刀と獪岳 (dahlia_y2001)
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刀と獪岳1

 

 

刀と獪岳1

 

 

 

死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 

 

強烈な意志の声に我は揺さぶられた。何年振り、何十年振り、何百年振りに叩き起こされたような気がする。そも、我に眠りなど必要ない。無に等しい時間をそう表現しているだけだ。それにしても、なんと強いーーーこやつならば、我と共に居ることに耐えられよう。さあ、応えよ。死にたくなくば我の手を取れーーー

 

『我の手を取れ』

 

我の呼びかけに呼応したのは黒髪の子供だった。その首には勾玉が飾られている。右手にしっかと握られた我・日本刀を手に呆然としている。冴え冴えとした月光が我を青白く輝かせる。ふむ、我の惚れ惚れする美しい刀身に魅せられておるか。子供ながら審美眼に優れているようだ。何より、我を使用しながら狂乱に陥らぬとは、やはり我の見立ては間違っておらぬようだ。

 

「なんだ、その刀」

 

声がかけられた。

我は意識を声の方に向けた。鬼だ、鬼がいる。

これは凄い。まさか鬼とは。

状況を整理しよう。月明かりの森、子供と相対する鬼。

 

『あははははははははは』

 

愉悦が心を満たす。目覚めて即ーーー鬼が狩れるとは。我はついている!!

 

スパン!

 

鬼の大きな悲鳴が上がった。我が子供を操って鬼の右腕を斬り飛ばしたからだ。我ぐらいになれば、人を操るなど容易いこと。たとえ、使用者が子供であろうと、不足分は我の技量で補うだけだ。そして、鬼は頸を斬らねば死なない。久しぶりの斬れるという行為に酔わせて貰おうか、なぁ、鬼よ。

 

ギャアアアアアアアアア

 

鬼の声が幾度も森に木霊していく。我が刀身が振るわれるたびに。

 

 

 

ちょいと羽目を外し過ぎたのでは、と我も多少は反省している。だから、その冷ややかな目で我を見るのは止めてもらいたいものだ、小僧よ。抜き身の我の刀身を恐れるでなく己の顔に近づけて小僧は我を睨み据える。

 

「なんだ、お前は?」

『我は刀だ。そなたの願いに応えたのだ。感謝するが良い』

「願い?俺が化け物刀に何を願ったってんだ?」

『死にたくない、と喚き散らしておっただろう。そして、我はそなたに応えた。我の手を取れ、と』

「・・・・・・それで・・・」

 

子供は鬼があった方へ向いた。月明かりの森、暴れまわった後だけが残されている。鬼は頸を斬った途端に消えた。そういう存在なのだ。だから消える前に我は散々、鬼を切り刻んでやったのだが、それが子供には気に入らなかったらしい。少しくらいは良いではないか。何年、何十年、何百年振りに斬ったのだ。久々の感触を味わって何が悪いというのだろう。何も悪くない。

 

『うぬ、我は悪くないな』

「いや、悪いと思う」

 

この点を突っ込むのは我にとって拙い展開になりそうだ。話を変えよう。

 

『ところで、そなたの名前は?使用者の名前を知らぬというのもおかしな話よ』

「獪岳」

『ほぉ、獪岳か。そなたはもう少し大きくなって鍛えねばな。あんな弱い鬼相手に動けなくなっているようでは先行きが不安だ』

 

そう、未だに森にいるのは小僧もとい獪岳が動けなくなったからだ。よくよく考えると今までの我の使用者は大人ばかりだった。こんな年端もいかない子供とでは、我とて勝手が違ったようだ。我の言葉にムッとしたのか立ち上がろうとした獪岳が立ち上がり切れずにへたり込んだ。これはどうにもならんな。

 

『ともかく今は休んでおけ』

「だけど、また」

 

そこで獪岳は口ごもった。何かに怯えているのが分かる。ーーーつい先ほど、鬼と相対していたのだ、恐怖がすっかり消えている訳でもあるまい。あれほど、死にたくないと喚き散らしていたのだから生存本能の強さは相当なものだろう。

 

『案ずるな、我がいる限り、獪岳にかすり傷ひとつ付けぬ』

「・・・・・・」

『心配するなと言っておろうが!!我の強さはそなたも分かっていよう』

 

獪岳はしぶしぶ納得したようで、安全の為に我を抱えたまま、ここで休むことにした。そもそも動けないのだから仕方ない。樹に背を預けて眠りにつく獪岳。明日になったら、そうだーーー我はこれからのことを計画し始めたのだった。

 

 

 

翌朝。

 

我は獪岳を藤の家に連れて行き、獪岳を育手に紹介させた。以前、我の使い手に鬼狩りがいたのだ。故に我は藤の家や鬼殺隊の仕組みを知っている。これから、効率的に鬼を狩るには、獪岳に鬼殺隊に入隊してもらうのが一番だ。

 

 

獪岳は雷の呼吸の育手・桑島を師匠とすることになった。桑島はなかなか厳しい人のようだが獪岳は泣き言も言わずに頑張っている。流石、我の使用者だ。しかし、我を使うのならば、特段雷の呼吸は必要ないのだがな。出来ないより出来た方が良いし、常に我が傍らに居れるとも限らぬ。保険はあった方が良いか。

しかし、ほかに問題がーーー。

 

『斬りたい、斬りたい、斬りたい』

「お前、本当にうるさい』

 

心底うんざりした様子で獪岳は言った。手入れをする風にしみじみ我が刀身を見つめる。獪岳が現役隊士ならともかく修行中の獪岳は鬼を狩れない。ああ、何年、何十年、何百年振りに味わった肉を、骨を斬る感覚が忘れられない。

 

『斬りたい、斬りたい、斬りたい』

「猪か鹿でも狩りにいくか?」

『我は誇り高き刀ぞ』

「じゃあ、止めておくか。悪かったよ」

『我は刀、我は刀、我は刀。斬りたい、斬りたい、斬りたい』

「猪か鹿を斬りに行かないか?辻斬りされると困るんだよ」

『・・・・・・行く』

 

この内なる衝動を抑える為、致し方なく、全くもって不本意だが我は猪を狩りに行った。不必要に斬って斬って斬りまくった。猪は桑島家で美味しくいただいたそうだ。これは獪岳に栄養を与え大きくする為、必要なことだ。決して我が斬りたい衝動に屈した訳ではない。

 

 

 

 



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刀と獪岳2

 

 

 

刀と獪岳2

 

 

 

勤勉と言うか生真面目な獪岳は雷の呼吸の使い手として弐の型以降を習得した。別に我を使っていれば呼吸は必要ないのだが・・・。桑島は我のことを知らぬし、全く実力のない者を鬼殺隊に入隊させる訳にもいかないから仕方ないか。呼吸は習得していた方が便利だしな。我にとって雷の呼吸とはその程度のものだ。しかし、獪岳は変に真面目な為か壱の型が出来ないことに酷く思い悩んでいた。

桃園で休憩している獪岳は、半ばぼんやりと空を見上げていた。午前中の訓練が響いているのか。最近、紺を詰め過ぎているようで我は心配していた。

 

「なあ、刀」

『なんだ、我に何ぞ用か?』

 

獪岳の影にいる我が応じた。我は常日頃、獪岳の影に存在している。影は混沌に通じているから触媒としては適当なのだ。

 

「お前は刀だ。つまり、剣技に関しては専門家だ。俺には何が足りない?」

『我は雷の使い手ではない。そなたらの使う呼吸は我とは相容れぬものよ』

「で?」

 

冷たく獪岳が促す。

 

『極力、呼吸は使わぬ方が良い。呼吸は人が鬼に対抗できるため能力を無理に叩き上げているのだ。我を使う限り必ずしも呼吸は必要でない』

「呼吸は無理に能力を叩き上げているのか?」

 

初めて知った様子で獪岳は目を丸くする。ふむ、そういう様は年相応に見えるな。

 

『そうでなくば、到底人は鬼に敵うまい。長生きしたくば呼吸を多用するでない。とはいえ、呼吸自体は便利であるから習得して損はなかろう。そもそも、そなたは死にたくなくて我の手を取ったのであろう?』

「死にたくなければ、技に拘るな、か?」

『壱の型は利点もあるが欠点も大きい。居合は初撃を躱されば全くの無防備よ。生きることに執着が強いそなたには向いておらぬ』

「しかし、壱の型は雷の呼吸の基本だ」

『居合は剣術の究極型とも言われるが、ならばなぜ他の流派が存在している?究極であろうとも唯一ではないからだ。履き違えるな。技は斬る手段に過ぎぬ』

「・・・・・・」

 

考え込む獪岳。

我が思うに剣術は基本、一対一の人間相手のものではないだろうか。あまり対鬼戦に向いているとも思えぬのだが、脆弱な人間に他の術もないと思いなおした。そもそも、他人なんざどうでも良い。問題は獪岳だ。体格も出来上がり、剣の才能もある。正直、生真面目で修行に熱心なのは有難いが雷の呼吸に拘られても困る。我を使う以上、呼吸は必要ないのだ。全く、どうしたものか。

 

 

 

そうこうしている内に、桑島が子供を拾ってきた。日がな一日、泣き言を喚きたてる子供だ。とても五月蠅い。そして、獪岳がとても苛々している。今日もまた逃走した善逸(拾ってきた子供)を桑島が追っかけて行き、獪岳は休憩がてら桃園に来ていた。獪岳と二人きりだと遠慮なく喋れるので我も気楽だ。獪岳は桃をぱくついている。やけ食いしているみたいだぞ。

 

「全く、あのカス。忌々しい。何で消えないのかな」

『怖い、発想が物騒すぎる』

 

そのうち、我に斬らせるつもりではあるまいな?・・・あと腐れなかったら、考えんでもないが。

 

「日頃、斬りたい斬りたいと喚いている刀に言われたくねぇよ。はっ、何が弟弟子だ。虫唾が走る」

『獪岳・・・・・・そなたは―――」

 

我は絶句した。

 

「ん?刀、お前までもあのカスと仲良くしろなんて綺麗ごとを言うつもりじゃないだろうな?」

『我が居るのに雷の呼吸を使うつもりなのか?アホなのか、そなたは?』

「は!?」

『我だぞ、我。天才を超越した我を、至高の我の所有者であるそなたが我を使わぬなどと言い出すわけではなかろうな、な。そなたが我を使わねば、あの肉を骨を斬る快感がどうなるというのだ!?我はそなたが剣士に鬼殺隊に入るのを一日千秋の思いで待っているというのに!?この期に及んで我を使わずに雷の呼吸!泣くぞ、我!!』

「うわぁ・・・・・・」

 

思わずという風に獪岳が引いている。

しかし、こっちは必死だ。我を使える人材なんぞ、そうゴロゴロしている訳ではないのだ。今、ここで獪岳を失うわけにはいかない。我には我を使える人間が、獪岳が必要なのだ。

 

『良いか、我はそなたの命が尽きるその時までずっと、そなたの刀でい続けよう。そして、我らが敵を斬って斬って斬りまくるのだ』

「縁起が悪い上にとことん自分本位な刀だよな、お前」

『我は自分に正直なだけだ。他人にとって良い人になって何の得がある。馬鹿馬鹿しい。そなたは桑島にとって良い子になろうとし過ぎてはおらぬか?』

 

図星なのか獪岳は顔を歪めた。

獪岳は良い子になろうとして無理をし、結果、歪みが見られる。感情をガス抜きさせてやらないと、いつか爆発するのではなかろうか。故に我は素直に感情を出す手本を見せたのだ。別に素という訳ではない。ないったらない。

獪岳は深いため息をついた。

 

「刀を話していると悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなる。凄い刀なのに中身がこれとか」

『ふん、我は己の望みを知っているだけだ』

「望みって何だ?」

『斬りたい』

「聞くんじゃなかった」

 

つくづく呆れたように獪岳は言った。

 

 

 

何の前触れもなく事件が起こった。例の喧しい子供(善逸)が落雷に遭って黄色になった。流石の我も驚いた。普通は死ぬと思う。桑島に言いつけられて獪岳がしぶしぶ看病していたら、善逸は恐ろしい音がすると言って泣き出した。

 

「何か怖い音がする。絶対に変だよ」

「はぁ?わざわざ看病している人間に暴言とは良い度胸だな、てめぇは!!」

 

苛立った声音で獪岳が怒鳴る。やりたくてやっているわけでもない看病で既に気が立っている獪岳だ。善逸の言葉は間違いなく火に油を注いでいる。しかし、この善逸、ことごとく獪岳の地雷を踏みぬいてくる。天然なのかワザとなのか。天然ならばワザとより始末が悪い。悪意がないという免罪符は加害者を容易く被害者にするからだ。

 

「ちがうよ、兄貴じゃない」

「俺はお前の兄ではない」

 

苦々しく獪岳は吐き捨てる。

何度言おうと善逸は獪岳を兄呼びする。そう続ければ、偽りも真実になると思っているのだろうか?我には理解できぬ。以前、獪岳にこの件を聞いてみたら、拒絶を記憶できない都合の良い頭なんだろう、と言っていた。

 

「斬りたい、斬りたい、斬りたいって声がする」

 

一瞬、我の思考が止まった。それ以上に動揺したのは獪岳だった。物も言わず、看病を放り投げて部屋から出て行った。

 

「え!?兄貴!兄貴!」

 

慌てて呼びかける善逸も、途中で行き会った桑島も無視して獪岳は桃園へ逃げ込んだ。周囲を確認し、小さな声で囁く。

 

「刀」

『・・・・・・うむ、気付かれたな』

 

まさか、たかが人間ごときに我が感知されるとは思わなかった。善逸は耳が良いとは知っていたが・・・。表に対する深度をもう一段下げるか?いや、それでは、いざという時に獪岳の危機に間に合わなくなる。本末転倒だ。

 

『極力、避けるしかあるまい』

 

我の声音に苦みが含まれる。

善逸を斬って良ければ話は容易いが、そうもいかん。我が長く斬り続けることを可能とする為には、我は鬼だけを斬り続けた方が良い。長期的に見ればそうなのだ。人を斬るのはリスクが高すぎる。

 

「それしかないか。チッ、あのカス。耳が良いからこっちが苦労させられる」

 

忌々し気に獪岳が結論付けた。

 

 

 

その後、善逸は壱の型が出来るようになり、尚更に獪岳を苛つかせていた。我はもう呆れるしかなかったが、以前に雷の呼吸が必要ないことを獪岳に諭しておいたので善逸に直接あたることはなかった。我が感知されていることもあって、獪岳は善逸を避けまくっている。桑島も善逸が壱の型を使えないが故と思っているようだが、それもあっただろうが、それだけでなはい。我の存在を隠すにはその方が都合が良かったのだ。

 

 

 

それから、獪岳は前倒しで最終選別に向かうことになった。桑島は渋っていたいが、獪岳が大分せっついていた。理由を聞いたら「刀が五月蠅いから」と我のせいにされた。解せぬ。我は最終選別に行けとは言っていない。ただ、斬りたいと言ったら、獪岳が渋々ながら鹿や猪を狩りに行っただけだ。これは代償行為に過ぎぬのだが、獪岳の心遣いなので文句は言わぬ。我は大人だからな。

 

 

 

 

 



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刀と獪岳3

 

 

 

刀と獪岳 3

 

 

 

一年中、藤の花が来る咲く藤襲山。この山で七日間、鬼を狩り、生き残ることが鬼殺隊入隊の合格条件なのだ。いつから、こういう入隊条件になったのであろうな?我の時は違ったような?獪岳と共に試験を受けるのはあやつも含めて20名。つまり、少なくとも20体以上の鬼がこの山にはいると我は読む。

くくっ、他人の分も我が斬って斬って斬ってくれようぞ。

おっかなびっくり山に入る者、心中はともかく淡々としている者、獪岳は割に平常心っぽい感じだ。我が傍にいるからだろうな。一同がてんでバラバラになったなかで、ようやく我は口を開いた。

 

『鬼の気配がするな。うじゃうじゃいるぞ、この山の中は』

「生け捕りにした鬼を閉じ込めているのだから、そうだろうよ。というか、そういう選抜試験なんだから。説明を聞いていたのか?」

『斬って斬って斬りまくる!!』

「あー、うん。良かったな」

『ここは天国か?』

「普通に地獄だよ」

『さあ、行くぞ。獪岳!!』

「鬼の活動時間は夜だろ?今のうちに休んでいた方が良くないか?」

『鬼の活動時間に合わせる愚か者がいてどうする。何より我は斬りたい!!』

「あー、はいはい」

 

この山にいる鬼はたいして強くない。しかし、獪岳の経験値を得るには適当だろう。楽しむでなく、効率的に鬼を斬る―――久々の狩りで高揚する感情を我は意識して抑えようとする。さもないとはしゃいで獪岳に無理をさせてしまう。

 

ザシュ!

