俺が現れたところに残るのはバカか捻くれ者かカサネ先輩クラスの『剛』の者しか居なくなってしまった。

 

「相変わらず凄い嫌われようね」

「ホントだよ。一体俺が前世で何をやらかしたらこんな酷い目にあうんだ。許せねぇ」

「やらかしたのは今世の業でしょ」

 

 正論嫌いのくせに正論しかぶつけてこないから俺コイツ嫌い。

 ピンク髪ツインテールことハツネは、相変わらずこんな状況になっても変わらずに、逆になんで少しも変わってないのか不安になるくらいにいつもの態度で俺に話しかけてくる。

 

「というかお前、俺の事嫌いなんじゃないの? なんで俺の近くに座るの?」

「アンタの周りは煩い雑魚がいなくて静かに食事できるからよ」

「つまり……それって俺のことが好きって解釈していい感じ?」

「…………いや、その、うん。まぁそれでいいわよ。さすがに、なんか可哀想だし」

 

 あの他者への思いやりを川辺で水切りに使う感覚で投げ捨ててる女であるハツネにすら憐れみを向けられ、もうカレーの味がしょっぱくなってきた。

 

 

 俺が何をしたって言うんだ。

 ちょっと受肉降魔が現れたから真正面からぶっ飛ばして英雄として堂々帰還してみたらこれだ。

 情報操作で俺が受肉降魔と契約してたり、魔力を制限して隠してたりすることを知っているのは、勘当されたとはいえ事件の当事者の一人である道祖(さえの)家の人間であるハツネなどの一部の人間だけとなり、俺は『受肉降魔を倒した』という英雄になるはずだったのに。

 

 蓋を開けてみればそういう特別な要素が無くなった結果、全裸でドラゴン倒したみたいに特別な力なしに受肉降魔倒したヤベー奴としてさらに腫れ物として扱われるようになった。

 

 あとついでにネブが俺の家の使用人になったこと言いふらしたせいで渾名が『奴隷商』になった。訴えればギリギリ勝てるだろこれ。

 

「酷いですよね。ハバキくんは確かにちょっと変なところもあるけれど、優しい人なのに」

「言っておくけど三割くらいシャルのせいでもあるからな?」

 

 行方不明になってたシャッティことシャルロッティは、俺の家が身元を保証することで再び学院に通うようになったが、こっちは女の子であることを隠さなくなったので俺が調教して女の子にしただのやべー噂が流れてる。俺をなんだと思ってるんだ? 性癖のモンスターか? 

 

「というかアンタ、食事中に新聞読むのやめなさいよ。行儀が悪い」

「なんでムカつくからって理由で授業中に魔導錬成してきた女に行儀について説かれなきゃならんの?」

「私の隣で行儀悪いことされると私がイラつくから」

「反省できない生き物なのお前?」

 

 コイツ本当に性格が終わってるな。そして性格が悪い以外何もかも優秀だから止められない。どういうメンタルで俺に話しかけてきてるのか未だに理解できないもん。

 

「そういえばハバキくん、最近やたら熱心に新聞読んでますよね」

「まぁ俺くらいになると新聞から常に新しい情報を仕入れて世界を広く見ようとな」

「新聞読んでるかっこいい自分が好きなだけで、四コマ漫画しか見てないわよどうせ」

 

 だからなんで俺の周りの女子の口からは、こんなに思春期男子の心を抉る発言がポンポンと飛び出してくるんだ? 俺がもしも人生二周目じゃない普通の思春期男子なら既に14回は死んでるぞ。

 

 というか、俺は結構真面目に情報を仕入れてるんだが? 

 

 おもしれーくんとアラシ先輩との二重契約の影響で、俺は今何故か恋人を作ると股間が爆散して死ぬという意味のわからない状況になってしまった。本当に意味がわからない。なんでそうなるんだよ。

 

 とりあえず、この状況を覆すために必要なのが降魔の王である『降魔七階』、その全ての魂の完全消滅である以上、俺に残された道は一つしかない。

 

 すっごく冷静に考えたらアラシ先輩とはそういうことしてもOKだし良くね? ともなったんだけど……やっぱり、ハーレムは作りたい。

 あんまり良くないことだってわかってるけど、女の子に囲まれてモテモテハーレムしてぇよ……。

 

 しかし、推定中級クラスの降魔ですら受肉降魔となると一気に能力が向上し、そう簡単に尻尾は出さない。隠れられてたら先にこっちの寿命が来てしまう。だからこそ、どんな小さな情報であろうと徹底的に調べあげてこっちから受肉降魔共をぶち殺さないといけない。

 

「ぜってぇに許さねぇ受肉降魔共……根絶やしにしてやる」

「あ、そういえば今朝の号外読んだシャルちゃん?」

「何かあったんですか? 今朝はちょっと寝坊しかけちゃって」

 

 俺の悲壮なる決意に特に興味が無いと言わんばかりにハツネはシャルとガールズトークを始めてしまった。

 まぁいいけどね? コイツが俺の話を興味津々に聞き出しても怖いし。

 

「受肉降魔の王、七階の降魔の第六位が完全消滅したらしいわよ」

「へぇ〜。これで平和になりますね」

「おいちょっと待て」

 

 何お野菜の値段が上がるのよね〜不景気〜、みたいな感覚でとんでもないこと言ってんのコイツら? 

 

「お前ら降魔七階がどういうものかわかってんの? 大事件じゃねぇかよ。アレ災害だって教科書にも書いてあるだろ」

「逆になんでアンタは新聞読み漁ってて知らないのよ」

「新聞なんて四コマとアニメの放映欄以外見るわけねぇだろ!!!」

 

 改めて読み直してたらよく見たら2ページ目の小さい四角の中に『降魔七階、第六位『禍津』の王ドムズ・ギルファルベル完全消滅』と書かれている。

 どう考えても見出しの魔導九家の当主様の結婚報道より重大事件だろ。この国の報道機関はどうなってんだよ。

 

「もっとみんな話題とかにしないの?」

「なってるわよ。アンタの周りで喋るヤツがいないだけで。そういう話してくれる友達いないの?」

 

 いないから今食堂ガラガラになってるんだろ。

 あれ、おかしいな。頬を水が伝うぞ。これが……涙? 

 

 いやまぁ、俺としては朗報なんだ。きっとアラシ先輩が受肉降魔を倒してくれたんだろう。このペースでいけば、きっと来月辺りには七階の受肉降魔も全滅させられてるはずだ。

 

 とりあえず、どうやって受肉降魔を見つけたのかとかアラシ先輩に聞いて、今後の方針を立てればこのとんでもない呪いもさっさと解呪できるかもしれないし、未来は明るいはずだ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あは〜……なにそれ知らない、怖〜」

 

 さすがに声が出た。

 なんでアンタは知らないんだよ。せめて関係ないとしても知っとけよ。

 

「新聞なんて興味なくて読めないし……私四コマなら見るよ〜?」

「奇遇ですね。俺もですよ」

 

 とりあえずこの人本当に国家転覆考えているのか気になってきたな。新聞程度の情報も仕入れてないの、国家転覆どころか表向きの魔導九家の当主という自覚すら足りてなくない? 

 

「だって〜、私学校でまともに話しかけてくれる人カサネ先輩くらいしかいないし」

「なんでそうなったんですか」

「同級生の内臓を買い取れないか交渉しまくったら〜」

「なんで在学が許されてるんですか?」

 

 俺よりも現代の奴隷商に相応しい人がいる中で俺がそんな呼ばれ方してるの納得がいかねぇな。

 というか、アラシ先輩も知らないとなると問題は『誰が殺したか』な気がする。一応頑張って新聞を読んだが、その誰が殺したかといういちばん重要な部分は明らかになっていなかった。

 

「降魔七階クラスの魂となると存在してるかどうかは常に観測されてるからね〜。あくまでそれが途切れて消えた、っていう部分しかわかってないのかな〜?」

 

 しかし降魔七階を消せるような存在なんてそうそう限られている。

 まず一つは同じ降魔七階であるアラシ先輩とおもしれーくん。しかしアラシ先輩は見ての通りのクソボケだし、おもしれーくんはそんな面白そうなことがあったらまず俺を巻き込むだろう。

 

 そして次に魔導九家の人間。だが、彼等は今欠けた保食(かての)家の穴埋めやら後処理やらで忙しくそんな暇はないだろうし、七階を倒すとなると『切り札』を使ってるだろう。それを同じ魔導九家の人間でもあるアラシ先輩にバレずに、というのは難しい。

 

 となると可能性は2つ。

 

 まず一つはおもしれーくんみたいな通りすがりの受肉降魔がやらかした。これがあったら俺は台パンする。マジで通りすがるなボケども。

 

 そしてもう一つは……

 

 

「多分『聖教会』ですかね……?」

「まぁアイツら関係なくとも聖人絡みではあるだろうね〜」

 

 

 聖教会とは、なんか凄そうな名前をしているが一言で表すと非合法の武装集団である。

 降魔を殺すことを生きがいとして、唯一降魔を人間の力だけで完全に殺すことの出来る特殊な魔力を持つ『聖人』と呼ばれる人間を、片っ端から攫い洗脳教育して降魔狩りに使ってるただのやばい宗教団体だ。

 

「でもアイツらなら自分達がやったなら聖人の力! って大々的に宣伝しますよね? 特に降魔七階が殺されるなんて、歴史上初ですよ?」

 

 よく考えたらなんでそんな歴史上初の出来事の犯人が探さないと出てこない状況になってるんだろうね。

 

「つまり……可能性として大きいのは、聖教会に関わりのない、新しい聖人……?」

「そういうことだね〜あは〜どうしよう〜」

 

 どうしようじゃないんだよ。

 なんでそんなやばそうなものが気軽にリポップしてるのか本当に、もう! バグってるんじゃねぇのかこの世界。早く修正パッチあてろ。俺に気持ちよくチートを使わせろ。

 

「でもまぁ、降魔七階が倒されたのはいいことですよね?」

「いや良くないよ〜?」

「え?」

「私の話聞いてた〜? 私の計画はぁ、私やハバキくんみたいな『現在の法では存在が許されない存在』で降魔七階という最大の危機を殺して国家転覆! だからぁ〜。普通に合法な聖人が降魔七階を殺しちゃったら永遠に達成できなくなって〜」

「永遠に……股間爆発が治らないってこと!?」

「なにそれ知らない」

 

 

 つまり、このまま降魔七階が別の人達に狩られたらとんでもないことになってしまう。

 どういうことなんだよ。なんで国が総出で相手するような存在を、先に狩られないようにしなくちゃならねぇんだよ。

 

 しかし俺たちのやることは決まった。アラシ先輩と目を合わせ、こくりと頷いて俺は虫取り網を手に駆け出した。

 

「うぉー! 聖人狩りだー! 何としても下手人を見つけてぶっ殺す!」

「あは〜! 醜い〜!」

 

 いつか人類に共通の敵が現れた時、人類は手を取り合うとか言ってくれた人へ。

 申し訳ないけれど、我々はとても醜い生き物でついでに割と強かなせいでそもそも共通の敵を見つけられないかもしれません。

 

 

 

 

 








続きは気が向いたら書きます。





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聖人狩りに行こうよ ①

 

 

 

「というわけで聖人捕獲三銃士を連れてきたよ」

「聖人捕獲三銃士!?」

 

 虫取り網を持って半袖短パンのおもしれーくんはそう言いながらなんか紹介を始めた。

 涼しそうな格好に合わせてマスクも青色になってるけれどマスクとロン毛の時点で暑苦しい。

 

「靴舐めの研究でカブトムシを観察しまくり、捕獲のエキスパートに。保食(かての)ネブ」

「山に入る時は長靴の方がいいですよ。舐めておきましたから」

 

 半袖短パンでラフな格好と青い髪で涼し気な印象なのにやたら息が荒くてなんか暑苦しい。視線が俺の靴しか見てないよアイツ。

 

「何故か最近やたらと縄の扱いが上手くなった拘束のプロ。道祖(さえの)ハツネ」

「別に自分を縛ったりとかに使ってないからね? そんなことに使うわけないでしょ?」

 

 本当に何かの間違いで来たんじゃないのかなコイツは。虫取りとか柄じゃなくない? 

 

「昆虫採集にワクワク、アニキス」

「こんな風に心躍るのは久方ぶりだ」

「遊びに来た人じゃねぇか」

 

 麦わら帽子まで被って本当に楽しそうにしてるよ。

 

「虫は食料、シャルロッティ」

「食べられる虫には詳しいですよ!」

「三銃士4人いるじゃねぇか」

 

 クーラーボックスまで持ってきて、中にアイス入れてるしこの子は完全に遊びに来てるよ。

 

「虫は怖くて触れない、俺」

「役立たずは帰れよ」

 

 

 予想以上に役に立たなそうなメンバーにさすがにため息が出る。

 そもそも全員虫を捕獲するつもりで来てるけれど、俺は『聖人』を探しに来たんだよ。逆になんでこいつら虫を捕まえに来てるみたいな感じなんだろうね。

 

 

 このままでは俺は一生童貞になってしまう可能性があるので、俺以外に降魔七階を殺せる可能性のある『聖人』とやらを俺達以外の勢力に渡す訳にはいかない。

 そういうわけでわざわざ学院を休んで数日前に異常な魔力が感知されたらしい山に来たら、なんかコイツらも来てただけで俺は呼んでない。

 

「アンタ知らないの? 『聖教会』のヤツらが降魔七階を倒した聖人に賞金をかけたのよ。自分達の元に連れてきたら渡すって」

「だから俺は新聞なんて読まねぇんだよ。んで、幾ら」

「ん」

 

 そう言って聖教会のヤツらが作ったであろう指名手配書の金額欄には……国家予算規模の額が書かれていた。

 

「アイツら無駄に犯罪で金作りまくって全部降魔狩りに使ってる頭のおかしい集団だもの。戦力が強すぎて誰も文句言えないけど」

 

 この国って本当に大丈夫なんだろうか。

 やばい規模の犯罪組織が国家でも対処しきれないレベルの力を持ち、国のトップである退魔九家は一つが潰れて、一つのトップは絶賛国家転覆を画策中って、もう俺が何かしなくても終わりじゃない? 

