転生したらあべこべアニメ主人公だった件について (カンさん)
しおりを挟む

序章『原作前』
第一話『転生したらフラグを建てられた件について』


 

 月ノ本あさひ。

 それがおれの今世の名前である。

 

 今の言い回しで勘の良い者なら察せると思うが、おれは前世の記憶を持つ人間……所謂転生者である。

 気が付いたら赤ん坊になっており、酷く混乱し制御できない体はワンワンと泣いて見た事のない両親の顔を拝む事ができた。

 思い出せる前世の中で、死んだ記憶が無いが現状を受け入れるしかなく、おれは前世よさらば、こんにちわ来世してしまったのだと自覚するしか無かった。

 

 そしてさらに、どうやらこの世界は前世とはまた違った世界らしい。

 両親の会話や聞こえてくるテレビのニュースから、前世の知識を基に導き出した答えは貞操観念逆転世界。インターネットの一部界隈で人気ジャンルの世界に転生しまったらしく、そう理解すると母親の嫌に逞しい言動も、父親の妙にナヨナヨしい態度も理解する事ができた。

 ただ、貞操観念逆転世界で見られる男女比に偏りは見られず、このジャンルでよく見られる男性への極めて強烈なアイドル視は無さそうである。

 その事にホッとしつつ、追々この世界に慣れていこうと考えながら、おれはもう一つの問題に頭を悩ませた。

 それは……。

 

(あさひは可愛いな〜。将来アイドルになったりして)

(うちの息子が可愛過ぎる。──将来、うちの子を奪う女は絶対一発殴ってやる。息子はやる気は無いが)

 

 ニコニコとこちらを見つめる二人の男女の脳内が、おれの頭の中で流れ込んでくる。

 そう、お察しの通り読心能力だ。

 転生者特有のチートなのか、おれは気が付いたら他人の心を読む事ができた。しかもオンオフできない。

 おかげでこの世界の事を理解する事ができたが、これからの事を考えると辟易とする。なまじ前世のきおくがあるだけに、この能力の弊害を簡単に想像する事ができた。正直、できるならば封印したいと思うくらいには。

 

 しかし、おれのそんな願いが叶う事もなく、そのまま月日が流れて数年後──。

 

「私の名前は神城刹那(かみじょうせつな)──良かったら私と友達になってくれない?」

 

 ある日一人でブランコに座っていたおれは、偉い美形の幼女に話しかけられ──。

 

(ぐひひひ。まずはここで幼馴染フラグを建てて、ゆくゆくはハーレムを!)

 

 欲情に染まり切った感情を叩き付けられた。

 とりあえず、これ誰に訴えたら良いですか? てか何ハラスメント? 

 

 

 第一話『転生したらフラグを建てられた件について』

 

 

 五歳くらいになった頃だろうか。両親の仕事が忙しくなり、一緒の時間を取れなくなっていた。

 朝に保育園に預けられ、夜遅くに迎えに来て貰い飯食って風呂入って寝る。

 なまじおれが手のかからない良い子を演じた所為か、「ごめんね」と言われながらまるで流れ作業の様に日々を過ごしていく。休日も出勤しており、基本家を出ずに作り置きのご飯を食べている状況だ。

 育児放棄と見られそうだけど、二人の反応を見ているとおいそれと非難できない。

 落ち着くまでは協力しよう。そう思っていたのだが……。

 

「辛かったね……君を独りにはしないよ」

 

 何故かおれの家庭事情を知っている銀髪幼女が、おれの頭を無遠慮で撫でている。なんだこいつ。

 この伸ばされた腕を叩き落としてやろうか、と思うも問題を起こすと両親に迷惑を掛けてしまう為グッと堪える。

 しかし、なんでこの子はおれの事を知っているんだろう……先生が漏らしたのかな? 

 原因を探る為、おれは読心能力を使う事にした。

 

 おれのこのチート、最初は制御できずに近くの人間の心を無制限に聞き取っていた。おかげで夜に親の喘ぎ声が聞こえて大変だった。

 しかし数年に渡る訓練の結果、力のオンオフができる様になり、安眠を手に入れた時は思わず泣いて喜んだくらいだ。

 ただ、感情の強い考えは聞こえてしまう。さっきのこの子の考えみたいに。

 そしてその時に聞こえた心の声とこの言動。何となく察しは付くけど、とりあえず力を使ってみる。

 

(原作だとこの時期は両親に相手にされなくて寂しがっている。そこを慰めれば好感度を稼げる筈!)

 

 あー、うん。はいはいはい。

 今のでこの子の正体と狙い、そしておれについて新しい情報が判明した。

 

 まずこの幼女、神城刹那はおれと同じ転生者だ。彼女の言動が前世で見たネット小説でよく見た光景と同じだからだ。

 しかもハーレム狙いのニコポナデポを狙っている踏み台系転生者……。さっきから凄い笑みを向けてくるし、ずっと撫でていや力強すぎる視界がぐわんぐわんするやめろやめろ。

 

 そしてどうやらおれは単に転生したのではなく、憑依転生したらしい。

 それも何かしらの漫画やアニメのキャラに……。

 原作とか言っている事からおそらく貞操観念逆転世界のある作品。

 前世で見た小説の内容と照らし合わせて察するに、女の子……じゃなくて男の子が主人公で、他にも男の子が出てくるタイプ。ハーレムとか言っていたし。

 

(ぐへへ。やっぱり前世の推しのショタ時代は最高だぁ)

 

 流れ込んでくる心を読んで思わず顔を顰めてしまいそうになる。

 しかし困った事になった。おれが何かしらのキャラに憑依転生したという事は、その子と違った行動をした結果どうなるか。想像しなくても分かる。頭に乗せられた手が何時おれの頭をグシャッと握り潰すのか、怖くなってきたな……。

 しかしこいつ、性格ははっきり言ってドン引きだが顔は良いな……。それが腹立つ。

 取り合えず心を読んで月ノ本あさひを演じなければ──。

 

「それにしても酷いよね。君の事を育児放棄するゴミ親は」

 

 ──はああああああ? 

 

 その言葉を聞いた瞬間、おれの頭の中で描かれていた生存戦略は綺麗さっぱり消え失せた。

 こいつ、よりにもよっておれの親を! 

 パシンッと頭に乗せられた手を払いのける。そして感情のままに──多分肉体に精神が引っ張られて──叫んだ。

 

「お父さんとお母さんの事を、悪く言わないで!」

「でもね、あさひ。普通に考えてこの年の子に愛情を注がない親は──」

「──おい」

 

 怒りの沸点を超えてしまいそうなその時、横から第三者の声が響いた。

 銀髪幼女と揃ってそちらを向くと、そこにはこれと言って特徴のない黒髪の幼女がブスッとした顔でこちらを見ていた。

 銀髪幼女──刹那は、おれに対して向けていたニコニコ笑顔を引っこめると目元を釣り上げて声を低くして口を開く。

 

「あーん? 何アンタ? 今あさひと話しているから、引っ込んでくれる?」

「いや、正直どうでも良いし関わりたくないけど、耳障りだから黙ってくんねーかなって」

「は?」

 

 刺々しい黒髪幼女の言葉に刹那がキレる。

 ああ、うん。予想通りこの子キレやすいんだ。こりゃあ、おれが憑依転生したってバレたら「原作汚すな」って殺してきそうだな……。

 完全に注目が黒髪幼女に向いた刹那が、彼女に掴みかかった。

 

「アンタ、もう一回言ってみろ」

「何回でも言ってやるよ。アニメ脳のキモオタク」

「──なるほど。そういう事ね」

 

 納得、いや理解した顔を浮かべる刹那。それと同時に彼女の敵意が膨れ上がり、それに呼応するように黒髪幼女も敵意を上げていく。

 あーこれは……。

 何となく察しつつも、おれは読心能力を使い二人の心を読んだ。

 

(こいつ間違いない! 転生者だ! くそ、何で私以外の奴がこの世界に……!)

(典型的な踏み台転生者……はぁ、原作に関わらずに平凡な日常を送ろうと思っていたのに、何しているんだろアタシ)

 

 幼女らしからぬ言動で察していたけど、心の中で言っている言葉から彼女たちも転生者である事が確定した。転生者複数ものかよオワタ。

 あれかなぁ。黒髪幼女は踏み台転生者をざまぁする巻き込まれ型主人公かなぁ。あーもうめちゃくちゃだよ。

 

(それにしても、やっぱり原作主人公かわいいな……)

 

 そう言ってチラリとこっちを見る黒髪幼女の目には、刹那ほどでは無いにしろおれに対する好意があった。正確には月ノ本あさひに、だけど。

 しかし困ったな……まさか転生者が二人も居るなんて。これから無事に生きていく自信がない。

 それに……。

 ここは保育園。転生者ではない普通の子がたくさん居る訳で、そこでおれでも感じ取れる程の敵意をまき散らせばどうなるか──。

 

「う、うぇええええええん!」

「こわいよおおお!」

「ママー!」

 

 おれが危惧した通り、至る所で園児たちが泣き始めた。

 先生たちはギョッとして対応に走りてんやわんや。

 しかし原因である二人は気づかず目の前の相手の胸倉を掴んで至近距離でにらみ合い、当然先生に見つかった結果。

 

「ああ!? こら、刹那ちゃん! 十和子ちゃん! 喧嘩したらダメです。その手を放しなさい!」

 

 急いで駆け寄ってきた先生が二人を引き離す。同時に二人は邪魔されたと舌打ちした。おいこら幼女ども少しは演技しろ怖いよ。

 

「まったく、モブのせいで計画がパァだ」

「あ、刹那ちゃん!」

 

 刹那はブツクサ文句を言いながら先生の言葉を立ち去り──その前におれにウインクして来た。どういう神経してんだコイツ──そのまま居なくなる。

 

「ちっ」

「ああ、十和子ちゃんまで……」

 

 さらに黒髪幼女、十和子もまた不貞腐れた様子で何処かへと言った。チラリとおれに視線を向けるのを忘れずに。

 

「どうしてこうなるのぉ……」

 

 二人の幼女に無視されて凹む先生。

 敵意の発生源が消えたとはいえ、泣き出した園児達は泣き止むはずも無く、先生達はてんてこ舞いだった。

 その収拾をしないといけない彼ら彼女らには同情するしか無く、おれはそっと先生に寄り添い……。

 

「せんせー、よしよし」

「──うー、あさひくぅん!」

 

 先生の心を癒せるように園児を演じた。

 はぁ……これからの生活が思いやられる。

 

 刹那と呼ばれていた銀髪オッドアイの超絶美少女。

 十和子と呼ばれていた黒髪黒目の何処にでもいる普通の少女。

 しかし彼女達の正体は転生者。

 もし彼女達が望んでいる原作主人公がもう居ないと知れば、果たして彼女達はどの様な行動を取るのか。おれは無事で居られるのか。

 少なくともおれが前世で見ていたネット小説では……碌な目に遭っていない。

 できれば、今後彼女達とは関わり合いたくないが──。

 

 この時おれは、彼女達とはこれから長い付き合いになるとは思いもしなかった……。

 

 なんて、モノローグ調で言ってみたり?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話『転生したら言い寄られた件について』

 

 あれからというもの、案の定というか銀髪美少女こと神城刹那には付き纏われている。

 おれが好意を抱いていると信じて疑っておらず、いつも甘い言葉を吐いては微笑みかけたり頭を撫でてきて正直鬱陶しい。さらに心の声も強く意識して聞かない様にしてもおれの頭の中に入ってくるので、彼女の声が二重となって響き最近は偏頭痛が起きそうだ。

 

「ふふふ。相変わらずあさひはかわいいね」

(ショタあさひ最高おおおおおお!)

 

 こんな感じでね。新手の拷問かと疑い始めたほどだ。

 こうやって毎日毎日付き纏われれば彼女の人間性も把握でき、さらに彼女の中にある月ノ本あさひ像も理解できた。

 おかげでおれは月ノ本あさひを演じる事ができた。今もこうして……。

 

「刹那ちゃんは男たらしだね!」

 

 笑顔を浮かべてなるべく嫌がらない様にしている。言葉に棘がある? 最大限我慢しての発言だ。許せ。

 もしこいつの顔が美少女じゃなかったら、言動への不快感で払いのけているところだ。それだけ、彼女の顔は良いんだ。腹立つことに。ハーレム狙っているヤバイ奴だが。

 

「またやっているのかお前……」

「あぁん?」

 

 そして、こうしておれに纏わり付いていると決まって介入してくるのが黒髪幼女こと黒崎十和子。

 何かと刹那を目の敵にしては関わりたくないと言いつつも、突っかかって来ている。

 おれの居ない所で転生者同士の話し合い、もしくは決闘でもしたのか以前の様な怒気を撒き散らす事はなかった。

 しかしこうしてグチグチと文句を言っては、おれの前で喧嘩を始める。勘弁してくれ。

 

「そろそろ自覚した方が良いよ。お前の行動イタいだけだから(やっぱり好きだなあさひ……)」

「っるセーな。将来の第一夫人とのイチャイチャを邪魔しないでくんない?」

「そうやってハーレム狙いなのもイタいから(あさひかわいい……)」

「英雄色を好むって言うでしょ──まぁ、モブには分からないか」

 

 刹那ほど煩くないけどしっとりとした言葉が現実の言葉と乖離していて風邪ひきそう。

 てか内心で思っている事と言動が乖離してて精神的に心配になる。多分これが高二病。

 そして本人はクールぶっているけど、チラチラとおれを見るから側から見たら挙動不審気味なんだよね。好きな子の前でキョドキョドするオタクそのもので、刹那とは別側面で見ていられない。

 ふとした瞬間に目が合うと全力で顔を背けるんだよな……。そして刹那はそれに気が付かず首を傾げて不思議そうな顔をする。その時の顔が可愛くて腹が立つ。

 

「ああ。またあの二人が……」

 

 そして、二人の喧嘩をしている光景を見た先生が憂鬱そうな顔をする。あれからこの二人顔を合わせれば喧嘩するからね。先生としては勘弁して欲しいって感じだろうね。

 

「二人とも喧嘩はダメだよ」

「はーい、あさひ♡」

「……ふん」

 

 原因の一つである為、おれは二人を諌める。それにこいつらおれの事好きだからお願いすれば大抵聞いてくれるのである。……オタサーの姫みたいな思考で何か嫌だな。

 しかしこうすれば少なくとも先生達はホッとする。問題解決を幼児に押し付けるなとは思うけど。

 そしてこの二人に付き纏われた結果、先生達はおれ達の事を三人組と認識し、他の園児達はこの二人を怖がって近付いて来ない。何なら顔は良い刹那に好かれてる事を面白くないと思っている男児に若干ハブられてる。こっちの世界の男こわ〜。

 そんな事が毎日あるからか、精神的に疲れてしまい親に心配される始末。心配させたくないと大丈夫だと言うも、気遣われていると落ち込ませてしまい、正直悪循環だ。

 はぁ。これからどうすれば良いんだ。

 

 おれは、また喧嘩を始めた二人を見ながら内心ため息を吐いた。

 

 

 第二話『転生したら言い寄られた件について』

 

 

 保育園が休みの日、今日は珍しく両親と一緒の時間を過ごしていたのだが急用で二人とも家を留守にしている。

 父の兄、叔父が現在こちらに向かっており、それまでおれは暇になってしまった。

 車で1時間かかる場所に住んでいる叔父には迷惑をかける。おれが後少し歳を取っていれば一人で何とかするのだが……。

 両親もおれを一人にするのは心配だったみたいだけど、急用故に早く現場に行かないといけないのは事実で、ダメだと分かりつつもこの家を後にした。その時の顔が今でも忘れられない。正直おれには勿体無いくらい優しい人達だ。

 

「……それにしても」

 

 さっきまで両親と一緒に居たからか、家が広く感じる。

 ……前々から思っていたけど、おれってこんなに甘えん坊だっただろうか? 

 前世と比べると両親に対しての好意が高い様に感じる。彼らが人間として優れていると言うのもあるが──先日判明したおれが転生ではなく憑依転生した事から、元々月ノ本あさひはそういう気質の人間でおれの精神が引っ張られているのかもしれない。

 だからといって不都合がある訳ではないが、少し気恥ずかしい。

 

「まぁ、悪くないかな」

 

 おれが彼らの事を好きなのは変わりないし。

 作り置きしてくれた今日の昼食を見ながらそう思い、そろそろ食べようかなと思ったその時だった。

 

 ──ピンポーン。

 

「……? 叔父さん? いやでもさっき家を出たって話だし」

 

 インターホンが鳴り、首を傾げながらもモニターに視線を向ける。

 新聞勧誘とかなら無視しようかなと思い、そこに映っていた顔を見て「うわっ」と声を出してしまった。

 

『ふっ……今日もバッチリ決まっている』

 

 そこに居たのは手鏡に写っている自分にウットリしている神城刹那が居た。

 インターホン鳴らして何しているんだこいつ。

 いや、それよりも。

 

「何で此処に居るんだコイツ!?」

 

 まさかストーカー!? ああ、ストーカーだな! 

 家に現れた変質者(幼女)にパニックになるも、に深呼吸をして冷静になる様に努める。

 落ち着け、落ち着けおれ。まだ応えてないから! バレていない筈だから! だからこのまま居留守すれば……。

 

『おかしいな……此処に居るのは分かっているのに……寝ているのかな?』

 

 なんかバレてる……。

 確信している様に呟いた刹那の声を聞いて、ブルリと背中に寒気が走った。

 え? 何でバレているの? どういう事なの? 

 知らぬ存ぜぬでこのまま無視したいが、そうすればどうなるか……。

 

 ──「私を無視するなんて、お前あさひじゃない!」

 ──「死ねえええええ!」

 

「……」

 

 起こり得るであろう未来を想像し、自分の顔が青くなるのを自覚する。

 そうならない様にする為に、おれがこれからすべき事は何なのか。

 分かり切った答えに辟易としながら、おれは玄関に向かい鍵を開ける。するとその先に居た刹那が嬉しそうな顔をして──ってあれ? 

 

「やぁ、あさひ。今日も暑いね」

「う、うん刹那ちゃん。どうして家に来たの?」

 

 彼女の言う通りここ最近は暑い日が続いている。温暖化やらオゾン層の破壊やら色々とテレビで話題になっている。

 いつもの様に微笑む刹那ちゃんだけど……何処となく覇気がない。

 

「ふふふ。理由がないと君に会いに来たらいけない?」

 

 できれば無くてもそっとして欲しいです。

 

「まぁ、積もる話もあるけどとりあえずは──」

 

 そこまで言って刹那ちゃんはぐらりと体を傾かせて。

 

「水、頂戴」

 

 バタンと玄関先で倒れた。

 ……え!? 

 慌てて助け起こし、そっと額に触れると凄く熱かった。まさか、熱中症!? 

 よく見てみると長袖長ズボンの黒い服を着て帽子も被っていなかった。アホなのかコイツ!? こんな格好だと熱が籠るに決まっている。

 急いでおれは彼女を担いで家の中に運んだ。

 

 

 

「はぁ〜生き返る〜」

 

 冷房の利いた部屋でポカリスエットを飲ませた結果、刹那はすぐに回復した。

 さっきまでの死にかけの状態が嘘のように笑顔でゴクゴクと喉を鳴らしていた。

 転生者だから回復も早いのか? 

 

「ありがとうあさひ、助かったよ」

「いや、うん。おれは良いんだけど……どうして此処に?」

「……ふっ。さっきも言ったけど理由がないと君に──」

「どうして?」

 

 少しだけ圧をかける。

 

「……いや、その、散歩をしていたら、あの、迷子に……」

「……それであんなに体が熱く?」

「う、うん……」

 

 そう応えると居心地悪そうに目を逸らす刹那。

 正直信用できない為、おれは読心能力を使って彼女の心を読む事にした。

 

(ようやく親の目を盗んで外に出れたから、聖地巡礼した結果熱中症。流石に情けない……)

 

 どうやら本当みたいだ……呆れて物も言えない。

 でも、迷子になっていたのにどうしておれの家は分かったんだろう。

 そこだけ不思議だったけど聞いても誤魔化しそうだし、深入りして不信感持たれたら危ないので辞めておく。

 

「じゃあ、今日は帰るね」

「え?」

 

 よいしょっと立ち上がった刹那に思わず戸惑いの声が出てしまう。

 普段の彼女なら無遠慮にこの場に留まり、おれにベタベタ纏わりつくと思ったからだ。

 そんなおれの様子に首を傾げながらも彼女は玄関に向かい……。

 

(腹も減って力出ないし、このまま居ると弱い所を見せてしまう)

 

 そして聞こえてくる心の声におれは、

 

(あさひちゃんに迷惑はかけたくないから)

 

 ──イラッとして彼女の手を掴んで引き留めた。

 

「え?」

「お腹、減っているんでしょ?」

「え、いや、別に──」

 

 そこまで言って彼女のお腹から「ぐ〜〜っ」と大きな音が響く。

 顔を赤くして違う、これはと誤魔化そうとする彼女を無視して無理やり椅子に座らせる。

 そして冷蔵庫の中からお父さんが作ってくれたチャーハンを取り出し二つの皿に分けてレンジで温める。

 

「あの、あさひさん……?」

「無理したらダメ。帰るなら食べて元気になってから!」

「は、はい」

 

 温め終わり、おれと刹那の前にチャーハンを置く。

 一人分を二つに分けたから少ないけど、それでも多少は空腹が紛れるだろう。

 

「いただきます」

「い、いただきます……」

 

 恐る恐るとレンゲで掬い、チャーハンを口に運ぶ刹那。

 モグモグと咀嚼してしばらくすると。

 

「! お、美味しい」

 

 驚いた顔をしてパクパクと掻き込んでいく刹那。

 しかしすぐに喉に詰まらせて胸をドンドンと叩く。

 そんなに慌てなくても誰も取らないのに、と苦笑しながら水を差し出した。するとそれをゴクゴクと勢いよく飲み、プハーッと息を吐いた。

 

「あ、ありがとう」

「どういたしまして。美味しいでしょお父さんが作ったチャーハン」

「……!」

「お父さんのご飯は何でも美味しくて、おれは大好き」

 

 おれも一口食べて、その美味しさに頬を綻ばせる。

 

「仕事が忙しくてもこうやって作ってくれる。だから──お父さんとお母さんを悪く言った君の事が、おれは好きじゃない」

「……っ」

 

 今までは自分の身を守るために黙っていた。自分を騙していた。

 でもやっぱり、こうしてお父さんのご飯を食べて、刹那が美味しいと言ってるのを見ると……感情が抑えられなかった。

 

「どうして、お父さんとお母さんの事を悪く言ったの? お父さんとお母さんは君に何か悪いことした?」

「それは……」

 

 当然言い淀む刹那。

 君を攻略する為に、二次小説で見たのと同じ行動をしただなんて普通の感性の人間なら言える訳ない。

 正直そのまま言うと思ったけど。

 刹那は視線をキョロキョロと彷徨わせていたが、グッとおれと目を合わせた。真っ直ぐに。

 

「ごめんなさい。その時の言葉は私が間違っていました」

 

 そして放たれたのは謝罪の言葉。一方、心の方は──。

 

(普通にアレはダメだった……謝ろうとしたらアイツが来て喧嘩になって謝りそびれて──いや、言い訳だなこれは)

 

 意外にも自分の非を認めていた。

 いや、違うな。

 正直気づいていた。二人が居るからうるさいからあえて読心能力を使わない様にしていた。それでも彼女から謝意の感情が籠った心が聞こえていた。だからおれは関わるのが嫌だったけど、拒絶をするまでには至らなかった。

 それ以上に情欲の心が聞こえてキツかったけど……。

 

 そして今日、刹那は謝ってくれた。

 

「遅いよ、言うのが」

「うっ」

 

 でもまぁ、ギリギリ合格かな。

 

「良いよ。もう言わないなら」

「うん。分かった」

 

 その言葉は心から出たもので、おれは少しだけ見直した。

 何なら反省もしている。見た目と言動で踏み台転生者だと思っていたけど、おれがイメージしていた彼らと違い、彼女は根っこの部分は素直なんだ。

 ただ少しだけいじっぱりで、周りを見る事ができれば──将来はいい女になると思う。

 

「それと十和子ちゃんとも仲良くして」

「それは無理」

 

 ……本当いじっぱりなんだから。

 

 

「今日は本当にありがとう」

「うん」

「それじゃあ、また保育園で──あの、あさひちゃん」

 

 帰る直前になって、刹那がおれに問いかける。

 

「さっき好きじゃないって言ってたのは本当?」

「……うん、本当」

「……マジかー」

 

 頭を抱えて落ち込む刹那。心を読まなくても分かる。ニコポナデポが効いていないとか、惚れさせる事ができていなかったとか、そんな事を考えているのだろう。

 しばらくウンウンと唸り続ける刹那を見ていたが、正直気持ち悪い。

 いや、その光景がとかじゃなくて、普段の自信満々な踏み台ムーブしている彼女を見慣れているから、今の思い悩む姿に強い違和感を覚えるってだけで。

 

 ──うん。だからこれからやる事は、ちょっとしたリップサービスだ。

 

 おれはそっと彼女に近づき、唇を耳に寄せて囁く。

 

「──でも、素直に謝った刹那ちゃんは好きだよ」

「──あふふぇ!?」

 

 バッと耳を抑えて離れる彼女の顔を真っ赤で、それを見たおれは──可愛いなコイツと胸の中に言い表せない奇妙な感情を抱きながらそう思った。

 刹那はその綺麗な顔を百面相の如く変化させて、口から出る言葉も支離滅裂で心の中の声も荒れ狂っていて面白かった。

 

「じゃあね刹那ちゃん。また保育園で」

「え、ちょ、待っ──」

 

 それを最後に玄関の扉を閉める。扉の奥からしばらく刹那ちゃんの気配があったが、すぐにその場を離れた。

 その際に彼女の心の声が聞こえたけど、思わず笑ってしまった。

 

 ──(あさひちゃんって本当に可愛いんだ)

 

 今までの情欲に濡れた声とは別の感情が乗ったその声は、明らかに刹那の変化を表していて……。

 

「次に会うのが楽しみだな」

 

 アレだけ関わりたくないと思っていたのに、おれは次の保育園に行く日が楽しみになっていた。

 ふふふ。今日はよく眠れそうだ。

 そんな事を考えながらおれは、叔父が来るまでルンルンとした気分で過ごしていた。

 

 

 

 そして次の日、冷静になったおれはまるで悪女の様な自分の行動に悶えるのだが、この時のおれはその事にまだ気づいていなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話『転生したら原作前から絡まれている件について』

現状6話まで書き溜めしてるのでチートハーレム杯開催期間中は一日一話0時に予約投稿してます


 

 転生した当初、おれは前世との差異に違和感を感じていた。

 黒髪黒目で顔も普通……だったと思うおれは、今世では栗色の髪に青い瞳と今思うとアニメで出てくるキャラみたいな見た目をしていた。前世よりも顔が良くなるーと楽観的に考えていたのが懐かしい。

 ただ、刹那の心を読んで今でこそ納得しているが、この世界いやに美形が多い。フツメン認定されている十和子もはっきり言って美形だ。でも何故か普通の少女と認識してしまう。転生特典か何かか? 

 別に前世の容姿に不満があった訳ではないが、今世のこの体は気に入っている。動かしている感じ、運動神経良さそうだし。

 

 さて、容姿の話をしたが……ふと気になるのは刹那だ。

 流れる様にキラキラと光る銀色の長髪に、赤と青のオッドアイ。透き通る様に綺麗な白肌にスラリと伸びた手足。間違いなく将来はスタイルの良い美少女になるだろう。

 間違いなく前世の姿とかけ離れている容姿だけど……その辺の事どう思っているのだろうか。

 

「そもそも! 何で銀髪オッドアイ!? 痛いんだけど!」

「あぁん? 普通にカッコイイでしょうが!」

 

 いつもの様に喧嘩をしている二人に意識を向ける。

 十和子は彼女の容姿をおれと同じように踏み台転生者のソレと認識しており、その辺の認識にこちら側の世界もおれの世界にも差が無い事が分かる。

 

(ああ、ったく恥ずかしい……! 昔私TUEE系にハマっていた時の黒歴史が……!)

 

 ああ、うん……刹那に突っかかる理由の一つにこの共感性羞恥も入っているんだろうね。

 さて、問題の刹那はどう思っているのだろうか。少し心を覗いてみる。

 

(銀髪オッドアイは至高! 前世で好きだったキャラもそうだったし)

 

 どうやら別に恥ずかしいとか思っていないみたいだ。それどころか今の自分が好きみたい。

 まぁ、本人がそれで良いのなら良いけど……。

 それに彼女の好きという感情は本物みたいだし。

 

「あさひも私の事カッコイイと思うだろ?」

「え? うん、そうだね」

「な……!?」

 

 ふと刹那がおれに話を振って偽りなく答える。

 まぁカッコいいというのもあるけど可愛いとか綺麗とかそっち方面の方が強いと思うけど。

 ただ、おれの返答が予想外だったのか十和子が驚いた表情でこちらを見て、それに刹那がドヤ顔を浮かべる。うん、その顔は無いな……。

 

「ちっ……」

 

 面白くないと感じたのか、十和子はそれ以上何も言わずその場を立ち去った。

 その背中を刹那はあっかんべーして見送った。子どもか。子どもだったは。

 それにしても。

 

(あの子、いつもピリピリして息苦しく無いんかな……)

 

 少しだけ彼女の生き方に思うところがあった。

 

 

 第三話『転生したら原作前から絡まれている件について』

 

 

 保育園が終わり、両親が迎えに来る時間。

 しかしやって来たのは両親ではなく、父の兄である叔父──風間順平だった。

 

「ごめんねぇ、あさひくん。アイツら今日も仕事仕事で……」

 

 呆れて物も言えないとため息を吐く順平叔父さん。

 彼はお父さんの兄弟であると同時に母とも幼馴染でもある。だから二人にとっての最大の理解者であり、よく頼られている存在だ。

 昔から彼には世話になっており、おれは彼の事を今世の第二の父くらいには尊敬している。

 そして例に漏れず美形でよくモテるらしいけど、今のところ結婚する気は無いらしい。今はお爺ちゃん達の家で一緒に住み、小説作家として売れ出し中と、何ともキャラ設定が練られていると言わんばかりの人物だ。

 

「大丈夫です。お父さんもお母さんもおれの為に頑張っているから」

「あさひくん……」

 

 そんなおれの言葉に目頭を抑える順平叔父さん。

 

(この子良い子すぎるだろぉ。アイツらこの子のおかげで今の生活できているの分かっているのかぁ?)

 

 相変わらず涙腺が緩々な叔父さんだ。

 おれの周りには優しい人たちばかりで、本当に恵まれていると感じる。

 

「よし、今日は叔父さんの奢りで好きな食べ物を買ってあげる。何か食べたい?」

「やったっ。ありがとうございます!」

 

 叔父さんの申し出におれは素直に甘える事にした。

 とりあえず彼の運転する車に乗り助手席に座ってから、考えてみる。

 うーん。ご飯はお父さんが準備しているからお菓子とか軽い物が良いな。それに仕事で疲れているであろう二人のお土産にも買いたい。

 その事を伝えると「この子は本当に……」とまた目をウルウルさせながら叔父さんは了承した。泣くのは良いけど運転気をつけてね? 

 さて、何が良いかなと考えてふと思い出した。先生達が最近噂している喫茶店の事を。確か、そこの喫茶店のシュークリームが美味しいって……。

 

「叔父さん。喫茶ラビットのシュークリームが食べたい」

「おっ、あそこか。確かにあそこのシュークリームは美味しいし──よし、そこに行こう」

 

 叔父さんはそう返すと車を走らせた。

 こっちに来てから甘い物が好きになった。前世ではどちらかと言うと苦い物が好きだったのに。これも貞操観念逆転の法則か何かだろうか。

 そんなどうでも良いことを考える事15分。噂の喫茶ラビットに到着。

 外観は清潔で西洋風。店の外から中を見てみると、主夫が多く男性人気が高いみたいだ。

 

「いらっしゃいませー」

「二人でお願いします。できればテーブル席で」

「はい、かしこまりました。こちらへどうぞ」

 

 笑顔で接客する若いお兄さん。チラリと見ると、夫婦であろう男女がキッチンで食事を作り、兄妹であろう二人が接客をしている。他にもバイトらしき人がチラチラ。

 そしてお手伝いをしているのか、おれと同い年の女の子がおしぼりとお冷を──ってあれ? 

