機動戦士ガンダム Living Days (すからぁ)
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まえがき

本作のまえがきです。


 

人と呼ばれる存在は本当に、果てしない生き物だと思う。

祖先、アウストラロピテクスが生まれてから四百万年以上経過した時代。人は際限なくその進化を続けてきた。

身体の事や、植物、動物の事、地球の事、そして宇宙の事。時が経つに連れて多くの事が判明していった。それだけではない。多くの文明、文化を創り出していった。それらも時を経て進化していき、より自身が快適に過ごしていけるようになっていった。

人はその脳を活かし、手先を活かして文明、文化を創り出す。それが、世界中にある世界遺産等となり、形となって作り出されていった。人はスポーツを発明し、多くの人間が楽しめるものとして発展していった。その祭典、オリンピックは世界中の人間が開催国となる一箇所に集められ、世界中の人間達が各国の代表を応援し、熱狂する。

スポーツだけでない。様々な文化を競い合う大会などは数多くある。音楽の祭典や、映画の祭典等。より優れた研究の学術集会といった祭典もある。それらは人の生活には欠く事の出来ないモノとして、根付いていった。

 全ては人の発展の為。競い合いつつも、人は互いに手を取り合い、コミュニケーションを交わしていき、その文明、文化を発展させてきた。それらは紛れもなく、宝と呼ぶに相応しい存在と言えるだろう。

 だが全ての人が互いに分かり合える筈がない。人にはそれぞれ意見がある。その意見に共感する者、反対する者……様々な人がいるだろう。ある時は建設的な意見を交わす事もあれば、特定の者に対して誹謗中傷を行う者もいる。

 それは真実であるかも分からないまま、敵と見なした存在を徹底的に攻撃する事さえある。やがてそれは古来より、喧嘩、果ては戦争を経て発達してきた。

 つまり、人は文明、文化と同時に、対立する為の手段も発達してきたと言えるのだ。それは媒体によって様々な形をしている。

 例えば、ナイフ。肉、野菜等を切る為に使用する物であるが、一方では他者を傷つけるのに十分な殺傷能力を持つもの。それは、使う人間によって目的が異なる。

 例えば、SNS。あらゆる人間が意見を気軽に言うことが出来る場ではあるが、同時に批判される事もある世界。直接的な害はないにしても、精神的な苦痛を伴う事さえありえる世界。

 これらは生活面で豊かさをもたらす半面、使い方を間違えれば人を殺める道具にもなり得る物だ。では、銃はどうだろうか。

 銃の目的は他者を攻撃する為にある。だがそれだけでない。攻撃し、暴れ回ろうとする者を止める為の抑止力にもなる。攻める道具にも、守る道具にもなる。だが結果は人を傷つける可能性が高い道具だ。

 ナイフ、SNS、銃。その他人が作り出した文明達は人を豊かにし、一方で人を殺める道具としての役割を果たしてきた。これもまた、矛盾していると言えるだろう。

 人は矛盾する生き物だ。目的があっても、その目的とは異なった事をしてしまうことも多々ある。それに対して罪悪感を抱くか、まあいいかと開き直るか。それは個人差ではある。

 では、兵器はどうだろうか。兵器は明らかに豊かにするものとは言えない存在である。純粋に人を殺める為に存在しているのが兵器だ。それは発達していき、叡智の炎、核兵器を人は作り上げてしまった。これに対する抑止力としての核兵器が存在しているのが現状の世界。それは各国首脳をはじめとした人間達が抑制している為、人は滅びずに生きることが出来ている。

 しかし、いつでも地球人類を滅ぼす事が出来る脅威がある上で生活が成り立つ事は、考えてみれば恐ろしいものではないだろうか。

 日常と非日常。平和と戦争。それらは表裏一体だ。些細な事で日常は変化する。平和は消え、戦争が始まる。そして、歴史は繰り返していく。

 

 

 今回描く話のテーマは、日常と非日常、人の矛盾、人とは何かという三つの軸から成り立っている話である。ガンダムというテーマは筆者が幼い頃から好きだったテーマであり、独自の視点で物語を書いてみたいという結果、執筆を開始した。

 多くの造語が見られたりし、不明な点も多い作品にはなるかも知れない。しかし、このような作品でも最後まで拝見して頂ければ、これ以上ない幸福であると、筆者は考える。

 

※この物語はフィクションです。実際の人物、団体等とは一切関係がありません。

 




日常と戦場を行き来する少年が主役のオリジナルガンダムです。
中学時代から構想していた内容を発表するに至りました。
宜しくお願いします。


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設定集 ※ネタバレとか注意!
CHARACTERS


登場キャラクター達。話が進むに連れ、更新していく予定です。


<セイントバードチーム>

 

レイ・キレス

主人公。十四歳。北米地域のモントリオール出身。女顔の美少年であり、彼はそれに対して嫌悪感を抱く。初対面の人間には高確率で少女に間違えられる。ある時から妙な悪夢にうなされる事が多々あり、その事で悩む事が多い。

 MSの操縦に関してはセンスが有り、ある種の天才と言える程。

 

 

エリィ・レイス

セイントバードの艦長を務める女性。二十六歳。元々旧地球連邦軍の第十三特殊部隊に所属しており、通信士を務めていた。また、シンギュラルタイプの力を持つ、女性。

美人で、クルーからの人気や信頼もある。セイントバードの事や、クルーの事を第一に考えている、ある種の自己犠牲の精神の持ち主。だが酒癖は悪く、悪酔いしてしまう。

 

 

ネルソン・アルビュース

セイントバードのパイロット。三十歳。元デウス軍の兵士で、階級は大尉だった。その所以か、チームの皆からは大尉と呼ばれている。ハルッグのパイロットを務める。艦長を務めるエリィの良き相談相手でもある。

また、かつてデウス軍の軍医をしており、自身が医者である事に誇りを感じている。

 

 

インク・ルール

セイントバードの通信士を務める女性。二十二歳。スラッグとはよく喧嘩をするが基本的には仲が良い。

 

 

スラッグ

セイントバードの操舵士を務める。二十二歳。インクとは仲が良いが喧嘩をする事もしばしば。ほとんどの原因は彼だったりする。

 

 

シン

セイントバードの整備長。二十四歳。ネルソンが頼りにしている人間の一人。百五十年以上前に製造されたとされる、地球連邦製のファースト・ガンダムを神聖視している。

 

 

ガースト・ピュアス

デウス動乱の英雄、アレン・レインドの戦友。二十歳。かつてアレンと交戦したことがあった。シンギュラルタイプの力を持つ青年である。現在は恋人のプレーン・ミーンと日本で同棲している。

元デウス軍で、十歳で軍に入隊、MSを操り、乗りこなしていた過去がある。

 

 

プレーン・ミーン

ガースト・ピュアスの恋人。二十歳。特徴的な語尾で話す明るい女性。料理は天才と呼べる程の腕。だがガーストの事が好き過ぎる故に、公然で接吻を交わしたりするなど、やや周囲への配慮が欠如している部分もある。

 

 

スバキ・シンドウ

新生連邦奥多摩基地に住んでいる少女。十四歳。男勝りな性格。シンギュラルタイプの力を持つ。彼女自身はその力を快く思っていない。

 かつてのデウス動乱で父親を亡くしている。母親とは新生連邦のある事情で会う事が出来ていない。

 

 

ゼオン・ニーマード

犯罪組織、氷河族のメンバーの一人。十三歳。童顔の少年。組織の所謂下端として不当な扱いを受けている。ある事情を経て、セイントバードチームのメンバーとなる。

 

エレン・ニーマード

ゼオン・ニーマードの姉。十四歳。容姿端麗な少女。ある事情を経て、セイントバードチームのメンバーとなる事になる。

 

 

ミシェ・ジンバルド

オスロでジャンク屋を営んでいる男。四十歳。エリィ達とは戦後からの知人である。ある事情の後に、セイントバードと共に行動することになる。彼女いない歴二十五年。

 

 

 

<新生連邦政府軍>

 

レヴィー・ダイル

新生連邦総司令。二十歳。若き総司令である。かつてのデウス動乱にアレンと一緒に戦った戦友でもある。シンギュラルタイプの力を持つ青年。

 デウス動乱が起きてしまったのは地球連邦の力が無かったからだという声を鵜呑みにし、彼は戦後新生連邦の総司令としてその勢力を伸ばしていく。

 

 

ソフィア・ブレンクス

新生連邦総司令、レヴィー・ダイルの側近を務める寡黙な美少女。十八歳。常に総司令の側にいる少女であるが、何故彼女が総司令の側近としての役割を果たしているのかは謎に包まれている。

 

 

スルース・ディアン

新生連邦軍のスポンサー、アーステクノロジーの社長。三十五歳。度々総司令、レヴィー・ダイルに兵器の提供を行ってきた。強化モデルの管轄顧問でもあり、それらを量産して新生連邦の戦力し、新生連邦に売り込み、利益を得るのが目的。

彼曰く、ガンダムは強さの象徴らしい。これは百五十年以上前のガンダム伝説によるものだとされる。

 

 

クラリス・デイル

新生連邦軍の軍人。二十四歳。階級は中尉。テストパイロットの位置づけ。主人公、レイ・キレスに因縁をつける軍人。物事に対して空回りする事が多い男。

 

 

フーク・カズロブ

新生連邦軍大佐。三十八歳。非道と呼べる作戦に率先して参加し、その指揮を行う卑劣な男。

 

 

フォリア・チェーニ

謎に包まれているチェーニ姉妹の姉。二十一歳。赤色の髪色をしており、美しくも妖しい存在である。物事の洞察力に優れる。根っからのサディスト。妹のリンセとは相思相愛の関係。レズビアンでもある。

ヴェーチェルガンダムのパイロットを務める。姉妹揃って、出身も育ちも不明。

 

 

リンセ・チェーニ

謎に包まれているチェーニ姉妹の妹。二十歳。水色の髪色をしており、姉と違って性格は活発的で精神的に幼い。根っからのマゾヒスト。姉のフォリアとは姉妹の関係を超えた関係。姉と同じくレズビアンでもある。

エクルヴィスガンダムのパイロットを務める。姉妹揃って、出身も育ちも不明。

 

 

リノアス・クリストル

新生連邦軍の特殊強化モデル。十八歳。どこか、感情を欲している様子を見せる、不思議な雰囲気を持つ少女。

 

 

ニッカ・ドレイク

新生連邦軍の特殊強化モデルの一人。二十二歳。デスペナルティガンダムを駆る〝戦闘マシーン〟。

非戦闘時は手錠で繋がれており、野獣のように唸り声を上げる。一定時間毎に人殺しなどを行わなければ異常なストレスで死に至る危険性がある。

 

 

ハーディ・クオレント

新生連邦軍の特殊強化モデルの一人。二十二歳。アトミックガンダムのパイロットを務める〝戦闘マシーン〟。こちらも非戦闘時は手錠で繋がれている。ニッカと同じく、人殺しを行うことで生命を維持する事が出来ている。

 

 

シエル・ホーンド

新生連邦軍の特殊強化モデルの一人。二十二歳。バイラヴァーガンダムのパイロット。他の二人と比べて性格は冷静で、唯一手錠に繋がれていない。しかし外に出る事は許されていない。ニッカとハーディと同様、シエルも人殺しによってストレスを解消し、生命を維持する事が出来る。

 

 

ダリア・ローゼント

新生連邦軍の士官。階級は中佐。三十歳。有能な女性士官。ヒエラクス級の二番艦、ウイングイーグルの艦長を務める。スルース・ディアンの代わりにデスペナルティ、アトミック、バイラヴァーの管理を務める事もある。

 

 

マサアキ・アルト

新生連邦奥多摩基地の佐官。二十四歳。階級は少佐。同基地内のシンギュラルタイプ研究所所長でもある。自身もシンギュラルタイプであり、その力を絶対と見ている男。強化モデルの存在を毛嫌いしている。一見穏やかな印象を持つが、サイコパスの一面も持つ男。性愛対象は男女問わないバイセクシャルの持ち主。

 

 

シーギ・デューラ

新生連邦の軍人。三十歳。階級は大尉。粗暴な口調が特徴的な男。その性格故に本部からの扱いの悪さが垣間見える。

 

 

ガウル・ベネツィア

新生連邦の強化モデル。三十三歳。筋骨隆々な男。極寒の地でも半袖姿で過ごす異様な男でもある。自らを“強化モデル”ではなく“シンギュラルタイプ”と信じてやまない男。

 

 

パンツァー・アイド

新生連邦軍の尉官。三十一歳。階級は大尉。新生連邦政府軍第七十九夜間強襲部隊の隊長を務める男。夜間用強襲のスペシャリストとも呼べる男。

 

 

ジュン・ピーシア

新生連邦軍人。二十三歳。階級は伍長。意識が高いが、特徴的な言葉の言い換えをする男。副業で何らかのビジネスをしているらしい。

 

 

メンデル

新生連邦軍人。二十二歳。クラリスの部下の一人。

 

 

アーネスト

新生連邦軍人。二十二歳。クラリスの部下の一人。民間人には優しい一面がある。

 

 

ルーボ・アルケニー

 新生連邦軍のパイロット。二十九歳。水中戦を得意とするエースパイロット。ディープシーがお気に入り。

 

 

 

<アステル家>

 

アレン・レインド(スパーダ・スクード)

もう一人の主人公。二十歳。かつてのデウス動乱で連邦軍から英雄と言われた人間である。

元々コロニー出身の彼だったが、ある事件がきっかけで当時の地球連邦軍の最新鋭機、クリスタルガンダムに搭乗し、以後デウス動乱を戦い抜く事になる。そのデウス動乱の最終決戦にて宿敵だったアーク・レヴンと相打ちになり、当時を知る者からは死亡された扱いをされていたが、デウス帝国士官だったワートン・ディアラに助けられて一命を取り留め、現在はアレキサンドリアにてワートンと同居しながらバンディットを務める。彼はシンギュラルタイプを超えた存在とされる、アドバンスドタイプと呼ばれる人種であり、その潜在能力は未知数。

 

 

ジャンヌ・アステル

デウス帝国の貴族、アステル家の令嬢。二十歳。容姿端麗な女性。元々アステル家はデウス帝国内の一貴族であり、ローマ郊外にその別荘と呼べる巨大な敷地が存在している。

現在地球上では世界的歌手として活動しており、その人気は絶大。SNSのフォロワーは億を超える。彼女の才能はこれに留まらず、スポーツ分野に於いてもテニスの世界大会で優勝をするといった実績を持つ。スポーツだけでなく、ピアノやバイオリンなどの楽器に関してもその才能を発揮しており、何度も入賞した経験を持つ。まさに、美と実力を兼ね備えた、才色兼備と言えるべき存在。不安定になりつつある世界情勢に立ち向かう覚悟を秘めている女性。

 

 

ココット・メルリーゼ

アレンの恋人。二十歳。デウス動乱時にアレンと交際していたが戦争終盤に行方不明となったが、生きていた。戦後は日本の外資系企業に就職。多くの事を経てアレンと再び交際していく事になる。

 

 

ジンク・アステル

アステル家の当主。四十五歳。ジャンヌの父親。戦時中はデウス軍にMSを提供していた。現在では平和国連盟の代表と繋がりがある。

 

 

ターナ・アステル

ジャンヌの母親。見るもの全てを圧倒する程の美しい容姿をもつ〝絶世の美女〟。四十五歳。

その上淑やかで、ジャンヌの美しい容姿やその性格は全て母親から受け継いだのかもしれない。彼女もアドバンスドタイプである。ジャンヌの力は彼女から受け継いだものだ。

 

 

アイリィ・トゥール

国連軍の新人パイロット。十七歳。国連軍からアステル家に派遣された。戦闘に於いて悪運が強い少女。

 

 

アグリー・ロン

アステル家に仕えている男。三十一歳。アステル家の事を快く思っていない様子。

 

 

エファン・ドゥーリア

ジャンヌの側近。二十八歳。穏やかな雰囲気の男。人に対して関心を示す。

 

 

 

<氷河族>

ボス

犯罪組織、氷河族のボス。年齢不詳。デウス動乱後の混乱で成り上がった男。その全貌は謎に包まれている。

 

 

アルン・ティーンズ

氷河族の一部組織のリーダーを務める男。二十九歳。ボスに対して絶対的な忠誠を誓っている。ボスの為ならば手段を選ばない男。メンバーを使役し、組織の為に様々な行動を起こす。

 

 

ミルフ・ブラマンジュ

氷河族のメンバーの少女。十三歳。ある事情で組織に所属している。物心ついた時から組織のメンバーとして貢献している。人を殺める事に対して抵抗を見せない。容姿は端麗であり、その容姿を利用して組織の行動のサポートをしている。

 

 

ウネフ・ミカハラ

氷河族メンバーの女性。元医者。二十八歳。黒髪のショートヘア、鋭い目付きが特徴的。メンバーのサブリーダー的存在。MS乗りへの金主としても活動している女性。その金は組織の上納金に回っていく。

 

 

ケネール・リック

氷河族のメンバーの男性。重火器を好む、やや粗暴な男。二十九歳。前髪が異常に長く、片目しか映らない。逆上した際に衝動的に相手を殺してしまう事がある。

 

 

ニーア・アンジェリカ

氷河族メンバーの女性。二十八歳。容姿端麗。ケネールと交際している。組織のメンバーではあるが意図的な殺人などは好まない。

 

 

ジュラード・メッサード

氷河族メンバーの一人。三十歳。大柄な体格の男。ミルフ・ブラマンジュと行動する事が多い。

 

 

メイド・ヘヴン

氷河族のメンバーの一人。かつてのデウス動乱でアレンに敗れた男でもある。二十六歳。

非常に破天荒で、凶暴な性格である。目的の為なら手段を選ばない。

旧世紀の日本の漫画やアニメやドラマが好きで、その漫画の中にある台詞を会話中に使用する事が多い、日本文化のオタクでもある。

 

 

エレア・シェイル

氷河族のメンバーの一人。十六歳。動画配信で広告収入を得ている人間。彼女の開設しているエレチャンネルは人気チャンネルであり、一度投稿すれば百万再生は確実に超える事が多い。多岐に渡るジャンルの動画を上げている。その実態は快楽殺人鬼。

 

 

ギィル・オカザキ

氷河族のメンバーの一人。アルン達とは別で行動する事が多い。二十九歳。別名スナイパーオカザキと言われている狙撃の天才。武器はワートンの提供しているものを使用している。専用のMSを持っている。

 

 

ウィリア・ラーゲン

情報に特化したバンディット。二十八歳。氷河族のメンバーでもある。ある事情を抱えている女性。容姿端麗であり、数多くの男と一夜を共にしてきた女性。全ては、情報を得る為だというが……?

 

 

ハック・ジール

氷河族の構成員の一人。二十六歳。現在ではかつてゲイルがリーダーをしていた一部組織のメンバー。組織を裏切ったゲイルを追う立場にある。

 

 

ノード・ベルン

クレーディト・メカニクス社社長。三十六歳。戦後MS乗りやテロ組織等にMSを提供するように促していった男。

 

 

グァン・ホーキーズ

氷河族の別組織のリーダーを務める男。二十九歳。ボスに対して狂信的な男。黒いハットに銀髪が特徴的。相手を痛めつける際に快楽を覚える凶悪なサディスト。ボスの命令に忠実に従う。

 

 

マターリャ・ブラマンジュ

ミルフ・ブラマンジュの母。三十八歳。茶色い髪色、褐色肌が特徴的な女性。戦前からクレーディト・メカニクス社に関係していた人物。氷河族のルーツを知る者。

 

 

 

<平和国連盟、国際平和連合軍>

 

ウィレス・レイド・アース

国連の将軍。三十三歳。国連の旗艦であるアッサラームの指揮を務める人物。かつてのデウス動乱で地球連邦軍の第十三特殊部隊の戦艦の艦長を務めた過去があり、アレン達とた共に戦い抜いた過去を持つ。

 

 

チャール・ポレク

平和国連盟の最高議長。五十六歳。平和主義をデウス動乱時から唱えている人物である。彼の唱える平和主義は、如何なる事があっても武力介入を行わないというものであり、それが戦後に於いても続いていた為、一部では反発を招く状況になっている。

 

 

ソネル・パリシム

チャール・ポレクの側近の人物。三十二歳。チャールの平和主義には僅かに疑問を抱きつつも、彼に対して信頼をしている。

 

 

アナザ・クライアス

国連の士官。部下からの信頼も厚い人物であったが平和国連盟の一部代表から見れば立場は下であり、その、命令に逆らうことは出来ない。

 

 

ザビール・エルケス

平和国の一部代表の一人。若い人間だが野心家である人物。

 

 

エイゲル・ヴァーナー

平和国連盟の加盟国の一つであるイギリスの首相。平和の事を考えている人物。

 

 

ギルス・パリシム

チャール・ポレクの側近を務めるソネル・パリシムの弟。三十歳。野心家。

 

 

ワーゲイン・スロウム

 国連軍豪州基地の司令官。五十二歳。階級は大佐。

顎に白い髭を生やしている壮年の男性。地球連邦時代からのベテランの司令官。現在の世界情勢に対して憂う様子を見せている。

 

 

ローフ・ワーザム

 国連軍豪州基地の副司令官。四十五歳。階級は中佐。

ワーゲインに絶大な信頼を寄せる人物。ワーゲインと同様、現在の世界情勢を憂う様子を見せている。

 

 

ギア・ジェッパー

平和国の一部代表の一人。四十三歳。オーストラリア、ダーウィンで代表を務めている。ジャンヌの父親であるジンク・アステルとは友人関係である。平和国調査団(Peace Survey Team)のリーダーを務めている。

 

 

ファージ・ネイヴァン

国連軍のパイロット。二十五歳。エースパイロットであり、優秀な戦績を残している。物事にあまり深く関わろうとしないタイプの人間。女性が大好きで外見さえ良ければそれで良いと思っている。

 

 

ローランド・アルマイヤー

 国連軍の士官。三十九歳。ギルス・パリシムの政策を快く思っていない士官。

 

 

 

<デウス帝国残党軍>

 

アルメス・ラグナ

デウス残党軍の人間。三十七歳。デウス動乱を経て衰退したデウス帝国に今でも忠誠を誓っている人間。

 

 

ナジェラ・メリクリファー

現在のデウス残党軍を率いる総司令官。残党軍の皇帝でもある。五十歳。現在は小惑星アポカリプスの指導者となっている。

 

 

 

<その他>

 

リルム・エリアス

レイの幼馴染みの少女。十四歳。

母親同士が友人関係だったと言うこともあり、幼い頃にレイと知り合い以後ずっと仲が良い。エレメンタルスクールの時、一度転校したのだが、ジュニアハイスクールになってレイと再会した。明るい性格で、レイのことをよく心配している。

 

 

ヒューナ・エリアス

リルムの姉。十六歳。ハイスクールに通っている女子高生。バイト等を掛け持ちして金を得ている。レイの事を昔から知っており、時折揶揄う事がある。弟分とも言える、レイの悩みを聞いてあげたりもしている。

 

 

ヒーリ・エリアス

リルムの母親。三十六歳。カレンとは小さい時から仲が良く、この二人が仲が良かったことがきっかけでレイとリルムは知り合いになり、幼馴染みとなった。

 

 

マーク・エリアス

リルムの父親。三十八歳。妻であるヒーリとはユニバーシティ時代からの付き合いである。

 

 

カレン・キレス

レイの母親。三十六歳。面倒見の良い美人な母親で、リルムの母親であるヒーリとは仲の良い友人同士で、リルムとレイが知り合ったのはこの二人がいたからである。レイをはじめ、子供達を人一倍心配している優しい母親である。

 

 

ジュナス・キレス

レイの父親。三十七歳。ジャーナリストをしている。多忙な生活を送っており、余り家に帰ることが少ない。海外出張をよく行っている。そこで現在も多く残る紛争についての記事を書くことが主な仕事である。世界情勢に非常に関心がある。有能なジャーナリストであるが故に、テレビに出ることも多い。

 

 

リリア・キレス

レイの姉。十六歳。大人しい性格であるが父親ジュナスに憧れてジャーナリストを目指すことになる。その為の勉強をするためにオーストラリアへ海外留学している。

 

 

ミィス・キレス

レイの妹。十歳。愛らしい女の子で、レイが通っていたエレメンタルスクールに通っている。

 

 

アムン・ディース

ヒューナの親友。十六歳。漫画、アニメが大好きな女子。エンタメ関係に特化している国である日本へよく旅行に行っている。

 

 

モーク・ダレン

ベレーナジュニアハイスクールの、レイの友人。十四歳。学校では彼と一緒に居る事が多い。

 

 

イース・ハドラス

ベレーナジュニアハイスクールサッカー部のキャプテンを務める、サッカーの天才と呼べる天才。十四歳。他流試合でもほとんど彼一人で行動をしており、他の選手は無視するほどの腕前。また、女垂らしでもある。

 

 

ミアー・ジャイス

リルムの親友で、活発的な人間。十四歳。レイとは少し喋る程度の仲。

 

 

クラークス・ミラック

レイがジュニアハイスクール一年の時に、MSが好きという共通点から友人になった、MSに非常に詳しい少年。十四歳。眼鏡を掛けており、顔立ちも幼い。現在はレイとはクラスは別々だが、時々レイと会ってMSについて語る事が多い。

 

 

フィジット・ジーン

ベレーナジュニアハイスクールの、レイの知り合い。十四歳。クラークスとは仲が良い。肥満体系であり、内向的な性格。

 

 

ティル・バーン

レイのサッカー部の後輩生徒。十三歳。小柄な体つきの少年。サッカーはレイよりも上手。家庭が貧乏であり、それでもサッカーをさせてくれる両親に感謝している様子。

 

 

シーア・マックス

MS好きな青年。十九歳。眼鏡が特徴的。プチモビルスーツ大会で圧倒的な実力を見せる。

 

 

アスーカル・エスペヒスモ

砂漠の狩人の異名を持つ人物。三十五歳。大柄な体格の褐色の男性。その異名は有名であり、新生連邦内でも噂される程。

 

 

パゴーダ

砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモを支える人間。三十二歳。

狩人がMSに乗って出撃している時はビヤーバーンの艦長を務めている。

 

 

ベレッサ・コロノアジー

日本海周辺を縄張りとしている海賊団の団長。三十六歳。別名魔鮫(デビルズシャーク)。デウス動乱後に活動している。輸送船への海賊行為の指示をしており、周囲の人間は被害を受けている。

 

 

ガルム・エレック

ベレッサ海賊団の副長を務める大男。三十五歳。ベレッサの命令に忠実。

 

 

ウィル・ティアムス

アレクサンドリアの孤児院長。四十九歳。物腰柔らかい人物。バンディットであるスパーダ・スクードことアレンと交流がある。

 

 

アドリー

アレクサンドリアの孤児院に住む孤児。八歳。デウス動乱時に両親を亡くしている。

 

 

マリク

アレクサンドリアの孤児院に住む孤児。九歳。デウス動乱の混乱の際に両親が行方不明となった。勉強熱心な子供。

 

 

ラージー

アレクサンドリアの孤児院に住む戦災孤児。九歳。両親を失うきっかけとなったMSの存在を恐れ、憎んでいる。

 

 

アイシャ

アレクサンドリアの孤児院に住む孤児。八歳。母親とは生き別れたという。

 

 

マリカ

アレクサンドリアの孤児院に住む孤児。七歳。娯楽に飢えている様子の子供。

 

 

ウィアー・ギアン

王手メディア会社、WCNの出資者、ギアン家の盟主に該当する人物。五十一歳。WCNに対して絶対的な発言権を持つ。物腰柔らかな印象を持つ男性。

 

 

ゲスペル・ギアン

王手メディア会社である、WCN(World Connect Network)の出資者、ギアン家の盟主、ウィアー・ギアンの子息。二十二歳。父親と違い、自信過剰な性格。彼に楯突く事は、WCNに喧嘩を売ると同義と話す。

 

 

ヘア・マルコス

アステル家と交流のある、マルコス家の盟主。四十八歳。妻とは二十歳離れている。子供にユアンがいる。

 

 

ユアン・マルコス

ヘア・マルコスの子息。六歳。ヘアが

歳を重ねて出来た子供であり、溺愛されている。

 

 

アユ・ヒースト

日本人とギリシャ人のハーフの女の子。十六歳。

レイによって傷つけられたクラリスを助け、そのまま一緒に日本へ同行した事もある。

静かな少女で、クラリスは彼女に少しずつ惹かれていく。

 

 

リン・ヒースト

アユの妹。十五歳。姉と違い、口が非常に悪い。クラリスの事を悪く言うのだが、どこかで心配している素振りを見せる。戦争という存在を全面的に嫌っている。

 

 

ワートン・ディアラ

アレンの恩人。四十八歳。

デウス動乱終戦時、宇宙をさ迷うアレンを救助し、以後同居する事になる。大の銃マニアで、バンディットや氷河族の人間達にも人気がある。ジャンヌ・アステルの隠れファンである。

 

 

マレース・ジェーン

ホルステブロにあるジャンク屋のオーナー。三十一歳。糸目が特徴的な女性。ややおっとりとした性格の持ち主。

 

 

ゲイル・ゼノイア・バーダ

ヒパック村を中心として移動している戦艦、ジェルヴァのキャプテン。二十八歳。優男であるが、美人にはめっぽう弱い。

氷河族の一部組織のリーダーを務めていた過去がある。現在はそれ等に追われる生活を送っている。

 

 

シャルア・ジェイン

ジェルヴァのクルーの一人。十六歳。整備士をしている。力を持つ存在であるレイの事を気に入り、揶揄う対象としている。整備士であり、その腕は確か。

 

 

メナン・ジェイン

ジェルヴァチームのシャルア・ジェインの妹。六歳。独特の言葉で喋る幼女。

人間を一目見ただけでその人の経歴や経験を言い当てる事が出来る不思議な能力を持つ。

 

 

エレナ・ジェイン

シャルア、メナンの母親。三十七歳。美人であるがどこか抜けている印象を持つ女性。

 

 

メナス・ジェイン

ヒパック村の村長。七十一歳。村人の事を第一に考えている人物。硬派な印象を持つ老人。シンギュラルタイプの力を持つ。

 

 

ゼル・アスト・ジェイフォード

ジェルヴァチームのクルーの一人。十六歳。水色の髪色、碧色の眼の持ち主。口数は少ないが時折怒りを見せる少年。クルーとの交流は多くない。

 

 

ニア・エグドナ

ジェルヴァチームのクルーの一人。十六歳。クリア・ミーティとは親友関係。新生連邦から鹵獲したディーストを乗りこなす。明るく朗らかな少女。SNSに写真をよくアップする。

 

 

クリア・ミーティ

ジェルヴァチームのクルーの一人。十六歳。ニア・エグドナとは親友関係。ディープシーのカスタム機を乗りこなす。寡黙な印象を持つ少女。SNSに個人情報を載せる事を躊躇う。

 

 

ホシェル・ゼオード

ジェルヴァチームのクルー。医者。三十三歳。手荒な印象を持つ女性。自傷行為をする人間に対しては激怒する人間。

 

 

イヤー・メゾッソ

ジェルヴァチームのオペレーター。二十一歳。金髪の、ツインテールが特徴的な女性。活気ある性格。

 

 

ダリオン・イブルーク

医学博士。四十七歳。アドバンスドタイプの力を持つ。産婦人科医としても働いていた。自らの力の解明をする為、家族を巻き込んだ研究を行ったマッドサイエンティストの側面を持つ。

 



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MECHANICS(セイントバードチーム)

登場兵器紹介(セイントバードチーム)
※話が進み次第、更新していく予定です


ヒエラクス級大型空中空母セイントバード

元ネタ:ガルダ級超大型輸送機

全長不明 重量不明

武装

対MS用65㍉機関砲×32

迎撃用ミサイルポッド×4

収束型ビーム砲×2

三連装ビームキャノン×2

大型ビームカノン×1

新生連邦政府軍のヒエラクス級の1つ。新生連邦内の数少ない大型空母で、MS搭載能力並びに火力が非常に高い。

その中のセイントバードをエリィ・レイス等MS乗りが奪い、以降は拠点となる。

また、同型艦にウイングイーグルがあり、それとは兄弟の関係だが性能は全く同じである。また、セイントバードはヒエラクス級の3番艦である。艦の色はエメラルドグリーン。MSの最大搭載機体数は、18メートルサイズを基準にして、十四機。SFSを含めれば最大二十四機の搭載が可能の、超大型戦艦と言える。

 

武装説明

対MS用65㍉機関砲

その名の通り、敵MSに対して使用される機関砲。主に牽制用に使用される。

 

迎撃用ミサイルポッド

ヒエラクス級の下部に装着されているミサイルポッド。様々な敵に対応できる。

 

収束型ビーム砲

ヒエラクス級の先端部分に装備されている。メイン武器でもある。

 

三連装ビームキャノン

両翼部分に装備されている。比較的威力が高く、これもメイン武器の一つ。エネルギー消費がやや激しい。

 

大型ビームカノン

ヒエラクス級の最強の武器。敵艦を瞬時に破壊する力を持つ。しかし撃った艦も無事では済まされず、損傷が激しい状態で撃てば艦が破壊される事もあり得る。

 

 

 

ツヴァイガンダム〔ASMX-A02〕

元ネタ:ガンダムダブルエックス

全高18.9メートル 重量24.4トン

武装

メガマシンキャノン×2

メガビームセイバー×2

バスタービームライフル×1

ビームディフェンスシールド×1

腕部ビームキャノン×2

肩部拡散メガビーム砲×2

ブリッツファンネル×6

ミニファンネル×12

収束型ブラスタープラズマカノン×2

新生連邦と国連の対立を阻止する為に作られたMS。6つのブリッツファンネルを装備しており、更にその中から2つの小さなブリッツファンネルが現れ、計18基のブリッツファンネルが発射され、圧倒的な火力を誇る。また、前腕部にはバリアーフィールドジェネレーターを装備しており、ビーム兵器を無効にする事ができる。強力な力を持つ人間であるレイにこの機体が託され、以後搭乗機となる。このMSを起動する為にはレイの網膜が必要となる為、彼専用のMSとして機能している。つまり、彼以外がツヴァイを動かす事は出来ないのだ。

このMSは、新生連邦軍がアインスガンダムをベースに次世代の戦略兵器として開発される予定だった機体で、本来なら新生連邦軍所属の機体となり形式番号もそれらのものになる予定だったのだが、ジャンヌ等がこの情報を逸早く察知して設計図を奪取。これによりアステル家の方で開発が進められ、形式番号もこの時に書き換えられた。また、この機体の主武装であるブリッツファンネルを使用する際は、コクピット全体にサイコミュの影響が広がるため、仮にオールドタイプのパイロットが搭乗しているとすればその瞬間に精神崩壊を起こす危険性がある。力を持つレイも初めてブリッツファンネルを使用した際、意識を失った。ちなみにツヴァイはドイツ語で〝2〟を意味する。レイの乗る2番目の機体と言う意味で名付けられた。本来のこの機体の名称は制作段階ではまだ決まっていなかった。今後の戦闘における切り札として、この機体は降臨する。

 

武装説明

メガマシンキャノン

接近してきたMSに対して使用される。頭部機関砲よりも遥かに威力があり、胸部に装備されている。

 

メガビームセイバー

ツヴァイの武器。高出力のセイバーで、接近戦に使用する。その威力は従来のビームサーベルを遥かに凌駕する。

 

バスタービームライフル

より高出力な、ツヴァイのメイン武器のひとつ。その威力はアインスの比ではない。

 

ビームディフェンスシールド

ビーム状のシールド。バリアーフィールドがビーム兵器ならこちらは実弾兵器等を防ぐ。

実体シールドの上に覆い被さるようにビームシールドが張られる。

 

腕部ビームキャノン

バスタービームライフルの代わりに使用される事がある。だがその利用頻度は低い。

 

肩部拡散メガビーム砲

肩に隠されている、拡散するメガビーム砲。拡散するので多くのMSに対して有効。

 

ブリッツファンネル

ツヴァイの背中に装備されているサイコミュ兵器。シンギュラルタイプなどの人間が使用できる武器で、その破壊力は凄まじい。サーベル状にもすることができる。

 

ミニファンネル

ツヴァイのブリッツファンネルの中に2つ入っている小さいサイズのファンネル。サイズ以外は基本的にはブリッツと変わらない。

 

収束型ブラスタープラズマカノン

ビーム粒子でない、ツヴァイガンダム最強の武器。多数のMSを瞬時に破壊する事ができる。戦艦も用意に破壊することが可能。ビーム兵器でないために、バリアーフィールドを貫く。その原理は、デウス動乱時に使用されたコロニーカノンと同様、プラズマ粒子によるものである。当時使用されたコロニーカノンを小型に凝縮したものがこの武器である。この兵器は出力をコントロールすることが出来、最大出力で撃てば凄まじい破壊力を見せる。しかしこの兵器はバスタービームライフル等の兵器とは違うエネルギー供給方法で供給しなければならないので、普通のMS乗りがこの機体に補給を行うとすればビーム兵器しか補給する事が出来ず、プラズマ粒子は補給する事が出来ない。また、アステル家やツヴァイの設計図を描いた人間やアステル家の人間など、特別な権力を持つ人間にしかこの機体の内部構造を知ることができず、また、プラズマカノンの為の補給も不可能である。

ちなみにこのプラズマ粒子は、従来のプラズマ粒子をより兵器として活躍できるように発達させたものである。従来のビーム兵器を遥かに凌ぐ、次世代の兵器として活躍が期待されるのだが現段階ではプラズマ粒子を強力な兵器にするのにはビーム粒子を強力なものにするのと違って莫大なコストがかかり、主に決戦兵器などに用いられることが多い。

 

 

 

アインスガンダム〔NFMSX-01〕

元ネタ:ガンダムMk-Ⅱ(黒)

全高18.5メートル 重量26.6トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

ビームライフル×1

シールド×1

本作の主人公機体。新生連邦政府軍が開発した最新鋭MS。

白いイメージが強いとされているガンダムタイプにしては珍しく紺色のガンダムで、単体

の性能は決して高いと言うわけではないが、様々な潜在能力を秘めている。また、アイン

スはHPS(ハードポイントシステム)と言われるシステムを搭載しており、戦況によって

様々な地形に対応するため、換装をしてそれらに対応する。

また、この機体は150年前以上に製作されたと言われているファースト・ガンダムをモチーフに製作された。と言うのもこれは新生連邦樹立に伴い、1から軍を改め直すと言う意味合いが込められている為である。これは開発者のこだわりでもある。ちなみにアインスはドイツ語で、〝1〟を意味する。

 

武装説明

頭部機関砲

接近してきたMSやミサイル対して使用される牽制用の65㍉バルカン砲。威力はあまりない。

 

ビームサーベル

背中からサーベルラックを取り出し、ビーム粒子を凝縮させたビームサーベルとして使用する。連結して使用する事も可能。

 

ビームライフル

トルクスのビームライフルを改良したものがアインスのビームライフルである。威力はトルクスのものよりもやや上。

ちなみにビームライフルやビームサーベルなどで使用されるビーム粒子は、より兵器として役立てるように強化されたものであり、C.W暦の1世紀頃に実用化されたものである。

 

シールド

ビームや実弾を防ぐためのシールド。ある程度のビームコーティングが施されている以外は特に変わった点はない。

 

アインスガンダム砂漠仕様〔NFMSX-01/d〕

全高18.5メートル 重量26.6トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

ビームランチャー×1

シールド×1

砂漠での戦闘に優れたアインスガンダムの換装した姿の一つ。ビームランチャーを装備しており、遠くの敵を破壊できる。当然ライフルよりランチャーのほうが威力は高い。

 

武装説明

頭部機関砲

接近してきたMSに対して使用される牽制用の65㍉バルカン砲。威力はあまりない。

 

ビームサーベル

背中からサーベルラックを取りだし、ビームサーベルとして使用する。連結して使用する事も可能。

 

ビームランチャー

威力の高さが自慢のランチャー。狙撃用のランチャーとしても使用できる。

 

シールド

ビームや実弾を防ぐためのシールド。ビームコーティングが施されている以外は特に変わった点はない。

 

 

 

アインスガンダム空戦仕様〔NFMSX-01/a〕

全高18.5メートル 重量26.6トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

ビームライフル×1

右肩部ミサイルポッド×1

背部メガビーム砲×1

シールド×1

空中での戦闘に優れたアインスガンダムの換装した姿の一つ。背中には巨大なビーム砲

を装備しており、一直線の敵を消滅させる力を持つ。だが反動が大きく、エネルギーの消

費も激しいのであまり使用されることは少ない。換装式のアインスの中で、一番使用頻度

が高い。

 

武装説明

頭部機関砲

接近してきたMSに対して使用される牽制用の65㍉バルカン砲。威力はあまりない。

 

ビームサーベル

背中からサーベルラックを抜き、ビームサーベルとして使用する。連結して使用する事も可能。

 

ビームライフル

トルクスのビームライフルを改良したものがアインスのビームライフルである。威力はトルクスのものよりもやや上。

 

肩部ミサイルポッド

右肩に装備されているミサイル。ビームライフルなどと同じように、迎撃用に使用する。

 

背部メガビーム砲

直線状の敵を破壊する事が出来る強力な兵器。小型戦艦なら沈める事も可。だがエネルギーの消費が激しいので発射には注意が必要。

 

シールド

ビームや実弾を防ぐためのシールド。ビームコーティングが施されている以外は特に変わった点はない。

 

 

 

アインスガンダム水中仕様〔NFMSX-01/w〕

全高18.5メートル 重量26.6トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

アクアバズーカ×1

アクアコンバットナイフ×1

アクアグレネード×2

脚部魚雷×4

シールド×1

水中での戦闘に優れたアインスガンダムの換装した姿の一つ。

水中での戦闘のため、ビームライフルを取り除き、実弾兵器をメインに装備された。腕に

はアクアグレネード、足には対艦魚雷を装備している。

 近接戦闘用に、リアアーマー部にアクアコンバットナイフも搭載されている。

 

武装説明

頭部機関砲

接近してきたMSに対して使用される牽制用の65㍉バルカン砲。威力はあまりない。

 

ビームサーベル

背中からサーベルラックを取りだし、ビームサーベルとして使用する。連結して使用する事も可能。

 

アクアバズーカ

追尾式の実弾バズーカで、敵を追跡する。敵MSに大きなダメージを与える破壊力はある。又、水中ではなくても使用は出来る。

 

アクアコンバットナイフ

 水中での近接戦闘用武器。ビーム粒子を用いた武装は減衰率が高く、使用に適さない為、こちらが代わりに用いられる。

 

アクアグレネード

腕に装備されているグレネード。ビームライフルの代わりに水中で使用される事が多い。

ビーム兵器が使用できない水中では欠かせない武器の一つである。

 

 

脚部魚雷

追尾式の魚雷で、敵を狙う。あまり使用される機会がない。

 

シールド

ビームや実弾を防ぐためのシールド。ビームコーティングが施されている以外は特に変わった点はない。

 

 

 

ハルッグ〔DMS-T87〕

元ネタ:ガブスレイ

全高20.8メートル 重量24.0トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×1

ロングビームライフル×1

ショルダービーム砲×2

ネルソン・アルビュースがかつてのデウス帝国のMS、ドラグネスを回収、改良したMS。

ドラグネスは可変機体ではなかったのだが、可変機構を追加し、可変MSとして生まれ変わった。無論MA形態に変形する事ができる。

ロングビームライフルはトルクスなどが使用するビームライフルより攻撃力が高い。

ネルソン専用の可変MSであり、性能はかなり高い。

 

武装説明

頭部機関砲

ハルッグの頭部に仕込まれている頭部バルカン。あくまでも牽制用に使用するだけ。

 

ビームサーベル

サーベルラックが一つしかないが、ロングビームライフルを常に持っているハルッグにとっては十分である。腰に装備されているサーベルラックを持ち、敵を切り裂く。

 

ロングビームライフル

常にハルッグが装備している長射程のビームライフル。通常のライフルよりも遥かに威力がある。先端をサーベル状にすることも可能。MA時は肩に装備している。

 

ショルダービーム砲

肩に装備されているビーム砲。砲身が回転する仕組みになっており、後方の敵にも攻撃が可能。

 

 

 

トルクス〔EMS-009C〕

元ネタ:ネモ

全高18.3メートル 重量19.2トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

ビームライフル×1

シールド×1

セイントバードチームが地球連邦軍のMS、ジャスティスを予備のパーツを利用して改修

したオリジナルMS。ジャスティスと違い、ヒートストリングスを廃止して機動性に重点を

置いた。初登場時は計15機が設置されている。だが何度かジャンク屋に寄り、ジャスティ

スを購入しては予備パーツでトルクスに改造している。

無論、オリジナルだから他のMS乗り達はトルクスを知らない。ちなみにアインスのビームライフルはトルクスの物をカスタムしたものである。

 

武装説明

頭部機関砲

牽制用の機関砲。あまり威力は無い。

 

ビームサーベル

背中のサーベルラックを抜いて使用する。接近戦に用いられる。

 

ビームライフル

ジャスティスのものを若干改良して流用。ジャスティスのものよりも威力も上がっている。

 

シールド

防御用のシールド。ビーム兵器等でも若干耐える。

 

 

 

エスディア〔JSMS-34Z〕

元ネタ:ディジェ

全高22.6メートル 重量29.7トン

武装

ビーム機関砲×2

ビームサーベル×2

ビームバズーカ×1

フロントアーマーミサイル×6

日本でジャンク屋を経営しており、エリィ達の知り合いであるシュアー・ラヴィーノ等が作ったMS。MSにしては若干大きめで、敵の攻撃に当たりやすい。

ビームバズーカを装備しており、破壊力に優れる。ビームサーベル等の標準武器が主に見られ、空中用のMSとして活躍する。またモノアイMSで、デウスの技術が用いられている。形式番号に関してだが、〝J〟は日本を意味し、〝S〟はシュアー・ラヴィーノを意味している。

 

武装説明

ビーム機関砲

頭部機関砲を、ビーム仕様に改造したもの。ビームなので貫通力があるが、バリアーフィールドには全く通用しない。

 

ビームサーベル

トルクスなどと比べ、やや出力が高い。水中でも使用可能だが減衰する。

 

ビームバズーカ

ビーム状のバズーカ。当然ライフルよりも破壊力がある。

 

フロントアーマーミサイル

腰部のフロントアーマーに内蔵されているミサイル口。計6門が存在している。使用頻度はそれ程ない。

 

 

 

ゾーリドカスタム

元ネタ:ドダイ改

全長不明 重量不明

武装

ミサイル×8

元々デウス軍が使用していたSFS(サポートフライトシステム)、ゾーリドを改良した姿。

それをセイントバードが使用している。主に飛行機能が非搭載のMS(トルクス等)が運用している。又、ミサイルを搭載している。

 

武装説明

ミサイル

MSの援護用にしか使えないため、あまり使用される事は無い。使用するといえば機関砲と同じように、牽制する程度。

 

 



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MECHANICS(新生連邦政府軍)

登場兵器(新生連邦政府軍)
※話が進み次第、更新していく予定です。


ヒエラクス級大型空中空母ヒエラクス

元ネタ:ガルダ級超大型輸送機

全長不明 重量不明

武装

対MS用65㍉機関砲×8

迎撃用ミサイルポッド×4

収束型ビーム砲×2

三連装ビームキャノン×2

大型ビームカノン×1

新生連邦政府軍のヒエラクス級の1番艦。名前の由来はギリシャ神話の鷹の神が由来である。新生連邦内の数少ない大型空母で、MS搭載能力並びに火力が非常に高い。

このヒエラクスは合計5隻存在するヒエラクス級の基となったものであり、改良等は施されていない。しかし性能自体は現存するヒエラクス級とあまり変わらない。艦の色は灰色。スパイッシュ・カルディアムが指揮をした。

 

武装説明

対MS用65㍉機関砲

その名の通り、敵MSに対して使用される機関砲。主に牽制用に使用される。

 

迎撃用ミサイルポッド

ヒエラクス級の下部に装着されているミサイルポッド。様々な敵に対応できる。

 

収束型ビーム砲

ヒエラクス級の先端部分に装備されている。メイン武器でもある。

 

三連装ビームキャノン

両翼部分に装備されている。比較的威力が高く、これもメイン武器の一つ。エネルギー消費がやや激しい。

 

大型ビームカノン

ヒエラクス級の最強の武器。敵艦を瞬時に破壊する力を持つ。しかし撃った艦も無事では済まされず、損傷が激しい状態で撃てば艦が破壊される事もあり得る。

 

 

 

ヒエラクス級大型空中空母ウイングイーグル

全長不明 重量不明

武装

対MS用65㍉機関砲×8

迎撃用ミサイルポッド×4

収束型ビーム砲×2

三連装ビームキャノン×2

大型ビームカノン×1

新生連邦政府軍のヒエラクス級の一つ。新生連邦内の数少ない大型空母で、MS搭載能力並びに火力が非常に高い。ヒエラクス級の2番艦であり、セイントバードは3番艦。この艦はセイントバードと兄弟艦である。その性能は全く同じ。艦の色はダークブルー。

主な艦長はダリア・ローゼント中佐。このウイングイーグルは、特殊強化モデル3人が乗るデスペナルティ、アトミック、バイラヴァーの3機の母艦にもなった。

 

武装説明

対MS用65㍉機関砲

その名の通り、敵MSに対して使用される機関砲。主に牽制用に使用される。

 

迎撃用ミサイルポッド

ヒエラクス級の下部に装着されているミサイルポッド。様々な敵に対応できる。

 

収束型ビーム砲

ヒエラクス級の先端部分に装備されている。メイン武器でもある。

 

三連装ビームキャノン

両翼部分に装備されている。比較的威力が高く、これもメイン武器の一つ。エネルギー消費がやや激しい。

 

大型ビームカノン

ヒエラクス級の最強の武器。敵艦を瞬時に破壊する力を持つ。しかし撃った艦も無事では済まされず、損傷が激しい状態で撃てば艦が破壊される事もあり得る。

 

 

 

マドラ級空中戦艦

元ネタ:輸送機(ガンダムX)

全長不明 重量不明

武装

対空迎撃機関砲×8

収束ビーム砲×2

メガビームキャノン×1

マドラ級と言う、主に一般的に新生連邦内で使用される空中戦艦。

様々なバリエーションがある。

 

武装説明

対空迎撃機機関砲

接近してきた敵に対して使用される。威力は通常のMSに装備されている頭部機関砲程度。

 

収束ビーム砲

マドラ級の主な武器。MSなどに対して使用される。

 

メガビームキャノン

対艦用の武器。出力が高い。

 

 

 

ディラスター

全長不明 重量不明

武装

対空迎撃機関砲×8

収束ビーム砲×2

メガビームキャノン×1

フーク・カズロブの乗るマドラ級空中戦艦。性能は通常のマドラ級と全く同じである。

 

武装説明

対空迎撃機機関砲

接近してきた敵に対して使用される。威力は通常のMSに装備されている頭部機関砲程度。

 

収束ビーム砲

マドラ級の主な武器。MSなどに対して使用される。

 

メガビームキャノン

対艦用の武器。出力が高い。

 

 

 

新生連邦政府軍水上戦艦

元ネタ:ダニロフ級(ガンダムSEED)

全長不明 重量不明

武装

対空迎撃用ミサイル×30

対空迎撃用機関砲×8

メガビーム砲×4

実弾式キャノン砲×3

新生連邦軍が使用する水上艦。海上でしか使えないが、様々な戦いで活躍する。

 

武装説明

対空迎撃用ミサイル

艦の中央部分に装備されているミサイルシステム。敵が近付く事で、連射して攻撃する。

 

対空迎撃用機関砲

敵が接近してきた時に使用される。威力はMSにかすり傷をつける程度。

 

メガビーム砲

水上艦の主な武器の一つ。ビームで敵を破壊する。

 

実弾式キャノン砲

ビーム兵器が主流となっている現在の中で取り入れられたもの。

バリアーフィールドジェネレーターに対しても有効である。

 

 

 

 

新生連邦潜水艦ブルーマーリン

元ネタ:ユーコン

全長不明 重量不明

武装

対艦魚雷×4

フォノンメーザー砲×2

新生連邦軍の潜水艦。水深の調査などを務める。

 

武装説明

対艦魚雷

敵の水上艦等を破壊するためにある武器。破壊力に優れるが命中率に優れない。

 

フォノンメーザー砲

水中では、ビーム粒子を放出すると減衰率が高まってしまう。その為、こうしたフォノンメーザーが代役として用いられる。ビーム粒子程の破壊力はないが、牽制には使われる。

 

 

 

 

ヴィッシュ級宇宙巡洋艦

元ネタ:サラミス級宇宙巡洋艦

全長不明 重量不明

武装

対MS用65㍉機関砲×20

前方主砲×2

大型ミサイル×16

可動式メガビーム砲×2

新生連邦軍の主力宇宙巡洋艦。旧地球連邦軍の戦艦を大幅に改修したものであり、艦の前方には主な武装となる可動式メガビーム砲が2門、後方には大型の4つのミサイル発射ユニットからミサイルを放出する事が出来るようになっている。

 

武装説明

対MS用65㍉機関砲

艦全体に搭載されている機関砲。接近するミサイル等に対して使用されることが多い。また、牽制にもなる。

 

前方主砲

その名前の通り、前方の敵機に向けて攻撃するための武装。艦隊の一斉射撃などで使われる。基本的にはあまり使われない。

 

大型ミサイル

後方のミサイルハッチから発射される大型のミサイル。実はホーミングミサイルであり、追尾式となっているのが特徴である。

 

可動式メガビーム砲

艦前方に装備されている大型のビーム砲。ヴィッシュ級の中では一番の破壊力を持つ。

 

 

 

 

ディープブルーガンダム〔NFMSX-M03〕

元ネタ:アビスガンダム

全高19.6メートル 重量28.8トン

武装

胸部機関砲×2

ビームトライデント×1

アームカッター×2

腹部メガカノン×1

バインダーメガカノン×2

フォノンメーザー砲×2

魚雷×4

クラリス・デイル専用に作られた水陸両用のMS。同じく作られたディープシーと共に作戦を実行する。ビームトライデントと言った、いかにも水中MSを感じさせる武装が特徴である。また、追尾式の魚雷を足に装備しており、一度狙った標的に直撃するまで追いかけ続ける。レイ打倒を目指すクラリスが、怒りに燃えて搭乗する。

 

武装説明

胸部機関砲

ディープブルーは他のガンダムと違い、胸部に機関砲がある。頭部機関砲とあまり違いは無い。

 

ビームトライデント

威力も申し分無いが、ディープブルーガンダムを引き立たせるためにあるような武器。

これを持つ事でこの機体は海の神、ポセイドンのようなシルエットを描く。

 

アームカッター

トライデントを無くした時のためにある近接用武器。

敵との距離が非常に近い時のみに有効である。

 

腹部メガカノン

水上でホバー移動する際に使用される武器。艦を貫く事など容易い。

 

バインダーメガカノン

肩のバインダーの先端に装備されている強力なビーム武器。腹部メガカノンと塀用される事が多い。

 

 

フォノンメーザー砲

テールスタビライザーに2門装備されているフォノンメーザー砲。

 

魚雷

ディープブルーの脚部に装備されている魚雷。追尾式であり、標的に当たるまで追い続ける。

 

 

 

ガンダムナパーム〔NFMSX-BX54〕

元ネタ:カオスガンダム

全高18.7メートル 重量31.7トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

高出力ビームライフル×1

シールド×1

シールドビーム砲×2

腹部ビームキャノン×1

脚部ビームクロー×6

大型ナパームランチャー×2

新生連邦軍総司令、レヴィー・ダイル専用のMS。大型ナパームランチャーを2基背中に装備した機体であり、性能は高い。MA形態へ簡易変形し、MAに変形した時に背中のバックパックのモノアイが輝く。MA形態時はクローを足から出し、鷲か鷹のシルエットを描く。クローの先端からビームが放出し、ビームクローとなる。

 

 

武装説明

頭部機関砲

現代のガンダムシリーズに主に設置されている砲塔バルカン。

敵の接近時に使用される。

 

ビームサーベル

腰に設置されている近接用格闘武器。サーベルラックからビームを放出し、接近する敵を破壊する。

 

高出力ビームライフル

ナパームの主な武器。高出力なため、従来のビームライフルとやや造形が異なる。

 

シールド

機体を守るためのシールド。ビーム兵器や実弾兵器をある程度弾く。

 

シールドビーム砲

シールドに装備されている2門の小型ビーム砲。出力はビームライフルに劣るが、シールドの外見では砲門の存在が目立たないため、敵の不意を突くことが可能。

 

腹部ビームキャノン

ナパームの腹部に搭載されている強力なビーム兵器。

直線状の敵を破壊する際に主に使用されがちだがアレンとの戦いでは何度も使用されている。

 

脚部ビームクロー

脚部に左右三つずつ装備されているクロー。普段は姿を隠しているが接近して鷲掴みする際に使用する。また、一番使用されるのがナパームの変形時で、鷹か鷲のシルエットを描くこの機体の特徴とも言える。ビームがクロー状に放出され、ビームクローとしても使用される。

 

大型ナパームランチャー

ナパームの背部に装備されている大型の実弾兵器。

一回の戦闘に2個しか使用できないがその威力は凄まじいものがある。

 

 

 

デスペナルティガンダム〔NFMSX-4800〕

元ネタ:ガンダムデスサイズヘル

全高19.9メートル 重量28.6トン

武装

頭部機関砲×2

二重大鎌×1

メガビーム砲×2

新生連邦軍が新たに開発した3機のガンダムの一つ。3機の中では近・中距離の役目を果たす。黒い大きな翼を持っており、その姿はまるで死神の様である。二重大鎌と言われる大型の鎌を主な武器とする。また、二重大鎌の柄の先端部分にはビームキャノンを発射する為の発射口となっている。外見上、近距離用のMSに見えるが、実は黒い翼の中にメガビーム砲を隠し持っており、近づく敵を攻撃する。特殊強化モデルであるニッカ・ドレイクがこの機体に搭乗する。FLCシステム搭載機の一つ。闘争本能を引き出しつつ、冷静な判断能力を可能とする。

 

武装説明

頭部機関砲

接近時に使用される機関砲。

 

二重大鎌

デスペナルティの最大の特徴となっている武器。刃部分にはビーム粒子が纏っており、それによる相乗効果で分厚い装甲を持つ機体でも簡単に切り裂くことが可能。

 

二重大鎌ビームキャノン

 鎌の柄の先端部分はビームキャノンの発射口になっており、そこからビームキャノンを展開する事が可能。出力としては並みのMSのビームライフル程度の威力がある。

 

メガビーム砲

背中のウイング内部に装備されているビーム砲。デスペナルティは鎌のおかげで近接用の機体と思われがちである。油断させて撃つと言った意味でも強力な兵器。威力も高い。

 

 

 

アトミックガンダム〔NFMSX-5600〕

元ネタ:レイダーガンダム、プロヴィデンスガンダム(ビームランチャー部分)

全高19.1メートル 重量46.8トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×1

メガビームランチャー×1

核(特殊核)ミサイル×2

ショルダーミサイル×6

ノーズビーム砲×1

ウイングガトリング×2

ヘビーマシンガン×1

新生連邦軍が新たに開発した3機のガンダムの一つ。3機の中では援護射撃用の機体として開発された。3機の中で一番武装が豊富。主な武器となるメガビームランチャーは通常のMSのビームライフルよりも威力が高い。

このMSの最大の特徴は非常に頑丈な作りをしている胸部ハッチに、合計2基搭載されている核ミサイルであるがこの核ミサイルは発射した後の放射能汚染がない、特殊核と呼ばれる高度な技術を用いた兵器である。仮に地表で発射されても放射能汚染を起こさないが絶大な火力を誇る兵器として搭載されている。特殊核はその技術上、莫大なコストを要する為、この機体は試験的に導入され、量産化には至っていない。名前の“アトミック”はこの特殊核を用いたミサイルから由来している。

切り札である特殊核の核ミサイル以外は基本的に射撃武器を多用する機体の為、照準を絞らなくてはいけないこともあってか、普段はモノアイのヘルメットを被っており、ガンダムタイプ特有のデュアルアイはあまり見られない。また、MAへ変形する事が出来、機動性も高い。しかしその武装の豊富さが仇となって、エネルギー切れを起こしやすい。特殊強化モデルであるハーディ・クオレントがこれに搭乗する。FLCシステム搭載機の一つ。闘争本能を引き出しつつ、冷静な判断能力を可能とする。核ミサイルを装備しているこの機体は最もFLCシステムを多用する必要のある機体と言えよう。

 

 

武装説明

頭部機関砲

接近用武器。アトミックは武装が豊富なので使用される事は基本的にまずない。

 

ビームサーベル

腰部に装備されている近接用武器。射撃に特化している機体である為か、サーベルラックは1つしかない。

 

メガビームランチャー

アトミックの主な武器。ライフルよりも遥かに威力がある分、やや扱い辛い。

マウントが出来ず、右手は常にこれを持った状態である。ちなみに変形時は、メガビームランチャーは背中に移動して、そこからビームを撃つようになっている。

 

核(特殊核)ミサイル

アトミックガンダムの最強の兵器である。胸のハッチに装備されている。一度の戦闘に2回しか使用できないがその破壊力は凄まじく、直撃すれば小規模の町なら滅ぼす事ができる。凄まじい火力を誇る兵器である為、味方にも損害を与える危険性がある為、パイロットのハーディ・クオレントはスルース・ディアンより、余程の状況でなければ核ミサイルを撃たないようにと念を押されている。しかしアトミックガンダムの試験運用の際には“イライラしたから”という理由で太平洋上に核ミサイルを発射した。以後は使用頻度は多くなく、余程の状況でない限り、このミサイルが使われる場面はほとんどないに等しい。

 

ショルダーミサイル

左肩に装備されているミサイルポッド。

 

ノーズビーム砲

アトミックガンダムMA時に使用される。

 

ウイングガトリング

アトミックの背中にあるウイングバーニアの両翼に装備されているもの。MA時に使用される。

 

ヘビーマシンガン

背中に元々装備されているマシンガン。MA時に使用されるがビームランチャーが主に目立つのであまり使用されない事が多い。

 

 

 

バイラヴァーガンダム〔NFMSX-6400〕

元ネタ:アルトロンガンダム(TV版)

全高19.3メートル 重量36.5トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

エネルギービームライフル×1

腹部メガキャノン×1

肩部ビーム砲×2

トリシューラランサー×1

背部マニピュレーターシステム(隠し腕)×2

新生連邦軍が新たに開発した3機のガンダムの一つ。

主に近〜中距離での戦闘に優れている機体である。主な武装はビームライフルやビームサーベルと言った、武器もあれば、トリシューラランサーいった、柄の長い武装もある。これはヒンドゥー教の神であるシヴァ神が持っていたとされる三又の槍、トリシューラが由来の兵器であり、刺突武器としても扱え、ビームキャノンとしても扱える武装となっている。

また、最大の特徴としては両背部に隠し腕を2つ用意しており、展開時には合計4つの手部マニピュレーターが展開している状態となる。これにより、様々な戦術を立てることが出来る。そのシルエットはシヴァ神のようにも見える。

3機の中ではリーダー的存在。特殊強化モデルであるシエル・ホーンドの愛機として活躍する。FLCシステム搭載機の一つ。闘争本能を引き出しつつ、冷静な判断能力を可能とする。

 

 

武装説明

頭部機関砲

 牽制用に使用される、機関砲。

 

ビームサーベル

近接用の通常武器。バックパックに搭載されている。同時期に開発されたアトミックガンダムのものと威力は変わらない。

 

エネルギービームライフル

通常よりやや高出力に作られているビームライフル。貫通力に優れる。バイラヴァーの主な武器の一つ

 

腹部メガキャノン

バイラヴァーの腹部に装備されている強力なビーム砲。

 

肩部ビーム砲

肩に装備されている小型のビーム砲。牽制用に使用される。

 

トリシューラランサー

バイラヴァーの特徴的な武装の1つ。大型の槍状の武器。三又に分けられており、ビーム粒子が纏っている。三又に分けられた先端部からビーム砲を放つことも可能。また、刺突武器としても使用可能。

 

背部マニピュレーターシステム(隠し腕)

 背部に隠し備わっている、2つのマニピュレーター。これらが展開された時、バイラヴァーはシヴァ神のような4つ腕のようなシルエットを描く。これにより、様々な戦術を立てる事が可能。

 

 

 

ディープシー〔NFMS-08M〕

元ネタ:マリンハイザック

全高18.6メートル 重量26.8トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

局地対応型ライフル×1

魚雷×4

ショルダースパイク×2

アクアナイフ×1

新生連邦軍が開発した水陸両用の量産機体。所持しているライフルは、陸と水中で状況に応じて水中で実弾、陸上でビームと切り替える事ができる。両肩はスパイクになっており、相手に突撃する為にショルダータックルを行うように作られた構造である。水中では無類の強さを見せる。又、機体色は群青色である。

 

武装説明

頭部機関砲

現代の様々なMSに備え付けられているバルカン砲塔システム。牽制用に使用される程度である。

 

ビームサーベル

白兵戦用武器。近付いてきた敵を切る役割を担う。

 

局地対応型ライフル

状況に応じて変換する事ができるライフル。水中ではビーム射撃は使用できないため、実弾ライフルしか使えないが、陸上等ではビームライフルとして利用することが出来る。ちなみに陸上でも実弾ライフルを使用することは無論可能である。

 

魚雷

水中用の武器。潜水艦や敵水中MSを破壊する為に使用する。

 

ショルダースパイク

両肩部に装備されているスパイク。そのままタックルをして敵を攻撃すると言う戦法もある。

 

アクアナイフ

 白兵戦用武器。近接戦闘において使用される。

ディープシー(陸戦仕様)〔NFMS-08M〕

全高18.6メートル 重量26.8トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

ビームライフル×1

脚部ミサイル×4

ショルダースパイク×2

ディープシーのバリエーションの一つ。普通は群青色のディープシーが茶色になっているのが特徴で、完全な陸戦型の機体となっている。しかし実際のところ、ノーマルのディープシーの方が局地対応型ライフル等の武装が揃っているため、あまり使われる事が無い。アステル家襲撃時に多数が投入された。

 

武装説明

頭部機関砲

現代の様々なMSに備え付けられているバルカン砲塔システム。牽制用に使用される程度である。

 

ビームサーベル

この機体の接近戦用武器。白兵戦で用いられる。

 

ビームライフル

陸戦型になったため、ビームライフルが主流となった。

しかし使い勝手では局地対応型ライフルの方が優れている。別に威力も高くなったわけではない。

 

脚部ミサイル

魚雷の代わりにつけられた誘導ミサイル。

 

ショルダースパイク

肩に装備されているスパイク。そのままタックルをして敵を攻撃するという戦法もある。

 

 

 

ジョゼフ〔NFMS-990〕

元ネタ:マラサイ

全高18.3メートル 重量21.5トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

ビームライフル×1

前腕部グレネードランチャー×2

ディーストの後継機として開発された、空中戦が可能な量産型MS。量産性に優れ、全てにおいて性能がディーストを上回る。ディースト同様、様々なバリエーションがある。

 

武装説明

頭部機関砲

牽制用に使用される砲塔バルカンシステム。使用すると言っても、接近時に使用される事がたまにある程度である。

 

ビームサーベル

腰に装備されているサーベルラックを抜き、それで敵を攻撃する。敵の接近時に攻撃を行なう。

 

ビームライフル

ディーストのビームライフルから改良を加えたもの。出力がディーストのものと比べて少しだけ上がっている。

 

前腕部グレネードランチャー

腕に装備された実弾兵器。ジョゼフは主にビームライフルで攻撃するのであまり使用される姿は見られない。

 

 

 

ジョゼフ菊一文字カスタム〔NFMS-990/KB〕

元ネタ:シグーディープアームズ

全高18.3メートル 重量21.5トン

武装

頭部機関砲×2

菊一文字ブレード×1

ビームライフル×1

前腕部グレネードランチャー×2

対MS戦闘用2連ビーム砲×2

バックエンジン搭載型ミサイル×20

ジョゼフの試作バリエーションの1つ。旧世紀に新選組の沖田総司が使用したとされる、“菊一文字”を模した刃を搭載した試作MSである。バックパックには大型のバーニアが増設されており、その中にはミサイルユニットが搭載されている。両肩部には対MS戦闘用2連ビーム砲を装備しており、360°あらゆる方向にビーム砲を展開する事が可能。最大の特徴は、左腰部に搭載有れている菊一文字ブレードであり、これはブレード自体にビーム粒子が纏っており、そこからビーム砲撃が可能な上、実体剣としての役割も果たす。ちなみに形式番号の〝KB〟のKは菊一文字、Bは、BLADEを意味している。試作機ではあるが、実質クラリス・デイルの専用機体として使用されている。

 

武装説明

頭部機関砲

牽制用に使用される砲塔バルカンシステム。使用すると言っても、接近時に使用される事がたまにある程度である。

 

菊一文字ブレード

 旧世紀の日本の、新選組総長、沖田総司の、所持していたとされる刀、菊一文字を意識して作られた武装。実体刃ではあるがビーム粒子が纏っており、先端からビーム砲撃が可能。また、斬撃攻撃も可能である。この機体の主な武装になる。

 

ビームライフル

ディーストのビームライフルから改良を加えたもの。実は出力がディーストのものと比べて少しだけ上がっている。

 

前腕部グレネードランチャー

腕に装備された実弾兵器。ジョゼフは主にビームライフルで攻撃するのであまり使用される姿は見られない。

 

対MS戦闘用2連ビーム砲

 360°に砲撃可能なビーム砲。その出力を上昇する事も可能。

 

バックエンジン搭載型ミサイル

 大型のバックパックに搭載されているミサイル。あらゆるミッションに対応できる汎用性の高い兵器である。

 

 

 

ジョゼフ(キャノンフォーム)〔NFMS-990/C〕

全高18.3メートル 重量21.5トン

武装説明

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

ビームライフル×1

前腕部グレネードランチャー×2

可動式メガキャノン×2

ジョゼフに可動式メガキャノンが追加された姿。火力が高く、強大な破壊力を誇る。しかしエネルギーの消費が激しい為、あまり使われる事はない。主にドゥーリア隊に配属された。

 

武装説明

頭部機関砲

牽制用に使用される砲塔バルカンシステム。使用すると言っても、接近時に使用される事がたまにある程度である。

 

ビームサーベル

腰に装備されているサーベルラックを抜き、それで敵を攻撃する。敵の接近時に攻撃を行なう。

 

ビームライフル

ディーストのビームライフルから改良を加えたもの。実は出力がディーストのものと比べて少しだけ上がっている。

 

前腕部グレネードランチャー

腕に装備された実弾兵器。ジョゼフは主にビームライフルで攻撃するのであまり使用される姿は見られない。

 

可動式メガキャノン

ドゥーリア隊のジョゼフのバックパックに装備されている、驚異的な破壊力を持つ武器。

この機体が現れたと言う事は、近くにエファン・ドゥーリアが存在すると言う意味にもなる。

 

 

 

ディースト〔NFMS-890〕

元ネタ:ハイザック

全高17.6メートル 重量20.9トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×1

ビームライフル×1

シールド×1

新生連邦軍が樹立と共に製作された汎用量産型MS。連邦軍でありながらモノアイMSであり、かつて起こったデウス動乱と言う大戦で勝利した連邦軍が敵であったデウス帝国の技術を用いたMSである。機体色は白緑色を使用している。モノアイにしたことで見渡しが良くなり、標的がより見分けられるようになった。また、敵機に対して威嚇し、恐怖を与える際にもモノアイは役立つ。様々なバリエーションがあり、この機体以来、新生連邦軍はカメラセンサーにモノアイタイプを採用していくようになる。新型にも関わらず、あまりに大量に生産し過ぎた為、新生連邦軍以外の組織(MS乗り、反政府組織、テロリスト等)に渡ってしまっている機体でもある。

 

武装説明

頭部機関砲

ディーストの頭部に装備されているもの。接近時に使用する。

 

ビームサーベル

背中からサーベルラックを抜き、ビームサーベルを展開する。接近戦で使用される。

 

ビームライフル

ディーストの主な武器。一番使用される武装である。

 

シールド

敵機のビームやミサイルを防ぐためのもの。それなりに使用頻度は高い。

 

 

 

ディザートディースト〔NFMS-890/D〕

全高17.6メートル 重量20.9トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×1

ビームライフル×1

脚部ミサイルポッド×2

バズーカランチャー×1

シールド×1

ディーストの砂漠仕様。脚部にバーニアが搭載されているのが特徴。基本的な性能はディーストと大差ない。局地戦等に特化しており、砂漠での行動は得意。砂漠に合わせてか、機体色はカーキ色になっている。

 

 

武装説明

頭部機関砲

ディーストの頭部に装備されているもの。接近時に使用する。

 

ビームサーベル

背中からサーベルラックを抜き、ビームサーベルを展開する。接近戦で使用される。

 

ビームライフル

ディーストの主な武器。一番使用される武装である。

 

脚部ミサイルポッド

通常機には搭載されていない兵器。牽制用に使われる。

 

バズーカランチャー

ディザートディースト専用の武器。出撃する際はビームライフルかバズーカを選択する。

 

シールド

敵機のビームやミサイルを防ぐためのもの。それなりに使用頻度は高い。

 

 

 

ヴェーチェルガンダム〔XXMS03-VG〕

元ネタ:ガンダムヴァサーゴ

全高18.8メートル 重量28.6トン

武装

頭部機関砲×2

ビームウィップ×2

ビームライフル×1

腰部メガキャノン×2

謎に包まれたチェーニ姉妹が使用するガンダムの内の1機。ヴェーチェルガンダムは姉

のフォリア・チェーニが愛用する機体である。デウス動乱が終わった後に製作されたらし

く、どこで作られたのか謎に包まれている。一応ビームライフルが付属しているが、パイ

ロットであるフォリア・チェーニは接近戦を好むため、ビームウィップを運用する事が多

い。ヴェーチェルガンダムには翼のようなものがあり、悪魔のようなシルエットを描いて

いる。また、機体色は赤色である。

 

武装説明

頭部機関砲

接近してきた敵に対して使用される近距離用の機関砲。しかし主流がビームウィップによる接近戦のため、この機能はほとんど意味が無い。

 

ビームウィップ

ヴェーチェルガンダムの代名詞的存在の武装である。サーベル状にもすることも出来る上、鞭のようにしならせることも可能である。

 

ビームライフル

独特の形状をしているビームライフル。出力自体は実はジョゼフとものとあまり変わらない。その為か、使用頻度が低い。

 

腰部メガキャノン

腰に密かに備え付けられている強力なビーム砲。便利な兵器なのだが、機体のパイロットであるフォリアがやたら接近戦を望むため、あまり使用はされない。ただ、カウンター兵器として扱われる事がある。

 

 

 

エクルヴィスガンダム〔XXMS05-EG〕

元ネタ:ガンダムアシュタロン

全高19.0メートル 重量34.6トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

肩部メガビームカノン×2

隠し腕×2

謎に包まれたチェーニ姉妹が使用するガンダムの内の1機。エクルヴィスは妹のリンセ・チェーニが愛用する機体である。どこで製作されたのかは不明。機体のサイズはヴェーチェルに比べて下半身部が隠し腕の為に大型化している。肩に高出力のメガビームカノンを装備しており、それがこのMSの主な武器である。姉と連携攻撃で敵を追い詰める。腰部に巨大な、〝隠し腕〟と呼ばれる大型のマニピュレーターを装備しており、相手に不意打ちをかける。ただし、姉の機体とは違って単機での空中戦は不可能である。従って、空中戦を行うときはSFSに乗って戦う必要がある。機体色は水色である。

 

武装説明

頭部機関砲

接近戦時に使用される武器。しかし使用頻度は極めて低い。

 

ビームサーベル

接近戦用のサーベル。腰から抜き、敵に襲い掛かる。

 

肩部メガビームカノン

エクルヴィスガンダムの一番の主な武器。

パイロットが射撃専門なので、この武器がよく使われる。姉の機体とは対称的である。

 

隠し腕

ビームサーベルを持つための腕としても使用され、腰部に装備されているフレキシブルに可動する、汎用性の高いマニピュレーター。構造はかなり大型で、主に背後に回って敵機体を掴むことが多い。

 

 

 

ダッゲインMk-Ⅱ〔DGMⅡ-8600〕

元ネタ:クィン・マンサ、クシャトリヤ

全高76.6メートル 重量7000トン

武装

超大型ビームライフル×1

超大型ビームサーベル×1

バレットビット×30

腹部大型メガビーム砲×1

超大型シールド×1

かつてデウス帝国が使用していた超大型MS。この機体のプロトタイプであるダッゲインMk-Ⅰはデウス帝国がバリアーフィールドジェネレーターの試験運用の為に作られた超大型MSであり、尚且つMSの標準サイズから体格のみを大型化させた場合の試験機として作成されたMSである。

ダッゲインMk-Ⅱはバリアーフィールドジェネレーターの防御力と、サイコミュ兵器の運用を前提に作られたMSである。デウス動乱末期に使用されたが、当時の地球連邦軍に敗北した。数年後に新生連邦に改修され、修復されてそのまま利用されることになった。

サイコミュ兵器であるバレットビットは脳波コントロールにより、実弾の入ったビット兵器をコントロールし、敵に対して遠隔砲撃を行う武装である。後のブリッツファンネルの前身となった兵器である。日本で使用された際には武装は装備していなかったが、オペレーションデストロイ時は超大型ビームライフル、超大型ビームサーベルと言った武装が追加。その破壊力を国連に見せつけたのであった。

 

武装説明

超大型ビームライフル

普通のMSが持つビームライフルとは形状は同じだが、大きさが比にならない。そもそもそのようなものがビームライフルである必要があるのかという疑問もあるが、この武装で戦果を上げているので問題はないと思われる。

 

超大型ビームサーベル

ダッゲインそのものが超大型MS故に、機動性もさほど高い訳ではない。そんな機体に無駄に巨大なビームサーベルなど必要なのかという疑問があるが、こちらもビームライフル同様、戦果を上げているので問題はないと思われる。

 

バレットビット

 脳波コントロールによるサイコミュ兵器。実弾が搭載されている試作兵器。後のブリッツファンネルの基礎となる兵器である。

 

腹部大型メガビーム砲

出力が凄まじい為、一撃を放てば都市を滅ぼすことは容易い。それゆえか、あまり使われない強力な武装である。出力の調整も可能である。

 

超大型シールド

左前腕部に搭載されている装備。堅牢なシールドであり、並みの攻撃では破壊されない。

 

 

 

ヴァイダーガンダム〔DXN-00X〕

元ネタ:ガンダムTR-6クィンリィ

全高72.9メートル 重量約7500トン

武装

フィンガービームランチャー×10

大型ミサイルコンテナ×4

副装ビーム砲×2

腹部メガカノン×1

大型ブリッツファンネル×50

ルイーナシステム(対艦隊迎撃システム)×2

新生連邦軍とアーステクノロジーが共同開発した超大型の殺戮兵器。ダッゲインMk-Ⅱはデウス軍の機体をそのまま利用したものだが、これは完全に新生連邦のオリジナルである。あまりにも巨大なガンダムで、拠点攻撃用に1機だけが製作された、ジェノサイド・マシン。五十基もの大型ブリッツファンネルを始め、様々な兵器を兼ね備えている。始めて投入されたのは国連の国であるイギリスの首都であるロンドンで、この機体によってロンドンが壊滅させられた。肩部に設置されているコンテナには大型ミサイルを無数に発射出来るようになっている。

最大の特徴は両肩のバインダーに搭載されているルイーナシステムと呼ばれる対艦隊迎撃システムで、ロンドン崩壊を招いた主な要因の一つになっている。特殊強化モデルであるリノアス・クリストルがこの殺戮兵器に搭乗する。弱点は近接戦闘が出来ない事だが、それはブリッツファンネルで補っている。また、この世界観の150年以上続いてきたMS歴史の中で一番の破壊力を秘めていると言われている。

 

武装説明

フィンガービームランチャー

指がビーム砲になっている兵器。全部で十門あるビーム砲門から繰り出される攻撃は凄まじいものがある。

 

大型ミサイルコンテナ

肩部及びバインダー部に搭載されている外部ツール。一つのコンテナに十基の追尾式ミサイルが搭載されている。全方向に砲撃し、あらゆる方向に向け、殲滅が出来る。

 

副装ビーム砲

 胸部に搭載されている小型のビーム砲。殆ど使用されないが、補助として利用される事がたまにある程度。

 

 

腹部メガカノン

非常に強力なビーム兵器の一つ。これ一つで都市を壊滅させる事が可能。バリアーフィールドジェネレーターで防がれても、防いだ機体のジェネレーター発生装置を破壊する程の力を秘めている。

 

大型ブリッツファンネル

巨大なブリッツファンネル。無数に装備されており、容赦の無い攻撃を繰り返す。近接戦が苦手なヴァイダーの唯一の近接戦が、これを駆使した攻撃である。

 

ルイーナシステム(対艦隊迎撃システム)

凄まじい破壊力を秘めているヴァイダー最強の武器。ビーム兵器ではなく、プラズマ粒子を使用している。かつてのデウス軍が使用していたとされるコロニーカノンをそのまま凝縮したような形であり、これ一つで艦隊を壊滅させることが出来る力を持つ。実際に、この一撃でイギリス沿岸部に存在した100隻以上の国連水上艦が破壊された。

 

 

 

ガンナード〔NFMST-X605〕

元ネタ:ギャプラン

全高24.8メートル 重量40.0トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

ビームガン×2

新生連邦軍が開発した大型可変MS。実質マサアキ・アルトの専用機である。

大型のビームガンを両手に所持しており、射撃に優れている。高機動MA形態に変形する事ができ、その際の機動性は高い。また、ビームガンはビーム刃状にする事が可能。

 

武装説明

頭部機関砲

汎用兵器。近接する機体に対し、有効。

 

ビームサーベル

腰部に搭載されている近接用の武装。MA形態で使用される事は無いが、白兵戦では役立つ。

 

ビームガン

この機体の手となる武装である。MA形態ではバックパックに2丁のビームガンを搭載して攻撃する戦法を取る。

 

 

 

ヴェーチェルガンダムデッドリースクリーム〔XXMS03-VGDS〕

元ネタ:ガンダムヴァサーゴCB

全高18.8メートル 重量25.8トン

武装

胸部マシンキャノン×2

ビームウィップ×2

メガビームライフル×1

ビームシールド兼ビームブレード×2

ビームウイング×2

大型対艦サーベル×1

遠距離メガランチャー×1

フォリア・チェーニの乗るヴェーチェルガンダムの改良した姿。全てにおいて性能が上がっており、背中には近距離用と遠距離用の武器がある。頭部機関砲は廃止され、一応頭部のこみかみ部には以前の名残のように穴があるのだがそれは飾りとなっている。翼型のバーニアがより凶悪になり、以前に増して悪魔のシルエットを描く。更に手の甲からビームシールドを放出する事ができる。このビームシールドはただ機体を守るだけではなく、攻撃用としても使用する事ができる。また、サイコミュ感知システムを始めて試験的に導入した機体でもあり、見極められる程度のサイコミュ兵器ならばそれを自動で回避することが出来る。主に接近戦用に作られており、様々な打撃武器が備え付けられている。

 

武装説明

胸部マシンキャノン

胸部に取り付けられた、頭部機関砲を遥かに凌ぐ実弾兵器。だが扱い自体は頭部機関砲と変わらない。

 

ビームウィップ

以前より攻撃力、使用頻度共に向上したビームウィップ。最大出力にすればその長さはヴェーチェルの全高の倍以上になる。

 

メガビームライフル

独特の形状をしているビームライフルなのだが、威力は以前よりも大幅に上昇している。直撃すれば水上艦程度なら一撃で破壊する。

 

ビームシールド兼ビームブレード

前腕部からビームシールドを発生させ、ビーム兵器を無効にする上、実弾兵器も防ぐ。また、これを展開した状態で接近戦に持ち込む事も可能である。

 

ビームウイング

 新造されたウイングはビーム粒子の放出装置となっている。これを応用し、ウイングに搭載されている継ぎ手部を手部マニピュレーターに装備し、そこから巨大なビームファンのような形状で使用する事が可能。ただし、重力下では姿勢保持をする上で機体バランス制御が不可能になる為、宇宙空間等の無重力下で使用する事が推奨されている。出力は非常に高いが、ウイングを装備している間は機動性が失われるという諸刃の剣。奥の手として、使用される。

 

大型対艦サーベル

バックパックにある、ヴェーチェルDSの切り札の一つ。その名の通り、戦艦を一撃で切り裂く。接近戦では圧倒的な力を発揮する。大きさは大体ヴェーチェルDSの全高と同等程度。

 

遠距離メガランチャー

バックパックにあるヴェーチェルDSの切り札の一つ。最大出力では直線状のMS等を消し去ることが出来る破壊力を持つ。戦艦も容易に破壊することが可能。高出力である上、冷却機能に優れ、短時間のインターバルで放出することが可能。

 

 

 

エクルヴィスガンダムルインスパイダー〔XXMS05-EGRS〕

元ネタ:ガンダムアシュタロンHC

全高19.0メートル 重量32.7トン

武装

胸部マシンキャノン×2

ビームサーベル×2

デストロイウェブ(蜘蛛の巣型電流発生装置)×2

ビームシールド×2

メガビームカノン×2

肩部追尾式ミサイル×4

大型隠し腕×2

フォリアの妹、リンセ・チェーニの乗るエクルヴィスガンダムの改良した姿。全てにおいて性能が上がっている。姉の機体と同様に、SFSに頼ることなく空中戦が可能となった。新しく掌の下の部分から蜘蛛の巣のように展開するデストロイウェブを追加した。これに当たったMSには高圧の電流が流れ、機体が機能を停止する仕組みである。この機体にも新たにビームシールドが装備されており、高い防御力を誇る。姉との強力なコンビネーション攻撃を繰り出す事が可能であり、その一例がデストロイウェブを駆使した攻撃方法である。これによって動けなくなったMSを姉の対艦サーベルが切裂くと言う方法である。又、この機体の特徴とも言える隠し腕は更に大型化しており、相手を掴み、そのまま粉砕する事も可能な程の力を得た。

この機体にもサイコミュ感知システムを搭載しており、ヴェーチェル同様見極められる程度のサイコミュ兵器ならばそれを自動で回避することが出来る。またヴェーチェルと同様、頭部機関砲は廃止されて、こみかみ部にある穴は飾りと化している。

 

武装説明

胸部マシンキャノン

胸部に搭載されているマシンキャノン。頭部機関砲よりも威力が高いものの、この武装はミサイル迎撃などにしかあまり使われない。

 

ビームサーベル

近接時でのエクルヴィスの主な武装。出力は以前よりも向上している。

 

デストロイウェブ

強化されたエクルヴィスの新たな特徴とも言える武装。敵に向けて蜘蛛の巣状の、電糸の流れている糸を放ち、それに直撃した敵機体はコクピットに電流が流れると同時に機体はコントロールを失ってしまう。この隙に姉の機体が攻撃すると言うコンビネーション攻撃が存在する。

 

ビームシールド

ビーム状のシールド。ヴェーチェルの物と違い、ビームブレードとしての運用は不可能。

 

メガビームカノン

以前よりも大幅に威力が向上した武装。その威力は戦艦の主砲かそれ以上に匹敵する。

 

肩部追尾式ミサイル

新たに搭載された武装の一つ。追尾式である為、非常に扱いやすいのが特徴である。扱いやすいためか、リンセはこの武装をよく使用する。

 

大型隠し腕

以前のエクルヴィスガンダムにも搭載されていた隠し腕だが、今回は更に肥大化し、物を掴むマニピュレーターとしても使うことが出来る上、クローとして敵機体に直接ダメージを与える武装として強化された。

 

 

 

水中実験機〔NFMSX-M01〕

元ネタ:水中実験機(MSV)

全高18.1メートル 重量37.8トン

武装

魚雷×4

フォノンメーザー砲×2

クラリス・デイルがアムンゼン海で実験を行った、ディーストを基に作られた試作MS。ディープシーの原点となった機体であり、彼の戦闘データが後のディープシーに生かされる事になる。

 

武装説明

魚雷

試験用魚雷。このデータを基に、ディープシーの魚雷が生み出された。

 

フォノンメーザー砲

水中での主な武装として使用される武装。

 

 

 

ジャスティス〔EMS-009〕

元ネタ:ジム

全高18.1メートル 重量34.5トン

武装

頭部機関砲×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×1

ヒートストリングス×2

シールド×1

旧地球連邦軍の量産型MS。ビームライフル、ビームサーベルと言ったごく普通の武器の他にヒートストリングスという、腕から発射して敵の動きを止める武器がある。

 

武装説明

頭部機関砲

敵が接近してきた際に使用されるバルカン砲塔システム。しかしジャスティスは旧式であることもあり、威力も非常に弱い。

 

ビームライフル

ジャスティスの主な武器である。しかし現代のMSに比べると威力も比較的弱い。

 

ビームサーベル

背中からサーベルラックを抜く仕組みになっている。現代のMSのように腰から抜くと言った事は無い。現代のMSでもまれに背中からサーベルラックを抜く仕組みになっている機体があるが、基本的にラックは2つになっているのが当たり前である。

 

ヒートストリングス

腕の中に仕込まれている兵器。触れた敵に熱を加え、行動不能に追い遣る。

 

シールド

防御用のシールド。実弾、ビーム兵器等を防ぐ。

 

 

 

エンパワー

元ネタ:ベースジャパー or ド・ダイ改

全長不明 重量不明

武装

メガビーム砲×2

ミサイル×8

新生連邦軍が使用する、SFS(サポートフライトシステム)。主にディーストやディープシー等の単体では空を飛ぶことのできないMSが空中戦を出来るように作られた。高性能なSFSであり、機動性に優れる。しかしジョゼフ等の空中用MSが次々に生産されている現状では、このエンパワーもいずれはお払い箱となる日も遠くない。

 

武装説明

メガビーム砲

高出力のビーム砲。しかしあまり使われることが無い。

 

ミサイル

追撃用のミサイル。だがこれは牽制用に使用される程度である。

 

 

 

 

アーヴァイン〔EMX-01X〕

元ネタ:ジ・O

全高28.8メートル 重量69.9トン

武装

頭部機関砲×2

大型メガビームライフル×1

大型ビームサーベル×2

フロントアーマービームキャノン×2

ハンドビームキャノン×2

280㍉実弾キャノン×2

エファン・ドゥーリア専用の大型MS。大型機体であるのだが多数のバーニアのおかげで機動性は高い。前腕部にはバリアーフィールドジェネレーターを搭載しており、ビーム兵器に対する防御機能に優れている。この機体自体にもビーム兵器が多い為か、背部には実弾キャノンを装備している。エファン・ドゥーリアが独自に開発した機体であり、その開発経緯は謎に包まれている。

 

 

武装説明

頭部機関砲

敵の接近時に使用される武器。しかしビームサーベルで十分接近戦は成り立つのでまず使われる事はない。

 

大型メガビームライフル

貫通力に優れるライフル。威力が凄まじく、これだけでヒエラクス級などの、上級戦艦の主砲並みの破壊力を持つ。又、ディーストなどが所持するビームライフルと比べても太さが全く違う。

 

大型ビームサーベル

アーヴァインは機体が大型な為、ビームサーベルラックも大きく設定されている。

その為高出力で、威力も高い。

 

フロントアーマービームキャノン

アーヴァインのフロントアーマーはガンダムタイプと比べて非常に大型である。その為フロントアーマーに強力なビームキャノンを取り入れる事ができる。

 

ハンドビームキャノン

牽制用に使用される。掌に砲門があり、敵MSの頭部を掴んで撃ち抜く事も可能。

 

280㍉実弾キャノン

アーヴァインのバックパックはこれである。主に戦艦等に使用される事が多いが、水中戦でも活躍する。

 

 

 

エグゼマー〔NMT-56〕

元ネタ:アンクシャ

全高23.5メートル 重量34.1トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

大型ビームライフル×1

ミサイル×4

新生連邦が開発した可変型量産MS。主に戦闘機(MA)形態で運用される事が多い。大型ビームライフル等、威力の高い武器を所持している。

 

武装説明

頭部機関砲

頭部に備え付けられている機関砲。牽制用に使用される。

 

ビームサーベル

近接用の武器。敵が強襲してきても問題なく対処可能。

 

大型ビームライフル

エグゼマー専用の強力なビームライフル。ディースト等の物と比べても破壊力に優れ、集団で放たれるとその威力は戦艦の主砲を上回る。

 

ミサイル

エグゼマーの主な武器の一つ。戦闘機形態でよく使用される。

 

 

 

エンパワー

元ネタ:ケッサリア

全長不明 重量不明

武装

メガビーム砲×2

ミサイル×8

新生連邦軍が使用する、SFS(サポートフライトシステム)。主にディーストやディープシー等の単体では空を飛ぶことのできないMSが空中戦を出来るように作られた。高性能なSFSであり、機動性に優れる。しかしジョゼフ等の空中用MSが次々に生産されている現状では、このエンパワーもいずれはお払い箱となる日も遠くない。

 

武装説明

メガビーム砲

高出力のビーム砲。しかしあまり使われることが無い。

 

ミサイル

追撃用のミサイル。だがこれは牽制用に使用される程度である。

 

 

 

ディースト寒冷地仕様〔NFMS-890CR〕

全高17.6メートル 重量20.9トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×1

実弾ライフル×1

シールド×1

 ディーストの寒冷地仕様。機体の各所には氷結対策、防寒処理が施されている。

 

武装説明

頭部機関砲

ディーストの頭部に装備されているもの。接近時に使用する。

 

ビームサーベル

背中からサーベルラックを抜き、ビームサーベルを展開する。接近戦で使用される。

 

実弾ライフル

寒冷地で使用されるライフル。連射攻撃によって氷塊を攻撃するといった、地形に応じた攻撃を行う。

 

シールド

敵機のビームやミサイルを防ぐためのもの。それなりに使用頻度は高い。

 

 

 

ウルスブラン〔NFMX-PP5〕

元ネタ:ポーラベアーをカスタムしたもの(?)

全高22.4メートル 重量27.8トン

武装

ビーム機関砲×2

ビームハルベルト×1

ハンドビームカノン×2

背部ビームケーブル×3

簡易負担型ファンネル×4

新生連邦北欧部隊に配属された試作サイコミュ搭載型MS。ビームケーブルは従来のMSに無かった新しい機能で、触れた機体を貫く。又、ビームサーベルではなくハルベルトである理由は、搭乗者であるガウル・ベネツィアのこだわりであるらしい。

簡易だがファンネルも搭載しており、サイコミュMSとしての実用性は高い。

 

武装説明

ビーム機関砲

頭部機関砲をビーム状に改良したもの。貫通力は優れるが、代わりにバリアーフィールドジェネレーターで防がれるようになってしまった。

 

ビームハルベルト

接近用の武器。切断力に優れる。

 

ハンドビームカノン

両手掌部に装備されている小型ビーム砲。基本的にはビームライフルと変わらない。

 

背部ビームケーブル

ウルスブランの特徴を表している武器と言っても過言ではない、この機体の主な武器。

背中から特殊なケーブルを放出し、敵機体に向かって攻撃する。

 

簡易負担型ファンネル

ブリッツファンネルのように高速に動け、しかも威力の高いファンネルという訳ではないが、それでも十分に機能はするファンネル。搭乗者の負担を考えて作られた。

 

 

 

エールゴーニオ〔NFMA-00X〕

元ネタ:ゴニオメータ(角度計)

全長不明(推定80メートル以上) 重量3600トン

武装

連装ミサイルランチャー×40

ノーズミサイル×10

ウイングガトリング×2

高出力メガビームキャノン×2

大型メガビーム砲×1

新生連邦が開発した大型MA。多数のビーム砲を搭載しており、圧倒的な力を持つ。複数名が搭乗し、機体そのものの駆動、砲撃手と、役割を分けて稼働している。角度計、ゴニオメータの形状に酷似している。

 

武装説明

連装ミサイルランチャー

背部に備えられているミサイル。エールゴーニオはミサイルの数が豊富である。

 

ノーズミサイル

先端の鼻のような部分に装備されているミサイル。ここにもミサイルは存在する。

 

ウイングガトリング

ウイングに備えられているガトリング。360°の回転が可能である。

 

高出力メガビームキャノン

腕に2つ装備されている巨大なビームキャノン。攻撃範囲が広く、様々な敵を攻撃する事が可能。

 

大型メガビーム砲

エールゴーニオの最強の武器。凄まじい破壊力を備えている。

 

 

 

セーザム〔NFMA-DX09〕

元ネタ:ディプロガンズ

全長不明 重量1580トン

武装

迎撃ミサイルシステム×70

メガビームランチャー×1

月面のシン・ナンナ基地にあるX-9の防衛用として製作された大型MAだったが、少数ながら量産されていた。主に拠点防衛用のMAとして存在している。バリアーフィールドジェネレーターが全体に張られている上、装甲も非常に分厚いMAだが、ビームサーベル等と言った、ビーム粒子を物理変換して熱源を貫くような兵器には、打たれ弱いという弱点がある。

 

武装説明

迎撃ミサイルシステム

セーザムに備えられているミサイル。一度に多くのミサイルを放出する。

 

メガビームランチャー

非常に出力の高いビームを放出し、直線状の敵を破壊する。

 

 

 

グランシェ〔NFMS-P1600〕

元ネタ:ゼク・アイン

全高22.3メートル 重量31.2トン

武装

胸部マシンキャノン×4

ビームサーベル×2

大型ビームマシンガン×1

ビームケーブル×3

シールド内蔵式簡易追尾型実弾兵器(シュート・シューター)×10

シールドメガビームキャノン×1

ビームディフェンスシールド×1

新生連邦が開発した最新量産型MS。カメラアイはモノアイを採用。量産機にしては申し分ない性能を誇る重MSであるがコストが高く、エースパイロットや指揮官用に生産されるに留まった。しかしその性能の高さは圧倒的で、今まで新生連邦が開発してきた量産機体を大きく上回る性能を誇る。機体色は青系統のものを使用している。また、この機体の最大の特徴は武装の多さにある。大型のビームディフェンスシールドは実体のシールドの上にビームシールドを張ることが出来るという特殊な作りになっており、このため今まではガンダムタイプ等の機体に使われていたビームシールドが量産機体にも実用されるようになった。また、従来はビームライフルを使っていたが、グランシェは連射性に優れたビームマシンガンを採用している。全てにおいて性能が高く、新生連邦に立ち向かうあらゆる勢力に対抗できる性能を誇り、邪魔な存在を排除する。

また、このグランシェはあくまでもコストを抑え、尚且つ技量の高い指揮官用向けに作られている機体であるが、本来この機体はコストを無視した、非常に強力な試作MSとして開発される予定であった。

 

武装説明

胸部マシンキャノン

従来の頭部機関砲を廃止し、この機体からは胸部にマシンキャノンを取り入れるようになった。今までマシンキャノンを取り付けている機体は何機か存在したが、量産機ではこの機体が初めてである。威力は従来の頭部機関砲よりも高い。

 

ビームサーベル

腰部に取り付けられている、近接用の武器。エグゼマーのものよりも威力が上がっている。

 

大型ビームマシンガン

従来のビームライフルとは違い、連射性に優れている。威力はビームライフル単発を撃つよりも低いが、連射して連続でダメージを与えられれば威力は単発のそれ以上になる。

 

ビームケーブル

ベルゲロスに装備されていたビームケーブルを量産機体に使えないかと考案された結果、採用された。中距離の敵に効果があり、背中からケーブルを伸ばして敵機を貫く。

 

シールド内蔵式簡易追尾型実弾兵器(シュート・シューター)

大型ビームディフェンスシールドに内蔵されている追尾式実弾兵器。通称はシュート・シューターである。デウス動乱時にもこの武器を持ったMSはいたものの、グランシェはそれを10基も持っている上に威力が上がっている。

 

シールドメガビームキャノン

ビームディフェンスシールドは、新生連邦政府のマークが描かれている。その部分から高出力のビームを発射することが可能である。その威力は高く、弱い水上艦程度なら一撃で破壊できる。

 

ビームディフェンスシールド

一見は大型の実体シールドだが、実はビームを無効化するビームシールドを張ることが出来る優れもの。これにより、敵がビーム兵器を使って来ても対応出来る。

 

 

 

カーティウス〔EMX-02X〕

元ネタ:ガデッサ

全高24.8メートル 重量23.5トン

武装

ビーム機関砲×2

ビームサーベル×2

肩部拡散メガビーム砲×2

前腕部ビームキャノン×2

足底部クロー×2

足底部メガビームキャノン×2

大型メガビームランチャー×1

大型メガプラズマカノン×1

エファン・ドゥーリアが設計、開発した2番目の大型高性能試作MS。形式番号からも、02Xと書かれており、アーヴァインに続くMSだと言う事が分かる。この機体はエファンがツヴァイガンダムの戦闘データをモチーフに制作しており、前腕部ビームキャノンや拡散メガビーム砲等にそれを伺わせる特徴がある。ただし、ブリッツファンネルといったサイコミュを搭載した武装は見られない。最近の新生連邦の機体では珍しく、モノアイを使っておらずに、ガンダムタイプ等に見られる二つ目のカメラアイを使用している。前腕部にはバリアーフィールドジェネレーターが装備されており、防御面においても非常に優れている。

この機体の最大の特徴は大型メガプラズマカノンである。エファンがプラズマ粒子を用いた兵器の小型化を目指した段階で出来たこの武装は、敵艦隊の殲滅の為に制作された。ちなみにメガビームランチャーとプラズマカノンは同一の武器からそれぞれ発せられる。メガビームランチャーの砲身は3つに展開する仕組みになっており、その展開した状態で放出されるのがメガプラズマカノンである。それはビームランチャーよりも威力が高く、エネルギーの消耗が激しい為、ビームランチャーを放出する時よりも狙いを的確にする為にフェイスゴーグルが顔面部全体を覆うようになっている。大型メガプラズマカノンを常に腰部に装着している事が多く、それを失えば非常に不利になるかと思えばそう言うわけではなく、それを無くしても十分に対処できる程の様々な武器を持つ。つまりカーティウスは遠距離戦でも白兵戦でも活躍出来るより優れたMSである。また、この機体は元々プラズマ粒子を持った兵器の軽量化、量産化を試験的に運用する為に試験的に制作されたMSであり、全部で三機が製作されている。

 

武装説明

ビーム機関砲

カーティウスの頭部に装備されている、ビームの機関砲。貫通力は実弾よりもあるが、バリアーフィールドジェネレーター等で防がれるデメリットがある。

 

ビームサーベル

白兵戦用の主な武器。腰部から抜き、攻撃を仕掛ける。大型メガビームランチャーを構える印象が強いカーティウスの砲撃戦用のイメージを覆すような可能性を持っている武器でもある。

 

肩部拡散メガビーム砲

肩部に備わっている拡散ビーム砲。拡散の為、広範囲に攻撃を与えることが可能。

 

前腕部ビームキャノン

前腕部に備わっている小型ビームキャノン。他のMSで言うビームライフルに当たる武器ではあるが、威力自体はジョゼフのビームライフルよりも低い。従って、あまり使用される事がない。

 

足底部クロー

カーティウスの足底部に備え付けられているクロー。外見はただの足部に見えるが、敵機を挟み、身動きを封じることが出来る。

 

足底部メガビームキャノン

足底部に備え付けられている高出力のビームキャノン。足底部クローと併用して使われることが多く、クローで敵機を掴んだ後に、0距離からこのビームキャノンを撃つことで、敵機にバリアーフィールドを展開させる間もなくダメージを与えることが出来る。

 

大型メガビームランチャー

カーティウスの主な武器。砲身部から高出力のビームを放出可能。出力を弱めれば連射も可能である。

 

大型メガプラズマカノン

メガビームランチャーの砲身部が展開した時に放たれるのがこのプラズマカノンである。プラズマ粒子を使用している為、バリアーフィールドでは防ぐことが出来ず、標的にされれば逃げるしかない。また、この武器は非常に強力な反面、大きくエネルギーを消耗してしまうデメリットも兼ね備えている為、発射する時はフェイスゴーグルが自動的にカーティウスの顔面部を覆うようになっている。これによってより的確に狙いを定めることが可能になる。尚、このプラズマカノンはツヴァイガンダムの収束型プラズマカノンの影響が大きいと思われる。

 

 

 

ディブロック〔EMA-01X〕

元ネタ:アルヴァトーレ or アプサラスⅢ

全長不明(推定300~350メートル) 重量不明

武装

迎撃ミサイル×250

有線式大型クローアーム×2

クローアームビームキャノン×2

クローアーム大型ビームサーベル×2

プラズマカノン×1

大型ブリッツファンネル×50

エファン・ドゥーリアの開発した超大型MA。だが彼一人で開発するのは不可能であり、何人かに協力させて完成された。その機体の大きさはヴィッシュ級巡洋艦クラスを凌駕する。横に大きく広がるその巨体には多くの武装が搭載されており、機体内部に搭載されているクローアームは敵を掴む事も出来れば、ビームキャノンとしても扱える上にビームサーベルとしても扱える万能な兵器となっている。機体中央部にはプラズマカノンを発射する砲口が備えられており、それぞれ拡散状態や、収束した状態のプラズマカノンを発射する事が可能である。他にも大型のブリッツファンネルが50基も搭載されているなど、強力な武装が多く施されている。ただしその分機動性を犠牲にしているため、敵機の攻撃を受けやすいデメリットが存在する。だが、デスゲイズと同様に機体全体にバリアーフィールドジェネレーターが搭載されているので、ビーム兵器に関しては防御面においてほぼ完璧と言える機体に仕上がっている。

この機体は戦艦並の大きさ故に、人間一人がこの機体を制御するのは不可能とされる。その為か、この機体に限ってはコクピット部分にMSを採用している。つまり、MSがMAを操縦する形となっているのだ。それにより、この超大型MAは稼働しているのである。このMAを開発した後に、エファンはディブロスを開発した。

 

 

武装説明

迎撃ミサイル

ディブロックの機体各部に搭載されているミサイル。いずれも追尾式で、ロックオンした敵機を自動で追跡する。その数は圧倒的であり、接近する機体を撃退する。

 

有線式大型クローアーム

ディブロック内部に搭載されているクローアーム。3つの爪が展開し、敵機を掴む。

 

 

 

クローアームビームキャノン

大型クローアームに搭載されているビームキャノン。掴んだ敵機に対してビームを撃ち、貫通させると言った戦法が取れる。

 

クローアーム大型ビームサーベル

大型クローアームのビームキャノンをサーベル状にすれば大型のビームサーベルとなる。これにより、接近戦をこなすことも可能となる。

 

プラズマカノン

ディブロック最強の武装。直線上に存在する敵機を跡形もなく粉砕する。バリアーフィールドジェネレーターでは防ぐことが出来ない。

 

大型ブリッツファンネル

50基搭載されているブリッツファンネルは、敵機に向けて発射して攻撃を行う。実はこの機体に限ってはシンギュラルタイプや強化モデル以外の人間はこの武装以外の武装を扱うことが出来る。

 

 

 

ディブロス〔EMX-03X〕

元ネタ:バウンドドック

全高32.5メートル 重量158.8トン

武装

メガビームライフル×1

ビームサーベル×1

クラッシャーアーム×2

クラッシャーアームビームキャノン×2

スカートバーニア搭載型追尾式ミサイル×12

大型シールド×1

ブリッツファンネル×6

シールド搭載型ビームカノン×1

脚部クラッシャークロー×2

クラッシャークローファンネル×2

クラッシャークロービームキャノン×2

腹部プラズマカノン×1

エファン・ドゥーリアが開発した試作MS。従来のMSに比べて非常に大型である。このMSにはスカートバーニアを使用しており、その中には多数のエネルギータンクが搭載されている。また、バーニア下部には多数のブースターが備え付けられており、外見に反して機動性も高い。この機体が従来のMSのサイズの倍近くになってしまった原因に武装の多さが挙げられる。

ディブロスは独特の形状をしており、両腕のマニピュレーターは人の手状にもなる上、変形してクラッシャーアームとして機能することも可能である。また、左腕のみにシールドを搭載しており、その中にも武装が含まれている。シールドの中だけでもビームカノンやサーベルラック、そして表面には小型のブリッツファンネルが6基搭載されている。クラッシャーアームはビームキャノンを発射する事が出来、敵機を掴んでそのまま撃ち抜くという戦法も取ることが可能。また、足底部はクラッシャークローとして機能しており、これはクラッシャーアームと同様に敵機を掴み、内部に搭載されているビームキャノンで撃ち抜くことが可能となる。クラッシャークローは分離させることが出来、これらはクラッシャークローファンネルとして機能する。腹部にはプラズマカノンを搭載しており、まさに動く要塞といったMSに仕上がっている。また、ディブロスはディブロックのコクピットとして機能している。その際は脚部のクラッシャークローは外されており、上半身はMSだが下半身はスカートバーニアだけの状態でディブロックのコクピットとして機能していた。更に、簡易だがMAとして機能する事も可能である。両脚部を側方に展開するだけと言うシンプルな変形だが、宇宙空間では真価を発揮する。エファン・ドゥーリアが製作したMSではあるが、バリアーフィールドを展開する事は出来ない。この機体は武装の多さを追求したMSであり、防御面においては優れていないMSといえる。

 

武装説明

メガビームライフル

マニピュレーターが人の手の時に使用されるビームライフル。貫通力に優れる。不使用時はスカートバーニアにマウントされる。クラッシャーアームビームキャノンがあるのでこの武装は不要となりがちだが、ディブロックのコクピットとして機能する際は人の手状のマニピュレーターを使用するので、それを何かに利用できないかと考えられた結果、この武装とビームサーベルが追加武装として加わった。

 

ビームサーベル

メガビームライフル同様、人の手の時に使用される。が、クラッシャーアームがこの機体には搭載されているので使用頻度はあまりない。

 

クラッシャーアーム

両腕に搭載されているクロー型のマニピュレーター。敵機を掴み、捕らえる事が可能。

 

クラッシャーアームビームキャノン

クラッシャーアームに搭載されているビームキャノン。ディブロスの主な武装である。

 

スカートバーニア搭載型追尾式ミサイル

スカートバーニア後部に搭載されている小型のミサイル。追尾式である為、後方の敵機に対して迎撃を行うことが可能。

 

大型シールド

左腕に装備されている。防御を行うことはもちろんだが、表面にはブリッツファンネル、内部にはビームカノンが搭載されている。

 

ブリッツファンネル

シールドに6基搭載されている小型のブリッツファンネル。展開して敵機にダメージを与える。

 

シールド搭載型ビームカノン

シールド内部に搭載されている。出力は高いが展開する際に時間がかかるので混戦時には使用されない。

 

 

脚部クラッシャークロー

脚部に搭載されている大型のクロー。クラッシャーアーム同様、敵機を捕らえる事が可能である。

 

クラッシャークローファンネル

脚部クラッシャークローはファンネルとして機能する。ディブロスの脚部を分離し、それによるオールレンジ攻撃が可能。サーベル状にも出来る。

 

クラッシャークロービームキャノン

クラッシャークロー内部に搭載されているビームキャノン。クラッシャーアームと同様の扱い方が可能である。

 

腹部プラズマカノン

ディブロスの最強の武器。高出力のプラズマカノンを放出し、敵を破壊する。だがカーティウスのメガプラズマカノンと比べると遥かに威力が劣る。

 

 

 

ガンダムオラトリオ〔EMX-04XG〕

元ネタ:ガンダムハルート

全高19.8メートル 重量11.7トン

武装

ビーム機関砲×2

胸部マシンキャノン×2

大型実体ブレード×2

大型実体ブレード兼用ビームサブマシンガン×2

大型実体ブレード内臓式ビームブレード×2

ニービームキャノン×2

ビームケーブル×2

ビームディフェンスシールド×2

エファン・ドゥーリアの開発した試作MS。エファンの開発したMSで初めてのガンダムタイプである。このMSは圧倒的な機動性と攻撃性を追求して製作されたMSであり、その機動性はツヴァイガンダムやブライティスガンダムを遥かに凌駕する。だがその機動性故に機体の耐久性はほとんど皆無であり、ミサイルによる砲撃ですら耐えられない程度の装甲となってしまった。

今までのガンダムタイプに比べると遥かに細身であり、明らかな軽量化が図られている。

顔つきはガンダムタイプとは思えないような面構えであり、カメラアイは鋭く、何かを睨むようなデザインとなっている。背部には羽根状のバーニアを始めとする無数のバーニアが設置されており、これが機動性の特化に繋がったと考えられる。また、ステルス迷彩を搭載しており、レーダーに感知されずに強襲を行うことも可能である。又、この機体にはサイコミュシステムが搭載されているのだが、オラトリオ自体にはサイコミュ兵器は存在していない。総司令、レヴィー・ダイルのMSとしてエファンから授けられ、彼の新たなるMSとして戦場へ赴く。

 

武装説明

ビーム機関砲

オラトリオのこめかみ部に搭載されている武装。ビーム兵器である為、貫通力に優れる。

 

胸部マシンキャノン

 胸部が展開してマシンキャノンが放たれる。ミサイル等の武装の迎撃に使用される。ちなみに実弾であり、バリアーフィールドジェネレーターを持つ機体に対しても有効である。

 

大型実体ブレード

 オラトリオのメイン武器。ビームサブマシンガンを搭載していたり、ビーム粒子を圧縮させてビームブレードとしても機能する。実体ブレードとして機能する事はほとんどないが、ビームのエネルギーが切れた時に使用される事がある。

 

大型実体ブレード兼用ビームサブマシンガン

 大型実体ブレードに内蔵しているビーム兵器。マシンガンではあるが高出力であり、まともにダメージを受ければバリアーフィールドジェネレーターを搭載していない機体ならば撃破される危険性が高い。

 

大型実体ブレード内臓式ビームブレード

 ビームサブマシンガンの発射口のビームの出力を調節する事で、ビームブレードとして機能する事が可能である。実体ブレードよりも、こちらの方が使用頻度は高い。

 

ニービームキャノン

 オラトリオの膝部に装備されている武装。膝関節部を屈曲させ、高出力のビーム砲撃を行う。

 

ビームケーブル

 前腕部に搭載されている兵器。隠し武器とも言える武装であり、不意打ち攻撃として使用する事が可能。

 

ビームディフェンスシールド

 オラトリオの前腕部に搭載されているシールド。ビーム兵器を無効化するが、高出力のビームに対しては通用しない。あくまでも、ビームライフル等の武装に対する防衛策として利用される程度である。

 

 

 

ガンダムオラトリオ(大型プラズマカノン付きバックパックシステム搭載型)

〔EMX-04XG〕

全高19.8メートル 重量24.9トン

武装

ビーム機関砲×2

胸部マシンキャノン×2

大型実体ブレード×2

大型実体ブレード兼用ビームサブマシンガン×2

大型実体ブレード内臓式ビームブレード×2

ニービームキャノン×2

ビームケーブル×2

ビームディフェンスシールド×2

テールユニットバックパックホーミングミサイルシステム×20

大型プラズマカノン副装ビーム砲×2

大型プラズマカノン×2

 ガンダムオラトリオにバックパックシステムを搭載したもの。こちらがガンダムオラトリオの正式な姿である。背部のバックパックシステムの最大の特徴は大型プラズマカノンにある。プラズマ兵器を使用したMSが増えている中、この武装がオラトリオに搭載された。この為、バリアーフィールドジェネレーターを搭載しているMSに対しても強力なプラズマ砲撃を撃つ事が可能である。又、ミサイルやプラズマカノンの砲身に搭載されている副装ビーム砲等、武装面がより一層充実するようになった。ただし、装甲の薄さは相変わらずであり、一発の被弾が命取りとなる。

 このバックパックシステムはパイロットの意思で分離し、独自に動かす事が可能である。

オラトリオのサイコミュシステムはバックパックシステムを動かす為に搭載されているのである。この兵器が独自に動かす事が出来ると言う事は、プラズマカノンを搭載したバックパックが戦場を彷徨い、狙った標的に対して奇襲をかけるといった戦法をとることも可能である。又、バックパックシステムも本体と同様にステルス迷彩を搭載しており、何らかの攻撃を行う時以外は視界にもレーダーにも映らない。この状態で戦場を移動し、攻撃する際のみに姿が確認出来るが、バックパックシステムにはプラズマ兵器が搭載されており、敵対する勢力からすれば非常に厄介な存在であると言える。

 又、バックパックシステムがある事により、オラトリオはMA形態に変形する事が可能となる。その際、バックパックが本体を覆いかぶさる形となるが、外見は爆撃機のようなシルエットを描き、その状態で敵機に迫る。この時、バックパックにモノアイが映し出され、カメラアイとして機能する。また、実体ブレードはバックパックシステムに搭載が可能であり、その状態でMAに変形するとビームブレードを展開したまま、敵MSを切り刻む事が可能である。MAに変形しなくとも、オラトリオはバックパックシステムを展開した上で膝関節部を屈曲させたニービームキャノンを展開する事も可能であり、動く砲台として機能する事も可能である。その際、外見は上半身のみがMSとして役割を果たすが、下半身はMAという、中間形態になっている。これ以外にも、MA形態の状態で両脚部を直立させ、アンカーとしての役割を果たしてプラズマカノン等の武装を放出する事も可能である。

 バックパックシステムが追加された事により、ガンダムオラトリオは様々な戦略を立てる事や、様々な形状に変形し、敵勢力に対する脅威として君臨する。

 

武装説明

ビーム機関砲

オラトリオのこめかみ部に搭載されている武装。ビーム兵器である為、貫通力に優れる。

 

胸部マシンキャノン

 胸部が展開してマシンキャノンが放たれる。ミサイル等の武装の迎撃に使用される。ちなみに実弾であり、バリアーフィールドジェネレーターを持つ機体に対しても有効である。

 

大型実体ブレード

 オラトリオのメイン武器。ビームサブマシンガンを搭載していたり、ビーム粒子を圧縮させてビームブレードとしても機能する。実体ブレードとして機能する事はほとんどないが、ビームのエネルギーが切れた時に使用される事がある。

 

大型実体ブレード兼用ビームサブマシンガン

 大型実体ブレードに内蔵しているビーム兵器。マシンガンではあるが高出力であり、まともにダメージを受ければバリアーフィールドジェネレーターを搭載していない機体ならば撃破される危険性が高い。

 

大型実体ブレード内臓式ビームブレード

 ビームサブマシンガンの発射口のビームの出力を調節する事で、ビームブレードとして機能する事が可能である。実体ブレードよりも、こちらの方が使用頻度は高い。

 

ニービームキャノン

 オラトリオの膝部に装備されている武装。膝関節部を屈曲させ、高出力のビーム砲撃を行う。

 

ビームケーブル

 前腕部に搭載されている兵器。隠し武器とも言える武装であり、不意打ち攻撃として使用する事が可能。

 

ビームディフェンスシールド

 オラトリオの前腕部に搭載されているシールド。ビーム兵器を無効化するが、高出力のビームに対しては通用しない。あくまでも、ビームライフル等の武装に対する防衛策として利用される程度である。

 

テールユニットバックパックホーミングミサイルシステム

 オラトリオのバックパックに搭載されているホーミングミサイル。標的に対し、直撃するまで追い続ける。

 

大型プラズマカノン副装ビーム砲

バックパックの最大の特徴である大型プラズマカノンの砲身に内蔵しているビーム砲。バックパック分離時の主武装となる。

 

大型プラズマカノン

 オラトリオの最強の武装。高出力のプラズマカノンを発射する事が可能。この武装はバックパックが本体と分離していても発射可能であり、バリアーフィールドジェネレーターを搭載している機体でも脅威となる。

 

 

 

カタストゥリア〔EMX-05X〕

元ネタ:ジオング(コンセプト)

全高26.6メートル 重量40.8トン

武装

胸部マシンキャノン×2

有線式指間腔メガビームクロー×8

有線式指間腔メガビームキャノン×8

大型ブリッツファンネル×4

小型ブリッツファンネル×20

ルイーナシステムMk-Ⅱ(対艦隊迎撃システムMk-Ⅱ)×6

 エファン・ドゥーリアの開発したEMXシリーズの一つ。この機体はあらゆるMSとの戦闘データを基に製作されており、武装面でエファンが参考にしたとされる機体の面影が見られる。機体性能は従来のMSを遥かに凌駕し、他を圧倒する。一対多数の戦闘を想定して制作されたMSであり、敵機が多ければ多い程この機体はよりそのポテンシャルを発揮する。

 エファンが認める究極のMSであり、無数のブリッツファンネルをはじめとした強力な武装群、防御面では360°全体を覆うバリアーフィールドジェネレーター、そして圧倒的な機動性を兼ね備えた機体である。カメラアイはガンダムタイプと同様、ツインアイを使用。色は紫である。

 この機体の大きな特徴は、ビーム粒子を無尽蔵に備え続けられると言う点に尽きる。従来のMSはビーム粒子を扱う為にはビーム粒子貯蔵タンクが必要とされ、長時間の戦闘には向かない問題点があった。技術が進歩する上でエネルギー効率は向上したものの、それでも根本的な粒子切れという問題は残っていた。

 だがカタストゥリアはツヴァイガンダムに搭載されたリゾネートジェネレーターの技術を応用し、あろう事か宙域に貯留しているビーム粒子そのものを再利用出来る、リゾネートアブソーブジェネレーターを搭載している。これにより、従来は不可能とされていた、ビーム粒子に於ける永久機関を可能としたのである。この機体が究極の機体と呼ばれる所以の一つが、それに当たる。それらをカタストゥリアに搭載している合計二十四基のブリッツファンネルに搭載し、そこから本体に粒子を提供する仕組みとなっている。

主な武装としてはブリッツファンネルがあるが、このブリッツファンネルにはバリアーフィールドが搭載されており、ビーム兵器で撃ち抜く事は出来ない。又、大型のブリッツファンネルから小型のブリッツファンネルが分離する仕組みになっているが、分離した後はその部分から高出力のビームキャノンを発生させる事が可能であり、尚且つビーム刃状にして敵機と戦闘を行う事が可能である。また、これらはツヴァイガンダムのリゾネートブリッツファンネルと同様で、ファンネル同士が共鳴し、宙域に展開する粒子同士を結合させ、高出力のビーム砲やビーム刃を展開する事も可能。これらの仕組みはツヴァイガンダムの交戦データから用いられたものである。

この機体の武装としての最大の特徴として、ルイーナシステムMK-Ⅱがある。これはヴァイダーガンダムに搭載されていたルイーナシステムの後継であり、大型だったルイーナシステムを通常のMSクラスにまで縮小した結果がこの機体に搭載されているルイーナシステムMk-Ⅱと言う事である。外見こそは小型化したが、威力はルイーナシステムとほとんど変わらず、艦隊を一掃する力を秘めている。それが六門も存在する為、あらゆる方向の艦隊に対して砲撃が可能である。

様々な距離にも対応し、尚且つ防御面も完璧と言え、制作コストを完全に無視して作り出された究極のMSとして、戦場に君臨するのだ。

 

 

 

武装説明

胸部マシンキャノン

 高出力を誇る胸部のマシンキャノン。ミサイルなどの迎撃に使用される。

 

有線式指間腔メガビームクロー

 カタストゥリアはビームサーベルを持たない。代わりとして指間のビームクローが存在している。有線兵器として、遠距離にも対応しており、あらゆる距離でビームクローによる攻撃を行う事が可能である。尚、この武装はデスゲイズの戦闘データを基に作成した。

 

有線式指間腔メガビームキャノン

 指間にある砲門はビームクローとしても、ビームキャノンとしても運用が可能である。尚、いずれもバリアーフィールドが展開されている。ちなみにケーブルは切除されても独自に行動する事が可能。有線でのコントロールは搭乗者のコントロールをより正確にするためのものであり、搭乗者の意志により、無線でも展開する事は可能である。

 

大型ブリッツファンネル

 カタストゥリアの主武装。大型のブリッツファンネルからは更に5つの小型ブリッツファンネルが展開できるようになっており、それらが展開された後、ブリッツファンネルはサイコミュシステムで動く高出力のビーム砲や高出力のビーム刃として稼働する事が可能である。このブリッツファンネルはツヴァイガンダムのブリッツファンネルと同様、リゾネートシステムが搭載されており、ブリッツファンネル一つ一つにバリアーフィールドジェネレーターが搭載されており、ビーム兵器を一切受け付けない。これは小型のブリッツファンネルにも言えることである。

 

小型ブリッツファンネル

 大型ブリッツファンネルに付属している小型のファンネル1基の大型ブリッツファンネルに対し、5基が搭載されている。使用方法はツヴァイガンダムのリゾネートブリッツファンネルと同じである。大型、小型共にツヴァイガンダムとの戦闘データを基にしている。

 

ルイーナシステムMk-Ⅱ(対艦隊迎撃システムMk-Ⅱ)

 ヴァイダーガンダムのデータを基に作り出された、カタストゥリアの最強の武装。名前の通り、艦隊を迎撃するシステムであり、合計6門搭載されている。これらから放たれる一撃はヴァイダーガンダムのルイーナシステムに匹敵するものがあり、直線状のあらゆる物質を消滅させる。



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MECHANICS(国際平和連合軍)

登場兵器(国際平和連合軍)
※話が進み次第、更新していく予定です。


国連超大型武装戦艦アッサラーム

元ネタ:マクロス級(?)

全長不明(推定1km以上) 重量不明

武装

対空レーザー砲×16

大型メガビーム砲×4

実弾キャノン×8

大型ミサイル×180以上

ビームキャノン×2

超大型プラズマカノン砲×1

アラビア語で平和、平安と言う意味の超大型戦艦。ウィレス・レイド・アース将軍率いる、最高部隊と言われる国連の特殊部隊の旗艦である。多数のMSを搭載する事ができ、先端に隠されている強力な超大型プラズマカノン砲は平和国に侵入する者を跡形も無く消し去る。シュネルギアや水上艦を収納することも可能。それ程までにこの艦は巨大である。更に、艦全体にビームコーティングを施しており、防御面も強い。

 

武装説明

対空レーザー砲

主に接近してくるMSに対して使用される。貫通力はあまり無い。又、アッサラームを襲うミサイルなどに対しても使用される事が多い。

 

大型メガビーム砲

4つ装備されている強力なビーム砲。アッサラームの主武装である。

 

実弾キャノン

バリアーフィールドに対して作られたキャノン砲。貫通力は非常に高い。

 

大型ミサイル

無数に存在するミサイル。近付くものを容赦無く攻撃する。

 

ビームキャノン

主武装の一つ。大型ビームと比べて威力は劣るがエネルギーの消費は少ない。

 

超大型プラズマカノン砲

アッサラームの最強の兵器。凄まじい破壊力で前方の敵を跡形も無く消し去る。

 

 

 

国連水上戦艦

元ネタ:イージス艦(オーブ軍)

全長不明 重量不明

武装

対空迎撃用ミサイル×30

対空迎撃用機関砲×8

メガビーム砲×4

実弾式キャノン砲×3

平和国連盟に所属する国に対しての脅威を排除するための水上艦。新生連邦軍の水上艦と形状は異なるものの、性能はあまり変わらない。

 

武装説明

対空迎撃用ミサイル

艦の中央部分に装備されているミサイルシステム。敵が近付く事で、連射して攻撃する。

 

対空迎撃用機関砲

敵が接近してきた時に使用される。威力はMSにかすり傷をつける程度。

 

メガビーム砲

水上艦の主な武器の一つ。ビームで敵を破壊する。

 

実弾式キャノン砲

ビーム兵器が主流となっている現在の中で取り入れられたもの。

バリアーフィールドにも有効である。

 

 

 

ヴァントガンダム〔PFMS-D65〕

元ネタ:ムラサメ、ジェガン

全高18.0メートル 重量25.0トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

ビームライフル×1

シールド×1

国連が開発した量産型ガンダム。ただガンダムと言う名前はついているがこれは150年以上前のガンダム伝説から由来するものであり、あくまでも強さの象徴として採用されたに過ぎず、実質的スペックは新生連邦軍の量産機体と何ら変わらない。ただ、新生連邦のジョゼフ同様空を飛ぶ事ができ、空中では引けを取らない。武装もシンプルである。スペックがあまりに対したことが無いので、従来のガンダム伝説に泥を塗っていると批判されており、新生連邦からは〝疑似ガンダム〟や〝ガンダムもどき〟とも呼ばれている。元々ヴァントは新生連邦の合意の上で制作された機体であるが、それは新生連邦の上層部が勝手に下した判断で、MS制作を協力するメカニックチームやアーステクノロジー社は、この機体が製造され始めた時点で国連に対してあまり宜しくない対応をとっている。

 

武装説明

頭部機関砲

接近してきた敵に対して使用する砲塔バルカンシステム。貫通力はあまりない。

 

ビームサーベル

腰部から抜いて敵を切裂く武器。連結させる事も可能。

 

ビームライフル

ヴァントの主武装。集団戦法等でよく用いられる。

 

シールド

自身を守る為にあるもの。実弾兵器やビーム兵器から身を守る。

 

 

 

ハイエッジ〔PFMS-B97〕

元ネタ:機甲騎兵彗星(ウルフファングより)

全高18.7メートル 重量12.5トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

切り替え式ビームライフル×1

腕部ミサイルランチャー×4

ビームシールド×1

上部可動式ビームキャノン×2

腰部可動式ビームキャノン×2

国連がヴァントガンダムを上回る次期戦力の為に制作した量産型MS。量産型機体としては申し分ない程に単体の性能が高く、最大の特徴は新技術であるブレードバーニアを使用したところにある。これは今までのバーニアの大きさをブレード型に変更し、その状態で従来までの機動性の維持に成功。これにより機体の大幅な軽量化に成功し、高機動型MSとして仕上がる事になった。元々ヴァントガンダムはデウス動乱終結後から制作された機体であり、すでに旧式と化していた。だがこのハイエッジはヴァントガンダムと比べて最新鋭であり、あらゆる面でヴァントガンダムを上回る性能を誇る。フェイス部には従来のヴァントのようなガンダムタイプではなく、旧式機体のジャスティスのような、バイザーカメラが採用されている。

これはガンダムタイプの脱却という意味も去る事ながら、連邦軍の象徴として存在している存在を利用しているヴァントガンダムからの卒業という意図も込められているという。一部の国連上層部は、この機体を積極的に導入する事を提案しており、ヴァントガンダムを排除しようと言う考えにもなっているのだ。

 

武装説明

頭部機関砲

ヴァントガンダムのものよりも出力が上がった。しかしそれでも、この武装はただの牽制程度にしか使えない。

 

ビームサーベル

側腰部に装備されているビームサーベル。ヴァントのものよりも高出力になった。

 

切り替え式ビームライフル

一見はビームライフルだが、ライフルを素早く横に振る事により、内蔵されているバレルが切り替わってビームマシンガンとしても機能する。

 

腕部ミサイルランチャー

言わば腕部グレネード。性能もヴァントガンダムの脚部ミサイルとさほど変わらない。

 

ビームシールド

本来はガンダムタイプ等のMSにしか搭載されていなかった武装であるのだが、ハイエッジのような量産型機体に初めて搭載された。ただし、新生連邦のガンダムタイプ等と違って左腕にしか装備されていない。その上、耐久性も試作機と比べて遥かに劣る。

 

上部可動式ビームキャノン

ブレードバーニアの上部に存在する強力なビームキャノン。出力は高いがむやみに撃つとエネルギー切れを起こしやすい。また、腰部のビームキャノンと合わせて放出が可能。

 

腰部可動式ビームキャノン

腰部に設置されているビームキャノン。発射位置は自由に出来、背後の敵機にも攻撃が可能である。



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MECHANICS(アステル家)

登場兵器(アステル家)
※話が進み次第、更新していく予定です。


大型万能型戦艦シュネルギア

元ネタ:ラー・カイラム

全長480メートル 重量不明

武装

対空ガトリング砲×8

大型ビーム主砲×4

多段ミサイル×20

プラズマカノン×1

アステル家が開発した、白系統の色を使用した最新鋭艦。大気圏突入、離脱能力を持つ万能戦艦である。先端に主砲を備えてあり、両翼にも大型ビーム主砲が装備されている。最強の兵器であるプラズマカノンはバリアーフィールドをも突き破る兵器であるが、その分のエネルギー消費は凄まじい。

 

武装説明

対空ガトリング砲

近接するMS等の兵器に対して用いられる兵器。牽制に用いられることもある。

 

大型ビーム主砲

シュネルギアの主砲。並みの艦ならば貫通する破壊力がある。

 

多段ミサイル

艦の側壁部にあるミサイル。誘導ミサイルでもあり、敵機体を確実に狙い撃つ。

 

プラズマカノン

シュネルギアの最強の兵器。出力は凄まじいが、連射することは出来ない。

 

 

 

ブライティスガンダム〔AMSX-A100X〕

元ネタ:ストライクフリーダムガンダム

全高18.9メートル 重量19.6トン

武装

胸部マシンキャノン×2

頭部機関砲×2

高出力バスタービームライフル×1

ビームセイバー×2

ウイングビームキャノン×8

ブリッツファンネル×8

ブラスターファンネル×2

実体式ビームシールド×1

ハイパープラズマランチャー×1

アステル家が開発したMS。その性能は従来のMSを遥かに凌駕する。最大の特徴は、バックパックに存在する青い色のウイングであり、これは展開することができる。展開した時、ビーム砲門が計8門姿を現し、そこからビーム砲を発射可能である。また、ウイングの裏にはブリッツファンネルが8基、横腰部にはブラスターファンネルが2基備え付けられており、オールレンジ攻撃が可能。防御面に関しても優秀で、前腕部にはバリアーフィールドジェネレーターが搭載されており、腕を差し出す事で敵のビーム攻撃を無効化することができる。また、ビームシールドも装備されており、バリアーフィールドで防ぐ事の出来ない実弾兵器などを防ぐのに有効である。

アレン・レインドの専用機として製作されたMSであるブライティスガンダムには、クリスタルシステムが搭載されている。これは彼がかつてのデウス動乱時に搭乗していたクリスタルガンダムの流れを継いでおり、アステル家が当時のクリスタルシステムを再現したものをこの機体に搭載しているのである。搭乗者の感情によってポテンシャルを変えるこの独自のシステムは、搭乗者の怒りを感じる事でシステムが搭乗者の脳血流量や自律神経の流れを読み取り、血液循環量や脈拍を測定し、それに合わせて機動性の上昇などが見込まれる、非常に複雑なシステムとなっている。

 

 

武装説明

胸部マシンキャノン

胸部に搭載されている連射式実弾兵器。ミサイルなどを破壊するのに使われる。出力は新生連邦軍のMSであるジョゼフ等の頭部機関砲よりも高い。

 

頭部機関砲

あくまでもミサイル等の実弾兵器を迎撃するためのもの。使用頻度はそれ程多くはない。胸部マシンキャノンの弾数が切れた時に使われるぐらいである。

 

高出力バスタービームライフル

ブライティスの主な武器。その威力はツヴァイガンダムのバスタービームライフルとほぼ互角である。

 

ビームセイバー

両横腰部に備え付けられているセイバーラックを取り外し、使用する。セイバーラック同士を連結して、ナギナタ状にすることも可能。

 

ウイングビームキャノン

ブライティスの特徴である背中の大型ウイングに内蔵されたビーム砲。ブライティスのウイングに一門ずつ搭載されており、ウイングは八枚あるので、計八門のビームキャノンが内蔵されている。

 

ブリッツファンネル

大型ウイング内部に搭載されているサイコミュ兵器。計8基存在する。搭乗者の脳波によってコントロールされる。ビームを射出することも、ビーム刃にして敵機に突き刺すことも可能。

 

ブラスターファンネル

両横腰部に合計2基搭載されている大型のファンネル。出力もブリッツのものとは比べ物にならない。こちらもビーム刃にして敵機を突き刺すことが可能。また、横腰部に装着した状態でビームキャノンとして運用する事も可能である。

 

実体式ビームシールド

外見は実体のシールドだが、ビームシールドにもなる。これによって敵が放った実弾兵器等を防ぐことができる。また、ビーム兵器も防ぐ事が出来るので、バリアーフィールドジェネレーターが機能しなくなった時の予備として使用する事も可能。

 

ハイパープラズマランチャー

ブライティスの追加兵器。ツヴァイ同様、プラズマ粒子による攻撃が行えるようになった。もともとブライティスにはツヴァイと同様、プラズマ粒子を貯蔵しておくタンクがあったが、この武装が追加されるまではそのタンクは空の状態であった。しかしプラズマ粒子を貯蔵するタンクは満たされることにより、プラズマランチャーを運用し、武器として使用する事が可能となったのである。この武装の威力に関してはツヴァイの収束型プラズマカノンと比較すると、ツヴァイのものは2門存在しており、一方でブライティスのプラズマランチャーは一つしかない。従って、威力ではツヴァイのプラズマカノンには及ばない。しかし最大出力で打てばその破壊力はツヴァイに匹敵しないとはいえ、圧倒的なものがある。ただ、その場合は機体がオーバーロードを起こす危険性がある。

 

 

 

ティフォンガンダム〔AMST-009X1〕

元ネタ:セイバーガンダム

全高18.7メートル 重量21.0トン

武装

頭部機関砲×2

ビームセイバー×2

ビームライフル×1

背部バスターメガキャノン砲×2

バスターメガキャノン副装ビーム砲×2

肩部有線式拡散ビーム砲×2

シールド×1

アステル家が開発したMS。ジャンヌ・アステルによってアレンに託された。MS時では肩部が外れるようになっており、その先端からビーム砲が出て敵を攻撃する、有線式拡散ビーム砲を装備している。この、肩部の拡散ビーム砲を展開する為にサイコミュシステムを搭載している。又、MAへ変形することが可能であり、その際はバスターメガキャノンが前方に向くようなシルエットを描く。この時、ビームライフルは背部に移動する。

 MS形態でもサイコミュ兵器を使用可能であり、MA形態でその機動性を活かした先方が可能であり、汎用性に優れるMSである。

 実は過去にアレンが乗っていたガンダムであるクリスタルガンダムのフレームを流用している。戦後に破棄されたクリスタルガンダムを、アステル家が回収し、この機体に仕上げたのだ。

 

武装説明

頭部機関砲

こめかみ部に搭載されている機関砲。牽制用に使われる。

 

ビームセイバー

両側腰部に装備されている。ビームサーベルと比べるとその出力は高い。

 

ビームライフル

主力武器。MA形態では背部にマウントする形をとる。

 

背部バスターメガキャノン砲

高出力のビーム砲。MS、MA形態共に使用可能。その出力は艦を一撃で貫く。

 

バスターメガキャノン副装ビーム砲

バスターメガキャノン砲の副砲。使用頻度は少ない。牽制用に使用される程度。

 

肩部有線式拡散ビーム砲

MS形態時に使用可能な兵器。肩部のパーツが外れる形を取り、そこから有線式の拡散ビー

ム砲を展開する。

 

シールド

MS形態では防御用。MA形態ではガンダムフェイスを覆う為のガードの役割を果たす。

 

 

 

ドラグネスアサルト〔DMS-98A〕

元ネタ:ゲルググ、ゲルググM

全高18.4メートル 重量24.7トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

ビームアサルトライフル×1

シールド×1

デウス帝国軍のMS、ドラグネスのカスタム機。性能は高く、現代のMSと戦っても引けを取らない。ドラグネスにウイングがつき、機動性が大幅上昇。

デウス軍が敗北した際にアステル家に預けられたドラグネスが改良され、性能が向上した。

 

武装説明

頭部機関砲

牽制用の機関砲。あまり威力は無い。

 

ビームサーベル

両側腰部から、抜刀する形式で使用する、近接戦闘兵器。

 

ビームアサルトライフル

 連射などをすることが可能なアサルトライフル。

 

シールド

防御用のシールド。ビーム兵器等でも若干耐える。



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MECHANICS(デウス帝国残党軍)

登場兵器紹介(デウス帝国残党軍)
※話が進み次第、更新していく予定です。


デスゲイズ〔DXX-R04〕

元ネタ:バビ(両前腕部はレイダーガンダム)

全高25.7m 重量18.7トン

武装

マシンキャノン×2

有線式ビームサーベル×6

2連装前腕部ビームキャノン×2

肩部ミサイルポッドシステム×2

腹部メガビームカノン×1

ノーズビームキャノン×4

360度回転砲塔ガトリング×2

ヘッドビーム砲×1

デス・ランチャー×1

メイド・ヘヴンが乗る可変MS。デウス軍残党から受け取り、以後彼の愛機となる。機体性能は非常に高く、デウス軍の新たなる技術を用いた機体と言える。豊富な武装が魅力の機体でもある。又、この機体はサイコミュを装備しており、シンギュラルタイプ等の力を持つ人間のみが操る事ができる機体となっている。変形すれば怪鳥のシルエットを描く。攻撃面、防御面、機動性等、全てにおいて優れている機体であり、その性能の高さはツヴァイやブライティスに匹敵する。また、機体全体にバリアーフィールドジェネレーターが使われており、死角からのビーム兵器も通用しない。優秀な機体ではあるが、その分使い手を選ぶ機体でもある。しかしパイロットであるメイドは持ち前の技量の高さを生かし、この機体を難なく乗りこなす。

 

武装説明

マシンキャノン

胸部に取り付けられた、頭部機関砲を遥かに凌ぐ威力を誇る実弾兵器。デスゲイズのマシンキャノンは戦艦クラスの装甲にも穴を開ける事ができる。

 

有線式ビームサーベル

デスゲイズの主武器。片腕に3つ、計6つのビームサーベルが存在しており、それらはサイコミュによって稼動させる事ができるようになっている。1度に多くの敵を相手にする事ができる。ちなみにMA形態でも使用が可能である。それはまるで悪魔の爪を描いているようにも見える。また、ビーム刃を展開せずに、そのまま敵機に線だけを絡ませ、電流を流す戦法も可能である。

 

 

 

二連装前腕部ビームキャノン

他のMSで言うビームライフルに当たる武器である。MSの装甲なら一撃で貫く破壊力を持つ。MA形態でも使用が可能。

 

肩部ミサイルポッドシステム

肩に装備されているミサイルポッド。牽制用に使用される。

 

腹部メガビームカノン

デスゲイズの強力な武器の一つ。腹部にエネルギーを溜めてそこから高出力のビームを放出する。メイド・ヘヴンの以前に乗っていた、グラントロールの〝アイドビームカノン〟の3倍以上の破壊力を秘めている。

 

ノーズビームキャノン

MA形態時に使用される武装。バックパックの先端部分は怪鳥のくちばしのような形状をしており、その部分からビームを放出する。

 

360度回転砲塔ガトリング

デスゲイズのバックパックには2つのガトリングが備え付けられている。MS、MA形態共に使用する事が可能。360度回転する為、横側の敵機や背後の敵機を攻撃するのに有効である。

 

ヘッドビーム砲

デスゲイズの頭部から放出されるビーム砲。MA形態で使用される。

 

デス・ランチャー

デスゲイズの最強の武器。MA形態のみで使用可能である。

MA形態時、腰部が変形してデス・ランチャーと言う巨大な突起物が出現する仕組みになっている。艦隊を消滅させる事など容易な破壊力を持つそれは、ヴァイダーガンダムのルイーナシステム(対艦隊迎撃システム)と同じような感覚で放つ事ができる。しかし当然ながらヴァイダーガンダムのルイーナシステム程の破壊力ではない。

 

 

 

ディエル〔DMS-81〕

元ネタ:ザクⅡ

全高18.4メートル 重量28.7トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×1

ビームライフル×1

ディエルマシンガン×1

デウス帝国軍の量産型MS。

PC0001年に終結したデウス動乱の際に使用されたMSである。デウス軍が当時の地球連邦に対して量産機体を多数投入された。汎用性も高く、様々なバリエーションがある。

 

武装説明

頭部機関砲

接近してきた敵に対して使用される武器。

 

ビームサーベル

背中に装備されているサーベルラックを抜いて敵を切り払う、接近用の武器である。

 

ビームライフル

ディエルの主な武器。現在のMSと比べて威力が圧倒的に低い。

 

ディエルマシンガン

当時のデウス軍がディエルが水中でも対応できるように製作された武器。水中ばかりか、様々な場所で活用されていた。

 

 

 

ゴルモンテMk-Ⅱ〔DMS-97Ⅱ〕

元ネタ:ドライセン

全高20.1メートル 重量29.7トン

武装

ビームサーベル×1

ビームバズーカ×1

ビームマシンガン×1

大型シールド×1

シュツルムファウスト×1

シュート・シューター×10

デウス残党軍の量産機体。かつてデウス軍はゴルモンテという重MSを使用していたがこれはそのゴルモンテの後継機にあたる。現在のデウス残党の主力MSで、様々な武器を持つ事ができる。性能自体はディーストやジョゼフを上回る。

 

武装説明

ビームサーベル

接近用の武器。腰からサーベルラックを抜いて装備する仕組みである。

 

ビームバズーカ

ゴルモンテの代名詞とも言える武器。Mk-Ⅰよりも改造が施されており、威力もさらに高くなった。

 

ビームマシンガン

ビームを連射するために用いる武器。威力としてはライフルとあまり変わらない。

 

大型シールド

左肩部に存在しているシールド。防御性能に優れる他、実弾兵器の収納に一役買っている。

 

シュツルムファウスト

先端が膨らんでいる棒状の武器。取っ手を持ち、先端部分が発射して敵を攻撃する。

 

シュート・シューター

ゴルモンテのシールド内部に装備されている実弾兵器。簡易追尾機能を内蔵しており、目標に向かって発射する。

 

 

 

ゴルモンテ〔DMS-97〕

元ネタ:ドム

全高19.7メートル 重量30.5トン

武装

ビームサーベル×1

ビームバズーカ×1

拡散ビーム砲×1

デウス動乱時代のデウス帝国軍の主力宇宙専用MS。ビームバズーカによる攻撃が重宝し、当時では積極的に使われていた。現在でも宇宙を中心に活動するMS乗りや、宇宙海賊等に使用されることが多い。

 

武装説明

ビームサーベル

近接用の武器。しかしビームバズーカを主流に戦うゴルモンテはあまりこれを使用しなかった。

 

ビームバズーカ

ゴルモンテの主武装。これによる集団砲撃が、この機体の主な攻撃手段だった。

 

拡散ビーム砲

腹部に搭載されているビーム砲。だがあまり大した威力もなく、あまり使用されることもなかった。

 

 

 

ディエルMk-Ⅱ〔DMS-81Ⅱ〕

元ネタ:ギラ・ドーガ

全高20.1メートル 重量24.3トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

大型ビームディエルマシンガン×1

大型シールド×1

シールド内蔵式簡易追尾型実弾兵器(シュート・シューター)×10

追尾式ロケットミサイル×2

ディエルの後継機として開発された量産型MS。デウス残党軍が新生連邦軍に対して相攻撃を仕掛ける際に初陣を飾る。機動性はディエルを圧倒的に上回り、機体性能はゴルモンテMk-Ⅱを凌駕する。ディエルと比べると武装も遥かに多くなり、主にシールドに搭載されている武装がこの機体の主武装となる事が多い。

 

武装説明

頭部機関砲

接近してきた敵に対して使用される武器。ディエルのものよりも出力は圧倒的に上。

 

ビームサーベル

腰部に装備されているサーベルラックを抜いて敵を切り払う、接近用の武器。出力はディエルの比にならない。

 

大型ビームディエルマシンガン

 元々ディエルはビームライフルとディエルマシンガンを、状況に応じて使い分けていたが、Mk-Ⅱではそれらを一体化し、ビームマシンガンとして機能する事となった。

 

大型シールド

 ディエルに新たに追加された武装。守備として機能するだけでなく、様々な武装が備わっている為、武器としても使用が可能。

 

シールド内蔵式簡易追尾型実弾兵器(シュート・シューター)

 シールド内部に搭載されている実弾兵器。素早い敵機に対しても対応する。

 

追尾式ロケットミサイル

 シュート・シューターよりも大型のロケットミサイル。シュート・シューターと比較して扱いにくい武装だが、威力は高い。

 

 

 

ディエルMk-Ⅱアルメスカスタム〔DMS-81ⅡA〕

全高20.1メートル 重量24.3トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

大型ビームライフル×1

大型シールド×1

シールド内蔵式簡易追尾型実弾兵器(シュート・シューター)×10

追尾式ロケットミサイル×2

 アルメス・ラグナ用にチューンナップされたディエルMk-Ⅱ。機体性能自体は通常機と大差ない。専用武装として大型ビームライフルがある。アルメスの技量も加わり、強力な機体としてデウス残党軍の戦力として登場する。

 

武装説明

頭部機関砲

接近してきた敵に対して使用される武器。ディエルのものよりも出力は圧倒的に上。

 

ビームサーベル

腰部に装備されているサーベルラックを抜いて敵を切り払う、接近用の武器。出力はディエルの比にならない。

 

大型ビームライフル

 通常機の連射性能を犠牲にし、出力に特化した武装。ロングレンジであり、高出力のビームを数発撃つことが可能。牽制にも、砲撃にも使われる。

 

大型シールド

 ディエルに新たに追加された武装。守備として機能するだけでなく、様々な武装が備わっている為、武器としても使用が可能。

 

シールド内蔵式簡易追尾型実弾兵器(シュート・シューター)

 シールド内部に搭載されている実弾兵器。素早い敵機に対しても対応する。

 

追尾式ロケットミサイル

 シュート・シューターよりも大型のロケットミサイル。シュート・シューターと比較して扱いにくい武装だが、威力は高い。

 

 

 

バディウス改級宇宙巡洋艦

元ネタ:ムサイ改級巡洋艦

全長不明 重量不明

武装

対MS用65㍉機関砲×16

主砲×2

大型ミサイル×10

メガビーム砲×2

かつてのデウス帝国軍の主力艦、バディウス級に改修を施したもの。全体的に出力が上がっており、MS搭載数も増えた。今では小惑星アポカリプス内で多くのバディウス改級が眠っている。また、一度だけだが光学迷彩を使用することが出来、強襲用に使う事も出来る。

 

武装説明

対MS用65㍉機関砲

接近してくるMSに対して牽制する程度の存在。また、ミサイルを迎撃する為にも使われる。

 

主砲

艦の中央部に位置する三つの主砲。主な武器であるが、戦艦であるので威力は強力である。

 

大型ミサイル

正面の標的に対して使用される。大型なので威力が高く、直撃すれば大破も免れない。

 

メガビーム砲

艦の先端部に存在する大型のビーム砲。高出力で、主砲よりも遥かに威力はあるがエネルギー消費が激しい。

 

 

 



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MECHANICS(氷河族)

登場兵器紹介(氷河族)
※話が進み次第、更新していく予定です。


グラントロール〔ERR-404〕

元ネタ:手部はキュベレイパピヨンのモノアイMS

全高22.3メートル 重量28.2トン

武装

ビームグローブ×2

胸部マシンキャノン×2

ハンドビームカノン×2

アイドビームカノン×1

デウス動乱後に製作されたとされるMS。メイド・ヘヴンのハンドメイドMSである。

両手部のマニピュレーターが通常のMSよりも肥大化しているのが特徴であり、それ自体がクローとしての役割を果たす上、掌部からビーム粒子を展開し、グローブとして敵機体に攻撃を加える事も可能。

最大の特徴は、胸部にある目の形状をしている部分であり、それはアイドビームカノンと名付けられている。絶大な火力を誇る。

ちなみにメイドはこの攻撃をするときに〝目からビーム〟と言っている。それ自体に特に意味はなく、彼流のテンションの上げ方である。

 

武装説明

ビームグローブ

マニピュレーターの掌部から展開される、ビーム刃。それ自体がビームサーベル等と拮抗する事が可能である。グラントロールの主な武装となっている、兵器。

 

マシンキャノン

胸部に装備されている連射機能を持つ実弾兵器。従来の頭部機関砲よりも遥かに威力がある。

 

ハンドビームカノン

他のMSで言うビームライフルに分類される武器。

 

アイドビームカノン

胸部に描かれている目のような部分から放出するから、アイドビームカノンである。グラントロールの最強の武器で、メイド・ヘヴンはハンドビームカノンと同じような感覚でこの武器を使用している。

 

 

 

 

ギィル専用ディースト〔NFMS-890G〕

全高17.6メートル 重量20.9トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×1

ビームライフル×1

シールド×1

氷河族の一人、ギィル・オカザキが搭乗するディースト。紅色のカラーリングをしている。カラーリング以外は、従来のディーストと性能の大差はない。

 

武装説明

頭部機関砲

ディーストの頭部に装備されているもの。接近時に使用する。

 

ビームサーベル

背中からサーベルラックを抜き、ビームサーベルを展開する。接近戦で使用される。

 

ビームライフル

ディーストの主な武器。一番使用される武装である。

 

シールド

敵機のビームやミサイルを防ぐためのもの。それなりに使用頻度は高い。

 

 

 

 

ガンガレン〔GUN-XX〕

元ネタ:サーペントのモノアイバージョン

全高19.6メートル 重量32.6トン

武装

マシンキャノン×2

ヘビーマシンガン×1

ジャイアントバズーカ×1

2連装ガトリング砲×1

ショルダーミサイルポッド×2

氷河族の一人、ケネール・リックが搭乗する重火器を無数に背負ったMS。重火器類を好むケネールのハンドメイドMSである。この機体は元々デウス帝国のMSをケネールが自ら独自改造したものである。だが形式番号は完全に書き換えられている。ただ、彼のこだわりのおかげで武器は全て実弾兵器になっている。一切近距離用の武器を持たず、実弾のみで戦う。武器はヘビーマシンガン、ジャイアントバズーカ、シュトゥルムファウスト、ガトリングなど。

 

 

武装

マシンキャノン

従来の頭部機関砲よりも遥かに威力のある武器。貫通力に優れる。

ガンガレンの唯一の接近戦で使用される。

 

ヘビーマシンガン

ガンガレンのメイン武器。常に右手に持っている。

 

ジャイアントバズーカ

ヘビーマシンガンの代わりに使用されることがある。威力に優れるが隙がある。

 

2連装ガトリング砲

左腕に装備されている強力なガトリング砲。かなりの破壊力がある。

 

ショルダーミサイルポッド

肩からミサイルを放出する。大量の敵に攻撃するのに役立つ。

 

 

 

 

ファドゥーム〔MS-BC68〕

元ネタ:頭部、胴体はガルバルディβ、左手部はコンティオ

全高18.2メートル 重量34.4トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×1

バズーカ×1

有線式クロー×1

クレーディト・メカニクス社より開発された氷河族オリジナルデザインの量産型MS。量産機体を製作することが出来ることから、氷河族はかなりの技術力・経済力を持っていることが分かる。このMSは主にテロリストや武装集団によって使用されることが多い。何故なら、氷河族と提携しているクレーディト社が、こうした組織にこのMSを提供しているためである。軍から奪ったMSや、かつてのデウス動乱の機体を使用するテロリストや武装組織も中にはいるが、この機体はこれらの機体を使用するよりも手軽に手に入れられるということで、こうした組織には定評がある。だがあくまでも量産型MSなので性能はさほど高いものではない。

 

武装説明

頭部機関砲

頭部に装備されているバルカン砲。接近戦に使用される。

 

ビームサーベル

背中に装備されているもの。右手はバズーカで埋まっているため、クローを展開し、そのクローでサーベルを掴むようになっている。

 

バズーカ

ファドゥームの主な武器。常に右手に所持している。

 

有線式クロー

左腕のクローを展開し、そこからビームが放出するようになっている。サイコミュや準サイコミュとは異なる。

 



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MECHANICS(OTHERS)

登場兵器紹介(OTHERS)
※話が進み次第、更新していく予定です。


大型陸上戦艦ビヤーバーン

元ネタ:テンザン級陸上戦艦

全長不明 重量不明

武装

対MS用機関砲×10

主砲×5

ビーム砲×6

元々デウス帝国の陸上戦艦。その巨体のおかげで多くのMSを搭載する事ができる。

主砲をはじめとするビーム砲を複数搭載している。砂漠の狩人の旗艦でもある。

 

武装説明

対MS用機関砲

接近するMSに対して使用される武器。牽制で使用される程度。

 

主砲

ビヤーバーンの主な武装。実弾兵器である。

 

ビーム砲

近接する機体に使用される低出力のビーム砲。

 

 

 

オーツェラーン号

元ネタ:ボズゴロフ

全長不明 重量不明

武装

長距離型ミサイル×2

追尾式魚雷×4

セイントバードを襲う海賊、ベレッサ海賊団が使用する潜水艦。

性能はあまり高いとは言えないが、サイズが大きく、

複数のMSを搭載できる。

 

武装説明

長距離型ミサイル

2門設置されているミサイル。その範囲は非常に広く、セイントバードが上空に飛んでいても届く程である。

 

追尾式魚雷

その名の通り、敵を追尾するセンサーがついている魚雷。狙った標的は逃さない。

 

 

 

シャーディア級大型陸上戦艦ジェルヴァ

元ネタ:ロッキー級陸上戦艦

全長不明 重量不明

武装

対MS用機関砲×10

6連ミサイル×6

主砲×2

メガビーム砲×4

ノルウェーで、新生連邦や氷河族と戦う個性豊かな面々が揃うジェルヴァチームの母艦である。新生連邦軍のシャーディア級の4番艦で、セイントバードと同様、新生連邦から強奪した戦艦でもある。以後チームの母艦となった。かなりの大型で、敵の攻撃に当たりやすいのが難点だが攻撃力は非常に高く、その上耐久性にも優れており、簡単には沈まないようになっている。また、ホバー機能も備えており、水上を移動することも可能。

 

武装説明

対MS機関砲

MSが接近してきた時に使用される。しかしあくまでも牽制用のため、使用頻度は高くない。

 

6連ミサイル

非常に威力の高い大型ミサイルを放出する。拠点攻撃用に開発された。

 

主砲

シャーディア級の主な武装。先端部分に突出しているのが特徴。

 

ビーム砲

船体の側方部に搭載しているビーム主砲。極寒の地に於いては氷塊を溶かしたりする等の役割もある。

 

 

 

ディザートディエル〔DMS-81D〕

元ネタ:ディザートザク

全高18.4メートル 重量28.7トン

武装

頭部機関砲×2

ビームトマホーク×1

ディエルマシンガン×1

ジャイアントバズーカ×1

デウス帝国の量産型MS、ディエルの砂漠仕様。砂漠仕様というだけあり、砂漠でも劣らない機動性を発揮する。ジャイアントバズーカを主な武器としていて、マシンガンやビームトマホーク等の武器を所持している。現在は砂漠の狩人率いるMS乗り達が使用している。

 

武装説明

頭部機関砲

頭部に装備されている、接近戦用の機関砲。

 

ビームトマホーク

接近戦用に使用されるビームの斧。サーベルとも互角に戦う。

 

ディエルマシンガン

オリジナルのディエルにも装備されているマシンガン。大して何も変わっていない。

 

ジャイアントバズーカ

ディザートディエルに装備されている大型のバズーカ。この機体の主な武器である。

 

 

 

ラグラーナ〔DMS-81C〕

元ネタ:ザメル(キャノン砲を無くし、ビーム兵器を搭載したような形)

全高22.4メートル 重量42.8トン

武装

頭部機関砲×2

大型ビームサーベル×1

大型ビームライフル×1

ディザートディエルを大きく改修した機体。もはやディエルの原形を留めていない。砂漠の狩人専用のMSで、かなりの大型機体である。巨大なバーニアを2基背負っており、圧倒的な機動性で敵を翻弄する。機動性に特化しており、武装数は少ない。

その巨体のおかげで、ダメージを受けやすいのが弱点。

 

武装説明

頭部機関砲

頭部に装備されている、接近戦用の機関砲。

 

大型ビームサーベル

ジャンク品を改修して作り出した武装。背部に一つ、背負っている。出力は高い。

 

大型ビームライフル

高出力のビームライフル。こちらもジャンク品を改修して作り出されたものである。

 

 

 

ディースト(タウラ仕様)〔NFMS-890〕

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×1

ビームライフル×1

シールド×1

全高17.6メートル 重量20.9トン

 アルメジャンに本拠地を置く反連邦政府組織タウラが新生連邦軍の機体を強奪したディースト。機体のカラーリングはタウラのパーソナルカラーの水色系統に染まっている。

 

武装説明

頭部機関砲

ディーストの頭部に装備されているもの。接近時に使用する。

 

ビームサーベル

背中からサーベルラックを抜き、ビームサーベルを展開する。接近戦で使用される。

 

ビームライフル

ディーストの主な武器。一番使用される武装である。

 

シールド

敵機のビームやミサイルを防ぐためのもの。それなりに使用頻度は高い。

 

 

 

ジョゼフ(タウラ仕様)〔NFMS-990〕

全高18.3メートル 重量21.5トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

ビームライフル×1

前腕部グレネードランチャー×2

アルメジャンを本拠地とした反連邦政府組織タウラ使用したMS。通常のジョゼフの色は白色だが、この機体は水色系統となっている。

 

武装説明

頭部機関砲

牽制用に使用される砲塔バルカンシステム。使用すると言っても、接近時に使用される事がたまにある程度である。

 

ビームサーベル

腰に装備されているサーベルラックを抜き、それで敵を攻撃する。敵の接近時に攻撃を行なう。

 

ビームライフル

ディーストのビームライフルから改良を加えたもの。実は出力がディーストのものと比べて少しだけ上がっている。

 

前腕部グレネードランチャー

腕に装備された実弾兵器。ジョゼフは主にビームライフルで攻撃するのであまり使用される姿は見られない。

 

 

 

ジャスティス(日本軍仕様)〔EMS-009〕

全高18.1メートル 重量34.5トン

武装

頭部機関砲×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×1

ヒートストリングス×2

旧連邦軍のMS、ジャスティスの日本軍仕様。カラーが通常の色である赤紫ではなく、黄色系統の色になっている。また、頭部に日の丸マークが描かれているハチマキを巻いている。

 

武装説明

頭部機関砲

敵が接近してきた際に使用されるバルカン砲塔システム。しかしジャスティスは旧式である為、威力も非常に弱い。

 

ビームライフル

ジャスティスの主な武器である。しかし現代のMSに比べると威力も比較的弱い。

 

ビームサーベル

背中からサーベルラックを抜く仕組みになっている。現代のMSのように腰から抜くと言った事は無い。現代のMSでもまれに背中からサーベルラックを抜く仕組みになっている機体があるが、基本的にラックは2つになっているのが当たり前である。ジャスティスはラックが1つしかない。

 

ヒートストリングス

腕の中に仕込まれている電撃線。触れた敵を痺れさせ、行動不能に追い遣る。

 

 

 

ズボラーナX〔DMSM-67MX〕

元ネタ:ズゴックE

全高21.4メートル 重量54.9トン

武装説明

頭部ミサイル×10

取り外し式ギガクロー×2

アクアコンバットナイフ×2

腹部フォノンメーザー砲×3

デウス軍が使用したMS、ズボラーナの改修機体。ベレッサ海賊団が独自にカスタムしたもの。骨をイメージした、白と黒のカラーリングが特徴。クローを装備しており、セイントバードチームに襲いかかる。また、クローを取り外して人型の腕に変える事もでき、その腕でコンバットナイフを所持する事も可能。

 

武装説明

頭部ミサイル

ズボラーナの時は8門だったミサイルが10門に増えた。威力はあまり変わらない。

 

取り外し式ギガクロー

取り外して人型の手にする事ができる。これ自身の攻撃力は非常に高く、弱い装甲の量産型MSなら一撃で貫く。

 

アクアコンバットナイフ

ズボラーナXの手が人型の時に使用される接近用の武器。

 

腹部フォノンメーザー砲

主な射撃兵器。水中で主に使用される兵器。

 

 

 

ディエル除雪仕様〔DMS-81〕

全高18.4メートル 重量28.7トン

武装

除雪用ライフル×1

ヒパック村等、寒い地方で雪を溶かすために使用されるディエル。

ビームライフルを改造して高温の出力のある湯を出すことが出来る。

武装は一切持たず、頭部機関砲もオミットされている。雪が降り続く村のために貢献している機体である。

 

武装説明

除雪用ライフル

ビームライフルを改造し、高温の湯が出るように設定された。いわゆる湯鉄砲。

 

 

 

ジョゼフ寒冷地仕様ジェルヴァカスタム〔NFMS-990C〕

全高18.3メートル 重量21.5トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

ビームライフル×1

前腕部グレネードランチャー×2

 ジェルヴァチームが鹵獲した寒冷地仕様のジョゼフ。頭部には特徴的なゴーグルが装着されている。主なパイロットはレイ・キレス、ゼル・アスト・ジェイフォード。

 

武装説明

頭部機関砲

牽制用に使用される砲塔バルカンシステム。使用すると言っても、接近時に使用される事がたまにある程度である。

 

ビームサーベル

腰に装備されているサーベルラックを抜き、それで敵を攻撃する。敵の接近時に攻撃を行なう。

 

ビームライフル

ディーストのビームライフルから改良を加えたもの。出力がディーストのものと比べて少しだけ上がっている。

 

前腕部グレネードランチャー

腕に装備された実弾兵器。ジョゼフは主にビームライフルで攻撃するのであまり使用される姿は見られない。

 

 

 

ディースト寒冷地仕様ジェルヴァカスタム〔NFMS-890CR〕

全高17.6メートル 重量20.9トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×1

実弾ライフル×1

ビームライフル×1

シールド×1

 ジェルヴァチームに鹵獲されたディースト寒冷地仕様。主なパイロットはニア・エグドナ。

 

武装説明

頭部機関砲

ディーストの頭部に装備されているもの。接近時に使用する。

 

ビームサーベル

背中からサーベルラックを抜き、ビームサーベルを展開する。接近戦で使用される。

 

実弾ライフル

寒冷地で使用されるライフル。連射攻撃によって氷塊を攻撃するといった、地形に応じた攻撃を行う。

 

ビームライフル

ディーストの主な武器。一番使用される武装である。

 

シールド

敵機のビームやミサイルを防ぐためのもの。それなりに使用頻度は高い。

 

 

 

ディープシー(陸戦仕様)ジェルヴァカスタム〔NFMS-08MC〕

全高18.6メートル 重量26.8トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

ガトリング・ガン×1

脚部ミサイル×4

ショルダースパイク×2

 ジェルヴァチームが鹵獲したディープシーの陸戦型。この機体はクリア・ミーティが愛用している機体である。ガトリング・ガンが特徴的な武装であり、あらゆる戦闘で多用する。

 

武装説明

頭部機関砲

現代の様々なMSに備え付けられているバルカン砲塔システム。牽制用に使用される程度である。

 

ビームサーベル

この機体の接近戦用武器。白兵戦で用いられる。

 

ガトリング・ガン

 クリアが駆るカスタムで使用する、旧デウス帝国の兵器の改修機武装。

 

脚部ミサイル

魚雷の代わりにつけられた誘導ミサイル。

 

ショルダースパイク

肩に装備されているスパイク。そのままタックルをして敵を攻撃するという戦法もある。

 

 

 

ツヴァイガンダムイージー〔ASMX-A02〕

全高18.9メートル 重量23.2トン

武装

メガマシンキャノン×2

メガビームセイバー×2

バズーカランチャー×1

腕部ビームキャノン×1

前腕部グレネードランチャー×1

肩部拡散メガビーム砲×1

ブリッツファンネル×3

ミニファンネル×6

 デスゲイズによって破壊されたツヴァイを、ジェルヴァチームが改修した機体。左上腕から先はジョゼフのものを装着している。急造した為、規格を無理に合わせている。武装も大きく減っており、名前の通り、“イージー”となっている。だが、この状態でもブリッツファンネルを使用する事は可能だ。

 射撃武装はビームライフルの代わりに、シャルアが急造したバズーカランチャーを所持している。

 

武装説明

メガマシンキャノン

接近してきたMSに対して使用される。頭部機関砲よりも遥かに威力があり、胸部に装備されている。

 

メガビームセイバー

ツヴァイの武器。高出力のセイバーで、接近戦に使用する。その威力は従来のビームサーベルを遥かに凌駕する。

 

バズーカランチャー

バスタービームライフルの代わりに装備されることがある実弾式のバズーカランチャー。

バリアーフィールドを気にすることなく攻撃できる。ちなみにジェルヴァチームのシャルア・ジェインが勝手に付け足したものである。

 

腕部ビームキャノン

バスタービームライフルの代わりに使用される事がある。だがその利用頻度は低い。

 

 

前腕部グレネードランチャー

 ジョゼフのものをそのまま流用した武装。

 

肩部拡散メガビーム砲

肩に隠されている、拡散するメガビーム砲。拡散するので多くのMSに対して有効。

 

ブリッツファンネル

ツヴァイの背中に装備されているサイコミュ兵器。シンギュラルタイプなどの人間が使用できる武器で、その破壊力は凄まじい。サーベル状にもすることができる。

 

ミニファンネル

ツヴァイのブリッツファンネルの中に二つ入っている小さいサイズのファンネル。サイズ以外は基本的にはブリッツと変わらない。

 

 

 

パワーム〔MS-10〕

元ネタ:プチモビ

全高3.5メートル 重量8.6トン

武装

マニピュレーター×2

通称“プチモビ”と呼ばれる作業用MS。レイがプチモビルスーツ大会に出場した際に使用した機体。バックパックには僅かに推進剤が存在しているが、プチモビルスーツ大会ではそれらの存在はカットされている。主に鉄工等を運ぶ役割を担う。また、使い方によっては敵機体を殴るといった行動も出来る。

 

 

 

火星の魔物(MS型EVEシステム無人防衛システム)

元ネタ:DOMEビット(ただし頭部カメラアイはモノアイタイプ)

全高22.2メートル 重量45.7トン

武装

ビームソード×2

ビームマシンガン×1

迎撃用ホーミングミサイル×4

 かつてデウス帝国がアドバンスドタイプを作り出そうと当時未開の地であった火星に作り出したEVEシステムを防衛するMS型の無人兵器。コードネーム、マーズモンスター。この機体はEVEシステムが侵入者を排除する目的で独自に作り上げたものであり、EVEシステムの命令によって動く。武装は然程多くないのだが、数多くがEVEシステムによって生産されており、EVEシステムのある施設周辺に無数に配備されていた。現在EVEシステムが崩壊してからは火星の魔物と呼ばれる無人防衛システムは機能していない。

 武装はビームサーベルやビームマシンガン等、大して多い訳ではない。特徴的なのはカメラアイであり、モノアイタイプではあるのだが機体の頭部全体にモノアイが可動出来る仕組みとなっており、現在も生産されているMSとは明らかに異質であるのが特徴である。

 EVEシステムが火星に置かれて以来、人類は火星に進出する事は無かった。というのも、デウス帝国と地球連邦軍は戦争中であったと言う事と、この火星の魔物がEVEシステムに近付いた者を攻撃していた為、火星の調査が進まなかった為である。

 

武装説明

ビームソード

 高出力のビームソード。ターゲットに対し、容赦なく襲い掛かる。

 

ビームマシンガン

 火星の魔物の主力武器である。

 

迎撃用ホーミングミサイル

 左肩部に搭載されているミサイル。ターゲットに直撃するまで追い掛け続ける。

 

 

 

クリスタルガンダム〔CMS-01〕

元ネタ:ガンダムジェミナス01

全高 18.3メートル 重量 31.7トン

武装 不明

 デウス動乱時、かつてのガンダム伝説の復活を思想して連邦軍が作り出した切り札。

この機体に搭載されているクリスタルシステムが最大の特徴で、パイロットの感情に応じて力を発揮することが出来る、言わばパイロットの感情とシンクロするシステムである。このシステムは感情が極まった状態で感応してしまうと〝暴走〟と言われる現象を起こし、パイロットの性格も変化する上、機体性能も飛躍的に伸びるのだが、反面パイロットの循環器系統に多大な負荷を与え、下手をすれば危険に追い遣る危険性を持つものである。その上これを使って生き延びたとしても、機体性能は起動時前の半分以下になってしまうデメリットもある。この機体に乗っていたのは、デウス動乱時十五歳だったアレン・レインドであり、暴走と言う脅威の現象に立ち合ったことがあった。しかしこの時は彼は命の危機に遭う事なく無事に生還している。

 上記の事もあり、極めて危険なMSと判断され、システム自体の量産に至る事は決してなかった。だが機体のポテンシャルを向上させるという面が評価され、アステル家に密かに引き継がれている。

 

 

 

ガンダム〔MS-01〕

全高18.0m 重量43.4トン

武装

頭部機関砲×2

ヒートサーベル×2

ビームライフル×1

マシンガン×1

ハイパーバズーカ×1

ガンダムハンマー×1

シールド×1

150年以上前、地球連邦軍が開発した最初のMS。機体色は全体が白だったという事だけが記録に残されている。現代のガンダムタイプと比較する為、ファースト・ガンダムとも呼ばれているこのMSは、クリスタルウォーの決戦兵器として導入された。マシンガン等の兵器を搭載しており、現在のMSの原型になったとも言われている。

ビームライフルは当時の試作段階で用いられたビーム粒子を用いたものであるが、それが他のMSに常設されるようになるには長い年月を要するのであった。

また、ハイパーバズーカやガンダムハンマーと言われる武器があるが、それは設定段階のもので、実際には使われなかったと言う。ちなみにパイロットはホワイト・デーモンと言う記録だけが残っており、それが本名なのか、仮名なのかは全く分かっていない。



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MECHANICS(FPB)※終盤ネタバレ注意!

登場兵器紹介(FPB)
※話が進み次第、更新していく予定です。


機動戦艦アルバトス

元ネタ:ネェル・アーガマ

全長不明 重量不明

武装

対空レーザー砲×50

大型主砲×4

小型副砲×8

迎撃用ミサイル×30

大出力プラズマカノン×1

 ギア・ジェッパーが密かに建造していた最新鋭の機動戦艦。セイントバードを失い、途方に暮れているエリィに与えられ、以後エリィがこの戦艦に乗り、艦長として指揮を執る事になる。

 武装はセイントバードの比にならない程に多く、最大の特徴は艦の下部に搭載されているプラズマカノンである。これにより、バリアーフィールドを持つ機体を貫通する事は可能となる。その威力は一撃でコロニーを破壊する事が出来る程である。

 FPBの主力艦として、そしてエリィ達の新たな母艦として、アルバトスは戦場へ向かう。MS搭載可能数は、十機。セイントバードより少ないが、総合火力は高い。

 

武装説明

対空レーザー砲

 アルバトスの各部に搭載されているレーザー砲。敵MSを寄せ付けない為に弾幕を張る為に用いられる。

 

大型主砲

 アルバトスの前方に搭載されている主砲。高出力のビーム砲を360°回転して撃つ事が可能。

 

小型副砲

大型主砲の両側部に装備されている小型の副砲。しかし出力はツヴァイガンダム等のビームライフルよりも高出力である。

 

迎撃用ミサイル

 敵MS等に対して使用されるミサイル。名前の通り、迎撃用に使用される。

 

大出力プラズマカノン

 アルバトスの最強の兵器。直線上の敵を一掃する力を持つ。又、コロニーや小惑星を一撃で破壊する事も可能である。

 

 

 

リューチェ級宇宙巡洋艦(FPB)

元ネタ:バイカル級宇宙巡洋艦

全長不明 重量不明

武装

対空レーザー砲×12

迎撃用ミサイル×20

メガビーム砲×4

国連軍の宇宙巡洋艦。大量に生産されている戦艦であり、MSの搭載数は六機程度格納可能。FPBのリューチェ級は灰色で統一されている。

 

武装説明

対空レーザー砲

近づいてくる敵や、ミサイルに対して使われる。

 

迎撃用ミサイル

接近するMS等に対して使用する。

 

メガビーム砲

 リューチェ級の主砲。

 

 

 

ツヴァイガンダムRBFカスタム〔ASMX-A02RBF〕

全高18.9メートル 重量27.8トン

武装

メガマシンキャノン×2

メガビームセイバー×2

バスタービームライフル×1

ビームディフェンスシールド×1

腕部ビームキャノン×2

肩部拡散メガビーム砲×2

リゾネートブリッツファンネル×6

リゾネートミニファンネル×12

収束型ブラスタープラズマカノン×2

 ツヴァイガンダムのブリッツファンネルの機能を更に増幅させたMS。RBFとはResonate Britz Funnelの略称である。ファンネルの個数をそのままに、各機にバリアーフィールドを内蔵。これにより、ツヴァイは広範囲に渡ってバリアーフィールドを展開する事が出来、敵機の放つビーム兵器に対して絶対的な防御力を誇る。又、強化されたファンネルはそれぞれにビームリゾネートジェネレーターを搭載されている。これにより、ファンネル同士がエネルギーの共鳴を行い、それによって単体のファンネル以上の出力を誇るビーム砲撃を行う事が可能となった。ツヴァイに搭載されているブリッツファンネルの数は計18基であり、全てがエネルギーの共鳴を行いビーム砲撃を行うと、凄まじい、高出力のビームを放出する事が可能となる。これは不利な戦況を打開する際に用いられるが、敵機体にバリアーフィールドジェネレーターを持つ機体があればそれは無力と化する。しかし、強化されたブリッツファンネルはエネルギーの共鳴をビーム砲撃でなく、ビーム刃状に展開する事も可能である。これによって18基のファンネルが全てエネルギー共鳴を行えば大出力のビームプリッカーとして機能し、敵機体を貫く事が可能となる。

 又、このファンネルのエネルギー共鳴を利用してツヴァイは大気圏突入・離脱が可能となる。機体の前部にブリッツファンネルを展開し、そのまま大気圏を離脱する際のバリアーとして機能する事が出来る。

 既存の武装はそのままだが、ファンネルに対して特化し、攻守共に極限に至ったツヴァイガンダム。レイは強化されたツヴァイを駆り、決戦の地である宇宙で死闘を繰り広げる。

 

武装説明

メガマシンキャノン

接近してきたMSに対して使用される。頭部機関砲よりも遥かに威力があり、胸部に装備されている。

 

メガビームセイバー

ツヴァイの武器。高出力のセイバーで、接近戦に使用する。その威力は従来のビームサーベルを遥かに凌駕する。

 

バスタービームライフル

より高出力な、ツヴァイのメイン武器のひとつ。その威力はアインスの比ではない。

 

ビームディフェンスシールド

ビーム状のシールド。バリアーフィールドがビーム兵器ならこちらは実弾兵器等を防ぐ。

実体シールドの上に覆い被さるようにビームシールドが張られる。

 

腕部ビームキャノン

バスタービームライフルの代わりに使用される事がある。だがその利用頻度は低い。

 

肩部拡散メガビーム砲

肩に隠されている、拡散するメガビーム砲。拡散するので多くのMSに対して有効。

 

リゾネートブリッツファンネル

ツヴァイの背中に装備されているサイコミュ兵器。既存のブリッツファンネルが更に強化された姿で、以前と比較すると面積が大きくなった。これはエネルギー共鳴装置である

ビームリゾネートジェネレーターがバリアーフィールドジェネレーターと共に搭載されている為である。これらが追加されたことで、ブリッツファンネルは多くの戦略を練る事が可能になった。

 

リゾネートミニファンネル

ツヴァイのリゾネートブリッツファンネルの中に2つ入っている小さいサイズのファンネル。こちらにもビームリゾネートジェネレーターが搭載されており、エネルギーの共鳴によって高出力のビーム砲撃が可能となる。バリアーフィールドも搭載されているので、ビーム砲撃による攻撃を無効化する。

 

収束型ブラスタープラズマカノン

ビーム粒子でない、ツヴァイガンダム最強の武器。多数のMSを瞬時に破壊する事ができる。戦艦も用意に破壊することが可能。ビーム兵器でないために、バリアーフィールドを貫く。その原理は、デウス動乱時に使用されたコロニーカノンと同様、プラズマ粒子によるものである。当時使用されたコロニーカノンを小型に凝縮したものがこの武器である。この兵器は出力をコントロールすることが出来、最大出力で撃てば凄まじい破壊力を見せる。しかしこの兵器はバスタービームライフル等の兵器とは違うエネルギー供給方法で供給しなければならないので、普通のMS乗りがこの機体に補給を行うとすればビーム兵器しか補給する事が出来ず、プラズマ粒子は補給する事が出来ない。また、アステル家やツヴァイの設計図を描いた人間やアステル家の人間など、特別な権力を持つ人間にしかこの機体の内部構造を知ることができず、また、プラズマカノンの為の補給も不可能である。

ちなみにこのプラズマ粒子は、従来のプラズマ粒子をより兵器として活躍できるように発達させたものである。従来のビーム兵器を遥かに凌ぐ、次世代の兵器として活躍が期待されるのだが現段階ではプラズマ粒子を強力な兵器にするのにはビーム粒子を強力なものにするのと違って莫大なコストがかかり、主に決戦兵器等に用いられることが多い。

 

 

 

ブライティスガンダムリィンフォース〔AMSX-A100X〕

全高18.9メートル 重量20.6トン

武装

胸部マシンキャノン×2

頭部機関砲×2

高出力バスタービームライフル×1

ビームセイバー×2

ブリッツファンネル×8

ブラスターファンネル×2

実体式ビームシールド×1

ハイパープラズマランチャー×1

キラークロー×2

ウイング型クローアーム×2

ウイング内蔵プラズマバスターカノン×4

 混迷を極めていく戦場の中で、プラズマ兵器が不足していたブライティスガンダムを強化する目的で改修された、ブライティスの新たなる形。ウイングの形状が以前よりも大きく変化しており、今まではプラズマランチャーのような、外部パーツ内に搭載されていただけのプラズマ粒子貯蔵タンクを、機体本体に搭載。それにより、ウイング部分からプラズマ粒子による攻撃を行う事が出来るようになった。基本的な武装自体は元のブライティスと同様である。また、プラズマ粒子に寄る攻撃を主体に置く為、元々ウイングに内蔵していたビーム砲は廃止されている。

 ただし、マニピュレーターの形状も変化しており、特に手指部先端側は鋭利なものに形状が異なっている。これは物理的な攻撃を可能にしているのだが、基本的には使用される事は無い。

 

 

武装説明

胸部マシンキャノン

胸部に搭載されている連射式実弾兵器。ミサイルなどを破壊するのに使われる。出力は新生連邦軍のMSであるジョゼフ等の頭部機関砲よりも高い。

 

頭部機関砲

あくまでもミサイル等の実弾兵器を迎撃するためのもの。使用頻度はそれ程多くはない。胸部マシンキャノンの弾数が切れた時に使われるぐらいである。

 

 

高出力バスタービームライフル

ブライティスの主な武器。その威力はツヴァイガンダムのバスタービームライフルとほぼ互角である。

 

ビームセイバー

両横腰部に備え付けられているセイバーラックを取り外し、使用する。セイバーラック同士を連結して、ナギナタ状にすることも可能。

 

ブリッツファンネル

大型ウイング内部に搭載されているサイコミュ兵器。計8基存在する。搭乗者の脳波によってコントロールされる。ビームを射出することも、ビーム刃にして敵機に突き刺すことも可能。

 

ブラスターファンネル

両横腰部に合計2基搭載されている大型のファンネル。出力もブリッツのものとは比較にならない。こちらもビーム刃にして敵機を突き刺すことが可能。また、横腰部に装着した状態でビームキャノンとして運用する事も可能である。

 

実体式ビームシールド

外見は実体のシールドだが、ビームシールドにもなる。これによって敵が放った実弾兵器等を防ぐことができる。また、ビームライフル等も防ぐ事が出来るので、バリアーフィールドジェネレーターが機能しなくなった時の予備として使用する事も可能。

 

ハイパープラズマランチャー

ブライティスの追加兵器。ツヴァイ同様、プラズマ粒子による攻撃が行う事が可能になった。元々ブライティスにはツヴァイと同様、プラズマ粒子を貯蔵しておくタンクがあったが、この武装が追加されるまではそのタンクは空の状態であった。しかしこれが実戦導入されると、プラズマ粒子を貯蔵するタンクは満たされることになり、プラズマランチャーを発射する事が可能になったのである。この武装の威力に関しては、ツヴァイの収束型プラズマカノンと比較すると、ツヴァイのものは2門存在しており、一方でブライティスのプラズマランチャーは一つしかない。従って、威力ではツヴァイのプラズマカノンには及ばない。しかし最大出力で打てばその破壊力はツヴァイに匹敵しないとはいえ、圧倒的なものがある。ただ、その場合は機体がオーバーロードを起こす危険性がある。

 

キラークロー

 ブライティスガンダムの手部マニピュレーターが、近接戦闘でも効力を発揮できるように改造したもの。五つの指先端部が、鋭利に形状が変わっているのが特徴。

 

ウイング型クローアーム

背部の8枚のウイングの形状が変化する。この時、それらのウイングは全て結合され、2つのウイングへと変形する。そのウイングはクローアームとして機能し、まるで得体の知れないクリーチャーのように、敵機を食らいつく。又、この状態でプラズマキャノンを撃つ事が可能。ただし、基本的にこの武装は使われない。

 

ウイング内蔵プラズマバスターカノン

ブライティスにプラズマ粒子貯蔵タンクを内蔵した事によって新たに作り出す事が出来た兵器。この武装を使用する際は枚あったウイングがそれぞれ二枚ずつ、右上部、右下部、左上部、左下部で結合し、計四枚に変形し、放つことが出来る。この武装は、その内部に搭載されているプラズマ兵器である。一度に四方向へ発射できるため、それぞれの方向に位置する敵を攻撃させることが可能である。

 

 

 

ブライティスガンダムリィンフォース(クリスタル覚醒モード)〔AMSX-A100X〕

全高18.9メートル 重量20.6トン

武装

胸部マシンキャノン×2

頭部機関砲×2

高出力バスタービームライフル×1

ビームセイバー×2

ブリッツファンネル×8

ブラスターファンネル×2

実体式ビームシールド×1

ハイパープラズマランチャー×1

キラークロー×2

ウイング型クローアーム×2

ウイング内蔵プラズマバスターカノン×4

ツインプラズマブラスター×2

エクストリームブラスト×1

覚醒したブライティスガンダム。ツインアイは赤く輝き、ショルダーアーマーも変形し、普段はブラスターファンネルを収納しているサイドアーマーは後方に移動し、機体の各部も外見が大きく変貌する。その姿は破壊の化身そのものであり、以前のブライティスとは比較にならない力を発揮する。まるで機体が暴走しているかのような動きを見せ、他を圧倒する。バックパックに搭載されていた8枚のウイングは覚醒前の美しい姿からは想像も出来ない程にグロテスクな形状になってしまっている。また、このウイングはそれぞれ2枚ずつ、右上部、右下部、左上部、左下部で結合し、計4枚のウイングに変形させることが可能になり、その4枚のウイングからプラズマバスターカノンを放出する事が可能になった。これにより、様々な範囲に存在する敵機を攻撃する事が可能となる。元々ブライティスに搭載されているプラズマ粒子貯蔵タンクが存在しており、その粒子が覚醒した事によってウイングへ移動し、ウイングからプラズマカノンを放出する事が可能になった。

又、ウイングは更に2つに連結し、それらは巨大なクローアームとしての機能も発揮する。それによって近距離の敵機を捉え、粉砕する事も可能となる。しかも、合体した2つのウイングは巨大なプラズマブラスターとしての機能も果たし、これがツインプラズマブラスターとして、覚醒したブライティスの武装となる。ツインプラズマブラスターは、プラズマバスターカノンの2倍の出力である。ちなみにこの2つのウイング型のクローアームを展開している状態が、この覚醒したブライティスガンダムの主な姿である。

そしてウイング型クローアームが連結し、それらはまるで猛獣の牙のように変形し、ブライティスの肩部に結合し、そこからこの機体の最強の武装である最大出力のプラズマ兵器であるエクストリームブラストを放つ事が可能。このエクストリームブラストを発射する際のブライティスガンダムの姿は覚醒前の美しいフォルムではなく、まるで恐竜のような恐ろしいフォルムへと姿へと変貌する。

機体の性能も大幅に上昇し、その内の一つである機動性に関してもこの機体が移動するたびに、敵はまるでこの機体はワープしたかのような錯覚に陥る程に圧倒的な機動性を手に入れる。その為、敵はこの機体の動きを捉える事がほぼ不可能となる。

また、覚醒前は腕部に搭載されていたバリアーフィールドジェネレーターだが、覚醒すればデスゲイズと同様に、機体全体にバリアーフィールドジェネレーターが作動するようになる。このため、わざわざ腕を差し伸ばさなくてもビーム攻撃を無効化する事が可能である。

元々クリスタルシステムは搭乗者の感情とシンクロしており、その中でも怒りの感情に過剰に反応する仕組みになっている。搭乗者(特にアドバンスドタイプ)が過剰な怒りを感じる事でシステムが搭乗者の血流循環量や自律神経の流れを読み取り、それによって機体にも変化が見られるという仕組みである。実際、デウス動乱時に投入されたクリスタルガンダムにもこのシステムは搭載されており、圧倒的な力を見せつけた記録がある。

しかしこのシステムは非常に強力な反面、搭乗者の命にも関わる危険なシステムでもある。というのも、システムそのものが搭乗者の血流量を過剰に促す為、搭乗者の心臓に凄まじい負担が掛かる。それだけでなく、普通の怒りとは比較にならない程の怒りをシステムが促す為に、怒り過ぎて搭乗者が精神崩壊を起こしてしまう危険性も備わっている。その為、このシステムを使いこなすには優れた自己再生能力等、全てにおいてオールドタイプやシンギュラルタイプを凌駕する存在であるアドバンスドタイプがこのシステムを扱うのにふさわしいものだとされ、クリスタルシステムはデウス動乱時のクリスタルガンダムとこの機体以外では実用化に至っていない。実際、身体を強化され、空間認知能力に優れた強化モデル程度の人間ではクリスタルシステムを扱う事は不可能である。これは特殊強化モデルにも言える話である。従って、アドバンスドタイプのみにしか扱う事が出来ない極めて危険なシステムとなっている。

過去に地球連邦はクリスタルガンダムに一般兵士やシンギュラルタイプを乗せ、クリスタルシステムの覚醒を促す為に怒りの感情になる為の薬物投与を行い、システムが機能するのか人体実験を行っていた。その結果、その両者は心破裂と同時に精神崩壊を起こして命を落としている。

発動すれば凄まじい力を発揮するが、基本的には発動する事は余程の戦況で無い限りは厳禁とされており、基本的にブライティスに搭乗する時は、パイロットは自身の感情のコントロールが大切になってくるのである。

しかし、クリスタルシステムはただの恐ろしいシステムではない。機体の機動性の向上等、通常時でも大いに機体に貢献しているのである。その為にジャンヌはあえてこの機体にクリスタルシステムを採用する事にした。パイロットであるアレンが極度の怒りに満ちない事を信じて。

実はこのシステムを発動しない限りは、別にシンギュラルタイプ等のアドバンスドタイプでない力を持つ人間が搭乗しても支障はない。しかし、もしこのシステムに関与するような出来事(怒りの感情を露にする)といった出来事が生じれば、自らを滅ぼす危険性があり、実質アレンのようなアドバンスドタイプ専用の機体となっている。

アレンの怒りによって破壊の化身となったブライティスは、周辺に存在する敵味方問わない兵器を破壊するまで、その機能を停止する事は無い。

 

武装説明

胸部マシンキャノン

胸部に搭載されている連射式実弾兵器。ミサイルなどを破壊するのに使われる。出力は新生連邦軍のMSであるジョゼフ等の頭部機関砲よりも高い。

 

頭部機関砲

あくまでもミサイル等の実弾兵器を迎撃するためのもの。使用頻度はそれ程多くはない。胸部マシンキャノンの弾数が切れた時に使われるぐらいである。

 

高出力バスタービームライフル

ブライティスの主な武器。その威力はツヴァイガンダムのバスタービームライフルとほぼ互角である。

 

ビームセイバー

両横腰部に備え付けられているセイバーラックを取り外し、使用する。セイバーラック同士を連結して、ナギナタ状にすることも可能。

 

ブリッツファンネル

大型ウイング内部に搭載されているサイコミュ兵器。計8基存在する。搭乗者の脳波によってコントロールされる。ビームを射出することも、ビーム刃にして敵機に突き刺すことも可能。

 

ブラスターファンネル

両横腰部に合計2基搭載されている大型のファンネル。出力もブリッツのものとは比較にならない。こちらもビーム刃にして敵機を突き刺すことが可能。また、横腰部に装着した状態でビームキャノンとして運用する事も可能である。

 

実体式ビームシールド

外見は実体のシールドだが、ビームシールドにもなる。これによって敵が放った実弾兵器等を防ぐことができる。また、ビームライフル等も防ぐ事が出来るので、バリアーフィールドジェネレーターが機能しなくなった時の予備として使用する事も可能。

 

ハイパープラズマランチャー

ブライティスの追加兵器。ツヴァイ同様、プラズマ粒子による攻撃が行う事が可能になった。元々ブライティスにはツヴァイと同様、プラズマ粒子を貯蔵しておくタンクがあったが、この武装が追加されるまではそのタンクは空の状態であった。しかしこれが実戦導入されると、プラズマ粒子を貯蔵するタンクは満たされることになり、プラズマランチャーを発射する事が可能になったのである。この武装の威力に関しては、ツヴァイの収束型プラズマカノンと比較すると、ツヴァイのものは2門存在しており、一方でブライティスのプラズマランチャーは一つしかない。従って、威力ではツヴァイのプラズマカノンには及ばない。しかし最大出力で打てばその破壊力はツヴァイに匹敵しないとはいえ、圧倒的なものがある。ただ、その場合は機体がオーバーロードを起こす危険性がある。

 

キラークロー

 覚醒したブライティスガンダムの手部マニピュレーターが変形したもの。5つの指部が鋭利に形状が変化し、並の装甲ならば一撃で貫く貫通力を誇る。

 

ウイング型クローアーム

ブライティスが覚醒した事で、背部の8枚のウイングの形状が変化する。この時、それらのウイングは全て結合され、2つのウイングへと変形する。そのウイングはクローアームとして機能し、まるで得体の知れないクリーチャーのように、敵機を食らいつく。又、この状態でプラズマキャノンを撃つ事が可能であり、それがツインプラズマブラスターである。

 

ウイング内蔵プラズマバスターカノン

ブライティスが覚醒した事により、8枚あったウイングがそれぞれ2枚ずつ、右上部、右下部、左上部、左下部で結合し、計4枚に変形した。この武装は、その内部に搭載されているプラズマ兵器である。一度に4方向へ発射できるため、それぞれの方向に位置する敵を攻撃させることが可能である。

 

ツインプラズマブラスター

ウイング型クローから発射する事が出来るプラズマブラスター。ウイング型クローが2つ存在している為、ツインプラズマブラスターと名前が付けられている。その破壊力はウイングに内蔵されているプラズマバスターカノンの2倍の威力である。

 

エクストリームブラスト

覚醒したブライティスガンダムの最大にして最強の武装。バックパックのウイング型クローが連結することで、猛獣の牙の様な外見に変形し、ブライティスの肩部に結合し、そこからツインプラズマブラスターの更に2倍の威力を誇るプラズマ兵器を放出する事が可能。その破壊力はコロニーを崩壊させる事はもちろん、小惑星やそれに擬態した軍事衛星を一撃で崩壊させる事が可能でもある。エクストリームブラストを撃つブライティスガンダムの姿は恐竜のようなフォルムをしており、美しいフォルムであったブライティスガンダムの面影は最早そこにはない……それは、怒りに満ちたアレンの感情を表している姿にもとれる。

 

 

 

アインスガンダムコズミックカスタム〔NFMSX-01CC〕

元ネタ:ガンダムX DV

全高18.5メートル 重量35.8トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

連射型ビームライフル×1

肩部ミサイルポッド×2

シールド型拡散メガビーム砲×1

 アインスガンダムを宇宙戦用にカスタマイズした機体。機体色は今までのアインスガンダムのような紺色ではなく、白系統の色に変更された。バックパックには大型のブースターが追加装備され、今までのアインスガンダムとは比較にならない推進力を手に入れる事に成功した。

この機体の最大の特徴は既存のシールドを大幅にカスタムしたことにある。このシールドの中央には高出力の拡散ビーム砲が存在しており、多数の敵機体を一掃する事が可能となった。又、シールドはビームエネルギーを展開してビームシールドとしても機能する。このビームシールドは前方にエネルギーを展開する事でビームピッカーとして敵機を突き刺す事が可能である。

 FPBの戦力として生まれ変わったアインスガンダムは、搭乗者であるスバキと共に宇宙を駆け抜ける。

 

武装説明

頭部機関砲

接近してきたMSに対して使用される牽制用の65㍉バルカン砲。威力はあまりない。

 

ビームサーベル

バックパックからサーベルラックを取りだし、ビームサーベルとして使用する。連結して使用する事も可能。

 

連射型ビームライフル

 従来のビームライフルを改造し、一度に3連射が可能となった。

 

肩部ミサイルポッド

 バリアーフィールドを持つ敵機に対するミサイルとして搭載された。

 

シールド型拡散メガビーム砲

 従来のアインスのシールドを大幅に改良したもの。拡散ビーム砲として機能する他、ビームシールドとしても機能する。又、エネルギーを集中させてビームピッカーとして敵機を突き刺す事も可能。

 

 

 

ガースト専用ハイエッジカスタム〔PFMS-B97C〕

全高18.7メートル 重量12.5トン

武装

頭部機関砲×2

ビームサーベル×2

肩部有線式ビームニードル×2

切り替え式ビームライフル×1

腕部ミサイルランチャー×4

ビームシールド×1

上部可動式ビームキャノン×2

腰部可動式ビームキャノン×2

 ガースト専用にFPBが改修したハイエッジのカスタムタイプ。彼のパーソナルカラーである紺系統の色が採用されている上、カメラアイもモノアイタイプに変更されている。武装としては新たに肩部の有線式ビームニードルを追加。これにより、遠距離の敵機にもビームセイバーのような感覚で攻撃を行う事が出来る。機動性もハイエッジに比べて上昇し、彼の新たなる愛機として、戦場を駆ける。

 

武装説明

頭部機関砲

ヴァントガンダムのものよりも出力が上がった。しかしそれでも、この武装はただの牽制程度にしか使えない。

 

ビームサーベル

腰部に装備されているビームサーベル。ヴァントのものよりも高出力になった。

 

肩部有線式ビームニードル

 両肩部に搭載されているビームニードル。遠方の敵機にビーム刃を突き刺すといった攻撃が可能。更に、敵機の身動きとれなくするコードとしての役割も果たす。

 

切り替え式ビームライフル

一見はビームライフルだが、ライフルを素早く横に振る事により、内蔵されているバレルが切り替わってビームマシンガンとしても機能する。

 

腕部ミサイルランチャー

言わば腕部グレネード。性能もヴァントガンダムの脚部ミサイルとさほど変わらない。

 

ビームシールド

本来はガンダムタイプ等のMSにしか搭載されていなかった武装であるのだが、ハイエッジのような量産型機体に初めて搭載された。ただし、新生連邦のガンダムタイプ等と違って左腕にしか装備されていない。その上、耐久性も試作機と比べて遥かに劣る。

 

上部可動式ビームキャノン

ブレードバーニアの上部に存在する強力なビームキャノン。出力は高いがむやみに撃つとエネルギー切れを起こしやすい。また、腰部のビームキャノンと合わせて放出が可能。

 

腰部可動式ビームキャノン

腰部に設置されているビームキャノン。発射位置は自由に出来、背後の敵機にも攻撃が可能である。

 

 

 

アステリア〔ASMS‐07〕

元ネタ:ガンダムヘイズル・アウスラ

全高19.7メートル 重量15.5トン

武装

頭部機関砲×2

ビームセイバー×2

ロングレンジビームライフル×1

フレキシブルビームキャノン×2

ビームシールド×1

バックエンジンミサイルコンテナ×1

 FPB発足に伴いアステル家で制作された少数生産の量産型MS。基本コンセプトは量産型のガンダムタイプであるが、国連軍のヴァントガンダムよりも遥かに優れた性能を誇る機体となっている。

 主戦場が宇宙に移行していく中で、宇宙戦用に機動性に特化している機体である。大気圏内で短時間ならば空中戦闘は可能だが、重力の影響を受ける為、機動性に劣ってしまう。

 

武装説明

頭部機関砲

こめかみ部に搭載されている65ミリの機関砲。牽制用に使用される。

 

ビームセイバー

両腰部にあるビームセイバーラックを展開し、白兵戦を実施する。

 

ロングレンジビームライフル

持ち手部分が従来のビームライフルと逆さになっているのが特徴的なロングライフル。ハイエッジなどのものと比較してもその出力は高い。

 

フレキシブルビームキャノン

両肩部に存在しているキャノン砲。

 

ビームシールド

 左前腕部に搭載している、簡易的なシールド。ビーム粒子を防ぐことが出来るが大衆強くのものは防ぎ切れない。

 

バックエンジンミサイルコンテナ

 バックパックに搭載しているミサイルコンテナ。基部を展開し、そこから無数にミサイルを撃ち込む事が出来る。



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用語集

機動戦士ガンダム Living Daysに出て来る、用語集です。

※いくらか列挙しておりますが、他に小説を見ていて分からない単語があればDMや感想欄で教えて頂ければ幸いです。


・P.C(平和世紀)

C.W歴最後の戦争であるデウス動乱の終盤で国際平和機関の代表によって決定された新たなる紀年法。本作の舞台となる、世界観。

 

・C.W(クリスタル・ウォー)

この世界観での人類初の宇宙戦争である地球連邦軍とデウス帝国との戦争の後で名付けられた紀年法。これを機に、150年以上もの間両陣営との争いが始まる事になっていく。

 

・クリスタル・ウォー

 地球連邦軍とデウス帝国軍が引き起こした人類初の宇宙戦争の事。後の紀年法の名称にもなった。

 

・デウス動乱

 C.W歴の中でも最大規模の、地球連邦軍とデウス帝国の戦争。およそ十年に渡る戦争であり、この戦争によって地球の人類の半数が失われた。

 

・Cコロニー

 人類が宇宙に進出するに当たって建造されたコロニー。意訳としては、人類の叡智の結晶という意味からクリスタルと名付けられた。これらの群の事を、Cコロニー1群といった呼び方をする。

 

・Eフォン

 正式名称Electronic phone。この世界観に於ける連絡デバイス。電話機能は勿論、友人や企業等の連絡ツールとしても用いられる。又、SNS(Social networking service)にも繋がっており、そこから様々な情報を得たりすることも可能。また、一部地域に限られるが宇宙空間にいる人とも交信する事が可能という、従来までのデバイスでは不可能と言われていた様々な機能が追加されている。インターネットは勿論、動画閲覧、配信、ショッピング等、日常に於いてあらゆる役割を担う。

 ただし、Eフォンの回線には限界がある。それは、ビーム粒子によって強い電波障害に襲われるという事。その為、粒子が飛び交う紛争地域等や、回線上でビーム粒子を扱う戦闘が行われていたりすれば正確にメッセージ等が届けられないという問題がある。

 

・ベレーナジュニアハイスクール

モントリオールにある、レイ達が通っているジュニアハイスクール。モントリオールはこの世界観である日本の制度を採用しており、ジュニアハイスクールまでは義務教育扱いとなっている。一部、選択式の授業では専門的な知識を学ぶ事もある。

 

・ヒパック村

 北欧、ノルウェーの田舎にある村。

 

・プチMS大会

 プチMS、パワームを使って行われる大会。大抵は用意された薪をどれ程積めるかといった内容で競われる事が多い。新生連邦軍主催の場合は、上位入賞者は軍にスカウトされる事がある。

 

・MS乗り

 どこの勢力にも所属していないフリーの存在。基本的にはMSのスクラップ等を集め、別のジャンク屋に売ったりして生計を立てる事が多い。その目的は組織によって異なる。

 P.C時代ではデウス動乱後の混乱もあり、MS乗りの存在が大幅に増加したとされている。

 

・ジャンク屋

 MSのスクラップや部品等の売買に関連する存在。世界各地に存在している。MS乗りとジャンク屋は切っても切れない関係であり、彼等と交流を持つ事が、MS乗りに関しては重要とされている。

 

・アステル家

 デウス動乱時にデウス帝国にMS等の兵器を提供していた一族。内部に軍事企業、アステル・システムズがある。CEOはアステル家党首であるジンク・アステル。しかしアステル家という名称が世に広まりすぎており、アステル・システムズという名は然程言われる事がない。

 

・地球連邦政府軍

 この世界観での地球圏を統一している一大組織。通称地球連邦軍、連邦軍。増えすぎていく人口過密状態にあった地球を一つの勢力に統一し、人類の宇宙進出へと発展させるきっかけとなった。地球連邦軍の中の組織として、国際平和機関(後の平和国連盟)が存在している。

 

・新生連邦政府軍

 地球連邦軍がデウス動乱を経て新たに名称を変えたもの。総司令はレヴィー・ダイル。デウス動乱後は新生連邦政府と平和国連盟に分裂し、地球圏の勢力がある状態となる。加盟国数は平和国連盟とほぼ同じ。平和国連盟に実情は監視されている筈なのだが、都合の悪い事実に関しては情報部があらゆる方法で隠蔽する為、その事実が国民に漏れる事はない。

 

・平和国連盟

 デウス動乱後の地球連邦軍が分裂して出来た組織。名目としては、あくまでも新生連邦軍の監視という立場にある。通称平和国。

 

・国際平和連合軍

 平和国連盟の軍。平和主義があるにも関わらず軍隊を持っているという、矛盾をしている組織ではある。基本的には災害時の緊急よ出動やテロ対策として存在している。

 

・デウス帝国

 旧地球連邦軍と幾度か戦争をする事になった一大国家。初代皇帝、スージー・デウスから始まり、そこから皇帝は変わっている。C.W歴で最大の戦争であったデウス動乱では彼等の技術を見せ付けるのに十分な場ではあったのだが、地球連邦軍に敗れる事となった。

 

・デウス帝国残党軍

 デウス動乱時に地球連邦軍によって敗れた勢力の残党軍。小惑星アポカリプスを拠点として宇宙で密かに暗躍している。

 

・氷河族

 デウス動乱後の混乱期の中で、暗躍している謎の組織。ボスと呼ばれる組織がいて、そこから下部組織が幾らか存在し、戦後に成り上がってきた。戦後の世界で人間の数が減少し、貴重な存在となった為か、それを利用した人身売買、特殊麻薬売買、ジャンク屋にMSを売り付けるといった悪行を行っている。また、ボスの存在は、ボスが最も信用に値する人間にしかその姿、名前は知られていない。

 

・氷河族一部組織

 氷河族の一部組織。メンバーは組織によって異なる。

 

・パニッシャー

 氷河族の中でも裏切り者や組織に不利益を与える者に対して与えられる役割。基本的にはボスに忠実な人間に与えられる事が多いが、例外としてメイド・ヘヴンが該当している。彼の逸脱した人間性に対し、ボスが興味を示した為である。

 

・特殊麻薬

 デウス動乱後になり流通する事になった麻薬成分。注射した人間は異常な興奮状態に襲われ、やがては薬物依存状態に陥る。未成年に処方すれば何らかのトラウマのフラッシュバック等、精神的な悪影響が懸念される。

 また、強化モデルの研究機関ではこの特殊麻薬が被験者に利用され、人体のコントロール調節がされている。

 

・ビーム粒子

この世界観でのビーム兵器に用いられる架空の粒子物質。P.C歴以前にデウス帝国と地球連邦軍の宇宙間戦争を見越した、とある科学者が発見し、名称をビーム兵器のみに用いる事を軍や軍事企業との密約を交わした結果、これが現代にまで至っている。水中等の低温環境等では減衰率が極端に低下してしまう為、実用性はほぼ皆無。また、大気圏内では宇宙空間と比較して減衰率が上がってしまう為、大気圏内のビーム兵器の出力は宇宙空間時とは比にならない。しかし、大気圏内に於いても十分な火力は保つ事が出来る事から、どの勢力もこのビーム粒子を用いているのが現状。

 ただし、MSでビーム粒子を運用するにあたってはビーム粒子貯蔵タンクが必要となり、これが枯渇すれば機体からビーム兵器を扱う事が出来なくなる。この世界観では所謂永久機関を開発するには至っていない問題が残されている。

 

・プラズマ粒子

 ビーム粒子に次ぐ、新たな兵器を用いる為にある科学者によって発見された次世代の粒子エネルギー。ビーム粒子の問題として、粒子の残量さえあればバリアフィールドジェネレーターで防がれてしまうという問題がある。それを解決する為に開発されたのがこのプラズマ粒子である。基本的にはコロニーカノン等の戦略兵器等に用いられる事が多く、通常のMSのような兵器に用いられる事はコストの問題や技術の問題として存在していなかったが、近年ではこうした兵器が次第に開発されつつあるのが現状である。

 

・Cメタル

 この世界観のMSやMA、戦艦等に用いられる装甲素材。このCメタルが資源衛星から発掘された事がきっかけとなり、地球連邦、デウス帝国共にMSの量産に繋がる事が出来た。

 P.C時代ではデウス動乱後の混乱もあり、連邦政府に公認されていないCメタルの宇宙からの輸入が行われたりしているのが現状である。

 

・ハイ・バッテリー

MSの動力源として存在しているエネルギー源。その初期モデルは伝説とされているファースト・ガンダムに用いられていたとされており、当時のバッテリーシステムで連続して可動出来る活動時間は40時間程度であったとされている。

 現在のハイ・バッテリーは技術の進歩により、推進剤やビーム粒子の問題を別枠と捉えれば、ほぼ、半永久的な活動が可能であるとされている。だがこの恩恵を受けられるのはMSのみであり、一般家庭の家電や電気自動車等はこうした恩恵を受けられない。それは電化製品と比較してその出力や電圧そのものが段違い過ぎるという事と、ハイ・バッテリーが普及する形になれば、家電製品などの売り上げに大きく影響してしまうという企業側の問題が生じている為でもある。それらを普及させまいと、MSを開発する軍事企業の利権が横行しているのがこの世界の現状である。

 核融合炉を利用した動力を用いる手段も検討されていたとされるが、その場合は地球環境への悪影響を懸念する声も上がっていた為、結果的にハイ・バッテリーを利用する事となったのである。

 元々ハイ・バッテリーはCメタルを合成し、元々の電気技術の問題を大きく解決した事が由来で存在している。存在そのものはエコロジーと呼べるものだが、一方でそれが利権によって戦争の兵器であるMSにのみ用いられているという妙な現象が起きている。

 

・Gハイ・バッテリー

 ハイ・バッテリーを巨大兵器(MA等)に用いられているもの。その莫大なエネルギーゲインを使い、巨大なMSや MAを操る事が出来る。

 

・ヒューマニアフレーム

 人間の筋骨格や血管に見立て、電子機器の配線や動力パイプを設計したフレーム。MSの量産が本格的に進んだ時代から、現代に至るまで採用されているフレームである。

 

・モビルスーツ(MS)

人型の機動兵器。MSという略称で用いられる事が多い。この世界観でのMSの始祖はデウス帝国との最初の戦争時に開発されたとされる、ファースト・ガンダムと呼ばれるMSを始祖としている。

 

・モビルアーマー(MA)

人型ではない、異形の形状をした大型機動兵器。所属問わず用いられている。主な役割としては拠点防衛用や、攻撃用として用いられる事が多い。また、MSが変形してMAになる、TMSの存在も近年開発されている。

 

・シンギュラルタイプ

 人類が宇宙進出するにあたって出現したとされる人種。その発現メカニズム等は謎に包まれている。一部の人間は脳内で閃くような感覚に陥り、それが危機的状況を脱したりする事があるという。

 

・アドバンスドタイプ

 シンギュラルタイプを上回る、未知なる力を持つ存在。その詳細は全てが謎に包まれている。

 

・強化モデル

 デウス動乱時に生み出された技術。人体を扱い、それを基軸にして脳機能の強化、身体機能の強化をされた人種である。元々はデウス帝国の技術だったが、後に連邦軍側にも技術が知られる事となった。

 

・特殊強化モデル

 強化モデルを更に戦力特化した存在。MSを操る事に於いては絶大な能力を発揮するが、言語機能の劣化や感情コントロールのエラー等といった問題も生じる。また、特殊強化モデルによっては何らかの形でストレス解消をしなければ死に至るといった問題も抱えている者もいる。

 

・アーステクロノジー

 デウス動乱以前から地球連邦軍に兵器を提供している軍事企業。デウス動乱後に社長にスルース・ディアンが就任。それ以降は強化モデルの研究機関としての役割も果たすようになった。

 

・サイラックス社

 国連軍に兵器を提供している軍事企業。デウス動乱後に国連と密約を交わし、以降兵器提供を続けている。

 

・クレーディト・メカニクス社

 デウス動乱以前から存在していた民間の軍事企業。主にMS乗りなどに戦力提供をしている。

 



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プロローグ
プロローグ


 今から四百万年以上前に人類の祖先であるアウストラロピテクスが誕生した。

やがて時が経ち、人類は知能を伸ばしていき、それは自身がより快適に生活していくのにコミュニケーションを取っていき、発展していった。そして、その裏には多くの欲望があった。コミュニケーションの力と、その欲望があった為に、人類はここまで進化してこられたのかも知れない。

しかしコミュニケーションと欲望は必ずしも人類に有益を与えるものではなかった。その証拠に戦争がある。

人類の歴史は戦争の歴史と言っても過言ではないのだ。幾度となく戦争を繰り返し、その度に文明を発達させてきた人類はその数を増やし続けていった。原因は機械文明の発達による生活の安泰化によるものである。機械文明が発達すればする程、人類の生活は豊かになっていく。機械文明を発達させる上で必要になる人工知能は、更なる進化を続けていった。

だが、これに拍車を掛ける事態が起こる。とある、一人の学者が人工知能は人類をいずれ破滅に導く存在であると、提唱したのだ。そこからシミュレーションが行われ、来るべき日に人工知能は“シンギュラリティ(技術的特異点)”と呼ばれる時を迎え、いずれは人類に反逆を起こすものと、考えられるようになった。

それを危惧した人類は、人工知能の発展を最低限に止めようと動いた。その結果、人類は破滅する事なく、増え続けて行ったのである。

しかし当然ながら、増えすぎた人口を地球は受け入れられる筈がない。環境問題や食糧問題、人種の問題、経済格差等、多くの問題を抱えた地球の負担は、既に限界を迎えようとしていた。

やがて、こうした人類の増加に対応する為に、アメリカや、EUを始めとする先進国同盟は人類宇宙移民計画を企て、実行した。その際に必要となったのが、マスドライバーと呼ばれる装置である。地球上から宇宙へ大型の質量を送り出す為に必要となるその装置は、宇宙移民計画の為に優先で作られ、それは現実になった。これにより、宇宙空間へ容易に物資を送り届ける事か可能となっていったのだ。その後、こうしたマスドライバー施設は幾度の改修を受ける事となり、いつしか、“人類の宝”として人々の記憶に認知されていく事となるのだった。

 

 

 遂に最初の宇宙コロニーが誕生。人類が宇宙進出するにあたり、その叡智の結晶の、“結晶”を当時の人々はそのままコロニーの名前に当て嵌め、Cコロニー(クリスタルコロニー)と名付けた。

この後、地球上の様々な国が協力する形で地球連邦政府が樹立する。地球連邦政府は、本部をアメリカ、カリフォルニアに置き、更に人類宇宙移民計画を進めていく。増え過ぎた人々は次々と宇宙へ移民するようになり、地球は人口爆発増加の危機から救われたかのように思われた。

 

 

 宇宙に進出した人類は、人口増加に備える為にコロニーを製造し続けていった。Cコロニーの集団はCコロニー群と呼ばれ、Cコロニー一群などと言った呼ばれ方をするようになった。

 だが、宇宙に進出するにあたり、問題が生じていた。それは、物資の輸送の問題である。

宇宙への進出が進んでいった、ある時を境に地球はコロニーへの物資の輸出を打ち切り始めたのだ。この結果、コロニー側は食糧難等の問題を引き起こすことになった。

 これに対し、コロニー側は地球連邦政府に対して物資の調達を求め、交渉していった。

 だが地球連邦政府はこれを拒否した。彼等は既に宇宙に進出した人間達を別物として認識するようになっており、地球の問題と宇宙の問題は別問題だと主張した為である。

この出来事がきっかけとなり、やがて地球と宇宙に亀裂が走る事となっていくのである。

 

 

Cコロニー郡の一つ、Cコロニー14郡にて。こうした地球連邦政府の対応に憤怒する者達が続出するようになった。それらはやがて統合していき、一つの国家を作り出す。

当時の革命家の一人に、スージー・デウスという人物がいた。彼は多くの人間達を束ね、一つの国家を作り出した。後々、地球連邦軍と長き戦いを繰り広げることになるデウス帝国の誕生である。

やがてスージー・デウスは地球連邦に宣戦布告をした。宇宙生活の中で培った、独自の技術を用いて。

 

 

 デウス帝国は独自の技術で生み出した宇宙戦闘機を投入し、人類史上初の宇宙間戦争が始まった。これに対し連邦軍も宇宙用戦闘機を多数投入するものの、技術力ではデウス帝国の方が上回っており、連邦軍は圧倒的に不利だった。次第にデウス軍は勢いを増し、地球圏の制圧まであと少しと及んだ矢先の事だった。

しかし実は連邦軍は更なる兵器を極秘に用意していたのだ。当時の主力であった宇宙戦闘機を圧倒的に上回る人型機動兵器、MS(モビルスーツ)を製作していたのである。最初に製作されたプロトタイプMSは人型としてどこまで稼動できるかを確認するための試作機に過ぎず、武器は一切所持していない。このようなプロトタイプMSの活躍により、武装を施した次のMSの製造に移る事が可能となった。

そして連邦軍は遂に切り札を製造。その兵器の名前はGUNDAM(ガンダム)と名付けられ、対デウス帝国軍の切り札として投入された。最大の特徴として、そのガンダムは、ビームライフルと呼ばれる、当時の宇宙戦艦に用いられていたビーム兵器を凝縮した兵器を所持しており、それを利用した攻撃を用い、鬼神の如き強さを発揮したとされている。この、ガンダムの活躍により、窮地に陥っていた地球連邦軍の救世主として君臨していた。

こうしたガンダムの活躍もあってか、連邦軍は危機的状況から一転、デウス軍に勝利したのだ。

 

 

 この時のガンダムは、現代から見て最初のガンダム(ファースト・ガンダム)と言われている。だが、これに関しては歴史の闇に葬り去られてしまっている。何故この時代にファースト・ガンダムのようなMSといったものが導入できたのか等、多くの謎が、現代にも残っている。そして当時の、ガンダムのパイロットの正式名称もデータには残っておらず、ただ、白い悪魔(ホワイト・デーモン)という名前だけが残されただけだった。

 このガンダムの話は後の時代でガンダム伝説という形で語り継がれることになる。この時代に、あったかも知れない物語の話や、プラモデルといった形で、それらは残されていくことになるのだ。

 

 

 クリスタルコロニー建造後に勃発した戦争と言う事を示すという事で、後にクリスタルウォーと呼ばれるその大戦は、多くの犠牲者を出したが、それと同時に戦争の新たなる可能性を導き出した。これがきっかけで年号もC.W(クリスタルウォー)となり、新しい時代の幕開けとなった。

この大戦の後、スージー・デウスは何者かによって殺害され、一代でデウス帝国は潰えたかのように見えたのだが、彼の側近であったブラマンジェ・メリクリファーが国王の座に着き、以後彼の子孫達がデウス帝国を動かしてしていったのである。

 

 

 月日が流れ、大活躍したそのファースト・ガンダムを基にMSの製造が本格的に開始されたと思われたが、違った。寧ろMS製作には困難が生じた。当時にしてはコストが高過ぎた為である。

この時代はMSを製作するのにも莫大な予算が掛かり、製造は困難を極めた。どうにかしてMSを製造しようとは試みるも、使用している材質を変えない限りは高コストのままMS生産を続けなければならなくなる。結局連邦はMSを主力とはせず、従来の宇宙戦闘機を改造したものを量産していった。そして、ファースト・ガンダムに用いられたビーム粒子を用いた兵器も、戦艦に搭載されている主砲のまま使用されるに留まった。宇宙戦闘機にビーム粒子を用いるという事は、この時代では出来なかったのである。

こうした背景もあり、かつてデウス帝国軍に対して猛威を振るった、“ガンダム”という存在は地球圏では徐々に風化していくことになるのである。

 

 

 クリスタルウォーに年号が変わってから一世紀を迎えた頃。人類はMS製造の為の新たなる装甲素材を発見する。その名はCメタルと呼ばれた。外宇宙から突如姿を現した小惑星に含有されている金属成分を加工したもので、これは後に地球連邦軍並びにデウス帝国軍がMSの装甲材質となる小惑星としてCメタルを地球へ輸入する為に用いられるようになった。

その小惑星から発掘された金属成分は、従来の金属を遥かに凌駕する強度を誇り、MS等の兵器に採用する価値のあるものとして、以後のMS製作には必ずこのCメタルが用いられるようになった。Cメタルの〝C〟はクリスタルの意味で、クリスタルウォーという年号で発見されたことからこの名が付けられた。又、CメタルはMSの装甲素材として以外にも利用されていく事になる。

このCメタルにより、MS製造のコストは大幅に削減。連邦はMSを量産することに成功し、戦力を着実に伸ばしていったのである。MS量産と言う夢が叶った瞬間でもあった。

Cメタルは現代のMSにも活かされている装甲素材であり、従来の金属を遥かに凌駕する優秀な装甲として、利用されていくことになる。これ以外にも、既存人類において多くの福音を齎す事となるこのCメタルは、正に、夢の金属素材としてこの時代を長きに渡って支えていく存在へとなっていくのだ。

 そして、これらを組み合わせたバッテリー類はハイ・バッテリーと呼ばれるようになり、主にMSの動力源として組み込まれていく事になる。

 

 

 後にデウス軍は独自の技術で連邦より性能の優れたMSを大量に生産することに成功。デウス軍独特の技術と言うのは、モノアイというカメラアイを利用した技術で、従来の連邦軍の機体と違い、モノアイは敵パイロットに心理的な恐怖を与えると同時に、武装を使用する際、カメラアイが動く事で狙いを的確に絞る事が出来ると言うメリットがあった。この為、デウス帝国はこのモノアイの技術を採用したのである。また、これらのMSの装甲材質は連邦軍のものと同様にCメタルから出来ていた。

と言うのも、デウス帝国は、地球連邦が見つけた小惑星とはまた異なる、Cメタルが含まれている小惑星を発見し、この小惑星から採掘される金属成分が、地球連邦が宇宙より輸入していた金属成分と一致しており、デウス帝国は地球連邦軍と同様に、そこから採掘された金属成分を加工し、CメタルをMSの装甲素材として利用した。これによりデウス軍は着実に再び地球圏の支配へ向けての準備が進んでいくことになる。連邦軍はそのような事など知らず、低コストの量産型MS製造を続けていた。

 

 

 MSという強力な兵器が量産されていく中で、Cメタルの存在は次第に連邦軍とデウス軍の両陣営が奪い合う事になる。この夢の素材を独占せんと、地球連邦軍は資源衛星を設立。それを奪おうと、デウス帝国軍は再び宣戦布告した。これが、第二次クリスタルウォーの始まりだった。

通称、Cメタル戦争と呼ばれるこの戦争は、両陣営共に、MSの武器には実弾兵器を用いて戦争を開始。だが技術面で劣る連邦は不利な状況にあった。デウス軍は容赦無く連邦を襲う。しかし連邦軍も応戦し、敵の兵器を破壊していった。MS同士の抗争は、時代の進歩を意味していた。

デウス軍は当初、優勢に動いていた。しかし数で勝る連邦の脅威には勝てず、結果、第二次クリスタルウォーは再び連邦軍の勝利で終わった。

この戦争の後、Cメタルの資源衛星の管理は地球連邦下のものとなっていく。

 

 

 傷ついたデウス軍は再び自国へ帰還。またしても次の機会を待った。その間、戦艦のみに装備されていたビーム粒子を用いた兵器は遂にMSにも標準装備されるようになり、戦力も充実させていった。だがその内にCメタルの装甲素材は次第に減少していく事となる。

 その後、長きに渡る、地球連邦とデウス帝国の冷戦状態が始まった。互いに大規模な戦争が生じることなく、地球圏やデウス帝国内はまだ、比較的平和だった時代と言える頃。しかしその緊張状態は徐々に、肥大化していく事になる。この間にも、デウス軍はCメタルの素材を裏ルートで輸入をし続け、MSの生産もし続けていたのであった。

 

 

時が経ち、C.W0172年の事だった。地球連邦軍とデウス帝国軍が長きに渡る冷戦状態だった頃。その間にも両軍のMSの技術が来るべき対立に備え、ほんの少しずつではあるが、発展していた時代。

この頃、デウス帝国との冷戦状態に業を煮やしていた地球連邦軍から、派生して生まれた連邦反乱軍と呼ばれる組織が誕生していた。

連邦反乱軍は地球連邦政府のデウス帝国への対応の仕方等に反感を抱く者達が集まって製作された組織であり、その規模は、当初は連邦政府よりも小さかったのだが徐々に拡大していくことになった。

連邦反乱軍はこの後、突如デウス帝国の民間コロニーを襲撃する。コロニーの人間のほとんどが反乱軍により虐殺されてしまったのであった。

これを連邦軍の攻撃だと勘違いしたデウス軍は地球連邦政府に宣戦布告。これにより、長きに渡った冷戦状態が崩壊してしまったのである。C.W歴における、デウス対連邦の歴史を作り出してきたクリスタルウォー史の中で最も激しい戦争である、〝デウス動乱〟の勃発だった。

 

 

 激しい戦いが行われ続け、終戦間際となった頃。地球連邦内の組織で、ニューヨークに本部がある国際平和機関(後の平和国連盟)は突然の年号発表。C.WからP.C(ピースセンチュリー)(平和世紀)へと年号を変えたのだ。

デウス動乱が勃発したのはC.W0172年。年号が変わったのはその十年後の0182年である。これにより、同年の暦はP.C0001年となり、実質戦争が終結したのはその年という事になる。何故年号を変えたのかと言えば、これ以上戦争を続けることに意味があるのか?と異議を唱えた当時から国際平和機関の最高議長を務めていたチャール・ポレクが平和主義を唱えた為であった。

動乱の終盤、連邦反乱軍の指導者は戦死。その為実質反乱軍の勢力は地に落ち、一つの勢力が無くなった。

 

 

 そしてデウス軍は最強の兵器である、“コロニーカノン”を投入。襲撃された民間コロニーを改造して、コロニーそのものを巨大な大砲にし、そこへビーム粒子ではない、新たな粒子、プラズマ粒子を用いたその兵器は、当時の連邦軍に大きな衝撃を与えた。常識的に考えればこれ程の技術を持っているデウス軍は連邦に負ける筈が無い。

だが、実際は違った。連邦軍が百五十年以上振りに開発した、ある機動兵器の存在のおかげで連邦とデウスはほとんど変わらない程に戦えた。その機動兵器こそが、ガンダムである。

 

 

 MSが様々な形で投入されていくこの時代、連邦軍は究極のMSを製作するために、百五十年以上前のガンダム伝説を想定して作られたガンダムを開発した。名はクリスタルガンダムと呼ばれる。

ファースト・ガンダム開発以来一切開発されていなかったガンダムタイプ。今になって何故開発されるようになったのかと言えば、技術で優れるデウス軍を当時破ったのはガンダムだと言うガンダム伝説を信じる製作者によって開発されたためである。だが当時の、ガンダムのデザインは行方不明の状態にあり、角があり、二つの目をしていればガンダムと言う言葉を信じつつ開発したため、頭部デザインはファースト・ガンダムとはまた異なるものとなってしまった。

 

 

 こうしてデウス動乱は、地球連邦軍の勝利と言う形で幕を閉じた。デウス帝国軍はこの戦いに敗れた際に、その力を使い果たした。よって、帝国軍という組織は崩壊する事になったのである。これにより、長きに渡るデウス帝国軍の歴史はデウス動乱終結と共に遂に潰えたのであった。

この動乱の後、地球圏に敵対する組織がなくなった地球連邦軍。そして地球連邦内に存在していた国際平和機関は平和国連盟へと名称を変え、その立ち位置を不動のものとした。平和国連盟はその主な目的として、連邦組織の監視という形で、戦後に存在していく事となる。

 

 

 P.Cと年号が変わった現代。果たして、それは本当に平和を意味することが出来るのだろうか。三度のデウス軍との大戦に勝利した地球連邦はこの先どのような変化を見せていくのだろうか。全ては、今後のP.C歴が物語っている。

 




大まかな時代背景や、起きた事についてです。
本作の舞台はこのプロローグから五年後の話が舞台となります。


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モントリオール編
第一話 レイの一日


P.C(平和世紀)0005年。十二月一日。
これは、かつて起こったデウス動乱が終結してから四年の時が流れた物語。



 

 悪夢とは、如何なる時に見るのだろうか。

 その内容は、人によって異なるだろう。例えば自分にとって嫌な人間が現れる時もある。例えば、異形の者が自身に襲い掛かってくる時もある。その夢の内容は、個人によって異なる。

 今、目の前に少年がいる。金色の髪をした、少女と間違える程の美少年。華奢な体型をしている彼は廃墟となっている街並みの中に居た。少年にとって見慣れない光景であるその場所。彼は、ただ一人呆然と立っている。

「ここは……どこだろう……?」

 

パァンッ

 

突然背後から銃声が聞こえた。レイは慌ててその銃声の場所へ駆けつけた。

すると一人の小さな少女が死んでいたのだ。

(そんな……一体誰が?)

しかしそう思った直後、少年の背後に不気味な黒い影があった。

始め、少年はそれに気付かなかった。しかし声を掛けられると彼は振り向く。

「見たのか……」

「えっ……」

そこにいたのは長身の男だった。しかしその男は体全体が黒く覆われている。顔も確認する事が出来ない。

「悪い子だ。この子と一緒に死ななければ。」

「え……そんな……どうして……い、嫌だ……嫌だ……!」

 

「死ね」

 

そう言った、男のポケットから銃を取り出した。少年はそれを見るなり動揺した。そして逃げ出そうとした。

だがどうしてか、逃げることができない。恐ろしい形相でこちらを見る男。やがてどうする事も出来ず、最早、ただ死を覚悟するだけだった――

 

ピピピピピピピ

 

「うわぁぁぁ!!!」

 何故か、目覚まし時計の音が少年の耳に聞こえてきた。その音により彼は目が覚めた。夢を見ていたのだ。目を覚ました時、少年は枕元にあったEフォンの目覚まし時計機能を止め、溜息を吐いた。

 E(electronic)フォン。この時代における連絡デバイス。電話機能は勿論、友人や企業等の連絡ツールとしても用いられる。又、SNS(Social networking service)にも繋がっており、そこから様々な情報を得たりすることも可能。また、一部地域に限られるが宇宙空間にいる人と交信する事が可能という、従来までのデバイスでは不可能と言われていた様々な機能が追加されている、正に文明が作り出した代物と言えた。

「あ……また夢オチ?でも良かった……夢で。しかし何なんだろう、あの夢は……」

ここ最近、彼は同じ夢ばかり見るのだ。〝少し疲れている〟といつも自分に言い聞かせていたが、疲れていない日までこのような夢を見るのはおかしいと思った少年は、少しばかり不安な心境となった。

「レイ!いつまで寝ているの!?」

考え事をしていたその時、彼の耳に母親の声が聞こえた。彼の名を呼ぶ、母親。

 母親が呼んだ名は、レイ。彼の名は、レイ・キレス。北米大陸、北西部、カナダ国のモントリオールに存在する、ベレーナジュニアハイスクールに通う、二年生。十四歳の少年だ。

「母さん……うわ!もうこんな時間だ!」

母親の名前はカレン・キレス。レイを幼い頃から育てている優しい母親だ。容姿が美しく、それは一度町に出れば振り向かない人間がいない程である。また、レイの目が澄んだ青色の目をしているのと同様、彼女もまたレイと同じ眼の色をしていた。

母親のカレンは、最近起きるのが遅い息子を少し心配している。この時、彼女は人工知能管理のコーヒーメーカーを使い、コーヒーを入れ、レイに振舞おうと考えていた。

だが、時計が指していた時間は七時五十分。学校が始まるのは八時三十分。しかもここから学校までちょっとした距離がある。普段の登校時間は合計約四十分。いつもは七時三十分に学校に行く彼だったが、どう考えても朝食を食べて学校に行くのは間に合わない。コーヒーさえ、飲む時間も惜しい。悩んだ挙句、レイは言った。

「今日はもうご飯無しでいいよ!」

それに対してカレンは首を傾げた。

「ええ、どうして?」

「だって間に合わないよ!もう時間が無い!」

その瞬間、彼の姿は玄関にあった。走って玄関に向かっていたのだ。

するとそれを一人の幼女に妨げられた。レイの妹、ミィス・キレスである。

「お兄ちゃん……朝ご飯ぐらい食べていきなよ。せっかくお母さんが作ってくれてるのに。」

「時間が無いんだよ!」

礼儀正しく真面目なレイだが、頼れなくて情けないところのある彼をいつも見ている妹である。年齢は十歳であるがレイよりもしっかりしている部分もある妹である。

今、この家に住んでいるのはレイを含む三人だけである。本当は父親と姉がいるのだが、二人共現在は実家にはおらず、それぞれ海外へ行っている。レイの父親はジャーナリストで、現在はその取材のために国を離れている。姉は父親に憧れてジャーナリストになる為に現在オーストラリアで留学中である。姉はレイから見て二つ上で、現在十六歳だ。このような人々に囲まれ、レイは毎日を過ごしている。やはり父親や姉がいないということで寂しさもあったが、母親が頑張って彼等の生活を支えており、こうした日常生活を送る事が出来るのだ。

「じゃあ行ってきます!」

母親の呼ぶ声も聞かず、そして彼は朝食も食べずにそのまま駅まで自転車を走らせてしまった。

 

 

彼の通うベレーナジュニアハイスクールはここから少し距離がある。二駅ではあるが、電車で通わなくてはならない距離だ。ここから学校への長い道。しかも間に合うのかどうか心配だ。レイは急いで自転車を漕ぎ、自転車置き場に自転車を置き、電車に乗る。

「あ!Eフォンを忘れてしまってる……」

電車に乗っている最中、彼はEフォンを置いてきたことに気付くが、戻っては間に合わない為、引き返さずそのまま学校へ向かった。

やがて最寄り駅に付き、全力で走り、ようやく学校に着いた。だが校門をくぐろうとした時、本鈴が鳴ってしまった。

(まずい……急がなきゃ!)

レイは急いだ。今回遅刻すれば今月で六度目の遅刻になる。

初めは遅刻を何とも思わなかったが月に六度目となれば早朝指導をさせられる可能性もある。それだけは阻止せねばと思いつつ走った。

教室まであと10メートル。その間にも先生は出席を確認している。

幸いにもレイは五十音順で言えば最後の方だったのでまだ、僅かに時間があった。

その時、レイはドアを開けた。クラスの全員がドアの開いた音に注目する。

「先生!遅刻……ですか……?」

レイは恐る恐る聞いてみた。最初先生は俯いた状態で、残念そうな表情を見せ、レイの不安を煽った。しかしすぐに表情を変えてこう答えた。

「セーフ!!!」

それを聞き、レイは少し喜び、安心して一呼吸を置いた。

「じゃあ運が良いレイ・キレス君!早く着席してね。」

先生に言われたように、彼はその生徒の後ろの席に座った。そこがレイの席である。彼は急いで鞄から教科を机の中に入れ、座る。

「おい!遅刻寸前で良かったな!」

「うん、ちょっとびっくりだったけどね。」

担任の先生の名前はリアン・マーキュリーと言う。女教師で社会科の担当をしている先生である。多弁で性格が明るく、生徒から人気が高い。

彼の前の席にいるモーク・ダレンはジュニアハイスクールに入ってからのレイの親友であり、一年生の時から一緒だった。おしゃれに気を使っているのか常に髪を立てており、顔立ちは至って平凡と呼ぶべきか。身長はレイよりも高い。性格は社交的で、誰とでも会話が出来る、気さくな性格の少年であった。

やがて朝礼が終了し、少しの時間が出来た時。

「一時間目は理科だったっけ……。」

レイがそっと呟いた時、彼を呼ぶ少女の声が聞こえてきた。

「レイ!」

「あ、リルム。おはよう!」

レイの幼馴染みであるその女の子の名前は、リルム・エリアスと言った。エレメンタルスクール六年生の時に一時的に転校をしたのだが結局ここのジュニアハイスクールで再会していた。レイの母親とリルムの母親は元々仲が良く、それがきっかけで二人は幼い時に知り合う事になった。身長はレイと殆ど変わらない。

顔立ちは愛らしく、髪色はブラウン、 髪型はミディアムのストレートヘアーである。体型も細身で総合的に見れば美少女であり、彼女は男子から好意をもたれることが多い人間でもあった。身長に関してだが、女子にしては高い方なのだが男子のレイからすれば彼の身長はあまり高くはないことになる。

「また遅刻寸前だったね。どうしたの?」

「うん……最近、変な夢を見るんだ。」

「変な夢?」

リルムは不思議そうに首を傾げる。

「その……全く知らない廃墟にぽつんと立っていて、突然銃声があって、その後に後ろにいた人に殺されかけるっていう……夢。」

奇妙な夢の内容を語るレイに対し、リルムは少し不安げに言った。

「そう言えば前も見たって言ってたね。」

「うん。」

「なんでそんな夢ばっかり見るの?」

「そんなこと言われても、僕もよく分からない。」

レイは悩んでいた。〝こんな夢ばかり見るのはなぜだろう?〟〝僕は恨まれているんじゃないだろうか?〟と、考えるようになっていた。

「お前ら相変わらず仲良いよなぁ!将来はどうやって過ごすか考えてんのかよ!」

その時、彼らは別の男子から冷やかしを受けた。リルムとレイはよく会話をしているのでよく勝手に恋人同士と決められている。実際二人は付き合っていない。あくまでもただの友達の関係だ。だが彼等の年頃はどうしても異性に対し、特別な感情を持つことも多い年代である為、こうした冷やかしに対しても恥ずかしい思いをする男女がどうしても多いのだ。

「普通に喋っているだけなのに……。」

「勝手に決められても……ね?」

大人しいレイは何も言えずに、ただそれが大人しくなるのを見ているだけだった。

そこへ親友のモークがやってきた。彼は常に笑っていて、レイと違ってテンションが高い。性格が違う人間同士であるが、これが返って二人の友情を結んだのかも知れない。

「レイ。彼女と何喋ってたんだよ。」

「な……なんでもいいでしょ!それにリルムは彼女じゃないよもう!」

明らかに挑発しているモークに対してレイは少し怒った。

「怒るなって。大げさだよお前。てかお前も女みたいな顔だから女同士が喋ってるみたいだよな。」

「女の子じゃないよ!男だよ!」

と、レイは思わずカッとなってしまった。

 彼はその容姿から、初対面では必ずと言って良い程少女に間違えられる。彼がジュニアハイスクールに入学した時も、最初は皆が目を疑ったというのだ。

「つーか今日の練習どうするんだよ。」

「練習……?あ、サッカーか。もちろん行くよ。と言うか……僕毎日行ってるでしょ?」

「一応聞いたんだよバーカ!」

「むっ……」

モークは舌を出してレイを挑発し、笑い始めた。真面目なレイはあまりこういう風に言われるのは好きではないようだ。

レイは今、サッカー部に所属している。サッカー部の間では下手だが、下手なりには一生懸命取り組んでいる事には部活顧問もキャプテンも感心している。サッカー部は基本的に平日のみの活動。土日は休み。しかし部活動は時にはいつの間にか辞める部員も居たりする中、レイの場合は余程の用事が無い限り毎日参加していた。

「レイは部活を頑張ってはいるけどさー、やっぱり下手だよな。」

モークに言われ、レイは少し悔しかった。部活では一生懸命にやっているのにモークにそう言われるなんて思ってもみなかったから。

「レイって一生懸命にやってるのになんで上手くなれないの?」

「うぅ……」

更にリルムにまで言われ、レイは悔しさを通り越して落ち込む。

「あ、嘘だよ!気悪くした?」

「言いすぎだよ……はあ……」

大人しく、真面目なレイからすればこの指摘は余りに辛いと言えた。ともあれ、これも学校生活の内の一部である。このように、彼の学園生活は、今日も始まった。

 

 

その後も時間を知らせるベルが鳴り、やがて昼食の時間になった。昼食の時間になれば、レイはいつも親友のモークと二人で食べる。これは毎日の事で、それだけ二人は仲が良いと言う事だ。

昼食時は生徒達がそれぞれの時間を過ごしている。友人と楽しく喋る者、Eフォンを弄る者、校庭でスポーツを楽しむ者、机で予習に励む者。様々な時間の過ごし方があった。

「そう言えばお前っていつも飯の量少ないよな。なんで?サッカーやってるのにさ。」

「これは弁当箱が小さいだけなんだよ。」

「ふーん。腹減らねえの?」

彼はいつも母親が作る弁当を持ってきて食べている。昼食時は主に食堂の料理を食べる学生が多いのだが、彼の場合は違った。モークは地下にある購買店に売っている菓子パンを食べる、牛乳を飲むなどをして昼食を堪能している。

「ううん、これでも一応お腹は膨れるし。でも今日はダメ……朝ご飯食べるの忘れてて……はぁ……せめてトースト咥えながら登校するんだったな。」

今日のレイは人一倍空腹が激しかった。紛らわせる為に弁当を食べるのだが、それでも空腹は治まらなかった。

「おいおい、漫画みてえなこと言ってんなよ。つーかお前遅刻寸前だったもんな。それで朝飯抜いたんかよ。」

「はあ、やっぱり朝ご飯を忘れたのは致命的だったかな。」

「少し分けてやろうか?俺あんまり腹減ってねーし。」

「あ、大丈夫だよ。」

「なんだよ、せっかくの親切をよ。」

レイはこのように、若干ながら遠慮しがちな性格でもあった。しかしこの性格が災いし、結局レイの空腹は昼食を食べても満たされる事は無かった。所持金があれば地下の購買店にパンでも買いに行くのだが、生憎今日は慌てて出かけたため、金を持っていなかったのだ。

「レイ!お腹空いてるんだったら私がパンでも分けてあげたのに。」

そこへ、リルムが声を掛けてきた。

「でも悪いし、いいよ。」

「もう、遠慮なんてしなくてもいいんだよ。」

「え、そうかな……?」

リルムに言われて、何故か納得するレイ。不自然な様子で数回首を縦に振った。

「それよりこれじゃあ今日のサッカー大丈夫かな。」

改めてやはり朝食は食べてくるべきだった……と彼は内心後悔した。

その時、突然リルムは肩をポンと叩かれた。そして慌てて振り向く。

「や、リル。」

「あ、ミアー。」

その女子の名前はミアー・ジャイス。リルムと仲の良い友達である。レイで例えるならモーク的な人間だ。ミアーはリルムのことを〝リル〟と呼んでいる。彼女もまた、同じベレーナジュニアハイスクールのごく普通の生徒なのだ。外見はツインテールに整った顔立ち、ややグラマーな体系が特徴的な美少女であり、彼女もまた、男子から人気のある存在として数えられている。

「ね、今度日曜日ショッピングモール行かない?色々と見たいものもあるし。」

「あ、いいね。行こう!」

愛らしい容姿をした両者の姿。それを見て、憧れを抱く男子もまた、少なくないのだ。

その際、本鈴が鳴った。昼休みの終わりを告げるベルである。しかしそれを聞いて大人しく席に着く生徒などなかなかいないものである。

 

 

 

授業が終わり、放課後になった。レイはモークと共に、サッカー部の部室へ向かった。

部室はあまり広いとは言えない。ロッカーが人数分用意されていて、部室の端っこに部員が集まるようなテーブルが置いてある。また、部員のロッカーには持ってきた雑誌や漫画や破廉恥と言える本が入っているロッカーもあった。これらを持ってテーブルに座り、読んだりトークを交わしたりして交流を深めるのだろう。

レイとモークがユニフォームに着替える間、彼らは少しトークを交わした。

「ウォーミングアップのジョギング、今日は自信ないな……」

「ゆうてそんなにお前、速くないだろ。」

「ちょっと、失礼じゃない!?」

朝食を抜き、昼食も量が少ないとなれば、部活動の時にパフォーマンスが発揮出来ないのは当然と言える。だが、その中でもレイは部活動に参加する。彼は、真面目な性格だ。故に部活動を抜け出すといった事はしない。

「あー思い出した。俺用事で途中で帰らないとダメなんだ。」

「え、それって……サボり?」

と、静かにレイが呟く。

「は!?ちげーし!」

と、言うモークの視線は、どこか泳いでいるように見えたのだ。

 

やがてウォーミングアップのジョギング終えた。だがこの時、レイは疲れ果てている様子だった。やはり、少量の食事が災いしたのだろうか。

「なんだよ?息切れし過ぎじゃね?」

「だって……凄く疲れているし……」

いつもなら走れるのに今日に限って走れない……朝食を抜いた事で、ここまで変わるとは思わなかったのだ。それがレイにとってとても辛い事だった。

「あ、そう言えばお前朝飯食べてないんだっけな。」

突然、モークは思い出したように言った。レイは静かに頷き、引き続き荒い呼吸を続けた。この時、いつもと様子が違うレイを見て突然大声が浴びせられた。

「コラァ!」

「うわぁ!?」

「キレス!何疲れてるんだよ!だらしねーな!」

「あ……キャプテン……今日は……ちょっと……」

ベレーナジュニアハイスクールのキャプテン。彼は三年生で、もう引退の時期を過ぎている筈なのだが、相当なサッカー好きらしく、今でも続けている。彼は熱心な性格で、レイ達を鍛えている。

彼の場合、何が凄いのかと言えばサッカーがずば抜けて上手いのでハイスクールからオファーを受けていると言う事だ。

「おいおい、やる気はあんのか!?ああ?」

「あ、ありますよ!」

「あ……あります……はぁ……はぁ……」

はっきりと言うモークに対し、食事量が少なかったレイは、疲れた様子で返事をした。するとキャプテンは怒り始めた。

「何だよそのやる気の無さそうな声は!もっとやる気出せよな!」

「はっ……はい!」

その時、モークは視線をキャプテンから逸らすように

「あ、俺……もう帰らないとダメなんスよ。」

と言った。それを耳にした当然キャプテンは怒り始めた。

「ああ?なんでよ?」

「あ……その……家の用事でして。」

「ああそうか!分かった!じゃあさっさと帰れ!」

サッカーをやらない者にここにいる資格は無い……彼はそのような雰囲気を漂わせていた。モークは気まずい様子でせっせと帰って行った。キャプテン、短気な性格ですぐに怒りがちな性格である。これが部員にとっては非常に迷惑な話で、常に気を遣わなければならないのだ。

 

 

それから、厳しい練習は終わった。この日は顧問の教師が休みで、キャプテンが代わりに指導していた。非常に厳しい練習が続いた為、レイにとっては長い一日に感じられた。特に朝食を抜いた事。それが一番大きく影響していた。

「はぁ……疲れた……帰ったら何しようかな。」

今日はモークが早めに帰宅した上、今回の練習の厳しさが影響しているのか、他の部員達はせっせと帰る準備をして急いで帰ってしまった為、溜息ばかり吐いていたレイはいつしか一人、残されてしまった。よって、彼が帰る際に一緒に帰る人間はいなかった。仕方無しにレイはしぶしぶ一人で帰る事になった。

 

 

 

帰り道。学校が終わったらすぐ、大勢の生徒達で覆い尽くされる道だが部活動が終わった時間が遅かったと言うのもあってか、あまり生徒の姿は見られなかった。レイはそのような一見寂しい帰り道を、一人で歩いている。

彼が駅に向かって歩いている時、路地裏に妙な二人組を見た。私服を着た妙な男が二人。一人は青い服を着ており、もう一人は黄色の服を着ていた。背丈は青い服の男の方が高く、黄色の服を着た男はどこか、弱々しい印象を受けた。

ただの友人同士か何かだろうと思い、レイはその場を通り過ぎようとした。その時、この二人は、あるキーワードを述べる。

「……ところでアーネスト。俺のガンダムはいつ完成するんだ?いい加減待ちわびたんだけどな。」

「ちゅ、中尉!そ、そんなことあんまり堂々と言わないで下さいよ!軍の機密なんですから!」

ガンダム。それは現在から百五十年以上前から存在するとされるモビルスーツ(MS)。強さや戦争の象徴とされ、かつてのデウス動乱時も使用されるなど、それは軍関係でなく一般にも知れ渡る程の存在となっている。特に百五十年以上前に活躍したガンダムはファースト・ガンダムと呼ばれ、ガンダム伝説として多くの書籍や当時の話を予想した小説、挙句の果てにはプラモデルも売られる程に人気のある話であった。レイ自身MSに関しては興味があり、時間があればEフォンで写真を閲覧したり、書店に置いているMSカタログを読む事がある。

 MSという存在自体はこの時代より百五十年以上前から存在していた。しかし本格的にMSという兵器が戦争等に導入されるようになったのは現在(P.C0005)より何十年も以上前に勃発した第二次クリスタルウォーの時である。

その時にレイは聞いたのだ。〝俺のガンダム〟という言葉を。その事から、新しいガンダムでも開発されるのかという予想が出来た。そしてこの二人組が何かの軍の関係者ということも把握出来た。

レイはこれに興味を抱いてしまい、この二人の会話を聞きたいという欲求が現れた。その為、路地裏にこっそりと侵入し、ばれないように立っていた柱の陰に隠れて話を聞いていた。

「ばーか。こんなところに普通人間が来るかよ。つーかお前こそ街中で中尉とか抜かすな!軍人ってばれたらいろいろややこしいんだよアホ!」

「も、申し訳ございません!デイルちゅ……いえ、クラリスさん!」

「ボケ!また言いかけたな!」

随分と偉そうな性格の男の名前はクラリスといった。

クラリス・デイル。階級は中尉らしく、尉官の人間である。しかし何故軍の尉官がこの街中にいるのかが理解出来ない。もう一人の男は、アーネストと言った。恐らく、クラリスの部下に当たる人間だろう。

「そ、そう言えば……確か今度の日曜日でしたね。プチモビルスーツ大会。」

クラリスでない、もう一人の男が突然プチモビルスーツ大会の話題を持ってきた。クラリスと言う男は気に食わない表情で言う。

「あ?プチモビルスーツがどうしたっていうんだ?」

「あの大会は新生連邦にとって大切な大会なんですよ!貴方ガキっぽいとか言いますけど……」

新生連邦。正式名称、新生連邦政府軍。それはかつてデウス動乱で戦った地球連邦政府から名称を改め、新たに樹立した軍の名前であり、一時期世間を賑わせていた存在である。彼等がその新生連邦の関係者であるということが、今の話で理解出来た。

「せめて挨拶だけでもお願いしますよクラリスさん!貴方も軍マニアからすれば知名度はあるんですから!」

「うるせえんだよ!冗談じゃない!あんなお子様の大会の挨拶ですら嫌だっつーの。大体あんなもんやる軍の意向がよく分からんねーんだよ。」

「あれは軍にとって大切なものなんですよ!将来のパイロットを育成する為の!」

「そんなもんどうでも良いんだよ!」

この間もレイは一生懸命話を聞いていた。が、その時だった。何故か側に落ちていた空き缶を蹴ってしまったのだ。焦るレイ。その音に気付いた二人の男はレイの方向に近付く。

(しまった……!?)

「何だ!?まさか聞かれた!?ガンダムの話を……?」

「それは、少しまずいですね……」

逃げようと、レイは考えた。その間にも迫る男達。早く逃げないと捕まってしまう。レイに焦りが見えた。そして彼は走った。無論、その姿はクラリス達に見られてしまう。

「おい、ガキだと!?と、とにかく逃がすか!」

クラリスは逃げるレイを追いかける。レイも必死に逃げ出す。が、レイはミスを犯してしまっていた。彼の持つ部活用の鞄が非常に重かったのだ。これが邪魔をし、早く走れなかった。

結局、レイはクラリスに捕まってしまう。必死にもがくが、それは無駄だった。

「嫌、離して!」

「捕まえた!おい、今の聞いてただろ!正直に答えろ!」

クラリスの側にいた男、アーネストが言った。その間もレイは必死にもがく。

「離して!離して下さい!」

「うっせえガキ!世の中には聞いてはいけないこともあるって教えてやるよ!」

すると、クラリスはポケットからハンカチを取り出し、レイの口元を覆った。その瞬間、レイの瞼は徐々に閉じられていく。

やがてレイは眠りに落ちた。ハンカチには睡眠薬が染み込んであったのだ。

「とりあえず連れてくぞ。にしても、こいつ変な奴だ。顔は女なのに学生服は男のものを着てやがる。」

クラリスはそのまま側にあった車に移動し、レイを後部座席に寝かせた。やがて車は発進し、そのまま別の場所へ向かう。

偶然聞いてしまった新生連邦の話。それによってレイは連れ去られたのだ。レイはただ眠らされ、何も出来ないまま連行されていく。一体どこへ向かうのか。そして、彼はどうなるのか。

 

 

 

「う……ん……」

レイは目を覚ました。そこは見知らぬ場所で、狭い部屋だった。窓を見れば暗く、現在が夜であることが分かる。辺りを見回したところで彼は先程あった事を思い出した。新生連邦の軍人に睡眠薬を染み込ませたハンカチを口に覆われて眠ってしまい、気がつけばここにいた……となれば、恐らく軍人がこの部屋に来る可能性が高い。レイはそう思うと恐怖した。

「どこなんだろう……あの人達……来るのかな……?」

その瞬間にドアが開いた。ビクリと震えるレイ。そこで見たもの……それは先程の軍人二人だった。

「目が覚めたか?」

男の目つきに怯えるレイ。一方隣にいた男はレイを見るのだが、睨みつける様子は無い。

彼は口を開くことが出来なかった。一方で睨む男の口が開く。

「悪い子だよなあお嬢ちゃん。ここがどこか知りてえか?ここは、まあ……新生連邦の隠れ家みたいなモンなんだよ。」

「僕は……女の子じゃありません!」

女顔のレイはこの男に女の子に間違えられてしまった。しかし、その言葉はこの状況では言ってはいけないセリフだった。

「うっせえんだよ!それより、俺達の事を知った以上は例えガキでもさ、それなりの口封じをしねえとな。」

「!」

その言葉はレイに強烈なショックを与えた。ひどく怯えており、目が若干潤んでいる。それは普通、レイの年頃の人間ならば冗談や怒った時に言う台詞で、普段ならば恐怖に感じるべきでない台詞だ。だが言ってきた相手が違う。それだけで恐怖に感じる。

「え……殺される……の?」

レイの心は恐怖で満たされていた。〝殺される……〟レイはそう思った。レイの頭の中は真っ白になった。

「そんな訳ねぇだろ。ただ、お前の態度次第。にしても悪いガキだよお前は。全く親の躾が悪い。」

恐怖のあまり震えるレイ。しかし、この男の行っている事は犯罪行為だ。ならば、警察に言えば良い……と考えた。

「あー、ちなみにこの件に関してだけどな、警察に言った所で無意味だぜ。軍が行っている事に対して警察風情が動く訳がねえ。お前が泣きついたところで無意味なんだよなあ!」

この男の言うように、モントリオールの警察組織は新生連邦軍によって管轄されている。つまり、軍が何らかの行為を行っても警察が取り締まる権限がない。つまり、クラリスにとって今の状況は有利と言えたのだ。

「人の秘密ってあんまり聞き入っちゃいけねえんだぜ?おい、なんで聞いたんだよ。答えな。」

「……」

「黙ってるんじゃねえよ。なんで俺達の話を聞いていたのか聞いてんだよ!!!」

レイは恐怖に怯えた表情を続けている。その後でレイは、恐る恐る、こう答えた。

「き、気になったんです!ただ……それだけ……」

彼等の話が気になった。レイが答えられる唯一の質問である。が、クラリスはそれに対して怒り出した。

「ふざけんじゃねえぞ!何が気になっただよ!それでガキだから許されるとでも思ってんのか?甘い甘い!そんなんで許される訳がない!」

「あの、クラリスさん……もう許してやっても宜しいのでは……?」

アーネストがレイを可哀想に思ったのか、その台詞を言った。その瞬間、クラリスは男を拳で殴り飛ばした。勢いで男は倒れてしまい、痛がる仕草を見せた。レイはそれを見て体が震えた。目からは涙が溢れ出そうになっており、口元を両手で覆った。

「だから甘いんだよお前はいつまで経っても出世もしねえんだよ。どっか行ってろ。あ、そうそう。お前。ちょっと来いよ……」

「え……!?」

これから何をされるのか……今のレイには分からない。その後彼はクラリスによってある個室に連れて行かれた。

 

クラリスはレイを連行し、別の部屋に向かって歩いていった。そして着いた場所は錆付いた不気味な部屋だった。先程の部屋よりも薄暗く、小さな机が一つ、小さな椅子が二つ置いてあった。

「入れ。」

そう言われてレイは言われるままに部屋に入る。そして二人は座った。座った後、クラリスは彼の所持していた生徒手帳を見て、顔と名前を確認する。

「レイ・キレス。ベレーナジュニアハイスクールの十四歳。へぇ。これで男かよ。どこからどう見ても女じゃねぇか。」

男は容赦なくレイを軽蔑した。その時、レイは何度も“女みたい”と言われることに苛立ちを覚えたのか、ついこの言葉を言ってしまう。

「僕は男です!」

その時、彼に先程までの恐怖心はなかった。女と言われ、それが嫌に感じたのだろう。しかし、そのような事等、クラリスには通用しなかった。

「やかましいんだよ!黙れ!!!」

そう言われてレイは黙った。するとクラリスは言い出した。

「そうだ。俺の名前を聞きたいか?」

「名前……ですか……?」

「名前だよ。教えてやろうか?クラリス・デイル中尉だ。ハハハ、有名なんだぜ俺はよ!」

と、クラリスは高らかに笑う。それと同時に、着ていた青い服を脱ぎ、新生連邦の軍服を見せた。レイに対する見せしめの為である。

「クラリス……さん……?え、女性の名前……?」

命知らずなレイは咄嗟に口を溢してしまい、少しして後悔してしまった。

「うるせえんだよ!コンプレックスなんだよな……ま、どうでもいいけど。まあ覚えとけ。」

やたらと自慢げに語るクラリスの名前を知った後、自分の目的を思い出した。

「ああそうだ。すっかり忘れてた。全く……まさかお前みたいに好奇心の強い人間が本当にいるなんてな。」

「好奇心……?」

「親から教わらなかったのか?下手に相手の秘密を覗いたり聞いたりするもんじゃないって。そんな事を教えない親だなんてよ、ひでぇ親だよな。お前の親の顔が見たいよ。馬鹿の極みだな!だからこんなクソみたいなガキが生まれんだよ。」

その時、レイの内に異様な怒りが込み上げてきた。先程の恐怖はどこへ行ったのか。目の前に居る、自身の両親を馬鹿にするこの男が、許せないでいた。

 そう思った時、彼は愚業を行ってしまっていたのだ。

 

ドゴッ

 

「うぐっ!」

あろう事か、レイはクラリスを殴っていた。そして、彼は

「父さんと母さんを馬鹿にするな!!!」

と言葉を発していた。レイ自身、不思議な感覚だった。何故、この時恐怖を抱いていなかったのかは定かではない。

対するクラリスは苦しそうな表情を浮かべ、怒りを見せた。

「な……何しやがるクソガキ!!!」

これにより、クラリスの怒りを買ったレイは、思い切り肩を殴られる。彼の甲高い声が部屋に響いた。

「ああうっ!」

これが決め手だった。クラリスは怒りを抑えられない様子でレイを睨みつけた。彼は失態を犯してしまったのである。クラリスに対し、反発したのが行けなかったのだ。

「父さんと母さんを馬鹿にするな?ハン、普通の事を言ったまでだよ。」

「酷い親……?そんな事を言う貴方はどうなんですか!」

しかし、彼も子供だった。両親を馬鹿にされ、怒りの余り自分の立場を忘れていた為である。最早我を忘れてクラリスに意見を続けた。だが、クラリスはその台詞を聞いて握り拳を作り、言った。

「おい、尋問してやる。クソガキ。覚悟しろ。」

「え……!?」

 

バンッ

 

次の瞬間だった。レイはクラリスに突き飛ばされた。その衝撃で彼は尻餅をついてしまう。

 そして、クラリスは指をポキポキと鳴らし、恐ろし気な笑みを浮かべたのだ。

「お前、モテるだろ。顔は奇麗だな。せめてもの情けだ。顔は傷つけないでいてやるよッ!」

 

ドゴッ

 

そう言った後、クラリスはレイの腹部に目掛けて思いきり蹴ったのだった。

「うぁっ……!」

それも、何度も。同じ場所に。最早それは尋問ではない。ただの拷問だった。レイは黒い学生服を着た状態で、容赦の無い暴行を受け続けたのだ。苦しむレイに対し、それを見ながらクラリスは見下すように言った。

「クソ弱いなお前。この程度でくたばるんだからな。ま、所詮はガキか。」

「う……う……」

痛みがレイを襲った。彼らの秘密……ガンダムに関する話を聞いただけでここまでの仕打ちを受けなければならないことに彼は納得がいかない部分もあった。が、逆らえば殺されるかも知れないと恐れるレイは黙るしか出来ない。

「俺がお前を蹴ってる理由はな、お前がむかつくと同時にお前が他の奴に喋る気力を失わせるためなんだよ。本当なら殺してやりてぇが、実際本当に殺しちまうと色々とややこしいことになるんだよ。特にてめえみたいな未成年を殺っちまうとな。まあいいや、このままお前を壊してやる。」

「新生連邦は……」

「あん?」

「新生連邦は……そんな風に、暴力で解決する組織なんですか……!?」

レイはこの男の振る舞いに異議を唱えた。まるでこの男にとってのサンドバックにされている自分の立ち位置が不満で仕方がなかった。さすがのレイもこれに怒りを感じずにいられなかった。が、クラリスは溜息を吐き、笑った。

「はん、呆れちまうぜ。いいか、よく聞け。新生連邦はな、組織であり軍だ!分かるか?お前デウス動乱知らねえのか?あれで戦った昔の地球連邦軍が今の新生連邦軍な訳!分かる?」

「分かっていますよ!けど!こんなのって……!」

「てか新生連邦の秘密を立ち聞きするなんてな!お前のような奴を命知らずって言うんだよばーか!学ランなんか着てるガキンチョが偉そうに抜かしてんじゃねえ!まだ抜かすか!自分の立場も弁えられないなんてだらしねえ奴!!!だからガキは嫌いだ!ポンポン遠慮なく好き勝手言いたい放題言いやがるから!!TPOを弁えないから!」

そう言ってクラリスは再びレイを蹴り飛ばした。その際に出る苦しむ声が、クラリスを更に怒りに駆り立てる。

「戦争を知らないクソガキが!偉そうに語るんじゃねえよ!」

男は、相当苛立っていた。まるで日頃の鬱憤を晴らすかの如く、暴力でレイを追い詰めていく。

「うぅ……」

この時、レイは身動きが取れなくなっていた。殴られる余りに体が動かなくなってしまったのだ。親を侮辱されたり、女みたいと呼ばれたり、容赦なく罵声を浴びせられたレイは悔しさと不安な気持ちで満ちた状態で身動きが取れなくなり、痛みが襲う。 

その一方で、自分がどのような扱いになるか分からないという、得体の知れない恐怖感が、今の彼を包んでいたのだ。

その時のレイの足元は震え上がっている。だが、武器も何も持っていない彼はただクラリスの言いなりになるしかなかったのだ。

「まあ、これだけ痛めつけりゃ逃げられねえだろ!糞が!大人しくしてろ!」

やがてクラリスと、もう一人の男は部屋を後にした。その後ろ姿を確認したレイは、どこか、妙な安寧の表情を浮かべ、痛みと眠気が混じる中、彼はまるで意識を失うかのように眠りにつくのだった。

 

 

少しばかり時が流れ、レイは目を覚ました。目覚めた場所は、先程の場所だ。だが明るさを感じない。恐らく、まだ夜なのだろう。

それと同時にレイは先程のクラリスの暴行を思い出し、どこか、寒気を感じた。恐怖感が蘇ったのだろう。そして、殴られたり、蹴られた箇所を思い出す。

だが、痛くない。あれだけ痛めつけられた筈なのに痛みが殆ど消えている。少しばかり自身の身体を回旋させてみたりするも、疼痛を感じる事がなかった。

(不思議だ……どうしてこんなに痛みがなくなるのが早いんだろう?)

ふと、レイは服をめくり、怪我した場所を確認する。この時、蹴られた場所の傷ははっきりと残っていた。だが、痛みは全く感じない。妙な感覚だ。何故、すぐに痛みが消えたのだろうか。

 彼は幼い頃からこの、妙な体験をしている。昔から何らかの怪我をしても、痛みも長引く事なく、怪我自体もまるでなかったかのように再生する。それは彼自身不思議で仕方がない事だったのだ。

(それより、ここから出る事を考えよう……あれ?)

この時、“何か”に気付いたレイはそっと立ち上がり、足音を立てぬように移動した。痛みを感じていないレイにとって、これは簡単な事と言えた。

 ふと、隣の部屋をそっと覗く。そこには、二人の男が居た。先程暴行を加えられた男であるクラリスと、もう一人の男であるアーネスト。

 ただ、両者はあろう事か、眠りについている。クラリスはベッドで、アーネストはテーブルにて伏せて眠っている。恐らく交代で起きていたのだろうが、アーネストの方が眠ってしまっていたのだろう。

 これは今のレイにとって絶好のチャンスと言えた。この二人が眠っているといい事は、ここから脱走するには、今しかない。

 だが建物の造りが分かっていない状況で脱走をするのは難しいと考えられる。どのような構造なのかも分からない上、出入り口に鍵が掛かっている可能性も否定できない為だ。

(でも、逃げるには今しかない!)

それでもレイは勇気を出し、行動に移した。痛みのない身体は彼を動かすのに十分な力を発揮させる。

 二人の男が寝ている部屋を通った後、目の前に見えたのは階段だった。そこを降りれば恐らく逃げられるかも知れないと思い、静かにレイは移動する。

 幸い、建造物の造りは鉄骨造りだ。もし木製だった場合、きしむ音が響く可能性もあった為、レイは慎重に移動を続ける。

 やがて彼は一階まで降りた。そのまま、静かに歩くレイ。やがて一つの扉が見えて来たのを確認すると、彼はすぐに扉を開けようとした――

 

「待ちな」

「!」

後ろに、一人の男の声が聞こえた。慌ててその方向を見てしまうレイ。だが、そこに居たのはクラリスではなく、部下のアーネストだった。逃げようとしたのが発覚してしまったのである。

 最悪のタイミングだった。このまま逃げられると思ったのに、まさか見られていたとは思わなかった。このまま自分はどうなる?先の部屋に連行されるのか?だがその先は一体?様々な不安がレイを過った時――

 

スッ

 

アーネストは突如、二枚の紙幣をレイに渡した。一体、これはどういう事なのか?

「え……?」

「それで近くのタクシーでも拾って、早く家に帰りな。」

予想外の事に、レイは驚愕していた。何度も瞬きをし、そして、手に渡された紙幣を見る。

「デイル中尉には俺が見張っている間に逃げられたって言っておくから。ただ、ガンダムの事に関しては絶対に話すな。極秘情報故に、他言無用なんだ。それだけは守れ。万が一そうなった場合、俺だって保護の出来ねぇから。じゃあな。」

そう言った後に、アーネストは階段を上がって行った。余りに突然の事に、レイはただ、驚愕するばかりだ。

(僕を庇ってくれたの……?)

その真意は不明だが、これは絶好の機会だ。今のレイがこの場に留まる必要はない。急いでここを出れば良いだけの話。その上での交通費をアーネストがくれた。ならば、急いでここを出れば良いだけだ。

(ありがとうございます……もし、会う事があれば、恩返しがしたいです……)

レイは心の中で男に礼を述べた後、静かに、その場から去って行った。

 

 

「何!?逃がしたぁ!?つーかお前、寝ていたのかよ!」

「も、申し訳ありません、中尉!私としたことが、うっかりと……」

その後、アーネストは上官であるクラリスに叱られてしまっていた。秘密を知った少年に逃げられたという事実はクラリス・デイルと言う男にとって屈辱と言えた。

 ガンダムの秘密を聞かれた為、その身柄を確保しなければと考えていた男だが、部下であるアーネストがレイを逃がし、そのお陰でレイは無事に逃げられた。その代わりにアーネストは叱責を食らう事になってはいるのだが。

「クソが!もしあのガキがもし口軽で下手な情報が出回ったら厄介だぞ……幸いなのは録音とかされてねぇのが救いだが……クソ、俺とした事がこんな屈辱!!!」

クラリスは悔しさを感じていた。彼にとってこの出来事は予想外の事だ。軍の秘密が知られる事は当然あってはならない。それを聞いた人間がレイのような少年であれ、機密事項を聞いた以上は本来ならば事情聴取を行わなければならない。クラリスの場合は拷問のような仕打ちではあるが。

「しかし、相手は子供ですよ?仮にあの子供が新生連邦のガンダムの話をしても、所詮はホラ話で終わりますよ。」

と、アーネストはフォローを入れる。彼がレイに紙幣を渡し、逃げるように諭したのはクラリスの拷問が度を超えていると判断したせめてもの情けなのだろうか。

「クソッ、何にしてもあんなクソガキをこの俺が逃がしたっていう事実が気に食わねぇんだよ……」

と、言いながら、クラリスは右手で拳を作り、左手を広げ、そのままガンと打ちつけた。

「もし、今度会ったらあのガキ、只じゃおかねぇからな……」

この男はレイを敵視し始めていた。確かに情報漏洩は危険だが、明らかに敵視する相手としては不適切であると、言えた。この様子を見ていたアーネストは、ただ、静かに溜息を吐いたのだった。

 

 

 

その一方で、レイは走り続けていた。アーネストの機転によって逃げる事が出来たのは良かったのだが、問題はその場所だ。

ここが何処か分からないのだ。これでは、タクシーを拾うどころか乗り場すら見つからない。幸い、時計は見えた。今は夜中の二時。人々が寝静まり、気温も下がっている時間だ。うすらと雪が降っているのも見えた。

「はぁっ……はぁっ……」

急いで走った為か、レイは疲れ果ててしまった。ここがどこか分からず、ただ路頭に迷うレイ。周囲には建造物も見当たらない。見慣れない環境に不安を抱きつつも、とにかく移動する。荒い息は白く染まり、そのまま空に舞い上がって消えていく。

「……あれ?」

うすらと、明かりが見えた。目視で推定200メートル程度の場所か。その看板を照らす明かりを見て、近付こうと思ったレイ。もしかすればここがどこか分かるかも知れない。

やがて小走りを行い、その地点まで来た時、明かりに照らされたその看板を見ると、駅までの距離が書かれていた。それと同時に、駅名も書かれている。

「この駅って……そうか、分かった!」

寒さの中、レイは思い出したように言った。看板に記載されていた駅は、レイの地元の駅から三駅離れている場所であり、幸い、レイが分かる範囲の駅だったのだ。それを知った時、レイは少しばかり元気が出た。寒さの中、彼は駅を目指して歩く。

 距離にして1キロメートル。徒歩でおよそ十五分程度か。その距離ならば、歩ける。駅があれば、そこにタクシーもあるかも知れない。そこから帰る事が出来る。アーネストから貰った紙幣が、恐らく役立つだろう。これはレイにとって僥倖だ。散々な目に遭っていたレイだが、真夜中で駅が見えて来るという事は不幸中の幸い幸いと言えたのだ。

 

 

 それから歩き続け、彼は駅に着いた。駅に着いた時、タクシーが停まっているのが見えた。寒さの中を歩き続けたレイはとにかく、暖まる場所に行きたいと思い、急いでタクシーに乗り込んだ。

 そこでレイは行き先を伝えようとした時――

「おいおい、学ラン姿の子供がなんでこんな時間にタクシー乗ってるんだ?」

レイは肝心な事を忘れていた。自分は学生服を着ている。この時点で彼は生徒であり、周りの大人からすれば真夜中に子供がいるという事自体おかしいという事になるのだ。

(しまった……)

まさか新生連邦の軍人に拉致されていたなど言える筈がない。言ったところで信じて貰えないかも知れない。

 だが真夜中に生徒がいるという事が親に知られたり、学校に知られるとそれは厄介事になる。それは避けたいと思っていた。

「あー、事情があるやつだな。良いよ。その歳なら色々あるんだろ。行き先、言いなよ。」

「え……?」

予想外の回答が聞こえてきた。タクシーの運転手は特に聞きする様子を見せなかった。

その後レイは行き先を伝えたと同時に、エンジンを掛け、そのままライトを点灯させて車を発進させたのだった。

 

 雪の中を走るタクシー。レイを一人、後部座席に乗せるそれは、人通りが居ない場所をただ、走る。

「親と何かあったんか?本当なら補導の為に生徒手帳とか確認して親か学校に報告しねぇと行けないけど、今回は特別な。」

この事はレイにとって有難い事と言えた。彼のような未成年は保護の為に公共の交通手段を用いる場合、基本的に時間帯によっては身分証明を見せたり、場合によっては親に連絡を取られる事があるのだが、幸いにもタクシーの運転手は然程聞きする様子を見せなかったのである。

「あの、ありがとうございます。」

と、レイは一言礼を述べた。

「なぁに、俺も自分と同じ頃はよく親と喧嘩したりしたからな。色々あるんだろ。あれだったら、タクシー代金だって負けても良いけどな。」

「そんな、それはダメですよ!」

と、謙遜するレイ。当然だ。無賃乗車など本来はあり得ない事である。だが、それを負けてやろうと言うのだ。

「そんなに遠くないんだろ?なら送ってやるよ。そんぐらい気にすんなって!」

と、言う運転手の優しさにレイは甘える事にした。訳ありの少年と見られている様子だったが、この運転手の優しさがレイには申し訳なさで一杯にさせたのである。

(なんだろう、なんか、妙に安心すると言うか……なんていうのか……)

レイはふと、考えていた。先程までの危機的状況から一転し、安心出来る状況に身を置いたが故に、レイは安心しているのだった。この時、妙な安寧と車内の暖かさがレイの瞼を静かに閉じていく。不安な状況と違う眠気はどこか安心感を与えているのだった。

 




第一話投了。日常生活メイン回です。


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第二話 プチMS大会

プチモビルスーツの話。


 

「おうい、起きな」

レイは聞き覚えのない声で目を覚ました。ここはどこか……と思った時、すぐにレイは思い出したように、青い眼を大きく見開いたのである。

「ああ!すみません!うたた寝、してしまってた……」

と、謝るレイ。何故ならば、彼はタクシーに乗った安心感の余り、急に眠気に襲われたのである。ここ最近見続ける妙な悪夢の事や新生連邦に拉致された事が重なり、レイは少しした場面でも眠気に襲われる事が多くなっていたのだ。

「じゃあ、代金は良いから、元気でな。」

「え!?そんな、やっぱり申し訳ないです!」

「ジュニアハイスクールの生徒から金をむしり取るのは俺だって気が引けるんだからよ、早く降りなよ!」

それはドライバーの親切心だ。余りに優しいと呼べる彼の言動に、レイはただ、申し訳ない気持ちで一杯になる。

「すみません……」

と、そっと溜息を吐き、すぐにドアを開けたのだった。

 

 

 結局レイはタクシーの運転手に一銭も払う事無く、家の前に着いた。それ自体は有難い事であると同時に、ただ、罪悪感だけが残った。複雑な心境の中、今は家に入る事を選択した。

 外の寒さもそうだが、何よりも家族に心配を掛けてしまっている事に対して罪悪感で一杯だ。所持していた鍵を使い、家の扉をそっと開き、皆が寝静まっている内にレイは部屋に戻る。彼は無事、家に戻る事が出来た。それが何よりの喜びと言えたのだ。

(ふぅ、一安心……)

思えば、クラリスに拉致された時はどうなる事かと思った。しかし今、彼は無事に家に居る。真夜中に家に帰ってくるという事は当然ながら珍しい事であり、レイはこの時、どのように母親に言い訳をするべきかを考えていた。

「とりあえず、今日は寝よう……明日も学校だし……」

レイはこの時Eフォンの存在を確認した。今朝、忘れていたEフォンが手元にある。その事は、レイをどこか、安心させるのだった。

 ごく普通の一日を過ごす筈であったのに、クラリス・デイルと言う新生連邦の軍人によって少しばかり非日常を経験したレイ。だが彼の部下のアーネストやタクシーのドライバーと言う、良い人に巡り合い、レイは無事帰路につき、家に戻れた。ただ、レイはその眠気のままに、布団を見に纏い、静かに目を瞑るのであった――

 

 

 

 だがこの晩、彼は再び奇妙な夢を見る事になる。廃墟の中、銃声が鳴り響いたと思えばそこには少女が倒れており、やがて自らも男によって殺されそうになるという、奇妙な夢。

 

―――――――――――悪い子だ。この子と一緒に死ななければ―――――――――――

 

――――――――――――――――――――死ね――――――――――――――――――

 

「はっ!?」

嫌な目覚めだった。再び見た悪夢。一体何故同じ夢ばかり見るのか。それは彼自身にも、分からない事なのだ。

「嫌な目覚めだ……うぅ、眠いよ……寒いし、起きたくない……」

今日は登校日ではあるが昨夜の事もあり、レイに強烈とも言える眠気が襲っていた。妙な悪夢と、眠気。これらがレイの登校の行く手を阻む。

 レイはEフォンに手を伸ばし、そこから起きようとした時――

 

「レイ!」

声が聞こえた。母親の声だ。その声と共に、レイの眼は大きく見開かれていく事になる。

「昨日どこに行ってたの!?Eフォンも忘れて!何やってるのよ本当に!」

「あ……えと……」

どう、言い訳をすれば良いか分からない。夜中は眠さが勝ってしまい、母親に対する言い訳をどうすれば良いか考えていたのだ。

「まあ、帰って来たのは良かったけれど……怪我とかしてないでしょうね?」

「え……?」

レイはドキンとした。怪我と言う言葉。それは昨夜のクラリスの事を思い出させた。

彼の場合、幸い顔に傷は付いていなかったが、腹部はクラリスに蹴られたことによる痣が残っている。もしそれを見られれば、確実に何があったかを聞かれる。万が一新生連邦の話をすれば、母親達にも危害が及ぶかも知れない。その事だけは、話してはいけないと、レイは本能的に感じ取っていた。

「え?怪我なんてしてないよ!?うん、本当に。」

この場で、どう言い訳をすれば良いだろうかと、レイは懸命に考える。一番納得して貰え易い言い訳は何だろうか……

 ふと、彼の脳裏に友人のモークの存在が浮かび上がった。それと同時に、レイは口を咄嗟に開いた。

「も、モークの家に行ってたんだ!そう!それでそのまま盛り上がっちゃって!ごめん、母さん!Eフォンの事も忘れるぐらい!そう!そうなんだ!」

出鱈目ではあったが、今はこれで凌ぐしかない。もしそれ以上詮索されれば大変な事にはなるが――

「変なの。まあ、友達の所で夜中まで語ってたって事?ま、色々とあったのかしらね。」

と、言い、思いの外カレンは彼の言葉を追求する事は無かったのであった。

「レイも十四歳だし、下手に詮索したってしょうがないしね。ま、私は貴方が無事ならそれで良いのよ。でも夜中になるのは感心しないわね。」

「う、うん……ごめんなさい、母さん……」

「いえいえ。」

レイはジュニアハイスクールになるまで彼は無邪気で可愛らしい子供だった。だがジュニアハイスクールになってからは人一倍気を遣うようになった。それが例え親友のモークでも、幼馴染みのリルムでもその態度は変わらない。が、相手の対応次第では彼も気を遣うことを忘れ、それが怒りに繋がることであれば黙っていない。彼は大人しい性格とは言え、まだ少年なのだ。

「けど……それよりどうするの。今日も学校あるんでしょう?」

今日は金曜日。週末だ。学校は通常通りある。しかしこの一夜の出来事が重なった為か、正直、レイは学校が面倒臭いと感じていた。昨日から非常に溜まっている疲れ……学校に行っても疲れて眠るだけだろうと考えたレイは、咄嗟に学校を休むという選択肢を取ったのである。

「母さん、その、お願いがあるんだけど……学校を休ませてもらえないかな?お願い!」

両手を合わせ、頭を下げてお願いをするレイ。

だが、この行為を母親が許す筈がなかった。昨夜の事は自分の都合。その上で勝手に休みを取るなど、許される筈がない。最も、モークの家に行ったという事は嘘の話であるのだが。

「何言ってるのよ!自分の勝手で夜中に帰って来て!自分勝手も程があるわよ!」

やはり、当然と言える反応が返ってきた。実際、レイは異常とも呼べる眠気に襲われている状況。しかし学校がある以上、行かなければならない。だが行った所で授業を受けられず、恐らく眠りに就くのが目に見えているが。

 とはいえ、やはりこの眠い状況で学校に行く気にはなれない。レイは、どうしようかとただ、悩むばかりだが――

「レイ、確認したいのだけど、友達と話をして悩みとか無くなった?」

「え?」

カレンはまるで念を押すような言い方をしてきた。それはどういう意図で言っているのかは不明であるが、レイはこれに対し、答える。

「うん、まあ。」

と言ったレイ。

「そう、じゃあ一日ぐらい休む?」

「え!?本当!?」

気が変わったような優しい母親の言葉が彼の耳に入り、レイは歓喜した。人が見れば、カレンは子供を甘やかす親馬鹿と見られるかも知れない。

 しかし彼女なりにレイの事を心配しているのだ。十四歳というティーンエイジャーの年頃は様々な経験をする時期である。それ故の心配なのだろうか。

「ただし、今回だけだから。ずる休みなんて普通認めないんだからね。」

「あ、ありがとう!」

と言った後で、レイは母親に笑いながら抱きついた。母親は困ったような、喜んでいるような分からない表情をしていた。それでも息子の笑顔が見られて、安心している様子だった。

「じゃあ学校に連絡しなさい。」

「うん。分かったよ。」

母親の親切のお陰で今日は休むことが出来、レイは一安心する。しかし母親に迷惑をかけたことは事実だ。

結局、自分勝手な行動で学校も休みにさせてもらっているのだから、彼はどうしても申し訳がない気持ちになる。だが今日は本当に休みたい気持ちに駆られていた。ずる休みと呼ばれても構わない。昨夜の経験は、レイを大きく披露させたのだから。

 

 

 

やがて時間が経った後で、ふと、レイは部屋に置いている鏡を見る。クラリスによって蹴られた跡がどうなっているのかが気になった為だ。

「やっぱり、あんまり目立ってないや。」

クラリスに酷い蹴りを受けた筈なのに、不思議な事に跡が殆ど消えかかっている。常人ならば跡は確実に残るであろう力の筈だったのだが、改めて、自身の回復力に対し、レイは驚いていた。

「……なんだろう、不思議だ。まあ、いいか……さて、連絡をしなきゃ。」

自身の事が気になりつつも、レイはベッドに寝転がり、Eフォンを用いて学校に休みの連絡を入れる。その後、少しばかりぼうっとしていた時に、ふと、彼は思った。

「姉さん、今頃勉強しているのかな……?」

彼の姉であるリリアは父親に憧れてジャーナリストの勉強をするために海外留学をしている。現在オーストラリアで学んでおり、しばらく帰っていない。リリアはレイとは二つ、年齢が離れている。現在、リリアは十六歳だ。本来この年齢ならばハイスクールに通うのが一般の学生であるのだが、リリアは単身で留学している。キレス家の長女なのでしっかりはしているが、レイはこの時、姉が少し心配だったのだ。やはりまだまだ未成年であるのに海外に行って大丈夫なのだろうか……と、レイは思っていた。オーストラリアは治安が悪い国だとは聞かないが、それでも何が起こるか分からないのが現状である。レイは何気なく、そのような事を考えて天井を眺めていた。

そのようにぼうっと考えていた頃、部屋の時計は8時50分を指していた。既に一限目の授業が始まっている頃。レイはずる休みと言う形で現在も家にいたのだった。今頃彼らは何をしているのか、頑張って授業を受けているのだろうか?今まで学校へは皆勤だったレイが初めて経験する休み。それは、思った以上に居ても立っても居られないものだった。

とはいえ、何も出来ない現状。暇を潰す為にレイはEフォンを開き、自分の興味のある事について調べ始めた。

 

 

 

授業が始まっているベレーナジュニアハイスクールでは、モークとリルムが話していた。いつもは学校にいる筈のレイがいないことで、レイを通じて仲良くなっていた二人はおかしく思っている。

「あれ?なんで今日はレイ休みなんだよ。」

「先生言っていたよ。風邪だってさ。」

「珍しいよな。あいつあんまり風引かないやつだと思っていたのに。」

大人しいレイだが、実は健康児で風邪を滅多に引かない少年でもある。しかし今日に限って休んでいるので少し首を傾げた。その時、二人が喋っている様子を見て先生は怒った。

「こら、何を喋っているの!?」

この時間は授業中だったのである。一限目は社会の授業だった。社会はレイの得意科目の一つである。また、その教科は担任のリアン・マーキュリーが授業をしていた。

「ええと、では……基本的な事を聞きますね。今から5年前に終結した戦争の事をエリアスさん!」

「あ、はい!」

「さて、何と言いますか?」

「え!?ええと……」

突然先生はリルムを当てた。が、あまりに突然だったので質問の内容が把握できず、素直に一言謝った。

「もう、覚えておかないと……常識問題よ。最近の事じゃない。デウス動乱よ。」

リアンが授業をする際の特徴は隙のある生徒を集中狙いするという、典型的な当て方をする。だから真面目な生徒はこの先生の時は基本的に集中して聞いている。ただ、少しでも喋っていたり寝ていたりした生徒がいればすぐ様その人を当てると言う、典型的で嫌な先生でもある。しかし美人であるので男子生徒の人気は高い。

「エリアスさん、常識問題なんだからさ。テストでも普通に引っ張りだこよ。ここ数年の入試問題にも出ているんだから。ま、戦争終結後だから当然なんだけどね。ここ、点取り問題。」

「そんなあ、分かっているのにぃ……。」

いくら慌てていたとは言え、リルムは若干悔しそうな表情を浮かべた。と言うのも、彼女もまた社会は得意分野だった為である。得意にしているものを間違えてしまうと言う事は、得意科目と言う小さなプライドが許せなかったのだ。

 

 

 

少しの時が流れた頃。相変わらずレイは家の中で暇な様子だった。学校がある日に学校に行かない事がここまで暇だとは思わなかったのである。傷はもうすっかり浅くなっており、痣が若干残っていた。三日後に登校して何があったのかを聞かれても、ただ転んだと言えば問題はない。

「暇だな……ずっと家にいるってこんなに暇な事だったなんて。」

学校から出されている課題も全て終わらせたレイはやる事が無い。と、彼はふと以前に購入したMSカタログの存在を思い出した。リビングに降りてきて、急いでMSカタログの袋を開けた。買って来たのは良かったが、部活などで忙しかった為見る暇が無く、今日偶然暇だったので見ることが出来たのだ。

一通りパラパラとカタログを見るレイ。この間彼は嬉しそうな表情でじっと記載されているMSの情報を見ていた。その時、レイはカタログの一番後ろのページを見てみた。それを見た時、レイの青い眼は見開かれた。

「プチモビルスーツ大会……?え、プチモビの大会なんてあるんだ!?」

それは新生連邦主催のプチモビルスーツ大会の広告だった。

レイはこれに関して非常に興味を抱いていた。と言うのも、MSカタログを見て目を輝かせているレイは、このようにMSが大好きな少年である。また、多少だが機械いじりも得意だ。また、大会で使われると思われる作業用のMSの写真も記載されていた。彼は、この作業用MSに見覚えがあった。

「何年か前に父さんが友達に頼んで作業用のMSを試し乗りさせてくれたっけ。それで上手だって言われた事があったかな。」

彼が言うように、レイは一度作業用のMSに乗ったことがある。それが今回大会で使用されると思われるMS、パワームだ。その際抜群の操縦センスを見せつけ、その場にいた人々を驚かした事があった。つまり、レイはMSを操る素質があるのだ。しかし今普通に平和に暮らしているレイにMSに乗る機会などある筈がない。が、このページはMS好きのレイにとって非常に興味深いものだった。再びMSを操って皆を驚かせることが出来るかも知れないと言う、小さい自己満足が芽生えた。

それにこの大会が行われる場所がレイの家からそう遠くない場所で開催されることに驚いていた。だがそれと同時に、新生連邦が主催と言う言葉が若干奇妙に思えて仕方がなかった。その為か、少し迷いが見られる。

「え、賞金!?賞金が出るの!?」

レイはふと、賞金の項目を見た。それが一番目に映った。これを見た時、レイに迷いはなくなった。参加を決意したのである。ただし、三位までに入賞する事が賞金を貰う条件ではあるが。

MSに乗る事。それは数年前に体験したことなのだが、レイにとってそれは忘れられない体験だった。その上賞金。今、彼は本心からこの大会に参加したいと思っていた。

 

 

レイは早速母親に言った。それを言った時、母親の目は点になった。そして母親からこのような言葉が出た。

「本気で言っているのレイ!?」

「本気だよ。昔作業用MSに乗って、操縦が上手って言われたことあるの知ってるでしょ?それに僕、MS凄く好きだし!」

「いや……別に貴方が興味あることだから、何をしても構わないとは思うけど、でも……やっぱりやめておいた方がいいんじゃないかしら?」

「優勝賞金が出るんだよ!もし優勝できれば大きいよ!」

レイの目は本気だった。彼が以前に作業用MSに乗った事は、母親も知っているのだが、彼女は彼にそんな危険な物に乗って欲しくないと思っていた。本来MSは軍用の兵器。レイのようなあどけない子供の乗るべきものではない。母親、カレンはお勧めをしようとしない。

「ねえ、母さん。ダメ?」

「……やめておいた方がいいわ。危ないもの。と言うかやめなさい。」

カレンは本音を出した。どうしても、自分の息子を危険な目に遭わせたくないのだ。レイは必死に粘るかと思われたが、意外にも彼は

「うん、仕方がないよね……。」

と、言ってすんなりと諦めた。あれ程真剣な眼差しをしていたのに、意外と簡単に諦めた事に母親カレンは感心した。

「うんうん、分かればいいのよ。大体賞金言う言葉に踊らされる辺りが貴方はまだまだ子供なのよね。」

「う、うるさいなぁ……」

思えば、その項目を見て今回の出場を一度は決定したようなものだった。それを思った時、レイは自分自身を情けなく感じた。

「それにMSって軍人さんの乗るものでしょう?乗ってみたいって気持ちは分かるけど、実際乗るには軍人にならないとダメなんでしょう?大体レイが軍人って……プッ……なんか笑える!」

カレンは大笑いした。彼女から見て、レイが軍人というイメージがあまりに似合わないと思った為である。レイは頬を膨らませ、少し苛立った。

「……もう!いいよ……」

そう言ってレイは自室へ戻っていく。その姿を、カレンは見てずっと笑っていた。

 

「母さん、ごめんなさい!」

そう言いながら、レイは早速部屋に戻り、勝手にEフォンで手続きを行ったのだ。参加費は自分の小遣いから出した。これにより、小遣いの大半をなくす結果となる。しかし彼にとってはそれよりもプチモビルスーツ大会に出場できるという事の方が楽しみだったのだ。

「プチモビルスーツ大会、楽しみだな……。」

彼はどうしてもプチモビルスーツに出たかったのだ。母親を騙した事を罪には感じているが、やはりどうしても、やりたい事はやりたいのだ。レイの年頃ならば無理もなかった。この為か、レイは少し有頂天だった。だが、ここで問題が生じた。

「あ……明後日なんだよね……明後日!?」

決定的な事を彼は忘れていた。浮かれる余り、プチモビルスーツ大会があと2日で開催されることを忘れていたのだ。つまり、この二日間で何らかの練習をしなければならなかったのである。流石にMSに乗るセンスが良いとしても、もう何年も操縦していないのだから危険な事に変わりはなかった。

「ああ、どうしよう……近くに作業用MSとかある場所ってないのかなぁ?」

幸いなことに、明日は休みである。予定もない。だから時間があるので練習は可能だ。しかし練習する宛などどこにあるのか……レイは迷っていた。

「そういえば、あそこに工場があったような……」

彼はふと近所にある工場の存在を思い出した。

彼がエレメンタルスクールの生徒だった頃、帰り道にあるその工場で、作業用の小型MSが働いている姿を見た事があったのだ。現在はそこを通らないので今も稼働しているかは分からないが、この存在は今のレイにとって余りに大きかった。

「そうだ……一か八か、やってみよう!」

練習する時間はそんなに残されていない。工場の作業用MSが稼働していなければ、練習が出来ない。それに動いていたとしても、乗せてくれるか分からない。それでもレイは試したかった。工場でMSを借りたかったのだ。それで練習出来れば問題はない。断られてしまったり、無くなっている不安があったが、これらを確認しない訳にはいかなかった。

すると、レイを呼ぶ母親の声が聞こえてきた。気がつけば昼食の時間だった為、カレンは彼を呼んだのだ。

「はーい。」

そう一言言った後、急いでリビングに降りた。丁度彼自身も腹が減っていた為、タイミングが良かった為か、レイの表情に自然な笑みが浮かんだ。

 

 

リビングにて昼食を済ませた後、レイは早速工場へ向かう準備をした。もしここで作業用のMSが無ければ、明後日の大会の練習が出来ず、本番の一発勝負になってしまう。どうしてもそれだけは避けたかったのだ。

(小さい頃見た記憶が正しかったのなら、工場にあるMSは恐らくパワームの筈!)