 

「忘れてると思いますけれど、私もう家に帰る場所とかないんで……今は惟神家に身元を保証してもらってますけれど、この先お金を稼がないとお先真っ暗なんです……へへっ」

 

 悲しいお家事情を語るネブは、いつもの薄ら笑いの下に本気の悲哀が感じられる。本人がやりたい放題してるから忘れてたけど、コイツ本気で事情だけは可哀想なんだよな。ちょっと靴舐めガチ勢過ぎて悲哀が感じられないだけで。

 

 え、じゃあハツネも金目当てで……? 

 

「何よその目。言っておくけど私は違うわよ。聖教会の奴らに私の家も迷惑かけられたことは何度もあるし、アイツらに渡る前に私が聖人を捕まえて見せびらかしてやろうと思っただけ」

「よかった〜。お前はそのままのクズでいてくれな」

「私を怒らせたいの?」

 

 という事は、シャルロッティ達は、だ。

 

「私達は幾らお金に困っても犯罪に加担なんてしませんよ!」

「うむ。それがハバキの害になり得るなら尚更だ」

 

 じゃあただ遊びに来ただけの人ね。

 OK、帰れ。

 

「てことは誰も助っ人じゃねぇじゃねぇか」

「このメンツが誰か助けてくれるような人だと? おもしれー発想」

「他はともかく、シャルとアニキスは助けてくれるかもしれなかっただろ!」

「さっきからアンタ私に喧嘩売ってるわよね?」

「じゃあお前俺の事助けてくれるの?」

「は? なんで私がアンタのこと助けなくちゃならないの?」

 

 もうこの自己矛盾女達は放っておこう。一刻も早く聖人を見つけないと、先に降魔を滅ぼされまくったら俺の股間が爆散or童貞の地獄の二択を強いられることになる。

 

 

 そう思って山に向けて1歩踏み出した時、俺は背筋に猛烈な寒気を感じて思わず振り向いた。

 見れば、ネブが俺の事を。主に俺の下半身を。更に言えば俺と言うか俺の靴を凝視している。

 

「……そう言えば、昨日雨が降ってましたよね」

「そうだな」

「雨が降ったあとの地面はぬかるんでいて、少し歩けば靴に泥が付いちゃいますよね?」

「そうだな」

「じゃあ綺麗にしないといけませんよね?」

 

 

 俺は山の中へと全力で駆けだした。大人気なく身体強化も使ってもう全力で。

 

「なんで逃げるの? 君女の子に靴舐められるの好きそうじゃん」

「馬鹿にしてんのかテメェ! 舐められたいけどさぁ!」

「うわっ」

 

 そんな俺に当たり前みたいな顔で付いてきてるおもしれーくんに、その後ろからは人間とは思えない立体的な機動で走ってくると言うよりは這いずり、飛び回り、転がってくる虫のような動きでネブが追いかけてくる。

 

「じゃあ舐めさせてあげたらいいじゃん。彼女も喜ぶしウィンウィンってやつじゃない?」

「だって……尊厳破壊みたいな感じがして靴舐めって思ったより興奮しなかったんだもん! むしろ申し訳なさが先立つというか……」

「中途半端に善性残してるよね。クズのくせにおもしれー男……」

 

 だって仕方ないじゃん! 

 俺は確かにハーレムしたいし、えっちいことしたいけどそれで誰かが可哀想なことになってるの見ちゃったらもう萎えてやる気がなくなってくるんだもん! 

 どれだけ欲に塗れようとも、大抵の人間は善であろうとして生きてるんだぞ! 

 

「これ以上あの、何もかも投げ出して人間性すら捨てて靴を舐めるあの子を見ると……俺が泣いちゃう」

「勝手に泣いてればいいんじゃない?」

 

 おもしれーくんは興味なさげに指の爪を弄ってる。コイツ興味無いことにはとことん興味無いよな。

 

「おい! お前一応俺と契約してるならこの状況を助けてくれ!」

「いや、俺面白いことにしか力貸さないし」

「節足動物みたいな動きしてくる妖怪靴舐めに追いかけられてる状況以上におもしれー状況あるなら言ってみろ!」

「それはそう。しょうがないなぁ……」

 

 突如おもしれーくんの体から黒煙が立ち上ったと思えば、晴れた時にはおもしれーくんの姿は俺と瓜二つの姿に変化していた。

 

「魔力から何から何まで、観測上は今俺と君は同一存在だよ。あんまり長くやってると存在重複で世界に弾かれるから長くはもたないけど」

「ありがとう! それこんなくだらないことに使っていいやつ!?」

「まぁおもしれーしいいんじゃない?」

 

 改めてこの男の正体が、世界を滅ぼす厄災の七柱たる降魔七階の1柱であることをこんなくだらないことで思い出しつつ、俺とおもしれーくんは同時に別方向へと駆け出した。

 二分の一とはいえ、目の前で追いかける対象が増えればほんの一瞬でも逡巡するはず。そしてこちらも二分の一で逃げ切ることが出来る。

 

 おもしれーくんが追いつかれた場合どうなるか考えてなかったけれど、まぁ多分大丈夫でしょ。

 

 とりあえず一安心しつつ、大きく息を吐いて背後を振り向いた瞬間、俺は絶句した。

 

 

 ネブは動きを一切止めることなく、まるで俺の方が本物であることに絶対の確信を持ったかのような動きで、一切の逡巡なく俺の方を追いかけてきている。

 

「舐めないでくださいハバキさん! 舐めるのは私です!」

「舐めてねぇよ! え、なんで!? なんでわかったの!」

「見事な擬態でしたが、私は見た目や魔力で人を判断していません。えっと、おもしれーさんでしたか? 彼の擬態は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! なのでそこの細かな傷やら汚れを見れば一発です!」

 

 やだよこの子〜、降魔七階の完璧な擬態を靴から見抜くとか、一体何がこの子にここまでの執着をさせているんだ? それとも俺が悪いのか? 俺がぶっ飛ばしちゃったからこんなことになっちゃったのか!? 

 

「安心してください! どんなに駆け回っても、私が汚れ一つ残さず綺麗にしてみせますから!」

 

 いやこの子は絶対に俺が何かしなくてもおかしかっただろ。そうじゃなきゃこんなモンスターになるわけが無いよ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 保食(かての)ネブはよく言えば従順で、悪く言えば無気力で臆病な少女だと自己判断していた。

 

 

 元々あまり誰かと関わるのが得意ではなく、人一倍に臆病なネブはどんどんと他者の間に壁を作り、それが決定的になったのは今から四年前の事だった。

 

 元々父とは仲は良くなかった。それでも肉親であるからその変化には気がついた。

 

 父はある日、なんの前触れもなく()()()()()()

 

 直感で、それを指摘してしまえば自分が殺されることはわかった。

 だから父が別人になったことを誰にも相談出来ず、何か恐ろしい歯車が進んでいってしまってるのを他人事の様に見ろと自分に語り掛け、何もかもを諦めて、流れるままに生きてきた。

 

 何かを知ることが怖くて、他者を知ることが怖くて、自分を知ることが怖かった。

 

 

 

 

 そんな彼女の全てをぶち壊したのは、魔導学院の入学式の日。

 恒星のような瞬きに身を包んだその男のことが、ネブは最初恐ろしくて仕方がなかった。

 生まれて初めて本気で命乞いして、どうにか許してもらおうと必死になった。

 

 生まれて初めて自分の全てをさらけ出して、醜い本性を引きずり出されて、それを皆に見られる屈辱を味わわされて。

 

 

 自分でも驚くくらいにそれが楽しかった。

 

 

 臆病で卑屈で根暗な自分を、それを自分だと認めて誰かに見せることが苦ではなくなっていた。

 あの暴虐の恒星が、ネブの凝り固まった価値観事全てを壊して、気が付けば偽物の父ですら当然のように消し飛ばしてしまっていた。

 

 保食ネブは彼に憧れた。

 何にも縛られることなく、星のように煌めき駆け抜ける惟神ハバキという光に照らされ、己の光に自信が持てた。

 

 だから、この光を見て欲しいとネブは今日も靴を舐める。

 貴方に見せてもらった、生かしてもらった光なのだと今日も靴を舐めようとする。

 

 

 何かを致命的に間違っている気がしなくもないが、とにかくネブは今日も自分が心の底から笑えてることを彼に伝えたくて、けれど対人経験が全くない彼女にはこれが精一杯。

 

 結果出力されたのが妖怪靴舐めだった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜こうして普通に虫取りに興じるなんて国が滅ぶ以前ぶりですな」

「そうだね。この4年間はせいぜい虫取りなんて食べられる虫探しくらいしかしなかったから」

 

 アニキスとシャルロッティは極めて真面目に虫取りに興じていた。手掴みで次々と虫をつかまえ、シャルロッティに見せてはリリースを繰り返すアニキスと、虫取り網で捕まえてはアニキスに見せてリリースを繰り返すシャルロッティは、山の中から聞こえてくる惟神ハバキの悲鳴が耳に入らないほどに、失った4年間の青春を取り戻すように虫取りに熱中していた。

 

「ん……お! 見てアニキス! このカブトムシ大きくない!?」

「おお! 何たるサイズ! これはハバキにも見せたくなりますね!」

「うん! ……あれ、なんかこの虫喋ってる?」

「はっはっはっ、虫は鳴くことはあっても喋りませんよ。そう言えばカブトムシはどのように鳴くか知りませんね」

 

 シャルロッティが捕まえた一回り大きなカブトムシを虫かごへと入れ、2人は楽しげな会話をしながら虫取りを続けていく。

 

 

 

『くっくっくっ……凡庸な人間にしてはやるではないか。この降魔七階、第三位『絶滅』の王、ギガノ・ザッハークを見つけ、捕まえるとは。その力に免じて我が貴様と契約を……おい、人間! 聞いてる? ねぇ聞いてる!?』

「ところでハバキくんが飼っちゃダメって言ったらどうする?」

「まぁいつも通り食べるとしましょう。生命は流転するものです」

「そうだね。カブトムシ料理かぁ、久しぶりだなぁ」

『……おい! 人間! 聞こえてる!? ねぇ聞いて! 我七階ぞ? 降魔の王、この世の全ての力の象徴、絶滅の王だよ!?』

 

 

 

 籠の中のカブトムシ、降魔七階、第三位『絶滅』の王、ギガノ・ザッハークの声がカブトムシ料理のことで頭がいっぱいの2人に届くことは無かった。

 

 

 










これが降魔の王、七階だ!


第一位 不明
現在の状況不明。受肉してることは確か。

第二位 『起源』の王、ラフー・シュバルディス
万物万象の始まりを司るとされる降魔。世界の生誕の時から存在するともされている。
御狐アラシに受肉。意識休眠中。

第三位 『絶滅』の王、ギガノ・ザッハーク
あらゆる現象に紐づけられた来たるべき終りを定める降魔。純粋な凶暴性は最も高いとされ、過去に腕一本の権限だけで都市を滅ぼす災害となった。
カブトムシに受肉。現在アニキスの虫かごの中。

第四位 『禁断』の王、『真名不明』
常に自らすら縛る強力な力を湛えるとされる降魔。
現在の状況不明。受肉してることは確か。

第五位 『悦楽』の王、おもしれーくん(バルゼ・プロキアス)
快楽を司る降魔の王。あらゆる物事を遊びと捉え、力の勝負ではなく、如何に面白いかでなければこの降魔を滅することは出来ない。
おもしれーくんとして受肉。真名を汚されたことにより弱体化。

第六位 『禍津』の王、ドムズ・ギルファルベル
不幸を司る運命の降魔。漏れ出す瘴気は触れただけで対象に死の運命を決定づけ、自身は常に運命によって守られている。
完全消滅を確認。空席化。

第七位 『最底』の王、『真名不明』
現在の状況不明。受肉してることは確か。


これが最強の降魔、七階だ!