 

「十和子ちゃん?」

「? ……え!?」

 

 驚いた顔でこちらを見る十和子だが、おれも驚いた。

 ここの店のエプロン(幼児用)を着ていて、何処となく店員さん達と顔つきが似ている事から察するに、彼女はここの店の人の子どもってことになるのか。

 予想外の事だったのか、十和子は固まってしまい、それを見た彼女の姉であろう店員がこちらに来た。

 

「どうしたの十和子? あら、君はもしかして……あさひくん?」

「え?」

「あの、甥をご存知で?」

「はい。うちの妹が同じ保育園に通っている様で。なかなか友達ができないコイツがよく話題に出している子が……」

「ちょっ、姉さん!?」

「あら〜。そういう事……」

 

 一気に微笑ましそうにおれと十和子を見る叔父さんと店員さん。反対に十和子は居心地悪そうにし、チラチラとこちらを見ている。

 うん、どうしようかこの空気。

 そんな風に思っていると、叔父さんとんでも無い事を言い出す。

 

「良かったら君も、えっと十和子ちゃん? も一緒に食べる? 良かったら保育園での話とか、君とあさひの関係とか色々聞きたいなー」

「え!?」

「あ、良いですね。十和子もそうしなさい」

「いや、でも、店の手伝い……」

「いつも言っているけど子どもが無理するな。お姉ちゃん命令として、しっかりと友達をもてなしてあげなさい」

 

 あ、それとも……、そう言うと十和子の姉はこっそりと彼女に耳打ちすると、十和子はカーッと顔を赤くして「分かったから、早く仕事に戻って!」と追い払ってしまった。彼女の姉は心底面白そうに笑うと、叔父さんからオーダーを受け取り立ち去った。

 

「まぁ、座りなよ」

「は、はい」

 

 叔父さんがニッコリ笑ってそう言うと、十和子はタジタジになりながらも頷いて……悩んだ結果おれの隣に座った。

 その際にチラチラとこっちを見ていたけど気づかないフリをする……が、叔父さんはバッチリ気付いている様でニヤニヤとこちらを見ていた。

 

「さて……」

 

 お冷を飲んで一息入れた叔父さんは目を光らせて十和子を見た。

 

「十和子ちゃん。うちのあさひとは仲良くしてくれているの?」

「いや、その……」

「この子可愛いでしょ? もしかしたらあさひの事好きなのかなーって」

「な!?」

 

 叔父さんの言葉で十和子が物凄くあたふたし始めた。

 いや、その反応をするとバレるというか、答えを言っているというか……。

 隣に居るからか、それとも感情が爆発しているからか、自然と彼女の心の声が聞こえてきた。

 

(げ、原作で知っていたけど順平さんグイグイ来るなぁ……)

 

 ふむふむ。どうやら原作とやらに叔父さんも出演しているらしい。

 まぁ、叔父さんキャラ立っているしね……。

 

(しかし、不味い。このままだとあさひに変に思われ……)

 

 あ、目が合った。

 とりあえず微笑んでみる。するとバッと視線を反対方向に向けた。

 今の反応可愛いな。

 

(……まぁ、あのあさひだし気付かないか)

 

 ごめんなさい、バッチリ気付いているというか、知っているというか。

 てか、おれへのその評価はどういう意味なの??? ちょっとその辺詳しく聞きたいんじゃが。じゃが! 

 

「ふむふむ。あさひはどう思っているの十和子ちゃんの事」

「え?」

 

 叔父さんの矛先が何故かおれの方へと向いた。

 突然のその言葉に少しびっくりした。チラリと十和子もこちらを見ており、どうやら気になっている様子。

 ん〜……なんて答えたら良いんだろう。

 刹那といつも喧嘩していて苦手……って素直に言ったら叔父さんを心配させそうだし、それに刹那や十和子の知る月ノ本あさひがそう答えそうには無い気がする。

 えっと、今までの彼女達の心の声を聞いた情報から考えるに……。

 

「友達だよ?」

「あー、なるほどね……ごめんね十和子ちゃん。頑張ってね?」

「は、ははは……はぁ」

 

 やれやれと少し呆れた様子を見せる叔父さんに、苦笑いする十和子。

 くっ、こいつら……。

 選んだ選択肢とはいえ、その反応は流石にイラッとくる。しかし我慢しなくてはならない……。

 落ち着く為にグイッと水を飲んでいると、ふと隣から心の声が聞こえた。

 

(それにしても順平さんってやっぱり──)

 

 あれかな。原作キャラにあった感想とかその辺かな? 

 ネット小説だと、実際に見ると〜みたいな感じで文量を誤魔化……描写する事があるんだよな。

 それと同じだろうか。

 

(ち○こ大きそうだなぁ)

 

 ──何言ってんのこの娘!? 

 

「ゲホ! ゲホ!?」

「大丈夫あさひ?」

「……?」

 

 

 思わず咽せてしまい、叔父さんに心配される。十和子も不思議そうにこっちを見るが……原因はお前だよ! 

 何でもない、と言って何とか誤魔化すが、正直それどころじゃない。

 この子さっきなんて言った? ち○こ? ちん○って言ったよね!? 

 

(順平さんは作中屈指の巨○キャラ……元々の18禁ゲームのヒロインだっただけに、アニメでも割と色気のあるキャラとして描かれていたけど──実物見て分かる。この人のは、デカい!)

 

 勘弁してくんねーかな。

 多分これは、あれだろうな。おれの世界における巨乳キャラが、こっちの貞操観念逆転した世界では○根キャラが同様の位置に居るって訳か。ふざけんな。てか、ズボンの上から見て分かる訳ないだろう。そのアニメ勃○でもしたんか? 

 おれ嫌なんだけど叔父さんが○起しているのを不特定多数に見られているって事実を知るの。

 新たに判明した真実に辟易としていると、さらに耳を疑う情報が追加された。

 

(血縁だからか、成長したあさひも大きかったなぁ……)

 

 ──おれも将来ち○こ晒すんかい!? 

 まだ全貌も掴めていない原作だが、正直今からでも原作崩壊させてやりたい。

 

「お待たせしましたー。こちらシュークリームです」

 

 暗黒面に堕ちかけていると、十和子の姉がシュークリームを持ってきてくれた。

 おかげで十和子のモザイク処理してやりたい心の声が止まり、おれの視線も目の前の甘いお菓子に釘付けとなる。

 

「まぁ、詳しい話は後にして食べようか」

「いただきます」

「……いただきます」

 

 半ばヤケになりながら口に運んだシュークリームは──姿を消していた。

 あれ? いつの間に。

 もう一つ口に入れてしっかりと味わうと──おれは新たな世界を垣間見た。

 う、美味い……! 噂以上に美味しくてほっぺたが溢れ落ちそうだ……! 

 

(……ふふふ)

 

 そんな時、ふとまた隣から心の声が聞こえた。

 

(やっぱりシュークリームを食べている時のあさひは──可愛いな)

 

 思わず視線をそちらに向けると、そこにはとても微笑ましい物を、息子を見る母の様な優しい目でこちらを見る十和子の顔があった。

 ……むっつりスケベだけど、本当に月ノ本あさひの事が好きなんだな。

 その辺は刹那と似ていて、だからこそ聞かずにはいられなかった。

 

「ねぇ、十和子ちゃん。刹那ちゃんと仲良くは――」

「無理」

「そ、そう……なんだ」

 

 彼女の即答に思わず押し黙った。

 しかし、この質問は失敗だったかもしれない。いや、十和子が刹那を思い出して空気が悪くなったとかじゃなくて、隣の叔父さんが物凄く面白そうな顔をしているから……。

 

「え? 何? もしかしてあさひモテモテ? この子だけじゃなくて別の子にも好かれているの?」

「いや、違、そういう訳じゃ……」

 

 ある意味あっているけど、こいつらが好きなのはおれじゃなくて月ノ本あさひというキャラだからなぁ。

 叔父さんが目を輝かせてこちらに迫ってくるなか、やはり十和子はこちらをチラチラ見ていた。

 

(デカ○ンも良いけど、ショタ○ンも良いな……)

 

 こいつ、ホンマ……。

 心を読んだ結果、彼女の視線がおれの股間に向いているのがよく分かった。

 ……そういえば、刹那もおれの体をねっとり見てたなぁ。当然チ○コも。

 これは、おれの世界で言うと女性の胸をチラチラ見ている男性って事なんだろうか。

 

「……えっち」

「――っ!?」

「? どうしたの十和子ちゃん?」

「い、いえ……」

 

 ボソッと呟いた言葉が聞こえたのか、十和子がギョッとしてこちらを見て叔父さんが不思議そうにしている。

 その視線に気付いた彼女は誤魔化すが、おれの方をさっきよりもチラチラと見ていた。

 おれはそれに気づかないフリをしてシュークリームを頬張る。

 この世界の女性は全員こうなのだろうか。

 辟易としながらシュークリームを味わう今のおれは、性的に見られて困る女性そのもので、その事自体がさらにテンションを下げた。

 

 その後、十和子は叔父さんに根掘り葉掘り聞かれて困り果て、お土産を買って帰る頃にはへとへとになっていた。しかし何故か可哀想だとは思わなかった。何でだろうなー。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話『転生したら原作介入された件について』

特に関係無いんですけどリリカルなのはって現代/日常なんですかね


 

 時は進み、おれは保育園を卒園して小学校に入学した。7歳になりました。

 背も伸びて行動範囲も広がり、ここ最近は体を動かすのが楽しいと感じる。どうもこの肉体はハイスペックらしい。もしくはこれくらいの身体能力が無いと、彼女達の言う原作を乗り越えられないとでも言うのか……。

 そして当然と言わんばかりにあの二人も同じ学校に入学した。クラスは違うけど、休み時間の度に突撃して来るので、学校でも三人組扱いされている。やれやれだぜ。

 刹那は顔が良いから初見の男子達は彼女に目をハートにさせるが、おれへの態度を見て一気に幻滅。しかし顔が良いアイツにチヤホヤされているおれを面白くないと感じているのか、何処かハブられている。泣きそう。

 逆に十和子は別にモテていないけど、いつも刹那に突っかかる怒りやすい子と見られているのか、男子にも女子にも遠巻きに見られている。本人は気にしてないみたいだけど……。

 ……いや、違うな。あれはクールぶっているだけだ。硬派な自分カッコいいって若干考えてる。

 心を読んで思わずため息を吐いている間にも、おれの前ではキャンキャンと刹那と十和子が喧嘩している。ここ数日続いており、もはや見慣れた光景だ。クラスのみんなもまたか、みたいな顔をしている。

 

「何でアンタがこの教室に居るんだよ!」

「それはこっちのセリフだ!」

「私は愛しのあさひに会いに来ただけさ」

 

 そう言ってこっちにウインクを飛ばす刹那。

 くそ、腹立つな……顔が良いのも腹立つな……。

 取り敢えずいつもの事なので、曖昧な笑顔を送っておく。

 すると刹那は得意げに笑い、十和子がぐぬぬと悔しそうな顔をした。

 保育園の時から変わっていないな……。

 

「ちょっと」

 

 そんな風に思っていると、後ろから声を掛けられる。それも男の子の声だ。

 珍しい事もあるもんだと思いながら振り返ると、そこには金髪につり目の男の子がいた。ハーフだろうか? それに凄い美形だ。顔の造形の美しさなら刹那に負けていない。

 

「おれ?」

「そうだよ。お前だろ、こいつら侍らせているの」

「はべ……」

 

 小学生がよくそんな言葉を知っているな……じゃなくて!

 

「違うよ!? 彼女達はそういうのじゃ――」

「事実はどうでも良い。オレが言いたいのは迷惑だって事だ」

 

 フンっと鼻を鳴らしてこちらを見る彼の瞳には、おれに対する軽蔑の色が含まれていた。

 これ、もしかして……この二人が騒いでいるの原因がおれだと思っている?

 じょ、冗談じゃない……! こいつらの所為で同性の友達ができていないのに、そんな風に思われるなんて心外だ。

 しかし目の前の彼は話を聞く気は無さそうなんだけど……。

 さらに彼の言葉は紡がれていく。

 

「休み時間の度に他所のクラスの奴らがわざわざこっちに来て騒いでいる……もう我慢の限界なんだけど」

 

 いや、はい。仰る通りです。

 

「そんなに盛りたいなら、家でやってろ」

 

 言いたい事は言ったといわんばかりに彼はそのまま立ち去って行った。

 おれはその背中を呆然と眺める事しかできず……。

 いや、ねぇ。あそこまで強烈に真正面から言われた事なかったからびっくりしちゃった。

 

「うおぉ……リアルくぎむーボイス……」

「典型的なツンツンセリフ……」

 

 そして後ろの二人の言葉に、おれは何となく察した。

 これは、あれか。いわゆる原作キャラってやつか?

 少し気になったおれは、読心能力を使い二人の心を読んでみた。

 

(あれがツンデレ親友枠のラタ・エーテルライト。声優がツンデレキャラ御用達の釘室ことくぎむー。成績優秀。頭脳明晰。容姿端麗。運動神経抜群の完璧超人。親は外資系企業の社長で絵に描いたかのような御坊ちゃま。常にツンツンしてるけど時折見せるデレが物凄く可愛い私の推しの一人!)

 

 ああ、うん……説明ありがとう。

 

(あれがツンデレ親友枠のラタ・エーテルライト。声優がツンデレキャラ御用達の釘室ことくぎむー。成績優秀。頭脳明晰。容姿端麗。運動神経抜群の完璧超人。親は外資系企業の社長で絵に描いたかのような御坊ちゃま。常にツンツンしてるけど時折見せるデレが物凄く可愛いアタシの推しの一人!)

 

 ああ、うん……二度目の説明ありがとう。

 脳みそウィキ○ディアに直結してるんじゃないか? と言わんばかりの二人の心の声を聞いて、おれは彼……ラタ・エーテルライトの事を知ることができた。

 何となく彼がどういう扱いを受けているのか、おれの元いた世界と照らし合わせて情報を飲み込む。

 それにしても、ツンデレキャラが性別変わると何というか……ただの俺様系にしか見えないな……。

 

(あの子がおれの親友に……?)

 

 正確には本来の月ノ本あさひの、だけど……これから仲良くなれる気がしないな。

 だって、さっきの彼の心の中……。

 

(本当にあり得ない。女なんかを近くに置いて。汚らわしい)

 

 ごりっごりにおれの事嫌っているんですけど……何なら、原作と関係無い理由で……。

 果たして、おれは平和な小学校生活を送れるのだろうか……。

 

 

第四話『転生したら原作介入された件について』

 

 

 ラタ・エーテルライトの邂逅から1週間。あれ以来特に絡まれることはなかった。相変わらず転生者二人と騒がしい日々を過ごし、それ以外はぼっちの時間を過ごしていた。

 刹那たちが親友枠と騒いでいた為、自然と目が彼に向かうのだが……彼、おれとは別路線で周りと馴染めていない。

 その容姿と言動、さらに周りよりも勉強も運動もできる所為で小学生に上がりたての子ども達は「アイツ嫌い」と離れて行った。いじめは起きていないが、ちょっと空気が悪い。小学一年生でこれって、前から思っていたけど精神年齢高いなこの世界の子ども達……。

 自分たちとは違う彼を排他的に扱い、それを理解しているラタはいつもイライラしている。

 正直、いつ爆発するか分からなくてヒヤヒヤしている。具体的には、親に泣きついてモンスターペアレントによる蹂躙するみたいな……。

 

「どうしたものか……」

 

 ため息を吐きながら、おれは弁当箱を手に中庭に向かっていた。

 昼食時間になった為、そこで食べようと思って移動している。教室は張り詰めて息が詰まりそうだし、あの二人に絡まれる前に逃げたかったと言うのもあるし。

 それに、中庭は他に人が居ないからおれ的に穴場なのである。

 

「……ん?」

 

 しかし今日は先客が居たようだ。珍しい。

 少し残念に思いながらも、隅っこで食べれば良いかな。それとも別の場所で食べようかなーと思いながら歩を進めると、そこにはここ最近見慣れた人物と見慣れない人物がいた。

 

「なによ!」

「なんだよ!」

 

 ……何故かお互いにガン付けがあって……。

 アレは喧嘩だろうか? 小学生の喧嘩にしては気合い入ってるなー。

 そして喧嘩してる当人達のうち、一人はラタ・エーテルライト。そういえば、おれが昼食を終えて教室に帰ると同時に彼もまた帰ってくる所を見た気がする。普段の言動からハブられて一人で食べていたのかな……いやそれはおれも同じ事だけど。

 もう一人は別のクラスの子だろうか? 見た目は女の子のそれだが、何故か男子生徒の制服を着ている。……いや、あの子男の子ならぬ男の娘か? しかしおれのイメージする男の娘と違って随分と粗暴だな。あれか? 前世で言うボーイッシュな女の子みたいな立ち位置なのだろうか? それを抜きにしても言動が荒々しい。少し心を読んでみようか。

 

(ちっ……! 今日はツいていないな。アイツらには絡まれるし、噂のエーテルライトには難癖付けられるし……)

 

 どうやら仕掛けたのはラタかららしい。

 さて、彼は何を考えて……。

 

(――)

 

 ――ふむ。なるほどね。そう言う理由で……相変わらず素直じゃないな。

 

「仕方ない」

 

 心を読んで事情を知ってしまった以上、無視する事はできないな……。

 おれはため息を吐きそうになりながらもそれを我慢し、二人に近づく。

 そしてそのままラタが後ろ手に隠してあるソレをそいやと持ち上げた。

 

「!? あ、ちょ、アン――」

「はい、これ。君のでしょ」

 

 目の前の男の娘の髪は腰に届く程長い紫色。前髪も伸びて時折鬱陶し気にしており、おそらくこのカチューシャを使っているのだろう。

 おれの手に持っているカチューシャを見て「あ!」と顔をする男の娘。

 

「多分何処かに置き忘れたんじゃないかな? ……そう、例えば体育の時とか? それをラタさんが見つけて届けに来たんじゃないかな?」

「……だったら、初めからそう言えば良いじゃないか」

 

 おれからカチューシャを受け取った男の娘が付けながら口を尖らせながらそう言えば、ラタはグッと言葉を詰まらせ視線を逸らした。

 

「ラタさんは素直じゃないから」

「はぁ!? どういう意味だよ!?」

「いや、そのまんまだって。実際その所為で喧嘩になってたし」

「グッ……」

 

 おれの言葉に何も言えなくなるラタさん。

 男の娘は事情を理解したのかため息を吐き、しかし苦笑しながらもラタに声を掛ける。

 

「そう言う事だったら、ありがとうよ。これ、大事なモノだったんだ」

「っ……」

「ラタさん」

 

 まだ素直になれない彼に、おれはちょっと踏み込んで言った。

 

「人はね、自分の気持ちを伝えるにはちゃんと言葉で言わないといけないんだ」

 

 おれはこの力で相手の心を読むことができる。

 しかし所詮はその程度。何を伝えたいのか、どうすれば伝えられるのか――結局は言葉にしないといけない。その事をよく理解している。

 素直になれないラタなら尚更で、だからこそ彼にはしっかりと言葉を伝えて欲しい。

 

「――うん」

 

 そして、おれの言葉が通じたのかラタは頷いて男の娘に向いて頭を下げた。

 

「さっきはごめんなさい。酷い事を言った」

「ああー、うん。言われ慣れてるから気にしないでいいよ」

「それと、良かったらオレと、その、と、とも……友達に――」

「そういえば、思い出した。お前、いつもチラチラ俺を見ていたっけ」

 

 しかしその前に、男の娘の言葉がラタの言葉を遮った。

 というか、ラタさん彼のことチラチラ見ていたの?

 結構前からロックオンしてたっぽいな。

 

「なんだ、そういう事だったんだ――じゃあ、そういう事なら」

 

 理解を示した彼は、固まっているラタの手をパシッと掴む。

 

「これからよろしくな。俺の名前は極寺真琴」

「あ、その……オレはラタ・エーテルライト、です。よろしくお願いします」

 

 ニカっと笑う男の娘こと極寺真琴。対して顔を真っ赤にして俯くラタ・エーテルライト。

 これで二人は友達になった。

 まぁ、なんて事はない。ラタは真琴の事を知っていて友達になりたいと思っていた。だから彼のカチューシャの事も気付いていた訳だ。

 ……ちょっと薔薇っぽいけど、うん。友達になれて良かったね。

 

「ほい」

「……ん?」

 

 突如おれの前に差し出される手。

 疑問に思い首を傾げるおれに、真琴は当然のように言った。

 

「俺は極寺真琴」

「知ってる」

「お前の名前は?」

「月ノ本あさひ」

「じゃあ、これでお前とも友達だ」

「何ですと」

 

 なんだこの子、めっちゃ良い子じゃん……!

 思い返せば同性からは敬遠されていたおれは、彼の……真琴の言葉に涙が出そうだった。

 

「オ、オレも忘れるな! それと、この前は悪かった。ごめんなさい」

 

 さらにラタも真琴と同じ様に手を差し伸ばしてくる。

 やだ、この子たち本当に良い子だ……!

 

「うん! よろしく!」

 

 おれは嬉々として二人の手を取った。

 やった。これでボッチ卒業だ!

 

(そういえば、こいつもなかなか……)

 

 おっと。お尻を狙うのはやめてくれよラタくんよ。

 

(なんか二人とも弟みたいで放っておけないな)

 

 精神年齢ではおれの方が上だが、正直真琴くんからは魂レベルで負けている気がする。

 おれ視点からだとイケメンな男の娘だけど、こっちだと……チ◯コついたイケマン? よく分からないな……。

 

 何はともあれ、これからの学校生活が楽しみになってきたおれだった――が。

 

 二人にバレない様に意識を物陰へと向ける。

 

(くそ、放せこの女! せっかくの三人息子フラグに介入できないじゃ無いか!)

(黙れ! これ以上原作を崩壊させてたまるか!)

 

 ……いつから居たんだろうね、あの娘たち。

 心の声で何となく彼女たちがやろうとしていた事を知りため息を吐きそうになる。

 刹那はいつものハーレム関係だろう。十和子はその妨害か。

 保育園のときから変わらずって訳だ。

 まぁ、つまり、おれが何を言いたいかと言うと……。

 

(ーーあの二人は喧嘩するのを傍観してた訳だ)

 

 それは、人としてどうなんだ?

 正直今までは考えない様にしていたが、二人は原作を基に動いている。そして、自分にとって都合が良いのなら、今回みたいな事もスルーする、と……。

 ……はっきり言って。

 

(ガッカリだよ、二人とも)

「? どうしたの、あさひ」

「ううん。何でもない」

 

 二人の原作とやらに対する好きという感情は本物だ。

 でも、二人の行動におれは良い感情を抱けなかった。

 新たな友達を得たというのに、モヤモヤした感情を抱きながらおれはその日を終えた。

 

 そして後日。おれ、刹那、十和子にとって大きな事件が起きる事をーーこの時のおれは知らなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話『転生したら原作通りに進んでいる件について』

 

「……今日も仕事かぁ」

 

 おれが小学生になって三年。友達との学校生活は楽しく、前世よりも充実しているかもしれない。貞操観念が逆転していてその辺で戸惑う事があるけど。

 そして、おれがある程度自分の事は自分でできる年齢になったからか、両親が家を空ける時間がさらに増えた。

 

「全くアイツらは……息子があさひじゃないと破綻してるぞ、今の生活!」

 

 叔父さんはその事に対して酷く怒っていた。お爺ちゃんもあまり良い顔をしていない。

 ……正直、授業参観日や運動会に来て貰えなかった日は悲しかった。

 おそらく肉体に精神が引っ張られているのだろう。大人な精神は仕方の無い事だと諦めが付いているし理解しているが、子どもの肉体は寂しいと思っている。

 ままならないな……。

 朝食を食べ、登校の準備を終えて家を出る。そして父親の作ってくれた弁当を持ち、最寄りのバス停で学校行きのバスに乗る。

 

「あさひ〜。こっちこっち」

 

 乗ると同時に、聞き慣れた声がおれの名前を呼ぶ。

 一番後ろの席には、一年生の時に友達となった極寺真琴とラタ・エーテルライトが居た。

 二人に誘われるまま席に座り、挨拶を交わす。

 

「ふわ〜。眠たい……」

「まったく、だらしないなぁ。涎が垂れてるぞ」

 

 そう言っておれの口元をハンカチで拭ってくれるラタ。

 一見、しっかり者の優等生に見えるが少し心の中を覗くと……。

 

(あ〜〜〜、もう! あさひは相変わらず可愛いなー! それに比べて真琴はカッコいいし、朝から眼福だぁ)

 

 この通り、彼は、その、何というか……。

 ホモだち、じゃ無くて友達想いの良い子である。ちょっと愛が重いけど。

 

(仲良いなー、二人とも)

 

 そして真琴はおれの心の中のオアシスである。

 おれの世界で言うと男勝り、こっちだと女勝りな彼。考えている事に表裏が無く、付き合っていて気持ちの良い人間だ。

 

(そういえば、組の奴らが確か、えっと……薔薇? って言ってたな。意味はよく分からないけど)

 

 そしてそれを汚す存在も居る。真琴は建設会社の社長の息子で、そこで働いているガテン系のお姉様とよく連んでいる。だから女勝りな様で、そして時折いらん事を教えるアホが居る。今度またシバきに行くか……。

 

 この様に、おれ達は三人仲良く学校生活を過ごしている。

 正直とても楽しい。……楽しいのだが。

 

「やぁ、おはよう私のダーリンたち!」

(うげ)

(う、今日も来た……)

 

 二人の心のテンションが一気に降下する。

 正直、この時間がおれは苦手だ。

 視線を前に向けると、そこには朝日を受けてキラキラと輝かせる銀色の長髪を靡かせ、綺麗な赤と青のオッドアイをこちらに向ける超絶美少女──神城刹那だった。

 

「お、おはよう刹那ちゃん」

 

 おれはいつもの調子で挨拶をするが、隣の二人は……。

 

「……」

「……ふんっ」

 

 真琴は目を閉じて沈黙し、ラタなんてあからさまに顔を背けて拒否した。この通り、二人の様子を見れば分かる様に彼らは刹那を苦手に思っている(オブラート)。

 まぁ、それも仕方の無い事である。おれが彼らと友達となった次の日にこちらに輪に半ば無理矢理入り込んで友達宣言。その時はまだ真琴は友好的な姿勢を見せた。ラタは女嫌いなのでダメだった。

 しかしその次の日には何故か「フラグ建設完了!」とスキンシップが増え私の夫宣言。真琴の顔から作り笑いが消え、ラタはやっぱりダメだった。

 刹那の内面を知っているおれも流石にフォローできず、何なら喧嘩を傍観していた事についてまだ不信感を抱いていた為……正直おれ達と彼女の間で溝が出来て──現在に至る。

 

(好きという気持ちは本当なのに──勿体無いな)

 

 悪いと思ったら直ぐに謝る素直さが彼女にはある。逆に言うと自分が悪いと思わなければそのまま暴走するコミュ障でもある。

 顔が良いだけに、時々忘れそうになるけど……顔が良いのやっぱりズルいだろ。

 

 おれの隣に座り、強制的に詰められた二人の心に不満が募るのを(ラタはおれと真琴に挟まれて喜んでいる)感じながら、そんな事を考えていると次の駅に止まり──。

 

「あっ、十和子ちゃんおはよう」

「……」

 

 乗車して来た十和子に挨拶をするも、返される事なくそのままおれ達の一つ前に座った。……相変わらず素っ気無い。

 

「くぉら! 黒崎! あさひが挨拶にしてるのに、無視するなんてどういう了見だ!」

「ちっ」

「相変わらずイケ好かない奴!」

 

 朝からバチバチとやり合う二人に辟易し、そして流れ込んでくる真琴達の心の声が流れ込んでくる。

 

(神城じゃないけど、ホント嫌になる。あさひにあんな態度して)

(うーん。やっぱり黒崎は俺たちの事が嫌いなのか?)

 

 二人に差はあれど、十和子の反応にあまり良い感情を示していない。

 まぁ、それも仕方の無い事である。何故か十和子は彼らとの接触を最低限にして、言葉も態度もぶっきらぼう。それで好印象を抱くなんて無理だ。

 

(……よし、クールキャラは崩れていない)

 

 だからね、十和子さんや。

 その刹那に負けず劣らずな中二病的思考はやめておきなよ。

 君にクールキャラは似合わないよ

 

「この胸無し」

「今なんて言ったゴルァ!?」

 

 いつもの様に刹那の挑発に乗りメッキが剥がれる様を見て、隣の二人がまた始まったと辟易し、運転手からの雷が落ちるまでの間、おれはボーッと外の景色を眺めていた。

 今日も一日、変わらない日常が始まる。

 

 

 第五話『転生したら原作通りに進んでいる件について』

 

 

「つまり、此処での作者の思いは──」

 

 流石に二度目の小学校の授業となると、暇に感じてしまう。

 初めの頃は懐かしい思いがあり楽しめたが、三年目となるとそれも薄れる。

 今では体育の時間が唯一の楽しみとなっている。そんな事を考えながらふと外を見ると、刹那が校庭を走り回っていた。どうやら彼女たちのクラスは体育らしい。種目はサッカーか。

 

「喰らえ! フレイムバスタートルネード!!」

「出たぁぁぁぁあああ! 刹那の必殺シュートだぁ!!」

 

 ……おれの見間違いでなければ、イナズマでイレブンな超次元サッカーみたいな事になっているんだけど? 

 

「おりゃああああ!!」

「うおおおお! 十和子の絶対絶壁だぁ!!」

 

 そしてそれを当然の様に受け止める十和子。

 ……うん。本人達が楽しいなら、良いか。

 おれは考えるのを辞めて視線を外から前の黒板へと向けた。

 それにしても、異性からは遠巻きにされている二人だけど同性からは結構好かれているんだよな。サッカーを一緒に楽しんでいる姿からもそれが分かる。問題行動の多い二人だが、根は良い娘なのは変わりないのである。

 もっとも、女子全員で男子の着替えを覗きにいく行為は普通に犯罪なので辞めようね! 

 

 

 

 

 午前の授業が終わり、おれはラタと真琴と共に中庭で昼食を取っていた。おれ達が友達になってからは、いつも此処で三人仲良く食べている。

 

「はい、真琴」

「サンキュー。いつも悪いな」

「別にー。パパが作り過ぎているからついでに渡しているだけ」

 

 ラタから弁当を受け取った真琴は嬉しそうな表情を浮かべ、ラタは憎まれ口を叩きながらも上がりそうになる口角を必死に抑えていた。

 真琴は以前までコンビニで買っているパンを昼食にしていた。父親が料理が苦手かつ仕事で忙しい為、弁当とは無縁の日々を過ごしていたらしい。

 しかし、ラタがある日弁当を持って来て真琴に差し出し、それ以降彼はラタの父の弁当を食べている。

 

 ……もっとも。

 

「うん。今日も美味しいよ」

(ラタの弁当、日に日に上手になっているなぁ)

 

 真琴のお察しの通り、この弁当実はラタが作っているのである。しかし性格故に素直に言えず父が作ったと嘘を吐き、真琴はその事に気付きながらもしっかりと弁当の感想を述べて感謝の言葉を送っている。相変わらず良い娘だ……! 

 

「そ、そう。それは良かった」

(はぁぁぁぁあああん! 凄く嬉しいぃぃぃいいいい!)

 

 そしてラタは相変わらずのツンデレである。

 ちなみにおれの弁当も用意しようかと打診をされたが断った。父さんが仕事で忙しくておれに構えない分、しっかりと作ってあげたいと言っていたからだ。

 ……本当、おれには勿体無い親だ。

 

 この様に、かつては食事を淡々とこなす時間は友達を得た事により楽しい時間へと変わった。

 

「はぁ……ラタまこ、てぇてぇ」

「それな。ツンデレと素直クールは最強だ……」

 

 ……まぁ、おまけも居るけど。

 

「って、何で今日も居るんだよお前ら!」

「当然! 未来の夫達と楽しい時間を過ごす為!」

「その楽しい時間を壊そうとしている自覚を持ってくれない???」

 

 ガルルル、と威嚇をするラタとツンデレ乙とデュフフとちょっと気持ち悪い笑い方をする刹那。

 

「まぁまぁラタ。そう怒るなって」

「相変わらず痛い奴」

 

 苦笑いしながらラタを宥める真琴に黙々と弁当を食べながら言葉を吐き捨てる十和子。

 なんだかんだと不満を抱いたり、騒いだりしながらもここ最近はこの五人でこの中庭に集まっている。ラタと真琴が諦めたとも言える。というか刹那はともかく、十和子は何で一緒に居るんだろう。心を読まない様にしているから分からないんだよな。

 

「そういえば、あの課題できそう?」

 

 ふとラタがおれと真琴にそう問い掛けた。刹那と十和子には聞いていない様だ。

 えっと、ラタの言う課題って確か……。

 

「お父さんとお母さんに対しての感謝の言葉を作文にするアレ?」

「そ。正直恥ずかしいよな。パパとママは好きだけど、それをみんなの前で発表って」

「ははは。確かにそう考えると恥ずかしいね」

 

 ラタの言葉に真琴が頬をポリポリと掻きながらそう答えた。

 うーん、でもなぁ。

 

「おれはそうでもないかな。むしろ原稿用紙に収まるか心配だ」

「相変わらずのファミコンだな……」

「でも俺、あさひのその家族への愛の深さ好きだよ」

 

 ラタは呆れた様子で、真琴は率直にそう答えた。

 よせやい、照れるだろ。

 しかし事実である為、おれは隠す事も誤魔化す事もせずに胸を張って答える。

 

「実はもうできていたり」

「はやっ!?」

「昨日出されたよね……? そして提出期限は来週……」

「まだ推敲してないし、清書してないから。とりあえず課題の原稿用紙に収める様に頑張るよ」

 

 得意げに言うと、二人は苦笑した。まぁ、二人はおれの両親への愛の深さを知っているからこの反応も当然のかな。

 

(──マジか。もう、その時期だったのか!?)

 

 そんな時だった。強い感情の乗った心の声が聞こえたのは。

 ふいに聞いてしまったせいでビクンっと肩を跳ねらせてしまい、ラタ達に不思議そうな顔をされる。

 何でもないと誤魔化しながらも、おれは原因である刹那の方へと視線を向ける。当然非難の感情を乗せて。

 全く、いきなり大声(心)を出さないで欲しいな。刹那達のクラスでも同じ課題が出てやり忘れたとか、そんな理由か? 