エレメンタルスクールに通っていた頃、毎日のように作業用MSであるパワームを見ていたレイ。この為、見間違えるような事は考えられなかったが、それでも念には念を入れておく。靴を履き、そのまま自分の自転車に乗って工場まで向かった。

 

十五分程度で工場に着いた。近くに自転車を止めて急いでMSの存在を確認する。すると、そこにはパワームの姿があった。中に人が乗っており、重そうな荷物を運んでいる。レイはここで一安心した。

「あったんだ……良かったぁ……!」

そっと胸を撫で下ろす。だが、まだ安心し切っていなかった。借りられるかどうか分からなかったのである。とは言え、何もしないで帰るわけにもいかなかったので、レイはゴクリと唾を飲んで、そっと工場の中へ入って行った。基本的に工場への一般人の立ち入りは禁止されているのだが、この工場は常に解放されており、誰が入っても問題はなかった。その理由は定かではない。

 

レイは工場に入った後、とにかく工場員を探す為にきょろきょろと辺りを見回した。が、そこには人の影すら見当たらず、奇妙に感じられた。恐らく別の場所にいるのだろうと思い、少し移動しようとした時だった。レイは背後から突如声を掛けられたのである。

「おいおい、何だ?見学なら今日はお断りだぜ?」

「うわぁ!?」

思わず声を上げて驚いてしまった。そこにいた工場員は、恐らく年齢が三十代後半程であろう男だった。顔つきは屈強な男言ったところ。体つきは逞しく、腕、指が太い。背丈もレイより遥かに高い。

「お、女の子か?なんだ、ここに何の用だ?」

「ぼ、僕は男ですよ!?」

またレイは間違えられてしまった。性別を間違えられることは、女顔のレイの悲しい宿命なのかもしれない。

「なんだ野郎かよ……ま、いいや。それより何の用だよ。」

彼が男だと知った時、その男は溜息を吐いた。

「あの、少し厚かましくて申し訳がないんですけど、実は……」

レイはプチモビルスーツ大会の事についてこの男に話した。意外にも、男は関心を持って話を聞いてくれていた。その様子から、この男もMS好きであることが伺える。

「で、それでうちの作業用のパワームを貸してほしいと?」

「はい、あの、タダとは言いません。必要なことがあればその……何でも手伝ったりします!今日を含めて明日まででいいんです。ここに来て、操縦の練習をさせて頂けたらと思いまして。」

レイは必死だった。ここで断られるわけにはどうしても行かなかったのだ。男も、レイの青く澄んだ目が本物であることは分かっていたらしく、若干動揺していた。だが、男は

「無理!」

と言ってレイの懇願を捩じ伏せた。

「残念だけどあれが無いと、仕事が出来ないんだよ。坊っちゃんのプチモビに対する熱意はちょっと伝わったけど……ま、他を当たってくれよ。バイバイ坊っちゃん。まあぶっつけ本番で頑張ってくれや。お前にセンスがあるならなんとかなるって。はい、ばいばい。つーか何を抜かしてんだよガキンチョ!どっか消えろや、邪魔!!ったく……」

「……」

明らかにレイを馬鹿にしているようにしか聞こえず、レイは完全に軽く扱われていた。レイは悲しさと悔しさを同時に感じてしまい、もう何も出来なかった。そしてそのままそこから立ち去ることしか考えられなかったのだ。

 

結局その後レイは帰宅した。その際、丁度夕飯の準備をしようとしていた母親に聞かれる。

「あら、どこへ行ってたの?」

「うん、ちょっとその辺りを自転車でうろうろしていただけだよ……。」

と言ったレイの顔は曇っているように見えた。明らかに暗く、悲しそうだったので、カレンは思わず聞いた。

「何があったの?暗い顔して。」

「ううん、何でも……」

そのままレイは自分の部屋へ向かった。本当の事など言える筈がなかったのだ。カレンは首を傾げ、元気のないレイの後ろ姿をただそっと見つめていた。

 

部屋に着くなり、レイはすぐにベッドに寝転んだ。それと同時に明後日の事が心配になってきて仕方がなかったのだ。

「うー……諦めきれないよぉ……うぅー!!」

悔しさがレイを襲う。馬鹿にされたような喋り方をしたあの工場員が憎くさえ思えた。忘れようとしても、明後日のプチモビルスーツ大会の事を考えるとどうしても忘れられない。ただただ、憂鬱な思いで天井を見上げて寝転ぶレイ。そしてそこから窓側を向いた時、彼の視界にふとあるものが見えた。キャストパズルである。

「あー……そういえば子供の時にもらったっけ……姉さんに……」

現在留学中の姉、リリア・キレス。これは彼女との大切な思い出の品である事がレイの台詞から分かる。その時、レイがキャストパズルをもらう場面が思い出された。

 

 

 

当時のレイは十二歳で、今から二年前の事だった。現在と顔つきが変わっておらず、身長が今よりも若干低い程度である。一方のリリアは姉でありつつも可愛気のある顔をしており、目も弟のレイに負けない綺麗な目をしている。次女のミィスもやはりあどけない子供で、可愛気がある。

今、当時のリリアがレイとミィスに対してそれぞれ一つずつ、プレゼントを渡した。

「ほら、レイの為に買ってきたんだよ。あとミィスにも。」

「わー。キャストパズルだ!欲しかったんだ!ありがとう、お姉ちゃん!」

当時、レイは姉に対する呼び方を子供らしく〝お姉ちゃん〟と言っていた。しかしジュニアハイスクールに入ってからは呼び方を変え、〝姉さん〟と呼ぶようになった。これはレイ自身がしっかりしようと思ったため、いつまでも同じ呼び方をするのは良くないと彼の中で勝手に思っていた為である。リリアは最初戸惑ったが、今ではこの呼ばれ方に慣れていた。

リリアはレイがキャストパズル好きだと言う事を知っていた。喜ぶリリア。しかしミィスは余り表情が嬉しそうでなかった。

「ミィス?」

「お姉ちゃんってレイお兄ちゃんを贔屓しているの?」

「そ、そんな事言わないで!ほら、プレゼントが気に入らないの?」

「だって……あたしなんかキャンディーだけだよ……」

当時のミィスは八歳であり、当時十四歳のリリアから見れば非常に幼く見えたのだ。だから彼はミィスにキャンディーを買ってあげていた。だがキャストパズルとキャンディーでは余りに差がありすぎる。だがリリアは静かに笑みを浮かべて、ミィスを説得する。

「ミィス、キャストパズルはミィスにはまだ早いよ。あと三年したら買ってあげるからね。絶対よ。」

「えっ、本当?」

「うん、本当だよ。嘘はつかないからね。三年後の誕生日に絶対に買ってあげるから。」

「うん!ありがとう!」

レイはこのような姉の優しい笑みを忘れなかった。妹思いでありつつ、弟思いのこの姉が好きだったのだ。

それから月日が流れて彼女は留学した。レイは当初、彼女の留学に猛反対していたのだ。寂しくなるから……ただ、それだけの理由で。リリアは今年の4月に留学し、八ヶ月が経過する。今もレイはそれを寂しく思っているのだ。優しい姉がいなくなること……それが悲しくて、仕方がなかった。

 

 

 

そして今。レイは姉の事を考えている内に眠りについていた。その寝顔は、先程まで悔しがっていた姿など想像できない程心地良さそうに見えた。

その時、母親がレイを呼んだ。その声で目が覚める。

「レイ、お風呂入りなさい。」

「あ、はい!」

この時期のモントリオールの気温は寒いのが当たり前である。レイは元々寒い気候で育ってきたので寒さは慣れている。しかしそれでも寒い事に変わりはない。だからこそ、この時期の風呂の存在はありがたいものだったのだ。彼は母親の声を聞いてからすぐに階段を降り始め、急いで風呂に入った。

 

風呂の中で、体を温めている最中、レイは今日の出来事を思い出していた。母親に内緒で出場する事を決定してしまったプチモビルスーツ大会。しかし、練習が出来ていない状態でそれに挑むのは無謀である。その為には少しでも練習がしたい。彼の住んでいる近くには工場が近くにあり、そこでプチモビルスーツを借りる事が出来れば良かったのだが、そこにいた工場員はそれを拒んだ。レイ自身、厚かましい願望だとは分かっていた。分かっていたのだが、工場員のあまりに嫌らしい言い方を思い出し、レイは風呂場にて再び苛立ちを感じ始めていたのである。

(ああ、ダメだ……また思い出しちゃう……けどやっぱりあそこしかないんだ……)

彼の住んでいる場所からプチモビルスーツを練習できる場所はこの工場しかない。この時、レイは決心した。〝明日も行こう〟と。

その後レイは風呂から上がり、一杯ジュースを飲んだ後に自分の部屋へ向かった。

 

自室にて。レイは明日再び工場へ向かう事を決心していた。だが今日と同様に懇願しても却下されるのは明白である。どうすれば良いか……彼はベッドに横たわりながら考えていた。

(どうしよう……どうすれば許可もらえるかな……本当に練習したいのに……)

どうしても明後日の為のプチモビルスーツ大会の練習がしたいと思うレイ。身近に作業用MSであるパワームがあると言うのに、許可が下りない為練習が出来ない。彼自身簡単にプチモビルスーツの練習が出来ない事は分かっていた。とはいえ、昼間の男の台詞が忘れられない。

 

―はい、ばいばい。つーか何を抜かしてんだよガキンチョ!どっか消えろや、邪魔邪魔―

 

昼間の男の台詞から、工場の中にいる人間は荒い性格の者ばかりの可能性が高い。そう考えると彼は気が引けた。暴力を振るわれることは無いとは思うが、暴言は覚悟しなければならない。何せ、本来扱わせてもらえる筈の無い作業用MSを練習させて欲しいと懇願するのだから、〝変な人間〟だと思われても仕方がないのだ。その言葉に傷つく事を覚悟し、レイは明日再び工場へ向かうのである。

しかし、考え事を続けてもレイは何が一番良い方法かが分からなかった。レイは天井を眺め、呆然としていた。

(……そう言えば……僕は傷とかすぐ治るんだったっけ……)

ふと、レイは思った。彼は幼い頃からなのだが、人よりも自治能力が優れている。その理由は不詳だが、とにかく彼は傷が癒えるのが早い。走って転んでも、調理をして、誤って包丁で指を切っても、並の人間ならば数日で完治する傷が、彼の場合は数時間後に完治している。クラリスに蹴られた時の痣も、もう夜には完治していたのだ。

「……そうだ……脅しみたいになるけど、もしかしたら……」

その時、レイにある考えが閃いた。閃く事により、レイの目は見開かれる。するとレイは立ち上がり、机の引き出しの中から何かを探し始めた。

「……あった……」

探し始めて2分後、レイは〝あるモノ〟を発見した。それを自分の机の上に置く。レイはそれを見て険しい表情を浮かべた。

「これは正直……でも……明日はこれしか……」

そう言った後、彼は再びベッドに寝転がった。再び天井を眺めるレイだったが、彼の目は既に細くなっていた。眠気がレイを襲っていたのである。そして、更に彼の目は細くなっていき、やがて眠りに着いた。

レイは一体何を考え、引き出しから何を取り出し、そして机に置いたのか。また、机から取り出した物を見てレイは何故険しい表情を浮かべたのか……それは明日、明らかになるのである。

 

 

翌日になった。目を覚ましたレイは昨日机に置いたものをポケットにしまい、急いでリビングに向かい、朝食にトーストを食べて牛乳を飲み、服を着替えて支度をし、彼は朝早くに出掛けた。近くにある工場に行ってそこにある作業用MSを借りる為に。異様に慌てているレイの姿を見たカレンとミィスは共に首を傾げていた。

 

やがて、レイはすぐに工場に着いた。昨日と同様、入口は解放されている。そこから彼はこっそりと侵入する。中に入ったレイは、誰でも良いから作業用MSを借りられるように懇願するつもりで人を探した。だが昨日と同様、人の姿は全然見られない。キョロキョロと辺りを見回すレイ。しかしいくら見ても工場員の姿は見えない。レイが溜息を吐いた、その時。

「おい!!」

突如レイに声を掛ける人間が彼の背後から現れた。大声に気付いたレイは背筋が凍った。そして恐る恐る声が聞こえた方向を見る。そこには昨日レイの懇願を拒否した男がいた。

「昨日もいたな。女顔のガキンチョ。」

「あ……どうも……」

レイは昨日の事を思い出し、身体が震えていた。この男に恐怖しているのだ。しかし男は容赦なくレイに言う。

「何しに来たんだ?まさかまたパワーム貸してくれとか言うんじゃねーだろーな?」

図星である。だからこそ言い辛かったのだ。しかしここで引き下がる訳には行かない。レイは静かに頷いた。

「懲りないねぇ。無理って言ってんだろ。俺らが作業に使うのに。ガキンチョに貸せる代物じゃないんだよ!帰った帰った!」

そう言って男はレイの手を掴み、工場から追い出そうとする。その時、レイは勇気を出して言った。

「待って下さい!」

その声に気付いた工場員の男は彼の掴んだままレイを睨んだ。

「どうしても……ダメですか?」

レイは身体を震わせながら言った。男は当然のように

「当たり前だろ」

と言った。

しかしその時。レイは男に手を掴まれている状態で、ポケットから何やら光るものを取り出した。それはカッターナイフであった。それを見た男は急いで手を離す。

「おおおおおおい!お前正気か!?俺を殺してでもやる気かよ!?」

「そんな訳無いですよ!」

すると、レイは左腕を捲り、カッターナイフの刃を展開させて左腕に近付けた。

「おい、何する気だよ?」

恐る恐る、男はレイに聞く。するとレイは

「このカッターで腕を切ります!」

と大声で言った。最初は動揺する工場員だが、やがて徐々に冷静さを取り戻した。

「ははーん。そうやって脅かそうって言うんだな。残念だけどお見通しなんだよガキンチョ!」

レイは自分の左腕に、更にカッターを近付けた。しかし工場員はどうしても信用しようとしない。手を震わせながらも、レイは少しずつカッターを近づけていく。そのカッターが近付くに連れ男の表情から笑顔が消えた。

 

サクッ

 

カッターの刃はレイの左腕を傷付けた。少量だが血が流れ、レイは痛みを訴える。痛みのあまり、彼は血液の付着したカッターを地面に落してしまった。

「う……くぅ……」

本当に切った……工場員は口をぽかんと開けていた。しかしポタ、ポタ、と滴る血液を見た時、工場員の男は我に返り、こう言った。

「おい!何て事するんだよ!死ぬ気かよ!」

「どうしても貸してもらえないのでしたらこれぐらい……必要なんです!今の僕にとっては……。」

どうしても体を張って自分の意見を主張するレイに対して、工場員は慌てた様子で言った。

「と……とにかく手当てするぞ!俺、血を見るの嫌なんだよ!そんなにきってないよな?とにかく医務室に来い!」

そう言って工場員はレイを急いで医務室に連れていった。想像以上に慌てふためく工場員を見て、少しやりすぎたかと反省する。その間も、彼は左腕の痛みを感じていた。

 

 

 

やがてレイは医務室に連れて来られた。部屋に入った瞬間、様々な薬品のする、独特の臭いが漂った。このような薬品の臭いがあまり好きでないレイは、右手で鼻を摘む。その時、工場員はレイの左腕にある傷口に消毒液を塗り始めた。

「ああああっ!?」

傷口に直接消毒液を塗られ、レイは痛みのあまり声を上げた。それを見た工場員は微笑しながら言う。

「お前、本当に声も女みたいだよな。けど野郎なんだろ?」

「そ、それは……」

恥ずかしく思ったレイはそのまま俯いた。そして工場員は棚から包帯を取り出し、左腕に出来た傷口を覆った。五重に包帯を巻き付けた後に包帯を切り取り、それを括る。これにより、応急処置が完了した。

「あ、ありがとうございます……」

「ったく、しかし、そんなにパワームを操りたいのかよ。」

工場員は呆れた様子で言った。男の言葉に対し、レイは静かに何度も頷く。

すると、工場員は側にあった机の上に置かれている、作業用MSの説明書をレイに渡した。

その説明書は非常に分厚く、まるで何かの辞典のようにも見えた。

「え……これって……」

「説明書。パワームのな。しゃあなしだぞ?お前がまさかカッター持ってきて血を流すとは思わなかったから……クソ、見たくねえんだよ人が血を流すところってさ……」

工場員は頭を抱えた。それに対し、レイは

「すみません……」

と一言謝る。

「ちなみに操作方法は説明書二百六ページから。それまではパーツの説明とかいろいろ。お前が見ても分かんねーことばっかり書いてる。」

工場員に言われたように、レイはその分厚い説明書の二百六ページを見た。そこには作業用MS、パワームの操作方法が書かれているのだが書かれている言葉が難しく、彼には理解する事が難しい内容だった。

「う……ん……?」

図だけを見てどうにか理解しようとするレイ。そんな彼を見て工場員は突如言った。

「そういやお前、なんて名前なの?」

説明書に目を奪われていたレイは最初、工場員の言葉に気付かなかった。苛立った工場員はレイの耳元で二度目の台詞を喋る。

「お前、名前は!?」

「う、うわあ!!!」

耳元で急に大声を上げられたのでレイは驚き、そのまま尻餅を着いた。大声が耳の中で響いたのか、数分間耳鳴りが続いた。

「本当に……最近のガキは夢中になれば話も聞かないんだから困る。おい、大丈夫か?」

「あ……はい……」

どうにか耳鳴りが治まってきた所で、レイは先程の質問に答えた。

「名前……ですよね、僕はレイ・キレスと言います。」

「へぇ。レイね。あ、俺はギリア・ノール。ここで工場を経営している。ちなみにここに在席してる従業員は少ねえ。だから、俺がバリバリ働いてるってわけ。」

「ギリアさん……ですか。」

ギリアという名の工場経営者。彼は外見も長身であり、体格が大柄であり、腕が非常に逞しく発達しており、中年男性に入りつつあるような、顔立ちをしている。口調は荒く、彼の放った言葉が昨日レイを傷付けている。

「ところで、操作は分かったか?」

説明書に書かれている説明文は彼には理解し辛いものだったが、レイは図を見て把握していた。

「なんとか……ですけど。」

「そうか、じゃあ乗ってみるか。」

「……え!?」

突然の出来事だった。まさかMSに乗せてもらえるなど思ってもみなかった為、レイは驚いていた。喜ばしい事ではあったが、きちんと操作が出来るのかが不安でもあった。そんな不安を余所に、ギリアはレイを作業用MSのある場所へ連れていった。

 

レイが連れて来られた場所。そこは倉庫の中だった。そこにはたった一機だが、作業用MSであるパワームがあった。コクピットは丸出しで、大きさは3メートル程度であり、従来のMSと比較しても明らかに小型である為、別名〝プチモビルスーツ〟と呼ばれる。明日の大会もこの作業用MSを使用する事から、プチモビルスーツ大会と呼ばれている。

「こいつなら使わしてやっても良いぜ。」

「あ、ありがとうございます!」

レイは頭を下げ、礼を言った。それから早速パワームに乗り込もうとするが、その際にギリアは言った。

「あのさ、お前MSとか好きなの?」

彼の質問に対し、レイは

「あ……はい!MSカタログとかはよく読みます!なんか……格好良いんですよ、MSって!」

「へぇ~!お前みたいな子供がねぇ。」

ギリアは腕を組み、首を上下に数回振った。その様子にレイは首を傾げ、ギリアに聞く。

「あの、ギリアさんはMSって……どう思いますか?」

「ん?んなもん……好きに決まってんだろ!ちなみに作業用じゃなくて、本物のMSに乗った事あるんだぜ!」

急にギリアはご機嫌になった。笑顔で親指を立てるギリア……それは喜び以外の何者でもなかった。今までは不機嫌だった彼の様子を見て、レイは唖然とした。

「お前なら知ってるかな?旧連邦軍の量産型MS、ジャスティス!今となっては旧式だが、当時の戦果には目を見張るものがあったんだ。まぁ、流石に今じゃ新型が次々と出てるらしいから、現代じゃ戦力外なんだけどなぁ。俺は好きなんだけどなー、連邦のジャスティス。」

「ギリアさんは連邦軍の機体が好きなんですか!?実は僕もなんですよ!」

「おぉ!お前も分かるか!だよな~!ジャスティスぐらいのカメラアイが一番良いんだよ。デウス系統のモノアイはダメだ。ありゃ、不気味で怖い。」

語るギリア。レイも楽しげに語るが、その際に彼は思い出したように言った。

「あ、あの!ギリアさんはMSに乗った事あるんですよね?その……どうでしたか?」

「まあ色々あったぜ。けどジャスティスは気に入ってるぜ。連邦の技術力を見せられたって言うかさ!」

熱く語るギリアにを見てレイも笑顔で会話していた。先程まで不機嫌だったギリアの姿はそこには無い。熱くMSについて語るギリアの姿だけがそこにあった。レイはそんなギリアを見て、昨日暴言を吐いた人間と別人ではないかとさえ思った。それ程に今のレイは心境が変化していたのである。

だがこのままMSの話をされては埒が明かない。そう思ったレイはギリアに話した。

「あ、あの……話変わりますけど、この作業用MSって乗りこなすには何日ぐらい掛かるものなんですか?」

レイの質問に、ギリアは冷淡に答えた。

「毎日練習して二週間。」

「あ……え!?」

「普通の人間が乗れば二週間かかるぜ。」

ギリアの言葉にレイは驚いた。作業用MSを乗りこなすには二週間掛かると言う。プチモビルスーツ大会が開催されるのは明日だ。レイの場合、今日中になんとかする必要があった。

「けどお前センスあるんだろ?じゃあなんとかなるって!」

「そ、そういう問題じゃ……どうしよう……」

「お前男だろ!だったら潔くやるんだよ!何の為に自分を傷つけたか忘れたのか?俺にグロいもん見せといて今更迷うとかねーわ。」

ギリアの一言で、レイは戸惑う事を止めた。せっかく半ば強引に、本来ならば練習さえさせて貰えない筈の作業用MSに乗る事が出来るのだ。たった一日とはいえ、経験しているといないとでは差が出る……そう思ったレイは決意する。

「乗せて下さい!」

「よっしゃ、じゃあ乗ってみ?お前が本当に才能あるか俺が見てやるよ。」

レイは眼前にある作業用MSに乗り込む。内心彼は非常に緊張していた。先程見せられた説明書を思い出しつつ、まずは電源を入れる。するとパワームのカメラアイが輝いた。それに驚きつつも、レイは自身を落ち着かせ、ゆっくりと備え付けられているレバーを動かす。するとパワームは一歩前進した。

「わ……とと。」

急に動いた為、バランスを崩しそうになったが、どうにか体勢を立て直す。そしてまた一歩と前進した。五歩程度歩いた時、彼は少し慣れたのか、後方へ下がる動作を行った。最初は一歩下がり、そしてまた一歩下がる。これを繰り返すことで後退動作を行う事が出来た。

「へぇ、なかなか筋が良いじゃん。」

レイの操縦センスの良さに、ギリアは感心していた。ギリアに褒められたレイは内心嬉しく感じており、自然と笑みが零れた。

「そう言えばさ、その大会って優勝したら何かあるのか?」

「えっと……はい、優勝したら賞金が貰えるんです!MSを操縦できて賞金も貰えるなんて凄いと思いまして!」

「へぇ~なんか気前良いじゃねえか。そりゃ、頑張らないとな!」

ギリアは太い腕を組んで数回頷いた。その間もレイはパワームを巧みに操っていく。

 

それが2時間程度続いた。レイはすっかり慣れた様子で、完全にパワームを乗りこなしていた。その姿を見たギリアは唖然としていた。何せ彼が言うには普通の人間でさえ乗りこなすのに2週間は掛かるとされているのに、それをたった2時間で乗りこなしていたのだ。 

口が開いたままのギリアとは対照的に、レイは手慣れた様子でパワームを操っていた。練習を始めた時の緊張していた彼の姿はどこへいったのか……今となってはパワームを得意げに操る彼の姿がそこにはあった。

「す、すげえ……完全に乗りこなしてやがる……こいつ、本当に才能があるな……」

その言葉がレイの耳に入り、彼はますます調子付いた様子でパワームを動かす。真っ直ぐに動くパワーム。そして彼は止める為にレバーを引く。

しかし、レイがレバーを引いてもパワームは止まる気配を見せなかった。疑問に感じたレイはレバーを引き続ける。しかし、それでもパワームは止まらない。

「あ……あれ!?」

何度もレバー引くが、一向に止まらない。その様子に疑問を抱いたギリアはレイに対して

「何やってんだ!早く止まれよ!ぶつかるだろうが!」

「と、止まらないんです!壊れたみたいで……」

「嘘!?マジで!?」

このまま止まらなければ、パワームは壁に激突する。そうなればレイもただでは済まない。しかし彼は必死にレバーを引いても止まってくれないのだ。慌てるレイ。その間にもパワームは壁に向かって歩き続ける。

「……チッ……おい、飛び降りろ!」

「え、でも……!」

「早くしろ!怪我するぞ!」

言われるまま、レイはパワームから飛び降りた――

 

ガガガガガッ

 

その次の瞬間にパワームは轟音を上げ、壁に衝突した。この衝突によってパワームは停止したが、それは煙を吹いており、明らかに故障しているのが分かった。

「あーあ。やってくれたなぁ……。」

「ご、ごめんなさい……僕……何をすればいいか……」

必死に謝るレイ。突然レバーが効かなくなり、その結果パワームを壊してしまったことでどうすれば良いか困惑していた。せっかく半ば強引にパワームを操縦させてもらったのに、これでは申し訳が無かった。そんな風に彼が困惑している時、ギリアはパワームの様子を見た。数秒間じっと様子を見た後で、呟き始める。

「これは……少し修理すりゃなんとかなるか。」

それを聞いた時、レイは我に返った。そして内心安心する。この時、パワームは完全に壊れた訳ではないので、修理でどうにかなるのだとすればそこまで深く考える必要は無いと判断した。

「そうですか……良かった……」

一言漏らしたレイだったが、その言葉に怒りを覚えたギリアは大声でレイに怒鳴った。

「良かっただぁ!?お前のせいで壊れたってのに!?」

「え!?」

急に怒鳴られたのでレイは再び困惑してしまった。動揺するレイは何も答える事が出来ず、ただ、おどおどするばかり。

だがその時、ギリアは咳払いをした後に右手を差し出した。明らかに何かをよこせと言わんばかりの動作である。

「修理すりゃなんとかなるが、お前のせいで壊れたんだ。修理代払え。」

「え……?えええ!?」

いきなり金銭を請求されたレイ。ギリアが提示した額は、レイのような少年に払える金額ではない。

「さっき見たら大事なエンジンに傷がついていた。故障の原因は知らねえけど、多分ぶつかったせいで傷付いたんだろ。言っとくけどな、これでも全額じゃねえんだぞ?良心的じゃねえか。」

ギリアは何故か笑顔だった。だが今のレイにはそのギリアの表情を見る余裕はなく、彼は下を向いて、ただ動揺するばかりである。

「そんな……そんなこと言われても……そんなお金……ないですよ……」

レイは涙目になりつつあった。するとギリアはレイに急に近付く。彼は打たれるかと思い、目を思い切り瞑ったが、ギリアはレイの顎を持ち、くいと顔を正面に向けさせた。そこに映ったギリアの表情は笑みだった為、レイは戸惑っていた。

「あ……ふぇ……?」

「……残念だけどさ、そんな顔したとしても、弁償はしてもらうからな!」

今のレイにはギリアが怒っているのか笑っているのかが分からない。分からないからこそ、この時のギリアが怖かったのだ。ふるふると、震えるレイを見て、溜息を吐くギリア。そして彼はレイの肩を静かに叩き、言った。

「何だよ弱気になりやがって。お前腕に自信あるんだろ?だったらさ、勝てよ。」

ギリアの言葉にレイは耳を疑う。〝勝て〟という言葉が鮮明に頭に焼き付いていた。

「簡単な話だろ?勝てよ。勝つしかねえだろ!な!」

ギリアの言うように、それが今一番唯一彼に出来る弁償方法だった。彼の場合、親に〝金が必要だ〟など言える筈がない。だから優勝、最低でも入賞をして、金を払えば良いのだ。だがギリアの言葉も今のレイは不安に感じていた。何せ何人が参加するか判らないその大会。その中には当然自分以上の実力者もいる筈だ。その中で勝ち抜いて、本当に賞金が貰えるのか?それが不安であった。

「ま、もし負けたら自腹で払ってもらうぜ。自分の金が無いなら親に頭下げて俺に金払え。言っとくが、俺は情けには負けないぜ。ま、優勝するように努力するんだな。そんなこと有り得るかどうかはお前次第だし。」

ここまで言われて、レイは握り拳を作り、腹を括った。どうしても弁償しなければならないのなら、勝つしかない……レイは決めた。〝必ず勝つ〟と。

「僕は……勝ちます!必ず!」

必ず勝つと宣言したレイ。ギリアは腕を組んでニヤリと笑い、鼻で笑った。

「言ったな?じゃあ明日は絶対に勝て。あ、後お前勝った証明の為に、現金と、賞状か何か証明になる奴持ってこいよ。絶対にな!もし逃げたら許さねえぞ……Eフォンも登録してやったからな!」

そう言うギリアの表情は怒りに満ちていた。レイは冷や汗を掻いたが、ギリアの威圧に負けずに言った。

「勝ちます!勝ってちゃんと修理代払いますから!」

決意をギリアに告げる。するとギリアは先程の表情をせず、再び笑みを浮かべた。

「ハハ、まあせいぜい頑張ってくれやレイ君!言っとくけど勝負は甘くねえぞ!賞金を持ってくるか、親に頭を下げるか二つに一つ!さあ!今から帰ってイメトレしろ!もうパワームは使えねえぞ!説明書あげたろ?あれで操作方法を思い出してひたすらイメトレ!これしかない!」

ギリアはレイに対し帰宅するように言った。そんな彼に対してレイは

「はい!」

と言ってその場から去って行った。ギリアはレイの後姿を見て静かに呟く。

「ま……あの天才ならやれるかもな。」

彼はレイの才能を褒めていた。レイの実力ならばもしかすれば優勝も出来るかも知れないとギリアは何度も首を上下に振った。

だが一方でレイの心境は、大胆な発言をしてしまった後悔と、明日優勝できるのか分からない不安で一杯だった。本来大口を叩くような事は一切言わないだけに、今回の発言でレイは心底後悔していた。

(僕は何を言ってるんだろう……こうなったら頑張ってやるしかないや……)

そう思うレイは相変わらず不安げな表情を浮かべていた。そして彼はそのまま自転車に乗り、家に向けて走らせた。

 

 

 

この日の晩、彼はイメージトレーニングを行っていた。ギリアから貰った説明書を何度も読み、操作方法を頭の中に叩き込んだ。

 

――――――――――お前腕に自信あるんだろ?だったらさ、勝てよ―――――――――

 

レイはこの台詞が頭から離れなかった。ギリアの言葉がプレッシャーとなっていたのである。既に風呂に入り、歯磨きを終えていたレイはベッドの中でそんなギリアのプレッシャーに負けないように、説明書を読んでイメージトレーニングをするのだがどうも落ち着かない。

「ダメだ……このままじゃ母さんに無駄なお金を払わせちゃう……」

最低でも入賞はする必要があるレイ。もし入賞できなければ修理代を払わなくてはならない。

「……もう寝よう……このままじゃ焦るだけだ。」

彼は自分自身を落ち着かせる為に、眠る事に決めた。説明書を枕元に置き、布団に入ってそのまま目を閉じる。

だが、その状態のまま彼は寝付けなかった。明日の事が気になって仕方が無かったのである。目を瞑っているが、眠くない状態が40分続いた。

「……眠れないや……」

側に置いている時計を見ると、時間は夜中の一時を回っていた。それを確認したレイは慌てて眠ろうとするが、やはりどうしても眠れない。

「うん……?」

ふと、レイの目に以前に購入したMSカタログが映った。それを手に取り、ページを開いて読む。そこに映っている様々なMSの姿にレイはただ見とれていた。MSが好きな少年であるレイはこの時、非常に落ち着いた様子でカタログを見ていた。

「格好良い……なぁ……もし……乗れるなら……乗ってみたい……かも……」

安心しきっていたレイに睡魔が襲った。やがて彼はMSカタログを顔に覆った状態で眠りに着いた。最初に目を瞑ってから約一時間後、ようやくレイは眠る事が出来たのである。

 

 

 

翌朝。Eフォンの目覚まし機能の音で目を覚ましたレイはそれを止め、カーテンを開けて朝日を浴びながら思い切り欠伸をした。背伸びをし、両腕を天井に向けて伸ばして眠気を覚ます。今日はプチモビルスーツ大会の日だ。彼はたった一回しかパワームに乗っておらず、不安な心境ではあったが、昨日ギリアに言われた言葉を思い出し、彼は拳をぐっと握った。

「よし……行きますか。」

そう言った後、レイはパジャマから私服に着替え、階段を下りた後で朝食を食べ、歯を磨いて外に出た。

 

 

 

それからレイは最寄り駅に着き、少し歩いて、記載されていた通りの会場に着いた。

「あ、あんまり来ていないや。」

そこには十名程の人間が来ていた。意外にも大した人数が集まっていない事にレイは驚く。

〝プチモビルスーツ〟と言う、一般人からすれば未知なる存在に触れたがる人間などそうそういない為であると考えられた。

やがて時計の針は十の数字を指した。その間に人が大勢集まり、やがて最終的に七十三名が集まった。いずれも、レイより年上の人間ばかりが目立つ。彼から見て皆が誰も操縦経験が豊富そうに見えた。

(うぅ、やっぱり不安になってきた……でも、頑張らないと……)

ギリアと約束している、修理費。もし入賞出来なければ母親に頭を下げなければならなくなる。どうしても彼はそれだけは避けたかった。ここまで来たら己の腕を信用するのみだ……と、レイは覚悟を決めた。

そうしている間に開会式が始まった。その前に、新生連邦の軍人による挨拶がある。

司会者が登場を促すと、現れた男にレイは困惑した。

(あの人!嘘だ、なんでここに!?)

あろうことか、そこにいたのは先日にレイに暴力を振るった軍人、クラリス・デイルだったのである。まさかこのような所で再会するとは思わなかったレイ。彼はクラリスの視界に入らないよう、少しだけ顔を俯くようにした。

「えー、では、新生連邦軍士官のクラリス・デイル中尉。ご挨拶をお願いします。」

主催者がそう言うと、先程電車で一緒の車両に乗っていたクラリスが姿を表した。すると参加者達がざわつきだした。そしてクラリスは挨拶を始める。

「えー、プチモビルスーツ大会に出る諸君、頑張って欲しい。以上、終わり。」

短い言葉を残してクラリスはその場を去った。あまりの短さに、主催者は驚いていた。

「え!?それだけですか?」

「うるせえ!挨拶だけだろ。こんぐらいでいいんだよ。」

面倒臭さそうにその場を去ろうとしたその時、クラリスの目にレイの姿が映ったのだ。

(へぇ、あれはこの前のガキじゃねえか。なんという運命の巡り合わせ。あいつ、これに参加するってのかよ……面白ぇ)

以前にレイに逃げられた事を根に持っているクラリスはニヤリと笑みを浮かべていた。

短い挨拶を聞いた参加者は騒然としていた。その中で、レイはクラリスが有名人である事を知らなかった為、呆然と棒立ちしていた。

「あれ……?あの人ってそんなに有名人……なの?」

ぼそっと呟きながら、レイは首を傾げる。その時――

「その様子だとクラリス・デイルさんを知らないようだね。」

突然彼に声をかける人間が現れた。レイは慌てて後方を向く。レイに声を掛けたその男は眼鏡を掛けており、身長が高い。顔立ちが整っている美青年であり、そんな男に声を掛けられたレイは動揺している。

「えっ?あ、いや……知っていますけど……貴方は?」

「あぁ、いきなり声をかけてごめんね。俺はシーア・マックス。MSが大好きな十九歳。宜しく。」

「僕はレイ・キレスです。歳は十四歳。」

青年の名前はシーアと言った。レイの自己紹介が終わるとシーアは握手を求めてきた為、レイはそれに応じるように握手を返した。

「へえ、随分若いじゃない。それにしても女の子がこの大会に出るってのもなかなか珍しいね。」

「あ……いや……その……僕は男ですよ!?」

またしても少女に間違えられた。彼は溜息を吐き、シーアは驚きつつも頭を掻きながらレイに謝る。

「え!?マジ!?男!?声だって高いし……あ……ハハ……ごめん、ごめん。」

「よく間違えられるんです……はぁ……」

その後、若干の沈黙が両者を包む。その中で口を開いたのはシーアだった。

「そうだ、君はなんでこの大会に?」

「あ、僕はMSカタログの広告を見てです。」

「へ~。そうなんだ。俺はたまたまネットを見てだよ。MSは超が付く位好きだからね、自分でも操縦して乗ってみたいぐらい。ま、自他共に認めるMSオタクだからね。特に好きな機体はデウス動乱時に活躍していたデウス軍のゴルモンテかな?あのずんぐりむっくりな体系にビームバズーカ。うん、あれこそまさに男のMSって感じだねぇ〜。」

「そうなんですか!僕は……」

いつしか二人は好きなMSを語り合う程会話に没頭していた。レイはこの時、知り合いが増えて嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

それから少しの時間が流れた。ざわつく参加者達の前に主催者が姿を現し、空に手を上げて喋り出した。

「さて、お待たせしましたァ!それではルールを説明します!ルールは簡単です!制限時間内にこの作業用MS、MS-10パワームを動かしていただきます!」

そのパワームはレイが昨日動かしていたものと全く同じタイプだった。カラーリングも、外見も、全てにおいて一致している。

「あれ……昨日の奴と同じタイプだ。もしかしたら……」

入賞は出来るかも知れないと、淡い気持ちを抱いた。しかし周りの参加者達はどのような実力の持ち主かが分からない以上、自分の実力に対して過信は禁物であると、自分に言い聞かせた。

「制限時間は5分!その間にここに用意された薪をどれだけ持ち上げられるか!そして、その薪をこの大きな籠の中に入れてその薪の数を測ります!審査員の方々はそれを判断していただきます!」

パワームを操り、用意された大量の薪を籠に入れると言う、ルールとしては非常にシンプルなものであるが、それ故に競争率も高く、油断出来ないとレイは感じていた。更にその場には三人の審査員がいた。それらが現れた時、会場は緊張に包まれた。

 

こうして大会が始まった。自信がある者、そうでもない者等、様々な人間がパワームに乗り込む。パワームに乗り込む前に、参加者全員でくじを引いてもらい、番号を決める。レイは五十番で、参加人数計七十三人の参加者の中では遅い方に分類される。一方のシーアは四十六番であった。

 そして一番の人間がパワームに乗り込む。合図と共にパワームを動かす一番目の参加者。だが……

「なんだこりゃ!?思うように動かねえぞ!?」

大会の最中、一人の参加者がパワームに搭乗しながら試行錯誤していた。というのも、その参加者が動かした方向にパワームが動かないのだ。そのせいで結果的に5分が経過してしまい、その参加者は一本も薪を運ぶ事が出来なかった。

(もしかして細工されてる!?そんなぁ……こんなんじゃ無理だよ……)

レイは見抜いた。あのパワームには細工をされていると。しかしどこがどのように細工をされているかは見抜けなかった。

 その後もパワームに乗り、薪を上手く運ぶ者、そうでもない者とそれぞれ分かれた。その中で薪を上手く運ぶ者の割合は圧倒的に少なかった。参加者の殆どが薪を運ぶ事が出来ないでいたのだ。

何故出来る人間と出来ない人間で差が出来るのか……レイは疑問で仕方がなかった。それは細工を見抜いているのだろうが、未だにレイは細工を見破れない。

「成程、逆方向か。ふぅん、初歩的な引っ掛けだね。」

そう言うのはシーアだった。悩める例の姿を見て、まるで彼にアドバイスをするようにシーアは声を出していった。

「逆……方向?」

「おっと、口が滑っちゃった。さて、そろそろ俺の番だ。ま、こんなの楽勝かな。」

「楽勝……ですか?」

「まあね。優勝は余裕かな、こりゃ。」

シーアは自信に満ち溢れていた様子で言った。レイには何故シーアが余裕の表情を浮かべているのかが分からない。

 

 シーアの出番が終わった。結果は暫定一位。これまでの最高記録が二十四本に対し、シーアは大きく上回る四十二本の薪を籠に入れた。

「マジかよ!?」

「あいつ、すげぇぞ……」

参加者達はシーアの姿を見て騒然としていた。一方のシーアは清々しい笑顔でパワームを降りた。

「凄い……です!シーアさん!」

「これぐらい見破れなきゃMSなんて扱えない。こんなんで優勝しちゃっていいのかな?」

もう、自分が優勝したも同然の様子だったシーア。

「でも調子は少し悪かったんだよねー。」

(今ので……?)

シーアの凄さに自信をなくしてしまったレイ。しかし、彼も後に引けないのだ。

 

―――――――――――――――もし逃げたら許さねえぞ――――――――――――――

 

ギリアの言葉がレイの脳裏に過り、彼は寒気を訴えた。

(やらなきゃ……僕だって……!)

彼はぐっと拳を作り、自分の中で気合を入れた。

 

「次は五十番、レイ・キレスさん。どうぞ!」

遂にレイの出番が回ってきた。レイは自分に気合を入れる為に両手で自分の頬を叩き、気合を入れた。

「頑張ってー。どれ程の実力かなー?」

シーアが声援を送る中、レイは一歩一歩歩いてパワームへ向かう。

現在、トップはシーアの四十二本。二位は二十四本。レイが入賞を果たすには、最低でも二十四本以上の薪を籠へ運ぶ必要がある。それが尚更レイにプレッシャーを与えた。緊張や不安、更には細工が加わると言う悪条件。自分は上手くできるだろうか……レイは心配で仕方がなかった。

(落ち着け……リラックスしなきゃ……昨日を思い出して!)

やがてレイはパワームに搭乗し、合図と共に稼働させた。この時、シーアの先程の言葉をレイは思い出す。

 

――――――――――――――――――成程、逆方向か―――――――――――――――

 

(逆……つまり……あ、そうか……そう言う事か……!)

この時、レイは閃いたようにパワームを動かし始めた。薪が置かれているのはパワームの右側。そして籠は左に置かれている。パワームにはレバーが付いており、普通ならば動かす方向にレバーを動かせばパワームは動くが、それに仕掛けがある事を知っていたレイはレバーを左に動かした。するとパワームは右に動く。

(やっぱり……!)

案の定、逆方向に動くように細工されていた。となれば、前後も逆方向に設定されている可能性が高い。彼はそれを認識した上で薪を掴み、レバーを昨日練習した方向とは逆方向に入れ、どうにか薪を籠に入れていく。

 全ての動作を逆に動かせば良い……レイは自分の中で暗示した。すると、それに集中するようにレイはパワームを器用に操り始めた。一本、一本と薪が籠に入っていく。

 

やがて5分が経過した。最終的にレイが入れた薪の数はシーアには匹敵しなかったが、他の参加者と比較すると歴然の差だった。

「おお!シーア・マックスさんには敵いませんでしたがなんと、二十八本!凄い記録が生まれましたァ!侮れません、この少女は!」

またしても少女に間違えられたが、レイはそれ以上に自分の、薪の入れた数に対して喜んでいた。

「えっ……僕そんなに!?」

レイは心から喜んだ。集中している内に二十八本も運んでいたのだ。シーアはレイの近くにより、拍手を送った。

「おめでとう、君、やるじゃないか。仕掛けに気付いたんだね。」

「はい!シーアさんのおかげですよ。シーアさんが逆方向って言ってくれなかったら僕、絶対負けてました!」

シーアに感謝をしなければ……レイは思った。

「いや、確かにあれはレバーをはじめ、全ての動作が逆方向になっている。でもそれを見抜いたとはいえ、上手く出来ない人間もいた訳だ。その中で君は本当に凄いよ。大したもんだ。」

予想外のレイの実力にシーアは驚きを隠せなかった。実力者であるシーアに褒められ、レイは嬉しそうだった。

 

その後も参加者が挑戦したがシーアとレイに及ぶものはいなかった。やがて結果発表の時間になった。

「えー、優勝はシーア・マックスさん!おめでとうございます!」

会場は歓喜で覆われた。シーアはそんな中で賞金の小切手と副賞のプラモデルを受け取った。その瞬間に物凄い拍手が響き渡った。

「続いて準優勝のレイ・キレスさん!おめでとうございます!」

そして二十位にレイの名前が読み上げられた。たった一日だけの練習だがそれでも力を発揮できた事には彼も満足していた。彼もシーアと同じ感覚で賞金の小切手を受け取る。

「嬉しい……良かった……」

その後三位の名前が読み上げられ、三位の参加者も賞金の小切手を受け取った。

どうにか入賞する事が出来た……その喜びでレイは感無量だった。と、その時にシーアは言った。

「おめでとう、良かったね。あ、そうそう。このプラモ、君にあげるよ。」

「え……!?いいんですか?」

優勝すれば副賞として、1/60のファースト・ガンダムのプラモデルが貰えるという特典があった。模型店やデパートの玩具売り場等で売られているタイプのものだが、店売りの値段だけでも高額な代物だった為、レイは大いに喜んだ。

「ありがとうございます!大切にします!!」

「俺は金が目的だからね。まあ、作って部屋にでも飾ってて。」

「本当にありがとうございます!」

レイは準優勝の賞金の小切手を貰った上に、シーアからファースト・ガンダムのプラモデルまで貰った。今の彼にはそれが非常に嬉しくて溜まらなかった。ただ、今回の件はレイの才能を現しているようにも感じられた。

「あの……少年か少女かよく分からんが、なかなかの腕だな。」

「しかし、若過ぎるな……それより、優勝者に声をかけよう。それが目的なんだからな。」

「了解。」

会場の端で行われていたやり取りである。彼等は新生連邦の人間であった。

彼等の会話内容より、この大会の本来の目的は優勝者を選んで新生連邦の戦力にしようと言う考えで行なわれた大会なのだ。よって今回はシーアが新生連邦からスカウトを受ける事になった。そのスカウトをシーアが断ったのかは分からない。

そうした中で大会が終わった。終了時間は思ったよりも早く、時計の針は一の数字を指していた。

「うん、楽しかった。また君とは会いたいね。凄い実力の持ち主である君に。」

「僕もです!またいつか……」

「うん、それじゃあね。」

両者は握手をした後、シーアは先に会場から去った。その後でレイも会場から去る。

 

しかしこの後でレイを待ち受けているのは〝クラリス〟と言う名前の男の存在だった。

「思ったよりやるじゃねえかあのガキ。面白い!」

と、クラリスはその場から立ち上がり、移動しようとした。

「中尉、どうされるのですか?」

傍にいた男……クラリスの部下である男,メンデルが聞くが、クラリスはそれに対し

「うるさい、ちょっと用事だよ。」

と、クラリスはガムを噛みながらレイを睨み、そして追跡をし始めた。

 




第二話投了。

新生連邦政府のパイロット選抜も含めたプチMSのお話です。


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第三話 若き総司令

新生連邦総司令、レヴィー・ダイル登場回。



 

 無事プチモビルスーツにて準優勝を果たし、レイが帰宅をしようとした時だった。

「待ちな!この前のガキ!確か、レイとか言ったか?」

あろうことか、クラリス・デイルに目を付けられていた。プチモビルスーツ大会の準優勝をしたという事実に、彼も黙っていなかったのである。

「クラリス、さん……?」

「まさかこの大会にお前が来てたとは思わなかった。しかも、見ていたけどお前、なかなか才能があるじゃないの。」

レイは硬直していた。逃げ出したい気持ちもあったが、身体が言う事を聞かなかった。

 

ポンッ

 

と、クラリスはレイの肩を叩いた。

「この前は部下が取り逃がしちまったとは思ったけど、まああれはあれで仕方がねえ。それでさ、ちょっと良い話があるんだよなぁ。」

まるで以前とは人が変わったような態度を示したクラリス。それが反って、レイにとっては恐怖に感じられた。

 やがてクラリスは噛んでいたガムを紙に包み、ポケットに入れ、話を始めた。

「ご存知かは知らねえけどさ、この大会は新生連邦の兵士候補を見つける目的があんのよ。本当ならさっきのシーアってやつにオファーが掛かるんだけどよ。お前の腕前がなかなか凄くてさ、気になったんだよな。」

「気に入った……?そんな、そんな事……」

ふるふる、と震えるレイ。クラリスに対する恐怖が再び蘇る。

「ガンダムの話を聞いた件については帳消しにしてやるからさ、新生連邦に体験入隊でもしてみねぇか?素質はあると思うぜ、お前。軍の人間からの直々のスカウトなんてまずねえぞ?」

まさかの、クラリス・デイルからのオファー。この事に、レイは耳を疑った様子だった。

(新生連邦の入隊!?そんな、でも……)

彼にはそのような話をされても、その先のビジョンが浮かぶ筈がなかった。無理もない。今までごく普通の日常生活を送り、母親から出された食事を食べ、学校に通っていたレイが、軍人からオファーを受けるという構図。レイはそれを思い描いた時、恐怖を感じた。

「嫌……ですよ。僕はそんなの、望んでない……」

そして、クラリスのオファーを拒否した。

「あー、成程ね!残念だなぁ!来てくれりゃ色々な経験も出来たのになぁ!」

わざとらしくクラリスは声を出す。レイは二、三歩程度後ろに引き、そのまま、この場から去ろうとした。

「おいおい何してんのよお前。逃げる気?」

「逃げるとかじゃないです……僕は、もうこれで……」

明らかに怯えているレイ。今にもここから逃げ出したい……と、彼は感じていた。

「逃がす訳ねえだろが!この前の件もあるのによ!お前はガンダムの事を聞いちまったんだからな!」

そう言って、クラリスはぐいとレイの手を引っ張った――

「いやああ!やめてぇ!やめて下さい!!!」

レイの声が大きく響いた。彼の甲高い声は周囲の人間にも聞こえ、それにより注目がクラリスの方に集まった。まるで、少女が悲鳴を上げているような状況だ。

「クソッ!このガキ!まじかよ!」

この状況でクラリスは圧倒的に不利だ。その為、一度その場から離れる必要があったのだった。

 

 

レイは急いでクラリスから逃げ、駅に辿り着いた。彼はどうにか助かったのである。だが彼はクラリスが再び襲ってくるかも知れないという恐怖を抱えつつ、電車を待っていた。足をガクガクと震わせて、恐怖に耐える。とりあえず気持ちを落ち着けようと、景色を見た。景色は快晴で、雲一つ無かった。

そうしている内に電車が来た。レイは急いで電車に乗り込み、クラリスが来ないかを確認する。幸い、男の姿はなかった。それを確認したレイはそっと溜息を吐いた。

 

 

 

 幸い、帰宅道中に大きな問題はなかった。やがて彼は帰宅。レイが所持しているのは準優勝時に得た賞金の小切手と1/60のファースト・ガンダムのプラモデルである。カレンがその二つを見た時、目を見開かせて言った。

「え、何それ!?どうしたのよ!?」

「実は……」

レイは真実を言った。自分は今日、プチモビルスーツ大会に出場して準優勝した事を母親に伝えたのだ。それを聞いたカレンと妹のミィスは驚愕していた。

「結局あれに参加した上に準優勝だなんて……」

「お兄ちゃん、凄いんだね……」

「あ……いや……なんて言うのかな……偶然……でもないような……うん、でも何とかなったんだ。」

金曜日に猛反対していたカレンは、ただ茫然としていた。自分の息子がこのような大会にこっそりと参加し、まさか準優勝してくるなど思いもしなかっただろうから。

「……貸しなさい。そんなお金は貴方には多すぎる。預かります。」

我に返ったカレンはそう言ってはレイから小切手を取ろうとする。しかし――

「待って!」

とレイは言った。

「半分!せめて半分は残して置いて欲しいんだ!」

「それでも貴方には十分多いわよ。なんで?」

「それは……うん、欲しいものがあるから!」

「何に使うのよ?」

「いいから!お願い!」

肝心な部分を言おうとしないレイ。無理もない。言ってしまえば母親は間違いなく怒るだろうから。それが工場のプチモビルスーツの修理代など言える筈がない。

「……はぁ。まあ、貴方のお金だしね……」

甘やかしてしまった……と思うカレンだったが、あくまでもこれはレイが獲得した賞金である。あまり偉そうに言いたくはなかったのだ。

「でも日曜日は銀行は休みよ。もし必要なら明日小切手を変えてくるから。」

「ありがとう、母さん!」

とりあえず修理費を確保する事には成功した。レイは明日にギリアの工場へ行き、修理費渡す。その約束を果たす事が出来ただけでも、彼は満足だった。

 

 

「う……ん……」

その晩、レイは夢を見ていた。以前と同じ夢である。同じ廃墟、同じ少女の遺体、そして、同じ展開。

 

「死ね」

 

彼はいつも、謎の男に撃たれる所で目を覚ます。

「夢オチ……か。はぁ……またあの夢だ。」

 例の夢を見た朝、眠気眼で起床するレイ。彼は五分程茫然と長座位で座った後、すっと起き始め、服を着替え、鞄を持ち、リビングへ向かった。そして朝食を済ませて歯磨きをして彼は学校へ向かう。

「行ってきまーす!」

いつもの朝、同じ朝……この数日はクラリスという男が彼に何かとちょっかいを掛けてきたが、それでも彼は家族と共に過ごせている。かけがえのない、毎日……だが今のレイにとって、これは当たり前の出来事でしかなかった。

 

 

 

 学校にて。レイはいつものように教室に入り、自分の席へ向かう。そこにはモークとリルムの姿があった。

「おはよう。」

「おはよう、レイ。風邪は大丈夫なの?」

リルムがそう言うと、レイは少し動揺した様子で言った。

「う、うん……もう平気。」

「そっか。良かった。けどね、みんなはレイの休みを〝ズル休みだ〟って言っていたよ。」

図星だった。実際、彼はずる休みをしたのだから無理もない。

(なんでそうなるの!?確かにしたけど……!)

レイは心の中で溜息を吐いた。

「だってレイはいつも学校来ていたのに……突然休むなんておかしいよ。でも風邪なら仕方ないよね。それにしても残念だったね。皆勤賞取り損ねちゃったね。」

「え……皆勤……?ああっ!」

彼はリルムに言われて思い出した。レイの学校では一年間無遅刻無欠席ならば皆勤賞を受け取る事が出来る。しかし彼はその事を忘れてしまい、皆勤賞が貰えなくなったのである。

「うー……二連続皆勤賞狙っていたのに……」

「これでこのクラスの候補者が無くなったね。皆、一度休んでいるもん。」

(無理してでも行けばよかったかな)

と彼は心の中で思った。

 

 時間が流れて昼休みの時間となった。彼はいつものようにリルムやモークと教室で食事を済ませ、手を洗いに行こうと教室を出た時である。

「キレス君!」

そう言ってレイに話しかけるのはクラークス・ミラックという、レイのクラスとは別のクラスの生徒だった。レイ以上に高い声色の持ち主で、眼鏡を掛けている少年であるクラークス。レイは愛称として、クラークスの事を〝クラーク〟と呼んでいた。

「クラーク!なんか久し振りに会ったね!」

クラークスはレイと同様、MS好きの少年である。レイが一年の時に同じクラスだったクラークスは共通の趣味があるという事で知り合い、友人となった。

「そうそう、昨日プチモビの大会があったらしくてね、出たかったんだけどなー……その日家族と出掛ける用事で行けなかったんだよー」

「そ、そうなんだー……」

この時、レイは彼にどう言おうか迷っていた。昨日の大会で彼は準優勝をしたと言えば、クラークスはどのような表情をするだろうか……と、考えた。

 だがレイはあえて何も言わなかった。下手に言って、それが広まれば変な意味で注目の的になってしまう……クラークスは人が話した事を誰かに喋るといった事はしない人間である事は知っていたが、それでもレイは学校内では内緒にしておきたかったのだ。

「あ、憧れるよね!MSに乗るってさー……」

プチモビルスーツとはいえ、レイは既に搭乗している。彼は内心で溜息を吐きつつ、クラークスと会話をしていた。

「よ、よおキレス……」

クラークスとレイが会話をしている時、一人の男子生徒が会話に入ってきた。名前はフィジット・ジーン。レイやクラークスとは違うクラスの生徒である。髪が長く、丸い顔つきであり、体型は太っている部類に入る男子生徒である。あまりハキハキと言葉を発せない生徒であり、それが災いしてか友達はあまり多い方ではない。彼にとってレイやクラークスは数少ない友人だったのだ。

「フィジット。どうしたの?」

レイが首を傾げると、フィジットは言った。

「あのさ……キレス、この後時間あるかな……?」

フィジットがそう言うと、レイは

「うん、大丈夫だけど……どうしたの?」

「いや……これさ……お前とさ、二人で相談したいことが……あるんだよね……」

フィジットとはレイが一年の時にクラスが一緒であったが、常に一緒にいたと言う訳ではない。寧ろフィジットはクラークスと一緒にいる事が多かったのだ。その為、レイは疑問を抱いていた。

「フィジットってクラークとよくいたよね。どうして僕なんかに?」

「どうしてもなんだよ……ちょっとさ……ここじゃ言いにくいんだよな……」

普通、常に一緒にいた友人に何かを相談するものだろうと彼は思っていた。しかしフィジットはどうしてもレイに相談したいのだという。

「うーん、どうしてもっていうなら……」

と、レイは少し困った表情を浮かべて行った。

(何の相談をするんだろう?)

クラークスにとっては、一年の時は一緒にいた友人だったフィジット。常に一緒にいた訳でもないレイに何を相談するのか……クラークスは疑問を抱いた。

「じゃ、じゃあ……後で体育館の裏に……お、俺日直があるから……」

そう言ってフィジットはレイ達から離れて行った。

「二年になってからあんまりうちのクラスに来ないんだけど、何があったんだろうか?」

「キレス君に相談っていうのも気になるね。」

両者は首を傾げた。

 

 

その後。レイはフィジットに言われるまま体育館の裏にやってきた。人気の少ないその場所に、フィジットは先に来ていた。

「あ、ありがとうな……キレス……」

「ううん、いいよ。それよりどうしたの?」

フィジットは突如顔を赤くして言った。

「あの……さ……キレスってさ、エリアスといつも一緒にいるよな……」

「うん。それがどうかしたの?」

レイは思った。もしかすれば、フィジットはリルムの事が好きなのではないかと。それで自分に相談をする為に、わざわざ人気の少ない体育館の裏に彼を呼んだのではないかと。

「その……さ、エリアスってさ……付き合ってる奴って……いるのかな……?」

間違いない……レイは確信した。フィジットはリルムが好きなのだろうと、レイは思った。そして彼はそれを口にした。

「フィジット……もしかして……リルムの事が?」

そう言うと、フィジットは明らかに動揺した様子で周りをキョロキョロと見回し、レイの耳元で囁いた。

「あんまり大声で言わないでくれよ……」

一年の時の友人が明かした事実に、レイは少し驚いていた。

「フィジット、恋したいと思ってたんだ……意外だなぁ。だってあんまりそういうのに興味なさそうだったから。フィジットってマニアな所があるから、それにのめり込むタイプだと思ってた。」

フィジットは漫画、アニメ、ゲームや軍関係の物など、幅広い趣味を持つ人物だった。一年の頃、よく彼はレイやクラークに自分の勧めるアニメ、ゲームを言ってくる事が度々あったのである。

「お前、失礼だな……!だってさ……可愛いじゃん……エリアス……実は一年の頃から好きだったんだけど……あんまりさ……話す機会ってなくて……でも……キレス……お前……いいよなぁ、羨ましいよなぁ……」

人前でハキハキと物を言わない性格のフィジットにとって、リルムと話す事は難しい話だった。レイは彼女とは幼馴染だからか、自然と話をする事が出来る。おまけにレイは基本的にリルムと一緒にいる事が多い。それが彼にとって何よりも羨ましかったのだ。

「それでさ……お願いがあるんだよ……」

フィジットはレイの目を見て、そっと口を開いた。

「エリアスの事、聞いて欲しいんだ……出来れば今日。付き合ってるのか……分かんないからさ、直接聞けたらいいけど……俺、そんな度胸ないし……エリアスとは数回しか喋った事無いし……」

自信なさげに喋るフィジット。レイはそれを聞いて戸惑いながら

「うん……いいけど……告白はするつもりなのかな。」

「あ……ああ……告白はするつもり……」

彼ははっきりと言わなかった。恥ずかしいのか、照れているのか、明らかに動揺していた。

「あ、もうこんな時間だし帰らないと……」

レイはそう言ってフィジットと共にその場を去ろうとした――

 

しかしその時、彼等の背後から足音が聞こえてきた。両者が後ろを振り向くと、ゲラゲラと笑う三人の生徒の姿があった。いずれも目つきが鋭く、内二名は喫煙をしている。服装は一人が上に赤いパーカーを羽織っており下はジャージ、残り二名はそれぞれ白と黒のジャージ姿だった。

「家のさー、ババアがうっせーからさー、しゃーなしで三時限目から学校来てんだけどさー、チョーつまんね。カノに会えば良かったー。」

パーカーを羽織った生徒が言った。

「俺ァ今日は最初からいたぜー。えれーだろ。てかさっきさ、ハゲの先公の授業だったんよ。俺ガム噛んでただけでキレやがってさー。刺してやろっかって思ったけどさー、したらさ、刑務所入いんないと駄目っしょ?だから我慢した。忍耐つえー俺マジパネェ!」

黒いジャージの生徒が言った。

「うーわ、だりぃそれ。ガムぐらい噛んでもいいよなー?そんなだからあのハゲ結婚できねーんじゃねーの?寛容じゃねー。」

白いジャージの生徒が言った。

「寛容って何さ?どーいう意味?」

「心の器が広いって意味だぜー。うっは!俺ちょー天才!お前らも、よーく覚えとけよ!」

「んなもんどーでもいいよ。ユニバーシティかカレッジ出たって就職出来るか分かんねーんだろ?だったらアホでいーじゃねーか。別に将来なりてーもんなんてねーし。あー、働くなんてやだー。一生俺を世話してくれる女んとこに世話なりてー。今のカノもヤることしか頭にねーかんなー。」

明らかに品性下劣と呼べるような生徒が三人、集まっていた。三人のそれぞれの名前はミラース・コレス、スー・タロス、シアス・アレインドといった。

ミラースは赤いパーカーを羽織っており、スーは上下に白いジャージ姿、シアスは黒いジャージ姿だった。

彼等はこの学校の問題児として教師が頭を抱えている生徒達である。基本的に学校には来ないのだが、暇だから〟という理由で学校に来ては、特に授業を受けずに三人で行動している。その上彼等は反抗的な生徒であり、この学校の教師のほとんどが〝出来る事なら関わりたくない〟と言っているのだ。

このように反抗的な生徒である為に、生徒達からも恐れられる存在であった三人だが、全ての生徒から恐れられている訳ではない。彼等と仲の良い生徒も存在するのだ。しかし常に行動する程の仲という訳ではない。

「あ、あいつらだ……最悪だなぁ……い、行こう……」

「うん……そうだね……」

フィジットは一年の時に、彼等の内の一人であるスーに殴られた事があった。それがトラウマとなってか、彼は不良生徒を見るのが嫌だったのである。レイは別に何かをされた訳ではないが、彼等の事を快く思っていなかった。

幸いこの三人にはレイ達の姿は見えていなかった。従って、二人は素早くこの場から離れていった。

 レイの通う、ベレーナジュニアハイスクールは真面目な生徒もいれば、この三人のように悪行を行う生徒もいる。比較的どこにでも見られるような、ありふれた学校……それがベレーナジュニアハイスクールなのであった。

 

 

 

とある場所にて。そこは多くのMSが並べられている軍事施設であった。その中にクラリス・デイルの姿があった。彼は今、とあるMSを見る為にMSが並んでいるMSデッキにいた。

「中尉、お疲れ様です!」

そう言うのは新生連邦の整備士だった。クラリスは年齢こそ若いが、実力を兼ね備えているエリートでもあり、中尉と言う位にありつく事が出来ている。先日にレイに関わって碌な思いをしていないのだが、その実力は本物だった。

「んで……あれだな。俺のガンダム。アインスガンダムか……」

アインスガンダム。それは新生連邦軍が樹立する際に作られたガンダムタイプのMSであり、百五十年以上前に制作されたファースト・ガンダムをモチーフに制作された。

名前の由来としては新生連邦樹立に伴い、

一から軍を改め直すと言う意味を込めてこの名が与えられている。色は紺色で、ファースト・ガンダムとは大きくカラーリングが異なっていた。

「中尉の実績が良いからですよ、まさかガンダムが与えられるなんて……やっぱり凄いです、中尉!」

整備士はクラリスを褒めた。調子を良くしたクラリスは威張りながら言う。

「こんなもん俺の実力からしたら朝飯前だっての。」

したり顔で兵士と会話をしていた時、前方から二名の男女が姿を現した。その二人の姿を

見た時、クラリスと整備士は敬礼をする。

「お勤めご苦労様です!スパイッシュ・カルディアム少佐、ダリア・ローゼント中佐!」

男の名前はスパイッシュ・カルディアムと言った。階級は少佐である。一方のダリア・ローゼントは女性で、階級は中佐である。スパイッシュはやや腹が出ており、強面と呼べるような顔つきをしている。一方のダリアは目付きが鋭いが顔貌は美人と呼べるものであり、兵士達の中でも人気があった。

その時、スパイッシュはぐいとクラリスの顔に近付き、口を開いた。

「ガンダムタイプのパイロットに選ばれた事、誇りに思えよ。あれは次期の我が軍の主力MSのベースとなり得るのだからな。しっかりと戦闘データを取れよ。」

「ハッ、心得ております!」

クラリスははっきりと喋った。

「……お前のようなへらへらしてそうな若造にガンダムタイプが与えられるとはな。

嫌な時代になったもんだな。ったく!」

スパイッシュはクラリスに嫌味を言って、その場から去った。

「カルディアム少佐が言った通りだ。軍に貢献しろよ、デイル中尉。」

「了解です!お言葉、ありがとうございます!」

そして二人の士官はクラリスの前を去っ

て行く。

やがて両者の姿が見えなくなった時、クラ

リスは突如側にあった鉄格子を思い切り蹴り始めた。

「っざっけんなあの糞デブ!偉そうにしやがって……」

「落ち着いて下さいよ!確かにカルディアム少佐はあまり良い評判は聞きませんが……」

スパイッシュ・カルディアムは先のデウス動乱で生き残った士官であるが、部下を見

下す、典型的な〝嫌な上司〟とも言える人間であり、新生連邦の兵士達の中でも評判は悪い。

「まあ……俺がこれに乗って活躍して更に出世出来ればそれで良いんだけどな!」

スパイッシュの言葉で不機嫌になっていたクラリスだったが、眼前にあったアインスガンダムを見て、満足げな表情を浮かべていた。

 

その後クラリスに言葉を放ったスパイッシュとダリアは廊下を歩いていた。その最中に両者は会話を交わす。

「実績は確か……だがあの男は正直馬鹿ですよ。何故、あの男にガンダムのパイロットを任命されたのでしょうかね?」

スパイッシュがダリアに対して言った。年齢で言えばスパイッシュの方が上なのだが、階級の違いがある為、彼はダリアに対して丁寧に接している。

「実績が確かならば乗せるべきだろう。別に何の問題もない。」

「私は不満ですな。」

「何故そう思うか?」

スパイッシュは握り拳を作り、話す。

「実績がどうあれ、あんな情意面のなっていないような男に……奴は正直、不愉快です。」

この男はクラリスの事を気に入っていない様子だった。それに対し、ダリアが言う。

「クラリス・デイルは確かに素行に問題があるが、実力は確かなのだろう?」

「そんな事ないですよ。……そんな事はね……」

そう言いながら、スパイッシュは苛立つ様子を見せていた。見兼ねたダリアは別の話題をスパイッシュに持ちかける。

「所で貴官に聞きたい事がある。」

「何でしょうか。」

「貴官は次期主力の新型MS、ディーストをどう思う?」

ディースト。型式番号NFMS-890。それは新生連邦軍が当時のデウス帝国軍の技術者を集めて開発させた、白緑カラーの次世代のMSである。最大の特徴はデウス帝国が用いていたモノアイタイプのカメラアイで、その技術を新生連邦の戦力にしていこうという、上層部の意向だった。

「あの機体は好きになれませんな。デウスの技術を何故連邦が用いるのかが私には理解に苦しみます。」

「カメラアイをモノアイにすることでコクピットの視野が広がる上、敵に対する威嚇、心理的な恐怖を与えると言う事が目的らしいが。まあ使える技術は使って損は無いだろう。」

「……まあ、その辺りは個人の意見になりますかね。でもあれではまるで新生連邦がデウス帝国になったようですよ。」

「新生連邦帝国か。ハハ、面白い話だ。まあどの道戦力になれば問題はないが。」

 デウス帝国の技術を用いて作られたMS、ディースト。敗戦国の技術を使い、戦力にするという行為はどうなのかという意見が交わされた中で制作されたMS。現在の新生連邦軍の主力MSは、新たなる世界の幕開けと言える存在と言えた。

 

 

 

 クラリスがいる基地とは別の場所にて。今、そこでは模擬戦が行われようとしていた。それは全高18メートル程のダミーバルーン二十体をどれだけ素早く破壊できるかというものであり、一機のMSがそれらを破壊する為に今、起動する。

 そのMSは先程スパイッシュとダリアが話していたMS、ディーストだった。新生連邦にとっての新型機体であるディーストの戦闘能力の試験が、今行われようとしていた――

 

ビゴォン

 

ディーストのモノアイが怪しく輝いたと同時に、バーニアを起動させ、前方へ移動する。その際に左腕部を使い、バックパックに存在しているビームサーベルラックを引き抜き、ダミーバルーンの間近でビームサーベルの出力を上げ、それを切り裂いた。

 次にディーストはモノアイを可動させ、視線の先にあったダミーバルーンをビームライフルで撃ち抜いた。そこから右斜めに存在するダミーバルーンをビームライフルで撃ち抜き、そこからバーニアの出力を上げ、その左側に位置するダミーバルーンに対しては頭部機関砲を連射した後にビームサーベルで切り裂く。

その調子で順調にダミーバルーンを破壊していくそのディースト。やがてダミーバルーンは残り一つとなった。そのディーストはダミーバルーンの位置を把握していたのだが、距離が離れていた。

「成程、あの距離ならば狙い撃ちが良いか……」

そう言うのはディーストのパイロットである。ディーストはモノアイを輝かせ、ビームライフルに備え付けられているスコープとモノアイの位置を合わせ、そして――

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

一筋の光線が最後のダミーバルーンを破壊した。その直後、ディーストは地上へ着地し、模擬戦は無事終了したのであった。

 

 模擬戦を終えた後、胸部にあるディーストのコクピットから一人のパイロットが地上に降りてきた。

「お見事です。ディーストの全ての武装を使うとは。新型の性能を完璧に引き出せていますよ。」

記録係の新生連邦兵士が言った。

「新型とはいえ、既に大量に生産されている機体でしょう。これで性能が今一つなら問題ですよ。それに戦場ではどのような武装が必要になるかが分からない。なら、使えるものは使っておくようにするべきです。」

「確かにそうですね……それにしても凄い……ですが、総司令自らがMSに乗り込むと言うのも……」

ディーストに搭乗しているのは新生連邦の総司令、レヴィー・ダイルだった。デウス動乱後に地球連邦軍の総司令となった彼は、組織を〝新生連邦政府軍〟と改め、その総司令として活動しているのである。

彼の最大の特徴はその年齢と美貌だった。年齢は二十歳と、連邦軍全体の総司令という立場としてはあまりに若過ぎるのである。これが原因か、軍の中でも彼を忌み嫌う人間は少なからず存在している。

「確かに元々総司令というのは部隊を指導し、それらを勝利へ導く為に存在する者。ですが私は違いますよ。元からMSのパイロットをしていた以上は、前線で活躍出来るぐらいの実力がないと駄目ですからね。」

そう言って総司令、レヴィー・ダイルはパイロットスーツのヘルメットを取った。まだあどけなさが残る、中性的な顔つきをした、金色の髪を風で靡かせる青年……それが、新生連邦政府軍の総司令であった。

「少し休憩を取らせてもらいます。後は任せました。」

「ハッ」

兵士は敬礼し、総司令はその場から去った。

 

 休憩室にて。彼は一息を吐く為に、用意されたドリンクを飲んでいると、ノックをする音が聞こえた。

「……どうぞ。」

彼がそう言うと、ドアが開く。そこにいたのは一人の少女だった。

「お疲れ様です……レヴィー様。」

「ソフィア。」

女性の名前はソフィア・ブレンクスといった。総司令、レヴィー・ダイルの側近を務める女性であり、ミディアムの朱色の髪をした、美しい容姿をしていた。彼女は常に彼の傍にいる。年齢は彼よりも一つ下である彼女が何故総司令の側近を務めるのかは定かではない。

「その……どうでしたか……?新型のMSは……」

「悪くはない。量産型の機体というのは本来コストを考慮した上で制作されるものだから……でもディーストはよく出来ている。限られたコストの中で、よく頑張っている方だと思うよ、あの機体は。」

ドリンクを飲みながら総司令は語る。

「そうですか……それは良かったです……レヴィー様がお気に召されたのなら、良いと思います……」

そう言うソフィアは、何故か嬉しそうな表情を浮かべた。

「新生連邦はデウス帝国のような地球に対する脅威に対して備える事が出来るように、軍備を徹底していく必要がある。それは私……いや、僕の祖父であるダディー・ダイルが行わなかった事だ。彼の考えでは、平和維持と言うのは恐らく、夢のまた夢だろう。」

総司令がそう言うと、ソフィアは笑顔で言った。

「私は貴方の行動は正しいものであると、信じています。私は、貴方の為に……」

「ソフィア、そう言ってくれる君は僕の支えだ。」

「そう言ってもらえる事は私にとって光栄です……嬉しい……」

そのソフィアという女性が、総司令と愛人関係であるのかは定かではない。だが、互いに両者は何らかの形で思い合っているように見えた。

 

 

 

レイ達は学校にて午後の授業を受けていた。現在彼等が受けている授業。それは美術の授業であり、与えられたテーマに対して絵を描くという課題が与えられていた。生徒達は班に分かれて席に座っており、レイとリルムは同じ班だった。

この時、彼は昼休みにフィジットが言っていた言葉を思い出していた。

 

――――――――――だってさ……可愛いじゃん……エリアス――――――――――

 

(可愛い……かあ。)

呆然と、フィジットが言っていた事を、彼は考えていた。その時、レイは正面にいたリルムの姿をちらと見る。艶があり、触れるとさらりと指が通りそうなブラウンヘアー、愛らしく整った顔つき、大きな目……そして、何よりもスタイルの良さ……少し前までは幼馴染だからこそ彼は感じていなかったが、改めてリルムを見ているとレイは何故かドキンとした。

(結構、可愛いのかな……リルムって……な……ぼ、僕は何を考えてるんだ!?)

「どうかした、レイ?絵、全然進んでないけど……」

急にリルムに声を掛けられ、レイはびくりと反応した。

「え!?あ……ううん、何でもないよ?」

「そう?変なの。」

そう言ってリルムは再び作業を開始した。レイもそれに合わせるように作業をする。

 しかしそのような事を考えているレイが作業に集中など出来る筈がなかった。

(駄目だ……どうしてか、リルムの事が気になってしまう……なんで!?どうして……)

只の幼馴染である筈のリルムが、この時ばかりは可愛く見えた。レイはそれを頑なに拒絶するが、彼女の事が頭から離れない。

「何ボーゼンとしてんだお前?」

そこへモークが声を掛けてきた。彼の声を聞いたレイはその方向を見た。

「あ……モーク。」

モークとは班は別だった。集中力が切れた彼はレイと喋ろうと彼のいる場所まで歩いてきたのである。

「やる気失せたからお前んとこ来た。あのさ、お前絵上手いよな?」

モークが言うように、レイは絵が得意であった。特に何かを模写して、それを描くことに関しては、レイは同い年の少年少女らと比較しても優れていた。

「あんまり自分では言いたくないけど……そうなのかな……?」

「じゃあさ、こいつ写して。」

そう言ってモークはEフォンに映っているリルムの写真を見せた。それを見て、レイは狼狽した。

「えっ!?じょ、冗談でしょ?」

レイがそう言うと、モークはいやらしくも大きな声でレイに言った。

「絵は得意じゃないんですかぁ?レイ君!」

「モ、モーク!」

まるでレイの心を読んだかのようにモークはリルムを指差した。最悪のタイミングで声を掛けてきたモークが、少し憎らしく感じた。

「絵得意なんだろ!嘘つくのか?サイテーだなお前!描けよ!」

「それとこれとは話が違うよ!」

間接的にだが、〝リルムを描け〟と言われたレイ。当然彼は困り果ててしまう。

「何よ、モーク。大きな声出して。」

「だってさ、こいつ絵上手いんだからさ、リルムを描いてもらおうと思ってさ!」

「モーク!!!」

レイは顔を赤くしつつ怒った。当然である。しかしモークは反省する様子もなく笑うばかり。これに関して、リルムはモークに対して怒った。

「そんな事言う暇があったら作業しなさいよモーク!」

「なんだよ真面目っ子ぶってんじゃねーよ!」

「今の言葉、絶対からかってるでしょ!もう!」

この流れにクラスはどっと笑っていた。一方で、レイとリルムは互いに顔を赤めていた。

(バカモーク……)

本人は冗談交じりで言っているつもりなのだが、レイ達からすればいい迷惑である。それでもモークは二人の心境を知らぬまま笑い続けていた。

 

 

 それから時間が流れ、部活の時間になった。同じサッカー部であるモークとレイは練習の休憩中に会話をしていた。

「なんであの時あんな事を言ったんだよ……おかげで恥掻いたじゃないか。」

「別にー。いいじゃねーか、お前らどうせ仲良いんだしさ。」

「そうじゃなくって……その……」

美術の時間の際、レイはリルムの事を考えていた。それは彼女の事をどこかで気にしているということから生じたものなのだろう。

只の幼馴染である彼等。しかし、彼等の年頃からすれば異性というのはどうしても意識してしまうものである。その為、レイ達を羨ましいと思う一方で馬鹿にする者も多数いるのである。無論レイは彼女の事を異性としてではなく、只の幼馴染として認識している……筈だった。

しかし彼の様子は明らかにおかしい。というのも、フィジットがリルムに対して好意をもっていると言う事がどうしてもレイの中で引っ掛かっているのだ。

(何だろう、気持ち悪いな……ううん、冷やかしなんだ!こんなの気になんてしてられないっ!)

レイは頭を思い切り振った……と同時に、休憩終了の合図が聞こえてきた。それを聞き、レイは立ち上がり、練習を再開する為に走り出した。

「なんだよ、急にやる気出しちゃってさ。」

モークは首を傾げた。

 

 

それから1時間程経過し、本日の練習は終わった。部員達はロッカーに戻って服を着替え始める。モークは用事があるのか、すぐに着替え終え、部室を出た。一方のレイも彼に続くように服をさっと着替え、部室を出る。

「先輩お疲れ様でーす。」

後輩達がレイに言うと、レイも

「うん、お疲れ様。」

と、笑顔で答えた。

 

 

「レーイ!」

レイが一人で帰っていると、後からレイを呼ぶ声がした。リルムである。既に帰っていた筈のリルムが何故かここにいる事で、疑問に感じていた。

「あれ、どうして?もう帰ったんじゃないの?」

「生徒会だったんだ。それで遅くなっちゃって……帰ろうとしたら偶然レイがいたから声掛けたんだ。」

「そうなんだ」

レイにとって幸か不幸かは分からなかった。本日の美術の時間で意識していた相手がまさか偶然にも一緒に帰ることになるとは彼は夢にも思わなかったからだ。しかし、相手はいつも一緒に喋っている相手である。改めて気を遣うような相手でもない……レイはそう言い聞かせて、リルムと共に帰ることにした。

「毎日この時間?大変だね。部活で。」

「ううん、自分でやっていることだから大変も何もないよ。」

「そっかぁ。私も部活やろっかなーって一瞬考えたんだけどね、生徒会が忙しくてねー。あーあ、入るんじゃなかったかなぁ……」

リルムは生徒会に所属していた。と言っても、常に毎日残らなくてはいけない訳ではなく、基本的には授業が終わればすぐに帰宅している。今日は生徒会での作業が原因で遅くなったのだ。

「リルムと一緒に帰るのってさ……本当に久しぶりだよね。」

分かっている事だったが、レイはまるで確認をする為にリルムに聞いた。

「え?うん、そうだけど……それがどうしたの?」

「ううん、学校ではよく一緒にいるけど、帰るってあんまりなかったから……」

「それもそっか。」

別に特別面白いと言う訳でもない、ごく普通の当たり前の会話。普段彼がリルムに対してする当たり前の会話。

 しかし今のレイは妙だった。普通に会話をすれば良い筈なのに、何故か変な緊張をしてしまっていた。

(フィジットが見たら……これは羨ましい光景なのかな?)

彼がリルムに対して緊張をするのはフィジットのレイに対するカミングアウトが原因だった。レイがそう思った時、彼は大切な事を思い出した。リルムに今、恋人がいるのかを聞く事である。

「あの……さ、リルム。」

「何?」

普通に聞けば良い事なのに……レイは何故か緊張していた。」

「あのね……その……」

「はっきり言ってよ。なんか変だよ?」

リルムにも見透かされた。レイは一度咳払いをして再び言う。

「えっとね、突然だけど……リルムは今ね、付き合ってる人って……いるのかな?」

これはあくまでも友人の頼みを遂行しているだけ。レイは自分にそう言い聞かせていた。

「え!?なんでそんな事聞くの!?」

「べ、別にそんなやましい意味で聞いたんじゃないよ!?ただ……なんとなく、気になってさ……」

明らかに動揺するレイ。リルムは彼の様子を見て変に感じていたが、あえて口に出さなかった。

「別にいないけど……どうしたのよ。」

「そうなんだ!い、いないなら……うん、別にいいんだ。」

「変なの。」

どうにか確認する事は出来た。と同時に、レイは何故か安心したような顔を浮かべる。

(なんでこんなに安心するんだろう?どうして?)

別に気にするほどでもないのに、何故かリルムに恋人がいない事で彼は安心していた。自分でも分からないこの気持ちが、レイにとっては不愉快でならなかった。

 その時だった。リルムが突然口を開いたのは。

「レイ!あのね……突然で悪いんだけど……今度さ、家に行ってもいいかな?」

「えっ!?……こ、今度って?」

「もちろん、行ける日に決まってるじゃない。」

急に言われたので、レイは動揺した。それ所か、まさか向こうから〝家に行きたい〟と言うものだから、彼は呆気にとられた。増してや、この歳になって女の子を家に入れるという事……その事がレイにとっては少し考えられない事でもあった。

「べ、別に構わないけど……な、何で?」

「十歳の時に私、転校したでしょ?それからずっとレイの家に行ってないなあって思って。約三年振りだよ。レイの家に行くの。てか動揺し過ぎじゃない?」

彼女の言うように、リルムは十歳の時に一度別の学校へ転校していた。と言うのもその当時彼女の家族が引っ越しする事になり、通っていたエレメンタルスクールから離れた場所に引っ越し先の家があった為、彼女は一年間だけレイと共に通っていたエレメンタルスクールとは違う学校に通っていたのだ。そして彼等はジュニアハイスクールで再会し、現在に至ると言う事である。

「そういえばそうだっけー……あー、なんだか懐かしいなぁ。よく遊んだっけ……」

この時レイは小学校の出来事を少し思い出した。当時から仲の良かった両者はリルムと一緒にいるだけでよくからかわれたりもした。それは今も一緒なのだが、それでもレイにとっては良い思い出だった。

「あ、もう駅だ。レイってこれに乗るんだよね?そう言えば引っ越してから私の家に来た事無かったんだっけ?」

「あ……うん……」

この時レイは顔を赤めた。幼馴染とはいえ、この年頃の少女の家に行くと言う事に戸惑いを覚えた為である。

「また、来たらいいよ!その前にレイの家に先に行かせてねー!」

リルムは笑顔で言った。一方のレイは苦笑いを浮かべた。

「う、うん……その時に宜しく……ね。」

「じゃあね、私の家はここを曲がって真っ直ぐだからー。バイバイ。」

「うん、バイバイ。」

両者は駅前で分かれた。リルムは手を振り、自宅へ帰る。彼女が後ろを向いて走って行くのを見届けた後、レイはそっと溜息を吐いた。

「家……来るんだ……リルム……なんでだろう、どうしてこんなに緊張してるの?普通の事じゃないか……別にフィジットがリルムを意識しようがしてまいが……僕には関係ないのに……」

複雑な心境だった。自分の気持ちが分からなくなった。もしかすれば、自分はリルムの事が好きなのでは……彼はそう思ってしまった。しかしそれは認めたくなかった。何故ならば、リルムとは只の幼馴染。昔から仲が良いだけ。それなのに相手を意識してしまうなど、あってはならない事だとレイは自分の中で決めつけていた。

(全部フィジットが悪いんだからね……とっとと告白して付き合ってしまえればいいのに!)

レイは頭を振り、そのまま改札を通過しようとした――

「そうだ!!!ギリアさんの事忘れてた!!!」

と、彼はギリアとの約束を失念していたのだ。

 

――――――――――――――――もし逃げたら許さねえぞ―――――――――――――

 

ギリアの言葉が思い出された。その途端、レイは震え上がる。幸い彼は昨日の大会で準優勝をしている為に、賞金はある。その為、一度家に帰って金を取る必要があった。

(せっかく母さんに銀行に行って貰ったのに、これじゃ意味が無いじゃないか……)

そう思ったレイは、焦る気持ちで電車に乗った。

 

 

夕暮れ時。彼は電車に乗って地元の駅に着いた。その後、彼はそのまま自宅へ向かった。

家に帰ってからは慌ててリビングのテーブルに置いてあった現金を鞄に直し、着替えずに学生服のまま再び外へ出た。彼の向かう場所。それはギリアの工場だった。彼は今から報告をしにいくのだ。 

早速、彼は工場まで自転車に乗って走り、彼の元へ向かっていた時だった。

「あ、あれは……」

レイが見つめるその先にはギリアの姿があった。丁度作業を終えたのだろうか、工場から出てきたギリアを偶然レイは見つけ、レイは気付いてもらう為に手を振った。するとギリアは彼の存在に気付き、早歩きをして駆け寄った。

「おう、レイ。学校帰りか?学ランが眩しいねえ~。」

「はっ……はぁ……?」

自分も、レイと同じ頃時期があった……と思い出しているのだろうか、ギリアはレイの学生服姿を見るなり突然言い始めた。そして突然思い出したように言った。

「あ、そうそうそう。お前どうなんだよ。修理費払えんのか?ま、どうせお母ちゃんに頭下げて頼んだんだろうけどさ。」

その質問に対してレイははっきりと答える。

「えっと、準優勝しました。」

「へぇ。準優勝したんか。おぉー…………はっ?」

確認するように、ギリアは耳を立てた。

「なんて?準優勝?夢の話?」

「えっと……昨日の大会の話なんですけど……」

唖然とするギリア。その姿を見てレイは内心、優越感に浸っていた。たった数時間程度の訓練で準優勝が出来るなど、ギリアにとって信じられなかった。納得のいかない様子のギリアはレイの肩を持ち、大きく揺さぶった。

「もう一度言え!」

「準優勝ですよ!」

「嘘だ!絶対嘘!」

「本当です!」

何度も聞き返してくるのでレイは呆れてしまっていた。しかしギリアは一向に信じようとしない。

「準優勝なんてマジで言ってる?お前が準優勝なんて!こんなスペシャルな奴が本当にこの世にいんのかよ!?そ、そうだ!賞状か何か証明になるもの見せろ!」

ギリアは右手を差し出し、その指関節をクイクイと動かした。

「大袈裟すぎですよ!本当に……準優勝しましたから。一応、これが証明なんですけど……」

そう言ってレイは鞄から昨日の準優勝の表彰状をギリアに見せた。

「コピーとか偽物じゃねえよな!?盗んでねえよな!?」

「違います!」

「マジだ……こいつ、マジでやりやがった……」

表彰状を見てギリアはようやく納得した様子だったが、それでもギリアは驚き続けていた。

やがて彼は話題を変えるかのように、レイに金を請求し始めた。

「そ……そうだ!用意出来ているんだろうな!?」

「だから今日、来たんです。ここに。」

「ハッ!得意げになっちゃって!」

馬鹿にされたような言い方だった為、レイは少し苛立ちを覚えた。そして彼は家から持ってきた、修理費の現金をギリアに渡す。

「おっ、確かに。にしても大したもんだよなー、お前。本当にやるんだからよ、入賞を。それも準優勝だぜ?」

事実が認められると、急激にギリアはレイを褒め始めた。この行為にレイは違和感を覚えていた。

「そうだお前、この後時間あるか?」

「え?時間ですか?あるにはありますけど……」

急にギリアに誘われ、レイは何事かと少し動揺した。

「お前のその実力、大したもんだぜ。今からちょっち面白い所に連れてってやる。MS好きのお前なら多分驚く場所だ。」

「面白い所……ですか?」

「良いから黙ってついて来い!」

そう言ってギリアは工場の方向へ向かい始めた。先程勤務していた場所に何故か戻るギリアの行動が、レイには理解出来なかった。

 

 

レイは工場の中に入り、ギリアに連れて来られるまま彼の後ろに着いて行った。やがて、彼等はある部屋に着く。そこは明るい電球が一つ天井から吊り下がっており、雑誌や漫画やスパナ等が散らかった部屋だった。恐らくここはギリアの部屋だろうと、レイは思った。始めてはいる部屋の隅々を見ていると、レイは床にあった一つの雑誌に目を奪われる。

そこ落ちていたのは女性の裸体が映し出されたポルノ雑誌だった。ギリアが自分の事を見ていない事を余所に、じっと、その雑誌の表紙を見つめていた。

しかし彼はそれに目を奪われていた為、急に振り返ったギリアに気付かれてしまった。

「ん?おお、欲しいならやろか?エロ本。」

「い、いいです!結構です!!」

「なんだよ、遠慮するなっての。お前容姿女だけど中身男なんだからさ。ま、いいけど。それより先に行くぞ。」

「え、まだ先があるんですか!?」

「一見、無いように見えるだろ?」

そう言ってギリアは机の近くにある一つのボタンを押した。

 

ゴゴゴゴゴ

 

と、その時。壁が変形し、そこに穴が開いた。穴が開いた先を見ると、そこは階段となっていた。隠し部屋となっているそれを見て、レイは驚愕する。

「こ、こんな仕掛けがあったんですか!?」

「そ、結構でかいもんだから地下にしか用意できなかったんだよ。俺のダチが作ってくれた。さ、更に階段を下るぞ。」

(この人、凄い人かも……)

レイは思った。

 

 

ギリアの部屋から先、階段を下っていく両者。階段を下っている最中はギリアが懐中電灯を持って明かりを照らしていた。その明かりを頼りに、彼等は先へ進んでいく。

やがて彼等は最深部とされる場所に辿り着いた。そこは真っ暗で何も見えず、レイはキョロキョロと見回すが、何も見えないので当然何も分かる筈がない。

「よし、スイッチオン!」

そう言ってギリアがスイッチを付けた――

 

パチッ

 

急激な光がレイの目の中に入った為、眩しくなったレイは目を腕で覆った。その状態が十秒程続き、ゆっくりと腕を視界から外していく。

「わ……え……えええっ!?」

そこに映っていたもの……それはMSデッキだった。MSサイズの大きさの兵器が一機、収納する事が出来るスペースの格納庫がそこにはあったのだ。

「こ、これってMSデッキですよね!?なんで……なんでここに!?」

「いやぁ、ちょっと見せたくなってさ。どうだ、驚いただろ。これも俺のダチが提供してくれたんだぜ。俺はそれを格安で買ったのさ。」

ギリアの存在が、凄いものであるとレイは感じた。正確には彼の友人が凄い人間なのであるが。

「ギリアさんの友達って……」

「今新生連邦で働いてる金持ちの整備士。俺がMS好きって事が分かった時に俺に提供してくれたんだよ。でも俺んちにあんなもん置けるわけねーから、工場の地下を改造して置かせて貰ってる訳。格安とはいえ、結構掛かったなー、金が。」

「そ、そうなんですね……」

いくら個人的な趣味とはいえ、MSデッキを友人に提供するギリアの友人が何者か……レイはそちらに興味が湧いた。

「ちなみに天井もスイッチ一つで開くようになってんだよ。だからもし!もしも敵機体が現れたとしてー、ここに何かMSがあれば、それに乗っていざ出撃!ってのが出来る訳よ!」

「す、凄いです!本当の軍みたいですね!」

感激のあまり、レイは感動していた。まさか生でMSデッキを見る事が出来るなんて……と、彼は大はしゃぎしたい程気分が高揚していた。MS好きが幸いして、このような施設を見せてもらえるとは思っていなかった為、レイの笑顔が絶える事はなかった。

「お前がプチモビの大会を準優勝しなきゃこんなもん見せなかったぜ。実力者にはそれ相応の報酬ってもんがあると思ってさ。」

ギリアは頭を掻きながら言った。

「最初はお前の事女顔のガキと思ってたけど、実力があるってなったら話は別だ。こうなったら本物のMSに乗ってみてもいいんじゃねーか?将来はMS乗りで食っていくか?」

MS乗り。それは現在世界中で過去の大戦で使用された戦艦を母艦とし、過去に使用されたMSや、様々な闇取引やどこか私的な機関が提供するMSに乗り、他のMS乗りを強襲し、そこで得たスクラップ等を拾い集めてジャンク屋に売り捌き、その儲けで飯を食べて行くという、生き方をした者達の総称である。戦後になりその数は増大し、現在では弱いMS乗りは強いMS乗りに食われると言う構図が出来上がりつつあった。

「そーそー、お前にちょっと質問だ。」

突然のギリアからの質問にレイは首を傾げた。

「MSは何故、人の形をしてるか答えてみろ。」

「え……!?」

急な質問だった。答えろと言われても、簡単に答えられる内容ではない……レイは思った。彼は慌てて正解を探すが、口から出て来なかった。

「さあ、答え!残念ながら実は俺にも分からない。」

「えぇっ……?」

自分でも分からない話をするギリアに、レイは内心呆れた。

「けど推測は出来る。人の形をするってのは、例えば指型のマニピュレーター。これは人の指をモデルにしているから、ビームライフルを構えたり、ビームサーベルを抜いたり出来るんだと思うぜ。人間って指が一番よく動くだろ。だから何でも出来るんだ。武器を使ったり、何かを掴むのも適してるからな。」

MS好きのギリアなりの回答だが、レイにとっては納得できる内容だった。

「それにさ、MSを人の形にしたのは、昔の人間が、人という形に拘った結果なんじゃねえのかなって思うぜ。人がここまで文化を発達させてきただろ?そこに合理性とか無視して、人の形をしたロボットを作った結果が、MSなんだろうよ。恐らくだけどな。」

MSの歴史は具体的に明らかになっていない部分が多い。何故人の形状をしているのか……等。いつしかそれが当たり前になっていき、現代ではMSが兵器として普及するようになったのだ。

「そしてさ、人間って存在を徹底的に分析して、人類は史上初、戦うMSを制作したんだよ。そして……そのMSの名前はガンダム。」

ガンダム。それは現在から約百五十年以上前のクリスタル・ウォーの際に投入された伝説のMS。圧倒的な力で当時のデウス帝国を圧倒し、地球連邦軍を勝利に導いた機体とされている。現在ではアインスガンダム等のガンダムタイプと比較する為に、ファースト・ガンダムと呼ばれている。

「由来は不明だ。そもそもなんでガンダムって名前にしたのか、ハッキリは知らないけどそれが今でも伝わっているんだよ。そしてその影響で模型屋とかがプラモ出すようになったんだよ。これが大売れで、繁盛したそうだぜー。」

「プラモデルですか……あ、そう言えば貰ったなぁ。」

と、彼は昨日のプラモデルを思い出した。昨日優勝したシーアから譲ってもらったファースト・ガンダムのプラモデル……それをまだ組み立てていない事を思い出した。

「でさっ!」

その時、ギリアは突如レイの顔面の前にぐいと自分の顔を寄せた。

「わっ……?」

「ここからは俺のダチの話なんだけどさ……今、新生連邦は新しいガンダムを開発しているらしい!名前はアインスガンダムって言うんだ。」

「アインスガンダム……?」

それはクラリス・デイルに与えられる予定のガンダム。この情報は本来は軍の機密であるのだが、新生連邦の整備士の友人と言う事で、ギリアにはこれらが筒抜けだったのだ。

「具体的には知らねーけど、なんか色は紺色らしい。それぐらいしか教えてくれなかった。ま、軍の機密だからな。でもこんなもんが実践に投入されたら連邦の奴等、更に戦力が増えるからなー。」

そう言うギリアは笑っていなかった。寧ろ、真剣な表情をしていたのである。

「大体さ……もう地球圏に敵なんていねーっつうのにこれ以上ガンダムだの他のMSを作る理由が分かんねーんだよ、あいつらはよぉ……」

「確かに……そうは思いますけど……」

軍備増強を続ける新生連邦を、ギリアは余り好ましく思っていない様子だった。しかし彼は新生連邦で働いている友人が嫌いであるかと言うと、そう言う訳ではない。

「まー……こんな話してても埒が空かね―し、いっか。それより、びっくりしたろ!お前がもしMS乗ってここに来たら、格納させてやるよ……なーんて、非現実的な話してみたけどな!」

「あ……はい……」

あり得ない話を持ちかけてきたギリアの言葉に対し、レイは苦笑いで答えた。

 しかし、レイはギリアの持つMSデッキの存在に感動を覚えていた。

「さて、戻るか。これ見せたかっただけだし。」

「あ、はい!」

そう言ってギリアはMSデッキの電気を消し、再び懐中電灯の電気を付けた。レイは彼の後ろに着いて行くように、先程と同じ道のりで帰って行く。

 

 

再びギリアの部屋に着いた両者。長い階段を上った為、レイは荒い息を出していた。

その時、ギリアが言った。

「あのさぁ、それより、時間は良いのか?」

「え?」

「ほれ、見てみ。」

ギリアに言われ、彼は左腕に付けている腕時計をレイに見せた。その腕時計を見ると、時計の短い針は9の数字を指していた。

「わあああああ!もうこんな時間!?」

母親に何の連絡も無しでこの時間までいてしまったレイ。帰れば確実に怒られると思ったレイはギリアに二度、頭を下げた後で元来た道を走って帰って行った。

「あいつ楽しそうだな、人生……」

そっと、ギリアは呟いた。

 

 

 

帰宅したレイはすぐに食事を済ませた後で、すぐに入浴をした。今日一日の疲れを癒す為に、彼はどこか疲れた様子で湯船に入った。

 レイが浴槽に浸っている最中、本日あった出来事を思い出していた。一年の時の友人であるフィジットがリルムの事が好きだったと言う事、何故かリルムの事が気になると言う事、そしてギリアが見せたMSデッキの事……今日一日だけでも様々な事があり、レイは非常に疲れている様子だった。

(僕はリルムの事を、どう思っているんだろうか……)

只の幼馴染である筈のリルムが何故気になるのか……それは、自分でも分からなかった。

(いいや、今は考えないようにしなきゃ……早く寝て、忘れよう……)

レイは頭を振り、リルムの事を忘れるようにした。彼女の事の代わりに、ギリアの工場の地下で見たMSデッキの事を思い出すようにしていた。

「……MSデッキ……凄いなぁ、ギリアさん…………リルム……ハッ、そんなこと気にしない気にしない!もう寝る!」

そう言ってレイは部屋の電気を消した。ベッドの上に敷かれていた布団を用いて自身に被せ、そのまま眠りについたのであった。

 




プチMS大会を優勝したレイは工場長ギリアに驚愕される話でした。
その中で彼は日常を過ごしていく……みたいなお話。


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第四話 アインスガンダム

主人公機登場回。紺色のガンダムという設定。


 

 レイは夢を見ていた。廃墟の街の夢である。廃墟の街に少女が死んでおり、その後で自分も銃で殺されるという、恐ろしい夢。何故この夢を繰り返し見るのか、何度も同じ結末を辿るのか。それは、彼自身も分からない。

 

やがて目が覚めた。夢の内容、結末は同じ。この夢を見た時、レイの目覚めは悪い。

「この夢を見る時は大抵ギリギリの時間になる事が多いんだよね……あれ?」

ふと、彼はEフォンの時間を確認する。すると、まだ6の数字が映っているのが見えた。

「あれ、まだ6時なんだ……けど、あんまり眠たくないような……うーん。」

レイは朝に弱い。早起きは苦手だ。最近は特に、登校時間ギリギリに起きてくることも多かった。しかし今日は珍しく、早く起きることが出来た。

それから彼は階段を降り、既に起きていた母親に朝の挨拶をした。レイの母親、カレンは子供達の為に家事をこなす必要がある為、毎日朝起きるのが早い。

「あら、おはよう。今日は早いのね。」

「うん、なんでかは知らないけど……」

「あ、お弁当出来たから鞄に入れて。」

母親はそっとテーブルに出来立ての弁当を置く。レイはそれを持ってバッグに入れた。作り立てのそれは、温かさを感じる。

「あ、朝ご飯は?」

「今から出すから、少し待ってて。にしても珍しいわね。」

せっかく早起きしたのだ。できるだけ早く朝食を食べ、早く着替えて出発時間までゆっくりしていきたい。レイはそう思いつつ、早く支度をした。急いで制服に着替え、靴下を履く。その時に母親が朝食を出した。それは市販されているカレーパンだった。

レイは袋を破ってそれを静かに嚙み、朝食を食べる。側にはコップ一杯の牛乳とヨーグルトが置いてあった。

やがて登校までの準備を終えた後、レイは床に少し寝転がった。何故だろうか、再び妙な眠気が襲ってきたのだ。

「あれ?眠たいのだったらなんでそんなにはやく起きたの?部活の朝練とかじゃなくて?」

「目が覚めたもの、しょうがないでしょ。ごめん、ぎりぎりまで少し寝ます……」

朝早く起きたと思えば、食事後に再び眠気に襲われたレイ。やはり、夢の影響なのか、睡眠が不足しているのかもしれない。

やがて段々と眠気が深くなっていく。レイの青い目は少しずつ、閉じられていく―

「スゥ……」

と、レイは少女のような寝息を立てていた。

 

 しかしこの時も再びレイはあの、“悪夢”を見ることになったのだ。やはり繰り返されるあの悪夢。何故この夢ばかりがリフレインするのか。何故彼はこの夢を見なければならないのか。恐怖と同時に、怒りさえ感じる事さえあった。

 以前、レイはこれについて心療内科を受診したことがあった。だが、結果は原因不明。ストレス、環境の変化、自律神経の負担等を説明され、簡単な薬を貰うぐらいしかなかったのであった。

 

しばらくしてミィスが下りて来た。しかしレイは深い眠りに入っていた。ミィスは懸命に兄のレイを起こす。少し寝苦しそうにしているレイに対し、ひたすら上体部を揺さぶった。

「お兄ちゃん!」

「うぅ……ん……」

「時計!」

「時計……?」

ミィスに言われるままに時計を見るレイ。それを見たレイの眼は見開かれた。

何せ気がつけばもう七時二十分。登校時間まであと十分しかないのだ。

「ええっ!?もうこんな時間なの!?」

「レイ大丈夫?なんだか大分うなされてたみたいだけど……」

「うん、なんとか!行ってきます!」

レイは慌てて登校準備をし、顔を洗い、そのまま家を出た。

 悪夢を二度も見たレイ。登校前の仮眠の筈が、悪夢に悩まされる形となってしまったのだ。

 

 

 

今日のレイは始業前から余裕をもって登校することが出来た。友人達と挨拶を交わすレイ。一限目は社会の授業。社会はクラス担当のリアンが担当している科目である。

 やがてその授業が終わり、レイが手を洗いに行こうとした時、彼はある人物に声を掛けられた。

「キレス……!」

「あ、フィジット。」

フィジットがどすどすと音を立て、レイのもとへやって来た。彼はリルムの事について聞こうとしていたのである。

「あの……さ、聞いてくれた?」

「え……?あ、う、うん。聞いたよ。別にいないって……」

それを聞いたフィジットは

「ほ、ホントか!?よ、よしっ!」

と、急に嬉しそうな表情を浮かべ、ガッツポーズをした。この様子を見たレイは複雑な表情を浮かべた。

「あ、ありがとうな!よーし……!」

そう言ってフィジットは去って行った。レイはその後ろ姿を見送り、再び手を洗いに行く。

 

 

 時が流れ、昼休みの時間となった。いつものようにレイはモークやリルムと食事をしようとするが、リルムの様子がおかしかった。

「ごめん、急に用事が出来たから……先、食べておいて!」

「え?うん……いいけど。」

そう言ってリルムは教室から去って行った。レイ達には彼女が明らかに慌てているように見えた為、それ程大事な用事なのだろうかと彼は思った。

「なんだよ、あいつ。ま、別に行けどさ。食おうぜレイ。」

(何だろう、一体……)

疑問を感じつつも、レイは母親が作った弁当を鞄から出し、モークと昼食を食べる。

 

 それから十五分が経過してもリルムは一向に戻らない。レイ達は既に食事も終えており、レイはモークと雑談を交わしていた。

 その時、トイレが近くなったレイはモークにトイレへ行くと言い、それから教室を出てトイレへと向かった。

 トイレを済ませた後、レイは手を洗う。それからレイは教室へ戻ろうとした時、彼はふと窓を見た。

(えっ、あれって!?)

レイが見たもの……それはフィジットとリルムの姿だった。リルムは用事があると言って、フィジットの所へ行っていたのだった。その様子に興味を抱いたレイは窓からじっと二人の様子を見る。しかし二人との距離は離れており、何を言っているかは把握する事が出来ない。しかし、彼から見てフィジットは落ち込んでいるように見えた。

(もしかして、昨日言っていた……?)

レイは思い出した。昨日、フィジットが言っていた言葉を。

 

――――――――――――――――告白はするつもり――――――――――――――――

 

(告白してるのかな?でも……なんだか落ち込んでるみたいだけど……)

二人が何の会話をしているのかは分からない。それでも、レイは二人の動作や表情を見て、どのような会話をしているのかを模索しようとしていた。

「キレス君!何してるの?」

「わあっ!?クラークか……びっくりした。」

急にクラークスが声を掛けてきた。レイは慌ててクラークスと会話をする。

「窓を見てぼうっとしてたからさ、何をしてるのかなぁって。」

「う、ううん……何でもないよ?」

色恋沙汰の話はクラークスとはあまりしたいとは思わなかった。彼とはMSの関連の話で喋りたいと思っており、レイはクラークスにフィジットの事を言わなかった。

「最近ねー、量販店に行ってデウス帝国のMSのプラモデル買って来てさー、高かったなーあれー……」

「そ、そうなんだー。」

出来ればフィジットとリルムの様子を見たかったレイだったが、クラークスがMSについて語り出す為、しぶしぶ彼の話に付き合う事になった。

(タイミング、悪いなぁ……)

レイは密かに思った。

 

 昼休みが終わろうとしていた頃。クラークスとの話を終えたレイは教室へ戻り、元の席に着いた。その際、彼はリルムの姿を見る。

「遅えぞレイー。何してんだよ全く。リルムもさっき帰って来てさ。」

モークが言った。レイは彼に対し、

「ごめんごめん、ちょっと友達と喋り込んじゃって。」

と謝る。その次にレイはリルムに話しかけた。

「おかえりリルム。何の用事だったの?」

レイは彼女がフィジットと喋っていた事は知っていたが、あえて声を掛けた。するとリルムは笑顔で言う。

「友達と話してただけだよ!」

レイにはこの笑顔が作り物である事が分かった。フィジットと何かあったのだろう……と、レイは感じていた。しかしレイはあえてリルムに聞かず、

「そうなんだー。」

と、無関心の様子で言った。

 

次の授業が始まった。その授業は数学。レイにとって苦手分野であり、彼は出来るだけ集中して先生の話を聞こうとするが――

(眠い……駄目だ、集中……しないと……)

カクンッと彼の頭部が眠気のあまり屈曲する。二度の悪夢にうなされた事もあった為でもあり、昼食後の為か、強い眠気に襲われ、授業に集中できていないのだ。一方のモークはいつもは授業中は寝るのだが、何故かこの時間は元気だった。

(駄目だ、仮眠を取ろう、それから起きて……)

眠気に負けたレイは自分の腕を枕代わりにして頭を伏せ始めた。そして、数秒後にはすでに熟睡していた。彼は静かな寝息を立て、眠っていた。前の席にいたモークはそれを見て笑う。するとモークはペンを持ち、レイの頬をそれで突いた。しかしレイは起きる様子を見せない。

「レイって眠ってる時なんか可愛いよね。」

ひそひそと、モークに対して言った。

「まー顔は女だからなーレイって。つーか!男を可愛いなんて言いたくねーよ。」

眠るレイの傍ら、リルムとモークは静かに談笑していたのだった。

 

 

レイは悪夢を見ていた。眠りに陥る度に悪夢を見るレイ。何故これを繰り返されるのか。何故このような体験ばかりをするのか……レイ自身、分からないのだ。

 

――――――――――――――――――――死ね――――――――――――――――――

 

最後の、男の一言の後で彼は銃を向けられ、発砲される……いつも同じ結末のその謎の夢。

やがて、発砲されるタイミングでレイはいつも、目を覚ますのだ。

 

「はぁっ!」

レイが目を覚ます。すると、周りの目線が自分の方向に集中している事に気付いた。そして、数学担当の教師は静かに言った。

「昼食後は眠くなりますよねー。あんまり夜は眠れませんかね?大丈夫?」

教師は心配しているのか、皮肉で言っているのかは分からなかったが、レイは只、一言、謝った。

「あ……えと……あ、はい。すみません……」

その後、クラスメイトにどっと笑われたのは言うまでもなかった事だった。

 

 

 

やがて放課後になった。いつものように部活動へ向かうレイとモーク。しかしレイは図書館へ行く用事があった為、モークに先に行ってもらうように言った。

図書館にて。そこは学校の自習室や、必要な資料が揃っている場所である。放課後に勉強の為に自習する生徒や、本を読む生徒がいるのもこの空間である。レイはこの場所で自分の目当ての本を探している時、声を掛けられた。声を掛けた相手はフィジットである。

「キレス……」

「あ、フィジット。」

朝の授業の後の休憩時間にフィジットと会っていたレイ。その時の彼の表情は笑顔であったが、今の彼は悲しそうな表情で、レイに話しかけてきた。

「あのさ……俺……さ……エリアスに……」

「まさか……昨日言ってた?」

フィジットは静かに頷いた……と同時に、レイは彼が昼間リルムと話していて落ち込んでいる理由について理解する事が出来た。

「告白したんだ……」

「でも駄目だった……はぁ……やっぱデブは嫌われんのな……」

「そ、それは違うんじゃないかな……」

落ち込むフィジットを、レイは慰める。

「ごめん、俺帰るわ……」

「そ、そう……元気でね。」

そう言ってフィジットは去って行った。レイはその後ろ姿を見送った後、溜息を吐く。

「振られたのか……うん……あ、あれ……なんで僕は安心をしているんだろう……」

フィジットの失恋は本来は同情してあげるべきである筈なのに、レイはそれを聞いて安心していた。自分の感情が理解出来ないレイは少し困惑しながら、本を探す為に本棚を見て回った。

 

 図書館で必要な本を借りた後に、レイは部室に着いた。自分の中の複雑な心境を変えようと、今日の部活に関してはやる気を出そうと心掛けていた。

「おーレイ。」

モークがレイに対して言う。

「ちょっと遅くなっちゃった。まだ始まってないよね?」

「だから俺Eフォン弄ってんだろー。もうちっとゆっくりでいいんじゃね?」

そう言いながらモークは持参しているEフォンを操作する。それを見て、レイはロッカーに荷物を入れ、着替え始めた。レイが着替えている最中、モークが言う。

「どうでもいいけどさ……最近あいつ来てなくない?練習に。」

「あいつって?」

「イースだよ。イース・ハドラス。あいつ嫌い。性格うざいから来なくていいんだよ。今の状態が一番楽だし。」

イース・ハドラス。レイ達の通うベレーナジュニアハイスクールのエースで、先輩以上の力を持つ天才ストライカーである。現在のキャプテンは彼であるのだが、ここ数日間全く来ていないので代わりの副キャプテンが指揮を取っている。モークがイースを嫌うのは、イースのあまりに強気で偉そうな態度が原因であった。レイ自身も、イースの事は好きではない。

「うん、僕は人をあんまり嫌いたくはないけど……イースはちょっと偉そうだもんね。」

「お前優しいなー。あいつさ、モントリオールのジュニアハイのエリートに選ばれるぐらいの実力があるとはいえさー、感じ悪いのは嫌だわマジ。」

そう言うモークはロッカーを背もたれにして、レイと目を合わせることなくEフォンをずっと操作し続けていた。

彼の台詞からして、イースはサッカーにおいて相当の実力の持ち主である事が分かる。カナダのエリートに選ばれると言う事は、この世界におけるサッカーのワールドカップ等の世界大会などで活躍する期待を持たれていると言う事である。既にイースの実力はマスコミ各社に知れ渡りつつあったのである。

「そういえばイースって変わった髪形だよね。男なのにロングヘアーだもん。」

着替え終えたレイが言った。

「お前は顔が女だから違和感あるけどな。」

「えぇ……」

彼等がそのような雑談を交わしている時、別の部員が彼等に言った。

「今日あいつ来るらしいぜ。あと、キャプテン休み。」

「え、マジ!?」

モークの目は見開かれた。イースが来る代わりにキャプテン休みという話に驚いていたのである。

「おー。」

部員はEフォンを弄りながら言った。

(イース、来るんだ……)

レイは本心からイースの事を嫌がっている様子だった。天才ストライカーとして、モントリオールで注目を集めつつあるその少年はレイを不快な気分にさせた。一体どのような少年であるのかは、定かではない。

 

 

やがて練習時間になった。部員たちが各自でストレッチや準備体操をしている……その時、部室から一人の少年が姿を現した。

「全員整列!並べぇ!」

急な大声がグラウンドに響いた。その声を聞いた部員は全員声の方向を向く。

 そこにいた少年……それは、顔立ちが凛々しく整っており、目つきは鋭く、髪が長い、茶色の髪色をした少年、イース・ハドラスの姿があった。

「キャプテンの代わりに今日は俺が指導することになってる!ありがたく思えよなお前ら!」

高らかに笑うイース。その傍ら、現在副キャプテンを務めている少年、アロナス・メッザー。彼は努力家で、一年の時はサッカーの素人だったのだ。しかし彼なりに懸命に努力をした結果、現在では副キャプテンを務める程の実力の持ち主になっている。

「お前……今までどうしてたんだよ。」

理由も無く数か月休んでいたイース。当然アロナスは怒りを覚えた。

「取材受けてた。そりゃそうよ!俺はだってさー!モントリオールの希望だから!お前ら下手くそとは月とスッポンなんだよねー!てかこの部活も所属してるだけだし、ここにいる理由は俺にはないの!分かった?下手くそども!」

その台詞を聞いたメンバーはイースの事を良く思わなかった。

イースはサッカーの実力は相当なものがあるのだが、欠点がある。それは自信過剰な性格故に無意識に人を傷つける発言を行う事と、他者への配慮が欠けた行動が見られる事。自信過剰な性格故、イースは女子には異様にもてるが男子からは嫌われている。

「ま、どうでもいいや。さて!練習だぞ!今日はキャプテン休み!だから指揮は俺が取る!ホラホラ!お前等1500メートル走二セット!ぐずぐずするなよ!」

いつもより一セット多いメニューだった。イースが勝手に作ったのである。彼の命令に仕方無しに従うメンバー達。が、イースは走ろうとはしなかった。そして彼はキャプテンと同じように椅子の上に座ってじっと見始めたのである。

ずっと休んでいた少年が、急に現れては高圧的な態度。その非常識極まりない行動に腹を立てたのはモークだった。彼はトラック一周を終えた時にイースの元へ駆け寄り、言った。

「お前!お前もやれよ!何座ってんだよ!!」

注意をするモーク。しかしイースは動揺しない。

「はぁ?俺はキャプテンだぞ?キャプテンに何逆らおうとしてんだよお前!」

「キャプテンならみんなの見本だろ!走れよ!練習メニューやれよ!」

モークが懸命に怒っているのに対し、イースは面倒くさそうな表情を浮かべていた。

「才能ない癖に何偉そうに言っちゃってんのよ。お前。」

イースはモークに、突き放すような言い方をした。

自意識過剰のイース。自分の実力を既に十分だと思っているイースは自分でこの部活で一番偉い存在だと思っている。その時イースは側にあったサッカーボールを拾い、それを指で回転させながら言った。

「なあ、そんなに俺に文句言うならサッカーで勝負しようぜ。」

「え?」

得意げにイースは言ってきた。モークはあまり理解できない様子だった。

次にイースはルールを説明した。

「ルールは簡単。俺からボールを取れ!ただそれだけ。ルールは以上。簡単だろ?」

要するに、イースが蹴るサッカーボールをモークが奪うと言う事だった。さすがのモークもそれに対して怒った。

「お前ー!馬鹿にしてんじゃねえぞ!」

「馬鹿になんてしてない。お前の実力を見せてもらうんだよ。そうだな、制限時間は十五分やる。その間に一回でも俺から奪えたら勝ち。」

いくらイースがモントリオールで期待されている程の腕前とは言え、それほど時間があれば奪える筈だと、モークは心の中でそっと考えた。

「よし、勝負だ!」

「お前なんかに勝てるかよ!」

そっとイースは微笑んだ。自信漫々である。

 

すぐに準備が行なわれた。部活メンバー達は1500メートル×二セットのメニューを中断し、サッカーゴールの周りにメンバーが集まった。中央にいたのはイースとモークの二人だけ。その中で、レイはモークに対し心配そうに言った。

「モーク……やめておいた方が……」

「これは男と男の勝負ってやつだ!こんな奴に舐められてたまるかよ!」

モークに怒鳴られたのでレイは黙ってしまった。

まるでボクシングにおける挑戦者とチャンピオンのような関係を持つ二人。挑戦者がモークで、チャンピオンがイースである。そしてモークの挑戦が始まった。制限時間は十五分。その間に取る事ぐらい余裕だと、モークは思っていた。

しかしイースの動きは非常に素早く、一向にモークは追いつけない。追いつきそうになってもイースはフェイントをかけてくる。

まるで挑発しているような動きを見せるイース。それでモークは疲れた為、激しく呼吸をしていた。相手の動きが非常に素早い為、一向に追いつけない。思った以上に苦戦をするばかりである。息を切らせているモークと違い、イースは余裕の表情でモークをあざ笑っていた。

そして早くも十五分が経過し、モークは負けてしまったのだった。悔しそうな表情を浮かべるモークに対して、イースは笑った。

「分かったか?お前なんかじゃ俺に勝てねえんだよ!俺に偉そうな事を抜かしたかったら、まずお前が俺に勝てるようになれ!バーカ!」

散々な扱いをされ、モークは歯を食い縛り、地面を思いきり叩いた。固い地面は余計にモークの手を痛めた。

「こんなの……帰る!」

「あ……ちょっとモーク!」

レイが引き止めようとしても、モークは引き返そうとはしない。部室に戻って行き、やがて制服に着替えて帰っていった。

「やれやれ。弱い癖に偉そうだよなあいつ。さて、無駄な時間使ったな。練習再開!」

引き続き、サッカー部のメンバーに練習をするように促すイース。だが、皆の表情が暗かったのは言うまでもなかった。

 友人が馬鹿にされたのを見て、レイ自身腹立たしい気持ちはあった。だがイースにサッカーで勝てないのは分かっていた為、何も言うことが出来なかったのだ。

(モーク……なんだかなあ……こんなのって……)

心の中でもやもやとした気持ちになるレイ。モークが居ない今、レイ自身、練習をする気にはなれなかった。

 それに目を付けたのはイースだ。まるでレイを狙ったかのように近づき、ずいっと顔を近づける。

「うわっ!?」

突然の事に、レイは後ろに二、三歩下がった。

「お前は帰らないの?あいつと一緒に帰ったらいいんじゃね?」

「僕は別に……」

正直、帰りたい。しかし帰る理由がない。不快な気持ちではあるがレイはイースに何も言うことが出来なかった。

「ふーん。つーか……」

と、イースはじいっとレイの顔を見る。正直、レイは良い気分ではなかった。

「お前が女なら口説いてたんだけどなぁー。男で残念っ。」

と言って、イースはレイの右肩をボンと突き放した。そして高らかに笑い、去っていく。

(僕は男だよ……)

顔の事を言われたレイ。自分もモークのように歯向かう事が出来ればもう少し悔しい気持ちもましだったのだろうか。だが今のレイにイースに対し、反抗する気にはなれなかったのだった。

 

 

やがて部活は終了。イースは真っ先に帰る。今日の部活はレイにとって散々だった。友人のモークは先に帰る上、イースに馬鹿にされる。しかし、イースの実力は本物だ。その為、何も言い返すことが出来ない。内心レイは悔しい気持ちで一杯だった。

そんな中、声を掛けてくれたのは後輩のティル・バーンだった。

「先輩、お疲れ様です。」

小柄な少年のティル。レイの一歳下の後輩だ。彼はレイよりもサッカーが上手いが、イース程自意識過剰な人間ではない。

「なんか、元気なかったですよね。キレス先輩。まあ、無理もないか……」

「うん、まあ……ね。」

落ち込むレイ。後輩を前にこのような姿を見せるのは、正直恥ずかしいのだが、今はどうしても気分が乗らなかったのだ。

「ねえ、先輩。一緒に帰りましょうよ。」

「帰り、一緒の方向だっけ?」

「はい!」

 

やがてレイは後輩のティルと帰ることになった。今日あった事が嫌で仕方がないレイ。そんなレイに対し、ティルは慰めるように言った。

「俺もイースさん好きじゃないんですよね。あの偉そうなの、社会に出て上司でいたら溜まったもんじゃないですよ。」

社会に出たことを想定するティル。まだジュニアハイスクールの一年生にも関わらず、将来の事を考えるティルの言葉にレイは関心を抱く。

「へえ、ティルは偉いね。将来を考えてるんだ。」

「いやあ、俺の家、貧乏なんですよー。だからジュニアハイスクール出たら働こうと思って。でもそうなったら社会人になるでしょ?部活とかやっとくと上下関係ってわかってくると思ったんですよー。てか、貧乏なのにサッカーさせてくれてる親に感謝っていうか。」

「そ、そこまで考えてたなんて……」

普段部活の中でしか喋る事のない後輩、ティル。彼等がこうして一緒に帰る事自体あまりない為、レイはティルの事を初めて理解したのである。それと同時に、レイは自分が余計に情けない気持ちになった。

「あ、先輩!良かったらファミレス寄っていきません?」

「え?あ、うん。いいよ。」

歩いている途中、レストランが見えた。ティルはまるでもっとレイと話がしたいかの如く彼をレストランに誘った。

 

レストラン内で二人はサッカー部の事や学校の事などの話をしていた。あまり話す事のなかった二人がこうして交流を深めるのも珍しかった。

「ティルは偉いね。僕は全然そこまで考えれてないよ。」

苦笑いを浮かべるレイ。それに対してティルは言った。

「けど、それはそれでいいんじゃないんですかね?俺もサッカーなんてやった事なかったんですけど、やっぱり経験って大切かなーって。」

「僕は何になりたいんだろうね。あと一年したら卒業だし、そこから進路の事も考えていくし……」

「うーん、その内見つかるんじゃないですかねー?」

「まあ、気長に考えればいいのかな。」

後輩の方が自分の意見を持っているようで、正直気が引けるところはあった。しかし今のレイにとっては、ティルと一緒に喋る時間が、楽しく感じられたのだった。

 

 

多くの出来事があった一日だった。家に帰宅したレイ。やがて自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がり、少しぼうっとしていた。

「僕は将来どうしようかな。今は学校に行ってサッカーをやっているけれど……他の事はあんまり考えられてないや。」

実際、彼は、才能自体はある。それは、プチモビルスーツを操るという才能。先日のプチモビルスーツ大会で準優勝したことが何よりの証だ。

 しかし、今の彼はそれを何とも思わなかった。自分のものに出来ていると、思っていなかったからだ。

 何気なく、レイはEフォンを開き、SNSに接続。そこで様々な情報を見る。

 自分と同い年で会社設立をしている者、オリンピックの代表、芸術大会の優勝者等。見れば見る程、凄い人間ばかりが目に浮かぶ。

「僕はこんな人達に比べたらちっぽけなんだろうな。僕は特別な才能とかあるわけじゃない。けど、こうして生活が出来てる。それもまた、贅沢なんだろうか。うーん……」

SNSは一見、情報を見る上では非常に有用なツールである。しかし自信喪失している状況でこうした情報を見てしまうのは、反って彼自身を傷つける。

 隣の芝生は青いという言葉がある。今の彼は、周りの人間が非常に羨ましく感じてしまっているのだった。

 

ピピピピピ

 

その時、レイに一通の電話が掛かってきた。すぐに応答し、返事をする。

「もしもし?」

「ああ、レイ。久しぶりー、元気?」

「ヒューナ姉さん!久しぶりだね。どうしたの?」

電話の相手はヒューナといった。

 ヒューナ・エリアス。リルムの姉である少女。歳はレイの二つ上であり、現在はハイスクールに通学している。幼い頃からレイの事を知っており、よくリルムと共にどこかへ出かけたりしていた仲だった。今はレイ達は学生生活が忙しい為、連絡を取る頻度が減っていた為、

久しぶりの連絡だったのだ。

「いやあ、今電話いける?」

「うん、良いけど……」

「いや、今度の土曜日時間空いてるかなーって。」

「え、土曜日?う、うん。空いてるけど……」

「良かった!あのさ、ちょっち付き合ってほしいんだけど良い?」

「うん、良いけど……もしかして、リルムも一緒?」

何故かレイは“リルム”という言葉だけ少し小さく言った。

「いや、あの子は友達と出かけるみたい。空いてるならちょっち付き合ってくれない?」

「うん、いいよ。」

「ありがと!そんじゃ土曜日ね!」

「え、ちょっと――」

そう言って、ヒューナは一方的に連絡を切った。何の要件かを聞こうとしたレイだったが、一方的に切られてしまった。

 その後彼はメッセージをヒューナ宛に打つ。“何の用事なのか”と。だが、ヒューナはそれに対し、“来たら分かる”とメッセージを返したのだった。

「えー、何でよ……」

詳しい内容を教えてくれないヒューナ。レイは一人、部屋で溜息をついたのだった。

「けど、ヒューナ姉さんと出かけるなんていつ以来だろ。なんか、変な感じ。向こうから連絡をくれるなんて。」

幼馴染、リルム・エリアスの姉。レイにとっては幼い頃から知っている人物。しかし、彼は今十四歳で、年頃の少年でもある。幼い頃から知っている仲とはいえ異性と出かけると言うのは少しばかり嬉しさを感じる所があったのだ。

 

 

 やがて土曜日になった。レイは約束通りヒューナと合流する為に駅前に着く。時間は朝の7時。外は晴れていたが比較的早朝であった為、外は寒かった。頭にニット帽、首にマフラーを巻き、ピーコートを羽織ったレイ。

「お、来た来た。おーい!」

そう言って手を振るのはヒューナ・エリアスだった。リルムよりも背が高く、その上スタイルも良い。七分丈のワンピースを着ており、レイと同様マフラーを巻いている。足はストッキングを纏っている。

「久しぶり、姉さん……あれ?この人は?」

「あー、ごめんごめん、言ってなかったね。今回はこの子の依頼なのよ。」

二人で会うと考えていたレイ。しかしこの場に居たのは、レイと、ヒューナ以外にも、もう一人の女性が居た。

「アムン・ディースです。よろしくね、レイ君。」

もう一人の女性、アムン・ディース。ヒューナのクラスメイトだという少女。眼鏡をかけており、顔立ちは愛らしい。レイにとっては全く知らない女性だった為、最初は困惑するレイ。

「よ、宜しくお願いしま――」

と、レイが自己紹介をしようとした時――

「あああああ!ヒューナ、この子なら間違いないわ!」

「……はい?」

突如アムンは高らかに声を上げた。レイにとっては一体何がどうなっているのかが分からない。

「良かったねーアムン。あんたの大好物だと思ったよ。」

「あああああ!最高よヒューナ!まさに完璧な逸材!絶対この子人気出ると思う!だってめっちゃ可愛い!君、本当に男の子なの?」

「……えっと……?」

ヒューナとアムンの会話が分からない。全く情報を聞かされていなかったレイにとって理解が出来なかった。

「まあまあ、来たら分かるよ。とりあえず、行こうよ。」

詳しい情報を一切聞かされないまま、三人は電車に乗る事になった。電車の中でレイは何度もヒューナに聞こうと試みたが、やはり教えてくれる様子ではなかった。

 

 

「あああああ!可愛すぎる!最高だよ君!!!」

「いやあああ!なんで!?なんでこんな格好をさせられてるんですか!!!」

それから時間が経ち、ある場所に移動した三人。そこは巨大なイベント会場であり、今日は、そのイベントが行われる日だったのだ。そのイベントは、所謂“アニメ”関係のイベントである。

 そのイベントは二日間に分けて行われ、その内の一日目がこの土曜日だった。

 レイは全くその内容を聞かされていなかった。恐らく、その実情を説明すれば断られる可能性があったからだろう。無理もなかった。レイは今女装させられているからである。

 この企画をしたのはアムンだ。彼女は所謂コスプレイヤーのサークルに所属しており、ヒューナに協力を依頼していたのだが人数が足りないという事で、知り合いを探している中でレイに声が掛かったという訳である。

 今、三人は控え室にいた。この時レイは用意された服を着替えた時に異変に気付いたのであった。

「いやー、あんた昔から顔は本当に女の子みたいに可愛いじゃない?それでふと思いついたのよ。あんたを呼べばいいなーって!」

「姉さん!酷い……」

「酷くはないよ!あとでランチ奢るからさ!アムンの頼みと思って!お願い!」

「あああああ!君最高だよー!逸材だね!まさに!」

「僕は男だよ!なんでこんな格好をさせるの!?」

レイがしている格好。それは女子の制服だった。それも、男子生徒が調子に乗ってするようなものではない。メイクもきちんとした上で本格的な女子の恰好をレイはさせられていたのだ。足もストッキングなども一切履いていない。靴はスニーカー。しかし、スカートは本物だ。その上リボンまでつけられている。完全な“女子”と化したレイ。

「いや、コスプレだから。」

「コスプレって!僕の場合男のキャラクターをするハズだよね!なんで女子なの!?ねえ!」

「あんたは顔が可愛いから女の子でいいのよ。はーい、本番前。急いでよ!」

「え、本番!?え、何それ!?」

「いいから!写真撮影すんのよ!」

「意味が分からないんですけど!?」

「あああああ!良い!良い!完全に、女の子だねぇ!」

混沌とした状況。訳が分からないまま、レイはイベント会場に連れられるのだった。

 

 そこでは写真撮影が行われた。恐らくその制服の少女が出るアニメのコスプレをレイはしているのだろう。彼の周りには人が多く集まり、注目の的だった。レイは、ただ下を向いて俯くばかり。顔を赤め、恥じらう様子を見せた。

(なんで……こんな……いや、もうこうなったら……僕は女の子……僕は、女の子……)

自棄になったのだろうか、レイは自己暗示を始めた。今、この時間だけ自分は“少女”として振舞う事を決めた。

カシャ、カシャとEフォンのカメラや一眼レフカメラがレイを撮る。そのシャッターの音がレイにとって恥ずかしくて堪らない。そして、その傍らアムンとヒューナは笑顔だった。

 それからツーショットの時間になり、レイと撮りたい人が集まってきた。撮影者はアムン。その際、ヒューナは

「お金払ってから撮影して下さいねー!」

と、撮影料の徴収をし始めたのだ。この時、レイは今回自分が呼ばれた真の目的を把握した。

(お金の為なの!?酷いや……僕は男なのにどうしてこんな……)

そう、今回レイが呼ばれたのはコスプレのツーショットの際の賃金を稼ぐ為の、所謂“客寄せパンダ”の役割をレイが果たすのが目的だったのだ。

「ふふひひ、握手……して下さいねぇ……でゅふっ……」

(この人……)

体格の肥えた男性がレイの手を握る。レイは、明らかに苦笑いを顔をしていた。

 

「いやあ、儲かりましたなぁ!ありがとうね、レイ!あ、SNSに流出しないように注意書きはしてるから多分それは大丈夫だと思う!あと、分け前も勿論払うよー。」

「もう、嫌だ……」

「あああああ!レイ君、本当に良かったよぉ!」

コスプレの時間は終了した。この間二時間。レイはその間ずっとツーショット写真を撮られ続けたのだ。握手を求められたり、ハートマークを手で作ると言った事も求められた。男であるレイからすれば正直これ程プライドを捨てた事は無かっただろう。

 その後三人はランチを済ませた。ヒューナとアムンは楽しそうに会話をしているが、レイにとっては男を捨てた二時間であり、彼にとっては何とも言えない体験であったのだった。

 

 

その後、三人は解散する事になった。ヒューナとアムンはこの後別の用事があるのだという。レイは、心底疲れ切った表情で帰路に就くことになった。

「何やってんだろう、僕は……女装なんてして……」

一人、レイは溜息を吐く。何も知らされないままヒューナと会い、その友人であるアムンとも会い、結局行ったのは二時間の女装。そして写真撮影。男としてのプライドをズタズタに引き裂かれたレイ。ただ、彼は溜息しか吐けないのだった。

「こんなんじゃないんだよ……僕はこんなのをしたいんじゃないのに……はぁ……」

先日のティルとの話から、レイは将来の事について悩んでいた。そのタイミングでの今回のコスプレのイベント。彼自身にとって、休まる日はなさそうだった。

「とりあえず家に帰ろう。それから――」

 

バタンッ

 

突如、レイは意識を失った。周囲は人通りの少ない道。一体何があったのかは分からない。

 やがて、レイはその身柄を車の中に連れ去られた。まるで、それは最初にクラリス・デイルに連行された時のようだった。

 

 

 

「う……ん……」

やがてレイは目を覚ました。始めの内はぼやけるせいで何があるのか分からなかったが、見た事が無い場所である事は把握できた。

ぼやけが取れてきた。改めて見ても全く分からない場所だ。見た事の無い場所に連れて来られたレイは不安になる。この中で、レイが唯一理解できた事は今自分は固いベッドの上に寝ていたという事だった。

「どうしたんだろう……僕……どうしてここに……?あそこから帰ろうとして……それから……あれ、どうだっけ……」

突然意識を失い、気が付けばレイはここにいた。だが全く覚えのない場所だ。そこで、彼はEフォンを取り出そうとした。が―

「ない!?落としたの!?まずいよ……」

ポケットを探してもEフォンはどこにもない。あたふたと、探し回るレイ。

「探しモノはこれかよ?」

その時、一人の男の声がレイの耳に聞こえた。その声に、彼は聞き覚えがあった。

「貴方は……」

クラリス・デイルだ。彼は軍服を着て、何故かレイのEフォンを持っている。

 今のレイに状況が理解できなかった。まず、何故自分がここにいるのか。そして、目の前にクラリス・デイルがいるのか。混乱するレイ。そんな彼の心境など構うことなくクラリスは言った。

「まさかあんな場所で遭うとは思いもしなかったなぁ。レイ・キレス君?」

「どうして……どうしてここに貴方が……?」

レイの顔は恐怖に満ちた。両者の因縁は、レイの些細な好奇心から始まった。その次にプリモビルスーツ大会。そして、今回。だが今回は明らかにこの男がレイに何かをしたのは間違いなかったのだ。

「いやあ、やっぱり諦めきれないんだよ。お前みたいな優秀なパイロットになるかも知れない存在をさ。これも何かの縁だ。今の生活を捨てて新生連邦に入隊しろ。人手不足の状況でお前は絶対才能がある。俺が直々に言ってやってんだぜ?なあおい!」

以前のプチモビルスーツ大会でクラリスが勧誘した際、レイは大声を出して難を乗り切った。だが今回は場所が場所だ。明らかに個室であり、大声を出しても誰も来ないだろう。

「俺は中尉だからな。ある程度権力がある。これも、俺個人がやっている事なんだよなぁ。」

その言葉にレイは恐怖した。

「それにお前のせいで……俺は屈辱ばっかりだ!元はと言えばお前が悪いんだ!」

一方的な台詞だ。レイはクラリスの言葉に理不尽にさえ感じた。

「そんなの、関係ないです……」

新生連邦軍の軍人であるクラリス・デイル。しかし今の彼は、少年であるレイに対して異様に固執する只の変人と言えた。今回彼がレイをこのような個室に監禁したのである。

 キョロキョロと首を振るレイ。窓もないその部屋で、レイは場所も分からず、目の前にいるクラリス・デイルに恐怖している。

「ここがどこか知りたいか?新生連邦のモントリオール基地だよ。俺はそこの所属。」

「基地……?」

クラリスの一言で、ここが基地だという事が理解できた。だが、何故基地にわざわざレイを連行したのだろうか。男は、“個人的”な理由だと言うが。

「まあ、何にしてもお前は首を縦に振るしかない。横に振ったところで逃げられねぇからな。それに、脱出だって無理だぜ。ここは完全窓無しの個室。懲罰房だからな!」

クラリスによって、レイは基地の中の懲罰房内に連行されていたのだ。

 彼にとって“基地”という単語そのものが初めてだった。何故そこに自分がいるのかという事さえ、分からない。今言えるのは、もしクラリスの頼みを断れば、何をされるか分からないという事だった。又、以前のように暴力を振るわれる可能性もある。

 ふるふる、と震えるレイ。しかし、この時、レイはクラリスの足元が空いていることに気付いたのだった。

(一か八かだ!ここから逃げるには……!)

それを見た時、迷う時間は無かった。

 

ダッ

 

レイはまず、クラリスの股下にスライディングをする形をとった。サッカー部に所属していたが故に、そのような芸当が出来たレイ。その際、彼はあろうことか、クラリスの股間部を思いきり殴ったのである。

「あぎゃああああ!?」

クラリスは激痛のあまりそのまま倒れてしまう。この時、レイはEフォンを取り返すことに成功する。反抗しようにもクラリスに力が入らない。

「返してもらいますからねっ!そして、逃げるんだ!」

取り返したEフォンをポケットに収納し、レイは一目散にそこから逃げ出した。そこに残されたのは、股間を殴られ、悶え苦しむクラリスの姿だった。

 

 

レイは出口が分からない道を、ひたすら走る。やがて彼は広い通路に出た。

そこは様々な兵器が詰め込まれている場所だった。明らかに人が扱うサイズではない巨大な重火器類。レイはこれを一目見て理解した。“これらはMSの為の兵器だ”と。

MSカタログを見て、こうした類のものは見た事があった。しかし、実物を見るのは今回が初めてである。クラリスから逃げてきてこのような場所に着いてしまっていたレイ。その光景に、ただ絶句するばかり。

(凄い!本当に基地だ……あれは、きっと何かのMSの為に使われるんだ……)

MS好きであるレイからすれば、本来ならばこうした光景は感動的な光景である。しかし今、彼はクラリスに追われている。悠長に、この景色を見て感動をしている場合ではないのだ。

「おい、お前、何をしているか!」

レイはある、一人の兵士に声を掛けられた。

「え……と……えと……ごめんなさい!」

そう言って、レイは再び走り出した。本来なら、ここに連行してきたクラリスが悪いのだが、レイはとにかくここから去らなければならないと思い、一目散に逃げる。

「待て!足の速いガキだ!おい!探せ!!」

兵士は周りの兵士にも声を掛けた。やがて十数人程度の兵士が集まり、レイの捜索が始まった。

 

 レイはコンテナの物陰に隠れていた。幸い、彼の姿は見られていなかったがどうやってここから逃げ出すべきかと、懸命に考える。

 思えば今日は散々な日だ。リルムの姉、ヒューナとその友人、アムンによってコスプレイベントで女装をさせられたかと思えば、今度はクラリス・デイルによって見知らぬ基地に連行され、そして今彼は何故か追われている。何故このような状況に陥ったのかはレイ自身も分からない。彼は、何も悪くないのである。

 しかし、一概に散々とは言えないのも事実だった。兵器が格納されているこのような場所は実際レイにとっては憧れの場所でもあった。現物のMSサイズの兵器を見るなど、普通に生活していてはまずありえない事だからだ。

 やがて彼は眼の前に広がるMSの姿を見た。レイの眼は非常に輝いており、また、奇麗だった。

(これって……EMS-009ジャスティスだ!デウス動乱時に使われてたやつだ!)

EMS-009ジャスティス。それは4年前のデウス動乱時に旧地球連邦軍が使用していた量産型MS。カメラアイはバイザー型。細身の機体である。アイボリーカラーのその機体は四年後の現在では第一線は退いている機体ではあるが、この基地には格納されていた。

 MSという存在を生まれて初めて見ることが出来、レイは心底興奮していた。実物の、本物のMS。それが目の前に広がっている。

「えっと……あれって……?」

ジャスティスに感動している時、レイはとある一機のMSの姿を見た。

 全高は約18メートル程度。色は紺色。明らかにジャスティスとは違うその機体。頭部はジャスティスとは違う、特徴的な形状。二つの遂になっているカメラアイに、四本の頭頂部のアンテナ。

「見たことのある造形……あれってまさかガンダム!?嘘、まさかこんなところで!?」

レイは感動の余り、思わず声が出てしまった。

 ガンダム。遥か昔にデウス帝国と地球連邦との戦争で作られたとされる伝説のMS。先の戦争であるデウス動乱時でもガンダムタイプのMSは活躍したという話がある。しかし今回見たガンダムは今まで見たことがないタイプだ。レイが愛読しているMSカタログにも載っていないその機体。

 この時、レイはギリア・ノールの言葉を思い出した。

 

――――――――――新生連邦は新しいガンダムを開発しているらしい――――――――

 

(もしかして、これがアインスガンダム……?)

ギリアが言っていた新生連邦の新型MS、アインスガンダム。恐らく、目の前にあるそれが該当する機体であることは想像に易かった。

 そして、レイはこの機体をじいっと見ていた。形状の美しさだろうか、いや、違う。レイはこの機体に惹かれるような“何か”を感じたのだろう。例えるならば恋人同士が良く使う、運命の出会いと言うものでも感じたのだろうか。

(あれに、乗れるのかな。それで逃げ出せるなら……)

今までMSに乗った事があるとすれば、プチモビルスーツであるパワームだけ。その、レイがこれから新型のガンダムに乗ろうと考えていたのだ。到底、信じられない話である。

しかし彼は今乗るつもりでいた。根拠などはない。ただ、“乗って出たい”と言う気持ちだけが彼を動かしたのだ。

「傍にエレベーターがある!コクピットも空いてる!なら!行くしか……」

そう言った後、レイの身体は動いていた。兵士に見つからぬよう、レイは近くにあるエレベーターに乗り込む。すぐにエレベーターはガンダムタイプのコクピットの隣に移動。そして、すぐに入り込んだのだ。

 

「おい、さっきガキがここに居なかったか!?」

と、兵士達の前に現れたのはクラリスだ。痛みが引き、動けるようになった彼は兵士達に聞いた。

「いましたが、行方を眩ましてしまいまして……」

「そうか……って!とにかく追え!早く見つけるんだよ!」

クラリスの指示により動く兵士。彼自身、子供に二度も逃げられるという屈辱を体験したくないという気持ちがあり、以前にレイに逃げられた時以上に焦る様子を見せた。

 

一方、レイはガンダムのコクピットの中に入ってしまっていた。右も、左も分からない。その中身。生まれて初めて見る軍事兵器、MS。どのようにすれば動かせるのか、さっぱり分からないでいた。

「と、とにかく脱出さえすればいいんだから……適当にボタンを押して……と。」

とある、一つのボタンを押すとコクピットのハッチが閉まった。それによって兵士が入って来る心配は無くなった。

と、同時に画面に突然“パスワード入力”というメッセージが出てきたのだ。当然パスワードなど知らないレイは困惑するばかり。

「分からないよ!けど動かせなきゃ終わりだ……もう、どうにでもなれー!」

焦るレイ。しかし、今は迷っていられない。レイはキーボードに配列されている六文字である、〝GUNDAM〟とパスワードを入力した。

 

Complete.

 

青い背景のスクリーンに、文字が出た。恐らく、了承されたという意味だろうか。

「え、これって行けたって事!?」

何が何だか分からなかったレイは、ただ、喜んだ。

 そしてスクリーンに、“start up Eins”という文字が配列される。これを見たレイはこのガンダムの名前を理解する事が出来た。

「アイ……ンス?ああ、やっぱりこれはアインスガンダムだ!ギリアさんが言ってた……」

彼が乗ったアインスガンダム。このガンダムは、まだ搭乗予定のパイロットによってパスワードが入力されていなかったのである。今回偶然レイがそれを入力した瞬間、パスワード入力のときに〝GUNDAM〟と入力しないと起動しない仕組みになった。つまり、この機体はレイ以外に扱う事ができなくなったのである。

本来アインスガンダムはクラリス・デイルの機体であり、彼が搭乗後に試験運用が行われる予定だったのだ。だがレイによって、それが不可能になった。

やがて更に先程まで真っ白だったコクピット内部が突然透明に変わった。それによって基地全体が見渡せるようになった。

アインスガンダムには最新鋭のモニター(360°モニター)が備えられており、ウインドウ全体が見渡すことが可能で、あらゆる方角からの攻撃に対応できる。当然何も知らないレイはただ驚くしかできなかった。

「わっ……!?なんだろう……落っこちたりしないのかな……?」

そう言ってそっとモニターに触れてみるが、当然ながら大丈夫だった。ホッとするレイ。それと同時に迷いが生じた。

「多分、これで動くんだろうけど……どうすれば動くんだろう?」

実際のMSを、全く何も分からないレイ。訳が分からないまま、一度操縦桿を引く事にした。

 

キシィン

 

するとアインスは緑色のカメラアイを輝かせた。と、直後にレイ自身も驚きを隠せない。

ズシン、と重い音を鳴らすアインスガンダム。紺色の巨人が、今まさに目覚めたのだ。

兵士達はそれを見て黙っている筈が無かった。アインスに乗っているレイに対して警告をする。

「おい、誰が乗っている!?」

「な……アインスガンダムが動いてるだとォ!?」

本来の搭乗者である筈のクラリスが驚いていた。誰が乗っているのか見当もつかない。

「あれはパスワード式になってた筈だ!誰が解いた!?」

「中尉はまだあれを操縦していない筈ですよね!あれは最初に乗ったパイロットが入力して、それ以降はその人以外に扱えないようになってるんですよ!」

「こ……こんな屈辱がぁぁぁ……!」

クラリスは、ただ、悔しい気持ちを言葉に出すばかりだった。

一方のレイは、ただ困惑するばかり。操縦桿を握れば前進するのは何となく理解は出来た。しかし他のボタンをレイは知らない。

「これは……?」

レイは操縦桿についているグリップボタンを握った。

 

ブゥンッ

 

それに伴い、アインスガンダムはバックパックのサーベルラックからビームサーベル展開し始めたのだ。

「これって……まさかビームサーベル!?こんなことやってる場合じゃないのに!」

滅茶苦茶な動きをしているアインス。パイロットのレイは余計に困惑するばかりだ。

「これは……?」

と、別のボタンを押したレイ。

 

ダダダダダダダダダダ

 

今度はこめかみ部の砲門から頭部機関砲を発射した。それは地面にいた兵士に向けて発射される。幸い兵士に怪我はなかったが、レイは驚くばかりだ。

「機関砲!?そんな、攻撃する気なんてなかったのに!!とりあえずこれをしまって……と。」

そう言って、レイはビームサーベルを背中のサーベルラックに収納する。

その時、レイは足元のボタンを見つけては押した。すると今度は背部のランドセルからのバーニアが起動し、アインスは上空へ向かう。

「わわわ……これで飛ぶの!?」

慌ててボタンを踏むのを止め、アインスは地面に着地し、その際に重い音が響いた。

 

地上にいたクラリスはそれを見て腹を立て、兵士に言った。

「クソッタレ!どこの馬の骨か知らねぇがやりたい放題しやがって……ジャスティスで出る!」

「宜しいので!?」

「うるさい!あいつを止める!あんなの動きが滅茶苦茶だ!どこの誰だか知らないが……そもそも俺のMSを勝手に動かしやがって!」

もともとアインスはクラリスが操る予定であったMSだったのだが、それをレイが奪い取って、今になってはレイ専用機になってしまったのだ。クラリスは、アインスに乗っているのがレイである事をまだ知らない。

 

 

やがてアインスは歩き始めた。レイの操縦センスが良いのだろうか、彼は物の数分でアインスガンダムを少しずつ操る事が出来るようになっていった。

「よし、なんとか、行けるかも。武器さえ使わなきゃ脱出するだけだ!」

そして彼がアインスのランドセルのブースターを使い、基地から脱出をしようとした瞬間だった。

 

ピピピピピピピピッ

 

アインスガンダムの後方に熱源反応を確認。それを見たレイはアインスを後ろに向ける。

そこに立っていたのは、旧地球連邦軍のMSである、ジャスティスだった。機体のバイザー型のカメラアイがアインスの背後で不気味に光ったのだ。怒りに満ちた様子で、クラリスはレイに回線を開くよう促した。

「そこのパイロット!今すぐ止まれ!何を考えてやがる!!!」

何も知らないレイはボタンを押し、通信に応じてしまった。

そこに映った少年の姿に、クラリスは驚く。無理もない。まさか自分が追いかけていた筈の少年が、モニター越しに、自分が乗る予定だったガンダムに乗っているのを確認してしまったからだ。

「えっ……お前……なんでガンダムに!?嘘だ!!こんな奴が俺の機体を!?どうしてだ!?お前如きが何でアインスに!?」

「い、今は……逃げるしかないんです!僕はここから逃げます!邪魔をしないで下さい!!」

クラリスが驚くには二つの理由があった。一つはアインスガンダムを奪われたという事。そしてもう一つは、自分が逃がしたレイと言う少年がそのアインスガンダムに乗っている事だった。

「ふざけんな!とにかく止めるしかねえ!メンデル、アーネスト!俺に続けぇ!」

クラリスがそう言った後、残り二機のジャスティスがバイザー型のカメラを輝かせ、起動した。いずれもがビームライフルを装備している。

メンデルとアーネスト。メンデルはプチモビルスーツ大会の時にクラリスと同行した男であり、アーネストは最初にレイを拉致した時にクラリスと居た男であり、レイを逃がした男だ。これらの男達が駆るジャスティス。いずれもクラリスの部下であり、優秀なパイロット達であった。

「こいつに傷を付けるな!コクピットさえ破壊してパイロットを引きずり下ろせばいい!こんな屈辱与えやがって!覚悟しろクソガキ!!!」

怒りに燃えるクラリス。それに対し、焦るレイ。

 レイにとって状況は非常に悪い。まだ操作してほんの数分でしかないアインスガンダムを操るレイと、それを止める為に起動した三機のジャスティス。レイにとっての初陣が、今始まる――

 

ジャキンッ

 

と、ある一機のジャスティスがライフルを構え始めた。

「馬鹿野郎!基地の中でライフルを使う馬鹿がどこにいる!機関砲とサーベルのみで行け!」

「了解です、中尉!申し訳ありません!」

クラリスに怒られるアーネスト。クラリスの指示通り、アーネストはジャスティスのビームサーベルを展開し、アインスに迫る。

「他に武器はないの!?このままじゃやられちゃう……」

焦るレイ。武装の検索を試みるのだが、今のアインスに搭載されている武器は頭部機関砲と背中のサーベルラックに搭載されているビームサーベル二本のみだった。

 レイは相手に対して再びビームサーベルを展開。迫る、メンデルのジャスティスを迎え打つ。

「相手はド素人と見た!」

メンデルはにやりと笑う。そして、ビームサーベルを構えるアインスの懐に飛び込み、胴体を思い切り蹴り飛ばした。ビームサーベルの展開は、フェイクだったのだ。

「あああああっ!」

不意打ちを受けたレイ。そのままアインスは尻餅をつく形となったのだ。

「そいつは大事な機体なのでね!さあ、降りてもらおうか!こちらも無駄な殺生はしたくない!」

メンデルはアインスを追い込む。何も出来ないレイは、ただ、焦るばかり。

「アーネスト!黙らせるぞ!」

「了解!」

今度はメンデルの駆るジャスティスが迫った。両機体は左前腕部から紐状の武器を放出し始める。ヒートストリングスと呼ばれる武器。それによってアインス身動きが取れない上、ストリングスによる熱が彼を襲う。

「うぅ……このままじゃ……逃げないと……行けないのに……!」

機体が思うように動いてくれない。機体の操作に慣れていないレイはジャスティスを駆る二機に苦戦を強いられるばかりだった。

「抵抗するならば切り裂くぞ!」

更に悪い事に、背後からメンデルの乗るジャスティスがビームサーベルを持って襲って来たのだ。それに、メンデルの駆るジャスティスもビームサーベルを構えている。前後でビームサーベルを持ったMSに囲まれたアインス。危機的状況に陥ったレイ。

「動け……動いて!」

ヒートストリングスを腕部を使い、無理にでも引きちぎろうとするアインス。しかし強固に巻かれたそれを外す事は、並ならなかった。

「抵抗する気か!なら、切り裂いてやるまで――」

「え……!?」

アーネストの駆る、ジャスティスのビームサーベルが、アインスのコクピットに迫った。レイはこの時、“死”を確かに意識した。これをもし受ければ、死ぬかもしれない。

“死”は彼自身今まで経験したことない出来事だ。それが、今目の前で行われようとしている。あり得ないと思われた事が、起きようとしているのだ。それも、レイの脱出を手伝った人間の手によって。

 

ピキィィィ

 

その瞬間、レイの頭の中に電流が走った。この時、何故か相手の動きが緩慢に見えたのだった。

(えっ……何……この感覚……変な感じ……)

不思議に思ったレイ。だが、相手の動きは間違いなく緩慢に見える。それには余裕で対処することが出来る。

やがてアインスは間一髪ジャスティスの攻撃を見切り、自分を守る為に、すぐに背中のビームサーベルラックを展開。

「やああああああ!」

 

ズバァァァ

 

それはコクピットの部分を串刺しにし、アーネストのジャスティスを破壊したのだった。

「ちゅ……中尉!!!」

ジャスティスのコクピットの中にいたアーネストはビーム刃の熱により、消滅。ジャスティスは、爆発こそしなかったが、クラリスは一人の部下を失ってしまう形となった。

「え……?」

この時、レイは妙な手応えを感じた。確かに、人が蒸発したような妙な感覚を、その手に感じていたのである。

「人が、消えた……?」

レイ自身感じた事のない、異様な感覚。その確かな手応えの正体は、一体何か。

 ただ一つ言えるのは、レイにとって恩人と呼べる人間を、MS越しという、互いに正体が分からない状況で彼は仇で返してしまったという事だ。

「貴様!よくもアーネストを!」

その際、アーネストの敵を取らんと、迫るメンデル。

「っ!」

レイも身を守らなければならない。彼は敵の攻撃に気付き、切りかかるメンデルのジャスティスに対して左手部マニピュレーターを駆使してビームサーベルラックを把持し、ビーム刃を展開。打ち合いを行った。

 ビームサーベル等のビーム刃はビーム粒子と呼ばれる粒子によって構成される。これをエネルギー状に放出したのがビームライフル。一方、ビームサーベル等の刃は粒子が一つ一つ固形になり、物理的干渉を可能にする。これにより、ビーム刃同士や質量兵器等との打ち合いを可能としているのだ。

「こ、このぉ!」

レイはアインスの右手部マニピュレーターを駆使し、ビームサーベルでメンデルのジャスティスのコクピットを切り裂いたのだった。

「うわあああ!」

これにより、ジャスティスの胴体は二つに切り裂かれてしまう。

 この一瞬の内に二機のジャスティスを撃墜したレイ。一瞬の出来事ではあったが、彼はこの状況を帰る事に成功した。

 しかし、それと同時に、罪悪感に襲われたのであった。

(あれ、今、僕……人を二人も、殺したの……?)

人殺し。それは普通に生活している人間がまずしないであろう出来事。現代に於いても怨恨やビジネスなどで人を殺害するという事は悲しい事実で起きてはいる。

 だがレイの場合はこれは、全く予期していない事だった。彼自身人を殺す気などなかったし、寧ろ自分自身が殺されるのを守る為に戦った結果である。言わば、正当防衛だ。

 しかし気味の悪い感覚は、レイを襲った。人の死。それが目の前に感じられたという現実。

「よくも部下をやってくれたな!!」

しかしクラリスは彼に後悔させる暇もなく容赦無しに襲いかかる。先の二機と同様、ヒートストリングスを放出したジャスティス。しかし、アインスはそれをステップ移動で回避した。

(人を殺した……僕が!?違う……僕は人を殺してなんていない!襲ってきた敵を……倒しただけだ!違うんだ!!)

苦悩するレイ。しかしクラリスは苦悩するレイを待つことなく、迫る。

「てめぇは生け捕りにする予定だったが可愛い部下を殺した以上は只じゃすまさねぇ!!!機体はそのままに、殺してやるぞ!!!」

怒るクラリス。しかし、レイは――

「ぼ……僕は……僕は戦いたくない!人を死なせたくないんです!クラリスさん!僕を逃がさせて下さい!お願いです!」

懇願するレイだったが、クラリスはそれを許す筈もなく――

「逃がせるかよ!散々基地で暴れまわりやがって!」

ジャスティスは頭部機関砲を連射。これに対してアインスも頭部機関砲で応戦する。

「僕は……逃げるから!」

そう言ってアインスはバーニアを高出力で出しきり、やがて屋外に出た。しかしクラリスはジャスティスのバーニア展開し、アインスと同様に外に出てし追い掛ける。

「逃がさねえ!お前だけは絶対に逃がさねえぞ!」

クラリスの乗るジャスティスは頭部機関砲を撃ってきた。怒りを込めた一撃である。

「お願いです!もう、逃げさせて!!!

 

ガキィン

 

アインスは、クラリスの駆るジャスティスの頭部に向けて思いきり蹴りを食らわせたのだ。

 この衝撃により、クラリスのジャスティスは地面に叩きつけられる。

「うわあああ!しまったぁぁぁ!」

たちまちジャスティスは仰向けに倒れ、機能が停止した。

「逃げなきゃ……今は……」

レイはアインスに乗ったまま、その場から姿を消したのだった。

 脱出に成功したレイ。しかし、彼には“人を殺した”という紛れもない事実がある。今後、彼はそれに苦しめられる事になるかも知れない――

「ちきしょう……こんな屈辱があってたまるかぁ!」

“ド素人”と呼べるレイに、自分が搭乗する予定だったアインスガンダムを奪われた上に、敗北を味わったクラリス。その上彼は部下も亡くした。この状況に、彼はレイに対する怒りを抱える事となったのだった。

「メンデル……アーネスト……仇は取る!あいつは……次に会ったら絶対に許さねぇ、からな……糞がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

クラリスは握り拳を作り、やり場の無い怒りを感じていた。復讐心に燃えるクラリス。

この瞬間、クラリスは自身の中でレイに対し、殺意を芽生えさせていたのだった。




第四話投了。女装させられた後で突然ガンダムに乗るという成り行き回。レイはこの時にタクシー代を出してくれた軍人を殺してしまうという、ガンダムシリーズあるあるの最初の苦悩に続く話です。


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第五話 苦悩

ガンダムに乗ってしまったレイは軍から兵器を持ち出した事や、人を殺めてしまった事について苦悩する話。


 新生連邦のモントリオールの基地を脱出したレイ。だが、彼はアインスガンダムに乗ったまま移動している。レイは帰宅しようと考えるも、どうすれば良いか分からない。

Eフォンの時間を確認すると、現在の時間は夜の八時頃。辺りは暗い。住宅街は家の中に明かりが灯っている時間だ。

しかし普通に考えて、MSが市街地を徘徊しているということ自体がおかしい話だ。もし街中をMS……ましてガンダムタイプが動いているという事実があれば、間違いなく大きな騒ぎとなる。彼としては、出来れば騒ぎを避けたい。

「どうしよう……完全に勢いで出て行ってしまった……それに……僕は……」

レイは二重に悩んでいた。一つはガンダムタイプを持ち出したという事。そしてもう一つは、人を殺めてしまったという事。

 無論、後者は不本意だ。だが、あのまま何もしなければ彼自身が死んでいたかもしれない。しかし、彼は事実、人を殺している。その罪悪感は、拭えないものがあった。

「今は……どうするかを考えよう……どうするかを……あれ?」

アインスガンダムの視界に映ったのは、見覚えのある工場だった。そこは、プチモビルスーツ、パワームの練習をした工場だったのだ。

 この時、レイはある人物を思い出した。ギリア・ノールだ。彼はMSデッキを持っていると言っていた。この時間に工場にいるのかは分からない。しかしこのままガンダムをおいて置く訳には行かない。レイは一度、その機体を木の多い公園の中に隠す事にした。

 幸い公園は薄暗い明りがある程度で、着地した程度ではそこまで目立つことは無い。機体色も紺色という事もあり、夜中では大きく目立たない。それが幸いしたのか、大きく目立つことは無かったのだ。

 アインスを木の中に隠し、レイは一度Eフォンを手に取り、ギリアに連絡した。

「おお、どうした?何かあったのかよ?」

「ギリアさん、今どこにいますか?」

「俺は工場でまだ残業中だけど?どうしたよ?」

「実は――」

レイはこの後諸事情を説明した。当然ながら、ギリアは耳を疑うような声を出した。

「は?」

「ですからMSを――」

「いや、は?」

「僕はMSに乗ってるんです!けどこのままじゃ見つかっちゃうかもなんです!」

「いや、え?は?」

三度も疑うギリア。無理もなかった。先日MSデッキを紹介した少年が、少し期間を空けて電話を掛けてきたと思ったら今度はMSに乗っていたという謎の状況。ギリアに信じられる筈がなかったのだ。

「信じて貰えないですか?でも、本当なんです……証拠、送りましょうか?」

「お、おう……頼むわ。」

きょとんとしている様子のギリア。レイは彼に言ったように、Eフォンのカメラ機能でコクピット内を撮影。そしてそれをギリアに送信した。

 数秒後、ギリアの第一声は

「来い」

と一言だった。

「ありがとうございます!」

感謝するレイ。そして、再び彼はアインスガンダムを起動させ、急いでギリアの工場に向けたのだった。

 

 

「ま……ま……ま……ま……まじ!?」

ギリアの工場に着いたレイ。彼はアインスガンダムをしゃがみ込むような格好で入った。

 本物のガンダムタイプ。それも、新生連邦が極秘に開発していたというもの。それを見て、目を疑わない筈がなかったのである。

そして、ギリアは念の為にそれに触れた。やはり本物だった。機体の感触が彼の手に伝わったのである。

「いや、本物だ……そりゃ、そうか。おい、急いで格納するぞ。」

「え……あ、はい!」

ギリアの言う通りにレイは従う。彼は地下に移動し、スイッチを押し、ハッチを開けた。それにより、MSデッキが出現。これにより、地下にMSを収納することが出来た。

「とりあえず、早くこれに格納しろ!」

「は、はい!」

そう言って、レイはMSデッキに入るようにアインスガンダムの体制を変えた。垂直に機体を向け、そのまま静かに、デッキの中に入れていく。

 

 やがて、アインスガンダムはギリアのMSデッキに収納する事に成功。その後ギリアはハッチを閉じた。これにより、表向きからは全くガンダムの存在の判別をする事が難しくなったのだ。

 格納に成功したのを確認すると、レイはコクピットから降りてきた。目の前にはリフトがあり、それを使ってゆっくりと降りてくるレイ。

「あの、ありがとうございました……本当に、ギリアさんが居なかったらどうなっていたか……」

レイは会釈をする。しかしその後、ギリアは言った。

「あのさ、お前って何者?」

「はい?」

「いや、お前さ、最初に会った時は自分の左腕を切ったじゃん。それからプチモビの練習をしてさ、翌日には準優勝。そして後日には新生連邦のガンダムタイプをかっさらう。色々と突っ込みどころがありすぎて訳わかんねぇよ……」

少女のような顔立ちの少年が見せた数々の出来事はギリアを困惑させる。しかしこれはレイ自身にも説明の出来ない事だった。

「まあMSデッキを持っていた俺も俺だけどさ……いや、マジで訳分からん。まさか趣味で持っていたこいつを活用する日が来るとは思わなかった。しかも新生連邦のガンダムだぞ!?」

ギリアは、手を振るわせていた。

「けどお前、ヤバいものを持ち出しやがったな。まさかガンダムを持ち出すとは思ってもみなかったぜ。けど、何故お前みたいな奴がガンダムなんて代物を持ち出したんだ?」

レイは、びくりと震えた。しかし、ギリアは迫真の表情でレイに迫る。

「教えろ。理由によってはガンダムを差し出す。俺だって基本的に軍の機密なんてものをずっと持っておきたくねえからな。」

普通に考えれば、MS……増して、新生連邦の新型ガンダムを持ち出すということ自体本来はありえない事だ。それが発覚した時、下手をすれば処刑される可能性だってある。

 だがレイはこれに対し、ありのままを伝える。実際彼自身も被害者ではあるのだから。まさかガンダムを自分が操作し、それを奪う事になるとは思わなかったと言うが。

「その軍人がお前を拉致監禁したからお前はあれに乗って逃げた……と。」

「はい。」

「……本当に、偶然だったんだな。」

ギリアはレイの言葉を半信半疑で聞いている様子だった。しかし語るレイの目は、本気の目。彼自身今日あった出来事に驚いてばかりなのだ。

「……よし、お前を信じよう。あのガンダムは匿ってやる。」

「本当ですか……!?」

ギリアは、何故か堂々としていた。

「まあ、お前のミラクルを見続けてるんだ。何かあっても俺は黙っておいてやる。俺はお前を売る事はねえよ。だから安心して、今日は帰れ。」

「あ……あああ……ありがとうございます!」

レイは、ギリアの手を握り、思いきりお辞儀をした。もし、彼がレイを認めなかったらどうなっていただろう。彼ごと新生連邦に差し出されていたら、どうなっていただろう。考えただけで恐怖が止まらなかった。

「いいか、念の為に言っておくが、お前は家に帰ったとしても何事もなかったと振舞え。あとEフォンとかデバイスにこいつの情報に関係するものを一切残すな。軍は絶対にこのガンダムを探す。俺はこいつを隠し続けてやるから、お前は今まで通りに過ごせ。何事もなかったように家に帰れよ。分かったな!」

念を押すギリア。当然だ。もし発覚すれば何をされるか分からない。新生連邦軍は間違いなく、アインスガンダムの捜索に掛かるだろう。

 幸いなのはギリアのMSデッキが万全だったという事だ。彼が友人から趣味で貰った旧式のMSデッキがこういう形で役立つという、まさにレイにとって奇跡と言える出来事。もしこうした奇跡が無ければ彼はどうなっていただろうか。想像すら出来なかった。

「ギリアさん、僕、何度かここに来ます。様子を見に……」

「それ自体は構わねえけどさ、大事には絶対にすんなよ。これは俺とお前の秘密だ。」

と、ギリアはレイの右肘関節部を、自身の右肘関節で組むような形をとった。

 互いに秘密を作ってしまった両者。増して、レイにとっては人生で最大の秘密である。

 朝にリルム・エリアスの姉、ヒューナ・エリアスとその友人、アムン・ディースにアニメキャラクターのコスプレをさせられたレイは、昼過ぎにクラリスに拉致をされ、夕方に新生連邦の新型MSを奪取。夜にギリアの工場で格納と言う、にわかに信じがたい体験を、今日一日でしたレイ。

 アインスガンダムはどうにかここで格納される形となった為、それは一安心だった。だが、彼にはもう一つ、重大な秘密を隠している。

(僕は……あれで人を殺した……)

様々な出来事の中で、彼を大きく悩ませるのがこの問題。無我夢中だったとはいえ……自分が殺されるかもしれないとはいえ……彼は、人を殺した。それも、初めて扱ったMSに乗って。

 

 

レイが家に帰る頃には夜の十時を回っていた。家族に心配されたレイだったが、彼はヒューナと遊んでいたと言って誤魔化す。

 やがて入浴を終え、自分の部屋に戻るレイ。彼はこの時も、様々な秘密に対して不安を抱いていた。

(ガンダムに乗って……人を殺した……こんな……こんなのって……)

逃げる為にガンダムを奪い、正当防衛とはいえ結果的に人を殺した事は彼を苦しめる。彼は、この時誰にも言うことが出来ない重大な秘密を作ってしまう事となったのだった。

(アニメとかの話じゃないんだ……現実に人が死んだのを、感じたんだ……僕は……人殺しだ……)

人には誰にも言えない秘密と言うものがある。それは他者から見れば、大した事のない秘密だったりする。

 だがレイの場合はどうだろうか。彼は軍の新型兵器を奪った上に人を殺めている。それが、仮にテロリストや新生連邦に敵対する組織などが行ったのならばそれは英雄的行為として認められるだろう。だが彼は、ごく普通のジュニアハイスクールの生徒。今でも学校に通い、こうして母親の待つ家で暮らすことが出来ている。そのような少年がMSを操るという事自体が、そもそも在り得ない話と言えるのだった。

 

 

 

その出来事から数日が経過した。アインスガンダムを奪われたという事実は瞬く間に新生連邦の上層部に知られる。そして、その責任をクラリス・デイルが負う事となったのだ。

彼はモントリオール基地の上官室にて呼び出され、上官であるスパイッシュ・カルディアムによって叱責を受けていた。

「新型のガンダムは確か貴様に与えられる筈だったな!それを民間人に奪われただと!?貴様の頭は湧いているのかよ!!!」

クラリスは、あえて奪った人間の事を言わなかった。まさかレイのような少年に奪われたと知られれば、それは恥だと感じていた為である。

「申し訳ございません……全ては私の失態です……」

「失態なんて問題じゃないぞ貴様ァ!!!」

 

ドゴッ

 

クラリスの顔を、鈍い音が響く。スパイッシュはクラリスの顔面を思いきり殴ったのであった。

「お前は自分が優秀だと驕って、その結果こんな事態になったのだろうが!お前それでも軍人か!!!何を考えているんだ貴様!!!」

 

ドゴッ

 

再び、クラリスは顔面を殴られた。

「今回の件を総司令に報告した結果、お前にチャンスをやれと言って下さったそうだ!」

「チャンス……ですか。」

口から血を流しながら、クラリスは聞いていた。

「そうだ!恐らくガンダムはそう遠くに行っていない筈だ……と!徹底的に探し出せと!お前の管轄だけで動け!そもそもあれはお前に与えられた機体だろう!だったら手前の失態は手前で挽回するもんだ!あれが万が一武装勢力等の手に渡ったらそれこそ面倒なことになりかねないのだからな!!!」

「ハッ……!」

その後スパイッシュは部屋から姿を消した。それを見届けたクラリスは、握り拳を作り、床を見ている。そして、歯を食い縛り、怒りを露わにしていた。

「メンデルやアーネストへの哀悼は一切なしかよクソデブ野郎……!あのレイって奴のせいで二人が犠牲になったんだぞ……!こんなの、屈辱なんてレベルじゃねえぞ……!」

部下想いだったクラリス。それをレイによって殺された。それが彼の中で怒りの炎を燃え上がらせる。

 クラリスの勝手な行いが招いた事ではあったのだが、想像以上のレイの実力に完敗したクラリス。そして失った部下達。怨念の炎の矛先は、レイに向けられる事となる。

 

 

 

 クラリスに間接的にアインスガンダム奪還の機会を与えた総司令。彼はスパイッシュの報告をモニターで聞いており、そして了承していた。

「あのガンダムは確かに新生連邦樹立と共に制作された記念すべきMSではある。けれど、血眼になってまで捜索する程の機体ではない。けど、今回の件に対してどのような行動をとるのかは面白そうだ。」

ある場所の大部屋。そこでは総司令、レヴィー・ダイルが側近のソフィア・ブレンクスと共に過ごしていた。

「聞いた話ではガンダムを奪って二機のジャスティスを撃墜したという話がある。これが本当なら、寧ろパイロットの方に興味がある。ガンダムは優先度としてはそこまで高くない。さて、どう動くかはお手並み拝見といった所……かな。」

「レヴィー様。宜しいのですか?」

朱色の髪をした美しい少女、ソフィアが言った。

「構わないよ。今新生連邦が為すべきことはMSの増産。ガンダムは強さや戦争の象徴であれど、奪われた程度でその人員を割く程ではない。それにガンダムに乗るべきだったクラリス・デイル中尉がどのように動くのかも気にはなる。それを見守ってみる必要も、有だとは思っているからね。」

「はい……レヴィー様。」

美しい顔立ちをした青年、総司令、レヴィー・ダイル。その腹に抱える野心は、果たして何なのか。それは謎に包まれている。

 

 

 

二日後の月曜日。レイは学校を休んだ。やはり、先日の出来事が忘れられない為だ。

自分を守る為とはいえ、“人殺し”をしたレイ。彼は自分の部屋のベッドで、ただ、寝転がる。

 その罪悪感がレイを襲う。ただ、身を守る為に必死だった。だがその代償として、人を殺めた。その事が、レイ自身に降り掛かっている。人を殺したと言う確かな手応えは、レイから離れない。

「人殺し……人殺しなんて……」

目を瞑った時、最初に浮かぶヴィジョンはあの時ビームサーベルでジャスティスのコクピットを刺した場面。それしか、浮かばなかったのだ。

「僕は……僕は……」

頭を抱え、悩むレイ。それを、誰にも言うことは出来ないまま、時間だけが過ぎていく――

 

 

 やがて翌日になった。流石に母親を心配させる訳には行かないと思ったレイは気持ちを無理に整え、学校に通学していたが、やはり先日の出来事が忘れられない様子だった。明らかに表情が暗いレイ。クラスのメンバーと会話をしていても、あまり弾む様子はない。

 今は社会の授業中。担任教師であるリアン・マーキュリーが世界情勢の説明を行っている最中の時間。クラスメイトの中には睡眠を取るものや隣の席の者と静かに喋る者もいる。

「四年前に終結したデウス動乱の後、地球連邦政府内に存在していた国際平和機関は、その後地球連邦政府から独立し、平和国連盟へと名称を変えました。そして、平和国連盟は国際平和連合軍、通称国連という軍隊を設立しております。その目的は、現在の新生連邦の監視というものです。簡潔的に述べると、新生連邦軍が何らかのトラブルを起こした際には、平和国連盟が待ったをかけるという状況が今現在の世界情勢と言われておりますね。」

社会の担当であるリアンは現在の世界情勢を簡潔的に述べていた。

 かつてのデウス動乱が終結した後、新生連邦政府が樹立。それに伴い、新生連邦の行動を監視する目的で当時の国際平和機関が平和国連盟へと名を変えたのだ。

「あと、MSという兵器はデウス動乱以降、増産傾向にあります。これは現在の新生連邦軍の意向と言われております。世界中で起きている紛争やテロリストへの対処の為という事ですね。また、モントリオールに於いては市街地等へのMSの取り扱いは民間の企業がきちんと政府より許可を得て使用しなければなりません――」

“MS”という言葉に、授業を聞いていたレイは反応した。まさか、自分が先日にMS……しかもガンダムタイプを奪い、操っていたなどこのクラスメイトが思う筈がないだろう。

(僕は人を……)

やはりレイはこの事ばかりが脳裏に過る。しかし一方で、自分を守る為に仕方なかったという、気持ちも中にあったのは間違いなかった。

 その様子を、授業をしながらリアンは不安げに見ていたのである。

 

 

「レイ・キレス君。ここ最近はどうしたの?」

この日は担任教師との面談の日でもあった。二者面談で両者は机を挟み、喋る。

「え……いえ、何でもありません……よ?」

レイは作り笑いを浮かべた。しかし、リアンには明らかに無理をしているように見える。

「部活にはちゃんと参加しているみたいだけど……体調不良?」

ここ数日、レイは遅刻の数も増えている上、急な休みも増えていた。それを心配する担任のリアン。

「風邪……だと思います。寒くなってきましたし、多分それで……」

当然、それは嘘。本当の話など出来る筈がなかった。

「うーん……貴方は特別成績が悪い訳じゃないし、勉強もちゃんとやってるし……クラスの子とも話しているし……けどね、やっぱり先生の目からいつも、元気でいる人が突然元気じゃなくなるってのはね、担任としても心配なのよ。」

リアンの言葉は至極まともな言葉だ。それだけに、今のレイに突き刺さる。

「家庭環境とかは問題ない?」

家族の事について聞かれた。レイは、静かに頷く。

 本来なら何の変哲もない二者面談。だが、ここ数日の出来事が大きく影響し、それがレイ自身を不審に追い遣る。

「いえ……」

とレイは静かに言った。明らかに暗い表情。リアンは、そっと深呼吸をし、目を見開き、言った。

「社会の授業を担当するとね、社会情勢とか色々な事を勉強するの。個人的に気にしてるのが、貴方達のようなティーンエイジャーが色々な犯罪に巻き込まれたりしないかなっていう心配があるの。」

「心配……ですか。」

「特にデウス動乱以後は混乱状態が続いていてね、世界情勢はとても不安定なの。そうなったら犯罪率って上がっていくの。そうなった時、巻き込まれるのは少年少女だったりするのよ。だから、もし何かあったら遠慮なく先生に相談して欲しいの。それだけは言っておくわね。」

普段、リアンとはそこまで会話をしないレイ。二者面談というのはこのように、担任と生徒が会話をする貴重な時間である。彼は、不思議な感覚に陥っていた。

(先生って、結構考えてるんだな。)

授業中の先生の姿と、担任としての先生の姿。それぞれの違いがある。レイは、それを見て関心を抱いていたのだった。

 しかし、彼の奥底の悩みは到底担任の教師とは言え、伝えられる内容ではないのだが。

 

 

 放課後。レイは元気が無いなりにサッカー部に出席し、練習を行っていた。今日はイースが居なかった為か、気持ち的には楽な様子だった。

 シュート練習の時間。彼の番が来た。しかし、上手く狙いが定まらず、違う歩行に蹴ってしまう。その後のティルが真っ直ぐゴールにシュートを決め、部員から拍手が鳴った。

 やがて部活終わりの時間。モークと帰路を共にしているレイ。

「なんか最近元気ないな。そういや面談だったんだろ?成績の話されたのか?」

「ううん、そんなんじゃないよ。」

寧ろ、心配された。その本当の理由など分かる筈がないのだが……

「あー、二人共!今帰り?」

と、後ろから愛らしい声が聞こえてきた。リルム・エリアスである。彼女は生徒会の集まりの帰りだったのだ。

「おう、リルム。」

「やあ……」

レイは一人、元気がない。

「あ、そうだ。せっかくだしさ……カラオケでも行かない?」

「おー、いいじゃん!レイは行くだろ?」

正直、行く気になれない。気分が乗らないからだ。人殺しをした事ばかりが、彼の脳裏に過る。

「最近レイ元気なさそう。色々疲れてるんじゃないのかな?だったらさ、カラオケで曲でも歌ってスカッとしたらいいと思うよ!」

これは彼女なりの提案だったのだ。最近落ち込むレイの姿を見て、少しでも元気になってもらおうという案。

 レイはこれを汲み取ったのか、静かに頷いたのだった。

 

カラオケ店というのはこの時代においても大衆娯楽として成り立っている。歌を歌うという行為は人を心地良くさせる。又、聞いている人間もその歌声に癒されたり、感動したりする事さえある。

三人はそれぞれ部活動や生徒会等、行事がある為、なかなかこうして集まる事も少なかった。今回三人が集まるのは久しぶりであり、リルムが気を利かしてカラオケ店を選んだのである。

 リルムは三人分のドリンクを用意し、カラオケルームに入る。皆、それぞれのドリンクを手に取り、飲んだ。

「私はパインジュースね!」

そう言ってリルムはストローでパインジュースを飲む。

 この時、レイは彼女の口元をじいっと見ていた。愛らしいリルムの口元。何故だろうか、彼等は幼馴染であり、今までそのようなものは意識さえしたことがない。しかし、レイは不思議と、彼女のジュースを飲む姿を意識していた。

(わっ……リルム……口元可愛い……)

レイはその、青い眼をぱちぱちとさせた。

「ん?どうしたの?何かついてる?」

「え!?あ、いや……」

レイは慌てて用意されたオレンジジュースを、ストローで飲んだ。

 

 それから三人はそれぞれの歌を歌う。流行りの曲から懐かしの曲。有名なアーティストの曲やアニメソング等、それぞれの時間を謳歌した。

「やっぱりレイって声奇麗だよねー!」

「こいつマジで性別間違えたんじゃねーのかってぐらい女声だもんな。」

「モーク!そういうの良くないよ!」

いつしか、レイは自然に笑うようになっていた。先程までの悩みも、少しだが解消された気持ちになれた。

 モークと談笑するレイを見て、リルムは笑顔だった。最近のレイの表情に不安だったリルム。カラオケで皆が笑う姿を見て、心底安心していたのだった。

 モークがカラオケで歌っている。その際、リルムはレイの膝をとんとんと、指でつつき、Eフォンをこっそりとレイに見せた。何事かと思うレイ。やがて、そこに映っている写真を見て、レイの表情はみるみる赤く染まっていく――

「これ……なんで……リルムが……」

「お姉ちゃんが……ね?なんか、レイ、可愛かったから……さ。」

それは、以前のコスプレイベントでレイが女装させられた時の写真だ。顔を赤め、恥じらうレイ。

「嫌……嫌あ……!僕は男なのにー!」

モークが歌っている間、レイは、顔を手で覆い、ひたすら悶えていた。リルムは、そのようなレイを見て、クスクスと、笑っていた。

 その後、彼等はカラオケ店を出た。この時、勘定はレイが全て一人で出したという。

 

 

 

 新生連邦軍はアインスガンダムを探す為に捜索を続けていた。自らの失態を挽回する為、クラリス・デイルが指揮し、消息を絶った場所を捜索している。

 だが、何故だか一向に消息は掴めない。遠くには行っていない筈のアインスガンダムの姿が簡単に消えるなど、ある筈がない。探し続けるも、見つかる様子がなかったのだった。

「ありませんね。MSサイズが市街地にあるならば目立つ筈ですが。」

一人の兵士が言った。

「厄介なのはモントリオールは市街地以外にも森林のある公園とかもある。そこに隠されてる可能性だって否定できねぇ!運が悪いってのはこういう事かよクソッたれ!」

クラリスは自らの左手を、右手で思いきり殴りつける。レイと言う少年に逃げられた屈辱と、部下を殺された恨み。二重の怒りが彼を包んでいた。それに対してただならない殺気を感じる兵士。

「中尉はパイロットと顔馴染みなのですか?」

「まあ、色々とな……まさかあんな風になるとは思わなんだけどな……」

苛立つ様子を見せるクラリス。しかし苛立った所で、アインスガンダムが見つかる筈がない。それはギリアの工場の地下に、格納されているのだから。

 その時、クラリスはとある学校を見つけた。遠くに見える学校。彼はそれを見て、ニヤリと笑顔を浮かべた。

(確か、奴の生徒手帳に記載していたよな……学校の名前は、確か……)

この時、クラリスが何を考えていたのかは分からない。ただ一つ言えるのは、予期せぬ事を考えているのは間違いないと言えた。

「おい、この辺りの学校の数を伝えろ。その上でデータを見せろ。」

「ハッ……?何故?」

「いいからやれ!」

クラリスの威圧に負けた兵士は、命令に従い、コンピュータで解析をする。

 結果、五校が該当。そして彼はレイを尋問した時の制服のデザインを思い出す。

「ああ、そうだ。思い出した。ベレーナジュニアハイスクール……間違いねぇ。」

クラリスは、握り拳を作りながら笑みを浮かべていた。恐ろしく、不気味な笑みであった。

 

 

 

 翌朝。レイは目を覚ました。幸い、悪夢を見ることなく起きる事が出来たレイ。彼は母親に朝の挨拶をし、用意された牛乳とヨーグルト、トーストを食べる。

「少し、表情がましになった?」

「え……?」

母親に言われ、レイはきょとんとする。

「最近、元気なさそうだったから。なんか今日はましな感じがする。」

「そう……かな。」

トーストを一口、かじったレイ。焼きたての、サクサクとした感触。それが舌を通り、喉を通る。

「いじめとかじゃないわよね?」

恐る恐る、カレンは聞いた。

「そんなの!ないよ!」

あたふたとするレイ。この時だけ、声を大きく出した。

「なら、良いんだけどね。今日も遅くなるの?」

「うん、部活もあるし。」

レイはテーブルに置いていた牛乳を飲み、ヨーグルトを食べ、椅子からそっと立ち上がった。

「じゃあ、もう行くね。」

「はい、気を付けてねー。今日は買い物もたくさんしなきゃならないし、忙しいのよー。」

「ご馳走、楽しみにしてるよ!」

「はいはい。」

何気ない、家族との会話。それはかけがえのない日常。ここ数日の出来事はあまりにそれらから離れていた。だからこそ、こうした日常が愛おしいとされ、レイは少し感じるようになったのだ。

「ふぁぁ、おはようお兄ちゃん。早いね……」

遅くに起きてきたミィスが、兄に挨拶した。

「ミィスも、気を付けて行ってきてね。」

「はーい。」

レイはそっとミィスの頭を静かに撫でた。

「じゃあ行ってきます!」

レイは靴を履き、玄関を出た。

「……お兄ちゃんあんな事してたっけ……?」

ミィスは兄を送り出した後、首を傾げた。

 

 

 学校に着くレイ。そこでリルムと目が合い、挨拶を交わした。

「おはよう、レイ。ちょっと元気出た?」

「おはよう。うん、ありがとう!とても楽しかったよ。」

「お金も出してもらって、何だか悪いなぁ。」

「いえいえ。」

彼が昨日のカラオケの代金を出したのには理由があった。一つはリルムに対する感謝の気持ち、もう一つは、ヒューナと出かけた時に得た金銭を何かで消費したいという気持ちがあったからだ。

 だが、カラオケ店の中でリルムに自分の女装した写真を見せられ、恥ずかしい気持ちになっていた。その事もあり、一刻も早く忘れたいと感じていたのである。

(リルムは僕の事をどう思ってるんだろうか。可愛いとか言われるの、なんだか嫌だな……)

レイの女装は似合っている。本当の少女に間違えられてもおかしくはない。だが彼は男だ。その不安定な感情が、彼の中で交差している。

「はい着席して。出席取りますよー」

やがて担任の教師であるリアンが教室に入る。この時、レイと目が僅かに合った。そして、自然に笑みを浮かべていたのだった。

(先生も大変なんだ。僕も、自分の事を精一杯やろう。)

先日からの一連の出来事もあれど、彼は仲間達と共に生活を楽しんでいる。朝の学校、授業、昼食の時間、部活動。帰宅時の会話。全てが彼にとってかけがえのない日常。レイは、これらを改めて楽しむ気持ちでいた。

 

 

やがて昼食の時間になる。いつも通りレイはモークと食事をしている。食事を終えた後、彼は手を洗いに廊下に出た。その時、別の友達と食べていたリルムに会う。

「ねえレイ。家に行く件なんだけどさ、今週の土曜日って空いてる?」

「え!?あ……ああ……」

彼は動揺した。それと同時にリルムが家に来るという話を思い出した。

(前に言ってたね……確か。)

先日の出来事等、様々な出来事が重なりすぎてその事を忘れていたレイ。それと同時に、彼は目をぱちぱちとさせる。自身の中で脈拍が早く動いているのも感じていた。

(リルムが家に来る……リルムが……)

ここ最近、レイはリルムの事を意識するようになっていた。きっかけはフィジットの告白からだ。フィジットはリルムに振られた結果となったが、レイにとっては何故かそれが嬉しく感じられた。何故なのかは彼自身、分からない。

「レイ、どうしたの?」

「えっ!?あ、いや……」

そっとレイは呼吸をした。

「じゃあ、私ミアーと喋ってくるから!」

と言いながらリルムはレイに手を振った。レイも、リルムに手を振り返す。

(楽しみだな、今週の土曜日……)

それは何が楽しみだったのかは分からない。ただ、レイの中で胸が高鳴る感覚があったのは、間違い無かったのだった。

 

 昼休みも終盤に差し掛かった頃。レイは席に着き、窓を見ていた。空は青く透き通っており、快晴と言える天気。遠くに見える川を眺め、肘をつき、ぼうっと見るレイ。

(……あれ?あれって……)

ふと、彼は川の方向に見える“物体”に着目した。街の一部の景色となっている川。そこに一つ、違和感のある物体があるように、レイには見えたのだ。

(MS……?まさか、ね?)

幻覚なのか……とレイは考えていた。通常,街中にMSがあるなどあり得ない話だ。

 だが、その物体は確かに存在している。その証拠に、少しずつ接近しているのが見えてきたのだ。次第にそのシルエットは大きくなっていく。まるで、こちらに近づいているかのように。

(いや、あれって……来てる!?こっちに!?)

レイが見たら物体。それは人型をしており、全体的なカラーリングとして白緑色をしている。武器らしきものは所持していない。頭部はかつてのデウス帝国軍が用いていた機体と同様の、“モノアイ”と呼ばれる桃色の一つ目。それはまるで、ファンタジー等で見る、“サイクロプス”のようなシルエットだった。いや、明らかに“サイクロプス”よりも巨大だ。

 やがてクラスメイト達もその存在に気づき始める。MSと呼ばれる兵器が、窓の外にいるという事実。それは誰もが驚愕した出来事であった。

 

ズゥン

 

やがてそのMSは校庭に着地した。全高18メートルはあろうそのMS。桃色に輝くモノアイが、どこか不気味に見える。

「おい、なんかでっかいのがいるぞ!」

「すっげえ!マジかよ!!あれってMSじゃねえの!?」

驚愕するクラスメイト。恐怖する者も居れば,それに対して興奮する者もいた。

「何かのイベント?」

「サプライズ過ぎん?」

「怖いよー……」

クラスメイト達はそれぞれの反応を示す。その中で、レイは只一人、何故MSがこの場にいるのかが理解出来ないまま、ただ、呆然としていた。

 

 明らかに非常事態の為、午後の授業は中断。やがて生徒達をはじめ、教師達も、誰もがMSの前に集まり始めた。何故ここにMSがいるのかは分からない。この中で、何かのイベントだと思って喜ぶ者が大半を示した。

「先生何か始まるんですかー?」

「いえ、そんなのは聞いてないけれど……」

別のクラスの授業を請け負おうとしていたリアンは、不安げな表情を浮かべた。

 騒然とする校庭。やがて全校生徒がその存在に何らかの関心を示す。この中に、レイの姿はあった。生徒の波を潜り抜け、そのMSの近くに迫る。

「見たことがないMSだ……何だろう?分からない……デウス帝国の機体?いや、でもこんなのは知らない……」

かつてのデウス動乱でデウス帝国が使用していたMSは、今回校庭に降り立った“モノアイ”タイプのMSが主流だった。しかし地球連邦軍に敗北したデウス帝国はこの地球圏にはいない筈だ。ならば、その流用機体か?しかしその機体の形状は見た事がない。一体これが何を示すのかも分からないのだ。

 そして、そのMSのコクピットは、何故か開かれていたのだ。

(けどなんでここにMSが?どうして――)

混乱する状況の中、レイはそこから突如姿を消した。だが、皆がMSに興味津々であり、レイが消えた事に気付く者はいなかったのだ。

 

「よう、クソガキ。」

校庭の端。草木で隠れている場所にて。レイはいつの間にかそこに連れ去られていた。そして、そこに居たのはまたしてもクラリス・デイルだったのである。

「クラリスさん……!?どうして……」

今度はこの男は銃を構えている。小型の拳銃だ。無論、それが発砲されれば怪我は免れない。

「手を上げろ。お前の通ってる学校を探し出すのに時間が掛ったぜ。けどようやく会えたな……」

クラリスに言われ、レイは両手を上げた。

「まあ、お前が下手な事をしない限り殺しはしねぇ。俺は殺したい気持ちがあるけどな……」

脅されているレイ。しかし誰からも見えないその場所で、レイはただ、沈黙するしかできない。

「単刀直入に言う。アインスガンダムの場所を吐け。」

何故レイの学校がこの男に分かったのかも分からない。そしてこの男は、奪われたアインスガンダムを奪い返そうとしていたのであった。

「どうして……僕がここに通ってるって分かったんですか……?」

ごくりと唾を飲み、レイは聞く。

「お前の制服。そしてアインスガンダムが消息を絶った場所。全てを照らし合わせて学校を絞った。そしたら候補が何個か上がってさ。んで、俺が覚えている情報を確認したらビンゴ!ここ、ベレーナジュニアハイスクールだったって訳でさァ。」

最初に彼等が会った時、レイは学生服だった。それを鮮明に覚えていたクラリスが探し出した結果だというのだ。

「登校時間、下校時間……お前の場合は部活もありか。それらを計算して、ベストな時間でお前を探し出す必要があったっつー訳よ。それが今の昼時の時間。校庭でMSがあれば嫌でも目立つだろ?その際にお前からアインスガンダムの場所を聞き出せば良いって話だよ。」

「その為に、わざわざ……」

手を上げながら、その目でじいっとクラリスを見る。

「いくら情報化社会とはいえさ、個人情報は完全に守られる時代。だから簡単にアクセスなんて出来ねぇ。となりゃこうしてやるしかねー訳よ。わざわざ新型機体まで出してきたんだぜこっちはよッ!」

そう言って、クラリスはレイの左肩に拳銃のグリップパネル部分を振り下ろした。

「うぅぅっ!」

痛みがレイを襲った。

「つー訳だ。早く場所を吐け。そしたら命だけは助けてやる。本当なら部下の命を奪いやがったてめえはこの場でハチの巣にしてやるんだけどな!!!」

レイは左肩を抑え、痛みに耐える。逃げようにも、クラリスは銃を持っている。

 そして、クラリスの言葉はレイに重く圧し掛かった。アインスガンダムを奪った際に二人の命を奪ったレイ。クラリスは今、その復讐心に燃えている。レイは先日までの悩みを再び吹き返す形となった。

「人殺し……僕が……」

「そうだよ!てめえは殺したんだよ!ジュニアハイスクールのガキが人殺しなんてしやがる!MSに乗って!許さねえのさ、俺はてめえを!けど殺さないでいてやるんだよ!早く吐けクソガキが!」

罵るクラリス。戸惑うレイ。恨みを買ったという事実は余計にレイを苦しめた。

「もし吐かねえのならてめえを殺す前にあの生徒を殺すことだって出来るんだぜ?機密を守る為なら軍は何でもやるんだからな!!」

「!」

それを聞いたレイは衝撃を受けた。自分の返答一つで、もしかすればクラスメイトや学校の関係者達が傷付く可能性がある。

 完全な脅迫。しかし今のクラリスはやりかねない。自分の部下をレイに殺されているからだ。あのMSがもし動き出し、暴れるようなことがあれば死者も出る可能性がある。自分の友人達や、なによりもリルムが傷つく可能性がある状況。彼は、それだけは避けたいと考えていた。

 しかしクラリスにアインスの場所を伝えても、今度はギリアが危ない。身を挺してまで守ってくれた彼を売るような真似は出来ない。レイは、懸命に考えた。

「……クラリスさんは、ガンダムがあれば良いんですね?」

「それが目的だからな!さあ、早く吐けよ!」

レイは握り拳を作り、言った。

「僕が……僕が直接アインスガンダムをここに持ってきます。それで、一緒に連れて行ってください。そうすれば良いでしょう?」

彼は、自分を差し出す条件を話した。皆を巻き込みたくないという一心が、彼を行動させたのだ。

「へぇ、面白い。場所は言わねえ代わりにここに持ってくると?」

「……はい。」

と、クラリスは銃をポケットに収納し始めた。

「ハハハ!こりゃ傑作じゃねえか!いいぜ。ただし、制限時間は三十分だ。ガンダムは恐らく学校の近くにあると睨んでるんだよ。それ以上経過する事があればMSはクラスメイトを殺すぞ!」

脅しをかけたクラリス。レイは静かに、頷いた。

「俺はMSの中で待ってやる!来たらそのまま合流だ。一分でも遅れたら殺してやるからな……」

そう言われ、レイは急いでそこから去る。一目散に、アインスガンダムを隠しているギリアの工場へ、向かうのだった。

 その後、クラリスは生徒達をかき分けて乗ってきたMSに搭乗。声を掛けられたりもしたが、恫喝して待機する。その間、校長先生等がクラリスにその目的を聞いてきたのだが一切応じることは無かった。という。

 

 クラリスに宣告された三十分の間に、レイは一目散に走り、ギリアの工場に辿り着いた。そこで彼はギリアに諸事情の説明をする。ギリアもこれには驚く様子だった。

「新生連邦、なかなか卑劣だな!で、お前はガンダムを差し出すのか?」

「ええ……」

ギリアはレイの肩をポンと叩き、言った。

「奴等、校庭にMSを置くような真似をする連中だ。あいつらについて行ったらお前、何されるか分からねえぞ?」

「でも、僕はギリアさんも、学校の皆も巻き込みたくないんです!だから……」

「……そうかよ。じゃあ、行けよ。天井は開けるからな。」

何故か、ギリアは堂々と言った。もしガンダムが格納されていると知られれば大変なことになる筈……と、レイは内心疑問を抱く。

「ありがとうございます。もし、無事に戻れたらまた戻ってきます。」

そう言った後、レイはアインスガンダムのコクピットに搭乗した。パスワードを入力し、カメラアイは起動。レイは先日の感覚を思い出し、アインスガンダムをゆっくりと、操る。

(無事に戻れたら……?どういうことだ?)

この時、ギリアはレイの発した言葉に対し、疑問を抱いていた。

 

 

「もうすぐ三十分……あいつ、逃げたか?我が身可愛さに逃げやがってよ!!!」

苛立つ様子のクラリス。モニターで熱源を確認するが、全く反応がない。この頃になると、生徒達はMSから距離を置くようになっていた。教師達に危険だと知らされたからである。中にはいう事を聞かない生徒もいたが、それどころではないと説明し、無理にでも距離を置くように言った。

 

ピピピピピ

 

するとモニターに熱源反応が感知。その方向を確認すると、そこには紺色のMS、アインスガンダムが姿を見せた。

「来やがったか!」

バーニアを展開させ、校庭に向かうアインス。

 

ズゥン

 

と、重い音が鳴り響く。突如現れたもう一機のMSの存在に、驚愕する者と、興奮する者、恐怖する者がそれぞれ居た。

アインスガンダムと、クラリスが駆るMS。これらが、まるで対立しているような構図になったのである。

「きちんと来やがったか。約束は守るみてえだなッ!」

 

ダダダダダダダダ

 

その時だ。クラリスの駆るMSは突如、頭部機関砲をアインスガンダムに向け始めたのだ。何故攻撃されるのかが分からないレイは、ただ困惑する。

 学生服を着たまま、ガンダムを動かすレイ。攻撃をされるとは思ってもみなかった為、驚きを隠せない。その際の弾が地面に落下。生徒達は離れていく。

「どうして攻撃をしたんですか!どうして!」

「アインスガンダムの装甲がどれ程頑丈か試してやったんだよッ!」

まさかのクラリスの行動。レイは信じられない様子だった。

 約束は守った。アインスガンダムを駆り、そのまま新生連邦の基地に向かうと思っていた筈の段取りはクラリスによって崩された。恐らく、レイに対する復讐心がそうさせたのだろう。しかしそれは同時に他者を巻き添えにする危険性のある行為だ。クラリスの勝手な行動が友人や学校関係者を傷つけることがあってはならない――そう考えた時、レイは迷いを止めた。

「僕は人殺しをするんじゃない!守る為に、戦うんだー!」

そう言って、アインスは背部ランドセルのビームサーベルラックを抜き、ビームサーベルを展開した。桃色のビーム刃は垂直に展開される。まるで、そのMSを攻撃せんとばかりに。

「ほう、てめえ俺とやろうってのかよ!」

レイの行動に激高したクラリスも、それに合わせるように、MSのビームサーベルを展開した。

「このディーストの性能を試す時だ!相手が皮肉にもガンダムなのは気に入らねえが乗ってる奴を殺せるなら丁度良い!コクピットを狙って殺してやる!!!」

クラリス・デイルが駆るMSはディーストと言った。それは新生連邦軍が樹立してから、大量に生産が開始されたMS。先日にも新生連邦総司令、レヴィー・ダイルが試験運用を行った事がある。コスト面、汎用性共に優秀なそのMSが、今回レイの通うベレーナジュニアハイスクールに出現したのだった。

 互いにビーム刃を持つ者同士が睨み合う。この様子を、生徒達はEフォンを持って撮影していた。

「はああ!」

アインスはビームサーベルをディーストに向かわせる。右前腕部を内側へ振り下ろすように。一方のディーストは右前腕部を外側へ薙ぎ払うように光刃を展開した。これにより、打ち合いが発生。熱が弾けるような音が、辺りに響く。

(出来れば校庭から離れるようにしよう……こんなところで戦ってたら学校が壊れちゃう……!)

MSという、巨人同士が戦うという事は周辺の建物にも影響しかねない。それを危険だと判断したレイは一度ディーストから距離を置くことにした。

 そして、バーニアで校庭から去る。一方、ディーストもそれを追いかけるように移動した。

 

 

 

 場面は変わり、人気の少ない河川の近く。アインスガンダムとディーストはバーニアを使い、着地。互いに武装は頭部機関砲とビームサーベルのみ。校庭から離れることが出来たレイは一安心するが、敵はまだいる。

「付いてくる気がねえなら殺すまでだ!そいつを奪ってな!」

ディーストはモノアイを輝かせ、再びビームサーベルを展開。アインスガンダムに迫っていく。

(この人は僕を殺そうとしている……だったら、守らなきゃ……守らなきゃ、やられるから……!)

レイは、“守る為”にクラリスと戦う事を決めた。確かにこのまま同行すれば良いかも知れない。しかし、今のクラリスはどうあがいてもレイを殺すだろう。現に、不意打ちと言わんばかりに頭部機関砲を展開したクラリス。卑怯な手を使うこの男に、レイは信用する事を無くしたのであった。

 アインスはディーストとの間合いを詰める。距離を確認し、頭部機関砲を連射。ガンダムのこめかみ部から実弾が連射される。

「チッ、糞が!」

ディーストはこれを避け、更にアインスに接近。ビームサーベルによる攻撃を行うのではなく、前腕部を駆使し、殴打するという攻撃に至ったのだ。

 

ガキィン

 

と、鈍い金属音が辺りに響いた。

「ああう!」

操縦桿を握ったまま、アインスは地面に倒れ込む。“ズシン”と重い音が響いた。

「貰った!コクピットを突き刺して終わらせる!」

 

ビゴォン

 

と、ディーストのモノアイが再び輝く。まるで、獲物を仕留めようとする為に。

 ビームサーベルを展開した後に、サーベルラックの基部を小指側で把持するように持ち替え、アインスのコクピットを突き刺そうとしていた。

「やら……れる……?」

危機的状況。このままでは自分が殺される。レイにピンチが迫る――

 

ピキィィィ

 

その時、レイの頭に電流が流れる。以前に初めてアインスガンダムを駆った時の感覚と同じ、不思議な感覚。その時、レイは敵の動きが緩慢に動いているように見えたのを感じた。

(動きがゆっくりと見える……?)

またしても感じたその感覚。それを感じた時、レイは躊躇うことは無かった。

 アインスの胴体を回旋させ、ディーストのビームサーベルを回避。そして、アインスはビームサーベルでディーストの胴体を縦に切り裂く。これにより、小規模の爆発が生じた。

「うおおおお!これ以上はまずい!クソ、一度後退するしかないのか!アインスガンダムを目の前にしてぇ!!!こんな、屈辱があああ!!!」

一度ならず、二度もクラリスはアインスガンダムに敗北する結果となった。その後ディーストはそのままバーニアを展開し、撤退を開始したのだった。

「はあ、はあ……なんとか……勝ったの……?」

レイは呼吸を荒げる。アインスガンダムは片膝立ちをするような形で、立っていたのだった。

 やがてビームサーベルラックを背部ランドセルに収納。その後、彼は急いでギリアの工場に戻る事にしたのだった。

 

 

 

ギリアの工場に戻った後、すぐにMSデッキにアインスを格納するレイ。しかし今回は以前のように夜でなく、昼間の戦闘だった為、間違いなく目撃者は多い。レイは只、それが気がかりだった。

「てか、お前、無事でよく帰ってこれたな。」

労いの言葉を掛けるギリア。レイは静かに、頷く。

「けどな、お前が何となくやった事って言うのはな、とんでもない事なんだよ。軍の機密をその辺の奴が扱うってことは、本来絶対にあっちゃ行けねえんだよ。」

ギリアはレイに 責した。レイは、何も言えないまま、黙る。

「そして、これからどのような形で軍が来るかは分からねえ。しかし今回やらかしたのは学校の生徒とかを脅すような汚い奴とはな……。」

「……すみません。でも……僕は守りたかったんです。みんなも、ギリアさんも。」

自分の勝手な行動から、校庭にMSが出現するという事態に発展してしまった現状。それに、今回の事はメディアにも知られる形となる。MSが戦っているという事が知られれば、いずれはギリアにも迷惑が掛かる。そして、やがてそれはレイ自身も苦境に追い遣る事に繋がるのだ。

「しかしお前、なかなか筋が良いというか、やっぱり天才かも知れねえな。ガンダムをあんな手足のように扱えるなんて普通じゃねえぞ。あんなの並みの軍人ですら時間かかるのに……」

ギリアの言葉に、レイは口をぽかんと開けた。

「僕が天才……ですか?」

「そんな逸材は軍にもなかなか居ねぇよ。大したもんだって話だぜ。」

腕を組み、ギリアはレイを褒め始めた。しかしレイが気になるのは、まるで何かを知っているかのようなギリアの口ぶりだ。

「ギリアさんって、凄くMSの事とか、軍の事とか詳しいですよね。まるで、只のマニアとか、そんなレベルじゃないぐらいに。」

ギリアは太い指で額を掻きながら言った。

「そりゃそうよ。俺、元連邦軍だからな。」

「え……えええ!?」

ギリアの口から発された言葉。それは、彼が元連邦軍人だという事実だった。

 だがそうなれば辻褄が合う点も多い。ガンダムの情報を知っていたという事、軍の整備士の友人がいるという事、そしてMSデッキ。これは本人の趣味もあるのだろうが、恐らく彼は軍を辞めた時の退職金で購入したのだろう。そして、以前に言っていた“何かあっても黙っておいてやる”という台詞。レイがアインスガンダムという新兵器を持ち出したにも関わらず、堂々とした振る舞い。

「ちなみに、俺が民間だったらアインスガンダムを格納した時点で間違いなくアウトだぜ。軍も節穴じゃねえからな。ちなみにな、元軍関係者ってのはある程度既存の連邦軍からフォローされる。だから新生連邦はここを襲うような事はしなかった。恐らく、調べた連中が俺が元連邦の軍人だってことを知ってたからだろうな。」

 普通、新生連邦軍が介入する事があれば捜索の際に強制介入になる。民間人ならばそのような言い訳は通用する筈がない。だからこそ、ギリアはそのような言葉を吐いたのだ。

「そうだったんですか……」

「じゃなかったら速攻でバレて何らかの形で俺は拉致か拷問をされてるんだよ。ただ、ガンダムの位置はもうバレてるから、次は連中がどのように動くかは分からねえ。一つ言えるのは、ガンダムを取り返す為だけに市街地で大規模な攻撃をするといった事はしないだろう……という事だ。」

「それってつまり……」

「新生連邦はその気になれば“いつでも、ガンダムを取り返せる”って事だよ。」

となれば、クラリスは何故レイを脅す為に学校を利用しようとしたのか……と言う話になる。新生連邦がギリアの工場の存在を知っており、尚且つアインスガンダムを格納している事を知っているのならば、わざわざMSを駆り出してまで捜索する必要などない筈だからだ。

「じゃあ、ギリアさんが元連邦軍でアインスガンダムがここにあるという事を知っている筈なのなら、どうしてあの人は襲ってきたんですかね……?」

ギリアは太い指で髪を弄りながら、考えた。

「それは知らねえな。上の人間はあえてその軍人を試した可能性はある。そして今回の件は軍人の個人的な感情での行動……の可能性は有り得るか。」

「そんな……それって……」

やはりレイがアインスを奪った時に二人を殺した事が関係していた。クラリスはその恨みを晴らさんと、あえてこのような行動をしたと考えられる。

「しかし新生連邦もアインスガンダムを奪い返すならもっと賢いやり方をしろって話だぜ。感情に任せた結果失敗してやがる。まるでその軍人の出方を見ているような感じだな。奇妙ではあるが、軍そのものがお前をマークすることは無いだろう。問題はその男ぐらいか……」

レイは、下を向き、そっと溜息を吐いた。

「しかし厄介な軍だぜ、新生連邦は。血眼になってガンダムを探すんじゃなくて、あえて泳がせておいて、それをどのように見つけ、回収するのかを見物しているようだな。まるで、その軍人の腕を試す試験のように。まあ、街中にMSを駆り出してる時点でもう、先がないだろうよ。」

「ギリアさん、凄く詳しいんですね……」

レイは、この男の連邦軍の内部事情の詳しさに驚くばかりだった。

「あー、これでも少佐だったんだぜ。まあ、デウス動乱が終わってからもう軍に所属する必要なんてなくなっちまったからな!がっはっは!」

(え、この人本当に凄い……)

思えばギリアの事をよく分かっていなかったレイ。まさか元少佐という、左官であるという事実を知り、より、彼は驚いていたのだった。

「俺が軍を辞めた時に佐官で良かったと思うのはこうして工場を経営出来るだけの金が貰えるって事と、ある程度今の新生連邦軍が大目に見てくれるって事だ。だから俺がアインスガンダムを匿っても強制捜査されない。まあ、泳がされてるのは分かっているけどな。だから俺の所に置いといたら安全なんだよ。ハハハ!」

(お金そんなに貰えたんだ……え、じゃあ前のプチモビの修理費も賄えたんじゃ……?)

レイは、静かに疑問に抱いた。そのような疑問とは裏腹、ギリアは、高らかに笑った。そして、煙草を吸い始める。

「けれど、なんだか変な話です。」

「ん?どうしたよ?」

ギリアはライターで火をつけ、そっとそれを吸い、そして吐く。灰色の煙が、宙を舞い、消える。

「そんな手間のかかる事をして、新生連邦に何の得があるのかが分からないです。だって、僕がアインスの場所をここに隠した時点で普通なら回収するハズですよね?」

「恐らく、今のトップはガンダムが一機奪われた程度じゃあんまり関心が無いんじゃねーのかな。何せ戦後になってデウス動乱時以上に軍備増強している連中だ。戦時中でもねえのによ。ガンダム一機より、どんどん兵器を増産したいんだろう。その中で、自分所の軍人がどう動くかの見物……まあ、こんな所か。」

元少佐であるギリアの見解。それはレイから見て的確に思えた。

「けど、まあこれで何かあったら一応はガンダムをここから出せるっていう事になる。あんまりお勧めはしねぇけどな。」

そう言われ、レイは突如、下を向き始めた。

「僕は……出来れば、ガンダムには乗りたくないです。あれで人を殺してしまうのが怖い……ギリアさん、実は僕――」

レイは、ギリアにのみ自分の心境を打ち明けた。元軍人であり、佐官であるという事を知り、必然的に話をしたいと思ったのだろう。

「おー、MSに乗りゃ人を殺すのはそりゃあるあるだわな。お前、前にMSについて熱く語ってたけどさ、あれは兵器だぞ。敵のMSを……人を殺す兵器だぞ?サバイバルゲームで使うモデルガンと、戦争で使う本物の銃を一緒に語るようなモンだぞ。」

レイはそう言われ、更に視線を下に向けた。

「まあ、俺だって現役の時は人を殺しまくった。戦争だったからな。けど、お前の場合は自分を守る為だったんだろ?」

「はい……けど、やっぱりあの感覚は怖いんです。けど、さっきはアインスで出ないとみんなが危なかったし……」

彼は今混乱している。レイが抱える苦悩。人を殺してしまった事と、人を守る為に戦ったという事。それが相反する形で、存在している。

「じゃあアインスガンダムを大人しく返したらいい。けど、新生連邦はどのように動くかは分からねえ。軍の人間をこうして試すような事をしやがるかも知れない。そればかりは俺にも分からない。」

「返す……か。」

レイの中で、アインスを新生連邦に返還すれば良いという、安易な気持ちが芽生えて来た。しかし――

「だが、新生連邦は黒い噂が絶えねぇ。お前さんが仮にアインスを返還したとして、その後、新生連邦にどのような惨い仕打ちを受けるのかは想像すら出来ない。半殺しか、あるいは抹殺か……」

それを聞いたレイは、ビクリと反応した。

「そんな……だったら……せめて、ギリアさんの一声で、止めさせてもらう事は出来ないんですか……?元連邦軍なら、どうにか……」

それを聞いたギリアは、レイを睨みつけるように言った。

「退役軍人の言う事をはいはいって聞く軍がどこに居やがるって話だ。俺にも今の軍のやり方は分かんねえんだよ。結局、お前が持ち帰った以上は、万が一何かあったら出撃できるようにするしかねえって事だ。」

この矛盾した感情に対する答えは見つけられなかった。彼は人を殺した事実と、何かがあった時に守らなければならないという矛盾を抱えている。それが今のレイを一層苦しめる。

「一つ言えるのは……お前はこれからガンダムに乗っていたという秘密を抱えて生活を送っていく必要があるって事だ。あんなものに乗っているって身近な人間にバレたらそれこそ大変な事になる。お前、それだけは隠せよ。人を殺した云々の話は、お前がもし心に溜め込めなくなったらまた聞いてやる。親には言うなよ。親が苦しむ。無論友達にもな。」

レイは、何も言葉を発する事がなかった。

「仮に罪の意識から、警察に自首しに行ってもお前の年じゃただの妄言扱いされるだけだからな。お前が殺したのは軍人だ。軍人は常に生死と隣り合わせでナンボの人間。自首したって結局お前は捕まらねえよ。罪を償うなんてことは、出来ない。」

ギリアの言葉の一つ一つが、レイに突き刺さる。自分が人を殺したという事実。

 しかし、ギリアと言う存在は彼の苦悩を少しでも和らげるかも知れない存在と言う事も、今回理解する事が出来たのだった。

 

 

 

 結局、学校は午後から休校と言う形となった。部活動も当然無し。そのままレイは家に帰宅した。レイはテレビを確認し、ニュースも確認するが、昼間の出来事に関するニュースは一切報道されていなかった。

「レイ、怪我はなかった!?なんか、MSが街中に現れたって噂を聞いたから……しかもベレーナに来るなんて……」

カレンは知人の話を聞いてその出来事を知ったという。彼は、この時疑問を抱いた。

(あれ、あれだけ話題になる筈なのにニュースにも乗っていない。SNSにも……)

それが、不思議だった。昼間の市街地……増して校庭にMSが現れるという事件。これは普通ならば大事件であり、メディアも報道する筈の内容だ。

「うん、怪我はなかったよ。あれは本当にびっくりしたなぁ……」

アインスガンダムに乗っているのがまさか自分等と、カレンには分かる筈がなかった。

「その噂を聞いてね、私の所も午後から授業中断しちゃったんだよー。お兄ちゃん。」

既に家に帰っていたミィスが言った。

「そうなんだ……本当、何だったんだろうね。」

レイは苦笑いを浮かべていた。

「……まあ、怪我がなかったのならいいわ。今日は奮発したから、しっかり食べて!」

そう言って、カレンは食卓をレイとミィスに見せた。

 そこにあったのはローストビーフをはじめとした、普段の食事では食べられないようなご馳走だった。空腹だったレイ達はこれを見て心底喜びを抱く。

 自分は人殺しと、悩んでいたレイ。しかし今日の出来事により、誰かを守る為に戦うという事も必要であることを学んだ。それをギリアに打ち明けた時、彼なりのアドバイスをレイに言った。根本的な解決には至らないかも知れない。しかし、今はこのかけがえのない幸せを噛み締めたいと思い、彼は今日のご馳走を静かに、味わうのだった。

 




第五話投了。苦悩する中で幼馴染のリルムが気を利かせてカラオケに連れて行ってあげるなど、人の優しさを感じている、レイ。しかし家族や友人にも言えない秘密を抱えてしまってどうしようと苦悩する彼の話でした。


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第六話 “普通”ということ

レイは普通でありたいと願う少年。だが一連の出来事は彼を非日常に近い感覚に追い遣っていく……その中で、レイは今ある日常を謳歌しようとしていく……といった話。


 校庭にてアインスガンダムとディーストが交戦してから翌日。学校内ではその話題で皆持ち切りだった。悦楽を感じた者、恐怖した者、それぞれの声が聞こえる。

「あれは凄かったなー」

「特撮の撮影かなって思った!」

「けどニュースでやってなかったんだぜあれ。」

「何だったんだろうね?」

大衆は目の前の出来事に対して楽観的である場合が多い。恒常性バイアスと言うのだろうか。大半の生徒も、昨日の出来事に対して深く考察する者などいない。

 実際は、クラスメイトの一人である、レイがアインスガンダムに乗り、ディーストと戦ったというのが事実ではあるのだが、皆、そんな事など知る筈がなかった。

「キレス君、昨日のMS見てたよね!まさか本物が校庭に現れるなんて!!!」

と、興奮した様子で迫ったのはクラークスだった。異様に興奮している様子でレイに近づく。別のクラスだったクラークスがわざわざレイの元に来るのは、余程の事だった。

「どっちも見たことがないMSだったよね!新型機かな?でもどこの所属かは分からないんだ……モノアイの方はデウス軍なのかな?でも、もう一機はガンダムタイプみたいだったし……画像検索したんだけど、全然出て来なかったんだー。何でだろう?」

「そう……なんだ。」

テンションの高いクラークとは違い、レイは余り元気ではない様子だった。寧ろ疲れている様子だった。

「けど、実際にMS同士の戦いを見ることが出来たのは凄かったなぁ!生まれて初めての体験だよ!誰が乗ってたのかは分からないけど、凄く良いなぁ……」

両手を組み、幸せそうな笑みを浮かべるクラークス。しかしレイはそれとは対照的だった。

「クラーク、MSに乗るのってさ、本当に幸せな事だと思う?」

「え?そりゃ……憧れるよね!」

レイは、そっと溜息を吐く。

「もしかしたら、MSってカタログで見ていたり、プラモデルを組み立てたり、眺めている方が良いものなのかなーって最近思って……」

クラークスはMSの事を紙媒体や電子媒体や、立体物という形でしか分かっていない少年だ。しかし一方のレイは実際にMSに乗っている。そして、人を殺している。この数日で体験した出来事は、レイのMSに対する憧れを大きく変えてしまう物であったのだ。

 

 

 

 新生連邦軍のモントリオール基地にて。クラリスの失態に対し、スパイッシュが激昂していた。そして、再び彼を拳で殴る。

 

ドゴッ

 

クラリスは、口から血を流した。

「市街地に市街地にMSを持ち出す等規約違反だぞ!貴様、何を考えているんだ!!!」

本来市街地に軍のMSが立ち入る事は暴動鎮圧等以外で起きてはならない事だ。まして、ガンダムの奪還とはいえMSを出す等言語道断。クラリスは怒りの感情のあまり、その規約を破ったのである。

「規約を破った事に対しては咎めを受けます。しかし、アインスガンダムの場所は割り出すことが出来ました。次があれば――」

と、挽回する姿勢を見せるクラリスだったが、スパイッシュがそれを遮った。

「あのな。お前にはもう用はないんだよ。」

「……は?」

「何度も言わせるな。お前に用はない。そして、あれはもうお前のガンダムではないという事だ。」

「少佐、それはどういう……」

スパイッシュは、ずいとクラリスの顔の前に、自身の顔を押し付けるように近づいた。

「そもそもアインスガンダムの奪還に関してはな、お前の行動を試す為の試験のようなものだったんだよ!ガンダムの位置はとうに目星はついているんだよ!お前がどのようにあのガンダムを回収するのかを見ていたんだよ!その結果が規約を破るという愚業だった訳だがな!」

「な……そんな!?試験なんて聞いてないですよ!」

「上層部の貴様は規約を破った上、失敗した!成功すればその失敗は無かった事にはにしてやろうとは思っていたがな!」

それは、ギリアが言っていたことと同じ事だった。クラリスは上層部に、行動を試されていたのだ。しかし結果は失敗。それを見た上層部の人間はクラリスに対する処遇を説明する事になる――

「実はな、貴様宛に上層部から辞令が出ているのだよ。アラスカ海へ試験機の運用テストのな。つまりは回収任務も出来ない貴様にガンダムは不要と言う事だ!残念だったな!!!」

高らかに笑うスパイッシュ。次があればアインスガンダムを奪うことが出来ると考えていたクラリスは、予想外の処遇にショックを隠せないでいた。

 それは、事実上の左遷。これは彼にとって屈辱以外の何者でもない。

「そんなバカな……こんな……こんな事が……」

「基地を去る準備を今日中にしておけよ。お前のような無能を切る事が出来て私はせいせいするわ!」

この様子から、アインスガンダムの奪還は本気で取り組む気がないという事が新生連邦軍内部の事情で明らかになった。レイに奪われたことは想定外の事だった。しかし、それを奪い返すという事をあえてクラリスにさせ、それが失敗すれば彼を左遷させるというのは、まるで予定調和のようでもあった。

 結局クラリスはモントリオールから姿を消す羽目になった。パイロットとしては優秀な士官だったクラリス・デイル。しかしこの迂闊な失敗の為に、彼は上層部から見放される結果となったのだ。

「こんな……屈辱が……こんなの……これもあいつが……あいつが……!」

重なる失態。結果として左遷される結果となったクラリス。その状況でも、彼は一人の少年の事を考えていた。彼が因縁をつけた結果、このような形になった少年、レイ・キレス。彼の年齢よりも十歳違うこの少年によって、痛い目に遭う形となったのだった。

 

 クラリスは一人、基地を去る準備をしている。その際、鞄の中から一枚の写真を見つけた。

 ひらり、と落ちた写真。そこに映っていたのは、彼の母親だった。母親と幼き日のクラリス。それを見た時、彼はそっと溜息を吐く。

「お袋……俺はどうなるんだろうなぁ。やっぱり俺はカッとなっちまう。その結果こんなんだよ。士官になれたとはいえこのザマじゃ洒落になんねえや……」

彼には母親が居た。年老いた母親。彼にとって唯一の肉親だ。それ故に母親を想う気持ちは強い。

「お袋……少しでも楽な生活、させてやりてえなあ。ガンダムのパイロットになれたら昇給も期待できたんだけどな。本当、俺ってアホだよな……糞が……」

彼は優秀なパイロットではある。だが、情に流されやすいというデメリットもあった。それ故に度々トラブルも起こしている。その結果が今だ。彼はしぶしぶ、この基地を去る事となったのだった。

 

 

 

 クラリスが去った後、スパイッシュは基地の指令室にて兵士と話をしていた。

「少佐、その……アインスガンダムはいつ、奪還をお考えなのでしょうか?」

クラリスの方法が失敗したという事で、疑問を抱く兵士。

「あれは確かにいつでも奪還は可能だ。ただ、制約がつく。あの辺りは住宅街。いくら軍関係の情報はメディアやSNSに流出しないようにするとはいえ、下手にMSで攻撃するのは市街地に被害が及ぶ。増してあのガンダムは奪ったパイロットにしか扱えないというのもそれはそれで厄介だ。その上隠している場所の工場の経営者は元連邦軍の軍人だというじゃないか。それは連邦側の温情で、連邦軍が攻撃を仕掛けられないようになっているのだよ。」

スパイッシュの言うように、新生連邦は不都合な情報に関してはメディア、SNS共に隠蔽する事が出来る。昨日の校庭にMSが出現した件についても新生連邦の大規模な情報機関がすぐに検知し、隠蔽する仕組みとなっているのだ。昨日レイが家に帰った時にテレビやEフォンで情報を知ることが出来なかったのはこうした理由があったのである。

 目で見た情報は確かに人の記憶に残る。しかし、それは時間が経過すれば只の噂話でしか過ぎない。この、SNSが広まった時代において軍による情報の隠蔽と言うのは重要な事なのである。一般市民に軍の機密が漏れるというのは当然軍からすれば不利益そのものであり、組織の崩壊にも繋がる危険性もある。それ程に情報と言うのは重要視されるものなのだ。

「現在の世の中、大した敵対勢力が居ない現状でガンダムの奪還の為に市街地を攻撃するのは我々としても避けたい。あくまでも、軍がそれをするというのが危険なのだ。」

兵士はその言葉を聞き、疑問を抱く。

「それは、どういう意味でしょうか?」

「軍と関係ない者が攻撃をする……つまりは外部の傭兵等を委託するという事は問題ではないという事だな。ククク、すぐに手配をしよう。」

この男の狙い。それは軍管轄以外の存在に依頼を掛けるという事だ。市街地への損傷を避けなければならないという規約がある以上、迂闊に軍自らが行動を起こせない。ならば、外部の存在に依頼をすればよいという方法。それをスパイッシュは思いついていたのだ。

「確か新生連邦に志願している姉妹のパイロットがいた筈だ。そいつらに託してみようかッ!」

スパイッシュはバンと机を叩き、気味の悪い笑みを浮かべる。尚、この事は総司令、レヴィー・ダイルにも知らせていない。スパイッシュ・カルディアムという男の独断で行おうとしていたのだった。

 

 

 

 総司令、レヴィー・ダイルはスパイッシュよりクラリス・デイルの処遇の報告を受けていた。それを了承し、モニターを消す。

「アインスガンダムのパイロット候補の人物は左遷するという形になったそうだ。スパイッシュ・カルディアム少佐から報告があった。」

「そうですか……」

近くにいたソフィア・ブレンクスが静かに言った。

「となれば今後軍内であのガンダムを今後誰が使用する事になるのかという話になる。アインスガンダムは局地戦によりそれぞれの武装に換装するHPSを搭載している機体。あれが民間人の手にあるといってもその性能を引き出す事は難しいだろう。」

レイが奪ったガンダム、アインスガンダム。新生連邦政府軍樹立と同時に制作された記念すべきガンダムタイプ。この機体の最大の特徴は、局地においてそれ相応の武装やパーツを交換する事により、その状況でもパフォーマンスを発揮することが出来るHPS(ハードポイントシステム)を搭載している。

 アインスガンダムの場合、設定上では砂漠、水中、空戦とそれぞれの環境に対応できるような作りとなっている。それらの環境に換装する事で、それぞれの場面で活躍することが出来るというのが本来のアインスガンダムの役割だったのだ。

「今のアインスガンダムはベースタイプのまま。今すぐ我々も喉から手が出る程欲しい訳ではない。今優先すべき事は、戦力の増強、ただ一つ。」

総司令はソフィアの方を見て、言った。

「かつてのデウス動乱で辛勝した連邦軍だったが、MSの種類に関しては圧倒的にデウス帝国に劣っていた。デウス帝国には数で勝利を得ることが出来たけれども……今後は様々なMSのバリエーションを増やしていき、よりそれらを強固な形にして行かなければならない。」

彼はデウス動乱時の地球連邦の状況を見て、危機感を抱いていたのだ。総司令、レヴィー・ダイル。彼が推す政策は、戦後平和な状況が続いている今日においても戦力の増強を続けるというもの。いつ、連邦に敵対する組織が生まれても対応できるように……という事だ。

 だが、この政策には大きな問題がある。新生連邦樹立に伴い生じた問題。それは、戦後と言う状況で大勢の兵士達が死亡している状況にて軍備増強を続けるがあまりに人員が不足してしまっている状況と、多くの兵器を生み出した結果、それらが一部のMS乗りやテロリスト等の武装勢力に行き渡っているという事実があった。それでも彼は、戦力増強を止めることは無い。

「僕もかつてのデウス動乱で戦った。そこで、自分の無力さを思い知った。僕の祖父と僕は、周囲から常に比べられていた。」

「……お爺様が総司令をされていた……という話ですね。」

新生連邦軍の総司令はレヴィー・ダイルだが、かつての旧地球連邦軍の総司令は祖父、ダディー・ダイルであった。しかし彼はデウス動乱末期に戦死。そして戦後になり、孫であった彼が総司令に任命された。その結果が、今の新生連邦政府軍なのだ。

「僕は、今出来る事をして行かなければならない。その為にも、新生連邦は確実な組織へと変えていく必要がある。」

「私は、レヴィー様の意見を支持します……」

まるで合いの手のように,ソフィアが言った。

(あの戦いで僕と共に戦った彼は今、どこにいるのだろうか。また出会う事があれば、共に戦い、連邦軍の為に尽力して欲しいものだが……)

総司令が思う、“彼”の存在。それは一体何者であるのかは分からない。分かるのは、その人間がかつてのデウス動乱で共に戦ったレヴィー・ダイルの戦友という事だけだった。

 

 

 

 昼休みの時間。レイはモークと昼食を食べていた。昨日の出来事以外は特に変わらない日常の一場面。母親が作ってくれたサンドイッチを食するレイ。モークは購買部で購入したホットドッグを食している。

「ねえ、モーク。」

先に口を開いたのはレイの方だった。

「モークはさ、MSってどう思う?」

何気なく昨日の事を思ったのだろうか、モークに尋ねてみた。

「MS?ああ、ロボットのことな。まあ、確かに迫力はあるなぁって印象だよなぁ。」

ホットドッグを咥えながらモークは言った。

「でも俺は別に興味ねえや。なんか先生が言ってたな。MSが今凄く増産されてるとかなんとかって話。うちがなんか被害に遭わなきゃいいだけだし、そもそもあれって模型店に一杯置いてるじゃん。プラモデルだっけ?エレメンタルスクールの時に親になんか買ってもらった記憶あるけど捨てられてた。」

モークの思うMSの印象とは、レイとは大きく異なるものだ。レイは元々MSが好きな少年だ。しかし先日にMSに乗り、初めて戦い、人を殺した。そして二回目は人を守る為に戦った。クラークスに対して感じたものと、同じ感覚をレイは感じている。

 所詮、本物のMSを知らない人間はただ、机上の空論でしか語ることが出来ない。それは当然の話である。レイは“本物のMS”を知った。知ったが故に憧れだけでは成り立たない世界を知る結果となったのだ。

「てか昨日お前どこ行ってたんよ?探したけどいなかったよな?」

レイはびくりと反応した。自分がまさかガンダムに乗ってディーストと交戦していた等と、言える筈がない。

「人が多かったでしょ?モークと離れちゃって……」

「てっきりリルムと引っ付いてんのかなって思ってたぜお前。」

そう言われた時、レイは赤面した。

「も、モーク……!」

何を想像したのかは分からないが、レイは何故か恥ずかしそうだった。それを見たモークは笑っていた。

「おうおう、何想像してんだよ!お前何気にむっつりスケベなんだよな!」

「ち、違うよ!」

あたふたとするレイ。それを見たモークは再び笑っていた。

 

 

「えー、皆さん、来週は定期試験ですよ。しっかりと勉強に励んで、頑張って良い点を取って下さいね!」

と言うのは担任教師のリアンだ。彼女が言うように、来週は定期試験なのだ。それは一年間に五回あり、成績を付ける上で非常に重要な試験である。その重要度と言うのは、この試験の為に勉強をしている者がいるといっても過言ではない程だ。

 ここ数日の出来事の存在が大きく圧し掛かるレイ。定期試験の存在を、レイは忘れていたのだった。

(ああ……すっかり忘れていた……はぁ……)

レイは何も勉強をしていない。勉強をする気にすらなれない状況が続いていたからだ。

 彼は成績に関しては中の上といった所。特別賢いという訳ではないが、常に無難な成績を取ってきている。しかしこれは定期試験に限った話であり、模試等と言ったものに対応するのが出来ない。それが彼の弱さであった。

「勉強、しないとなぁ。」

レイは小言を一人呟く。しかしここ数日の出来事も重なり、集中する時間はなかなか作れない様子だった。

「ねえ、レイ。」

と、声を掛けるのは隣の席だったリルムだ。

「今度の土曜日、よろしくね。」

「あ……う、うん!」

彼はもう一つ大切な事を忘れていた。リルムが自分の家に来るという事。以前から約束していたことだったのだが、レイは忘れていたのだった。

(リルムが家に来る……そうだ、そうだった……土曜日だよね……)

それは明後日だ。明後日にリルムが家に来る。それはレイにとって緊張以外の何者でもなかったのであった。

 

 

 放課後のサッカー部にて。モントリオール代表に選ばれていたイース・ハドラスがゴールキーパーに向けてサッカーボールを躊躇なく蹴り飛ばしていた。今度、彼は別地区の選手と試合をするらしい。その肩慣らしの為に部活の生徒を呼び出し、模擬試合を実施したのだ。

 圧倒的なスピード、華麗なフットワーク。それらを駆使し、イースはゴールに向け、思い切りシュートを決める。

「ゴール!!!ゴールゴールゴールゴールゴール!!!流石俺だ!絶対勝ってやんぜ!」

と、時間を割いてゴールキーパーをした部員に対する労いや感謝の言葉すら述べず、彼はこの場から去った。己の実力さえ試すことが出来れば、満足なのだろう。

「あいつマジでサッカー部に来んなよな。」

モークは遠くで、一人怒っていた。以前に苦汁を飲まされた事が未だに尾を引いていたのだ。

「多分、暫く来ないんじゃないかな……」

と苦笑いを浮かべるレイ。

「二度と来なきゃそれでいいよ。気楽に部活やりたいのにあいつがきたら台無し。恩知らずの糞野郎。顔も見たくねえよ。」

と、暴言を吐くモーク。レイはそれを見て、ただ笑うしか出来なかった。

 

 

 部活が終わり、レイは帰路ついたと思われたが、違った。彼はギリアの工場へ寄り道したのだ。アインスガンダムの存在が気になった為である。

「おう、レイ。部活帰りかよ。青春してんな。」

笑いながらギリアは言った。

「あれからどうですか?新生連邦の人が来たりしてませんか?」

レイにとってはそれが一番気がかりだった。もしかすればクラリス・デイルが再び来るかも知れないという不安がレイの中であった為である。

「ああ、全然音沙汰もねえな。まるで不気味な程だぜ。まあ、何も無いのが一番だ。俺は普段通りに働けてるし、こいつも別に何かされている訳でもない。」

と、アインスガンダムを見ながら言った。

「それなら良かったです。僕もそれが心配でして。」

その様子を見たギリアははぁ、と溜め息を吐いた。

「あのな、元々お前が招いた種だろうが。ガンダムを盗むなんて馬鹿な真似しなきゃお前も普段通りの生活送れて万々歳じゃねえのかよ。」

叱責するかのようにギリアはレイに言う。確かにそれは間違ってはいない。だが、彼もクラリスに拉致されてから逃げ出すのに必死だったのだ。

「そう……ですよね。」

レイは落ち込む。まるで、少女が視線を向けている様子に見える。

「まあ、今更起きちまったことを嘆いても仕方がねえ。今は新生連邦の連中がここに来ない事を祈るしかねえわな。」

と、ギリアはレイの肩をポンと叩いた。

「そう……ですね。」

アインスガンダムは新生連邦軍にとって鍵となる機体という訳ではない。しかし、この機体がある事により、ギリアの工場は今後被害が及ぶ可能性もある。レイは、この時改めてギリア・ノールという男の存在に感謝をしたのだった。

「んで、友達に言ったのかよ?ガンダムを操ったって。」

「まさか、そんなことしませんよ!」

と、何故かレイは慌てる様子を見せる。

「お前ぐらいの歳ってさ、人と違った事があるとついつい人に言っちまう事ってないか?人と違うんだぞ!っていうのを見せつけたくて、とにかく自慢したくなる。そういう奴が大体多いのがお前ぐらいの歳って印象かなー。」

レイがアインスガンダムの事を友人に話していないかを改めて確認するギリア。

彼は十四歳。ティーンエイジャーだ。人と違う事をしたくなる年頃である。ある者は現実にいない人物のような振る舞いを行ったり、アニメ等のキャラクターになりきったりする事もある。それがコスプレと言う形で現れる事もある。

 人は自分が特別でありたいと思う事が多い。スポーツで秀でている者は更に己を高めようとする。芸術に秀でる者ならばそれを極めようとする。しかしそれらになり切れない者は、独自のキャラクターを作り出す。ただし、それは人から見れば奇怪な存在に見られてしまう事もあるのだ。

レイの場合は人と違う体験をした。ガンダムを操縦したという経験。それは、人に自慢しても良いかも知れない経験だった。ギリアはレイがそれを自慢しないかが心配だったのだ。

「正直……MSに対する憧れは凄くありました。プチモビを操るのはとても楽しかったですし。けど、実際のMSは違います。人を殺すって感覚はやっぱり怖いです。あれは、実際に経験しないと分からない感覚ですよね……」

レイの場合は違う。やはり人を殺したという感情が優先される。理想と現実の違いを、彼は十四歳と言う若さで経験したのだ。

「なんか、思ったよりしっかりした意見だな……お前。」

MSに憧れる生徒は多い。レイ以外にも別のクラスメイトのクラークス等がそれに該当する。紙媒体、電子媒体で様々な情報が流れている時代。実際の体験が出来ない場合、それらは彼等により憧れを抱かせるには十分な存在と言えた。

「僕は、普通でいたいと思いました。なんだろう……母さんがいて、学校に行って、友達と何気ない会話をするっていうのが一番良いんだなって。ここ数日で思ったんです。」

ギリアは近くに置いていたコーヒーを飲み、喉を通す。

「普通……なぁ。そんなもんは環境によるんじゃねえか?何をもって“普通”って捉えるのかなんて人それぞれだしな。まあ、人様に出来るだけ迷惑かけないように生きるのが大切だと思うぜ。」

ギリアはコーヒーを飲み干し、そっと息を吐いた。

「つーかお前最初に会った時左肘カッターで切ってんじゃねえか!その発想の時点でさ、所謂“普通”じゃねえよ!」

「あ、あれは勢いっていうか……うー……」

思えば、自分が何故あそこまでプチモビルスーツに操りたいのかが今思えば不思議でならなかった。恐らく、MSの本当の恐ろしさを知らなかったからなのかも知れない。

「ま、平和に過ごせるならなんでも良いじゃねえの。一生に一度の学生生活、謳歌しとけよな。」

と、再びギリアはポンと肩を叩いた。何故だろうか、この時、レイの表情は柔らかくなったようも見えた。

「そう言えば……ガンダムに乗った時、気になる事があったんです。」

と、レイはギリアとの会話の中で思い出したかのように言った。

「気になる事?」

「頭の中に電流が流れて、相手の動きがゆっくりと見えるような……錯覚なのかな?そんな事が二回ありました。あれは何だったのかなぁって思って。」

レイは合計二回敵と戦っている。いずれも、彼が危機的状況に陥った時に相手の動きが緩慢に見える現象を感じていた。

「ギリアさんがMSに乗ってる時、そんな事ってありましたか?」

ギリアは腕を組み、言った。

「いやぁ、ない。それはないな。」

と、断言する。

「じゃあ、あれって何だったんだろうか……」

レイは一人、指を口元に持っていき、俯き、静かに考える。

「あれか?“シンギュラルタイプ”ってやつか?聞いたことがあるな。」

「シンギュラルタイプ……ですか?」

ギリアが言った、“シンギュラルタイプ”。それはデウス帝国と地球連邦軍との戦争で出現した人種とされている存在。かつての戦争では有用な人種として戦力として投入される事があり、それぞれの勢力に貢献したとされている存在。

 しかしその実体は多くは謎に包まれている。研究が進んでいる時代になっていても、一般的には多くは知られていない。事実、軍人であったギリアですら噂程度の理解なのだから。

「まあ、詳しいことは分かんねえや。そんな人間もいるんじゃねーかって話だぜ。」

「はあ……」

“シンギュラルタイプ”が気になったレイ。それは一体何なのだろうか。彼が戦闘時に感じたその感覚は一体何なのか。ギリアですら分からない現象に、彼は一つ、悩みを抱えることになる。

 

 

 その夜、レイは自室にてEフォンで、ギリアに言われた“シンギュラルタイプ”を調べていた。SNSや検索エンジンを使い、調べる。だがそれに関係する情報は全くと言っていい程出てこなかった。

 個人のサイトや考察サイト等の話はあったが、それが確定した情報とは言えない物だった為、レイはまたしても溜息を吐く。

「あの感覚は一体なんだろうか。MSに乗ってから、不思議な事ばっかり経験してる気がするな。」

敵の動きが緩慢に見える謎の現象。それが一体何を示すのかは分からない。

「あんまり気にしない方がいいかな。うん、寝よう……。」

そう言ってEフォンの電源を切り、レイは静かに、目を瞑った。

 

 

 それから二日後。その日は土曜日。リルムがレイの家に遊びに来る日だった。その日は生憎の雨天。朝から小雨が僅かに降っていた。レイが目を覚ましたのは朝の八時頃。どうやらあまり寝付くことが出来なかった様子だ。それは、いつも見る悪夢のせいではない。リルムが来るという事に対する緊張があった為である。

(あの夢……見なかったのに寝付けなかった……何でこんなにリルムの事を意識してるんだろう……いつも通りに接したらいいだけじゃないか……いつも通りに……)

彼自身、何故ここまで自分が緊張しているのかが分からない。学校でいつも会っている幼馴染。学校の帰りもたまに一緒に帰る事がある仲。

 しかしその少女が家に来るという事実。それは彼がエレメンタルスクール時代以来の出来事であり、それからジュニアハイスクールに進学してからリルムが家に来るのは随分と久し振りなのだ。彼のような年頃の少年の場合、やはり異性が遊びに来るというのはどこか、緊張するものがあるのだろうか。

 

ピンポーン

 

インターフォンの音が鳴る。それに対応したのはカレンだった。

「あらー、リルムちゃん、久し振りね!大きくなって!レイ、リルムちゃんが来たわよ!」

と、何故か意気揚々とレイを呼ぶカレン。その声を聞き、レイは階段を下りてリルムと会った。

「おじゃましまーす!」

と、傘を折り畳み、傘立てに置いた後で無邪気な笑顔で上がり框を上がったリルム。比較的短めのスカートを履いており、足がすらりと伸びている。いつもの制服と違うリルムの姿。それはレイの顔を赤めるのに十分だった。

「レイの私服見るのも久し振りだね!学校でしか会ってないから!」

「うん、リルム……服、似合ってるね。」

良い言葉が浮かばないので、レイは一言だけ感想を述べた。

「あ、そうそう。今から買い物行ってくるから。お昼ご飯は食べてく?」

「喜んで!おばさんの料理食べるのとっても久し振りだなぁ!」

自然な笑顔を浮かべるリルム。余程、レイの家に来るのが楽しみだったのだろうか。

 

 

「うわあ、レイの部屋ってあんまり変わってないねー。」

「あんまり整理できてなくてごめんね、リルム。」

レイは、どこか余所余所しい様子だった。

「ううん、気にしないよ。」

と、ベッドに腰掛けるリルム。

「けどさー、本当に懐かしいよね。小さい頃思い出すなぁ。」

リルムは目を輝かせて、言った。

 リルムとレイが出会ったのは五歳の時。レイの母親カレンと、リルムの母親ヒーリが親友同士と言う事がきっかけで、互いの子供を連れて食事に行った事がレイとリルムの出会いのきっかけだった。この時先に声を掛けたのはレイであり、それから仲良くなっていったという。

 やがてエレメンタルスクール時代も共に過ごしていたのだが、リルムが十歳の時に転校してしまった。家を引っ越したからだ。その為校区が離れてしまった為、二人は一度離れることになる。だがジュニアハイスクールにて偶然にも再開。二年連続クラスが同じと言う偶然も重なり、二人は仲が良いままだった。

 しかし互いに歳を重ねた為か、レイはいつしかリルムに対して“異性”として認識する事が増えていった。幼い時よりも目立つのは乳房の発達や、足の発達。リルムは発育が良い方であり、スタイルが良いとされる体型。それ故に彼女は今まで多くの男子生徒から告白を受けている。以前にフィジットにも告白されたが、彼女は断った。レイはその度に心から安心を覚えていたのだ。

 リルムはよく、ミアー・ジャイスと共にいる。そのミアーもスタイルの良い人間であり、街中で読者モデルにならないかと、声を掛けられたことがあるという。

「ところで……さ。リルム。」

「ん?どうしたの?」

覗き込むようにレイの目を見るリルム。その仕草にさえ、レイは妙な心の高鳴りを感じていた。

「今日さ……うちに来たのって……どうしてなのかなぁって思って。」

「ああ、そうそう。今度の定期試験あるでしょ?レイにちょっと教えて欲しいところがあってさねー。それで、教科書も持って来てるんだよー!」

と、リルムは笑顔で教科書を取り出す。それは社会科目の教科書だった。

「私ねー、世界情勢とかあんまり得意じゃないんだー。レイってそういうのは得意だっけ?」

「うん、まあ……そこそこには。」

以前に担任のリアンに当てられた時もリルムは答えることが出来なかった。彼女は歴史という科目が苦手だったのだ。

 教科書に沿ってレイは丁寧に、リルムに説明をする。

「じゃあ、今の平和国連盟の最高議長は?」

「えっと……分かんないよー……」

「チャール・ポレクだよ。もしかして、あんまり授業聞いてないとか?」

「聞いてるよ!聞いてるけどあんまり分からないっていうか……」

リルムは社会の科目が不得意だ。だからこそ、暗記という形で覚えようとしてしまう傾向がある。一方のレイは、気になった事に対しては疑問を抱く事が多い。そして、自分で考える。その結果が試験の結果に反映されているのだろう。

 やがて休憩時間になった時、リルムは口を開いた。

「校庭にロボットが出た時は本当にびっくりしたよねー!みんなあれ見て大興奮してたもんね!」

「う、うん……そうだね。」

その“ロボット”の内の一機の中に自分が乗っていた等、言える筈がなかった。

「レイってさ、あんな感じのロボット昔から好きだって言ってなかった?」

「うん、好きだよ。プラモデルだって作ってるし……」

本来ならばこの話は心が踊る程に喜ばしい話だ。しかし、現実を知ったレイは素直に喜ぶことが出来ないでいた。

「レイって色々と得意があっていいなぁって思うんだー。私はあんまりそう言うの、ないからさぁ。休みの日は服を買いに行ったり化粧品買いに行ったりするんだけど、なんか、“普通”って感じ。もっと、何か熱中できるものがあるのもいいのかなーって思ってて。」

リルムから出た言葉、“普通”。それは今のレイが一番希望するものだった。

 何気ない会話、何気ない日常。何気ない趣味。平和で穏やかな時間。それは本来一番あるべきもの。しかしレイの場合は違う。MSに乗った事で彼の価値観は大きく変わった。学校に行き、勉学や部活動に励むレイだが、そのごく普通な事が、レイにとっては非常にありがたいものなのである。

「リルム、あのね……もし……さ。もし……だよ。今の日常が変わっちゃうことがあったらさ、どう思う?」

ふと、レイは聞いた。

「そんな事あるかな?デウス動乱……だっけ?あれがあった時でも別にロボットって現れなかったし、普通にエレメンタルスクールはあったしね。なんか、世の中は大変だなぁって感じでニュースを見ていたなぁ。」

世界中のニュースでは、至る所で紛争や、テロリズム等の事件は起きている。しかし平和な世界で生きてきた者からすれば、それは対岸の火事。現在の時代はメディアを通じてその様子を知ることが出来るとはいえ、実際に身に降りかからなければそれを深刻に考えることは、まずありえない。

「そうだよね!そう……だよね。」

レイは苦笑いをした。実際に自分が経験した事との差を、彼は感じている。

「それより定期試験だよー。あれ早く終わって冬休み迎えたいんだー。生徒会も面倒臭いしなぁ。」

リルムはベレーナジュニアハイスクールの生徒会に所属している。その為、遅くに帰る事も多々あったのだ。

「どうして生徒会に入ったの?」

「うーん、まあ、さっき言った事に関係あるよ。ちょっとでも熱中できるものがあればなーって思って。けど面倒くさいだけだけどね。でも面倒くさいからって今更止めるのもどうかなって思うし。」

「あー、成程……」

リルムなりに色々と考えているんだな……と、レイは思っていた。

「さて、再開しよっ!レイ、よろしくね!」

試験勉強は再開。レイはリルムに世界情勢について教えながら、互いに勉強する時間を作る。

 何気ない、時間。レイにとっては少しばかり胸が高鳴る時間でもあったが、それでいても、彼は幸せを感じていた。

 

 

 この後レイ達は何気ない会話を楽しみながら昼食の時間を迎える。カレンが昼食の準備をし、食卓にリルムを誘った。食卓にはカレン、レイ、リルム、ミィスの四人がテーブルを囲う形で座っている。昼食はサンドイッチ、サラダといった食事が並んでいた。

「リルムお姉ちゃん!久し振り!」

「ミィスちゃんも大きくなったねー!」

ミィスとリルムは面識があり、よくリルムは遊んであげた事があったのだ。

「勉強は捗ったの?」

「うん。結構進んだよね。」

「ねっ!」

リルムとの視線が合った時、レイは再び胸の高鳴りを感じていた。

(やっぱり、可愛い……でも、リルムは幼馴染だし……それで好きになるっておかしい話じゃないか……え、好きって……いやいや!そんな事……ある筈が……)

レイは明らかにリルムを意識している。だが、声に出せずにいた。

 幼馴染を異性として見るなど、あってはならない……と、彼は勝手に思っていた。しかし今のレイはリルムに対し、明らかに“異性”として見ていたのだった。

 

 昼食を終え、再び勉強する両者。その時、リルムがレイに言った。

「ねえ、レイ。この後ちょっとお出掛けしない?」

「え!?」

まさかの、リルムからの誘いだ。意識をしている相手からの誘いと言う、レイにとって嬉しい状況。レイの胸の高鳴りは更に加速していく。

「あ、でも条件があるの。」

「……条件?」

レイは、首を傾げた。

「これ……見て欲しいんだけどね。」

と、リルムは持ってきた鞄を開く。リルムが手にしたのは服だ。愛らしい女性用の服。何故しかし、何故それをレイに見せるのかは分からない。

「可愛らしい服だけど……どうしたの?」

「前にお姉ちゃんからレイの写真貰ったでしょ?それで、ちょっと考えてたことがあったんだー。」

レイはそれを言われ、顔を赤めた。

 それはレイが落ち込んでいた時にリルムがカラオケ店に誘った時だ。その時にレイはリルムからEフォンの写真に写っている、コスプレをした自分の姿を見ている。再びその話を掘り返され、ただ、恥ずかしく感じていた。

「あれ、消して欲しいんだけど……なんでリルムがあれを持ってるのかも謎だし……」

「うん、あれはまた消す予定。えっとね、そのー……あのさ。ちょっと試したいことがあるんだよね……」

リルムは明らかに恥じらうような表情を浮かべた。それが何を示すのかは分からないが、レイにとって嫌な予感である事は間違いなかった。

「えっと……リルムさん?何でしょうか……?」

恐る恐る、レイは聞いた。

「うん、まあ……その……ね?一回ね、もしレイが女装して一緒に出掛けたら、周りからどう見えるのかなって試してみたくて!」

リルムの口から出た衝撃の言葉。要するには、女装したレイと出かけたいというのが彼女の目的だったのだ。

 ヒューナ・エリアスにレイのコスプレ写真を見せられたリルムは、その似合い度合いを見て、密かに考えていたのだという。

「もしかして、今日うちにきた本当の目的って……」

「うん、察しの通りです!女装したレイと出かけることが本当の目的!」

レイの眼が見開かれたまま、唖然としていた。そして、パチパチと眼を瞬かせた。

「え……あれ?確か約束したのって“あの前”だよね?」

レイの家に遊びに行くと、“約束”したのは確かに、ヒューナに連れられた時よりも前だ。

彼がリルムに、付き合っている人がいるのかと言う話を何気なく、した時である。

「そうそう。あの時はいつ行くのかは決めてなかったんだよ。けど定期試験も近づいてきたし、そろそろ勉強しないとって思ってたけど、私社会が苦手だからレイに教えてもらいたいなって思ってたんだ。」

元々彼女はレイと勉強する為に家に行くのが目的だったという。

「けどお姉ちゃんが見せてくれた写真を見て、女装したレイの写真が本当によく似合ってるなって思ったんだ!それで、閃いたの!」

笑顔のリルムに対し、レイは苦笑いを浮かべていた。目元が明らかにひくひくと動いている。

「今日はレイとまず勉強して、午後からはレイに女の子の衣装を着て出かけて貰おうって計画だったのです!えへんっ!」

まさか、幼馴染の口からそのような言葉が出るなど誰が予想出来た事か。これならば、まだ一緒に勉強しているだけの方が余程健全だ。

「あの写真のレイの可愛さにね、“ピン!”と来たの!一緒にお出かけしてどう見られるのか!見てみたいって思って!!」

やはり、ヒューナによって連れて行かれた出来事がリルムにも悪い意味で影響を与えた。昔から女顔のレイ。ジュニアハイスクールの生徒になり、更に女性らしい顔立ちになったレイ。それ故にされたコスプレ。その写真はリルムにも見られ、彼女から見たレイの印象は“可愛い”と言うものだった。

(リルムにとっての僕の印象って……女装が似合う男って事なの……そんなの……嘘だ……)

少なくともレイはリルムを“異性”と認識している。だからこそ、一つ一つの会話に緊張さえあった。一方のリルムは、レイの事を、“女性の衣装が似合う男”という認識。この認識の摩擦が、よりレイをショックに陥れたのだった。

「という訳で、よろしくお願いします!」

と、笑顔でレイに服を渡すリルム。レイはただ、その要求に応じるしか出来なかったのだった。

 

 

 

 昼になり、天気は晴れていた。リルムがレイに渡した服というのは上半身が女性用の白いニットセーター、下半身が薄いパープルブルーのスカート。それに合わせる靴は合皮の革靴。いずれもこの時の為にわざわざリルムが用意したものだ。

 ここまで丁寧に用意して貰えるのならば、反って申し訳ないと思えてしまう。レイは複雑な表情を浮かべながらこの服を着、共に出かけた。この時、カレンに見られないように気を付けていた。

 両者は電車に乗り、モントリオール市内の商業施設に遊びに来ていた。レイはこの時ふんわりとした生地のニット帽を被っている。その為、所見ではレイだと分かる者はいない……と思われた。

「やっぱり女の子だね、レイ。あの写真はコスプレだけど、よく似合ってるよ!」

「僕は男だよ……なんで、こんな役回りばっかり……」

他者から見ればそれ程に自分の顔は女に見えるのだろうか。レイはあまり自分の事を呪いたくなかったが、この時ばかりは呪いたくて仕方がなかった。

 

 それから二人は様々な場所を移動した。いずれもが女性が立ち寄るような店ばかり。化粧品やメイク、そしてランジェリー。ランジェリーに関しては、レイは女性用の下着を見た時、思わず目を覆っていたが。

(変な感じだよ……鏡見ても変な感じ……怪しくないかな……変人じゃないよね……)

ちらと自分の姿を鏡で見る。やはり、レイは今の自分の姿に違和感を覚える。いくら幼馴染のリクエストとはいえ、この姿で街中でいるのは恥ずかしい。

「お客様、その服、よくお似合いですけど、何かお探しでしょうか?」

「え……あ……いえ……」

店員に声を掛けられ、思わず反応するレイ。だが彼の声は高い為、違和感もなかったのだった。

(もう、勘弁してほしいよぉ……)

最早彼にとっては只の罰ゲームのようなものだ。その上全く怪しまれないという状況。レイにとっては苦痛でしかなかった。

 

「ありがとうね、レイ。」

やがて時間が経ち、リルムは自分の買いたいものをまとめていた。二人は喫茶店にてミルクコーヒーを入れ、互いに飲んでいた。

「最初は女装したらどんな風に思われるかなーって考えてたけど、結局久し振りに休みにレイとお出掛け出来たのは楽しかった!レイは部活だし、私は生徒会だし、なかなかこうしてお出掛けって出来なかったし……」

「う、うん……僕もなんだかんだでリルムとは久し振りだったし……」

「あ、“僕”ってのはちょっとやめとこか。“私”とか“あたし”で。」

と、リルムはレイの耳元で囁く。

「あ……ええと……うん、私も……楽しかった……」

明らかに恥を感じながらレイは喋る。一人称を変えるのは彼にとって非常に勇気がいるのだ。

「けど、今こうして思うんだけどね。やっぱり私達の年頃で男の子と女の子が二人だけで一緒に歩いているのを万が一クラスメイトとかに見られるとね、どうしても冷やかしをされちゃうから……さ。でもレイとは幼馴染だし、こうして出かける時間が欲しいなって思ってた。レイの顔が女の子なのは、私にとってはとても良い事なのかもなーってちょっと考えちゃった。」

「……あれ?僕……いや、私の顔、思いきりそのまんまなんだけど……」

レイの場合、帽子を被っているだけだ。その為、万が一クラスメイトに見つかればリルムと女装しているレイが歩いているという状況が出来上がってしまう。

「まあまあ!普段のレイを見てる人が女装してたってそんなの分からないでしょ!」

と、リルムは妙に誤魔化したような言い方をした。

「うん……そうなんだ……」

リルムが言った言葉……それは彼にとって良い言葉なのか、悪い言葉なのかは分からない。ただ分かった事。それは、リルムはレイと出掛けたかったという事が分かったという事だ。少し異質な形となってはしまったが。

 しかしティーンエイジャーという複雑な心境の時期である彼等にとって、男女で出かけるというのは恥ずかしいものがある。今回は偶然ではあったが、リルムの提案は結果的に両者を親密にするには十分な案と言えた。

(リルムにとって、僕は異性なのかな?それとも、只の幼馴染?)

ふと、彼は考えた。リルムの言葉から“男の子”という単語が出た。それは例を、異性として認めている事なのだろうか……と、彼は考えた。

 しかし、男女二人で出掛けるというのは恥ずかしいので、女顔のレイをあえて女装させて出掛ける事で幼馴染としての時間を過ごしたという事なのだろうか。彼女の心理が、レイには分からなかった。

(リルムにとっての僕って何なんだろう。分からない……)

 幼馴染であり、異性であり、女子のような顔つきのレイ。幼馴染のリルムから映る彼は、果たして何に該当するのだろうか。

「まあ、何にしても私はレイと一緒にいるのは楽しいよ!これからも、ずっと一緒に居たいなって改めて思えた!」

この言葉はレイにとって喜びに感じられた。どのように見られているのかは分からないが、少なくとも自分と一緒にいて、“楽しい”という感情がある事はリルムの笑顔を見て再確認できた。

 このような日常……ごく、普通の平和な日々。それが永遠に続けばよいのに……と、レイは感じていた。リルムが幸せでいるのならば、それも良いな……と。

「あのさ……リルム。」

「ん?」

レイが静かに、口を開く。

「もし、何かあったとしても……僕……いや、私が……守るからね。」

リルムは、首を傾げる。何事かと言わんばかりの反応だ。

ここ数日の出来事の上での今の状況。今後アインスガンダムを巡ってどのような行動が新生連邦より行われるのかが分からない。もし何かあった時、リルム達を守れるのは自分しかいないのだ。

 が、リルムはそれを聞いた時。次第に表情が柔らかくなっていき、くすり、と笑った。

「フフ……あはははは!その格好で言われても!けど気持ちは嬉しいよ!ありがとう!」

(えぇ……そんなぁ……)

平和な日常、リルムとの時間。こうした時間が失われる事を恐れたレイが思わず発した言葉。しかし彼のその格好とあまりに不釣り合いな台詞は、リルムにとって嘲笑の対象でしかなかったのだった。

 

 その後、市街のある煉瓦作りの壁の前にて。そこでリルムはEフォンを近くの人に渡し、レイとのツーショット写真を撮ってもらうよう依頼した。レイは恥ずかしがる様子を見せたが、リルムはレイの手指を組むような格好をした。レイも、それに合わせるようにリルムの手を組む。

(え……と……これって凄く……不思議な感じ……)

まさかの構図。本来ならば仲良しの女子同士が組むような格好。しかし実際のレイは、男。だが顔は女だ。妙な構図に、レイは困惑する。しかしリルムと指を組むことが出来たのは、内心非常に喜んでいたのだ。

(え……近い……わ……なんか、恥ずかしいな……)

 

カシャ

 

リルムとレイのツーショットが出来上がった。その写真を見る限り、仲良しの女子同士が手を組み合っているようにしか見えない。リルムは写真を撮った人にお礼を言い、レイと写真を見る。

「良く似合ってるね!」

「あ……うん……」

最初、彼はその写真を恥ずかしいと感じた。しかし、一方でこのようにも感じていた。

(これがもし、今のリルムと僕なら……今度、“男”としてリルムと二人で写真を撮れるようにしたいな……)

今のリルムから見たレイは、幼馴染としての存在。レイはいつか、リルムと二人で出掛ける時は正々堂々と、男装して出掛けられるようになりたい――と、考えていたのだった。




レイ君は女顔なので、女装をよくさせられます。それが彼の中で惚れている幼馴染のリルムにされるという、複雑な心境の中、ツーショットを取るという話。ガンダムと言う秘密を抱える中での日常といった、話。


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第七話 陰に潜む姉妹

SM姉妹登場回。それぞれが駆るガンダムタイプとの、戦い。


 

 

日曜日。世間では学校も会社も休みにあたる日。

平日の疲れを癒す為に休む者、趣味活動に励む者、勉学に励む者……様々な人がいる日。

 しかしその平穏な日である筈の日曜日での新生連邦モントリオール基地にて。クラリス・デイルを左遷させた男であるスパイッシュ・カルディアムがある人物達と会話をしていた。

「初めに言っておくが参加報酬と成功報酬は別だ。成功報酬は参加報酬の三倍を出そう。お前達の実力は相当なものと聞いている。任せたぞ……」

と、モニター越しでその人物達に言った。モニターは切られた後、その人物達は突然両者共に抱き合い始めたのだ。

「新生連邦政府自らが私達に依頼をかけてくれるなんて、私達、名前も随分売れてきたわね。」

「これをきっかけにフリーを卒業して正規軍人として雇って貰えれば貧困も脱出だね!」

艶やかな雰囲気の女性と、幼げな雰囲気の女性。艶やかな雰囲気の女性は赤い髪色、幼げな雰囲気の女性は水色の髪色をしている。それぞれ特徴的な髪形をしている二人。

「今回の任務は奪われたガンダムタイプの奪還だって。お姉様。」

水色の髪をした女性が言った。この台詞から、二人は姉妹であることが分かる。

「軍が市街地へのMSの派遣を強引に行う事が出来ないから、フリーの私達を利用するという行動に出たという訳ね。新生連邦軍も手段を選ばないわね。」

赤い髪の女性が言った。姉の立場であるこの女は、妹であろう立場の女の頬を撫で、言った。

「そしてこれは軍に正式に入隊する絶好のチャンス。ここできちんとアピールをしておかないとね、リンセ……」

「そうだね……フォリアお姉様……」

嫌らしい目付きで妹を見る、赤髪の女、フォリア。そしてそれを受けて恍惚とした表情を浮かべる、水色の髪の女、リンセ。

 姉の名前はフォリア・チェーニ。妹の名前はリンセ・チェーニ。“チェーニ姉妹”と呼ばれるこの二人はフリーランスのMS乗りとして今まで戦場を渡り歩いてきた姉妹であった。

「リンセ、背中を出せるかしら?」

「お姉様……ああ、まさか、“アレ”をしてくれるのォ……?」

明らかに妙な雰囲気の両者。フォリアの艶やかな声に対し、愛らしい声のリンセは“何か”を期待している様子だった。

 やがてリンセは上半身裸になり、そのまま背中をフォリアに向ける。その背中は、何かで殴打されたような跡や、何かに叩かれたような跡が痛々しく残っている。まるで何者かに虐待されたような、残酷な跡。しかしリンセはそれを悪く思っている様子ではない。

フォリアはその、リンセの姿を見るなり舌をペロリと回し、やがて鞭を用意し、リンセの背中を思いきり叩き始めたのだった。

 

パシィ

 

部屋に、鞭の撓る音が響く。それと同時にリンセの高らかな声が響いた。

「ああんっ!お姉様の鞭……最高ォ……もっと……もっとしてぇぇぇ!」

「貴方の声も最高よ……リンセ!!!」

変態行為にも見える両者の関係。鞭で叩くフォリア・チェーニと、それを受けて喜びを感じるリンセ・チェーニ。彼女等の目的は恐らく、アインスガンダムだろう。

 だがどのような形でアインスガンダムの奪還をするのかは、分からない。只一つ言えるのは、彼女達は普通の人間ではないという事だった。

 

 

 姉妹と連絡を取ったスパイッシュ。彼は、指令室にて両手を組み、不敵な笑みを浮かべていた。

「腕は立つとされている上、ガンダムタイプを扱っていると噂の姉妹……妙な存在ではあるが役立てるのなら手段は選ばん。気になるのは、その性癖だそうだが……まあ、何でも良い。仕事は、早めに片付けなければな……」

怪しげな笑みを浮かべるスパイッシュ。この男の目的は、アインスガンダムの奪還ではあるがその為に何をしようと言うのだろうか。

 

 

 

 日曜日の昼下がり。天気は晴れ。モントリオール市内は大勢の人が歩いている。この日、レイはモークと買い物に出かけていた。モークが買いたいものがあるという事で、レイも付き添いする事になっていたのだ。

 昨日はリルムと出かけていたレイ。だがその時の彼の恰好は、女装であった。今日はモークとの買い物と言う事であり、堂々と普段着で移動する事が出来た。

「モークと出かけるのは久しぶりだね。」

普段から学校でも一緒の二人だが、休日に二人で出かけるのは珍しい事だった。

「誘ったのは俺からだからな。服、欲しいんだよ。けど一人じゃ分かんねえからお前誘ったんだよ。」

「モークが服を買うなんて珍しいね。」

モークとレイの仲はジュニアハイスクールに入ってからだ。サッカー部に入るときに意気投合し、それから昼食時に弁当を食べる仲となった。その関係は二年生になる現在でも続いている。

「けどどこも服屋高いんだよな。ジュニアハイスクールの生徒に優しいブティックってねーのかなぁ。」

と、モークはEフォンを開き、周辺の店について調べ始めた。

 

 やがて一段落したモーク。目当ての服を買うことが出来た彼は満足げだった。その際、彼は音楽ショップを見つけ、そこにもレイと入る。

「おぉ、ジャンヌ・アステルの新曲じゃん!見に行こ!」

ジャンヌ・アステルとは世界的に有名な女優であり、歌手である。美しい容姿に、透き通った声。音楽チャートは、世界総合一位は当たり前。又、彼女が出演する映画作品は全て軒並みヒット作品ばかり。まさに神に選ばれた女性と言っても過言ではない存在と言えた。

「僕も、興味はあるな。」

モークがはしゃぐのに対し、レイもジャンヌ・アステルの曲は好きである。彼と一緒に、新曲を聴く為に店に入ったのだった。

 

 

「はー、疲れた。休憩しよー!」

と、モークは満足げにベンチに座る。そこは市街の中にある公園。噴水が中央にあり、周りには犬を連れて散歩をする人や、ジョギングをする者もいる。その中で、レイとモークはベンチに座り、休憩をしていた。

 穏やかな日曜日の昼下がりの公園のベンチ。冬場ではあったが本日の気候は日差しもあってか暖かく、心地よい。レイもうんと欠伸をし、そっと休憩をする。

「ん?モークは何をしてるの?」

ふと、レイはモークのEフォンを覗き込む。そこには動画を見ているモークの姿が。先程音楽ショップで聞いていた、ジャンヌ・アステルの動画だ。

 金色のロングヘアーに、透き通った碧色の眼。全てにおいて美しいと呼べる、世界的歌手のジャンヌ・アステル。彼女の存在に虜になる男性は多いという。

「やっぱジャンヌ・アステルは良いよなぁ。あ、そうそう。お前さ、リルムの事どう思ってんのよ?」

突如レイに話を振ったモーク。それを聞き、びくりと反応した。

「え!?い、いや……別に……幼馴染だし……別にどうのこうのって訳じゃ……」

明らかに動揺しているレイ。それに対し、モークは

「お前さ、ぶっちゃけリルムとヤリたいって考えた事あるだろ?」

と、いきなり話題を吹っかけてきた為、レイの顔はみるみる赤くなる。

「な……ななななな!何を!何を言ってるんだよ!!!」

恥ずかしさのあまり、レイはモークの口を塞ごうとした。

「お前本気にしすぎ!キョドり過ぎなんだよむっつり!」

「だって!そんなこと言わないでよ……」

無理もない。ティーンエイジャーという時期にそのような過激な言葉。その上レイはリルムを異性として意識している。それらが重なった為、レイにとってモークの言葉は爆弾そのものと言えたのだ。

「まああの身体つきだもんなぁ。そりゃモテるよありゃ。」

「モーク、最低……」

レイは自分の顔を両手で覆い、恥ずかしさを感じた。

「そういうモークは、どうなのさ……」

お返しと言わんばかりにレイもモークに言った。

「ばーか。興味ねえよ。同級生はいらね。俺は年上がいいなー。例えば……」

と、モークはちらと右側に視線をやった。レイも同じように視線をやる。

 そこにいたのは長身の二人の女性だった。髪色はそれぞれ、赤と水色。黒いレザーパンツ、ボーダーのスウェット。そのスタイルの良さに、モークは見惚れてしまっていた。

「あんな奇麗なねーちゃん達なら歓迎かなぁ。」

「あんまりじろじろ見ない方がいいような……」

モークは笑みが止まっていない。その二人の美しい肢体は、モークの目を捉えて離さなかった。一方、レイは直視しないように、モークに注意をした。

 

 

 モークの視線を感じていたのは赤と水色の髪をした女性達である、チェーニ姉妹だった。視線を感じると思ったのか、一瞬だけレイ達の方に目線をやった。

「なんか見られてない?お姉様。」

「フフ、気のせいじゃないかしら?それより……」

と、姉のフォリアはレイの方を見た。

「あの女子……何か、面白いわね。」

「え?何が?」

と、妹のリンセが言った。

「隣の男子に対して友達なのかは分からないけれど、私達の方を見るのを止めるように言ってる。」

「すごーい、よく分かるのね!流石お姉様!」

と、リンセが喜びながら言った。

「まあ、視線を感じるのは昔からだけれども。それよりリンセ、引き続き買い物を楽しみましょう。ここにいるのも、今晩で最後になるのだから……」

「はーい、お姉様。」

不吉な言葉を言ったフォリア。それを無邪気に聞くリンセ。この姉妹はモントリオール市内で買い物をしている。しかしフォリアの言葉が何を示すのかは、まだ分からない。

 

 

 その後、レイとモークは駅にて別れた。その後、レイは帰路につかず、ギリアの工場へ向かった。毎日行っている訳ではなかったのだが、ほぼ何らかの用事の後には工場へ向かうようになっていたのである。

「おう、レイ。」

と、日曜日であるにも関わらず働いているギリアの姿があった。

「特に異常はありませんか?」

「ああ、全然何ともないぜ。もし何かあったら電話してやるから心配すんなって。」

「けど、やっぱり気になりまして。」

クラリス・デイルが一度校庭に襲撃してきたことがやはり気がかりだったレイ。それ故に、定期的にここを覗くようになっていたのだった。

「……あれ、ギリアさん、あれは……」

レイが見たもの。それは、バズーカらしき武器だった。

「ああ。退役前に使ってたやつよ。MSに乗ってただけじゃなくて、白兵戦もこなしてた。ま、今じゃこいつも使われる事ないままに放置状態だけどな。」

このような、“武器”を始めて見るレイ。以前にクラリスが拳銃をレイに突き付けたが、それ以上に大きな武器。そのようなものをここで見るとは、思ってもみなかったのだ。

「こういうのでMSと戦ってたりするんだぜ。局地戦ではデウス帝国の地上部隊とやりあったりした時にさ。人とMSの共同作業みたいなモンでよ。敵のMSを破壊する為に人が陽動を仕掛ける事だってあるんだよ。」

「凄い……」

今までレイは、MSはMS同士で戦うものだと思っていた。ギリアの言葉は、彼の価値観を大きく広げるものだった。

「MSの支給が届いていない現場では、武器をどうにか工面して戦うしかない場合だってある。しかし敵さんだって必死だ。こっちが生身の人間であろうとも遠慮なく殺しにかかってくる。ほんと、映画に出てくる怪獣に立ち向かう人間みたいなもんだったよ!」

と、腕を組んで、自慢げにギリアは言った。

「しかしMSには弱点がある。それはコクピットさえ狙い撃つことが出来ればその機能を失うって事だ。それさえやっちまえば生身でも勝算はある!俺はデウス動乱時に合計五機は生身で倒したことがあった!それが功を成して昇進したんだよなぁ。」

(やっぱりこの人、本当に凄い人だ。色々な経験をしている……)

一見すればギリアの台詞は自慢に聞こえる。だが何も知らないレイにとっては、これらの言葉は魅力以外の何者でもないのだ。

「まあ、ありえないとは思うけど、もし戦う事になったらサポートはしてやるからな!ハハハ!」

「ありがとうございます……」

MSカタログを読んでいても、白兵戦の情報はあまり乗っていない。プラモデル等を購入してもそのような情報は殆ど乗っていない。元軍人であるこの男だからこそ語れる、戦場の現実。それを生還してきている過去を持つギリア・ノール。レイは改めて、この男の凄さを体感するのだった。

 

 

 その夜。午後九時頃。明日の登校する準備を終えたレイはベッドに寝転がっていた。土曜日はリルムと出掛け、日曜日はモークと出掛けた。学校で会うクラスメイトの違う一面を両日で見たレイ。その時間は、かけがえのない時間だった。

 何気ない時間。友人と過ごす時間。それらは本来、楽しいものである一方で退屈な時間でもある。だがレイにとっては心から喜べる時間とも言えた。

 リルムと出掛けた時は女装するという出来事があったが、それでも彼はリルムの本心に気付けた気がした。それだけでも嬉しい。モークには冷やかされたが、その時間さえもレイにとっては恥ずかしながらも嬉しさを感じる。

「リルムとは指を絡めた……なんか、変な感触……」

共に写真を撮った時にリルムと手を組む構図をとったレイは、その時の感触を思い出していた。その時の高揚感は、今も続いている。彼女には、“幼馴染”と見られているだけかも知れない。それでも、彼にとっては嬉しさがあった。

(もう、戦わなくて良い日が来たらいいのになぁ……)

と、レイは静かに考え、やがてその青い目は少しずつ閉じられていく。ゆっくりと、ゆっくりと……

 

 

ピピピピピ

 

 

突然、Eフォンが鳴った。それによって目を覚ますレイ。目はうすらと開けられ、Eフォンに映っている時間を見る。午前二時。何故この時間にEフォンが鳴ったのかは分からない。

寝ぼけ眼でレイはEフォンを手に取り、電話を取る。その相手は、ギリア・ノールだった。

「レイ!今から急いで来れるか!?」

「はい……どうしたんですか……?」

「やられた……工場が……焼かれている!」

ギリアの言葉を聞き、レイの細かった目は少しずつ見開かれる。そして……

「何ですって!?」

と、夜中にも関わらず大きな声を出した。

今、ギリアは“焼かれている”と言った。そもそもこのような時間にギリアから電話が掛かってくること自体が異常だ。それを聞き、レイは迷わずに急いで服を着替え、そのまま階段を降り、家を出る。眠っているカレンとミィスに、気を遣いながら……

(すぐに、戻るから……)

異常事態だと察するレイ。急いでギリアの工場へ向かう為、彼は自転車を駆り、夜中の市街を自転車で走らせた。

 

 

 

 事の発端は十分前に遡る。皆が寝静まる頃。森林が多い公園にて。

「そろそろ、作戦を開始しましょう。」

「ええ、お姉様……」

「上手く行って報酬が得られたら、思いきりご褒美をあげるわね、リンセ。」

「あああ……お姉様のご褒美の為に!!!」

そこで会話をするのはチェーニ姉妹だ。両者はある、行動をしようとしていたのである。

 

キシィン

 

やがて森林の中で二つのカメラアイがそれぞれ輝いた。深紅のカメラアイと、紺碧色のカメラアイ。夜間という事もあり、よりそれらは不気味な印象を受ける。

「目的は、アインスガンダムの奪還……このガンダムで、すぐに終わらせましょう。」

「ええ!お姉様!」

やがてそれらのガンダムタイプは森林から姿を現し、それぞれ、バーニアを展開する。

「ヴェーチェルガンダム、起動!」

「エクルヴィス、ゴー!!!」

それらの言葉と同時に、二機のMSが飛び立つ。目的地はアインスガンダムが格納されているギリアの工場だ。

 ヴェーチェルガンダムとエクルヴィスガンダム。それらが、この姉妹の駆るMSの名称だった。

 XXMS03-VGヴェーチェルガンダム。デウス動乱後に制作されたであろうMSだが、その製造過程は謎に包まれている。深紅のカラーリングをしているMSであり、パイロットのフォリアの髪色に合わせているようにも見えるMSだ。最大の特徴はバックパック部に存在するウイング形状のバーニアであり、機動性に一役買っている機体でもある。

 もう一機のMSはXXMS05-EGエクルヴィスガンダム。下半身部が肥大化している機体であり、肩部に高出力のメガビームカノンを搭載している重MSである。フロントアーマー部に“隠し腕”と呼ばれるクロー型のマニピュレーターを搭載している機体である。ヴェーチェルガンダムと比べると機動性には劣るものの、その砲撃を使い、ヴェーチェルをアシストするMSである。

 ガンダムタイプが二機、モントリオールに出現した。平穏だった日常を脅かす存在となり得る存在。それらによる攻撃が、間もなく行われる。

 

 ギリアの工場の前にガンダムタイプ二機が降り立つ。深夜の閑静な住宅街に出現したガンダムはその眼光を向上に向け、すぐに攻撃を開始したのだった。

「手始めに……」

すると、フォリア・チェーニのヴェーチェルガンダムは側腰部から筒状の物体を引き抜く。やがてそれはビーム粒子を纏い、細長い鞭のような形状を作り出した。“ビームウィップ”と呼ばれるその兵器で、工場のハッチを切り裂いたのである。

 

ズバァァァァァァァァ

 

ハッチは一撃で破壊された。これにより、MSデッキが丸裸となったのだ。更にその衝撃で火災も発生。周辺の建物に被害が及ぶ結果となる。

「あいつら何者だ!?」

ギリアが反応した。夜間の突然の襲撃。しかもハッチを破壊されたことにより、周辺の建物に被害が及んでいる。そこに立っているのは見た事もないMS。ギリアはこの状況が、最初は読めなかった。

「へぇ、人がいるのね……」

「ちょっと脅してあげようかなっ!」

と、リンセ・チェーニがエクルヴィスガンダムを操る。

 

ドバアアアアアアッ

 

低出力ではあるが、市街地でメガビームカノンを展開したのだ。この砲撃により、工場より後ろの建物が破壊された。

 躊躇のない攻撃をする姉妹。ギリアはこの信じがたい光景を見て、ただ驚くばかり。

「新生連邦じゃねえな……あいつら何者だよ!!!」

所属不明のMSが現れ、ギリアは一人、臨戦態勢に入る。

「いや、まさかこれは……俺も、連邦から見捨てられたって事かよ!クソッタレ!!」

意味深な言葉を発し、ギリアは姉妹のガンダムに向け、バズーカを持ち、狙いを定める。

 しかし、姉妹にとってギリアは視界に入らない。彼女らの狙いは、アインスガンダムのみ。その為に無益な被害を出したのである。

「これがお目当てのガンダム……」

「思ったより、あっけないねー。」

「すぐに頂いちゃいましょうか。」

アインスガンダムを回収しようと、エクルヴィスガンダムの隠し腕が展開。それらでアインスの肩部を掴み、持ち帰ろうと試みる。

 

ガキィン

 

すると、突如アインスガンダムが動き始めた。コクピットにレイが乗り、辛うじて奪取されるのを阻止することが出来たのだ。

「パイロットが居たの!?」

「まさかの展開!」

フォリアとリンセは驚く表情を見せた。エクルヴィスの隠し腕から逃れたアインスはすぐに地上に出て、両機体と対峙する形となる。

「レイッ!」

チェーニ姉妹に奪われる間一髪のところを、レイが駆け付けた。バズーカを持ったギリアはアインスの方向を見る。

「嘘だ……こんなの、街が燃えてる……なんで……こんな……!」

アインスガンダムが立つ、後方にある建物が燃えている。いずれもチェーニ姉妹が行った攻撃によるものだ。市街地でビーム砲撃などを行うという、想定外の攻撃をした姉妹。レイはこの存在に対し、憤りさえ感じていた。

 

ピピピピピ

 

と、レイはEフォンに反応。声の主はギリアだ。

「聞こえるか……レイ!こいつ……らの目的は恐らく……そい……つだ!出来る……だけ市街地から離れ……て戦え!」

音声通話ではあるものの、音質が悪い。辛うじて聞き取る事こそ出来るが、どこか、途切れてしまう。先程エクルヴィスが放ったビームカノンの影響だろうか。

「俺もバズー……カで戦って……やる!頼ん……だぜ!町を守って……くれ……よ!」

そして、Eフォンは切られる。その直後、足元を見るレイ。すると、工場の地下の方から何やら発光するものが見えた。それは、ギリアがバズーカを持ち、姉妹のガンダムに撃っている姿だった。

「無茶ですよ!いくら経験者でもたった一人、しかも生身でMSに戦うなんて!」

レイが心配するのも当然だった。昨日の夕方に工場に尋ねてきた時に、生身でMSと戦ったことがあると言っていたギリア。それが今、まさか実現する事になるなど、思いもしなかったのだ。

「生身の人間がバズーカを撃っているわね、リンセ。」

「じゃあ、あの虫を黙らせちゃおっか!」

姉妹のガンダムに向けて放たれるバズーカは、コクピットに向けて狙っている。だがその堅牢な装甲は並みの弾で弾けるものではない。ギリアの応戦も空しく、姉妹のガンダムに傷すら付けることが出来ない。

 

ダダダダダダダダダダダ

 

エクルヴィスガンダムが、ギリアの方に向けて頭部機関砲を放った。生身の人間相手には、小型の実弾兵器で十分なのだろう。

「ガハッ……」

頭部機関砲は、MSサイズの存在が放てば大きなサイズの武器ではない。あくまでも、牽制用の兵器だ。しかしそれが生身の人間に当てられたとなれば、それは脅威となる。

 頭部機関砲を生身で受けたギリアは血まみれになった。胴体を吹き飛ばされ、おびただしい血液が溢れ出る。バズーカを持ったまま倒れ、彼は激しい呼吸をしていた。

 

「ぐ……う……ま……さ……か……こ……こで……レ……い……」

 

ギリア・ノールは息絶えた。チェーニ姉妹のガンダムによって、呆気のない死を迎えてしまったのであった。

「ギリアさん!!!」

レイはその光景を見ていた。彼の身体が吹き飛ぶのを見て、青ざめた。

 ギリア・ノール。元地球連邦軍少佐。デウス動乱終結後に軍を退役。その退職金でモントリオールに工場を建て、経営を行っていた人物。レイがプチモビルスーツ大会に参加する際にしぶしぶパワームを貸与した人物。それ以降レイと交流を深めていった。彼がアインスガンダムを奪った際も、持っていたMSデッキに格納し、レイとの間に秘密を持ち続けた人物。しかしその最期は、襲われている街を守る為に生身でチェーニ姉妹のガンダムに立ち向かった結果、機関砲で撃ち抜かれるという末路を迎えたのだった。

「こんな……こんなのって!」

呆気のないギリアの死に、レイはただ、戸惑う。先程まで会話をしていた人物の死。彼自身の悩みも聞いてくれていた人の、死。

「さて。アインスガンダムは動くみたい。大人しく持ち帰らせてくれれば良かったのにね。」

「本当ね!あんなグロいの見ちゃったからさっさと終わらせて……お姉様のご褒美が欲しいわぁ!」

ギリアを殺した張本人が、死者を弔わない台詞を吐いた。この事より、両者は人を殺し慣れている。そのような人間達であると言うことが分かる。

 

ブゥン

 

アインスガンダムはサーベルラックを抜き、ビームサーベルを展開した。武器はこれと頭部機関砲。状況は不利だ。しかし、ギリアを殺した存在を目の前にして、逃げ出す事はしない。

“許せない”という怒りの感情が、レイを突き動かした。

「よくも!よくもギリアさんを!!!」

怒るレイ。そのまま、チェーニ姉妹のガンダムへ向かっていく――

「あら、そんな貧弱な武器で戦いを挑むつもりなのかしら……」

と、ヴェーチェルはビームウィップを再び展開。鞭のように素早い動きでアインスに迫った。

ビームサーベルで受け止めようとするアインス。しかしサーベルとウィップではリーチの長さに差がある。ウィップの長さはアインスの胴体部にダメージを与えるのに十分だった。

「うあああ!」

アインスガンダムはその衝撃で後方に倒れる。すぐに立ちがろうとレイは操縦桿を握るが、そうはさせまいと、リンセのエクルヴィスが隠し腕でアインスの両上腕部を固定した。

それから、アインスに馬乗りになるような形で跨る。

 怪しげに青く輝くカメラアイ。そしてエクルヴィスガンダムの右部のマニピュレーターはコクピットをこじ開けんと、アインスガンダムに迫る。

「リンセ、そのガンダムのパイロットのご尊顔を拝ませて頂きましょう。」

「ええ……お姉様!」

このままではコクピットがこじ開けられてしまう……しかし、両腕は押さえつけられており、身動きが取れない。

 

ガキィン

 

と、アインスのコクピットがエクルヴィスによってこじ開けられてしまった。これで、コクピットを守る壁はなくなる。

 そして、この時に姉妹はレイの姿を初めて見た。パイロットの姿を見た両者は、声を揃えて言った。

「子供!?」

レイという少年の姿を見た二人はまさかのパイロットの正体に驚愕した。何せ、新生連邦の新型ガンダムを奪ったのはレイのような少年だったからだ。驚くのも無理はない。

「ガンダムのパイロットがまさかこんな女の子だったとはね!」

「どういう理由でそんなものを扱っているのかは知らないけれど、私達も任務があるのよ。命が惜しければコクピットを降りなさいな。」

パイロットがレイと分かった姉妹は、アインスに対して回線を開き、会話をする。無論、レイに彼女達の声は聞こえていた。

 しかし相手はギリアを殺した敵。レイがその敵に対し、大人しく従う筈がない。

「僕は……男だーっ!!!」

相手はこちらが子供だと思い、油断をしている様子だった。その隙を突いたレイはアインスの右脚部でエクルヴィスガンダムに対し、蹴りの攻撃を行う。鈍い金属音が辺りに響いた。

「わぁ!?」

と、隙を突かれたエクルヴィス。しかし機体の特徴である下半身部の重みのお陰でアインスのように後方に倒れることは無かった。

 蹴りを入れた事により、アインスは体制を立て直す事に成功。再び立位姿勢を取り、姉妹に対してどのように戦うべきかを考える。

「……良い……」

「えっ……?」

「良い!もっと虐めて欲しいのぉ!もっと蹴って欲しいの!ねぇ!そのガンダムで私を蹴りなさいよ!私を虐めて!もっと狂わせて!絶頂させて欲しいのよ!!!」

突然リンセが大声を上げる。卑猥極まりない声。彼女は重度のマゾヒストだ。機体越しでも自身にダメージを負うと、それに対して性的な興奮を覚える人物であった。

(この人……!)

奇妙な言動をするリンセ。レイはより慎重になり、戦う態勢をとった。

 

ガキィン

 

突如ヴェーチェルガンダムがエクルヴィスガンダムに対し、脚部で蹴った。リンセの欲求に、フォリアが応えた形となった。

「あああああ!お姉様ぁ!最高ぉ……」

再びリンセは恍惚とした表情を浮かべ、自身をぐっと抱き締める。

「リンセの声はそそるわ……」

と言うフォリア。彼女自身も異様に呼吸が早い。何かに対して攻撃を加える事に対する欲求があるこの女。リンセが重度のマゾヒストならば、フォリアは重度のサディストだ。

(この人達は何をしてるの……?)

味方を攻撃し、それに対する喜びを感じるリンセと、フォリア。レイからすれば、彼女達の行動が一切理解出来ない。

「こんな人達に街を壊されて……ギリアさんを殺されて……こんなの!」

姉妹を奇妙に感じているレイ。しかしそれ以上に、街への無差別攻撃やギリアを殺した事に対する怒りが込み上げて来た。

 再びアインスはビームサーベルを展開。目の前にいたヴェーチェルガンダムに向けて、攻撃を仕掛けていく。

「甘いわね!坊や!」

と、ヴェーチェルガンダムは再びビームウィップを展開。アインスに迫る。

 が、アインスはそれを回避。そのまま、ヴェーチェルの懐へ飛び込む。

 

ドバアアアア

 

「ああう!」

しかし、近くにいたエクルヴィスがメガビーム砲をアインスに向けて放った為、攻撃は届かないまま再び倒れてしまう。出力は機体を破壊する程では無かったが、アインスはダメージを負った。

「ナイスリンセ。それに……」

仰臥位姿勢で倒れるアインスガンダム。そこへ跨るような形でヴェーチェルガンダムが迫る。深紅のカメラアイが輝いた後、脚部を駆使してアインスの胴体部を連続で蹴り始めた。

 この連続した攻撃で、レイは身動きが取れないまま苦しむ声を上げる。

「ああっ!あああ!」

だがレイの声は、よりフォリアの嗜虐心を引き立てる。止めるどころか、その行為は更にエスカレートしていく。

「良いわ……貴方、男の子の筈なのにそんな可愛い声で喘いで……私、絶頂しちゃいそうよ……!」

「はぁあっ!いいなぁ!お姉様にもっと虐められたいのに……キミ、本当に幸せ者ね!」

そばにいるリンセは顔を赤めている。呼吸も早い。一方のレイはこの状況を脱出しなければならないと思い、揺られながらも次の手を考える。

「このぉっ!!!」

咄嗟に思いついたのは、頭部機関砲でヴェーチェルとの距離をとる方法だった。それに気付いたフォリアはすぐに反応し、アインスから距離を置く。

 その後すぐにアインスは立ち上がり、バーニアの出力を上げて一度この場から去るのだった。場所を変えて戦うつもりだ。

「逃がさない!」

「捕まえちゃうんだからー!」

フォリアとリンセは互いにガンダムを操り、アインスガンダムを追う。

 

 

 

 場面は変わり、川の中州にて。そこに降り立ったアインス。そして続くヴェーチェル、エクルヴィス。

 環境を市街地から変える事には成功したものの、不利な状況である事に変わりはない。緊迫した状況が続く。

 相手はガンダムタイプを駆る姉妹。その性格も常人とは思えない存在。機体もパイロットも得体の知れない存在ばかりの中で、レイは対処法を考え続ける。誰も巻き込まず、誰も死なせない……もう、自分にとって親しい人が死ぬのは見たくない……レイの想いは強い。

「面白い子ね。名前を聞いておこうかしら。」

フォリアが再び回線を開いてきた。それを聞いたレイは最初躊躇うが、冷や汗を掻き、口を開いた。

「レイ・キレス……」

「レイ……ね。素敵な名前ね……それより、貴方みたいな子供が何故そんな機体に乗っているのか、興味が湧くわね。」

フォリアの質問に、レイは答える。

「どうしてでしょう……僕にも分かりません……」

それを聞いたリンセが、突如激昂した。

「はあ!?ふざけんじゃないわよ!分かんないでガンダムに乗ったっての!?それでお姉様の攻撃を受けてあんなに喘いでさ!ふざけんじゃないわよ!!!」

リンセの怒りの沸点が明らかに異常だ。彼女は重度のマゾヒスト。フォリアがレイに攻撃を仕掛けているのに対し、嫉妬をしているのだ。

「リンセ。貴方の勘違いも甚だしいわ。あんまり私を苛立たせないで頂戴。」

リンセの言葉が癇に障ったようだ。リンセは、自ら言葉を慎む。

「私達の目的はあくまでもそのガンダムの奪還。貴方が邪魔をするのなら当然容赦しない。例え貴方が愛らしい顔立ちをした子供でも。」

「仮にアインスを貴方達に渡して、それで攻撃を止めてくれるっていう保証はあるんですか……?」

姉妹の目的はあくまでもアインスガンダム。もし自分が降りて差し出す事ができれば、被害を出さなくて良いのなら……と考えるレイ。

「私は貴方のその可愛い顔が苦痛に苦しむ姿を見る事が出来れば最高のエクスタシーを感じられる……つまりは貴方も一緒にガンダムと乗って来て欲しいと言うことよ。」

フォリアの答え。つまり、レイは無事で済まされない可能性が高いという事だ。

「ガンダムは新生連邦に渡して、パイロットを自由に使って良いのなら……貴方を愛玩具にしたい。私の望みはそれだけ。」

フォリアの言葉に対し、リンセは頬を膨らませていた。

「だったら、嫌ですよ!僕はおもちゃじゃないんだ!」

フォリアの歪んだ欲望は当然レイに拒絶された。

「それに、ギリアさんをよくも……許せない!」

このまま姉妹の言う通りにアインスを差し出しても無事で済む保証もない。増して、ギリアを殺した張本人達を目の前にして見逃す事も、許せない。

「さっきリンセが殺した男を慕っていたみたいね。」

「所詮虫だよ!生身でMSにバズーカ当てるとか何のゲームなのかなって思った!アハハ!!」

リンセがその言葉を発した時。レイは行動を起こした。アインスのビームサーベルをすぐに展開し、エクルヴィスに対して攻撃を加える。

「あんたねぇ!!」

と、怒るリンセ。エクルヴィスはビームサーベルを下半身のサイドアーマー側腰部から展開し、これに迎え打つ。ビーム刃同士の打ち合いを行う形となった両者。

「ギリアさんを虫扱い!そんなの!許される訳が!」

「うっさいのよ!大事の為には小事は切り捨て!そんなの仕事においては当たり前じゃない!」

「そんなので人を殺して良い筈がないんだ!」

MSに乗り、彼は初めて怒りを感じていた。目の前で惨殺されたギリア。その光景がレイの脳裏に蘇る。あの残酷な姿を見ても平気でいられるこの姉妹の残酷さに怒りを覚える。

「そんな子供の価値観なんて理解したくないのよ!世間知らずの子供が!」

と、エクルヴィスはアインスのビームサーベルを切り払った。

 

グォンッ

 

と、エクルヴィスは隠し腕を再び展開。今度は両脚部を固定した。身動きが取れなくなるアインス。

「しまった!」

「よーし、お姉様!チャンス!」

機嫌が戻ったリンセ。しかしフォリアはこの状況を見て、何故かニヤリと笑みを浮かべたのだった。

「レイとか言ったわね。ハンデをあげましょう。」

と、その時。突然、ヴェーチェルは腰部にマウントしていたビームライフルをアインスに向けて投げた。自身の武器である筈のビームライフルを、何故かアインスに渡すと言う行為。

「お姉様!?」

姉の行動にリンセは戸惑う。

「そのビームライフルでリンセのガンダムを撃ち抜きなさい。貴方の大切な人を殺した張本人を目の前で殺せるチャンスよ。リンセ、貴方も撃たれたいでしょう?」

フォリアの言葉を聞き、最初は戸惑う様子だったリンセ。だが、その“意図”を理解したのか、突如リンセも笑みを浮かべた。

「ああ……あはは!良いわね!ねえ君!撃ち抜きなさいよ!私を絶頂のままイかせてよ!!!」

と、リンセは呼吸を荒げる。再び顔を赤め、まるで変態のような形相だ。

(ビームライフルの引き金……もし、ここで撃ったらどうなる……?)