 

獪岳がゆるやかに刀を振った―――と同時に鬼の頸が落ちた。さらさらと消える鬼と腰を抜かして座り込んでいる子供。

 

「怪我はないか?」

「あ、ああ」

 

呆けた子供に獪岳は次の鬼へと向かう。ここの鬼は我と獪岳の敵とはなり得ない。鬼狩りはほぼ作業と化していた。

 

 

鬼を一体(単位が不明)斬れば、普通に修行するのとは比較にならない経験値を得ることが出来る。肉を、骨を斬る感覚、敵と対峙する度胸、戦闘時の空気は教えようとして教えられるものではない。

昼は獪岳に休息をとらせ、我が警戒する。我に休息は必要ないのでな。夜は鬼の気配と子供の悲鳴で鬼の居場所を探ってひたすら効率的に斬り殺した。我を使う限り呼吸は必要ない。そして、獪岳も雷の呼吸を使わずに鬼を斬っていく。

 

『大分、鬼の気配が消えたな』

「これだけ斬っているんだ、減ってくれなきゃ困る」

 

我らの快進撃のせいか、目端の利く鬼は我らから逃げを選んだようだ。妥当な判断である。しかし、自惚れが強いか、本能が勝ちすぎる鬼を斬ることは出来る。例えば、今、目前の鬼はどちらであろう。何体も鬼を斬った為か、獪岳はすっかり落ち着いて目前の鬼と対峙している。鬼は人より優る身体能力で襲い掛かる。しかし、呼吸の中でも速度に特化した雷の使い手である獪岳は慌てずに鬼を避けた。鬼の横を避けると共に我を一閃。決められた型の舞を舞っていたら、鬼が突っ込んで自らの頸を差し出したようにすら見えるほど、自然な動きだった。ぴったり型にはまるように美しくも無駄がない動きだ。我は獪岳の仕上がりに満足した。

 

『流石だ、獪岳』

「ああ、今のは綺麗に斬れた」

 

獪岳自身も無駄がそぎ落とされていっているのが分かるのだろう。やはり実践に勝る経験はないようだ。

 

 

 

最終選別が終わって七日前の集合場所に一同が集まる。全員合格で20名の子供たちは皆、疲労困憊していた。七日間の野営では無理もない。獪岳は大分マシな方だ。我が付いているから当然だ。感謝するが良い。そう、獪岳にこっそり言ったら「押しつけがましい」とボソッと言われた。失礼な奴め。

対服の採寸は20名もいるので大騒ぎだが、皆々合格の為か嬉し気でもある。ただし、日輪刀の玉鋼選びに獪岳は加われなかった。

主催者の一人が

 

「あなた様には必要ないでしょう。今の刀以外、お使いになるおつもりは―――お互いにないのでは?」

 

疑問形だが確定で言いおった。ふうん、最終選別を見ておったか。獪岳の面倒を見るので手一杯だったことを指摘されたようでイラッとする。ふん、知られたところで問題ない。ただ、面白くはないがな。

そして、連絡用の鎹烏が支給された。この烏、監視用だな。

じっと我が意識を向けると鎹烏は怯えたように鳴いて上空へ逃げた。勘は悪くなさそうだ。

 

「こんな状態で上手く連絡できるのかよ」

 

ぼやくように獪岳がつぶやく。我は知らぬ。

 

 

 

 

獪岳は無事、鬼殺隊に入隊した。支給された隊服の上に深いほぼ黒に近い紺の自前の羽織を身に着けている。本来、師匠が仕立てるのだろうが、選抜から戻った獪岳は雷一門からの除籍を正式に桑島へ願った。我の存在を公にしてまで・・・。けじめだと獪岳は言っていたが―――獪岳は妙に思い切りが良くて平気で今まで蓄積したものを放り投げるところがある―――獪岳本人だけスッキリと清々しげにしていた。残された雷一門の方は唖然としていたが。なぜこんなことになったのか理解できないといった様子が気の毒でもあり滑稽でもあった。こうなる下地は十分にあっただろうに。

 

「善逸、お前が雷の呼吸の後継者だ。せいぜい頑張ることだな」

 

獪岳が最後に善逸へ告げた言葉は餞(はなむけ)にしては棘が含まれていたように我には思えたが、それは意地悪な見方であったろうか。

 

 

 

 

 

単独任務をこなしていて、初の合同任務は同期の村田という男と一緒であった。しかし、さくっと獪岳と我が斬ったので単独任務と変わらない。二人は茶屋で甘いものを食べている。最終選別の時に村田は獪岳に助けらたとかで奢ってくれた。

 

『覚えておるか?』

「いや、全然」

 

あの時、鬼を斬りまくって子供たちを助けた記憶は我とてあるが、かなりの人数を助けたのでいちいち覚えていないのだ。我ですら覚えていないのに、余裕のない獪岳が覚えていられる筈もない。

 

「俺たちの選抜、脱落者も死亡者もいない前代未聞の年だったそうだ」

「へー」

 

気のない返事をする獪岳。

まさか我らが斬りまくったから?まさかな。

しかし、フッと村田が表情を曇らせる。

 

「でも、俺たちの同期、隊員になってからの死亡率が高いって」

「選抜の鬼は任務の鬼と比較してずっと弱いから仕方ないのではないかな」

 

何度か任務を受けて、獪岳は最終選別の鬼が初心者向けと認識しているのだ。我から見てもそう思う。但し、その事実は獪岳にとってもそれなりに衝撃を与えたようだ。

 

「鬼も全力で抵抗する。殺し合いである以上、覚悟が必要ってことか」

 

しみじみと獪岳は言った。

 

 

 

 

 

 

 

獪岳

寺から追い出された後、鬼と交渉する前に刀と出会い鬼を斬殺した。不必要に鬼を痛めつける刀の思考(歓喜と狂気)、生まれて初めて遭遇した鬼への恐怖、鬼を斬り殺す感触などから以前の記憶が吹っ飛んだ。

刀は長く生きている為か的確?なアドバイスを獪岳に与えた。故に、そこまで性格は歪んでいない。承認欲求は一応、刀唯一の使用者ということで満たされている。最終選別の意義など考えておらず、刀の欲求を満たし、自身の経験値上げにしか関心がなかった。なんとなく同期の村田とは仲良し。雷一門とは距離を置いたので精神的に、大変楽である。

 

 

長生き?している刀。とにかく斬りたい欲求に忠実である。獪岳とは共依存?互いに協力しているから獪岳を利用している後ろめたさは全くない。色々、ろくでもない過去がある。尊大だが、言うだけの実力はある。人でなしとまでは言わないが人格者ではない。自身がろくでなし寄りと思っているので善人は苦手。宗教家はもっと苦手。

 

 

桑島

手塩をかけた真面目で努力家の弟子から、あっさりと除籍されたのでかなりショックを受けた。獪岳と善逸の二人で後継者にする計画は頓挫する。二人の性格から考えると、大分無理のある計画ではあった。

 

 

善逸

真面目で努力家の獪岳を尊敬していたが、傍らに不穏な音(刀)がいることに薄々気付いていた。雷に撃たれて感覚が鋭くなり、はっきり刀を認識した。その為、獪岳から完全に避けられるようになる。

獪岳との隔絶は刀のせいだと誤解している。本当の理由は善逸の性格、刀を認識できる耳、壱の型を習得した能力である。結局、相容れない同士だったのだろう。

 

 

 



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刀と獪岳4

 

 

 

刀と獪岳4

 

 

 

今夜の月は青白く、冷たい光を放っているように我には見える。先ほど、単独任務を終えた獪岳はのんびり藤の家へ向かっていた。雑魚鬼だったので我は無論、獪岳も疲労は全くなく帰り道はまるで酔い覚ましの散歩の気楽さである。もっとも、獪岳は下戸なのだが。

獪岳は欠伸をかみ殺した。我の手前、きまり悪げに言う。

 

「昼夜逆転生活は調子が狂うんだよ」

『鬼狩りならば仕方あるまい』

 

我は律義に返事をしながら、どこか心あらずだ。何だろう。何かがざわついている。夜の空気、夜風、冴え冴えした月、変わったものは何もない。妙に気がささくれ立つ。落ち着かない。

我の気持ちが獪岳に伝染したのか散歩気分が失せたようだ。ぴたりと獪岳は立ち止った。我は感知能力を広げる。意識して周囲を索敵する。

 

『見つけた』

 

口にして我は一瞬、迷う。この鬼は強い。正直、獪岳の手には余る。我の声音に何かを感じたのだろう、獪岳が顔をしかめて尋ねる。

 

「嫌な予感がする。聞きたくないが聞かないと余計に拙そうな感じだ」

『良い勘しておるな、そなた。鬼を見つけた―――が、向こうもこっちに気付いたな、これは』

「・・・・・・で?」

『逃げ切るには相手が強すぎる―――かな?」

「かな?じゃねぇよ!!どーすんだよ!!?」

 

ぎゃあぎゃあ喚く獪岳を我は『まあまあ落ち着け』と宥めておく。

 

『腹をくくれと言うことだ。案ずるな。我は常に見敵必殺。我が生涯において殺し損ねた敵はおらぬ』

 

我が自信をこめて断言したのに獪岳は疑わしそうだ。全く失礼な奴め。

 

『敵は南西だ。走れ!』

「南西ってどっちだよ?」

『今の獪岳から見て3時の方向だ。ほら、走れ!!」

「はいはい」

 

仕方ないと獪岳は走り出す。

その間、我は敵の能力を考える。探知能力は我と敵とではトントンか?強さは今まで獪岳が斬ってきた鬼とは格が違う。少なくとも血鬼術は使えるであろう。しかし、血鬼術か、あれは初見殺しなのだよな・・・。

鬼と戦っている鬼殺隊一人を目視。

 

『獪岳、不用意に近づくな』

 

戦闘を見て鬼の、特に血鬼術の情報を得ようとしたのだが、鬼殺隊隊員が無茶苦茶、押されておるではないか。動きが明らかにおかしい。まともに呼吸も使えておらぬ。

 

『獪岳、あれはもう持たぬぞ』

「仕方ない。割って入る」

 

獪岳は流れるような動きで鬼と鬼殺隊隊員(女だった)の間に入り、大振りの一閃を放った。直後、獪岳は隊士を左手に抱えて大きく後方へ退いた。鬼との間に距離が出来る。助けられた隊士は酷く慌てていた。

 

「逃げて!!こほっ、あ、あいては上弦」

 

そこまで、ようやく言って激しくせき込む女性隊士。身体に何か異常でもあるのか?こんな調子では呼吸は使えない。というか、この辺り、妙に寒くないか?

 

『獪岳、油断するな。あの鬼、かなり強いぞ』

「言われなくとも分かっている。よりによって上弦かよ。くそっ、こんなことに巻き込みやがって、この戦闘狂!!疫病神!!」

 

流石に今の獪岳でもあの鬼の強さは分かるか。我を罵倒する余裕はあるようだ。現状では上等、恐怖で動けなくなったらコトだ。

上弦の鬼はへらへら笑っている。正直、気持ち悪い。

 

「邪魔しないで欲しいな。その女の子を救ってあげているところなんだから」

「救う?」

 

思わず獪岳が尋ねる。獪岳、聞かぬ方が良い。何か生理的に受け付けないものを感じる。

 

「うん。俺が食べて救ってあげるんだ。俺の中でずっと一緒に幸せになるんだ」

「・・・・・・」

『・・・・・・貴様の言っていることが微塵も理解できぬ』

 

ここまで生理的に嫌悪する鬼が存在するとは我の生涯で初だ。会話するのも危険だ。

 

『獪岳、会話をしてはならん。こやつの言葉は魂に呪いを刻む類のものだ』

「ああ、相当ヤバイのは分かった」

「ん?君?いや、君たち?一人じゃないね。もう一人、何か得体のしれない気配がある」

『得体が知れぬとは失敬な!!』

「まあ、得体は知れないだろうよ、刀だもの」

 

納得して合の手を入れる獪岳。どっちの味方、そなたは。

 

『酷いぞ、獪岳。我こそは至高の―――』

 

そこで、上弦が攻撃してきたので手早く相殺する。攻撃の余波が間違っても後方の女性隊士へ行かないようにきっちりしっかり叩き落す。

 

『会話の途中で攻撃するな!!無礼者め!!』

「俺を無視して仲間内で会話されてもね。大体、俺はあの女の子を相手しなきゃならないんだ。だから、さっさと死んでくれる?」

 

ガンッ!!

 

「くっ!!」

 

獪岳が攻撃に押されて後ろに吹っ飛ばされた。見た目は優男風だが、流石は鬼。まともに力は受けず流している筈だが、それでもこの威力か。拙いな、獪岳では攻撃が通りそうにない。

 

「呼吸をしては駄目!!けほっ、血鬼術で肺が・・・けほほっ」

 

再び咳き込む女性隊士。なるほど、この上弦の鬼、肺を使えないようにする血鬼術を使うのか。鬼殺隊とは相性が悪すぎではないか。いくら獪岳が雷の呼吸を使わないとはいえ、全く呼吸しないという訳ではない。これ、詰んでないか?よし、ならば。

上弦と獪岳は距離をとって対峙する。

 

『獪岳、我に策がある』

「よし、どうすれば良い?」

『こうする』

 

我は一気につかを獪岳の鳩尾に叩き込んだ。

 

カハッ

 

全く心構えのない状態からの一撃は確実に獪岳の意識を狩った。恨みがましく、薄っすら涙すら浮かべて獪岳はうずくまる。獪岳は完全に気絶していた。

女性隊士は声にならない悲鳴を上げ、上弦は目を丸くする。

 

「えっと、何をやってんの?君たち。まぁいいや」

 

獪岳が気絶したことで無造作に獪岳が近づく。まず、気を失いうずくまった獪岳を殺してから、女性隊士の始末をするつもりなのだろう。じりじりと我は待つ。上弦が今、一歩近づいた瞬間。我は神速で刀身を振るった。八撃。

 

「・・・・・・え?」

 

上弦は斬られたことが理解できないと声を上げた。だが、その声だけが上弦の残滓。我が八つに切り捨て、両手足のみならず頸も落としたからだ。そして、これが上弦の終わりであった。

 

 

 

先の上弦との戦いの後(あの上弦は上弦の弐だった)、蝶屋敷に放り込まれた獪岳はすっかりむくれていた。全く子供である。獪岳は上弦の弐を斬殺するという偉業を果たしたのに、ほぼ無傷なのだ。全て我のおかげである。

 

『感謝感激するのが筋と言うものではないか?しかも、そなたはほぼ無傷であるぞ』

「ああ、そうだな。俺の唯一の怪我は刀が鳩尾に叩き込んだ痣(あざ)だけだよ。息が詰まるかと思った!!」

『気絶させる為だ。あやつの血鬼術は呼吸によって肺に損傷を与えるのだ。呼吸をするのは危険すぎる。ある意味、あの上弦の血鬼術は鬼殺隊殺しだな』

「確かに相性悪すぎな血鬼術だな。・・・・・・そういう事情なら仕方ないのか・・・?」

『そうそう、仕方ないのだ』

「ちょっとは反省しろよ!!」

 