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聖人狩りに行こうよ ②

 

 

 

 

 

 ネブから逃げるうちに随分と山の奥まで潜り込んでしまった。

 

 さすがにこの俺の全速力にはついて来れなかったようだが、足跡が残ってしまってる以上必ずいつか追いつかれる。

 そこで頭のいい俺は木の上を跳びながら移動しているが、多分アイツ木に付いた傷とかから靴底特定してきそうなのが怖いんだよな。

 

「おもしれーくん。おーい、おもしれーくん?」

 

 呼びかけてみるがアイツから反応はない。多分、一瞬で変装がバレた後大笑いしてそのままバックれたのだろう。おもしれーくんが不真面目なのはいつもの事なのであまり気にしない。

 

 むしろ、邪魔しかしないやつらが居なくなってちょうどいいだろう。

 

 これでいよいよ真面目に『聖人』探しができる、と思っていると噂をすれば影と言わんばかりに人の気配がした。

 こんなにすぐに? とは思わなくもないが俺には今のところ聖人に繋がる手がかりはない。とにかくなんでも情報になりそうなら走り回るしかないのだ。

 そう思いながら草木を分けて気配の方へとゆっくりと近づいていくと。

 

 

「はいはい、安心してくださいね。私達は神の御使い、怪しいものじゃないですよ〜」

「んー、んー、んー!」

「何言ってるかわかんないので合意とみなしますね。いや〜、信者が増えてくれて嬉しいですよ。これからも私達と共に神の導きに従っていきましょうね」

 

 

 夕焼けのような鮮やかな金と赤の中間色の髪を三つ編みにし腰まで垂らし、太腿と脇腹を露出した存在そのものが神への冒涜みたいな修道服に身を包んだ女が、目隠しと猿轡を噛まされ手足を縛られた女の子を担いでいた。

 全力で好意的に解釈すればギリギリコスプレ趣味と被虐趣味の友人同士の馴れ合いに見えなくもない。見えなくもないからそういうことにして帰りたいんだけれどそんなやついるわけねぇだろ。

 

 コスプレ修道女の方の服に付けられている紋章。

 鷲と蛇と犬と蜘蛛とかモリモリ過ぎてなんかよくわかんないことになってるシンボル。

 あれはこの国の人間なら間違えるわけのない、頭のおかしい犯罪組織『聖教会』のモノだ。

 

 正直関わりたくないよ。目を合わせたら信者として連れてかれて洗脳されるか、降魔として連れてかれるかの二択のDeath or Death仕込んでくるような輩だし。

 

 でも、この山でそいつらが誘拐をはたらいてるとするならば、担がれてる方は俺たちも探している降魔七階殺しの『聖人』であるかもしれない。

 

 

 ……それに、よく見たら捕まってる推定聖人の子、可愛いかもしれない。

 目と口元が目隠しと猿轡で判断つかないけれど、多分可愛いな? 可愛いよな? うん。

 

 

「ちょっと待てそこの犯罪者!」

「誰が犯罪者ですか!? 入信希望ですか!?」

 

 

 キレながら入信希望を聞いてくるあまりに情緒不安定なその仕草だけで話しかけたことを後悔する。基本的に聖教会の奴らは頭がおかしいので話しかけてはいけない、話しかけるなら殺すつもりで話しかけろと教育されてきた。

 

「いや……その……誘拐とかよくないと思うよ? うん。親も泣いてるよきっと」

「誘拐じゃないですよ。ちゃんと神の下で合意ですよね?」

 

 担いでる女の子にそう話しかけるコスプレ修道女。そして担がれてる女の子は首を全力で横に振っている。

 コイツらの神様はどうやら目が節穴らしい。

 

「見ての通り合意の下です。ちゃんとこの拘束を合意の下で付けさせて頂きました」

「んー! んー!」

 

 またも全力で首を横に振られてる。

 神様だけじゃなくて本人達も目が節穴みたい。

 

「ん……あれ、貴方。もしかして惟神(かむながら)ハバキじゃないですか?」

「なになに? 俺って結構有名な感じ?」

 

 参ったな、女の子に有名になってるのは嬉しいけれど聖教会のヤツらに知られてるとなると全く嬉しくないぞ。

 でもどこか、ちょっとワクワクしてる俺がいることを否定できない。もしかしたら、いい感じに広まってるんじゃないかという期待がどうしてもね。

 

「もちろんです! 罪のない婦女を捕まえ自分好みに洗脳し無理やり働かせていると噂の邪悪の権化!」

 

 同級生とかからこう言われたら全力で否定するか、黙って泣いちゃってたけど今まさに罪のない婦女を捕まえ自分好みに洗脳し無理やり働かせようとしている邪悪の権化が居てくれると安心する。

 やっぱり人間って、自分より下に見れる奴がいるとすごく安心するんだよね。

 

 いやぁ、ありがとう。おかげで自分に自信を取り戻せた気がする。我ながら最低だとはちょっと思うけど。

 

 

「………………と言うか、貴方降魔と契約していません?」

 

 

 ギャーギャーとやかましかったコスプレ修道女の顔から、突如として一切の表情が消え、同時に俺は喉の水分が一気に蒸発したかのような激しい渇きに襲われた。

 え、なんでわかったんだ? 調べればわかることではあるけれど、さすがに一目で分かることでは無いはずだ。

 

「これでも降魔はたっくさん殺してるので。……予定変更ですね。聖教会所属、『神の刃』ガブリエラ・カルトカット。神の名の下に降魔なんかと契約したクソゴミ野郎を処刑させていただきます」

 

 コスプレ修道女……ガブリエラは抱えていた推定聖人ちゃんをそこら辺に、まるでゴミか何かのように投げ捨てる。

 どうでも良くなった、と言うよりは優先順位の変更だろう。降魔を殺すことに全てを捧げ、法すら破ってまで戦う本物の狂人の集まりだ。

 

 彼女達にとって最も優先すべきは、降魔とそれに与するものの排除。

 

 というか待て、『神の刃』って確か聖教会の中でも戦闘特化の最高戦力の呼び方じゃなかったか? 

 

 強固な信仰と激しい鍛錬(じんたいかいぞう)を重ねた最強の降魔殺し。だいたい話が通じないと聞いていたから、思ったより話が通じる相手だったせいで見誤ったなちくしょう。

 

「一応聞いておきますが、懺悔の言葉とかありますか?」

「冤罪です、って言ったら見逃してくれたりしない?」

「冤罪だったらまぁ、私が死んだ時謝りに行きますよ。なのでちゃんと天国に行けるくらい罪のない魂でいてくださいね」

 

 そう言うと共に、ガブリエラは懐から飴玉のようなものを取り出して口に含み、同時に彼女の水晶のような透き通った瞳が極彩色に濁り始める。

 それと同時に彼女の三つ編みが解け、まるでもう一対の手足のように地面を踏みして四足歩行、髪を含めれば六足の体勢になる。

 なんで今日だけで四足歩行以上で動く人間と2人もエンカウントするんだろうね? 

 

 そしてあの飴、どう見たって違法薬物です。

 聖教会の奴らはなんの躊躇いもなく違法薬物とか使うからね。 その寿命の前払いとも言える危険な行為が彼女達の強さの秘密だ。

 

 さすがに目の前で薬物をキメられたら少し、いやかなりビビったけれど事前に知っておいたおかげでかなり動揺は抑えることが出来た。

 確か、聖教会の奴らは本当に危ないから事前に対策を義姉さんから教えて貰ってたんだよね。

 

 

 

 

『いいか? 聖教会の奴らと戦うことになったら『逃げろ』。正面から戦うな。基本的に魔術を使うならあのバケモノ共とは相性が悪い。それか私を呼べ。一応人間だから殴って全身の骨を折れば死ぬ』

 

 

 

 

 

「役に立たねぇ〜!!!」

 

 

 俺の義姉への渾身の叫びと共に、飛び込んできたガブリエラの蹴りを膝から力を抜き、崩れ落ちて転がるようにして避ける。

 

 俺達魔術師や降魔は、基本的に魔術を使って戦闘を行う。

 そして魔術の最大の弱点は『詠唱』だ。強力な術はそれだけ長い詠唱が必要になるし、短くても最低一節の詠唱が必要になる。

 

 じゃあ降魔殺しのために聖教会のヤツらが何を考えたかと言うと、詠唱なんてさせずに先に速く動いてぶっ殺せばいいじゃない! という脳筋極まれりなことらしい。

 

 コイツらの戦闘は殆ど詠唱を使用しない。

 薬物による身体強化、極めた体術、そして人体改造。

 

「……あれぇ、今の避けますかァ? おっかしいな、まだ五割キメだから手足の震えは最小限のはずなのに」

「キメって言っちゃったよ。やっぱ薬物じゃねぇか」

「聖薬です〜、聖別された特別な薬が信仰を力に変えるんです〜!」

「聖ってつければなんでもいいと思ってないか?」

 

 話し方こそ軽いが、今の蹴りはマジでやばかった。人間の体そのものがハツネの『春雷』並の速度で飛んでくるのだ。まともに喰らえば中身が飛び散る。

 

 そして、ガブリエラ本人は重力なんて知らないと言わんばかりに片手だけで木に張り付いている。

 握力だけでならカサネ先輩が似たようなことをできるけれど、木にヒビが入ったり力んでる様子がないから多分そのまま張り付いてるんだろう。

 

「トカゲ……いや蜘蛛か? どっちみち山にはピッタリな異形だな」

「失礼ですね。私は都会の似合うシティレディですよ」

「まぁ都会でも部屋とかによく出るもんな、蜘蛛」

 

 修道女が都会が似合うのはそれはそれでどうなのかと思わなくもないが。

 

 聖教会の奴らは人間の力だけでは降魔に勝てないと、そのくらいのことを判断する知性はギリギリ残っているのでコイツらが選んだのはこういう人体改造だ。

 

 六足の動き、飛翔や浮遊が前提の体術、関節が一つ多い剣術。

 そう言う既存の人間の動きから完全に外れた動きによる不意打ち(サプライズ)

 時には人間の姿を捨てて、地面に擬態できるまで人間としての何もかもを捨てての待ち伏せ(アンブッシュ)

 

 そういう事を平気で行い、そんな姿に成れ果てても降魔殺しの信念だけは失わない。頭のおかしい犯罪者集団ではあるが、その強さだけは本物だ。

 

光芒(shine)

「詠唱してる時点で私達には勝てませんよ?」

 

 照準を付け、詠唱を行い、放つ。

 普通の魔術師相手なら俺の一節詠唱は対処が難しいはずなのだが、ガブリエラはケラケラと笑いながら身を翻していつの間にか別の木の上に移動している。

 

 ……薬物効果がキマってきたのか、額や頬に眼球に似た器官が生えてそれも俺を見つめている。やっぱりアイツ蜘蛛の特徴を引き継いでるみたいだ。

 幾ら顔が良くても眼球が幾つもあるのはビジュアル的にかなり怖い。そしてその恐ろしい外見通りにバケモノじみた素早さをしている。

 

「あーもう! 虫なら光に集まれよ! 光芒(shine)! 光芒(shine)! 

「走光性って知ってます? 虫はなんでも光に集まるわけじゃないんですよ?」

 

 知識マウントまで取られて一瞬頭が沸騰して全力でぶっぱなそうとしたが、さすがに抑えた。

 現状、ガブリエラは俺の攻撃を身のこなしと手首や髪の毛から出した糸による立体機動で避けている。

 

 そもそも、木がめちゃくちゃ多い山の中という環境がコイツと相性が良すぎる。

 

 うん、というわけでね。

 

 

光波(aura)

 

 

 溢れんばかりの俺の魔力を地面に叩き付ける。

 発生する爆風が周囲の木々をガブリエラ諸共吹き飛ばし、随分と見晴らしが良くなっていく。

 

「なっ、この邪悪の権化、環境破壊の化身! 命溢れる森になんてことを!」

「はっはっはっ! 知るかそんなこと、正当防衛だ! 元を辿れば俺を殺そうとしたお前のせいだからな! 光波(aura)! 光波(aura)!  ついでに光芒(shine)! 

 

 どさくさに紛れて撃ち込んだ光線は普通に避けられたが、光波を何発も撃ち込んでる間に俺の周囲は隠れる場所も凹凸もない荒野になっていく。

 もちろんそこら辺に転がされていた推定聖人ちゃんは身動きが取れなさそうなので、いい感じに潰れないように吹き飛ばしている。

 

 ともあれ、これだけ周囲が更地になれば先程のように逃げ回ることも出来ないだろう。

 

「……めちゃくちゃ。これだから降魔は嫌なんですよ。何でもかんでも、力さえあれば自分の思い通りになると思ってる」

「一応言っておくけど、俺は降魔じゃないし降魔と契約したのもまぁ、成行きなんだよ」

「でも犯罪ですよね?」

「目の前で違法薬物使ってるやつに言われたくはない」

 

 実際降魔との契約も犯罪だし、違法薬物も犯罪なので俺達はどっちも自分のことを棚上げしまくってることになる。

 自分が犯罪者だからって他の犯罪者を許せる理由にはならないよね。俺の方は絶賛目の前の女に命を狙われているわけだし。

 

「しかし、木々が無ければ避けられないというのは考えが甘いですね。あの木々という邪魔があったからこそ貴方は今も生きてたんですよ?」

 

 ガブリエラは地面に手を付け、髪の毛をさらに分割し4本の足に見立てる。これで八足、正真正銘の蜘蛛女になった彼女の犬歯は鋭く伸び、虫と言うよりは吸血鬼のような風貌へと変化していく。

 

「私としても、得意なのはなんの邪魔もなく駆け抜けられる障害物のない場所なんですよ」

「そっか。……じゃあ、今日はここまでにしておこうぜ。俺が死ぬぞ?」

「土壇場の命乞いにしては偉そうですね。……ん、なんですかこの音?」

 

 何処からか聞こえてくる謎の音にガブリエラが意識を向けた、ほんの一瞬。

 攻撃はほぼ避けられる。だから俺は自分の近くに吹き飛ばしておいた推定聖人ちゃん抱えて、その場から走り出した。

 

「はぁ? 身体能力で私から、『神の刃』から逃げられると思ってるんですか?」

「いや、逃げるのをおすすめしとくぞ。このままだと死ぬぜ。()()()()()

 

 やっぱり昨日雨が降ってたからか、走り出すと地面がぬかるんでいて少し足が取られる。

 