明らかな罠の可能性が高いと考えるレイ。彼の駆るアインスは今、エクルヴィスによって脚部を固定されている。身動き自体は取ることが出来ない。しかし角度としてはエクルヴィスのコクピットを狙う事は出来る。それを撃ち抜けば、エクルヴィスを破壊する事は出来る。

(いや、駄目だ……もしこれの火力が高かったら……後ろの建物まで壊してしまう!)

周囲を見るレイ。エクルヴィスガンダムの後ろに立つ住宅地。それをもしビームライフルで撃ち抜けば、敵ガンダムを倒すことが出来たとしても被害を拡大しかねない。

 恐らく、フォリアの狙いはそれだろう。怒りのままにリンセを殺すか、それとも周りを見てどのように行動するのか……それを彼女は試していたのだ。

「だったら!」

すると、アインスはヴェーチェルから預かったビームライフルの銃身をマニピュレーターで持つ。

 

ガキィン

 

それを、あろうことかエクルヴィスの胴体部に対して鈍器のように攻撃を加えたのだ。エクルヴィスを倒すことは出来ないが、市街地に被害を出さない方法。これがこの状況で出来るベストな方法だと、彼は考えていた。

「ああんっ!まさか殴るなんて!最高っ……!」

マゾヒストのリンセは想定外の行動に驚喜した。一方、フォリアはレイの行動を見てある判断をした。

(“守る”戦い方……ね。なら、この戦いはもう短期決戦で臨まなくてはね。)

フォリアの思考を他所に、アインスはエクルヴィスの隠し腕から脱出に成功する。

「あぁっ!?」

だがヴェーチェルがアインスガンダムの後方に密着を始めた。そして、ビームウィップの基部をアインスのランドセルに近づける。

「防戦一方では死ぬだけよ、坊や……さよなら。」

 

ズバァァ

 

アインスはヴェーチェルのビームウィップにより、コクピットごと貫かれた。ビームウィップの出力自体は大したものではないが、パイロットの機能を失うのには十分な威力。

「ぁ……!」

コクピット内はビームウィップの熱により、大きく損傷。レイ自身も重傷を負った。この攻撃により、アインスガンダムは膝から崩れ落ちる形をとる。

 レイは、この姉妹に敗北をした。二対一という元々不利な状況。その中で応戦をするレイ。だが、彼女らの巧みなコンビネーションや、その環境を活かした攻撃に敗れてしまったのだ。

 

アインスガンダムはその機能を完全に失った。コクピットも破壊され、パイロットもどうなったか分からない。任務を達成したチェーニ姉妹。彼女らのガンダムはそれぞれの兵器を元の場所に格納し、任務の仕上げに入る。

「思ったより呆気なかったわね。このまま回収するわ。」

「これで、お姉様のご褒美が貰える!アハハ!仕上げましょう!」

エクルヴィスは隠し腕を再び展開し、アインスガンダムの両肩部を固定。そのままバーニアの出力を上げ、持ち帰ろうとした―

 

バシュゥゥゥ

 

その時だ。二機のガンダムの後方より一筋のビーム砲撃が飛んできた。それを受けたエクルヴィスは衝撃で一度地上へ落下してしまう。

「ああう!このタイミングでの揺れは嫌いなのに!」

「レーダーに反応……この熱源は!?」

ヴェーチェルのレーダーに熱源の反応があった。その方向に向け、頭部機関砲を放つヴェーチェル。

 だが熱源はそれらの攻撃を素早く回避する。空中を旋回し、二機のガンダムに迫るその機体。

「鬱陶しいのよ!!!」

空中を飛ぶ機体に向け、エクルヴィスが肩のビームキャノンを展開した。だが、これらも回避されてしまう。

「あれは……モビルアーマー(MA)!?」

モビルアーマー(MA)。それはMSと異なる機動兵器。デウス動乱時代ではMSがMAに変形する、トランスフォーメーションモビルスーツ(TFMS)(可変型MS)という機体が試作的に導入されていた。MSとの最大の違いは、その形状にある。MSは一般的に人の形をした存在であるが、MAは人型とは異なる異形の姿。最も多いのは戦闘機等の機動兵器に似た機体が多い。

「どうしてMAがこんな所に!!!」

ヴェーチェルはビームウィップを展開し、そのMAに攻撃を仕掛ける。だが、MSであるヴェーチェルと違い、圧倒的な機動力でこれらの攻撃を避けるそのMA。

 やがてMAはアインスガンダムに近づいた。

 

グォンッ

 

すると、MAだったその機体は突如MSに変形した。頭部のカメラアイにはモノアイが輝き、肩部には二基の突起物、そして右マニピュレーターには長い柄のビーム砲。

「派手にやられたみたいだな……とにかく、回収する。」

その機体のパイロットが静かに呟いた。左手部のマニピュレーターを使い、アインスガンダムの肩部を覆った。そして、その状態から再びMAに変形。その上にアインスガンダムが乗っかったような状態で、この場から去っていく。

 

「やられた!!!」

「嘘、そんな……」

アインスガンダムのコクピットの破壊に成功し、機体を持ち帰ろうとしていたチェーニ姉妹。だが、予想外の可変MSの介入により、結果的に彼女達の任務は失敗に終わったのだった。

 夜間の激闘。ギリア・ノールはこの戦いにて亡き者となり、周辺の住宅は破壊される被害を出した。そしてアインスガンダムはチェーニ姉妹によって敗れる。だがそこへ介入した謎の可変MSがアインスガンダムを連れ去った。その機動性に太刀打ちできないチェーニ姉妹。彼女達は、その獲物を横取りされる形となったのだった。

 可変MSを操っていたのは何者なのか。そして、レイは無事なのか。分からないまま、時間は過ぎていく――




第七話投了。サディストのフォリア・チェーニとマゾヒストのリンセ・チェーニとレイの戦いでした。互いに相思相愛関係であるという一風変わった強敵との戦い。そして、相変わらず少女に間違えられるレイ……といった話。


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砂漠の狩人編
第八話 セイントバードチーム


場面は変わり、レイの置かれた環境はMS乗りの戦艦の中へ。大きく変わった環境で、彼は何を思うのか。


 

 あの出来事から十日が過ぎた。新生連邦が依頼したフリーのMS乗りであるチェーニ姉妹に敗れたレイ。そして、更にそこへ現れた謎の可変MS。そのMSはチェーニ姉妹のガンダムタイプから逃げ切り、アインスガンダムを連れ去った。突如、レイは故郷であるモントリオールを後にすることになったのである。今まで平穏な日常を過ごしてきたレイの物語は急変を見せた。

 

 

 

 この十日の間に世界で少しだが動きがあった。新生連邦総司令、レヴィー・ダイルと、平和国連盟の最高議長、チャール・ポレクが会談をしていたのだ。時期は十二月二十五日。クリスマスの日であるこの日、彼等は平和国連盟の本部があるニューヨークにて会談を行った。

「新生連邦軍は現在、軍備の増強を更に強めているという話を聞きます。しかし地球圏ではデウス帝国といった脅威の存在しない現状でそれ程までに軍備増強を行う必要性はあるとは私には考えにくい。貴公のその具体的な目的を教えて頂く事は出来ないでしょうか。」

平和国連盟の最高議長、チャール・ポレクが言った。

新生連邦政府と平和国連盟。それらは今の世界の秩序を保つ為に必要不可欠な存在だ。新生連邦軍が世界の政治のトップを務め、加盟国に軍備等を派遣する。その一方で、新生連邦の行動を監視しているのが平和国連盟である。新生連邦は軍部が実権を握っているのが現状であり、それらが平和行為から逸脱していないのか、平和国連盟はその行動を監視する必要がある。

では、何故旧地球連邦から平和国連盟が独自の立ち位置を作り出すことが出来たのか。それは、総司令、レヴィー・ダイルの祖父……つまり、デウス動乱時の地球連邦軍の総司令、ダディー・ダイルとチャール・ポレクによって結ばれた密約が関係していた。

ダディー・ダイルは荒廃していく地球圏の存在に疑問を抱き続けていたという。その中で、当時国際平和機関の代表を務めていたチャール・ポレクに対して連邦組織の監視を依頼。その上で当時の国際平和機関内でチャールと協力関係にあった国々の代表達が協力する形となり、今の平和国連盟が存在した。これが、平和国連盟の設立の由来であり、尚且つ新生連邦の監視を目的とした組織の誕生となっていたのだ。

 デウス動乱後の地球圏は、この二大勢力が存在しているのが現状だ。それらが存在している中で、地球圏の安寧は保たれていると言える。最も、これは表向きの話だが。

今の地球圏には新生連邦に加盟している国と、平和国連盟が加盟している国が、それぞれある。それらは、国の自治体によっても異なる。同じ国でも、新生連邦と平和国の統治がなされている国が存在しており、これが非常に複雑に入り組んでおり、それが、今の世界の状況を生み出していた。何故このような形になったのかと言えば、デウス動乱によって世界が混乱状態に陥っている為である。

例えばレイの住むモントリオールは新生連邦の支配下にある都市ではあるが、同時に平和国の管轄でもある。基本的に平和国の一部代表がいる国では新生連邦の勝手な武力行為は行われない。平和国連盟が新生連邦を監視している役割を担うからだ。無論、紛争、テロ等の反社会活動が起きれば話は変わってくるのだが。こうした事情により、秩序が保たれている所もあるのである。

レヴィー・ダイルは新生連邦の総司令ではあるが、同時に連邦政府の最高議長という立場でもある。つまり地球上に於けるあらゆる政策等の権限は、彼に委ねられるのだ。

 そして、平和国連盟には所属している独自の軍隊である、“国際平和連合軍”がある。通称国連。ただし、現在では平和国の議長、一部代表の権限が上であり、国連の人間はその指示に従わなければならない。今ではチャール・ポレクが平和主義を唱えており、平和国連盟の加盟国内では、決して国連軍は自ら、国の内乱等での軍の派遣等は出来ない。

 では、何故平和国連盟は国連という軍隊を所持しているのか。それは、平和国があくまでも新生連邦軍の補助の立場であり、尚且つ、国連に戦力を提供している、軍事企業、サイラックス社の関係もあった為である。そして、何よりも災害地派遣やテロリストからの防衛目的と言う大義名分が存在している。

国連はサイラックス社がメインスポンサーとして成り立っている組織であり、それ等から戦力を提供され、そして資金を支払っている。これによって、国連の存在が維持されているのだ。更に、加盟国の企業や人間から税金として維持費を徴収している現状も、ある。

 平和国連盟には本部を取り締まる最高議長や、それぞれの国の代表を務める“一部代表”の存在がある。それらが中心となり、国連軍が成り立つ仕組みとなっている。

 表向きには災害地派遣、テロリスト防衛の為の組織が国連ではあるが、問題となっているのは、国連に存在している兵器の数が、明らかに、主な使用目的から逸脱して、多いのである。

「チャール・ポレク最高議長。確かに貴方が仰せられるように現在の地球にとって脅威と言える存在は、表向きには存在しておりません。ですが現在も世界中で紛争やテロリズム等によって罪のない人々が亡くなっている。それらを抑止する為には連邦政府軍としての軍備の増強は必須です。戦力増強は必要な物であると、私は考えています。そして、この考えを変える事はないでしょう。」

「成程、承知致しました。」

と、両者は握手を交わし、この会談は終了した。外には厳重なガードマンが無数に存在している上、MSの数も数機存在していた。

 

「平和国連盟は新生連邦に軍備増強をされるとやはり困るようだ。」

と、会談後に静かに口を開くのは総司令だった。

「そう……ですか。」

と言うのは側近であるソフィア・ブレンクス。総司令の存在を静かに、見守っている。

「平和国連盟。彼等もまた国連という軍隊を所持している。僕達が軍備を増強しているのにも理由はあるのに、彼等が災害地派遣や対テロ対策としては余りに逸脱している数の、兵力を持つという事もまた、恐らく意味があるのだろう。しかし彼等の場合は矛盾が過ぎる。」

「矛盾……ですか。」

総司令はそっと息を飲む。

「“平和”と謳っておきながら実際は軍隊と言う存在を抱えている矛盾。その真なる目的は不明だが、新生連邦への抑止力のつもりなのだろうけど、僕は止まる気はない。今も紛争は続いている世界の状態。それらは力で捻じ伏せなければならない。」

総司令は自分の右手を見て、何かを決意した様子を見せていた。

 

 

 

「ん……」

レイの青い目は開かれた。しかしそこは見たことがない場所。自分はベッドに寝かされており、右側には床頭台がある。そして、自身の身体を確認する。胴体には包帯が巻かれており、下半身には柔い素材の白いズボンが着せられている。

この時、レイは起きようとすると激痛が走った。

「うぁ!」

彼の記憶は暫く無かった。フォリア・チェーニの駆るヴェーチェルガンダムによってコクピットを貫かれた。それ以降の記憶は一切、ない。

 この不思議な状況にレイは、ただ困惑する。

 

ウィィィィン

 

「あ!やっと気が付いたみたいだね!」

レイの眼前には見た事のない、若く、美しい女性が立っていた。女性はレイよりも遥かに背が高い。すらっとした脚に胴の短さ。それでいて胸の美しい形状。俗に言う、“モデル体型”の女性が、レイの前に現れたのである。

「あ……の……ここは……?」

何が起きたのか分からない状態のレイは、ただ、呆然としている。自分はもしかすれば、死んだのかとさえ錯覚した程に。彼の疑問に対し、女性は優しい笑顔で答えた。

「ここはね、セイントバードの中。」

「セイント……バード……?」

聞き慣れない言葉。それは何を指すのだろうか。

「正確には連邦軍が所有していたヒエラクス級の戦艦の三番艦なんだけどね。って、君みたいな子があまり知る筈がないよね!」

と、女性は少し慌てた様子で言った。

「連邦軍の……ヒエラクス級三番艦……えっ!?艦!?ということは……戦艦の中って事ですか!?」

ヒエラクス級。それは新生連邦軍が所有する大型空中空母。名称の由来はギリシャ神話の鷹の神が由来。新生連邦が保持する内の数少ない大型空母だ。戦後になり、開発された大型戦艦の一つであり、その搭載量は規格外と言える程に、大きい。

「まさか、じゃああれから僕は新生連邦に捕まって……捕虜って事……そんな……」

彼にとって、〝戦艦〟と言う存在=新生連邦と言う事だった。そう言った固定観念を持ってしまっているレイに対して、女性は慌てつつも言った。

「ち、違うよ!ここは新生連邦じゃない。」

「え?じゃあここは……?」

一旦咳払いをして、女性は答える。その姿はどことなく年上の面倒見の良い“お姉さん”のような人物を思わせた。

「MS乗りがいる場所。どこの軍にも属していない。」

「軍じゃない……?でもここは戦艦の中なんですよね?」

レイにとって、この場所にいると言う事自体、訳が分からなかった。MS乗りという言葉はギリアから聞いたことがあるものの、その彼等が何らかの戦艦を所有しているということは全く知らなかったのだ。

 MS乗りはデウス動乱以前にも存在していたが戦後になって爆発的に数が増えた。その主な目的は様々なMS等のパーツやスクラップをジャンク屋に売り、収入を得て世界中を巡る事である。当然MS乗り同士でも戦闘は行われ、勝った方が負けた方の戦艦やMSを奪い、それらを金へと変える事も出来る。今、レイはそのようなMS乗り達がいる戦艦の中にいたのである。

「ええ。」

「けど、この戦艦って新生連邦の戦艦ですよね?え、でもMS乗り?よく分からない……です。」

女性が言う言葉にレイは混乱する。新生連邦の戦艦に乗っているが、ここは軍ではなく、MS乗りが居る場所という事なのだが、そもそも新生連邦の戦艦に何故MS乗りが乗っているのかが理解できない。

「あー……うん、これに関してはまあ色々と事情があってね!それよりも、目が覚めて良かった……もし死んじゃってたらどうしようと思ってたから……」

「あ……あぁ!そっか……助けて貰ってるんだ……!あ、ありがとうございます!」

レイは慌ててお礼を言った。何度も、ペコペコと感謝の態度を取る。

「ううん、例には及ばないよ!」

「本当に……ありがとうございます。」

 

ウィィィィィン

 

と、二人が会話をしている時に、突如、一人の男が入ってきた。男の方は若さを残しているようで、どこか年輩の雰囲気を醸し出しているように感じられた。体格も良く、顔付きも良いのだが、レイにとって若干恐怖はあった。

「おお、目を覚ましているな。」

と、男はじいっとレイの顔を見た。突然現れたこの男に、レイは少し戸惑う様子を見せる。

「表情も問題なさそうだ。手は動かせるか?」

「あ……は、はい。」

と、レイは男の言う通り手指を動かした。

「後遺症等も特に無さそうか……安心した。」

と、男は一度咳払いをし、改めてレイに言った。

「君は十日も眠っていた。正直、私は死んだと思ったよ。だが君は生きていた。奇跡的……と言えるな。」

「え……死んだと思ってたんですか……?」

「あぁ。そりゃあずっと目を覚まさないのだから無理もない。」

レイからすれば、そもそもこの場所自体が未知なる場所。そこの居るのは見知らぬ男女。ただただ、彼は困惑するばかりだった。

「その様子だと明らかに困惑しているな……まあ、目覚めたばかりならば無理もないか。そう言えば私の名前を名乗るのを忘れていたな。私は――」

男が名前を名乗る前に、女性が遮った。

「あ、私が紹介しますよ。彼はネルソン・アルビュース。ここのMS乗りです。」

男の名前はネルソンといった。女性に紹介された後、レイの手を握り、握手を交わす。

「よろしく。君は?」

握手をしながら、レイも答えた。

「あ……僕は、レイ・キレスです。」

「レイ君……か。」

レイの自己紹介の後、女性が自己紹介を始めた。

「そう言えば名前を名乗ってなかったね。私はここの艦長を勤めるエリィ・レイスです!」

「エリィ……さんですか……ええっ!?艦長さんですか!?」

この、目の前に居る綺麗な女性が艦長を務めているということに驚くレイ。そんなレイを見てエリィは笑った。

「アハハ……驚いた?私のような人が艦長なんて思えないかな?まあ……無理もないか。というか、この状況の把握は……難しいよね?」

エリィの言う通りだった。レイは平然と眼前にいる男女と喋っているが、実際は何が何やら分かっていない。ただ分かっているのは、ここが戦艦の中だということだけだった。

しかしこのような女性が艦長を務める艦だということを考えると、レイはそんなに恐怖を抱く事はなかった。

「確かにまだ……分からない事は多いです……けど助けてもらってるのは間違いないですから、それには感謝しています。」

とにかく、自分は生きている。それが救いだった。あの時殺されるかと思ったのだが、それを助けてくれたのが彼女だとするのなら、今の彼には感謝の言葉を述べるしか出来ない。

「お礼なら、大尉に言った方がいいかもね。」

「大尉……ですか?ええっ!?それって軍人さんじゃないですか!?ど、どなたなんですか……?」

大尉……それは本来軍関係の人間が与えられる称号である。そう呼ばれている人間がいるのなら、やはりここは軍の中なのではという不安が蘇る。

「私だ。」

そんな時、ネルソンが言った。彼こそがエリィの言う、〝大尉〟なのである。

「そ、そうなんですか……って!やっぱりここは軍じゃないですか!MS乗りじゃないんですね……」

嘘を吐かれたと思い、落ち込むレイ。だがネルソンは少しばかり慌てた様子で言った。

「はぁ、だからこの言い方は誤解を招くからあまり言わない方が良いのに……」

「あぁ、やっぱり大尉=軍人って認識されますよね……当たり前か。」

「えっ、どういうことですか?」

レイには何が何やら分からない。エリィは一度咳払いした後でゆっくりと説明をした。

「ネルソン・アルビュースさんは元々デウス軍の大尉として活躍された元軍人なの。その名残で、うちのクルーから大尉って呼ばれてるの。まあ、名残なだけなんだけどね。からここはMS乗りの戦艦です!軍じゃないよ?」

「まあ、正直その呼び方はあまり好きではないのだがな……」

呆然とするレイ。しかし事実を知ったレイはひとまず安心する。ここはやはりMS乗りの戦艦で、軍ではないのだ。

「そう言えばネルソンさん……が助けてくれたんですね、ありがとうございます。」

レイは決して〝大尉〟という呼び方をしなかった。初対面なのに愛称で呼ぶのは失礼にも程があると思った為だ。

「ガンダムタイプの機体があそこにあったからな、噂では聞いていたが、まさか新生連邦のガンダムが何故あの場所にいるのかは分からなかったが、とにかく敵のMSに襲撃されている姿を見て、私がMSに乗ってガンダムの回収を行った。その後にコクピットを確認したら、中にいたのが君だったと言う訳だ。」

「そ、そうだったんですか……それにしても、アインスガンダムを知ってるんですか?」

「新生連邦軍が新型のMSを開発していたと言う噂を聞いていたからな。そんな兵器をまさか操っていたのが君だとは思わなかったが。」

ネルソンは感心した様子で言う。その隣で、エリィは自身の右示指を口元に運び、レイの顔をじっと見ていた。美人に見つめられてレイは戸惑っている。

「あ……え……?」

「うーん、しかし貴方のような女の子があのガンダムを扱うなんてねー。」

じっと見た後でエリィはレイに対して〝女の子〟と言った。しかし〝女の子〟の単語が出た時、レイは思わず反発した。

「ぼ、僕は女の子じゃありません!男です!というか、さっきから僕は自分の事を僕って言ってるじゃないですか!」

エリィはレイを少女と間違えたのだ。顔付きが少女と間違えられてもおかしくない、レイがよく経験するトラブル。それが性別の間違いである。

が、相手は自分を助けてくれた。それを考えるとレイは先程の反発に対して謝る。

「あ……ご、ごめんなさい……助けてもらったのに、なんて事を……」

「いえいえ、こちらこそごめん!いや、自分の事僕っていう女の子っているから、レイ君はそんな子なのかと思って……しかし男の子なのね……凄い、どう見ても顔は可愛らしい女の子にしか見えないんだけどね。」

謝りつつも、エリィは笑っていた。しかしその傍らでネルソンが静かに呟く。

「ところで、ここにいる以上は君は故郷に戻ることは出来ないぞ。ここは君のいた所とは違う。今は上空高度500メートル付近ぐらいか……。今、セイントバードはエジプトのカイロに向けて移動中だからな。」

「高度……エジプト……え!?」

レイは慌てて起きようとするが、激痛が襲う。腹部を抑え、抱えた。

セイントバードは現在エジプトのカイロを目的地として移動している。つまり、彼は十日間寝ている間に、故郷のモントリオールから離れてしまったのだ。

「そ、そんな……!?なんで!?どうしてですか!?」

ネルソンは再び口を開く。

「君を保護したのは良かったのだが、こちらにも事情があってな……すまないが、君は当分故郷に帰ることが出来ない。君は恐らくモントリオール出身だろう。あの場所でガンダムを回収したからな。」

レイは衝撃を受けた。助けてもらったのは良い。だがその代償として彼は故郷へ戻る事が出来なくなったのだ。

「じゃ、じゃあ学校は!?定期試験だってあったのに!それだけじゃない、家族だ!母さんが心配する!友達だって……リルムだって……!」

慌てふためくレイ。しかし、慌てたところでどうする事も出来ない。

「君のEフォンはこれか。」

と、ネルソンはレイにEフォンを渡す。急いで彼は家族と連絡を取ろうとするが――

「圏外!?」

生憎だった。Eフォンの電波は届いていない。つまり、連絡を取る事が出来ないのだ。

「そんな……これじゃどうすれば……」

恐らく今頃彼の家族は探し回っている事だろう。家族だけでない。学校もだ。定期試験も有ったにも関わらずそれを受ける事すらできない。そして、現在地は圏外。自分の安否を知らせる手段がそもそもない。無論、これだけ離れてしまっては、学校に通うなど到底無理な話だ。レイは溜息を吐く。そんなレイの目からは静かに涙が二粒溢れ出た。

「すまないな、だがあのまま放置するわけにはいかなかった。放っておけば君は間違いなく命を落としていたからな。」

「それは……分かります……けど……」

自分の意思でない故郷との分かれ。レイのように、普通にジュニアハイスクールに通っている少年からすれば、これ程辛く悲しい話はない。だからと言って今すぐ故郷へ戻れとなど、言える筈がない。今はセイントバードの都合に付き合うしかできないのだった。

「レイ君、君の容体が安定するまではここで保護させてもらう。そして容体が安定すれば君をモントリオールまで送ろうと思う。」

「か、帰れるんですか?!」

「ああ、とにかく今は君の回復を待つだけだ。それが良くなり次第君を送る。ただし、その際ガンダムはこちらに預けてもらう。本来あれは君のような少年には不要なものだからな。」

「あ……は、はい……」

故郷に帰る際にはアインスは預けるという条件で、レイはしばらくここに留まることになった。意識が回復したレイを待っていた現実……それは認め難い事実であった。幸いなのはここがMS乗りの艦であり、彼の容体さえ回復すれば彼は故郷に帰り、再び家族に会えて学校へ行くことが出来る。つまりいつもの日常へ戻ることが出来るのだ。それが出来るのならば、今のこの状況も我慢しなくてはと、レイは思った。

「あ、そうだ……仕事に戻らなきゃ。レイ君、またここに来るから安静にしていなきゃダメだよ?」

「私も、機体の整備を手伝わなくてはな。」

そう言ってエリィとネルソンは部屋から去った。

二人が去った後、レイは故郷に戻ることが出来る希望について考えていた。容体さえ回復すれば戻れる……故郷に帰り、いつもの日常へ戻りたいと強く願うレイ。だが彼の意思とは裏腹に、今少しでも体を動かそうとすれば激しい痛みが彼を襲った。

「あうう……いた……い」

痛みの中でレイは別の事を考えた。結局これから自分はどうなるのかが分からない。ただ分かっている事は、ここの人間に悪そうな人間は居ないということと、向かっている先がカイロだということだけだった。寝起きに比べればパニック状態は緩和されているが、それでもまだ彼は落ち着くことが出来ない様子でいた。

(それに、僕はこれからどうなるのだろうか……こんなの、いきなり過ぎる……)

チェーニ姉妹との死闘に敗れ、気が付けば戦艦の中。彼自身、今この身に置かれている状況が謎に包まれている。その上腹部の痛みも取れず、ただ、彼は安静に過ごすしか出来なかった。

 

 

それから時間が経ち、ネルソンは自分の機体を整備していた。

セイントバードの中にあるMSはトルクスという名のMSが数機存在していた。

型式番号EMS-009C、トルクス。当時の地球連邦軍のMSであるジャスティスをセイントバードのクルーが独自に改修した機体である。その数、八機がこの艦に搭載されていた。

その中で、ネルソンが乗る機体はトルクスではない、専用のMSであった。

機体名称ハルッグ。型式番号DMS-T87。ハルッグは、ネルソン・アルビュースの乗る、彼専用のMSである。カラーリングは、白系統。MAに変形可能な可変MSであり、状況に応じて戦い方を変える事が出来る機体である。チェーニ姉妹にアインスガンダムを回収されそうになった時、レイを助けたのはこの機体なのだ。

今、ネルソンはアインスガンダムのコクピットに入り、そこからデータを抽出していた。アインスガンダムはどのような機体であるのか、どのような目的で制作されたのかと言った事等を調べる為に、彼はデータを確認している。

「成程。この、アインスガンダムは元々ビームライフルを装備する予定だったはずなのか。」

武装について解析をしているネルソン。実際、今のアインスの武装は頭部機関砲とビームサーベルしかない。この事にネルソンは疑問を抱く。

「開発途中に何者かが奪ったのか?奪ったとなれば……まさかあの少年が奪ったのか!?」

彼等が助け出したレイはアインスガンダムに乗っていた。どういった理由でレイがアインスに乗っていたのかは定かではないが、ネルソンにはそれが信じられない様子だった。

「……まさかな、仮にそうだとしても、あの少年はあの身なりで何らかの工作員か何かか?いや、あの反応からしてそうは思えないが……うーん、よく分からんが……それにしてもこの機体は武装が少な過ぎる。最低でもビームライフルはつけておきたいな。……そして試しに私が乗ってみるか?」

アインスガンダムのデータを見ながらネルソンは独り言を呟く。

「大尉!」

そこへ、一人の人間がネルソンの名前を呼んだ。名前はシンと言う。優秀な整備士で、若くしてここのメカマン達全体に命令を下している、整備長を務めている。その腕は優秀で、今までセイントバードの機体の修理を幾度も務めてきたのである。

「大尉、何やってるんですか?」

「シンか。このガンダムにはやはりビームライフルを付けるべきだと思わないか?」

「え?いきなり言われましてもねぇ……。」

「武装面で飛び道具がないのがとても辛い。確か試作型のビームライフルがあったはずだ。それを付けてみるか。」

「大尉が言うなら、やりましょうか。あれはトルクスのやつのビームライフルを改造したやつですからね。丁度良かったですよ。」

そう言ってシンはアインスにビームライフルをつけるように他のメカマンに命令した。整備長の命令に従い、メカマン達はデッキの端部分に置かれていたビームライフルをアインスの右部マニピュレーターに装備させる為、作業用のプチモビルスーツを使ってビームライフルを運び出す。

「しかし、この艦はやっぱり優秀ですね。整備室に工場があるからジャンクパーツを加工して武装に変えたりも出来ます。やっぱりセイントバードで良かったと思いますよ!」

この艦、セイントバードは只の大型空母だけでない。艦内には居住区をはじめ、武装を加工できる工場が備わっている。その上でMSデッキも多数搭載しており、彼等のようなMS乗りにとってはいわば“天国”と呼べるような環境なのだ。

「何にしても、ガンダムが戦力に加わるのは心強い。もう少し解析を進め、今後の為にも武装展開できるならばそれ用にジャンクパーツを加工しても良いかもな。」

「そうですねぇ!にしてもガンダムかぁーまさか実物を生で見られるとは!」

シンはガンダムの存在に高揚している。彼自身MS好きであり、生のガンダムタイプの姿を見ることが出来て、喜んでいた。

 MS乗り。そう呼ばれる者達。彼等にとってのジャンクパーツというのは、MS等の兵器のスクラップを拾い集め、それらを上手に利用したりして戦力の確保や賃金を得る為の貴重な資源。デウス動乱時に世界中に散らばったスクラップは、彼等のような存在にとっては宝も同然なのだ。

整備士であるシンは装甲の素材、そして機体の仕組み等に精通している。元々MS工学を学んでいた彼はデウス動乱を経験し、今ではMS乗りのクルーとして今、セイントバードチームの一員を担っているのである。

 

 

 

セイントバードの外ではある一機のMSがセイントバードの後方を移動していた。大型のMSで、怪しくモノアイが輝いている。まるで、セイントバードを追跡しているかのような行動だ。

 

バシュゥゥゥ

 

やがてそのMSは巨大なビームライフルを構え、それをセイントバードのエンジン部分に向けて発射した。ビームライフルはセイントバードのそれに直撃し、その機体はモノアイを輝かせてそのまま姿を消した。あまりに的確すぎる射撃。それは、まるでセイントバードの構造を理解している者が行っている行為に見えた。

その機体はすぐにその場から去る。まるで、任務を遂行し、逃げ去るように……

 

 

 

その衝撃は艦内にも響いていた。艦内は激しく揺れ、MSデッキにいた人間達は全員揺れに翻弄された。

「うわぁっ!」

「なんだ!?」

突然激しい揺れが襲いかかった。ネルソンは急いでブリッジにいるエリィに連絡した。

「艦長、どう言う事だ!何があった!?」

「今確認しました!エンジン部分がダメージを受けています!」

「なんだと!」

MSデッキはパニック状態だった。大きく揺れた艦がどのような状態になっているのかも分からない状態であり、皆が焦っていた。その時、ブリッジにいるオペレーターのインクが言う。

「航行エンジン大破!このままではセイントバードが墜落します!」

ブリッジにはエリィを含め三人がいた。オペレーターを務めているのがインクであり、操舵を行っているのがスラッグである。

そして、今インクが言った航行エンジンの大破。それはすなわち、航行不可能を意味していた。その上この原因が謎の機体のビームライフルによるものだということを彼等は知らないのだ。原因不明の事故により皆が慌てる中、エリィは冷静に指揮を執る。

「セイントバード下部にクッション展開、衝撃に備えて!スラッグ君は艦の角度を水平に保つように!艦が前傾したまま地上に落ちると爆発する可能性があるからお願い!」

「りょ、了解ぃぃ!クソタレー!!!」

エリィの指示により、操舵士であるスラッグは思い切り舵をとり、それを引いた。

エリィが指示した後にセイントバーの下部に巨大なクッションが展開された。弾力性に非常に優れ、墜落による爆発を防為のものである。

(落ちる先は最悪ね……)

今セイントバードが落ちようとしている場所。それは、サハラ砂漠だった。アフリカ大陸北部にある広大で、果てしない広さを誇る砂漠。地形のほとんどは砂や岩場のみの環境であり、人が住むには劣悪と言える環境。

例え艦が爆発しなくても最悪の環境でしばらく過ごさなければならなくなる。状況は悪くなるばかりだった。

その時、エリィは閃いたようにブリッジを後にする。

「艦長、どこへ行くんですか?」

「ちょっと彼の様子を見てくる!」

そう言ってエリィはその場を去った。残ったインクとスラッグはそれぞれの仕事を懸命に努めていた。インクは情報を艦内に伝え、スラッグは艦全体を安定させる為に懸命に舵を取る。

 

「レイ君!」

走ってレイの部屋の中に入るエリィ。その時すでに息が荒く、明らかに焦っている様子がレイからも見て分かった。

「どうなってるんですか!?さっき凄く揺れましたけど……」

「レイ君、落ち着いて聞いて。この艦はね、今墜落の真っ最中なの……」

揺れによって驚いていたレイは、エリィの言葉を聞いた5秒後に段々と目が見開かれ、やがて声を上げた。

「え……えええっ!?じゃあ……木っ端微塵じゃないですか!」

あまりに突然過ぎるトラブル。故郷に帰れる希望が見えたかと思えば今度は艦の落下。レイは戦艦にいることの危険性を理解できていなかったのだ。このようなことがあり得るなど予想していなかったレイは焦りを隠せない。

「だ、大丈夫。艦の下部にクッションを展開したし、この艦を運転する人が頑張ってるから、仮に地上に落ちても爆発は無い筈。これで衝撃は緩まる筈だけど……。ああ、もうだめだ……もうすぐ落ちるかも。」

「そ、そうですか……?うわぁっ!?」

 

  ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

次の瞬間、セイントバードは大きく揺れた。遂に落ちてしまったのだ。しかしクッションを艦の下部に展開していた上、急激な速度で墜落しなかった為被害が最小限に済んだ。爆発も起こらなかった。

「た、助かった……の?」

「……恐らく助かったかも……」

「よ、良かった……」

とりあえず生きていることに安心するレイ。しかし、エリィもこの謎の事故に関しては理解出来ていない様子だった。

「怪我は?」

「大丈夫です、ちょっと痛みますけど……」

「良かった……あ、そうだ……ブリッジへ行かなきゃ、状況がどうなっているのかを確認しないと……」

そう言うとエリィは部屋を後にし、急いでブリッジへ向かった。忙しそうなエリィの姿を見て、ただレイは次の言葉しか言えなかった。

「次々と、色々な事が起こるなぁ……」

無事で済んだのは良かったのだが、セイントバードは不時着してしまっている。この先どうなるのか……レイはそれが心配になった。

 

 

エリィはブリッジに向かい、艦全体に対して全員が無事かどうか、モニターを通じて確認した。

「各員、怪我はありませんか?」

エリィの言葉に対し、MSデッキにいたネルソンは言った。

「大丈夫だ。デッキの面子に怪我はない。しかし厄介なことになった。カタパルトが先程の衝撃で電気系統がショートして機能しない。これでは素早くMSを発進出来ないな。」

カタパルトはセイントバードの下部に存在しており、そこからMSが発進する。しかし今回エンジンを何者かに撃たれて不時着し、その衝撃でカタパルトを起動させる電気がショートしてしまい、機能出来なくなってしまったのだ。

「万が一敵が現れれば後方のハッチから出撃しなければならなくなる。しかしハッチを開けるのには時間が掛かるから、ハッチは開けたままにしなければならない。厄介な事になったな。」

MS乗りであるセイントバードのクルー達にとって素早く戦力を展開する事は必要な事だった。その為にもカタパルトは機能するべきなのだが、機能しない以上、ハッチは出来るだけ開けておいた方が良い。ネルソンはシンにハッチを開けておくように命令し、そして後部のハッチが開かれる。

「よりにもよって砂漠のど真ん中に落ちるとはな……」

「最悪……ですね……。しかもセイントバードは今、武装のエネルギーも切れてますから、万が一の時はMSしか頼れないですよ。」

エリィは溜め息を吐いた。今、セイントバードの武装は使えない状態だ。その上での不時着。もし何かあったら彼らにとって不利な状況となる。彼等は元々カイロにて補給を行う目的で航行していたのだが、攻撃を受けたことにより、それが出来なくなった。

やがて、ネルソンは開かれた後部ハッチから見えた光景を見て、その場所を把握した。

「厄介だな。しかも見た所近くに都市らしいものもない。ここに長居は出来ないぞ。」

ネルソンは溜息を吐いた。よりにもよって不時着した場所が砂漠の、しかも周りに都市が見えない場所だったのである。現在夕日が沈もうとしている時間だった為、この時間の砂漠の光景は美しいものがあったがそれを美しいと感じる余裕等、彼等には無かった。

「後で私がエンジンルームを見ます!どこに原因があるか調べないと……」

そう言ってエリィはネルソンとの通信を切った。

「最悪ですね、砂漠なんて。しかもど真ん中。」

「全くだな。」

シンとネルソンは広大に広がる砂の大地の光景を見て、ただ唖然とするしか出来なかった。

 

 

 

セイントバードが不時着した頃、その近くでなにやら不気味な影が多数潜んでいた。双眼鏡でセイントバードの姿を確認し、それぞれが笑っていた。まるで獲物を狙うハイエナのように。

「ずいぶん大きな物が落ちてきましたね。」

「こりゃあいい。随分でかい獲物だな。久々に狩人の血が騒ぐってか?」

男達がセイントバードを見て何やら会話をしている。その時、丁寧な言葉でもう一人の男と話をする男が言った。

「あ、待って下さい。あれって確か新生連邦軍の戦艦じゃないですか?しかも最新鋭の空中戦艦……」

セイントバードは元々新生連邦軍の戦艦であり、その姿を見て、新生連邦軍が不時着したと思う彼等であった。

「新生連邦の戦艦?じゃああれは軍なのか?」

「恐らくそうでしょうね。アスーカルさん。」

「じゃあ尚更だ。中には新生連邦のMSもいるだろう。それを奪ってやれば高値でジャンク屋に売れるってもンだ。クク、本当にでけェ獲物だな。」

アスーカル・エスペヒスモと言うその男は、別名砂漠の狩人と呼ばれている。大柄な体格に日焼けした肌。突出した三角筋の大男。狙った獲物は逃さないのが彼の戦闘スタイルで、広大なサハラ砂漠の、主にエジプト国のカイロの西部を縄張りとしている。MS乗りの間では有名な人間であり、今までに数多くのMS乗り達が彼によって殺されている。砂漠に迷い込んだ獲物は彼率いる砂漠の狩人を中心としたMS乗り達が容襲い掛かり、その異名の通り、狩りを行うのだ。

その時、アスーカルの部下が大きな声を上げてやってきた。名はパゴーダ。アスーカルと違い、体格自体は大柄ではない男。アスーカルと同様、日焼けしている肌をしている。赤いバンダナをしているのが特徴的な男である。砂漠の狩人のサブリーダーと呼べる人間である。

「アスーカルさん!」

「おお、パゴーダ。どうしたンだ?」

「あの戦艦とライブラリの照合データを合わせました。間違いありませんよ、あれは連邦のヒエラクス級です!大当たりですよ!」

パゴーダは嬉しそうにアスーカルに対して言った。

「やっぱりな!ここで新生連邦の巨大戦艦が不時着してくるとは思わなかったぜ!デウスの旧式ポンコツMSよりは新生連邦の最新鋭の方が金になるしな。さて、奴等が新生連邦である以上は性能もダンチの機体が出てくるだろう。その前に奴等を一気に叩くか!奴等のブリッジを壊せば勝ちだ!これより俺達は奇襲をかけンぞ!」

そう言ってアスーカルはその場から姿を消した。それに合わせるように、アスーカル以外の人間も姿を消す。

 

 

その後、アスーカルは自らの母艦に帰り、MSデッキにて作戦会議を始めていた。これから行う狩りの内容を明確にしているのだろう。

「目標はあくまであのヒエラクス級のブリッジ。恐らく連邦の奴等が落ちてきたンだろうな。こちらはそれなりの戦力はあるが迂闊に近づくのも危険だ。なぜなら敵は連邦軍!軍隊だ。俺もディザートディエルに乗って奇襲を掛ける。」

ディザートディエル。それはかつてのデウス帝国軍が使用していた量産型MS、ディエルの砂漠仕様の機体。型式番号はDMS-81D。全体的にサンドブラウンのカラーリングで固められている機体だ。砂漠と言う環境に対応する為、ビームライフルなどのビーム射撃兵器よりは、実弾兵器を所持している。

「俺が率いる部隊は直進し、あの戦艦のブリッジを狙う。MSを展開されては厄介だから、それらを迎撃する為にA隊は右回り、B隊は左回りに回りこめ。A隊とB隊が敵のMSを相手にしている間に俺達がブリッジを叩く!」

アスーカルはクルーのMS乗り達全員に対して命令を下す。相手が新生連邦軍の戦艦と言う事もあり、皆がやる気に満ちていた。この作戦が成功すれば彼等は新生連邦の最新鋭の戦艦のパーツ等を奪う事が出来、それによって収入を得る事が出来ると思っていたからだ。

「よし、総員!俺に続けよ!」

アスーカルがそう言った時、MS乗り達は一斉に手を上げ、

「オーッ!!!」

と気合の入った、威勢の良い声を上げた。

 

それから彼等のMSが所属戦艦のカタパルトから射出されようとしていた。

「遅れをとるな!目的は敵のヒエラクス級だ!敵もMSを出してくるだろな!MSはコクピットを狙え!最新型なら金になる!腕でも脚でも顔でも十分だ!美味い酒が飲めンぞ!」

そして、アスーカルの乗るディザートディエルが発進された。それに続くように、他のディザートディエルも発進される。

 

 

 

ウゥゥゥゥゥゥ

 

インクがセイントバード艦内全体に対して音声を流した。非常事態を告げる警報である。

「熱源感知!多数見られます!艦長!至急ブリッジまで戻ってください!」

「マジかよ!?不時着でパニクってる時にMSだと!?データ分かるかインク?」

操舵士のスラッグが焦りながら言った。それに対してインクは慌てて機体のライブラリを確認し、データを確認する。

「照合あった!MSはディエルタイプだ!昔デウス軍が乗ってたやつ!」

ディエル。型式番号DMS‐81。かつてのデウス帝国軍が使用していた主力MS。汎用性に優れる機体であり、地球圏でも多数が使用されたMS。現在の地球圏においてもその汎用性や操作性の高さから、MS乗り等をはじめとした集団によって乗り回されていることが多い。

「てことはMS乗りか!なんでこうも急に襲ってくるんだよ!」

その時、エンジンルームにいたエリィがブリッジに戻って来た。急いで戻ってきた為、彼女は息を荒げている。

「はぁっ……なんなの?敵なの!?何処の所属?」

「多分、MS乗りかと思います!」

「MS乗りが来たのね……各パイロットに発進させて下さい!大尉にも連絡しないと!」

そう言ってエリィは艦長席に座った。迫るディザートディエル部隊に対し、迎撃する為に彼等は戦う。

今から、セイントバードと砂漠の狩人と呼ばれた男、アスーカル・エスペヒスモ率いるMS乗りとの戦いが始まろうとしていたのだ。

 

 

MSデッキにいたネルソンはエリィの指示を聞き、MSに乗ろうとしていた。その際アインスの姿を見て、ふと思う。

(試しに乗ってみるか……)

彼はアインスガンダムに乗ってみて、敵と戦おうと考えていたのである。新生連邦の最新鋭機がどのような機体であるのかが知りたくなり、彼はアインスに乗り込もうとしていた。

「先にトルクス隊はハッチから出撃しろ。私はガンダムで出る。」

ネルソンがそう言うと、他のパイロット達は彼の言葉に従い、トルクスに乗って先にハッチから出撃した。そしてネルソンはアインスガンダムのコクピットの中に入り、起動させようとするが……

「パスワード!?ロックが掛けられているのか!?チッ、分からない……仕方がない、ハルッグで出るしかないか……」

アインスにはパスワードが掛けられている事を知らなかったネルソンは諦めてアインスから降りる。その姿をシンに見られ、シンは声を掛けた。

「どうされたんですか?」

「どうやらアインスガンダムにはパスワードが記載されていてな、分からないのだ。今は非常時であるから今回はハルッグで出る。」

「パスワード……?わ、分かりました!健闘を祈ります!」

ネルソンは急いでハルッグのコクピットへ向かい、乗り込み、起動させる。するとハルッグの頭部のモノアイが輝いた。

 

ビゴォン

 

「ネルソン・アルビュース、ハルッグ出るぞ。」

そしてハルッグは既に空いているハッチから出撃し、すぐにMAへと変形した。これから彼は敵であるディザートディエルの迎撃に向かう。

 

 

 

砂漠の狩人率いるディザートディエル隊とセイントバードのMS乗りの戦いが始まった。前者はセイントバードのブリッジを破壊して艦としての機能を失わせる為に戦い、後者はセイントバードを守る為に奮闘する。

「出てきやがったか!予想より動きが早ぇな新生連邦め!」

アスーカルはディザートディエルのバーニアの出力を高め、所持しているディエルマシンガンをトルクスに向けて連射する。一方のトルクスはビームライフルをディザートディエルに向けて撃つが、アスーカルの乗るディザートディエルはこれらを軽々と回避する。

「当たらないね!……ン、新生連邦の機体にしては噂のモノアイタイプじゃない?こいつら何者だ?」

アスーカルは彼等に違和感を覚えていた。彼が知っている情報では、新生連邦のMSはディーストといった、デウス帝国の技術が使用されている機体の筈である。だが彼等が戦っているのはトルクスという、砂漠の狩人達にとって見た事のないMSだったのだ。ジャスティスと同様のバイザー型のカメラアイ。だが見た事のないMSの存在。疑問を抱きながらも、砂漠の狩人は迫ってくる。

「よし、各機撃たれるなよ。」

一方でネルソンがハルッグからトルクス達に指示を出した。直後にハルッグはMSに変形し、装備されているロングビームライフルで敵のディザートディエルを狙い撃ち、撃破する。

「う、うわああ!」

高出力のそれは一撃でディザートディエルを仕留めた。しかしそのパイロットは間一髪コクピットから脱出している。が、仲間が倒されたと思っていた他のディザートディエルが躍起になり、腰部に搭載しているジャイアントバズーカを装備し、撃ち始めた。

「あのモノアイ可変機!あいつらのエースと見た!奴は俺が相手する!お前らはブリッジを狙え!」

アスーカルは他の機体に指示を出した後、ハルッグに向かい始めた。

「了解!」

他のディザートディエルはセイントバードを狙う為に行動する。セイントバードを攻撃させない為、トルクス達はディザートディエルを攻撃し続ける。だが砂漠仕様であるそれらの機動性はトルクスと比較して段違いであり、簡単に回避される。トルクスは空中戦を行う事が出来ない為、砂の大地という過酷な環境で苦戦するばかりである。

「クソッ相手は旧式の機体なのに!」

一人のトルクスのパイロットが、ビームサーベルラックを背部から抜き、ビームサーベルを展開した。そして眼前にいるディザートディエルに向かって切り裂こうとする。

「甘いねェ!」

するとディザートディエルは腰部からビームトマホークを展開し、トルクスの右腕部を切り裂いた。直後に頭部機関砲を撃つが、これも避けられる。

「クッ、あいつら!」

苦戦するトルクスいくら攻撃を加えても、砂漠という環境で有利なディザートディエルが機動性で彼等を翻弄する。

 

バシュゥゥゥ

 

その時、ロングビームライフルによる射撃が得意げになっていたディザートディエルを撃ち抜き、またしても撃破した。ネルソンのハルッグである。

「大尉!」

「砂漠は我々にとって不慣れな環境だからな。やられないようにだけ気をつけろ。」

「はい!」

そう言ってハルッグがその場から離れようとした時だった。

「直々始末してやる!!エース野郎!!!」

アスーカルの乗るディザートディエルがハルッグに迫って来た。ジャイアントバズーカを持ち、連射した後にそれを捨て、ビームトマホークで切り掛かる。ハルッグは急いでMSに変形し、ビームサーベルを展開し、互いに拮抗し合う。

「なんだ……?この機体だけ動きが……!?」

その時、アスーカルがネルソンに対して通信回線を開いた。ネルソンはアスーカルの姿を見て、驚愕する。

「その顔、見た事があるな……砂漠の狩人か!」

「ほぉ!新生連邦に俺の事が知られるとは光栄だな!相手がエースだろうから顔を見てみたが、なかなか強そうだ!」

砂漠の狩人はMS乗りの間では有名な存在である。砂漠を拠点に活動し、他のMS乗りを強襲してはその残骸を奪う、危険な存在。その為MS乗り達はセイントバードのクルー達が現在いるカイロ西部周辺のサハラ砂漠には出来るだけ近付かない様にしているのである。 

新生連邦にも砂漠の狩人の存在は知られていたが、新生連邦は狩人を脅威に思う事は無く、野放しにしているのである。

 やがて両者は一度離れる。その瞬間にハルッグはロングビームライフルをディザートディエルに撃つが、それらは回避される。

「ちぃっ!」

「機体も強いし、腕もいいな!新生連邦のエースさん!」

アスーカルがディエルマシンガンを構え、発射しようとした時、ネルソンが言った。

「残念だが我々は新生連邦とは違う!」

「なっ……?じゃあ……お前ら何者だ!?」

「我々も貴様達と同じであろう、MS乗りだ!」

ハルッグは頭部機関砲を撃った。急な攻撃だった為、アスーカルの乗るディザートディエルはダメージを受ける。

「へぇ……それは面白い!只のMS乗りが連邦のヒエラクス級を持っているのには訳アリだろ!?」

「敵に教える義理は無い。それよりも、手加減はせんよ!砂漠の狩人!」

ハルッグのビームサーベルが光った。それを見たアスーカルはディザートディエルのビームトマホークを装備する。

「砂漠の狩人である俺を知っていて果敢に立ち向かうとは上等だな!面白い!」

ハルッグはビームサーベルを構えながらバーニアの出力を上げ、アスーカルの乗るディザートディエルを切り裂こうと心掛けたが、それは無駄だった。相手に動きが見切られたのである。

「当たるか!」

「ちぃ!」

そしてディザートディエルのビームトマホークは再び展開され、ハルッグに迫る。

「砂漠の狩人である俺が、お前なんぞに負けるはずが無いンだよ!!!なめンな!!!」

その瞬間、ディザートディエルのモノアイが怪しく輝いた。

「流石に異名を持つだけの事はあるか……!」

「俺がお前らを殺して金にしてやるってンだよ!」

「残念だがそうはさせんよ!セイントバードは守る!」

「どうかな!?」

アスーカルの言葉に違和感を覚えたネルソンは、セイントバードの方を見た。すると、一機のディザートディエルがジャイアントバズーカを構え、ブリッジを狙おうとしていたのだ。

「クッ!」

慌ててロングビームライフルを構え、急いでそのディザートディエルを狙うネルソン。だがその行為が仇となった。

「うわっ!」

アスーカルの駆るディザートディエルに蹴り飛ばされ、砂漠の大地に叩き付けられたのだ。

「油断したな!さて、とどめを刺してやる!」

ディザートディエルはビームトマホークを展開し、ハルッグのコクピットを切り裂こうとしていた。

「チィッ……」

すると、ハルッグは両肩に搭載されているショルダービーム砲を展開し、ディザートディエルに目掛けて撃った。それに気付いたアスーカルは素早くそれらを回避する。その際にハルッグは再び立ち上がり、急いでMAへ変形した。

「野郎、逃がすか!」

慌ててディザートディエルのバーニアの出力を上げ、空中に浮こうとしたーー

 

                ズバァァァッ

 

MAとなっていたハルッグは高速でアスーカルのディザートディエルの背後に回り、MSに変形。その直後にビームサーベルを展開し、バーニアを切り裂いたのである。そして爆発が生じ、ディザートディエルは動きを停止した。

「ちぃっ……油断した!全員帰還!一旦引き揚げンぞ!」

アスーカルが他のMS乗り全員に対して引き上げるように言った後、一人のMS乗りが言った。

「え、もう少しでブリッジを狙えたのに!?」

「こういうのはな、行ける時には行って、無理な時は引くのが鉄則なンだよ!」

メンバーの一人に、アスーカルは言う。熱のこもった、言葉だ。

「それに砂漠の狩人の俺がやられたらお前ら全員解散だぞ!解散したらそれからどうする?アホで学力のないお前らがどこかの企業に就職する宛てあるか?どうせMS乗れるからそれを生かした運び屋とか下手な傭兵ぐらいしか出来ないだろうが!それだったら今みたいにMS乗りで稼いだ方がよっぽど良いだろ!大人しく俺に従え!」

「すいません!分かりました!全員、帰還!!」

やがて、砂漠の狩人達は撤退していった。突然の強襲に対し、突然の帰還。余りに潔く、素早い敵の動きに、残されたセイントバードのMS乗り達は唖然としていた。

「突然の引き上げ……か。」

ネルソンは安心したのか、静かに溜息を吐く。

「とりあえずは助かったのでは?」

「そうだな。引き上げるぞ!各MS、遅れるなよ。」

ハルッグは変形し、セイントバードへ帰還した。ネルソンに続くように、トルクス達もセイントバードへ帰還していく。

 

 

 

突然の砂漠の狩人の襲来から時間が経過し、夜が更けてきた頃。皆落ち着きを取り戻し始めた頃。再びエリィはエンジンルームにいた。今度はネルソンも一緒である。

「砂漠の狩人ですか。」

「機体自体はデウス動乱時のMSだから性能は高くは無い。だがパイロットの技量が高い。おまけに相手は砂漠に特化している。また襲われたら厄介だぞ。他のMS乗りが恐れるのも分かる。」

「また襲われない為にも急いでエンジンを直す必要がありますね。原因さえ分かればそこを修理すれば良いだけなんですけどね。」

会話をしながら両者は奥へ進む。その時、ネルソンが口を開けた。

「艦長、正直思うのだが……」

「はい?」

エリィは首を傾げる。

「艦長がこのような場所にいる必要はないと思う。このような場所では何が起こるか分からない上に……その……貴方は女性だ。女性がエンジンで汚れる必要はないと思うのだが……」

何故かネルソンは言葉を詰まらせながら言った。エリィはそれに対し、笑顔で答える。

「あ、気を遣ってくれてるんですね!ありがとうございます!でも大尉、この艦は私にとって家族も同然なんです。クルーも同じで。だからこそ、この艦のトラブルは艦長である私が原因を探してあげないと……と思いまして!」

彼女の言葉から、それ程にセイントバードの事を大切に思っている事が分かる。ネルソンもエリィと同様に笑みを浮かべ、言った。

「貴方が死ぬ時はこの艦と一緒だな。なら、この艦を余計に守る必要があるな。」

「え、縁起でもない事言わないで下さいよー!」

エリィは慌てた様子で言った。

「冗談だ。」

「もう……大尉ってばー!」

仲の良い両者。しかしそのような事を言っている場合ではない。今はセイントバードのエンジンを修復させ、一刻も早く砂漠の狩人が潜むこの砂漠の大地から脱出しなければならないからだ。このまま放置していてはいつ敵が襲ってくるか分からない。砂漠での戦闘が不慣れな彼等にとって、この大地にいる事は非常に危険なのだ。今回は偶然にもネルソンのハルッグが活躍をしてくれたが、次も上手くいくとは限らないのである。

 

 

 

 砂漠の狩人は撤収していた。そこで、彼は部下達の人数の確認を行っていたのである。

「全員無事みたいだな。」

砂漠の狩人率いるMS乗りは、全部で十三人。その内二機のディザートディエルが破壊されたが、全員が無事だったのだ。

「機体はこの際仕方ねえ。命があってナンボの戦場だ。残り十一機のディエルで、あれを襲えるかは怪しいレベルだけどな……」

彼等から見たセイントバードは宝の山である一方で、脅威である。新生連邦の最新鋭の空中戦艦。やはり一筋縄ではいかないといった様子だった。

「メンバーが無事なら良かったですよ。今は休んだ方が良いですよ。ね?」

サブリーダーである、パゴーダが言った。

「まあ、そうだな。今日は全員休め!奴らも恐らく疲弊しているはず。まさか奴等から襲ってくることはねぇだろ。」

アスーカル・エスペヒスモ。砂漠の狩人の異名を持つこの男は部下想いの男でもあった。彼は先の戦いで出撃したメンバーが皆無事だったことを、心から喜んでいたのである。

 

 

 

その頃、レイはベッドで横になっていた。この時、レイは不安を抱いていた。何故ならば見た事も無い場所にいるからである。一体自分はなぜこんな場所に来てしまったのか……。どうして自分はこんな事に巻き込まれているのか……理解などできる筈の無いレイだった。

その考えを止めるかのように、今度はレイに頭痛が襲ってきた。

「うぅ……!」

レイは傷を抑え、痛みを和らげようとした。しかし原因不明の痛みはレイを襲い続ける。今までに無い出来事、これからどうすればいいのか分からない不安、そして死ぬかも知れないという恐怖、更には痛み。幸いなのはここのクルーが優しい人ばかりという事。しかし全く知らない環境に置かれたという事が彼にとってあまりに辛い状況だった。

(これからどうなるんだろう……僕は家に帰る事が出来るの?きっと、母さん達は心配してる……)

母親に迷惑を掛けていると感じているレイは、頭痛を抑えつつ、少しでも自分を落ち着かせようと深呼吸をするが、結局落ち着く事は出来なかったのである。 

 

ウィィィィン

 

その時、エリィがレイの部屋に入ってきた。エンジンのチェックが終えた為、レイの様子を見る為に入って来たのである。

「やっほー、レイ君!はー疲れた!」

レイに挨拶するなり、彼の眠るベッドに腰掛けるエリィ。彼女はうんと欠伸をし、両手を組んで前方へ伸ばし、背中のストレッチを行う。

「……なんか臭います……」

ぼそっとレイが呟くと、それにエリィが反応した。

「気付いた!?結構レイ君って鼻が敏感なんだね。」

「どこかに行ってました?」

「そう!エンジンルームにね。さっきエンジンが大穴空いているの見つけちゃって。でもどうにか修理が可能な範囲だから、みんなで協力して直していく予定だよ。」

「直るんですね!良かった……」

エンジンが直る……それはつまりレイが故郷に帰られるという事だ。あまりに突然のトラブルに不安で一杯だったレイだが、エリィの言葉を聞いて安心した。

 だがその直後、再び頭痛がレイを襲った。治まったかと思えば再び痛みだす頭。思わず彼は痛みが出る部分を押さえつける。

「あぅ……」

「あ、レイ君大丈夫!?ちょっと待ってて!」

突然エリィは立ち上がり、部屋の棚を開けた。そこにあった頭痛用の冷却シートを取り出し、レイの額に当てる。

 エリィがレイの額に当てている……魅力的な容姿のエリィが彼の前にいるという事実が、レイの顔を赤く染めさせた。

「……。」

「あ……あら?大丈夫?少しでも痛みがましになるかと思ったんだけど?」

「だ、大丈夫です!ありがとうございます!忙しいのにこんな事してもらえるなんて……」

レイは申し訳が無い気持ちになった。先程の戦闘で恐らく慌てていた上にエンジンの修理の為にエンジンルームに見に行ったエリィ。彼女は多忙なのだ。その中で自分の為に時間を割いてくれる事が嬉しいと同時に、複雑だった。

「へぇ、礼儀正しいね、レイ君って。」

「そんなことないです……迷惑を掛けてるだけですし……」

「ううん、そんな事無いよ。気にする必要なんてない。貴方はお客さんだしね。それより、こっちこそ迷惑をかけてしまったわね。」

「迷惑……?」

エリィは表情を暗くした。

「砂漠に落ちてしまった上にいきなり戦闘だなんて……。本当に申し訳ないわ。」

「え?いや……謝られても……まさか敵が襲ってくるなんて思わないじゃないですか。」

レイは彼女をフォローしたが、彼女は自分を責めた。

「今回戦っていた相手はね、MS乗りって言って、私達と同じ立場の人間なの。私達が不時着した所を狙ってきたのよ。弱っている獲物を仕留めるハイエナみたいな感じ。無理もないのよ。だってこの戦艦、設備も最新鋭だしMS乗りからすれば高額で売れるようなパーツを多数搭載している訳だから。狙われるのは当たり前。今回はどうにかなったけど、次はどうなるか……」

エリィは不安な様子だった。MS乗りの中でも厄介な敵である砂漠の狩人と戦う事になってしまったセイントバードのクルーは、エンジンが直るまでは警戒態勢を怠る事が出来ないからだ。

「だから早くエンジンを直さないと駄目なの。相手は砂漠の狩人という男が率いる、悪名高いMS乗り。レイ君を守る為にも早く……ね。それにこの艦をやらせたくないし。」

「エリィさん……」

彼女の言葉により、今回襲ってきた敵は厄介な敵である事が分かった。それならば、せめて自分もガンダムに乗って戦う事が出来れば……と彼は思うのだが、それは恐らく彼女が許さないだろう。彼は行動を慎む事にした。

「さて、仕事、仕事!エンジンを直さないと!レイ君は大人しく寝ていてね!貴方はこの艦の事を気にする必要はないの!安静にしていてね!お休み!」

「あ、おやすみなさい……」

エリィは部屋から出た。この時、彼女は非常におせっかいで、尚且つ艦の事を考えている優しい人間であると、彼は認識した。

「エリィさん……か……」

優しくも美しいエリィに看病されたレイは嬉しそうな表情を浮かべる。そして、レイは安心した様子で静かに目を瞑った。気持ちだが、頭痛も少しだけ緩和されたような感覚だった。

 

 

 

一方、新生連邦政府軍のクラリス・デイルはスパイッシュに左遷され、カナダ北部、アラスカ付近の部隊と合流していた。アインスガンダム奪還に失敗したクラリス。その左遷先は、このような極寒の地だったのである。

今、彼は新型の水中用MSの試験運用テストの為のテストパイロットを務める為に、オタワから派遣されてきたのである。

「ちっ……こんな場所でどう頑張ればいいんだよ……。寒い!何て寒さだ!寒過ぎる!」

左遷された上、このような地で試験テストという扱い。クラリスは、自身の不幸を呪った。

そして、クラリスはこの寒さに対して苛立ちを感じていた。

「スパイッシュめ……あいつ、絶対いつか痛い目見せてやるからな!」

右手で握り拳を作り、左手でそれをガツンと力一杯叩いた。それを見ていた兵士が言う。

「落ち着いて下さいよ!あんまり上官の悪口は言わないで下さい!」

「うるさい!あのデブ野郎むかつくんだよ!無能の癖に口だけはイッチョ前!あのクズ野郎さっさとくたばらねえかな!?大体……」

スパイッシュ・カルディアムの悪口を延々と言う。兵士は呆れて言葉が出ず、彼が落ち着くのを待つばかりだった。

 やがてスパイッシュへの悪口が終わった時、クラリスは息を切らしていた。それ程に彼に対する不満が溜まっていたのだろう。

「なんとなくだが……この先もいろんなMSに乗せられそうな気がするぜ。まあ、それはそれでいいんだけどさ。」

クラリスの言葉に呆れた様子の兵士は、話を進めようと口を開いた。

「さて、中尉。貴方に乗って頂くMSはこの近くにありますよ。行きましょう。」

「お前話遮ったろ。まーいいけどさ。」

話を聞いてもらえないクラリスは舌打ちを打ちながら兵士の後をついて行く。不機嫌な様子のクラリスを後ろに、兵士は嫌そうな顔をしていた。

 

 兵士とクラリスは基地の中に入った。引き続き兵士はクラリスにテストパイロットを務めてもらう機体に乗ってもらう機体のある場所へ案内する。

 やがて5分程度歩いた先に、その機体はあった。ディーストに形状は似ているが機体色は青く、海水に浸かっているMSであった。

「水中実験機です。この機体での貴方の戦闘データによって、水中用の機体が量産される予定です。ですから、今から行うテストは非常に大切な物となります。」

「武装は?」

「魚雷、フォノンメーザー砲です。今からこれらを使って、海中に配備されている無人MSを攻撃してもらいます。攻撃はしてきません。あくまでも的です。」

「……やってみっか。」

クラリスは両側に首を側屈させ、コキコキと鳴らし、すぐに水中実験機のコクピットへと搭乗し、起動させた。

 その後、クラリスは水中実験機を操縦し、海中に存在するMSを撃墜していった。いずれも正確な狙いで魚雷やフォノンメーザー砲を撃ち、確実に撃破していく。その試験は15分程度で終了し、水中実験機はクラリスの戦闘データを得る事が出来た。これが、今後新生連邦軍の新たなるMSに使用されるという。

(俺が今後どんな機体に乗るかは分からねえ。しかし、どんな機体に乗ろうとも、また、いつかあいつ……レイの奴に会う事があれば、必ず俺の手で……!)

密かに抱く、レイへの復讐心。彼に煮え湯を飲まされ続け、クラリスは怒りを抱いているのであった。

 

 

 

一方で、エリィはブリッジにいた。そこにはオペレーターのインクと操舵士のスラッグがリラックスしていた。

 セイントバードのブリッジは大人数ではない。オペレーターのインク、操舵士のスラッグ、そして艦長のエリィ。非常事態の時も普段の時も三人だけしかここにはいないのだ。他にも人が入るとすれば、たまにネルソンがエリィに連絡をする為に部屋に入ってくる程度である。

今、エリィは艦長席に座っている。エンジンルームにて、エンジンが大破した原因を追及する為に一日中歩き回っていた為、疲れている様子だった。

「艦長眠そうですね。お疲れ様です。」

オペレーターのインクが言った。

「ふぁぁ……もう眠たくて……。今日は色々な事があったからね……」

「でも夕方の時の奴等がいつ襲ってくるか分からねえんだろ?警戒態勢は怠る事は出来ねえよな。」

「ホントそれ。砂漠に不時着した上にMS乗りに襲われるなんて、ホントツいてないよねー。」

インクはスナック菓子を食べながら言った。一方のスラッグは自身のEフォンを弄っている。

「お前お菓子ばっかり食べてたら太るぞ?」

「うっさいわね。警戒態勢なんだからカロリーは必要なのよ。それに若いし。あんたと同い年だけど。」

このように、スラッグとインクは仲が良い。喧嘩もする事はあるが、非常事態の際には艦長であるエリィの指示に従い、的確に仕事をこなす。だが非戦闘時では彼等は常に喋っている。

「二十代じゃ代謝もいいし、太りませんよね!艦長!……艦長?」

インクがふと後ろを向くと、そこには艦長席で眠りに就いているエリィがいた。すやすやと寝息を立て、腕を組みながら眠っている。

「寝てますな。インク、俺も仮眠取るわ。流石に眠くてたまんねぇよ。」

「えー!?もう少し起きててよ!」

インクがスラッグを起こそうとするが、スラッグはそのまま椅子の上で腕を組み、眠り始めた。ブリッジの中で一人起きているインクは寂しそうな表情で自身のEフォンを弄り始めた。

 

 

 セイントバードのMSデッキではネルソンとシンが会話をしていた。夕方の戦闘でダメージを負った機体の修理の為、メカマン達は総動員で修理を行っていた。

「砂漠の狩人が近くにいる以上、眠りに就く訳にはいかない。奴等がいつ来ても良いように準備をしておかなければな。」

「そうですね。それより大尉、アインスガンダムはパスワードって話ですけど……」

夕方にネルソンがアインスを起動させようとした時、パスワード認証画面が現れ、彼が動かす事が出来なかった。その事に疑問を抱くシン。彼の疑問に対し、ネルソンは口を開けた。

「パスワード認証という事は、それを知っている者しかアインスには乗れないと言う事だ。つまり……レイ・キレス……あの少年がパスワードを知っていると言う事になる。やはりあの少年が新生連邦の最新鋭MSであるアインスガンダムを……」

「奪ったって事になりますね。」

「……信じられん。」

ネルソンは納得が行かない様子だった。無理もない。レイのような少年が新生連邦のMS……増して新型機体であるガンダムを新生連邦から奪うのだから。この時、ネルソンはレイに対して興味を抱いていた。何故ガンダムを奪う事が出来たのか?それが知りたかったのである。

「今日はもう遅い。明日、何事もなければ彼に事情を聞いてみる必要がありそうだな。」

「でも今日は徹夜で修理ですよ。また砂漠の狩人が襲ってきたらたまったもんじゃありませんからね。」

「交代制にしよう。半数が修理をし、半数は仮眠を取る。早くセイントバードのエンジンを直さなければな。」

ネルソンの提案により、MSデッキにいた半数のメカマンやMS乗り達はそれぞれトルクスの修理をする事にし、半数は仮眠を取る事にした。1時間半毎に交代という、ネルソンの案に皆が賛成し、彼の指示に従った。

 セイントバード。元々新生連邦軍の大型空中空母であるそれは、何故かエリィをはじめとするMS乗り達によって運用されていた。だが謎の攻撃によってエンジンを破壊され、砂漠の大地に不時着する。レイは予想外のこの状況に、ただ困惑する事しか出来なかった。この先どうなるのか、一体何が待っているのか?レイは不安に満ちていた。レイだけでない。このセイントバードのクルー全員が不安だったのである。




第八話投了。
戦艦の中で目を覚ましたかと思えば何者かによって撃墜され、更に敵のMS乗りに襲われるという二転三転の話。砂漠の戦闘の描写って難しいです。


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第九話 砂漠の狩人

MS乗り、砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモは早朝に単機、不時着したセイントバードの偵察に向かうが――


 

 朝が来た。夜明けの砂漠。それは幻想的な景色を醸し出す。観光などで砂漠を訪れた場合はその絶景に感動する者も居るだろう。

 しかし現状はそれに感動する余裕はない。何せ、不時着したセイントバードは身動きが取れない状態の上、近くにはハイエナの如く、砂漠の狩人こと、アスーカル・エスペヒスモ率いるMS乗りがいる。いつ、襲撃されてもおかしくない状況。緊迫した状態は続いている。

そして、その夜明けを砂漠の狩人は双眼鏡を通し、セイントバードを見ていた。

「よし……あれは動いていないようだな。」

砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモ。カイロ西部のサハラ砂漠を縄張りとしているMS乗りの首魁。彼の指揮する艦、ビヤーバーンは、かつてのデウス帝国軍が所有していた戦艦であり、大型陸上戦艦である。

「ふああ、おはようございます。アスーカルさん。」

と、欠伸をしているのはサブリーダーと言える男、パゴーダだ。アスーカルが出撃をしているときは、パゴーダがビヤーバーンの艦長を務める。

「おう、調子はどうだ?」

と、気にかける様子のアスーカル。

「調子は特に問題ありませんね。というか奴等、MS乗りなのになんであんな戦艦を乗り回しているのかが気になりますよ。」

セイントバード。新生連邦軍の空中空母、ヒエラクス級の戦艦。多数のMSを輸送するのに使われる大型空母。艦内には工場もあり、兵器の加工等も可能なその戦艦。

 只のMS乗りである筈のセイントバードのクルー。何故、彼等がこのような優秀な戦艦に乗っているのかが、彼等には理解しがたいのだった。

「新生連邦は軍備増強を続けているって話だ。そのお零れは少しずつだが他のMS乗り達も貰っているって話だぜ。無論、テロリストもな……」

と、アスーカルはハンバーガーを食べながら言った。

「つまり、あの戦艦はお零れの中で手に入れた可能性が高いって事ですか?」

「となれば新生連邦本部の警備はザルって話になるけどな。あんな戦艦を只のMS乗りにくれてやるなんて普通じゃあり得ねェぞ。」

「真相は、闇の中……ですね。」

パゴーダはコーヒーを飲み、眠気を覚ます。

 やがてアスーカルはハンバーガーを三口程で平らげ、そのまま咀嚼しながら言った。

「まあいい。どの道あれはでかい獲物だ。絶対に手に入れてお前らに上手い酒を頂ける金を得ようぜ!!」

アスーカルはハンバーガーを食べる時に使った紙屑をクシャクシャと丸め、それをその辺りに捨てる。

「それするからビヤーバーンが汚れるんでしょ!環境問題考えて下さいよー!」

そう言いながら、パゴーダは紙屑を拾い、近くにあったゴミ箱に捨てた。

「飯も食った。すぐに俺が出る。昨日の奴等の戦力をきちんと確認しとかねえとな。」

「え、すぐに!?しかも一人で!?いや、何するんですか!?」

パゴーダは驚いた様子だった。無理もない。まるで“その場のノリ”で決めたかのようなアスーカルの行動。たった一人で偵察に行くと言う、一見無謀な行為。

「当然だ。他の奴らに迷惑かけられるかよ。ついでに戦力も減らせたら一石二鳥ってな!」

この男は、偵察以外にも敵と交戦する気でいるらしい。本来偵察と敵との交戦は別物であるが、この男は混同していた。

「アスーカルさんが万が一やられたら……」

「そう言う事は言うもンじゃねえ。俺はクルーの連中には良い暮らしをして欲しいし、だからこそ率先して動かなきゃならねえのさ。“やられる”とか言うのはその時になったら考えたらいい。」

MS乗り達を想う存在であるアスーカル。それ故に何かの行動をする時は率先して行動する特徴がある。しかし万が一彼が倒されれば、彼が率いるMS乗り達のその後の人生に影響を与える。つまりは勝手な行動をされると、クルーにとって危険なのだ。こうした矛盾を抱える男、アスーカル。自身の行動に絶対的な自信を持つ男。それは砂漠の狩人と言う異名がこの男の行動理念を作り出しているのかも知れない。

「まあ、もし、万が一だ。俺が帰ってないって事があれば夜まで待て。もし帰って来なかったらバギーを出して捜索に来てくれ。多人数で出るのはやめろよ。」

と、彼は念を押すようにパゴーダに言った。

「了解です、検討を祈りますよ。」

と、アスーカルはすぐにMSデッキへ向かった。

 即行動する行動力があるこの男。しかし、それがパゴーダにとっては悩みの種でもある。しかし、彼の男気のある行動にMS乗り達は付いて行くのだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――死ね――――――――――――――――――

 

「うわあああっ!」

レイは、再び悪夢を見ていた。いつも同じ結末の、奇妙な夢。その為か、目覚めは良いとは言えない。

 朝。本来ならば自宅で迎える筈の、朝。しかし彼は今違う場所で目を覚ました。目覚めて最初に見るのは、知らない、白い天井。覚えのない場所。今までの寝床と違う感触のベッド。全てがレイにとって初めての環境。そのような所に彼は十日間も眠っていたのだ。

(……この夢って、なんていうか……不規則だよなぁ。)

レイが思うように、彼の見る悪夢は規則性がない。見ない時もあれば、見る時もある。しかし何故同じ悪夢を見るのかは全く分からない。以前に心療内科で診察を受けてもそれは分からないのである。

 

ウィィィィン

 

その時、自動ドアが開かれた。そこで姿を現したのは、艦長のエリィだった。

「おはよう、レイ君!昨日は眠れたかな?」

「あ……おはようございます。はい、どうにか。」

会釈をするレイ。

「多分、まだ痛みも強いと思うから安静にしていてね。それと、朝ご飯も用意してるから、お腹が空いてたら食べてね!」

と、エリィが用意したのはお粥だった。病み上がりのレイを考慮しての朝食なのだろう。

「あ、ありがとうございます!」

レイは再びお礼を言った。そして、そのまま用意されたお粥を食する。

 まさか、艦長であるエリィが自分に朝食を持って来てくれるとは思わなかった。それがより、彼を嬉しく感じさせる。

「じゃあ、私はこれで。艦長室に行ってますのでー。」

エリィは朝食をレイに渡し、部屋から去った。

 優しいエリィ。恐らく昨晩の砂漠の狩人率いるMS乗りの強襲もあり、眠れていないだろうと考えていたレイ。それなのに、怪我人である自分に朝食まで用意をしてくれる。彼は、申し訳ない気持ちにさえなった。その時、レイはとある事を考えた。

(あれ……そう言えば昨日は痛かったのに、今日は全然痛くない。)

昨日は少し動こうとすれば腹部に鋭痛が生じた。だが、今はそれがない。痛みがましになるといった経過どころの話ではない。痛みが全くないのだ。

(昨日は頭痛もあったよね。それも、ない。)

夜間は頭痛も生じた。だが、それも今はない。

 試しにレイは身体を動かす。痛くない。両足関節を底背屈させても動く。彼はそのまま寝返りの動作をした。痛みは全くない。

 やがて彼は立位姿勢を取る。僅かに立ち眩みは生じたのだが、それでも軽くふらついた程度。

「……あれ?どうして?」

十日程生死を彷徨っていたレイ。しかし十一日目にして、彼は自らの足で立ち上がる事が出来た。自分自身、それは不思議な事だった。

 

ウィィィィン

 

と、彼の居る病室に再び来客が。今度はネルソン・アルビュースが入室したのである。

「調子はどうかな、レイ・キレス君――」

ネルソンが見たレイの姿。それは安静にしていなければならないはずなのに、何も持たないで立位姿勢を取っているレイの姿だった。

「あ……えと……はい、大分良くなりました!」

体調が戻ったことを伝えるレイ。しかし、ネルソンは血相を変えて言った。

「勝手に動くな!!」

突然大声を上げるネルソン。レイは慌ててベッド上で端坐位をとった。

「す、すみません!」

「いや、私も大声を出して済まない……しかし、どういう事だ……何ともないのか?」

ネルソンは明らかに動揺している。だが、レイの方はあまり気にしている様子ではない。寧ろ、先程怒ったネルソンに対して気を遣っている様子だった。

「え……あ、はい!」

レイは静かに、会釈をした。

「傷口が痛むとか、そういった事は?」

「えっと……大丈夫です。」

「馬鹿な……君は一体……」

何故ネルソンがこれ程にレイの姿を見て驚愕しているのかは分からない。レイ自身はベッドの端坐位姿勢をとっても眩暈や立ち眩みといった事も感じない。その上、傷が痛むといった事もない。

「あ、あの……僕、昔から怪我の治りが早いみたいなんです!それで……多分大丈夫じゃないのかなーって。」

レイは誤魔化すように言った。だがそれは事実である。以前にクラリス・デイルに蹴られた事があっても、打撲跡は一日で消失していた。左腕にカッターで傷を付けても、すぐに皮膚が再生している。彼は、自分の体質がそうさせるのだと、勝手に思っていた。

「にしては早すぎる……一体君は……悪い、少し傷口を見せてくれ。」

「え……?あ、はい。」

と、ネルソンはレイの巻かれていた包帯をめくり、傷口を確認する。それを見て、彼は更に驚いた。

「ほぼ、治っている……何故だ?」

そう言いながら、ネルソンはレイの包帯を巻きなおす。手慣れた動き。まるで、彼が何か医療職をしていたかのような手つきだ。

「あの……ネルソンさん?」

「……ああ、すまない。何でもない。まあ、無事なら何よりだ……」

レイは、ただ、疑問に感じていた。ネルソンが感じた疑問は、一体何なのだろうか。レイの回復力の早さなのか。それとも傷に対して痛みを感じない事なのか。

 やがてネルソンは包帯を巻き終える。新しい包帯は独特の匂いを放つ。異臭でもない、病院や診療所で嗅ぐような、不思議な香り。

「ありがとうございます。」

と、レイはネルソンに礼を言った。

「君に少し聞きたいことがあってな。」

「はい?なんでしょうか。」

レイは首を傾げる。

「単刀直入に言う。君は何者だ?」

ネルソンの言葉は、レイを困惑させる。彼自身、“何”に対して質問をされているのかが分からない。

 自己再生の話なのか、ここに来るまでの経緯なのか。それが分からない為、レイは困惑するばかりだ。

「えと……えぇ……と……?」

「ああ、済まない。君が乗っていた、アインスガンダムについてだ。」

言葉が足りなかったのだろう。ネルソンは一度咳払いをし、改めて質問をする。

「君はあのガンダムの中にいた。だがあのガンダムは調べた結果、パスワード式である事が分かった。つまりあれは君にしか起動させる事が出来ない。しかしあれは新生連邦の新型兵器のはず。何故君にあれが動かせたのか。そしてどうして君のような少年が乗っているのか。訳を知りたい。教えてくれ。可能な範囲で良い。君が何かの組織の工作員の可能性だって否定できないからな。」

詰め寄られるレイ。何も分からないレイはただ、慌てふためく。ぐいとネルソンがレイの顔に寄せるが、レイは自然に後方へ下がる。

 無理もない。彼自身どのように答えれば良いか分からないのだ。アインスガンダムに乗った理由も、完全に成り行き。元はと言えばクラリス・デイルに連れられたことがきっかけだ。そしてパスワードも、未設定の状態だったものに対して入力しただけに過ぎない。それ以上の話は展開出来ない。それが、事実なのだから。

「どう答えたら……良いのでしょう……」

「我々は軍ではないから尋問等はするつもりはないが、あれは兵器だ。君のような少年に扱える代物ではない筈……だが私がガンダムを回収した時、コクピットの中に血まみれの君が居た。それ自体が不思議でならないのだ。」

チェーニ姉妹との交戦で敗れたレイは、ネルソンの駆るハルッグに助けられ、今に至る。当然、ネルソンは疑問を抱く。何故彼がガンダムに乗っているのかという事に。

「君のような少年が新生連邦の最新鋭のガンダムに乗っているという事自体、理解が出来ない話だ。まるで架空の物語のような展開だからな……」

この時代においてもそのような展開から始まる物語は存在している。所謂、“アニメ”や“漫画”におけるよくあるシチュエーション。何気ない少年が、ある日にロボットや特別な存在に変身するといった場面。ネルソンは、そのような状況を経験している少年を、目の前で見ているのだ。

「ごめんなさい……僕も良く分かってないんです……」

レイ自身、それ以上の言葉が出てこない。

「……そうか。すまないな、病み上がりの君に負担を強いた。君自身が分からない以上、私もそれ以上の話は出来ない。」

ネルソンは、自身の行動を省みた。ガンダムに乗っていたレイの事が、気になって仕方がなかったのである。

「それと、念の為検査をさせて貰えないか。バイタルチェックだ。」

「あ、はい……」

と言うと、ネルソンはレイの血圧、脈拍、血中酸素飽和度等の確認を始める。問題なく起きることが出来ている彼の状態が簡潔的に問題ないかを確認しているのだ。

「血圧123/84、脈拍60、SPO2 98%……一分間呼吸数十五回……異常は全くなさそうだな。」

それらの手慣れた動き。やはりネルソンは医療関係者のような手つきを見せた――

 

 

ウゥゥゥゥゥゥ

 

 

突然警報が鳴った。それと同時に、オペレーターであるインクの声が響く。

「エマージェンシー!敵MSを確認!数は一機です!」

それを聞いたネルソンは急いで部屋を後にした。

「何!?チッ……レイ君、念の為今はここで休んでおくように!非常事態だ。そこを動かないようにな!」

そう言って、ネルソンは部屋を去った。昨夜から二回目、再び鳴り響く非常事態を告げる警報。この時、レイは今の状況が普通でない事を改めて確認する。

 今まで感じなかった出来事。それらは今のレイにとっては紛れもなく、“非日常”と言えた。

 

 

 敵MSは一機。機体はディザートディエル。パイロットはアスーカル・エスペヒスモ。砂漠の狩人だ。彼が率いるMS乗りの首魁。その首魁が、偵察及び交戦の為に自らセイントバードに向かっていた。

 アスーカルの駆るディザートディエルはマシンガンを構え、巨大な砂山の影に隠れている。腰部にはジャイアントバズーカ。武装面に抜かりはない。

「万が一の事になっても、こっちはたった一機でも多勢をやれる自信があるってな。」

本来、MS乗りのボスにあたる人間が偵察の為にこの場に出ることは通常ありえない。アスーカルの場合、砂漠の狩人と名の知れた存在であり、それが万が一倒される事があればそれはクルーの壊滅に繋がるからだ。

 しかし彼はあえてディザートディエルに単身乗り込み、戦う。それは彼自身のこだわりでもあったのだ。

「さあ、敵は何機だ?たった一機のディエルに大勢で歓迎するとは思えねェけどな!」

レーダーを確認し、アスーカルは索敵を怠らない。どこから攻めてくるのか、どこに機体がいるのかを徹底的に調べる。

 だが、レーダーに映る機体はいない。セイントバードはディザートディエルの存在に気付いているはずなのに、未だに機体を出撃していないのだろうか。

「妙だぜ……敵はどこにいやがンだ?」

アスーカルの駆るディザートディエルはモノアイを動かし、周辺を確認する。上下左右に動かし、敵がどこにいるのかを見る。

 

ゴォォォォォッ

 

砂煙が吹き立つ音が聞こえた。アスーカルは上方を見る。そこにいたのは同じモノアイのMSである、ハルッグだった。

「昨日のエースがお相手とはなっ!」

ハルッグの姿を見たアスーカルはすぐにマシンガンを構え、標的に連射する。弾に反応したハルッグは回避行動をとった。

 

バシュゥゥゥゥ

 

ディザートディエルにロングビームライフルが放たれる。これもすぐに反応し、回避する。

「砂煙が多いと目視による確認がし辛いか……」

ネルソンが言った。今の環境は砂漠。少しの攻撃が砂煙を広げる。そうなれば視界不良の状況で戦わなければならなくなる。

 

ダダダダダダ

 

「クッ!」

砂煙の間から実弾による攻撃を受けたハルッグ。ディザートディエルによる攻撃だ。

 ハルッグの装甲はマシンガン程度の砲撃ではダメージを大きくは受けない。しかし砂山や砂塵と言った環境で、どこから敵が攻めてくるか分からない状況。緊迫した状況が続く。

「下手に動くと砂煙が立つ……それでは視界が遮られる……」

こうなっては下手にハルッグを動かすことが出来ない。

 レーダーを頼りに敵機体の存在を確認するネルソン。やがて砂煙は少し落ち着くのだが、敵機体の姿は見受けられない。

(奴はどこに……?)

見回すハルッグ。モノアイも左右に動かし、モニターを確認する。

「貰った!」

そこへ、バズーカを構えたディザートディエルがハルッグの後方に回っていた。そしてその実弾を放つ。熱源の存在を確認したハルッグ。急いでバーニアの出力を上げ、ロングビームライフルを放った。だがこの攻撃はアスーカルに回避される。

「チッ、流石エース!早ェな……」

アスーカルが舌打ちを打った時だった――

 

ブゥン

 

と、空中でハルッグはビームサーベルを装備し、ビーム刃を展開。そのままディザートディーストに迫る。

「おうっ……!」

咄嗟にディザートディエルは反応。側腰部に搭載されているビームトマホークで対応する。

 打ち合いを行う両者。出力はハルッグのビームサーベルの方が上だが、ディザートディエルはトマホークのビーム刃とバーニアの出力を上げ、拮抗する。

「エースさんよ!相変わらずやるじゃねえのッ!」

アスーカルは挑発するような言い方でネルソンに対して言った。

「たった一機で迫ってくるとは思わなかったが我々も油断は出来ないのでな!」

ネルソンも油断はしない。一機だけが迫ってくると分かっている以上、どのような人物が乗っているか分からない。セイントバード内で“エース”と呼べるのは現状、ネルソンのみ。彼の駆るハルッグが今回の迎撃では適任と言えるのだ。

「そういう心掛けは嫌いじゃないぜ。たった一機……しかも性能面で劣る機体相手にエースが出るってのは戦場を舐めていない証拠だからな!」

「なら、これならどうだ!」

ビームサーベルの打ち合いの最中、ハルッグの所持していたロングビームライフルはビーム刃を形成した。それはアスーカルの乗るディザートディエルに襲いかかる。

「そういう攻撃がっ!」

一度機体を後退させるディエル。再びマシンガンを放つが、ハルッグも距離を置いたのだ。

(糞がッ!やっぱりビーム兵器ばかり使われたら不利か!機体性能の限界か……!)

ビーム砲を持つハルッグと、実弾兵器中心のディザートディエル。その性能差は圧倒的だった。

 本来、砂漠と言う環境ではビームライフルなどと言った武装は不利に働く。砂煙等が物理的にビームの熱を遮るからだ。しかしハルッグの持つロングビームライフルは別の話になる。出力が高い為、並みの砂煙ではビームを遮れないのだ。

(敵を倒す事は止めるしか……せめて、敵戦力の偵察だけでもして戻れば良いか……)

アスーカルは今回の目的の一部を変更した。可能であれば敵戦力と交戦し、戦力を減らす事を考えていたが、性能差を感じた為、偵察の任務に徹する事にしたのだった。

 本来それは組織の末端の人間がする事。だがアスーカルは、それをあえてMS乗りのトップである自分が行うという行為を行った。それは彼自身の拘りが非常に強い。

「なら……遠慮なく撃ちまくってやるだけよ!」

すると、ディザートディエルはマシンガンを砂漠の大地に向けて連射し始めた。それだけでない。ジャイアントバズーカも連射し、砂煙を生じさせたのだ。それも一箇所だけでない、至る所に煙を立たせる。

「自棄になったか!?あのMS!」

砂煙が立つ状況。これは、アスーカルの作戦だった。砂煙が舞う状況でも視界に遮られず、移動することが出来るディザートディエル。砂塵の環境に特化した機体の特徴を活かした戦法だ。

(砂漠の環境は俺等の方が慣れてンのよ!やることやってトンズラして、次に備えてやる……!)

砂煙が舞う中、ディザートディエルは砂塵を滑るように移動する。ディザートディエルの脚部にはバーニアが備わっており、それを利用して砂塵を移動する。地上の移動に関しては空中を舞うハルッグよりもディザートディエルの方が圧倒的に優れている。

 

 やがてアスーカルはセイントバードに接近する。カタパルトが壊れている状況の為、MSデッキ内部が見えてしまう状況。それは敵である砂漠の狩人率いるMS乗りには丸見えの状況だったのだ。

「昨夜のバイザーカメラの機体が……八機。結構な戦力だな……ン?」

ディザートディエルのカメラの中で、トルクスの存在を確認したアスーカル。その中で彼は一機、紺色の機体の存在を確認した。アインスガンダムである。

「あの特徴的な頭部は……間違いない、ガンダムタイプ!こいつらそんなものまで持ってやがったのか!」

ガンダム。それは強さの象徴。最早神話と言われている程に有名な存在。通常、MS乗りのような存在がガンダムタイプと言った機体を所持することなど、ありえない話だった。

 

ピピピピピッ

 

「……熱源!?」

ガンダムの存在に目を取られていたアスーカルは、後方から近付いていたハルッグの存在に気付かなかった。ほんの一瞬の油断が、命取りとなったのだ。

 

ガキィン

 

と、ハルッグはディザートディエルの両上腕部を捕まえる。身動きが取れないようにする為の手段だ。

「ディエルのパイロット。逃がさんぞ。」

「俺とした事が、油断したか……!」

油断をしたアスーカル。偵察のつもりが、ネルソンに捕まってしまったのだ。

「このままこちらに来てもらう。こちらとしても聞きたい事がある。」

「へぇ、殺さないのかよ。」

ネルソンはアスーカルを捕虜にするつもりだった。彼は殺されると思っていた為、予想外の反応に驚く様子を見せる。

「今のところ、無益な殺生をする必要がないからな。そちらがこちらを殺す気ならば話は別だが。」

「捕虜にしてくれるのならそんな気にはなれないねぇ。連れてきな。」

抵抗する事なく、ディザートディエルはハルッグに連れられた。その際ハルッグはMAに変形し、以前にアインスガンダムを運んだ時のような形をとった。

 

 

 

「アスーカルさんが行方不明!?」

そう言うのはビヤーバーンの中で待機していたパゴーダだ。ビヤーバーンのクルーがブリッジ内でアスーカルの動向を見ており、行方不明になったのを確認していた。

「あの人……死んでなきゃいいけれど……」

「死んだら俺達終わりですからね。あの人ありきの砂漠の狩人ですから。」

ビヤーバーンクルーが一人、言った。

「ホント、無茶が過ぎるっていうか……」

 砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモ。デウス動乱後にカイロ西部のサハラ砂漠界隈のMS乗りとして名を轟かせていた存在。彼は部下に何かをさせるのを嫌う。自分で何らかの行動をしなければ気が済まない男だ。今回はそれが祟った形となったのである。

 

 

 

 やがてネルソンはアスーカルを捕虜にし、セイントバードに帰還。ディザートディーストをMSデッキに格納し、アスーカルに降りるよう指示をする。その際、クルー達は皆銃を構えていた。その際、彼は所持品を全て取り上げた。

「まさか俺が捕虜になっちまうたァな。」

両手を上げたアスーカル。体格はネルソン以上に大きく、肌黒い。屈強な男といった印象を受ける。

「先程も言ったが我々としても無益な殺生は望まない。持っている情報さえ吐いてもらえれば機体を預かり、今後こちらに攻撃しないという条件で身柄をそちらに返そう。」

と、ネルソンがアスーカルの両手に手錠をしながら言った。

「大尉、その人が砂漠の狩人?」

そこへ姿を見せたのはエリィだ。砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモを捕虜にしたという話を聞き、艦長室からMSデッキまで移動してきたのだ。

「そうだ、艦長。MS乗りの中では有名な存在だ。」

エリィの姿を見たアスーカルは、笑みを浮かべる。

「へぇ、こんな奇麗なのが艦長さんね。こんなべっぴんさんがいりゃ、クルーもやる気マックスになるってもンだねえ?」

まるで冷やかすようにエリィを見るアスーカル。

「うちのメンバーは野郎ばかりだから、こんなべっぴんさんがいりゃうちの士気も上がるだろうにさ。」

手錠を掛けられながらも、アスーカルは堂々とした振る舞いだ。今までもこのような経験があったのだろうか。

「ま、世間話はこれぐらいにして……俺はどうなっちまう訳よ?え?」

まるでこの状況に慣れているような様子のアスーカル。全く恐れる様子を見せない、この男。

「それは返答次第だ。質問に答えてもらう。」

と、ネルソンは言った。

「何の為に単機でここに来た?情報を仕入れて仲間に伝える為か?」

しかし砂漠の狩人は口を開けようとはしない。

「黙秘権を使うと言うわけか。」

 

ジャキン

 

「大尉!?銃を向けるなんて……」

エリィが心配そうに見つめる。

「おいおい、殺す気か?さっきは無益な殺生云々って言ってたのに前言撤回って訳かよ。」

ネルソンが銃を構えることで、アスーカルも冷や汗を掻く。万が一撃たれれば、死は免れないからだ。

「あーあ、こりゃ俺もヤキが回ったかな。あいつらに挨拶出来ねえままこの世を去らなきゃならねぇなんて運悪いぜマジで。」

「……どういう意味だ?」

アスーカルは引き続き語る。

「俺が死んだらな、クルーの連中の生活が困窮するンだよ。あいつら俺頼りに生きてやがる。俺が死んだらあいつらは食っていけなくなる。」

銃を突き付けられながらも、アスーカルは語っている。彼の部下への想いは“本物”と言えた。

「なら、もし敵地へ偵察に来るのならその部下が行くのが普通だろう?」

ネルソンがアスーカルの頭に銃を突き付け、言った。

「俺はな、出来るだけ人に頼らずに自分でやる性分なンよ。偵察とかしてさ、部下を使って万が一死なせたらこっちの気持ちが晴れねぇンだわ。」

それを聞いたネルソンは、頭に突き付けた銃を一度離した。

「砂漠の狩人……思考に矛盾はあるが随分と不思議な人間だな。噂では冷酷な狩人と聞いていたが、身内には随分優しいようだ。」

と、ネルソンは銃をポケットにしまった。

「銃をしまうのかよ。お優しいのはそっちも同じみたいだな。」

「今、この場でクルーに被害が及ばん限りこちらは無益な殺生はしない。」

「色々取り上げられててそんな事出来るかよ。で、俺はどうなる?殺さないって事は、あれか?尋問とかする訳?拷問か?それだったらそこの美人艦長さんにやってもらいたい……なんつってな。」

色目を使うアスーカル。それを聞き、エリィは

「私はそう言うの、しませんから。」

と冷たくあしらう。

「艦長、どうする?確か独房室が空いていた筈。少しの間この男を閉じ込めておく必要があるな。」

「……ええ、そうしましょうか。」

その後、エリィとネルソンは手錠で繋がれたアスーカルを、セイントバード内の独房室まで誘導した。そこは新生連邦軍が元々はスパイや捕虜を捕らえ、閉じ込めておく部屋。砂漠の狩人はそこで閉じ込められることになるのだった。

 

 

ガチャンッ

 

 

アスーカルは独房に入れられた。この時、彼は手錠を外される。無論、内側から鍵を開けることは出来ない。所持品は全て回収。彼は下着姿のみで過ごす事となる。

「こちらとしても用事があるのでな。また時間が出来た時にそちらに伺う。」

と、ネルソンが言った。

「大人しくしておくよ。どうせ、何も出来ねえんだからな。」

開き直ったような態度。独房にはベッドとトイレのみがあった。彼は静かに、うんと欠伸をしてベッドに寝転がった。

 

 

 早朝にアスーカルを捕虜として捕らえてから一時間が経過した。セイントバードのエンジン復旧は着実に進んでいる。その作業はネルソンが提案したように、交代で行われていた。作業をする者、休憩する者……それぞれいたが、皆が連携して作業を行うことが出来ていた。

「お疲れ様です、大尉。」

そう声を掛けるのはエリィだ。彼女はコーヒーをネルソンに渡していた。渡されたコーヒーを、ネルソンは飲む。

 このように、セイントバード内は人手が足りない。本来こういう役は厨房にいるコックなどが請け負うのだが、艦長であるエリィが炊事を行う等、人手が足りないのだ。だからこそ、エンジンを修理してくれているクルーのフォローを、エリィがしているのだ。

「艦長。先程は助かったよ。」

“先程”というのはアスーカルを捕虜にした時だ。彼女も独房へ行く時、一緒に居たのである。

「砂漠の狩人が独房にいる以上は、その仲間も迂闊に行動は出来ないだろう。奴は自分の身内を守る為に自らが出てきたと言ったが、それが仇となったな。」

「でも、MS乗りのリーダーとして率先して行動する姿は見習うところなのかなーって考えちゃいますね。」

「悪名ばかりが噂になる砂漠の狩人だが、その実際は仲間想いの男だった……という事か。敵とはいえ、複雑だな。」

ネルソンはコーヒーを半口ほど飲み、静かに考える。

「MS乗りって、本当に命懸けですからね。人手が足りなければその分率先して動かないと行けないから……」

「弱肉強食の世界。弱い者は食われ、強い者は生きる世界……か。」

ネルソンはコーヒーを、全て飲み干し、マグカップをエリィに渡した。

「それでも生き残れているのは、セイントバードチームが皆頑張ってくれているお陰……ですもんね。」

「本当にな……皆、大変ながらもついて来てくれている。これは有難い事だ。」

ネルソンは、そっと溜息を吐いた。壁にもたれ、少し天井を見る。

「あの、大尉。私ね、レイ君の所に行こうと思うんです。多分彼、心配しているから……」

「レイ君……ああ、そう言えば……」

ネルソンは出撃前にレイのいる病室を訪れ、彼の回復力の高さに驚いていた所だった。

「そう言えば彼の容体はどうだろうか……それが気になる。」

「容体?あの子はずっと寝ていた筈ですけど……」

「私が部屋に入った時、彼は立っていたのだ。」

エリィは目をぱちぱちとさせ、思わず

「え!?」

と反応した。

「彼は自分の事を昔から怪我の治りが早いと言っていたが……正直、私が一番びっくりしている。艦長、彼に簡単な検査は一応したが、念の為に彼の容体を見て、もし部屋を変えられそうなら変えてあげられないだろうか。」

ネルソンは頭を掻きながら言った。

「それは良いですけど……その話だけ聞いてたら不思議な子ですね、レイ君って。」

「彼から話は聞きたいことは沢山あるのだが……今はエンジンの修復を優先しないとな。もし、彼から何か話が聞けそうなら聞いておいて欲しい。多分、男の私だと喋りにくさもあるかも知れない。艦長の物腰の柔らかさが役に立ちそうだ。」

「あら、それなら歓迎ですねー!」

と、エリィは笑顔で言った。

「じゃあ、私はレイ君の所に行きますね!」

「こちらは引き続きエンジンを修復しなければならんからな。」

やがて両者は分かれた。エリィはレイの居る病室へ。ネルソンは、引き続きエンジンの修理へ向かう。

 

 

「やっほー、レイ君。」

エリィはレイの病室に入り、彼の様子を確認した。

「エリィさん。朝はありがとうございました。あの、さっきは大丈夫でしたか?」

早朝の警報に対してレイは聞いた。それに対し、彼女は答える。

「ええ、大丈夫よ。なんとか落ち着いたかな。」

「そっか……」

レイは、そっと胸を撫で下ろす。安心した様子で、そっと息を吐いた。

「あのね、大尉から聞いたんだけど……もう身体は大丈夫なのかな?」

「あ、はい。痛みもなくなりました。それで立ったりしたらネルソンさんに怒られちゃって……」

レイはその事を、気にしている様子だった。

「まあまあ、大尉は心配してくれてるのよ。ガンダムに乗ってた君を助けた責任……みたいなところがあるからね。」

ネルソンが伝えたかったことを、エリィが代わりに伝えた。彼女の優しく、柔らかい喋り方。それはレイが口を開くのに、十分な雰囲気を醸し出した。

「もう、歩いても平気そうかな?」

「あ……多分、大丈夫そうです。」

そう言って、レイはベッドから起きる。そして立位を取り、少しだけ部屋を歩いた。ふらつきや眩暈等も一切ない。傷が痛む事もない。ほぼ、完治していると言っても過言ではなかった。

「問題なさそうだね……良かった。よし、じゃあ部屋を移動しましょうか。レイ君。」

「あ、はい。」

 それからエリィはレイを連れ、病室から去った。彼女に連れられて移動するセイントバード内部。レイにとっては初めての環境。戦艦の通路や部屋の一つ一つが、レイにとって不思議に感じられたのだ。

 やがて彼は部屋につく。自動ドアが開き、部屋に入る。セミダブルサイズのベッドが一つ、端にある部屋。ベッドの傍にはテーブルがあり、物が置ける。それ以外は一人で過ごすには、広い部屋だ。部屋の端にはシャワールームもある。少なくとも、快適とは言える空間であるのに間違いはなさそうだった。

「服、着替える?」

と、エリィはテーブルの引き出しを引き、レイに服を渡した。

「はい、ありがとうございます。」

そう言われ、レイはすぐに上下の服を着た。私服姿になったレイは、そのままベッドに腰掛けた。

「うんうん、体調は本当に戻ったみたいだね!良かった!」

エリィは笑顔で、両手を閉じ、左頬に付けた。満面の笑みを見たレイはそれに伴うように笑顔になる。

「えっとね、レイ君。少しお話しませんか?」

「話……ですか?」

と、エリィはレイと同じようにベッドに腰掛ける。

「ここに来て貴方の事を全然知らないなぁって思ってて。ここに来るまでに何があったのか、差支えが無ければ教えて欲しいの。私はここの艦長。クルーの事は知っておく必要があると考えてる。貴方が話せる範囲で良いから、教えて欲しいなー。」

じいっとエリィはレイを見つめる。その眼はレイを捉えて離さない。エリィの栗色の長くさらさらとした髪、紫色の目。そしてそのスタイルの良さ。少年であるレイにとっては緊張するのも無理のない対象だった。

「僕は――」

とレイはここに来るまでにあった事を話し始めた。モントリオールで暮らしていた事、そこで新生連邦からガンダムを奪った事、そして町を守る為に戦っていた事等。全てをエリィに話す。

「レイ君はごく普通の生活を送っていた。けど、色々な事情があって、今に至るって訳だね。」

「そう……ですね。僕自身も、分からない事ばかりで。ただ、一つ言えるのは……家族が、心配です……」

ごく普通の生活を送っていたレイ。彼の場合の“ごく普通”とは、家族と生活している上、学校にも行って、定期試験を控えていた生活を送っていたレイ。

 それが今や、180度変わった生活を送っている。見知らぬ戦艦に、MS乗り同士の抗争。日常とかけ離れた場所での戦闘……昨日に比べて不安要素は減っていたが、それでも信じられない現実が目の前に広がっている。

「まずは家族さんに連絡が取れるようにならないとね……だけど今ここはEフォンの電波が届かない環境だから……」

「……はい。」

彼は、自分が無事であることを一刻も早く家族に伝えたかった。家族だけでない。仲の良いクラスメイトや、リルム。彼にとっての大切な人達に無事を知らせる。それが今、彼がすべき事だった。

「エリィさん、あの……僕、もし何か手伝える事があれば教えて下さいね!身体も治りましたし、何か……させてもらえたらと思います。」

「あら、それは嬉しいですね!そうね……そろそろお昼だから、クルーの皆への配膳をお願いして貰って良いかな?私も急いで行かないと行けないし!ついでに艦の中も案内出来るし!」

 それから、エリィは彼を食堂へ案内した。食堂は数名の調理師がいるのだが、クルーの数を考えるととてもではないが人手が足りない。エリィは最初、レイを客人扱いしたが、エンジンも故障している状況での人手は一人でも、有難いものがあったのだ。

 

 

 やがて時間が経ち、配膳が終了。レイは突然の労働に対し、深呼吸をする。

「結構、疲れた……」

「レイ君、お疲れ様。ありがとうね。一人でも協力者がいてくれると本当に心強い!」

エリィは満面の笑みを浮かべ、レイに礼を言った。その表情を見たレイは笑顔になった。

「いえ……助けて頂いたお礼ですよ。」

「ああ、後ね、もう一人届けて欲しい所があるから、それをお願いできる?」

「あ、はい!」

と、エリィは一皿のカレーライスをレイの手に渡した。

 

 

 レイは渡されたカレーライスの皿を持ち、指定された場所に移動する。そこは独房だった。アスーカル・エスペヒスモが隔離されている場所。そこだけ異様に暗く、レイは少し不安な様子を見せた。

(ここだけ暗いや……)

そっと、レイは独房を覗き込む。そこにいる屈強な男の姿を見て、レイは眼をパチパチとさせた。

(この人、どうしてここに……?)

レイは事情を知らない。この男が砂漠の狩人と呼ばれている男という事を。何故ここにこの男が居るのかも、謎だ。

「あ、あの……お昼ご飯、持ってきました……よ?」

そっと、レイは言う。屈強な男が独房のベッドで座っている姿。彼にとっては少しだが恐ろしげに感じられたからだ。

「おぅ……きちんと飯も出してくれンのかよ。随分優しいなここの連中は。」

アスーカルの低く、渋い声が響いた。レイは独房の檻越しにそのカレーライスを置く。それを見たアスーカルは檻に近づき、皿を取った。

「へぇー、この艦にはこんな女の子もいるのかよ。」

レイは、またしても少女に間違えられた。

「あの、僕は男です……」

「へぇ、男だと!?見えねェな……」

砂漠の狩人と呼ばれる屈強な男にすら、レイは少女に間違えられる。彼の顔つきは、それ程に間違えられやすいのだ。

「お前、他の連中と比べるとおどおどしてンな。どういう立場の人間だ?」

何気なく、アスーカルはレイに聞いた。

「立場っていうか……僕もここに来たばかりで。あんまり、よく分かってなくて。」

「へぇー。成程な。拉致られたのか?優しい連中に見えるけど随分酷な真似をしやがるな。」

態度の違うレイを見て、アスーカルは誤解した。

「違います!助けて貰ったんです……その、色々とありまして。」

「じゃあそのビビり具合は俺にビビってるって事か。」

「そ、そういう訳じゃ……」

無理もない。この独房だけが雰囲気が違う。暗い上、檻の中に屈強な男が居るのだ。無理もない。明らかに異質なこの部屋。セイントバード内の移動自体初めてのレイにとっては恐怖の対象だ。

「ビビる必要はねえぜ。俺は何も出来ねぇよ。こんな恥ずかしい恰好してンだ。けどカレーを持って来てくれたのには感謝すンぜ。」

と、彼はスプーンでカレーのルーをばくばくと食べ始めた。その時の彼の笑顔に、レイは

(この人、お腹空かせたのかな……)

と思っていた。

「あ、あの……じゃあ、これで――」

レイはその場から去ろうとした時だった。

「坊主、もし良かったらまた来いよ。話し相手いねぇとつまんねぇンだ。」

と、カレーを食べながらアスーカルは言った。

「……はい。」

レイは、静かにその場を去る。この光景に疑問を抱きながら。

(どうしてこの人はここにいるのだろう?どうして……)

隔離された部屋で、一人昼食を食べるアスーカル。理由は全く分からないレイにとっては、疑問でしかなかったのだ。

 

 

 その後、アスーカルはネルソンより尋問を受けていた。独房に入り、腕を組むネルソン。そのポケットには銃がある。そして、外にはクルーの姿もあった。

「質問に答えてもらおう。単機でここに来て、ここの情報を仲間に漏らす気だったのだろう?」

「それを答えて何になるって話だぜエースさんよ。」

「こちらも被害を出す訳には行かない。早めに答えた方が良いぞ。」

「それじゃあ俺はいつまで経っても出られねえって訳だな。で、そうなったら俺を撃つ気か?その銃で。」

「……それはお前の返答次第だ。」

ネルソン自身、アスーカルを撃つ気はない。彼はあくまでも捕虜であり、彼から情報を得る必要があるから。銃は言わば、抑止力だ。

「ならば質問を変える。砂漠の狩人の戦力を教えてもらおうか。」

今度は相手方の情報を得ようと試みたのだ。

「あー、そういう方法になる訳。尚更教えられねェよ。俺の仲間達の人生に関わるからな。」

「……このままじゃ話は平行線か。」

一向に進まない話。その間にも時間は過ぎる。

「で、拷問をするンだろ?いいぜ。俺は今まで色々な拷問を耐えてきた。何する?爪剥がしとかでもすンのかよ?」

「……時間を置く。無意味な拷問はせんよ。」

と言い残し、ネルソンは独房から去った。結局アスーカルは自身の情報を一切言わずにこの時間は終わった。

 よく、捕虜に対しては尋問、果ては拷問をして情報を吐かせる事は古来より伝統的な方法として使われていた。だがセイントバードチームはこれに対して酷な尋問、拷問はしない。それがポリシーであるからだ。優しく、甘いと言われればそれまでだが、それでも彼等はそのような真似をする事はしない。それは、艦長であるエリィの意向でもあったのだ。

 

 やがて夜も更けて来た頃。エンジンの修理も一通り行い、一日の終わりを迎えたクルー達。幸いその間に襲撃される事は無かったのだ。

 しかしその中で、レイはこっそりとアスーカルのいる独房に移動していた。昼間の彼の台詞が、気になったのである。

 

――――――――――――――もし良かったらまた来いよ――――――――――――――

 

(エリィさんとかにあの人があそこにいる理由、聞けなかったなぁ……)

男が何故独房にいるのか、彼は聞きたいと思っていた。しかし昼間からは皆が多忙だった為、聞く機会を逃していたのだ。何となく、彼はアスーカルの事が気になっていた。短い時間とは言え、カレーライスを渡し、感謝されたレイ。

(あの人……いた。)

レイは独房に着き、こっそりと顔を覗かせる。その時、偶然アスーカルと目が合ったのだ。

「おお、まさか来てくれるとは思わなかったぜ。昼間の坊主。」

「いえ……なんとなく、気になってしまって。」

事情を知らないレイはアスーカルと会話をした。彼自身、ここにきて間もない人間。それに似た境遇を、感じていたのかも知らない。

「坊主、名前は?」

「レイ・キレスです。」

「レイか。良い名前じゃねーの。良い親に恵まれたんだろな。」

今日知り合ったばかりのこの男に褒められた事が何故か嬉しかった。やはり、この男は悪い人間じゃない……と、レイは感じていた。

「俺はアスーカル・エスペヒスモ。まあ、フリーのMS乗りってやつだ。今は訳あってここに居る。」

「何か、あったんですか?」

「まあ、そこは色々と事情があるんだよ。坊主、人には触れちゃ行けない話題ってのがある。それを“地雷”って言うンだけどな。まあ、それより少し話でもしようぜ。世間話でも何でも良い。言いたくない話があれば無理に語らなくて良い。会話っつーのはそう言うもンだろ?」

アスーカルの言葉に、レイは何故か恐怖を感じなかった。親しく、気さくに話すこの男。それもあってか、昼間のように男に対する恐怖を抱かなくなったレイ。彼自身もこの場所に来たばかりという事もあり、会話を始めた。

 

「お前もMSに乗った事があンのか?その身なりでなぁ。」

「けど、ただ必死でした。アスーカルさんはずっと乗っていたんですか?」

レイはあえて、“ガンダム”に乗ったという話は避けた。彼なりに言葉を選んだのである。

「そりゃな。そうしねぇと食っていけないからな。うちのメンツを守る為にな。」

(守る為にMSに乗る……この人、僕と同じなのかも。)

レイはアスーカルの言葉に感化された様子だった。立場は違えど、目的は似ているのかもと、彼は感じていた。

 やがて話が盛り上がって来た頃……アスーカルはある言葉を話した。

「でさ、頼みがあるんだよ。その、鍵を開けてくれねぇか?」

「え?鍵……ですか?」

恐らく、開けてはいけない鍵なのだろう……とレイは何となくだが感じていた。

「お前も察しの通り、俺はある“事情”でここにいる。けど、それを開けることは決して悪い事じゃない。それにお前ももっと近寄って俺と喋りたいだろ?」

妙な言葉ではあったが、この時レイは

「はい……」

と、鍵を開けてしまったのだ。アスーカルと会話をして、その時に情が移ってしまったのだろう。

「よしよし……ありがとよっ!!!」

「なっ……!?」

その瞬間、アスーカルは思いきり扉を開いた。そして、レイの首を掴み、右前腕で首を絞めるような格好を取る。

「うぅっ……!」

「悪く思うなよ坊主。これも俺等が生きる為だ。お前には人質になってもらう。わりぃな。」

(こんな……!こんなのって……!)

アスーカルの目的。それは脱走。しかし脱走するにもセイントバードのクルーでは鍵を開けることは難しい。しかし、そこへ来たレイの存在を利用した。レイもここに来たばかりと言う情報を聞き、彼の純粋な気持ちを利用した。彼と仲良くなった素振りを見せ、実際は脱出する為にレイを利用していたのだ。

「大人しくすれば殺しはしない。一緒に来いよ、坊主。」

レイは逃げ出したいと思っていた。しかし、アスーカルの力は強い。彼の華奢な腕で振りほどけるようなものではない。

「お前腕も女みたいだな。まあどうでも良いけどな!」

それはレイにとって屈辱的な言葉だ。それも合わさり、レイはショックを受ける。

 

ダッ

 

「おい!何をやっている!?」

騒がしいと感じていたクルーが、独房の方に来た。そこにいたアスーカルとレイの姿を見て、クルーは銃を構える。

「このガキが死んでも良いのかよ?このガキの首ぐらいなら腕力で捻り潰せるぜ?」

アスーカルの腕は太い。力も強い。彼の場合、銃などの小細工をせずともその屈強な腕でレイ程度の少年ならば脅すことが出来たのだ。

「卑怯な奴……!」

銃を構えながら、クルーは後ろに下がる。その間も、アスーカルは恐れる様子を見せず、クルーに近づく。そして―

 

バキッ

 

間合いに入った時、アスーカルはクルーの腕を蹴り飛ばす。その反動で銃を落としてしまったクルー。すかさずアスーカルは銃を拾い、レイの方向に銃を向けた。

「お前にはまだ用があるぜ。坊主。」

(こんなのって……!)

レイは何もすることが出来ないまま、手を上げる。そしてアスーカルはレイの頭を銃で突き付け、そのまま前に進めるように言った。

 

 やがてアスーカルはレイを人質にしながらMSデッキに向かった。夜も更けてきた為か、クルーの数は少ない。

 しかしMSデッキ内では多くのクルー達が居た。その中を、堂々と出現するアスーカル。

「レイ君か!?」

ネルソンが自身のMS、ハルッグを整備していた時。アスーカルの姿を見たネルソンに緊張が走った。

「エースさんよ。この坊主には感謝するぜ。何せ俺を解放してくれたンだからな。」

「何……どういう事だ!?」

「ネルソンさん、すみません……」

脅されて、何も出来ないレイ。クルー達もレイを人質に取られている為、迂闊な行動が出来ないのだ。

「貴様……逃がすか!」

ネルソンは銃を向ける。しかし――

「坊主が死ぬぞ?俺は身内には優しいが敵には容赦ねぇンだわ。早くディエルの所に俺を連れて行け!」

 

パァンッ

 

と、アスーカルは天井に向けて銃を放った。威嚇射撃だが、その音はMSデッキに広く響いた。

「こちらだ……!」

レイを人質に取られている以上、ネルソンは何もすることが出来ない。大人しくアスーカルをディザートディエルの所に案内するしかなかったのだ。

 その際、アスーカルはアインスガンダムの方をちらと見た。紺色の巨人、アインスガンダム。それは他のMSであるトルクスよりも明らかに存在感を放っている。

(ガンダム……こいつはまた今度確実に頂いてやる……今は脱出を優先してやンぜ。)

アインスガンダムを強奪する計画を考えていたアスーカル。しかし今はそれよりも自身が脱出する事を優先したのだ。

 やがてディザートディエルの前まで移動したアスーカル。そして、そのまま移動用のロープを使い、コクピットまで移動する。そして――

「ご苦労だったな、坊主ッ!」

と、コクピットの高さからレイを突き放したのだ。

「うわっ!?」

慌てるレイ。高さは約8メートル。もし落ちれば大怪我は免れない。

「レイ君!」

と、ネルソンは両腕を広げ、彼をそのまま受け止める格好をした。

 

ドサッ

 

間一髪、ネルソンはレイを抱える事に成功。衝撃で少しの時間だが動けなかった。ネルソンの機転のお陰で彼自身に怪我はなかった。

 しかしその間にアスーカルはディザートディエルを起動させた。やがてそのまま砂漠の大地へと消えていった。

「追撃をする。奴を逃がすか!」

朝に捕虜として捕らえた男に逃げられたネルソン。彼は急いで自身の機体であるハルッグに搭乗し、砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモを追ったのだ。このまま逃がしては、敵に情報が知られてしまうと、考えたからだ。

 

 

 闇夜の砂漠。アスーカルの駆るディザートディーストは砂漠の大地を滑るように走らせ、セイントバードから脱出した。辺りは明かりが何もない暗闇。何も見えない状況の中、頼りなのはレーダーのセンサーのみ。

「ん?あの光は……」

アスーカルは、ちらと見える光を見た。その方向をモニターで拡大し、見てみる。

 そこには、パゴーダが乗るバギーがライトを付け、走っていたのだ。

「おお、パゴーダか!流石だなあいつ――」

 

バシュゥゥゥ

 

と、ディザートディエルの後方よりビーム粒子の光が二,三発放たれた。ハルッグが追撃をしてきたのだ。MA形態のハルッグはロングビームライフルでディエルを狙い撃ちしたのだ。

「もう追い掛けてきやがったのかよエースさんッ!」

暗闇の中迫ってくるハルッグ。しかし見えるのはモノアイの輝きのみ。それ以外は機体そのものが視覚では認識出来ない。

 今は逃げることを考えるアスーカル。だが、ハルッグは別の攻撃も行ってきた。

MS形態時では肩部に搭載されているショルダービーム砲を連射。この攻撃がディザートディエルに直撃し、頭部を撃ち抜いたのだ。

「カメラがッ!」

モニターが見えなくなったディエル。そのまま、砂漠の大地に降り立つ。砂煙が激しく舞い、散った。

 急いでモニターを予備に切り替えようとした時だった。

 

ブゥン

 

と、ハルッグが迫ってきている。ビームサーベルを展開しており、ディエルを切り裂く気だった。

 

ズバァァァァァ

 

ビーム刃はディザートディエルの胴体を突き刺した。スパークが四散し、散らばる。暗闇の砂漠を、この激しい光が照らしていた。

 その直後にディザートディエルは爆発を起こした。砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモの駆るディザートディエルはハルッグに敗北したのだ。

「……コクピットに人がいない……逃げたか!?」

ビームサーベルの光刃による明かりでコクピットの状況を確認したネルソンだが、そこには人が居なかった。砂漠の狩人は、間一髪の状況で脱出していたのである。

「しかし……この状態ではセイントバードの戦力は愚か、部品のパーツにすらならないな。マシンガンとバズーカのみ回収するしかないか。」

MS乗り同士の抗争後では、その際に出た機体の部品や武装等も貴重な資金源となる。それらはジャンク屋に売ったり、兵器として再利用したりと、使い道が多い。これが、この時代におけるMS乗りの生き方なのである。

 

 

 

「流石だよパゴーダ。お前は有能だぜ。」

一方、ディエルを脱出したアスーカルはすぐにパゴーダの運転するバギーに乗っていた。合計三人の男がそのバギーに乗っている。砂漠の暗闇の中、ライトを照らし走るバギー。彼等はビヤーバーンのある場所まで、そのまま戻っていく。

「無事でなによりでしたよ、アスーカルさん。レーダーから消えた時は本気で焦りましたからね。」

運転しながら、パゴーダが言った。

「ディエルを失ったのは痛ェが、お陰であいつらの戦力が把握出来たぜ。」

「戦力……ですか?」

「あいつらの中にガンダムタイプがいた。これはかなりのお宝だぜ。ガンダムタイプを手に入れれば、マジで遊んで暮らせるだけの額が手に入るからな!こりゃ、楽しみだぜ!」

有頂天になるアスーカル。自機は破壊されたが、喜びを感じていたのだ。

「となりゃあ、早い事カスタムをしねェと行けないよな、パゴーダ。」

「ああ、“ラグラーナ”ですか?」

「おうよ。あれにカスタムすりゃ連中に遅れは取らなくなる。今日は徹夜だぞ!うおおおおお!!!」

彼等が話している、“ラグラーナ”。それは何を意味するものなのかは分からない。セイントバードチームにとっての脅威は、まだ去りそうになかったのである。

「てか、思いっ切り下着じゃないですかアスーカルさん。」

パゴーダは、冷静な突っ込みを入れた。

「連中に脱がされたンだよ。しかし連中は中途半端に甘い奴等ばっかで助かったぜ。」

結果的に、アスーカルの偵察は意味があったと言えた。一見無謀な行為に見えたのだが、結果的に彼にとって有利に状況が働く事となったのだ。

 

 

 

 アスーカルが逃げた後。セイントバードにハルッグが帰還した。MA形態のままMSデッキへ降り立つ。

「仕留めた……が、奴は生きているな。エンジン復旧に夢中になりすぎた結果か。」

ネルソンは、俯きながら言った。捕虜に逃げられたのが、悔しいのだろう。

「次に奴がどう攻めてくるのかが気になりますね。」

と、シンが言った。

「あ、あの……その……ごめんなさい……」

俯くネルソンの前に立ち、レイが言った。右手で手を握り、その状態で自分の胸に手を当てている状態。彼はアスーカルが捕虜であるという事を把握した上での謝罪だったのだ。

「恐らく、君はあの男に“何か”を言われたんだろう。それに感化されて独房を開けてしまった……か。」

ネルソンの言っている事は図星だった。これに対し、レイは叱責を覚悟していた。

「まさかあの人……その、捕虜だったなんて……」

「いや、君が謝る必要はない。事情を伝えていなかった私にも責任はある。ただ、厄介なのはセイントバードの情報を奴に持ち帰られた事だ。恐らく早い内に我々を襲ってくるだろうな。」

ネルソンは怒る様子を見せなかったが、彼の言葉の一つ一つがレイに刺さる。

「君はもう休め。我々は一刻も早くエンジンを修復し、この砂漠の大地を離れる必要がある。」

セイントバードのクルーに助られたレイ。しかし結果的に彼等の足を引っ張る形をしてしまった。それを咎める者はいない。だが、レイの中ではそれがただ、彼等に対する心苦しい思いで一杯になったのだった。

 




第九話投了。敵に自らの境遇を合わせてしまったレイはこの事を大きく気にしてしまいます。


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第十話 レイの出撃

砂漠の大地でのアインスガンダム、出撃。
※性的描写有。


 

 砂漠の狩人に逃げられたセイントバードチーム。MSの情報や艦内の情報など、アスーカルによって仲間に伝わった可能性が高い。そうなる以上はエンジンの復旧を急がなければならない。クルー達は再び徹夜の作業に追われる事になった。

深夜。ネルソンはメインエンジンの修復に努めていた。パイロットとしての出番が無い時は、このようにして艦の雑務に取りかかる事も彼の役目の一つである。

「ふぅ、疲れて来たな……。」

「お疲れ様です、大尉。」

シンが彼にコーヒーを渡す。

ネルソンはアスーカルの乗るディザートディエルを撃墜して以来、エンジンの修復作業に取り掛かっていた。しかしさすがに疲れたらしく、彼は部屋の外に出て休息を取ることにした。

疲れたネルソンは額に多量の汗を掻いていた。エンジンは現在、ネルソンやエリィをはじめ、クルー達が交代で作業をしていたため、ダメージを受けていた当初よりも大幅に回復していたのだ。

「この調子ならば明日には完了しそうだな。」

「とにかく早く直して、こんな砂漠からおさらばしたいですよ。こんなところにずっといたら身体が持ちませんよ!」

と、シンは言った。砂漠に不時着して二日。クルーが総力を上げてエンジンの修復に携わっており、流石に疲労が見えている様子だ。ただ、エンジンを直すだけならばまだ良いが、その上近隣には砂漠の狩人率いるMS乗りが潜んでいる。いつ襲われるか分からない緊迫した状況。その絶望的な状況で生きる為に、彼等は作業をしていたのだ。

 

 

 

その頃、レイは自室のベッドに寝っていた。しかし、寝付く事は出来ない。彼が思い出すのは今日あった事ばかりだ。

独房にいた男、アスーカルが敵だという事も気付かずに心を開いてしまい、結果的にセイントバードのクルーに迷惑をかけた現実。それが彼に重く圧し掛かる。

「僕は何て事を……迷惑を、掛けてしまった……」

落ち込むレイ。事情を知らなかったとはいえ、人質に遭い、大変な状況のクルー達の負担を作ってしまった事に対して罪悪感を抱いていたのだ。

「身体はもう何ともないのに、ここに居るだけなんて……そんなの、余計に迷惑を掛けるだけだ……何か、ここの為に出来る事、見つけないと。」

その罪悪感は彼を見えない使命感に目覚めさせるきっかけにもなった。チェーニ姉妹によって傷ついた身体は完治している。なら、自分の出来る事をしなければ……と、彼は考えていたのだった。

 

 

 

 朝になった。砂漠の朝焼けは美しい景色を作る。セイントバードに隠れている太陽は周囲の砂浜を照りつける。

 その真ん中で不時着したセイントバード。だが幸い、そのエンジンも大幅に修復してきていた。これも、クルー達の頑張りの賜物であると言えた。

徹夜の作業を終え、自室に戻っていたネルソンは仮眠をとっていた。昨日の晩から働き続けのネルソン。彼の疲労はピークに達していたのである。

 

ウィィィィン

 

と、自動ドアの開く音が聞こえた。エリィが朝食を渡す為に部屋に訪れたのである。

「大尉、おはようございますー」

静かに声を掛けるエリィ。彼が疲れているのを察したのだろう。朝食だけ置いていこうとした時だった――

「艦長、おはよう。」

「あ、起きてらしたんですね!」

「少しだけ目を瞑っていた。朝食か、ありがとう。」

と、彼は用意されたサラダとスクランブルエッグのベーコン炒めの置かれたワンプレートを手に取り、それを口に入れた。卵のまろやかさは彼の疲労を僅かでも癒した。

「いえ、どういたしまして。」

エリィは笑顔で言った。

「朗報だ、エンジンは大分直ってきた。これも皆が頑張ってくれた結果と言える。」

「あと一日あれば直せそうですね!ふう、どうにか一安心ですね!」

エリィはソファに座り、くつろぐ様子を見せた。

「艦長もお疲れだろうに。貴方のような女性が夜通し作業などする必要はないのに……」

と、気を遣うネルソン。しかしエリィは

「艦長ですから!」

と、ややしたり顔を見せた。その時の顔が愛らしかったのか、ネルソンは思わず笑顔になる。

「やはり貴方はこの艦には必要な存在だな。」

エリィ・レイス。MS乗りの集団であるセイントバードチームの艦長。人一倍正義感の強い女性。このように、クルーの面倒を見るのが彼女の日課だ。

「そうだ、レイ君の所に行かないと。あの子、昨日大変だったそうだから……」

「落ち込んでいるかも知れないな。気にしないようには言っているのだが。」

昨夜の出来事。レイにとってショックだった出来事だ。彼の心理状態が心配だったエリィは、すぐにネルソンの部屋から出る。クルーのメンタルケア……それも、彼女の役割と言えたのだ。

 

 

「レイ君、おはよう!」

エリィはレイの部屋に入ってきた。彼女の声でレイは目を覚ます。しかし、やはりあまり眠れている様子ではなかった。

「おはようございます、エリィさん……」

ベッド端坐位で過ごしているレイ。昨夜の事を気にしている様子だ。が、エリィは今日も朝ご飯を持って来てテーブルに置く。

「昨日の事は聞いているよ。でも、貴方は別に悪い訳じゃないからね?」

「でも……まさかあの人が捕虜だったなんて知らなくて……それで、つい……」

自責の念に駆られるレイ。助けて貰った恩を仇で返すような真似をして、彼は心底反省している様子だった。

 

ギュッ

 

と、エリィは突如レイの頭を抱きしめ始めたのだ。突然の出来事に、レイの顔は次第に紅く染まっていく……

「あ……あの……あ……えと……?」

先程の落ち込みはどこへ行ったのか。その目の前にいる女性に抱擁されたレイ。目の前にはエリィの豊満といえる胸がある。思春期のレイにとってはこれ程刺激的な出来事は無かった。

「気にしなくて良いんだよ?無理しないように!艦長として言っておきます!では!」

と、エリィは部屋から去っていく。何故彼女がそのような行動をとったのかは分からない。激励の為?ならば、もっと方法があったのではないだろうか?これが最も励ましになる方法なのだろうか?レイは、混乱をし始めていた。

(エリィさんって……一体……何者なんだろう……?)

ただ、一つ言える事があるとすれば、レイはこの行為に対して喜びを感じているという事だった。

 

 

朝の時間。砂漠の狩人が襲って来ない間は皆平和な時間を過ごしている。その中にブリッジにいたオペレーターのインクとドライバーのスラッグの姿があった。彼らはセイントバードチームに入ってから知り合った仲で、よく喧嘩をするのだが仲が良い時は仲が良い二人でもあった。

「ねえ、確か艦長が助けた男の子いたよね!」

「あ?あ、そうだな。」

インクは目を輝かせて言う。が、スラッグはあまり関心を持っている様子はなかった。

「あの子滅茶苦茶可愛くない?最初本気で女の子と思ってた!あんな男の子って今日日いるのねー。」

「え?そうか?」

「絶対可愛いって!あたし気に入ったんだよ!」

「あっ、そ。」

レイの存在に感激するインクに対し、スラッグは冷たい様子を見せた。そんな彼の姿が気に食わないインクは言った。

「あんたなんであんたそんなに冷たいの?」

「うっせえな。俺も忙しいんだよ。そんな奴の話されても別に……って感じだし。昨日ちょっと大変だったみたいだけどな。」

「そ、そうだけどさ……あんた忙しいって言うけどのん気に煙草吸っているだけじゃん!」

実際、スラッグは別に作業をしていない。それも当然のことだ。何せエンジンが修復中であるのでセイントバードは動かせない。つまり、ドライバーである彼は仕事がないということなのである。

「そうだよ。つーか暇なんだよ俺。お前は敵が来たら伝えたらいいけどさ……今セイントバード動かせないじゃん。ダメじゃん。つまり俺はやることがねえの。」

「どっちよ……忙しいとか暇とか。……でも私は今は暇かも。」

敵が見えない以上、インクも暇だったのだ。彼らはブリッジにいても仕方がないのだが、部屋に戻っても何もないのでここにいたのだ。

「じゃあ貸してやろうか?俺の持っているゲーム。」

「え?いいの?」

スラッグはゲームを貸してやると言い始めた。喜ぶインク。彼が持っているのは最新の携帯ゲーム機であり、日本にある大手企業が作り出したものだという。スラッグはポケットからそれを取り出し、インクに渡した。

「ありがとう!やったー、暇がなくなるー!」

「ガキかよお前。」

そう言いつつも、煙草を吸って一息つく。スラッグはインクの喜んでいる姿を、冷たい素振りを見せつつも少し嬉しそうだった。

 

ピピピピピピピピピピピッ

 

「……え、ちょっと!?やば、MS来てんじゃん!!!」

「えっ、マジか!?」

しかし彼等の優雅な時間はすぐに終わりを迎えることになる。インクの言うように、レーダーに多数の熱源が映っているのが確認できたからだ。

 

ウゥゥゥゥゥゥ

 

急いでインクは警報を鳴らす。彼女の仕事……それは非常事態をクルー達に知らせるという、重要な役割があったのだ。

「エマージェンシー!MS襲来!MSパイロットは待機して下さい!」

と、慌てて艦全体に伝える。口調も先程の緩んだ口調から凛々しい口調へ変化した。彼女は仕事の時とそうでない時で自身を使い分けることが出来るプロでもあった。

 

「奴等、攻めて来たか!」

急いでMSデッキへ向かうネルソン。そして他のMS乗り達。彼等はそれぞれの機体に搭乗し、急いで迎撃に向かう。母艦、セイントバードを守る為に。

「あと一日あればエンジンは完治するのに!奴等は都合よく待ってくれんな!全く!」

やはり昨日に砂漠の狩人に逃げられたのが大きな損害だ。しかしそれを言っている場合ではない。彼等が戦わなければ、母艦は沈む可能性だってあり得る。敵から守る為、セイントバードチームは戦闘態勢に入った。

 

 

 

 午前十時頃の砂漠は日差しが非常に強く、太陽の光が砂浜を容赦なく照らす。雲一つない環境で、砂漠の狩人達が三度目の襲撃を開始した。

 ディザートディエルはマシンガンを構え、砂漠をホバー移動する。合計六機のディザートディエルがまず、三機ずつ散開。そして、セイントバードに近づく。

 

バシュゥゥゥ

 

セイントバードからトルクスが出現。ホバー移動するディザートディエルを迎撃する為にビームライフルを放つ。

 

ダダダダダダダダダダダダ

 

それに対してディザートディエルはマシンガンで反撃。ビーム粒子と実弾という差はあるものの、連射し、僅かでもダメージを与えられる可能性があるという意味では実弾の方が優れている。それも、三機が一斉にマシンガンを放つのだ。一機のトルクスだけでは不利な状況が続く。

「こいつら!!」

マシンガンを受け、機体前面にダメージを受けたトルクス。ビームライフルを連射するが、砂漠での機動性は敵機体の方が上。攻撃は全くと言って良い程当たらない。

 

ブゥン

 

すると、ディザートディエルがそのトルクスに接近してきた。ビームトマホークを側腰部より展開し、モノアイを輝かせ、迫る。

「なっ!?」

急いでビームライフルを捨て、ビームサーベルを背部のサーベルラックから引き抜くトルクス。しかし――

 

ズバァァァ

 

「うわあああああ!」

三機の連携による攻撃が、トルクスを破壊した。残る二機もビームトマホークを展開し、接近戦を持ちかける。これにより、爆発を起こしたトルクス。セイントバードチームの主力機体が一機失われた事になる。残るトルクスは、七機だ。

「一機がやられたのか!クソッ!」

クルーを一人失った事に対して憤りを感じるネルソン。彼の乗るハルッグは空中でMA形態のまま、散開しているディザートディエルを狙い撃つ。しかし素早い動きに対応できず、ロングビームライフルは回避される。

「やはり砂漠は奴等の方が上手か……それにあの動き、今までの攻撃は様子見の攻撃と見た!本気で我々を叩く気だな、砂漠の狩人め!」

今回の砂漠の狩人の攻撃は二回目までとは明らかに異なる。それ以前までは恐らく様子観察をしていたのだろう。そして二回目の後アスーカルが脱出した後で情報をクルーに漏らし、その結果の戦略であると考えられる。

「ならば、こちらもそれ相応に相手をしなければならないな!」

ネルソンはハルッグを急下降し、そのままMS形態へ変形。そして、ビームサーベルを展開。その近くにいたディザートディエルに対し強襲。左手部マニピュレーターで頭部を鷲掴みし、コクピットをビームサーベルで貫く。バチバチと、火花が散る。そして、砂漠の大地で一機が爆発した。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

「ビームだと!?」

コクピット内で熱源反応を感知したネルソンは急いでそれを回避する。それは、ディザートディエルにはない筈の武装のビーム。それも、太いビームだ。砂塵による減衰を知らないそのビームは、ハルッグの場所から8時方向より展開されたのだ。

(何だ……別のMSが居るとでもいうのか!?)

急いでその方向をモニターで確認する。拡大し、機影を確認する。

 そこに見えたのは、明らかに大型のMSらしき姿だ。形状はディザートディエルと大きく異なるそのMS。その背後には砂漠の狩人の戦艦、ビヤーバーンの姿もあった。

「見た事のない機体だと……新型か!?」

それが砂漠の狩人のMSである事は間違いないだろう……と、彼は思っていた。しかしこのMSが何であるのかは分からない。昨日の今日で出現した新型機体。この機体が、先程のビーム砲撃を行ったのは間違いないと言えた。

「……来るのか!?」

その時、モニター越しのそのMSがハルッグの方に迫ってくるのが確認できた。近づいて来て分かる、そのMSの全貌。バックパックには巨大なブースターが二基。下半身部は堅牢な装甲で固められている。頭部はモノアイタイプであったが、ヘッドカバーが縦に割れている。明らかにディザートディエルとは違う、異質なMS。それがこの戦場に突如出現したのである。

 そして、その狙いはハルッグだ。その機体は右手マニピュレーター部に大型のビームライフルを持っていた。左手にはディエルマシンガン。その体躯は砂漠を滑りながら迫ってくる。

「ちぃっ!」

ハルッグは急いでロングビームライフルを構え、巨体を狙い撃つ。しかし―

 

グゥンッ

 

と、ブースターを駆使し、回避した。そのままハルッグの方向へ迫る。

 

ガキィィィン

 

巨体はあろうことか、ハルッグに体当たりを食らわせた。その巨体の攻撃を受け、後方に倒れるハルッグ。

「うわぁ!」

叫ぶネルソン。急いで機体を起こそうとするが、巨体によって押さえつけられた。

「エースさんよぉ、昨日はよくもやってくれたな!!貴重な戦力失ってこっちは赤字なンだわ!」

「その声は……砂漠の狩人か……!」

ハルッグをぐいと押さえつける巨体。それを駆っていたのは、昨日セイントバードに捕虜にされていた男、アスーカルだった。

「それでとっておきの新型で早速お出ましって訳よ!このラグラーナでその蝿みたいなMSを粉砕してやるンだよぉ!!!」

ラグラーナ。型式番号DMS-81C。ディザートディエルに追加装甲及び追加武装を施したMS。ジャンクパーツで固められた機体ではあるが、砂漠という環境に特化した重MS。全高22.4メートル。ディザートディエルが18.4メートルである事を考えると、その巨大さが伺える。

「いつの間に、こんな機体が……!今までは小手調べという訳か……!」

「急ピッチで完成はさせたが、こいつが俺の本命っつー訳なンだよ!!!」

アスーカルのラグラーナがハルッグを襲う。馬力もディザートディエルとは大きく違うそのMS。このままではその力でハルッグが潰されかねない。

(まずい!この機体とは距離を置かなければ勝ち目がない……!)

敵戦力のリサーチが出来ない状況だったセイントバードチーム。砂漠の狩人がこのような重MSを用意していたとは、思わなかったのだ。

「万事休すか……!」

 

ガキィィィン

 

と、ラグラーナはハルッグの胴体部に大型ビームライフルを突き付けた。零距離によるビームライフル。もし、これを受ける事があればハルッグも無事では済まない。

「さよならだぜエースさん!恨むならてめえの甘さを恨むンだな!」

「ちぃっ……!」

ネルソンに危機が迫った。もしハルッグが破壊されるようなことがあれば、セイントバードチームの要を失う事になる。それは、決してあってはならない事なのだ。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

「何だ!?」

その時だ。そこへ一筋のビーム粒子の光が差し込んだ。急な攻撃に、ラグラーナは一度ハルッグと距離を取る。

 後方へ下がったラグラーナ。その数秒後に、ハルッグの目の前に砂埃を舞い上がらせてあるMSが姿を現した。

「馬鹿な……何故……!?」

ネルソンが驚くのも無理はない。何故ならば、彼の目の前に出現したのは、頭部に四つのアンテナに、緑色のデュアルカメラを搭載した紺色の巨人、アインスガンダムであったからだ。

 

 

 

 数十分前に遡る。砂漠の狩人との戦闘が開始した時、レイは自室にいた。しかし彼は昨日の件もあり、居ても立っても居られない状態だったのだ。

 これ以上、クルーに迷惑を掛けたくない。今自分が成せることは何か?懸命に考えたレイ。

(アインスガンダムは僕にしか操れない……だったら……僕は……僕が行けば……!)

彼はこの状況を何とかしなければと考えていた。そこで自分が出来る事……それは、自分にしか操れないガンダムに乗る事だ……と、考えていたのである。

 思った後、彼は行動するのは早かった。レイは部屋を抜け出し、急いでMSデッキへ向かう。昨日エリィに案内されたこともあり、そこへ行くのに迷うことは無かったのだ。

 

 やがてMSデッキに辿り着いたレイは、騒がしい状況の整備士達を横目に走っていた。そして、アインスガンダムが格納されている場所まで辿り着く。

「おい、お前何やってるんだ!?戦闘中だぞ!部屋に戻れよ!」

レイの姿を見て、シンが声を掛ける。

「戻りません!もう、皆さんに迷惑を掛けるのは嫌だから!僕だって戦います!アインスガンダムで!」

アインスガンダムがパスワード式である事をシンは知っていた。しかし、まさかここにレイが来る等、予想すらしていなかったのだ。

「お前まさか戦うってのか!?死ぬぞ!」

シンの台詞。だがそれに対し、まるで言われるのを分かっていたかのように、彼はこう答え返した。

「何もしないより、何かをする方がましだから!」

そう言った後、すぐに彼は階段を昇段し、開いていたアインスガンダムのコクピットに入る。

 そして、パスワードを入力。その後、アインスガンダムのカメラアイが緑色に輝いた。

 

キシィン

 

そして、レイは操縦桿を握り、その紺色の巨人を動かしたのである。右手部マニピュレーターには新造のビームライフル。新たな武装を手にしたアインスガンダムは、そのまま砂漠の大地に飛び立とうとしていた。

「おい!!!死ぬんじゃないぞ!」

と、シンは叫んだ。レイはアインスの足元で叫ぶシンに対し、静かに頷く。まるで、その声が聞こえていたかのように。

「僕だってやるんだ……これ以上、ここの人達に迷惑を掛けたくない……人殺しをするんじゃない、守る為に戦うんだ!

レイ・キレス、アインスガンダム、行きます!!!」

そして、アインスガンダムが飛び立った。クルーを守るという強い思いが、今のレイを突き動かしたのだ。

「行っちゃったよ。ガンダムが動いた……マジか……」

この時、整備士のシンは何故か嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 

「ガンダム、発進しました!」

ブリッジ内にて。インクが熱源の存在を確認する。そこに映る、アインスガンダムの存在。

「そんな、誰が……!?まさか、レイ君なの!?」

「かも……ですね。」

「ああ、そんな……あの子が出撃しちゃうなんて……」

エリィは悲しむ様子を見せた。本来、彼は保護する立場の存在。なのに、何故彼がガンダムに乗って出撃をしなければならないのだろうか。

 この短期間で起きた出来事が、レイを戦いに駆り立てる結果となった。優しいセイントバードのクルー達。しかしその一方でレイの判断ミスによって敵を逃し、危機的状況に陥るセイントバード。その罪悪感を少しでも解消しようと、レイは動いていた。これがどのような形になるかは分からない。ただ、レイはクルー達を守るという一心で、ガンダムに乗っていたのだった。

 

 

 

 砂漠の大地に降り立ったアインスガンダムは真っ先にハルッグの危機を確認し、それに対して、装備されていたビームライフルを放つ。レイにとってビームライフルを放つという事自体、初めての出来事。しかし彼はそれを違和感なく放つ。それは天性の彼の才能がそうさせるのかも知れない。

 ラグラーナはそれに気づき、一度ハルッグから離れた。そして、ハルッグの前にアインスが降り立つのである。

「ガンダム、誰が乗っている!?まさか……」

ネルソンはアインスに回線を繋いだ。モニターで確認するその姿を見て、彼は驚愕する。

「やはり……レイ君……なのか……」

「……すみません、でも、昨日の事もあります。僕も、皆さんの為にやれることをしたい……そう、思いました。」

レイは、そっと答える。しかしそれに対してネルソンは

「格好の良いことを言う……しかし戦場はそんな甘い物じゃないぞ、レイ君。」

「はい……うわぁっ!」

返答をした直後。彼は砂の大地に足を踏み入れた時に足元を掬われた。アインスガンダムは脚部にバーニアを持たない。砂漠の大地に特化していないMSが砂の大地に踏み込むことは、足元を掬われる結果となる。

「そのガンダムは砂漠では対応出来ない!今すぐ戻れ!私がどうにかする!」

「は……はい!」

ランドセルのバーニアを駆使し、アインスはどうにか体制を立て直し、立位をとる。しかし砂漠の大地を下手に踏み込むと先程のように転倒しかねない。その状況で敵と交戦するのは危険以外何者でもない。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

そこへ、一筋のビーム粒子が飛翔した。熱源の反応に気付いたレイはすぐにバーニアの出力を上げ、一度後退する。ラグラーナが再び大型ビームライフルを放ったのだ。

「さっきのMSが撃った!?」

急いで熱源の元を確認するレイ。彼の予想通り、ラグラーナがビームライフルを構えてこちらを睨んでいるのが見える。

 シールドなどの装備を持たないアインスガンダム。このまま狙い撃ちをされていては丸腰だ。だからといって砂漠の大地に足を踏み入れることは出来ない。彼は一度距離を置き、近くにある岩場に移動する事にした。

 岩場は固く、MS一機程度が乗った程度で崩落することは無かった。しかし逆を言えば、避ける場所が限られるという事になる。

「ビームライフル、こうやって使えば……!」

と、アインスは所持しているビームライフルのフォアグリップを左手部マニピュレーターで握り、両手持ちのような格好を取る。そしてカメラアイに照準を合わせ、モニターを見る。その先にいるラグラーナを照準に絞り、じいっと見る。

 

Lock on

 

それは照準が定まったという、何よりの証。レイは躊躇うことなく、ライフル発射の為のボタンを押した。

その直後にアインスはビームライフルを放つ。ビームの光線が砂漠の戦場を駆け抜け、それはラグラーナに向けられた。

「甘めぇンだわ、ガンダム!」

しかしラグラーナは避ける素ぶりを見せない。大型ビームライフルで、アインスの方に向けてそのビームを放ったのだ。

 互いに拮抗するビーム粒子……と思われたが、出力はラグラーナのものの方が上だ。ビーム粒子が直撃した事で減衰はするが、残る粒子がアインスに向けられる。

 

ピキィィィ

 

その時、レイは以前に感じた“妙な感覚”に包まれた。ビームの動きが、明らかに遅く見える。以前に敵対したMSと交戦した時にも生じた謎の感覚。再び、彼はそれを感じるのだった。

(また、あの感覚だ……)

迫るビームを、アインスの胴体を右にずらし、回避する。辛うじて避ける事に成功したアインス。まるで、敵の攻撃を見切ったかのようだ。

 

 

 しかしこの時、セイントバードのブリッジ内ではエリィはレイが感じたような感覚を覚えていた。すぐに彼女は艦長席から立ちあがり、右手指を耳元に充てた。

(今のは……レイ君?)

彼女が、“何”を感じたのかは分からない。ただ、レイの事を思っていたエリィ。

「艦長?」

と、声を掛けるのはインクである。

「あ……いえ……なんでも……」

何故今、レイの存在を感じたのかは分からない。妙な、感覚。エリィは不思議でならなかったのである。

 

 

 砂漠の戦場。それは砂漠の狩人にとっては有利なフィールド。セイントバードチームが対抗できているのはハルッグぐらい。それ以外のトルクスはアインスガンダム同様、砂漠の大地に適応できていない機体だ。それ故にディザートディエルの脚部のバーニアの機動性に翻弄されやすい。

 トルクス達はビームライフルで応戦をするが、機動性でディエルは翻弄する。バズーカ等の装備が容赦なくトルクスに撃ち込まれ、ダメージを負う。

 そして、とどめと言わんばかりにビームトマホークで胴体部を切り裂く。ビーム粒子を纏ったそれはトルクスの胴体を破壊するのに充分であった。

「うわあああ!」

これで二機、セイントバードチームは戦力を失った事になる。全力で潰す気である砂漠の狩人。不利な状況が、彼等にとって続く。

「まずい……このままじゃ!」

一機のトルクスが二機のディザートディエルに苦戦している。マシンガンの攻撃を受けながら、対処法を考えるが、機動性が追い付かない。

「仕留める!!!」

ディエルのモノアイが輝き、バズーカが展開された。至近距離のバズーカ。それを受ければ死は避けられない――

 

バシュゥゥゥゥ

 

「何だ!?」

突如、ディザートディエル二機が一斉に破壊された。遠方からのビーム射撃。そのビームの元になっているのは、アインスガンダムだった。

味方の危機を察したレイは、岩場からディザートディエルを狙い撃ったのだ。しかし、それが二機一斉に破壊する結果になるとは思わなかったようだったが。

「倒せた……でも、まだ敵は……!」

セイントバードのクルーを守る為、彼は敵を倒す。以前に人殺しで迷っていた彼の姿は、もうそこにはなかったのだ。

 

ピピピピピ

 

「来る!?」

熱源が迫って来ているのを察知したレイ。一度岩場から離れ、別の岩場へ移ろうと動き出した。バーニアの出力を上げて、違う岩場へ移動する。

 間違っても、砂地に足を踏み入れる事は出来ない。身動きが取れなくなり、足元を掬われたら敵に倒される危険性が増すからだ。やがてアインスは別の岩場に移った時だった。

「ガンダム!逃がさねェンだわ!」

ラグラーナがモノアイを輝かせ、迫ってくる。背部の二基のブースターは砂漠という酷な環境でも素早く対応出来る為の推進剤。それを駆使して迫るラグラーナ。

「わあああ!」

迫られればダメージを避けられない……そう考えたレイは、躊躇う事なくビームライフルをラグラーナに対して撃った。それも、三発。

一発はラグラーナの左大腿部に直撃し、装甲が外れた。残りの二発は回避される。ラグラーナはマシンガンを腰部に収納した後、このまま、アインスの頭部を手部マニピュレーターで掴み、岩場から引きずり降ろそうとしていたのだ。

 

ガキィィン

 

アインスの頭部がマニピュレーターに掴まれる。そして、砂塵が舞う大地へと引き摺り下ろされた。

「捕まえたぜガンダム!よくも二人殺りやがったな!パイロットの面、見てみたいもンだなぁ!」

砂獏に引きずり降ろされては圧倒的に不利だ。動けない状況で、レイは懸命にもがく。

「ぐ……う……!」

機体サイズの差が雌雄を決している状況。ラグラーナの巨体には、アインスの機体では歯が立たない。

 この状況で、アスーカルはアインス越しにレイとコンタクトを取ろうとしている。やはりガンダムのパイロットの存在が気になるのだろう。それに応えるように、レイは回線を開いた。

 そして、互いに見知った顔だと知った時、驚愕するのであった。

「アスーカルさん……?」

「昨日の坊主……だと!?」

アインスのパイロットがレイである事、そしてラグラーナのパイロットがアスーカルである事……互いに昨日に交流をした者同士。アスーカルはレイを裏切る形でセイントバードを脱出したが。

「ハハハハハ!まさか坊主がガンダムのパイロットとは!女の顔をした可愛い坊主がそんなものに乗っちゃいかンぜ!」

明らかに馬鹿にしている様子のアスーカル。レイはそれを聞き、悔しさを覚える。

 アインスのバーニアの出力を上げ、ラグラーナを押し出そうと試みるが、ラグラーナには巨大な二基のブースターがある。まず推進力で勝ち目がない。その上機体の大きさも比較にならない。

「貴方はッ!」

昨日の件もあり、アスーカルに怒りを覚えているレイ。ビームライフルをラグラーナに向けて構え、発射しようとするが――

「やめとけってな!」

ラグラーナはアインスのビームライフルに向け、自身のビームライフルを放った。高出力のそれは一撃でビームライフルを溶かした。これにより、ビーム砲撃の方法を失うアインス。残された武器は、頭部機関砲とビームサーベルのみだ。

「昨日された事の仕返しのつもりか?けどな!お前じゃ俺にゃ勝てねぇよ!機体は二重丸!しかしパイロットは子供!砂漠の環境も理解していない時点で勝ち目ねェンだわ!たわけ!!!」

「そんなのっ!」

頭部をラグラーナのマニピュレーターで掴まれた状態で、アインスはビームサーベルをランドセルから引き抜こうとする。しかし――

 

ダダダダダダダダダダダ

 

「あぁっ!」

ラグラーナの頭部機関砲がそれを阻止した。やがてマニピュレーターから砂漠に振り落とされるアインス。

「それでよくうちのメンツ二人を殺せたな!こっちは機体さえ貰えれば良いンだ!それを売れば俺達の生活が潤う!生活の為にも機体はそのままで、死んでくれよな坊主!!!」

「……死ぬ……?」

ラグラーナは大型ビームライフルを構え、アインスのコクピットを狙い撃ちしようとした。

 

ピキィィィ

 

(まただ……ゆっくり見える、この変な現象……)

再びレイは感じた。この瞬間、ラグラーナの動きが明らかに緩慢に見える。大型ビームライフルの砲身がコクピットに向けられる前に、すぐにバーニアを展開し、ビームサーベルを展開し、大型ビームライフルの砲身を切り裂いたのだ。

「何!?何だ今の動きは!?」

レイから見ればスローに見えたビームライフルの動き。しかし、アスーカルから見ればその動きは非常に早く感じたのだ。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

そこへ、ハルッグがロングビームライフルを撃ち、この場に降り立つ。レイを助ける為だ。

「チッ、エースまで来やがったか……クソ、一度後退するか……!野郎共、撤退しろ!一度引く!まだ奴らを狩れるチャンスはある!」

アスーカルからすれば、アインスガンダムを奪うチャンスであった。しかしそこにハルッグが来た以上、状況は不利に働く可能性が高い。そう考えたアスーカルは、撤退する事を選択したのであった。

「逃げる!?あの人!」

撤退するラグラーナを追おうとするレイ。だが――

「やめろ。深追いをする事はそれこそ死ぬ可能性が高い。これ以上こちらも被害を出したくない……」

と、ネルソンがレイを止めた。

「でも!あの人は!」

自分を利用し、セイントバードを逃げ、襲ってきた男。セイントバードを危機的状況に陥れた男……そう言いたかったのだろう。

 しかしネルソンは明らかにレイに対して怒っていた。彼の行動の全てを、許せないでいたのだ。

「覚悟してもらうぞレイ君。独断でそれを発進した事……その意味、分からせる必要がある。」

「ネルソンさん……?」

砂漠の狩人のMS乗りが全機撤退したのを確認したセイントバードチーム。一度、彼等は母艦へ帰還する事になった。この時、レイは気が気でなかったのである。

 

 

 

セイントバードへ帰還した彼等。しかし帰ってきたレイを待っていたのは、ネルソンからの叱責だった。アインスガンダムから降りてきたレイは、エリィ達をはじめとしたクルー達に囲まれ、その中心にネルソンが居た。

「君は何を考えている!拾った命を自ら捨てに行くような真似をするなど!自分の命を簡単に捨てるような真似をする人間がどこにいる!!!」

 

パシィ

 

と、ネルソンの強力な平手打ちが響いた。レイの右頬は赤く腫れあがる。

「自分の立場を理解しろ!勝手にMSに乗って出撃など……もし死んだらどうする!?君には家族が居るだろう!それも考えないでよくそんなことが出来るな!!!」

「でも……僕は……」

セイントバードを守る為に戦った……と言いたかった。どうして叩かれなければならないのか。彼は悔しい気持ちで一杯になる。

「“でも……”だと!?君のような少年は使い捨ての道具じゃないんだぞ!愚かすぎる行動だ!!!」

ネルソンは、もう一度平手でレイの頬を叩こうとした時だった。

「大尉、やめて下さい!レイ君がいなければ貴方はやられていました!」

エリィがレイを庇った。レイの目の前に立つエリィを見て、ネルソンは手を上げるのを止める。

「艦長!彼の場合は下手をすれば命を落としかねない!私は彼に分かってもらおうと思い、あえて彼を叩いたのだ!」

「暴力で全てを解決しようとしないで下さい!」

普段の温和なエリィの姿はそこにはない。強い意志を感じたネルソンは、沈黙した。

「戦いの後だから、余裕がないのは分かります。実際、二人がさっきの戦いで殺されています。だから貴方がレイ君に怒る気持ちも分かります。」

ネルソンがレイを怒ったのは複数の事情が重なったからだ。まずは今のセイントバードの状況。次に砂漠の狩人の強襲。更に、先の戦闘での死者。そこへアインスガンダムを駆るレイが現れた為、彼は怒りを感じていたのである。

 しかしエリィの一言で、ネルソンは黙ったのだ。

「艦長、すまないな……私もどうかしていた。少し自室で休む……いかんな、これでは……」

そう言って、ネルソンはその場から離れることになった。彼自身疲労もピークに達しており、肉体的にも、精神的にも、限界を迎えていたのだ。

その姿を見て複雑な表情を浮かべるレイ。その時にエリィがレイの側に近づき、話し始めた。

「大尉は軍に居た時の心を忘れる事が出来ない。仲間想いだった彼は今でも仲間を失う事を恐れている。だからあの様に強く当たっちゃう時がある。けど、あれが彼なりの想い方なの。辛いかも知れないけど、分かってあげて欲しいな。それより大丈夫……?レイ君。」

「あ、はい……なんとか。」

レイとは多く話していないネルソン。だが、レイはエリィの言葉を聞き、少しではあるがネルソン・アルビュースと言う男性を理解する事が出来たような気がした。

「ここは軍ではないから……本当に、安心してね。でも、無断でMSに乗った事は艦長としても考えなければなりません。」

エリィの表情は、一変した。

「あの、僕は……もう、MSに乗れないのですか?」

覚悟をしたつもりでレイは聞いた。身勝手な行動で怒られ、謹慎を食らってしまったに違いないと思ったレイ。それに対し、エリィは少し俯いて言った。

「貴方はお客さんなんだから。乗るべきではないよ。」

「そうですか……。」

それを聞き、レイは落ち込む。自身の身勝手が招いた事。それも無理のない事ではあったが、彼にとっては何とも言えない状況だった。

「今は身体を休めて。もし何かあれば、私の部屋に来てくれて良いからね?」

そう言われ、レイは自身の部屋に一度戻る事にした。少しでもリフレッシュをしなければ……と、彼は思っていた。しかしネルソンに言われた言葉が、レイの中で繰り返される。

 

―――――――自分の命を簡単に捨てるような真似をする人間がどこにいる――――――

 

生き残る事は出来た。しかし、いつ死ぬか分からない。それが戦場。

 ここは軍ではない。レイが戦わなくても誰も責める事は無い。しかしそこにあるガンダムはレイにしか扱うことが出来ない。助けて貰った礼をしたい為、そして、昨日の失敗を挽回したいという気持ち。彼の純粋な気持ちがこの結果となった。誰も悪い訳ではない。ただ、レイはこの数日の状況に、苦悩していたのだ。

 

 

 

砂漠の太陽は今にも沈もうとしている。夕焼けの色が美しく、幻想的な光景。しかしその景色を堪能している余裕は、セイントバードチームにはない。

幸い、砂漠の狩人が攻めてくることはなかった。その間にもエンジンの修復や、MSの修復は進む。

MSデッキでは整備士のシンがレイの乗っていたアインスガンダムに、改めて興味を持っていた。

「ガンダムタイプか……あいつは勝手に発進させたけど、動くガンダムを見れるのは光栄だよなぁー。」

シンはガンダムの存在を神格化している。史上初のMS、ファースト・ガンダム。その伝説は彼のような整備士達にとっては憧れの存在と言える。その生まれ変わりともいえるガンダムが、アインスガンダム。諸事情があったにせよ、ガンダムが動く姿を見るというのは感涙物と言えるのだ。

「どうだ、様子は。」

そこへネルソンがやってきた。彼はシンの様子を見に来たのだ。

「大尉。休めましたか?」

「ああ、大分な。ぐっすりと眠っていたよ。」

ネルソンはうんと欠伸をし、身体を伸ばす。

「丁度ハルッグの調整は済ませたところです。けどもうハルッグ内のビーム粒子残高はありませんね。ビームライフルも同様です。連日の戦闘で使い切ったみたいです。」

「そうか……これではハルッグで戦うのは難しくなるか……」

先の戦闘でハルッグのロングビームライフル内のビーム粒子は使い切ってしまったのだという。つまり、どこかで補給をしなければハルッグは武器を使うことが出来ないという事だ。

「ところで大尉、もう少しこの機体の解析をして良いですか?多分、この機体武装これだけじゃないと思うんですよ!色々な場面で使えそうで。少し改良したらもしかしたら……もっと使える機体になるかも知れないですよ!」

シンは感激した様子で、アインスガンダムをじっと見つめている。

整備士としての感なのか知らないが、シンはアインスに〝何か〟を感じていた。事実、アインスは局地戦に対応できるHPSシステムを搭載しているMSだ。シンは、アインスの本来の機能を直感で感じ取ったのである。

「今日日、こんな珍しい、武装もビームサーベルと頭部機関砲だけの機体なんてなかなかいませんよ。絶対これは何かがあります!!もしかしたらもっと解析したら、データが入ってるかも知れません!これは整備士としての血が騒ぎますよ!!!」

シンのテンションが高かった。ネルソンはそれを見て、静かに口を開けた。

「ただ……仮にその〝何か〟を発見できたとしても、結局パイロットは誰になるのだ?彼に乗せるわけには行かない。」

「た、確かに……あ、そう言えばこれってパスワード式って言ってましたよね!なら、あいつから聞き出したら良いんじゃないですか?」

気分が高揚しているシンは次々とネルソンに聞く。

「どうだろうな。彼が答えるかは分からんぞ。その為に尋問をする気は私にはない。それが甘さなのかも知れんがな。」

アインスガンダムがパスワード式ならば、レイから直接聞けば良い。しかしレイは簡単に喋るだろうか。ネルソンはレイに対して手を上げている。それ故に、彼自身もレイとの距離の取り方に少し戸惑いを感じているのだ。

 尋問、拷問はしない……それはセイントバードチームの決まり。決してしてはいけない事。それは暗黙の了解だった。

「ガンダム……従来は伝説とまで言われたMS。それが今我々の目の前にある……全く、不思議な光景だな。ただ、気になったのは前にレイ君が戦っていた敵のガンダムタイプだが……」

ネルソンはガンダムについて語り始めた。確かに彼の言う通り、以前レイがチェーニ姉妹の駆る二機のガンダムに捕獲されそうになった時に彼はレイを助けた。この時にいたガンダムタイプの存在が気になった。戦時中もファースト・ガンダムの再来として作られたクリスタルガンダム。これ以後に作られたアインスガンダムの他にもガンダムタイプの存在がいたという事……それは一体どういうことなのだろうか、ネルソンは考えていた。

「戦後になって、私はガンダムタイプのMSを三機見た。このアインスガンダムと、以前レイ君が交戦していた敵のガンダムタイプだ。……これがどうも気になってな。もしかすれば、ガンダムタイプは今後増えていくかも知れないな。」

あくまでもネルソンの推測ではあったが、シンはそれを不安に思った。彼は、ファースト・ガンダムの存在に興味があり、ガンダムを神聖化している。だからこそ、目の前にあるアインスガンダムに対して人一倍興味を示していたのだ。だがそれが大量に生産されるようでは彼のような人間にとって納得のいく話ではない。

「そんなのおかしくないですか!?ガンダムが量産!?それは酷な話ですよ……けど大尉が見た二機のガンダム……ん?あれは一体……?」

「所属も不明だ。が、紛れもなくガンダムタイプであることは確認できる。これが何を示すかは分からない……が。もしかすればガンダムは今後量産されていく可能性があるかも知れないな。」

ガンダムの量産。強さの象徴であり、伝説のMSとされるガンダムの量産など、シンは許せなかった。ガンダムに対する冒涜とさえ、彼は思っていたのだ。

「じょ、冗談じゃありませんよ!連邦軍は自分達の価値を下げる気なんですかね!?」

「いや、これはあくまでも私の予想だ。しかし、我々はガンダムタイプを我々は戦後になって三機も目撃してしまっている。それ自体、本来ならば有り得ない話だ。

「けど戦後になってなんでそんなに連邦は必死なんでしょうかね。戦力増強をし続けているって話じゃないですか。」

「それが分かれば苦労はせんよ。さて、もう少し作業だ。余裕があればシンのやりたがっている、このガンダムの解析をしても良いかもな。」

「まあ、先にエンジンの復旧ですもんね。その上でトルクスの修理。了解ですよ。けどこいつが使えないの、本当に勿体ない気がしますねー。」

シンはネルソンに敬礼をし、自身の持ち場に戻っていく。ネルソンも、引き続きエンジンの修復に尽力するのであった。

(しかしこのアインスガンダムに乗って、彼は二機のディエルを一度に破壊した……彼は間違いなく、才能はあるのだろう……)

叱責をしたネルソンだが、一方でレイのその才能を認める事も、静かに考えていたのだ。

 

 

 

 夜も更けて来た頃。レイは自室のベッドで横になり、今日、ネルソンに叱責された事について考えていた。

「僕は……どうすれば良かったのかな……」

 チェーニ姉妹との戦いに敗れ、気が付けばここのクルーに助けられた。しかし何者かにエンジンを攻撃され、セイントバードは不時着。その上で迫ってくる砂漠の狩人率いるMS乗り。捕虜だった男、アスーカルを逃がしてしまい、余計に罪悪感を抱くレイ。その払拭をせんとアインスガンダムを駆り出したが、結果的にネルソンに叱責を受けた。

 見知らぬ環境に突然身を置き、その中で築いた人間関係。優しく美しい容姿のエリィに、優しくも厳しいネルソン。そして、砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモ。

 

―――――――自分の命を簡単に捨てるような真似をする人間がどこにいる――――――

 

ネルソンの言葉がレイの中で繰り返される。それと同時に、家族の事についても心配を始めた。見知らぬ大地、砂漠。そこで繰り返される戦闘。朝の戦闘でもレイは死を迎えかけた事があった。

(もし……僕が死んじゃったら母さんとミィスは……悲しむのかな……ううん、二人だけじゃない、父さんや姉さんも……リルム……も……みんな……悲しむのかな……?)

死とは何なのだろうか。戦いをして、死ねば誰かが喜び、誰かが悲しむのか。そもそも死を喜ぶ人間などいるのか……レイは様々な事を考えていた。

 彼自身、人を殺している。それは、自分自身を守る為。そして、人を守る為だ。生きる為には殺さなければならない。甘い考えは死に繋がる。それが、戦場。

そもそも、彼は戦争など自分にとって縁がない存在だと認識していた。デウス動乱が5年前にあったのだが、その戦いに彼は直接巻き込まれたわけではない。戦後になって普通に学校にも通っているし、戦前や戦後となっても何ら変わらない生活を彼は送っていた。つまり、平和で過ごせていたのだ。だがアインスに乗ることでそれは変化した。MSはカタログやプラモデル等で眺めるロボットではない。兵器だという事。それが改めて認識された。

「……考えても仕方がないことなんだろうけど……やっぱり、死ぬのは誰だって嫌だし……悲しいし……」

当然であり、当然でない存在。それが死。死ねばどうなるのか、何があるのか……それは生きている人間にとって最大の謎の一つである。そんなことを今延々と考えているレイ。だが、これは埒が明かない話である。

彼はもう、この事について考えるのを止めた。すると別の考えがレイには浮かんだ。

「そう言えば……エンジンっていつ直るんだろう。」

ふとした、疑問が浮かんだ瞬間、彼はベッドから起き上がり、急いで部屋から出た。

 

 

彼が向かった場所……それはエリィの部屋だった。彼女に艦内を案内された時、部屋を把握していたのだ。夜の艦内を歩き、部屋の前に着く。ノックをした後彼は部屋に入った。

「エリィさん、入りますね。」

すると、そこには風呂上がりで、裸で過ごしているエリィの姿があった。

「あ、あら……レイ君、どうしたの?」

「う、うわあ!エリィさん!?」

慌ててレイは後ろを向く。顔を赤め、彼女が着替え終わるのを待った。一方のエリィは下着を履いており、それが終わった時エリィはレイを呼んだ。

「レイ君、もういいよ!」

そっとレイは後ろを向く。が、そこには水色の下着を身にまとったエリィの姿が。レイは再び顔を赤める。しかしエリィはあまり恥じらうことなくレイに近付いた。

「で、何の用かな?」

「あ、あの……エンジン……なんですけど……もう……直りそう……ですか……?」

「ああー、そうね……もうすぐ……かな?大尉とか他の整備士さん達が頑張ってくれてるからどうにかなりそうだよ!」

「そ、そうですか……あ、その……」

エリィの魅力的な下着姿はレイの目に焼き付く。目のやり場に困るレイだったが、エリィはあまり恥じらう様子もなく話しかけてくる。

「ん?」

「服……着ないんですか……?」

「え?ああ、私お風呂上がりだから……少し体を冷やさないとダメだと思って。」

「そ、そうですか……あの、僕はこれで……失礼します!お、おやすみなさい!」

顔を赤めたまま、レイは急いで部屋から出た。エリィの格好を見続けるのが恥ずかしくて堪らなかったのである。そんなレイの様子を見たエリィは微笑しながら彼を見送った。まるで、彼が恥じらうのを楽しんでいたかのように。

 

 

それから時間が経過した。レイは疲れの為か早めに睡眠をとることにし、部屋の明かりを消した。彼も先程シャワーを浴び、エリィ同様に火照った体を冷やす為に下着状態でベッドに横になっていた。下着として、上半身には白いランニングシャツ、下半身には密着式の黒いボクサーブリーフを履いている。レイは暗闇の中の天井で一人、ぼうっとしていた。その時、レイは先程のエリィの姿を思い出した。

(エリィさん、どうしてあんな格好を……人前で平気で出来るんだろう……)

エリィは恥じらう様子を見せない性格だ。相手がレイだという事でもあるのか、露出した格好をしても全く恥じらわず、寧ろそれを見せてくるような気がしてならない。

今朝もエリィに抱き締められた。その豊満な胸はレイの顔に当たり、それが焼き付いて離れない。

セイントバードの艦長であり、美しい容姿のエリィ。そのエリィが見せた、情欲的な格好。それはいつの間にかレイの頭の中を妄想で埋めた。

「……んッ……」

気が付けばレイはその手を自分の股間部にやっていた。そっと優しく自分自身の手で股間部を撫で始め、股間部は膨れ上がった。

やがて“それ”は硬直し、そこからレイはそこを更に撫で続けた。エリィの魅力的な姿……それが今のレイをその行為に追い遣ったのである。

やがて彼は自らの下着を下げた後にレイは自分の右手を股間部にやり、優しく、手で覆いはじめた。

「は……ぁ……!」

自身を慰める行為……レイは今まさにそれを行っている。呼吸が速くなっていく中で、レイの眼は、次第に細くなっていく。紅潮する頬。誰も居ないこの部屋で、一人、善がる。

「はっ……はっ……ぁ……ンッ……!」

ふとした時に行われるその行為は、自らを慰め、癒す為に行なっている。今回の彼の中の妄想は、先程の下着姿のエリィ。ただ、それだけだ。妄想の中で彼はただ、今はエリィの事だけを考えて行為に浸っている。

 

ウィィィン

 

ところがその時。部屋の自動ドアが開く音がしたのだ。音に気付いたレイは慌てて側にあった布団で自分の体を覆った。

やがて誰かが部屋に入って来る。恐る、恐る人間を見る。すると、そこにいたのはエリィだった。何かを伝えるために部屋に入ってきたのだ、

 何と言う、タイミングだろう。これ程タイミングが悪い事が、果たして有り得るのだろうか?

「え、エリィさん……!?」

「ごめんね、突然寝てる時に入ってきちゃって。あのね、さっきエンジンがやっと直ったって連絡があったから、明日には出発できるよって伝えたかったの。」

「そ、そうですか……あ、ありがとう……ございます……」

「ん?どうしたのレイ君?顔が赤いよ?風邪でも引いた?」

顔以外の全身を布団で覆っていたレイ。その様子を見て、エリィは彼を心配する。彼は当然ながら、言える筈がなかった。自分が今行っている行為の事など……

「さ、さっきシャワー浴び過ぎて、ちょっと、のぼせちゃって……」

無理がある言い訳だ。

「そ、そう……?無理しないでね?じゃ、じゃあね!」

と言った後で、エリィは去った。余りに無理がある言い訳だが、幸い怪しまれる事はなかったのである。

その後になってしまえば、独り善がりの独壇場だ。彼女の去った姿を見届けた後で、レイは先程の続きを行う。もう十分快感が行き届いており、いつ果ててもおかしくない。

「あ……ハ……はぁっ……ン……ふぁぁッ……!」

快感のあまり思わず声を漏らした。それと同時に多量の白濁液がレイの腹部に溢れ出た。一部は右手に付着してしまい、ドロドロとしたそれは彼の右手の所々を白く彩った。全てを放った時、レイは完全に果てた。絶頂を、迎えたのである。

「はぁ……はぁ…………僕は……何をやっているんだろう……」

力を抜けたように目が細目になっていた。荒い呼吸を上げ、レイは右手にべっとりとついたその欲望の象徴を、見ていた。

しかしこの束の間の快感を味わった後、レイは一人、妙な罪悪感に苛まれる事になる。出会って間もない人間が自らの欲望を放つ行為の中で妄想として出て来た事が、余りに残念に思えた為だ。彼はこの時、エリィに対して申し訳がない気持ちで一杯になっていた。

(……ごめんなさい……エリィさん……)

我慢が出来なかったとはいえ“行為”をしてしまったと反省するレイ。彼はやがて、目を瞑り、ただ、静かに眠気に襲われていくのだった。

 

 

 

翌朝。レイは目を覚ました。壁にあった時計の針は九の数字を指している。それを見た彼はうんと欠伸をし、目を覚まそうとするがまだ眠気が残っているのか、眠そうな表情を浮かべている。

「エンジン……そう言えば直ったって言ってたな……じゃあ、もう出発できるって事なのかな。」

そっと、レイは呟く。エンジンが修復し、この砂漠の大地から脱出できる……ようやく、絶望の地から去ることが出来るという事は、クルーは勿論、レイにとっても喜ばしい事だった。

 

ウィィィン

 

「あ、レイ君おはよう!昨日はよく眠れた?」

エリィが部屋に入ってきた。最早朝の恒例行事となりつつあるエリィからの挨拶。

 しかし昨夜の件もあり、エリィの顔を見た時、レイは顔を赤めたのだった。

「お、おはようございま……す。」

「え?どうしたの?なんか顔が赤いよ?」

わざとなのだろうか、それとも本気で心配しているのか……それが分からない。レイは、ただ、困惑していた。

「ええとね、レイ君。ちょっとだけ話があるんだけど……良いかな?」

「話……ですか?」

何の話だろう、昨日の件なのか。レイは気になる様子だった。

「ええ。昨日の戦闘の話だけれども。」

エリィはベッドに腰掛ける。すらりとした背筋、そして栗色の髪。紫色の奇麗な目。やはり彼女は魅力的な女性と言えた。

「レイ君、昨日の戦いはお疲れ様。色々とあったけれど、結果的に貴方がした事は私達を守ってくれたこと。それには感謝しているよ。」

まず、エリィはレイに感謝の気持ちを述べた。

「でも、僕は身勝手な事をしたんでしょう……」

レイは、少し俯いて言った。

「いえいえ、その話じゃないの。あの戦闘中に感じた、“感覚”の話よ。」

「“感覚”……ですか?」

一体エリィが何を言っているのかが分からない。何の話をしているのだろうか。

「私、貴方の危機を感じた。これって、不思議な事なんだよ。」

「え……それって……」

彼が感じたモノ。それは危機的状況に陥った時に感じる、相手の動きが緩慢に見える特有の感覚だ。今までの戦闘でも何度か感じた、妙な現象。

「お互いにそれを“感じた”と言う事になるね、レイ君。」

「え……え……?」

意味が分からない。エリィは一体、何を言っているのか。彼女は優しい女性であるが、どこか抜けているところがあるとは薄々感じていた。しかし今の彼女の発言は明らかに奇抜で、妙だ。

「やっぱり君は……もしかすればシンギュラルタイプなのかも知れないね。」

「シンギュラルタイプ……え?」

突如エリィの口から出た、“シンギュラルタイプ”と言う台詞。それを聞いたレイはまるで現実に戻されたかのような感覚に陥った。

「な、何を言ってるんですか……?」

「私も感じる時があるんだよ。貴方と同じような、“妙な感覚”を。まるで、頭の中に電流が流れるようなあの感覚。何かを閃くとか、それが強く強調される感覚。」

と、エリィはベッドから立ち上がり、両手を後ろで思いきり組み、ぐいと伸ばした。

「ごめんなさい、僕、全然分からないです……」

無理もない。彼自身分かっていない事をエリィに言われるのだ。

「シンギュラルタイプって言葉は聞いた事ないかな?」

改めてそれを言われ、レイはギリアが言っていた言葉を思い出す。

 

 

――――――――――あれか?“シンギュラルタイプ”ってやつか――――――――――

 

 

レイ自身それが気になっていた時はあった。しかし結局、何なのかは分からないまま時間が過ぎ、次にその言葉を聞いたのがまさかセイントバードの艦長であるエリィの口からだとは、誰が予想できるだろうか。

「確かにそれを言われて困惑する人は多い。そのルーツは何なのか、どこから来ているのかも不明な存在。でも実際に戦争等ではそれらが活躍していた事実があったの。デウス動乱の時でも活躍していたのが、シンギュラルタイプって言われる人々。」

「そんな人がいるって話は聞いたことあります……でも、僕がシンギュラルタイプ……?分からない、分からないですよ……」

「困惑するのも無理はないよ。でも、似ているかも知れない。私達は……ね。少なくとも私はここのクルー達と同じ感覚を感じなかった。けど貴方からそれを感じた。妙でしょ?不思議な感覚……それが気になってね、貴方にちょっと話がしたくなったの。」

エリィが語る、“シンギュラルタイプ”と呼ばれる存在。それは何を示すのか、何なのかも分からない。

「エリィさん。さっき、デウス動乱について言ってましたけど……どうしてそんな事を言うんですか?」

思えばここに来て以来、エリィの過去について全く知らない。何かと世話を焼いてくれる美しい女性、エリィ・レイス。今回、彼女の方から“シンギュラルタイプ”について語ってきた。そして、それに関係するような単語である、“デウス動乱”。彼女は一体、何者なのだろうか。

「私はね、昔地球連邦軍に所属していた事があるの。」

「え……そうだったんですか!?」

エリィから発されたまさかの言葉。彼女は元連邦軍の所属だったのだ。元連邦の所属でレイが浮かべるのはギリア・ノール。彼は今まで生きてきて、二人目の元連邦軍所属の人間に出会った事になる。

「私は特別な人達と一緒に戦場を生き残ってきたんだよ。私は当時、艦のオペレーターをしていた。その艦長さんには大変お世話になったし、他にも不思議な人達との出会いも多々あった。」

僅かだが明らかになる、エリィの過去。レイはそれに、非常に興味を抱いていた。

「その中でね、一際特殊な力を持った人……ううん、少年がいたの。」

「特殊な力を持った人……ですか?」

それは何なのかは分からない。シンギュラルタイプなのだろうか。それとも別の物なのか。

「名前は……アレン・レインド。」

「アレン・レインド……?」

聞いた事のない名前だった。しかしエリィがこの名前を言った時、何故だろうか、どこか寂しげな表情を浮かべていた。

「彼は普通の人では無かったの。ううん、普通の人を遥かに超えていた存在だった。今でも一部の人は、彼の事を、“デウス動乱の英雄”って呼ぶから。」

デウス動乱の英雄と呼ばれた存在、アレン・レインド。それは一体何者なのだろうか。全く、レイには分からない。

「彼の存在がデウス動乱を終わらせたと言われる程に、ある意味神話的な存在になっていった。私はそんな彼の活躍を見た事があるの。」

「エリィさんが、そんな凄い人の活躍を……」

「でも、彼は今、行方不明なの。最後の戦いの後、消息を絶ったまま……どこで何をしているのかも全く分からない。」

デウス動乱。十年にも及ぶ長き戦い。その終止符を打ったとされる人間、アレン・レインド。だがレイにとっては全くと言っていい程分からない存在だ。無理もない。彼はデウス動乱時も戦乱に巻き込まれる事なく、学校生活を送る事が出来ていたのだから。

「ああ、お話が長引いちゃったね。朝ご飯持ってきたの忘れてた!さあ、召し上がれ。今日中にはエンジンも点火して、発進できると思うから!」

と、急にエリィは笑顔になる。やがてそのまま部屋を後にしたエリィ。

 彼女が語った、“シンギュラルタイプ”と、“アレン・レインド”の話。それらが何を示すのかは分からない。レイ自身も、その、シンギュラルタイプが何なのか分からないまま、彼女が渡したサンドイッチを、一口、口に含んだのだった。

 

 

 

 セイントバード艦内ではクルー達が完成したエンジンの点火を待ち詫びている様子だった。まずMSデッキの後部ハッチを閉じ、発進できる準備態勢を作る。セイントバード自体の武装もない状況。その上連日の襲撃の為にアインスガンダム以外の機体のビーム粒子量も少ない状況。一刻も早く彼等はここを去り、別の場所で補給を受ける必要があったのだ。

「ここを発って、改めてカイロに行きましょう!さあ、念願の時が来ましたっ!」

エリィがブリッジ内で、窓に向けて人差し指を思いきり伸ばした。それを見て、インクとスラッグは静かに拍手を送った。

「そうですよねー、俺等元々カイロに向かう為に移動してたのに、すっかり忘れてたっすよ。」

「カイロといえば?」

「んー……。」

「スフィンクスでしょ。」

「あ!そうそう!スフィンクスの他にもピラミッドとか……。」

と、突如雑談を交わすインクとスラッグ。ようやく動き出すセイントバード。目指す目的地は、エジプト国の首都、カイロである。そこで彼等はまずは補給を行う必要があった。繰り返された戦闘によるビーム粒子の補給や、食料、武装搬入等。そして、彼等はジャンクパーツの売買も行っている。それらも含め、彼等は今から飛び立とうとしていた。

「セイントバード、発進!!!」

エリィの言葉と同時に、スラッグが舵を取り、思いきり引く。そして――

 

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

と、轟音が外で響く。そして――

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

エンジンが点火し、各部のバーニアが一斉に展開されているのが確認できる。この事から、エンジンは完全に復旧した事が分かったのだ。

 そして、長きに渡り不動だった聖鳥は、その翼を広げ、砂漠の大地を後にするのだった――

 

 

 

ビヤーバーンのブリッジにて。昨日の交戦により、三機のディザードディエルを失った彼等。新戦力であるラグラーナの力を見せつけることが出来たのだが、あまり芳しくない様子だった。

「敵にガンダムがいたのは良かった。けど残念な知らせがある。」

「残念な知らせ?」

サブリーダーのパゴーダが言った。

「金主様への支払いが現状滞っているって事だ。貴重な戦力を失い続けている状況だからな。マジで飯の種を見つけねぇとやばい訳よ。」

彼等には金主が付いているのだ。砂漠の狩人率いるMS乗り達。悪名高い彼等ではあるが、彼等自身も獲物を捉え、それをし続けなければならない理由があった。

それこそが、金主の存在。彼等はMS乗りとしての行動をしている傍ら、その活動資金を金主に提供して貰っていた。その上で、得た報酬……ジャンクパーツ等を売り、その売上の一部を金主へ上納するという形になっているのだ。

「そんなにヤバかったんですか。うちの状況……」

パゴーダが言った。

「本来はあの戦艦の戦力さえ頂ければ良かった。しかし奴等は思ったよりも強い。偵察とかも行って捕虜になった時、俺はガンダムを見た。その時に真っ先に奪っとけば良かったのになァ……」

アスーカルが捕虜になり、その後脱出した時、彼はアインスガンダムを見ていた。その時に彼は、自身の機体よりもアインスを優先するべきだと考えていたのだ。

 しかし、実際はアインスはパスワード式であり、彼に操縦する事は出来ないのだが。

「資金繰りが厳しい状況でうちはディエルを合計六機も失ってやがる。ジャンク品もラグラーナ建造でほぼ使い切っている。最早、手段は選んでられねェ状況って訳よ。」

パゴーダは、俯いた。いつもは猪突猛進で、危険を顧みず敵地に挑む男、アスーカル。今日の彼は明らかに焦燥感に駆られていたのだ。

「馬鹿なりにやってりゃなんとかなると思ってはいた……お前らに苦労だけは掛けたくないとは思っていた。しかしこのザマじゃあ洒落にならねェわ。」

「ちなみに、その、金主への支払いが滞り続けたらどうなるんですか?」

パゴーダは何気なく、聞いた。すると、アスーカルは俯いて答える。

「資金援助は当然打ち切られる。そしたら俺等は路頭に迷う。つまり食っていけなくなるっつー訳よ。ビヤーバーンの修理費や機体の維持費も一切出なくなる。砂漠の狩人は終わりを迎える……」

「そんな状況だったんですか……マジか……」

今、アスーカルから聞かされるビヤーバーンの状況。彼は金主の件を心の内に隠し続け、クルーに安心させようと、彼なりに振舞い続けた。だがそれも限界が来ていたのだ。

「だから最初にあの艦を襲った訳だ。朗報なのはガンダム……あれが居た事だ。せめて、あれを頂ければ俺等が路頭に迷う事はなくなるかも知れねェけどな。」

「ガンダムを奪う事を優先すれば、俺達は生き残る可能性があるって訳ですね。」

「そう。しかしここ数日の状況もある。俺も反省するぜ。」

アスーカルがこのような弱気な発言をするのも珍しかった。それ程に、今のビヤーバーンは追い詰められていたのである。

「ん?あの艦が動く……?」

その時だ。ブリッジに居たクルーがセイントバードが発進する姿を見たのは。

「何だと!?すぐに追い掛けンぞ!ビヤーバーンの主砲を展開しておけ!空飛ぶなら撃ち落とすまで!奴等を絶対に逃がすんじゃねェ!」

いつになく焦っている様子のアスーカル。彼はすぐにビヤーバーンの発進命令を下した。

 

ゴオオオオオオオオオオ

 

と、ビヤーバーンは艦底部のホバー機能が作動。やがて、緩やかにとセイントバードを追撃する形で起動し始めたのである。

「逃がすかよ……お宝が目の前にあるのに!」

起動したセイントバードと、それを追い掛けるビヤーバーン。艦同士の攻防が、始まろうとしていた。

 

 

 

 セイントバードの後方より、ビヤーバーンが迫っている。セイントバードの高度は少しずつ上昇していく。彼等の次の目的地のカイロまでは200キロメートル程度の距離。その為、低空飛行で移動するのだが、それが現状では仇となっている。ビヤーバーンの主砲の射程に十分届く為だ。

 

ドオオオオオ

 

と、セイントバードは揺れた。ビヤーバーンの主砲が艦の下部に直撃したからである。

「被弾!損傷軽微です!」

「クソッ!何度もしつこいんだよあいつら!」

インクとスラッグがブリッジ内で言った。修復したエンジン。ようやく旅立てると思った矢先の、敵艦による砲撃。

「砂漠の狩人の戦艦の攻撃ね……武装は使えたっけ?」

「ダメっスね!武装は切れてます!だからカイロに行く手筈だったでしょ!」

「このまま逃げ切れそう?」

「分かんないですよ!相手の弾切れを待ってる間にまた堕とされたらマジでヤバいです!」

万事休すだ。本来セイントバードには武装が備わっている。しかし今、それらは全て切れているのだ。このままでは一方的な艦対艦の戦いとなる。武装がない戦艦など、只の巨大な的同然だからだ。

「大尉、MSの発進出来ますか!?」

エリィはMSデッキに連絡を取った。だが、そこにいたネルソンは言う。

「すまない……ビーム粒子はもう切れている。ハルッグはビーム砲を使えん。」

「そうですか……どうしようか……」

絶望的な状況だ。セイントバードの武装も使えず、尚且つ主力機体であるハルッグもエネルギー切れの状況。となれば、ここは逃げ切るしか手はない……と思われた。

 

「僕がガンダムに乗ります!」

MSデッキに現れたのは、レイだった。セイントバードが揺れたのを感じ、危機的状況であることを察したレイはそこまで走ってきたのである。

「レイ君!君にガンダムを乗せる訳には行かないと言っただろう!」

「でもこのままじゃやられちゃうんでしょう!?せっかくエンジンが直ったのに……こんなのって……!」

昨日の今日の事もあり、最初レイは躊躇った。だが、状況が状況だけに手段を選んでいる場合ではない。

 実際、ガンダム以外の機体のエネルギー残高はほぼ皆無。仮にビヤーバーンを迎撃した所で、ダメージを与える事など不可能に等しい。何よりも、アインスガンダムはレイにしか操ることが出来ない。まるでレイがここで戦う事を運命付けられたような状況だ。

「シン、予備の試作ビームライフルをアインスに装備だ。」

「こいつに行かせるんですか!?」

「不本意だが、今あの戦艦をどうにかしなければセイントバードが沈む可能性もある……」

ネルソンは昨日のレイの活躍に、僅かながら期待をしていた。一度の射撃で二機を撃墜した射撃のセンス。それに、彼は賭けることにしたのだ。

「今この状況を潜り抜けられるのはレイ君しかいない。レイ君、ハルッグに乗って敵の主砲を狙い撃ちする……出来るか?」

昨日は平手打ちをしたネルソン。まさか、その本人からアインスに乗っても良いという許可が出た瞬間だった。

「はい、やってみます!」

レイははっきりと、そう答えた。危機的状況を脱することが出来るかも知れない……と、レイは考えていたのだ。

 

 

後部ハッチが開かれた。そこから、MA形態のハルッグと、それに乗ったアインスガンダムが出撃。アインスの武装は昨日ラグラーナに破壊された試作ビームライフルのみ。これで、ビヤーバーンの主砲を破壊するのが今回の目的だ。

「こちらで出来るだけ敵艦に近づき、君が狙いが定まる位置でビームを撃つ、出来そうか?」

「やってみます!僕が、任されてるんだ……だから!」

人は何かを任される時、その使命を全うしようと尽力する。例え、そこに報酬が生じなくとも、人に頼られるという事はそれを果たそうという心理が働くとされる。受動的、能動的の差はあれど、任されるという事はそれだけ期待を掛けられているという事だ。

 今のレイは能動的に動いていた。昨日のような自分勝手な使命感ではなく、人に任されるという状況。それは、彼にとってよりパフォーマンスを発揮するのに十分と言えた。

 ハルッグはビヤーバーンに近づいていく。ビーム粒子が空の状態のハルッグの役割はアインスを運ぶ為の推進剤だ。ネルソンはサポートに徹し、アインスをフォローする。

 

ドバアアアアアアアアア

 

だが一定の距離からビヤーバーンはビーム砲を展開してきた。それを急いで避けるハルッグ。

「あの主砲が射程が長いと見た。レイ君、やはりあれを狙い撃つ必要がある。距離はこちらで調整する。君は、その引き金を引いてくれれば良い。」

「はい!」

ハルッグはビーム砲の射程外に移動し、一度待機する。

 そしてアインスはビームライフルを構えた。フォアグリップを握り、カメラアイにスコープを当てる。ビームライフルの両手持ちの構図を取るアインス。その時に、レイはモニターでビヤーバーンの主砲に視線を向けている。

(大砲に当てれば良い……よく狙って……そして……撃つ……)

狙いを定めるアインス。しかし昨日、ディザートディエル二機を当てた状況とはまるで違う。

 無理もなかった。今は上空を浮いている状況。強風による揺れなどもあり、十分に狙いを定めにくいからだ。レイは瞬きし、その一発に集中をする。

 

Lock on

 

「来たっ!」

 

バシュゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

アインスはビームライフルを放った。飛翔体は光速の如く空を駆け抜け、それはビヤーバーンの主砲に直撃したのであった。

 たちまち、大爆発を起こす主砲。これにより、セイントバードへの追撃が困難となったのだ。

 

 

 

「馬鹿な!主砲がやられたのか!」

予想外のビーム砲撃を受け、アスーカルは驚愕した。

「逃がすしかありません……これじゃあ……」

艦長席で思いきり握り拳を作り、振り落とすパゴーダ。

「チッ……いや、待て。まだ諦めンな。奴らの向かう先は恐らく、カイロだ。追撃は出来なくてもいい。まだ、チャンスはある……」

アスーカルは進行方向から、セイントバードの目的地を割り出した。そこはカイロであり、今まさにセイントバードが向かっている場所である。つまり、セイントバードは砂漠の狩人の魔の手から、まだ完全に逃げ切れた訳ではなかったのである。

 

 ビヤーバーンの主砲の破壊に成功したセイントバードチーム。これにより、撃墜される危険がない状況での航行を行うことが出来る。しかし彼等が向かう先のカイロまで追いかけてくる砂漠の狩人。まだ彼等が安心出来る状況は、終わりそうにない。




第十話投了。「何もやらないより、やる方がましだから!」という台詞は個人的に好きです。あと、レイ君は年頃の男の子なのでまあ、多少はね?


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第十一話 カイロという都市

砂漠を抜け、カイロに辿り着いた一行。


 

 カイロ。エジプト国の最大の都市。アラブ世界で最も人口の多い都市。アフリカ大陸の中でも最も人が集まる大都市でもある。

 この時代においてもそれは変わっていない。だが、一つこの都市では大きな問題が起きている。それは、テロリストによるテロ活動の活性化だ。新生連邦軍が樹立して以来、本来の目的であるこうしたテロリストの鎮圧目的で軍備増強を続けている新生連邦。しかし軍備の増強のし過ぎにより、テロリスト達にもMSといった兵器が渡るようになったという悪循環が生じており、更にはテロ活動もより活発化している。これがこの都市では社会問題となっている。

新生連邦政府樹立後、カイロは新生連邦軍の支配下に置かれた。この時、エジプト議会は軍の支配に反対だったというのだが、強制的に新生連邦軍が介入し、エジプトの支配に成功。この事実は世界中で報道されておらず、新生連邦により隠蔽されている。

しかし事実を知る者による反乱やテロ行為が相次いでおり、それによる更なる治安の悪さが問題となっていた。そして、それらの牙は一般市民に向けられる事もある。

 セイントバードチームは砂漠の狩人との死闘を生き延び、ここカイロに辿り着いた。まず、彼等はそこで補給物資や武装の調達を行う必要があったのだ。

 セイントバードは巨大な地下格納庫に格納された。連邦のヒエラクス級のその戦艦は、そのまま置いていると軍に見つかってしまう可能性があるからだ。

「着いた!やっと、落ち着けるわ!」

と、エリィが歓喜の声を上げた。ここ数日の緊張状態。それが解けたのだろう。

「いやぁ、長かったなぁ。マジで生きてここまで来れるか分かんなかったからな!」

スラッグが笑顔で言う。

「よし、Eフォン圏外じゃない!手続き済ませたら、観光に行きたいなぁー!スフィンクス!ピラミッド!何見に行こかな!」

インクがEフォンを開き、カイロの地図を開いて喜ぶ様子を見せている。

「さて、手続きをしてこないとねー」

エリィはうんと身体を伸ばし、ブリッジを後にした。

 

MSデッキにて。アインスとハルッグは帰還していた。そこで、ネルソンはレイの頭をポンと置く。昨日の仕打ちと正反対だ。

「よくやったな、レイ君。」

と、褒めるネルソンだ。ビヤーバーンの主砲を撃破したことを褒められるレイ。この時、レイは心底喜びを感じていた。ようやく、クルーの為に貢献出来た……と考えていた。

「気にはなっていたが、君にはMSを操る才能があるのかも知れない。あの状況で一発で主砲を狙い撃ち出来るのも大したものだ。」

「ただ、夢中でした。けれど、役に立てたのなら、それはとても嬉しいです……!」

レイは満面の笑みで答えた。

「とりあえず、無事にカイロに着く事が出来た。あとは艦長が手続きをして、我々は少しばかり羽根を伸ばすことが出来そうだ。」

連日の出来事もあり、睡眠不足だったネルソンに笑顔が。この時レイは初めて彼の笑顔を見たのであった。

「ところでレイ君、Eフォンはもう繋がるのではないか?」

ネルソンはレイのEフォンを気に掛けた。そう、この時に彼は大切な事を思い出したのだ。

「ああ!母さんに知らせないと!!!」

と、急いで自室へ戻った。彼がモントリオールから消息を絶ち、十日余りが経過していたのだ。その間は砂漠の大地で連絡が取れない状況が続いており、連絡が遅れてしまったのである。

 

自室に戻ったレイは早速母親へ電話をした。自分の無事についての話を彼は伝える。

当然のように、母親は激怒した。今までどこへ行っていたのか。何故連絡が無かったのか……等。

『どうして連絡が無かったの!どれだけ心配したか……!』

「ごめん……母さん。」

謝るレイ。しかし問題はそれだけに留まらない。

『警察にも捜索願を出したわ!それでずっと捜査をしてもらってた!学校にも来てないって言うし、どこへ行ったのかも分からない!もしかしたら事件に巻き込まれたんじゃないかって!』

母親が子を想うのは当然だ。それは子が古巣を離れ、新たな出会いを果たし、婚約を契った後でもその気持ちは永遠に変わらない。親子の関係と言うのはそれ程に深く、強い繋がりなのである。

『……ところで……貴方今どこにいるの?』

「え……?」

ここで問題が生じた。そう、今彼がいる場所についてである。どのように答えればよいか、分からないのだ。仮に答えたところで、何を言っていると言われるのが関の山。セイントバードの中と答えるべきか、カイロと答えるべきか。

(どうしよう……ダメだ……どう答えたら良いのかな……)

悩むレイ。どうにか、彼は考える。しかし――

(駄目だ、思いつかない……!)

言い訳が思いつかない。何を言えばよい?何を言えば親は納得する?無理だ。今の彼に、それが思いつく筈がない。焦るレイ。それが数秒経過した時、レイは、思いついたように言葉を発する。

「ごめん……言えない……」

実際、いう事が出来ないような内容だ。だから、あえて彼は正直に言った。だが――

『何を言ってるのよ!大体この前の定期試験だって全て欠席したから全部0点だって担任の先生が言ってたわ!!』

(ああ、そうだった……)

あれから十日余りの時間が経っており、学校生活も大きく変化していた。彼が受ける予定だった定期試験は全て0点。これまで問題のない成績を修めていたレイは、ここに来て赤点を連続で取るという状況になってしまったのだ。

『とにかく早く帰ってきなさい!みんな、心配してるんだから……』

「……ごめん母さん!」

と、レイは一方的に電話を切った。無理もない。これ以上の言い訳が見つからないのだから。

 電話をして親を安心させたいという気持ちはあった。だが、その一方で言えない場所にいるという事も伝えなければならない。それもまた、レイにとっては悩みの種だった。

「みんなにも言っておくべきなのかな……リルムにも……」

レイは迷った。自分の安否を伝えるべきかどうか。しかし確実に、どこにいるのかは聞かれる。そうなったら答えられない。その為、レイはあえて他の人への連絡をしなかったのだった。

 

 

 

 やがてカイロへ降り立ったセイントバードチームのクルー達。そこでセイントバードは補給を受けることが出来た。艦の補給だけでない。物資の調達や武装用のパーツ等も調達出来る。又、MSの武装で最も大切なビーム粒子の補充も出来た。

 ビーム粒子。それは現代であるP.C歴よりも遥か昔、最初のMSであるファースト・ガンダムが生み出された頃から出現したとされる粒子。ビームという名前ではあるが、その名前はファースト・ガンダムが所持していたとされるビームライフルが由来であり、その粒子としての実用性は兵器で使用されるに留まっている。人体に害は与えない粒子であるが、通信手段の妨害等で使用される事がある。現代で使用されるEフォンは基本的にビーム粒子の妨害等が無ければ世界中や、コロニー等と連絡を交わす事が出来るのだが、粒子濃度が濃くなればなる程、回線に支障を来たす事がある。特に、民間企業が整備しているSNS等に於ける回線はその影響を大きく受け易い。

ビーム粒子は兵器運用として使われる事が主だ。現代でも使用されるビームライフルや、ビームキャノンといった兵器は、全てビーム粒子が由来である。

 兵器として用いられるビーム粒子は貯蔵タンクがある。そこからMSに搭載されているタンクに粒子を充填し、それによってビーム兵器を使用する事が可能となる。

 だがビーム粒子は万能な粒子ではない。現在、そのビーム粒子によるビーム兵器を完全に防ぐジェネレーターが開発されている。それが実用化されている状況では、実弾兵器等も組み合わせたMSの存在が必要不可欠となるのだ。

 MS乗りという存在が増えつつある時代。都市に入国する時は手続きを行う必要がある。それは陸上戦艦、空中戦艦共に変わらない。この際、入国管理局で艦内のチェックが行われる。

本来、MSをはじめとした兵器は規制対象になり得るのだがデウス動乱後の混乱、尚且つ新生連邦政府の樹立も間もなく、その上で新生連邦に支配されている今の状況。法整備自体がまかり通っていない現状がある。その為、MS乗りはそれぞれの国に入国する事も簡単に出来るようになっている。これ故に治安の悪い国ではテロ行為などが横行している事も有り得るのだ。

入国するには当然金銭が必要だ。セイントバードもそれ相応の金銭を用意し、カイロに入る。この金銭を積む額が多ければ多い程、入国の際のチェックは甘くなる。それを利用し、エリィは多額の納付金をエジプトの入国管理局に支払ったのだ。

「艦長、とりあえず支払いは済ませたようだな。」

セイントバードを降りた一行。ネルソンはエリィに言った。

「ええ、MSのチェックもありましたけどお金を払えばそれは許してもらえました。」

「……だから、治安も悪くなるのだろうな……」

と、ネルソンは静かに言った。

「ええ……本来なら入国する時は麻薬や火器類等の危険物は絶対に持ち込めないですものね。けど、それって今じゃ殆どの国が黙認してる状況ですもの。影響を受けていない場所もあれば、影響を思いきり受けている場所もありますしね。」

それは国によって異なる。新生連邦の管轄であるカイロであるが、都市の体制によってそれは大きく異なるのだ。つまり、カイロは金銭のやり取りによる不法入国が横行しているのが現状であると言えた。

入国者から多額の金銭を受け取り、本来であれば違反である兵器や銃火器類の運送。しかしここではそれも黙認されている。だが、それ故に今でもアフリカ大陸一の都市を今でも築けていると言える。無論、その代わり治安の保証はされていない。

 かつて地球圏は機械文明の発達により、人々の生活は安泰していた。しかしデウス動乱でのデウス帝国と地球連邦軍の戦争が長引くに連れ、より国によりその経済力に格差が出るようになった。現在はデウス動乱後の混乱期であり、新生連邦軍が世界中に勢力を拡大している時代。その秩序が定まっている国とそうでない国とで差があったのである。

「戦後の混乱で金銭を積めば危険とされるMS乗りでも簡単に入国が出来るという事自体が問題なのだがな。金銭を持つ存在がテロ行為を起こしている可能性も有り得る時代。それでも国が成り立つ現状。今の時代は、本当の意味での“人の良心”が試されているのだろう。」

「法律ってあってないようなものっていうのもどうかって感じではありますね。けれど、それでこの国ではセイントバードやMSが整備を受けられるっていうのも複雑な気持ちですけれど……」

彼等はその法整備が整っていない状況だからこそ、こうしてMS乗りとして世界中を渡り歩く事が出来るのだ。つまり、彼等にとっての生命線はまさに、“金銭”と言える。もし金銭が無ければたちまち彼等はMSの整備も受けられず、セイントバードチームは解散せざるを得なくなる。

「こればかりは旧時代より続いている状況だよ。金銭を積めばその分待遇が良くなるのはどこの国でもそうだろう。だから国の官僚や連盟議員等は特別な待遇を受けられる。だから、我々はその金銭を大切にしなければならない。これからも航行を続けるためにはな。」

「そうですね。けどやっぱりあの戦艦での航行は気をつけないとですね。航行中に新生連邦に見つかれば真っ先に襲われますから。」

セイントバードは元々新生連邦の戦艦。見つかれば真っ先に襲撃を受けるのは、仕方のない事と言えたのだ。

「だからこういう所に止める時はコソコソとしないといけないのも辛い話だが……」

「新生連邦の管轄の国に艦を止める時っていつも、ヒヤヒヤしますね。」

「だから艦内には見張りを数名残さないと行けない。入国は出来たとはいえ、軍の連中がどのような強硬手段に及ぶかも分からんからな。」

「けれど軍も安易に周囲の人を巻き込むような事はしないとは思いますけど……」

「分からんよ、連中の考えは。血眼になってセイントバードを探しているのか、それともあえて我々を泳がしているのか。どちらにしても我々は気をつけて航行を続ける必要があるという事だ。」

新生連邦の戦艦を母艦とする、セイントバードチームの諚と言える現状。彼等の戦艦は強い。しかし、その分危険も伴うのだ。

「まあ、何はともあれ航行お疲れ様だ、艦長。今は羽根を伸ばしてきたらどうだ?市街の散策も、悪くはないかもな。」

と、ネルソンはエリィに気を遣うように言った。

「……あれ、大尉は散策されないんですか?」

「私はもう少しシンとする事があるからな。MSの整備とか。新生連邦の事も気になるし、それ以外にも色々と問題は多い。」

それは、砂漠の狩人の事も含めて言っていた。

「大尉も、無理なさらずに。休める時は休めて下さいね。」

「その言葉だけでもありがたいよ。ついでにレイ君も誘ってはどうだ?彼のような年頃の少年なら異国の景色は刺激的だろう。」

「良いアイデアかもですね!ここ数日で彼も色々と疲れてるでしょうから!」

ネルソンはここ数日の状況にレイを巻き込んでしまった事を内心で申し訳ないと思っていた。だからこそ叱責もした。結果的に彼の行動に助けられた事もあり、レイを楽しませようと、考えていたのだ。

「艦長が一緒について欲しい。引率する親のような感じもするが、カイロのような治安が何とも言えない土地では保護者は必要だろう。彼のEフォンの情報も入れておくと万が一の時にも連絡が取れるだろう。」

気を利かせるネルソン。

「私、子供いないんですけどね……!」

と、エリィはやや苦笑いで答えた。

艦長のエリィと、MSの主力を務めるネルソン。並列して並ぶ両者。彼等が、セイントバードチームの要。彼等がこうして笑顔で話をしている光景は、少なくとも数日前ではほとんど見かけることは無かっただろう。それだけ今の状況はゆとりが生まれている。これが本来あるセイントバードチームの姿。全員が協力し、その上で楽しむ時は楽しむ。MS乗りでありながら殺伐としていない彼等。故に、彼等についてくるクルーは多い。

 

 

 

 ネルソンの提案の通り、エリィはレイに声を掛け、カイロ市内の観光に誘った。レイは迷うことなくエリィについていく。目を輝かせて。まるで旅行を楽しみにしていた子供のような表情だ。

「レイ君、少し観光しましょうか。」

「観光ですか!?わあ……なんだか、楽しみです!」

結果的にエリィとレイの二人が、街中を観光する事になったのだ。

カイロ市街は人口が集中している。そして、場所によってその光景を変える不思議な場所だ。比較的近代ビルが軒並み建設している場所もあれば、古代エジプトのような雰囲気が残る街並みもある。

今、彼等が歩いているのは古代エジプトの名残が残る場所だ。露店が軒並み並び、バザールの民族衣装を纏う者達が多い場所。独特の雰囲気が醸し出されているその場所は、異国の人間であるレイからすれば全くの初体験と言えた。

「そう言えばレイ君の故郷はどんな所だったのかな?」

エリィが聞いた。彼女はレイの故郷の事を知らない。レイは生まれて十四年間モントリオールに住んでいる。その事を彼女に伝えた。

「モントリオールって言って、カナダの都市の一つなんですけど、自然もあって過ごしやすい街でした。」

「聞いた事はあるなぁ。でも自分の故郷が良い街と言えるのって素敵だと思うよ。えらい、えらい!」

何故だろうか、エリィのこの言葉がまるで自分をからかっているのではないか……と、彼は思ってしまった。

「なんか、その言い方……子供扱いされてるみたいです。」

彼は頬を膨らませた。

「なんかね、レイ君って本当に女の子みたいな顔してるから、なんていうかなぁ……甘やかしたくなるような感じがするのよね!ほら、ほんわかしてるような感じっていうか……」

(僕ってそんなイメージだったの!?)

彼の中で抱いていた自身の印象と異なると言われ、ショックを受けるレイ。

「レイ君って歳はいくつだっけ?」

「十四歳です……」

「私は二十六。うん、明らかに先生と生徒の関係って感じじゃない?女の子を見ているように見えちゃうのよねー。」

“年上のお姉さん”にあたるエリィだが、レイからすれば複雑な心境だった。別に先生という訳ではない存在なのに、彼女の方から“先生と生徒の関係”と言われると納得もし辛い。

「まあまあ、せっかく来たのだし楽しまないと!貴重かも知れない異国の地の観光!いいじゃない?平和って感じで!」

エリィの栗色の長い髪が靡く。美しい表情で明るいエリィ。レイはそれを見て喜びを感じていた。

だが、一方で彼の中で一番気になるのは、いつになれば故郷へ帰ることが出来るのかという、一抹の不安だ。既に母親には誤魔化している状況。まさか自分がカイロに居ると言った所で“ふざけている”と言われるは目に見えている。

(でも、こんな景色は本当に初めてだな……なんだろう、こういう所でも人は住んでて、みんな生きてるんだよね……そう考えると、不思議だな。)

至極当然の事ではあるのだが、地球上でも環境によってその育ちは異なる。過酷な環境で生きる者もいれば、レイのように穏やかな環境で生きる者もいる。人はそれぞれ異なる環境で育っていても、懸命に生きているのだ。

 それは宇宙に行くことが普通とされるこの時代にも言えた。宇宙に存在するCコロニー。そこで育った者もいる。地球から見れば、全く特殊な環境だろう。モントリオールで育ってきたレイからすれば全く知らない、未知なる場所、宇宙。彼はいつか、そこに行きたいとさえ考えていた。

 

 

 

 エリィ達が観光を楽しんでいる間、セイントバードには物資が運ばれ続けていた。艦の武装の補充やビーム粒子の補充等、着実に戦力を回復させつつあったのだ。

 この時代のMSはビームライフルやビームサーベル等のビーム粒子を用いた武装を持つ機体が多数を占める。P.C歴以前のC.W歴の際に発見されたビーム粒子は当初、戦艦などの大型兵器にしか適応できない物であったのだが時代が経つに連れて小型化していき、MSクラスの機体にも携行出来るようになっていった。ビーム兵器を用いる上で必要不可欠な粒子貯蔵タンク。それがビーム粒子である。

セイントバードのMSデッキ内にて。シンは高揚した様子でネルソンと話をした。

「大尉、大発見ですよ!見て下さい!」

と、シンはアインスガンダムのモニターをつけ、データ解析を行った。

 そこに記載されているのは、アインスガンダムには局地戦に対応する為に換装するシステムであるHPSが搭載されているという物だった。シンの予想は、当たっていたという事になる。

「成程、そういうコンセプトという訳か。」

「それで大尉、提案なんですけど……もし、砂漠の狩人とまた戦う事になったらって時の為にアインスを強化するのはどうですかね?」

今後、またしても砂漠の狩人と衝突する可能性は高い。今は補給を行うことが出来る状況でも、彼等は再び襲ってくるだろう。

「確かに改修するのは良いかもだが……また彼を戦場に駆り出す事になる。それはどうなのだろうか……」

前回は緊急事態だった。アインスガンダムでなければビヤーバーンの主砲を破壊する事が出来なかった。だが今は物資も補給もしている状況。それでもレイをアインスガンダムに乗せ、戦わせるのか。

「大尉はどう考えているんですか?色々と考えはあると思いますけど……」

ここに来てネルソンの考えは変わりつつある。セイントバードに保護をした時はレイはあくまでも保護の対象で、体調さえ戻れば故郷に戻す予定だった。しかし全ての予定が変わってしまった状況だ。しかも、彼はレイの才能の開花に気付きつつある。

「……私がフォローする形をとり、彼にも、何かあれば出撃して貰うようにするしかないか……彼の力はセイントバードにとっては有用だからな。」

と、レイがMSで戦う事を認めたのだ。それも先のビヤーバーンの主砲撃墜が功を成したと言えるだろう。

「じゃあ、データを基に改修していきましょう!そうっスね、砂漠に適応できるアインスガンダム砂漠仕様に!」

こうして、アインスガンダムの改修が始まった。もしこれが実現すれば、アインスガンダムは砂漠の大地でも優位に戦うことが出来るようになる。

 本来これは新生連邦軍が行う作業だ。しかし優秀な整備士が揃うセイントバードチームは独自の方法で、アインスガンダムがHPSを搭載している事に気付くことが出来たのである。

 

 

 

 やがて時間が経ち、一通りの観光を終えたレイとエリィ。見知らぬ土地の景色はレイにとっては刺激的なものばかりだった。古風な作りの建物に見慣れない民族衣装、そして特有の露店。モントリオールで見たものと全てが異なる世界。神秘的な都市、カイロ。

「もう少し時間あるし、スフィンクスかピラミッドにでも行く?」

「見てみたいです!興味あります!」

笑顔で答えるレイ。そこからスフィンクスのある場所まではそう、遠くない。

 全長73.5メートル、全高20メートル、全幅19メートルの彫刻、ギザの大スフィンクス。遥か昔に建設された像であるそれはこの時代になっても尚、存在し続けている。宇宙戦争も勃発し、熾烈を争う状況になっていた近年においてもこの貴重な遺産がある。それはこの像が歴史的価値のある遺産という、地球、宇宙を問わない、人類共通の価値観がそうさせているのだろう。

 エリィに引率される形でレイは移動しようとした――

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

「うわあああ!」

「きゃあああ!」

突如、爆発が。それと同時に悲鳴が聞こえた。爆発した場所は、人が集まるレストラン。小規模の爆発ではあるが、その轟音はエリィ達にはっきりと聞こえていた。

「爆発!?何!?」

周囲の人々は皆逃げ出す。その数は余りにも多く、人の波の様だ。

「うわぁ!?」

「レイ君!?」

逃げ惑う人の波はエリィとレイを離れ離れにした。互いに離れてしまい、見失ってしまったのである。

「またテロかよ!連邦軍は何やってるんだよ!!!」

「誰か死んだだろ、絶対!」

市民の怒号、悲鳴が響く。そして逃げ惑う多くの人々。これによりレイとエリィは離れてしまった。恐らくテロリストによる無差別自爆テロ。それが今起きたのだ。周囲に居た人々は己の安全の為に逃げる。

その人の波は冷静に考える判断さえ失わせる脅威となる。非常時の混乱の時、一番恐ろしいのはこうした逃げ惑う人々なのである。

 

 エリィと離れてしまったレイ。懸命に彼女を探すのだが、見つからない。どこへ行ってしまったのだろうか。探そうにも人の波が凄まじく、探せない。

 今の爆発で数名の死傷者が出た。レストランからはそれ以上の爆発はない。レイはエリィを探しつつも、その場から離れる。異国の地で経験した、テロ。それは彼自身の心に恐怖として刻まれるのであった。

(あれがテロ……エリィさんもいない……こんなのって……!)

ひたすらに、離れる。だがエリィがいない。周りを見ても、どこにもいない。テロという非常時の上、見知った人間がいない状況。初めての地で経験する恐怖。それらが重なり、レイの表情は青ざめていた。

 

グイッ

 

「わぁ!?」

と、レイは何者かに服を引っ張られた感覚を覚えた。気が付けばいつの間にか路地裏に身を置いていたレイ。突然の事で思わず目を閉じていたレイ。

 やがて目を開ける。そこにいたのは、意外な人物だった。

「え……アスーカルさん……?」

そこにいたのは砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモだった。テロによる混乱があった状況で、何故この男が目の前に居たのかは分からない。

「こっちこい、坊主。」

「あ……え!?」

アスーカルがレイの服を引っ張りながら、路地裏を走っていく。何故ここにアスーカルが居るのか分からない。その上での謎の行動。何故レイを引っ張り、走るのか。それも分からないのだ。

 

 

 

 やがてアスーカルは先程の爆発現場から大きく離れた場所にレイを移動した。そこは先程の人通りが多い場所からは離れ、人通りが少ない場所。所謂、“裏通り”と呼べる通り道だった。三角座りをする男性や少年の姿が目立つその道。明らかに先程の大通りとは異なる雰囲気を醸し出している。

「ここまで来たらまあ大丈夫だろうな。」

と、レイの服を離した。

「あの……アスーカルさん……どうして……?」

「ちょっと面貸せよ坊主。」

「え……?」

「カフェ、入るか。」

と、アスーカルが指を指したのはカフェだった。外見はお世辞にも立派とは言えない、木製の建造物。見たところ客がいる様子もない。明らかに寂れているそのカフェ。正直、レイは入り辛い印象を受けた。

 

カランコロン

 

と、古風なベルの音が鳴った。店主の趣味なのだろうか。店主は客を迎え入れる挨拶もせず、じいっと前を通る二人を見ていた。年老いた高齢男性。目元は細く、額、顎部はしわが目立つ。ほうれい線も目立つその男性。

 やがてその寂れているカフェの奥の席に、両者は対面になる形となった。

「ちぃっとびっくりさせちまったな坊主。無理もねェ。テロもあったし、混乱してただろ。」

昨日まで敵だった男が目の前にいる。それが、レイをより緊張させた。

「コーヒー、二人前寄こせ。」

と、アスーカルは店主に言った。店主は何も言わず、静かにコーヒーを持って来た。

「飲めよ。」

と、コーヒーを勧めるアスーカル。コーヒーは湯気を立てており、引き立てである事が分かる。コーヒーの特有の匂いは、レイの鼻をゆっくりと通る。不快ではない、アダルトな香り。

「ミルクでも入れるか?坊主。俺はブラック派だけどな。」

「いえ……何もなしで大丈夫です。コーヒー、ありがとうございます。」

と、レイはブラックコーヒーを飲んだ。苦い。独特の苦み。しかしその苦みは不快な苦みではない。飲み込んだ時、その後妙な滑らかさを感じていた。

(大人の、味ってやつ……なのかな。)

それが何を示すかは少年であるレイには分からないが、その味はレイにとって初めての経験だった。

 その傍ら、アスーカルはそれを味わう様子を見せず、黙々と飲む。そして、カップ内のコーヒーはすぐに空になった。

「ここにお前を呼んだのは単純明快。理由があるからだぜ。まさかあそこに坊主がいるとは思わなかったけどな。偶然なんだよなァ。」

「理由……ですか。」

恐る、恐る、レイは聞いた。何をされるのか分からない恐怖感が、レイの中にはあったのだ。

「交渉をする為だよ。お前とな。」

「交渉……?」

何を交渉しようというのか。全く分からない。

「ガンダムだよ。悪いコトは言わねえ。お前の乗ってたあのガンダムを俺等に寄こせ。」

「アインスをですか!?」

それはアスーカルにアインスガンダムを渡せと言うものだ。だがそれでは一方的な条件過ぎる。

「それを俺等に渡せばお前らを追撃する事はもうしねェ。お前等も大変な状況なンだろ?だったら答えは一つだ。お前が首を縦に振れば、あの連中は守られるっつー訳よ。」

本当なのか?それは本当なのだろうか。レイは気になった。そもそも突然過ぎる交渉。明らかに何か裏があるとしか言いようがない交渉。いや、交渉ですらない。最早一方的だ。

「どうしてガンダムが必要なんですか?」

と、レイは聞いた。

「俺には守らなきゃならねェ連中が居る。そいつらを養う為だ。その為に、ガンダムが要るンだわ。」

明らかに一方的なアスーカルの台詞に、レイは困惑した。

「それだけじゃ分からない、分からないですよ……」

それを聞いたアスーカルはやや、苛立つ様子を見せた。

「そもそもお前みたいな坊主には過ぎた玩具だぜあれはよォ。何の為にお前はあれに乗る?理由もないのにお前みたいな坊主がMSに乗るって事自体がおかしい話だぜ。」

それは間違ってはいない。彼自身、アインスに乗る理由はセイントバードのクルーを守る為という理由だ。だがそれはガンダムに乗らなくとも、MSにさえ乗る事が出来れば問題のない話。ガンダムという兵器を駆る必要は、極端な話、ないのだ。

(僕がアインスガンダムに乗る理由……)

そもそもレイは今まで何故ガンダムに乗っていたのだろうか。成り行き?何となく?そのような明確な理由がない状況で、いつの間にかここに居る。それはこの先どのような未来を描くのかは分からない。それは果たして意味があるのだろうか。ならばいっそ、ガンダムをこの男に渡してセイントバードの危機を守る方が良いのではないか……と、レイは考えたりもした。そうして自分も故郷に帰ることが出来れば、それで良いのでは?それで全てが解決するのならば、その選択肢もありなのではと考える。

「ガンダムを俺に寄こせば全て解決すンだよ。お前の仲間も助かる。これはお前にとっても良い取引だぜ。なあ、答えは一つだろうが!」

明らかに必死な様子のアスーカル。何故これ程までに彼はアインスにこだわるのだろうか?

「アスーカルさんが、ガンダムに拘る理由って何ですか?」

レイは思い切って聞いてみた。それが妥当な理由なのかも確認する必要がある……と、考えたのだ。

 

カランコロン

 

と、再びカフェのドアの開く音を知らせるベルが鳴った。それと同時に素早い足音が聞こえてくる。

 やがてその足音はアスーカルとレイのいる場所まで来た。そこにいた人間を見て、アスーカルは青ざめる。

「な……どうして……ここに……?」

屈強な男が明らかに怯えている。レイからすれば、何故その人間に彼が怯えているのかが分からない。

「ここにいたとか砂漠の狩人、アスーカル。」

その人間は、女性だ。目付きが鋭く、黒いショートヘア。耳にはダイヤのピアスを付けている日系の顔立ちをした美女。まるで医者のような、白衣の衣装を羽織っているその妙な女性。

「上納金の支払期限がずっと過ぎてるとね。いつ払えるか教えるとね。」

独特の口調で喋る、明らかに妙な雰囲気の女。

「も、もう少し待ってもらえないですかね!?もしかしたらまとまった金が入るかも知れねェんですよ!」

堂々としているはずのアスーカルが、女に頭を下げるという構図。レイは、ただ、困惑するばかり。

「それは何の金と?こっちは確実な金しか信用しないとね。」

「そ、それは……」

と、ちらとレイの方を見る。それが何を示すのかは、レイも察する事が出来た。

「へぇ、そのメスガキが金になるとか?」

またしても、“少女”に間違われるレイ。

「アスーカル、お前遂に落ちぶれて人身売買にまで手を出すとは。砂漠の狩人が聞いて呆れるとね。」

女は一切表情を変えないまま、淡々と述べ続ける。

「ところで、バンディットで働いてる分はどうなってると?アスーカル。」

女から出た単語、“バンディット”。聞き覚えのないその単語は何を示すのか。

「今はそれどころじゃないんですわ……勘弁して下さいよマジで……」

アスーカルが見せる弱気な発言。それに苛立ったのか、その女の目がギロリと見開かれる。そして―

 

ガンッ

 

女はアスーカルの頭を思いきり踏みつけた。痛みのあまり、頭を押さえるアスーカル。

「ぐわあああ!」

「こんなのマシとね。なんならてめぇの静脈に空気注射してこの場で殺してやってもいいとね。」

と、女は何故か注射器を見せた。それを見たアスーカルの表情は、更に引きつっていた。

「まあ、てめぇはまだ金になる可能性があるから殺しはしないとね。 “人質”もいるとね。」

(人質……?)

レイは内心疑問を抱く。

「つーかそんなに金作りたいなら、てめぇがどうやって知り合ったか知らねぇケドそのメスガキを私らに売れとね。」

と、今度は、女はレイの方を見た。

「見たとこ未成年か。未成年なら相場は高いとね。容姿も良し。淫売に仕立て上げても良い。」

女は完全にレイを少女と認識している。発される言葉の一つ、一つに刺々しさのある、この女。レイは只ならぬ雰囲気を感じ取っており、恐怖している。

「ウネフさん……お言葉ですがそいつァ……男です……」

この女に引け目を感じているのはレイだけではない。恫喝されている張本人であるアスーカルもだ。

 アスーカルの口から、この女の名前が出てきた。“ウネフ”と言うこの女。砂漠の狩人と恐れられた男を黙らせるだけの立場の人間である存在。何者であるのかは全く分からない。

「へぇ、男……?」

と、レイの傍にウネフは近寄った。顔をじいっと見つめるウネフ。

 

さわっ

 

「ひゃああっ!?」

思わずレイは声を上げた。女が触ったのは、レイの股間部だった。

「固い。間違いない、男とね。」

(この人……!)

初対面で女に間違えられる定めなのだろうか。このような経験をするのはレイにとっては恐怖であり、恥である。

「まあ男でも容姿端麗なら男娼にするって手もあるとね。物好きの変態野郎をそこのガキが相手する条件で金にする。そうすりゃ報酬が得られる。アスーカル。てめぇが金を作る手っ取り早い方法とね。」

ウネフに一方的に言われ続けているアスーカル。しかし、この時、彼は重い口を初めて開けたのだ。

「そ、そいつぁ……関係ねぇです……俺が……俺が死に物狂いで頑張ります!だから!だから勘弁して下さい!必死に、バンディットだってやってんすよ!副業で!!」

アスーカルから出た、“バンディット”という単語。砂漠の狩人と言うMS乗りをしながら、別の稼業もしているのだろうか。

「そっちの稼ぎが悪いからてめぇ今こうなってんじゃねぇと?」

睨むように、ウネフは言う。

「バンディットはこのご時世、人が増えてんです……だから依頼が掛かんねぇんです……けど、何とかします!何とか金を!」

テーブルに額を付けるアスーカル。最早そこに、砂漠の狩人としてのプライドはなかった。

 それを見て、ウネフは見下すようにアスーカルを睨む。そして、持っていた煙草を取り出し、そっと吸い、吐いた。灰色の煙は喫茶店内に蔓延し、消える。

「もし金を持って来れなきゃ砂漠の狩人は終わり。それ以上の事がお前に降りかかるって事忘れんなと。そこのガキを売ればある程度は“シノギ”になるのに、変なプライドだけはあるのもおかしな話とね。特別に明後日まで待つ。逃げられると思うなよアスーカル。」

 

カランコロン

 

と、ウネフはそのまま去り、喫茶店を後にした。嵐が去ったかのような状況だった。

 やがてしばらくして、アスーカルはレイに言った。

「坊主に見られちまった以上、言うが……今のが俺等の金主様っつー訳だ。俺等はMS乗りとして活動する代わりに、奴等に毎月上納金として金を払わなきゃならねぇ。」

先程まで砂漠の狩人と言う屈強な男を屈服させていたのが彼等の金主だという。裏社会に通じている女。それがアスーカルの出資者というのだ。

「それが、ガンダムにこだわる理由って事なんですね……」

レイの中で話が繋がった。つまり、ガンダムさえ手に入ればそれは金になる。それがあれば先程の女、ウネフにも金を払える。そうなれば彼は砂漠の狩人として活動を維持できるという訳だ。そして、それは彼等の仲間を助ける事にも繋がる。

「それに、さっきの人が言ってた“人質”って……?」

「……家族だよ。」

「アスーカルさん、家族さんが……?」

と、アスーカルはEフォンを取り出した。そこに映る、夫婦と一人の息子の映像。これが、アスーカルが守る為に戦う理由の一つなのだ。

「無論家族だけじゃねえ。クルーもいる。だから稼がなきゃならねェんだ。“砂漠の狩人”としても、“父親”としてもな……」

砂漠の狩人という異名は只の肩書だけでない。それ自体が所謂、“プライド”として成り立っている。そして彼の場合は父親と言う顔もある。それが、砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモなのだ。

アスーカルは、大きな溜息を吐き、言った。

「俺みたいな荒くれ野郎を受け入れてくれた女。んで、そいつと子供も設けた。戦前までは順調だったんだがな……戦後になって働き口は減っていって、MS乗りを結成した。けどMS乗りだけじゃやって行けねぇ。だから副業もやった。ケド足らねえ。状況は不利になるばかり。そこでさっきの金主が声を掛けてきた。藁をも掴む結果だった。しかしそれが甘かった。」

レイに語る、彼自身の過去。守る為に生きなければならないという、彼の理由。

「金主への上納金の契約条件で資金援助をしてもらった。しかしそれは暴利だ。無理もねえ。戦後の不景気の状況でMS乗りなんて荒くれのような連中に金銭融資をする連中がどこにいる?だからああいう裏社会の人間も頼らなきゃならねぇ。だから、俺は稼がなきゃならねェンだわ。」

レイは言葉を失う。守る為に金銭に縛られた、悲しき男。それでも生きる為、男は手段を選んでいられない状況なのだ。

「俺にはもう時間がねえ。明後日までに金を作らなきゃならねぇのさ。お前がガンダムを渡せば、それで全てが解決なンだわ。」

レイは、考える。確かに先程の光景を見ている以上、アスーカルが必死になるのは分かる。

彼は、レイを庇った。もし本気で家族の為、クルー達の為にも金が欲しいと考えるのなら

ば、他人である筈のレイをウネフに売る筈だ。それを、あえてしなかったのだ。その事に関しては、アスーカルに感謝をしている。

 しかし、本当にアインスガンダムを彼に渡して良いのだろうか。それだけが、どうしても心に引っ掛かるのだ。

「もし……もしもですよ。僕が、ガンダムを渡すのを拒否したとしたら……」

それを言った時、アスーカルは言った。

「今の俺の状況が分からねえほど坊主も馬鹿じゃあるまい。全力でお前の仲間を潰すぐらいは平気でやってやる。あのクルー達が生きるか死ぬかはお前の答え次第なンだわ。」

恐らく、嘘偽りのない言葉だろう。レイに緊張が走った。

「時間が惜しい。早く答えやがれ坊主!」

恫喝するアスーカル。しかし、レイも迷う。男はガンダムさえ貰えれば“何もしない”とは言った。彼自身、アスーカルを助けたい気持ちはある。しかしそれを本当にしてしまって良いのだろうか……

「もう良い……じゃあ時間をやる。明日、ガンダムに乗って郊外の砂漠まで来い。Eフォンはあるな?場所の指定はしてやるからそこまで、一人で来い。他の奴への口外は禁止だ。俺だって最早手段は選べない。この意味、分かれよ。」

やがてアスーカルはコーヒー代金二人分を支払い、両者はカフェを去った。そして、アスーカルはこの場から去って行く。

 ここに来て、またしても悩みが増えたレイ。アインスをアスーカルに差し出すべきなのか、どうなのか。アスーカルの事情は分かる。しかし、それを本当にして良いのだろうか。

「レイ君!?」

その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。エリィの声である。

「エリィさん!良かった……」

「はぐれた時はどうなるかと思った……良かった、無事で……」

と、エリィはレイを抱きしめる。そこまでしなくても良いのにと、彼は思うのだが彼女のような美女に抱擁されるのはやはり嬉しさがある。

「それよりここから離れましょう。まさか観光中にテロに遭うなんてね……」

「そ、そうですね……」

思えば彼女とはぐれたのは突然の自爆テロが原因だ。それではぐれ、そこから砂漠の狩人とカフェに行き、そこでアスーカルの事情を聞くという流れ。

 両者は走ってその場から去る。少しでも現場から遠のく為に――

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

二人が先程のテロ現場から距離を置こうとしていた時、再び爆発が。それも、先程のものより大きい。

 しかし、今回は場所が悪かった。高所での爆発。それが何を示すのか――

「瓦礫……?」

レイの青い目に映ったもの。それは、瓦礫。そのようなものが直撃すれば、どのような参事になるのかは想像に易い。

 しかし、目の前に瓦礫がある現状、レイはそれを避けるという判断が出来なかった。目の前に置きが出来事が、現実として認識するのに時間を要したからだ。それは彼自身の危機に繋がる。

「レイ君っ!!!」

 

バッ

 

エリィがレイを覆う形となった。その瓦礫は、エリィの胴体に直撃してしまったのである。

「ああうっ!」

「エリィさん!」

激痛がエリィを襲った。突然の出来事。余りに、一瞬過ぎる出来事だった……

 このショックにより、エリィは意識を失った。血が背中から流れている。彼女はレイを庇う為にダメージを負ったのである。

「そんな……エリィさん!!エリィさん!!」

いくら揺さぶってもエリィは起きない。この非常時、どうすれば良いかも分からない。危険な状況。目の前で起きた、悲惨な出来事。

「……そうだ、ネルソンさんに……!」

咄嗟の判断だ。レイはネルソンに連絡を取ったのである。しかし今は非常事態。彼は、エリィの肩を背負う形となり、屋根のある場所まで移動し、そこでネルソンに連絡を取った。

「ネルソンさん!エリィさんが――」

諸事情を説明したレイ。それを聞き、ネルソンは指示を出した。

 カイロ市内の病院に搬送してもらう事、そして、それに付いて行くように……と。レイはそれらを聞き、急いで救急車に連絡。そして、搬送を待ったのであった。

 




第十一話投了。喫茶店でのアスーカルとのやり取りでレイはどのような判断を下すのか……といった話でした。


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第十二話 謎のMS

アスーカルとカイロ郊外の砂漠で合流する事になったが、そこで新生連邦のMS部隊が襲撃してきた。その中で、ある、大型MSが彼等に迫って来る。そこから感じる、妙な感覚にレイは――


 

「……あれ……ここ……は?」

病室にて、そこでエリィは目を覚ました。見慣れない場所。先程までの記憶が、飛んでいる。

瞬きをし、エリィは周囲を見る。

 やや年季の入った印象を持つ病室。そこの一室で彼女は倒れていた。そして今、目を覚ましたのだ。

「気が付かれましたか?」

エリィの紫の眼に映るのは看護師の姿。彼女の事を心配そうに見ている。

「ここって……病院……?やだ、私、いつの間に……」

「観光の方ですかね?災難でしたね……本当、テロが相次いでいる状況なんですよ。ここ、カイロは……」

看護師が心配そうにエリィに声を掛けた。

「そう……なんですね……」

エリィはそっと言った。

「これも、新生連邦軍が樹立してから急激に増加しているんです。本当、無法地帯のようなものですの。その為か病床はほぼ満床の状況が続いていまして。だから手に負えないんです。怪我人も増えるばかりで……」

カイロの現状を語る看護師。それを聞き、エリィは言った。

「大変な状態なんですね……あれ、レイ君は……?」

辺りを見回す。しかし、レイの姿はそこにはない。

「ああ、お連れの方?待機室で待って頂いてますよ。お呼びしましょうか?」

「え?あ……はい。」

エリィは瓦礫によって意識を失っていた。彼女は気が付けば胴体に包帯を巻かれており、病衣を着せられていた。全てが覚えていない状況。どれだけ眠っていたのかも、分からない。

 ふと、エリィは窓を見る。辺りは暗い。もう、夜なのだ。先程のテロもどうなったのかも分からない。エリィが寝かされていたのはとある病院の一室。最大四人が入院できるようになっているその場所。それぞれがカーテンで仕切られており、他人が見られないようにする事が出来た。

 やがて看護師は人を連れてくる。そこには、レイとネルソンの姿があった。

「エリィさん!」

まるで子犬のように、エリィに近づくレイ。

「良かった!目を覚ましたんですね!」

「ええ……レイ君が、連れて来てくれたの?」

「はい!ネルソンさんにも相談して!」

と、エリィはネルソンの方を見た。

「大尉……わざわざありがとうございます。それと、すみません……こんな事になってしまって。」

「心配したよ艦長。無事で何よりだ。そして、貴方が謝る必要はない。」

ネルソンの表情は最初、固いものがあったが次第に柔らかくなっていく。

「しかし、まさか自爆テロがあるなど考えもしなかった……ここ、カイロは余程治安が悪いと見える。」

ネルソンはそっと溜息を吐いた。

「ところで、今痛みはどうだ?」

ネルソンが確認した。

「ん……ちょっと身体を捻ろうとすると、痛いかなって感じです。」

「瓦礫による打撲……か。少しの間はリハビリをして、痛みがなくなれば退院も近いだろう。大した怪我でなくて良かった。」

「大尉的にはどれぐらい入院が必要だと思いますか?」

「診断したのは私ではないから何とも言えんが、痛みが改善してある程度身体の動作確保が出来れば一週間もあれば退院は出来るだろうな。経過によっては数日でも良いかも知れない。」

「それぐらいなら、少しゆっくりしようかな。レイ君もごめん……迷惑掛けちゃうね。貴方の家族さんの所に連れて行かないと行けないのに……」

と、エリィは表情を曇らせた。いくら不本意とはいえ、観光している時に怪我をするなど、航行に影響を与えてしまう事になるからである。

「いえ……エリィさんが無事で、本当に良かったです!」

確かに航行は遅れるかもしれない。だがそれ以上に大切なものがある。それは人の命。余程の事情がない限り、自己の事情を優先してしまう事は誰もが得をしない。今回のエリィの怪我も、彼女が身を呈してレイを守った事から生じたもの。それでも軽症で済んだのは、不幸中の幸いとしか言いようがない。

(そう言えば、ネルソンはどうして身体の事とかに詳しいんだろう?)

と、ここでレイは一つ疑問を抱く。先程のネルソンとエリィとのやり取りを見ていて気になった事。何故ネルソンはエリィの怪我に対して予後予測を立てる事が出来たのだろうか。気になったレイは、口を開く。

「あの、ネルソンさん。」

「どうした、レイ君。」

「ずっと気になってたんですけど、ネルソンさんはどうしてそんなに身体のこと事とかに詳しいんですか?」

この質問に対し、ネルソンは答える。

「私は医師免許を持っていたからだ。」

「医師免許……えええ!?」

彼はこの時初めてネルソンの事を知った。ネルソンは医師免許を持っていながらも、MS戦をこなしていた。それらを両立することが出来る男、ネルソン。レイはその事実に衝撃を受けた。

「まあ、今は医師免許を持たない“モグリ”の医者だがな。」

「えと、じゃあ前は持っていたんですか?」

ネルソンの言葉にレイは疑問を抱く。ネルソンがそれに対して口を開けようとした時、エリィは咳払いをし、言った。

「コホン、大尉は元デウス軍の軍医をしていたんだよ。けれど戦時中に色々とあったんですよね、大尉。」

「まあ……な。」

と、何やら事情がある様子のネルソン。

「結局はデウスも連邦も戦争に勝つ為ならば手段を選ばんという事だよ。いつの時代も前線で戦う兵士は犠牲となる。そして上官はその手柄を利用して出世する。嫌な構図だな、全く……」

と、ネルソンが珍しく愚痴らしき言葉を発した。

「ネルソンさんはデウス帝国だったんですよね……?」

「ああ、そうだ。別にそれがあったからといって特別に何か良い事があった訳でもないが。」

レイはネルソンの事を殆ど知らない。一度彼から叱責を受けたぐらいであり、彼の過去の話等はあまり聞かされていなかったのだ。

「僕もデウス動乱中は世界とか宇宙がどうなっていたのかは全然分からなくて……それで、まさかここで元々軍の所属の人達に会えるなんて、なんか不思議……と言うか、びっくりというか……」

今までこうした経験を全く知らないレイにとって、元軍人という肩書を持つ彼等は輝いて見えたのだ。

「君が奇麗に目を光らしても、特別な事などない。戦争は人同士が殺し合う。当時のデウス軍は人員を補う為に軍所属の人間達を動員して戦わせたからな。軍医として、デウス帝国の民の為に貢献していこうと考えていた時に私は戦わざるを得なかったのだからな……」

ネルソンが今こうして戦っているのは、不本意なのかも知れない。それは彼の言葉から汲み取ることが出来た。

「医者とあろうものがMSに乗って人を殺めるという矛盾。何の為の軍医なのかも分からんよ。」

と、言いながらネルソンは自身の首を掻く。

「お医者さんって、人の為に働く仕事ですもんね……確かに、それでMSに乗るのって矛盾を感じますよね……」

病棟のベッドの上でエリィが言った。

「医療従事者は只の利益追求だけで成り立つ仕事ではない。人の良心、人を想う心があって成り立つ仕事でもある。しかし戦争は効率を求める。如何にして敵を殺めるか……軍医である私にもそれを勧めてくるのだ。あれは残酷だよ……」

ネルソンは、恐らく医者でありたかったのだろう。しかし状況が彼をそうでなくした。結果的にネルソンはMSに乗り、戦った。その結果が尉官まで上り詰めたのだが、彼自身“大尉”という称号はあまり好きではないのだ。

「大尉という言い方は正直……なのだが、艦長はそれが呼びやすいというのだから、私も従っている。」

(どうなんだろう、それって……)

クルーの皆がネルソンの事を“大尉”と呼ぶ。だが彼の過去を少し知ることが出来たレイは、その呼び方を改めて良くない、と考えていた。

「セイントバードのMS部隊の指揮を執るのも大尉だし、クルーの怪我にも対応するのが大尉なの。だからレイ君が大怪我した時も処置をしてくれたのは大尉なんだよ?」

エリィが笑顔で言った。

「あの、ネルソンさん……改めて、本当にありがとうございます!」

レイは、この場でお辞儀をした。

「礼には及ばない。私は自分の与えられた役目を果たしただけに過ぎない。それに身体が治っていったのは君自身の力だ。君の場合は少し特殊な気もするが、まあ、無事で何より。」

医者であるネルソン。彼の存在は、今のセイントバードチームには欠くことのできない存在と言えた。

「あの、今日はもう帰ります?夜も遅いですし……大尉はここまで、何で来たんですか?」

エリィが気を利かせるように言った。

「車で来た。レイ君も乗せてセイントバードに戻る予定だ。」

「分かりました。また、連絡しますね、大尉。」

「そうだな……レイ君、戻ろうか。」

「はい。」

そしてレイとネルソンは病室を後にした。エリィは静かに手を振り、笑みを浮かべていた。

 

 

 ネルソンは車を走らせ、セイントバードまで戻る。夜のカイロ市街地。それは非常に静かであり、誰も出歩いていない。まるで昼間のテロの惨状が嘘のようだ。

「夜の移動はガソリン車の方が良いな。この時代では高級車だがソーラーバッテリーで太陽光を当てないと車が充分に稼働できない事を考えるとこうした車は一定数必要だろう。」

「セイントバードって、お金を持っているんですね。」

「と言ってもガソリン車はこの車だけだがな。基本的に車で移動する事は少ない分、有事の際にはこの車が役に立つ。ガソリンも一部のジャンク屋じゃないと取り扱っていない、貴重な資源だからな。」

「そう、なんですね……」

この時代におけるガソリン車というのは高級品だ。旧世紀ではガソリン車が主流だったが、環境問題や資源問題を考慮していき、現在では外宇宙からの資源の一つであるCメタルを合成した金属を利用し、それがソーラーバッテリーとして利用されている。それは、車以外にも家電類にも使用されているのである。

 ソーラーバッテリーは環境問題や資源問題を解決している手段の一つだ。車やバイク等の移動手段にこれらが使われるのにはこうした理由がある。ただし、日中は必ず充電しなければならないというデメリットがある。特に、セイントバードやMS乗りといった存在は車を使う事は殆どない為、有事の際に車を発進する時はこうしたガソリン車を使える事が望ましいとされるのだ。

 レイは車の助手席で、ネルソンと会話をしつつもどこか、上の空だった。彼は昼間にアスーカルに言われたことを、思い出していたのだ。

 

――――――――――――ガンダムに乗って郊外の砂漠まで来い―――――――――――

 

アスーカルに言われた言葉が脳裏に過る。彼は明日、アインスを発進させなければならないかも知れない。もしそれをしなければ、セイントバードのクルーに被害が及ぶ。アスーカルには口止めまでされている状況。彼は、どうすれば良いか悩んでいたのだ。

「どうしたレイ君。何か悩み事か?」

彼の場合、すぐに顔に出る。その為、ネルソンにもその表情は見られてしまっていたのだ。

「あ……いえ……」

どうすれば良いのだろう。ネルソンにアスーカルの事を言うべきか。そうした場合、恐らくネルソンはレイを守ろうとするだろう。彼がハルッグを駆り、その場所に向かう可能性もある。だがアスーカル自身も生活がある。そして、守るべき家族もいる。その話を聞いているレイ。彼の中の天秤は、揺れ動く。

(アインスをあの人に渡せばあの人は救われるかも知れない。けど、それってどうなんだろうか。僕にはこの人達がいる。この人達を守りたいって気持ちもある。守る為に、アインスを渡すべきなのかな……どうしたら、良いんだろう。)

悩むレイ。それに答えはない。ネルソンに内緒で、アインスを郊外の砂漠に向けて発進させるか。元々アインスガンダムは彼が新生連邦から奪ったもの。セイントバードの所持物ではない。それを彼がどう扱おうが、それは彼の自由だ。

 けれどもそれをする事により、セイントバードチームが不利益を被る可能性もある。元々レイはセイントバードチームを守る為にガンダムに乗り、戦っていた。結局、彼はクルーを守る為の行動をとるのだが、それはどちらが正解なのかは分からない。アスーカルにアインスを渡す事が正しいのか。それとも渡さず、アスーカルの要望に応じずに過ごすことが正しいのか……

「アインスガンダム……不思議な機体だな。」

と、ネルソンはそっと呟いた。

「艦長と君がカイロに居ている間、データ解析を進めていた。その結果、あの機体は局地戦に対応している機体であることが分かった。

「局地戦……ですか?」

「簡単に言えば戦場の環境が異なった場合に、それ相応の換装を行い、戦闘に於いて有利に働く事が出来るというものだ。今頃シンをはじめ、整備士達が気合を入れてアインスの換装の為のパーツ開発を行っている。それが出来ればアインスガンダムは砂漠でも戦うことが出来るようになるだろう。」

運転をしながら、ネルソンは言った。

「砂漠で戦えるアインスガンダムって事ですか?」

「データ解析ではあった。アインスガンダムは砂漠、空中、水中のそれぞれの環境で対応出来る換装システムを搭載している。今後、状況によってはそれらの換装をし、対応できるようになるかも知れない。」

(アインスに、そんなシステムが……)

解析などしないレイにとっては初耳だった。アインスガンダムの本当の目的。それは異なる環境においてもパフォーマンスを発揮する為のシステムが搭載されているという事。

「新生連邦のガンダムだったな、あれは確か。デウス動乱が終わり、敵がいない状況にも関わらずこのような機体を開発する意図が不明ではあるが、今新生連邦は戦力増強を続けているという。」

「そうなん……ですね。」

そのような事情など、レイに分かる筈がない。

「大規模な戦争が終わり、本来ならば平和の為に皆が歩み寄らなければならないのにも関わらず、MSが生産され続けているというのもおかしな話だな。まあ、それでMS乗りが成り立っているので、我々がその事について物申すのもおかしい話だ。」

それもまた、矛盾だ。結局人は矛盾を繰り返している。平和を望むにも関わらず、平和を掴むためにMSという兵器を作り出し、結果的に戦闘が起きる。これもまた、矛盾。戦時中はそれの繰り返し。皆が平和を勝ち取ると信じながら、戦う。それが本当であるのかも分からない中で、戦い続けるのだ。

 ネルソンのようにデウス動乱を経験している人間は、それを語ることが出来た。人が起こす“矛盾の闇”について。

「君のように、今まで平和に過ごしてきた人間が兵器に触れるという事も、正直恐ろしい話ではある。しかし、我々は君のその力を頼りたいという気持ちもある。これもまた、矛盾だな……勝手なものだな、人というのは。」

ネルソンは彼の前で、レイを頼りたいという事を言った。やはり昨日にビヤーバーンの主砲を撃ち抜いたのが大きく影響していると言えた。

「僕は、頼られているんですか?」

なんとなく、レイは聞いた。

「ああ。我々の航行は基本的に危険が伴う。何せセイントバード自体が優秀な戦艦であり、新生連邦から奪った戦艦だからな。いつ、敵に襲われてもおかしくないのが現状だ。だからこそ、戦力は欲しい。攻める為じゃない、我々自身を守る為にな。」

そうしている間にも、もうすぐ車はセイントバードに辿り着く。その間約三十分。幸いなのは、この間特に武力勢力等から目を付けられる事なく移動出来た事だ。

 

 

 やがてセイントバードに着いた。その時、レイはネルソンに思い切って昼間の出来事について伝える事にしたのである。

「ネルソンさん、あの……実は……」

ネルソンが言っていた言葉を思い出したレイ。その言葉は彼の決断を決めるのに十分だった。

 

――――――――戦力は欲しい。攻める為じゃない、我々自身を守る為にな――――――

 

“守る為”という事はレイの戦う動機に繋がる。ネルソンの言葉を聞いたレイは、迷った挙句、真実を話すのだった。

 アスーカルにガンダムを渡すように言われた事。そして、明日にガンダムに乗って郊外の砂漠に移動しろという指示。それだけ聞けば、アスーカルに脅されていると思われる。実際は違う。アスーカル自身も、彼自身の生活や家族を守る為に戦っている。その手段が、ガンダムをレイから奪い、売るという事だ。

 砂漠の狩人とセイントバードチーム。それぞれが“守る為”に戦っている。そして、“守る為”に、何らかの行動を起こすのだ。

 アインスガンダムをアスーカルに渡す事もセイントバードを守る事になる。しかしネルソンの言葉は、その戦力がある事でも守る事になる。それらを心の天秤に掛け、レイはセイントバードのクルーを信じることにしたのだ。

「レイ君、ありがとう。君はよく喋ってくれた。」

無論、その情報はセイントバードにとって重大な情報だ。何もしなければ、セイントバードが砂漠の狩人に危機的状況に陥る可能性があるからだ。

「君の話を聞いていて危惧すべきなのは奴が指定した場所にガンダムを出さなければ、奴が何らかの手段に出て、我々が危険に陥る可能性があるという事だ。そこで提案がある。」

「提案……ですか?」

「その場所に君がアインスに乗って行く。その際、私も同行する。無論、相手に悟られないようにする。もし君に何かあったら私が守る。」

レイはその提案を静かに受け入れた。アスーカルの方も何かを考えているのは間違いない。ネルソンの存在は、いわば“保険”だ。

「ありがとうございます、ネルソンさん。」

レイはお礼を言う。が、彼の表情はどこか曇っていた。

「奴も必死という事だな……まさか奴に家族が居たとは。しかし、我々も生きていかなければならない。」

それは分かっている。守る為に戦うという事はこのような時に選択肢が訪れる時もある。だから、迷うのだ。

「……アインスガンダムの姿が、変わってる?」

レイはアインスの目の前に立った。そこにあるアインスの姿。両下腿部にブースターが新造されており、左前腕部には新たにシールドが追加されている。右手部マニピュレーターが把持している武装は、大型のビームランチャー。

「おお、レイ帰ってきたのか。悪い、ちょっと弄らせて貰った。こいつは名付けてアインスガンダム砂漠仕様!砂漠での戦いに特化したアインスだ。」

シンがアインスの足部の影から出てきた。彼はセイントバードが留まっている間ずっとデータ解析を行い、簡易工場で加工し、アインスガンダムの砂漠仕様として、完成させたのだ。

「これで砂漠で何があっても戦えるぞ。ガンダムの活躍、期待してるからな!」

ポンと、レイの肩を叩くシン。それに対しては礼を言うレイ。

(さっきネルソンさんが言ってたのはこれかな。)

明日、彼は砂漠の狩人に会う為に砂漠仕様となったアインスを駆り出す。心の中で複雑な表情を抱え続けながら。

 

 

 

 ブリッジにて。インクとスラッグがそれぞれの席について、カイロで購入した菓子を食べながらくつろいでいた。

「艦長、大丈夫かなぁ。」

インクがEフォンを弄り、菓子を食べながら言った。

「大尉が言うには軽傷だって話だぜ。明日またお見舞い行こうぜ。車出してやるよ。」

スラッグもEフォンを弄りながら言った。

「そりゃ行くでしょ!我等の艦長が入院しているのにお見舞い行かない人なんていないでしょ!」

と、再び菓子を食べるインク。

「つーか太るぞお前。もう寝ようぜ。」

「これぐらいなら太らないし!」

と、雑談を交わす両者。常時では仲の良い操舵士と通信士だが、非常時では懸命な働きをする。このメリハリの付け方も、セイントバードチームの強さに一役買っていると言えるのだ。

 

 

 

 翌朝になった。カイロ郊外に止めているビヤーバーン内にて。アスーカルとパゴーダをはじめ、MS乗り達が艦内のミーティングルーム内で話をしていた。

「今日の昼にラグラーナを出す。ンでだ……もし何かあればすぐに対応できるようにしてくれ。今日の交渉が上手くいけば、俺達は少しでも裕福な生活に戻れる可能性が出てくる。」

いつになく真剣な目をしたアスーカル。クルー達も、その雰囲気の違いを感じていた。

「言ってた、ガンダムの事ですか?」

パゴーダが言った。

「おう。あの坊主がトンズラしなかったらの話だがな。」

他のクルー達の目も真剣だ。彼等の生活にも関わる事。それがこの昼に起きる事だ。

「アスーカルさん、俺等はアスーカルさんを信じてますよ。資金繰りが厳しい状態って言われてもついていきますよ。それがチームってもんでしょ?」

クルーの一人が言った。それに対し、アスーカルは言う。

「言っとくが俺の船は泥舟だぞ?泥舟って分かっててついてくる馬鹿野郎はお前等ぐらいだぞ?」

自らの状況を泥舟と例えるアスーカル。それでも、彼について行くクルー達。この事から、アスーカルは、人に恵まれていると言えた。

「俺等だって沈んでやりますよ、アスーカルさん。」

別の一人のクルーが言った。

「俺は、幸せ者なのかもな……」

皆の言葉が今の彼に響く。思った事は即行動する男、アスーカル。窮地に追われている彼だが、その人柄は人を引き寄せる。現に、クルー達は彼に従っている。

 しかし彼には守るべきものがまだある。それは家族だ。それらを守る為にも、男はガンダムを必ず手に入れなければならないのであった。

 

 

 

ダダダダダダダダダダダダダダダ

 

 

銃声が響く。機関銃だろうか。新生連邦の兵士が市街地にも関わらず銃を撃ち続ける。それに対抗するのはテロリスト。だがその場にいるのはテロリストだけでない。民間人の姿もある。彼等は巻き添えを食らっているのだ。

 最早これは無差別攻撃だ。新生連邦軍はその情報を隠蔽する事が出来る。それを上手く利用した出来事。市民、テロリスト等関係なく銃撃を行うと言う非道。

 挙句の果てにはMSまで出す状況。テロリスト鎮圧の為とはいえ、周りの人を巻き込む事を躊躇わない。新生連邦のMSであるディーストが頭部機関砲を使い、人に対してそれ等を放つ。それに巻き込まれ、血を流し、死ぬ人々。惨い光景だ。鎮圧の為ならば手段を問わない。

 こうした出来事はカイロでは頻回に起きている。人々はテロや犯罪の脅威に怯え、尚且つ新生連邦の鎮圧にも怯えなければならないという状況が続いていた。

 

 

「銃声が聞こえた……?」

カイロ市内の病院にて、不吉な音と共にエリィが目を覚ました。

「カイロじゃここ最近しょっちゅうよ。本当に恐ろしい街になったものよ。」

というのは隣のベッドで横になっている女性だ。エリィよりも年上で、ややほうれい線が目立つ中年女性。

「観光客を受け入れる為に表向きは良い顔をしてるけど実際は違う。新生連邦樹立してからテロは活発。その上でのテロの鎮圧も新生連邦がやりたい放題。庶民からしたらどっちも脅威でしかないの。連中はなりふり構わず銃を撃つ。銃撃戦が始まったら暫く動かない方が良いかもね。新生連邦は民間人がいようとお構いなしに銃を構えて撃つから。」

隣のベッドで寝ている中年女性がエリィに言ったのだ。彼女はカイロに住む市民。この惨状を詳しくエリィに教えたのである。

「あんたは見たところ観光客ね。気の毒ね。こんなテロと無差別攻撃が続く街に来るなんて……」

エリィに同情する中年女性。カイロという都市の惨状を、明確に教えてくれるのであった。

「治安が悪いというのは聞いていましたが……そんなに大変なんですね、ここは。」

「大変なんかで済んだら良いけどね。今の所医療機関が襲われる事は無いと思うけど、ここも安全とはいえないかもね。」

デウス動乱後の混乱の影響が響いていると言える現状。今のカイロ市内は無法地帯だ。一方でエジプト政府は観光客を入れる為にこうした事実を隠蔽する。そして、新生連邦による無差別攻撃。それも新生連邦に隠蔽される。いくら一般市民に犠牲者が出ようとも、彼等は何食わぬ顔をする。それが今のカイロの現状だ。

(しばらくお見舞いは控えてもらった方が良いかも知れないわね。)

状況が状況だ。今市街に出たらテロリストと新生連邦の銃撃戦に巻き込まれる可能性も高い。しかも本来ならば市民を守る立場の筈の新生連邦軍が無差別攻撃をしている。非常に危険な状況。この中を移動すれば、どのような惨事に巻き込まれるか分からない。

 

 

 

 カイロの情報が書かれているSNSを見るネルソン。朝のニュースだ。テロリスト鎮圧の為に新生連邦が動いたというニュース。それだけ見れば新生連邦は一般市民の安全の為に動いていると言えるのだが、実際は違う。ニュースでは実際の状況など隠蔽されてしまっているのだ。

「これでは艦長の所には行けないか……退院の目処がついたらまた迎えに行く準備をせねばな。」

と、自室で一人、朝食を食べながらEフォンを見ていた。

「さて、後は彼の動向を見守るか……」

昼にアスーカルに会う為にアインスを起動させるレイ。それを見守る必要があるネルソン。彼はその時間まで、自室で待機をする事にしたのだった。

 

 

 

 時が経ち、昼になった。レイは予定通りアインスに乗り込み、アスーカルが言っていた郊外の砂漠まで移動する。この時、整備士のシンからアドバイスを貰っていた。

「いつもと仕様が異なるから最初は慣れないかもな。けど慣れてきたら砂漠での移動は大分違うぜ。あと、ビームランチャーは威力は優れているが連射が出来ない。粒子の残量に気をつけてな!」

と、戦う事を想定した説明をする。レイ自身、今回は戦いに行く訳ではない。願わくば説得をしようと、考えているのだ。その保険として、ネルソンがハルッグで付いてくるのである。

 アインスは発進した。ランドセルからのバーニアの出力を上げ、地下から地上に出る。砂漠地帯を脚部のバーニアで移動し、目的地へ向かう。

「凄い、全然違う……」

砂漠仕様となったアインス。まるで砂漠の上をスケートで滑るように、駆け抜けるのであった。

 

 

 

 それからレイは合流ポイントに辿り着く。そこにはラグラーナの姿があった。

「約束は守ったみたいだな坊主。ん?装備が変わったか?」

一目で分かる装備変更。レイは静かに頷く。

「まあ武装が多いに越した事はねェからな。一緒に来い。来た直後にお前を返してやる。そしたらお互いにハッピーエンドってな。」

アインスとラグラーナは互いに向き合っている格好でいる。ラグラーナはビームライフルを後方に構えるような動作をし、ビヤーバーンへアインスを向かわせるように合図をした。

 その近くにある、巨大な岩。その影にはMS形態のハルッグの姿があった。レイの動向を密かに見守るネルソン。万が一の状況になっても駆けつける事が出来るよう、準備をしていたのである。

(昨晩に打ち合わせをしておいて正解だな。砂漠の狩人がどのような行動をするかは分からない。本当にアインスガンダムのみを奪うだけなのか……万が一レイ君の身に危害が及ぶ事は避けなければならない。あえて敵の戦艦に彼を忍ばせ、少しでも情報を得てから救出する。その上でアインスガンダムを奪還出来れは良い……)

ネルソンはアインスをアスーカルに渡す気など毛頭無かった。いきなり出て行っては攻撃をされる。相手を安心させ、あえてレイを囮にし、すぐに救出に向かうというのが彼の作戦だ。レイはこの提案を承諾しており、納得もしている。全ては、セイントバードを守る為だ。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

だがその目論見は脆くも崩れ去る事になる。アインスとラグラーナに向け、ビーム粒子の飛翔体が飛んできた。それも一つだけでない。多数だ。ビームライフルによる砲撃が、この二機に向けて放たれたのである。

「何だ!?」

アスーカルはレーダーを確認する。熱源の数は八つ。いずれもがMSだ。そして、モニターで確認する。そこに映っていたのは新生連邦軍のMSである、ディーストだった。

 そこに出現したディーストはいずれもカーキ色をしている。そして、脚部にはバーニアが装着されている。所謂、ディザードディーストだ。新生連邦のカイロ基地から出撃したこれらの機体は、どういう訳か、郊外にいたアインスとラグラーナに向けて襲ってきたのである。

「あれって新生連邦の!?どうして!?」

「坊主、あいつらをどうにかしねェとな!」

不本意だが、砂漠の狩人とレイが共同戦線を張る事になった。突如出現した新生連邦軍。テロ行為、反乱行為等、治安を乱す行為をしていない彼等が、何故襲われるのだろうか。

 

 

 

 カイロ基地内ではモニターでアインスガンダムとラグラーナの存在を確認していた。この時、一人の士官がガンダムの存在に気付き、反応する。

「あれは確か本部で建造されたとされるガンダムタイプ……何故こんな場所に!?」

アインスガンダムは元々新生連邦の所有物。モントリオールではいつでも回収出来ると鷹を括っていた存在ではあるが、カイロという土地に置いてこの機体が出現した理由が不明である。

新生連邦本部で開発された筈のガンダムがここにいる……それだけでも、新生連邦軍が動く理由としては十分だった。彼等がディザートディーストを発進させた理由は、アインスガンダムを奪還する為なのであった。

「八機のディーストを展開!後続部隊は待機!隣のMSは破壊して構わん!目的はアインスガンダムの奪還!急げ!」

治安維持と言う名の名目で無差別攻撃をする新生連邦カイロ軍。彼等はアインスガンダムを見つけるな否や、その戦力を惜しみなく投入してきたのである。

 

 

 

 砂漠の狩人との共同戦線が始まった。迫るディザートディースト。武装はビームライフルを持った機体もあれば、バズーカランチャーを持った機体もある。それらは躊躇なく、二機に迫る。ビーム射撃を行う機体と、実弾による砲撃を行う機体。

 レイはこのような状況を経験するのは初めてだ。一対多数。散開し、砲撃をしてくる新生連邦の機体。ただでさえ砂漠での戦闘に慣れていないレイ。幸いなのはアインスガンダムが砂漠に対応しているという点だけだろうか。

「アインスが砂漠に対応してくれている……なんとか戦えると思うけど……とにかく、迫って来る敵を倒さなきゃダメなんだ……!」

天気は晴れ。しかし砂塵が視界を遮る。砂漠という環境には来た当初よりは慣れたとはいえ、彼にとっては苦手な環境であることに変わりなかった。

 

            ドオォン

 

ディザートディーストがバズーカでアインスを狙う。それに気づいたレイは頭部機関砲で実弾を狙い撃ちし、破壊する。そして砂上をバーニアで滑るように移動し、アインスはランドセルに連結しているビームランチャーを、その右腋窩部からくぐる様に展開し、スコープを覗かせる。

「敵の動き……見えて……そこっ!」

 

ドバァァァァァァァァ

 

ビームランチャーが展開され、ディザートディーストに直撃。ビームライフル以上の出力を誇るそれは直撃したそれを一撃で葬り去った。

「なんだ、あの武装は!?」

「ビームランチャー!?いつの間にあんな武器が!?知らないぞ……!」

新生連邦兵は見慣れない武装を持つアインスの存在に動揺していた。高出力のそれは砂漠と言う環境において絶大な効果を発揮する。

「もう一発!」

と、レイは再び迫るディーストに向けてビームランチャーで狙い、放つ。太いビームはバズーカを持ったディーストを葬った。

「凄い威力だ……これなら、やれる筈……!」

迫る新生連邦軍に立ち向かうアインス。砂漠という大地でも戦えるその力は新生連邦軍にとって脅威となっていた。

 

 ラグラーナもレイに後れを取ってはいない。砂漠の狩人であるアスーカルも迫る新生連邦軍に対して攻撃を仕掛ける。

 新たに追加した装備、大型ビームサーベル。背部に一つ搭載しているサーベルラックを引き抜き、出力の高いビーム刃を展開。接近戦を試みる。

 砂上の機動性はラグラーナの方が上だ。しかし新生連邦軍は数が多い。ラグラーナに向け、ビームライフルを放つディースト。

「連邦の最新兵器だろうが砂漠では俺の方が上手なンだわ!」

やがて接近し、ビームサーベルを展開し、ディーストのコクピットを破壊したのだった。

胴体が二つに切り裂かれたディースト。中のパイロットの胴体も熱で溶け、跡形もなくなった。

 

ドォン

 

ラグラーナの背面部にミサイルが直撃した。後方には脚部ミサイルポッドで攻撃を仕掛けるディザートディーストが二機。

「装甲が丈夫で助かったー」

それに反応したアスーカルは右手部マニピュレーターで把持している大型ビームライフルでディーストを撃ち抜く。それにより、脚部を破壊されるディーストは機体のバランスを崩した。そして、ラグラーナはバーニアで移動し、ビームサーベルで切り裂いた。

 アインスと合わせて四機撃墜している。残る敵機体は四機だ。

 

ピピピピピピピピピ

 

しかしそれだけでは終わらなかった。レーダーに熱源反応があった。増援がここに現れたのである。また別のディザートディーストが六機。いずれもが砂上を移動し、急速に接近する。

「数が多いな……野郎共、力貸せ!こいつらを殲滅するわ!」

アスーカルが指示を出した……と同時に、隠れていたディザートディエルが六機出現。マシンガンを構え、砂上を移動し、迫る。砂漠の狩人の全勢力がここに集った。

「MS乗り風情がっ!!」

旧式のディエルに駆る砂漠の狩人のMS乗り達。最新鋭の機体であるディーストが押されることなど、本来あってはならない事だ。増してや新生連邦軍の正規兵がこのような人間に負ける事自体、本来はあってはならない事なのである。

 

ブゥンッ

 

と、ディーストがビームサーベルを展開した。接近戦を試みたその機体はディザートディエルに迫る。

「リーチ長いからって勝てると思うなッ!」

ディエルのパイロットが叫ぶ。そして、ビームトマホークを展開し、その機体とビームの刃で交わった。

 

ダダダダダダダダダダ

 

と、接近した時を狙い、左手部マニピュレーターに装備していたマシンガンでディーストのコクピットを狙い撃ちした。これによりディーストは破壊された。

「こりゃ良い獲物だ!これも回収すれば金の足しにはなりますよ、アスーカルさん!」

「おお、しっかり回収だ!ガンダムだけじゃなく、こいつらも手に入れれば一石二鳥だ!」

MSに乗り、パフォーマンスを発揮するアスーカル。彼等は新生連邦兵に対してはその強さを発揮していた。

 

 レイは迫ってくるディーストに対応している。ビームランチャーは確かに強力な武装だ。しかし弱点もあった。それは、速射を出来ないという事。バーニアを展開したディーストがビームサーベルを把持し、接近する。

「ああっ!しまっ……!」

眼前に見えるのはモノアイを輝かせるディザートディースト。ビームランチャーの弱点を見抜かれたと感じたレイに、危機が迫った。

 

                 バシュゥゥゥゥゥ

 

レイが危機に陥ったその時。一筋のビーム砲がレイの眼前を過ぎ去り、敵MSを貫く。

 ビーム砲の矛先を見た時、そこにいたのはロングビームライフルを構えるハルッグの姿だった。

「ネルソンさん!」

「待機していて正解だったな。大丈夫か、レイ君。」

「はい、すみません……」

「気にする必要はない。しかし、まさか新生連邦軍がやってくるとは思わなかったな。」

状況を見ていたネルソンが援護に入った。強力な助っ人に助けられるレイ。

 しかしこれを快く思わなかった人間が居た。アスーカルである。ここにネルソンが居るという事は、つまりレイがガンダムを渡す話をクルーにしたという事になるのだ。

共同戦線を張ると言ったアスーカルだったが、ハルッグの存在を確認した時、彼の表情は一変する。

(坊主め、仲間にチクりやがったな。それが何を意味するのかを教えてやらなきゃならねえようだ。)

本来の目的はガンダムをレイから貰う事。しかし、レイがそれを仲間に伝えているという事は、彼自身の目的の障害になり得るという事だ。怒りに燃えるアスーカル。そして――

 

ブゥンッ

 

「えっ!?」

ラグラーナはバーニアを起動させた。新生連邦との交戦を止め、アインスに近づき、迫った。

 大型ビームサーベルでアインスに切りかかるラグラーナ。それに反応したレイはビームサーベルで応戦した。

「アスーカルさん、何を!?」

まさかの攻撃に戸惑うレイ。しかしアスーカルは対照的に怒りを見せている。

「てめェ何故チクった!?仲間には言うなってって言ったじゃねェか!」

「それは……でも……!」

レイ自身も強くは出られない。それは少なからずアスーカルを“裏切った”という感情があるからである。

「ふざけんなよ……こうなりゃ力づくで奪ってやる!生死は問わねェぞこっちは!!」

ラグラーナの巨体がアインスに迫る。応戦するレイ。

「アスーカルさん……!」

歯を食い縛り、アインスはビームランチャーを構え、ラグラーナに向けた。その動きに気付いたアスーカルは一度後方に下がる。

 ランチャーからビーム砲が放たれる。その砲撃はどの機体にも当たることは無かった。

「これはてめェが巻いた種だ!こうなるのは自業自得だ!ふざけンなよ!」

罵詈雑言を発するアスーカル。最早怒りに任せるだけの只の暴言。だがレイにはそれらの言葉が刺さる。それは、レイ自身少なからず罪悪感を抱いているからであった。

「砂漠の狩人、お前の発言はエゴ以外何者でもないな。」

ハルッグが援護に入った。肩部のビームキャノンでラグラーナを狙い撃ちする。

「エース!こっちはもう余裕がねェのに……!あああ!糞が!!!」

怒るアスーカル。そして容赦のない攻撃。当然、アスーカルは部下達にアインス、ハルッグを狙うように指示を出す。しかも敵は砂漠の狩人だけでない。新生連邦軍もいる。

 急に生じた三つ巴の状況。危機的状況がレイ達に迫る。

 

ドォォォォン

 

その時だ。上空から実弾による砲撃による轟音が鳴り響いた。と、同時に地上に居たディザートディエルが頭部からその形状を崩し、爆発を起こしたのだ。

「何だ!?」

それに反応するアスーカル。そしてレイにネルソン。

 

ビゴォン

 

実弾を放ったMSの頭部カメラは一つ目。ディエルやディーストといった機体と同じ。しかしこれらと決定的に違うのは、その体躯だ。

 この場にいるMSの中で一番大型機体なのはラグラーナ。だが、そのMSはそれよりも巨大。ラグラーナとは6メートル程の差がある。推定全高28メートル。アインスガンダムより約10メートルもサイズに差がある。

「データにない機体だと!?あれは一体……」

この場にいた、誰もがその機体に着目していた。新生連邦の兵士達も見慣れないその機体の存在に戸惑うばかり。

すると、謎の大型MSはモノアイを輝かせ、その視線をアインスに向けた。

「え……これって……!?」

レイは視線を感じ、警戒する――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

「!?」

 その機体を見た時、レイの脳裏に過った妙な感覚が過った。それと同時に突如レイは頭を抱え、苦しみ始めた。彼の頭に入ってくる、謎のイメージ。それが一体何なのか、全く分からない。まるで脳の中で虫が蠢く様な気味の悪い感覚。彼の目は見開かれ、瞳孔は小さくなっている。

(この感じは何……!?気持ち悪い……!頭が……痛い……それと……怖い……嫌だ……嫌……ダ……嫌……アアアアア……)

このような感覚など、生きていて今まで感じた事がない。何故そのMSを見た時にこの様な異常な感覚に襲われたのかも分からない。ただ、一つ言えるのはこのMSは、明らかに“異質”と言える事は間違いなかった。

 そもそも何故急にこのような感覚に襲われたのかも謎だ。それを引き起こしているのは恐らく目の前にいるこのMSではないのか……普通ならばそう考えるかも知れないが、今のレイにそのような余裕はない。アインスは完全に動きを止め、パイロットであるレイはこの奇妙な感覚に襲われた。

(動けない……気持ち悪くて……頭がおかしくなりそう……でも……何で……僕はこれを知っている……?どうして……)

レイはこの大型MSに怯えている。そして、不快感を示している。だが、ただ怯えているだけでない。彼はこの感覚にどこか、覚えがあった。しかしそれが何なのかは分からない。このMSを見て、ただレイは何も出来ず、無力になるだけだ。

「……」

その時、大型MSはアインスの方向を向くのを止め、違う方向へ向かった。それと同時に、レイは肩の荷が下りたかのように、気持ちが軽くなった。

「はぁっ……はぁっ……今のは……?」

彼にとっては分からない事が起きた。何故レイはその大型MSを見て、苦しんでしまったのか……今の彼は、ただ、茫然とするしか出来なかった。

 

 

 

同じ頃、カイロ市内の病院にて。先程のレイと同じ感覚を、エリィも感じていたのである。

(何!?この気味の悪い感じ……頭がおかしくなりそうな、この感覚は……)

レイと同じく、脳内でのたうち回る異常な感覚。何を示すかも分からない、恐怖と混乱。病院内で安静にしている筈のエリィにも同じ現象が起きたのである。

彼女は気持ち悪さのあまり右手を口に持っていく。嘔気を感じていたのだ。

「ちょっと……貴方大丈夫?」

隣の女性がエリィを心配した。しかし今のエリィに彼女の声は届かない。

(何故急に……この不快感は一体何……?レイ君も感じてる……?)

先日も感じた妙な感覚。これも、シンギュラルタイプがもたらすものなのかは分からない。襲い掛かる違和感は、ベッド上のエリィを苦しめるのであった。

 

 

 

 大型MSはバーニアを駆使し、飛翔した。上空からディザートディエルに対してビームライフルを放つ。その射撃の一つ、一つが正確で、狙いを外さない。まるで、動きを予知しているかのような動きだ。

 ディザートディエルはこの機体に既に三機撃墜されている。応戦するディエル。しかしマシンガン程度の武装ではその機体に傷をつける事すら叶わないのだ。

「なんだよこいつは!なんで、こんな……」

マシンガンを撃つディエルに対し、その機体は側腰部よりビームサーベルを展開。機体の図体からは想像も出来ない、素早い動きでビームサーベルを振るい、機体を破壊する。無論、パイロットは死んでいる。残すは二機。恐怖を感じたディエルは後退を始めようとしていた。

「か、勝てない!なんだこの化け物は!?」

「アスーカルさん!すみません!一度下がります!」

砂上を滑り、後退するディエル。しかし――

 

ドバアアアア

 

今度はそのMSは、フロントアーマー部に搭載されていた高出力のビームキャノンを放った。瞬く間にそれは、二機のディエルを撃破した。

 一切躊躇いのないその動き。容赦のない攻撃。突如出現したその機体は、瞬く間に砂漠の狩人率いるMS乗り達の機体、ディザートディエルを全て破壊したのであった。

「馬鹿な!?お前等!嘘だろ!こんな!!!」

あまりに突然過ぎる悲劇。しかしそれは現実として出現した。大型MSは、まるで砂漠の狩人を狙い撃ちするかのような行動を取ったのである。

砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモは瞬く間に大切な部下を失った。目の前にいる大型MSは恐らく、勝てる相手では無いだろう。仇を討ちたいという気持ちはあった。しかし、その圧倒的な性能差を見せ付けられては彼も成す術がない。

「アスーカルさん!後退を!あんただけでも生き残って下さい!ガンダムはまたチャンスがあります!だから!!!」

ビヤーバーンよりパゴーダが通信回線を開いた。それを聞き、冷静になれたアスーカルは一度後退する事を決意したのであった。

「砂漠の狩人が撤退していく……それにしても、何だあの機体は……」

ネルソンはそれを見て違和感を覚えた。過去のデータにもないその大型MS。ただ、戦場を荒らし、砂漠の狩人の機体を殲滅して、その場から動かないそのMS。

 

ゴゥンッ

 

その時、大型MSが動き出した。砂漠の上をバーニアで展開し、移動する。ハルッグの方向に向かっているその機体。ハルッグはすぐにロングビームライフルを構え、狙い撃つ構図を取った。が――

 

                    スゥゥッ

 

バーニアの出力を上げ、大型MSはハルッグを素通りした。その行動に違和感を覚えるネルソン。

「素通り!?一体、奴は何が目的だ?」

ハルッグを敵と見なしていないのかは分からない。その素性が分からない以上、彼もそのMSに攻撃を仕掛ける訳にも行かなかった。

 しかしそのMSが向かっている先を見た時、ネルソンの表情が変わった。

「アインスに向かっている!?奴の狙いはアインスか!」

もし、レイが狙われる事になれば大変だ。しかしどこの所属か、その目的も分からない為、ハルッグは攻撃せず、MS形態のまま様子を伺う事しか出来なかった。

 

                 ゴオオオオオッ

 

バーニアの音を大きく立て、大型機体とは思えない機動性でアインスに向かうそのMS。モノアイはアインスのデュアルアイをまるで見つめるように視線を送った。

「あああっ!」

先程の苦しい感覚が再びレイを襲う。やはり、彼が苦しむ原因は先程彼の前に現れた大型MSだろう。

                  ゴウゥゥゥン

 

バーニアの出力を弱め、再びアインスガンダムの前に立ち塞がったそのMS。怪しげにモノアイを輝かせ、じっとアインスを見つめる。

「お前の感覚……何処かで覚えがあるな……」

その時、謎のMSから声が聞こえた。男の声だ。レイの事を知っているのだろうか、彼を前にして回線を開いたのだ。

(やっぱりだ……やっぱりどこかで僕はこの感覚を覚えている!何なの!?気持ち悪い……!)

一方のレイはただ、恐怖で震えていた。何故このMSを見ると、彼は怖さを感じてしまうのだろうか。

 互いに両者を知っているかも知れない。しかし一方で、互いに思い出せない。そして、今両者は一切武器を構えていないのだ。

「レイ君!!!」

すると、そこへハルッグが駆け付けた。

「ネルソンさん……!」

ハルッグの姿を見てレイの表情は少し和ぐ。だが、この恐ろしい感覚はまだ、抜けない。やがてハルッグはアインスの前に庇うように立ち、ロングビームライフルを大型MSに向けた。

「貴様は何者だ?アインスガンダムを奪う気か?」

相手の行動次第で、ネルソンはそのMSに攻撃を加える気でいたのだ。

「ほぅ、どうやら仲間らしいな。そのガンダムタイプのパイロットの。」

またしても、パイロットは喋った。

「答えろ!」

ネルソンは操縦桿の先にあるスイッチを押そうとしていた。それを引いてしまえば、ビームが発射される。

「構わんぞ?このMSのジェネレーターを試す丁度良い機会だ。」

「ちぃっ!」

挑発に乗ってしまったネルソンはスイッチを押した。ロングビームライフルが発射され、MSの直線上を走る。もし避ける動作を見せなければ、大型MSはビームライフルの直撃を受ける。

                 バイイイイイイイン

 

その機体は左前腕部を差し出すように展開し、ビームを防いだのだ。放った筈のビームが消えるという現象。それを見たネルソンは我が目を疑った。

「ビームが弾かれただと!?」

ビームを弾いたそのMS。まるで、バリアーを持っているかのような機体。

高出力のビーム兵器も備えている上に、背部には実弾兵器、そしてビームバリアー。今まで見た事のないその機体は、紛れもなく、この場に於いては“異質”意外何者でもないと言えた。

「問題なく動いているな。よし、もうここに用はない……ガンダムの存在が少し気になるが、まあ良いだろう。」

MSのパイロットが言った後、大型MSは背部にある多数のバーニアを展開させ、瞬く間にアインスとハルッグの前から空中へ消えていった。ほんの、三、四秒の出来事だった。

「何だったのだ……あれは……?」

「ハァ、ハァ……」

「レイ君、大丈夫か?」

「あ……は……い……」

再び、レイの表情は落ち着いた。先程までの恐怖に満ちた表情は消え、そっと深呼吸をする。

「一体、何だったのだろうなあのMSは……」

「わ、分かりません……それよりも……ありがとうございます、ネルソンさん。」

今回の出撃で登場した、謎の大型MS。その機体が攻撃したのは砂漠の狩人の率いるディザートディエルのみ。アインスガンダムを襲う訳でもなく、ただ接触を図ろうとしていたのかは定かではない。

 だがレイはこのMSを見て恐怖を感じた。それも、覚えのある恐怖を。これが何を意味するのかも分からない。

 

バシュウウウ

 

しかし、安心している場合ではない。ディザートディーストがまだ残っている。だが今回の目的である砂漠の狩人との接触は果たした為、彼等がこの場に留まる理由はない。

「撤退するぞ。ハルッグに乗って移動するんだ。」

「はい……!」

先程の違和感を覚えたまま、レイはアインスのバーニアを展開。そして、ハルッグもMAに変形。その上に乗り込み、砂漠の大地から去っていく。ビームライフルで追撃をするディーストだが、ハルッグの素早い動きに追いつけないでいたのだ。

 

 

 無事、その場から逃げる事が出来た両者。セイントバードまで戻り、機体を格納する。

コクピットから降りる二人。ネルソンは生き延びた事に対して安堵した表情を見せる。一方のレイは先程の感覚が忘れられないでいた。

「どうにか逃げ切った。しかしあの機体は何だったのだろうか。」

「分かりません……怖い感覚と、気持ち悪い感覚だけがありました……」

「気持ち悪い感覚?」

ネルソンには感じなかった感覚。どうやら、レイのみが感じ取っていたらしい。

「分からないんです……怖くて、不気味な感じ……でも、どこかで感じた事がある感じ……分からない、分からないんです……!」

酷く怯えている様子のレイ。その様子は、明らかに“異常”と言えた。何故レイのみが恐怖を感じ、怯えているのか。何に対する恐怖なのか。それが、全く分からない。

(違和感が拭えんな、全く……)

奇妙な感覚。既視感のある恐怖。そして違和感。様々な感情が一斉にレイに襲い掛かった。嘔気や眩暈、頭痛等の感覚が一斉に迫る症状。医者であったネルソンですら、何故その現象が起きるのかを診断する事が出来ないのであった。

「今は休んだ方が良い。少し眠り、休憩を取るんだ。恐らく疲れもあるだろう……」

原因が不明である以上、レイに休息を促すネルソン。彼の言葉を聞き、レイは頷き、自室へ戻る事にしたのであった。

 

 

 

 一方で、ビヤーバーンへ帰還したアスーカル。部下は謎のMSによって全滅させられ、ビヤーバーンの戦力はラグラーナ一機のみとなったのだ。守るべき部下達を失い、失意のどん底に落ちたアスーカル。

 パゴーダは声をかけようとするも、明らかに落ち込んでいる彼の姿を見て、何を話せば良いか分からない。

 

ピピピピピ

 

と、そのタイミングでEフォンが鳴る。連絡してきたのは、昨日カフェで会った金主の女、ウネフだ。

「お前に良い知らせがあるとね。金が入ったと。上納金の一部に充てられるとね。」

「ウネフさん……それはどういう意味ですか……」

ウネフのいう、“良い知らせ”の筈が、明らかに声色が落ち着いている。それが返って不気味さを感じさせた。

「お前の嫁が取引先の組織のリーダーに買われた。その際の契約金が入った。あとお前の子供も富豪のショタコン野郎が買い取ると言ってたから手続き進めたとね。これも契約金が入るとね。」

「な……!?」

部下を失ったアスーカルに更なる追い討ちだ。ウネフがあろう事か、勝手に彼の家族を売る真似をしたのである。期限を待ってくれると言っていたのは、嘘だったのか。

「どうしてそんな事を!?明日まで待つって――」

と、言葉を発しようとした時だった。

「てめぇの言葉がもう信用ならねぇから家族が売られる結果になったんだろうが!」

余りに身勝手なウネフの行動。彼は部下だけでなく、家族まで失う結果となったのである。現実とはこれ程に非情なものなのか。何故彼はこのような仕打ちを受けなければならな

かったのか。ただ、絶望するアスーカル。しかし絶望したところで、彼が救われる筈など、

ない。

「つーわけで残りはてめぇの身銭を切れとね。アスーカル。特別に一週間は待ってやる。」

そう言った後、ウネフは電話を切った。残されたアスーカルは、ただ、呆然と立ち尽くすばかり。

「アスーカルさん……」

アスーカルに残されたのはパゴーダと、ビヤーバーンのクルー達のみ。家族も奪われ、先程の戦いでディザートディエルに乗っていたクルー達も殺された。もう、どうすれば良いか分からない。ただ、苦悩するアスーカル。

(どうすりゃ良い……どうすりゃ……俺にはもう、家族が居ない……あいつだ……あいつさえ……せめて奴を奪えば……!)

握り拳を作り、テーブルを思いきり叩く。そして彼が思い浮かべるのは、アインスガンダムとレイの存在。後がないアスーカルは、レイを攻撃する事を心に誓ったのであった。




第十二話投了。謎のMSの正体とは一体……といった、話。これに対して覚えのある、感覚とは?