喚く獪岳。その辺にしておかないと、また蝶屋敷の看護師に叱られるぞ。

 

 

 

 

 



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刀と獪岳5

 

 

 

刀と獪岳5

 

 

 

獪岳が蝶屋敷を退院と同時に産屋敷に呼び出しを食らった。蝶屋敷入院中に花柱とその妹・しのぶが獪岳(と我)に礼を言い、ついでに先の上弦の弐撃破報告は花柱からするということで、呼び出される理由は分からぬ。花柱は我のことに気付いてはいても突っ込んで聞いてこない空気の読める性質だったらしく、我も獪岳もこれ幸いとすっとぼけておいた。

しかし、この呼び出しは獪岳にとって十分、気に病む案件らしい。盛大に顔を引きつらせている。

 

「くそっ、行きたくない。何を言われるんだか。刀、お前は何をしたんだよ?」

『我は何もしておらぬ』

「絶対、何か刀がやらかしたんだろうよ・・・。それとも刀の存在がバレた?花柱が隠しても鎹烏から報告が行ったか?」

 

この事態を嘆きつつも獪岳は生真面目に状況を分析する。どうせ行けば分かるのにご苦労なことだ。故に我は考えぬ。面倒くさいからな。獪岳にそう忠告しようかとも思ったが止めておいた。状況分析は獪岳に丸投げする。

 

 

産屋敷の一室に通された我と獪岳。緊張しすぎて表情が強張っている獪岳、生意気なこ奴も存外、可愛げがあったのだな。目前に産屋敷・通称お館様。前の使用者の時に我があったのは今のお館様・当主の先祖にあたるのだろう。そして、後方に控えているのは大男の僧?数珠をまさぐり念仏を唱えている。我は宗教とは相性が悪いので意識から逸らす。少々、不気味な感じがしたのだ。獪岳の方は、あの僧にドン引いていた。我の感性がおかしい訳ではなさそうで一安心だったりする。

 

「ああ、獪岳。そんなに緊張しなくても良いのだよ」

「は、はい。その、今日は何の御用でしょうか?」

「実は、君を岩柱と会わせたくてね」

 

そして、当主はちらりと後ろに控える僧もとい岩柱へ視線?を向けた。岩柱はぴたりと数珠をまさぐる手を止めた。念仏も止まる。獪岳も我も岩柱に意識を向ける。

 

「・・・・・・獪岳、生きていたのだな」

 

ようやく岩柱がそう言った。今、気付いたが、こやつ盲目だ。

 

「はぁ、そうですが?」

 

岩柱の質問がよくよく考えると不穏なもので、その引っ掛かりを我のみならず獪岳も気付いたようだ。返事には不審さが含まれている。冷え冷えとした空気が流れる。その空気を変えるために当主が口を開いた。

 

「こほん、獪岳。君はある刀を使っているね」

 

びくり、と獪岳は肩を震わせた。これでは否定は出来ないだろう。そもそも鎹烏系鵜で情報が筒抜けだったか。やれやれ、仕方あるまいて。我はずずっと獪岳の影(左側)からゆるりと現れる。獪岳以外が目を見張る。

 

『我に何ぞ用か?当主』

「刀、言葉遣い!!」

 

真横で獪岳が小さな声で叱るが無視だ。なぜ、我がそんなことに気を遣わねばならない?全く、必要を感じぬな。

 

「君は―――狂乱の、と呼ばれた刀じゃないのかい?その昔、鬼殺隊に所属した剣士が使っていたよね?」

『ほぉ、我を狂乱の、と呼ぶ者とまみえようとは思わなんだ。それで?』

 

じっと我をねめつけていた当主が獪岳へ視線を向ける。いや、向けたようだ。こやつも先祖同様、呪いに侵されておる。

 

「獪岳。この刀は狂乱の、と呼ばれる存在だ。長い鬼殺隊の歴史上、何人かは確かに使用者がいた。君はそのことを知っているのかい?」

「以前に鬼殺隊隊士が刀を使っていたことは知っています。故に刀は鬼殺隊のことを教えてくれました」

「だが、自身が狂乱の、と呼ばれていたことは教えなかった」

 

冷たく当主が言い切った。

獪岳がちらりと我を見る。

 

『教える必要あったか?』我は獪岳だけに聞いてみた。

「別にないかな?狂乱の、と呼んだ方が良いか?」

『不要だ』

 

じっと我らを見ていた当主がため息をついた。

 

「仲が良さそうだね。話と言うか通達だけど。獪岳、君の昇級自体は問題ない。だが、狂乱の、を使う者は柱にはなれないんだ。呼吸を使わないから後継者を育てられないのでね。それでも、その刀を使うのかい?」

「刀と柱の地位では選ぶまでもありません。刀と共にいます」

『獪岳・・・・・・ちょっと我ですら感動したぞ、ちょっとだけな』

「ちょっとかよ」

「・・・・・・分かった。下がって良いよ」

「はい。失礼します」

 

我はすっと獪岳の影へ戻った。礼儀正しく辞する獪岳を当主は呼び止めた。思いついた風を装っていたが、そうではない。先祖同様、食えない奴め。

 

「岩柱に会わせたのは獪岳が覚えているか期待したからだよ。どうも獪岳に記憶はなさそうだがね」

 

 

 

 

傷は癒えているので蝶屋敷ではなく藤の家へ向かう獪岳と我。特に急ぐでもなく、のんびり歩いているのは先の緊張した会見の反動だろうか。

 

「お館様のあの最後の言葉、どういう意味だ?」

『ふん、我とそなたの間に楔を打ちたかったのであろうよ』

 

狂乱の、と呼ばれる我をおそらくはあの当主、文献で知っておったのだろう。少なくとも生きている人間で我を知る者はもはやあるまい。そして、その文献だとて、どこまで正確なものか。我に対する警戒心からある程度、我の力を知っているのだろうが。鬼殺隊などというある意味でなりふり構わぬ組織の長が、この我を使わぬという判断は下せまい。せいぜいが割り切れぬ想いを抱き、無用な罪悪感にさいなまれることだろう。狂乱の、と呼ばれる妖刀を己が剣士に持たせることに。

 

「楔?」

『そなたはあの岩柱を知らないのか?』

「知らねぇ。大体、あんな特徴的な人、知人なら覚えているだろ」

『そうであろうな』

 

我が獪岳の刀となってから(あの森の出会いからこっち)、我は獪岳と共に居たのだ。その我の記憶にないから、あの出会いの前の話なのか?

 

『今更だが、我がそなたと出会う前のこと、何か覚えておらぬか?』

「え?刀と会う前?」

 

ぴたりと獪岳は足を止めた。

 

「何の記憶もない・・・・・・」

 

獪岳自身、驚いたように呟いた。今まで思い出そうとしたこともなく、自身の記憶がないことを心底驚いたようだ。

なるほど。狂乱の、と呼ばれる我は精神支配能力を有している為、あの当主は我が能力を使って獪岳の記憶をいじったと誤解しておるのか。ふん、あの警戒はそういうことからか。我はそんなことしておらん。全く失礼な奴だ。

しかし、獪岳が覚えておらんのは―――幼さゆえに忘れてしまっただけでは?

 

『人の子が記憶できるのは6つ位からではないか?』

 

確か、我と出会ったのもそれ位だったか?

 

「そうか?」

『昔を覚えていると思っていても、それは周囲から話を聞いて自身が記憶を再構築し、覚えていると誤認識しておるだけであろうな』

「説得力あるなぁ」感心したように獪岳が言う。

『うむうむ、我の聡明さに感嘆するが良い』

「最後のがなければ完璧なんだが・・・」

 

つくづく残念そうに獪岳がぼやいた。

 

 

 

 



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刀と獪岳6

 

 

 

刀と獪岳6

 

 

 

那田蜘蛛山で大規模戦闘があったと聞いて、我と獪岳は見舞いの品を手に蝶屋敷へ向かった。獪岳の同期が何人か入院しているそうだ。蝶屋敷には、元花柱(あの件で柱を引退した)や妹しのぶと縁が出来たので任務が近い折など菓子の差し入れを獪岳はしている。案外、マメな奴だーと思っていたら、上司には付け届けするものだ、と言い切っていた。それ、どこ情報?我、知らないんだけど。

蝶屋敷に入ろうとして、汚く甲高い声が響いていた。あー、この高音聞いたことある。善逸の声であろうな、これ。獪岳はこれ以上ないという位、眉間に皺を寄せていた。ある意味、凄いな、善逸は。声だけで獪岳を不快にさせられるとは。獪岳はくるっとまわれ右。さっさと立ち去ろうとする、その行動に欠片も躊躇いはない。判断が早い。しかし―――

 

『見舞いの菓子折り、どうする気だ?』

「あ」

 

忘れていたらしい。存外、間抜けな奴め。しぶしぶ獪岳は蝶屋敷へ戻り、入り口近くで職員を捕まえて菓子折りを押し付けていた。職員も獪岳に慣れているので菓子折りは遅滞なく譲られて終了。

善逸が蝶屋敷に入院しているなら、しばらく獪岳は蝶屋敷に近づかないだろうと思っていたら、菓子折り押し付けてすぐ、同期の村田と会った。同期内で村田が一番仲が良い。我としては獪岳に友達が出来て嬉しいが指摘したら起こるだろうから黙っておく。村田も見舞いだとか。

 

「獪岳も見舞いか?」

「ああ、だた思った以上に大変そうだから菓子折りだけ預けてきた」

 

本当は善逸がいるから避けているだけなのに、獪岳は上手く村田の問いを回避した。雷一門や善逸のことを話すつもりはないようだ。

 

「村田も那田蜘蛛山任務に参加したのだろう。うどんでも奢るから何があったのか聞かせてくれ」

「おう、いいぜ」

 

二人は軽口を叩きつつうどん屋へ入る。

情報は重要だ、と獪岳はその点において貪欲である。そして、手段も問わない―――というか嫌っている割に善逸の手紙を読むのは情報収集以外の意味はないだろうと我は思う。当然ながら返事は書かない。一番最初、鎹烏ならぬ鎹雀が手紙を届けた時「最終選別に生き残りやがったか、あのカス」と吐き捨てていた。溝は相当、深いようである。

流石の我も、そこまで言わんでも・・・と思った。思っただけで何も言わなかったがな。

那田蜘蛛山の鬼が徒党を組んでいたという話に獪岳は「鬼って単独行動じゃないのか!?」と驚き、鬼を連れた剣士の話に「マジかよ!?」と呆れていた。獪岳の反応に気をよくした村田は裁判のことも話すが、それ、話しても良いのか?などと我の方が心配になってきたぞ。

 

「鱗滝一門が連座で責任とる、か」

「凄いよな」

「逆にそこまで言われたら他の柱も引かざるを得なかったんじゃねぇか?」

「どういうことだ、獪岳?」

「実際、その竃門妹がやらかしても兄はともかく鱗滝一門まで連座制で処罰はいかねぇだろ」

「証文出しているぜ」

「いやいや、水柱を責任取って切腹とかありえねぇよ。それよか、鬼斬りまくってもらった方が鬼殺隊としても助かるし、貴重な柱を無駄死にさせるもんか。鱗滝一門も分かったうえでやってんじゃないかな」

「確かに助命嘆願だされそうだ」

「それにお館様がもともと竃門妹を認めているのなら、ますます他の柱を黙らせる茶番だったりしてな」

 

ケラケラと獪岳は笑う。

 

「・・・・・・もしかして、獪岳。鱗滝一門が嫌いとか?」

「会ったこともないが」

「じゃあ、鬼連れの剣士が許せないとか?」

「別に。話に聞く限り、その鬼娘は殺せないほど強くはなさそうだし。蝶屋敷にとって便利な実験体じゃないかな。ああ、でも他の剣士連中は納得できないだろうよ。風当たり強そうだ」

 

獪岳の意地悪な?指摘に村田は目を白黒させている。村田をからかっているのか、単に気を許しているのか―――我が思うに気を許しているのではなかろうか。ずけずけ物が言えるというのはつまり、そういうことだ。

 

「その、気に障らないなら竃門兄妹を気にしてやってくれないか?なんか俺、絆されちゃってさ」

 

ぽかんと獪岳は村田を見て、少し考えてから頷いた。

 

「お館様が許可しているんだ。俺は別に構わない」

「そっか、ありがとう」

 

村田の笑顔に獪岳は困ったような顔をする。村田は大概、お人よしだ。そして獪岳も自身は気付いていないようだが、正当な言い訳をわざわざ作ってまで村田の意向に従おうとしている―――会ったことのない竃門兄妹ではなく村田の為であろう。割と獪岳も身の内に入れた者には優しいのでは?なんて我は思ったりするのだ。

 

 

 

 

 

獪岳

成り行きで花柱の危機を救ったが、自身が気絶していたので上弦の弐撃破の功績はない。本人も納得しているが、刀が鳩尾にツカを叩き込んだことには怒っている。大分、痛かったらしい。刀の過去?を知ったがあまり気にしていないし、今更手放す気もない。

村田とは仲良し。後日、竃門兄妹が善逸の友達であることを思い出して、村田との約束を反故にしたくなった。なお、那田蜘蛛山の件の際には別任務についていた。ある時より、刀を使っているため単独任務しか命じられなくなった。

 

 

お館様により過去がバラされた―――が、あまり気にしていない。昔は、狂乱の、と呼ばれていた。実は精神の介入や狂気をもたらすことが出来るが、とある理由からこれらの精神系の能力は使っていない。鬼殺隊も自身の能力を正確に把握していないことを知っている。色々あって、過去も含めてお館様とは相性が悪い。上弦の弐を撃破し、その潜在能力の高さを示した。

 

 

元・花柱

刀と獪岳に成り行きで助けられた。しかし、二人の特殊な状況を察して口をつぐむことが出来る、大変空気の読める人。獪岳からはちょいちょい付け届けされている。

 

 

岩柱

獪岳に忘れ去られていてショック。獪岳が寺から追い出されていたことを翌日に知る。あの騒ぎ(派手に刀が鬼を痛めつけたので大騒ぎとなった)の後に来た鬼殺隊から鬼事件を聞き、獪岳の生存を絶望視した。あの事件をきっかけに鬼殺隊に入り、獪岳が生きていることをかなり後で知る。

 

 

お館様

刀については文献でしか情報がないが、直感的に強大な力を持っていることと、信用ならないことを感じている。しかし、その実力は認めていて、身の内に爆弾抱えている気分。警戒しすぎ。そんなに危険視する必要のないポンコツであることに気付いていない。

 

 

 



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刀と獪岳7

 

 

 

刀と獪岳7

 

 

 

「うふふ。いつも贈り物を下さるばかりで、今日こそは長居してくださいね」

 

元・花柱である胡蝶カナエがたおやかに微笑んだ。今日は天気も良いし、ちょうど庭の花も見頃ですよと言って、元・花柱は縁側の方に座を作った。ちょっと居心地悪げに獪岳は座り、すっかり懐いた竃門妹が当然のように獪岳の隣に座る。

 

「あらあら、すっかり獪岳さんに懐いていますね。禰豆子さん」

 

我から見ても困惑している獪岳。ちょっと面白い。基本、仏頂面の獪岳はあまり子供受けしないのだ。

 

「お二人が手をつないでいるのを見た時、まるで兄妹のように見えましてよ」

「あれは、この鬼娘を元・花柱様か虫柱様に引き渡す為です。俺の言うことが伝わらないから手を引いただけで。それにこの鬼娘を一人にさせない方が良いですよ」

 

獪岳の忠告に元・花柱はその美しい顔を曇らせた。

 

「なかなか禰豆子さんのことを受け入れてくれる人が少なくて。保護して下さってありがとうございます」

「皆の気持ちも分からなくもないです」

「でも、獪岳さんは違うのでしょ?」

「俺は鬼娘より強いですから」

「禰豆子さんですよ」

 

鬼娘呼びするな、と元・花柱に言外に言われて獪岳は言い直す。

 

「俺は竃門妹より強いですから。他の人間は怖がっているのでしょう。人は自分とは異なる者を拒絶するものです」

「・・・・・・私の報告書が獪岳さんを孤立させてしまったのでしょうね」

「遅かれ早かれです。俺は呼吸を使わないし、刀を使っていますし」

 

上弦の弐撃破以降、獪岳に合同任務が回されなくなった。上層部が我を危険視しているからであろうな。我の狂乱の、という名から我の能力を予想して共同任務をさせられない、と。流石、良い判断である。しかし、合同任務だと我が斬れない可能性が高いので単独任務の方が有難いのだが。

 

 

 

 

 

「今日はよろしくお願いします」

 

元気いっぱいに、そしてにこやかに竃門兄が言った。

今夜は珍しく俺こと獪岳とこの竃門兄妹との合同任務なのだ。妹の方は兄が背負っている箱の中にいるので、正しくは竃門兄と俺の合同任務ということになる。というか、竃門妹は戦うのか?