 そう、昨日は雨が降っていた。結構な豪雨だったのもあって多少地盤が緩んでいるだろう。

 そんなことがなくても、俺が何度も何度も地面を揺らしまくって、ガブリエラを狙っているように見せかけて何度も何度も山の斜面に魔術をぶち込めばいつかはこうなってだろう。

 

 

「全身の骨が折れたらお前たちでも死ぬんだろ? 土砂崩れに巻き込まれたらさすがにやばいぞ〜!」

「は、はぁ!? なんてことしてるんですかアンタ!? この山にどれだけの命が棲み、その環境をなんだと──────」

「今俺を殺そうとしてる口で命の大切さを説くな! まず俺に優しくしろ!」

 

 迫り来る土砂の轟音がガブリエラの声を掻き消し、さすがの彼女もここで命を捨てる気は無いのか俺達を追うのではなく別の方向へと走り出した。

 大規模破壊が可能な魔術師と違い、身体能力での先手必勝を心掛ける聖教会の連中は、大質量攻撃からは逃げることは出来ても対処することは難しい。

 対して魔術師の中でも魔力バカである俺ならば、この程度の土砂崩れならば余裕で対処出来る。

 

 悪いけれど義姉の教えでお前らみたいなのとは真正面から戦うなって言われてるんだ。

 

「じゃあなバーカ! この聖人様は俺達がちゃんと利用させてもらうからよォ! 生きてたらせいぜい悔しがってろ!」

んんんんんんんんーんんん(貴方も悪人なんですかやだ)ー!?」

 

 推定聖人ちゃんがなんか失礼なことを言ってる気がするけれど、俺はちょっと降魔七階のうち2体と契約してるだけで別に悪人じゃないからね? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………そう言えばこの山、普通に下にネブとかハツネとかシャルロッティ達がいるけれど、まぁアイツらは魔術師の中でもアレでも天才側だ。

 余裕で対処出来るだろうから心配する必要は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 



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聖人狩りに行こうよ ③

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー助かりましたー! 私、さすがに今回ばかりはダメかと思いましたよ。もう聖教会に捕まって生きる降魔殺戮兵器に改造されて私の人生、もうここから先聖教会のカッコイイ降魔殺戮兵器として使われることで終わっちゃうんだって……」

 

 土石流を適当に破ァ! して乗り切り、改めて暫定聖人ちゃんの拘束を解いてみたら、開口一番にめちゃくちゃうるさくてポジティブな感じでちょっとげんなりした。

 なんでカッコイイ降魔殺戮兵器になれる前提で話してるんだろう。そんなになりたいならほっといてやった方が良かったかな。

 

「あ、いえ。そんななりたいわけじゃないんですよ? ただほら……私見ての通り可愛いでしょう? だからなるとしてもそういうかっこいい感じの兵器になるかなーって。あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。細流(せせらぎ) リンです。リンちゃんでも可愛いリンちゃんでも好きにお呼びください」

「また濃いのが来たなぁ」

 

 既に面倒くさそうな雰囲気を醸し出す推定聖人改め、リンはしかし多くの聖人の特徴である、先程ガブリエラが薬で再現していたのとは違う、本物の虹を瞳に閉じ込めたかのような美しい瞳をしている。

 

「とりあえず俺は惟神(かむながら)ハバキだ。別にお前をどうこうするつもりは無くて、ただ保護というか、確保だけしとこうって感じだから安心してくれ」

「保護……あ、そうだ。助けてくれません?」

「今さっき助けたばかりだろ。これ以上何を助けるんだよ」

「いやーそうではなくてですねぇ。実はですねぇ……へへっ」

 

 口に出すのが憚られるのか、ボソボソと聞こえづらい声でリンはボブカットの毛先を弄りながら目を逸らし、本当に聞こえるか聞こえないかギリギリの声で呟いた。

 

 

「私、聖人じゃないんですよねぇ……降魔七階どころか降魔なんて倒したことないですよ」

「は?」

「ひえっ! 待ってください! これには深い事情が……」

 

 

 じゃあなんだってんだ。

 俺は特に関係ないこの顔以外良いところがなさそうなハツネの完全下位互換みたいな女を、わざわざ聖教会の奴らに目をつけられてまで助けたのが全部無駄だったって言うんですか? 

 

「実は私……幼い頃から本当に運が悪くて。あれは7歳の頃、ちょっと家の裏山に遊びに行った時のことでした」

「おい待て、話を聞くとは別に言ってないぞ」

「そしたら出ちゃったんですよね……降魔」

「やっぱ続けろ」

 

 そんな降魔ってホイホイ出て良いものじゃなくない? 

 いや、受肉してない降魔なら割と出るとは聞いていたけれど、そんな子供が裏山で蛇にあっちゃったみたいな感覚で会っていいものではなくないか? 

 

「そしたらそこを偶然、奇声を上げながら爆走する金色の光を纏った人間大の何かが突っ込んできて、降魔を一撃で倒したんです」

「奇声を上げながら爆走する金色の光を纏った人間大の何か?」

「奇声を上げながら爆走する金色の光を纏った人間大の何かですね」

「ちょっと目、見せてもらっていいか……ん、瞳孔に異常はねぇな」

 

 とりあえず、もしかしたらこの子は既に聖教会の薬物実験によって夢と現実の区別がつかなくなった哀れな被害者ではなく、純粋に頭がおかしいだけの子のようだ。

 

「本当に居たんですよ! なんか奇声を上げながら爆走する金色の光を纏った人間大の何か! 略してきいかわ!」

「略せてなくね?」

「そしてその時、どれだけ言っても信じて貰えず、私は生まれつきのこの目の色もあって降魔を倒した聖人扱い……その後もどこに行っても何故か降魔が出て私が気絶してる間に降魔は倒されて……気が付けば降魔七階を倒した聖人扱い!」

 

 いやそんなことある? 

 降魔にあったら実力があれば生きて、ないなら死ぬ。助けが来る可能性なんてそうそうない。更に言えばアラシ先輩によれば七階は全員受肉を果たしているらしいから、コイツが倒したことになったらしい七階の六位は受肉降魔の筈だ。

 

 真正面から凡人がいきなり相対することになれば間違いなく死ぬ。

 

「今では聖教会にも追われ、降魔も周りに生えるものだから色んなところをたらい回し。故郷を遠く離れたここで一人寂しく可愛く生きることに……」

「お前案外ここまで図太く生きてきただろ」

 

 しかしコイツが本当に降魔七階を屠った聖人なら、わざわざこんな作り話をするとも思えないし、土石流に巻き込まれたくらいで死にかけたと泣いたりもしないだろう。

 

「えー……じゃあ降魔七階の六位もお前じゃない誰かが倒したってことでいいんだよな?」

「そもそもその七階? ってやつが私が見たやつで合ってるなら誰も倒してませんよ?」

「いや。魂の消滅が確認されたから死んではいるはずなんだよ」

「でもなんか降魔が言ってましたよ。『死して生きる無限の生』とか『転生受肉』とかなんたらって」

 

 リンの言う言葉の意味はよく分からない。降魔側の知識にはまだ俺達では理解のできない部分が多いから、多分それ関連なのだろう。

 

 でもやばい、絶対やばい。

 具体的に何がやばいかは分からないけれど、単語一つ一つからもう絶対にやばい予感しかしない。

 

「ひゃっ!? なんですか急に。まさかこのまま私を担いで何処かに売り飛ばそうと!? 可愛いから仕方ないにしてもせめて売り飛ばすのはやめてください!」

「安全な場所に連れてくだけだからほんと黙ってて!?」

 

 とりあえずコイツを担いで一端アラシ先輩の元まで連れて行こう。そして報告だ。なにかまずいことが起きているけれど、俺には何が起きてるのかさっぱり判断がつかない。

 

 報連相、大事。

 とにかくこの場を離れようとした時、俺の足が何かに掴まれた。

 

 

 

 

『──────ほう。良き肉体だ。若く、顔立ちも整い、少し間抜け面なのさえ除けば……何だこの魔力!? え、キモっ!? だがやはり『運』は我が手の上!』

 

 

 聞いたことの無い声だった。

 でも、その声の空気の震わせ方には覚えがある。具体的に言えば、アラシ先輩やおもしれーくんと全く同質のなにかを纏ったその声が、足伝いに()()()()()()()()()

 

 

『貴様の肉体、この降魔七階、第六位。『禍津』の王、ドムズ・ギルファルベルが頂こう!』

 

 

 その宣言と共に俺の体に侵入していた何かは一気に俺の何もかもを飲み込み尽くし──────

 

 

 

 

『え、多重契約? 待って、この体爆発──────』

 

 

 

 

 

 

 股間が爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「………………なんなのよ、ほんと」

 

 

 道祖(さえの)ハツネは比較的マトモな感性をもつ14歳の少女である。

 故に、目の前の現実にため息しか出なかった。

 

 突然山の上の方で轟音がしたかと思えば、光と共に土砂崩れが起きた。まぁ土砂崩れくらいならハツネ1人でもどうにか出来なくはない。

 自然の暴威なんてある程度無理矢理でも抑え込めなければ、魔導九家なんてのは名乗れない。

 

 問題は、その後に急に現れて虫かごを押し付けてきたシャルロッティとアニキスだ。

 

 

「この辺りに集落はありませんが、念の為止めておきますね。あ、これ虫とアイスの入ったクーラーボックスです。ちょっと持っててください」

 

 

 そう言って飛び出してった彼女は、魔導錬成を使い土砂崩れへと立ち向かった。

 結果がどうなったか、というのは今ハツネが適当な岩の上に腰をかけてクーラーボックスからアイスバーを取り出して食べているというのが全てだ。

 

「どいつもこいつも、私の周りには魔力バカしかいないの?」

 

 ハツネの目の前に現れたのは『城壁』だった。

 光で編まれたそれはそこに遥か昔から立ち並んでいたかのような強大な存在感を示し、土砂の全てを受け止めてもなお悠然と立ち塞がっている。

 

 山全体を囲むようにして現れたこの城壁の全てが、シャルロッティ・ニベルライトの魔導錬成だと言うのだから笑い話にもならない。

 

 ……この魔力規模、もしかしたら魔力保持法違反なのではないかと思わなくもなかったが、だからと言ってそれを誰かに言う気にもならない。

 

 もちろん羨ましくは思うが、他人の力を羨んでいても自分の力が変わるわけではないと知っている。そんな暇があるなら訓練をするべきだとも。

 

 

 けれど、世の中には絶対に勝てない力があることを知っている。

 そういう存在に、本気の本気で手を伸ばして、どうしても届かずに打ち負かされた時、ハツネは最高に生きていることを実感するのだ。

 

 簡潔に纏めるならばSMプレイ(あそび)ではなく、本気でやって打ちのめされるからこそ気持ちいい。

 今のハツネでは悔しいが、シャルロッティどころか惟神ハバキを本気にさせることなんて出来やしない。

 

 自分に対して本気で怒って、その力の一端を見せたあの惟神ハバキをもう一度見ることは難しい。

 

 

『くっくっくっ……人間、力が欲しいか?』

「…………?」

 

 

 突然、何処からか聞こえてきた声の主を探すが周囲に人の気配はない。

 男の声、アニキスでもハバキでも、あのおもしれーくんと呼ばれてるよく分からないやつでもない。

 

『おい、ここだ。ここ。ようやくまともそうな人間に話しかけられたぜくっくっくっ……』

「カブトムシ……?」

『そうだ。カブトムシだ。今我はカブトムシから話しかけて、あ、待って、置いていかないで! この籠から出られないから! せめて出して!』

 

 今日は少し蒸すから恐らく熱中症だろう。

 カブトムシが喋ってるように思えてしまうなんて、かなり症状が進行している。ハツネは速やかに木陰に入りクーラーボックスから勝手に水を取り出して口に含んだ。

 

 そうするとカブトムシからの声は聞こえなくなったのでやはり熱中症だったのだろう。

 

『距離! 物理的な距離で聞こえなくなってるだけだ! 頼むから我の話を聞いてくれ……頼むよ……カブトムシになったくらいでこんなに雑に扱われるとか、我ってなんなんだよ……昔はこの一声で全ての生き物が畏怖したのに』

「カブトムシを人間と同じように扱うやつはいないんじゃない?」

 

 幻聴の類だと思っていたが、カブトムシの泣き声があまりにも成人男性の悲痛な声でしか聞こえないために、ハツネはつい反応してしまった。

 

『おお! 桃髪の少女! やはり我の声が届いたか……それで、お前は我に何を望む?』

 

 ああ、これダメなやつだとハツネはすぐに理解した。

 この国で出会い頭にいきなり望みを聞いてくるやつは八割降魔で二割聖教会の奴ら。

 聖教会の奴らならその後にすぐにそれは信仰が足りない! と誘拐を試みてくるのでおそらく前者、このカブトムシは降魔だと判断できる。

 

「とりあえず誰に突き出せばいいのかしらね。アイツ(ハバキ)に渡しておけば殺してくれるかしら」

『待って? なんでそうなるの? 力とか富とか名声とか求めないの?』

「他人の力で得た栄光になんの意味があるのよ」

『嘘……人間成長しすぎ……。そんな万物の霊長みたいなこと言える種族じゃないでしょ』

 

 ハツネは性格が悪く、性癖がマゾのNTRで男同士の絡みに興奮を覚える以外は極めてまともな人間性を持つ人物だった。

 故に、降魔の甘い誘惑になど惑わされず、冷静にこの降魔を名乗るカブトムシの処分先を考えていた。

 