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第十三話 温室育ちと狩人

砂漠の狩人との決着。後がなくなったアスーカルとレイとの死闘の果て。


 

 レイは自室で眠りについていた。だが彼はその時、夢を見ていた。それも一つではなく、二つ。一つはいつもの悪夢。銃で撃たれるところで目を覚ます、奇妙な夢。そしてもう一つはアスーカルの夢だ。先の戦いでアスーカルが言った言葉がレイの中で、リフレインされる。

 

―――――――――――仲間には言うなってって言ったじゃねェか――――――――――

 

―――――――――――――――これはてめェが巻いた種だ―――――――――――――

 

「う……うぅ……!」

眠りながら、苦しむレイ。自分の選択肢は間違っていたのかも知れない……と、レイは悩んでいた。

「はぁ、はぁ……」

レイは起きた。ベッドは汗で濡れている。暑さによるものではない、精神的な発汗だ。夢を見る程に追い込まれていたレイはその気持ちを整理しようと、一度シャワーを浴びる事にした。

 

シャアアアアア

 

シャワーヘッドから出る水滴はレイの身体を少しでも癒した。顔をはじめ、肩、臍部、臀部、足部等、全てに水滴が当たる。苦悩続きのレイだったが、この時だけは気持ちが楽だった。

 アスーカルの言葉と、先程の大型MSの存在。これらが同時に迫ってきたような感覚は、レイ自身の精神を蝕もうとしていた。

(駄目だ、気持ちを整理しないと……僕自身が壊れちゃう……)

と、彼は壁に手を置き、もたれる格好を取った。

モントリオールから今に至るまで、多くの出来事があり過ぎた。それらはいずれもレイを苦しめる事が多い。アインスに乗ってセイントバードの為に戦っている反面、多くの人間とも交流しているレイ。これらの人間関係はこの短期間で、間違いなく濃密な関係と言える。そして、彼のとった選択肢により恨まれる事もあった。それが先の戦いでのアスーカルの対応だった。

 

キュッ

 

蛇口を捻るのを止め、シャワーは止まる。滴る水は排水溝に静かに流れ、心地の良い音を生み出した。

 

 

 

 セイントバードのMSデッキにて。そこでは搬入作業が行われていた。整備士達がそれらを運び出している状況。ネルソンはシンと共に、それを確認している。

「それがSFSか。」

SFS(サポートフライトシステム)。飛行能力を持たないMSを運搬する為のサポートマシン。平たい形状をしているのが特徴であり、下部には多数のバーニアスラスターが取り付けられている。この推進力で、MSの運搬や飛行を補助する役割がある。

 今セイントバードに搬入されているのはゾーリドカスタムと呼ばれるSFSだ。それはかつてのデウス帝国軍が使用していたSFS、ゾーリドを改修したものであり、武装としてミサイルが搭載されている。運搬能力に優れているそれは、セイントバードの戦力強化に重宝している。

「今うちにいるトルクスは六機なんで、ジャスティスを改修して六機搬入しました。これで航行再開して敵に襲われても対応が出来るようになりますね。」

ゾーリドはトルクスのような飛行能力の非搭載機に用いられる。これにより、様々な戦闘に活かすことが可能となるのだ。

「にしても、トルクスってうちのオリジナルMSですよね?なんあ、うちって色々と特別っスよね。普通のMS乗りは砂漠の狩人のディエルみたいに、元々あった機体の流用とか、敵の鹵獲機体とかが多いですよ?」

何気ない疑問をネルソンに尋ねるシン。それに対し、ネルソンは答える。

「トルクスはセイントバードチームのシンボルのようなものだ。元の機体の流用は確かにコストを抑えられるメリットがある。しかし、万が一別のMS乗りが同じ機体を出してきた時、目視での識別がし辛い。誤って味方を討つ、フレンドリーファイアのような悲劇も起きかねないからな。」

全く形状も色も同じ機体というのは戦場では混乱の下だ。その結果味方を誤って撃つという事はあってはならない。その為、カラーリングやカスタムと言うのは非常に大切なのである。

「トルクスはセイントバードチームの機体と言う認識……パーソナルMSという拘りは無くしたく無いのだ。実際、パイロットからの評判も良いからな。旧ジャスティスが如何に優秀な機体であったかが分かる。余程戦力に困窮しない限りはあの機体を使い続けたいものだ。」

「成程ですね。」

シンは納得した様子で言った。

「で、聞いた話ですけど砂漠の狩人はもう壊滅状態だって話ですね。」

「……ああ。先程の戦闘で謎の機体が砂漠の狩人のMSのみを襲撃した。何故その行動を行ったのかは不明だが、奴に残された機体はあの巨体のみ。それと、戦艦か。」

「じゃあ、砂漠の狩人はあんまり脅威と見做さなくて良さそうですね!良かった!」

安心するシン。その時、ネルソンは静かに呟いた。

「奴等も奴等で、事情があったのだろう。守るべきものがあった上で戦ってきた。しかし簡単に壊滅状態になった……シン、追い込まれた敵と言うのは時に強大な力を発揮するものだ。油断は出来ないぞ。」

ネルソンの言葉に、シンは黙る。

「奴等が仮に後がないとすれば、どのような手段を使ってでもセイントバードを襲う可能性だってある訳だ。守るべきものがない存在程、敵対する時は脅威だからな。」

「けど大尉、相手は一機と戦艦だけでしょ?こっちはハルッグとガンダムとトルクスを合わせて八機居てるんですよ?まず負けませんよ!」

ネルソンはそっと、溜息を吐いた。

「一騎当千という言葉を知っているか。」

「え、それは……四字熟語ってやつですか?」

シンは首を傾げる。

「一人だけでも千人の敵に対抗出来る程強いという事だ。それはあの男、砂漠の狩人にも当てはまる。追い込まれた人間と言うのは果てしない底力を発揮するとされる。それは、我々が最も注意しなければならないものだ。」

ネルソンは寧ろ、一機となっている砂漠の狩人を警戒していた。どのような凶行に及ぶかも分からない敵。それが追い詰められた敵だというのだ。

「奴は以前に言っていた。“俺が死んだらクルーの連中の生活が困窮する”と。だが奴のクルーは皆死んでいる。更にはレイ君が言っていた情報にある、奴の家族の情報……つまり、奴は暴徒に変貌する可能性も十分、考えられる。」

「そりゃ、おっかないですね……」

シンは指を口元に持っていき、言った。

「要は警戒を怠らない方が良いという事だ。搬入作業は行いつつ、最悪奴の自爆テロ等も警戒しておいた方が良いな。新生連邦の事や、市内にいる艦長の様子も気になるしな。」

市内に入院しているエリィも気掛かりだ。セイントバードは、アスーカルの事、新生連邦の事、エリィの事に気を遣わなければならない状況となってしまったのである。

 

 

 

謎のMSの襲撃から一夜明けた。その間カイロ市内はテロ行為等なく経過していた。エリィの身体は回復してきており、順調だ。

 市内はテロや新生連邦による鎮圧行為がない状況。それを安全と判断したセイントバードのクルーはエリィの見舞いに来ていた。車を出し、ベッドで横になる彼女の容体を気にしている。

 クルー全員が一斉に押し掛けるのは本人にとっても負担である上、セイントバードが手薄になる。それを危険と判断したネルソンは、見舞いは分割して移動するように提案した。

 先にインク、スラッグのブリッジクルー達が様子を見ていた。元気そうにしているエリィを見て安心する二人。それから他のパイロットや整備士達等のクルーが交代しながら見舞いに来た。

 やがてネルソンとレイが見舞いにくる。既に立ち上がり、独歩で歩いているエリィの姿を見て、ネルソンも安堵していた。

「その様子だと退院は近そうだな、艦長。」

「はい、先生がもう明日には退院出来ると言ってくれましたから!リハビリも本当に基本的な動きの確認とかで、そこまで難しい事もせずに終わりました!ご迷惑を掛けてすみません……」

と、謝るエリィ。

「無事が一番だ。多少時間が掛かっても、傷が治り、無理ないようにするのが良い。しかし、本当に良かった……」

何故だろうか、ネルソンの表情はいつもの冷静な表情でない。本気で、エリィの事を心配しているかのようだ。レイはそのようなネルソンの姿を見て、少しばかり違和感を覚えていた。

(確かにエリィさんは艦長だから、ネルソンさんが心配になるのは分かるけれど、何だろう、どうも……表情が違うような気がするなぁ……)

ネルソンの表情を見て、明らかにエリィと接する時の表情の違いを観察していた。まるで、気があるかのような接し方。冷静さを気取っているようで、どこか気に掛けているような距離感。レイから見て、そう感じるのだ。

「カイロは本当に大変な町みたいです。先日のテロに対して、新生連邦軍は無差別攻撃を行ったって話ですよ。」

「そうらしいな。だから余計に心配だった。あれから大きな騒動が無くて良かったが……」

「でも、テロの件に対して全くメディアは触れてないです。Eフォンで見ても、テレビで見ても全く報道していません。」

と、エリィはEフォンのSNSのページをネルソンに見せた。

「恐らく不都合な情報は隠蔽しているんだろう。連中ならやりかねない。」

それを聞いていたレイは、故郷モントリオールでの出来事を思い出した。

 校庭でアインスとディーストが対峙した時。その時もSNSやニュースでその報道が一切されなかった。恐らく、新生連邦軍が情報隠蔽を行っているのだろう。

「レイ君もお疲れ様。あと、昨日は大丈夫だった?」

「え……昨日ですか?」

突如話を振られたレイ。“昨日”の話を始めたエリィに、レイは違和感を覚えた。

「エリィさん、入院してた筈ですよね?どうして昨日の話をするんですか?」

「言ったじゃない、私と貴方は同じ力を持ってるかもって……」

セイントバードがカイロに向かう前に言ったエリィの言葉を思い出したレイ。

 

―――――――――もしかすればシンギュラルタイプなのかも知れないね―――――――

 

「シンギュラルタイプ……ですか?」

昨日の、大型MSを見た時に感じた違和感。その気味の悪い感覚はレイにとって不快以外何者でもない。だが、まるでエリィはそれを知っていたかのように振舞う。

「頭が痛くなったの。まるで吐き気のような感覚が襲って来た。けれど、それはすぐに落ち着いた。受診する程でもなかったけどね。」

やはり、同じ感覚を感じ取っていたレイとエリィ。互いにシンクロしているような感覚は、レイにとって違和感でしかなかった。

「やっぱり、分かりませんよ……その、シンギュラルタイプって言われても……」

レイ自身が分からないその力。無論、エリィにも分からない。

 その話を聞いていたネルソンは言った。

「そのような人種はデウス動乱中に存在していたとは聞くが、やはり謎が多い。独自の感覚と言うやつなのか。レイ君が感じていた感覚が艦長も感じるという事……それは一体何だろうか。」

「さあ。けれど、私はレイ君と同じ感覚を持っている……これは、分かるんですよ。」

「……私は、“オールドタイプ”というやつなのだろうな。」

オールドタイプ。所謂旧人類、常人と呼ばれる存在。シンギュラルタイプ以外の人間の事を言う。彼等の会話が理解出来ないネルソンは、自身の事を“オールドタイプ”と揶揄したのだ。

「しかし艦長は航行中、時に勘が冴える時がある。それで今まで生き延びてきたのも事実だ。それも、シンギュラルタイプとやらの恩恵なのかも知れないな。」

レイがセイントバードチームと合流する前も、エリィはその独自の力で危機的状況を乗り越えてきたという。奇跡ともいえるその力の正体は何なのだろうか……

「さて、艦長。明日退院出来そうならばすぐにでも出発の準備をしなければな。今日は市内で買い物だ。食料調達。それをして、艦長を迎えたらセイントバードは発進出来る。」

武装や部品の調達は完了している。又、武装の補給も完了している。後は食料の調達のみ。エリィはその事に感謝をし、礼を言った。

「ありがとうございます、何から何まで……」

「ただ、砂漠の狩人が油断出来ない。出発するまでは気を抜けない。」

「ええ、そうですね。」

砂漠の狩人という単語を聞き、レイは複雑な表情を浮かべる。彼は悪人ではない。しかし敵対している存在である。

「まあ、今日一はゆっくりと休んだ方が良い。明日からまた忙しくなる。その時は宜しく頼む。」

「はい、大尉。」

と、エリィは笑顔で答えた。

「大尉!?軍の人間がいるの!?」

と、急に怯える声が聞こえた。向かいのベッドに腰掛けている女性である。新生連邦軍の軍人が来ていると勘違いしたのだろうか。

「そのあだ名はやはり誤解を招くな……」

と、ネルソンは溜息を吐いた。

 それから病院を去る二人。エリィは明日の退院に向け、準備を進めるのだった。

 

 

 

 カイロ市内にて。ネルソンとレイは明日以降の食料の調達を行っていた。食料品の店に向かっては配達を依頼し、それを繰り返す。この作業はクルー全員が行っている。これにより、最大一ヶ月程度は連続航行可能な食料を購入するのだ。

 その最中、レイはネルソンに聞いた。

「あの、ネルソンさん。」

「どうした?」

「その……ネルソンさんはデウス動乱の時、ずっとデウス軍に所属していたんですか?」

レイはネルソンの過去をそこまで知らない。エリィは地球連邦軍所属であるのは分かった。しかしネルソンはデウス帝国だ。元々対立していた組織同士の人間がこうしてMS乗りとして行動しているというのも、考えてみれば不思議なものなのだ。

「私はコロニーの出身だ。デウス帝国領で育った。そこで軍医になる為に勉強をしたが、戦況が厳しくなるにつれて軍属になり、MSを駆る羽目になった。そこから昇進して大尉には昇格したが、私はそんなものなどしたいとは思わなかった。」

ネルソンがコロニーの人間だという事実を、今初めて聞いたレイは驚いた。

「コロニーって、どんな所なんですか!?」

興味が湧いたレイはネルソンに聞く。彼はモントリオールから出た事がない。増して、宇宙に進出などしたことがない。だからこそ、彼の言葉に興味を抱くのだ。

「地球の環境に限りなく近く設定されている場所だ。この町のように市街地があり、大通りがあり、車も走っている。そして農業プラントと呼ばれるものがあり、そこで家畜や野菜を育てる。後は適度に雨を降らせなければならないから、雨も人工的に降らす。全てが人工的に作られた生活空間ではあるが、快適な環境ではあったよ。」

レイの目は輝いている。未知なる場所、コロニー。それがどのような場所か分からない。想像すると、彼は心が踊った。

「いつか……行ってみたいです!」

「宇宙交換留学生とかになればもしかすれば行けるかも知れないな。」

「興味は、あります!」

「その時まで世界……いや、地球圏が平和であれば良いのだがな……本当に。」

と、そういうネルソンの表情は、どこか寂し気だった。

 Cコロニー。この世界の人類が宇宙に進出し、作り出されたコロニー群。元々は増えすぎた人類を宇宙進出する為にその居住空間を作り出すのがきっかけだったその存在。

 巨大な円柱状の形状をしているそのコロニーは現代でも宇宙空間に無数に展開されている。その一つ、一つに人が住んでおり、彼等は宇宙で育っている。レイが宇宙に憧れを抱くように、彼等もまた、地球に憧れを抱いているのだ。

 しかし地球と宇宙というのは平和な情勢ばかりではない。宇宙ではかつてのデウス帝国のように地球連邦軍の存在を良しとしない勢力も存在していた。度重なる地球と宇宙。そしてその敵対勢力が滅んだ現状でも戦力を増強し続けている地球。そしてMSの存在。何が平和であるのかも分からない世の中。その中で憧れを抱くという事は、素敵な事であると言えた。

「本来、無駄な争いなどしたくはない。だが、それをしなければ守るべきものも守れなくなる。その為には力が必要だ。それがMSという力……」

「力……ですか。」

「今はセイントバードチームを守る為に私は戦わなければならない。そして、クルーの怪我にも対応しなければならない。今の私の役目はそれだからな。だから君も、守らなくてはならない。そして君自身も、自分を守る事だ。この先何が起きようとも。」

ネルソンの言葉は重かった。だがその重さの中に優しさを感じた。これが、ネルソンの本意なのだなと、レイは感じていた。

 

―――――――――仲間想いだった彼は今でも仲間を失う事を恐れている―――――――

 

(ネルソンさんはやっぱり人を想う人なんだな……)

レイの表情に、自然な笑みが浮かんだのであった。

 

 

 

 それから更に一日が経過した。食料の調達も完了し、エリィも無事に退院。車でネルソンが迎えに行った。その間にもセイントバードは発進の準備を進めている。

 やがてエリィがブリッジに戻ってきた。栗色の髪を靡かせ、紫の瞳をした美女が、艦長席に座る。

「お帰りなさい、艦長!」

「心配しましたよ!いや、マジで!」

インクとスラッグがそれぞれ言った。

「ありがとう、二人共!色々と迷惑を掛けちゃってごめんなさいね。」

「艦長が無事ならなによりッス!さて、もう準備は完了してるって聞いてますよ!」

「じゃあ、出発の合図をしないと行けないかなー?」

エリィの表情も元に戻っていた。怪我をして数日、落ち込む事や苦しむ事があっただけに、セイントバードに戻ってきた彼女の表情は一層、明るく感じられた。

「行きましょう!出発はOKッス!」

と、スラッグが意気込む。

「よし、じゃあ……セイントバード、発進!!!」

 

ゴオオオオオオオオ

 

セイントバードはエンジン音を轟かせ、地下から発進する。カイロでの数日は彼等にとって濃密な時間となった。そこでの様々な思い出を胸に宿し、彼等は次の場所へ移動する。

「大西洋方面に向い、そこからカナダ、モントリオールに向かいます!レイ君を送り届ける為に!」

 セイントバードはその巨大な姿を地上から現し、今にも地上から飛び立とうとしていたその時――

 

ドオオオオオオッ

 

艦は激しく揺れた。左右に、それも大きく。

 

「左舷被弾です!これは……地上からの砲撃です!」

「そんな、砲撃元はどこから!?」

セイントバード発進と同時の被弾。優雅な航行になる筈が、突如パニックに陥った。

「砲撃元特定!これは……地上戦艦です!あの、追い掛けてきたやつです!」

「砂漠の狩人……か。」

砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモが追いかけて来たのだ。セイントバード発進を見計らって、ビヤーバーンを発進させた彼等はすぐにセイントバードに対して砲撃を行ったのである。

 砲撃は一発に留まらない。何発も、セイントバードに向けて放ってくるのだ。主砲による実弾砲撃は明らかに以前よりも回数が多い。全力で、潰す気だろう。

「このままじゃヤバいです!また落とされますよ!」

スラッグが舵を取り、言った。

「セイントバードも砲撃を開始して!両翼のビーム砲を敵、地上戦艦へ!破壊はしなくても良いです!せめて足止めを!」

エリィが指示を出した。と同時に、セイントバードの両翼から三連装のビームキャノンが展開され、狙いを絞る。

「目標に向けてビームキャノンを発射!撃墜はしなくて良い!足止めをして!」

 

ドバアアアアアアアアッ

 

セイントバードの両翼からビームキャノンが展開された。出力の高いその兵器はビヤーバーンに向けて砲撃を行う。

 やがてそれによりダメージを負った。しかし、航行不能には陥っていない。

「敵戦艦より砲撃を受けました!アスーカルさん!」

「もっと接近しろ!ありったけを食らわせろ!あの鳥は絶対に堕とす!そして……!」

ビヤーバーンのブリッジ内で、アスーカルが言った。

「ガンダムを確実に奪う……奴等、絶対に許さない……!」

仲間を失い、家族まで失ったアスーカル。今の彼を突き動かすのは、セイントバードチームへの復讐心のみ。補給を完璧にし、新たなる大地への目的地を見つけたセイントバードを待っていた最初の関門。容赦のない攻撃が、セイントバードに向けられる。

「俺はラグラーナで出る!あの高度なら地上からでも狙い撃てる!!!」

と、アスーカルはブリッジを去り、MSデッキは向かう。

残り一機のみとなった砂漠の狩人のMS、ラグラーナ。唯一の兵器であるそれを駆り、セイントバードへ戦いを挑む。

 

ビゴォン

 

ラグラーナのモノアイが輝いた。機体は大型ビームライフルと、リアアーマー部にはバズーカを装備し、二基の巨大なバーニアを展開し、ラグラーナは発進した。

 

 発進と同時にビームライフル、バズーカを連射するラグラーナ。ビヤーバーンの砲撃も相まって、容赦のない攻撃がセイントバードを襲う。巨大な戦艦であるセイントバードはこれらの攻撃を全て受ける。一つ、一つのダメージは少ない。しかしそれらの数が合わさった時、脅威となるのは分かり切っていた。

「ビームと実弾による砲撃、いずれも直撃です!このまま攻撃が続いたら航行出来ません!」

スラッグが言った。

「MSの発進を急がせて!大尉のハルッグをお願い!」

「艦長、ハルッグじゃなくてアインスガンダムが発進希望を出してますけど……?」

「レイ君が!?」

と、エリィはモニター回線を開き、レイに連絡を取った。既にアインスのコクピット内で待機しているレイ。

「レイ君!敵は一機のみです!貴方が出る必要はないわ!大尉に任せて!」

と、エリィは説得する。しかし――

「あの人は僕が止めます!多分、僕に責任があるから……」

と、自分が止めると言って聞かない。彼がネルソンに言った事で怒らせた事を、苦に思っているのだろう。

「どうしても……行くの?レイ君。」

レイは、静かに頷く。

「……分かった。発進許可を出します。でも、これだけは約束して。」

エリィはそっと息を吸い、そして、言葉を発した。

「必ず戻ってくるコト。家族さんの為に……ね!」

エリィは笑顔で、右の示指をぴんと立て、言った。

「……はい!」

レイも、決意を胸に秘め、ガンダムを動かす。

 

キシィン

 

アインスガンダムのカメラアイが輝く。碧色のそれは美しく輝いた。

「敵MS!こちらに向かってきてます!向かいながらビームを撃ってきます!!!」

インクが危機を知らせた。ラグラーナが二基の大型バーニアを展開し、空中を飛び、セイントバードに向かって来ていたのだ。

「機関砲を展開して!攻撃が止んだらアインスガンダム、出撃を!」

エリィが指示を出した。それに伴い、レイは

「はい!」

と答える。

 

 

 セイントバードに迫る砂漠の狩人、アスーカル。セイントバードは接近するラグラーナに対して機関砲で迎撃を行うも、ラグラーナの装甲にはこれらの弾では傷を付けることが出来ない。引き続き、ビームライフルとバズーカを撃ち続けるラグラーナ。

 敵はそれだけでない。ビヤーバーンの主砲も相まって、セイントバードはダメージを受け続けている。この為、セイントバードは現在の状態より高度を上げることが出来なくなってしまったのである。

 機関砲の攻撃でラグラーナとの距離は僅かに開く。そして、MSデッキで待機しているアインスがカタパルトに設置された。

「レイ・キレス、アインスガンダム行きます!」

レイの掛け声と共に、アインスは砂漠仕様のまま出撃。出撃した直後にすぐにラグラーナの方へ向かい、ランドセルのバーニアの出力を調節し、ラグラーナに迫る。

「アスーカルさん!!!」

そしてビームランチャーを展開し、ラグラーナに対して標的を絞り、ランチャーを放つ。

 高出力のそれはラグラーナとセイントバードとの距離を離すのに十分だった。やがてアインスはラグラーナに近づき、ビームランチャーを背部に収納した後に自身の両手部マニピュレーターでラグラーナの肩部を掴み、そのまま地上へ引きずり下ろす。

「坊主がッ!!!」

これに対して二基のバーニアで出力を上げ、対抗するラグラーナ。

「アスーカルさん!たった一機でセイントバードを沈めるなんて!」

「うるせェ!それを守る為に坊主が出て来たってのかよ!」

「みんなの帰る所を守る為に僕は戦ってるんです!破壊なんてさせない!」

やがて両機体は地上に落下。これにより、砂塵が大きく舞った。取っ組み合いのような構図を取る両者。砂漠仕様になったアインスはラグラーナの出力にも対応出来ている。

「仲間が皆殺され、家族まで失って!お前が仲間に告げ口さえしなきゃこんな事にはならなかった!お前も死なずに済んだんだよ!」

近距離である為、ラグラーナはバズーカを腰部に収納し、背部より大型のサーベルラックを抜く。

 

ブゥン

 

鈍いビーム粒子が放たれる音と共に、大型のビーム刃が出現。これに対し、アインスもランドセルのサーベルラックを、マニピュレーターを使い、抜き、ビーム刃を展開した。

 

バヂィィィッ

 

ビーム粒子同士のぶつかり合いだ。激しく粒子のスパークが散り、砂漠の大地に消えていく。

「守るものがあるのはお互い様だ!けど譲れねェのなら、殺し合いしかねェ!坊主がわざわざこの戦場に出るのも予想外だぜ!」

「僕だって……貴方の事を考えてたんです……!けど、僕にも守らなきゃならない人がいる!だから!」

「まさに食うか食われるかだ!だが俺は狩人として最後まで貫いてやる!それでガンダムを食らってやる!それが消えていった奴等や家族へのせめてもの弔いってやつよ!!!」

今のアスーカルはガンダムを奪う事に執着していた。そこに意味があるのかも分からないまま、彼は戦うのだ。

「クッ……!」

と、レイは一度ラグラーナと距離を取る為に離れた。そして、ビームランチャーを展開し、狙いを定め、撃つ。

 しかしアスーカルはこの攻撃を読んでいた。脚部バーニアを駆使し、回避し、再びバズーカを装備して撃つ。

 

ピキィィィ

 

(あの、感覚だ……シンギュラルタイプ……!)

アインスに攻撃されるのを感じた時、レイは再び以前感じた妙な感覚を、再び感じ取った。ギリアやエリィが言っていた、この特殊な感覚。それはもしかすれば、シンギュラルタイプと呼ばれる者の特有の現象なのかも知れない。

 バズーカの弾はアインスに迫る。しかしこの砲撃はシールドを構えることで、防ぐ事が出来た。やがてバズーカはアインスが事前に構えていたシールドに直撃。シールドは破壊されたが、まだ活動は出来る。

「勘が良いみたいだな坊主!だがそんなものは続かない!俺が蹴散らす!」

今度は右手部マニピュレーターの、示指部の引き金を連続で引き、ビームライフルをアインスに向けて放つ。

 

バシュゥゥゥゥ

バシュゥゥゥゥ

 

ビームライフルを連射するラグラーナ。砂漠と言う環境において、高出力のそれはアインスにとって脅威である。脚部のバーニアを駆使してアインスは回避を続ける。

「機体は優秀かも知れねェ、けれどてめェはひよっ子だよ!戦場ってものを知らないのが動きを見てよく分かンだわ!」

後がないアスーカルだが、MSを駆る腕は本物だ。戦場を駆け抜け、数多のMS乗りを食らってきたその実力。レイは特殊な力を持っているかも知れないが、技量ではアスーカルに劣る。

「僕だって……!」

と、再びビームランチャーを構えようとするアインス。しかし――

「ビームが来る!?」

アインスに向け、ビーム砲が放たれる。それも五、六射。いずれもがラグラーナの後方にいるビヤーバーンからの砲撃だ。

「敵は俺だけじゃねェ!ビヤーバーンも敵だってこと忘れンなよ!」

全力でセイントバードチームを潰す気でいる砂漠の狩人。最早目的の為に手段を選んでいない状況だ。巨大な陸上戦艦であるビヤーバーンがアインスガンダムに迫り、容赦のない砲撃を続ける。

 いくらガンダムに乗っているとはいえ戦艦を破壊する事は並大抵の事ではない。その巨体を攻略する方法は、今のアインスにはない。

「こんな、こんなのって……!一人じゃこんなの……!」

焦るレイ。しかしビヤーバーンは容赦なく、その砲撃を強める。

「アスーカルさんと連携だ!ガンダムは撃墜する!」

ブリッジ内でパゴーダが指揮をしている。ビーム砲や主砲がアインスガンダムとセイントバードの交互に向けられる。セイントバードも牽制の為にビーム砲撃を行うのだが、ビヤーバーンは引く様子を見せない。ただ、突き進むのみ。

 

 

 

 セイントバードは激しい猛攻を受け、船体は揺れ続けている。このまま攻撃を受け続けては、カイロで修理をしたにも関わらず、撃墜されてしまう。

「セイントバードの攻撃だけじゃあの陸上艦にまともにダメージ与えられてないッス!大尉にあの艦を攻撃してもらう手筈で行きましょうよ!艦長!」

スラッグの言う通りの状況だ。MS相手の為にアインスガンダムのみを出撃してはセイントバードが撃墜されかねない。この危機を脱するにはMSを使い、ビヤーバーンに攻撃をするしかない。それが出来るのはネルソンの駆るハルッグのみだ。

「大尉……行けますか?あの戦艦の主砲を、せめて破壊出来れば……」

エリィは切実に願う。それを聞き、ネルソンは静かに、言った。

「ああ、行こう。母艦をやらせる訳にはいかん。」

ネルソンはパイロットスーツを着用し、ハルッグを駆り出す。

「ネルソン・アルビュース、ハルッグ出るぞ。」

 

ビゴォン

 

ハルッグのモノアイが輝き、そしてカタパルトから発進した。すぐにMAに変形し、ビヤーバーンへ向かっていく。

 

 

 

「敵ヒエラクス級よりもう一機MS出現!敵のエースです!」

「エースがなんだっての!機関砲で迎撃しろ!」

パゴーダが指揮をした。それと同時にビヤーバーンの外壁から機関砲が連射される。それだけでない、ビーム砲もハルッグを狙い撃ちにする。辛うじてこれらを回避するハルッグだが、その数の多さに翻弄されている。

「せめて、砲台を攻撃出来れば……!」

猛攻を潜り抜け、主砲に近づくネルソン。

 

バシュゥゥゥ

 

だがそれを邪魔する者がいた。アスーカルだ。ビヤーバーンに近づいているハルッグを察したラグラーナが、アインスを相手しつつネルソンを狙うのだ。

「ネルソンさん!」

ネルソンの危機を感じたレイはビームランチャーをラグラーナに向けた。しかし―

 

ガキィン

 

砂漠の上ではラグラーナが上手。レイの攻撃に気付いたアスーカルがアインスに接近し、マニピュレーターを駆使して攻撃を仕掛けてきた。

「うあっ!」

不意打ちを受けたレイ。アインスはそのまま機体バランスを崩し、砂の大地に沈み込んだ。

「てめェは終わりだよ!甘ちゃんが!今度こそてめェを殺してガンダムを奪う!」

ラグラーナはアインスの脚部を踏みつける。これにより、身動きが取れなくなった。

「くぅっ!!」

衝撃はコクピットにも伝わる。激しい揺れはレイの身体を苦しめた。

「俺はな、仲間を大勢殺された!どいつもこいつも死ぬ間際に言葉さえ発せなかった!そして俺は家族も失った!!!」

アスーカルの言葉にレイは衝撃を受けた。先日に言っていた、彼の家族の話。Eフォンに映っていた家族の写真。それらを失ったと、アスーカルは言ったのだ。

「そん……な……あの家族さんが……?」

「俺が不甲斐ないせいで家族まで迷惑を掛けて!更に仲間まで失ってよォ!俺にはもう失う物なんてないに等しいンだよ!せめて、ガンダムを……ガンダムを奪って生活の足しにしてやる!これは最早プライドだ!砂漠の狩人としてのな!!!」

その行動に合理性などない。戻って来ない者達の為に戦う等、最早無意味だ。

「そんな事を……しなくたって生きていけます!そんなプライドなんて捨てたら良いんです!そうしたら僕達がこんな風に戦い合う必要だってなくなります!」

しかしレイのその声など、今のアスーカルに届くだろうか。届く筈がない。

「僕はアスーカルさんを殺したくない……!だって、アスーカルさんには優しさがあった!カイロで僕を庇ってくれた時!そんな人を無闇に殺すなんて僕には出来ないです!」

レイなりの、優しい言葉。だがその言葉はアスーカルの執念の炎に油を注ぐ結果となってしまう。

「甘ったれたことをほざくんじゃねェよ!そんなンで殺したくないだァ?どれだけ甘いんだよ!この温室育ち野郎が!!!」

“温室育ち”。この言葉が意味するのは、レイそのものだ。アスーカルのこの言葉はレイに衝撃を与えるのに十分だった。

「恵まれた環境、恵まれた人間関係!そんな状況の人間っつーのは奇麗事を平気で述べる!相手の事を考えないで適当な事を言って、それで自分が心地良いって思いやがる!それが温室育ちの人間の特徴だ!坊主!てめェもそうだろうが!!!」

アスーカルは狩人として今まで獲物を狩り、それで生き延びてきた。一方のレイは当たり前のように親に育てられ、ごく、普通の生活をしてきた。それが当たり前と思っていたレイ。

 だがアスーカルの言葉はそれを“温室育ち”と言って罵る。何の苦労も知らず、自身で何かを成し遂げていない存在。何も動かなくとも食事が与えられ、不自由のない生活が約束されている状況……それが、アスーカルの言う、“温室育ち”だ。

「僕は……僕は……!」

と、言いながら操縦桿を握り、引く。しかしラグラーナの脚部の重圧は彼が思っている以上に脅威だ。

「坊主!お前の言動を見てたら分かる!お前は何も知らないでぬくぬく育ってきた甘ちゃんだ!だから奇麗事を延々と言えンだよ!」

そして、ラグラーナはアインスのコクピットに向け、ビームライフルを構える。このままでは撃ち抜かれてしまい、レイは殺されてしまう。

「俺が戦場の恐ろしさを教えてやるよ。温室育ちの坊主!これが狩られるっつー事だよッ!これで終わりだぜ坊主!」

絶体絶命の危機。レイに、死が迫っている。ラグラーナの右示指部マニピュレーターで引き金を引いた時、アインスガンダムが撃ち抜かれる。

「だったら……僕は死んで良い……!」

「何ィ!?」

その言葉は咄嗟に出た言葉。レイが言った言葉だ。

「それで、アスーカルさんが満足なら……!」

“死”と言う言葉は安易に出すべき言葉でない。人はその日常を“生きて”いる。皆、死なぬように、何らかの形で生きている。生きる為に成すべきことを成す。

 しかしレイは安易に“死”を言った。それが、アスーカルを更なる逆鱗に触れさせた。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

ラグラーナはそのビームライフルの矛先を、アインスに向けず、近くの岩に向けて撃った。そして、アインスの胴体を踏みつけ、ダメージを与える。

「簡単に死ぬって事を言うってのはな!温室育ちの台詞そのものなんだよ!!!何の苦労も知らねェから言えるんだよ!!!」

(わざと……外した……?)

ラグラーナは、今、ビームライフルをわざと外し、岩を攻撃した。状況から見てレイを殺すことが出来たアスーカルは、レイを生かしたのだ。

 それは彼が狩人として生きてきたから言える言葉かも知れない。

「クソが!来やがれ!甘ったれた死なんて認めさせねェ!だったら正々堂々戦って死ねよ坊主!」

アスーカルはレイを殺すと言っておきながら意地を張っている。これも矛盾だ。合理的に見れば今、レイを殺してアインスを奪えば良い話だ。しかしレイの言葉が癇に障り、合理的な考えが出来ないでいた。それは生きようとする人間を狩る為の、狩人としての意地だ。

「くぅっ……!」

アインスは再び立ち上がる。そして、ビームサーベルを展開し、ラグラーナに向けて迫った。

 

 

 

 ネルソンはビヤーバーンの主砲を破壊せんと、攻撃を続けている。ラグラーナの攻撃が落ち着いたのを確認し、ロングビームライフルを構え、主砲へ攻撃をした。

 この攻撃は成功。三門の主砲は全て撃ち抜かれ、使い物にならなくなる。

「まだだ!まだ二門残ってる!撃ち尽くせ!!」

パゴーダの指示で、主砲から実弾が放たれる。狙いはいずれもセイントバードだ。

「実弾、来ます!艦長!」

インクが熱源の確認をする。それに反応したエリィは言った。

「回避を!」

すぐに指示を出し、スラッグはそれに従う。結果、実弾の砲撃を回避する事に成功した。

「まだだ!撃て!奴を落とせ!」

パゴーダは更に主砲で撃つように指示を出す。

 残り二門となった主砲でセイントバードを攻撃するビヤーバーン。この時の砲撃は、全てセイントバードに直撃した。

「あううっ……セイントバードを旋回して……!」

艦が揺れ、ダメージを負う。エリィはその揺れに耐えながらスラッグに指示を出した。

「艦長、どうする気なんですか!?」

「あの陸上戦艦に警告をするの……」

「警告って何を!?」

インクの疑問に対してエリィはそっと息を飲み、言った。

「ビームカノンを討つ旨を伝えます。それでも応じなければ撃ちます。」

セイントバード最強の武装、大型ビームカノン。船体の下部に一門のみ搭載されている巨大な砲身。そこからは凄まじい破壊力を秘めたビームを放つことが出来る。威力は強力だが、船体も無事では済まない。ただでさえダメージを受けている現状でこの武装を放つのは、リスク以外何者でもないのだ。

「本気で言ってるんですか!?あれを撃ったら最悪セイントバードが壊れますよ!」

と、スラッグが警告した。

「危険過ぎますよ!この艦も持つかどうかの破壊力ですよあれは!」

インクも明らかに焦っている様子だ。しかし――

「一気にあれを破壊するにはこれしか無いの!!!」

明らかにいつものエリィと違う様子だった。その声を聞き、二人は黙る。

「あくまでも保険です。先に警告をします。それに応じなければ、撃ちます。」

エリィの目つきはいつになく真剣だ。もしビヤーバーンが警告に応じなければ、その最強の武装を放つ気でいたのだ。

 

 

 やがてセイントバードからビヤーバーンに向け、回線が開かれる。エリィがモニターでビヤーバーンの艦長であるパゴーダと繋ぎ、警告文を告げた。

「私はセイントバード艦長、エリィ・レイス。私達は貴方方の艦を一撃で破壊する兵器を持っています。これは警告です。この場から今すぐ立ち去って下さい。もしこの要求に応じなければ、そちらに攻撃を加えます。」

いつもの優しいエリィの姿はどこにもない。あるのは、冷淡で、ただ無表情で相手へ警告を告げる冷たい女艦長の姿だ。

 しかしパゴーダはこれに応じる様子を見せない。あくまでも、セイントバードを落とす気でいた。

「女が舐めた真似を!ビーム撃て!砲奴等を沈めろ!」

エリィの言葉を聞かず、ただ、攻撃を続けるビヤーバーン。

「敵艦攻撃を続行!」

「……回避行動をとりつつエネルギー充填を開始。大尉、聞こえますか。」

次にエリィはネルソンに回線を繋ぐ。

「艦長、まさか“あれ”を撃つ気か?」

「はい……だから射線上から離れて下さい。出来るだけアインスガンダムから遠くに敵陸上戦艦を引き寄せます。そこで、撃ちます。」

「……了解した……」

絶大な破壊力を秘めるビームカノン。しかしそれは艦に衝撃を与える破壊力だ。諸刃の剣ともいえる最強の武装を、エリィは解禁しようとしていた。

「セイントバード……マジで何事もなく行ってくれよ……!」

スラッグが舵を取り、一度セイントバードをアインスガンダムから離す。

 やがて距離が離れる。その間もビヤーバーンは追撃を行ってくる。主砲、ビーム砲を連射し、セイントバードを墜落させんと、迫る。ダメージを負うセイントバード。しかしそれでも怯む様子を見せない。

 巨大な砲身は狙いをビヤーバーンに向けていた。その間、エネルギーが少しずつ溜められていく。ビーム粒子を吸収せんと、凄まじい音が発生している。

「充填100%……艦長、行けますけど……」

インクが心配そうに状況を伝える。それを聞いたエリィの目は見開かれた。

「発射を!」

 

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

 

凄まじいビーム粒子がその戦場を駆る。巨大なエネルギー体はビヤーバーンのブリッジに向け、放たれた。

「大型の熱量を感知!」

「何!?回避しろ!」

「ダメです!間に合いません!」

「マジ……か……」

その威力は凄まじかった。瞬く間にビヤーバーンを消滅させ、乗組員はその光に包まれた。

ビヤーバーンは跡形もなく消え去った。巨大な陸上艦だったそれを消滅させる程の力を持つビームカノン。それがセイントバードの最強の武装。しかし、代償は大きい。幸い、船体が解体するようなダメージを負うことは無かったものの、もし何らかの砲撃を受ければセイントバードは撃墜してしまう可能性が高い状況になった。ビームカノンを放った砲身はすぐに下部の格納庫に収納。これにより、砂漠の狩人率いるMS乗りは、残る敵はアスーカルのみとなる。

 

 

 

アインスとラグラーナが交戦している時に、ビヤーバーンの消滅を確認したアスーカル。

「ビヤーバーンが……消し飛んだだと……!?」

先程の光景を見て、驚愕するアスーカル。自身の帰る場所であった陸上戦艦を失い、彼はショックを隠せないでいた。

「アスーカルさんっ!」

そこへレイのアインスがビームサーベルを展開し、迫った。すぐに反応するアスーカルは、ラグラーナを後方へ移動させた。

「グ……何もかも失った……失っちまったよォォォォォ!!!」

今のアスーカルを動かすのは、怒りや喪失感の感情だけ。家族を失い、仲間を全て失ったアスーカル。残るは自分だけ。今まで守ってきたものを無くした男、砂漠の狩人。その矛先は、目の前に居るアインスガンダムへ向けられたのだ。最早手段など選んでいられない状況に、男は陥った。

 

ビゴォン

 

ラグラーナのモノアイはアインスを標的にし、再び大型ビームサーベルを展開し、迫る。

「せめて……せめて坊主はきっちりと倒すぜ……てめェはああああああああああああッ!!!」

ラグラーナのビーム刃とアインスのビーム刃が拮抗し合う。先程までのアスーカルの動きと、明らかに違う。失うものをなくした男の本気。

「アスーカルさん……やめて下さい!」

「せめて、てめェだけは!てめェだけは絶対に!!!」

母艦を失い、何もかもを失った男の猛撃。レイは彼から感じる虚無を感じ取っていた。それを察することが出来たのは、何故かは分からない。失う物がない男から感じ取ったその感覚は、レイに痛い程伝わる。

(この人の悲鳴が伝わる……)

相手の意志を感じ取ったレイ。アスーカルの行動は何を意味するのかも分からない。目の前にいるのは、ただアインスガンダムという“敵”を倒す事のみに執念を燃やすアスーカル。しかし先程はレイの言葉に対し、情けを掛けた。先程レイに対して言った“温室育ち野郎”という言葉も最早今となっては無意味。たった一人、アインスを倒す為に迫るアスーカル。

「もう、意味のない事をやめて下さい!アスーカルさん!」

レイは言った。アスーカルの無意味な行為。それはもう、この戦場では何の価値にもならない。

「黙れよッ!!!坊主、守るべきがものが多い人間ってのはな、それだけ動いていかなきゃならねェンだわ……ただのうのうとぬくぬくと、温室育ちじゃやっていけねェのよ!」

ラグラーナの大型ビームサーベルが猛威を振るう。アインスのビームサーベルと打ち合いを行い、激しくビーム粒子が光る。

「だから狩らなきゃいけねェ!そこに砂漠の狩人としてのプライドが伴ったら尚の事!それを守る為にもなァ!」

「それで攻撃をして何になるんですか!もう戦艦だってない状況で!」

「可能性がなくとも可能性を見つけなきゃなンねぇんだわ!!!死んでいった奴らの為にもなァァ!」

最早、その行動自体が無意味だ。ビヤーバーンはセイントバードに破壊され、残ったのはラグラーナを駆るアスーカルただ、一人。

 彼はクルー達を守る為に、砂漠の狩人として闘ってきた。だが彼にはもう、守るものがない。失う物がない状況で、アスーカルは何を思うのか。

「相手を騙してでも!相手を傷つけてでも!相手が不幸になる結果になったとしても!それでも狩り続けなきゃならねェのよ!弱者を狩って生き残る!それは戦場じゃなくてもそうだろうが!生き残る為には他者の事なんて考えねェ!のうのうと、何も考えなしに生きている大馬鹿野郎を食らうんだよ!!」

最早、思想が暴走しているアスーカル。彼は今までビヤーバーンのクルーを養っていく為に戦ってきた。その果てが、今の惨状だ。

「意味のない狩りなんて、そんなの狩りじゃないです!空しいだけですよ!さっき僕を倒せたのに、わざと外したのは何だったんですか!おかしいですよ、こんなの!」

それは矛盾だ。砂漠の狩人と呼ばれたアスーカルもまた、人である。先の行動との矛盾をレイに指摘されても、男は

「うるせえよ!温室育ちの坊主が!!!」

と叫び、それに呼応するかのようにラグラーナのビームサーベルの出力を更に増し、迫る。アインスガンダムを倒さんと、バーニアの出力も上げ、そのまま潰そうと迫っていた。

「僕は貴方を殺したくない!もうやめましょう!こんなの!意味がないです!」

「狩るか狩られるかだろうが!この戦いはそれだけだよ!甘い言葉なんてのは通用しねぇ!!!」

アスーカルを倒したくないと言うレイと、レイを狩る気でいるアスーカル。互いに分かり合えない状況が、続いている。

「レイ君!」

そこへ、ロングビームライフルを持ったハルッグが接近。レイの危機的状況を見ての判断だ。ライフルを連射し、ラグラーナとアインスの距離を離す。

「エースかよッ!」

今度の標的はハルッグだ。大型ビームライフルをハルッグに向け、連射するラグラーナ。

危機を察したネルソンはすぐにMAに変形しようとするのだが……

「うわ!?」

ラグラーナはビームライフルを砂漠の大地に置き、右手部マニピュレーターでハルッグの脚部を掴み、変形を阻止した。そのまま覆い被さる形で、ハルッグにラグラーナが圧し掛かる。

「ガンダムの前にエース!てめェを殺してやる!散々苦汁を飲まされ続けたからな!!!」

アスーカルの目は、殺意の目をしている。仮に相手が許しを請うても許さないだろう。剥き出しになった殺意の矛先は、ハルッグだ。

「このままでは……クソッ……!」

「死にやがれ!エースゥ!!!!!」

大型ビームサーベルが、ハルッグのコクピットに向けられる。突き刺されば、彼の死は免れない。逃げようにも、身動きが取れない。

「ネルソンさんッ!!!」

このままではネルソンが殺される。そう思った時、アインスは動いていた――

 

ガキィィィン

 

「ぐわああああ!?」

その時。ハルッグを突き刺そうとしたラグラーナに対してアインスは脚部のバーニアを展開し、背後からラグラーナの背部に対し、キック攻撃を与えた。それにより、前方へ崩れるラグラーナ。そして――

 

ズバァァァ

 

アインスは持っていたビームサーベルを、ラグラーナの後方から突き刺した。それはやがてコクピットを貫通し、スパークが散らばる。ビーム粒子が、ラグラーナから散っていく。

この間にハルッグは脱出。身動きが取れなくなったラグラーナのみが、そこに残った。

暫くの間、両機体の間に沈黙が続いた。まるで、時が止まったかのような感触。

 

「狩られちまった……か」

 

アスーカル・エスペヒスモが残した最期の言葉。それと同時に、ラグラーナは爆発を起こし、砂漠の大地に散っていった。

 レイはネルソンを守る為、アスーカルを倒し、勝利を収めた。しかし、それはあまりに儚い勝利と言えた。

「アスーカルさん……」

仲間を全て失い、最早執念のみで動いていた男、砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモ。セイントバードに捕虜として捕らえられた時にレイと出会い、一度逃げられる。カイロ内で再会し、アインスガンダムを渡すように言った男。一方で、レイの事を庇った男でもある男。しかし戦場では両者は互いに敵同士。それは、避けられない運命だったのだろうか。

 レイは一度語った、“死んでも良い”という台詞に過剰に反応し、そこへアスーカルは情けを掛けた。

レイは、ただ悲しむしかなかった。儚い勝利。彼自身、アスーカルと殺し合いなどしたくはなかった。しかし先の状況ではネルソンを助ける為にはレイが動かなければならなかった。そうしなければネルソンが殺されたからだ。しかし、それはアスーカルを殺してしまう結果となった。

砂漠の狩人は、レイによって葬り去られたのだった。レイにとって“大切なものを、守る為”に。

 

 

 

 セイントバードチームをしつこく狙っていた砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモ率いるMS乗り。その戦いに終止符が打たれた。

 半壊状態のセイントバードに帰還するレイとネルソン。ネルソンはアインスから降りてきたレイに対し、言った。

「助かったよレイ君。君があの時に仕留めてくれなければやられていた。これでセイントバードを襲う敵はいなくなった。ただ、この艦も今はダメージを負った……申し訳ないのだが、このままの航行は難しい。進路変更を余儀なくなるだろう……」

と、レイの肩を置こうとした時だった――

 

バッ

 

と、レイはネルソンの手を振り払う動作をしたのだ。急な動きに、ネルソンは驚く様子を見せた。

「ネルソンさん……僕は……僕はどうすれば良かったんですか!?」

恐らくその大声は今までレイが溜めに、溜めていた言葉だろう。砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモは確かにレイが倒した。しかしそれは本当に、勝利と言えたのだろうか。

 アスーカルにも生活があった。その為にアスーカルは狩人としてMS乗りを行い、クルー達や家族を養っていた。だがそれでは限界があった。だからこそ、セイントバードを襲った。そこにあったアインスガンダムは収入減の状態だった彼等にとっては宝以外何者でもなかったのだ。

 もしカイロでレイが素直にアインスガンダムを砂漠の狩人に差し出していれば、彼等は生活を守ることが出来ていたのだろうか。そして、このような殺し合いをしなくても済んだのではないか……と、考える。しかしセイントバードチームとの絆が彼の心の天秤を揺れ動かした。それに怒るアスーカル。先の戦いでもレイはアスーカルを殺したくないと訴え続けた。しかしネルソンの危機に対し、彼はやむを得なく、ラグラーナのコクピットを突き刺した。

結果的にセイントバードは守られた。しかし、その代償として砂漠の狩人は全滅した。もしかすれば、彼等は生き残る事が出来たかも知れない。このように、倒す必要など、無かったのかも知れない……と、レイは思っていた。

 ネルソンに対して強く言葉を出したのは、こうした思いがあったからだ。レイの行動により、ネルソンは守られた。その中で、様々な想いを秘めたレイは苦悩し続けた。そしてアスーカルを倒したと同時にその想いは爆発したのであった……

「あの人達を殺す必要なんてなかったんだ……僕がガンダムを渡せば、あの人達は生活していけた……こんな結末にならなくて良かったのかも知れない……」

レイは涙を流しながら言った。

「……君は私を含め、セイントバードのクルーを守った。それは十分に価値のある事だ……」

ネルソンが言った、慰めの言葉。だが今のレイには届かない。

「僕はあの人の人生を奪ってしまったんですよ!?それも全て!僕みたいな何も分かっていない、世間知らずの人間に殺されて!自分の生活を守る為に相手を傷つけないと行けないんですか!?もう、僕には分かりません!こんなのって悲しすぎますよ!!」

確かにセイントバードは守られた。だがその代償として生活があった敵を倒した。相手は生活の為に狩りをし、生き延びてきた。もし叶うのならば、両者が平和的に生き延びる事も出来ただろう。しかし現実はこうはならなかった。その現実が、今のレイに突き刺さる。

「“守る”と言う事は時に相手を攻めなければならない。それは自身の命を守る事にもなるし、自分の所属しているコミュニティーや仲間達を守るという事になる。今回は、それが衝突しただけ……ただ、それだけだ。レイ君、悲しいのだがこればかりは避けられない。奴等も仲間を守る為に必死だった。しかし我々も、必死だった。それだけだ。君は何も悪くない……」

レイは、首を横に振る。

「憎しみ合いとかそんなんじゃない、守る為に人を殺すなんて……僕には、分からない、分からないですよ!」

このままでは話は平行線だ。ネルソンの言葉は今のレイには通じない。レイはアスーカルを殺めてしまった事実に対する悲しみで一杯だったのだ。

「君は一度休んだ方が良い……ただ、その現実を知らなすぎるだけなんだ……その、若さや環境故に……」

ネルソンは、静かに言った。それを聞いたレイは部屋に戻っていく。他の整備士達もその話は聞いていた。

「皆、それぞれ事情があってここにいる。そして守るべきものを守る為に、時には戦い合う。彼のようにこうした世界を知らずに、ごく普通に生活してきた少年には厳しすぎる世界なのかも知れないな……」

ネルソンは煙草を取り出した。そしてライターで火をつけ、煙草を吸う。白い煙が、ブリッジ内を静かに、天に昇って行った。

 

 

 

 被弾したセイントバードはその目的地を一度アレクサンドリアに変更する事になった。砂漠の狩人の猛撃による傷を癒す為、補給を受ける必要があったからだ。

アレクサンドリアはカイロ中心部から北西部の位置にある都市。地中海に面している美しい街並みが特徴的な場所。そこはカイロ中心部のような治安が悪い場所ではなかった。新生連邦の軍事基地もない、比較的穏やかな場所。そこで彼等はセイントバードを修理しようと考えていたのである。

レイにとっては悲しい出来事だった今回の件。そして、彼はまだ故郷であるモントリオールへ、帰れそうになかったのであった。




第十三話投了。 砂漠の狩人編はこれで完結。
温室育ち=レイ 狩人=アスーカルの、それぞれの立場の戦いを描きました。


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シンギュラルタイプ編
第十四話 シンギュラルタイプ


落ち込むレイを励ますエリィと、セイントバードチームの飲み会の話。


 

 P.C(平和世紀)0006年。世界は新たな年を迎えた。モントリオールに住んでいた少年、レイ・キレス。彼はこの一ヶ月で余りに多くの出来事を体験した。

新生連邦の士官、クラリス・デイルに因縁をつけられ、それがきっかけでアインスガンダムに搭乗。それから彼の生活は少しずつ変化していく。

やがて新生連邦が雇ったフリーのMS乗り、チェーニ姉妹に敗北するレイ。そこからセイントバードチームに救われる。そして、砂漠の狩人との激闘……これがこの一ヶ月の間に起きた出来事だ。

年が明けた時、レヴィー・ダイルは本部のあるカリフォルニア州、ロサンゼルスにて演説を行っていた。

「平和世紀となり、六年が過ぎました。しかし世界は未だに紛争やテロによる犠牲者が出続けているのが現状です。この現状を打開する為には、新生連邦軍はより強固なものになっていかなければなりません。軍の増強は必須です。これにより、世界はより安泰したものになっていくでしょう。」

世界中にその演説を発信した総司令。

 だが現実は、新生連邦の軍備増強によって相乗効果として犠牲者が発生している。それを鎮圧する為に動く新生連邦。そして、無差別攻撃。更には、勢力拡大の為の手段を問わない武力行使。それらは公表されている内容ではない。平和国連盟が監視役として存在している世界ではあるが、この事実が隠蔽されている以上、世界にその出来事が知られる事は無いのだ。

 

 

 

 やがて演説が終わった。その裏で、ソファーに座り、一息を吐く総司令。

「レヴィー様、お疲れ様です。」

と、ソフィアが彼に声を掛けた。

「ありがとう、ソフィア。」

笑顔でソフィアに礼を言う。

「新生連邦の戦力増強は順調に進んでいる。けれども足りない。もっと、新生連邦は“来るべき時”の為にもその戦力を増強していかなければならない。」

その先に何があるというのか。その結果、増え続けている紛争等による犠牲者の事を、全く考えていない様子だ。

「……はい。」

しかしソフィアは彼の言葉に頷くのみ。心酔している様子だった。

「僕達は次なる戦力を作り上げる必要がある。」

「次なる戦力……ですか?」

ソフィアが僅かに、首を傾げた。

「明日にアーステクノロジーの社長、スルース・ディアン氏がここに訪れる。聞けば新型のMSの開発を進めているという話を聞く。」

アーステクノロジーはデウス動乱以前から地球連邦軍へMSを提供している軍事企業である。ギリシャに本社を持つこの大規模な軍事企業は、かつてのデウス動乱の時にも連邦軍にMSを提供し続けた。その動乱時、レノ・アースレイダーという人物がこの製造社の社長を務めていたが、権力を持つディアン家にそれは買収され、現在はスルース・ディアンが社長を務める。しかし新生連邦にとっては、それはどうでも良い事だった。レノ社長よりも、今のスルースの方が新生連邦と親しい関係を持つ。

それに並ぶ王手の軍事企業は西洋にあるサイラックス社であり、現在サイラックス社は平和国連盟の軍である国連の為にMSを製造しているのである。

「スルース・ディアン氏より電文があった。“新型のMS三機”と、“総司令用のMS”が完成した為、拝見して欲しいと。」

「合計四機の新型MS……ですか?」

「そうだ。気になるのは、その情報をわざわざ僕に直接言いに来るという所が気にはなるけれど……まあいい。軍備増強は必須だ。どのような機体なのかは直接見ればわかる事だ。」

軍備の増強。その行為が世界中の紛争等の増長に繋がっているという事を知る由もなく、彼は軍備の増強を続ける。そして、新生連邦は武力により、その勢力を拡大し続ける。そしてそれらの事実は隠蔽され、公に公表されることは、ないのだ。

 ジャーナリストやライターがその真実をSNS等で報道、投稿をしたとしても、その記事等はすぐに書き換えられる。新生連邦政府は平和世紀となって現在、どこまで軍備増強を続けようというのだろうか。

 

 

 

 砂漠の狩人との激戦から一日が経過した。その間にセイントバードはアレクサンドリアに到着していた。

 地中海に面したエジプトの美しい町、アレクサンドリア。彼等はそこにある海沿いの港にある停泊所でセイントバードを止め、被弾した箇所の修理を行っていた。

 整備士達がセイントバードの修理をしている頃。自室にてレイは丸一日引き籠っていた。やはり昨日の出来事が忘れられない様子のレイ。ベッドの上で三角座りをし、ただ、悲しみに暮れるだけ。

(僕は何の苦労も知らないで育ってきた……だからあの人がどのようにして苦労したのかも分からない。そんな苦労知らずが人を殺すなんて、そんなのって……)

様々な感情が渦巻くレイ。アスーカルを殺さずとも生きていく方法だってあった筈だ……と、ばかり考える。

 先の戦闘ではアスーカルは一度レイが“死”の言葉を自ら言った時、本気で怒った。その気持ちは紛れもなく、狩人としてのプライドだ。命懸けで狩りをし、獲物を仕留める彼にとって、安易に“死”という単語を対象から聞かされるのは屈辱でしかないのだ。そのプライドや、アスーカルという男の時に見せた優しさが、レイから離れない。だからこそ、彼は余計に悩む。

 レイは彼を倒す事を躊躇った。しかし、その最中でネルソンが倒されそうになった。ネルソンを守る為には、アスーカルを倒すしか、なかった。もし、他の選択肢があるのならばアスーカルは助かったのではないか……と、苦悩する。

 過ぎた事を悔いても仕方がない。だが、少年であるレイにとっては割り切る事など出来る筈がなかった。

 

ウィィィィン

 

部屋のドアが開かれる。そこにいたのは、エリィだった。昨日の戦闘から心配になったエリィは、レイの様子を見にきたのだ。

「レイ君、昨日はお疲れ様。」

エリィの来室にも、レイは反応する様子を見せない。アスーカルの事が、大きく引きずっているのだ。

「お客さんとしてレイ君を迎えていたのに、いつの間にかアインスガンダムに乗って頑張ってくれるクルーとして戦ってくれているね。皆貴方の存在に感謝しているよ。」

労うエリィ。しかしレイの心境は正反対だ。

「僕は褒められる事なんてしてません。人を殺したんです。それも、死ぬべきじゃなかった人を。あの人の生活は僕が余計な事を言わなきゃ守られたんじゃないかって思うんですよ……」

レイの言葉に対し、エリィは言った。

「人って、皆が死なずに過ごせたら良いなって思う。それは私も思うな。けれどね、人って常に矛盾して生きてる生き物なんだ。誰だって、無闇に人を殺したいなんて人、まずいないでしょ?けどこの戦艦に乗って生きる為には時にはその人を殺めなきゃならない時だってある。それは、自分達が生きる為に。」

人間という、食物連鎖の王に君臨する存在。その存在ですら同族である人を、自分達が生きる為に殺すのだ。

MS乗りの世界というのは自由である反面、酷な世界である。何かをしなければ、飢えて死ぬ。他者を押し除け、生きていかなければならない世界。レイが生きてきた世界とはまるで違う世界。

「今後も貴方をモントリオールに戻そうとする間にこの前の人みたいな人と出会うかも知れない。けど、ここにいる以上は襲ってくる敵から守らないと行けない。私達の戦艦は、常に何かに狙われてるからね。」

それはセイントバードという強力な戦艦を母艦にしているが故の定めだ。

「こういうのにも慣れないと、ダメなんですかね……」

今のレイには理解できない、他者を押し除けて生きるという考え。何故人は共存出来ないのだろうかと、悩むばかり。

「MSに乗って戦うってそういう事だよ。貴方は今まで平和な環境で育ってきたんだと思う。だからこんな事に慣れないのは分かる。」

「僕も必死でした……ただ、ここの人達を守ろうとしただけなんです!でも、こんなのってあんまりです……」

「じゃあ、レイ君は何の為にガンダムに乗るの?」

エリィの唐突な質問。だが今のレイにその質問に答える事が出来るだろうか?いや、出来ない。

「……分からないです。どうしてでしょうね。」

元はと言えば成り行きで乗ったアインス。今までは何かを守る為という動機だけで機体に乗り、戦ってきた。それもアスーカルを倒した今ではそれは最早分からない状態。守る為に戦う筈が、相手の生活を奪ったという罪悪感に蝕まれ、混乱している。

「レイ君、ちょっと海を観にいかない?」

「海……ですか?」

「うん、地中海。」

アレクサンドリアは地中海に面している土地。美しい地中海を一望出来る場所。エリィは彼の様子を伺いつつも海に誘おうと思い、部屋に入ってきたのだった。

 

 

 

 やがて両者はセイントバードの甲板に出てきた。天気は晴れ。気温は一月ではあるが比較的温暖、過ごしやすいといえる気候だ。レイの故郷のモントリオールとは比較にならない気温。彼の故郷は今の時期、極寒といえる気候だ。

 甲板にはレイとエリィの二人しかいない。そこで、二人は地中海を見ていた。海の美しい群青色は見る者の心を離して止まない。

ホテル等の宿泊施設ではオーシャンビューと言って、それを名物にする事がある。海の青というのは、そうした魅力があるのだ。

こうした雄大な自然は、人の悩みを忘れさせる魅力がある。環境、景色は実際のものを見ると、心が踊り、そして癒される。

レイは、この美しい青色の海を見て、ただ、見惚れていた。母なる海とはよく言ったものだ。

「レイ君、海は初めて?」

隣にいたエリィが言った。

「海自体は初めてじゃないんですけど、こんな綺麗な海は初めてです……綺麗……」

彼の青い瞳に、美しい海の群青色が映る。

 部屋に篭っていたレイ。エリィの配慮で彼は外に出て、この雄大な景色を見ている。先程までの悩みが、少しでも穏やかになりそうな程に綺麗な景色。彼は、ただ、この景色に夢中になっていた。

「本当に、綺麗だよね。ずっと見ていたくなる景色……素敵だね。」

「景色って不思議です。気持ちが落ち込んでても、元気を貰えるような気がします……」

じぃっと見る海の景色。それはレイの辛い経験を少しでも忘れさせてくれそうだった。

 

「じゃあさ、海の景色と私……どっちが綺麗なのかな?」

「そりゃ……え!?」

瞬きをし、今エリィが言った言葉に耳を傾けた。

「今、何て言いました?」

聞き間違いか……とレイは思った。

「この目の前の雄大な地中海と、私とではどっちが綺麗なのかなって聞いてみたの。」

急に何を言い出すのだろう……とレイは思った。そもそも“奇麗”の定義が違う。地中海の景色は純粋な美しさ。ただ、エリィの場合の“奇麗”はその容姿などの話になる。

「綺麗なものを見たら人は癒されるっていうけど、じゃあレイ君の場合は私と景色のどっちが癒されるのかな?」

レイは困惑する。エリィのその質問の意図が、全く分からない為だ。

「どういう意図でそんな事を聞くんですか……?」

やはり分からない。だからレイは質問を質問で返すしか出来ない。

「特別な意図とかそんなのは無いよ。でも、もし落ち込んでいるレイ君を癒せるのならどっちが良いのかなって思っただけ。」

レイは、ドキンとした。明らかに意味深な質問。レイの顔は、少しずつ赤面していく――

「レイ君は、童貞さんなのかな?」

「えぇ……!?」

何故そのような事を聞くのだろう。どうして?美しい海の景色とエリィの奇妙ともいえる質問。彼女の意図が汲み取れない以上、レイは戸惑うばかり。

「レイ君は急に環境が変わって、この数日で様々な経験をして、今心に深い傷を負っている。艦長としては、心に傷を負った人を放っては置けない。心のケアも仕事だと思ってるから。」

その言葉は聞いている分には優しい大人に聞こえるのだが、先の言葉と合わさると妙な感覚になる。

(エリィさんが童貞なんて言葉を言うなんて……)

レイは、更に困惑するばかりだ。

「貴方が景色を見て悩みを癒やされるのか、それとも私を見て癒やされるのかは分からない。だから、聞いてみたの。」

「冗談でしょう……?」

レイの顔は更に赤面していく。すると――

 

バッ

 

と、エリィは着ていた上着を脱ぎ、上半身のみ下着姿となった。白いブラジャーがその肢体と重なり、魅力的な絵となっている。その上で引き締まったウエストライン。六つに割れている腹直筋は彼女の美しさを際立たせる。

 だがレイは余計にこの行動に対し、困惑しているだけだ。何故急に上着を脱ぎ、下着姿になったのかも理解出来ない。

「今ここにはレイ君と私しかいないよ。私は悩むレイ君を癒す役目があると思ってる。貴方が望むなら、胸だって触らせてあげたって良いよ。なんなら、貴方をギュッと抱きしめてあげたって良い……ううん、それ以上の事だって……」

ぐいと、エリィ自身の豊満な胸をレイの目の前に近づけた。その行動に驚愕するレイは、ただ後退りするしか出来ない。

「戸惑うレイ君の顔は本当に女の子みたいだね。可愛い……でも恥ずかしがるって事は君もやっぱり男の子なんだね……」

目のやり場に困ったレイ。目の前には地中海の景色をバックに、ブラジャーを付けたエリィの姿。この妙な光景にただ、レイは戸惑うばかり。

 

スッ

 

と、エリィはレイの頬に手を差し出す。その目つきもどこか妖しげだ。エリィの手の温もりがレイの頬を介して伝わった。

「こ、困ります!こんなのって……まさか、エリィさんってここの人達皆に……?そんな……」

と首を横に振るレイ。

「ううん、そんな事は絶対ない。レイ君だから、特別……かな?シンギュラルタイプかも知れない君と、私の二人だけの秘密……みたいな?」

と、エリィは更に接近する。レイの後ろは壁になっており、これ以上下がる事は出来ない。

「そういうの、良くないと思いますよ……」

と、顔を赤め、レイは言った。すると――

「クスッ……ウフフフフ……あはははっ!」

と、突如エリィは高らかに笑い始めたのであった。何事かと思い、レイはエリィの方向を見る。

「あはは、ごめんなさいね!いや、その……ちょっとレイ君を元気付けたいと思っただけなの!驚かせてごめんね!」

そう言った後、脱いだ上着を再び着るエリィ。先程の言動に対し、レイはただ

「ふぇぇ!?」

と感嘆の声を上げた。

「で、どうだったかな?びっくりした?」

甲板に出てからエリィの行動に驚かされてばかりのレイ。その表情は、先程までの困惑と戸惑いに満ちた表情で無くなっており、ただ、拍子抜けした表情をしていた。

「びっくりも何も……えええ……?」

状況の判断が出来ていないレイは、頭が混乱している。先程のエリィの表情から一転、まるで馬鹿にしたかのような態度。

「けど、レイ君はきちんと断れたね。悪い大人の誘惑を。そういう時にきちんと断るってとても大切だよ!そういう強い意志は美人局とかに引っ掛からないし、それって今後の人生において大切な心だと思うよー!えらい、えらい!」

自らを“悪い大人”と称したエリィ。ただでさえ落ち込み、苦悩していたレイだったのだがこのエリィの妙な、誘惑に見える妙な言動に対してレイは

「もう!ふざけないで下さいよ!!」

と、大声を上げた。だがこの時のレイの表情は間違いなく自室で籠っていた時よりも明るくなっていたのだった。

「少し元気になったみたいだね、良かった。ああ、これは私なりの励まし方……みたいな?」

励ますにしては、過激な印象を持つエリィの言葉。それを聞き、レイは

「エリィさんと出会った時から思ってたんですけど、やっぱりどこか変わってます!そんな言い方、普通しませんよ!」

と言った。

「そうなのかなぁ?けれど、それで貴方が元気になるのなら良いのかなぁって思ったりしてますけれど?」

「やっぱり、エリィさんは変わり者ですよ……というか!自分を綺麗ってそこまで言える人なんていませんよ……!」

と、レイはエリィの励まし方に対して指摘した。自らの容姿と雄大な景色を対照にするなど、まず思い付かない発想だ。この事から、エリィは自身の容姿に余程の自信があるものだと言える。

「うーん、そうなのかな?」

と、エリィは口元に右示指を指し、言った。その仕草にレイはやはり、赤面する。意図せずしているのか、それとも意図しているのかは分からない。ただ、一つ言えるのは、一つ一つのエリィの仕草がレイにとっては魅力的に見えてしまうという事だった。

「あと、この事はくれぐれも、内密に……ね!他のクルーにもし知られたら色々と……ね?」

「言いませんよ!」

レイの事を考える、エリィなりのアプローチ。これに対してレイは戸惑うが、一方でエリィなりの優しさを、彼は感じ取っていた。レイはこの時、エリィとの距離が近づいたように感じ取っていた。

「あの、エリィさん、ちょっと、聞きたいことがあるんですけど……」

この時、レイはエリィに聞いた。

「改めて聞きます。シンギュラルタイプって、何ですか?」

レイが最も気になっていたキーワード。シンギュラルタイプ。

“シンギュラリティ”というのは特異点という意味である。それと“タイプ”という単語を合わせた造語であるその言葉。エリィも感じるという、何かを閃くような感覚や、物事が緩慢に見える感覚、エリィはそれを“シンギュラルタイプ”と言った。だがそれが何を指すのかも分からないし、レイからすれば未知なる能力以外の何物でもない。

 ギリアが生きていた時にもその言葉を彼から聞いたことがある。しかしその実態は謎に包まれたままだ。

「……うん、気になると思ってた。レイ君にはあんまり説明とか出来てなかったもんね。」

エリィと二人きりの状況。この状況になるのは数日ぶりだ。というのも、彼女が入院していたというのが大きい。

「私自身も、デウス動乱を経験している最中に突然起きた事なの。頭が冴えるというか、何かの現象を予知出来たりする、奇妙な感覚。最初は嫌悪感さえあった。けれど、次第に人の役に立つ感覚だと感じるようになったの。」

「じゃあ、どうして僕にもそれが起きるんですか?僕はデウス動乱なんて全く経験していませんよ?本当にごく普通の家庭で育って、ジュニアハイスクールまで育てて貰ってます。」

エリィの場合も、突然冴えるような感覚があったのだという。レイの場合も突然だ。

 レイの場合、アインスガンダムに初めて乗り、自身がビームサーベルによって貫かれようとした瞬間にその“感覚”を感じ取った。敵の動きが緩慢に見える感覚。

 それからレイの身には度々その感覚が分かるようになっていく。そして、一番彼が恐怖したのは、カイロにて大型MSが突如降り立った時だ。

「カイロで謎のMSが降りてきた時、とても苦しかったんです。でも、エリィさんもそれを感じたんですよね?」

「ええ、頭痛や吐き気とかを感じたよ。急に来た感じ……あれは本当に何だったんだろうね。」

「ネルソンさんは感じないって言ってました。何でしょう……また、もしあの感覚が起きると思うと正直怖いです……」

この妙な感覚の事についてもレイは恐怖している。自身に降り掛かる“異常”とも言える感覚は何を示すのだろうか。

「博識の大尉でも分からないって言ってるね。シンギュラルタイプについては学会等の論文とかでも真実は明らかにされてないって大尉が言ってた。」

謎を呼ぶ存在、シンギュラルタイプ。この存在が何を示すのかは分からない。

「けれども、このシンギュラルタイプを研究している施設があるのも事実だよ。それもまた、人の可能性とか云々の話になるだろうね。」

「人の、可能性……」

人という生物はまだ判明していない脳機能、身体機能がある。解明している機能に関しては書籍などで解剖学などといった形で説明される。しかし、その直感やそれぞれの人が感じる、“感覚”というのは個別性と呼ばれる。  

旧世紀より数多の有識者達が研究を行い、所謂根拠が確立されているものがある一方で、その感覚や可能性というのは根拠が確立されていない、未知の世界である。

 シンギュラルタイプは人の可能性を広げる存在なのかも知れない。信憑性が高い論文がない状態でも、こうした存在に対して研究をする機関が存在しているのが何よりの証拠だ。

「そういえばエリィさんは連邦軍に所属してた時、不思議な人達と一緒にいてたって言ってましたよね?それって、シンギュラルタイプの人達なんですか?」

セイントバードが不時着中にエリィが言った言葉を、彼は咄嗟に思い出した。

「そうだね、多分、今思えばあの人達もシンギュラルタイプなのかもね。けれど、本当に特別な力を持つ人がいたって話、したのを覚えてるかな?」

「アレン・レインドって人……でしたっけ?」

エリィやレイが“シンギュラルタイプ”に該当する人間であり、そのエリィは戦時中に他の力を持つ人間と一緒に激戦を戦い抜いた事があるという。その中の一人の人物がアレン・レインドと呼ばれる人物だ。

「彼の力は私の力をも遥かに凌駕していたの。シンギュラルタイプとかそんなレベルにならないぐらいに、凄い力を持っていた。その力も相まって連邦軍の勝利に貢献した。だから、彼の事を知る人はデウス動乱の英雄って呼んでいるの。」

「そ、そうなんですね……」

と、言っているレイの表情は呆然としている。無理もない。シンギュラルタイプという単語自体の理解が出来ていないのに、更に“凄い人間”の話をされても分かる筈がない。基礎が出来ていないのに応用問題が解ける筈が無いのと同じだ。

「私を含め、戦時中はね、こうした人を通称、“力を持つ人”って呼ばれ方をしていたの。力を持つ人は戦争において常人以上の力を発揮したとされる。MSを駆り、戦果を上げている人の大半がこうした力を持つ人って言われてるの。レイ君が今まで戦って来れたのはこの力があったからなのかも知らないね。」

デウス動乱中、こうした力を持つ人間の存在の活躍があり、地球連邦軍とデウス帝国軍は互いに戦いを進めていた。それらの力とMSとの相性は良く、敵勢力に対する脅威としては十分だと言えた。シンギュラルタイプのような力を持つ存在は、戦場では非常に重宝されたという。

 しかしここでレイは一つ疑問を抱く。そうした人間の存在が未だに分かっていない世の中。その中でこうした存在というのは特別な扱いを受けたりしないのかという、不安だ。

「もしかしたらその人達は凄い人なのかも知れません。けれど、シンギュラルタイプって言って信じてもらえなかったり、差別とか受けたりはしないんですか?」

何気ないレイの質問。だがそれはエリィの表情を暗くするには十分だった。

「ええ……残念ながら全く無かったとは言えないよ。偏見、差別なんて当たり前のようにあった。分かってもらえない苦悩は常に感じていたよ。」

レイは気を遣い、エリィに謝る。

「その、ごめんなさい……辛い思いをさせてしまって……」

「ううん、気にする必要はないよ。けど無理もないよ。普通の人には分からない感覚だし、それが原因で差別されたりするのはあり得る話だから。」

恐らくエリィも過去に壮絶な差別や偏見を受けた事があるのだろう。そうした経験があるからこそ、エリィは優しく出来るのかも知れない。

「でも私が思うのは、そうした人だってごく普通の日常生活を送っている。私の場合はMS乗りとしてだけれど、毎日の生活を生きているんだよ。それは誰かによって差別されたりするものじゃないと思うんだ。」

エリィの言葉は、どこか悲しく、そして説得力があった。   

レイはエリィの過去の全てを知っている訳では無い。彼女の言う、“毎日の生活”という言葉。それはシンギュラルタイプと呼ばれる特殊かもしれない人間でも、普通に生きているという事だ。

「セイントバードチームはみんなそれぞれ目的があって生きている。皆は私がシンギュラルタイプと知っているよ。けれど、誰も変に思わない。何故だと思う?」

レイに尋ねた。レイはこれに対し

「“人として見ている”から……ですか?」

「フフ、いい事言うね。うん、確かにそうだと思う。例え生まれや育ちが違っても、結局人なんだよ。仮に特別な力を持っていたって中身は普通の人と変わらない。」

レイにとってこの言葉は大きく刺さった。

 偏見、差別はいつの時代にも生まれるものだ。国籍や容姿等により、酷い扱いを受ける人は少なからず、存在している。レイはそれを最初、恐れた。

だが同じシンギュラルタイプかも知れないエリィに言われ、レイはどこか、安心していた。

「僕は、まだまだ世間知らずなんだなって思いました。」

レイの言葉に対し、エリィは話す。

「ねえ、レイ君。」

「はい?」

「突然だけど質問だよ。レイ君はどんな人間でありたいと思う?」

エリィの唐突な質問。それに対し、レイは答える。

「えっと……普通の人間……で居たいと思います。」

「普通って、どんな普通?」

難しい質問だ。彼の言う“普通”の定義は何なのか。彼の場合はそれが明確でないと答えるには難しい。

「僕の場合は、毎日学校に行って、友達と会話をして……そして授業を受けて、部活動をする事……そんなごく普通の事がありがたい事なんだって、最近の経験をして、思う事が多くなりました。」

レイの今までの環境がそうだったからこそ、そのように語る。

「じゃあ、改めて聞くけれど、レイ君にはあのガンダムは必要?」

「それは……」

「その生活を望むのならガンダムなんて兵器は不必要だと思うよ。」

それは間違いない。しかし何故だろう。何故ガンダムが不必要と言われた時、レイは躊躇うのだろうか。

「多分レイ君は迷っているんだと思う。普通でありたい自分と、一方でガンダムに乗っている、特別な自分の存在。そして私と同じであろう、シンギュラルタイプの力。それが君の心の中にあって、常に心が揺れているんだろうね。」

シンギュラルタイプかも知らない自分と、普通の自分。彼はどうありたいのか分かっていない。普通でありたいと望む筈なのに、ガンダムに乗って戦うという矛盾。何故戦うのか。戦う必要がないのに戦う必要はあるのか。

 レイは自分自身の矛盾に対し、更に困惑していく。

「僕はとうすれば良いんでしょうか。」

この質問に、エリィは答える。

「難しい質問だね。けど一つ言えるのは、貴方にはMSに乗る才能があるのは間違いないよ。」

「昔は才能があるって言われて喜んでました。けれど、そんな才能ってあっても良い事なんてないです……」

レイにとってMSに乗る事は憧れだった。しかし実際にMSに乗り、人を殺めた事でレイの考えは180度、変わってしまった。

 レイの意見を聞いてくれる人は今までいた。しかし、彼自身はその根本的な解決が出来ずに今に至っている。

「でも貴方がセイントバードチームを守ろうとして動いてくれてるから、私達はこうしてここまで来れてるのも事実だよ。貴方がいなかったら、私達は砂漠の狩人にやられていたかも知れない。」

一度はレイがガンダムに乗るのを否定していたエリィだが、彼の能力や才能に気付き、いつしかその意見が変わっていた。

「じゃあ、僕は戦った方が良いんですか?」

レイは聞いた。

「セイントバードは常に危険と隣り合わせの戦艦です。だから、守ってくれる人が多いのはとてもありがたいの。ガンダムに乗らない方が良いと言った私が言うのも変な話だけどね。」

エリィの言葉は最初にレイが出撃した時と矛盾している。レイの才能を見て、彼女の考えが変わった為だ。

「けれど、貴方が無事にカナダに戻る事が出来れば、もうガンダムは必要のないものになる。そうなれば、貴方は元の生活に戻れるよ。」

元の生活、レイが望む生活。そうなれば、彼はもうガンダムに乗る必要はない。遅れた学業を再びこなし、部活動にも参加すれば良い。今まで通りの日常。それが待っている。

「……だったら、僕は元の生活に戻るまで頑張ります。それが、シンギュラルタイプ……かも知れない、今の僕の役目だと、思うから。」

エリィに言われ、悩み続けたレイの答えが出た。この先、アスーカルの時のような悲劇が起きる可能性もあるかも知れない。

しかし今のセイントバードにはレイの存在は必要だ。セイントバードのクルー、そしてレイ自身を守る為。レイはこの航行の間は改めて、“守る”為に、アインスガンダムに乗り、戦う事を決めた。

「じゃあ、頑張ってくれるレイ君にはご褒美が必要になるね……」

「えっ?」

 

サラッ

 

エリィは、レイの髪を撫でた。エリィに撫でられる事で感じる優しい感触。それは、レイの顔を赤くするのに十分だった。それと同時に、心地よさも感じている。

「仮に戦闘になった時にレイ君がガンダムに乗って、戦って……無事に戻ってきたらね、私が身体を張ってあげようかなぁって思ってます……」

「ふぇっ……?それって……」

レイは、眼を何度も瞬きさせた。

「頑張る人にはそれ相応の“ご褒美”がいるでしょう?お小遣いとかはあげられないけれど、私でよければ貴方の為に尽くしてあげても、良いんだよ……」

エリィの意味深な発言。その時の紫の瞳はどこか妖艶で、レイの目を捉える。

やがてレイの表情は少しずつ赤くなっていく。そして――

「そっ……そういうのは良くないって言ってるじゃないですかー!」

と、恥ずかしさのあまり大声を上げてしまう。そしてぷいと後ろを向き、そのまま部屋へ戻ってしまった。

「フフ、ちょっとからかい過ぎちゃったかな?」

と、残されたエリィは自身の栗色の髪を掻き撫でた。

 

 

 

 MSデッキではネルソンとシンがアインスガンダムの前で話をしていた。シンは再びアインスのデータを解析し、そこから得られる情報を見ている。

「航行再開したら、空の移動が多くなりますよね。そうなった時に万が一でもこいつが空で戦えるようにはなってくれたら助かると思うんですよ。」

前回の解析ではアインスガンダムは局地戦に対応出来る様に換装式(HPS)になっている事が判明していた。今回はその中で更に解析を進め、空戦に対応しているという情報が判明していた。砂漠の狩人との戦いでは砂漠仕様へ換装したアインスガンダム。今度は今後の事を踏まえ、シンは空戦でも対応出来るようにと、考えていたのである。

「確かに。今まではゾーリドに乗ったトルクスやMSデッキや艦の上部にトルクスを乗せるか、MAのハルッグで戦うしかなかったからな。このガンダムが居るのならば、その仕様に換装出来るのなら是非していきたい。」

アインスガンダムの空戦仕様。それはデータ解析から浮かび上がった新たなるアインスガンダムの姿。今後空戦が主になっていくと考えられる為、少しでもセイントバードには戦力が必要となる。それを行う為には、アインスガンダムを強化するのが効率良いのだ。

「そうと決まれば早速行動っスね!こいつの姿がまた変わるのは楽しみですよ!」

意気込むシン。彼のガンダムへの愛情は紛れもなく、本物である。

「無理はするなよ、シン。」

「やるからには、全力っスよ!」

ネルソンの言葉に対し、シンは笑顔で返した。

 

 

 

 レイは自室に居ていた。ベッド上で寝転がり、呆然としている。

 先のエリィの言葉は、レイを困惑させるのに十分な効果を持っている。冗談とはいえ、彼のような少年にとっては印象が強い。いや、強過ぎると言っても過言ではないかも知れない。

 

コンッ

 

と、ドアをノックする音が聞こえた。それにレイは反応した。

「はい?」

「レイ君、ちょっとだけ良いかな?あ、ドアはそのまま開けなくて良いよー!」

エリィの声だ。先程の振る舞いもあり、レイは恥ずかしさを感じている。しかしエリィは直接レイに会う事なく、声だけで対応している。

「さっき言いそびれちゃったんだけど、今日の夜にレイ君の歓迎会を兼ねて、パーティをする予定なんだけど、もし良かったら参加しませんか?」

「パーティ……ですか?」

「うん、まあ、もし良ければで良いからね!じゃあ!」

そう言い残し、エリィは去っていった。

 パーティをすると言ったエリィ。その目的は不明であったが、自分が歓迎されるのなら良いと考えていたレイは、密かにそれを楽しみにしていたのであった。

 

 

 

 それから時間が経過し、夜になった。セイントバードの修理作業はまだ完了はしていないものの、皆は疲労の為、休憩に入っている。砂漠の時と違うのは、敵が襲ってくる環境ではないと言う事だ。その為か、クルー達の表情もどこか、穏やかである。

「皆さん連日お疲れ様です!今日は、レイ・キレス君の歓迎も兼ねた息抜きパーティをしましょうー!!」

と、提案するのはエリィだ。クルー全員に対し、セイントバードの食堂に全員を集め、パーティを開催したのである。

 ここ数日の出来事もあり、苦難を乗り越えてきたクルー達を労う為の、エリィが考えた企画。それは酒を飲み、ここ数日の苦労を少しでも忘れようという、艦長であるエリィの試みだった。

 それにはレイも呼ばれていた。無論、レイは未成年である為酒は飲めない。だから、食堂に並んでいるビュッフェを堪能する事にしたのだった。

「乾杯!」

と皆がビール等の酒が入ったグラスを持ち、グラス同士をカンと近付ける。そして、皆が酒を飲み始めた。その光景はどこか楽しそうで、皆笑顔だ。

 酒が飲めないレイではあるものの、ここのクルー達のこの笑顔を見て、自然な笑みが溢れていた。

(大人になったら、こんな風にみんなで楽しく出来る時が来たら良いな……)

と、レイはコップにオレンジジュースを口に入れ、飲む。

わいわいと楽しむクルー達。束の間の癒しの時間。先日までの緊迫した状況とは一点、愉悦と呼べる時間が過ぎていくのだが――

 

「うおっしゃぁぁぁぁぁ!ドンドンいくぞオラァ!」

「そんなんでへばってんじゃねーよお前よ!」

「こんぐらい飲めなきゃ男が廃るっつーもんよ!おぉう!」

と、クルー達は酒豪が多い。彼等はこうした飲酒の場を心地よく感じており、時に叫び、時に歌い、時に服を脱ぎだす。酒により気持ちが高揚した結果、彼等は時として本来の姿を見せるのだ。

「上等じゃ、俺の身体見せたらぁ!」

一人の整備士が上半身を脱ぎ、身体を見せ始める。それに対し、シンは

「お前の裸なんざ興味ねーよ!野郎はいらねぇ!女欲しいぜー!!!」

と、ご機嫌な様子だった。

(うわぁ……)

レイはこうした祝酒の場面を見るのは初めてだ。

 確かに、皆楽しそうにしてはいる。しかし、あまりに豪快なその光景は、レイにとっては、度が過ぎている気さえしていた。

「いいよー!もっと裸になってこー!!」

と叫ぶのはオペレーターのインクだ。明らかに、普段の彼女と違う。一方のスラッグはあまり豪快になる様子も見せず、どちらかと言えば大人しい。あまり酒は得意ではないのかも知れない。

 そして、レイの方は他のクルー達に声を掛けられていた。ガンダムの事や、出身の事、その容姿の話など、様々な質問が飛び交う。

「レイっつーんだよね!天才パイロットってやつか!」

「ガンダム乗ってる時ってどんな気持ちになんの??」

「つーかどう見ても女の子だろ!そんなナリしてちんぽついてんのかよ!」

「いや、あえてその方が良かったり……」

と、酔っ払う大人達に絡まれるレイは慌てふためくばかりだ。

「えっと……ええと……」

酒を知らないレイはこの勢いに飲まれそうになる。

 人生は長い。時に現実逃避をしたくなる時がある。酒は身体への悪影響が懸念される飲料ではあるが、嗜好品としては欠く事の出来ない存在として、古来より存在してきた。人々は労働で疲労した身体を癒す為に酒を飲み、明日への活力を養うのだ。

 しかし時に酒は人の理性を暴走させるという欠点がある。セイントバードのクルー達は皆が酒豪であり、酒を飲む事が大好きな人間ばかりなのだ。

「よさないか」

と、クルー達に冷静に声をかける一人の男の姿が。ネルソンである。

「レイ君、楽しめているかな。」

「ネルソンさん。」

酒好きのクルー達に翻弄されているだろうと考えたネルソンが、レイに声を掛けたのだ。

「このように皆酒が好きなんだ。悪く思わないで欲しい。あと、表向きは君の歓迎会になっているが、実際は皆理由をつけて酒を飲みたいだけだ。」

(そうなんだ……)

レイは少しだが、悲しい気持ちになった。

 何かしらの会社や組織に所属する時、そこのメンバーは新入りを歓迎する。しかしそれは表向きの話であり、実際はただ、皆が酒等を飲んで盛り上がりたいだけなのである。

「皆ここ数日の出来事等で疲れているのだ。こうした機会は時には大切だ。君は楽しめているかは分からないが、まあこうした光景は知っておくのも悪くないかもな。」

困惑する事はあれど、皆楽しそうにしている。裸になって踊る者や、大声を出して歌う者もいれば、飲み過ぎて眠ってしまう物もいる。こうした光景も、また、人だからこそ成り立つ光景と言えるだろう。

「けど、みんな楽しそうです。それだけでも、僕は良いのかなぁって。」

「その様子だと、元気が出てきたみたいだな。」

「ええ、まあ……」

砂漠の狩人の件で悩んでいたレイだったが、エリィに元気付けられ、笑顔になれたレイ。この場を開いてくれたエリィには、感謝をしている様子だった。

「あ!レイきゅんだ!レイきゅんきゅん!!!」

その時だ。レイの姿を見るなり近づいてくる美女の姿を見たのは。呼ばれた気がしたレイはすぐに声の方向に反応する。

そこにいたのは、酔った姿のエリィだった。

「え、エリィさん!?」

綺麗なエリィの姿ではあるが、明らかに呂律が回っていない。酒を飲み、彼女は酔ってしまっていたのだ。

「あぁ!大尉もいるー!大尉も飲んで!飲んで!」

「艦長……」

ネルソンは頭を手で抱えた。

「ネルソンさん、これってどういう……」

レイはネルソンに尋ねた。明らかに異様なエリィの姿に対し、ネルソンは

「艦長は酒に弱いのにも関わらず酒が好きなのだ。グラスのビール一杯飲んだだけでもここまで酔う事が出来る。そして、ペースを考えないまま飲むから余計に回るのが早い……そして、こうなる。」

と、答えた。

「ふふふー!大尉、飲んでくらさいよぉ!もっと酔いましょうよー!!!」

と、今度はエリィはネルソンに覆い被さる格好をしたのだ。

「な!?おい、艦長!やめないか!!」

明らかに動揺するネルソン。その姿を見て、エリィは妖しげな目つきをした。

「大尉ってよく見たら顔つき可愛いですねー!ね!大尉!ホラ、飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで飲んでっ!!!」

最早暴走しているとしか思えない、エリィの姿。今まで見た事のないエリィに、レイは

(やっぱりこの人は変わり者だ……)

と、こっそり思った。

 

パタン

 

と、突然エリィの身体は崩れ落ちるように床に伏せ始めた。ネルソンはゆっくりとエリィの身体を移動させ、彼女をそのまま仰向けに姿勢を変える。

「くきゅぅー……」

昼間の妖しげに話し掛けるエリィの姿はどこへ行ったのか。今レイの目の前にいるのは、酒によって酔い潰れたエリィ・レイスの姿であった。

「艦長が倒れてらぁ!」

「艦長、また飲み過ぎたんすか!?」

「大尉、襲ったらダメっすよー!もし襲ったら許さないっすよー!」

と、クルー達の野次が響いた。これらに対し、ネルソンは溜息を吐く。

「はぁ、やれやれだ。レイ君、すまないが頼みがある。」

レイはネルソンの言葉に反応した。

「まずは水を飲ませて体内のアルコール濃度を下げさせ、その上艦長を部屋まで運んで欲しい。」

「えええ!?」

まさか、自分がエリィの介抱をする事になるとは思わなかった。レイはただ、慌てるばかりだ。

「ネルソンさんじゃダメですか……?」

「いや、私ではな……それに、ここのクルー達の面倒も見ないと行けない。酒を飲んでいない君にしか頼めない事だ。すまないが、頼む。」

「は、はい……」

ネルソンに依頼される形でレイはエリィの介抱をする事になった。

 まず、一度エリィを部屋から出し、背中を壁にもたれ掛けさせ、ペットボトルに入っている飲料水を飲ませた。だがエリィはそれでも動く様子を見せない。目も虚ろで、呆然としている様子だ。

「エリィさん、飲み過ぎです……」

何故レイがこのような役回りをしているのかは分からないが、ただ、今彼はエリィを運ばなくてはならない役目があった。

 そしてエリィの肩を担ぎ、その状態で彼女を部屋まで運ぼうとした時――

(ラベンダーの匂いがする……)

エリィの存在が近い。彼女の色香が漂う。

「んんん……レイきゅん……可愛い……」

意識下か、無意識下で言っているのかは不明だが、エリィは言葉を発した。

酔っているエリィの姿は普段以上に色気を感じさせる。そして、介抱するレイの目に映るのは、谷間のみが露出された、エリィの乳房。

レイはこの時、じいっとそれを見る。エリィのその美しい肢体を、レイは介抱しているのだ。

(ダメだ、きちんと集中しなきゃ……)

首を横に振り、自分に与えられた役割を果たさなければと考えるレイは、そのままゆっくりと、エリィを部屋へ運んでいくのだった。

 

 

 やがて部屋に着いたレイはすぐに彼女を寝かせた。ぐったりと横たわるエリィ。胸の谷間は今にもブラジャーより飛び出そうだ。彼女は無防備な格好でベッドの上に横たわっている。その魅力的な身体は、レイのような少年には刺激が強い。

「昼間は色々と言ってた人が、こんなになっちゃうんだ……お酒って、そんなに凄いんだ……」

すぐに部屋を離れないと行けないのは分かっていた。がやはりエリィの事が気になるレイ。

 

ぐいっ

 

「わああ!?」

と、レイは急にエリィに引き寄せられた。右腕を引っ張られたレイは、あろう事かエリィが横になっているベッドに転がり落ちる形となったのだ。

 

ギュッ

 

そしてエリィはレイを抱き締める。エリィの小さな顔貌と、柔い二つの乳房はレイの眼前にあり、視覚的な刺激となっていた。

「エリィさん……ダメ……ですよ……」

手を振り解こうとするレイだったが、エリィの力は思いの外強い。必死に、レイを抱き締めるような格好をするエリィ。

「レイきゅん……このまま……一緒に……」

寝言なのかは分からないが、エリィはそう言った。まるで、レイの事を必要としているかのような言動。

 レイにとって、ここまで無防備なエリィを見るのは初めてだ。エリィと出会ってまだそこまで日は浅い。しかし献身的なエリィの姿は、レイにとっては間違いなく、世話を焼く“お姉さん”である。だが今日の昼間は意味深な言葉でレイを挑発した。レイはただ、困惑してばかり。このような人が戦艦の艦長をしているというのも不思議ではあるのだが、彼女なりに考えがあるのだろう。

 レイから見たエリィの印象は、“どこか抜けている変わり者”だ。しかし、それでもエリィの事が気になって仕方がない。それは恋とかそのような感情ではない。ただ、放って置けない存在なのかも知れない。

 

チュッ

 

そして、エリィはレイの額にキスをした。

「え……!?」

彼にとっては衝撃的な出来事だった。まさか、抱きしめられた上に口付けをされるとは思ってもみなかったからだ。

「レイきゅん……ごほぉび……だよ……いつも……あり……がと……ね……」

相変わらずの寝言。だがもしかすれば、これが彼女なりのフォローなのかも……と、レイは考えた。

(お酒の匂いとラベンダーの香り……なんだろう、色々と混ざり合ってる香りが……なんか、心地良いような……変な感じ……)

レイの目が、少しずつ閉じられていく。まるで眠気に襲われているようだった。

 

ピキィィィ

 

その時、レイの頭に電流が流れたのだ。今は戦闘時でもない。なのに、戦闘中の時のような感覚。

(……う……ん……今……のは……?)

エリィに抱き締められ、その際に眠気を感じながら、感じたその感覚。それは暖かく、そして優しい感覚だった。

「むにゃあ……」

エリィは相変わらず眠りの中。この時レイはかすかな違和感を抱きながらも、頭がぼんやりとしていく。

やがてレイの目は少しずつ閉じられ、心地よい感覚の中で、眠りについていくのだった……

(ん……眠……い………………)




第十四話投了。シンギュラルタイプって、何だろうと言った話。既存シリーズで言うニュータイプのようなものなのですが、謎が多い存在です。
飲み会描写は書いていて楽しかったです。エリィさんは酒癖悪いです。


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第十五話 出会い

前半は新生連邦のガンダムタイプについて。
後半はある、人物との出会い。


 

 新生連邦軍本部のあるロサンゼルスに一隻の大型輸送機が姿を見せた。そこから降りてきた人物。ハット帽を被り、冬場にも関わらずサングラスをしているその妙な身なりの男。その男は、総司令に会いに来ていた。

やがて本部前に着いた男は、レヴィー・ダイルに会い、挨拶をする。

「お会い出来て光栄です。レヴィー・ダイル新生連邦総司令。」

「こちらこそ、お世話になっております。スルース・ディアン社長。」

スルース・ディアン。新生連邦政府にMS等の戦闘兵器を提供している軍事企業、アーステクノロジーの社長である。出会った直後に、両者は握手を交わした。

スルースは新生連邦への最大の出資者という事もあり、総司令、レヴィー・ダイルの対応は丁寧だ。この時の警備は厳重であり、幾多ものガードマン、果てはMSが並んでいた。この時、総司令の近くにはソフィア・ブレンクスの姿もあった。

 

 

輸送機内のMSデッキにて。そこにはスルースと総司令、そしてソフィアの三人が居た。

「総司令、そちらの女性は?」

「彼女はソフィア・ブレンクスです。私の側近を務めています。」

ソフィアはスルースに対し、静かに会釈のみをした。

「可憐な方ですねぇ……よろしくお願いしますよ。」

と、スルースはソフィアにも握手を求めた。それに応じるソフィア。

「さて、総司令、ご覧になって頂きたい機体はこちらです。」

スルースはそう言って、MSデッキ内に明かりを付けた。

「眩しい……」

ソフィアが一言、言った。

総司令は、明かり灯されたと共に、そこにあるMSを見た。

そこにあったのは四機のMSだ。今回、スルースはこれらを運送する為に、総司令に会いに来たのである。

「これは……まさか、ガンダムですか。」

そこにあった四機のMS……いずれもが、ガンダムタイプだったのである。

特徴的な二本のアンテナとツインアイ、口径部に該当する突起物等、いずれもがガンダムタイプに該当する、特有の顔貌をしている。

「ガンダムが、四機も……」

この世界観でのガンダムと呼ばれる機体は最初のMSと言われる、ファースト・ガンダムと、デウス動乱時に稼働していたとされるクリスタルガンダムのみであった。しかしP.C歴になり、レイの駆るアインスガンダムや、チェーニ姉妹が乗っていたヴェーチェルガンダム、エクルヴィスガンダムと、ガンダムの数は増えつつある。

 今回は四機のガンダムが同時に開発されたのだ。その情報を知らなかった総司令は、その目を見開いた。

「失礼しました総司令。ですが、敢えて私は事前情報を伏せておきました。まさかガンダムタイプが四機も製造されているなど、思わなかったでしょう?サプライズと言うやつですよ。」

スルースはレヴィー・ダイルに対しての発言力が強い。やはり、新生連邦軍に対する最大の出資者という立場があるからであろうか。

「ところで総司令、まずは手前にあるガンダムを拝見して下さい。」

そう言われ、総司令は一番手前にあるガンダムを見る。

「機体名、ガンダムナパーム。貴方の専用機です。」

総司令の専用MS、ガンダムナパーム。型式番号NFMSX-BX54。全高18.7メートルのその機体。

 その機体の最大の特徴は背部に大型ナパームランチャーと呼ばれる、巨大な実弾兵器を二基搭載していることにある。これによって質量による攻撃を可能とするのだ。

「貴方はデウス動乱時に前線で活躍をされたと聞いております。その敬意を表し、制作させて頂いた機体です。気に召しましたでしょうか。」

「私の専用機がまさかガンダムタイプだとは、思いもしませんでしたよ。これも軍備増強を進めて行った結果なのかも知れませんね……。」

レヴィー・ダイルは、静かに笑った。

「ところで……残りのガンダムタイプは、どのような機体なのでしょうか。」

と、総司令が聞いた時――

「よくぞ、聞いてくれました!!」

とスルースが大声を上げた。明らかに先程よりも気持ちが高揚している。まるで、それらについて聞かれた事を待ち望んでいたかのように。

「総司令のガンダムは勿論ですが……残りのガンダムタイプ達は正直、アーステクノロジーの傑作とも言える機体ですよ!」

 新生連邦は総司令、レヴィー・ダイルの意向で軍備を徹底強化していく方針だ。その為、デウス動乱時以上の兵器の数を増産しているのが現状だ。今回のアーステクノロジーによるガンダムタイプ増産計画もその内の一つである。

これらの機体の外見的な特徴として、伝説の機体として語り継がれているガンダムの姿とは思えない姿をしている。辛うじてガンダムタイプと分かるとすれば角がついていて、カメラアイが二つついていることぐらいか。

「まず、手前の機体がNFMSX-4800デスペナルティガンダム。この機体は、武装が三機の中で一番少ないです、しかし独特の形状をしています。なんと言ってもこの機体の持つ鎌がこの機体の最大の特徴と言えます。」

「鎌……ですか。シルエットを見る限りではその外見上での印象は強いですが、実用的とは思いにくいですが。」

二重大鎌と呼ばれる、刃が二つ付着している巨大な鎌を持った機体がこのデスペナルティである。だが総司令の言う通り、鎌は普通戦争で戦うには不利な形状をしている。その疑問に対し、スルースは右手をパチンと弾き、答えた。

「総司令、まさかこんなデザインのMSが現れたら誰だって驚きますよね。増してや戦場で不必要かと思われる鎌の存在。その印象は、死神を連想させる。ですがそれで良いんですよ。」

「それで良い……?」

「デザインとはとても大切です。様々な機体があるこの世の中、見た目で敵を圧倒することも大切なのですよ。デスペナルティはある意味見た目重視の機体と言えます。勿論鎌に関してもご心配なく。切断力は十二分にありますから。“あの”パイロットなら扱えるでしょう。」

大型の鎌を持つガンダム、デスペナルティ。鎌も特徴だが、何よりも特徴的なのは漆黒のウイングだ。シルエットが印象的な機体であり、総司令は関心を抱く。

「では次に。NFMSX-6400バイラヴァーガンダム。この機体は近中遠どの距離でも対応できる、言わば汎用型のMSです。強力な近距離用の武装として特殊な槍状の武装があります。これ以外にもビームサーベル、ビームライフル等といった武装を搭載している為、様々なミッションに対応出来ます。更に三機の中でリーダー格でもあり、指揮官用の機体としても機能します。」

「リーダー格……ですか?」

と、総司令は聞く。

「言い忘れていましたが今から説明する機体を含む三機はチーム運用なんですよ。三機の小隊を組み、それぞれが運用する。そして小隊には隊長が必要です。その中のリーダー格が、この機体という訳ですよ。」

「……成程。」

と、総司令は納得した様子で言った。

「最後……一番奥の機体はNFMSX-5600アトミックガンダム。この機体は簡易変形可能なTMS(トランスフォーメーションモビルスーツ)ですね。あと、武装が新型の三機の中で一番多いのも特徴ですよ。基本的に射撃の役割を担う機体です。」

機体名称を聞き、総司令は疑問を抱いた。

「アトミック……原子力?何故そのような機体名が?」

スルースは、言った。

「気になりますよね?この機体、アトミックガンダムは核兵器を搭載しています。」

「核兵器ですって!?」

レヴィー・ダイルは驚いた。無理もない。

それは有史以来の人類にとっての叡智の炎。人類が触れてはいけない禁忌。核兵器は旧世紀から続く核兵器防止条約により、所持及び使用は禁忌である。

 しかし、スルースは“核兵器”という単語を、あっさりと述べた。総司令はこの男に対し、僅かながら恐ろしさを感じていた。

「正確には特殊核と呼ばれる、本来の核兵器と違い、放射能汚染が発生しない特殊な核兵器です。核の破壊力を維持した上で地球を汚染しない兵器……傑作兵器と言えますが、その分莫大なコストが掛かります。しかし、運用できれば確実にそちらの軍のお役に立つ事ができますよ。」

スルースの言う、特殊核とは極秘裏に開発が進められた兵器である。核の破壊力のみに特化した兵器であるのだが、実用化に至るのに時間が掛った。

その特殊核を搭載している唯一のMSが今回スルースから提示された新型ガンダムタイプの一つ、アトミックガンダムである。放射能汚染を起こす核兵器ではないが、核兵器級の戦術兵器としての破壊力があるミサイルを搭載している為、その名前はある意味間違っていないと言える。

(アーステクノロジー、やはり恐ろしい企業だ。味方であることがこれ程心強いことはない。)

今までにないガンダムタイプ達。軍備増強を目指す総司令だったが、実際にこうした機体の情報を聞かされた時、その印象は大きく変わる。

「しかし……ガンダムの数が増えていくというのも、不思議な感じですね。」

と、総司令は静かに言った。

デウス動乱時まで存在していた“ガンダム”と呼ばれるMS。それは伝説のMSという側面が強かった。しかし戦後になり、そのガンダムの存在は増えつつあるのであった。

「今から百五十年以上前、最初のMS.、ガンダムがデウス軍を圧倒したと言う話ですけど、それが由来してガンダム伝説は現在も語り継がれています。貴方の機体、ナパームをはじめ、このデスペナルティ、アトミック、バイラヴァーの三機は強さの象徴とされているガンダムのバリエーションだと思っていただけたら良いでしょう。」

「時代は、変わっていっているという事なのでしょうか。」

スルースは答える。

「そう言うものですよ。例え開発コストが高くなっても、貴方をはじめとしたエースパイロットにこれらの機体を乗せ、戦果を上げれば十分に強さをアピールできます。だから強さの象徴として我々はガンダムを作るのですよ。これは人間の心理に関係がありますね。強いものを具体的にしたいと言う欲望……それが現在のガンダムと言う形となって現れています。」

「強さの、象徴……。」

強さの象徴、ガンダム。最初の機体、ファースト・ガンダムから百五十年以上経過した時代で、多くのガンダムが開発されていた現実が、ここにあった。

「あと総司令、これらの三機には更に売りがありましてね。機体には前頭葉調節システム、通称“FLCシステム”が施されています。」

「FLCシステム?」

スルースは舌で唇を湿らせ、語りだす。

「ヒトの理性を司る、大脳において重要な要素を秘める前頭葉。戦争では理性的な判断も大切ですし、その上で闘争本能も大切です。それらを上手に引き出すのが前頭葉。状況を理解し、把握し、そして時には敵意を見せる。この前頭葉を上手く利用したのがFLCシステムです。このシステムが、貴方の機体以外の三機には搭載されています。」

スルースの言うように、戦場においては的確な行動は必要不可欠。だがそれだけではなく、敵を絶対に倒すという敵意も必要となる。それらを増幅するのがFLCシステムだという。

「ですが並みの人間、通称オールドタイプと呼ばれる人間ではこれをコントロールするのは非常に難しい。要は適切な動作を行いながら敵意を剝き出しにしなければならないのです。つまりオールドタイプがこれらのガンダムタイプに仮に搭乗した場合、精神崩壊は免れません。」

説明を聞く限り、軍備増強の為とはいえ、明らかに常軌を逸したMSを生み出したアーステクノロジー。これもまた、レヴィー・ダイルの意向なのである。だがその話を、彼はあまり好ましい様子で聞いてはいなかった。

「そこで……総司令、貴方ならどのような人間を選びますか?この場合、世の中にいる、“シンギュラルタイプ”と呼ばれる人間を待つには時間が惜しいとしたら?」

総司令はこの質問に対し、スルースを見て言った。

「……強化モデルですか。」

 総司令が述べた、“強化モデル”というキーワード。レイやエリィのようなシンギュラルタイプといった存在は見つけ出すのが難しい中、生み出された生体改造ユニットの事だ。

そして、“強化モデル”というキーワードは総司令を明らかに躊躇わせた。

「ご名答!そう、通常の人間では扱えない兵器は、このような強化モデルを使って扱わせます。強化モデルはコストも良いし、何よりも貴方の目指す、徹底した軍備増強のためには強化モデルは欠くことのできない存在だと考えます!!」

これを聞いた総司令は、表情一つ見せなかった。

「総司令、少しお見せしたいものがあります。移動して頂く事は可能でしょうか?」

「ええ。」

やがてその場にいた三人はMSデッキから移動をする。スルースが、案内する形で。

 

 

輸送機内を移動している最中、歩きながらスルースは総司令に語り続けた。

「総司令、貴方は軍備の増強を図っていきたいという意思があるという話を聞いております。これからの時代、軍備の増強を図る為にはそれらを扱う人間も強力なものにしていなければならない。そこで、私はデウス動乱後に強化モデルの研究を始めました。」

「強化モデルの研究……ですか?」

「デウス帝国が使用していた強化モデル。これらの技術は連邦軍にも利用できる……と判断しました。私はアーステクノロジー社の社長でありますが、同時に強化モデル開発に関係する管轄顧問でもあります。」

スルース・ディアンのもう一つの顔を総司令は今、知った。彼は強化モデルの研究を優先的に進めていた人間だったのだ。

 デウス動乱時、シンギュラルタイプと呼ばれる人種が活躍をしていた時代。だがその一方で、デウス帝国軍はこうした戦力を増強する為に密かに強化モデルと呼ばれる人間の開発に乗り出していたのだ。

 シンギュラルタイプは戦場で有用な存在。だがその覚醒への機序は不明であり、明確な情報も出ていない状態。それらをより効率的に可能にする為、デウス帝国は常人を強化するという禁忌に乗り出したのだ。

 そして戦後。アーステクノロジー社長として軍事企業を経営する傍ら、スルースは強化モデルの研究にも着手した。敗戦国、デウス帝国の技術を利用して。

「人の脳は無限の可能性に満ちています。しかしオールドタイプはその可能性を使い切れずにその生涯を追えます。シンギュラルタイプと呼ばれる人種が増えているとされる現状ではありますが、それを示す根拠は確立されていません。あくまでも、可能性の話に留まるのです。」

総司令はこの話に対して、俯く。

「戦争では優位に働いていたシンギュラルタイプと呼ばれる人種。当然、戦争に勝つ為にはそうした人種は増えた方が良い。だがしらみ潰しにシンギュラルタイプを見抜くなどまず不可能な話。そこで、効率的に考えてどうすればシンギュラルタイプを作り出す事が出来ると考えますか?」

またしても、スルースは質問をした。

「人工的に作成する事……ですか?」

答えた時、スルースはパンッ、と両掌を合わせる。大きな音が部屋に響いた。

「ご名答です!居なければ作れば良い。実際に我々が行った事は、デウス帝国が行っていた事を真似するだけです。ただ、それだけ。人体実験など、国際倫理委員会がどうのこうのと言われるかもですが力を持つ存在が増える事は、軍にとっては歓迎の筈!人道的とかそんな甘ったれた話じゃ軍備増強なんて出来ませんよ。」

この男の台詞は狂気に包まれている。人工的にその能力を引き出すという事はそれだけ危険を秘めている。それを平気で行うのが、この男、スルース・ディアンだ。

「人間を強制的に進化させる強化モデル。かつての戦争で猛威を振るった存在……しかし、それらを更に上回る存在、“特殊強化モデル”をご覧になっていただきましょう、総司令!」

と、ボタンを押すスルース。その時、厳重な扉が開いた。

 

 

そこには小さな檻に閉じ込められた三人の、人間の姿があった。

 

 

「おやおや……まるで飢えた野獣のようだ。歯が剥き出しになっていて、こちらを見ている。」

「これは……」

総司令はその三人の姿を見て動揺していた。内一人はじっとうつむいた状態が続き、残り二人はスルース達を睨み続け、檻に噛み付いている。その姿に、人間らしさは見られない。

「これが……強化モデル……」

「強化モデルではありませんね、“特殊強化モデル”です。」

「特殊強化モデル?」

先の話題にあった、強化モデルと違う存在の話をしたスルース。特殊強化モデルとは何か……総司令は、初めての単語に動揺を隠せない。

その時、織の中にいた人間達は野獣のようなうめき声を上げた後、突然大声をあげた。

「うおおおおお!」

「うらああああああああ!!!」

野獣のように叫ぶ人間達。いや、これを人間と呼んでよいものなのかという疑問さえあった。

「おや、これは、これは……相当ストレスが溜まっているようですね。ははははは!」

「……彼等は危険過ぎます……」

目に余る光景を見た総司令。彼は思わず目を逸らす。一方で目の前にいるこの男の笑顔に対し、疑問を抱いた。どのようにすれば、人間と言う生き物をここまで化け物のように仕立て上げることができるのか、理解出来ない様子だった。総司令は、体のどこかで寒気を感じたのは間違いない。

「特殊強化モデルは強化モデルを更に強化した存在です。従来の強化モデルは人工的にシンギュラルタイプに近づける事を目的とした手術を行い、強化します。」

“強化する”という言葉を平気で述べる、スルースという男。

「ですが特殊強化人間はそれの更に上を行きます。只の強化人間に留まりません。状況判断能力や空間認識能力、そして、闘争本能……それらを剥き出しにし、戦う。まさに理想的な“ソルジャー”と言えますね!」

スルースの声が、高らかに響く。

「それが、特殊強化モデルと呼ばれる人種です。彼等はその中の成功作品ですよ!!」

人間を、“作品”と呼ぶスルース。この男の常軌を逸している思考は、総司令を不快な気分にさせた。普段は冷静さを保つ彼でも、この男の狂気の前では不快感しかない。

 スルースの言う、“特殊強化人間”は彼の研究の成果といえる存在だ。つまり、デウス動乱後に生み出された存在と言える。明確な敵対勢力が居ないこの世界でこうした人間が生み出されるという現実。それが今、起きているのだ。

「彼等が新型ガンダムタイプのパイロット三人です。紹介してきましょう。」

スルースは得意げに、語り始める。

「まずはニッカ・ドレイク。二十二歳の青年で、強化以前はプロバスケットプレイヤーの選手として活躍。強化された現在ではひたすら敵を狩る事を自己満足としている。ちなみにニッカは、より優れた人間となりたかったそうです。ジャンルは違いますが、優れた人間になりたいと言う彼の願いは叶ったと言えるでしょう。」

茶髪の青年はニッカと言った。特殊強化モデルへと変貌した彼は、スルースの言うように、凶悪な人格を植え付けられたのだ。

「続いては、ハーディ・クオレント。同じく二十二歳の青年で、強化以前は犯罪行為を繰り返したとされてます。彼は死刑囚でもあり、何度も脱出を繰り返してきたそうです。その凶悪性は他の二人よりも遥かに上です。何せ、元々が危険人物ですから。それならば戦力として扱う事が出来れば重宝するだろうと考え、私は彼を採用しました。」

「死刑囚……ですか。」

「その上何度も脱獄を繰り返しています。これ程凶悪な人間も珍しいでしょう。大丈夫、新生連邦のパイロットとして働いていると言えば警察もすぐに聞き入れてくれましたよ。」

明らかに権力で死刑囚の罪を揉み消しにした例である。死刑囚を特殊強化モデルにした為、警察も関与する事が無くなったのだ。それはレヴィー・ダイルが決めた話ではない。別の高官が取引をした結果、この場に死刑囚、金髪のハーディ・クオレントがいるのだ。

総司令がその経緯を聞き、複雑な表情を浮かべている時、次にスルースがシエル・ホーンドの話を始めた。

「シエル・ホーンド。先の二人と同じく二十二歳の青年で、強化以前はバンディットと呼ばれる裏稼業を務めていたとされています。バイラヴァーガンダムのパイロットを務め、強化されても前の二人と比べれば冷静かつ判断力に優れています。しかし通常時は大人しいとはいえ、ただならぬ殺気を出しているので警戒は必要ですよ。迂闊に近づいたら腕を切られそうになりましたからね。」

青髪の青年はシエルと言った。唸り声、叫び声を上げたニッカ、ハーディと違い、沈黙を貫いているが、その目付きはどこか、不気味である。

三人目の説明が終わった時、総司令は曇った表情で拍手をした。そして怪しむように、スルースを見る。

「恐らく、どれもが優秀なパイロットなのでしょうね。」

「当然ですよ。いずれも新型のガンダム専門の特殊強化モデルに仕立てていますから。」

残忍なその男は総司令の表情を見て笑みを浮かべた。

「いかがでしょう?これらを戦力に加えて頂ければ、新生連邦軍に多大な貢献をすることが出来ると思いますが!?」

「……ええ、承諾しましょう。」

新型の三機のガンダムとそのパイロットのプレゼンを聞き、総司令は承諾した。

これによって交渉は成立。正式に新生連邦軍に新型ガンダムが編入される事となったのだ。

「さて、総司令。交渉成立と共にお願いがあります。FLCシステム搭載機体の内の一機、アトミックガンダムの試験データを取らせて頂く事は可能でしょうか?」

「何故?」

三機の特殊強化モデルが搭乗するガンダムタイプの内の一機、アトミックガンダム。この機体の試験データのみを取る理由が、分からない。

「実はこの機体のみ試験データを取ることが出来ておりません。何せ、“核兵器”を搭載している機体ですので。」

絶大な破壊力を秘めるMS、アトミックガンダム。その試験を行うには危険が伴うと、スルースは判断しており、今まで実施してこなかったのだ。しかし今回正式に新生連邦軍で使用される事が判明した為、この場を利用しようと考えていたのである。

「……構いません。ただし、核兵器を搭載している機体となればこの基地周辺で行うのは危険性があります。先程の話を聞く限り、パイロットがそれを抑制できるかも怪しい印象を受けます。」

総司令が疑問に抱くのも無理はない。アトミックガンダムは特殊核による核ミサイルを搭載している危険なMS。万が一の事を考えるのが普通だ。パイロットも特殊強化モデルという、得体の知れない存在。それらの危険因子を踏まえ、彼は言ったのだ。

「総司令、提案があるのですが、あのヒエラクス級に貴方の機体を含めた四機を搭載し、太平洋上で試験データを取らせて頂く事は出来ますか?」

スルースが指差したもの。それはセイントバードと同型艦のヒエラクス級の大型空中空母、ウイングイーグルだった。太平洋上でアトミックの試験を行い、万が一の事態にも備えられるようにするという狙いがあった。

「……ローゼント艦長に聞いてみましょう。」

ウイングイーグルを任されているのは以前にスパイッシュと共にいた事のある女性士官、ダリア・ローゼントである。

その後輸送機を降りた総司令は基地へ戻り、ダリアに声を掛け、確認を取った。総司令の依頼もあり、ダリアは承諾。それを見たスルースは静かに笑みを浮かべた。

やがて総司令、ソフィア、スルースはそのままウイングイーグルへ乗り込む。それと同時にガンダムタイプ達が搬入された。やがて、ウイングイーグルはそのまま浮上。太平洋沖へ向け、発進したのである。

 

 

 

 太平洋上を浮かぶウイングイーグル。今から、FLCシステム搭載機体の内の一機のガンダムの試験が開始されようとしていた。

「ハーディ・クオレント。これは試験ですので、あまり暴れ回らないようにお願いしますよ。」

スルースの言葉に呼応するかのように、新型機体、アトミックガンダムが発進された。パイロットは元死刑囚の男、ハーディ・クオレントだ。

試験データ収集に関しては単純で、いわば模擬戦形式で行われる。実物大のMSの形状をしたバルーンを数多く用意し、どれだけ早く、正確に、数多く撃破できるかを確かめるというものだった。

すでにデータを収集しているデスペナルティ、バイラヴァーはほぼ同等のデータを収めている。その際のパイロットデータを見ても、一般兵と比べても遥かに上回っている。その際の状況判断能力も的確だ。

アトミックガンダムは主武装であるビームランチャー等の武器を器用に使いこなす。それぞれがほぼ確実に的を破壊している。命中精度も、常人では考えられないほど正確だ。

先程総司令が見た野獣のような男の動きとは到底思えない。ウイングイーグルのブリッジ内では情報の収集が続けられる。

「……人がいねぇ……誰も……誰もいねェじゃねェかよぉぉぉぉぉ!!!」

突如、パイロットであるハーディ・クオレントが発狂したかの如く叫びだした。無論、この音声はブリッジ内にも聞こえており、急な言動に皆が驚く。

「あぁぁぁぁぁ!つまんねぇぇぇぇぇぇ!!!」

すると、ハーディはあるボタンを押した。その瞬間、胸部のハッチが開き、一基の大型のミサイルが展開された。

「あの馬鹿……!」

それを見たスルースが額に手を当てる。それは、先程スルースが総司令に説明した時に伝えた特殊核による核ミサイルだったのだ。

 

ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ

 

海上は凄まじい爆炎に包まれた。爆音も尋常ではない。球状に広がる赤い光は、周辺に居たあらゆる存在を消滅させた。

 アトミックガンダムが放った核ミサイル。放射能汚染の出ない、特殊核による強力極まりない兵器は、海中の生物に甚大な被害を与えたのだ。無論、試験で使うバルーンは全て消滅した。

 

やがて試験データの採集は終了した。核ミサイルの破壊力は絶大だ。

ブリッジに連れて来られたハーディ。彼はその鋭い目をスルースに向けた。スルースの周りには、研究員らしき人間が数名いる。

「何故貴方は核ミサイルを使ったのですか?」

スルースはハーディに詰め寄った。それに対し、ハーディは口を開く。

「まとめて壊したら良かったじゃねぇかよぉ。つーかなんで誰もいねぇんだよォ!!!人がいなきゃ……いみねェだろぉが!!」

乱暴な言葉遣いでスルースに詰め寄るハーディ。やがて彼がスルースに対して暴力を振るおうとした瞬間だった。

「おい、やれ。」

と、側近にいた研究員が手に持っていたスイッチを押した。

「あがががが!?」

突如、床に伏せ始め、もがき始めた。苦しみだすハーディ。その様子は、呼吸困難に陥った様子だった。

「やれやれ、もう少し調教が必要のようですね。理性と闘争心の兼ね合いというのは難しいようですねぇ……

ええ!?おい!?なんで良い子でいれないかなぁ?」

突如声を荒げたスルース。普段は丁寧口調しか喋らない男から発せられた大声。それを聞いたブリッジクルーは全員動揺しており、この男の存在を恐れている。

大声を上げた直後、スルースはブリッジの全員を対象に語り始めた

「私とあろうものが、失礼しましたね。」

と、スルースは咳払いをし、言った。

「彼は少し教育がなっていませんでしたね。結果的に核ミサイルを使用するという愚かな選択をしてしまいました。あんな強力な兵器をポンポン使うようではまだまだ調整は必要ですね。」

スルースの言葉に対するブリッジのメンバーの対応との温度差が激しい。

「もう少しこちらで特殊強化モデル達は調整した方が良さそうですね。貴方方のご迷惑にならぬように……ね。」

スルース・ディアンという男。新生連邦軍への出資者である為、総司令は何も言うことが出来なかった。だが、彼の中に残る不快感は紛れもないものである。

「さて、試験はこれにて終了です。調整さえすれば実戦での活躍も夢ではありませんよ。ただ、それを活用する場所があれば……の話ですが。」

そこの部分だけ、スルースはやや悲しげな表情を浮かべる。自信作と言える三機のガンダムタイプ。それらが活かせる場面が無い事が、残念だと言うのだ。

 その時、ダリア・ローゼントが総司令に言った。

「総司令、先日カイロ基地よりヒエラクス級の同型艦の存在が目撃されたという情報があります。」

「同型艦……ですか。」

それはセイントバードの事だ。

「そして、行方不明になっているアインスガンダムらしき機影がその周辺で確認出来たという情報も入っております。」

「これは、偶然でしょうか。」

「いえ、それは存じ上げかねます。」

 その情報を聞いていたスルースは、両者に対し、言った。

「それは興味がありますね。エジプトのカイロで奪われたウイングイーグルの同型艦の目撃及びアインスガンダムの機影確認……フフ、もしそれが事実ならば、この三機の試験に使えるかも知れません。」

「それは、どういう意味でしょうか。」

スルースは引き続き語る。

「この三機を使い、そのヒエラクス級を奪還するという作戦はどうでしょうか。試験運用も出来る上に上手く行けば全てを取り返すことが出来る。新生連邦にとっては美味しい話ですよ。これはもう、準備を進めるしかないと思うんですけどねぇ。」

スルースの提案はあくまでも予想だ。しかし説得力はあると言える。

「総司令、この後一度カリフォルニアにウイングイーグルを止め、戦力を補充した後に再出発し、地中海付近にウイングイーグルを止め、様子を見るのは如何でしょうか。」

と、提案をするのはダリアだ。

「成程、それは有かも知れませんね。」

総司令はその可能性を信じる事にした。特別に、アインスガンダムもセイントバードも新生連邦に、すぐに必要な戦力という訳ではない。しかし今回は特別な状況だ。何せ、新型のガンダムタイプを合計四機も乗せている状態。その上での航行。ガンダムタイプの試験運用も込みで、それらと対峙することが出来れば戦闘データも取ることが出来る。

「では、一度カリフォルニアに帰還しましょう。そこで新型機体のジョゼフを十機搭載し、地中海へ向かいます。戦力は、多い方が良いですから。」

総司令が言った。

 新型ガンダムの話からの、アトミックガンダムの試験。人離れした的確な射撃能力、そして特殊核による核ミサイルの爆発力。それらを知った上で、総司令、レヴィー・ダイルはスルース・ディアンという男を心底恐ろしく感じていた。それから、カイロ基地からの情報によるセイントバード、アインスガンダムの目撃情報。

 アーステクノロジー社長、スルース・ディアンの話から始まったこの一連の話。セイントバードの同型艦、ウイングイーグルには総司令のガンダムをはじめ、特殊強化モデル用のガンダム三機、そして新型量産機体とされるジョゼフの搭載。これらの戦力を一つの艦に投入する為に、彼等はカリフォルニアへ帰還する。

 

ウイングイーグル艦内の一室にて。ソフィアがレヴィー・ダイルに対し、自身の胸中を吐露していた。

「レヴィー様……一つお伺いしたい事があります……」

それに対し、総司令は察した様子で言った。

「分かっている。強化モデルの話だろう。」

スルースが語っていた強化モデル。その気味の悪さ、恐ろしさを感じていた両者。特に、ソフィアはこれまで総司令に見せなかった嫌悪感を抱いていた。

「レヴィー様はどう思われていますか?私は……怖いです……まるで――」

「それ以上は言わない方が良い。」

と、ソフィアの言葉を遮った。

「シンギュラルタイプを自らの手で生み出す為に作り出した存在、強化モデル。まさか更に上の存在がいるとは思っても見なかった。人は目的の為にあそこまで残酷になれるのか……とは思っている。」

「あの時の禍々しい感覚……とても人とは思えません。私はレヴィー様に対してはそのような不快な感じはしないのに、さっきの人からは狂気しか感じませんでした……」

“感覚”という話をするソフィア。彼女もまた、シンギュラルタイプなのだろう。

「その恐ろしい人間を作り出したのがスルース・ディアン氏を始めとした強化モデルの研究員なのだろう。人の可能性を追求した結果が、あのような存在ということか。」

軍備増強の為にはMSのみならず、人員も必要になる。更に、より強力な戦力を投入するとなれば、人間でさえ強力な存在にしていかなければならなくなる。

「未だに公には証明されていない存在、シンギュラルタイプ。君は人から感覚を感じることが出来る。そして、僕自身も……」

この時明らかになったのは、総司令、レヴィー・ダイルもまた、シンギュラルタイプという事だ。この両者は、互いに力を持つ存在同士という事になる。

デウス動乱時代も敵戦力を倒す為に非人道的な行為は多々あった。しかし戦後になっても、戦前の過ちから学ぶどころか、それを利用し、更に凶悪な存在を作り出してしまう。

人という生き物は、軍備の増強や効率化、果ては進化を求めるが為に時に、こうした倫理観から逸脱した行動をとる者もいる。スルース・ディアンがその尤もたる例だ。

そして、シンギュラルタイプである総司令はこれを黙認している。全ては、彼の掲げる軍備増強の為に。

「軍備を増強する為にはこうした事情も容認しなければならない……のか。」

彼は一人、呟く。その様子を、ソフィアはそっと、見ていた。

 

 やがてカリフォルニアで戦力補充が開始された。

新生連邦軍の新型MS、ジョゼフ。型式番号NFMS-990。ディーストの後継機であるこの機体。今回はその試作モデルが十機、ウイングイーグルに搭載される事になった。この時、十名のパイロットが補充された。

その中の一人が、アインスガンダムの噂を聞いた時、妙な笑みを浮かべていた。

「まさか、こんな幸運が来るなんてな……俺はツいてるぜ……!」

とある、一人の男。彼はウイングイーグル艦内にて、静かに笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 

 セイントバード艦内で飲酒パーティーがあってから翌日。クルーの大半が酒に酔い、潰れていた。皆が食堂にて眠りについている。大きなイビキが食堂内に響く。

 別に部屋にて。眠りについていたレイは目を覚ました。瞬きをし、眠気眼を擦ろうとした時――

「……えええ!?」

レイの目は大きく見開かれた。そこにあったのは、エリィの顔だったからだ。

 昨日の夜、エリィを介抱して彼女の部屋まで運び、そのまま抱き締められたレイ。彼は額にエリィの唇を感じた後、急な眠気に襲われ、そのまま眠ってしまっていたのだ。つまり、彼はエリィと一緒のベッドで眠っていたことになる。

「あ……え、えと……?」

明らかに動揺しているレイ。この時、彼は昨日の状況を思い出す。

(落ち着け、昨日は確かエリィさんを連れて……それから……えっと、それから……なんか、感じたような気がして……何だろう、何かあったような……えっと……)

思い出せないレイ。ただ、目の前にあるエリィの奇麗な顔に、緊張するばかりだ。

(だ……だ……だ……ダメだ!こんなの、良くないよ!とにかく、起こさなきゃ……)

動揺しているレイ。まさかエリィと一晩同じベッドで過ごす事になる等、思ってもみなかったからだ。

しかしこのままじっとしているわけには行かない。もし今、エリィが目を覚ましたらどうなるだろうか。恐らく、慌てるに違いない。レイ自身、エリィとそこまで近い関係になる気は無かった。だがこの状況がもしエリィに発覚すれば今後の生活が気まずい事になりかねない。

 レイは一度、布団から出る。そして、咳払いをし、改めてエリィを起こそうとする。

「エリィさん!朝ですよー!起きて下さい!ほら、早く!!」

と、レイはエリィの耳元で叫ぶ。だが――

「ねむ……ん……寝る……」

と、起きる様子がない。

 はぁ、とレイは溜息を吐く。そして――

「もう!エリィさん!いい加減に起きて下さい――」

 

バッ

 

と、彼は布団を取った時だった――

「えええええ!?なんで!?なんで下着!?う、嘘だ!どうして!?確か昨日は服を着てたのに!?」

レイが見たものは、下着姿のエリィだ。昨夜は酔い潰れ、眠っていたエリィ。その際は確かに、服を着ていた。夜中に服を脱いだというのだろうか。彼は驚きを隠せない。

「寝相が悪過ぎますよ!昨日から本当に何なの!?この人は!」

眠るエリィの姿は艶やかだ。美しい顔つきに、張りのある乳房、そしてすらりと伸びた美しい脚。レイは行けないと分かっていても、その美しい身体を見て見惚れてしまう。

と、同時に彼は無防備な彼女の姿に対し、ただ、恥ずかしさのみを感じていたのであった。

 

ピキィィィ

 

その時だ。レイは頭に電流が流れる感覚を覚えた。

(あ……この感じ……あれ、覚えがある……確か昨日……)

彼が感じている感覚。それは、昨日の夜、酔っていたエリィに抱き締められ、額にキスをされた時に感じた感覚だ。その際レイは眠気に襲われていた為、うろ覚えではあったものの、今、彼は改めてその感覚を感じていたのだ。

(やっぱり、あれは気のせいなんかじゃなかったんだ……けど、なんだろう?これは一体……)

レイは、暖かくて優しいその感覚を感じていた。今まで、彼はMSに乗り、危機的状況に陥った時のみその感覚に陥っていた。しかし、今は違う。特に危機的状況ではない。

 では、何故その感覚を感じるのか。それは、全く分からないのだ。

(外から感じる……それはなんとなくだけれど、分かるような……)

レイはその正体を知りたいと思い、エリィを残し、部屋を後にした。

 

 

 

やがて外に向かおうと廊下を歩いている時だった。

「レイ君、随分と目覚めが早いな。どうした?」

と、声を掛けるのはネルソンだ。

「おはようございます。その、ちょっと気になる事があって。」

「気になる事?」

「あの、セイントバードって、まだ発進はしないですよね?」

「ああ、そうだが」

レイは少し躊躇いつつ、言った。

「外に……出てみたいなぁって思ってまして。」

「外?こんな朝早く?何故?」

「言い辛いんですけど……その……」

彼は自身の事について説明した。エリィと同じ人種かも知れないレイ。シンギュラルタイプ故に感じる、感覚。その話をした時、ネルソンは言った。

「以前に言っていたやつか。やはり君は、我々には分からない、センシティブな感覚を持っているという事か。艦長と同じく。」

「信じて貰えませんか?」

そこが壁になっていた。ネルソンはその“感覚”を感じられない人間。故に発言には躊躇うのだ。

「いや、私は艦長が今まで艦の危機を、彼女の勘で乗り切ったりした場面を見てきている。君が同じくそれを持つ者と言うのなら、信じるしかないだろう。シンギュラルタイプ……か。」

元軍人のネルソン。デウス動乱中でも存在していたそうした人種を、彼は信じていた。

「少なくともそうした人種は一定数いる。君自身が気になるというのなら、行くと良い。ただし――」

 

ジャキッ

 

と、ネルソンは懐のポケットから銃を渡した。ずしん、と重みを感じるそれを持ち、レイは驚く。

「銃……ですか!?」

「護身用だ。今の世の中何があるか分からないからな。」

レイのような少年に銃を渡すネルソン。

「あと、その“感覚”の正体が分かればすぐに戻ってくる事だ。私は今から作業をしないと行けないから一緒には行ってやれん。だから、念には念を……だ。」

「あ……ありがとうございます。」

始めて見る銃。このようなものなど扱った事がないレイにとっては緊張するばかりだ。

 それを腰のポケットにしまうレイ。その事だけでも彼にとっては緊張だ。

「それより艦長は?艦長も同じ感覚を感じているなら一緒の方が良い気もするが……」

「それが……今、眠ってまして。」

レイは一連の話をした。無論、一緒に寝ていたという話は伏せたが。

「はあ、そうか……まあ疲れているだろうし起こすのも悪いだろう。」

と、納得した様子のネルソン。

「あの、じゃあ……僕……行ってきますね!」

そしてレイはそこを去ろうとした時だった。

「レイ君……いや、レイ。気を付けてな。」

ネルソンが、笑顔で見送った。

(……あれ、呼び捨てにした……)

と、密かにレイは疑問に感じていた。

 

 

 

 時刻は午前7時。日の光が僅かに出ている時間。早朝のアレクサンドリアは閑静だ。レイは自身に感じるその、“感覚”を頼りに移動する。

(やっぱり町の方から感じる。不思議な感覚だ……気持ち良い……でも……分からない……なんだろう?)

レイは一人、静かに歩いていく。

 エジプト国第二の都市、アレクサンドリア。西洋とイスラムの風景が混じり合う美しい海辺の都市。その朝焼けはより一層、美しさを醸し出す。

 日の光は少しずつ海を照らし、その海は波とともに乱反射し、ギラギラと、光が放たれる。その反射した光は建造物を照らし、美しいコントラストを作り出していた。

 その中をレイは一人、歩く。感じる感覚を追いながら。

(本当に何なんだろう。この優しい感覚……これが、シンギュラルタイプ……なのかな。分からない、分からないけれど……こんな感覚を感じるなんて……)

 

 

 やがて市内に入る。そこでもまだ、感覚は残っている。彼の頭の中で、その優しく、穏やかな感覚は消えていない。心地よさのみが、残り続ける。

 市内には僅かに人がいた。これらを見ていると、散歩をしている人が目立つ印象だ。

「朝の散歩って、なんだろう、こう……清々しいっていうか……なんていうか――」

 

バッ

 

「んうっ!?」

しかし何気なく呟いていた最中の事だ。

突如、レイは何者かによって口を閉じさせられ、更に無理やり裏路地に連れて行かれた。残忍なその行為は、レイに抵抗する余裕すら与えてくれなかった。

 

 

 

 路地裏。人通りが見られない場所。レイはそこに拉致された。

レイの目の前には二人の大男がいた。身長は両者共に180センチメートル程度。一人は太っている。もう一人は至って標準体形だ。突然の出来事に、恐怖のあまりプルプルと子犬のように震えるしかできなかった。

「へぇ可愛いじゃん。こんなところで一人でいるなんて訳ありかい?」

「君は運が悪かったな。拉致られちゃうなんてね。悪く思わないでくれよ。君みたいな漫画から飛び出したような女の子、レアなんだよな。」

「んう……?」

どうやら、男達はレイの事を少女と勘違いしているようだった。

 レイの顔立ちは必ずと言っていい程、所見で少女に間違えられる。今目の前にいる男達も同様だ。この時、レイは不本意ではあるが少女の“フリ”をしようと考えていた。

「なんか喋りたそうだな。離してやろうぜ。」

「お、おう」

と、口を閉じていた標準体型の男が手を離す。

「ぷぁ……えっと……僕……じゃなくて、私を……どうするんですか……?」

ブルブルと震える姿を強調するようにした。胸元に手を置き、怯えている。そうすれば一層少女らしく見えると思ったのだろう。彼は少女であれば暴行を振るわれないだろう……と、甘い考えをしていた。

だが、男達は予想だにしない事を言い出した。

「いやあ、うちらもちょっとしたそのさ、ビジネスっつーのをやってんの。あれよ。君みたいな可愛い子供って希少価値があるんだよな。つまりさぁ」

人身売買だと、レイは直感で感じた。この男達はレイを少女だと勘違いしている。その上での路地裏への拉致。

 このままでは危険だと、レイの本能が察した。

 

ダッ

 

と、引き返そうとした時だ。

「逃がすか!」

と、逃げる方向に太った男が居た。逃げ出せない状況。危機的状況がレイに迫る。

 

ギュウッ

 

「うあ……!」

突如レイは首を絞められた。それも、強く。レイの目は少しずつ閉じられていく。太った男の力は強い。レイの華奢な腕では振り解けない。

「おい、こいつ犯すか?」

標準体型の男が言う。完全に少女と思っているこの男の顔は、煩悩に満ちている。

「けど商品になるのに大丈夫かよ?」

「んなもん取引先が分かんねぇだろ!それより見ろよ、こいつの苦しむ顔、そそる……!」

苦しむレイを見て喜ぶ男達。突然の出来事にレイは何も出来ない。

 ネルソンには出来るだけ早く戻る様に言われているレイだったが、予想外の出来事は彼を苦しめた。彼はただ、自身に感じた“感覚”の正体を知ろうとしただけなのに、何故このような状況に陥るのか……

 首を絞めていた男は、その手を離した。咳込むレイ。それと同時に、レイの両手をぐっと握り込む。これにより、レイは逃げ場を失う。

「けほっ……離して!むう……!?」

再び口を塞がれる。声を出す事も出来ないレイ。このままでは男達の良い様にされるだけだ。

「そおれ!舐めてやるかなッ!その発達したての胸を!」

すると、標準体型の男が唇を舐め回した後、ジャケットの内ポケットからナイフを取り出し、レイの着ていた服を切り裂いた。服が切られ、レイの白い肌が露わになった。

 この瞬間、レイは男だと判明した。これを見た男達は驚愕し、呆れた。

「はぁ!?男だと!?」

「まじか!?そんな訳……」

「マジだよ!いくらなんでも胸なさすぎだろ!こんなメスガキ嫌だよ!」

顔立ちが少女であるレイに降り掛かる受難。そして彼の場合、男と知った時に相手は勝手に呆れ果てる。この身勝手な男達に対してはかすかに憤りさえ感じている。

 だが今の状況では自身の身体が危ない。下手をすれば殺される可能性もあり得る。

 人身売買をするような人間は、人の思考をしていない。つまり、普通の人間なら通用する常識が通用しない人間だ。そのような人間を相手にする方法を、レイは恐怖の中で考える。

(そういえば……)

レイは思い出した。この状況を打開できる可能性のある、一つの武器を持っている事を。

 

ドンッ

 

と、レイは手を持つ男の股間部に目掛けて思い切り後ろに蹴った。突然の出来事に動揺する、その男。

「おわっ!?」

後方に姿勢を崩す男。その隙に、レイはポケットにある銃を取り出そうとした時だ――

「物騒なもん持ってるじゃねえか!?ええ?」

「あっ……!」

その様子を、もう一人の男に見らえてしまったのだ。

銃を構えようとするが利き腕を掴まれ、銃を奪われてしまった。更に太った男は痛みに悶えつつもレイ両手首を掴むものだから、手の自由が利かない。必死に抵抗するが、それも無駄だった。

「おい、押さえてろよ……ヘヘッ!」

 

バヂッ

 

「あっ……」

レイの眼が見開かれた。それと同時に、彼はその場で気絶した。

 標準体型の男はスタンガンを持っていた。それでレイを気絶させたのである。

「最初からこうすりゃ良かったんだよな。このクソガキ、舐めた真似しやがる。」

身勝手な男達。自分達の私利私欲の為にレイに対し暴行を加え、その上で気絶させた男達。この男達には人道という言葉などない。“外道”の一言で片付けられる連中だ。

「で、どうすんの?こいつ。」

「売れば良いだろ。こいつは男でも女みたいなナリしてるしな。売っちまえば利益になるし、俺等はウハウハだぜ?」

そう言いながら、男達はレイを担ごうとする。人目に付かないように、すぐに立ち去ろうとしていた――

 

「まさか、こんな所で姑息な小悪党に出会うとはね。」

その時だ。悪者達の背後に一人の男の姿があった。

赤茶色の髪色で、整った顔立ちの青年。目の色は茶色。身長は悪党達程の高さではないが、整った体型のその青年は、再び喋る。

「戦争が終わってもこんな奴等がウロチョロしているんじゃ、平和なんてまだまだ先だな……」

「誰だてめえ!?」

「なんだ、見たのか。じゃあ生かして返すわけにはいかねえよなぁ?」

獰猛な悪者達のセリフだが、青年は軽く流す。

「お生憎、残念だけどその言葉、そっくりそのまま返させてもらう。但し、殺す必要はない。殺すに値すらしないよ。」

「んだとぉ!?」

逆上した男達。太っている男がまず、その青年に対して握り拳を作り、殴りかかった。しかし青年はこれを軽々と回避。男の頬に向け、お返しと言わんばかりに殴り倒す。その勢いは凄まじく、男の歯は折れ、気を失った。

「な……何だこいつ……!?強い……?」

焦りつつも、もう一人の男はナイフを取り出し、青年に迫る。間合いを詰め、一気に迫ろうとした―

 

ドンッ

 

と、青年が男のナイフを持った手を蹴った。その反動でナイフが手から離れる。

「しまっ――」

男が慌ててナイフを取ろうとした時――

 

グキッ

 

素早い動きで、青年は男の頸動脈を絞める。ぐいと押さえつけられる事で男の目は次第に閉じられ、そのまま気絶した。

 僅か30秒にも満たない時間。その間に二人の男達は、一人の青年によって倒されたのだった。

青年の目の前には、二人の醜い男が山積みになって倒れていた。その光景を見て、青年は言った。

「その振る舞いからして特に大した存在でもなさそうだ。さて……」

と、青年は倒れているレイを見た。

「助けてあげないとね。とりあえずうちに預けよう。やれやれ、あいつには心配掛けるな。」

そう言って、青年はレイを抱え、その場から去って行く。

 

 

 

少しして青年は自宅に辿りつき、その中にいた人間にレイの身柄を渡した。するとすぐに出かける準備を始めた。

「突然だけどこの子を頼むよ。危ない街なのに、一人で歩いてたんだ。」

と、青年が言った。

「は!?何言ってんだ?いや、いきなり過ぎるだろおい。」

青年に声を掛けるのは初老の人物だ。しわが目立つその人物は急な出来事に対して驚きを隠せない様子だった。

「てか、お前さんはどうすんのよ?」

「俺はまた、出掛けなきゃならないから。」

どうやら青年は用事があるらしい。初老の男に対し、挨拶するように手を上げた。

「成程ね。バンディットも楽じゃないねえ。」

初老の男はバンディットという単語を言った。

 バンディット。それは砂漠の狩人であるアスーカル・エスペヒスモが副業でしていたというものだ。その実態は何なのかは不明だ。

「明日には戻ると思う。よろしくねー。」

そう言い残してその青年はその場を去った。

 この二人は何者なのかは分からない。ただ、一つ言えるのは、レイは再び厄介事に巻き込まれたという事実があった。

 

 

 

レイが目を覚ました時は既に時計の短い針は7を指していた。だが、目を覚ました場所はレイにとって全く分からない場所だ。見渡すと、そこは木材で出来ているであろう空間が広がっている。彼が眠っているベッドはマットレスの柔らかさが伝わる。

「あれ……ここは……?」

気が付けば知らない場所。その経験は今回で二度目だ。

「確か僕は襲われて……その後で意識を失って……。」

と、自身にあった事を思い出す。だが、思い出そうにも頭がぼんやりとしており、眩暈のような感覚さえ覚えていた。

少しすると、レイに近寄ってくる影があった。音を聞いた時、レイはピクリと反応する。そして、じいっと、その影を見つめ、警戒していた。

やがて影はレイの前に姿を表す。それに対し、レイはじっと睨みつけるが、影の正体は全く同様すらせず、寧ろ笑っていた。

「ハハハ……随分可愛らしい睨み方だな。そんなに睨まれても困るぜ。」

「貴方は……あの人達の仲間ですか?そしたら僕をどうする気……ですか……」

見知らぬ場所に、見知らぬ人間。先程の事もあり、警戒しない筈がない。

 が、ビクビクと震えるレイに対し、男は言った。

「ガハハ、最初に言っておくぜ!俺は関係ねえよ!以上!」

「へ……?」

唖然とするレイ。ただ、感じるのは男が発する、品があるとは思えない笑い声のみ。

「そうそう、服、洗濯しといたからな!脱がしても起きねぇんだもんな。なかなか、お前さんもやられたみたいだな。」

「えっ服……?」

そう言われ、自身の姿を確認する。彼は上半身裸で、下着姿のみになっていた。そして、スタンガンを当てられた場所にはガーゼのようなもので処置されている跡があった。

「いやあ、俺って綺麗好きだからさ。洗濯とかしちまうのよ。大目に見てくんねえかな?」

「あ、はぁ……ありがとう……ございます。」

と、レイは一言礼を言った。

何故自分がここにいるのかは分からないが、相手の反応を見る限り、悪人には思えない。気絶していた自分を助け出してくれた人なのかも……と、レイは考えていた。

「そういや名前聞いてないな。嬢ちゃん……じゃねえや、坊ちゃん。何て言うんだ?」

「今、わざと間違えました!?」

「何言ってんだよ!わざとじゃねえって!」

と、再び男は笑いながら言った。

「そ、そうですか……僕は……レイ・キレスと言います。」

レイの名前を確認した上で、その男も自己紹介をした。しかし、この間にも少女と間違えたワートンが疑問に思えて仕方が無かった。

「ワートン・ディアラだ。よろしくな。坊ちゃん。」

白髪が目立つワートンという男。その男は、レイの目から見ても壮年男性にに見える。しかし口調は若々しく、言葉だけなら年を感じさせない。その為か、厳かでありつつも軽快な印象をレイは持った。

「ワートンさんが、僕を助けてくれたんですか?」

「いや、違う。もう一人が助けた。」

「もう一人……ですか?」

ワートンは咳払いし、言った。

「スパーダ・スクードって言う奴だ。変わった名前だろ。」

明らかに奇妙なその名前にレイは違和感を覚えた。苗字はイタリア語で盾。名は同じくイタリア語で剣。偽名なのかとさえ、レイは思った。

「スパーダ・スクードさん……ですか?」

レイは疑問を抱きながらワートンに聞く。

「お前さんの表情見てたら分かるぜ。察しの通り本名じゃねぇ。本名は本人の意向で出すなって言われてるから俺はそれに従ってるだけだ。」

何やら訳ありの様子。レイは首を傾げた。

「それより腹が空かねえか。」

「お腹……そういえば……」

ワートンの言葉で思い出す、空腹感。それと同時にレイは腹部を抑える。自身の胃が収縮しているのを感じた。

「飯は作ってやろかなって思ってた。あと、風呂も入れている。どうする?入っとくか?」

「え、お風呂があるんですか!?」

風呂はレイの故郷であるモントリオールにも普及している。日本の文化が浸透しているからだ。まさかこのエジプトで風呂という言葉を聞くなど、思いもしなかったのだ。

「あの、出来ればお風呂に入りたいです!構いませんか?」

セイントバードに助けられて以来、風呂に入っていなかったレイ。ここで入浴が出来るという喜びを、感じていたのだ。

「じゃあ入ってきな。風呂上りの服とかは用意しておいてやるから。その間に飯作ってやるよ。」

「あ、ありがとうございます。」

と、言った後でレイは風呂場へ向かった。ワートンは笑いながら台所へ向かい、レイに食べさせる料理を作り始めた。

 

 

ザバァ

 

湯の心地良さはよく知っている。肩まで浸かる事で、全身に温もりを感じている。親切な初老の男が、レイの為に準備をしてくれたのだ。

「ふぅ、気持ちいい……久しぶりだなぁ、お風呂なんて……シャワーばっかりだったから……」

体は休まる。ワートンも恐らく悪人ではない。それには安心しているレイだったが……

「しまった、Eフォン、忘れた……連絡、取れないや……」

彼はセイントバードを出る時にEフォンを忘れてしまっていたのだ。すぐに戻るつもりでおり、まさかこのような事態になるなど想像もしていなかった為である。

ネルソンやエリィ達と連絡が取れず、この先どうすれば良いか分からないレイは、湯船の中で体育座りのままぶくぶくと水面に泡を吹いて気を紛らわそうとしていた。

(こんな事になるなんて……僕は何をやっているんだろう……)

レイは自分を責め始めた。元はと言えば彼が感じた、優しい“感覚”が発端だ。しかし今更自分を責めたところでどうにかなる話ではない。

(後で、お礼を言って……すぐに出る準備をしなきゃ。エリィさん達に迷惑を掛ける訳にはいかないし……)

と、彼は考えていた。

 

 

 

風呂から上がり、レイは用意された服を着替えた。だが彼にサイズが合っていなかったのか、上半身のTシャツを着ただけで、下半身の3部丈分程度は覆える程の大きさだ。少し違和感を覚えたものの、着替えてすぐに、ワートンの元へ向かった。

リビングにはワートンが料理を並べている最中だった。その時にレイは

「お風呂、ありがとうございました。」

と、きちんと感謝の気持ちを伝えた。それを聞いてワートンは笑い始める。呆然とした様子でレイはじっと見つめた。

「ははは、なぁに、例には及ばねえよ。服はちょっとでかいけどな。それより、飯ができたぜ。」

「はい、お願いします。僕、お腹が空きました……」

空腹の為か、溜息を吐くレイ。それを見てワートンは彼を椅子に座らせた。レイが座ったのは木製の椅子。この事から、ワートンは木造に何らかの拘りがある人間なのかと、彼は考えた。

「ま、子供はたくさん食べて成長しないとダメだよな。じゃんじゃん食いな!」

そう言われ、レイは目の前にある多量の料理を食べ始めた。

彼の目の前に置かれていたのは中華料理だった。炒飯をはじめ、酢豚、青椒肉絲等の様々な料理が並べられている。程よい油加減はレイの味覚をより刺激した。

「美味しい……美味しいです!中華料理が得意なんですか?」

そう言われ、ワートンは自慢げに話す。

「美味いだろ!大分腕をあげたんだぜ!これはな、ある若い女の子に教えてもらったんだよ。なんか、彼氏とベタベタしててあんまり印象は悪かったけど料理はマジで上手いからな。」

「それって、どういうきっかけがあったんですか?」

何気なく、レイは聞いた。

「風の噂ってやつよ。中華料理が上手い女の子がいるって話を聞いたもんだからさ、それで聞きつけたらすげぇ可愛い女の子でさ、教えてくれって言ったらあっさりと教えてくれたわけよ。」

初老の男が、若く、しかも彼氏のいる女の子にわざわざ料理を教えてもらっている姿。レイは思わず笑ってしまった。

「本当にありがとうございます。あの、僕この後すぐに出なきゃいけないです。待たせている人が居て……Eフォン、忘れちゃって……だから急いで戻らないと――」

と、レイが言った時だ。ワートンの目つきが少し、変わった。

「やめといたほうが良いぜ。少なくとも、明日の朝になるまではな。」

「え、どうして……ですか?」

「この町は治安が悪い。特に夜は一人で出歩くのは死ぬようなもんだぜ。聞けばお前さん、一人でこんな街をうろついてたって言うじゃねえの。ここで助けて貰ってるのが奇跡的だぜ?」

「そんな……そうなんですね……」

すぐにセイントバードへ戻ろうと考えていたレイの試みは失敗した。ワートンの言うように、アレクサンドリアは治安が悪い街だという。その情報を聞いていなかったレイはただ、溜息を吐く。

「戦後の混乱で妙な輩が増えてきてな。それに対抗して軍も見回り強化。しかもたまに銃撃戦もある。首都のカイロ程じゃねえが、犯罪率は急上昇。一人で出歩くのはマジでやめとけ。」

ワートンの言葉もあり、レイはしぶしぶ、すぐに出歩くのを諦めた。

 明日の朝まで待たなければならないという現実。その上Eフォンを忘れるという失態。ネルソン達と連絡を取ることが出来ず、ただ、彼は呆然としている。

「そう言えばさ、お前さんってどこから来たんだよ?」

と、話題を変えるようにワートンは聞いてきた。

「僕は……」

レイは自身の事を伝える。ここまでの経緯について。故郷の事、MSの事、セイントバードの事等。

 それらを伝えた時、ワートンの目は見開かれた。

「へぇ、お前さんもなかなか冒険してんのな。女顔の凡人坊ちゃんと思ってたけどなぁ。」

「それで、色々とありまして……」

「MSにも乗った事があるんだって?そりゃすげえ。」

「ええ……まあ。」

レイの事を知り、感心する様子のワートン。

「んで、早く帰らねえとってなった訳か。話が合うな。」

「そうなんです。でも、外が大変なんですよね……?」

「まあ、今は安全に過ごす事を優先するこったな。それより飯食べろよ。最期の晩餐になるかも知れねぇんだからよ。」

「はい……はい?」

突如、不吉な言葉を発したワートン。

 

ジャキン

 

その時だ。ワートンは突然銃を取り出した。それはレイにとって見覚えのある銃だった。ネルソンが、護身用に渡してくれた銃だったのだ。

その銃を片手で構えるワートン。標的は、目の前で作った料理を食べているレイだ。

「えっ……?」

「悪いな、お前さん。ずっと気にはなってた。お前さんみたいな子供が、こんな拳銃なんて物騒なもの持ってるなんておかしいだろ?」

先程のひょうきんな目つきとは違った、真剣な眼差しで、レイを見る。先程までのワートンとは明らかに違う、人を疑う目だ。レイの表情は食事による悦楽から一転、焦燥に駆られる。

レイにとって今何が怖いのかと言えば、自分の持っていた銃を向けられていることである。

「それは……人に渡されて……護身用って……」

説明をするレイだが、ワートンは聞く様子を見せない。

「可愛い女顔の坊っちゃん。お前、まさか氷河族じゃねえだろうな?」

「え……え……?」

突然ワートンの口から出た奇妙な言葉、〝氷河族〟。レイは、彼が何を言っているのか理解に苦しんだ。

「わ、分からないですよ、そんなの!違います、違いますよ!」

「お前さん、銃を持つってのはいくらでも言い訳が出来るんだぜ。護身用って言いつつも本当は暗殺する為に銃を使う奴だっている。」

レイは懸命に頭を横に振る。必死に、否定している。だがワートンは全く聞く様子を見せない。

「氷河族の連中……特に子供連中は演技力を教え込まれるって聞く。子供は大人から見て油断するからな。そこで銃を撃ち、標的を殺す。良い女を使って男を騙して貪る、美人局の子供版みたいなモンだぜ。」

そう言いながら、レイに銃口を近付ける。豹変するワートンの姿に、彼は恐怖を抱くしか出来ない。

「お前さんさ、証拠がない以上は生きて返すわけにはいかないんだよ。氷河族かも知れない危険な人間、うちも入れたくないんだよな。」

「そんな……そんなのって……」

レイは懸命に弁解する。しかし、ワートンは疑い続ける。

「じゃあな。組織の人間なら俺はガキだろうが躊躇わないのさ。」

そして、ワートンは引き金を引き始めた。このままでは撃たれる――

レイは目を瞑り、ワートンに撃たれるのを覚悟した。

 

ピューッ

 

「ひぁぁっ!?」

レイは甲高い声を上げた。頬に、冷たい液体が掛かるのを感じた為である。

 慌ててレイは目を開く。すると、大きく笑っているワートンの姿があった。彼が手にしているものは銃ではなく、水鉄砲だったのだ。

「わははははは!どうだ、驚いただろ?」

「それって……水……!?」

「ははははは!すまねえなー、ちぃっとばかりびびらせちまったよ!」

と、笑いが落ち着かないワートン。レイは、ただ、呆然と見るだけだ。

「なぁに、心配はいらねえ。この銃はうちに元々あったやつでさ、お前さんの持ってた銃とそっくりなんだよ。んで、お前さんの銃はこれ。」

と、ワートンはもう一つの銃を左手に手をしていた。彼の言うように、ワートンはレイの持っていた銃とそっくりの水鉄砲をレイに向けたのだ。

 彼なりの冗談行為ではあったが、レイは動揺が収まっていなかった。

「スクードが助けたって言ってるのに銃を撃つ奴がいるかよ!それにな、お前さんは顔が可愛いからな、ついいじめたくなるんだよ。そう言う顔してるぜ。いや、ほんと。」

この瞬間、レイの動揺が消えた。その次に、ワートンに対して言った。

「殺されるかと思ったんですよ!嫌な演技しないで下さい!」

と、レイは怒ったのだ。殺されると思った恐怖からの冗談は、レイにとっては怒りを感じる十分な要因だったのだ。

「おいおい、マジギレかよ……。」

本気で怒っているレイ。それも、まだ大人の余裕が出来ていない、子供である何よりの証なのかも知れない。

「だって……怖かったですよ……とても……」

信用している人に裏切られたような感覚。レイからすれば恐怖以外の何者でもない。そうした状況に慣れていないレイはうっすらと涙さえ浮かべでいた。

 いくら冗談とはいえ、レイにこの冗談は通じない。彼自身、真面目に育ってきた少年であり、こうした事をされると怒ってしまうのだ。そして恐怖が解き放たれ、涙を流すのだ。

「おいおいおい、泣いちゃったよ。やりすぎたなぁ、やれやれ……」

脅し、泣かしてしまった事に対してワートンは溜息を吐いた。

「まあ、その様子から見ても間違いなくお前さんは氷河族の人間じゃないってのは分かる。それどころか、多分特殊な訓練も受けてない子供だろうな。見た所、凡人か……」

 凡人という言葉は何故かレイを安心させた。“普通”でありたいと思うレイにとって、こういう風に言われるのは有難い事だ。

「ところで……氷河族って何ですか?」

レイから出る疑問。それは先程から彼等が述べている、〝氷河族〟とは何なのか。ワートンが言うには近年出現している犯罪組織だと言う。

「戦後になって急速に勢力を伸ばした犯罪組織だよ。連中は落ちこぼれの人間やガキを使って犯罪行為を働く連中だ。お前さんみたいなガキだっている。」

「犯罪組織……?」

犯罪は人の過ちだ。人が成長していく中で、人は様々な善悪を覚える。それらが過度に拗らせた時、人は犯罪に走る。それが世間では“英雄”と称えられる行為であっても、法律上で“犯罪”と見做されればそれは犯罪なのだ。

「昔からギャングとかマフィアとかの、連中がいただろ?そうした連中の中で新しく出来たのが、氷河族って奴等って訳。その内情は複雑極まっているらしいケドな。」

ワートンの言葉を聞くに、彼自身も氷河族と言う存在をあまり把握している様子ではなさそうだった。

「要は、悪い事とかを平気でする人達って事ですか?」

聞き慣れない言葉の為、レイは理解するのに苦労した。

「分かりやすいな!まあ、そういう事だな。」

ワートンは、笑いながら言った。

「ああ、そうそう。お前さんにちょっと、見せたいものがある。きっとびびるぜ。」

「見せたいもの……?」

「飯食べたら俺の部屋に来いよ。」

そう言って、ワートンは自分の部屋に戻っていった。この時、レイはテーブルに置かれている、残された食事を食べる事にしたのだった。

 

 

 

食事を終えたレイはワートンの部屋へ向かう。扉をノックし、レイはその部屋に入る。

「う、うわぁ……」

そこに見えたモノ……レイの澄んだ青い瞳に映ったのは、無数の銃だ。ショットガンや、ハンドガンや、マシンガン等、銃の種類が充実している。その種類は見ただけでは判別出来なかった。

「どうだ。凄い種類だろう。俺が集めた!」

「これ全部ワートンさんの……?」

「俺は実は銃マニアでね、デウス動乱の時も銃弾のエキスパートって言われていたんだよ。狙撃なら百発百中!デウス軍の暗殺部隊として活躍してたんだよ。」

ここで、ワートンがデウス軍だと言う過去が明らかになった。ネルソンも元デウス軍だと言う事を考えると、もしかすれば、彼はネルソン同じ環境で過ごしていたのかも知れないと思う、レイ。

「けどご存じの通りデウス軍は連邦に負けちまって、生き延びた俺は隠居生活でも始めようか……と思ってた。けどな、さっき言ったスパーダ・スクードと出会った。そいつは俺が助けたんだよ。奴は死にかけてたからな。」

「そうだったんですか!?じゃあ、ワートンさんは僕を助けた人の命の恩人って事ですか?」

「そういう事になるわな。」

ワートンはショットガンらしき大型の銃を、乾いた布で拭きながら言った。

「隠居生活するにも生活費が必要だ。それに趣味の銃集めするにも金が要る。ケド俺は御覧の通りご老体。それで奴に条件を出した。」

「条件?」

「スパーダ・スクードをバンディットとして働いてもらって、生活費を稼いで貰ってるんだよ。そしてその代わりに、飯や寝床を提供している。」

つまり、ワートンが家事担当で、スクードが生活費などを稼ぐという条件で二人は生活しているという事になる。

 ここでレイは一つ疑問を抱いた。“バンディット”とは何か……だ。

「あの、バンディットって……何ですか?僕、聞いた事はあるんですけど、分からなくて。」

彼がその言葉を初めて聞いたのはアスーカルとウネフがカイロの喫茶店で喋っていた時だ。ここでも同じ言葉が聞けた為、レイは聞いてみた。

「これも戦後になって出た職業だな。いや、万事屋みたいなモンか。」

「万事屋……?」

「そいつは、戦後にある人間が運営するSNSのサイトから始まったとされてる。そこで“バンディット”として登録する事で、依頼を受けた仕事をこなすっていうのが主な流れ。交渉次第では破格の額を得る事も出来る、夢のある仕事だぜ。」

ワートンは別の銃を乾いた布で拭き始めた。

「元々無法者って意味だがそれを曲解して、“何でもやる”“万事屋”といった解釈が生まれるようになって、バンディットって呼ばれるようになった。探偵業とか殺し屋とかをやる連中もいる。基本的に依頼の内容は何でも良い。だからバンディットはそれぞれ専門分野を作り、サイトに登録して自身の仕事を売る。それを気に入った依頼者がそのバンディットに依頼するっつーのが流れ。」

「そんなの、犯罪じゃないですか?」

当然の疑問だ。普通殺し屋等の経営していることが発覚すれば咎めを受けるのは間違いない。

 しかし、バンディットの最大の特徴は、その“サイト”の存在にあった。

「それがミソなんだよ。SNSってのは底深くに存在している深層ネットってのがある。普通の人間や並みのハッカー等じゃ絶対に分からねえ場所だ。Eフォンとかで検索してもそんな情報を知っている人間なんて軍の情報機関ですら見つけるのは難しいと言われるんだ。まず見つからねえ。それに軍が見つけたところでそれを脅威には思わねえよ。」

「それを知る方法って、どうやるんですか?」

「お前さんみたいな平凡な子供にそんなもん教えてどうする?俺はバンディットは高額報酬を得られるからスパーダに協力しているけどな、無暗にお前さんみたいな子供を危険な行為に巻き込む気はねぇよ。」

それはワートンなりの気遣いだ。彼の言葉を聞く限り、バンディットは非常に危険な存在である可能性が高いと、考えた。

「サイトへのアクセスも一部の人間しか知らねぇ。しかもバンディットってのは厄介でな、一度登録すれば撤回が出来ねぇ。スパーダはそれを覚悟した上で受け入れてくれたよ。」

「どうして撤回が出来ないんですか?それじゃあ、スパーダって人がもしバンディットを嫌になったら止められない……」

自分を助けてくれた人間に対する同情だろう。レイの表情はどこか虚ろだった。

「運営者の秘密を知ろうとする奴を減らす為だろうな。元々公になっていない危険な職業だ。それを知ろうとする馬鹿なジャーナリストもいるからな。その秘密を知り、暴こうとする奴も一定数居てる。」

「もし、知ろうとしたらどうなるんですか……?」

レイは恐る恐る、聞いた。

「消される。」

と、ハッキリと言った。レイはパチパチと、瞬きをした。

「どういうカラクリかは知らねえけど、バンディットの運営者の秘密を知ろうとした人間の全てが何かしらの制裁を受けてる。」

ワートンは、椅子に座り、引き続き語る。

「SNS上で馬鹿な事をする奴っているだろ?普通の人間がやらなさそうな事とかをあえて動画とか音声でアップロードして、検証してみた!とかやるやつ。そんな簡単なノリでバンディットのサイトに登録する奴も居てんだ。」

レイも見た事があった。Eフォン等のデバイスを使い、誰もがSNSを経て発信や配信が出来るシステムがある。それらをすることで利益を上げている人間が一定数いる。それを真似て配信を続ける人間が後を絶たない。

 それには自己顕示欲や己の利益、単純に他者への貢献等をする者も多い。だが多くの人間は継続できず、膨大な数の情報に埋もれて終わる。

「その噂だけを聞き、実際にバンディットのサイトに登録し、その運営者を特定しようとする為に、動画を取ってSNSに流そうとした馬鹿の極みみたいな奴も過去にいたんだよ。そいつは速攻で消されたケドな。確かアメリカの方だったかな。不審死で片づけられたな、確か。」

「なんだろう、怖い世界だ……」

レイは世の中の裏事情を、少しだが知った様子だった。

そして、このような危険な仕事を、アスーカルはしていた……と、考えていた。高額な報酬を得られる分、一度登録すれば抹消は出来ないという問題が生じるのだ。

 アスーカルは高額報酬を得られるかも知れないバンディットと、MS乗りをして生計を立てていた。だが資金繰りが思わしくなく、最終的にレイと交戦し、彼は命を落とした。その背景を知った時、レイの表情は暗くなる。

(あの人、そんな事もやってたんだ……)

「どうした?」

「あ、いえ……」

今更憂いても仕方がないのは分かっている。バンディットと言う裏家業の事を知ったレイ。彼が倒した人間がそれをしていたという事を知った為、余計に悲しい気持ちになったのだ。

 そして、レイを助けたスパーダという男性もまた、バンディットという事。レイを助ける人間は何らかの形でバンディットが関係しているのもまた、因果なのだろうか。

「それよりそろそろ夜も遅いぜ。もう寝るか?俺は酒でも飲んでもう少しのんびりする。坊主は早く寝て、大きくなれば良いんだよ。」

と、言われ、レイは時計の方を見る。短針は11の数字を指していた。それに気づいた時、彼は僅かだが眠気を感じていた。

「はい……ありがとうございます。」

気を失っていたレイを助けた男、スパーダ。そしてそのスパーダの生活面を支えている男、ワートン。レイはまだ、スパーダの存在を見ていない。だがワートンの話し方や様子を見る限り、安心できる存在なのだろう……と、考えていた。

 

 

 

 それからレイはワートンに案内され、先程まで眠っていたベッドの上に、転がるように倒れ込んだ。明かりは消され、部屋は暗くなる。

 この時、レイは一つの事を考えていた。

(結局、あの感覚って何だったんだろうか……)

ワートンによって様々な事を聞かされたレイ。氷河族、バンディット等。今まで彼が住んでいたモントリオールでは聞くことのなかった単語達。多くの事を聞き、学んだレイ。

 だが一つの疑問がある。それは、彼が朝に感じた、“優しい感覚”の正体だ。それは一体何なのか。何も分からないまま、レイは目を瞑る事にした。

 

 

――――――――――――――――――――死ね――――――――――――――――――

 

 

レイは再び“あの夢”を見た。何度も見る悪夢。そしていつも、レイは殺される直前で目を覚ますのだ。

「はぁっ!」

目を覚ましたレイ。近くにある時計を見ると、短針は5の数字を指している。

 朝早くに目を覚ました彼は、もう一度眠りに就こうとするのだが、一度目を覚ましている為か、眠ろうにも眠れない。

 

ピキィィィ

 

(今の……あの時の感覚……!)

まるでレイが目を覚ますのを待っていたかのように、昨日の朝に感じた“感覚”が再びレイを包んだ。それを感じた時、彼はベッドを飛び起きていたのだ。

 

 リビングへ向かうレイ。すると、明かりがついていた。恐らくワートンが起きているのだろうと思っていた。

 近づいていくと、話し声が聞こえてきた。ワートンと、もう一人の男の声。その男の声はワートンと比べて、若い。

「ご苦労なこったな、こんな状況で。」

「まあ、今日は昼までは居る予定だよ。それまではゆっくりとさせて貰おうかな。」

「そういやお前さんが助けたって坊主が寝てるぜ。」

「無事だったんだね、そりゃ良かった。」

会話が聞こえる。レイは、そろり、そろりと近づき、壁の所でそっと聞いていた。

 

ピキィィィ

 

(あれ……この人……?)

再び、レイは“感覚”を感じた。

(この感じは……?)

その時、レイはもう一人の声を“聞いた”。

 その際、両者は顔を合わせていた。壁側でこっそりとワートンと男を見ているレイと、レイを見る男。その“感覚”は両者をまるで引き合わせるかのように、互いの脳に電流が流れたのだ。

「貴方……は?」

「君……は?」

レイが感じていた、“感覚”の張本人。それが、目の前にいる男だと、彼は直感で感じ取っていたのだ。

「おうおう、どうしたんだよ?」

互いの目が合ったのを確認するワートン。だが何が起きたのかを理解していない様子だった。

「ああ、坊や。こいつがお前を助けたスパーダ・スクードだぜ。丁度さっき帰って来たんだよ。」

「スパーダ……さん?」

レイを助けた青年、スパーダ・スクードが目の前にいた。そして、レイはこの青年から、優しい暖かさを感じていた。

 彼がずっと感じていた感覚の正体。それは、目の前にいる青年、スパーダ・スクードだったのだ。




第十五話投了。新生連邦側に四機もガンダムタイプが投入されるという話。後半、レイが出会った人物は今後の話に於いても重要人物となります。


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第十六話 光る、人

スパーダ・スクードメイン回。彼はバンディットと言う仕事をしている。依頼された仕事の中で、反政府デモと新生連邦軍との衝突に巻き込まれていく。


 レイは目の前にいる青年、スパーダ・スクードに対して暖かさと優しさを感じていた。初めて会う人間の筈なのに、何故これ程の暖かさを感じるのか……それは、彼自身分からない事だ。

 初めて会う人間でもその立ち振る舞いや雰囲気で人はどのように接するかを本能的に考える。相手が穏和な印象を持てば話し掛けやすく、逆に、手厳しい印象を持てば恐怖や緊張といった感情を抱く事もある。

 だが、それはその時の心境による。心に余裕、豊かさがあれば他者へ厳しい対応をする事はあまりないだろう。しかし心に豊かさを持たない場合は厳しい対応をするかも知れない。

 レイの心境は然程、苦しい状況ではない。だが相手はどうだろう?自分を助けてくれた人間ではあるが、ワートンの話を聞いている限り、彼はバンディットという、裏稼業をする人間だ。レイに対し、どのような感情を抱くのだろうか。

「目を覚ましたんだね、君。良かったよ、いや、本当に。」

青年の第一声だ。それは穏和で、優しいものだった。

「僕を助けてくれた……人……ですよね……?」

確認をするように、レイは言った。

「ああ。路地裏で倒れてるのを助けた。それで、ここに運んだんだ。」

青年は言った。

「あの、その、ありがとうございます!お礼、言いたくて!」

不思議な感覚に翻弄されながらも、レイはお辞儀をした。焦燥に駆られた様子で礼をするレイの姿を見て、青年は思わず笑ってしまった。

「そんなによそよそしくしなくても良いのに……」

「あ、えと……」

動揺しているレイ。それを見た青年はそっと深呼吸をし、口を開いた。

「てか、立ちっぱなしじゃ緊張するんじゃないか?椅子に座って、コーヒーでも飲んで話したら良いよ。ワートン、この子にコーヒーお願い。」

「なんかお前さんに随分緊張してんな。坊ちゃん。」

青年に言われ、ワートンはコーヒーを用意する準備をした。

 やがてレイは青年に案内されるように椅子に座り、同じように青年も椅子に座る。レイと青年は、対角面上で座るような形をとった。

(あ、なんかこの形、少し落ち着く気がする。)

椅子に座った時、彼の動揺は僅かながら落ち着いた様子だった。

「ふう、君、名前は何ていうの?」

青年はレイに名前を聞いた。普通ならば名前を答えるのだが、何故か、レイは言葉が出ない。

「レイ・キレス……だったよなぁ、お前さん。」

と、ワートンがコーヒーを持ってきた上で、動揺しているレイに救いの手が差し伸べた。ワートンの言葉で少し動揺は治まり、彼は改めて自己紹介をする。

「えっと、はい。」

「レイ……か。傷口は痛まない?」

「はい、大丈夫です。」

その際にワートンはコーヒーを両者に渡した。暖かいコーヒーは淹れたてであり、湯気がふわりと天井に向けて登っている。

 レイと青年は砂糖を入れ、互いにコーヒーを飲んだ。ほんの僅かな苦味と甘味を両者は感じていた。

「レイって呼ぼうか。少しは落ち着いた?」

「はい!その……スパーダ……さん。」

スパーダ・スクードという名前が偽名なのは分かっていたからこそ、少し呼びにくいと感じていた。

 人は偽名を呼ぶ時や、呼ばれる時に躊躇う事がある。それは、会話する上で喋りにくいからだ。それがその人物に馴染んでいるならば話は別だが、あまり呼び慣れていない呼び方をされると、呼ぶ方も、呼ばれる方も違和感を覚えるのだ。

「しかし、驚いたよ。だってさ、女の子が一人あんな路地裏で倒れてるんだから。」

「え?」

レイはまたしても少女に間違えられた。それを見ていたワートンは大笑いをし、青年に教える。

「ははははは!お前さん、これだけ話しててそりゃねえわ!俺はこいつを“坊ちゃん”って言ってるだろうが!」

「え、そうなの!?いや、だって……どう見ても女の子だろ?」

このやりとりはレイを怒らせるのに十分だった。助けて貰った事には感謝をするレイ。しかし何度も続く性別の間違いは彼にとっては屈辱以外、何者でもない。

「僕は男ですよッ!!!」

感情が入った言い方をした。その表情を見た時、青年はどっと、大笑いをした。

「ふっ……あははは!なんだ、そんな大きな声出せるんだ!ずっと緊張してたからさ、なんかかえって安心したよ!」

レイからすれば失礼な言動だと思っていた事だが、この場の緊張を解すのに、十分な効力を発揮した。

 不思議な感覚を持つ青年、スパーダ。レイは彼から優しさ、暖かさを感じているものの、それを、どう表現すれば良いか分からないでいる。しかしこの出来事が、両者の距離を少しでも縮めるきっかけとなったのだ。

(さっきの感覚は気のせいか……)

と、この時、スパーダは考えていた。

 

 

 

時間が経ち、レイはスパーダに対してそれなりに親しく話せていた。ワートンはこの二人の空間を邪魔しないように片づけをしている。

会話をしている内にいつの間にか慣れたのだろうか、レイは敬語を使いつつも、すらすらと言葉が出るようになっていた。彼は自身の出来事を伝え、スパーダはそれに対して相槌を打つ。

「君がMSに……ね。」

そう言う彼の表情は、どこか暗かった。

「どうしました?」

「いや、ちょっとね。」

レイのような少年がMSに乗っていると言う話自体、やはり側から見れば信じられない事なのだろうか。しかしレイ自身は事実を言っているに過ぎない。ワートンとスパーダという人物からは危険と思わないからこそ、レイは自分自身の事を言うのだ。

「あの、スパーダさん、変な事を聞いて良いですか?」

レイは唐突に、聞いた。

「その……変な事かも知れないんですけど、スパーダさんって、“シンギュラルタイプ”って言われたことありますか?」

その言葉を聞いた時、スパーダの表情は変わった。

「シンギュラルタイプだって……?」

レイから、まさかそのような言葉を聞くとは思わなかったスパーダ。先程とは明らかに違う、表情をしている。

「まさか坊ちゃんからそんな言葉が出るとは思わなんだぜ。なあ、お前さん。」

デウス動乱時に多くの兵士が投入され、その中で多大な戦果を挙げた存在、シンギュラルタイプ。レイのような、戦争を知らない、ごく普通に育った人間からそのような言葉が出るなど、思う筈が無かったのだ。

「変な話なんですけど、僕、スパーダさんからずっと感じてたんです。暖かい感覚というか……不思議な感覚を。こんなのって、変ですよね……?でも、本当なんです!」

上手く言葉に出せないレイ。感覚の話という、具体性のない話など信じて貰える筈がない……と、考えていたのだ。

「俺がシンギュラルタイプだったとしたら、それはどうなると思う?」

今度はスパーダが質問をした。

「えっと、どうなるんだろう?」

レイは、頭を抱えた。スパーダから感じる優しさ、暖かさだけを追った結果、彼はスパーダ・スクードに辿り着く。だがその後のことは何も考えていなかったのである。

「君みたいな人間が、シンギュラルタイプなんて単語を出すってのも不思議な話だけどね。話を聞いていても、戦争なんて全く関係ない所で育ってると思うんだけど、何故その話が出るのか……」

戦争を有利に働いた存在であるシンギュラルタイプ。だが、レイは戦争を知らない。戦争を知らない少年が力を持つという事自体、本来ならありえない事だ。

「人間って不思議だよな。まさか君みたいな子に出会うなんて、俺もびっくりだよ。」

スパーダはカップに残っていたコーヒーを、全て飲み干した。

「けど一つ言える事があるとすれば、力を持っていたとしてもその目的が明確じゃなければ意味は成さない。例えば、平和世紀になった今では望まれる事ではないけれど、戦闘中で生き残る為とか、何かを守る為……とか。」

「何かを守る為……」

同じような言葉を、彼は聞いた事がある。ネルソンなや、エリィの言葉だ。

「俺もMSに乗って戦った事がある。そして、その力に何度も助けられた。結果、この力で皆が称賛した。」

スパーダもMSに乗った過去を持つ。そこで戦い、生き延びてきたのだ。

「しかし力を持つ事は良いことばかりなんかじゃない。MSに乗って戦った所で、何も得られない。それに力を持つことで、戦争で勝つ為の道具扱いされる事だってあった。」

彼の表情は、険しくなっていく。

「力を持った人間はそれを求め過ぎる。その結果、暴走する事だってある。」

「暴走……?」

それは何を意味するかは分からないが、レイは彼の言葉に、恐怖を抱いていた。

「レイ、君が力を持つ存在なのかも知れないのなら……その力を過信しすぎない事だ。何故君がMSに乗っているのかは敢えて聞かない。事情があるのは間違いないだろうから。」

それは、スパーダなりの優しさだ。普通、レイのようなごく普通の少年がMSに乗ると聞けば、事情を聞くのが普通だ。だが彼は警察官や何らかの組織などの人間でもない。つまり、聞く必要がないのだ。

「で、君は今、どこに所属しているんだ?MSに乗るっていうからにはどこかに所属しないといけないだろう?」

「それは……」

レイはセイントバードの事について説明した。MS乗りであるセイントバードチーム。そこに今は世話になっているという事を、スパーダに話す。

「そこのエリィさんって人にお世話になってまして――」

レイの言葉を、スパーダは遮った。

「エリィ……?今、エリィって言った?」

青年の表情が一変した。

「え?はい……。」

「フルネームは?」

「エリィ・レイス……」

スパーダは、バン、とテーブルを叩き、レイの顔に近づいた。

「それは本当か!?まさか、レイからその名前を聞くなんて!偶然だな!いや、本当に!」

「え……知り合いなんですか!?」

「ああ!戦前にね!何だろう、凄い偶然だ!」

スパーダは一人、興奮していた。そして意外な事実を知る。

 エリィと彼は知り合いだったのだ。それはレイにとっても衝撃的な事実であった。

「で、今どこに居るんだ?もし用事が終われば会いにいきたいな!」

「それが――」

レイは自身の事情について説明をした。

 アレクサンドリアの港にある、セイントバードという艦の艦長を務めているという事、先日までは砂漠の狩人と激戦を繰り広げていた事等、彼が知る限りの情報を、青年に伝えたのだ。

「じゃあ、近くに居るんだな!まだ居るって事だ!昼からの仕事が終われば会いに行こう!よし、そうしよう!」

 久しく会っていない知人に会う時、人は気持ちが高揚する。それが仲良かった人間ならば尚の事だ。青年とエリィがどのような関係なのかは定かではない。

 ただ、レイは以前にエリィが言っていた事を思い出していたのであった。

 

―――――――私は特別な人達と一緒に戦場を生き残ってきたんだよ―――――――――

 

(この人が、エリィさんの言う、“特別な人”の内の一人なのかも。)

レイは、じいっと、喜ぶ表情の青年を見て思った。

「あの人、今艦長なんてやってるんだ!凄いなぁ!昔はオペレーターだったのに、随分出世したなぁ!えっとさ、MS乗り……だっけ?」

「えっと……はい。」

「MS乗りとはいえ艦長なんて!どんな感じなんだろうなぁ、ああ、早く依頼を終わらせなきゃなあ!」

いつしか、スパーダの方が、気分が高揚している様子だった。デウス動乱時に共に戦った人との再会。彼の過去に何があったのかは知らないが、恐らく、デウス動乱中は壮絶な戦いを続けていたのだろう。

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ

 

その時、銃声が聞こえた。機関銃によるものだろう。それから悲鳴が聞こえる。

 外で何が起きているのだろう。レイは急に起きた出来事に対し、驚きを隠せない。

「反政府デモの連中が撃ってやがるな……」

ワートンが舌打ちをし、言った。

「反政府デモ……?」

反政府デモ。それは文字通り、政府に対するデモンストレーション行為。だがそのデモの内容は非常に過激であり、常に死者が出る程。

 エジプト政府はテロリスト等の武装勢力ややMS乗り等の入国ですら、多額の金銭を入国時に支払う事で入国することが出来る。その結果、治安の悪化が大きな問題となっている。

 カイロでも爆破テロが起こっていた。そして新生連邦政府による無差別攻撃。こうした現状があり、市民は苦しい生活を余儀なくされているのだ。

 それが発端となり、ここ最近ではこうした反政府デモが過激になってきている。その事が治安の悪化を余計に招いている。

「戦後になってからアレクサンドリアは治安が非常に悪くなっちまった。昨日お前さんを一晩置いたのはこうした事情もあるんだよ。デウス動乱みたいな戦争中でもないのにこんなドンパチやってんだ。恐ろしいもんだぜ。」

外に出れば銃撃は避けられない。これはどういう事を示すのか?答えは一つ。レイは、外に出られないという事だ。

「坊ちゃん、もう少しばかりここに居た方が良いかもな。」

「そんな……そんなのって……」

セイントバードに帰るという、希望が途絶えた。だが身の安全を考えた時、今はここに世話になる以外の選択肢はない。不本意ではあるが、仕方がないのだ。

「やれやれ、随分厄介な状況だな。ま、そんな時でも仕事は行きますよっと。」

そっと、スパーダは言った。

「仕事……え、もしかして……こんな状況でも仕事なんですか!?」

彼の仕事。それはバンディットの仕事だ。彼はバンディットとして、依頼をこなし続けているのだ。今回は偶発的とはいえ、反政府デモとエジプト政府の衝突の最中、出掛けなければならないという状況に陥ったのである。

「そう。今回はいつも世話になってる所だからね。こんな状況だから、余計に心配だ。」

スパーダがそう言った直後だった。

「あの子供達の所か?」

ワートンの言葉に対し、スパーダは静かに頷く。

「反政府デモが過激になってるからな。気をつけろよ。」

この言葉に対し、スパーダは静かに言った。

「大丈夫、きちんと帰ってくるよ。」

そして、レイを見て言った。

「レイ、俺が戻ってきたらさ、エリィさんの所に案内してくれよ。それまでにデモが止んでくれれば良いけどね。」

そう言った後、スパーダは去って行った。

 優しく、温かい感覚を持つ青年、スパーダ・スクード。彼はシンギュラルタイプかも知れない存在。そして、エリィとも知り合いだ。

 このような偶然は果たしてあり得るのだろうかと、考えるレイ。その上彼はバンディット。バンディットの事はワートンから聞かされた程度ではあるが、レイにとっては、全貌ではない。

 そして、彼の次の仕事は、“子供達”が関係している。それは何を示すのかも不明だ。しかし青年から感じる暖かさと優しさを感じているレイは、出掛けたスパーダに対して安心感を抱いていた。

だが一方で、セイントバードへ戻る事が遅れる不安もあった。彼の心は、この二つの感情が相反するように揺れ動いていたのだった。

 

 

 

時間が経過し、スパーダはアレクサンドリア中心部の東側に移動していた。反政府デモと政府軍が衝突する中、彼はデモ隊と政府の衝突に気をつけながら車を駆り、移動していたのだ。

やがて彼が辿り着いた場所。それは、アレクサンドリアの郊外にある孤児院だった。周囲には草が生い茂っており、田園に囲まれている、その場所。

 孤児院。その数は戦後になり、数が増え続けている。デウス動乱時後の混乱期に入った現在。戦争で親を、亡くしたり、親に捨てられたりした子供達を預かる為に建てられた施設。

 今回の彼の依頼は、孤児院の子供達に勉強を教えると言うものだった。これも、バンディットという裏稼業の一つなのである。

「お待ちしておりました。」

孤児院の施設長らしき男性がスパーダに声を掛けた。彼の名前はウィル・ティアムス。白髪が僅かに生えている壮年の男性だ。

「子供達は元気ですか?」

スパーダは言った。

「皆待っていますよ。いつも、ありがとうございます。」

孤児院に施設に預けられている子供達の為に、従来では国内や海外からボランティアが来る事もあった。この孤児院はウィルが一人で運営している。小さな孤児院だ。

しかし今はデウス動乱後の混乱期。戦争による爪痕の影響により世界的に人の数も減っており、ボランティアの数も減少しているのが実情だ。増して、戦後の状況で経済的に豊かな人間とそうでない人間の格差が激しい状況がより著明になっている。

 そうなった場合、無償でボランティアに来てくれる人間も減ってしまう。有償でスタッフの募集を掛けるも、エジプトの現状では人が集まりにくい。

 そこで施設長であるウィルが、バンディットを頼る事にしたのだ。結果、スパーダがこの施設に度々来る事になっていたのである。

 彼の温厚な性格や優しさは子供達の注目の的になった。裏稼業と呼ばれ、殺し屋等の物騒な印象を受けるバンディットではあるが、基本的には万屋であり、このような依頼もこなす。賃金は他の依頼に比べると安い。

しかし、彼スパーダの場合、賃金は勿論だが、ここにいる子供達との触れ合いの時間が大切なのだ――と、考えているのだ。

「中心部は今大変みたいですね。反政府デモが活発になっているようで。」

スパーダが言った。

「こんな状況なのに、すみませんね。本当に。」

「こんな時だからですよ。もし子供達に何かあったらと思うと気が気でありません。」

「私は、貴方のような人に来てもらって本当に良かったと思っていますよ。」

物腰の柔らかい壮年の男性、ウィル。スパーダと顔見知りであり、彼の優しい振る舞いに感謝をしているのだ。

 

 施設の中に入り、スパーダは中にいた少年、少女達を見た。その数は五人。少年が三人、少女が二人だ。少年はそれぞれ、アドリー、マリク、ラージー。少女二人はそれぞれ、アイシャ、マリカ。いずれもが孤児であり、戦時中に両親を亡くしていたり、行方不明になっている子供達ばかりだ。

「お兄さんだ!」

「会いたかった!お兄さん!」

「お兄さんが来てくれた!」

このように、スパーダは子供達に慕われている。実際、ここの子供達にとってスパーダはまるで実の兄のような存在だ。

「スパーダさん、都市部では暴動が起きているのにわざわざ来てくださってありがとうございます。でも事情を知らせてくれればリモートでも教えたりは出来ると思うのですが……」

ウィルはスパーダの状態を心配している様子だった。しかし、それに対してスパーダは言った。

「確かに、遠隔でもコミュニケーションのやり取りだったり勉強を教えたりは出来ます。けれど、やっぱり実際に触れ合って、その温もりや感じた事を直に学ぶってのは、いつの時代になっても価値があると思うんですよ。だから俺はここで子供達と学びたいし、遊びたいと思ってます。」

それがスパーダの意志だ。

 この時代、SNSの普及は宇宙にまで及んでいる。情報は地球上どころか、回線さえ安定していればコロニーに住む人間とも会話をすることが可能だ。つまり、わざわざ直接人が会わなくても良い時代ではある。しかし彼は、直接会う人との触れ合いを大切にしている。

人は様々な情報を瞬時に得ることが出来る。しかし、それはあくまでも媒体から得られた“情報”でしかない。実際の体験、触れ合いにはそれらの情報は遠く及ばない。スパーダの考えはこうだ。だから、危険な状況であったとしても孤児院の子供達に会い、挨拶をし、勉強を教えるのだ。

「お兄さん、ここが分からないんだー」

「おー、どれどれ」

一人の少年、マリクが聞いてきた。彼は五人の中でも勉強に関心を持っている。その知識欲を少しでも満たしてあげたいと思う、スパーダ。

 彼は勉強を教えつつも、戦争の話をしている。実際にデウス動乱であった話等をし、戦争の愚かさ、人の愚かさを教えつつ、人の優しさを教えるのだ。

 

 やがて休憩時間になり、ウィルはスパーダに紅茶を用意した。人に何かを教える時、舌を多く使う。その為、喉が渇きやすい。

「貴方の戦争の体験は子供達にとって良い教訓になっていますよ。」

「俺の体験は特別なものじゃありませんよ。戦争が引き起こしたのは何も残らない、無だけですから……」

デウス動乱を経験しているスパーダ。彼はMSに乗った事がある経験があるが、余り好ましい様子ではない。

「差支えなければお伺いしたいのですが、貴方のような若い方が何故デウス動乱に参加されたのですか?」

ウィルは、紅茶を啜りながら聞いた。

「元々俺は中立コロニーの育ちだったんですよ。けどそこにデウス軍が侵略してきて、そこにあるMSに乗って戦った事がきっかけです。それから当時の地球連邦軍に協力する形となって、結果的にデウス動乱を戦い抜くことになりました。」

僅かだが語られた過去。それがスパーダのデウス動乱に参加したきっかけなのだ。

「貴方は地球連邦軍として、戦っていたんですね。」

「あれは完全に成り行きでしたよ。その時の友人がデウス軍に殺されて、俺はただ、無我夢中でそこにあったMSに乗って、戦った。それだけなんです。」

「故郷のコロニーには、ご両親はおられるのですか?」

その話をされた時、スパーダは僅かに俯いた。

「父親は戦争中に殺されました。そして、母親は故郷のコロニーを超大型の砲台にするという、デウス軍の計画に反対し、殺されました。」

つまり、スパーダの両親は共に戦争の犠牲者となったのである。

「ああ、すみません……私とした事が、踏み込んだ話をしてしまいましたね。」

ウィルは謝る。彼に辛い思いをさせてしまったのではないかと、反省をした。

「いえ……だからこそ、戦争なんて起こしちゃ行けないんですよ。親を殺されて孤児になった子供達……本当の親の温もりを知らないで育った子供達。だからこそ、優しくしてあげなきゃ行けないんです。」

スパーダは紅茶を飲んだ後、カップを置いた。

「スパーダさん、私は子供達を人類の宝だと考えています。戦後の状況で、親を亡くしたり、一方で戦後とはいえ戦争の影響を受けなくても親に恵まれない子供達もいる。そうした人達が一人でも少なくなれば良い……と考えます。」

ウィルの意思だ。その彼の意思に賛同したのがスパーダという訳だ。

「出来れば無償でしてあげたいんですよ。けれど……」

所謂、懐事情というやつだ。スパーダも人間。生きていかなければならないのである。

「それは私も承知しています。我々も政府の献金等で成り立っていますからね。」

「今、政府は反政府デモ等で批判されている所ではありますけど、こうした場所もあって、子供達を保護しているという事も忘れちゃ行けないんですよね。」

スパーダは、置かれていたクッキーを一欠片、食べた。

「人間って、悪い所が見えるとそこばかり攻撃してしまう。その結果が戦争になってしまう。それが、俺は悔しいというか……」

寂しげに、スパーダは語った。

「戦争でなくても言える所だとは思います。互いを尊重し合える世界になれば良いのに……と、思いますよ。」

ウィルは紅茶を飲み、言った。

「まあ、バンディットなんてやってる俺が言える義理じゃないですけれどね。」

裏稼業、バンディット。一部の人間に知られる存在。ワートンの言っていたように、万屋のように、殺し屋業等も人によっては請け負う存在。だがスパーダはそのような依頼はしない。

それは彼なりの考えがあり、行動をしているからだ。

「ところでスパーダさん。貴方の名前ですが……」

何気なく、ウィルは聞いた。

「気になってはいましたが……何故、その名前なのでしょうか?」

スパーダ・スクード。イタリア語で剣、盾という意味。これだけ聞けば明らかに偽名であるのは分かる。しかし、彼はあえてそれを語らないのだ。

「戦争を経験して、称賛されても虚しいだけです。だから本名なんてこの仕事をする上では必要ないと思ってます。」

それを聞き、ウィルは察した様子だった。

「お兄さん!」

そこへ、一人の少女が姿を見せた。褐色の肌色をしたロングヘアーの少女、アイシャである。

「どうしたんだい、アイシャ?」

「さっき、聞いちゃったんだけど、お兄さんのお父さんもお母さんも“せんそう”に巻き込まれちゃったんだね……」

どこか虚ろな表情を浮かべる、アイシャ。どうしたというのだろうか。

「聞いてたんだ……まあ、これは過去の話だしね。ちょっと、複雑な事情もあるけれどね。」

スパーダは頭を掻き、言った時だった。

「私ね、お母さんが居たような気がするんだけど、ずっと前にいなくなっちゃったの。全然覚えてなくて。どうなったかも分からないんだー。」

「……そうなんだ。」

恐らく彼女が物心つく前に戦争で母親を亡くしたのかも知れないと思う、スパーダ。やはり先のデウス動乱はこうした孤児達を作り出し、親のいない子供達を作り出したのだ。それに対し、彼は言葉に表せない憤りを感じていた――

 

ドオオオオオッ

 

突如、外で、爆発物の音が聞こえた。何事か、と思い、ウィルとスパーダは外に出る。

「反政府デモが、こんな所まで!?」

「拡大しているって事……?」

その際に再び聞こえた爆発音。距離は先程と比べ、明らかに近い。本能的に危険を感じたスパーダはウィルに言った。

「子供達を避難させられますか?」

「ええ……スパーダさんは?」

「様子を見てきます!」

「気をつけて下さい!」

と言って、二人は分かれた。

 孤児院の子供達との団欒の時間は、爆発音によって突如終わりを告げた。戦争の爪痕が残る世界でも、こうした争いや殺傷兵器は未だに残っている。こうした存在は時に、罪なき人間を殺すのだ。

機関銃による銃声が鳴り響く。政府軍と反政府デモの人間が、攻防戦を広げている。機関銃や手榴弾等の兵器が飛び交い、爆発する音が聞こえる。

 人が住んでいる民家の前であれ、躊躇う事をしない人々。政府に反対する人間達だ。

 

ビゴォン

 

そこへ、岩場からMSが二機、出現した。いずれもがデウス動乱時代の旧式MS、ディエルである。

 レイ達が砂漠で交戦したディザートディエルの基本型の機体、ディエル。かつてのデウス帝国軍が使用していた主力MSであり、戦時中に多数の機体が導入された。戦後になってからは旧式となってはいるものの、このように今でも一部の組織や勢力に使い回されているのが現状である。

「子供達が居るんだぞ……!何も考えてない連中め……!」

優しく、穏やかなスパーダが怒りを見せた。

政府に反対する存在達。彼等は民間人の事を考えず、己の為に動く存在。それ故にこうした過激な行動を平然と行う事が出来る。先の大戦で多くの死者が出たにも関わらず、このように兵器を持ち出して民間人を巻き込む行為。この事は、到底許される事ではない。先の戦争で親を亡くした孤児達がいる環境で平気で銃撃を行えるこうした連中を、スパーダは許せないと感じているのだ。

 

ガキィン

 

更に、岩場の奥から一機のMSが姿を現した。その機体はモノアイを輝かせ、ディエル達に対して指揮するかのように左前腕部を差し出した。

 その動きに伴い、二機のディエルはその地鳴りを上げ、大地を踏み歩いていく。鈍い機械音が、周辺に響いた。

「あれは……今の連邦の機体の筈……」

スパーダはそれを見て絶句した。反政府デモの人間が乗っている白緑色の機体。それはディーストだった為である。

 ディーストは新生連邦軍樹立に伴って作り出された汎用型MSであり、既に多数が配備されている。だが、何故新生連邦軍の新型機体が反政府の手に渡っているのだろうか。

 

ダダダダダダダダダダダダ

 

すると、一機のディエルがマシンガンを展開し、政府側の装甲車に対して攻撃を仕掛けた。

 府はMSを用いず、装甲車を使って反政府側を叩こうとしている。しかしいずれも民間人を巻き込む愚業であることに変わりはない。

 飛び交う銃弾は逃げる民間人を巻き込む。この戦闘で多くの罪なき人間達が死んでいく。そして、何よりも一番心配なのは、スパーダが訪れた孤児院の子供達だ。

「クソッ!」

そう言った時、スパーダは動いていた。一人、反政府の方向へ向かい、行動する。

 

 

 反政府デモの人間はMSに乗る人間と、機関銃を持つ白兵戦を仕掛ける人間で分かれている。エジプト政府の装甲車に向け、機関銃を放つ存在。そして、ディエル。やはりMSの方が性能は圧倒的であり、容赦のない攻撃が行われる。

「援軍は要請したのか!?」

「新生連邦軍がもうじき来る!そうなれば片が付く!それまでは持ちこたえろ!」

政府は本来MSを持っていなければならない。しかし、新生連邦に権力を握られている現状のエジプトでは、政府自体は限られた戦力しか投入できない。装甲車が関の山だ。

 エジプト政府は新生連邦軍に救援を要請した。それまでは反政府デモの武装勢力が躊躇なく進軍してくる。

「政府の連中!舐めた真似を!」

と言うのは反政府デモの人間だ。機関銃を持ち、躊躇いなく弾を放つ――

 

スッ

 

と、目の前にスパーダが現れ、一人の男が躊躇う。

「何!?何だお前は!?」

「民間人を巻き込んで、何が反政府デモだ!」

 

パァンッ

 

そう言った直後、スパーダは持っていた銃で男の頭部を撃ち抜いた。そして機関銃と手榴弾を奪い、ディエルの方へ向かう。

 素早い動きでこの動作を行ったスパーダ。優しさを持つ一方で、こうした行動が出来る青年。彼はやはり、普通の人間ではないのかも知れない。

 やがて、スパーダは手榴弾のピンを抜き、MSの方に投げる。それに伴い、爆発を起こした手榴弾。その爆風はMSを倒すのに十分だった。

 爆風の勢いで後方へ姿勢を崩すディエル。その際にコクピットが開いた。

「クッ、何だ!?」

慌てるディエルのパイロット。だが――

 

ジャキンッ

 

「死にたくなければ降りろ。」

と、スパーダが銃を構えて言った。

「何だお前は……!?」

男は反論し、銃を構えようとした――

 

パァンッ

 

「ぐああ!」

男の手からおびただしい量の血が流れた。スパーダが拳銃で撃ち抜いたのだ。

「降りてもらうぞ。」

そう言って男の胸倉を掴み、放り投げた。そして、すぐにコクピットのハッチが閉じられる。

スパーダは反政府デモの人間からディエルを奪った。この一連の動きは、瞬く間に起きた出来事だった。

 やがてスパーダの駆るディエルは再び動き出す。所持している武器はディエルマシンガン。彼はそれを使い、近くにいたディエルに向かい、攻撃を仕掛ける。

 

ダダダダダダダダダダダ

 

マシンガンは全て命中。それを受けたもう一機のディエルは反応し、マシンガンを構えた。

「何のつもりだ!?裏切りか!?」

もう一機のディエルのパイロットはスパーダが乗っている事を知らない。突然の攻撃に、躊躇いつつも前進するディエル。

「お前達の勝手で民間人を……子供達をやらせるか!」

「何!?何を言ってやがる!」

「勝手な行動で無差別に人を殺していい筈がない!」

スパーダの乗るディエルはマシンガンを再び放つ。撃った後の弾は地面に落ち、近くにいた反政府の人間は逃げていく。

「邪魔をするなら!」

と、相手のディエルはビームサーベルラックを背部ランドセルから抜き、ビームサーベルを展開し、迫ってくる。

「そっちがそう来るなら!」

それに気付いたスパーダはマシンガンを腰部に収納し、同じくビームサーベルを展開。そしてバーニアの出力を上げ、一度空中を舞う。

「何!?」

予想外の行動に、急いで男はマシンガンを展開しようとするが――

 

ズバァァァァッ

 

ディエルの頭部から胴体にかけてビームサーベルが直撃。パイロットは死亡し、機体はそのまま棒立ち状態となった。これにより、残る敵機体はディーストのみ。

 そのディーストは恐らく指揮官機だろう。新生連邦軍が軍備増強した結果、このような反政府デモの武装勢力にまで機体が流通する結果となった。本来、このような事はあってはならない事なのだが、軍備増強を優先する新生連邦の意向は留まる事を知らない。

「滅茶苦茶な状況じゃないか、こんなのは……!」

旧式のMSであるディエルと、最新鋭の機体であるディースト。同じモノアイタイプの機体ではあるが、性能差が大きい。この状況で頼れるのは、スパーダの技量のみだ。

「どういう理由で歯向かうかは知らんが、旧式がこいつに勝てる訳がないんだよ!」

ディーストのパイロットが言った。元々は仲間である筈なのに、躊躇う様子を見せない。

「覚悟しろ!どこの誰だか知らんがな――」

ディーストのパイロットがビームライフルを構えた時だった――

 

バシュゥゥゥ

 

突如、光の飛翔体がスパーダの眼前を飛んだ。それはディーストのコクピットを一撃で貫いていたのだ。

「新手!?」

スパーダは急いでモニターで確認する。

 そこにいたのは、ディーストが二機と、白色のモノアイタイプの頭部をしている機体が一機、計三機のMSだった。政府側に付いているその三機。それらの肩部には新生連邦政府のエンブレムが添付されていた。

「新生連邦か……?」

それに気づいたスパーダは、ディエルのコクピットを開けた。彼の目的は反政府デモの人間の戦力を奪う事。それが終わったのならば、もう彼が戦う理由がないからだ。

 コクピット内のスピーカーを使い、スパーダは言った。

「自分は戦いを望まない。反政府デモの人間でないからだ!この戦いは終わった。もう、機体を出す必要はない!」

スパーダは説得した。だが――

 

バシュゥゥゥ

 

あろうことか、白い機体はビームライフルを構え、ディエルに向けて放ったのだ。だがそのビームはディエルに当たることは無かった。

「どうして!?」

スパーダが聞いた。すると――

「我々は新生連邦政府軍。そちらに如何なる理由があろうとも、脅威は排除する。それが軍の意向だ。それに、信用に値する根拠がない以上、説得には応じない。」

と、冷たくあしらった後、再びビームライフルを構えた。それを見た時、苦悶の表情を浮かべるスパーダ。

「クソッ、何でだよ!こっちは戦う意思はないってのに!」

倒すべき敵は倒した。もう、これで片は付く筈なのに、何故か狙い撃ちされるディエル。これが、新生連邦のやり方なのだ。

 ディエルは両手を上げ、戦意が無い事をアピールする。これ以上の戦いは、無益だ――と。これで、少しでも信じてもらえればと、考えていた。

だが、今度は二機のディーストがビームライフルを構え、発射したのだ。明らかに戦闘態勢だ。

「クッ……なんでだ……!」

説得にも、行動にも応じない新生連邦。憤りさえ感じる現状。

 だがその時、彼はモニターに映るウィルと、孤児院の子供達の姿を見たのだった。戦闘に巻き込まれ、逃げ惑う子供達。恐怖に怯える表情が、はっきりと映し出されていた。

「そんな、何故皆が!?」

スパーダが反応した時だった。

白い機体が左前腕部を差し出した時、実弾が二つ展開された。それらが向かう先は、孤児達が居る方向だ。

「なっ!?」

それに気づいたスパーダ。白い機体はあえて、子供達が居る方向にグレネードを展開したのだ。

 白い機体の名前はジョゼフと言った。型式番号NFMS-990。新生連邦軍の最新鋭MSであり、ディーストの後継機体だ。全ての性能がディーストを上回っている機体。前腕部に増設されたグレネードによる実弾攻撃を可能とした機体。

 今、この機体が孤児達を狙った。もし、これが直撃すれば子供達の命はない。スパーダの駆るディエルは、バーニアの出力を上げ、子供達の前に立った――

 

ドガァァァッ

 

ディエルは身を挺して、子供達を守った。この時の爆発は、幸い子供達には及ばなかった。

 グレネードによるダメージは大きい。ディエルは半壊状態となり、目に見えて外見の傷が目立つ状態となったのだ。

「くぅ……早く……逃げるんだ……早く!」

スパーダは音声を出し、子供達に逃げるように、伝えた。

「お兄さんの声……?」

「じゃあ、あれに乗ってるのはお兄さんなの?」

ディエルから聞こえた音声がスパーダのものだと判明した時、子供達は驚愕した様子だった。彼は子供達の前でMSに乗る所を見せたことがない。過去の話でデウス動乱を戦い抜いた話はしていたが、それは、あくまでも過去の話だ。

「スパーダさん、まさか……」

ウィルが子供たちを連れ、半壊しているディエルの姿を見て絶句している。ジョゼフからの凶弾から身を挺して守ったディエル。それよりも、スパーダがMSに乗って戦っているという事が、驚きだったのだ。

「ウィルさん、早く逃げて下さい!」

スパーダが再び警告をした時だ。

 ジョゼフが頭部機関砲を発射した。グレネード程の破壊力はないが、凶弾が再び孤児達に迫る。

「くっ!」

再び身を挺して凶弾から守ったディエル。

ジョゼフの攻撃は明らかに意図的な攻撃だ。何故、罪なき人々を殺めようとする行為をするのか、スパーダは理解できない様子。同時に、怒りを覚えたのだ。

「ふざけるなよ!こんな事して許されるハズがないだろう!!!」

怒るスパーダ。半壊のディエルはマシンガンを腰部に収納し、ビームサーベルを展開してジョゼフに迫った。

 しかし旧式のディエルと最新型のジョゼフでは性差は圧倒的だ。ジョゼフはバーニアの出力を上げ、ビームサーベルの攻撃を回避し、すぐにジョゼフもビームサーベルを側腰部から展開し、ディエルの胴体部を切り裂こうとしていた。

 

ピキィィィ

 

その時だ。スパーダの頭に電流が流れた。シンギュラルタイプと呼ばれる人種と同じ現象が、スパーダにも起きた。

 だが、彼の場合、その現象を感じたと同時に、すぐに行動をしたのだ。スパーダの駆るディエルはジョゼフのビームサーベルを、その腰部を過度に伸展させて回避。間一髪ビーム刃による攻撃を避ける事に成功した。

「今の攻撃を交わした!?」

ジョゼフのパイロットが言った時、スパーダはディエルの左手部マニピュレーターにもビームサーベルを所持。二つのビームサーベルを構えた状態で、ジョゼフに向かう。

やがて、ジョゼフの左肩部がディエルのビームサーベルによって切り裂かれる。そして、このままディエルはバーニアの出力を上げ、草原のある方向へ向かった。孤児達から離れるように、場所を変えたのだ。

 

 

 場面は変わり、草原の中。半壊のディエルはジョゼフを押し倒すように、バーニアの出力を高め、迫る。

 しかしそこへ二機のディーストがビームライフルでジョゼフを狙う。一機対三機の状況。その上、スパーダの乗るディエルは旧式。相手は最新鋭機体ばかりだ。

 

ピキィィィ

 

再び、頭に電流が流れる感覚が。その瞬間、スパーダの駆るディエルはビームサーベルを、刃が出現した状態のままディーストに投げつけたのだ。急な攻撃に成す術もないディースト。それはディーストの左肩部に直撃した。

「クソッ、旧式が舐めた真似を!」

右手部が動く事により、ディーストがビームライフルを構える。が、これに対してディエルは咄嗟に左手部マニピュレーターでマシンガンを構え、頭部へ攻撃。ディーストのカメラが破壊された。

「早い!?」

カメラが映らなくなり、モニターを切り替えるディーストのパイロット。だが――

 

ビゴォン

 

目の前に、ディエルの姿があった。モノアイを輝かせ、コクピットに向けてマシンガンを連射した。

 この攻撃により、ディーストのコクピットは撃ち抜かれた。そのまま爆発する事なく、機体は機能を停止した。残る敵機体は、二機だ。

「ボロ機体が!」

ディエルに向けてディーストとジョゼフがビームライフルを放つ。だが、これらのビームを全て回避するスパーダ。まるで、攻撃を見切っているかのようだ。

 回避運動を行いつつ、倒されたディーストの所持していたビームライフルを装備し、両手で構え、放つ。

「こいつ、ボロの癖に!?」

半壊状態とは思えない機動性。これも、パイロットが優秀であるが故に成せる業だ。ディエルマシンガンでの攻撃では対処に無理があると考えたスパーダは、敵が使用していた武器を利用し、攻撃を行う。

 ビームライフルを向けられたディーストは回避運動を行いつつ、反撃をする。しかしその攻撃も回避するディエル。そして、バーニアを展開し、空中に上昇し、真下へ砲撃した。

 そのビームはディーストに直撃し、頭部から胴体を貫いた。これで二機撃破。残すは一機のジョゼフのみだ。

「旧式如きがっ!」

ジョゼフのパイロットが言った。そして、ジョゼフは右前腕を差し出し、グレネードランチャーを展開。すぐにディエルはこれを回避。後方の田園にグレネードが衝突し、爆発した。

「ちぃぃ!!」

次にジョゼフはビームサーベルを側腰部から展開し、頭部機関砲を展開しながら迫る。実弾はディエルの装甲に傷を与えるのに十分だった。

「もう、持たない……これ以上は!」

スパーダは短期決戦を望んだ。いつ、爆発してもおかしくないディエル。既に機体表面は壊滅寸前。次に何らかの攻撃を受ければ、確実に破壊されるだろう。

 ディエルはビームサーベルを展開し、ジョゼフに拮抗する。互いのビーム刃が打ち合う状況。しかしディエルのサーベルの出力はジョゼフよりも弱い。決戦を望んでいたスパーダだが、純粋な打ち合いだけでは勝ち目がない。そこでディーストはもう一つ、ビームサーベルを展開した。

が、ジョゼフのパイロットはそれを見切っていた。左手部マニピュレーターを切り裂き、ディエルは右腕部のみしか使用出来なくなる。これで、両機体共に右前腕部のみしか使用できない状況となった。

ジョゼフは一度後方へ下がる。それと同時に空中へ移動し始めた。

「逃がすか!」

それを見逃さなかったスパーダ。ジョゼフの左脚部をマニピュレーターで把持し、共に空中を移動する。

「こいつ!何をする気だ!?」

ディエルを離そうと、脚部をブンと振り出すジョゼフ。だが、ディエルは離さない。それどころか、引きずり落そうとしている。

 ジョゼフはSFSに頼らず空中移動をする事が出来る機体である。だが重力に抗する力は持っていない。ディエルの重さで少しずつ高度が下がっていく。

 やがてジョゼフは地上に落下。その際、ディエルはジョゼフの上に馬乗りする形になった。そして――

 

ズバァァァッ

 

コクピットにビームサーベルを突き刺した。爆発は起きず、パイロットは死んだ。

「もう、持たないか!」

スパーダはディエルの限界を察知した。急いでコクピットを開き、飛び降りる。

 その瞬間、爆発が起きた。その爆発は先程倒したジョゼフを巻き込む。間一髪脱出に成功したスパーダ。彼自身怪我一つする事なく、この戦闘を生き延びたのだ。

「政府軍が撤退していく……?」

ふと、先程政府軍が駐留している場所を見ると、装甲車が後退していくのが見えた。そして、もう一方の反政府デモの方は死体が数体。恐らく、デモ隊が片付いたと判断し、撤退したのだろう。

「皆は!?」

急いで孤児達が居る場所へ走るスパーダ。一番心配なのは、彼等の存在だ。何事もなければ……と、祈るスパーダ。彼はひたすら、走る。孤児達の無事を祈りながら。

 

 

 

「ウィルさん!!!」

走っている時にスパーダはウィルの姿を見つけた。岩場の影に隠れていたウィル。そして、五人の子供達。彼等は無事だったのだ。

「良かった……無事だった……本当に、良かった……!」

戦闘中の険しい表情はどこへ行ったのか。孤児達の無事を確認出来たスパーダに、自然な笑みが戻ってきたのだ。

「スパーダさん、貴方……MSに乗って……守ってくれたんですね……」

「お兄さん!怖かったよぅ!」

「お兄さん……!」

子供達がスパーダの周囲に集まった。誰一人、怪我をしていない。先のような出来事があっても、皆が無事であった事……それが、彼にとっては唯一の救いだった。

 だが、一方で残酷な現実もあったのだ。

「スパーダさん……孤児院が……」

ウィルが見つめる方向を、スパーダも見た。すると、そこには壊滅した孤児院の姿があった。先の戦闘によって、ビームを受けた施設が破壊されてしまったのである。これにより、彼等の家と呼べる場所は無くなってしまった事になる。

「そんな、こんな事……」

スパーダは俯き、握り拳を作った。

 人間の身勝手が起こした戦闘。反政府デモや政府の対立、そして新生連邦の介入。これらは、この孤児院の人達にとっては何の関係もない事だ。彼等はただ、巻き込まれただけ。巻き込まれた結果、かけがえのない、住む場所を失うという残酷な結果となったのだ。

「運がなかったとしか……けれども、子供達は無事です。それだけでも、良かったと思うべきと言うべきでしょうか……」

そう言うウィルだが、子供達の寝床が破壊された現実は変わりない。何の罪もない子供達がこのような被害に遭うという事自体が、あってはならないのだ。

「ウィルさん、聞きたいことがあります。」

「はい、何でしょう?」

スパーダは静かに言った。

「俺がMSに乗って戦っていた時、どう思われましたか?」

彼は自身がMSに乗って戦っていた姿をこの時初めて皆に見せた。子供達はそれを喜んではくれている。だがウィルはどうだろうか。今まで勉強を教えたり、戦争の悲惨さを教えていたスパーダが、戦争の兵器であるMSに乗って戦うという矛盾。それを、彼はどう思うだろうか。

「守ってくれたのは……間違いないでしょう。」

そう言うウィルだが、どこか言葉が重たい。

 

ダッ

 

そこへ、一人の少年がスパーダの前に立つ。褐色で短髪の少年、ラージーだ。

「お兄さんは戦争の怖さとか教えてくれてるのに、なんであんなもの乗ってんだよ!」

その言葉はスパーダに衝撃を与えるのに十分だった。

 戦争の悲惨さを伝える一方で、その兵器に乗って戦うという事はこの上ない矛盾だ。だがそれはやむを得ない事。それは、分かっている筈なのだが……

「ラージー、止めなさい、スパーダさんは私達を守る為に仕方なく……」

「でもあんなものに乗る必要なんてないだろ!ふざけんなよ!あれに、お父さんも、お母さんも殺されたんだよ!!!」

そう言って、ラージーは走っていった。それを止めるのはマリクだ。しかし、ラージーは止める様子を見せなかった。

「スパーダさん、すみません……あの子は戦災孤児でね。MSを恐れているんです。」

ウィルがフォローに入るのだが、スパーダは言った。

「無理もないですよ。フラッシュバックしたんでしょう、恐らく……」

スパーダの表情は、悲しみに満ちた。彼等は助かったのだが、その手段が良くなかったのだ。

 MS。戦争で使われる兵器。そのようなもので助けられても、喜ばしいと言えるだろうか……と、スパーダは考えた。人は幼い時の経験を大きく覚えている生き物だ。大きなショックを受けた出来事があればそれは大きな傷として残る。それに助けられたとして、果たして喜ぶ人はいるのだろうか。

「平和世紀になって、戦争がなくなっていくと思われたのに……結局は新生連邦が軍備増強を続けた結果、このような事が起きている。こんな事が許されるなんて、あってはならないですよ……」

新生連邦が際限なく行っている軍備増強。それによってこうした場所でも影響が見られるようになった。デモ隊にまで最新兵器が流通するようになった現状。そして、それを揉み消さんとする新生連邦の行為。巻き込まれた孤児達。

 何故このような事が許されるのだろうか。先の戦争で人は何も学ばなかったのか?憤りを隠せないまま、スパーダは孤児院があった場所を見て、そっと溜息を吐いた。

 

 

 

 バンディットとしての依頼は終了した。想定外の出来事と共に。元々は孤児達に勉強を教える事が目的であったのだが、反政府デモと政府の対立に巻き込まれ、その上でMSまで出現した状況。それを止める為にスパーダ・スクードは戦い、孤児達を守った。孤児院の犠牲と引き換えに。

 そこで知った、世界の現状。罪なき民間人や、子供達が犠牲になる状況。そのような事はあってはならない筈。だがこうした事実は報道さえされない。

 新生連邦による情報隠蔽。こうした情報が公にならない現実。それは、新生連邦軍が力を持ちすぎているに他ならないからだ。

 スパーダは車を運転し、ワートンの自宅へ戻る。その頃には反政府デモも落ち着いていた。銃声が聞こえる事もなく、孤児院へ向かう時と比べて町は落ち着いていた。

 だが車通りは少ない。先程まで激しい衝突があったからだ。無理もなかった。

(誰も幸せにならない世界……こんな世界を作り出して、お前は何がしたいんだよ……)

彼が思った事。誰の事を指すかは分からない。ただ、彼は心に悔しさを抱え、車を走らせていたのだ。

 

 

 

 やがて彼は車を止め、ワートンの家に戻ってきた。今の時間は十八時。日没して間もない時間だ。MSでの戦闘を経て帰宅したスパーダは、少々疲れ気味の様子だった。

「ただいま――」

そう言って扉を開けた時だった。

「……部屋が荒れている……?」

一目見て、スパーダは異変に気付く。昼間と明らかに様子が違う部屋の中。テーブルが荒らされている。皿も割れており、明らかに何者かが侵入した跡があったのだ。電気はついていた。つまり、誰かが中に居るのは分かる。

 周囲を見ながら中に入るスパーダ。何があったのか、ワートンを探そうとした時――

「ワートン!?」

そこには、頭から血を流し、倒れているワートンの姿があった。彼は両手両足を鎖で縛られており、動くことが出来ない。

「ワートン!?」

まさかの事態に気が動転するスパーダ。

「気を付けろ……さっきやられた……」

「あの子……レイは……?」

そう言った時、ワートンはちらと目線を押し入れに目をやる。それを見た時、スパーダは察した様子だった。つまり、レイは隠れているのだ。

 しかしレイが隠れているという事は、ワートンに暴行を加えた犯人がまだここにいるという事になる。それを感じたスパーダは、急いで後ろを振り向こうとした――

 

「あ、帰って来たね!」

そこにいたのは、一人の少女だった。フリルの付いたスカートを着ている。愛らしい顔立ちにその服装は似合っている。レイよりも年下であろう、その愛らしい少女。

 しかし何故そのような少女がこのような所にいるのか。そして、笑顔でスパーダを見つめているのか?彼は瞬時に疑問を抱く。

「子供……?何故ここに―」

 

サクッ

 

「うっ!?」

突如、激痛がスパーダを襲った。鋭利なものが、突き刺さった感覚。それを、右大腿部に感じていたのである。

 鮮血が“それ”を伝って滴る。スパーダが足元を見た時、その茶色の目に映ったのはナイフを持った少女の姿だったのだ。

「やったー!」

と、喜ぶ少女。明らかに普通でない光景。普通、人をナイフで刺して喜ぶ人間などいる筈がない。だがこの少女はスパーダにナイフを刺し、満面の笑みを浮かべているのだ。

「よくやった」

そして、物陰から隠れていた二人の人間がすっと姿を現した。

 一人は前髪が異様に長い男性。そして、もう一人は白衣を羽織った女性。その様子を、押し入れの中から見ていたレイは見覚えあるその女性に驚いていた。

(あの時の……人……?)

既視感があると思った時、彼はカイロでの出来事を思い出した。その女性こそ、アスーカルに金銭を要求していた女性だった為である。

「情報は本当だったようだな、ウネフ。」

「ここに住んでいるという情報は入っていたが、タイミングが良かったとね。」

ワートンの家に入ってきた三人の人間達。異色な組み合わせの三人。いずれもが特徴的な外見をしている。

 アレンにナイフを刺した少女、ミルフ・ブラマンジュ。前髪の長い男、ケネール・リック。そして、カイロでレイと面識のあった女性、ウネフ・ミカハラ。それらがこの場に集う。

 そもそも、彼等は何者なのか。何故この異色の組み合わせがこの場に集まっているのか?

「戦後になってバンディットになって稼いでいた、男。お前の身体の秘密を知りたいと依頼主が言ってたとね。スパーダ・スクード……いや、アレン・レインド。」

ウネフによって、明らかになった事実。それは、スパーダの本名が明かされた事だ。

 アレン・レインド。それは以前に、エリィがレイに言っていた名前。デウス動乱の英雄と呼ばれた青年だ。

 それを聞いていたレイ。悪党に襲われていた所を助けた青年。彼からは暖かさと優しさを感じていた。シンギュラルタイプかも知れない青年。その正体は、かつてのデウス動乱の英雄だった……その真実を知った時、押し入れに入りながら、静かに驚愕していた。

(偽名だとは思ってた……けれど、まさかあの人が……アレン・レインド……)

そして、それと同時に全てが繋がった。彼がエリィ・レイスの名前を聞いた瞬間に意気揚々としていた事や、エリィが言っていた言葉などが、全て。

 

――――――――――――普通の人を遥かに超えていた存在だった――――――――――

 

砂漠の大地で不時着していたセイントバード内でエリィが言っていた言葉を思い出したレイ。行方不明になっていたデウス動乱の英雄……それが、今目の前にいる。スパーダ・スクードの正体、アレン・レインド。それが、レイを助けた人間の本当の名前だった。

「デウス動乱の英雄と呼ばれた青年が、まさかこの辺境の地でバンディットをやっていたなんてな。」

ケネール・リックが言った。左目が長い前髪で隠れている男。彼は機関銃を持っており、まるでアレンを脅すような格好をしている。

「さて、お前には選択肢があるとね。今すぐ私らと一緒に同行するか、そこの男が死ぬのを見るか。」

ウネフが言った。それを聞き、アレンは静かに、言った。

「同行しよう……。クッ……!」

ワートンと、レイを守る為、彼はこの三人に同行する事にした。

 この三人は何者なのか。何故、アレンを連れ去る必要があるのか……分からないまま、彼は同行する事になったのだ。

 

 

 アレンは家の外、路地裏に連れて行かれた。その間もケネールが機関銃を頭に突き付ける。両手を上げ、同行するアレン。その近くには愛らしい表情とは裏腹に、彼の腹部にナイフを

付きたてるミルフの姿もあった。

「思ったより潔いとね。あっさりと要求に応じるとは思わなかったと。」

ウネフが見下すように言った。

「さて、連れて行く前に、お前には聞きたい事がある。その情報を吐いてもらおうか。“依頼主”の為になッ!」

そう言って、ケネールは機関銃のストック(肩当て部)で、怪我をしているアレンの背中を押した。

 反動で倒れるアレン。そして、彼は眉間を銃で突き付けられた。

「俺の身柄が目的なら、それ以上語る事はない筈……お前達、一体何者だ……?」

バンディットとしての仕事を終えた後で、予想外の出来事に巻き込まれたアレン。

「名乗った所でどうなるとね?」

ウネフが言った。

「どうしても知りたいのならー、私達は“氷河族”ってだけ言っておくよ!」

無邪気な少女、ミルフが言った。

 氷河族。ワートンがレイに対して最初、聞いた単語。戦後になって暗躍している犯罪組織というが、その実態は謎に包まれている。そして、ワートンが言っていたように、ミルフのような幼い少女も構成員として加わっている、組織だ。

 ミルフは笑顔でその言葉を発した。それを聞き、アレンは言う。

「お前達の目的が分からない……ワートンを巻き込む必要なんてなかった筈なのにっ……!」

鮮血が再び流れる。痛みが彼を襲う。

「目的はお前の身柄と、その秘密だ。」

ケネールが言った。

「秘密……?」

デウス動乱の英雄、アレン・レインド。彼は確かに、力を持つ人間かも知れない。

 しかし身柄をこの人間達に預けなければならない理由も分からない。一方的な行為に、アレンは憤りを感じていた。

「アレン・レインドは普通の人間とは違う、特殊な力を持っているという話は有名とね。風の噂って話もあるが、依頼主が興味を持っている。その秘密、喋って損はない筈と。」

彼はシンギュラルタイプかも知れない。しかし、何故彼のみが狙われるのか?それも謎である。

「早く言わないと、こうだよ!!」

と、ミルフがナイフを用いた。そして、先程の傷口に向けて刃物を再び突き立てたのだ。

「ああっ!」

ナイフを刺された事により、鮮血が再び溢れ出る。愛らしい表情とは裏腹、残酷な行為を平気で行う少女、ミルフ。

「へへ、また刺しちゃった!」

 

ペロッ

 

と、ミルフはアレンの血液が付着したナイフを突如舐め始めたのだ。少女なりの、格好を付けた仕草のつもりなのだろうか。

「……甘い?」

ミルフが言った。

ミルフが言った。ナイフに付着した、アレンの血液。それが、甘いというのだ。

 人はその血液を舐めるということはまずしない。衛生的な問題が大きいからだ。ミルフのように、格好をつけるような振る舞いをする等の事がない限りは普通はしない。それ以外では、特殊な性癖の持ち主等だろうか。

 吸血鬼、ヴァンパイアという空想上の怪物がいる。若い女性の生き血を啜り、栄養にするという言い伝えだ。しかしそれはあくまでも空想上の生き物に過ぎない。

現実問題、他者の血液を何らかの形で舐める、といった事をする人間は余程の変わり者でない限り、珍しい人種と言える。

 しかしこのミルフ・ブラマンジュという少女はそれをした。そして、彼女の味覚はアレンの血液から“甘さ”を感じ取ったのである。

「ねぇ、なんで血が甘いんだろう?ねえ、二人とも舐めてみてよ!」

無邪気な笑顔で血が付着したナイフを、二人に見せるミルフ。それを見てケネールは言った。

「普通は舐めないんだよ。何で血が甘いのかは知らないが、そんなものは関係ない。とにかく、お前の秘密を早く喋れよ。」

そう言って、銃口を更に眉間に突き付ける。

「アレン・レインド……お前はもしかして、シンギュラルタイプってやつか?にしては依頼主が異様に興味を示していたとね。」

「さあ……ね。それを知って、どうなるって話だ……俺は解体でもされてしまうのか?UMA(未確認生物)みたいな扱いとして……」

危機的状況である筈なのに、アレンは笑みを浮かべている。まるでこの状況に陥っても苦痛に感じていない様子だ。

「こいつ、まるで余裕の面している……馬鹿にしてんのかッ!」

ケネールがアレンの表情を見て、激昂した。

「じゃあ、撃ってみるか?その銃で俺の頭を撃てば良いだろう?」

挑発するように、アレンは言う。それを聞いたケネールが目を見開き、両手で機関銃を構え、引き金を引こうとした。

「てめぇ、殺すぞ!」

ケネール・リックは挑発に弱い。普段は冷静な性格をしている男だが、劣勢に立っている人間に挑発される時、彼は激しい怒りを覚える。そして、冷静さをなくし、本来殺さなくても良い標的を殺してしまう事が多々あったのだという。

「ああ、また依頼主を怒らせるとね……」

ウネフは静かに、言った。冷静にこう話すという事は、以前にも同様の件があったのだろう。

 “依頼主”が誰かは不明であり、彼等が氷河族と言う組織の所属であるという事以外謎に包まれている組織。そして、今ケネールがアレンを殺そうとしているのを止めようとしない。まるで、“失敗”も許容範囲のようだ。

 ケネールが機関銃の引き金を引く。その瞬間、彼の脳は破裂するだろう。そうなれば当然ながら死は免れない――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

その時、心臓の鼓動音のような音が、アレンの中で響いた。

 そして、そこにいた三人は目を疑う光景を見る事になったのである。

「な……これ……は……ぐ……ううう……」

三人とも、アレンを直視出来ないでいた。目を逸らし、その上で頭を抱える。

「何……これ……頭が回らない……よぉ……」

「こい……つは……?」

何故、彼等が急にこのような状態に陥ったのだろうか。それは、先程の心臓の鼓動音の後で、アレン自身が光を放ったからであった。

 その光は碧色に輝いている。人が、発光する事等、普通では有り得ない事だ。しかしこの青年、アレン・レインドはそれを引き起こした。その瞬間に氷河族の三人が戦意を喪失したのだ。

 光る、人。この400万年以上の歴史を遡ってもそのような人種などかつて居た事があっただろうか。科学的に検証をしてきたとしても、物理的にこのような碧色の光を放つ人間などいる筈がないとされている。

 では目の前で光り輝いているこの青年。彼は何者なのだろうか。レイやエリィと同じシンギュラルタイプと思われた青年、アレン・レインド。彼はかつてのデウス動乱の英雄と呼ばれた存在。しかしレイやエリィは光り輝くことはまず、ない。何故、彼のみがその力を宿しているのだろうか。

 戦意を失った三人。彼等はやがてその場から去って行く。光の効果なのかは不明だが、一切、アレンに対して攻撃を仕掛けてくることは無かったのだ。

やがてアレンの放った光は落ち着きを取り戻し始め、元の姿に戻る。

「……追い払えた……か……?」

光を放ったアレン自身も、苦しそうな表情を浮かべる。今の光は、彼自身の体力も蝕む様子だった。

「戻らないと……」

やがて三人が来ないのを確認したアレンは、ワートンの家に戻る。しかし怪我をしている影響もあり、その足取りは重かった。

 

 

 家に部屋に戻ってきたアレン。右大腿部が痛む為、体重を掛けぬように、左足に重心を掛けて歩いている。そこでは、レイがワートンの頭に包帯を巻いている光景があった。

「よぅ、帰ってきたか……」

包帯からは血が滲んでいる。その状態で、アレンに声を掛けるワートン。

「良かった、重症ではなさそう……だね。」

そう言う、アレンの表情は疲労に満ちていた。その上右大腿部からは血が流れている状態。彼はすぐに椅子に座り、その部分を抑えた。

「お前も怪我してるじゃねえか……人の事心配してる場合かよ……」

「そりゃ、お互い様……かな。」

互いに怪我をしている者同士。しかし彼等は笑みを浮かべていた。

 ワートンとアレン。過去に何があったのかは知らない。年齢差もある彼等だが、こうした状況においても仲が良い両者。

 レイは、この状況を、呆然と見ていた。彼からすれば、多くの情報が入りすぎているのである。

「えっと、レイ。ワートンに包帯を巻いてくれて、ありがとうね……」

「えと……あ!貴方も怪我してますよ!早く、包帯を巻かないと!!」

血を流しているアレンを見て、レイは急いで包帯を用意した。

 レイはアレンが他の三人の人間達と外に出た時に、咄嗟にワートンへ応急処置をしていたのである。血を流している人を放っておける筈がないという、彼なりの気遣いだった。

 

 レイはアレンに包帯を巻く。僅かに血が滲むが、応急処置としては充分と言えた。その間、彼はアレンに聞いた。

「あの……スパーダさん……じゃ、ないですよね……?」

そっと、彼は聞いた。

「あ……そっか。もう名前を隠す必要ないね。」

そう言われ、レイは改めて、挨拶をした。

「あの、アレン・レインドさん。改めまして、よろしくお願いします!」

レイはキュッと、包帯を巻き終える。

「包帯、ありがとう。俺のこの名前って、聞いた事はある?」

「……はい、エリィさんから少しだけですけど……」

アレンの名前はエリィを通して知っていた。彼が、デウス動乱の英雄と呼ばれていた事も。その張本人が目の前にいる。それを知った時、レイは改めて緊張している様子だった。

「その、なんていうのか……まさかなんです……そんな凄い人だったなんて、驚くばかりで……なんか、不思議な事ばっかりだな……本当に……不思議な事ばっかりで……」

 アインスガンダムと出会い、故郷から離れ、エジプトの地で戦いを続けていたレイ。そこでは様々な人との出会いがあった。過去に連邦軍に所属していたエリィや、デウス帝国軍所属のネルソン。そして、デウス動乱の英雄、アレン・レインド。

 これも、何かの縁なのだろうか。偶然とはいえ、こうした出会いが続く事に、レイは縁を感じていた。

「あの、アレンさんに会った時、凄く不思議な感じをしたんです!不思議ですよね、こんなのって――」

と、レイが言った時だった。

「スゥ……」

椅子に座っていたアレンは眠りについていた。右大腿部の痛みすら、感じない程に、彼は疲れ切っていたのだろう。

「悪い、坊っちゃん。こいつをベッドに連れて行ってやってくれねぇか?相当、疲れてるみたいだ。」

と、ワートンがコーヒーを飲みながら言った。

先程まで怪我をしていたワートンが、もう元気そうに歩いている。伊達に元デウス軍の軍人ではないと、レイは思っていた。

 

それから、レイはアレンをベッドへ運んだ。彼の右肩を自身の肩に乗せ、そのまま移動する。その間、アレンは一切目を覚ますことはなかった。

 彼の頭を枕に乗せ、布団を敷く。その後で、レイはワートンの所に戻った。

「悪いな。にしても身の回りの世話、得意なんだな、坊ちゃんは。」

「妹がよく怪我してて、面倒を見たりしてたんです。それで……ですかね。」

と、彼は渡されたコーヒーを持ち、飲んだ。

「成程なぁ。面倒見が良いのは得だぜ。」

と、笑いながら言った。

「ワートンさんは、この人がデウス動乱の英雄って知っていたんですか?」

レイが、聞いた。

「そりゃな。有名人だからな。だからバンディットとして活動するには偽名が必要になるって訳だ。本名で活動するには危険が伴うからな。」

スパーダ・スクードという偽名は、彼が安全に仕事をこなす為に必要な名前だった。

 しかし先程の人間達はアレンの事を知っていた。恐らく、何らかの形で情報が漏れたのだろう。

「アレンさんは戦後に行方不明になったって聞いています。何があったんでしょうか……?」

「ああ、それは5年前に遡るな。」

 

 

 

今から5年前。デウス動乱が終戦を迎えた頃だった。アレン・レインドは最後の戦いを終え、半壊しているMSのコクピットの中にいた。彼は、漂流をしていたのだ。

「死んだ……のじゃなかった……のか……?」

生きている……自分は生きている。アレンは宇宙を漂流しながら微かに口を開けた。それで他人に聞こえるか聞こえないか微妙な声で言っていた。

「……?」

そこでアレンの眼に映ったのは青く美しい地球の姿だった。白い雲が青く、美しい惑星を包み込むような光景が映った。

「……ーい」

しかしアレンがその光景に見惚れている間に微かに声が聞こえてきた。アレンは空耳だと思って放っておいた。

「……ぉーい」

しかし声は段々大きくなる。さすがにこれは空耳ではないと気付いたのは声が聞こえてから暫くした時だ。その声に反応したアレン。

「おーい、聞こえるか!」

 やがて、その声の主が、宇宙空間を漂流していたアレンを救出したのである。

それは当時のデウス軍の戦艦であった宇宙巡洋艦バディウス。敵艦であった筈のその戦艦に奇跡的に助けられ、そして今のアレンがいる。今アレンが生きているのはその艦長を務めていたワートンのお陰だったのだった。

 

 

 

「奴は生死を彷徨っていた。そこを俺が助けた。以降は奴との共同生活って訳だ。」

「そう、だったんですね……」

宇宙を知らない、まして、戦争を知らなかったレイにとっては架空の話にしか聞こえない、その話。

 自分が地球で何気ない生活を送っている間に、デウス動乱という戦争が終わり、そしてこうして過去を乗り越えて今を生きている人達がいる。彼にとっては、全く知らない世界。まるで、異世界の話のようだ。

「それからバンディットとして少しずつ収入を得るようになっていったんだが、決してバレては行けなかったのは奴の本名だ。」

ワートンは両手を天井に向け、うんとストレッチを行った後、言った。

「そういう事だったんですね……」

デウス動乱の英雄と呼ばれた人間は、表向きでは有名人ではないかも知れないが、聞く人間によっては有名人である。

 有名人というのは聞こえは良いが、華があるものばかりではない。芸能界やドラマ、映画等に出演する人々は華があるように見えるがこの限りではない。他にもある界隈では有名人……といった具合に、有名人といってもそれは多岐にわたる。

 彼の場合はデウス動乱の英雄として、軍関係者の中では、有名人だ。しかし表向きでは行方不明とされている存在である為、公にその名前を公表することは出来ない。仮に名前を出してしまった場合、連邦軍に所属していたという事実だけで、現在の新生連邦にマークされる可能性も有り得る話だ。

「お前さんも、今日は寝る事だな。昨日も言ったが夜は昼間の反政府デモとは違う治安の悪さがある。出発するなら明日の朝にする事だな。」

「……はい。」

ワートンに言われ、レイはベッドで眠る事にした。

 自分が話していた青年の正体が、デウス動乱の英雄と言う事実。それはレイにとって、印象強く残る出来事になるであろう。

 

 

「……ん……う……?」

レイは目を覚ました。眠気眼は視界がぼんやりとしており、目の前に何が映っているのかが把握出来ない事が多い。

 やがて視界が少しずつ晴れていく。そして、彼が見たもの、それは――

「あ……えと……アレン……さん……?」

赤茶色の髪色をした青年、アレン・レインドの顔が、眼前にあった。

「おはよう、レイ。昨日はありがとう。寝室に運んでくれて。おかげでぐっすり眠れた。」

アレンはレイに笑みを浮かべた。

「あの、良かったです……アレンさんが無事で。」

「俺は大丈夫だよ。それより話がある。顔洗ったらリビングに来てくれよ。」

「……?」

そう言い残し、アレンはリビングへ先に向かっていった。

 その際、レイは彼の歩き方を見て、僅かに気になった点があった。

(あれ、もう歩き方が戻ってる……痛くないのかな。)

何気ない変化。しかし、レイはこの時のアレンの歩き方が気になったのだ。

 

 

 アレンの言うように洗顔を終えた後、レイはリビングで顔合わせをしているワートンとアレンの姿を見た。時間は朝の6時半。古い時計がその位置に針を指している。

「おう、起きて来たな坊ちゃん。」

と、ワートンの表情はどこか、固い。

「レイ、昨日言ったように一度エリィさんに会いに行くと同時に、俺はそのまま同行させて貰おうと思ってる。」

「え……同行するんですか!?」

寝ぼけ眼のレイの目が、大きく見開かれた瞬間だった。

「まあ、これには事情があるんだよ、坊ちゃん。」

ワートンが腕を組み、言った。

「昨日の連中は俺の本名を知っていた。その上でここを襲ってきた。つまり、奴等とはまた違う連中がここに来る可能性がある。そうなった場合、ワートンに危害が及ぶ可能性が高い。」

昨日に襲ってきた氷河族の人間達に、アレンの本名と住所が知られていた。つまり、彼がここに居るという情報は一部の存在には判明しているという事になる。

 アレン・レインドのような人間の居場所が特定され、尚且つ先程のような出来事に巻き込まれる事があれば、同居人であるワートン・ディアラにも被害が及ぶ可能性があるという事だ。

「それで、同行するって事なんですか……」

「そう。だからワートンとは暫くお別れになる。」

「そんな、あっさりお別れしちゃうんですか……」

家族同然で暮らしていた両者の突然の別れ。だが、それは仕方がない事情だ。

 昨日の人間達が氷河族という組織に所属している事が明らかになったという事は、組織内の人間に彼の存在が知られる事になる。昨日と同じ人間が来なくとも、別の人間が来る可能性がある。

 昨日は幸い、ワートンの怪我は軽傷で済んだ。だが、侵入してきた人間によっては殺される可能性も否定出来ないのである。

「まあ、振り込んでくれりゃいいんだよ。俺もこれを機にネットビジネスでも始めるとするかな。」

ワートンは、コーヒーを一口飲んで言った。

「それだけじゃない、まずは引っ越ししないと行けないだろう?出来るだけ早めに。」

「そうだな、ここの住所とは違う所に移動しねぇとな……」

場所が判明している以上、この場にいる事自体が危険である。出来るだけ早く、引っ越しをし、この場に両者が痕跡を無くさなければならない。

「そういう事情が出来てしまった以上、俺はレイと一緒に同行させて貰うよ。ま、向こうの事情も聞かないと行けないけどね。」

「でも、もしエリィさんが受け入れなかったら?」

「そりゃ、冷たいなあ。まあそうなったら違う場所で生活をするよ。何にしてもエリィさんに会えるのは楽しみだし。」

ワートンと別れる事になるというのに、あまりそれを気にしている様子ではないアレン。戦後共に過ごしてきた仲であるのに、何故これ程に彼は平気でいられるのだろうか。

「なんだか、アレンさん、冷たいです。」

「え、どうして?」

「ワートンさんの事、もう少し考えた方が良いと思います。」

レイは頬を膨らませ、言った。

「坊ちゃん、随分可愛い事言うな。こいつの事は心配してねぇよ。何せ、“普通の人間じゃない”からな!」

何をもって、普通でないと言うのだろうか……と思うレイ。

 だがアレンの場合、明らかに人と違う力を持っている。それは、“光る”事だ。光り、相手の戦意を喪失させる力を持つアレン。その力が、もしかすれば“普通の人間でない”ワートンが断言し、安心する理由なのかも知れない。

「という訳で、改めて宜しくね。」

と、アレンはレイに握手を求めた。

「は、はい。」

そして、レイはこれに応じた。

 

 

 アレクサンドリアに来て予想外の出来事が続いた。悪党に襲われ、そこでスパーダ・スクードという青年に助けられる。そして、その正体はデウス動乱の英雄、アレン・レインドであったという事。そして、レイはその英雄と呼ばれた人物と共に行動する事になった。

 人の縁というのは次々と人を呼ぶものなのだろうか。レイにとっての刺激のある日々はまだ、終わりそうにない。




第十六話投了。スパーダ・スクードことアレン・レインドはもう一人の主人公ポジションの人間です。
この話から、レイとアレンの二人の主人公の行動がそれぞれ描かれていくようになっていきます。
何も知らない、ごく普通の日常を送って来たレイと、戦争を経験したアレン。二人の人間の物語が、ここから始まっていきます。


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第十七話 恐怖!新生連邦軍新型ガンダム三機

新たにアレン・レインドを加えたセイントバードチームはアレクサンドリアから離陸しようとした時、新生連邦軍の空中戦艦、ウイングイーグルに補足される。そして、そこからは特殊強化モデルの駆る、三機のガンダムが出撃しようとしていた――


 

 早朝のアレクサンドリアを、アレンとレイが歩いている。レイにとっては不思議な光景だ。

 ごく普通の家庭で育った少年と、デウス動乱の英雄の青年という組み合わせ。過ごしてきた環境が違う両者。それらが出会い、そして共に行動している。このような事は、果たしてあり得る事なのだろうか。

「あそこです!」

レイが指差す先に、セイントバードの姿があった。港で停泊しているその姿。二日振りに見てその姿は、大きく修復しているように見えた。

「あれに、エリィさんが居るのか……」

アレンは嬉しそうな表情を浮かべている。

「あれは……新生連邦のヒエラクス級?」

 セイントバードを含む、ヒエラクス級は軍関係者では有名な戦艦だ。戦後に開発された大型空中空母。大型の輸送機としての役割を十二分に果たすその戦艦。まさか、それを目の当たりにするとは思っても見なかったアレンだった。

「どうしてそんな戦艦をあの人が……」

「僕も、詳しいことは分からないんですけど……」

アレンは硬直した。新生連邦の最新鋭艦の存在を目の当たりにして、呆然と立っていた。

「アレン……さん?」

「……ああ、ごめん。少しぼうっとしてた。」

相当な衝撃だったのだろう。何せ新生連邦軍の最新鋭艦が眼前にあるのだから、無理もない。

(これを、あのエリィさんが……?)

エリィとアレンにどのような過去があるのかは定かではないが、新生連邦の戦艦を我が物にしているという事実が、アレンにとって衝撃だったのだ。

 

「あれあれ?レイ君かな!?レイ君だ!!!」

突然の出来事だった。セイントバードの前に居たエリィが姿を見せたのだ。そして、レイの姿を見るなり走り出した。

「エリィさん!!」

レイは笑顔を見せ、手を振った――

 

ギュッ

 

「へっ……!?」

レイはエリィに思い切り抱き締められた。まるで、迷子になっていた子供を抱きしめるかの如く。

「バカ!!なんで急に居なくなっちゃったのよ!心配したんだからぁ!!本当に……」

抱き締めながら、エリィはレイの頭を撫でる。急な出来事に、レイはただ、戸惑うばかり。

(苦しい……)

レイの目の前にはエリィの乳房が当たっている。だが今の彼はそれに対して喜びの感情を抱く余裕はなかった。

 やがてエリィは抱き締める行為を止めた。彼女はレイの両肩を持ち、しかめた表情を浮かべた。

「貴方は家に帰るんじゃないの!?皆探していたのよ!本当に……」

怒るエリィ。その表情は真剣そのものだ。本気でレイの事を叱っているのが分かる。

 2日前、セイントバードクルーの酒の飲み会で泥酔し、眠りについていたエリィ。そして、それに対して呆れていたレイ。その2日後に、今度はその同一人物に怒られる経験をするレイ。しかし今回はレイの方に問題があった。幸い無事に戻ってきたのは良かったが、もしレイの身に何かあり、帰ってこない事があればどうなっていた事だろうか。

「レイ君Eフォン忘れてどっか行っちゃうんだから!このご時世でそんな事、しちゃ行けないんだよ!分かったぁ?」

エリィは示指をレイの額に当て、言った。

「は、はい……すみません、エリィさん……」

と、レイは答えるしかなかったのだ。

 心配していたエリィと、心配を掛けたレイ。彼の中で申し訳ないという気持ちが渦巻いていた。

 しかしこの光景に対して驚愕している人物が、一人。アレンである。レイへの抱擁に夢中になっていたエリィは、最初アレンの存在に気づく事がなかった。しかし、ふと目が合った後、エリィはアレンをじいっと、見つめる。

どこかで会ったような……エリィはそう思いながらアレンを見ていた。

「あの……エリィ・レイスさん?」

そっと、アレンは聞いた。

「え……はい。私はエリィですけど……あれ、もしかして貴方……まさか――」

エリィの表情が、変わっていく。そして――

「レインド少尉!?いや、アレン君か!!!凄く久しぶりだね!!」

エリィはようやく、思い出した様子だった。

 デウス動乱で共に戦い抜いたかつての仲間、アレン・レインドとエリィ・レイス。今、両者はレイという共通の人間を通して、再会したのである。

だが、アレンの表情は笑顔ではない。寧ろ、驚きを隠せない様子だった。

「あの、失礼ですけど……本当にエリィさん?」

何故、彼はそこまで確認するのだろうか?レイは疑問に感じていた。

「え?私はエリィ・レイスですよ?貴方と同じ、元地球連邦軍、第十三特別部隊のオペレーター、エリィ・レイスですけど?」

その部隊こそ、かつてアレンとエリィが所属していた部隊だ。かつての地球連邦軍の特別部隊。それは、彼らのように力を持つ人間達で主に構成された部隊だ。

 その類稀な才能や、空間認識能力は戦場で活かされてきた。故にデウス動乱を生き残る事が出来た部隊。その部隊のメンバーが、アレンやエリィといった人間なのである。

 しかし、アレンは彼女の発言に対して疑問を抱く。

「えっと……エリィさん、なんか性格変わってません?」

「えー、そうかな?私は私ですよ?フフフフフ!」

エリィは口元に右手を当てた。愛らしい言動ではあるのだが、どうしても、アレンにとっては納得出来ない様子だ。

 その時、アレンはエリィに断りを入れ、物陰にレイを呼び出し、言った。

「レイ。聞きたい事がある。」

「どうしました?」

「エリィさんって、こんな性格なのか?」

「え、そうだと思いますけど……」

まるで念を押すように、レイにも確認するアレン。それ程に今のエリィに違和感を覚えているのだろうか。

「いや……そんな感じなのか……?」

明らかに不審な様子のアレン。改めてエリィを見て、首を傾げた。

「いや、あの容姿は確かにエリィさんだ。けど、あんな性格だったっけ……?」

疑問を抱くアレン。過去の彼女を知る人間として、違和感は拭えない様子だった。

「あの、逆に聞きたいんですけど、昔のエリィさんってどんな性格だったんですか?」

疑問を抱いているアレンに対し、今度はレイが質問をした。

「うーん、まあ、一言で言えば“内気”“大人しい人”って印象かな。まさか五年でこんなに変わるとは思わなかったけれど……」

「え、本当ですか!?」

過去のエリィを、知る人間と、今のエリィしか知らない人間。この五年で変化した、エリィ・レイスの性格。

 年月が経てば、人は変わる。幼児ならば身体や言葉の成長、少年期ならば背丈や思考が青年へ。青年ならば社会生活の為に生きる社会人へ。壮年期ならば老年期へ。それは性格も一緒だ。

 エリィの場合、アレンが言うには内向的な性格だったという。だがレイから見たエリィは、天真爛漫な美女。内向的とは思えない性格の女性だ。

 両者は、この五年間で一体何があったのだろう……と、疑問を抱いた。

「とりあえず二人共、中に入りましょう!みんなが待ってるし!」

エリィが二人に近づき、二人の肩をポンと触る。レイからすればいつものエリィのスキンシップ。だが、アレンから見れば特殊なスキンシップに思えた。

「事情は中で聞きますから、ね!」

やがて、三人は修理が完了したセイントバードへ入っていく。

 デウス動乱の英雄、アレン・レインドから語られるエリィの過去。それもまた、レイにとっては意外な真実と言えた。

 

 

 艦内にて。戻ってきたレイと、同行しているアレン。最初、クルー達は誰が来たのか、と動揺していた。

やがてブリッジに着く。そこにはネルソンやインク、スラッグといった面々が居た。

「レイ君が、帰ってきましたー!」

と、笑顔で喋るエリィ。ネルソンはレイの顔を見た時、静かに笑みを浮かべた。

「無事だったか。良かったよ、レイ。」

レイはネルソンに怒られるのではないか……と思っていた。すぐに戻ると言っておいて、帰ってきたのが2日後。その上彼は連絡用の為の、Eフォンを忘れるという失態をしている。

「ネルソンさん、その……ごめんなさい。」

何かを言われる――そう思ったレイはすぐに謝る。

「本当に、心配したんだよ!無事だから良かったけれど……」

エリィはネルソンの前でもレイを叱責する。

 だが、これに対してネルソンは怒る様子を一切見せなかったのだ。

「レイ、何を謝っている?元はと言えば私が悪いのに。」

「ええっ……?」

エリィが驚いた様子を見せた。何故ネルソンが罪悪感を抱くのか。この場にいたエリィとレイは疑問を抱く。

「恐らくだが君は“何か”に巻き込まれたのだろう。こうして戻ってきたのは幸いだが、元はと言えば私が悪いのだ。アレクサンドリアの情勢を理解できていなかった私が……」

すぐに戻ると言う約束で、彼を一人にしたのがまずかったと思うネルソン。

 エジプト首都、カイロの治安の悪さは知っていた。だが地中海に面した美しい町、アレクサンドリアの情勢を、彼は把握出来ていなかったのである。その結果、レイは悪党に襲われ、アレンと出会い、今に至る訳ではあるが。

「お言葉ですが……アレクサンドリアの情勢悪化は最近の事なんですよ。新生連邦樹立をしてから、軍備の増強が進んでいくようになってからです。」

と、近くにいたアレンが言った。

「君は?」

疑問を抱くネルソン。それに対し、アレンは言った。

「スパーダ・スクード……と名乗りたいところではありますが、自分の名前はアレン・レインドです。貴方はエリィさんの仲間とお見受けしました。」

「艦長の知り合い……?それに、その名前は……?」

と、ネルソンは一度エリィの姿を見る。そして、彼の名前を聞き、耳を疑った。

「あの、アレン・レインドなのか!?」

その名前はかつての軍関係者ならば有名だ。それは連邦軍、デウス軍関係なく、その名は知られているのである。

 デウス動乱中、クリスタルガンダムと呼ばれる機体を操り、当時の地球連邦軍の勝利に貢献した存在。そして敵勢力であったデウス軍からも脅威と認識されていた存在。半ば伝説的存在と言われても過言ではない青年が、目の前にいる。その事は、ネルソンを驚愕させた。

「まさか、こんな所でガンダムのパイロットに会えるとは思わなかったよ。私は元デウス軍ではあるが、その活躍は噂では聞いていたよ。」

と、ネルソンはアレンに対し、握手を求めてきた。

「元デウス軍ですのに俺を憎いとは思わないんですね。」

アレンは、ネルソンの行動に対して意外な反応をした。

「それはかつての話だ。今はこうして艦長と共にMS乗りとして共に行動している。それに私はデウス帝国に盲信していた訳ではないよ。」

 軍や組織に所属する人間は、その所属先の為に貢献し、盲信する者が多い。それらが形となり、兵士達は戦う。

 デウス動乱時、敗戦によって滅んだとされる、デウス帝国の為に多くの兵士達が死んでいった。全ては、デウス帝国という国家を守り、讃える為。

 それは地球上の国でも同様の事が言える。その国の為に命を捧げる人々もいれば、己の為に戦う人も居る。何かの為に戦う時、人は底知れぬ力を見せる。それが一人でなく多数になった時、それは敵勢力にとって脅威となる。

 だから組織の上層部と呼ばれる存在は部下を洗脳の如く鼓舞する。部下の士気が落ちぬように、果てはその組織が滅びないように。

 しかし、ネルソン・アルビュースはそれらの対象とは違っていた。彼は別に、デウス帝国の為に戦い続けていた訳では無いのだ。

「そういう人が居るの、とてもありがたいです。」

そう言って、アレンはネルソンと握手を交わした。その様子を見ているレイ。彼等はかつての戦争を経験した者同士だ。レイに、それを理解するのは難しかったのだ。

「大尉とアレン君は別に戦時中に戦っていた訳ではないの。でも、所属は違っていた。けど、こうして時が経って、違う所属だった人間同士が握手を交わす事が出来るのは、とても良い事なんだよ?」

と、エリィはレイの両肩に触れ、言った。

「例えるなら、サッカーの試合で、互いのチームの選手が試合後に握手を交わすような感じですか?」

レイは言った。

「まあ、分かりやすく言えばそんな感じなのかな?アハハ!」

人はこうして分かり合えるのだと、レイは理解出来た様子だった。

(こうやって、あの人とも分かり合う事が出来たのなら良かったのにな……)

レイは、アスーカルの事を思い出していた。最後まで敵同士となり、彼を殺める結果となった事。それはレイの心に大きな影響を与えていたのである。

「アレン……と呼んで良いか?」

「はい、大丈夫です。」

アレンとネルソン。この両者は、改めて握手を交わしたのであった。

「しかし気になるのは、レイ。君が何故アレンと一緒に戻って来たのかだ。」

ネルソンがいった。それについて気になるのは、至極当然の事と言える。

「それ、レイ君から教えて欲しいなー。」

エリィが笑顔で聞いてきた。

「実は――」

レイはこの二日間にあった事を全て話した。

 暖かく、優しい感覚に導かれている時に悪党に襲われた事、それをアレンが助けた事等。そして反政府デモが活発になり、外出が難しくなった事等。

「それで、エリィさんがこの近くにいるって聞いて、こここに来たんですよ。」

アレンが言った。

「アレン君はアレクサンドリアに住んでいたって事なの?」

エリィが聞く。

「そうですね。戦後に色々とありまして。」

「そう、なんだ。」

エリィは、近くに置いていた水を一口飲み、言った。

「所でアレン。君は今何をしているんだ?軍には所属していないだろう?」

と、ネルソンが聞いた。それに対し、アレンは答える。

「実は――」

 今度はアレンが事情を説明した。今は裏稼業であるバンディットをして金銭を稼いでいると言う事。しかし、昨夜に氷河族の名乗る組織に襲撃され、同居人、ワートンの身を守る為にも自身が去る必要があったと言う事。そこへ、レイがエリィと知り合いという話を聞き、同行する事になったと言う事。

「バンディット……か。」

戦後に出現した裏稼業、バンディット。かつてのデウス動乱の英雄がそのような仕事をしているなど、ネルソンからすれば想像すら出来ない様子だった。

「それに、氷河族……」

アレンを襲った謎の組織、氷河族。その際の構成員は三名。いずれもが特徴的な容姿をしている者ばかりだ。

 普通、何らかの組織が行動を起こす時、目立つ格好等はしない。任務遂行の際は相手にその姿が割れぬようにするものだ。しかし彼等はあえて、組織の名前を言った。それらの目的も、全てが不明だ。

(あの人達、氷河族って言うんだ……)

アレンとワートンが襲われていた時、押し入れに隠れていたレイ。その際に見た、ウネフの姿。そして今のアレンの発言。これにより、ウネフは氷河族に所属している人間であるという事が判明した。

「厄介な連中に目を付けられていたんだな。」

と、ネルソンは言った。その様子から、何かしらの事を知っている様子だ。

「大変だったんだね、アレン君……」

エリィも、氷河族の事を何か、知っている様子だった。

「それでエリィさん。お願いがあります。暫くで良いんです、一緒に行動させてくれませんか?」

一方的な依頼である事は理解していた。だが彼は氷河族と言う組織に追われるかも知れない身。ワートンをはじめ、周りの人間に迷惑を掛けたくない……と言う意思が、彼にはあった。

 セイントバードは空中戦艦。それに同伴すれば、同じ場所で過ごすという事はなくなる。そうなれば彼自身も組織に追われるという事は無い。

「え、アレン君が良ければうちは歓迎だよ?」

と、エリィはあっさりと受け入れた。

「うちはそもそも人手不足だし、私とアレン君のよしみでもあるしね!」

セイントバードチームはこのように、新たなメンバーが加わる事に対して寛容だ。その上、加わるメンバーがデウス動乱の英雄、アレン・レインド。彼等にとっては心強い仲間でもある。

「ありがとうございます!」

この瞬間、アレンはセイントバードチームのメンバーとなった。想定していた以上にあっさりとしたメンバー参入に、アレンは嬉しさを感じていた。

「アレン君、一つ聞きたいんだけど良いかな?」

「何でしょうか?」

「戦後になってMSに乗ったりはしてた?」

「え?はい。まあ……」

その時、彼は昨日の出来事を思い出した。

 バンディットとしての仕事として孤児院の仕事をした時に、反政府デモ隊や新生連邦軍の挟撃に巻き込まれ、孤児達を守る為にMSに乗った。旧式のMS、ディエルに乗って最新機体を撃破したアレン。その際も、技量を駆使して敵を倒した。

 実力は残っている。だが、彼にとってはその力は大人しく喜べる力ではない。

「レイ君から聞いているかもだけど、私達はMS乗り。もし有事があればアレン君の力を頼らせて貰うかも知れない。それだけは、宜しくお願いね!」

エリィは左目をウインクしながらアレンに言った。

(やっぱりこの人、本当に性格が変わったな……)

と、アレンは今のエリィを見て改めて驚くばかりだった。

「あと、お金はどうしようか。」

「え?金ですか?」

「ええ。貴方も生活があるでしょう?あれだったら、バンディットの依頼として、MSに乗るってのは、どうかな?」

エリィは提案した。あくまでもMS乗りの助人として、それをバンディットの契約としてセイントバードチームに参加するという条件をエリィがした。その活躍によって報酬を与えるという形をエリィは取る事にしたのだ。

「せっかくの提案ですが、お断りします。」

だが、アレンはそれを拒んだ。

「え、どうして?」

「もしバンディットとして契約するって事になると、報酬金を得たとしてもその15%の手数料を取られます。だったら、ここには傭兵……いや、フリーのMS乗りという形で居させて貰う方が良いです。」

アレンの言うように、バンディットは報酬の15%を運営元に徴収される事で成り立つ仕組みだ。そうした条件はあるものの、基本的に仕事内容は何でも良いというメリットがある。依頼さえ入り、報酬を得られればそれで契約が成り立つ。

一方、フリーのMS乗りや傭兵といった職業は依頼元に対して交渉次第で報酬は得られるが、場面が戦場に限られる。つまり、戦争や紛争がデウス動乱時よりも減少している現代では需要があるとは言えないものになる。

だがアレンが見てきたように、新生連邦軍によって軍備は増強されつつあるこの世界。この先、アレクサンドリアのような反政府デモや政府との衝突といった、紛争がいつ起きてもおかしくない世界になりつつあるのである。

「成程ね、じゃあ、そうしましょうか。」

交渉は成立。アレンは、フリーのMS乗りと言う形でセイントバードのクルーに加わったのであった。

「なんか、凄い人と話してるみたいだな、艦長。」

「凄いなんてもんじゃないわよ!デウス動乱の英雄って、ガンダムに乗ってた人間よ!?」

「え、なんでそんな人が!?」

「あんた聞いてなかったの?昔の大戦で艦長と同じ所属で戦ってたって、言ってたじゃん!」

ひそひそ、とインクとスラッグが、話していた。仲間に加わった人間がかつての大戦で活躍した人間と言う事実は、二人を驚かせるには十分だったのだ。

 

 

 少し時間が経ち、セイントバードはアレクサンドリアの地を後にした。両翼が左右に展開され、バーニアの出力を上げ、空を舞う。やがて高度を次第に上げていき、地中海上空を飛び立った。

 行先はレイの故郷、モントリオール。大西洋のルートを通り、そのままカナダに上陸するルートで移動する。その間に敵襲に遭う事が無ければ、このまま問題なく移動する事が出来るだろう。

 航空している間、レイとアレンはネルソンにMSデッキに誘導される。そこにはアインスガンダム、ハルッグ、トルクスが六機に、SFSであるゾーリドが六機。合計十四機の兵器が備わっていた。

(あれって、もしかしてガンダム……?)

アレンはじいっと、その方向を見る。彼の知るガンダムは白い色が特徴的な機体。だが今アレンが見ているのは紺色の機体だ。珍しい色合いの機体を見て、見間違いなのか……と、思っていた。この時、アレンの目には、ガンダム特有の特徴的な頭頂部や顔貌が映っていなかったのだ。

 ネルソンは整備士達にアレンを紹介する。その際、誰もが彼の方を見た。特に、整備士長であるシンは目を大きく輝かせ、アレンに握手をしたのである。

「あのクリスタルガンダムを操ったっていう、アレン・レインドですか!?マジで!?光栄ですよ!いや、本当に!」

シンはアレンより年上ではあるが、丁寧な言葉で接していた。アレンが如何にデウス動乱で活躍した人間であるかが、分かる。

「それは過去の話ですよ。今の俺はバンディット……じゃないや、MS乗りとしてここに居させて貰ってるだけですし。」

謙虚に振舞うアレン。しかしデウス動乱の英雄という肩書は、やはり一目置かれるものである。

(やっぱり、この人って凄い人なんだ。)

アレンの隣にいたレイは、アレン・レインドという人間の凄さを改めて感じ取っていた。

「アレン、君が機体に乗るとすれば、このトルクスになる。」

ネルソンはアレンに説明した。

セイントバードチームオリジナル機体、トルクス。いずれもが旧連邦軍のジャスティスを改修した機体だ。ここには六機存在している。砂漠の狩人率いるMS乗りとの交戦で、既に二機が破壊されているのだ。

 武装はオードソックスなビームサーベル、ビームライフルに頭部機関砲。アレンはこの機体を見て、納得している様子だった。

「問題なく戦えると思います。ちなみにですけど、セイントバードは今までどのような敵に襲われてきたんですか?」

アレンの問いに、ネルソンは答えた。

「主には我々と同じMS乗りが多い。機体もかつてのデウス軍の量産機体が多かったな。」

「成程……」

と、アレンは納得している様子だった。

「ああ、レイ。君の機体も少しばかり変更しているぞ。」

そう言って、ネルソンはレイをアインスの前に誘導した。

今のアインスの姿。ランドセルがあった部分にはフライトユニットと呼ばれる、空中用のバックパックが装着されており、脚部のバーニアも大型のものに変更されている。そして、左後部には巨大な砲塔のようなものが存在している。

「また、姿が変わった……」

と、レイは呟いた。

「名付けて、アインスガンダム空戦仕様! これからセイントバードは大西洋を渡るからな。データを解析してこれが適任と思って、アレクサンドリアで改造してたんだよ。」

シンが嬉しそうに言った。やはりガンダムに触れることが出来るのは彼にとって喜びなのである。

 しかし、レイに対してこのような説明をしている傍ら、アレンは驚愕した様子で言った。

「この顔立ちは……間違いない、ガンダムだ……え……レイ、君はガンダムに乗るのか?」

アレンは知らなかったのだ。レイがガンダムのパイロットという事を。

「はい。これが僕のMSなんです。アインスガンダムって言います。」

戦時中にクリスタルガンダムと呼ばれる機体に乗り、連邦軍を勝利に導いたアレン。まさか、戦後になり、このような場所でガンダムに会うとは、思わなかったのだ。その上そのパイロットがレイであるなど誰が予想できたことか。

(戦争を知らない筈だろう……どうしてこの子がガンダムに?)

疑問を抱くアレン。無理もない。レイのようなあどけない少年がガンダムに乗る。それは、デウス動乱でアレンがガンダムに乗った時と同様だ。

 アレンは十五歳の時にクリスタルガンダムに搭乗し、地球連邦軍の所属としてデウス動乱を戦い抜いた。そして、連邦軍を勝利に導いた。レイは、その再来だとでも言うのだろうか。

「なあ、レイ。君は何故ガンダムに―」

と、アレンが聞こうとした時だった。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

警報音が、セイントバード艦内に鳴り響いた。

「緊急事態!後方より大型の熱源反応をキャッチしました!こちらに向かってきてます!」

突然の警報。そして、インクの声。その上得体の知れない熱源反応。航空を開始したばかりのセイントバードに、緊張が走った。

 

 

「モニター拡大、出来る?」

ブリッジにてエリィがインクに対して言った。

「画面、出ます!」

モニターが展開され、後方に映る“物”の画像が映し出された――

 

そこには、セイントバードと同型の戦艦の姿があった。

 

「同型艦一隻……?どういう事……?」

「あれ、もしかして新生連邦じゃないんですか!?」

緊迫した状況。その上で後方にいるのはセイントバードと同型のヒエラクス級戦艦。そうなれば、勢力はただ、一つ。新生連邦軍以外に考えられない。

ヒエラクス級は新生連邦の数少ない大型空中空母。つまり、敵の主戦力が乗っている可能性が高いと考えられる。

「艦長、逃げましょうよ!新生連邦なんて関わらない方がいいですよ!あいつら多分大量の機体を持ってますよ!絶対勝ち目ないですよ!」

スラッグは懸命にエリィに言う。それに対し、エリィは口を開けた。

「戦う気は毛頭ありません。それに相手はこちらを補足しているだけかも知れないですし。」

新生連邦軍が相手である以上、敵から逃げる事が最善策だ。現在のところ、こちらに攻撃を加えようとする様子は無かった。

 

 

 

セイントバードの後方に位置している新生連邦軍の戦艦。名はウイングイーグル。ヒエラクス級戦艦であり、セイントバードとは兄弟関係にあたる戦艦だ。

その戦艦は新生連邦軍の士官であるダリア・ローゼントが艦長を務め、その上総司令レヴィー・ダイルにアーステクノロジー社長のスルース・ディアンも同乗していた。

先日にロサンゼルスの太平洋沖にてアトミックガンダムの試験テストを行い、そのまま航行を続けていたウイングイーグル。今回、その獲物であるセイントバードが遂に発見したという事になる。

「カイロ基地の情報通りでしたね、総司令。」

「……ええ。」

スルースの笑顔と違い、総司令は真剣な眼差しでセイントバードを見ている。

「どうしましょう?せっかく見つけた獲物です。すぐにでも奪い返す方が私は良いと思いますケドね?」

スルースはハットの“ツバ”の部分を指先で触りながら言った。

「ローゼント中佐、貴方はどう動きますか?」

今度は総司令が言った。標的は目の前だ。すぐにでも攻撃を仕掛けるのか、どうするのかは様子を見るようだ。

「恐らく敵はこの艦を見て逃げ腰になると予想します。敵には戦闘行為をする理由がないからです。」

セイントバードは元々新生連邦軍の戦艦だ。ここで敵が攻めてくるとは思えないと、ダリアは考えていたのだ。

「ならば、“お試しキャンペーン”、しちゃいますか?」

「お試しキャンペーン?」

スルースは、椅子から立ち上がり、高揚した様子で言った。

「文字通りの意味です!特殊強化モデルのガンダム達を導入して、相手の出方を見るんですよ!」

総司令であるレヴィー・ダイルを差し置き、彼は自身が作り出した特殊強化モデルが搭乗するガンダム三機を導入しようと提案していたのだ。

「あの戦艦……セイントバードと言いましたかね。その戦力が分からない以上余計な戦力を投入する必要はないでしょう。ならば、あの三機を試験的に導入する良いきっかけかと思いますケドね、総司令?」

スルースはアーステクノロジーの社長であり、決定権は、本来はない。だが総司令はそれに従うように、言った。

「そうですね……三機の試験導入はアリかも知れません。」

そう言う総司令は、まるでスルースの言いなりのようだった。

「総司令からも許可が出ましたね!フフ、遂にガンダム達三機がお披露目です。楽しみですねぇ。ハハハハハ!」

スルースは、高らかに笑った。

「ディアン社長、あくまでも目的は艦の奪還です。その上であの艦の中に搭載されているとされる、アインスガンダムも奪還。ですから、極力、破壊行為はしないようにして下さい。」

目的はセイントバードとアインスガンダムの奪還であり、破壊ではない。総司令はスルースに対し、念を押すように言った。しかし、彼の言葉はどこか、弱々しい。

「ええ、出来るだけの指示は与えますよ。まあ、彼等が言う事を聞いてくれればね……」

スルースは怪しげに言った。これに対する総司令の表情は、固い。

そして、彼は三機のガンダムに対して指示を与え始めた。ブリッジ内のマイクでMSデッキにいる三人に連絡を取り、言う。

「どうも、ご機嫌いかがですか?三人共、今から貴方方の初実戦ですよ。楽しみですねぇ。ただし条件があります、あの戦艦は出来るだけ破壊しないように。また、恐らくあの中に搭載されていると思われる紺色のガンダムタイプである、アインスガンダムも破壊しないようにして下さいね。ニッカ・ドレイク、ハーディ・クオレント、シエル・ホーンド。」

優しいようで、どこか不気味なその言葉。これに対し、デスペナルティガンダムのパイロットであるニッカが喋った。

「あぁ?じゃあ殺しちゃダメだってのか?」

「いえ。機体さえ残っていれば良いのです。コクピットは破壊しちゃっても構いませんよ。」

それを聞いたアトミックガンダムのパイロット、ハーディが喜びの声を上げた。まるで性格の悪い子供のようであり、口調が悪い。

「OK!OK!OK!ぶっ殺しまくってやろうぜぇ、お前等ァ!」

その中、冷静に対応するのはバイラヴァーガンダムのパイロット、シエル・ホーンドだった、

「お前等の言動にはうんざりさせられる。」

「はぁ?優等生気取ってんじゃねえよクソが!」

ニッカが言った。彼等の言動を見るに、まるで、喧嘩をしているようだった。

「……さて、“正義”のガンダム達、デスペナルティ、アトミック、バイラヴァー。その正義を、“悪の軍団”に向けて、正義の怒りをぶつけてやって下さい。ああ、そうそう。ビーム粒子が切れたらその場で撤退しましょう。これは命令ですよ。」

まるでガンダムを駆る自分達が正義と言わんばかりの台詞。それを聞いた三人は、静かに頷いていた。

 

 

ウイングイーグルの前方下部に存在しているハッチが開かれる。そして、新生連邦軍の新型ガンダムである三機が、カタパルトから出撃しようとしていた。セイントバード、アインスガンダムを捕獲する為に。それと、実践テストを兼ねる為に。

 

キシィン

 

三機のガンダムの、デュアルアイが輝く。デスペナルティは朱色に、アトミックは緑色に、バイラヴァーは水色に、それぞれ輝いていた。

 やがて三機のガンダム達は出撃した。セイントバードチームに、新生連邦軍が作り出したガンダムタイプ三機の脅威が、迫ろうとしていたのである。

 

 

 

「艦長、戦艦から三つの熱源反応あり!これは……間違いありません、ガンダムタイプです!え、てか三機のガンダム!?嘘、有り得るのこれ!?」

インクが目を疑った。新生連邦軍は三機、ガンダムタイプを導入してきたのである。宣戦布告も全くせず、一方的に刺客を送り込んできたのだ。

「セイントバードがMS乗りの戦艦って知ってるから、警告とかなしで襲ってくるって訳かよクソタレ!」

操舵をするスラッグが汗を流し、言った。

「とにかく、こちらもMSを発進しないと!各パイロットは機体に搭乗し、待機をして下さい!それと、ブリッジ格納準備を!」

緊迫した状況。戦闘態勢に入った事を意味する。セイントバードのブリッジは格納され、その後にエリィはMSデッキに対して連絡を取り、各パイロットにMSのコクピット内に入るよう、要請した。

 

 

 

 三機のガンダムタイプは散開し、セイントバードに近付く。デスペナルティガンダムは巨大な、二つの刃が同方向に備わっている二重大鎌を所持している。アトミックガンダムは右手部に大型のビームランチャー。バイラヴァーガンダムは右手部に槍状の兵器、トリシューラランサーを所持している。

 異形な姿をしている三機のガンダム達。それらはセイントバードを捕捉した時、バイラヴァーのパイロットであるシエルが言った。

「ハーディ、お前がそれで攻撃しろ。」

命令するシエル。だが、ハーディは対抗した。

「はぁ?何命令しちゃってんの?てめぇ?」

と、反抗した。

「俺等の場合は手の内を見せる訳には行かねえんだよ。早くしろ、そのランチャーで撃つんだよ。」

「ったくしょうがねぇなあー!!!」

反論しながらもシエルの命令に従うハーディ。 

 そして、アトミックガンダムはビームランチャーを構える。それと同時に、アトミックの頭部ヘルメットがデュアルアイを覆い被さるように展開し、そこからモノアイが展開された。

「オラァ!!!」

ハーディの掛け声と共に、ビームランチャーが展開される。高出力のビームの飛翔体が、セイントバードの左翼部に直撃した。

 

 

敵の攻撃を受け、艦内は揺れる。先制攻撃を仕掛けられた事により、彼等は様子を見る必要も無くなった。

 そして、機体がカタパルトより射出されようとした時だ。

「敵戦力はそれだけとは思えません!大尉とレイ君、アレン君のみが出撃して下さい!敵戦力の様子を見る必要があります!」

と、エリィが言った。

 彼女の判断は的確だ。同型艦である以上、戦力を隠し持っている可能性は高い。今回は三機の新型ガンダムタイプが出撃したが、それ以上の戦力を隠し持っている可能性がある。

 それを聞いた三人は、それぞれの機体に搭乗しており、やがて出撃する準備を開始した。

最初にハルッグが、そしてそれに続いてアレンの乗るトルクスが出撃する。SFS、ゾーリドカスタムと共に、地中海の1500メートル上空を駆け抜ける。

「アインスガンダム、行きます!」

最後にアインスガンダム空戦仕様が出撃。SFSに頼らなくとも、単体で空中を移動することが出来るアインスガンダム。それは、セイントバードにとっての新たな戦力となり得た。

 

 

 新生連邦軍の新型ガンダム三機と、セイントバードチームのMS三機の戦いが始まった。

「み~つけたぁ!あれだろ?紺色のあいつ、アインスガンダム!」

「目標を速攻見つけられるなんて流石だよな俺ら!」

デスペナルティとアトミックは標的を見つけ、早速行動を開始する。

そして、先にデスペナルティが鎌を振ってアインスに襲い掛かった。

「ガンダムが敵なの!?それも三機も!?こんなのって!」

「死ねや!」

鎌がアインスに迫る。それに反応したレイはビームサーベルで応戦。互いに拮抗し合った。

「ちぃ!ふざけんじゃねえぞ!」

そこへ、モノアイヘルメットを被ったアトミックがビームランチャーを、デスペナルティに向けて放出した。それに反応し、回避運動に映るアトミック。ニッカは突然の出来事に驚愕する。

「てめぇ何しやがる!?」

「うっせえんだよ!こんなんに苦労してんじゃねえって!」

今度はアトミックがアインスに向けてビームランチャーを連射する。それに反応したレイは、急いで回避運動を行った。

 初めての空中戦。慣れない状況で、敵機体はガンダムタイプという二重苦。その厄介な状況で、レイはアインスを乗りこなす。

 

バシュゥゥゥ

 

今度はシエル・ホーンドの駆る、バイラヴァーガンダムが、右手部に把持しているトリシューラランサーを駆使し、攻撃を開始した。三つ又の先端部からはビームキャノンを展開。だがこの攻撃を、仲間である筈のデスペナルティに対して行うのだ。それを見切ったデスペナルティは回避した。

「シエル!!!てめえ!!!」

怒るハーディ。今度はデスペナルティの鎌の柄の先端部から、ビーム砲撃を開始。それをバイラヴァーに対して撃ったのだ。

(この人達、なんで味方同士で攻撃してるの……?)

レイは疑問を抱いた。目の前で、三機のガンダムが、味方機体に対してビーム砲撃を行っているのである。

「はいはい、お前等仲間割れしてんじゃねえよ。何やってんだかッ!」

そう言いつつ、ハーディの駆るアトミックガンダムは味方を狙わず、ビームランチャーの標的を、MAに変形しているハルッグに絞った。

「ロックされたのか!?」

突然の攻撃に翻弄されるハルッグ。この砲撃を回避する事には成功する。しかし――

 

グォンッ

 

アトミックガンダムは、突如変形を開始した。可変機構を兼ね備えていたのである。

「馬鹿な、変形するガンダムタイプだと!?」

焦燥に駆られるネルソン。まさか、狙われたガンダムタイプが可変機だとは想像もしていなかった様子だった。

「死ねっ!蝿野郎!」

そう言いながら、背部に移動したビームランチャーでハルッグを狙い撃った。武装はビームランチャーだけでない。バックパックにはMA形態で使用可能な、先端部に搭載されているノーズビームキャノンや、ウイングガトリング、ヘビーマシンガンといった武装も搭載されている。

 ビーム兵器と実弾による二重攻撃。これが、ハルッグに迫り来る。

「ちぃっ、こんなにガンダムタイプが……敵で相まみえる事になるとはな!」

ハルッグを動かしながら、ネルソンは考えていた。彼は元々デウス帝国の人間であり、それ故にガンダムと言う存在に対して警戒心を抱いていた。デウスにとってガンダムは脅威以外の何物でもない。しかし彼の前にはその脅威が三機もいるのだから、厄介極まりない。

 その間もアトミックはビーム兵器と実弾兵器を連続で放つ。

「あのガンダム、モノアイのヘルメットと使い分けているのか……チッ、そっちがその気なら!」

反撃と言わんばかりに、アトミックに向かってハルッグはロングビームライフルを撃つ。しかし、その攻撃も簡単に回避される。

「ヘタレ!!」

そう言い放ったと同時にビームランチャーを再びハルッグに向けて発射。高出力のそれを辛うじて回避するハルッグ。

そのビームを避けた後、ハルッグはMS形態に変形。敵機体との距離を見計らい、MA状態のアトミックの上に機体を乗せた。

「なんなんだよお前!なんで乗ってるんだよ!降りろよ!うぜえんだよォ!」

機体を揺らし、アトミックは必死に振り落とそうとしている。だが、ハルッグは離れようとしない。必死にしがみつき、ロングビームライフルをアトミックへ向け、貫こうとしていた。

「これで終わりだな!」

と、言った時だった。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

別方向から、ビーム粒子の飛翔体が飛んできた。それに反応したハルッグはすぐに回避し、MAへ変形する。

 シエル・ホーンドのバイラヴァーガンダムのビームライフルが、ハルッグに目掛けて放ったのだ。幸いこの攻撃を回避する事に成功したハルッグ。だが――

 

ドバァァァッ

 

今度は槍の先端部からのビーム砲撃が襲ってきた。急な攻撃に、回避が間に合わない。

「くっ!?」

ビーム砲撃の直撃は免れた。だが、ハルッグのバックパックはダメージを負う結果となった。

「それだけと思うなよ、蝿野郎が。」

シエルが呟いた――と同時に、バイラヴァーの武器である槍が、ハルッグに目掛けて投擲された。突然の攻撃に避けようもないハルッグは、それの餌食になった。

「しまった!?」

バイラヴァーの槍攻撃を受け、ダメージを負うハルッグ。そして、そのままコントロールを失った。

地中海に落ちていくハルッグ。このままでは墜落は避けられない。

「ネルソンさん!」

その時、間一髪アレンの乗るトルクスが、ハルッグを助ける為に駆け付けた。SFS、ゾーリドで落ちていくハルッグを補助し、墜落を防いだのだ。

「アレンか……助かった。感謝する。」

「あのガンダムタイプ、俺が相手になります!」

と、アレンの駆るトルクスはバイラヴァーに向け、ゾーリドの出力を上げ始めた。

「いや、考えがある。挟み撃ちをすれば良い。奴は今、槍を拾いに行っている。その隙を狙う。君は後方から攻撃してくれ。出来るか?」

「……了解!」

ネルソンの言うように、バイラヴァーは投擲した槍を拾う為に行動していた。それを見ていた彼は、ハルッグを変形させ、バイラヴァーに向けて移動した。

 

 バイラヴァーは槍を拾う為に降下している。それに対し、ハルッグがMA形態のまま急降下をし、両機体が並ぶように動いた。そして、すぐにハルッグをMSに変形し、そのマニピュレーターを駆使して取っ組み合いを行おうとしていた。

「チッ、こいつ何のつもりだ……?」

シエルが舌打ちをし、ハルッグの方向を見て言った。

「さっきの槍は回収させんよ!」

マニピュレーターを使い、バイラヴァーの両手部マニピュレーターを防ごうという作戦だった。その隙に、アレンの駆るトルクスがバイラヴァーを攻撃するという、ネルソンの思惑。

 

ガキィン

 

ハルッグとバイラヴァーは互いのマニピュレーターを取っ組み合う事に成功。これにより、バイラヴァーガンダムは武器を扱う事が出来なくなる。

「お前、馬鹿だろ。」

「何……?」

「こっちには武器はいくらでもあるんだよ。」

シエルは怪しく笑みを浮かべた―と、同時にバイラヴァーの腹部が光り輝くのを、ネルソンは確認した。

「まさか、ビームか!」

それに気づいたハルッグはすぐに変形をし、回避行動に移る―

 

ドバアアアアアッ

 

バイラヴァーの腹部からビーム砲が放たれた。その出力は甚大であり、ハルッグのロングビームライフルの比にならない程。

 間一髪回避に成功したハルッグだが、もし直撃していれば死は免れなかっただろう。

「背中ががら空きだ!」

と、アレンの駆るトルクスがバイラヴァーの後方に回り込んだ。そしてビームサーベルラックを構え、展開し、攻撃を試みる――

 

グォンッ

 

バイラヴァーのバックパックから、突如二つの“腕”が出現した。それは手部と同様の形状を作り、その上ですぐにバイラヴァーのバックパックに搭載しているビームサーベルラックを展開し、ビーム刃を形成した。

「なっ……!?」

つまり、バイラヴァーガンダムは今、四基のマニピュレーターを展開している事となる。

 アレンは急いでそのビーム刃を回避した。SFSのゾーリドは無傷で済んだ。直後、バイラヴァーは槍の回収に成功するのだった。

 バイラヴァーガンダム。通常は従来のMSと同様、二つのマニピュレーターが展開されている機体。だが後方からの攻撃に対処できるように、バックパックには二つのマニピュレーターが搭載されているのだ。

 合計四基のマニピュレーターを持つバイラヴァー。そして、その機体は槍状の兵器、トリシューラランサーを持っている。そのシルエットは、まるでインド神話に出てくる四つ腕の神である、シヴァ神のようだった。

「こいつらよりも、アインスガンダムを狙わないとな。それが命令だからな……」

と、バイラヴァーはアインスガンダムの方へ向かった。バックパックのバーニアを展開し、空中を舞う。そして、ハルッグとトルクスはそれを追い掛ける為、バーニアの出力を上げ、移動した。

 

 

 アインスはデスペナルティと激戦を繰り広げていた。鎌を持つガンダムと言う、異様な姿の機体。その戦法に翻弄されつつも、彼は善戦している。

(強い……それに、この人達……妙な感じがする……!)

シンギュラルタイプとしての感覚が、脳に伝わってくる。相手の戦意、そして殺意。その目的や手段も、レイに伝わる。

 彼は確実にパイロットとして成長していた。戦場に出て戦う度、レイは相手の行動を少しずつだが、見抜くことが出来るようになっていっている。そして、相手の意志を感じることが出来るようになっている。

 今回の敵は特殊強化モデル。人為的に作り出された、“力を持つ存在”だ。

(一回距離を置いて……鎌が武器なら距離が離れれば!)

と、アインスは一度デスペナルティより後方に移動した。

「てめええええ!逃げてんじゃねえよ!」

高圧的な態度で迫る、ニッカ。

(鎌は強力だけど、相手は近距離攻撃しかできない……これなら!)

レイはデスペナルティとの距離を取り、その際に所持しているビームライフルで攻撃を行おうとしていた。

 近接用の武装しかないと考えていたレイ。それならば、ライフルを放てば攻撃が出来ないだろうと、考えたレイだった。

 

ジャキン

 

「えっ!?」

デスペナルティのバックパックの、漆黒の翼部から突然巨大なビーム砲が出てきたのだ。それはすぐに発射される。

急な攻撃に対し、回避が間に合わない。急いでシールドで防ぐのだが衝撃が激しく、レイは頭を打ってしまった。

「ぐうっ!ビーム砲があったなんて……。」

不意打ちを受けたレイ。頭を打ったダメージが残る。後頭部から僅かだが血が流れており、ズキズキと、痛む。

「オラァァァァァ!」

その際にデスペナルティは鎌を振り下ろす。気付いたレイはアインスを急いで回避行動した。

 次に、鎌の柄の先端部からビーム砲を放つデスペナルティ。あらゆる箇所からのビーム砲撃に、アインスは成す術もない。

(強過ぎる……これじゃあ、勝てない……!)

圧倒的な力。アインスガンダムの比にならない性能を持つガンダム達。いずれもが特徴的な武装を持っており、そして、強い。

「ハーディ!撃てよ!」

突如、ニッカがそう叫んだ。その際に、アトミックはMA形態のままアインスの方向へ向かってくる。

「言われなくても撃ってやるよ!」

アインスの四時方向に一度アトミックが止まり、それと同時にMSに変形。それと同時に、モノアイを輝かせる。

「これであの世行き!ストレス解消ってね!ひゃーっはっははははははは!」

ハーディはコクピット下部にある、“DANGER”と描かれたボタンを躊躇なく押した。

 

ガバッ

 

やがて巨大な胸部ハッチが展開され、見慣れない、大型のミサイルが展開されようとしていた。

「あのミサイルは……形が違う……?」

彼はそれが一目見て危険な存在であると判断した。が、それに気づいた時、ミサイルがアインスガンダムの方に迫る。

(ダメ……避けなきゃ……!)

本能的な危険を察知したレイは、ミサイルから少しでも距離を置く為、その場から離れた。

 しかしミサイルのスピードは速い。このままでは追いついてしまう。

「レイ!」

それを見ていたのはアレンだ。ミサイルに対し、トルクスはビームライフルを構え、発射したのである。

 

     ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ

 

次の瞬間、ミサイルはビームに撃ち落された……が、甚大な爆発が発生し、戦闘域は赤い光に包まれた。

特殊核による爆風。これによる放射能汚染はないとされているが、その破壊力は凄まじい。

以前に太平洋沖でアトミックが放った、核ミサイルだ。

幸い、アインスガンダムは無事だったが、この赤い光を見てレイは呆然とした。近くにいたネルソンも。

「何という爆発力だ……まるで、旧世紀の核爆弾のような……」

特殊核の技術は極秘裏に進められていた為、この兵器が放射能汚染を撒き散らさない核兵器という事を、彼等は、知る由もなかったのだ。

凄まじい爆風を見たレイはただ、唖然としているばかり。そこへアレンの駆るトルクスが現れた。

「大丈夫か!?」

「あ……アレンさん……」

「こいつらは強い。只者じゃない……言動だけ見れば高圧的だが、それとは裏腹、奴等の行動は的確だ。」

アレンは三機の行動を見ただけで、行動パターンを読んでいた。FLCシステムを搭載しているこれらは闘争本能を引き出しつつ、前頭葉の活性化により、状況判断を行う事が出来る。

 彼等の言動は“凶暴”と呼べるものだが、その一方で行動は的確だ。それがより、脅威となって出現している。

「僕、この人達から怖さを感じます……戦わされているような、楽しんでいるような変な感じ……怖い……!」

「最初に奴等、互いに攻撃し合っていただろう。恐らく、遊びながら任務を遂行しているんだ。こんな奴等、今まで出会った事がない……」

レイとアレンは三機のガンダムから恐怖を感じている。力を持つ者であるが故に、その感覚を感じる事が出来るのだろう。

「奴等も力を持っている人間達って事か……けど、この感覚はやはり妙だ。」

同じく力を持つ人間であるアレンも、三機から嫌な感覚を覚えていた。

 特殊強化モデルと呼ばれる人種。人為的にシンギュラルタイプに近づけられた存在。それ故に情緒は不安定であり、闘争本能が剥き出しの存在達。戦闘の為に生み出された哀れな存在であるのだが、敵対する以上、それは脅威でしかない。

両者共に、この三機のパイロットから感じる狂気を感じていた。まるで人間とは思えない、普通ではない気迫が彼等を襲う。彼らが力を持つ人間であるが故に、敵の狂気を感じ取れたのだ。

「動きを見ている限り、奴等の目的はそのガンダムだろう。俺が囮になって一機を引き付ける。レイ、一旦二手に分かれるぞ!」

「は、はい!」

アレンの作戦はこうだ。敵の狙いがアインスならば、その戦力を分散させる必要があると考えた。SFSに乗るトルクスが三機のガンダムの内の一機を攻撃し、囮になるというものだ。

「アレンの作戦には賛同だ。君が狙われているのならば我々は奴等の邪魔をしなければならない。」

「ネルソンさん!」

ダメージを負っていたハルッグだが、合流することが出来た。これにより、ネルソンとアレンはレイのフォローに回ることが出来る。

やがて三機は分かれた。だが、敵のガンダムは目的であるアインスガンダムを狙ってくる。いずれもがビーム兵器を持ち、アインスを狙う。

必死に追いかける三機。そこへ、ネルソンの駆るハルッグが邪魔をするかのようにロングビームライフルを構え、撃つ。それらにより、三機にダメージを与えていく。

「邪魔すんじゃねえよ!」

これに怒ったハーディ。アトミックはハルッグに向けてビームランチャーを連射した。これらの砲撃を全て回避するハルッグ。それを見て、怒りが込み上げて来たハーディ。

アトミックは標的を変更し、ハルッグと的を絞った。

「可変機には可変機だ……まずは一機、引き付けられた!」

囮作戦は成功。だが、残り二機をアインスから離す必要がある。その為にはアレンが健闘する必要があった。

 

アインスを追い掛けるデスペナルティとバイラヴァー。その際、バイラヴァーのカメラアイにはセイントバードが映った。それと同時に、パイロットのシエルはアインスではなく、セイントバードの方へ向かった。

「シエル!?てめえどこへ行く!?」

「あの戦艦も標的だろう。分散するぞ。」

「そうかい!じゃあ紺色ガンダムは俺が相手してやるぜ!」

特殊強化モデルの、彼らなりのチームワークだ。デスペナルティは引き続きアインスを追いかけ、バイラヴァーはセイントバードへ向かった。

 やがてバイラヴァーは左手部マニピュレーターに装備しているビームライフルで、セイントバードを攻撃しようとしていた。

 

「敵ガンダムタイプ接近!」

「迎撃して!」

接近を許した為、近接武器でしか対応できないセイントバード。機関砲でバイラヴァーへ攻撃を行うのだが、いずれも回避される。

 そして、ビームライフルのエネルギーが溜められ、一発が撃たれた。

 

ドオオオオッ

 

艦は激しく揺れる。バイラヴァーガンダムの放つビームライフルの威力は、トルクス等とは比にならない程に高威力だ。

「もう一発……」

再びビームライフルを放とうとした――

 

ガキィン

 

しかし、そこへアレンの駆るトルクスが駆け付け、ゾーリドそのもので物理的にバイラヴァーへ攻撃を加えたのであった。

「ちぃぃ!」

突然の攻撃に翻弄されるシエル。

「エリィさん、大丈夫ですか!?」

「アレン君!助かった……。」

トルクスにより、艦が攻撃される事はなくなった。セイントバードを守ったアレン。それに対し、エリィは感謝を述べる。

「ありがとう、アレン君。だけど……その機体と敵のガンダムじゃ機体性能に差がありすぎるわ!無理はしないで……!」

エリィの言うように、トルクスのような、量産機体では強さの象徴と呼ばれるガンダムタイプと比べても差がありすぎる。いくらアレンがデウス動乱の英雄と呼ばれたパイロットでも、機体性能に翻弄されるのではないかと、エリィは心配していたのだ。

 だがこれに対し、アレンは言った。

「機体の性能だけが勝敗を決める訳じゃないんです!今までだってやってこれた!連邦がガンダムをいくら作ろうが、そんなもの、関係ない!」

と言った。それだけ、アレンは彼等と対等に渡り合う自信があると言う事である。

やがて、バイラヴァーはトルクスを追いかける。それを挑発するかのように、トルクスは去る。エリィは彼の自信に対し、ただ、唖然としていた。

 

 

その一方、デスペナルティと交戦するレイ。鎌以外の砲撃が猛威を振るうデスペナルティに対し、ビームライフルを構えて射出するが、機動性の高さに翻弄され、回避される。

(駄目だ、当てられない!このままじゃ、やられるのを待つだけだ……!)