 

「ああ、よろしく」

 

とりあえず返事をして、何で今更に合同任務を組まされたのだろうと思う。大体、俺は例の刀を使うが為、合同任務はさせられないと上層部は判断した筈だ。それなのに、なぜ竃門と組ませるのか?

 

「聞いても良いか?」

「はい、何でしょうか?」

 

やけに親し気に竃門兄が言う。この前、成り行きで竃門妹をかばって、一緒に双六をやったのでこの兄妹の好感度が上がったのかもしれない。何とも単純な奴らだ。但し、俺にとっては不利益ではないし、村田にも頼まれたし、放っておこう。ついでに竃門兄がカスと同期で親しいことはこの際、忘れることにする。そもそも別人だ。カスと関わりのある人間をいちいち気にするのも逆に腹が立つ。

 

「合同任務を行った経験はどれくらいあるか?ちなみに俺はほとんどない。故に指揮はとれない」

 

年齢・階級から俺が指揮するのが道理だが、俺自身が呼吸を使わないので通常の合同任務と同じような行動を期待されても困る。大体において、俺は刀と共に討伐対象をつまり鬼をサクッと斬っている。他人との共闘経験が皆無なのだ。ぶっつけ本番で竃門兄と共闘できるとはとても思えない。加えて、俺の刀は鬼をもとい斬ることにかなりの執着がある。故に今回の作戦で俺が竃門兄の補佐に徹して、竃門兄に鬼を斬らせる訳にもいかない。

 

「えっと、同期たちと、それからナダクモヤマ任務でしょうか」

「使う呼吸は?」

「・・・・・・水の呼吸です」

「俺は呼吸を使わない。故に共闘は難しい。今回、討伐対象は俺が斬るのでお前には補佐もしくは見学して貰いたい」

「はい、分かりました」

 

不満げなく竃門兄が答えた。

自分が、自分がと我を通そうとする性格ではなさそうだ。早く階級を上げたい隊士はどうしても鬼を斬ることに拘るが、こいつにはそれがないようだ。なお、俺が鬼斬りに拘るのは、うるさい刀の為に過ぎない。大体、俺の階級は既に甲なのだから。刀の欲求に応えていたらこうなっただけで深い意味はない。柱の条件も達成はしているが、呼吸を使っていないので話自体がない。別にどうでも良いのだが・・・・・・。

俺たちはのんびり歩きながら任務地へ向かう。町はずれのさびれた裏通りが目的地である。すっかり夜は更けて、しかし晴れている為か半月の月明かりが明るい。

 

「今回の鬼は血鬼術が分からないが、不可視の攻撃をするらしいとの情報がある」

「不可視の攻撃ですか、回避は可能なのでしょうか?」

「さあ?その不可視の攻撃が物理か精神かで変わってくる。つまり、物理なら叩き落せたり避けることも可能な気がするが、精神なら無理じゃねぇか?」

「うーん、そうですか?」

「回避不可ならば、速攻で鬼を斬るしかない。回避可能でも速やかに鬼を斬るのが望ましい。結局、やることに変わりはないな」

 

色々と真面目に考察した結論が、速攻で鬼の頸を斬るではほとんど何も考えていないに近いような気がする。

そこで、また俺はなぜ合同任務を組まされたのかに考えが戻った。竃門兄がいなければ、刀と会話するところだが、妹はともかく兄に刀の特異な力を見せる気にはなれず、俺は刀へ話しかけないことにした。妹の方は刀も含めて双六したので今更だ。

多分、竃門兄は俺に対する監視なのだろうと思う。鎹烏だけでは情報が不十分なのかもしれない。竃門兄は鬼の妹を連れている隊士だ。捨て駒にしても惜しくはないと上層部は考えて俺と、それとも狂乱の刀と組ませたのだろうか。それはあまり愉快な仮説ではなく、思わず顔をしかめた。もっとも、それが正解とは限らないのだけれど。

 

俺と竃門兄は予定された裏通りに立っていた。古ぼけた街路灯がぽつりと一つだけあり、その灯によってより一層、その裏通りが寂れて見える。人気は全くない。お化けが出てもおかしくない雰囲気があった。いつもなら刀に向かって軽口のひとつも叩くところだが、竃門兄に対してそうするつもりはなかったので俺たちの間には気づまりな沈黙が落ちている。

 

 

ガンッ!!

 

 

地面が揺れた。とっさに俺は腰を落とした。揺れが酷くて立っていられない。しかし、地震という感じではない。なぜか地震ではないと直感で思った。揺れは止まった。前方の気配に俺は前に出て、背後に竃門兄妹を庇う立ち位置を取る。

 

「刀」

 

呼びかけに即、刀は応じた。俺から見て左脇の影からぬるりと日本刀が現れ、俺は一気に引き抜いた。街路灯の灯で刀身は安っぽい光を放っている。

 

『獪岳、影だ』

 

風切り音を立てて何か黒いモノが襲い掛かってきた。不可視ではなく夜に黒いモノが襲うことでそのように誤解されたのだろうか。視認できたそれを俺は手早く斬り捨てた。きちんと斬り捨てられた。物理攻撃が通ることに一安心する。

 

「獪岳さん、鬼は一体です。その、鬼はですけれど」

 

竃門兄が困惑気味に鬼ではなく、刀の方を見る。

 

「刀のことは数に入れなくて良い。俺の刀だ」

 

影から刀が現れれば普通は驚くか。共同任務が久々すぎて気遣いを忘れていた、と俺は自分の迂闊さに呆れた。竃門兄には後で口止めをしておかねばならない。あちらも鬼連れ隊士だ。異端同士、口止めもそう難しくはないだろう。

 

 

ガンッ

 

 

再び地面が揺れた。地震というより建屋に強風を叩きつけられたような感じだ。足場の不安定さに舌打ちする。ついでにふらつく竃門兄に怒鳴っておく。

 

「しゃがんでいろ。ついでに何もするな」

 

ちょろちょろされたら、たまったものじゃない。他人を庇う戦い方なんて俺は知らない。

 

『獪岳、鬼は影を扱う。そなたの周囲の影は我の管理範囲で奴も手出しは出来ぬが、干渉しようとした跳ね返りがこの地震もどきだ』

 

この局地的地震はそういう訳か。刀の周囲の影はとりあえず安全ということだ―――つまり、竃門兄妹を守る必要性から俺と刀は打って出ることが出来ないじゃないか!?

 

「刀、管理範囲の拡大は可能か?」

『無理だ』

「使えない!!」

 

のそり、と前方の気配が蠢いた。ありがたいことに鬼の方がこちらに来てくれた。影が大きな槍の形状で迫りくるが遅いので容易に斬る。斬ったはしから影は消えていく。物理攻撃が通るのだから、物理的に存在しているのだよな?どういう原理なのだろうか。

 

 

ガンッ!ガンッ!

 

 

しつこく鬼は影越しに干渉してくる。直接、こちらを攻撃してこないのは、この鬼の戦闘形式が遠距離型であり、近接戦闘に不向きだからだろう。刀の保護下になく、自身の影から攻撃されたら、かなり不利なのは確かだ。俺はこれが単独任務ならばと思考は走るが、今更詮無いことだと割り切った。

しかし、どうしたものか。まったくもって手詰まりだ。鬼相手に長期戦など自殺行為だ。一気に頸を斬らねばならない。断続的に来る攻撃をしぱしぱ斬り飛ばしながら俺は刀に相談する。

 

「竃門兄に俺と並走させつつ、接近戦に持ち込むのはどうだ?」

『竃門兄がそなたの速さについてこれるか分からんぞ。雷の呼吸は速度特化型だ。他の流派よりそなたの方が速い』

 

俺、もとい刀の管理範囲外では即、竃門は影から攻撃されてしまう。

 

「詰んでんじゃねーか」

『あやつより獪岳の方が強いのだ。そして、あの鬼は近接戦闘に不向きと思われる。ならば、どうすれば良いかは明白であろう』

 

どこか面白げに刀は答える。

ああ、そうか。竃門に攻撃させ、俺が防御を担当すれば良い。俺ならば竃門兄に並走し、補佐するのは容易だ。但し、そうなれば刀は鬼を斬れなくなるが、刀がこの案を提案するということはその辺り織り込み済みなのだろう。織り込み済みだよな?後になって『斬りたい』と駄々をこねられても困るのだが。

 

「竃門兄」

 

背後に視線を向けると、ちゃんと刀を構えた竃門兄が「はいっ」と元気よく返事をした。もしかして、俺が取りこぼした分を斬ろうとしていたのか。無用な心配だ。俺と刀で取りこぼしなどあり得ない。(きっぱり)しかし、その慎重さは嫌いじゃない。

 

「竃門兄。悪いが作戦変更だ。お前が先行で攻撃しろ。俺が並走し刀の管理範囲からお前らが外れないように保持しつつ、さばききれない影は斬ってやる。出来るか?」

「はいっ、出来ます」

「よし、行け!!」

 

一気に竃門兄が走り、俺は距離を保つように並走する。鬼の方が接近されるのを嫌ってか影槍が数を増やし、俺たちに襲い掛かる。本来ならば、俺たちの直近の影から攻撃したいのだろうが刀の管理範囲に阻まれて遠距離からしか攻撃できないようだ。おかげで攻撃を迎え斬りやすい。

 

「水の呼吸 弐ノ型 水車(みずぐるま)」

 

竃門兄が広範囲攻撃技で影槍を斬り飛ばす。

近づかれて焦ったのか、鬼は影槍の大きさと小さくし、手数を増やしてきた。しかし、一本一本の攻撃はそのために軽くなっている。常の戦い方が出来ないことが、この鬼の敗因であろう。

 

「水の呼吸 壱ノ型 水面斬り(みなもぎり)」

 

思ったより、あっさりとそして他愛なく鬼の頸は落とされた。

 

 

 

合同任務は終わり、俺たち―――俺と竃門兄妹ーーーはのんびりと藤の家に向かっている。割に早く終わったので、箱から妹を出してやったらどうだ?と水を向けたら竃門兄は嬉しそうにいそいそと箱から妹を出していた。

妹も常に箱の中では気が滅入るだろう。どうせ今は夜だし、夜明けも遠いし。すると、「獪岳さんは優しいんですね」と竃門兄が勘違いなことを言い出したので「竃門妹より俺の方が強い」と言い切ってやった。なぜかよく分からない顔をしている竃門兄妹。

そして、『発想が脳筋な』と刀が言った。

 

 

「ともかく竃門兄。お前の報告書を提出しておけよ。俺も書くけど」

「二人とも書くのですか?」

「普通は不要だが、俺は刀を使っているから上層部に信用がない。正しくは、刀を警戒されている、か。竃門兄も鬼娘の妹を連れている以上、異端がどういう扱いを受けるか分かるだろう?」

「そんな、獪岳さんは―――」

『そう、我のような至高の存在を畏れるのはか弱い只人ならば致し方なかろう』

「「・・・・・・」」

 

刀の尊大な物言いに俺と竃門兄はドン引いている。鬼娘の竃門妹は全く人ごとの様子であった。凄い受け流し能力(スルースキル)だと思う。いっそ俺もその境地に至れたら良いのだが、只人の俺には無理だ。

 

「上層部がこの刀を警戒するのは気にし過ぎじゃ?と思わんでもないが―――実は結構、凄いんだ」

「いえ、凄いのは今回だけでも分かります」

 

互いに先の戦いでの刀の果たした役割から、刀を褒めているのだが何でこんなことになっているのやら。

 

「刀、お前は喋らない方が良いと思う」

『ふむ、我は寡黙な方が良いというわけか』

 

喋ると小者っぽいというか、何か残念な感が溢れてくるのだよな。多分、竃門兄妹も刀を畏れたりしないと思う。

ともかく、久々の合同任務は問題なく終了した。

藤の家に着いてから、竃門妹に強請られて、刀もまじえて完徹双六大会に突入してしまったのはーーー完全に予想外のことであった。

 

 

 

 

獪岳

久々の合同任務で苦戦?既に甲なので刀の為だけに鬼を斬っている。故に竃門兄に手柄を譲っても気にはならない。双六大会に付き合わされた方が辛かった。完徹はきつかったらしい。

 

 

今回は鬼が斬れなかったが、獪岳が先輩やっていたので満足。うちの使用者は凄いだろ、の気分である。

双六はガチ勝負派。大人げない。

 

 

竃門兄

妹に対して優しいので獪岳の株はますます上昇中。獪岳の状況判断の的確さと無駄のない剣術にその強さを理解した。

刀については、双六大会に付き合わされたこともあり、凄いけれど性格は子供っぽく心配することないのでは?と思っている。

 

 

竃門妹

獪岳は遊び(双六)に付き合ってくれる遊び仲間枠。刀も同じ遊び仲間枠。

本作品一番の大物なのは間違いない。

 

 

 

 

 



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刀と獪岳8

 

 

 

刀と獪岳8

 

 

 

「任務の度に怪我しているんだってな」

 

少し呆れたような口調で俺は竃門兄に見舞いのお菓子を渡した。「ありがとうございます」相変わらず人のよさそうな顔全開で竃門兄が破顔した。偶にこいつの能天気さに自分との違いを突き付けられるきがする時があるが、今はその顔に影を感じるのは俺の気のせいか。直前の任務は炎柱との合同任務で上弦の参と遭遇したとか。以前にもこいつは無惨と遭ったらしいし、悪運というか引きの強さは半端ないようだ。

そして、炎柱の死亡。

柱ですら上弦には敵わなかったか―――直接、俺は炎柱と会ったことがないので、それくらいの感想しか抱けなかった。しかし、同期や他の皆から炎柱が大層、慕われていたことは知っている。―――そりゃ、俺や刀には会わせないよな。

流石の俺だとて段々、分かってきた。刀はかなり危険だ。中身というか性格はアレでついつい気を許してしまうし、俺は刀が俺を裏切るとか俺の不利益になることをするとは思わない。共に過ごした月日、年月で俺は刀を理解している。しかし、知らない人間に刀は充分脅威になり得るだろう。ともかく、炎柱のことは口にしないことにする。

ちらりと俺は竃門妹の入っているであろう箱を見る。

 

「退屈しているのではないか?お前の妹は」

「また耐久双六大会ですか?」

「だったら、竃門兄も付き合わせるぞ」

「望むところです。寝てばかりで暇なんですよ」

「日にち薬だろう。大人しく寝ていろよ」

『我、我もやるぞ』

「刀は竃門妹にも容赦しないからな、大人げない」

『手加減何ぞ、相手に失礼だ』

「竃門兄、どう思う?」

「真剣勝負は良いんじゃないですか?」

「刀より大人だ」

『それ、どういう意味だ?』

 

竃門兄も大概、刀に慣れてきているから俺としても楽である。ここまで、ぶっちゃけているのは元・花柱の胡蝶カナエと竃門兄妹だけか。あれ、実は双六仲間じゃないか?流石に同期の村田にも刀の秘密はさらしていない。でも、村田ならば平気で受け入れそうだ。機会があったら試してみよう。

 

「それで、また刀を駄目にしてしまって・・・」

『刀は力の入れ方で容易に折れるからな。要は力学だ』

「俺は今まで刀の手入れをしたことがないんだが」

 

今更だが、俺は大変なことに気付いた。そもそも、手入れって何をすれば良いのかも分からない。

 

『我には自己修復機能があるから破壊されぬ限り問題ない』

「ああ、それは便利―――」

 

言いさして俺は口ごもった。自己修復機能ってなんだ?いや、意味は分かる。そうではなくて、何で刀はそんな機能を付加しているのだ!?今まで、おざなりにしてきたが本気でこの刀、何なのだろう?