『待て、我はそこらの降魔とは違うぞ? なんて言っても降魔七階、序列第三位。あの『絶滅』の王、ギガノ・ザッハークなのだからな!』

「へぇ、大物じゃない。良かったわね死んだら新聞の二面くらいは飾れるわよ」

『せめて一面飾らせて!? というかなんで二面!? もっと我のこと恐ろよ人間!』

「カブトムシにビビるなんて子供じゃあるまいし」

 

 ハツネは虫とかが大丈夫なタイプの女子であった。

 

『ふん、まずはお、おおお、落ち着くんだ人の子!』

「アンタのが落ち着きなさいよ」

『そうだ! お前の望みを当ててやろう! お前は力が欲しいはずだ! なにか強大な力を望んでいるのがビンビン伝わってくるぞ!』

 

 確かに、ハツネが思っていたことを部分的ではあるがこのカブトムシは読み当てた。

 本物、と信じた訳では無い。だが、もしも本物ならばと。

 

 ついつい、魔が差してハツネの口から望みが溢れる。

 降魔はその、零れた望みを舐め取ろうとしてるとも知らずに。

 

 

「つまり……アンタの力を借りれば私はアイツに挑んでいい感じに全力を引き出してボコボコにされた挙句に目の前でアイツの尻が別人にいいようにされてるのをまじまじと眺めさせられて恥辱に悶えながらもどこか興奮している自分を感じて舌を噛み切って死んでしまいたいと思いながらもそれすらも許されないような状況を楽しめるってこと?」

『もちろん…………んー? いや、え、なにそれ知らん。何をどう思考したらそうなるの?』

 

 

 零れた望みが予想異常の内容で降魔がエラーを起こしてる間にもハツネは思考を続けていく。

 

 なるほど、それなら悪くないかもしれない。

 あまりに魅力的な提案。ハツネは初めて、法を犯してまで降魔と契約してしまう人間の気持ちを理解した。

 

『いや勝手に理解しないでくれる? 我そんなの知らん。『絶滅』の王に願うことがそれでいいの?』

「なによ。降魔の王のくせに無能なの?」

『は? できるが? 我最強の降魔ぞ? お前も我の力にビビり散らして感涙に噎び最終的にその体乗っ取って未来永劫使い倒してやるぞ?』

「そ。じゃあやっぱ危険だし殺処分ね」

 

 籠の中で喚く降魔の王を名乗るカブトムシ。

 ハツネはそれを虐めるので少し楽しくなっていた。基本的にハツネはSでありMであるハイブリッド性癖モンスターである。

 

「……アンタと契約させれば、そいつは力を得るのよね?」

『無論だ。……え、待って? お前他人と我を契約させようとしてるの? 待ってなんで?』

 

 ハバキ本人か、それとも隣のロン毛の男か。

 どっちを契約させればよりハツネ自身が興奮できるか。既にハツネの頭にはそれだけしかない。

 ハバキに圧倒的な力で自分をボコボコにしてもらうか、それとも彼すらもボコボコにされてついでに己の矮小さを思い知らされた挙句に目の前で彼を陵辱されるか。どっちでも美味しい。

 

「さぁ行くわよカブトムシ。せいぜい私を満たすために頑張りなさい」

『やだよー! 人間怖いよー! 魔界に帰してー!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 降魔七階、その三位と六位が揃う魑魅魍魎の跋扈する山の中腹。

 

 そこで()()は長い髪をかきあげ、股間を抑えながらゆっくりと立ち上がった。

 

「っぅ……多重契約のフィードバックか……。さすがにおもしれーとか行ってられないくらい痛いなこれ」

 

 肉体の変質。

 身体構造や体型の変化。少し短くなった手足や高くなった声。低くなった視界に柔らかくなった体。その全てを把握し、未だ残る爆散時の股間の痛みに少し身震いしながらも、降魔七階、その()()()は笑みを浮かべた。

 

「六位の消滅は見せかけ。自分の死を偽装し、それを調査しに来た有能な体と、空いた『六位』の座を求め集う降魔、その全てを力に変える為の作戦か。なるほどなるほど……まぁまぁおもしれー作戦じゃん」

 

 空を覆わんばかりに魂達がこの山に集う。

 受肉を果たせず、かと言って魂だけでは強大な力を振るうことも出来ない中級の降魔達。

 消滅こそ聖人などの選ばれた人間にしか出来ないが、その不完全性から攻撃を受ければ魔界に強制送還されてしまう彼等である。

 だが、それでも魂の干渉で人の世に甚大な被害を出せる彼等でさえ、降魔七階と比べてしまえば塵芥でしかない。

 

 そんな彼らが降魔七階程の強さを手に入れる方法。

 

 

 それこそが『七階』になること。

 現七位、『最底』が六位への昇格を拒んだことにより、六位の空席に入り新たなる七階になるべく降魔達は六位の魂の残骸に引き寄せられる。順序が逆なようだが、降魔七階という『座』に組み込まれれば、どのような降魔であろうとその力を大幅に増幅させることが出来る。

 

 そして自身の死を偽装した六位は、その座を求め集った全てを食い尽くす。

 

 順当に六位が更なる高みに至るか、別の降魔の格上殺し(ジャイアントキリング)。はたまた人間が降魔達の想像を超える結果を産むか。

 その結果は絶対に『面白い』。その確信が第五位の胸にはあった。

 

 

「さぁ始めよう! 集うは数百の降魔! よりすぐりの受肉の器! そしてその全てを謀りし降魔の王、その第六位! 生き残ったものの総取り、生存競争(マカブル・パーティ)の開演を主催者に代わりこの第五位、おもしれーくんが……」

 

 

 第五位はいや、と高く凛とした声で言い直す。

 

 

()()()()()()()()が宣言する! 己の欲を満たさんとする少女達! 力を求める降魔達! 己の目標の為に! 主に惟神ハバキを狙うがいい! 絶対おもしれーから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









・おもしれーちゃん
マスクに花のアップリケが付いた。えげつない美少女らしい。ハツネは解釈違いでキレる。





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生存競争(マカブルパーティ)

 

 

 

 

 

 

 惟神カサネはシーカ魔導学院生徒会の会計である。

 普段は力こそパワーであり、どんなことも殴れば解決すると信じてやまない彼女であるが、その実成績は筆記試験の方も常に満点であり、少し脳みそがイノシシなだけで完璧人間と言ってもいい人物である。

 

「カサネ〜、仕事終わった?」

「イツミさんが手伝ってくれたらもう終わってたんですけどね」

「いやごめんって、眠かったんだよえへへ」

 

 カサネが女性としては長身であることを踏まえても驚くほどの身長差のある小さな少女が生徒会室の扉を開く。

 彼女の名は(もがり) イツミ。シーカ魔導学院五年生にして、生徒会副会長。つまりはカサネの先輩である。

 

「というか、イツミさんが登校してるなんて珍しいですね。もう夢とのお話は飽きたんですか?」

「うん〜。さすがに寝すぎてちょっと体を動かしておかないと死んじゃうからね」

 

 イツミは成績で言えばほぼ最下位であり、実技にしても筆記にしてもいいところは無い。そんな彼女がなぜ生徒会に所属しているかと言えば、一つはそのふわふわした雰囲気が癒しとなりみんなの意欲もアップ! という現生徒会長(アホ)の進言であり、もう一つは彼女の見る夢だ。

 

 殯イツミの夢は未来を映す。所謂、予知夢というものらしい。

 らしい、というのは誰もイツミの夢を見れないからであり、しかし実際に彼女は幾つかの大事件を夢を通して観測し、生徒会どころかこの国にとってなくてはならない存在になりつつある。

 

「それでさ、カサネって確か弟くんがいたよね?」

「はい。今は1年生ですね」

 

 そう言えばと、彼は今友達と山に行っているというのをアラシから聞いたことをカサネは思い出した。

 同時に思い出すのは幼い頃の姉弟での山篭り修行。あの時は色々あってハバキの魔力が暴走して、黄金に輝く人間大の高速移動体になって抑え込むのが大変だったと、若気の至りにほんの少し微笑んだ。

 

 

「いやー、これ確定じゃないんだけどね? 彼が遊びに行ってる山で、最悪の未来では降魔七階の三柱が合体した降魔が現れて、この国が滅ぶかもしれないんだよね」

「ぶっ」

 

 口に含んでいた紅茶をあと少しで先輩であるイツミの顔面に吹き出しそうになったが、顔面の筋肉を総動員させ何とか抑え込む。

 厄介事を引きつける体質の弟だのは思っていたが、まさかそんな訳の分からない状況になるとは。

 

 しかし、既に受肉降魔を一度倒す実績を持った弟。

 たとえそんな状況になったとしてもどうにかするだろうし、万が一の時は今すぐ助けにいけばどうにかなる。

 

 そんなカサネの考えを無慈悲に切り裂くように、イツミは時計を確認して申し訳なさそうに続けた。

 

「もう時間過ぎちゃったんだけどさ……多分、カサネの弟くん。もう股間が爆発して死んじゃったかもしれないんだ……。できるだけ急いできたんだけど、ごめんね?」

 

 

 さすがに訳が分からな過ぎて、カサネは口に含んでいた紅茶の全てを先輩であるイツミの顔面にぶちまけた。

 

 そしてカサネの顔面の筋力で圧縮された紅茶の水鉄砲をモロに喰らったイツミは、意識不明の重体となった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 目が覚めて最初に思い出したのは股間に迸った激痛。

 生きている限りあれを超える激痛はないだろうと断言出来る痛みを思い出し意識を失い、目を覚ましてはまた思い出し意識を失い……多分10回くらい繰り返してようやく俺は潔く意識を取り戻した。

 

 ……なんで股間が爆発したんだっけ? 

 理由が思い出せないが、何となくろくでもない理由の気がする。

 

「あ……目を覚ましましたか?」

「……細流(せせらぎ)、リンだっけか?」

「はい。可愛いリンちゃんで覚えてください」

 

 やたら厚かましい返事だが元気そうでなによりだ。

 とりあえず看病をしてくれていたようだからお礼を言いたかったのだが、上手く声が出ない。

 

「もしかして、ハバキさん目を覚ましましたか?」

「ネブちゃん! うん、ハバキくん私の可愛さで目を覚ましたみたいだよ!」

「それは何よりです。あ、寝てる間に靴は舐めておいたのでご安心を」

 

 何を安心すればいいのか知らないが、まぁ清潔なのは良い事だろう。

 

 いつの間にかネブに追いつかれたみたいだけど、それが功を奏したようだ。リンはなんかアホそうだから1人にしたら何しでかすか分からないし。いやネブもまぁまぁおかしい奴だけど、一応元とはいえ魔導九家という両家の娘だし。

 

 というかやたら下半身がスースーするな、と感じて思い出したが股間が爆発したのだ。そりゃあスースーで済んでれば良い方だろう。俺としては俺の息子の惨状を考えただけで憂鬱だ。

 

「……っぅ、俺、どうなって、うひゃぁ!?」

 

 まず状況把握のために立ち上がろうとした時、自分の声が何かおかしいことに気がつき、それから突然頭の上に降って来た毛の束のようなものにギョッとして変な声、金切り声のような甲高い声を上げてしまう。

 すぐにその毛の束のようなものを引き離そうと思いっきり引っ張り、()()()()()()()()()()()()

 

「………………は?」

 

 自分の頭髪を確認する。

 眩しいくらいの金髪はセットしなくても自然とツンと尖るような硬さがあったはずなのに、今ではまるで絹のように滑らかな手触りで、重力に従い流水のように長く滴り、半身を起こしても地面に触れてしまうほどに伸びている。

 

 髪を触れる指からも硬さや角張が失われ、丸みを帯びて白く、柔らかで細長い指がそこにある。爪も可愛らしいピンク色だ。

 

「待って? なんでなんでなんで? なんでそうなるの?」

 

 ようやくさっきから違和感のあった自分の声の異常に気が付いた。

 高くなってるなんてレベルじゃない。こんな可愛らしく凛と響く声、別人でしかない。細くなった喉に手を添えるとそこにも凹凸が失われていて、視線を足の方に向けると、産毛すら見えない張りのあるふくらはぎと柔らかそうな太ももが外気に晒されてる。

 手で触れてみる肩はすらりと撫でるような形になり、目に映る足は内側に向くように骨盤から変わり果て、手で触れる顔は随分と小さく感じ、ついでに肌がモチモチになっている。

 

 そして生足が確認できるということは、俺はスカートを履いている。学院の制服がいつの間にか女子のものになっていて、サイズの合わない靴以外胸や股間のフィット感から……下着までそういうことだろう。

 

 そう、下着だ。

 先程から、肩に不可思議な重みを感じる。

 

 目を瞑り、なるだけ何も考えずに、高鳴る自分の鼓動を確かめるように。すっかり小さくなってしまった掌を胸に押し当てる。

 掌で覆えてしまうくらいの、されど柔らかく確かにそこに膨らみがある。

 

 

 

 

 ここまで確認して、何かの間違いということはないだろう。

 

 

 

 俺、女になってるわ。

 

 

 

 

「アラシ先輩! おもしれーくん! 集合!」

 

 契約のパスを通じて2人に声をかける。

 傍から見れば虚空に話しかけてることになるが今はそんなことを気にしてる場合ではない。

 

 しばらくの間の後、最初に返答があったのはアラシ先輩だった。

 

『あ、あは……は、どうしたの、というか何があったのそっち、あはぁ……』

「アラシ先輩なんでそんな声震えてるんですか?」

『ハバキくんも、声が変わり……あは〜女の子みたい』

「みたいじゃないんですよ。残念ながら今はハバキちゃんなんですよ」

『は〜? ………………は?何言ってんの?』

 

 

 状況を整理すると、俺はどうやら多重契約を行ってしまったらしい。

 その辺りの記憶が激痛で飛んでしまっているが、その結果として俺の股間が爆発し、俺はハバキくんからハバキちゃんになってしまったのだ! 