ビームライフルを連射しても、狙いが絞れない。それに対して鎌からのビーム砲や、両翼部からのビームキャノンが執拗に放たれ続ける。

このままでは埒が明かないと、そう感じていたレイ。

 

ガキィンッ

 

「うわぁっ!」

更に、後方からバイラヴァーがバックパックの二つの隠し腕を使い、アインスを固定した。表向きではトルクスと交戦しているバイラヴァー。しかしその、背部に二基搭載されているマニピュレーターを駆使し、アインスを固定する事に成功したのだ。

 危機的状況に陥ったレイ。この時、デスペナルティは鎌を構え、アインスに接近した。

「え……これ……なんだろ……?」

その時、足元にあるスイッチの存在に気付いた。今までのアインスにはなかったスイッチ。何なのかは知らないが、今の状況を考えれば迷う時間も惜しい。

やがて、そのスイッチを押したレイ。その時、アインスにある変化が訪れた。

「わあ!?」

それは巨大な砲門だった。アインスのバックパックより右肩部にそれは展開される。この動きにより、バイラヴァーの固定していたマニピュレーターは離れた。

「何の真似だてめぇ!!!」

動揺するデスペナルティ。だがそれとは対照的に、レイはスコープを覗かせていた。

 

Lock on

 

対象をデスペナルティに設定し、その表示がされた――

 

ドバアアアアアアアアッ

 

すると、砲身から強力なビーム砲が展開された。ビーム粒子は直線状にいるデスペナルティを狙う。回避運動をとるにも、間に合わない。

「ぐわあああああ!!!」

デスペナルティの右翼部が破損。これにより、左右のバーニアのバランスが崩れた。

 単体で飛行能力を持つデスペナルティガンダムだが、翼部のバーニアが破壊されてしまうと、そのコントロールを失う。常に左側に傾いた状態での戦いとなってしまうのだ。

「ふざけた真似を!!!」

後方より、バイラヴァーが槍を持ち、アインスに迫った。しかし――

 

ドオォォォォォン

 

ゾーリドに乗ったトルクスがミサイルを放ち、バイラヴァーにダメージを与えたのである。

 突然の攻撃に、予想外のダメージを受けたバイラヴァー。シエル・ホーンドは攻撃を加えて来たトルクスに対し、怒る様子を見せたのだ。

 

 

ウイングイーグル内ではこの戦闘を観察していた。三機の実力の披露が出来、満足げなスルース・ディアン。

「ははははは!あーっはははははは!面白い!核ミサイルのタイミングも今回は良かった!只のならず者達が、初陣とはいえデスペナルティ、アトミック、バイラヴァーとやり合うなんて!これはなかなか面白いですねぇ!」

前回はアトミックガンダムが核ミサイルを撃ったことに対して激高したスルースだったが、今回は称賛していた。その光景とは裏腹、ウイングイーグルのクルーは喜んでいる様子は無かった。

 しかしこの中で、総司令は一人、疑問を抱いていた。先程の特殊核による核ミサイル。何故、そのような危険な兵器をあえてハーディ・クオレントにさせる必要があるのか……そこに疑問を抱くのだ。

「ディアン社長。何故アトミックガンダムのパイロットをシエル・ホーンドにしないのですか?彼ならば三人の中では比較的穏健派の印象を受けます。ならば、先の強力な兵器は彼に取り扱うべきだと思いますが。」

その疑問に対し、スルースは言った。

「確かにごもっともな質問です。ですが、今に分かりますよ。シエル・ホーンドでは適任ではないという事にね。」

スルースは、まるで分かり切っていたかのような発言をした。これに対しても総司令は首を傾げた。

(それに、あの、ジャスティスのような機体の動き、あの動きはどこかで……?)

それと同時に、彼はトルクスの動きを見ていたのだ。ガンダムタイプ相手に拮抗しているトルクス。只の量産型機体とは思えない動きに、関心を抱いている様子だった――

 

ピキィィィ

 

その時、総司令の頭の中に電流が走ったのだ。

(……?この感覚は……あの機体から感じる……?)

この時、総司令は“妙な感覚”を感じ取っていた。それはレイやアレン、エリィと同じような感覚。

彼は〝何か〟を感じ取っていた。それは得体の知れないものでもない、彼にとって、どこか覚えのある感覚であった。

 

 

「ちぃ……野郎ォ調子に乗りやがって……!!」

機体の翼部を破壊され、ダメージを負ったデスペナルティ。そして、その隣にはトルクスによってダメージを負ったバイラヴァーの姿。

その時だ。ニッカ以上の怒りを露にしている者が、大声で叫んだのだ。

「死ねよてめェェェェェッ!!!」

その大声を出したのは、シエル・ホーンドだった。三人の中では比較的冷静だったこの男が、突如激昂し始めたのである。

 そのまま槍からビーム砲撃を続けるバイラヴァー。連射攻撃はトルクスにとって猛威だ。何度か交戦し、邪魔をされた事への怒りなのだろうか。

「死ねって……何度言ゃ分かるんだよ!?」

冷静な判断力はどこへ行ったのか。バイラヴァーは機体に搭載されているあらゆるビーム砲撃を、トルクスに対して一斉射を開始した。

 バイラヴァーガンダムには両肩にビームキャノン、腹部にメガキャノン、そして、ビームライフル、トリシューラランサーといった武装を所持している。これらから放たれる一斉射撃。消費するビーム粒子量は多いが、もし当たれば撃墜は避けられない。

 幸い、これらを回避するトルクス。そして、二度目の一斉射撃が行われようとした時だった――

「ビーム粒子が切れただと!?退却しろって事かよ……チッ!」

バイラヴァーはビーム砲撃を続けるがあまり、粒子を枯渇してしまったのである。

 そうなってしまっては戦えない。シエルは独自の判断で、撤退する事を決めたのだ。

「お前らもビーム粒子が切れたら撤退しろ!粒子が切れたら撤退って言ってただろ。あいつ……」

シエルは残る二機に対して言った。彼はスルースに言われていた事を守ったのである。

「逃げた……?」

引き際の良さに、驚くアレン。これで、この場にいる残りの機体は二機となった。

 

 

 その近くで、ニッカが激昂していた。二重大鎌を振るい、攻撃を仕掛けてくる。アインスは間一髪でこれを回避していく。だが、連続攻撃を加え続けるデスペナルティ。その際、一度だけ鎌の攻撃を受けてしまった。

「アウ!」

敵の攻撃を受け、翻弄されるレイ。そして、ニッカは更に言う。

「ヘタレシエル!ビーム粒子切れなんて簡単に起きねぇんだよ!さてと!舐めた真似してくれやがって!お前等全員死刑だよ!!」

先程シエルが一番激昂したのに対し、今度はニッカが怒りを露わにしている。

「レイ!」

そこへ、先程までアトミックガンダムと交戦していたネルソンが駆け付け、デスペナルティに攻撃される直前でレイを助けた。ハルッグのビームサーベルが、二重大鎌の刃を切り裂いたのだ。

「ネルソンさん、ありがとう……ございます……」

一応度後頭部を打った時の痛みが再び広がる。血は、容赦なく彼の頭から流れ続け、レイ自身も苦しい状況が続いていた。

 この時、ネルソンはデスペナルティの姿を見て、考えていた。

(相手は鎌状の兵器を持っている……相手が近接用の機体ならば距離を置いて戦う必要があるな。)

そう考えたネルソンは、デスペナルティから少し離れ、そこから肩部のビーム砲を連射した――

 

ピキィィィ

 

レイの脳に、電流が走る。そして、咄嗟に叫んだ。

「ネルソンさんダメです!その距離が一番危険なんです!」

「な……!?」

ニッカの顔が微笑んだ。まるで獲物がかかったような顔をして。

「よっしゃ!!!引っ掛かりやがった!!!ざまぁ!!」

そう言った時、左翼部から展開されたビーム砲を発射した。不意打ちともとれる砲撃。ネルソンは突然の攻撃を受けてしまい、被弾してしまった。

「油断……したか……!」

ハルッグはこの時、左脚部を破壊されてしまった。近接戦闘を行う機体と考えていた事が、裏目に出た瞬間だった。

その時だ。デスペナルティはバイラヴァーと同様、ビーム粒子を切らしてしまった。この状態になると言う事は、デスペナルティのウイング内部に搭載されているメガビーム砲が撃てなくなったと言う事である。それに気付いたニッカはコクピット内でコクピットの右側を思い切り殴り、歯を食い縛った。

「糞がッ!ビームが撃てないんじゃ役に立たねえんだよ!てめえら!今度会ったら絶対ぶっ殺すからな!」

捨て台詞を吐いて、ハーディの乗るデスペナルティは撤退していった。右翼部が被弾した漆黒の機体は、セイントバードチームに背を向けたのだ。これで、残る機体は一機のみ。特殊核を持つMS、アトミックガンダムのみとなった。

 

 

 

バシュゥゥゥ、ダダダダダダダダダダ

 

 先程までネルソンと交戦していたアトミックはMA形態のまま、接近してくる。躊躇のないビームランチャーの連射や、実弾攻撃。いずれもがネルソンが被弾している所を、狙ってきている。

「この状況は不利だな……!」

可変機同士の戦いが再開した。だがハルッグはダメージを負っており、今攻撃を受ければ撃墜されかねない。

 ハルッグは回避運動を行いつつ、アトミックにビーム攻撃を仕掛ける。しかしこれらは全て回避され、敵ガンダムのビームや実弾兵器が躊躇なく襲い掛かる。

 この光景を見ていたレイ。その時、彼に一つの提案が浮かんだ。

(もう一回あれを撃てば!)

ネルソンと交戦しているアトミックに対し、デスペナルティに撃った右肩部のビームを放とうと、考えていたのだ。

 アインスガンダムの背部メガビーム砲は直線状の機体に対して絶大な火力を誇る。強力な三機のガンダムタイプを倒せるかも知れない、切り札ともいえる武装だ。デスペナルティにもダメージを与える事が出来たその兵器ならば、ガンダムタイプを撃墜することが出来るかも知れない。全ては、皆を守る為に。

 レイは先程と同様、スイッチを押し砲身を展開した。右肩部にそれは固定され、再び装備される。そして、スコープを覗かせ、狙いを絞った。

「ネルソンさん、避けて下さい!」

と、言った直後に狙いを絞った。

 

Lock on

 

再び、高出力のビームが放たれた。が――

「見えてんだよ!」

まるで、力を持つ者達と同様の反応をしたハーディ。脳内に電流が流れ、ビーム砲撃を回避したのだ。

「反撃してやるよ!おうおう!」

そして、今度は狙いをアインスに絞り、ビームランチャーを放出しようとした時だった―

 

カチッ

 

ビームランチャーを放つ事は出来なかった。先の二機と同様、ビーム粒子が枯渇してしまった為である。

「ちきしょお!もう粒子がねぇのかよ!てめえ!次は絶対ぶっ殺すぞ!てかなんだよこのMS!なんでこんなに弾切れが早い訳!?」

命令に従ったハーディは、機体を後退させた。

 不幸中の幸いと言える結果だった。三機ともビーム粒子を枯渇させ、その結果の撤退。不利な状況だったセイントバードにとって、これ程幸運な出来事は無いだろう。

「去ってくれた……?」

レイは、その様子をただ、呆然と見るだけだ。

「あれが、今度の敵か……厄介この上ないぞ……」

ネルソンが、言った。

 彼の言うように、今回の敵は新生連邦軍だ。その上、新型ガンダム三機を所持している。これらの実力は今まで彼等が戦ってきた砂漠の狩人等とは比較にならない戦力だ。

「無事か、レイ!」

そこへゾーリドに乗っていたトルクスが。アレンである。彼の乗るトルクスは、ダメージを負う事無く、無事に生き延びることが出来たのだ。

「一度我々も後退しよう。ここにいる理由がない。」

ネルソンが提案し、アインス、ハルッグ、トルクスの三機はセイントバードへ帰還していく。

 一時的な危機は去った。だが、まだ敵は同じ宙域にいる。同型艦であるウイングイーグル。その中に搭載されている戦力は、未知数なのだ。

 

 

 

 三機のガンダムが着艦したウイングイーグル内部。そこのブリッジにて、スルースが笑っていた。その光景はあまりに不気味で、ブリッジ内のクルーの中には引きつった表情を見せる者もいた。

「まあ、ビーム粒子貯蔵量が残量30%での出撃ではやはりこの程度の時間しか持たないですね。まあ、仕方がありません。ですが上出来ですよ。」

何故彼等のガンダムタイプがすぐに粒子切れを起こしたのか?それは、スルースが意図的にビーム粒子残量を減らしていた為だ。この事より、改めて、この三機は戦力でなく、ただの実戦テストとしてしか扱われていないことが分かる。

スルースが不気味な笑みを浮かべていたその時、近くに居た艦長のダリアが言った。

「しかし思ったよりも敵は善戦していたようですね。敵側も実力者揃い、といった所でしょうか。」

隣の艦長席で座っていたダリア・ローゼントが、言った。

「それに、気になった事があります。アインスガンダム、いつの間にか形状が変わっていました。あれは彼等が独自にあの形状を作り出したという事になりますね。」

傍にいた総司令が、言った。

「ああ、確かに。以前に確認した時はあのようなビーム砲は無かった筈ですからね。」

ダリアが言う。

「それとディアン社長。先程シエル・ホーンドのガンダムがまるで発狂したかのような素ぶりを見せていましたが、もしかして、アトミックガンダムのパイロットが適任でない理由というのはそれが原因ですか?」

戦闘中に総司令が抱いた疑問。核兵器のような強力な兵器を持つガンダムを、何故リーダー格であるシエルに任せないのかという、疑問だ。

「シエル・ホーンドは確かにリーダー格としては適任なのです。しかし彼は予想外の出来事や激しい怒りを覚えた時、他の二人以上に“暴走”に近い状況に陥ってしまいます。」

「感情の起伏は、三人共大きく変わりない様に見えますが……」

すると、スルースは一つの小型コンピュータを総司令に見せた。

 三つの脳の画像が映し出されている画像。その脳の周辺には線が幾重にも重なり、データとして映し出されていた。

「これは脳波の情報です。闘争心が剥き出しになれば、値が上がります。先の戦闘で三人のデータを計測していましたが、やはりシエル・ホーンドは激しい怒りを感じた時にその冷静さを失ってしまうようだ。」

そこに示されている画像と数値を見て、総司令は納得した様子を見せた。

「その中で、ハーディ・クオレントが数値としては規定内に収まっている……という事ですか。」

「先日に彼が太平洋に向けて核ミサイルを撃った後に調整した賜物ですよ。三人共、激情的な性格ではありますが、中でもハーディ・クオレントが実は一番判断に優れているという事です。そして、その傍ら任務を確実にこなしている。今回の核ミサイルの見せ場としては先のタイミングは良かったです。出来るだけ誰も被害を出さず、敵への脅威を見せつける。それも狙いでしたから。」

放射能汚染のない、特殊核。その破壊力を試す実験でもあったこの戦場。

 今回の戦闘では、三機の機体データ以外にも三人の特殊強化モデルの動き方や武装の扱い、そして的確な判断が出来ているかを確認する為のテストだったのだ。

「随分と、危険な“賭け”をされますね。ディアン社長は。」

総司令が放ったその言葉に対し、スルースは言った。

「対象が“人間”ですからね。イレギュラーも起こり得ます。ですが今回の実験は人でなければ成立しなかった実験ですよ。」

FLCシステムを搭載した三機のガンダムタイプ。大脳の、前頭葉のコントロールが問われる戦術。的確な戦法に、闘争本能を剥き出しにするという、一見矛盾しているこれらの要素を合わせたシステム。それらを最大限に生かす為には、搭乗者が“人間”でなければならないのだという。

「機械や人工知能というものが機体を操っていては一定のデータしか取れません。それでは意味がないのです。」

スルースは、両手を横側に背屈させ、ふぅ、と溜め息を吐く。

「総司令、一つ伺いたいのですが、人工知能がこの時代において広く栄えなかった理由をご存知でしょうか?」

話が総司令に振られた。

 人工知能。それは言語の理解や推論、問題解決などの知的行動をコンピュータに行わせるというもの。それらが発達し、人々の生活は豊かになっていく予定だった。

「人工知能が発達すれば、それらが意志を持つ可能性があり、やがて人類を抹殺する可能性があったから……でしょうか。」

バン、と、スルースは両手を合わせて言った。

「ご名答ですねぇ!!そうです。意志を持った機械が出現してしまえばやがて人類は滅ぶ危険があった。だからこの世界において機械の発達は、日常生活を快適にする程度までで、最小限に留められたのです。こうした背景もあり、人工知能はシンギュラリティ(技術的特異点)に至る事はありませんでした。」

スルースの言うように、人工知能の発達は、いずれ生みの親である人間を滅ぼす可能性が考えられた。それを危惧した、この世界の旧世紀の人々は人工知能の発展を抑制するように調整していったのだ。

 その結果が、この世界観である。故にMS等の兵器に関しては、地球圏においては有人機が普及する結果となった。

「人間には個人差、個別性があります。研究などで大半の情報が明らかになる一方で、個別性に関しては明らかになっていない部分が多い。今回はその、前頭葉を用いての理性コントロールがどれだけ彼等に出来るかを確認する為の実験でした。」

「まるで、モルモットのような扱いですね……」

総司令の言葉は、どこか冷たかった。

「機械じゃありませんからね。故に可能性が広がったと解釈して頂きたいものですね。」

特殊強化モデルの三人は、身体だけでなく、脳も強化されている。空間認識能力は常人を遥かに凌ぐ存在だ。そうした存在が生まれることが出来たのは、彼等が、“人間”であるが故なのである。

「だから総司令、三人の中で一見安定しているように見えるシエル・ホーンドが核ミサイルの抑制に使えるとお思いでしょうけれど、実際は違いましたね。主観的な情報と客観的な情報が不一致となった良い例です。」

そう言って、スルースはコンピュータを片付けた。

「さて、少し長いお話はおしまいです。彼等には少し休憩してもらい、また状況を見て、再出撃の為の調整に入ってもらいますよ。私も、少し休憩を頂きます。」

そう言った後、スルースはブリッジを後にした。残された総司令と、ダリア。

 スルースを見送った後に、総司令はダリアに指示を出した。

「ローゼント艦長、引き続き彼等を追跡して下さい。状況によっては私も出撃します。」

その言葉に、ダリアが驚いた様子だった。

「総司令自らが?」

「ええ。あの機体……ガンダムナパームの実力も試せるチャンスですしね。」

そう言いながら、彼はセイントバードの方向を見ていた。

(それに、あの覚えのある感覚……もしかすれば、“彼”が居るのかも知れない……)

この時、彼は何を感じていたのかは分からない。ただ、次の出撃では総司令、レヴィー・ダイルが戦いに参加する可能性があるという事があった。

 

 

 

 

セイントバードのMSデッキにて。急いで機体の修復作業を開始する整備士達。

「作業急げよ!にしてもなんだよあのガンダム三機は!?ガンダムがこんなにあって良い筈なんてないのによ!!いずれも気味悪い形してやがるしさ!!あんなの、ゲテモノガンダムじゃねえか!」

と、不満を漏らす。ファースト・ガンダム至上主義の彼にとって、今回のような出来事は納得していない様子だった。

その傍ら、ネルソンはアレンの行動を称賛していた。飲料水を飲みながら、アレンに対して握手を交わす。

「アレン。君の実力も大した物だ。初めて乗ったトルクス。その上あの敵相手にあそこまで戦えるとは。」

「いえ、たまたまですよ。必死でしたから、俺も。」

(これも、若さ故なのかも知れないな……戦後になってもあの動きが出来るというのは、やはり英雄と呼ばれただけの事はあるな……)

と、ネルソンは考えていた。

「それよりも……新生連邦があんなガンダムを開発していたなんて……」

アインスから降り立ったレイが言った。

三機のガンダムタイプは確かに強敵だった。もし、ビーム粒子切れを早く起こさなければ、恐らく倒されていた可能性があった。

その時、アレンはレイの後頭部から流れる血を見て、言った。

「と言うか頭から血が流れている奴が何を言っているんだよ。」

「あ……そうだった……痛っ……!」

ネルソンは溜息を吐き、所持していた包帯を、レイの頭に巻いた。

「応急処置だ。本来ならば安静にしたいところだが、敵はまだ去っていない。敵が再び来る可能性もある以上、油断は出来ない。」

包帯を巻き終え、レイは

「ありがとうございます。」

と、礼を言った。

「しかし、相手の動きを見ているとまるでアインスガンダムのみを狙っているように見えました。やっぱりあいつら……」

アレンが言った。新生連邦のガンダムは執拗な程にアインスガンダムを狙っていた。その次にセイントバード。彼等は奪われた物を奪い返そうと、動いていたのだろう。

「まあ、奪い返そうとするのは仕方がない。今回は相手が悪いとしか言いようがない……それにその内の一機のガンダムタイプ、あれは脅威だ。まるで旧世紀から禁じ手とされてきた核兵器を思わせるような……」

「あの、兵器……ですか。」

三人が目の前で見た、赤い光。それは旧世紀の核兵器を思い出させる兵器。

 アトミックガンダムが放った、特殊核による核ミサイルだ。絶大な破壊力を誇るそれは、三機のガンダムタイプの中でも最も厄介な存在と言える。

「もしまた戦闘になっても、またあの兵器が使われる可能性がある。それには注意が必要だ。」

「はい。」

アレンとレイ、二人が同時に返事をした。

「各員へ通達です!パイロットはそのままコクピット内で待機してください!もし敵が再び迫ってくれば、第二種戦闘配備が必要です!」

そう言うのはインクだ。先程の戦いが終わって間もない状況。敵艦はセイントバードの後方に常にいる状況。緊迫した状況は、まだ終わってはいないのだ。

「……という事だ。少しでもいい、コクピット内で休むように。」

そう言って、ネルソンは自身の機体であるハルッグに戻っていった。

 

 

コクピット内で待機中。アレンとレイは短い会話をしていた。

「なかなかやるじゃないか、レイ。ガンダムに乗ってあんな風に戦えるなんて。」

「いえ……必死でした。でも、セイントバードを守ることが出来た……それだけでも、僕は嬉しいです。」

傷を負ったレイだったが、彼は自然な笑みを浮かべていた。

「それよりさ、どうしてガンダムに乗っているんだ?さっき聞こうとしたけど、結局聞けなかったけど……」

レイは、少し黙った。五秒程時間を置き、言った。

「成り行き……でした。僕自身も、今となっては分かりません。でもそれから色々とあって、ここで一緒に戦う事になったんです。」

「成り行き……か。昔の俺みたいだな。」

「アレンさんも、そうなんですか?」

アレンは、少しだが笑みを浮かべた。

「なんか、同じような感じだな。レイも、俺も。」

デウス動乱と同じ理由でガンダムに乗って戦った……それは偶然なのかも知れないが、レイは奇妙な運命を感じていた。

「ガンダムって、成り行きで乗るMSなんですかね?」

何気なく、レイは言った。

「MSは兵器だよ。本来は簡単に乗って良い代物じゃない。そして、あんな風に恐ろしい人間が乗るべき兵器でもない……と考えているよ。」

アレンの表情から、笑みが消えた。先の戦闘で出現した三機のガンダムタイプ。

 その事を思い出したレイは、少し、俯いて言った。

「アレンさん、僕、さっきの相手から怖さを感じました。あの気迫……普通の人間では出せませんよ。いくら怖い性格の人でも。」

「それは俺も感じた。さっきの奴等からはとてつもない戦意を感じる。それに、あの感覚は自然の物じゃない。人為的なものだ。」

力を持つ者同士の会話。ワートンの家で少し会話をした程度の両者だったが、この場においてその話が広がりつつあった。

「人為的な力?そんなの、有り得るんですか?」

レイが聞いた。

「憶測の話にはなるけれど……強化モデル……かも知れないな。奴等は。」

「強化モデル……な、なんだろう……?」

アレンの口から出た言葉、強化モデル。この時、レイにはそれがどのような人間なのかが想像できなかった。

この時、レイは何らかの手段を用いて超人に変身する、特撮ヒーローのイメージをしていた。レイが幼い時から見ていた、変身する英雄、特撮ヒーロー。その亜種のようなものなのかと、レイは考えていた。

「単刀直入に言うと、強化された人間の事だよ。」

「強化された人間?そんなの、有り得るんですか?」

強化モデルと言った存在など、世間で認識されている筈がない。レイのように戦争のない環境で育った人間からすれば、尚の事知る由もないのだ。

「シンギュラルタイプを人工的に作り出した人間。それが強化モデル。」

自分自身にも関わる話であるシンギュラルタイプ。その存在を真似たような人間が強化モデルだと言いたいアレン。この事は、レイにもそれは伝わった。

「強化モデルと言うのは普通の人間でも、ある手術を行えば誰でもなれる存在の事を言う。パイロットとしての技術や、シンギュラルタイプと同様の感覚や空間認識能力を得ることが出来る。その上身体能力も大幅に上昇。並の人間よりも強くなれる。但し、強化された人間は皆情緒不安定に陥る。個人差はあると言われているが、総合的に見ても、組織の為の、戦闘マシーンに成り果ててしまうんだ。そこに個人の意思なんて、ない。」

先程までレイが思っていたイメージは拭われたが、それに対してレイは困惑した表情を見せた。

「そんな、そんな事、有り得るんですか……」

「有り得るよ。デウス動乱の最中はデウス帝国も強化モデルを戦力として使っていたけどね。俺も、そんな奴等と戦った事があったな。」

デウス動乱を勝ち抜いたアレンだからこそ、言える言葉だ。先程の三人のパイロット達は、その時に感じた感覚に似ていたのだという。

「強化モデルって……そんな、人間のやる事じゃないです……こんな、こんなのって……」

レイは悲しんだ。どういった経緯でそのような存在が生まれたのかは知らないが、人として生きている筈なのに、まるで兵器のような扱いを受ける人間、強化モデル。

 そのような存在が現実にいるという事が、レイを困惑させる。

「それにな、あの三機から感じる殺意は戦時中俺が戦った奴等と同じか、それ以上のものを感じるんだ。」

「じゃあやっぱりさっきのパイロット達は……」

「察しの通り、その“可能性”が高いって事だ……」

アレンは新生連邦の行動に理解に苦しんだ。デウス動乱時は、デウス帝国が強化モデルを投入し、戦力として使用した。が、今の時代は平和であり、大きな戦争も何もない。

新生連邦軍は軍備増強を続けている。その中で、何故強化モデルという存在が新生連邦に必要になるのかが、分からなかったのだ。

(あいつの目的が分からない……奴は何故このような事をするんだ……?)

アレンは、“誰か”の事を考えているようだった。

一方、レイは強化モデルの存在に対して納得がいかない様子だった。話を聞いただけでも、そのような人間が居るという事自体が悲しい事実だ。そのような人間は人間と呼ぶべきなのかも怪しい。最早只の戦闘マシーン。シンギュラルタイプのような、力を持つ存在に強制的に進化した人種。何故このような存在が出現するのか……レイは、ただ、それが悲しく、悔しい様子だった。

「なんで……なんでそんなことを平気で出来るんですか!?強化モデルなんて……」

まるでアレンに当たるように、レイは言う。

「俺にも分からないよ。そんな存在が生まれるという事自体が、おかしいんだからな――」

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

アレンが話そうとした時、艦内で警報が鳴り響く。そして、インクの声が聞こえた。

「総員、第二種戦闘配備!同型艦、近づいて来てます!」

「来たか……レイ、行くぞ。」

「はい……」

後方より迫る新生連邦軍の戦艦、ウイングイーグル。そして、そこから展開されるMS部隊。

地中海上空にて、新生連邦軍との二度目の戦いが始まろうとしていた。

 



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第十八話 邂逅、そして確執

第二種戦闘配備。セイントバード内に警報が流れ、クルー達は戦いを強いられる。
再び新生連邦との戦いに巻き込まれたクルー達。その中で、敵の中に一機のガンダムタイプが姿を見せた――


 

 第二種戦闘配備の警報が鳴ったセイントバード内部。それぞれのパイロット達はMSの中で待機している状況だ。

 敵艦、ウイングイーグルは新型量産機体、ジョゼフが展開された。その数、十機。

 

ビゴォン

 

いずれもがモノアイを輝かせ、セイントバードへ迫る。ビームライフルを両手部で構え、バックパックのバーニアを展開し、迫る。

 その内の一機のジョゼフのパイロットが、一人、語っていた。

「こんな場所であいつに会えるとはな!理由はどうであれ今度こそ俺の手で墜としてやるだけだ!」

セイントバードにいる、一人の人間に対して執着している様子のその男。新型機体、ジョゼフに乗り、散開し、迫っていく。

 

 ジョゼフが展開されたのを確認したセイントバード。エリィは各員に発進指示を要請。それに従った各MSはそれぞれ、出撃した。

「ハルッグは応急処置を終えたばかりだ。MSで戦う事は難しい為、MA形態のみでどうにか切り抜ける。」

そう言って、ネルソンの駆るハルッグが発進した。

 セイントバードチームからはハルッグと、アインス、そしてアレンの駆るトルクスを含む、六機がSFS、ゾーリドに搭乗して出撃した。

「敵は新型か?あんな機体、見た事がないぞ……」

と、言うネルソン。その間にも、ジョゼフはビームライフルを構え、ハルッグに狙いを定め、射撃を開始した。それに気付いたネルソンは、すぐに回避運動を取る。そして、スイッチを押し、ロングビームライフルを放ち、一機のジョゼフを撃破した。これで、残り九機だ。

(あの戦艦に先程のガンダム三機が残っている事を考えると、無駄撃ちは出来んな。奴等がここに出現すると考えると、少しでもこの機体の数が減る方が良い……)

ネルソンは状況を見極め、周囲を確認し、セイントバードチームの全機体に対し、伝えた。

「この機体はそれ程脅威ではない。数こそ多いが、確実に狙い撃つことが出来れば倒せるだろう。問題は先程のガンダムタイプだ。いつ、奴等が出撃してもおかしくない事を念頭に入れるように。そして、死ぬなよ。」

セイントバードチームのMS乗り達にそう、伝え、ハルッグは戦場を駆け抜けた。

 

 ジョゼフ隊はトルクスと交戦している。単体で飛行能力を要するジョゼフ。機動性は高い。しかし、トルクスもゾーリドを駆使し、空中戦を戦い抜く。敵は新生連邦軍。今までの敵であったMS乗りのような勢力ではない、正式な軍だ。

 レイもアインスガンダムを駆使し、ジョゼフと交戦する。一機のジョゼフがビームサーベルを側腰部から展開し、迫ってくる。それに反応したレイは、アインスのマニピュレーターにビームサーベルを把持させ、ビーム刃を展開し、擦れ違う際に胴体部を切り裂き、撃墜した。これで残りは八機だ。

「アインスガンダム!元はと言えば連邦の物だろうが!!」

別の兵士が言った。ジョゼフはビームライフルを構え、アインスに迫ってくる。

「セイントバードはやらせないんだ!」

そう言って、アインスはビームライフルを構え、迫るジョゼフに対して射撃をし、破壊した。的確な、射撃だった。残りのジョゼフは七機。

(レイ……彼は、凄い人間かも知れない。あの的確な判断や、ライフルの射撃……本当に今まで何の経験もせずに日常生活を送っていた少年なのか?)

トルクスに乗っていたアレンは、アインスの活躍を遠くで見ていた。ビームサーベルの扱いや、敵機体を一撃で撃破するビームライフルの扱い。アインスガンダムを操るレイの、その力が今、遺憾なく発揮されている。それは、シンギュラルタイプの力なのか、彼自身の技量なのかは分からない。レイは、最初にアインスガンダムに搭乗し、戦った時よりも遥かに、強くなっていたのだ。

 

ピキィィィ

 

レイの頭に、電流が流れた――と、同時に、声が聞こえてきた。

「てめえ!見つけたぞ!!」

初めて出会うの敵の筈なのに、レイにとって聞き覚えがある声だった。特徴的な、粗暴な口調の、そのパイロット。レイの中の疑問が、やがて確信に変わっていく。

「クラリスさん!?」

クラリス・デイル。レイの故郷、モントリオールでレイを痛めつけた男。それから因縁を付けて何度も彼に関わってきた男。そして、レイがアインスに乗るきっかけとなった男。

 レイの通っているジュニアハイスクールの校庭でディーストに乗ってアインスと対峙して以来、姿を見せていなかったこの男だが、このような場所で姿を見せた。まさに、奇遇と言える出来事が、生じたのだ。

「てめえ、散々俺に屈辱を与えやがって!けど俺は運が良い!ここでお前を倒して、俺の屈辱を晴らせる時が来たんだからな!」

一方的な言いがかりだ。元々因縁を付けてきたのはクラリスの方であるが、彼にはその自覚がない様子だった。

「そんなの、知らないですよ!」

レイは反論する。しかし、クラリスは負けずに言った。

「お前があの時ガンダムを奪わなきゃ、こんな事にはならなかったんだよ!自分で撒いた種だ!覚悟しやがれ!!」

彼の駆るジョゼフがレイを襲う。ビームライフルを連射し、アインスに襲い掛かる。シールドで防ぎ、反撃でビームライフルを撃つが、回避されてしまう。

「元はと言えばそれは俺の機体だってのにさぁ!!」

クラリスの駆るジョゼフは、ビームライフルを腰部に収納し、側腰部にあるビームサーベルラックを抜き、ビーム刃を展開した。接近戦を試みるつもりだ。

 それに反応したレイは、すぐにビームサーベルをランドセルにあるサーベルラックを抜き、対抗した。

 

バヂィィィッ

 

互いのビーム刃が打ち合う。ビーム粒子が空中を舞い、散っていく。

「以前は市街地だったな!けどここじゃ遠慮なく戦える!今度こそ屈辱を晴らすぜ、レイ!!!」

モントリオールで、レイに四度苦汁を味わったクラリス。いずれも彼の一方的な因縁が原因ではあるが、クラリスは気にする様子を見せない。

 

ダダダダダダダダダ

 

ジョゼフは頭部機関砲を放った。接近戦である事を利用した戦法だ。

 アインスにとってこの攻撃によるダメージは僅かではある。しかし、装甲を傷つけるには十分な威力だ。

「そんなのっ!」

レイは、左手に把持しているレバーにある、スイッチを押した。

 すると、アインスの右肩部から小型のハッチが展開。そこからは小型のミサイルが一斉に展開された。空戦仕様に換装してから、追加された武装が展開されたのだ。

「ミサイル!?」

それに気付いたクラリスは、急いで回避運動を取る。

 間一髪ミサイルを回避したジョゼフ。だが、次にアインスのビームサーベルが迫る。

それにより、クラリスの駆るジョゼフは左手部を切り裂かれた。爆発を起こすジョゼフ。

 左手部マニピュレーターがなくとも、ビームライフルで迎撃しようと、腰部からライフルを構えようとした時だった――

「え―」

ジョゼフのモニターには、アインスガンダムの姿が。目の前で、その脚部が迫ってくるのが見える。

 避けようとするクラリス。しかし――

「邪魔、しないで!」

 

ガキィン

 

シンギュラルタイプとして、その力を開花させつつあったレイにとって、クラリスの駆るジョゼフは最早相手にならない存在だった。その証拠に、アインスはジョゼフを蹴りつけ、そのままジョゼフはコントロールを失う事になったのだ。

その時、クラリスの頬に切り傷がつき、そこからは血が流れた。いくらバーニアを展開しようとも、展開する様子を見せない。コントロールを失ったジョゼフは、そのまま地中海の海へと落ちていく――

「嘘だ……そんなコト……こんな……

こんな屈辱があってたまるかぁ!!!」

その言葉を最後に、クラリス・デイルの駆るジョゼフはそのまま姿を消した。これで、残るジョゼフは六機だ。

「もう、会いたくもない!」

大人しい性格のレイの口から出た、言葉。それ程に、クラリスの存在を毛嫌いしているのが分かる、台詞だった。

 

 

 

 ジョゼフが四機撃墜されたのを確認したウイングイーグル。セイントバードチームが善戦している光景を見て、ブリッジ内はやや焦りを感じている様子だった。

「総司令、あの艦はどのような形で残すべきと考えますか。」

元々ここにウイングイーグルを派遣した理由はセイントバードとアインスガンダムの奪還だ。つまり、セイントバードを撃墜してしまっては今回ここに来た目的が不明になってしまう。

「状況に応じて対応して下さい。場合によっては、あの艦を犠牲にする事もあり得ます。」

総司令は破壊さえやむを得ないと、判断を下したのだ。

「あの艦は元々新生連邦の艦ですよ?奪還ではなく、破壊もやむを得ないという事ですか?」

最初の時と、指示が変わっている。その事に疑問を抱くダリア。

「それはあくまで、可能であればの話です。先の戦闘で相手の動きが見えました。彼等が新生連邦の脅威になり得るのならば、その機体や戦艦も破壊対象にせざるを得ないでしょう。」

ダリアは、それを聞いて静かに俯く。

「何はともあれ、あの戦艦、運が良くて半壊状態が関の山といった所でしょうか。アインスガンダムの奪還も可能か、怪しいかも知れませんね。」

まるで、セイントバードやアインスの奪還を半ば諦めているかのような言い方だ。

「さて、そろそろ私も出撃します。私のガンダム、ナパームで。」

「総司令自らが出撃されるのですか?」

ダリアが言った。

「ええ。気になるものがありますので。」

そう言った直後、総司令は立ち上がる。

「指揮は任せました。敵艦への攻撃は、続けて下さい。」

ダリアにそう言い残した後、総司令はブリッジを去る。彼の専用期待、ガンダムナパームに搭乗する為に。

「敵艦へ照準を絞り、砲撃を開始!ビームキャノン発射!!」

艦長のダリアが指示を出し、それに伴って、ウイングイーグルからビームキャノンが放たれる。セイントバードと全く同じ武装。強力なビーム砲撃が、セイントバードに向けられるのだ。

 

 

 

 ウイングイーグルからの攻撃がセイントバードに向けられる。熱源を確認したブリッジ内は緊迫した状況に陥っていた。

「回避運動を!」

「回避出来ればラッキーって感じっスけどね!」

一方のセイントバードはウイングイーグルからの攻撃に対し、回避を試みるが限界があった。

 ビームキャノンは艦の右翼部を掠った。それに伴い、艦全体が揺れる。

「敵はセイントバードを返して欲しいと思っている筈……だったら、この艦を撃破するような真似はしない筈……!」

エリィはウイングイーグルの様子を伺っている。敵の狙いがセイントバードならば、こちらへの損害は最小限に留める筈と、考えていた。

「熱源来ます!ミサイル四!」

「機関砲で迎撃して!」

エリィの指示通りにセイントバードは、機関砲を放つ。ミサイルはセイントバードに直撃する前に爆発した。

「続いてビーム、三!」

「回避を!」

スラッグに対して回避するように促すが、セイントバード自体が巨艦であり、簡単に敵の砲撃を避けられなかったのだ。

 ウイングイーグルが放ったビーム砲はセイントバード前部に直撃。修復したばかりだった部分が、再びダメージを負う結果となったのだ。

(攻撃が激しい……どうして……?)

セイントバード奪還を目的とするならば、攻撃は最小限に留める筈……と考えていたエリィだったが、想定外の敵艦からの攻撃に対して焦りを感じている様子だった。

 

 

 

 総司令、レヴィー・ダイルはMSデッキへ向かっていた。その際、側近であるソフィアが彼に声を掛ける。

「出撃されるのですね、レヴィー様。」

その声色は、どこか寂しく、不安げだった。

「僕は必ず戻る。敵戦力の確認は、MSパイロットとして確認する必要があると考えているから。」

そう言って、ソフィアの髪を少し撫でた。

「お気をつけて、レヴィー様。」

「ありがとう、ソフィア。」

普段見せない笑みを、この時、彼は見せた。

 

 

 

 ウイングイーグルのMSデッキ内にて。総司令は自身の専用機、ガンダムナパームのコクピットに乗り込んだ。ガンダムタイプ特有の顔貌ではあるが、デュアルアイは鋭い目つきをしており、頭部アンテナは二本。バックパックには二つの巨大なナパーム弾が搭載されている、そのMS。

 

キシィン

 

ガンダムナパームは水色のディアルアイを輝かせた。総司令は左側のレバーを一度動かす。それに伴い、左手部マニピュレーターが指関節の如く、軽やかに動く。

 右手部にはビームライフルを所持しており、総司令専用のガンダムタイプが、今から動き出す。

「ガンダムナパーム、出撃します。」

カタパルトより、ガンダムナパームが出撃した。発信してから2,3秒後、ナパームはMA形態に変形し、セイントバードへ向かった。

 変形したナパームは、脚部にクローを展開している。それは、まるで怪鳥のようなシルエットを描いていた。

(この戦場に、もし彼がいるのならば……それは僕にとって幸運と言わざるを得ない。僕の力が、こんな所で役に立つとは……)

総指令が何を思っているのかは分からない。この戦場で居るとされる、“彼”とは何者なのかも不明だ。しかしこの時、彼はどこか、喜びに満ちた表情を浮かべていたのであった。

 

 総司令が発進した時、休憩室にてガンダムナパームの姿を見ていたスルース。それを見て、静かに笑みを浮かべていた。

「新生連邦の総司令である人間が戦場の最前線にてMSに乗って戦う……彼は正に、指揮官の鑑と呼べる人間かも知れないねぇ。お手並み拝見と行きましょうか、総司令。」

まるで総司令を試しているかのような発言だ。アーステクノロジーが開発した新型機体という事もあり、その活躍に興味を抱いている様子だった。

「こちらも再出撃の準備をしなくてはね。あの三人、もう少し頑張ってくれよ……クク、フハハハ!」

気味の悪い笑みを浮かべ、スルースは休憩室を後にした。彼が向かうのは、ウイングイーグルのブリッジだった。

 

 

 

 戦闘域にて。アレンの駆るトルクスはジョゼフと交戦している。ビームライフルを放つジョゼフに対し、迎撃を行うアレン。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

トルクスのビームライフルが連射されたと同時に、ジョゼフの左上腕部が破壊される。次に、反撃しようと右手部にあるビームライフルがアレンの乗るトルクスに迫る。

「やらせるかよ!」

セイントバードのMS乗りがビームサーベルを展開し、ジョゼフに迫った。銃口を向けられたアレンを守る為に。しかし――

「がら空きだ!」

新生連邦兵がトルクスの後方に回り、ビームサーベルを展開し、後面からコクピットを突き刺した。これによりトルクス一機が撃破された。セイントバードに残るトルクスは五機。アレンを守る為に行動した筈のトルクスの行動が、仇となったのだ。

「クッ!」

仇を討たんと、アレンはそのジョゼフに迫る。その際、彼はトルクスの操縦桿を引いた。その際、トルクスは乗っていたゾーリドから離れた。急な分離に戸惑うジョゼフのパイロット。

 

ガキィン

 

トルクスはそのジョゼフの後方から蹴りの攻撃を行う。その反動で、ジョゼフはコントロールを失った。そして、ビームライフルを放ち、ジョゼフは破壊されたのだ。

 これで、残るジョゼフは五機。ただし、トルクス一機を犠牲にした結果だった。ジョゼフを撃破した後、アレンの乗るトルクスはゾーリドに搭乗し、再び戦闘域を駆け抜ける――

 

ピキィィィ

 

その時だ。アレンの脳に電流が流れた。そして、彼は覚えのある、感覚に襲われる。

(なんだ、この、覚えのある感覚は……)

それは奇妙な感覚だった。危機を察知したと思っていたアレンだったが、それと同時に感じる、“覚えのある感覚”。

 

グォンッ

 

 その直後、彼の目の前を見知らぬMAが駆け抜けた。それは巨大な二基の爆弾を搭載している機体であり、尚且つ中心部はモノアイが輝いていた。そして、そのモノアイはアレンのトルクスを見るなり、視線を向けて来たのだ。

 やがてMAはトルクスの前で変形を行った。そして、ガンダムタイプ特有の顔貌が姿を見せたのだ。その機体こそ、総司令が駆る専用MS、ガンダムナパームであったのだ。

「ガンダムタイプ……!?しかしこの機体は……」

敵ガンダムの視線と、トルクスの視線が合った。その際、両機体の動きが止まった。

 互いに、“何か”を感じているのだろうか。互いのパイロットは、それぞれの機体を見つめ合う。

「お前は……?」

アレンにとっては初めて見るガンダムタイプの筈なのに、彼は妙な既視感を覚えていた。

 次に、ガンダムナパームのパイロットから声が聞こえたのだ。それに反応する、アレン。

「やはり貴方でしたか。アレン。」

新生連邦総司令、レヴィー・ダイルがアレンに反応した。

「レヴィー……なのか……?」

この時に、アレンは確信した。ガンダムナパームのパイロットが、彼の知り合いだという事を。その人間こそ、新生連邦総司令、レヴィー・ダイルなのだ。

 彼等はかつてのデウス動乱で共に戦った過去があった。彼等が所属していた、地球連邦軍第十三特殊部隊に、共に所属していたのが彼等だった。

 かつての戦友同士が、今この場で邂逅した。デウス動乱時は共にデウス軍と戦った彼等が、今では立場を変え、出会う。

「全機、一度攻撃を中断して下さい。」

と、総司令は新生連邦に攻撃を中断するように指示を出した。先程まで攻撃を加えていたジョゼフや、ウイングイーグルの砲撃が、止んだ。

 攻撃を中断した時、総司令はアレンに言った。

「ここに貴方がいるとは思わなかった。まさに、奇遇ですね、アレン。」

「俺だって、まさかお前に会うとは思わなかったよ。5年振り……だな。」

本来ならば再会を喜ぶべきところなのだろう。しかし、彼等は互いに喜ぶ様子を見せなかった。

「デウス動乱の後、行方不明になったと聞いていましたが、まさかここで出会うとは思いませんでした。どうして貴方がここにいるのですか?アレン。」

総司令の質問に、アレンは

「俺だって色々な事があった。一方のお前は随分出世したみたいじゃないか。今じゃご立派な、新生連邦軍の総司令か。」

と、言う。彼の台詞は、純粋に祝福をしているのか、皮肉なのかは分からない。

「僕は貴方が生きていてくれた事に感謝していますよ、アレン。」

総司令はアレンを受け入れるような台詞を言った。

「感謝……?」

「新生連邦軍は、今、軍備増強を続けています。少しでも軍備を増やし、その戦力を増やしていきたいと、考えています。」

自身の目的を語り出した総司令。アレンの表情の雲行きが怪しくなっていく。

「単刀直入に言います。今、僕は貴方の力が欲しい。」

「力だと……!?」

軍備増強を狙う新生連邦。その中で、かつてデウス動乱の英雄と呼ばれた人間であるアレンの存在は、新生連邦にとって強力な戦力になり得る存在だ。増して、彼等は戦友同士。そのよしみもあり、総司令はアレンを、この場で“スカウト”し始めたのである。

「貴方が今何をしているのかは分かりません。ただ、一つ言えるのは、貴方が所属しているその戦艦は、元々は新生連邦軍のもの。それに、あのガンダムも元々新生連邦のものです。」

敵対している存在の中に、かつての戦友であるアレンがいた事実。それに対しても総司令は冷静に対応する。

「貴方がそちらの味方をするということは、連邦への反逆行為をしている一派に加担していると解釈します。それがどういう意味かは、貴方も理解できる筈。」

アレンに選択肢は無いという事だ。確かに今のアレンは連邦に所属していない存在。その彼が、レイを通じて、デウス動乱を共に戦い抜いたエリィと共に行動している。

 総司令、レヴィー・ダイルは新生連邦の軍備増強の為にアレンという戦力を欲している。しかし、アレンの方はそれを望む様子では無い。

「戦後になってお前の活躍は陰ながら見てきたよ。戦争が終わったにも関わらず、軍備増強を続けて、その結果世界各地の治安が悪くなっていっているという事実をお前は知らないんだろうな!」

アレンはアレクサンドリアでの惨状を見てきたばかりだ。バンディットとして孤児院の子供達に勉強を教えたりする筈が、その中で反政府デモと政府軍の交戦に巻き込まれ、挙げ句の果てには新生連邦が子供達を狙うという状況になった。

 それも、全ては新生連邦の軍備増強が招いた結果だ。新生連邦軍が軍備を増強していけば、その弊害が生まれる。テロリスト等の武装勢力にまで、新生連邦の新型機体が出回っているのが何よりの証だ。

「仮にそうだとしても、軍備増強を徹底する事が今後の地球圏を統一する上で必要な方法ですよ。先のデウス動乱で多くの人が死に過ぎました。この悲劇は二度と起こしてはいけない。その為には絶対的な力が必要なのです。」

総司令の言葉。それはどこか冷たく、そして冷酷だ。

「それで、軍備を増強していって更に犠牲者が出ている現状には目を背けてるってのか!そんなのおかしいだろ!レヴィー!」

アレンが返答した時だった。

 

ゴゥンッ

 

と、ナパームはアレンの駆るトルクスのコクピットを向けてビームライフルを構えたのだ。

「貴方が僕の言葉に耳を傾けないのならば、僕は貴方を撃ちます。それだけでない、あの戦艦や、そのクルー達を躊躇いなく、抹殺する事さえ厭わない。」

総司令の、冷酷な言葉。アレンはそれに対し、憤りを感じていた。

「お前……やっぱり戦後になって変わってしまったのか……レヴィー!」

「僕は変わっていませんよ。連邦軍をより強固な組織に作り替えるには軍備を増強するしかない。どうするのですか、アレン。」

銃口を向けられているアレン。下手な言葉でアレンは撃たれる可能性がある。

「貴方に選択肢は無いと思いますが。そもそも貴方は元々連邦軍の人間。その人間が連邦に対して反逆をするという事自体、愚かな話です。」

「お前の思考の方が間違っている……お前の作り出した世界は、偽りの平和に他ならないんだよ!」

「やはり、貴方は愚かだ……」

総司令が、静かに呟いた――

 

バシュゥゥゥ

 

高出力の、ビームライフルが放たれる。ガンダムナパームのビームライフルだ。

 しかし、その砲撃は幸いな事に、アレンのトルクスを貫くことは無かった。彼のトルクスが撃ち抜かれる寸前に、レイのアインスガンダムがアレンを助けたのだ。

「レイ!?」

「危なかったです!」

アインスはアレンのトルクスのバックパックを把持し、その状態でゾーリドから離した。ゾーリドはそのまま直進し、移動するのだが―

「アインスガンダム。彼の危機を察知して移動したようだ。」

ガンダムナパームは腹部からビームキャノンを展開した。そのビームはゾーリドに直撃し、破壊されてしまう。これにより、トルクスは空中を移動する術をなくしてしまった。

「レイ、助けてくれたのは感謝するが、そのままじゃ二人共巻き添えを食らうだけだ。あのガンダムの相手は俺がする。レイは他の奴等を攻撃してくれ!」

「そんな、無茶です!トルクスは飛べないんじゃないんですか!?」

二人が会話をした時、再びビーム粒子の飛翔体が両機体に襲い掛かる。ナパームがビームライフルを構えて射出してきたのだ。

「短時間ならば空中は飛べる!あのガンダムは俺が相手する!」

その言葉を聞き、レイは頷き、トルクスのバックパックを把持していた両手部マニピュレーターを離した。それと同時に、トルクスはバーニアを展開し、ガンダムナパームに向かう。

「アレンさん!気を付けてー!」

レイが叫ぶ。それに対し、アレンが“サムズアップ”を行い、トルクスをそのまま移動させた。バーニアが展開され、短時間とはいえ空中を移動する。

 

 

 

 アレンは総司令と交戦する為にトルクスを駆る。だが、その機体性能差は圧倒的だ。

「全機、攻撃を開始して下さい。」

総司令が指示を出した――

「レヴィーッ!」

その直後、ビームライフルを構え、ガンダムナパームを狙い撃つアレン。

「ガンダムとその機体とでは性能は雲泥の差!それで勝負をする気ですか!いくら貴方が強力な力を持っていようが!」

デウス動乱で共に戦ったが故に、総司令もアレンの力の事を知っている。そして、その力を語る彼もまた、シンギュラルタイプの力を持っているのだ。

「お前のその考えは間違っている!俺はそれを止める!それには機体の性能なんて関係あるか!」

トルクスはビームサーベルを構え、ナパームに戦いを挑む。その間、バーニアの出力を最大限に活かし、接近戦を試みる。

 それに対抗する、総司令。ナパームは側腰部に備わっているビームサーベルラックを抜き、ビーム刃が展開され、両機体の打ち合いが繰り広げられた。

「貴方のその力を新生連邦の為に使えば、地球圏の統一に貢献出来ます!貴方の選択は誤ったのです!」

「戦争が終わったのに未だにこんな事をして!!」

「必要だから行うんですよ、アレン!貴方の言葉には何も感じませんよ!」

戦力増強しか視野にない総司令と、それを否定するアレン。アレンはアレクサンドリアでの現状を知っているからこそ、語れるのだ。

「世界中で起きている内乱やテロリズムは、お前の掲げる軍備増強によって更に生じているんだよ!その事から目を背けるな!レヴィー!」

「それが起きようとも、ならば更に軍備を増強すれば良い!僕は新生連邦の総司令だ!!」

やはりナパームのビームサーベルの出力は高い。トルクス程度のMSでは、歯が立たない。

 

ズバァッ

 

やがてナパームのビームサーベルは、トルクスの右手部を切り裂いたのだ。急いで左手部マニピュレーターでビームライフルを構えようとした時だった――

 

ガキィン

 

トルクスは、瞬く間に変形していたMA形態のナパームの、脚部のクローに、両肩部が挟まれる形となった。

 MA形態のナパームは両脚部からクローが展開されている状態である。MA形態でも使用可能な近接兵器であるそのクローは、このように敵機体を鷲掴みにするといった事が可能なのだ。

「何の真似だ、レヴィー!」

アレンが叫ぶ。だが、総司令は冷静な言葉で返す。

「武器を使えなくしました。その機体はもう、何の役にも立ちませんよ。」

両腕部がクローによって鷲掴みされ、一切の武器が使えないトルクス。その様子は、まるで巨大な鷹か鷲に、両腕を掴まれたような構図だった。

「かつての戦友としての、せめてもの情けです。もし僕と共に新生連邦に加入する事に同意するのなら、このまま貴方をウイングイーグルへ連れて行きます。」

「断ればどうなる?」

「このまま両腕を破壊します。そうなればその機体は海に落ちるでしょう。貴方に選択肢は、ありません。」

それは紛れもない、脅迫だ。かつての戦友に対する脅迫。アレン・レインドと言う人間を戦力にしようとする、新生連邦総司令の強引な方法。

 アレンはこれに対して必死に抵抗する。両腕部を離そうとするが、ナパームの脚部クローの握力はトルクスの動きを完全に封じている。

「アレン、貴方はその力の使い方を間違ってはいけません。僕は貴方と共に戦って、その奇跡的な強さを目の当たりにしていた。だからこそ、今の時代に貴方の力は喉から手が出る程に、欲しい……」

総司令の目つきが、僅かに優しい目になった。彼の水色の虹彩は、トルクスをじっと見つめる。

「お前は変わってしまった。俺はお前のやっている事に対して協力する気にはなれない。」

「何故?僕達は共に力を持つ者同士。それらが互いに力を合わせれば、より世界は良い方向に導かれる!アレン、貴方はどうして拒否をするのですか!」

アレンに拒否をされ、悲しむ総司令。彼の意志は、アレンに伝わらない。

 過去に仲が良かった者同士は、年月を経て道が分かれ、やがて互いに多くの経験を積む。その結果、再開した両者の思考や見解は時に対立する事がある。今の両者がまさに、その状態だ。昨日の友は今日の仇とは、よく言ったものだ。

「地球圏の統一とか言って、それが本当の平和に繋がるのか?現に犠牲者が出つつある世界で、お前は何を考えている?」

アレンの言葉が、響く。

「多少の犠牲というのはいつの時代も付き物です。それを考慮し続けていては、恒久和平の実現は夢のまた夢です。」

「お前!」

トルクスの腕部は、動く気配を見せない。ナパームのクローは、更に強く握力を強める。

「アレン、貴方の力が新生連邦の為に役立てないのは非常に残念です。僕達は力を持つ存在。その力は組織の為に貢献すべき力なのに……」

その時、ナパームのクローの出力がやや上昇した。トルクスは、抵抗しているが離れる様子を見せない。

「戦時中の貴方の奇跡ともいえる力……僕はそれに魅了された人間の一人なんですよ?貴方はシンギュラルタイプ……いえ、それを超える者なのに……」

シンギュラルタイプを超える存在と、総司令は言った。常人よりも優れた力を持つシンギュラルタイプを超える存在とは、どういった存在なのか。

「新生連邦の力にならない貴方は、不要だ……シンギュラルタイプを超える存在……

アドバンスドタイプの力を持つ貴方なのに!!!」

 

ブゥン

 

ナパームのクローの先端部から、ビーム刃が展開された。その瞬間に、トルクスの両腕部が引き裂かれた。刃の熱により、両腕が切り裂かれたのである。

「さよなら、アレン……」

この攻撃で、アレンの駆るトルクスはそのまま海に落ちていく。バーニアの推進力は僅かしか残っていない。その状態で空を移動など、出来る筈が無かったのだ。

「レヴィーッ!」

重力がトルクスを海へ引き寄せていく。それに対し、総司令のガンダムナパームはこの場を去って行く――

 アドバンスドタイプ。総司令、レヴィー・ダイルが残した台詞。アレンは確かに奇妙な力を持っている人物だ。しかし、その単語は一体何を意味するのだろうか。

 アレンの駆るトルクスは落ちていく。このままでは墜落し、破壊は避けられない。

「アレンさん!!!」

堕ちていくアレンのトルクスに反応したレイ。助け出したい気持ちはあったのだが、今からトルクスへ向かうには、距離がありすぎた――

 そして、その間にもジョゼフが邪魔をしてくる。この為、レイでは落ち行くトルクスを助け出す事は出来なかったのだ。

 

ガキィン

 

その時、彼を間一髪救出した機体があった。ハルッグである。

「ネルソンさん!」

「無事か、アレン!」

脚部を損傷しているハルッグはMA形態で運用している。バーニアの出力が充分でないハルッグだが、トルクス一機を救出する事は可能だった。

「その状態では戦えないな、一度セイントバードへ送る。」

「ありがとうございます!」

アレンはネルソンによって救出された。ハルッグは両腕のないトルクスを、一度セイントバードへ運んでいく。

 総司令とアレン。両者はこの戦場で邂逅し、そして互いに確執が生まれてしまった。今回の戦闘では総司令がアレンを破った。それは機体性能差であるのだが、アレンにとっては勝負に負けたという悔しさよりも、かつての戦友が変わってしまったという悲しさの方が、勝っていたのであった。

 

 

 ハルッグがトルクスを助け出したのを見届け、安心するレイ。そして引き続き、アインスガンダムはセイントバードに向かうジョゼフの迎撃を行っていた。ビームライフルのフォアグリップを握り、ビーム粒子の飛翔体を、ジョゼフに浴びせる。その一撃で、ジョゼフ一機が撃破された。これで、残るジョゼフは四機である。

 

ピキィィィ

 

その時、レイの脳に電流が流れる。それと同時に迫ってきたのは、ガンダムナパームだ。MA形態のまま、モノアイを輝かせてアインスに迫る。

 アインスに近づいた時、すぐに変形を開始。ガンダムタイプの顔貌を見せつけ、そしてビームサーベルを抜き、迫る。

「さっきのガンダム!」

レイはすぐに反応し、ビームサーベルで対抗した。ビーム刃同士が弾け、スパークを作る。

「その機体は返してもらいますよ、アインスガンダムのパイロット。」

声が聞こえる。やや低めの、女性のような声。総司令、レヴィー・ダイルの声だ。

(この人から感じる感覚……まさか、この人もシンギュラルタイプなの?)

レイがナパームから感じる力。それは、総司令がシンギュラルタイプである事を感じ取っていた何よりの証と言える。

「貴方からは力を感じます。けれどもそれは、未熟な力だ。」

総司令はレイの感覚を、未熟と侮る。

「しかし、ガンダムを奪ったという事に関しては感心しますねっ!」

次にナパームは、至近距離で腹部からビーム砲を放った。高出力のそれが、アインスに向けられた。

 それに反応したレイは、回避運動を取る。その後に、足元のスイッチを押し、背部のビームキャノンの砲身を展開し、ナパームへ狙いを定める。

 ビームキャノンは発射された。回避運動をとるナパーム。しかし、回避が遅れ、僅かだが左脚部が掠れてダメージを負った。

「今の反応の早さ……未熟と言ったのを、撤回した方が良さそうですね。」

未熟な力と侮っていた総司令だったが、ナパームに傷を付けられ、その目つきを変えた。

「その力は、新生連邦の為に役立てる事も考えてはどうでしょうか、アインスのパイロット!」

アインスのコクピット内に、総司令の声が響く。それに対し、レイは

「そんなの、嫌だ!」

と答えた。

(パイロットの声……少女の声……?いや、この感覚は少年の、若い感覚だ……)

総司令は直接レイの顔を見ていない。だが、彼のシンギュラルタイプとしての感覚がレイの存在を感知し、反応しているのだ。

「こちらも手段は選んでいられません。これを使ってあれを攻撃してみましょうか。」

すると、ナパームはMAに変形。その後、バックパックに搭載しているナパームランチャーを、一斉に発射したのだ。二基のそれらの質量はナパームの機体の八割程の大きさを占める。

 おおよそ15メートルもの質量が向かう先……それは、セイントバードだ。もし、そのような兵器が直撃すれば、撃墜は免れない。

「しまった!」

レイは焦った。こうなれば、ナパームの相手をしている場合ではない。急いでナパームの弾を止めなければならなかったのだ。

 総司令がセイントバードを半ば諦めていた理由の一つが、こうした実弾兵器を用いて、その性能を確かめるという目的があったからだ。ナパームによる砲撃……それは、彼の冷酷な一面が、このように合間見えた瞬間だった。

アインスはナパームから離れ、セイントバードにそれが直撃する前に撃ち落とそうと、ビームライフルを放つ。もし至近距離でもそれが爆発すれば、損傷は避けられない。

「あんなの、当たったら……!」

急ぐアインス。だが、それを邪魔するジョゼフ。アインスに向けてビームライフルを放ち、妨害する。これらを回避し、アインスはビームライフルでジョゼフを撃ち抜き、破壊した。

 巨大なナパーム弾はセイントバードに迫りつつある。ビームライフルの射程距離では、届かない場所にあるその質量。その為、違う武器でそれらを破壊する事を考えたのだ。

「お願い!当たって!」

セイントバードをやらせる訳にはいかない――その純粋な思いで、レイは足元のスイッチを押し、背部のビームキャノンを展開。狙いを絞り、放つ。

 高出力のビーム粒子は空中を駆け抜け、ナパーム弾二基に直撃。そのまま、爆発を起こした。爆風は衝撃を起こし、500メートル程離れていたセイントバードにも衝撃が伝わる。損傷こそなかったが、艦全体が大きく揺れた。

「間に合った……」

と、レイが安心したのも束の間――

 

ブゥン

 

ナパームが、ビームサーベルを構えて接近する。咄嗟にレイは反応し、これに対処した。再び、両機体は打ち合いを行った。

「素早い反応ですね!力を持つ存在というだけの事はある……!」

打ち合いを終えた後に、ナパームはアインスと距離を開き、ビームライフルを連射する。避けるアインス。避けきれないビームは、シールドで防御して耐え抜く。

「この人、強い……!」

ナパーム弾を撃ったガンダムナパームだが、その兵器がなくとも戦える。武装の数もアインスと違い、ビーム兵器が多い。

 ナパームは左前腕部に装備しているシールドを構えた。そして、その先端に2門搭載している砲門を開き、ビーム砲を放つ。それを回避し、アインスはビームライフルで迎撃。しかしその攻撃も、避けられる。

「アインスのパイロット、貴方は何者ですか?その力をそのような、ならず者の為に使うのは惜しいですね!」

総司令は、戦闘の最中レイに話しかける。

モントリオールでアインスが奪われたという情報は聞いていた。だが、その正体がレイのような少年であるなど、総司令自身、驚きを隠せない様子だったのだ。

「僕は守る為に戦っているんです!相手の機体がガンダムだからって!」

セイントバードを守る為、戦うレイ。アインスはビームライフルを構え、ナパームへ向けて連射する。

「貴方も、力を持つ者なら、もっとその力を有効活用すべきだ。貴方のような人材こそ、新生連邦に必要ですよ。」

総司令は、レイを勧誘するような発言をした。実力を認めたのだろう。しかし、レイはその勧誘に乗る筈がなく――

「嫌に決まっていますよ!」

「そう、それは残念です――」

 

バシュゥゥゥッ

 

総司令が言った直後だ。アインスの後方よりビーム粒子が駆け抜けた。それを急いで回避するアインス。

「三つの機影!?まさか!」

レイはすぐにモニターを確認する。そこにいた三機こそ、先の戦闘で猛威を振るった特殊強化モデルのガンダムタイプ達だった為である。

 スルース・ディアンが総司令の確認も取らず、独断で三機を再び出撃させたのだ。

応急処置を終えているとはいえ、いずれの機体も僅かな損傷が見られる。特にデスペナルティは左翼部が破壊されている状態での出撃となっていた。

「ディアン社長、勝手な判断を……まあ、いいでしょう。この場は任せます。」

そう言った後、総司令は去って行く。

「オラァ!アインスガンダム!」

その直後にアトミックガンダムがビームランチャーを構え、アインスに攻撃を仕掛ける。

「そんな、これじゃ……!」

最悪の状況だ。再び出現した三機のガンダム。圧倒的な性能を誇る三機のガンダムタイプに、総司令の専用のガンダムタイプ。そして、ジョゼフが四機。トルクスはまだ四機が残っているが、その性能差は圧倒的だ。

「レイ!」

今度はネルソンがハルッグで援護に駆け付ける。ロングビームライフルを放ち、ガンダムタイプに向けるが、回避される。

「蝿野郎!」

デスペナルティが二重大鎌を駆使し、その先端からビームキャノンを展開した。

「やれやれ。」

それに続くように、バイラヴァーも槍からビームキャノンを展開。幾つものビームの飛翔体が、一斉に迫る。

 辛うじてこれらを回避する二機。そして、その中にトルクス二機がビームライフルを放ちながら迫ってきた。

「無理だ!よせ!」

そう言うネルソンだが――

「雑魚が消えろってんだよ!」

と、デスペナルティは鎌を振るう。

 

ズバァッ

 

トルクスの胴体が切除された。これに伴い、パイロットも胴体を引き裂かれ、死亡。トルクスは爆発を起こした。

「面倒臭い奴だな。」

今度はバイラヴァーが槍を展開し、トルクスの後方に移動。バックパックに隠されている二基の隠し腕を展開し、槍を振り回した。そして、先端でトルクスの頭部から串刺しにする。そのまま、ビームを放出し、トルクスを撃破。

 この一瞬の出来事で、二機のトルクスを失う事になった。残るトルクスは、二機だ。セイントバードは危機的状況に陥ってしまっている。

「お前等。あの戦艦、やろうぜ。」

と、シエルが一言言った。そして、視線をセイントバードの方に向ける。

 既に損傷を受けつつあるセイントバード。もしこの三つの牙が向けられれば、無事では済まないだろう。

「もう少し楽しまねぇの?こいつらとのバトルをよぉ!」

ニッカが、言った。すると――

「お前、命令も聞けねぇのか?ああ?」

シエルが激昂し始めた。それと同時に、バイラヴァーのトリシューラランサーがデスペナルティに向けられる。

「シエルの言う通りやろうぜ。こいつキレたらめんどくせえんだよな。」

今度はハーディが言った。ニッカは舌打ちをした後に、セイントバードの方を見て、言った。

「ったくしゃあねえなあ!」

片翼のデスペナルティは、鎌の先端部からビームを連射する。いずれもがセイントバードに直撃し、ダメージを与える。

 攻撃はそれだけに留まらない。アトミックはMAに変形して、ビームランチャーやマシンガン等の武装を一斉に展開してセイントバードに攻撃。バイラヴァーもビームライフルと槍の先端からのビームを放ち、セイントバードに一斉に攻撃する。

 セイントバード側部はこれらの攻撃を受け、火が上がっていた。アレクサンドリアで修復をしたばかりのセイントバードは、これらの攻撃を受け、損傷が甚大に広がっていたのだ。

「やらせるかっ!」

そこへ再びハルッグが駆け付けた。ロングビームライフルを放ち、三機のガンダムに攻撃を仕掛ける。セイントバードを、守る為に。

「蝿野郎!ぶっ殺す!」

自分が囮にならんと、ハルッグが三機を誘導する。しかし性能差が圧倒的なこれらの機体と一機でやり合うには、無理があった。

「あいつは俺がやってやるんだよ!!」

ハーディが言った。そのまま、アトミックでハルッグを追跡し、砲撃を行う。

 

 MA同士のドッグファイトが始まった。武装の数は、アトミックの方が多い。後ろに突かれては、ハルッグが不利だ。

「一度旋回すれば……」

と、ネルソンが言った後、機体を旋回し、アトミックの後ろに突こうと狙っていた。

「無駄なんだよ蝿野郎が!」

だが、それを見切ったかのようにアトミックがビームランチャーを展開し、攻撃を加える。それは前方のみでなく、後方にも角度を調節する事が出来る。それだけでない、ガトリングやマシンガンといった実弾射撃も脅威となり得る。

 更に、ミサイルを展開してきた。これらの武器が、一斉にハルッグに迫る。

「避け切れない!?」

多数のビーム、実弾が襲ってきており、これらを回避し続けるには限界があった。

 ハルッグは何発かの実弾に当たってしまう。この際に爆発を起こし、左部のビームキャノンが使用不可能となってしまった。

「ぐうぅ!」

被弾しても、敵は止まる事を知らない。容赦のない攻撃が続く。

 

 セイントバードが襲われている最中、アインスがデスペナルティとバイラヴァーと交戦していた。多数の射撃兵器を持つバイラヴァー。先の戦いで行った一斉射撃を行った。

 避けようにも、間に合わない。この時、レイは一つの事を考えていた。

(ビームサーベルだって打ち合いになるんだ……じゃあ、キャノンだって打ち合いに出来るハズ……!)

これは彼にとっての賭けだった。ビーム同士が振れれば、それらが相殺されると考えたレイ。避け切れないのならば、こちらが攻撃をして防ぐしかない……と、考えた。

「出来れば確保と言っていたが!無理なら壊すだけだ!」

シエルがそう言った直後、バイラヴァーの全ビーム兵器が展開されようとしていた。両肩のビーム砲、腹部のビーム砲、そして左手部のビームライフル、右手部の槍の先端部。

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

一斉に展開されたビームは一つの巨大な光に収束する。

 一方のアインスはビームキャノンを展開し、その光に向けてビーム砲撃を開始した。

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

互いのビームが、交じり合う。

しかし、敵の一斉射撃の方が、火力が上だったのだ、幾分かビームを防ぐ事は出来たのだが、防ぎ切れない分はシールドで防ぎ、補った。

 しかしそのシールドの耐久値も限界だった。この為、シールドと共に左腕部は消失。その衝撃を、レイはまともに受けてしまったのだ。

「あああああ!」

激しいビームを受け、機体が揺れる。その衝撃でレイは再び頭を打つ。先程怪我をした部分から血が、再び流れたのだ。

「終わりだな、お前。」

ビームを放出したバイラヴァーが迫ってきた。トリシューラランサーはアインスを狙い、串刺しにしようと迫っている。

 

ピキィィィ

 

その時、レイには敵の動きが緩慢に見える現象に陥った。槍がこちらに向かってくるのが分かるのだが、その動きは遅い。後方へ移動すれば回避できると、考えたレイは、すぐに操縦桿を引き、アインスのバーニアを展開して後方へ移動した。

「今の動きを避けた!?」

確実に、仕留めたと思ったシエルは驚愕した。

 

 

 

セイントバード艦内は迫る敵機体を迎撃しつつ、後退していく。しかし敵の攻撃は激しい。MSだけでなく、敵艦、ウイングイーグルも容赦のない攻撃を続ける。この状況が長引けば、セイントバードが沈められるのも時間の問題だった。

「損傷甚大!艦長、これ以上は厳しいです!敵の攻撃が激しすぎて……クソッタレ!」

焦りつつもスラッグは懸命に艦の舵を取る。一方でインクが損傷について伝える。主砲の砲撃手達からも連絡が回ってきており、ブリッジ内はパニック状態だった。

「ど、どうしましょう!?これじゃあ……」

インクは冷静に艦の情報をエリィに伝えることも難しい程に焦っていた。そんな絶望的な状況の中、エリィは静かに口を開けた。

「最早手段は選んでいられません。スラッグ君、セイントバードを180°旋回。敵艦に向けて。」

「え、この状況で、ですか!?死に行くようなもんですよ!?」

現在、ウイングイーグルを背にセイントバードは逃げているような状況だ。しかしそれでも敵艦やMSは迫ってくる。このまま攻撃を受け続けては、セイントバードは海の藻屑に成り果てるのは時間の問題だ。

 そこでエリィは危険な賭けに出た。セイントバードを180°旋回するという、危険な行為。一見無謀な行為に見えるが、エリィには考えがあったのだ。

「指示には従いますけど……どうするんですか!?」

そう言いながらスラッグは舵を取り、セイントバードの旋回を開始した。翼を広げた巨体は大きく旋回する。接近していた機体は一度距離を取るなどの工夫をし、直撃しないように避ける。

「旋回した後でビームカノンを展開します。目標は、あの戦艦よ。」

エリィは、以前にビヤーバーンを撃墜した、セイントバード最強の武装、ビームカノンを使用しようと考えていたのだ。

「ま、マジっすか!?こんなにダメージ受けてるのに!?今あれを撃てば艦が持つか分かりませんよ!?」

損傷が激しいセイントバード。この状態で絶大な威力を誇るビームカノンを撃てば、スラッグの言うようにセイントバードがその反動に耐えられなくて崩壊してしまう危険性があった。

 やがて巨体は旋回を終えた。両艦は、まるで向き合うような構図になる。

「このまま逃げようとしても敵のガンダムタイプにやられるだけ……なら、あの戦艦に退場してもらうしかない!戦艦さえ損傷を受ければ敵は撤退せざるを得なくなる筈!」

エリィの意見は間違っていない。いくら強力な戦力が揃っていようとも、その母艦が破壊されれば全ては終わる。変える場所を無くしたMSは補給なども受けることが出来ない。そして、MSの推進力のみでは移動に限界もある。

 そうした敵の母艦を叩く事で、敵の撤退を狙うという、僅かな希望に、賭けるのだ。

「危険ですよ、艦長!」

スラックが心配をする。しかし、エリィはこれに対し、言った。

「大丈夫!セイントバードはそんなに柔じゃないわ。それに、あれを撤退させなきゃ本当に沈められてしまう!やるしかないのよ!」

エリィの声がブリッジ内に響く。それを聞き、皆が静かに、了承したのだ。

やがて、ビヤーバーンを破壊した時のように、セイントバードの上部から巨大な砲身が出現した。やがてそれはウイングイーグルに向けられ、徐々にエネルギーが蓄積されていく。

 

 

 

「敵艦、高エネルギー反応検知!」

ウイングイーグル内部はセイントバードの動向を見ており、その不穏な動きを監視していた。艦の先端部に集中しているビーム粒子の光を見て、ダリアは焦りの色を見せる。

「奴等、まさかビームカノンを撃つ気か?」

同型艦であるが為、武装も把握しているダリア。だが敵艦がその攻撃に及ぶなど、想像をしていなかったのである。

「おや、雲行きが怪しいですねぇ、艦長さん。」

休憩室から移動しており、ダリアの傍に居たスルースが、笑みを浮かべて言った。その時、何故か笑みを浮かべている。

「回避行動、取れ!直撃すればウイングイーグルとはいえ持たんぞ!」

その指示に従い、ウイングイーグルは回避運動を取る。しかし、巨艦であるそれが完全に回避するには、時間を要するのだった。

 

 

 

「充填完了しました、艦長!」

セイントバードはビームカノンの充填を完了させていた。もし、この砲撃を外せばセイントバードに後はない。大きな反動のみを残し、その後で敵に攻撃をされれば、それこそ撃墜は免れない。彼等の旅は、ここで終わってしまう。レイも故郷に帰ることが出来なくなる。

 この状況を打開するには、この一撃に賭けるしかない。エリィは、一度目を瞑り、そして、見開く。

「発射ぁ!!!」

彼女は指を指し、指示を出した――

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

エリィの声と同時にそれは発射された。ガンダムタイプが放つビーム兵器とは比にならない、その火力。数多のビーム粒子の集合体が、一斉にウイングイーグルに向けられる。

艦内の反動は想像以上のものだった。セイントバードの装甲はいくらか剥がれ落ちる。激しく揺れる艦内。クルー達は何かにしがみつき、その身体を保とうとする。

一方のビームカノンは、ウイングイーグルの左翼部に直撃。これにより、ウイングイーグルは平衡感覚を失い、水平な航行が出来なくなったのだ。

「左舷エンジン大破!これ以上の戦闘では艦を安定した角度に保てなくなります!」

「クッ……やってくれるな……軍所属でないならず者と侮り過ぎたか……ここは引くしかないか……」

ダリアは潔く負けを認めた。現在出撃している機体は優秀でも艦が墜ちてしまえば話にならない。だから撤退せざるを得なかったのだ。

「へぇ、ただのMS乗りにしては優秀ですね。ここまで追い込むとは。」

母艦が被害を受けているにも関わらず、スルースは特に焦る様子もなく冷静にこの状況を見ていた。そんなスルースの様子が気に食わなかったのか、ダリアは言う。

「先程から気になっていましたが……自身の命は惜しくないのですか。」

「いや、惜しいですよ。けど敵もなかなかやりますね……と思いまして。フフ、あの三人の実践としては良い記録が残せましたよ。敵にありがとうございますとでも言っておきたいですね。」

まるで他人事のようにスルースは言う。この男の言動に、ダリアは苛立ちを覚えていた。

 

 

 

「艦が損傷を受けていては、撤退しかありません。総員、撤退を。」

戦場で総司令が指示を出したと同時に、残りのジョゼフと三機のガンダムは、中破したウイングイーグルへ帰還していく。

(また会いましょう。アインスガンダムのパイロット……そして……アレン……)

この戦闘の中で、彼はアレンや、レイと交戦した。そしてその実力を認め、それを認めた上で去って行くのだ。

 シンギュラルタイプ、特殊強化モデルといった力を持つ人間達が集った戦場。セイントバードにとっての壮絶な戦いは、ウイングイーグルの撃退という形で幕を下ろした。

 しかしセイントバードにとっては無事で済む状況ではない。もし何らかの一撃を受ければ、破壊は免れない状況なのだ。一刻の油断も出来ない状況が、再び始まったのである。

 当然ながら、三機のガンダム達も撤退した。撤退命令を聞いた三人は、悔しさに満ちた表情を見せながらこの戦場を去って行く。

セイントバードの行動が功を成し、彼等は奇跡的な勝利を収めた。ビームカノンを撃ったのにも関わらず、セイントバードは崩壊する事もなかった。だが、激しい損傷はまだ残っている。もし別の敵に出会えば、次こそは沈められる可能性が十分に考えられた。

「なんとか……撃退ね。」

「ふぅ~、危なかったぜ。本気で死ぬかと思った。」

「しかし、凄く丈夫ですね、セイントバードって。」

スラッグとインクの表情が、次第に解れていく。緊迫した状況が去った、何よりの証と言えた。

「そりゃあ……だってさっきの新生連邦の艦と同型艦だからね。敵のエース機体が一杯搭載されている艦が丈夫な戦艦でないと困るでしょう?それを信じたの。そしたらやっぱり、この通り!」

そして、先程までの険しい表情だったエリィに笑顔が戻った。

 強敵を撃退出来たという喜びと、それ以上の被弾を受けては危険と言う状況。現在、セイントバードは交戦中でないとはいえ、緊迫した状況であるのには変わりない。

「しかしこのままの航行じゃ確実に危ないわ。とりあえずどこかへ一度着陸させる必要があるわね……」

戦闘での損傷は甚大だ。航行出来ていること自体が、奇跡と言える状況。現在も応急処置として消火作業は行ってこそいるが、万が一何らかの砲撃を受ければ、それが致命傷になりかねない。

「艦長、ここからならキプロス島が一番近い陸地です。移動しますか?」

インクが言った。

 キプロス島。旧世紀ではEU加盟国だったその島。現在は中立国という立場にあるその島は、デウス動乱後はMS乗り等の補給箇所としての役割を果たすようになっている。だが先のエジプトやアレクサンドリアのような治安の悪さはなく、観光業として成り立っている島である。戦後の内戦等の報告はなく、安全な島と言える。

「ええ、そうしましょう。皆に伝えます。一度キプロス島へ!」

セイントバードはキプロス島へ向かうことになった。艦を、少しでも修理する為に。

 

 

 

キプロス島を目的地にした事をエリィは全員に伝えた。その間にも、先程の戦闘からパイロット達は全員帰還した。

この戦闘でトルクス三機が失われた。一機は機体そのものは存在しているが両腕部を無くした状態で帰還し、待機していた。アレンが総司令と交戦した機体だ。

「お疲れ様です大尉。やっぱり連戦はキツいですね……三人も、やられましたね……」

「……ああ……」

セイントバードを支える貴重な戦力であるトルクスが、三機も失われた事……それは、彼等にとって大きな負担に繋がるのである。

「にしても、合計ガンダムが四機……新生連邦、まじでヤバい存在ですね……」

「大きな戦争も敵勢力もない時代なのに、何故あのような兵器を作り続けるのだろうな……理解に苦しむな……」

シンのように、ガンダムと言う存在を神聖視している人間からすればガンダムタイプがこうも多く戦場に出る事等、今までありえない事だと考えていたのだ。それが先の戦闘で起きたという事実は、シンを驚愕させるのには十分と言えた。

一方で、帰還したレイはアインスから降りた。その際、既に降りていたアレン達と合流する。

「また、血が出ているじゃないか。」

「さっきの戦いで怪我しちゃって……痛っ……!」

バイラヴァーと交戦した時に、レイは最初の戦闘で出血した部分を、再び打ったのだ。その血はぽたぽたと、MSデッキの床に染みこんでいた。

「連戦だったからな……応急処置しか出来なかったのが悔やまれる。レイ、君は安静にした方がいい。一緒に連れて行こう。アレン、私がレイの容体を確認した後、君はレイと一緒に居てやって欲しい。」

「え、良いんですか?修理とか手伝わなくても……」

アレンが聞いた。それに対し、ネルソンは答える。

「看病というやつだ。怪我人には誰かが寄り添ってやる必要がある。修理は整備士の皆が頑張ってくれるからな。ああ、落ち着いたら君も休憩してくれ。せっかくここに入ってくれたばかりで何かを手伝わせるのも悪い。」

アレンはそれを聞き、静かに頷いた。

この後、戦闘がないと考えたネルソンは、アレンと共にレイを一度部屋へ連れて行くことにした。レイ自身の怪我は打撲からの出血。だが包帯を巻く程度の応急処置だけで戦闘を行うという危険を冒した為、念の為に医者であるネルソンが同行する事にしたのだ。

 

 

幸い、レイの怪我は軽傷だった。それを確認したネルソンは部屋を去り、MSデッキへ向かう。アレンはネルソンに言われたように、レイの看病を行う。

「痛っ……」

「大丈夫か?」

「はい……あの、ありがとうございます。」

「ネルソンさんに言われてるからな。看病してやって欲しいって。」

看病してくれているアレンに、気遣うレイ。その際、レイは先の戦闘でのアレンの行動に対して質問をした。

「さっきの、大きな爆弾を持ったガンダムのパイロットとは知り合いなんですか?会話してるようでしたけど……」

それは総司令、レヴィー・ダイルの事だ。

「かつての……戦友だな。あいつとは。」

「デウス動乱の時のですか?」

「ああ。」

アレンは、顔を俯き、レイに語る。

 これらの事を語り終えた時、レイは驚愕した。何せ、アレンと総司令が繋がりがあったという事や、自分が総司令と交戦していたという事実。それ等を知った為である。

「新生連邦のトップの人……レヴィー・ダイル……僕はそんな人と戦ってたなんて……それに、アレンさんも……」

総司令の名前は有名だ。メディアでも名前は聞く。日常生活を送っていたレイも、その名前は知っている。

金色の髪色をした、水色の眼をした容姿端麗な青年、レヴィー・ダイル。中性的な顔立ちが特徴的な若い彼は、新生連邦の総司令と言う重要な立場に居る存在だ。

「今のあいつは全てが間違っている。こんな世界を作り出して、何がしたいんだって話だ。」

「……それで、あの後で戦ったんですよね。」

その時、レイが一言、言った。

「それで、やられちゃったんですよね。」

彼の表情は険しい。アレンはそれを見て、瞬きをした。

「説得したかったんだ。でもさ、やっぱりあれじゃガンダムには勝てなかった。あいつの機体は新型機体みたいだからな。手強かったよ。本当に。」

アレンが言葉を発した時、レイは

「なんでそんな、平気な顔をしているんですか?」

「平気な顔?」

「全然、怖そうな顔をしていませんよ。まあ、仕方なかったって感じの顔をしてますよ。」

アレン自身、総司令に敗れた事に対して何も感じなかった。だがレイから見れば、明らかにそれは異質に見えたのだ。

「負けたなら負けた時だ。それが戦場だしね――」

その言葉を、レイが遮った。

「死ぬかも知れなかったんですよ!?」

と、声を荒げた。アレンはそれに対して、黙った。

「飛べない機体でガンダムに挑むなんて……あんなの、負けると分かっていて死に、行くようなもんですよ!僕はアレンさんに出会えて、良かったって思ってるのに……」

レイは悲しげに言った。レイの言うように、アレンは下手をすれば死んでいたかも知れないのだ。

悲しむのも無理はなかった。生きているのは救いだが、レイは彼の行動が心配でならなかったのである。そのような心境のレイに対して、アレンは言う。

「戦闘では負けた。トルクスも両腕を失った。けど俺は助けられて無事だった。その結果、生き残れた。」

「ネルソンさんが助けてくれたんですよね!?もしネルソンさんが居なかったら……」

「死んでたな。」

と、アレンは躊躇いなく言った。

「なんで、そう、平気なんですか!?死にかけて、怖くないんですか!?」

レイの言動が激しくなっていく。真剣な表情のレイ。死を恐れていない様子のアレンが、信じられないのだろうか。

「俺自身、戦争中で何度も死にかけている。だから、死に直面するってのは慣れ過ぎたのかも知れない。レイ、君は優しいんだな。その優しさは俺にとっては新鮮だよ。」

アレンはレイ以上に、死に直面する事が何度もあった。それは戦前、戦後共に経験をしてきている。それ故に、自身の命を粗末に扱う事に対して恐怖を感じなくなっていたのだ。

 だからこそレイの言葉が新鮮だった。これが、レイとアレンという、互いに立場の違う人間の価値観の違いだ。

 片や日常生活を送っており、死から遠い存在のレイ。片やデウス動乱と言う戦争を生き残り、戦後でもバンディットとして死と隣り合わせの状況で生きているアレン。互いの立場の違いが、死生観の違いを生み出したのだ。

「命を大事にして下さい!!生きる事を諦めるような言い方、しないで下さい……」

いつしか、レイは目に涙を浮かべていた。彼自身、ここまで人に対して命の大切さを言う事は無かった。アインスガンダムに出会ってからの出来事が、彼をそのように少しでも成長させたのかも知れない。

彼自身、死に直面する場面は何度かあった。だからこそ、自分が大切に思っている人間には絶対に死なれて欲しくないと思っている。だからこそアレンに対して説得したのだ。

「諦めている訳じゃないよ。誰だって死にたくないし、生きたい。でもそれはいつ、どうなるかなんて分からないんだよ。」

それはアレンが戦争を経験しているからこそ、語れる台詞なのだろう。

 

スッ

 

その時、アレンはレイの頭を優しく撫で、微笑む。

「レイは人の為に泣ける……それは優しさを持っているからだ。俺の行動に関しても心配してくれたし……レイの戦う目的って……多分、仲間を守る為に戦っているんだと思う。だからこそ心配が出来るんだよ。」

「心配……ですよ。本当に。」

レイの涙は、少しばかり落ち着いた様子だった。

「でもさ、だったら戦場に出るなって話になるだろ?けど俺達が戦闘に出なかったら、セイントバードは沈められていた。俺達やここのみんなが一緒になって頑張ったから、生き延びれたんだ。命を大切にするのは分かるけど、その為に戦わなきゃならないことだってある。」

「……」

レイ自身、今まで戦ってきたのはセイントバードやそのクルー達を守る為だ。彼が戦わなければセイントバードが沈められそうになる場面は何度かあった。砂漠の狩人との戦いや、先の新生連邦との戦い等。

「とにかく、今は休む事だ。人の心配より、まずは自分の心配をする事。自分自身が健康であれば、人に貢献出来る。無理したって、何も出来ないんだよ。」

「そう……なんですか……?」

命を大切にと言ったばかりなのに、今度はアレンに“無理をするな”と言われたレイ。彼の表情は、少しばかり暗くなっていた。

「あ、ちょっと待ってくれ。メールだ。」

その時、アレンは持参していたEフォンを確認した。ワートンの家から離れた事により、現在仕事をする上で役立つデバイスはEフォンのみとなる。今までは仕事の依頼はコンピュータで請け負っていたが、連絡手段はEフォンが頼りとなる。

「……これは。」

Eフォンに届いていたメッセージ。それを見た時、アレンの表情は変わった。

「どうしたんですか?」

「……いや、何でも。ごめん、少し部屋に行く。安静にしておいて。」

そう言って、アレンはその場から去った。レイは引き続き、ベッドの上で安静に過ごす事にした。この時、既に出血は止まっていた。

 

 

 

やがて夜になり、セイントバードはキプロス島へ辿り着く。島の港に到着した一行。

到着した後、エリィはネルソンやシン、アレンといったメンバーを集め、ブリッジ内で話をし始めた。中央のテーブルには、地図が広げられている。モントリオールへ行く方法を、彼等は模索していたのだ。

「応急処置が終わったらそのまま大西洋へ向けてモントリオールへ向かえば、レイにとっては良い事だな。」

と、ネルソンが言う。しかし、これに対してエリィが言った。

「大尉。それなんですけど……地中海沿岸や大西洋には新生連邦に関係する施設や基地が多いみたいです。」

エリィの言うように、ヨーロッパ諸国や大西洋上は新生連邦軍の勢力域になっている箇所が多い。中にはキプロスのような中立国や平和国が管理できている土地もあり、そこに関しては比較的軍備増強は進んでいないと考えられるが、総合的に見ても航行の危険が高いのだ。

「セイントバードのような戦艦がそんな所を飛んでいたら確実に目を付けられて集中砲火を浴びて撃墜されるのは目に見えています。それに昼間の戦力は、恐らく新生連邦の中枢に関係している部隊でしょう。つまり、彼等が欧米諸国の基地に何らかの連絡を取っている可能性が高いです。つまり、私達を真っ先に狙ってくる可能性が高い。」

エリィの意見は間違っていない。実際、ウイングイーグルは本部の戦艦だ。そこに戦力が集中するのは、至極当然と言える。

 本部の戦艦が奪われた同型艦と交戦し、その情報を近隣国の基地に知らせるのは当然だ。つまり、今のセイントバードはより危険な状況であると言えるのだ。

 その状況で、大西洋へ向けて航行をするのは危険である。ただでさえ損傷が激しいセイントバードが、安全に航空をするにはルートを考えなければならなかった。

「つまり大西洋へは抜けられない……か。」

ネルソンが言った。大西洋へ抜けることが出来なければ、ルートを大きく変えざるを得ないのだ。

 この時、エリィは地図をじい、と見ていた。現在のキプロス島から、より安全に行くことが出来るルート……それは大西洋のルートでなく、ユーラシア大陸を行くルートだ。

 やがてエリィは東の方の地図を見て、一つの島国を見つけた。それを見た時、エリィは目を輝かせ、急に声を上げた。

「よしっ決めた!日本へ行きましょう!!」

それを聞いたメンバーは、驚く者も居た。

「日本!?なんでまた!?」

スラッグが言った。

「さっきも言ったように、西側が危険である上に、私達の戦力補充をしなければならないんです。それにね、日本は私達にとって縁のある国でもあるの。ね、大尉。」

エリィはウインクをした。それと同時に、ネルソンは大きく頷く。

「確か日本にはシュアー・ラヴィーノさんがいたな。確か、彼は国内の政治家と通じていた筈だ。彼に連絡を取れば、セイントバードはきちんとした修理や、戦力補充も可能になるだろう。その上でモントリオールへ向かう方が、今のセイントバードにとって一番安全と言える。」

その、シュアー・ラヴィーノがいるという日本であるが、日本は世界の中でもトップクラスに恵まれている経済大国となっている。このため、日本の文化に影響されている国が後を絶たず、レイの住んでいるモントリオールも、日本の影響を大きく受けており、学校の学習形式も、日本の形式を採用されているのだ。

「これに異議のある人はいますか?」

エリィが言った後、誰も反対する人はいなかった。レイを送り届ける為には非常に遠回りになるのだが、航行の安全を考えれば、そのルートが最善と言えるのだった。

「じゃあ、決定です!まずは修復していかなきゃ……ね。せめて、日本までは問題なく航行出来るように。」

 やがてブリッジに集められたクルーは一度解散した。夜も遅く、それぞれの部屋に戻っていったのであった。

 

ウィィィィン

 

 エリィは、レイの部屋に入った。血は既に止まっており、痛みもなくなっていたレイ。この間にレイはネルソンによって包帯を取り換えて貰っており、既に包帯も血が滲む事がなくなっていたのだ。

 そして、エリィはレイに対し、セイントバードが日本へ向かう話をした。それを聞いたレイは最初驚く反応を見せるのだが、事情を聞き、少しばかり、納得した。

「そういう訳で、キプロス島での応急処置がある程度済んだのなら、セイントバードは補給と完全な修理の為に日本へ向かいます。レイ君、ごめんね、また貴方の故郷へ戻るのに遠回りする事になりそうで……」

エリィは内心、レイに対して申し訳がない気持ちで一杯だったのだ。早く返してあげたいと思う気持ちがある半面、現状の事を考えると、どうしても遠回りをせざるを得なくなってしまうのである。

 だが、一方のレイはそれを聞き、あまり悲しそうな表情を浮かべていなかったのだ。

「日本……かぁ。僕、初めてです!」

悲しむどころか、寧ろ、レイは日本へ行けることに嬉しさを噛み絞めていた。

経済大国である日本は豊かな国であり、日本に行くことは彼が幼い頃から憧れていたのだ。この機会に日本に行けることが、レイにとって嬉しさ以外の何者でもなかったのだ。

「レイ君には苦労を掛けるね。今回に関しても、頑張ってくれて……本当に、ありがとうね……」

 

チュッ

 

と、エリィは彼の柔らかい頬を両手で持ち、額にそっと、キスをする。その際、彼女の乳房がレイの目に触れた。

 それは彼女が寄った時に一度レイに対して行った事だ。その時ですらレイは恥ずかしい気持ちになったにも関わらず、またしてもそれをされた為、レイは思わず

「もう……恥ずかしい……です……」

と、顔を赤めながら言った。

「フフ、ご褒美が必要だ……って言ったでしょ?今回はそのお礼だよ。フフ……」

妖しくも美しいエリィ。彼女からの額への口付けは、レイにとって恥と共に、喜びを感じていたのであった。

「なんなら、もっと良い事してあげても良いかなーって……」

と、エリィは自身の着ていた上着のチャックを下ろし始めた。それを見たレイは

「もう!だからそういうのはやめて下さいよ!」

と、レイをからかうような態度を取り、レイを恥ずかしがらせたのだ。

「フフ、可愛いなあレイ君は!何はともあれ、今日は身体をよく休めてね。本当に、ありがとう。レイ君。」

そう言った後、エリィは去って行った。

 キプロスを去った後の次の目的地は、日本。レイの故郷からは遠くなっていくばかりではあるが、現在の状況を考えれば、それも仕方のない事と言えた。レイは静かに溜息を吐き、不満を口にせず、そっと深呼吸をして、部屋の明かりを消し、眠りに就いたのであった。

「やっぱり、変な人……」

そっと、レイは呟いた。

 




第十八話投了。

新生連邦軍との激戦をどうにか生き永らえたセイントバードチームは日本へ向かう為にまずは応急処置を済ませていくのでしたという話でした。


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日本編
第十九話 日本への航路


日本に向かうまでの物語。SM姉妹との戦いもあります。


 

アレクサンドリア。先日に反政府デモと政府との対立があった土地にて。そこではアレンの身柄の確保に失敗した三人の人間達がアレクサンドリア国際空港にて待機していた。

 氷河族と呼ばれる彼等。その目的は何なのかも不明である存在。構成されているメンバーも特徴的な人間ばかりである。

「以前上納金を差し出していた筈のアスーカル・エスペヒスモが蒸発しやがったから金銭の宛が一つなくなったとね。」

Eフォンを弄りながら言う、一人の女。ウネフ・ミカハラだ。

「その上アレン・レインドの身柄の確保も失敗か。何か言われるかも知れないな。リーダーに。」

ケネール・リックが言った。空港内では銃を持っておらず、キャリーケースのみを所持していた。

「それで、リーダーから日本に来るように招集されたんでしょ?なんでだろうねー?」

あどけない笑顔のミルフ・ブラマンジュが言った。彼女も今、ナイフを持っていない。

「何はともあれ、リーダーに呼び出されている以上は日本に行くとね。作戦会議でもやるかも知れねぇと。」

やがてEフォンを触るのを止めたウネフは、ガムを噛み始めた。ミント味のガムは彼女の口の中に残り、何度も咀嚼を繰り返した。

 氷河族と呼ばれる彼等。その全貌や、目的などは一切不明。ただ、一つ分かる事は、彼等もセイントバードチームと同様、日本へ向かうという事だけだった。

 

 

 

「う……ん……」

レイは今、うなされていた。彼は例の夢を見ているのだ。毎晩見るわけではないのだが、それでもたまに見てしまう、謎の悪夢。展開は毎度ほとんど同じ。自分が殺されかけるという謎の夢。何故自分はこの夢を何度も見るのか、そしてどうして同じ展開を迎えるのか。理解出来ないまま、いつも通りの映像が流れていく。

 

――――――――――――――――見たのか――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――えっ……―――――――――――――――――――

 

―――――――――――――悪い子だ。この子と一緒に死ななければ―――――――――

 

―――え……え……そんな……どうして……い、嫌だ……嫌だ……――――

 

――――――――――――――ダメだ。死ね――――――――――――――――――――

 

「はぁっ!!……またあの夢……か。」

死に直面する手前の場面で、目が覚めた。

レイが起きた時、時間は朝の六時を過ぎていた。まだ起きるには早いと思って再び眠ろうと目を瞑るのだが、どうしてか眠れない。

仕方がないのでレイは起き上がり、布団を畳んだ時だった。傷口は既に塞がっており、血も出ていない。鏡の前に立ち、包帯を取る。既に出血痕は奇麗に塞がっていた。

 

 

部屋を出て、廊下を歩いている時だ。その時に、アレンとエリィが会話をしている姿が見えた。首を傾げたレイは何を話しているのかが知りたくなり、密かに物陰に隠れて会話を聞いた。

「そう……もう行っちゃうんだ。」

「一日だけでしたけど、お世話になりました。」

かすかに聞こえる、両者の会話。レイは耳を立て、引き続き、聞く。

「ここにはまた戻ってくるのかな?」

「さあ、分かりません。あの、小さい輸送機ってセイントバードにありますか?」

「あるけど……輸送機で出ていくつもりなの?」

「ええ、MSを借りる訳にもいきませんから。」

会話の内容からして、アレンはもうどこかへ旅立つということが分かった。それを盗み聞きしていたレイは残念そうな表情で俯く。しかしこの時、うっかり足を前に出してしまったためにエリィに見つかってしまった。

「あっ!レイ君!起きてたの?」

「あ……エリィさん、アレンさん。おはよう、ございます。」

「おはようレイ。怪我、もう治ったんだな。包帯が取れてるよ。」

アレンは笑みを浮かべた。だが対照的に、レイの表情は悲しみに満ちている。

「アレンさん、まさか、どこかへ行っちゃうんですか?」

それを聞き、アレンは、静かに頷いた。

「そんな……もう、行っちゃうなんて……」

 アレクサンドリアで助けて貰って以来の短い期間ではあったが、こうして出会う事が出来たアレンがもう去ってしまう事に対し、レイは落ち込む様子を見せた。

「仕方がないよ、レイ君。アレン君にも事情があるんだから。」

共に行動出来ると思っていたのに、ここを去ると言うアレン。レイは悲しい目でアレンを見つめた。

一方のアレンはレイの頭を撫で、笑顔で言った。

「用事が済めば日本に行こうと思ってる。もしかすればそこでまた会えるかも知れないな。」

「用事って……何ですか?」

レイの言葉に、アレンは一度咳払いをして言った。

「昨日連絡が来た。バンディットとしての依頼……なんだけど、ちょっと気になる内容だったんだ。俺の事を、知っているかのような、不思議な内容。」

それは、アレンがレイの看病をしていた時。Eフォンに届いた一通のメールがきっかけだった。それを見て以来、彼の表情は一変する。

 それがどのような内容であるのかは不明だが、そのメールがきっかけでアレンは僅か一日でセイントバードを離れてしまう事になったのだ。

「たった一日だったけど、色々と話せて良かったよ。レイ、ちゃんとセイントバードのみんなを守るんだぞ。じゃあな。エリィさん、お世話になりました。」

「ええ、気を付けてねアレン君!」

エリィは笑顔でアレンに手を振る。しかしレイは手を振らなかった。アレンが出て行くことが辛かった為である。

「……さて、修復作業をしてくれているみんなの為に朝ご飯作らなきゃ。レイ君。そんなにアレン君と別れるのが寂しいなら見送ってあげたらどうかな?」

「見送りですか……はい、そうします。」

別れは辛い。しかしアレンが離れると言う以上はこれ以上引きとめることは出来ない。だったらせめてアレンを見届けたらどうかというエリィの考えに賛同したレイは、去って行ったアレンの後を追いかけた。

 

MSデッキにて。エリィの許可を得ていたアレンはシンに輸送機を貸して欲しいと言った。それを聞き、彼は喜んで貸し出す事を承諾した。

「しかし、もう行っちゃうんですね。用事なんですか?」

「ええ、まあ……」

その用事がどのような内容であるのかは、シンは聞かなかった。

 

タッ

 

そこへ、見送りに来たレイが来た。急いで走ってきた為、少しばかり息を荒げている様子だった。

「アレンさん!」

「レイ。わざわざ来てくれたんだ。」

「だって……寂しいじゃないですか。たった一日だけなんて。」

まるで、少女が悲しむような、表情を浮かべるレイ。アレンはそれを見て、そっと笑みを浮かべる。

「なんかさ……本当、女の子に呼び止められてるみたいだ。」

「それって、どういう意味ですか!?」

レイは立ち止まり、先程の悲しげな表情はすぐに変化した。

「それだけ、レイの見た目が女の子みたいに可愛らしいって事だよ。」

自分を助けてくれた存在であるアレンではあるが、そのように茶化した言い方をされるのは、レイにとっては心外だった。レイは頬を膨らませ、言う。

「見送りに来るの、止めときゃよかったです。」

そう言った後、アレンは苦笑いをした。

「そう、怒るなよ。ほら、男ってさ、女の子に見送ってもらえるのを凄く嬉しいって感じるんだ。レイがどうしてもそう見えちゃうから……」

「フォローになってないですよ!もう!」

アレンは気遣いが下手な人間だ。彼なりにレイを褒めようとしたのだが、そもそもレイは少女扱いされる事を嫌に思っている少年であるレイに、その言葉は相応しくない。

「ハハ、じゃあ、もう行くから。日本でもし、会えたらいいな。」

そう言って、アレンは輸送機に乗り込んだ。レイに対して敬礼をし、そのままデッキから輸送機を発進させたのだ。

 “見送らなければ良かった”と言っていたレイだったが、その表情は寂しげだった。その様子は、まるで、仲が良かった友が突然去って行くような感覚だった。

 束の間の時間でも、多くの事を話すことが出来た人間に対して、人は好感を抱く。その上で、もっと交流したいという希望を持つ。しかしそれが時に叶わなくなる時もある。それは戦場での死といった事もあれば、このように、僅かな時間を共にし、別れる時等。

 Eフォン等で連絡をすれば、文面上での交流は出来るだろう。しかし実際に出会い、話す感触とはまた違う感覚だ。やはり人は、直接的な交流を図らなければ分からない事も多々あるのであるのだ。

(女の子みたいって言ったけれど……あいつは男だもんな。何言ってるんだろう、俺は。昔の彼女の事を思い出したな。それよりも……気になるな、依頼主が。)

アレンは内心で思っている、“彼女”と言う単語。それは、誰なのかは分からない。彼は輸送機のエンジンを点火させ、やがてセイントバードのMSデッキから輸送機を使い、去って行ったのだった。

 

 

 

アレンが去ってから、昼になった。整備士達は交代しながら修理を行ったり、休憩を行っていた。クルーの中には休憩がてら、キプロス島の観光をしたりしていた。

一方のレイもアインスの修理に携わる。昨夜に整備士が修理をしてくれていた為、シールドさえ装着すればアインスは元の形状に戻ることが出来た。

それからレイは作業用MSに乗り、セイントバードの破壊された箇所の応急処置の手伝いを行った。元々プチモビルスーツを操る事が出来たレイは、少しでも手伝おうと考えており、クルーの一員として、出来る事をしようと考えていたのである。

「あくまでも応急処置だからな。とにかく今は、ちょっとのダメージでも耐えられるぐらいの耐久性が欲しいんだよ。修理前じゃ確実にちょっとのダメージで艦破壊確定だからな。」

作業用MSに乗る整備士の台詞に対し、レイは答える。

「は、はい……うぅ、セイントバードってこんなに大きかったんだ……」

改めて感じる艦の大きさに溜息を吐いた。朝から起きていたレイはずっとこの作業を行っていたので疲労が溜まるばかりである。

 

少しの時間が流れて昼の食事休憩時間になった。食事はいずれもエリィの手作りであり、この日の食事はカレーライスであった。作業をしていた全員は食堂にて食事を済ませる。その中にレイの姿もあった。この食堂はセルフサービスであり、自分でご飯を入れてカレールーを入れる仕組みになっている。ただし、この食器を洗うのは全てエリィの仕事だった。それを考えると、エリィは相当の働き者であることが分かる。レイは感心した。

(こんなに沢山の洗い物を一人で洗っているのかな?凄いな、エリィさんって……)

レイは水に付けられている汚れた食器の山を見て呆然と考えていた。

そんな時、彼は背後から肩を優しく叩かれる。何事かと思って振り向けば、そこにはエリィの姿があった。

「やっほーレイ君。修理作業ありがとう。手伝わせちゃって、なんだか悪いね。」

「いえ……人手が足りてないって聞いてますし、何かできる事をしたいと思ってましたから。」

修復作業自体、レイは初めてだ。先程整備士に教えてもらったばかりではある。だがその腕の良さに、整備士が感心していた。

「けど、ちょっと疲れちゃいましたね……」

朝から起きていて、アレンが去った後も修理を手伝っていたレイは疲労を隠せない様子だった。彼の白い肌にオイルの汚れが少し付着している。

「けど午後は交代だからレイ君はもう終わりでしょ?だったら一度シャワーを浴びて、観光にいかない?」

「え!?観光ですか……?」

エリィからの提案に、驚くレイ。

「カイロでも観光してませんでした?良いのかな……戦艦を修理しないといけない、大変な状態なのに。」

レイはエリィに気を遣った。

 セイントバードは発進する度に、何らかの襲撃に遭っている。砂漠の狩人や新生連邦軍等。

その度に生き延びて来たのだが、トルクスに乗っていたMS乗りは数名、亡くなっている。

 その状態で、観光といった、楽しむような事をして良いのだろうかと、レイは考える。

「私達はMS乗り。軍隊でも何でもありません。ちなみに、観光とは言ったけれど、その間に食材とかも買っておかないとね!そのついで観光だよ。前は、まさかのテロに巻き込まれちゃったけどね。」

エリィは以前にテロに巻き込まれた事を思い出していた。彼女はその際に頭部を怪我し、入院もした。その事もあり、観光と言っても油断が出来ない所がある。

「けど、今回はキプロス。ここは観光産業で成り立っている島だし、中立国でもあるの。だから、こうして観光客が入国出来るんだよ。」

「そうなんだ……」

以前のような事が起きないかと思っていたレイだったが、それを聞いて安心した様子だった。

「もちろん、日本に着いたら絶対に観光する予定だよ!日本はいろいろな名物があるからね、是非観光したいなー!」

“観光”と言っている時のエリィの笑顔は、戦闘中のエリィの表情とはまるで違う。ほんわかとした、優しい笑顔のエリィ。今の彼女の姿が、恐らく素の姿なのだろうと、レイは感じていた。

(でも、この人は変わり者でもあるんだよね……)

一方でレイを性的に誘惑するかのような言動をするのも、エリィ・レイスという人間だ。最も、それは彼にしか見せていない一面であるのだが。

「世界中を回っているからこそ、その土地でしか見れないものや名物は実際に見てみたいじゃない?写真とかネットではいくらでも見れるけど、実際に見たら感動もひとしお!だから観光をするの。楽しむ事を忘れては、人は生きていけない。私達は戦闘に巻き込まれながらも、そうやってきたの。」

(楽しんでるんだ、この人達は……何度も大変な目に遭っても、何度も辛い思いをしても……それを楽しむ事が、出来るんだ。)

この時、レイはセイントバードの強さを改めて感じ取っていた。クルー達は大変ながらも、皆が笑顔なのだ。それはエリィという艦長が、大変な中で楽しみを見つけ、それを楽しむというスタイルで今までやって来られたからなのかも知れない……と、思っていた。

「MS乗りって……戦闘さえなければ、こうやって楽しみがあって……それが続けば良いのにな……なんて思ったりします。」

レイは、何となく言った。だがエリィはレイの言葉に対し、笑みを消した。

「MS乗りって、本来こんなに気楽なものじゃない。砂漠の狩人の時でもあったように、いつ別のMS乗りに襲われて食われるか分からない。まさに食うか食われるかの状態に生きているのが普通なの。」

エリィの険しい表情。まるで、戦闘中の彼女の表情だ。

「先日までの戦闘でもトルクスのパイロットが殺された。セイントバードを守る為、命を懸けてくれたパイロット達が死んじゃったんだ。そんな、彼等の分も私達は楽しまなきゃならないの。それを分かって上で付いて来てくれているのがみんなだから。」

すると、エリィの表情に笑顔が戻った。

「それに、倒したMS乗り達のスクラップ等を売却して金にして生きる。それがMS乗り。その上で、観光を楽しむ気持ちを持っているのは、皆に辛い思いをして欲しくないと思っているからなんだよ。」

MS乗りの構図について、エリィは簡単に説明した。この説明を聞いた後、レイは少し恐怖を感じていた。

「じゃあ……もし強い敵に会えば危ないってことですよね。」

「ええ、そうね。例えば前の新生連邦みたいに。」

エリィは冷淡に言う。しかしその表情は先程のように深刻ではなかったのだ。

「でも、みんなが頑張ってくれてるからこうして生き残れてる。レイ君もその内の一人だよ!いつも、ありがとうね!」

笑顔でエリィは言った。この時、自分も戦力の一員として役に立てていると彼は認識した。

「レイ君!早くシャワーを浴びてきて!キプロス島観光に行こうよ!」

(メリハリが凄いなぁ……)

本来のMS乗りと言うのは常に危険と隣り合わせである。エリィの言ったように、MS乗りは時に別のMS乗りと交戦し、そこで得たスクラップ等をジャンク屋に売り、金を稼いで生きていく。だが、自分達以上に強い存在に遭遇すれば命の保証はない。

その代表的な例が新生連邦軍だ。特に昨日の特殊強化モデルが搭乗するガンダムタイプ三機や、新生連邦総司令、レヴィー・ダイルが駆るガンダムタイプがいるような敵相手では、撃退できたこと自体、奇跡と言えるのだ。

しかしそれを勝利へと持って行ったのがエリィである。彼女らがこのように、新しい場所に着く度に観光行くことが出来るのは彼女の判断やパイロット達が優秀だからこそ出来る事なのである。それを考えると、セイントバードは相当、優秀なMS乗りの集まりであることが改めてレイの中で認識できた。

「それにね、貴方は誰かと一緒じゃないと知らない人に襲われちゃうかも知れないんだから!レイ君は自分が思っている以上に女の子みたいって自覚した方が良いよ!」

「そんな事ないですよ!もう……」

エリィの言うように、実際にレイは少女に間違えられ、暴行を受けたことがあるのもまた、事実なのである。

 

やがてレイはシャワーを浴び終え、そして、エリィとキプロス島の観光へ出掛け始めた。地中海の右下に位置する島であるキプロス島は、地中海ではシチリア島、サルデーニャ島に次いで三番目に大きな島である。しかし日本よりも遥かに小さく、人口もあまり多くない島でもある。

「レイ君、アフロディーテの誕生って絵画は知ってる?」

「え?あ……あの、貝の上に女の人が立っている絵でしたっけ?」

「そう!それそれ!ここキプロス島はそのアフロディーテの生誕の地だと言われてて、それを目当てに観光に来る人も多いのよ。」

「詳しいんですね。」

「まあ、世界中を回っていたらその国や島の本当に有名な名物ぐらいなら自然に知識が入ってくるものなのよ。私がもし艦を降りても旅行のガイド役として活躍できるわね……フフッ!」

レイは苦笑いを浮かべた。その際、次のような事を考えていた。

(こんなに気楽そうに見えるのに、他のMS乗りとかに襲われても対処してるなんて……本当に凄いんだ、エリィさん。)

今回以前もセイントバードは様々な場所を観光に行っている。その一方で、敵に襲われた時は全力でセイントバードを守るために指揮を執る。非戦闘時は一人でクルーの食事を作り、掃除なども全てこなす。その上スタイルは良く美人である。

レイは、エリィが完璧超人に見えた。だからこそ人が集まり、誰も艦を降りないのだろう。そして、彼女を信頼して行動しているのだろう。

(たまにエッチな事を言うのがなければもっと完璧な人なんだと思うんだけど……)

レイは、考えていた。

 少し歩き、彼等はペトラ・トゥ・ロミウ海岸に着く。絶景が美しいこの海岸。アフロディーテの生誕の地と言われているこの地で、絶景を見ながら二人は歩いていた。

「奇麗だね……こうして世界各地を観光したりするのってね、デウス動乱時じゃ絶対に出来なかったことだしね……」

と、呟くエリィ。絶景に見惚れる姿とは裏腹、その表情は、どこか寂しげだった。

「エリィさん、何だか寂しそう……ですね。」

エリィの表情を見て、レイは聞いた。

「あの、僕なんかで良ければ、話なら伺いますよ?」

気を遣ってのレイの言葉に対し、エリィは思わず笑った。

「クスッ……レイ君にそんなこと言われるとは思わなかったな。」

「それはどういう意味ですか!?」

返って笑われたことにレイは怒った。彼にとって、せっかくの気遣いが無駄になった気がしたからだ。

「怒らないの。レイ君の気遣いは嬉しいよ。うん……」

やはりエリィの表情はどこか虚ろだ。それを見た時、レイは少しでも怒った自分が情けなくさえ感じた。いつもの明るいエリィの姿と比較しても、レイから見て明らかに違和感があった。

「戦闘でお世話になってるレイ君に、私の事、改めて教えちゃおうかな。」

まるで、“秘密”を明らかにするような様子だった。レイは海岸を背景にし、エリィの話を聞き始める。

「私はね、もともとCコロニーで育ったの。」

「え、コロニー育ちだったんですか?じゃあ、ネルソンさんと同じなんだ……」

エリィの過去が、少しずつ明らかになる。彼女が地球連邦軍所属だという話は聞いていたが、出身の話は聞いたことがない。

「そう。大尉とは違うコロニーだけれどね。しかしデウス動乱が始まった時、私のコロニーはデウス軍に制圧されたの。両親はデウス軍に殺され、当時子供だった私は大声で泣いていたの。よく覚えているわ。」

〝デウス軍〟という言葉がレイの中に印象に残った。両親がデウスに殺された過去を持つのなら、何故ネルソンとあれだけ仲良くできるのか、不思議で仕方がない。レイは聞こうとしたが、恐らく聞きたくないと思うだろうと判断した為、レイは口を閉じた。

だが、エリィにはレイの様子が見えていたらしく、先に口を開いた。

「両親がデウス軍に殺されたのに、どうして大尉とあんなに仲が良いか気になっているんでしょう?」

「え……え!?そんな、とんでもないですよ!」

「いいの、気にしないで。気になってるでしょう?」

レイは黙って頷いた。どうしても申し訳ない気持ちが彼を包む。

「私は確かに、両親を殺されたことは嫌だったよ。でもね、その時に殺した人間が大尉だったのかな?違う。デウス軍が殺したのは事実。でも大尉は、人殺しはしていない。私は人間を見るの。だから組織単位で憎むなんてことはしない。それにね、今更憎んでも仕方がないもの。」

「エリィさん……」

両親を亡くす事は普通、誰にとっても辛い。増してや、彼女の場合はデウス軍に殺されている。そして同じクルーの中に元デウス軍のネルソンの姿もある。それは無論、エリィにとっては許される筈のないことなのだが、仲良く二人は過ごしている。人間を憎む事のない、エリィの寛容さが現在のセイントバードチームを築いてきた要因の一つなのだと、レイは思った。感心している際、エリィは

「そこに当時の地球連邦軍の兵士がやってきてね、デウス軍との戦闘に巻き込まれかけた時にね、ある人物が私を助けてくれたの。」

「ある人物……ですか?」

レイは首を傾げる。

「名前はウィレス・レイド・アース。私にとって大事な人。その人がいなければ今の私は恐らく存在していないと思うの。彼女は当時連邦軍で医務チームとして働いていた。だから彼女は連邦のナイチンゲールと言われたの。知ってる?ナイチンゲールって。」

「ナイチンゲールって……確か、旧世紀のクリミア戦争の!看護の母って言われてた……ような。」

社会が得意科目であるレイは、この事についても詳しい。

「よく知ってるね。うん、そのクリミア戦争で戦場の兵士を看護したりした人だよ。白衣の天使って言われていた人。ウィレスさんもそう。その後にウィレスさんは医療チームを辞めて軍人として働くようになった。やがて功績を上げていき、中佐にまで位が上がったの。」

ウィレス・レイド・アース。エリィの恩人。地球連邦軍とデウス帝国との戦いに巻き込まれたエリィを助けた人物だ。

エリィの言うように、ウィレスは功績を残していき、地球連邦軍の第十三特殊部隊の戦艦の、艦長に任命された。それはかつてアレンやエリィ、そして、今の総司令、レヴィー・ダイルが所属していた部隊である。

「やがて彼女はある一隻の戦艦の指揮を任されることになった。私はね、ウィレスさんに助けてもらって以来、医療の事を勉強して彼女と同じ地球連邦の医療チームに入ったの。でも彼女が軍に入るって聞いた瞬間、後を追うように士官学校に入って、やがて軍に入隊することが出来たの。」

「え!?どうしてそこまでして……」

暗かった表情を一旦笑みに変えたエリィ。しかし、明らかに無理をしているのが分かる。

「あの人は、私を助けてくれた恩人ですもの。」

「恩人の為にそこまで出来るんですね……。」

「まあ……ね。その後でウィレスさんが艦長を任された艦のオペレーターとして働くことになったの。凄く嬉しかった。恩人の下で働くことができるんですもの。」

ウィレスと言う人物に対しての愛情が直接伝わる言葉だった。これ程に一人の人物に対して尊敬し、感謝する人間をレイは今まで見たことがなかった。そのためか、エリィが余計に凄い人物に見えた。

「アレンさんが言ってましたね。オペレーターをしてたって。」

その時のエリィの性格は、今とは異なる事も、アレンから聞いている。

「そう。やがて年月が流れて、色々な人が彼女の指揮する艦に入って来た。私がアレン君をはじめ、多くの人達と共に戦ってきたって話はしたよね?」

「はい。」

「その中に、一人の男の人がいたの。名前は、ディーン・アドル。」

その際に、エリィは口籠った。その人物には何かがあるのはレイにも分かったが、無理もせずに素直に落ち込んでいる姿が気になった。

「あの、無理をしなくても大丈夫ですよ。」

気を遣うように、一言。エリィはその一言のおかげで少しはましになったように見えた。

「ううん、もう過去の話だし、言っちゃおうかな。」

いつになく、悲し気なエリィの横顔は、一層美しさを際立たせる。不謹慎にも、レイはその姿に見惚れてしまっていた。

「長い戦闘の中のほんの少しの休息の時間。そう、丁度こんな奇麗な海岸線があった所だったな。その際、私はクルーの一人であったディーン・アドルさんに助けられたの。」

先程、その言葉を口にして口籠った〝ディーン・アドル〟と言う言葉が再び出てきた。

その人間に何か思いがあるのは間違いないとレイは確信する。

「束の間の休息で、皆が過ごしている際、まさかのデウス軍の強襲。急いで私はブリッジに戻り、状況をクルーのみんなに伝えたの。その時――」

 

 

エリィの回想にて。休暇を楽しんでいたクルー達だったのだが、その最悪のタイミングでデウス軍が襲って来たのである。MSパイロット達も艦から離れた場所におり、駆けつけるのに時間がかかった。その際にウィレスが艦長を務めていた戦艦が敵の機体に襲われ、ブリッジが狙われた。

 

――――――――――――――私……もう……ダメなの……――――――――――

 

ブリッジで、当時のエリィは死を覚悟した。パイロット達はまだMSデッキに向かっている最中。逃げようにも敵機体の攻撃の方が遥かにスピードが速い。

絶望的状況の中、一筋の光が戦艦を救った。

一機のMSが戦艦を襲うデウス軍の機体を破壊した。そこにいたパイロットこそ、彼女が最初に言葉を発するのに困惑したディーン・アドルという男性だったのである。

 

――――――――――――――――――大丈夫か――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――アドル大尉……?―――――――――――――――

 

当時、ディーン・アドルの階級は大尉だった。これはデウス動乱時のネルソンと同じ階級である。エースパイロットだった彼のおかげで、エリィは無事救われたのである。

 

 

「それ以来かな。あの人の事が本当に好きになったのは……好きに……ね……」

回想を終えた後、エリィは徐々に表情が暗くなっていく。これ以上何かを言えば余計に彼女を傷つけるだけだと判断してか、レイは何も言わなかった。

そのディーン・アドルに何があったのかは、彼女は語りたくないようだった。しかしこの時、レイは察した様子で言った。

(多分……そういう事なのかな。)

レイも一緒に、彼女と暗い表情を浮かべる。語られたエリィの過去を聞き、その中で芽生えた愛情。そしてこの海岸線。恐らくそれらがエリィにとっての美しく、悲しい過去を蘇らせたに違いないと、考えていた。

 

「さて、お話はおしまい。要は、当時は色々とあったけれど今はこうして大変ながらに観光だって出来るようになったんだってお話だよ!」

エリィは表情を一変し、バン、と両掌を閉じた。

戦争という大変な時代を生き延びて来たエリィにとって、こうしてセイントバードのメンバーと観光等が出来る事は、何よりの喜びだったのだ。

「じゃあ、レイ君と記念撮影しようかな?キプロスに訪れた記念写真!」

「え……?写真ですか?い、いきなり!?」

エリィはそう言いながら、自身のEフォンを用い、カメラ機能を使ってレイと二人の写真を撮った。海岸線を背景に、二人は近い距離で並んで写真を撮る。エリィの距離感に対し、レイは躊躇っており、その際の表情がEフォンのカメラに映し出されたのだ。

「さて、この後はお土産でも買いましょうか。レイ君も良ければ買っていったら?観光ってのはそれが醍醐味!戦争中じゃこんな事、出来ないからね!」

(お土産……か。)

エリィに土産の話をされた時、レイの心境は複雑だった。

そもそも、彼は旅行目的でここまで来た訳ではない。チェーニ姉妹が襲撃してきた夜に、街を守る為にアインスガンダムを発進させ、それ以降からセイントバードチームと同行している。 

一度カイロで母親と話をしたが、事情を説明など出来る筈がない。それ以降連絡を取るのを止めたレイ。今頃、家族は自分の事を心配しているに違いない。そして、学校に不登校になった事によって友達が心配しているかも知れない。中にはそれを馬鹿にする人間がいるとはいえ、突然の不登校など只事ではない。

もし、今彼が自身の場所を言った時、それを信じる人間など居るだろうか?居ようはずが無い。何故ならば彼は今モントリオールから大きく離れた地中海の中にあるキプロス島にいるのだから。そしてその後はセイントバードの完全修理と戦力補充の為に日本へ行く予定である。

こうして各地を巡り、観光をしたとして、やがて故郷に戻ってから土産など平気な顔して土産を渡す事等、出来る筈がないのだ。

「もしかして、故郷の事を考えてる?」

エリィが心配そうにレイを見つめている。その目線を感じたレイは慌てた様子で言った。

「え?あ、えっと……そんな事、ないですよ?」

レイは取り繕うように笑顔を浮かべるが、明らかに無理をしているのが分かる。それに対してエリィは言った。

「うん……ごめんね。私……貴方の事考えずに、観光とかお土産とか言ってて、恥ずかしいな。」

エリィは謝り始めた。元々はレイの故郷へ返す為の航行なのに、何故自分が舞い上がっていたのだろうか……と、考えたのだ。

無論、レイを早く彼の故郷へ届けてあげたい気持ちはある。本来ならば地中海を抜けて大西洋を経由し、モントリオールまで向かえたのだが新生連邦の強襲により、地中海から大西洋へ向けて行くことが危険であることが明らかになった。

だからこそレイの故郷へ向かうという、本来の目的を達成するためには、遠回りであるがユーラシア大陸横断を選び、一度日本で補給を受けるというプランに大きく変更してしまった。

レイは、家族に会えないと言う不安も持ち合わせているがセイントバードの事情を知っているので何の文句も言わない。エリィは、レイの心境を考えずに、いくら迂回ルートを行くとはいえ、彼の心境を考えず観光を楽しんでしまっている事に対して申し訳がないと思っているのだ。

だが、レイはエリィ達セイントバードチームに助けて貰った恩がある。その中で、エリィが自分に感じていた心境を察したレイは、思いを打ち明けた。

「あの、僕……エリィさんに気を遣わせたくないです。僕なんかの為に皆さんを危険な目に遭わせたくもないです。だから……僕に構わないで下さい。例え帰るのが遅くなってもエリィさん達のせいじゃないです。」

レイの、精一杯のフォロー。それを聞いていたエリィの目は、何度か瞬きをしている。

「僕、嬉しいんです。だって助けて下さった上に、安全に行けるルートで航行させて下さるんですから。それに行きたかった日本にも行くことが出来るんですよ?僕のことなんて、構わなくて大丈夫ですから、ね?」

「レイ君……」

自分の為に危険な目に遭って欲しくない。自分に気を遣わないで欲しい。そして慌てずに航行して欲しい……レイは述べた言葉にその思いを乗せていた。何故ならば、自分の為にエリィに気を遣わせている台詞を聞くのが辛いと感じた為であった。

「帰るのが遅くなっちゃっても、構わないんだね?」

「……はい!」

彼女はレイの思いを受け止めた。どれだけ時間をかけようと必ずレイを故郷へ送り届ける……エリィはそのように決意した。

レイが思いを打ち明けた為、互いの気遣いはなくなった。その為か、両者は自然な笑みを浮かべていた。

その後、二人は海岸線を歩き続け、その絶景に癒された。昨日の激戦の疲れを取ることが出来た上、互いの内心に対して気遣う必要がなくなった事により、両者は心からこの観光を楽しむことが出来た様子だった。

 

 

 

やがて3日が経過した。セイントバードの応急処置は進み、敵の戦力にも寄るが数回の攻撃ならば耐えられる程度に修復出来ていた。セイントバードはそれからすぐにキプロス島を後にする。

短い時間ながらも、楽しめた様子の彼等。だが日本に着くまで常に油断はできない。別のMS乗りに遭遇する可能性だって有り得る。まして、新生連邦軍に遭遇する可能性も無いとは言えない。航行を始めて最初は警戒態勢を怠ることなく、セイントバードは日本までの航行を行う。

航行開始して3時間が経過した。現在セイントバードはロシアの上空を航行している。現在のところは何の問題もなく、順調に進んでいる。

セイントバードのブリッジに、ネルソンが入ってきた。そこでエリィとネルソンは、会話を交わす。

「今のところは大丈夫だな、艦長。しかし何が起こるかは分からない。すぐに対応できるようにしておかないと、やはり心配ではあるな。」

そう言って彼はコーヒーを一口飲む。

「確かにそうですけど、日本に着くまでの間ずっと警戒させておくのはやはり問題だと思います。皆、応急処置の疲労も溜まっているでしょうし。」

「だが、もし突然のビーム砲撃……特に戦艦の主砲クラスの威力なら今のセイントバードには脅威となる。それに対応出来るようにする必要があると思うのだ。」

ネルソンの言うように、現在のセイントバードは応急処置をしただけに過ぎず、耐久性に問題がある。戦艦の主砲のような高出力のビームをまともに受ければ沈められるのも無理はない。

「そこで、提案がある。MSデッキにビーム撹乱幕用のタンクがあっただろう?MAのハルッグの下部にタンクを固定し、敵機の襲来を確認すればそれを切り離してビームライフルで撃つ。そうすれば撹乱幕が完成してセイントバードはビーム砲撃を受ける心配がなくなると言う訳だ。」

ネルソンの言うように、セイントバードにはビーム撹乱幕タンクという、ビーム兵器を防ぐためのタンクが存在する。このタンクに向けて何らかの手段で破壊することで、アンチビームコーティングフィールドが発生し、ビーム砲撃を防ぐことが可能となる。ただし使用するには制限があり、5分程で撹乱幕は消えてしまう。

ネルソンは自身の機体のみを出撃させ、考えられるかも知れない敵機の強襲に対応しようと考えていたのだ。

「良いんですか?大尉だってお疲れだと思うんですけど……」

「心配してくれているのは嬉しいな。だがこの役目はハルッグじゃないと難しいと思うのだ。」

「無理しないで下さいね、大尉。」

そう言った後、ネルソンはこの場から去った。そしてブリッジ内で、エリィ達は引き続き警戒態勢を怠る事なく、過ごす事になるのだった。

 

 

やがてネルソンはMA形態のハルッグに搭乗し、ビーム撹乱幕が中に入っているタンクを機体の下部に接続してしようとしていた。一人、セイントバードに近付く敵機を見張る為に行動するネルソン。そんな彼の姿を見て、レイは言う。

「日本に着くまで護衛なんて……ネルソンさん、やっぱり休んだ方が良いと思うんですけど……」

「皆が行かないのなら私が行くまでだ。レイこそ休め。もし敵が出てくれば、君が戦力の要となるのだからな。私なら大丈夫、問題はないよ。」

「無理、しないで下さいね。」

一人セイントバードの護衛を行うために出撃するネルソン。レイは心配している様子だが、ネルソンは自身がセイントバードを護衛すると言って聞かない。

「心配は要らんよ。何度か仮眠をとっている。眠気ならば問題はない。」

「無事に帰ってきて下さいね……」

「女々しい事を言うな。ハルッグ、出るぞ。」

彼がそう言った直後、ハルッグは出撃した。と言ってもセイントバードの横側をMA形態のまま待機するだけなのだが。

だが、この護衛も楽ではない。日本に辿り着くまでMA形態のまま、セイントバードと共に航行しなければならないのだ。いつ敵が襲ってくるかも分からない状況である為、疲労が余計に蓄積されていく。

ネルソンは平気だと言ったが、実は彼自身疲労がピークに達していた。下手をすればそのまま眠りに就いてしまう恐れもあったが、ネルソンはどうにかそれらを堪えて護衛を務める。

 

ネルソンが出撃してから二時間が経過した。セイントバードは順調に航行を続けている。太陽の姿は見られなくなり、日の光が見当たらなくなった。その間、ネルソンはハルッグに乗って護衛を務め続けていた。何度かエリィから通信があったが、その度に彼は〝平気〟と一言述べるだけ。実際は肉体的にピークを迎えていたのだが、彼は護衛を続ける。

「大尉、やっぱり眠そう……さっきから欠伸が目立ちますよ?」

エリィが心配そうに言った。

「欠伸は脳への酸素不足から生じる生理現象だ。これがある限り身体を起こそうとしてくれているんだ……」

そう言ったネルソンは再び軽い欠伸をした。瞼が重く、今にも眠りに落ちそうだったが彼は強がりを言う。

「……やっぱり、一度帰還して下さい。ゆっくりと眠られた方がいいですよ!コーヒーも入れてあげますから!」

「有難いのだが、今帰っては何かあった時に大変な事になる。」

眠気と戦いつつも、軽くエリィの台詞に突っ込みを入れる。彼女の気遣いも構うことなく、彼は引き続き護衛を努めようとしていた。

 

ドォォォォォォォォォォォォォ

 

だがその時である。ハルッグのレーダーに近付いてくる熱源反応が確認されたのだ。同時にインクがエリィに対して言う。

「ね、熱源反応確認しました!高速でセイントバードに向かって来ます!」

「そ、そんな!?」

慌てるエリィ。

一方のネルソンはこの時を待っていたかのように冷静な行動力を見せた。まず、ハルッグ下部に備え付けられていたビーム撹乱幕を搭載しているタンクを切り離し、すかさずハルッグはMSに変形する。そして、ロングビームライフルでタンクを狙い撃ちした。

すると、ビーム撹乱幕が発生し、セイントバードをそれらが覆った。次の瞬間、レーダーで確認されていた熱源反応がセイントバードのエンジン部を狙うようにネルソンの視界に現れた。そしてすぐにエンジン部へ向かうのだが、撹乱幕のおかげでそれは弾かれた。それは大型のビーム砲で、もし撹乱幕を展開していなければセイントバードは間違いなく墜落させられていただろう威力を持つものだった。

「艦長、私の読みは当たったな。まさか本当に襲って来る敵がいるとは……おかげで目が冴えたよ。」

「流石です、大尉!皆に警告しますね!」

「頼む。」

そう言ってネルソンはエリィとの通信を遮断した。ネルソンはビーム砲撃を行ってきた敵を警戒しつつ、ハルッグを再びMAに変形させ、ロングビームライフルを構えてじっと待つ。

 

キシィン

 

次の瞬間、闇夜に不気味に輝くカメラアイの姿がネルソンの目に映った。

 二つのカメラアイを持つ機体が二機、彼の視界に映っている。対照的なカメラアイを持つ機体は、ガンダムタイプに限られる。

「あのカメラアイ……ガンダムタイプか?」

敵機を確認したネルソンはその方向へ向かう。その間にハルッグはロングビームライフルをいつでも発射できるように構えていた。

 

今回の敵、ガンダムタイプ。それらは二機存在している。所見では闇夜という事もあり、形状が把握出来なかった為、新生連邦軍の新型のガンダムタイプと思われた。

だが、実際は新型機ではなかった。内一機は空中を飛行しており、もう一機は新生連邦製のSFS、エンパワーに搭乗している。それらが二機、並列しているのだ。

「あの戦艦……ビームを弾いたわね、お姉様。」

「撹乱幕か何かを搭載しているのかしら?警戒をしていたと見えるわね。」

「しかも、なんか一機いるよ?早めに倒さないと!」

「ええ、そうね……そして、あの中に間違いなくいるとされるアインスガンダムを捕獲しなければ……ね。」

会話をする二人のパイロット。彼女等は、以前にアインスガンダムを奪取しようとしていたチェーニ姉妹だった。モントリオールでレイを襲った彼女等が、何故かこの場に出撃したのであった。

二人は新生連邦軍に入隊していたのだ。以前にスパイッシュによって雇われていた彼女等だが、その後様々な功績を重ねていき、やがて新生連邦軍に入隊する事になったのだ。

但し、彼女等はまだ見習い扱いだ。今、彼女等のガンダムは新生連邦軍の空中戦艦、“マドラ級”に所属している。そこの艦長がウイングイーグルからの情報を聞き、彼女等にセイントバードを襲わせるように指示を出し、その上でアインスガンダム奪還を命じたのである。

「これは神様が私達にくれた絶好のチャンスと考えるべきね、リンセ。」

「そうね、お姉様!ああ、早くお仕事を終わらせてお姉様の熱い鞭を頂きたいの……!」

フォリア・チェーニとリンセ・チェーニ。そして彼女等がそれぞれ操る、ヴェーチェルガンダムとエクルヴィスガンダム。これらが今度のセイントバードの敵として現れたのであった。

 

 

敵MSが出現したことで、セイントバード艦内はパニック状態に陥っていた。

エリィの指示によって、パイロットは皆それぞれのMSのコクピットへ向かう。それからハッチが開かれ、残されたトルクス三機がゾーリドカスタムに乗って出撃する。アインスも空戦仕様で出撃した。闇夜の戦いが今から始まる。

「ネルソンさんがいなかったら僕達、死んでいたんだ……けど、まさか敵が現れるなんて……」

レイはネルソンに感謝していた。だが今回敵が出現したことで、安心の出来る航行が出来ない事が判明した。それがレイにとっては辛かったのだ。

出撃して直後にアインスはネルソンのいる方向へ向かう。すると、そこには敵MSのビームサーベル同士で打ち合いを行っているハルッグの姿があった。撹乱幕の影響により、ビーム刃の出力が低下している。

「あ……あのガンダムって!?」

ハルッグと打ち合いを行っている、SFSに搭乗している水色の敵MSを見て思い出した。そして、もう一機。赤く、ウイングを展開しているMSは間違いなく、自分を襲った機

体である。モントリオールで二機と戦うレイだったが敗北し、瀕死の状態だった所をネル

ソンに助けられ、そして、今ネルソンはその二機の内の一機と戦っている。

 その中で、アインスはビームライフルを構え、放とうとした――

「レイか!セイントバードから離れてライフルを放つんだ!撹乱幕の影響でビームライフルの出力は十分に発揮出来ない!距離を取れ!

「えっ!?は、はい!」

ネルソンの言葉を聞いたレイは、一度セイントバードから距離を離した。バーニアの出力を上げ、セイントバードから距離を置く。

 そして、ライフルのフォアグリップを左手部で把持し、狙いを絞った。

 

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

 

すると、水色のMSはビームを回避する為にハルッグから一度離れる。そしてアインスの方向を見た。

「お姉様!アインスガンダムだよ!けど装備が違うような……」

「いいえ、リンセ。あれは間違いなくアインスガンダム。さて、後は気になるのはパイロットね。」

パイロットがモントリオールでの時のままなら、間違いなくレイである。現在彼女らの前にいるアインスガンダムのパイロットはレイであるのだが、確認するまでは何者か、分かる筈がないのだ。

「アインスガンダムのパイロット!その顔を見せなさい!」

と、フォリアはモニター回線開示を欲求してきた。レイはそれに反応し、対応した。

「あ……貴方は……!」

続いて、リンセが回線を開き、レイの顔を見る。

「わあ!やっぱり前の子だ!」

「この人も……!フォリア・チェーニさんに、リンセ・チェーニさん……!」

レイは両者の名前を、覚えていた。当時の彼からすれば、敵機体がガンダムタイプだったということと、そして、そのパイロットが女性だったという事や、強烈なキャラクターであったという、三つの衝撃が相まって、彼の中で強烈に印象に残っていたのだ。

レイはこの時、怯えていた。まさか自分を追い詰めた敵に再会するとは思いもしなかった為である。

「久しぶりね、坊や。確か、名前はレイ・キレス……だったかしら。」

「どうして……こんなところに……!」

「だってね、私達新生連邦軍に入隊したんだから!」

「そしてウイングイーグルから連絡があり、近くを航行している可能性のあるセイントバードの中に搭載されているアインスガンダムを捕獲しろという命令が下った。だから今攻撃を加えているの。」

そう言った時、フォリアのヴェーチェルは腰部からビームウィップを展開した。ビームサーベル以上に長い射程を持つそれは鞭のようにしなり、アインスに襲い掛かる。

それに反応したレイは、アインスは背中からサーベルラックを抜き、ビームサーベルを展開してこれに応戦する。ビームウィップとビームサーベルの打ち合いが行われている最中、レイはある事を思い出した。

「そうだ……ギリアさん……あの人達に……!!よくも!!!」

ギリア・ノール……それはレイがアインスを奪ってから少しの間だが、友人から貰っていたMSデッキにアインスを格納してくれた男であった。チェーニ姉妹が襲ってきた晩にギリアはバズーカを持って二機のガンダムに応戦したが、リンセのガンダムの攻撃により、ギリアは死亡した。それを思い出したレイは、恐怖から次第に感情が怒りに変わっていく。

「この人達は!」

アインスはビームライフルを連射する。しかし二機のガンダムの動きは素早く、軽々と避けられる。この時、護衛に三のトルクスがゾーリドカスタムに乗り、ビームライフルを発射し、援護射撃を行うのだがこの攻撃も避けられる。

「先手必勝だぁ!」

リンセはそう言い、エクルヴィスの右手部マニピュレーターにサーベルラックを把持し、ビーム刃を展開。そのままアインスに襲い掛かる。が、アインスはこの攻撃の回避に成功する。

「早い!?」

攻撃を避けられて焦るリンセ。今の攻撃に対し、フォリアが言った。

「エクルヴィスは接近戦をあまりしない方がいいわ。一度離れて、遠距離からビームカノンを連射して。私はビームウィップで接近戦をメインに戦うわ。」

「りょ、了解、お姉様!」

そう言ってリンセは機体を後退させた――

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

しかしそれを逃さないのがネルソンのハルッグである。

「遠距離からの砲撃を行う気か!邪魔はさせんよ!」

「ああもう!こんな時に邪魔が入る!」

苛立ちを覚えたリンセはハルッグにメガビームカノンを放出した。だがこの攻撃は回避される。そして、ハルッグはMAの状態からエクルヴィスに接近し、急にMSに変形してビームサーベルを展開した。それに負けず、エクルヴィスもビームサーベルを展開する。

再びこの二機の、ビーム刃同士の打ち合いが始まった――

 

グォンッ

 

その時。エクルヴィスは腰部の隠し腕を使ってハルッグの腰部を掴んだ。

「なっ!?」

「キャハハ☆捕らえた!!」

腰部を捕らえられ、身動きが取れないハルッグ。ビームサーベルを振り回そうとするがエクルヴィスがハルッグの腕を固定し、動かせない。

そこへ後方からフォリアのヴェーチェルがビームウィップを持って迫ってきた。ハルッグのコクピットを突き刺すつもりだ。

「フフ、前はよくも邪魔をしてくれたわね、あの変形MS!」

「ちぃっ!身動きが取れん……!」

「これでラストォ!!!」

姉妹の連携プレーだった。エクルヴィスの隠し腕がハルッグを捕らえ、その一方でヴェーチェルがビームウィップを所持し、動けない敵機を切り刻む。これにより確実に敵機を破壊する。身動きの取れないハルッグはフォリアからすれば格好の的であった。このままではハルッグはコクピットを貫かれ、破壊されてしまう。必死に機体を動かすが、エクルヴィスのパワーはそれを離さない。

「無駄だよっ!そんな華奢なMSでガンダムのパワーに勝てる訳ないじゃん!」

リンセは得意げになってネルソンを追い詰める。そして、フォリアは確実にハルッグを仕留めようとしていた――

だが、そこへ一筋の光がヴェーチェルを襲った。強力なビーム砲である。それを察知した瞬間、急いでヴェーチェルはこの攻撃を避けた。

「何!?」

すぐに彼女は光が放たれた方向を見る。そこにはメガビーム砲を展開していたアインスの姿があった。緑のカメラアイが、ネルソンを襲う二機のガンダムタイプを睨んでいた。

「く、いつの間にあんな武装が……」

「ぶっちゃけありえなーい……」

惜しくもネルソンを倒し損ねた姉妹。不機嫌な表情を浮かべて一度二機はその場から離れる。

 

グォンッ

 

しかし、そこへ、一機のトルクスが追撃を始めたのだ。SFSに乗ったトルクスが姉妹のガンダムに向け、戦いを挑む。

「よせ!何を考えている!?」

ネルソンが警告した……が、パイロットは言う。

「あんなのを逃がしたらセイントバードがやられちゃいますよ!トルクスだってやれるってところを見せてやりますよ!」

トルクスのパイロットが言った。だが機体の性能差がありすぎる。ゾーリドカスタムに乗って機動性が上がっているとはいえ、たった一機でガンダムタイプ二機に戦いを挑む等無謀としか言い様がない。

そのトルクスは姉妹のガンダムを追う。後方からの熱源に気付いたのか、姉妹のガンダムはカメラアイを輝かせてトルクスを睨んだ。

「今度は何かしら?」

「アインスでも変形MSでもない、雑魚MSだね!」

すぐに仕留めようと、エクルヴィスはメガビームカノンを放出する。しかしトルクスはゾーリドに乗ったままこの砲撃を避けた。そしてそのままエクルヴィスの懐に近付き、背中からサーベルラックを抜いてビームサーベルを展開し、エクルヴィスに切り掛かる。

「わぁお!」

急な攻撃だったが、エクルヴィスは隠し腕を展開し、そこにサーベルラックを持たせ、打ち合いを行う。

しかし敵はエクルヴィスだけでない。ヴェーチェルがトルクスの後方に向かい、ビームウィップを展開していた。それに気付いたのか、トルクスのパイロットはゾーリドカスタムから一度トルクス本体を分離させ、再びビームサーベルでヴェーチェルのビームウィップと打ち合いを行う。

 ビーム刃を駆使した攻撃。トルクスのパイロットはガンダムタイプ相手に善戦していた。

「このパイロット、中々出来るわね。まあ、所詮“中々”ってレベルだけれど。」

フォリアがそう言った直後、ヴェーチェルは腰部に備え付けられているメガキャノンを展開してそれを発射した。急な攻撃だった為、回避し切れなかったトルクス。この砲撃を受けて左腕部が融解してしまう。だが右腕部は残っていた。そこでトルクスはサーベルラックを捨て、機体の腰部にマウントしていたビームライフルを装備してヴェーチェルに向けて撃つ。

その光景を見て、ハルッグは援護射撃を行う。だがいずれも回避される。やがてトルクスはゾーリドカスタムに再び乗りこもうとした、その時だった。

 

ガキィン

 

「しまった!?」

後方にはエクルヴィスが隠し腕を展開してトルクスの腰部を固定していたのだ。身動きが取れないトルクスは危機的状況に陥る。

「お姉様、チャンスタイムだよ!」

「ええ、リンセ……」

フォリアが妖しく微笑むと、ビームウィップを展開し、トルクスに接近した。そして至近距離まで接近し、ヴェーチェルは赤いカメラアイを輝かせる。

 

ズバァァァ

 

次の瞬間、ビームウィップはトルクスのコクピットを貫通した。その瞬間にヴェーチェルトエクルヴィスはその場から離れる。それと同時にトルクスは爆発したのだ。

 善戦したトルクスのパイロットだったが、姉妹のコンビネーションを前に破れ去り、死亡したのだった。

「ちい……!」

ロングビームライフルで射撃を行うネルソン。だが姉妹のガンダムは素早い動きで翻弄してくる。

「雑魚の癖に調子に乗るからよ!」

「次はあの変形MSね。」

そう言って、姉妹は再びハルッグに標的を絞ろうとした――

 

ドバアアアアアアッ

 

そこへ、セイントバードが援護射撃を行ったのだ。両翼部に搭載されているビーム砲が、姉妹のガンダムを狙った。撹乱幕の効果が切れつつあった為、ビーム砲を放つ事が出来た。それに反応した姉妹は回避運動を行い、ビーム砲を避ける。

「ふぅん、一番狙われては行けない筈の存在が出しゃばるなんてね。」

フォリアに目を付けられたセイントバード。接近戦を好むフォリアは再びビームウィップを展開してセイントバードに近付く。

「それに、どうやら撹乱幕は切れてきたみたい。なら、狙うは戦艦……ね。」

もし今セイントバードに危害が加えられたら非常に危険だ。それだけは絶対に阻止しなければならないと思ったレイは、アインスのブースターの出力を上げ、ヴェーチェルの所へ向かう。

「セイントバードに触れないで!!!」

そう言ってアインスはヴェーチェルに対してビームライフルを連射した。その攻撃に気付いたヴェーチェルは素早い動きでそれらを回避する。

「女の子みたいな坊やが来た所で!」

「僕は男です!セイントバードは破壊させるもんか!」

「フフ……やっぱり可愛い。」

そう言った瞬間、ヴェーチェルは腰に収納していたビームライフルを連射した。

突然の攻撃に、アインスはシールドで防御を行う。それによってダメージを押さえることが出来た。

「さて、たっぷりと痛めつけてあげるわ、坊や!その愛らしい顔を苦渋に満ちた顔に染め上げてあげる!想像するだけで、ゾクゾクするわ……股間が濡れちゃいそうよ……!」

変態的発言。だが今のレイにそれを聞く余裕はない。ただ、襲い来るフォリアに対して攻撃を加えるだけだ。

「クッ!」

アインスもビームライフルを構え、射出する。正確な射撃。それに反応したフォリアは、すぐにビームライフルを構え、発射した。

 

バヂイイイイイッ

 

両者のビーム粒子が弾け、闇夜に一瞬の明かりを灯して消えていった。

「さあっ!」

次に、ヴェーチェルはビームウィップを両手部マニピュレーターで持ち、アインスに向けて襲い掛かった。二つのビームウィップに襲われるアインス。それに反応したレイは、対抗しようとアインスの背部のサーベルラックを二つ抜き、ビームサーベルを展開し、応戦した。

「ビームの剣と鞭とじゃ出力差は明らか!残念ね、坊や!」

「こんなのに負けないんだ!」

ビームサーベルと、ビームウィップの打ち合いを行う両者。

その時、ネルソンがヴェーチェルに攻撃を仕掛けるため、ハルッグをMAに変形させてヴェーチェルへ接近を試みていた。だが途中でリンセの駆るエクルヴィスに邪魔をされてしまう。

「邪魔はさせないよ!お姉様は守るんだから!」

そう言って兆発するリンセ。ネルソンは、レイの援護に回りたかったが、邪魔をされては援護など出来るはずがなかった。

「ちぃっ!邪魔をするな!」

「あんただってお姉様を殺す気なんでしょ?」

「それはそちらが襲ってくるからだ!貴様等の目的はセイントバードとアインスか!」

「そうだよ!その命令を受けているもん!だから命令には従うんだよ!」

「なら、こちらもやられる訳には行かないな!」

ネルソンはMAのハルッグのブースターの出力を上げ、エクルヴィスの眼前でMSに変形し、ロングビームライフルを撃ちこんだ。その射撃はエクルヴィスの右肩部に直撃し、被弾した。これによりビームカノンは使用不可能となった。

「あぁぁぅ!何すんのよッ!」

「ガンダムというMSの力を過信し過ぎているな。その程度では私はやられんよ。」

「う、うるさい!ガンダムでもないMSに乗ってて偉そうに!!」

怒ったリンセは肩のメガビームカノンを至近距離で発射しようと試みる。だが、両肩からその兵器を使用する事は出来ず、左肩のみしかビームカノンは射出出来なかった。右肩は先程ハルッグが攻撃を加えた為である。そのビームカノンも避けられてしまう。

その後、ハルッグはMAに変形してフォリアとレイが交戦している場所へ向かった。それを追いかけてくるリンセ。後方のエクルヴィスに警戒しつつ、ハルッグはレイの元へ向かう。だがこの時、リンセの目的はハルッグではなかったのである。

 

アインスとヴェーチェルは打ち合いを続けている。このままでは埒が空かないと察したレイは、再び右肩部にメガビーム砲を展開し、それをヴェーチェルに向けて撃った。

「チィッ!」

ヴェーチェルは急いで離れた為、直撃を受けることは無く、無傷だった。アインスはメガビーム砲の砲身を展開した状態で、両手にビームサーベルを所持している。そしてそれらを背中に収納し、ビームライフルを構えようとした――

 

ガキィン

 

突如、アインスは背後から何かに掴まれた。レイは動かそうとするが、全く動かない。両腕が何かによって固定されたのだ。

「うわっ!?」

背後を見れば、そこにはエクルヴィスがカメラアイを輝かせてアインスを睨んでいた。隠し腕によってアインスは捕獲されたのだ。

「お姉様!チャンス!」

「流石リンセ。さて、アインスは持ち帰らないとね。だけどその前に……」

フォリアはビームウィップを再び展開し、アインスのコクピットを串刺しにしようとしていた。パイロットを殺し、機体だけ持ち帰ろうとしていたのである。

「人が死ぬ瞬間を見るのはいつでもエクスタシーに達するわ!堪らない!特に貴方のような可愛い子が死ぬ瞬間を見れるなんて!!!」

サディズムに満ちた、女が発する台詞は狂気以外の何者でもない。このままでは、レイはこの女に殺されてしまう。

(この人……それより、どうすれば……!)

躊躇うレイ。だがこのままでは殺されるのが目に見えていた。

(足……?)

それは一瞬の閃きだ。モニターに映っていたアインスの脚部に着目したレイ。両腕部はエクルヴィスによって固定されているのだが、脚部は固定されていない。つまり、脚部を利用すれば生き残れる可能性はあると言うことだ。

それに気づいた時、レイはアインスの脚部を駆使して、エクルヴィスに向け後方に思い切り蹴った。その衝撃でエクルヴィスは隠し腕を離してしまいアインスを逃がしてしまう。

「あぁっ!しまった!」

「今だ!」

すると、アインスは再び背部に装備されていたメガビーム砲を展開し、それをすぐに発射した。

高出力の、ビーム砲撃はヴェーチェルの左腕部に直撃し、融解した。突然の砲撃に、明らかに動揺しているフォリア。この時、彼女は何度も瞬きをし、アインスの方向を見た。

「あんたねぇ!よくもお姉様を!!」

と、エクルヴィスがアインスに迫った時だった――

「撤退しましょう、リンセ。」

「ええ!?どうしてなの!?お姉様、まだ戦えるんじゃ……」

「今は身の安全を確保した方が良いわ。この戦艦、只者ではない、相当強いパイロット達が護衛をしていると認識して良さそうね。」

「けど……」

「無理して、死んだらお給料も何もないわよ?」

「はーい、お姉様……」

ヴェーチェルは左腕部を損傷。エクルヴィスは右肩部のメガビームカノンを損傷した。実際それらを破壊されてもまだ戦えたのだが、これ以上戦って下手に死ぬよりは撤退して次に備えた方が良いと考えたフォリア。リンセは姉の命令にただ従うだけだ。

やがて撤退する姉妹のガンダム。その光景を見たレイは、ただ襲ってきた敵を撃退した実感だけを噛み締めていた。

「大丈夫か、レイ。」

ネルソンのハルッグが近づいた。

「何とか……ですけれど。」

「君はよくやってくれたよ。」

チェーニ姉妹の強襲を受けつつも、辛くも勝利を収めたセイントバード。もしセイントバードにビーム砲撃が集中していれば間違いなく沈められていたに違いない。

今回幸いだったのは敵が2機だけだったということである。レイは、以前に倒された敵を撃退する事が出来て、少しだが笑みを浮かべていた。

 

 

先の戦闘から帰還したチェーニ姉妹。彼女等はマドラ級の艦長に先程の戦闘について報告していた。それを聞いた上官は不機嫌な様子で言った。

「何故まだ戦える力をもっておきながら、撤退したのだ?」

それに対し、フォリアは言う。

「命の保護が最優先だと判断した為です。アインスガンダムとその戦艦を奪還する事は別に私達ではなくてもすることは出来ます。ですが私達の命は私達だけ。私達は、安全に、そして確実に勝つことが出来る戦いを心掛けて戦場に赴いています。今回は敵側のパイロットに有能な人間が多い故に、命の危険を感じた為、撤退をさせていただきました。」

下手をすれば殺されたかも知れないと感じていたフォリアは、理由を説明した。その理由に関して、上官は眉間に皺を寄せている。

「作戦の失敗は死を意味するぐらいの覚悟が必要だ。例え、貴様らの片割れだけが生き残ったとしてもな。我が身恋しさに任務を放棄など本来は有り得んぞ?」

そう言って上官はMSデッキから去って行った。その後ろ姿を見て、リンセは言う。

「軍人って失敗したら絶対に死ぬ覚悟でやんないとダメなの?それってさぁ……人生損してる気がするのよね。」

「私達は別に根っからの軍人ではないわ。ただ、新生連邦軍に所属しているだけ。その中で、私達は、私達なりに戦果を上げればいいのよ。」

「さすがお姉様!私、やっぱりお姉様の考えの方が素敵だと思う!あんな堅苦しい軍人のおっさんの意見なんて聞いてらんないし!」

フォリアとリンセは、上官の言葉を聞く耳を持たなかった。彼女達の戦闘スタイルがある為、例え命令と言えど彼女等はそのスタイルを崩す事はしないのだ。

「それにさっきのあの子、本当に強くなっていたわ。」

「アインスの子?」

「ええ。あんなに可愛い顔してあの強さ……また会いたいわね、あの坊やに……本当、素敵な坊や……」

フォリアは不気味な笑みを浮かべていた。彼女は、レイという存在に対してどのような感情を抱いているのか……それは妹であるリンセにも分からず、フォリア・チェーニ本人のみにしか分からないのである。

 

 

 

 

 

 セイントバードに敗れたウイングイーグルは、ギリシャのアーステクノロジー本社に寄っていた。そこで修理を行っており、傷ついたガンダムタイプも全て修理を行っている。

「そのパイロット達の管轄は、以降は新生連邦軍にお任せしますよ。もし、何か不具合がありましたら私に一報頂ければ幸いです。では。」

そう言って、スルース・ディアンは研究者と共にリムジンに乗り、ウイングイーグルから去って行った。相変わらず特殊強化モデルを“物”として見ている男に、この場に居た誰もが不信感を募らせていた。

「総司令、宜しいのでしょうか。やはりあのような存在は、軍備増強と言えど……」

ダリアが言った。

「……少しでも、戦力増強になるのならば……これも手段の一つです。事実、彼等の力は強力なものだった。あの力は様々な環境でも役立つ事でしょう。」

総司令が言った。それを、傍にいたソフィアはそっと、見守っていた。

「総司令、ロシアにいるフーク・カズロブ大佐がダッゲインを日本へ搬送するという話が出ております。」

「ダッゲインを?何故?」

ダッゲイン。それはデウス動乱時に使用されたデウス軍の超大型MSの事である。大戦末期に用いられた機体であるが、本格的な運用が行われないままデウス軍は敗北し、現在は新生連邦の管轄に置かれている機体である。

「何でも、日本にあるシンギュラルタイプ研究所で、強化モデルのパイロットの情報収集を行いたいとのことです。」

「日本は特別な敵性戦力はいない筈ですが……余計な事をしなければ良いですが。」

「それは、私も同じ考えです。」

新生連邦軍と言う組織は広大な範囲に渡る。総司令であるレヴィー・ダイルに入る情報は僅かであることも多い。様々な人間が、それぞれの思惑の元、動いている。それらの把握は、彼に十分出来ていない。

 超大型MSが日本へ移送されるという事。それは、新たなる戦いの予兆に過ぎないのだった――




第十九話投了。
アレンと分かれ、セイントバードチームはキプロス島で修理をして――という話。明かされるエリィの過去といった話も入れてます。


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第二十話 再会

それぞれの再会を描いた話。
その中で不吉な組織の動きもあり――?


 

 セイントバードが日本に向けて航行している頃、ギリシャ、アテネ沿岸にて。

そこに、一人の男が漂着していた。新生連邦軍のパイロットスーツを着ている、男。彼は目を覚ます事なく、その場で動かない。

「……大変!人が……!」

それに気づいたのは一人の少女だった。急いで男の元へ行き、彼の容体を確認する。

 脈はあった。生きている。だが目を覚まさない。とにかく、ここに放置しては行けないと考えた少女は、自宅までその男を連れて行くことにしたのだ。

 

 

「……ぐ……うう……ハッ……!?」

やがて、男は目を覚ました。だがそこは、全く見覚えのない場所だ。目の前には白い天井。彼自身はふかふかの感触のベッドに寝かされている。そして、包帯で上半身を巻かれている。恐らく、誰かが処置をしたのだろう。

「あ……目が覚めましたね!」

少女の声が聞こえた。声の方向を、男が見る。

「誰だてめぇ!?」

そう言って、咄嗟に近くのテーブルに置かれていた銃を持ち構える男。だが、少女は恐れる様子を見せなかった。

「女……か?」

その正体を確認した時、男は銃を構えるのを止めた。

「その様子だと、動けそうですね。安心しました……」

少女は何故か、笑顔だった。恐らく助けた人間が目を開けた事に、喜びを感じているのだろう。

「お名前、教えて貰って良いですか?」

少女は全く男を恐れない。これは、男にとって奇妙な感覚だった。

「……クラリス・デイル。」

男はクラリスだった。先の地中海上空の戦いでレイの駆るアインスに撃墜された男は、今、ここギリシャ、エーゲ海沿岸のある一件家に住む、少女に救われたのだ。

 少女は水色の髪色をしていた。ロングヘアーであり、目が大きく、目元はやや下がっている目つきをしている。一見“穏和”という印象を受ける、少女。

「あんたの名前は?」

今度はクラリスが聞いた。

「アユ・ヒーストです。」

少女の名はアユと言った。

「アユ……日本人みたいな名前だな。」

「はい、私、日本とギリシャのハーフですから。」

「へぇ、そうかい……ん、ここはギリシャなのか?」

地中海上から墜落したクラリス。辛うじて生きていた彼が辿り着いた場所に、驚く様子を見せた。

「それより、ご飯、作りますね。お腹、空いていませんか?」

アユが覗き込むように、クラリスを見る。あまり女性と交際経験がないクラリスにとって、可憐に見えたこの少女に対し、僅かだが胸の高鳴りを感じていた。

「あ、ああ……」

と、クラリスは素っ気なく、言った。

(いや、明らかに俺より年下のガキだ……クソ、こういう時モテないやつは損だよな……)

彼は頭を横に振り、そっと深呼吸をした。

 

 彼の前に食事が出された。ムサカやホティアキサラダといった、ギリシャ特有の郷土料理が並ぶ。見栄えも整っており、悪くない。所謂写真映えがしそうなその料理に、クラリスはただ、呆然とする。

やがてクラリスはそのままそれらを食す。そして、僅か5分程でそれらを平らげたのだ。

「フフ、余程お腹が空いていらしたんですね?」

アユが微笑した。それに対し、クラリスはまるで睨むように彼女を見る。

「お気に、召しませんでしたか?」

恐る、恐る、アユは聞いた。

「美味い。」

そう言ったクラリスだが、素気のない態度を見せる。

「ああ、良かったです!」

再びアユは笑顔を見せた。

 この時、クラリスは違和感を覚えていた。何故このような可憐な少女が自分の為に世話などするのか……という、単純な疑問。そして、その少女はあまりに優しい。

 

バンッ

 

 この優しさに何故か、苛立ちを覚えたクラリスは、テーブルを思い切り叩き始めた。音に反応したアユはクラリスの顔を、じっと見つめる。

「お前……俺が怖くないのかよ。」

クラリス・デイルは性格が不器用な男だ。幼い頃から短気な性格であり、よく喧嘩をしていた。それ故に心を許せる友の数も少ない。

 彼にとって心許せる存在。それは母親だった。彼の母親は年齢を重ねた上で生んだ為、現在では高齢である。父は既に亡くなっている。一人っ子であるクラリスが心開いていたのが母親の存在だった。だからこそ、母親への想いは強いのだ。

 基本的に、心許せる存在以外には高圧的な態度を見せるのがクラリス・デイルの特徴だ。それは自身の部下にも表れていた。信用できない存在には高圧的な態度をとる。彼がレイに対して暴力行為を振るったりするのも、彼自身の気質から来ている所があった。それ故に上司からは問題児扱いされる事が多かった。優秀ではあるのだが時に勝手行動を起こし、それが災いして左遷される事等、日常茶飯事だ。それでも彼が新生連邦軍内で中尉と言う尉官で居られるのは、彼の実力が優秀であるという何よりの証だ。

 ところが、レイは彼の慕っていた部下二人を殺した。それが許せないでいるクラリスは、未だにレイという存在に執着を抱く。結果、敗北をしているのだが。

 そのような彼は、目の前にいる優しい少女、アユに対して苛立っている。妙だ。何故彼を助け、料理まで振舞う優しい少女に苛立ちなど覚えるのか。それは、彼自身も分からない。

人は、何らかの形で怒りの表情や厳しい視線を送る時、普通ならば嫌悪感や恐怖を抱く筈だ。だが、目の前にいる可憐な少女、アユはクラリスに対し、明らかに恐怖を抱いている様子ではない。これはクラリスにとって妙な経験であった。

「怖くないですよ?だって、倒れていた人を放って置けないじゃないですか。」

アユは堂々とした様子で言った。

「おい、俺は軍人だぞ?新生連邦のな!今までMSに乗って戦ってきたんだぞ?人だって殺しまくってきたんだぞ?」

何故だろうか、彼女に自らの事を話すクラリス。アユはそれを聞いて、静かに笑みを浮かべる。

「万が一貴方が私を殺そうとするなら、多分私にそんなこと、言わないと思うんです……」

「言わない……のか……?」

「私に本当の事を言うって事は、私に関心を抱いてるって事ですよね?クラリスさん。」

何故だろうか。アユ・ヒーストを見ているとクラリスは混乱していた。可憐であり、尚且つ穏和な印象を持つアユ。だがその一方で、軍人であるクラリスに対して堂々とした振る舞い。 

クラリスはこのような人間に出会った事が無かった。それ故に、困惑をしているのだ。

「こういう時、なんて言えばいいんだ?俺は人とあんまり交流した事ねぇしな。」

基本的に暴力で今まで解決してきた男、クラリス。粗暴な性格は対人関係において不利益しか生まないのである。それ故に、今この少女に対して言うべき言葉が見つからないのだ。

「貴方が率直に感じた言葉で良いと思いますよ?」

アユは、笑顔を浮かべた。

「クソ……言えねえ……あれだろ?謝礼っていうのか……」

言いたい事を分かっているのに、それを発せないクラリス。

「もっと、簡単な言葉があると思いますよ?」

「うるせえ!分かってんだよ!」

本来言うべき言葉が言えない彼は、ぷいとアユと目を合わせるのを止めた。

 

「あ、目覚めたの?この軍人。」

そこへ、もう一人少女が姿を見せた。アユと同じ、水色の髪。ポニーテールの少女。目は吊り目であり、第一印象は、アユの姉か妹の印象を受ける。

「なんだ、こいつは……?」

アユと違い、高圧的な印象を受けるこの少女。

「あんたさ、助けてもらった上にお姉ちゃんのご飯食べてお礼も言わないとか。軍人ってなんでそんな偉そうな訳?」

“お姉ちゃん”という言葉から、もう一人の少女はアユの妹である事が分かる。

「挨拶とかは人として基本以前、当たり前でしょ?そんなのすら出来ない人間が軍人やってるってあり得なくない?」

と、毒舌を話す少女。

「なんだこのガキ、偉そうにさっきから!」

気の短いクラリスは怒った。が、彼を怒らせた少女は悪びれる様子もなく、更に言う。

「軍人なのに今言われた事に対して怒るんだー。大人気なさすぎ!そんなだから撃墜されたんじゃないの?浜辺に落ちていた白いMSの残骸を見て思ったんだけどさ!」

クラリスに対し、皿に火に油を注ぐ。それを止めようとするアユ。

「てめえ、それ以上言うと酷い目に遭わせるぞ!」

再びテーブルを叩くクラリス。

「そうやってキレるって事はさ、図星って事じゃん。」

「大体お前、名前も名乗らないで偉そうによ!」

「リン。リン・ヒースト。」

もう一人の少女の名前はリンと言った。愛らしい姿とは裏腹、言葉に棘のある少女。姉のアユとは性格が正反対の印象だ。

「リンとか言ったかこのクソガキ!俺はクラリス・デイルだ!あんまり大人をからかうんじゃねえぞ!」

と言うクラリス。相変わらず高圧的であり、暴言で相手を追い込もうとする。

 しかしリン・ヒーストにそれは通じない。何を言われても彼女は堂々としていた。

「大人ってクソガキとか、そんな台詞吐くもんなの?馬鹿なの?あんた。」

姉妹揃って、クラリスという男を一切恐れていない。それどころか初対面にも関わらず話しかけてくる。

 性格が対照的な姉妹。だが、共通している事は、妙に話がし易い、という事だった。

「妹が失礼して……すみません、クラリスさん。」

「何謝ってんのよお姉ちゃん。助けて貰ってタダ飯貰って暴言吐く大人よこいつ?サイテー。」

何故だろうか、クラリスはリンの毒舌に対して、僅かだがたじろぐ様子を見せた。言われている事に、心当たりがあるのだろう。だからこそ、彼は次第に言葉を失っていくのである。

「それより、リン。学校は?」

「ああ、そうだった。こんな恩知らず相手にしてる場合じゃなかったわ!そろそろ行ってくる!あんたも身体治ったらさっさと去りなよ!タダ飯ら食いをうちにやるほど余裕ないんだからね!」

そう言って、リンは走って階段を降りていった。どうやら、彼女は学校に通う生徒であるらしい。

 

 リンが階段を降りた後、残ったのはアユとクラリスのみだった。リンと歳が近い筈のアユが何故学校に行っていないのかを、クラリスは聞いた。

「お前、学校には行かないのかよ。」

相変わらず不器用な口調だ。それに対し、アユは言った。

「私達は二人で生活してるんです。生活費は町に出て私が働いて、その上でお母さんから仕送りをしてもらってます。」

「へぇ、そりゃ大変だなぁ。」

その母親とは別居しているのだろうか。クラリスは考える。偶然助けて貰ったとはいえ、訳があるのだろうと、彼は考えていた。

「リンの言葉は気になさらないで下さいね。あの子、昔から口調は悪いのですが、決して悪い子ではないんです。思った事を素直に話してしまう子で……」

性格が正反対のこの姉妹。この時、クラリスは彼女等に対し、奇妙な縁を感じ取っていたのである。

 

「きゃあああ!?」

 

その時、一階から少女の甲高い声が聞こえた。リンの声だ。先程の毒舌を吐いていたとは思えない、叫び声。それに反応したのはこの部屋に居た、二人だ。

「リンに何が……?」

「ん……?どうなってやがんだ?」

と、クラリスはその場で起きようとした―

「グッ……!」

僅かに腹部が痛む。まだ、完治出来ていない傷が彼の動きを抑制した。しかし、それでも身体を動かすのだ。彼は銃を片手に持ち、急いで階段を下りた。

 

一階に降りると、二人の男が玄関の前に立っていた。リンは学校へ行こうとした時にこの男達に行く手を阻まれたのである。

「貴方達は……!」

アユが、男達を睨む。一人はスキンヘッドの男。もう一人はスーツを着て、眼鏡を装着した男だ。

 明らかに妙な組み合わせの男達。そして、その男達を見て、先程までクラリスに対して高圧的な態度をとっていたリンが恐怖している。

「おはようございます。集金に来ました。」

眼鏡の、スーツ姿の男が言った。

「お金、ちゃんと払わないで学校に行くのはおかしくねぇか?」

スキンヘッドの男が言った。体格は大柄であり、筋骨隆々なのが分かる。

台詞からして、恐らく借金取りか何かだろう。紳士的な様子の男と、強面の男という、妙な組み合わせ。そして、その男達に対してリンが怯えているという状況。

それらを見た時、クラリスは言った。

「お前等、何者な訳よ?」

包帯を巻いているクラリス。傷は痛むが、表情を一変する程ではなさそうだった。

「貴方こそ何者ですかね。私達はこの家に住む姉妹に用がありましてね。父上が残された借金の集金に参った訳です。」

父親の借金という単語が気になったクラリスは、アユの方を見た。アユの表情は、曇っていく。

「父は……一年前に亡くなってます。戦後の混乱で定職に就けなくなって、自棄になっていって……借金のみが残る状況になったんです……」

母親からの仕送りや、アユが働きに出るという理由が、今クラリスの中で理解出来た。この借金取り達が、父親の借金を娘達から取り立てようとしているのだ。

「普通は母親に行く筈だろ?なんで姉妹しか住んでいないここにこいつらが来る?」

「それは……」

アユの口からは、それ以上の言葉が出なかった。一方のリンも、言葉を開けることが出来ない。ただただ、男達を見て怯えているのだ。

「あんたにゃあ関係ない話だぜ。これはこの姉妹の問題なんだよな。」

スキンヘッドの男が、言った。

 

スタッ

 

その時、クラリスはスキンヘッドの男の前に立った。まるで、ヒースト姉妹を庇うかのように。その体躯差は歴然だ。クラリスの身長は180センチメートル程度。だがスキンヘッドの男は195センチメートルと大柄。その上筋骨隆々だ。その上クラリスは怪我をしている。仮に何らかの取っ組み合いになった時、クラリスの方が不利である。

「見たところ怪我をされている貴方。更に怪我、しますよ?その姉妹が早くお金を払うか、その“身体”を差し出せば良いだけの話なんですがね……十代の、発達している途中の美しい身体を……ね。」

眼鏡の男が舌で唇を舐めて放った言葉を聞いた時、クラリスは察したように男達を見た。

「ああ、そう言う事ね。大体の事情は分かったぜ。」

そう言ったクラリスの目は見開かれていた。そして、右手は握り拳を作っている。

「お前等、なかなかのクズだぜ。」

「クズ?借金を返さない方がクズ扱いだぞ。こいつらにそれを否定する権利はねぇぞ?というかお前は関係ないだろうが――」

「あるね」

クラリスが、スキンヘッドの男の言葉を遮った。

「こいつ等は俺を助け、飯を作った。それだけでも十分関係者になり得てんだよクソが!」

 

バキッ

 

クラリスは右手で、スキンヘッドの男を殴ろうとした。しかし、その手は男の左手に防がれてしまう。

 やはり力の差は歴然だ。ぐぐっと彼の右手を引き寄せ、腕を使えないようにしている、男。クラリスは苦悶の表情を浮かべ、もがき苦しむ――

 

ピシュンッ

 

「ぐおっ!?」

巨体の男の右肩から血が流れた。肩を抑え、後ろに下がる男。

 クラリスは銃を構えていたのだ。敵が攻撃してくるのを確認した時に、迷わず銃を放ち、銃弾が当たらないように狙い、掠めたのだ。銃はサイレンサー付きの物であり、音が響くことは、無かった。

「銃だと……?お前!」

眼鏡の男の口調が変わった。内ポケットを探り、銃を構えようとする男。だが―

「お前、誰に喧嘩売ろうとしてんだ?」

「は?」

「新生連邦の軍人に向けて喧嘩を売るってのなら容赦しねぇぞ。ええ、オイ?」

“新生連邦”という言葉は、男達を怯ませるのに十分な役割を果たした。この男達が何者であるのかは定かではないが、軍人に喧嘩を売るという行為はつまり、地球圏で大きな力を持っている新生連邦そのものに喧嘩を売るという事になる。そうなれば、彼等に勝ち目などある筈がないのだ。

「新生連邦……!?嘘だ、そんなの、聞いてないぞ!?」

「一回、引くしかねぇ……!」

先程までの男達の高圧的な態度はどこへ行ったのか。すぐに二人の男はヒースト家から去って行ったのであった。

 

 それは、クラリスの咄嗟の機転が利かせた出来事だった。借金取り達はヒースト姉妹の父親が残したものであり、その返済に明け暮れている状況であったアユとリン。母親はあくまでも仕送りをするに留まっており、現在は離れた場所で生活をしているという。

 本来、配偶者である筈の母親の所に借金取りは来る筈だ。だが、彼等はそれをせず、ヒースト姉妹の住むこの家に時折来ていたのである。

 理由は、彼女達の若さ、美しさだ。彼女等は十代の少女であるが、彼女等の年齢は借金返済する上で十分なビジネスとなり得た。所謂、人身売買だ。

 デウス動乱後の混乱期。こうした状況は世界各地で見られるようになっている。戦争により職を失い、貧困になった者に、更なる借金を背負わせ、その上でその肉親に更に金額を請求するという方法。それはかつての世界でもあり得た事ではあったが、厄介なのはその方法だ。

 ヒースト姉妹のように容姿端麗であればそれを利用したビジネスに悪用され、下手をすれば拉致され、最悪命を落とすか、廃人になって帰ってくる事も有り得るのだ。実際、この世界では報道されていない事実として、デウス動乱後、こうした人身売買の犯罪が後を絶たない。そして、人身売買は巨額が動くのである。

 このような犯罪が蔓延している事に対し、一つ理由があるとすれば、地球上の人口の減少が大きく関係していた。デウス動乱を経た地球圏は多くの犠牲者を出していた。その総数は全盛期の半数とも言われている程に。地球上の各地が戦場になった一方で、戦場にならず、平和のまま過ごすことが出来た地域も存在しているのが現状なのだ。人口の大半が減った世界で、人を扱う闇ビジネスが横行している現状。それは大きな問題であった。

 世界の中心の組織となっている連邦はこうした問題にも取り組むべきなのだが、新生連邦軍が力を持っている現状では連邦の権限でこうした事への取り組みは追いついていない。軍備増強を優先して、それを続けている状況。これが、今この世界で起こっている現実の一つなのだ。

 ヒースト姉妹は人身売買の被害に遭い掛けた。そこを、新生連邦軍のクラリス・デイルが助けたという事になる。

「ありがとうございました、クラリスさん……!」

アユは何度も、クラリスに礼を述べた。

「いや……俺はただ、助けて貰った仮を返しただけに過ぎねぇんだよ。こういうのはきちんと果たすのが、普通だろうって思ってるからな。」

それを聞いた、リンはクラリスを一度見た。そして目線が合った時、静かに、言った。

「べ、別に……感謝とかしてないんだからね……恥ずかしいとこ見られて……最悪よ……もう、学校行く!本当、最悪!」

そう言い残し、リンは学校に向けて走っていった。

「あの、リンはお礼を述べたかったんだと思います……あの子、素直じゃない所があるので……」

「多分、そんな気がしたぜ。まあ、こっちとしても助けて貰ったし、美味い飯も貰えた。それでな、こういう時にいう言葉、分かったんだよ。」

「それは、何ですか?」

アユは笑みを浮かべ、首を傾げて言った。

「……ありがとう……」

クラリスは、似合わぬ笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 セイントバードチームは、ユーラシア大陸の航行を経て、遂に日本へ辿り着く。

 日本。極東の国。主に四つの島国で形成されている国である。最大の特徴はその経済力にあった。

 日本という国は従来から観光業、エンターテインメント業に特化している国であり、その人気は世界中どころか、コロニー郡にも影響を与える程である。美しい国という比喩は間違っておらず、季節によって変化する情景や、観光地等、そして日本古来から伝えられている、侍、忍者といった存在。その上でのアニメ等のエンターテインメントはこの時代においても日本という国を成り立たせる上での基盤となっている。

 レイも日本のアニメーションは好きである。クラスメイトとその話になる事も、時々ある。

 そして、何よりも治安が良い。旧世紀の武家社会では武士が中心となっていた世界である上、合戦が続いていた為、治安が良いとは言えない状況ではあったのだがそれ以降の長きに渡る国内での内乱等がない事により、反乱などを起こす人間が次第に少なくなっていったのが事実である。

 これは、現代では新生連邦政府という強大な力が支配しているというのもあるのだが、それよりは日本人古来からの、個人の他者を思いやる気持ち等が大きく影響していた。

様々な国やコロニー間での移動が可能になっていき、国際社会となっている時代でも、この国の昔からの道徳精神は保たれ続けているといえる。

 こうした背景もあり、それ故にこの国で住みたいと願う人間は多い。そして、影響を受けている国もまた、多い。

 例として挙げるのならば、レイの故郷、カナダ等はその影響を受けている地方がある。彼の故郷であるモントリオールがそれにあたる。旧世紀ではモントリオールはフランス文化の影響を色濃く受けていたのだが日本の教育関係や文化等は、P.C歴の前にあたるC.W歴の時から次第に受け入れられるようになっていったのだ。これは当時のモントリオールこれは当時のモントリオール市長が日本という国の文化に触れ、それに感銘を受けた事がきっかけであり、それ以降フランス文化と共に定着するようになっていったのであった。

 小さい島国でありながら、経済力を持つ国、日本。現在では新生連邦軍の支配下に置かれている場所ではあるものの、エジプトと違い、内戦が起きている状況は、ない。デウス動乱後という不安定な世界であれど、観光等で訪れる人が後を絶たない。

 新生連邦軍によって支配されている現在でも、この国に関してはまさに、「奇跡の国」と言えた。

 

 セイントバードチームは東京の空港に降り立っていた。大都市、東京はこの時代になっても日本の首都として成り立っている。そこにいた、一人のジャンク屋の男、シュアー・ラヴィーノと会い、握手を交わすエリィ。

「お久しぶりです、シュアーさん。一年前以来ですかね?」

エリィの姿を見たシュアーは、異様な喜びを感じている様子で言った。

「いやぁー!相変わらず美しいなぁ!エリィはんは!もう、見ただけで疲れ吹き飛ぶわ!ほんま、最高やで!」

シュアー・ラヴィーノ。元々コロニー育ちの男であったが日本の魅力に取り憑かれた人間だ。C.W時代に日本に移り住み、そのままジャンク屋として働いている。外見は40代前半、僅かなほうれい線に左の頬にほくろが目立つ、剽軽な男。その特徴的な喋り方は、日本の関西地方の喋り方だ。彼は関西方面の喋り方が好きであり、一時期暮らしていた事があり、その結果、馴染んでいったのだという。

「早速やけど今夜飲みにでも行かんか?わしが奢ったるさかいに!あ、二人だけでよかったらー!」

この言葉に対し、エリィは

「えっと、色々と忙しいのでまたの機会に。」

と、苦笑いを浮かべて言った。

「そりゃないでー!またの機会にって大概縁ない時に言う台詞やんけ!」

遠回しに否定されているのにも関わらず、シュアーは笑顔だ。これも、彼なりのコミュニケーションの取り方なのだろう。

「艦長を食事に誘うならもう少し良い料亭とかの方が良いのではないでしょうか、シュアーさん。」

と、ネルソンが言った。

「おお、ネルソンはん、あんさんも元気かいな?相変わらず、渋い声やなほんま!」

と、彼の肩を叩き、シュアーは大声で笑う。

「ん?それと……見慣れん子がおるなぁ?なんや、女の子か?」

シュアーが次に見たのは、レイの姿だった。相変わらず少女のような容姿をしている彼は、ここでも性別を間違えられたのであった。

「あの、僕は男です……」

その、独特の喋り方に少し違和感を覚えていたのか、レイはシュアーに対し、緊張している様子だった。

「ああ、紹介します。レイ・キレス君です。色々と訳があってうちのMSパイロットを務めてくれています。」

と、今度はエリィがレイを紹介し始めた。

「レイ・キレスです、よろしくお願いします。」

「はい、どうもよろしゅうね。しかしこんな女の子みたいな子がパイロットやっとるんかいな。信じられへんなほんま。」

シュアーはじっと、レイを見て言った。あまりに顔の距離が近い為、レイは引き気味の様子だった。

「あんさんらは暫くここにおる予定なんやろ?しっかりと戦艦は直したるさかいに、観光とかしてきたらどないや?」

シュアーは、セイントバードチームのクルーに気を利かしている様子だった。キプロスからの航行で、疲労している様子のクルー達。せめてゆっくりとすれば良いと、彼は言った。

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいましょうか。レイ君。」

エリィがシュアーに礼を言った後、何故かレイの方を見た。レイは、何も言わず、ただ会釈をするだけだった。

 

「エリィさん、エリィさんじゃないか!」

と、一人の、若い男が駆け寄ってくる姿が見えた。それに反応したエリィ。そして、表情が変わっていく。

「あ!ガースト君じゃない!?久し振りだね!」

と、手を振るエリィ。だが、笑顔のエリィを見た男は一度立ち止まり、目を見開かせる。

「えっと……エリィさん?」

アレンの時と同じ反応だった。彼女に声を掛けたこの男も、恐らくデウス動乱時に彼女らと共に戦った仲間なのだろう。

「ん?どうしたのかな?」

と、エリィは首を傾げる。

「なんか、雰囲気変わりました?」

「私は私のままですよ?プレーンさんは元気かな?」

「ええ、まあ……」

と、ガーストという青年は明らかに戸惑っている様子だった。

「なんや、ガーストはん、知り合いやったんか?」

シュアーが、割り込むように言った。

「まあ、そうっスね。知り合いっていうか、戦前からの仲っていうか。」

レイには、これらの関係が全く分からなかった。今の状況を見て理解できるのは、エリィとシュアーが知り合いであり、ガーストと言う青年とも知り合いであるという事だ。しかし、どのような関係であるのかは全く分からない。

 その時、ガーストは覗き込むように、レイの姿を見た。レイは、またしても“少女”に間違えられるのだろうと、身構えていた時――

「なんで、こんな男の子がここにいるんですか?」

レイは、耳を疑った。まさか、自分が一目見て男だと分かる人がいるという事に、驚きを隠せない様子だった。

「まさか……まさか僕を男って一発で見抜いてくれる人がいるなんて!!」

と、感激しているレイは、思わずガーストの手を握った。一目で少年と言ってくれたガーストの存在が、レイにとっては輝かしく見えたのだ。

「ええっと……エリィさん、これ、どういう事っスか?」

初対面の少年に手を握られている状況に、ガーストは困惑する。

「レイ君は顔立ちが女の子みたいだから、よく性別を間違えられちゃうの。だからガースト君に男って見て貰って喜んでるんじゃないかなぁ?」

そう言う、エリィは苦笑いを浮かべていた。

「へぇ……まあ、そんなのどうでもいいや。ガースト・ピュアスだ。エリィさんとは戦前からの付き合いでさ。よろしくな。」

と、気さくな様子で挨拶を交わした。

 ガースト・ピュアス。デウス動乱時代にエリィ達と共に戦い抜いた人間の一人だ。端正な顔立ちで、金色の髪をしている。目元はやや鋭い。やや荒っぽい口調ではあるが、性格自体は丁寧な印象を受ける青年だ。背丈は170センチメートル程度だろうか。それ故に、戦後の今になってこうした挨拶が出来ているのである。

「はい!よろしくお願いします!」

レイはいつになく笑顔で、そして強く、ガーストの手をしっかりと握った。

「あの、エリィさん。この人とどんな関係なんですか?」

「ああ……ちょっと色々と複雑なんだけど……」

エリィは、ガーストとの関係について説明を始めていた。

「彼は元々デウス帝国軍所属で、元々は私達、戦ってたんだよね?」

「最初はそうでしたね。」

レイの理解が追い付かなかった。ネルソンもデウス帝国軍所属の軍人であったが、エリィ達と直接交戦した事は無い。

 だが、ガースト・ピュアスとはデウス動乱の際に交戦した事がある。つまり、元々は敵だったのだ。

「けどさ、大戦末期に上の連中が部下である俺らを切り捨てるような真似をしやがった。その結果、俺は連邦に寝返った。結果、エリィさんと合流した事になるんだよ。」

そう言われ、レイは少しばかり理解出来た様子だった。

「そんな、事が……」

今までレイが出会った人間はいずれもが元連邦軍やデウス軍といった人間ばかりであるが、いずれも直接の交戦経験はない。しかし、今回出会ったガーストは、初めてエリィ達が交戦したことのある相手であった。

 つまりは、一度は命のやり取りをしている者同士である。だが、ガーストは最終的に地球連邦軍に寝返った。そして、デウス動乱を戦い抜いたのである。

「もしデウス軍が勝っていて本国に帰っていたら俺は極刑だったって訳。まあ、もう俺は本国に帰る気はない。こうして、地球で暮らしている方が、気が楽だ。もう軍に入る事もないし、当たり前だけど戦争もする気はない。」

「凄い……アレンさんと、なんか違うな。」

アレンの場合はレヴィー・ダイルとは戦友だったが、今では敵対している。一方で、ガースとの場合は敵対していたエリィ達と、最終的には仲間同士になっている。こうした話を聞き、レイは関心を抱いている。

「アレン?今、アレンって言ったか!?」

 その時、レイの言葉に対し、ガーストが反応していた。レイの目を見て、近づき、迫る。

「え?えっと……知り合いですか?」

ガーストは、レイの両肩に触れ、揺さぶりながら言った。その時の表情は、満面の笑顔だった。

「知り合いも何も!あいつと直接戦った事があるんだよ!MSに乗って!デウス動乱中に!」

「え!?そうなんですか!?」

ネルソンとエリィのように所属が違う者同士が現代になって友情を築き、仲間になる事はあれ、戦時中に違う所属の者同士が直接交戦したという話はレイにとって初耳だった。

 一度命のやり取りをした筈の人間なのに、何故ガーストはアレンの事を聞き、笑顔になれるのだろうか。

「あいつは強かった!何度か死にかけた事もあったけど、俺は生き延びた!やがてはあいつと一緒に戦う事になったんだよ!!」

互いに戦い、交戦している筈なのに、その、相手と戦友になり、喜ぶという事。それはレイにとって、妙な感覚だった。

「てか、アレンの事をどうして知ってるんだ?あいつがデウス動乱の英雄とか言われてるからか?いや、それでもおかしい。まるで、会ってきたかのような感じで言うな、お前。」

「えっと、実は――」

レイは自身にあった出来事を説明した。アレクサンドリアの事や、先日の新生連邦軍との交戦した話等。

 それを聞いたガーストは、行方不明とされていたアレンが生きていたという事に対し、改めて喜びを抱く。

「そんな事があったのか……」

「だから今あの人がどこにいるのかは分からないんです。不思議な人でした。」

「まあ、あいつは確かに不思議な奴だ。お前もね。」

「はい……え?」

突如レイに話を振られた為、慌てる様子を見せた。

「新生連邦に襲われた云々の話で、なんでお前みたいな子供が戦ったなんて話をしてるんだ?アレンと共に戦ったとか言ってるけど、それ自身が不思議だ。お前こそ何者?」

レイは目をパチパチとさせ、どのように答えるべきか……と、考えた時――

「一度、ガンダムを見て貰う方が早いかも知れないわね。」

と、エリィが両者の肩をポンと叩いた。レイから見たエリィのこの仕草は見慣れた光景だ。

 しかし、ガーストにとっては違和感しかない。それはアレンが感じていたものと同じ光景だったからだ。

 

 セイントバードのMSデッキにガーストは誘われた。そこのラックハンガーに立っている紺色の巨人の姿を見て、彼は驚愕する。

「お前、ガンダムのパイロットなのか……?」

「はい、成り行きなんですけど……ね。」

レイ・キレスという存在に驚くガースト。この少年が一体何者なのか……と、彼は興味を抱く。

 デウス動乱のような大規模な戦争のない時代。その時代に何故、ガンダムに乗る少年がいるのか。そもそも、何故エリィが艦長を務める戦艦に、連邦のMSであるガンダムが存在しているのか。ガーストにとっては謎が多い事ばかりである。

「レイ君には助けて貰っているの。彼が居なければセイントバードは撃墜されている可能性もあった。まあ、本来はレイ君を故郷に送り届ける為に航行をしているんだけどね。」

「ん?どういうことですか?」

エリィはこれまでの経緯をガーストに語った。レイが元々普通の人間であるという事や、ガンダムに乗ってここまでの戦いを生き抜いてきた事など。

 それを聞き、ガーストはレイを見て言った。

「お前、家族も故郷もあって成り行きでMSに乗るなんて普通じゃ有り得ないぞ。実力あるとかないとかの話じゃないんだぞ?」

そういう、彼の口調は強い口調だ。初対面であるガーストではあるが、レイの経緯を聞き、どこかで苛立ちを感じたのだろう。

「僕だって……まさか、こんな風になるなんて思っていませんでした……」

「……お前、MSが元々好きだっただろ。」

「え?」

ガーストの言葉に、興味を抱くレイ。

「だから成り行きでそんな風にやってしまうんだよ。憧れのMSが目の前にあるから乗ってみようとか……そんな感じ。」

それは彼自身が実感している事だ。プラモデルなどで見るMSと、実際のMSは違う。実際のMSは人を殺す。それは、ここ一ヶ月半程で経験した出来事だ。

「お前さ、MSの整備ってした事ある?」

ふと、ガーストが言った。言われてみれば彼はMSの整備をした事がない。整備は基本、整備士に任せきりだ。彼はあくまでも、客として扱われていた為、そのような事をしなかったのだ。

「故郷まで送り届けて貰うまでとはいえ、MSの事は自分でやるべきだ。人手が足りないのなら、手伝えるようにはしとけよ。そうだ、せっかくだし俺が教えてやるよ。」

「え……良いんですか?」

ガーストは、少しだが笑みを浮かべた。

「お前と少し、喋りたいしさ。」

何故だろうか。ガーストの笑みがレイの中で印象に残った。目をパチパチとさせ、彼の方を見る。その様子は、まるで少女のようだった。

(この人、何だろう。不思議だ。なんだかエリィさんとかと同じような感じがする。)

それが何を意味するのかは、今の彼には分からなかったのである。

 

 アインスガンダムの整備を始めたガースト。それに付き添うレイ。ガーストはアインス全体を見ていき、その装甲や動力の確認を始めた。

「そもそもMSの動力源とか知ってるか?」

「ハイ・バッテリーシステムですよね。旧世紀のバッテリーをより長時間、尚且つ熱源として利用できるようにしたものですよね。」

 MSの動力源は、レイの言うように、ハイ・バッテリーシステムと呼ばれるシステムを利用している。その初期モデルは伝説とされているファースト・ガンダムに用いられていたとされており、当時のバッテリーシステムで連続して可動出来る活動時間は40時間程度であったとされている。

 現在のハイ・バッテリーは技術の進歩により、推進剤やビーム粒子の問題を別枠と捉えれば、ほぼ、半永久的な活動が可能であるとされている。だがこの恩恵を受けられるのはMSのみであり、一般家庭の家電や電気自動車等はこうした恩恵を受けられない。それは電化製品と比較してその出力や電圧そのものが段違い過ぎるという事と、ハイ・バッテリーが普及する形になれば、家電製品などの売り上げに大きく影響してしまうという企業側の問題が生じている為でもあるのだ。それらを普及させまいと、MSを開発する軍事企業の利権が横行しているのがこの世界の現状と言えるのである。

 核融合炉を利用した動力を用いる手段も検討されていたとされるが、その場合は地球環境への悪影響を懸念する声も上がっていた為、結果的にハイ・バッテリーを利用する事となったのである。

 元々ハイ・バッテリーはCメタルを合成し、元々の電気技術の問題を大きく解決した事が由来で存在している。存在そのものはエコロジーと呼べるものだが、一方でそれが利権によって戦争の兵器であるMSにのみ用いられているという妙な現象が起きているのだ。

「装甲は?」

「Cメタルですよね。確か民間輸送会社とか、国とかが地球と宇宙間でそれらを運んでいるんですよね。外宇宙から来たっていう、MSの装甲の材料で、それが日常でも使えないかって研究もずっと進んでいますけどなかなか発展していないとかって話は聞きますよ。昔に起きたCメタルの争いで第二次クリスタル・ウォー、別名Cメタル戦争があったっていうのも歴史で習いましたよ。」

Cメタル。それはC.W歴に移行する前に外宇宙から飛来したとされる特殊金属。現代のMSにも利用される装甲素材となっている素材。レイはMSマニアでもあり、こうした事情に関しては詳しい。

「フレームとかは?」

「ヒューマニアフレームですよね?確か本格的にMSの量産が進んでいくにあたって開発されたフレームだって聞いています。文字通り、電子機器の配線や動力パイプを人間の筋肉や血管に見立てて設計したとか。それが採用されて、今の時代にまで至るって話ですよね?」

いずれの質問も全て答えるレイ。この事から、彼は余程のMS好きである事が伺える。

「ただのMS好きで終わらせるには惜しいな。尚の事、整備の事知っていた方がいいんじゃないか?将来はMS工学を学んで、ジャンク屋とか、軍関係とかに就職出来たら安定かもな!」

そう、笑いながら言うガーストだが、レイの内心は複雑だった。

 彼は特別やりたいことが分かっていない。ジュニアハイスクールに通っていては分からなかった体験を、今、しているレイだが、将来的に何をしたいのかは彼の中で明確でないのだ。

 ガーストの言うように、MS工学関係の道に進むのが正しい道なのか……と、彼は考える。

「ガーストさんは、いつからMSに乗っているんですか?」

ふと、レイは聞いた。すると――

「十歳。」

「え!?」

レイは驚愕した。レイですら十四歳でガンダムに乗っているというのに、ガーストは十歳の頃からMSに乗っていたという。

「人材不足極まってたんだ。デウス軍に早くも抜擢された俺はMSに乗って、戦った。白兵戦とかはほとんどしていない。MSに乗って戦う事ばかりを強いられ続けた。」

「そう……なんだ。」

それが戦争の現実なのか……と、レイは感じていた。戦争を知らないレイにとっては、こうした話も新鮮に感じられるのだ。

「戦争なんて碌なもんじゃない。結局現場の人間が犠牲になり、指揮官や上層部は適当に指示を与えるだけだ。それで多くの人間が死んだ。無意味って言われている作戦にも付き合わされたり、犠牲を前提に戦線に投入されたりしたこともあった。」

戦争中の話を聞くのは、何度かあった。ネルソンの場合や、エリィの場合等。いずれもが悲惨な話ばかりなのだ。

「ま、こうして生き残れてるのは有難いんだよ。俺はもう戦争とは関係のない生活を送ってるし、何よりも日本は過ごしやすい。娯楽も沢山あるし、退屈しないしな。」

「なんか、良いですよね。そういうの。」

レイはアインスの右肘関節部の装甲の確認をしながら言った。

「レイ、お前はさ、故郷に帰ったらMSに乗るのか?」

ふと、ガーストはレイに聞いた。それを聞かれたレイは、考え込む。

 そもそもレイは今、セイントバードを守る為にガンダムに乗り、戦っている。彼が故郷に戻る事になれば、彼はMSに乗る必要はなくなる。敵との殺し合いもせずに済む。自分自身も助かり、元の生活に戻る。

 だが、何故か彼は素直に喜んでいない。そして、彼は同じような質問を以前エリィにされたのだ。

 

―――――――――――――レイ君にはあのガンダムは必要?――――――――――――

 

「必要がないなら、乗らないと思います。」

憧れの存在であった筈のMS。実際のそれは、人を殺す道具。その違いはレイを苦しめた事があった。それ故に、レイは“普通”でありたいと願うようになった。

 今回、レイはエリィに言われた時と比べ、迷う事がなくなっていた。今は今。先は先。そう、少しずつだが割り切れるようになっていたのである。

「それが良い。整備だけならするけど、あれは兵器だ。学校に行ったりしているお前が好んで乗るものじゃない。故郷に戻ったら、ちゃんと勉強に励むんだぞ。そしてMS工学を学んで、改めて整備士とかなっていったら良い。それだけ知識があればジャンク屋とかで働けるだろうよ。俺みたいにさ。」

「ガーストさんはどうしてジャンク屋をやっているんですか?」

何気なく、レイは聞いた。

「これが一番出来る仕事だからだよ。戦争ばっかりやってる人間が戦後になって働く手段って言ったらこれが一番当てはまる。世界中で起きている内乱やテロリストの傭兵になってくれって言われてもこっちからお断りだし。」

ガーストはアインスの手部の修理をしながら言っていた。

「それに、戦場で死んだらあいつが泣くから。」

「あいつ?」

「ああ、俺さ、同棲してるんだ。プレーンっていう彼女が居ててさ。巨乳の女の子。つっても同い年だけど。」

ガースト・ピュアスは日本で同棲している。

 彼の恋人の名は、プレーン・ミーン。戦時中にガーストと出会い、交際に至った。そして、戦後になって共に暮らしているのだという。豊満な乳房が特徴的だという女性。

「彼女さんが、いらっしゃるんですね。」

「まあね。可愛らしいんだけど、人前でもいちゃついてくるから正直困るっていうかさぁー。」

と、惚気話を始めたガースト。レイはそれを聞き、ただ、苦笑いを浮かべるだけだった。

 その時、ふと、レイは疑問に思った事を、言った。

「そう言えばガーストさんは僕の事、どうして“男”だと一目で分かったんですか?僕、今まで会う人に“女の子”と間違えられるんですけど……」

「え?そりゃ、胸見てるからな。お前全然胸ないじゃん。それは女とは言わないじゃん。男だろ。」

(顔じゃ、ないんだ……なんか胸の無い人に対して失礼な事言ってるような……)

ガーストにとっての性別の判断基準は女性の乳房なのだ……と、レイは密かに思っていたのであった。

 その後も作業は続いた。その間も両者は会話を続け、いつしか仲良くなっていったのであった。

 

 

 それから作業は一段落を終えた。ガーストとレイは仲良くなっており、互いに様々な事を喋る仲となっていた。

 休憩時間はそれぞれが自由な時間を過ごす。その中でも、特に多いのがEフォンを見る者が多い。

 Eフォンは連絡手段以外にもSNSを用いての膨大な情報ツールとしての利便性がある。これを使う事であらゆるコンテンツと繋がることが出来る。ある者はゲームを、ある者はSNSの投稿を確認、ある者は動画を見、ある者は曲を聞く。そして、ある者は教養の為にそれらを用いる。

 今、ガーストは動画を見ていた。投稿者が投稿する動画であり、Eフォンを使うユーザーの中でも人気のあるコンテンツの一つだ。

「何を、見てるんですか?」

レイがガーストのEフォンを、そっと見た。

「エレチャンネル。ハイスクールの女の子だけど結構編集が凝ってて面白いんだよ。」

ガーストが見ている動画。それは素人のハイスクールの少女が投稿している動画だ。動画の投稿主は芸能人でも何でもない存在ではあるが、定期的に動画を投稿し、その再生数や広告によって収入を得ている。

 “エレチャンネル”はある、一人のハイスクールの生徒が投稿している動画投稿者の事である。内容としては趣味の事や商品の説明や、菓子類の試食といった、至って普通の内容。だがそれは日本では爆発的な人気があり、再生数は常に7桁を超えるとされる。この時点でエレチャンネルに行く収入は膨大であり、今までアップロードした動画を全て含めるとその純利益は膨大であり、凄まじい人気を誇っている。

 そこに映る人物は、桃色の髪をしており、ツインテールで、白色のマスクをしている少女だ。彼女が、エレチャンネルの動画投稿主であるのだ。恐らく身元が判明しないように、マスクを付けているのだろうか。

「レイは?」

「僕は、ジャンヌ・アステルを聞いてます。やっぱり、素敵な声ですね……本当に。」

世界中で人気の歌手、ジャンヌ・アステル。それを聞いたガーストが、言った。

「SNSのフォロワーは億を超えてるんだよな、確か。」

「え、そうなんですか?」

と、レイはSNSを開き、ジャンヌ・アステルのページを開く。

 SNSにはフォロワーと呼ばれる項目がある。その数が多ければ多い程、ファンが多い事を指す。ジャンヌ・アステルはガーストの言うように、億を超えるフォロワーが居る。これは地球圏やコロニーを含めた数で考えると、如何に膨大な数であるかが分かる。

 一方のレイは登録のみしており、そのフォロワーの数は数十程度。友人関係しかフォローをしていない。世界的歌手であるジャンヌ・アステルとは雲泥の差だ。

「凄いな、やっぱりこの人は……」

「有名人だし、当然だろうな。そういや今度日本に来てコンサートするんだってさ。この前までアメリカでやったばかりなのに、忙しい事で。」

「そうなんですか!?そうだとしたら、凄い偶然だ……」

このように、何気ない雑談を交わす両者。そこに、戦争を経験したものとそうでない者という、垣根は無かった。仲の良い者同士は、例え立場や境遇が違えど、分かり合える“何か”があるのである。

 

 

 

 ……とある、場所にて。薄暗いビルの高層階に位置する場所。

いずれもが個性的な服装をしている。そして、会話の内容も物騒だ。何らかの組織の人間だろうか。

「上納金はしっかりと収めているという話だな。ボスにも届くだろう。」

「だが、支払うべき上納金を懐に入れている人間もいるって話だ。」

「そういうのは制裁が下るんじゃない?」

「まあ、下るだろうな。特に、うちのチームにはヤバい奴が何名かいるからな。まだ、来ていないみたいだが」

そこにいたのは三人の人間が会話をしていた。“上納金”“制裁”といった単語が羅列している。

 

ガチャ

 

そこへ、三人の人間が入ってきた。アレクサンドリアに居た、三人。ウネフ、ケネール、ミルフの三人である。

「来たか」

と言うのは、一番奥でソファーに座っている長身の男だ。

「武器はこっちに密輸して送らせてるとね。こっちは依頼の失敗があって嫌な気分とね。」

ウネフが言った。

「上納金の期限に間に合えば、それで問題はない。」

奥の、ソファーに座る人間が言った。

「これで六人。リーダー、何人に召集を掛けているの?」

一人の女性が奥に座る男に対して言う。男はこの“組織”を束ねるリーダーのようだ。

「八人だ。あと二人。どこで油を売っているのかは知らんが、もう少し待つ。“その時”はまだ来ないからな。」

ここに集まっているのは六人のメンバー。いずれもが、以前ミルフが言っていた、“氷河族”なのだろうか。

「あれ、ゼオンは良いの?」

ミルフが、言った。

「数は八人が丁度良いんだよ。目くらましはミルフだけで十分だ。子役の天才だからな。ゼオンは資金の調達に当たってもらう。奴はメンバーの中ではまだ、“見習い”だからな。」

どうやらこのメンバーとは別に、何者かいるのだろう。リーダーに該当する男が言っていた。

「ゼオン、あの子はなかなか行動力はある印象だけれども……実行部隊としてはまだまだ、甘いわね。ミルフの方が優秀ね。」

一人の女性はグラスに入れられたアイスティーを啜り、喉を潤す。すらりと長い背丈の、美女。冬場にも関わらず、彼女は氷の入った飲み物を飲んでいる。

「あはは、褒められた!」

「ま、ここにいる人間達も大概変な奴等ばかりだけどな。」

と言うのは、大柄な男だ。薄暗い部屋にも関わらず、サングラスをしている、男。

「リーダー。聞きたいことがあるとね。」

と、ウネフが言った。

「全員が集まるまでここで待機させる気とね?それは流石にフラストレーションが溜まるとね。」

「ああ、そう、ボスから指示をされているからな。」

「ボス……ね。」

ケネール・リックが呟く。

「そもそも顔も見た事のないボスって存在が、何者なのかも知らないのに、よく動けるもんだよな。俺達。」

「それが“氷河族”だからな。」

大柄な体躯の男が言った。

 彼等の言うように、氷河族には“ボス”と呼ばれる存在がいる。だがそれは何者であるのかは、メンバーは誰も分からない。もしかすれば親しい人間が“ボス”にあたるのかも知れないし、全く知らない人間であるのかも知れない。そもそも、“人”でないのかも知れない。

 ボスの存在を知る事。それは“死”に繋がる。今までも別のメンバーがボスの存在を暴こうとして、殺されたケースがあったという。

「今、私を含め六人のメンバーがいる。ウネフ・ミカハラ、ミルフ・ブラマンジュ、ケネール・リック、ニーア・アンジェリカ、ジュラード・メッサード、そして私、アルン・ティーンズ。」

今、リーダーであるアルンから六人の名前が告げられた。先程紅茶を飲んでいた女性はニーア・アンジェリカ。サングラスの男はジュラード・メッサードである。

「世間一般では戦後による混乱期を経ての不景気と言われているが、私達のような裏家業からすれば美味しい話だ。正直、無法地帯な一面もあるからな。今の世は。」

ワートン・ディアラが以前に言っていた、ギャングやマフィアに続く、新たなる組織が氷河族だ。そういった組織に続く犯罪組織である彼等。世界中に拠点を置き、その構成員の数は数十万を超えるとされる。

 治安の悪い場所と呼ばれる所は、住民の人柄の問題もあるが、それ以前に基本的に法整備が行き届いていない事が多い。又、警察組織と言った存在が成り立っていない事も多い。それは、こうした裏家業の人間やその関係者などが多額の資金を渡す事により、違法行為も揉み消されたりしているからだ。

 増して、現在はデウス動乱後の混乱期。法整備が整っていない地域では犯罪行為を起こした所で、簡単に警察組織に連行されることは無い。

 だが彼等は何故か日本と言う、治安も良く、法整備も比較的整っている場所に集まった。それは何故なのだろうか。

「んで、リーダー。残りの人間は誰を招集する気とね?」

ウネフの疑問に対し、リーダーであるアルンは答える。

「エレア・シェイルにメイド・ヘヴン。」

その言葉を聞いた時、メンバー全員がざわつき始めた。

「二人共、なかなかの要注意人物じゃない。」

ニーアが呟いた。そして、彼女はグラスに入っている氷を嚙み始める。

「特に、メイド・ヘヴンはヤバいな……あいつは人殺しを気まぐれで楽しんでいる。」

サングラスの男、ジュラードが言った。

「前の戦争で軍人さんやってた人……なんだっけ?」

メンバーの中で唯一子供であったミルフが、言った。

「正確には傭兵だな。当時から危険人物と言われていたが、そのヤバさは戦後になっても折り紙付きって訳だ。だから“パニッシャー”を務めているってんだろ。リーダー。」

ケネールが言った。

 パニッシャー。それは氷河族内における“断罪人”の事だ。組織内での不祥事やボスの存在に近づこうとする者や、知ろうとする者を、文字通り、“断罪”する者の事だ。この役割に、メイド・ヘヴンという男が該当しているという。

 他にもパニッシャーと呼ばれる人間は居るのだが、この組織内ではメイドという男の存在が際立っていた。

「奴は特別厄介な利益交渉をしてこない。単純に人を殺める事を快楽として生きている人間だからな。それでパニッシャーに選ばれたんだろう。」

アルンは暖かい紅茶をそっと啜り、フッと息を吐く。

「奴は、どこで油を売っているのか。」

彼等氷河族が日本に集まっている理由。その理由は一切不明だ。

 氷河族。いずれもが裏社会に暗躍している存在ばかりであり、危険人物と呼ばれる存在達である。その思惑はそれぞれあるにしても、“ボス”“リーダー”という存在がこれらをまとめ、束ねているのだ。

「今回の一件に関しても、ボスの指示だ。私も具体的な事は詳しくは聞いていない。メンバーが集まり次第、連絡が来るようだ。」

「ボス……奇妙な人間とね。姿を見せずに指示だけ出す。まるで、漫画で見るような奴とね。」

「あんまり悪口は言わない方が良いんじゃねえか。万が一盗聴されてたら“パニッシャー”に消されるかもよ。」

 彼等は、氷河族の“ボス”の指示で動いているに過ぎない。そしてそのボスは、こうした組織が稼いだ売り上げを貰う。貢献した組織にはそれなりの待遇が得られ、貢献しない組織にはそれ相応の扱いとなる。

無論、足を洗うといった真似は許されない。組織が常にあり続ける為には、ボスの命令は絶対であり、そして良い立場で居る為には組織への貢献が求められるのであった。

 氷河族。謎が謎を呼ぶ組織。今は全てのメンバーが集まっておらず、彼等が何をするかは不明だが、不穏な動きがある可能性は、高いだろう。

 

 

 

 日本にセイントバードチームが着いた頃、ある場所にて。そこには、輸送機でセイントバードから離れたアレンの姿があった。

彼が立っていたのは豪邸の前である。来る者を拒む荘厳な扉。その存在に、ただ、圧倒されるばかりのアレン。

 彼はEフォンのメールに記載されていた情報を見て、ここまで来たのだ。ここに来る為に、セイントバードから離れたと言っても過言ではない。それは彼自身、奇妙に感じている事だった。

 バンディットとして活動している彼へのメッセージ。アレン・レインドと言う名前は当然ながら伏せている。本名を知られる事は不利益になる事が多いからだ。

 だが、彼宛に送られたメッセージは、まるでアレンである事を知っているかのような内容なのである。それが気になった彼は、この豪邸の前までやって来たのだ。

「どのような要件か」

扉越しに、声が聞こえた。警備の者の声なのだろう。

「依頼主に用があり、こちらに来させて頂きました。」

アレンは言った。しかしこの言葉では、扉は開かない。

 この厳重な扉を開くには余程の“信用”が必要だろう。気軽な友人関係等が開くような、簡単な扉ではない。でなければ、目の前の扉が厳重である必要がないからだ。

「開けて下さい」

その時、一人の女性の声が聞こえた。それを聞き、明らかに動揺した声を出す警備兵。

「宜しいので?」

「私が招待したのです。なのに、門の前で立ち往生をさせる事は失礼に当たりますわ。」

 

ギイイ

 

と、重厚な音を立て、扉が開かれた。つまり、アレンは認められたという事になる。“依頼主”に。

 

 アレンは少しずつ歩く。そこに映る景色は紛れもない、“絶景”だ。庭園ではあるがいずの植物も手入れがされており、その上数多の彫刻が置かれている。見る者を魅了するその景色に、ただ心を奪われながらアレンは歩いている。

 やがて彼は玄関の前に立った。荘厳な門は見る者を圧倒する、魅力があった。

「凄い……」

と、アレンは思わず呟く。

「貴方は……」

すると、彼の前に一人の女性の姿があった。

 その容姿は“美しい”の一言で片づけられるものではない。金色の長い髪に、透き通った碧色の目をしているその女性。“絶世の美女”という言葉は彼女の為に存在していると言っても過言ではないだろうとされる程。

 女性は黒いロングドレスを纏っている。スリットから見える脚は見る者を魅了し、その整ったスタイルや顔立ち。全てが、“完璧”と呼べる女性が、アレンの前に立っていたのである。

「アレン!やはりアレンなのですね!?」

突如、女性は喜び始めた。その笑顔を見た時、アレンは反応する。

「やっぱり、依頼主は君だったんだ。ジャンヌ。」

その女性はアレンにとって大事な人の一人であり、世界中で有名な歌手であり、女優である女性、ジャンヌ・アステルであった。世界中でファンを持つ絶世の美女。彼女とアレンは一体どのような知り合いなのだろうか。

「本当に、お久し振りですわね……アレン。」

ジャンヌ・アステルは彼の手を握り、そして抱擁した。アレンもそれに対応し、笑顔を作る。

「君が俺を呼んだんだよ。しかし、よく分かったね。俺がバンディットって。」

アレンに対し、メッセージを送った主。それこそ、目の前にいるジャンヌだったのである。彼女はバンディットの依頼フォームを見て、それを察し、彼宛に連絡をしたのだ。

 つまり、アレンは世界的な歌手に直接連絡を貰ったという事になる。それを察した彼女の洞察力は、計り知れないと言える。

「中にどうぞ。貴方とお会いできるのを、楽しみにしておりましたわ。」

「俺もだよ。ジャンヌ。」

親しげに話す両者。この様子から、戦前から交流があったことが伺えた。

 

 ジャンヌ・アステルが住む豪邸。その広さは150ヘクタールにも及ぶ大豪邸だ。ジャンヌ・アステルはその令嬢にあたる人物である。

 アレンはジャンヌに招かれ、客室に案内される。そこで彼等は紅茶の入ったカップを渡される。

 やがて客室内は二人だけになった。アレンは、赤や金で彩色されている、美しくも妖艶な部屋を見て、見惚れていた。

「凄いや。コロニーにあった筈のアステル家は、今はここに拠点を置いているんだ。」

「ええ。デウス帝国軍が敗れた事により、私達はここへ引っ越しをせざるを得なくなりました。そこから地球での生活が始まったのです。」

アステル家。元々はデウス帝国が存在していたコロニー、Cコロニー14群の中の名門貴族である。だがデウス帝国軍が先の大戦によって敗戦し、本国の機能が失われた現在では地球にある別荘に住所を移している。 

「私達は兵器を作り続けてきました。しかし、それは多くの命を奪う結果になったのは言うまでもありませんわ。」

アステル家の最大の特徴は、独自の路線で築かれた、兵器の増設である。デウス動乱時代、数多くのMSを当時のデウス帝国に提供してきたのが、このアステル家なのだ。

地球連邦に戦力を提供した大半の軍事企業がアーステクノロジーとすれば、デウス帝国への戦力提供の一部は、アステル家が担っていたという事になる。

しかし戦後になってからは別の勢力に戦力提供をする必要はなかった。その為、現在ではMSの生産工場は止まっている状態である。

ジャンヌ・アステルが世界的に有名な歌手と言うのは仮の姿である。本当はMSの製造に携わっており、兵器の輸出を行っていた軍事産業に特化している一族であったのだ。

彼女の歌手としての活動は、彼女が見せる顔の一つに過ぎない。そして、ジャンヌ・アステルの真の姿を知る者は数少ない。彼女の本当の役割や、事情を知る者。それは、アステル家の者や、彼女を昔から知る者に限られる。ここでは、アレンを指す。

「戦後になって歌手活動をしているのは聞いていたけど、その家がこれ程の豪邸というのは驚いたな。てことは、今はローマに拠点を置いて活動している訳だ。」

アレンが居る場所。それはイタリアの首都、ローマである。ローマの郊外にある広大な土地を買い占めていたアステル家は、そこを別荘とし、MSの工場等を建てていたのである。

 やがて両者は会話を始めた。他愛のない会話や、簡単な世間話。現在の彼女の活動等。

「コンサートの為に世界中を回るという事は、大変ではありますがやりがいはあります。戦後、世界中が疲弊している中で、歌で癒す事が出来るというのは素敵な事です。」

「多くのファンがいるもんな、君は。」

そもそも彼等はどのように知り合ったのだろうか。

 それはデウス動乱の最中の出来事。地球連邦軍の特殊部隊に所属していたアレンはデウス軍のコロニーに潜入した際に彼女と出会う。それが、きっかけだった。

 それから何度か再会する事があり、最終的にはジャンヌはアレンの味方をした。本来ならば敵同士である筈なのに、彼を助ける事をしたのだ。

 そうした過去があり、現在に至るのである。

「そして、俺は激戦の果てに君の婚約者、アークを倒した。」

アレンの口から出た、“アーク”という言葉。それは、一体何を指すのか。

「アーク・レヴン。彼は最愛の人でした。ですが、一方で、戦いに身を投じ過ぎた人間でもありました。」

「あいつを止める為に、君は俺に協力してくれた。」

「戦禍の中で彼の心は壊れて行きました。私は、それを断ち切らなければならない、と考えていました。」

ジャンヌが言う、アークという男性。それは彼女が婚約する予定だった人物である。

 アーク・レヴン。デウス帝国本国のあるCコロニー14群にある名門一族、レヴン家の嫡男。麗しい容姿にMS技量も伴った、優秀な人物。当時の戦争の強力な戦力といえた人物だった。

 そして、ジャンヌ・アステルの婚約者でもあった人物である。アステル家とレヴン家の決定事項として、彼等は将来結婚する予定だった。

 アーク・レヴンは人柄も良い人間であり、ジャンヌは彼に心底惚れていた。だが、アークは長引くデウス動乱の中で次第に戦争の狂気に飲まれて行くことになるのである。

 

 

 デウス動乱時。当時クリスタルガンダムに乗っていたアレンはアークと対峙していた。アーク・レヴンはアレンの住んでいた故郷のコロニーを襲撃した張本人であり、仇とも言える存在だったのだ。

 しかし何度か交戦する中で次第に、互いに好敵手として闘う者同士としての感情が芽生えていく。

 だが、アークはデウス軍が行おうとしているある作戦の参謀を任されてしまう事になる。それは中立コロニーへの細菌兵器散布の作戦だった。

 それを実行すれば多くの人が死ぬ。それを分かった上での彼の行為。それを止めなければならないと、アレンは機体を駆る。

 ジャンヌはこれを機に、狂気に走ってしまった婚約者である、アークを止めなければならないと考えるようになった。

 デウス動乱の終盤。アレンはクリスタルガンダムに、アークは彼専用のディエルに乗り、交戦していた。

 だがこの時、デウス帝国軍は劣勢の状況だった。その中で、戦いに身を投じたアーク・レヴンはせめて好敵手であるアレンを倒さんと、全力で挑む。

 

「アレン、覚悟!」

「お前を止める!」

 

この戦いは相打ちという形で決着がついた。アーク・レヴンは戦死。そして、アレンも行方不明となっていた。

 

 

 

 そして現在。アレンはバンディットという裏稼業をして生計を立てている。かつて、デウス動乱の英雄と呼ばれた人間が、当時と違う事をしているという事実は、ジャンヌにとっては驚愕する出来事と言えたのである。

「貴方はあの戦いの後、行方不明と伺っておりました。貴方は一体どこに居ていたのですか?どうして、今はそのような仕事をしているのですか?」

ジャンヌのような華やかな世界で生きてきた人間からすれば、アレンのは明らかに立場が違い過ぎる。本来、立場の違いというのは、その違い故に格差を生む事が多い。

だが両者がこのように集まる事が出来るのは、両者が知人であるが故なのだ。

「俺は――」

彼は今までの経緯を説明した。戦後に元デウスの人間、ワートンに拾われ、共に過ごしていた事。その中で生活費を稼ぐ為にバンディットとして仕事をしていたという事。

 それらを説明した時、ジャンヌは言った。

「戦後にもっと、貴方と早く会えたら良かった……と思っていますわ、アレン。」

「どうして?」

「貴方がその仕事をする必要はありません。そう、考えるからですわ。」

ジャンヌは、紅茶のカップを皿に置いた。

「今、世界は混迷の状況に巻き込まれつつあります。」

その表情に、先程まで会話を楽しんでいた彼女の姿はなかった。真剣な眼差しはアレンの目を捉え、離さない。

「それは、分かる。俺もそれは見てきたから。」

「見てきた?どういう事ですか?」

アレンは、ここに来るまでにあった出来事について語った。

 新生連邦総司令、レヴィー・ダイルと対峙し、戦った事をジャンヌに伝えた時、彼女の視線はテーブルの方を見ていた。

「彼が、今の世界を作り出しているのですね……」

この台詞から、ジャンヌも総司令とは知人関係である事が分かる。

「あいつは変わってしまった。新生連邦は軍備増強を続けている。その結果犠牲者が数多く生み出されているというのに、それと向き合おうとしない。俺は戦った。そして、あいつが変わったのを知った……」

過去に共に戦った戦友が、戦後に連邦を統括する存在となり、その結果世界中で犠牲者が出ているという現実。それが、今の世界だ。

 戦争の反対は平和と言われている。だが、このような現実がある世界は果たして本当に平和と呼べるのだろうか。地球圏において、敵性戦力がいない現在。なのに兵器が行き届いている現状は、明らかに異常だ。それは、ジャンヌも理解していた。

世界に適正戦力がいない現状で、アステル家が兵器工場の稼働を再する必要はないとされた。しかし、新生連邦の戦力が今後増長し続ける事があれば、考えていかなければならない事もある……と、ジャンヌは考えていたのだ。

「アレン、少し庭園を歩きませんか?」

その時、ジャンヌは突然口を開いた。アステル家の広大な庭園に、アレンを案内しようというのだ。

「庭園に?どうして?」

「少し、場所を変えましょう。そして散歩をしましょう。歩きながら会話をすれば、もっと色々な話が浮かぶと思いますから。」

先程の真剣な表情を止め、ジャンヌはアレンに対して優しげな笑みを浮かべていた。

 その笑みに甘えるかのように、アレンもジャンヌと一緒に立ち上がり、庭園に出る。

 

 

 高い木々の隙間を木漏れ日が差す光景。季節は冬であるが、太陽の暖かな光がそれを忘れさせる。季節の花が咲いており、花の近くには小鳥がさえずりを鳴らしている。

 この庭園はアステル家の管轄ではあるが、一般公開もされている。その為、観光客や一般人もここに入り、皆がそれぞれの時間を過ごすといった事が可能だ。

「ジャンヌがここを歩いていて大丈夫?有名人なのに、騒動にならないのか?」

「心配は要りません。アステル家の敷地と皆が理解した上でここを利用しているのです。私は、彼等の挨拶に対して手をふり返すだけですわ。」

そう言いながら、ジャンヌは手を振る人々に対して手を振り返す。誰も、彼女を撮影しようとしない。隣にアレンが居ようとも、決して。そこにはマスメディアの存在もいないし、誰も彼女の存在に対してそこまで注目をしない。あくまでも、アステル家の令嬢としての扱いをするのだ。

 底流のゴシップ雑誌の記者等は有名女優やアーティストのスキャンダル等に対して過剰な報道をするものである。例えば、今の状況では世界的に有名な歌手であるジャンヌがアレンと共に歩いているというだけで、それはゴシップ雑誌に載る可能性があるのだが、彼女の場合は決してそのような事はない。

 それはアステル家に関するスクープ等はその財力を駆使し、揉み消す事が出来るからである。表向きには皆は穏やかな表情を浮かべているが、実際はその裏にある権力に怯えているところがあるというのが現状だ。

 最も、彼女は底流ゴシップ誌等に対し、決してそのような強硬手段に出る事はしないが。

「例えば有名人が外を歩くだけでスキャンダルになるという話ですが、そもそもそれ自体が人を見ていない証拠です。私だって、外を歩きたいですし、知人とこのような時間を過ごしたいのです。世界中の人々が、そうであるように。」

と、ジャンヌは言った。その言葉遣いは、どこか、暗い陰りが見えている様子だった。

(過去に何かあったのか?)

と、アレンは考えた。

 

 庭園の奥まで歩いた両者。草木がより一層生い茂るその場所。木漏れ日は少し遠のくが、木々の隙間から差す光は幻想的な光景を作り出す。

 路地は舗装されていた。散歩道という形で、客が歩けるようになっているのだ。

「戦争中という特別な状況でないにも関わらず、貴方はMSに乗って戦いました。本来、それはあってはならない事だと思いませんか?」

人通りが少ない事を確認してか、彼女はアレンが新生連邦軍と交戦した話を始めた。

「戦後になってもテロリズムや国の内乱は減るばかりか、新生連邦樹立に伴って増加しつつあるのが現状だ。俺はバンディットとしてそれを見てきた。」

「そしてレヴィー・ダイルにお会いしたのですね。」

「相手もMSに乗っていたよ。ガンダムタイプに。」

「ガンダムに……」

ジャンヌの表情に翳りが見え始めた。

 戦争の兵器、MS。平和な時代である現代で、何故それを増産する必要があるのか。それを増やし、無益な犠牲者が出ているという事実から目を逸らし、戦力増強を続ける新生連邦。

その愚業を許せないでいるアレン。そして、その現実を考える、ジャンヌ。デウス動乱と言う戦争を経験した者達は、戦後になっても続くこの状況を、変えたいという気持ちが、少しずつ強くなっていくのだった。

「争いを止めるには、力しかないのでしょうか。」

ジャンヌが静かに、口を開く。

「旧世紀でも、核兵器を止める為の抑止力の為に、核兵器を用いるという話がありました。その結果、ごく、小規模ではありましたが核兵器による攻撃は起きてしまったと、歴史では伝えられています。武力を用いての武力の抑止と言う、矛盾をするのも、また、人と言えるでしょう。」

人類の歴史は争いの歴史でもある。それにより、戦争が絶えず続いてきた。大規模な戦乱こそ近年のデウス動乱が新しいが、それ以前からも小規模の内乱、テロなどは繰り返し行われてきた。

 ジャンヌの言うように、人は矛盾をしている生き物と言える。例えばMSという兵器を止める為に、MSを投入するという事自体が、矛盾している。武力を武力で押さえつけるという、矛盾。

 アレンはそれを聞き、口開いた。

「答えはないかも知れない。けれど、強大な敵が立ちはだかるのなら、戦うしかないとは思う。相手が、レヴィーであろうとも……ね。」

そう言うアレンだったが、彼の顔色は暗い。

「アステル家は今、MSの生産を中止している状態です。しかし世界情勢によっては、それを再開しなければならない可能性も視野に入れなければ、なりません。」

この後、両者は少しの間沈黙した。彼等が話している内容は、答えのない話だ。

 戦争が終わったのにも関わらず、平和とは言えない状況が続いているという、世界の矛盾。

この大きな矛盾を、断ち切る事は果たして出来るのであろうか。それは、誰にも分からない事なのである。

「……そうだ、ジャンヌ。レヴィーと戦った時に、一緒に戦った少年がいたんだ。」

沈黙を破ったのは、アレンの方だった。

「少年……ですか?」

ジャンヌは首を傾げた。

「アインスガンダムっていう、最新鋭のガンダムに乗って新生連邦と戦ってた。可愛らしい顔をしてなかなかの腕だったよ。」

「戦後に、そのような少年が……」

ジャンヌは、それに対して興味を抱く様子を見せた。

「不思議な奴なんだ。戦争を全く知らないで育ったのに、何故かガンダムに乗って戦っていた。しかも、特殊な力を秘めている様子だった。シンギュラルタイプ……なんだろうけど。」

レイの話だ。アレンは先日の新生連邦軍との交戦の話の中で、レイの強さを目の当たりにしていた。

「興味が、ありますわね。」

ジャンヌは、何故か少しばかり笑みを浮かべていた。

「どうして笑うんだ?ごく普通の少年がMSに乗るなんて、考えられるか?それ自体が妙な話だよ。」

アレンが疑問に感じるのも無理はない。命のやり取りをする場に、民間人の少年が出る事自体が本来、おかしい話なのだ。

「力を持つ存在かも知れないという所に、私は興味を抱きました。」

「シンギュラルタイプって事に?」

「ええ。」

力を持つ存在、シンギュラルタイプ。その特性は様々だが、一貫しているのは、通常の人間よりも遥かに空間認識能力に優れるという所である。

 空間認識能力。物体の位置・方向・姿勢・大きさ・形状・間隔など、物体が三次元空間に占めている状態や関係を、すばやく正確に把握、認識する能力の事を言う。

 シンギュラルタイプと呼ばれる人種が常人と比較し、それらが優れているとは言われるものの、定義が不明確であり、今でも研究が一部では進められている。そして、それらは“人を超えた存在”とも言われる事があるのだ。

「フフ、もしかすれば、この混迷した世界を切り開く可能性があるかも知れませんわね。その少年は。」

彼女は、優しい笑みを浮かべながら言った。

「凄い事を言うな、ジャンヌは……」

「貴方がその少年から力を感じたのなら、間違いないと思いますわ。」

「何を?」

そう言っている間に両者は一本の大木の前に着く。その樹齢は何百歳程だろうかと言わんばかりの大木。

 散歩をしていて、少しばかり疲れを感じていたのか、ジャンヌは太い枝の所に腰を掛けた。そして、引き続き話を続ける。

「貴方は、アドバンスドタイプ。シンギュラルタイプを超えし者です。それは、私にも言える事です。」

 アドバンスドタイプ。それは、先の戦闘でレヴィー・ダイルがアレンに対して言った台詞にあった言葉だ。

 

―――――――――――アドバンスドタイプの力を持つ貴方なのに――――――――――

 

 それは何を指すのか。彼等は特別な人間である、シンギュラルタイプを超える存在だというのだ。

 ジャンヌにそう言われたアレンの表情は、僅かに曇る。

「そもそも、アドバンスドタイプって存在自体が未知過ぎる。君も同じ存在である事は、ある意味救いなのかも知れない……」

木々が生い茂る美しい自然と対照的な、アレンの悲観的な台詞。それに対し、ジャンヌは言う。

「分かっている事が少ないが故に、謎に思う事はあるでしょう。けれど、一つ言える事は、私達は、“人”である事に変わりはないという事です。」

と、笑顔を見せた。その美しい笑顔はアレンの表情を和らげるのに十分と言えた。

「美味しいものを、美味しいと感じることが出来て、美しいものを美しいと感じることが出来る。アドバンスドタイプが何であれ、それで良いと、私は思うのです。」

「……そうだね。」

それと同時に、やや寒気のある風が吹いた。だがその風も、どこか心地良さを感じていた――

 

バタッ

 

突如、何かが倒れる音が聞こえた。木々が生い茂る自然の中で聞こえた不協和音は、彼等に違和感として伝わるのに十分だった。

「何の音……?」

「近い、ですわね。」

耳に聞こえた音は近くである事を感じた二人は、その場からすぐに立ち去り、音が聞こえた場所まで近付く。

 

 大木から離れた場所。そこは更に木が生い茂る場所だった。ここまで来たらほとんど人の姿は見られない。観光客が立ち入る事がない場所だ。舗装された道もなくなっており、自然に出来た道であることが分かる。

「これは……」

そこで見たもの。それは、人の死体だった。美しい景観と全く異なる、恐ろしい光景が彼等の目の前に広がったのであった。

「そんな、どうして……」

そこに倒れている死体は、比較的若い男性だった。頭部を撃ち抜かれており、即死状態と言えた。

 だが、何故このような場所に若い男性の死体が倒れているのだろう。二人の散歩の時間は突如として奇妙な時間へと変貌を遂げた――

 

「手ェ上げろやァ!」

 

聞こえてきた、一人の男の高圧的な声。その瞬間、アレンは後頭部を銃で突き付けられていた。あまりに突然の出来事だった為、彼は対処する事が出来なかった。

「何……!?」

男の声の通りに、アレンは両手を上げる。

「いやいやぁ、まさか、こんな場所で出会うとは思わなんだよなぁ。その茶髪にイラつく顔付き。忘れる訳ねェよ!お前の事はよぉ!」

アレンに銃を突き付けた男は、鋭い目つきをしていた。髪色は赤茶色で、逆立っている。上半身を黒いジャケットで包み、下半身は白いジーンズを着用していた。

「まさか……貴方は……」

ジャンヌがその男の顔を見て口元を手で覆った。ジャンヌの顔を見た男は笑いながら言った。

「流石、力を持つオカルト人間!よく覚えてらっしゃるぜぇ……で、お前は俺の事覚えてんのか?アレン・レインドォ!?」

彼が世間ではスパーダ・スクードという偽名を使っているにも関わらず、本名であるアレンの名前を呼ぶ男。

「そ、そんな……まさか……お前は……」

「そう!オレだよ!メイド・ヘヴンだよ!!」

アレンとジャンヌの前に突如現れた、メイド・ヘヴンと名乗る、奇妙な言葉遣いの男。

両者はこの男と面識があった。だからこそ、より一層驚愕しているのであった。

 




第二十話投了。
群像劇の如く様々な話が入り混じってきました。この話辺りから様々なキャラクター達の描写が描かれていくようになります。


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第二十一話 アレンのMS

もう一人の主人公、アレン・レインドのMSがジャンヌより渡される話。


 

「あんまりこーいう銃突きつけるシチュ好きじゃねーんだけどてめーは特別だぜオラぁ!!」

アレンは後頭部に銃を突き付けられている状態だ。彼の後ろには、メイド・ヘヴンという、奇妙な男がいた。ジャンヌと共に庭園を散歩していたアレンだったが、ここにきて状況が一変したのである。

「随分久しいよなあ。アレン・レインドにジャンヌ・アステル!4、5年ぶりか?ハハー!」

奇抜な言葉で気味の悪い笑みを浮かべるメイドは、まるで獲物を狙ったかのような目付きでアレンに銃を突きつける。銃を持つ手には血管が浮かび上がっていた。

「メイド・ヘヴン……!」

アレンの額から、冷や汗が垂れる。彼は、この男から感じる狂気を、直に感じ取っていたのだ。

「てめぇには戦前散々苦汁を飲まされ続けたんだよなぁ!まさかこんな所で会うとは思いもしなかったけどなァ!」

そう言いながら、メイドは近くの木に、彼の頭を衝突させた。この時の痛みで、アレンは思わず声を上げる。

「クッ……!」

「こちとら、仕事してたらまさかこんな場所でお前らに会うなんてなぁ!巡り合わせってやつかよ?ハハハー!!!」

突然迫った危機。そして、彼等は何らかの知り合いであることが、一連の言葉から分かる。

「どうして……お前が……生きているんだ……!いや、お前だけが!!」

銃で突き付けられている状況で、アレンが口にした。

「知るかよ。てめェ兄者を殺しておいてよくそんな事言えんなオイ!!!」

メイドの目つきが豹変する。瞳孔が小さくなり、紅い瞳がアレンを睨む。

「貴方の凶行は、デウス動乱時でも許されるものではありません。そして、この男性を殺害したのは貴方ですか。」

ジャンヌが問う。すると、メイドはニヤリと笑みを浮かべた。

「おう。こいつらを殺す仕事してたんだよなぁ!」

「何故、そのような事をしているのですか。メイド・ヘヴン。」

男性を撃ち殺したのはメイドである。しかし、メイドはそれを笑っている。この異常な状況に対し、ジャンヌは引く事なく、言ったのだ。

「金が貰えるからなぁ!そんなんより、今はこいつだよ!アレン・レインド!!」

と、メイドは銃口を更に強く、アレンに突き付ける。

「俺の兄者がこいつに殺されているのにさぁ、それを許せる超絶お人よし野郎なんざこの世に居る訳がねぇだろうがジャンヌ・アステルぅ!」

 

ピシュンッ

 

その時、銃から弾が発射された。しかし、弾はアレンに直撃することは無かった。近くの木に、それが直撃したのである。まるで、わざと外したかのような対応をしたのだ。

「お前……いや、お前達だって俺の父さんを殺した!お前等兄弟に、殺されたんだ!無慈悲に、理不尽に!」

そう言うのは、アレンである。

 アレンとメイド。両者はどのような関係だったのだろうか。互いに何らかの事情を抱えている者同士が、今この場で再会してしまったのである。

「デウスの傭兵やってたら任務を果たすのが当然だろうがよォ!てめぇこそ俺の兄者を殺しやがってボケナスぅ!」

そう言って、メイドは床に伏せたアレンを蹴り始めたのである。

「うぅっ!」

と、声を上げるアレン。ジャンヌがそれを止めようとするが、メイドはジャンヌに向け、銃を構えたのだ。

「ジャンヌ・アステルゥ!今や世界的歌手になってるなぁ!フォロワー億越えの超人気者インフルエンサー!あんな戦争経験しておいてよくのうのうと歌えるよな、てめぇもなァ!」

メイドの表情は、明らかに笑っている。それは嘲笑の笑みなのだろうか。

「メイド・ヘヴン。貴方は……!」

個人的な話をされたのか、ジャンヌの表情に陰りが見え始めた。

「俺は、別に父さんの仇を取る為にお前達と戦い、倒した訳じゃない……!戦争だったから、その脅威を倒さないと行けないと感じたから、倒した……それだけだ!」

蹴られたアレンが、言う。それを聞いたメイドは

「あの時俺も死んでりゃ良かったんだけどなぁー!結局生きてんのは俺だけなんよなぁ!理不尽極まってんぜ糞がッ!」

 メイド・ヘヴンには兄が居た。名は、フロード・ヘヴン。彼等はかつてのデウス動乱の最中、デウス帝国軍の傭兵として活動していた。姓が“ヘヴン”という事もあり、その優秀な能力も相まって、彼らは通称、“天国兄弟”と呼ばれていた。デウス帝国軍内でもその実力は全軍に伝わる程の腕前だったという。

 アレンとは何度か交戦をした。その能力で彼の駆る、クリスタルガンダムを追い詰める事もあった。だがデウス動乱の終盤で、兄弟諸共、アレンに倒された筈だった。

 メイドの言うように、兄はアレンに殺された。だが、弟のメイドは奇跡的に生きていたのである。

「お前達兄弟は危険すぎた……倒さなきゃならない存在だったんだ……!」

「誰がそれを決めんだオイ?てめぇが勝手に決めたんだろうが!変な正義感気取ってンじゃねーぞオラァ!」

 どうにか、隙をついて離れようと考えるアレン。だが後頭部には銃口が突き付けられている状況だ。まして、その相手は危険人物であるとされる、メイド・ヘヴンである。下手な事をすれば自身の命も危ない。しかしその近くにいるジャンヌは、今のアレンを助け出す事が出来ない。彼女自身、武器を持っていないからだ。

 過去の戦争で戦った者同士が、現代で対立する状況。人は、全ての人が分かり合える事はないのだ。

 アレン・レインドはデウス動乱中に様々な人物と交流している。最初は敵だった人間が、仲間になる事もあった。日本にいる、ガースト・ピュアスがこれに該当する。しかし、戦時中は味方だったが、現代では敵になる事もあった。レヴィー・ダイルがこれに該当する。

 そして、戦時中でも現代でも敵同士の人間がいる。メイド・ヘヴンがこれに該当するのだ。

互いの肉親を殺された者同士の対立。そして、メイドは明らかに狂気を放っている。

「……はぁ、けどさぁ、よく考えたら仕事じゃねぇのにこいつ殺しても意味ないんだよな。」

 

スッ

 

と、突如メイドは銃を突き付けるのを止めたのだ。自身の銃をジャケットの内ポケットに収納し、近くの木に腰掛ける。

 明らかに、殺す事が出来た筈の状況であるにも関わらず、何故引き金を引かなかったのか。アレンは疑問を抱く。

「どうして……?」

「てめぇは確かに兄者の仇だが、一方的に殺せるやつを殺したってさぁ、つまんねェんだわ。戦後になって世の中がつまらなくなりすぎやがった。戦争中は良かったぜェ。遠慮なく戦場を暴れ回れるんだからよ。」

こうした発言より、この男が戦闘狂であるかが分かる。自身を戦禍に置かなければ、落ち着かない男、メイド・ヘヴン。

「やっぱりなぁ、生身で戦うよりもMSに乗って暴れてぇなあー。テロや内戦じゃつまんねェ。あんなのじゃ刺激にすらなんねぇ。だから毎日が暇過ぎんだわ。兄者もいねぇしよォ。」

彼にとっての心の在り処は兄の存在だったのだろう。しかし、現在はその兄がいない。ただ、何気なく生きるだけの存在となっている。

「ところでさぁ、SNSでのインフルエンサーって奴いるじゃん。ジャンヌ・アステル様とかみたいな、フォロワーがめっちゃ多い連中。」

突如、話題を変えたメイド。その言葉と同時に、ゆっくりと、立ち上がった。

「ああいうのが突然SNSの更新を止めたらフォロワーの連中ってどんな反応するんだろうなァ?」

と、メイドはその鋭い目付きをジャンヌの方に向け、

言った。

 

ダッ

 

 それと同時に、アレンはすぐに反応をした。床に伏せていた彼は一目散にジャンヌの元へ駆け抜ける。

「ジャンヌ!」

彼が名前を読んだ時、既にメイドの手には銃が握られていたのだ。その標的は、目の前にいるジャンヌであったのである。

 ジャンヌは突然の出来事に対処が出来なかった。自分がに、銃が向けられているにも関わらず、身動きが取れないジャンヌ。そして、その凶弾が彼女の胸に向けて放たれようとしていた。

 

ピシュンッ

 

弾のスピードは速かった――

 が、間一髪、アレンがジャンヌを覆い被さる形で、彼女を守る事に成功した。弾は彼女に当たる事なく、地面に当たるだけだ。

「おっしかったなぁー」

と、とぼけるようにメイドが近づいて来る。

「お前、まさかジャンヌを殺す事が目的だったのか!?」

怒る表情をメイドに見せるアレン。ジャンヌは彼に守られている状態で、メイドの方を見ている。

「目的も何も!俺は仕事以外は気紛れだからな!気の向くままにやりたいようにやる!戦争が終わってからこんなんだから刺激が欲しいンだわ!はーははは!」

そう言いつつ、再びメイドはジャンヌに向けて銃を向けた。

「気紛れで人を殺めるという事……理解の範囲を超えています。貴方は先の戦争で何を学んだのですか?メイド・ヘヴン。」

ジャンヌは恐れる様子を見せない。寧ろ、怒る様子を見せている。この男の人を殺す動機は明らかに自分勝手だ。

 人を殺すという行動そのものが、そもそも異常である。平時では犯罪者とされ、非常時では時に英雄扱いされる行為ではある。しかし道徳的な問題を考えれば、人を殺める事に対して罪悪感を何らかの形で覚える筈だ。

 しかし状況によっては任務であったり、私怨である時に人を殺める事もある。そして報酬が発生する事もある。裏社会ではよくある、殺し屋等が該当する。そして、日常の何気ない場面でも恨みを買う人間が、殺される場面があり得たりする。

 要は、何らかの動機があって人を殺めるという行為をするのだ。平時ならば許されない行為ではあれど、人類史はそれを繰り返し、現代まで人々は生活をしてきた。

 だがこの男はそれをしない。そればかりか、人を殺すという行為を愉悦としている。それが世界的歌手であるジャンヌ相手でも、躊躇を一切しないのだ。それは、何よりも危険であると言えた。

「ジャンヌ・アステル様の命乞いかぁ?素直に“助けて下さい!”とか言やあ分かりやすいのになぁオイ!」

「命乞いをする必要もありません。己の快楽のままに人を殺める行為をする事に何も感じない貴方の異常性に私は怒りさえ、覚えます。」

そう言った時、ジャンヌは立ち上がった。アレンはそれを止めようとするが、構う事なくメイドの方へ近づく。

「俺はてめぇの命云々はどーでも良くて、てめえが死んだ時にフォロワーが怒りまくって、殺した人間に対して罵詈雑言吐く光景を見てえだけなんだよなぁ!!仮に特定されて襲撃されても俺がそいつらを返り討ちにすりゃ、良いんだよなぁ!」

「なら、撃ってみますか。」

彼女は強気だ。凶悪な男を前にしても、決して、怯む事はない。

「その凶弾で私を撃ち抜き、貴方自身が束の間の悦楽に満たされるのならば、貴方にとっては良いかも知れません。しかし、貴方のような危険な人間は必ず制裁を受ける事になりますわ。」

睨むようにメイドを見るジャンヌ。しかし、メイドには彼女の言葉は通じない。

「そーいうインガオホー論唱えんのかよ!アステル家のお嬢さんはよぉ!」

再び、メイドは銃を構えた。そして、今度はジャンヌに近づき、彼女の眉間に銃口を近づける。

「よせ、ジャンヌ!挑発するな!」

アレンが制止した。だが、ジャンヌは口数を減らすことは無い。

「貴方の気紛れで私を殺すのなら、そうなさい。出来れば……の話ですが。」

何故、彼女はここまで強気でいられるのだろうか。銃口を突き付けられており、尚且つ、その相手は気紛れで人を殺める事がある危険な男だ。

「普通のクッソつまらねぇ人間だったら、それを言われて止めるんだよなぁ」

そっと、メイドは呟いた。

「んでさ、精神論みたいな事言われて、俺が間違ってましたー!みたいな感じで俺が膝まずくんだよなぁ。んで、逮捕されるのがセオリー。漫画やアニメ、ドラマじゃ鉄板ネタだよなぁ。」

そう言った時、メイドは一度視線を下向ける。はぁ、と溜息を、二回程呼気、吸気を繰り返した――

「けどさァ、そんなテンプレ展開じゃつまんないんだよねぇッー!!!」

メイドはすぐに動きを見せた。銃を構え、ジャンヌに対し、引き金が引かれる。凶弾がジャンヌの額に向けられる――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

ジャンヌの身体が美しい碧色に輝いたのはその時だった。

 それは、アレンが以前にアレクサンドリアで氷河族に襲われた時に放った光と同じだ。不思議な光はジャンヌ自身を包み込み、近くにいたメイドを巻き込んだのである。

「ぐうぇぇぇ!?クソが!意識が……!」

薄れゆく意識の中で、メイドは逃げるアレンとジャンヌの姿をぼんやりと見る。視界が揺らいでいる状況で、彼は戦意を喪失していたのだ。

「ほんま……ない……うげぇ」

 

 

 彼女の“力”で危機を脱したアレンとジャンヌ。この時、アレンの身体には何の異変もなかったのである。一方のジャンヌは、少しばかり苦しげな表情を浮かべていた。

「大丈夫か、ジャンヌ。」

木陰に隠れ、ジャンヌを抱え、彼女を心配するアレン。

「ええ……やはり、この力は強い副作用がありますわね……」

彼女は全身から倦怠感を感じていた。先程の光は、身体そのものに対して強いエネルギーを発生するのだろうか。

「こればかりは、神様がくれた力としか言いようがないな……」

光る、人。それは、現実にはまず存在しえないとされる人種である。どのようなメカニズムで、光るのか。何故、輝きを放つことが出来るのか。それを理解している者はいない。

 だが彼等はそれを可能とする人間達である。彼等に共通している事。それは、“アドバンスドタイプ”と呼ばれる人種であるという事だ。

 シンギュラルタイプと呼ばれる人間はこれまでに居た。しかし、アドバンスドタイプはそれらとは全く異なる人種である。

 アレンとジャンヌは同じ場所で育った訳ではない。彼等の故郷はそれぞれ、違う。となれば、環境因子でその力を引き継いだ訳ではないという事になる。

 ならばこのアドバンスドタイプは何者なのか。そもそも、何故そのような呼び方をされているのか。謎が、謎を呼ぶばかりである。

「とにかく、今は逃げるしかない。まさかあいつに出会うなんて、思わなかったけれど……」

戦前、何度も交戦したとされる男、メイド・ヘヴンと出会い、そして命の危機を感じたアレンとジャンヌ。

「ええ……」

そう言う、ジャンヌの表情はやや、弱っている様子だった。

 

 やがて辛うじて彼等は豪邸まで戻ってくる事が出来た。歩いている間に、ジャンヌの倦怠感は少しずつ取れてきた為、途中から走ることが出来たのだ。

「アレン、ごめんなさい……私が散歩をしましょうと提案したばかりに。」

ジャンヌは部屋に入るなり、彼に謝った。

「ううん、君は何も悪くない。あいつがあそこにいるなんて、思いもしなかったから……」

アレンは、優しく言った。

 ジャンヌはメイドの前では強い態度を見せていた。しかし、内心ではやはり死の恐怖を感じ取っていたのだろう。今も、彼女の手は僅かながら震えている。恐らく寒気のようなものではないと、アレンは思っていた。

「イズゥムルート」

「うん?」

ジャンヌは、突如口を開いた。

「そう、呼ばれているようです。私達が発する光は……」

それは、ロシア語でエメラルドの意を持つ言葉である。その由来等は全く持って不明。だが、彼女はその単語のみを知っていたのである。

「初耳だな。イズゥムルートなんて言葉。」

「不思議ですわね。人の身体は。特に、私達の身体は……」

ジャンヌの口調は、やや暗い。

「その秘密、知りたいような、知りたくないような……」

そう言う、アレンの口調も暗い。

「しかし、今は自分達が無事である事に感謝しないとね。しかし、アステル家の敷地にあんな男が侵入して、大丈夫なのか?」

ふと、アレンが聞いた。

「私が先程知らせました。アステル家の警備兵が間もなく、彼を捕獲するでしょう。場合によっては射殺も、やむを得ません。」

そう言う彼女の目つきは、明らかに動揺している。彼女の瞳は僅かに、潤っていた。

「ジャンヌ、君はもしかして……怖かったのか?」

彼の言葉を聞いた時、ジャンヌはその姿勢を崩すように、彼に抱きついたのだ。

「恐怖……そうですね……怖かったに決まっていますわ!!!」

感情が、爆発した瞬間だった。そのままジャンヌはアレンを壁の方に寄せ、近づけた。

「銃を突き付けられて、躊躇いもなく撃つ人間が居て、怖くない筈がないでしょう!?私だって、人間なのです!だから恐怖も、しますわ……」

「ジャンヌ……」

ジャンヌは涙を流していた。先程までの勇敢な彼女の姿はやはり、仮の姿と言えたのだ。

 やがてジャンヌは泣き止み、残った涙を拭った。

「……取り乱してしまってすみません、アレン……私とあろうものが、こんな……」

「ううん、君は強いよ。戦前から思っていたけれど、君には芯がある。その強さは、本物だと思う。」

「そんな事はありません。このような姿を見せる人間は、貴方か、アークしか居ませんでした。私は……本当は弱い人間なのです。」

アドバンスドタイプと呼ばれる人種であれ、死への恐怖は感じるものだ。彼女の場合、特にそれが著明に現れる。アレンは戦争を経験している人間であり、死への恐怖はそこまで大きくない。

 両者の違いはそこにあった。ジャンヌは直接戦闘経験をしていない。一方のアレンは、何度も戦闘経験がある。感情を吐き出すジャンヌと、そうでないアレン。力を持つ人間と言われようと、彼等は、紛れもない、“人”であるのだ。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

突如、警報音が鳴った。それに反応した両者は何事かと思い、急いで外に出た。

 

アレンとジャンヌが見たもの。それは、MSの姿だった。グレーベースのカラーリングに、所々が黒く彩られている、暗いカラーリングが特徴的な、独創的なMS。頭部には牙のような装飾がしており、胸部には一つ目のような装飾がされている。そして、両手部マニピュレーターは通常のMSよりも遥かに肥大化している、その機体。どこの所属かも不明な、得体の知れない機体が、アステル家の庭園に出現したのである。

「何故、MSが……?」

 

ズシィィィン

 

そう言った時、二機のMSが姿を現した。いずれもが小紫系統のカラーリングをしている。バックパックはウイングが装備されている、その機体達。頭部カメラはモノアイタイプを採用している。

 機体名、ドラグネスアサルト。型式番号DMS-98A。それはデウス動乱の後期でディエルの後継機として製作された、量産型MSである、ドラグネスを、アステル家がカスタムした機体である。両機体共にビームアサルトライフルを構えており、これが主武装となるのだ。

「これは?」

「アステル家のMSです。現在、アステル家は工場こそ停止しておりますが、万が一の時に備えて機体数は確保しております。これらは敷地内に侵入した機体の、迎撃用の機体です。」

ジャンヌが解説している時、ドラグネスアサルトは黒いMSに対してビームアサルトライフルを放とうとした――

 

ドバアアアアッ

 

一瞬の出来事だった。黒いMSはマニピュレーターを展開し、そこからビーム粒子を展開して放ったのである。たちまち、一瞬で融解するドラグネス。

 もう一機がビームサーベルを展開し、迫る。だが、黒いMSは右のマニピュレーターで動体を鷲掴みした。

 機体がメキメキと、音を立ててその形状を崩壊させていく。パイロットは、逃げようにも逃げられない。

 

ズバァァァァッ

 

やがて、マニピュレーターからビーム刃が展開され、もう一機のドラグネスも破壊されてしまったのだ。

「よーしパパ襲っちゃうぞー!ハハハハハァ!」

そして、黒いMSからは聞き覚えのある、狡猾な声が。

「メイド・ヘヴン……?」

「あいつ、あれに乗ってるのか!?」

先程ジャンヌを殺害しようとしていた、メイドの声だ。

「鬱憤晴らしの怪獣ごっこは楽しいなぁオイ!もっと出て来いや!倒し甲斐ねぇんだよオラァ!」

そう言いながら、ズシン、と重い音を立て、アステル家の豪邸に迫ってくる、そのMS。

 どこでその機体を調達したのかは不明であるが、一つ言える事があるとすれば、このまま放置していてはアステル家を破壊されてしまう可能性が高いという事だ。

 観光客達は皆、逃げている。予想外のMSの襲撃。それも、民間人を巻き込むような事をする男。そして、それに対し何の罪悪感も抱かないこの男は、一言で言えば、異常だ。

「あいつ、どうしてMSに乗ってるんだ……?」

「分かりません。隠し持っていたとしか、言いようがないですわ……」

「……クソッ!見守るしか出来ないのか……!」

アレンは自身の右手を平手にし、左手の握り拳で思い切りパンッと当てた。そこに、悔しさが滲み出ているのが分かる。

「アレン。こちらへ。」

その時、ジャンヌが一言、口を開けた。そして、彼の右前腕の裾を持ち、そのまま走る。

「ジャンヌ?」

急な事に、彼は慌てる様子を見せる。ジャンヌに導かれるまま、アレンはただ、ジャンヌと共に走るのみだった。

 

 

少し走り、彼等は地下通路を走る。そのまま真っ直ぐ、薄暗い廊下を走る。

やがて、一つの自動扉の前に辿り着いた。ジャンヌは右端にあるテンキーのボタンを入力した。

 

Complete.

 

テンキーに映し出された文字が浮き出た時、扉が開いた。そのまま、二人は扉に入りー

 

バンッ

 

と、同時に明かりにが灯された。急な光に、アレンは思わず右腕で目を覆った。

 やがて明かりが少し慣れた時。そこにあったものを見て、アレンは驚愕した。

「これは、戦闘機?」

「いえ、MAです。」

形状は、MAのような平らな形状をしている。だが、よく見れば後方にはMSの足部のような形状をしている関節パーツの姿が確認出来た。この事から、これは恐らく、可変機である事が伺える。

「どうしてこんな所にMAが?」

アレンが言った時、ジャンヌが口を開いた。

「アレン、これは貴方の為の力です。そして、この機体は、貴方が来るのをずっと、待っていました。」

「待っていた……?どういう事だ?」

「それは、貴方がこれに乗れば分かる事です。アレン、戦後になって新生連邦と戦ったと申しておりましたね。」

ジャンヌの言葉に、アレンは静かに頷く。

「なら、その力は顕在の筈ですわ。」

「いや、待ってよ。いきなりすぎないか?どういう事なんだ?これは一体?」

説明が不足し過ぎている。そもそも目の前にある、戦闘機のようなMAの詳細を何も聞かされていない。何故このMAが、彼を待ち続けていたというのか。彼女は説明をしないのである。

「今は説明している時間も惜しいです。アレン、早くこれに乗って下さい。」

ジャンヌの言葉を聞いたアレンは、訳が分からないまま、そのMAのコクピットを探し、やがてはそこに乗り込む事にした。

 

 コクピット内部で、アレンはスイッチを押す。その時、目の前に映った画面を見た。

 

start up Crystal.

 

この配列された文字に、アレンは既視感を覚えていた。それと同時に、コクピット内部の構造を、じいっと見つめる。

 覚えが、あった。それは彼が戦前に乗っていた愛機と、瓜二つの環境だ。

記憶が蘇る。デウス動乱の英雄、アレン・レインドが乗っていた伝説的MS、クリスタルガンダムの、記憶が。

「ジャンヌ、これはまさか……」

その機体の事に気付いた様子のアレンは、ジャンヌに確認するように、言った。

「お気付きになられましたね、アレン。その機体のOSはかつての地球連邦軍の試作兵器。型式番号、EMS-C01、クリスタルガンダム、そのものを使用しています。」

要は、かつての機体そのものを流用しているという事だ。

 だがクリスタルガンダムは、大戦末期にアレンの宿敵であったアーク・レヴンと交戦し、廃棄されている筈だった。何故、アステル家がそれを持っているのだろうか。

「どうしてアステル家がクリスタルガンダムを所持しているんだ?」

「来るべき時の為に、必要だと感じていたからです。それに、その機体は、今はクリスタルガンダムと言う名ではありません。」

アレンは首を傾げた。ジャンヌの、言葉の意味が理解できなかったのだ。

「その機体名は、AMST-009X1ティフォンガンダム。OSこそクリスタルガンダムを流用しておりますが、外観やスペック等は全てアップデートしている機体です。その為、この機体はこのような形状をしているのです。」

「だからMAなのか!?じゃあ、この機体はガンダムタイプなんだ……」

「ええ。そういう事になりますわ。」

「そして、これは俺のかつての愛機……なのか。」

かつてのデウス動乱の英雄、アレン・レインドは、この場において、再びガンダムと冠するMSに乗った事になる。外見こそ、ティフォンガンダムと言う名のガンダムではあるが、中身は当時のクリスタルガンダムである。

「可変機体ではありますが、貴方なら乗りこなせると、信じています。アレン、あの機体を止めて下さい。貴方ならば出来ると、信じています。」

やがて、ジャンヌとの回線が切れた。

 アレンは唾を飲み込み、両手で操縦桿を、引く。

 

キシィン

 

カメラアイが起動する音が聞こえた。MA形態ではどこにガンダムタイプのカメラアイがあるのかは不明だが、その事から、間違いなくガンダムタイプである事が分かる。

180°ターンテーブルが回転し、その先にある自動扉が開かれ、MAはカタパルトに設置される。

「今は、とにかく奴を止める!アレン・レインド、ガンダム、行きます!」

アレンはデウス動乱の時のように、再びガンダムに乗り、戦う。それは、英雄と呼ばれた青年が、帰ってきた瞬間でもあった。

 

 

 黒いMSは豪邸に向け、ビーム砲撃を行おうとしていた。別のMSと交戦出来ない苛立ちを、そこにぶつけようとしていたのである。

「止めろ!!!」

そう言って、アレンの駆るMAが、メイドの乗るMSの前に立ち塞がる。

 MAは、すぐに変形した。その間、僅か0.5秒。腹部にあったシールドは左前腕部に装備。下半身は180°回転し、脚部が露わになる。そして、特徴的な四本のアンテナに、黄色のツインアイ。胸部は青系統、両肩から腕部は白、フロントアーマーは赤系統という、トリコロールカラーのその機体。そして、特徴的な口部に相当する突起。

 ガンダムタイプと呼べる、そのMSが、メイド・ヘヴンが駆るMSの前に立ち塞がったのであった。

「ハハハハハ!怪獣相手の特撮ヒーローのお出ましじゃねぇか!しかもガンダムタイプ!こいつは楽めそうだぜェ!!!」

アステル家を単独で襲うメイド。彼は別に、任務でそのような行為をしている訳ではない。個人的な理由。それも、“怪獣ごっこ”という、ふざけた発想からそのような行為をしているのである。無論、それそのものが危険行為であり、他者を巻き込む行為だ。

 MSは兵器だ。それ故に、パイロットには責任が伴う。だが、戦後になり、無責任なMSパイロットの数が増えつつあるのがこの世界の現状でもある。そのうちの一人が、メイド・ヘヴンと言えた。

「お前の身勝手は止める!メイド・ヘヴン!」

「おほほー!まさかだな!パイロットはアレン・レインドかよ!!」

 

ビゴォン

 

メイドの乗る機体が、モノアイを輝かせた。と、同時に、右のマニピュレーターを展開し、ビーム砲撃を行った。すぐにそれを回避し、頭部機関砲で牽制をする。

「こんな所でビームを撃つのか!メイド・ヘヴン!」

「てめぇの許可がいるんかよ!?オオン?」

「人がいる状況で、そんな事させるか!」

そう言いながら、アレンの駆るティフォンガンダムは腰部に搭載しているビームセイバーを展開した。

 ビームセイバー。それはビームサーベルよりもビーム刃の出力の高い兵器である。クリスタルガンダムの時はビームサーベルであったのだが、アステル家がこれを改修し、より、出力を高める物を作り出すのに成功したのだ。

 

バヂィィィィィ

 

ティフォンはビームセイバーを、メイドの機体はビームグローブを展開し、拮抗し合う。

「てめぇの機体がガンダムであれどなぁ、グラントロールにゃ叶わねえって!覚悟しろやオイ!!!」

 グラントロール。それが、メイドの乗る機体の名前だ。

 型式番号ERR-404、グラントロール。メイド・ヘヴンが戦後に使用しているMS。彼のハンドメイドMSである。どこで製造されたのか、詳細は不明。その特徴的な形状はメイドが好んで作り出した機体である。

「民間人が居る場所で、ビーム砲なんて出す方がどうかしている!戦争が終わった時代なのに、どうしてこんな風に戦う必要がある!?」

「あぁ?てめぇの説教聞かなきゃなんねぇのかよ!?教師かよてめぇ!先生あのね!てかぁ!?ハーハハハハ!!!」

と、言いながらグラントロールは攻撃を仕掛ける。この機体の特徴は、マニピュレーターを駆使した攻撃を使用するという点にある。マニピュレーター自体がクローという物理的な攻撃を行うことが出来る上、掌部からビームグローブを展開し、それ自体がビーム刃としての役割を果たすことが出来る、機体だ。また、掌部からはビームカノンを展開する事も出来る、機体だ。

(ここで戦うのは危険だ……敷地外にこいつを誘き出せば……)

そう思った時、ティフォンは行動した。

 バーニアを展開し、豪邸や、庭園から離れる。グラントロールは、それを追いかけるように、自身のバックパックに搭載しているバーニアを展開した。

 

 

 場面は変わった。庭園の外、アルバノ湖周辺にて。ローマ中心部から南東、約20キロメートル程の場所に位置しているその湖。

そこへ場面を移した瞬間、グラントロールは鬱憤を晴らすかの如く、手部からビームを連射した。これらを避け、ビームライフルを構え、放つティフォン。グラントロールもそれを避け、ビームは湖に落ち、弾けた。

「腕は落ちてねえみたいだなアレン・レインドォ!!!」

「お前みたいな危険な人間は止めないと行けない!!」

「てめぇだって戦争に参加してたクセに俺だけ悪者かよ!てめぇだって同類じゃねぇかよ!」

「俺は戦争を望んでいない!世界はまた、歪んだ方向へ向かおうとしている!」

「歪んでくれた方が良いじゃねぇか!何もない、刺激もねぇクッソつまんねぇ世界よりはよっぽどよォ!!!」

戦前、殺し合った者同士の戦い。互いの主張が、展開される。アレンは、戦争を否定している。しかしメイドは、戦争を肯定している。両者の意見は、対立していた。

ティフォンのビームセイバーと、グラントロールのビームグローブが、再び拮抗する。だが、ビームグローブはそのままビームカノンとして放つ事が可能な兵器。ティフォンにとっては、不利だ。

 その為、ティフォンは一旦グラントロールより離れる必要があった。距離を置き、アレンはティフォンの武装を確認する。

「MA形態の時に先端にあったビームキャノン……これなら!」

武装を選択し、スイッチを押す。

 

グォンッ

 

バックパックに搭載されている背部バスターメガキャノン砲が、展開される。狙いは、グラントロールだ。

「行けっ……!」

 

ドバアアアアアアアアアッ

 

高出力のビームキャノンが、放たれた。

 

ピキィィィ

 

その時だ。メイドは脳内に電流が流れた感覚に陥った。敵の攻撃が放たれるのを、察知し、先読みしたような感覚。空間認識能力が優れている人間のみが使える、力だ。

 グラントロールはビームを回避した。回避したビームは、空中に消える。

「ああ~オカルトパワー持ってて良かったわぁ~」

まるで、風呂にでも入ったかのような口調で語る、メイド。

「シンギュラルタイプ……よりによってこんな奴に力が備わってるなんて……!」

シンギュラルタイプと呼ばれる力を持つ人間は、レイやエリィといった人間だけに宿るとは限らない。

例えばこの男、メイド・ヘヴンも力を持つ存在である。戦争を楽しみ、尚且つ人殺しを楽しむような凶悪な性格の男がよりによって、シンギュラルタイプというのはあまりに皮肉である。

「ええわぁー!脳みそに電気が流れるあの感じたまらんわぁー!ハハー!」

その言葉と同時に、胸部からマシンキャノンを放つ、グラントロール。牽制用のその武器はティフォンに僅かにダメージを与える。そして、メインカメラが僅かに被弾したのだ。

「クッ、少しやられたか……!?」

360°モニターに、障害が残る。前方のカメラの映りにエラーが出ていた。

 その為、アレンはモニターを解除し、目視でグラントロールと戦う事を決めた。カメラが使えない以上、彼自身の目が頼りになる。

「熱源……!?」

モニター左端部のセンサーが、突如熱源を察知。その方向を見る、ティフォン。

「目ん玉からビームぶっ放してやんぜぇクソ野郎ォ!

目ェからビィィィィィィィィムゥゥ!!!!!」

グラントロールの胸部に該当する部分は、“目”の形状をしている。それはメイド・ヘヴンの趣味嗜好によるものだ。

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

まるで、漫画やアニメ、特撮等で使われる、“必殺技”と言わんばかりに雄叫びを上げ、ビームは放たれる。高出力のビーム粒子はティフォンに迫る。回避が間に合わないと感じたアレンは、急いでシールドを構え、対処した。

「クッ……!こんな武器が……!」

機体は激しく揺れる。その間にも、グラントロールは接近してくる。

 やがてマニピュレーターを展開し、そのまま、クローのようにティフォンを叩きつけた。

機体の制御が出来ないまま、ティフォンは湖に落ちる。

 

 モニターの表示も完全でない状態で、叩きつけられたティフォン。アレンはレバーを引き、その体制を立て直そうとするが――

「溺死させてやんぜ!アレン・レインドォ!」

グラントロールのマニピュレーターが迫る。このままビームグローブを展開されれば、破壊は免れない。

「させるかっ!」

アレンはモニターをタッチし、そしてスイッチを押す。再び、先程放ったメガキャノンを二基、ティフォンの肩部に展開し、水中でそれを放ったのである。

 水中でのビーム粒子は、敵機体の距離が遠ければ遠い程、減衰してしまう。だが、ビーム粒子放出装置の基部からの出力は、敵機体を破壊するのに十分な火力を持っていると言える。

「おおやべぇ」

脳内に再び電流が流れたメイドは、すぐに回避行動をとる。グラントロールは後方へ移動し、水中から脱出を試みた。そして、それを見たアレンはレバーを引き、ティフォンのバーニアを展開して水上へ移動する。

 

 ザバァと、湖から水が弾く音が聞こえる。二機のMSが水中から出てきて、再び交戦を始める。互いにビームを撃ち合い、攻撃を続ける。

 ティフォンはビームライフルから、グラントロールはハンドビームカノンからビーム粒子を放ち、放つ。互いに水上をホバー移動し、移動する。回避されたビーム粒子は近くの岩場に直撃し、破壊される。

 接近をすれば、ビームグローブによる攻撃が迫る。しかし離れていても、先程の強力なアイドビームカノンがティフォンを襲う。彼自身、ようやくティフォンの操作に慣れて来たばかりであり、敵との適切な距離が不明なのだ。

「うぇーい、ちんたらやってんじゃねえぞー」

グラントロールの魔爪が迫る。アレンは咄嗟に反応し、頭部機関砲で牽制した後にビームセイバーで、これを迎撃した。再び拮抗し合う両機体。だが、その時を待っていたかと言わんばかりに、メイドが笑みを浮かべた。

「零距離ビームは極上のお味だぜぇ!目からビーム!!!」

再び、アイドビームカノンが放たれる。それに気づいたアレンが、回避運動をとった。しかし――

「くぅっ!」

左前腕部が融解してしまった。一度は防いだシールドだったが、既に機能を失いつつあったのである。シールドにはビームコーティングが成されているのだが、それ程に、アイドビームカノンの出力が高い事が伺える。

「アレン、聞こえていますか。」

その時だ。ティフォンの回線に一人の女性の声が。ジャンヌの声である。

「その機体には、有線ではありますがサイコミュ兵器を搭載しています。貴方の約に立つ筈です。」

有線?サイコミュ?最初、その言葉を聞いてアレンは戸惑っていた。だが、敵は容赦なく迫る。このままでは防戦一方である。

「いや、待て……これか?」

アレンは、一つのスイッチを押した。すると、ティフォンの両肩アーマーが外れた。それはやがて、銃口を作り出し、有線が展開される。

「この武器は……そうか、そういう事か!」

アレンは、それを感じた時、一度目を瞑る。

 彼は目を瞑りながら、脳内を活性させていた。アドバンスドタイプと呼ばれる人種であるアレン。彼は常人と比較しても、空間認識能力や高次脳機能が優れている。常人を超えた集中力は、時として自身を守る事にも繋がる。

 空間認識能力以外にも、高次脳機能が優れているアドバンスドタイプ。

脳機能には、感覚受容器からの入力情報の需要や、運動効果器への出力情報の発信などの一次的情報と、複雑な認知機能、及びその随意性や制御を司る高次機能がある。 

アレン・レインドは常人が持つそれらの能力よりも、高い能力を持つ。それ故に、高度な技術が求められる兵器の扱いが可能となるのだ。

 アレンの頭の中で、一つのビジョンが浮かんだ。グラントロールとの距離を感知したかのような、ビジョン。そして、彼の目は見開かれる――

 

ピシュンッ

 

両肩から展開された浮遊物はアレンの意志に沿うように、動き始めた。有線はグラントロールを追いかけ、銃口を狙い撃ちする。

 銃口からは、ビーム粒子が拡散した形で放たれた。

「チッ、こいつぁサイコミュか!」

その攻撃を見て一目で脳波コントロールの兵器であると察したメイド。やはり、彼も力を持つ者であることが、分かるのだ。

「脳波コントロールで俺を攻撃ってかぁ?甘ぇんだよ!目からビー……」

再びグラントロールがアイドビームカノンを放とうとした時だ。ビーム粒子残量を確認するメイド。すると、もうビーム粒子を展開するだけの量が無かったのである。

「クソ、無駄に撃ち過ぎたかよ!」

グラントロールはビーム兵器を使うことが出来なくなっていた。それは、単純に粒子切れだった為だ。

 そうなっては戦うことが出来ない。不本意ではあるが、グラントロールは撤退する事に決めたのだ。

「逃げる……?」

追い掛けようとするアレン。

「バイバイキーン!また殺し合おうぜアレン・レインドォ!!!」

そう言い残し、グラントロールのバックパックのバーニアの出力を高め、メイド・ヘヴンは湖から去って行ったのであった。

「逃げられた……深追いは、禁物か。」

この場から去ったグラントロールを見て、ただ茫然と見送るしか出来なかったアレン。そして、ティフォンはそのままMAに変形し、アステル家に戻っていく。

「ジャンヌ、今から戻るよ。」

「お疲れ様でした、アレン。先程の戦いはモニターで見ておりましたわ。」

ジャンヌは笑みを浮かべていた。それを見て、彼も笑みを返す。

「多分、奴はまた現れるような気がする。そうなったらアステル家はどうなる……?」

ふと、彼は心配をした。気紛れな男、メイド・ヘヴン。交戦する前の言動から、如何に危険な男であるかが分かる。彼の気紛れでアステル家が被害に遭う可能性も有り得るのだ。

「それは、分かりませんわ。しかし一つ言える事は、より、警備を強固にしていく必要があるという事です。」

「……そうだね。」

アレンは、鼻を右示指で少し掻き、微笑した。

 

 

 時間が経ち、場所はMSデッキ内。MA形態のまま帰還したアレン。彼が乗っていたティフォンガンダムは初陣を飾り、その機体性能を見せつけた。

「確かに、戦っている間はクリスタルを思い出した。武装こそ違うけど、コンピュータやモニターの位置はクリスタルの物を流用しているのが分かる。」

「やはり、この機体は貴方に相応しいですわね。安心しましたわ!」

ジャンヌは直に対面し、改めて笑顔を作る。両手を合わせ、右の頬に寄せる。

「しかし……何故ここまで改修する必要があるんだ?別に、クリスタルのままでも良かった気がするけれど。」

彼の疑問。それは、機体のフレームは戦時中に乗っていたクリスタルガンダムであるのに、何故可変機のようにする必要があるのか……である。

 クリスタルガンダムは、元々可変機でない。アインスガンダムのような、人型のMSであり、上半身や肩部がやや大型である機体だ。バックパックのバーニアスラスターは大型であったが、彼が乗ったティフォンはビーム砲へと差し替わっていた。

「クリスタルガンダムが、連邦軍、デウス帝国両軍に影響を大きく与え過ぎた機体であるからです。現代になってもそのような機体があるという事が知られれば、現在の世界情勢を考えた時、争いの火種になりかねないと判断しました。」

「要は、カモフラージュという訳だね。」

「そうですわ。まさか、かつての英雄の機体が可変機体に変わっているなど、誰が予想出来ましょうか。ウフフ……」

それは、アステル家という、デウス帝国に対してMSを提供していた一族だから出来る事だった。

彼女の言うように、かつての英雄の機体がそのまま戦場に出れば、真っ先に注目をされる。そしてそれを奪わんと、争いが起きる危険性がある。そうなればアレンは愚か、その周りの人間にも危害が呼ぶ危険がある。それは避けなければならない事態であるのだ。

「アレン、一度、お風呂にでも入ってきて下さい。疲れましたでしょう?」

「あ……うん。そうだね。」

ジャンヌの所に用事で来た筈なのに、MSに乗って戦うという体験をしたアレンは、少しながら疲れている様子だった。

 

 アレンはジャンヌの言うように、浴室を借りた。大浴場ともいえる環境はアレンを驚かせるのに十分だった。そこで入浴を済ませ、着替えるアレン。彼はバスローブ姿になり、ジャンヌの前に姿を見せる。

「お疲れ様でした、アレン。」

「ああ、ありがとう。」

ソファに座り、少しだがくつろぐ様子のアレン。

「風呂に入っていて思っていたんだけど、気になる事がある。どうして俺をガンダムに乗せるなんて、試すような事をしたんだ?」

何気なく、アレンは聞いた。

確かに、バンディットとしての活動をしている事や、アレンがかつて乗っていたクリスタルガンダムの改修機、ティフォンガンダムの事も含め、全てがジャンヌの思うように動いているように見える。それは、まるでジャンヌが彼の存在を待っていたか用意の仕方だ。

「戦後の現在。混迷の状況に巻き込まれつつある世界。それを打開する力が、必要だからです。貴方が生きていた事は偶然でした。ですが、この偶然が貴方とティフォンを巡り合わせたのです。」

つまり、アレンの存在を待っていた訳ではない。ただ、相応しい人間が現れないかを、確認したかったのである。

「まるで運命的だな。もし俺が死んでいたらどうなっていたんだろう。」

何気なく、アレンは聞いた。

「その時を、待つだけです。相応しい人物が現れるのを。」

と、言うジャンヌの表情は真剣、そのものであった。

 アステル家が回収し、全面的に改修したガンダムタイプ。ジャンヌが言うには、その力は、今後の混迷する世界を打開する力というのだ。

「君はやっぱり世界の事を凄く考えてるね。俺と全然違う。俺はずっと、生活の事ばかりを考えていた。色々と理不尽な事を感じたりはしたけれど、結局は生活だ。世界の事とか、そんな大それた事なんて考える余裕ないよ。」

「だから、バンディットという仕事を?」

アレンは頷く。そして、喋る。

「世界の為とか、そんな綺麗な事、俺には言えない。戦後になって俺に出来る事は限られている。だからこんな仕事をしている。まさか、依頼をかけたのが君だとは思わなかったけれど。」

改めて、この偶然に驚くアレン。

 戦後になり、平和の在り方を常に考えていたジャンヌと、生活を考えていたアレン。今回偶然再会する事で、彼等は互いの心境を打ち明けられたのである。

「ところでさ、肝心の依頼内容、まだ聞いてなかったね。」

アレンはこの時、思い出したかのように言った。

 確かに、ジャンヌには招かれた。そして話をし、その途中でメイド・ヘヴンに襲われた。やがてはMS戦になり、メイドは撤退した。この一連の出来事で忘れがちであったが、アレンは今、バンディットとしてジャンヌと会っている。知人関係としてでは、ないのだ。

「そうでしたわね、アレン。改めて、内容をお伝えします。」

アレンは唾を飲み込む。

「それは……私の護衛ですわ!」

パン、と両手を叩き、ジャンヌは笑みを浮かべた。

「え、護衛?」

突然彼女の口から語られた言葉に、アレンはただ、驚愕する。護衛?何の?突然の言葉はアレンを困惑させる。

「ええ。護衛です。」

メイドに襲われた後の、恐怖に満ちていたジャンヌの姿はそこにはない。彼に依頼をした時、満面の笑みを浮かべていたのだ。

「ご存知のように、私は世界的歌手。しかしそれ故に、マスコミやパパラッチといった存在に付け纏われる事は多々、あります。無論、アステル家としての私の事は公表されませんが、こうした存在からの護衛を、貴方にお願いしたいのです。」

要は、芸能関係者を守る、ガードマンを依頼したいのだという。

「彼等は私のプライベート事情等を記事にしたがる傾向にあります。世界中で活動するが故に、その私生活を暴露しようとする者が居るのが現状です。」

今回の依頼は、世界的な歌手としての、ジャンヌ・アステルの護衛だというのだ。

 ジャンヌは様々な顔を持つ人間である。歌手としての顔や、先程のアステル家の令嬢としての顔も持つのが彼女だ。世界的に有名人であるが故に、やはりマスコミに追われる事も多々、あるのだという。

「確か、君は歌手だけじゃなかった筈だ。女優としても一流。その上以前行われたテニスの大会でベスト4に進出していた。才色兼備ってやつだね。君は。」

アレンの言うように、ジャンヌは歌手活動として世界的に有名ではあるが、それだけに留まらない。女優としてもトップクラスの実力を誇り、アカデミー賞最優秀賞受賞を経験している。又、テニスプレイヤーとしての実力も圧倒的であり、世界大会で記録を残したことがある。

 容姿の美しさも去ることながら、その実力も紛れもない女性、ジャンヌ・アステル。その存在は、世界中のマスコミ達が黙る事がないのだ。

「私からの依頼、受けて頂けますか?」

ジャンヌ・アステルの美しい表情がアレンの目を捉え、離さない。そして、彼は静かに頷いたのだ。

「嬉しいです……!アレン、改めて宜しくお願いいたしますわ。」

そっと、ジャンヌは手を伸ばした。アレンはこれに対し、握手を交わす。

 バンディットの依頼主はジャンヌ・アステル。世界的歌手であり、女優であり、テニスプレイヤーの彼女が依頼主と言う、前代未聞の出来事。その報酬額は破格であり、アレンにとっては非常に価値のある以来と言える。

「ところで、護衛はどれぐらいの期間、すれば良いんだ?」

ふと、アレンは聞いた。

「日本でのコンサートが、終わるまでですわ。」

「じゃあ、日本へ行くのか?」

「はい、三日後に。」

まさかの、偶然だった。元々アレンはセイントバードチームと共に日本へ向かう予定だった為、結果的に彼は日本へ向かう事になる。もしかすれば、セイントバードチームのクルーに会うことが出来るかも知れないと考えたアレンは、静かに頷いた。

「コンサート自体は、いつからなんだ?」

「十日後です。早く日本に行き、少し時間を作りたい……と思いまして。」

要は、ジャンヌは観光がしたいのだ。

「……分かった。けど、一つだけ条件がある。」

「条件ですか?」

ジャンヌは首を傾げた。

「依頼を受けている間の俺の名前は、スパーダ・スクード。だから名前を間違えないで欲しい。それだけはお願いするよ。」

「ええ。分かりました。その……スパーダ・スクード。」

明らかに言い辛そうにジャンヌは言う。

 バンディットとしての彼の偽名はスパーダ・スクード。これは忘れてはいけない事実だ。デウス動乱の英雄として知られているアレン・レインドと言う名前を使う事は、新生連邦も居る現在では危険なのである。

 アレンは、ジャンヌと共に日本へ向かう約束を交わした。その内容は、歌手活動をするジャンヌの、護衛……いわば、ガードマンである。戦前からのよしみとはいえ、まさかこのような活動をする事になるなど、思いもしなかったアレン。だが日本へ向かうことが出来るというのは、ある意味彼にとっては幸運と言えた。

「ちなみにですが、日本へは輸送機で行く予定です。その際ティフォンも一緒に同行しますわ。」

「え?歌手活動としての護衛なら、MSは必要ないのでは?」

突然の言葉にアレンは再び疑問を抱く。

「それは、日本に着いてからのお楽しみ……という事ですわ!」

ガードマンとしての依頼の筈なのに、何故MSを同伴する必要があるのか?アレンは、ただ、疑問を抱くだけ。しかし彼女が報酬を払ってくれるのならば、それは承諾せざるを得ない。

聞きたい事は山程あるのだが、ジャンヌは答える様子を見せなかった。ただ、笑顔で誤魔化そうとするばかりだった。

 

 

 

一方、メイド・ヘヴンは先程の戦闘から場所を変えていた。その場所は山の中。グラントロールのようなMSを隠すには絶好の場所だった。MSが山を歩いていては目立つ。その為、迂闊に動く事が出来ないでいたのだ。

「憂さ晴らしでMSに乗ったらアステル家にはMSが居たのは良かったぜぇ。粒子切れはやらかしたけど、まあこいつを動かせたなら良しとするかなァ!」

アステル家には元々MSに乗って来たのである。彼の専用機、グラントロールはメイドにとっては、車やバイク等の移動手段……つまりは“乗り物”同然なのだ。

 

ピピピピピピピ

 

その時、彼のEフォンに着信が入っていた。その内容を確認する、メイド。

「はいほい?」

電話の主は、日本にいる氷河族のリーダー、アルン・ティーンズであった。

「メイド・ヘヴン。どこで何をしている?メンバーに招集を掛けているのだがあと二人、来ない。エレア・シェイルとお前だ。」

明らかに不機嫌そうなアルン。これに対し、メイドは言った。

「あぁ。仕事してた。招集?つーかこっちでのパニッシャーの仕事、まだ残ってンだけどな?」

メイド・ヘヴンは氷河族の“パニッシャー”と呼ばれる人間でもある。組織に不要な存在や、不利益な存在は彼が抹殺するようになっているのだ。

「一度日本に来い。そこでも仕事はある筈だ。」

「へぇ……日本。こいつぁ、少し面白いかもな……」

メイドは唇を舌で濡らした。

「何を言っている。命令だ。逆らう事は許されない……」

「逆らう気はねぇよ。すぐにゃ無理だから準備出来次第向かうわ。じゃあの」

と、メイドは一方的にアルンからの電話を切った。組織のリーダーに対する態度とは思えないメイドの言動。まるで、馬鹿にしているかのようだ。

「クケケケケ!日本!やべぇ!こりゃ運がええわい!ハハー!!!」

元デウス帝国軍の傭兵であった男、メイド・ヘヴン。天性の殺人鬼であり、MSでの戦闘を心から楽しむ、危険な男。現在は氷河族に所属している男でもある彼は、純粋に、“危険な男”と言える存在と言えた。

 




第二十一話、投了。

メイド・ヘヴンはアレンと因縁のある人物です。その上で、氷河族という組織に所属しているという危険な男。
結構後々に大きく影響してくる人間でもあります。


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第二十二話 レイの悲劇

日本での日常を過ごすレイだがそこで“見てはいけないもの”を見てしまう――


 

 薄雲から月が覗かせる時間。日本、東京にて。冬の東京は寒空が広がっている。

 そこのとある温泉施設に、レイとガーストが居た。MSの整備を終えた彼等は仲良くなっており、エリィの許可も得て、ガーストが車を出し、都内の温泉施設に来ていたのである。

 温泉。日本は温泉大国と呼ばれる程に温泉が湧いている国だ。その歴史は古代に及び、ヨーロッパ諸国では古くから労働者がその疲れを癒す為に温泉に入り、その疲労を癒やしたという。

 日本に於ける温泉は同じような役割ではあるが、どちらかといえばレジャー、観光で温泉という役割を果たす事が多い。国内は勿論、海外からもその人気は後を絶たないのだ。

 今、レイはガーストに連れられて来ていた。日本の温泉施設というものを、彼はレイに堪能して欲しいと考えていたのである。

「ふぅ……」

と、彼等は露天風呂に浸かっていた。昼間の労働の疲労を、こうした場所で癒しているのである。

「しかし、お前本当に女の子の顔、してるよな。最初おっちゃんら、皆滅茶苦茶びっくりしてたぞ?」

「僕、そんなに女顔ですか……?」

レイは、少しばかり落ち込んだ様子を見せる。

「ちゃんと形の良い“イチモツ”は付いてるし、立派な男だろ。それに、最初なよなよしてる印象があったけど、脱いでみたら思ったより身体付き良いじゃん。サッカーやってるだけの事はあるな。」

「そういうの、なんか嫌です……」

恥じらいながら、レイは言った。

レイは顔こそ女顔であるが、それなりに引き締まった身体をしている。うっすらと割れている腹筋、引き締まった臀部、僅かに作られている胸筋群。両前腕と両下腿は末端にかけて引き締まっており、均整の取れた身体付きと言える。

「けど、僕、本当に日本に来られて良かったと思ってます。色々とあったけど、こうしてゆっくりとした時間が取れるなんて思っても見ませんでしたから。」

レイの表情は、嬉しさで満ちている。故郷への想いはあったが、何よりも憧れだった日本に来れたという強い嬉しさが勝っていた。

「じゃあ、日本に住むか?」

「えっ!?それは……」

と言われると困る。帰る家があり、家族もいるのにそのような事など、出来る筈がないのだ。

「ま、実家がある以上はそうもいかないよな。住民票とかややこしいし。」

 宇宙と地球の行き来が可能になった時代ではあるが、簡単に住民票を取るのは難しいのが現状なのだ。それは、不法移民等に対する問題が大きい為である。

 この時代になり、コロニーを含めた人々は様々な居住場所に住むようになっていた。国籍や人種問わず、それぞれの国の良いところや住み易さ等を見て、住所を決めている。従って、学校も様々な顔触れが揃いやすい。西洋系の顔立ちの者も居れば、東洋系の顔立ちの者もいる。レイの通う学校も例外でない。

「それにさ、地球上でデウス帝国出身って言ったら誰もが嫌な顔するんだよ。」

「どうしてですか?」

湯船に浸かりながら、レイは首を傾げる。

「デウス動乱は、デウス帝国が戦争を仕掛けて来た……って言われてるんだよな。それが大きいんだよ。」

この時代の歴史の認識としては、デウス動乱が起きたのは冷戦状態だった地球連邦とデウス帝国の緊張状態を破ったのが、デウス帝国軍であると認識されている。

「地球に侵攻してきたデウス帝国を許さないって思う人間が多い。コロニーと地球間の行き来は確かにし易くはなっているけど、デウス帝国の人間は住民票を地球側に移すってなると、明らかな差別を受ける。」

「差別……ですか。」

「そう。今の世界情勢では、デウス帝国の人間は、堂々と地球で住むことが出来ないんだよ。だから不法移民が後を絶たない。それで宇宙へ送還しようとお偉いさんはぼちぼちと動いているんだよ。まあ、ぼちぼちとだけどな。」

デウス帝国は敗戦した。そしてデウス帝国軍はその力を失った。その為、Cコロニー14群に滞在するデウス帝国の国力は大幅に弱体化。その国としての機能も成り立たなくなりつつある状態だった。

 それ故に、地球へ移民しようとする人間が多い。だがそれは簡単に行く筈がなかった。先程ガーストが言ったように、地球ではデウス帝国の人間は差別をされる為である。

「えっと……じゃあ、ネルソンさんって……」

ネルソンはデウス帝国出身だ。だが彼は今、セイントバードチームのクルーとして同行している。彼は不法移民なのかと、レイは疑問を抱いた。

「まあ、不法移民って言い方は悪いけれど、今の連邦に多額の金銭を渡せばそれも見逃される事が多いって話だ。恐らく、ネルソンさんはそれで今も地球に居るんだろうな。」

ネルソンは地球に住所を持たない。それはエリィも同様であるが。それ故に、セイントバードチームが成り立っていると言える。それは戦後、MS乗りが多数存在している事からも、住所不定者が多いのが事実なのである。

「どうして、そんな事が?」

「今の新生連邦がどういう訳か軍備増強ばかり進めるから、こうした事にまともに取り組もうとしてないんだよ。だから言ったろ。“ぼちぼち”と動いてるって。そして、場所によっては治安も悪くなってるんだぜ。まあ、当然の結果だよ。」

ガーストは、湯船で顔を洗い、言った。バシャ、バシャと湯が弾ける音が響く。

「ガーストさんも、お金を渡してここまで来たんですか?」

ネルソンが金銭を連邦に渡す事で不法移民を合法的に認められている状況ならば、何故ガーストはそれをしないのかと、彼は疑問を抱き、聞いた。

「いや、俺の場合は金がない。しかし、今のデウス帝国の本国のある、Cコロニー14群は、敗戦後に連邦の自治下になって、行政としても不利な状況になっている。金を取られ過ぎて貧困の状況だ。とても、住める状況じゃない。だから一か八か、俺は戦後になってプレーンと共に地球に渡った。けれど、案の定どこの国も門前払い。デウス野郎を受け入れられるかって酷い仕打ちを受けたもんだ。」

「そんな、ガーストさんは何も悪くないのに……」

レイの表情が暗くなる。

「しかもデウス出身って分かった瞬間、多額の税金を要求しやがる。明らかに不等な差別だよ。けれど、これが敗戦国の果てなのさ。」

はぁ、と、ガーストは溜息を吐いた。その息は、湯気と共に空を舞う。

「まあ、俺はデウスを最終的には裏切ったんだけどな。こういうのは、結局組織がやらかせばその皺寄せが所属している組織の人間にも来るのが当然なんだよ。一部の人間がやらかしてくれたせいで、真面目に生きる人間が迷惑被るってのはいつの時代も一緒だな。」

差別や偏見は、結局はその組織の一部の過激思考の人間が思わぬ行動をとる事により、生じる事が多い。それは真面目に活動している大半の人間にも悪影響を及ぼす事がある。デウス帝国軍の戦争ではあるが、戦争をする事を決めたのは軍の上層部であり、一般市民や下層部の人間はただ、迷惑を被るだけなのだ。

 真面目に何らかの事を取り組んでいる人間がいる。しかし、その人間が所属している組織の人間の一部の者の行動が非常識的な行為をした場合、その全体が偏見で見られる事がある。それが差別、偏見を生み出す大きな要因となるのだ。そうなってしまえば、いくら真面目に活動している人間が何らかの主張をしても、偏見の目はそう簡単には覆らない。レイと仲良くなったガーストは、こうした影響を受け、生きているのである。

「レイ、デウス動乱がどうして起きたか知ってるか?」

「え?それはデウス帝国が侵攻してきたとかって話……ですよね?」

それを言った時、ガーストは首を横に振った。

「実際は違う。当時の地球連邦軍内部の反乱軍って連中が、デウスの民間コロニーを襲撃したのが原因だ。実際の歴史じゃデウス帝国が悪者扱いされてるけど、諸悪の根源は連邦の中の反乱軍って連中なんだよ。」

「そうなんですか!?そんなの、歴史の授業でも習ってないですよ!?」

レイは驚愕した表情を見せた。彼が知っている歴史の内容と、大きく異なっている内容を、今聞かされたからだ。無理もなかった。

「無理もないぜ。歴史上じゃ隠蔽されてるって話だしな。」

ガーストの表情は、どこか虚ろだった。レイはそっと彼に近づき、聞く。

「どうして、ガーストさんはそんな事を知ってるんですか?」

そう言われた時、ガーストは空に浮かぶ月を見つめた。

「その襲撃された民間コロニーの生き残りが、俺だからだよ。」

 

 

今から十五年前。デウス帝国領の民間コロニー内にて。

円柱状のコロニーの外壁には、三機のMSが居た。それらはコロニーに侵入した後に、民間人が住まう、居住区に侵入。罪なき民間人を容赦なく、虐殺した。明らかな無差別攻撃。人間がしてはいけないとされる、愚業だった。

その後デウス帝国のMSがこれらのMSを撃墜した。しかし、その際にパイロットの一人が言った台詞が、後に十年という長きに渡るデウス動乱の開戦のきっかけとなったのであった。

 

――――――――――――――くたばれ、デウス野郎――――――――――――――――

 

そのMSは地球連邦軍の所属の機体だった。その事がきっかけで、デウス帝国は地球連邦軍へ宣戦布告したのである。

 その民間コロニーに住んでいたガーストは当時五歳。両親は殺されており、彼はデウス本国に保護された。その後十歳になり、彼はデウス帝国の兵士として戦争を戦い抜くことになる。

 

 

「数年後に廃墟と化した故郷のコロニーに訪れた時にさ、落ちていた日記を見つけたんだ。そこには連邦軍のMSが襲撃したってはっきりと書いてあった。そして、その時の連邦軍のMSの跡を調べた所……その所属が当時の反乱軍が所有している機体だって分かったんだよ。」

ガーストは、当時の現況を知る、数少ない人間であったのだ。レイはこの時、今まで自分が習ってきた事と違う話をされ、ただ、混乱していたのであった。

「けど実際は連邦軍が勝利した。だからこの事はデウス帝国が宣戦布告したっていう事が歴史上では事実となってるんだよ。」

「理不尽だとか……思わなかったんですか?」

「理不尽には感じた。でも俺は今、愛する人と地球で暮らせてるからあんまり贅沢は言わない。不法移民でもなく、ちゃんとしたデウス帝国出身者として暮らせてるんだからな。ま、公には出来ないのが玉にキズだけれども。だからこうして温泉にも入れるって訳。」

彼の過去を聞き、レイはただ、驚くのみ。全く自分が知らない出来事が、過去に起きていたという事に、只驚愕する。そして、改めて、彼は自分が平和な世界で生きて来たのだと感じたのであった。

「でも、気になる事があります。お金を渡さないで、どうして日本に住む事が出来ているんですか?」

ここで、レイは疑問を抱く。彼の過去に

様々な事があったのは分かる。しかし問題は戦後だ。彼はデウス帝国の出身として、堂々と日本に暮らすことが出来ている。これは何故なのだろうか。

「シュアーさんのお陰なんだよ。これも。」

「昼間の、あの人の?」

「そう。あの人、ああ見えてコネクションが凄いんだぜ。日本政府の高官とも関係を持っているぐらいだ。そのコネクションを使って、俺を受け入れてくれた。まあ、代わりにジャンク屋で働くという条件付きだけどさ。」

セイントバードが日本に着艦許可が下りたのは、シュアーのコネクション故なのである。関西弁が特徴的な男性ではあるが、彼が居なければセイントバードは日本に降り立つ事が出来なかったのだ。

「仕事しながらでも、俺には愛する彼女が待ってるから、幸せに生きられてる。まさかエリィさんに出会うなんて思いもしなかったけどさ。ハハハ!」

先程までの真剣な表情は何処へ行ったのか。ガーストは、笑顔を見せた。レイはそれを見て、自然に笑みを浮かべる。

「ところでさ、“愛する彼女”で気になったんだけどさ。お前って好きな人とか居るのか?」

「え!?すすす、好きな人……ですか!?」

突然の質問に動揺するレイ。まるで流れるように質問をされ、彼の表情は一度に赤面をしたのだ。

(す……好きな人……それは……それは……それは……)

好きな人。異性として認識している人間。それが最初に浮かんだのは、故郷にいる、リルム・エリアスだ。幼馴染である彼女の事が、突如頭から離れない。この一ヶ月余りで多くの出来事を経験したレイだったが、恋話に関して質問をされたのは久しぶりであった。

 ガーストは、何気なく彼に質問をしたつもりだったのだが、彼は明らかに動揺している上、目が挙動不審であった。キョロキョロとしており、ただ、慌てているだけ。

(エリィさん……はその、好きとか……じゃないけど……身体が奇麗な人で……でも……好きって言われたら……その……リルム……なのかな……って……ええと……ええと……ええと……)

次の瞬間、レイの顔色が赤く染まっていた。そして、そのまま動かなくなってしまったのだ。

「おい、レイ!?レイ!!」

慌てるガースト。彼はそのままガーストに連れられ、風呂の外に出る事になったのだ。

 

 

レイは湯あたりしてしまっていたのだ。ガーストに連れられ、ソファーにて、ぐったりと、横たわっている。彼は普段、長湯に浸る事は無い。ガーストの話を聞いている内に、次第にのぼせて行き、ぐったりとしてしまっていたのであった。

「はぁ……ふぅ……はぁ……」

深呼吸をするが、視界はぼんやりとしたままであった。

「おい、大丈夫か?」

「は……い……なんとか……」

そうは言うが、彼の顔色は紅潮したままである。用意されていた浴衣を羽織り、レイはただ、呼吸をするのみだ。

 

「あれ?君、もしかしてレイ君?」

湯あたりで苦しむレイに、どこかで聞き覚えのある声が。ぼうっとするレイは視界を意識的に広げていく。

 その時、彼の目に映ったもの。それは、眼鏡を掛けている女性の姿だった。

 その女性には見覚えがあった。だが、この時、彼は名前が出てこなかったのである。

「ほら、覚えてない?アムンだよ!アムン・ディース!ヒューナと一緒に居た!」

「アムン……さん……ええと……?」

視界がぼんやりとしているレイ。目は薄く見開かれ、その輪郭が少しずつ分かってくる。

 やがてじっと見ていると、覚えのある顔が浮き出て来た。アムン・ディース。モントリオールのイベント会場で、レイを女装させる事を提案した人間である。

「えと……えええええ!?」

レイが驚くのも無理はなかった。まさか、このような所で再開するなど予想もしなかったからだ。

「あああああ!やっぱり君の反応女の子みたいだねぇ!男の子って感じじゃないわ!あああああ!」

一人で高揚しているアムン。だがレイはそれを見ても困惑しか出来ない。

 そもそもモントリオールに居る筈のアムンが、何故日本に居るのか。訳が分からない状態で、彼はただ、混乱していた。

「おお、奇遇だな。」

「師匠も!偶然ですねぇ!」

「師匠……?へ?え?」

羅列する単語が分からない。師匠?何の事だろうか。

一つ分かる事は、アムンは、近くにいたガーストと知人関係のようだ。何故、“師匠”と呼んでいるのかは不明だが、この事がレイを余計に混乱させる。

「あれ、レイはアムンと知り合いなのか?」

ガーストは、顔を覗かせ、レイに聞いた。

「知り合いっていうか……一回しか会ってないですけど……てか、どうしてここにアムンさんが……?」

紅潮したまま、レイは起き上がり、座位姿勢を取る。瞬きし、アムンとガーストが並んでいる光景を見た。

 片や同じ故郷から出て来た女性。片や日本で知り合った、元デウス軍の青年。この異色の組み合わせに、レイは混乱している。

「あああああ!その顔も艶っぽい!男の子じゃないよ君!女の子!Eフォンで撮っちゃおうかな!」

と、アムンはポケットに入っていたEフォンでレイを撮影しようとした――

 

バッ

 

と、ガーストがそれを止めたのだ。

「師匠?」

「あんまり無暗に写真を撮るもんじゃないぞ。肖像権ってあるんだからな。」

「はぁい。」

ガーストに言われ、アムンはしぶしぶ、Eフォンをポケットに戻した。

「あの……ガーストさん。アムンさんとはどういう関係なんですか?」

レイは一番気になった事を聞いた。何故、アムンとガーストが知人関係なのか。そして、アムンは何故、彼の事を“師匠”と呼ぶのか。訳が分からない状況で、レイはその疑問の一つ一つを解消しようと聞くのだった。

「SNS繋がりの知り合い。彼女アニメとか滅茶苦茶詳しくてさ、日本に来たら紹介してあげるって言ったら本当に来た……みたいな感じ。今回で二回目なんだよ。まあ、今回は偶然だったけれども。」

「師匠にはお会いする予定だったんですよ〜!」

それを聞き、少しは状況の把握が出来た様子のレイ。そして、次の疑問に移る。

「あの、師匠ってどういう……?」

師匠。本来ならば弟子と呼ぶ人間がその人間に対する敬称。しかし、SNS繋がりのアムンとガーストは、一体どのような関係なのか。何故、師弟関係と呼べる関係なのか。レイはただ、疑問だったのである。

「アムンが呼びたがってるだけ。なんか俺があるアニメに出てくる師匠キャラにそっくりだから、師匠って仇名、付けてるんだよ。特に大した意味はない。」

(ネルソンさんの、“大尉”みたいなものなのかな)

仇名はその人をより親しく呼ぶ為に使える手段の一つである。しかし、当人がその名を不快に思えばそれは侮辱に当たる。逆に、当人が納得して使えばそれはより良いコミュニケーションツールになり得る。

ただし、それを第三者が理解する事は難しい。より親密な関係性を持つ人間でなければ、その判断は難しいのである。

 ガーストの場合、特に気にしている様子はない。呼びたければ呼べば良い……というのが、彼なりの考えなのだ。

「師匠とレイ君がまさかの知り合いだったなんてー!!なんか、偶然って続くんですねぇ!てか、さっきまで二人でお風呂に入ってたんですか??」

「え?見て分からなかいか?明らかにレイ、のぼせてるし。」

何気なく、ガーストが言った後、アムンは急に自身の顔を手で覆い始めた。

「あああああ!禁断の関係!師匠とレイ君の入浴!あああああ!そんなシチュエーションがあるなんて!!!!!」

(え……この人……)

一人、高揚しているアムン。何の事を想像しているのかは不明だが、レイには奇妙に思えた。

 この頃、僅かではあるがレイの湯当たりは少しばかり、緩和している様子だった。顔色も元の白色に戻り、視界もはっきりと見えるようになっていた。

「というか、そもそもどうしてレイ君は日本に来ていたのー?学校は?」

モントリオール出身者であるアムンは、レイがここにいるのに疑問を抱くのは当たり前だ。

 彼は故郷を離れて一ヶ月余りが経過している。その中で、まさか地元の人間に会うなど思いもしなかった。これに対し、レイはどう言い訳をすれば良いかが、分からないでいた。

 困惑するレイ。すると、傍にいたガーストが言った。

「まあ、そういうのはあんまり詮索するもんじゃないんじゃないか?人間、色々と事情があるんだから。アムンもせっかく日本に来たんだからゆっくりしたらいいじゃん。」

まるでレイをフォローするかのように、ガーストの言葉が遮る。アムンはそれを聞き、気にする様子無く言った。

「まあ、そうですよねぇ!師匠!少しお話ししましょうよー!この前のアニメなんですけど――」

この後、アムンとガーストは少しばかり会話を楽しんだ。

 まさか、故郷の人間に会うという偶然はあったものの、僅かにレイは心から安らぎを覚えていた。

 遠く離れた場所で、地元が同じ人間に会った時、人は非常に親近感を湧くものだ。今のレイが、それに該当している。アムンとはそれ程知り合いという訳ではないが、それでも、今のレイの心を満たすのには十分だった。ただ、彼の経緯は決して語れる内容ではない。

 

 

 

 レイは夜遅くにガーストに、車でセイントバードまで送ってもらっていた。そして、一晩をそこで過ごす。日本に着いてから初日。彼にとっては、良き話し相手が出来た日でもあった。

 翌朝。ガーストは勤務の為に空港まで来ていた。再びレイと会い、互いに作業を行う。ガーストは給料の為、レイは自身の経験の為に、作業を行なっていた。

 すっかり仲良くなった両者。この日も仕事終わりにガーストに連れられる形で、再び東京内を移動していた。

 繁華街付近をガーストと歩いていた時、レイはある、一人の少年の姿を見た。黒い髪色の、小柄な少年。彼は黒い鞄を持ち、走っている。

「あれ?」

「ん、どうした?」

「あの子、追われてませんか?」

レイよりも幼いその少年。だが、様子がおかしい。“何か”に追われている。そのように、見えたのだ。

「待てクソガキ!!」

一人の男の声が響く。少年は路地裏に入り、逃げる。

 男の数は三人だ。いずれもが、黒服を着ている。年端も行かない少年を、何故三人の男が追いかけているのか。その異様な光景にレイは疑問を抱く。

「事件か?なんか、嫌な予感がするな。」

そう言うのは、ガーストだ。

「なんか、気になります!」

そう言った後、レイはすぐに後を追いかけた。

 クラリス・デイルに囚われた時が一度あったが、彼は好奇心が旺盛な人間である。明らかになんらかの事件かも知れないと思ったレイは、すぐに反応し、その後を追いかけたのである。

「ちょっ……レイ!?」

レイが路地裏に入るのを見たガーストは、すぐに追いかけたのだった。

 

 

 

 路地裏にて。少年は三人の黒服の男達に追われている。狭い路地裏。少年のような小柄な体躯ならば駆け抜け易いが、男達にとってはやや通り辛い通路だ。

 その中で、少年は劣化していた階段の傍に駆け込んだ。幸い、男達はその様子を見ておらず、そのまま過ぎ去る。

「クソッ、見失ったか!」

と一人の男が周りを見渡す。と、その時に男はレイの姿を見た。

「お前、さっきこの辺に子供が通ったのを見なかったか?」

レイに聞く、男。これに対し、レイは

「見てました。あっちの方に行きましたよ。」

と、指差した。男達は皆、レイが指差した方向に走っていった。

この時、隠れている少年はそっと、男達が過ぎるのを見守った。そして、一息、深呼吸をする。自身を落ち付かせるかのように――

「君、大丈夫?」

「わ!?」

声を掛けられ、驚いた少年は思わず声を出そうとした……が、口を塞いだ。声を出せば先程の男達に見つかるかも知れないと感じたからだ。

「さっきの人達は去って行ったよ?」

レイは笑みを浮かべ、言う。しかし少年はレイを警戒している。何者か、分からないからだ。

「お前、何者だよ。」

ギロリと、睨む少年。レイは少し怖さを感じたが、彼の目を見て、言った。

「レイ。レイ・キレス。君が追われてるの、気になって……」

レイは困った人間を放って置けない人間である。特に、今回のようなケースは珍しい。何があったのかと聞こうとするレイ。

「……お前に関係ないだろうが!この野郎!」

 

スッ

 

少年の肘部から、光る“物”が見えた。それを見たレイは一歩、後ろへ下がる。

 辛うじてそれを避けたレイ。少年が持っていた物……それは、ナイフだったのだ。

「何のつもりで俺に声掛けてるか知らねえけど、こっちは人殺しだってした事あるんだぞ!」

普通に考え、年端の行かぬ少年がナイフといったものを所持する事自体、本来ならばありえない事だ。しかしそれは、レイがごく普通の環境で育ってきたからこそ言える事であり、目の前にいる少年の場合はこの限りではないかも知れない。

「君、どうしてナイフなんか……?」

やはり、何か訳がある。少年の行動を見て、レイはより、一層近づこうとする。

「何のつもりだよ!お前っ!」

 

ブンッ

 

少年は、ナイフをレイの頬に当てた。僅かに赤い鮮血が、伝って流れる。

「っ!」

痛みは伝わる。しかし、何故だろう。この少年がナイフを持ち、彼に危害を加えてもレイは恐怖心を感じなかった。

 レイの様子を見た少年は、明らかに驚いていた。人に危害を加えた時、それを愉悦に感じる者が世にはいる。しかし、この少年はそれに対して驚愕した。つまりは、抵抗があるのだろう。

「お、お前……ナイフ怖くないのかよ……!?」

明らかに動揺している少年。それに対し、レイは言った。

「怖くない事はないけれど、どうしてか、君が放って置けない気がして。」

レイ自身、どうしてこれ程冷静なのかは不明だ。この一ヶ月余りの出来事が、もしかすれば彼を強くしたのかも知れない。

 死と隣り合わせの状況を生き延びたレイは、いつしか僅かな恐怖を感じる事も、少なくなっている様子だった。死と隣り合わせの経験は、より一層、人を成長させるのだろうか。

「黙れ……黙れ黙れ黙れ!!!」

明らかに動揺している少年。レイを見て、逃げ出そうとしている彼。

 

バタンッ

 

慌てていた少年は黒い鞄を落としてしまった。更に悪い事に、そこから中身が飛び出した。

 黒い鞄の中身は札束だった。それが多数に渡り、散らばっている。明らかに異質なその光景を見て、レイは目を疑っていた。

「お金……!?」

 この時代においても“現金”は現役だ。キャッシュレスと呼ばれていた時代があり、その流れはこの時代において更に進歩している。この時代に生きる人々の大半は現金を持たず、クレジットカードや電子マネーといったものが主流である。しかしこれらはやり取りが履歴に残る。それを良しとしない者も、一定数存在する。現金の文化が残っているのは、それ自体を重んじる者がいるのが理由である。しかしそれが原因で、暗躍する裏社会の人間の資金源となりやすいのも、また、事実なのだ。

 レイは多額の現金を目の前にし、それが“あってはならない”ものであるものであるというのを一目見て、理解した。

「ああ、しまった!」

少年は動揺した様子で、急いで札束を拾い集めようとしていた。が、レイはそれを止める。鞄を少年から、奪い、言った。

「これ、盗んだんでしょ。どうしてそんな事を?」

レイの言葉は冷静だ。それは相手が少年であるからなのかは不明であるが、何故か、レイは彼の事が放って置けないのであった。

「うるさいんだよ!女の癖に!ふざけんなよ!!」

「僕は男だよ!それより、教えてくれないの?」

レイは怒りながらも少年に聞く。

「教える訳ないだろうが!大事な金なのに!返せよバカ!!!」

 

バッ

 

と、少年は無理にそれを奪い、そこから逃走しようとした――

 

「ゼオン!」

と、声を掛ける少女の声が、聞こえた。

レイはその声の方向を見る。ボブショートの髪形に、大人びた顔立ち。茶の髪色。何らかの盗みを働いた、少年の関係者だろうか。

その時、少年は苦笑いを浮かべて、少女と話し始めた。

「ハハ……嘘だろ。なんでエレン姉ちゃんがここにいるんだよ。」

その台詞から、少女は少年の姉だと言う事が分かる。身長はレイと同じぐらいで、容姿端麗である。レイから見れば、少女と言うよりは、一人の女性にしか見えなかった。それだけ、大人びて見えたのだ。

呆然とその少女を見ていると、突然彼女はゼオンに言った。高らかであり、どこか幼げであるその特徴的な声も、魅力的だった。

「ゼオン……貴方……また、そんな事を……」

「仕方ねぇだろうが!こうしないと、生活して行けない!もう俺達が普通に生活するには、これしか――」

 

パシィ

 

少女は彼に思い切り平手で顔を打った。ゼオンは目を疑い、少し目を潤す。

「姉ちゃん……?」

「馬鹿ゼオン……そうして非行に走り続けて、その先に何があるの……?」

「う、うるせえ……関係ないだろ……」

彼女を睨むが、どこか悲しそうだった。その際、少女はレイを見た。見知らぬ人間が隣にいることに違和感を覚えたのだろう。

「貴方は?」

「あ……えと……この子が追われているのを見て、気になって……」

「そうなんですね……じゃあ、ゼオンを助けて頂いたんですね?ありがとうございます。」

と、少女は一礼した。それに対し、レイも一礼する。

「姉として、この子の非行は許されざる事じゃないのは分かっているんです。けれど……この子は止めないの。どうしても……」

寂しげに、語る少女。と、同時に、思い出したように言った。

「自己紹介がまだでしたね。私はエレン。エレン・ニーマード。この子は、ゼオン・ニーマード。」

現金とナイフを持っていた少年はゼオンという名だった。自身からは名乗らない為、姉のエレンが名乗り出たのである。

「その頬の傷、まさかゼオンが?」

すると、エレンはレイの頬に触れ、すぐにガーゼ処置をした。応急処置用の用具を、常備していたのだろう。

 その美しい容姿の少女に触れられる事は、レイにとって驚きだった。その様子から、優しい少女である事が分かる。

「こんなに可愛い顔立ちの女の子なのに、傷つけて……ゼオン、謝りなさい。」

ガーゼ処置後、エレンはゼオンを睨むように見た。しかし、ゼオンは謝る様子を見せない。

「こいつが一方的に聞いてきたんだよ……それにそいつ男って言ってたぞ……!」

声が震えつつも、ゼオンはレイの事を“男”とフォローした。

「あ……失礼。」

「いえ……こちらこそ、ありがとうございます。」

と、レイは改めてお礼を言う。

 どういった事情があるのかは分からない。非行に走る少年と、穏やかな姉。何故ここに、この姉弟(きょうだい)がいるのかも不明だ。

レイは、これだけ綺麗な女性……いや、少女が同い年だと思えなかった。丁寧な口調が大人びており、彼は再び呆然とした。

「この子は元々盗みを簡単に働くようなことはなかったんです。全て……あの時以来から……いえ、やっぱり……あの時ゼオンをこのようにしたのは……お父さんやお母さん……」

「姉ちゃんは黙ってろよ……」

ゼオンはエレンが喋ろうとする言葉を遮った。この時にでも既に、レイにとって気になる台詞が登場していた。

(お父さんやお母さん……?)