俺ですら引いているのだ。当然ながら、竃門兄も唖然と刀を見ている。

 

『どうした、そなたら?』

「いや、別に」

「特に何も」

 

俺たちはただ、もごもごと言い訳をするしかなかった。

 

 

 

蝶屋敷へ菓子折り持参でご機嫌伺に行ってみたら、玄関先で竃門兄、猪頭(酔狂な格好の奴だ)、善逸と派手派手しい大男が喧々囂々と騒いでいる。騒ぐのは個人の自由、俺だってそこはゴチャゴチャ言いやしないが、俺はその玄関を使いたいのだ。しかし、何か巻き込まれそうな嫌な予感がする。裏口から入ろう。くるりと方向を変えようとしてばっちり善逸と目が合った。

 

「あーっ、あニ・・・・・・獪岳」

 

兄貴と呼んだら殺す!!という意志を込めて睨みつけたら空気を察したのか、音を聞いたのか善逸は言い直した。しかし、一同が俺に気付いた。あの阿呆、カスな上に碌な事しやしねぇ。いつか殴る。

 

「あ、獪岳さん」

 

どこか嬉し気に竃門兄が言う。何で嬉しそうなんだ、お前?そして、派手派手しい大男はなぜか俺をじっと見る。そして呟いた。

 

「お前が無位の獪岳か」

 

”無位の獪岳”なんだ、それは。いつ、そんな訳の分からん二つ名がついた?俺は知らないし、認めていない。

故にこう言い返す。

 

「階級・甲の獪岳です」

 

この派手派手しい大男、たぶん、音柱の宇随だ。元・忍者で使用する音の呼吸は雷の呼吸の派生とか。仮に桑島先生の弟子ならば、それ経由で俺のことを知っているかもしれない。ついでに刀のことも、お館様経由で知られているだろうよ、ケッ。

 

「あ・・・そうだ。獪岳もこの任務に参加してもらおう!!そうすれば俺の生存率が上がる!!」

「善逸、お前・・・」

 

半ば俺を盾にすると言い切る善逸に竃門兄が引いている。人間としてどうかと思う発言だ。そして、それ以上に。

 

「黙れ、カス。俺に合同任務は出来ねぇよ」

「え?なんで?」

「あー、それはその」

 

阿呆のカスは本気で分かっていないし、逆に竃門兄の方が察しが良い。前回、俺と一緒に合同任務をやったから、刀の特異性を理解しているのだろう。

 

「任務先は吉原だ。お前は絶対に来るな、無位の獪岳」

「承りました」

 

表面上は丁寧に答えておく。相手は柱だ。気を遣う。もっとも、頼まれても行かないともさ。そんな人の多いところ、危なくて行けるかよ。

音柱から言質を貰ったから、応援要請が来ても無視してやる。多分、間違っても俺には応援要請は来ないと思うけれど。

 

 

そして、音柱と騒がしい三人組は任務地へむかう、のを俺は見送った。騒がしいとはいえ猪頭はずっと俺の方を伺っていた。正しくは俺ではなく刀を警戒していた様子だった。良い勘している。少なくとも、あのカスより大分、マシだ。

さて、玄関を使えるようになったので蝶屋敷に入ろう。聞きたいことも出来たことだし。

 

 

 

元・花柱、できたら蟲柱様にご挨拶したいと伝えたら、お二人が揃って会ってくれることになった。忙しい二人だから、もう単刀直入に聞こう。そして、答えを聞いたら直ぐに帰ろう。

 

「お忙しいところ申し訳ありません」

「いえ、お持たせですが、すぐにお茶を淹れますね」と元・花柱。

「いや、お茶はいいです。それよりお聞きしたいことが」

 

俺はちらりと蟲柱を見る。多分、現役柱である蟲柱の方が知っている可能性大だ。そして、歯に衣着せぬ物言いをしてくれるのでは、と期待している。

 

「私に、ですか?」蟲柱が小首を傾げる。

「刀、お前も居てくれ」

『我もよいのか?』

 

ぬるり、と刀が俺の影から出てくる。戦闘時ではないので黒い鞘におさまっているが、外見が既に普通ではない。見慣れないと禍々しい迫力を感じさせるかもしれない。蟲柱は初めて見る為か、まじまじと刀を見つめている。

 

「つい先ほど、音柱様に会いまして、俺のことを”無位の獪岳”と呼ばれたのですが、どういう意味ですか?」

「それは、柱合会議でそのようにお館様から通達されたからです。獪岳さんは十分、柱の要件を満たしていますが柱には呼吸が必要なので―――」

『鬼狩りに呼吸は必要ないぞ。いつから鬼殺隊はそのように変わったのだ?』

「「「・・・・・・」」」

「別に俺は柱になりたい訳ではないので構いませんが。この刀を使う剣士という意味での”無位の”なのですね?」

 

柱ではないから無位。つまりはそういう意味か。

 

「ええ、そして。私たちは獪岳さんたちに吉原へ行ってもらい音柱の補佐をお願いしたいのです」

「音柱から絶対に来るなと言われましたよ」

 

うんざり気味に俺は返した。作戦隊長に拒絶されている遊撃部隊なんて微妙な立場は御免こうむりたい。

 

『我も反対だな』

 

珍しく刀がきっぱりと言い切った。任務については鬼を斬れるということで基本的に積極的な刀が、だ。

 

「それはどうしてですか?」と蟲柱。

『・・・・・・音柱、あ奴は自分の作戦を狂わせる要素は好むまい。まして、事前に獪岳へ釘を刺していた。事後承諾は得られまい。仮に助太刀して罵倒されてはやりきれぬわ。それに、獪岳の助っ人は上層部全体の総意ではなさそうだ。故に、この話、全く旨味がない』

 

刀の言うことももっともだ。音柱は俺たちと共闘する気はないだろうし、情報も共有できない。本当にこの依頼、不利益ばっかりじゃないか。しかも、上層部の総意でない可能性大だ。(上層部は刀を危険視しているので)

 

「どうしても、この依頼を受けては頂けませんか?」

『お館様に問い合わせれば、即、依頼自体が無かったことになるだろうよ、蟲柱』

 

刀はせせら笑った。蟲柱と刀の冷ややかなやり取りに俺と元・花柱は引いている。

このまま、会話を続けさせるのは拙いかもしれない。

 

「刀、下がってくれ」

『我はこの依頼、受けぬぞ』

「分かっている。俺も受けない」

 

とぷり、と刀は俺の影に戻った。

蟲柱は不機嫌そうだが、まあ、俺の知ったことではない。

 

「お話をお聞かせいただきありがとうございました。これで失礼させて頂きます」

 

一礼する俺に蟲柱は問う。

 

「本当に良いのですか?」

「おっしゃる意味が分かりかねます。それに蟲柱様が俺たちを信頼してくださっているのかもしれませんが、その期待にはお応えできません。吉原は非戦闘員が多すぎます。狂乱の刀を使うには危険度が高すぎます」

 

そのことにようやく気付いたのか蟲柱は目を見張った。

 

 

 

 

お見送りします、と元・花柱が玄関まで付き合ってくれた。正直、恐縮する。お断りしたのだけれど、元・花柱は笑顔で存外、意志を通す佳人なのだ。美人に強いて願われたら男は断れねぇよ。

 

「すみません、獪岳さん。妹が我儘を言いまして。でも、獪岳さんたちにお願いしたら安心できると思ったのでしょう」

 

いわゆる保険か。それだけ信用されているのは有り難いが、最近はちょいちょい俺自身が信用ならないからな・・・・・・。刀の能力は人の範疇に収まらないのでは?と思いつつあるのだ。刀に畏れは感じないが、刀の力には畏れを抱く―――これが今の俺の心境に近いだろう。

 

「期待に応えられず残念に思います」

 

俺もよく言うよ、と思うような返事をした。

しかし、申し訳ないのは確かなので、近いうちにまた蝶屋敷へ差し入れしようと思ったのだった。

 

 

 

 

 

吉原合同任務で上弦の陸が撃破されたとか。竃門兄の引きはもはや神がかっているように思う。そしてまた怪我をして蝶屋敷に入院中らしいので、手土産片手に見舞いへ行くことにするか。しかし、上弦相手に再起不能の怪我をしていないだけ運が良い。ちなみに音柱は怪我の為、引退とか。あの依頼を蹴ってしまったので蝶屋敷に行きにくいな。

 

「行くべきか、行かざるべきか」

 

そういえば、善逸も吉原合同任務に参加していたか。よし、行くのは止めよう。あのカスとは顔を会わせたくない。加えて、胡蝶姉妹に合わせる顔もない。

贈り物だけ郵送しておこう。

 

 

 

そう思っていたのだけどなー、と俺は竃門兄の病室に見舞いに来ていた。竃門兄から手紙をもらって相談に乗って欲しいとのことで―――他人から相談されたのが初ということもあって―――のこのこと俺は来てしまったのだ。俺もカス並みに阿呆である。そして、竃門兄の相談事というのが。

 

「刀鍛冶の人を怒らせてしまって・・・・・・」

 

刀を使っている俺に刀鍛冶の相談されても知らねぇよ。刀を作ってもらってないんだ、こっちは。お前も知っているだろ?と言いたくなった。まあ、しょぼくれている竃門兄には言わないけれど。

 

「ちなみに竃門兄。何回、刀を駄目にしたんだ?」

 

・・・・・・。そりゃ、刀鍛冶も切れるわ。刀鍛冶に同情するわ。

いくら上弦に遭遇しまくる不運?悪運?持ちの竃門兄とはいえ、これは酷い。

 

「真摯に謝るしかないだろ。俺の刀みたいに自己修復機能が付いてりゃな」

『破壊されれば自己修復機能も意味をなさんわ』

 

怒った口調で刀が口を挟んだ。同朋をこうもバキバキ駄目にされてはな・・・・・・。

ますますしょぼくれる竃門兄。

 

「追い打ちかけてやるなよ、刀」

『使用者が未熟なだけだ。力学と言っておろうが、力のかけ方で刀は容易に折れるのだ』

「力学?」と竃門兄。

 

気にするな、と俺は片手を振った。刀は妙に博識だが、その知識をきちんと理解している訳ではなさそうなのだ。ふわっと理解しているだけなので他人に説明できる訳もない。いちいち気にしない方が良い。

 

「刀鍛冶さんはどこに住んでいるんですかね。やはり、こちらから出向くべきでしょうし」

「確か刀鍛冶の里は秘匿されているんじゃなかったか?元・花柱様か蟲柱様に相談してみろ」

「はい、分かりました」

「そろそろ、俺は帰る」

「あ、あの。善逸に会わないのですか?もうじき機能回復訓練から戻りますよ」

「じゃ速攻、帰るわ」

 

カスとは顔を会わせたくないんだ、察しろ。お前は察しの良い奴だろう?俺は知っているぞ。

竃門兄は苦笑して続ける。

 

「じゃあ、カナエ様には会わないのですか?」

「そっちは俺に合わせる顔がない」

「?」

「依頼を断ってしまったからな」

 

竃門兄の引きの強さを考えれば、蟲柱が俺という保険をかけたがったのは当然だ。結果論だが、音柱から拒絶されたことと場所が一般人だらけの吉原ということで依頼を断った判断が誤っていたのでは、と思っているのだ。せめて死人が出なかったのは良かったが、音柱は引退せざる得ない傷を負ったし。

 

『そなたが居たところで、どうなっていたか分からぬぞ。人一人が出来ることなど、たいしたことではない』

「しかし、補佐が増えれば少しは状況が改善されたかもしれねぇだろ」

『たら、ればなんぞ言っても始まらぬ』

「そりゃそーだが」

 

そう言いつつも、刀が俺を慰めようとしているのは分かっていたので、それ以上は何も言わないことにする。俺一人が居たところで何も変わりはしない、多分、そうだろう。

 

「じゃあな、竃門兄」

「はい。また」

 

 

 

 

この後、刀鍛冶の里へ向かった竃門兄がまた上弦と戦闘することになったとか。あいつ、一度お祓いでもして貰った方が良いのではないか?しかし、その折に柱が偶然にも刀鍛冶の里に居たとか。偶然なのか、それ?必然性?もしくは―――竃門兄の引きの良さに保険をかけたのだろうか?刀鍛冶の里でドンパチやる気は毛頭ないだろうから囮ということもないだろう。一応、かけていた保険がぴったりはまった、と。

 

 

 

―――そして、竃門妹が太陽の光を克服した。

 

 

 

 

 

 

獪岳

当然ながら無限列車任務には不参加。そして、吉原合同任務も刀の危険性から自主的に不参加となっている。なぜか、どんどん竃門兄と仲良くなっていく・・・・・・。そして、善逸とも距離を置いたのが逆に良かったような感じに。多分、この後の柱稽古にはハブられる。呼吸を使っていないから。

 

 

前回の竃門兄との合同任務で、獪岳と自分にとって合同任務がいかに足かせになるかを知った。故に吉原合同任務には大反対であった。自己修復機能持ちで手入れ要らず。

竃門兄がバカスカ刀を駄目にして、どうしても刀視点に立ってしまい怒っていた。

『貴様が未熟者だから刀を駄目にするのだ、愚か者!!』

 

 

蟲柱

獪岳を音柱への保険にしようとしたが、使っている刀が危険すぎることを半ば忘れていた。でも、姉さんや禰豆子さんと双六やってた愉快な刀だよね?後日、お館様から注意されて反省。

 

 

元・花柱

獪岳が顔を会わせなくなった。先の吉原合同任務不参加を気にしているのかと心配している。

 

 

 

 

 



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刀と獪岳9

 

 

 

刀と獪岳9

 

 

 

竃門妹が太陽を克服した。

 

 

 

それは、鬼殺隊と鬼舞辻無惨との戦いが新しい局面を迎えたことになる―――のだが、獪岳は分かっていなかった。

 

『そなた、状況が全く分かっておらぬな』

「竃門妹が太陽を克服したからって何が変わるんだ?日中も外に出れて便利なくらいな話だろう。別に頸が斬れないわけじゃあるまいし」

『だから、なんでそう考え方が脳筋なんだ、そなたは。竃門妹の頸が斬れるか否かが問題ではないわ。よいか、今後、竃門妹は鬼舞辻無惨に狙われることになったんだ』

「なんで?」

『だから、竃門妹が太陽を克服したからだ!!』

 

そこで、我はハッと気づいた。もしかして、獪岳は長年、鬼舞辻無惨が何を望んでいるのか知らないのか?何時の頃からか単独任務ばかりで情報に偏りがあるのかもしれん。

 

『よいか、獪岳。今更だが、ものすごく今更だが鬼舞辻無惨は長年、太陽を克服しようとしていたのだ。そこで竃門妹が太陽を克服した。そう、鬼舞辻無惨は竃門妹を喰って太陽を克服しようとしているのだ』

「は?だって、竃門妹は鬼だろ・・・・・・共喰い!?」

 