 そう思いながら刹那の顔を見て──息を呑んだ。

 

「ごめん、私腹痛いから帰る!」

「は? 何言ってん──はやっ!?」

 

 突如そう言った刹那はすぐにその場を走り去っていた。転生者特有のハイスペックなフィジカルで、あっという間にその背中を小さくさせる。いや、マジではえーな……。

 

「……っ」

「え、黒崎さんまで?」

 

 さらに十和子も刹那を追いかける様に走り去る。

 しかし、何処となく険しい顔をしていた。今までに見た事がないくらいに……。

 ただ──。

 

(原作通り……)

 

 二人の心から聞こえた声で、その言葉が嫌に力強く聞こえた。

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 学校が終わり、家に帰るもいつもの様に誰もいない。まぁ、仕方の無いことだ。父さんも母さんも仕事で忙しいし。

 そんな事を考えながら鞄を部屋に戻そうとした所で、リビングのテーブルの上に置き手紙がある事に気付く。

 手に取り読んでみると書いたのは父さんと母さんみたいで、書いてあるのは……。

 

「今日も遅くなる。でも、来週には絶対に時間を作る」

 

 来週? そう考えてカレンダーを見ると……。

 

「あっ、おれの誕生日か」

 

 赤字で花丸で囲い、『あさひの誕生日!』『絶対に仕事しない』『仕事させるなら全て壊す』と書かれていた。いや、覚悟キマり過ぎだろ。

 二人の文字を見て……思わず笑ってしまう。

 

「こういう時はサプライズでもしてくれたら良いのに」

 

 心読めるからサプライズも何も無いけど。

 ……おれのせいで、サプライズしない様になったのかな? 

 しかしその分、毎年おれの誕生日では盛大に祝ってくれる。その日に仕事の電話が掛けられた時は鬼の形相で電話先に怒鳴っていたなぁ。嬉しいやら恥ずかしいやら。

 でも、まっ。

 

「来週が楽しみだな」

 

 おれは原稿用紙と下書き用紙を取り出し、自分でも分かるほどにニマニマと表情を弛ませていた。

 ……そうだ! 誕生日にこの作文を二人の前で読み上げよう。ちょっと恥ずかしいけど、そういう日くらい日頃の感謝の言葉を送っても良いに違いない。

 

「今年の誕生日は楽しみだな」

 

 そうと決まれば、とおれは鞄を片付けてリビングでペンを片手に作文の推敲作業に取り掛かる。

 元々モチベーションは高かったけど、今はさらに燃え上がっている。

 喜ぶ両親の顔を想像し、またもやおれの頬が弛み──。

 

 ──プルルルルルル。

 

「誰だろ。叔父さんかな」

 

 まるで出鼻を挫く様にして、電話が鳴る。

 家にはおれしか居ないので、仕方なく電話を取り通話ボタンを押す。

 

「はい、もしもし。月ノ本ですが」

『あ、月ノ本さんのお宅ですか?』

 

 ちなみに、おれは電話に出ると大抵大人と勘違いされる。

 声は幼いけど、受け答えが子どものそれじゃ無いから仕方ないね。実害がある訳じゃないから良いけど。

 いつもの様に要件を聞いて、両親にしっかりと伝えようと電話の横に置いてあるメモ用紙とペンを手に取り。

 

『私、〇〇警察の佐藤と申します』

「……警察?」

 

 しかし、紡がれた言葉にペン先を止め。

 

『落ち着いて聞いてください──そちらにお住まいの月ノ本健二さんと月ノ本さくらさんですが──』

 

 胸に湧いた違和感が大きく膨らみ、そしてジクジクと痛みを伴い。

 

『先ほど交通事故に巻き込まれ、病院に搬送後』

 

 頭の中が真っ白になるなか、電話の向こうで放たれた言葉が。

 

『亡くなられました』

 

 深く深く──刻み込まれた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話『転生したら原作と変わらない件について』

匿名解除!
チートハーレム杯お疲れ様でした
チートハーレム杯は終わりましたが、この作品は終わりません
今後も更新していきますっ


 

 魔法少年あさひ。

 刹那や十和子が転生する前の世界で人気だったアニメ。

 月ノ本あさひがある日突然魔法と出会い、事件を解決していく王道な魔法少年アニメだ。

 後に二期三期とシリーズ化し、さらに劇場版、コミック化、ゲーム化。さらにはソシャゲ化も成した大手ジャンル。

 当然ながら同人誌や二次小説でもよく取り扱われていた。

 

 さて、魔法少年あさひの主人公である月ノ本あさひはとても優しい子だ。

 敵である魔法少年に手を差し伸ばし続け、誰であろうと助けようとする──ネットでは度々頭がおかしい、壊れていると言われる程の聖人。

 故にキャラ人気は常に一位であり、刹那も十和子も前世から好きだった。

 

 しかし、そんな彼にも闇がある。

 人に優しくし続けた彼の闇はとある場面で爆発し、人を救い、人を傷つけ、彼の核心に迫る重要な要素だ。

 そして、その闇の原点にあるのは──彼の両親の事故死だ。

 

 

 第六話『転生したら原作と変わらない件について』

 

 

 葬儀はスムーズに終わった。

 叔父さんとお爺ちゃんが全部やってくれたから。

 

 ラタと真琴が優しく慰めてくれた。

 学校を休んでいるおれの家に来てくれる。

 

 刹那と十和子とは会っていない。

 あれから顔を会わすことが無かったけど……今はどうでも良かった。

 

 ……おれは、泣いていない。泣けていない。

 泣くことができなかった。

 悲しい筈なのに、苦しい筈なのに。

 でも頭の何処かで交通事故だから仕方の無い事だと、ずっと落ち込んでいたら周りに心配させる。迷惑を掛ける。だから早く立ち直らないといけない。

 そう考えた。……考えないといけないと思った。

 

 でも。

 

 でも……。

 

「……」

 

 カレンダーを見る。両親が死んでから一週間経った。

 つまり、今日はおれの誕生日。

 本当なら父さんの作ったご飯を食べて、母さんの下手な誕生日ソングを聞かされて、おれの作文を読み上げて、そして、そして……。

 

 でも、そんな未来は来ない。そんなIF(もしも)を考えても意味がない。

 だって、父さんも母さんも死んだのだから。だって、もう二人には一生会えないのだから。

 

「……」

 

 家族と過ごしたこの家で目を閉じれば、自然と両親との記憶が蘇る。

 

 ──あぁああっ!! やっぱりあさひは宇宙一可愛い!! 

 

 まだ歩けなかった頃、赤ん坊のおれを抱き上げた母さんは顔を緩ませていつもそう叫んでいた。

 

 ──相変わらずさくらはあさひが大好きだなぁ。

 

 そんな母さんをご飯を作りながら微笑ましそうにして見ていた父さん。でもおれを抱っこしたいのと母さんとイチャイチャしたい欲求でそれぞれに嫉妬していた事を心を読んでいたおれは知っていた。

 

 そんな二人の愛を受けておれは、この世界で生きていく事を決めた。

 

 そんな両親だから、仕事で忙しくて構って貰えなくても我慢していた。

 

 ──ごめんね、あさひ。本当はもっと一緒に居たいのに。

 

 目元に涙を潤ませて父さんがそう言い、いつも玄関を出る時はギュッとおれを抱き締めていた。

 

 ──健二、頑張ろう。いつか自由になったら、あさひと三人で普通の暮らしをするんだ。

 

 そんな父さんを慰める母さんも、やっぱり辛そうにしていた。

 

 だからおれは、二人に抱き締められた時はちょっと恥ずかしかったけど力いっぱいに抱き締めた。

 

 ──……へぇ。あさひに言い寄る奴が居るんだ。

 

 ただその愛はとても強くて、とても保育園児に向けるとは思えない程に、おれに言い寄る刹那と十和子に敏感に反応していた。

 

 ──さくら。そんな事言っているといつか『お母さん嫌い!』とか言われるぞ。

 ──ぐはっ!? 

 

 反対に父さんは恋バナが好きなのか、刹那や十和子の話を嬉々として聞き出そうとしていた。この辺は叔父さんと兄弟だなっと思った。母さんは撃沈していた。

 

 ──ラタくんに真琴くんか。どっちも可愛いね。まぁ、うちのあさひには負けるけど! 

 

 初めてできた友達の事を話した時も、母さんは相変わらずの親バカだった。でも、それが恥ずかしくも嬉しかった。

 

 ──心配だったんだ。あさひは良い子なのに友達できなくて、でもそれを我慢できちゃって……。あさひ、その友達の事、大切にするんだぞ。

 

 涙目で大袈裟な事を言う父さんに呆れながらも、しかしその言葉におれは素直に頷いた。他ならぬ大好きな父さんの言葉だったからだ。

 

 自分でも不思議だった。どうして今世はここまで両親の事が好きなのか、と。

 貞操観念逆転しているから? 月ノ本あさひに生まれ変わったから? 前世と比べてこっちの方が優れているから? 

 そんな風に理由を考えては、最終的には同じ結論に至る。

 彼らの事が好きな理由なんてない。ただただ好きなだけだ、と。

 だから、あの置き手紙を見た時は嬉しかった。一週間前からおれの誕生日の事を考えてくれていた事が。何が何でもおれの誕生日を祝おうとしてくれた事が。

 

 でも、もう──。

 

 おれに愛を囁いてくれる声は永遠に失われた。

 

 おれを抱き締めてくれる温もりは消えてしまった。

 

 おれが大好きだったあの人達は──この世に、居ない。

 

 ──あさひ。

 ──あさひ。

 

 ──愛してるよ。

 

「……っ」

 

 大好きだった人達との空間は、今となってはおれの心を苦しめる牢獄と化していた。

 それが我慢できなかったんだろう。身体は勝手に動き、家を出て、行く手もなく歩き出す。

 

「……」

 

 世界の全てが灰色に見える。果たして今のおれはどんな顔をしているのだろうか。

 ……どうでも良いか。

 そんなおれの心が天に映し出されたのか、ポツポツと雨が降り出し、勢いを増し、数分もせずに音を立てておれの体を濡らした。

 こんな姿を見たら、父さん達は心配するな。

 そんなもうあり得ない事を考えながら歩き続けたおれは、いつの間にか町にある公園に辿り着いた。

 当然ながら雨が降っている公園に人がいる筈もなく、おれ一人。

 おれはそのまま何も考えずブランコに座り、空を仰ぎ見る。

 顔に雨の雫が当たり、それが頬を伝って地面に落ちていく。

 

「──あさひ」

 

 そんな無為な事をしていると、聞き慣れた声が耳に響く。

 気怠げに視線をそちらに向けると、そこには傘を差した刹那が肩で息をしてこちらを見ていた。

 おれを探してこの雨の中探し回っていたのだろうか? 普段は男子にダーリンだの夫だの言ってウザがれているが、こういう所で彼女の本心が見える。

 

 でも、今はどうでもいい。

 

「ごめん。今は一人にして」

「できないよ」

 

 そう言って彼女はおれに傘を差して──その際に肩に手が触れた。

 すると聞かない様にしていた彼女の声が聞こえた。精神的な揺らぎによる事故。しかし、その事故が──おれの心を騒つかせた。

 

(原作通りだ)

 

 原作通り。その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になって理解ができなかった。

 しかし、その言葉を飲み込み、咀嚼し、意味を理解した瞬間──思わず、刹那の胸ぐらを掴んで殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られた。

 

(……ふざけるな)

 

 原作通りという事は、両親の死は決まっていたのか? お前は知っていたのか? 

 それで何もしなかったのか──その原作と同じ展開にする為に。

 それでおれの両親を見殺しにしたのか──その原作と同じ展開にする為に。

 

(──そこまでして)

 

 そこまでして! お前は、月ノ本あさひを、自分の物にしたかったのか!! 

 

 もう我慢できなかった。原作なんて知らない。正体を知られても良い。殺されたって構わない。

 ドス黒い感情がまるで水源の如く湧き出てくる。ここまで人を憎いと思ったのは前世含めて初めてだった。

 おれは勢いよく振り返り、刹那の肩を掴んで拳を握り締め──。

 

「──ごめん(──ごめん)」

 

 目の前の彼女からの心からの謝罪の言葉に、一瞬動きが止まり。

 

(助けられなくて、ごめん)

「──え」

 

 続いて聞こえた心の声に、拳が止まる。

 

(本当は助けたかった。でも、原作でもあさひの両親が死んだ日は詳細に語られなかった──助けたかった。その為のチートだったのに)

 

 ──胸の中で渦巻いていた刹那への憎しみが消える。

 おれは心が読める。相手の本心が読める。感情が強いと耳を塞いでも聞こえるくらいだ。

 そして目の前の刹那の今の言葉に嘘偽りは無かった。

 

 ……だから、何だ。

 それで、どうしろって言うんだ。

 おれのこの感情は……もう止められない。

 刹那の両肩を掴み、でも力が入らず膝をつく。服が汚れるが気にする余裕は無かった。

 

「なんで、どうして父さんと母さんが死なないといけないんだ?」

「……」

「父さんも母さんも悪いことしてないのに」

「……」

「いつも仕事で構って貰えなくて本当は寂しかった。でも、それでも優しくて──大好きだったんだ」

「……」

「ねぇ、どうして? ──どうしてなんだよぉ……!?」

「……ごめん」

 

 この時、おれは初めて泣いた。父さんと母さんが死んだのだと、もう会えないのだと本当に理解したから。

 刹那に縋り付きながら泣き叫ぶ。彼女はそんなおれに謝罪の言葉を返しながらも、何故両親が死んだのか、その原因を口にする事も心の中で考える事もなかった。

 

 雨が止む事はなかった。

 

 

 

 

 

「……」

 

 その光景を十和子が沈痛な表情で見ていた。彼女もまた、原作を知る人間であり──ギリギリまで原作沿いか原作改変をするか悩んでいた。

 

 彼女は、刹那よりも原作に詳しい。

 刹那は原作のアニメを片手で数える程度で巡回し、後のほとんどの知識は同人誌と二次小説となっている。

 対して十和子は全てのメディアを網羅し、設定資料も買い、ソシャゲでは重課金し過ぎて前世の死因に繋がるほどだった。

 

 だからこそ、大好きな魔法少年あさひの原作改変を良しとせず、ハーレムを築く為に好き放題しようとする刹那の事を毛嫌いしていた。

 しかし、この世界で生きていく上であさひの悲しむ顔を見たくないと感じ、多少の原作改変も視野に入れた矢先に──あさひの両親を助ける事ができなかった。

 

「──何してんだよ、アタシはっ」

 

 彼女が迷ったのにも理由がある。

 月ノ本あさひはこの先いくつもの困難が待ち受けている。

 その時に彼の中にある闇が力を生み出し、敵に打ち勝つ事ができる場面が多々ある。

 だからもし両親の死というあさひにとっての最大の闇を除去すると、どうなるか分からない。

 

 二次小説においても、どの作品でもなんだかんだと理由を付けてあさひの両親は助けられる事なく死亡していた。……ちなみに幼少期の孤独の緩和、両親の死でショックを受けているあさひに寄り添って好感度を稼ぐというのがテンプレになっていたが……。

 しかし、十和子が居るのはアニメの世界ではない。だから彼女はあさひの両親を見殺しにしてしまった事を後悔していた。

 

 ──どうして! どうしてなんだよぉ……! 

 

 あさひの泣き叫ぶ声が、十和子の心を震わせる。

 彼の言葉に刹那も十和子も返す事ができない。

 いくらチートを得ようが、いくら原作知識を持っていようが。

 それを使いこなせなければ、誰も救えない。何も変えられない。

 彼女達はその事を学んだ。

 誰よりも大好きで、誰もよりも助けたかったあさひを救うことができず泣かせた事によって。

 

 この日初めて彼女達はこう思ってしまった。

 

 どうしてこの世界に転生してしまったのだろう、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話『転生したら原作に振り回された件について』

これで書き溜め尽きました
毎日更新したいなぁ


 

 両親が死に、誕生日が過ぎてしばらくして。

 おれは両親と過ごしていた家から、叔父さんとお爺ちゃんが住んでいる家に引っ越す事になった。そして元々住んでいた家は……残念ながら手放す事に。

 正直苦しい。でも、子どものおれではどうする事も出来ず、日が経つ毎に両親との思い出が消えていく。

 二人の服も、小物も、使っていた食器も。

 最後に残ったのはアルバムだけだった。

 でもそれを見る事はできなかった。もう会えない事実を突きつけられてただただ悲しくなるから。

 

「あさひ。無理する事ないよ」

 

 そんなおれに慰めの言葉を送ってくれるのはお爺ちゃんだった。

 お爺ちゃんは、かつておれの父さんと母さんの結婚を反対していたそうだ。それだけ父さんの事を可愛がっていたのだろう。

 それでも、二人の結婚を認めて、おれが生まれて、遊びに行った時はとても優しくて――だから、二人が死んだと知ってショックだった筈だ。

 その心労が原因か分からないが、お爺ちゃんは病気を患って此処最近は病院で寝たきり生活だ。

 

「お爺ちゃん……」

「辛い時は逃げて良い。戦わなくて良い。どうか、幸せになって欲しい……あの二人の分まで、な」

 

 優しい目でこちらを見て、優しい手つきでおれの頭を撫でて、優しい言葉を送ってくれるお爺ちゃん。

 

 しかし、そんなお爺ちゃんも数日後に亡くなった。

 叔父さんが泣く中、おれはまたしても泣く事が出来なかった。

 

 

第七話『転生したら原作に振り回された件について』

 

 

 学校に行く事にした。いつまでも塞ぎ込んだ所で何も変わらない。……こんな状態では、死んだ父さんと母さん、それにお爺ちゃんを心配させてしまう、と考えて……死んだ人間がそんな事を考えられる筈がないと思考がネガティブになってしまう。

 

「あさひ!」

「お前、大丈夫なのか?」

 

 久しぶりに会った友達は当然の様におれの事を心配してくれた。不登校の時も家の外から必死に呼び掛けてくれていたのに、おれは応えることが出来なかった。

 

「うん。ごめんね二人とも。迷惑を掛けて」

「あさひ……」

「……無理、するなよ?」

 

 心配させない様に笑顔を浮かべたが、二人は依然として表情は暗いまま。

 あれ? もしかしておれ笑えていない?

 自分の頬に触れてそう思ってしまうが、その事を二人に聞く事は出来なかった。

 

 それからの学校生活は何事も無く続いた。先生が少しおれの事を心配……いや扱い兼ねていると言った方が正しいか。それにしてはイヤにベタベタして来ていたが……。それ以外は特に変わった事はなかった。

 他のクラスメイトは元々必要最低限にしか接していない為、何か言われる事は無かった。一部の生徒の視線が少し気になったけど……。

 

 授業が終わり、中庭で昼食を取る。

 いつもの光景の筈だが、今日は違う。

 

「あさひ、それ……」

「……うん。叔父さん、ご飯作るの苦手だから」

 

 今日おれが持って来たのは弁当ではなく、コンビニで買ってきたおにぎり数個。何故今日は弁当じゃないのか、なんて考えるまでもない。

 いつも美味しい弁当を作ってくれていた父さんは死んでしまった。だからもうあの弁当を楽しみに学校に行く事も、幸せを噛み締めながら食べる事も、あの美味しい味も──もう、無い。

 

「〜〜〜っ! これ、おかず上げる!」

「えっ、でもそれラタの好きな唐揚げ……」

「良いから!」

「ん。じゃあ俺も卵焼きあげるよ」

 

 そう言ってラタの弁当箱の蓋の上に唐揚げと卵焼きを置いておれの膝の上に乗せた。

 ……優しいな、二人とも。

 泣きそうになるのをグッと堪えてお礼の言葉を送る。

 

「ありがとう、二人とも」

 

 パクリッと食べて──慣れない味が少ししょっぱく感じた。

 

「……そういえば」

 

 ふと、いつも二人が居る場所を見る。

 この時間になるとワーワーと騒いでラタと真琴と一緒に呆れていた。でもこうして静かだと、何か物足りなく感じる。

 ……今日は、あの二人とは会っていない。

 

「ねぇ、あの二人は?」

「あぁ。アイツらなら――」

 

 そこで聞いた話は、少し信じられないモノだった。

 二人は暴力事件を起こしてしまい、現在停学処分になっているだとか。刹那と十和子が喧嘩したのかと思ったが、どうも違うらしくおれのクラスメイトと喧嘩し、怪我をさせてしまったらしい。

 

「それは、大変だったね……」

「俺達も何で喧嘩していたのかは知らない」

「でも、あまりいい気分じゃないのは確か」

 

 ……でも正直なところ有り難いと思っている。

 

(──原作、通り)

 

 刹那の心を読んで、おれの両親の死は決定していた。その事が辛い。

 そして二人はそれを止めようとして止める事が出来なかった。

 普段のおれなら仕方ないと流す事が出来たのかもしれない。でも今のおれは……何で助けてくれなかったんだと思ってしまう。

 

(刹那が知ってたって事は十和子も知っていたんだろう。あの日二人揃って学校を飛び出したし)

 

 だから今会っても、二人にどんな言葉を吐き捨ててしまうのか分からないし、怖い。だから向こうから避けてくれるのは有り難い。

 ──このままじゃいけないと分かりつつも、おれは現状に甘んじていた。

 

 こうして日々を過ごしながらも、おれは何処か無気力に過ごしていた。

 このまま何も変わらない。そう思っていた日常は突如変わる事になる。

 

「おはよう。……?」

 

 住所が変わり、真琴やラタと一緒に登校できなくなったおれは、二人よりも早く学校に着くことが増えた。

 いつもの様に教室に入ると何やら空気がおかしい。

 こっちを見てクスクスと笑う子や何処か居心地悪そうにしている子。さらにはおれと目が合うと視線を外す子まで居た。

 一体何だろうか、と思いながら席に向かい――言葉を失った。

 

「……なんだ、これ」

 

 呆然と呟いたその言葉に、一層忍び笑いが増えた気がする。

 しかし、それも当然だろうな、と頭の冷静な部分がそう分析していた。

 

「おはよー。あさひ、今日も早い……は? 何これ?」

「どうしたんだ、ラタ――これは」

 

 後から来た二人も気付いたのだろう。背中越しに息を呑むのが分かった。

 まぁ、無理も無い。

 おれは後ろのロッカーから雑巾を取り出し、ゴシゴシと自分の机を拭き始める。そんなおれの動きを見て、ラタが教室を見渡して叫んだ。

 

「誰だよ、こんな事したのは!」

 

 目に涙を浮かべるラタ。無言でおれの手伝いをしてくれる真琴。

 

「こんなの、イジメじゃないか!」

 

 まぁ、つまりはそういう事だ。

 『死ね』『臭い』『消えろ』『疫病神』『親無し』――何とまぁ、ここまで人の心は醜いのかと、少し辟易とする。

 ……嫌われているのは分かっていた。心を読まない様にしても、時折漏れ出た心を聞いてしまう事がある。だから今まで上手く回避して来た……と思っていたんだけどなぁ。

 どうやらそう思っていたのはおれだけらしい。

 

「名乗り出ろよ、この卑怯者!」

「良いよ、ラタくん」

「あさひ、何言って……!」

「良いからっ。……ごめんね、二人とも」

 

 おれの言葉に二人は暗い顔をする。そんな顔にさせて申し訳ないと思う。

 

 でも、おれ――もう疲れちゃった。

 

 それからおれのイジメを受ける日々が始まった。

 ラタと真琴が必死に防ごうとするも、二人が居ない時にバレない様にしてくる為、二人の努力は無駄と言っても過言ではなく。

 先生に言うも学校側はイジメと認識するのが嫌なのか、なかなかこれといった動きを見せなかった。

 ……叔父さんにはバレない様にした。それでも様子がおかしいと気付き、何度も話を聞こうとして来たが何とか誤魔化した。

 そんな日々を過ごし、一週間――。

 

「――大丈夫か、月ノ本」

 

 ホームルームが終わり、おれは担任の教師に呼ばれて指導室に居た。今朝の事は当然彼女にも伝わっており、ホームルームでもイジメの事が話された。

 長々とありきたりな言葉を並べて、犯人は出て来なさいと言っていたが――当然出てくる訳もなく、無駄な時間が過ぎただけだった。さらに先生はおれが如何に可哀想な状況なのかを語り、今後こんな事は辞めようと言って――はっきり言って火に油だった。

 

(おれをイジメている主犯が、先生の事好きだから余計に、ね)

 

 今回この様な事をしたのも、先生がおれを贔屓にしたかららしい。

 全く、くだらない。

 

「おれは大丈夫です。ありがとうございます、先生」

「そうか。……」

 

 何処か投げやりな言葉に先生はそう答え、しばらく黙っていた。

 しかし突然立ち上がると、部屋の扉に向かい――鍵を閉めた。

 

「先生?」

「月ノ本。お前をイジメた奴を許せないか?」

「……」

 

 そう言われて、おれはどう思っているのか考え――正直どうでも良いと思っていた。

 大好きな父さんと母さん、さらにはお爺ちゃんが死んだ事で投げやりになっている今のおれは普通じゃない。でも、おれを虐めてくる彼に仕返しする気も、罪を問う気も起きなかった。

 

「……いえ。話を大きくしたら学校や先生に迷惑を掛けちゃうので」

 

 だからおれはそんな心にも思っていない事を言った。

 さっさと帰りたい、今はそれしか考えていなかった。

 

「そうか。月ノ本は優しいなぁ」

「……先生?」

 

 ――何か、様子が変だ。

 先生の言葉が何処かネットリしていて、振り返ろうとし――ガバッとおれよりも大きな女性の腕が後ろから抱きしめて来た。

 

「せ、先生……!?」

「月ノ本のその優しさ、私は好きよ。でも、それじゃあ君が潰れちゃう――実は、犯人は分かっているんだ」

「え?」

「正直、君の言う通り大事にしたくなかったーーでも、もし君が私の言う事を聞いてくれるなら……」

 

 そこまで言って先生の手がイヤらしくおれの胸を弄り、徐々に下へと降りていく。胸から腹に。腹から腰に。そして腰から――。

 

「や、やめてください!」

 

 ゾワっと背筋に悪寒が走る。生理的に無理だった。

 おれは先生の手を振り払い、拘束から抜け出すと扉を開けようとして、その前に腕を掴まれて床に押し倒される。

 その時の衝撃が凄まじく、背中が痛かった。思わず呻き声を出し、視界がチカチカとする。

 

「つ、月ノ本? 何で? 何で私を拒絶するの? あんなに優しい月ノ本が――」

「っ……」

 

 それでも尚おれは抵抗しようと力を入れ――。

 

「そんなんじゃあ、お父さんもお母さんも悲しむぞ?」

「――」

「大丈夫。これからは私が守ってあげるから。だから、月ノ本」

 

 ――ああ、そうだ。

 もう父さんも母さんも居ないんだ。

 だからおれはこんなに無気力なんだ。だからイジメられても何とも思わないんだ。

 だったら、此処で抵抗した所で――何の意味がある?

 おれは、力を入れるのを辞めた。

 

「! つ、月ノ本! 良いんだな! 合意と取って良いんだな!?」

 

 先生が興奮した様子でそう叫び、バッと上着とブラジャーを脱いだ。

 おれはそれを冷めた目で見たまま、迫り来る先生を呆然と見続け――。

 

「させるかこのショタコン野郎!!!!」

 

 突如扉が吹き飛び、刹那が飛び込んできた。

 

「な、何をする――」

「うおりゃあああああああ!!」

 

 狼狽する先生の腕を掴むと、そのまま力任せに背負い投げをした。フォームも何もかもバラバラで、勘違いで無ければ先生の腕の筋や肩の骨が脱臼したかの様な音が聞こえた気がする……。

 それを成した刹那は、長い銀髪を揺らしながらこっちを見て。

 

「無事か、あさひちゃん!?」

(こんな事原作には――いや、今はそれ所じゃない!)

 

 心の底からこちらを心配している彼女が居て、さらに――。

 

「あさひ!」

「大丈夫か!?」

「……」

 

 後から真琴、ラタ、さらには十和子まで駆けつけて来た。

 おれは真琴とラタに助け起こされ、十和子は刹那と並び先生からおれを庇う様にして立ち塞がる。

 

(まさかマジカル⭐︎ハートであったエロシーンが、あさひで再現されるなんて……あれはマジ⭐︎ハ世界の順平さんのイベントの筈なのに……)

 

 ……どうやら、今回は原作とは関係ないみたいだ。

 でも――どうして、今回は見逃さなかったんだ。

 おれの父さんと母さんは……っ。

 

「お、お前ら先生に向かって何をっ」

「うるせぇぇぇぇぇええええ! お前こそあさひちゃんに何してんだ!」

 

 そう言って刹那は思いっきり先生の横っ面をぶん殴った。

 げぶぁ!? と先生が変な声を上げて吹き飛ばされる。

 転生者ボディの拳は効いたのか、先生は頬を抑えて立ち上がれなかった。

 

「あさひはな! 今悲しんでいるんだよ! それをお前、心の隙を突く様な事して、最低じゃねーか!」

 

 刹那は、そう叫び。

 

(ああ、全く以って最低だよ――私もっ)

 

 心の言葉に、おれは思わず目を見開いた。

 

「あいつは優しすぎるから、滅多に泣かないんだ。イジメられても泣かなくて我慢して、それをみんなに悟らせない様にして――でも、そんなの悲しいじゃん!」

 

 ――後で知った事だが、刹那と十和子はイジメを未然に防ごうとしていたらしい。しかし犯人グループと先生による証言により、彼女達は停学にさせられた。

 

「――刹那ちゃん」

 

 どうして。どうしてそこまでしておれの事を――。

 思わず呟いたおれの言葉に、刹那は振り返って心の中に浮かんだ言葉を一句一言間違える事なく叫んだ。

 

「お前が、好きだからだ!!」

「――」

「だからあさひちゃんの両親を助けたかった。でも出来なかった。当然だよな、私詳しい事知らねーし。難しい事ウダウダ考えられないし。それでも」

 

 好きな人には笑顔で居て欲しい。

 

「だから、私の夫にして幸せにしようとした!」

「それはおかしい」

 

 すかさずラタが突っ込むが、刹那は構わず叫ぶ。思いの丈を。

 

「だから――()()()を泣かせるな!」

 

 そう言って刹那は拳を振り上げて、先生の脳天に振り下ろし完全に沈黙させた。

 

「――お前、こんな事してヘタしたら退学だぞ」

「知るかっ。だってこいつが悪いんだし」

「言い訳子どもか。ったく」

 

 十和子が刹那の言動に呆れ果てながら、しかしポケットからある物を取り出して言った。

 

「さっきの問題発言はしっかりと録音してある。それにイジメの証拠も集めたし、この先生とイジメの主犯の繋がりも分かった。これがあれば何とかなる」

「黒崎くん、そんな事してたんだ……」

 

 十和子の言葉に、真琴がドン引きした態度で言った。

 

(マジハやっていてよかった……)

 

 どうやら出典はエロゲらしい。

 

「どうとでも言え――何もできずに後悔するのはもうたくさんだ」

 

 そう言って十和子はこちらをチラリと見て、すぐに逸らした。

 

 二人は、本気で何とかしようと動いてくれていたらしい。

 心を読めるおれにはそれが痛い程分かる。

 分かるけど――まだ、踏み出せないでいた。

 

「あさひ」

 

 そんなおれを真琴がギュッと抱き締める。

 

「辛かったよな。そうだよな?」

「……別に、大丈――」

「――大丈夫な訳ないだろ!」

 

 おれの言葉を遮ってラタが叫ぶ。

 

「だって、お前がそんな顔しているとオレ達が悲しんだ。辛いんだ。それなのに、お前が辛くない訳ない!」

「……我慢しなくて良いんだよ。だから、あさひ。どうかお願いだから我慢しないでくれ」

「――」

 

 ――堰き止めていた何かが一気に壊れた感覚がした。

 おれの頬に次々と涙が伝い、拭っても拭っても止まらない。

 胸の奥にある騒めきが感情となって、声となって、おれの口から溢れ出した。

 おれは、人目も憚らず泣いた。

 なんて言ったのか分からない。なんて叫んだのか覚えていない。

 それでもラタと真琴は優しく抱き締めて受け止めてくれて、刹那と十和子は黙って耳を傾けてくれた。

 

 ただ、覚えている事が一つだけある。

 おれはこの時、父さんと母さん、それにお爺ちゃんの事を思い出して、ずっと呼び続けていた。

 

 

 

 それから暫くして。

 おれに淫行を働こうとした教師は解雇され、虐めていた生徒は別の学校へと転校した。

 

「エーテルライトの家の力はこういう時のためにあるんだ」

 

 その時のラタの笑みが少し怖かった。

 あれから暫くしておれは落ち着きを取り戻し、いつもの学校生活を送っている。刹那と十和子も停学は取り消しとなり、今では前と同じ様に接してくれている。

 ……ただ、ほんの少しだけ、二人の顔を見るのが恥ずかしい。

 

 叔父さんは転校する事を強く勧めた。当然の事ながら、イジメを早期に解決してくれず、淫行を働く教師を雇っていた学校に不信感があるらしい。

 でもおれは皆と離れたくなくて無理を言って残る事にした。

 

「仕方ない……でも辛くなったら、今度こそ相談してくれよ? 家族なんだから」

 

 その時の叔父さんの優しい目をおれは忘れない。

 それと、此処最近おれは料理の勉強をしている。父さんの遺した本を参考に、美味しいご飯を叔父さんに振る舞っている。

 流石に外食ばかりはね……。

 まだまだ拙い所もあるけど、いつかは父さんに負けない料理を作る予定だ。だから……。

 

「これからも見守ってください。父さん。母さん」

 

 おれは仏壇に備えられている両親の遺影に向かって、そう伝えた。

 さて、そろそろ学校に行かないと遅刻してしまう。

 

「それじゃあ、父さん。母さん行ってきます」

 

 今日は、絶対に遅刻する訳には行かない。何故なら――。

 