そのワードは、レイに興味を抱かせる。だが、先程のゼオンのように、安易に聞くことは控えた。

「とにかく、俺は急いで行かなきゃならないんだよ!組織に金を届ける為にな!」

ゼオンはレイをじっと睨みながら、まるで隙をついたように逃げ出した。追おうとするレイ。しかし、ゼオンの足は速い。追いつく事も出来ないまま、逃がしてしまった。

「あの子……」

行くゼオンを、ただ見守るエレン。一体この姉弟にはどのような事情があるのか。そして、弟のゼオンが言っていた“組織”とは何を示すのか。

「あのお金は、どうやって盗んだお金……なんですかね。」

レイは少しばかり、気になる事を聞いた。それを聞き、エレンは静かに頷く。

「恐らく、日本の犯罪組織とかから盗んだお金だと思います。私、どうすれば良いのか……分からない……」

その場で、エレンは姿勢を崩した。レイは彼女を介抱するように、その姿勢を変える。

「ありがとう、優しいんですね、貴方は……」

「そんな事、ないですよ。」

弟想いの姉なのだろう。その姿にレイは妹を世話する自分と照らし合わせていた。別に特別な意図はないのだが、どうしてか、エレンが放って置けなかったのだ。

「そう言えば、名前、聞いてなかったですね。」

「僕は、レイ・キレスです。」

「歳は?」

「十四歳です。」

「え……同い年……まさかだね。」

レイは目をパチパチとさせた。目の前にいる奇麗な少女が、同い年という事実。彼女はどこか大人びていて、背もレイより2、3センチ程高い。それ故に、落ち着いた印象を受けていた為、驚いたのだ。

「じゃあ、敬語使わなくていいね。」

「あ……えと……うん。」

妙な感覚ではあったが、レイは静かに頷く。

「なんか、変な事に巻き込んじゃったみたい。ごめんね。」

すると、エレンはすっと立ち上がった。その際に映った彼女の目が、どこか、印象的だったのだ。

「私、ゼオンを追い掛けなきゃ。また、会えたら良いね……レイ。」

最後に、エレンは笑みを浮かべ、路地裏から去って行った。

 この僅かな時間ではあったが、レイは妙な出会いを果たした。盗みを働く少年、ゼオン・ニーマードと、その姉、エレン・ニーマード。彼等が何者なのかは分からないが、この僅かな時間はレイの中に、印象に残る事になる。

 

 

「レイ、何があったんだ!?大丈夫か?」

そう言うのは、追いかけてきたガーストだ。入り組んでいた場所だった為、探すのに苦労していた。

「さっきの子供はどうなったんだよ?」

ガーストの質問に、レイは

「いえ……何でもないです。」

と、あえて答えなかったのだ。非行に走る少年とその姉と出会ったという話。それを言う必要はないと、レイは判断していたのである。

「頬のガーゼは?」

「これも、さっき転んじゃって……」

と、無理に取り繕うレイ。少し疑問を抱くガーストだったが、あえて詮索はしないでいた。

「まあ、お前が無事なら良かったよ。何らかの事情があるんだろうけど、あんまりああいうのは下手に首を突っ込むもんじゃない。急に走り出したからびっくりしたよ、いや、ホント。」

先程の光景は何だったのだろうか。僅かな出来事とはいえ、レイにとっては印象に残る出来事であったのだ。現金を盗む少年とその姉という異色の組み合わせは、レイの心を捉えて、離さなかったのである。

 

 

 少し時間が経ち、路地を歩いている両者。ガーストは先程の事が気になる様子ではあったが、レイは口を開く事はなかった。それに対し、ガーストもあえて深く聞こうとはしなかったのだ――

 

「はいどーも!エレチャンネルですぅ!!!」

それは、余りに突然過ぎる出来事だった。レイは、ある少女に声を掛けられたのだ。

 少女とは言っても、彼よりも年齢は上だろうか。マスクを付けており、桃色の髪色にツインテールの、派手な外見の少女。背丈はレイよりもやや高い。そして何よりも、異様なテンションの持ち主の少女が目の前に現れたのである。

「えーっと……?」

当然ながら困惑するレイ。それを見た少女は笑顔で言う。

「突然ですけどごめんなさいねー!街角インタビューみたいな感じなんですぅ!ちょっとお時間頂ければーっと思いましてねぇ!あ、そんなにかからないです!多分10分ぐらいかなぁ?」

レイは困惑している。が、一方ガーストはその少女に対し、見覚えがある様子だった。

「エレチャンネルのエレア・シェイル!動画いつも、見てるよ!」

「あ、いつも視聴ありがとうございますー!」

ガーストと、その少女は握手を交わした。それに続くように、少女の周りには人が集まっていく。

「エレチャンネルだ!」

「いつも、え、こんな所で?」

この様子から、少女は有名人であることが分かる。昨日休憩時間にガーストが見ていたのも、この動画投稿主が投稿している動画だったのだ。

「その中でも幸運にも選ばれた貴方ぁ!是非インタビューにお答え下さいねぇ!!」

と、目元が笑顔の少女に連れられ、レイは戸惑いながらも繁華街の端の所に連れられた。ガースとはそれを、ただ見守るだけ。動画視聴者である彼は、レイに対して手を振っていた。

 この時、天気は曇り空。今にも雨が降り出しそうだった。

 

 レイはこの後エレアと名乗る少女から様々なインタビューを受けた。国籍や、東京へ来た目的や、学生であるか等。レイは十四歳の少年であり、答えられる内容は限られるが、彼なりに工夫をしながら答えていた。

 やがてインタビューは終わった。そこまで深い内容を聞かれることはなかったので、本当に、ただの突撃インタビューをしたいだけなのだろう。

「今回インタビューした内容は動画作成の参考にさせていただきますぅ!十四歳ってのにびっくりしたけど、色々話聞けて良かったよー!ありがとうね!」

笑顔で話すエリアに、レイは苦笑いで答える。

(こういうのって、趣味でやってるのかな?)

何気なく、レイは思っていた。

 彼はEフォンで動画類を拝見する事は時折あるが、こうした素人の動画投稿主が糖擦る動画はあまり見ない。彼が見るのは有名人の公式動画や、音楽の動画、サッカーの動画、アニメ等といった種類に限られる。

「わざわざカナダから日本に来たんだねぇ!家族旅行か何かかな?色々と欲しい化粧品は見つかったー?」

「あの、僕は男ですよ?」

「え?そうなんだぁ?見えないなあー」

と、またしても少女に間違えられるレイ。最早、これも恒例行事となりつつあると、レイの中で思っていた――

 

(箱……?)

その時、ふと、レイの目の前に大きな箱が見えた。エレアが用意した箱なのだろうか。しかし、何故このような箱があるのか?

「ごめん、少し離れるねぇ!」

ツインテールでマスクを付けた少女は、急いでその場から去る。何やら、少しばかり慌てている様子だった。

 

 残されたレイ。目の前にあるのは、異様に大きな箱。エレアの私物だろうか。しかしハイスクールの生徒が何故このような大きな箱を持っているのだろう。それが妙に思えて仕方がないのだ。

「気になる……けれど、良いのかな……?」

無論、他人の私物を勝手に覗く事は基本的にはしてはいけない事だ。個人の嗜好等が分かってしまうことは、人によっては大きく傷をつける要因になりかねない。

 だが、エレアはインフルエンサーと呼ばれる人間である。再生数は常に七桁をいく、有名な動画投稿主であり、こうした有名人の私物というのはやはり、興味が湧く。

 レイがそう感じた時、彼の手は箱を開けてしまっていたのであった。それはまるで、ギリシャ神話で伝えられている、パンドラの箱を開く時のような感覚であった――

 

ギィィ

 

重い音が、聞こえる。そして、箱を僅かに開け、興味を示したレイ。

 

「こ……れ……?」

スーツを纏った人間の足が、レイの目に映った。切断面もハッキリと、映っている。下腿の脛骨や前脛骨筋をはじめとした筋繊維の断面が、ハッキリと。

 生々しいというものでは済まない。明らかに、本物だ。ハロウィン等で使われる仮装用の衣装では、ないというのはレイに理解出来た。

 その間は、一瞬の出来事だった。見てはいけないもの。彼は、それを見てしまったのである。

 

バタンッ

 

すぐにレイは箱を閉じた。彼の額には汗が流れている。今、レイが見たものは忘れなければならないもの。彼の本能が、それを諭す。

 見てはいけないものを見た。それは、レイ自身理解している。だが、何故だろうか。彼はそこから逃げ出そうという行動に、移す事が出来なかったのである。不自然な呼吸が出る。脈拍が早まるのが分かる。それは怖さなのか、人の切断された死体という、普通に生活をしていればまず見ることのないものを見たという事実は、彼の中で強烈な印象を残した。

 怖い。ただ、怖い。レイは今まで人殺しをした事はある。だが、それはMSに乗った上の話である。

 今回のように直の死体を見たのは、当然ながら生まれて初めてだったのだ。

「あ、ごめんなさいねぇ!」

びくり、とレイは反応した。まさか、動画投稿主が殺人を犯すなど、ありえない筈だ……と、彼は感じている。

 レイは表情を殺すように努力した。もし汗をかこうものならば、真っ先に疑われる。その、“箱の中身”見たということを。少なくとも、インタビューに答え、早くここから去れば良いのだ。

 箱の中身が見えた事は衝撃以外何者でもない。だが、彼女は幸いレイの好奇心に気付いている様子は、今の所無いように見えた。

「えっと、はい!ちょっとしたお礼です!」

と、エレアは紙を渡す。恐らく、謝礼文のようなものなのだろう。

「えと、こちらこそありがとうございます。」

平静を装う。万が一、発覚すれば何をされるかは分からないからだ。この時、レイはエレアの目を見ていなかった。

「良い経験になったと思えれば良いですねぇ!えへへ!」

と、言うエレア。レイは彼女の表情を、一目見た――

 

そこにいたのは、先程までの桃色の髪色をした少女ではなく、青い髪をした、マスクを外している少女の姿だった。先程の少女はどこへ行ったのだろうか?

 一番奇妙なのは、声がエレアと一緒だと言う事だ。先程までの桃色のツインテールの髪の少女は、今ここにはいない。そして、何よりも目が笑っていない。

「汗、掻いてますね?冬なのに。それに不自然な表情してますねぇ。」

少女の声は少しずつ、落ち着いたものになっていく。

「早くここから去りたいって顔してない?君。」

レイの表情を観察する、青髪の少女。明らかに、レイは動揺している。指先にも汗が伝わる。

 人は何かを誤魔化したりする時、余程嘘が得意でない限り明らかに動揺する。何不自由なく、比較的ごく普通に育てられた人間は嘘を取り繕う事は、余程そうした訓練をしない限り、全てを隠しきるのは難しい。

 彼の考えは甘かった。インタビューを受けれ、そのまま帰れば良いと、思っていたレイだったのだが、ほんの、僅かな好奇心が彼を危険な目に遭わせる事になるのである。

「去りたいよね。君。そりゃそうか――」

 

スッ

 

少女は、レイの頬に触れた――

 と、同時に、頬に張っていたガーゼを剥がす。

「ナイフで切られた跡だね。多分、ゼオンがやった奴だ。」

「え……ゼオン……?え、どういう事――」

少女は何故、先程レイが会った少年である、“ゼオン”の存在をしているのだろうか――

 

サクッ

 

その時、レイに激痛が、走った。何が起きたのかは全く分からなかった。声を出したかった。だが、出せない。

 何故ならば、少女がレイの口を塞いだからだ。僅かに激痛に悶える声は漏れるが、それは、誰か、助けを呼ぶ声として届かない。

「―――――――――――――ッ!!!」

レイの目は涙を浮かべている。そして視線を下方にやる。

 血が、出ていた。左胸の部分から。少女が持っていた短刀が刺さっているのが見えた。血が、三滴流れているのが見える。

「ねぇ、痛い?痛い??」

挑発するように聞く少女と、痛みに悶えるレイ。

 短刀を容赦なく、深く抉る。彼が十四歳と言う年齢の少年であろうと容赦しない、少女。

「箱、見ちゃったんだよね。知ってるよ。好奇心旺盛なのは良い事だけど、悪い事だよ?」

左胸から血が流れていても、全く動じない少女。レイは逃げたくても、逃げられない。ただ、強烈な痛みが彼を襲っているからだ。

「多分、君何も分からないで死ぬの、嫌だと思うから教えてアゲル……」

「―――――……?」

声を出せないレイは、涙を浮かべ、少女を見た。

「私はエレア・シェイル。これはウイッグ。顔なんてメイクでいくらでも誤魔化せる。びっくりでしょ?エレチャンネルやってる人間がこんな事するんだよ?ま、そんなの知られる訳ないし、知ったところで誰も信じないけれど。」

青髪の少女は、やはりエレアだった。

 人は生きていくに連れ、様々な顔を見せる。それは特別、人格が多重に分かれるという事ではない。年月が経ち、身を置く環境が変化するに連れ、それ相応の役割を見せるようになる。ハイスクールならば、ハイスクールの生徒として。カレッジ、ユニバーシティの学生ならば、それに合わせて。社会人ならば、それに合わせて。

 やがて人は仮面を被る。プライベートの時間で見せる仮面や、社会で仕事をしている時に見せる仮面等。それにより、本当の自分が分からなくなる事は、有り得る話だ。

 “自分らしく”いる為には趣味活動は欠かせない。己の楽しみを見つけ、学生生活や仕事に励みながら、その隙間の時間を趣味に使い、人格を保つのだ。これは現代に生きる多くの人間に必要な事であり、それによって人は人であることが保てる。

 ではエレア・シェイルはどうだろうか。彼女はハイスクールの生徒であり、動画投稿主である。その動画は日本では非常に人気のある動画として知られている。

 だが、彼女には裏の顔があった。それは、“殺人鬼”と言う顔だ。普通に生きていては、理解されない一面を持つ少女。それが、エレア・シェイルなのだ。しかし、何故殺人衝動に駆られるのか。何故、その趣味だけでは満足できないのだろうか。

「動画を撮影して、人に見てもらうのはとっても楽しいし、お金にもなるし、良いことづくめ。でもね、有名人になったら“顔”を使い分けなきゃダメなんだよね。」

何を言っている?今、こうして左胸を刺され、激痛に悶えている状況でエレアは淡々と語るのだ。それが、レイにとっては絶え間なく、恐ろしい。

「だから、その“顔”の一面を無邪気に覗き込むような事ってしちゃいけないと思うんだよ。“アレ”だってゼオンを追い掛けていた奴等をさっき殺した所で、運ぶところだったのに。」

薄れゆく意識の中で、レイは先程の出来事と今の出来事の関係に、少し気付いた。

 彼が追いかけていた少年、ゼオンは三人の黒服の男に追われていた。そして、ゼオンは現金を持っていた。エレアは三人の黒服の男を殺したのだ。ゼオンを何らかの目的を果たす、“支援”をする為に。

「今こうしてる私を仮に見たとして、エレチャンネルのエレア・シェイルって気付く人はいないよ。まあ、君には死んでもらうけれどねぇ。」

そう言う、エレアの力は思いの外、強い。それはレイが刺されている為に力を発揮できないという事もあるのだが、それ以上に、抵抗が出来ないのだ。

(死ぬ……?僕が……?何で?どうして……どうして……?)

「ケド、君って可愛い顔してる。殺すのに惜しいなぁ。せめて声、聴きたいかも……!」

エレアは笑みを浮かべ、短刀を捻る様に動かした。そして、塞いでいたレイの口元を少し外すようにする。

「あぁぁぁぁッ!」

微かに声が出た。恍惚とした表情を浮かべる、エレア。

「いいなぁ……その声、好き……!」

エレアの表情が歪む。いつでも殺せる標的を、まるで弄ぶかのように。

「人を殺す時ってなんで、こう、気分が良いんだろうねぇ!?私はこうやって直接刃物で切るのが好き!料理とかでもそう!何かを切って相手が痛がるのを見るのは堪らない愉悦だよぉ!」

人を殺す事に悦楽を感じる。それは、ローマでアレンと交戦をしたメイド・ヘヴンと似ている性質だ。メイドは堂々と、平気で人を殺す。一方のエレアは、動画投稿者という隠れ蓑を使い、裏でこのように、非行を行う。

 どういった理屈であれ、問題行動であるのに変わりはない。目の前にいるエレア・シェイルという女は、危険極まりない女だ。

 しかし逃げられない。訳が分からないまま、レイの意識が、少しずつ消えかけていく――

 

ゲシッ

 

その時だ。エレアは“何か”に腹部を蹴られる感覚を覚えた。急な事に、彼女は思わず短刀を離してしまう。

 レイの左胸から短刀が離れた。と同時に、血が流れる――

 それと同時にレイは何者かに連れられていた。腕だけが引っ張られている状況。訳が分からないまま、レイは残された力を振り絞り、走る。本能のままに、凶悪な殺人鬼から逃げる為に――

「逃げた……かぁ。うーん、顔は覚えたけど見られてるし、また新しいウイッグにしなきゃダメかぁ。」

そう言いながら、エレアは呆然と、レイが消えた方向を見つめていた。

 

 

 雨が降っていた。雨音が聞こえる程の、雨。冬場の寒い雨は地面を寂しく濡らす。

その中を走る、二人の影。一人はレイ。もう一人は、分からない。

(だ……れ……?)

この時既にレイの血は多量に出血をしていており、その意識が回らなくなっていた。“何か”に手を引っ張られている状況。その感覚さえも、徐々に麻痺してくるようだ。

 死。いずれ誰もが通る門。レイの場合、MSに乗って戦う事があり、それに近い状況で戦った事はあった。しかし、いずれも生き延びることは出来た。それは彼自身の技量も伴っていたからである。

 しかし死は違う場面でも襲ってくる。とは言え、このような形で死に直面する状況に見舞われるなど、誰が予想出来るだろうか。

 やがてレイの足は力尽きたように、彼の意志に答えなくなる。姿勢を崩し、倒れる、レイ。

手を引いていた人間はそれに気づき、雨に打たれて動かなくなるレイに声を掛ける。レイの目は見開かれたまま、その青い目はただ、建物の間を降る雨を見ているだけ。

 

「おい、しっかりしろ!おい――」

 

声が、遠のいていく。誰が声を掛けているのかも、分からない。

 

「死ぬな!こんな所で――」

 

……

 

……

 

……

 

 

 

「う……ぅ……」

 レイは目を覚ました。それは、奇跡ともいえる回復だった。エレアによって刺された彼は何者かによって助けられ、そのまま意識を失っていた。

 だが、彼は生きていたのだ。しかし彼が目を覚ました場所は倒れた噴水広場ではなく、白い部屋の中だった。そこのベッドの上で目を覚ましたレイは辺りをキョロキョロと見回す。服は病衣を着せられているレイ。自分の着ていた服もどこへ行ったのかが不明だ。

(ここは……セイントバード……じゃない……ここは一体……どこ?)

辺り一面が、白い。眼前に見えるのは本が収納されている大型のロッカーがある。それ以外には何もない。

ここがどこか分からない。それを確認しようと、レイはベッドから起き上がろうとしたが、左胸の部分に痛みが走った。

「痛っ……」

刺された場所が痛んだ。レイはその場所を手で押さえる。それと同時に、傷口の部分が包帯で巻かれている事に気付いた。誰かが手当てをしてくれたのだろう。レイはありがたいと思うと同時に、自分の置かれた境遇に対して溜息を吐く。

(僕は何度もこんな事ばっかり経験してる気がする……初めにエリィさんに世話になって、その次がワートンさんで……今はここ……今回で三回目だ……)

彼は今回のように、何らかのアクシデントで怪我等によって気がつけばベッドの上であるという状況で目を覚ます事が多い。彼が数えたように、このようなケースは今回で三度目だった。

 

ウィィィィィィン

 

その時、扉が開く音が聞こえた。レイは音が聞こえた方向を見る。そこにいたのは彼と同じぐらいの歳の少女だった。上下共に黒いジャージ姿で、髪型はポニーテール。そして何よりも、愛らしい顔つきの少女が彼の目に映った。首元には銀色のチョーカーをしている、その少女。

「お前、目が覚めたのかよ。」

レイの目を見るなり、少女は口を開き、近くの椅子に座った。顔立ちに反して口調は荒い。

「あ……はい。その、ごめんなさい。」

急に声を掛けられて慌てたレイは思わず謝ってしまった。別に彼は何か、特別に悪い事をした訳ではない。

「何謝ってんだよ。変な奴。てか、別に丁寧な言葉で喋らなくていいよ。気を遣われるの、嫌いだし。」

「え、でも……」

レイはこのように助けて貰った状況では親しい者以外では必ず丁寧な言葉で接するように心掛けている。

「私が良いっつってんだからいいんだよ。なよなよしてんなお前。」

少女の言葉はレイに突き刺さる。しかし彼も怪我人であり、あまり、強い言葉を出す事等出来ない。

「あの、助けてくれたのは君?」

少女の言葉に甘え、敬語を使うのを止めたレイ。

助けて貰ったのは間違いない。瀕死だった彼を助けた恩人が誰かを確認する為に、レイは少女に聞く。

「そう。私がお前を助けた。」

冷淡に、少女は答えた。

「やっぱり、そうだったんだ……ありがとう。あの、僕はあれからどうなったんだろう?」

彼はエレアに刺されてからの記憶が曖昧だ。朦朧としている意識の中で、何者かが彼を助けたという事は間違いないのだが、それからの経緯が一切不明だ。だからこそ、その経緯を確認する必要があったのだ。

「病院に運ばれた。そこで処置された。けど、入院続けてもお前身元不明だし、だからって怪我人をそのまま放置なんて出来ないから、誰かが保護しないと行けないし、とりあえずうちで預かる事になった。それだけ。」

と、冷淡に答える少女。レイは目を、パチパチとするばかりだ。

「Eフォンの表面に記載している、パスポート登録証明はあるから、別に密入国者って訳じゃない。だからここで保護出来た。感謝しろよな。」

この時代、パスポートの登録情報はEフォンの表面に保存する事が可能だ。そこにあるコードを記載すれば、パスポートを取得している人間のデータや渡航歴が分かる。

今回は、それが救いだった。もし密入国者扱いをされれば、彼はここにいる事も出来なかっただろう。

「ま、死ななくて良かったんじゃないか。」

ポンと、少女は肩を叩く。その表情は無表情ではあったが、レイは僅かに優しさを感じていた。

(この人、なんだろう、この覚えのある感覚は一体……)

この時、レイは少女から妙な感覚を感じ取っていた。その正体は何なのかは分からない。ただ、妙な感覚である事に間違いはなかった。

「何、見てんだよ。」

それに反応したのか、少女は睨むようにレイを見た。

「あ、ごめん……」

咄嗟にレイは謝る。

「そういや、これお前のEフォンだろ。ポケットに入ってた。解析もしてる。」

その時、少女はEフォンをレイに投げるように渡した。慌ててレイはそれを受け取り、一言謝礼をする

「ありがとう――」

と、同時に彼はふと、疑問を抱いた。

(え、待てよ……そう言えば僕は病院に運ばれて……あれからどれぐらい、時間が経ってるの!?)

当然の疑問が浮かんだ。一連の行動には、当然時間がかかる。

“あの出来事”からどれぐらいの時間が経過しただろうか。彼が目を覚ました時、部屋に時計は無かった。今、日付や時間を確認出来るのは手渡されたEフォンでのみである。

彼はEフォンに表示されている日付、時間をちらと見る。そこに表示されていた日付は、レイが刺された時より三日経過していたのだ。

「え!?あれから三日も経ったの……?」

驚愕するレイ。丸三日、眠っていたのだ。そして目が覚めれば、このような場所にレイはいたのだ。全く、訳が分からないレイ。Eフォンが手元に戻っただけでも、幸いと呼ぶべきか。

「そうだ、連絡しなきゃ……」

思い出したように、レイはEフォンを持ち、急いで連絡をしようとした――

「無理。ここ電波入らないから。」

「え?どうして……?」

「どうしても。」

少女がレイの行動を止めた。実際、Eフォンには圏外のマークが付いており、連絡を取るにも、取ることが出来ない状況だ。それを見て、レイは渋々、諦める。

「そんな……」

落胆するレイ。しかし、それを見ても少女は何の関心も抱く様子はなかったのである。

 

それから少しの時間だが、沈黙が続く。彼にとって全く知らない場所で、知らない少女と二人きりの空間。Eフォンの電波も届かない場所で、気まずい思いをしたレイ。

しかし少女の方はレイとは対照的に、Eフォンを弄っていた。Eフォン内のゲームを起動し、遊んでいたのである。

「お前さ、名前は?」

その沈黙を破ったのは少女の方だった。彼女はゲーム画面に目を向けながら言った。

「僕はレイ。レイ・キレス。」

「歳は?」

「十四歳。」

レイは、この質問に対してデジャヴを感じていた。

 ゼオンの姉、エレン・ニーマードと喋った時も同じ質問をされた。今回、恐らく彼を助けたかも知れない少女も、同じ内容でレイに聞く。

「確認できた。解析データと同じ。偽名じゃないな。」

「それ、どういう事?」

疑問を抱くレイ。確認?解析データ?聞き慣れない言葉が、羅列する。

「Eフォンの解析をしたって言っただろ。データに載ってるんだよ。お前の家族構成とかの情報は。」

少女が言ったように、レイは日本においては身元不明である。その為、保護するにも個人情報の確認が必要だ。Eフォンがその役割を果たしていた為、彼の事を解析した者がそのデータを割り出したのだ。

「レイ・キレス。十四歳。カナダ国、モントリオール市出身。ジュニアハイスクール通学中。父親はジュナス・キレス。母親はカレン・キレス。姉はリリア・キレス。妹はミィス・キレス。」

彼の家族構成を全て言われた。無理もない。パスポート情報には家族情報は全て載っているからである。

「全部、分かるんだね……全然知らなかった……」

Eフォンを普段扱っているレイだが、パスポート機能がこのように活用される事を初めて知ったレイ。

「紛失したらやばいからな。」

少女は素っ気なく、話した。そして、そのまま再びEフォンのゲームを続ける。

 

それから沈黙が続く。彼女は何も喋ろうとしない。冷淡な印象を持つ少女に、どうにか声を掛けようとするレイだが、言葉が思いつかない。

相変わらず少女はゲーム画面ばかりを見ている。コミュニケーションに、関心を持っていない様子だった。レイにとっては非常に会話し辛い人間と言える。

「あの……さ。」

勇気を出し、レイは声を出した。

「僕の事、知っているのなら……君、名前は……?」

自分の名前を言ったのだから、相手にもそれを伝える必要がある……と、レイは考えていた。

「スバキ・シンドウ。」

少女は冷淡に答えた。彼女の名はスバキだということがここで判明する。日系の名前だろうか。余り聞き慣れない名前に、レイは思わず口に出して確認した。

「すばき・しんどう……?」

「は?何復唱してんだよ。変な名前とか思ったら殴るぞ!!」

すると、スバキは右手で拳を作り、腕を上げた。それを見て思わずレイは目を逸らした。

無論、それは“フリ”である。実際に殴る事は、する筈がなかった。そして、スバキは舌打ちをした後で、彼に言う。

「ああ、ちなみにお前とタメだから。」

「え……て事は十四歳なの?」

レイは驚愕した。まさか、自分を助けた少女の年齢が同い年であるという事に。

「お前さ、ずっと気になってたけどさ、なんでそんなナリなのに男なんだよ。言葉遣いも喋り方も声の高さも顔つきもなよなよした性格も、全てにおいて女じゃないか。多分私より女かも。」

それを聞いた時、レイはスバキに対して怒った。少女扱いされると事に対しては、いくら恩人であれ、レイは怒ってしまう。

「僕は男だよ!」

「は?うっさい黙れ!」

少女の、圧の強い言葉はレイを黙らせる。そして、再び沈黙が始まる。

 

 妙な光景ではある。スバキ・シンドウはレイの恩人に当たる人間だが、その言葉遣いは粗暴であり、他者を寄せ付けない。レイ自身も、彼女と喋るのに人一倍気を遣う。何かを喋ろうにも、冷淡な言葉で返されるばかり。何を喋れば良いのか、全く分からない。そもそも、彼女が何故ここでいるのかも分からない。こうなるのなら、いっそ一人で過ごせる方がどれ程楽か……と、考えていた。

 人は相性の合わない人間と喋る時、苦痛に感じる。その時の時間は普段過ごす時以上に長く感じるものである。厄介なのは、そうした人間が同じ空間にいる場合だ。

 空間は人との距離を親密にさせる効果がある一方、相性が悪い場合は最悪のものになりかねない。それは極度のストレスを生み出し、人によっては精神的なダメージを負う事さえある。だから、人は他者に優しく接する事が重要だ。異様な圧を加える人間と一緒に居る事は、精神を崩壊させる要因の一つに成り兼ねないのである。

 ゼオンを追い掛けた時は、彼自身無我夢中だった。ゼオンの口調も荒い上に、彼はナイフを持っていた。しかし、追い掛けられているゼオンを放って置けない気持ちが強かった為、今の状況程気まずい感覚にはならなかったのである。彼の中の、“正義感”がそうさせたのだ。

 今の状況。今回の場合、スバキは恩人だ。そして、彼は怪我をしている状態。その状態での、粗暴な性格はより一層、彼に苦手意識を芽生えさせた。

(そう言えば……ここ、どこなんだろう?)

スバキの発する雰囲気が苦手だったレイだが、それ以上に気になる事が一つ。

“ここの場所”は何処なのだろうか。目が覚めた時から気になっていたのだが、そもそもここが何処かが分からない。

 ここの場所が知りたい。Eフォンの電波も届かず、ただ白く彩られている部屋。ここはどこなのか、場所が知ることが出来れば少しはこの緊張が拭えるのではないか……と、考えたレイは。勇気を出し、スバキに対して口を開いた。

「あの!」

その音量は調節を間違えたかのように、部屋に響いた。スバキはギロリと、レイを睨む。

「は?」

レイと同い年の少女であるが、スバキの言葉に恐怖するレイ。しかしそれでも、黙ってはいられない。この場所を、聞かなければならないと思ったからだ。

「ここ、何処かな……?教えてくれたら、嬉しいんだけど……」

慎重に聞くレイ。しかしスバキは目を合わせることなく言った。

「連邦の基地。」

「連邦の、基地……?」

“連邦”。それに該当するのは、現代では新生連邦以外にあり得ない。レイにとって、新生連邦は今まで何度も交戦している相手だ。

「どういう事?君は、新生連邦の人間なの?とてもそうには見えないけれど―――」

この場所が新生連邦の基地と聞き、黙っていられないレイは気まずくなる事もなく、スバキに聞く。

だがそれがスバキの逆鱗に触れた――

「いちいちうるさいんだよバカ!!!」

怒るスバキはレイに目を合わせた。そして、座っていた椅子から立ち上がる。

「ごめん!でもそんなに怒らなくても……」

「怒るに決まってる!お前がうるさいからなッ!!」

 

ジャキンッ

 

するとその時、スバキはズボンのポケットの中から銃を取り出した。突然の出来事に、またしても驚くレイ。その銃を、スバキはレイの眉間に近づけてくる。

「お前、私の事新生連邦の人間とか言ったら……殺すぞ。」

銃口を向けられ、レイは黙る。彼は静かに唾を飲み込んだ。

「訳が分からない状況だよな!だってそうだろ?瀕死の所を助けてもらったと思ったら、命の恩人に銃向けられてるんだもんな!しかもお前と歳が一緒の奴にさ!私だって同じ境遇だったらパニくってるよ!ハハハ……」

何故か、乾いた笑いを浮かべるスバキ。しかし心なしか、彼女の表情は明らかに笑っていないように見えた。

 やがて、スバキは銃をポケットに収納した。そして、静かに溜息を吐く。

「こうやってゲームを遊んでいるように見えるかも知れないけどな、私はお前の監視を任されてるんだよ。」

「監視……?どういう事……?」

訳が分からない。何が、どうなっているのかが不思議に思えて仕方がない。

「確かにお前はモントリオールから来たのは間違いないけど、お前自身の事を監視する必要があるんだよ。最近世の中物騒だからな。犯罪組織とかの可能性だってある訳話だし。」

目が覚め、自分を助けた少女が今度は、“監視”という言葉を述べた。次々と起こる出来事はレイ自身を混乱させるのに、十分だった。

 日本に来て、平和だと思っていた環境が一変、突如短刀で胸を刺され、意識を失い、気が付けばこの、新生連邦の基地らしき場所で同い年の少女に銃を突き付けられたという状況。彼は、一つ一つ状況の整理をしようとするも、頭が混乱していて何も出来ない。

 

ウィィィィィン

 

混乱の最中、突如、扉が開かれた。レイは扉の方向を見る。

 そこに居たのは、一人の男だった。スバキは何も言わないのだが、男は一礼し、レイに近づく。背丈は180センチメートル程度。眼鏡を掛けている。顔つきは凛々しく、ミディアムな癖毛が目立つ。軍服を着ているが、屈強な印象は受けない。スーツを着れば、まるで、“青年実業家”といった印象を受ける、その男。

「やあ、目が覚めた?初めまして。マサアキ・アルトです。宜しく。」

物腰柔らかな印象の男はレイに握手を求めてきた。それに対し、レイは握手を交わす。

「君は色々と大変だったみたいだけど、無事で何より。傷はどうかな?痛む?」

「あ……はい。少しですけれど。」

「そっか。」

と言いながら、マサアキは椅子に座った。

「あの、貴方は一体……?」

レイは疑問に感じた。“マサアキ”と名乗る人間だが、その素性は不明だ。レイの質問に対し、マサアキは答える。

「ああ、私はここの司令官をしている人間でね。階級は少佐。」

と言いながら、マサアキは椅子に座った。

 この男、マサアキ・アルトは若くして佐官という経歴を持つ。優秀な人物ではあるが、レイはどこか、この男に若干の違和感を覚えていた。

「彼女……スバキから聞いているとは思うけど、ここは新生連邦の基地なんだよ。都心から随分離れた、奥多摩という山奥の場所だけどね。」

男の言葉から、ここが“奥多摩”と言う場所であることが分かる。

 それは、旧世紀から東京都心より遥かに離れている、山が生い茂る場所。近年になり、新生連邦軍の基地が出来た場所。都心では基地を増設する事は禁じられている為、東京に基地を作るには絶好の場所と言えるのだった。

「スバキが色々と頑張ってくれたみたいだね。無事で何より。それより、ちょっと君に興味があってね。」

「興味……ですか?」

目を、二回瞬きしてレイは聞く。

「まるで少女のような美しい顔立ちをしている君……うん、良いね。」

「え……?」

そう言った時、マサアキは突如、レイの股間部に触れ始めた。突然の出来事に、驚愕するレイ。近くで見ていたスバキも、同様だった。

「ふぁっ!?ひゃああ……!」

思わず妙な声を上げるレイ。しかし、男は止める気配がない。

「フンフン、女の子の顔してる。そして、触るとそこは、男の子。ケド反応は女の子のような声。なんか、とても珍しい人間だね。君。興味、あるな。」

初対面で人の股間を触るという行為をするマサアキ。明らかに、“異様”な存在と言えるこの男。

(この人……!)

レイは顔を赤め、まるで睨むようにマサアキを見る。それを見たスバキは不快そうな表情を浮かべている。

「まあ、挨拶はこの辺にして。君の事、少し教えてくれないかな?」

「あ……えっと……はい。」

明らかに辱める事をしたにも関わらず、すぐに彼を尋問するマサアキ。全く顔色を変える様子のないこの男は、どこか奇妙に感じてはいたが、レイは自身の事を話した。

 この時、彼は自分がガンダムのパイロットである事等については、勿論一切言わなかった。それはここが新生連邦の基地である事を理解していたからだ。もしそれを言ってしまえば、自身どころか、セイントバードチームにも迷惑を掛ける可能性が高いと、考えた為である。

 レイは、あくまでも“旅行者”として日本に来たという話をした。取り繕う様子もなく、レイは答える。

「なるほどね、君は単身、旅行で東京に来た。しかし、道中に襲われた所をスバキに助けられたって訳ね。お疲れ様だね。しかし、不幸中の幸いだったね……君は。」

そう言われ、三日前の出来事がフラッシュバックされた。エレアに襲われた、あの事件だ。

 

――――――――――――――君には死んでもらうけれどねぇ――――――――――――

 

「話を聞くのはまあ、これぐらいにしておこうか。まあ、君自身病み上がりのようなものだから色々聞かれるのは大変だろう。少しゆっくりしていると良い。」

と、笑顔でマサアキは話す。

「あと、一つだけ気になる事があるけれどね。」

“気になる事”と言われ、レイは首を傾げる。

「君からは“力”を感じるね。気に入ったよ……」

「え……?」

その言葉が何を意味するのかは分からない。シンギュラルタイプの事なのか。それは分からない。ただ、その言葉だけが意味深だったのだ。

「まあ、それはさておき。君の事はパスポート情報以外にも少し調べさせてもらう必要がある。それに、怪我もあるだろうし、それまではしばらくこの部屋で待機して欲しい。君の事が判明するまで、監視させて貰う必要がある。その間はスバキに世話を任せるよ。」

そう言って、マサアキは去って行った。

 レイは保護された身ではあるが、実際、身元は分かっていない。それを明確にする必要がある為、彼はここにいる必要がある。だがその監視をするのはこの少女。何故スバキが監視役なのか。それも、謎だ。

 

 

 一命は取り留めた。しかし、次々と謎が重なる。混乱する頭を一つずつ整理するレイ。

 まず、ここが“奥多摩”と呼ばれる場所にある新生連邦の基地であること。そして、自分は三日間眠っていたという事。目の前の少女、スバキが自分の監視をしているという事だ。

 マサアキが部屋を出た後、スバキと二人きりとなったレイ。相変わらず言葉を話さないスバキ。多くの情報が入り、混乱するレイは、ただ、溜息を吐く。

「分からない、分からないよ……」

一命は取り留めたが、この先どうなるのかも分からない。彼はマサアキに身元を調べられる事は分かる。しかし、それからどうなる?この後彼はどのようになるのか。怪我が治れば解放されるのか。それも、謎だ。

幸いなのは、彼の言った事は間違っていない事だ。セイントバードチームとの同行の話を抜きにすれば、確かにレイはカナダから日本へ来日した事になる。身分証明としてEフォンがパスポートとしての役割を果たしたのであった。

 悩むレイ。しかしその時、スバキはEフォンのゲームをしながら、口を開いた。

「お前、マサアキに気に入られたな。あいつ、お前の事さ、“力”を感じるとかとかなんとか言ってただろ。」

「え?」

それに対し、レイは首を傾げる。

「お前、覚悟しとけよ。あいつ、マジで“ヤバい”奴だから。」

「……え?」

スバキの言葉が、恐ろしく感じられる。ヤバい奴?どういう事なのか?

 レイが置かれた奇妙な状況は、暫く続く様子だった――

 




第二十二話、投了。

日本での日常を描いていますがそこから突然新生連邦に救助される事になるという話。そこで出会ったスバキという少女と、マサアキ・アルトとは……という話でした。


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第二十三話 危険な男

新生連邦軍奥多摩基地の司令官、マサアキ・アルトという人間についての話。
基地内で出会った少女、スバキの境遇も明らかに。

※性的描写、及びBL表現有。


 

 ギリシャ。怪我をしていたクラリスだったがその傷は治癒が進んでいた。元々独歩で動く事が出来ていた彼は、少しの間ヒースト姉妹の家に厄介になり、過ごしていたのだ。

 食卓を囲う三人。アユとリン、そしてクラリス。一見異様な光景ではあるが、姉妹はクラリスの存在を受け入れている様子だった。先日の出来事で彼が暴漢を撃退した事が、きっかけである。

やがてクラリスはアユ・ヒーストから、ある言葉を聞く。

「実は、来週に日本へ行く事になったんです。お母さんに、会いに。」

と、アユがクラリスに行った時、彼は驚く様子を見せた。

「なんだって!?日本に行くのか!?」

その表情は明るい。何故これ程明るいのかは不明だが、二人はそれを見て互いに目を合わせ、驚愕していた。

「はい。え、クラリスさんも?」

アユは首を傾げる。

「ああ、この際だ。一緒に行かせてくれねぇか?」

「え?あんた、日本に何か用事あるの?」

リンが言った。

「日本に知り合いがいる。そいつに会いに行く。まさかだな!運が良いぜ、俺は……!」

一人、高揚するクラリス。

 実際、彼はこれからどうしようかと路頭に迷っていた時だった。レイに敗れ、ギリシャの海岸に不時着した彼は奇跡的に生き延びた。そこから軍に復帰する為にどうすれば良いかを考えていた為、この話は偶然とはいえ、彼にとって良い結果を招いた。

「でも、席は二つしかとってませんよ?」

困惑するアユ。

「追加料金払えば三人はいけるだろう!」

それを聞いたリンが怒った。

「てか、お金どうすんのよ!?あんた私達に便乗する気じゃないでしょうね!?」

「馬鹿野郎、世話になっといて図々しいだろうが!お前らの分も含めて、旅費ぐらい出してやるよ!」

気前の良いクラリス。それを聞き、リンは黙った。

「良いのですか?そんな、申し訳ないです……」

アユがクラリスに行った。

「んなもん気にするな。こっちは日本に行って知り合いに会えるなら何度も良い!当てもない状況だし、何よりも傷も完治してない。もう少しばかり世話になるが、その分お前らには負担は掛けさせねえよ。」

まるで数日前のように気難しい様子を見せないクラリス。どうやらこの数日で姉妹と打ち解ける事が出来た様子だ。

 粗暴な男、クラリス・デイル。しかしこの姉妹とは仲良く過ごす事が出来た。彼自身にとって、姉妹の存在は数少ない、心から気持ちを通わせられる人間であったのである。

 

 

 

 セイントバードの面々はレイが行方不明になっている事に対し、困惑していた。ガーストとレイが東京内を移動し、レイがエレアのインタビューを受けてから、彼の消息は不明となっていたのであった。ガーストはエリィに謝罪をした。自分の不手際で、彼が行方不明になってしまったと。

「すみません、エリィさん。俺がいながら、レイがいなくなってしまうなんて……」

エリィはそれに対し、言った。

「いいえ、ガースト君は何も悪くはないよ。けれど、今回はあの子、Eフォンを持っていた筈なんだけど……どうしてあの子、行方不明になっちゃったんだろう……」

レイのEフォンに何度もメッセージを送ってはいるが、一向に返信が来ない。彼が何処にいるのかも分からない状況で、皆が困惑している。

「彼がいない以上、セイントバードは動く事も出来ない。」

ネルソンが溜息を吐き、言った。

「けど、見当がつかないのじゃどうしようもないなぁ……」

連絡手段として機能しているEフォン。それが繋がらない以上、彼等はどうする事も出来ないのが現状なのであった。

「日本と言う国は治安が良いと聞いていた……まさか、彼は何らかの犯罪に巻き込まれたのか?」

「なんか、レイ君そればっかりな気がするなぁ……」

溜息を吐くエリィ。

実際、レイは何度もトラブルに巻き込まれている。アレクサンドリアでもならず者に襲われ、連絡が取れなかったこともあった。今回は日本で、エレア・シェイルに刺されるという事が起きている。

そして、彼が現在新生連邦の基地にいるという事等、この時メンバーは誰もが予想していなかったのであった。

 

 

 

新生連邦の奥多摩基地にて。レイは相変わらず白い部屋の中にあるベッドの上で横になっていた。傷はここで目を覚ました頃よりも大分癒えており、自分でベッドから降り、独歩が出来る程に回復している。ここでも彼の回復力の高さが役立ったと言えた。

だが彼は監視対象である。瀕死の重傷を負っていた彼を、基地にいた少女、スバキ・シンドウが助けた。しかしレイがカナダからの渡航者であるという情報以外、何分かっていない。万が一犯罪組織との交流がある存在であっては、それは新生連邦の組織として成り立たない。その為、彼は引き続き監視対象となったのだ。その監視する人間が、スバキなのである。

 ここに来て更に四日が経過した。エレア・シェイルの凶行から一週間経過した現在。その間も彼は部屋で監視されている。その為、自由に動くことが出来ない。

 この一週間の間、マサアキは何度か部屋に入り、彼から情報を聞き出した。この時、いずれもレイは渡航者の話や、故郷の話をした。それは、紛れもない事実である。嘘は言っていない。ただし、彼がアインスガンダムのパイロットであるという事は一切話していないが。

「いつ、僕は解放されるのかな。怪我はもう治ったし、ここにいる必要はないし……」

ここに来て一週間が経つが、自由に動く事が出来ない状態が続いていた。食事は三回。朝、昼、夕に配給されるのみ。それは彼の監視役であるスバキが行う事になっている。

独歩が出来るようになってからは、トイレは部屋にあるトイレを使うことが出来た。身体を洗うのはシャワーのみ。この部屋は、最低限、生活に必要な設備は整っている。

 但し、厄介なのは窓が無い事だ。時計はEフォンの時計機能を見れば時間が分かる。しかし窓が無ければ今がどの時間帯なのかが明確に分からない。そして、電波が届かない為、Eフォンで外部と連絡が取れない。レイにとって、それが苦痛であったのだ。

 保護されたのは間違いないが、このままここに居続けるのは、殆ど刑務所と変わらないようなものだったのである。

 

ウィィィィン

 

その時、ドアが開いた。そこには、スバキが居た。レイの表情は、暗くなる。

「なあ、もう身体は痛くないか?」

「え?……うん。」

突然の質問に、レイは困惑しつつ、答えた。

「ちょっと来いよ。」

「……え!?」

スバキからの、突然の言葉だった。レイは耳を疑い、思わず返答してしまう。

「いいから!」

そう言って、スバキはレイの手をぐいと引っ張った。そのままレイはベッドから降り、靴を履き、病衣のまま、移動する。彼女は、レイと共に部屋を出ようとしていたのだった。

 突然のスバキの行動にレイは困惑する。それが分からないまま、彼は移動する事になったのだ。

「移動して良いの?」

「良いから早く来い!」

何故スバキがレイの手を引っ張り、部屋を出ようとするのかは分からない。頭が混乱する中、レイはただ、彼女と共に移動する事にしたのである。

 

それからスバキとレイは施設内を移動した。レイは監視されていた部屋にずっと居た為、足取りが重い。このように距離を移動する事は久しぶりだった為、僅かながら体力の低下を感じていた。

しかしその間、歩いて見える光景が全て新鮮に見えた。と言ってもこの施設はあくまでも新生連邦軍の基地であり、彼の眼に映るのは頑丈そうなシャッターや自動ドア等、無機質な物ばかりが映った。

この時、彼は疑問に感じた。基地の筈なのに、何故軍人の姿が見当たらないのか。それが気になったレイはスバキに尋ねた。

「ねえ、新生連邦の兵士が一人もいないみたいだけど……」

「いない。だって今見つかったら大変な事になるからな。許可なく移動してるんだもんな。」

「え!?何それ!?」

レイは驚いた。つまり、監視は介助されたのだが、まだ部屋を出て良いという許可は下りていなかったのである。彼は慌てて部屋へ戻ろうとスバキに言うが、彼女は聞く耳を持たなかった。

「お前さ、人の厚意を踏みにじるんだな。最低だな……バカ。」

その言葉にレイは、再びスバキから“優しさ”を感じていた。何故彼女がこのような行動をしたのかは分からない。ただ、レイはそれを、“厚意”と捉える必要があると、感じていた。

「もうすぐだ。」

そう言いながらスバキは指を指した。レイは彼女が指を指した方向を見る。そこには階段があった。その階段を上がろうというのである。

 

 

それから二人は階段を上がり、最上階まで辿り着いた。そこには一枚の手動式のドアがあった。スバキはドアの取手を回し、開いた。

スバキが先にドアを潜り、続いてレイがドアを潜った……と同時に、彼は両目を腕で隠した。何せ彼は一週間程太陽を見ていなかった為、この光が非常に眩しく感じられたのである。

「うわっ……」

太陽がある。つまり、スバキは彼を基地の屋上に連れて行ったのだ。

「うーん……気持ちいい……。」

スバキはうんと腕を伸ばし、心地よさそうな表情を浮かべた。その表情は、先程までレイに対して冷たい態度をとっていた少女とは思えなかった。

一方のレイは太陽の眩しさに慣れ、外の景色を見ていた。

「自然が、一杯だ……」

彼が前にいた場所は東京の中でも都心部に位置する場所である。一方、ここ奥多摩町は都心から離れている場所にある、自然の溢れた環境となっている。そんな場所にレイは捕虜として保護されたのだ。見晴らしも良く、美しい景色が辺り一面に広がった。綺麗な景色に見とれていた時、微風が吹いた。それは優しく二人を包み込む。

「ここ……景色は綺麗なんだよな。」

「ねえ、ここって……東京なんだよね?」

レイの中では、東京は都会であるという印象だった為、この自然溢れる光景には驚いていた。何も知らないレイ対し、スバキは深呼吸をした後で言った。

「この前言っただろ!奥多摩だって。お前、まさか東京の全てがごちゃごちゃした町だと思ってたんじゃないのか?」

「知らないよ!そこが何処かも僕、知らないんだから……」

そうは言うが、レイはスバキの厚意に少し感謝をしていた。一週間、外の景色を見ていないレイにとって、この美しい景色はある意味、“ご褒美”と言えた。

この時、スバキは鉄格子にもたれながら言った。レイも同様に鉄格子にもたれ、眼前に広がる絶景を呆然と見つめる。

「寒くないか?」

奥多摩は山奥に位置する場所であり、気温は都心よりも低い。レイは少しばかり寒さを感じてはいたが、故郷のモントリオールの寒さに慣れている彼は

「ううん、平気だよ。」

と、言った。

「いい景色だろ。ここ……」

そう言うスバキ。その表情は、一週間前の冷たい印象とは違って見えたのだ。

「うん、本当に良い……なんか、久しぶりに見た気がする。こんな景色を。」

そう言うレイ。それと同時にスバキの方を見る。

「……スバキ?」

スバキの姿が、そこには無かった。キョロキョロと辺りを見回すレイ――

 

ピトッ

 

「ひぁっ!?」

頬に、突然の温熱刺激を感じたレイ。何事かと思い、振り向くと、そこには暖かな缶コーヒーを、二本持ったスバキの姿があった。

「お前、私がいなくなった事に気付かなかったのかよ。」

「う……うん、全然……」

「はぁ。鈍感だなお前。ま、いいや。飲めよ、それ。」

そう言って、スバキは缶コーヒーをレイに渡した。それを受け取った彼は

「あ、ありがとう。」

と礼を言った。

早速それを開け、スバキは飲み始めた。それを見て、自分も飲まなければならないと思ったレイは缶のタブを引き、次に起こし、最後に空き口からコーヒーをゆっくりと、口内に入れた。

「おいしい……本当にありがとう。」

と言った時、スバキが言った。

「前から思ってたんだけどさ、レイが礼を言うってさ……アハ、ダジャレかよ!しょーもな!」

「ムッ……」

と、馬鹿にされたような気持になった。しかしコーヒーをくれた事を思えば、それに対して怒ることは出来ない。

(けど、名前で呼んでくれた。今まで“お前”ばっかりだったから。)

数日間の冷たい印象を持つ、スバキは何処へ行ったのか。今のスバキは、どこか優しい。そして表情も、穏和になっているように感じられた。

両者はコーヒーを飲む。都心からかけ離れた美しい光景を目にしながら。

先にコーヒーを飲み終えたのはスバキだった。飲み終えた後で、側に置かれていた屑籠入れに空き缶を投げ入れた。次にレイもコーヒーを飲み干し、スバキと同様に空き缶を投げ入れる。

その直後、何故自分をここに連れて来たのか、彼はスバキに聞いてみる事にした。

「あのさ……どうしてスバキは僕をここに連れて来てくれたの?勝手に僕を部屋から出しちゃダメだって分かってて……」

それに対し、スバキは言った。

「だってさ、可哀想じゃん。ずっとあんな部屋に閉じ籠ってたらどうかしちゃうと思ってさ。怪我が治ったならここに連れて来てあげようと思っただけ。」

「スバキって……実は優しいんだね。」

レイの中の彼女の印象はあまり良いものでは無かった。銃を突き付ける上、喋っていても途中で話を切る。その上口調も荒く、態度も冷淡。そのような彼女が突然基地の屋上に彼を誘い、コーヒーを渡してくれた。その行動が、彼の中のスバキの印象を変えた。

「う……うるさいな!ちょっとコーヒー奢ってやったぐらいで気を許すんじゃねーよ。」

若干動揺しながら彼女は言った。そんなスバキを見て、レイは笑顔で言った。

それからしばらく二人は呆然と景色を眺めていた。その間、お互いに一言も会話をする事は無かった。しかしレイは景色の美しさに心を奪われており、別に沈黙を気にする様子は無かった。

その状態が15分程経過した時、口を開けたのはスバキの方だった。

「あのさ……」

「どうしたの?」

「お前さ、本当に旅行で日本に来たのか?」

スバキが最も疑問に感じている質問。レイ・キレスと言う少年の素性だ。実際、彼はここに来てから故郷の話や旅行の話しかしていない。

それは、表面上の話だ。しかし、スバキにとっては、それは本当の話だと思えなかったのだ。

「言った方が……良いのかな。」

二人しかいない状況。それを思い、レイは彼女に本当の事を話す事にしたのである。

 実際はMSに乗って戦っていたという事。そして、今はセイントバードチームと呼ばれるMS乗りと共に行動しているという話。スバキの優しさを感じたレイは、それらの話を彼女にのみ、話したのである。

 ここに来るまでに様々な出来事を経験していた。砂漠の狩人との交戦、新生連邦軍の追撃等。そして、それらを生き延びてきたのである。

「それさ、マサアキには言ってないんだな。」

「うん、あの人、基地の司令官って言ってたでしょ?ちょっとそれが引っ掛かって……さ。」

新生連邦絡みで碌な想いをしていないレイ。それ故に、MS関係の話は一切しなかったのである。

「お前、MSに乗れるんだな。」

この時、レイはあえて、“ガンダム”の話をしなかった。ガンダムに乗っていたという話になれば、それが大事になると判断したからだ。

 MSに乗れる少年というのは、実は珍しい訳ではない。内戦やテロが相次ぐ世界情勢では、少年兵がMSを操るという事はよくある話だ。ガースト・ピュアスも十歳でMSに乗り、戦った事がある。

「成り行き……だけどね。」

「なんか、少しすっきりした気がする。」

「すっきり?」

遠くの自然の景色を見ながら、スバキは言った。

「あの空間じゃお前と話しててもつまんなかったし。お前の本当の話も聞けないと思った。場所変えて、良かったと思う。」

環境が変われは人の印象は時に変わる事がある。閉鎖的な空間に居続けるよりも、その環境を変える事で人は心を開くことがある。スバキ自身も、もしかすればレイが居た閉鎖的な空間を嫌がっていたのかも知れない。寧ろ、こうした自然が多い場所が好きなのかも知れない。

「あのさ、もしお前が故郷に戻れたらさ、この体験を小説か何かにして出版したら?嘘のような本当の話って感じでさ、面白いかも知れないだろ!?」

冗談のつもりで彼女は言ったのだが、レイは彼女の言葉に対し、

「確かに色々な事があって、それは経験になってる。だけど……僕はこんな事なんて望んでないんだ。本当に普通で、これまで通りの生活さえ出来ればいいんだ……だけど、まさかこんなことになるなんて思わなかった。」

遠くを見ながら、レイは言う。

「ふーん、お前ってさ、せっかく刺激的な経験してるのに普通の生活がしたいって思うんだ。つまんない人生送って楽しいと思うのかよ。」

スバキは首を傾げながら言った。

「だって……当たり前な事、かけがえのない事がなくなるって嫌なんだ。家族がいて、友達がいて……そして学校に通って、勉強して、部活もして……僕はそんな、ごく、普通の日常が一番幸せだと思うんだ。」

「家族がいて……か。」

突如スバキの表情が暗くなった。レイは彼女に気を遣うように

「あ……ごめん、悪い事言ったかな……?」

と言った。

「いや、別に……」

スバキはそう言うが、明らかに表情が暗い。レイは先程自分が言った言葉の中で、何が悪かったのかを考える。しかし思い当たる節が無い。

考える事を諦めたレイは、次に彼女に対して質問をしようと言葉を発した。

「あのさ、ずっと聞きたかったんだけど、スバキは……どうしてここにいるの?」

「あ?」

レイに質問された時、スバキは彼を睨みつけた。彼はびくりと反応し、慌てて謝ろうとするが、彼よりも先にスバキが喋った。

「別に……何でもいいだろ。お前には関係ないよ。」

〝関係ない〟と言われ、レイは謝ろうとする事を止め、更に彼女に対して反論した。

「関係無い事無いよ!スバキは先に僕の事を聞いたでしょ?僕だってスバキの事、知りたいよ。どうしてここにいるのか、どんな生活をしてるのかが気になるんだ。」

「うるさい!」

スバキは握り拳を作り、大声で怒鳴った。あまりに突然の出来事だった為、驚くあまりにレイは一歩引き下がった。

「スバキ……?」

「お前、私の事知ってどうする気だよ。」

「どうって……どうもしないよ?僕は自分の事を教えたんだから、スバキだって教えてくれてもいいかなって思って……」

レイがそう言うと

「バカだな。自分の事を教えたからお前も教えろって考えか?だったらお前はバカだ。」

「バカって……!そんなのおかしいじゃないか!」

レイは反発した。それは、先程までの閉鎖的な空間では出来なかった事だ。

「おかしくもなんともない!少し気を許すとこれだ。お前、私を舐め過ぎなんだよ!」

理不尽な思いをするレイ。どうすれば良いか分からず、レイは黙り込んでしまう。

「私はお前があんな所にずっといるのは可哀想だと思ってここにこっそり連れて来てやったんだ。なのにお前はそれを良い事にベラベラ調子に乗って……立場を弁えろよバカ!」

(こんなのって……)

気を許した自分が馬鹿だと、レイは後悔した。この時彼はスバキと言う人物が一体何者なのかが余計に分からなくなり、混乱していた。

 

「はい、ストップ!」

その時だった。両者が鉄格子の側で話をしている時、彼等の背後から男の声が聞こえた。二人は慌てて振り向き、男の顔を見る。

「スバキ、勝手に屋上に出るのは感心しないね。しかも監視対象の男の子と。」

男の正体はマサアキだ。太陽に眼鏡が反射し、その目が見えない。

「お前……!」

マサアキを見たスバキの表情は険しい。

 思えば、レイが目を覚ました時から、マサアキとスバキがいる所では彼女の表情は常に曇っている。それを見ていたレイは明らかに動揺していた。

「悪いけど少しお話を聞かせて貰ったよ。レイ・キレス君。やはり君は普通の人間ではなさそうだね。MS乗りなのかな?君は。」

会話を聞かれていたと、思ったレイ。それを言い訳することは出来ない。レイは静かに、頷いた。

「妙な経歴の持ち主だね、君は。まあいいや、それよりも、今はスバキだ。」

そう言ってマサアキはちらとスバキを見た。彼と目が合った時、スバキは思い切りマサアキを睨み、握り拳を作った。明らかに彼に対して敵意を剝き出しにしている。

彼女の目を見た後、マサアキは微笑しながら言った。

「勝手な行動ってのはね、組織においては厄介でしかないんだよねぇ。スバキ。」

靴音を立てながら、男がゆっくりと、スバキの方に近付いてくる。

やがて男はスバキの顔を強引に両手で動かし、男の視界に入るように彼女の顔を固定した。

「どうして勝手な事をしたのかを教えて貰おうかな、スバキ!」

男の口元は笑っている。しかし。目は一切笑っていない。笑みとは裏腹、声だけが響く。

 このような人間を見たのは初めてだ。レイはそれを見て、どこか恐怖を抱いている。

「……こいつが……可哀想だったからだよ……」

「そんな理由で?外に出すの?許可なしに?」

そう言いながら、マサアキはぐいとスバキのポニーテールを引っ張る。少女に対して暴力的な行動が出来るこの男。その事が、明らかに異様に見える。

「嫌いだ……お前……お前の、着ている服も、顔も身体も全部、全部、全部!」

次第に大きくなる、スバキの声。髪を引っ張られている状況であるにも関わらず、スバキは反抗しているのだ。

「服は着替えられるが、悪いけど顔や身体はすぐには無理だ。顔は整形するのに金が掛かるし、身体を変えるのはいろいろと手間がかかるんじゃないか?」

挑発するように男が言った後、スバキは握り拳を作りながら言った。

「お前さえいなければ……お前さえ!」

スバキの怒りの声を聞いた時、マサアキは表情を無くした。そして――

 

パシィ

 

スバキは、髪を引っ張られている上、頬を打たれた。彼女の頬は赤く腫れ、下を向き、悔しそうに歯を食い縛っていた。

「くぅ……ぅ……お前……いつか絶対殺してやる……!」

反抗的な発言をするスバキ。だがマサアキはあまり関心を持っていないようだ。

「おぉ怖い。そういう言動は止めた方がいいよ。可愛い顔だけど乱暴な性格ってキャラクターは一部のマニアにしか受けない。私はスバキの物騒な発言に魅力は感じない。可憐な容姿が台無しだよ。」

「お前のせいだろうが!お前のせいで……こんな性格になっちまったんだよ!」

怒るスバキ。それを嘲笑するマサアキ。

 レイから見れば、何が起きたのかが分かっていなかった。一つ分かるのは、マサアキがスバキに何らかの干渉をした可能性があるという事だ。そうでなければ、スバキが露骨に嫌悪感をマサアキに表す筈がない。

スバキは拳を作り、マサアキの顔に目掛けて殴ろうとした。だが、マサアキは彼女の拳を受け止めた。手が動かせなくなったスバキは、もう片方の手でマサアキを殴ろうとするがそれも無駄だった。

「クソッ!!!」

塞がれた手を無理矢理離し、スバキは後方に一、二歩下がる。

「暴力的なんだよね。スバキ……あんまり反抗するんじゃ……ないっ!」

 

ドゴッ

 

マサアキは笑みを浮かべたまま、目を思い切り開き、あろうことかスバキを睨んだ後で彼女の腹部を蹴り飛ばした。

「あぁぁ!」

蹴られた衝撃で倒れるスバキ。それを見ていたレイは動揺を隠せない様子だった。

「ごめんねレイ君。君には見苦しい所を見せちゃったね。」

笑顔で喋るマサアキだが、かえってそれが恐ろしく感じられる。彼の動揺は消える事は無い。

「ぐぅ……う……」

スバキは腹部を抱えながらどうにか立ち上がる。立ち上がる際、彼女はマサアキに対して暴言を吐いた。

「死ね……この野郎……ぉ!うぅっ……!」

蹴られた場所が悪かった為、スバキは思うように喋る事が出来なかった。彼女は涙を流しながらマサアキを睨みつけ、握り拳を作った。

「はぁ、懲りないなスバキ。なんでそうまで反抗的なんだろねぇ。反抗期だからかな?」

「全部……お前のせいだろうが……!私の人生狂わせやがってぇ……!うぅ……!」

何故スバキはこの男に対して敵意を剝き出しにするのか、レイには全く理解が出来ない。彼は痛そうにするスバキを見て、マサアキに言った。

「止めて下さい!スバキが可哀想です……こんなの……」

「お……お前なんかに同情……されて……たまるかよ……」

尋常ではないスバキの怒り。この時にレイは悟った。〝この人がスバキを悲しませている人間だ……〟と。だが何故マサアキがスバキの敵であるのかは分からない。

「スバキを庇うなんて優しいね、君。一方でスバキはダメだ。反抗し過ぎ。反抗すればどうなるかぐらい分かってるだろ。結構長い間ここにいるんだからさ。そうやって、反抗ばっかりしてると君の母親の命に関わる事もあるって分からないかな?」

(母親……?)

マサアキの言葉から出た、〝母親〟という言葉。その言葉がレイの脳内に焼き付いた。彼女がこの施設にいる理由が分かるかも知れないと、レイは思った。

「スバキ、悪いけれど君には少し眠ってて貰うよ―」

目が虚な男は、躊躇なく倒れるスバキに近づく。

「やめ……ろ……!」

 

プシュッ

 

スバキは、何かを浴びた様子だった。それを鼻から吸ったスバキは、たちまち眠りについてしまう。即効性の、催眠ガスが彼女に浴びせられたのである。

「いやあ、お見苦しい所を見せてしまったね、レイ・キレス君。いや、親しくなる為にも呼び方はレイ君で良いか。」

マサアキは眼鏡をくいと修正し、今度はレイに近づく。先程までのスバキへの暴行を目の当たりにしているレイは、この男への警戒を解くことはなかった。

「レイ君、一つ聞きたい事があるんだ。」

「な、何でしょうか……?」

レイの額から、僅かな汗が流れる。

「君はスバキへの仕打ちを見て、残酷だと思った?極悪非道な人間に見えた?」

突然の疑問。レイには、何が何だか分からない。どう答えるべきかも、不明だ。

「もし私がそのような残酷な人間に見えるのなら、それは君自身が私に偏見を持っている何よりの証拠だよ。」

マサアキの行動は一見残酷だ。スバキに対して容赦のない暴行を加え、その上で眠らせた。彼女の今の発言を見る限りでも、この男が悪いようにしか見えない。

「君に一つ、教えておいてあげたい事があるんだ。スバキは君と同じように、ジュニアハイスクールに通う生徒でもあるんだよ。」

「そうなん……ですか?」

「そう。そして、彼女は東京内で一番、優れている進学校に通っている。将来的に、より軍に貢献で出来る、優れた人間になってもらわなければならないからね。」

「軍に?」

彼女は一体何者なのか。何故、新生連邦に協力するのか。その謎に包まれたベールが、もしかすれば剥がされるかも知れないと、レイは思っていた。

やがてマサアキは両腕を後ろに組み、語る。

「学校生活は多くの人間とのコミュニケーションの場になる。彼女のような、思春期の少女にはとても大切な事だ。勉学に励む一方で、運動したり、友達と時間を過ごしたり、恋したり……とか。」

何を言っているのか分からない。先程までスバキにした仕打ちとは真逆の事を言い出したマサアキ。

「数多くの経験は豊かな感性を生み出す。そして、それは彼女自身の力を更に飛躍させる事にも繋がる。それが力を持つ人間なんだよ。君自身も感じている、力だ。」

先日にも言っていた、マサアキの台詞。レイを見て感じたという、力の話。

「まさか、それって……」

マサアキは、笑みを浮かべて言った。

「そう、シンギュラルタイプだよ。」

シンギュラルタイプ。このような場所で、その単語を聞くとは思わなかったレイ。そして、ここで彼はスバキが力を持つ存在である事を知る事になる。

(スバキと初めて会った時に感じたあの感じは、やっぱり力を持っているから感じたんだ……そして、僕も……)

力を持つ存在、シンギュラルタイプ。未だに解明されていないその力。この男は、それに対して関心を抱いている。

「君と最初に会った時から不思議だとは思っていたんだよ。日本からの旅行者である筈の君が何故、力を持っているのか。そして、この、“シンギュラルタイプ”という言葉を知っているのか……これで、謎は少し明らかになった訳だ。」

スバキとの会話を盗み聞きしていたマサアキ。これにより、レイの素性がマサアキに伝わってしまった事になる。

 隠していた事が発覚するという事は、下手をすればセイントバードチームにも迷惑を掛ける可能性がある。レイに、緊張が走った。

「MSに乗って戦ってきたというのならば、君から感じる力にも説明がつく。只の何も知らない旅行者が、シンギュラルタイプ等の力を秘めるなんて、余程の事がない限りありえないからね。」

謎の力、シンギュラルタイプ。それについて詳しい、この男。

「貴方は、どうしてそこまで詳しいんですか?シンギュラルタイプについて……」

鉄格子を後ろにし、レイは聞いた。この時も、額から汗が伝わる。

「私も、恐らく君達と同じ人種だからだよ。」

ここで明らかになったのは、マサアキ・アルトはシンギュラルタイプという事である。それ故に、レイと会った時に彼の力を感じる事が出来たのだ。

「そして、私はこの基地内にあるシンギュラルタイプ研究所の所長でもあるんだよねぇ。」

「シンギュラルタイプ研究所……?」

聞いた事が、あった。以前にエリィから聞いた言葉だ。

 

――――――――シンギュラルタイプを研究している施設があるのも事実だよ―――――

 

まさか、ここがそれに該当する施設だとは思わなかったレイ。彼がここに来る事になったのは偶然なのか、それとも必然なのか……

「未だに解明されていない謎が多い、シンギュラルタイプ。自分自身がその力に目覚めたと同時に、それを研究しようと決意したんだ。」

震えるような声で、マサアキは笑っている。レイから見れば、それが奇妙に思えて仕方がない。

「しかし研究すればする程、分からない事は多い。士官学校に在籍しながら、何度か論文執筆をしたが、世間では結局、“オカルト”扱いなのさ。昔よりは見てくれる人も増えたけれどね。しかし、世間の関心なんてそんなもの。素晴らしい力なのに、誰も認めてくれないんだよね。」

首を傾げ、両手関節を背屈させるマサアキ。

 力を持つ存在と言うのは、その存在を認められないのが現状なのである。しかしその力は間違いなく、戦争では貢献してきた。だからこそ、こうした研究機関が存在しているのだ。

「それでね、2年前かな。東京内に住んでいるエレメンタルスクールの生徒を数名抜擢した。私自身がシンギュラルタイプであり、それを感じ取ることが出来る、センサーのようなものだったからね。」

マサアキは自身の額に指を当て、何度も突く。

「その中に一人のシンギュラルタイプの少女を見つけた。本当、偶然だったよ。可憐な少女が何故か、シンギュラルタイプとして覚醒していたのだから。」

「それが、スバキ……ですか?」

レイが答えると、マサアキは目を見開かせ、レイの顔に近づけた。

「ご名答っ!!!」

と、大声で叫ぶ、マサアキ。

「まさに、幸運だったよ。これ程の才能の持ち主が現れるなんて夢にも思わなかったからねっ!」

スバキがマサアキを毛嫌いしている理由が、理解出来た気がした。この男は、スバキの力を何らかの形で利用しようとしているのであった。

「やがて彼女を使い、シミュレーションを用いた実践訓練を行った。そこで得られたパイロット適正能力は、素晴らしいぃ!の一言だった。点数はほぼ、満点だった。敵機体を確実に仕留める。彼女のその才能は、軍の中で活かすべきだと考えた私は、彼女を全面的にバックアップしたという訳なのさぁ!!」

異様なテンションのマサアキ。だが、この男からはどこか狂気を感じる。まるで、私利私欲でスバキを私物扱いとせんとするような、その感覚。

 レイはこの男から悪意を感じ取っていた。それも、力を持つ者であるが故に感じる事が出来るのだろうか。

「無論、タダで彼女を利用するのは割に合わないだろうから、スバキの学費や生活費前面、全て援助しているんだよ。私の、意向でね。」

スバキをここに留まらせる代わりに、経済的な問題点を払拭しようとしている男。要は、金でスバキを留まらせているのだ。つまりは彼女と言う人間を、金で取り込んでいるに過ぎない。

「ちなみに学費に関してはとても高額でね、彼女の元々の家庭では確実に払えない学費だ。だから私が全面的にバックアップしているんだよ。これが、彼女に対する仕打ちに対して、一概に残酷といえない理由さ。」

事情は把握出来た。しかし、スバキは明らかにマサアキを毛嫌いしている。その事に関し、レイは違和感を覚えていた。

「しかし……不思議なものだね。まさか、君みたいな人間をスバキが連れてくるなんて思いもしなかったから。やはり、力を持つ者同士は惹かれ合う運命にあるのかも知れないねぇ。」

マサアキは、前髪に触れながら言った。と、同時にレイに、ある疑問が浮かぶ。

 

――――――――――――君の母親の命に関わるって分からないかな―――――――――

 

マサアキが言っていた言葉。それは、何を示すのか。この男の狂気に緊張しつつも、レイはゆっくりと、声を出す。

「あの……さっき、母親がどうのこうのって言ってませんでしたか?それってどういう、事ですか……?」

レイの目が、震える。それは本能であるのかは分からない。ただ、彼は得体の知れない“怖さ”を感じている。

「……君のような子供がね、そういう、詮索は良くないなぁ。とりあえず眠りたまえ、レイ君――」

「え――」

 

プシュッ

 

「あうっ……」

レイは、スバキがされたように、催眠ガスを吹きかけられた。たちまち彼の視界は暗闇に満たされ、レイの意識は失われてしまったのである。

 

 

 

やがてレイは目を覚ました。しかし、そこは先程の美しい光景が広がる屋上では無く、小さい照明が一つ天井についているだけの薄暗い部屋だった。辺りを見回しても何もない。空き部屋の様な狭い場所に、彼はいた。

「……あれ、スバキ……?」

隣には何故か、スバキの姿もあった。やがてスバキも目を覚まし、目をぱちぱちとさせる。

「ん……へ?何処だよ、ここ……」

急な眠気に襲われた両者。互いに目覚めは、余り良いとは、言えない様子だった。

「なんでお前も一緒にいるんだよ?」

「分からないよ……」

「そっか、そりゃ、当たり前だよな……」

スバキですら分からないのだから、彼に分かるはずがない。全く見覚えの無い場所……それがここの薄暗い部屋だった。

「多分あいつだ……マサアキの奴がここに私達を連れて来たんだ……クソッ!」

スバキは地面に拳を叩きつける。だが、そのような事をしても無駄なだけ。コンクリートで固められた地面が彼女の手を痛めつけた。

「スバキ、聞きたい事があるんだけれど。」

怒るスバキはレイを、まるで睨むように見た。

「さっき、あの人から色々と話は聞いたよ。その……お金を支払って貰ってるの?学費とか。」

言ってはいけないかも知れないとは思っていた。彼女の性格だと、こうした事に対して怒りを覚える可能性があったからだ。

 しかし、スバキは怒る事なく、言ったのだ。

「聞かれたのなら仕方ないな。そうだよ。この基地の司令官……つまり、あいつが金を全部負担している。」

それだけ聞けば、良いように聞こえる。

 何かを学びたい時、人は金銭を支払い、知識を得、時に学卒を、時に資格を、時に学士、修士、博士号等を取る。しかし経済的問題により、それが不可能な人間も世には存在する。その経済的負担を払拭する為には、当人がより、優秀な成績を残す事が一つの手段として知られる。特待生と呼ばれる制度だ。

 だがそれでも限界がある場合がある。その場合、全面的な経済支援をしてくれる存在と言うのは、一見ありがたい存在ではある。しかし、その代償が本人を不幸にする場合もあるのだ。

「それに、お母さんの話だけど……どういう事なの?もし良かったら、聞かせて欲しい。」

純粋に、心配になったレイはスバキに聞く。しかし、その事については口を開こうとしない。

「もしかして、スバキがここにいる理由って……お母さんの事が関係しているんじゃないの……?」

疑問を、投げ掛け続ける。それは彼が一週間同じ部屋に居た時では出来なかった事だ。スバキとの距離感が近づいたからこそ、レイは聞くことが出来たのである。

「そうやって、人の心にズケズケと入ってくんじゃねえよ!!」

だがスバキの対応は違う。母親に関しては、話したくない様子だった。

 しかしレイは彼女に自身の事を伝えている。彼も、引くことは無かった。

「じゃあどうしてスバキはそんなに、怒ったり、悲しい顔をしているの?」

人は余程の事が無ければ感情を剥き出しにしない。感情を剥き出しにするという事は、その事を気にしているという事だ。スバキの場合、それが著明に剥き出しになりやすい。それは思春期故なのだろうか。

「何で、一週間前に知り合ったばっかりの人間に私の事言わなきゃ……ならないんだよ……」

言葉が詰まる。スバキは、明らかに動揺していた。

 しかしこのままでは話が進まない。レイ自身、一週間前の冷たい印象から一転した、突然のスバキの優しさの正体が何なのかを、知りたいと思ったというのもある。

「ああもう!言えばいいんだろうが!クソッ!」

再び、スバキは床に向けて殴りつけた。それは彼女にとって無駄な事は分かっている。だが、彼女自身その怒りを、抑えきれないでいたのだ。

「母さんを人質に……取られてる。」

「人質……?」

新たなキーワードが生まれた。“人質”とは何を示すのか。

「私がもし、ここを抜け出したりしたら母さんが軍に殺される……今、そんな状況なんだよ……」

スバキは俯き、語る。明らかになっていく、彼女の過去。

「元々は普通に暮らしてた。父さんがいて、母さんが居て、私がいた。三人家族。けどデウス動乱の時に連邦軍が潜入していたデウス兵を抹殺する為に、住んでた町を焼き払いやがった!そこで父さんは巻き込まれて殺されたんだよ!」

「お父さんを……?」

スバキの家族構成も、少しずつ明らかになる。

「母さんはそれから一人で私を育ててくれた!戦後、東京に引っ越して……大変な状況だったけどなんとか生活をやっていたんだ。」

レイは、何も言わず静かにスバキの話を聞く。

「しかし2年前。通ってたエレメンタルスクールに連邦の連中がやってきて、検査を行い始めやがった。それからだよ。私がこことジュニアハイスクールの行き来の生活を余儀なくされたのは!!」

「それが、あの人が行ってた事……」

マサアキが言っていた事を、レイは思い出す。

 

―――――――東京内に住んでいるエレメンタルスクールの生徒を数名抜擢した――――

 

話が、繋がっていく。マサアキ・アルトという男が、彼女の生活を変えてしまったという事が、改めて明らかになったのである。

「私はMSのパイロットとして優秀だって言われたよ。だから軍に入隊して、その力を使えって……それが奴等の目的だ。けど、私は嫌だ。父さんを殺した連中の為に戦えなんて、そんな事出来るか!けど、それを拒否したらあいつ……母さんを人質に取りやがった……!」

またしてもスバキは床に対して右手を振るい、当てる。

「母さんを殺す訳には行かない。だから、私は軍に居る事になったんだ。けど、軍に入ったら最後、逃げられないんだよ。逃げたら母さんが殺されるからな……」

スバキから語られる、新生連邦の非道。明らかになる真実は、レイの表情を暗く彩っていく。

「私は何度かMSに乗って戦った事もある。デウス帝国みたいな明確な敵性勢力がいない今のご時世じゃ、海外派遣でテロや内乱の鎮圧ぐらいだけどさ。」

彼女は、必要に応じてMSに乗って戦う事を強制されている傍ら、ジュニアハイスクールで勉学に励むという生活を送っていたのである。

ここで、レイに一つ疑問が浮かんだ。

「お母さんは、今どこに?」

「家にいて、暮らしている。けど、それは軍の奴等に見張られている。私が下手な事をすれば、いつでも、殺せるって事なんだろうな……」

母親を人質にとり、彼女は軍に駐留させられている状況。その代わり、経済支援をマサアキが行っているという状況。

 軍の命令は絶対だ。従って、逆らえば母親の命が危ない。その状況が、もう2年程になるのである。

 この仕組みは巧妙に出来ていた。スバキが軍に逆らい、脱走等を図れば母親は殺される。その代わり、経済面は全てマサアキが負担しているという状況。まさに、飴と鞭を使い分けているのである。これがより、彼女をこの基地に縛り付けている要因と言えた。

「ジュニアハイスクールも東京内で一番の進学校だよ。マサアキの裏金で入学した。あいつは基地の司令官だ。元々金持ちな上にこうした待遇を受けられているから、金だけは腐る程ある。だから、こんな事が出来るんだよ……タチの悪い足長おじさんもどきみたいなヤツさ。」

「そんな……そんな事……そうだ、逃げて、警察に言えば!お母さんを保護して貰えれば!」

思いついたように、レイは言う。だがスバキは呆れた表情で言った。

「お前、馬鹿極まってるな。マサアキは軍人だぞ?権力の強い軍の行動に警察風情が介入出来る訳ないだろ。今まで何見て来たんだよ。」

「あ……そっか……」

“人質”という言葉が、彼の中で印象に残りすぎていた。だからこそ、こうした異常には警察の介入が必要だと、考えてしまっていたのだ。

「それにさ、仮に解放された所でジュニアハイスクールに通う金なんてねぇよ。只でさえうちは貧乏なんだ。そう言う意味では、有難いと言わざるを得ないんだよ……」

経済面。それがスバキにとって厄介な足枷となっているのだ。

 母親を人質に取られている一方、進学の為の金銭をマサアキが負担するという状況。そして、彼女は不本意ながら軍に加入している。この酷い状況は、スバキをより、苦しめるのだ。

「おかしいだろ。父さんを殺した連邦が今度は私を利用して軍に入隊させて、その上で母さんを人質にとる。その一方で、金を使って縛り付けるんだ。だから私は、ここに居続けるしかないんだよ……」

スバキの目元は、うすらと涙が浮かんでいた。胸中を吐露する事が出来なかったのだろう。最初、レイに対して自身の話をするのを拒んだスバキだが、いつしか彼に、その“全て”を語っていたのである。

「そんな……事が……」

レイは言葉を失う。スバキは、軍に縛り付けられ続けている状況。

 自分の状況とは全然違う。彼の場合、成り行きとはいえここまで来た。しかし、ここで、スバキに会い、境遇の違いを痛感する事になる。

(スバキを助けたい……でも、どうすれば良いのだろう……分からない、分からないよ……)

しかし今のレイには何も出来ない。それどころか、スバキは彼を助けている。

 妙な状況だった。助けられた筈の人間が、彼女の状況を知り、助けたい……と考えるようになっていたのである。

「こんなさ、力なんてなけりゃ良かったんだよ。そんなものがなかったら、母さんも私もこんな思いをしなくて済んだんだ。なのに……」

スバキは、悔しくて仕方がなかった。全ては自身に目覚めてしまった、シンギュラルタイプの力が引き起こした悲劇なのだ……と、彼女は感じていたのである。

「お前を外に出したいって思ったのは、今の私になんとなくだけど、状況が似てるって思ったからなんだよ。マサアキは力を持つ人間を好む。あいつは危険な人間だ。お前も、あいつに目をつけられたのなら逃げられない。覚悟しとけよ……」

「逃げられない……それってどういう……?」

「あいつは異常だ。権力を振りかざして、無理矢理人を従わせる。そして、飴と鞭を使い分けるのも上手い。だから恐ろしいんだよ。あいつ――」

 

               ギイイイイイイ

 

その時、彼等の後方でドアの開く、鈍い音がした。慌てて二人はドアの開いた音の方向を見る。

「マサアキ……!」

睨むスバキ。そこにいたのはマサアキ・アルトだった。

「お前、本当にふざけんなよ……なんで、こんな所に私達を!」

怒りをぶつけるスバキ。しかし、マサアキは見下すように、言った。

「やれやれ、全くの減らず口だな。スバキ。一方のレイ君はとても大人しいね。可愛い程に。動揺はしているようだけれど……君等は性別が逆じゃないのかと思えてくるねぇ。」

「うるせえんだよ!!」

と、怒るスバキ。

「2時間程の睡眠は気持ちよかったかな?二人共。まあ、ここに君を入れたのにはね、他の人間には言えない秘密があるんだよ。それで二人にお願いがあってね。」

時計がない状況で、外で景色を見ていた時間から2時間が経過していたのだ。話に夢中になっていた両者は、時間の感覚を忘れていたのだ。

 やがて、マサアキは笑みを浮かべ、口を開く。

「力を持つ人間である君達……特に、レイ君。今宵、私に付き合って欲しいな。」

何を言っている?今宵?何の話をしているのか。理解に苦しむレイ。しかし、スバキの方はそれを聞き、何故か恥じらう様子を見せていた。

「どういう、意味ですか……?」

当然、疑問を抱く。何を意味しているのかが、全く分からない。

「この変態野郎……!こいつ男だぞ!なのに“それ”を強要するのかよ……!」

意味深な言葉が浮かぶ。何を示しているのかが分からないレイ。ただ、一つ言えるのは、明らかに不吉な事である可能性が、高いという事だ。

「もしかすればレイ君にとっては、“良い経験”になるかも知れないね。」

「な……どういう事……ですか?」

そう言った後、マサアキは近づいてくる。笑みを浮かべてはいるが、どこか、奇妙だ。

「私はね、力を持つ人間を大切にしたいと思っている。同族意識ってやつだ。けれど、ただ思いやるとかそんな浅はかな言葉でそれは出来ないと思うんだよね。」

そう言って、マサアキは唇を舌で濡らす。

「直接的な身体接触。今後、仲良くやっていく上でも、コミュニケーションを取る上でとても大切な事だと思うんだよ。それに性別なんて関係ない。これ、どういう意味か分かる?」

「そ、それって……!」

レイに寒気が走る。この男の言葉の意味を、理解出来た気がしたからだ。

「私はその対象が男でも、女でも関係ないと思っている。その対象が美しく、可憐ならばより価値は高い。スバキも可憐だが、レイ君。君のその美しい容姿は価値がある……」

マサアキ・アルトの目的が、明らかになりつつあった。この男は今から、性的対象を選ぼうとしていたのだ。それには性別など、関係がないのだという。

「嫌です!そんな、そんなのって……!」

「残念だけど君に拒否権はないんだよ。ここに、いる時点でね。スバキはよく付き合ってくれているよね?私との、“秘め事”に。」

それを言われ、スバキは黙る。

「スバキ、それって……」

「こいつには、逆らえないんだよ……」

俯くスバキ。レイはただ、困惑するばかりだ。

「レイ君、君は異性との性交体験はあるかな?その容姿ならば、さぞ、引っ張りだこだろうねぇ。」

マサアキの言葉が響く。卑猥な言葉。

「よく勘違いされるのが、性的行為は異性との接触のみでなくても可能であるという事だ。あと、性器同士を結合しなくても、触り合うといった行為だけでもコミュニケーションは図る事が出来る。無論、知り合ったばかりの人間ともね。」

そう言った時、スバキは言った。

「お前の相手は私で良いだろう!お前の価値観、おかしいんだよ!」

スバキの恥じらう発言。これが意味する答えは、一つだ。

(スバキ……)

マサアキの狂気。年端も行かぬ、レイと同い年の少女を歪ませた諸悪の根源である事が、再確認する事が出来た。

「私は力を持つ人間との接触を試みたい。スバキ以外の人間ともね。そこに性別は、関係ない。どうする、レイ君?まあ、拒否権はないけれどね。」

マサアキは笑みを浮かべ、言った。

「お前の自己満足にこいつを巻き込むな!お前、本気でふざけんなよ!!!」

と、スバキが反論した時だった――

「……分かりました。僕で、良ければ……」

あろうことか、レイはマサアキとの“行為”を承諾したのである。それを聞いたマサアキは両手を叩き、狂喜していた。

「ははは!!受け入れたね!!思ったよりも潔いね!嫌がられるよりはましかな!」

と、言った後、レイはすぐに口を開いた。

「その代わり、スバキのお母さんを解放して下さい!スバキが、こんな思いをする必要なんて、ないですよ!」

懸命に懇願した。それを聞き、マサアキは

(スバキ、余計な事を言ったみたいだね……まあ良いか)

静かに、考えた。そして……

「フン、考えておこう。では、今夜。基地内の私の部屋に来ると良い。君との交流を楽しみに、しているよ。」

と、マサアキはにやりと笑みを浮かべた。

「お前……本気かよ……」

と、心配そうに見つめるスバキ。

「お母さんを、助けないと……スバキはこんな所にいちゃ、駄目なんだ。だったら、僕が……」

自己犠牲の精神が彼にはあった。自身を犠牲にし、他者を助ける。今のレイは、その使命感で満ちていた。

 元々彼は使命感を持ち、行動する事が多い。セイントバードが砂漠の狩人に襲われていた時も、自らの意志でアインスを駆り、出撃した。その使命感が、今までの戦場で活かされた。

今回、状況は違えど、自分が犠牲になる事でスバキを助け出せるのならと、考えていたのだ。

 

 

 

 夜が更けた頃。基地内の薄暗い部屋にて。シルクローブ姿のマサアキの前には、同じくシルクローブ姿のレイの姿があった。今からされる事は、レイ自身初めての事だ。内心、非常に緊張している。しかし、スバキを助け出す為には手段を選んでいられない。

「来たね、レイ君。今日は君の為に家じゃなく、ここで一夜を共に明かそうとしていたんだよ。」

マサアキ・アルトの家は基地から近い。司令官であるこの男は、基地の設備関係等は自由に扱う事が出来る。半ば、この基地は彼の城のようなものになっているようなものだった。

基地内は監視がついており、警備兵もいる状況。そして電波の届かないEフォン。助けを呼ぶにも呼べない状況。この男の欲に対し、レイは進むしかなかったのだ。

「まあ、それがベターな選択だよ、レイ君。君がMS乗りと知った以上は、余計にね……」

マサアキの言葉が、レイの耳に入る。彼は静かに、唾を飲む。

「基地内は外部との連絡が取れなくしている。それは君のように、仲間がいるかも知れない人間に助けを呼ばれる訳には行かないからだ。スバキも同じ。常に監視されているからね。無論母親にも、会えない。」

穏和な言葉からは想像も出来ない、残酷性を秘めた男、マサアキ。彼は今にも、レイを我が物にせんと、舌を舐める。

「さて、君は今から私に抱かれる訳だがその心境を教えて欲しい。どんな心境で、どう感じるのか?それはとても興味深い。力を持つ人間ならば尚の事ね!」

マサアキの質問に、レイは静かに答える――

「分かりません……どうなるのかも、全然。」

汗が流れる。スバキを守る為とはいえ、自らがマサアキの悦楽の対象になるなど、考えもしなかったのだ。

 やがてレイは纏っていたものを脱ぎ、一糸纏わぬ姿になった。シルクの滑らかな感覚が肌を伝い、床へ落ちる。入浴時以外で、肉親以外の前に裸を見せるのはこれが初めてである。まして、相手は男だ。この複雑な状況で、レイはただ、睨むようにマサアキを見る。

「君はやはり美しいよ、レイ君。均整な身体、少女に見える顔立ち……私は君のような天使に出会えて、光栄だよ。」

と、言いながらマサアキはレイに近づき、そっと、抱き締める。

 奇妙な感覚だった。ごく普通の家庭で育ったレイは、父親でさえ、このように抱き締められたことなどない。周りの環境に、恵まれていたのだろう。しかし十四年の人生で、今、彼は初めて男に抱き締められている。

 自分はこれからどうなるのだろう。どのようにされるのだろう。分からないまま、レイはただ、マサアキに身を委ねる。

「身体の触り合い、性交渉等はね、別に出会ってからすぐの関係でも可能なんだよ。倫理的には良くないと言われていても、そこに金銭等、互いにwin-winの関係性が伴えばそれも建前では許される。それが、世界の摂理なのさ。」

聞いた事はあった。壮年の男性が年端も行かぬ少女を連れ、性交渉等をするといった事例は有り得る話だ。それが、今回は男性同士と言う状況で生じているだけ。

 この手の問題で有り得るのは、事件性が生じるか、どうかだ。権力無き者がこうした不純交際をした場合、処罰されるのは権力無き者である。だがマサアキのように権力のある者がこうした交際をした場合はどうなるか?それは如何なる不祥事と言われようとも、揉み消されてしまうのだ。

 この男は、それを見据えた上でレイとの接触を行おうとしているのであった――

 

 

 人に触られる、舐められるという感覚は個人差があるとされる。それを奇妙に感じる者や、そうでもない者もいる。逆に、暴力行為によって他者を支配する者もいる。一糸纏わぬ者同士が一つのベッドの下で行う行為は、様々だ。

 一見では卑猥な行為と思われるものでも、そこに愉悦がある場合がある。あるいは、それを嫌がる者もいる。それぞれの反応は、当然異なる。

 レイは身体を、触れられている。乳頭部や臍部等、彼にとって繊細な部分を、マサアキの指が伝う。時に、男は彼の鎖骨や乳頭の周辺を、優しく舌で舐めると言った行為を行ったりもした。

時に、彼の股間部の周辺等も触れ、レイはびくりと、反応していた。

「ふぁぁ……!あああっ……!」

普段出さぬような声を、レイは上げた。この時、彼は妙な感覚に陥っていた。

(変な感じ……人前でこんな声……恥ずかしい……!)

「君の声は奇麗だ……美しい……もっと、聞かせてくれ!」

接吻が行われる。レイ自身、今まで経験した事のない、口唇への接吻。その対象が、男なのである。しかしその時間はほんの、ごく僅かだったのであった。

 この時のレイはどのように考えるのだろうか。所謂、“ファーストキス”を男としてしまったと、後悔をするのだろうか。それは、彼自身にしか分からないのである。

「君が絶頂を迎える時の、その声はどのような声なのだろうか。私は聞きたい。」

「え……?」

困惑するレイに、マサアキの手が、レイの股間部に触れる。その優しくも妖しい動きはレイの股間部を怒張させるのには十分だった。

「や……あぁぁ……!?」

他者にその部分を触られる事は、生まれて初めてだ。その相手は、美青年とも呼べる男。その妖しい笑みはレイを捉え、離さない。

「奇麗な声だ。もっと、もっとだ……!」

徐々に、股間部を撫でる手の動きが激しくなる。レイの身体はぴくりと震え、迫る快感に悶える。

「はぁ……ああっ……あああ……!」

マサアキはレイの象徴を、手指をつかい、撫で続ける。その妙な心地良さに、レイはただ、呆然とするばかり。彼の目は細くなる。妙な感覚に、ただ、身体を預けるだけだった。

「素晴らしいよ、レイ君。綺麗だ……」

と、耳元でマサアキは囁き、彼の耳朶を甘く噛む。そして、再びレイと、優しい接吻を交わす。そして彼は絶頂を迎えようとしている――

「ふぁ……ふああっ!」

レイは果てた。彼の身体は痙攣したように、反応している。そして、マサアキの右手は、レイが放った白濁液で彩られる。

「フフ、素晴らしい声だ。素敵だったよ。絶頂を迎える時のその表情、その声……」

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

レイはそのまま、ぐったりとしてしまった。

 初めての他者による、手淫。訳が分からないまま、彼は絶頂を迎えた。他者に翻弄されたレイはこの感覚に対し、ただ、妙な心地良さを感じ取っていた。不快ではない、この言葉で表せない表現。目の前に居るのは男である筈なのに、その妙な色気は一体何か。その色気に囚われ、ただ身を任せるしかなかったレイは、不思議な感触に陥っていたのだった。

 

 

彼等の“行為”は終わった。妙な体験をしたレイ。だが、マサアキは決して彼を暴力で支配するような真似は、一切しなかったのであった。それ自体、妙な感覚と言えた。

「お疲れ様、レイ君。君の美しい喘ぎ声、その反応……私はそれを見たり、聞けただけでも幸せだよ。」

満面の笑みを浮かべるマサアキ。それに対し、顔を合わせないレイ。両者は一つのベッドに裸で横たわっている。

「これが……マサアキさんの……したかった事なんですか……?」

顔を赤めながら、レイは聞いた。先の絶頂を迎えた後、冷静になったレイは、咄嗟に恥の感情をマサアキに見せていた。他者に聞かれた事のない自身の嬌声を聞かれ、恥ずかしくて堪らないのだ。

「そう。私なりの、コミュニケーションだ。私は初めて共に過ごす人間を痛めるような真似はしない。」

それはマサアキなりのポリシーのようなものなのだろうか。

「じゃあ、スバキは……」

「彼女とはもう、“お馴染み”の関係だからね。そこに年齢は関係ない。」

性的接触と言う定義は個人によって異なる。激しさを求める者や、そうでもない者で分かれる。

(この人の、目的が分からない……何を考えているのかも、謎だ……)

妙な経験をしたレイ。この、男は何を考えているのだろうかと、思っていた。

「ところで、私と一緒に寝て、君は安心したかい?」

妖しい笑みを浮かべるマサアキは、ふと、レイに言った。

「分かりません……こんな経験自体、初めてですし……ただ、恥ずかしいです……」

「でも、君は私を受け入れた。それは事実だろう?それはとても、素晴らしい事なんだよ。」

男の優しい声は、レイに響く。彼は今、妙な安心感を得ていた――

 

スッ

 

と、マサアキはレイに首輪のようなものを摂り憑けた。突然の事に、レイは驚く。

「君に、プレゼントしよう。チョーカーってやつさ。」

それは、銀色のチョーカーだった。何故このタイミングでそれをプレゼントされたのかは分からない。

「これ、スバキのしていたやつ……ですか?」

「そう。私が気に入った人間には、これを必ず、プレゼントしているんだよ。」

笑顔で話すマサアキ。しかし、彼は、このチョーカーに、“異物感”を感じていた。

「あの……これで、スバキのお母さんを解放、してくれるんですよね!?」

マサアキとの、奇妙な行為は終わった。その為、レイは男に懇願する。

彼がこの場に及んだのは、彼女の母親を解放して欲しいと、願った為である。しかし――

「ああ、考えておくとは言ったね。」

「……え?」

突如、マサアキは微笑し始めた。そして、その声は次第に大きくなっていく――

「けれど、それをするなんて言ったかなぁ?私は承諾など一度もしていないよ!!」

先程までの温和な声は何処へ行ったのか。今のマサアキの表情は、明らかに狂気に満ちている。目が見開かれ、両指が屈曲している。

「君は本当に子供だねぇ!大人というものを全く理解していない!!言葉の捉え方でそれが出来ると思っている時点で甘すぎるねぇ!!!」

「そんな!じゃあ……」

「する訳ないだろう!彼女へ経済的援助もしているのに!そんな美味しい話がある筈がないだろう!自分の身を差し出してその代償で何かを救うなんてその考えそのものが子供の思考だよ!フハハハハハ!」

この男とは、分かり合えないと思った瞬間だった。レイは身を差し出した。だが結果がこの有様である。

 しかしどうすれば良いかも不明だ。彼は今、基地に閉じ込められている。外部への連絡手段も、ない。

「こんなっ!!」

レイは、咄嗟にシルクローブを羽織り、走って部屋を出た。だが、マサアキは追いかける様子も見せなかった。

「まあ、そうなるとは思っていたよ。レイ君……」

そう言いながら、マサアキはベッドの傍にある赤ワインを飲み、そっと、扉の方を見ていた。

 

 

 

 翌朝。レイは最初にいた部屋のベッドに居た。しかし彼は一睡も出来ないでいた。無理もない。昨夜にあった出来事や、マサアキの言葉が焼き付いて離れないのである。

(どうしたら良いの……こんなのって……)

分からないレイは、ただベッドで呆然とするばかり。スバキは助けたい。しかし、マサアキには歯向かえない状況。自分に出来る事は、ないのか……と、考えるばかり。

「あの人を、殺す……?いや、駄目だ……そんなの……」

自分でも、そのような発想が生まれた事に恐怖した。それと同時に、スバキの気持ちも理解が出来た。

 いくら、現状を変える為とはいえ、その為だけに人を殺めるということはしてはいけないと、レイは分かっていた。妙な経験をした彼であったが、それはあってはならない事なのである。レイの中では、人を殺すというのは、自分や仲間に迫る危機を打開する為……つまりは、MS戦等で自分自身を守る為に敵を殺すと、決めているのである。

 

ウィィィィィン

 

ドアが開いた。そこに居たのは、スバキであった。

「あの……さ。大丈夫だったか。」

心配そうに声を掛ける、スバキ。と、同時に彼女はレイにされているチョーカーを見て、顔色を変えた。

「うん、大丈夫……だよ。」

昨夜の事は敢えて話さないでいた。話す気すら、無かったのである。心の中にしまい込んでおこうと、レイは考えていた。

「お前……そのチョーカー……マジか、あいつ……」

「え?これ?スバキと、お揃いだなぁとは思っているけれど……」

と、触るレイ。しかし、それは自分では外れない。本来のチョーカーならば外すことが出来る鎖がある筈なのに、それがないのである。

「あいつ、やってくれたな……」

「どういう事……?」

スバキは、俯きながら言った。

「それはさ、チョーカーじゃない。無理に外そうとしたり、国外へ逃亡した瞬間に発動する、爆弾なんだよ。」

「!?」

昨夜マサアキがレイに装着したもの。それはチョーカーではなく、首輪型の爆弾だったのだ。明らかになる真実に、レイの表情は一転する。

「そん……な!じゃあ、スバキも……」

「クソ野郎!本気で私達を逃がさないようにするみたいだ、あいつ!」

それは、レイの足枷として存在していた。マサアキは彼が脱走した時の事を考え、妙な安心感をマサアキから感じていたレイに対し、その隙を見てチョーカー型の爆弾を、昨夜、取り付けたのだ。スバキだけでなく、レイをも、支配しようと考えている、マサアキ。この男の狂気は、留まる事を知らない。

 

ウィィィィィン

 

「やあおはようレイ君。スバキも一緒だね。」

マサアキは全く悪びれる様子もなく、堂々とした様子で、部屋に入ってきた。昨夜のことに対しても、何の罪悪感も抱いていない様子の、マサアキ。

「マサアキさん……貴方は……!」

睨む、レイ。だがマサアキは全く動じる様子がない。

「そのプレゼントは喜んでくれたかい?レイ君。」

笑みを浮かべるマサアキ。爆弾の仕組まれているチョーカーの仕組みも分かった上での、発言だ。

「レイ君、少し来てもらいたいんだ。君のその力の確認をさせて貰いたくてね。」

レイは急に声を掛けられた。マサアキは、自身を睨むレイを見ても、全く気にする様子がない。

「何を、する気ですか。」

レイの目は、マサアキを睨み続ける。スバキを不幸に陥れた敵という認識をしているレイ。

 

パンッ

 

突如、レイはマサアキに頬を叩かれた。彼の右頬は赤く腫れ、痛みを感じている。

「その目、嫌だね。不愉快だ。ここにいる以上は私の指示に従って貰うよ。レイ君。」

ふん、と笑みを浮かべるマサアキ。

「それに、昨日の事をスバキに晒されたいかい?あれだけ、恥ずかしいとか言ってた君が……」

マサアキとの、昨夜の“秘め事”はレイにとって十分な脅しの材料となり得た。彼は、この男のいう事を、今は聞かざるを得なかったのであった。

 結局レイはこの後、マサアキに連れられて部屋を移動する事になった。スバキを一人、残したまま。

 

 部屋を移動したレイは、ある、部屋に連れられた。そこは薄暗い部屋であり、椅子型の機械が置かれていた。レイはマサアキに誘導されるままに、そこに座らされる。

 この部屋には研究員らしき人間が5人いた。それぞれが、被験者のデータの解析を行うのである。

「レイ君、それはとある、兵器を扱う為のシミュレーションだ。君がシンギュラルタイプであり、尚且つ、MSに乗っていたという経験があるのならば、どれ程の力を持っているのかを是非、見てみたいね。」

シミュレーション。それはMSを操作するにあたり、実践を想定した状況を作り出すヴィジョンシステムの事を指す。MSパイロット候補生等がよく使用し、それで訓練を行う。高い点数を出した人間は成績優秀者と認められ、即戦力等になり得るのだ。

 しかし、今回彼が使用したシミュレーションは、どこか異なっていた。レイは今までアインスガンダムにしか搭乗したことがないのだが、その際はコクピットにレバーがあり、タッチセンサーやスイッチがあった。しかし、今回レイが扱う機械は、アインスのコクピットとはまるで違う。彼はメットのような被り物の装置を頭に装着される。

 レイの目に、MSのコクピットの内部にいるようなヴィジョンが映し出された。高層ビル群が映し出されている、市街地のイメージ。そして、そこに映るのは三機のMS型の兵器だ。

「レイ君、君が見ているヴィジョンは我々にも映し出されている。君は脳波コントロールシステム……通称サイコミュシステムを用いて、これらの機体を破壊するんだ。その点数を確認する。」

「サイコミュシステム……ですか?」

聞き慣れない言葉。サイコミュシステム?それは、一体?

 実際、彼が座っている椅子にはアインスにはあった操縦桿等がない。今までそのようなものを見た事が無かった為、レイはただ、戸惑うばかりだ。

「サイコミュシステムを知らないのか……まあいいや。レイ君、今から君は敵を攻撃するというイメージをするんだ。それが、脳波コントロールとなり、“ある兵器”がそこに映るMSを攻撃するよ。」

マサアキの言葉が理解出来ない。脳波コントロールという単語は聞いたことがあったが、まさか実際にそれを体験する事になるとは、思いもしなかったのだ。しかもこれは軍用のシミュレーションの機械である。博物館等で設置されているような、素人が行うような簡単な機械ではない。従って、彼がここに座ってシミュレーションを行うという事は、実戦と同様と同異議なのである。

「さあ、イメージをするんだ……敵を、攻撃してごらん。」

マサアキの言葉が響く。レイは、それを聞き、“イメージ”をする――

 

ピキィィィ

 

レイの脳内に、電流が流れた――と、同時に、映像には無人の兵器らしきものが展開される。しかしこの時彼の反応に異常が見られた。

「あ……あああ!?うあああ!!!」

レイは、不快感を訴え始めた。只の不快感ではない。脳内で何者かが蠢くような感覚。にそれは、これまで彼自身が感じた事のない、感覚であった。

「神経パルスに異常発生!」

「脳神経伝達に異常有り!」

「中断だ!急げ!」

研究員達は急いでシミュレーションを中断した。映像は元に戻り、頭に装着されていた機械は外される。そこには、目が大きく見開かれたレイの姿があった。

「はぁ……あああ!ああああああ!!!」

余程のショックだったのだろうか。今まで感じた事のない不快感はレイを、容赦なく追い込むのだ。

(彼の力は私の思い過ごしだったのか……?しかし、力を持っているのは間違いないと思うのだが……)

この時、マサアキはレイの力について考えていた。彼に備わっているシンギュラルタイプの力がどれ程のものかを確認したいと思っていた彼は、肩透かしを食らった気分になったのであった――

 

 

 レイはすぐに元の部屋に運ばれた。程なく彼は目を覚ます。大きな後遺症もなく、頭痛も随分と回復している様子だった。この際、研究所内の医者が彼の血圧、脈拍、酸素飽和度等を測定したが、いずれの値も問題なく経過しているとの事だった。

「おい、大丈夫か……」

心配するスバキ。レイは、それに対し

「うん……大丈夫。」

「シミュレーションか?」

「うん……初めての感覚だった。分からない、あんなの……本当に分からない……」

脳波コントロールで兵器を操るという感覚は、今まで体験した事のない事だ。それにより、激しい頭痛を引き起こしたレイ。幸い一命は取り留め、問題なく過ごすことは出来ていた。

と、そこへ再びマサアキが姿を見せた。起きているレイを見るなり、彼は言う。

「大きな問題もなさそうだ。恐らくまだ、サイコミュに適していないだけなんだろうね。君は。」

「貴方は……こんな事をして……!」

再びレイはマサアキを睨む。だが、マサアキは全く悪びれる様子を見せず、言葉を発したのである。

「さて、どうやら状態も落ち着いたようだ。私からの“ご褒美時間”をあげようじゃないか。」

シミュレーションの時と明らかに態度が異なっている男。彼が言った言葉の意味も、理解が出来ない。

「レイ君、スバキ。今から二人を外に出してあげようと考えているんだよ。今日は観光を楽しむと良いだろう。」

「え、観光……?」

マサアキが発した、観光という言葉。突然の言動に、戸惑うレイ。

「そうだよ。兵士の運転するヘリに乗って、都心まで移動する。今日までスバキは学校が休みだ。お互いに、楽しんでくると良いよ。」

これは、どういう事なのだろうか。レイにはマサアキのこの発言が、全く理解出来ない。

「どういう事ですか?これは……」

「言った通りだよ。観光に行ってきたら良い。ただし、Eフォンをこちらに預けてもらうのと、チョーカーは付けたままだ。」

この時、マサアキの発言の意図が理解出来たレイ。そして、チョーカーが如何に重要な役割を果たすのかも、分かった。

「どうして、昨日言わなかったんですか……!これが、爆弾だって!」

レイは怒りをマサアキにぶつける。しかし――」

「それは保険みたいなものさ。だから別にいう必要もない。万が一の事があれば、警告音も鳴るから、必要ないと思ったまでだよ。」

この時も、マサアキは堂々とした振る舞いをしている。

「さあ、それより観光だよ。楽しんできたまえ!」

 マサアキの提案した、観光。これは所謂飴と鞭の、“飴”に該当する。マサアキの意向で基地の外に出す事は出来る。それだけ聞けば、脱走は可能に思える。だが、実際はそうではない。

 スバキの場合は、今日のような日を除けば、学校がある。そして、そこでの生活を送る事が出来る。ただし、基本的には学校と基地の行き来のみだ。今日は言わば、“特別な日”に該当する。そして、彼女を縛り付けるものとして、首に掛けられたチョーカーの存在が大きい。彼女自身、全てが嫌になり、国外へ逃亡を図ろうとした時、それをセンサーが認識し、爆弾が発動する仕組みとなっている。つまり、外へ逃げる事さえ許されないのである。

 レイの場合も同様だ。このチョーカーがある限り、行動自体は自由だが、いずれは基地へ戻らなければならない。国外へ移動しようものなら、爆弾は爆発する。Eフォンを預けたままにする理由は、仲間を呼べなくする為だ。連絡手段を途絶えさせれば、迂闊な行動は出来ない……そう、考えたのだろう。

「十七時にまた、都内へ兵士が迎えに行くよ。それまでは自由行動だ。」

と、笑顔でマサアキは言った。だが実際は笑顔で済ませられるものではない。

 結局は逃亡を許されない状況を作り出されたのだ。それが、チョーカーの存在である。レイとスバキ。両者が装着しているそれは、彼等を縛る足枷として、存在しているのだった。

 

 

 

 時間が経ち、両者は兵士にヘリで運ばれ、都内まで移動した。彼等が降り立ったのは“浅草”と呼ばれる場所だ。旧世紀から続く、東京の名所の一つである。

 本来ならば楽しむべき時間。だが、今は全く楽しめる様子ではない。彼等は、互いに“足枷”を課せられているのだから。

 天気は快晴だ。都心部は大勢の人が歩いている。経済特区である東京は多くのビジネスマン達が働いている。

「よく、分からない……」

レイが、一言、言った。

「あの人は一体、何者なの?僕達をこうして、何がしたいのかな……」

これに対し、スバキは言った。

「それが、マサアキだ。言っただろう。あいつは飴と鞭を使い分ける。これは所謂、“飴”なんだよ。条件は付くけど。」

そう言いながら、チョーカーに触れるスバキ。その表情は、やはり暗い。

「観光って言ってたけど、どうしたら良いの……かな。」

困惑するレイ。すると――

 

ガシッ

 

と、スバキがレイの手を掴んだのだ。

「今はメリハリ、付けるしかないって!東京、案内してやるよ!」

急に、スバキは笑顔で話しかけたのだ。彼女が一番辛い思いをしている筈なのに、それを割り切っているかのように、今は笑顔である。

 この時、レイは彼女の“強さ”を感じていた。これ程酷い仕打ちを受けても、彼女には母親という心の支えがある。それを、糧にして彼女は生きているのだろう……と、感じていた。

 

 スバキは浅草をレイに案内する。風情のある風景はレイにとっては、新鮮だった。

「ここ、浅草って言ってさ、旧世紀から存在する東京の名所の一つなんだよ。昔よくこの辺を母さんと歩いたの思い出してさ……ほら、あれ。」

と、スバキは指を差し出した。レイはその先を見ると、そこには巨大な塔が聳え立っていた。あまりに巨大なそれに、レイは凝視した。

「あ……あれって東京スカイタワー!?ここにあったんだ!」

「来る時に気付かなかったか?あんだけでかい建物なのに……」

スバキの言う、東京スカイタワーというのは旧世紀から存在する、東京を代表する超高層な建造物である。全高634メートルという高さを誇るそれはレイの故郷であるモントリオールでも有名で、世界中から観光客が集まってきている。今日まで老朽化していた内部や柱は建て替えられており、現在も完成した当初のような輝きを見せている。

「さてと、じゃあ今から行くか、あそこ。」

「え!?今から!?」

「当たり前だろ。せっかく来たんだしさ、見て行けよ!後で浅草の雷門とか案内してやるからさ。」

すると、スバキはレイの手をぐいと掴み、そのまま走りだした。彼女の強引な姿勢に翻弄されるまま、レイもスバキと共に走る。

「ちょっとスバキ!?」

「東京の名所見れるんだから嬉しいだろ!?」

「そ、そうだけどっ!」

強引なスバキに戸惑うレイ。が、彼女は笑っている。恐らく、今は楽しいのだろう。

 

 スバキとレイは東京スカイタワーを昇った後、浅草の町を二人で歩いた。スカイタワー以外の浅草の町は時代の変化に囚われず、古い建造物が多数見られる。

「この辺り一帯は建造物の建て替えをせずに、いつまでも残しておこうって国際条約で決められてるんだよ。だからこの町一帯は古いんだ。」

浅草の町をひたすら案内するスバキに、それに対して関心を抱くレイ。両者は名物の一つである人形焼きを片手に、浅草を歩き続けていた。

 

 しばらく彼等は歩き続けた後、ベンチに座り込んだ。スバキは常に笑っており、奥多摩の基地での彼女とは全く異なる表情をレイに見せた。

「はー!疲れた!やっぱり久しぶりの浅草はいいな!」

「東京ってどこも高いビルが立ち並んでるってイメージが強かったけど……こんな場所もあるんだね。都会の中で落ち着いた場所があるって感じ……」

「大昔からそうらしいんだよ。やっぱりいいよなぁ、浅草!……あそこと違ってさ。」

急に、スバキの表情に曇りが見られた。

「あそこって……」

「御察しの通りだよ。あんな場所でずっといたら気が狂いそうになる。あいつは嫌いだけど、やっぱりこの時間は好き。」

スバキが笑顔でいるのは昨日、奥多摩で外の景色を見た時以来だ。彼女はやはり、“外”が好きなのだろう。

「明日からはまた、学校なんだ。」

スバキから語られる、学校という単語は、どこか、嬉しそうに聞こえた。

「学校に行ったら、友達にも会えるし、やっぱり楽しい。色々な話も聞けるし、みんな、楽しそうにしてるから好きなんだ。」

普段の生活からは想像出来ない、彼女の学校生活。基地から通う学校生活とは、一体どのようなものなのだろうか……と、レイは思っていた。

「友達は、スバキの事情、知っているの?」

ふと、レイは聞いた。

「そんなの、言えるかよ。それに学校側にマサアキが圧力を掛けてやがるしな。もし、私がペラペラと言って、それがバレれば友達は秘密保持の為に殺されるんだぞ?私なんかの為に巻き添えを食らうなんて冗談じゃないだろ?」

スバキは、自分自身の事を友人にすら語る事が出来ない状況だったのだ。だからこそ、今彼女の状況を理解しているのは、レイのみという事になる。

「そう、なんだ。」

「お前はマサアキが気に入ったから、生かされている。もしお前があいつの“お気に入り”じゃなかったら速攻で消されてたな。あいつはそういう人間だ。人間の良心がないからな。」

再び、スバキの表情は暗くなる。これ程に、彼女は悔しいのだ。

「こんな首輪まで付けられてさ……お前も、本当に災難だったな……あの時、助けない方が良かったか……?」

スバキの目から、僅かに涙が溢れている。ここに来て、彼女の感情が悲しむ方に爆発しつつあるのだ。

「そんな事ないよ!スバキがいなかったら、僕は死んでいたと思うから……」

「偶然なんだよな、ホントに……」

スバキは、少しばかり涙を拭った。

 

「あ、スバッちじゃん!友達と一緒?」

突如、スバキは声を掛けられた。そこに居たのは二人の少女だ。

「あ、ああ……ちょっと友達と喋ってたんだよ。」

「スバッち学校以外にも友達多そうだもんね!また明日、学校でね!」

と、二人組の少女は去っていく。この時、レイは完全に少女と思われていた様子だった。

「今の、クラスの友達?」

「そうだよ。偶然会ったけど。いつも一緒にいる子達だ。」

特別な境遇にあるスバキの、友達。それは彼女の心を支える者として、成り立っている存在である。この事から、レイは、スバキも自分と同じ、ジュニアハイスクールの生徒なのだと、改めて確認する事ができたのだ。

「私の実情を伝えたら、あの子達も軍にマークされる。それだけは、避けたいんだよ。」

「スバキ……」

望まぬ境遇で、奇妙な日常を過ごすスバキ。故郷を離れているとはいえ、レイも、今の状況は望んだものではない。

「あの……さ、外に出られたのなら、お母さんに会う事は、出来ないの?」

ふと、レイは聞いた。外に出る事が出来たのなら、母親に会う。それが普通の考えである。しかし――

「無理だ。母さんに会う事が分かれば、母さんが殺される。私達は接触を禁止されているんだよ。連絡さえ、出来ない。その目的は分からないけれど……な。」

「そんな……どうしてそこまで……」

「分からないけれど、あいつはそれ程に私を縛り付けたいんだろうよ。もう、二年も会ってない。母さんが今、どうしているかも分からないんだ……」

スバキの表情が、レイの目に映る。母親に自由に会えないという状況は、想像を絶する物だろう。

(僕はこのまま順調にいけば、母さんに会う事は出来るかも知れないけれど……理不尽すぎるよ、スバキ……こんな、こんなのって……)

同じく、レイも悲しむ。理由が不明な理不尽に、耐えるスバキを見て、彼も俯く事しか出来ない。

 

ピキィィィ

 

その時だ。レイの頭に電流が流れた。近くに何かの存在を、感じたかのように。

「今の、何だ……?」

スバキが言った。つまり、スバキも先程レイが感じた感覚を感じ取っていたという事になる。

「スバキも感じたの?僕もだ……」

「やっぱり、お前は力を持ってるんだな……シンギュラルタイプってやつだな。」

スバキはレイの顔を見て、言った。

「分からないよ。けれど、いつの間にかこんな力が宿るようになった。僕自身も、分からない。」

と、言った時だった――

「レイ君!?」

声が聞こえた。聞き覚えのある、声。まるで、それは鎖で繋がれている彼等に暖かい光が当たるような、心地良い、声に聞こえた。

「エリィさん!?」

エリィは、ネルソンと一緒に居たのだ。これは正に、偶然だった。連絡手段を途絶えた状況で、マサアキに付けられたチョーカーにより、実質自由を奪われたレイ。その状況で、エリィ達に出会える事は、正に幸運としか言いようがなかったのである。

 エリィはレイを見るなり、すぐに駆け寄る。そして、人目を気にすることなく、抱擁する。

「馬鹿!またどこかへ行って……!心配したんだから!」

「あ、あの……」

その様子を、ネルソンとスバキがじいっと見ていた。それに気づいたエリィはすぐに離れる。

「八日ぐらい全然連絡が取れなくて……ずっと探してたんだよ!?レイ君、どこへ行ってたの――」

 

パタタタタッ

 

その時、ヘリが上空から降りてきた。時刻は17時。その時刻丁度に、新生連邦軍が彼等を迎えに来たのである。

 本来ならばこれに乗らなければならない。しかし、今の状況は違う。エリィがレイを、見つけてくれているのだから。

「何!?ヘリ!?どうして!?」

エリィが反応した時、ヘリの中から、男が二人、降りてきた。一人はスキンヘッドの強面の男。そしてもう一人は、マサアキだった。

「時間だよ。二人共。帰ろうか。」

奥多摩基地の司令官、マサアキが自らここに来たのだ。この男を見た時、レイとスバキは後ろに下がる。

「レイ君、この人は一体何者……?」

「エリィさん……この人は……」

レイが口を開こうとした時、マサアキが喋った。

「レイ君の関係者の方ですかね?彼は一週間前に怪我をして、こちらで保護をさせて貰ったんです。でもまだ経過観察をしなければならない。こちらで、預からせて頂きます。」

初対面にも関わらず、マサアキはエリィに近づき、喋る。この男の他者との距離の取り方の異常さは、計り知れない。

「え、でもどういう事……?レイ君?」

と、戸惑うエリィ。

 

ジャキンッ

 

と、今度はネルソンがマサアキに対して、銃を構え始めたのだ。それをされ、マサアキは両手を上げる。

「新生連邦の軍人が何故このような場所にいるのかは知らないが、レイは我々の仲間だ。事情は知らないが返してもらうぞ。」

と、ネルソンは言った。

「野蛮人だね。なりふり構わず銃を構えるというのは!」

マサアキの目が、見開かれた。と、同時に彼は右手に把持していたスイッチを、押した。

「ああああ!?」

「うあああ!!」

突如、レイとスバキのチョーカーから、電気が流れ始めたのだ。これにより、二人は身動きが取れなくなってしまう。

「レイ君!もう一人の子も……!一体、どうなって……?」

「今は奴を止めなければ!」

咄嗟の判断だった。ネルソンは迷わず、構えている銃から弾丸を発射した。

 それは、マサアキの所持しているスイッチに当たった。これにより、機械の機能は停止する。それと同時に、電流は流れなくなる。それを機に、急いでエリィはレイの身柄を回収した。

「チッ……せめてスバキは持ち帰る……」

マサアキは舌打ちをした後、スバキの身柄をスキンヘッドの男に持たせ、そのままヘリへ向かった。

「スバキ……!待って……!」

電流を浴びたレイは大声を出すことが出来ない。微かな声で、スバキを呼び止める。

しかし、レイが反応した時、既にヘリは上空を飛んでいたのであった。

「レイ君、大丈夫?レイ君!!」

レイの身柄はエリィ達に渡った。しかし、レイの目は、少しずつ閉じられようとしている。電流のショックが、彼の意識を蝕んでいたのだ。

「助ける……から……必ず……」

レイはヘリに向け、手を差し伸べた。と、同時に視界が暗闇に満ちてしまった。

 

 

 

 スバキは目を覚ました。電気ショックで少しの間意識を失っていた彼女。目を覚ますと、目の前にはマサアキの姿があった。

「お目覚めかな。眠り姫。」

笑顔を見せるマサアキ。そして――

 

グイッ

 

と、まるで言う事を聞かない犬に躾をするかのように、彼女の後ろ髪を思いきり引っ張った。笑顔とは対照的な、その狂気に満ちた的な行動に、スバキは痛みを感じながらも、悔しさを表情に浮かべる。

「うああっ!」

「君のその顔は憎らしいけれど、その苦渋に満ちた表情は好きだよ、スバキ。」

「クソ野郎っ!」

反抗したスバキに対し、マサアキは表情を一変させる。そして、その顔を床に叩きつけたのだ。

「くぁっ!」

痛みに悶えるスバキ。そして、マサアキはそのまま、彼女を抑えつける。

「うんうん、君は床に這いつくばって私に従うのが良い。良い光景だよ、スバキ。」

「チョーカーに電気流れるなんて……聞いてないぞ……!」

「言う訳ないだろう?馬鹿。」

と、一言言い放つ。

 スバキはマサアキの奴隷も同然だ。彼の良い様に利用され、母親は脅されている。先程までの浅草観光が“飴”とすれば、今は “鞭”に該当する。

「レイ君、まさか彼の“仲間”が現れるとはね。しかも、その仲間もシンギュラルタイプだとは……予想外と言うのは、意外と起こり得るものだね。」

笑顔であるマサアキだが、一方で握り拳を作っている。それはマサアキ自身の、明らかな、怒りだった。

「まあ、いいや。彼はまた来るだろうしね。Eフォンを預かっているからね。」

そうは言うが、マサアキはその際に思いきり右手を左手の手掌部に当て、怒りを発散させている。スバキはそれを見て、びくりと反応した。

「ああ、そうそう。明日にね、ロシアからフーク・カズロブ大佐がお見えになられる。なんでも、かつてのデウス軍が使用していたとする、超大型MSが納品される事になるそうだ。」

「どういうことだ……?」

床に這いつくばった状態で、スバキは聞いた。

「そのままの意味だよ。なんでも、それには当時デウス軍のシンギュラルタイプが乗っていたと言われている。詳しいデータは、不明だけれどね。」

と、同時にマサアキはスバキを床から立ち上がらせた。と、同時に彼女の髪を優しく撫でる。先程の凶行とはまるで正反対だった。

「それにね、私は君のシンギュラルタイプの力を是非披露して貰いたいと、考えているんだ。今からシミュレーションをしよう。シンギュラルタイプを用いたサイコミュシステム。それをカズロブ大佐に見せつけるには君の力が必要なんだよ。スバキ。」

と、マサアキはスバキの顎を、くいと上げた。

「お前……!どこまでも、私を利用ばかりして……!」

「君は軍の為……そして、私の為に働くんだ。レイ君を逃がしたのは残念だが、スバキの力を、見せつける時だ。その力を、私に見せておくれ。」

スバキに秘められたシンギュラルタイプの力を引き出すマサアキ。一人の少女を不幸にしてまで、何故これ程にシンギュラルタイプに拘るのか。この男の狂気は、留まる事を知らない。

 

 

 スバキは基地内の研究施設に、マサアキと共に移動していた。彼女はある一室に呼ばれ、そこにある、椅子型の機械に座らされた。それは、レイも体験した機械であった。

 やがて彼女は特殊なメットを頭に被らされた――と、同時に、スバキの目に、レイの時と同じ、市街地のヴィジョンが浮かんだ。

 MS型の兵器が出現している光景。レイは最初、サイコミュシステムによるイメージの方法が分からず、戸惑っていた。しかし、彼女は迷うことなく、目を見開いた。映像には、無数の無線兵器が映った。それらは一斉にMSを、実弾で狙い撃つ。一体ずつ、確実に仕留める。いずれもが正確に、映像の中の敵MSを撃破している。

 

 そして、試験は終わった。と、同時に彼女は頭痛を訴えていた。

「う……ぅ……」

そこに映る点数を見たマサアキは、大きな拍手を始めた。

 彼女の反応はレイの時と比べると、然程苦しんでいる様子ではない。それは、彼女のシンギュラルタイプの力が勝っている事を示しているのだろうか。

「流石だね、スバキ。その力は軍の力になり得る。そして、私の為の力にも。」

スバキに秘められた力は恐らく、MSパイロットとしては強力なものとなり得るだろう。しかしそれは彼女の本意ではない。全てはこの男のエゴに他ならない。

 新生連邦の基地という、牢獄に囚われた少女、スバキ・シンドウ。彼女はこのまま、新生連邦のシンギュラルタイプの兵士として利用され続けるのだろうか。

 




第二十三話、投了。
マサアキ・アルトはバイセクシャルの持ち主であり、レイとも接触を試みる人物として描いています。そして、スバキとも。BL表現は正直難しいのですが、どうなんでしょうかね?あと、あんまりハードなのはレイにとっても大変なのでそこまでトラウマレベルには出来ませんでした。


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第二十四話 76.6メートルのMS

超大型MS、ダッゲインMK-Ⅱが起動する話。
※一部性的描写有。


 

 早朝の奥多摩基地に五隻の、水色の空中戦艦であるマドラ級空中空母が降り立った。新生連邦軍の空中戦艦であり、ヒエラクス級の大型戦艦をより、小型化し、生産数を増やしたものがこれに該当する。

 その中で、一隻、通常のマドラ級空中戦艦とは違う、やや浅黒い色の戦艦があった。名はディラスター。ロシアから来日した、新生連邦軍の佐官、フーク・カズロブが指揮する専用艦である。

 何故五隻も空中戦艦が必要なのか。それは、マサアキが言っていたように、超大型MSがロシアより運搬されていたからだ。その運搬には四隻程の戦艦が必要になる程の巨体を誇る。通常のMSが入らないサイズの為、四隻の戦艦に特殊ワイヤーを装着し、運搬する。それだけでは強風が吹いた時に機体が大きく揺れる可能性がある為、数機のジョゼフが超大型MSの足元を支えるようにして、常にコントロールをして、運搬を行なっていた。

 やがて到着したそのMS。名は、ダッゲイン。かつて、デウス帝国軍が運用した超大型MSである。

 元々ダッゲインは従来の標準サイズのMSから、体格のみを大型化させた試験機として作成された機体であり、今回奥多摩基地に運送されたのは、その改修機体であるMk-Ⅱである。

 ダッゲインMk-Ⅱ。型式番号DGMⅡ-8600。最大の特徴は、その体躯である。従来のMSの全高が18メートル程度とすれば、ダッゲインMk-Ⅱの大きさは76.6メートルに該当する。これは、従来のMSの実に四倍に相当する。まさに、“巨人”と呼べるMSである。

 デウス動乱の終盤で使用されたこの巨体ではあるが、然程の戦果を上げられず敗北。その後に地球連邦軍が回収し、そのまま運用する形となったのである。

 このMSの最大の特徴は、サイコミュシステムが搭載されている事である。脳波コントロールによって無人の兵器を操るという技術。これによるオールレンジ攻撃を行い、一度に多数の敵勢力の殲滅を狙う事が出来るというものだった。

 しかし、サイコミュ兵器の運用には搭乗者の脳波コントロールが必要不可欠である。これは、常人……つまり、オールドタイプのパイロットがこれを運用した場合、莫大な情報処理を行わなければならない為、下手をすれば精神崩壊、意識消失、最悪の場合、そのままの死もあり得る、危険な代物なのだ。

 アレンの駆ったティフォンガンダムは、有線式のサイコミュ兵器が搭載されていた。それは、準サイコミュと呼ばれる兵器であり、ある程度有線が搭乗者の脳波コントロールに対応しているというメリットがある。無論、力を持つシンギュラルタイプ等の人間がそれを使用すれば、より強力な動きをする事が可能だ。

 今回、ダッゲインに搭載されているサイコミュ兵器は、バレットビットという兵器だ。ダッゲインのリアアーマー部分に搭載されている兵器であり、三十基、搭載されている。これら一つ、一度つを脳波コントロールで操り、実弾で敵を狙い撃つ。無線でそれらは行われる為、より高度な空間認識能力が求められる。故に、シンギュラルタイプや、強化モデルといった人間がこのような兵器のパイロットに選ばれ易いのである。

 ただし、レイの場合は特別だった。彼は初めてサイコミュシステムを用いたシミュレーションを行った。力を持つ人間であるレイであったが、彼はそれを全く知らない状態で、サイコミュシステムのシミュレーションを行ったのだ。それが、レイには刺激が強すぎた。故に、彼は激しい頭痛を感じてしまったのである。

 

 

ロシアから、佐官であるフーク・カズロブが降り立った。奥多摩基地の兵士達は皆敬礼をし、フークを迎え入れる。その中に、司令官であるマサアキの姿があった。

「カズロブ大佐。ロシアから遥々と、お疲れ様です。」

フークはマサアキの上官に当たる存在だ。階級も大佐と、佐官の中で高い階級に位置する。

「アルト少佐。シンギュラルタイプの研究を進めていると聞いてはいるが、どのような状況か、説明を願おうか。」

軽度のほうれい線が見える男、フーク・カズロブ。年齢は三十八歳。新生連邦軍の大佐だ。かつてのデウス動乱でも宇宙戦艦に乗り、前線を指揮した経験を持つ、男である。

「順調に戦績を残しています。シミュレーションの点数も常にハイスコアを取っています。実際のサイコミュ兵器を運用しても、差し支えないかと、思われます。ね、スバキ。」

そう言ったマサアキは、スバキをフークの前に差し出した。彼女の表情は暗く、俯いている。

「可憐な少女だ。このような少女がシンギュラルタイプの力を秘めている……不思議なものだな、まったく。」

「彼女の力は圧倒的ですよ。」

自信満々な様子のマサアキ。

彼がシンギュラルタイプに拘る要因の一つ。それは、戦力としての価値である。元々シンギュラルタイプは戦争中で覚醒したとされる人種。そうした人種は通常の人種であるオールドタイプよりも遥かに空間認識能力に優れている。常人以上の索敵能力は戦場では重宝される存在だ。

 しかし、フークが次に発した言葉はマサアキを落胆に追い込む事になる。

「サイコミュ兵器を扱うのにシンギュラルタイプが素晴らしい……か。アルト少佐、君の言いたいことは分かる。しかし……それでは時間が掛かるのだよ。」

「時間が……?」

マサアキの表情が、変化する。

「戦力を補充する為には、効率が求められる。シンギュラルタイプは確かに可能性があるかも知れない……が、覚醒に時間が掛かりすぎる。どのような状況であれ、戦局というのは常に変化する。シンギュラルタイプへの覚醒等、待っていては、変化し続ける戦局に対応が出来ない。これ、どういう意味か分かるかね?」

「まさか……大佐は、強化モデルを支持されているという事なのですか!?」

戦場では、常に効率が求められる。優秀な人材は常に配備されなければならない。

 常人、オールドタイプを上回る存在として存在しているのがシンギュラルタイプ。だがしかし、シンギュラルタイプへの覚醒自体の条件が不明である上、力自体の解放に時間を要するのが、事実。それでは現実の戦場では役に立たない。

 フーク・カズロブはそのような存在よりも、すぐに戦力になり得る存在を、支持しているのだ。それが、強化モデルなのである。

「察しが良いな、少佐。そう、シンギュラルタイプは良い存在かも知れんが、その力が強固たるものになるには時間を要するとされているのだ。ならば、即戦力に回せる者を用意するのが妥当だろう?それが、強化モデルなのだよ。」

と、フークは指をパチンと鳴らした。

「そして、この、ダッゲインMk-Ⅱのパイロットを務めるのがこの子だ。」

すると、ダッゲインMk-Ⅱの胸部のコクピットが開かれる。やがて、コクピットから一人の少女が降り立った。

その少女の髪色は紫色だった。透き通った青い虹彩を持つ、少女。彼女はマサアキを見た時、静かに礼をした。

「彼女はリノアス・クリストル。特殊強化モデルの人間だよ。」

「特殊強化モデル!?」

それは、セイントバードチームが交戦した三機のガンダムタイプのパイロットに該当する存在だった。強化モデルと呼ばれる人間の上位種である、特殊強化モデル。この場に、その人間が出現したのである。

 リノアス・クリストル。一見、物静かな印象を持つ少女。そのような彼女もまた、特殊強化モデルなのである。

「デウス帝国が残した遺産であるこのダッゲインMk-Ⅱ。サイコミュシステムを搭載しているこのMSを、このリノアスが扱う事が出来るかの実験を、ここでさせてもらう為に来た。特殊強化モデルが如何に戦場で役立つかのテストだ。」

フークは得意げに言う。一方のマサアキは、内心で悔しさに溢れていたのだった。

(強化モデル等、人の皮を被った化け物だ……!あんなもの等、認めない!スバキのような、純粋なシンギュラルタイプがサイコミュ兵器を操ってこそ、初めて真価を発揮する!化け物に役割を奪われる事があってたまるか!!!)

強化モデルと呼ばれる人間を、“化け物”と罵るマサアキ。彼のシンギュラルタイプへの拘りが、垣間見えた瞬間であった。

 彼の表情の変化を、スバキは見逃さなかった。フークの言葉に対して怒りを覚えているマサアキ。その表情に、彼女は恐ろしさを感じていたのである。

「そこの少女……スバキ・シンドウと言ったか。彼女のデータも見せては貰うが、リノアスをダッゲインから降ろす気はない。彼女も試行錯誤して生まれた試作品だからな。」

この男、フーク・カズロブも、また、強化モデルを人として見ていない。あくまでも、“試作品”という扱いなのである。

(人の皮を被った化け物より、スバキが優れている事を見せてやる!そしてあのMSにスバキを乗せ、シンギュラルタイプの有用性を明らかにする!その為に私はここまでやって来たのに!!)

シンギュラルタイプを戦力として扱う。マサアキの悲願の一つだ。その為に、多くの人間を不幸に陥れた。スバキもその内の一人である。彼女の家庭を崩壊させ、その上で軍の一員として扱うマサアキ。彼の異常性が、ここでも露わになった。

「私は……何をすれば、良いですか。」

その時、特殊強化モデルであるリノアスが口を開けた。

「ああ、まずは挨拶をしようか。礼をすれば良い。それが、挨拶だ。」

「礼……。」

と、リノアスは一人の兵士を前にし、軽い会釈をした。

「そう。その調子。」

そう言われ、リノアスは別の兵士にも礼をする。

 この光景が、マサアキにとっては不快でしかなかった。強化モデルはMS等の戦闘において優秀な効果を発揮する人種ではあるが、その代わり強化以前の記憶が曖昧となりやすい。彼女の場合、特殊強化モデルではあるが記憶の欠如が著明になりやすいのである。

 軍として見れば、優秀な人間は必要不可欠。だがマサアキの場合はその人間は純粋なシンギュラルタイプでなければならない。純粋な人間しか認めないという、プライドが強いのだ。

(こんな奴がサイコミュ兵器のパイロット……認めないぞ……こんなのは……!)

シンギュラルタイプこそが至高と言う、マサアキの思考。彼の異常な拘り。それが、彼に関連する人間を巻き込み、やがてそれらを不幸に陥れる結果となるのである。

 

 

 その日の夜。天候は曇り空。学校から帰って来たスバキはマサアキと共に居た。

そして、夜が更けた頃。マサアキは、基地近くの自宅の一室にて、スバキと性行為を行っていた。この男はスバキに対し、苛立ちを発散するかのように、激しく彼女を求めていた。悪魔のような男は、スバキのような年端の行かない少女にも、容赦のない性行為を行う。

「痛……い……く……あぁ……!」

激しく、ただ相手を痛めるだけの性交は人を快楽に陥らせない。苦痛でしかない。マサアキの玩具と化したスバキは、痛みに耐え、ただ、彼の性欲のはけ口と成り果てるのであった。

 

 性行為を終えた両者は、一つのベッドの下にいた。募る苛立ちをスバキにぶつけるマサアキは、突如、口を開いた。

「シンギュラルタイプこそが至高なんだよ。スバキ。君も分かるだろう?」

そのようなものは、彼女にとってどうでも良い事だ。この状況が解放されれば、それでよい。しかし、現実は、そうは行かないのである。

「知らない……どうでも良い……」

強引な性交をされ、気力を失っていたスバキ。思わず、このような発言をしてしまった。

「シンギュラルタイプだからこそ、君の、その発言が出来る。力を持つけれども、その人間らしい言葉が話せる。私はそれが愛おしい。人間らしさを残しながら、力を持つシンギュラルタイプ。それこそが戦力として成り立つべき存在なんだよ!!強化モデルなど、似非!あのような連中が成り立つ戦場などあってなるものか!!!」

次の瞬間。マサアキはスバキに覆いかぶさるような格好をする。何事かと思い、驚愕するスバキ。

「しかしね、君のその発言は時に殺意さえ湧く!今の私の感情に対する、タイミングかな?タイミングってやつだろうなぁ!!!」

すると、マサアキはスバキの首を絞め始めた。怒る余り、その矛先をスバキに向け始めたのである。

「ぁ……や……め……ろ……!」

殺意があるのか、ないのかは分からない。ただ、マサアキはその表情を歪ませ、スバキを苦しめる。前腕には血管が膨張する程に浮き出ており、対するスバキは、それが早く終わる事を、祈っていた。

 やがてマサアキはスバキの首から手を離す。彼女の頸部は、痣が出来てしまっていた。マサアキの握力の強さが、そこに現れていたのであった。

「ガハッ!」

咳き込む、スバキ。

「はぁ、ごめんね、スバキ……やはり私は感情のコントロールが難しいようだ。」

先の行為に対して謝るマサアキ。そして、抱擁する。スバキはただ、この狂気的な男に対する憎しみを抱くばかり。気分の捌け口にされ、ただ、理不尽に感じる、スバキ。

「クソ……!」

眼に涙を浮かべるスバキ。だが、彼女はマサアキに逆らえない。屈辱を感じながら、せめてもの犯行の印として、マサアキを睨むばかり。

「そう言えば、スバキ。君は母親を二年、見ていないよね。今現在、母親がどうなっているのか、気になるかい?」

一糸纏わぬ姿でスバキを舐めるように見つめた後、突如、彼女の母親の話題をし始める。“母親”のキーワードが出た時、スバキは大きく反応をした。

「母さん……?母さんがどうしたんだ!?」

思わず近寄るスバキ。それと同時に、マサアキは近くにあったEフォンを持ち出した。

「今の状態を、君に見て欲しくてね。“母親”がどうなっているのかを。」

マサアキは、Eフォンの画面を見せる。電子ウインドウが拡大され、その“画像”が浮き出た。

 

 そこに映っているのは、スバキの母親だった。年齢は30代後半。スバキと同様、整った顔つきの美女。スバキと離れ離れになっている母親は現在一人で暮らしている。

 しかし、その光景には違和感があった。何故ならば、母親以外にもう一人、人間が映っていたからだ。その人間こそ、マサアキだったのである。スバキには母親へ会うなと言っておきながら、マサアキはスバキの母親に、密会していたのだ。

 やがて両者は、突如接吻を始める。それも、激しく、絡み合っている――

「おま……え……!」

まさか、母親が憎い男に接吻をされるという光景を、見せつけられたスバキ。この時、彼女の中で様々な感情が入り混じっていた。

 困惑、嫌悪、嫉妬、そして、怒り。これらの感情が、一斉にスバキの中で溢れ出る。彼女の眼が、震えているのが分かる。

 Eフォンの画面内は更に行為をエスカレートさせていた。母親とマサアキが抱き合う光景。そして性交。正常位、騎乗位、後背位。まるで、それをスバキに見せつけんとする、マサアキ。

「いいわあ!最高です!貴方……!あの人が死んでからずっと寂しかったのぉ!」

母親の、声だ。二年越しに聞いた母親の声は、憎むべき男に抱かれている、愚かな雌の声へと成り果てていたのだった。

「お金の心配から解放されて……スバキはちゃんと育ってる!私、やっと自分の時間が出来た!とても幸せですぅぅぅ!!!」

憎い男に抱かれ、性器を突かれている母親の姿はなんと、醜い姿だろうか。それを、Eフォンというデバイスで見せつける、マサアキ・アルトという男。

 それを目の当たりにしたスバキは、突如嘔気を催した。怒りを通り越し、あらゆる感情の処理が出来なくなった彼女の身体に異常を来たしたのである。

「うぶッ……!」

手を口に運び、そのまま洗面所へ走る。

 

「おええっ!おえええええ!!!」

吐瀉物は彼女の胃を逆流し、口内から出た。醜いものを見せつけられたスバキの精神は、限界を迎えつつあったのだ。その拒否反応が今出たのだろう。

 洗面所に、シルクローブを纏ったマサアキの姿が。彼女の心境など構わないこの冷酷な男は、何故このような仕打ちを平気で行うのだろうか。

「これが、現実さ……ちなみにこの動画は一週間前の動画。君がレイ君を助け出した頃の……ね。」

追い打ちを掛ける、マサアキ。

 スバキは、全てを奪われた気分になった。経済的支援という条件の代わりに、母親との接触禁止、基地内でのシンギュラルタイプの兵士としての活動。管理される生活。そしてマサアキ・アルトからの暴力、暴行。その状況でも彼女は母親と言う心の支えを保っていた。

 しかし、それは今、マサアキの手によって堕ちた。母親から聞かされた言葉が、彼女の脳裏に響く。

 

―――――――――あの人が失われてからずっと寂しかったのぉ―――――――――――

 

―――――――――――――――とても幸せですぅぅぅ―――――――――――――――

 

母親というかけがえのない存在から聞かされた言葉は彼女の心を破壊するのに十分だった。人の事を見ないこの男は、スバキの心を、この場であえて折るような真似をしたのである。

「これで、君はシンギュラルタイプの兵士として闘う以外に道は無くなったという訳だ。頑張ってくれよ。強化モデルに負けない、シンギュラルタイプへの力の発揮……それを、私は期待しているからね。カズロブ大佐へは打診するよ。君がダッゲインのパイロットになれるように……と。」

その声も聞こえる筈がない。もう、どうすれば良いかも分からないのだ。

(嘘だ……嘘だ……嘘だ……!)

言葉すら出せなくなったスバキ。彼女はただ、呆然と、立ち尽くすだけ。

 絶望的な状況はいつまで続くのだろう。どうして彼女はこの状況に陥る事になるのだろう。全ては、自分に目覚めてしまった“力”が原因だった。それさえなければ、このような未来になる事は無かっただろうと、感じるスバキ。

 しかし現実はそうはさせない。それを利用する軍の人間がいる限り、この悲劇は終わらない。戦争で有益とされるシンギュラルタイプ等の力を持つ存在。彼女もまた、戦争における利益、欲にまみれた人間の犠牲者の一人と言えるのであった――

(助けて……誰か……)

強気だった彼女が、初めて、誰かに助けを求めた。その想いは、誰を想定したのだろうか。それは分からない。  

心が、壊れて行く。今までは自身を強く保つ為の、支えがあった。だがその支えは一人の男により、脆くも崩壊してしまった。彼女を支えるものは、もう、何もない。その中で、スバキは涙さえ、浮かべられなかったのだ。

 

 

 

 一方、セイントバード内にて。救出されたレイはまず、頸部に装着されていたチョーカーを切除して貰っていた。爆弾が内蔵されているものだった為、ジャンク屋内の爆弾処理専門の人間にそれは解体された。

 そして、彼はこの一週間であった出来事を全て、話した。それを聞き、エリィは彼を慰める。一方のネルソンは腕を組み、考え事をしていた。

「力を持つ人間を利用する人間……か。そのような存在が、新生連邦内にいるとはな。大変だったな、レイ。」

「あの時、エリィさん達が来てくれなかったら、どうなっていたかも分かりません。本当に、すみません……」

落ち込むレイ。しかし、エリィはそれを気にする様子はない。

「貴方は謝る必要なんてないんだよ。無事で何よりだよ。けれど……厄介なのはEフォンを敵に取られているのもそうだけれど、それ以上にその、女の子が心配ね……」

レイを助けた少女、スバキ。だがそのスバキは、マサアキ・アルトに支配されているという状況。彼は彼女を助けたいと願っている。しかし、それはどのようにすれば叶うのだろうか。

「僕は、スバキを助けたいんです。あのままじゃ、あの子は壊れてしまうと思うから……」

一週間余りという時間ではあるが、スバキの悲惨な状況を聞かされたレイ。彼は、彼女を助けたいと思う一心でマサアキに身を委ねた事もあったが、それは空回りに終わってしまう。しかし、どうしても、レイはスバキを助け出したい気持ちが強いのだ。

「レイ、君の気持ちは分かる。囚われている少女を助け出したい、君の気持ちは……な。」

というネルソンだが、彼は俯いている。

「しかし、残念ながら現実はそんなに甘くはない。君が偶然知り合った少女は可哀想な境遇かも知れないが、君の行動により、我々が損害を被る事もある。」

ネルソンの言葉は正論だ。今回の出来事はレイの身に起きた出来事であり、彼の意思を尊重してしまうと、セイントバードのクルーが危険な目に遭う可能性があるのだ。

 しかし、レイはこの言葉に納得出来なかった。彼女の心が壊れてしまうかも知れないと思うレイは、気が気で、なかったのである。

「そんな!じゃあスバキを放っておけって事なんですか!?あの子は、あそこにいては行けないんだ……あのままじゃ、壊れちゃう……」

そう言われ、ネルソンはただ、黙るしか出来ない。レイの身柄は戻ってきている状況ではあるが、彼の心境は、スバキを助けたいという気持ち、ただそれのみなのである。

「大尉、私はレイ君の意見に賛成ですよ。」

傍にいたエリィの、優しい声が聞こえた。

「囚われている女の子を助けたいって気持ちになるのは男の子だったら当然じゃないですか。そこに、大人の都合なんて入れたらダメですよ。」

「しかし、艦長、その後に起こり得るリスクも考えなければならない!セイントバードの事や、アインスガンダムの事等が奴等に知られれば、やがてはここのジャンク屋のメンバーにも迷惑が掛かる!どういう手段で奴等が攻撃を仕掛けてくるか見当もつかない!」

ネルソンの意見は間違ってはいない。しかし、エリィは言う。

「じゃあ大尉はあの時にどうしてレイ君を助けたんですか?って話になりませんか?」

「それは……」

元々ネルソンはアインスがチェーニ姉妹に襲撃を受けている所を偶然見つけ、ハルッグで救助した。そこに利害はない。危機的状況の人間を助けるのは人として当然と、考えているからだ。

「それに、今はモグリでも大尉は医者だったでしょ?人を助けない医者なんて必要ですか?人を助けるのに理由はありますか?そう言う事ですよ?大尉。」

エリィは、笑顔で言った。それを見たネルソンは、黙るしか出来なかった。

「さて、レイ君。その子、スバキさん……だったかな。その子の救出作戦を考えないといけないね。」

エリィの言葉は、傷心だったレイに光をもたらした。彼が助けられたのは昨日の夕方。それから翌日になったこの日。エリィが彼に言葉を掛けるまでは、スバキの事で悩み続けていたのだ。

「アインスガンダムで行きたいです!あの基地に行って、攻撃をして……それで、スバキを救えば!」

焦るレイ。言葉に余裕がない。無論、それは反対されてしまう。

「こういう時は、作戦が必要だ。短時間で確実に彼女のみを救出する作戦がな。基地の内容に関しては君が詳しい。詳細を、教えてくれ。」

「はい……!」

牢獄に捕らえられたような感覚だったレイ。こういう時、セイントバードチームの仲間が心強い。彼等は無償でレイに協力してくれている。

 純粋な善意は人との繋がりに於いては必須だ。人は助け合いを経験し、それが繋がりとなる。そこに、利益が生まれるか生まれないかは不明だが、何らかの形で人に対する善意を行い、見返りを求める事は言語道断である。

 利益の追求といった場面では互いに利になるという意味では善意を強調する必要がある時があるかも知れない。しかし、今は困っている人、助けてを欲している人がいる状況。そこに、理由など求めては行けない。その人を少しでも苦しみから解放するという事が、大切なのだ。

 しかし、それは組織が大きくなれば制約が生まれる。それにより、助かる命が助からない事もある。幸い、セイントバードチームはMS乗りという、何処にも所属しない組織だ。故に、レイの想いを皆が汲んでくれているのであった。

 

 

 

 翌日。マサアキは上官であるフークに、スバキの事について話をしていた。シンギュラルタイプの有用性を示したいと、ダッゲインMk-Ⅱのパイロットについて、改めて交渉をしていたのである。

 MSデッキにて。フークとマサアキはダッゲインMk-Ⅱの前で、対面に立ち、話をしている。それぞれが贔屓する、パイロットについて。

「カズロブ大佐。私は、シンギュラルタイプの有用性を再確認したいと考えております。覚醒に時間を要すると言いますが、シンギュラルタイプは間違いなく、戦局を大きく左右する存在です。自然に覚醒した者の力は、重要な戦力になり得ます。」

それは自身がシンギュラルタイプである事も含めての、意見だ。

「スバキ・シンドウのシミュレーションのデータは見させて貰った。確かに、サイコミュシステムを稼働させる上では十分に優秀と言えるだろう。」

フークはスバキの実績を褒めた。しかし――

「実はリノアスにも同様のシミュレーションを行っている。このデータを見たまえ。」

と、フークは小型のコンピュータのウインドウを開き、そこに示された数値を見せた。

 そこに写っているのは、シミュレーションの点数だ。スバキとリノアスの、結果。僅かではあるが、リノアスの方が勝っているのである。

「強化モデルに純粋なシンギュラルタイプが拮抗するのは大変優秀ではあるが、数字がモノをいう。僅差でも数値が優れている方を、我々は推奨する。彼女は戦力としては引き続き温存すべきだが、サイコミュに関してはリノアスを優先させる方針だ。」

マサアキの内心は、再び怒りに満ちる。シンギュラルタイプこそが至高と考えるマサアキにとって、強化モデルに敗北する事はありえないと考えるのだ。

「この機体を見たまえ」

と、フークはダッゲインの方に視線を見る。76.6メートルもの巨体を前にすれば、彼等の存在がまるで蟻のように映る。

「この機体はデウス動乱時にデウス帝国がサイコミュシステムを試験導入した機体だ。脳波コントロールで兵器を操るという技術は旧世紀から試されていた。それにより、身体の一部等を動かす事は可能になってはいた。だがそれを遠隔操作し、兵器に流用する技術に至るには途方もない時間を要したのだよ。」

旧世紀より、脳波コントロールは意識下による端末操作や、身体が不自由な人間のコントロール等、日常生活上における技術として発達してきた。だが、サイコミュ兵器として用いるのには膨大な時間を要した。人型兵器、MSに搭載され、それを駆使しながら脳波で無線兵器を操るというのは、困難を極めていた。

 ダッゲインは、それを成し遂げた機体である。但し、それを行う為には機体を大型化せざるを得なかった。故に機体と、遠隔兵器であるバレットビットは一基あたり高さ約3メートル、幅1.5メートルの、兵器となってしまったのである。それが、リアアーマーには三十基も搭載されているのだ。

「シミュレーション上では問題ないかも知れないが、実際にバレットビットを操るにはリノアスのような特殊強化モデルが妥当だ。そもそも、ダッゲインは強化モデルが搭乗していたという話だ。ちなみにだが、シンギュラルタイプがこうした兵器を操ったという事例は今まで、ない。」

フークの言うように、デウス動乱時のダッゲインのパイロットは強化モデルとされた。

 しかし、マサアキはフークの意見に食らい付く。シンギュラルタイプが如何に有能な存在であるかを、確認したいが為に。

「カズロブ大佐。ですが実際に操ってみなければ分からないと思いませんか?シンギュラルタイプが優れているのか、強化モデルが優れているのか。」

「貴官は何が言いたい?」

腕を組み、聞くフークに対し、マサアキは、答えた。

「ダッゲインにスバキとリノアスを乗せるのです。そして、サイコミュ兵器を操ります。ダミーバルーンを用い、何体撃破出来るのかを競います。シンギュラルタイプと、強化モデルの競い合いです。」

マサアキの提案。サイコミュ兵器を実際に操り、その実力を見るというものだ。しかし、スバキにとってこれは危険である。

 彼女は今まで行ったのはシミュレーション上であり、実際の兵器での実戦経験はない。しかしリノアスは実際の経験がある。この違いは、大きい。

 だがシンギュラルタイプの有用性を見たいとするマサアキは、そのような危険など顧みず、フークに懇願するのだ。

「面白いな、貴官の考えは。採用してみるか。明日に試験を開始しよう。」

フークは頷き、その場から去っていく。この時、マサアキの思惑が実ったのであった。

 全ては、己が信条とする、シンギュラルタイプの飛躍の為。その為には、この男はスバキのリスクなど全く省みない。この男の狂気は、留まる事を知らない。

 

 

 フークとの要件を終えたマサアキは、一人、廊下を歩いていた。スバキを用いての、シンギュラルタイプの可能性の顕示をする機会を貰ったこの男。しかし、実際は自身が支配している人間を利用しているに過ぎない。

「マサアキじゃねえか!」

その時、マサアキは一人の男に声を掛けられた。急いで振り返ると、そこに居たのは、クラリス・デイルであった。数日前までギリシャでヒースト姉妹に助けられたこの男が、何故かここ、奥多摩基地内の廊下に居たのでる。

「クラリスか!久しぶりだね!士官学校以来か!何故、ここに!?」

クラリスとマサアキは、士官学校時代からの友人だ。クラリスが以前に日本に知り合いがいると言ったのは、奥多摩基地の司令官を任されているマサアキがいるのを知っていたからである。

「色々とあったんだよ。俺もな。しかし、随分山奥に基地があるもんだな。滅茶苦茶迷ったぜ。」

「東京は高層ビルが多すぎるからね。基地を作るにはこうした環境が良いと、判断されたんだろう。」

奇跡的に生きていた男と、司令官を任されている男が再会した。しかし、彼等の階級には大きな、差があったのである。

「お前……少佐になったのか!?」

クラリスはマサアキの襟元にある階級章を見て、驚愕する。士官学校時代以来合流していなかった彼は、まさか友人が大きく出世していると、思っていなかったのであった。

「クラリス……ああ、君は中尉か。じゃあ、立場としては私が上官にあたるね。」

マサアキの言うように、彼の方が階級は上だ。しかし、クラリスはそれを気にしないようにと、言ってきた。

「階級が上とか関係ないだろ?俺等は友人関係だろ?せっかく再会出来たのにそりゃないぜ。」

と言う、クラリスの表情はどこか、慌てている様子だ。

「階級上の立場と、プライベートとしての友人関係。それで変わる対応。それって、難しいよね。クラリス。」

 友人や同僚が上司になるという事は、社会では有り得る事だ。しかしその場合の線引きは、どうなるのだろう。仕事上では敬語を使い、プライベートでは友人や同僚時代のように会話をするのだろうか。

 それは、人に寄るだろう。両者が築いてきたそれまでの関係に寄るだろう。互いに信用できる関係ならば仕事上でも許されるかも知れない。だが、そうでない場合はどうなるのだろうか。

 マサアキ・アルトは危険な人間である。しかし、クラリスといった友人を士官学校時代に作っているのもまた、事実なのである。

 

 

 両者は、少しの間会話をした。過去の事や現在の事等。マサアキは、シンギュラルタイプの研究の話を、クラリスは自身が今まで経験した事等を話している。

 まず、マサアキはシンギュラルタイプの事について話した。マサアキがそれをクラリスにカミングアウトしたのは学生時代の事だ。だがそれを言った所で、クラリスは信じる様子を見せなかったのである。

「クラリス。君は今でもシンギュラルタイプ、信じないのかい?」

コーヒーを飲みながら、クラリスは言った。

「分からないものを信じろったって無理に決まってるだろうが。」

ブラックコーヒーは彼の喉を通り、苦みが舌に伝わる。

(所詮オールドタイプにシンギュラルタイプの事など理解出来ないんだろうね。)

と、マサアキは友人である筈のクラリスに対して思っていた。

「にしても、お前はやっぱり天才だよな。司令官しながら研究所の所長を任されてるなんてよ、友人としちゃ、誇らしいけどな。」

一方のクラリスは彼の出世を喜んでいる。研究所の所長に、基地の司令官と言う肩書を持つマサアキは、クラリスにとって誇りと言えたのだ。

「私の場合は夢中になる事にとことん夢中になる性格だったのさ。故に士官学校時代のガールフレンドには悉く愛想を尽かされた。だから今でも独身なのさ。」

と、自身の過去を呟くマサアキ。それに対するクラリスは、やや顔をしかめた。

「そういやさ、俺、ガンダムを支給される筈だったんだよ。地道にテストパイロットとかを頑張った結果、やっとガンダムなんてさ、伝説とか言われてる機体を支給されるんだぜ。」

と、今度は彼はこれまでにあった経緯を語り始めた。

「けどさ、ガンダムは奪われた。糞みたいなガキに……あんな、女みたいな顔したなよなよしたガキに奪われて……それで俺はこのザマっつーわけだ。情けねぇ。」

と、溜息を吐くクラリス。ここに来るまでにあった苦労話をマサアキにする。

 しかし、マサアキは彼の言葉の、あるキーワードに興味を示した。

「女みたいな顔した……なよなよしたガキ?」

それに該当する、覚えのある人間が一人。レイである。

「今はどこにいるかは知らねえが、まあ何にしても知人の基地に合流出来たのはありがたい話だぜ。いや、ホント――」

「詳しく、聞かせてくれるかな?」

クラリスの言葉を、マサアキの言葉が遮った。それに反応するクラリス。

「ああ。構わないけど?」

「その少年、名前は分かるかな?」

知り合いなのか……と、クラリスは疑問を抱く。恐らく違うとは思うが、クラリスは答えた。

「レイ・キレスって奴だが?」

マサアキは、右手で指を鳴らした。そして、笑みを浮かべる。

「偶然だね!いや……これは奇跡的と言っても良い!まさか!クラリス、君がレイ君を知っているとは!」

彼等は共通の人間を知っていた。レイ・キレス。アインスガンダムのパイロット。偶然とはいえ、これは出来過ぎていると言えるような出来事だ。

「君の口からレイ君の名前が聞けるとは思わなかったね!ありがとう。友は持つべきだと思ったよ。」

クラリスの肩を、パンパンと叩くマサアキ。

「いや……え?なんで知ってんの、お前。」

「いや、実はね……ここに来てたんだよ。とても、可愛いくて、奇麗な子だったね。」

と、彼は唇を舌で濡らした。クラリスはこの時、僅かな寒気を感じていた。

(何言ってんだこいつ)

まるで、不審者を見るような目つきでマサアキを見るクラリス。

「それはさておき。彼、ガンダムに乗っているんだね。MSに乗っているっていう話は聞いていたけれど。まさか、あの伝説の機体に乗っているとは思わなかったよ。……で、彼は強かったのかい?」

率直に聞くマサアキに、クラリスは答える。

「言いたかねえ。あんなガキに負けるなんて、あんな屈辱、あってたまるかよ……連邦の軍人がよ!」

と、クラリスは右手で拳を作り、壁に当てた。僅かに痛みを感じたが、彼はそれを気にしている様子はない。

「俺がもっと強けりゃいいのになぁって思うんだよな。奴は一体何者かは分からねぇ。恐らく、只のガキじゃねぇのは分かるんだけどな。」

クラリスがそう言った時、マサアキは静かに言った。

「そりゃ……彼も力を持つ人間だからね。」

「はあ?何言ってんだ?んな事があってたまるかよ。」

シンギュラルタイプを信じないクラリス。だが、マサアキは語り続ける。

「かつてのガンダム伝説で語られる、ファースト・ガンダムのパイロット、ホワイト・デーモンと呼ばれるパイロット。性別は不明だが、その人間も力を持つ存在だったという。そして、一説によれば、ホワイト・デーモンは民間人だったという話があるんだよ。」

マサアキはガンダム伝説について話し始めた。

 彼の言うように、この世界観のガンダムという存在は、現代から百五十年以上前の、ファースト・ガンダムという存在が由来である。それが基盤となり、MSという兵器が生まれて言った。

「君が言っていたように、レイ・キレス君がガンダムのパイロットだとすれば……彼は民間人でありながらガンダムのパイロットを務めているという事になる。これは偶然なのか?それとも……だね。」

マサアキは眼鏡を、くいと上げて言った。

「そして、デウス動乱時に活躍した、クリスタルガンダムのパイロット……デウス動乱の英雄、アレン・レインドも民間人から地球連邦軍に入隊したという話がある。その、圧倒的な力を持って……ね。」

同じ力を持つ存在であるマサアキは、レイやアレンといった存在をリスペクトしている。それ故に、レイの存在に関心を抱いている。そして、彼が最も贔屓しているのはスバキ・シンドウだ。スバキに対し、歪んだ愛情を注ぐマサアキ。だが、この事はクラリスは知る筈がなかったのである。

「そんなのは偶然だろうが。本来ならば、ガンダムは俺が操るべきだったのによ!仕方ねえとはいえ、悲しい話だぜ。全く。」

やはり、力を持つ存在には興味を示さないクラリス。無理もない。信じていないのだから。

「俺はな、オカルト話は興味ねぇんだよ。それよりさ、せっかく再会したんだ。出来ればMSが欲しい。お前が司令官なら、俺に何か手配してくれよ。量産機でも何でも良い。頼むぜ。」

そう言うクラリスだが、これに対し、マサアキは密かに、握り拳を作っていた。

「そう言えば一機、試作兵器があったね。それを紹介しようか。」

「へぇ、そりゃ楽しみだ。」

「じゃあ、移動しよう。」

そう言いながら、マサアキはクラリスを誘導する。基地の司令官であるマサアキは、誰に遠慮する事なく、クラリスをMSデッキへ案内した。

 

 MSデッキにて。そこにはディースト、ジョゼフといった新生連邦軍の機体が並んでいた。その中で、一機、頭部はジョゼフだが武装が異なる機体があった。両肩には大型のビーム砲、大型のバックパック。そして、左腰部に存在する、まるで日本の“侍”のような武装。

 一見異様な機体に見えるその機体。クラリスはそれを見て、興味を示した。

「こいつは……?」

「ジョゼフを大幅に改修した機体だよ。NFMS-990/KB、ジョゼフのカスタムだ。昔の日本のサムライ……確か沖田総司だったか。彼が使用していたとされる、カタナ、菊一文字を模して造られたカタナを装備したジョゼフだ。これを君の機体として与えよう。友人として……ね。」

そうは言うが、マサアキのクラリスに対する表情は暗い。

「なかなか、良いじゃねぇか。ジャパニーズカタナ!こりゃ、ロマンがあるな!もし何かあればこいつに乗って戦うぜ。レイの奴が日本にいるなら、出撃の機会はあるだろうしな!!」

打倒レイに燃えるクラリス。しかし、それを見たマサアキの目は、冷めていた。

(シンギュラルタイプを蔑ろにするクラリス……強い人間を分からない君に相応しい、その玩具で満足すれば良いさ。)

シンギュラルタイプこそが至高と考えるマサアキだったが、友人である筈のクラリスはそれを信じようとしない。機体こそ彼に与えたが、内心ではクラリスの事を受け入れていない。

 マサアキがクラリスに与えた機体。ジョゼフのカスタム機体である。火力や機動性を大幅に上昇させた機体であるが、誰がパイロットになるかは決まっていなかった。この場に現れたクラリスに、丁度良いと判断したマサアキは、このジョゼフ菊一文字カスタムをクラリスに授ける事にしたのであった。“玩具”として。

 

 

 

 スバキを助け出す為の作戦会議を立てているセイントバードチーム。レイは基地の内容を把握していた。だが会話の最中、ネルソンは悲報を、レイに対して伝えた。

「あのチョーカー型爆弾、解析の結果、発信機が取り付けられている事が分かった。これで、我々の居場所は新生連邦に知られたという事になる。相手の司令官は君がMSに乗れる事を知っていると言ってたな、レイ。」

彼がエリィやネルソンに対して話をした時に、その事を聞かれていた事も、全て話していたのである。

「はい……」

「となれば、セイントバードが新生連邦に狙われる可能性があるのも時間の問題……か。」

セイントバードの事やアインスの事が知られれば、新生連邦軍が動くのは当然である。それらを奪い返す為に、どのような行動を行うのかは容易い。

「けど、日本政府は新生連邦に対して強い権限を持っている筈です。確か、日本国内で定められている保護区での勝手な戦闘は禁止されている筈ですよ?」

と、エリィが言う。

「保護区があるのならば、ここにいる限り安全ではあるかも知れない。しかし連中はここにセイントバードとガンダムがある事を知っている。それが、危険な可能性がある。厄介な事に、我々に所属はない。そして、連中は軍備を欲している。」

ネルソンが不安を感じている。

 彼等がいる場所は、“保護区”と呼ばれている場所であり、如何なる戦闘行為を中止出来る場所となっている。しかしセイントバードとアインスはどこにも所属しない、MS乗りの所属。いくら保護区で保護されているとはいえ、敵がどのように動くか分からない。それ故に、ネルソンは心配しているのだ。

「じゃあ、先手を打ってしまえば良いと、思いますよ!」

エリィが右示指を立て、言った。

「レイ君が言ってたように、アインスガンダムをあえて出撃させて、基地に向かわせるんです。そして、アインスガンダムを交換条件にスバキさんを救い出す。これも選択肢の一つとしては成り立ちませんか?軍が戦力を欲しているのなら、相手も考える筈です。」

エリィの提案に対し、ネルソンは腕を組んだ。

「しかしそう簡単に行くだろうか?差し出すような真似をするなど……」

「ガンダムは渡す気はないです。あくまでも、“囮”に使うんです!」

「囮……?」

ネルソンは首を傾げた。

「ガンダムを欲しているのなら、万が一の時の為に、あえて出すんです。仮に敵がしつこく追いかけてきても、日本政府と繋がりがあって、尚且つ保護区に指定されているここ、シュアーさんのジャンク屋を襲うなんて事は恐らくしない筈ですよ。彼等の目的がセイントバードであったとしても。」

シュアー・ラヴィーノが日本政府の高官とコネクションがあるという話はガーストが以前にしていた。今回、それが役に立ったと言える。それが無ければ成り立たない作戦なのだ。

「しかし、レイ一人でそれは成り立つとは思えない……」

傍で聞いていたレイも、それは感じていた。アインスを操るのは彼だ。だが、その間誰がスバキを救出するのか。そこが、そもそもの問題なのである。

「そこで、私の出番です!」

と、エリィがどや顔で、両手で腰を持ち、笑みを浮かべた。

「エリィさんが?」

「レイ君、私をアインスに乗せて欲しいの。救出は私がします。」

「でも、そんなの危険ですよ!」

困惑するレイ。しかし、エリィは言った。

「私、これでも潜入は得意なの。それにね、レイ君。その、私、貴方と浅草で会った時に彼女の“感覚”も感じていたの。これってつまり、彼女も“シンギュラルタイプ”の可能性があるという事だよね?」

この時、レイは思い出した。エリィがシンギュラルタイプの持ち主であるという事を。力を持つ存在は、それ自体がセンサーになる。マサアキが、正にそれだ。

「力を持つ存在同士は惹かれ合う……これ、何となくだけれども分かる気がするんだよね。」

「力を持つ存在は惹かれ合う……?」

 

――――――力を持つ者同士は惹かれ合う運命にあるのかも知れないねぇ―――――――

 

忌むべき男、マサアキ・アルトが発した台詞。これに根拠はない。ただ、やはり奇妙な言葉に聞こえたのは間違いないと、言えた。

(どこかで、聞いたような……)

「験担ぎって訳ではないけれど、力を持つ人間が一緒にいる事は損はない筈だよ。目的はあくまでもスバキさんなんだから……ね?」

密かに、レイは思っていた。

「アインスをあえて前面に出して、その隙に艦長が救出する……という手筈という事か?」

ネルソンの言葉に対しエリィは、首を横に振った。

「いいえ、まず私が潜入します。それで、万が一の事があればアインスを囮にするんです!そしたら、相手も動じる筈ですよ!」

「しかし、それで大丈夫なのか……?」

確証が低い作戦だ。相手がどう出るかも不明な以上、リスクが伴う。しかし、エリィは“サムズアップ”ポーズを作り、言った。

「大丈夫ですよ。必ず戻りますから!」

力を持つ存在であるが故に、実施可能な救出作戦。それを、MS乗りであるセイントバードチームが行うのだ。

 無論、そこに利益はない。だが、困っている人間がいるのにそれを放置など出来ない。彼等は利ではなく、“人”の為に動くのだ。

「そう言えば、ガーストさんってどこにいるんですか?」

ふと、レイは聞いた。いつもジャンク屋へ働きに来ているガーストだが、今日は姿を見せていない。

「今日は休みだから、お出掛けをしているんじゃないのかな。」

「あ……そっか。」

一人でも、今の状況を知ってもらいたいと思っていたレイ。しかしガーストはセイントバードチームの人間ではない。あくまでも、働いているだけ。この時に仲良くなったガーストと会えないのは、少しばかり、悲しげな様子だった。

「まあ、何にしても、行きましょうか。」

「……はい!」

レイは、大きく頷いた。

 彼が提案した救出作戦。それに乗ってくれる、セイントバードチームのクルー。この時、レイは改めて、このチームに対する恩を、感じていた。

 

 

 

 奥多摩基地にて。そこではダッゲインMk-Ⅱのサイコミュ兵器、バレットビットの試験運用が行われようとしていた。パイロットはシンギュラルタイプである、スバキと、特殊強化モデルであるリノアス・クリストル。スバキは本日、学校を昼まで受け、早退してこの場に居る。

 今、彼女達は並んで座っていた。機体に乗る順番を、待っているのである。スバキはこの時、リノアスから感じる妙な感覚に違和感を覚えていた。

「あの……さ。」

いつもの活気が無いスバキ。心の支えを失い、マサアキの道具と成り果てた彼女。

「はい。」

リノアスは無表情で答える。

「嫌じゃないのかよ。こんなの。」

何気なく、聞いた。彼女はもう、この状況から抜け出したいと願っている。しかしリノアスはどうだろうか。特殊強化モデルと呼ばれる人間ではあったが、どのように考えているのかが気になったスバキは、声を掛けたのである。

「“嫌”という言葉が何を示すのか、不明。命令なら、そうします……それが任務なら、遂行する……。」

「分からない、私にはそれが、全く分からない……」

何故このような場所にいるのか。何故、力を持ったが為に、軍の実験に付き合わされなければならないのか。スバキの場合はマサアキの歪んだ愛情、狂気も重なり、既に精神は崩壊しつつあるのであった。

「いっそ、お前みたいに命令にただ、従うだけの人間になれれば楽なのかもな……感情なんてあるから、こんな思いをする。もう、何もかもが分からない……」

独り言のように呟くスバキ。今の心境を吐露し、話す。

 リノアスという存在を前にしても、動じる様子はない。恐怖という感情は、彼女の中で薄れつつあったのである。

「感情……」

リノアスはその言葉を、呟いた。

「感情って、何ですか」

スバキの言葉に疑問を抱くリノアス。その言葉は、彼女にとって、知らない言葉であった。

「変な教育受けてるんだな。泣いたり、笑ったり、怒ったり、楽しんだり。それが感情だろ。」

「理解不能。それらを表現することは不必要……と言われています……」

特殊強化モデルであるリノアスは、戦闘マシーンとして生きてきた。

「人間らしさ、まるでないじゃん、そんなの……」

「人間らしさ……理解不能」

リノアスの質問に疑問を抱くスバキ。

「さあ、知らない。私も人間らしい事、出来てないし……所詮、戦争の道具なんだよな。この力なんて。こんなのがなければ私だってさ……」

「道具……人間らしさ……感情……」

何故、スバキが発したこれらの言葉を、リノアスが復唱するのかは分からない。特殊強化モデルである彼女は、スバキの言葉をどう解釈しているのか。感情や人間らしさという言葉を使うリノアス。そう言いながら、スバキの方をじいっと見る。

「まあ、もうどうでもいい……今はただ、やる事をするしか、ない。ただの兵器として……」

「兵器……それは、私の役目。」

「変な奴……お前が強化モデルか何か知らないけど、どうでも良い……マサアキの為に生きるしか、私にはないから……」

そう言った後、スバキは立ち上がる。そして、ダッゲインのコクピット内に入っていく。シンギュラルタイプであるスバキが、先にサイコミュ兵器の実戦を行うのだ。

「感情……人間らしさ……何……?どこかで……覚えがある言葉……?」

残されたリノアスは、スバキが発した言葉を、連呼するばかりであった。

 

ビゴォォォン

 

ダッゲインMk-Ⅱのモノアイが、輝いた。赤く輝くそれが発火するように燃えた後、その巨体は静かに、それでいて厳かに、動き出す。

 ダッゲインMk-Ⅱのコクピットは従来のコクピットと違い、特殊な形状をしていた。力を持つ人間用に設計されている、特殊なコクピット。それは一切操縦桿等がなく、搭乗者の脳波コントロールのみでそれは動くのだ。

 スバキは黒いテストスーツを装着した状態で、コクピット内で、静かに目を閉じる。そして、標的を攻撃するイメージを行う。

そして、目が開かれた。

 

ピシュンッ、ピシュンッ、ピシュンッ

 

バレットビットが宙を舞う。ダッゲインのリアアーマーより展開されるそれは、無線兵器であり、スバキの脳波によってコントロールされている。

 それらは一斉に実弾を連射し、ターゲットであるダミーバルーンを破壊する。一体ずつ、確実に。

「素晴らしい……!流石だ、スバキ!!!」

傍聴席でその動きを見るマサアキは感激している様子だった。シンギュラルタイプである彼女が操るサイコミュ兵器の動きは、驚異的と言える。これが実証されれば、今後の戦力としても期待が出来るのだ。マサアキが狙っていたのは、これだったのである。

「う……あああああ!」

その時、ダッゲインのコクピットからスバキの悲鳴が聞こえた。彼女の目は見開かれ、頭を抱える。それに呼応するように、バレットビットはゆっくりと、地面に落ちていく。

「スバキ!おい!」

声を掛けるマサアキ。その直後、ダッゲインはその動きを止めたのだった。

 

 スバキが目を覚ましたのは悲鳴を上げてから2分が経過した時だ。気が付けば目の前のコクピットは開いていた。そこに居たのは、忌むべき人間、マサアキ・アルトである。

「恥をかかせたね、スバキ……まさかこうも簡単に意識を失うとはね!」

「う……う……ごめんなさい……」

スバキを追い込む事を言うマサアキ。それに対し、彼女は謝るしか出来ない。最早、この男に対する反抗する意志は、ないのだ。

「アルト少佐、その少女では所詮リノアスに及ばないな。すぐに後退だ。リノアスの実力を、見せてやる……」

マサアキはこれを聞き、フークに聞こえないように、静かに言った。

「人の皮を被った化け物に負けるなんてな……スバキ、今宵は覚悟しておけよ……!恥をかかせて、只で住むと思うなよ……!」

と言いながら、スバキの頬を叩く。しかし彼女はこれに歯向かう事もせず、自身の頬が腫れていく感覚を知る事しか、出来ない。

 

 少しの時間が経ち、今度はダッゲインにリノアスが乗る。元々彼女が乗っていた機体であり、その相性は充分と言えた。

 やがて再び起動するダッゲイン。この時、リノアスは目を瞑り、標的をイメージしていた。

(感情……人間らしさ……それは……何……?何……?何……?何……?何……?)

スバキから聞かされた言葉を、思うリノアス。

(感情……要らないモノ……人間らしさ……不要なモノ……私は……兵器……私は……兵器?私は……私は……私は……何……!?)

特殊強化モデル、リノアス・クリストル。彼女は極力感情を排除するように強化、調整をされてきた人間である。デスペナルティ、アトミック、バイラヴァーのパイロットであるニッカ、ハーディ、シエルとはまた異なるタイプの特殊強化モデルだ。

 一見静かな印象を持つリノアス。好戦的な印象を持つガンダムタイプに乗っていた特殊強化モデルとは違う彼女。しかし、彼女には大きな欠陥があるという事を、管理者であるフーク・カズロブは知らなかったのであった。

 

ゴオオオオオオオ

 

その時だ。ダッゲインは突如、脚部のバーニアを展開した。その巨体を少しずつ動かしていき、やがて基地から出ようとしていた――

「機体異常確認!」

「リノアス!何をやっている!戻れ!!!」

声を掛けるフークだが、リノアスは止まらない。

「感情……人間らしさ……感情……!!!」

何を求めているのか。何故、彼女は暴走を始めたのか。そのまま、巨体は基地を去ろうとする。ダッゲインは、どこへ向かおうとしているのか――

「大佐!ダッゲインが基地を離れようとしています!このままでは山の方に逃げます!」

「馬鹿な!何故だ!何故このような事が!」

騒然とする基地内。それに反し、ダッゲインは基地から離れる。何故その行動を行うのかは、定かではない――

「様子観察だ……もし奴が暴れるような事があれば……MSを出撃させろ!」

予想外の出来事が起きた。リノアスの駆る、ダッゲインは基地を離れようとしている。何故このような暴走行為に至ったのかは不明だ。パイロットであるリノアスは目を大きく見開き、脳波コントロールを行いながら、巨体を操り、移動しようとしていた――

 

 

 

 アインスは奥多摩基地へ向け、移動を開始していた。エリィを傍に乗せ、レイは移動する。

 この時、アインスの装備は通常のものを使用していた。ビームライフルにシールドと言う、オードソックスな装備。その状態で、バーニアを駆使して移動しているのだ。今回の目的はスバキの救出。余計な武装を装着する必要は無かったのである。

「スバキさん、無事だと良いけれど……」

傍にいるエリィは言った。それに対するレイの表情は、真剣そのものだ。

「スバキは、絶対に助けるんだ……僕が、必ず!」

彼女には助けて貰った恩もある。しかし基地内で彼女の実情を知ったレイは、悲しみに暮れる彼女を絶対に助けたいという、強い意志を抱いていた。彼のその強い意志は、エリィも感じ取っている。

 

ピキィィィ

 

しかし、その時だ。彼等の脳内に電流が流れた――と同時に、苦しみを訴える事になるのは。

「うぁぁ!?」

「これ……は!?」

突如脳裏に過る妙な感覚。何故、この感覚が急に生じたのかは不明だ。

 だがレイはモニターに映る、巨大なMSの姿を見た時、その疑問は解決する事になる。

「あれから……感じる……あの機体は一体……?」

それはMSと呼ぶには余りに巨大なものだった。一歩ずつ、確実に前進するその巨体は森林を破壊し、突き進んでいく。

「レイ君、気を付けて!何かが来る!!」

エリィが叫んだ時だった――

 

ダダダダダダダダダダ

 

二基の浮遊物が、突如アインスを襲ってきたのだ。それらは実弾を放ち、迫ってくる。サイコミュ兵器、バレットビットだ。

「何ですか!?これ!?」

「デウス動乱時に使われた、ビット兵器かも……でもどうしてこんな所で!?」

困惑する両者。だが、その浮遊物は容赦のない射撃を行う。

 実弾はアインスに向けて、攻撃するのに対し、シールドを構え、防ぐアインス。すぐにビームライフルを構え、それを狙おうとするが――

「避けた!?」

ライフルに反応するかのように、浮遊物は避ける。そして、すぐに実弾を放った。二基の浮遊物は躊躇なく、アインスに向かってくる。まるで、彼等が基地へ向かうのを阻もうとせんと、動いているのだ。

「まさか、こっちの動きが読まれた……?」

「分かりません、けど!」

集中し、浮遊物を狙うレイ。その兵器に照準を定め、彼はスイッチを押す。

 

バシュゥゥゥ

 

ビーム粒子が銃口より放たれ、浮遊物に直撃。一基は破壊された。だが、もう一基が再び実弾を放つ。アインスはこれを避け、再びライフルを構え、射出。浮遊物は破壊された。

「あのMSが放ってるんだと思う。けど、どうしてあれが動いているのかが不思議だけれど……」

レーダーに映る、巨体、ダッゲイン。それはバーニアスラスターの出力を高めながら、山の中を移動していく。それと同時に、バレットビットを同時に展開し、放っている。それはまるで、敵を攻撃しようとせんばかりに動いているのだ。

「あれ、どこに向かっているんですか……?」

ふと、レイは思った。狙いを見る限り、アインスを狙っているようには見えない。偶然射程内にアインスが居たから攻撃してきたようにも見えたのだ。

「分からない!けど、あんなにビットが浮いていたら近づくにも近づけないわ……!」

合計二十八基のバレットビットが浮遊している状況。そして、ダッゲインはバーニアの出力を上げ、迫る。

「また、来る!?」

すると、アインスの動きに反応するかのように一基のビット兵器が再び迫ってきた。大気圏内とは思えない、軽やかな動きはアインスを翻弄するのに、十分だった。

 実弾が放たれる。容赦のない攻撃。レイはこれを、辛うじて回避する。

「射程から離れるしか……」

攻撃を加えるのではなく、逃げる事を選んだレイ。それが、最善の選択と言える。

 迫るバレットビットではあったが、反撃をせず、アインスは逃げる。その射程から離れれば、標的が変わるかも知れないと考えたからだ。

 幸い、彼の予想は当たった。バレットビットはアインスを追撃するのを止め、元の場所へ戻っていく。しかし――

「あの機体、やっぱり都市部に向かってませんか!?」

「どういう事!?それって……」

「嫌な予感が、します……」

暴走しているダッゲインの向かう先。それは、都市部だ。住民が多いそこへダッゲインのような巨体が迫るという事は、甚大な被害を起こす可能性がある。

 しかし彼等の今の目的はスバキの救出だ。どうすれば良いか、分からないレイは一度待機する事を決めたのだ。

「あれ、一体何なんですか……?あんなに大きなMSなんて、見た事がないです……」

困惑するレイ。傍にいたエリィも、困惑していた。

「分からないわ……どこの所属なのかも不明だし……経過を見るしかないわね……」

と、彼等が話をしていた時だった。

 上空を、二機のMSが飛んでいた。SFS、エンパワーに乗っているディーストがな二機。いずれもダッゲインの方に向かっている。

「新生連邦のMS!?」

ディーストはダッゲインに向けてビームライフルを放つ。

 

バイイイイイイイイイイイイイン

 

機体に直撃した筈のビームは、ダッゲインに触れた瞬間に消失した。ビーム兵器が、通用しないのである。

「止まれデカブツ!!」

と、エンパワーに搭載されているミサイルでダッゲインを攻撃するディーストだが――

「ビット!?」

射程に入ったバレットビットがディーストを狙い撃つ。この攻撃で二機のディーストは瞬く間に破壊された。

 止まる様子のないダッゲイン。二機のディーストが破壊されたのを見届けたダッゲインはバーニアの出力を上げ、更に都市部へ接近していった。

「やっぱり、あれを止めなきゃ……!」

レイは迷わなかった。新生連邦の機体であるディーストが破壊されたのを確認した彼は、巨体を止めなければならないと、考えていた。

「ちょ……レイ君!?」

止めるエリィ。しかし、彼は止まる様子を見せない。スバキの事は心配だ。だが、この巨体は都市部へ向かう。それはつまり、都市部に住む人達に被害が及ぶという事だ。

 危険な状況ではある。しかし、レイは止まらない。エリィは制止しようとするが、彼の優先順位は、今、ダッゲインを止める事だったのである。

 

 

 ダッゲインMk-Ⅱは都市部に進出してしまった。巨体が出現した時、街中は騒然としている。まるでパニック映画のワンシーンのような状況。暴走するダッゲインは何故、都市部に向かうのか。

 東京の都市部に出現したダッゲインを巡り、日本政府は臨時連盟を開いていた。突如迫る巨体を止めなければならないのであるが、どのように止めるべきかという話を、議員達は話している。

「何故都心にあのような機体が現れるんだ!?」

「今は止める事を考えなければならない!新生連邦に応援を要請しなければ……」

「もう、出動はしていると聞いている!!」

「なら、どうする……?」

「自衛隊に配備しているジャスティスを展開するしかない!」

日本政府は独自の戦力を持っている。自衛隊と呼ばれる戦力だ。ただ、それらの役割というのは国に脅威が及ぶ事があった場合のみに出動を許可されるというものであり、普段はこれらが出撃する事は少ない。しかし今回の場合は明らかに有事であり、ダッゲインを止めなければならない状況だった。従って、MSが出撃されるのである。

今、湾岸部の自衛隊の基地から旧地球連邦軍のMS、ジャスティスが発進されようとしていた。これは新生連邦軍が日本を加盟国にした際に、自衛隊戦力としての条件として譲渡された事により、この機体の使用を許可されているのである。

 日本政府のジャスティスは頭部に日の丸のハチマキをしているのが特徴ではあるが、それ以外の基本性能は従来の機体と大差はない。ダッゲインを前にすればその差は歴然だ。しかし目の前に迫る巨体を止めなければ、甚大な被害が出る。それを止めるには、出撃するしかないのだ。

 日本政府所属のジャスティスが発進された。都市部にはサイレンが響いており、避難指示が出ている。

 パニックに陥る住民達。その上を移動する日本政府のジャスティス達。ビームライフルを構え、巨体に対してビームライフルを放つのだが――

 

ドバアアアアアアアアアアアッ

 

あろうことか、ダッゲインは腹部からビーム砲を放ち始めたのだ。避けきれず、シールドを構えるジャスティス達だが、出力は凄まじく、跡形もなく消し去られた。

 

 

 

 住宅街にて、逃げ惑う住民達。その中に、日本へ遊びに来ていたアムン・ディースの姿があったのだ。

「こんなの、聞いてない!あわわ……」

逃げ遅れまいとするアムン。人混みの中をかき分ける彼女。

「うぅ……」

その中、一人の女性が倒れているのを見つけたアムン。放って置けないと考えたアムンは人混みを避け、その女性に声を掛けた。

「あの、大丈夫ですか!?」

倒れている女性に気に掛けるアムン。女性は怪我をしている。動揺しているアムンだが、助けられるのは自分しかいない――と思っていた。

「あの、肩を持って下さい!」

そう言いながら、アムンは自身の肩を差し出す。女性は藁を掴む思いでアムンの肩を持つ。

「ありがとうございます……」

懸命に、アムンは移動しようとする。この場から、少しでも離れる為に――

「え?」

目の前に現れた、無線兵器、バレットビット。その銃口は、アムンともう一人の女性に向けられようとしていた――

 

ダダダダダダダダダダダダダ

 

凶弾は躊躇いもなく、アムンと、女性を撃ち抜いた。放たれる弾は連射により、彼女達の上半身を消し飛ばした。そこから多量の血液が噴水の如く溢れ、臓器を形成していたであろう、赤い肉片も散らばった。何とも、惨たらしい光景である。

 アムン・ディース。アニメ等が好きだった少女。彼女は、ダッゲインが放ったビットの凶弾により、上半身が消し飛んでしまった。助けようとした、女性と共に。最期の一言も、喋られないまま。

 

 

 ダッゲインは市街地へ確実に迫っていた。巨体に追従するように動くバレットビットは自衛隊所属のジャスティスを殲滅し、進んでいく。

 ある一機のジャスティスがビームライフルを構え、ダッゲインに向けて放った。しかし、ダッゲインにはビームに対するバリアーが張り巡らされている。従って、攻撃は無効化される。

「なら、接近戦で!」

勇猛果敢にも迫るジャスティスだが、バレットビットの前では無力だ。

一基のビットがふわりとジャスティスのカメラの前に迫り、凶弾を撃つ。カメラは瞬く間に破壊される。

「クソが!!」

自棄になるパイロット。視界が見えない状態で、ダッゲインに対して特攻を掛けようとしている。

 

ドバアアアアアアアアアッ

 

ダッゲインは腹部からビーム砲を放った。それを浴びたジャスティスは瞬時に融解する。

 

 このビームの矛先が、最悪と言えた。というのも、ジャスティスを破壊したビーム砲は、その矛先を東京のシンボルタワーである、東京スカイタワーに向けていたのである。

 東京スカイタワーの展望室は地上から350メートルの高さに存在する。更に100メートル上には展望回廊と呼ばれる場所がある。今、ビーム砲はこの350メートルの場所にある展望室に向けられていた。

 この日、展望室には観光客が大勢居た。突然の超大型MSの都市部の侵入に同然とする人々。逃げようとせんと、エレベーターへ向かう人々。

 その中に、ガースト・ピュアスの姿があった。彼は恋人であるプレーン・ミーンと共にスカイタワーへ上がっていたのだが、丁度、この時にダッゲインのビーム砲を浴びようとしていたのであった――

「嫌ぁぁぁ!」

「嘘……だろ……」

正に、最悪のタイミングだった。仕事が休みの日で、気晴らしに出かけた先でこのような事故に見舞われるという、悲劇。このままでは彼等はビームの光に包まれてしまう――

 

バヂィィィィッ

 

その時だ。迫るビームを、何者かが守った。ガーストは右肘で目を隠していた為、その瞬間を見ていない。

 やがて肘を退かした時――彼は、目の前にある、光景を見た。

「ガンダム……!?」

ガーストが見たもの。それは、ガンダムタイプ特有の顔貌をしたMSが、シールドを構え、ダッゲインが放ったビームから守っている光景だった。そのガンダムのカメラアイは、まるでガーストの方を見ているかのようだった。

 

ピキィィィ

 

その時だ。ガーストの脳内で電流が流れたのは。そして、彼は思わず、口を開く。

「あれに乗っているのは、アレンなのか……?」

何故ガーストはアレンの名を言ったのかが分からない。それは直感なのかも知れない。彼等を守ったそのガンダムのパイロットが、アレンであるかは、当然分かる筈がない。

 しかしガーストは、力を持つ人間であった。その直感は、ガンダムのパイロットの正体を理解した。

かつてのデウス動乱で、敵としても戦い、そして味方としても戦った人間、アレン・レインド。ガーストにとって戦友と呼べる彼が、目の前に居るかも知れない状況。

 無論、それに確証はない。だが、そのガンダムのパイロットはアレン・レインドであると、彼は確信していたのであった。

「頼む……守ってくれよ……!」

今の彼にとって、そのガンダムの存在は守り神も同様だった。神に祈るかのごとく、ガーストは傍にいる恋人、プレーンと共に心の中で祈る。このままダッゲインの侵攻を許せば、被害は甚大なものになりかねないのである。

 

 ガーストが直感で感じたように、東京スカイタワーを守ったのは、ティフォンガンダムであった。  

ジャンヌと共に来日し、この事態に気付いたアレンはティフォンを操り、ダッゲインを見ていたのである。

「なんで、こんな事が……」

東京の市街地に、超大型MSが侵攻している事実。市街地を守ろうとするジャスティス達は成す術もなく破壊されていく。市街地を巨大なMSが蹂躙する光景は、明らかに異様だった。

 その時、ダッゲインに攻撃を加えるジャスティスの中に、一機、ガンダムタイプの存在を確認したアレン。モニターを拡大すると、見覚えのある、紺色の機体が映った。

「まさか、レイか!」

アインスガンダムであった。それに気付いたアレンは、ティフォンを動かし、アインスの下へ向かう。

 

「何で!?ビームが効かないの!?」

アインスは迫るビット兵器を一基ずつ破壊しながら、本体への攻撃を行っていた。しかし、ビームは弾かれ続ける。これの理由が分からないレイは、ただ困惑するばかりだ。

スバキを助け出したいと願っている彼だが、まずは都市部に侵攻したこの機体を止めなければならないと、思っていた。

 ダッゲインと言う巨体は躊躇なく迫る。接近を許せば、被害が広がる一方だ。その上機体はバレットビットと言う兵器を展開し、無差別の攻撃を行っている。

 その数は多くの機体の協力により、半数程削る事が出来た。しかし、猛威はまだ止まっていない。

「レイか!!!」

その時、レイは聞き覚えのある声を聞いた。それと同時に、彼は“暖かな感触”を感じ取っていたのだ。

「ガンダム!?それにこの声、アレンさんですか?」

アインスの前に、もう一機のガンダムが降り立った。見覚えのない、ガンダム。それには一度一緒に戦った青年、アレン・レインドが乗っている。

 アレンとレイは再会した。だが、その状況は消して喜べる状況ではない。超大型MSが迫っている状況。このままでは都市部が蹂躙される。それは避けなければならない。

 彼等に益はない。しかし人が大勢死ぬ事は、避けなければならないのである。

「こんな所で再会するなんてな……」

一瞬だが笑みを浮かべるアレン。

「アレンさん、そのガンダムは?」

「詳しい事はあれをどうにかしてからだ!大体、どうしてお前はガンダムに乗ってるんだ?あれをどうにかしろって命令でも受けてるのか?」

「違うの、アレン君!」

と、エリィが割り込むように会話に入った。

「エリィさんがそこに!?どうして……?」

「助けたい人を助ける為に、一緒に移動していたの!ところがその最中にこんな事に……」

エリィの声を聞いたアレン。詳しい状況を聞きたいと思ってはいたが、それどころではない。

「アレンさん、あの機体、ビームが効かないんです!何発撃っても、全く!」

レイは咄嗟に、ダッゲインのビームバリアーについてアレンに説明した。それと同時に、ジャスティス達が撃っているビーム粒子を見る。

 ビームが、弾かれている。いずれも機体に傷が付く事なく、攻撃が無意味に終わっている。

「ビームが効かない!?バリアーフィールドジェネレーターを搭載しているのか!厄介な……」

バリアーフィールドジェネレーター。それはデウス動乱時代にビーム兵器に対抗する為に作り出された対ビームバリアーの事であり、主に大型のMSやMAに搭載されている。理論上発射可能である最大の出力のビーム兵器を完全に無効化するという、戦争の主流になりつつあるビーム兵器に対抗して出来た防御装置である。有効な兵器ではあるが、実用には莫大なコストが掛かる為、量産型機体等には採用されていない。

 ダッゲインはこれを搭載した試作兵器であり、その発展型である今回のMk-Ⅱはそこに、サイコミュ兵器を搭載した機体として、君臨している。

「ばりあーふぃーるどじぇねれーたー……?」

聞いたことのない単語が並べられ、レイは困惑している。

「要はアンチビームフィールドの事だよ。それより、レイ。行く所があるんじゃないのか?ここは俺がどうにかする!お前は、そこへ向かうんだ!」

「え……でも……!」

「良いから!!」

事情を詳しくは知らないアレンは、彼をスバキの元へ行くように促す。しかし、それでも困惑しているレイ。

「アレン君も言ってくれている。レイ君、今は甘えましょう。大丈夫、アレン君なら止めてくれる……」

エリィの一声。これが、レイの中で決定打となった。今はスバキを助け出す事を優先する。この場は、アレンが止めてくれる。それに賭けるしかない……と、彼は考えた。

「お願いします!」

そう言った後、アインスはこの場から離れる。バーニアを展開し、奥多摩基地まで向かったのである。

 

 迫り来るダッゲインに対し、アレンはティフォンを駆り、まるで誘導するかのように飛び回る。都市部への侵攻は、避けなければならない。甚大な被害が出る前に、止めなければならないのだ。

「やめろ!何故こんな事をする!?」

アレンはパイロットであるリノアスに声を掛ける。しかし、ダッゲインは止まらない。

「感情……人間らしさ……私は……!」

リノアスの声。暴走を続ける彼女はダッゲインを、そのまま動かし続ける。

 これに対し、ティフォンは頭部機関砲をダッゲインの堅牢な装甲に対して撃つ。牽制の為である。

「攻撃……敵……?敵は……排除……」

標的をティフォンに向けたダッゲイン。巨大は都市部への侵攻を止め、ティフォンがいる方向へ向かっていく。その方向こそ、山がある方向だったのだ。

 人里からこの巨体を離そうと、アレンは考えていたのである。

「あのサイコミュ兵器もこっちで引きつけられれば!!」

そう言った時、ティフォンの方向に一斉にバレットビットが展開される。実弾は容赦なくティフォンに放たれ、無数に弾が放たれる。

 それらを見極めたアレン。次の瞬間、バックパックのビーム砲を展開し、ビットに向けて、放つ。

高出力のそれは、ビット兵器を破壊するのに十分な火力だった。その勢いで、ティフォンはダッゲインのコクピット近くまで接近する。

「もうやめろ!何の為にこんな事をするんだよ!?」

パイロット、リノアスに呼び掛けるアレン。無意味な攻撃を行なっていると、判断したのだろう。

「敵……の声……?この感じ……暖かい……?何……これは……うううっ!」

コクピット内で、リノアスは頭を抱え始めた。アレンの存在に対し反応し、苦しみ始めたのだ。

 これに伴い、ダッゲインの動きは止まった。そして、周囲を飛び回っていたビット兵器も、同様に動きを止めたのである。

(このパイロットの人為的な感覚……強化モデルか?それにしては、妙だ。感情を欲している……?)

何故リノアスが突如暴走を止めたのかは不明だ。

 基地から突如動き出し、市街地への侵攻を始めたダッゲインMk-Ⅱ。幸いなのは甚大な被害が出なかった事ではあるのだが、死傷者が数名出たのは事実である。実際、モントリオール出身の少女、アムン・ディースがバレットビットの凶弾に撃たれた。

 アレンは引き続き、ダッゲインに対して声掛けを続ける。

「俺の声が聞こえるか!攻撃をする必要なんてない!ここから去れ!早く!」

懸命に伝えるアレン。すると――

「分からない……私は……私は……」

リノアスの声が聞こえた。彼女が感じ取った、アレンの感覚。それにただ、混乱するばかりだ。

 

ズドオオオオオオオオオオオオオオオ

 

脳波コントロールで操る巨体、ダッゲインMk-Ⅱ。リノアスは脳波でダッゲインの脚部のバーニアの出力を上げるコントロールを行った。やがて、巨体はゆっくりと機体を上昇させていく。それに伴い、発射されたはずのバレットビットは全てリアアーマーに収納されていく――

「撤退した……?」

ゆっくりと、去って行く巨体。アレンはただ、それを呆然と見守るしか出来なかった。

「……機影?」

その時、一つの機影の存在が感知された。モニターでそれを確認するアレン。そこに映っていたのは、ネルソンの駆るハルッグだった。敵でない事を確認したアレンは、早速ネルソンに対して連絡を取る。

「ネルソンさん、俺です。アレン・レインドです。」

「何!?そのガンダムタイプにはアレンが乗っているのか?それより先程のMSは?」

「今、撤退しました。」

「少し遅かったか……」

ネルソンは街の方の異変に気付き、ハルッグを発進させていた。だが時は既に遅かった。巨体は既に去った後であり、彼の行動は無意味に終わったのであった。

「ネルソンさん、この後少し、合流出来ますか?」

「ん?ああ……構わないが。」

アレンの駆るティフォンは、ネルソンの駆るハルッグに追従するように、機体をMAに変形させる。そして、ハルッグの後を追い掛けたのだった。

「変形する新たなガンダムタイプか。いつの間にそのようなものを手に入れていたんだ?」

この時、ネルソンは一人、疑問を抱いていた。

 




第二十四話、投了。超大型MSに乗る一人の少女、リノアスが感情を欲して暴走するという話。バレットビットは実弾式の無線兵器で、それによって町の人間に被害が及ぶという話でした。


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第二十五話 スバキを救え!

スバキ救出作戦。その果てにある物とは――


 ダッゲインMk-Ⅱが動きを止め、そのまま都市部から離れていた頃。レイはアインスを駆り、奥多摩基地へ向かっていた。本来の目的である、スバキ・シンドウを救出する為に。

やがて奥多摩基地に辿りついたレイとエリィ。アインスを近くの山に着陸させ、基地との距離を図る。

「レイ君、ここから先は私が行くわ。貴方はここで、待機してくれれば良いからね?」

「本当に、大丈夫でしょうか……?」

と、心配するレイ。

「大丈夫。それに万が一の事があればアインスを取引に出せば良いの。スバキさんさえ救い出せればそれで良いのだから。」

敢えて、アインスガンダムを引き合いに出す事を提案したエリィ。しかし、この時レイは心の中で、何処か落ち着かない様子を見せていた。

 エリィが協力してくれる事は、ありがたい事ではある。しかし何故だろうか。彼は、自身の中で何処か、違和感を覚えていた。それが何から来るものなのかは不明である。

「じゃあ、行ってきます!」

と、エリィは敬礼をして、アインスのコクピットから降り立つ。レイを一人、残して。

 

 

基地に近つ付くエリィだが、その時、基地の様子が騒然としているのを確認した。ダッゲインの暴走により、兵士達は慌てふためいている。その様子を影から見ていたエリィ。

(随分騒がしい……妙ね……)

本来ならば基地の入り口には機関銃を持った警備兵が見張っている筈だ。しかし、その時は兵士の姿は無かったのである。

 明らかに、何らかの騒動があったに違いないと見たエリィは、それを好機と捉え、そのまま基地内に侵入した。

 

 基地内で、慎重に潜入を行うエリィ。しかし、明らかに妙だ。兵士の数が、少ないのである。これではまるで、もぬけの殻のようなものだ。

(この人の少なさ……手薄なんてものじゃない。これだけスムーズに入れると返って不気味ね……)

銃を構え、静かに潜入するエリィ。だが、肝心のスバキの居場所は不明だ。これこそ、彼女の中にあるシンギュラルタイプの力に賭けるしかない。

 常人、オールドタイプには感じ取れない、特有の感覚はセンサーのような働きをする。彼女やマサアキが言っていた、力を持つもの同士の惹かれ合いというのはある意味、必然なのかも知れない。  

レイを通して知った、たった一度しか見た事のない少女を救出するという事自体、本来ならばあり得ない事だ。しかしエリィはこれを許可し、更に自ら敵地に飛び込んだ。MS乗りの、艦長という立場でありながら危険を顧みず、レイが助けたいと願う少女の救出をするという事。それもまた、人の中にある善意の使命感がそうさせるのだろう。

 

ピキィィィ

 

エリィの脳内に電流が流れた。……近い。少女の、若い感覚が近くに居るのが直感で感じ取れた。

(近くにいるのは分かる……けれど、もう一人いる……?これは――)

 

カチッ

 

エリィは、自身の背後から銃を突き付けられる感覚を覚えた。不覚だったと感じるエリィ。すぐに両手を上げ、視線のみを後方にやる。

「随分、綺麗な侵入者ですね」

そこに居たのは、マサアキだった。スバキを同伴させ、彼は偶然にも見つけたエリィを銃で脅したのだ。

「確かに今、基地は手薄ですよ。ちょっとした騒動があったので。」

マサアキは口元は笑みを浮かべているが、目元は笑っていない。侵入者であるエリィに対して明らかに敵意を見せている。その感覚を、彼女は感じ取っていた。

「その麗しい容姿は一度見たら忘れませんよ。確か……レイ君の関係者の人ですよね?」

彼等は面識があった。ヘリでレイとスバキを迎えにきた時に出会った。その、僅かな時間ですら、マサアキは覚えていたのである。

「まずは銃を下ろしたらどうですか?」

そう言われ、エリィは銃を床に下ろした。さらに、エリィは手を上げた状態で、マサアキに問う。

「どうして分かったの?」

警報装置も作動していない状況。何故マサアキはエリィの存在を感知する事が出来たのか。

「そりゃ、私だって貴方と同類ですからね。」

と、言いながらマサアキは右示指で自身の額を差す。

「貴方も、シンギュラルタイプという事なの……?」

「感知、出来ませんでしたか?だとしたら残念ですねぇ。私の力は貴方のような美女に認識されていないという事になりますからね。」

感知自体はしていた。だが、スバキと比べれば極、僅かなものだ。

 シンギュラルタイプをはじめとした力を持つ人間は、力の強さには個人差がある。それはオールドタイプと呼ばれる人間にも個人差があるように、力を持つ人間にも、個人差がある。

 その力が強い者や、弱い者等、様々ではある。例えばスバキの力はサイコミュ兵器を操る事が出来る程の強さを持つ存在ではあるが、マサアキはそれに至らない。

「それにしても、力を持つ存在というのはどうして、こうも互いを惹き寄せるのでしょうかね。スバキやレイ君、そして貴方。いずれも力を持つ存在ばかりだ。」

マサアキが以前レイに言っていた台詞。力を持つ存在は互いに惹き合うというもの。それ自体に根拠はないのだが、今もこうして力を持つ人間が、三人、同じ環境に集まっている。

「貴方の目的は何なの?その子をどうしていきたいの?」

「スバキは希望ですよ。シンギュラルタイプのね。紛い物に負けない、純粋な力のね!」

と、言いながら銃口をエリィの後頭部に突き付ける。

「希望って言い方は良い印象を持たないわね。力を持つ人間を、まるで利用しているような感じ……。」

「利用って言い方は感心しませんね!」

と、言った後、マサアキはその銃のマサアキはその銃のマガジン部をエリィの後頭部に対し、思い切り振るった。この攻撃はエリィにとっての大きな刺激となり、そのまま膝から姿勢を崩し、腹臥位姿勢となる。

「うぅっ!」

エリィの声が部屋に響く。打撃を負った彼女は激痛を訴える。エリィは自身の頸部後部に、ズキズキとした痛みを感じ取っていた。

「痛っ……!」

この痛みを耐えられないと感じたエリィはそこを抑える。激痛は彼女を容赦なく、襲う。

「貴方のような綺麗な女性が苦しむ姿は見ていて心地良いねぇ……」

そう言った時、マサアキの口元が揺らぐ。そして、冷酷な男はエリィに対して追い討ちをかけた。

「うぅぅっ!!」

あろう事が、マサアキはエリィの後頭部を踏み始めた。知ったばかりの女性であろうとも、容赦のない行為を平気で行うこの男。

「おい……やめろ……こんなのっ……!」

側にいたスバキが、マサアキを止めた。しかし――

「何を言っているんだい?スバキ。この人間は入ってはいけない基地に侵入した愚か者だよ?制裁を加えるのは当然だろう?」

何故基地に侵入したのかを聞かず、ただ、己の欲のままにエリィに危害を加える男、マサアキ。スバキは精神状態が不安定な中でも、知人でないエリィを庇おうと、マサアキの行為を止めようとしていた。

「こんな事して、何になるんだ……!もう、やめて……お願い……!」

人が苦しむ姿を見ていられないと判断したスバキは、マサアキを止める。苦しみを感じている人間の感覚は、彼女にとって不快な感触以外の何者でもない。

 人をいたぶるのに快感を覚える人間は、僅かながら存在する。その時の思考は果たして常人に理解できるものなのだろうか。もしかすれば、それは人に言える内容でないかも知れない。その反対も然りである。いたぶられる事に愉悦を感じる人間も、いる。

 マサアキ・アルトはそれらを隠さない。それ故に、残虐さが著明になっているのである。

エリィは、この男の術中に嵌ってしまった。紳士的な振る舞いの裏に潜む、狂気の顔。相手が女性でも躊躇いなく虐げる残虐性。

 そして彼はエリィの両腕を手錠で止める。これにより、彼女は両手が使えない。

「事態が収束したら尋問を行おうか。貴方を牢屋に連行しよう。」

と、言った時だった――

 

ドンッ

 

何かを蹴るような、鈍い音が聞こえた。それと同時にマサアキは足元に妙な痛みを感じていた。

 エリィは、その長い脚を使い、マサアキの足元を蹴ったのである。突然の出来事に身体を後退させるマサアキ。

「へぇ、そう来るんだね。美人さんの攻撃ねぇ。」

笑みを絶やしていないマサアキだが、目は見開かれている。眼鏡越しでも分かるその表情。

 エリィは、それを見て僅かに恐怖を感じた。眼鏡から見える眼はエリィの表情を捉えている。

 

パァンッ

 

と、音が鳴った時。エリィは左肩に激痛を訴えていた。そして、血が流れる。

「ああぁッ!!」

その場に広がる火薬の香り。そして、マサアキが見せた狂気の表情。銃を構えていた男はエリィを笑いながら見ている。

「乱暴をするのなら、ハンデ背負って牢屋に入って貰うよ。美人さん。」

「クッ……!」

その間も血は止まらない。不意打ちとはいえ、銃で肩を撃たれたエリィ。痛みを感じつつも、姿勢を崩していない。

「マサアキ!」

そこへ、彼の友人であるクラリスが駆け付けた。エリィにとって最悪の状況が、続く。

「ああ、クラリス。すまない、丁度良い。彼女を牢屋に連れて行ってくれたまえ。私はカズロブ大佐の所へ行かなければならない。頼んだよ。スバキも一緒に……ね。」

突然クラリスにこの場を任せ、マサアキは去って行く。エリィは左肩を負傷し、血を流している状態だ。

「え?あ……ああ……。」

マサアキの行動に違和感を覚えながらも、彼の指示に従うクラリス。

 やがて彼を見送った後、クラリスはエリィの姿を見て、言った。

「お、おい……大丈夫かよ……」

マサアキの友人であるクラリスですら、その行動に驚愕している。左肩を負傷した女性に手錠をし、そのまま放置するという所業をするマサアキ。

「とりあえず牢屋には送るが……先にすべきことはあるな……」

と、クラリスは包帯を取り出した。そして、エリィの左肩に対して巻き始める。

「応急処置しか出来ねぇけどそれが終わったらそのまま牢屋に放り込ませてもらうわ。」

せめてもの情けだろう。血を流している人間を放置出来ないと判断した彼はしっかりと包帯を巻き、エリィを応急処置したのだ。彼女はクラリスをどうにかしたいと思う意思はあったのだが、激痛の余り、動くことが出来ない。手錠を掛けられている為、動かせるのは両足のみ。

「オラ、立て。」

そう言いながらクラリスはエリィを引き上げる。痛みを感じながらもその力を振るわせ、ゆっくりと歩く。激痛が抵抗する意志を失わせる状況。エリィはこの時、自身が情けないと、感じていた。

(ごめんね……レイ君……)

 

 

 やがてエリィは牢屋に入れられた。この時、スバキも一緒に入れられる。これはマサアキの命令だったのだ。

監視の人間もいないという状況。その中で、マサアキに出会ってしまった事が運の尽きだった。人を撃つ事に躊躇いのない男に攻撃を受け、エリィは痛みに苦しむばかりだ。手錠を掛けられているエリィは、左肩を抑える事も出来ない。

「お前……なんでこんな思いをしてまでここに……」

スバキからすれば、知らない女性が来たという状況だ。その女性が、侵入者として扱われ、マサアキに負傷させられた。

「貴方を助けたいって……言っている子が居てね……うっ……!」

傷が痛む。喋る事も、辛うじている状況だ。

「助けたい……?もしかして……」

一人の少年が、スバキの脳裏に浮かんだ。

 レイである。少女のような顔貌の少年。彼と過ごした一週間の事が、スバキの中で思い出された。

「お察しの通り……レイ君だよ……スバキ・シンドウさん……」

「あんた、じゃあレイの仲間なのかよ……」

「貴方を助ける為に来たの……けど、この有様……」

エリィは、自身が情けないと思っていた。スバキを助ける為にここまで来たのに、不意打ちを受け、肩に負傷をして、牢屋に入れられるという事態。これではかえって手間を増やしているようなものである……と、彼女は思っていたのだ。

「私なんかの為に……怪我までしてさ……何してるんだよ……こんなの、おかしいだろ……」

スバキ自身、精神が崩壊しつつある状態だ。マサアキによって母親を凌辱された光景を見せられ、支えを完全に失った。ただ、マサアキの言いなりとして存在し続けているだけの、少女。

「おかしくなんて……ない……」

「え……?」

痛みに耐えつつ、エリィは言う。

「女の子を助けたいって男の子が思うのは、普通の事……私はそれに協力しただけだから……」

「助けるとか……分かんねぇよ……あいつ……じゃあ……来てるのか……?」

「ええ……近くに……ね。」

一人の少女を助けたい。ただ、それだけの気持ち。その想いがこうして実りつつある。予想外の事が起きても、その想いは確実に、スバキに届いていたのだ。

「なんで、分かるんだよ。」

スバキが鉄格子の方を見て言った後、エリィが言った。

「力、持ってますからね。私も。」

スバキの方を見て、エリィは静かに、笑みを浮かべた。

 この時、スバキはエリィの見せた笑みと、紫色の眼を見ていた。目を瞬きさせ、その笑顔に感動を覚えていたのだ。

「お前……」

負傷しているエリィではあったが、彼女の表情は明るい。苦しい状況でも笑みを絶やさないエリィの姿は、スバキに、少しだが希望を与える結果になったのだった。

 

 

 

 レイはアインスの中で待機中だった。しかしエリィが一向に戻らないのを見て不安を感じたのか、徐々に落ち着きがなくなっていく。

「エリィさん、どうしたんだろう……捕まったのかな……」

一人、エリィの事を心配するレイ。しかし、その時だ――

 

ピピピピピピピピッ

 

レーダーに熱源反応があった。三つの機影である。

「ハッ!?」

それを見た時、レイはすぐに反応する。レバーを引き、バックパックのバーニアを展開させた。

 彼は三機のディーストに囲まれていた。いずれもがビームライフルを構え、アインスを囲んでいる。

「しまった!こんなのって……!」

これらに対し、アインスはビームライフルを構え、対応しようとした。

 だが、この時にレイはエリィが言っていた言葉を思い出す。

 

―――――――――――――あくまでも、“囮”に使うんです――――――――――――

 

アインスはあくまでも囮。その為にここに来た。ならば、それを利用するしかない。そう判断したレイは、音声を発したのである。

「あ、あの!ガンダムを持っています!交換条件があります!スバキを解放して下さい!!」

レイの甲高い声が響く。それを聞き、動揺するディーストのパイロット達。

「なんだ、ガンダムのパイロットは女か……?」

「スバキを解放?どういう事だ?」

「何が目的なんだこいつは!?」

交渉をしたことがないレイ。その為、その発言もちぐはぐだったのである。

(下手に攻撃は出来ない……エリィさんも心配だけれど、この状況ならこうするしか――)

 

ピキィィィ

 

敵に囲まれた状況で突如、レイの脳裏に電流が流れた。力を持つ感覚が、近くにいる感覚。二つ、ある。その距離は近い。

「覚えのある感覚だ……エリィさんと……スバキ!?」

それを感じた時、レイは迷わなかった。音声でディーストのパイロットに対して発言した事を無視し、その場から離れる。

 突然の事に、動揺するパイロット。しかし内一機はアインスに攻撃を加え始めたのだ。

「何故そこにガンダムがあるかは知らんが!」

ビームライフルが、アインスに放たれる。レイはそれを見抜き、回避した際にすぐにビームライフルで反撃し、一機を撃破した。そして、バーニアの出力を上げて基地の方へ向かう。

 今の彼は、ただ、スバキを助けたい一心で動いている。最早そこに、事前にエリィと打ち合わせした内容などないのだ。

 基地の側に来たアインス。ここまで来れば、更に力は強く感じるようになっている。そして――

「こんなの、壊せば!」

 

ガキィィィン

 

あろうことか、アインスは基地を、左手部マニピュレーターを駆使し、破壊し始めたのである。一刻も早くスバキを助けたいと願った結果の行動だった。

「あいつ!基地を攻撃しているぞ!」

「何が交換条件だ!それよりガンダムを返して貰うぞ!」

先程言った内容と全く違う事をしているレイ。しかし彼の脳内にその事を考える余裕はなかった。ただ、目の前にいるかも知れない助けたい人を助けるという気持ち。それだけがレイを突き動かしたのである。

 基地の一部が崩壊した場所で、アインスはまるで小人を覗くようにその顔貌を内部に近付ける。モニター越しに確認出来た、エリィとスバキの姿。彼女達が牢屋に閉じ込められているのが、見えた。

「見つけた……!」

レイはそのままモニターをズームし、二人の姿を見る。そこで確認できる両者の姿。間違いなく、知っている二人だ。だが様子がおかしい。

「エリィさん、動けないの……?それに、怪我をしてる……」

手錠をされているエリィの姿が映った。アインス越しでそれを見るレイ。

「ガンダム!!!」

と、そこへ二機のディーストが、ビームサーベルを展開し、接近してきた。モノアイを輝かせ、バーニアの出力を上げ、アインスに迫る。

「させるもんか!」

レイは咄嗟に反応。すぐにサーベルラックを構え、ビーム刃を展開して打ち合う。

「二機相手ではな!」

そこへもう一機のディーストが接近してきた。それも、ビームサーベルを構えている。

すると、アインスは右手部に把持しているビームライフルを後腰部に収納し、右手部でサーベルラックを把持し、ビーム刃を展開。二刀流の状態になったアインスは、迫り来る、もう一機のディーストに対しても打ち合いを行った。

 二対一の状況だが、レイは器用に反応する。紺色の巨人は白緑の巨人を相手に奮闘する。

「邪魔、しないで!!」

右手マニピュレーターで拮抗しているディーストに対し、頭部機関砲を放つアインス。牽制攻撃だ。そして、次に右脚部でディーストの胴体を蹴り飛ばす。その反動で後方へ後ずさりする、ディースト。

「くぅっ!?」

兵士は戸惑いつつも、バーニアを駆使して立位姿勢を保持しようとした――

 

ズバァァァ

 

ビームサーベルが、胴体を切り裂いた。それも、二本。アインスは左手部のビームサーベルで拮抗していたディーストとの攻撃を止め、すぐに右手部にいたディーストを攻撃したのである。残りは一機だ。

「貴様ぁ!」

兵士は怒り、左手部マニピュレーターにビームライフルを装備し、構え、アインスに放つ。

 しかしアインスは頭部を右へ側屈させて回避。と同時にビーム刃を展開するのを止め、サーベルラックを把持した状態でビーム砲を展開したのである。これが最後のディーストに直撃し、ディーストの胴体は破壊された。

 ビームサーベルラックをビーム砲に利用するという戦法を取ったレイ。彼が思いつく攻撃方法は、より多彩なものになりつつあるのだった。

 

 周囲に敵がいなくなったのを確認したレイは、アインスを再び破壊した部分に近づけ、やがてコクピットを開く。そこから急いで降り、彼は二人の元へ近づいた。

「エリィさん、スバキ!」

駆け付けるレイ。そこで彼はエリィが怪我をしているのを改めて確認出来た。

「レイ君……こんな、無茶して……」

「エリィさんこそ……肩、怪我してます……それより、手錠を!」

と言って外そうとするレイだが、手で外せる筈がない。

「レイ君、銃で手錠を撃ち抜ける?」

「え、でも僕……」

彼は銃を持った事はあれど、それを扱ったことは無かった。発砲する事は、レイにとって躊躇いしかない。

 だが、時間がない。彼は基地の一部を破壊している。従って、他の関係者がここに来るのも時間の問題と言えた。

「早く……!」

エリィが懇願する。レイは唾を飲み、ポケットに忍ばせていた銃を構え、彼女の手錠に対して構える。

(これが、銃なんだ……これで、人を撃てば、怪我をする……下手をすれば死ぬかも知れない……)

平凡な生活を送って来た彼にとって、銃は無縁の存在だった。しかし、彼は生まれて初めて銃を扱う。その標的は、エリィが掛けられている手錠だ。

 

パァンッ

 

銃声が響いた――と同時に手錠を繋いでいた鎖が割れた。これにより、エリィの腕は自由になる。

「さて、これで自由になったわ。行きましょう、急いで!」

と、エリィは左肩を抑えながらもアインスへ戻っていく。

「スバキも、早く!」

今度はレイがスバキに声を掛けた。しかし――

「お前……なんでわざわざ戻ってきたんだよ……私なんか放って行けば良いだろうに!」

彼女は自分のせいでレイに迷惑を掛けたと、思い込んでいる。レイには幸い仲間に救出されたのだが、それでもスバキは彼に対する罪悪感が勝っていたのだ。

「ううん、放って置けない。スバキは助けたいと思っていた。」

「私なんて助けたって何の価値もない!お前らを巻き込みたくなんてないんだよ!迷惑だって掛けたくないんだ!」

「迷惑なんかじゃない!」

レイは必死だった。だからこそ、彼はスバキに強い言葉を言えるのだ。

「迷惑掛けてるんだよ!お前等は赤の他人なのに!なんでここまでするんだよ!こんな事する理由ないだろうに!」

スバキが大きく首を横に振った時――

「僕は超能力者かも知れないから。」

レイは笑顔で言った。

この時の彼の笑顔がスバキにとって非常に印象に残った。わざわざ自分を助ける為に危険を顧みずに行動してくれている。彼の勇敢な行動と、包み込んでくれそうな彼の笑顔が強烈なイメージとしてスバキの脳に焼き付いた。

超能力者と言う言葉。それは、互いに力を持っている人間だからこそ発することが出来る単語であっただろう。彼があえてその表現を使ったのは、その冴えた感覚が突然生じる事が超能力のように感じた事が由来と言えた。

「フフ……アハハ……お前、面白い事言うんだな……超能力者って……」

「これは別に……ただ、そうかも知れないってだけの話で……」

「まあ、それはそれでいいや。あのさ……その……」

スバキは顔を赤め、言った。

「ありがとう……私なんかの為に……」

彼女は初めて素直になった。レイが自らの意志で助けに来てくれたという事実は、スバキにとっては何よりの喜びと言えた。これは、先日までの絶望的状況を大きく覆す事に繋がっていく。

 マサアキ・アルトに虐待ともいえる行為を受け続けたスバキ。そして、心の支えであった母親さえも彼の魔の手に堕ち、彼女は支えを無くしたばかりだった。

 しかし希望が出来た。レイという希望だ。彼が危険を顧みず、絶望から救い出してくれた。この少女のような愛らしい顔貌の少年がまさか自分を助ける等、思いもしなかっただろう。

「こんな所にいるのはスバキらしくないって思ったから……エリィさんには迷惑を掛けちゃいましたけれど。」

そう言って、レイはエリィの顔を見る。

「私は全然気にしてないからね。さて、レイ君。スバキさんをコクピットに乗せてあげて!私は手に持って!」

「そんなの、危険すぎますよ!」

「良いから早く!」

エリィの提案は、スバキとレイはコクピットに乗り込み、エリィはアインスの手部マニピュレーター部に捕まり、ここから脱出するというものだった。しかし怪我をしている状態のエリィを丸出しの状態にするのは、気が引ける話である。

 しかし今は状況が状況だ。敵がいつ来てもおかしくない。背に腹は代えられないと判断したレイは、スバキを先にアインスのコクピットに乗り込ませ、次にレイがコクピットに乗る。そしてエリィを左手部マニピュレーターに乗せ、やがてアインスのバーニアの出力を上げ、この場から脱出する事にしたのだった。

 

 コクピット内にて。スバキはレイが操縦しているのを見ている。彼がMS乗りである事は知っていたが、まさかガンダムのパイロットであることは知らなかった様子だった。

「お前……ガンダムに乗ってるのか……」

スバキは言った。

「うん……成り行きだけれどね。」

「凄いんだな、レイって。」

と、彼女が言った時だった。

 

スッ

 

「これ……僕のEフォン?」

スバキはレイのEフォンを、彼のポケットにそっと入れたのだった。

「ずっと持ってた。あいつに渡す訳には行かないから。」

「そっか。ありがとうね……」

これにより、Eフォンも取り返すことが出来たレイ。後はこの基地から脱出し、セイントバードと合流するだけ。それでスバキを救出する事が出来る――

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

後方から、ビーム粒子の飛翔体が飛んできた。それも三発程。新生連邦軍の増援が、後方から迫ってきたのだ。

 急いで後方のモニターを確認するレイ。そこに映っていたのは、六機の、SFS、エンパワーに搭乗しているディーストと、特別な武装を施したジョゼフ、そして、見慣れないMAが一機。合計八機の機体が、アインスに迫っていたのである。

「あの機体は……?」

「マサアキの機体だ……!」

スバキがそれを見て、言った。

見慣れないMA。それは全身がベージュカラーで包まれている。モノアイ型のカメラアイを搭載している、その機体。

 機体名、ガンナード。型式番号NFMST-X605。新生連邦軍が開発した試作可変MSである。両手部にビームガンを一丁ずつ所持しているのが特徴。また、脚部はMA形態時には推進剤としての役割を果たす為、バーニアが多数搭載されている。その為肥大化しており、機動性も高いMSだ。

 このガンナードにはマサアキが搭乗している。基地を攻撃したアインスを、追いかけんとする為に。

 

「各機は散開。クラリス、私とガンダムを追ってくれ。」

と、指示を出すマサアキ。

「階級が上とはいえ指図されるのはどうも、感じが悪いぜ。敵はあのレイだからな!好きにさせて貰うぜ!!」

だがクラリスはマサアキの指示を無視し、単機、アインスに向かって行く。

「頭の悪い友人を持つと大変だね、全く。」

と、マサアキは心境を吐露した。

「さぁて、スバキを返して貰うよ。彼の力は私が思っている以上と見た。なら、試してみよう。」

そう言ってマサアキはレバーを引き、ガンナードのバーニアの推進剤が発火。高速で、アインスに接近して行く。

 

「レイ!今日こそ倒してやるよ!!」

クラリスのジョゼフがモノアイを輝かせ、迫る。アインスは手部マニピュレーターにエリィを乗せている状況の為、攻撃を仕掛ける事も出来ない。

「クラリスさん!?前に倒した筈なのに!?」

聞き覚えのある声が聞こえた。レイが苦手とする人間、クラリス・デイルが襲ってきたのである。

「知り合いか?」

スバキは隣で、心配そうに聞いた。

「嫌な人だよ!」

と、はっきりとレイは答える。

「こんな状況で襲ってくるなんて……今は戦えない、エリィさんとスバキをセイントバードに送らないと!」

今は彼女達の身の安全が優先である。クラリスが襲ってきても、アインスはそれを相手にする事は出来ない。

 だがクラリスの駆るジョゼフは容赦をしない。ビームライフルを放ち、後方から砲撃を加えてくるのだ。それだけでない。そのジョゼフは従来機にない、兵装が施されているのだ。

「食らえよ!レイ!」

両肩部に搭載されている二連ビーム砲が放たれる。高出力の、そのビームは容赦なくアインスに向けられる。それを察知したレイは急いで回避運動を試みるが、下手な運動を行うとエリィが振り落とされる危険が生じる。

 セイントバードまではあと5分程度。その間、クラリスからの攻撃を回避し続けなければならない。

「こんな……こんなのって!」

バーニアの出力を上げる。迫るクラリスから逃げる、レイ。

「逃げてばっかりでよ!」

と、更にビーム砲を放つ。それだけでない。バックパックに搭載されているミサイルをも、躊躇なく放つのだ。その数は20基。いずれもが波状攻撃を仕掛けてくる。後方の熱源を確認しながら、レイはただ、逃げるだけ。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

更に、別の機体がアインスに迫った。マサアキの駆る、ガンナードが接近してきたのだ。

「スバキは渡さないよ!ガンダム!」

二機のMSがアインスに迫る。いずれもが試作機だ。その性能は量産機体よりも高い。ガンナードはビームガンを両手部に一丁ずつ把持しており、その出力はジョゼフが所持しているビームライフルよりも高い。

「二機が来る!?バーニアの出力を強めないと!」

「あいつの事も考えろよな!」

「分かってる!」

“あいつ”とはエリィの事だ。マニピュレーターに彼女を乗せている状態で戦う事は不可能だ。敵が増えても迎撃は出来ない為、逃げるしか出来ないアインス。

 しかし、ガンナードは先回りをした。やがてMA形態からMS形態へ変形をする。

頭部が出現し、先端部は胸部に変化を遂げる。そして、推進剤と化していたバーニアは脚部へ変形。この時、完全な人型とは言えない形状をしていたが、ガンナードはMS形態に変貌を遂げたのである。

「それは新生連邦のMSの筈。それにはさっき私が肩を撃った捕虜も乗っているみたいだね。」

ガンナードのモノアイが、輝く。そして、ビームガンを構える。

「あと少しなのに!」

セイントバードまではもう少しだ。だがここに来て、マサアキのガンナードが行く手を阻もうとしていたのである。

「エリィさん、聞こえますか!?」

バーニアで空中を駆け抜ける中、強風が吹く状況。その中でアインスから聞こえる音声を、エリィは辛うじて聞いていた。しかし強風の余り、エリィは飛ばされそうになっている。

「レイ君、何!?」

「右手に乗り移れますか!?」

そう言って、アインスは左手部と右手部を結合させた。両平手が結合し、橋渡しが出来る状況になったのである。

「なんとか!」

と言って、エリィは風が吹く中で右手部マニピュレーターの上に移ったのである。

 たちまちアインスは左前腕部で右手部を守る形をとる。アインスの左前腕にはシールドが装備されており、これでビームガンを撃たれても、数発なら守ることが出来ると判断したのである。

「へぇ、そう来るんだ」

マサアキは防御姿勢を貫くアインスを見て、関心をしている様子だった。

「甘いよね!レイ君!」

すると、ガンナードはビームガンをバックパックに収納した――と同時に、腰部からビームサーベルを展開し始めたのである。

 見慣れない機体はどのような兵器を持っているのか不明だ。それ故に、初めて交戦する場合はより、慎重に臨まなければならない。だが今はそれを見極めている状況ではない。エリィとスバキをセイントバードに届けなければならない状況にも関わらず、マサアキ・アルトは容赦のない攻撃を仕掛けてくるのである。まさか、可変MSであるガンナードがビームサーベルを搭載している機体など、予想出来る筈がないのだ。

「そんな・・・!」

レイは絶望した。このままではシールドを切り裂かれ、ダメージを負う。いや、下手をすればエリィにも被害が及びかねない。危険な状況が、彼に訪れる――

 

バヂィィィッ

 

と、そこへシールドを構えた別のMSが。

 二本のアンテナにツインアイ、口部にあたる突起は特有の形状を見せる。ガンダムタイプだ。それは、ダッゲインMk-Ⅱが都市部で猛威を振るっていた時にレイを奥多摩基地へ誘導した機体であった――

「あの機体、アレンさん!?」

それはティフォンガンダムだ。アインスが襲われているのを見ていたアレンが、それを出撃させたのだ。彼はネルソンに誘導されてセイントバードに合流していた。その際にアインスを見て、すぐに出撃を行い、今、アインスを守ったという訳である。

「レイ、行け!早く!」

「は……はい!」

不幸中の幸いだった。間一髪、アレンが助けてくれた。もし彼が居なければ、シールドは切り裂かれ、エリィを失っていたかも知れないのだ。

 

 

やがてアインスはセイントバードに戻って来た。まず、彼はエリィを下ろし、次にコクピットからスバキを下ろす。その際、エリィは急いで医務室へ運ばれた。左肩を負傷しているエリィを、治療しなければならないからだ。

「艦長、大丈夫か!?」

ネルソンは、ストレッチャーに乗せられているエリィに駆け寄った。意識はある。痛みを訴えてはいるが、意思疎通は可能だ。

「大尉……私は大丈夫ですよ……?怪我、しちゃっただけですから……」

と言うエリィだったが、痛みがないと言えば嘘になる。片目を瞑り、左肩を抑える彼女。

この後ネルソンは、急いで彼女を艦内の手術室に連れて行き、すぐに手術を開始したのであった。

 

エリィとスバキを届けた事で、一段落はついた。

「ふぅ、これで、安心かな……。」

額の汗を拭うレイ。ここに来れば安心と言うのは、この場所がシュアー・ラヴィーノの管轄のジャンク屋であるという事から来ている。日本政府とコネクションを持つシュアー。いくら新生連邦軍とはいえ、ここを襲撃する事は本来、許されない。しかし――

「おいおい!なんで新生連邦のMSがここにいるんだよ!?」

一人の整備士の声が聞こえた。それに気付き、レイはMSの方向を見る。

 そこにはクラリスが駆るジョゼフの姿があった。それは、アインスガンダムを睨みつけるように、モノアイを輝かせている。

 クラリスはここが立ち入り禁止区域という事を理解していなかった。ただ、レイを倒すという執念で、この場所に入ってしまったのである。当然ながら驚愕するシュアー。

「なんやねん、なんで新生連邦のMSがここに入ってくるねん!おかしいやろがい!」

聞こえている筈のない罵声を浴びせるシュアー。だが、当然これは危険である。傍にいたシンが彼を屋内に避難させる為に腕を引っ張り、対応した。

「あの時の戦艦!こんな所にいやがったか!食らえよ!」

そう言って、ジョゼフはビームライフルをセイントバードに放つ。何も考えていない、ただの私怨に燃えるクラリスは容赦のない攻撃を仕掛けるのだった。

 動けない艦は当然ダメージを受ける。新生連邦は容赦のない攻撃を、仕掛けてきている。その事実に、ただ、シュアーは驚愕するばかり。

「こんなアホな……新生連邦が攻撃を仕掛ける……?こんな事……」

完全な、条約違反だ。しかしそれを構うことなく、クラリスのジョゼフは攻撃を仕掛けてくる。

「やめて下さい!!」

セイントバードへの攻撃を加えるクラリスに対し、叫ぶレイ。それに気づいたクラリスはモニター越しにアインスを見て、笑みを浮かべる。

「レイ!一対一の勝負だ!今度こそ引導を渡してやるってんだよ!」

そう言った時、クラリスのジョゼフはビームライフルを腰部に収納した。と、同時に左腰部に備え付けられている、刀状の武器を展開する。

 それは、日本の“サムライ”を意識した兵器だ。菊一文字ブレード。それにはビーム粒子が纏っており、実体剣としての役割もあり、ビーム砲撃も可能な兵器である。

 日本へ密かな憧れを持っていたクラリスは、この武器を使う事に対して高揚していたのだ。

「サムライみたいな武器!?」

見知らぬ兵器に驚愕するレイだが、躊躇ってはいられない。彼は再びアインスを動かす。今度は、戦うことが出来る状況だ。

 アインスはビームサーベルを構え、ビーム刃を展開した。対面上にいるのはクラリスの駆る、ジョゼフ。まるでそれは、剣士同士が居合をする前触れのようだった。

 やがて互いの機体のバーニアが出力を上げる。互いに接近し、ジョゼフは刀を、アインスはビームサーベルを構え、打ち合う。ジョゼフの刀状の武器は実体ではあるが、ビーム粒子を纏っている為、ビームサーベルのような粒子の塊のような刃でも拮抗し合う事が可能なのである。

「お前を倒して、ガンダムは返してもらうぜ!その為に、俺は!」

「僕の前に現れないで!本当に、嫌なんだ!」

レイはクラリスを拒否する。最初に出会った時の印象が最悪だった男、クラリス・デイル。しかしクラリスの方はレイに執着する。交戦する度に、その強さに負け続けているからだ。何よりも、自身が搭乗する予定だった機体を奪われ、何度も交戦しているにもかかわらず、勝てていない。それがクラリスにとって屈辱なのだ。

「昔のサムライだったら剣のぶつかり合いだったんだろうけどなぁ!」

そう言った直後だった。ジョゼフの刀の先端からビーム砲を放ち始めたのである。突然の攻撃。それに反応したレイはすぐに後方へ移動する。

「そんな!そんな攻撃なんて!」

「俺はお前と剣の試合をしに来たんじゃない!お前を倒してアインスガンダムを返してもらいに来たんだよ!手段なんて選べるか!くたばれ!レイ!」

更に、攻撃を行う。両肩部のビーム砲を連射し、アインスに迫る。もし攻撃を受ければ、ダメージは免れない。

 今度はアインスが、ビームサーベルの出力を一度弱め、ラック先端部からビーム砲を放つ。剣状の武器から、飛び道具の戦いに変更になったのだ。

「ライフルを使えば早いだろうに!」

クラリスのジョゼフは腰部に装備していたビームライフルを構え、左手部マニピュレーターはフォアグリップを握り、ビームライフルを連射する。アインスはそれをシールドで防ぎ、そのまま、ビームライフルを構えて発射する。しかし、その攻撃は回避され、ジョゼフは一度、上空へ移動した。

「終わりだな!レイ!」

そう言いながら、ジョゼフは一斉にビーム砲を展開しようしていた。ビームライフルに、両肩の二連装ビーム砲。そして、刀からのビーム。一斉にこれらが放たれればアインスのシールドでは防ぎ切れない――

 

カチッ

 

クラリスの右母指が、スイッチを押した。これにより、ビームが展開される――

 

「何!?発動しないだと――!?」

焦りを感じたクラリス。一斉にビームを展開出来れば勝機はあった。

 しかし、それは叶わなかったのだ。原因は、ビームの放出のし過ぎが原因だった。これにより、肝心な時にビームを放つことが出来なかったのである。

 マサアキがこの機体を“玩具”と言ったのには理由があった。それは、ジョゼフという量産機体に対して火力を重点的に上げ過ぎた結果、ビーム粒子の貯蓄が追い付かないという欠点を抱えた機体となってしまった。それを知らないでクラリスはレイに対して執着する余り、粒子残量を確認しないで攻撃をし続けた結果が今なのである。

「なっ――」

そして、目の前にアインスが迫った。ビームサーベルを構え、右肩部に装備されているビーム砲を切り裂いた。

 攻撃が出来ない。その状態で戦場にいる意味などあるだろうか。動力源がハイ・バッテリーのMSは、機体として動く事は半永久的に可能であるとされるのだが、武装の為のビーム粒子が残量を無くしては戦う理由があるのだろうか。残された武装である実弾兵器でガンダムと戦う事は出来るだろうか。分からない。

 ふと、クラリスはジョゼフの刀を見る。ビーム粒子はすでに纏っていない。実体剣のみが、そこにあったのだ。

「やれるんだよぉ!」

粒子を纏わない剣は、ただの塊だ。しかし、それでもクラリスはアインスに向かった。推進剤は生きている。だからこそ、接近が出来た――

 

ズバァァァァァァッ

 

しかし、粒子を纏わない刀ではビーム刃に勝つ事は、残念ながら出来なかったのである。

 菊一文字ブレードは切り裂かれ、そのまま地面に落ち、クラリスは撤退を余儀なくされた。

「クソォォォォォ!こんな、屈辱が!!!」

負け惜しみのように頭部機関砲を連射し、後退していくジョゼフ。そして、その場から去って行くのだった。

「はぁ……はぁ……あとは、あの人を!」

一人の敵を撃退した。しかし、まだ敵は残っていた。マサアキである。今、マサアキはアレンと交戦している最中だ。そこに加勢に向かう為、レイはアインスのバーニアの出力を上げようとした。

「おい、聞こえるかレイ!」

一人の男の声が、聞こえた。セイントバードの整備長を務める、シンの声だ。

「空戦仕様じゃないアインスじゃバーニアの推進剤が持たない!ゾーリドを貸すから、それに乗って移動しろ!」

「え……は、はい!」

突然の事で、一度混乱したレイだったが、SFSであるゾーリドがあれば、移動は楽になる。元々はスバキを救出するという事だけが目的だった為、SFSを頼らず、アインスのバーニアのみで移動を考えていたレイだったが、新生連邦がここまで攻撃を仕掛けてくるのを見て、シンの提案に乗る事にしたのだ。実際、モニターに映る推進剤の残量は、低い数値を示していたのだった。

 

 

 一方のアレンは新生連邦軍の攻撃を食い止めてくれていた。エンパワーに搭乗しているディーストはミサイルを展開するが、それらはティフォンに搭載されているビーム砲によっていずれも撃破される。

 一機のディーストがビームサーベルを構えて迫る。しかし、ティフォンはビームライフルを構え、胴体部を撃ち抜いた。まずは一機、撃墜に成功したのである。

「こんなガンダムがいるなんてね!!」

そう言うのはマサアキだ。ビームサーベルを展開して、アレンのティフォンに迫る。それを見たアレンはティフォンのビームセイバーを展開して、打ち合いを行った。

「どこの所属かは知らないけれど、連邦に歯向かうのならば容赦しない!」

「悪いけど、こっちだってやられる訳には行かないんだ!」

出力はビームセイバーの方が上だ。その為、次第にガンナードは押されていく。

だがガンナードは頭部機関砲を放つ。狙いはティフォンのカメラアイだ。それを見抜いたアレンは、一度距離を置く。距離が離れた時、ビームガンを再び構えて攻撃を仕掛ける。

「このガンダムから感じる強い力は一体何だろうか……パイロットはシンギュラルタイプ?にしては、圧倒的に強い力を持つ……」

マサアキは、戦っている相手がかつてのデウス動乱の英雄と知らず、戦っている。アレンはアドバンスドタイプと呼ばれる人種。だが、それは全く認識されていない存在。ただ、強い力を持つという事しか、マサアキには認識できないのである。

 

「アレンさん!!」

クラリスを撃退したレイは今、アレンと合流した。ゾーリドカスタムの推進力を経て、アインスは空中を移動している。

「どうして戻って来たんだレイ!」

「セイントバードが攻撃されました!このまま放置したら、またやられちゃいます!僕だって、守る為に戦うんです!」

レイは必死だった。クラリスによってセイントバードを攻撃された光景を見て、あってはならないものと認識したのだ。

「とにかく、敵の数を減らそう。あと六機いる。ディーストを破壊して、こいつを叩ければどうにかなるか……」

「はい!」

今、ここに再びアレンとレイが共闘する事になった。特殊強化モデルが搭乗するFLCシステム搭載型のガンダムタイプや、総司令の乗るガンダムナパームと交戦した時以来の戦闘である。

 

 彼等が交戦している場所。それは荒川と呼ばれる川の周辺である。住宅地での戦闘は避けたい。犠牲者を出すわけには行かないからだ。住民はその戦闘を見て、皆戸惑っている。逃げる者もいれば、それを見学する者もいた。

(住宅地でビームライフルなんて使えない!もっと山奥に移動して、敵をおびき寄せよう!)

本来、余程の事がない限り住宅地にMSが降り立つことは有り得ない。その中で戦闘を行う事等、言語道断だ。しかし今の状況は違う。敵が迫っている。目的はアインスガンダムの奪還だろう。ならば、アインスを市街地から離し、山奥に移動すれば良い――と、レイは考えた。

 彼に追従するように、ディーストが追いかけてくる。エンパワーに乗りながら、ビームライフルを放ち、狙い撃つ。

「行ける!」

アインスは右側に胴体を回旋させ、ビームライフルを放った。一発当たった時、ディーストは一撃で沈んだ。これで残りは四機だ。

 しかし、そこへマサアキのガンナードが迫ってきた。ベージュカラーの可変機は、他の機体と比較しても明らかに動きが違う。

「戻って来たね、レイ君!苦汁を舐めさせてくれたお礼はしなければねぇ!!!」

「マサアキさんが乗ってるんですよね!貴方を放っておいたらスバキがまた不幸になる!だから、止めます!!」

忌むべき敵、マサアキ・アルト。MS戦では初の対面となる両者が、今戦う。

「レイ、そいつは任せる!俺はディーストを破壊する!」

そう言って、ティフォンはMAに変形し、エンパワーに乗っているディーストに攻撃を仕掛け始めた。

 その内に戦場は荒川の上流に移動した。草木が生い茂る環境。住宅地ではないそこで、彼等は戦うのである。

「君がガンダムのパイロットとクラリスから聞いて、益々興味が湧いた!私の力の一つにしたい!スバキ共々ね!」

「僕達は貴方のコレクションじゃないんだ!」

アインスはビームライフルを構え、ガンナードに狙い撃つ。これに対し、ガンナードもビームガンを向け、放ち、ビーム粒子同士が相打ちした。

「仮に君を倒して、ガンダムを奪還出来ればそれも手柄になる!君の存在は得しかない!その為ならば新生連邦は手段なんて選ばない!」

新生連邦の情報部は不祥事を全て消すことが出来る。それ故の、マサアキの強気な発言だ。

 ガンナードはMS形態に変形する。そして、ビームサーベルを展開し、アインスに迫る。

「君を奪い、ガンダムを奪還し、スバキも奪還する!君はそのまま新生連邦の兵士として活躍をすれば良い!そして、私の下で暮らすんだ!純粋な力を持つ存在が集まれば、それは強力な力になる!」

「そんなのに興味、ありません!」

ビーム刃を回避するアインス。ビームライフルを狙い撃つが、ガンナードの機動性が高く、狙いが定まらない。

「スバキを酷い目に遭わせて、自分の為だけに動く人なんて!許される訳がないんだ!!」

レイは怒っていた。スバキに対する支配、暴力を日常的に行い続けていたこの男を、許せないでいたのである。

「だが私は彼女に経済的支援も行ってきた!一方的な支配という認識は、改める事だね!!」

マサアキは自身が行った事に対する正論を述べ始めた。

 一時の恩に対し、時にその恩への感謝を強制する事をする人間がいる。その感謝が強力なものになれば、それは人を縛り、苦しめるものに成り兼ねない。それは人を人らしくなくす、典型例だ。恩に対しての感謝は必要であるが、それは決して強制されるものではない。

 マサアキはスバキに対する経済支援をしているかも知れないが、彼女を抑圧し、支配している。それは彼自身の傲慢に他ならない。

「それに君だってスバキがいなければ死んでいた!そのスバキはどこに所属していた?新生連邦だ!つまり君は新生連邦に助けられた!なのに、こうやって歯向かう!君こそ、恩を仇で返しているその行為に矛盾は感じないのかい!?」

悪びれる様子もなく、マサアキは言い続ける。が、この言葉自体、間違ってはいない。

 確かにレイはエレア・シェイルにより、生死を彷徨った。スバキがいなければ、彼はどうなっていたかも分からない。スバキがレイを連れて来れたのは、彼女が新生連邦の基地に居たからこそ、成り立っているのだ。

「そんなの……それでも……!」

戸惑うレイ。何を、発言すれば良いか分からない。しかしマサアキが敵である事には変わりない。

「だから、君はそのガンダムと共に新生連邦に来るべきなんだよ!私だって、君を倒したくはない!“出来れば”の話だけれどもねっ!」

困惑するレイに、容赦のない攻撃を加えるマサアキ。ビームガンがゾーリドに直撃し、それは爆発した。足場を失ったアインス。更に、悪い事に推進剤も無くなっていたのだ。こうなれば、一度山に下りるしか出来ない。そして、ガンナードはそれに追従するように迫ってくる。

「レイ!」

そこへ、ティフォンがビームライフルを構え、ガンナードの前に現れる。残りのディーストは、全てアレンが倒した為、合流したのである。

「そいつの言葉に惑わされるな!そいつは人を見ていない!」

一連のやり取りを感じ取っていたアレンは、レイに対して言った。

「強力な力を持つパイロット!事情を知らないで何を語るんだい!?」

「レイ、お前は助けられたかも知れないけど、それに負い目を感じるな!自らの価値観を押し付ける人間はどのような人間であれ、悪そのものだ!」

アレンの言葉が響く。そして、レイはこの時スバキが言った言葉を思い出していた。

 

――――――――――――ありがとう……私なんかの為に――――――――――――――

 

マサアキ・アルトにどのような思惑があれど、スバキはレイが助けに来たことに対し、感謝の意を示したのは紛れもない事実だ。マサアキによって支配され、暴力を受け続けた彼女。だが経済支援という甘い蜜が彼女を縛り付けた。そこに感謝を強要するマサアキ。それは価値観の押し付け以外何者でもない。

 人の価値観は多種多様だ。物事に対し、様々な思考を抱くのは人間特有と言える。だが相容れない存在やそれを正義と言わんばかりに押し付ける事は人に対しても、果ては社会にも悪影響を与える可能性がある。

アレンの言うように、今のマサアキは、自らが行った感謝の価値観をスバキやレイに押し付ける悪そのものと言えた。

 この男の意図を知った時、レイは青い眼を開く。

「マサアキさんッ!!!」

次の瞬間、アインスはマニピュレーターを駆使し、ガンナードの背部に乗っていた。それに対し、振り下ろそうとするガンナード。MA形態になり、そのまま上空へ向かう。

 

 空中を移動できない、素のアインス。この状態でもし振り落とされれば、重力により、地面に叩きつけられてしまう。

「何が目的だい!?そのガンダムは飛べない筈だろうに!」

と、言うマサアキ。ガンナードはMA形態のまま、マニピュレーターを駆使し、アインスの両脚部を固定し始めた。

 そして、ガンナードは上方へ宙返りを行い始めた。この時、機体内には凄まじいGが掛かっている状態である。

「そのまま落としてやるよ、レイ君!!!」

しかし、それでも耐えるマサアキ。やがてアインスの脚部を捉えていたマニピュレーターを離し始めた。推進剤が切れていたアインスは、そのまま垂直落下せざるを得ない。

 推進力を失っている状況では、その姿勢を変える事は難しい。従って、今アインスのコクピット内は180°逆さになっている状態なのである。いくら操縦桿を引こうとも、アインスはバーニアの展開が出来ない。このままでは陸地に叩き落されてしまう――

 

ピキィィィ

 

レイの脳裏に、電流が流れた、その時――

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

アインスは、ガンナードに向けてビームライフルを放ったのである。一筋のビーム粒子はコクピットに直撃したのだった――

ビームがコクピットに直撃した事によって、マサアキの身体は、ビーム粒子の光に包まれていた。

 

「馬鹿な……やはり君の力は……!」

 

それが、マサアキ・アルトの最期の言葉だった。その直後、ガンナードは上空で爆発を起こし、その破片は山に散らばっていくのだった。

 

「レイ!」

落ちて行くアインスを見つけたアレンは、急いでMA形態のティフォンにアインスを乗せる。その衝撃で、機体は激しく揺れるものの、アインスはその形状を保つ事が出来ていたのだった。

 

ガンナードの撃墜に成功したレイ。アインスはティフォンの上に乗っている状態である。コクピットの中で、レイは様々な感情を抱いていた。

 彼はスバキによって助けられた。そのスバキはマサアキ・アルトによって支配されていたが、同時に経済支援を行っていた。となれば、彼女はどうなるのだろう。今後、学校はどうしていくのか。それは、分からない。

 しかしレイはスバキが見せた笑顔を信じた。助けに行った時、彼に見せた優しい表情を、ただ、信じ続けた。その結果が、この結末なのである。

 恩を強要する男、新生連邦奥多摩基地司令官、マサアキ・アルト。階級は少佐。彼との時間は一週間程度だが、レイの中に大きな印象を残す人間だったのである。スバキにとって忌むべき存在であったマサアキ。それはレイにとっても同様であった。

「帰るぞ、セイントバードへ。」

「はい……」

アレンの指示に従うレイ。だがこの時レイは浮かない表情を浮かべていた。いくら憎い相手とはいえ、自分やスバキに支援を行った人間を殺めてしまった事に対する、複雑な心境。それはレイにしか、分からないのだった。

 

 

 

一連の騒動が片を付き、セイントバードへ帰還したアレンとレイ。昼間の戦闘から時間が経過し、辺りは既に夕方になっていた。

レイは先に、エリィのいる医務室に向かっていた。左肩を撃たれた事が、心配だったレイは、無我夢中で走っていたのだ。

やがてレイはエリィのいる医務室へ辿り着く。部屋に入って見えたのは、ベッド上で安静にしているエリィの姿だった。そこには、アレンの姿もあった。

手術は手早く終え、そこから彼女は安静にしている。幸い、致命傷とは言えない怪我であった為、セイントバード内の医療装置でも十分対応であったのだ。ネルソンの判断で、今日一日は安静にするようにと、エリィは言われていた。

「エリィさん、大丈夫ですか!?」

急いでエリィの元へ駆け寄るレイ。彼等に対し、エリィは笑顔を浮かべた。ベッドで横になっているエリィを見て、レイは心配そうに言った。

「傷……痛みませんか?肩撃たれて……」

「確かに痛いけど、安静にすればましになるかも。アレン君も、ありがとう。まさか日本に来ているとは思わなかったな。」

キプロス島で一度離れたアレン。彼はジャンヌ・アステルの付き人として日本に来ていたのだ。そして、偶然にもここでセイントバードチームの面々に再開する事になるのだった。

「事情は詳しくは分かりませんけど、命に別状はないのは本当、良かったです。」

アレンの表情に、笑みが戻る。

「フフ……あ、そうそう。レイ君は先に会ってあげる必要のある人がいる筈でしょ?」

レイは目を、数回瞬きさせた。

「全く……レイ君、優先順位がおかしいよ。真っ先に私のいる医務室に向かおうとするんだから。私なんか後でもいいのに。」

「え、どうして分かったんですか!?」

確かに、レイは無我夢中でエリィの元へ行った。それを察しているかのように言われたレイは、驚きを隠せない。エリィはそんな彼に対し、

「だって、私も超能力者ですもの。」

と言った。それを聞いたレイは、顔を赤めた。

「す、スバキに……会ってきます……!」

そう言った後、彼は赤めた顔を隠しながらスバキの元へ会いに行った。そのレイの背中を見て、エリィは静かに笑っていた。

 スバキを助ける際に言った、レイの言葉。“超能力者”という言葉をエリィに聞かれていたレイは、今更になって恥ずかしく感じていたのである。

「何かあったんですか?」

アレンがそう尋ねると、エリィは笑顔で

「フフ……まあ色々とね。あの時ちょっと、気取っちゃったんだね……レイ君。可愛いなぁ~。アハハ!」

と言った。当然、アレンには何の話か分からず、彼は首を傾げるだけだった。

 

 

それからレイはスバキが保護されている、セイントバードの一室へ向かった。そこでは、ソファにスバキが座っていた。既に頸部のチョーカーは外されており、彼女は自由な状態となっていた。

レイが見たスバキは、腕を組み、両足を組んでいた。救出される前までの、気弱な少女の姿はそこには無かった。

「お前の優先順位、あの女が先なんだな。」

と、冷たく言った。彼女もシンギュラルタイプ。レイの行動は、感知出来ている様子だったのだ。

「ごめん……心配だったから……」

 

ペシッ

 

と、レイの額を“デコピン”したスバキ。それを受け、思わず両目を瞑ってしまう。

「ま、そりゃ当然だろ。あいつ、怪我してるしな。それよりさ、お前って本当に女みたいだよな。なのにあの時はなんで男らしく、見えたんだろうな……」

「え?それは、一体……?」

この時、スバキの表情は、赤く染まっている。レイを見て、照れているのかどうかは不明だ。

「まあ、何でも良いや。それでさ……お前、あれからマサアキと戦ったのか?」

聞かれると思った質問だった。レイは、静かに頷いた。

「それで……どうなったんだ?撤退させたのか?」

聞いてくるスバキに対し、レイは

「倒したよ……もう、スバキはあの人に支配される事は、ないから……」

と静かに言った。

 マサアキ・アルトの死を、倒した人間から聞かされたスバキ。この時、彼女の表情はただ、無表情だった。

「そっか……。」

と、一言、言った。

 

それから僅かな時間、沈黙が続く。忌むべき敵は倒された。頸部のチョーカーも外された。これでスバキは母親にも会う事が出来る。しかし、何故だろうか。スバキは喜ぶ様子を見せない。

レイはこの時、どのように声を掛ければ良いか分からなかった。“良かった”や、“めでたい”といった言葉が迂闊に出せないのは、彼はその空気を読み、判断は出来ていた。

だがこの沈黙を破ったのは、スバキだったのである。

「あいつ、確かに憎かったんだ。何度も殺したいと思った。思ったんだ……けど……さ……経済面の負担をしてくれたって事に関してはさ……正直……何とも言えないよ。」

レイが感じていた複雑な思いを、スバキ自身も感じていたのだ。いくら忌むべき敵であれ、やはり支援をしてくれていたという事実に揺らぎはない。これが、スバキを複雑な想いにさせる十分な理由となり得た。

「……ごめん、僕……」

咄嗟に、レイは謝る。先の戦いで彼はマサアキを倒した。それが結果的に良かった筈なのではあるのだが、スバキの表情を見る限り、それは果たして正しいと言えたのかは分からなかったのだ。

「お前が謝る必要なんてない!お前は敵を倒したんだろ?だったらそれでいいじゃないか!」

彼女の為に支援を続けたマサアキ。残酷であり、尚且つ憎い存在でありながらも、スバキの心のどこかでは彼を憎み切れない様子だったのだ。

「どこかでこれは断ち切らなきゃならないってのはずっと思ってた。これがさ、今終わったって思うとさ。少し……ほんの、少しだけどさ。心は軽くなったんだよ。レイ、私はそれに、本当に感謝してる。」

僅かながら、スバキは笑みを浮かべた。それを見たレイは、笑顔を作らないまま、彼女の表情を見る。

「……そうだ……母さん……母さんに会わなきゃ……!」

マサアキが居ない今、彼女と母親を遮る壁はない。マサアキによって凌辱された母親ではあるが、それでも、スバキにとっては唯一の肉親。彼女は行動を、すぐに起こしたのだ。

 止めようとするレイだったが、スバキは走り去ってしまう。そして、レイはそれに対して追い掛けた。

 

「頼む!浅草の方に車を出してくれ!」

スバキは、シンに対して頼んだ。セイントバード内にある車を出してくれと、懇願したのである。

「ええ……いきなり言われても困るんだけどなぁ……」

シンは頭を掻きながら言う。

「良いじゃないか、貸してやれ。」

と、言うのは傍にいたネルソンだ。エリィの手術を終え、彼自身が疲労しているにも関わらず、ネルソンは働き続けている。そして、目の前にいる、困っている様子の少女を見て、放ってはおけないと考えたのだろう。

「私が運転しよう。レイ、君も一緒に来るか?」

傍にいたレイは、静かに頷いた。この時、ネルソンは彼の心境を察していたのである。

 

 

 車内にて。運転席にはネルソンが、後部座席にレイとスバキが居るという状況。この時、ネルソンはレイに対し、言っていた。

「君の行動には正直、驚いた。だが、その気持ちと言うのは大切なのだな……とは思うよ。」

「気持ち……ですか?」

レイは首を傾げる。

「誰かを助けたい、誰かを守りたいという気持ち。そこには損得という感情はあってはならないとだと、君の行動を見て改めて思ったよ。」

最初はスバキを救出する事に反対だったネルソン。しかし実際に彼がスバキを救出したのを見て、考えを改めたのである。それは、エリィに言われたという事もあるのだが。

「ただ、夢中でした。でも、スバキを助け出せたのは、本当に良かったです。色々とあったけれど……ね。」

「あ……ああ。」

スバキは、どこか上の空だった。無理もない。母親に会えるかも知れないという喜びと、どこか不安が入り混じっている状況なのだ。今、彼女に何かを話しかける事はしてはいけないと、レイは思っていた。

「私自身、人の為に仕事をしてきた筈なのにな……戦後になって仲間には会えたが、誰かの為とか、例えば……愛情とかそういったものをどこかに忘れていたのかも知れないな。」

「あ、愛情……ですか!?」

ネルソンから出た言葉に、レイはたじろいだ。しかしスバキにその言葉は、聞こえている様子ではなかった。

「君達の若く、利益を無視して動く行動は、過去の私を思い出させるよ。」

車が多く走る都市部。夕方になり、別の車もライトが点灯しつつある、状況。反対車線のライトは眩しさを時に感じさせる。

「過去……ですか?」

「ああ。」

ネルソンは、ハンドルを握り、周囲の環境を見て走りながら、過去の事を思い出していた。

 

 

 それはデウス動乱時に遡る。ネルソン・アルビュースには恋人が居たのだ。彼女とは戦場で知り合い、やがて交際する仲になっていったのだという。

かつてのデウスの最終兵器であるコロニーカノンを廻った壮絶な戦い……その戦いで彼の恋人は消えた。連邦軍のMSに撃たれたのだ。

 ネルソンの当時の恋人の名は、シュリィ・アバンス。デウス軍のエースパイロットとして軍に貢献していた女性だ。彼女は当時のデウス軍の主力機体であるドラグネスを駆り、戦場に参加していた。

「やらせない……絶対に!」

「やめろ!前線に立つな!死ぬぞ!シュリィ!」

コロニーカノンを撃つのに反していた彼等だったが、軍の命令には逆らえない。彼らは仕方無しに敵部隊を迎え撃つのだが……

「やらせるか!デウスめ!」

一人の連邦軍の兵士が駆るMS、ジャスティスが駆け付け、ビームライフルを放った。この時ネルソンはシュリィと同様、ドラグネスに乗っていたのだ。そのドラグネスのシールドで、恋人であるシュリィの駆るドラグネスを庇った。

「ネルソン!」

「シュリィには手を出させん!」

ビームライフルを放ち、敵のジャスティスを破壊するネルソン。

そこへ一筋のビームが放たれた。別のジャスティスがネルソンのドラグネスを狙ったのだ。油断をしていたネルソン。シールドを構えようにも間に合わない。このままではやられる……この攻撃を避けられないと感じたネルソンは覚悟を決めた。

「ネルソン!!!」

だがその時、シュリィはネルソンの前に現れてネルソンを庇った。たちまちシュリィのドラグネスは破壊され、ネルソンは叫んだ。そこにいたのは悲しみに暮れる孤独な一人の男。目からは粒になって溢れ出る涙が溢れていた。

「シュリィィィィィ!!!」

しかし、その声も彼女に聞こえる筈がなく。恨みを持った彼はビームサーベルを構えてそのジャスティスを撃破したのであった。

 敵は討った。しかし帰ってこない恋人。この時彼は虚しさ、悲しさを痛感することとなったのである。

 

 

 

「危機的状況になった時、自身の身を挺して守る。それが出来るのは、純粋に人を守りたいという気持ちから来るものだ。私にも恋人はいたが、その時に亡くしている。」

語られたネルソンの過去。彼に居た、恋人の存在。その存在があったからこそ、今のネルソンがあるのだ。

 レイがスバキを助けたいという行動と、ネルソンの過去の恋人、シュリィがネルソンを守ったという行動。どちらも、人を助けるという行為だ。ネルソンの場合は、守られたという事になるが。

「そんなことが、あったんですね……。」

レイは、ただ感心するばかり。ネルソンは冷静を装うが、内心は、冷静でいられなかった。当時の恋人を殺されたのだ。無理もない。

「結果的には大切な人が亡くなった訳だがな……その気持ちと言うのを最近まで忘れていた気がするな……って、随分と話が逸れてしまったな。いかんな、どうも。」

「あ……いえ……」

レイは茫然としながらネルソンの言葉を聞いていた。少女を助けたいという思い。それを聞き、ふと思い出話をしたネルソン。

レイは思いもしなかった事を聞くこととなったが、それを悪く思うことはなかった。寧ろ、ネルソンの新たな一面を知ることが出来、納得している様子だった。

「止まってくれ!」

突如、スバキが声を出した。それを聞き、ネルソンは車を端に寄せる。

 すぐに、スバキは走り出した。恐らく、近くに母親の家があるのだろう。レイはそれを追い掛けるように、走っていく。

 

 スバキは走った。母親に会える気持ちを胸に、宿して。

 だが町はダッゲインの襲撃によって所々が破壊されている。この事は当然、スバキは知っていた。突然起きた事故。特殊強化モデル、リノアス・クリストルが暴走し、ダッゲインを都市部に向かわせた事故。その間、スバキはマサアキに別室に連れて行かれていた為、実際の状況を把握することが出来ていなかったのである。

 やがてスバキは母親が住んでいたとされる、家の前に辿り着く。2年前から来ることが出来なかった家。しかし彼女は、チョーカーを外れている。マサアキ・アルトによる干渉も無くなっている。それは本来、喜ばしい状況である筈なのだが――

「壊れてる……」

ダッゲインの襲撃により、家が破壊されていたのだ。被害自体は甚大なものではなかったのだが、こうした被害は所々、生じているのである。

「母さんは、避難したのか……?」

キョロキョロと辺りを見るスバキ。

「もしかして……シンドウさんのところの娘さん?」

と、一人の女性が声を掛けた。恐らく、近所に住んでいる女性だろう。

「え?あ……ああ……」

反応する、スバキ。

「気の毒にね……近所の方の話を聞くとね……その……遺体が、見つかったそうなの。ハイスクールぐらいの女の子の遺体と、共に……」

スバキの希望が、打ち砕かれた。母親に会えるという希望が潰えた瞬間だった。ダッゲインの襲撃は彼女の母親を殺してしまったのである。

「そ……んな……」

破壊された母親の家を前に、ただ、スバキは呆然と立ち尽くした。目は大きく見開かれ、ただ、ショックで一杯だったのだ。

(スバキ……こんな……こんなのって……)

ついて来ていたレイは一連の会話を聞いていた。彼女の母親が死んだという話も、当然知る。

 スバキを救出する事は出来た。だが、そこで待ち構えていたのは、惨い現実であったのだ。解放された希望から、絶望に陥ったスバキ。どうすれば良いか分からないレイは、ただ、スバキの側に居てやる事しか、出来なかったのである。

 




第二十五話、投了。
スバキは救出され、そして忌むべき敵であるマサアキを倒した話。
個人的には、善意の押し付けをするマサアキに対するアレンの言葉が好きでした。
「自らの価値観を押し付ける人間はどのような人間であれ、悪そのものだ!」


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第二十六話 それぞれの、時間

スバキを助けたレイ達。その前の話や、それを巡る話。


 

 時は遡り、一週間前。レイがスバキに助けられていた同時期。アレンがジャンヌと来日していた頃の話。ジャンヌはコンサートの準備の為に打ち合わせ等をスタッフと行っていた。その様子を、側で見守るアレン。

 やがて打ち合わせは終わり、ジャンヌはアレンに声を掛ける。

「お付き合い、ありがとうございます。来週にコンサートは東京のアリーナを借りる予定です。それまで、貴方の為にホテルを手配させて頂きました。」

「なんか、ありがとうね。」

今回のバンディットとしての仕事は、ジャンヌの護衛。それなのに、まるで彼女の金で旅行を満喫しているような気分になり、申し訳ない気持ちになる、アレン。

「ジャンヌ様。」

そこへ、一人の男が姿を現した。襟足まで伸びた赤い髪に、凛々しい顔つきをしており、そして身長が高い。スーツが非常によく似合う男で、小奇麗な雰囲気を醸し出していた。

「エファン、お久しぶりですわね。」

そう言って、ジャンヌと男は握手を交わした。

 見慣れない、男。恐らくジャンヌの知人なのだろう。凛々しい印象を受ける、その、男。

「紹介しますわ。私の側近を務めるエファン・ドゥーリアです。」

男の名前はエファンと言った。髭も生やさず、端正な顔つきをしている男はアレンを見て、笑顔で接した。

「以後宜しくお願いします、アレン・レインド様。貴方の事はジャンヌ様から伺っております。前大戦の英雄と呼ばれていた……とか。」

アレンの実情を知る人間は少ない。ジャンヌは基本的に秘密を守る人間だ。その彼女が彼の話をするという事は、それ程に信頼が置ける人間という事なのだろう。

「そんな、大した人間ではありません。俺は今では別の仕事をしていますし、今回もその依頼でジャンヌに付き添っているに過ぎません。」

「ジャンヌ様が信頼を置いている。それだけでも、貴方には十分魅力のある人間です。」

そう言った後、エファンは右手を差し出した。やがて、アレンとエファンは握手を交わす。

(この、柔らかい感覚は何だろうか。この人もまた、力を持つ人間という事なのか。)

この時、アレンはエファンから妙な感覚を覚えていた。しかし、それは決して不快な感覚ではない。純粋な、善意。その柔らかさをアレンは感じていたのである。

(もしかすれば、ジャンヌは彼に相当な信頼を置いているんだろう。)

と、アレンはふと、考えた。

「ああ、そうですわ。アレン。コンサートまで時間がありますわね。そこで、お願いがあるのです。」

「お願い……?」

突然のジャンヌの依頼に戸惑うアレン。

「東京を一緒に歩いて下さいませんか?日本に来るのは久し振りです。しかし、誰かと一緒でなければマスメディア等に見つかってしまっても面倒です。」

「……俺と一緒にいる方がややこしくないか?」

「そんな事はありません。貴方は私の護衛で来ているのですから、それは間違いではありません。」

仕事なのか、それともプライベートなのかが分からない様子だったアレン。清らかな令嬢であるジャンヌ・アステルであるが、観光をしたいという希望に関しては、やはり人間なのだろうと、彼は考えていた。

「エファン、車を出して下さいますか?」

「ええ、かしこまりました。」

エファンはお辞儀をしながら、自身の右手を柔らかく胸元にやった。丁寧な印象を持つ、その男の存在。そして柔らかい感覚。アレンは、彼が信頼できる人間であると確信していた。

 

 

 やがて車を出す、エファン。運転席には彼が一人、運転している。そして後部座席にはアレンとジャンヌの姿が。ジャンヌは有名人である為、目立たないように、玉房付きの帽子を被っている。服装も冬服に相応しい、厚手のコートを羽織っている。

彼等の目に映るのは東京の光景だ。高層ビルが立ち並ぶ、世界有数のメガロポリス、東京。人口の多さも去ることながら、その圧倒的な建物の数も段違いだ。東京は建物の数だけが名所ではない。中には自然を残している場所や、あえて古風に残している場所もある。観光名所と呼ばれる、場所だ。

「日本と言う国は治安の良さも去る事ながら、美しい文化が根強く残っている国です。私が好きな国の一つですよ。」

と、運転をしながらエファンは言った。

「そうですわね。しかしこの広大な都市はコロニーでも再現出来るかかどうか……」

Cコロニーの環境は、場所によって異なる。地球上での、所謂“郊外”にあたるコロニーもあれば、“田舎”にあたるコロニーもある。それは地球からのアクセスが容易かどうかによって異なる。アクセスがし易い環境であれば、その分人が集まりやすく、都市が多いコロニーが作られる。そしてそこを拠点とし、辺境コロニーに物資が届けられる。

 これは地球上の国々も関係していた。国には首都があり、そして自治体があり、各都市に分けられ、そこから郊外、田舎と分けられる。コロニーの関係も、地球上の都市の関係と類似しているのである。

「コロニーは人類が作り出した叡智の結晶ですよ。その結晶という言葉を使い、クリスタルという名が与えられました。それが、Cコロニー。そして、それを基にしたのが地球上に存在する都市。そう考えると、感慨深いと思いませんか。ジャンヌ様。」

「地球に住むようになって、より一層、考えるようになりましたわ……」

「人は、このようなものを作り上げる。このような感情を抱けるのは、私はとても光栄に思いますよ。やはり、人は愛するべき存在だと考えますね。」

両者の会話に、アレンは全く付いて行けていない様子だった。言わんとせん事は分かるのだが、エファンという男がこれ程に“人”を語る事に、只者ではない何かを、感じ取っていた。

 

 やがてエファンは車を止め、二人を降ろした。ジャンヌは彼に礼を言った後、エファンは去って行く。

「なんか、不思議な人だったね。」

何気なく、アレンは言った。

「彼は一年程前から度々アステル家の為に貢献して下さっている人間です。その立ち振る舞いや、他者を思い遣る事が出来る、私が信頼する人間の一人ですわ。今回、貴方を日本に招待したのは彼を紹介したいというのもありました。」

「エファンさん……か。」

不思議な雰囲気を醸し出していた男、エファン・ドゥーリア。ジャンヌが絶大な信頼を置く存在。彼女が信用しているのならば、間違い存在なのだろうと、アレンは考えていた。

「少し、移動をしませんか?アレン。」

覗き込むように彼の顔を見る、ジャンヌ。

「え?あ、ああ……」

馴染みのある人間であるジャンヌだが、その容姿は愛らしさと美しさを兼ね備えている。そのような女性に覗き込まれるのは、いくらアレンのように前大戦を経験している人間とは言え、やはり躊躇うものがあるのだった。

 

 両者は東京の港付近を移動していた。旧時代から建造している東京タワー等の名所が残る場所。それらは老朽化する度に新しく建て直されており、この時代でも高さ333メートルのその塔は成り立っている。デウス動乱時でも、この建造物が被害に遭わなかったのは、奇跡的と言えた。

 人通りもまばらな場所であるその地域。まさかそこに、世界的歌手であるジャンヌ・アステルが居るなど誰もが、思いもしないだろう。

 彼等は東京タワーの展望室に移動していた。東京の絶景を見たいという、ジャンヌの要望に寄るものである。

「フフ、やはりこの景色は素敵ですわね……」

天候は晴れている。その事も重なって、より、その景色は美しいものに見えた。高層ビル群は太陽の光を受け、反射している。ここからではそのビル群の間を歩く人の姿等、全く見えない程に。

 ジャンヌの護衛をする為に移動しているアレンだが、これではまるでデートのようだ。そして、ジャンヌはその景色を楽しんでいる。妙な光景ではあったが、久しぶりに再会した知人が喜ぶ姿はアレンにとってもどこか、心地良いものがあったのだ。

「幸せですわ、私はこの地で、数日後に歌うことが出来ますのね!そう思うと心が踊りますの!」

そう言いながら、彼女は突如ふわり、と身体を回転させ始めた。奇麗な光景を見て、高揚したのか、その行動にアレンは驚愕しつつ、ただ、見守っているだけだった。

 やがてそれが終わった後、展望室から景色を眺める両者。

「アレン、貴方にお伺いしたい事がありますの。」

景色を見ながら、ジャンヌはアレンに聞いた。

「ん?どうしたんだ?」

「以前、仰っていた、“少年”がいた、人達にについて、もう少し詳しく教えて下さいませんか?」

それは、レイの事だ。アステル家の庭園内で少しばかり話をしただけで、彼女はその詳細を分かっていない。

 アレンは、レイと合流する事になったきっかけや、彼が所属しているセイントバードチームの事について話をした。エリィの事、ネルソンの事等を話していくアレン。

「セイントバード……新生連邦軍の戦艦を奪った、MS乗り……ですか。」

「彼等と合流して、発進した時にレヴィー率いる新生連邦軍に襲撃を受けたって訳だよ。」

そこでレイの力を見た話を、語っていく。短い時間とはいえ、MSに乗って戦った話を聞き、ジャンヌは、口元に右指を持っていき、少し考える仕草を見せた。

「ジャンヌ?」

遠くの景色を見ながら、考え事をするジャンヌ。

「アレン、彼等は今、どこにいるかご存知ですか。」

彼女は突如、アレンに聞いた。

「え?ああ……恐らく日本にいるんじゃないかな。キプロス島でジャンヌからメッセージを受け取って、離れているから。まさかこういう形で日本に来ることになるとは思わなかったけれどね。」

「日本……でしたら、奇遇ですわね。」

ジャンヌの表情は、何かを考えている様子だった。先程までの愛らしく、歌を歌う事を楽しみにしている歌姫の姿とは、まるで違う。

「もし、可能でしたら彼等に一度お会いしたいですわね。エリィ・レイスさんは存じ上げていますし。」

「そういえば、前の大戦ではクルーの事、知ってたもんね。」

ジャンヌは、アレンが所属していた第十三特殊部隊の面々の事を知っていた。彼の存在がきっかけで、当時の地球連邦軍の面々はジャンヌ・アステルと顔見知り関係になる事が出来たのである。

「この、日本のように穏やかで平和な国があれば良いのですが、世界はそうでもありません。現に、今の新生連邦軍による無差別な攻撃は続いているのも、事実です。それは、本来あってはならない事ですわ。」

「それは、分かっている。あいつが、この世界を作り出しているという事も。」

レヴィー・ダイル。アレンにとって戦友だった人間であり、現在の新生連邦総司令だ。

 彼が掲げる軍備増強により、世界各地で多くの犠牲者が出ている。この事実に憤りさえ感じる、アレン。

「新生連邦を止める力は、新生連邦以外の大きな組織がいない現状だからこそ、少しずつでも作っていかなければならない。私は、そう思うのです。」

「作っていく……?どうやって?」

「協力して下さる人々の存在が必要なのですわ。」

それは、何を指しているのかは不明だ。彼女の意図が、分からない。

「ジャンヌは、何を考えているの?」

アレンは聞いた。

「レヴィー・ダイルを止める為には、それ相応の“力”が必要という事です。」

ジャンヌが言う、“力”とは何なのか。明確な答えを示さないジャンヌ。アレンは少しばかり不安げな様子で、聞いた。

「力とは、一体?」

「そのままの、意味です。混迷を打開する力。新生連邦が闇を作るのならば、それを打開する力が必要になります。今はまだ、“その時”ではないのかも知れませんわね。」

それが何を示すのかは謎だ。ただ、一つ言えるのは、彼女は何か大きな目的を果たそうとしている。それは、間違いないと言えた。

「そうですわ、もし彼等に会う事があれば是非教えて下さいな。それまではコンサートの打ち合わせやリハーサル等でスケジュールが詰まっておりますが、時間を作り、お会いしようと考えております。」

ジャンヌの言葉に対し、アレンは

「うん、分かった。」

と、一言、言った。

 この会話の一週間後に、東京の市街地にダッゲインMk-Ⅱが暴走事故を起こした。市街地の被害は甚大なものではなかったものの、この際にアレンはティフォンガンダムを出撃させ、暴走を食い止める事に成功。この一連の行動を、ジャンヌははっきりと見ていたのである。そして、レイの駆るアインスが戦っている光景も、見ていた。

 

 

 一週間後の現在。マサアキ・アルトとの交戦から翌日。アレンは一晩、セイントバードに滞在していた。

 この時、アレンはネルソンから今回の事情を聞いていた。何故レイが新生連邦に追われていたのかといった等の話だ。 

一連の話を理解したアレン。その中で、ネルソンは彼が乗って来たガンダムタイプについて聞いていた。

「まさかこんなガンダムを貰っていたなんてな、アレン。」

そう言うのは、ネルソンだ。彼は機体の整備を、シンと共に行なっていた。

「しかし、偶然でしたね。あの時ネルソンさんがここに案内してくれなかったら、合流する事なく終わっていたでしょうから。」

と、整備されているティフォンを前にしてアレンが言った。

「整備もありがとうございます。」

「いや、君が来てくれなければ新生連邦に攻撃を受けていた。整備はその礼だよ。」

新生連邦からセイントバードを護衛してくれた事もあり、ティフォンガンダムはセイントバードチームの整備士達により、メンテナンスを行なっていたのだ。

「にしても……戦後になんでこんなにガンダムタイプのMSが現れるようになったんですかね?アインスに、あの姉妹のガンダムに、新生連邦の四機にこれ……これまでに合計八機、ガンダムタイプを見ていますよ!伝説の機体がこんなに沢山いるなんて……」

そう言うのは、ガンダムを神格化している男、シンだ。最初、アインスが動いた所を喜んでいたシンだったが、これ程にガンダムタイプを見る機会が多いと、どこか、有難さを感じなくなっている様子であった。

「このガンダムタイプ……型式番号CMS-01か。全く見当が付かない。どこで作られた機体なのか。」

彼等が知らないのも無理はない。ティフォンガンダムの素体は、デウス動乱時にアレンが地球連邦軍に勝利をもたらすきっかけを作った機体である、クリスタルガンダムであるという事を。そのクリスタルガンダム自体、当時の地球連邦軍内でも極秘とされていた機体である。それを知る人間は、この場にはいないのだ。無理もない。

「実は、ネルソンさんに伝えておきたいことがありまして。」

改まった様子で、アレンは言った。

「実は――」

言うべきか迷ってはいた。何せ、世界的歌手であるジャンヌ・アステルが日本に来ており、ここに来るという事は場が騒然とするのは分かり切っていたからだ。

 しかし、ジャンヌの意向を汲み取ったアレンは、それを伝えた。ジャンヌがセイントバードチームに会いたがっているという事を――

「ジャンヌ・アステルが……!?」

やはり、驚愕するネルソン。だがそれ以上に驚いていたのは、隣に居たシンである。

「えええええっ!?」

大声を出すシン。それから数秒後に、自身の行動を恥に感じたシンは両手で口を塞いだ。

「今、彼女は日本に来ています。俺が連絡を入れれば、ここに来てくれるとは思います。」

唖然とする、ネルソンとシン。無理もない。世界的歌手が日本に来ており、アレンが一報を伝えれば来ることが出来るという状況。それで驚愕しない人間がいない筈がないのだ。

「やはり、君は凄い人間なんだな。アレン・レインド。コネクションと言うか、何というか……」

「いえ……これは、なんていうか……たまたまというか……色々と、ありまして。」

そう言ったアレン自身も、困惑している様子だった。

「じゃあ、このガンダムタイプはジャンヌ・アステルが関係しているというのか?」

「そうなりますね。アステル家は元々デウス帝国に対しての軍事産業を行っていた一族です。それの関係も、あります。」

と、静かに言った。それを聞いたネルソンは、咳払いをする。

「……とにかく、ジャンヌ・アステルの件は了解した。艦長にも伝えておく。ただ、艦長は怪我をしているからあまり無理はさせられない。」

「ありがとうございます。ご配慮、感謝します。」

アレンは深くお辞儀をするのだが、寧ろ、何故お辞儀をされているのか分からないでいるのは、セイントバードチームの面々達である。

 有名人であるジャンヌ・アステルがここに来る。そのような、嘘のような話が有り得るという事実。この時、クルーの誰もが歓喜している様子だった。

「あ、くれぐれも内密にお願いします。騒ぎが大きくなれば、ややこしくなりかねないので。」

「あ、ああ……そうだな。」

と話すネルソンだが、明らかに冷静ではない様子だった。

 

 

 その後、アレンはレイに会っていた。だが、せっかくの再会にも関わらず、レイの表情は暗い。無理もなかった。スバキの母親が死んでいたという事実を、彼女の目の前で聞いていたのだから。

 スバキは今、セイントバード内の一室で保護されていた。本来ならば今日も学校の日ではあるが、状況が状況である。彼女が学校に通う事等、出来る筈がないのだ。

「アレンさん……」

「レイ。その……色々と、大変だったんだな。」

事情をネルソンから聞いていたレイ。一人の少女を助け出す為に彼は行動した。そして、確かに少女を救出する事は出来た。しかし、少女の心の支えである母親は、息絶えていたという現実に、レイは何も口を開けることが出来ない。

「レイ、少し話せるか?」

再会した両者。アレンはレイと会話する事を提案したのである。

「……はい。」

静かに、レイは頷いた。

 

 両者はセイントバード内の廊下にある、ベンチに腰を掛けた。キプロス島で分かれてからの、再会。本来ならば喜ばしい状況であるのだが、スバキの事を考えるとレイは気が気でなかった。

 レイはこれまでにあった事を、言葉を詰まらせながらも話していく。街中で刺された事、スバキに助け出された事、スバキがマサアキに利用されている事、そして救出した話等。その、結末の話も、全て。

「レイが助けた女の子のお母さんが、死んでいたって話か……」

「今のスバキに対して、僕は何も出来ません。こんなの、悲しすぎます……助けたいって思って、一生懸命にやったのに、こんな……こんなのって……!」

悔しさや、憤り。今のレイから感じ取られる感情だ。マサアキ・アルトという人間に囚われていた少女を助けることが出来ても、その肝心な心が失われている状態。今の彼女が正にそうだったのだ。

「一つ、言えることがある。」

「え……?」

複雑な感情を抱えるレイに対し、アレンが口を開けた。

「今まで普通に生活していた場所が突然、戦場になった瞬間。そこで生き残れる確率と言うのは限りなく低い。増して、民間人なら尚の事だ。今回は巨大MSが突然出現してきたのが原因だったけれど、それでも生き残れるだけでも奇跡的だよ。」

フォローになっていないかも知れない。だが、戦争を経験しているアレンが言う、精一杯の台詞だ。

「けど、お前は助けたい女の子を助けた。それだけでも、儲けものさ。以前の大戦じゃそれすらも叶わないことだってあるんだよ。そう、俺だって……。」

アレンはそう言って、天井を見上げる。

「アレンさんも……そんな事があったんですか?」

「戦争が終盤に差し掛かった時だったかな。」

 

 

 

 デウス動乱中。ジャンヌ達と合流していた第十三特殊部隊。この時にはデウス軍だったガーストが地球連邦に所属を変えており、デウス帝国との決戦を迎えようとしていた時だった。

 一機のMSが彼等の母艦を襲撃。その機体は艦の居住区に攻撃を仕掛けてきたのだ。そこには、一人の少女が居た。パイロットスーツを着用していたのだが、穴を開けられた居住区から、少女は宇宙空間に放り出されたのだ。

「そんな……そんなバカな!?嘘だ!そんなの!!!」

そう、叫ぶのは当時クリスタルガンダムを駆り、デウス帝国と交戦をしていた少年、アレンである。少女は、アレンにとって特別な存在だった。名は、ココット・メルリーゼ。戦時中にアレンと出会い、恋仲に落ちた存在だったのである。

 その後、ココットは行方不明。彼はただ、悲痛の叫びを上げるしか出来なかったのだった――

 

 

 

「アレンさんに、そんな人が居たんですね……」

アレンから聞かされる、新たな事実に関心を抱くレイ。

「レイ、厳しい事を言うかも知れないけど、世の中って言うのは何が起こるか分からないし、都合よく事が運ぶなんて事はミラクルも同然なんだよ。だから、お前が助けた彼女が助かったというだけでも奇跡……と言うべきか。」

悲しい出来事。だが、それが現実。それを受け入れなければ、人は生きていけない。

 それはレイのように、戦争を知らないで育ってきた人間からすれば受け入れがたい事だ。だが対照的に、アレンのように戦争を経験している人間からすれば、それは日常茶飯事ともいえる事。日常と戦場。それらに身を置いている者の価値観は、当然ながら大きく異なるのであった。

「今の時代は表向き、大きな戦争はない。けど、兵器がこれだけ増産されているんだ。犠牲者が出るのも、おかしくないんだよ。本来、そんな事はあってはならないんだけどな。」

アレンの表情は険しい。当時の恋人の事を思い出し、この話をしたからだろう。

「……心の整理が、出来ません……僕、どうすれば良いのかが、分からなくて。」

と、口を開く、レイ。

「アレンさんの言いたい事、何となくですけど、分かる気がします。でも……すぐにそれを受け入れるなんて、スバキも、僕も……」

「誰だって無理だよ。俺だって……無理だった。ココットを失った時はどうすれば良いか、分からなかった。」

アレンの場合は、戦争は続いていた。悲しみに暮れつつも、敵と戦わなければならなかったのである。

「レイの場合は、早く故郷に帰る事だな。彼女の方は、時間に任せるしかない。エリィさんが動けるようになれば、また、聞いてくれるだろうさ。」

そう言って、レイの頭を優しく、撫でた。アレンの手に、さらさらとした感触が残る。レイの金色の髪が、アレンの指を優しく絡めた。

(セイントバードに乗ってから出会った人、みんなそれぞれ付き合っていた人を亡くしたりしているんだ。それに比べたら、僕は本当に恵まれている環境にいるんだろうな。好きな人が、もし居なくなった時って……絶対、悲しむだろうな。)

この時、レイは一人の少女の姿を思い浮かべていた。幼馴染の、リルム・エリアスである。彼女の事を考えると、レイは心が高鳴る。それは紛れもない、彼の気持ちだったのだ。

 

「……アレン?」

そこへ、一人の金髪の青年が姿を見せた。ガースト・ピュアスである。

「……え?もしかして……ガーストなのか?」

アレンにとって見覚えがあった。かつてのデウス動乱で交戦し、最終的には当時の第十三特殊部隊と共にデウス動乱を戦い抜いた青年、ガースト。アレンにとって戦友と呼べる人間の内の一人であった。

「やっぱりアレンか!やっぱりそうだ!久しぶりだなオイ!」

と、喜びを見せるガーストはアレンの肩を組み、言った。

「あれから五年か!今じゃ俺達二十歳だもんな!しかしお前が生きていたなんてな!」

両者は同い年である。年齢が同じという事もあり、親し気に喋る、ガースト。

「それと、レイ。お前なぁ、いつの間にか勝手にいなくなって!びっくりしたぞ!んで、聞いたらなんか大変な事に巻き込まれたみたいだな。ネルソンさんから事情は聞いてる。」

「すいません……」

と言う、レイの表情は活気がない。

「ん?ガーストとレイは知り合いだったのか?」

「え?あ、そっか。俺はレイを通じてお前が生きてたことを知ってたけどお前は知らないのか。そうそう。レイが日本に来て、それで仲良くなってさ。」

事情をアレンに伝えるガースト。これにより、三人はそれぞれの事情を理解する事が出来た。

「お前とは喋りたい事、一杯あるんだよ!今日時間あるか?俺の仕事が終わったら居酒屋でも行こうぜ。積もった話を聞きたいんだよな!あ、俺が奢るし!」

と、ガーストは上機嫌な様子でアレンを誘う。しかし――

「ごめん、せっかくの誘いだけど断らせて貰うよ。」

「え?なんでよ。」

ガーストの笑顔はすぐに消えてしまった。

「今日本に来ているのも、仕事で来てるんだ。それが終わったら、すぐに去らなきゃ行けない。やらなきゃならない事が、出来たかも知れないから。」

「はぁ!?どう言う事だよ?」

戦友と再会出来たのに、積もり積もった話が出来ないまま去っていくかも知れないアレン。戦友であるガーストからすれば、悲嘆以外の何者でもない。

「ガンダムを与えられた。」

「ガンダムを?」

「ああ。」

与えられた、ガンダム。アレン・レインドは確かにデウス動乱中にガンダムを駆り、戦い抜き、遂にはデウス動乱の英雄と呼ばれるようになった。その彼が、五年の時を経て再びガンダムを乗っているという事実。

戦友だったガーストは最初、驚いたのだが彼はその“ガンダム”に助けられている。今、その事を思い出した。

「やっぱり、あの時のガンダム!パイロットはお前……なんだよな。やっぱり。」

それは、東京スカイタワー内でガーストが、恋人のプレーンと共に見たガンダムタイプ。その時、彼はアレンの名前を呼んでいた。

「ティフォンガンダムを見たのか?」

「俺とプレーンが東京スカイタワーに居たんだよ。お前、守ってくれただろ。」

「あの巨大MSを止めていた時か。」

と、先日の事を思い出すアレン。

「何であれがお前が乗ってたって分かったか、分かるか?」

何気なく、ガーストは聞いた。

「そりゃ、ガーストも“力を持つ人間”だからだろ。俺と同じ。」

その言葉に、レイは少しばかり、反応した。

(ガーストさんが、シンギュラルタイプ?やっぱり、最初にあった時に感じた不思議な感覚はそれなのかな。)

レイは、ガーストに最初に会った時の違和感の正体を理解する事が出来た様子だった。

「まあ、あの時は助かったよ。お前が居なきゃプレーンと共にあの世に行ってたからな。」

ガーストは僅かな笑みを、浮かべていた。

「それにレイも。あのガンダムに乗って、戦っていただろ?見てたんだよ、実は。」

東京スカイタワーにて、ダッゲインが暴走をしている最中でアインスがバレットビットと交戦している姿を、彼は見ていたのだ。

「あの時は、夢中でした……見ていたんですね、ガーストさん。」

レイは、瞬きを何度かした。それと同時に、ガーストは両手を頭に組み、天井を見上げながら言った。

「あーあ、これだけMSに乗って街を守ってる人間達が居るのにさ、なんか俺だけ置いてきぼり食らった気分だよ。MSの整備は仕事でやってるけど、実際に機体を動かしたりすることはないからな。」

元々デウス帝国の兵士だったガーストは、今の平和な日常を謳歌している。それ故に、かつての戦友がガンダムタイプに乗って街を守っていたのを見て、どこか、複雑な表情を浮かべていた。

「で……だ。アレン。お前にガンダムを与えたの、誰だよ。」

ここで本題に入る。戦後になり、ガンダムに乗って街を救ったアレンの姿が印象に残ったガースト。彼は何故、ガンダムに乗っているのか。それ自体が謎なのである。

「それ、僕も気になっていました。あのガンダムは何なんですか、アレンさん。」

今度はレイも疑問を投げかけた。しかし、アレンは俯きながら言う。

「すぐに、分かるよ。これに関しては、あまり大事にしたくない。だから俺の口からは敢えて言わない事にした。」

「はぁ、なんだそりゃ。勿体ぶってよ。それと、お前が言ってた“やらなきゃならない事”ってのが関係あるのかよ。」

「関係は、あるかな。ごめん、ガースト。ティフォンの整備を手伝いに行く。レイ、話が出来て良かったよ。ありがとう。」

そう言って、アレンはその場を去った。ガーストはまるで戦友に放置をされたような気分になり、どこか苛立ちを覚えていた。

「なんだよ、あいつ……」

そのガーストを見ていた頃、レイは別の事を考えていた。

 アレンの事でも、ガーストの事でもない。自身の事についてだ。スバキ・シンドウの母親が死んだという事。肉親がこの世を去るという事は、平和な日常を送って来たレイにとっては到底、信じられない事である。そしてそれは、彼自身に大きな衝撃を与える結果になった。

 

 

 その後レイは自身の部屋に戻った。彼はスバキから返してもらったEフォンを、改めて確認する。

 そこに映っていたのは多数の未読メッセージや、着信履歴だ。現在の彼の状況を上手く説明する事が出来なかったレイは、これらに対してあえて反応しなかったのだ。だが、今回のスバキの一件を受け、ふと、彼は電話に出てみようと、考えた。

 大切な人。それは家族や友人。それらが故郷で待っている。今の状況をどう、説明すれば良いかは分からない。ただ、彼は彼等の声が聞きたい――その一心だったのだ。

 

ピピピピピ

 

無機質な発信音が、聞こえる。レイは、息を飲む――

『レイ!?』

「母さん……」

彼がまず、連絡を取ったのは母親だ。彼の事を最も心配している、存在。母親。その声を聞いた時、レイは心底、安心していた。それと同時に、目から少し、涙が溢れていた。

「元気……?」

この一ヶ月余りの出来事を経験したレイにとって、随分と久しぶりに感じられた母親の言葉。世間ではほんの一ヶ月。しかしレイにとっては、余りに長い、一ヶ月。生死を彷徨う経験をした彼にとって、肉親の声は本当に心暖かく感じられた。

 スバキの場合、二年もの間肉親に会う事が許されなかった。その結果が、昨日の出来事だ。彼女の事を考えればレイの状況は遥かに恵まれている。短期間で数多の経験をしたレイは、母親と喋る時、声が震えていた。

『どうして連絡に出ないの!どこに居るの!?学校にも行かないで……どれだけ心配した事か!何回もリルムちゃんが家に来てくれたわよ!リルムちゃんにも連絡が来てないって言うし!レイ……本当に、どうしちゃったの……?』

だが彼の母親はレイがどこに居るのかを心配するばかり。それは、親としては当然の心配ではあるのだが、現状を取り繕って説明する事は、不可能に近いのである。

 そこで、彼は思い切って言葉を発する事にした。

「……ごめんね。今は、言えない。」

依然カイロで母親に電話した時と、同じ台詞。だが今回の言葉は焦っている様子ではなかった。

『どうして!?』

「どうしても……だよ。でもね、これだけは言わせて欲しい。」

レイはそっと息を飲み、口を開ける。

「絶対に、帰ってきます。それまではミィスを宜しくね。」

『レイ!?ちょっと!レイ――』

 

プツッ

 

電話が、切れた。その時間は、本当に、極、僅かだ。3分も経っていないだろう。だがこの3分未満の時間こそ、レイにとっては至福の時間と言えた。

 彼が親不孝者であることは分かっていた。自分が我儘な人間である事も、分かっていた。しかし、それでも彼は親の声が聞きたかった。ただ、それだけだったのだ。

 彼はリルムにも連絡を取ろうか、悩んだ。と言うのも、彼の実家にリルムが何度も来てくれたという事実を、母親から確認したからだ。そして、彼は今まで知り合った、エリィ、ネルソン、アレンの過去を振り返る。

 皆には過去に恋人が居た。だがそれぞれの事情で今に至る。ガーストのように幸せに恋人と暮らしている者や、そうでないものと分けられている。今、レイは戦場に出る事がある。そうなれば、死ぬことだって考えられる。その時、自分が思いを寄せているとする人物と喋ることが出来なかった場合、どうだろうか。恐らく後悔しながら死ぬ事になるだろう。それを考えた時、レイは決断した。

 

ピピピピピ

 

『もしもし!?レイ!?』

可憐な少女の声が、聞こえた。リルムの声である。

「や、やあ……リルム……」

とりあえずの、挨拶。だが――

「今、どこに居るの!?何をしてるの!?家にも帰らないで!去年からいなくなって!どうしたの!?ねえ!?」

質問の嵐。だが、無理もない。急に居なくなり、親元にも帰っていないとなれば心配するのは当たり前の事。増して、彼等は幼馴染の関係。仲も良い。

 だが母親の時と同様、問題があった。何故今、レイが日本にいるのかを答える事が出来ないという事だ。それに対する答えとして、レイは再び言った。

「ごめん、リルム。今は言えないんだ。」

『どうして!?もしかして、誘拐されたとか!?じゃあ、警察に言わなきゃ――』

「そんなのじゃないんだ!ごめん、本当に……ごめんね……」

『ちょっと!レイ!!』

「必ず、戻るから!また、学校で……」

 

プツッ

 

レイは、電話を一方的に切った。ハァハァと息を荒げるレイ。とにかく、知人の声が聞きたいという彼のエゴ。それが迷惑行為という事も自覚はしていた。故に、レイの目には涙が再び溢れる。

「僕は、最低な人間だよ……うぅ……う……うぅぅ……」

ほんの、僅かな時間でも知人と話す事が出来た事と、その知人に真実を離せず、ただ誤魔化すしか出来ないという事。その二つの感情が相重なる状況。更に、彼を取り巻く様々な感情はレイを困惑させ、涙さえも流した。感情の処理が、追いつかないのだ。

 その際、レイはアレンが言った言葉を思い出す。

 

―――――――――――レイの場合は、早く故郷に帰る事だな――――――――――――

 

「故郷に、帰る……」

一人、部屋でこっそりと呟いた言葉は儚く、すぐに消えた。しかし、独り言とはいえそれを言葉にするという事は、何故だろうか、何も喋らず、思い続ける時と違い、自身の中でより、決意を各個たるものにするには、十分と言えたのだった。

 

 

 

 一方で、整備を続ける整備士達。ビーム粒子貯蔵タンクが各MSの動力部に運搬されている時。ネルソンとシンはアレンから聞かされた言葉に対し、ただ、関心を抱くばかりだった。

「人との繋がりが、こうした出来事を生む事があるのだな……と、関心したよ、私は。」

「何せ、あのジャンヌ・アステルが来るんですよ!?やっぱりデウス動乱の英雄はコネクションも段違いッスね、大尉!」

高揚するシン。

「……それはさて置き、色々な事が重なりすぎているな。今は。」

ネルソンは天井を眺め、そっと、溜息を吐いた。

「日本に来てレイが新生連邦に連れ去られる、そのレイは助けたいという少女を助ける。そして少女の希望通りに浅草という土地まで車を走らせれば、そこで母親が死んでいたという事実……。頭が痛くなる件ばかりだな、本当に……」

日本に来てセイントバード内で修復作業や整備作業を行っていたネルソンにとって、驚愕する事ばかりが起きていた。その上でのジャンヌとの対面。内容を聞いただけでも、ネルソンは頭を抱えている様子だった。

「それに、あの超大型MSの存在だ。何故あのような機体が出現したのか……」

街に出現したダッゲイン。突如出現し、バレットビットで市民にも危害を加えたその機体は何者なのか、何処の所属なのか。ネルソンは、知らないでいたのである。

「けど、どうして街に進出してきたんですかね?」

彼等は街中にダッゲインが出現した事を、映像を通して確認していたのである。

「それも全くもって謎だ。あのような巨大な機体……テロ組織や民間組織等が扱えるような代物ではないぞ。」

ネルソンは、ダッゲインを知らない。実際はデウス帝国の機体ではあるが、それを鹵獲したのが新生連邦なのだ。その事実を知らない彼は、憶測でしか語れない。

「俺も今まで数多くのMSを見てきましたけど、あそこまででかい図体のMSは初めて見ましたよ。大型のMAとかは昔見せて貰った事ありますけど。只のハイ・バッテリーじゃ駆動無理でしょうね。大型のMAとかに搭載されている、G(Gigantic)ハイ・バッテリーとかじゃないとあれは稼働無理でしょう。」

Gハイ・バッテリー。それは従来のハイ・バッテリーを凌駕する、動力源。そのサイズはMSサイズのハイ・バッテリーの十倍以上にもなる。それらがもたらすエネルギー係数は凄まじく、従来のMSの比にならない熱量が必要になる。それ故、大型サイズのMS、MAに搭載される事が多い、ハイ・バッテリーである。

 ダッゲインの場合はそのサイズのハイ・バッテリー以外にもビーム粒子貯蔵タンクのサイズも段違いだ。それらが合わさり、超大型MS、ダッゲインが誕生したのである。

「気になったのはあの機体に搭載されている、ビーム粒子を弾いたフィールドの存在も、気になるな……」

「俺も名前は聞いたことありますよ。バリアーフィールドジェネレーターでしたっけ?」

アレンとレイがダッゲインMk-Ⅱと交戦していた時に話していた単語、バリアーフィールドジェネレーター。ビーム兵器を完全無効にするジェネレーターの一種であり、ビーム兵器が主流になりつつある時代において有用な装置だ。

 しかしコスト面やサイズ面の問題が大きく圧し掛かっており、現状ではダッゲイン等の超大型MSにしか搭載されていない。それ故、多数の生産は不可能な装置であるとされている。

(そう言えば砂漠で出会ったMSもビームを弾いていたな。関連があるのだろうか?)