 

 のだ、じゃねぇんだよ。

 股間が爆散したら女の子になる面白ギミックがなんで俺の体に搭載されてるんだよ。

 

『恐らくその契約がとんでもないエラーで、行き場を失った力が少しでもその出力先を求めた結果、ハバキくんの『女の子といちゃつきたい』という願いと股間爆散の衝撃で共鳴してこうなったんじゃない? というかそれ以外だともう私の理解を超えてるよ』

「そんな……そんな猿の手みたいなこと人の体で起きていいんですか!?」

『ごめん、私なんかさっきからずっと存在しない内臓が体の外に飛び出て、それが爆発したみたいな痛みで頭が回らなくて……ちょっと寝込むね。意味わかんない……なんでこんな弱点でしか無い激痛を発生させる器官を体外に? 無理……わかんないよ……』

 

 妙に具体的で想像ができるけど想像したくない幻痛がよっぽど辛いのか、それっきりアラシ先輩からは返答がなかった。

 

 多分、多重契約のペナルティは俺だけではなくアラシ先輩とおもしれーくんにも襲ったのだろう。俺の股間爆散の痛みを味わったアラシ先輩は、一応女の子なので存在しない痛みに苦しめられてダウン。

 

 ……まずいな。この理論で行くと、一応男の体で受肉してるおもしれーくんはワンチャンショック死してる。一応繋がりは感じるから生きてはいるが、返答がないあたり気絶してるかもしれないし、同じ男の子として言わせてもらうがしばらくはまともに動けないはずだ。

 

「うぅ……アソコが痛い……ほんと痛い。何もかも最悪だ……」

 

 しかもせっかく女の子になったのに、爆発したアソコの痛みの記憶で体調が最悪に近い。女の子の体を堪能! とか考える前に哀れな爆死を迎えた我が息子の怨念が俺を苛む。

 

「まぁいいじゃないですか。靴は無事だったんですし」

「靴以外制服すら変わっちゃってもう俺の面影ないんだよ」

「安心してください! 可愛い私は無事ですよ!」

「可愛い俺の息子が死んでるんだよ。お前が無事だからなんなんだ?」

 

 こんな異常事態でもネブとリンは全く動じず、普段のと言わんばかりの雰囲気だ。

 いや、ちょっと待て。そもそもなんでネブとリンは。

 

 

「俺の事、俺だってわかるのか?」

「まぁ私は目の前で急に股間が爆発して霧が晴れたらそこに寝転んでた女の子がいたからとりあえず君がハバキくんでいいのかなーって」

 

 なるほど。さすが何も考えてなさそうな女だ。見事に何も考えてない答えだ。

 一応ネブの方にも目を向けるとアイツの視線が俺の靴に動くのがわかった。聞くだけ無駄だから聞かないでおこう。

 

「靴だけは変わってなかったのでわかりました!」

「聞いてねぇよ」

 

 ともかく、なんで股間が爆発してしまったのかとかどうして女の子になってしまったのかとか。

 俺がわかることはあまりに少ない。まずは行動しておもしれーくんを探すのがいいだろう。もしも協力を拒んできたらアイツが好き勝手揉んできた俺の引き締まった尻がふにふにの柔らかい尻になっちまったとか言えばどうにかなるだろう。アイツ俺の尻大好きだし。

 

 いや、それにしても俺の尻柔らかいな。胸はそこまでだけど尻がかなり大きい。男の時から義姉さんの影響で足腰をめちゃくちゃ鍛えさせられたからか? でもそれにしては脂肪が多いような。

 

「……ハバキさんも男の子ですね」

「おっ、あっ、べ、別にいいだろ、今は俺の体なんだから」

「安心してください。私の方が胸も尻も大きいですよ!」

 

 自慢げに語るリンだが、確かにこいつのスタイルはめちゃくちゃに良い。聖人の偽物なんてやってなくても、見た目だけで食べていけるくらいには整っている。

 

「でもハバキくんと顔のほうはかなーりいい感じですよ? 私には負けますが。ほらっ」

「うわっ……わー……これが俺?」

 

 鏡に映ったぱっちりとした碧眼の美少女が自分と結びつかなくて変な声が出てしまった。

 どことなくカサネ先輩とシャルロッティに似ていて、2人を足して二で割って、そこに俺の面影を混ぜ込んだような美少女。良くも悪くも男の俺の要素がかなり薄い。

 

「って、とにかくおもしれーくんとかハツネとか探すぞ。なんか知ってるかもしれないし、あんなのでもいないよりは……」

「あ、ハバキさん迂闊にここを出ない方がいいですよ?」

 

 洞穴から外に出ようとした瞬間、俺の前を高速で飛ぶ巨大な飛行体が横切った。

 鳥、のようではあるが形態も大きさも何もかも既存の生物に当てはまらない。そして、纏う強大な魔力。

 

 下級であるが、あれは降魔だ。そして体が鳥ではあるが受肉も果たしている。そんな降魔が通りすがって、受肉を果たせずさまよっていた他の下級降魔を捕食した。

 

 そしてそのまま更に空に飛び上がろうとしたその鳥の受肉降魔を、恐らく狼の受肉降魔が跳び上がって喰らい、己の糧としている。

 

 

 なんだここ地獄か? 

 

 

「空気の穢れからして……下級降魔が200近く、中級が50以上、上級以上が……5ですかね。何故か分からないんですけど、この山にすごい数の降魔が集まってます」

「やっぱり地獄じゃねぇか」

 

 目を閉じ舌を出して、ネブがそんなことを言っている。

 なんでそんなこの世の終わりみたいなことになっているのと、コイツはベロを出しただけでそんなことがわかるのか問い詰めたいがマジで何か考えてる場合じゃない。

 

「オマケに山の周囲に結界が出来てて内側から出るのはハバキさんの力でも厳しいんじゃないんですかねこれ」

 

 結界、ということは何かしらの起点が存在するはずだ。

 この数の降魔が集まり、争い始めるだけの起点にふさわしい何か。それを破壊するまで俺達はこの山から出ることが出来ない。

 

 かと言ってこの魑魅魍魎が比喩なしに蠢く山を真正面から突破なんて、俺1人ならともかくリンというお荷物を抱えてというのは現実的ではない。まずはここに隠れてしばらく様子を見るのが正解だろう。

 

『あは〜、言い忘れてたけど受肉降魔しかり、魂って肉体の影響をすごく受けるから、ずっとその体だとそのうち()()()()()()()()()()()()から急いだ方がいいよ〜』

「──────光芒(shine)!」

 

 

 光芒が空を裂く。

 まだるっこしい話はなしだ。最短で最善の方法は1つ、この山にいる降魔を全て倒せばほぼ確実にこの結界は解除される。

 そして急がないとハーレムを作る夢どころの話じゃなくなる。

 

「降魔狩りじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「いやっほぅ! 靴が汚れたら掃除は任せてくださいね!」

「いやー! なんで呼び寄せるような真似してるんですか!」

 

 悲痛な叫び声を上げるリンを、舌を噛まないようにまた猿轡を噛ませて、抱えようとしたけれど今はネブの方が俺より体が大きいので投げてパスして走り出す。

 

 ところで、さっきの「光芒(shine)」。

 

 割と魔力を込めて撃ったつもりだったんだけれど、普段の()()()()()()()()しか出なかった気がするな。

 きっと体が女の子に変わってまだ魔力操作に慣れていないのが原因だろう。あまり深く考えないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 








・降魔の位階

七階
おもしれーくんやカブトムシがここ。降魔の中でも特別な存在であり、受肉せずとも本格的にこの世界に干渉できる存在。

上級
シャルロッティの国を滅ぼしたヤツもここ。受肉せずともある程度の権能を使うことが出来、知能も高く狡猾に受肉の機会を狙うためあまり表に出てこない。

中級
中途半端な存在。人間は軽く蹴散らせるが人間の強者には普通に負けるため本能的に隠れ潜むのであまり見つからない。

下級
結構な数いるらしいが聖教会がサーチアンドデストロイしてるせいで全く人目につかない。それでも受肉せずとも村落を一晩で消し去ってしまうほどの力はある。大抵顕現した瞬間聖教会が飛んできて消される。

七階〜下級の全ての降魔は受肉していない魂ならばある程度の干渉を受けることにより魔界に強制送還され、数百年から数千年再顕現は不可能になる。



受肉降魔
この世界に存在する肉体を得たことで、自らの持つ権能を本格的に振るえるようになった降魔。受肉してない降魔と比べ飛躍的に能力が上昇するが、この世に肉体がある分倒しやすいと聖教会は中級くらいまでならわざと受肉させてから祓ったりする。上級クラスにもなると国を滅ぼす大災害に変貌するため、あらゆる機関が降魔の受肉には警戒している。
ただし、人間以外に受肉すると相性にもよるが本来の性能を引き出せないことが多く、人間への受肉も強力な降魔であるほど難しくなるため上級以上の受肉なんて滅多に起きることは無い。





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生存競争(マカブルパーティ)

 

 

 

 降魔を倒す手段は幾つかある。

 だが、降魔を完全に殺す手段は限られている。

 

 基本的に魂だけの存在である彼らを完全に滅することが出来るのは、聖人と呼ばれる特別な魔力を持つ人間か、同じ降魔だけである。

 

 魂を常に知覚することのできる降魔は、当然同じ降魔の魂を滅ぼすことが出来る。

 

 

 

春雷(thunder)甲虫不覚(beetle)

『おま、ふざけんな! 我を誰だと──────』

 

 

 なので、とハツネは手に持っているカブトムシに縄を括りつけ、電気を纏わせながらぶん投げる。目の前から迫り来る下級降魔は雷撃を浴び動きが鈍り、同時に投げられたカブトムシに魂を貫かれ完全に消滅する。

 

「これで6体は倒したわね。案外カブトムシって役に立つじゃない」

『絶対に間違ってる! 普通に我と契約すればこんなことしなくとも降魔を殺すことが出来るぞ!?』

「別にいいでしょ。それともこの降魔だらけの場所に置いていってあげた方がいい?」

『…………回転かけてカーブとかはせめてやめてください! 酔う!』

 

 降魔まみれの地獄の様相を成す山中であるが、ハツネは腐っても魔導九家の一人娘。

 継承する前提で育てられた彼女にとって、受肉も果たしていない下級の降魔程度であればあくまで狩りの対象だ。

 

「それで、この原因作ったやつはアンタならわかるんでしょうね」

『あぁ。間違いなくこの回りくどい手口は六位、『禍津』の王、ドムズ・ギルファルベルだ』

「じゃあそいつ倒せば終わりなのね。わかった」

『相手降魔七階ぞ? この我と同格の敵ぞ?』

「それが余計に恐れる理由無くすんだけど」

 

 降魔七階という存在の恐ろしさは、歴史書で散々知らされてきたが、かと言って目の前のカブトムシと同格と言われる相手を見もしないで恐れる理由にはならない。

 

『お前さぁ……。我が寛大だから良いものを、そんな態度で生き続けてたらそのうちぽっと死ぬぞ? 特に我とかさ、『絶滅』の王と言えばその片鱗だけで数多の人間が狂わされ、力を求め殺しあったとすらされる強大な存在なんだよ?』

 

 もちろんそんなことハツネはよく知っている。むしろ勤勉な彼女は普通の人間よりもその存在の持つ意味を知っている。

 

「だからなんなのよ。アンタが強大な存在だからって、()()()()()()なんで私がアンタにビビらなきゃいけないのよ」

『いやでも……我は強くて恐ろしい……』

「アンタを私がどう思うかは私が決めることでしょ?」

 

 ハツネは傲慢で基本的に他者を見下している女だ。一番嫌いなのは、誰かの考えで自分の意見を曲げること。よく言えば確固たる我を持っていて、悪く言えば我儘。

 

 そんな人間性は、降魔七階第三位、『絶滅』の王から見た時。

 

 

『おもしれー女……』

「なんか言った? アンタ小さいからはっきり言ってくれないと聞こえないの」

『いや、何も』

 

 

 自分を縄で括って降魔を倒すための武器として扱い、更に別のやつを契約させるために使う人間なんて、ギガノ・ザッハークの長い生において今まで一人もいなかったしいたらさすがに引く。

 

 だからかは分からないが、こんな雑に扱われているというのに、ギガノの心には奇妙な高揚感があるような気がしなくもなかった。

 

「あ、また降魔いるわね。投げるわよ」

『やっぱ勘違いだわ。ちゃんとした肉体得たらまっさきにお前殺すわ』

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

清水(Aqua)流転(change)聖域(square)

 

 

 保食(かての)家の魔術特性は『清流』と『浄化』。

 穢れと言った対降魔の概念を多く取揃えた由緒正しきお家。この家が降魔に乗っ取られてたって言うんだから魔導九家も大騒ぎになったのだ。

 

 ネブの周囲に小さな川のような水の流れが走り、その上に居た降魔が彼女の周囲から弾き出され、見えない壁があるかのように近づけなくなる。

 