 

 

【タイトル。『私の大好きなお父さんとお母さん』。

 私には二人の自慢の両親が居ます。父の作る料理はとても美味しく、仕事が忙しい中いつも弁当を作ってくれます。隠し味とかあるの? って聞くと「あさひへの愛情だよ」って少し恥ずかしそうに言って、私まで恥ずかしくなります。でもそれと同じくらい、いやそれ以上に嬉しくて私はいつもお父さんのご飯が楽しみでした。

 お母さんは逆に料理が全然ダメです。でも力が凄く強くて、私が5歳の時に家の屋根まで届く高さまで高い高いをしてくれました。その後お父さんに怒られていました。そんなお母さんが面白くて、私の事が大好きな所が私も大好きで、いつも甘えてしまいます。

 それでも一つだけ不満な所があります。それは仕事でなかなか一緒に居られない事です。それで普段は叔父さんにお世話になっていますが、それでもやっぱりお父さんとお母さんと一緒に居たいと思います。

 遊園地に連れて行って欲しいとか、水族館に連れて行って欲しいとか。オモチャやゲームを買って欲しいとは言いません。でもできるなら少しでも長く一緒の時間を過ごしたいです。

 それでも私は二人の事が好きなので今は我慢して、いつか大きくなったら二人が仕事をしなくても良いくらいに働いて何時迄も仲良く暮らしたいです。

 それくらい私はお父さんとお母さんが大好きです。

 

 三年一組。月ノ本あさひ】

 

 

 

「いやー、感動的だなぁ。これで原作通り原作通り」

 

 あさひ達の授業風景を覗き込む影――否、闇が居た。

 まるで老人の様な、子どもの様な、女の様な、男の様な、あべこべな声でソレは嬉しそうに言う。

 

「本当焦ったよ。ボクが居なければ、原作が崩壊していた」

 

 そう言ってソレが懐から取り出したのは一つの水晶玉。

 ソレはその水晶玉を一つ撫でると、少し前に録画した映像を空中に映し出し、ウットリとした顔で鑑賞する。

 

『――お願い、だ。どうか、健二だけは助けてくれ。アイツには、あさひにはコイツが必要なんだ!』

『何言ってるんだバカ! あの子に必要なのは父親だろ!』

「ん〜。とても素晴らしい親子愛! 原作通りでとても尊くて――だからこそ、それを壊すのは良く無いなぁ」

 

 ソレがニタリと笑みを浮かべた瞬間――映像の中に居た二人の男女は、とても悲痛な叫び声を上げ、最後に己の息子の名を呼び……息絶えた。

 

「だからさ。あまりやり過ぎるなよ?」

 

 映像が巻き戻る。男女の死、息子を想う言葉、命乞いと映像が切り替わり――次に映像に現れたのは倒れ伏す十和子と刹那の姿。

 そこから逆再生された映像は、二人が如何にして負けたのかを丁寧に写し続け――ソレが介入する前の場面で止まる。

 

『君たちは一体……』

『魔物はアタシ達が倒しました。話は後でするので、今は早く此処を脱出――』

『私の名前は神城刹那。あさひの夫です。以後、よろしく』

『だから時間が無いって言ってんだろうがこのバカ!』

 

 それは、刹那達が原作を――運命を変えた瞬間だった。

 もしこのまま何事も無ければ、あさひは大好きな両親と誕生日パーティをし、刹那と十和子はいつもの様に彼に接し……もしかしたらどちらか、もしくは両方と良い関係になれたのかもしれない。

 

 しかし、それを許さない者が居た。

 

「ただでさえ、上位存在が原作主人公に入り込んで滅茶苦茶になっているんだ」

 

 ソレの手には、刹那と十和子の記憶の一部が握られていた。

 チート能力で結晶化したそれを握り潰し、この世から消し去るとソレは嗤う。

 

「だからせめて原作の物語は守ろう――ね、あさひ?」

 

 その言葉と共にソレは、まるで最初からそこに居なかったかの様に消え失せた。

 

 すぐ近くに闇が居る事を、誰も知らない。

 遭遇した二人の転生者も覚えていない。

 

 それでも物語は進む――原作に沿って。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話『転生したら魔法少年あさひの世界に居た件について!!!!!』

 

「事故で死なせちゃった。メンゴ」

「テメェ!」

「お詫びとして魔法少年あさひの世界に転生させてあげるよ」

「アザース!」

 

 そうして、私は魔法少年あさひに転生した。

 

 

 第八話『転生したら魔法少年あさひの世界に居た件について!!!!!』

 

 

「……ふっ。懐しい夢を見た」

 

 カーテン越しに差す朝日を浴びてキラキラと輝く銀髪を持つ絶世の美少女の名は神城刹那。青と赤のオッドアイを持つ目を細めて、欠伸を一つ。

 常人離れをした容姿を持つ彼女は、とある秘密がある。それは、前世の記憶を持つ人間──転生者である事。

 彼女はこの世界とは別の人間であり、彼女の前世の知識はこの世界の未来の情報がある。

 もっとも、それを活かすだけの脳みそが無いのだが。

 

「さて」

 

 刹那はカーテン越しに外を見ると。

 

「二度寝しよ」

 

 再び布団の中に入った。

 今日は日曜日。学校は休みである。前世で社会人だった彼女は今の生活に幸せを感じていた。

 微睡みの中に体を委ね、そのまま彼女は心地よく……。

 

「──くぉらぁ! 刹那ぁぁあああ!!」

「うぇ!?」

 

 しかし、突如起きた怒号により意識が覚醒する。

 布団に潜らせていた上体を起こし、急いで二階の自室から一階のリビングへと駆け降りる。

 

「おはようございます、お父様!!」

「はい、おはよう。それはそうと、起こしたら一回で起きんかい!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 刹那を叱りつけるのは、彼女の父親である神城ヒロシ。

 黒の短髪に無精髭。腹は少し出ており、それを腹巻で隠している。

 はっきり言っておじちゃんである。容姿端麗の刹那とは似ても似つかないが、しっかりと血が通っている。

 

 刹那は肩を下ろしてテーブルに着く。

 自堕落な生活をしようとすれば、すぐに口うるさい父親から説教が飛んでくる現状に辟易としていた。

 

(というか、オリ主の親にしては見た目良くないな……)

 

 転生特典により美少女になった刹那。

 そうなると、自然と両親も自分と似たような美形になる筈だが、何故かそこら辺に居る人間と変わらない。

 ……当然、母は浮気したのか、してないと大喧嘩となった。DNA鑑定した結果しっかりと二人の子どもと判明したのだが、ならばこの見た目は? と首を傾げる事に。

 病気の可能性もなく、何かしら隔世遺伝子と判断された。

 

(てか、何で私はペコペコしているんだ? こんなのかっこ良くない!)

 

 不満を抱いた刹那は、すぐに行動に出る事にした。

 

「──おい、くそジジイ!」

「親に向かってくそジジイとはなんだ!?」

「ごめんなさい!」

 

 刹那、反抗期終了。

 ゲンコツを喰らい、頭にタンコブを乗せたまま彼女は父と料理を食べる。

 

「ま〜ったく。アンタは本当にへんな子なんだから。ダメよそんなんじゃぁ。周りにアンタみたいな子居ないでしょ」

「ふっ。まぁ、私みたいな人間はそう居ないよ」

「アンタみたいな奴がたくさん居たら世界の終わりだよ」

 

 ファサ、と髪を靡かせて言うも、父親の前ではただの妄言だった。別に普段から妄言だった。

 

「うっ、言葉が刃の様にキレッキレ過ぎる」

「アンタここまで言わんと言う事聞かんでしょうが! 良いからさっさと朝ご飯食べちゃって!」

「はーい。そういえば母さんは?」

「仕事。アンタが寝てる間に行っちゃったよ」

 

 彼女の母、神城みちるもまたこれといった特徴のない女性会社員。

 社畜よろしく毎日社会の歯車になって働いている。

 今日は日曜日だが、急な要件で仕事に出たらしい。可哀想。

 

「ふーん」

「で、今日も出掛けるの?」

「うん」

「暗くなる前に帰るんだよ。当然宿題を終わらせてね。アンタただでさえサボり気味なんだから、そこの所──」

「わ、分かっているよ……」

 

 いつもの様に説教をされながら、刹那は朝食を摂り続ける。

 これが、彼女の日常である。

 

 

 

 家を飛び出した刹那が向かったのは、学校の裏にある山。

 彼女はここ最近休みの日には必ず此処に訪れ、魔法の練習をしていた。

 胸元にいつもぶら下げている剣のペンダントを取り出すと、それに向かって魔力を込める。そして、力を使う為の言葉を口にした。

 

「契約に従い、我が手に宿れ剣の精。来れ万物を斬り裂く刃。薙ぎ払え我に仇す敵を。我が名は神城刹那。汝の名は──ブラック・ソウル!」

 

 そんな十和子が聞くと悶え苦しみそうな詠唱を完了させる。

 すると、彼女の足元にサークル状に輝く光──魔法陣が出現しペンダントが装飾された儀式剣へと変わる。

 

「リバースワールド、発動!」

 

 そしてその剣を天に掲げて叫ぶと同時に、彼女の髪と同じ銀色の光が解き放たれ裏山が覆い尽くされる。これにより、刹那は一般人には辿り着くことができない場所、異界へと移動することができた。この場所で起きた事は現実世界では反映されない為、彼女は此処で魔法の練習をしている。

 

「ワイルドファング──ファイア!」

 

 刹那は己の魔力で生成した的に向かって魔力で作った弾丸を放つ。

 片手に浮かんだ光の球から次から次へと細かく分割された光弾は、的が展開したバリアを削っていき端から削っていく。

 

「はっ!」

 

 そこに剣に魔力を纏わせて薙ぎ払う事で斬撃が飛び、弾丸を防いでいた的のバリアを突破し命中。分割された光弾もそのまま的を蜂の巣にした。

 

「やっぱり強いなこの戦術……」

 

 実は今彼女がしているこの攻撃スタイル。魔法少年あさひにて、主人公あさひが得意としている戦法だ。人並み外れた魔力でガトリングの如く射撃魔法を浴びせて、足を止めて防いだ所を上から砕く。前世で見た時はえげつないと思っていたが、転生する際に魔力を多くして貰った彼女は嬉々として真似した。

 

「やっぱり凄いなこの転生特典」

 

 刹那が転生する際に神に願った特典は、①銀髪オッドアイ。②魔法使いにおいて最適な身体。③魔法を使う為の発動体──通称『杖』の優遇である。この世界の優れた魔法使いは魔力が多く、身体能力が高い。魔法少年あさひもそれに該当し、後に魔法世界の英雄と呼ばれる様になるくらいだ。

 

「よし。原作に入ったらあさひを守るために、訓練だ!」

 

 斬撃魔法。砲撃魔法。防御魔法。強化魔法。飛行魔法。転移魔法……。

 様々な魔法を刹那は使い、練習していく。彼女の使っている魔法は、予め杖に登録した魔法術式を選んで使用する。

 魔法少年あさひの中でも、この魔法を使う者がほとんどであり、あさひはその場に応じた魔法の選択、展開速度、術式精度がピカイチだった。

 前世では戦いとは無縁の生活をしていた刹那が、いくらチートを貰っても作中のキャラ達に追い付き、追い抜いて守る為には訓練する事は必須。

 でないと。

 

「また、()()()()から……!」

 

 あさひの両親を助ける事ができなかった事を思い出しながら、彼女は己を高め続ける。

 もう後悔しない様に。もうあさひを泣かせない為に。

 そして……。

 

「あいつには、絶対に負けない……!」

 

 別の山で訓練をしているもう一人の転生者の事を意識しながら、そう言った。

 

 

 

「また来たのかアンタ……」

「お前は嫌いだけど、ここの店のご飯は美味しいから」

 

 父親から貰ったお小遣いで刹那が入ったのは喫茶ラビット。

 休日はいつもで此処で食事を摂っており、そうなると必然ここの店のオーナーの娘である十和子と顔を合わせる事になり……。

 

「ったく。おかげでアタシもこの時間に強制的に付き合わされるんだけど」

「せっかくの美味しいご飯が台無しだ」

「それはこっちの台詞だよ……!」

 

 と言いつつも、刹那と十和子はそれぞれ魔法の訓練を終えると一緒に喫茶ラビットで食事をしている。

 なんだかんだ、この二人も付き合いは長い。初めて会った時はチートを使って戦い合った事を考えると、二人の仲は良好なものになっていると言える。

 

「しかし、美味いな。流石あさひのお気に入り」

「……」

「それにしても考えたなぁ。行きつけの店の子どもに転生するなんて」

 

 彼女達が座っている席は店の奥。会話が聞かれる事はない。原作でもあさひが魔法の事を話す時に使っていた席である。

 十和子は刹那の言葉を否定する事なく、かと言って何かしらの言葉を返す事はなかった。

 まぁ図星なのだが。

 

 十和子が転生する際に貰った特典は①喫茶ラビットの子どもに転生する事。②魔法を使う為の杖。③魔法使いにおいて最適な肉体。この三つである。

 つまり、魔法戦闘において刹那と相違ない力を持っている訳であり……。

 

「原作に介入しないって考えは変わらないの?」

「……」

「でもそれだと矛盾するよなぁ」

 

 そう、原作に介入せず普通に暮らしたいのなら、原作主人公と接触する可能性のある喫茶ラビットの子どもになる事も、魔法使いの才能を貰うこともおかしいのである。

 

「本当は、あさひに関わりたいんだろうに……」

「アタシ、別に……」

「私さ、バカだから分からないけど──中途半端な考えで中途半端な行動してるとあさひを悲しませるって、あの件で学んだだよね」

「……ちっ」

 

 舌打ちをする十和子。

 しかし、刹那の言葉は正しく……あさひの泣いている姿を見て後悔した。

 だから、十和子も魔法の訓練を続けている。これから起きる悲劇に対処できる様に。

 

「答えなくても分かっているだろ」

「へっ。とりあえず邪魔だけはするなよ? 私はあさひだけじゃなく、ナイトも真昼も救って、そしてゆくゆくは……」

 

 そこまで言って、刹那はだらしない顔を浮かべてニヘニヘと危ない笑みを浮かべる。

 それを見た十和子は舌打ちをしてコーヒーをグイッと飲む。

 こうして自分の欲望を隠す事なく口にできる彼女の事を、十和子は苛立ちを覚えていた。嫉妬している、とも言う。

 

「本当に踏み台転生者だなアンタ。そんなんだと、また()()()()()()()

「ぬぐ……。分かっているよ。次こそは()()()()()()()

 

 そう言って二人はあさひの両親を死なせてしまった事を思い出し、改めて反省する。

 あんな思いはしたくない。させたくない。

 だから強くならなくてはならない。

 

(アイツに負けない様に──)

 

 

 刹那はそう誓い。

 

(──? アイツって誰だ?)

 

 自分の違和感に首を傾げ。

 

(原作改変するなら、失敗しない様に──)

 

 十和子は()()()()()()()()()これからの未来に想いを馳せた。

 

 そんな事をそれぞれが考えていると、喫茶店の扉が開きカランコロンと来客のベルが鳴る。

 普通なら気にも止めないだろう。この店に客が来るのは当然の事、と言い切れる程度には繁盛している。

 しかし、二人の高性能な肉体はすぐにその声を聞き取った。

 

「いらっしゃ──あら、あさひくん!」

「こんにちは。今日も忙しそうですね」

 

 推しの声を聞いた二人の行動は早かった。

 

「──やぁ、あさひ。奇遇だね、こんな所で会えるなんて」

「……うん、そうだね。奇遇だね刹那ちゃん」

 

 一気にあさひの前に駆け抜けた刹那が、彼の前で跪きあさひの手を取ってキランっとキメ顔をする。

 それに対して一瞬惚けたあさひだったが、すぐに彼女の言葉に応えた。

 どうやら突然現れた刹那に驚いたらしい。いつもの様に柔らかい笑顔を浮かべると、優しくそう返した。

 

「お客様。当店でナンパするのならお帰りくだ──さい!」

「ぬお!?」

「刹那ちゃん!?」

 

 しかし、そこに十和子が追いつき刹那の首根っこを掴むと扉を開けて店の外に彼女を放り出した。

 突然の十和子の行動にあさひが驚いて追ってみると、華麗に着地した刹那が十和子に掴みかかり、十和子も応戦していた。

 

「さっき言ったよね??? 邪魔をするなって???」

「他のお客様や、あ……あさひに迷惑をかけるなら、容赦しないぞ」

 

 その様子をあわあわと落ち着かない様子で止めようとするあさひと、いつもの事かと気にする素振りを見せない常連客たちと店員。

 

「あさひくん。いつものシュークリーム二個で良い?」

「あ、はい。……あの、二人を止めなくても?」

「別に良いよ。気が済んだら帰ってくるから」

 

 そう言って十和子の姉は店の奥に戻って行った。

 その背中を見送ったあさひは、再び視線を二人に向けて困った表情を浮かべる。

 作中でも優しい彼の事だ。争っている二人をどう止めようか悩んでいるのだろう。

 

「……どうしよう」

「やんのかコルァ!」

「んだとオルァ!」

 

 あさひの言葉は、二人の喧騒に掻き消された。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話『転生したら蚊帳の外だった件について』

 

「おはよう、二人とも」

「あ……お、おはようあさひ……」

「お、おはよう……」

 

 最近、ラタと真琴が余所余所しい。

 ある日、突然おれに対する反応が以前と比べて距離が空いている様な態度を取り始めた。

 嫌われた……訳ではない。ただ、何かを隠している様に見えた。

 心を読めばすぐに分かるのだが、友達相手にそういう事はしたくない。

 

 ……それだけなら良いんだけど。

 

「ラタ。寝癖付いてる」

「あ、ごめん真琴」

 

 ……ラタと真琴の距離が物凄く近づいている。

 以前は、ラタが真琴に好意を寄せていたんだけど、今は真琴もラタに対して満更でもない態度を示している。

 ほら、今も二人揃って顔を赤くさせて見つめ合っている。そういうのは家でやって欲しいな……。

 

 そして、様子が変なのは彼たちだけでは無かった。

 

「よ、よよよよよよよよよう! あ、あさひ! 奇遇だね!」

「はぁ……動揺し過ぎ」

 

 昼休憩になりいつもの様に中庭で弁当を食べていると、いつもの様にやって来た刹那がそんな事を言い、そんな彼女の反応に十和子が呆れる。しかしそんな十和子もチラチラとおれと見て忙しなく感じる。

 正直、それだけならいつものだとスルーできるのだが……。

 

「ちょっと()()! ……そんな態度じゃあ、あさひに勘付かれるでしょっ」

「ご、ごめん……」

 

 あのラタが刹那の手を掴んでおれから距離を取ると、コソコソと内緒話をしている……。

 女嫌いであるあのラタが、だ……。

 ど、どういう事なんだ? あんなに刹那に対して顔を近付けるラタなんて見た事ない……。

 

「やれやれ……」

「仕方ない奴だ」

 

 そんな二人を見て肩を竦める真琴と十和子。

 そして二人は視線が合うと、お互いに苦笑した。

 ……なになになになに!?

 四人の人間関係の急激な変化に理解が追いつかない。

 心を読むか……? いや、でも、しかし……。

 

 そんな風に悶々としながら昼休憩は終わり、四人の態度が変わる事はなかった。

 一体、何が起きたんだ……?

 

 

第九話『転生したら蚊帳の外だった件について』

 

 

「じゃあ、俺たちは先に帰るね」

「ま、また明日ねあさひ……」

 

 放課後、ラタと真琴は先に帰った。おれは今日掃除当番だから……。

 でもやっぱり、二人の様子は何処となくおかしかった。

 うーん……二人が話す気があるなら、待っていたいし……。

 でも話したくない事なら無理して聞いたり、無理矢理心を読んだりしたくないな……。

 だって、友達だから。

 

 

 

 という訳で。

 

「ねぇ、何か知ってる?」

「い、いや何も知らないけど????」

 

 現在、刹那を問い詰めている。こうやって問い詰めれば、いくら口で知らぬ存ぜぬと言おうとも心の中を読めば何が起きたのか知る事ができる。

 彼女達相手なら心を読んでも良心は痛まない。だって時々良い事言ってもすぐにやらかして帳消しにするから……。

 

「本当に知らないの?」

 

 さて、一体何が起きたのかな。

 能力を使いながら尋ねると、刹那はしっかりとおれが知りたい事を答えてくれた。

 

「し、知らない!」

(二人にも黙っている様に言われたからなぁ。誘拐された事は」

 

 ――誘拐?

 予想外な言葉に一瞬思考が止まる。なんで二人が誘拐されたのか? と思っていると刹那の心はどんどん情報を吐き出してくれた。

 

(それにしてもあさひテンプレイベントの誘拐が起きるとは……それに、真琴が鬼の一族ってのも二次小説で見た設定そのままだったし、血の契約? ってのも……)

 

 どうやら例によって原作イベント……とは少し違うけど、何かしらの事件があったみたいだ。

 いや、それよりも……。

 真琴が鬼の一族? 刹那の言葉のニュアンスから察するに、真琴は人間じゃない、もしくはそれに類似する何かって事になる。

 ……そう言われてみれば、その華奢な体の何処にそんな怪力があるんだと疑問に思う程真琴は力持ちだったなぁ。それに真琴のお父さんも女性の見た目で軽々と鉄骨を担いでいたし……。

 あ、でも。現場の真琴のお母さんや女性作業員はボディビルダー並みにムキムキだったなぁ。

 

 なるほど、鬼か。確かにあの怪力が鬼に関係する何かが原因なら納得できる。

 そして刹那やみんなの反応を見る限りおれ以外の四人はそれを知っている、と。誘拐が起きた時に知る機会があったって事か。

 でも、何で隠すんだろう。今まで隠して来たのは何とく分かるけど、おれだけに内緒にするのは……寂しいな。

 

 よし、聞くか。

 

「ねぇ、本当は何か知っているんでしょ? どうしてラタくんや真琴くんまで隠すの?」

「そ、それは」

 

 思考を誘導する様に問いかける。

 すると刹那は……。

 

 

 

「記憶の保持をする為には、対価が必要か……」

 

 家に帰りおれは刹那から聞き出した情報を整理する。

 

 真琴の家、獄寺家は代々鬼の血を引く一族。

 昔は陰陽師とバチバチにやり合っていた武闘派だったらしいけど、ある時期を境に衰退して現在に至るとか。

 そして、獄寺家は生存していく為にその存在を隠していき、もしバレた際には記憶を消していったらしい。

 しかし、記憶を消さない様にする例外の措置があった。それがーー。

 

「血の契約……」

 

 血の契約とは、鬼の一族を知った人間にその事を口外しない様にする為の儀式。

 その儀式には二つあり、一つは獄寺家の人間になる事。結婚するって事だ。

 

 そして今回、ラタが身代金目当ての誘拐犯に攫われ、そんな彼を助ける為に巻き込まれた真琴が鬼の力を使い正体がバレたらしい。真琴はラタ達の記憶を消して別の町に消えようとしたが、真琴のお父さんが血の契約を結んでこのまま友好関係を結べば良いと、そう言って今回の決着に落ち着いたみたいだ。

 ……何でも、ラタはそっちで契約を受けようとしたらしい。それで真琴はラタの事を意識しているとか。刹那がその時の事を思い出して興奮して、控えめに言って、その、女の子がそんな顔しない方が良いと思いました、まる。

 

 そしてもう一つは、己の秘密を獄寺家に打ち明ける。

 人の秘密とは、弱点でもあるらしく、それを打ち明けるのは信頼の証……という捉え方をしているらしい。

 刹那と十和子はこっちの契約を行ったらしい。

 

 結果、秘密の共有を行った四人は前よりも仲良くなり、そして図らずともハブられる事になったおれに対して後ろめたさを感じているって事だ。

 全く、相変わらず優しいな……。

 

「そりゃあ、おれに隠すわけだ」

 

 四人から見ると、おれはどちらの契約も結ぶ事ができない。

 ……一応、心が読めるという秘密があるし、それを基に契約をしても良いと思っているが――まだ、刹那と十和子に知られたくないと()()()強くそう思い、断念してしまう。

 そう考えるとおれはあの四人に比べて優しくないな。少し自己嫌悪してしまう。

 

「それにしても……」

 

 ――今のあさひはまだ魔法少年じゃ無いからなぁ。

 

 魔法少年。その言葉から察するにおれは彼女たちの言う原作で魔法使い……魔法少年になるらしい。

 そして刹那たちは自分たちが魔法を使う事を獄寺家に教えた……って事か。

 何でも誘拐犯からラタ達を助ける時に魔法を使ったとか。

 ……なお、肝心のラタは真琴が鬼の力を使って助けた模様。これはフラグ取られたな……。

 だったら、無理して聞くと困らせるだけになるな。これ以上は聞かない様にするか。

 ……それにしても。

 

「魔法……」

 

 自分の手を見る。おれは将来魔法を使う事になる。特別な力がある。

 そう思うと嫌にも考えてしまう。

 

 もしおれが魔法を使えていたら父さんや母さんを助けられたのだろうか。刹那たちの言う原作イベントとやらからに。

 しかし、チートを持っているらしい刹那たちが救えなかった事から難しい……んだろうな。

 

「……ちちんぷいぷい」

 

 くるりと指先を回してみるが当然何か起きる訳でもなく……。

 ちょっと恥ずかしくなってきた。

 それにしても、魔法少年か……。前世で言うと魔法少女モノなんだろうな。

 おれも前世で何作か見たことがある。と言っても幼馴染が見ていたものを漫画読みながらチラッと見たくらいでだけど。

 だから、この世界がおれの世界の魔法少女アニメと当て嵌めてこの先の事を考えるのは無理だ。

 少なくとも、両親が殺された魔法少女アニメをおれは見た事がない。

 二次小説も……うーん、魔法少女原作ものはそこまで見た事がなかったな。大体SFとか異世界ファンタジー原作物だったし……。

 これが原作知識なし転生オリ主の感覚か? いや、それにしては状況がかなり怪しすぎるけど……。

 

「ただいまー」

「あっ、叔父さんお帰りなさい」

「うん。ありがとー」

 

 先にシャワー浴びるねーっと言って叔父さんは浴室へと向かった。

 ああ、そういえば。叔父さんと暮らしていて知ったんだけど、叔父さんもちょっと普通の人じゃないらしい。

 

「風間一族ーー忍者、ね」

 

 そう、忍者である。

 なるべく読まない様にしているんだけど、ふとした瞬間に心を読んでしまう事があり、それで知ってしまった。

 まぁ、小説作家だけで食っている様には見えなかったからな……。ちなみにお爺ちゃんも忍者だったらしく、そうなると父さんも忍者だったんだろうな。

 

 ただ、叔父さんの一族の忍者はおれが知っている忍者とは違う。

 いや、分身の術とか火遁の術とかはあるらしいんだけど、その……明らかに全年齢向けアニメというよりも18禁エロゲ向けの忍者っぽいんだよね。

 今もちょっと心を読む力を強めれば、浴室から叔父さんの声が聞こえるだろう。疼いた体を鎮めている状態の叔父さんの。

 

 ……叔父さんが結婚しないのはその忍者の仕事の事もあるけど、仕事の時にその……まぁR指定な事を散々されているから、女性と恋仲になるのが怖いらしい。

 嫌という訳ではない。ただ、仕事で叩き込まれた傷で夜の生活が暴走する事を恐れているというか……。

 可哀想だな……叔父さん。でも、どうする事もできないんだ、ごめん。

 ……でも嫌がっている割には股間の形が分かるピッチリとした服を着ているみたいだけど。

 嫌よ嫌よも好きのうち、って奴か?

 

「……今日は一品、叔父さんの好きなおかず増やしておこうかな」

 

 それと精がつく料理も。

 やれやれ。鬼が居たり、イヤらしい忍者が居たり、魔法が存在したり。

 おれが転生した世界は、一体どんな世界なんだか。

 

「原作開始、か」

 

 そして帰り際に聞こえた十和子の心の声で気になるワードがあった。

 十和子はおれを見て確かに「そろそろ原作が開始する」と言っていた。どうやらおれの平穏な日常も終わるらしい。彼女たちはこれからの原作に備えて修行をしているのだろう。原作が始まった時におれを助ける為に。そしておれの知らない原作で起きるであろう事件を解決する為に。

 

「当事者というか、渦中なのに……おれだけ蚊帳の外だなぁ」

 

 ははは、と苦笑しながらおれは夕食の準備を済ませて。

 

 

 それから一週間後。おれはその日に不思議な夢を見て――原作が開始した。

 

 

 

 




書くことがないので原作に入ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ここまでの登場人物

 

 月ノ本あさひ。転生者その1。

 魔法少年あさひの主人公。貞操観念逆転世界のリリ◯の枠に近い。

 しかしその実態は別世界からの転生者にして憑依者にして月ノ本あさひの並行同位体。魔法少年あさひの月ノ本あさひと同じ行動を取ろうとしなくても、彼の行動はあさひと同じ行動になる。

 

 何故か心を読めるチートを持っているが、詳細は不明。

 

 家族との仲は良好で、この点は原作と相違無し。しかし両親が仕事に掛かり切りな事に対して全く文句を言わず支える姿勢を見せた結果、原作よりも両親の仕事が増える原作改変が発生。結果、原作よりも早く両親死亡イベントが起きた。

 

 勉強は前世の記憶を保有している影響で成績が良く、運動能力は元々の肉体のスペックが高い為得意。しかし歴史のテストが苦手。その辺りは魔法少年あさひのあさひと相違無し。

 

 神城刹那、黒崎十和子に正体がバレるのを恐れている。その恐怖心は何故か消えず、心にへばり付いたまま。

 刹那と会う前に◾️◾️と◾️◾️していたが、◾️◾️されてしまい、あさひは◾️◾️して◾️◾️ない。

 好きな異性のタイプは黒髪ポニーテールの巨乳。

 当然ながら原作知識はない。

 

 

 

 神城刹那。転生者その3。

 魔法少年あさひに転生した転生者。転生する際にチートを三つ──①銀髪オッドアイ。②魔法使いにおいて最適な身体。③魔法を使う為の発動体、通称『杖』の優遇──貰っている。杖の形状は装飾された儀式剣。儀式剣の名前はブラック・ソウル。

 

 近接戦闘も魔法の撃ち合いをする才能もあるが、前世の記憶の保有により近接が苦手。戦闘時は膨大な魔力にモノを言わせた魔法の撃ち合いを得意とする。しかしその戦い方は未来のあさひの戦い方の猿真似でしか無い。チートボディを持て余している。

 

 家族との仲は普通。彼女が生まれた時に騒動が起きていたが、彼女の両親が大喧嘩して結果解決。髪の色と眼の色が特異な彼女に対して当初は色々と気を揉んでいたが、問題児な性格に振り回される内に心配する心は消えた。今では問題行動を起こす度に叱り付けている。しかしイジメを未然に防ごうとして停学になった時は刹那を褒めて学校に抗議した。

 

 最近母親の部屋からアダルトな本を持ち出す事があり、吟味してダメ出ししている。当然怒られた。

 

 あさひが大好きで二次小説の知識を基に懐柔しようと試みるが失敗。それどころかあさひの好きな両親を貶す行為の意味を、あさひ自身の言葉で理解させられる。以降人を傷付ける言葉は口にしないように気を付けている。

 

 黒崎十和子とは犬猿の仲。初めてお互いに転生者だと気付いた際には魔法を使った戦闘を行い引き分け。その後も何度も衝突し、彼女の事を嫌な奴だと認識している。

 

 あさひの両親死亡イベントに介入し、一度は助ける事に成功するが、転生者◾️◾️◾️◾️により水泡と帰す。戦闘に負けて意識を失った後は記憶の一部を奪われてそのまま破壊された。結果間に合わなかったと記憶の改変が起きる。

 

 ラタ・エーテルライトの誘拐イベントに十和子と共に介入するが、特にフラグは立てられなかった。

 

 性癖はハーレム。

 原作知識はアニメと二次小説。

 

 

 

 黒崎十和子。転生者その4。

 魔法少年あさひに転生した転生者。転生する際に三つのチート── ①喫茶ラビットの子どもに転生する事。②魔法を使う為の杖。③魔法使いにおいて最適な肉体──を貰っている。杖の形状は漆黒の日本刀。名前はクロガネ。

 

 近接戦闘も魔法の撃ち合いもどちらの才能もあるが、前世の記憶を保有している影響で空を飛んだり、結界を展開したり、魔法を撃ったりするイメージが乏しく苦手。しかしその分体を動かす練習を重ねて身体強化の魔法、斬撃強化、近接戦闘のスキルを高めている。

 

 家族との仲は普通。両親に兄一人、姉一人の五人家族。両親は喫茶店を経営しており、シュークリームは原作でも登場したあさひの大好物。二次小説でも度々ネタに使われており、甘いモノが好きな彼女はついこの店の子どもになる事を望んでしまった。姉にあさひのことが好きな事がバレていつも揶揄われ、兄がその度に姉を叱り、両親は優しく見守っている。イジメを未然に防ごうとして停学になった際は十和子を褒めて学校に抗議した。

 

 姉がエロ本貸そうか? と聞いて来て「いらない!」と強く拒否するも、コッソリ机に置かれたエロ本をコッソリ読んでいるムッツリスケベ。

 

 あさひが大好きでこの世界に転生するも「自分は異物だから」と原作に関わるつもりは無かった。しかしあさひと同じ保育園、小学校に入れられてその度に親に違う所に行きたいと言うも理由を言えず、嘘も言えず、あさひから離れる事が出来なかった。

 