ふと、ネルソンは考える。

 彼がカイロの砂漠で出会った大型MS。その機体に対してもビームを放った時、ビームを弾いた。それは一体何を意味するのか、不明な点が多い。

「MSに関しては分からない事が多すぎるな。今回の事や、今までの事を考えると、セイントバードも戦力を少しずつ増強していきたい……と、考えるな。」

「あのデカブツMSもそうですけど、地中海の時みたいに新生連邦がもし、本格的に敵になってきたら、マジで命がいくつあっても足りませんからね。」

「そうなれば、やはり資金援助が欲しくなるな……MS乗りとして生き残る為には人員もそうだが、やはり経済力も必要になる。」

現在、セイントバードは各地の知り合いのジャンク屋等で、スクラップパーツ等を売り、生活をしているのが現状だ。ネルソンが言うように、今後新生連邦軍による攻撃が激化してくる事を考慮すれば、より強力な戦力が欲しい状況である。

「万が一今後、新生連邦が軍備増強を続け、見せしめの為等にMS乗り達等を潰していくような事になれば、我々のような存在は、連中に処刑されるだろう。現に、元々奴等の戦艦である、セイントバードという戦艦を奪って生きているのだ。航行には常に、危険が伴う。」

「けれども、戦後の不景気で元々MSに乗って戦ったり整備したりしてきた人間からすればMS乗りって存在は有難いんですよねぇ。就職先だって見つかりにくい状況ですし。何よりここの人達の場合、みんなが艦長に惚れてるようなものですし。」

「艦長……か。」

シンがそう言った時。ネルソンは、エリィの事を思い出す。

 彼が手術をし、幸いにも致命傷でなく済んだエリィではあったが、心の中で、彼女の事が気になっていたネルソン。

「……やはり、心配だな。怪我もそうだが、ここ最近、色々な出来事が重なっていたからな……」

と、言った直後、ネルソンは突然その場を去った。シンとの会話を遮って。

「え!?大尉?」

気がついた時にはネルソンは遠くに移動していた。それを見て、ただ、呆然と見つめるシンだった。

 

 

ウィィィィィン

 

 

エリィが横になっている部屋に、心配になって来たネルソンが入ってきた。左肩は包帯で巻かれている彼女だが、表情は険しくない様子だった。

「艦長、怪我の様子はどうだ。」

そう言った後、彼は椅子に腰かけ、エリィを見る。

「まだ、痛みはありますけれど安静にしていれば少しはましです。昨日はすぐにここに戻ってくるつもりだったんですけれどね……まさか撃たれるとは思わなかったから……」

と、エリィは左肩を抑えながら、言った。

「ここ最近は様々な事がありすぎた。その状況で彼の行動に付き合う貴方も大したものだ。怪我をしていた貴方を見た時は本当に驚いたからな……」

いつもは冷静な態度のネルソンだったのだが、セイントバードに彼女が戻ってきた時に、その怪我を見た時に驚愕していた。エリィは、ネルソンのその時の表情が印象に残っていた様子だった。

「私の方がびっくりしましたよ。大尉があんな顔を見せるなんて。MS乗りをしていれば怪我の一つや二つ、可能性だってあり得ますよ。」

そう言いながらエリィさ笑っている。多少の怪我でも動じない彼女の強さが現れた台詞と言えた。

 しかし、ネルソンはその言葉に対して思わず声を荒げてしまう。

「リスクはあるかも知れんが!無闇にリスクを背負う必要はない!もっと、自分を大切にしてくれ、艦長!!」

そう言っていたネルソンの右手は、いつの間にかエリィの右手に強く触れている。暖かな感触を、感じ取ったネルソン。

「あの、大尉……?」

そう言われた時、ネルソンは目を瞬きし、自身の右手を見た。そして、すぐに手を引っ込め、自らの膝の上に手を戻す。

「うわ!すまない、うっかりしていたようだ。」

と言いながら、咳払いをするネルソン。

「コホン……所で、軽く身体を動かしてみて、目眩とかはしないか?手術後ずっと、横になっていただろう。」

ネルソンに言われ、エリィは身体を動かす。左肩の痛みは動作時に僅かに鋭く生じるが、それ以外では問題なく、動く事が出来た。

「あ、大丈夫みたいです。」

「なら、動いても問題はないだろう。大した怪我でなくて良かったよ。本当に……」

ネルソンがエリィの事を気に掛けるのは、彼女がセイントバードの艦長である為なのか、それとも彼自身の医者としての使命感なのか。それは不明だがネルソンは内心から、彼女の無事を喜んでいる様子だった。

「しかし貴方は無茶ばかりする。貴方の言うようにMS乗りをしていれば確かに怪我の一つや二つはあり得る話だが、もう少し自分を大切にしてくれ。レイといい、貴方といい、まるでどんぐりの背比べだ。全く……」

エリィとネルソンは、歳が四つ離れている。エリィが二十六歳、ネルソンは三十歳だ。艦長を務めているのはエリィだが、ネルソンはその副官のような立ち位置である。

「大尉の治療の腕の良さは私、よく知っていますので!」

歯を見せるように、満面の笑顔で言う、エリィ。

「これではどちらが艦長なのか分からんな、全く。元気なのは良いが元気過ぎるのも手を焼くよ、全く。」

そう言って、ネルソンは立ち上がり、コップを取り出し、水道の蛇口を捻り、水を飲み始めた。多忙を極めていたネルソンは、少しでも水分の摂取をしたかったのである。

「しかし、私と出会った時より本当に明るくなった。アレンやガーストが言っていたが、別人のようだと皆言っているよ。」

と、ネルソンはエリィのことについて語り始める。

 両者は戦後に出会い、セイントバードチームの結成のきっかけになった人間同士だ。その時のエリィは、戦時中のアレンやガーストが見た印象通り、どちらかと言えば暗く、物静かな印象を受ける女性だった。だが戦後に彼女はセイントバードチームとして行動していく内に、明るい性格へと変わっていったのである。

「自覚ないんですよ。けど、変わったって言われるようになったのは、やっぱりチームの皆のお陰でもあるのかなぁ。」

そう言った後、エリィは、右肘を使って起き上がり、端座位姿勢をとり、ネルソンと目線を合わせた。

「明るくなった貴方に、皆が次第に心を開くようになった。そして今のチームがある。寧ろ、今では明る過ぎて無茶をする時もあるが、まあ、無事でいてくれるのなら、それで良い。出来るだけ怪我だけは、避けたいものだが……な。」

自身の事よりもエリィの事が心配の様子のネルソン。シンとの会話を遮ってまでも医務室に来たネルソンは、余程エリィが大切なのだろう。

「なんか、お父さんみたいですね、大尉。」

そう言いながら、エリィは後頭部を軽く触る。さらりとした茶色の髪が指に引っかかる事なく、滑る。

「お父さん……だと……」

何故か、ネルソンはショックを受けている様子だった。エリィは少し、首を傾げる。

 それが2、3秒程度続く。時間が静止したよな感覚に陥ったネルソン。それから、我を取り戻したように首を振り、改めて、エリィに対し、別の話をした。

「それよりも艦長。あの助けた少女はどうする予定だ?事情を聞くにもセイントバードの居住区の一室に籠ったままで話を聞く事も出来ない。」

スバキの事だ。母親の死を聞き、それからスバキは誰とも喋っていない。何人かの人間が接触を試みたが、スバキは喋ろうとしないのだ。

「あの子……レイ君とも喋らないんでしょうか。」

「恐らくレイは少女に気を遣っている。だから今は喋らないのだろう。」

浅草まで車でレイとスバキを送迎した彼は、この状況を理解していた。それ故に、何も言わずに様子を見ていたのである。

「 私、後で部屋に行きましょうか。艦長として話をすれば、少しは聞いてくれるかもです。」

「そうだな。頼むよ、艦長――」

 

 

ウィィィィン

 

 

その時、自動ドアが開かれた。そこに姿を見せたのは、シュアー・ラヴィーノだった。エリィを気に入っているシュアーはエリィの怪我を聞きつけ、見舞いに来たのである。

「エリィはん怪我は大丈夫かいな!?」

慌てふためいた様子で部屋に入ってくるシュアー。

「昨日見舞いに来たかったんやけど、新生連邦の件で日本政府に事情を聞かれてもうてな、その対応せなあかんかったんやわ、すまん、すまん!」

と言いながら、両手を合わせてエリィに謝罪をする。

「いえいえ、それは大丈夫ですよ?来て下さってありがとうございます!」

と、笑顔で答えるエリィ。

「そうそう、ちょっとモニター付けてみ。昨日の事でニュースやっとるで。」

そう言われ、部屋に置いていたモニターの電源を、側に置いていたリモコンで付ける、エリィ。

 モニターを見ると、ニュースキャスターが昨日の事件についてニュース内容を伝えていた。

 

『昨日昼頃に浅草周辺の市街地に出現した超大型MSは日本の自衛隊の協力により、侵攻を防ぐ事が出来ました。この事故により、少なくとも十五名が死亡、四十名が重軽傷を負ったという報告があります。また、この件の後に新生連邦軍と所属不明組織のMSでの交戦が東京、奥多摩地方であったという報告があり、新生連邦軍がこの所属不明組織に対して迎撃を行いました。超大型MSの存在と所属不明組織の件の因果関係は不明ですが、当局はこれらと何らかの関係があると踏まえた上で、現在、新生連邦本部から調査隊が派遣され、詳しい状況を確認していくとの事です。』

 

「昨日のニュースや。確か女の子を助けるとかなんとか言って、ガンダムを使ったんやろ?そしたら連邦が追いかけて来た……って話やな。」

シュアーが腕を組みながら言った。

「確かにレイと艦長がガンダムに乗って、少女を助けた。それを新生連邦軍が迎撃したというのはあながち間違ってはいないですね。」

と、ネルソンが言う。

「いやいや、このニュースで気になるのはな、昨日のデカブツがあんたらと関係あるみたいな書き方しとるねん。どういう事これ?」

新生連邦がアインスを迎撃したのは、事実だ。スバキを救出する為だった為だ。だがニュースの書き方を見て、シュアーは違和感を覚えていたのだ。

これは、ダッゲインの事故を隠蔽しようとする新生連邦の情報部による工作だ。ダッゲインを別の組織の所属機体という事にしているという報道。組織にとって都合の悪い内容は、全て隠蔽され、全く異なる内容として報道される。真実を訴える者がいたとしても、それは所詮、書き換えられるのだ。

「分かりません。あの巨体との関係性云々を言われても私達だってスバキさんを助けに行く途中であれに巻き込まれてる訳ですし。」

「そりゃ、そうやわな。あんたらがあんなデカブツを扱える訳ないのは知っとるし。」

「と言う事は、メディアによる情報の書き換えか……」

ネルソンが口元に指を持っていき、考える仕草を見せる。

「どこの所属が知らん機体をあたかもあんたらと関係あるみたいな言い方してるのが気に食わんな。訳分からん、ほんま。」

シュアーは立腹した様子で言った。

「思うんですけど、メディアが私達を所属不明組織って報道しているって事は、世論を誘導して、その上で私達を叩く大義名分になる訳ですよね。」

エリィが言った。この世界のメディアは世論を操作しようとする傾向にある。それ故に、反連邦組織は世論から見て、“敵”と見做されるのだ。

「新生連邦にとっては都合はええかもな。けどここは日本政府の管轄やからここに連邦が攻めてくるって事はありえへんで。本来ならな。」

と、シュアーが言った。

「確かに。だが気になるのは、何故昨日は敵の機体がこの敷地に入ってきて、アインスガンダムと交戦をしたのか。」

 スバキ救出の為に、アインスが出撃し、途中まで迎撃するのならば、分かる。しかしここでややこしいのは、シュアーのジャンク屋が新生連邦にとって立ち入り禁止区域にも関わらず、侵入してきたMSが居たという話だ。クラリス・デイルの駆るジョゼフがこれに該当する。

「ルール知らんアホが入って来たんやろ。」

 シュアーの経営するジャンク屋。新生連邦の加盟国である日本においてその存在が許されている理由。それは以前ガーストがレイに言っていたように、シュアーが日本政府とのコネクションを持っているのが大きい。

「フォンも大変やわほんま。日本は本来、平和国の加盟国のみで良かったのに新生連邦の連中が後から加盟国に無理矢理しよったから日本はややこしいねん。」

この時代の日本は、新生連邦の加盟国でありながら平和国連盟の加盟国でもある。現在が戦後の混乱期という事もあり、明確な線引きがされていない状況。その為、新生連邦軍の設置が義務付けられていながらも日本は自衛隊という独自の部隊を持つことが出来ていた。そして、平和国連盟が絡んでいる為、新生連邦も大きく武力行使を行うことが出来ない。

 表向きは平和な国である日本ではあるがこうしたややこしい世界情勢が複雑に絡み合っているのである。

「フォンって確か、フォン・ヤマグチ。日本の首相ですよね?」

エリィが聞いた。

「そや。仲ええねん。わしとフォンはな。」

シュアーの言う、日本政府の首相、フォン・ヤマグチ。彼とシュアーのコネクションは非常に太い関係である。デウス動乱後に何度か交流があった両者。戦後にフォンは日本政府首相となり、シュアーはジャンク屋を経営。その為、シュアーとコネクションのある人間は特別な待遇を受けることが出来るようになったのだ。

 又、フォンは日本政府首相という立場でありながら平和国連盟とも繋がりが強い存在であり、国内に新生連邦政府の基地があっても日本国内で特定領域の戦闘を禁止することが出来る権力を持つのだ。その特定領域の一つが、シュアーの経営するジャンク屋の敷地である。

「フォンは平和国連盟と強いパイプがあるからな。新生連邦も迂闊な事はでけへんっつー訳やで。向こうもルールをしっかり理解してくれな困るっつー訳や。」

そう言って、シュアーはモニターを消した。

「そんな凄い人とコネがあるシュアーさんも凄い人間ですけどね。」

ネルソンが、言った。

「わしは別に凄ないわ。あいつとは仲良いだけや。」

そうは言うが、どこか誇らしげにしている、シュアー。

「新生連邦軍が軍備増強を続けている中で、今の世界情勢で大規模な戦闘が起きていないのも、フォン・ヤマグチ首相が頑張ってくれているって話ですもんね。」

エリィがシュアーに対し、言った。

「そうやなぁ。そこは平和国と頑張って連携取ってくれてるからなぁ。フォンはあのチャール・ポレクからも一目置かれてるし、加盟国で戦争行為等がない様に尽力してくれてるのはほんま、有難いわ。だからわしらもMS整備とかの仕事も出来るって訳や。」

「そういう背景が無ければMSなど、兵器ですからね。」

ネルソンが言う。

「わしらは兵器としてのMSの整備はやっとらんぞ?わしと仲良い、ジャンク屋でMS乗りをやってる連中のあくまでも支援や。別に日本の脅威を生み出す存在としてジャンク屋はやっとらんからな。万が一あんたらがMSで日本政府に攻撃するとかゆうたらここで止めなあかんしな。」

 デウス動乱を経て、新生連邦政府と平和国連盟が入り混じり合う世界情勢。平和国の目的は新生連邦の監視。しかしその新生連邦は軍備増強を続ける。

 しかしその新生連邦政府が迂闊に武力介入出来ない地域が、地球圏にはあった。それは日本をはじめとした先進国である。そこは平和国連盟の力が強いのと、フォン・ヤマグチの影響力の強さが関係していた。テロ、内乱等の行為は多少あれど、大規模な紛争、国同士の戦争等がなく経過しているのはこうした事情が絡んでいる為である。

 だが昨日の件は新生連邦が大きく関係していたのにも関わらず、メディアは新生連邦を擁護するような内容で発信している。これは、世界中のメディア関係が新生連邦政府の情報部によって支配されている事が原因だった。新生連邦側にとって不都合な情報は、全て情報部によって消されるのである。

「原因が分からん、所属も分からんデカブツ機体をあたかもあんたらと関係あるみたいな報道は気に食わんな。これでも、事実言うたら新生連邦に制裁加えられるしな。」

はぁ、とシュアーが溜息を吐いた時だった――

 

「あのデカブツは新生連邦の所属だよ」

 

一人の少女が口を開いた。その方向に、三人が一斉に顔を向ける。

「スバキさん……?」

そこに居たのはセイントバードの居住区の一室にて部屋に籠っていた筈のスバキだった。母親を亡くした事を知り、そのショックで引き篭もっていた筈の少女が、この医務室に姿を見せたのである。

「いつの間に……?」

「そこのおっさんが入ってからすぐだよ。話し込んでたみたいで全然気付かなかったな。あんた。」

と、スバキはエリィに対して言った。

「おっさんは失礼やろ!おっちゃんにしとき!お嬢ちゃん!」

シュアーは声を荒げた。呼び方一つでも、人は怒りを覚えるものなのである。

「んなもんどうでも良いんだよ。それよりデカブツの話だ。あれは新生連邦所属の機体で、私は、あれのパイロットを知ってる。」

「どうでも良いって……」

スバキは実際にダッゲインに乗り、サイコミュ試験運用の為にバレットビットを操った。その次に搭乗したパイロット、リノアス・クリストル。彼女がダッゲインを駆り、都市部へ侵攻をした。

「それは、誰だ?」

「新生連邦の強化モデルって言ってた。」

スバキの言葉により、彼等が疑問を抱いていた事が明らかになっていく。ダッゲインが新生連邦の所属機体であり、パイロットが強化モデルの人間であるという事。メディアが報道していた内容は全くの出鱈目ということがこれで明らかになった。

「やはりメディアは嘘をついていた事になるな。……スバキ。良ければ君が置かれた状況を詳しく、話せるか。」

「いいよ。」

それからスバキは一連の事について全てを話した。ダッゲインの暴走の真相を始め、新生連邦で自分が受けた仕打ち等について……

全てを話したスバキ。壮絶な体験をしたスバキの言葉は、三人を黙らせるのに十分だった。

 その中で、シュアーがゆっくりと、口を開いた。

「君を助けたの、エリィはんとあの女の子みたいな子供やろ。それ聞いたら助けたくもなるわ。わしやったらそうーする。それから色々と重なったって訳やな。」

「そう言う事だよ、おっさん。」

スバキの言葉に、シュアーは再び言葉を紡いだ。

「それよりも、貴方……色々と大丈夫なの?その……お母さんの事とか。」

エリィ自身、言い辛い事なのは分かっていた。しかしここにスバキがいる以上はその事も踏まえ、話さないといけないと、考えていたのだ。

「そりゃ、落ち込んだよ。ずっと、悲しんでた。けどさ、あんたとレイが助けてくれた。そう考えたら、いつまでも落ち込んでられるかよ。それにさ、怪我をしているあんたにお礼も言えてないしさ。」

彼女にとって辛い事が続いた筈なのに、それでもスバキは部屋を出た。エリィに礼を伝えていない事。それが、彼女を動かした。

「んで、部屋に入ったらその話をしていただろ。だから真実を伝えたって訳だよ。」

この時、エリィはスバキの心の強さを感じ取っていた。辛い経験をしてきた上で、肉親を亡くした彼女。それでも立ち上がり、礼を言う事が出来る、彼女の強さ。エリィはただ、それに感銘を受けていた。

「スバキさん、貴方……強いんだね。」

優しい笑みで、スバキを見るエリィ。

「昨日、レイから少し聞いた。あんた、この戦艦の艦長なんだろ。お願いがある。」

すると、スバキは改まった様子でエリィの前に立ち、そして、静かにお辞儀をする。

「あんた達と一緒について行きたい。助けてくれた礼をしたい。この艦で、一緒に行動させてくれ。」

予想もしない言葉が出てきた。スバキに関して、今後どうしていこうかとネルソンと話していた矢先に、本人からセイントバードに居たいという話をして来たのだ。エリィは表情を固め、ただ、目を開けたままにしていた。当然、エリィ以外の「二人も驚愕している。

「あの、スバキさん……?気持ちは嬉しいんだけど、貴方、確か学校とかあるんじゃなかったのかな?」

その件についてはレイから聞いていた。それ故に、彼女の言葉に対して戸惑っている。

「あれは奴等が出してくれた金で行ってた。私には母さんもいないし、金を出していたマサアキだって死んだ。そんな状態であの基地に戻るなんで今更出来る筈がない。だったら、私に残された選択肢はあんた達と共に行動する事だ。」

人員不足になりやすいセイントバードチームにとって、ありがたい話ではあった。そして、スバキの意思の固さを、エリィは感じ取っている。

「あんた達と共に行動する。雑用だってなんだってやるよ。なんだったら、何かあった時にはMSだって乗ってやる。」

戦力は多い方が良い。その台詞は非常にありがたい。しかし、エリィはこの言葉を素直に受け止めて良いのか……と、考えていた。

「スバキ。君の気持ちは分かる。君の状況を聞けば、確かにここに居た方が良いかも知れない。」

スバキは今、帰る場所がない。実家も破壊されている。ただ、残されているのは学校に通う事だけ。無論、学校に泊まることは出来ない。その状況を考えた時、彼女の居場所を提供できるのはここだけではないか……と、ネルソンは考えた。

「私には、もうここしかないんだ。日本にはもういられない。それに、助けてくれた恩を返せないのは嫌なんだよ!」

ネルソンは腕を組み、考える。スバキを仲間に入れれば人員が増える。更に、彼女はMSを操ることが出来る。それはセイントバードにとってメリットしかない。また、彼女の現在の状況を考えれば、今はセイントバードで生活をしていく方が良い。

「スバキ、君が良いのならば、私は賛成だ。艦長はどう思う?」

ネルソンはエリィに振った。それを聞いた彼女は、笑みを浮かべる。

「勿論、こんな所で良ければ……だけれどもね。」

スバキがセイントバードチームに加わる事を、承諾した。これにより、正式にスバキ・シンドウがセイントバードチームの一員に加わる事となったのである。

 レイが助けたいと言った少女は、結果的にクルーになった。彼女はMSに乗り、戦うことが出来る。その上で様々な仕事を与える上で、衣食住を全て提供する。それが、セイントバードに留まる条件となった。

「となれば、スバキさん。ここが貴方の家になる訳ね。」

「日本にはもう、住む場所がない。だったら、このまま出て行ってやるよ。」

落ち込んでいたスバキの姿は何処へ行ったのか。今の彼女は、どこか頼もしささえ、感じる。

「ただ、気を付けなければならないのはこの艦は常に安全な環境ではないという事だ。昨日の戦闘でもそうだが、新生連邦に目を付けられる可能性が高い。戦力は奴等の方が上だ。その中で生き残れる保証はないぞ。」

確認のように、ネルソンが聞いた。

「ニュース、見てたよ。新生連邦の連中は都合よく事実を捻じ曲げる連中だ。今まではあいつらの言いなりだった。学校に行く為の金を出してはくれていたけど、その代わりに戦わせられてきたんだよ。」

マサアキの事に関して、どうやら彼女の中で踏ん切りがついた様子だった。

「例え新生連邦が相手だろうが、やってやるよ。私だって今までMSで戦ってきた。どんな機体でも、与えてくれればそれなりに戦ってやるさ。」

スバキの強い言葉。レイと会った時のスバキが、戻ってきたようだった。

「じゃあ、決まりね。」

エリィはウインクをし、反応した。

「……なんかよう分からんけど、えらい青臭いやりとり見たような気ぃするわ。まあええか。」

ぽりぽりと、シュアーは頭を掻いた。後頭部の髪量が少ないシュアー。その部分は何故か、よく痒くなるようだ。

「エリィはん、ここに居る限りは安全やけど、発進した後の航空の安全は保障しかねるで。新生連邦の連中は、確実に昨日の件でセイントバードに目ぇ付けよったさかい。ほなね。」

そう言って、シュアーは医務室を去って行った。

「私も、レイに会ってくる!報告、したいからな!」

次に、スバキが部屋を去った。セイントバードチームのクルーになれた事を、心から喜んでいる様子のスバキ。エリィが出会った時よりも明らかに元気な様子の彼女を見て、エリィは呆然としていた。

 

「……なんだか、凄く、強い子ですね。あの子。」

「あ、ああ……そうだな。」

落ち込んでいるとばかり思っていたスバキ。予想以上の彼女の心の強さに驚愕する、両者。

 やがてエリィはベッドから立ち上がり、少し歩こうとした時――

「ああ、そうだ艦長。シュアーさんやスバキに気を取られていて、私から伝えるのを忘れていた事がある。」

「え?はい、何でしょうか?」

ネルソンは、思い出したようにエリィに対し、口を開いた。

「アレンが言っていたが、ジャンヌ・アステルがここに来るそうだ。」

「え?ああ、今は世界中でコンサートやってますよね!……えぇぇぇぇ!?」

エリィは驚愕した――

 

ガタッ

 

と、同時に姿勢を崩す。

「艦長!?」

それを見たネルソンが、エリィの腰に手を当てる。

 間一髪、エリィが転倒するのを回避する事は出来た。しかし、その、“触れた場所”が、良くなかった。

「大尉……これ、所謂ラッキースケベって奴ですねぇ?」

「え……あ……!!」

ネルソンの右手は、エリィの乳房に思いきり触れていた。それを嫌がるどころか、エリィは何故か冷静な表情でいた。

 

ウィィィィィン

 

「遅いですよ、大尉!いつまで居てるんですか――」

シンが、部屋に入ってきた。そこで彼が見たのは、ベッドからすらりと長い脚を下ろし、体幹のみ背臥位姿勢になっているエリィに、ネルソンが右手で胸を触り、左手で腰を支えているという、光景だ。

 それを見たシンは顔を赤め、言った。

「た、大尉……貴方って人はッッ!!!」

「違う!シン、落ちついて聞け!」

「見損ないましたよ!俺との会話を遮って艦長とこんな事!!!みんなの憧れの艦長を、こんな風に!!!この事を他の奴等に知れ渡ったらどうなるでしょうね!?」

立腹しつつ、涙目になりながら、シンはその場を去った。

「ああ、何てことだ……。」

「シン君、何と勘違いしたんだろう……?」

純粋に姿勢を崩すエリィを助けようとしただけなのに、誤解を与えてしまったネルソンは、ただ、溜息を吐くばかりだった。

 

 

 新生連邦軍奥多摩基地にて。昨日のダッゲインMk-Ⅱの市街地の暴走について調査を行う調査班。その中には新生連邦総司令、レヴィー・ダイルの姿もあった。ウイングイーグルを用いて奥多摩に降り立ち、超大型MSが都市部を攻撃したという事に対し、事情聴取を、総司令自らが行なっていたのである。

 こうした事が出来るのは、彼自身のその若さによるものだ。新生連邦という、現在の世界の中心となっている勢力のトップであるレヴィー・ダイル。彼のその年齢故に、何らかのトラブルが生じた時でも自身が現場に駆けつけるといった事が出来るのである。

「総司令自らがこちらに来られるとは、遥々、お疲れ様です。」

そう言うのは、フーク・カズロブだ。奥多摩基地の司令官だったマサアキがレイに倒された為、対応をしているのは彼という事になっている。

「そちらで管理していた超大型MS、ダッゲインが都市部への侵攻をしたという報告を受けています。何故このような事になったのか。説明を願えますか。」

総司令故に、現場の把握をしなければならないと考えていた総司令。その側には側近のソフィアの姿もあった。

「マサアキ・アルト少佐が、シンギュラルタイプの人間をダッゲインに乗せ、サイコミュ兵器の実験を行った時にそれは起きました。突如都市部へ移動を始め、サイコミュ兵器を一般市民に向け始めたのです。」

「サイコミュの暴走……と言う事でしょうか。」

「そう言う事になります。」

「では、司令官のマサアキ・アルト少佐は今どこに?」

「残念ながら、この件の後、行方不明となっています。私にも所在は不明です。暴走事故の責任を取った可能性も、あり得ます。」

「自殺……と言う事ですか。」

「恐らくは。」

フークは、虚偽の報告をした。実際は彼が扱っていた特殊強化モデル、リノアス・クリストルの暴走が原因なのだが、それらの責任を、死亡したマサアキ・アルトに擦りつけようとしていたのである。

 本来、虚偽の報告などあってはならない。それをする理由は自己保身か、部下を守る為ならばあるいは自己犠牲か。フークの場合は前者を取った。佐官の人間として、あるまじき行為である。

「ではダッゲインのパイロットは?」

「残念ながら、行方不明です。私にも所在は分かりません。あの機体が戻った時。既にパイロットは姿を見せていませんでした。」

「そのような事、普通ならばあり得ないと思いますが。」

突然の疑問。しかし、フークは言った。

「先日はダッゲインの件と、もう一つ交戦があったのです。所属不明組織と、奥多摩基地のMS部隊との交戦が。」

「交戦……確かに、情報では聞いていますが。」

「私にも詳しい事は分かりませんが、その際に連れ去られた可能性もありますね。その意図は不明ですが。」

事実が書き換えられていく。実際は基地内にいたスバキを、レイとエリィが救出したのだが、フークの言い分では、ダッゲインに乗っていたスバキを、敵勢力が連れ去ったと述べているのだ。

「その勢力は今、日本政府の保護区にいるとされています。その為、そこへの攻撃は不可能です。」

条約で決まっている内容。昨日、それをクラリスが破った。

「また、保護区へ無断で立ち入ったパイロットに関しては、謹慎処分を下しています。」

フークは総司令に、伝えた。

「事情は分かりました。ちなみに、その“敵勢力”について何か知っていますか。」

「報告によれば、ガンダムタイプを所持していたという話を受けておりますが、残念ですが詳細は不明です。」

「ガンダムタイプ……ですか。」

総司令はそれを聞き、一つ、思い当たる存在を思い返していた。

 セイントバード。地中海上で彼等と交戦し、ウイングイーグルは損傷を受けた。そこに居たアインスガンダムの存在が、気になったのである。

「カズロブ大佐。近日中にそちらにMSを派遣しましょう。もし、敵性戦力に“ガンダムタイプ”が存在するのならば、それらは大きな戦力となり得ます。」

総司令の金色の髪は、静かに靡いていた。

「しかし、保護区へは侵攻は不可能とされておりますが。」

フークが疑問を抱く。が、総司令は言う。

「恐らく彼等は“補給”を受けていると思われます。それが終われば“飛び立つ”筈です。日本の領域を離れれば、迎撃を開始する事は可能です。」

それは、敵戦力の正体がセイントバードチームである事を見抜いている何よりの証であった。彼等は日本にいる。だが、日本の保護区に隠れている以上は迂闊な攻撃を受けない。それを理解していた総司令は、あえて戦力を派遣する事を約束したのであった。

「詳細は後程連絡をします。では。」

そう言って、総司令は敬礼をした後にその場を去る。ソフィアと、そして護衛の兵士と共に。

 

 

 その後、ウイングイーグル内にて、ダリアと話をする総司令。フークの発言に対し、僅かながら疑問を抱いている様子の、ダリア。

「カズロブ大佐は特殊強化モデルを取り扱っている筈です。なのに、超大型MSが都市部へ侵攻をしたのは奥多摩基地内いた、シンギュラルタイプと言われる人種のパイロットという報告。これには、私は引っ掛かる所があると、考えます。」

ダリアはフークの事を疑っていた。明らかに虚偽報告ではないか……と。

「仮にそうとしても、都市部にMSが侵攻してしまった事に変わりはありません。それは、最早止められない話です。元々の司令官であるマサアキ・アルト少佐の行方が不明である以上はこれ以上の詮索は不可能です。」

総司令は、静かに言った。

 虚偽の報告をしているフーク。だが、彼のその発言は、まるでフークの発言を容認した上で語っているようにしか思えない。真実に対する追求の関心が、無い様子である。

「それに、以前交戦したあの同型艦……セイントバードが恐らく日本に居る事はほぼ、間違いないとみて良いでしょう。日本にガンダムタイプの証言があるという事は、つまりはそういう事です。」

地中海上での戦闘の事を、思い返す総司令。ウイングイーグルの艦長である、ダリアも煮え湯を飲まされた相手である、セイントバード。それが日本に潜んでいる事を聞き、ダリアは眉を顰める。

「彼等が日本に……」

「それも、保護区に隠れていると予想出来ます。だから我々が攻撃を行う事は出来ません。我々はこの場に長く止まる事は致しません。現地を指揮している人間はカズロブ大佐のみです。彼はデウス動乱時に前線の指揮をされていました。当時の功績もあり、その為、彼に任せようと考えたのです。」

「……」

と、ダリアは沈黙を見せる。今回の事故はリノアスを管理していたフークの失態はあるのだが、その男に任せようという総司令。彼の失態を見抜いた上で任せているのか、或いは気付いていないのかは定かではない。

 セイントバードとアインスガンダムの奪還。彼等にとっては願ってもないチャンスだ。ただ、邪魔をしているのは日本の保護区という存在、それだけである。

「ところで、ローゼント中佐。私が本部から日本に、貴方の指揮するウイングイーグルを使い、来た理由がもう一つ、あります。」

「何でしょうか。」

総司令は、両手を後ろに組み、静かにその、小さな口を開く。

「日本の静岡、駿河に未確認の艦艇が潜んでいるという、匿名情報が入ってきました。この情報の真偽を確認する為に潜水艦を派遣した所、ライブラリと照合しない、艦艇らしき影が確認出来ました。」

「艦艇……何故、そのような所に?」

「詳細は不明です。が、何らかの組織が関わっているのではないかと、考えています。」

匿名情報というのは信憑性に欠けるものが多い。本来ならば見逃される筈の情報。しかし総司令はこれに対して調査を依頼。その結果、それは本物の情報だった。

 駿河湾に艦艇が隠されている。それは何なのか、不明である。

「攻撃を、仕掛けるのですか。」

ダリアの言葉に対し、総司令は言う。

「いえ、様子観察をします。ウイングイーグルを駿河湾沖に待機して下さい。様子を伺います。何か動きがあれば、戦闘態勢も視野に入れて行きます。」

「ハッ。」

ダリアは敬礼し、ブリッジ内にいるクルー達に、ウイングイーグルを発進するように命じる。

(僕としてはこちらの方が気になる。ライブラリに載らない艦艇……どこの組織の艦なのか、それを確かめる必要は、あるか。)

セイントバード迎撃はフークに任せ、自らは駿河に存在するという、謎の艦艇の調査をする為に、ウイングイーグルに同乗し、向かっていく。

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 やがてエンジンが点火し、その巨大な鷹は両翼を展開し、飛び立って行ったのだった。

 

「総司令に詮索をされるとは、厄介なものだ。」

と、言うのは奥多摩基地に残っていたフークである。そして、その側にはリノアスの姿もあった。

「しかしリノアスが何故暴走をしたのかは不明だ。そして、それが止まったのも……」

 

 

 

 それは、昨日に遡る。ダッゲインの暴走が止まり、バーニアを使い、基地へ帰還した時だった。

 コクピットから降りてきたリノアスはヘルメットを取り、フークの元へ戻る。

「リノアス、なぜこのような真似をした!?」

叱責をするフーク。それに対し、リノアスは答えた。

「暖かな……感じがしました……。その感覚は……私に安らぎを……与えて……くれました。私にない、感情を……与えてくれました……。」

「感情……だと……?」

それが何を意味するのかは分からない。それが暴走のきっかけなのか、暴走が止まったきっかけなのか。

「暖かくて……優しい……感じ……そんな……パイロットが……いました……」

「暖かくて優しいパイロット……?」

それが、何を示すのかは不明だ。ただ、リノアスは引き続き語り始める。

「分からない……けど……でも……優しい心を……持っていたパイロット……でした……」

この時、リノアスは僅かに笑みを浮かべていた。感情がない筈の、特殊強化モデル。だが今の彼女には、“喜び”という感情が作り出されようとしていたのである――

「感情と言うものは、リノアスにはあってはならん。それはリノアスにとっての欠陥でしかない。まだまだ、リノアスには活躍してもらわなければならん……君。」

近くに居た、基地所属の兵士にフークが聞いた。

「ここはシンギュラルタイプの研究施設だが、強化モデルに対応している強化装置等は設置しているか。」

「ハ、今は使われておりませんが、設置自体はしております。」

それを聞き、フークは静かに言った。

「なら、この研究所の装置を利用して、リノアスを再強化する必要があるな。」

今回の件で、リノアスに欠陥が見つかったというフーク。人間らしい感情こそが、リノアスにとって最大の敵。それが、フークがリノアスに求める理想だ。最早これは人間としての扱いを成していない。只の、戦闘マシーン以外の、何者でもないのであった――

 

 

 そして、翌日。レヴィー・ダイルが去った後の奥多摩基地にて。マサアキの代わりに臨時の司令官を行う事になったフーク。彼は強化済みのリノアスを傍に置き、指令室に移動していた。

「カズロブ大佐、奥多摩エリアの調査の結果、アルト少佐の機体の破片が見つかったとの事です。」

報告に来た兵士が、言った。

「そうか、彼は、名誉ある戦死を遂げたという訳だな・・・・・・」

と、哀悼を捧げる様子で静かに、目を瞑った。しかし――

(所詮シンギュラルタイプに拘り過ぎた男の末路という訳だな。)

この時、この男はマサアキを見下すような事を思っていた。表向きの言葉と違い、内心では奇妙な笑みを浮かべている。

「それと、もう一つ報告が。本部からの派遣で、近日中に当基地に二機のガンダムタイプが配備されるとの事です。何でも、姉妹が駆るガンダムタイプだとか。」

姉妹のガンダム。チェーニ姉妹のガンダムである。総司令はそれらを、奥多摩基地へ配備すると言ってきたのである。

「先程総司令が言っていたMSの事か。二機の、姉妹が操るガンダムタイプ……随分と良いものを派遣されるのだな。」

「それと、総司令より追記が。日本国内において今後、超大型MSの使用は禁ずる……と。やはり都市部への侵攻が問題となったようです。」

それを聞き、フークは両腕を組んだ。

「となれば、リノアスは暫くお預けという訳か。」

「無理もありませんよ。原因不明の暴走行為。むやみやたらにそんな事が行われていてはいずれは人が住めなくなりますよ。国際問題にも発展しかねません。例えるなら怪獣が都市を破壊しているようなものですからね。」

兵士は何気なく台詞を吐いた。

「君は、リノアスを侮辱しているのかね?」

フークが放ったその言葉。明らかに口調が敵意を剥き出しにしている。それを聞き、恐怖を感じた兵士は

「し、失礼致しましたっ!」

と言って、その場から姿を消したのだった――

 

 

 

フークにより、謹慎処分を受けていたクラリス。彼は基地への出入りも許可されず、都市部を歩いている。

合流した友人であるマサアキは戦死。その情報を聞いたのはダッゲインが都市部侵攻を行ってから後の事だった。その上でフークから謹慎処分命令を受けるクラリス。彼は途方に暮れている状態だった。

「クソが!マサアキの奴が倒されて……俺は謹慎処分……こんな、屈辱!それもこれも、あいつがいるからだ!あいつさえいなければ!!」

独り言を呟き、歩く男。その様子は、まるで軍人とは思えない。不貞腐れている、愚かな成人男性だ。

「俺はどうしてここまで落ちてしまった……!?新生連邦が樹立した時はバリバリ活躍していて、それでやっと中尉までのし上がったのによ!」

そう言って、近くにある壁を握り拳で殴る。その瞬間に彼の拳は衝撃によって血を出す。だがそれに対して痛みを感じる事なく、ただ、怒りを覚えているばかりである。

「全部あいつだ……あいつのせいで!レイ!あいつさえいなければよっ!!」

その怒りをレイにぶつけるクラリス。だが今回の失態は彼が条約等のルールを知らないが故に生じた事であり、レイは何も関係がない。

 

「クラリスさん……?」

ふと、聞き覚えのある声が聞こえた。その声に耳を貸すクラリス。

「お、お前ら……」

そこで偶然にも出会ったのは、ギリシャで彼を助けた姉妹だった。アユとリン。同じ航空機で日本に来ていた彼女達。そして、彼が壁に対して殴るという、大人気ない場面を、しっかりと見ていたのである。

「あんた何やってんの?壁殴って。拳で殴って壊せる訳ないじゃん。」

リンの毒の効いた言葉がクラリスに浴びせられる。

「るせっ……見せモンじゃねぇんだよ!」

と、視線を合わせないようにするクラリス。

「もしかして、怒ってますか。」

隣にいた、姉のアユが聞いた。

「お姉ちゃん、怒ってなきゃ壁なんて殴らないって。てかさ、ずっと気になってたんだけどさ、あんた本当に軍人なの?」

リンの言葉がクラリスに突き刺さる。現在も、処罰を受けているクラリス。途方に暮れている状態で、情けない姿を、よりにもよって助けられた姉妹に見られるという失態。

「あの時はちょっと良いかな……なんて思ったけどやっぱり駄目だわ。情けないわ。あんたホント。」

クラリスの表情が怒りから無へ変わっていく。ここまで言われ、彼は怒る気力すら無くなって行っていたのだ。

「リン、言い過ぎよ……クラリスさんだって、色々と事情を抱えているんだと思うし……あの、もし良かったらお話、伺いますよ?」

気を遣うアユだが、クラリスにとってはその気遣いですら、辛いものであった。

「フォローになってねぇんだよ……てかお前等が何でここに居るんだよ。あのデカブツMSの被害には、遭ってないのか?」

クラリスの問いに対し、アユが答えた。

「私達は浅草方面じゃないので、無事でした。今は二人で晩御飯の為の買い物に出掛けている途中だったんです。あ、もし今、お暇でしたらご一緒しますか?」

「え!?こいつと買い物?いや、勘弁してよお姉ちゃん……」

クラリスへの対応がまるで正反対の姉妹。優しい姉と、毒を吐く妹。軍人でもない、このような一般人達に偉そうな口調で言われる事自体、彼は情けないと、思っていた。

(俺は、どこまで落ちるんだ……こんな姉妹に馬鹿にされたり、心配されたり……俺は本当に軍人なのか?新生連邦の軍人がこんなザマじゃ洒落にならねぇぞ……)

軍人とは何なのか。彼の場合はMSのパイロットを務めている存在だ。それだけでない。一般市民を律する立場にあるのも、軍人の役目である。

 しかし今の彼は条約違反等を繰り返す等の行為を行ったり、ましてや一般人である筈のレイに敗北を喫しているクラリス。自身が軍人である理由が、全く分からない状態に陥っていたのである。

(情けねぇ状態が続くのなら、いっそどん底まで落ちて行く方がいいのかもな……)

最早、今のクラリスは自棄になっていた。精神的にどうでも良くなっていた彼は、アユに対して口を開く。

「買い物……付いて行っていいか?俺も、晩飯を買わなきゃならねぇんだ。」

謹慎処分中のクラリスは、一般市民と変わらぬ扱いだ。いや、仕事が与えられない分、下手をすれば一般人よりも扱いは悪い可能性がある。なら、いっそプライドを捨ててこの姉妹と買い物でも楽しんで居ようと、考え出すクラリスだった。

「はぁ!?マジで言ってんの?引くわ……女の子二人の買い物に軍人の男が付いて行くという絵面が引く!控えめに言って気持ち悪い!はっきり言って吐き気催すわ!!」

罵詈雑言を吐き続ける言うリン。だがここまで言われているにも関わらず、クラリスは何の反応も見せない。最早彼の中にプライドは無いのだろうか。

「どうとでも言えよ」

と、一言言った。

「あ……えっとですね……“休日の姉妹の買い物に付き合うお兄さん”では駄目でしょうか?ほら、クラリスさんも私服ですし!軍人さんだってお休みの日に妹さんとかの付き合い、するでしょう?」

と、フォローをするアユ。

「俺は一人っ子で育ってんだ。兄弟姉妹なんていねぇ」

目が虚ろなクラリスを見て、アユの表情は不安を感じていた。大丈夫なのだろうか……と、彼女は思っている。

 だが、この状況に対して怒りを覚えた人間がいた。妹のリンである。

「はぁ……あの時の恰好良かったあんたはどこに行った訳!?あの借金取りを追い払ったあの時のあんたの姿、あれは本当にあの時の軍人なのか……気になってきたわ!ほんと情けない。お姉ちゃん、こんな奴放って行こうよ。」

「けど……」

戸惑う姉。突き放す妹。クラリスは、この光景を目の前にし、ふと、声を出す。

「人間ってのはなんでこう、調子が出る時と出ない時で差があるんだろうな。」

何気ない言葉。だが、それはアユに聞こえていた。

「多分ですけど……調子が出ない時って、何かに固執し過ぎているからじゃないんですかね。」

「固執?」

アユから出た言葉に耳を傾ける、クラリス。

「何か調子が悪くなって、それがどんどん続いて、それに固執するようになっていって……それが、どんどん失敗を招くような気がするんです。これ、私の場合、なんですけどね。えへへ……」

何故だろうか、アユの言葉がクラリスにとっては新鮮に聞こえた。

 彼は軍に入ってから上司に恵まれた事がない。成功に対する称賛、失敗に対する助言等を受けた事がない。それは彼自身の不器用な性格が災いしていた事もあったのだが、それ以上に彼の上司が人を見る目が全くないと言える人間ばかりと言うのも、関係があった。

 アユ・ヒーストが言ったこの言葉はクラリスに大きく響く。

「固執してるから……俺は失敗しているのかよ?」

思えば、レイと出会ってから彼はレイと戦う事ばかりを考えていた。その度に彼は失敗し、敗れ、やがてはこのような謹慎処分を受ける事になった。

(待てよ、もし俺があいつの存在に固執し続けて、それで失敗しているのだとしたら……)

自棄になっていた彼にとって、救いの声が聞こえたような、そのような感覚に陥っているクラリス。

「俺は、どうすればいいと思う?アユ。」

今度は、クラリスの方がアユに聞いた。

「え?わ、分かりませんけれど……多分、広い視野を持つ事が、大切じゃないんでしょうか?」

「お姉ちゃん、こいつがそれは無理じゃない?ギリシャで一緒に居た時に思ったけれど、こいつは視野狭すぎ。だから私が言った事に対していちいち怒るし、気にするのよ。」

リンの尖った言葉。しかし、その言葉も、今のクラリスにとっては助言に聞こえていた。

「視野が狭すぎ……そうか、俺は視野が狭かったのか……!」

何故だろうか。この時クラリスの表情が、明るくなった。目が見開かれ、先程まで地面を見ていた視線は空を見ている。その目に映っているのは、透き通った、青い空。

 人はほんの、僅かな助言でも元気を貰える事がある。それは無論、個人による。他者にとっては何気ない言葉であれど、それは当人にとっては非常に、重要な言葉であることがある。

そこに人が気付いた時、人は成長をすることが出来るのだ。

「……よっしゃ、お前等の晩飯代、俺が奢ってやる!感謝しろよな!」

突然機嫌を戻したクラリスは、あろうことか、ヒースト姉妹に対して“奢る”と言い出したのだ。

「は?え?何ってんのこいつ?」

「お気持ちは嬉しいんですけど……そんなの、悪いですよ……」

「いいや、気にすんな!俺は、視野を広く持たなきゃならねぇんだからよ!!」

自分に足りていない物を気付かしてくれた、例なのだろうか。クラリスはアユとリンが持っていた鞄を取り、そのまま走り去った。先程まで落ち込んでいた男の姿は、そこにはもう、ない。

「あいつなんなのよ!まじで意味分かんないんだけど!?」

「けど、なんだか嬉しそう……良かったわね!」

「良くないわよお姉ちゃん!意味分かんない!!」

それを追いかけるように、ヒースト姉妹も走り出したのであった――

 




第二十六話投了。
世界的歌手、ジャンヌの思惑や新生連邦の腐敗の話を描きました。


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第二十七話 ラヴ・アゲイン

日本での日常の日々や、アレンが恋人と再会する話。
※性描写有。


 エリィと握手を交わし、正式にセイントバードチームのメンバーに加わったスバキ・シンドウ。彼女はレイの部屋を訪れており、母親やリルムへの電話を終えた直後の彼に、会っていたのである。

「レイ!」

と、声を出すスバキ。部屋に引き籠っている筈の少女が目の前に居るのを見て、驚愕する、レイ。

「スバキ!?その……大丈夫なの?」

「ああ。お前の所の艦長に会ったよ。えっと、名前は確か……」

「エリィさんの事?」

「そうそう、それでさ、セイントバードのクルーとしてやって行くことになったからさ。改めて、宜しくな!」

と言いながらレイに握手を求めるスバキ。一方のレイは、最初、何が起きたのかが把握出来ていない様子だった。

「……え……えええええ!?」

やがて徐々に彼の反応は大きくなる。まさかの発言。驚愕するレイ。

「セイントバードチームとしてやって行く気なの!?」

「なんだよお前。文句あんのかよ!?」

と、今度はレイの胸倉を掴む。マサアキを倒した後、母親が死んだのを確認した時の彼女は明らかに落ち込んでいた。レイ自身も、どのように声を掛ければよいか分からなかった。

 だがそれが一日が経過して、ここまで変化している。スバキ・シンドウという少女は、彼が思っている以上に、強い少女であると、改めて思い知らされることになったのだった。

「文句なんて、ないけれど……それより学校はどうするの?まさか、辞めちゃうの?」

スバキと浅草を観光した時、彼はスバキの友人に会っている。仲良さげな様子の友人を見て、彼女の交友関係に問題があるとは思えなかった、レイ。

「いや、ここを去るまでは辞めない。だからセイントバードがここを去る時に退学届を出す。そしたら晴れて、学校生活からおさらばって訳だ。クルーの一員としてやっていってやるよ。」

「考えられないよ、そんなの……僕と同い年のスバキが、こんなの……」

同い年であり、学校に通っているスバキ。その事を考えると、“退学”という選択肢を躊躇いもなく出来る彼女が、信じられない様子だったのだ。

「お前な。私は家も、住む場所ももうないんだよ。ここがこれからの家代わりなんだよ。この戦艦は飛び立つんだろ?そんなので通える訳ないだろ。だから学校を辞めざるを得ないんだよ。」

「けど!学校を辞めるなんて……友達だって、悲しむよ?」

彼女の交友関係を心配したレイ。しかし――

「メッセージでやり取りすれば問題ないだろ。友達は離れてても喋れるんだし、んなもん気にしてられるか!それより今は生活だ。学校の授業云々より、生活が大切なんだよ、私は!!」

それらの言葉を、全て笑いながら喋っている。スバキ。母親の死を、こうも早く克服出来た彼女の精神力の強さ。レイは彼女の精神力の強さに、ただ、目を開ける事しか出来なかった。

 

スッ

 

その時、スバキはポケットから何かを取り出した。それと同時に、彼女はレイのさらりとした前髪に触れ、その、“何か”を止めた。

 それは髪留めだった。レイの髪は長い。それに気付いたスバキが、それを渡したのである。

「それ、やるよ。前髪長いだろ。ずっと思ってたんだけどさ、お前の髪、邪魔だと思ったからさ。」

思えばセイントバードに保護されて以来、散髪が出来ていないレイ。歩いている時等で時折髪が邪魔に感じる時があった。

「あ、ありがとう。」

その髪留めはレイによく似合っていた。何故だろうか、その髪留めの存在が、より彼を少女の顔つきに仕立て上げた。

「お前、なんか改めて女の子みたいになったな!」

「え、どう言う事!?」

と、笑いながらスバキは言った。

「冗談だよ。喜んでくれた?」

「うん……髪留めってあんまり付けないから、なんか斬新だけれど。」

レイはそれを、女性が付けるものと思っていた。それ故に、スバキからそれをプレゼントされた時は少しばかり、驚いた様子だった。

「良かった……喜んでくれて。うん……その……これから……さ……レイと一緒に居れるのは……やっぱり、嬉しい……かな。」

髪留めを渡し、喜ぶレイを見て、彼女はその言葉を恥ずかしそうに言った。明らかに照れているスバキ。それに伴い、声量が小さくなっていく。

 だが、この声量の小ささが災いした。レイはこれを。聞き取る事が出来なかったのである。

「えっと、ごめん、なんか言った?」

その反応に、スバキの表情は一変した。歯を食い縛り、握り拳を作り、レイに詰め寄っていく。

 

ドンッ

 

と、彼女はレイの顔の横に壁を平手で押し当てた。顔が近い。レイにとっては、異様な怖さを感じ取っていた。

(圧迫されてる……なんか怖い……)

恐怖するレイに対し、だが、スバキの方は明らかに怒っていた。

「馬鹿ぁぁぁ!!」

そう言って、スバキは一旦離れた。

 少女のような顔付きのレイと、男勝りなスバキ。両者の性別はまるで正反対だ。

「お前なんか知らないっ!この顔面女の男め!どっかいけ!馬鹿!!!」

そう言って、彼女は部屋から出て行ってしまった。

「僕、何が悪いこと言ったかな……。ここ、僕の部屋だけど……うーん……」

きょとんと、するレイ。スバキが怒ったのを見て、怒らせてしまった事に対して少しばかり、罪悪感を抱いている様子だった。

 

 

 

 セイントバードの前に、一台の黒い車が近づいていた。所々が金色に彩られている、派手な印象を持つその車。車内には運転手にエファン・ドゥーリアが、助手席にはジャンヌ・アステルが乗っていた。

 やがて彼女達はセイントバードに到着する。そして、そのまま二人はセイントバードに向かっていく。ジャンヌはアレンと東京タワーで歩いた時と同じ、玉房付きの帽子を被っている。エファンは黒いスーツ姿で彼女の隣を歩く。

「お……へ、へぇぇ!ジャンヌ様やないですか!どうも、ご無沙汰してます!!」

彼女の姿に反応する一人の男が。シュアー・ラヴィーノである。彼等は握手を交わし、何度も頷く様子を見せた。

「お久しぶりですわ。ご友人のフォン・ヤマグチ首相もお元気でしょうか。」

「勿論ですわ!いやあ、こちらに来られるとは伺ってましたけど実際にお顔を見る事が出来て何よりですわ!えっと、今日は確か……」

世界的歌手、ジャンヌがここに来た理由を忘れていたシュアー。

「こちらに知人が居る事をアレンから伺いまして。それでこちらに来させて頂きました。」

「どなたの事でっか?」

「エリィ・レイスさんです。何でも、こちらの艦の艦長をされているとか。」

「エリィはんなら、今は医務室でっせ。昨日、ちょっと怪我してもうてな。」

「怪我、ですか……」

彼女にとって、予想しなかった言葉が返ってきた。エリィが怪我をしている。何故なのか。一体、何があったというのだろうか。疑問を抱くジャンヌ。

「ジャンヌ様、どう致しましょうか。」

エファンが聞いた。これから会おうとしている人間が怪我をしているという事を聞き、ジャンヌは躊躇う。

「なら、せめて副長の方にお会いすることが出来れば……とは思いますわね。」

「副長……ネルソンはんでっかな?」

「そのお方にお会いする事は出来ますか?」

「それは大丈夫やと思いますわ、ジャンヌ様。」

と、言いながらシュアーはネルソンに電話を掛けた。ジャンヌ・アステルがセイントバードに来ている……と。

 

 それからセイントバードからネルソンが現れた。そこにいた、世界的歌手であるジャンヌの姿を見たネルソンは、何度も瞬きをし、確認する。

 本物のジャンヌ・アステル。世界中で歌を歌い、絶大な人気を誇る彼女が、目の前にいる。戦場を駆け抜けて来たネルソンであったが、彼女のような有名な人間に会える事は内心、光栄だったのだ。

「はじめまして、貴方がここの艦の副長ですか?」

「ジャンヌ・アステル嬢と、呼ぶべきでしょうかね。デウス帝国では貴方のお名前はよく知られておりましたよ。」

元々デウス帝国領のアステル家の令嬢であるのがジャンヌである。デウス帝国出身のネルソンは当然ながら知っている。そして、現在では彼女が世界的に有名な歌手という事も。それ故に、彼は平静を装いつつも、内心では緊張しているのだ。

「艦長のエリィ・レイスさんがお怪我をされているという話を伺いまして、副長をされているという貴方にお話を伺おうと思っておりますの。」

ジャンヌの笑みはネルソンを一層緊張させた。彼女の笑みは柔らかく、優しい笑みではあるが、世界的歌手という肩書が彼の自然な表情を失わさせるのだ。

「ど、どちらでお話を致しましょうか……?」

言葉が詰まる、ネルソン。

「私達もあまり長居は出来ません。それにこの話は出来るだけ内密にして頂きたいお話になります。そうですわね、この戦艦の艦橋……ブリッジをお借りする事は出来ますか?」

ジャンヌの質問に、ネルソンは静かに、頷いた。

「では、参りましょう。あと、エリィさんのお怪我は大丈夫なのでしょうか。」

「怪我自体は、致命傷には至ってないです。」

「そうなの、ですね。それは幸いでした。」

と、言いながらセイントバード内に入っていこうとする、ジャンヌとエファン。

 だがその時だった。艦の入り口から一人の女性が姿を現したのは。

「大尉!……と、ジャンヌさん……!?」

エリィだ。左肩は相変わらず包帯を巻いてはいるが、歩く事は出来ている。そしてジャンヌ・アステルの姿を見て、ネルソンと同様に、驚嘆していた。

「フフ、お久しぶりですわね、エリィさん。お怪我の方は大丈夫なのでしょうか。」

「はい、なんとかですけれども。」

彼等はデウス動乱時の知人関係である。しかし再会をしたのは戦後になってからは、現在、この時間が初めてであった。両者は互いに連絡先を知らない。それ故に、久しぶりの再会となったのである。

「艦長、ジャンヌ嬢と知り合いなのか……?」

「ええ、戦前に数回ですがお話をした事があります。」

(まさか、だったな。全く知らなかった……)

この時、ネルソンはエリィのコネクションの凄さに驚愕していた。

「エリィさんがお話を聞いて貰えるのならば、円滑にお話が纏まりそうですわね。」

ジャンヌは笑みを浮かべ、言った。

「あの、そちらの方は……?」

エリィはエファンの方を見て、ジャンヌに聞く。

「エファン・ドゥーリアです。私の側近を務めております。」

「宜しくお願いします。」

丁寧な挨拶で静かに会釈をするエファン。

(不思議な人……)

静かに、エリィは思っていた。

 

 

 その後、彼等はセイントバードのブリッジへ移動する。セイントバードのクルーはジャンヌに会いたいという人間も居たが、今回はジャンヌの意向で出来るだけ内密にしたいという事の為、クルー全員を集めることは出来ない。

 今回、セイントバードの主要メンバーが集まった。エリィ、ネルソン、シン、インク、スラッグ。レイやスバキは部屋にいる。そして、ジャンヌ・アステルがエファンと共に、ここに集まる。

「やばい、本物のジャンヌ・アステルだ……」

「サイン、駄目かな?」

「それを求める状況じゃないと思うぞ。」

「いや、分かってるけどさ……」

ひそひそと、話すのはインクとスラッグだ。知人関係でない彼等にとって、ジャンヌは世界的に有名な著名人である。この時、彼女は帽子を外していた。金色のロングヘアーが印象的な彼女はより、美しさを際立たせた。

「本日は時間を割いて頂き、ありがとうございます、皆さん。あと、先に皆さんに特別にチケットをお渡ししておきます。お時間が許されればこちらに伺って頂ければ幸いです。」

と、言いながら彼女は十枚のチケットをエリィに渡した。それは本来、発売すれば確実に売り切れる程の人気の品であり、常に誰もが喉から手が出る程欲しがっているものである。

 本来ならそれは喜ばれる代物。だが今は、それを喜ぶ人間はこの場にはいない。彼女の話を、皆が聞こうとしているからだ。

「皆様がこの戦艦を駆り、MS乗りとしてご活躍をされているという事はアレン・レインドから伺っております。ここ、日本に来られる間も数多の勢力と戦って来られたとも、聞いております。」

それは新生連邦や、砂漠の狩人等の存在だ。それらとの激闘を抜け、今ここにいる。

「戦後の状況は私も理解しておりました。Cコロニー、世界の大半の人々が先のデウス動乱で亡くなられた事実。それは紛れもない、悲劇です。」

歌手としての印象が強かったジャンヌ・アステル。その彼女が語る内容は、世界情勢の話。歌手以外の彼女の事をよく知らないクルー達は、彼女の言葉に興味を示している。

 

「ですが今、世界は混迷の状況に巻き込まれつつあります。」

 

優しい笑みを浮かべていた彼女の表情が、一変した瞬間だった。誰もがその顔を見て、注目している。

「新生連邦政府が樹立して以降、世界中で、内乱やテロリズムといった紛争が行われるようになっていきました。デウス動乱と言う大戦を経て行われている、新生連邦軍による軍備増強は平和から明らかに逸脱していると言っても過言ではありません。」

「確かにそれは言えています。新生連邦は何の為に軍備増強を続けるのか。その意図も不明なまま、内乱等が起き続けている。明らかにおかしな状況ではあると、認識はしています。」

そう言うのは、ネルソンであった。

「このままこうした事が続けば、いずれ世界は大きな戦乱に包まれる……私は、そう思うのです。」

それは歌手としてのジャンヌの言葉ではなく、アステル家の令嬢としての彼女の言葉だ。彼女の言葉を聞き、その場にいた誰もが関心を抱いている様子だった。

「エリィさんにお伺いしたいのですが、MS乗りはどのような活動をされていますか?」

話題が映る。艦長であるエリィに、ジャンヌからの疑問が飛んだ。

「世界中を回って、MSのスクラップ等を集めたりしています。それをジャンク屋に売って生計を立てています。でも、戦闘に巻き込まれたりする事も、多々ありました。」

そう言った後、ジャンヌが口を開いた。

「私に提案があるのですが、その活動を、一度止めて頂く事は可能でしょうか。」

「止める……?」

突然何を言い出すのか。エリィはこの時、理解が出来ない様子だった。

「それは、ちょっと難しいです。このチームは、皆、元々戦争を戦い抜いた人やMSに関係していた人達ばっかりです。それで生活をしている人達ばっかりなんです。それを止めるって事は、生活が成り立たなくなります。チームの解散になっちゃいますし……」

当然ながらエリィは反論する。ジャンヌ・アステルとはいえ、MS乗りの活動を止める権利等ない……と、考えていたからだ。

「いいえ、チームの解散をする必要はありません。これからのこの戦艦の方向性を、考えて行きたいと考えたのです。“平和”の為に。」

何を言っているのか、理解が出来ない様子のエリィ。それは彼女だけでない。この場にいた誰もが、分かっていないのだ。

「単刀直入に申し上げますと、私達、アステル家が今後の貴方方の航行のスポンサーとして援助をさせて頂く……という事ですわ。」

「スポンサー!?」

その場にいた面々はざわついた。ジャンヌが発した一言の衝撃が、あまりに強かったのである。

「ジャンヌ嬢。申し訳ありませんが、話が見えてきません。何故MS乗りである我々のスポンサーに、アステル家がなってくれるのか。その意図が分からないのですが。」

ネルソンが聞く。それは当然の疑問だ。

 実際、ジャンヌがここに来るという事自体が本来ならば有り得ないこと。しかしアレンのコネクションがきっかけで彼等は繋がった。そして、ジャンヌはセイントバードチームに対して資金提供を行うというのだ。

「アレンから伺いました。この艦には“ガンダム”が搭載されている。そして、そのパイロットは年端も行かぬ少年が乗っているという事も、聞いております。」

アインスガンダムと、レイの事だ。

「混迷に巻き込まれつつある世界。それは平和の敵と呼べるものです。私達はそれを止める力を、僅かでも欲しいと、考えております。」

それは彼女の意志でもあり、アステル家の意向でもあった。

「それって、つまり……新生連邦と戦っていくって事ですか?」

エリィは聞いた。それに対し、ジャンヌが言う。

「戦力を止める為に戦力を投入するという訳ではありません。今は、少しでも情報が欲しい状況。貴方方にはその、情報収集をお願いしたいのです。」

“情報収取”の意味が分からない。それが、何故MS乗りであるセイントバードチームがしなければならないのかも、不明だ。

ジャンヌの提案を飲めば、資金繰りに関しては約束される。だが肝心の“情報収集”というのが気がかりになる。

「今すぐにとは言いません。けれども、一つお伝えしたい事があります。この艦は元々新生連邦軍の艦であり、何度か追われているという話を聞いています。そしてガンダムの存在。これも新生連邦軍のものです。つまり、航行を続ける以上、新生連邦軍との衝突は避けられないものと考えますわ。」

アレンからそれらの情報を聞いていたジャンヌ。この事から、新生連邦軍との接触の可能性が高いと、睨んだ上での発言だった。

「ああ、もうこんな時間ですね。お時間が来てしまいました。大変申し訳ありませんが、私はこれにて失礼します。もし返答を頂けるのでしたら、メッセージを頂ければ幸いです。では。」

そう言った後、頭を下げて、ジャンヌは去って行く。ほんの、僅かな時間の出来事であったが、セイントバードクルーにとっては大きな出来事と言えた。

「あと……ガンダムのパイロットは今どちらに居るかを教えて頂いて宜しいでしょうか?」

「え?多分、整備を行っていると思いますよ。」

エリィが言った時、ジャンヌは笑みを浮かべ、去って行った。

 

 ジャンヌが去った後、ブリッジ内は今後の事をどうするかを考えていた。今回のジャンヌからの提案。それはアステル家がセイントバードのスポンサーになるという事。そしてその代わりに新生連邦に関する情報収集を行うというものだ。

「アステル家がスポンサーになるのは正直、有難い。今後の航行においては大いに助かる。」

と、ネルソンが言った。

「けど、肝心の“情報収取”ってどういう意味なんでしょうか。それが曖昧じゃこの条件って飲みにくいというか……」

無理もない。MS乗りはあくまでも軍とは一切関係のない存在なのだ。新生連邦軍との衝突は意図したものではない。彼等はあくまでも、追われる身である。仮にジャンヌからの条件を飲むとしても、資金繰りは約束されるとしても、今後の状況が不安定になる可能性も考えられるのだ。下手をすれば、今以上に命の危険に見舞われる可能性も有り得る。

「艦長、ジャンヌ・アステルって歌手でしか見た事ないんですけど、ちょっと図々しすぎませんかー?」

と、言うのはインクだ。

「奇麗事言ってましたけど、お金持ってるからパシリやってくれって言われてるようなもんですよ。MS乗りの生活は確かに大変ですけど、ちょっと引っ掛かるっていうか。」

インクの言葉も、分からないことは無い。スポンサーとしての資金繰りの不安は解消されるが、その代わりに与えられる仕事が不明なのは不安でしかない。最悪、死に直結する可能背も有り得るのだ。

「インクの意見に、俺も賛成ッスね。最初はあのジャンヌ・アステルが来る!すげえ!ってなったけれど、なんかあの言い方とかはどうも、気になりますよ。……コンサートは見に行きたいっすスけど。」

「転売すんなよ」

「しねぇよ」

と、インクとスラッグの簡単な会話が合間に行われた。

「大体、世界が混迷に包まれる云々って言われても、私らに関係あります?そりゃ、新生連邦は怖いですけど、別にこっちが何もしなきゃ向こうだって何もして来ない訳ですし。」

「その理屈は、新生連邦には通じないだろうな。」

インクの言葉を、ネルソンが遮った。

「今までの新生連邦の連中の行動を見てきただろう。我々は常に狙われる立場だ。今後、その攻撃は更に激化する一方だろう。奴等の目的が軍備増強なら、セイントバードやアインスガンダムと言った戦力は喉から手が出る程欲しいと考える筈だ。」

ネルソンは腕を組み、言った。

「前も、地中海で襲われましたもんね。けどあれはまるでセイントバードを撃墜する勢いで攻撃をしてきました。鹵獲する気ならあんなに激しい攻撃はしてこない筈ですよ。」

エリィが言った。

「確かに……奴等が何を目的にしているのかが不明だ。その状態で、仮にこちらが投降したとしても、果たして奴等は我々の身の安全を保障するだろうか。」

以前の猛攻が鮮明に記憶に残っている彼等。新型ガンダム達の攻撃は彼等に疑問を抱かせるのには十分だった。

「そう考えると、その状態で無闇に航行するのは危険という事だな……」

MS乗りは只でさえ命のやり取りを伴う存在である。同じMS乗り同士であれば、対立すれば互いの機体のスクラップを奪い合い、下手をすれば死に至る可能性もある。無論、それはMS乗りの意向にも寄るのだが。

 弱肉強食の世界で甘えは通じない。その中で、セイントバードチームのメンバーは非常に緩い位置にある。しかしその中でも彼等は生き延びてきた。

 その上での新生連邦の攻撃の激化を考えると、この先MS乗りとして活動していくのは困難を極めるのではないか。その中で、資金提供をしてくれる存在があるのならば、彼等にとってはこれ程美味しい話は無いと言えるのだ。

「アステル家の援助を、受けるべきか。艦長はどう考える?」

エリィは悩む。皆の意見はそれぞれある中で、最終決定をするのは彼女の役目だからだ。

「ジャンヌさんが言っていた、平和云々の話は今の私達には分からない話です。ただ、一つ言えるのは、今後の航行の安全が保障される可能性があるのは、彼女達の協力が必要ではないか……とは考えます。」

背に腹は代えられない。ジャンヌ・アステルが援助をしてくれるのならば、それに甘えるのも一つだと、エリィは考えていた。

「なら、彼女に協力する形になるな。」

この瞬間、セイントバードチームはアステル家の援助を受ける事が決定しつつあった。

 だが、安易な確定はしてはいけないと考えていたエリィは、この決定をまだジャンヌに伝える気は無かった。クルー全員に聞き、改めて決定を伝えるようにしたのである。

「となれば、問題はレイ君ですね。」

「一刻も早く彼を故郷に送り届ければ、彼の問題は解決する。その後の行動はその時だな。」

まずは、レイを故郷に届ける。その事を最も優先しなければならないと、考えるエリィ達であった。

 

 

 

 セイントバードのMSデッキにて。ガーストと整備を行なっているレイ。その近くにはアレンの姿もあった。

 それぞれのガンダムタイプが聳え立っている。紺色の巨人と、青、赤、白のトリコロールカラーの巨人が並列して並ぶ光景。ガンダムを神格化している者からすれば、それは非常に輝かしい光景に見える。

 レイは、アインスの脚部で一息吐いている時、彼に声を掛ける、一人の美しい女性が現れた。

「こんにちは。」

「あ、はい……ふえっ……!?」

玉房付きの帽子を被っている女性。金色のロングヘアーがよく似合い、その整った体型、そして顔立ちの女性。何よりも、既視感があったその女性。

 レイは思わず尻餅をついてしまった。無理もない。何せ、目の前にいるのは世界的歌手である、ジャンヌ・アステルなのだから。

「え、え、あ……え!?!?!?」

言葉が見つからない。何故世界的歌手であるジャンヌがここにいるのか。自分のような人間に声を掛けているのかが、分からないからである。

「貴方が、そのガンダムのパイロットですか?」

ガンダム。あの、ジャンヌ・アステルから出た言葉。アステル家の詳細を詳しく知らないレイにとっては分からない事ばかりである。

「は、はい!あのあの!本物……ですよね?」

「それは、何がでしょうか?」

「えっと、その、ええと……そっくりさんとかじゃ、ないですよね?」

「私は、私自身ですわ。」

恐らく、本物であるとレイは確信した。

Eフォンの動画アプリで彼女の歌のプロモーションビデオをよく見ていたレイ。

 ジャンヌが歌い、踊るプロモーションビデオの再生数は常に億を超える。そして、コメント欄は誰もが彼女の存在を絶賛している。SNSのフォロワーの数も億を超え、彼女が発信する内容へのコメント欄は数え切れないコメントが残る。

 世界的歌手、ジャンヌ・アステル。地球圏は愚か、Cコロニー圏にまで大きな影響を及ぼしている彼女の存在は、“カリスマ”というレベルを遥かに凌駕している。今、レイの前にその存在が居るのだ。

(本物だ……けど、何だろう。不思議な感覚だ……まるで、アレンさんとかに似ているような感覚……)

それはどのような意味で彼が感じ取っているのかは分からない。著名人という雰囲気なのか、或いはそれ以外か。

 著名人が目の前に現れた時、人はどのような態度を取るのだろうか。あえて親しみ易い態度をするのか、あるいは露骨に緊張するのか。それは個人に寄るだろう。

 日に当たる事が普段あまりない一般人からすれば、その存在は余りに眩しい。それ故に言葉が出なくなる事があるのだろう。今のレイはまさにそれだったのである。

「ジャンヌじゃないか。来ていたのか。」

「おっ、ジャンヌじゃん。まさかこんな所で会うとはな。」

そこへ、アレンとガーストが姿を見せた。彼等はジャンヌと知人の関係だ。

「あら、お二人共……ガーストもお久しぶりですわね。」

だが、レイにとってはこの光景こそ、違和感でしかないのである。

「え、ジャンヌ・アステルと知り合い……えええええ!?!?!?」

彼は、何も知らなかった。アレンとガーストがジャンヌと知人関係であるという事を。対照的に彼等はジャンヌに対して驚く様子なく、接している。この、状況に、ただ混乱するばかりの、レイ。

「ジャンヌ、エリィさん達に要件って伝えたのか?」

困惑するレイを余所に、アレンが言った。

「ええ。ここでは少しお話しし辛い内容ですので、また別の場所でお話をしましょう。」

「あ、ああ。」

アレン自身、彼女がどのような内容をエリィ達に伝えたのかは把握出来ていない。セイントバードの今後の方向性について知っているのは、今の所五名の主要メンバーのみであるからだ。

「大活躍じゃないか、よくメディアで見かけるぜ、ジャンヌ。」

「そう言って頂いて光栄ですわ、ガースト。」

アレンは連邦内でデウス動乱の英雄も呼ばれている人間だ。もしかすれば、そのコネクションは多方に広がっているのかも知れない。

 しかし、まさかガーストがジャンヌと知人関係という事は予想外だった。何の躊躇もなく、ごく、自然に接している。この光景を見て、レイは、最早、訳が分かっていない様子だった。

「ああ、取り乱してしまいましたね。お名前を、教えて下さいますか?」

ジャンヌが笑みを浮かべ、レイに名を聞く。尻餅をついたまま、呆然としている、レイ。

「あ、えっと……レイ・キレスです。」

「レイ……良い名前ですね。貴方が、そのガンダムを操っているのですね。」

そう言いながら、ジャンヌは紺色の巨人、アインスガンダムを見上げる。全高18メートル程あるその巨体。特徴的な顔貌を見上げた後、彼女はレイの方を見下ろした。

「貴方は、何の為にガンダムに乗っているのでしょうか?」

ふと、ジャンヌは聞いた。何故彼女がMSの事について聞きたがるのか、レイには理解が出来ていない。どのように答えれば良いか分からない彼は、その返答に時間を要していた。

「恐らく、事情があるのでしょうね。貴方がそのガンダムを操り、都市部に侵攻したあのMSと戦っている姿を、私は見ておりましたの。」

スバキを救出する際の出来事。ジャンヌはそれを見ていた。バレットビットが飛び交う都市部で、それらが民間人に危害を加えないよう、無我夢中で攻撃を行なっていたのである。

「あ……あの時の……?」

アレンの駆るティフォンと共に、ダッゲインの放つビットを迎撃したレイ。あの時は偶然だった。それが目的で出撃した訳ではない。

 だが結果としてはジャンヌに見られ、それが更なるきっかけとなり、今、レイとジャンヌが出会う事になったのである。

「良ければ、そちらのガンダムタイプの事、少し見せて下さっても良いでしょうか?」

レイは、コクリ、と頷いた。まさか、世界的歌手であるジャンヌ・アステルがMSに関心を抱いているなど、予想しなかったのである。その為、彼女の依頼も何の疑問を抱く事なく、承諾したのであった。

 

 ジャンヌがアインスのコクピットに入っている間、レイは二人と少しばかり話していた。その間にジャンヌ・アステルと二人がどのような関係であるのかを聞く、レイ。

「彼女とは戦前からの知人関係だよ。アステル家の事ってあんまり知らないのか?」

アレンが聞いた。

「名前は聞いたことあるぐらいです……ジャンヌ・アステル……さんがそこのお嬢様っていうのも知ってるぐらいで。」

敬称を略するのは失礼と判断したレイは、ジャンヌの事について敬称を付けようと、考えた。

「アステル家は元々デウス帝国に軍備提供を行っていた一族で、今はそれを止めてるんだよな、確か。平和になったご時世じゃ、確かに、必要はないよな。」

近くにいたガーストが言った。

 彼の言うように、平和な時代に兵器は必要ない。アステル家もかつてはデウス帝国に戦力を援助していたが、今はその工場を止めている。

「そのお嬢様がジャンヌ・アステルさんなんですね……」

その事を初めて知ったレイ。それと同時に、世界的歌手のもう一つの顔の存在を知るきっかけとなった。

「まあ、戦争を経験しないと多分、分からない事だと思うし、良いきっかけと思えば良いんじゃないかな。」

と、笑いながら話すアレン。

「けどさ、ジャンヌは本気で世界の事を考えてるよ。」

アレンの表情が、少しばかり険しくなる。

「それ、どういう事だ?」

ガーストが、聞いた。

「彼女が来ていたから事情を説明するけれど、ガンダムを俺に与えたのは彼女なんだよ。」

この時、レイとガーストの両者は驚愕した。

「何だって!?」

アレンが乗って来たティフォンガンダムの提供主はジャンヌ・アステルだった。これがどういう事を指すのかは、分からない。

「なんであいつ、ガンダムをアレンに与えたんだ?意味が分からないぞ。」

「それは俺にも分からない……けど、なんとなくは分かる気がする。」

アレンの言葉の理解が出来ない、レイとガースト。

「もしかすれば、彼女は新生連邦を止めようとしているんじゃないかな。その第一段階として、俺にガンダムを託した。そんな気がするんだよ。」

日本に着いてからの彼女との会話を、思い返すアレン。

 

――――レヴィー・ダイルを止める為には、それ相応の“力”が必要という事です―――

 

「力って、どういう事だ?」

「それは俺にも分からないけれど……彼女が何らかの意思を持って動いているのは、分かる。」

世界的歌手、ジャンヌ・アステル。その内なる想いは、知人関係である彼等にも不明だったのである。

 

 その後すぐに、ジャンヌがコクピットから降りてきた。エレベーターを使い、彼等の元に現れる。

「色々と見させて頂きましたわ、ありがとうございます。」

謝礼をするジャンヌ。改めて彼女の姿を見て、レイは再び表情が固まった。

「気になるとすれば、この機体は連邦製の機体という事です。何故連邦製の機体を貴方のような少年が操っているのか……気になる所ではありますが、今は時間がありません。またの機会に、伺えれば……と、思いますね。」

ジャンヌはそう言った後、レイに対し、手を振った。

「また、いずれお会いしましょう。きっと、会う事があると思いますわ。」

そう言いながら、彼女は側にいたエファンと共に、去っていく。この時、アレンは彼女を追いかけるように走っていった。

(もし、また、会えるのなら嬉しいな……!)

 一方のレイは世界的歌手に名を覚えて貰ったという事実に、内心、絶大な喜びを感じ取っていた。

 メディアや動画等でよく見かける人物が目の前に現れ、自身の名前を覚えてもらうと言う事自体、彼のような一般人にとっては光栄な事以外の何者でもない。明らかに喜んでいるレイの顔を見て、ガーストは言った。

「お前、ファンだったんだな。」

「……はいっ!!!」

困惑しつつも、彼は確実に、喜びを噛み締めていたのであった――

 

ピキィィィ

 

(え……)

レイの脳内に電流が流れる。そして、どこかしら、彼は視線を感じている。

(何だろう、あの人……?)

視線の先を、レイは見た。そこに居たのは、長身の男、エファンである。

「なあ、今日なんだけどさ。良かったらうちに泊まらないか?」

エファンの視線を、ガーストが遮った。と、同時にレイが感じ取っていた妙な“感覚”は消えて、無くなっていた。

「え?あ……は、はい。ガーストさんの家にですか?」

「そう。昨日の事のお礼も兼ねてさ。本当はアレンと飯に行きたかったけど、あいつ、それ所じゃなさそうだし。また、車で送るわ。」

ガーストはダッゲインの攻撃に対し、対応してくれていたアインスの姿も見ていた。ガーストを直接守ったのはアレンではあるが、レイの事も聞いていたガーストは、レイを自宅に招待したいと、考えていたのであった。

「後さ、ちょっとした“相談”もしたいしさ。」

「相談?」

レイは、首を傾げた。

 

 

 ジャンヌがここを去る時、アレンは彼女に聞いていた。

「ここのメンバーに何を伝えたんだ、ジャンヌ。」

彼は、ジャンヌが以前に言っていた、“戦争を止める力”の事が気になっていた。もしかすれば今回セイントバードチームに彼女が接触したのは、その事も関係あるのではないかと、思っていたのである。

「彼等に新生連邦軍の情報収集の依頼をお伝えしました。それを彼等が承諾するかは分かりませんが、今後の世界の為には必要な事だと、考えておりますわ。」

「情報収集の依頼?」

それだけでは、具体的な内容が不明だ。

「アレン、貴方に対しては詳細についてはコンサートが終わってから貴方にお話をします。私達は先に戻っていますわ。」

「けど、ティフォンはどうするんだ?」

「暫くはここに預けておくのが良いでしょう。ここは日本の保護区に該当しております。あまりMSが日本国内で動き回るのも、目立ちますから。」

と、ジャンヌが会釈をした。

 その後、彼女はエファンが運転する車に乗り、セイントバードを去っていく。彼女が向かう場所。それは、コンサート会場だ。

 もう時期、ジャンヌ・アステルのコンサートの日本公演が行われる。恐らく、多くの人間がアリーナを埋め尽くすだろう。しかし、このコンサートは彼女にとってはただの過程に過ぎない。彼女が日本に来た目的が、きちんとあるのであった。

 

 

 車内にて、エファンが車を運転している時、助手席に座っていたジャンヌが口を開いた。

「不思議な感覚でした。あの、ガンダムのパイロットからは力を感じましたわ。」

「力……ですか。」

エファンは運転しながら、彼女の話を聞く。

「力を持つ人間というのは、何らかの形で惹かれ合うのでしょうか。あの艦の関係者は、力を持つ人間が多い印象を受けます。不思議なものですわね、人の縁というのは。」

車内から見える、景色を見ながら、ジャンヌは呟いた。

「私も感じておりましたよ。力を持つ存在を。あれ程に一同にそれらが集まる事など、非常に珍しい事でしょうね。特に、あの少年……」

エファンは、何故か静かに笑みを浮かべている。

「エファン、貴方も力を感じ取っているのですね。実は私も彼の事は感じ取っていました。彼から感じる力……シンギュラルタイプの力……なのでしょうか。」

この会話より、ジャンヌの側近のエファンも力を持つ存在である事が分かる。ジャンヌの言葉に対し、エファンは静かに、笑みを浮かべていた。

「それは、どうでしょうかね。一つ、言える事があるとすれば……力を持つ存在はそれぞれを呼び合い、そして時に衝突したりする事もあり得るのかも知れませんね。」

「衝突……ですか?」

「私自身、過去に様々な事がありまして。けれどもそれはあくまでも過去の話です。」

ジャンヌへ忠誠を誓っているエファン。その絶対的な信頼はどこから来るのだろうか。彼がアステル家に仕えたのは一年程前。僅か一年の年月で彼は、どのようにしてジャンヌの信頼を勝ち得る事が出来たのかは不明である。

「力を持つ存在……それは人の可能性。その力を持つ人々が手を取り合えば、混迷を極める世界を止める事が出来るのかも知れませんね。」

ジャンヌが、静かに呟いた。

「力を持つ存在が、手を取り合う。それは、確かに……理想ですね。」

運転をしながらエファンは語る。信号が赤色の時は止まり、青の時は車をゆっくりと走らせている。

 そのまま彼等はアリーナへ戻っていく。他の車と比べ、一際目立つ配色のそれは、人々が注目をする、的であった。

 

 

 ジャンヌが去って行った後。エリィはクルー全員をMSデッキに集めた。作業中のクルー達も全て含め、ジャンヌから受けた提案について語る。

「皆さん、注目です!セイントバードの今後について関わる話ですよ。先程、アステル家のご令嬢であるジャンヌ・アステルさんからセイントバードのスポンサーを受けて下さるという話を頂きました。」

大声でそれを言った為、エリィは再び深呼吸を行った。

「けれども、その代わりに新生連邦の“情報収集”を行うという条件が付きます。これは何を意味するのかは分かりませんが、この件について賛成の人と、反対の人で挙手をお願いします!」

これについては皆が騒然としていた。アステル家がスポンサーになるのは非常に大きい事だ。だがその実態が不透明である以上、それに賛同するべきなのか……クルー達は、皆迷っている様子だった。

「資金繰りが約束されるのならいいんじゃないか?」

「でも何やらされるんだ?新生連邦と戦うって事?」

「実態が分からないんじゃ何とも言えないな。」

「いや、そもそもこの艦自体が新生連邦の艦だしなぁ」

様々な意見が飛び交う。当然、何が正解かなどない。

 そして、その中で一番困惑している人間がいた。レイである。

(ジャンヌさんがそんな事を言ってたの!?え、じゃあ僕はどうなるの……?)

もし、アステル家のスポンサーになる事が決定した場合、彼は家に帰ることが出来るのだろうか。一抹の不安が彼に過ったのである。

 やがて、時間が来た。エリィは全員に問うた。

「まずは……反対の人!」

それに対する反応は、極、少数だった。その中にインクやスラッグの姿もあった。

「では……賛成の人!」

それに対して手を上げる人は大多数を占めた。この瞬間、セイントバードはアステル家の支援を受ける事が、決定したのである。

 

 騒々しい中、一人困惑するレイの元に、エリィが声を掛けてきた。

「レイ君、突然こんな事になってごめんね。」

「いえ……なんだか、大変な事になりそうですね。僕も、色々な事が合わさりすぎて混乱してて……」

ジャンヌの事や、今回決定した事等、レイにとっては情報量が多い。一つずつ整理しようにも、追いつかない様子のレイ。

何よりも、その中には彼自身が故郷へ帰ることが出来るのかという不安も合わさっていた。

「貴方に一つ、言っておきたいことがあるの。」

エリィは、レイの髪をそっと撫でる。

「髪留め、似合ってるね。」

「それより、教えて貰っていいですか?」

エリィの言葉をそっと撥ねるレイ。この時、彼女は僅かばかり頬を膨らませた。

「このような決定になっても、まずは必ずレイ君を故郷に帰す事を優先するからね。それが、一番大切な事だから。」

更に、髪を撫で続けるエリィ。

「……ありがとう、ございます。なんだか大変な話になってしまって……そんな中で僕の我儘を聞いて貰えるなんて、なんだかすみません。」

「ううん、元々貴方はお客さんだもの。それを忘れちゃいけないと、思ってるから。」

この時、レイは笑みを浮かべる事はなかった。故郷へは帰りたい。だが、あくまでも彼は客人扱い。これまで共にしてきた仲間である筈なのに、客人と呼ばれるのは、彼にとっては複雑な心境だったのである。

「あとね、これ、貰ったんだけど、明後日みたいだね。良かったらどう?」

と、言ってエリィはレイにチケットを渡した。それを見た時、レイは何度も瞬きを行ったのであった。

「え、これ……良いんですか!?」

「ジャンヌさんがくれたんだよ。もし良ければ……だけど。」

当然、彼は受け取る。彼女のファンであるレイが、このような好機を逃すことは無いのであった。

「ファンなんですよ!ありがとうございます!!」

「あ、もう一枚あるんだよ。これ、もし良かったらスバキさんに渡してみたら?」

「スバキに……?」

エリィなりの配慮だった。スバキを助けたいという一心でレイはここ数日、動いていた。その結果、彼女はセイントバードチームの一員となった。この時のエリィの発言は、まるで、その功績を讃えているかのような言動だったのである。

 

 

「スバキ!」

その後、レイはスバキに会いに行った。一瞬だけ睨みつけるような視線を送るスバキ。

「あのね、これ……エリィさんがくれたんだ。明後日なんだけど、見に行く?とても貴重なチケットだし、何よりも有名人だよ?ジャンヌ・アステルは!」

と、言いながらもう一枚のチケットをスバキに渡す。ファンである彼にとって、コンサートを見に行ける事は感激以外の何者でもないのである。

「お前……行くのか?」

「うん!僕は行きたいと思ってるから!」

「けど……その日、学校なんだよな。」

「え、そうなんだ……」

「でもさ、お前が行くのなら、行こうかな……」

段々と、声が小さくなるスバキ。

「え!?じゃあ、行く?」

「ああ。学校、サボるよ。どうせ退学するし。真面目に行く必要ないもんな!」

と、言いながらスバキはレイに付いている髪留めに触れた。

「良く似合ってるじゃん。“女の子”さん!当日は宜しくなっ!」

コンサートへ一緒に行く約束をすることは出来た。しかし、レイは頬を膨らませている。

「僕は男だよ!」

「女だよ!顔だけはな!」

レイを揶揄うかのようにスバキは笑っていた。

 だが彼女もここに来るまでは新生連邦の基地の中で、まるで籠の中の鳥のような生活をしていた。今回の件で自由になった彼女の笑みは、レイにとっては嬉しい笑みでもあったのである。

 

 

 

 やがて時間は夜を迎えた。仕事が終わったガーストはレイを車に乗せ、自宅に向かう。

 ガーストの自宅に着いた彼等。そこは三階建てのマンションであり、彼はそこの三階に住んでいた。エレベーターに乗り、降りてすぐの場所に彼の住む部屋があった。

 やがて扉を開けるガースト。そこにいたのは――

「ガーストおかえりー!!!」

と、彼に対して思い切り抱きしめる女性の姿があった。彼女の名は、プレーン・ミーン。ガーストの恋人であり、同棲相手である。乳房の大きさが目立つ、明るく、愛らしい女性。彼とは同い年であり、ガーストとは、戦時中からの付き合いである。

「ガースト!キス、して欲しいネ!」

「はいはい、分かってるよ。」

 

チュッ

 

あろう事か、レイが見ている目の前で彼等は接吻を始めたのであった。他者が接吻をする姿を見た事が無かったレイからすれば、驚嘆するばかりである。

「ん……」

「ん……フ……」

(あわわわわ……キス……してる……)

彼はファーストキス自体の経験はあった。マサアキとのキスである。しかしこうして男女が熱い接吻を交わしている姿を見るのは、初めての事であり、尚且つ見ている方が恥ずかしく感じられたのであった。共感性羞恥心という、やつだろうか。

 やがて接吻を終えた両者は互いの唇を離し、そして見つめる。と、すぐにガーストはレイの方向を見て、言った。

「ああ、ごめん、ごめん。紹介するよ。俺の恋人、プレーンだ。」

そう言いながら、彼はプレーンを前に移動させた。

「ガーストから聞いてるネ!私プレーン・ミーン!宜しくネ!」

特徴的な口調で喋るプレーン。まるで、中華系の女性が話すような、口調だ。

「れ、レイ・キレスです……よ、よろしくお願いします……」

突然接吻を見せつけられたレイの頬は赤く染まっている。恥ずかしさと、動揺が混じっているような感覚。今の彼は、素直に挨拶をする事が出来なかった。明らかに躊躇いつつ、自己紹介をしている。

「ガースト、女の子連れてきたカ?不倫はダメヨ?」

「まさか。こいつ男だぞ?」

「え、そうなのカ!?」

と、言いながらプレーンはじいっとレイを見つめている。

(また、このパターン……)

最早初対面で少女に間違えられるのは定例となりつつあると感じていたレイ。しかし今の彼はスバキから貰った髪留めもしている。皮肉にも、銀色に輝くそれは、より彼を少女の顔つきに仕立て上げていたのであった。

 

その後レイはガーストの部屋に招かれる。そこには机が置かれており、MSのプラモデルが数体飾られている。この事から、彼がMS好きである事が伺える。

 やがて彼は机にある椅子に腰掛けた。レイは側にあるソファーに、静かに座る。

「お前にちょっと言っておきたい事があってさ。」

改まった様子でガーストは聞いてきた。昼間に言っていた、“相談”である。

 相談をされる時、人は態度を改める。一体何を聞かれるのか。自分のような人間にどのような相談をするのか。その対象は、人生の先輩と言える先生なのか、或いは後輩なのか。

 ガーストの場合は年下の少年のレイが相談相手だ。しかし、それは決して妙な構図ではない。年上の人間が年下に相談する事も、ある。何故ならばその人間にしか分からない価値観等が知ることが出来るかも知れないからだ。何も経験を知らない存在だからと言って、無下にする事は自己の成長を止める原因に成り兼ねない。

「昼間にエリィさんが言ってた事、あるだろ。ジャンヌに協力するようになるって話。」

「あれはびっくりしましたけど……でも、それでチームが安定するのなら良いのかなって思いますよ。」

「あれを聞いてさ、思ったんだよな。俺も、何かしなきゃならないのかな……って。」

「何か……ですか?」

ガーストの表情が、少しずつ真剣になっていく。険しい顔つき。レイはその表情を、読み取っていた。

「アレンとレイがいなかったら俺とプレーンはあの巨大MSに殺されていた訳だ。それで、あいつは戦後になって自分なりの理由で戦おうとしている。」

レイの方を真剣に見つめ、ガーストは語り続ける。

「なのに俺はこんな風に平凡に暮らしててさ、本当に良いと思うか?エリィさん達がジャンヌに協力するってのなら、俺も元々MSに乗っていた人間として、しなければならない事があるような気がするんだよな。」

それは、紛れもないガーストの想いだった。今は日本でジャンク屋として働いている彼だが、ここ、数日の件で、彼の中に迷いが生じていたのであった。

 

―――――――――彼女は新生連邦を止めようとしているんじゃないかな―――――――

 

―――――――――――その第一段階として、俺にガンダムを託した―――――――――

 

アレンが言った言葉は、ガーストの中に刻み込まれていた。かつての戦友の言葉は、今のガーストを、明らかに迷わせている。

「あの、ガーストさん。僕は思うんです。無理に戦ったりする必要って、ないと思うんです。僕も戦闘を経験しました。その……デウス動乱の時のガーストさん達程じゃ、ないですけど。」

戦争中という環境と、戦後という環境では、戦闘への緊張感はまるで異なるだろう。それは、彼なりには理解していた。

「なんて言うのかな、使命感……って言うのかな。出来る力を持っているのに何もしないのって、どうなのかなって思う事はあるんだよな。」

「使命感……ですか。」

ガーストは最愛の人間と共に平和に暮らす事が出来ている。本来ならばそれは最も幸せな事だ。

 しかし彼はそれに満足していない。寧ろ、何かをしなければならないと、感じつつあるのである。

「少し、考えるよ。聞いてくれてありがとう――」

と、言った時だった。

「ご飯、出来たヨ!!」

プレーンの甲高い声が響く。それを聞き、レイとガーストはリビングへ向かった。

 

 

 テーブルを囲っての、三人での食事。客人であるレイを迎えての食事。今日の料理は中華料理が目立つ。いずれもがプレーンの手作り料理である。

「これ、美味しいです!」

レイは思わず声を上げた。プレーンは、料理の腕が一際輝いているのである。それが、毎日労働で疲れてくるガーストを、癒しているのだ。

「プレーンの料理は格別だからな。どんどん食べろよ。」

「ホント、レイは女の子みたいネ!フフフ!」

と、笑うプレーン。

「僕は、男ですよ……」

やはり少女扱いされるのは嫌いであるレイにとって、今の言葉は不快に聞こえてしまうのであった。

 程なくして、ガーストとプレーンは酒を飲み始める。ガーストにとっては仕事後の飲酒。格別な味が、彼の喉を通す。そして、プレーンも彼の晩酌に付き合う。レイは酒を飲むことが出来ない為、ジュースを飲んでいた。

 その間も彼等は会話で盛り上がる。酒を飲んだ事により、より多弁になっていくのである。楽しそうにする彼等を見て、レイも段々と心から楽しく思えるようになってきた。

 少しばかり時間が経過した頃。突如、プレーンが立ち上がり、ふらふらと移動し始めた。

「レイ……可愛いネ……」

「え……?」

そのままレイの席の前に立ち、プレーンは彼の柔らかい頬に触れる。そして――

 

チュッ

 

プレーンは、口内に酒を残した状態で、レイと接吻を交わし始めたのである。レイの目は大きく見開かれ、一瞬、何が起きたか理解できていない様子だった。

「!?!?!?……」

レイの喉を、少しずつアルコールが通っていく。未成年であるレイは、プレーンからの口移しを受けていたのだ。

 初めての飲酒。慣れない、少量のアルコールは彼の瞼を穏やかに閉じていくのに、十分だった。

「プハッ……あ……えと……」

「フフ……」

妖艶な笑みを浮かべるプレーン。それを見て、ガーストは頭を右手で抱え始めた。

「おいおい、何やってんだよプレーン。こういう事するから淫乱とか言われるんだよ。」

「可愛かったからチューしただけネ。」

レイにとって、プレーンという女性が分からなかった。初対面にも関わらず、まして、ガーストと言う恋人がいるにも関わらず接吻を行う彼女。

 そして、レイはアルコールの魔力に翻弄されていくことになる――

 

パタッ

 

少量のアルコールはレイにとっては大きな刺激だ。レイの目は細くなっていき、顔は紅潮している。まるで、ガーストと温泉に入った時に湯当りをした時のようだった。

「おい、マジかよ。仕方ない、連れて行ってやるか。」

そう言いながら、ガーストは彼の肩を持ち、ゆっくりと、立ち上がる。そして、レイを寝室に連れて行ったのであった――

「はぁっ……ふぅ………………」

 

 

――――――――――――――――――――死ね――――――――――――――――――

 

 

「ハッ!?」

アルコールにより、視界が閉じられていたレイは今、目を覚ました。その時、彼は例の悪夢を見ていたのであった。

瞬きをし、周囲を確認する。真っ暗なその部屋。そして、布団のような感触に触れるレイ。それにより、彼は寝かされていた事に気付く。

(あの夢……久しぶりに、見たような気がする……)

悪夢は不定期にやってくるようになっていた。どういうタイミングでそれを見るのかは、全く分からない。日本に入国してからはあまり見なくなっていた筈なのに、何故ここにて悪夢を見たのかは、分からなかった。

 

『あ……ン……』

 

(……え?)

その時、レイの耳に声が聞こえた。女性が喘ぐ、艶めかしい声が聞こえてきたのである。

 その声は、彼が眠っていた寝室の隣から聞こえてくる。興味を抱いたレイはそのまま、壁に近付いていく。

 

『はぁ……ン……もっ……と……』

 

紛れもない嬌声。その激しい声は、レイの耳にはっきりと聞こえていたのだった。

(まさか、これって……!)

レイは確信した。隣の部屋で、ガーストとプレーンが“行為”をしているという事に。

『プレーン……気持ち良いよ……』

『ガーストォ……』

互いの吐息が絡み合う、声。壁越しで男女が求め合っている。そして、ベッドが僅かに軋む音も聞こえてくる。

 これらの淫らな声は人を性的に興奮させる効果を秘めている。レイ自身、動画等で性行為を見た事はあった。だが実際に他人同士がそれを行っているのを聞くのは、初めての事であった。

 声を殺し、レイはそっと壁に耳を立てる。更に聞こえてくる、二人の嬌声。互いの甘く、艶めかしい声は、いつしかレイを性的に興奮させていく。まるで、興奮している二人を媒体とし、伝染するかのように。

『ア……んんッ!』

『うぅ……はっ……ァ……!』

壁越しでレイは顔を赤め、いつしか、その手を自身の怒張した陰茎に手をやっていた。知人が、壁越しで性行為を行なっている状況。それに対して興奮しているレイは、隣の嬌声を聞きながら“それ”に触り、少しずつ、声を荒げていく。

「ンッ……ふっ……あっ……」

レイの声に合わせるかのようにガースト達の行為も激しさを増す。レイは呼吸を荒げ、耳を立てて自慰行為を行い続ける。

「ぁっ……あっ……ンンッ……ふぁぁっ!!」

レイは、快楽に満ちた声を荒げ、果てた。

隣の部屋は恋人同士が愛し合っている。その微かに漏れている嬌声に欲情したレイは、知人の家の中であるにも関わらず、我慢が出来なかったのであった。

(……こんな事……して……ダメだって分かってるのに……)

息を荒げるレイ。飛び散った白濁液は彼の欲望を象徴していたのだった――

 

 

 

朝になった。冬場の朝方は最も寒い時間であり、レイはその寒気で目を覚ます。

「う……ん……ハッ!?」

彼が起きた瞬間、レイは夜中にあった事を思い出した。

 ガーストと、プレーンの行為。生まれて初めて、男女の営みの“声”を聞いたレイは、それが頭から離れない。まさか、彼はその行為を聞くことになるなど、思ってもみなかったからだ。

「こんなんじゃ……ガーストさんと顔を合わせられないよ……」

思春期の彼にとって男女の営みというのはどれ程の衝撃なのだろうか。直接それを見た訳ではないとはいえ、彼はただ、困惑するばかり。

 顔を合わせる事が気まずい……そう考えるレイは、ふと、Eフォンを操作し始める。

この時、何気なく彼はSNSを開く。ここ最近、SNSを開いていなかったレイ。相変わらずそこには膨大な情報が溢れており、様々な人々が何らかの情報を発信したり、ニュースに対するコメントを残したりしている。著名人がコメントを残せばそれに対して膨大な数のコメントが付く。サムズアップマークが搭載されているボタンを押せば、そのマークが点灯し、そのコメントに対する評価を付けることが出来る。それは言ってみれば、記事に対する既読機能としても成り立っていると言えた。

 まるで、夜中の出来事を忘れようとせんと、SNSを見続けるレイだったが――

「……あれ?これって……」

マイページから入ることが出来る、“お知らせ”の項目に、一つのメッセージが届いていた。

 

――ジャンヌ・アステルさんにフォローされました――

 

「え……!?」

目を疑うレイ。急いでそれを確認すると、ジャンヌのページに飛んだのである。紛れもない、本物のジャンヌ・アステル。総フォロワー、十億を超えるそのアカウントは、並みならぬ人気を物語っている。

「嘘、これ……SNS、暫く止めとこ……」

何故だろうか、彼は怖さを感じ取っていた。偽物かも知れないという気持ちはあったが、それを否定する為の公認マークのようなものが記されており、紛れもない、“本物”からのフォローをされたという事実が、彼の中であったのだった。

 明日、彼はジャンヌ・アステルのコンサート会場へ行く。その本人からのフォロー。これは何を意味するのかは不明だが、嬉しさと共に、どこか妙な感覚を、感じ取っていたのであった。

 

ガチャ

 

と、ドアを開ける音が聞こえた。そこに入ってきたのは、ガーストであった。

「おはよう。朝ご飯出来てるぞ。食べ終わったら一緒に車でセイントバードへ行くぞ、レイ。」

「え、あ……おはよう、ございます……」

ガーストの顔を見た時、昨夜の事が思い出される。顔を赤める、レイ。

「ん?どうしたんだよ。」

「いえ……」

直視出来る筈がない。昨夜の行為をしている人間が目の前にいるのだから。

 

 

「おはよう、レイ!お腹空いてないカ?少しお腹空くぐらいが一杯食べられるネ!」

と、笑顔で振舞うのはガーストの恋人、プレーンである。彼女は朝食を作っていた。トーストに、目玉焼き。そしてオレンジジュース。よく、食卓に並べられる食事達である。

 テーブルに座り、レイは二人の目を、合わせないようにしていた。恥ずかしくて、仕方がなかった為である。その間、ガーストはトーストを齧り、食べている。

「食べないのか?」

「あ……食べます……よ?」

ガーストは首を傾げながら、食卓に置かれている食事をゆっくりと、味わっていたのだった。対照的に、レイは昨日の事ばかりを思い浮かべている状態である。

 恋人同士、同棲すれば何らかの接触はあるのは、彼自身も何となくではあるが、分かっていた。しかしまさか自分がいるにも関わらず行為に及ばれるとは思っていなかった様子だったのである。

 

 

「いってらっしゃい!」

プレーンの声が響く。そして、二人は再び接吻を交わす。相変わらずレイが見ているにも関わらず、気にしていない様子だった。

 場面は変わり、車の中。ガーストが運転し、助手席にレイが乗っている状況。レイは、ガーストと目を合わせるのを躊躇いながら言葉を話す。

「プレーンさんとは……結婚はしていないんですか?」

思えば、二人共苗字が違う。同棲こそしてはいるが、その事をレイは気にしている様子だった。

「いやあ、これには事情があってさ。俺がデウス帝国出身だから、簡単に地球では籍を入れにくいんだよ。敗戦国の出身の扱いは悪いねぇホント。」

乾いた笑いを浮かべる、ガースト。本当ならば、彼女と結婚をしたいのだろう。

「そういえばさ、アムンと連絡取れなくなったんだよ。どうしてるんだろ。レイ、何か知ってるか?」

ふと、ガーストが言った。SNSで共通の趣味関係で知り合った彼等。アムンはガーストの事を“師匠”と呼び、親しげに話していた。

 その、アムン・ディースは既に死んでいるという事を彼等は知らないでいた。ダッゲインの暴走により、彼女は巻き込まれてしまったのである。

「ごめんなさい、分からないです。あの人とは連絡先とか交換なかったので。」

「そうなんか。ま、多分故郷へ帰ったんだろう。」

そう言いながら、車を走らせるガースト。二車線の道を駆け抜け、セイントバードへ向かっていく。

 東京の街の車の数は多い。今日は平日であった為、数多くの車が走っている。トレーラーや自家用車等の車が何台も走っている。その最中、ガーストは呟くように言った。

「お前さ、昨日さ、一人で、“シてた”だろ。」

「はい……え……!?!?!?」

突然の質問。レイは思わずガーストの方を見た。

「隣でさ、なんかエロい声が聞こえたんだよ。隣に居るのってお前しかいないじゃん。あ、多分こいつ“シてる”って思ったよ。お前、声高いしな!ハハハハハ!」

レイの顔が、赤く染まっていく。目のやり場に困るレイ、やがて彼は両手で顔を隠した。全身を振るわせ、ガーストの言葉に対して恥じらいを感じているのだった――

(やめて……恥ずかしい……こんな……こんなのって……)

逆に、ガースト達はレイに“行為”の際の声を聞かれて恥ずかしくないのかと気になる所であったが、今のレイはそれに対して聞き返す気力に、なれない様子だった――

 

 

 

 時は経ち、翌日。その日はジャンヌのコンサートの日である。アリーナ内は満席であり、先日にダッゲインが都市部へ侵攻してきたにも関わらず、誰もがそれを忘れているかのようにコンサート会場へ集まった。この中には、セイントバードチームのクルーも数名来ていた。十枚のチケットを、皆が取り合っていたのである。内二枚はレイと、スバキの手元に渡ったのだが。

 アリーナ内部は大盛況。ジャンヌの歌は激しい曲調のものもあれば、優しく、穏やかな曲調のものもある。いずれもが彼女が作詞、作曲をしており、時折踊るダンスも、全て彼女が自作している。それらは全て大ヒットするという、彼女の才能が際立っていた。

 絶賛される曲に、ダンス。そして麗しい容姿。全てが整ったジャンヌは、まさに“聖女”と呼ぶに相応しい存在と言えた。

 コンサートは一日を通して行われた。流石のジャンヌも疲労している様子であり、流した汗を拭っている。

「ジャンヌ」

声を掛けるのは、アレンだ。コンサート中も不審者がいないか、ボディガードを務めていたアレン。ティフォンガンダムをセイントバードに預け、コンサート当日である今日、彼は仕事をこなした。あくまでも、“バンディット”としての仕事である。

「お疲れ様。凄かったよ、本当に……」

「ありがとうございます、アレン。」

と言いながら、置かれている水を一口、飲むジャンヌ。

「アレン、これにて今回の貴方のお仕事の契約は終わりです。ありがとうございました。又、報酬に関しましては送らせて頂きますわ。」

「あ、ああ……そうだったね。」

だがここで契約が終わりになった場合、彼に託されたガンダムの事等はどうなるのか。ティフォンガンダムはアステル家の機体。今回の役目が終われば彼はアレクサンドリアへ帰る事になる。

 その事が気になったアレンは、ジャンヌに聞いた。

「あのガンダムはどうすれば良い?契約が終われば、もう君と会う事もない――」

と、アレンが言った時だ。

「私は貴方との契約を切った覚えはありません。“お仕事”の契約を切ったに過ぎません。」

「それって、どういう意味……?」

アレンにとっては今回はバンディットとして彼女の護衛を果たしたに過ぎない。だがジャンヌは契約を切っていないという。“お仕事”の契約を切った?何の事なのか。

「少し、場所を変えましょう。衣装の着替えもしたいので。」

彼女の言うままに、アレンは付いて行く。訳が、分かっていないまま。

 

 控室にアレンは呼ばれた。ジャンヌは先程の衣装を着替え、軽装で過ごしている。胸元が大きく露出しており、着用している黒いズボンも、ほぼ下着のようなサイズのそれを纏うジャンヌの恰好は一層、彼女のプロポーションを際立たせた。

「服、もう少し露出の少ない服の方が良いんじゃないか。はしたなく見える。」

そう言いながらも、アレンの表情は赤く染まっていた。

「今はこの格好で過ごさせて下さい。何せ、動いたばかりで、暑くて……。」

と言いながら水を一口、彼女は飲む。アレンはそっと、溜息を吐いた。

「さて、アレン。改めて貴方にお伝えしたい事がありますわ。」

ジャンヌは何を言おうとしているのか。それが気になって仕方がない様子の、アレン。一昨日にコンサート後に詳細を説明すると言っていたジャンヌ。今、このタイミングで彼女の口からそれらが、語られようとしていた。

「私が貴方に話したことや、セイントバードの方達に話した内容はご存知の通りだと思います。世界は混迷の時を迎えようとしている……と。そして、彼等には協力をして貰いたい――と。」

ジャンヌの目が、アレンを捉えて離さない。

「アレン、貴方にはその混迷を破る役割を担って欲しいのです。バンディットという仕事を辞め、私と共に、戦って頂けませんか。」

そう言って、ジャンヌはすらりと長い、腕を差し出した。アレンとの握手を、求めていたのである。

「やっぱり、その為にあのガンダムを俺に託したんだね。ジャンヌ。」

薄々は分かっていた。彼女の真意。戦後になり、共に行動したのは約二週間程度。その間に彼女は世界の平和についてアレンに対して語っていた。

 ローマのアステル家でメイド・ヘヴンが駆るグラントロールが強襲した際にジャンヌはガンダムを彼に託した。戦後、バンディットとして日銭を稼いでいたアレンの運命は、この時大きく動き出そうとしていたのであった。

「貴方の意思をお聞かせ下さい。これは私の一方的な我儘であってはならない事です。貴方の意思はどうなのか……それを聞かなければ、私は動く事が出来ません。」

アレンの中の意志は、もう、決まっていた。躊躇う事無く、アレンは口を開く。

「君と協力しよう。俺も感じていた。レヴィーを止めないと行けないとは、思っているから。」

「では……宜しくお願いいたします。」

そして、互いに握手を交わした。この瞬間、ジャンヌの行動にアレンは協力する事になるのであった。

 しかし、彼女の意志は分かるのだが具体的にどのような行動をするのかは一切分かっていない。何か、考えているのか?アレンは尋ねる。

「ジャンヌ、君の考えている“策”って何かあるのか?俺にガンダムを渡しただけとか、そんなのじゃないとは思うんだけれど。」

「勿論ありますわ。アレン。二日後に静岡の駿河まで、ティフォンで来て下さい。それを確認することが出来れば、貴方に是非、お見せしたいものがあります。」

「見せたいもの……?」

それが何を示すのかは分からない。彼女は、ただアレンに対してその地へ来るように指示しただけであったのだ。

 

 

 

 コンサートが終わり、一日が経過した。ジャンヌとのバンディットとしての契約を終えたアレンは彼女が手配していた東京内のホテルに滞在していた。彼女との合流日まであと二日。それまで彼は街を散策する事にしている。

 数日前にダッゲインの暴走が起きた時とは思えない程に、町は平和だった。しかしこの景色も、新生連邦政府による支配が行われている状況では偽りの平和と言わざるを得ない。軍備増強はその間も続いており、世界各国ではテロ、内戦は相変わらず起き続けている。そして、増産され続けているMS。多量に配備されているそれらは、テロリストにも出回るようになってしまっている状況だ。なのにそれを止めない、新生連邦総司令、レヴィー・ダイルは何を思うのか。

 アレンは夜の街を歩いていた。行き交う人々はそれぞれ、笑顔を見せる者や仕事に追われる者等、様々な存在がいる状況。彼はそれらが行き交う姿を見て、一人、思っていた。

(戦後になって平和になる……そして、本来ならば敵性戦力がいなければMSという存在の増産は本来ありえない事だ。なのにあいつはその真逆をしている。何故、こんな事をするのか。理解出来ない、本当に……)

いつしか彼は握り拳を作っていた。戦後になってからの状況を思い返す、アレン。

 アレクサンドリアの孤児院での出来事や、地中海上での新生連邦の襲撃。そして、ジャンヌとの再会からの、共に戦うという約束。バンディットとして動いていた彼は、新生連邦との戦いに身を置こうとしているのであった――

(あれは……?)

その時だ。彼が歩いている時、一人、俯きながら歩いている女性の姿があった。茶色の髪色をし、白い肌をしている女性。肩まで掛かっている髪が特徴的な女性。

 一見すれば何気ない人間に見える。だが、アレンにとってその女性は特別な人間に、見えた。

「いや、待て……あれは、やっぱりそうだ!」

彼の顔は、笑顔に変わっていた。先程まで偽りの平和を憂いていた彼の姿は、そこにはない。

(ココットだ……!)

ココット・メルリーゼ。それはデウス動乱時にアレンと相思相愛の仲になった女性。歳は彼と同い年であり、戦時中に保護する形で知り合い、そこから両者の仲が深まっていく。しかし宇宙空間で行方不明になってしまった。

 その彼女に似た女性が、彼の前を通っている。話しかけたい!会いたい!

戦争を経験し、デウス動乱の英雄と呼ばれている彼であるが、行方不明と言われていた恋人と出会う事に対して心が踊るのは、彼自身紛れもない人間である証拠だったのだ。

(いや……様子がおかしい。)

ココットと思われる女性の様子が、明らかにおかしい。まるで何かに怯えているかのような表情を、浮かべている。

 不本意ではあったが、アレンは彼女を遠くから追う事にした。どうしても、気になって仕方がなかったのである。

 

 異変はすぐに訪れた。女性の手を、一人の男が引き寄せるように引っ張ったのである。背丈はアレンよりも高い、その男。一見優男に見えるが、その人間に対し、女性は明らかに怯えている様子だった。

「もう、やめて欲しい!貴方とは会いたくないのに!どうして付き纏うの!?」

「僕には君しかいないんだよ!僕は君にこれ程投資してきたのに!どうしてだ!どうして僕を否定するんだよ!?」

痴情の縺れのように見えるその光景。だが男の方は一方的に女性に言い寄っている。

「貴方の、お金を出せば何でも解決するって……そのような性格が嫌なの!なのに貴方はそればかり求めてる!嫌だと言っているのに、どうして近づくの!?」

男の年齢は、恐らく年上だろう。そして、その身なりからして、何らかの実業家のような風貌をしているように見える。

「僕の事は、誰もが振り向く!年収だって圧倒的に高い!その辺の人間と比にならない!

海外にだってコネクションを持っている!ギアン家とも繋がりがあるんだ!なのに、君は!」

恐らく、男は顔が広いのだろう。コネクションや資産を女性に自慢する男。

 それは一見すれば世の男が羨む存在と言えるだろう。富、名声を手にしている男。それは人間社会的にも、生物的にも圧倒的に強い。強者と呼べるに相応しい存在だろう。

 しかしこの男には欠けているものがある。それは、“配慮”だ。現に、この男を女性は嫌がっている。なのに、この男は自身の富、名声ばかりをアピールし、女性と言う、“人”を一切見ていない。

「来ないで!」

そう言って、腕を振り払う女性。

「来ないで……?そこまで言うのなら、今まで君に投資した分を返してもらおうか!君と付き合う為に多額を投資した!なのに君は拒否ばかりだ!不愉快なんだよね、そう言うのは!!財力もない、只の一般人風情が偉そうに!!」

暴言が浴びせられる。躊躇いもない言葉は女性を傷つける――

 

バッ

 

その時だ。男の腕を、アレンが止めたのは。

「何だ、お前は!?」

「傍らで聞かしてもらったけど、そういうの、良くないと思うな。」

背丈はアレンの方が下ではある。だが、彼は元々戦争を生き残った、“戦士”だ。彼の力は男とは比にならない。その力強さに次第に押されていく男。

「やめろ……赤の他人が、こんな事をするなんて……!」

「赤の他人?違うね。彼女は俺の大切な人だ。」

この瞬間、アレンははっきりと言った。女性の、“大切な人”と。

 一瞬、女性はそれが理解出来ない様子だった。当然である。突如現れ、助けた男が彼女の事を、“大切な人”と言うのだから。

 女性はアレンの方を見る。その時だ。彼女は彼の顔を見て、次第に思い出していったのは。

(この人……どこかで……え……まさか……!?)

女性は見覚えのある、アレンの姿を見て徐々に口を開けて行く。そして……

「アレン!!!やっぱりアレンなのね!」

この時アレンは一種のデジャヴを感じていた。ジャンヌが彼と再会した時の感覚である。

「やっぱり!ココットか!そうだとは思ってた!」

と言った時、互いに抱擁を交わす。

 戦前に知り合い、恋仲に進展した両者は相思相愛の仲だった。

 戦争が二人を引き裂き、ココットは宇宙空間に放り出された。その時、彼は嘆いた。だが、彼女は生きていた。そして、アレンの目の前にいる。

互いに想っている仲同士がこの場にいるということは、彼女を強引に引き連れようとしている男の存在は、邪魔者以外の何者でもない。

 もし、これが冷静に状況を見る事ができる人間ならば潔く引く事が出来るだろう。しかしそれがエゴで動いていて、人を“物”としか見做しておらず、自分の者にならないと不満を感じている人間だった場合、厄介この上ない状況になり得るのだ。

「どこの馬の骨か知らないヤツが……!」

と言った時、男は近くに落ちていた鉄の棒を見つけた。男にとっては、相思相愛の恋人同士の仲を見せつけられたとでも言うべきなのだろうか。

 そして、それを右手で拾ってからアレンの方に迫るのに、時間を要する事はなかったのである。自身にココットを振り向かせる魅力が無かった事に対する、完全な逆恨み。そして、余りに稚拙な行動。

人は理論的に理解が出来なければこのように暴力行為に及び、力尽くで、相手を蹴落としてでもそれを奪おうとする。それが如何に愚かな行為かを理解しないまま。

「コイツぅ!」

怒りのままに、あろうことか、男はココットを狙い始めた。自身よりも弱い女性を標的に攻撃を仕掛けるという、弱さが極まった男の愚か過ぎる行為。しかし、ココットにとってはこれは恐怖でしかないのだ――

 

ガンッ

 

咄嗟に、アレンはココットを庇った。身長差は約5センチ程の彼等。彼は凶器である鉄棒から身を呈してココットを守ったのである。

「うぅっ……!」

強烈な一撃。いくら戦士として生き延びてきた彼とはいえ、これは激痛だった。

 しかし、アレンは逃げる様子を見せない。目の前にいる、最愛の人間を失いたくないという、強い想いが、彼をこの行動に駆り立てたのだ。

 アレンを殴った男は、我に返ったように鉄棒を離した。そして、後方へ三歩下がり、徐々に自分がした事に対する恐怖を感じるようになっていったのである――

「う、うわあああああああ!!!」

怒りに任せた攻撃をした後、冷静になり、血が引けた時、人はそれに恐怖する。その結果が、男の行動だ。富、名声がある人間であろうと、所詮は人間である。

 一方のアレンは愛する人を命懸けで守った。それは、彼が過去に宇宙空間に放り出されたココットを失うかも知れないという恐怖が蘇った結果なのだろう。

「アレン!大丈夫……?」

アレンは痛みに耐えている。しかし、数秒後に彼は態勢を持ち直し、姿勢を正した笑みを浮かべ、彼女の肩をポンと掴んだ。

「痛いね、結構、これ……鍛えているつもりではあったんだけどさ……」

ズキズキとした痛みがアレンを襲う。だが彼は立つことが出来ている。打撲の痛みは残るが、姿勢を崩す程ではなかったのだ。

「病院には行かなくて良い?」

「大丈夫だ、それ程重症じゃない……それに病院に行ったら時間が掛かってしまう……」

心配するココットに、それを拒否するアレン。彼女の表情は曇るばかりだ。

「……あのね、私、家が近いの。ここから歩いて五分ぐらいなの……あのね、そこまで歩ける?」

「家?じゃあ、ココットは日本に住んでいるんだ。」

意外な事実だった。戦前にはぐれた恋人は今、日本に住んでいる。このような偶然があろうことか。アレンの表情は、自然に笑みを浮かべる。先程受けた痛みを忘れるように。

再会した彼等。だがそれを素直に喜べる状況ではない。病院を拒否するアレンを心配したココットは、アレンの怪我がどれ程のものなのかを見る必要があると考え、彼を家まで案内する事にした。

 

 

 5分程二人は歩き、彼女が住んでいるマンションの前に辿り着く。中に入る両者。戦後、まさか日本という地で両者が再会するとは思いもしなかった彼等。相思相愛の関係はこのような運命を引き寄せるのだろうか。

 部屋に入ったココットは、早速アレンに上半身を脱がすように言う。その指示に従い、彼は上半身を脱ぐ。

 引き締まった肉体。八つに割れた腹直筋が浮き出ている。肩甲帯がはっきりとそのシルエットを描いている。だがその表面を、打撲痕が残っている。鉄棒で叩かれた跡が、痛々しく残っていた。

「応急処置かも知れないけれど、湿布を貼ってあげるから……」

そう言って、ココットは彼の背中に湿布を貼った。暖かい感触が、彼女の手に伝わる。

「なんだかね……こうしてアレンと一つ屋根の下で過ごすなんて、初めてだから。不思議な感覚だね。」

ふと、ココットが口を開いた。

 彼等は戦争中に知り合った仲である。それ故に、戦場ばかりを巡っていた。戦後になり、平和と呼べる状況で彼等がこうしているという状況自体、奇跡と呼べるものなのである。

「そう言えばそうか。何だろうな。変な感じだ。」

何故だろうか、アレンの言葉が詰まる。

「緊張してるの?」

「いや、だってさ、まさか日本で君と会うなんて思わなかったしさ。」

そう言った後、ココットが静かに笑った。

「クスクスッ、そんなに緊張しなくてもいいよ。アレンの側に私がいるんだから。」

そう言って、ココットはアレンの背中を抱き締める。その関係性は、紛れもなく恋愛関係の男女の関係と言えた。

 デウス動乱が終結してから五年。偶然が呼んだ奇跡。と呼べる、再会。両者共に、喜びを噛み締めている。

「アレンはどうして日本に?」

ココットは抱き締めた状態のまま、アレンに聞く。

「戦後にさ、色々あったんだよ。」

自然に、彼は口を開けた。ワートンに拾われた事や、バンディットとして働いていた事等を話す。戦前、彼がガンダムのパイロットを務め、地球連邦軍のエースとして活躍していた事を知っていたココットは、現在の境遇に驚きを感じている。

「アレンも、大変だったんだね。」

「今はちょっと仕事で来ている。ココットは、この五年はどうしていたんだ?」

アレンに聞かれた時、彼女は俯いている様子だった。

「うん……色々とあったよ。」

「さっきの男とも、何か関係が?」

「まあ……うん。」

余り、話したくない様子だった。

「話したくない?」

「ううん、アレンが話してくれたのなら、話す。外、寒かったでしょ?暖かい飲み物でも持ってくるね。」

ココットは抱き締めるのをやめ、立ち上がってから台所へ向かった。

 マグカップを用意したココット。中には紅茶が入っており、湯気が立っている。その状態でココットはアレンにマグカップを渡し、用意した。

「ありがとう。」

と、言ってアレンは静かにそれを口に含む。

「それで、どうしたの?」

「あの時、宇宙に放り出された後ね、私、連邦軍の戦艦に助けられたんだ。そして終戦を迎えて、私は故郷に戻ったの。」

ココットの故郷。それはフランス、パリ。デウス動乱時に第十三特殊部隊がパリを訪れた時に彼等は出会った。

 彼女は自身の名を好きでなかった。両親に恵まれないで育った彼女は、アレンと運命的な出会いを果たしたのである。

 そして戦後。パリに戻った彼女は就職活動を行った。だが戦後の不景気で彼女を雇う場所はなかなかなく、ココットはその美貌を活かして生活をする必要があった。

 醜い富裕層の男の接待。それが彼女に出来た事。その間、彼女は心を荒みながら生活を送っていたのだという。

 やがて彼女は資金を貯めて日本へやって来た。そこで外資関係の企業に派遣社員として就職。日本に移住し、本格的に生活を送る事になる。その中で出会ったのが、先程アレンを鉄棒で殴った男だ。彼女の容姿に惚れた男は積極的にアプローチをしてきた。だが心の中でアレンの存在を想い続けていたココットに、男のアプローチは届く筈がない。

 それから先程の出来事に至るという訳である。彼女がここまで来れたのは、持ち前の美貌を活かして来た事も幸いしていたのである。

「ココットも、大変だったんだね。」

「私は弱いから……あの戦艦に居た時も、助けて貰ってばかりだったし。何も出来なくて、足を引っ張ってばっかりだったね。」

そう言いながら、紅茶を一口飲む。暖かな感触は喉を通した。

「でも、まさかここでアレンに出会えるなんて思ってもみなかった。平和になった時代で、こんな所で、本当に偶然。でも不思議。自然に私の家に来られるんだもの。やっぱり、結ばれてるんだね、私達!」

その満面の笑みは、アレンを自然に笑顔にする。そして、彼にとって彼女の存在が必要であるのだと、改めて再認識させるのだ。

「ねぇ、アレン。」

「何?」

すると、ココットはアレンの顔に近付く。まるで、無邪気な子猫のように。

「キス、して」

「キス?」

「うん。こんなに平和になった時代でアレンに出会えたのに。何もしないなんて、嫌。」

平和。果たしてそう言えるのかは不明だ。ただ、一つ言えるのは、今は戦禍の中ではない。マンションという名の、安全地帯。その部屋の一室。そこに相思相愛の男女がいる状況。

 一人暮らしをしている彼女の部屋は清潔に保たれている。散らかっている様子もなく、彼女の丁寧な性格を物語っている。

 戦後から五年。互いに様々な出来事があった。世界は混迷に包まれている状況ではあるが、今は、目の前に居る愛らしい女性を、抱き締めずにはいられない、アレンだった。

 

チュッ

 

そして互いに接吻を交わした。戦前では叶わなかった光景が、今、果たされたのである。

 やがてアレンはココットの肩を抱え、更に、抱き締めて行く。離したくない。目の前に居る、可憐に育った愛らしい女性を失いたくない。彼の想いは、一層強く行動に出た。

「もっと、したい……」

ココットは更にアレンを求める。互いの視線が見つめ合う。互いに生きていた。それだけでも十分だ。相思相愛の仲である彼等を阻む者は、何もないのだから。

「俺も……」

そう言って、再び二人は接吻を交わした。相思相愛の男女が交わす、美しいキス。マンションの一室で行われるそれは、幻想的な光景と言えた――

 

 

 

 男女が同じ空間にいるという状況は公衆の場と違い、プライベートの場とされる。相思相愛の者同士は、その先を求める。それが、恐らく本能なのだろう。

 アレンはココットを抱いていた。裸になり、愛しい彼女をベッドの上で、優しく腰を動かす。一方のココットは彼を受け入れる為に背臥位姿勢となり、彼の臀部に触れている。まるで、彼の事を離さなんとせんばかりに、ただ、求めている。

 彼らにとってこれ程至福の時間は無いだろう。誰にも邪魔される事なく、互いに好きなだけ愛し合える時間。戦後の状況で偶然にも再会した彼等が再び愛情を芽生えさせるのにはそう、時間を要しなかった。

 愛情が芽生えるのは環境が影響するのだろうか。それとも、人柄なのだろうか。富?名声?それは個人により、異なる。

 肉体関係が成り立つのはどのような時だろう。彼等のように愛し合う仲で成り立つ者が普通と呼べるのか。それともただ、寂しさを満たしたいだけなのか。あるいは、唯の欲の発散なのか。個人が抱く性行為、肉体関係の図は異なる。それ故に人によってはそれが嫌になり、トラウマを引きずる事もある。

 彼等はそのような事はなかった。純粋に目の前にいる人を、愛するという事が出来る。それは何よりの幸福だったのだ。

 

 

「アレンっ……!」

「ココット……!」

 

 

朝になった。ベッドで二人が並んで裸で眠っている。布団を掛け、互いの顔を見て笑みを浮かべる。

「なんか、凄かった。」

「何が?」

ココットが布団に包まりながら言う。

「アレンが私を求めてくれてたんだなって、思ったよ。」

ココットは優しい笑みをアレンに対し、向けた。愛らしい彼女の顔は、戦後にバンディットとして活動してきたアレンの顔を、癒す効果があった。

「ねえ、アレン。このまま一緒に暮らさない?」

ココットはアレンの首元に柔らかな指を這わせながら言った。

「一緒に……か。」

彼女の誘いは嬉しい。最愛の人と共に暮らす。それは、何よりも喜びだ。そこで一緒に将来の事を考え、歳を重ねるまで一緒にいる。理想的な事だろう。

 だが、彼の場合そうは行かなかった。アレンには、すべき事がある。その役目を果たさなければならないのだ。

 

ギュッ

 

と、今度はアレンがココットの頭を優しく抱き締める。そして、しっかりを目を瞑り、彼は謝るのだ。

「ごめん……一緒には住めない……」

「え……どうして……」

彼の腕の温もりを感じながら、ココットは疑問を抱いた。

「俺、これからこの世界の為に戦って行くかも知れないから……」

ココットにとって、その言葉の意図が分からない。何故その言葉を発するのか。せっかくこの場で会えたのに。戦争もない、平和な時代なのに。何故……?

「どうして!?どうしてなの!?なんでアレンは戦う必要があるの?もう、十分に戦ったじゃない!あんな戦争を戦い抜いたのに、どうして戦うの?何と?意味が分からないよ!」

感情的になるココット。無理もない。最愛の人が同棲を拒否するのだから。

「俺だって辛い。けれど……俺にはやらなきゃならない事が出来た気がするから……」

そう言った時、アレンはベッドから離れた。引き締まった身体は朝日に照らされ、シルエットを描く。

「教えてよ、何をしなきゃいけないのかを。」

ココットの疑問。それに、アレンは静かに答えるのだ。

「ジャンヌと共に行く予定だ。」

「ジャンヌって……ジャンヌ・アステルさん!?どうして……」

デウス動乱時、ジャンヌと面識があったココット。戦後の彼女の活躍も、SNSやメディアを通じてよく知っていた。

「彼女は世界の為に動こうとしている。俺もその役目を果たさなきゃならないから……」

そう言った時、彼は服を羽織る。

「私は着いて行っちゃ駄目なの……?」

ココットは、ふと、呟いた。

「君を巻き込みたくない。君には平和な場所で居て欲しいから……少しでも落ち着く事があれば、ここに戻ってくるよ。ごめん。」

そう言って彼がズボンを着ようとした時だった――

 

ギュッ

 

ココットが、裸の姿でアレンを抱き締めたのである。

「事情は分からないけれど、アレンが必ず戻ってくる事、信じてる。だから約束して。戻ってくるって。」

「……ああ。」

「あと、連絡先を教えて欲しい。いつでも、アレンと連絡を取りたい。」

「勿論。」

その決意は、固い。最愛の人とのあえての離別。それは彼にとっては何よりも辛い事だ。

戦後に出会えた両者。しかしその世界は、偽りの平和と呼べる世界。平和と呼べる世界は本当に訪れるのかは分からない。だが、その可能性を高める事が出来るのなら……

アレンは、決意を胸に、ココットの家を出るのであった。彼女は、ただ、その後ろ姿を見守る事しか、出来なかった。この時、背中の痛みは、もうほとんど感じる事はなかったのである。

 

 

 

 昼。アレンはココットの家からセイントバードまで移動し、アレンはティフォンガンダムに乗っていた。整備は完了しており、整備士達に礼を言い、別れを告げる。

「アレンさん、行っちゃうんですね……」

共に行動出来ない旨を、既にレイに伝えていたアレン。そして、そのクルー達にも別れを告げるのだ。

「お前と酒を飲める日、楽しみにしてるからな。」

ガーストが言った。

「ああ。ありがとうね。色々と。短い間だったけれども楽しかったよ。」

彼は笑みを浮かべ、ティフォンを駆る。

 

キシィン

 

二つの緑色のカメラアイは輝きを放つ。そして、ガンダムは発進した。すぐにMAに変形したそれは、ジャンヌが言っていた、駿河の地へ向かうのだった――

 

 

 ティフォンは駿河の地へ辿り着いた。MSが単独で飛ぶという行為は日本において珍しい。その為、機体は注目を浴びたのだが幸い、それを攻撃する存在はいなかった。既にジャンヌがシュアーを通し、首相であるフォン・ヤマグチに伝えていた為である。

 合流ポイントに機体を降下させ、そこに降り立つアレン。そこは、小島が浮かんでいる場所だった。辺りを見回すアレン。だが、ジャンヌの姿はどこにもない。

「ジャンヌ、どこに居るんだ……?」

と、彼が周りを見ていた時だった――

 

「アレン」

彼を呼ぶ、一人の女性の声が。ジャンヌだ。私服に着替えていたジャンヌは側近のエファンと共に、この地に居たのである。

「約束通り、来て下さりましたね。」

最愛の人、ココットとの別れを惜しみながらも彼はジャンヌと行く事を決めた。その決意は、非常に固い。

 だが彼は固い筈の決意が揺らぐような言葉を、この時吐いた。

「……ココットに会った。」

ジャンヌはこの名を知っている。デウス動乱時に知り合った仲であるからだ。

「……まあ。なんていう偶然なのでしょうか。」

予想だにしなかった名を聞いたジャンヌは驚愕している様子だった。

「貴方とココットさんは……」

そして、その事情も知っている。

「分かっているんだ。けど、俺は君と行動する事を決めた。だけれども……もし今後行動していて、許される時が来たのなら、彼女と一緒に居る時間を約束して欲しい。」

ジャンヌの表情は、最初、真剣そのものだった。だがその言葉を聞いた時、彼女は笑みを浮かべる。

「……ええ。大丈夫ですわ。それに、今回は所謂“セレモニー”に該当するものですわ。」

「セレモニー?」

アレンは首を傾げた。

「混迷の世界を切り開く為の鍵の一つ。これは、その第一段階に過ぎません。私のコンサート活動は、隠れ蓑に過ぎません。本当の目的が、明かされますわ――」

 

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

 

突如、振動が響いた。地震のような地鳴りかと、アレンは感じていた。

 しかし、それは違った。島の形状が、変化しようとしている。自然の形を彩っていた島は、その形状を変えていく。

 やがてそれは形を大きく変えた。そして、そこに見えたのは――

「戦艦……?」

小島が形状を変え、一隻の戦艦が姿を現したのだ。

 透き通るような白色系統の色で彩られた、その戦艦。新生連邦でも、デウス帝国でもない独自の形状を保っている、大型戦艦だった。

「この艦こそ、世界の混迷を覆す為の切り札の一つ。名は、シュネルギア。」

シュネルギア。小島に隠されていた、その大型戦艦の存在はアレンを驚愕させるのに、十分だった。アステル家は各地に土地を購入している。この小島も、アステル家の領土であり、今回この戦艦を隠していたのはこれから活動を開始する為の、一つの定石に過ぎなかったのである。

「ジャンヌ、君はやはり、凄いや……」

アステル家ではティフォンを彼に託したジャンヌ。そして、今回彼は二度、ジャンヌに驚愕する事になった。

 アステル家は、何処にも属さない戦艦を隠し持っているという事実。形状等は全て独自で作り出されたものであり、アステル家の、“母艦”となり得る存在と言えたのだった。

「アレン。貴方にはこの艦のMSパイロットとして、活躍をして頂きたいのです。そして、先日にセイントバードの彼等にも、私の提案を飲んでいただきました。これで、少しでも動く事が出来ます。」

「君は、この為に今まで活動していたのか……」

ローマにあるアステル家に呼ばれた時から今に至るまではそれ程長い期間ではない。しかし、戦後になってバンディットとして活動していたアレンからすれば、驚愕する事ばかりが起き続けていたのである。

「ジャンヌ様、出航の準備が整ったとの事です。速やかに出発を致しましょう。」

側近のエファンが、言った。

「ええ、分かりました。アレン。MSデッキにティフォンを収納して下さい。そのままシュネルギアは発進し、一度ローマまで向かいます。」

「アステル家に戻るのか?」

「ええ。」

シュネルギアはアステル家によって戦後に建造された艦ではあるが、新生連邦軍が支配している世界情勢で艦の製造が公になる事は危険と判断したアステル家は、保護区によって戦闘が守られている地区である日本に建造場所を移した。

 それから現在。遂にシュネルギアは完成し、今、日を見る事になったのである。アレンはすぐにティフォンを、シュネルギアのMSデッキ内に収納させた。自動ロックでティフォンを認識したシュネルギアはハッチを開け、機体を格納する。

 

 MSデッキ内はティフォン以外にも六機のドラグネスアサルトが搭載されていた。恐らく、護衛用の機体なのだろう。MS工場が閉鎖している状況ではあったが、アステル家の護衛の時と同様、僅かに機体は配備していたのである。

「アレン、シュネルギアが発進するまでその場で待機をお願いしますわ。」

回線が開かれた。ジャンヌの声だ。

「あ、ああ……」

いつの間にか、ジャンヌはブリッジに上がっていた。それと同時に、アレンは疑問を抱き、すぐにジャンヌに質問をした。

「あの、質問良いかな。この艦の艦長は誰なんだ?せめて、挨拶をさせて欲しい――」

と言った時……

「すでに、済まされていますわよ。」

と、笑顔でジャンヌは答える。

「え?まさか……」

ジャンヌは、笑みを浮かべた。

「艦長は、私ですわ。」

「まさか!そんな事!?」

衝撃の事実だった。あろうことか、シュネルギアの艦長はジャンヌだったのである。

 コンサートで世界中を回り、歌で魅了している彼女が艦長を務めるという事実。アレンは、彼女のそのポテンシャルの高さに凌駕されるばかりであった。

「驚いている場合ではありません。シュネルギアを起動させ、ローマに向かいます。」

ジャンヌは艦長席に座った。シュネルギアのブリッジ内部は多数の人間が居る。通信士、操舵士、その他、管制系統を指示する者達。いずれもがアステル家に仕えている人間達であり、皆がジャンヌに対して忠誠を誓っている者達ばかりである。

「各部エンジン、ノー、プロブレム。」

「主砲稼働、問題なし。」

「ビーム粒子残量も問題ありません。」

それらの点呼が行われ、白き巨艦、シュネルギアの後部のバーニアが、点火されようとしていた――

「参ります。シュネルギア、発進。」

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

アステル家の戦艦、シュネルギアが起動した。巨大なバーニアは轟音を鳴らし、その巨体を小島から発進させるのだった。

 巨艦は駿河湾の沖の方を抜け、日本を離れていく。アレンにとっては僅かな時間ではあったが、多くの体験をした、日本。最愛の人物、ココット・メルリーゼとの一時を経て、彼はアステル家のあるローマへ、ジャンヌと共に向かう。新生連邦という名の、混迷の闇を断ち切る、その第一歩を踏む為に。

 




第二十七話、投了。
アステル家はセイントバードのスポンサー契約を結んだり、多くの事が動いていく話でした。そして、アレンは役目を終えてアステル家の戦艦、シュネルギアに乗り込むという話。


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第二十八話 アステル家の人達

駿河湾沖で新生連邦軍と交戦するシュネルギア。再戦するアレンとレヴィー。そして、アステル家に戻り、そこで出会う人々とは――


 

 駿河湾沖。ジャンヌが小島に隠していた戦艦、シュネルギアが出航した頃。その存在を先日から着目していた新生連邦軍が動き出す。

 轟音を鳴らし、沖を進むシュネルギア。そして、それを追うように新生連邦の潜水艦、ブルーマーリン二隻と、ウイングイーグルが移動を開始したのであった――

 

 

シュネルギアは出航した。だが、船出の瞬間というのは常に危険を孕むものである。それはセイントバードがよく、経験している。

船出した直後に、シュネルギアの後方より三つの大型の熱源が確認されたのだ。内二つは、海の中より確認されているものであり、一つはセイントバードと同型艦、ヒエラクス級の戦艦だったのだ。

「後方より、大型の熱源を三、確認!内二つは海中にあり!一つは空を飛んでいます!」

「モニターを出せますか?」

「モニター、出ます!」

そして、それらを映し出す後方メインカメラのモニターが展開された。その艦は、以前にセイントバードを襲った戦艦。ヒエラクス級空中戦艦、ウイングイーグルだったのである。残りの二隻は海中に存在している為、認識が出来ない。

「何故……?まるでこの艦が動くのを知っていたかのような動きですね……。」

ジャンヌの表情が、険しくなっていく。

「ジャンヌ様、いかが致しましょうか。」

側近のエファンが、言った。

「私達に戦意はありません。この場を逃げ切る事を最優先事項とします。シュネルギア、最大船速。それと、敵意の意思は無い旨の信号弾の発射をお願い致します。」

彼女の指示通り、シュネルギアからは信号弾が放たれる。緑色の光が駿河湾沖上空に放たれる。

 その色は敵意が無いという、なによりの証拠。その為、この海域を逃して欲しいという、切望だ。しかし――

「我々は新生連邦政府軍。貴艦はどこの所属か、名乗ってもらおう。これは命令だ。黙秘件は与えられん。もし黙秘を貫くのならば、武力行使を行う。」

ウイングイーグルの艦長、ダリア・ローゼントの声が響いた。あくまでも未確認の戦艦であるシュネルギア。それを地球圏の権力を握っている軍が、易々と見逃す筈がないのであった。

 

 ウイングイーグル艦内ではブリッジにて、前方を航行しているシュネルギアを、睨むように見つめている、ダリアと総司令、レヴィー・ダイル。その艦がアステル家の戦艦である事等知る由もない。だが彼等は匿名情報からその存在を確認しており、シュネルギアが発進したと同時に行動を開始。現在、シュネルギアに対して脅しを掛けている状態だ。

「潜水艦、ブルーマーリン二隻へ伝達して下さい。ディープシーの展開準備を。状況によってはあの艦へ攻撃を仕掛けます。」

「鹵獲等はお考えではないのですか。」

ダリアが、言った。

「様子を見る必要があります。無論、可能であれば鹵獲を狙いますが。相手が抵抗を続けるのならば破壊もやむを得ないでしょう。新生連邦に対する脅威が存在するのならば、その脅威は捻じ伏せなければなりません。」

それは、彼の意志だ。新生連邦への脅威は叩く。それが彼の意志である。だがそれが強い戦力である場合は話が変わってくる。それを仲間に率い、更なる軍事力の強化を狙う。彼が掲げる軍備増強は、彼の意志に周りの人間が賛同する形で、いつしか次第に大きくなっていったのだ。多数の人間を犠牲にしていきながら……。

 

「ジャンヌ様。このまま黙秘を貫く事はシュネルギアを攻撃される事と同義です。どう致しましょうか。」

エファンが再び口を開く。発進して間もない状況で再び生じた危機。黙秘すら許されない状況。艦長であるジャンヌは、突如判断を迫られる。

 彼女は、決意をした。この状況を打開する方法。クルー達を危険に陥れる可能性があるかも知れない状況ではあるが、攻撃を受けるぐらいならばと、考えたジャンヌ。

「砲門を展開して下さい。目標は後方、敵戦艦。その上で話に応じます。」

そのまま逃げるのではなく、脅す形で話し合いに応じようと、しているのだ。

「私はジャンヌ・アステル。この艦、シュネルギアの艦長を務めます。」

艦長の名を聞いた、ウイングイーグルのクルーは誰もが怒った。明らかな挑発だと、皆が怒る。

 当然だ。世界的歌手であるジャンヌ・アステルの名を使用している時点で嘘と思われても仕方がないのだ。ウイングイーグル内の人間の中にも彼女の曲のファンは多い。不審艦の艦長が放った第一声が“ジャンヌ・アステル”という名。これは、挑発行為と見做されても仕方がないのである。

 しかし、ジャンヌはこの事に気付かなかった。彼女は事実を伝えたのにもかかわらず、新生連邦からは挑発行為と見做されてしまったのである。

「私達はこの海域を抜け出したいのです。貴方方との戦闘の意志は、一切ありません。」

自身の訴えを主張する、ジャンヌ。しかし新生連邦軍はシュネルギアが、新生連邦を侮辱している戦艦だという認識をしてしまったのである。

「事情は分かりませんが、砲門を開いた上でジャンヌ・アステルという、偽りの名を自称するという事は、挑発行為と見ました。よって、宣戦布告と見做させて頂きます。MS部隊発進!ブルーマーリンからはディープシー部隊展開!」

総司令は彼女の言葉を信じなかった。ジャンヌの言葉は、状況をただ、混乱させてしまう結果となったのであった。

「そんな……」

ジャンヌは、ただ、落胆するばかりであった。

 

 海中には新生連邦の潜水艦、ブルーマーリン二隻が存在している。そこから展開される、両肩部にスパイクを装備している、全体が群青色で覆われているMS。

 機体名、ディープシー。型式番号、NFMS-08M。新生連邦軍の水中用MSである。潜水艦のカタパルトからモノアイを輝かせ、これらが三機ずつ、二隻からの出撃を合わせて合計六機が発進された。海中内で移動する際、幾多もの泡を噴出し、シュネルギアに近付いていく。

 

「総司令は、どうなされるおつもりで。」

ダリアが言った。

「状況を見てナパームを発進させます。敵の戦力を是非、見ておきたいと思いまして。例のガンダムタイプ達も出撃のスタンバイをお願いします。」

そう言った後、総司令はダリアに敬礼をした。それに対し、彼女も敬礼を返すのだった。

 新生連邦軍による包囲網が展開される状況。アステル家の戦艦、シュネルギアにとっての最初の関門。突破出来るかどうかは彼等の技量に掛かっているのだ。

 

「海中より熱源六!波状攻撃、迫ってきます!」

オペレーターがジャンヌに伝える。ディープシーは一斉に魚雷を展開してきたのだ。

「ミサイルを展開して迎撃を。その後、アレンにガンダム発進の指示をします。」

ジャンヌは指示をした。それに従うように、シュネルギアの艦下部からミサイルが展開された。迫る魚雷はこれにより、迎撃される。

「アレン。敵は海中よりMSを展開しています。ティフォンで迎撃を願えますか。」

回線でジャンヌはアレンに伝える。MSデッキ内で待機している彼は、答えた。

「了解。まさか、早速戦闘になるとはね。」

「私の配慮が出来ていない結果です。ジャンヌ・アステルと言う名を出した瞬間に、まさか攻撃を受けるとは思いませんでした……」

ジャンヌは悲しげな表情を浮かべる。彼女の主張が挑発行為と見做され、反って危機的状況を作り出してしまった事に、明らかに戸惑っている様子だ。

「まさか世界的歌手が戦艦に乗って指揮をしているなんて、思わなかったんだろう。それよりもあの戦艦、地中海で戦った奴と同型艦……いや、あれはそのものだ。」

この時、アレンは一人の人間を思い出している。以前にウイングイーグルから発進したガンダムタイプに乗っていた人間……レヴィー・ダイルである。

「あいつがここにいるかは分からないけど……アレン・レインド、ティフォンガンダム行きます!」

意気込みのある言葉を言い、ティフォンは発進した。そのまま海中に向かい、敵機体を索敵する。

 

 海中内にて。ディープシーは魚雷だけでなく、局地対応型ライフルを用意していた。それは場面によって実弾、ビーム粒子を分けることが出来るライフルであり、汎用性の高い武器となっている。

 

ビゴォン

 

ディープシーはティフォンを見るなり、攻撃を開始。海中の為、実弾の弾がティフォンに一斉に放たれる。

 ディープシーは水中に特化したMSだ。故に、その機動性はティフォンよりも優れている。海中での攻撃は、明らかにディープシーの方が強いのだ。

「機体が海に対応出来ていないのか!一度浮上するしか……」

敵機体に対応出来ないと判断したアレンは、一度浮上し、海上へ戻ろうとしていた――

 

ガキィン

 

浮上寸前のティフォンを、ある機体が襲った。あろうことか、ウイングイーグルから三機のガンダムが出撃していたのである。

「アウ!ぐぅ……」

今回ティフォンを攻撃したのは、デスペナルティガンダムだ。二重大鎌はティフォンの装甲を突き刺すように、柄の部分を突き付ける。ビーム粒子を纏っているそれは放たれれば強力な武器となる。

「敵もガンダムかよ!サイコーじゃねぇか!!!」

パイロットであるニッカが叫ぶ。

「前のガンダムか!」

以前交戦した三機のガンダムが再び姿を見せたのだ。特殊強化モデルが乗る、FLCシステム搭載型のガンダムタイプ。単体でも強力なそれらが、三機まとめて出撃してきたのである。

 この状況を不利だと判断したジャンヌは、シュネルギアで牽制攻撃を行いながらMSの展開を指示した。艦内に搭載されていた六機のドラグネスアサルトが展開され、いずれもが実弾ライフルを構えて海中に移動する。

 海上はアレンのガンダムが、海中はドラグネスアサルトによる援護により、シュネルギアの護衛ミッションが開始されたのである。

 

「アレン、海中はドラグネスが対処しています。貴方はガンダムタイプの迎撃をお願いします。」

「言われなくとも!」

ジャンヌの指示に、アレンが従う。そして、迫り来るガンダムタイプ三機。

「へへぇ!逃がすかよォォ!」

アトミックガンダムのパイロット、ハーディ・クオレントが叫ぶ。そのまま機体をMAに変形させ、ノーズビーム砲や背中のヘビーマシンガンやガトリングを発射し、アレンに対して追撃をする――

 

ガキィン

 

だがそこへバイラヴァーガンダムのトリシューラランサーがアトミックに突き刺さったのだ。

「ぎゃああああああああああ!」

ハーディは叫んだ。そして怒りの矛先はパイロットである、シエルに向けられる。

「てめぇ何しやがる!!」

「俺の獲物だ。短気野郎は引っ込んでろ。」

と、言いながらバイラヴァーのバーニアを展開し、ティフォンに迫る。

 迫る機体に対し、ビームセイバーを左手部マニピュレーターで腰部からラックを抜き、打ち合う。

「只の槍じゃないんだよな。」

と、シエルが呟いた時――

 

バシュゥゥゥゥゥッ

 

高出力のビームが槍の先端から放たれる。それに気づいたアレンは緊急回避を行い、ティフォンの最強武装である、背部のバスターメガキャノン砲を放った。

「ちぃぃぃぃ!」

バイラヴァーはこの攻撃を浴びてしまい、右脚部を損傷。バーニアで空中移動が可能なバイラヴァーではあったが、機体の姿勢保持が不安定な状態となったのであった。

「お前等、一斉射撃行えよ。」

怒るシエルは、バイラヴァーのランサーの矛先をティフォンに向けた。

「命令してんじゃねえよカス!」

と、怒りながらもビームランチャーを構える、アトミック。

「へーへー!」

と、ニッカはやる気なさ気に言いながらも、デスペナルティの鎌の先端部をティフォンに向けた。

 

バシュゥゥゥゥ

 

バシュゥゥゥゥ

 

バシュゥゥゥゥ

 

ビームが一斉に展開される。一つ、一つはビームライフル等のような細いビームでも、連携すればその威力は増す。これがティフォンにとっては厄介な武装であったのだ。

 

ピキィィ

 

アレンの脳内に、電流が流れる。次の瞬間、ティフォンガンダムの両肩部のパーツが二基、外れた。それは有線によって展開され、銃口が展開され、ビーム砲を拡散して三機に襲い掛かったのである。

「うおっ!?」

突然の攻撃。準サイコミュ兵器と呼ばれるものだ。予想すらしなかった攻撃に戸惑う、三機。ビームを防ぐ手段を持たない三機は、守る手段としてビーム砲等でビーム粒子を消耗して相殺するしか、方法が無かったのである。

「おい、お前、核使えよ!」

そういうのは、ニッカだ。ハーディに対し、言っているのだ。

「外されて使えねぇんだよ!味方にも被害が及ぶとか言いやがってよォォ!」

アトミックガンダムの胸部ハッチの中には、本来は特殊核のミサイルが搭載されている筈だった。しかし今回、その破壊力を危険と判断した総司令の判断で、それは外されていた。ハーディはその事を告知されており、理解もしていた。

 故に、武装はビームランチャーを主軸とした射撃兵器が中心となる。それらで、シュネルギアを襲うのだった。

「それじゃただの飛行機と変わらないな。」

シエルが一言呟き、ティフォンに近づく。肩部のビーム砲、腹部のビーム砲、そしてビームライフル。それらが、一斉に放たれる。狙いは、シュネルギアだ。

「主砲で砲撃を行いながら回避運動を!」

ジャンヌの指示通り、シュネルギアは艦を左側に避けつつ、後方へビーム主砲を放つ。高出力のそれはバイラヴァーを狙うが、すぐに回避される。

「沈めよッ!」

今度は槍を向け、先端からビームを放った。回避しきれないシュネルギアに、ビーム粒子が直撃する。

 艦は揺れた。だが損傷は軽微である。しかし、新生連邦の機体の数は多い。海中にはディープシーが六機、海上を三機のガンダムが迫っている状況。いくら力を持つアレンとはいえ、三機のガンダムを同時に相手するのには苦戦している。

 バイラヴァーは二基のマニピュレーターを背部より展開した。そして、ビームサーベルラックを構え、ビーム刃を展開する。

「攻め入る。」

カメラアイが輝く――そして、迫る。

 マニピュレーターは数が多ければその分有利に武器を扱う事が出来る。人間の手がもし四つあれば、あらゆる状況において他者より有利に動く事が出来るだろう。それと同じ道理だ。槍、ビームサーベル、ビームライフル。それぞれの武器を持ったバイラヴァーはシュネルギアへ直接攻撃を仕掛けようとしていた。

 

グォンッ

 

そこへ、目の前にティフォンが駆けつけた。背部のメガビーム砲を展開した状態でバイラヴァーを睨むように出現し、ビームを再び放つ。それを回避した際には左の腕部と後方のマニピュレーターが融解していた。砲撃を受けたのである。

「ちぃぃぃ!」

シエルは一度後退する事を決めた。シュネルギアを守る、ティフォンの攻撃。彼が想像している以上に厄介だと判断した為である。

 

 一機は退いた。しかし、状況は好転する様子はない。海中のディープシーはドラグネスに対して容赦ない攻撃を加えていく。魚雷をはじめとした実弾射撃。接近戦では肩部のスパイクによる突撃。水中戦ではディープシーの方が上回っており、不利な状況が続く。

「海中に再びミサイルを。」

「敵艦から熱源!ビーム砲撃!」

「回避して下さい!」

「更にミサイルが来ます!」

「これも回避を!」

シュネルギアのブリッジ内ではやりとりが行われている。敵機体の数と、敵戦艦の攻撃が相まり、状況は険しかった。ミサイルにより、ディープシー二機は破壊に成功しているが、ドラグネスも三機が破壊されている。

「ジャンヌ様、敵艦よ一つの熱源を確認!新手です!11時方向!」

「新手ですか……?」

オペレーターの言葉に耳を傾けるジャンヌ。そして、モニターで熱源の正体を探る。

 

映し出されたのは、総司令のガンダムタイプ、ガンダムナパームであった。鳥獣のような、MA形態でシュネルギアに向かってきている。

 やがてそれはビームライフルを放った。それだけでない。シールドに搭載されている二門のビーム砲等による砲撃も行っている。

 これらは巨艦であるシュネルギアにダメージを与えていく。更に増えたガンダムタイプ。危機的状況は緩和する様子を見せなかった。

 

ピキィィ

 

「あいつが出て来たか!レヴィー!」

戦場に出てきた総司令、レヴィー・ダイルを感じ取ったアレンは、ガンダムナパームの元へ向かう。

そして、ナパームを発見したティフォンはすぐにビームセイバーを抜刀し、ナパームへ襲い掛かる。それに反応した総司令はナパームをMS形態に戻し、ビームサーベルで拮抗した。

「レヴィー!やはりお前か!」

「やはり、そのガンダムには貴方が乗っていましたね!アレン!」

総司令にとっては見慣れないガンダムタイプ。だが彼は機体の動きを見て、パイロットがアレンである事を見抜いていたのである。

「何故攻撃を仕掛ける!?お前達に対する戦闘の意思はないのに!」

「戦艦が隠されているという情報を受けて、それを見逃す筈がないでしょう!所属不明のものならば尚更です!」

「戦艦の情報だと……?」

互いのビーム刃が拮抗し合う。その出力は、ほぼ、互角だ。

「貴方こそ何故このような所にいるのですか。新生連邦軍の一員として、戦うべき人間である筈の貴方が!」

「お前とは袂を分かったんだよ!お前達、新生連邦と、戦う事を、俺は決めた!」

「ではその艦は敵性勢力と見做し、全力で叩きます。未確認のガンダムタイプを所持しているその戦艦の存在は、テロ組織のようなもの!平和に対する脅威でしかない!!」

立場が違えば視点も変わる。アレンにとっては新生連邦こそが世界の混迷である。しかし、総司令から見たシュネルギアは、世界の秩序を乱す存在でしかないのだ。

 結局は分かり合えないのかも知れない。互いに、戦おうという意思がある限りは……

 

バヂィィィッ

 

ビーム刃同士が弾ける。粒子の光がスパークを作り、海上で散る。

「貴方が僕と共に戦う事を拒むのなら、それ相応の報いが来る事を覚悟して下さい!」

「権力に飲まれたか!レヴィー!」

「違う!これは僕の意思だ!」

やがて互いのビーム刃は一度離れる。そして、距離を置く為にナパームはMAに再度変形した。それを見たアレンも、ティフォンをMAに変形し、対応する。

 MA同士の攻撃。それはまさに、戦闘機におけるドッグファイトと呼べる光景だった。後ろについたのはナパームだ。ビームライフルで、ティフォンを狙い撃つ。前方にしか砲撃手段のないティフォンにとっては不利な状況だ。

「一機だけと思うんじゃねぇよ!」

そこへ、MA形態のアトミックが加勢した。二機に追撃されている状況では、アレンも不利だ。逃げていても埒が空かないと考えた彼は、ティフォンを急旋回させる。その際、高度なGが機体に掛かった。

 重力下の戦闘での急な攻撃はパイロットの負担も凄まじい。急な攻撃、移動に耐えられるのは、パイロット自身の身体の強さも関係している。アレンはオールドタイプとは違う存在、アドバンスドタイプ。その身体の強さも、オールドタイプを凌駕しているのであった。

 やがてティフォンはメガビーム砲を先頭に置く状態になり、そのままビームを放つ。高出力のそれらはアトミックとナパームを回避運動に専念させるのに十分だった。

「主砲発射を!」

まるで連携せんと言わんばかりに、ジャンヌが指示をした。狙いはビームを避けたばかりのアトミックと、ナパームである。

 

ドバアアアアアッ

 

ビームが放たれた。それはアトミックの左翼部に直撃。被弾したアトミックは機体制御の為、一度MSに変形する。

「当てやがっただと!?くっそー!核さえ撃てればあんなヤツよぉ!!」

口調は乱雑ではあるが、これ以上の戦闘は難しいと判断したハーディは撤退する事にした。残るFLCシステム搭載型のガンダムタイプはデスペナルティ一機のみである。

 

 シュネルギアはミサイル、ビーム主砲等で新生連邦軍に対して迎撃を行なっている。だが、それはいつまで、続くかも分からない。既に敵として見做されているのなら、戦うしかない。だが敵の方が戦力は多い。数少ない戦力で戦っているシュネルギアは、不利である。

 このままでは戦力を消耗していくばかり。アレンのティフォンガンダムが頼りではあるが、ビーム粒子の存在も気掛かりだ。ジャンヌは、この状況を見て、ある、決断を下す。

「これ以上の戦力の消耗は私としては避けたい所です。プラズマカノンの展開の準備をお願いします。」

「しかし、あれは試作兵器です!まだ、一度も放たれた事はありません!!撃てばどうなるかは未知数です!」

一人のアステル兵が意見を言った。プラズマカノン。シュネルギアに搭載されているその兵器は何を示すのか。

「けれどもこのままではいずれは彼等に倒される可能性の方が高いでしょう。なら、僅かでも可能性に賭けるしかありません。」

試射したことの無い兵器を使うという、危険な状況。その兵器が何を示すのか、理解出来ていない人間も数名この中には居たのだ。

「元々はデウス動乱時に使用されたコロニーカノンで使われていたプラズマ粒子を戦艦でも扱えるように凝縮した試作兵器の筈です。使って見せましょう。」

ジャンヌの言葉は優しくも、どこか恐ろしく感じられる。

 プラズマ粒子。それはデウス帝国が用いた決戦兵器、コロニーカノンで初めて用いられた特殊な粒子。従来の機体にはビームライフルやビームサーベルといった武装でビーム粒子が用いられ、それが主軸となっていた。しかし、技術が進歩していく中で、ビーム粒子を完全に打ち消す事が出来る装置である、バリアーフィールドジェネレーターが開発される。

 プラズマ粒子は、このバリアーフィールドジェネレーターを搭載している機体に対してでも長距離射撃を可能にする為に開発された特殊粒子である。ダッゲインといった巨大兵器はバリアーフィールドを搭載しており、当時の連邦軍の中にも、そうしたMSは存在していたとされている。

 そして、現在。プラズマ粒子を用いた兵器はアステル家の戦艦、シュネルギアにも搭載されていたのであった。

「出来ればこのような兵器は使いたくありませんでした。ですが、混迷を切り開く為には、やむを得ません……」

ジャンヌ自身も、苦渋の決断をしたのである。シュネルギアの、プラズマカノン。コロニーカノンの小型版とも言えるその兵器が、ウイングイーグルに向けて放たれようとしているのであった――

「出力、30%まで上昇!」

「今回は威嚇射撃です。そのまま放って下さい。」

「了解しました!」

ジャンヌの指示に、兵士達は従った。最大出力の30%のそれは、ウイングイーグルを狙っていたのである。

 

 シュネルギアからの熱源を探知したウイングイーグルのブリッジ内。艦長のダリアは艦の回避運動を指示した。

「回避運動を!その上でウイングイーグルのビームカノンを展開する!奴等、何をする気だ……!?」

警戒するダリア。そして、シュネルギアの艦後面にある、砲身からは緑色の粒子が集められていく。そして――

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

プラズマカノンが、放たれた。それはウイングイーグルの艦の側面を掠る。しかしそれだけでも融解する力があったのだ。

「右舷被弾!」

「この状態でビームカノンを放つのは危険です!艦長!」

「クソッ……奴等め!」

艦長席にてダリアは思い切り腕を振り下ろす。プラズマカノンと呼ばれる兵器。それは、対戦艦においては圧倒的な力を見せつけるのであった。

 

「全機、後退を。これ以上の交戦は危険と判断しました。」

ウイングイーグルの損害を受け、総司令は撤退の指示を下した。しかし――

「ざっけんな!このままのこのこ引き下がれってのかよ!!」

海中のディープシーが撤退をしていく中、一機、単機で迫る機体が。ニッカの駆る、デスペナルティである。鎌を構え、ティフォンに接近していく。

「ガンダム!死ねよてめぇ!!!」

性急な攻撃だった。デスペナルティの朱色のカメラアイが輝き、ティフォンの目の前に迫った。そして、二重大鎌を振り下ろそうと、両腕部を振りかざす。

「死ねえええええ!!!糞!」

やがてそれはティフォンに向け、振り下ろされる。このままでは機体のダメージは避けられない――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

心臓の鼓動音のような音が、響いた。それと同時に、ティフォンガンダムは輝きを放ったのだ。まるでアレンが以前に放った碧色の光と同じような光だった。

「ぎゃああああ!クソ……意識がぁ……!!!」

その光を浴びたニッカは頭を抱えた。そして、そのまま戦意を喪失し、ウイングイーグルへ後退していく。

 結果的に、シュネルギアは新生連邦の撃退に成功した。だが、この時、アレンは頭痛を訴えており、苦しげな表情を浮かべていた。

「う……う……」

以前アレクサンドリアで氷河族に襲われた時に放った光。再び彼はそれを放った。

 その現象を引き起こす事が出来る人間が、もう一人いる。それは、ジャンヌだ。彼女も以前、メイド・ヘヴンに殺されそうになった時に光を放った。

 彼等に共通しているもの。それは、“アドバンスドタイプ”と呼ばれる人種であるという事だ。だがそれは何を示すのかは謎である。謎の存在、アドバンスドタイプ。その共通点の一つは、このような碧色の光を放つことが出来るという事だった。

 

 

「脅威は去りましたね。」

撤退していく新生連邦軍を見届ける、シュネルギアのブリッジ内。この時、誰もが安寧の溜息を吐いていた。出航直後を襲った悲劇ではあったが、幸いにも撃退する事には成功したのである。

「お見事でした、ジャンヌ様。」

側近のエファンが静かに、拍手をする。だが彼女はそれに対して喜ぶ様子を見せず、俯いた表情を見せた。

(しかし……何故彼等はシュネルギアの存在を把握していたのでしょう。あの艦の存在は極秘情報の筈。アレンにも伝えていない事が、伝わっているという事なのでしょうか。)

シュネルギアの存在が新生連邦に知られているという事は、内通者がいるという可能性が高いだろう。だが誰がそれに該当するのか。彼女の中では、見当が付かないのであった。

「エファン。一つ、確認したいことがあります。」

「何でしょうか。」

艦長席にて、虚ろ気な表情を浮かべているジャンヌは言う。

「もし……アステル家の中に内通者がいるとすれば、どう思われますか。」

「内通者ですか。」

聞き捨てならない……そう考えたエファンは彼女の言葉に耳を傾ける。

「シュネルギアは極秘開発されていた戦艦です。日本のこの場所をアステル家が買い取り、そこで造船作業を進めることが出来ました。」

日本は平和国の勢力が強い圏内である。新生連邦の基地はあれど、政治的な強さは平和国の方が上だ。それ故に、この地は新生連邦による介入はないものとされてきた。

 故に、シュネルギアのような大型戦艦の建造が出来たのである。それはジャンヌをはじめ、アステル家の関係者と日本首相、フォン・ヤマグチや平和国の議員達が繋がっている事が何よりの証だ。

 だがそれが何者かによって情報開示が成された。それ故に今回のような襲撃を受ける結果となってしまったのである。

「内通者の存在以外、考えられないのです。私は、それを悲しく思います……」

「心中、お察しいたします。」

側近であるエファンは、静かに、会釈した。

 

 

 ウイングイーグルのMSデッキ内にて。アレンが放った“イズゥムルート”の光を受けたニッカは頭を抱えていた。それを覆うように、研究スタッフが彼の情報収集を行っている。

 その傍らで総司令はティフォンから放たれた碧色の光について、考えていた。そこには、彼の側近であるソフィアの姿もあった。

「彼は戦時中もあの光を放った事があった。」

「光、ですか……?」

「それは何の光なのかは一切謎のまま、彼は終戦時に行方不明となった。アレン。彼の力はやはり未知数であり、その強さは秩序の安寧に繋がるものなのに……」

総司令、レヴィー・ダイルにはない、アレンの特有の力。一つ分かっている事は、それがアドバンスドタイプの力と何らかの関連があるという事だけだ。

「どういった条件であれが発動するのか。そして、何故光を放つことが出来るのか。僕には解せない事だらけだ。」

整備されているガンダムナパームを見ながら彼は静かに語り続けている。

「レヴィー様は、あの人の事を想っておられるのですね……」

ソフィアが言った。

「それに、あの艦から発された言葉に、“ジャンヌ・アステル”とあった。兵士達は皆が嘘だと憤ってはいたが、もし“アステル”の存在が動き出しているとすれば……」

ジャンヌ・アステルと言う名を聞き、誰もが世界的歌手を連想している。その名を使う時点で、偽物の存在か、挑発している存在と見做すのが一般的だろう。

 しかし彼は一人、それに対して疑問を抱いていた。何故ならば、レヴィー・ダイルもデウス動乱時にジャンヌと会った事があった為である。

(もしアステルが新生連邦に仇なす存在だとするのなら……)

総司令である彼は“アステル”の名を無下にしていなかった。デウス動乱時に面識のある人間が先の戦闘のように対立するという事は、脅威以外の何者でもないのだ。それにかつての戦友であるアレンが関わってくるという事になれば、それは敵性勢力の出現を意味する。

 先手は打ちたい。だが、それを裏付けるものがない。駿河湾の小島に隠されていたシュネルギアの情報源も不透明であり、総司令である彼にとっても謎が多い事が続いているのであった。

 

 

 

 シュネルギアはそのまま新生連邦軍の追撃を避け、ユーラシア大陸を縦断するようなルートを描き、アステル家のあるローマまで戻ってきた。艦一隻を搭載することが出来る巨大なドックがある庭園に、シュネルギアは収納された。

アレンは戦闘の疲れもあってか、アステル家の屋敷の一室で宿泊をさせて貰っていた。広い屋敷内の、客室。世界的に有名なホテルの一室を遥かに凌駕する豪勢な空間。柔い感触のベッドに、窓から見える庭園の絶景。極稀に、各国の首脳や著名人、有名企業の社長等がここに泊まりに来ることがあるという。無論、それはアステル家と繋がりのある人間である。

 彼はジャンヌと知人関係だ。それ故に、このような部屋に泊まる事が出来る。それも、コネクションの力と言えた。

 

ガチャ

 

アレンがくつろいでいる時にジャンヌが部屋に入って来た。普段の歌手衣装からは想像できないような軽装で過ごしている。整った胸が強調された白い、長袖のカーディガンに、大腿部が強調されている黒く、短い三分丈のパンツ。恐らく来賓に対する格好ではないと、アレンは思っていた。

「おはようございます、アレン。よく眠れましたか?」

「おはよう、ジャンヌ。ちょっと、足元が目立つんじゃないか。やっぱりはしたなく見える。」

奇麗な脚線美がアレンの視線を困惑させる。

「その言い方は良くないと思うのです……。」

「なんか、ごめん。」

アレンはそれに対し、苦笑いを浮かべた。

「それよりも、是非貴方に会って頂きたい人がいますの。是非、紹介いたしますわ。」

「紹介……?」

突然のジャンヌの言葉に驚くアレン。

「外でお待ちしています。」

そう言った後、彼女は笑みを浮かべて上品な様子で手を振り、扉を去って行く。何事か分からない様子のアレンは、首を傾げていた。

 

 

 服装を整え、アレンは部屋を出る。部屋の外で待機していたジャンヌは彼の裾を持ち、急かそうと移動する。

 やがて彼等は荘厳な扉の前に辿り着く。明らかに他の部屋よりも一回り大きな扉。金の彩色がされている。特別な部屋である事は一目瞭然だった――

「この中に、おられますの。」

その扉の存在から察することが出来る、中にいる人間の存在。恐らくアステル家にとって重要な人間なのだろうと、アレンは察する様子を見せていた。

 

ギィィィ

 

と、重厚な扉の音が開かれる。年季の入ったような、油が刺さっていないような扉の音ではあるが、アレンにとってはその音も、重要人物の前触れに感じられる。

 扉の中に入る両者。そしてそこにいた、一人の男。整った髪に、僅かに見えるほうれい線。開かれた目つき。明らかに、普通の人間でない雰囲気を醸し出している、その男。

「お父様!」

その時だ。ジャンヌは男の元へ走り出した。そして、あろうことか男に抱きつき始めたのである。

「久しいな、ジャンヌ。」

「お久しぶりです、お父様!!」

その男は、ジャンヌの父親だった。アステル家の屋敷に全く顔を見せていなかったその男。彼女は父親であるその男を見るのが久しぶりだったのである。

「アレン、紹介いたしますわ。アステル家当主、ジンク・アステルです。私のお父様ですわ。」

ジンク・アステル。戦前よりデウス帝国に戦力を派遣してきたアステル家の当主である。地球上や宇宙問わずコネクションを持つ彼は、常に動き回る生活を送っていた。現在は軍事関係に関しては規模を縮小してはいるが、それでも知人や関係の貴族等と繋がりを持っており、それらと交流を深めている。

 今回、ジャンヌがアレンに会わせたかった人間が、このジンク・アステルだったのだ。アレン自身、名前は聞いた事があった。と言っても、アステル家の当主という事程度しか情報は分からなかったのだが。

「アレン・レインドです。ジャンヌとはデウス動乱時代からの知人関係です。」

他者を容易に近づけない荘厳な雰囲気は、いくらアドバンスドタイプの力を持っているアレンとはいえ、思わず丁寧な対応をせざるを得ない程に恐縮させるのだった。

「ジンク様、ご無沙汰しております。エファン・ドゥーリアです。シュネルギアの調達、無事に終えました。」

と、ジャンヌの側に居たエファンがジンクに対して挨拶を交わした。

「お前は信用に足る男だ。よくやったよ。」

「これも、ジャンヌ様をはじめ、アステル家に協力する方々、並びにアレン・レインド様のご活躍があったからこそ成り立ったものです。私は一切、何もしておりません。」

謙遜する様子を見せる、エファン。彼も、ジンクに会うのは随分と久しぶりであったのだ。

「だがジャンヌ。シュネルギア発進の際に、新生連邦に襲われたという話を聞くが。」

その情報は既にジンクの耳に入っていた。極秘に開発されていた筈の戦艦を探知されていた事は、本来ならばあってはならない事なのである。

「その事なのですが、私にも分かりません。あまり考えたくはないのですが、内通者がいるとしか思えないのです。ですがそれに該当する人間が思い当たりませんわ……」

「そうか……だが、そうなってしまった以上は仕方がない事だ。それよりも今は、今後の事について、考えていく必要があるからな。」

ジンクは腕を組み、言った。

「その為に、彼がいます。アレン・レインド。かつてのデウス動乱で、連邦軍内では“英雄”と呼ばれた人です。彼は私達に協力をして下さる事を、決意して下さりました。」

ジャンヌは改めてアレンを紹介する。

 彼自身、“英雄”と言う名の呼ばれ方に対して違和感を覚えていた。それは連邦軍の人間が勝手に呼んでいただけに過ぎない。彼自身は英雄でも何でもない。只の、人間であると思っているのだ。

「あのガンダムタイプのパイロットだったそうだな。」

それは、アステル家が回収した、クリスタルガンダムの事を指す。

「はい。」

「そして、ジャンヌと同じ力を持つ存在だ……とも聞いている。」

アドバンスドタイプの事だ。謎の多い人種であるその存在の事も、ジンクは知っていた。

「その存在は、私には理解出来ない存在ではある。だが、その力で尽力してくれるというのならば、協力は惜しまぬ予定だ。宜しく頼む。アレン・レインド。」

そう言って、あろうことかジンクの方からアレンに近付いてきた。アステル家の当主と言う立場の人間が彼に近付く。そのような事を許してよいのだろうかと、アレンは最初、困惑する。

 やがてジンクはアレンに握手を求めてきた。今後、アステル家と共に協力関係を築いていく上での、握手。アレンはそれに応じ、握手を交わす。

この瞬間、改めて、アレンはアステル家の人間と共に今後行動していく事になった。彼が元々行っていたバンディットの仕事は、今後暫く休止する事になりそうであった。

 

「ジャンヌ。この青年はお前にはよく似合うかも知れないな。」

突然ジンクはその顔に似合わぬ笑みを浮かべて言った。ジャンヌは自然に笑っているが、アレンはこのやり取りに違和感を覚えていた。

(どういう事だ……?)

疑問を抱くアレン。それを見ていたかのように、ジンクが言った。

「ジャンヌは婚約者を戦時中に亡くしている。アレン・レインド。聞けばお前はジャンヌと同い年だと聞く。これはある意味、偶然なのかも知れんな。」

婚約者?同い年?偶然?何を示すのか。確かにジャンヌは婚約者を亡くしている。それは、アレンが倒したからである。

 アーク・レヴンという名の、ジャンヌの婚約者。戦争の狂気に飲まれた優しかった筈の男。アステル家とレヴン家は仲も良好であり、結婚自体は両家の意向に寄るものではあったものの、ジャンヌはそれを拒むことは無かった。穏やかな性格のアークが好きだったのだ。

 しかし彼は戦争中にアレンに倒された。それは、ジャンヌも理解している。戦争の狂気に飲まれたアークの存在を、止めたいと思っていたからだ。

「アレンとは、そのような仲ではありませんわ。お父様。」

「ほぅ、成程な。ハハハ。これは、失礼したな。」

荘厳なジンクの笑い声はどこか、妙に感じられた。アレンにとって、この一連のやり取りは違和感でしかなかったのである。

 

 

 やがて部屋を出た彼等。そこから、再び部屋に戻ろうと移動している時だった――

「まぁ……ジャンヌ。」

麗しい顔立ちに、左目下部についている泣き黒子。ジャンヌと同じ、セットされた金色のロングヘアーの持ち主。気品あふれたドレスを纏っている、女性。

 ジャンヌはその女性を見た時、再び笑みを浮かべて、言った。

「お母様ぁ!!!」

今度はその女性に、ジャンヌは思いきり抱きついた。

「会いたかったです……お母様!」

背丈は同程度だろうか。母と娘が並ぶ光景ではあったが、両者に違和感は全くなかった。それ程に、両者の美貌が際立っているのである。

 ジャンヌにはあどけなさが残る気品がある。だが、もう一人の母親である女性には、どこか他者を引き付ける、大人としても魅力が備わっていた。

「アレン、紹介いたしますわ。私のお母様である、ターナ・アステルです。」

女性の名はターナと言った。当主、ジンクの妻にあたる人間。絶世の美女と呼ばれる存在である。

 デウス動乱以前から女優業として活躍していた女性であり、その美貌は地球圏やコロニー圏の男性陣を虜にしてきた。年齢は四十五歳ではあるが、その年齢を感じさせない容姿に、アレンは驚愕している。

(ターナ・アステル……名前は聞いた事はあったけれど……まさか本物に会うなんて。)

アレンはふと、思っていた。有名な女優であり、当主、ジンクの婦人であるターナ。メディア等でその姿を見た事はあったが、実物の彼女は一言では言い表せない程に、気品に溢れていた。

「宜しくお願い致しますわね。ウフフ!」

と、言ってターナは会釈をする。それを見て、アレンも同様の対応をした。

「ジャンヌ。貴方の活躍はよく見ていますよー。この前も日本でコンサートを成功させたみたいですね!ウフフ!」

ターナの喋り方が、気品があるようで、どこか抜けているように感じる。聞いている者の緊張を和ませるような、喋り方だ。

 映像作品などで見るターナ・アステルはその迫真の演技力が話題となっていた。アレン自身も子供の時に彼女が出演する映画等を見た事があり、そのギャップを感じ取っていたのである。

 だが、この時アレンはターナから妙な“感覚”を感じていた。まるで、ジャンヌと同じような、感覚である。

「アレン・レインド。少しこちらにいらして下さいねぇ。ウフフ!」

「え?は、はい。」

突如、ターナに呼ばれたアレン。何事かと、疑問を抱く。

「ジャンヌ、すぐに戻りますわ、ウフフ!」

と、おっとりとした口調でジャンヌに伝えるターナ。ジャンヌは首を傾げていた。そして、アレンはターナに呼ばれる形で、とある一室に移動したのである。

 

 

とある部屋にて。ダブルベッドが置かれている、豪勢な部屋。金の装飾がされていて、整理されている部屋。アレンが一泊した部屋とは比較にならない程、広い部屋だった。

部屋に入るなり、ターナは部屋の鍵を掛け始めた。突然の事に、アレンは戸惑っている様子を見せていた。

「座って下さいねぇ。」

そう言って、ターナはテーブルに置かれているティーポットを持ち、用意されていたカップに紅茶を注ぎ始める。

「ルイボスティーはお好き?」

「え、ええ……まあ。」

アレンは茶の種類はよく分かっていない。ただ、彼女の行為を無下に出来ないと判断し、返答した。

 カップがアレンの手に渡される。そして、それを静かに、口に含む。すっきりとした後味が、口腔内で広がった。

「私はこの紅茶が好きなんですの。わざわざ南アフリカから取り寄せる程に。後味が大好きでしてね。ウフフ!」

確かに、美味だ。特別妙な味はしない。しかし、何故ターナはアレンを自室に招き入れるような事をしたのだろうか。それは、分からないでいたのだ。

「戦争の英雄って呼ばれていたんですよね、貴方。ウフフ!」

彼自身、その呼ばれ方はあまり好ましく思っていない。だが今はターナの話に合わせるように、言った。

 それから両者は僅かな会話をした。アレンは自身の話をターナに対して行う。戦後の事、バンディットの事等。それらの体験は、ターナの関心を引き付ける魅力があったのだ。

「貴方も大変でしたのね。ウフフ。」

「実の名前はあまり出せないんですよ。特に連邦軍に対しては。アレン・レインドの名前は知人にぐらいしか話をしていませんし。」

「知られちゃったら大変なんですね。」

「ややこしくなっちゃいますから。世間一般じゃ偽名を使わないと。」

戦後の彼の話を親身に聞く、ターナ。その優しさは、ジャンヌの面影を感じる。やはり、親子なのだな……と、アレンは感じ取っていた。それから、再びルイボスティーを飲む為に、カップを口元に運んだ――

 

「ああ。ちなみにそれ、毒が入っていますわよ、ウフフ!」

「!?」

突然の言葉だった。アレンの目が見開かれた。そして、思わずカップから口を離す。

「ケホッ……毒……ですって……!?」

突然の発言に驚愕するアレン。何故そのような発言をするのか。それが分からない。

「ウフフ!そう。少し、試したい事をしようと思ってましてね!ウフフ!!」

最初に会った時の印象とは違って見えた、アレン。最初はどこか抜けている人といった印象を持っていた女性であったが、今の彼女は先程と違い、恐怖に感じる。そして、彼女が発した“毒”という単語はアレンの表情を変えるのに十分だった。

「貴方は、アドバンスドタイプですね。ウフフ!」

アドバンスドタイプ。ターナはアレンを見るなり、そう言ったのだ。それはジャンヌとアレンや、その関係者でしか知らない筈の単語。ターナ自身、アレンと出会ったのは、今回が初めてであり、何故それを把握しているのかが謎である。

「何故!?どうしてそれを知っているんですか……?」

その力は、アレン自身不明な点が多い。何よりも、何故ターナがその単語を知っているのかが、妙だったのである。

「何故なんでしょうか?ウフフ!答えを言いますとね、私も貴方やジャンヌと同類だからなのですわ、ウフフ!」

「同類……ですって……!?」

突然の告白だった。それと同時に、アレンはターナと会った時に感じ取っていた感覚の正体に気付いたのであった。

「そうなんですー。私も、アドバンスドタイプなんですよ。ウフフ!不思議なものですわね。こんな所でまさか同じような人間に会えるなんて思いもしませんでしたわ、ウフフ!」

ターナがアドバンスドタイプ。その事に驚愕するアレン。

 だがそれと、紅茶に毒を盛った事と何の関係があるのか。そもそも、何故“毒”を盛った事を発言するのか。その意図が全く見えてこない。

 穏やかな口調とは裏腹、ターナの言葉が恐ろしく感じられる。気のせいだろうか、アレンは胃の部分がどこか、僅かな痛みを感じるような感触に陥った。毒が回ってきた?そもそも、どのような毒が回って来たのか?アレンには理解出来ない。

「もし、貴方がアドバンスドタイプだとして……ジャンヌの事は、知っているんですか……?彼女も俺……いや、僕と同じ力を持つと言っています。実際に僕は彼女の力を目の当たりにしたことがあります。」

メイド・ヘヴンが彼女を襲った時の事を、アレンは言った。ジャンヌが放った光。それは彼も同様の光を放つ。となれば、目の前に居る母親、ターナもそれを放つ事が出来る筈だ。

「ええ、知っていますよ。ウフフ!だってあの子の母親ですもの!ウフフ!」

母親だから知っている。ターナはそう言ったのだ。

「だって、あの子が小さい頃に確認した事ありますの。“光”を放つ所を。」

“光”の話をしたターナ。間違いない。彼女はアドバンスドタイプを知っている。だが妙だ。どのようにしてジャンヌがアドバンスドタイプであると、見抜いたのだろうか。

「私ね、あの子が小さい頃に実は殺しかけたことがありますの!あの子が私と同じような感覚を持っているという事がどうしても気になって!つい……その首を……ね?」

と、言いながらターナは両指関節を屈曲するような素振りを見せた。朗らかな表情とは裏腹、行動が明らかに、恐ろしい。

「絞めたって事……ですか!?」

「そう……そしたら、光ったんですの!身体が!不思議じゃありませんか!?ウフフ!」

実の親が、実の娘を手に掛ける。それは家庭の事情に寄るかも知れない。だがそれは人間である以上、禁忌である事だ。

 親が子を守るのは本能である。しかし人はその本能に反した行動を起こす事がある。理由は様々だ。人以外の生物は、生物上では親が子を産んだ後、仮にハンディを負った子を、生きていけないと親が判断し、その子を食らう事があるという。

 人の場合は、ハンディを負った人間でも愛情を込め、育てる。決して、見捨てることは無い。増して、食すこと等有り得ない。だが親が傲慢で親としての使命を果たさぬ存在だった場合、それはどうなるだろうか。子は犠牲者になり得る。子という、本来ならば命を挺してでも守らなければならない存在を殺める事があるのだ。それが世に言われる、虐待死等に繋がるのである。

 ターナ・アステルは愛娘である筈のジャンヌに手を掛けた事があったのだ。出会ったばかりの青年にこのような事実を伝え、それでいて笑っている。アレンは目の前の絶世の美女が、恐ろしく感じられたのだ。

「それでね、私は一つ実験をしたいと思いましたの。それは毒入り紅茶を貴方に飲ませて、貴方が苦しむ時、光るんじゃないかなーって思いましたの!それがアドバンスドタイプの判別だと思うから!ウフフ!」

彼等が身体を光らせるには何らかの条件があるとされた。それは、“命の危機”である。アレンはこれまで、銃を突き付けられたり、MSで襲われそうになった時にその身体を光らせた。ジャンヌもそれは、同様だ。その時に、彼等の身体は光ったのだ。

 ターナの言葉が正しいとすれば、命の危機が訪れた時に光を放つという事になる。ターナは愛娘であるジャンヌを、幼い頃に首を絞め、殺害しようとした。その際に彼女は光を放ったという。

「貴方は……!そう言う貴方はアドバンスドタイプと言い切れるんですか!こんな事をして!幼い頃のジャンヌを傷つけるなんて!」

明らかになるターナの言葉に、アレンは怒りを感じていた。

「言い切れますよ。」

 

スッ

 

そう言って、ターナはテーブルの引き出しから、ナイフを取り出した。何故そのような所にナイフが置かれているのかは謎ではあったが、ターナはあえてそれをアレンに渡し始めたのである。

「え……?」

アレンの脳内は混乱状態だ。何故、ターナがそのような真似をするのかが理解出来ないのだ。

「憎いと思いましたか?では、ナイフで私を刺して下さいねぇ。ウフフ!」

「ちょ……ちょっと待って下さい!」

何が何だか分からない。アレンは彼女の行動に対して不安を感じていた。彼女の眼は先程よりも、更に恐ろしくなっていた。

「私が憎いでしょう?そして知りたいでしょう?本当に、私がアドバンスドタイプか。もしここで私を刺せば、貴方もジャンヌも実感している、アドバンスドタイプのみに与えられた、“光”が発動する筈です。」

今度は、彼女がアレンに、自身を刺すように指示をした。まさかの状況に、アレンは困惑するばかりである。

「その光……イズゥムルートは謎に包まれております。しかし、貴方が私を刺し、その光が放たれば、私は紛れもない、アドバンスドタイプですよ、ウフフ!」

疑うのならば、実際に行動をしろと言う、ターナの言動に戸惑うアレン。明らかに異常と言える、彼女の言動。アレンはどうすれば良いか分からない。彼の手は不自然な程に震えていた。恐怖?動揺?その震えは何から来るものなのか。

「それにしても……貴方に、毒は効かないのね」

「!?」

すると、ターナは彼が持っていたナイフを奪った。困惑しているアレンをあざ笑うかのような、行為だ。

「じゃあ、せめて傷つけてあげますわ。それで首……それも、頸動脈を切れば、貴方は輝く。それはアドバンスドタイプの証……」

今度は、ターナがナイフを持ち、近づいてくる。後ろに下がるアレン。逃げようにも、後ろはドアだ。それはターナが鍵を閉めている為、開くことは無い。

いつしか、彼女はアレンの喉元にナイフを突きつけていた。元々はアレンに自身を傷つけるように渡した筈のナイフは、逆の立場になっていたのである。

 危機的状況がアレンに訪れる。何故このような状況になるのか、理解が出来ない。恐ろしい状況は、終わりそうにない――

 

カランッ

 

その時、ターナは床にナイフを落とした。金属の甲高い音が部屋に響く。まるで、わざと落としたかのような感覚だった。

「え……?」

それと同時に、ターナは満面の笑みを浮かべ始めた――

「ウフフ!ごめんなさいね!実はね、貴方を試していたのです。」

「なっ……!?試していた……?」

試していた?何を言っているのか。先程までの行為は一体何を示しているのか。全く理解できない様子の、アレン。

「種明かしをしましょう、ウフフ!まず、ルイボスティーの中には毒なんて入っていませんよー!」

ターナの言葉はアレンを呆然とさせた。最初にカップの中に毒を盛ったと勘違いしていたアレン。そしてその迫真の演技は彼を追い詰めるのに十分だった。

 しかし、それは嘘だというのだ。何が何だか、分からない。

「ちなみに、ジャンヌの首を絞めたのも嘘ですよ!ウフフ!」

「なっ!?」

それも嘘だった。だがそれを知った時、アレンは心の中で、何処か安心している様子だった。

「最後のナイフに関しては私の演技力の確認なんですの!ウフフ!」

結局、ターナの行動は全て“演技”であったのだ。毒を盛った話、ジャンヌを手に掛けた話、そしてナイフで彼を脅した話。全てが彼女の演技であった。

 だがその演技力は迫真のものであり、アレンは本気で驚愕していた。そして、紛れもない、“怖さ”を感じていたのである。

「でも今回の演技で分かった事がありますの。アドバンスドタイプが放つ光は、毒を盛られたというプラセボでは発動しないという事が分かりましたわ。貴方のお陰で。ウフフ!」

確かに、もし本当に毒を盛っていたのならば彼は苦しむ筈だ。妙に、胃部の不快感はあったがそれも気のせいという事になる。

「意味が、分からない……」

アレンの頭の中は混乱状態だった。突然のターナによる迫真の演技はアレンを、より、疲れさせるのに十分だった。

「じゃあ……ジャンヌが光ったのはどうして確認できたんですか……」

「昔の事故……です。」

「事故?」

ターナは棚に置かれている家族写真を見ながら、言った。

「MSの製造を行っていた時、ジンクはジャンヌを連れて工場内に訪れていました。ですが、その時に予期せぬことが起きましたの。」

それは何なのか。アレンはターナの目を見て、話している。

「MSを支える鉄塔が倒れてきました。傍にいたジャンヌは間一髪助け出されましたが、その際にあの子は光を放ったのです。貴方も経験がある筈の、碧色の光、“イズゥムルート”を。」

それが、真相だった。ターナは愛娘に手を掛けてなど、いなかったのである。そして、この時にジャンヌがアドバンスドタイプであると、確信したのである。

「ちなみに、昔、私も暴漢に誘拐された事がありましたの。その際に殺されかけた時、私も……光りましたの。」

ターナの発言。その発言から、彼女もアドバンスドタイプであるという事が分かった。絶世の美女故に、男達が放って置かないのだろう。それによって彼女は昔、誘拐されたのかも知れない。

「じゃあ、やはり貴方も僕と同類という事なんですね。」

「そういう事になりますわね。ウフフ!」

ターナ・アステルが狂人でない事は分かった。彼女の迫真の演技は絶世の美女と呼ばれ、尚且つ女優業としても功績を残しているのに相応しい演技だ。それ故に、アレンは騙された。それ程に、恐ろしく、美しい演技であったのだ。

「大体、愛娘の首を絞めるなんて恐ろしい事、する訳がないですわ、ウフフ!自分で言ってて何だか嫌になりました!はああ。」

どこか、抜けているような口調のターナ。だが先程アレンに迫った彼女の表情は、紛れもなく“本物”の表情をしている。演技力の天才。それが、ターナ・アステルなのであった――

 

 

「お母様と、そのような事をしたのですね。」

ターナとのやり取りの後、屋敷のベランダに居たアレンとジャンヌ。先程あった話を娘であるジャンヌに伝えたアレンは、どこか、疲れたような表情をしていた。

「あの人は、凄い人だ。演技の為に娘の首を絞めるんだから。」

それは比喩ではない。実際にターナが言った台詞である。

「それが、ターナお母様です。あの人は常に私を空想上で苦しめるのです。」

(それ、前からだったんだ……)

ジャンヌ自身も、どうやらターナの“演技”の中で何らかの被害者の扱いを受けていた様子だった。

「そして、お母様も、アドバンスドタイプ……なのです。」

遠くに映る、庭園を見つめながらジャンヌが言った。

「ねえ、ジャンヌ。アドバンスドタイプって、何だろうな。」

ふと、アレンが言った。

「俺と、君と、お母さんと……俺が倒した、アークもそうだ。皆、アドバンスドタイプだ。共通しているのは、皆、“光”を放つという事。」

「シンギュラルタイプと呼ばれる人々とは違うというのは、分かりますが……結局何者なのでしょうね。もし、仮説を立てるとすれば、アドバンスドタイプの力は遺伝するのではないか……と、私は考えます。」

「遺伝?」

アレンはジャンヌの方を見て言った。

「お母様が力を持ち、私が力を持つ。ですがお父様からは力を感じません。もし片方の親が力を持つ存在だとするのならば、その血を引き継ぐという事になります。」

それに確証はない。ジャンヌが考えた、仮説でしかない。明確な情報がない中で、憶測でしかそれらについて語ることが出来ないのだ。

「じゃあ、俺の父さんか母さんはアドバンスドタイプの力を持っていたって事になるな。」

「貴方は存じ上げなかったのですか。」

ジャンヌが右示指を口元に運び、言った。

「知らないよ。俺だって戦争に参加した期間はそう、長くない。戦争に参加する中で、力に目覚めていったんだから。」

戦争と言う特異な環境は、人を何らかの力に目覚めさせる事があるというのだろうか。無自覚だったアレンは、デウス動乱に参加してその力を解放していったのである。

「そこには個人差があるという事なのかも、知れませんわね。」

「分からない事だらけだよ、アドバンスドタイプは。」

研究機関もままならない存在であるアドバンスドタイプ。シンギュラルタイプと違い、その存在は全くと言って良い程公にされていない。何故危機的状況で光るのか。シンギュラルタイプと同様か、それ以上の空間認識能力、高次脳機能。それらが備わっているのがアドバンスドタイプだとするのならば、彼等は何故にその力を宿す事になったのか。分からないまま、彼は悩んでいく。

「ところでアレン、ココットさんの事は大丈夫なのですか。」

その時、ジャンヌが気を遣うように言った。

「その事なら……また、彼女に会いたくなったら言うよ。今は新生連邦の事をどうにかしないと……と思っているから。」

彼の胸中は複雑だった。理想を言えば、最愛の人であるココット・メルリーゼと共に過ごしたい。だがそういう訳には行かないのが、現状だ。ジャンヌの事や、総司令、レヴィー・ダイルの事。彼は、様々な事を抱え込んでいたのである。

アステル家の人間達を知り、ジャンヌの事について改めて知る事が出来たアレンは、今後の新生連邦に対する事を、ゆっくりと、考えて行く事になるのだった。

 




第二十八話、投了。

前半はシュネルギアと新生連邦の戦闘、後半はアステル家当主、ジンク・アステルをはじめとしたジャンヌの家族の話。
ジャンヌの母親の怪演に翻弄される、アレン。アドバンスドタイプの力を持つとされるターナ・アステルとは一体……といったお話。


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第二十九話 変わりゆく、世界

氷河族の暗躍、そしてそれに影響されていく世界情勢。
その中で、ある国では内乱が起きていた――


 

 ダッゲインの襲撃や、セイントバードチームとの交戦があった前。氷河族と呼ばれる組織が東京内のある場所に集合しつつあった。

 そこで彼等はメンバーが全員集合するのを待っていた。残るメンバーはエレア・シェイルとメイド・ヘヴン。いずれも、メンバーが言う、要注意人物である。

 

ガチャ

 

 ドアが開く音が聞こえた。そして、エレア・シェイルが現れたのである。青色の髪色をしていて、マスクを外している彼女。その姿は、レイをナイフで刺した時の格好と同じだった。

「あ、みんな集まってるぅ!ごめんねぇ!遅くなっちゃった!」

この時のエレアは既にレイを刺した後だ。その後スバキに蹴られたエレアは雨の中を、移動していたエレア。

「その姿……お前誰か殺したとね?」

ウネフが睨むようにエレアを見る。この事から、彼女の特徴を把握している様子だった。

「いやぁ、殺してはいないよ?逃げられちゃったって言うべきかなぁ。うーん。」

と、言いながら自身の右示指を口元に近づける、エレア。

「私、ここにいる間エレアの動画見てたんだよ!久しぶり!!」

と、言うのはミルフだ。十三歳のあどけない少女は、皆が集まるまでの間、Eフォンで彼女の動画を見続けていたという。

「ところでいつも思うんだけどね、どうしてエレアは髪の毛の色を変えたりするの?分かりにくくない?」

疑問を投げ掛ける、ミルフ。

「えー?そりゃ、私有名人だし!たまに視聴者とオフ会とかやってるんだよ?その上で氷河族に所属してる訳で。その意味、分かるでしょ?ミルフ。」

そう言いながら、エレアはソファーに堂々と、座り込む。その姿は、どこか高圧的にも見えた。

「ウネフが言うようにさ、私は顔を使い分けてるんだよ。表向きはエレチャンネルの動画

投稿主だけど、実際は氷河族のメンバー。売上金は勿論、組織に還元してるんだよ。ね、アルン。」

エレアはアルンを睨むように、言った。

「お前の場合は趣味の延長だろう。自己顕示欲が強い人間は組織には向かないが……まあ、組織の存在が発覚しなければ問題はない。」

リーダーのアルンはエレアの活動をあまり好意的に思っていない様子ではあるが、容認はしている様子だった。

「そんなガキくせぇものが人気っつーのが分からねぇ。世の中の人間はアホばかりってことかよ」

と、言うのはケネールだ。前髪が長いこの男はエレアの動画に対して否定的な様子だった。

「へーそう言うんだー」

と、言いながらエレアはバッグからナイフを取り出そうとしていた――

「ケネールはそういうのを毛嫌いするから。エレア、怒っちゃ駄目よ。」

それを見抜いたのは、ニーアである。ショートヘアの小奇麗な雰囲気の女性。女性用のスーツ姿に黒いヒールを履いている、上品な印象を持つ女性だ。

「ケネールは趣味を楽しむ事をしないからそういう感想が出るんだよねー。あんまり怒らせない方が良いよ?アハ!」

口元は笑っているエレアだが、目元は明らかに笑っていない。ケネールに対しての殺意を剥き出しにしている。

「てめぇ、何だと……?」

と、銃を構えようとするケネール。

「お前等やめろ。特にエレア。趣味でやるのは別に良いけどな、それを批判されたからって殺すようじゃ組織じゃやっていけねぇぞ。それぐらい分かった上で組織の活動をしろ。ガキだからとかんなもん許されねぇんだよ。」

と、言うのはジュラードだ。一触即発になりそうになった場面を、大柄な男が止めたのである。

「はぁい」

頬を膨らませ、エレアがEフォンを取り出し始めた――

 

バンッ

 

再びドアが開く音が。今度は、強く開かれた。皆がその方向に着目する。

 そこに居たのは、メイド・ヘヴンであった。鋭い目つきをし、赤茶色の、逆立った髪をしている男。アステル家の敷地内でアレンとジャンヌを襲った男が、ここに現れたのである。

「いよォ」

メイドは舌で下唇を舐めまわし、メンバーの前に現れた。一番遅い、到着であった。

「遅いぞ。何をしていた。」

アルンがドアの前に立っているメイドを見て、言った。

「ローマにいたンだわ。そこでもやってたし、日本に来てもパニッシュ!パニッシュ!」

と、言いながらメイドは右示指と母指を立て、それを鉄砲に見立ててアルンに突き付けるような動作を見せた。

「組織の金を滞納してる奴等の多い事よォ。情弱連中から洗脳して金を巻き上げて、それで私腹を肥しているアホがいたりしたんだわな。そいつらは殺したけどな。」

誰も聞いていないのだが、彼は自身のパニッシャーとしての仕事の話をし始める。

「それよりも、先に姿を見せれば良かったものを。」

メイドの話を割くように、アルンの言葉が冷たく放たれる。

「ま、俺は何にしても仕事しながらこっちに来てんだわな!!」

パニッシャー。氷河族における“断罪人”。組織に不要な存在、ボスに近付こうとする存在を断罪する存在。それに該当している、メイド・ヘヴン。

「にしても相変わらず変なメンツばっかりだよなァ。この組織はよぉ。白衣の女医に、メスガキ、ロン毛前髪に、クール女、図体でかい男に、動画クリエイター、んで、リーダー。この組織は相変わらずアニメで出てきそうな連中ばっかりがいやがんぜ。」

そう言いながら、メイドは近くのソファーに勢い良く、座った。そしてテーブルの上に足を置き、高圧的な態度を取る。

 

「……さて、改めて、メンバーは揃ったな。」

と、その場を取り仕切るかのようにリーダーである、アルン・ティーンズが言った。

「ボスからの伝言が、ある。今から読み上げる。」

その瞬間、メンバー達は皆が静かになった。氷河族のボスと呼ばれる存在の顔を知る者はいない。それ故に、その“ボス”がどのような言葉を彼等に伝えるのか、興味があるのだ。

「“戦争を起こせ”との事だ。」

その言葉は何を示すのか。この場にいた誰もが分からない。

 暫く沈黙する全員。が、その中で一人、高らかに笑う男がいた。

「クケケケケケ……ははははは!!!戦争を起こせ、かよ!そりゃいいなオイ!こちとら戦争がなくなったせいでさ、暇でしゃあねえんだわ!!」

パン、と両手を叩くメイド。“戦争”という言葉に反応した男は、異様な程に大笑いしていた。

「んで、どうやって戦争を起こせんの?爆破テロでもすンのか?」

メイドはポケットに手を入れ、言った。

「いや、ターゲットの暗殺だ。」

「ターゲット?誰だそれ?」

「日本首相、フォン・ヤマグチだ。」

フォン・ヤマグチの暗殺。それが今回彼等に課せられた任務だった。だが、それと戦争を引き起こす事と、何の関連があるというのだろうか。

「リーダー。そんな大物の暗殺さを私らがしろと言うのも妙な話とね。氷河族に楯突くマフィアのボスとかならまだしも、流石に国の首相の暗殺の依頼をして私らにメリットがあるようには、見えんと。」

「いや、寧ろ、我々にとってはメリットが大きい。」

氷河族という、世に認められない犯罪組織が国の首相の暗殺をせよという、ボスの命令。そのメリットとは一体何なのか。

 氷河族をはじめとした犯罪組織等はその組織の人間同士で潰し合う事が多い。それは組織の秩序を乱す者や、組織のボスの存在を知ろうとした者への制裁だ。それに対し、成功すれば報酬を渡す事はある。

 だが今回の場合は明らかに規格外だ。一国の首相の暗殺など、犯罪組織程度の存在が成すべき事ではない。

「メリット?それは何とね?」

ウネフは腕を組みながら、アルンに聞いた。

「日本の首相を暗殺する事により、世界中で紛争を促す事が出来るようになる。世界各地で生じている紛争。それらに対する兵器の調達。その潤滑を促すのが、今回の我々の真の目的である……と、ボスよりのお達しだ。」

氷河族はデウス動乱後に出現した組織であり、僅か数年でその規模を拡大させてきた。

現代ではあらゆる事業に精通しており、表向きでは民間企業をしていたりする程に、組織としての規模は大きい。

 その中で、氷河族には最も利益を出す事業があった。それは兵器の製造、調達である。兵器……中でも、MSを取り扱う事で、組織の利益は莫大なものになっていったとされる。しかし、現代の地球圏は新生連邦や、平和国連盟といった勢力が支配している現状であり、更に、新生連邦はその軍備を増強し続けている。それ故に、氷河族が製造しているMSは大きく出回っていない。更に悪い事に、新生連邦軍の量産機体は一部のテロリストに出回っているのが現状なのである。

 この状況を快く思わないと判断したのが氷河族のボスである。彼はこの状況をどうにかしなければ利益を出せないと考えていた。その為には、世界中で紛争状態になっていく必要があるのである。

テロ組織や内乱で使われているMSというのは、旧デウス帝国のMSや、一部で大量に生産されているディーストやジョゼフが、使用されるばかりであり、氷河族が製造した機体は殆ど使用されないのが現状だ。

 それを打開するには、更に戦争を引き起こすきっかけが必要になる。戦争が始まれば戦力を補填する為に、兵器が必要になっていく。その引き金になる兵器を何らかの武装組織等に提供するきっかけを作る事が、氷河族のボスの真の目的なのであった。

「リーダー。あんたの話の通り、戦争を起こせば氷河族が提供している機体が売れるから、それが利益に繋がるのは分かるんだが、何故日本の首相の暗殺がそれに繋がるのかが理解出来ないな。」

そう言うのは、ジュラードである。

「フォン・ヤマグチは日本の首相であるが世界的にも平和活動に貢献している人物でもある。日本で内乱やテロが殆ど起きていないのはこの男の功績と言っても過言ではない。」

「それは聞いた事があるとね。それ故に日本は平和国の恩恵を受けていて、保護区として成り立っている。そこには新生連邦が介入出来ないって話とね。」

ウネフが腕を組みながら、言った。

「そして、その影響力は日本に留まらない。発展途上国等ではテロ、内乱は続いてはいるが、先進国では殆どテロ活動や新生連邦による鎮圧等は殆ど見られない。」

先進国。例えば、レイの故郷であるモントリオールのある、カナダ国もそれに該当していると言える。平和国との繋がりが強いフォンの影響力。日本という国がいかに平和である理由の一つが、シュアーの友人にあたるフォン・ヤマグチの存在が大きいのである。

「つまり、今の平和という存在を作り出している中核の一人という訳だ。今回は日本の首相を暗殺し、それを機に、戦争を起こしやすい世界にしていく。我々が与えられた任務は重要だぞ。」

アルンが言った。そして、それは非常に危険な内容であるという事も、承知の上だったのである。

「まあ、実際、俺とメイドの機体は氷河族が援助して作られている機体だからなぁ」

と、ケネールが前髪を振り払うように、言った。この台詞から、彼がMSのパイロットである事が分かる。

「少し、気になる点が一つあるのだけれど。氷河族がMSの提供を何らかの武装勢力にしたとして、それが今後発覚した場合、新生連邦は大元となっている氷河族を叩くといった行為はしないのかしらね。」

ニーアがふと、疑問に感じた事をアルンに対して聞いた。

「そこまで考えている連中ならば、氷河族という影の組織が、戦後にここまで規模を拡大出来る筈がない。連中は軍備増強こそはしているが、その実体を活かしきれていない。だからデウス動乱後も小規模な紛争は続いてる。それに対して新生連邦はこうした連中を本気で叩く気がない。」

と、言った時に、アルンはテーブルの前で腕を組んだ。

「新生連邦のスポンサーの一つ、アーステクノロジーはMSの製造を行う事で利益を得ている。新生連邦の意向が軍備増強である真の目的の一つというのは、結局はスルース・ディアンの金儲けに過ぎないって訳だ。」

軍備増強を強く進めるレヴィー・ダイル。だが実際の所、世界各地の紛争の鎮圧等には至っていない。寧ろ、広がりつつあるのである。それは彼の意向が新生連邦軍全体に行き届いていない事も関係していた。

 兵器を作れば軍事企業が利益を得る。総司令はただ、戦力増強を推し進めるばかりであり、本質的な問題に向き合っていない。だからデウス動乱が終わった後の世界でも、犠牲者が出続けているのである。新生連邦が軍備を増強する事で本当に得をしているのは、スルース・ディアンが社長を務めるアーステクノロジーである事を、総司令は理解していないのだ。

「恐らくだが、新生連邦樹立の際に総司令は自らの意向を伝えた後に、スルース・ディアンに上手く唆されたのだろうな。その結果が今の世界って訳だろう。」

リーダー、アルンが世界情勢について語る。今回の指令の目的なども全て把握した上で、彼は事を起こそうと企てていたのである。

「新生連邦政府は、世界を支配しているように見える。そして、その総司令となれば一見は格好良くも見える。だが、所詮レヴィー・ダイルは青二才。案外と大した存在では無いという事だな。」

アルンの話を、欠伸をし、両手を後頭部に置きながら聞く、メイド。

「んまあ、解説ご苦労さん。結局デウス動乱が終わって世の中が平和ボケしてると思ったら、軍事企業の連中が張り切ってて、実は世の中は利益の奪い合いのマッドになってたって訳だろ?にしてもでかいドンパチが無いからつまんねぇけどなァ。」

この男の場合は、戦争を楽しみにしている。現状はそのような事が無い為、彼にとっては退屈な日々に感じられるのである。

「何にしてもこれが成功して本格的に戦争になっていくのなら喜んで協力はすんぜ。俺は世の中が戦争じゃなきゃ退屈で死んじゃうよォ。」

 

ガチャ

 

その時。再び、ドアが開かれた。そこには、一人の少年の姿があった。黒い鞄を持っている彼は、黙ったままアルンの元へ、それを渡す。

「来たか、ゼオン。ご苦労だな。金は無事、奪えたようだな。」

少年はゼオンだった。以前にレイと短い交流をした彼は、この場にいた。

「それはボスへの上納金だからな。お前の存在は役立っている。」

と、アルンが言った時、その場にいた皆が突如、笑い始めたのであった。

「早く資金奪取から実行部隊になれるといいな、お前!ハハハ!」

と、言うのはケネールだ。明らかに馬鹿にしている様子でゼオンを見下し、笑っている。

「今回のボスの指令にお前は不参加ではあるが、今後何らかの形でお前を参加させようとは考えている。少なくとも、人を躊躇いもなく殺せるお前ならば何かの役には立つだろう。」

と、言われたゼオン。彼は近くのソファーに座ろうとした時だった――

 

ガンッ

 

と、ゼオンは後頭部を叩かれた感触を覚えた。彼を叩いたのは、ウネフであった。

「命も張らないで金だけ奪って組織にいられるのも良い身分とね。クソガキ。ミルフを少しは見習え。」

そう言われたゼオンはウネフを睨みつけるような表情をしている。だが、彼は何も言い出せなかった。逆らう事が、出来なかったのである。

 この状況から、ゼオンは氷河族の見習いのような立場なのだろう。そして、不当な扱いを受けているのだろう。

「まあ、仮に抜け出したとしても組織はお前を逃がさないと。お前だけじゃない。姉も。」

“姉”。その言葉をウネフが言った時、ゼオンが声を荒げた。

「姉ちゃんは関係ないだろうが!俺の問題だ!俺が、もっと頑張れば良いんだろうが!」

精一杯の反論。だが大人達はそれを馬鹿にしている。同い年であるミルフさえも、彼の言葉を聞いて笑っていた。

「人殺して喜んでくれるお姉さんなら良かったのにねー!ハハハハハ!」

笑顔でゼオンを見る、エレア。だがそこの口調は明らかに小馬鹿にしている、様子だった。

 その後、任務の概要を聞いたメンバーは最後のアルンの言葉を聞き、一度解散する事になる。

「準備期間を設ける。各自、それぞれの仕事をしながら待機。そして、国外には出ないよう。」

日本国首相、フォン・ヤマグチの暗殺。それはいつ、実施されるのかは分からない。

 この一週間後に東京内にダッゲインが暴走を起こし、市街地へ僅かな被害を出した。そして、郊外で新生連邦とセイントバードチームが交戦を行った。

 更に三日後に、ジャンヌ・アステルのコンサートが行われた。これらの出来事と並行して、氷河族のメンバーが集まり、今の世界情勢を変化させてしまうかも知れない事を話し合っていたのである。

 

 

 

 新生連邦の奥多摩基地にて。そこに、二機のガンダムが配備されていた。ヴェーチェルガンダムと、エクルヴィスガンダム。チェーニ姉妹のガンダムタイプである。

 今、パイロットであるフォリアとリンセはフークに対し、敬礼を行った。

「本日付で配属になりました、フォリア・チェーニです。」

「同じく、リンセ・チェーニです。」

フークは、姉妹の身体をまるで舐めるように見た後、静かに口を開く。

「宜しく頼む。聞けば最近新生連邦に配属になり、その戦果を順調に上げているそうだな。」

「そのように言って頂き、光栄ですわ。」

フォリアが険しい表情をしながら言った。

「それらのガンダムタイプはどこで作られたのかも不明だとは聞くが、まあ良いだろう。」

戦前、戦後共に連邦軍にガンダムタイプを提供していたアーステクノロジーで作られた機体でない。彼女等は新生連邦に入隊する前からそれらのガンダムを所持している。彼女等のガンダムの製造元は、一切不明なのである。

「先日に奥多摩に所属不明組織との交戦があった。その組織はあろうことか、新生連邦のガンダムタイプを所持している。」

その話を聞いた時、何故か、姉妹は笑みを浮かべた。

「もしかして、それは“紺色”をしていましたか?」

「報告ではそう、受けている。何か、知っているのか?」

「ええ。それはとても。ね、お姉様!」

リンセが姉に話を振った。

「そうですわね。……因縁の相手と言っても過言ではないかも知れませんね。」

これらの話を聞いたフーク。事情は把握出来ていない様子だったが、躊躇う様子を見せつつも、彼は言った。

「現在日本は政府の権限により、保護区が制定されている。その為、我々がすぐにその組織に赴く事は出来ない。しかしその組織が国外に出た時に行動は出来る。連中が日本から離れた時に、迎撃をして貰いたい。それが今回君達に与えられた任務だ。」

「成程、把握致しました。」

「い、致しました!」

フークの言葉を理解したフォリア。一方のリンセは姉に合わせてはっきりと声を出したが、理解が出来ていない様子だった。

「では、期待している。」

そう言いながら、フークはその場を離れた。

 

その後、姉妹は自室へ案内された。部屋は各個に分けられていたが、あえて両者は同じ部屋に入る。それから下着姿でくつろぐ、姉妹。フォリアは上下ともに白系統のシルクの下着を、リンセは黒のフリルのついた下着を着ており、互いに楽な格好をしていた。

「お姉様、さっきの意味は理解出来たの?」

フークが言っていた、“保護区”の話である。

「ええ。勿論。日本は平和国の影響が強い国だからね。そこには保護区と呼ばれる、侵入するには日本国の許可が必要な地区が存在している。それらは新生連邦という組織であれ、軍の介入は出来ないの。」

「へぇ、そんなものがあるんだー。」

と、意外そうな表情を浮かべるリンセ。

「リンセ、新生連邦に入隊した以上は国による条約等の理解は絶対よ。それを疎かにするとせっかく貰える筈のお給料も謹慎処分とかで台無しになってしまうわ。」

その前例が、クラリス・デイルである。彼は条約を無視して保護区に立ち入った為、謹慎処分となってしまったのである。

「うーん、けれども本当、面倒臭いね。」

「何が?」

「だってー、私達は元々傭兵だよー?MSに乗って任務こなしたらお金貰えるだけで良い筈なのに、なんかややこしいよー!」

と、駄々をこね始めるリンセ。ベッドの上で両足をバタバタとさせ、幼児のように我儘を言い始める。

 

スッ

 

その時、フォリアがリンセの首筋に触れた。柔らかい感触はリンセの両足を止める効果があった。ぴくり、と反応するリンセ。

「リンセ、兵士と言うのは戦場で生き残る事は勿論だけれども、正規軍になれば状況や国に寄る法律の理解も問われるの。ただ、MSのパイロットをやっているだけじゃ出世してお金を得るなんて難しいのよ。」

そう言いながら、フォリアはリンセの首筋にそっと、口付けをする。

「あんっ、お姉様……うん……そうね……」

我儘を言っていたリンセの表情は、落ち着きを戻した。恍惚とした表情を浮かべるリンセ。

「まあ、こんなややこしい条約がある時点で、確かに今の世は軍人にとってはやりにくいのかも知れないわね。傭兵ですら厳しい世の中だもの。いっそ、本格的な戦争が起きてくれればもっと動きやすくなるのに……」

フォリアの独り言。そのような言葉が出るのは、彼女も元々傭兵だったから故なのか。

「新生連邦に入隊出来たけど、なんだか思ったよりあんまり大した組織じゃないわよね。総司令が軍備増強してるとか言ってるけれど、MS乗りだってワンサカいるし。この前戦ったあの空中戦艦だってMS乗りだった訳でしょ?」

新生連邦政府が樹立している世界ではあるが、無法地帯になっている場所があるのもまた事実だ。それは新生連邦の政治が追い付いていないというのもあるが、平和国連盟の勢力下にある地域もあるというのが現状である。それにより、新生連邦の介入が難しい箇所も少なからず、世界には存在している。そうした場所で、尚且つ治安が悪い箇所ではテロや紛争の温床になりやすい。そこには、MS乗りの姿もある。

 平和国連盟の属している国際平和連合軍、通称“国連”は有事の時しか出動できない。テロ組織の場所が発覚していたとして、国連にはそこを叩く権利がないのだ。それ故に、好き放題されやすい。世界中で起きているテロ、紛争、内乱等は現状、止め切ることが出来ていないのだ。

 それは、平和国連盟の掲げる、平和主義が大きく影響している。平和主義がある限り、所属国をはじめとした国連軍は如何なる先制攻撃を許されないという制約が存在するのだ。

「総司令、レヴィー・ダイルが無能故にそうなっているという話もあるわね。」

「無能?」

リンセが首を傾げる。

「モントリオールで私達に依頼を掛けた新生連邦の士官が居たでしょう?普通、外部委託で奪われたガンダムの奪還をするかって話よ。あれは新生連邦と言う組織の内部が腐敗している何よりの証拠だわ。」

フォリアは自らの足指の爪に赤いマニキュアを塗り始める。その状態のままリンセに語っていた。

「総司令と言う立場の人間がそれを見抜いていないというのもおかしい話ね。まあ、無理もないわ。彼は軍のトップであり、連邦政府のトップでもある。僅か二十歳の麗しい容姿をしている彼だけれども、軍トップと政治のトップを兼ねるのは難しいのよ。」

「お姉様、凄く詳しいのね。」

感心している様子のリンセ。その彼女は、Eフォンを操作しながら彼女の話を聞いている。

「戦前は彼の祖父であるダディー・ダイルが総司令を務めていて、その上で連邦軍には大統領がいたの。それらが上手に政治と軍を分けていた。」

フォリアは、左足指のマニキュアを塗り終えた後、右足指にマニキュアを塗り始めた。その上で彼女の口からは世界情勢について、語られる。

「けれども戦争が長引いて大半の人類が死滅した世界では人手も不足するのは必然。それによって総司令になったレヴィー・ダイルだけれども軍の指導者と政治家としての役割はなかなか彼には荷が重いご様子ね。」

まるで当人の事について理解がある様子で語る、フォリア。

「一番驚くのは私と同い年って、事なんだけど!二十歳でしょ?それで軍のトップと政治家をやってるんだもんね。」

リンセが言った。彼女の台詞にあるように、リンセは二十歳。フォリアは二十一歳である。彼女達の歳は一歳差なのだ。

「しかし二十歳の若き総司令は、残念ながら評判はあまり宜しくない様子ね。前に兵士が言っていたわ。」

「あんなに小綺麗な顔立ちをしてるのに?」

「ルックスは貴公子みたいだけれども。しかし連邦軍は内部が余りに広い組織。それ故に、反発する者も多いのが、現実だわ。一部じゃダディー・ダイルの七光りだって言われてるわ。」

「そうなんだー……」

新生連邦政府軍という組織は強大な組織だ。その人員も圧倒的に多い。だが、その中で選ばれたレヴィー・ダイルという青年は組織のトップを束ねるには若過ぎたのである。

 若さは、時に嫉妬や嘲笑の対象にされかねない。表向きで言う者はいなくとも、陰では多くの容赦のない言葉を浴びせられる。若いというだけで、実力があったとしても軍内部の人間からは小馬鹿にされるのは最早、日常茶飯事なのだ。

「それに、彼には今、側近の女の子がいるでしょう?」

「あの、ミステリアスな女の子?」

ソフィア・ブレンクスの事である。

「噂では総司令がパトロンをやっていて、その女の子は総司令の愛人という噂もあるの。」

「へぇー!あんなに若くて綺麗な総司令でも金で愛人を雇っちゃうんだー。」

「あくまでも、噂だけれどもね。」

人の噂というのは根も歯もない所から出るものだ。例えば男女が並んで歩いていたりするだけで、その男女が交際しているかもしれないといった噂が立つ事がある。総司令、レヴィー・ダイルも例外ではない。

 ソフィアと彼が共に並び立つ光景は軍内部での噂となっているのだ。その中で有名なのが、フォリアが言った、愛人関係ではないかという話である。

 そして、噂話というのは盛り上がり易い。それは噂自体に確証がない故に、数多の事を想像出来る為である。人同士が会話をする上で盛り上がる要素の一つとして、これらが挙げられるのだ。

「軍のトップと政治のトップを両方任されて、日々プレッシャーに追われる総司令。それを、愛人かも知れない女性が癒す構図。権力者には常に、そういった存在は付き物なのかも知れないわね。」

足指のマニキュアを塗り終えたフォリア。

「お買い物とかだけじゃ満足出来ないのかなぁ。わざわざ愛人なんか作って。お金掛かるだろうし。」

「貴方には分からないだろうけれど、それも投資の一つよ。愛人に貢ぐ事で自身を奮い立たせるの。男って生き物は、見た目が女性のように麗しくとも、所詮は男という事ね。」

そう言った後、フォリアは椅子から立ち、窓の外を見る。

 奥多摩の山の景色が広がる、広大な景色。空の色は青く、これらのコントラストをより美しく映えさせる。その時に彼女は、呟いた。

「けれどもあの子は違う。可愛さの中に強さを持っている、あの子……フフ、まさか日本であの子に会う事が出来るかも知れないなんて、夢にも思わなかったわ。」

東京の空港に待機しているセイントバード内にいる、レイの事を言っているフォリア。彼女は静かに笑みを浮かべている。

「まるで、赤い糸で結ばれているみたい……運命なのかしらね。これも――」

 

ギュッ

 

そこへ、妹のリンセがフォリアの腰部を抱きつき始めた。吊り目が特徴的なフォリアと、垂れ目が特徴的なリンセ。両者の性格は異なるものの、互いに想い合う気持ちは本物なのだろう。

「お姉様、嫉妬しちゃう。あの男の子の方が、私より大切なの?」

「フフ、どうかしらね。」

挑発するようにリンセを見るフォリア。

「じゃあ、私がお姉様の中から、あの子を追い出してやるんだから!」

「出来るかしら?じゃあ、今夜、楽しみましょうか。」

「夜にお姉様と!?アハハ!私、凄く楽しみだよ!私、頑張ってお姉様の中からあの子を追い出しちゃうんだからー!!」

と、張り切るリンセ。

 両者は姉妹ではあるが、相思相愛の関係でもあった。フォリアはサディスト、リンセはマゾヒスト。両者の組み合わせは、相性が良い。それはこのような普段の生活でも、戦場においても言える事だった――

 

 

 

 東京内のとあるホテル内にて。そこには氷河族のメンバー、ニーア・アンジェリカとケネール・リックが裸で、一つのベッド上で横になっている。彼等は同じ組織に所属しているが、愛人関係であり、ニーアはケネールの存在に対して惚れていたのである。組織内恋愛であり、彼等の関係を知る人間は少ないが、薄らと感じている者は、何人かいた。

「にしてもあれから十日程度経つが、何も話が無いのも妙な話だ。」

前髪の長いケネールは、両手を後頭部に乗せ、天井を見ている。

「いきなり首相を暗殺しろって言う内容には驚いたけれど、それで報酬が貰えるのならば良い話かも。姿を見た事のない、ボスが何を考えているのかは不明ね……。」

と、言いながらニーアはケネールの首筋に触れている。

「それはリーダーが言ってただろ。戦争を起こして利益を得る為だってな。」

「戦争……か。まあ、いいわ。それで貴方との生活が成り立つのなら、それでも良い……」

「人の事なんてのは、どうでも良いんだよ。俺等が無事に過ごせるならな。」

そう言った後、両者は淡い接吻を交わした――

 

 

 他のメンバーもそれぞれの時間を過ごしている。ウネフはアスーカルの時のように上納金の搾取、闇医者としての活動等。彼女は臓器売買のビジネスにも手を染めており、元医者としてのノウハウを活かして裏社会を生きている。その上での、氷河族のメンバーなのである。

 ジュラードはミルフと共にいた。大男と可憐な少女という組み合わせは一見妙ではあるが、ジュラードにとってのミルフは子供のようなものであり、小さな殺人鬼とは思えない、あどけなさを彼に見せていた。時にショッピングセンター等で彼にアイスクリームをせびる事もあったが、ジュラードはしぶしぶ、これに応じていたのである。

 その中、一人の男が東京の街を暴れていた。メイド・ヘヴンである。パニッシャーとしての役割を持っている彼は組織への上納金を支払い終えていない人間に対し、住所を特定しては、ただ、暴力の限りを尽くしていたのである。まるで、違法な取り立てのような事をしているメイド。しかし相手は警察等に駆け込むことは無い。何故ならば、警察沙汰になる事は相手にとっても不利に働く為である。

 元々デウス帝国の傭兵として、兄のフロード・ヘヴンと共に暗躍していた男は今、氷河族の一員として活動していた。だが、その日々は戦争をしていた時と比較しても、明らかに“退屈”だったのである。

 東京の街を歩いているメイド。その際、彼はレジを並んでいるとある、客とレジ打ちとのやり取りを目撃する。

「声聞こえないんだけど!?」

「袋は、ご入用でしょうか――」

「ああ!?」

眼鏡を掛けた、壮年の男。何故これ程に高圧的な態度であるのかは分からない。一方のレジ打ちの女性は、明らかに気弱な印象を受ける。

 戦後の状況、経済状況は良いとは言えない。その中でその男は明らかに苛立ちを覚えながらレジ打ちの女性に対して高圧的な態度を見せている。

 男は何らかの会社の所属の人間なのだろう。しかし、不景気が災いしてストレスを抱えているのかも知れない。だがそれをレジ打ちという、自身に何の関連もない人間に当たるというのは言語道断だ。

「……はー。」

その時だ。メイドは男の右肩を持ち始めた。

全く知らない男が肩を持つ。それに違和感を覚えた壮年の男は興奮冷め無まない状態で、メイドを見る。

「おい、お前何だァ!?」

暴言を吐く男。だが――

「うぜぇんだわ、そういうさ、頭悪い行動。」

 

ガンッ

 

あろうことか、メイドは自身の膝に男の顔をぶつけた。この衝撃で、男の眼鏡は割れ、鼻からは血が出ている。

「いっ……だぁ……」

謝る男。だが――

「本能的に自分より弱いとか、そーやって見下してる奴ってさぁ、今まで人生振り返る事なく生きてきたリア充さん何だよなぁ?アアン?コラ。」

と、言いながらメイドは更に、男の顔をテーブルにぶつける。それも、何度も繰り返す。テーブルは男の血で汚れてしまった。それでも、メイドは止めない。

「やめっべへぇぇぇぇぇぇ」

最早言葉になっていない声を出す、男。

「君がッ!泣くまで殴るのをやめないッ!」

見知らぬ相手に対する暴力。メイドはそれをして、戦後の退屈な世界の鬱憤を晴らしていたのであった。

 

 

 メイド・ヘヴンの行動はエスカレートを続けるばかりだ。彼は組織の断罪人としての仕事をしている時でも、別の組織の事務所に単独で押し入り、構成員を全滅させるといった行動をしている。彼は生身でも屈指の強さを秘めていた。

 そして、鬼に金棒と言わんばかりに、この男は力を持っている。危機的状況になったとしても、その力が発動して危機を乗り越える事が多い。

 その上での退屈な日々。戦争がない、今の世界は戦争を好むこの男と、あまりに相性が悪いのである。

 

 ある時、メイドがパニッシャーとしての仕事を終え、街中にいた上納金の未納者を暗殺した時だった。

「メイド・ヘヴン。少しは加減出来ないのか。」

と、彼に声を掛ける、一人の男が。組織のリーダーのアルンであった。

「国外にも出れねぇ、MSにも乗れない状態でこちとらフラストレーションが溜まるんだわな。この前のデカブツが現れた時は本気でグラントロールに乗りたかったんだけどなァ。あれとやり合いたかったんだぜぇ?」

と、苛立つ様子を見せるメイド。

「そんなお前に朗報だ。お前には、陽動を行って貰う事になった。」

「陽動?」

メイドは耳を立て、アルンの言葉を聞く。

「今夜、我々は首相官邸を襲撃する。その際にお前の機体、グラントロールを駆り出して暴れれば良い。恐らく自衛隊のMSが出てくる筈だ。それらを、遠慮なく潰せ。」

メイドはこの時、ガムを噛んでいた。鼻からふと、息を吐き、まるでアルンを睨むように言う。

「今夜かよ。随分突然やな。その上お前の命令かよ。その言い方、気に食わねェな。」

少しばかり、苛立つ様子を見せるメイド。

「気に入らないのなら、ケネールに陽動を任せるまでだ。奴の機体ガンガレンで自衛隊をおびき出す。」

「嫌やわぁあんた。せっかく暴れられるチャンス奪わんといてぇな。とりあえず俺にその役は寄こせや。」

ポキ、ポキ、とメイドは指を鳴らす。ここ数日、笑う事が一切無かったメイドであったが久しぶりのMSに乗ることが出来ると聞き、上機嫌になっていた。

「ちなみにだが、グラントロールはどこに止めている?」

彼は日本まで、密輸船に乗って来ている。それは、氷河族の別のメンバーによる工作活動だ。入国の際も身分証明を付けている。偽物であるが。

「横須賀って所の格納庫に入れてんぜ。」

「了解した。お前の行動に期待している。」

アルンはメイドの肩をポンと触れ、その場を去った。それと同時に、メイドは奇妙な笑みを浮かべていたのであった――

「おい待てや。他の連中には知らせてんのか?」

「無論。だが個別に伝えている。極秘内容なのでな。内容を一斉に喋ったとして悟られれば厄介だ。お前とも最低限の接触しかしない。」

作戦等があれば、普通はメンバーを一箇所に集めるのが普通だ。しかし今回の内容が内容だけに、悟られるのは避けなれければならない。その為、アルンが自らメンバーの元へ赴き、話をするのである。

「ご苦労なこったな。」

と、言いながらも、メイドは笑みを浮かべていた。

「検討を、祈る。これは是非とも成功させたいからな。」

「俺が暴れて、戦争が起きるのなら喜んでやらせて貰うぜェ。ゼハハハハハ!」

妙な笑い声を浮かべるメイド。それと同時に、アルンはその場から去って行く。

 そして、彼もその場から去ろうとした時だった――

 

ドンッ

 

と、メイドはあるものに衝突した。足元を確認すると、小柄な少女が尻餅を付いて倒れている。そして、少女は目に涙を浮かべている様子だった。

「ガキンチョか……痛いの、痛いの、とんでけーでもしとくか。」

と、言いながらメイドは少女の額に手を、優しく触れて妙な笑みを浮かべた。それ故に、少女は涙を止めることは無かった。

「うわあああああん!」

「はぁ、ほんまだるい。だからってガキンチョ相手に暴力は流石にしたくねぇしなぁ。」

と、言った時だった――

「大丈夫!?」

そこへ、駆け付ける一人の少年が居た。レイである。彼はエリィと共に市街地に出掛けていた時、偶然にもこの場に居合わせたのであった。

 妹を持つレイにとって、涙を流す少女の姿は無視出来ない存在だ。どうしたのかと思い、彼は少女に声を掛けた。

「お姉ちゃん、あたしね、髪留めなくしちゃったの……うわああああん!」

どうやら少女は先程メイドが衝突した際に、大切にしている髪留めを無くしたのだという。

 それを見た時、咄嗟にレイは自身が付けていた銀色の髪留めを、少女に渡したのだった。

「これ、あげる。あと、僕は男だよ。」

「え?じゃあお兄ちゃん?」

「うん、よく間違えられちゃうんだけどね。」

苦笑いを浮かべる、レイ。しかし、少女は喜んでいる様子だった。

「お兄ちゃん、ありがとう!」

と、言って少女はレイに対して手を振る。その直後に少女の母親が駆け付け、一緒にその場から去って行ったのだった。

 

ピキィィィ

 

それと同時に、彼は妙な気配を感じていた。近くにいた、メイド・ヘヴン。その存在を感じ取っていたのである。一見すると近寄りがたい雰囲気を醸し出している男であるメイドではあるが、この時、レイは妙な、“感覚”をこの男から感じ取っていたのである。

(何だ、この人から感じる感覚……妙だ。なんだか、ごちゃごちゃした感覚がある……)

どうしてもそれが気になったレイは、メイドの方を見てしまっていたのだった――

「何見とんねんオイ」

ギロリと、睨むようにレイを見るメイド。レイは、いつの間にか冷や汗を掻いている。男が放つプレッシャー。それを受けている、レイ。

「ん?お前、なんか変な感じがするな。気のせーか。ま、いーや。」

そう言って、メイドはポケットに手を入れて去って行く。この僅かな瞬間に感じた、奇妙な感覚。それは、互いに感じ取っていたのであった。

(あの人は、一体……)

 

「レイ君!」

そこへエリィが近付く。彼女は買い物袋に食料を、抱え込んでいたのだ。今後の航空の為の食糧の購入。それを今、彼等は行っていたのである。

「何かあった?あれ、髪留めは?」

「さっき、女の子に渡したんです。なくしちゃったみたいで。」

「ふぅん、そうなんだね。」

何気ない会話。その中で、エリィがふと、口を開けた。

「なんか思ったんだけど、レイ君っていつも誰かと一緒にいるよね。」

「えっと……まあ、確かに。」

急に何を言い出すのか……と、疑問を抱く、レイ。

「フフ、なんだかね……レイ君って、コバンザメみたいだね。」

微笑するエリィ。それに対し、レイは明らかに困惑している様子だった。

(コバンザメて……)

大人によく、彼がついていく事が多いからふと、エリィは彼に例えを付けたのだろう。  

だがその例えがコバンザメ。何故その例えになったのかは不明だが、それを、エリィは笑っている様子だった。

 セイントバードの艦長、エリィ。戦闘の際の指揮は的確ではあるが、それ以外ではどこか、抜けている印象を持つ彼女。レイは、ただ苦笑いを浮かべるしか出来なかったのであった――

 

 

「バカヤロー!!!」

レイとエリィがセイントバードへ戻ってきた時だった。スバキがレイの姿を見て、髪留めがなくなったのを見て、彼女は激昂し始めたのだ。

「せっかくあげた髪留めを誰かにあげやがったのかよ!ふざけんなお前!!」

と、言いながらレイの胸倉を掴む、スバキ。

そこへ騒動を聞き付けたエリィが駆け付ける。何事かと思い、切迫した様子のエリィ。

「どうしたの?仲良くしないとダメだよ。」

「あ、エリィさん……スバキが……。」

と、言いながら困惑しているレイ。

「は!?何私が悪いような扱いをしているんだよ!なんでも大人に頼るんじゃないぞ!このバカ!」

激昂しているスバキ。だが、その光景を何故か微笑ましく思っていたエリィは思わず笑っていた。

「クス、話してみて?」

「実は……」

髪留めの事について話をするレイ。その時エリィとレイは同じ場所にいた為、状況の把握は出来ている。

 だがそれに対し、エリィが口を開いた。

「ああ、成程ね。それはレイ君が良くないよ。」

「どうしてですか!?僕は女の子に渡しただけなのに……」

「だってスバキさんがあげたものを貴方が別の子にあげちゃったんでしょ?当事者だったらどんな気持ちになるかな?それ、少し考えた方が良いよ。」

そう言われ、レイは少しばかり考える様子を見せる。だが、何がいけなかったのかは理解出来ていない様子だった。

「ごめんなさい、よく、分からない……分からないです。あの子は髪留めをなくしてたし、僕は別に髪留めは要らないと思ってたから、それを渡しただけなのに……」

レイがそう言った時、スバキの目元に僅かな涙が浮かび上がった。そして――

「ば……馬鹿ァァァァァ!!!」

と、言いながらスバキは走り去っていった。呆然とする、レイ。しかし彼は相変わらず、理解出来ている様子ではなかったのである。

「レイ君は可愛いんだけれど、もうちょっと相手の気持ちを考えたりした方が良いんじゃないかな。」

「え……?」

スバキの行動が理解出来ない様子のレイは、ただ、困惑するばかりであった。

 

 

 

 夜になった。氷河族のメンバーであるメイド・ヘヴンは横須賀にあるタンカーの中の格納庫に移動していた。そこに搭載されている彼の愛機、グラントロール。氷河族の別の人間の援助もあり、彼等は警察等に不審に思われる事なく、滞在する事が出来ていたのである。

 やがて格納庫から彼の乗る機体が姿を表す。闇夜の港は暗く、灯りも灯っていない。その中でMSという機体が動き出すというのは、本来ならば不審な行動以外何者でもない。

 今回はあえて、それを行うのだ。目的は首相の暗殺。その最初の第一歩が、メイド・ヘヴンによる陽動なのである。

 氷河族という組織は膨大だ。一部の人間が過激な行動をしたとして、それで組織崩壊に繋がる事はまず、あり得ないのだ。戦後の僅かな時間で新生連邦、平和国等にも影響を与える事になった組織、氷河族。今から始まるのは、その目的の、第一歩である。

「気になるのは俺をはじめとしたアルンのチームの連中だけがこんな役を任されてるってのが気になるが……まあいいや。とにかく暴れりゃいいんだろうが。」

両肩甲骨を回し、コクピットにて張り切る様子を見せる、メイド。

「ほな、行こかッ!」

 

ビゴォン

 

グラントロールのモノアイが紅く輝く。肥大化している領主部のマニピュレーターを屈曲させ、円滑にそれらが動くかを確認している。そして――

「パワー全開!!スリー・イン・ワン!!」

メイド・ヘヴンの謎の掛け声と共に、グラントロールのバーニアの推進剤が使用され、闇夜の海をホバー移動し始めたのである。

 

 

 海の上を移動していれば、当然ながら不審機体と見做し、そこへ自衛隊の機体が向かう。今回は日本仕様のジャスティスが、旧式のSFS、ゾーリドに乗り、二機が東京湾上に出現した。これらはグラントロールに対し、警告をする。

「そこの機体!止まれ!」

と言った時だった――

「目ェから、ビィィィィム!!!」

グラントロールのビームカノンが二機に向けて放たれる。容赦のない攻撃がこれらの機体を葬ったのだ。

「ハハー!やっぱ戦闘はこうでねェとなぁ!」

日本に来て、MSに乗る事がなかったメイドにとって、今の時間はこの上ない愉悦だった。迫り来る機体は彼にとっての贄も同然であり、それらを躊躇いもなく蹴散らす事が出来るのはこの男が何よりも戦場を楽しんでいる何よりの証だ。

 そのまま、グラントロールは東京の方へ進んでいく。その時だった。

 

バシュウウウ

 

一筋のビームが、グラントロールに向けられる。熱源の存在を確認し、緊急回避する機体。レーダーで熱源の方向を有視界で見るメイド。

「別の機体かよ!しかもこいつぁ、ガンダムタイプやんけ!!」

舌を舐め回す、メイド。そこに居たのは、二機のガンダムタイプだった。翼の生えた、赤色のガンダムタイプと、下半身が大型である、水色系統のカラーリングをしているガンダムタイプ。チェーニ姉妹の駆る、ガンダムタイプ達だ。

東京湾の不審機体出現に対し、出撃依頼があった為、新生連邦軍は彼女達に出撃要請をしたという訳なのである。

「せっかくお姉様との夜のお楽しみの時間だって時にこんな奴が現れるなんて!!死んじゃえっ!!」

憤った様子を見せるリンセ。姉との時間を遮られ、その怒りをグラントロールにぶつけようとしているのだった。

 

ドバアアアアアッ

 

エクルヴィスの両肩部からビームカノンが放たれる。照準を定め、狙い撃つリンセ。

「ハハー!」

グラントロールは両手部を差し出すように展開し、ビーム砲を発射した。それらはビームカノンと相殺し、ビーム粒子が闇夜の海で弾ける。

「何なのよこの機体は!」

そう言いながら、再びビームカノンを放つリンセ。

「ガンダムゥ!夜にこんな大物と会えるなんざ運がええなぁ!ハハハー!!!」

戦いを楽しむ彼にとって、ガンダムタイプの存在は何よりの褒美だ。それ故に、メイドは普段以上のテンションで、姉妹のガンダムと交戦している。今の時間は、彼にとってこの上ない悦楽でしかないのだ。

(妙な機体ね。まるで戦うのを楽しんでいるかのような動き……)

エクルヴィスとグラントロールの戦いを一目見て、分析するフォリア。エクルヴィスがビームを放つのに対し、わざと両手部からビームを放つグラントロール。明らかにふざけているように見えるのだ。

「リンセ、あまりのめり込まない方が良いかもね。その機体、明らかに普通の動きをしていないわ。」

と、フォリアが言った時だった――

「目からビィィィィム!!!」

グラントロールのモノアイが輝いた直後、胸部のアイドビームカノンが放たれた。すぐにヴェーチェルは回避行動を取り、ビームライフルを放つ。だが、これもすぐにグラントロールに回避される。

「ちぃっ!ビーム砲ばかり搭載している機体なのかしらねっ!」

突発的なビームを受け、フォリアは苛立ちを見せた。そこで、グラントロールに対して近接戦闘を持ちかけようとする。

 ヴェーチェルはビームウィップを展開した。粒子の塊が連続して作られているその武器は闇夜を照らす灯となり、グラントロールに迫る。

 光る鞭が振われる。漆黒の巨体にそれが迫る。そして、メイドはそれを見抜いたかのように右手部マニピュレーターのビームグローブを展開し、弾いた。

「手自体がビームサーベルのような構造になっているのね。成程。」

ビーム粒子の塊同士が弾ける構図。鞭を、手で受け止めている状態。その隙を見つけようと、グラントロールはもう片方のマニピュレーターからビーム砲撃を行った。

「随分ドSなガンダムだなぁ!ええ、オイ!」

と、メイドが言った直後に彼の脳内に電流が流れた。すぐに、後方に反応するメイド。

 そこには、エクルヴィスが隠し腕を用いてグラントロールの両腕部を掴もうとしていた瞬間だった。

「ドMなガンダムだっているんだよー!」

自身の事を言った後、グラントロールに迫る、リンセ。

「SMの趣味はねぇンだよ!」

間一髪これを回避し、距離を置く。そこから、両手部よりビーム砲を展開した。

 チェーニ姉妹とメイド・ヘヴンの攻防が続く。しかし、これもメイドにとっては悦楽でしかない。今回の任務は陽動。つまり、自身が敵を引きつければ良いのだ。その上で彼は戦闘狂ともいえる人間。この任務は、彼にとって相性が良すぎるのであった。

 

バシュウウウ

 

そこへ、三つ飛翔体がグラントロールへ迫ってきた。闇夜により、より光を照らしているその存在。レーダーで確認し、異変に気付いたメイドはすぐに反応し、これらを回避する。

レーダーには熱源が映っている。それを有視界で確認するメイド。そこに現れたのは三機の機体だ。いずれもが単独飛行をしている。いずれも同じ機体であり、量産機体であるのが分かる。

 だがその機体には特徴があった。二本のV字のアンテナに、ツインアイ。口腔部に位置する突起物。ツインアイにはバイザーが覆ってはいるが、紛れもない、ガンダムタイプと呼ぶに相応しい機体だったのである。

「量産されてるガンダムか……?よもや、よもやだなぁオイ。」

それらのガンダムタイプは散開し、一斉にビームライフルをグラントロールに向けた。空中を舞う、素早い動き。その機動力はディースト等とは比にならない。

 だがこの男はこれらの動きを既に見切っていた。メイドは一度、目を閉じ、そして開眼する。その瞬間、胸部からビームが放たれた。

「見えてんだよ!オカルトパワー全開!!!」

高出力のビームは、空中を舞うガンダムタイプの軌道を読んでいた。その位置にビームが向かい、機体は融解した。この時、二機が同時に破壊されたのである。

 残る一機は接近戦を試みる為、グラントロールに接近する。そして、側腰部からビームサーベルを展開し、グラントロールに迫った。だが、これもビームグローブによって機体の頭部を鷲掴みにされ、そのまま頭部から胸部にかけて融解。それに伴い、パイロットも即死した。

「お姉様、あの機体は……」

「国連軍の機体ね。噂には聞いていたけど、まさか本当にガンダムタイプを量産するとは。」

その場に居合わせていた姉妹がこれらの機体を見て、言った。

 機体名、ヴァントガンダム。型式番号PFMS-D65。平和国連盟が有する軍隊である、国際平和連合、通称国連の機体である。百五十年以上前に存在しているガンダム伝説に肖った機体であり、国連の主力MSである。量産型のガンダムタイプ、擬似ガンダムとも言われる機体であり、単独での飛行機能を有する事に成功した機体である。

カメラアイにはバイザー型のゴーグルが備えられている。ゴーグルの奥には、ガンダムタイプ特有のツインアイが見えるという、一風変わったデザインをしているのが特徴の機体だ。

しかし、何故国連の機体がこの場に出現したのだろうか。その理由は、日本政府が平和国の勢力圏内という事が関係していた。突如出現した不審機体の存在。まずは日本政府がジャスティスを用いて迎撃に当たったが、これらは瞬く間に撃墜された。次いで、政府は新生連邦と国連に軍の要請を行ったのだ。その結果、この場に出現したのがチェーニ姉妹のガンダムと、国連の量産型ガンダムであるヴァントガンダムであった。

 量産型のガンダムタイプという、C.W以降の歴史で初の試み。それがヴァントガンダムなのである。

 その後、グラントロールは北上を続けた。それを追撃するチェーニ姉妹。ビーム砲を撃っては回避を続ける。二対一の状況ではあったがメイドはその能力を活かし、この両機と対等に戦っているのだった。

 

 

 その頃、首相官邸は騒然としていた。出現した不審機体の迎撃に当たっているMS達。その合間をくぐり、氷河族のメンバーは闇夜の中を動く。

 その内の一人、ミルフ・ブラマンジュは首相官邸前に姿を見せ、子役を演じて見せた。閣僚達、や警護の兵達はその対応に夢中になっており、メンバーの潜入を許す事になってしまったのである。

 官邸内では銃声が響く。明確なテロ行為。それらを止めんと、警護の兵が応戦する。メンバーの内の一人は身体に忍ばせていた爆弾を展開し、兵を爆殺する。首相官邸内は混沌とした状況に陥った。少数精鋭のメンバーによる残酷な行為。その間も官僚達が撃たれたり、殺害されている。だがこれらは氷河族にとっての目標ではない。

 メンバーは皆が黒ずくめの衣装を羽織っていた。今回、官邸内を襲撃したのは六人である。これらの行動により、官邸内は危機的状況に陥っていたのだ。

「何だ……君は……?」

官邸内にいた、フォン・ヤマグチ。現在の日本の首相である。突然の氷河族による襲撃で混乱状態にあった首相官邸。騒動の中、一人の人間が銃口を彼に突き付けている。

「ヤマグチ首相。貴方の尊い犠牲により、世界が大きく変化せん事を……」

 

パァン

 

黒ずくめの男は首相の眉間を撃ち抜いた。首相は即死だった。これにより、氷河族の任務は完了したのである――

 

 

 フォン・ヤマグチが射殺された事は瞬く間に世界中のニュースになった。日本の首相であり、平和国連盟にも大きな影響を与えた人物が暗殺された事。それにより世界は大きく動く事になるのである。

「よくやった、アルン。これで世界は大きく動く。」

とある場所にて。暗い部屋で、コンピュータを前に笑みを浮かべる男が静かに言った。

 

 

 

 それと同じ時間帯。首相暗殺のニュースはある人間により、瞬く間に拡散された。それは日本のメディアが国内で首相暗殺を伝えるタイミング以上に、迅速に伝わった。その情報の伝達速度は、有名メディアの比にならない程に、早かったのだった。

「さて、お仕事が待っているわ……」

そう言うのは、一人の女性だった。彼女もコンピュータを用い、その情報を、世界中に拡散させていたのだ。その伝達先には、武装勢力やテロ組織等、兵器を必要としている組織等に伝わっていたのである。

 その目的は何なのか。何故このような事を真っ先に伝える必要があるのか。その真意は、誰にも分からないのである――

 

 

 

 首相暗殺。その衝撃はあらゆる場所に影響を与えた。この事件から、一週間が経過した状況でも、その影響は計り知れない。内一つは、フォン・ヤマグチの友人であるシュアー・ラヴィーノが影響を受けていた。そして、アステル家ではジンクがこのニュースを見て、衝撃を受けていた。

平和国連盟本部のあるニューヨーク。そこにいる平和国連盟の最高議長、チャール・ポレク。彼はこの報を聞き、驚愕していた。

「馬鹿な……ヤマグチは平和国に多大な貢献をしてきた人間だぞ……こんな事が!」

落胆するチャール。フォンの突然の死は彼にとっても、予想外の出来事だったのである。

「議長、フォン・ヤマグチの死に伴い、各地の紛争の激化が加速しています。」

と、言うのはチャールの副議長を務める、ソネル・パリシムだ。彼は平和国のNo2と呼べる人間である。鼻下に生える髭が特徴的な、紳士的な印象を持つ男性。彼は戦後になり、チャールの存在を支えてきた。

 彼の言うように、今、世界中で紛争が加速している。大なり小なり、新生連邦の樹立によって世界情勢は不安定ではあったものの、フォン・ヤマグチの死によって更に紛争は拡大して言っているのだった。

「こうなるのは予想できた……恐らく、戦争を望む者による犯行……どうなる、世界は……」

戦争の対義語は平和である。だが、紛争が各地で相次ぐ状況になった世界では、それは果たして“平和”と呼ぶ事が出来るのであろうか。

「議長、国連軍の要請はどうなされますか。」

ソネルが彼に聞いた。

「それは行かん。国連が先行して武力介入を行う事は、何があっても許されるべき事ではない。先行すべき治安維持は新生連邦軍の仕事だ。国連は、攻撃を受けた場合や市街地等での攻撃が行われる時にのみ出動を要請する。」

「やはり、そうですか……」

これが、チャール・ポレクの意志だ。

 平和国連盟と国連。その大概の関係は、平和国連盟が権力を握っている。そしてその最高議長であるチャール・ポレクは国連と言う存在に対し、決して自ら攻撃を仕掛ける事が無いように、徹底している。それは平和を想うが故の、彼の考えなのだ。

 しかしその思考は平和国内部でも意見が分かれている。実際、テロリスト等が国連の基地を襲撃する例もあったりする中で、先手を打つことが出来ない状況。それは国連の立場からすれば歯痒いものとなっているのだった。

 

 世界中で紛争が始まった状況でも国連はそれらに介入が出来ない。紛争に対する介入への仕事は、基本的に新生連邦軍が担うからだ。チャール・ポレクの平和主義の影響は平和国全体に影響しており、それらは国連にも浸透している。つまり、国連は平和国連盟よりも権力が下である為、独自の行動を取る事が出来ないのである。

 今、ソネルは一人、廊下を歩いている。この世の状況を見て、一人、複雑な心境を浮かべているのだ。

(チャール・ポレク議長の平和主義はやはり、柔軟に対応出来ないという問題がある……それではいずれ、世界に悪い影響を与える可能性も考えらえる……しかし、彼が戦後の平和に貢献してきていたのは紛れもない事実だ。)

副議長の立場ではあるが、彼の心境は複雑だ。チャールを支えなければならない立場ではあるが、彼の平和主義の弱点が、ソネルをそのような心境にさせるのだった――

「兄上。」

その時、ソネルは一人の人間に声を掛けられた。男は腕を組み、壁にもたれている。

「ギルス。何故ここにいる?」

「兄上のお仕事の活躍ぶりの拝見……といった所でしょうか。」

男の名は、ギルス・パリシム。ソネル・パリシム副議長の弟にあたる人間である。

 彼はメキシコの一部代表を務めている。その顔立ちは若さがあり、ソネルとは歳が離れている。

「世界は大変な状況になってしまいましたね。まさか、フォン・ヤマグチ首相が何者かに暗殺されるとは。そうなれば各地で紛争が過激になるのは必然。彼の存在が平穏を保っていたと言っても過言ではありませんからね。」

ギルスの言うように、フォンの存在は平和国内で大きく影響していた。その彼が死亡したという事は、世界中で大きなショックを与える事になる。

 経済面に関しては、株価は大暴落。戦後の混乱期で不景気だった世界情勢は、更に景気を低迷させるのに十分だった。

 不安定な世界情勢になる事は、人々は不安に陥っている何よりの証である。フォンの存在は、それ程に大きく影響しているのだった。

「そして、兄上はチャール・ポレク議長の平和主義に疑問を抱いている。違いますか?」

それは、間違っていない。チャールの唱える平和主義は、如何なる事があろうとも、先行して軍が攻撃を加える事は許されないというものだ。それに対する不安がソネルの中で渦巻いていた。

「議長の掲げる平和主義は絶対的なものだ。それを破る事は、許されん。議長の想いは、貫かなければならん。」

強い言葉でソネルは言う。しかし、ギルスはこれに対して微笑をした。

「もし、それが続くようならば、世界は更に混沌としていきますよ。デウス動乱が終わってようやく平和になりつつあった世界なのに、こんな事は許されるのでしょうかねぇ。」

この男が何をもってそういう発言をするのかは分からないが、弟である彼の言葉に対してソネルは違和感を覚えていた。

「兄上、個人的に思う事がありましてね。私は国連に力を持たせるべきだと思いますよ。平和国連盟が力を付けて行かなければ、新生連邦の一強の世界になります。そのような世界など、必要ですかね?」

語る、ギルス。その言葉の裏に、何を隠しているのだろうか。

「その過激な発想。平和国の一部代表を担う人間とは思えないな。我が弟でありながら恐ろしい男だ。」

まるでギルスを見下すように、ソネルはこの場を去る。副議長であり、チャールの意向を信じる彼と、国連に力をつけるべきと訴えるギルス。

 平和国連盟内でもそれぞれ意見が分かれているのだ。新生連邦の監視役であるのが彼等の役目ではあるが、自ら軍を動かす事は、平和国連盟の権限がある以上、決してそれを行う事は出来ない。それを不満に思っている人間も少なからずいるのが、現状なのである。

 

 

 世界中で紛争が活性化していった中で、新生連邦はこの鎮圧に乗り出していた。各地の武装勢力は少しずつ鎮圧されていく。だが、次々に現れる武装勢力の数は後を絶たない。

 その中、シュネルギアとの交戦からロサンゼルスに戻っていた新生連邦総司令、レヴィー・ダイルは兵士より、報告を受けていた。

「総司令。武装勢力は東南アジア、アルメジャン共和国を中心として集結している模様です。」

「アルメジャンですか。」

アルメジャン共和国は、旧アルメニア国とアゼルバイジャン国が合併して出来た、カスピ海西に位置する国である。その歴史はC.W160年頃が起源であり、新興国家ではあるが、現在ではテロリスト等の武装勢力の温床となっているのが現状である。

 そして、この国はフォンが暗殺されてから急激な動きを見せていた。元々暗躍していた武装組織が国の代表を殺害。この時、武装組織の指導者が国の代表に成り代わったのである。忌み嫌われるべき存在である、武装組織が国を動かすという、前代未聞の出来事が起きていたのだ。

 元々アルメジャンは新生連邦政府の勢力下の国ではあるものの、そこに在留する新生連邦軍の機能はほとんど成していなかった。新生連邦は軍備増強を推し進める余り、肝心な治安の管理を怠っていたという本末転倒な状況となっていた為である。

 そして、アルメジャンの武装組織は今、世界中に向けて声明文を出したのであった。

 

『我々は腐り切った連邦政府を、討たなければならんと誓った!世界中の貧困層、富裕層の格差は広がり続け、それらの格差を埋める努力を怠り、あろう事かこの期に及んで軍備増強を続けているという状況。それは、あってはならん世界の構図だ!我々は反連邦組織タウラ。私はその代表、オスカー・アレックスである!我々は連邦政府の打倒を今、ここに誓う!同志が我の元に集うた!今こそ戦いの時だ!立て、同志よ!!』

 

反連邦組織タウラ。その声明文が世界中に向けて発進された。その、声明文を読み上げた黒人の男がそこにいた。名は、オスカー・アレックス。新生連邦に対して宣戦布告をした男である。年齢は20代後半程の、若い男性だ。

 映像にはオスカーの後ろに、重火器を持った青少年が集まっている。彼等が反政府組織、タウラのメンバーなのだろう。

「総司令、この声明文と同時に各地で攻撃が活性化してきております。現に、近隣国の新生連邦の基地がタウラと名乗る武装勢力によって攻撃を受けたという報告も上がっております。」

この瞬間、兵士の報告を受けた総司令は静かに言った。

「彼の存在は見た事があります。デウス動乱で連邦反乱軍のメンバーの一員だった男です。彼は生きていて、そしてここに行きついたという訳ですね。」

デウス動乱を引き起こした根源、連邦反乱軍。その指導者は戦争中に倒されたが、生き残りがこのような組織を作り上げていた。彼等の存在は、言い換えれば連邦反乱軍の残党部隊である。タウラと言う名は、組織の名を変えただけに過ぎない。その名の由来はイスラーム圏において神聖な動物とされる、牛の名から来ている。

「総司令、声明文には続きがあります。」

再び、画面に着目する、総司令。

 

『我々は最期まで戦う。たとえこの、アルメジャンが焦土になろうとも、連邦政府に対抗して見せよう!!それは、アルメジャンの五百万の民も同意見である!』

 

オスカー・アレックスの言い方では、まるでアルメジャンそのものが新生連邦に宣戦布告をしているようなものである。武装勢力が政権を握るという事は、このような事も有り得る。

 最早これは、一国家が新生連邦に宣戦布告をしているようなものだ。無論、そのような事等新生連邦が認める筈がない。

「状況は分かりました。アルメジャンに軍の派遣を。カルディアム少佐にはヒエラクスに搭乗してもらい、現場の指揮を任せます。そこに特殊強化モデルのガンダム達も投入して下さい。」

「ハッ。手配を致します。」

彼の指示通り、新生連邦は動く。アルメジャンを拠点とする反連邦組織、タウラに対する攻撃を行う為に。

 

 フォン・ヤマグチの死を境に激化していく世界。それに乗じて出現した反連邦組織、タウラ。混迷に包まれようとしている世界は、更に加速していく。デウス動乱という大戦を経ても、人は争いを止められないのか。

 人々が宇宙に移民するようになった時代ではあったが、元々はコロニー側と地球連邦政府に亀裂が生じた事により、相容れない存在同士となっていった事が発端だった。やがてコロニー側に一つの国家、デウス帝国が出現した。それらは地球連邦に宣戦布告をし、長きに渡る戦いを行っていった。

 その、デウス帝国が敗戦してその勢力を失った現代。地球圏に脅威がいない筈の世界で、何故このような争いが生じるのだろうか。人は、戦わなければ存在が成り立たないとでもいうのだろうか。愚かな人々は同じ地球を舞台にしても、争うのだ。

 総司令は指令室の椅子に座っていた。傍には彼の側近であるソフィアがいる。この世界の現状。それを思った総司令は、ソフィアに言った。

「来るべき時が、来てしまったのかも知れない。軍備増強を続けた結果……こうした敵性勢力は早々に叩かなければね。」

それに対し、ソフィアが言った。

「それで世界が安定するのなら、私はレヴィー様を支持します。レヴィー様の行動は、間違っていません。私は貴方を信じています。」

優しい笑みで総司令を見つめるソフィア。

「やはり僕には君が必要だ。ソフィア、これからも宜しく頼むよ。」

「はい、レヴィー様……!」

彼の行動を肯定する少女、ソフィア。その存在は謎に包まれてはいる。そして、総司令と彼女の間には誰もが分からぬ、絆があったのであった。

 

 

 声明から更に一週間後。その間もタウラによるテロ行為は相次いだ。それらにより、各地の新生連邦の基地や関連施設は被害を被っていた。その被害は新生連邦だけに留まらない。平和国の大使館にも影響が及んでいた。新生連邦に対する宣戦布告の筈が、それ以外にも手を出すという状況。最早これでは無差別攻撃と何ら変わりがない。

 タウラ側は新生連邦から奪ったMSや、氷河族から与えられた機体を用いて各地で紛争を引き起こしていた。ディーストやジョゼフと言った機体もあれば、旧式であるディエル等の機体を用いて奇襲を掛けるといった事も繰り返して行っていた。

 そして、遂に新生連邦の本部からの部隊がアルメジャン上空に展開されていた。スパイッシュ・カルディアムが指揮するヒエラクス級一隻と、十二隻のマドラ級空中空母の空中大艦隊である。

 MS総数は九十二機。いずれもがディースト、ジョゼフといった機体。それ以外にも、新型機体として六機の機体が先行導入されている。

 機体名、エグゼマー。型式番号NMT-56。可変機能を備えた最新量産型MSである。マサアキ・アルトが搭乗していたガンナードを改良、量産に踏み切った機体である。今回はその試験も兼ねて、これ等が投入されるのだ。

 また、この場には三機の特殊強化モデルのガンダムタイプも導入されている。それは総司令、レヴィー・ダイルの意向であったのだが、現場の指揮を任されていたスパイッシュはこれ等を上手く、利用しようとしていたのである。

「敵は世界の秩序を乱す存在だ!徹底的にやれ!世界にとっての脅威を、放置する訳にはいかんからな!」

スパイッシュの指揮の下、MS部隊が展開された。

 

 

 激戦が始まった。タウラ側にも新生連邦の機体が投入されている。だが、カラーリングはいずれもが水色系統だ。これはタウラのパーソナルカラーを意識している。

 ディースト、ジョゼフといった機体や、ディエルといった機体が応戦する中、新生連邦は数でこれらを押していく。

 機体数も去ることながら、機体性能に関しても不利な状況のタウラは次第に押されつつあった。

 タウラ側には氷河族から搬入したMS、ファドゥームが投入されている。これは連邦軍でも旧デウス帝国でもない機体であり、氷河族産のオリジナルMSだ。

 ファドゥーム。型式番号MS-BC68。氷河族製の量産型MSである。この機体は主に世界各地に潜伏している武装集団等に提供されており、そこから氷河族は利益を得ていた。フォン・ヤマグチの暗殺を図った大きな理由が、このファドゥームを武装組織に売ることであった。左手部は指型のマニピュレーターではなく、挟み型のクローアームとなっている。それは有線として展開し、飛ばす事が可能であり、先端からビーム砲を放つ事も可能。有線兵器ではあるが準サイコミュ等の特殊なシステムは備わっておらず、自動追尾をコンピュータが行う仕組みとなっている。

今回の件で莫大な利益を得た氷河族。彼等にとって、この紛争の勝敗など、最早どうでも良い事であったのだ。

 破壊されていく、タウラ側のMS。一部の機体は新生連邦に抗していたものの、全体規模では勝ち目などある筈が無かった。紛争の中でスパイッシュは特殊強化モデルのガンダムタイプに出撃命令を下す。命令のまま、出撃する三機。

 やがて戦場を暴れ回る三機の無慈悲な攻撃が、容赦なく浴びせられていく――

「アルメジャン共和国は、タウラとかいう癌細胞に染まってしまった。癌細胞が発覚したら、いくら健常な細胞があれどいずれはそれも侵食されていく。」

ヒエラクスのブリッジ内で、スパイッシュは一人、呟いた。

「なら、それ等は全て取り除けば良い。それによって癌細胞が除去され、世界は穏やかになる。我々の行動はまさに、平和の為の行為だ。」

自惚れるスパイッシュ。だが、それは何を意味するのか。

 答えは明白だった。アルメジャンそのものへの徹底攻撃だったのである。タウラのみへの攻撃ではなく、あろうことが市街地や住宅地への攻撃を許可したのである。躊躇う兵士も数名居たが、これに対しても喜んで任務をこなしたのが、特殊強化モデルのパイロット達だ。

 本能のままに、殺戮を行なっていく。無抵抗な市民にすら、機関砲を使って血飛沫を飛ばす。ビーム粒子は雨の如く降り注ぎ、逃げ惑う人々をビームの熱によって溶かしていく。熱さを感じる間もないまま、アルメジャンの一般市民は殺されていく。辛うじて生きていても、皮膚の再生は難しい。顔に熱されたビーム粒子を浴びれば皮膚は爛れ、二度と、顔貌が元に戻る事は、ない。

 アトミックガンダムには核ミサイルが搭載されていた。本来それを市民に向けて放つ事は禁忌以外何者でもないのだが、あろうことかスパイッシュはこれを許可したのである。無慈悲に放たれる核ミサイルは市民達を焼き尽くした。放射能汚染という二次的な被害こそ出ないが、アルメジャンという国は焼け野原へと変貌を遂げていったのであった。

 やがてMSによる蹂躙は終わる。その時の生き残りの市民が見た光景は、角付きの二つ目の巨大な悪魔が三体、まるで見下ろすように眺めていたようだったという。

 

 アルメジャンの掃討作戦は新生連邦の圧勝で終わりを迎えた。新型兵器の実戦テストや、特殊強化モデル達の鬱憤を晴らすが如くの残酷な行為。タウラはこの戦闘でその機能を完全に失った。指導者、オスカー・アレックスは新生連邦に拘束される前に自害し、結果的に詳しい情報を得られないまま、この戦いは終わりを迎えた。アルメジャンの作戦の完全な終息までに、三日を要したという。

 

 こうした事実は、世界のメディアに報じられる事はなかった。新生連邦の情報部の隠蔽が働いたからだ。タウラを殲滅した、それだけを情報に載せた。アルメジャンの罪なき人々が惨たらしく虐殺されている事など、一切報道されなかったのである。

 後に、アルメジャン紛争と呼ばれるこの一連の事件は新生連邦軍の隠蔽により、その真実が一般的に知れ渡る事は、なかったのである――

 

 新生連邦政府は今回の作戦の概要についてメディアで公表した。これによると反連邦組織タウラの殲滅を確認。首謀者、オスカー・アレックスの自死によって組織は壊滅したと、報道。一般市民の虐殺報道は一切されなかったのである。惨たらしい光景はメディア、ネット、SNS等にその情報が行き渡ることは無い。仮にこの情報を誰かが拡散したとしても、すぐに消されてしまう。そして、無かった事にされる。新生連邦によるこうした非道が行われていても、誰も気づかないのである。

 だが、この状況に対して疑いの目を持つ存在が現れた。平和国連盟である。新生連邦の情報に関してはメディアを通して知る事が多い為、普段の情報に関しては余り深入りする事が無かったのだが、今回のアルメジャンの件に関しては不可解な事が多いと、考えていたのだ。

 平和国連盟はこの紛争の後、チャール・ポレクの下、極秘に調査団を結成した。平和国調査団(Peace Survey Team)。リーダーは豪州地区の一部代表を務めるギア・ジェッパーである。眼鏡を掛けた、端正な顔立ちをした男性。彼が中心となり、荒廃した国であるアルメジャンに調査団が派遣された。

 そこで明らかになる、虐殺の実態。一般市民の死体が数多く残されている状況。この調査団は少人数で結成されたものである為、長時間の滞在は出来なかったのだが、明らかに意図的に殺害された跡も見つかったのだ。

(惨い……)

調査団のリーダー、ギア・ジェッパーは静かに、そう思ったという。

 

 

 

 アルメジャン紛争から二週間が経過した。タウラの発した声明から約一ヶ月が経過した事になる。時期は2月中旬に差し掛かる。

 平和国連盟は新生連邦と会談を望んでいた。アルメジャン紛争についての話をする為である。無論、この件の一般市民の虐殺についてだ。

 平和国連盟側はチャール・ポレクが会談に臨んだ。新生連邦側は、レヴィー・ダイルが会談に臨む。場所は平和国連盟本部のある、ニューヨークの旧国連総会ビルに位置する建造物内で行われる事になった。

 両者はテーブルを介して着席する。その後ろには、互いの護衛兵達が並んでいる状況。以前も彼等は会談をした事があったのだが、今回はその時のような状況とは比にならない程に緊迫した状況であった。

「アルメジャンで発生したタウラと呼ばれる武装勢力が声明を出してからち一ヶ月が経ちました。新生連邦政府軍は戦力を投入し、タウラの壊滅に成功したと報道されました。」

「ええ、それはご存知の通りだと思われますが。」

総司令の目は、チャールを捉える。明らかに、何かを物申す様子だ――と。

「この件に関して、平和国連盟は独自に調査団を派遣しました。そこで、このような光景を目の当たりにしました。衝撃的な画像ですが、是非目に通して貰いたいと思いましてね。」

そう言って、チャールは十枚の写真を総司令に渡した。

 荒廃した街や、焼野原と化した建物。その中で、多くの人々の身体の一部が黒焦げになっている写真。中には皮膚が爛れた死体や顔が形を保っていない写真等、惨たらしい光景が映っている。いずれも、アルメジャンの一般市民である。新生連邦による一方的な虐殺行為その現実を、チャールは総司令に見せていたのである。己が犯した過ちを、直視させる為に。

 だが、この写真を見ても総司令は、静かに頷くだけだ。何も言葉を出そうとしない。

「どう思われますか。アルメジャンに滞在していた武装勢力、タウラの殲滅にしては余りに行き過ぎた行為であると我々は考えますが。」

新生連邦軍による虐殺行為。武力行使はこのような形で平和国連盟から突き付けられる事になる。しかし――

「もし、反連邦組織タウラを野放しにしていては世界中に戦火が広がっていた可能性も否定は出来ません。我々新生連邦政府は世界情勢の秩序を乱す者を正さなければなりません。犠牲者は出てしまったかも知れない。ですが、これらには哀悼の意を表しています。アルメジャンは既に、タウラによって支配されてしまった国。それが存在している事は地球上にとって脅威となり得るのです。」

まるで、犠牲者が出た事に対して開き直る様子の、総司令。

「報道によれば死者の数は一万五千人と報告がありますが、調査団の結果によればその十倍、いや、それ以上の数の犠牲者が出ていると聞いています。これについてはどう思われますか。」

「私が受けた報告の話です。それ以上でも、以下でもありません。」

総司令は再び言い切る。

「単刀直入に言いましょう。多くの犠牲者を出す、明確な理由を教えて頂きたい。新生連邦軍は一般市民を大勢殺害……いえ、虐殺を行う必要があったのでしょうか。」

虐殺と言い切る、チャール。互いの意見の攻防が続く。

「我々は世界にとっての脅威を排除したに過ぎません。その結果の犠牲者です。武装勢力が政権を取っている国である以上、国民にも少なからず影響があるのは至極当然ですよ。」

「民間人に対しての警告等はしなかったと言うのですか?」

「タウラの排除が今回の作戦でしたから。」

自身の行った事は間違っていないと、断定する総司令。揺るぎない意思。だが、その思考はこの場においてはあってはならない事だった。

「その結果が推定百万人以上の犠牲者を出し、尚且つそれを隠蔽したという事ですね。これ程の犠牲者を出して、世界が黙っていると思ったら大間違いですよ。」

明らかな怒りを見せるチャール。彼の拳は小刻みに震えており、その様子が伝わる。

「安寧を保つ為に、組織は絶対であるべきなのです。そして犠牲者さえも、やむを得ない。完全な平和など、存在しません。しかしそこに向けて努力を続ける事は出来ます。」

「その努力の方法は、間違いであると考える事はないのですかね。」

「その指標を決めるものはありますか?我々が世界の実権を握っています。平和国連盟はその監視でしかない。今は亡き、旧地球連邦の総司令であるダディー・ダイルと貴方で交わした密約上ではその立場に変わりは無い筈です。」

 

ジャキンッ

 

その時だった。新生連邦側は、あろう事か警備兵達が機関銃を構え始めたのである。まるで、この状況が生まれる事を想定していたかのような、行動だった。

「何の真似ですかな。総司令。」

「余計な詮索をすると言う事は、それ相応の報いがあると言う事です。新生連邦政府は世界の秩序を守る為に動いています。それを虐殺と呼ぶのは余りにも軽率ですよ。名もなき一般市民が言うならまだしも、平和国連盟がそれを言うのは余りに、愚かです。」

脅しと捉えるべきなのか、どうなのかは分からない。ただ一つ言える事は、互いに共存していく必要のある勢力に対し、銃口を向けるという事が何を意味するのか。それは、チャール・ポレクとレヴィー・ダイルの双方が理解した上での、新生連邦側の行動だったのである。

「人という生き物は、争いから逃れられないのでしょうかね。新生連邦側がそのような愚業を行うとは、思いもしませんでしたよ。」

チャールの表情が険しくなる。対する総司令は表情一つ、変える事はない。

「あのダディー・ダイルの孫が新生連邦の総司令として就任された時は喜んだものです。ですが、まさか現実はこうなってしまうとは。」

元々ダディー・ダイルとチャール・ポレクは互いに親交があった存在であり、ダディー・ダイルは地球圏の平和を考えていた。それ故、平和国連盟に連邦組織の監視を依頼していたのだ。しかしレヴィー・ダイルが就任してからは軍備増強を徹底していく形となり、この二大勢力間で次第に亀裂が走る様になって行ったという訳だ。

「元々、地球圏に平和国連盟の存在は必要だったのか……と、私は考えていました。地球圏の平穏の管理者は二つも要らない。ならいっそ、消えた方が良いとさえ、考えています。」

更に、煽るような言葉を掛ける総司令。

緊迫した状況。もし、機関銃の引き金が引かれた時、それは平和の崩壊を意味する。その為、迂闊に彼等は何もする事が出来ない。

「……止めましょうか。ここで殺し合うという行為は無意味です。血を流す必要がありません。」

総司令は警護兵に銃を収めるように指示を出した。それに従う、兵士達。

「逃げる気ですかね。」

チャールが、言った。

「そのような真似はしません。ただ、一つ言える事は、この世界を統一するには一つの勢力が絶対に必要だという事だ……と、いう事です。」

総司令が警護の兵士に守られ、部屋を後にしようとした――

 

ジャキンッ

 

僅かに、銃を構える音が聞こえた。それは、平和国側の警護兵からだ。それに気付いた新生連邦側の兵士が躊躇う事なく、その方向に銃を放ってしまったのである。

 

ダダダダダダダダダ

 

無慈悲な銃声が響き、平和国側の警護の兵は撃たれた。

 緊迫した状況で、仮に武器を持っている者同士がなんらかの契機にその緊張の糸が切れた時、人はどのような行動を行うのだろうか。答えは明確である。戦闘だ。状況を打開するには自らの身を守る、敵を攻める等の行動を取り、攻撃を行う。

 そうなれば、もう誰にも止められない。激しい銃撃戦が会議室だった場所で行われるという無慈悲。その間、重要人物は保護されながら部屋を出る。残ったのは、警護兵のみであるのだ。

 

 機関銃の銃声が響く中、レヴィー・ダイルとチャール・ポレクは警護の兵に保護されながらその場を去る。互いの重役は守られなければならないからだ。

 今回の会談で新生連邦と平和国は決裂した。アルメジャン紛争による新生連邦の虐殺行為。それを調査した平和国連盟。そして、それに対する武力行使。そして、互いに銃撃を行うという、最悪のシナリオ。この出来事は間違いなく、後の世に影響を与える事になるだろう。地球上の二大勢力同士のトップの会談でこのような事が起きるという事は、これからの不穏の序章に過ぎないといえた。

 その中、総司令はソフィア・ブレンクスと合流していた。警護兵に囲まれている彼は、ソフィアと会い、隠れた場所で話をしている。

「やはり、平和国は懐刀を持っていた。平和を自負している彼等が武装するという、矛盾。それを知ることが出来ただけでも十分だよ。さて、ここから去ろう。もうこのような場所に用はない。」

「世界は、どうなるのでしょうか……」

ふと、ソフィアが不安げな表情を浮かべる。それに対し、総司令は言った。

「一つ言える事は、新生連邦にとっての脅威が一つ、出現したのは間違いないという事だ。僕が掲げて来た軍備増強は、間違っていなかったんだ。」

「レヴィー様が、そう仰るのなら……」

彼の言葉に、ソフィアは安寧の笑顔を見せる。総司令に絶対的な信頼を寄せる彼女。それ程に彼を信頼するのは、何故なのだろうか。

 

ピキィィィ

 

ソフィアの脳裏に、電流が流れた。それは、余りに当然の出来事と言えた――

「レヴィー様!!!」

 

ピシュンッ

 

音のない銃弾がその場に飛んできたのは総司令とソフィアが対面で話をしていた時だった。そして、銃弾の存在に気付いたソフィアはすぐに、彼の前に現れる。

 やがてソフィアの腹部から血が流れるのに、そう、時間を要しなかったのだった――

「ソフィア!?」

「う……うぅ……」

無垢な少女は腹部を抑え、苦しんでいる。総司令を襲う凶弾から、彼女は身を挺して彼を守ったのであった――

 




第二十九話、投了。

アルメジャン共和国は架空の国で、そこの内乱が徐々に世界に大きな影響を与えていくといった話。

主人公達は登場しませんがこのアルメジャンでの紛争が物語を大きく変えていきます。


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第三十話 レヴィー・ダイルの思惑

アステル家を訪れた総司令、レヴィー・ダイル。
対面でかつての友と話をするアレンだが――


 凶弾に倒れたソフィア・ブレンクスは一命を取り留めていた。彼女はすぐに救護隊によって彼女は救出されていた。一日が経過した現在では新生連邦本部にて保護されている。レヴィー・ダイルが見守る中、彼女は目を覚ます。

 奇跡と呼べる回復だった。大量出血をしてはいたが、輸血によって彼女は一命を取り留める。だが、傷が痛む為、動く事はまだ出来ない。

「気が付いた?」

総司令は彼女の側に居た。凛々しく、整った顔立ちの青年、レヴィー・ダイル。そこに新生連邦総司令という肩書はない。一人の少女を想う、青年の顔がそこにあった。

「レヴィー……様……」

「君が無事で何よりだ。本当に、良かった……」

そう言って彼はソフィアを抱き締める。その様子から、本気で彼はソフィアの事を心配している様子だった。

「レヴィー様、痛いです……」

「あ、ああ……ごめん。うっかりしていたね。」

そう言って、彼は距離を置く。新生連邦軍の総司令という立場である人間とは思えない、行動だった。

「君を巻き込む気はなかった。けれど、平和国はあのような懐刀を忍ばせていた。そして僕の暗殺。彼等は僕の存在を消そうとしている。それは、新生連邦政府への宣戦布告と見做しても良いだろう。」

アルメジャン紛争を機に始まった、両陣営の対立。それを、身をもって経験した、総司令。彼は自分の立場が安全な場所ではないという事を、改めて再確認した様子だった。ソフィア・ブレンクスがいなければ彼は死んでいたのだ。

「レヴィー様は平和国と戦争を、されるおつもりですか……?」

ソフィアの質問。痛みに耐えながらも、彼女は聞く。

「……分からない。けれども、軍備の増強は益々必要になったのは間違いない。」

彼は肩まで掛かっていた髪を振り払うように、自身の髪を撫でた。

 透き通った金色の髪色。女性と間違えそうな程に整った顔つき。それが、新生連邦の総司令である。貴公子と呼ばれている程に美しい容姿の持ち主の彼。そして、側近のソフィアを誰よりも思っている、男性。彼の指揮にはどこか青さは残るが、総司令として彼を崇める人間は少なからず存在している。

 

 

 だがそれを良く思わない人間が新生連邦内にいるのも、また事実である。スパイッシュ・カルディアムは先のアルメジャン紛争で新生連邦軍の司令官として指揮をしていた男だ。そして、虐殺も許可を出した男である。躊躇いなくこうした行動を起こしたこの男は功績を認められ、階級は中佐となった。これにより、ダリア・ローゼントと並ぶ事になる。

(所詮は愛人狂いの青二才。貴公子等とか呼ばれているかも知れんが、あれが総司令と言うのだからかつての地球連邦軍も地に落ちたものだ。まあ、私は中佐へ昇進したから問題は無いのだがな!)