「それじゃあ私達は見学してるので」

「頑張れハバキくん! いや、ハバキちゃん!」

「どっちでもいいから離れてろ!」

 

 数多の降魔に囲まれながら、安全圏を作りそこで座って休んでいるネブとリンを尻目に、俺はとにかく走り回る。

 靴のサイズだけあってないのと、動く度に髪が鬱陶しくまとわりついてきて自分の体の肉に振動が伝わり体が肉付きや骨格から変わったのを意識させられて恥ずかしい。

 

光芒(shine)!」

 

 詠唱のための声ですら以前までとは違う高く澄んだ声。

 背がかなり縮んだ影響か、どんなに凄んでも14歳とは思えない、せいぜい10歳くらいの女の子の声にしかならないのでめちゃくちゃに違和感がある。

 

 他にも歩幅が変わって間合いの詰め方が分からなくなったりとか、無駄に太い太ももがスカートの下でダイレクトに擦りあってムズムズするとか文句は色々あるが、目下一番の問題は魔力のブレだ。

 

 魔力というのは魂に大きく影響を受ける。そして魂は肉体に影響を受ける。

 戦闘や事故で体の一部を失った魔術師が、今まで通り魔術を使えなくなり一から学び直すことになる、なんて言うのはよく聞く話だ。

 

 特に俺のような特異な魔力を無理やり扱うために自分専用にチューニングした魔術を使ってるやつはこの影響が大きい。

 

「魔力が纏まらん! ブレる! もう最悪なんだけど! あとケツ揺れる!」

 

 自分が思ってる方向と全然違う方向に光が飛んでったり、威力が集中せず霧散していまいちいつも通りの威力が出ない。そして肉厚になった尻の肉が揺れてる気がして本当に集中出来ない。

 

「いや言うて降魔消し飛んでません?」

「でもなんかモヤモヤする!」

 

 とは言え俺の魔力量なら、無理やり魔力流して威力底上げすれば、大抵のやつは当たれば一撃なので特に問題は無い。ただ俺が気持ち悪い。

 

 なんて言うんだろうこの感覚。

 動くから別にいいんだけど掃除機の音がめちゃくちゃうるさくなってるとか、エアコンがやたらうるさいとか、別に機能としては問題ないけど感覚として凄い気持ち悪いんだよ。

 

 しかもそもそもやっぱり出力も落ちている。いつもの半分くらいの魔力量になってるよこれ。

 

「いやわかんないですよ。私達から見たらハバキさんのバカ魔力の違いなんて。女の子になったからって急に前髪2ミリ切った変化聞いてくる彼女みたいな面倒くささ出さないでくださいよ」

「はい! そもそも魔力の量とかパッと見で分かりません」

「クソが! 魔力の簡易測定くらい入学前に学んでこい!」

 

 リンはともかく、ネブは魔導九家の自覚を持って欲しい。元だけど。

 

 しかし2人の言う通り、普段使いでは特に問題がないのは事実であり、だからこそ不可解だ。

 

 この世界に意味の無いことなんてない。だからこそ、どんなことにも注意をしろ。そして意味を見つけたら拳を握ればどうにかなる。

 

 カサネ先輩からの教えのひとつ。後半はともかく前半はかなりまともなことを言っている。とは言え、今はそんなことを考えている余裕があまりないのだが。

 

「尻が……尻が大きい!」

 

 ちゃんと確認してないけど、スカートの下の下着のフィット感からして……こう、Tの形の感じっぽくてそのせいでめちゃくちゃ尻が冷える。派手に動くと風がもろに当たるし、動きの振動で揺れるし、あと触ると柔らかい。

 何とかしたいけれど、弄るとなるとそれはそれでハードルが高過ぎる。

 

「はぁ……はぁ……しんどい。尻、くすぐったいし揺れるし柔らかいしもうやだぁ……」

「そんなに変わるもんなんですか、男と女って」

「うん……ほぼ別生物だよコレ」

「まぁ男も女も靴は一緒ですよ。サイズの違いです」

「お前は生き物を靴でしか認識できないのか?」

 

 なんで俺はこんな常に尻のことで悩まなくちゃいけないんだろう。

 前世で尻の神の恨みでも買ったのか? 転生する時はちゃんと神様の靴まで舐めたのに許せねぇよまったく。

 

「あ、顔汚れてますよ。地面がドロドロで跳ねますからね」

「えっ、舐めないでよ?」

「なんで汚れを舐めるんですか。ばっちいですよ」

「え?」

「え?」

 

 とりあえずネブに顔を拭いてもらうけれどなんか納得いかない。

 

「お前、本当にいつも通りって感じだよな。俺が女になってるのに」

「別に女だからとか男だからとか、そんなこと関係ないですよ。私にとってハバキさんは靴を履いてるかどうかです」

「じゃあ俺靴脱いだらもうお前に認識して貰えないの?」

「…………」

「黙るなや」

「冗談ですよ。脱げたら履かせてあげます。何度でもね」

 

 キメ顔で言ってるから多分決めゼリフのつもりなんだろうけど、頭がおかしすぎて何言ってるか全然分からない。

 この子だけは1度ちゃんと頭を病院で見てもらった方がいいと思う。

 

「そういや、さっきからリンのやつが静かだな」

「そういえばそうですね。そろそろ可愛さのアピールをしてくる頃かと…………」

 

 ネブが口を開けて言葉を失い、その視線の方向を追うとそこには鳥型の下級の降魔が羽ばたいていた。

 そして、その足にリンが捕らえられている。

 

 

「悲鳴くらいあげろバカー!」

「だっていい雰囲気だったから邪魔しない方がいいかなーって!」

「どこが!? 普通に頭のおかしい内容だったろ!」

 

 

 すぐに照準を降魔に合わせるが、思ったより距離が離れてる。普段ならこんな距離でも誤射の心配はないが、今は体が変わったせいで魔力がぶれている。

 かと言って、悩んでたらリンが攫われてしまう。いくらめんどくさいし厄介事招きそうだし煩いし変なやつだからって、目の前で死なれたら後味が悪い。

 

「一か八かだ、『(shi)──────」

雷火(shine)

 

 閃光が迸り、降魔の肉体が光に貫かれた。

 力を失い、降魔の体と共に自由落下を始めたリンの体は、しかし降魔とは違い地に叩きつけられることは無かった。

 

「え……あれ!?」

「もう大丈夫ですよ、安心してください」

 

 優しく頬を撫でる、真夏の夜風のような安心感のある声だった。

 リンをお姫様抱っこの形で抱え、重力を感じさせないような動きで俺達の前に着地したその少女は、リンよりもずっと小柄で幼い外見だった。

 

 けれど、結界で歪んだ陽光とも月光とも取れない光を受けてですら、そのくすんだ金の髪は、純金よりも眩く煌めいていた。

 

「……ネブさん! と、そちらの方ははじめ、ましてですね、巻き込まれた方でしょうか? 私はシャルロッティです」

「え、あ、へあっ……」

「? なんだか顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」

 

 

 やっっっっっっっっっっば!? 

 

 え、なに? シャルってこんなえっちだったっけ!? 

 あまりに登場の仕方が王子様すぎて、普通にかっこいい……って声漏らしてたもん俺。

 やばいよ〜! 幾ら女になったからって男に惚れるなんてことないと思ってたけど、こんな伏兵が潜んでいたなんて思いもしなかった。

 

 女の視点から見たシャル、美少年で通る王子様過ぎるだろ。

 

 

「あ〜! 女の子になっちゃう〜!」

「ネブさん、そちらの女性大丈夫ですか?」

「可哀想な子なんですよ、頭が」

 

 自分でも信じられないくらい、可愛いのに気持ち悪い声が出た。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「……ねぇ、あの女本当にハバキでいいのよね?」

『え、まぁ少なくともあの女の肉体の名前は『惟神ハバキ』だぞ』

「あ"?」

『ぴぇ……』

 

 

 降魔七階第三位、ギガノ・ザッハークはその数万年の生の中で最も低い人間の声を聞いて、それが14歳の少女の喉から発せられたと言う事実に対して恐怖した。

 一体何があったら人間はここまで怒りの感情が籠った声を出すことが出来るのか。

 

『えっと……どしたん? 話聞こか?』

「何女の子相手にメス顔晒してるの??? というかなんで女になってんのよアイツ、誰の許可を得て……」

 

 己の性癖と性格以外極めてまともな人間であるハツネに取って、女の子相手に頬を染めて目を逸らし、それでも本能に抗いきれないと言わんばかりにシャルロッティの姿を追っている惟神ハバキ……だと思われる女を見て思ったことを一言で纏めるならば。

 

「……何よ、私の事はそんな目で見ないくせに。アンタがそんな顔をしていいのは、あのロン毛野郎か私の前だけでしょ! 私の前ではするな!」

『お、落ち着け人間……。よく分からない状況で混乱しているのはわかったから』

「大丈夫。私は冷静よ。冷静。冷静だから……」

 

 ガシッ、とハツネはカブトムシの胴体を引っ掴んでまるで狙撃手のように視線を惟神ハバキと同じ魔力を持つ少女の、やたら柔らかそうで大きな尻へと向ける。

 

「『殲滅』は蹂躙の象徴。司る概念の一つは男性性。その王座であるアンタなら、アレを生やすことは契約さえすれば簡単でしょ?」

『まぁ契約さえすれば……でも本人が望まないとどうだろう』

 

 人間性と獣性を混ぜてミキサーにかけたような、知識はあるが使い方を間違えたような言葉にカブトムシは困惑し、嫌な予感を感じて羽を広げて逃げようとするが完全に掴まれて開くことを許されない。

 

「つまり、アンタをあの無駄にデカいケツにぶち込んでやれば、万事解決でいいのよね?」

『そんな外付けパーツみたいにならないよ。絶対ならないけど……なるかもしれない! なったら面白いなと思ってる自分がいる!』

「よし、行くわよカブトムシ。あの私よりデカいケツに何としてもアンタをぶち込んでやるわ」

 

 もうここまで来るとカブトムシは、ギガノ・ザッハークは隠すつもりもなかった。

 この女はイカれている。常識を持ち、何が正しくて何が間違っているかの指標を持ち、その上で己の欲望を全てに優先させることが出来る。

 

 面白い。

 こんな人間始めてだ。『殲滅』の王である自分を、何一つとして恐れずただカブトムシとして扱い、あろうことか人間のケツにぶち込もうとするなんて。

 

 あぁ、楽しいな。

 生まれて初めて、殲滅の王の心に歓喜という感情が湧いていた。

 

 

 

 

『いや待て、なんでケツにぶち込むの?』

 

 

 

 そして冷静になって、自分が今から何故か少女のケツにぶち込まれそうなことと、その必要性が皆無なことに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故……何故お前が、『第五位』がこんなところに出歩いている!」

「なんで俺が好きに歩き回るのをお前に驚かれなくちゃいけないんだよ。おもしろくねー遺言」

 

 上級降魔の魂を塵を蹴散らすかのように軽く消し飛ばし、おもしれーくん改めておもしれーちゃんは溜め息を吐いた。

 

 せっかくの面白そうなイベントだが、惟神ハバキ(しゅやく)が見つからないのでは話にならない。幾ら上級降魔とは言え、受肉降魔かつ七階の1柱である自分には勝てるわけないのだから、自分は無視して勝手に争って欲しい。

 

 加えて、降魔が多すぎる上に二体、()()()()()()()()()()()。一体は今回の首謀者である六位だろうが、もう一体は不明。

 彼らの放つ魔力の混濁で、魔力による位置把握が困難を極める。

 

「はぁ……こんなことならやっぱりケツにアレを仕込んで……おっと」

 

 日頃の善行のおかげか、なんてハバキが聞いたら卒倒しそうな事を考えながらおもしれーちゃんは少し小走りで駆け出した。

 

「おーい! ハバキくーん! 見てみて、女の子になっちゃった☆」

「うわっ、うわぁー! 可愛いー! ムカつく! 帰れ帰れ!」

 

 相変わらず童貞臭い反応をする()()()()()()、惟神ハバキを見ておもしれーちゃんは確かな満足を感じた。

 

「でも、これそっちのせいだよ? 俺というものがいながら多重契約(浮気)だなんて……責任取ってケツ出せ」

「いやそれが俺も覚えてないんだよ。なんか急に股間が爆発して、何とかなりはしたんだけど、なんでそうなったのか……。あとマジで女ぶるのやめろ、お前だってわかっててもドキドキしちゃうだろ」

「安心して。契約の為にケツにぶち込むモノはすぐ用意できるから」

「何を? 何をぶち込まれるの俺は?」

 

 匂い、喋り方、動きの癖、魔力。

 全ての情報が目の前の男を惟神ハバキだと告げている。

 

 もしかしたら、という一つの可能性がおもしれーちゃんの脳裏に過ぎっていた。

 

 しかし目の前の男のあまりにもあんまりな童貞丸出しな発言に対して、すっかりその疑念は消え失せてしまっていた。

 

 

 

 

 









・シャルロッティ
女にモテるフェロモンが出るタイプの女。

・ケツのでかい女
自分を男だと思い込んでいるケツのでかい女。

・惟神ハバキ
童貞。


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生存競争(マカブルパーティ)

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどなるほど。リンさんとハハキさんは偶然この山で迷子になってたところをネブさんに助けられたと」

「そういうことです。ね、リン?」

「え、あ、じゃあそういうことなんじゃないんですかね?」

 

 演技力ゼロの女に肘を入れつつ、シャルロッティの方に目を向ける。よし、気がついてる訳では無い、と思いたい。

 