 しかしハーレムを築こうと何も考えていない刹那にキレて以降彼女に突っ掛かる。刹那を拒絶しないあさひの優しさに感動しつつもショックを受けていた。その鬱憤を晴らすように何度も刹那に戦いを挑むが決着は付いていない。

 

 原作知識は刹那よりも圧倒的に豊富で、彼女なら原作改変は容易である。しかし自分達の介入で世界が破滅する未来を恐れて二の足を踏んでいた。それでもやはりあさひの悲しむ姿を見るのは嫌で、両親死亡イベントを少ない情報(・アニメ一期一話で両親は既に死んでいる。・アニメ新シリーズにてあさひの息子が作文を使っている時に「おれも同じ宿題あったな。……結局読んであげる事が出来なかったけど」の台詞)から、二次小説で見た救済妄想シーンを参考に何とか助ける事に成功した。しかし◾️◾️◾️◾️に刹那諸共倒され、目の前で惨殺される。そのまま記憶と記憶喪失による違和感を消されてしまった。(ちなみに刹那が違和感を消されなかったのは彼女がアホだから)

 

 ラタ・エーテルライト誘拐イベントでは刹那と共に魔法を使って助けた。血の契約を結んで秘密保持に努める。

 

 性癖は一途な純愛物。

 原作知識は全アニメシリーズ。小説。コミック。外伝作品。設定資料やガイドブック。ゲーム化作品にソシャゲオリジナルストーリーなど。

 

 刹那と名前は対になっている。

 十和子→とわこ→永遠

 

 

 

 月ノ本健二。あさひの父親。故人。

 仕事が忙しくあさひに構えない事を気にしていた。自分達が面倒を見れない時はあさひの叔父である順平に頼んでいた。

 今の仕事の案件が落ち着いたら退職して主夫に努めようと考えていた。

 料理が上手で毎日忙しい中弁当や作り置きをしていた。

 あさひの誕生日プレゼントにさくらと共に大きなクマのぬいぐるみを用意していたが、殺害された時に燃やされた。

 あさひの事を愛している。

 

 

 

 月ノ本さくら。あさひの母親。故人。

 仕事が忙しくあさひに構えない事を気にしていた。健二や順平とは幼馴染で、両方好きだったが最終的に健二を選んだ。

 今の仕事の案件が落ち着いたら転職する予定だった。休日にはあさひの行きたい所に連れて行ってやりたいと考えていた。

 あさひの誕生日プレゼントに健二と共に大きなクマのぬいぐるみを用意していたが、殺害された時に燃やされた。

 あさひの事を愛している。

 

 

 

 風間順平。あさひの叔父。

 月ノ本夫婦があさひを半ば育児放棄してる状態にキレていた。あさひが我慢していた為に動くことはなかったが、もしあさひが泣いていたら出るとこ出る予定だった。月ノ本夫婦の仕事の事は知らない。

 

 月ノ本夫婦の事故死、父親の老衰死が重なり精神的に疲れていた。それでもあさひだけは守ろうとするが、彼が学校でイジメに合い、変態教師に襲われ掛けた事を知って発狂しそうになる。すぐに転校させようとするがあさひの願いで断念する。しかしもしもの時は何が何でもあさひを守ろうと決意。

 

 普段は小説作家として働いているが、時折忍者として裏家業を務めている。しかしその度に敵対忍者やよく分からない生物に犯されており、彼が童貞を卒業したのは九歳の時である。健二はさくらで卒業した。順平の知らない所で彼の子どもが勝手に生まされているが考えない様にしてる。

 作中屈指の巨根の持ち主。いつか清いお付き合いの末に結婚したいと思っている行き遅れ。

 

 

 

 ラタ・エーテルライト。

 外資系企業の社長の息子。所謂御坊ちゃま。

 アメリカ人の母と日本人の父のハーフ。金髪赤目つり目のツンデレキャラ。女嫌い。刹那と十和子を侍らせているあさひを毛嫌いしていた。

 真琴に対しては一目惚れで友達になろうとして上手く行かず喧嘩になるも、あさひの仲介で友達になった。その際に真琴とあさひの事が大好きになった。

 真琴やあさひに対してスキンシップが激しく、着替えている時もふざけている風を装いながら身体を触ってくる。真琴は笑っているが、あさひは心を読んでしまってお尻を抑えている。

 誘拐された際に真琴に身を挺して助けられ、秘密を守る為に自分の秘密を打ち明けた。それを聞いた真琴は赤面した。

 刹那と十和子に対しては他の女子よりはマシと思っている。

 

 性癖は尻。

 原作キャラ。

 

 

 

 獄寺真琴。獄寺組という名の建設会社の息子。いつも汗臭い女達と過ごしていたからか、女優りな性格に育った。

 父親と同じく女性みたいな容姿で生まれた事により、昔から同性にモテている。しかし実は男の子らしい事もしたいとひっそり思っていたり。

 ラタやあさひとは友達。ラタはコロコロ表情が変わって面白いと思い、あさひは優しい子だと思っている。

 誘拐イベントの際に自分の正体がバレるのを覚悟でラタを助けた。その後に二度と会えなくなる事を厭わず。しかしラタの必死の訴えにより血の契約を結んだ。その日より同性であるラタに対して特別な感情を抱き、そんな自分に戸惑っている。

 刹那と十和子は友達だと思ってる。

 

 性癖は無し。耐性が無くすぐに鼻血を出す。

 原作キャラ。鬼の一族の設定は順平と同じ世界観から。

 

 

 

 ◾️◾️◾️◾️。転生者その2。

 原作沿いの為なら何でもやる転生者。チート能力は三つあるが詳細は不明。

 過去に◾️◾️◾️と出会うも、◾️◾️◾️だと知り落胆し、◾️◾️◾️に出会った際の記憶の消去ととある暗示を施した。

 あさひの両親が生存しそうになった為、殺害した。邪魔をして来た刹那と十和子は大した脅威にならないと思い放置。

 現在はアニメ二期の重要人物の近くに転生者がいる為排除しようと行動中。また、アニメ一期の原作からの剥離点の把握、仕込みは終えている

 

 性癖は純愛。ヤンデレ。依存。

 原作知識は◯ikipedia。二次小説。アニメ一期二期。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章『魔法少年あさひ』
第一話『あさひと物語の始まり』


 

 ──夢を、見ている。

 

 満月が輝く夜空の下で、一人の男の子が空を見上げていた。

 

 その手には杖が握られており、肩には赤毛の猫の様な動物が居た。

 

 男の子は空から降り注ぐ21の星を見つめると、そのまま杖を掲げて……そして──。

 

 

 

「……変な夢、見たな」

 

 ぼんやりとした頭の中に残っているのは夢の光景。しかし思い出す事が出来ず、漠然と普通じゃない夢を見たと感じた。

 普段なら気にも留めないけど……。

 

「今日絶対何か起きるだろう……」

 

 転生者達の言葉を思い出して、おれは項垂れた。

 

 

 第一話『あさひと物語の始まり』

 

 

 おれの名前は月ノ本あさひ。何処にでも居る普通……と言うには少しだけ人とは違う秘密を持つ小学四年生。

 好きな科目は算数と体育。苦手な科目は歴史。

 さて、おれの人と違う秘密とは前世の記憶を持った転生者である事。さらに貞操観念が逆転していたから戸惑う事も多かったけど、今は慣れている。

 もう一つは心を読めること。でもこの能力があっても良い事はあまり無いから普段は使っていない。

 

「おはよう、あさひ。今日も早いね」

 

 この人はおれの叔父であり、保護者である風間順平さん。

 数年前から一緒に住んでおり、とても優しい人だ。

 今もこうしておれの作った朝食を美味しい美味しいと笑顔で食べてくれている。

 

「いやー、あさひは良いお婿さんになるよ」

「ははは。ありがとう」

 

 ちなみに叔父さんは普段は小説作家として家で作業をしているが、時折裏家業の忍者の仕事もしている。ちょっとエッチな内容らしいけど。

 しかしそのおかげでおれは食いっぱぐれる事がないため、少々複雑だ。

 

 ご飯を食べ終えたら、弁当片手に登校だ。

 でも、その前に。

 

「行ってきます。父さん。母さん」

 

 仏壇の前で大好きな両親に挨拶をするのを忘れない。

 おれの両親はある日交通事故によって命を落とした。それもおれの誕生日の一週間前の事だった。

 今思い出しても悲しいけど──二人が心配しないくらいに立派な人間になって安心させてあげたいと今は思っている。

 おれは二人に挨拶を交わし、そのまま学校に向かった。

 

 

 

「おはよう」

「おはよう、あさひ!」

「おはようあさひ」

 

 学校に到着し教室に着くとそこには親友二人がいた。

 金髪ツリ目の男の子がラタ。紫色の長い髪をカチューシャで纏めているのが真琴。

 二人とも小学一年生からの付き合いで、でもこの二人はちょっと仲良すぎて時々浮いているなぁと思う時がある。

 

「ラタ。ネクタイ曲がってる」

「ま、真琴……!」

 

 ……背景に薔薇の花が咲いてそうな場面だなぁ。

 正直最近はもう慣れてしまった。

 元の世界だと可愛い女の子がイチャイチャしている百合百合しい光景なんだろうな。

 

 もっとも、彼らが居なければおれは学校に通っていなかった為、彼らのイチャつきにどうこう言うつもりはないけど。

 

「あさひ……♡」

 

 ……時折、ラタの熱視線がおれの方に向いてくるが。

 おれは気づかないフリをして微笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 授業が終わり昼休憩。

 おれ達はいつもの様に中庭で弁当を広げて昼食を摂っていた。

 ちなみに真琴はラタの作って来た弁当を食べている。愛夫弁当かよ。

 

「はぁ。最近学校の勉強が退屈に思えてきた」

 

 ラタが自分の弁当を突きながらそう言った。

 彼は勉強の成績が良過ぎる。確か学校のテストで100点以外取った事が無いんじゃないかな。

 

「ははは。まぁ、そう言わずに」

 

 苦笑している真琴だが、彼もまた学校のテストでほぼ100点を取っている。

 100点以外の点数の時は字の間違いだったりで基本はミスはない。

 

「二人とも凄いなぁ」

 

 おれもテストでは100点を取っている。……歴史のテスト以外は。

 いや、この世界貞操逆転しているからか偉人の名前や性別が変わっていたり、事件や没年も変わっていて混乱するんだよな……。

 なまじ前世の記憶がある分覚えるのが大変なんだよな。

 

「あさひ。歴史はもっと勉強した方が良いよ」

「そうだね。特に三国志が苦手だよね」

 

 いやだって。武将が全員女になっていたし……。

 それに将軍とかも何か女になっていたし……。

 

「──まっ。それがあさひの良い所だ」

「げっ。刹那」

 

 ラタが嫌そうな声を出したその先には、銀色の長髪を靡かせ、赤と青のオッドアイを持つ絶世の美少女が居た。

 彼女の名前は神城刹那。おれと同じ……と言うには少々違うところがあるが、まぁ転生者だ。

 そして彼女の持つ前世の記憶はこの世界の未来。つまり──。

 

(あさひが歴史が苦手なのも原作通りだ)

 

 この世界は彼女の前世ではとある作品として存在している、と言うわけだ。

 つまり彼女は望んでこの世界に転生しており、そしてこの世界にやって来た目的。それは……。

 

「げっ、とは傷つくじゃないか、マイダーリン♡」

「そのダーリンやめろ。あさひにも真琴にもチャラチャラと……!」

 

 イラついた様子で苦言を吐くラタだが、刹那は気にした様子もない。

 この様子から分かる通り刹那の目的はハーレムである。彼女はこの世界のキャラ達が好きらしく、こうしてフラグを立てようと必死だ。

 もっとも……。

 

「それに! オレは真琴が──」

「俺?」

「っ、じゃなくて、えっと、その!」

 

 少なくともラタの脈は無いと思うけど。

 

「……そっか」

 

 前言撤回。真琴も脈がないわ。

 

 おれ? おれは……その……ノーコメントで。

 おれの事が好きな感情は本当で、見た目が凄く好みでドストライクだけど、性格がまだなぁ……。

 とりあえず確実に言えるのは刹那のハーレムの夢を叶えるのは難しいってことだ。

 

「ったく。相変わらずだな」

「あ、十和子ちゃん」

 

 そんな刹那に悪態を吐きながら現れたのはもう一人の転生者である黒崎十和子。

 常に眉間に皺を寄せている黒髪の少女で、刹那ほどの人間離れした美しさを持っている訳じゃないけど、見た目は可愛い子だ。

 ただ、無愛想な態度を取り続けているからか周囲に人が居ない。

 普段もおれ達にあまり近づかないんだけど、刹那が居ると突っかかってくる。

 

「お前なぁ、二人の邪魔をするなよ」

「言いたいことは分かる。──それでも私は挟まりたい」

「殺すぞ」

 

 何だか高次元な話をしていて着いていけないなぁ。

 

(薔薇に挟まるクソ女)

(ハーレムを妨害する邪魔女!)

 

 額を突き合わせて睨み合う転生者二人。

 考えている事が似たり寄ったりで苦笑しか出ない。

 ……このまま二人の頭を抑えたらキスできそうだなぁと思ったけど、そんな行動は()()()はしないだろうし、やめておこう。

 

「おい黒崎。今日は特に私の邪魔をするなよ?」

「それはお前次第だ神城。むしろアンタがアタシの邪魔をするな」

 

 ……何やら気になるような会話をしている二人だけど。

 

 ──キーンコーンカーンコーン。

 

 もう時間だな。

 予鈴が鳴り授業が始まる時間が来た。

 おれ達は喧嘩する二人を置いて、急いで教室に向かった。後で知ったけど、二人はしっかりと遅刻して担任の先生に怒られたらしい。

 

 

 

 授業が終わり、家に帰る途中。おれの頭の中に広がるのはこれからの事……原作についてだった。

 今朝見た奇妙な夢。そして刹那と十和子の会話。

 これだけあれば判断する事ができる。

 今日始まるんだ。おれを中心に起きる事件が、物語は。

 

「そういえば、この前公園に美味しいクレープ屋さんが来てたから行かない?」

「良いね。あさひはどうする?」

「……え? あ、うん。行くよ」

 

 考え事をしていた所為で、ラタと真琴の会話に入っていなかった。

 えっと、クレープだったか。

 今日の夕ご飯の当番はおれだから、自分の食べる量を減らせば良いか。

 

「どうしたんだ? ボーッとして」

「今日は珍しくアイツらが付き纏って無いから物足りないとか?」

 

 真琴が心配し、ラタが揶揄う様に言ってくる。

 そうなんだよな。あの二人今日はおれ達と一緒に帰らずに先に帰ったんだよな。

 まぁ理由は何となく分かるけど。

 原作に備えてとか、その辺だろうな。

 

「そういう訳じゃないよ。ただ今日の夕ご飯何にしようかなーって考えてただけ」

「叔父さんは作らないの?」

「最近練習してるけど、まだおれの方が上手いかな」

「あさひは将来良いお婿さんになるなー」

(お、お婿さん!? そんな、真琴オレ達まだ早──)

 

 真琴のお褒めの言葉に、ラタが内心荒れ狂いそれを受信してしまうおれ。

 元気で何よりだ。

 他愛ない話をしながら目的のクレープ屋さんに向かうおれ達。

 

「……ん?」

 

 しかし、何やら公園が騒がしい。

 どうしたんだろう? と三人で首を傾げながら公園に入ると、警察官が複数居て何かを調べている様子だった。

 

「あの、何かあったんですか?」

「ん? ああ、どうやらね……」

 

 近くに居た人に聞いてみた所、昨夜此処で傷害事件があったらしい。

 ただ被害者も加害者も居らず、残っているのは破壊痕と血痕との事。

 周囲の人たちは口々に怖いねーと言っている。

 

「……一族関係?」

「いや、そういう報告は受けてない」

 

 ……何やらラタと真琴がコソコソと話している。

 聞き耳は立てない方が良いかな? 

 原作関係なのか、別件なのか分からないな……。

 

「二人とも、行こう?」

「そうだね」

「……うん」

 

 おれはラタと真琴と共に事件現場を尻目にクレープ屋さんに向かおうとし──。

 

(助けて)

 

 突如、頭の中に人の声が響いた。

 それによりおれは足を止めてしまい、視線は声の出所を探すように辺りを見渡す。

 

「あさひ?」

「どうしたの?」

 

 ラタと真琴が不思議そうにし、問い掛けてくる。

 しかしおれは二人に言葉を返す余裕がなかった。

 今の声は心を読んだ時に聞いた時の物じゃない。

 もっと別の、普通じゃない感じだ。声がした方向は──こっちか。

 

「あさひ!?」

「どこ行くんだ!?」

 

 二人の呼び止める声に構わず、おれは走って走って、茂みの中を突き進む。

 視界の彼方此方で木々が折れていたり、削られていたりと何かがあったのが分かった。

 そしてしばらく走った先でおれは──一匹の子猫を見つけた。

 

「あさひ、急に走り出して……」

「一体どうして……」

 

 後から追いかけて来た二人は、おれが抱えた子猫を見て言葉を失う。

 無理もない。元々赤毛であろうこの子猫は、傷付いたことによりさらに赤く染まっていた。

 おそらく、この公園で起きた何かに巻き込まれたのだろう。いや、正確には事件の渦中にいたというべきか。

 

「ひどい怪我……」

「急いで病院に連れて行こう!」

「うん!」

 

 ラタと真琴の言葉におれは頷き、先行する二人を追いかけようとして。

 

「──これって」

 

 子猫が倒れていた場所の近くに落ちていたソレを拾い上げる。

 何でこんな物が此処に? 

 

「あさひ、早く!」

「──今行く!」

 

 しかしその疑問はラタに呼ばれた事で一旦置いておく事にした。

 ソレをポケットの中にしまうと、おれは二人を追いかけて走り出した。

 その際、子猫が首にかけていた宝石がついたペンダントが揺れて、それがイヤに気になった。

 

 

 

「──いよいよ、か」

 

 その光景を刹那が見送り。

 

「……」

 

 十和子もまた、物語の始まりを感じ取っていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話『あさひと魔法の出会い』

 

「先生、どうですか?」

 

 赤毛の子猫を抱えて近くの動物病院へと駆け込んだおれ達。

 治療を終えた先生にラタが心配そうな顔をして尋ねた。確か、ラタの家にはたくさんの猫が居たな……。

 真琴も動物全般が好きだから、ラタと同様に心配している。

 

「うん、大丈夫。命に別状はないよ」

「良かったぁ」

 

 おれ達は先生の言葉にほっと胸を撫で下ろした。

 実際に見てみたら? と言われて部屋に入ってみると、包帯を巻かれて痛々しい格好の赤毛の子猫が診察台の上に横たわっていた。しかし、規則正しく寝息を立てており、先生の言葉に嘘偽りが無い事が分かる。

 

「それにしても珍しい仔ね」

「そうなんですか?」

「えぇ。長年獣医をして来たけどこんな猫見た事ない」

「そう言えばオレも見た事がないな……」

 

 先生の言葉に猫をたくさん保護しているラタが同意する。

 その辺詳しく無い真琴は「へー」と感心していた。

 おれも詳しく無いけどこの子猫が普通じゃない事は分かっていた。子猫に近付きそっと背中を撫でる。

 

(──)

「……」

 

 心を読んでみたけど、やっぱり気絶していて読めない。寝たふりをしている訳じゃない様だ。

 

「さて、今日のところは此処で預かるけど今後どうする?」

「そうですね……オレの家なら一匹増えた所で問題無いので明日引き取りに来ます」

「あ、ごめんラタ。その話だけどさ」

 

 慣れた様子で先生と受け応えしていたラタを呼び止めて、おれは一つお願いした。

 

 

 第二話『あさひと魔法の出会い』

 

 

「猫を保護したい?」

「うん。ダメかな」

 

 動物病院でおれはラタにあの赤毛の子猫を保護したい旨を伝えた。普段そういう事を言わないおれに驚いた様子を見せたラタだったが、特に反対される事なく頷かれた。

 

「その代わり、ちゃんと順平さんに許可を取る事。そして保護する事が決まったらちゃんと面倒を見る事!」

 

 たくさんの命を預かり、保護しているラタの言葉におれは頷き、こうして叔父さんに許可を貰うべく夕食時に話を切り出した。

 

「珍しいな、あさひがそんな事を言うなんて」

「うん、ラタくんにも言われた……ダメ、かな?」

「……ううん、ダメじゃないよ。滅多にお願いを言わないあさひの頼みだ。お世話するの手伝うよ」

「──ありがとう叔父さん!」

 

 快く許可をくれた叔父さんにお礼を言い、食後に真琴とラタに家で保護する事を伝えた。

 すると二人とも喜び、何かあったら手伝うと言ってくれた。やっぱりみんな優しいな……。

 

「さて」

 

 家事を済ませ、お風呂に入り終わり、仕事に出掛けた叔父さんを見送ったおれは、ベランダで公園で見つけたアレを取り出す。

 

「カード……だよな?」

 

 あの赤毛の子猫を助けた場所で見つけた不思議なカード。何故不思議かと言うとまるで宝石の様に青く透明感のある石で作られているからだ。裏から見ても表から見ても何か描かれている訳ではなく、しかし何処となく温かい。

 石板というには軽く薄い為おれはカードだと思っている──いや、そう思う前からカードだと確信していた。

 不思議な話だが……心当たりはある。

 

「これが刹那達の言っていた……」

 

 原作とやらに関係あるのだろうか。

 十中八九関係あるだろう。だからおれはこれを回収しあの子猫を保護する事を決めたのだ。

 これから何が起きるか分からないけど……何となくこうした方が良いと思ったから。

 

「……ん?」

 

 ジッとカードを見ていたら、声が響いた。

 ただの声ではない。心を読む時に聞こえる声と同じ感覚だった。

 しかし、とても弱い声で微かにしか聞こえずおれは目を閉じて集中し耳を澄ませた。

 

(──)

「……ル。ゲー……」

 

 人とは違う声だからか、おれは集中した状態で聞こえた声を口にした──口にしてしまった。

 

旋風(ゲール)

 

 次の瞬間、おれの足元に光り輝く円形の模様──魔法陣が出現した。

 

「え?」

 

 そして変化はそれだけに留まらず、室内なのに物凄く強い風が巻き起こった。

 目を開けてられず、飛ばされない様に踏ん張るので精一杯で、それでも手に持ったカードはしっかりと握り締めていた。

 しかしその代わりと言わんばかりにおれの体の中から()()()が外へ飛び出し、風に乗る様にして飛んでいくのを感じた。

 一瞬にも、永遠にも感じられる時間。風が治まった時ベランダはメチャクチャで、おれは体の力が抜けてその場に座り込んだ。

 

「な、何だったんだ一体……」

 

 突然の出来事に呆然と呟くが、頭の何処かの冷静な部分は何となく理解していた。

 これが魔法なのだろう、と。

 そしてその魔法を発動させたのはおれが今手に持っているこのカードであり──。

 

「あれ……?」

 

 カードを見て思わず声が出た。

 先ほどまでは何も描かれていない透明なカードだったのに、今持っているカードは似ても似つかない別のモノに変わっていた。しかし先ほど感じていた温もりはまだ……いや、さっきよりも温かく感じた。

 それよりも、だ。

 

「疾風……ゲール……?」

 

 カードの上部分には『疾風』という漢字が、そして下部分にはカタカナでゲールという文字が書かれていた。さらに何処かファンタジックな衣装を着た幼い男の子が描かれていた。

 そして裏返してみるとデカデカと魔法陣が描かれており、何処か見覚えがあると感じ……さっきおれの足元で浮かび上がったソレと同じだと気付く。

 

「どういう事なの……?」

 

 不可思議な出来事に頭の処理が追い付かず、さらに目を背けたいリビングの惨状に頭を抱えたくなり──そんな時だった。

 

【助けて!】

「な、なに!?」

 

 突然頭の中に響いた声にビクリと肩を跳ねらせる。

 心の声とは違う声。おれの知らない超常現象は、さらに続く。

 

【この声が聞こえている人! どうか助けてくださ──】

 

 そこまで言ってブツリと途切れる謎の声。

 少し待っても続きが聞こえる事はなく、しかし幻聴だったかと思い過ごすにはリアルで、胸の奥が騒めき落ち着かない。

 ど、どうすれば良いんだ? 

 混乱する頭で次の行動を考えていると、声が聞こえた。今度は慣れ親しんだ感覚の声が。

 

(──)

「え……? 案内してくれるの?」

 

 おれは当たり前の様にカードに話しかけた。

 自分でもおかしいと思う。でも魔法があるのなら、生きている……心があるカードがあってもおかしく無いだろう。

 カードもおれが心を読める事が分かっているのか、おれの問い掛けに肯定し指示を出してくれた。

 

 夕方に赤毛の子猫を預けた病院に向かえ……と。

 

 

 

 何処か気怠い体を動かし、おれは動物病院へと走った。

 途中警察に見つかり補導されたらどうしよう、と不安に思うも不思議と遭遇する事がなく、それどころか人とすれ違う事が無かった。

 その事に疑問に思うも、しかし動物病院に着くと同時にその疑問も霧散した。

 

 ──ドゴン! 

 ──ズシン! 

 ──ガァン! 

 

「な、何アレ……?」

 

 巨大な毛むくじゃらなナニカが跳ね飛び回り、何かを追いかけていた。毛むくじゃらの正体は分からなかったが、追いかけられていた何かは分かった。

 あの赤毛の子猫だ。

 子猫はおれの姿を確認すると一目散にこちらに向かって走り、ピョンっと胸の中に飛び込んできた。おれは咄嗟に受け止めるが勢いがあり思わずその場に転んでしまった。

 

「いててて……」

「あ、ありがとう……来てくれたんだね」

 

 そして当然の様に子猫が人語を喋り、思わず子猫を凝視して固まってしまった。いや、不思議なカードがあるから猫だって喋るのか? 

 

「っ! 危ない!」

 

 子猫の警告に咄嗟に体が動き、子猫を抱えたまま横へと跳んだ。その後すぐに、先ほどまでおれ達がいた所にあの毛むくじゃらが突っ込み、地面と壁を粉砕しめり込んでいた。

 じ、冗談じゃない! 

 おれは子猫を抱えたまま走り出す。

 

「あ、あれは何!? ていうか君は何!? 何が起きているの!?」

「お、落ち着いて! 話せば長くなる──」

「そんな時間無いと思うけどなー!?」

 

 振り返らなくても分かる。背後でズシンズシンと音が響きこっちに向かっているのが。あの毛むくじゃら着いて来ているよ! 

 

「とりあえず手短かに、要点だけ教えて!」

「えっと、あれは古代魔法文明が作り出したアーティファクトの一つで、今は暴走しています! ボクが封印しようとしたんですけど力及ばず……」

「どうすれば良いの!?」

 

 今専門用語を聞いている余裕は無いので、今聞きたい事をおれは叫んだ。

 

「これを使ってボクの代わりに封印して欲しいんです!」

 

 そう言って子猫が取り出したのは、あの時見た首飾り。太陽と月があわさった宝石みたいで、でもただそれだけじゃない気がする。

 

「ボクじゃ上手く使えなかったけど、君ほどの力があれば──この杖の本当の力を引き出せるかもしれない」

 

 そう言って子猫はおれの腕の中から飛び降りて電柱の影に入り、おれも続く様にして座り込んだ。

 

「お願いします。お礼は必ずしますから!」

「そんな事言っている場合じゃ──とにかく!」

 

 毛むくじゃらに知能は無いのか、おれ達を探して顔の部分を彼方此方と動かしている。今なら時間がある。

 

「この状況をどうにかできるのなら、おれは何でもする!」

「分かりました。では、これを持ってボクと同じ言葉を!」

 

 おれは子猫から宝石を受け取り、胸の奥が熱くなるのを感じ取りながら言われた通りに、耳を澄ませて同じ言葉、詠唱を口にした。

 

「──月の力よ。太陽の力よ。我が呼び掛けに応え給え」

「──月の力よ。太陽の力よ。我が呼び掛けに応え給え」

 

 胸の奥がさらに熱くなり、おれ達の足元が光り輝く。

 

「天光満ちとし時我はあり。星の導きの元汝あり」

「天光満ちとし時我はあり。星の導きの元汝あり」

 

 風が巻き起こり、光が天に向かって光り輝く。

 

「「真の姿を我の前に示せ、魔法の杖。──メタモルフォーゼ・マジカルアップ!」」

 

 そしておれは自然と胸の中に浮かんだ言葉を口にし、目の前に現れた杖を掴んだ。

 それと同時におれは掴んだ杖と密接に繋がった感覚がし、自然と体が動いて杖をクルクルと回してビシッと構えた。

 

「成功だ……」

 

 子猫が呆然と呟くのが聞こえる。

 対しておれは手に持った杖をジッと見る。……夢の中で見た杖と同じだ。

 杖先が太陽を模しており、その中に三日月の紋章が描かれている不思議な形。おれが前世で見た魔法少女の杖とは全然違うタイプ。

 でもそれでこの杖に対して不信感を抱く事なく、それどころから妙な頼もしさというか愛着が湧いた。

 これなら何とかできる。

 

「こっちだ!」

 

 電柱の影から飛び出して毛むくじゃらに対して叫んだ。

 すると毛むくじゃらはこちらに振り向き、アスファルトの道路を砕きながら跳んで、おれはそれを見上げて杖を構えた。

 

「──え?」

 

 しかしその瞬間違和感を抱き、それと同時に杖とポケットに入れてあるカードから「危ない」って心の声が聞こえた。

 

「わ、わわ!?」

 

 慌てて横に跳んで避け、背後からズガンッと道路が砕ける音が響いた。

 

「どうしたんですか!?」

 

 駆け寄って来た子猫が驚いた様子で尋ねて来た。

 心の中で疑問の言葉を溢しながら。

 

(主人が危機感を抱けば、杖が自動で防いでくれるのにその素振りが無かった──でも何故!?)

 

 どうやらこの子にとっても想定外の出来事だったらしく、動揺している声が聞こえた。え? これどうしたら良いの? 

 

(どうすれば、どうすれば……!?)