ああ、なるほど。獪岳の倫理観から共喰いの発想がなかったのか。人の歴史でも大飢饉の折、大量の餓死者が出た際に食人の記録が残っているのだ。もっとも、食人は禁忌故に表立った記録としては分からぬようにしている。忌避感がそれだけ大きいということだ。

 

「鬼舞辻無惨、頭がおかしいんじゃないか?」

『鬼の頭領にまともさを要求するでない。そなたは変なところで常識人だな』

「常識は大切だろう」

『鬼殺隊で常識人とはこれいかに、だな』

 

我に言わせると、鬼殺隊も大概であるがな。

 

「大体、鬼舞辻無惨が竃門妹を喰ったからといって、その太陽を克服できるものか?鳥を喰ったからといって飛べるようになる訳じゃねぇだろ」

『獪岳のくせに鋭い指摘をしてきた・・・』

「おい、へし折るぞ、刀」

『まあまあ、鬼舞辻無惨が人外でそういうことが出来るという前提で話を進めよう。鬼舞辻無惨の人離れを常識的に検証してもは仕方ない』

「相手は鬼だしな、既に血鬼術なんて非常識な術があるものな」

『そして、このところ立て続けに上弦が撃破されている。我が以前、鬼殺隊に居た頃は上弦の目撃情報すらなかったぞ。これが何を意味するのか分かるか?』

「竃門兄の引きが強すぎる」

 

ここでボケはいらぬ、獪岳。

我の呆れ混じりの気配を感じて、獪岳は真剣に考えた末に言う。

 

「鬼、それも上層部の上弦が積極的に動いている。しかし、結果は撃破されているのだから―――鬼側は焦っている?」

『上弦撃破ばかり注目されているが、鬼殺隊側の被害も実は大概だ。そなたらは比較対象がないから麻痺しているようだが、以前はここまで死人は出ていなかった』

 

とはいえ、以前は上弦相手でなかったから、死者数だけで比較は出来ない。しかし、決してこの事態が鬼殺隊有利でないことは確かだ。均衡が完全に狂ってしまっている。どんな決着がつくにせよ、互いに相当な被害を出すことになると我は読む。

展開が思ったより早い。あと10年は欲しかった。

 

「近いうちに全面決戦が起こる、と?」

『鬼との能力差を考えると、我としては全面決戦は避けた方が良いと思うが、避けられぬであろうな』

 

鬼の不死身っぷりを有効に使って持久戦に持ち込まれたら、人間に勝ち目はない。鬼が力と本能まかせに戦っているから鬼殺隊が鬼を狩れるわけで、鬼が技術と技量で戦ってきたら勝てる手段がないと我ですら思うわ。

 

 

 

 

 

そうこうしている内に柱稽古が始まった。嵐の前の静けさ。この間に柱自ら一般隊士を鍛えて能力を底上げするというものである。基本、柱は自分の継子しか鍛えないので、確かに全体の能力向上に繋がるであろう。・・・・・・獪岳はハブられているけれど。

呼吸を使わない獪岳に柱稽古は意味がないし、参加したい訳ではないだろうが、お前は来なくて良いよ、と言われると面白くはないものだ。実際、獪岳はつまらなさそうな顔をしている。ハブられてちょっと可哀想だ。だからといって柱稽古に参加させてやれ、とは言わぬが。

 

 

情報収集の為に獪岳は蝶屋敷へ遊びに来ていた。本人は遊びに来たとは認めないだろうが、実質、遊びに来ている。竃門兄が柱稽古で忙しい為、暇を持て余している竃門妹と元・花柱も含めて双六をやっているのだから。

 

「柱稽古って具体的に何をしているのですか?例えば、蟲柱様のところでは?」

「あの子は新薬開発で忙しいので柱稽古は免除されているの。他の柱は柱ごとに一般隊士を鍛えているけど、怪我しない程度に調整しているわね。自分のところを合格したら次の柱へ向かうの。はい、上がり」

『うぬ、また元・花柱の勝ちか・・・・・・。我の分のサイコロを振ってくれ、元・花柱』

「はいはい」

「むーっ」

 

ここで竃門妹も上がった。我と獪岳の一騎討ちだな。

 

『元・花柱。5だ、5を出してくれ』

「サイコロ次第ですからね」宥めるように元・花柱が言う。

「何でそう熱くなるかね。刀、お前、賭け事は止めておけよ。カモにされる未来しか視えない」

 

手持ち無沙汰に獪岳は膝に転がる竃門妹の頭を撫ぜている。今の竃門妹は5,6歳くらいなので、そう違和感はない。本来の姿だと、ちょっと拙い絵面になりそうだ。

そして、サイコロの目は1。

 

『ぐおー、1-』

「あら、1だわ」

「それで竃門兄は今はどこの柱に?あ、俺も上がった」

『また我の負けか!?』

「刀、うるさい」

「岩柱のところで止まっているそうです。善逸君も伊之助君も。仲良いですよね」

「仲良く同じところで行き詰っているんですか」

 

呆れ切ったように獪岳は言った。しかし、元・花柱の話では皆、岩柱で一定期間、行き詰るらしい。課題の難易度が高すぎるのではないか?それよりも、だ。

 

『もう一勝負だ!!』

「いや、もう飽きた。というか、さっきももう一度って言ったじゃねぇか。キリがない」

「あの、私もそろそろ仕事へ戻らないと」

 

元・花柱が仕事の為、離脱。

竃門妹は獪岳の膝枕で昼寝していた。そなた、いつ眠ったのだ?さっきまで起きていただろうが!!

 

「騒ぎ立てるな、起きるだろうが」

『むう。仕方あるまい』

「それで、柱稽古はどうだ?」

『何事もやらんよりはマシであろうよ。柱稽古前と後を比較できれば、もう少しはっきりしたことを言えるがな』

「つまり竃門兄か」

 

合同任務をした竃門兄ならば見本(サンプル)として適当ではあるが見本数(サンプル数)が少なすぎて評価を出すにはいささか心もとないところがある。別にどこかに発表するわけではないのでそこまで公正さを求められはしないのだが。やはり見本数(サンプル数)が少なくては結論は出せない。

 

 

 

 

蝶屋敷の帰り道、鎹烏の救援要請がかかった。

そして、我と獪岳が駆け付けたその場は―――地獄絵図であった。鬼殺隊士達の死体が転がる中にその鬼の剣士が立っていた。鬼で剣士。鬼は力と本能のみで戦うから鬼殺隊に勝てる要素があるわけで、鬼が技術と技量を持っているとなれば、勝ち目が薄くなる。

そして、この鬼は掛け値なしに強い。なまじ獪岳も強いから、まともに相手の強さがはっきりと理解出来てしまっている。拙いな、いっそ相手の強さが分からない方が良かった。完全に呑まれている。

こうなっては致し方ない。

 

『狂乱の囁き』

 

いつもならば、獪岳の意志で我を構えるが、今回ばかりは最初に出会った時のように我が獪岳を動かす。ひたりと刀を構えて相手と対峙する。”狂乱の囁き”で負の感情を強制的に打ち消した。

獪岳、我を使い続けることのできた意志の強さを保ってくれ。そうでなければ―――。

 

『獪岳、我の声は聞こえておるか?』

「あ、ああ」

 

鬼―――上弦の壱か。相手が悪すぎるわ。

その上弦の壱から目を離すことなく獪岳は答える。怯えはなさそうだし、動けなくもなっていない。とりあえず、今はそれで良しとしよう。下手に精神干渉し過ぎれば対象、ここでは獪岳の自我に障害を残しかねん。

 

「お前ら・・・二人・・・か?」

 

上弦の壱が尋ねるが・・・・・・夜明けが近いならば会話で時間引き延ばしの意味もあるが。否、我らも救援要請でここに来ているんだ。時間稼ぎの意味がある。獪岳に余裕は全くないので我が会話するしかない。

 

『二人と言えば二人だな。それで、そなたは上弦の壱でよいか?名前を聞いても?』

 

情報を整理しよう。今、残っている上弦は壱と参と、あと誰だ?ああ、頭が回らん。目前の上弦の壱だけで十二分の敵だ。名前何ぞ知りたくないわ。なんで我は名前を聞いた?阿呆か!!

 

「黒死牟だ・・・」

 

素直に教えてくれた。中身は取っつきやすい方なのか?しかし、見た目が長身の剣士で目が三対もあるのが異形といえば異形だが―――今まで相対したどの鬼よりも異形だ。鬼の強さがいかに人間離れしているかという測り方をするのならば、この上弦の壱は元人間とは思えぬ境地に居る。

あと10年、せめて5年あれば!!獪岳の剣士としての能力が全盛期であったならば、もう少し勝負が出来たのに!!

 

「月の呼吸・拾ノ型 穿面斬・蘿月(せんめんざん らげつ)」

 

広範囲攻撃の癖して一撃一撃が重いではないか!?

ギリギリかわし切れない分のみを迎撃する。今まで獪岳にはかすり傷ひとつ負わせなかったというのに、我の矜持は既にボロボロぞ。

「な!?何で鬼が呼吸を!?」

『黙れ、獪岳!!集中しろ!!』

 

一撃取りこぼしただけでも致命傷だぞ、これは。

しかし、獪岳の焦りも分かる。なんで鬼が呼吸を使うのだ!?しかも月の呼吸なんて我ですら知らぬ。恋柱や蛇柱みたいな派生の呼吸か?主流の呼吸なら技を把握しているが、これは下手な血鬼術より厄介だ。

ぎゅん、と一気に上弦の壱が接近する。袈裟斬りされかかるのを我の刀身を沿わせて力を流す。

 

「くっ」

 

刀を受けずに流しているのに、腕にかかる負荷に獪岳が声を上げた。剣技は獪岳よりうえで身体能力が鬼並みもとい鬼とか、相手していられるか。出し惜しみはなし、だ。我の全力で相手をする。

 

『よかろう、上弦の壱。狂乱の、と呼ばれし我が全力で参る』

 

しゅるり。

獪岳の影に干渉し、上弦の壱の足元へ。一瞬、足場を不安定に崩して、一気に駆ける。今、出来る最速の一閃。

 

ガキッ

 

止められた!?拙い―――と思った時には獪岳は我もろとも派手に吹っ飛ばされた。転がり、即、立ち上がった際に半ば反射で迎撃。ほぼ感覚で応じた剣技で月の呼吸の攻撃を叩き落せたらしい。

危なかった。今のは本当にやばかった。そして、今の攻撃と迎撃で獪岳の利き腕に痛みが走っているのが分かる。無理に力を使ったので肺と足にも支障が生じていた。我の全力に獪岳の身体が耐えられなかったのだ。

 

「ほお、今のを耐えるか・・・」

 

正直、今のはまぐれだわ。悪かったな。軽口叩く余裕もないわ。

 

「強いな・・・お前、鬼にならないか?」

 

は!?こいつ何を言っておう。獪岳を、我の使用者を鬼に!・

ぞわり。一気に獪岳の、我の管理範囲の影が蠢いた。腹に据えかねる怒りが湧き上がる。

 

『くっ、あはははははははははは』

「おい、刀。とうとう狂ったのか?」と獪岳。

『とうとうとは何だ、失礼な奴め。おい、上弦の壱。我が生涯において見逃した鬼は一人たりとて居らぬわ。必ず貴様を倒してくれる』

 

そう。我は常に見敵必殺。殺し損ねた敵はおらぬ。

獪岳は既に満身創痍。戦える身体ではない。援軍も望めない。獪岳が死ぬのはお断りだし、鬼にさせるわけにもいかぬ。

完全に手詰まり。全くのお手上げ。

ならば、我の本領を発揮するしかない。勝敗は五分五分どころか三分七分か。だが、これが最も勝率は高い。

 

『獪岳、我が使用者。一か八かの大勝負、我に賭けるか?』

「刀は賭け事に向いてねぇって言っただろうが・・・。俺の方が賭け事には向いている。いいぜ、やってやる」

『よし、気をしっかり保てよ』

「応!!」

「もう・・・良いか?」

 

勝者の余裕か、ムカつくな。まあ良い、吠え面かくなよ。

見せてやろう、狂乱の、と呼ばれた我の力。今までも、以前でも鬼殺隊では使わなかった力。なぜなら、この力に耐えられる使用者がいなかったからだ。

耐えろよ、獪岳。自我を保ってくれ。

 

 

 

『狂乱の咆哮!!』

 

 

 

 

双六大会では、いつも最下位か下から二番。ゲームごとは苦手な癖に好きという絶対にギャンブルやっては駄目なタイプ。『狂乱の囁き』は弱い精神操作で、今回はこれを使って獪岳の恐怖を取り除いた。上弦の壱相手には結構てんぱっていた。10年後の獪岳と自分ならトントンの勝負が出来たと思っている。(実際、どうかは分からない)

追い詰められて最大の切り札を切った。

今更だが、刀の能力は精神攻撃系である。物理系ではない。(これ、大事な事)

 

 

獪岳

刀の『狂乱の囁き』で心折れることなく戦うことが出来た。これがなかったら大分、やばかった。刀の賭けに乗るのは賭け率の高い賭け(オッズの高い賭け)と分かっていながら他に手がないことも理解している。刀より賭け運はあるので勝てるつもりで勝負に乗った。

 

 

竃門妹

柱稽古で兄が不在の為、獪岳と刀に遊んでもらった。

獪岳は甘えて遊んでもらえる近所の兄ポジション。

互いに、こんなに仲良くなるとは思っていなかった。

 

 

 

 



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刀と獪岳10

 

 

 

刀と獪岳10

 

 

 

獪岳こと俺の感覚は酷く鈍く遠かったが、それは夢の中に居る感触であった。薄ぼんやりした、しかし、ぬるま湯のような心地よさに今はまだ留まっていたかった。留まっていたかったが―――そう出来ないことをまた俺は悟った。

遠くで、いや、近くで誰かが口論している。音は耳に入るのに意味は取れず、しかし、くだらない口論であることは理解していた。だから、俺は怒鳴った。これで目が覚めてしまうと分かっていながら。

 

「やかましい、お前ら。黙れ、眠れやしねぇ」

 

ぴたりと口論は止まった。

俺は目を開ける。天井を背に蟲柱と元・花柱が居た。彼女らは目を丸くして俺を見ている。こっちも一気に目が覚めた。ゆるゆると俺は半身を起こした。身体の痛みはなさそうだ。眠っている間に回復したようだ。元からそう怪我はしていなかったが。

枕元には刀がいた。

 

「よお、刀。無事か?」

『・・・・・・ああ。そなたも無事のようだな』

 

戦いの折に、一番痛めた利き腕をそっと動かす。うん、大丈夫だ。

それから、さも今気が付いたかのように俺は蟲柱と元・花柱へ視線を向けて頭を下げた。

 

「お見舞いに来てくださったのですね。ありがとうございます」

 

さっき怒鳴ったのは寝ぼけていたということで、俺の中でなかったことにする。例え剥がれていたとしても外面は大切だ。

そして、面を上げた時、部屋の隅に居た男が目に入り。

 

「刀!!」

 

俺は刀を掴んで一気に抜刀し、布団を跳ね飛ばすと同時に後方へ飛びずさった。我ながら、よくこんな動きが出来たな!?と自分でも思う。いや、それ以上に何でお前がここにいる、上弦の壱。

 

『あー、ちょっと落ち着け獪岳。そなた、病み上がりぞ』

「凄い動きね」と元・花柱。

「気持ちは分かりますよ、本当に。心の底から」

 

蟲柱が忌々し気に上弦の壱を睨みつけるが、当の本人は全く他人事のように受け流していた。

訳が分からない状況だが、きっと原因は刀に違いない。俺は未だ上弦の壱に刀を向けたまま、刀へ問う。

殺気は大分、抑えておいた。あちらに戦う意志はなさそうだ。あったらとうに俺はなます切りにされている。

 