「ハハキ……あぁ、()2つ無くなりましたもんね。へへっ」

 

 失礼だな。追加で棒も無くなってるからそれならハハニだろうが。

 

 そんなグダグダな俺の嘘ではあったが、シャルロッティは疑いもせず、というかそもそも疑うという選択肢が彼女には無いのだろう。

 ネブという知り合いがいて、リンは実際に自分が助けて、助けなければ降魔に食われていた存在。シャルロッティから見れば庇護の対象であれど警戒対象にはならない。

 そして、その2人が身元を保証する俺も自動的に警戒の対象から外れる。

 

 何も考えてないリンや、考えてることが全部靴に吸い取られてるネブと違い考えた上で判断が早いのだ。なんで俺はこの子と一緒に行動せずこんな馬鹿共と行動することを選んじゃったんだろ。

 

「それじゃあ私はハバキくんやハツネさん、そして他に巻き込まれた方がいないか探してくるので。ネブさんはそのお2人に保護をお願いします」

「へへっ、了解です。それじゃあ頑張ってね〜」

 

 去り際にシャルロッティはこちらに振り向いて、ウィンクをしながら微笑んだ。

 シャルロッティから見たら巻き込まれた一般人である俺とリンを安心させるための仕草なのだろう。それからすぐに駆け出した彼女の姿が見えなくなったのを確認してから、俺とリンは顔を合わせる。

 

「え……なんですかあの王子様。やば、年下ですよね? ガチ恋するかと思った」

「そればかりは同意だわ。えー……シャルってあんな美少年系美少女だったんだ」

 

 よく考えたらアイツ、王女様だし男としても通じるけれど少女としても整った容姿とかいう最強の容姿を持つ生き物なの忘れてたわ。

 体に染み込んでる高貴な振る舞いって言うんだろうか。何をしても絵になる。

 

「いやいいな〜。私、あんな王子様みたいな人に助けられるの密かに夢だったんですよ」

「でもリンは『聖人』と勘違いされてたんだろ? なら身を犠牲にしても助けようとしてくる人とか居なかったのか?」

「自分で言うのもなんですが私運が死ぬほど悪いので。基本勝手に勘違いされて厄介払いとか聖教会が誘拐しに来るかのどっちかだったので」

「まぁまぁお前も境遇重いよな……」

 

 ネブもリンももうちょっとひねくれた人格になってもおかくしくない境遇をサラッと語ってくるものだから感覚が壊れる。

 ネブの方はひねくれてないかと言われると捻れちゃダメな方に捻れてる気はするけれど。

 

「まぁ……シャルロッティが適当に暴れて俺も暴れてれば降魔だけならその内全滅させられるだろう」

「え、じゃあ思ったより早く帰れるんですかね? 良かった〜。早くシャワー浴びたかったんですよ」

「急に呑気になるなお前」

「プラスに考えてないと私の人生やってけないこと多いんで」

 

 とはいえリンの言う通り、受肉も出来てないような降魔達だけならば、シャルロッティと俺がもうしばらく暴れてれば全滅させることは出来るだろう。

 

 問題はやはり、俺やシャルロッティでも破れる気のしない山の周囲に作られた結界と、それの生成者。

 最初に浮かんだのはあの聖教会のシスター、ガブリエラだろう。アイツらなら対降魔用の特大結界とか用意していてもおかしくない。

 それか上級降魔の受肉体がまた現れたとかだろう。ほんと、受肉降魔って存在のでかさを思い出して欲しい。

 

 ……おもしれーくんやアラシ先輩みたいなのがいる時点でインフレしてるとしかいいようがないけれど。

 

 色々考えて、今の状況は全て理解出来てないが、やはり優先すべきはおもしれーくんとの合流だろう。

 俺の性別も、結界の犯人もその気になれば降魔七階であるおもしれーくんにかかればどうにかなる可能性がある。契約対価である『面白さ』は女になってる状況でお釣りが来るし、ダメって言うならビンタする。

 

「よし、さっさとおもしれーくんを探すか」

「さっきから話題に出てるおもしれーくんってなんなんですか?」

「ハバキさんの……まぁセフレなんじゃないんですか?」

「友人です。そういう言葉年頃な女の子が使うのやめようね」

 

 とりあえず魑魅魍魎塗れの山を、魑魅魍魎の擬人化みたいな男を探すために再出発しようとした時、ふと尻に違和感を覚えた。

 

 正直体が女になってからずっと違和感しかないのだが、そういうのとは違う。

 何かの視線が、殺意や怒りにも満ちた感情が、俺そのものではなく俺の尻に集まっている。そういう感覚。

 

「どうしたんですか? 尿意?」

「割とピンチだけどまだセーフ。いや、それじゃなくてなんか……」

 

 振り返ると、縄に括り付けられたカブトムシが俺の尻目掛けて飛んできていた。

 

 

「うわっ!? 危なっ!」

「ちっ、外したわね」

 

 

 縄で縛られたカブトムシをまるでヨーヨーのように扱う、俺の尻を狙う不届き者の正体。それは性格の悪そうなツインテ女、端的に言うならばハツネだった。

 

「ハバキ、一応聞くけどなんでそんなことになってるのよ?」

「俺の方がなんでお前が俺の尻にカブトムシ投げようとしてきたか聞きたいんだけど?」

「質問してるのはこっちよ」

「物理的に疑問の塊を投げてきたのはそっちが先だろ」

 

 しかしここで意固地になってもハツネが性格上先に語り出すことは無いだろうし、さっさと話してしまうことにした。

 

「なんか股間が爆発して女になった」

「頭沸いたの?」

「ほんとだもん! 股間爆発したんだもん!」

 

 俺だって訳わかんないし、なんでこんなことになったのかを一刻も早く聞きたいんだよ! 

 というかそもそも……。

 

「お前、俺がハバキだってなんでわかったんだ?」

「まぁ色々あってね。それより、アンタはつまり望んで女になったわけじゃないのよね? 実は女の子になりたいとか願望があった訳じゃなくて?」

「…………うーん、まぁ、望んでた訳では無いよな」

 

 ぶっちゃけ美少女になりたくないかと言われたらめちゃくちゃなりたかったけど、いざなってみるとあんまり興奮しない。アラシ先輩の言う魂の肉体への適合が始まってるのか、正直だんだん女体へのドキドキが薄れてきてる感じはあるし。

 

「なんか歯切れが悪いけど、それならちょうど良かったわ。私、アンタが元に戻る方法知ってるわよ」

「は!? マジで!? どうすればいいんだ!」

「このカブトムシをケツにぶち込む」

 

 どうやらハツネは熱中症にやられてしまったらしい。

 

「何よその顔。私が嘘なんてつくわけないでしょ。騙されたと思ってやってみなさい」

「騙されてたら取り返しが付かなさすぎるんだよ。もしもそれで怪我するだけだったら俺なんて言って病院に行けばいいんだよ」

「戻らなかったら戸籍ないから病院とか行く以前の問題でしょ」

 

 コイツ、頭のおかしいこと言ってるくせになんでそういう目を逸らしてた現実的な問題を口にしてくるんだよ。

 ある日目が覚めたら女の子になっちゃった! な妄想で1番考えたくないラインの話を。

 

「とにかく安心なさい。このカブトムシをケツにぶち込めば、アンタの前の棒はなんやかんやで生えるわ」

「そんな押し出し式な感じで生えるわけねぇだろ!」

「股間爆発して女になる面白体質が何言ってるのよ」

 

 クソッ、その点に関しては100%俺の体に非があるせいで何も言えない。

 かと言ってこのまま大人しくカブトムシをケツにぶち込まれるわけにもいかない。何をどう考えてもケツにカブトムシは戻る手段が一切ない時の最終手段だ。

 

 この場は逃げよう。ハツネにケツを向けるのはかなり怖いが。

 なんで俺はこんなにケツで被害に遭わなければならないんだ。俺はケツの神様に呪われるようなことをしたのか? 

 

「あっ、ハバキくんハバキくん、アレ」

「もうなんなんだよ〜!」

 

 リンに服を引っ張られて、ハツネにケツを向けないように首だけ動かして言われた方向に目を向ける。

 

「…………ッ」

 

 そこにはシスター服に身を包んだ、全身泥まみれの狂信者。聖教会のガブリエラがものすごい形相で幽鬼のように佇んでいた。

 

「前門のシスター、コウモンのカブトムシですね」

「なんかコウモンの意味が違う気がするし、さっきからお前上手いこと言ったみたいな顔してるのめちゃくちゃ腹立つんだが?」

「へへっ、腹立ったなら靴とか舐めましょうか?」

 

 もちろん、今の俺でも2人を倒すだけならば問題は無い。だが、ケツを守りながらあの狂人を相手にするのは正直かなり怖い。ワンチャンケツにぶち込まれたらアウトなのだから。

 

 とりあえずどっちから殴る? 危険度的にはハツネを止めたいのだが、何をしてくるか分からないという点ではガブリエラも怖い。というかもう2人とも俺の知らないところで戦ってくれねぇかなぁ。

 

「…………三位」

「あ?」

「なんでこんなところに降魔七階、三位がいるのよ! どうなってんの!?」

 

 ガブリエラが素としか思えない驚愕の声をあげるので一応周囲を見てみるが、それっぽい魔力の主はどこにもいない。

 

 そもそも、おもしれーくんやアラシ先輩が例外なだけで、降魔七階ってのは存在が大災害のバケモノなのだ。この世界に七体しか存在しない最強の降魔。

 そんなホイホイと通りすがられても困る。マジで困る。多分ガブリエラは土石流に巻き込まれて頭を打ったのだろう。

 

「え、アンタ本当に降魔七階なの?」

『お前信じてなかったの?』

「いやカブトムシが降魔七階だって言われて信じるやついないでしょ」

『そんな……』

 

 よく耳を傾けるとハツネが手に掴んでるカブトムシと会話をしていた。

 普通のカブトムシは確か喋らないはずだし、ガブリエラの視線は完全にあのカブトムシに向けられている。

 

「…………え。あれ? あれが降魔七階?」

「アレが降魔七階第三位、万象を滅ぼす『絶滅』の王、ギガノ・ザッハーク!」

「アレが? アレが!? 逆に聖教会(オマエら)はアレでいいの!?」

 

 これで俺は降魔七階のうち三体と出会ってるのだが、内訳が二位(先輩)五位(ホモ)三位(昆虫)ってなんだ? コイツら最強の降魔じゃなくて出オチ一発ギャグ芸人か何かなの? 

 

「なんで? お前そのカブトムシ、受肉降魔どこで拾ってきたの?」

「アニキスだっけ? アイツが持ってた虫かごに入ってた」

 

 あのお姫様とその従者は受肉降魔を引き寄せる体質なの? 

 いやこれに関してはそもそも、なんで降魔の王がカブトムシになって普通に捕まってるんだよというのが先に来る疑問なのだが。

 

 もう本当に訳が分からない。

 俺は女になるし、降魔七階は生えるし、ケツは狙われるし。誰でもいいから、この状況を収められる人来てくれ。

 

 

「うわっ、何この状況おもしれー」

 

 

 そんな俺の願いとは裏腹に、よく知る魔力とよく知る口癖と共に現れたのはどこか知ってる男の面影を持つ、知らない女。

 

 

「…………え、あの尻のデカい美少女誰?」

 

 

 そして、俺がよく知る人物。

 毎朝鏡で見ることになる、惟神(かむながら)ハバキの姿。

 

 俺達は数秒見つめ合い、お互いにお互いの魔力を確認して、脳内で情報を整理して。

 それから叫んだ。

 

 

「魔力返せケツデカ偽物女ァー!」

「チ〇コ返せ拗らせ本物童貞がァー!」

「黙ってろ童貞卒業試験受験資格剥奪野郎がァー!」

「んだと毎年試験落ちてるエリート童貞がァ!」

 

 

 

 お互いに全力で突き刺さるブーメランを投げながら全くの同威力、同質の光芒が激突する。

 魔力の乱れ方、纏め方、放出のくせ何もかもが俺であり唯一の違いはお互いに威力が半減していること。

 

「…………ねぇ、これどういうことよ。あの女がハバキじゃないの?」

『あれ……おっかしいな。2人とも()()()()()()()()()()

 

 ハツネとカブトムシの視線が俺に向けられる。

 それは俺も思ったことだ。目の前の俺の偽物らしきあの男は、俺から見ても完全に『惟神ハバキ()』なのだ。

 

「靴も、全く同じですよ……え、じゃあこれって……」

 

 ネブが言う通り、靴も全く同じ。アレは義姉さんが入学祝いにプレゼントしてくれた特注の靴だからこの世に同じものは無いし、第一靴舐めのスペシャリストのネブですら『全く同じ』と表現するような代物。

 

 

 ここで一つの問いが生まれる。

 

 もしも同じ人物が二人に増えて、片方が偽物とする。

 その二人はほぼ全てが同一人物であり、どちらかが偽物だとしても特定は困難を極める。

 

 唯一の違いは、片方は性別が本物と同じで、もう片方は違っていたとする。

 

 

「アレ、これ偽物って……俺!?」

「どう考えても女の時点でお前が偽物だろ」

 

 

 アイデンティティが崩壊する音がした。

 残ったのは、男性の象徴に続いて惟神ハバキ()という存在すら奪われた、ただのケツのデカい女一人だった。

 

 

 

 








・ハバキくん
ケツが引き締まってる男の子。

・ハハキちゃん
ケツのデカい女の子。




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