「……ん?」

 

 子猫が悩んでいる中、ふと先ほど声がしたポケットから熱を感じる。

 それを取り出してみると、熱を帯びていたのはあの時のカード……旋風(ゲール)だった。

 

(──)

「え……?」

 

 旋風(ゲール)の心の声を聞いて思わず戸惑いの声が出てしまう。

 でも、現状を打破するにはこれしかないのだろう。

 だから信じよう。このカードを。

 

「とりあえず今は距離を取って──」

「ううん。やってみたい事がある!」

「あ、ちょっと!」

 

 子猫の静止の声を振り切っておれはカードと杖を携えて毛むくじゃらの前に出た。毛むくじゃらが「ボヨヨーン」と……叫び声? 雄叫びをあげてこちらを睨みつけて来る。

 それに負けずにおれは、カードを空中に投げ付けて──心の中に浮かんだ言葉を口にした。

 

「荒れ狂う獣を捕らえ、沈めたまえ──旋風(ゲール)!」

 

 その言葉と共に杖をカードに突き付けると、体の中からゴッソリと何かが抜け落ちる感覚がした。同時にカードから風が巻き起こり、カードの絵柄と同じ少年が飛び出した。

 

『フッ……ハッ!!』

 

 少年……いや旋風(ゲール)は、風を操り毛むくじゃらを拘束した。

 毛むくじゃらは逃げ出そうと足を動かすが……その短い脚は地面に届かずピョコピョコと動くだけだった。

 旋風(ゲール)は得意げな顔をしてこっちを見た。まるで今だ、と言っている様に。

 おれは頷いて駆け出し、毛むくじゃらの前に飛び出す。そして杖を構えて心の中の言葉を叫んだ。

 

「姿迷いしカードよ! 我と契約し生まれ変われ! 我が名はあさひ! 汝の名は──跳躍(ジャンプ)!」

 

 すると、毛むくじゃら──跳躍(ジャンプ)の体が光に変わり杖先に集うとカードへと変わった。カードはそのままおれの手に収まり、旋風(ゲール)もカードに戻っておれの元へと戻った。

 おれは跳躍(ジャンプ)のカードを見てみると、先ほどの毛むくじゃらがスマートになった絵柄が描かれていた。耳が長くてウサギみたいな獣だった。

 

「あ、ありがとうございます。お陰様で助かり……」

「あ、ちょっと!」

 

 カードを眺めていたおれに子猫がお礼の言葉を言いに来たが、まだ怪我が治っていなからかその場に倒れた。

 慌てて抱きかかえて息を確認し、気絶しているだけだと分かりホッとした。

 しかし、ホッとしている暇はなかった。

 

 ──ピーポー、ピーポー。

 ──ウーー、ウーーー。

 ──ザワザワ、ザワザワ。

 

「……これは不味いのでは?」

 

 周りを見ると跳躍(ジャンプ)が破壊した痕。そこに立っている不思議な杖を持ったおれ。

 

「──ごめんなさーい!」

 

 おれは何故か謝りながらその場を走り去った。

 腕に子猫と杖、そしてカードを抱えた状態で。

 

 こうしておれは魔法と出会った。

 これから長い長い付き合いとなる不思議な世界で。

 

 

 

「──どういう事?」

 

 その光景を見守っていた刹那が、困惑した様子で呟いた。

 人払いの結界を解き、破壊された痕は修復される。

 しかし刹那の心の中には疑問が残った。

 

「おい。お前の言う通り手を出さなかった結果、原作と展開変わったぞ」

「……」

 

 刹那は自分の隣に居る十和子に問い掛けた。

 当初、刹那は原作開始の時点から介入する予定だった。しかし、十和子に止められて不測の事態に備える様にしていた。

 しかしその結果に刹那は納得していない様子だった。

 

「カードに絵柄なんてなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……」

「お前、何か知っているだろ」

 

 刹那の問いかけに、十和子は考えながら答える。

 

「お前の原作知識はアニメがほとんどだよな?」

「うん」

「だったら知らないのも無理はない」

 

 十和子は先程の光景を見て、前世の知識を思い出して確信した様子で彼女に言った。

 

「この世界は魔法少年あさひの世界ではない──」

 

 彼女の言葉に刹那は目を見開いて驚いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話『あさひと転生者と原作介入』

 

 魔法少年あさひEXTREME。

 アニメ放送十周年企画にてリリースされた魔法少年あさひのソーシャルアプリゲーム。原作ストーリーや外伝ストーリーはもちろん、ソシャゲオリジナルストーリーから他作品コラボまで幅広く取り扱って来たゲームで、ファンの間ではあさひEXと呼ばれていた。

 キャラクターも過去作の魔法少年や魔法少女。さらには敵キャラまで数多くのキャラが実装されており、十和子は重課金して全てのキャラクターをコンプリートしていた。刹那は無料ガチャと福袋ガチャしか回してない。

 

 そんなあさひEXのストーリーの中にはある一つのストーリーがあった。

 それはアナザーストーリー。原作ストーリーの世界、正史世界を基に存在するもしかしたらあり得たかもしれない世界。その世界は原作といくつかの相違点があり、中でも一際目立つのが作中で重要アイテムであるアーティファクトの存在だ。

 

 古代魔法文明が作り出した数あるアーティファクトの中でも、原作アニメ一期で出て来たカードは謎が多い。10年間ファンの中でも考察に考察が重ねられ、新情報が出たのはそのアナザーストーリーだった。

 

 願いを叶えられると言われたその魔法カードは原作アニメの時点では未覚醒の状態であり、本来はそれぞれが意志と力を持っている事が明かされた。

 しかしそのカードを見つけた赤毛の子猫ことユナはその事を知らず、ただの魔力結晶体と認識していた。

 そしてそのアナザーストーリーでは何かの原因でカードが覚醒し、あさひがカードを使って魔法を使う原作とは違った路線の魔法少年になっていた。

 

「へー。知らなかった」

「このアナザーストーリーも実装されたは良いものの、次のストーリーがなかなか配信されなくてさ……それを見る前にアタシは死んだ。栄養失調で」

 

 課金のやり過ぎ、ダメ、絶対。

 

「それじゃあ……」

「ああ。原作知識は当てにならない。だから」

 

 次の事件から本格的に介入するぞ。

 十和子の言葉に刹那は驚くも、次の瞬間には笑みを浮かべていた。

 

 

 第三話『あさひと転生者と原作介入』

 

 

「なるほどね……」

 

 おれは子猫──ユナから事の顛末を聞いた。

 古代魔法文明で作られた遺物アーティファクト。それを発掘したユナは護送中に何者かの襲撃を受けてこの街に降り注ぎ、ユナはそれを回収しに来た。

 しかし力及ばず倒れ伏し、さらに追撃を受けておれに助けを求めた、と。

 

「お互い無事で良かったね」

「はい。本当にありがとうございます。その、お礼は後日改めて──」

「いや、そっちはいいよ。それよりも今後はどうするの?」

「……傷を癒やして、また一人で探しに行こうかと」

「ダメだよ。危ないよ。だからおれも手伝う」

「そんな! 無関係の君をこれ以上──」

 

 最初から思っていたけど、この子真面目で頑固な性格をしているな。

 ちょんっと口元に指をつけて静かにさせる。

 キョトンとした子猫が顔が可愛いと思いつつも、おれは己の思いを伝えた。

 

「無関係じゃないよ。もう十分に巻き込まれている。それに、おれの力でそのカードを集めてこの街を守れるのなら頑張るよ」

「……あさひさん」

「あさひで良いよ。同じくらいだし、敬語もなし」

「……うん。あさひ。これからよろしく」

 

 こうして、おれは魔法少年として不思議な子猫のお手伝いをすることになった。

 残りのカードは19枚。

 旋風(ゲール)跳躍(ジャンプ)の力を考えるとこのまま放置する事はできないから──頑張ろう。

 

 

「こ、これは一体!?」

旋風(ゲール)を使ったらこんな事に……じゃなくて、早く片付けないと叔父さんが帰って来ちゃう!」

 

 なお、家に帰ったおれは大急ぎでリビングの片付けをする羽目になった。

 幸い叔父さんにバレる事はなかった。

 

 

 

「へぇ。それじゃああの子今はあさひの家に居るんだ」

 

 次の日学校にて、おれは二人にユナを既に家で保護している事を伝えた。

 叔父さんも驚いていたけど、快くユナを迎えてくれた。

 ちなみに魔法の事は内緒にしている。何でもユナ曰く魔法は秘匿するべきもので、もしバラしたら魔法教会なるものに罰せられるらしい。

 だからこの二人にも魔法の事を教えることはできない。申し訳ない気持ちが湧いてくるけど仕方ないね……。

 

「名前は決めたの?」

「うん。ユナって言うんだ」

「可愛いね!」

 

 ラタが顔を輝かせてそう言い、真琴もにっこりと笑顔を浮かべて「今度遊びに行く」と言った。

 おれはそれに頷いて答える。

 そんな風にユナの事で盛り上がっていると、いつもの様に着いて来ていた刹那が少し怖い顔でおれに聞いてきた。

 

「その子猫と風呂に入った?」

「はい?」

 

 何聞いてんだこの女。

 目を点にさせて驚いていると、刹那の頭を殴って黙らせた十和子が問いかけて来た。

 

「そのユナって猫はメスなのか?」

「え? うーん……」

 

 そう言えばと思い返してみると、確かあの子猫にはオスにあるべきものが付いていなかった。そうなるとユナくんじゃなくてユナちゃんって呼ぶべきなんだろうか。

 

「メスだと思うよ」

「へー、そうなんだ」

「まぁ、猫はメスでもオスでも可愛いよ!」

 

 真琴とラタは特に気にした様子も見せていないけど、刹那と十和子の表情は険しい。何を考えているんだこの二人は。

 

「まだ怪我が治っていないからお風呂には入れていないよ」

「ホッ……」

「なんだ……」

「でもタオルで綺麗にしてあげたよ」

「!?」

「!?」

 

 突然顔を真っ赤にさせて固まる二人。

 本当に何を考えているんだ二人は……。

 気になったおれは心を読む事にした。

 

(──センシティブな内容──)

(──センシティブな内容──)

 

 ……本当に何を考えていんだこの二人!? 

 官能小説の朗読を聞かされたおれは自分の頬が赤くなるのを自覚しながら、心を読む力を解いた。

 このオープンスケベとムッツリスケベめ。

 しかし、ユナって女の子なんだ。それも猫じゃなくておれと同じ人間の。

 二人の声を聞いて得た情報から二人が気にしている事を理解する。原作だと、その辺の勘違いからラッキースケベ的なのが起きたのかな? 

 

「えっち」

「!?」

「!?」

 

 おれはこっそりと二人に聞こえるか聞こえないかの声量でそう言いつけた。

 

 

 

「あさひ」

「あ、ユナちゃん」 

 

 学校が終わり、帰宅する途中。ユナが迎えに来てくれた。

 傷はもう大丈夫なんだろうか。そう心配して尋ねると、寝て回復に集中したから傷跡は無くなったらしい。

 包帯を解いて見せてくれた。ホッと息を吐いて安心する。

 おれの肩に乗った彼女の首元を何となく撫でると、目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。……本当に人間なんだよな? 

 

「そういえば、気になる事があるんだけど」

「気になること?」

「うん。あさひの学校で──」

 

 しかし、ユナの言葉はそれ以上続く事はなかった。

 

「これって……」

「魔法の気配!」

 

 おれとユナの視線は同じ方向を向いていた。

 旋風(ゲール)跳躍(ジャンプ)の時と同じ気配がする。

 ユナと頷き合っておれは気配のする方向へと向かった。

 この感覚から察するに、魔法の気配が居るのは──友鳴神社だ。

 

 この街、友鳴にある神社。昔から不思議な出来事が起きている時はこの神社が関係してるとかしてないとか。叔父さんも何度かお祓いしに行って時々精力尽きかけてで帰ってくる。ナニを祓って来たのやら……。

 

 長い階段を昇り切って神社に辿り着いたおれ達。近づくと気配が良く分かる。……気配とか、昨日まで全く感じ取れ無かったけど魔法と出会った事で分かる様になったんだな。

 ボンヤリとそんな事を考えていると、肩に乗ったユナが叫んだ。

 

「あさひ、来るよ!」

 

 その言葉と共に地面が盛り上がり、龍の形へと変わる。そして大きな口を開けて「ゴオオオオ!」と雄叫びを上げた。

 ……って、ドラゴン!? 昨日の毛むくじゃら状態の跳躍(ジャンプ)が可愛く見えるんだけど!? 

 

「あさひ、呪文を唱えて杖を!」

「分かっ──」

 

 ペンダントを取り出し宝石になっている魔法の杖を掲げたところで、ドラゴンが口を開いて突っ込んで来た! おれは咄嗟に前に跳んで避ける。瓦礫が散り、衝撃が走り、膝を擦りむいて痛い……って、そうじゃなくて! 

 

「ユナちゃん! これじゃあ呪文を唱えられない!」

「くっ……! でも!」

 

 困った表情を浮かべるユナ。しかし、こうして話している間にも地面で出来たドラゴンは口を開いて襲い続ける。

 昨日の毛むくじゃら状態の跳躍(ジャンプ)時は、跳躍(ジャンプ)がアホの子だったから隠れて杖の力を解放することが出来た。

 でも今はそんな暇が全くない。どうすれば良いんだ……! 

 

「あっ……!」

 

 痺れを切らしたのか、おれが逃げた先の地面が盛り上がり先回りされてしまう。

 振り返るとドラゴンが雄叫びを上げて、おれを飲み込もうと大口を上げて襲い掛かり、おれはギュッと宝石を握り締める事しかできず──。

 

「あさひ!」

 

 ユナの叫び声と同時に、大きな衝撃が全身に走った。

 

「……っ」

 

 思わず目を閉じてしまったが、痛みはなかった。目を閉じる前に見た最後の光景はドラゴンの口の中。あのままなら大怪我を負うと思っていたんだけど……。

 恐る恐る目を開けてみると──そこには、銀色があった。

 

「大丈夫、あさひ?」

「刹那ちゃん!?」

 

 そこには手を翳してドラゴンの突撃を受け止めている刹那がいた。長い髪を靡かせて、銀色の魔法陣を展開しているその姿は、彼女の容姿も相まって幻想的だった。

 

「あなたは一体……」

「話は後! 今は──」

 

 ユナの問いかけに刹那はそう言うと、剣のペンダントを取り出して口を開いた。

 

「契約に従い、我が手に宿れ剣の精。来れ万物を斬り裂く刃。薙ぎ払え我に仇す敵を。我が名は神城刹那。汝の名は──ブラック・ソウル!」

 

 すると、刹那の手にキラキラした綺麗な剣が出現した。

 彼女はその剣を掲げて一気に振り下ろすと、刹那が受け止めていたドラゴンを真っ二つに斬り裂いた。

 ドラゴンはそのまま地面に崩れ落ち、ただの地面へと戻った。

 

「あ、ありがとう刹那ちゃん」

「いや、まだだ!」

 

 お礼を言おうとした瞬間、刹那が叫ぶと同時に周りの地面が隆起しいくつものドラゴンが出現した。

 こ、これは……! 

 おれは思わず後ずさるも、しかしそれではダメだと思い直し宝石を掲げる。

 

「刹那ちゃん、しばらくお願い」

「任せろ!」

 

 心を読んでいないから詳しい事は分からないけど、状況証拠と前世の記憶から刹那はおれの手助けをしてくれている事は理解した。

 だから今は細かい事をごちゃごちゃ言わずに、できる事をやるだけだ。

 

「月の力よ。太陽の力よ。我が呼び掛けに応え給え」

 

 宝石を掲げると胸の中に自然と言葉が浮かび上がる。

 

「天光満ちとし時我はあり。星の導きの元汝あり」

 

 全身に駆け巡る魔力がおれに力を与える。

 

「真の姿を我の前に示せ、魔法の杖。──メタモルフォーゼ・マジカルアップ!」

 

 その力を形に、杖にして顕現させた。

 月と太陽が合わさったおれの杖。これを持つと自然と勇気が湧き上がってくる。

 

「……杖は一緒か」

「え?」

「いや、何でもない──来るよ!」

 

 刹那の警告と同時に四方八方からドラゴンが襲い掛かってくる。

 刹那は前から来る複数のドラゴンに向けて剣を構えて、一気に振り抜いた。すると、全てのドラゴンが首から切断されてただの地面に戻った。

 だったらおれは後ろのドラゴンだ。

 

旋風(ゲール)!」

 

 カードを掲げて杖で力を解放する。

 すると鎌鼬が起き、ドラゴンの首を切断しただの地面に戻す。

 よし、効いている! 

 しかし喜んだのも束の間、すぐに新しいドラゴンが作り出された。

 

「やっぱり……!?」

 

 先程と同じ光景に眉を顰める。

 薄々分かっていたけどこれじゃあダメだ。多分このドラゴンを操っている本体がいる筈……! 

 

「何処に……?」

「あさひ、こういう時は──」

「──こういう時は、魔力の一番強い所を探るんだ」

 

 ユナが口を開くと同時に、言葉を遮って現れたのは……。

 

「十和子ちゃん!?」

 

 トンっと重力を感じさせない様におれの前に降り立つ十和子。

 その手には黒く染まった日本刀が握り締められており、いつもの仏頂面でこちらを見ている。

 

「また、魔法使い!? 何でこっちの世界にこんなにも!?」

「……あのドラゴンは手足に過ぎない。倒しても倒しても疲れるだけだ。だから、あさひ。お前が見つけるしかない」

 

 その為の時間は稼ぐ。

 そう言葉を残すと、ドンっと地面を凹ませる程の力で跳躍すると、ドラゴンの首を落とし、さらに次、また次、とドンドン斬り落としていく。

 

「あいつ……!」

 

 そして、それを見た刹那が競う様に剣を振るって飛ぶ斬撃でいくつものドラゴンの首を落としていく。

 ドラゴンたちは、彼女たちに任せて良いな。

 おれは杖を握り締めて目を閉じて魔力を探った。刹那たちの戦闘音が響く中、おれの感覚はだんだん研ぎ澄まされていき──。

 

「──見つけた!」

 

 おれは目を開いて、気配のいる場所を見た。

 走ったら間に合わない。だったら、この子の力を使えば! 

 

跳躍(ジャンプ)!」

 

 足に魔力が纏わり付く感覚が走り、おれは地面を踏み締めて──解き放った。

 すると視界の景色がグンっと後ろへと跳んでいき、おれは神社の前にある賽銭箱へと突っ込んでいく。

 そしてそのまま杖を上に掲げて、胸の中に浮かんだ言葉を魔力を込めて叫んだ。

 

「姿迷いしカードよ! 我と契約し生まれ変われ! 我が名はあさひ! 汝の名は──大地(アース)!」

 

 杖先にカード状の光が集まり、周囲のドラゴンが崩れていく。

 そして目の前のカードに力が収束していき──封印が完了した。

 手元に降り立ったカードの絵柄を見ると、旋風(ゲール)と同じ様な少年が描かれていた。

 

「ふぅ……」

 

 さて、無事にカードは封印することが出来た。

 後は──。

 

「説明してくれる? 二人とも?」

 

 おれの視線に刹那と十和子は何処かソワソワしていた。

 

 

 

「なるほどね……」

 

 刹那たちのサクセスストーリでは、ある日突然魔法と出会った。魔法世界で修行した。別に魔法教会に所属している訳ではない。だから魔法の事を知っているだけの地球の人間──との事。

 何というか、二人が考えたにしては言い慣れてそうな理由だな……。前世の記憶で見慣れてそう。

 そして今日おれが魔法のゴタゴタに巻き込まれている事に気づいて助けてくれたらしい。これからも助けてくれるとも言ってくれた。それに異議を唱えたのはユナだった。

 

「そんな! これ以上人に迷惑をかける訳には──」

「いや、あさひには迷惑かけて良いの?」

 

 ユナの反論に対して、刹那は冷たい声で切り捨てた。

 

「迷惑をかけたくないなら、あさひを巻き込むな。魔法教会の到着を待っていろよ」

「それは、そうなんですが……でもこのままだとこの街で被害が」

「矛盾してる」

 

 十和子の声もまた冷たかった。

 

「お前は力及ばず、あさひに助けを求めた──その時点でこの街を守る事なんて不可能だ」

「……」

「そもそも、この状況に陥ったのはお前が先走って──」

「──やめて」

 

 おれは十和子の言葉を……いや、二人の追及を止めた。

 助けてくれた二人には感謝している。ユナに言っている事も正しい。

 何よりおれの事を想って言ってくれている事を理解している。

 でも、言い過ぎだ。正論を武器に責めているだけだ。そんなのは悲しいから──やめて欲しい。

 

「……分かった。でも」

(あさひが泣くところは見たくない)

 

「アタシ達の考えは変わらないから」

(もうあさひには泣いてほしくない)

 

「それでも、今ユナちゃんを責めても意味がないよ」

「あさひ……」

 

 お互いに譲れない気持ちがある。

 悲しいけど、仕方ない……か。

 心を読む限り、本当におれの事を心配しているし。

 

「そもそも! 本当は人間の女なのに、ね、猫の姿を良いことにあさひに洗って貰うのはけしからん!」

「ああ、全くもってその通りだ」

 

 ……いや、おれの事を心配しているのは確かなんだ。

 でも、何だ。この二人は欲望に忠実というか、嫉妬深いというか……相変わらずだなぁ。

 

「……? 何を言っているの?」

 

 しかし、ユナの様子がおかしい。

 正確には刹那の言葉を聞いてから、何やら怒気が溢れ出しているというか。

 今までは申し訳なさとか罪悪感とかで強く出れなかったのに、それが全て吹き飛んでいる様に思える。

 

「ボクは、男だ!!」

 

 そして感情を乗せて大声で叫び、

 

「「──ええええええええ!?!?」」

 

 それに負けないくらいに刹那と十和子は驚きの声を上げた。

 

 

 

 ……どういう事なの?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話『あさひと綺麗な空の旅』

 

『何で……どうして……!』

 

 画面越しに一人の男性が血濡れになって倒れていた。

 雪が積もり、白く染めた地面をさらに赤く染め上げるその光景を、◾️◾️という一人の女性が見ていた。

 酷い。あんまりだ。

 そう叫び、泣いても彼女には何ら影響はない。何故なら、画面越しに映っている光景は作り物なのだから。

 

『だって、貴方は魔法使いなんでしょ?』

 

 血濡れになった男性の近くに立つ男の子が呟く。

 魔法使いは悪い奴だ。生きていたらいけない存在だ。俺たち現実の世界を滅茶苦茶にする存在だと。

 そんな彼の言葉に賛同する様に、周りに居る人間達が「そうだそうだ」「地球は俺たちが守る」と叫んだ。

 

『おれは、君たちを助けようと──』

『関係ないよ』

 

 さっきまでは仲良く一緒にご飯を食べて、村の案内をしていた優しい少年は、何処までも冷え切った表情で自分を助けてくれた男性──月ノ本あさひを見下ろして。

 

『だって、貴方は魔法使いなのだから』

 

 次の瞬間、何かが振り下ろされる音と共に場面は切り替わり、何処までも綺麗な空が映し出された。

 月ノ本あさひが魔法と出会って大好きになった青空が。

 

「まったく……あの二人は何なんだ!」

「は、はははは」

 

 大地(アース)を封印し、転生者二人の今後の協力を得て家に帰って来た後。ユナはぷんぷんと頬を膨らませて怒っていた。よっぽど性別を間違えられた事が嫌だったらしい。

 

「ごめんね? おれが勘違いしたばかりに」

「そんな、あさひは悪くないよ」

 

 でもチ◯コないから雌だって言ったのはおれだし……。

 しかしあの二人はやはりというべきかユナの事を知っていた。おそらく原作知識で。だからこそユナが男である事に驚いていたみたいだけど……。

 ……それにしても。

 

(あからさま過ぎるなぁ、あの二人)

 

 ユナが男の子だと知ってからの二人の態度は分かり易過ぎた。

 それまでの冷たい態度は何だったのかと言わんばかりに平謝りしていたし、刹那に至っては──。

 

「これからは私が守るよ──ダーリン」

「は?」

 

 あの時のユナの冷たい声が忘れられない。凄く怖かった……。

 十和子もしどろもどろになって、何も言えずいつもの様に仏頂面を浮かべるだけになっていた。

 やっぱり二人とも男の子に対してコミュ障過ぎる……。

 当然ながらユナはそんな二人の態度に性別が間違えられた事も含めて怒り心頭で、口には出さなかったけど協力して貰う事を渋っていた。

 

「でも強いよねあの二人」

「……うん。不自然な程に。まだボクと同じ世界の人間だって言われた方が信じられるよ」

 

 どうやら家に居た時から学校で二人の強い魔力を感知していたらしく、おれの事が心配だったらしい。

 魔力量だけでおれの3倍だとか。

 流石は転生者。原作キャラよりも強くするのはテンプレだな。

 

「大丈夫だよ。ちょっと残念な所があるけど悪い子達じゃないから」

 

 今後の付き合いを考えておれが二人のフォローをすると、ユナは驚いた顔をしてから神妙な表情になり。

 

「あさひ……将来変な女に引っ掛からないでね?」

 

 それはとてもとても心配そうに言われました。

 ……どういう意味!? 

 

 そんな会話があった次の日。

 

 ビューッと力強い風が吹いた。思わず目を閉じてしまう程で、隣のラタと真琴も小さな悲鳴を上げる。

 

「……ふぅ。なんだか今日は朝から風が強いね」

 

 現在、四時間目の体育でサッカーをしている。グラウンドでボールを追いかけて駆け回るのは楽しいんだけど、真琴の言う通り朝から風が凄く強い。

 

「えー。このままだと中止になりそう……」

 

 ラタが不満そうにそう言い、おれもそれは嫌だなぁと思った。

 

旋風(ゲール)を使えば収まると思うけど……)

 

 ユナは言っていた。魔法は私利私欲で使ってはいけない、と。

 おれもその考えには賛成しているので、使うつもりはない。

 だから中止になった時はごめんねラタ。

 なんて考えながらこっちに来たボールを受け止めて、ゴールに向かって走り出し──。

 

 ──ヒュルルルルル……! 

 

「──え?」

 

 風を切る音のような、もしくは鳥の鳴き声のような、そんな不思議な音が聞こえて思わず足を止めた。

 それと同時に──今までの比ではない強風がおれ達を襲った。

 

「「「きゃあああああああ!?」」」

「みんな、早く校舎に──うわぁ!?」

 

 みんなの悲鳴と先生の怒号が聞こえる。

 おれも蹲って飛ばされない様にし、横にいた真琴はラタをお姫様抱っこにして踏ん張っていた。ラタは赤面していた。うん、大丈夫そうだな! 

 いや、でも他の人はそうも言っていられない。

 おれは服の中からペンダントを、宝石を取り出す。その時、ユナの言葉を思い出した。

 

「魔法はなるべく秘匿しなくてはいけないんだ。だから、使う時は細心の注意をして」

 

 ……此処で魔法を使うのは間違っているのかもしれない。

 でもこの風は明らかに普通じゃない。絶対にカードの仕業だ。

 だったら、バレても良いからみんなを守る為に魔法を使おう……! 

 覚悟を決めておれが詠唱を口にしようとした瞬間──。

 

「──リバースワールド展開!」

 

 聞き覚えのある叫び声が聞こえると同時に、世界の色が抜け落ちた。

 これは一体……? 

 宝石を握り締めて戸惑っていると、剣を片手に刹那がおれの前に飛び降りてきた。

 

「刹那ちゃん!」

「この結界の中なら、魔法がバレる事は無い。今なら良いよ」

「ありがとう!」

 

 刹那の言葉を聞いたおれは、宝石に魔力を込めて詠唱を開始し──。

 

「月の力。太陽の力──え?」

 

 しかし、次の瞬間風は止み、微かに感じていた魔力の気配が消え失せた。

 え、何で? 

 

「──逃げた、か」

 

 その一言と共に刹那の張った結界も解け、おれ達は現実世界に戻る。

 すると周りでは風が急に止み戸惑う生徒たちが居り、真琴とラタも不思議そうにしていた。すぐにお互いの顔が近くて赤面し合っていたけど。

 それにしても……。

 

「……助けて?」

 

 最後に聞こえた心の声に、おれは首を傾げた。

 

 

 

「あさひ、魔法を使おうとしただろ」

 

 放課後、おれは十和子に呼び出されて屋上へとやって来た。そこには刹那も居て魔法関係だという事が分かった。

 やって来たおれに対して、十和子は開口一番咎める口調でそう言った。

 

「ユナから聞いていないのか。魔法は隠すべきだって」

「……聞いている」

「だったら何故軽率にあんな所で堂々と使おうとした?」

 

 やっぱりと言うか、十和子は怒っているらしい。

 でも納得できない気持ちがあった。魔法は隠すべきというのは理解しているけど、あのまま何もしなかったらどうなっていたのか。想像するのに難しくなかった。

 

「このバカが結界を張ったから良かったけど、今後は控えるんだ」

「……でも、何もしないでジッとしていたらみんなが怪我をするかもしれなかったから」

「──お前が魔法使いだとバレたら、世間はお前を守ってくれないぞ」

 

 おれの反論は十和子に切って捨てられる。

 

「何も知らない世間は怪物だとお前を追放し、同じ世界の住人からは排除される。魔法の世界ってのはそういう世界なんだ」

「でも!」

「──一時の感情に身を任せた時……あさひ、お前は死ぬぞ」

 

 それだけ告げると、十和子は先に一人で帰ってしまった。

 その背中を見送るおれと刹那。

 ……何も言い返す事ができなかった。あんな心の声を聞いてしまったら。

 

(あさひは未来で死にかける。それも助けた普通の人の手によって。そんなの絶対にさせない!)

 

 魔女狩りと似た出来事なのだろうか。

 先ほどの十和子の様子は普通じゃ無かった。

 ……彼女が見た確定した未来って奴か。

 

「あの、あさひ。アイツいきなりメチャクチャな事言っているけど……間違った事は言っていないんだ」

 

 刹那もまた、珍しく十和子の言葉に賛同する様に口を開いた。

 

「出来るだけ私が結界を張ってバレない様にするけど、それでも間に合わない時がある。その時、もしあさひがあの場面みたいに──」

 

 そこまで言って刹那は口を閉じてそれ以上は話さなかった。

 しかしその反応で彼女もまた十和子と同じ未来を案じているのが分かった。

 

「ごめん、先に行くね」

「……うん。ありがとうね」

 

 刹那が先に帰ったのを見送って、おれはしばらく空を見上げ──自分も家に帰った。

 

 そして、今日起きた出来事をユナに話した。

 

「それは……二人が正しいよ」

 

 ユナはやっぱりというか、二人の言動に肯定を示した。

 

「過去にも自分が魔法使いである事を明かした人は一定数居たんだ。それで受け入れられて魔法から離れた人も居れば……迫害された人だって居る。それに、そこから犯罪に走る人も居て魔法教会も対応が遅れて大惨事になった事もある。だから、魔法の秘匿は絶対なんだ」

「そう、なんだ……そうだよね」

 

 その考えは分かる。でもそれでもし助ける事が出来た人を助ける事が出来なかったら。

 その先を思い浮かべる事が、おれはそっちの方が怖い。

 

「頼っていて図々しいけど……あさひの為にも、あさひの大切な人達の為にも、魔法はできるだけ隠して欲しいんだ」

「……うん、分かった。今後は軽率な行動は控えるよ」

 

 此処でようやく十和子や刹那、そしてユナの言っている事を飲み込めたおれは彼にそう誓い──魔力の気配を感知した。

 これは、昼に感じた魔力と同じだ。場所は──学校! 

 

 

 

「気配は感じる。でも、目に見えない……」

 

 夕方の人が少ない校庭で、おれは肩にユナを乗せて学校に戻って来ていた。さらに隣には同じく魔力の気配を感じ取ったのだろう、十和子と刹那も駆け付けていた。しかし、先ほどあんな会話をしたからか、二人の態度は何処か余所余所しい。

 おれはもう気にしていないし、何ならおれの為に心配し注意してくれた事はお礼を言いたいくらいなんだけど……。

 

 ──ピイイィイイイイ、ヒュルルルルルルル……! 

 

 そんな事を考えていると、強風と共に昼に聞いた鳴き声がした。

 風に飛ばされない様に踏ん張って空を見れば──居た。

 大きな翼を広げて悠々と空を飛んでいる巨大な鳥が。

 他の三人も気づいたのか、各々空を仰ぎ見ていた。

 

「あさひ!」

「うん、あれがカードだね!」

 

 おれは早速旋風(ゲール)のカードを取り出して、捕まえる為に魔法を使おうとし──。

 

(──)

「え?」

 

 聞こえてきた心の声に思わず動きを止めた。

 今の声って……まさか。

 改めて空を仰ぎ見て、そこに居る鳥をよく見た。

 そして気付く。あの鳥、もしかして……。

 

「あさひ! あの鳥は私たちで堕とす!」

「封印は任せたぞ」

 

 そう言って二人はそれぞれ魔法を使い空を飛んで──って。

 

「ダメ! 待って!」

 

 おれは慌てて叫んで呼び止めるが、二人は聞こえていないのかグングンと上空へと飛んでいく。

 今のあの鳥と二人を戦わせる訳にはいかない。

 そんなおれの想いも虚しく、二人は鳥の居る場所へと辿り着きそれぞれ剣と刀を振るい攻撃を始めた。

 

「はっ!」

「せいっ!」

 

 おそらく魔力を纏わせたのだろう。光り輝く武器で鳥の両翼をそれぞれ斬り落とす二人。

 しかし、強い風が吹くと同時に鳥の翼は元通りになり、二人に向かって思いっきり羽ばたいた。二人は防御魔法を展開するも魔力の篭った風を防ぎ切れなかったのか、そのまま地面に向かって凄い速さで落ちていく。

 このままじゃ二人が危ない。

 おれは大地(アース)のカードを取り出した。

 

「彼の者達を優しく受け止めよ──大地(アース)!」

 

 魔法が発動すると同時に地面がぐにゃぐにゃと蠢く。そこに二人が落ちると、まるでゴムの様に地中深くまで沈み、直ぐに元に戻って二人が放り出された。

 

「あた!?」

「ケツが!?」

 

 大地(アース)が解けた地面に放り出された二人はお尻から着地して悶絶している。もうちょっと優しくしても良いのに……。

 おれは怪我のない二人の元に駆け寄って叫んだ。

 

「二人とも!」

「あさひ……次こそはちゃんと」

「そうじゃなくて! ──あの子はおれに任せて欲しい」

 

 空を見上げてそう言うと、十和子が叫んだ。

 

「ダメだ! アタシ達二人の攻撃を受けてダメージが無かったんだ! 正直あさひじゃ太刀打ち──」

「──倒さないよ。おれは、あの子を助けたいんだ」

「──あさひ?」

「ユナくん。二人をお願い」

 

 何で? と十和子の心の声が聞こえた。それが今の状況なのか、それとも昼に注意した時に考えていた事なのかは分からない。でも聞こえてくる程に強い感情が込められているのは分かったから、おれは振り返って微笑んだ。大丈夫だとそう込めて。

 

「我を遥か彼方へと運び給へ──旋風(ゲール)!」

 

 おれは風に乗って空へと飛び。

 

「あさひ!」

 

 おれを呼び止めようとする叫び声を背に、苦しんでいるあの子の元へと飛ぶ。

 

 ──ピイイィイイイイ!! 

 

 空高く舞い、鳥の元へと辿り着くと、嘴を開いてこちらを威嚇してくる。とても怯えている。さっきの二人の攻撃も相待って。

 

「大丈夫だよ」

 

 おれはなるべく優しい声でゆっくりと近付く。

 

 ──ピイイィイイイイ! 