「おい、刀。説明しろ」

『えっと・・・・・・もう少し落ち着いてから方が良くないか?つまり、怒りを抑えてからの方が我は説明しやすいのだが』

「・・・・・・ちっ」

 

舌打ちしてから、俺は刀を鞘へ納めた。但し、いつでも抜刀できるようにはしておく。上弦の壱を前に気は抜けない。

あの戦いの最後。刀が一か八かの大勝負をすると言い出して、俺もその賭けに乗ったのだ。刀が咆哮を上げて―――俺の意識が暗転したことまでは覚えている。その後、どうなったかのかはさっぱり分からねぇけど。

 

「どこまで記憶があるのか分かりませんが、私から説明させて頂きます」と蟲柱。

「お願いします」

 

蟲柱の説明は、救援要請で駆け付けたら、刀を構えたまま気絶した俺と、その俺に膝をつき頭を下げる上弦の壱という訳の分からない状態だったという。

 

「刀?」

『つまり、我の”狂乱の咆哮”で上弦の壱を眷属化したということだな』

「阿呆か、お前は!?どうすんだよ、これ!!」

『仕方あるまい、他に手がなかったのだ。この後どうするかなんて我も知るか!!』

「後先考えてなさすぎる!!」

「本当に・・・・・・・なんてことをしてくれたのですか!?刀さん!!」

『何だ、蟲柱。それでは我も使用者に、獪岳に死ねと言うのか!!この人でなし!!』

「そんなことは言っていないでしょうが!!」

「・・・・・・・」

「先ほどから、こんな感じで言い争っていまして」

 

困ったものだと言わんばかりに元・花柱が眉を寄せた。しかし、その表情はどこか柔らかく、この事態を困った兄妹喧嘩ぐらいにしか思っていなさそうだ。流石は元・花柱。たおやかに見えて肝が据わっていらっしゃる。俺には無理だ。

 

「刀、眷属にしたって、具体的にどうなっている?」

 

ぴたりと刀は蟲柱との言い合いを止めた。

 

『我と同等にそなたが上弦の壱の主となる。我らが命令が最優先事項だが自由意志はある。そなたらが思うような傀儡化しているわけではない。自ら考え決めることが可能だ』

「自由度が高いんだか、危険度が高いんだが。鬼舞辻無惨の呪いは?」

『ハン、我が我が眷属にそのようなものを許すものか。我はな、主として我が眷属を守る甲斐性くらいはあるわ』

 

言っていることは立派だが問題は山積みだ。

俺が蟲柱を見やると、ムスッとした顔で蟲柱は頷いた。

 

「珠世さんに確認いただきました。また、刀さんの願いで人を喰わないということを上弦の壱に受け入れてもらい、珠世さんに体質改善済です。これは鬼殺隊としては最低限の条件です」

 

蟲柱の言いたいことは分かるが、相手は存在自体が規格外の上弦の壱。鬼殺隊が譲歩したという気が全くしない。上弦の壱に開き直られたら鬼殺隊に対抗する術はないだろうよ。

 

「ちなみにここは蝶屋敷ではありません」

 

申し訳なさそうに元・花柱は言うが、こんな火薬庫みたいな危険人物を蝶屋敷にはおけない。ありていに言って隔離だ。藤の家どころか急ぎ用意した民家とか。全く世話をかけて申し訳ない。ところで、俺が気絶していたのは半日とか。その間ずっと胡蝶姉妹を束縛していたのかと思うと尚更に申し訳ない。半分は上弦の壱の監視であろうとも。

日中なので上弦の壱には家というか部屋にいてもらって、俺は刀を影に戻し胡蝶姉妹を玄関まで送った。二人はこれからお館様へ報告するのだろう。そして、情報が鬼殺隊にある程度、共有されて・・・・・・・。柱稽古にハブられて、今後、鬼殺隊からもハブられそうだ。同期の村田たちは柱稽古で死にかけてなきゃ良いけど。下手に情報は流せないから手紙も書けないな、と思っていたら蟲柱が玄関先でじっと佇んでいた。姉は先に行かせたようなので俺だけに話がしたいらしい。

 

「どうしました、蟲柱様?」

「獪岳さん、あの刀とは、狂乱の刀とは手を切るべきです。あれは人の手には負えない。存在自体が害をなします」

「刀は俺の影に存在するのですよ。この会話も聞かれています」

「分かっています。それでも尚です。あなたは、とても努力家な方で元・鳴柱様が後継にと望む程の実力を持った方だと。刀を頼る必要はないでしょう?怪我を治す為に常中を使っていた位なのですから」

「俺が壱の型を使えないと知っていても?」

 

俺自身、壱の型を使えないことを引きずっているからこそ、あえて軽い調子で告げた。しかし、表情まではとりつくろえなかったかもしれない。

 

「それでも、私は―――」

「蟲柱様」

 

俺はそれ以上、言わせないように言葉をかぶせた。

 

「刀は俺を救ってくれました。俺は刀に心を救われたんです」

 

あの阿呆で自分本位な、それでいて身の内に入れた者に、例えそれが鬼であろうとも受け入れる懐の広さを持つ刀に。綺麗ごとを言わない刀にどれほど、救われたことか。蟲柱、あなたには分からなくても俺は刀と共に居る。よしんば理解されなくても、その昔―――そなたの命が尽きるその時まで、我はそなたの刀で居続ける、と誓った刀に俺は応えたい。

 

「お気持ちは有り難く。しかし、受け入れることは出来ません」

 

蟲柱は何も言わず、言うべき言葉もなく帰った。

刀は全て聞いていた癖に何も言わない。俺もあえて何も言わない。今更、言うべき言葉なんてないのだから。

 

 

 

 

獪岳

目覚めたら胡蝶姉妹という嬉しいドッキリから、上弦の壱と同室という格差の激しさ、心臓に著しく負荷がかかった可哀そうな人。ポンコツ刀の後先考えない暴挙に、今後、あちこちから厄介者扱い受けるであろうと覚悟している。でも、刀は手放さない、律義者。

 

 

『狂乱の咆哮』で獪岳が自我崩壊起こさなかったので一安心。成り行きで上弦の壱を眷属にしてしまったが後のことはノープラン。鬼殺隊がてんやわんやしているだろーなーとは思っているが気にはしていない。災害並みの迷惑さ。

 

 

上弦の壱

本件最大の被害者。

刀は自分の眷属には面倒見が良いので、長い目で見れば良い関係になる・・・のかな?

 

 

胡蝶姉

刀のやらかしに困ったものね・・・と割におおらかに構えている。なまじ刀と親しいだけに、刀に関する感覚が獪岳寄りになっている。

 

 

胡蝶妹

刀のやばさにドン引いている。姉さんも獪岳さんもちょっとおかしいのではと思っている。

なお、後日、二人が刀の精神干渉受けているのではと疑う。実のところ、精神干渉は受けていないが、絆されてはいる。

 

 

 



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刀と獪岳11

 

 

 

刀と獪岳11

 

 

月明かりの下、庭先にて獪岳が上弦の壱と模造刀で打ち合っているのを我は縁台にて眺めている。稽古の為、獪岳は我を使用していない。少しばかり考えがあってあえてそうしている。別に稽古では斬れないから・・・ではない。ないったらない。それにしても、力量差が大きすぎてどうにもならんな、これは。別に獪岳が弱いわけではない。上弦の壱が規格外過ぎるのだ。

ふと、我は意識を他所へ向ける。気配が異様に薄いが、ないわけではない。そもそも、人である以上、気配を消すことは不可能なのだ。

 

『何ぞ、我に用か?』

「・・・・・・これでも、きっちり気配は消していたんだが」

 

貴様は気配を消したつもりだっただけだ。我がそんなものに誤魔化されると思われていたとすれば、大分甘くみられたものよ。あえて口にはせず意識を彼へ向けた。

美丈夫という男だ。見た目は。しかし、欠損した身体は激しい戦闘を潜り抜けたことを伝える。だが、弱さは感じられない。そう、こやつは音柱。吉原任務の折に、我らに直々に釘を刺した男。あまり良い感情を我は抱いておらぬが、それは音柱とて同じであろう。

 

『何用か?』

 

我の問いを無視して、音柱は庭の二人へと視線を向ける。相変わらず激しい打ち合いだが、上弦の壱が獪岳に稽古をつけているというのが近いか。二人の力量差からなれば当然だが。

あ、獪岳が潰れた。うん、昨日よりはもった方かな。

 

「今夜はここまでとしよう」

「・・・・・・ありがとうございました」

 

軽々と上弦の壱が獪岳を子供のように抱えて、こちらへ一礼の後に母屋へ下がった。以前は首根っこを掴んで猫のように運ぼうとしたので我が『もう少し丁寧に運んでやれ』と注意したのだ。横抱きでないだけマシであろう。獪岳自身は半ば意識を飛ばしているので運び方なんぞ、どうでも良いかもしれぬ。

 

「あれは柱稽古の代わりか?」

 

柱稽古は呼吸を使う剣士を短期間で能力上げするのであろう。そうであれば、違う。我としては、そんな目的で行わせているものではない。ただ、鬼殺隊がそう思い込むこと自体、どうでも良い。

 

『いや、別に。獪岳は呼吸を使わず我を使うのでな』

 

ただ、誤解させておいた方が都合が良いので、そのように我は返す。鬼殺隊に探られて痛む腹はないが、探られること事態は正直、鬱陶しい。

 

『用がなくば、我は還る』

 

とぷり、我の下に闇が広がる。ゆっくりと沈む我に音柱は慌てて呼び止めた。早く用件を言え、我は貴様と実のない会話を交わす趣味はないのだ。

 

「・・・・・・その、お前は何者なんだ?」

 

ようように音柱は質問した。しかし、何者って・・・・・・?

 

「それは哲学的な質問か?悪いが、我は哲学者でない故に返答致しかねる」

「すまん。そういう意味での質問じゃない」

 

それでは、どういう意味?とツッコミ入れたくなったが、面倒なことになりそうなので黙っておく。会話が転がらないなー。元・花柱や竃門兄妹とはそれなりに会話が弾むので我の会話能力に問題がある訳ではない。そもそも、我はこやつが気に入らないので会話したいとも思っておらぬ。

故に沈黙が落ちた。あまり居心地の良いものではない。かといって、気を遣いたい相手でもない。さて、どうしたものか。

 

「お前は敵か?味方か?」

 

随分、単純化した問いに変えてきたものだ。

 

『我は刀。鬼を斬る存在。それで答えになるか?』

「じゃあ、なぜ上弦の壱を斬らない?あれは鬼だろう」

『あ奴は我が眷族よ。なぜ我が我の眷族を斬らねばならない?』

「だが、鬼だ」

 

あやつを眷族にしたのは、あの時に獪岳があやつを殺せず、逃げることも叶わなかったからだ。それに眷族に出来たのも獪岳の精神力の強さ故、他人にとやかく言われる筋の話ではない。

 

『そこまで言うならば、貴様があやつに挑んでみるか?なます斬りにされるのをじっくり見物してやろうぞ』

「な!?」

 

言葉に詰まる音柱を我はただ面白がって見つめたのだった。

 

 

 

鬼の活動時間は夜の為、最終決戦はおそらく夜になるだろう、ということで、獪岳も昼夜逆転生活に変えている。我?我は昼も夜も関係ない至高の刀であるからな。そして、今、我々は今後の展開を会議していた。メンツは我、獪岳、上弦の壱、そして元花柱だ。元花柱が参加しているのは色々あってハブられている我らの為の情報源というか。鬼殺隊との橋渡しである。鬼殺隊としては正式に我らを鬼殺隊に含めるのは危険が大きいが、敵対すると手に負えないと考えているのだろう。割合に親交のある元花柱に交渉させて上手く利用しようという腹積もりであろうよ。小賢しいが、よかろう。その思惑に乗ってやらんでもない。

 

「そういう訳で、近いうちに無惨との最終決戦が始まると思われます」

 

司会風に元花柱が言った。

 

「それで、鬼殺隊は全兵力で戦う、と」と獪岳。

「無惨を倒す絶好の機会ですから」

『上弦の壱。我がそなたを眷族にしたことを無惨は知っておるのか?』

「私と・・・・・・あの方の繋がりが切れている以上、殺されたと思われている・・・・・・・かもしれん」

『我の眷属にした時、無惨の呪いを上書きしたようなものであるからな』

「え?呪いを解いたんじゃないのか?」と獪岳。

『いや、無惨の呪い以上の狂乱能力によってねじ伏せたのだ。呪いすら狂わせる我の権能よ』

「・・・・・・聞くだにヤバイ能力だよな、お前の力」

「上弦の壱さん、具合悪かったりしませんか?」

「・・・・・・問題ない」

 

本当に大丈夫なのかな?と心配げに獪岳と元花柱は上弦の壱を見やる。

我の権能は精神に効くというのに外見から何が分かるというのか。分かろう筈もない。

 

『話を戻すぞ。無惨が上弦の壱を殺した、もしくは眷族にしたと思った場合、無惨は我らをどのように扱うか。そして、どのように対抗するか、がこの会議議題であろう?元花柱』

「はい。鬼殺隊は皆さんをその最終決戦の主戦力とはみなしていません。不確定要素が大きく、すみません」

 

ぺこりと元花柱は頭を下げた。獪岳が即、どうぞ気にしないで下さい、と宥めている。

手強い敵より足を引っ張る味方の方が厄介だからな。十分、納得できる話だ。

 

『そうだな。無惨がどれくらい、こちらの状況を把握しているかは分からぬが、無惨のとると思われる手を考えよう。まず、上弦を我らにぶつけないことは考えられる』

「上弦の壱を一応は撃破?しているから、数の少ない上弦をあえてぶつけない、か。ありえるかも」と獪岳。

「私ならば、闘いを回避します。狙いは禰豆子さんとお館様の血族でしょうから、獪岳さん達と戦う旨味がありません」

「あの方は・・・・・・戦い自体に価値を見出す方ではない」

 

つまり、戦い自体に喜びを感じる戦闘狂ではない、ということか。とはいえ、我らが鬼殺隊側の主戦力になっても困るだろう。無惨としては、産屋敷と鬼殺隊を仕留めようと思っているのだから。少なくとも、我らに対して足止めくらいは仕掛けてくるか。放置して主力部隊との合流だけは避けたい筈だ。

 

『我らを戦場から引き離す戦略を取るであろうな』

「何らかの手段で足止め、もしくは時間稼ぎを狙ってくるということか」

 

考え深げに獪岳は言う。付き合いが長い分、獪岳は我の思考を察してくれる。

 

『逆に鬼殺隊は我らを主力に加えたくないのだ。互いの思惑が期せずして沿ったということか』

 

我は皮肉気に言った。仮に産屋敷が我らを自身の護衛とすれば、大きな一手となったであろうが、そこまでの胆力はなかったか。別に我としては、そこまで親切に忠告してやる義理はないし、このままの方が獪岳の安全を図れると計算できた。我にとって、鬼殺隊より獪岳の方が大切なので黙っておくことにする。流石の我も再度、獪岳に”狂乱の咆哮”を使わせるような事態に陥らせたくはない。

上弦の壱に獪岳を鍛えさせているのも―――ちゃんと意味があるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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刀と獪岳12

 

 

 

刀と獪岳12

 

 

 

 

鬼殺隊と無惨との最終決戦が開始したのを我らが気付いたのは―――雲霞のごとく雑魚鬼が我ら(我と獪岳ついでに上弦の壱)に襲い掛かってきたからだ。いつもの獪岳と上弦の壱の特訓前だったのは良かったのか悪かったのか。こっちの都合も考えず襲ってくるのが鬼か。それに、斬るのが刀である我の使命であり業だ。

すらりと獪岳が我を構える。我が刀身が月明かりを浴びて、ぬるりと月光を反射した。斬れる喜びに我の魂が震える。

 