 

 しかし怯えた様子の鳥は力強く羽ばたいて、そのまま鎌鼬を発生させた。鎌鼬はおれに襲い掛かり、体の至る所に切り傷を作る。服が破れ、血で染まり、痛みが走る。

 それでもおれは、聞こえてくる心の声に従い──そっとその鳥を抱き締めた。

 

(──)

「大丈夫。怖くないよ。だから、おれに君を助けさせて」

 

 この子を見つけた時確かに聞こえたんだ。助けてって。

 良く見てみると、羽の付け根の所に傷跡があった。

 そこをソッと触れると、おれの中からナニカがゴッソリと抜け落ちていく感覚がし、鳥の傷跡が癒えていく。

 

「良かった。これで大丈夫だね」

『──ありがとう』

 

 その言葉と共に鳥が光り輝くとみるみる小さくなっていき、おれの胸の中に収まる程度のサイズに変わった。

 鳥はスリスリとおれに顔を擦り寄せてきて、ちょっとくすぐったかった。

 

「ふふふ。気付くのが遅れてごめんね?」

 

 しかし鳥は気にしないでと言わんばかりに首を振って、そしてこちらをジッと見つめる。封印して、という事だろう。

 おれは杖を構えて呪文を唱える。

 

「姿迷いしカードよ。我と契約し生まれ変われ。我が名はあさひ。汝の名は──飛翔(フライ)

 

 光り輝き、カードとなった飛翔(フライ)

 無事に封印ができたおれは旋風(ゲール)にそのまま下へと降ろして貰った。すると下で待っていた三人が駆け寄ってきた。

 

「あさひ、その怪我」

「あ、ちょっと切っちゃった」

「今から治療する」

 

 そう言って刹那が剣を傷痕に近付け、温かい光を灯してくれた。

 するとジクジクと感じていた痛みが和らいでいくのが感じ取れた。

 そうして治療をして貰いながら、おれは仏頂面で佇んでいる十和子へと視線を向けた。

 

「十和子ちゃん」

「──何であんな無茶をしたんだ」

「え?」

「アタシとそこのバカに任せれば、あさひが傷付かなくて済んだのに。それなのに、何で!」

「助けてって言われたから」

 

 おれの言葉に、十和子は息を呑んだ。

 

「今日の放課後、十和子ちゃんが怒ってた理由……ユナくんから聞いて理解したよ。ありがとうね。でも」

 

 おれは誰かを見捨てる事ができない。

 だから、例えおれが不幸になるとしても、誰かを助ける為なら魔法を使うだろう。傷付くだろう。無茶をするだろう。

 

「後悔はしない。絶対にしない。だから先に謝っておく──ごめんね」

「──っ」

 

 十和子は耐え切れないと表情を歪めると踵を返してそのまま走り去ってしまった。

 ……悪いことしちゃったな。

 聞こえてきた心の声に、そう思っていると側に居た刹那が口を開いた。

 

「あさひ。多分止めても意味がないだろうから、これだけは言っておく──私たちが守るから」

「刹那ちゃん」

「本当は私が、私だけがって言いたいけど、私馬鹿だから出来るか分からねーし、あのアホに頼りたくないけど仕方ないから手伝わせてやる」

「は、ははは」

「──まっ、だから私たちがフォローできる程度に無茶してくれ」

「ありがとう」

 

 おれは、刹那のその言葉に少しだけ救われた気がした。

 

 

(破れた箇所から見えるあさひの肌、えっっっっっっ!)

「…………刹那ちゃん、ちょっと目がえっち」

「え!?!?」

 

 刹那はユナからゴミを見る様な目で見られていた。

 

 

 

「それじゃあ、意味が無いんだ」

 

 帰路の途中、十和子は先ほどのあさひの言葉を思い出していた。

 あの言葉は聞いた事がある。

 間一髪仲間に助けられ、大親友にもう無理をしないでくれと懇願された時にあさひが言った言葉。あの場面はとても痛々しく、あさひの異常性がこれでもかと描写されており、彼女の前世のトラウマだった。

 だから、できればこの世界ではあさひには無理をしない様に育って欲しかったが──どうやらもう手遅れの様で彼女は悲しかった。

 

「──だからと言って諦めない」

 

 悲惨な未来を回避する為に、十和子は決意する。絶対にあさひを支え続けよう、と。

 そして万が一の時は──既に覚悟は決めている。

 おそらく刹那も同じ考えだろうと思い、この時能天気なあのバカが羨ましいと思った。

 

「それにしても」

 

 十和子はふと思い出す。

 先ほどの鳥は刹那と十和子の魔法で傷一つ付かなかった。転生者二人の一撃で、だ。

 にも関わらず傷を負っていたという事は──。

 

「アタシ達以外の誰かにやられたって事……?」

 

 その可能性を口にし、十和子は無意識にブルリと体を震わせた。

 

「──」

 

 そんな彼女を、物陰から野獣の如き眼光が貫いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話『あさひとプールとトラブルな1日』

 

「ふんふんふーん」

 

 朝食の準備と並行して弁当を作っている中、おれは自分でも分かるくらいには浮かれていた。

 

「おはよう。あら? 今日は機嫌が良いね」

 

 起きた叔父さんが、おれの様子にすぐに気付いた。

 おれは挨拶を返しつつ、作り終えた朝食をテーブルに並べて席に着いた。

 ふっふっふ。気になるみたいだ。

 頬が上がっているのを自覚しながら、おれは叔父さんの疑問に答えた。

 

「今日はプールの日なんだ! やっと泳げるよ」

「ああ。もうそんな時期か。あさひはスポーツが好きだったね」

 

 そうなんだよな。この身体に転生したからかどうかは分からないけど、体育の時間が凄く楽しく感じる。体力もあるし、活躍できるし、精神が肉体に引っ張られている事を無しにしても楽しい。

 ラタや真琴も楽しみにしており、昨日も夜遅くまでその事について話していた。

 

「あ、叔父さん。見て見て」

「ん?」

 

 そう言っておれは立ち上がり、上着を捲ってその下を見せた。

 そこには、学校指定の水着があり、それを見た叔父さんは何故か味噌汁を吹き出していた。どうしたんだろう? 

 そう思いつつも、おれは得意気に言う。

 

「実はもう着ているんだよね。多分ラタと真琴も同じ事をしていると思う!」

 

 ちなみに、この世界の男性の水着はパンツだけでなく、胸を覆うタイプのものもある。胸当て? スポーツブラ? そんな感じの物だ。

 

「……あさひ。はしたないぞ」

「え?」

「とりあえず、刹那ちゃんや十和子ちゃんの前でやらない様に」

「? する訳ないじゃん」

 

 変な叔父さんだなぁ。

 何で彼女達の前でそんな事すると思ったんだろ? 

 

「……健二、ちゃんとその辺教育しておけよ……」

 

 何だか叔父さん、疲れた表情を浮かべている……。

 元々朝が弱かったし、執筆作業に疲れているのかな。

 今日の弁当は叔父さんの好きなおかずをたくさん入れているし、それで元気出して欲しいな。

 そう思いつつも、おれは今日のプールの授業に心が奪われていた。

 

 

 第五話『あさひとプールとトラブルな1日』

 

 

 教室に着くと同時に、おれは二人の友達に元気よく挨拶をした。

 

「おはよう、二人とも!」

「おはようあさひ」

「おっすあさひ。今日はテンション高いね」

「うん! なんて言ったって、今日はプールだから!」

 

 正直、ここ最近は普通の授業が退屈に感じていた。

 初めは懐かしさを感じ、先生がどの様に工夫して教えているのか考えながら受けていた為、新鮮で面白かった。

 しかし、それも最近は飽きてきて、だから体育の授業で思いっきり体を動かすのが楽しく、夏の間でしか味わえないプールは好きだった。

 そしてそれは、目の前の二人も同じ様で楽しみにしている様子を隠し切れていなかった。

 

「実はオレ、家から水着着て来たり……」

「マジ? 実は俺も……」

「ふっ。考える事はみんな一緒だな」

 

 おれもラタも真琴もテンションが凄い。

 

「今日の四時間目が楽しみだね!」

「うん! あ、でも……」

 

 しかし、そこでラタがちょっとを眉を顰めた。

 

「刹那たちと合同授業らしいよ」

「「ああ……」」

 

 ラタが何を懸念しているのか理解してしまうおれと真琴。

 二人はまだ小学生だから、刹那たちが男子に向ける視線がどういう物か分からないだろうけど、転生者であるおれは理解している。まぁ、ちょっとオブラートに包むとお猿さんみたいなものだ。

 あれ? でもよく考えると転生しているって事は精神年齢は成人済みの可能性が高い訳で、そんな彼女たちが小学生をソウイウ目で見ているって事は……。

 ……うん。気にしたら負けだな。イエスショタノータッチ。

 しかし、今時の小学生はそういう事に敏感なのだろうか? 

 

 そんな事を考えて四時限目。

 退屈な授業を乗り越えたおれ達は、水着に着替えて学校内のプールへとやって来た! テンション上がるぜ! 

 

「では、皆さん。入る前にしっかりと体操をしましょうね」

「「はーい!」」

 

 先生の言葉にみんなはいつも以上に素直に従った。

 さっきまで冷たいシャワーにキャーキャー言っていたのに単純だな。まぁ、その単純な集団の中におれも入っているのだけど。

 

「……それにしても」

 

 転生して十年以上経っているが、未だに慣れていない事がある。

 それは女子の水着だ。

 貞操観念逆転しているからか、この世界の女性の水着は──基本海パンなのである。ただ胸のサイズが大きい人は垂れ乳予防だとか、クーパー靭帯だとかでビキニブラも着けている。

 

 逆に言うと、貧乳や絶壁。そして幼い少女達はブラを着けないのである。

 

「んー! 今日は晴れて良かったなー」

 

 腕を伸ばし恥ずかしがる事も無く上半身裸の刹那。元々超絶という言葉が頭に付くほどの美少女で、その裸体が惜しげもなく大衆の場に晒していると思うと、頬が赤くなり恥ずかしくなってくる。

 

「ああ。最高だ……」

 

 そしてこっちを凝視している十和子も胸にあるピンク色の突起を隠しておらず、イヤらしい事を考えている声が聞こえたせいでこっちもそういう気分になりかけた。おのれムッツリ助平め。

 

「どうしたのあさひ? 顔が赤いよ?」

「熱でもあるの?」

「だ、大丈夫」

 

 そしてブラでしっかりと胸を隠しているラタと真琴を見て、改めてこの世界はおれの元居た世界と違うんだなーと達観する。

 ……心無しか、女子の目線がおれの下半身に集中している気がする。

 反応はしていない筈だけど。

 

(月ノ本さんって年齢の割に……)

(ああ。結構大きいよな……)

 

 ……ちなみに、男子の海パンは漏れ無く全員ブーメランパンツである。つまりアレの形がモッコリ丸分かりだ。クソが。

 

 そんな風にドキドキしたり、うんざりしながらもプールの授業は進み、待ちに待った自由時間となった。

 おれは真琴とラタと一緒に水を掛け合って遊んでいた。

 

「そりゃ!」

「キャッ!? やったなー! それ!」

「わぷ!? 真琴くんもラタくんも激しいよ!」

 

 やっぱり友達とプールで遊ぶのは楽しくて、前世の子どもの時を思い出して自然と笑顔になった。

 

「……この世界に転生して良かった」

「……ああ、同感だ」

 

 ……約二名の視線が少し気になるが。

 

「……ん?」

 

 そうやって三人で遊んでいると、おれはふと違和感を感じた。

 何だかプールの流れがおかしい。みんな思い思い遊んでいる為、多少の流れがあるのは別に不自然じゃ無いんだけど──だんだん早くなってない? 

 

 そんなおれの違和感は正しかったらしく──突如、プールの中で大きな渦潮が発生し、おれ達はその中に飲み込まれた。

 

 ──キャアァァアアア!? 

 ──ラタ、今助け……! 

 ──真琴……! 

 ──みんな、早く出てきて……! 

 

 水流に巻き込まれながらもみんなの声は聞こえた。

 このままじゃ、みんな溺れてしまう……! 

 おれは、万が一にと持ってきた宝石を手にして何とか顔だけを水中から出して急いで詠唱する。

 

「月の力よ。太陽の力よ。我が呼び掛けに応え給え。天光満ちとし時我はあり。星の導きの元汝あり。真の姿を我の前に示せ、魔法の杖。──メタモルフォーゼ・マジカルアップ!」

 

 宝石が杖に変わる瞬間、おれの耳は仲間の声を捉えた。

 

「──リバースワールド展開!」

 

 世界がモノクロへと変わり、飲み込まれていた真琴達が消え──否、魔力を持つおれ達もプールの水飲みが異空間へと飛ばされた。それはつまり──やっぱりこの水はカードの仕業って事だ。

 

「あさひ!」

 

 十和子がおれの鞄からカードを取って来たのだろう。こっちに向けて一枚のカードを投げ付けた。

 おれはそのカードに杖を向けて魔法を発動させる。

 

旋風(ゲール)!」

 

 風が巻き起こり、俺に纏わりついていた水を薙ぎ払った。

 

 ──ビリッ。

 

 旋風(ゲール)でそのままおれはプールサイドに着地すると、振り返って杖を構える。

 

「あさひ。残りのカードを──!?」

 

 十和子からカードを受け取り、おれはありがとうと手短に返事をしつつ思考を続けた。

 相手は水。旋風(ゲール)で切り裂く事は出来たけど実体が無い。どうすれば……。

 

「──そうだ」

 

 実体が無いなら作れば良い。

 おれはとあるカードを選んで杖先に飛ばして詠唱する。

 

「実体無き水に混ざり、彼の者を捕らえよ──大地(アース)!」

 

 魔法が発動すると後者から砂が巻き起こりプールの水と混ざり合う。すると砂と水は泥へと変わり動きが鈍くなった。

 

「なるほど! 土と混ぜれば水は泥になって──へ?」

 

 刹那の賞賛の声を聞きながら、おれは走り出す。魔力の強い所は、大地(アース)と混ざり合った事で手に取る様に分かる! 

 

「姿迷いしカードよ。我と契約し生まれ変われ。我が名はあさひ。汝の名は──流水(ストリーム)!」

 

 杖先に大地(アース)で動きを止められた魔力が集い、そのまま封印されてカードとなった。絵柄を確認すると旋風(ゲール)大地(アース)と同じ様に不思議な格好をしている少年が描かれていた。

 これで集まったのは5枚。ユナ曰く21枚あるらしいから、後16枚か。先は長いな。

 

「お疲れ様二人とも。助けてくれてありがとうね」

「……」

「……」

 

 振り返って刹那と十和子にお礼の言葉を送る。二人のおかげでみんなに魔法がバレる事なく、無事にカードを封印する事ができたからだ。

 しかし、二人はおれの言葉に返事する事はなかった。というか、様子がおかしい。

 十和子は何故かあらぬ方向に顔を背けて、しかしこちらをチラチラとこちらを見て、刹那はこちらを凝視していた。共通しているのは顔が赤い事だろうか? 

 

 そう不思議に思っていると、刹那の結界が解けていく。

 おれは慌てて杖を元に戻し、カードは水着のポケットに入れた。

 すると世界が元に戻り、プールも流水(ストリーム)が封印された影響で元に戻っていた。プールの中に居た皆は激流だった水が穏やかになっており、戸惑った様子を見せていた。

 

「いったい何が……あれ? あさひは?」

「何処に……あ、あそこに──ってあさひ!?」

「あ、二人とも無事だっ──」

 

 いつの間にかプールから上がっていたおれを見つけた真琴とラタ。

 しかしこちらを見ると二人は揃ってこちらに向かって駆け出してきた。

 どうしたんだろう。

 さらに周りからの視線がいやにおれに集まっている気がする。特に女子の視線が多い。何故か蹲ってお腹? ら辺を抑えていた。

 

「あさひ、早くこっちに!」

「女子はこっち見るな!」

 

 真琴がおれをみんなの視線から遮る様にして更衣室へと連れて行き、ラタは周囲の女子に威嚇をした。

 なになに? 二人ともどうしたんだ? 

 

「どうしたの二人とも?」

「どうしたはこっちの台詞だ!」

「何でアンタ、上の水着千切れてんだよ!」

「──へ?」

 

 そう言われて視線を下に向ければ──確かに胸の部分の水着が千切れていた。

 そう言えば、流水(ストリーム)の拘束から抜け出す時に旋風(ゲール)を使ったけど……もしかしてあの時か? 

 そして記憶を辿れば思い出す事も増えて来て、十和子と刹那の様子が変だった理由にも合点が行き……改めて己の行動を振り返る。

 

 前世の記憶があるおれからすれば、水着イコール海パンのみである。

 しかしこちらの世界は貞操逆転しており、おれの先ほどの行動はおれの世界で言うとブラを付けていない女性そのもので──。

 

「……──っ」

 

 刹那や十和子、そして女子たちの視線の意味を理解したおれは、自然と己の頬が赤くなるのを感じた。

 いや、何で恥ずかしがっているんだ! おれは男だぞ! ……でもこの世界の男はそれが当たり前なんだ。

 この世界に染まって来ている自分に頭を抱え、先ほどの自分の痴態を思い出し、しばらく立ち直れなかった。

 

 

 

「本当、今日は散々だったね」

 

 替えの水着を借りて授業に改めて参加し、プールの授業を終えたおれ達は更衣室で着替えていた。

 ラタが何処か同情した様子でおれに声を掛けてくれたが、あまり元気出そうにない。

 戻った時の女子の興奮した視線と男子の軽蔑した視線が辛かった……。ラタと真琴が居なかったら耐えられなかったかもしれない。

 

「まぁ、もう忘れようぜ。嫌な事はさ」

 

 そう言って慰めてくれる真琴への好感度は上がり続けている。本当に良い子だ……。

 

「……あれ?」

 

 しかし、ふと真琴が固まった。

 どうしたのだろうか? と思っていると。

 

「……あ」

 

 ラタも固まってしまった。

 ……? どうしたんだろう。

 二人を見てみると、着替え袋の中を見て絶望した顔をしていた。

 ──ちょっと待って。

 おれはすぐさま自分の着替え袋の中を見て……おそらく二人と同じ理由で絶望した。

 

「……ねぇ、二人とも」

「……なに」

「……今日さ、水着着て来たんだよね」

「そう、だな……」

「……下着、持って来た?」

「……」

「……」

 

 沈黙が、全てを語っていた。

 どうしよう。

 

 

 

「スースーする……」

「バカ、バレたらどうすんだよ……!」

 

 まさかそのまま水着を着て制服を着る事が出来るはずも無く、おれ達三人は下着無しで制服を着る羽目になった。

 真琴がモジモジしてそう言うと、ラタが嗜めながらも興奮した目で彼の事を見ていた。ちょっと前屈みになっている。

 時折こちらに視線が来るけど、今はそれは良い。

 問題は……。

 

「よ、よぉあさひ。昼ごはん一緒に食べない?」

「……」

 

 この二人だ。さっきの事があって何処か挙動不審だ。

 いや、それは良い。良くないけど。

 問題は──今おれ達がノーパンノーシャツである事が二人にバレているかどうか、だ。

 この二人はエロい。エロい事が大好きである。特に原作キャラであるおれやラタ、真琴の艶やかな姿に興奮する本物だ。

 だから、既に把握している可能性は高い。後魔法使いだし。

 おれは心を読んだ。

 

(ああ、早く帰りたい。そしてさっきの光景をオカズに──)

 

 刹那てめぇこの野郎! あ、女だから野郎じゃないや。

 じゃなくて堂々と本人を前にエロ妄想しやがって! しかしおれ達がノーパンノーシャツなのはバレていないみたいだ。

 では、十和子はどうだ……? 

 

(ああ、早く帰りたい。そしてさっきの光景をオカズに──)

 

 十和子てめえこの野郎! だからこいつらは女だって! 

 というか一句一言間違い無いエロ妄想しているのはどうなんだ!? やっぱりお前ら仲良しだろ!? 

 しかしこの反応を見る限り気付いていない様である。

 

 ……しかし、それでも。

 

「は、ははは……ちょーっと今日は遠慮して欲しいかなぁ」

 

 おれは二人を遠ざけた。

 表向きはさっきのが恥ずかしいから、と装っているが実際は今の痴態をバレない様にする為である。

 ……絶対に近くに居たらバレる。おれにはそんな確信があった。

 

「まぁまぁ、そう言わずに」

「いやいや、本当に今日は」

「まぁまぁまぁまぁ」

「いやいやいやいや」

 

 バチバチと見えない火花を散らすおれと刹那と十和子。

 くそ、エロに取り憑かれた転生者はこうも厄介なのか……! 

 そんな攻防をしていると昼休憩の終わりが近づき、急いでおれ達は昼食を取る羽目になった。

 とりあえずバレてないと思うが……。

 そう考えながら何とか一日を乗り切ろうとするおれだが、そんな日にトラブルは付き物で……。

 

「月ノ本さん。この問題の答えを解いてみて」

「は、はぁい……」

 

 何故かこういう日に限って先生に当てられ。

 

「おりゃ!」

「きゃ!? もう、女子ー!」

 

「……」

 

 近くで女子が男子のズボンをずり下ろすという、おれの世界でいうスカート捲りの回数がおれの周りで多発し。

 

「うわー雨だ」

「今日傘持って来てないよ」

 

「……」

 

 天気予報では晴れだったのに、下校時間になると同時に雨が降ってきた。当然ながら傘は無い。

 

「あさひ、ウチの者に車で来てもらおうか?」

「……分かった。そうす──」

 

 真琴の提案に頷こうとした瞬間、おれは魔力の気配を探知した。

 え? うそ? こんな時に? 

 

(あさひ! カードが出たみたいだ! ボクは先に行っているね!)

 

 さらに魔法でユナからの念話が届く。これでおれが行かなかったら怪訝な顔をされる。

 しかし、今の状態でこの雨の中を進めば──仕方ない。

 

「ごめん、おれは急ぐから先に帰る!」

「あ、あさひ!?」

 

 後ろから真琴の呼び止める声が響くが、おれは雨の中走り続けた。雨が服を濡らし、そのまま肌に張り付く。心無しかすれ違う人達がこっちを見ている気がして恥ずかしかった。

 だからおれは必死に走り、10分経った頃にはカードの気配がする場所に辿り着いた。

 

「ユナくん!」

「あさひ──ってずぶ濡れじゃないか!? それにその服もしかして」

「──今は良いから!」

 

 おれは手早く杖を取り出し呪文を取り出し、真の姿を解放する。

 

「月の力よ。太陽の力よ。我が呼び掛けに応え給え。天光満ちとし時我はあり。星の導きの元汝あり。真の姿を我の前に示せ、魔法の杖。──メタモルフォーゼ・マジカルアップ!」

 

 月と太陽の杖を携え、おれが視線を向ける先にはメキメキと音を立てて成長している巨大な木があった。

 確かに魔力が感じられる。雨が降っているせいで成長促進されているのか? 

 とにかく。

 

「あの二人が来る前に、片付けないと……!」

 

 そしてすぐに家に帰って着替える! これ以上エロい目で見られたくない! 

 

跳躍(ジャンプ)!」

 

 カードを使い、跳躍したおれは杖を大きく振りかぶって木に向かって振り下ろす。当然封印の為の詠唱を唱えながら。

 

「姿迷いしカードよ。我と契約し生まれ──」

「危ない、あさひ!」

 

 しかし、おれの封印が発動する事はなかった。

 危機を察知したのか、幾つもの蔓がおれに向かって伸び杖が絡め取られてしまった。

 それに加えて……。

 

「わ、ちょ、やめ!?」

「あさひ!? うわ、ボクまで──」

 

 あっという間におれ達は蔓に拘束されてしまった。

 しかも何故か縛り方がエロい。杖を使わせない様にしているからか、おれは両腕を上げた状態で身動きが取れず、さらに蔓がズルズルと服の中に──って、そこはダメだろ!? 男のおれにそんな事しても何処に需要が──んっ……!? 

 

「あさひ!」

「大丈夫か!?」

「刹那ちゃん……十和子ちゃん……!」

 

 そんなおれ達の元に刹那と十和子が駆けつけて来た。

 本当はさっさと片付けたかったけど、そうも言っていられない。こうなったらこの二人に助けて貰おう。

 ……しかし二人に動きはなく、その場に佇んでこちらをジッと見つめていた。

 ……。

 …………。

 

「──二人とも? 早く、助けて、くれるかな?」

「──わ、分かった!」

「ご、ごめん!」

 

 そう言って二人は自分達の杖を持ち出し、成長する木に向かって斬撃を飛ばす。すると幾つもの枝が斬り落とされるが……それ以上に成長速度が高くて片っ端から再生していく。

 やっぱり、この雨が原因か。

 

「刹那ちゃん! おれの腕の蔓を斬って!」

「分かった!」

 

 刹那ちゃんは一飛びでおれの元まで来ると、おれの腕を拘束していた蔓を斬ってくれた。すぐに再生するが刹那が斬ってくれる。

 

「このまま拘束を解いて……」

「いや、このままで良い!」

 

 そう言っておれは一枚のカードを取り出し、魔法を発動させる。

 

「天より降り注ぐ恵を止めたまえ──流水(ストリーム)!」

 

 流水(ストリーム)のカードを使い、ここ周辺の雨を操る。

 そして木々に降り注がない様に空中で雨を滞空させた。

 これで異常な再生速度は封じる事ができた筈だ。

 

「二人とも、今だ!」

 

 おれの合図に反応して、二人はそれぞれ魔力を高めて得意魔法を発動させる。

 

「──広範囲斬撃魔法発動【インフィニティーブレード】」

 

 刹那が剣を掲げると、天から大量の剣が降り注ぎ次々と木々を切断していく。再生しようとするが今度は刹那の魔法の方が早く、多く、鋭い。

 それを理解したのは、木々は一点に集中して巨大な球体となり防御の構えをとった。確かにそれなら天から降る剣に耐える事ができる。

 でも……。

 

「──一刀流【斬空刃・無頼】」

 

 そこに十和子が居合いの構えを取ったまま突っ込み──姿が消えたかと思うと暴走しているカードの背後にいた。

 そしていつの間にか抜いていた刀を鞘に戻し、チンッと音が鳴ると……無数の斬撃が走りバラバラになった。

 

「今だ、あさひ!」

「封印を!」

 

 二人の声に従い、おれはもう一度杖を振り下ろす。

 

「姿迷いしカードよ。我と契約し生まれ変われ。我が名はあさひ。汝の名は──樹木(フォレスト)!」

 

 すると杖先に魔力が集い、カードとなった樹木(フォレスト)

 今日捕まえた流水(ストリーム)同様に少年の絵が描かれていた。

 ……何か法則性が見えてきた気がする。

 

「あさひ! 上!」

「上?」

 

 突如刹那が焦った様子で叫び、おれは上を見ると──そこには流水(ストリーム)が止めていた雨が。

 そして魔法の効果が切れた大量の水はおれたちに降り注ぎ──。

 

「うわあああああ!?」

「きゃあああああ!?」

「あさひ!!」

 

 おれ、刹那、十和子の声が聞こえるも直ぐに水により流されてしまう。

 そしておれは前後左右が一瞬分からなくなるほどの衝撃を受けて──しかしすぐに感覚を取り戻す。

 

「──むぐ」

「うひゃ!?」

「……む?」

「ちょ!?」

 

 それも、くすぐったい感触と共に。

 おれは、視線を下に向ける。すると刹那と十和子二人の目とあった。しかし二人は声を出す事ができない。何故か? それはそれぞれ何かを口に含んでいるからだ。そしてそのまま声を出すとおれは無意識に体をビクンと体を震わせてしまう。

 ……上半身にある敏感な部分。二人はそれぞれ左右おれのを唇で受け止めていた。

 さらに何かに捕まろうとしたのだろう。二人の左腕と右腕はそれぞれ下に下ろされており、握っていた。時折ビクンと力を込められてしまい、おれはしたくもない反応を徐々にして──。

 

「──飛翔(フライ)!!」

「──ぁ」

「──ぷは」

 

 おれは飛翔(フライ)を使って二人を押し退けて空を飛び、気絶しているユナを掴んで家に向かって飛んだ。

 

「二人のエッチイイイイイイイィイイイイ!」

「!? ちょ、待てあさひ! 誤解だぁあああ!」

「弁護させてくれえええ!」

 

 しかし二人の言葉を聞く事はできず、おれはそのまま家に帰り。

 

「もうお婿に行けない……」

 

 一人自室で落ち込み、そして興奮した己の体を慰めた。

 その後、家に帰ってきた叔父に「風間の血か」と何やら納得した様子で頷いていた。

 しばらくナマコ料理だけを作り続けた。

 

 次の日、おれは学校を休んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話『あさひと学校の七不思議』

 

「七不思議?」

「そう。オレも最近知ったんだけど、この学校にもあるらしい」

 

 いつもの様に中庭で昼食を摂っていると、ふとラタが思い出した様に話題を切り出した。真琴が不思議そうに問い返すと、彼は頷いてから続きを話し始める。

 

 別にしなくて良いのに。

 

「降りる時と昇る時に数が違う階段。夜中に音が鳴るピアノ。一人で走り出す人体模型。まっ、割と何処でも聞く内容なんだけど()()一つだけ妙なのが出来たんだ」

「……最近?」

「そう、最近」

 

 真琴の疑問も当然だ。こういう七不思議というのは、大抵使い古されたモノで最近追加された〜なんて話自体がおかしい。

 

 そもそも昼間からこういう話題で盛り上がるのがおかしい。

 

「夕方の5時55分に視聴覚室に行くと、出るんだって」

「出るってもしかして──」

「あ、二人とも。今日の卵焼き自信作なんだ。良かったら食べてよ」

 

 おれは真琴の言葉を遮り、ラタの話を中断させて弁当箱から卵焼きをそれぞれお二人にあげた。

 二人はキョトンとした顔をするも、おれの卵焼きを食べると頬を綻ばせる。

 

「ん……! 美味しい!」

「アンタまた腕上げたんじゃない?」

「えへへ。ありがとう」

「んで、話戻すけど出るんだって幽霊」

 

 おれは耳を塞いだ。

 

 

 第六話『あさひと学校の七不思議』

 

 

「あはは。相変わらずそういうの苦手なんだねあさひは」

「怖がっているあさひかわいい……」

 

 ラタ、きらい。

 

 ……いや、別に苦手という訳ではない。だって? おれも一度死んで生まれ変わった転生者で? 幽霊と近い存在ですし? それに最近は魔法と出会って日夜ご町内を守る為に魔法少年させて貰っている訳で? そんなおれが幽霊怖がるとかそんな訳──。

 

「ちなみに。最新情報だと血濡れの髪の長い女だったらしい」

「ひえん」

 

 ひえん。

 

「大丈夫だぞあさひー。所詮は七不思議。いわゆる作り話だ」

 

 真琴が苦笑しながら慰めてくれる。精神年齢はおれの方が上なのに情けない……。

 

 そう、おれは幽霊が苦手だ。それは前世からも同じで、しかし今世からはさらに苦手になった。

 ……理由? 心も読む能力で、何もない所からすんごい怨念籠った声が聞こえたらどうなる? 普通にチビる。あれは無理。

 分からないから怖いじゃなくて、身近に感じ取れるからこそ怖いのだ。

 

「それがそうでも無いみたいなんだ」

 

 そしてこういう話題が大好きなラタは、おれが怖がっている様子に興奮しながら話を続ける。この時のラタはドSなので嫌いです! 

 

「視聴覚室で見るっていうのは確かなんだけど、全員見た物がバラバラなんだ」

「バラバラ?」

「そう。一つ目の白いオバケだったり、首の無い落武者だったり、体の下半身がないお婆さんだったり」

 

 お願いだからもうやめてくれ……。

 

「確かに他の七不思議と比べてふわっとしているな」

「そそ。だからさ、今日確かめに行って見ない?」

「……え?」

 

 ──そして放課後。

 

「何でアタシまで巻き込まれているんだ……」

「いいじゃん別に。もしもの時は盾になってよ」

「酷い」

 

 現在の時間が夕方の5時40分。視聴覚室前にて、おれはラタと真琴、そしてラタに無理矢理連れて来られた十和子と四人で集合していた。

 刹那は親に呼び出し喰らっているらしく、今回不参加だ。良いな。おれも不参加だったら良かったのに。

 

「……怖いの?」

「………………うん」

 

 認めたくないけど、おれは観念して頷いた。

 情け無くて泣けてくる。

 

(あぁ。やっぱり原作通りあさひは幽霊苦手なのか。魔力があるせいで、昔からそういうの感知していたみたいだし)

 

 十和子の心を読んで、ああそういえば変な気配を感じる時があったなぁと納得した。あれって幽霊だったんだ。部屋に塩撒かないと。

 さらに気分が落ち込み、おそらく顔を青くさせていると十和子の心の声が聞こえた。

 

(でも、そうなるとあさひは両親が幽霊として出てきたら怖いのだろうか……)

 

 ──父さんと母さん、か。

 二人が死んで時間が経った。今でも夢に見る。二人と一緒に過ごした日々を。そしてその当たり前の日常がある日突然崩れ落ちたあの日の事を。

 ……ラタや真琴、十和子や刹那のおかげで前を見て生きていく事はできているが、やっぱりふと思ってしまう。二人に会いたい、と。

 

「そろそろ時間だ。それじゃあ、行くよ?」

 

 できれば会うのなら二人が良いな……。

 そんな風に思いながらおれはラタに手を引かれて視聴覚室に入る。

 

「……暗いな」

 

 夕方になり、電気も点けていない。暗いと言えば当然だけど、噂のせいでいつもよりも五割り増しで暗く感じる。というか怖い。

 ラタも怖いのか、少し声が震えていた。

 反対に真琴は平気なのかキョロキョロと辺りを見渡し、件の七不思議を探す余裕を見せている。

 十和子は欠伸をしながら「どうせ噂」と信じていない様子だった。どうやらこのイベントは彼女の知識にない。つまり原作では起きなかった出来事の様だ。

 

 だったらもう帰ったら良いんじゃないかな!? 早く帰ろうぜ! 

 

 そう叫ぼうとした瞬間だった。

 

「え──」

 

 ラタの引き攣った声に全員が視線を向ける。そして同時に息を呑んだ。

 何故なら──5時55分になり、学校の七不思議に出会ってしまったから。

 

「きゃあああああ!?」

「うわあああああ!?」

 

 皆が叫び出し、急いで視聴覚室を出ていく。そして廊下を走り、玄関に来た所で全員が顔を見合わせて叫んだ。

 

「男と女の幽霊!」

 

 おれが叫び、

 

「髪の長い血だらけの女!」

 

 ラタが叫び、

 

「口が裂けた股間がモッコリしていた男!」

 

 十和子が叫び、

 

「……肉まん」

『……え?』

 

 そして真琴の呟きに、おれ達三人は素っ頓狂な声を出した。

 ……どういう事なの? 

 

 

 

「それってカードの仕業じゃないの?」

「やっぱりそう思う?」

 

 家に帰り、おれはユナに今日起きた出来事を話した。

 すると冷静になっておれが辿り着いた答えと同じ事を言った。

 

 現在、叔父さんはいつもの仕事で家を出ている。

 だからおれが料理しながら会話をしていても変だとは思われない。……この前危うくバレそうになり、猫に話しかける演技をして温かい目で見られたのは恥ずかしかった。

 

「真琴くん。あの時お腹空いたから肉まん食べたいって思ったらしくて……」

「そしてラタって子は噂で聞いた幽霊を、十和子も自分の思う怖いと思う幽霊を考えていて……」

「……おれは」

 

 おれが直前に考えたのは両親の事だ。

 あの時は気が動転して逃げ出してしまったけど……。

 

「考える限り、その人の見たいモノを見せるカードみたいだけど……あさひ」

「……何?」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 しかしおれの返答に満足できなかったのか、彼はため息を吐いて再度問いかけて来た。

 

「もう一度聞くね──お父さんとお母さんが出て来て、ちゃんと封印できる?」

「……」

「今までのカード達は色んな力を使って来た。でもどれも分かりやすい力だった……でも、今回は違う。もしかしたら今まで一番危険かもしれない」

「だったら尚更だよ。このまま放って置いたら学校の誰かが悲しい目に遭ってしまう。だから」

 

 その前に封印しよう。

 強い意志を持ってそう言えば、ユナはそれ以上言うつもりないのか頷いてくれた。

 おれはその後、十和子と刹那に連絡して明日視聴覚室に居るカードを封印しに行く事を伝えた。

 

 

 

「リバースワールド展開!」

 

 放課後になり、あさひ達三人は視聴覚室に訪れていた。

 刹那による結界により、彼女達と視聴覚室に居るカードが世界から切り離された。

 

「しかし、魔力を感じないな……」

 

 扉を前に刹那が不思議そうに言う。

 噂が流れ始めたのは少し前。もしカードの仕業なら魔力の気配で分かる筈だと疑問に思った様だ。

 

「もしかしたら、そういう気配を消す力を持っているのかもしれない」

「気配を消す。みんなにそれぞれ見たいモノを見せる……多芸だな」

 

 ユナの予想を聞いた十和子が何処か関心した様に言った。

 そうこうしているうちに時刻は5時50分。そろそろカードが現れる時間だ。

 しかし、突入前にユナが全員に改めて今回の作戦を伝えた。

 

「相手はこっちの思考を読んで姿を変える。だったら怖いものを思い浮かべず、なるべく無力化しやすいモノを考えるんだ」

「オッケー、もうイメージはできている」

「アタシもだ」

「そしてあさひ」

 

 刹那と十和子の返事を聞いたユナは、あさひを見る。

 

「絶対に、両親の事を思い浮かべたらいけないよ」

「……分かった」

 

 ユナの忠告を聞くも何処かあさひの返事は弱く。

 しかし、時間は待ってくれず55分となった。

 

「では、突撃!」

 

 四人が入ると同時に、視聴覚室の七不思議は幻をそれぞれ見せた。

 ユナが考えた無力化できるモノに──ではない。

 

「な、ななななな──何で此れが此処に!?」

 

 ユナが見たのは、あさひの家のパソコンでコッソリと見ていた少年漫画のGL同人誌が。

 彼はあたふたと顔を真っ赤にさせてみんなに誤魔化すための言葉を吐き捨てる。

 

「いや、違うのみんな! 普段からこういうの見ている訳じゃなくてあさひの叔父さんが!」

 

 しかし、彼の言葉が皆に届く事はなかった。

 それぞれが違うモノを見て囚われてしまったからだ。

 

「こ、これはぁぁああああ!!」

 

 刹那の目の前には際どい下着を来た大人となったあさひ、ラタ、真琴。さらに青い髪の青年と毛先が黒い銀髪の青年達が刹那に情欲の混じった視線を向けて……チラリと下着を下ろしてその下を見せた。

 

「ぐはぁ!?」

「刹那!?」

 

 刹那が鼻血を噴出させて倒れる一方、十和子もまた幻に意識を囚われていた。

 

「待て待て待て待て! それ以上見るなクソ姉貴!」

 

 十和子の目の前には、この世界には無いはずの前世のノートを真剣な表情で見ている今世の姉の姿があった。しかしあのノートはただのノートではない。かつて厨二病という大病を患っていた十和子が前世で書き連ねた小説の内容、キャラ、設定が載っている。所謂黒歴史ノートという奴だ。

 今世の十和子の姉はその黒歴史ノートを一通り見ると……十和子に対して物凄く優しい表情を浮かべてうんうんと頷いた。

 

「──かはぁ!?」

「十和子!?」

 

 精神的な苦痛が限界に達し、血反吐を吐いて倒れる十和子。

 多分もう彼女はダメだ。ビクンビクンと痙攣を起こしている様はまるで打ち上げられた魚の様だ。

 

 そうなると、問題は──。

 

「──父さん。母さん」

 

 やっぱりか、とユナは舌打ちしそうになった。

 今回のカードはこちらを無力化する為の幻を見せて来ていた。ユナ達は見事術中にハマってしまい、刹那と十和子は見るからに再起不能だ。そしてあさひも──。

 

「ダメだ、あさひ! しっかりして!」

 

 ユナは叫んであさひに駆け寄るが。

 

「──きゃん!?」

 

 バチッと見えない壁に弾かれてしまう。

 カードの仕業? 否。今ユナを拒絶したのは──あさひ自身だ。

 彼の魔力が心に影響されて、この夢を終わらせない様に無意識に邪魔者を拒絶していたのだ。

 だから、誰の声も聞こえない。幻に導かれるまま彼は歩く。

 

「父さん。母さん。お願い、一人にしないで!」

 

 目に涙を浮かべて幻に向かって走るあさひ。

 そんなあさひにユナが叫んだ。

 

「ダメだあさひ! そっちは窓だ!」

 

 しかし彼の言葉は届かず、あさひは誘導されるまま窓に向かい、そして足を縁に掛けて……。

 

 そのまま飛び降りた。

 

「あさひ!」

 

 ユナが駆け寄るも、あさひはそのまま下へと落ちて行き──。

 

(父さん。母さん──)

 

 彼は大好きな二人を思い目を閉じて。

 

「──」

「──」

 

 何かに包まれる感覚と共に、そのまま意識を失った。

 

 

 

「……此処は」

 

 ふと目が覚めると、おれはベッドで寝ていた。

 薬品の匂い、周りの風景を見て此処が保健室だと理解した。

 

「やぁ。目が覚めたかい」

 

 ボーッとしていると隣から声がし、そちらに視線を向けるとそこには先生が居た。

 白衣を来てこちらを見つめる眼差しは優しい。

 ……確かこの人、1ヶ月前に赴任してきた先生だった。確か名前は……。

 

「ジーク先生?」

「はい、ジーク先生ですよ」

 

 ふんわりと笑う彼に、おれは何処か力が抜けた。

 

 ジーク・ロードスター。クリーム色の髪に緑色の瞳を持つ外国人教諭。その優しい性格から男女問わず生徒に人気だ。

 飲む? と渡されたココアを飲みホッと一息入れる。

 

「……」

 

 何があったのか思い出そうとし……そうだ、おれは視聴覚室に居たんだ。そして、父さんと母さんが現れて……。

 

「……」

「それにしてもびっくりしたよ。三階から月ノ本さんが落ちてくるのだから」

 

 それにしては怪我が無いな、と不思議に思った。

 先生が受け止めてくれたのだろうか?

 

「まぁね。こう見えても腕っ節には自信があるんだ」

 

 でも、と先生は続ける。

 

「多分君が助かったのはそれだけじゃないと思うよ」

「え?」

「見えるモノが正しい訳じゃ無い。見えないモノが間違っている訳じゃない」

「どういう意味ですか、先生?」

「……さて、ね」

 

 ただ先生は優しく微笑むと、外を見ておれに言った。

 

「保護者の人は呼んだから今日の所は帰りなさい」

「はい。あ、でも」

「神城さんと黒崎さんなら既に帰りましたよ。それとあの赤毛の子猫は今日は神城さんの家で預かるそうです」

「……そうですか」

 

 その後、迎えに来た叔父さんにおれは凄く心配され、少し説教されて、先生にお礼を言った後そのまま帰路に着いた。

 先生はおれたちの事を最後まで笑顔で手を振り続けて見送っていた。

 

「――どうか最後までこの町に降り注いだ厄災を取り除いてくださいね。月ノ本あさひさん。それが結果的に我が主の為になるのですから」

 

 

 

「ねぇ。叔父さん」

「どうした?」

 

 車に乗って家に帰る途中、おれは叔父さんに問い掛けた。

 

「死んだ父さんと母さんに今すぐ会いたいって言ったら……どう思う?」

「あさひ。それって」

 

 叔父さんの声が険しい物になる。何を考えているのか何となく分かり、おれは取り敢えずその考えを否定した。

 

「別にそういう意味じゃ無い。でも、何が何でも死んだ人に会おうとするのって間違っているのかな」

「……そうだなぁ」

 

 おれの要領の得ない質問に叔父さんは真剣に考えてくれた。

 運転をしているからこちらに顔を向ける事はなかったけど、意識はしっかりとこちらに向けている事は何となく分かった。

 

「正直、同じ事を考えた事はあるよ。叔父さんこう見えてたくさんの人とお別れして来たからね」

「……」

「大人の俺でもそうなんだ。子どもであるあさひがそう思うのも無理ないと思う」

 

 そういえば、叔父さんは裏では忍者みたいな仕事もしていたんだった。

 エロい事ばかりされていると思ったけど、裏仕事である以上血生臭い事もあったのだろうか。

 

「でもね。まだその時じゃないと思うよ」

 

 だからこそ叔父さんの言葉は重かった。

 

「頑張って頑張って頑張って……そしてその果てに再会した時に俺は頑張ったんだぞって胸を張りたいと思っている」

「叔父さん……」

「それに、あまり情けない所を見せると怒られちゃうからね。だから」

 

 叔父さんが運転していた車が止まり、叔父さんはこちらを向いた。

 その目はとても優しいものだった。

 

「お父さんとお母さんを安心させる為に、もう少し頑張ろうよあさひ」

 

 おれは、その言葉をしっかりと胸に刻み込み頷いた。

 

 

 

「あさひ、ごめん」

 

 次の日学校にて。

 登校してすぐ屋上にておれ、刹那、十和子、ユナは集まっていた。

 そして顔を合わせるなりユナがおれに謝ってきた。刹那と十和子も申し訳なさそうにして頭を下げてきた。

 

「ボク達、君を助けることが出来なかった。……何も出来なかった」

「ユナくん……」

「あさひ、今回ばかりはあのカードは保留しよう。現状だと攻略する事ができないし、それにこれ以上あさひが傷つくのは見たくないんだ」

 

 その言葉にはおれが怪我をする事以外にも精神的に傷つく事も含まれているのだろう。

 心を読まなくても分かる。それだけ昨日の事がショックで、反省して、でもどうしようもないからユナはそんな事を言ったんだ。

 刹那と十和子が反論しないのも、彼女達の力では解決できないからだろうか。

 でも、おれはその提案を受け入れるつもりはなかった。

 

「それはできないよ。もしかしたら他の誰かが怪我をするかもしれない」

「だったらさ、先生に言って視聴覚室を立ち入り禁止にして……」

「それでも誰かがこっそり行くかもしれない。それに」

 

 おれはユナと約束したんだ。

 

「カード全部集めるって言ったから。此処で逃げ出したら……父さんと母さんに怒られるよ」

「あさひ――分かった。ボクはもう何も言わない。その代わり次こそは絶対に守ってみせるから」

「私もあさひを守るよ――嫁として、ね」

「アタシも手伝う」

 

 三人ともおれの我儘を聞いて手伝ってくれると言ってくれた。

 ……やっぱり皆優しいな。

 だからこそ、今日の夕方絶対にあのカードを封印してみせる――必ず。

 

 

 

「――ふぅ」

 

 夕方5時50分。おれ達は再び視聴覚室に集まっていた。

 全員杖を構え、さらに刹那の結界魔法だけでなく、ありとあらゆる強化魔法を全員にかけていた。これであのカードの効果を無効化できれば良いんだけど……多分、そういうのじゃないんだ今回のカードは。

 

「それじゃあ……行くよ!」

 

 扉を開けて入ると同時に、おれ達の前に気配が強まり――父さんと母さんが現れた。

 

「――あれって、もしかして」

「ああ! あさひのお父さんとお母さんだ!」

「でも、何で今回はアタシ達にも同じものが見えるんだ?」

 

 背後で三人の声が聞こえる。

 でも、それが何処か遠くで聞こえる。それだけおれは目の前の二人に心を奪われていた。

 ああ。頭で分かっていても、叔父さんの言葉を思い出しても、三人との約束を胸に抱いても――この誘惑には抗うことが難しい。

 

 やっぱり、おれは――父さんと母さんと一緒に居たい。

 

「父さん。母さん……」

「――! あさひ!」

 

 ユナの声が後ろからして、近づいてくるのを感じ……バチンっと大きい音が響いた。

 

「きゃあああ!?」

「ユナ!」

「やっぱり、あさひの魔力がアタシ達を拒絶している……!」

「ああ。それに、さっき私が付与した魔法も弾かれている」

 

 おれは昨日と同じように目の前の父さんと母さんに向かって歩いてしまう。まるで体がそうするのが当たり前と言っている様に。

 

「っ……あさひ! お前、それで良いのか!? 今日の朝言っていた事を思い出せ!」

 

 刹那の叫びが聞こえる。

 

「あさひ! それは本当のお前の父さんと母さんじゃない! 気をしっかり持て!」

 

 十和子の叫びが聞こえる。

 

「あさひ、本当にそれで良いの? それであさひの本当のお父さんとお母さんは喜ぶの? 何より――君の本当の両親が、こんな危ない目に遭わせる訳ないよ!」

 

 ユナの訴えが聞こえる。

 

 そして。

 

『――あさひ』

『――私たちはいつも見守っているよ』

 

 二人の声が聞こえた。

 

「――ッ!」

 

 ぼんやりとしていた意識が覚醒する。

 ダランと下げていた腕に力を入れて――おれはいつの間にか宝石となっていた杖に力を込めた。

 

「月の力よ。太陽の力よ。我が呼び掛けに応え給え。天光満ちとし時我はあり。星の導きの元汝あり。真の姿を我の前に示せ、魔法の杖。──メタモルフォーゼ・マジカルアップ!」

 

 太陽と月の杖を突きつけて、目の前に居る父さんと母さん――いや、おれを惑わす幻に向かって叫んだ。

 

「父さんと母さんに会うのは今じゃない――正体を現せ!」

 

 すると、目の前の二人の男女の姿はブレて姿形を表せなくなり、不可思議な文様をした光となった。

 ――いつも感じているカードの気配がしっかりとする。今なら封印できる!

 

「姿迷いしカードよ。我と契約し生まれ変われ。我が名はあさひ。汝の名は──幻影(ファントム)!」

 

 杖さきに魔力が集いカードとなる。

 封印に成功し、手元に降りてきたカードの絵柄を見ると白い手袋がクロスする様に描かれていた。飛翔(フライ)跳躍(ジャンプ)とも、大地(アース)旋風(ゲール)とも違うタイプのカードだった。

 

「あさひ!」

 

 封印が成功し、ユナ達が嬉しそうにしてこちらに駆け寄る。

 そしておれが持っているカードを見て納得した様に頷いた。

 

「幻影。やっぱり幻を見せるカードだったんだ」

「ユナくん。やっぱり今後もこういう事が起きるよね?」

 

 おれの問いにユナは頷く。

 

「アーティファクトはまだ解明されていない事が多いんだ。近代の魔法でできない事もたくさんできる。だから……」

「うん。だから――頑張って全部集めるよ」

 

 おれは今しがた封印した幻影(ファントム)を抱きしめて改めて言った。

 

「父さんと母さんが見守っているだろうから――だから、胸を張って会えるその日まで頑張るッ」

「――ありがとう、あさひ」

 

 ユナは優しい顔でおれにそう言い、刹那と十和子もこの時は何も言わずおれを見守っていた。

 

 父さん。母さん。まだ貴方達とは会えません。

 でもいつか再会できた時――いっぱい褒めてくれるよね?

 心の中でそう思い……。

 

 ――。

 ――。

 

 

 何故か二人に頭を優しく撫でられた気がして嬉しく思った。

 

 

 

 

「――カード状のアーティファクト。願いを叶える奇跡の遺物」

 

 闇の中、赤き瞳を光らせて街を見下ろす一人の少年がいた。

 その手には杖が、その身には黒の法衣が。

 

「父さんの為にーー全て集める」

 

 この街に新たな魔法少年が、舞い降りた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話『あさひともう一人の魔法少年』

 

 ──夢を、見ている。

 

 夜の闇に覆われた街は、人工的な光に照らされていた。そしてその街並みを見下ろす少年が一人。

 

 その手には赤、青、緑、黄色の四つの宝石が付いた錫杖の杖が握られ、その身には黒い法衣で包んでいる。

 そして街並みを見下ろすその瞳は綺麗な赤で、風に靡く長い髪は青かった。しかしそれ以上に気になるのはその男の子の顔だ。

 

 なんて綺麗なのだろう。

 なんて……悲しそうなのだろう。

 

 その少年は重力に身を任せ、まるで投げ出す様にビルから飛び降り、そして──。

 

「あ……」

 

 そこで目が覚めた。無意識に手を伸ばしていたおれは、そのまま自分の掌を見つめて……息を吐く。

 

「カードが落ちて来た時と同じ夢。つまり」

 

 原作の新展開、か。

 夢で見た少年とアーティファクトがこの街に降り注いだ時の事を思い出し、何となく諸々を察したおれは……何が起きるのかと不安になった。

 

 

 第七話『あさひともう一人の魔法少年』

 

 

「本当に何もなかったの?」

 

 さて、登校の為に通学路を歩いていると、突然待ち伏せしていた十和子に捕まって尋問を受けている。

 一体何なんだ……。

 昨日、ラタの家にユナと一緒に遊びに行ったのだけど、彼女はその時に変わった事はなかったのか? と聞いて来たのである。しかし昨日はユナがラタが飼っている雌猫達がユナに発情して追いかけ回す事以外特に無かった筈だ。

 

「カードも現れなかった? こう、猫に取り憑いたりとか……」

「ううん。そういうカード絡み事件も無かったよ」

 

 おれがそう答えると、十和子は難しい顔をして唸り何やら考えている。

 うーん。様子を見る限り、本来なら昨日ラタの家に行った時に何か起きる筈だったみたいだ。でもそれが起きなくて十和子が()()()()()

 

「もし何かあったら連絡するから」

「うん……分かった」

 

 納得していない様子だけど、取り敢えず今の状況を飲み込んでくれたみたいだ。

 それにしても昨日は本来なら何が起きたのだろうか。少し彼女の心を読んでみるか。

 

(猫は巨大化しなかったのか。それにナイトの襲撃も無し……いよいよ原作が当てにならなくなって来た……)

 

 ……猫が巨大化? ナイト? 襲撃? 

 よく分からない単語の羅列におれは理解する事を諦めてそのまま二人で登校した。

 そして学校に着くなり、おれと二人で居た十和子に刹那が突っ掛かりいつもの光景が流れた。

 

「今日転校生が来るんだって!」

 

 しかしそれも朝までの様で、着くなりラタが年相応にワクワクとした様子ですおれ達に話して来た。

 転校生。この時期に? 

 おれと同じ疑問を抱いたのか、真琴が不思議そうにラタに尋ねた。

 

「珍しいね。こんな時期に」

「ねー。オレもそう思っていたんだけど、先生と一緒に職員室に入ったし、優しそうなお父さんも居たし」

「どんな子だった?」

「青い髪でポニーテールにしてた。男子の制服着てたから男の子だと思う」

 

 ……青い髪? そのフレーズを聞いて思い出すのは今朝見た夢の事だった。そういえば夢で見た男の子も髪が長かった。ポニーテールにはしていなかったけど。

 

「はーい。皆席についてー」

 

 夢の事を思い出していると先生が教室に入って来た。ラタと真琴も己の席に戻り、他のクラスメイト達も席に着く。

 それから先生は朝礼時の連絡事項を簡単に終わらせると本題とばかりにその事につれて触れる。

 

「さて、今日は皆さんに新しいお友達が加わります。では入って来てください!」

 

 先生のその言葉と共にガラリと扉が開き、一人の男の子が入って来た。

 ……やっぱり夢で見たあの子だ! 

 ラタの情報で何となく分かっていたけど不思議な感覚だ。そう思って件の男の子を見ていると……。

 

「──」

「……?」

 

 何だか、物凄く見られています……。かつて初めてラタと会った時の様な敵意は感じられない。ただ、物凄くこちらを見ている。凝視という奴だろうか? ちょっとムズムズして落ち着かない。

 しかし先生に促されて彼は黒板の前に立つとチョークを待ち自分の名前を書いた。

 

「ナイト・アルビオン君だ。イギリス人と日本人のハーフで、日本語は普通に話せるらしいから皆仲良くするんだぞ」

「……よろしく」

 

 鈴の音の様な中性的な声で言葉少なく挨拶するナイト。

 彼はペコリと一度頭を下げた後、またおれの方をジッと見ている。な、何だろう……。

 

「それじゃあ、アルビオン君の席は……月ノ本さんの後ろが空いているな」

「ふえ?」

 

 驚いて思わず変な声が出てしまった……。

 先生に促されたナイトはこちらに向かって来て、そしておれの前で止まりまたもやジッとコチラを見つめてくる。

 

「……」

「あの、その、えっと……よろしくね?」

 

 なるべく刺激をしない様に笑顔で挨拶すると、何故かナイトはぷいっと顔を背けてそのままおれの後ろに座った。……しかし、相変わらず強い視線を感じる。

 

 そしてその強い視線はその後も続いた。

 

「それじゃあ次の問題を……月ノ本さん」

「はい!」

「……」

 

 授業中でも。

 

「やれー! あさひー! そこだー!」

「うん!」

「……」

 

 体育の時も。

 

「それでさー。結局送り出す事になったんだ」

「それは、少し寂しいね」

「でも、新しい家族に出会えたんだらから良い事だよ」

「……」

 

 昼食の時も。

 

 ず──ーっと! 転校生はおれの事を見ていた。それも強い視線で! 

 でもおれが視線を向けるとプイッと視線を逸らされるし、心を読んでも真っ白で何故か見る事ができない。

 一体どういう事なの……。

 こういう時に助けてくれる転生者二人は、先生の呼び出しでこっちに来ないし! 

 

「はぁ……」

 

 放課後になり、気疲れしたおれは机に顔を伏せる。転校生はトイレに行っているのか、それともさっさと帰ったのか、今は此処には居ない。

 おれの様子を見たラタと真琴が苦笑しながらこちらへとやって来た。

 

「凄く見られていたね。あさひ、何かした?」

「んーん。何もしてない……」

 

 真琴の言葉に素直に答える。いや、原作とやらだとどうかは分からないけど、少なくともこの世界では何もしていないはずだ。

 しかし、あの視線は尋常ではなかった。あまりにも強い視線に他のクラスメイトも彼に近付く事がなく、転校生恒例の質問攻めが起きなかった。

 

「もしかしたら、あさひに一目惚れしていたりして」

「ははは。ラタくんは面白い事を言うね」

 

 ラタの揶揄い混じりの言葉におれは力無く笑って答えた。

 もしそういう話だったら心を読んだ時に分かる筈なんだよなぁ。

 

 まぁ、十中八九カード絡みの事だろう。流石に察せる。

 夢で見た男の子だったし、その時の格好はあからさまに魔法少年って感じだった。それにカードの事を夢で見た時と同じ雰囲気で、それで何も関係ありませんでしたーとかだったらちょっとおれの頭の中を心配してしまう。

 

 新キャラ登場。そう考えるのが妥当だろう。

 

「おーい、あさひ! 待たせて悪いな!」

「誰もアンタの事待ってないと思うけど?」

 

 先生の呼び出しが終わったのか、いつもの調子で刹那が教室に入ってきた。ラタがため息混じりに返すも、刹那は気にした素振りを見せず。

 そしてその後ろから当たり前の様に十和子も続く。

 

「あれ? あさひ元気がない」

「……何かあったのか?」

「あー、うん。ちょっと今日来た転校生がね」

「「……転校生?」」

 

 真琴の言葉に心底不思議そうな顔をする刹那と十和子。

 まるで寝耳に水と言わんばかりに、真琴の発した言葉を理解できていない様子だった。

 そんな二人に今日転校して来たナイトについて話そうとしたその時。

 

「ちょっと、良い?」

「「──!?」」

 

 刹那と十和子の後ろから声を掛けたのはナイトだった。

 ナイトの声を聞いた二人は物凄く驚いた様子で振り返り、そしてナイトの姿を見てさらに驚いた。

 

(な、何でナイトが此処に居るんだ!?)

(この時期はまだ学校に通っていない筈……!?)

 

 ……どうやらおれの予想は半分当たって、半分外れているらしい。

 刹那達の動揺を他所に、ナイトは今日初めておれと視線を合わせて口を開いた。

 

「話がある。月ノ本あさひ。神城刹那。黒崎十和子。着いて来て」

 

 

 

 何とか真琴とラタは説得して帰って貰い、おれ達はナイトの先導の元屋上へとやって来た。当然ながら此処に居るのはおれ達だけで、内緒話をするにはうってつけだった。

 

「僕の名前はナイト・アルビオン。魔法教会しょぞくの魔法士だ」

「何だと!?」

 

 彼の言葉に過剰に反応したのは十和子だった。

 一体どうしたのだろうか。今の言葉にそこまで驚く要素があったのだろうか。

 気になったおれは彼女の心を読む。

 

(ナイトが魔法協会に所属するのは二期になってからの筈……!? それに無印での事件での罪を軽くする為の恩赦だから、この時期に所属する意味がない!)

 

 ……? よく分からないけど、十和子にとっても想定外の事が起きているみたいだ。

 それにしても魔法教会か……。確か、ユナが言ってた魔法について管理している組織だったかな。救援要請はしているから何時か来ると言っていたけど、まさか同い年の男の子だなんて。

 

「……本当に魔法教会に所属しているのか?」

「なに?」

「正直、信用する事はできない」

 

 険しい顔でそう言う十和子だけど……それは良くないな。

 彼女が疑う理由はおそらく原作知識から来るものなんだろうけど……それに囚われて間違った選択をしたようだ。

 

 ナイトから心の声が聞こえる。ふざけるな、と怒りの感情が篭った声が。

 

「──これを見てもそんな事が言える?」

 

 そう言って彼が取り出したのは一つの懐中時計。

 銀色に輝く魔法陣らしく物が描かれた何処か神秘的な代物。

 それを見た十和子は見るからに動揺し、刹那は目を輝かせていた。

 

「それ、魔法教会に所属している魔法士が持つシルバークロック!」

「そう。このマジックアイテムは魔法教会だけが作れる物。詐称する事は普通できない。そして、これを渡される魔法士は教会から信頼されている証──寧ろ怪しいのは野良魔法士である君たち二人だと思うけど」

「……」

 

 十和子は黙りこくり、刹那は「そうなの?」と不思議そうにしていた。

 ……心を読んだ感じだと、野良魔法士のほとんどは犯罪者で、勝手に魔法を使うのもあまり良くないみたいだ。

 ナイトは十和子と刹那が尋常じゃない魔力を持ち、高性能な杖を持っている事に疑念を抱いているみたいだ。

 

「あの、二人は手伝ってくれているんです。アーティファクト集めの」

「……」

 

 おれはナイトに説明した。

 何故この街にカードが散らばったのかを。そしてユナの事も、おれが手伝っている事も、二人が力を貸してくれている事も。

 二人が魔法を知っている経緯を説明した時に眉を顰めて、疑いの視線を向けていたけど二人が犯罪者ではない事は分かってくれたみたいだ。

 

「なるほど、状況は理解した」

 

 ナイトは一つ頷いて、とりあえず二人に対する警戒心を下げてくれた。

 いや、正直冷や汗ものだった。心の声でずっと二人に対する疑念が消えなかったから……。

 何時拘束する! って二人に襲いかかるかヒヤヒヤした。

 

「その上で確信した事がある」

 

 しかし、おれはどうやら未だに事を楽観的に見ていたらしい。

 ナイトがこちらを見て、視線が合うと一瞬逸らし、しかしすぐに合わせてきた。

 するとさっきまで聞こえてきた心の声が真っ白になり、しかし彼の声はしっかりとおれの耳に届いた。

 

「月ノ本あさひ。君は魔法の事を忘れて元の日常に戻るべきだ」

「え……?」

 

 放たれた言葉が予想外過ぎて、素っ頓狂な声が出てしまう。

 魔法を忘れる? それってつまり──もうカード集めをするなって事? 

 

「どうして!?」

「決まっている。君は巻き込まれただけのただの一般人。魔法の事を碌に理解していない素人。正直、今まで良く死ななかったとホッとしているくらいだ」

「……」

 

 そう言われておれは今までのカード集めの事を思い出す。

 確かに何度も危ない場面があり、この前の幻影(ファントム)の時は何度も失敗したし、怪我をするところだった。

 でも、ここで辞めるつもりはなかった。

 

「それはできない! ユナくんと、十和子ちゃんと刹那ちゃんと約束したんだ! カードを全て集めるって」

「安心して欲しい。今後のカード集めは僕が引き継ぐ。そこの二人の協力も不要だ。だから──」

 

 突如、フッとナイトの姿が掻き消えたかと思うと、おれのすぐ後ろに気配がした。

 振り返ると同時に両手首、両足にガキンッと衝撃が走ると同時に身動きが取れなくなった。視線を向けると、光の輪がおれの四肢を拘束していた。

 十和子や刹那に似た魔法……! でも、全く気付けなかった。

 

「さぁ、持っているカードを渡すんだ」

 

 そう言ってナイトは顔を近付けておれの瞳を覗き込み──。

 

「ちょ、待って!」

 

 そんなおれ達の間に刹那が割り込んだ。

 ナイトはバックステップで下がりいつの間にか持っていた赤、青、黄、緑の宝石が付いた錫杖を構える。

 刹那が立ち塞がる中、十和子がすぐさまナイトの魔法に干渉しおれの拘束を解いた。

 ありがとう、と礼を一つし刹那の背中を見る。

 

「いきなり辞めろって言われてあさひは納得しないって」

「寧ろ彼をずっとこの件に関わらせていた貴女達の方がどうかしている。このままだと、そこの彼は死ぬ」

「そうさせない為に私たちが──」

「その割には、僕の動きに対応できていなかったと思うけど?」

 

 う、と言葉を詰まらせる刹那に冷ややかな視線を向けるナイト。

 はぁ、と呆れた様にため息を吐いた彼は杖を仕舞うとこちらに背を向ける。

 

「忠告はした──貴女達はそこの彼の護衛でもしておいてください。残りのカードは僕が集めます」

 

 それだけ言い捨てるとナイトは屋上から立ち去り、残ったのはおれ達三人だけだった。

 

 

 

「アルビオン? その名前は聞いた事がある……」

 

 家に帰り、学校であった事を話すとユナは腕を組んだ。

 今日は叔父さんが居ないため、リビングで一緒におやつを食べていた。

 ユナ、叔父さんの前だとキャットフードしか食べられないから……。

 魔法教会からの援軍が来たと聞いた時は喜んでいたけど、それが同い年の男の子一人と聞いて不思議そうにしていたが、名前を聞くと何処か納得した様子を見せていた。

 ちなみにシルバークロックとやらの話はナイトが言ってた通りらしい。

 

「魔法世界ではちょっとした有名人だったよ。新しい魔法理論やマジックアイテム。それにアーティファクトについても詳しい魔法士。名前は確か……リガルド・アルビオン」

「それじゃあナイトくんは……」

「確かにリガルドには息子が居るって聞いた事あるけど……」

 

 そこまで言ってユナは言い淀む。

 ……どうしたんだろう? 何か気になる事があるのだろうか。

 

「でも確かなのは、シルバークロックの偽装は簡単には出来ない」

 

 待って。それじゃあ……。

 

「あの子にカードを渡した方が良かったって事?」

 

 元々アーティファクトの回収は魔法教会の仕事だってユナは言っていた。

 初めて会った時も魔法教会の人が来るまで手伝って欲しいと言っていた。だったらあの時に渡した方が──。

 

 そこまで考えた所で、おれのポケットからカード達が飛び出した。そしておれの周りを飛んだ後に擦り寄って来た。まるで「そんな事を言わないで」と慰めてくれている様な。

 

「確かにその子が言っている事は正しい。でもカード達は……」

 

 そうか……。

 おれは一枚一枚カード達を撫でて感謝の心を送る。

 カード達はそれに気を良くした様に飛び回り、おれの掌の上に戻った。

 

「普通に考えたらその子に任せるのが正しい。でも、こんな事巻き込んだボクが言えた義理じゃ無いけど──最後まであさひとカードを集めたい」

「……ありがとう、ユナ」

 

 笑顔を浮かべお礼を言うと、ユナは何処か恥ずかしそうに笑った。

 それが可笑しくて、おれ達は二人揃って笑う。

 そう、だよな。始まりはあんなだったけど途中から投げ出すつもりは無いんだ。おれも初めは月ノ本あさひがやる事だからと始めたけど──今はおれが始めた事だ。

 だから何があろうと最後までカードは集める。

 

 そう強く決意した時だった。

 

「──これは」

「カードの気配!」

 

 突如カードの気配を感じたおれ達は、窓の外を見て──次の瞬間強い光と共に衝撃と轟音に襲われた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。