『さあ、斬って斬って斬りまくるぞ、我が同朋。ついでに我が眷族よ』

「なにかもう色々とお前は台無しだよ」

「鬼は鬼を殺せぬのだが・・・・・・」

 

大量の鬼を前に獪岳は呆れた様子で、上弦の壱は困ったように返事を返した。二人ともこの数の鬼、能力値はひくそうだが、やたら数は多い―――雑魚鬼共をわずか二人で相対せねばならないという気負いはなさそうだ。呑まれていないのは上等。鎹烏は既に放っているが、我は応援が来るとは思えぬ。無惨側も全兵力で、あやつの臆病さから考えれば勝算が高いと見積もってきているのならば―――産屋敷側にこちらへ回す余剰戦力はあるまい。足手まといがおらぬと良い方に解釈しておこう。―――本当に最悪の事態になったら狂乱を使ってくれようぞ―――なぜなら、無惨の我らに対する戦術はずばり、質より量作戦なのだから。

雑魚鬼とはいえ、鬼は鬼。体力は無尽蔵だし、再生能力は化け物並みもとい鬼。いくら獪岳が我を使い、最適解の剣術を使ったとしても生身の人間、限界が来るのは明らかだし、鬼側がそれを狙うのは目に見えている。だから、こそ―――。

上弦の壱が前衛に立ち、鬼を斬り伏せる。但し、鬼は鬼を殺せない。しかし、露払いは出来るのだ。一時的に無力化した鬼を獪岳が我を使って鬼の頸を斬り捨てる。この見事な連携は訓練によるものだ。短期間で獪岳を鍛え上げるのは難しい。だが、上弦の壱に獪岳の戦闘様式を叩き込むことは可能だ。二人に訓練を課したのはこの作戦の為だ。

戦術的に身もふたもないが、相手の土俵に立って戦う意味合いはない。我としては斬れさえすれば良い。こんな大量の鬼を斬り殺せる体力がはたして獪岳にあるのだろうか―――。

鬼は頸を落とした瞬間、消滅するのがこの雑魚鬼わんこそば状態では助かっている。殺した鬼の死骸がゴロゴロしていたら、凄く戦いにくかったと思う。既に鬼の頸を一個師団分は斬っていた。獪岳は呼吸で体力の消耗を回復させているが、息が上がってきている。

 

『我が眷族、一度、獪岳を退かせる。時間を稼げ!!』

「うむ、分かった」

「おい、刀!?」

 

反対する獪岳にかまわず、我は後ろへ下がった。それと同時に上弦の壱が月の呼吸・広範囲技を放って有象無象の鬼を蹴散らしてくれる。あやつ、本当に規格外に使える奴だったりする。眷族にして正解だった。あの時は、ノリと勢いだけだったがな。

 

『獪岳、無茶はするな。奴らはそなたの体力を削ってきている。我らは鬼を斬るのが目的ではない。夜明けまで生き残ることが我らの勝利条件だ』

「は?刀は鬼だろうが何だろうが斬るのが目的じゃねのか?」

『今宵の分は、十分に斬った。それに―――そなたは我の唯一の使用者。我はそなたと共に生き、共に斬りまくるのが望みよ』

「・・・・・・なるほど、刀のその己の欲に忠実なところ嫌いじゃない。勝利条件は夜明けまで生き残ること。分かり易い上に納得だ」

 

鬼の数がとかく多いので戦術変更もやむなし、である。ここで獪岳が「嫌だ、鬼を斬る!!」と我を通す性質でないのは助かる。流石、出会い頭に”死にたくない”と喚き散らしただけのことはある。

ちなみにちょいちょい偵察用に鎹烏は飛んでいるのに救援は来ない。二重遭難を恐れたのか、単に見捨てられたのか、単純に助力するだけの余力がないだけなのか。真相が分かったら、今後、産屋敷への助力についていささかよろしくない感情が加わってしまいそうだ。我も獪岳もお人よしではないのでな。

 

 

 

夜明けが遠い。獪岳は肩で息をしていた。我が狂乱を使うべきだろうか?上弦の壱に使ったような眷属化する程の強力な力ではなく、周辺に錯乱させるくらいの威力で放てば―――獪岳や眷属の上弦の壱には影響を与えないように―――出来るのか?そんな微調整が出来る自身はない。故に力を使うことに迷いが生まれる。

がくり、と獪岳が膝をついた。よく今までもったものである。仕方あるまい、我の狂乱を、そう思った時。

指示する前に上弦の壱が獪岳を守るように前に立った。

ぽかんと獪岳が上弦の壱を見上げる。

 

「大丈夫だ。守ってやる・・・・・・」

「え?」

『え?』

 

いつもの無表情ではなく、上弦の壱はやわらない笑みを浮かべていた、ように思う。我の見間違いでなくば、多分。

鬼は鬼を殺せない。だから出来るのは時間稼ぎのみ。それでも、正直助かっている。この質より量の物量作戦による消耗戦の前では。

 

 

 

明けない夜はない。撤退した鬼どもを見逃すのは業腹だが、我が使用者・獪岳が立っているのもやっとの状態なので、やつらの逃走に安堵していた。上弦の壱が獪岳の肩を貸す、というより半ば抱え引きずるように母屋へ入った。縁側で仰向けに転がった獪岳が呼吸を整えている。そして、呼吸で大分、回復してきていた。そもそも、あのわんこそば状態でなくば、獪岳は一晩中戦っていられるくらいに鍛えてはいるのだ。ゆるゆると明けていく空に上弦の壱がより一層、母屋の奥へ下がった。ひとまず、しのぎ切ったと判断して良いだろう。ゆるりと獪岳は上体を起こした。

 

「刀」

『うむ、獪岳。よくやった』

「途中から目的が変わってきたがな」

 

獪岳は苦笑する。こちらとしても、まさか鬼側がこちら限定で物量作戦を仕掛けてくるとは思いもしなかった。それなりに鬼側には警戒されていたということだろう。もっとも、鬼側が思う程に、我らが産屋敷側に重用されていないのが現実だったりするのだが。

 

 

ぞわり

 

 

今まで感じたことのない違和感に、我は声を上げた。

 

 

『我が眷族!!』

 

声の鋭さに獪岳も母屋の奥、上弦の壱に視線を向けて絶句した。上弦の壱の身体がホロホロと解け、崩れ、かき消えていく。それは、まるで頸を斬られた鬼のように。なぜ、どうして、と思う我の前で、妙に穏やかな上弦の壱は何か口にしたようにみえたけれど、その声を聞くことは叶わなかった。呆然とする我と獪岳に、上弦の壱が存在した証は横笛のみであった。

 

 

 

 

日が昇ってからようやく、産屋敷から応援が来た。今更という感じはしたが、我も獪岳も上弦の壱を失ったことが大きく、彼らの手伝いと片付けをおざなりに眺めているだけだった。

最終決戦は産屋敷勝利で終わったが、多大な被害を出してしまったとか。被害状況を見ると、相討ちに近かったのでは、と我は思った。ほとんどの柱は死亡、もしくは戦闘不能に追い込まれた。無惨は明け方ギリギリに滅したとか。上弦の壱が消えたのは同じくらいの時刻では、などと詮無いことを考えたりもした。

我が眷族にしたところで身体は鬼であり、祖の影響を大きく受けていたのではと推察したが検証できる話でもないし、する気もない。喪失感は意外な程に大きかった。我のみならず獪岳も。獪岳の方は、おそらく身近な人の死。上弦の壱が初めてなのではないだろうか。無論、このご時世、この組織である程度の心構えが出来ていただろうが、手が届く範囲で自分より強いと思っていた対象を失う心づもりは出来ていなかったのだ。こればっかりは、まさに時間薬しかないと我は思っている。

 

 

 

無惨が死んで―――それで全ての鬼が消えたわけではなかった。無惨と繋がりの強かった上弦は同時に消滅したが、そうでない鬼は逃走していた。鬼が元来、人ならば無惨という一人に種の存亡が左右するわけではないのだ。但し、無惨という長を中心にした組織が消えたことは確かで、今後、鬼殺隊ははぐれと呼ばれる個々の鬼を狩る組織へと変わっていくし、縮小されてもいくことになるだろう。そもそも最終決戦で大量の隊士を失っているのだから、望むと望まざると縮小されるのだが。

 

 

 

 

真新しい石碑に獪岳は花を供えた。しゃがみこんで手を合わせる。色々と差しさわりがある者や今回の死者に対する石碑で、現当主・輝利哉が設置したものだ。そして、ここに上弦の壱の横笛を収めることになった。なんやかんや色々と思惑があったらしいが我が思うに墓は差しさわりがあるのでこういう形にしたのではなかろうか。お偉いさんは考えることがたくさんあってご苦労なことである。

 

「俺はあの人のこと、よく分からなかった。もっとよく話しておけば良かった」

『あやつ、口数少なかったからな』

「というか、怖かったし」

『うむ、迫力あったな。ほら、剣士らしく刀で語り合うとか?』

「刀で語り合えるものか?刀?」

『無理であろうな』

「無理だよな」

 

獪岳は立ち上がり、そしてぐるりと周りを見回した。真新しい墓がたくさん建てられている。獪岳の同期も、知人の隠の墓もある。ふと、獪岳の目が産屋敷輝利哉を認めた。彼も墓参りに来ていたのだろう。一瞬、目が合って、互いに気まずげに軽く会釈した。

我の存在のせいか、いまいち産屋敷輝利哉とは仲良くなれそうにない。だが、―――無惨を滅したことで戦局は変わった。

今後、はぐれの鬼を獪岳と狩っていくのだ。それもまた悪くない、と我は微笑した。我の永い、永すぎる時を、獪岳と共に駆け抜けるのはきっとなにより楽しい一時となろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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刀と獪岳13【完結】

 

 

 

 

刀と獪岳13【完結】

 

 

 

 

見舞いに来た蝶屋敷の一室、大分にぎやかで入室を問うことに俺こと獪岳は躊躇った。部屋から漏れる声は楽し気で、俺とそして色々といわくのある刀が入れば空気を壊すのは間違いなさそうだ。とはいえ、俺は決して刀を疎ましく思っている訳ではない。他人には理解出来なくても、刀は俺の大切な相棒だ。故に、敢えて俺は強行することにした。気おくれしている自分が許せない気分になる。それに、入院している竃門も気になるし、こちらの状況も知らせなかったので。

 

「竃門兄、邪魔する」

「あ、獪岳さん、お久しぶりです」

 

包帯だらけの竃門は別途に上半身を起こした状態であった。その声には喜色がある。少なくとも竃門は俺たちの見舞いを喜んでくれている様子だ。病室には見舞客か、猪の被り物をした隊士とカスもいた。カスは「兄貴・・・」と小さく呟いていたが俺は無視して、竃門のベット脇のスツールに座った。刀がいるためか、竃門が気を利かせて二人の見舞客を外させたので、俺はすっと右手をかざして刀を出した。刀も竃門は大層、気に入っているのだ。

 

『久方ぶりだ、竃門。大分、手ひどくやられたな』

「獪岳さん、刀さん、わざわざありがとうございます。そちらも大変だったとか?」

「竃門たち前線の話は隠から聞いた。今は・・・・・・身体を養生しろ」

「・・・・・・はい」

 

俺はあまり戦いの話をしたくなかった。どうしても上弦の壱のことを話さない訳にはいかないし、逆に亡くなった隊士や胡蝶妹のことも聞きたくはなかったからだ。ただ、無事な姿を見せ、竃門の様子を見たかった、それで見舞いに来たようなものである。

 

『そうだ、竃門妹は?我はまだあやつに負け越しておるのだ』

「誰を相手にしても刀は負け越しているだろうに」

『どうだ、また双六大会を―――』

「あ、その―――」

 

酷く言いにくそうに竃門は口ごもった。

竃門妹は決戦には加わらず、当然ながら相当厳重に守られた筈だし、人に戻ったという話も聞いている。一体、何があったというか?

「妹は、鬼だった頃の記憶をほとんど失ってしまいまして、多分、獪岳さんや刀さんのことも―――」

『そう・・・か』

「俺が隊士だった頃も、常に一緒でもぼんやりとしか。いや、隊士であったことも理解していなかったようで」

「それでは、俺たちのことは記憶にねぇだろうな」

 

思わぬ寂しげな声音に俺自身が驚いてしまう。

 

『いや逆に良いのかもしれぬ。鬼であった記憶など、ない方が生きやすかろう』

 

それは正しいかもしれないが、刀の声に強がりがにじみ出ていたのは―――指摘してやらないのが優しさというものだろう。会わない方が良いのかと思っていたら、兄の看護で竃門妹が入ってきた。こちらを見る彼女の目は初対面の人を見る目であった。それと共に、竃門妹が以前の彼女でないことはその立ち居振る舞いで直に分かった。以前の無邪気さはなく、年相応の優美さがあった。

 

「兄のお知り合いですか?」

「ああ、隊士の獪岳だ」

『・・・・・・』

 

刀は黙していた。今の竃門妹が喋る刀を受け入れがたいと考えたのだろう。それとも、「初めまして」と応じられることが耐えられないと思ったのかもしれない。それは、少しばかり感じやすすぎる見方か。

覚えていて欲しいと望むのは感傷に過ぎないとそう思うべきだろう。

 

「禰豆子、獪岳と―――、俺たちがとても世話になった人なんだ」

 

思わずといった風に竃門が口にした。きょとん、とこちらに瞳を向ける竃門妹につい俺は言ってしまった。

 

「機会があったら、双六をしないか?」

「双六?」

 

目を丸くする竃門妹。意味を掴みかねて、小首を傾げてふわりと笑った。

 

「ええ、是非。兄もカナエさんも5人で。えっと、5人で」

 

誰を含めて5人と言っているのか分からずに、そう言った竃門妹に俺は微笑した。

 

「ああ、5人で」

 

無意識下で加えられた5人目である刀に、俺は、そして刀も喜色を隠すことは出来なかった。

 

 

 

あまり長居するのも悪いだろうと、竃門の怪我がこちらの想像以上に酷かったので俺は早めに席を立つことにした。

 

「それでは、またな」

「はい、獪岳さん。あ、カナエさんが獪岳さんが顔を見せないと怒っていました」

 

俺はぴたりと動きを止めた。元・花柱が怒る、俺に対して?何でだ?そもそも怒っている元・花柱が想像できない。蟲柱ならば想像出来るけれど。

 

「元・花柱が怒っているのか?」

「はい」

「何で?」全く理由が思い至らない、多分。

「獪岳さんが会いに来ないからです」

「だから、なんで?」

『とりあえず、会いに行ったらどうだ?』と刀。

「ええ、それが良いです」

 

妙に押してくる二人に俺は考え込む。

 

「これ、何かの罠か?」

『そなたは人の機微が分かっておらぬな。つくづく残念な奴め』

「基本、残念な刀にそこまで言われる筋合いはねぇよ」

「この件に関しては俺も刀さんと同意見です」

 

変に含みを持たせる二人に引っかかりつつ、俺はそのまま元・花柱へ挨拶に向かった。元・花柱に会うのはいつだって心が浮きたつのだから。

 

 

 

 

獪岳

本シリーズでは刀と出会ったことで救済ルートに入った。しかし、この刀のせいで産屋敷側の主力メンバーからは外され、結果、ひたすら本編とは関わらない道を歩むことに。当初の予定になかったカナエさんとの恋愛フラグを立ててしまった。

 

 

狂乱、尊大、ポンコツ、ギャンブルに弱いという要素から某漫画・キャラから作られていることが分かる人には分かってしまう。

自身を中心に能力を発揮するので利用者もその攻撃範囲から逃れられず、割に使えない権能だったりする。そもそも、人が使用することを前提とした刀ではない。

 

竃門妹

刀と獪岳の記憶は夢の中くらいの朧気さなので覚えていないに近い。しかし、知人から親しい知人になるのが妙に早かったりする。

 

 

 

 



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