 以前彼は外部の傭兵だったチェーニ姉妹を雇い、モントリオールの市街地に被害を出しながらもアインスガンダムの奪還を図ろうとした。しかしそれはネルソンによって失敗している。こうした出来事を平気でこなし、虚偽の報告を上げるこの狡猾な男。それでいて、総司令の前では腰が低い。

 内心で見下しているにも関わらずその上辺だけを取り繕い、軍務を全うしているように見せ、出世のみを考える人間はその思考全てが浅はかである。その先の事を考えず、人を見ていない典型例。スパイッシュ・カルディアムという男はそのような男だ。

 故に部下の人望は希薄同然。彼の事を崇める人間など、皆無に等しい。そのどす黒い欲望が、部下にも筒抜けなのだろう。新生連邦軍の腐敗の象徴とも呼べるこの男。その上でアルメジャン紛争のような虐殺を好んで行う。残酷な任務を楽しんで行うという下劣な男。

 その男は今、総司令のいる場所に移動していた。改めて、昇進した事に対して勲章を受け取る為である。

「カルディアム中佐。この度のアルメジャンの作戦、ご苦労様でした。」

「光栄です、総指令。」

内心では総司令を見下している、スパイッシュ。

「これからの活躍を、期待しています。」

「有難きお言葉。」

それからスパイッシュは去って行く。

その後ろ姿を見届けた後、総司令はふと、考えていた。

(平和国とは恐らく、衝突は避けられないだろう。そうなれば、益々戦力を増やす事を考えていく必要がある。以前対立した、アステルの存在……もし、それが事実ならば……)

ソフィアは今、医務室で安静にしている状態であり、その部屋には彼一人しかいない。彼の側には常にソフィアが居た状態であった為、今の状況は総司令にとって違和感があった。

 しかし立ち止まってはいられない。次なる軍備増強の為に、行動をしていく必要があったからだ。この時、彼はアステル家の事を考えていた。戦後になって現在はMSの生産を止めているアステル家ではあるが、一ヶ月前に見たシュネルギアの存在を思い出し、彼はある、決意を固めていたのである。

 

 

 

 イタリア、ローマのアステル家にて。シュネルギアがこの地に降り立ってから一ヶ月余りが経過した。その間に世界情勢は変化していき、アルメジャン紛争も起きた後の事。

 その間、アステル家は世界情勢を見ており、一切動く事が出来ていなかった。その間、アレンは殆ど居候状態だったという。

 アステル家に居る間、彼はジャンヌの手伝いをしながら過ごしていた。アレクサンドリアに戻る事も考えたが、不安定な世界情勢では何があるか分からない。不安定な状態で移動をするのは危険だと判断し、彼はアステル家に留まっていたのである。

 その中で、ジャンヌは母、ターナと会話をしていた。世界情勢についての話である。私服のロングスカートを羽織り、母の部屋で紅茶を飲んでいる、ジャンヌ。

「フォン・ヤマグチ首相が暗殺され、それから連鎖的に生じた緊迫した世界情勢で、私は何をすべきなのか……まさかシュネルギアを持ち出して帰還してからこのような事態になるなど、予想すら出来ませんでした。」

母の前で弱みを見せるジャンヌ。アルメジャンの一件もあり、新生連邦と対立をしていこうとしていた矢先に出鼻を挫かれた、彼女。

「ジャンヌ。貴方は立派に活動しています。それは私にとっての誇りだわ。ウフフ!」

特徴的な感動詞を発するのはターナの特徴だ。それは昔から変わっていないのだろう。

「戦後になって平和が訪れるものだと、誰もが思っていた事でしょう。ですが現実は違いました。各地で起きる争いは平和とはかけ離れています。そのような世界を癒す為に、私は歌手になり、各地を歌で癒す事を決めていました。」

窓の景色を見て、ジャンヌはそっと呟く。

「貴方が歌手になる事に関しては賛成していましたよ。才能はあると思ってましたからね、ウフフ!」

実際、彼女の歌は世界を魅了している。それ故に彼女のファンの数は多い。戦後の活動でこれ程の実力を見せたジャンヌの才能は、紛れもないものである。

「けれどもお母様。私は思うのです……。いくら私が歌を歌い、踊り、女優としても活動し、テニスの大会で入賞したりしても、それは所詮、私のエゴでしかないのではないか……と、考えています。今、世界が大変な状況で本当に何が出来るのか。どうすれば良いのか、分からなくて……」

才色兼備の美女、ジャンヌ・アステル。彼女の才能は留まる事を知らない。これらに加え、シュネルギアと言う戦艦の艦長も務める。

 だが、彼女はそれでもどうすれば良いかと考えるのだ。現在の世界情勢を見て動く事が出来ない自身の情けなさを、露呈していた。

 彼女の存在は誰もが羨む。その容姿、才能は時に嫉妬さえ生む。だが彼女のような人間程、そこに愉悦を感じない。寧ろ、自分に出来る事を常に考えているのである。

「デウス帝国と地球連邦軍の戦争が起きた時でも貴方は動いていましたね。それでも、貴方は満足せずに、常に追求しようとする。それは私にとっての誇りだわ、ウフフ!」

誇り。親にそう言われる事は喜びではある。

「けどね、ジャンヌ。貴方は気負い過ぎる事があるの。それは貴方が幼い頃から感じていたのだけど、それを気に病んでいては意味がないわ。」

ターナはジャンヌの頭に触れた。まるで幼子を撫でるように、優しい手つきであった。

「お母様……私はもう、子供ではありません……」

恥じらう様子のジャンヌ。

「私にとっては子供ですよ。貴方がどれだけ立派になっていっても、親が子を思うのは当り前よ。何歳になっても、貴方は私達夫婦のたった一人の娘なのだから。ウフフ。」

ジャンヌは一人娘だ。アステル家の令嬢である彼女は大切に育てられてきた。だが、デウス動乱を機に彼女は自身に出来る事を考えるようになった。

「私はずっと、心配だったのよ?貴方の婚約者だったアーク・レヴン様が戦争で亡くなったと聞いた時、貴方に対してどう接したら良いのかって考えたりしたのだから。」

「……」

ジャンヌには婚約者がいた。アーク・レヴンという名の婚約者。それは両家の人間が決めた結婚ではあったが、ジャンヌにとってはそれを嫌に思うことは無かった。寧ろ、好意を抱いていた。

しかしアーク・レヴンはデウス帝国の士官であった。デウス帝国の名家の一つ、レヴン家の嫡男だった彼はデウス軍に多大な貢献をしていた。やがて、戦争の闇に囚われていく。

それを止める為に、デウス動乱時にジャンヌは動き出していた。戦争の中で出会ったアレンと共に協力し、デウス動乱を止める為に共に戦ったのだ。結果的にアークはアレンに倒されたのだが。

ターナはこの事実を知らない。アークを倒した人間がアレンであるという事を。そして、それを承知の上でジャンヌがアレンをこのアステル家に招いているという事を。それもあり、彼女の内心は複雑だったのである。

「あれから五年が経って、貴方は動き続けていたものね。アレン・レインド。彼を屋敷に招き入れたのも、アーク・レヴン様の未練を断ち切る為ですか?ウフフ!」

かつての婚約者の仇ともいえる存在であるアレン。しかし、ジャンヌにとってそれは、分かった上での行動なのだ。

「彼とは、これからの活動で共に行動する、“仲間”ですわ。そのような関係ではありません――」

と、言った時だった。

「複雑よね。アーク・レヴン様をこの手に倒した彼と、共に行動をするなんて。」

「お母様……ご存知だったのですか?」

驚愕するジャンヌ。アレンがアークの仇である事を、知っていたのだ。

「貴方を見ていれば分かりますよ。ですが、それは貴方にとっては複雑な心境だったのかも知れないわね。相当な覚悟が、必要だったと思うわ。」

そう言うターナの目は、優しい。何故婚約者の仇であるアレンを、ジャンヌが迎え入れているのに対しても、それを受け入れているのだろうか。

「私は、罪な女ですわ……でも、彼の事も迎え入れたいのです。私は我儘な女でしょうか、お母様。」

アークの事も知った上でターナはジャンヌに優しく接する。それは、母親故の愛なのだろうか。

「貴方は、我儘だわ」

一件冷たく感じられる言葉。だが、この時ターナは穏やかな口調でそれを発したのである。

「やはり……そうでしょうか。」

落ち込む様子の、ジャンヌ。

「でも我儘を悪く言う気はないの。それが、貴方の覚悟ならば。それを受け入れるのも母親の務めと考えているから。」

ターナ・アステルの母親としての愛情を感じ取っていたジャンヌ。婚約者を倒した青年と共に行動している事も許している彼女の懐の深さは、ジャンヌにとって暖かいものだった。

「何かの行動を起こす時、必ず批判は受けるものです。でもそれをしようとする事を、親である私が批判しては意味がないと思うの。貴方には力がある。私と同じ、力が。」

アドバンスドタイプの事だ。その力はオールドタイプと呼ばれる人間には一切理解出来ない力。シンギュラルタイプでさえ上回ると言われている、その力。

「だから動き続けて良いと思うの。大変な状況ではありますが、それでも貴方は未来を向こうとしている。その意志は、貫いて良いと思うわ。ウフフ!」

 ジャンヌの過去の罪も許した上で、彼女を応援した母、ターナ。

 人によってはこの母親も同罪だと思う人間もいるかも知れない。婚約者を倒した男と協力するというジャンヌの行動はエゴだと批判される事もあるだろう。だが、彼女はそれでも愛娘を想っている。その母親の温もりを、ジャンヌはしかと感じ取っていたのであった。

 

 

「じゃあ、お母さんは全て知った上で応援してくれているという事なのか。」

ジャンヌの部屋でアレンと話すジャンヌ。アレンはアステル家が用意した正装に着替えており、ジャンヌはドレス姿で彼と話している。

「それは有難い事ではあります。私は、過去にあった事を受け入れた上で、進まなければならないと、改めて思いました。」

協力者に対して、彼女はその想いを伝える。それをしかと受け止める、アレン。

「君は本当に、強い人だと思う。俺は君の事を応援するよ。」

そう、アレンが言った時だった。

「アレン。アルメジャンの件が終わり、世界規模の紛争は少し落ち着いてきている様子です。もし、良ければ少し、自由な時間を過ごされませんか?」

「自由な時間?」

アレンは首を傾げる。

「アルメジャンの事で一ヶ月程ここから出る事が出来なかったでしょう。世界は大変な状況でした。その上で、何も出来ない状況が続いたのは貴方にとっては苦痛ではないか……と思いまして。もし、宜しければの話ですが。」

世界の状況を見る必要があると判断したジャンヌは一ヶ月、様子を見ていた。それに付き合わせてしまった事を、アレンに詫びたいのだろう。

「じゃあ、少しでも考えさせてもらおうかな。」

と、アレンが椅子から立ち上がろうとした時だった――

 

「外が、騒然としていますわね。」

この時、異変を感じていたジャンヌ。ふと、彼女は窓を見る。

「あれは……戦艦か?それにあの形状……ヒエラクス級か?」

遠くで見えたのは、新生連邦の空中戦艦だった。ヒエラクス級の戦艦が、この場に降り立ったのである。ダークブルーのカラーリングが成されているその艦。以前にシュネルギアと交戦した戦艦、ウイングイーグルであった。

 そして、そこから数名の人間が降り立つ姿を見た。そこから見える姿に、見覚えのある人間の姿を目撃する。

「レヴィー!?なんであいつが……?」

あろうことか、総司令、レヴィー・ダイルがアステル家に姿を見せたのである。何故この場所に彼がいるのか。それは不明だった。

「あいつに会って、話をつけてくる!」

と、急いで彼が走っていった時だった――

 

パシッ

 

ジャンヌがアレンの手を握り、彼の行動を止めたのだ。

「どうして止めるんだ!?」

「様子を見ましょう。下手な行動は出来ません。彼は最早、かつての彼ではないのですから。」

「だけど!」

「彼に用があるのは、恐らくお父様です。何らかの話をしに来た可能性が高い……と、考えますわ。」

ジャンヌの言葉をしぶしぶ受け入れるアレン。突然の新生連邦軍の介入。これにより、屋敷内は緊迫した状況に包まれた。

 

 

 今回、レヴィー・ダイルがアステル家に来たのには理由があった。それは、アステル家当主であるジンク・アステルとの会談を行う事だった。

会談はジンクの自室にて行われた。互いに護衛に囲まれ、スーツ姿で会談に臨む総司令と、同じくスーツ姿で会談に臨むジンク。両者は年齢の差が激しく、一方が二十歳の若い総司令であるのに対し、もう一方は四十代の威厳のある男。総司令はジンクの威圧に負けることなく、口を開け始めた。

「デウス動乱時にデウス帝国軍に多数の戦力を投資してきたアステル家。その影響力は非常に強大であることは我々も知っての通りです。」

総司令の言葉に対し、ジンクはまるで睨むように言った。

「それで……貴方方は何をしにこちらへ来られたのか。新生連邦軍の総司令、自らここに来るという事自体、本来ならばあり得ない話ではありますが。」

総司令はジンクの目を見て、一言、言った。

「単刀直入に申し上げます。我々には必要なのです。貴方方の、戦力が。」

「我々の力……?」

「要するに、我々新生連邦政府軍と同盟条約を結んで欲しいのです。」

「ふむ……」

それを聞いた時、ジンクは内心驚愕しつつも、平静を保った。新生連邦軍が突然アステル家と同盟条約を結ばせる……そのような話を持ちかけてきた新生連邦。ジンクは口元に手を持っていき、少し考えるそぶりを見せて口を開けた。

「何故、新生連邦軍が我々と同盟を組もうとお考えなのか。」

本心ならばこのような若い人間に丁寧な言葉を使うことはジンクのプライドが許さない。だが相手は仮にも新生連邦の総司令。下手な対応は危険だと考えており、今は、そのプライドを捨てざるを得ない。

「純粋に、我々の軍備増強の為です。我々が軍備増強を、新生連邦政府樹立後から行っている事はご存知の筈。貴方方は代々デウス帝国に兵器等を提供してきた一族。そして、平和世紀である現代でもアステル家は存在している。兵器を提供していたアステル家は、今では何の為に存在しているのですか?」

総司令からの質問だ。アステル家は大きな戦争がない今ではMSの生産を止めている。だが、シュネルギアの存在が明らかになった為、彼はその質問に踏み込んだのだ。

「私は貴方方が日本の駿河に戦艦を隠していた事を知っています。何故この時代に戦艦が必要なのでしょうか。」

その質問に対し、ジンクは黙る。答える必要がないと、考えていたからだ。

「黙って通せる内容ではありませんよ。実際、私は貴方の娘であるジャンヌ・アステルの声を聞いています。その戦艦の艦長を務めている事も、私は知っているのですから。」

本来、軍に所属しない存在が戦艦を持つという事は新生連邦にとっては要注意以外の何者でもない事である。

「本来ならばこれはあってはならない事。新生連邦にその存在が知られている以上は貴方を取り締まる事も可能なのですよ。しかし私はそれをしない。寧ろ、貴方方に協力を要している。この意味、貴方には理解が出来ますか。ジンク・アステル当主。」

総司令の目が、ジンクを捉える。しかしジンクは一切、動じる様子を見せていない。

「まあ、良いでしょう。話を戻します。我々と軍事同盟を結ぶ事が出来れば、新生連邦軍が貴方方に戦力提供を要請した場合、指示に従って頂く事になりますが、その逆のパターン……つまり、我々も貴方方に対して協力をする事ができます。ただそういう事情が加わるだけでして、基本的には今までと変わらない事をする事が出来るのです。これは今後、新生連邦やアステル家に対する脅威が出現した際に大きく役立つと考えられますが。」

〝アステル家に対する脅威〟という言葉に疑問を抱くジンク。彼は重い口を開け、総司令に聞く。

「敵対する脅威とは、どういう意味ですかな。今の地球圏にそのような勢力がいるとは思えませんが。デウス帝国が先のデウス動乱でその力を完全に失った今、そもそも、我々としてはこれ以上連邦軍が軍備を増強する理由が分かりませんな。」

現在、新生連邦に対する勢力はいない。だが、これはあくまでも表面的なものに過ぎない。今、新生連邦は平和国連盟と対立しようとしている。それは先に起きた新生連邦によるアルメジャン紛争が発端だ。それに対する戦力が欲しいと、総司令は考えるのだ。

「普通ならば連邦という権力が眼前にいれば誰もが同盟を組まざるを得ないと判断するものですが……流石はアステル家。一筋縄では行かないと言うことですね。」

総司令はジンクを尊重し始める。何かの動きがあってもおかしくない言動。ジンクは総司令に対し、警戒する姿勢を見せた。

「我々は戦後も個を貫いてきました。そして、世界情勢を見てきた。最近の情勢ではアルメジャンでの紛争が記憶に新しいですが、それもアステル家が介入する必要はありません。我々はMSの生産を止めている状況ですからな。」

「それに対する矛盾の一つが、先に述べた戦艦の存在ですよ。」

再びシュネルギアの話をする、総司令。

「このままその理由が語られなければ話は繰り返すばかりです。なら、こちらも切り口を考えましょう。我々新生連邦政府は、貴方方アステル家と戦う気は、一切ありません。」

総司令が対応を変えた。シュネルギアの存在の説明がされないのならば、まずは敵意が無い事を改めて伝えようとしていたのだ。

「……アステル家と戦う気は一切無いと仰いましたな。ならばわざわざ我々が新生連邦と組む理由も無い筈ですが。その質問にも答えて貰いたいものですな。」

ジンクの眉間に皺が寄る。それに対する総司令はアステル家と同盟を組ませようと懸命にジンクに交渉を迫る。

「質問を質問で返すような構図になっていますね。なら、こちらはお答えしましょう。理由はありますよ。我々新生連邦にとって、今後、脅威となり得る可能性が非常に高い勢力が、この世界にはいます。」

ジンクは両目を二回程瞬きし、言った。

「戦わなければならない勢力……?まさかそこらのMS乗りや小規模のテロリスト等という事は言わないでしょうな。それに、アルメジャンを中心に活動していたタウラとかいう武装勢力は貴方方が叩きのめした筈ですが。」

オスカー・アレックスが率いていた武装勢力タウラは潰えた。なのに、世界には脅威になり得る存在がいるという話。この時、ジンクはその事について理解が出来ていなかったのである。

「その敵となりうる勢力とは貴方方もよくご存じである、平和国連盟。その所属である国際平和連合軍。」

「!?」

新生連邦と平和国連盟は対立する事は、まずあり得ないとされていた。新生連邦の監視目的で存在している平和国連盟。そして、最高議長のチャール・ポレクは平和主義を唱えており、決して武力行使を行う事は無かった。

だが新生連邦と平和国は現在対立傾向にある。全ての元凶は、新生連邦によるアルメジャンへの虐殺が原因なのであるが。

「貴方もご存知の通り、平和国連盟は国際平和連合軍、通称国連を持っています。彼等は自身から攻撃を仕掛けることは一切しない。それは彼等の掲げる平和主義によるものが大きく、それによってこの世界は成り立っていました。そして新生連邦も彼等に攻撃を加えることはしなかった。何故ならば平和国の与える影響は強大であり、その権限も強いものであったから。だからこそ、互いに損害を与えることなく両者は存在出来たのです。」

総司令の目が、ジンクを見る。驚嘆としているジンクの表情に、余裕がなくなっていく。

「しかし現在は互いの勢力が対立しつつあります。私は現に、平和国にこの身を撃たれそうになりました。」

「平和国と新生連邦が対立……」

「そうです。しかしまだ、戦争はしておりません。ですがいずれ平和国は我々、新生連邦の脅威に成り得るでしょう。戦争が起きれば、デウス動乱の過ちを繰り返すことになります。そうなってしまっては、世界は余計に混乱するだけ。ならば、この場で互いに協力し、アステル家の本来の目的であるMS生産を再開し、仮に平和国と戦う事になっても互いに戦力を提供し合える仲でいるべきだと考えます。」

ジンクは総司令の言葉に翻弄されそうになっていた。今まで対立することなく共存していた平和国と新生連邦が緊張状態に入ったという事実。戦後の混乱の中の平和状況は、崩れて行くかも知れないという事。その事を、新生連邦の総司令が自ら語るのだ。

「もし、協力を得られるというのならば戦艦の件について追及する事は無くなります。貴方方にとっても都合が良い筈だ。アステル家の存亡にも関わる事ですよ、これは。」

新生連邦と協力する事になれば、確かにMSの生産は再開になるだろう。代わりに、平和国と敵対する事になる可能性が高くなる。それを見込んだ上での、総司令自らの交渉。

 だがジンクは彼の言葉に耳を貸すことはなかった。明らかに裏があると疑う姿勢を崩さないジンクは、総司令にはっきりと伝える。

「今回のそちらの交渉ですが、新生連邦の総司令自らが我がアステル家に出向くという事自体、我々と共存する価値があると認識されているのは理解出来ます。しかしそれでは駄目だ。貴方は所詮卑怯者に過ぎん。」

「卑怯者……?」

総司令は彼の言葉に疑問を抱く。

「今まで新生連邦の領土にしてきた国々に、貴方は自ら出向いたことはありましたかな?生憎、私は世界中に知り合いがいましてな。どのような形で新生連邦が領土を増やしてきたかもよく知っている。中には今回のような直接的な交渉ではなく、強引に、武力的に介入したこともあったでしょうに。」

新生連邦の実態を知る数少ない人間であるジンク。弱き者には武力で圧倒し、強き者には交渉で迫るというやり方が気に食わなかったジンクは総司令、レヴィー・ダイルを煽っていた。

「それにね、私は平和国に友人がいる。その友人を見捨てるような真似はするつもりはない。」

ジンクから語られた事実の一つ。ジンクは平和国とも繋がりのある人間であったのだ。

「……成程、どうやら貴方に何を言っても無駄なようですね。戦艦の事に関しても聞こうと思っていましたが、我々と敵対するかも知れない平和国が絡んでいる可能性があるのならば、もう我々がここに居る理由はありません。」

「意外と、早い引き際で。てっきり新生連邦の事だから、私に銃でも向けてくるのかと思いましたよ。」

更に煽るジンク。彼の煽りに対し、総司令は無表情のまますっと立ち上がる。

「アステル家に手を出す程我々も安直ではありません。ただ、これだけは言っておきます。平和国連盟との繋がりを断ち、我々と手を組まなかった事を、貴方方は今後後悔する事になるでしょう。」

捨て台詞を、ジンクに残す総司令。

「ただ……この後、時間を許すのならば、そちらに伺いたい人物がいます。」

突然の言葉に耳を傾けるジンク。一体、何を言っていると言うのだろうか。

「それは、誰の事ですかな。」

総司令は、静かに口を開く。

「貴方の娘であるジャンヌ・アステルに、アレン・レインド。彼等は私のかつての友人です。久しぶりの再会を、したいと考えておりまして。」

明らかに何かあると考えたジンクは、兵士に、ボディチェックを促すように言った。

 新生連邦の総司令はアステル家にとって今は敵だ。その敵の総司令とは言え、何らかの行動を起こされてはいけないと、判断したのである。

「ジンク・アステル。今からは私の個人の時間です。下手な真似をする気は一切ありません。彼等がこの屋敷の中に居るのは分かっていますから。」

「では、一人、監視役を付けます。エファン・ドゥーリアを呼べ。」

そう言って、ジンクは兵士にエファンを呼ぶように言った。

 すぐにエファンがこの場に現れ、総司令の監視をするように命じた。彼は静かに会釈をし、総司令の後ろにつく。彼が下手な行動をしないように、監視をする為であった。

 やがて総司令はエファンと共にこの場から去った。その後ろ姿を見送ったジンクは腕を組み、扉を睨んでいた。

「所詮器とは思えない青二才が今の連邦を率いる……世も末だな。腐敗するのも、当然か。」

ジンクの表情は、険しいものがあった。

 

 

 

 エファンはジャンヌとアレンが居る部屋に、総司令を案内した。総司令は銃等の武器を一切持っておらず、丸腰の状態。その状態で、彼等は会う。

 今まで彼等が出会っていた場所は戦場だった。しかし、今は屋敷の一室という環境。生身の人間同士の再会。デウス動乱終結から五年後に、まるで知人同士の同窓会のように、三人は再会したのであった――

「お久しぶりですね、アレン、ジャンヌ嬢。」

本来ならば友人との再会は喜ばしいものだ。まして、共に戦争を生きてきた仲というのならば尚の事。皆がそれぞれの人生を歩み、その近況の報告等があるのが、こうした場での再会。

 場所が場所ならば、酒類も備え付けだったりするのだろうか。若い頃の思い出話を肴に話が弾み、盛り上がる。他愛のない話や、夢の話。当時の思い出の話や、将来の話。個人によるが、配偶者の存在の有無、子供の、存在等。それぞれの人生を歩んでいるのを再確認する機会なのだ。それには人数は関係ない。

 だが今は違う。新生連邦政府という、地球圏を支配している勢力の総司令という立場のレヴィー・ダイルがこの場にいるという事では、明るい話題になる可能性は、限りなく低いと言えた。

 今まで、彼が戦後に行ってきた行動は戦禍を作り出しているといっても過言でない行為だ。それを目の当たりにしていたアレンとジャンヌ。最早、彼等は友人関係という、対等な関係を超えていた。新生連邦の総司令。レヴィー・ダイルの印象は、最早それが強く印象に残ってしまっていたのであった。

「レヴィー!どうしてお前がこの屋敷にいる!?」

「貴方は……」

招かれざる青年、レヴィー・ダイル。彼はこの二人に会えるのを、楽しみにしていたのだが、アレンとジャンヌの両者は彼の存在に警戒さえしていた。

「僕は貴方達に会いたいと思っていました。今まではMS越しでしか僕達は会話が出来ていませんでした。ですが、今はこうして生身で会話をしています。凛々しい顔つきになりましたね。アレン。」

アレンの容姿を褒める、総司令。そして、そのまま来賓用の椅子に座った。それに合わせるように、アレンとジャンヌも椅子に座る。

 三者はテーブルを介して会話を始めた。それは、まるで境界線のように存在していた――

「ジャンヌ嬢。貴方のご活躍も拝見していますよ。人気があるということも把握しています。」

ジャンヌの事も褒める。だが、両者の表情は険しいままだ。

「どうして、そのような表情をしているのですか?僕は貴方達と会いたかっただけなのに。旧友と抱擁する親友同士の感覚で、僕はここに来たのですよ。なのに、どうして?」

招かれざる客といった雰囲気だった。彼の存在は、この五年で彼等の印象をこれ程に変えてしまったのである。

「レヴィー、俺だって、お前と仲良くしたいと思っていたさ。けど、お前は新生連邦を樹立し、それによって多くの人を苦しめている。それを分かった上で俺達に会いに来たというのか?」

怒るアレン。だが、総司令は動じる様子を見せない。

「その事は、今は関係ありますか?」

「お前、ふざけているのか?」

アレンの口調が強くなる。

「ふざけていませんよ。貴方は環境を変えたとしても常に同じ対応で振舞うのですか?仕事と個人の時間の使い分けは大切です。今の僕は、個人の人間としてここにいます。新生連邦総司令の僕ではない。貴方の友人、レヴィー・ダイルとしてここにいます。」

個人の時間というのは大切である。その人らしさを作るものだ。アイデンティティと呼べるものだろうか。

 しかし、この場に於いてそれは、果たして適応されるのだろうか。レヴィー・ダイルと会う人間達は、彼の事を受け入れるのだろうか。

「レヴィー・ダイル。新生連邦総司令として貴方がここに来たのは、アステル家と軍事同盟を交わす為。違いますか。」

今度はジャンヌが言った。鋭い言葉は総司令に突き刺さる。

「ええ。その通りです。ですが今、その話を貴方とする気にはなれません。他愛のない話をしたいのです。僕は。」

この言葉から、彼は二人と、友人のような感覚で居る事が分かる。そこに嘘、偽りはないのだ。

「貴方がそれを望むというのならば、新生連邦の実情について話して下さい。今後、新生連邦は何を考えておりますか。どのような行動をしていくつもりですか。もし、貴方が私達と友人関係でありたいというのならば、貴方はそれを話す事も可能な筈です。」

ジャンヌの質問。今後の新生連邦政府はどのような行動をしていくのか……だ。それを聞き出す事は、アステル家として彼女が行動する指標にもなる。

「貴方方にそれを話す理由がありません。何度も言わせないで下さい。僕は新生連邦総司令としてここにいるのではない……と。」

「ならば、私達は敵同士という事になります。」

ジャンヌの言葉が冷たく刺さる。だが彼は全く動じる様子を見せない。

「ジャンヌ嬢の言葉を聞いていても、今後の対策を考えるという思考にしか行き届いていない。今は“個”の時間なのに。どうして、純粋に人の言葉を聞くことが出来ないのでしょう……」

それは所属している組織が変わってしまったからなのか、一度でも対立したからなのかは不明だ。時が経てば互いに分かり合えなくなることがある。それが、“今”なのかも知れない。

「戦場では敵同士かも知れない……けれど、今はそうじゃないんだ。利害関係などなく、この場において、友人として話す事は、僕達には叶わない事なのか……?」

彼は、アレンの方を見て口を開く。そこに、冷徹な総司令としての彼の顔はなかった。弱弱しい、端正な顔立ちの青年の姿がそこにはあったのだ。

「じゃあ、聞きたい事がある。」

アレンの口が開いた。

「新生連邦政府樹立と、軍備増強について。お前の考えを聞きたい。どうして戦後にこのような状況を作り出したのか。それを語る事なら出来る筈だ。新生連邦の次の行動とかそんなものは、今は、どうでも良い。」

アレンなりの配慮だ。先の総司令の表情を見た彼はせめてもの情けを掛けたのである。

「アレン、貴方はその優しさを僕に与えてくれていた。貴方の配慮に感謝します。」

そう言いながら、彼は静かに礼をする。その振る舞いは、まるで新生連邦の総司令とは思えない。

 アレンもこの時、五年前の事を思い出していた。戦時中の彼等の関係も、このような関係だったのだ。

 

 

 

五年前。第十三特殊部隊の戦艦内で、アレンとレヴィー・ダイルは、何気ない話をしていた。レヴィー・ダイルは祖父が地球連邦軍の総司令という事もあり、その重荷を感じている様子だった。

「地球連邦軍の総司令をしている祖父と比べれば、僕は全く役に立てていない……。MSに関しても、アレンの足元にも及ばない。僕は所詮、七光りという事なのでしょうか……」

当時のレヴィーは特殊部隊の中でも足手まといと呼べる存在だった。シンギュラルタイプの力は備わっていたものの、それが実際の戦闘で発揮される事は、ほとんどなかったのだ。

「血縁関係とか、そんなのって俺は関係ないと思うぜ。こうして軍に派遣されたのならさ、それ相応のやり方があるだろ。俺はそんなの、興味ないんだよ。」

「興味がない?」

「お前はお前だろ、レヴィー。変なプレッシャーを感じるから苦しいんだよ。だから実力を発揮できない。敵だって倒せないんだよ。」

アレンは成り行きで彼は当時の地球連邦軍の兵器、クリスタルガンダムに乗り、戦っていた。それが部隊の中で認められるようになり、エースパイロットとなっていた。その事も含め、負い目に感じていたレヴィー・ダイルではあったが、この何気ない一言が、当時の彼にとって救いの言葉となったのであった。

 

 

 

 そして、現代。当時の何気ない会話を思い出していた総司令は、アレンの言葉で笑みを浮かべている。

 やがて総司令の口から、新生連邦政府樹立の話と、軍備増強の話が語られる。その言葉に、興味を示す、アレンとジャンヌ。

「デウス動乱の後、僕はただ、無力さに押し潰されていました。祖父は戦時中に父に殺されました。野心家だった父は自分を追放した祖父が許せなかったそうです。」

語られていく、レヴィー・ダイルの過去。それは友人である彼等も分からなかった事だった。

「その父も戦争で死にました。あの戦争は、僕から家族を奪った。けれど、軍の総司令として前線に出る以上、それは有り得る話。それを悲観する気にはなれません。ただ……」

「ただ……?」

アレンが、聞いた。

「生き残った後、僕は誹謗中傷に襲われました。言われなき言葉の暴力。総司令であった祖父の孫というだけで、僕は親の仇の如く、罵詈雑言を浴びせられました。」

明かされる過去。アレンが知らなかったレヴィー・ダイルの、戦後の状況が明かされる。

「けれど、それらは無理もありません。戦後の混乱期。地球は荒れ果てていました。戦後になり、無法地帯と呼べる箇所が増えていました。行き場を失った人々はMS乗りとして活動したりしている状況。経済も不景気が続いている状態。人々の格差は広がり続けている状況でした。」

かつての総司令の孫という立場は彼にとって重荷になっていた。アレンの言葉が幾らか助けにはなったものの、結局は彼の下に誹謗中傷は殺到したのだ。それは世の荒廃が大きく関係していたのかも知れない。

「当時から存在していたSNS等と呼ばれるツールは人々の不満を何かへ対象にするのに十分でした。無論、僕は連邦政府の人間という事で、心なき言葉を浴びせられました。それでも僕は、耐えるしかなかった。」

著名人は、大衆から見れば渇望の眼差しで見られる。しかしそれと同時に、不祥事や戦争の関係等の話題が上がれば、その真偽は問わず、人々はまるで動かぬ的に対して石を投げるかの如く、有名な存在は容赦のない攻撃を、大衆から受けるのだ。

「戦争が起きた結果、それが長引き、結果的に数多くの人々を犠牲にしてしまいました。その責任は全て総司令にあって、それがいないのなら、孫である僕に矛先が向きました。暴力こそ振われはしなかったのですが、誹謗中傷は暴力と同義と僕は考えていました。」

総司令の孫というだけで、彼は悪者に仕立て上げられるという理不尽。大衆は、何かを悪に仕立て上げなければ納得しないのであろうか。

「それからでした。新たなる連邦軍の樹立の話が出たのは。これは自分の役目だと、その時感じたのです。自分がかつての総司令の孫ならば、その任を全うする義務がある。そう考えた僕は、新生連邦政府樹立に立ち会いました。そして、新たなる総司令に僕が選ばれ、政府樹立の宣言をしました。」

新生連邦軍が設立された契機は、語られた。荒んだ世の中を変えていかなければならないと、考えていた彼が自ら総司令を名乗り出たという訳なのだ。

 彼は新生連邦の軍、政治の両方のトップを務めた。それは彼にとっては想像以上に大変な事ではあったが、それらを確実にやり遂げていく。

 やがて、彼はある考えに行き着く。それこそが、彼が新生連邦政府樹立時から掲げている、軍備増強だ。

「デウス動乱のような戦争が起きたのは、地球連邦軍の軍としての弱さが露呈した事が原因と考えました。その結果、地球連邦内でも連邦反乱軍といった不穏分子を生み出し、デウス動乱は終結に時間を要しました。ならば、その戦力を作って行かなければならない。答えは明確でした。より、戦力を作っていき、軍備を増強する事こそが、今後の世界を作る上で間違いないものだ……と、確信したのです。」

彼がこれ程に軍備増強を進める最大の理由がこれだ。純粋な、連邦軍の力不足が原因なのだと考えていた彼は、それを補填しなければならないと思っていた。

 やがて彼の思惑に便乗するように、アーステクノロジー社長であるスルース・ディアンが話を持ちかけてきた。これこそが、更なる軍備増強に拍車を掛ける事になったのである。

「それが、お前が新生連邦の軍備増強を続ける理由という訳なのか……」

語られた理由。それから今の世界がある。しかし、この軍備増強の弊害が生まれているのも事実だ。これによって紛争が拡大している。

「レヴィー・ダイル。その事について意義がありますわ。」

今度は、ジャンヌが彼に聞いた。

「軍備が増強されて、戦禍が拡大しつつある現在。一ヶ月に及んだアルメジャン紛争の事も踏まえて言います。貴方の行っている事は戦争状態の増大です。先の大戦の悲劇を、ただ繰り返しているだけです。もし、本当に戦争を望まない世界を作るのならば、今すぐそれを止めなさい。」

穏和なジャンヌの言葉が鋭く突き刺さる。それは彼の友人としての、アドバイスなのであろうか。

「残念ですが、それは不可能です。」

「何故?」

ジャンヌは再び、鋭い口調で質問をした。

「新生連邦政府の内部は複雑に入り組んでいます。仮に今僕が軍備増強を止めろと言っても、止まる筈がありません。アーステクノロジーからの出資金もあります。貴方もアステル家の令嬢という立場ならば分かっている筈です。感情論だけで話は動きませんよ。」

もう、止められない。彼が掲げた軍備増強は既に世界に対して動き出してしまっているのだから、止めようにも止められないのである。

「戦争は良くないというのは極論です。それによって需要が増し、経済の活性に繋がることもあります。それによって結果的に世界を救う事に繋がる事もあります。その上での犠牲など、やむを得ないのです。全か無かで話を進めるのはナンセンスですよ。」

極論で話は進まない。それは、分かっている。物事には二律背反が伴う事があると言う事も、分かっている筈だった。

 しかし、アレンはそれが許せなかった。総司令が語る言葉は、次第にアレンを怒らせていく。

「その時にお前を止める人間だって、いた筈なんだ!その話を当時俺達にしていれば、今のお前を止める事だって出来た筈なのに!」

と、激昂するアレン。だが、それは時が遅すぎたのである。

「たらればで話をしてどうなるのですか?起きてしまった事象に対して“あの時こうすれば良かった”と話をしても、それは変えられませんよ。」

総司令の言葉がアレンの耳に伝わる。

「僕はもう、止まる気はありません。今後、世界は益々加速していきます。より一層、力を入れて行かなければなりませんから。」

「それは、どういう意味だ!?」

アレンが椅子から立ち上がる。

「今後の世界情勢を見て行けば自ずと答えは見えてくるでしょう。ジャンヌ嬢。アステル家が何を考えているのかは、この場において詮索する気はありません。けれども、新生連邦政府は力を付け続けて行きます。“来るべき”時の為に。」

それが、今の状況なのだろう。だがアレンとジャンヌにはこの意味が分かっていなかったのだ。まだ、新生連邦と平和国が対立している状況であるという事に。

「せっかく、こうやってお前が話そうといったのに、結局こうなるのかよ……お前はどうして、そこまで変わってしまったんだよ!」

怒りを見せるアレン。それはかつての友人がこのような事を続けることに対しての怒りなのだろうか。

「大衆がそれを望んだ結果ですよ。戦後の世界で、当時の総司令の孫であった、その理由で僕はその批判、誹謗中傷を受け続けました。そしてそれを打開する事を考えていった結果なのです。力を付け、その力を絶対的なものにする。それが、大衆の望んだ世界です。僕はそれを体現したに過ぎません。そして、それは更に大きくなる。」

「一部の大きな声だけを聞いて、鵜呑みにして何になる!?先の戦争でお前だって学んだろうに!」

「学んだからですよ。だから力を付けて行く。それだけです。アレン、僕は止まる気はありません。貴方は、どうするのですか?僕に力を貸してくれるのですか?“友人”として。それとも今まで通り、愚かな抵抗を続けるのですか?デウス動乱の英雄と呼ばれた、貴方が。」

その言葉が、アレンに火を付けた。彼は立ち上がり、総司令の元に近づく。そして、ぐいと胸倉を掴んでしまったのであった。

「新生連邦の軍備増強によって犠牲になっている人間を俺は何人も見てきた!お前がその言葉を聞かないのなら、力尽くでも止める!」

そう言い、アレンは壁際に総司令を追いやる。それに抵抗する様子を見せない、総司令。

「アレン、おやめなさい!暴力行為は何も生みません!」

ジャンヌの言葉。だが、怒りに火が付いたアレンには届かない。

 そうなれば、彼女はアレンを止めるしかない。彼等を離そうと、アレンの服を引っ張り、無理にでも離れようとさせる。

「犠牲者は付きものですよ。新生連邦軍のトップが政府を動かしているのだから、軍が絶対的な力を持つのは至極当然です。自らの立場を敢えて弱める人間がどこにいますか!?僕は力を得た!その力は、世界を動かす力です!」

「お前の力は人を不幸にする!考えられないなんて、間違っている!」

「ですが戦争行為によって人は進化もしてきました!貴方方や僕にも宿る、人を超える力は何よりの証です!だからこそ、貴方方に協力して貰いたいのに!」

それは、シンギュラルタイプやアドバンスドタイプの事である。力を持つ存在は、戦争という悲劇から生み出された存在だ。その経緯は不明だが、戦争に於いて常に所属している軍に、貢献する力である。

 この間も、ジャンヌはアレンを止める。暴力行為は何も生まない。それは分かっている。しかし、友人の暴走ともいえる思考を少しでも止めたいという意思が、アレンを突き動かしたのである。

「やはり、僕達は分かり合えないようだ。残念ですよ、僕は貴方に仲間になって欲しかった……貴方が仲間になってくれれば、世界はより良い方向へ導かれていったでしょうに。」

総司令は、悲しげな顔を浮かべる。そして、移動をし、窓の前に立った。

「アレン、ジャンヌ嬢。今日は少しでもこうした機会があって、話す事が出来たのは良かったと思っています。ですが、貴方方と今度会う場所は戦場かも知れません。そこでは、容赦をしませんよ。」

悲しげな表情を浮かべ、総司令が窓を見つめる――

 

ビゴォン

 

そこへ、一機のジョゼフが姿を見せた。ウイングイーグルに搭載されていた機体だろう。総司令を迎えにきたその機体はマニピュレーターを差し出した。そして、彼は窓を開け、部屋から離れる。

「いつの間に、MSを!?」

総司令は予め、この場から離れる時間を兵士に知らせていたのだ。ジョゼフがこの場に現れたのは、タイミングとしては良すぎる程だった。

「アレン、僕は貴方と違い、パイロットだけをやっている訳には行かない。そして、今度会う時は戦場かも知れない……さようなら、アレン、ジャンヌ嬢。」

寂しげな表情を浮かべた彼は、そのままジョゼフのマニピュレーターに乗り込み、その場から去っていく――

「始めから逃げる気だったって訳か。」

「深追いをする必要はありませんわ。ただ、彼の真意を聞く事は出来ました。それだけでも、無意味な時間とは思えませんわね。」

去りゆくジョセフを見て、何も出来ない彼等はただ、見届けるしか出来ない。

「レヴィー・ダイル総司令……か。」

そう言うのは、いつの間にか部屋に入っていたエファン・ドゥーリアである。

「エファン、いつの間に?」

「騒ぎを聞きつけて来ました。中庭にMSがいると、聞いたもので。」

彼等が過ごした時間は30分にも満たない。だが、その時間は僅かでも戦後におけるレヴィー・ダイルの意思を聞く事が出来た、時間であったのだ……

 

 

 

「ジャンヌ様!」

その時だ。ジャンヌの名を呼ぶ、声が聞こえた。アステル家の兵士である。

「ターナお母様が……」

「お母様が、どうなされました?」

明らかに切迫した表情。何か異常があったのはそれを見るだけで分かる。

 只ならぬ予感があるのは、瞬間的に判断出来た。何が起きたのかを確認するジャンヌ。

 

「お亡くなりに……なられました……」

 

 訃報。その報告はどのような人物であれ、人に大きな影響を与える報告。訃報を聞き、喜ぶ人間などいる筈がない。それを聞き、悲しむ者、ただ、静かに聞く者等、様々である。

 しかしターナ・アステルの場合は違う。先程に娘であるジャンヌと、会話をしたばかりだ。そして次に聞く言葉が、訃報。そのような事があって良い筈がないのである。

「お母様が……?」

ジャンヌは、何も考えなかった。急いで走り、母の部屋へ向かう。一体何があったというのか。それを確認する為に、ただ、ひたすら、我武者羅に。

 アレンは、部屋に取り残されていた。そして、余りに突然の訃報にただ、動揺するばかりである。

「嘘だろ……?」

何が起きたのかも分からないまま、彼は立ち尽くしていた――

 

 

 

 ターナ・アステルの遺体は彼女の部屋で見つかった。目立った外傷は見当たらない。まるで、眠るように死んでいた。目は閉じられ、その美貌は本当に亡くなっているとは思えない、光景だった。

 ジャンヌが駆け付けた頃、大勢の兵士が部屋に集まっていた。そして、その中には当主、ジンクの姿もあったのである。

「お父様!?お母様は!?」

「御覧の、有様だ。」

ジャンヌは颯爽と母親の姿を見る。目を瞑ったまま、一切動かない母親。先程まで喋っていた筈の母親が、全く動かない。何故?どうして?

 先程まであった出来事と言えば、新生連邦総司令レヴィー・ダイルがアステル家に交渉に来た事と、アレンとジャンヌに総司令が個人的な話をしたぐらいである。その間に、ターナは死んでいた。

 だが、どのように死んだのかは分からない。何故、彼女は奇麗な姿を保ったまま死んでいるのかも、全く。

「何故……どうして……お母様が、このような……」

ジャンヌは涙を流せなかった。突然すぎる死に、感情が追い付いていなかったのである。

 ターナ・アステル。享年四十五歳。絶世の美女と呼ばれ、世界的に有名だった女優は突然この世を去った。余りに若すぎる、死であった――

 




第三十話、投了。

個人的にはレヴィー・ダイルの「全か無かで物事を語るのはナンセンス」という台詞が好きです。
世の中の物事に対し、余りに極端な意見が多すぎるなぁという印象を受けた為、入れた台詞でもあります。
そして、不吉な最後。これが意味するものとは――といったお話。


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第三十一話 海の戦い

日本海での新生連邦軍との戦いのお話


 

 アルメジャン紛争が終結した頃。日本ではセイントバードチームが身動きを取ることが出来ない状況が続いていた。

 世界各地で紛争が起きている状況に加え、武装勢力タウラの宣戦布告。それらにより、世界情勢が不安定になっている状況で迂闊にセイントバードを動かす事は危険だと、エリィは判断。それに従うクルー達。結果、レイの故郷への帰還はまたしても先延ばしになってしまったのだ。

 だがそれも仕方のない事。自身の我儘によってクルーに迷惑を掛ける訳には行かない。それは、彼が一番理解していたのである。

 アルメジャン紛争が一段落し、少しずつ世界情勢が落ち着いてきている頃。エリィ達は今後の航路について話し合っている最中だった。

「あれから一ヶ月が経って、ようやく世界情勢は落ち着きそうですね。各地で紛争とかしているとか言われたから、迂闊に航行して、攻撃を受ける可能性もありましたし。」

ブリッジ内で、艦長席に座っているエリィが言った。

「その間に我々が何らかの攻撃を受けなかったのも、ある意味奇跡的だったな。」

ネルソンが腕を組み、言った。

「フォン・ヤマグチ首相の暗殺……あれは衝撃でしたけどね。」

スラッグが操舵席にて言った。

「あれ、未だに犯人が捕まっていないでしょ?何なんでしょうかね。」

通信席でインクが言った。

「それは分からんよ。それがきっかけとなり、世界各地で紛争が勃発。そしてアルメジャンで武装勢力の決起。それらは新生連邦軍によって鎮圧されたが、芋づる式にあらゆる出来事が連鎖していった。フォン・ヤマグチ首相が暗殺された影響は、やはり世界に大きく影響しているようだ。」

各地で紛争が起きていたニュースは彼等も知っていた。それ故に、この場から動く事が出来ない状況が、続いていたのである。

「だが、ようやく動く事が出来る。数日程度船舶する筈だったのが、まさか一か月以上も日本に滞在する事になるとは思わなかった。」

「けど、仕方がありませんよ。レイ君には気の毒ですけど、今は安全を優先するのが一番ですから。」

艦長として、クルーが危険な目に遭う事はあってはならない。セイントバードの発進を一ヶ月止めたのは、彼女の判断であり、皆がそれに賛成した。無理な航行で危険な目に遭う事は、あってはならないからである。

 

ウィィィィィン

 

その時、ブリッジの奥のドアが開いた。その方向を、皆が一斉に見る。

 そこに居たのはガースト・ピュアスとプレーン・ミーンだった。日本でシュアーの下で働いていたガーストが、恋人と共にこの場に現れたのである。

「ガースト君?どうしたの?」

「エリィさん、改めて言います。俺とプレーンをここの一員として、雇って下さい!」

その言葉に、この場にいた全員が沈黙した。それが3秒程経過した後、エリィは一言、言った。

「……え?」

耳を疑うエリィ。何を言っているのか?何故、そのような事を言うのか?理解が、追いつかない様子だった。

「あの、ガースト君?ごめん、何を言っているのか私には分からないなぁ……あと、プレーンさんも、一緒?えっと……?」

「宜しくネ!エリィ!」

困惑するエリィを他所に、プレーンはエリィに握手をする。両手でギュッと、力強く握った。

「あ、あの……」

と、そこへレイが静かに入って来た。その表情は、明らかに戸惑っている様子であった。

「実は、ガーストさん、セイントバードに行きたいって言ってたんです……。」

「え?どうしてレイ君がそんな事情を知ってるの?」

「えっと……実は……」

 

 

 

 話は数日前に遡る。シュアー・ラヴィーノの経営するジャンク屋にガーストが働きに来ていて、その昼食時間にレイと会話をしていた時だった。

「レイ、以前に言ってた事覚えてるか?」

「え?えっと……?」

突然話題を振られたレイは、ただ、困惑するばかりだ。

「お前が家に来た時だよ。その時お前に相談しただろ。出来る力を持っているのに何もしないのって、どうなのかなって話。」

それを言われ、レイはぼんやりと、思い出していた。

 

―――――――――――なんて言うのかな、使命感……って言うのかな――――――――

 

―――――――出来る力を持っているのに何もしないのって、どうなのかな――――――

 

「言ってた、ような……」

昼食で配給されたサンドイッチを一口、口に含みながら喋る、レイ。

「それでさ、俺、決意したんだよ。セイントバードチームに付いて行こうって。」

「……え!?」

突然の言葉にレイの目は大きく見開かれた。一体何を言っているのかと、まるで時が止まったかのように制止するレイ。

「ちなみにもう、数日後にはここを辞めるって話はシュアーさんにしてるんだよ。」

淡々と述べるガーストだが、仕事を簡単に辞めるというガーストの言葉に、明らかに動揺しているレイ。

 当然だ。仕事を辞めるという事は本来、明確な次の段階が決まっている上で辞める事が多いのだが彼の場合、それがMS乗りと言う事になる。MS乗りは明らかに安定している環境ではない。それも、“使命感”というもので動いているのだ。レイからすれば信じられない事である。

「あのあの!待って下さい!話が追い付かないですよ!プレーンさんはどうするんですか!?だって、日本に住んでいるんですよね!?」

「ああ、それだけどさ。プレーンは俺に付いて来てくれるみたいなんだよ。だからあのマンションは近日中に引っ越す事になったんだよな。」

「そんな、簡単に決めちゃって良いものなんですか……?」

引っ越しというのは当然ながら時間を要する。その上、住所さえも変えるなど、本来ならばあり得ない事だ。

 だが、ガーストの意思にプレーンが付いてきた。互いに愛し合う関係の両者は、離れ離れになる事はないのだろう。

「お前が気にする事じゃないだろ?お金の事は……ま、まあ気になるっちゃ気になるけど、それより出来る事をしたいと思ってるんだよ。」

その決意を聞いてレイは、ただ唖然とするしか出来なかったという。

 結果的にガーストはセイントバードチームに加わる事になった。恋人、プレーンと共に。

 

 

 

「という訳で、よろしくお願いします!」

と、言うガースト。だがここで問題がある。彼がクルーに加わったとして、何の役割を果たすのか。

 メンバーに加わる以上は役割が必要だ。それがなければメンバーに入るのは難しいのである。

「確かにセイントバードは人手不足だから、メンバーが多いのはありがたいんだけれど……ガースト君はどうするの?それ、気になるな。」

それに対し、ガーストは言った。

「MSに乗りますよ。実は、シュアーさんから退職金代わりにMSを受け取ったんですよ。セイントバードにも搬入されてます。」

「えっ!?そうなの?」

彼等がブリッジにいる時に、話は進んでいたのだ。シュアーに退職の話をした際に、彼は機体を貰っていたのである。

 

ウィィィィィン

 

再びドアが開いた。そこに居たのは、シュアーとシンである。

「エリィはん、ガーストはんから話聞いたと思うけど、セイントバードに加わるそうや。嫁はんと一緒になぁ。」

「ガーストとはまだ結婚出来てないヨ!いやぁー!!!」

と、両手を頬に当てるプレーン。照れている様子が分かる。

「それで、機体を搬入する事になったんです。艦長、後の報告遅れてすみません。」

シンが言った。許可をもらう必要があったのだが、真っ先にシュアーが搬入をするものだから、それに対応していたのである。

「JHMS-34Zエスディア!当時のデウス帝国のMSを改修した機体や!性能は最新型の機体に負けず劣らずやで!!それ以外にも旧デウスの機体を四機搬入するわ!戦力不足やろ?予備機体あった方がええで!」

シュアーの厚意はありがたい。だが、話が勝手に進み過ぎている。エリィは、情報の処理が追い付いていない様子だった。

「ええっと、ガースト君はここを辞めてセイントバードのクルーになって、MSパイロットをするのね?そして、その機体を受け取ったって訳で……」

一つ、一つを確認する、エリィ。

「そういう事ですね、すみません、色々と報告が遅れて。」

シンは頭を抱え、謝った。

「うちは人手不足だから確かに人員が多いのは有難いのだけど……うーん、なんだかなぁ。」

「どうした、艦長?」

考え事を始めるエリィ。僅かに俯き、考えている。

「私、艦長やっていけてるのかなぁ……?確かに軍ではないけれど、ちょっとなぁ……」

セイントバードチームは比較的自由だ。それはエリィの方針でもある。だが、クルーが加わる、MSの搬入といった事を知らない所で起きていた事に対しては把握しておきたいと思っていた。それ故に、彼女は頭を抱えたのである。

「シン、報連相を何故しないか。ガーストはここのクルーになるというのだから分かるが。」

ネルソンは、少しばかりシンに対して怒る。

「でも、これはシュアーさんが……」

「言い訳をするな。まずは必ず艦長を通せ。ここは軍ではないが、そこまでの勝手は許されんぞ。」

「は、はい。すみません。」

落ち込む様子のシン。それに代わるように、シュアーが言った。

「にしても、もうお別れなんやなぁ。なんやかんやゆうても分かれるのは寂しいもんやで、ほんま。」

シュアーの表情が悲しげだ。彼等と別れるのが、寂しいのだろう。

「シュアーさんも、その……首相の件で大変でしたね。」

「過ぎた事はしゃあない。そりゃ、辛いけどな。」

シュアーとフォンは友人関係だ。それ故に、暗殺の報を受けた時は衝撃を隠せないでいた。そこから連鎖的に世界各地で起きた紛争は更なる負の連鎖を生んでいったのである。

「けど気を付けや。新生連邦の動きが一層激しくなってきてると思うで。保護区から離れれば恐らく真っ先に狙われる可能性が高いわ。警戒は怠らんように、しっかりやりや。」

ぽん、とシュアーはエリィの肩を叩く。それは、心配しているが故の行動だ。

「ありがとうございます。」

それに対し、エリィは笑顔で返した。

「あと、ガーストはんも。色々と落ち着いたら、戻ってきてええんやで。うちはいつでも待っとるからな!」

と、ガーストに対しても肩を叩いた。突然の退職に対しても応じる彼の快さに、ガーストは喜びを感じていたのである。

 

 セイントバードは日本を去ろうとしている。物資、武装、食料の調達はこの一ヶ月で十分に確保出来た。日本の保護区の存在が彼等を守ってくれたお陰でもある。

 だが世界情勢はアルメジャン紛争が落ち着いた後とはいえ、新生連邦が力を付けつつある状況。航空の油断は出来ない。

 レイが経験した日本の出来事は数多くある。ガーストとの出会い、そしてスバキとの出会い。そして、アステル家がスポンサーになるという事。多くの経験をしたレイは、遂に故郷に向けて旅立つ事になるのだった。

 その中で、MSデッキにて。搬入されたばかりのMS、エスディアを見に来たネルソンと、シンはその機体を見ていた。

 エスディア。型式番号JSMS-34Z。シュアーの言っていたように、デウス帝国のMSを改良した機体である。カメラアイはモノアイタイプを採用。機体の全高は22メートル程と、アインスガンダムよりも背丈は高く、体型も大きい。それ故に各部にバーニアが多数搭載されている、機動性に優れる機体だ。又、水中にも対応する事が可能である。その場合、装備を変更する必要があるが。

 最大の特徴はビームバズーカにある。ライフルよりも口径が太い為、出力の高いビーム砲撃を行う事が可能な機体。それを、ガーストは退職金代わりに受け取っていたのである。

「ベースはゴルモンテタイプの機体を採用している機体ですね。モニターとか見ましたけど、最新鋭です。シュアーさん、凄い技術持っていますね。」

「これで戦力にはなるな。レイをモントリオールに送ってからは戦力が減る状況になるからな。それに旧式とはいえ、四機もMSを貰えたのは有難い。」

その四機体の内、二機は旧連邦軍のMSであるジャスティスであり、残り二機はディエルだった。トルクスを失われ、戦力が減っていたセイントバードの心強い味方と、言える。

「けど、そうなったらアインスガンダムはどうなるんですかね?あれはあいつしか使えないでしょ?宝の持ち腐れになりますよ。」

「そうなったら、我々が預かれば良い。可能であればアステル家に渡す事も出来るだろう。何せ、我々は今、彼女等に支援して貰っている立場だからな。」

アステル家がスポンサーとなったセイントバードチーム。アステル家の援助がある状態では、何かあった時にフォローが入る事もある。彼女の提案が出た時は、それぞれ意見はあったものの、結果的には良い方向に向かっていきそうだ。

「そういえばアステル家もガンダムタイプを製作してましたしね。アレン・レインド……さんの、あの、変形するガンダム。」

「ティフォンガンダムと言ったか。あの機体は。」

アレンがここにいた時に、僅かに解析をしていたネルソンとシン。アステル家のガンダムという、初めてのガンダムタイプの存在は改めて、アステル家の技術力の高さを思い知らされる事になったのである。

「あのような機体が作られているという事は、アステル家は新生連邦と何らかの形で対抗していくのかも知れんな。」

「そうなれば、今後の航空は一層気をつけないとですね。新生連邦に目を付けられやすくなる訳ですからね。」

シンが、アインスガンダムの足部にもたれながら言った。

「にしても、結局こいつのもう一つの姿は拝めなさそうですね。」

「もう一つの姿?」

ネルソンはシンに聞いた。

「水中仕様ですよ。データ解析で判明している、局地対応しているものの一つです。まあ、うちらは空で戦う事が多かったから、水中の出番はほとんど無いに等しいんですけどね。」

アインスガンダムは今まで砂漠、空戦と環境によってその装備を変えてきた。だが、まだ見せていない姿がある。それこそ、水中仕様なのだ。

「データによれば、バックパックは水中での三次元機動を行う為のルーバーとハイドロジェットを備えたものを使用しているのか。その上での両前腕部のアクアグレネード。完全に、水中用だな。仮に水中用のMSが敵で出現したとして、これを開発する事は可能か?」

「出来ますよ。セイントバードの工場を使えば、素材を加工して使えます。けど出番はないでしょうね。」

「いや、一応作っておこう。今後何があるかも分からんからな。加工自体の時間は掛かるか?」

「そんなに掛からないと思いますよ。物資の調達とか、ジャンクパーツを加工して武装を作る事も出来ますし。」

「なら、頼む。」

ネルソンはシンに、アインスガンダムの水中仕様用の装備の開発を依頼した。

 今までの環境を見て来たネルソン。それに応じて戦う事が出来るのならば、それに越したことは無い。

 水中と言う環境は特殊だ。それに特化した機体が勝者になり得る環境である。万が一セイントバードにそのような機体が襲ってきたら、太刀打ち可能な機体がいなくなってしまう。そうなれば、危機的状況に陥るのも早い。

「何もしないより、“もしも”の準備だ。事前に何かを用意している方が有事の時に迅速に動く事が出来る。」

「そうですね。確かに。おい、早くしろー。」

シンは、整備士達に指示を出した。ジャンクパーツを加工したパーツを作成する事を、促していく。

 セイントバード内の工場はパーツを加工し、その上で武器を作ることが出来る。アインスガンダムが所持しているビームライフルは、トルクスのものを加工したものではあるが、それも工場内で加工したものなのである。

 

 

 

 新生連邦の奥多摩基地にて。謹慎処分を受けていたクラリスはフークに呼び出されていた。軍務に復帰していた彼だったが、MSに搭乗する事なく、基地内の整備や清掃等を行う日々が続いていたのである。その中での呼び出し。彼は指令室に入り、そこでテーブルに座っていたフークが言う。

「突然で悪いのだが、君に異動命令が出た。」

「異動……ですか?」

「君はテストパイロットをこなしているという経歴があるな。」

クラリスは元々、様々な機体の試験運用をこなしている過去を持つ。それを見たフークは、彼に言ったのだ。

「日本の北側、日本海に浮かぶ島、佐渡島の沖に新生連邦の潜水艦、ブルーマーリンがある。そこで合流し、試験運用予定の機体を稼働させて欲しいと、艦長であるシーギ・デューラ大尉が言っている。それで、君の名を見て依頼をしてきたという訳だ。出来るかね?」

奥多摩基地で目立った戦果を上げられず、彼に与えられたジョゼフは敗退。その状況で巡って来たチャンス。この場に居て何も出来なかった彼にとっては願ってもない機会と言えたのだ。

「是非、お任せください!」

と、張り切る様子のクラリス。一ヶ月前の失態を挽回するチャンスだと、彼は考えていたのである。

「では、輸送機を君に手配する。30分もあれば佐渡島沖まで行ける筈だ。」

「ハッ。」

 その後、クラリスはフークに言われたように、用意された輸送機を発進させた。そのまま輸送機は北上していき、日本海にある佐渡島まで移動する事になる。時期は二月中旬。日本海側は雪が降っている状況ではあったが、クラリスはこれを乗りこなし、合流ポイントへ向かって行く。

 

 ポイントにて潜水艦、ブルーマーリンが浮上していた。そこの甲板に輸送機を止め、彼は中に入っていく。

 ブルーマーリンブリッジ内にて、クラリスは兵士に案内された。そこにいた鋭い目つきをした、歯並びの悪い男の姿を目撃する。

「いょう。お前がカズロブ大佐が言ってたテストパイロットか。」

 陰気な雰囲気と言うべきか。その一方で、どこか荒い印象を持つその男。この、妙な雰囲気を醸し出しているその男が、フークが言っていたシーギ・デューラである。階級は大尉。新生連邦の海中部隊の指揮官を務めている、男だ。

「ハッ、クラリス・デイル中尉です。」

クラリスの姿を見て、兵士の中には敬礼をする者もいた。だが、シーギは彼の顔を見て、妙な笑みを浮かべる。

「お前ぇ、日本の保護区に侵入したんだってな?それで謹慎処分食らったって聞いてるぜぇ?ハッハッハッハッハ!アホじゃねえか!よく中尉なんて階級貰えてるなお前!」

着任早々、彼は馬鹿にされた。それを、あろうことか他の兵士が見ている前で大声で言うものだから、聞いていた兵士は思わず笑いを堪える為に口を塞ぐ人間も居たのである。

 クラリスは、眉間に皺を寄せる。が、彼はそっと、呼吸を整えた。

「あの、カズロブ大佐から伺っているとは思いますが、試験運用予定のMSは、何処に?」

シーギに聞く、クラリス。

「来い」

と、冷淡な言葉がブリッジ内に響く。口調の荒い男、シーギ。ポケットに指を入れ、堂々とした振る舞いを見せる男。歩き方も歩隔が異様に広く、膝か僅かに屈曲している。彼の特徴的な歩き方を、クラリスは歩きながら見ていた。

 

 それからブルーマーリンのMSデッキに辿り着く。そこには新型の水中用MS、ディープシーが六機並んでいる。初めて見たMSの存在に、クラリスは聞いた。

「これは、新型ですか?」

今まで地上の基地に着任していたクラリスは、ディープシーの存在を知らなかった。最新の機体であり、彼がそれを知らないのは、無理もなかったのである。

「てめえ今更何驚いてやがんだ?こいつらはディープシー。これらはみんな知ってるぞ?流石、保護区に侵入するヘマやらかすアホだな!常識がなってねえんだよ常識がな!」

と、シーギは示指を自らの頭に当て、嫌味そうに言った。その行動を見たクラリスは、余計に眉間の皺を寄せた。

 やがて、シーギとクラリスはある、一機の機体の前に辿り着く。それを見たクラリスの目は、大きく見開かれた。

「これは……この顔つきは、間違いない!」

見覚えのある顔貌の機体が、そこにあった。特徴的なアンテナの形状、デュアルアイ、口腔部に該当する突起。紛れもない、ガンダムタイプだった。

「まさか、これが、俺が乗る機体って事ですか?」

クラリスは高揚していた。試作機体に乗る事を聞いていた彼であったが、目の前に存在している機体の姿を見て、先程までの表情を一変させた。

「そうだぜぇ。新生連邦は色々なガンダムを作って来た。こいつぁその内の一つ。水中戦を想定して作ったMSだぁ。」

このような場所でガンダムタイプに出会うとは彼自身想像もしていなかった。

 機体名、ディープブルーガンダム。型式番号、NFMSX-M03。両前腕部にカッターのような形状をした近接武装を装備しており、両肩には何らかの砲撃用の訪問が一基ずつ搭載。背部には水中用のフォノンメーザー砲、脚部には魚雷用のポッド。そして、腹部に該当する部分にも砲門が見られる。そして、右手部に把持しているものはトライデントのような形状の長い柄の武装だ。その姿は、ギリシャ神話の海を司る神である、“ポセイドン”を印象付ける機体であった。

「遂に……俺にガンダムが……!」

アインスガンダムをレイに奪われ、その状態で幾度もレイと交戦し、敗れ続けたクラリスにとって願ってもないチャンスと言えた。この、ディープブルーガンダムは彼にとっての新たなる相棒とも呼べる機体となり得るのだろうか。

 

 

 

 セイントバードは、日本を飛び立とうとしていた。様々な出来事があった日本の大地を、飛び立つセイントバード。シュアーは聖鳥の羽ばたきを、見送るばかりだ。

 この一ヶ月余りで多くの出来事があった。そして、新たに仲間も加わった。パイロットにはスバキにガースト。そして、ガーストの恋人、プレーン。プレーンは厨房での役に回るという。

 この間にスバキは退学届けを出し、元々行っていたジュニアハイスクールを退学。改めて、セイントバードチームの一員として加わる事になる。

「各部エンジン問題なし!」

「いつでも行けます!艦長!」

「よし、目的地はカナダモントリオール、一度北上し、そこからアラスカ方面に向かってから行きます!セイントバード、発進!!」

 

ゴオオオオオオオオオ

 

エンジンの轟音が鳴り響く。巨大な聖鳥は日本の大地を後にする。レイにとって多くの経験をした、日本という地を、飛び立つのだ。

 

 艦内の居住区の廊下ではレイの隣にスバキの姿がいた。髪をポニーテールに括っており、相変わらず愛らしい姿をしているスバキ。しかし、その口調は荒い。

「この艦、お前の故郷に向かうんだろ?モントリオールだっけ?」

「うん。その為に動いていたんだけれど、色々とトラブルがあって……」

「言ってたやつね。まあ、何にしても良かったじゃん。ま、お前が居なくなっても私がMSに乗って戦うし、お前の生活を楽しめって!」

ポンと肩を叩くスバキ。その言葉から、彼の事を本気で祝福しているのだろう。

(僕はモントリオールに戻る。今度こそ、本当に。けど、何だろう。本当に、元の生活に戻れるのだろうか。)

ガンダムに乗り、彼はこの二ヶ月余りをセイントバードチームのクルーと共に戦い抜いてきた。そして、生き延びてきた。故郷に戻れば元の生活が待っているだろう。友達や家族にも会える。そこで、彼は元の穏やかな生活に戻る事ができる。

 だがレイは一抹の不安を感じている。まずは母親への説明。この二ヶ月余りをどのように過ごしていたのかを説明しなければならない。そして、学校。それ自体は言い訳は成り立つかも知れないが、友人達はどのように彼を見るのだろう。

 とはいえ、この戦場にもなり得る環境から離れる事が出来るのは、彼にとっては幸運だ。もう、命のやり取りをしなくても良い。普通の生活を望むレイは、これから普通に生活をしていける。それが何よりの、彼にとっての褒美であった――

 

「よ、レイ。お前の故郷に向かってるんだろ?この艦は。」

今度はガーストがレイに声を掛ける。隣には、彼の恋人であるプレーンが、べたりと引っ付いている。二人から伝わる、幸せな雰囲気。

 だがこれに対し、スバキは表情を固めている。表情も、どこか引き攣っているように見える。

「そうですよ。だから、ちょっとだけの移動になっちゃいますけど……少しの間、よろしくお願いしますね。」

と、レイは会釈をする。

「相変わらず可愛いネ!レイは!ガースト、一緒の部屋に行くネ!チューしたい!それと、子供だって……」

「お前、そういう事言うのもう少し控えろって!」

と、ガーストは彼女の頭をポンと叩く。頬を膨らませるプレーン。

「俺は今からMSデッキに向かうよ。シュアーさんから貰った機体を改めて見ておきたくて。」

そう言って、ガーストは手を振り、その場を去る。隣には、相変わらずプレーンが離れない様子だった。

「あいつ、なんかムカつく。」

「え?どうしたの?」

「別に。」

仲の良い恋人同士の存在は一見幸せに見えるのだが、見る人間によってはそれが不快に見える事もある。それは個人に寄るのだが、スバキには快く思えていない様子だった。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

艦内でのこうした団欒が行われている時、警報は鳴る。まるで、予期されていたかのように。

 インクが艦内に非常事態を知らせる。敵が迫っているという、危険な状況だ。

「緊急事態!後方より熱源接近!MSタイプ二機が迫ってきています!」

「敵!?」

それを聞き、レイは急いでMSデッキへ向かおうとする。

 

パシッ

 

すると、それを止める人間の姿が。スバキである。

「お前は故郷に帰って普通に暮らすんだろ!私が代わりに出てやるから、お前はここにいてろ!」

「僕だってガンダムに乗れる!どんな敵か分からないのにスバキにだけ出撃なんてさせられないよ!」

彼女の静止を振り解き、レイは走ろうとするのだが――

「じゃあ援護してやるから!MSデッキに向かうんだろ!どっちが先か競争な!」

そう言って、スバキは走り出す。その様子は、一ヶ月前まで正明の件で落ち込んでいた少女には見えなかったのである。

 それに負けないように、レイも走る。スバキから感じられる、やる気。それをレイは、力強く感じ取っていたのだった。

 

 

 今回の敵はチェーニ姉妹だ。セイントバードの後方よりヴェーチェルガンダム、エクルヴィスガンダムがそれぞれ迫っている。奥多摩基地より、セイントバードが飛び立つのを確認した彼女らはフークの指示の下、機体を稼働させたのである。

「フフ、一ヶ月ぶりの出撃。その相手があの戦艦というのは運が良いわ。」

「因縁あるよね!あの鳥さんとはねー!」

「任務をこなして、今日の夜も楽しみましょう、リンセ。」

「はぁい!お姉様!」

 

キシィン

 

姉妹のガンダムのカメラアイが輝き、セイントバードへ近づいていく。日本の領土を離れた状況の為、彼女達は何の制約もなく、機体を動かす事が出来るのである。

 

 セイントバード内で、これらを迎撃するパイロットが出撃しようとしていた。まずはネルソン。ハルッグに乗り、後方ハッチより発進した。

 次にガーストである。彼が貰った機体、エスディアはSFSであるゾーリド・カスタムに乗り、発進させる。

「ガースト・ピュアス、エスディア、行きます!」

 

ビゴォン

 

エスディアのモノアイが輝く。その約一秒後にカタパルトから射出される。そして、上空を舞うのだ。

 エスディアは単機で空中移動を出来ない。その為、SFSによる援助が必要となる。

 そして、次に発進したのはスバキであった。彼女にはジャスティスが与えられており、整備済みのその機体を、ゾーリド・カスタムの上に乗り、発進させる。

「やってやるんだ!こういう時、“行きまーす!”とかいうんだろ!じゃあ、スバキ・シンドウ、ジャスティス、行くぞ!」

彼女の掛け声と共に、ジャスティスが発進された。

 残るはレイなのであるが、アインスは出撃出来ていなかった。何故ならば、空戦仕様に換装中であった為、出撃に時間を要してしまったのである。

「レイ、少し待っててくれ!後で出撃出来るから!」

「は、はい!」

タイミングを逃したレイではあったが、今はその時を待つしかない。先にチェーニ姉妹と交戦している彼等を見守るしか出来なかった。

 

 

 

 チェーニ姉妹との空中戦が展開された。それぞれ、ビームライフル、ビームカノンを展開して攻撃する姉妹のガンダム達。それに拮抗するのはエスディアとハルッグだ。

「ガースト、実戦は随分久し振りなのでは?あまり、無理はするなよ。」

「デウス動乱の時の感じは嫌でも忘れませんよ!身体が完全に覚えている……やれる!」

と、言いながら前線に出る、エスディア。機体が所持しているビームバズーカは狙いを定め、姉妹のガンダムに向けて放たれるが、これらは回避された。

 ビームライフルよりも口径の広いその兵器は、出力が高いのが特徴ではあるが粒子切れを起こしやすいというデメリットも備わっている。その為、闇雲にビームの蘭奢等は出来ないのだ。

「見慣れない機体……新型機体?ビームバズーカを持っている?少し、距離を置いた方が良いかも。リンセ。」

「はい、お姉様?」

「あの黒い機体は貴方の射撃で相手して。私は他の機体を相手するわ。」

と、フォリアが指示を出してからガンダム達は二手に展開する。

 リンセはフォリアの指示に従い、エスディアを狙う。射撃が得意な彼女はエクルヴィスの両肩部のビームカノンを展開し、エスディアを襲う。

「さっさと仕事終わらしてお姉様とのお楽しみの鞭タイムを堪能したいんだから!早くくたばりなさいよね!」

マゾヒストの女、リンセは姉に好意を持っている。彼女にとって、MSでの戦闘に意義等ない。純粋に、仕事としてそれをしているだけに過ぎない。それは姉のフォリアにも当て嵌まる。しかし、その強さは本物である。

「こっちはブランクがあるってのに、戦後の初陣の相手が噂のガンダムタイプってのも大変だな、こりゃあ!」

一方のガーストは五年振りの戦場に困惑しつつも、当時の感覚を振り返っている。デウス動乱を生き残ったパイロットとして、彼は活動する。モニターを見て、敵機体との距離を見て、狙いを絞る。

 

ドオオオオッ

 

ビームバズーカが再び放たれる。エクルヴィスの後方に狙いを定め、放つ。

「甘いんだよ!」

だが、その攻撃も回避される。五年前のブランクが彼の邪魔をした瞬間だった。

「本当のエースパイロットなら、ブランクなんて気にしないんだろうな……何でもそうかっ!!」

そう言いながら、エスディアをエクルヴィスへ向かわせるのであった。

 

 ヴェーチェルはハルッグとジャスティスを相手にしている。互いのビームライフルが交差し合う状況。接近戦が得意なフォリアは、あえて機体に近付き、ビームウィップを展開して攻撃しようと、狙う。

「あの坊やは出ていないのね……残念だわ!」

ビーム粒子で構成された鞭が展開される。しなるように動き、ジャスティスに向けられる。

 

ピキィィィ

 

スバキの脳内に電流が流れ、これを瞬間的に回避する。反撃をせんと、ビームライフルをヴェーチェルに向ける。

「この機体、パイロットは只者じゃない……?」

フォリアは瞬時に判断した。明らかに普通の動きをしていない人間であると、判断したのだ。

「舐めんなあァァァァァ!!!」

意気込むスバキ。実戦自体の経験はある彼女は、旧連邦軍の量産機体であるジャスティスを乗りこなしている。初めての機体にも関わらず、それを駆り、敵がガンダムタイプであるにも関わらず、奮闘している。彼女のその動きは、才能もあるのかも知れない。

「やるな、スバキ。」

ハルッグを駆るネルソンが言った。

「私も、一ヶ月振りの戦闘だ。それ相応にはやってみせるよ!」

ハルッグはロングビームライフルを、ヴェーチェルに向けて放つ。粒子の光は空を突き抜ける。が、それに気付いたフォリアが急いで回避した。

 そして、彼女が下方を見る。そこに映るのは、海の姿。そして、何故か静かに笑みを浮かべた。

「リンセ、撤退するわよ。」

「え、なんで!?いい所なのに!」

「忘れたの?私達の仕事はここまで。あとは……」

「あ、成程ねぇ!キャハ!夜が楽しみだわ!アハハ☆」

彼女等は、何を思っていたのだろうか。瞬く間に撤退していく二機のガンダム。その間も、一切彼女等は攻撃を加える事なく、その場から去っていくのだった。

「妙だな、撤退にしては早すぎる……何かあるな?」

その鮮やかな撤退を見て違和感を覚えたネルソンは、一人呟いていた――

 

ドゴオオオオオッ

 

その時だった。セイントバードが何処からか攻撃を受けたのは。被弾したのはセイントバードの翼部。それも、二箇所。いずれも的確な砲撃だ。

 

突然の攻撃でセイントバードはダメージを受けた。艦内は左右に揺らされたかの如く大きく揺れたのである。

「な、何!?」

「分かりません!何処からか砲撃を受けました!」

インクがエリィに伝える。

「最悪です!今の攻撃で高度の維持が出来なくなりました!海上まで高度を下げます!応急処置とかしないと保てないです!」

スラッグが言う。明らかに焦っている声だ。

 改めて、日本を出発出来たと思った矢先の出来事だ。敵はチェーニ姉妹だけではなかったと言う事になる。

 解析を続けるインク。そして、セイントバードをどうにか墜落せんと、操舵を行うスラッグ。またしても急な危機的状況に陥るセイントバード。

「艦長、今の攻撃、軌道を確認しましたけど、海上からの攻撃です!場所は10時方向、射程、約150キロメートル!巡航ミサイルによる攻撃です!」

「海上からの攻撃に、これ程的確な射撃……まさか、さっきのガンダムタイプは囮?」

エリィは勘付いた。恐らく、海上からの攻撃が本命の攻撃なのだ……と。現に、チェーニ姉妹のガンダムは既に撤退している。先程の素早い撤退は、海上からの攻撃を予期しての攻撃。もしそうならば、危機的状況は免れない。

 敵が水中用のMSを展開すれば、こちらで対応可能な機体は限られてくる。そうなれば、敵の領域に空から入っていくようなものだ。

「水上移動のモードには切り替えれる?」

「それは出来ますけど!敵が海上なら危なくないですか!?」

「墜落するよりは遥かにマシよ!お願い、スラッグ君!」

「了解っ!」

エリィの指示で、セイントバードを低空飛行の仕様に切り替えるスラッグ。

 これにより、セイントバードの下部はホバー移動に対応できるようになった。だが敵が海上にいる状況で戦うのは、明らかに不利な状況であった。

 

 やがてセイントバードは低空移動を開始し、その船体を海上に浮かせる状態となった。墜落は免れたが、敵の領域に入ってしまった事になる。

「熱源、来ます!」

「また!?回避を!」

再び巡航ミサイルがセイントバードに迫る。だが、発射口が見えない。どこからの攻撃かが不明な状況で、エリィはセイントバードの回避を促す。

「海上からの攻撃じゃない!?じゃあ、潜水艦って事!?」

「クソッ!海から攻撃仕掛けてくるとは上等じゃねえか、新生連邦め!」

スラッグはドンと拳を作り、レバーに当てた。新生連邦の思惑に、嵌ったと言うわけである。

「しかも、MSらしき熱源も確認されました!数、七!」

「すぐに皆を呼び戻して!海中戦になるわ!」

「それまでに持ってくれれば良いですけどね!」

「となれば、レイ君が頼りか……不本意だけれど……」

今、艦内のMSデッキ内で水中戦闘が出来るとすれば、アインスガンダムのみだ。

だが、アインスは空中用の装備を換装しようとしていた所である。この為、急遽装備を変更しなければならなくなったのだ。

 

 MSデッキにて。アインスは急な装備の変更に追われていた。初めて使用する水中仕様。バックパックにはハイドロジェットが装備され、両腕にはアクアグレネード、両脚部には魚雷、右手部マニピュレーターにはアクアバズーカが装備されている。初めてのアインスの姿にレイは、驚きつつも、今果たすべき事を果たさんと、カタパルトに運ばれる。

「レイ、海中戦闘は初めてだよな!?とにかく、持ち堪えてくれりゃいい!大尉達が今、セイントバードと合流をしている最中だ!頼む!」

と、シンが言った。今、艦を守れるのはレイしかいない。彼の責務は重大である。

「レイ・キレス、アインスガンダム、行きます!」

 

キシィン

 

一ヶ月振りの出撃は、初めての環境にて行われた。バズーカを持ったアインスは発進し、そのまま海中へ入っていく――

 

ゴボオオオオオ

 

海中に入るのは、初めての体験である。もしダイビング等をしていれば、この美しい海の姿に感動する余裕があったのだろうか。魚達が泳ぎ、海藻が揺れている姿に心が躍ったりしたのだろうか。

 だが、今はその状況ではない。敵がいる状況。その上、レイにとっても初めての海中での戦いが、始まる。しかし、地上や空中の時のように機体が動かない。慣れていない彼にとって海中で機体は動かし辛いといえた。

「どこから来るんだろう、敵は……」

周囲を見渡すレイ。レーダーの熱源を確認するも、映らない。

「機体も動かし辛いし、視界も見え辛い……海の中って、大変だ……」

海中は彼を躊躇わせる。動きが制限され、自由が効き辛くなる。装備自体は充実しているとはいえ、万が一敵機体が出現すれば、厄介この上ないと言えた。

 

ゴボォォォォォッ

 

その時、連射式の実弾が飛んできた。それだけでない。魚雷等の砲撃が一斉にアインスに展開されるのだ。

「うぁぁっ!」

すぐに反応し、辛うじてシールドでこれらを防ぐものの、敵は姿を眩ませる。機動性も敵機体の方が上であり、彼は、海中という、特殊な環境に慣れるので手一杯だ。だがこの時、彼は一瞬見えた爆発の光で、敵機体を把握する事が出来た。

「そうか、ビームが撃てないから、熱源が表示されないんだ……これじゃ、レーダーでは何の兵器が使われているとかが分からない……!その上、真っ暗だし……」

海中戦では基本、ビーム粒子を駆使した兵器は使用されない。それ故に、レーダーに熱源が映りにくい。それが事前に分かれば回避運動等を行うことが出来るのだが、海中ではそうは行かないのである。

 更に悪い事に、海中という環境は水深が深ければ深い程、暗い。その為、出来るだけ浅瀬での戦いが望ましいのだが、モニターで周囲を見渡しても暗く、見辛いのだ。

「せめて、敵との距離は分かるから、これでっ!」

右手部マニピュレーターに所持されているアクアバズーカを使い、レーダーに映る敵の方向を狙う。実弾は敵機体の方へ向かうが、これらはすぐに回避される。

 

ガキィン

 

今度は、別の機体がアインスに攻撃を仕掛けてきた。その際に、敵の機体の姿を見る事に成功する。見覚えのない、新型MSだった。

「うぅ……この機体は一体……?」

それらは新生連邦のMS、ディープシーである。最新鋭の機体であり、一ヶ月前に駿河湾でシュネルギアのMS隊と交戦したMSであった。

「このっ!」

アインスは違う武装を用いた。レーダーを頼りに、両前腕部に搭載されているアクアグレネードを撃ち、合計二機のディープシーにダメージを与える。

その攻撃に対し、二機は足に装備されている魚雷を撃って反撃してきた。水中での感覚がまだ掴めないレイは、それをシールドで防ぐものの、そのまま衝撃にて倒れてしまう。

「噂のガンダムは大した事ないな!くたばれ!」

仰向けになった状態のアインス。そこへ空かさず、襲い来るディープシー。

「どうして敵はこっちの位置が正確に分かるんだ……?こんなの、不利だ……!」

やがてその機体が実弾のライフルを、アインスのコクピットに当てようとした――

 

ズバァァッ

 

「何!?」

その機体の前腕部が切除された。その方向を見る、レイ。

 そこには、ガーストの駆るエスディアの姿があった。間一髪、間に合ったのである。

「レイ、大丈夫か!?」

「ガーストさん!助かりました……。」

エスディアが所持しているのはビームサーベルである。だが、水中でビームサーベルはその出力を十分に展開出来ない。水中ではビーム粒子そのものが減衰してしまう為である。

 だが、この明かりが暗い水中を照らす為、レイにとっては有難いのだ。

「五年振りの戦闘がまさかの海中戦とはな。敵の方が機動性も武装も豊富だ。恐らく、お前のガンダムが頼りになるだろう。それだけ装備マシマシならな。頼りにしてるぜ、エース!」

“エース”と呼ばれ、レイは内心、喜んだ。頼られているという感覚が、彼を高揚させていく――

「レイ!前!」

と、言われ、咄嗟にレイは前を見た。別のディープシーが襲い来る、突撃攻撃。それを目の前にしたレイは後ろにステップ移動した。

「うわぁ!」

少しでも、高揚した結果、油断したレイは攻撃を受け掛けてしまう。その油断により、命取りに成り兼ねない。彼は再び、真剣な眼差しで目の前の状況を把握する。

「……そこだ!」

レイの脳内に電流が流れる。彼の周りを動くディープシーの軌道を読み、その方向へアクアグレネードを展開した。実弾はディープシーに直撃し、撃破された。これで、ようやく一機の撃破に成功した。

 この時、レイは少しずつではあるが動きが慣れて来た様子である。冷静に周囲を確認し、状況の把握が出来つつあった。しかし海中は暗い。モニターでは敵機体が接近してこない限り、把握が難しい。その暗さを補填するには、レーダーが頼りになる。

「レイ、俺は装備を変えてくる。少しの間、持ちこたえられるか?」

「はい、分かりました!」

エスディアはビームバズーカが主武装であり、海中でそれが役立つ事は無い。その為、一度帰還して実弾主体の装備に変更しなければならないと、彼は考えていたのである。

 

 エスディアはセイントバードへ戻った。その間、レイは単機で海中内のディープシーを相手にしなければならない。レーダーには三機、映っているのは分かる。だがどのような攻撃が来るのかは、予想出来ない。

(闇雲に撃っても駄目だ!確実に当てないと……弾だって無限じゃないんだから!)

暗闇の海中の攻略法を考えるレイ。残された敵機体をどのように倒さなければならないかを考える、レイ。

 その間にもアインスに向けて実弾射撃は迫ってくる。熱源が不明なので、彼はそれを避け切る事が出来ない。ただ、距離を空けるしかないのだ。

「レーダーの動きを見て……そこっ!」

アクアバズーカが、放たれた。彼の読み通り、ディープシーに弾が直撃した。これで二機目の撃破に成功する。

「……?レーダーにもう一機の姿?増援なの?」

アインスのレーダーに、一機の機影が映った。恐らく、増援なのだろうと思ったレイ。だが姿を確認することが出来ない為、迂闊に近づく事は危険である。

 レイはこの機体の動きを観察している。その間に距離を置き、敵機体の動きを確認する。

「妙だ、全然動かない?他の二機も動かない?」

レーダーに映る三機はその場から動く気配がない。疑問意を抱くレイ。その間もこれ等と距離を置く。敵の砲撃が来ても良いように、シールドを構えながら。

 

ドゴオオッ

 

だがその時、アインスの後方から何かによるダメージを受けた。敵機体は三機で、動く気配がない。なのに、攻撃を受けたのである。

「うあ!……何……?」

後方を確認するレイだが、そこには何も映らない。一体、何処からの攻撃だというのか。

「はっ!?機体が来てる!?」

先の攻撃を受け、彼は油断をしていた。その一瞬の内に、彼は敵機体の接近を許してしまったのである。

 急いでバズーカを放つアインスだが、この攻撃は回避される。そして、距離が近くなる。

 

キシィン

 

モニターに映るそれは、赤くカメラアイを輝かせる。海中という暗い環境故に、その輝きはより一層、恐怖を与えるのに効果を発揮した。

 敵との距離が近いと判断したレイはそれに向け、頭部機関砲を放つ。その一瞬の明るさでその機体の存在を確認する、レイ。

「ガン……ダム……?どうしてここに……。」

 敵機体は、ガンダムタイプだった。見覚えのある顔貌。その姿は彼を恐怖に陥れるのに、十分だった。

 不慣れな海中という環境に出現した敵のガンダムタイプ。レイに、危機が迫る。

 

ブイイイイン

 

 すると、敵のガンダムが所持している長い柄の先端部が明るく灯り始めた。ビーム粒子だ。それも、三つ。ビームトライデントと呼ばれる兵器が輝きを放ち、アインスに向けられようとしている。

「うわっ!?」

急いで回避運動をとる、レイ。後方へステップをし、回避に成功。だがトライデントの攻撃は続く。その上、相手の動きは明らかに素早い。

 ビーム粒子の光が機体の姿を映し出す。ガンダムタイプがトライデントを持ち、襲い掛かっている状況。レイはこれに対し、回避する事に専念する。

 

ピキィィィ

 

レイの脳裏に電流が流れた。その時、彼は一瞬見えた槍の柄を見逃さなかった。

「それだっ!!」

 

ガキィンッ

 

それを、左手部マニピュレーターで把持し、攻撃を防いだレイ。

「ハハハハハ!!待っていたぜレイ!この機体で、今度こそお前を殺してやるってんだよ!」

その時、そのガンダムタイプから無線で声が聞こえてきた。レイにとって聞き覚えのある、笑い声は彼の表情をより、険しくさせていく。

「クラリスさん……!ガンダムに乗って……!!」

敵はクラリス・デイルだ。それも、海中戦闘に特化したガンダムタイプに乗り、戦っている。ディープブルーガンダムはその槍を力強く握り、アインスを振り払おうとしていた。

「てめぇみたいなガキがMSに乗って戦うなんてよ!!家で1/144サイズぐらいのプラモデルでも作って遊んでりゃ良いものを!!」

そう言いながらトライデントは振り回される。その衝撃で、距離が離れる、アインス。

後方へ飛ばされたが、バックパックのハイドロジェットを駆使して姿勢を整える。

 そして、アクアバズーカを、光るトライデントの方向へ放つ、アインス。

「MSはガキには過ぎた玩具なんだよ!増してやガンダムならな!てめえは散々俺に屈辱を与えてきやがった!死んで償え!レイ!」

一方的な怒りは被る側としては迷惑に他ならない。だがレイはクラリスという男に執念を抱かれている。アインスガンダムを奪ったのはレイであるが、そのきっかけを作り出したのは他でもない、クラリスだ。

 しかしこの男はそれを聞かず、容赦のない攻撃を行う。ディープブルーのテールスタビライザーが可動し、そこに二門装備されているフォノンメーザー砲を、アインスに向けて放った。その様子は、まるで半魚人の尻尾が攻撃しているように見えた。

 瞬間的に見えた光を回避するアインス。しかし、ディープブルーの攻撃はこれだけに留まらない。

「避けてばっかりで倒せると思うなよ!レイ!!」

クラリスが叫ぶ。その直後、脚部から魚雷を放出した。

その瞬間を見ていたレイは避ける為にレバーを引き、回避運動を行うが、あろうことか、その魚雷は追尾式であった。先程アインスに向けてきた砲撃は、これによるものだったのである。

追跡して来る魚雷。逃げるレイだが、追いかけてくるのが見える。魚雷には赤く光る、信号灯の光が僅かに存在しており、味方にそれが識別出来るようになっている。

 その光を頼りに逃げ続けるのだが、魚雷のスピードはアインスの比にならない。逃げ続ける事に限界を迎えるのならば、それを受けるしかない……そう考えた、レイはアインスのシールドを構え、対応する事にした。

 

ドガアア

 

と、轟音が響く。先程までのディープシーからの攻撃を防いだシールドはこの砲撃を受けて限界を迎え、木端微塵に破壊されてしまったのである。

「そんな!」

動揺するレイ。自身を守るものがなくなり、敵の攻撃を避けるしか手段がなくなった。もし、先程のような魚雷が迫ってきたら、危機的状況に陥る事になる。

「観念しやがれ!レイ!」

そこへ、テールスタビライザーを展開してフォノンメーザー砲が再び展開された。尻尾のような動きで柔軟に動かし、アインスに向けてそれが放たれる。その出力自体は低出力ではあるが、アインスの身動きを防ぐのには十分と言えた。

「こっちだって!」

レイも防戦一方という訳には行かない。両前腕部を差し出し、アクアグレネードを発射する。波状にそれらはディープブルーに向けられる。水中でこれらを迎撃する方法は、実弾兵器で迎撃をするか、ビームトライデントで抗するかしかない。クラリスは後者を選び、迫るグレネードを振り払い、破壊していく。

「海中じゃ俺の方が有利だな!装備がいくら特化してようが、ディープブルーの敵じゃねえんだよッ!」

ディープブルーガンダムと水中仕様のアインスガンダム。いずれも水中戦に特化した機体同士ではあるが、経験値はクラリスの方が上だ。一方のレイは全くの素人。ハンデが大きいと言える。

 彼は海中での動きに慣れてきたばかりである。だが、この場においてはクラリスに分があるのだ。

「とにかく、少しでもダメージを与えないと……!」

残された武器を駆使するレイ。アインスガンダムには脚部に魚雷が搭載されている。レイは右側端にあるスイッチを押し、魚雷を展開した。これらも、波状攻撃を仕掛ける。その武装はディープブルーのものと同様、追尾式であったのだ。

「そんなもんが!!」

反撃をせんと、ディープブルーも同様の攻撃を仕掛ける。互いの魚雷が海中で衝突し、轟音が響く。そして、近くにあった岩場が崩れ落ちた。これにより、粉塵が海中を漂う状況になった。

 ただでさえ暗い海中。その上粉塵があるとなれば、敵機体の索敵は難しい。レーダーの位置から攻撃を想定するしかない。

「やああ!」

そこで、先に先手を打ったのはレイだ。海中での接近戦を試みた彼は、粉塵の中を我武者羅に移動し、ビームサーベルを展開する。光刃が海中の中で輝き、僅かな出力でディープブルーに向かってくるのだ。

「自分の位置を晒してどうするんだよ!オイ!」

 

ガキィン

 

クラリスの言う通りだった。暗闇で公刃を展開する事は危険以外の何者でもない。ディープブルーは両前腕部に搭載されているアームカッターを展開。アインスの胴体にダメージを与えたのであった。

「あぁっ!」

レイの甲高い声が響く。機体が揺れる。しかも、カッターは胴体に突き刺さった状態なのだ。

「ハハハ、このままそれを抜いたらどうなるのか!?」

レイの状況をあざ笑うクラリスは、そのカッターを抜き始めたのである――

 

ザアアッ

 

その時、アインスのコクピット内に海水が入って来たのだ。カッターで傷ついた箇所から浸水してきたのである。

 こうなってしまうと戦闘どころではない。万が一、浸水すれば水没してしまう。しかも、この中はコクピットだ。逃げ出す事等出来る筈がない。レイは咄嗟に考える。まずは海水の侵入を防がなければならない……そう考えた彼は、レバーから手を放し、ジャンパーを脱ぎ、侵入してくる海水を抑えた。しかし――

「ひああああっ!!!」

ここで問題が起きた。現在は二月の中旬。日本海の海水温は、低い。その冷たい海水は彼の行動を止めるのに十分だったのだ。だが、このまま放置しては海水が侵入し、レイは溺死してしまう。それだけは避けなければならない。

 冷たさがレイを襲う状況。しかし、それに耐えなければならない。彼は自らの背中を破損した箇所に押し付け、海水の侵入を防ぐ。だが、背中から感じる海水の冷たさは、時にレイに痛みを感じさせるのだった。

「くっ……あああっ!!!」

容赦なく侵入する海水に、耐えるレイ。最早この状況は戦闘どころではない。

 しかし、クラリスはその状況に構うことなく、次なる攻撃を加えようとしているのだ。

「死ね、レイ!」

ディープブルーのビームトライデントが振り下ろされようとしている。もしこのまま直撃すれば、レイの命が危ない――

 

ズバァァァッ

 

間一髪だった。ビームトライデントを、別の機体が切り裂いたのである。その方向を確認するクラリス。そこにいたのは、ネルソンのハルッグだった。ハルッグはロングビームライフルではなく、海中用の実弾ライフルを装備している。そして、アインスが襲われそうになっている所をビームサーベルで切り裂いたのであった。

「クソッ!邪魔しやがって!」

怒るクラリスの標的はハルッグに切り替わる。フォノンメーザー砲や腕部の機関砲等で、ハルッグに迫っていく。ネルソンはレイに近付きたいと考えてはいたものの、ディープブルーが邪魔をする為、近づく事が出来ないのだ。

 

 一時的な脅威は去った。だが、先程の衝撃でアインスの体勢は崩れてしまう。それにより、浸水量が増えていった。異常ともいえる冷たさの海水はレイの身体を次第に蝕む。

 だがその間に浸水は収まった。アインスガンダムの現在の態勢が、偶然にも海水の侵入を抑えてくれていたのだ。不幸中の幸いともいえる状況。しかし、海水自体はコクピットの半分は浸かっている状態。レイの身体の臍部まで浸ってしまっていたのである。そして、彼は今、身体を動かす事が出来ない。何故ならば、もし今その背中を離れてしまうと、再び海水の侵入を許してしまう結果になるからだ。

 極寒の海水はレイを苦しめるのに十分な役割を果たす。二月と言う寒い時期に海水浴をする人間が居ないように、この極寒の海水は容赦なく迫る。

「駄目だ……悴んで……動けない……」

海の冷たさは彼の手指の感覚を麻痺させる効果もあった。その上、レバーまでの距離は遠い。寒さが、レイを襲う。

「冷たい……こんなの……駄目……だ……」

直に受ける寒さは人を苦しめる。急激な寒さで、彼は辛うじて意識を保ててはいるが、もしこのまま意識を失えば浸水は進み、やがては彼自身が水没してしまうだろう。

 この状況を助かる方法は、誰かが救助に来るしかない。だが果たしてそれは来るだろうか?敵機体と交戦している状態で、味方が見つけてくれる事を、祈るしかないのだ。

 だが寒さは躊躇なくレイを襲い続ける。震えるレイ。水温の低さは肉体的にも、精神的にも彼を蝕む。背中を離れられず、海水に浸った状態で何も出来ず、動けない状態で過ごす事等、普通、有りえるだろうか。

 白い息が出る。コクピットという閉ざされた空間で、動けないレイ。下手に動けば海水が入る。早く助けに来て貰わなければ自身が危険だ。

 何もせずとも危険であり、何かをしなければその危険が増す。どうすれば良いか、朦朧とする意識の中で彼は考えるのだ。

「誰かに発見して貰わないと……このままじゃ……ぐぅ……!」

凍えながら考えるレイ。コクピットを突き破ったディープブルーのカッターはモニターを破壊してしまっている。その為、周りに何が有る状況なのかは全く分からないのだ。

 海中という暗闇の中で、自身を照らす方法は光。それさえあれば敵が味方かは不明だが、拾ってくれる可能性はある。無論、それは危険行為だ。敵に見つかればどのようになるかは分からないのだから。

「光が……あれば……そっか……!」

彼は、賭けに出た。このままでは死は免れないのなら、彼は生に賭けようと、していたのだ。

 朦朧とする意識の中で、レイは背中を離した。すると、海水は流入してくる。その勢いに身を任せるように、冷たい海水の中を僅かに泳ぎ、あるスイッチを押した。

 

キシィン

 

それはカメラアイの光だ。アインスの緑色のカメラアイは暗闇では特に輝く。それを、何度か押す、レイ。

 だが、その間に海水が入ってくる。次第にコクピット内は海水で満たされてしまった。息をする場所もなくなったレイ。瞬く間に満ちた冷たい海水は彼の身に襲いかかる。

(駄目……なの……?)

ただでさえ冷えていた身体に、容赦のない海水が迫った状況。絶望的な状況はレイを追い込んでいく――

「!!!」

やがて物凄い勢いで息を吐き出し、自分が苦しい事を訴える。それを境に彼はやがて青い瞳を少しずつ閉じ、意識が失われていく。

「……」

 

ゴボゴボと、泡の綺麗な音が鳴っている。しかし今のレイには全く分からない。

 救援は来たのか?それとも来ないのか?冷たい海水の中で意識が無くなっていくレイ。

 

グォン

 

その時だ。機体が浮かぶ感覚があった。だが、それは既に意識が閉じられているレイにとっては何の関係もない事であったのだ……

 

 

 

 

 レイは動かなかった。死んだのか?分からない。臨死体験というものなのか。

 極寒の海水に浸り、寒さに凍えていたレイはその身体を震わせる事しか出来ない状況だ。

 そして海水がコクピットに流入し、やがて全てを浸した。それらは、レイの意識を奪うのに十分な役割を果たした。

 レイの周囲は暗い。深海とは比にならない暗闇だ。肉体が動いていない状況。彼の目は、閉じられたまま――

 

―――――――――――レイ――――――――――

 

声が、聞こえる。誰の声だろうか。覚えのある声だ。幸いなのは、彼がよく見る悪夢に出てくる声ではない事が分かっただけでも、レイは僅かに安心していた。

 

―――――――――――レイ――――――――――

 

 

再び声が。少しだがはっきりと分かってきた。男性の声だ。それに反応する様子を見せる、レイ。

 

「レイ!!!」

 

「はっ!?」

 レイは意識を取り戻した。奇跡的ともいえる、回復だった。一旦キョロキョロと辺りを見回す、レイ。

 そこに居たのは、ガーストとプレーンだった。いつの間にかセイントバード内の医務室に保護されていた、レイ。

「え……あ、ガーストさん……?プレーンさんも……?」

「目を覚ましたか!一安心だよ!」

「心配したネ!死んだかと思ったヨ……」

レイにとっては状況の把握が出来ない。先程まで海中で戦っていた筈なのに、いつのまにか彼は医務室で眠っていた。

 それに、先程まで感じていた冷たさを、感じない。血流の循環は良好だ。ベッドの暖かさや布団の暖かさを、彼は感じている。服も厚手の服装に変わっており、先の環境の事を思うと、温かい部屋でレイは妙な安心感を得ている。

「え……?どう言う事ですか……?どうして僕がここに?」

「俺が助けたんだよ。大変だったんだぜ、ホント。」

一体、何がどうなっているのか。念の為、レイは手を動かす。指は五本、しっかりと屈曲と伸展が出来ている。左右共に障害は残っている様子は、ない。両足の動きも確認するが、全く問題なく動く。膝関節は彼の意志通りに動き、足関節も問題ない。

「アインスのコクピット、水浸しだったんだ。敵にやられたんだろう。色々と大変だったんだぜ。お前は凍傷で凍えていたし、ネルソンさんが急いで温めるように指示したって訳。それで、目を覚ましたのが今って訳だ。」

どうやら、彼が救い出されたのはコクピットが海水に浸ってからそれ程時間が経っていない時だったようだ。その後の応急処置が功を成し、レイは無事に助け出されたという訳だ。

 

ウィィィィィン

 

その時、医務室と廊下を隔たる自動扉が開かれた。そこに居たのは、ネルソンである。

 応急処置の指示をしたのは彼であり、彼の迅速な対応が、レイを助け出す事に成功したのだ。

「もう目を覚ましたのか。奇跡的だな。」

「ネルソンさん……その、ありがとうございます。それと、ごめんなさい……迷惑、掛けてしまって。」

「いや、大丈夫だ。あの後敵は撤退したからな。暫くは来ないだろう。」

「え?敵の撤退?」

それを聞いたレイは疑問を抱く。あれからどれ程の時間が流れたのか?一体、その間に敵はどうなったのか。

 ネルソンは疑問を持つレイを気にする様子もなく、血圧や脈拍、血中酸素飽和度の計測を始める。凍傷やショックによって意識を失っていたレイの全身状態が気になった為である。

「血圧112/76、脈拍64、SPO2 98%。至って正常だ。体温も36.6°。まるで先程凍傷に遭っていたとは思えない回復だな、君は……」

「そうなんですか……?」

「動けるのか?」

「あ、はい。多分……ですけど。」

「なら、寝返り、起き上がりをしてみてくれ。」

ネルソンの指示通りに、レイは動く。僅かな倦怠感はあったが、動作自体は何の問題なく出来ている。そこから立ち上がり、歩行も難なくこなしている。

「眩暈や頭痛などもないか?」

「ええ、全然ありません。」

「やはり早い回復だな……あれから三時間程しか経っていないのに。」

「え!?」

レイは、“三時間”という言葉に驚愕した。先の戦いからそれだけしか経っていない。では、あの後どうなったのか。それが気になる、レイ。

「あのあの!ネルソンさん!あれから、どうなったんですか?教えて下さい!敵が撤退したって、どういう……?」

「あれからはガーストと私で敵と戦っていたよ。ガーストは君を助ける為に移動を、私は敵のガンダムタイプと交戦していた――」

 

 

 

 今から三時間前。アインスはエスディアによって保護されていた。セイントバードは水上を緩慢な速度で移動しており、MSデッキにアインスを移動。

 その一方でハルッグはディープブルーガンダムと交戦。ハルッグは実弾ライフル等で応戦するが、敵機体の方が海中の攻撃に優れている。

 不利な状況の中で、更にディープシー二機がハルッグに襲い掛かってきた。素早い動きで突撃攻撃や実弾ライフル、魚雷といった攻撃を行う。暗闇の中で、レーダーが頼りではあるが熱源の把握が難しい。

 その中で、ハルッグはビームサーベルを展開した。これにより、周囲を明るく灯すことが出来る。敵の位置を知らせるデメリットもあるが、海中での視界を作らなければ敵に攻撃すらできない。

 その際に近付くディープシーに対し、ビームサーベルを手放し、一度距離を置いてからライフルを放ち、一機を撃破。その後ディープシーの武装を奪い、魚雷を放つ。それらはもう一機のディープシーに直撃し、破壊。機転を聞かした攻撃で次第にディープブルーガンダムを追い込んでいく。

 やがて両者は海面に浮上。そうなればビーム兵器が使用出来る。MAに変形し、ディープブルーを翻弄するハルッグ。

「舐めんな!こいつにとって海の中だけが戦場じゃないんだよ!!!」

怒るクラリス。ディープブルーは更に、装備されていた兵器を使い始めた。両肩部に搭載されているバインダー部から強力なビーム砲を展開。それは腹部にも搭載されている。合計三門のビーム粒子はハルッグを狙ったのだ。

 海上、海中。それぞれの環境によって戦闘スタイルを変えるMS、ディープブルーガンダム。それは脅威となり得たのだが――

「狙い撃ちするだけか?なら、誰でも出来るのだよ!」

ハルッグはMA形態でディープブルーを翻弄。怒りに任せるクラリスはビーム砲撃を続ける。しかし、それが裏目に出た。回避しつつも確実に肩部のビーム砲を当てるハルッグ。それらがディープブルーのバインダーに直撃し、ビームが放出されなくなったのだ。

「なんて奴だ!糞が!!」

と、攻撃を仕掛けようとした時だった――

「撤退命令だと!?何故!?」

あろうことか、ブルーマーリンから撤退命令が下ったのである。ネルソンを仕留められるかも知れない機会だったのにも関わらず撤退を余儀なくされたクラリスは、その命令に従うしかなかったのだった――

 これにより、撤退した新生連邦軍。その後急いでネルソンはセイントバードに帰還。そこで、レイが凍傷状態にあることを知り、急いで応急処置の指示を出した。この間僅か15分。ある意味、敵が潔く撤退してくれた事がレイの命を救い、大きな後遺症を残さずに済んだと言えたのである。

 

 

 それから現在に至る。新生連邦が撤退したのならば、セイントバードチームにとっては良い状況になる筈だった。しかし――

「じゃあ、このままモントリオールに行けば、帰れるんじゃないですか?」

「……生憎なのだが、今のセイントバードでは高度を上げる事が出来ない。水上移動は可能だが、それではフェリー等となんら変わらない。このままの移動ではどれ程の時間を要するかは想像出来ん。」

「……そっか……そうですよね。」

レイは悲しげな顔を浮かべた。

 セイントバードは発進の度に襲われる事が多い。今回も例外でない。それが積み重なる事が多々ある状況が続けば、レイも段々と表情が暗くなるのも無理はなかった。

 誰かに当たる事はしてはいけないと思っているレイ。しかし、表情は流石に隠す事は、出来ないのである。

「その上敵はまだ完全に去っていない。次に連中がどのような攻撃を仕掛けてくるかも予想出来ない。整備は行うが、油断ならない状況は続いているという訳だ。」

現在、セイントバードは日本海上を移動している状態だ。だがそこは、先のブルーマーリンが移動しているエリアである。もし第二戦闘配備になれば、再び戦闘は免れないのだ。

「君は休んでいた方が良い。身体はなんともないかもだが、短時間とはいえ凍傷状態だった訳だからな。」

そう言って、ネルソンは去っていった。レイは、ただ、現実を突きつけられただけだった。

 故郷への道が、再び遠のいた。そのショックが、今大きいのだ。

「我々はMSデッキに向かう。ガースト、君も来てくれ。いつ敵が迫ってくるか分からん。レイには休んでもらう以上、君が頼りだ。」

「はい、分かりました。レイ、安静にしておきな。」

「無理しちゃ駄目ネ。」

ネルソンと、ガースト達はその場を離れた。一人残されたレイは、目の前に起きた現実を整理しようとしていた。

 

「レイ!」

その直後、今度はスバキが部屋に入ってきた。心配をしてくれているのだろう。その気遣いはありがたいのだが、レイは明らかに落ち込んだ様子で彼女と話をした。

「大丈夫か?コクピットが水浸しになったって聞いたから……」

「うん、身体は多分だけど、大丈夫。それよりセイントバード、高度が保てないんだって。敵もどういう風にして来るか分からないから、スバキは戦うのなら、コクピットにいた方が良いかも……。」

ネルソンからは休むように言われ、故郷の道も遠のいた状況。スバキが来てくれるのは良いが、今の彼はどのように彼女と接すれば良いか、分からないでいたのである。

「なんか、セイントバード大変みたいだな。高度が保てないとかなんとか。海の上をゆっくり動くしかないみたいだってさ。」

「うん、それは聞いてる……。」

「その上連中はまだいるって話だしな。厄介この上ないよな、ホント。」

「うん、それで故郷に帰るのが遠のいたのも、知ってる……」

レイは、思わず弱音を吐いてしまった。それは、吐いてはいけないと、分かっていた筈なのに、それを吐いてしまったのである。

 

ガッ

 

「スバキ……?」

すると、スバキは彼の胸倉を掴み始めた。落ち込んでいるその表情が、気に入らなかったのだろうか。

「辛気臭い顔しやがって!お通夜かよ!お前、生きてるじゃねぇか!確かに故郷に帰るのは遠のいたかも知れないけど、生きて帰れたらそれで良いだろ!死んだ方が終わりだぞ!本当、お前はムカつく!!贅沢な奴!」

彼女の言葉はレイに響いた。自分の環境が贅沢等と、全く思っていなかった為である。

「贅沢……?」

「今だってお前の故郷に帰る為に皆がいるんだろ!?それだけ頑張ってくれてるのに、そんな顔して、自分だけが不幸ですって顔してんじゃねえよ!」

少女であるスバキには、彼の心境を察する事が苦手だ。直感的な言葉でしか、伝えられない。それがどうしても強く、なってしまうのが彼女の言葉だ。

「大体お前自身死にかけといてそんな心配ばっかりか!それで死んだ方がここの連中とか、お前の家族だって悲しむだろうが!さっきだってお前を助ける為に他の奴等が頑張ってくれてたんじゃねえのか!それでも自分の事しか考えないのかよ、このバカ!!」

それを言われ、レイは腹を立てた。彼なりに、クルーの事は気を遣っていたつもりだ。だが何度も予定外の事が繰り返され、彼自身のフラストレーションも溜まっていたのだ。それを突きつけられた気がして、思わず彼は言ってしまう。

「分かっているよ!!僕だって……皆が僕に気を遣ってくれている事、分かってるんだ!分かってる事を声に出さなくたって良いじゃないか!」

と、怒るレイ。だが起き上がりの身体に怒りは、ストレスになる。

 互いの感情が爆発した。予期せぬ状況はこのような状況を生みかねない。普段は穏和な状況でも、非常時では互いに怒りをぶつけてしまう事も、あるのである。

「お前、正論を言われてキレるなんてホント、女みたい。なんで、私……こんな奴に……」

「スバキ……?」

レイの眼が、パチパチと瞬きを行う。

「とりあえず、お前はもう、休んでろ!敵が来たってなんとかしてやるから!」

と、言ってスバキは去っていく。

 自分勝手な感情になってしまったのは分かる。理解しているつもりだ。だが、それが表情に現れた時に怒る人間がいる。彼は、それに対しても考えなければならないと、レイはこの時、考えていたのだった。

 

 

 水上を緩やかに移動するセイントバード。敵の姿はまだ見られないものの、いつ襲ってくるか分からない状況だ。

 その中で、エリィは今後の進路について主要メンバーを集め、話をしていた。

「出発しようとした瞬間にこうなってしまうとはね……レイ君も、ダメージを負ってしまったし……私の責任ね……」

エリィは溜息を吐く。尽く同じ状況に襲われるセイントバード。今回は不時着した訳ではないが、水上では敵の潜水艦に襲われ易い状況である。その上送り届けるべきレイは安静にしなければならない状態。彼女のはそれに対して責任を感じていたのである。

「だが、レイをはじめ、クルーが無事ならばそれに越した事はない。ただ、どのようにして動いていくべきか……だな。」

ネルソンが言った。

「高度の調整に関しては、整備が進んでますが、見積もっても明日までは掛かりますね。それまではゆっくりと動くか、いっそ近くの島に停泊した方が良いかもですよ。」

と、言うのはシンだ。セイントバードは高度を上げて移動しなければ目的地に着く事が出来ない。修理しながら敵と戦うのは難しいと、考えていたのだ。

「その間は俺達でどうにかはしますよ。水中戦もどうにか慣れてきました。エスディアはそんなにダメージも受けていませんし。」

ガーストが、言った。ただ、彼の隣にはプレーンが腕を組んでいる。その様子から、ガーストとは離れたくない様子だった。

「じゃあ、近くの島に一度停泊しましょう。各パイロットは島に着くまでコクピットに待機。戦闘配備になってもすぐに出撃出来るように。これで行きましょうか。」

話はまとまった。これにより、セイントバードは日本海に浮かぶ近くの小島に向けて進路を進める事になる。無論、高度を保てない状態ではそのスピードは保てない。いつ、戦闘になってもおかしくない状況。例えるならば、鮫がいるかも知れない海域を承知の上で、イカダで移動するようなものである。

「ガースト、心配ネ。絶対に、死なないで欲しい……」

突如、プレーンが心配そうに彼を見る。

「心配すんな。俺が絶対、守るからさ。」

「ねぇ、ガースト。」

「ん?」

「キスして欲しいネ。」

その発言は、周りの人間を驚愕させる。周りに人がいる、この状況で彼女はそれを求める。到底考えられないような発言であったが、ガーストはまるで慣れている様子で。言った。

「そう言うのは、人前でやるものじゃないんだよ。TPOを弁えろって言うだろ?部屋でするもんなんだよ。な?」

「むぅ……」

と、プレーンは頬を膨らませた。「すみません、じゃあ、俺達はこれで……エリィさん、先にコクピットに入ってます!」

 その後でガーストとプレーンはその場から去っていく。

 いつ、誰かが死ぬかも知れない状況での恋人同士の会話。それは、果たしてこの場に居た者達にどのような影響を与えるのだろうか?

 

 

部屋を出る。その様子を見送った五人は、それを見て溜息を吐いていた。

「何さ、あんなにいちゃついちゃって。」

「いや、マジで。ふざけんなって感じ。絶対彼氏の方も迷惑そうにしているけどさ、内心嬉しいんだぜ。あんな風に見せつけられてさ。こんな状況でさ。」

「マジで……なあ。」

インク、スラッグ、シンがそれぞれ、言い始める。皆誰もが恋人がいない者達ばかりだ。非常時という状況のフラストレーションが重なり、ストレスも大きなものになっていく。

「ま、まあ皆……うちは今、人手不足だから、人が入ってくれるのは有難い事だし……ね?」

それは、皆が理解している。人員は多い方が良い。その事も、知っている。

 仲良しのカップルが、独り身の人間の前で仲良くされた場合、どのような反応になるのだろうか。気にする者、気にしない者。それぞれの立場はあるだろうし、考えもあるだろう。

 しかしセイントバードチームには、恋人がいない者が多い。その上での非常時と言う状況は、ガースト達へのフラストレーションを向けるのに、十分な状況と言えた。

「艦長。あのね、あんな風に公然と人前でイチャつかれたらね、オペレーターやっている私には苦痛ですよ。マジで。」

「それは俺も思いますよ。ホントに。あの優男、勘弁してほしいですよ。彼女は可愛いかもですけど、あれはなぁ。」

インクとスラッグの二人が、ガースト達への愚痴を零し始める。それを聞き、エリィはそっと溜息を吐いた後、言った。

「じゃあ、いっそ二人が付き合えばいいじゃない!!」

その一言で、場は静かになった。誰もが静寂を貫く。その時間は十秒程。この、静けさに耐えられなくなったネルソンは頭を抱え、部屋から去って行く。

「話、まとまりましたもんね!じゃあ……失礼します!」

シンも、ネルソンに続くように去って行った。

「……やだなあ、艦長ってば……。付き合うったってよりによってスラッグじゃあ……。」

インクの乾いた笑いが響いた。

「は?うるせえよお前!大体な、セイントバードが移動できているのは誰のおかげか分かってるのか?」

「はぁ!?じゃあ緊急事態とかを伝えて船員に情報伝えている私は?それこそ誰のおかげで助かってると思ってんのよ!?」

「とにかく!俺はもっと真面目な女と付き合う!お前みたいな口ばっかりの人間とは付き合いたくねぇよ!」

「ふざけんなバーカ!!私はあまり喋らないような男と付き合いたいね!あぁ、私の愛しの王子様は今どこに……。」

「黙れよブス。」

「はぁ?黙っときなさいよ。私はブサイクなんかじゃありませんからねー。あんたこそブサイクじゃん!」

エリィの一言がきっかけとなり、喧嘩をし始める二人。それを聞いていたエリィは握り拳を作り、近くにあったテーブルを思いきり、叩いた。

「二人共!いい加減にしなさい!大体何が原因でこんな喧嘩が起こったのか……。全く、情けないわ!」

「いや、あんただよ!」

二人は、同時に言った。

「え?私……?アハハハハ……」

怒っていたエリィは、今度は苦笑いを浮かべた。

緊迫した状況である艦内ではあったが、もしかすればガースト達の存在がこうした話題を提供するきっかけになったのかも知れない。

 

 

 

ブルーマーリン艦内にて。ディープブルーをMSデッキに格納したクラリスは、艦長であるシーギと合流していた。しかし――

 

ドゴッ

 

シーギはクラリスを殴った。それも、何発も殴った。容赦のない暴力が彼に降り掛かる。

それにより、クラリスは口から血を吐いている。殴られても、彼は抵抗する事なく視線を落とすばかりだ。

「なぁんで殴られたか、分かるか?分かるよなぁ?オン?」

「申し訳ありません……」

「返答になってねぇんだよクソが!」

更なる暴力が、クラリスを襲った。今度は鼻を殴られた。

 赴任したばかりの環境で早速の出撃。だがそこで任務を果たせない事による暴力。

 シーギ・デューラは暴力で人を支配する人間だ。それ故に、メンバーからは恐れられている。罵詈雑言は当たり前であり、それは新入りのクラリスにも例外でない。

 任務の失敗に対し、その責任者に対して暴力を振るうことでしか、解決出来ないのがこの、シーギという男なのである。彼は上官であり、それを咎める人間は居ない。それ故にこの男のような横暴が罷り通っているのが実情なのだ。

「おめェ、保護区の立ち入りする失態した上でガンダムって伝説級の機体も与えられててディープシー四機破壊されるって何やってんだ?ああん?」

赴任早々の任務。クラリスにとっても慣れない環境での戦いを強いたシーギ。

「となりゃ俺らの出番は少し後になるわ。オォい、海賊共とは連絡は付いてんのか?」

シーギのドスの効いた、低い大声が響く。

海賊。それは何を示すのか。

「連絡は着いたみたいです!キャプテン!」

「じゃあ、仕事を連中に任せるかぁ!役立たずの女みたいな名前の中尉さんよ!てめぇの出番は一旦終わりだぜ?その血塗れの不細工な面をガーゼでも貼って処置しとけや!!」

シーギが自ら殴ったにも関わらず、一切の処置をせずに、完全に自身に任せるという横暴。この男にとって、暴力こそが全てなのだ。

 こうした男が軍を率いているというのも妙な話ではある。シーギは階級こそ大尉ではあるが、これでもデウス動乱時代から活動している人間ではある。だがその粗暴が問題となっており、この日本海のブルーマーリンの部隊は、言ってみれば新生連邦という、組織にとっての“窓際部屋”というべき環境だろうか。それ程に、世界中の人間が先の大戦によって減少しているのが現状だったのである。

 そして、先程シーギが言っていた“海賊”とは、何を指すのか。海賊と呼ばれる組織に、何の仕事を依頼したというのだろうか。

 

 

 

日本海の北側のとある潜水艦にて。その潜水艦の外見は“奇抜”の一言で片づけられるような外見をしていた。一匹の鮫の骨格が描かれており、そこには無数の落書きのような、パステルカラーが散りばめられている、一見派手な潜水艦。それがこの艦だ。名は、オーツェラーン号という。

「キャプテン、新生連邦から入電です!俺等にとっての獲物が、来たみたいでっせ!」

大柄な体躯の男が、低い声を出し、言った。

「どうやら俺等の出番のようだ!噂の空中戦艦か!これを沈められれば、まさに空跳ぶカモメを鮫が食らいつくって感じか?」

左目に黒い眼帯をしている、その男。外見は絵本などで見かける、“海賊”そのものの姿をしている、褐色の、背丈の高い男。茶髪のドレッドヘアーが特徴の、この男がオーツェラーン号のキャプテンである、ベレッサ・コロノアジーである。彼が率いるベレッサ海賊団は日本海を縄張りとして海賊行為を繰り返している集団であり、この、オーツェラーン号を拠点として物資輸送船等を強襲し、略奪などの非道を繰り返すのである。その悪名高さは砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモと同様の存在である。

ベレッサは別名、デビルズシャーク(魔鮫)と呼ばれている。日本海側の漁師達は戦後になって出現したこの集団の海賊行為に、悩まされているという。

「どうしやすか?」

そう言うのは大柄の男。名はガルム・エレック。ベレッサ海賊団の副団長を務める男だ。

「カモメはゆっくりと海の上を移動しているそうだな!なら、奇襲を掛ける!巡航ミサイル発射用意ぃ!油断した所をMS展開!俺が出る!ガルム、お前に艦の指揮を任せるぜ!」

指揮を依頼され、ガルムは思いきり右胸を叩いた。

「ガハハ、任せてくれよキャプテン。指揮ぐらいなら執ってやる。お茶の子再々ってな!」

「相変わらず、頼もしい奴だぜ。さて、新生連邦の連中から依頼を受けた以上は仕事はやらねぇとな!あのカモメを襲撃するぞ、ヤロー共!!」

今回、ベレッサ海賊団は新生連邦軍の依頼を受けて動いている。新生連邦が海賊団を雇い、その上でセイントバードチームを襲わせるという構図となっている。

 つまり、今回の新生連邦は三重に用意されている事になる。最初はチェーニ姉妹による空中戦の陽動、そして次に新生連邦の海中部隊。そして、今回の海賊団。セイントバードチームに、新たなる危機が迫りつつあったのである――

 




第三十一話、投了。
ガンダムと日本海と言う一見有り得なさそうなコラボレーション回でした。
海の戦いの描写は地上、空中と違って様々な制約があるので難しいですね。


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第三十二話 深紅の瞳

レイ覚醒回。生命の危機に陥った時、彼は何を思うのか。


 

 海賊等、“ならず者”と呼ばれる集団は何故、その外見を異様に派手にしようとするのか。それは、ある種の縄張り意識がそうさせるのかも知れない。そして、その集団は皆、高圧的な態度で他者を圧倒する。

 それはある種、動物的な本能に似ているのかも知れない。人以外の動物が群れを成したり、自身の領域を作る為の縄張りを作るように、彼等にも何らかの縄張り意識があるのだろう。それ故に装飾を派手にし、一見目立つ外見を施すのかも知れない。

 実際、ベレッサ海賊団の艦、オーツェラーン号は鮫の骨格にパステルカラーという、異色の組み合わせだ。その上、彼等が所持している機体であるズボラーナと呼ばれる機体の色も、海中では余りに目立ち過ぎる“骨”を意識したカラーリングとなっている。それ程に、海賊を印象付けたいのだろうか。

 

 

 セイントバードは巡航ミサイルによる砲撃を受けた。受けた場所は、艦の側面、エンジンルームに当たる場所である。艦体は激しく揺れ、突然の攻撃に翻弄される、セイントバード。

「攻撃!?どこから!?」

「位置、特定!7時方向距離30キロメートル!」

「さっきの新生連邦の潜水艦の位置と違う……?別の砲撃って事?」

「分かりません!別働隊かも知れないですよ!」

再び緊迫した状況に包まれる、セイントバード内。潜水艦という、一見見えない艦からの砲撃はセイントバードのような巨艦にとっては脅威でしかないのだ。

「インク、第二種戦闘配備発令を!」

「了解、総員、第二種戦闘配備!敵勢力は不明!警戒して下さい!」

発令される、警報。これにより、一層緊迫する艦内。

「ミサイルはいつ、迫るか分かりません!スバキさんのジャスティス一機とトルクス二機をセイントバード上に配置!大尉とガースト君に海中をお願い!レイ君には休んでもらうように!」

エリィは指示を下す。それに応じる、セイントバードのメンバー達。

 まず、セイントバード上にはスバキが乗るジャスティスを含めた三機が待機。その後にネルソンとガーストが、それぞれの機体で海中に移動する。

「ハルッグ、出るぞ。」

「エスディア、行きます!」

それぞれの機体が海中に入る。いずれもが実弾兵器を持ち、海中での戦いに備えるのだ。

 

 

 

 ベレッサ・コロノアジー率いる海賊は敵を襲うのに躊躇いがない。民間の船舶が航行していても躊躇いなく衝突する。MSを使い、損害を与える。

 今回、海賊は新生連邦に金銭を貰える代わりにセイントバードを攻撃するように指示を得ている。彼等にそのような契約をしたのは、シーギ・デューラの独断だ。

 本来新生連邦といった組織がMS乗り等の組織に金銭を与えるという行為には必ず上層部への報告義務が必要になるのだが、それをしない人間も存在する。スパイッシュ・カルディアム等がこれに該当するのである。これもまた、組織の腐敗を象徴していると言えるのだ。

やがて戦闘が始まった。二度目の戦闘は新生連邦とではなく、ベレッサ海賊団と戦う。海賊のMSは、旧デウス帝国の水陸両用MS、ズボラーナを改修した機体、ズボラーナXであった。この“X”に深い意味はない。ベレッサ海賊団の勢いでつけた、名前である。

ズボラーナX。型式番号。DMSM-67MX。ズボラーナを海賊が独自に改修した機体であり、オーツェラーン号には八機搭載されている。頭部には十門のミサイルの発射口、腕部には四本のクローが搭載されている機体だ。そして、腹部にはフォノンメーザー砲が搭載。水中戦に特化した機体である。

「さて、敵はどのような勢力か……新生連邦の別部隊か?」

「分からないですね。機影が見えないですし、迂闊に動けないのも厄介ですよ。」

と、両者が会話をしていた時だった――

 

グォォンッ

 

突如、エスディアの前にクローが迫ってきた。ズボラーナXの、クローである。

 その外見の奇抜なカラーリングは暗い海中において、判別するには十分だった。白黒の骨を意識したカラーリングであるこれらは、明らかに新生連邦軍所属でない事が分かる。ハルッグは急いで後方へ回避運動を行った。

「こいつら、まさか……」

「海賊……か。」

ガーストと、ネルソン。互いにズボラーナXと交戦している。奇抜な外見は軍属の機体でないと判断する、一つの情報だ。

「デウス軍のMS、ズボラーナタイプの発展型のようだ。厄介な連中に目を付けられたようだな。」

と、言いながらハルッグは実弾ライフルでズボラーナを攻撃する。

海中では基本的にMS形態で戦う、ハルッグ。MAへの変形自体が空中と比較して時間を要する上、機動性も落ちる。ならば、MS形態のまま戦闘を行う方が良いのである。

「それにこの塗装、見覚えがある。魔鮫と呼ばれる連中のカラーリングだな。」

「どんな連中ですか?」

「私も噂程度でしか知らんが、海賊行為を繰り返して船舶に被害を与えている連中だ。大昔のならず者のような事を、現代でもやっているとは聞いていたがまさかここで会うとはな。」

ベレッサ海賊団の噂は良いものではない。戦後の混乱期を利用して世界が混乱状況であるのを利用した、ならず者だ。そして、その存在を取り締まる事が追いついておらず、現在に至っている。このような無法者により、民間人に被害が出ているのも、この世界情勢の問題と言えるのであった。

「何にしてもこいつらを倒さなければ。セイントバードをやらせる訳にはいかん!」

そう言って、ネルソンは機体を動かした。ハルッグはライフルを、レーダー越しに確認し、ズボラーナに向けて放つ。熱源が確認出来ない状況。その上での暗闇。ビーム兵器が使えない状況で、頼れるのは、レーダーに映る機影との距離のみだ。

エスディアとハルッグ。二機共にモノアイを動かし、敵を確認する。厄介なのは、敵機体もモノアイという事。幸いなのは、敵機体は奇抜なカラーリングが施されており、モニターで分かりやすいといったところだろうか。

「悪趣味な連中!」

と、言いながらエスディアはレーダーに映るズボラーナXに向けて実弾ライフルを放つ。しかし、それに気づいたズボラーナは回避し、エスディアにフォノンメーザー砲で砲撃する。

 それは脚部に直撃した。これにより、後方へ姿勢を崩す、エスディア。

「くぅ!やっぱり海中はやりにくい……」

と、油断をしていた時に、目の前にズボラーナXがモノアイを輝かし、クローを構えている。エスディアを突き刺す気だ。

「やらせるかよっ!」

と、ガーストは咄嗟にエスディアのビームサーベルを展開。海中では出力を発揮出来ないが、近接戦闘では十分な力を発揮する。

 

ズバァッ

 

右前腕部のクローは切り裂かれた。それにより、ダメージを与えた――

 

グゥンッ

 

と、その時。クローとは別に、手部マニピュレーターが出現したのだ。それはコンバットナイフを所持しており、エスディアに襲い掛かる。

「ブラフか!」

クローはマニピュレーターで把持している仕組みとなっており、本体は人型の手部の形状をしている。これは、旧型から発展して作られており、かつてのデウス帝国の兵士だったガーストも理解出来なかった構造であったのだ。

クローが切り裂かれても人型の手部で大柄のナイフを持つ事ができるようになっているズボラーナX。ある種の、トリックだ。

「チッ……!邪魔だぁ!!」

迫るナイフに対し、再びビームサーベルを構え、迫るエスディア。それはズボラーナの腹部を突き刺し、中のパイロットをビーム刃により、突き刺した。それと同時に、ズボラーナの腹部から、赤い液体が流れ出てきた。これで、一機を倒したことになる。

 

バシュゥ

 

その時にエスディアはフォノンメーザー砲による砲撃を、背後から受けた。突然の攻撃は彼を混乱させるのに、十分だった。

「うあっ!」

突然の背後からの攻撃。急いで振り返るエスディア。

 そこに居たのはズボラーナXだ。だが、先程彼が撃破した機体とは、背部の形状が異なる。まるで鮫の背びれのような形状がバックパックに付いている。これを見たガーストは、直感的に感じた。

「こいつがリーダーか!」

それが、海賊のMSのリーダーであると見抜いたガーストは、実弾ライフルを両手部で構え、狙い撃つ。

 海中での銃撃。その威力の一発一発は然程でもないが、連続して当てることが出来れば確実なダメージに繋がる。それを期待した彼は、ただ、ひたすらに狙い撃つ。

だが、そのズボラーナXは数発弾を受けた後に避け、頭部からミサイルを六発放ったのである。急な攻撃に対応出来なかったガーストは、この内二発を受ける事になった。

「ぐぅ!あいつ、強い……?」

怯むエスディア。だが相手は躊躇なく接近してくる。モノアイを輝かせ、クローを装備し、まるで鮫が泳ぐように航行して迫る。そのスピードはエスディアの比にならない。

やがてエスディアとの距離が近づいた時だった――突然ズボラーナはクローを両側共に外し、アクアコンバットナイフを装備して、エスディアに襲いかかった。完全な、強襲である。突然の攻撃に回避が間に合わなかったエスディアは両前腕部で防御するも、装甲にダメージを負った。これにより、右前腕部が切除されてしまう。

「クソッ!」

反撃をせんと、左手部を駆使し、ビームサーベルを展開。だが、これを敵は回避した。

その時、背びれの生えたズボラーナXに乗るパイロットは無線で伝えてきた。品が良いとは言えない、大声である。

「そんな大したこともねぇ実力で俺達の海に入ってくるたぁ上等じゃねぇのよ!」

「海賊のリーダーか!?」

「そうだよ!声を聞く限りでは優男の印象だな!だが優男如きに海の戦いで負ける気はねぇ!」

「誰がっ!」

挑発に乗るガースト。だが、海中では敵機体の方が、動きが機敏だ。容赦のない攻撃が、ガーストに迫る。

 ズボラーナはフォノンメーザー砲を連射。更に、頭部からミサイルを展開。エスディアが海中に適応できていない事を理解した上での、一斉攻撃だ。

 ミサイルを数発受けたエスディアは後方に下がる。このままでは一方的に蹂躙されるばかりだ。

「俺達の縄張りをうろついてたのが運の尽きだな!俺はベレッサ・コロノアジー!鮫なんだよォ!」

と、言いながら背びれの付いたズボラーナは再びエスディアに迫る。

「こんな奴に!!」

負けじと、左手部のビームサーベルを再び展開し、迫るガースト。

 エスディアとズボラーナは互いに交戦する。接近時、ズボラーナのコンバットナイフがエスディアに付きつけられようとしていた――

「鮫はなァ!水中にいる魚は勿論、カモメにも容赦無ぇのさ!」

「カモメは……セイントバードのつもりか!?」

「噂に聞いてるぜぇ!連邦から奪った戦艦だろォ!?」

 

ガキィン

 

ズボラーナは突如、エスディアの胴体に向けて脚部で蹴った。この衝撃で、海底に叩きつけられる、エスディア。彼にとって不利な状況で、容赦のない攻撃が続く。

「俺達の縄張りに勝手に入ってきて、荒らしておいて、挨拶も無しとはなぁ!!」

と、言いながらナイフでコクピットを突き刺そうと、迫るズボラーナ。そして、これに反応するガーストは左手部マニピュレーターを駆使し、攻撃を食い止める。

「海賊ってのは飛べなくなった鳥を襲うような卑怯な連中なんだな!」

拮抗する、ガースト。

「餌を食らうなら弱ってる奴を狙うのが定石だろうが!それが海賊のやり方よ!」

「汚い連中だな!童話に出てくるような悪役の事をしてさ!」

「何だぁ?海賊って聞いてフック船長でも思い浮かべたのかァ?」

「黙れよ!」

挑発に乗ってしまったガースト。

「さてと、お喋りも飽きた。そろそろ死ね!優男さんッ!!」

だがそう言った時だ。ベレッサの駆るズボラーナは彼にとどめを刺そうとしなかったのだ。

 何故か一度後方に下がるズボラーナX。コンバットナイフで突き刺せば、ダメージを与えられる筈なのに、何故?

 その答えは、すぐに明らかになる。モニターに映る、一筋の物体。質量兵器だ。それを見た時、ガーストは咄嗟に判断する。“魚雷”だと。

「しまった……!」

その魚雷は、オーツェラーン号から放たれた魚雷だ。それを見た瞬間、エスディアのバーニアの出力を上げて慌てて逃げようとするガースト。

だが、魚雷は追尾式である。避けようにも、直撃するまで追い続けてくるのだ。側方へステップ移動をするエスディア。しかし――

「行き止まり!?こんな所で……。」

場所が最悪だった。そこは、岩場であったのだ。凹凸な形状のそれらはエスディアの行く手を阻み、魚雷を受けよと言わんばかりに立ち塞がるのである。

このままでは直撃してしまう……そう感じたガーストは思わず目を瞑る。

 

ダダダダダダダダ

 

そこへ、実弾ライフルによる射撃が、行われた。それらは一斉に魚雷に直撃し、魚雷は破壊される。

 恐る、恐る、目を開けるガースト。そこに居たのは、ハルッグの姿であった。

「無事か、ガースト。」

「すみません、ネルソンさん。けど、まだ敵が居てますよね……」

不覚を取ったと思い、視線を落とすガースト。落ち込んだ時に確認をする彼だったが――

「いや、どうやら撤退をし始めたようだ。」

「……撤退?」

早すぎる撤退だと感じたガースト。それを確認する為に、レーダーを見る。

 そこには機影が映っていなかった。先程まで三機のズボラーナXが居た筈なのに、いずれもが姿を消していたのである。

「どういう、事だ……?」

一体何が起きたというのか。ベレッサ海賊団がセイントバードチームを襲って来る筈なのに、何故撤退をしたというのか。理解が出来ない様子の、ガースト。

「ともかく我々も撤退しよう。敵はどのような攻撃を行って来るかは分からん。油断は出来んぞ。」

「ええ、分かりました。」

傷ついたエスディアを移動させる、ガースト。

 今回の海賊の行動は何の為だったのかは全く不明である。只の偵察なのか、それとも牽制か。理解が出来ないまま、セイントバードへ戻っていく、彼等であった――

 

 

 戦闘が終わった後、オーツェラーン号内ではベレッサの部下達がMSデッキ内にてベレッサに対し、報告を行っていた。帰還したズボラーナは三機。内一機はガーストに破壊されてしまっている。

「キャプテン、敵機体は確認した所交戦した二機と、別に三機がカモメの上にいてやしたぜ。」

「へぇ、思いの外戦力は少ねぇのな。偵察ごくろーさん。」

と、言った後、ベレッサは三枚の紙幣を部下に手渡した。報酬のつもりなのだろうか。

「キャプテン、あのカモメはこのまま粟島の方に停泊するみたいですぜ。」

そう言ったのは、副団長にあたる男、ガルムである。

「誘導も出来たみたいだな。奴等にとっての最期の停泊になるのも知らないでよ!!」

気味の悪い笑みを浮かべるベレッサ。

 実際、高度を保てないセイントバードが、新生連邦や海賊のような敵がいる領域に入る事自体、危険な事だ。しかし今は、承知の上で動かなければならない。海賊はそれを分かった上で行動をしていたのである。

 彼等の目的は、セイントバード。だが、どのような攻撃が仕掛けられるのかは、謎である。

 

 

 

それから時間は流れ、夜になった。その間にセイントバードは粟島に到着していた。

粟島。日本、新潟の沖に位置する島。かつては人が住んでいた島ではあったが、過疎化の影響により、現在は無人島として存在している島となっている。この島で彼等は応急処置を行う事になった。

だが、粟島は無人島である為、保護区に該当しない地域である。つまり、敵がいつ来てもおかしくない状況なのだ。その為、早く修理を終え、この場を去る必要がある。正に、サハラ砂漠に不時着した時と同様の状況と言えたのだ。

 セイントバードの修理は交代制で行われる。その間、動く事が出来ないクルー達はそれぞれの時間を過ごしている。そして、その間に敵機体が襲って来ないかを、三機のMSが周囲を見張っているのだ。その中に、スバキの姿があった。

インク、スラッグは昼間にエリィが言っていた事を僅かに気にしている様子でありながらも、別の話題をしている。

「ターナ・アステル、亡くなったそうじゃん。」

「えぇー……ガキの時に見た映画、好きだったんだけどな。マジかよ。何で?」

「原因不明で、自殺だってさ。てか、よくよく考えたらジャンヌ・アステルってターナ・アステルの娘じゃん。なんか、これは色々と匂う気がするなぁ。」

と、インクが言った。

「物騒な話、やめろって!お前、だから嫌なんだよな……」

と、言いながらスラッグはインクと目線を合わせようとしない。何故か、顔を赤めている様子だった。

「私は“匂う気がする”ってしか言ってないんだよ。でもうちらのスポンサーを打って出て来たジャンヌ・アステルのお母さんが急に亡くなって、更に自殺なんて……なんか怖くない?何らかの陰謀を感じるなぁ。」

「そういう陰謀論、俺は嫌いなんだよな……」

と、言いながらEフォンに触れる、スラッグ。

「つーかそれより!あのバカップルむかつくわ!目の前でイチャつきやがって本当に!!」

昼間のガーストとプレーンの事が、苛立っている様子のインク。それを思い出したスラッグは、またしてもインクと目線を合わせようとはしなかったのであった。

「ま、まあ……いいんじゃねえの?」

と、なだめるスラッグ。

「てか、艦長は?」

「んー、レイ君の部屋に居てるんじゃない?」

「そっか。大変だよな。あの人も。」

「面倒見、良いからねー。艦長。」

ブリッジ内で何気ない会話をしている二人だが、戦闘時では彼等の存在が居なければ、セイントバードは成り立たない。彼等は、常時と非常時での切り替えが、上手と言えた。

 

 

 

 レイが居る医務室に、エリィが入って来た。昼間は戦闘であった為、彼に話しかける事が出来なかった彼女はレイを気に掛け、今の時間に部屋に入って来たのである。

「レイ君、具合はどう?」

「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます。」

レイはベッド端坐位で過ごしている。彼の体温は戻っており、寒さを感じない状態まで戻っていた。

「貴方を故郷に帰す筈が、こんな状況にばっかりなっちゃって……なんだか申し訳ないな。」

「そんな、エリィさんは何も悪くないですよ。」

と、謙遜するレイ。

「エリィさんも、無理してませんか?僕になんか構わないで、休んで下さい。」

スバキに言われた事を思い出したレイは、エリィに言う。彼女は優しい。しかし、無理をしているのではないか……と、一抹の不安を抱くレイ。

 

――――――――――――それでも自分の事しか考えないのかよ―――――――――――

 

不本意とはいえ、自分の事だけを考えていたレイは、彼女の献身な行動に、申し訳のない気持ちで一杯だったのである。

「海賊まで現れたって聞きましたし……何だか、大変でしたね。」

ベレッサ海賊団が出現した時、レイはベッドで横になっていた。その情報を聞いたのは、戦闘が終わった後の話である。

「まさか新生連邦の後に海賊が現れるなんて思わなかったけれど……けど、私は無理なんてしてないよ?それに、これからセイントバードはどんどん忙しくなっていくんだし。」

「ジャンヌ・アステルさんの……スポンサーの件で、ですか?」

日本でアステル家がスポンサーになる事に決まったセイントバード。資金援助をして貰う代わりに、新生連邦の情報収集を行い、それを報告するという事を条件として、チームは動いている。

 今回は、その矢先に起きた戦闘だ。更に海賊にまで襲われるという状況で、セイントバードはどうにか堪えているのである。

「それも、あるかな。まあ、今は貴方を故郷に帰す事が目的だから。貴方は無理しちゃ駄目だよ。」

と、言った直後――

 

チュッ

 

と、エリィはレイの額に口付けを行う。真面目に接するようで、このような一面を見せるのが彼女の特徴なのだ。レイは顔を赤める。このようなスキンシップは彼にとっては刺激的である為だ。

「うーん、けれども、レイ君がここを去ってしまうって思うとどこか、寂しい気持ちもあるんだよね……いや、分かってはいるんだけど。」

エリィが発したのは何気ない言葉だった。彼を故郷に帰したい。しかし、一方で彼はクルーの一員として務めを果たしている。その心の天秤が、エリィの中で揺れ動いているのだ。

「ねえ、レイ君。」

「え……あ、はい。」

レイは首を傾げる。

「私、決めた。」

と、言いながらエリィは両手で、自身の頬を軽く叩いた。

「はっきり言うね。うやむやにするのは良くないと思うから。チームの皆と離れても、寂しさを感じちゃ駄目だからね。貴方は本来の学業に戻る。それが一番良い事なんだから。」

エリィにとっては、あくまでも彼に帰ってもらいたい気持ちの方が強い。だからこそ、あえて強い言葉で言った。それは、彼女の中の決意の言葉だった。

 この二ヶ月余りの出来事はレイにとっては壮絶な体験として残るだろう。多くの人との出会い、そして別れ。今回も、レイがきっかけでチームに新たな仲間も加わった。それらは、チームにとっても大いに貢献する存在となり得るだろう。その場から離れて行くという事は、彼の心の片隅では名残惜しささえ感じるのである。

「と、いう事で!レイ君、君と一緒に過ごせる時間は本当にあと僅かです!だからもう一回、キスさせて?」

「え、ええ……?」

決意を固めた筈の、先程の言葉はどこへ行ったのだろうか。結局、そう言いながらエリィはレイの額に口付けを行った。

 それをされる事自体、レイにとっては嫌ではないのだが、その行為は彼女の中の矛盾が露呈している行為と言えた――

「やっぱりレイ君は可愛いなぁ!その頬もこれから触れないと思うと悲しいし……出来れば居て欲しいなぁ!でもダメダメ!貴方には故郷があるんだから!ああ、でもでも……」

(はぁ、この人……)

この、どこか抜けている所も、エリィ・レイスと言う人間の特徴なのである。彼女の中では、やはりレイが帰っていく事に対する、意思が定まっていないのだろう。

「と、とにかく貴方はしっかりと休んでいる事!何かあっても、対応は出来ます!ゆっくりしてね、おやすみレイ君!」

「は、はい。おやすみなさい。」

と、言った後でエリィは部屋を出た。彼に居て欲しいのか、故郷に戻って欲しいのか、どっちつかずの様子であった彼女。例は、今は彼女の言葉に甘え、休ませてもらう事にしたのである。

「このまま、敵が来なければ良いけど……もし、来たら僕だって、戦うんだ。」

レイは天井を見て、静かに口を開いていた。それはエリィの気遣いとは、真逆の言葉であった――

 

 

 

 粟島の海岸は明かりがなく、暗い。だがその中を一人、歩いている男の姿がいた。ガーストである。波の音が音色を聞いている彼は、少しの休憩時間を貰っており、一旦、セイントバードから降りていた。ただ、時期は冬である為、厚手のコートを羽織っている。

昼間は新生連邦と海賊に襲われ、それらをどうにか食い止めたガースト。それもあり、疲れている様子の彼は恋人のプレーンが眠っているのを見計らい、外に出たのである。

波の音が彼を癒す。ガーストはこの間に目を瞑る。このような一人の時間を、時に欲しいと思う、ガースト。プレーンは彼と共に行動する事が多く、時にこのような時間が欲しくなるのだ。

と、その時だった。彼の背後から足音が聞こえてきた。もしかすれば、プレーンが起きてきて追いかけて来たのかも知れない。そっと溜息を吐いた様子で、彼は後ろを向いた。

しかしそこにいたのはプレーンではなく、エリィだったのである。

「エリィさん。どうしたんですか?」

「外に出てゆっくり風に当たろうかなって思って。寒いんだけどね。ちょっと波の音を聞きたくなっちゃった。そしたらたまたまガースト君が居たって訳。」

と、言いながらエリィは岩場に腰を掛ける。それを見た彼も、同様に腰を掛けた。その際、エリィはうんと伸びをする。両手を組み、空に向けてぐいと伸ばした。

「お疲れみたいですね。艦長ってやっぱり大変でしょう?」

「まあね。戦闘時は指揮を執って……非戦闘時は料理を作ってるから。あと掃除とか色々……やる事が多過ぎて肩がよく凝るのよー。」

戦闘時も非戦闘時も、エリィは常に働き詰めである。その為、このように休み時間と言うのは彼女に追っては貴重な時間なのである。そして、レイの所にも顔を出している。

 多忙なエリィ。その話を聞いたガーストは、驚愕した様子だった。

「まるで主婦じゃないですか。体調、よく崩しませんね。」

エリィが予想以上に雑務をこなしていることに驚きを隠せないガースト。

「この艦は私の艦。私が中心になって動かないとね。そりゃあ、人手不足だったから、もっと色々な人が入って欲しいな……とは思っていたけれどね。でも、丁度その時にプレーンさんが来てくれて嬉しいと思っているの。」

実際、昼食と夕食はプレーンが中心になって作っていた。クルー達にそれ等は振舞われ、皆が感謝していた。但し、ガーストと公然と仲良くしている姿に関しては賛否両論ではあるが。

「良かった、役に立てて。あいつに言い聞かせていますから。艦の為に役立てって。あいつ本当に俺中心に考えてるんです。食事を作れって言ったら〝ガーストの為なら作るネ!〟とか言って。」

プレーンはガーストの事を心から好いている。故に、彼の言葉が行動になる事が多いのである。

「アハハ、可愛い恋人さんじゃない。それでやっとご飯を作ってくれるんだね。」

「あいつの作る飯は本当に美味しくて……。だからみんなの為に役立って欲しいんです。掃除とかもエリィさんの代わりと言われる程、頑張らせようと考えています。」

「フフ、嬉しい事言ってくれるね。」

「こっちからお願いしてこの艦にいるのに、何もしないなんてただの足手まといです。俺はパイロットとして、あいつは食事係とか……いろいろな担当をして――」

と、語られるガーストの言葉を遮り、エリィは言い出した。

「ねえ、ガースト君はプレーンさんの事をどう思っているの?」

突然の質問に、ガーストは首を傾げた。

「え……?いきなりどうして?」

「さっきからの台詞を聞いているとプレーンさんの事がどうしても気になって。」

ガーストは少し恥ずかしそうだったが、口を開けた。

「そ、そりゃあ……確かにあいつは……おっちょこちょいで、ドジで……普通のおっとりとした感じの女の子とはかけ離れているけど……でも一生懸命で、どんな事があっても挫けたりしない。戦争の時だってそうだった。元々反乱軍の雑用として働かされていたプレーンだけど……それを隠すように俺に明るく振舞ってくれて……。確かに俺に引っ付いたりしてちょっとやめて欲しいって時はあるけど……。でも俺はプレーンが好き。俺が好きになれる人間はあいつしかいない気がするんです。」

明かされる過去の一つ。それは、プレーン・ミーンはかつての連邦反乱軍の雑用として酷い扱いを受けていたという事。ガーストはそれをきっかけとして、プレーンと出会ったのである。

「そうやって人を一生懸命に好きになる事って、とても大事な事だよ。貴方達の事、色々言う人が居るかもだけど、私は応援していますからね。」

昼間の事を一人、考えていたエリィ。クルー達がガーストとプレーンの事を悪く言う人間が居るのを見て、彼女の内心は複雑だったのだ。

 それは、艦長として皆を見なければならないと考えているが故である。

「私も、戦時中にそんな事があったな。でも私の好きな人は死んでしまった。貴方は……絶対に守ってね。プレーンさんを。そして絶対に悲しませないで。好きな人は絶対に……死なせたりもしちゃだめだよ……。」

エリィの目から、僅かに流れる涙。それに気づいたガーストは、ハンカチを差し出した。エリィはそれを受けとって涙を拭く。

「ごめん、ありがとう……」

その後でエリィは一言ガーストに言った。

「こんな残念な人間にならない為にも、好きな人は大切に……ね。」

「残念って……そんな訳、ないですよ。」

どこか、その言葉がガーストの中に刺さった。好きだった人間を戦時中に失ったが故の、エリィの言葉。

今、彼は幸せの中にいる。それは、恋人であるプレーンが居てくれることから来る、幸せなのだろうか。

「プレーンも全力で好きになってくれているから……俺もあいつの事、全力で愛しよう。」

「その意気よ。両思いは一番大切だから。うんうん、やっぱり、この艦に貴方達を招いて良かったな。」

「え、どうしてですか?」

白い息を吐く、ガースト。

「幸せなカップルって、良くも、悪くも周りに影響を与えていくと思ってますから、ね!」

と、言いながら右示指をぴんと立てた。

「影響……か。」

ガーストは口角を上げ、夜空を見上げた。その日の夜は快晴。オリオン座を中心とした星々が、爛々と煌めいていたのであった――

 

 

 

 夜も更けてきた頃。海賊はセイントバードを捕捉していた。現在セイントバードは粟島西側にある、海岸に艦を停めている。

 海賊はその南西部に潜水艦を移動させていた。ブリッジに集まる、海賊団の人間達。キャプテンであるベレッサは粟島に停泊しているセイントバードの姿を見て、言った。

「カモメはあそこでゆっくりと羽休めっつー訳だ。俺達は新生連邦からカモメの制圧と、MSの献上を依頼されてる。昼間の牽制でおおよその戦力は把握出来た。あとは、やるしかねぇって訳よ!」

ドレッドヘアーを掻き撫で、モニターに映るセイントバードを見て笑みを浮かべるベレッサ。

「しかし奴等も警戒はしていますぜ。正面から向かうのは得策じゃありませんぜ。」

と、クルーの一人が言った。

「馬鹿野郎!何の為に脳味噌がある?海賊はならず者だが、頭を使わねぇと獲物は食えねえだろ!戦力を分けんだよ!MSを分けて出撃して、襲うんだよ!」

ベレッサは、セイントバードに向け、その戦力を分担して襲撃しようと考えていたのだ。海中を得意とするズボラーナXは、残り7機。これらを小隊に分けて強襲するのが、今回の目的となる。

「ガルムの奴は先に待機してやがるからな、俺達は俺達のやる事をするだけよ!」

副団長に該当し、オーツェラーン号の艦長を務める大男、ガルム・エレックはこの場にいない。それは、何を意味しているのだろうか。

「よし、野郎共!全員攻撃態勢に入れ。目標はあの昨日のカモメだ!俺も出る!」

彼の合図により、海賊は再び動き出す。修理中のセイントバードを狙う彼等。再び、聖鳥に危機が訪れようとしていた――

 

 

 

「総員、第三三種戦闘配備!MSらしき機影確認!繰り返します――」

インクがレーダーを見て、すぐに戦闘配備の知らせを伝える。そこへ、急いで戻ってきたエリィ。艦長席に座り、周囲の状況の確認をする。

「状況は?」

「散開しているみたいですね。大型の熱源が一つ、それ以外はてんでばらばらです。」

「所属は分かる?」

「熱源に映る艦の形状だけじゃ見分けがつきません!」

潜水艦は熱源として確認は可能だが、その形状まではレーダーで確認は難しい。新生連邦のブルーマーリンと海賊のオーツェラーン号はいずれもその船体のサイズが似通っており、余計に判別が困難と言えたのである。

「新生連邦か、さっきの海賊か。いずれにしても、撃退しないと……ね。」

エリィの休息は終わりを迎えた。迫る敵を迎え撃つ事を、考えていたのである。

「セイントバードは動けません!けど、砲撃は可能です!可能な限り砲撃による援護をお願い!」

「了解、伝えます!」

「スラッグ君、整備班の援護に回れる?」

「向かいます!動けないんなら、そっち手伝いますわ!」

「お願い!」

セイントバードは動けない。つまり、操舵士は不要になる。人手不足である状況は、役割を変えて行かなければならない。

「大尉は?」

「既に発進しています!ガースト機も!」

「とりあえず、祈るしかないか……敵機体が接近したら迎撃準備を!」

「了解!」

敵勢力の出現より、非常時と化したセイントバード。海からの脅威から守る為、奮闘するのだ。

 

 

新生連邦の襲撃から始まった海中戦は今回で三度目だ。敵勢力にとって有利なフィールドでの戦い。その中でも敵は迫り来る。

海中へはハルッグとエスディアが入り、迫り来る敵を迎え撃つ為に戦う。

レイは警報を聞き、急いで出撃したいと考えていた。休んでいろとは言われていても、

彼自身、身体に問題はない。ならば、セイントバードを守る為に出撃をしたいと、考えていた。

 彼の行動は独断だ。MSデッキに着いたレイはアインスを探した。しかし、その姿をシンに見られてしまっていた。

「おい、何やってんだよ!お前は休んでろって!」

「でも!敵が迫ってきてるのにアインスを置いておくなんて!」

「大尉とガーストが頑張ってくれてるんだよ!あとは他の人達もな!悪いけどお前は乗せられない!お前、故郷に帰るんだろ?だったら尚の事だ!」

目の前に敵がいる。その敵を迎撃するべきなのに……と、悔しい思いをするレイ。自分には力がある筈なのに、何も出来ない無力さ。それが、悔しくて堪らない。

「僕は……お荷物じゃないのに……今までだって戦ってきたのに……」

レイは、静かに呟いた。しかし身動きが取れない以上、彼は出撃の許可が貰えないのである。

 その時、ふと、エリィの存在が思い出された。彼女に許可を貰えれば、出撃が出来る。そう考え、レイは繋げるように言った。

「あの!エリィさんに確認したいです!あの人が艦長なら、出撃の確認できる筈です!」

と、言うレイだったが――

「だから!艦長がお前を止めてるの!」

「直接話がしたいんです!」

どうしても……と言うレイ。シンは頭に手を置き、仕方ない様子でブリッジとの連絡を許可したのである。

 

「エリィさん!僕もアインスで出ます!敵が迫ってるなら、僕だって!」

MSデッキの回線からレイが連絡する。しかし――

『レイ君、どうしてそこにいるの?休んでてって言った筈なのに。』

「敵が来ているのなら、僕だって戦います!身体だってもう、なんともありません!」

懸命に説明するレイ。だが――

『出撃許可は出せません。』

「どうしてですか!?」

『貴方を故郷へ送るのに、肝心の貴方が死ぬかも知れない事があるのはあってはならないから。現に昼間の出撃で敵と戦って、意識を失っていたでしょ?あれで私、考えていたの。そんなの、あっては駄目だ……って。大丈夫。皆が守ってくれるから、貴方は休んでて。これは艦長命令だよ。』

「そんな!エリィさんは、僕に言ってたじゃないですか!」

“あの時”と言うのは、キプロス島でのエリィの言葉である。

 

――――――――――――――――いつも、ありがとうね――――――――――――――

 

「ありがとう、って言ってくれましたよね!それって、僕の事を頼ってくれてるって訳じゃないんですか!?」

『……確かに貴方は戦ってくれている。それには感謝している。けど、私は貴方に戦って欲しいとは一言も言っていないよ。寧ろ、安全に過ごして欲しいの。それだけだから。シン君、レイ君をお願い――』

と、言ってカメラから目線を外す。

 

プツッ

 

回線は途切れた。レイは、ただ、途方に暮れている様子だった。

「って訳で。部屋に戻ってな。」

「こんな、こんなのって……」

エリィからも許可が出ていない状況。機体に乗り、戦える筈なのに、それが出来ないという歯痒い気持ちに、レイは陥っていたのであった。

 

 

戦闘が始まった。敵機体はいずれもが海中に身を潜めている。それらはセイントバードを囲むように、波状に展開している。

 まず、オーツェラーン号からは魚雷がセイントバードに向けて放たれる。それらは、スバキの駆るジャスティスがビームライフルを撃ち、阻止する。爆発と共に、海上に水蒸気が噴出した。

 彼女の乗るジャスティスはセイントバードの上部で待機している。そして、モニターで確認し、迫るミサイルや魚雷等を迎撃しているのだ。

「夜中なのに眠らないで来やがって!相手になってやるよ!」

張り切るスバキ。直接敵機体と交戦する訳ではないのだが、艦を守ると言う役目は、十分に果たせていると言える。

 

 海中ではハルッグが実弾ライフルを構えて移動していた。やがて一機のズボラーナXを捕捉。それを見たネルソンは、敵勢力が昼間の海賊である事を理解した。

「昼間のならず者連中か!」

ターゲットを絞り、ライフルを放つ。それに気付いたズボラーナは反撃の為にフォノンメーザーでハルッグを狙う。それを側方へステップ回避し、ズボラーナへ接近。それに対してクローを展開するズボラーナだが、近接戦闘の際にビームサーベルを展開していたハルッグはクローを切り裂き、そのままコクピットをビーム刃で串刺しにし、撃破した。これで残るは六機である。

 この時、ネルソンはズボラーナの武装を確認していた。

「クローは近接戦闘では使えるか。この機体が所持しているナイフも利用できるか……」

そう言って、ハルッグは海底に落ちていたクローとナイフを回収。それを、左前腕部に装備した。マニピュレーターで把持が可能なそれは、ハルッグにも使用する事が出来たのである。

 海中という特殊な環境では敵機体の武装も利用していかなければならない。機体が爆発しなかった場合は、このように武装の回収をし、利用する事も戦略なのである。

 

ゴオオッ

 

ハルッグの元へ、一機のMSが急速に近づいてきた。レーダーを確認し、それに反応したネルソンはライフルを構え、放つ。

 だがそれらを回避する、その機体。反撃をせんと、フォノンメーザー砲を放ってきた。ズボラーナXである。だが、背部には鮫のような背鰭が目立つ。他の機体にないそれは明らかに異質な存在と言えた――

「隊長機か?或いは統率機体か?」

ガーストの時と同様、直感でその機体が敵のリーダー格であると見抜いたネルソン。操縦桿を改めて握り込み、敵との交戦に入る。

 敵のズボラーナXはクローを展開し、迫ってきた。それに反応したハルッグは左手部に把持している、同様のクローで拮抗した。

「へぇ!うちらの仲間を殺して道具を利用しやがったか!」

無線から声が聞こえた。海賊団のキャプテン、ベレッサ・コロノアジーである。

「貴様がリーダーだな!セイントバードはやらせんよ!」

反応する、ネルソン。

「元はと言えばてめえらが俺達の海を荒らしたんだぜ?荒らしたからにはそれ相応の報いがある!当然だろ?」

「我々は海を荒らした覚えはないな。寧ろ新生連邦に追われている身だ。勘違いしては困る。」

ガーストの時と違い、冷静に対応するネルソン。だが、ベレッサは聞く耳を持たない。

「関係ねぇよ!海の藻屑になれよっ!!」

ズボラーナXのクローが迫る。それを見た、ハルッグはクローを差し出し、マニピュレーターに隠し持っていたナイフで切りかかろうとする。しかし――

「ちっ!!」

ベレッサは、次の一手としてミサイルを展開してきた。一基だけのミサイルの火力は小さいが、それが束になれば火力は増大する。ハルッグを後方に移動させ、回避運動を取る。

間に合わない場合はライフルで迎撃をする。

(さぁて、こんだけ時間を稼いでるんだ……そろそろ、動きやがれよ、ガルム!!)

ベレッサは何を思ったのか。ネルソンに襲いながら、笑みを浮かべる彼は何を企んでいるというのだろうか。

 

 

 

 セイントバードは近接してくる機体に対して機関砲で迎撃する。実弾のシャワーを浴びるズボラーナは装甲に損傷を受け、一度交代する。周りにはトルクスもいる。艦の修理をしつつ、敵からの攻撃を守るのは困難を極めてはいるが、海中戦に慣れてきた彼等は、この状況にも対応出来つつあったのである。

 エリィ達もその状況を見極め、敵の動きを確認している。闇夜で、更に海という環境は灯りが頼りだ。それがなければ、レーダーに頼るしかない。迫る敵機体が見つかれば、それ相応の手段で迎撃を行う。海中に潜んでいては、ビーム兵器は通用しない為、機関砲で迎撃をする。

「敵影の数が減っている……大尉達が頑張ってくれているのかしら……」

「だと、良いですけれどね。」

ブリッジに居るのはエリィとインクの二人のみ。他のメンバーは整備や修理、そしてMSパイロットは迎撃に出ている状態。常に人手不足の状況で、セイントバードは敵と戦っているのである――

 

「動くんじゃねぇ!」

聞き覚えのない、男の声が聞こえた。振り向く二人。

 そこには、銃を側頭部に突き付けられているプレーンの姿があったのである。男はジャケットに鮫の骨格を模したデザインを羽織っている。恐らく、ベレッサ海賊団の服装なのだろう。

 ここに見覚えのない男達がいる。そして、海賊の衣装。これが表す事は、ただ一つ。ブリッジが、海賊に占拠されてしまったという事だ。この直後、この場に合計五人の屈強な男達が乱入してきたのである。

「プレーンさん!?」

銃を突き付けられているプレーン。彼女の目からは、涙が溢れている。特別な非常時。そして、予想すらしなかった人質の状況に、困惑してしまったのだろう。

「どうやらここの女連中は粒揃いみてぇだなぁ?ハハハ!上物揃いだな!」

と、笑う、プレーンを人質にしている男。

「どうやって、ここに入って来たのかしら……」

エリィはごくりと、唾を飲む。

「おいおい、その前に両手を上げるのが常識だろぉ?」

 

パァンッ

 

別の男が威嚇射撃を、天井に向けて行った。銃弾は天井に突き刺さり、火薬の匂いが僅かに残った。プレーンは恐怖の余りびくりと反応し、高い声を出す。

 その男の言葉通り、エリィとインクは両手を上げる。やがて別の男が両者の後頭部に銃を突きつけたのである。

「ブリッジ占拠完了ぉ!ザル過ぎる警備だなぁカモメの連中!!!」

一人の男が高らかに叫んだ。この瞬間、セイントバードは海賊達によって占拠されてしまった事になる。

 海賊が強襲してきている中で、レーダーに映らなかった別動隊が密かに潜入したのだ。やがてプレーンを人質に取り、ブリッジに案内させられたのだろう。

 だが、周囲はスバキのジャスティスやトルクスが見張っている。何故彼等は侵入をする事が出来たのだろうか。接近する機影があれば、それに攻撃を仕掛ける事が可能な筈なのだが。

更に、そこへ一人の海賊である、大男が部屋に入ってきた。ベレッサ海賊団の副団長、ガルム・エレックである。

「予め島に待機してりゃこんな事も出来るって訳だよ!」

大男の声が響く。そのドスの効いた声は彼女達の表情を歪ませるのに十分な効果を発揮している。

「じゃあ、最初から私達は誘き寄せられていたって訳ね……」

不覚だった。昼間に海賊が撤退したのは偶然だと思っていた事が仇になった。彼等の真の狙いは、セイントバードの占拠であったのである。

「予め潜入して、その巨乳の女を脅せばブリッジの場所も分かるって訳だぜ!ガハハ!しかし、警備もこんなにザルで、しかも上物揃いの女がブリッジに二人だけ居やがる!ここは高級キャバクラか!?ガハハハハハ!」

品のない言葉が飛び交う。ならず者の組織とはいえ、副団長にあたる人間が発するとは思えない、下品な言葉。

「うちの艦は野郎ばっかりだからなぁ!こいつらを持ち帰ればキャプテンも大喜びだろうぜ!!」

「これで暫く女には困らねぇ!生身の女、しかも上物!こいつぁ良いものを手に入れたぁ!」

まるで、彼女達を我が物にしたと言わんばかりの声が響く。この時、エリィはガルムに対し、言った。

「貴方達は、何が目的なの……?」

「目的?そりゃ、この艦だぜぇ?」

「どうして、この艦を……?」

エリィの頬に、冷や汗が落ちる。その時、あろう事か、エリィに対して銃を構えていた男が彼女の汗を舐め始めたのだ。

「うっ……」

思わず声を出してしまうエリィ。彼女の頬を、不快な男の舌の湿気が襲う。

 気色の悪い行為。その容姿は端麗とは程遠い、下劣な男の品のない行為はエリィを不快な気分にさせる。しかし、今、それを咎めては何をされるか分からない。ただ、耐えるしか、なかったのである。

「依頼を受けたんだよぉ!カモメが飛んでくるって聞いたからなぁ!この艦さえ確保できりゃ後は好きにしていいってさ!!」

と、大声を出すガルム。

下劣。その一言に尽きる会話。まさか前時代的な海賊のような連中が、この場に現れ、下種のような行為を堂々と行われるなど、思わなかったのだ。

「……こいつらマジでキモい……」

妙な行為をされ、顔に出すインク。その間も彼女も銃で突き付けられている。男特有の皮膚から出る脂の匂いが、不快であったのだ。

「そうそう、ここの占拠の宣言をしねぇとな!ガハハハ!」

と、言いながらガルムはインクが使っていた通信回線を開き始めた――

「ブリッジは占拠したぁ!既に人質もとっている!!残念だったなァ!カモメ共!!!」

それは、セイントバードの陥落を意味した。ブリッジを占拠され、人質を取られている状況。そして敵に宣言される。MSを展開し、迎撃している状況で敵に襲われていては、迂闊な事が出来なかったのである。

 

 

「しまった!別動隊がいたのか!?」

ベレッサとの交戦中にガルムの声を聞いたネルソン。まさか、セイントバードが襲われているなど想像すら出来なかったのである。

「残念だったな!てめぇらの艦は俺の仲間が占拠したんだよ!」

セイントバードが占拠されているのならば、今、ここで海賊と戦う理由はない。急いで戻らなくてはならない。万が一クルーに危害が及ぶ事があっては大変な事に成り兼ねないからだ。

 

ガキィン

 

焦りは、敵にとって隙を見せているようなものだ。ズボラーナXのクローはハルッグの脚部を捉え、海中へ引きずり込んでいく――

「ぐうっ!?」

操縦桿を引くも、コントロールが出来ない。ズボラーナの引き込む力は、海中に於いて絶大だ。

「逃がすかよ!まあ、逃げたとしても危機は免れねぇだろうさ!ハハハハハ!」

冷徹な笑い声を上げるベレッサ。ネルソンは、ただ、悔いる事しか出来ないのであった――

 

 

 屈強な男達に占拠されたブリッジ。そこにはエリィ、インク、プレーンの三人の女性が屈強な六人の男に脅されている状況が繰り広げられている。何も出来ない女性達。その間も、身体の接触等をされるなど、屈辱的な行為をされている――

「ところでなぁ、ブリッジに居たって事は、総責任者はここにいる誰かだろ?な?」

ガルムが気味の悪い笑みを浮かべる。エリィは彼を睨むように、静かに言った。

「私ですけれど。」

「上物女がこの艦の責任者か!ここの男連中はよく放って置かなかったよな!?」

ガルムが笑いながら、言った。

「副キャプテン、いっそこいつらを持ち帰る前に楽しむのはどうですか?」

プレーンに銃を突きつける、男が言った。

「そいつぁ、良いな。おい、連れて行け!あと、部屋を用意しろ。堪能するぜ……」

それが何を示すのかは、容易だ。彼女達はこの男達に逆らう事も出来ず、ただ、従うしか出来ないのだ。

 

 

 別室に連れて行かれた三人。そこは、仮眠室と呼べる場所だ。ベッドが二つ用意されている部屋で、三人は両手を縛られた上に、ベッドの上に転がされてしまった。

「先に楽しんじまうか!占拠宣言した以上、どの道、ここに攻撃はされねぇだろうしな!」

「何か月振りの女だろうなぁ……」

「どれから食っちまおうかな?やっぱり艦長の女か?気丈そうなところがそそるしなぁ!ああ、おっぱいが沢山だぁぁ!」

一人の男が、あろうことかズボンを脱ぎ始めた。トランクス姿になり、笑う、男。

 その間も彼女等は銃を突きつけられている。両手を縛られている状況で、逃げ出す事も出来ない彼女達――

「……貴方の相手、私がしましょうか。」

その時、エリィがトランクス姿の男を見て、言った。その目付きは真剣そのものだ。唇を舌で濡らし、男をじいっと見る。

「相思相愛だなぁ!!結局その気になってんじゃねえかよ!」

無論、これはインクとプレーンを守る為の行動だ。エリィは艦長。クルーを守る責務がある。今、せめてこの状況が改善する可能性があるならば、自らが率先して立ち上がらなければならないと、考えていたのである。

「艦長……」

インクはエリィの言葉を聞き、気の毒そうな声を上げた。

「ねえ、お願いがあるの……手を、解いて欲しい。貴方を慰める為に、必要じゃないかしら……?」

と、突如エリィは色気の付いた艶めかしい声を、トランクス姿の男に対して言った。はぁと、色気の付いた吐息を履くエリィ。

 男は急に興奮し始める。その欲に満ちた表情を浮かべ、エリィに近付いていく。

 やがて男はエリィを縛っていた手錠を外した――

 

チュゥゥゥッ

 

あろうことか、エリィは自ら醜い男と接吻を交わし始めたのだ。それも、男の頬を持ち、まるで自ら求めんとせんと、醜い男と口付けを交わすという行為。

 それは余りに残酷な行為だ。インクとプレーンは目を逸らしてしまう。心地良くない口付けは見る者も不快にさせる。当然、当人も心地良い筈がないのである。

 やがて行為は終わる。そして、そのままエリィはベッドに自ら倒れる。まるで、男を誘惑せんと、その指を静かに動かす――

 

「おい、ここにも上物がいたぜ!!」

その時だ。突然ドアが開き、銃を突きつける男と共に、一人の人間が入って来た。そこに居たのは、レイであった。

「こいつはロリ系だな!俺、ロリ系好みなんだよなぁ!!」

レイを連れて来た男。レイの事を、少女と勘違いしてこの場に連れて来たのである。

(レイ君……?)

エリィは、心の中で思った――と同時に、声に出してはいけないと直感で感じ取った。

 彼は今、少女と間違えられている。故に、この部屋に招き入れられたのだ。

「気が変わった!俺、こいつを先に頂くわ!」

レイの姿を見るなり、トランクス姿の男はレイに近付いてきた。至近距離でレイを見るこの男。彼は男ながらに、気持ち悪さを感じていた――

 

ジャキンッ

 

と、男はナイフを取り出した。

「全然胸は無いようだけど、発達途中かぁ?ヘヘヘ、食ってやるよ!」

そう言ってから、レイが身に着けていた服の胸元を切り裂いた――

「……へ?」

男は、目を疑った。少女だと思っていた筈の人間の胸が、膨らんでいない事に、驚愕していたのだ。

 人は固定概念を覆された時、隙が生まれる。例えばこのトランクスを履いていた男の場合、レイの事を少女と認識していた。だが、現実は違う。彼は男なのだ。それは、男がレイを少女だと思い込んでいたが故に生じた事である。

 対するレイは少女に間違えられることは常時の出来事だ。しかし、その度に彼の中にフラストレーションは溜まっていた。彼は男なのに、何故最初にいつも少女に間違えられなければならないのか。そして、今回の相手は自分を性欲の対象として見ている、海賊の男。それはレイにとっては不快な対象以外の何者でもない。

 レイの内なる感情はフラストレーションを多く抱えていた。故郷へ帰りたくても帰れない状況を作り出された現実、敵に襲われている状況であるにも関わらず、出撃出来ない状況。そして、現在の状況。それ以外にも、経験してきた事等。

 それらの事は一瞬の内にレイの中に過る。そして、それは行動として出現する――

 

バキィッ

 

「うぐわああッ!」

一瞬の内に、レイはその男を蹴り飛ばしていたのだった。醜い男の顔面は更に歪み、鼻血が宙を飛翔した。

 この出来事は状況を一転する好機と言えた。男がレイの蹴りによって怯んでいる時、全員がそこへ注目する。それを見ていたエリィは、目の前に居た男から、銃を奪ったのである。

 やがて銃を持ったエリィは他の男達を脅した。先程の艶めかしい声とは違う、威勢の良い、責任者の声が響く。

「銃を下ろしなさい!早く!」

男達は手を上げ、銃を離した。エリィは銃を差し出しながら、インク、プレーンの手錠を外す。そして、インクは男達が離した銃を拾い、それを近くにいた男に突き付けた。

 人の数はセイントバードチームの方が少ない。だが、銃を突きつけられている以上、迂闊な事が出来ない海賊。状況は一転したのである。

 

「艦長、大丈夫ですか!?」

更に、整備士達もそこへ駆け付けた。シンをはじめとした整備士が、銃を構えて海賊達を囲む。

 この一瞬で状況は逆転した。人の数も、海賊の数よりも多い。銃を突きつけられては、海賊も動く事が出来ない。

「ありがとう、シン君。事前に呼び出しといて良かったわ。お陰で貴方達を拘束出来る。私にこんな恥知らずな行為をさせた事を後悔させてあげる……!」

エリィは怒っている。それも、本気で。大男であったガルムはその体躯に似合わず、エリィの眼差しに対して怯えていた。

 危機的状況は去りつつある。レイの咄嗟の行動が、正の連鎖を生んだ。一方で、男達のどす黒い肉欲が、彼等の状況を悪化させた。事前に粟島に潜入しておく事までは良かった。だが、目先の肉欲を優先させた結果、彼等は自らの首を絞めた事になる。

(エリィさん、怖い……)

エリィの目を見たレイは、彼女の本気の怒りを感じ取っていた。それは、彼が力を持つ人間であるが故に、より一層感じる事が出来たのである――

 

ドガアアアアア

 

セイントバードの側面にミサイルが直撃した。恐らく、ズボラーナによる砲撃を受けたのだ。

 被害は最小限ではあった。しかし、艦が揺れたのには間違いない――

 

ピキィィィ

 

レイに電流が流れたのはその時だった。彼は直感を感じていた。今、セイントバードは不利な状況にある……と。このままでは、やられてしまうと、感じたのだ。

 そうなれば、今のエリィを怖がってはいられない。レイは、既に行動しようと動いていた。

「エリィさん、僕、アインスで出ます!お願いします!このままじゃセイントバードが!!」

突然のレイの言葉。しかし、エリィはそれを制止する。

「駄目よ、貴方が戦うなんて!」

エリィの冷たい言葉が放たれる。だが、レイはそれに負けずに言った。

「この状況を作れたのは誰のお陰なんですか!?僕だって、役に立ちたいんです!ここを去る、最後まで!」

それはレイの純粋な想いだ。セイントバードを守りたいという、願い。それを止められたことはレイにとってストレス以外の何者でもない。そのフラストレーションが、レイに海賊を蹴らせる機会となったのである。

 エリィはその強い意志を感じ取っていた。レイが先の戦闘で意識を失った事もあり、不安を感じていたエリィは保守的になっていた。しかし今の彼の想いは、紛れもない強さだ。

 その強さに心打たれたエリィは、静かに、言った。

「……分かりました。レイ君、貴方に出撃許可を出します。」

「ありがとうございます……!」

「但し、必ず戻ってくる事!それは守って下さいね?」

「……はい!」

エリィの言葉を聞き、レイは、部屋から去る。海賊達はチームのメンバーに囲まれ、銃を突きつけられ、動けない状態だったのである。

 

 レイは無我夢中でMSデッキへ走った。エリィの発進許可を貰っているレイは、そのまま廊下を走り続けている。

 やがて、MSデッキに着いたレイは、急いでアインスのコクピットへ向かった。許可が下りている以上、躊躇う必要がない。彼は、ただ戦うのみ――

 

キシィン

 

アインスの緑色のカメラアイが輝く。水中仕様のアインスは、バズーカを構えた状態で静かに起動する。

「アインスガンダム、行きます!」

コクピット内で、レイが掛け声を上げ、アインスが発進する。危機的状況に陥っているセイントバードを守る為に――

 

 

 

 出撃してすぐに、ミサイル攻撃を確認したレイはそれに反応した。レーダーを確認し、二機のズボラーナXから放たれるミサイルを見切り、全て回避に成功。そして、標的に対してバズーカを放った。実弾が放たれる鈍い音は周囲を響かせる。

 

ドォン

 

それはズボラーナに直撃した。分厚い装甲のズボラーナだが、バズーカの実弾は、機体を怯ませる効果を持つ。その隙に、左手部マニピュレーターにビームサーベルを構えているアインスは、水平にそれを立て、接近してズボラーナのコクピットを切り裂いた。

「ぐわあああ!」

海賊の断末魔がコクピット内で響き、ズボラーナは爆発した。これで残る機体は五機だ。

 更に、近接戦闘を行おうとする別のズボラーナが迫っている。だが、レイはこれを見切り、再びビームサーベルを展開し、今度は上空に一度飛び立ってから、縦に切り裂いた。この攻撃でもう一機のズボラーナも爆発。これで、残り四機となった。

 

ピキィィィ

 

レイは再び反応した。ネルソンが危ないと、感じていた。それにより、海中へ向かう、アインス。

 

 アインスがその場所に向かっている時、ネルソンとベレッサは交戦していた。しかし、海中と言う状況ではベレッサの方に分がある。ネルソンは、押されている状況だったのであった。

「増援だと!?何者だ!?」

ベレッサはレーダーに映る新たな機影を確認した。そこに映っていたのは、アインスガンダムである。緑色のツインアイは海中では目立つ。それに反応したベレッサは、舌を舐め回し、言った。

「まさか!あれは噂のガンダムタイプか!カモメの連中、随分とビッグなお宝を持ってるじゃねえか!!」

そう言った後、ベレッサはズボラーナの脚部をハルッグの後方に向けて蹴り飛ばした。この勢いにより、再びハルッグは海底に引き込まれてしまう。彼の標的は、アインスガンダムに移ったのである。

「てめぇに用はねぇ!あのガンダムタイプは手土産の対象だぜぇ!!」

やがてズボラーナXは鮫の如く、航行形態をとり、アインスに迫ってくるのだ。

「あれは……アインス……レイか……?クッ、彼に出撃させてしまうとは……」

ネルソンは内心、情けなさを感じていた。昼間の事もあり、レイには戦わせたくなかった。だが、今、アインスが海中にいる。それは、出来ればさせたくはなかったのである。

「ネルソンさん!大丈夫ですか?」

損傷しているハルッグを見て、心配するレイ。

「見ての通りだ……だが、どうして君が……?」

疑問に抱くネルソン。それに対して、レイが言った。

「それよりも、セイントバードの人質に関してはもう大丈夫です!襲ってきた海賊達はエリィさん達がどうにかしちゃいましたから。」

「何、じゃあ艦長は無事なのか?」

「……はい!」

瞬く間の出来事と、言えた。セイントバードのブリッジが占拠され、何も出来ない状況だった先程と違い、すぐに状況は変わった。これは、ネルソンにとっても好機であった。

「そうか……なら、良かった。他のメンバーにも伝えておく。ハルッグの損傷も激しいしな。不本意だが、撤退してレイに任せるしかないのか……レイ、頼む。」

「はい!」

この時、ハルッグはベレッサによる攻撃を受け続け、機体が半壊していたのである。この状況で戦い続ける事が不利だと判断したネルソンは、レイにこの場を託すことにしたのであった。

 任されたレイは、ネルソンの代わり、セイントバードを襲った海賊のキャプテン、ベレッサ・コロノアジーと戦うのであった。

 

「ガンダム!相手にとって不足はねえ!こいつが奪えれば大金が入る!!こいつの為なら多少の犠牲があろうと補えるンだよォォ!!」

ベレッサのズボラーナXは、標的をアインスへと完全に変更した。海中の中で、アインスに対してミサイルを放ち、迫る。

「くぅっ!」

回避しつつ、頭部機関砲で迎撃するアインス。これにより、ミサイルは幾らか減らす事が出来た。ミサイルの爆発は、周囲の灯を照らす事にもつながる。

 だが、ベレッサの駆るズボラーナXは明らかに動きが異なる。海中という環境も関係あるのだろうが、それ以上に機敏な動きだ。その上で迫ってくる、ベレッサ。

「野郎共、来い!ガンダムを捕獲する!!」

と、ベレッサは部下の人間に命令を下した。彼の命令により、動く海賊達。その数、二機。残り四機の内、三機がアインスガンダムを捉えようと動いているのだ。残りの一機は、セイントバードに向けて接近しようとしていたのである。

「強い……!」

海中でのズボラーナは本領発揮が出来る。いくら海中に慣れてきたとはいえ、慣れて間もな

いレイと、常に慣れているベレッサでは差が有り過ぎる。

「ガンダムのパイロットのその、面を拝ませてもらおうか!!」

その時、ベレッサはアインスにカメラの開示を希望した。レイはそれに応じてしまい、ベレッサの顔を始めて見る事になった。

 ドレッドヘアーに、眼帯を付けている男、ベレッサと、少女のような顔貌をしているレイ。

互いに顔を合わせたのは初めてだ。その中で、彼等は会話をする。

「ガンダムに乗っているのは女の子か?海賊も随分、舐められたもんだな!」

「この人は……!」

レイは無意識に怒っていた。再び少女に間違えられ、馬鹿にされた気持ちになったのだ。

「僕は、男だ!!」

「へぇ、少年かよ!見えねぇな!まあ、そんなもの関係ないんだけどなッ!!」

と、言いながらフォノンメーザー砲を連射するズボラーナX。アインスはシールドで構え、攻撃を防ぐ。

「坊やなら、海賊ぐらい絵本で見た事があるだろうによ!」

「海賊……」

ベレッサの言葉に翻弄されつつも、ゴクリと唾を飲み、警戒を怠る事の無いレイ。彼が発した、海賊という言葉に、少しばかり動揺している。

「坊やの中のイメージの海賊はどうだ?やっぱりピーターパンに出てくるフック船長か?それとも、カリブの海賊でも思い浮かべたんか?」

挑発する、ベレッサ。そして、子供であるレイはこの言葉に乗ってしまう。

「そんなの、関係ない!!セイントバードに手を出すなんて、させない!!」

あくまでも、守る為に戦うレイ。やがてアインスは脚部の魚雷をズボラーナに向けて、放った。ベレッサの駆るズボラーナに向けて放たれる、魚雷。しかし――

 

ドバアアッ

 

別方向から、二機のズボラーナXがフォノンメーザー砲で魚雷を破壊し、ベレッサを守った。彼が事前に呼び出していた二機である。

「よぉし、良いコンビネーションだ。」

と、ベレッサは言った。

 状況は三対一。不利な状況になった、レイ。彼等はどのような攻撃を行なってくるのか、想像しなければならない。そうしなければ、やられてしまうからだ。

「しっかし、ガンダムがまさかいるなんざ聞いてねえぞ?さてはあの連中、しくじりやがったか!なら勝手に殺されてろ!ガンダムだけでも持ち帰れたら大金が手に入る!」

あろうことか、ベレッサは犠牲になった仲間に対し、哀悼の意を表するといった事をしないのだ。寧ろ、仲間の犠牲は既に想定済み。その上での彼の行動なのだ。実際、ガムン達はまだ生きているのではあるが、ベレッサにとっては使い捨てでしかないのだ。

海賊団と言う名前ではあるが、結局は己の利益しか追求しない連中だ。それにより仲間が死のうが、関係がない。ただ、目の前に居る大金になり得る存在さえ得られれば良いという、自己中心極まっている人間。それが、ベレッサ・コロノアジーなのである。

(この人はアスーカルさんのような、仲間を大事にする人間じゃない……寧ろ、使い捨てる人だ……こんな人に、負けられない!)

ベレッサの言葉を聞いていたレイは、一人、怒りを覚えていた。大切な仲間が殺されたかも知れないというのに、平然としているこの男。躊躇いなく迫る、ベレッサ・コロノアジー。

「さぁて、ガンダムは頂くぜェ。」

ベレッサが笑みを浮かべた時だ――

 

ギュルルッ

 

二機のズボラーナXは、ワイヤーアンカーを合計二本、アインスの両腕部に引っ掛けるように狙ってきたのである。これにより、アインスは両腕の自由が効かなくなってしまったのだ。

「ああ、しまった……!」

そして、ベレッサの駆るズボラーナXはクローを展開し、アインスの胸部に向けて直接攻撃を行うのである。

「うあああっ!」

機体が激しく揺れる。敵のクローによる直接攻撃。その上で、機体が動かすことが出来ないという状況。レイにとって危機が訪れた。幸いにも昼間の新生連邦との戦いのように、コクピットに穴が開く事は無かったものの、その衝撃は凄まじい。緩衝用のクッションが展開され、レイの頭部は守られるものの、それでも衝撃を受けた。

水中仕様で海中での戦闘が行われやすくなったアインスではあるが、それはパイロットの技量が海中でも適応した上でその真価を発揮する。レイは海中戦に慣れつつあったものの、元々海中での戦闘に慣れているベレッサと比較しては雲泥の差と言えた。

 魔鮫、ベレッサ・コロノアジー。日本海を縄張りにして荒らし回っている海賊の団長。彼の仲間は下劣な人間が多いのだが、彼自身の腕は確かである。海中での戦闘に、旧デウス帝国の海中用の機体の愛称は、良過ぎるとも言えた。

「さぁて、機体はそのまま、坊やには死んでもらおうかなァ!ガンダムはその存在に価値があるんだよォ!!」

両腕部がワイヤーで固定されている状況。そこへ、ベレッサの駆るズボラーナは再びクローを展開していた。狙いを定めるその位置は、コクピットである。ダメージを負い続けていたその装甲。万が一、弱っているそれが直撃すれば、レイの死は免れない。コクピットに鋭利なクローが突き刺す事は、彼自身の身体を突き刺す事になるからである。

 巨大なクローを生身の人間が耐えられる筈がない。もしこれが通れば、レイは確実に息絶えてしまう。

 

 

レイはこの時に必死に願った。〝死にたくない〟と。彼は故郷に帰り、元の生活に戻りたいという気持ちがあった。

思えば去年の十二月下旬から、レイはセイントバードチームと同行している。それから二ヶ月余りの時が経ち、現在に至る。その間、多くの事を経験してきたレイ。様々な人間との出会いや別れはレイをより、成長させる機会を作った。そして、より一層故郷への想いを強めた。

故郷には家族がいる。合計五人の家族だ。ごく普通の家庭で育ったレイは恵まれた環境で育ってきたと言えた。それ故に、彼は真っすぐに育っていった。……アインスガンダムと出会うまでは。

そして、友人もいる。幼馴染の存在も、ある。リルム・エリアス。レイにとっての大切な人の一人。レイが、片思いをしている人間でもある。

 思えば、リルムの事を異性として認識しだしている時にレイは故郷を離れてしまった。彼女は、今どうしているだろうか。東京で一度連絡を取って以来、話が出来ていない。必ず故郷に戻り、そこで話がしたいと思っていた矢先に起きた、目の前の悲劇。

 レイは故郷に帰らなければならない。それは、自分にとって大切な人に再開する為。何を言われたって、今は構わない。自分が生きる事さえ、出来るのならば。

嬉しい事や悲しい事……その他の様々な思い出……。自分はこれからも作っていきたい。だから死ぬわけには行かない。生きたい。生きて、故郷に戻りたい――

 

 

―――――――――――――――――ドクン――――――――――――――――――――

 

 

その時、レイの眼が見開かれた。その時の彼の眼は変色しており、紅に染まっていた。普段は青く、澄んだ瞳。しかし今は深紅に染まった眼の色をしている。

それは、瞳の虹彩部のみが染まっていた。だが人という生き物がこのような現象を引き起こす事は可能なのであろうか。否、不可能である。レイの身体に、一体何が起きたというのだろうか。

 

グォンッ

 

レイの眼が深紅に染まった瞬間、アインスは今までにない動きを見せた。固定されている筈のワイヤーを無理矢理、前腕部で古い、あろうことかそれを強引に引きちぎった。この勢いで、アインスを固定していたズボラーナXはバランスを崩し、海底に落ちる。それにより、自由になった右腕に装備されているバズーカを一度分離。続いて、左手部のワイヤーを引きちぎった後、すぐにリアアーマーに搭載されているアクアコンバットナイフを展開してクローを防いだのだ。

その間、僅か1秒にも満たない。咄嗟に判断したとは思えない、早業である。

今までにも彼は力を持つ者のような、反応を見せていた。その代表例が、敵の動きが止まって見えたり、脳裏に電流が流れたりする等。しかし今回のレイは違う。今までとは明らかに異なり、まるで彼が別の人間であるかのような動きを見せることになる。

「なんだ、こいつ!?急に動きが!?」

焦るベレッサ。そして、表情を一切変えない、レイ。その上で周囲を確認し、まるで自動的に敵を補足しているように、そして機械のように敵を捉え、躊躇なく攻撃する。海底にて姿勢を崩していたズボラーナXの、コクピットをコンバットナイフで一突き。機体のみが残り、パイロットは死亡した。

 次いで、別箇所のズボラーナXにもアクアグレネードで狙う。その射撃は正確無比。確実に敵を殺めんとする射撃だ。迎撃する海賊だが、間に合わない。

「うわあああ!」

もう一人の海賊が断末魔を上げ、死亡した。グレネードによる爆発に巻き込まれ、その身体は跡形もなく消し去ったのだ。

 アインスは動く。だがそれは、まるでパイロットに翻弄されているが如くの動きだ。海中という特殊な環境中とは思えない動き。それは敵対する存在ですら、畏怖するものであると言えた――

 

―――――――――――――――――ドクン――――――――――――――――――――

 

「うぅ……!」

一方、艦内でガルム達を捉えていたエリィ達。その中で、一人エリィは頭を抱えていた。レイの眼が深紅に染まったと同時に感じた、感覚。シンギュラルタイプであるエリィを苦しめる、この感覚は何を示すというのか。

「艦長!?」

シンが、心配そうにエリィに声を掛ける。

「大丈夫……少し頭が痛いだけ。」

頭痛に耐えながらエリィは答えた。

(レイ君に何かあったのかな……それに、さっきの鼓動音は……?)」

彼女自身も今まで感じた事が無かった、奇妙な感覚。突然の頭痛がエリィを襲った更に、レイが覚醒した時に鳴った鼓動音を、聞いていたのである。

 

「隙アリなんだよ!!」

頭痛を訴えるエリィを見た、ガルムが突如、動き出した。手錠を掛けられているのにも関わらず、エリィの方に向かおうとしていた。

「艦長!!」

 

パァンッ

 

咄嗟の判断だった。エリィに危機が訪れると判断したシンが、ガルムの頭部を撃ち抜いたのである。その巨体は瞬く間に床にひれ伏し、頭部からは多量の血液が流れ出た。

 海賊の副キャプテンであるガルム・エレックは、シンの銃撃によって死亡したのである。

「副キャプテン!?マジ……か……」

残された海賊は五人。彼等はこのまま、クルーによって連行される事になる。

 咄嗟の危機ではあったが、エリィは守られた。しかし、今彼女はこの妙な感覚に悩まされている状況であったのだ。

 

 

―――――――――――――――――ドクン――――――――――――――――――――

 

 

エリィと同様に、ガーストも頭痛を訴えていた。

「ぐぅ……この感じは一体……?なんだよこの感覚……?」

一体この感覚は何なのか。シンギュラルタイプの力を持つガーストにも分からない、謎の現象。彼も謎の鼓動音を聞いており、その正体が分からないでいた――

 

 

―――――――――――――――――ドクン――――――――――――――――――――

 

 

「あああっ!頭が痛い!?何だこれ……?」

ジャスティスを駆るスバキも、この違和感を覚えていた。突然発症した頭痛。原因は全く不明。ただ一つ言える事があるとすれば、レイの眼が深紅に変貌した事が起因している。

 彼等に共通しているのは、皆がシンギュラルタイプであるという事だ。レイの覚醒がもたらす、この異常な現象は何を示すというのだろうか。

「チッ……!このやろぉ!!」

その時、セイントバードに接近していたズボラーナXを見た、スバキは頭痛に翻弄されながらもビームサーベルを展開し、胴体を切り裂いた。明らかに素早い動きで、敵を撃破する。これで、残るズボラーナXは三機だ。

 

 

 

状況は逆転した。覚醒したレイとオールドタイプのベレッサ。先程までのアインスとは全く異なる動きを行うアインスに、慄くベレッサ。

「何だあいつは!?クソ、このままじゃヤバい!新生連邦に応援を要請しないと……!」

先程まで悠々自適にレイを追い詰めていたベレッサだったが、レイの覚醒に伴い、次第に状況は変化していく。レイは、コクピット内で逃げていくベレッサをただ、追うばかり。その間もアクアグレネードで追撃をする、アインス。

 接近する実弾を見ては回避するベレッサ。だが、次に彼がモニターを見た時、アインスとの距離は迫っていたのである――

「何!?聞いてないぞ、こいつのスピード……!?」

 

ゴゥンッ

 

アインスは、右手部マニピュレーターでズボラーナの頭部を把持し、そのまま、海底に押し付けた。今までのレイでは考えられないような戦術。それも、躊躇なく行う。まるで、目の前に居る敵を抹殺せんとする為に。

 抵抗するベレッサ。フォノンメーザーが腹部から放たれようとするが、その前にアインスの左手部が腹部を突き刺した。エネルギーが暴走し、機体が爆発。ズボラーナの頑丈な装甲であり、コクピットは巻き込まれなかったものの、アインスに押さえつけられている状況のズボラーナは、身動きが取れない状況になった。

「馬鹿な!?こいつ……!?」

 

キシィン

 

アインスのカメラアイが輝く。そして、左手部マニピュレーターはアクアコンバットナイフを把持しており、海底に押さえつけた状態のまま、コクピットのみを狙う。

「や、やめろ――」

 

グサァッ

 

アインスは躊躇うことなく、ナイフをズボラーナのコクピットに突き刺した。先程までレイが感じていた死の恐怖を、今度はベレッサが受けた事になる。それも、一切の躊躇いもなく――

 

「ぎゃあぁ……!!」

 

魔鮫、ベレッサ・コロノアジーの断末魔がコクピットの中で響く。やがてそれは海底に沈み、コクピットからは血液らしき赤い液体が浮遊していた。

 レイは、その圧倒的な力を見せつけ、魔鮫を倒したのである。

 突然覚醒し、的確な動きで海賊のMSを次々と撃破していくレイ。その力の根源は何なのか?怒り?憎悪?それとも、生きたいという生存本能?何が引き金となったのかは全くもって、不明であった。

 

 

 

 ベレッサがレイに殺害される前、彼はズボラーナの中から新生連邦軍に応援要請を行なっていた。それを確認したブルーマーリンは、轟音を鳴らし、粟島へ急いで向かっている。新生連邦と海賊が組むという状況。またしても、セイントバードに危険が及ぼうとしている。

「役立たずの海賊共は結局軍を頼るしか出来ねぇのさ!やるぞ、テメェら!」

ブリッジにて声を荒げるシーギ・デューラ。だがそれに対する威勢の良い声は、響かない。

 

ガシッ

 

そして、頬をガーゼで保護しているクラリスがシーギの隣にいる。シーギはクラリスの肩に抱え込むように、自身の太い腕を絡ませる。

「てめぇの出番だ。今度は、しくじんなよ?お?」

まるで脅すように発言をするシーギ。クラリスは、それに対し、ただ、従うしか出来ない。

「了解……」

眉間に皺を寄せたクラリスは、静かに敬礼をし、彼の乗機、ディープブルーガンダムへと向かっていく。セイントバードは、海賊以外にも新生連邦とも交戦しなければならない状況に陥る事になる――

 

 

 

 ベレッサを倒したアインス。だが、彼は止まる様子を見せない。セイントバードに迫る脅威を倒さなければならない。その思いだけで、レイは動いている。彼の眼は深紅に染まったまま。

 やがてレーダーを見たレイは、そのままオーツェラーン号の方へ移動。キャプテン、副キャプテン共に失った艦は、ただ、パニック状態に陥るばかり。

「敵機体接近!」

「キャプテンとは連絡取れないのか!?まさか……!?」

「それよりあいつを倒すんだよ!!!」

「早くしろ!!!」

混乱する艦内。だが、その間にもアインスは迫る。バックパックのハイドロジェットの出力を上げ、カメラアイを輝かせ、オーツェラーン号を狙う。

 やがて、ブリッジを見つけたレイ。そのままアインスの前腕部を差し出し、アクアグレネードを発射したのである。

「バカなぁぁ――」

ブリッジを破壊されたオーツェラーン号。主要人物が居なくなった潜水艦は、最早只の塊以外の何者でもない。この瞬間、ベレッサ海賊団の戦力は全て消滅。辛くも、セイントバードチームは勝利を収めることが出来た。

 何故レイは躊躇なくこれ程に攻撃を行えるのだろうか。敵を倒す。ただ、それだけの為に動いているレイ。それは確かに、チームに貢献しているとは言える。しかし、今までのレイの事を思うと、明らかに異質としか言いようがない。

 

ダダダダダダ

 

アインスに、実弾による砲撃が迫る。レイはその方向に気付き、対応する。

 モニターに映るのは、ディープシーだ。ベレッサの要請を受けた新生連邦軍が、すぐにこの場に出現してきたのである。

「……!」

それに反応したレイは、ディープシーの機影を確認すると、すぐにグレネードを展開。それも、あえて近くの岩場を狙い撃つという行為に及ぶ。グレネードの衝撃により、岩場は崩れ、ディープシーは視界を遮られた。

 が、その瞬間をアインスは狙っていた。ビームサーベルがディープシーのコクピットを狙っており、突き刺す。それも、迅速且つ、的確な攻撃だ。今までのレイでは考えられないような、合理的な攻撃。これにより一機のディープシーが撃破される。

 そこへ、二機の機影がレーダーに映る。それに気付いたレイは残されたディープシーの脚部の魚雷をアインスに装備し始めた。

 そして、狙いを二機の方に絞り、魚雷を発射。的確な射撃はディープシーを狙い撃ち、いずれもコクピットに直撃し、破壊される。これにより、三機が一度に破壊されたのだ。

 次に、アインスはディープシーが残した局地対応ライフルを所持し始める。それを持ち、海中を移動する。

 実弾兵器が主流になる海中では、弾切れの危険が高い。敵機体の所持物を有効に利用する事も、戦略の一つである。しかし、レイの場合は海中という環境にまだ慣れていないにも関わらず、このような的確に戦場を分析できているという事が、今の彼の凄まじさを物語っているのである。

 

ピキィィィ

 

「……!?」

真紅の眼のレイの脳内に、電流が流れた。と、同時に、背後からの魚雷の存在を感じた。彼はこれに対応する為、急いでライフルを構えて発射する。魚雷は爆発を起こし、そこに一瞬だけ映る影が見えた。ディープシーとは形状の違う機体、ディープブルーガンダムである。クラリスが、この場に再び出現した。厄介な事になった。

アインスガンダムを捕捉したクラリスはディープブルーに乗って再びレイに襲い掛かる。

「アインスガンダムか!レイ、今度こそ殺してやる!!」

二度目のリベンジ。ビームトライデントを輝かせ、海中で勢いよく接近し、迫るクラリス。

「……!」

これに対し、何も発言しないレイ。寧ろ、彼はディープブルーの動きを見極めていた。

 ディープブルーはアインスの方向に向かってきている。現在は海中だが、浮上すれば海面に誘導する事も可能だろう。咄嗟の判断ではあるが、レイはアインスを海面まで移動するように操縦桿を引き、ハイドロジェットの出力で海面に近付く。

 

ザバァ

 

やがて両者は海面に出た。脚部のスラスターを駆使し、ホバー移動をする、両機体。

ディープブルーは肩部と腹部にビーム砲を備えている。海面上での戦いの方が、多くの武装を使用できるのだ。

「食らえよ!」

肩部のバインダーが稼働。続いて、腹部のビーム砲が展開される。そこにエネルギーが集約されていく――

 

ドバアアアアアッ

 

高出力の、それらが一斉に放たれた。ビーム粒子は容赦なくアインスに向けられる。

 しかし、アインスはこれを回避。海面を、まるでスケート靴で水平に移動するように滑りながら移動する、アインス。その時、ビームサーベルを構え、ディープブルーに向かう。

(こいつの気味の悪さはなんだ……?こいつ、本当にレイなのか?)

アインスと交戦する中で、クラリスは疑問を抱いている。全ての攻撃を避け、効率的な動きばかりをしているアインス。今まで交戦しているクラリスは、今のアインスから感じる違和感に対し、躊躇っていた。

「クソッ!さっさと沈めってんだよ!」

ビーム砲撃の次に、トライデントがアインスに向けられる。槍攻撃は間合いを取る上で有利だ。ビームサーベルの比にならない。

「このまま突き刺す……と、思ったか!?」

やがてディープブルーはトライデントをアインスに向けて突き刺そうとした時だった――

 

バシャァッ

 

突如、ディープブルーは空中に移動したのだ。闇夜の海上で、ギリシャ神話の海神、ポセイドンのようなシルエットが月明かりに重なる。その際も、トライデントにはビーム粒子が纏っている。

「くたばれよ!レイ!!!」

そのまま、槍はアインスの頭部から突き刺されようとした――

 

ガキィンッ

 

「何!?」

トライデントの柄の部分を、アインスは把持した。そして、そのまま、離さない。寧ろ、槍を奪う勢いだ。

 その直後に、後方へスラスターを展開するアインス。隙を突かれたクラリスは、アインスに槍を奪われるのを許してしまった。

「ちぃぃ!生意気が!!」

槍を奪われても、ディープブルーには武装がある。再びビーム砲を一斉に展開し、アインスに向けるのだが、アインスは垂直に飛び、これを回避する。

(こいつの動きはなんだ……明らかに異質だ……それにこいつ、声に対する反応もない……これが、レイなのか!?)

クラリスは力を持たない、“オールドタイプ”と呼ばれる人種だ。だが今までアインスと交戦してきた彼だからこそ分かる、“違和感”を今のレイから感じている。レイは今、戦闘中に全く言葉を発しないのだ。

レイはクラリスの事を快く思っていない。モントリオールでの出来事をはじめとして、彼に散々な目に遭わされているからである。

不快に思う人間に対する対応は、個人差はあれど、基本的には好意的に接する事はしないだろう。無視する者、極端に丁寧に対応する者、邪険に扱う者……それぞれの対応がある。だがこれらはあくまでも、日常生活という状況に限られる。

戦闘中という非常時でそのような対応が出来る者がいるだろうか。恐らく、難しい。皆が生きるのに必死だからだ。極限状況では人は良くも悪くも、本来の姿を見せる。従って、レイもクラリスと対峙する時は何らかの言葉を発するはずなのだ。だが、今の彼は言葉を発さない。ただ、沈黙したまま戦況を見極め、如何に確実に敵を破壊出来る方法が無いかを、模索しているのだ。

 空中を舞ったアインスは、ビーム刃が展開されている槍をディープブルーに向ける。それに気付いたクラリスは、間一髪これを回避。そのまま海上をホバー移動し、後方へ移動。バインダーを展開し、再びビームを放つ。そして、アインスはこれを間一髪回避し、次なる一手を攻めていく。

「てめぇ、何か喋れよ!!ずっと黙ってばっかりで気味が悪い!!!」

余りに効率的な動きをするアインスに、苛立ちを覚えたクラリス。そして、テールスタビライザーを展開してフォノンメーザー砲をアインスに向ける。突発的な砲撃だ。レイにも回避が難しい――

 

ピキィィィ

 

が、レイはこれを回避した。敵の動きを先読みしたのだ。最早普通のパイロットとは違う。彼の実力は、増している。深紅の眼を持つレイはその感性も磨かれつつあるというのだろうか。

「今のを避けた――」

 

ズバァァッ

 

その一瞬を、アインスは突いた。ディープブルーの左肩部がトライデントによって突かれたのだ。その機能を失ったディープブルー。この時、クラリスは危機を感じていた。

(俺がこいつを怖がっている……?ヤバいってのは分かる……!逃げるしかねえのか!?)

異常ともいえるレイの強さは、クラリスを追い込んでいく。咄嗟の判断でクラリスはディープブルーを海中に戻し、撤退を始めた。

 敵が撤退すれば、それを深追いする必要はない。敵が戻るのだから。だが――

「バカな!こいつ、追い掛けてくるのか!?俺を殺す気か!?」

海中に戻ったディープブルーを、アインスがトライデントを持って追い掛ける。これ以上の戦闘をする必要はない筈なのに、敵を破壊しようとする、レイ。

「……」

この時、レイは一切表情を変えていない。逃げるディープブルーを、追い続けるのだ。

 やがて逃げた先に、ブルーマーリンがあった。その時、レイの視線はブルーマーリンの方を見た。そして――

 

ゴボオオッ

 

ハイドロスクリューはブルーマーリンの方へ向かって行く。ビームトライデントは、展開されたまま。彼は標的を、ディープブルーから潜水艦へと変えたのである。

(俺を追うのを止めた……?あいつ、いつでも俺を殺せるって事なのかよ!!こんな、屈辱が……!)

再びレイによって屈辱を味わう事となったクラリスだが、今日に限ってはどこか、心のどこかで安心をしていた。何故だろうか。標的が自分でなくなったことに対し、何故これ程の安寧を感じるのだろうか?クラリスの中の本能が、そうさせたのかも知れない。

 

「敵機体接近!ガンダムタイプ!」

「何だとォ!?魚雷撃て!」

「間に合いません!ブリッジに来ます!!」

ブルーマーリンのブリッジにて、シーギが焦燥している。やがてモニターに映る紺色の機体の緑色の眼が、彼等に合った時、その機体が持つ槍は獲物を仕留めんと、両手で槍を振り回し、その刃を突き刺そうとしていた――

「やめ……ろ……!」

部下を殴る事で自身を優位に立てていた男、シーギ・デューラはこの時、紺色の巨人、アインスガンダムの攻撃を受け、自らの死に立ち会っていた。その際の表情は、この男が今まで見せた事のない、紛れもない恐怖の表情であったのだ――

 

ズバァァァァァッ

 

トライデントはブリッジを貫通。クルー達は皆がビーム刃に焼かれた。それに伴い、ブルーマーリンの機能は停止した。

 

ダダダダダ

 

ブルーマーリンの撃墜と同時に、ディープシーが集う。アインスを迎撃せんと、ライフルを構えるのだが、今のレイにそれは通用する筈がない。

 アインスは頭部機関砲を展開し、ディープシーを牽制。それにより怯んだ隙にビームトライデントを突き刺して貫通。まるで、漁師が銛で魚を突き刺すように、いとも簡単に狩りが行われているのだ。そして、そのまま別のディープシーにもそれは迫る。

「うわああ!」

恐怖する兵士。だが、時は既に遅い。

 結果的に二機がまとめてトライデントの餌食となった。アインスは、この短時間で海賊のキャプテンを倒し、更に新生連邦の増援をも蹴散らしたのである。

 海中戦に全く慣れていなかった少年は、突然の覚醒により戦況を一転させた。巧みな攻撃や、効率的な戦略は、まるで今までの彼とは思えない。アインスガンダムの方が、彼に翻弄されるが如く動いていた。機体の性能をパイロットが引き出したとでもいうのだろうか。それにしても、これ程躊躇いなく敵を殺めることが出来るレイの強さは、どこから来るのだろうか――

 

「はっ!?」

その時だ。レイはまるで意識を取り戻したかのように、その眼を大きく見開いた。彼の目の前には二機のディープシーの残骸。そして、ビームトライデントを持っているアインス。周囲を確認すると、機影は確認できない。レーダーにも、敵機体は映っていない。

「僕は……何を?」

あろうことか、レイは自らの行為を覚えていない様子だった。しかし、彼はこの時妙な感覚に包まれていた。何故ならば、彼自身の交戦中の記憶は全くなかったにもかかわらず、今、敵を倒したという、確かな手応えを感じ取っていたのである。

「何……これ……何これ……!?」

この時、レイは恐怖していた。自らの全く覚えのない行為と、気が付けば敵を倒していたという事。これが何を示すのかは、全く分からない。彼は頭を抱え、一人、恐怖しているのであった――

 

 

 

 時間が経ち、朝方の時間。水平線から昇りつつある朝日が冷たい海辺を照らそうとしている。周囲は徐々に明るくなっていき、少しずつ、日差しが島を照らそうとしている時間帯。

 セイントバードチームは危機を乗り越えた。海賊、新生連邦が迫って来た状況。ブリッジ内も一度海賊に占拠されそうになったが、クルー達の機転により、海賊に占拠される事はなく、経過した。各MSはデッキに帰還。今回の戦闘では幸いにも、誰もが倒されずに済んだのである。

 束縛した海賊は五人。内一人はシンが射殺した、ガルム・エレック。彼等は粟島に放置される事になった。キャプテンであるベレッサも、帰るべき艦もレイによって沈められている為、彼等は何もすることが出来ない。だからと言って、無益な殺生をする必要がない。しかしこのまま捕虜として使うにもどのような行動を取るか分からない為、エリィ達は話し合い、海賊達を放置する事にしたのである。

 ガーストとプレーンは抱擁していた。海賊に襲われ、恐怖していたプレーン。それを、静かに抱き締めるガースト。

「怖かった!怖かったネ……!」

「良かった……プレーン、無事でなによりだ。」

MSデッキ内でその行為が行われている。それを妬む者も僅かに居たが、祝福する者も居たのも、事実である。

 

「レイ君。」

アインスから降りて来たレイを、エリィが迎えていた。だが、様子がおかしい。何かに、怯えている様子のレイ。

「お疲れ様。守ってくれて、ありがとうね。」

そして、傍にはネルソンの姿もあった。

「遠くで見てはいたが、圧倒的だった。しかし気になるのは、海中に出て間もない君があれほど迅速に動く事が出来るのは、一体何故なのだろうな……」

レイの活躍は、ネルソンも思わず称賛する程だ。海賊、新生連邦に対して圧倒的な強さを見せつけたレイ。万事休すだった状況を、たった一機のMSが逆転するという出来事は、今までなかった。レイのその強さは何処から来るのか……と、疑問を抱くネルソン。

(僕は、一体何なのかな……)

呆然とするレイ。ただ、彼はセイントバードを守る為に戦った筈なのに、自らに宿った謎の力に、恐怖している様子だったのだ。

「レイ君、少しお話、良いかな?」

「……え?あ、はい……」

エリィがレイに言った。まるで、二人で話がしたいと言わんばかりの行為。ネルソンはそれを察した様子で、そこから離れていく。

 

 MSデッキの端にて、エリィとレイは会話をしている。先程の事についてだ。

「さっきのあの感覚……レイ君、君が発していた力でしょう?」

それは、彼が深紅の眼に染まった時だ。その際にエリィ、ガースト、スバキといったシンギュラルタイプの人間達が皆、頭痛を訴えたのである。それが一体何を示すのかも分からない。それが気になったエリィは、彼に聞いたのだ。

「レイ君に何かあったのは、恐らく分かる。けど、その後なんだよね。君が海賊も、新生連邦も撃退するぐらいの強さを見せたのは。あれは、一体何なのかな?」

当然の疑問だ。力を持つ筈のエリィ達ですら、分からない疑問。それが気になったエリィは、真っ先にレイと話をしたいと思っていたのだが――

「分からない、分からないですよ……僕だって、分からないんです……自分でも、覚えていないんです……」

「覚えていない?」

エリィは首を傾げた。

「そんな事、ありえるのかな……?」

「分からないんです!僕だって!怖い……自分が、自分じゃなくなるような感覚だったんです!気が付けば敵を倒してて、その手応えだけを感じているんです!

何が、どうなっているのかが全く分からないんです!!」

レイは呼吸を荒げ、言った。それ程に、自らが放った力に対し、恐怖をしている様子だった――

「レイ君が一番悩んでいる筈なのに……私、デリカシーの無い事を聞いていたね。ごめんね……」

エリィは素直に謝った。それは、彼に出撃許可を与えなかった事を含めての謝罪であった。

「多分、この事は聞かない方が良いかも知れないね。世の中には、知らない方が良い事もあるっていうもの。レイ君、今はゆっくり休んで。」

エリィはそれ以上の詮索を止めた。彼自身が苦しんでいる事を、聞いても余計に苦しめるだけ。それをして欲しくないという、彼女の配慮である。

「セイントバードは高度を上げる事が出来るようになったし、このままモントリオールまで向かいます。レイ君がここにいるのも、あと僅かだよ。」

「……はい。」

レイは、喜んで良いのか、分からないでいたのだ。セイントバードは発進し、空を飛ぶことが出来る。そうなれば、故郷へ戻れる。そうすれば元の生活に戻れる。それは、良い事だ。

 しかし故郷へ戻る前に、レイは妙な経験をした。セイントバードを守る為とはいえ、身に覚えのない力を得たレイ。そして、それにただ、恐怖している。

 普通でありたいと願っていた少年、レイ。彼の中で、“普通”とは異なる出来事が生じつつあったのである。その中でも、朝焼けがセイントバードを包み込んでいる。彼の感情とは裏腹に、絶景が海を照らしていて、カモメ達が数羽、その中を、餌を求めて飛び立っていた。

 




第三十二話、投了。
ベレッサ海賊団によって危機的状況に陥りつつも、レイの咄嗟の機転や、彼自身に秘められた力が目覚めた回でした。
その力に翻弄されていく主人公、レイといった感じの話です。
次回は故郷に帰ります。


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第三十三話 故郷の風

故郷に帰って来たレイは家族や友人との再会に感動する。そして、幼馴染のリルムにも……


 

 セイントバードはモントリオールへ向かっていた。その間、敵からの攻撃に遭う事なく、移動することが出来ている。現在セイントバードはロシア領、サハリン島上空1.500メートル上空を飛んでいる。このまま問題なければ、後六時間程でモントリオールへ辿り着くことが出来る。

 いよいよ、この艦とも別れる時が来た。海賊との戦いで妙な現象に襲われていたレイは、その事を悩んでいたが、今は故郷へ帰ることが出来る喜びを噛み締めていた。気持ちを切り替え、故郷の風を、早く受けたいと思っている。

だがその一方でレイは自らに起きた奇妙な出来事に対して一人、部屋で考えていた。天井を眺め、自らの手を見て疑問を抱く。

(記憶にない、あの手応えは一体何だろうか……)

新たに生まれた疑問はレイをただ困惑する。しかしそれが何か分からないまま、故郷までの僅かな時間を過ごすしかなかったのである。

その際、ドアが開いた。そこに居たのは、ポニーテールの少女、スバキである。

「スバキ。どうしたの?」

「お前……さ、行っちゃうんだろ。もうすぐ……」

明らかに、寂しそうな表情を見せるスバキ。

「あのさ、その……色々と、ありがとうな。お前がいなきゃ、私、どうなっていたか分からないから……」

スバキとの出会いは日本に居た時に遡る。そこの司令官、マサアキ・アルトにシンギュラルタイプのパイロットとして半ば軟禁状態だったスバキ。そこからレイが、彼女を助け出したいと願い、結果的に彼女はセイントバードのクルーになった。

それは、レイという少年が繋いだ絆なのだろう。彼女は今、生き生きとして生きている。新生連邦の基地に居た時とはまるで別人のように、明るくなった。母親の現実や、死を乗り越えて、今を生きているのだ。

「うん、スバキも、元気でね。これから、セイントバードはどうなっていくのかは分からないけれど……」

「あのさ、レイ。」

突然スバキが口を開けた。

「どうしたの?」

首を傾げる、レイ。

「あの、ガンダムって、どうなるんだ?お前が乗らなかったら、誰も乗れないんじゃないのか?」

アインスガンダムはパスワード式である。そのパスワードを知るのは、レイしか居ない。彼はクルーの誰にもその内容を伝えていない。故に、今は彼しか搭乗する事が出来ないのだ。

「そっか。それもそうだよね。」

レイも、悩む様子を見せる。

 確かにアインスガンダムは今後、レイには必要のないものになる。そうなった場合、ガンダムはどうなるのだろうか?

 以前ネルソンとシンがアステル家に預けるかも知れないという話をしていた。だが、それも不確実な話である。このままガンダムと言う機体を置いていては、宝の持ち腐れだ。

「あのさ、お前がもう乗らないっていうのなら、私が乗る事ってどうかな?」

「え……?」

レイの表情が、一瞬だが固まった。

「スバキが、アインスに乗るって事?」

「そうそう!私が乗ってやる!乗りこなしてみせるよ!」

と、腕まくりをしたスバキ。まるで、自信満々だ。

「えっと、良いのかな……?一度、ネルソンさんとかに相談した方が良いような……」

彼は困惑している。勝手に、彼女にアインスを与えて良いのか?それが分からない様子の、レイ。

「レイ。」

 その時、彼等にとって丁度良いタイミングでネルソンが来た。別れの言葉を伝えようと、来たのである。

「あ、ネルソンさん!丁度良かったです!」

その際に、レイは聞いた。アインスをスバキに渡しても良いのか……と。

 

「それは、良いアイデアかも知れないな。君がもう乗らないのなら、誰かが乗るべきだ。スバキの実力は先程の戦闘を見ている限りでも筋が良い。ガンダムでも乗りこなせるかもな。」

と、スバキを褒めるネルソン。彼女も、喜んでいる様子だった。

「じゃあ、アインスは私が乗るんだな!レイ、お前の分まで頑張るからな!よっしゃあ!」

この瞬間、アインスガンダムの新たなるパイロットが決定した。スバキ・シンドウ。日本でレイが助けた少女。彼女が、レイの代わりにアインスのパイロットとして活躍していくことになる。そして、セイントバードの中心戦力となって戦う事になるのだ。

「じゃあ、パスワードを教えてくれよ!」

「う、うん……じゃあ……」

レイは、パスワードを伝えるのを躊躇う様子だった。自分しか知らない内容を、誰かに伝えるというのは緊張するものである。

やがてレイはスバキの耳元でパスワードを、伝える。それを聞いた彼女は、静かに頷いた。

これで、完全にアインスはスバキも操ることが出来るMSとなった。その情報さえ伝えれば、セイントバードチームの戦力として、アインスが持ち腐れになる事は無い。今後の航行でも役立っていく事だろう。

「どうやら、引継ぎは済んだらしいな。まさかスバキ。君がガンダムに乗る事になるとはな。」

「レイの分まで、頑張るから!宜しくな!」

スバキの表情は明るい。それはアインスに乗る事が出来る為なのか、レイの代わりに戦うことが出来るからなのかは、不明だ。

「私、レイみたいにあんな凄い動きが出来るのかは分からないけど、精一杯頑張るよ!」

それを聞いたレイの表情は、笑顔ではあったが目が笑っていない。

 レイの眼が深紅に染まった時。彼は無意識の内に敵MSや敵艦を殲滅していた。あの時の感覚が一体何なのかが分からない為、それが恐ろしかったのだ。

 しかし、今はそれを忘れるようにした。もう、戦わなくて良いのなら、それで良いのだから。

「レイ……あのさ……」

突如、スバキは視線を横に向ける。レイは目を、二回瞬きさせた。

「その……私……さ……」

自身の手を、胸元に近付けるスバキ。何故か、恥じらっているようにも見える。

「スバキ?」

「……何でもない!じゃ、じゃあな!元気でな!!」

と、言った後でスバキはその場を去って行った。アインスガンダムの引継ぎは終わったのだが、その後のスバキは、表情は何故、顔を赤めていたのかは、レイには理解が出来ない様子だった。

「……よく、分からなかったが……レイ。私からも言わせてもらう。君はもう、何も気にすることなく戻れば良い。故郷では自分らしく、暮らすんだ。もう命の危機に遭う事もない。戦う事も、無いだろう。」

残されたネルソンも、改めてレイに対して餞別の声を与えた。

「ネルソンさんも、本当にありがとうございました。少し、寂しくなっちゃいますけど……」

「分かれは人生において必ず訪れる。しかし死ぬ訳じゃない。それにEフォンで連絡も取る事が出来る。完全な別れではない。ただ、その姿を見る事が難しくなるだけだ。」

「……はい。」

二ヶ月余りと言う短い期間。だがそれは、レイにとっては余りに大きな経験となった。多くの出来事を経験することが出来たレイ。生死を彷徨う事も多々あったが、こうして故郷に戻ることが出来る。それは、レイにとっての何よりの喜びだった。

「……元気でな、レイ。」

ポンと、ネルソンは肩を叩く。レイは、静かに、頷き、言った。

「……はい!」

完全な別れではない。ここでの出来事は、忘れない。レイは心の中でそう、誓ったのであった――

 

 

 その後もレイの部屋に多くのクルー達が声を掛けに来た。もうすぐ別れるという事もあり、皆がそれぞれ名残惜しそうに、話をしている。

「元気でな、故郷で学業に励んで、立派な人間になれよ!」

と、ガーストが言った。日本で出会った人間の一人、ガースト・ピュアス。彼とは仲良くなり、共に温泉に行ったり、自宅に泊めさせてもらった事もあった。

「レイ、また会えたら良いネ!」

プレーンが言った。ガーストと仲の良い彼女。相変わらず二人は仲が良くその様子は時に、レイですら羨ましいとさえ、感じる程だ。

(もし、僕も……リルムとこれぐらい相思相愛になれたら良いのに……)

と、彼は考えていた。

 

 

 最後にエリィが来た。艦長のエリィ。彼女は献身的にレイを支えてきた。時に破廉恥な発言もあったが、彼の事を心配していたのは、紛れもない事である。

「レイ君、本当にお疲れ様でした。あの事は、もう忘れたら良いと思う。だって、もうレイ君はMSに乗って戦う事は無いのだから。」

「……そう、ですよね。」

海賊、新生連邦での戦いでレイが覚醒した時。彼はそれに恐怖していた。自らが自らでなくなるような恐怖。それの原因は全く不明ではあるが、レイは戦いから身を下ろす事が出来る。ごく普通の、当たり前の日常を送ることが出来るそれだけでも、十分に幸せなのだ。

 

ギュッ

 

その時、エリィはレイを抱き締めた。柔らかな感触。そして、優しい手つき。

「やっぱり寂しく感じちゃうのは、良くないんだろうな。けれど、ごめんね……私、少し寂しいんだと思う。私の我儘だと思って、許して……」

エリィは寂しさを感じていた。二ヶ月の間共に過ごした事は、彼女にとっても忘れられない思い出であったのだ。

「エリィさんとの出会いは、忘れません……」

「うん、ありがとう……」

そう言って、再びエリィはレイを抱き締めた。

 出会いがあれば、別れがある。それは当然の事だ。それは人生において誰もが経験する出来事。仲の良い友人、仲間、恋人、そして家族。様々な事情で距離を置く事はあるだろう。それは悪い形のものもあれば、良い形のものもある。良い形での別れは、新たなるステップに進む糧となる。

 エリィの内心は揺れていた。ここに居て欲しいという気持ちと、巣立って欲しいという気持ち。その両者がエリィの心の天秤に吊るされているのである。

「じゃあ、お達者で!」

と、言って、エリィは敬礼をした。

「あの、軍じゃなかったのでは……?」

と、レイは一言言った。

「あはは、軍時代の名残が残っちゃってたね……」

このように、どこか抜けているエリィではあるが、レイにとってはかけがえのない人物である。このどこか抜けている所や、少しばかり破廉恥な発言をする面を含め、エリィ・レイスと言う人間が成り立っているのである。

 

 

 

 モントリオールに近付いて来た頃、セイントバードチームは海賊と新生連邦の戦闘データを、アステル家に送信していた。というのも、彼等はジャンヌ達と別れる前に事前に新生連邦の情報収集をして欲しいと依頼を受けていた為である。今回の海賊と新生連邦の交戦状況等の報告を行い、彼等はデータをアステル家に転送した。

 その際、ブリッジに居たネルソンが言った。

「気になるのは、昨日の戦闘でも夜中の戦闘でも、海賊と新生連邦が仲違いをしている様子ではなかった点についてだ。新生連邦からすれば、我々のようなMS乗りは野蛮な存在と見做す筈。増して、海賊ならば尚の事。まるで、あれでは新生連邦が海賊に我々の討伐依頼をしているようにも見える。」

「もし、そうならば新生連邦政府って大分腐敗していますね。そこまでして私達のような勢力を叩きたいと思うのでしょうか。持ち前の軍備増強は、何の意味があるのでしょう。」

新生連邦は傭兵、MS乗り等を雇う等をしてあらゆる行動を起こしている。それは紛れもない腐敗だ。しかしそれが公になることは無い。不都合な出来事は政府の情報機関に隠蔽される事もそうだが、そもそもそれを、総司令が把握していない現状があるのである。

「我々には分からん事が多いが、何にしても腐敗しているのは間違いないのかも知れないな。」

「これが、かつての地球連邦軍の成れの果て……なのかな。」

エリィが、一言呟く。かつての地球連邦軍に所属していたが故に、現在の新生連邦の存在が情けなく、思えてしまうエリィ。

「まあ、何にしても、今は為すべき事をするだけだ。またデータの返信が返ってくるだろう。それから動く事を検討しても良いかも知れない。」

「……そうですね。」

今後、レイが抜ける事になるセイントバードチームはどのように動いていくのだろうか。今は、ただ、ジャンヌからの返信を待つ事しか出来ない。その上で、彼を故郷へ送り届ける。彼の幸せな人生を、願いながら。

 

 

 

 時間が経過した。セイントバードはモントリオールの地に降り立った。二ヶ月振りの故郷の風を感じていたレイ。時期が二月の下旬という事もあり、寒さを感じてはいるものの、それでもどこか、懐かしさを感じていた。

 クルーとの別れは寂しいものがあった。この二ヶ月余りで起きた出来事は彼をあらゆる形で成長させていった。名残惜しい別れだが、今はこれからの未来を見据えて行かなければならない。

 空港に降り立ったセイントバードは、すぐに車を発進させる。運転手はネルソンだ。そこで、彼の家の近くまで送っていくという。

 セイントバード、そして彼の搭乗機体であるアインスガンダムと共に経験した様々な出来事。それらを噛み締めたレイは、Eフォンの写真機能を使い、セイントバードの写真を撮った。いつでも、思い出せるように……と。

(さようなら……セイントバード、そして、アインス……)

長いようで短かった二ヶ月余りの時は、レイの胸の奥に、深く刻まれるのだろう。

 車はモントリオールの市街地へ向かって行く。見覚えのある景色は彼の心を高揚させていく。行き来する車達の姿は、今朝までの非日常を想像させない。まさに、“日常”の光景だ。

 それが、レイ・キレスという少年にとっては当たり前であった光景だ。このかけがえのない日常の光景こそが、レイが育ってきた環境、モントリオールなのである。

 もう、死の現実に直面する事もない。ガンダムもセイントバードに預けている為、それに翻弄されたりすることもない。これから、彼は元の生活に戻り、今まで通りの生活を送る。ただ、それだけが今の彼を支えていたのであった――

 

「着いたぞ。」

ネルソンの言葉で、レイは降りた。そこは、かつてギリア・ノールが経営していた工場である。そこは跡地となっており、現在は別の建物の建設予定地となっていた。

 思えばセイントバードでの旅は、ここから始まった。ギリアがチェーニ姉妹に殺され、そこからネルソンが彼を助けた事から、彼は故郷を離れる事になった。その場所で降りるというのは、なんという偶然であった事だろうか。

「お別れだ。達者で暮らせよ、レイ。」

「あの、ありがとうございました……本当に。」

「君の人生を、楽しめ。」

ネルソンは、長居をしなかった。余り長い時間一緒に居ると、彼を躊躇わせてしまうかも知れない――と、考えたからである。

 

 レイは、自分の家に向かう。全ての景色が覚えのある光景。近所にある並木道も、既視感のある建物も、よく学校の帰りに寄るパン屋等も、全てが覚えのある景色だ。間違いなく、彼は帰って来たのだ。故郷、モントリオールへ。

 歩く景色は全てが懐かしく感じられる。学校へ通う為の道や、そこを歩く人々。その全てが、彼にとってただ、懐かしい。そして、嬉しい。戦場と違う日常。彼は日常に戻ってきた。もう、MSに乗って戦う事もない。もう、戦場に立ち、死の淵に立たされることもない。

 やがてレイは実家の前に立つ。懐かしい光景が、そこに広がる。それを見たレイは、一層高揚し、走り出す。懐かしい自宅の姿を見て、ただ、走る。そして、玄関の門を通ろうとした――

「レイ?」

その時、聞き覚えのある声が聞こえた。その方向を振り返る、レイ。

「母さん……!」

覚えのある、顔がそこにはあったのだ。母親、カレン・キレス。レイにとってかけがえのない存在。大切な、母親であった。

「レイ!!!」

母親もレイの存在を認識していた。そこに居るのは紛れもなく、自分の息子、レイ・キレスである。

 両者は、二ヶ月振りに再会した。ごく普通の家庭で育っていたレイにとって、母親と再会できることは何よりも喜びであったのだ。

「母さん!久しぶり!!!会いたかった!会いたかったんだ!!!」

思わず、レイは母親を抱擁しようとする。

 死の淵を経験し、故郷から離れて様々な経験をしたレイは、母親の存在がより一層、恋しいとさえ感じていた。レイの年齢は、所謂反抗期と呼ばれやすい時期であるのだが、彼の場合はそのようなことは無かった。寧ろ、母親に会う事が出来る喜びの方が、大きかったのである――

「何処に行っていたのよ!?」

母親が激昂するのに、時間を要さなかった。寧ろ、そちらの感情が優先するのが常なのだろうか。

 目の前に、行方不明となっていた息子がいる。それは、嬉しい事だ。だが、事はそう、単純ではない。行方不明となっていた息子が居れば、事情を聞くのは至極当然なのである。

 レイは、家族に会える喜びばかりを優先し過ぎていた。ここで、彼に壁が立ち塞がる。家族に対して、どのような説明を行わなければならないのか……という、話だ。

「連絡入れて、それでも何処に行ったか言わないで!警察にだって捜索してもらった!けど、見つからないって言われて!その事を言ったら警察は対応してくれなくなったの!“無事なら良かった”それだけ!でもレイは何も言ってくれない!何なの!?何処で、何をしていたの!?分からない、分からないわよ!!!」

母親の心配は至極当然だ。今まで当たり前のようにジュニアハイスクールに通っていた少年が、突然行方不明になる事は事件以外疑う余地がないのである。

 だが、レイはこれに答えることが出来なかった。何故ならば、到底信じられない出来事を経験してきたからである。ごく普通に育ってきた環境の家族が、まず経験しないであろう、実際のMSに乗って戦闘するという事。

「それ……は……」

言い訳しようにも、思いつく筈がない。しかし、真実を言って、果たしてどうなるのか。虚言と言われるのが関の山だろうか。それは、分からない。ではどう説明をすればよいのか?ありのままを伝えて、果たして母、カレンはそれを信じるのか。今後、どのような措置を取られるのか。

 レイに、突き付けられた現実は余りに厳しい。戦場をMSで駆け抜け、生き残って来た環境とは全く異なる場所へ身を投じるという事は、そういう事なのである。誰にも理解される筈のない事を説明するのは、無理難題だ。どれだけ口が上手い詐欺師であろうとも、現実的に説明が困難な話を繋げることは難しく、増して、相手が実の母親というのならば尚の事話を取り繕うのは、ほぼ、無理と言える。

 考えが甘かった。環境が変わり、日常に送り、学校生活に身を投じることが出来ると思っていたレイ。だがまず、母親に対してどのように説明をしなければならないのかを考えなければならないのだ。これは、カイロの時や東京の時のように、誤魔化される内容ではない。何故ならば、母親本人が目の前に居ているのだから――

 

「お、レイじゃないか。随分久しぶりだな。」

その時、玄関から一人の男性が姿を見せた。背丈の高い、やや、無精ひげを生やしている、金色の髪色、澄んだ青い瞳が特徴的な、男性。

「父さん!!!」

そこに居た人物こそ、レイの実の父親、ジュナス・キレスであった。戦場ジャーナリストを仕事としている、彼。レイの良き理解者であるジュナスは、一月まで海外に居ていたのだ。そして二月になり、モントリオールに帰国していたという訳なのである。

「母さん、随分と騒がしいな。近所迷惑じゃないか?レイが帰って来たんだろ?家に入れてやりな。」

と、ジュナスは随分と手慣れている様子でレイを招こうとしている。その様子に、レイは嬉しさを感じていた。

「貴方……けど……」

「自分の子供を家に招き入れない親が居るか?普通、事情云々は家で聞くもんだろう。」

「え、ええ……」

父親の言葉を聞き、母カレンは黙った。それと同時に、ジュナスはレイに対し、ウインクを行った。それが示すものは何なのかは、分からない。

 

 家の中は二ヶ月前と何も変わっていない。だが、レイにとってはこの変わらない風景こそが理想なのだ。玄関の靴の匂いや、台所の匂い、洗面台の匂い等、全てが懐かしい。それらは彼の心を高揚させる要因になり得た――

 が、今は違う。まず、母親からの尋問が始まる。テーブルについた三人。対面にはジュナス、カレンの二名が。手前側には、レイがいる。妹のミィスは学校の為、出掛けているのだ。

「じゃあ、改めて聞くわ。一体何があったの?それを聞かないと、何も出来ないわ――」

言葉が先に出るカレン。それは、息子を想うが故なのだろう。

 しかし、その言葉をジュナスが遮った。何故かジュナスは笑みを浮かべ、レイを見る。

「おかえり、レイ。」

その渋くも優しい声は、緊張状態のレイを解す効果をもたらした。父親、ジュナスは何故これ程に優しいのだろうか?

「た、ただいま……」

と、戸惑うようにレイは言った。

「帰ってきたら、ただいま、おかえり。これが普通だろ?母さんもドヤすなよ。レイだって、喋りにくいだろ?」

この場は、完全にジュナスが取り仕切っている。母カレンは、何も言えないでいた。

「レイ、なんていうのか……少しばかり、面構えが変わったか?そんな気がするな。」

ぐいと、レイの顔を見るジュナス。レイは首を傾げる。

「その様子だと、色々と経験してきたんだろう。ティーン・エイジャーだしな。何かしら、経験を積むのは大切だぜ。」

何の話かは不明であるが、ジュナスはただ、寛大な様子でレイに対して笑う。この時、レイは妙な感覚を覚えていた。

「ねえ、貴方。どうしてレイに何があったのかを聞こうとしないの?」

それは母親として当然の事だ。突然行方不明になった息子が帰ってきて、その事情を知らないのは、母にとっては恐怖以外の何者でもない。

 しかし、ジュナスは何故か濁そうとする。その様子は、レイにも理解出来た。

「レイの顔を見てるんだよ。俺は。」

彼の顔は、喜びに満ちていると同時に、母親に何と言い訳をしようか躊躇っている顔をしている。一見すれば、全く理解出来ない内容にも見えるのだが――

「もし、レイが本当に怖い思いをしてきたのなら、自分から言う筈だろう。そして、今も何かに恐怖をしている顔をしている筈。けど、レイは俺達にあって嬉しそうにしている。これ、どう言う事かは一目瞭然だと思うぜ。」

父、ジュナスの言葉がレイにも刺さる。具体的な話をしないで、母親を説得しているのようにも見える。

「ティーン・エイジャーってのは、親には分からない秘密を持って帰ってくるモンなんだよ。俺だってガキの頃は親に内緒にしてた事、山程あるぜ。」

「でも、二ヶ月も家を空けるなんて普通じゃないわ!その事情を知りたいのよ!」

カレンは懸命に、ジュナスに訴えかける。しかし――

「それを知って、どうなる?ちなみに俺は聞きたいとは思わない。秘密を親に打ち明けるなんて、レイの年齢を考えれば嫌に決まっているからな。」

完全に、レイの味方をしているジュナス。

再び、ジュナスはウインクをする。何故、彼はこれ程に堂々とした振る舞いをすることが出来るのだろう。それは、レイの事を信用しているからなのか?それは、分からない。

「母さん、もう少しレイを見てやったらどうだ?心配なのは分かるが、今こうして俺達の前に元気な姿を見せている。それだけで、良いじゃないか。」

どう言い訳をすればよいか、分からなかったレイを、まるで庇うかのように父親の台詞はスムーズだ。そして、レイにとってこれ程有難い言葉はないと言えた。

「貴方が、そう言うのなら……」

そして、カレンもジュナスの言葉に折れた。この二ヶ月間の出来事を、聞かれないで、済んだのである。

「さ、今日の晩御飯はレイが帰って来たお祝いをしないとな。出前でも取るか?それとも、俺が料理を振るおうか?」

と、言って立ち上がり、腕まくりをするジュナス。

「いいわよ、私も作るから。レイ、ゆっくり休んでなさい。あと、学校だけれど、明日一緒に行くわよ。先生に事情を話さないと行けないから。」

「あ、そうか……」

本日は、平日だ。だから、ミィスはこの場に居ない。学校に行っている為だ。

 この瞬間、改めて、レイは故郷に帰ってくることが出来た。どう説明すれば良いかが分からない点に関しては、父、ジュナスが対応してくれた。それ故に、彼は心から、実家の環境を楽しむことが出来たのである。

(僕は、帰って来たんだ……!遂に、ここに!!)

改めて、高揚する気持ちを抑えきれないレイはそのまま階段を上がり、一目散に自分の部屋に向かった。彼の部屋は三階にある。そこの環境を、早く味わいたいと思っていたのである。

 

 二ヶ月振りの自室。何も変わらない部屋の構図。コンピュータが置かれている勉強机に、サッカーボールが飾られている棚。そして、ベッド。全てが、家を出る前と全く同じ。この既視感はレイにとって、何よりの喜びだ。

「帰って来た……!帰って来たんだ!!!やったぁ!やったよ!!!」

もう、MSに乗って戦う事もない。死の体験をする事もない。今まで通り、穏やかな日々を送ることが出来る。但し、明日には学校に行かなければならないという、重たさも抱える事になるが。

 レイは安心した表情で、ベッドに転がる。元の生活。全てが何も変わらない、安定した状況。これが日常なのだ……と、感じていた。

 しかし一方で、明日学校に行くという事は、一抹の不安もある。突然行方不明になったクラスメイトが登校してくるという事は、果たして皆にどのように映るのだろう。何気なく声を掛ける者もいるのか。それとも、挑発する者もいるのか。それは、実際に行ってみなければ分からない事だ。

 それに、成績も気になる。三学期が始まったのは一月初旬。そこから現在は二月の下旬。その間の勉強は完全に抜けており、仮に学年末の試験を受ける事になっても彼は成績を確保する事は難しいだろう。

 成績の低下は進学にも影響する。彼のようなティーン・エイジャーにとっては勉強が仕事のようなもの。それ故に、成績が下がるような事は本来、あまりあってはならない事だ。

「なんやかんや、帰って来たのは良いけどやる事は多いんだなぁ……」

まるで、それは全く異なる環境から元の世界に戻ってきたような感覚だ。例えるならば旅行から帰ってきて、現実に戻されたような感覚と言うべきだろうか。最も、彼の場合は旅行などと言う気楽なものではないのだが。

 

コンッ

 

その時、レイの部屋をノックする音が聞こえた。それに、返事をする、レイ。

 

ガチャ

 

扉が開く。そこに居たのは、眼鏡を掛けたショートヘアの少女だった。彼女もレイと同じ、澄んだ青い眼の持ち主であり、髪色は例と同じ、金色である。

「レイ!久しぶりね。」

「あ……ああ!!お姉ちゃん!!!」

彼を呼んだのは、姉のリリアであった。彼女は父と同じ戦場ジャーナリストになる勉強をする為に、オーストラリアへ留学をしていた。

 だがその彼女は、何故か実家に帰って来ていたのである。

「久しぶり!帰っていたんだね!!」

「レイこそ……学校に行ってないで、どうしてたの?」

それは、聞かれると思っていた。それ故に、言葉に躊躇うレイ。

「それは……」

答えるにも、答えられない。どうにか誤魔化そうとするレイ。

「その、知り合いの所に、お世話になってたんだ!ちょっと野暮用があって、なかなか帰って来れなかったけど……」

と、妙に濁した言い方をする、レイ。

「母さん、凄く心配していたわ。連絡は入ってたみたいだけど、場所も言ってくれないって言ってたし。」

モントリオールを離れ、二回、レイは母親に連絡を取っている。だが、いずれも濁した返事をした為、怪しまれるのも無理はないのだ。

「まあ、連絡をしたのは良い事だけど……学校をサボるなんてレイらしくないし、そりゃあ、心配するわ。私だって、心配したもの。」

リリアは視線を床に向けた。姉が留学から帰ってきていた事も驚いたのだが、それよりも姉を悲しませてしまっている事に対しても、罪悪感を抱いていたのである。

「でも、無事なら良かった。怪我とかもしていなさそう。本当、無事で何より!」

すぐに、リリアの表情が明るくなった。

 事情は分からない。けれども、弟を想う気持ちは、ある。彼女は、それ以上追求する事をしなかった。何か、触れられたくないものがあるのだろう……と、察した為である。

 この辺り、リリアは父親に似たのかも知れない。何か悩み事等があっても、当人にとって触れられたくない事だってある。それが親族ならば、尚の事。それを考えた為、今はレイの無事に感謝していたのである。

「お姉ちゃんは、オーストラリアの留学はどうしたの?」

今度は、レイがリリアに聞いた。

「今は冬休み。四月になったらまた行く予定。けど、今は世界情勢が不安定だから、それが心配だなぁ。」

「アルメジャンのやつだよね。」

アルメジャン紛争は姉、リリアにも影響を与えていた。各地で紛争が相次いだ状況は、現在は一段落してはいるものの、今後どのような状況になるのかは分からない。冬休みとは言え、今回、実家に帰ることが出来たのは幸運と言えた。もし、アルメジャン紛争が長引いていれば、家に帰ることも難しかったかも知れない。

「あの頃は外にもあまり出れなかったの。暴徒とかも出てきたりして大変だったし……なんか、大変だよね。世界情勢も不安定だと……」

「そう、なんだ……」

世界情勢が不安定なのはレイもよく分かっていた。その為に、日本に一ヶ月滞在せざるを得なくなった事も、理解していたから。

 だが、まさかその不安定な世界情勢の時期に自分が日本という場所に居たなど、言える筈がない。増して、MSのパイロットとして行動していた事も、言える筈がないのである。仮に真実を伝えた所で、信じて貰えるかも分からないのだ。

「けどレイの顔を見るのも本当、久しぶり。十ヶ月ぐらい見てない気がする。」

「お姉ちゃんは去年の四月から家を出ていたもんね。向こうの生活はどうだったの?」

「最初は大変だったわ。けど、慣れてきたら楽しい。色々な国の人や、宇宙から来た人もいたし。異文化交流って心が躍る感じ!留学して、本当に良かったって思う!いっぱい友達も出来たし!」

「お姉ちゃん、楽しそうだね……」

何気ない姉弟の会話ではある。しかし、レイは大きな隠し事をしている。その事を伝えるのは、無理難題ではあるが。幸いなのは、リリアが彼の言えない事情を、“秘密”として察してくれている事である。

 人は誰しもが秘密を持っている。それは親にも言えない事であったり、友人にも言えない事等、内容は多岐に渡る。しかし、それを吐露する事は相応の勇気が必要となる。それは反社会行動である可能性もあるかも知れない。レイのように、伝えたとしても信じて貰える筈のないものかも知れない。しかし、それらを察して、あえて触れない事も、また、優しさなのである。

 

 その晩、家族五人が久しぶりに集った。父ジュナスと母カレンは昼間の内に買い物を済ませ、レイが帰ってきたお祝いの為に、手作りの料理を振る舞った。二人共台所に立ち、ジュナスが包丁を、カレンが炒め物等を担当した。

 食卓に並ぶ、豪勢な料理。鶏肉料理を中心としたメニューだ。レイの好物が満遍なく更に盛られており、彼は心底、喜んでいた。

 これが、家族。かけがえのない日常。生死を彷徨う事が多々あったレイにとって、今、この時間が本当の幸せと、言えたのであった――

 

 翌日。二ヶ月振りにレイは学生服を纏う。鏡越しに見るそれは、期間を空け、尚且つ様々な経験をしてきたレイにとってはただ、懐かしいものであった。

 しかし、まずは学校に行き、事情を説明しなければならない。その為に、今日のみ保護者と一緒に通学する事になっていたのである。

 彼のような年頃の人間からすれば、親と共に歩くという事は恥にも感じられる。母親に会えるのは嬉しいのだが、外を一緒に歩くというのは、まるで親離れが出来ていないような気がすると、レイの中で勝手に思い込んでいるのである。それも、彼がティーン・エイジャー故に感じる事なのだろうか。

 学校に着き、カレンとレイは職員室に着く。そこで、彼は久しぶりに担任教師のリアン・マーキュリーと対面する。久しぶりのリアンの存在はレイにとっては懐かしい存在である。その顔立ちは全く変わっていない。二ヶ月前の話だから、当然ではあるのだが、様々な経験をしてきたレイからすれば、担任教師の存在もまた、喜びの存在と言えた。

「キレス君!久しぶり。」

「先生……」

だが、リアンは笑う様子を見せない。寧ろ、真剣な眼差しでレイを見ている。

「先生、少しお話が――」

母親、カレンが話を通す。リアンの真剣な眼差しを見て、レイは、どのような表情をすればよいか、分からないでいた。何せ二ヶ月も急に居なくなり、今、突然目の前に姿を現したのだ。何があったのかが気になるのが、教師である。

 その後、面談が行われた。その話は三時間にも及んだ。今まで何をしていたのか?成績はどうなのか?部活動は?私生活はどうなのか?あらゆる質問がレイとカレンに伝えられる。

 二ヶ月も行方不明になり、今日、突然姿を見せたとなれば、そのように言われるのは無理もないのだ。だが、母親の方は、責められている気持ちにもなっていく。レイは、それをみて申し訳のない気持ちになっていった。

 そして、レイはその間、あくまでも知人の家にお世話になっていたとばかり、強調する。そこを強調するものだから、教師の権限でそれ以上深入りする事は出来なかったのである。

 キレス家ではあり得ない話ではあるが、この場合、親による虐待も視野に入れるのが担任の教師の仕事だ。万一そのような事があってはならない。それは、レイの為でもあり、リアン本人の為でもあるからだ。

 やがて、話は終わった。三時間に及ぶ話し合い。レイとカレンは解放される。

 カレンはその後すぐに家に戻った。レイは、昼食前の授業から、合流する事になったのである。

 

 

 

レイはクラスの前に立っていた。懐かしのクラス。姿を消してから、見るその景色は紛れもなく、彼が今まで見ていた光景そのものだ。

 学校での生活というのは瞬く間に終える。しかし、当人からすればその時間は長い。多くの事を学び、友と刺激を受けたりする為だ。彼は貴重な二ヶ月を別の環境に身を投じていた。そして、今。再びレイは歩み出す。元の、日常生活へと。

 

「レイ?」

クラスの皆が、彼を見た。一斉に浴びる視線はレイにプレッシャーを与える。物珍しそうに見る者や、既視感を感じる者等、その感じ方は様々だ。

「レイ!!お前、今まで何やってたんだよー!」

そう言って近づいてきたのは、モーク・ダレンだ。レイの友人。部活動も一緒に励んできた、彼。

「モーク。久しぶり……だね。」

懐かしい光景。友人がこうして迎えてくれるという事自体、ありがたい話だ。

「レイ!」

その後で、リルムが彼の元に走ってきた。

「リルム!」

リルムとは故郷を離れて、一度だけ連絡を取った。幼馴染であり、レイの想い人でもある、彼女の姿は髪型以外大きく変わっていない。そして、相変わらず愛らしい顔立ちをしている。

 

ギュッ

 

と、リルムはレイの手を握った。目元を見れば、僅かに涙を浮かべているのが分かる。

「私、何度もレイの家に行ったんだよ!でも、おばさんも知らないって言ってて……どうしたの!?心配したんだからぁ!!」

突然クラスメイト、増して、幼馴染が行方不明になれば誰もが慌てふためくだろう。そして、心配するだろう。彼女もその内の、一人だ。

「ごめん、色々とあって……」

 レイは特別クラスの中心人物的な存在という訳ではない。どちらかと言えば、寧ろ大人しい性格だ。その為か、彼の元に集まる人間の数は然程多くない。せいぜい、8人程度か。

 クラスメイトの中には彼が帰ってきた事に対して関心を抱いていない者も多い。それは別に、彼の事が嫌いという訳でなく、単純に無関心なだけなのである。暫く来ていなかったクラスメイトの一人が久し振りに登校してきた。その程度の、レベルなのだ。

 しかし、レイは今の状況を喜んでいる。心配してくれる人がいた事に、内心から嬉しく思っているのだ。

「本当、びっくりしたんだから!!みんな、レイの事を〝不登校〟や〝引篭り野郎〟って言っていたんだよ!」

「ええぇ……」

実情を知らない人間は憶測で物事を語る。増して、彼等のようなティーン・エイジャー世代では物事を深く考える人間というのは少ない。故に、単純な言葉を発してしまい易いのである。

「でも、良かった。元気そうで何より。」

リルムは、笑みを浮かべる。その表情は、レイに印象を残したのである。

 二ヶ月振りに再会した幼馴染は、相変わらず可憐で、愛らしい。以前から彼女の事を意識していたレイにとっては、更に愛らしく感じられていたのである。

「お互いに見つめ合ってんじゃねえよ!」

と、モークから冷やかしを受けるのはレイだった。

「そんなんじゃないんだから!!」

と、咄嗟に反論してしまう、レイ。

この瞬間、彼はこのクラスに戻ってくることが出来たのだと、改めて喜びを感じていたのである。

 

 

 授業を受けるレイ。この時を、どれ程待ち望んだ事だろうか。クラスメイトと何気ない会話をし、共に勉学に励み、雑談を交わすという、かけがえのない日常。先日まで、戦場に身を置いていたレイ。その上でこの場にいて、授業を聞いているという状況。

 非日常の環境に身を置いていたレイは、今の状況とのギャップを感じる事しか出来ない。

(変な感じだ。この前まで僕はガンダムに乗って戦っていたのに……今、こうして授業を受けている。この妙な感じは何だろう?凄く、変な感じ……)

レイの頭の中は呆然としている。急激な環境の変化は人の脳内を混乱させるのだろう。

 環境が変わる事は何かしらストレスを抱える。良くも、悪くもだ。それがどのような影響を与えるのかは人に寄る。レイも、その内の一人であり、この何気ない日常に戻ってきた事に、ただ、違和感を覚えていたのである。

 誰も自分が先日までガンダムに乗り、敵と戦っていた等想像もしないだろう。仮にそれを説明した所で、それは夢物語と嘲笑されるだろう。それは、分かっていた。だが彼は、その夢物語のような経験を実際にしてきたのである。

 異世界。そう呼んでも過言ではないような体験だ。朝起きて、学校に通学し、友人達と勉学や部活動に励み、家に帰宅する。休日は勉強や友人達と出掛けるという一連の日常。それがレイの当たり前。

 しかしアインスガンダムを手にした彼の日常は一変し、いつしかセイントバードチームと共に行動するようになっていた。それはレイにとっては異世界での冒険のようなものであった――

 

 この妙な感覚は、次第に眠気を誘う。いつの間にか眠りに入っていたレイ。そして、例の夢を見る事になる――

 

「死ね」

 

「ハッ!?」

レイは、男に殺害される寸前で目を覚ます。繰り返される悪夢。原因が全く不明なその悪夢は再びレイを困惑させる。

「おい、何寝てるんだよ。ずっと休んでた癖によー!」

と、声を掛けるのはモークだ。いつの間にか、授業が終わっていたのである。

「え?あ、そ、そうだった……」

時間が経つのが、早い。呆然と先日までの出来事を思い出している内に、もう授業は終わっていたのであった。

 

 

 時間はすぐに流れる。今日は部活動に顔を出す事なく、レイは真っすぐに家に帰る。

帰り道を歩くのも、懐かしい光景に見えた。ごく普通の、ありふれた光景はレイにとって輝いて見える。これが、理想的な生活なのだ……と、レイは感じていた――

「レイ!」

その時、背後から彼に声を掛ける一人の少女の姿が。リルムである。

「リルム。」

「一緒に帰ろうよ!」

まさかの、リルムからの誘いだった。レイは断る事なく、ただ、頷くだけである。

 思い人と共に帰路につくという事は、彼のようなティーン・エイジャーにとっては憧れだ。久しぶりの通学初日でこのような幸運に恵まれるとは、思ってもみなかった。

 それは、本来ならば喜ばしい事であり、心が踊る出来事なのであるのだが、リルムが放った言葉はそれを打ち消すのであった。

「私、レイに聞きたい事があるんだけど。」

その言葉で、その場は凍り付いた。レイ自身、聞かれるかもしれないとは、薄々感じてはいた。心配をしてくれたが故に、その言葉を聞くことになるのは遠くない未来の出来事と言えたのだ。

「分かるよね?私がレイに聞きたい事。ねえ。」

「……」

どう、言い訳をすれば良いのか。自分がガンダムに乗って戦ってきた話を、幼馴染にして果たして信じて貰えるのだろうか。どのような反応をされるのだろうか。

 彼は不安だった。この発言がきっかけとなり、もし疎遠になったとしたら……と、考えていた。しかし、その真実の内容も人に言えるような内容ではない。

 まず、彼等のように戦争と縁のない人間がMSに乗るという事自体がそもそも有り得ない事だ。だが彼は実際に乗った。そして、セイントバードチームと言う名のMS乗りと共に行動し、様々な経験をしてきた。それは紛れもない事実なのである。

「何でも……ないよ。本当に。」

と、明らかに挙動不審な様子の、レイ。

「私を馬鹿にしないでよ。レイが何かを隠しているって事、すぐに顔に出るって事ぐらい分かってるんだから。」

レイは黙った。どう、説明をすれば良いか分からない。頭の中で、ひたすら、考えるレイ。

その間にも、リルムはずいと彼に迫る。顔を近づけ、じっとレイの表情を見る。

「信じて、貰えないかも知れないけど……」

レイは、覚悟を決めた。この二ヶ月の間にあった事を、リルムに打ち明ける事を決意したのである。

 彼の中で、今までの事を打ち明けるのは相当な勇気が必要であった。信じて貰えないという事や、虚言等と言われるかも知れない恐怖や、好意を持っている人間に拒否されるかもしれないといった恐怖が、彼の中を巡る。

 しかし、彼は勇気を出し、口を開く。アインスガンダムに乗っていた事、そして、チェーニ姉妹と戦い、それを機に故郷から離れた事、サハラ砂漠での戦いや、アレキサンドリアでの出来事、地中海上空での戦いや、日本での出来事、そして、日本海での戦い。一つ、一つが思い出され、彼の口から語られていく。

 全ては、嘘のような本当の話だ。信じられる筈のない言葉達は、リルムを困惑させる力を持っていた。嘘だと、思いたかった。だが、それらは全て、現実なのである。

レイの表情は、険しい。信じられない様子のリルム。やはり、信じて貰えないのか。勇気を振り絞り、本当の事を話したのにも関わらず、虚言と言われてしまうのか。言われるだけなら構わない。それを、本気に捉え、交流が途絶えるかも知れない――

 

「フフ……アハハハハ!」

突然、リルムは笑い始めた。何故か、レイは彼女の笑みに対し、不安と安心を同時に感じ取っていたのである。

「ガンダムって、有名なロボットの事だよね!あれ、今でもあるんだね!」

「うん……新生連邦軍が昔のガンダムをモチーフにして、作り出せたのが、僕が乗ってたガンダムなんだ。」

何故、リルムは笑っているのかは不明だ。彼の言葉が虚言に聞こえたのだろうか?予想外の、反応だった。まさかリルムからそのような言葉を聞くなど、思わなかった為である。

「なんか、面白い話だね!予想外過ぎて!!レイって昔からああいうの好きだったから!もう、やだなあ!そういう話は確かに面白いよねー!漫画とかアニメでよく、あるよね!!」

レイは察した。“虚言”を言っているに違いない……と、彼女は思っていたのだろう。

「前に電話くれた時、真剣な声で言ってたからどうしたのかなって思ったけど!あれは演技?ごめん、面白くてつい……!」

想い人である筈のリルムに対し、彼は妙な苛立ちを覚えた。本当に、今まで経験してきた事なのに、それを否定された気になったからだ。

 それは、分かっていた。だから、それで済ませれば良かった事も。だが彼は本当に今までMSで戦い、生死を彷徨った。それらを全て否定されたような気がしたレイは握り拳を作り、言った。

「しょ……証拠だってあるんだ!これ……見て欲しい。」

自棄になりつつも、一瞬だが躊躇う様子を見せたが、そっとEフォンを取り出した。そして、そこに映っている写真を彼女に見せる。

 そこに映っていたのはセイントバードの姿や、アインスの姿だ。それに、艦内のMSの姿等が映る。それを見て、リルムは大きく目を見開いていた。

「え……これ、本物?」

「うん。全部、見てきた。本物の写真。」

「え……」

自らの幼馴染が、MSに乗って戦っていたという衝撃の事実。レイの口から出た言葉だけでなく、写真の存在がよりそれらを裏付ける。

「僕は、この、紺色のガンダムに乗って戦ってきた。だから学校にも通えなかった。本当に、色々な事があったんだ。自分でも信じられないような事が。何度も死にかけたりしたんだ!けれど、今こうして生きて、ここに居るんだ。」

レイは血相を変えて、説明する。否定された事への苛立ちを、リルムに対して言っているのだ。

「でも、僕は戦う事なんてない!今、こうして学校に通うことが出来ている!そうだよ!!自分でも信じられない体験をしてきたんだけど、やっぱりこうした生活が良いんだ!それで、良いんだ……」

壮絶な経験は紛れもない事実。だが、リルムの眼にはどう映ったのだろうか。裏付けとして写真を見せられたとして、彼の必死な言葉を聞き、どのように感じ取ったのだろうか――

「……ごめん、レイ。」

 

ダッ

 

と、言った後、リルムは立ち去ってしまったのである。手を差し伸べようとするレイだったが、彼女は待ってくれることは無かった――

「どうして!……どうして……」

覚悟を決めて真実を話したのにも関わらず、彼女はその場を去ってしまった。信じて貰えないかも知れないのは分かっていた。それ故の苛立ちなのか。その苛立ちを彼女に押し付けてしまったのは、レイ自身であるが。

 だがそれが現実になった時、人は改めて落胆する。覚悟している事が起きたとしても、目の前の現実には抗えないのである。

信じて貰えないような出来事を言った時、人は最初、否定するものだ。だがそれの裏付けが出来た時、人は戸惑う。レイは、ただ途方に暮れるばかりであった。

 

 

 

 時間は経ち、三月になった。この頃になればレイの存在に騒然としていたクラスメイト達も、次第に落ち着きを取り戻すようになっていった。そして、レイは学校に通い続けた。その中で、部活動にも顔を出すようになっていった。久しぶりに見る彼の姿に驚く者も居たが、それも時間の経過と共に落ち着くようになっていった。

 久しぶりのジュニアハイスクールでの生活に馴染むのに、そう時間を要しなかった。ただ、彼の真実を一人、知るリルムとは、挨拶程度しか出来ないでいたのだが。

 今まで置かれていた環境と全く異なる、日常。だがその中で、レイの真実を知った少女であるリルムとの距離は、空いたままであった――

 

 ある日の夜。カレンと、リリア、ミィスが眠りに就いた頃。レイは突如、父であるジュナスに呼ばれた。彼はジュナスの部屋に招かれ、入る。

 ジュナスの部屋は書斎が置かれている。数多くの戦場ジャーナルに関係する本等が並べられた書斎。彼が如何に、勉強家であることが伺える。基本的に父親の書斎にレイが入る事は無い。海外へ仕事に行っている間もレイは彼の部屋に入らなかったのだ。

(こんなに、本を持ってたんだ……全部、目を通したりしたのかな。)

何気なく、レイは思った。

「自分の部屋には母さんにも入れないんだけどな。今日は特別。」

ジュナスの座る席にはコンピュータが置かれている。レイは近くに置かれていた椅子に座る。

「やっぱりお前、顔つきが変わったな。」

「え?そう……なのかな。」

自分では分からない、顔の話。彼の顔つきは少女と間違えられる顔貌であり、それがコンプレックスであった事もあった。男らしくありたいと思う、レイとは相反するものである。

 しかし父親であるジュナスは、それを見越した上で言ったのだ。

「その様子だと、学校に行ってなかった二ヶ月で多くの経験をしてきたんだろ。俺には、分かるよ。」

鋭い質問だ。だが、それは間違っていない。それは父親故の洞察力なのか。それとも、ジャーナリストと言う職業柄故なのか。

「どうして、僕を部屋に入れたの?普段絶対に部屋に入れないのに。」

レイは、聞いた。何故自分を招いたのかを。

「お前の秘密を、話しやすいかなと思ったんだよ。

「秘密……」

それは、紛れもなく空白の二ヶ月の話の事だろう。それと同時に、嫌な思い出が過る。真実を話した時、リルムからは距離を置かれた。それを思い出した時、レイの心臓の鼓動が早くなっていく――

 

―――――――――――――――――ごめん、レイ―――――――――――――――――

 

リルムに言われた言葉。それにより、彼等は言葉を交わす事が減った。その事が過る為、レイは明らかに動揺しているのであった。

「ガンダム」

「……え?」

「ガンダムに、乗ってたんだろ。」

まさか、父親の方からその言葉が出てくるとは思いもしなかった。予想外の言葉に、驚愕する、レイ。

「どうして……それを?」

当然の疑問。それに対し、ジュナスは言う。

「見たからだよ。海外でお前の姿を。日本で。」

「見たの?」

「何人かの人達と一緒に居る姿を、見ていた。」

父親から明かされる事実。それは、レイがガンダムに乗っていた事を知っていたという事だ。

 まさかの言葉に驚愕し、動揺するレイ。だがそれを父親に見られている以上は、何も言う事が出来ない。

「写真もある。日本の空港で、お前と知人達が喋っている光景や、MSの前で整備をしている姿。そして……ガンダムに乗った姿も。」

ジュナスは、データ媒体の写真ではなく、現像した写真を見せた。

 遠くから映る写真には金髪で青眼の少年、レイが映る。そして、ガースト達と喋っている姿や、MSを整備している姿。そして、そのガンダムに乗りこむ瞬間等。

「これ、盗撮じゃ……」

「自分の息子かも知れない子供が日本に居るのに気にしない訳には行かないだろ?」

と、ジュナスは言う。

 隠し撮りのような光景にも見えるが、何よりもレイが気になったのは、何故ジュナスが日本に居たのか、そして、彼の存在を知っておきながら、声を掛けなかったのか等、疑問は多い。

「父さんは日本に居たの?」

「仕事の事情でな。そしたらたまたまだ。レイが居るんだよ。びっくりしたよ。本当に。」

普通ならば、自分の息子がいると分かれば母親に連絡を取る筈だ……レイは、そう考えた。

 しかし、ジュナスはそれをしなかったのだ。それも、あえて。

「どうして、母さんに連絡をしなかったの?」

「多分、これがお前にとっての、“秘密”なんだと思ったからな。」

遠目で気にしているジュナスは、母親に連絡をあえてしなかった。そして、息子の道中を見守っていたのである。

「お前ぐらいのティーン・エイジャーの年頃になれば何かしらの秘密、一つや二つぐらい抱えるって話はしただろう?俺は、そう感じた。」

ジュナスは、マグカップに入っているコーヒーを、一口飲んだ。

「ま、“男の直感”ってところかな。」

そして、マグカップをコースターに置いた。

「間違いなく、写真の女の子……いや、男の子がレイであるってのは分かっていたが、MSに乗って戦っているなんて思いもしなかったよ。」

「今、わざと間違えた!?」

父親にも間違えられ、レイはつい怒ってしまう。

「ハハ、冗談。それにさ、レイは何か、機械を操縦する才能はあるのは知っていたからな。」

レイは数年前に父親の知り合いの友人に、作業用のMSに乗せて貰った事があった。その際に操縦センスを見せつけ、周囲の人間を驚かせた事がある。ジュナスは、この時からレイの才能に気付いていたのだ。

「じゃあ、父さんは知っていたんだ……だから、母さんみたいに言わなかったんだ。」

レイは納得した様子だった。父親は彼の事を知っていた。それが、レイにとっては意外だったのだ。

「仕事柄、海外を回っていれば嫌でも色々な光景を見る。何があっても動じる事は少なくなった。まあ、自分の息子がMSに乗っていたのは流石にびっくりしたけどな。」

MS。それは兵器。戦場で使われる、兵器だ。そのようなものを彼のような少年が乗り回す事は、本来あってはならないこと。

 では、何故ジュナスはそれ程に彼の事を否定しないのだろうか。それも、彼が秘密を持っているからなのかも知れない。

「それで、敵を倒したりしてきたんだろう?」

レイは静かに頷いた。

「生き延びる為には、必要だもんな。でなきゃこの場所に俺の息子はいない。」

当然のことを言っている、ジュナス。だが、何故ジュナスはこれ程にレイを咎めないのか。

「お前も色々な経験をしているな。何にしても、お前が無事ならそれで良い。経験は宝だ。しっかり経験し、時に挫折をする。これ、とても大切だからな。」

「そう……なのかな。」

MSに乗って戦ってきたレイ。その中で、彼は敵を倒してきた。敵を倒すという事は、殺す事と同義だ。恐らくジュナスはその事も分かっているのだろう。だから、あえて聞かなかったのかも知れない。

「自分の子供がどのように考えて、どう行動をするのか。それを考えたり、分析したりする事も大切だ。それは、仕事でも言える事だしな。」

そう言って、ジュナスは椅子にもたれ始めた。天井を見ながら、そっと呟くように言った。

「父さんは、どうしてジャーナリストになりたいって思ったの?」

今度は、レイからの質問だ。思えば、ジュナスの仕事の動機を知らない、レイ。

「そう言えば……レイにこの話をするのは初めてだな。この際言っておこうか。」

「うん、聞きたい。」

十四年間過ごしてきて、語られたことのないレイの父親のジャーナリストになりたい理由。それを聞くことで、レイの好奇心は満たされていくのだった。

「俺はさ、事実を知りたい。世界で起こってる様々な事実を。ただそれだけなんだ。」

シンプルな、動機だった。だがそれがジュナス・キレスと言う男を作り出しているのだろう。

「デウス動乱時、戦場で起きた事実を伝えたりするのは大変だったよ。命懸けだったからな。MSにいつ、襲われるかもしれない状況が続いたし、銃弾も飛んできた。デウス動乱の時は家に帰る事もなかなか出来なかったしな。」

「そういえば……」

ごく、普通の生活を送って来たレイだったが、父親はそうではなかった。彼はジャーナリストとして世界中を回っており、戦場を見てきた。

 デウス動乱は常に過酷な戦争が起こり続けていた。それらは、ジュナスと子供達と過ごす時間を奪って行くものだったのだ。

「戦後になって、少しでも落ち着くと思っていた戦場ジャーナリストの活動だったんだが……実際は違った。去年から連邦軍は名前を改めただろ。あれから、余計に酷くなっていったんだよ。」

レヴィー・ダイルが総司令を務める新生連邦政府軍の事だ。

「新生連邦政府はさ、自分達にとって不都合な情報等は全て隠蔽する連中なのさ。俺は、より真相を知りたいと、再び動く事になった。」

「連邦軍が偽っている戦争で出た犠牲者の数……あれはメディアで見ても極端に少ないんだ。不思議で仕方がなかった。それもジャーナリストの仕事をやって謎が解けた。あれは連邦軍の隠蔽工作だったんだよ。それが今でも行われている。彼等は自分達が不利にならないようにわざと死者人数を大幅に減らし、更に自分たちの都合のいいように事を仕立て上げる。」

メディアやSNS等で表示される、新生連邦関連の情報は、彼等にとって問題のない内容ばかりが報道されている。不利な内容は全て隠蔽されるからだ。

「最近の記事ではアルメジャンで起きた大規模な戦闘がある。あれで明らかになったのは、民間人を巻き込んだ大量虐殺だ。それは平和国の調査で判明したんだけどさ。SNSとかメディアには一切流れなかったけれどな。」

アルメジャン紛争。新生連邦による虐殺行為が行われた紛争だ。武装勢力タウラは新生連邦に宣戦布告をしたのだが、実際は武装勢力だけに留まらず、一般市民も無差別に虐殺していた。

 レイはこの事実に驚愕した。新生連邦が不穏な存在である事の理解はしていたが、アルメジャンでは大量に虐殺されているという事は、今、知った。

「そんな……新生連邦って……」

レイは、新生連邦の非道さを改めて思い知った。今まで何度も戦闘を交えてきた敵が、これ程恐ろしい組織だと考えると寒気さえ感じた。

「大丈夫だったの……?アルメジャンとかに居て……」

「まあな。ジャーナリストは常に命懸けだからさ。戦場も駆け抜けなくてはならない。現地取材って奴だよ。ある意味で常に死線を彷徨う兵士みたいなもんさ。」

「兵士……。」

父親の仕事の話は、レイに関心を抱かせる。姉、リリアが父親のようになりたいと思ったのも、納得できるような気がしていた。

「たださ、MSの戦闘をリアルタイムで配信しようとしても、残念な事があってさ。高熱のビームが放たれる戦場ではEフォンの回線が遮断されがちだから、配信が出来ないんだよ。戦場で電話やメッセージのやり取りが出来ないのと同じでさ。」

それは、高熱のビーム粒子の存在が関係していた。常温で保管されているタンクがある環境では、他の妨害がなければEフォンは回線を繋ぐ事が可能だ。だが、戦場では常に、高熱のビーム粒子が発射されたり、ビーム刃として展開される。高温に熱された粒子の存在は、回線の妨害に一役買うのだ。こうした事情もあり、ビームが飛び交うMS戦のライブ配信というのは、ジャーナリストであれど、出来ないのが現状なのである。それ故に、実際の戦場で伝わる内容というのは一般人には伝わりにくい。事実関係も、不明になり易いのだ。ある意味、こうした事情は新生連邦の隠蔽工作に一役買っていると、言える。

「それでさ、厄介な事に、アルメジャンに居た時に傷を負ってしまった。深い傷だったから、傷跡が大きく残るだろうさ。」

と言った時、ジュナスは自らの衣服を突如脱ぎだした。突然の行動に、レイは目を見開く。

 やがてジュナスの上半身は一糸纏わぬ姿となった。彼は背中をレイに見せる。右肩甲骨下部から斜線上に、切り裂かれたような跡が、痛々しく残っていた。

「父さん……そんな……」

生々しい、瘢痕はジャーナリストとしての仕事の過酷さを物語っていた。しかしジュナスは、その仕事を嫌に思わない。それ程に、ジャーナリストを続けていきたいのだろう。

「あ、これは母さんには内緒にしてくれよ。こんなの見せたらあの母さんは卒倒するだろうからな。」

と、言いながら笑いながら語るジュナス。ある意味、それがジュナスの強さなのだろうか。

 やがて衣服を再び纏い、ジュナスは傷を隠した。その傷を見て、最初は恐怖を抱くレイだったが、それに対する笑みを浮かべた父親の表情を見て、次第に父親の、ジャーナリストとしての活動が気になってきたのであった。

「……父さんの話、もっと聞きたい。そうだ、ジャーナリストをやっていて、思い出話とかって、あるのかな?」

「思い出……か。」

レイの言葉に、ジュナスがそっと息を吐く。

「……そうだな、アルメジャンの事もあるが、それ以上に思い出に残ったのは、デウス動乱後にノルウェーに行った時だったな。極寒の地でそこに暮らす人々やMS乗りの実態を取材する、個人的な仕事の為に行ったんだ。」

ジュナスの話題は、過去話に移る。彼が体験した話を、レイに聞かせている。

「小さな田舎町の、ヒパック村って所に行ってそこに住む人々の事を聞いたんだよ。でもそこは一年前に襲撃を受けていて……そこで俺は一人の家族を失った可哀想な少年に出会った。」

「少年?」

「レイよりも大人びてたけどそれでも少年だったな。名前は確か……ゼル……だったか。あんまり覚えてないが。ただその少年は機関銃を持っていて危なっかしい奴だったよ。最初、撃たれるかと思った。でも事情を説明すればすんなりと応じてくれた。」

父親はノルウェーのヒパック村で起きた出来事を当時あった事のように語り始めた。レイはその話に興味津々である。

 

 

 

それは戦後になって一年が経過した時の事。ジャーナリストとして活動していたジュナスは雪国、ノルウェーの山間部にある田舎の村、ヒパック村に訪れていた。一年前に、とある組織によって襲撃を受けていたこの地で、その事件の事について調査する為に、ジュナスはやって来たのである。

ジュナス達の息は、余りの寒さで白く染まり、そのまま上昇して消えた。分厚いコートを羽織って数人の仲間と一緒にヒパック村へ入ろうとする彼等。しかしそこで思わぬ事態に巻き込まれることになる。

銃器の鈍い音が聞こえたかと思うと、目の前には機関銃を構えた少年の姿があった。彼等を完全に敵視しており、水色の髪色で、碧色の眼をしている、している少年だったが、睨む標的に対しての眼には色が失われているように思われた。

「お、おい……冗談も良い線行ってるな、こりゃ。」

すると、少年は口をあけた。

「お前等何者だ?氷河族だったら殺すぞ!」

「氷河族?何の事だか分からないけど、俺達はジャーナリストさ。この村で生活する人々の事を知るために遥々やって来た。」

「ジャーナリスト?ふざけてんじゃねえぞ。わざわざこんな場所にそんな奴等が来るかよ。」

「うーん、大人はいないのかな。最初に言っておくが、俺は、銃火器類は一切持っていない。襲撃する気はゼロなんで。」

「黙れ!そう言ってまた村を襲って……誰かの家族を殺すんだろうが!」

「はあ、何かあったらしい。せめて大人がいれば……」

寒さの中、困惑しているその時。少年の前に別の少女が現れたのだ。これまた子供だと思い、ジュナスは放置しておいたが、少女は突然謝りだした。

「ごめんなさい!ゼルは一年前に家族を殺されてて……それ以来外部の人間を疑っているんです!」

ただ、平謝りをする少女。それを見て、ジュナスは笑みを浮かべる。

「ゼルって言うのか君。それに一年前……やっぱり襲撃が関係しているな。」

この時、ジュナスは少年の名前を知った。この時のゼルとの出会いがジュナスにとっての後の思い出となる。

「余計な事言うんじゃねえよ、シャルア!」

少女はシャルアと言った。親しげに喋っている様子からして、二人ともこの村の出身であることは間違いなかった。

「あんたは危なすぎるのよ。いつも機関銃持って。知ってる人だったらどうする気?ごめんなさいじゃすまないんだから。」

「うっせえよ。俺は一年前に家族を殺した連中を許さねえ。それにこの銃はさ、俺を拾ってくれたキゼルさんがくれたんだよ。」

詳細は不明であったが、ゼルと言う名の少年は一年前に家族を殺されたと言うことだけが理解できた。間違いなく襲撃によるものだろう。ジュナスは白い息を吐きながら微笑した。

「ハハハ、仲が良いな君達は。」

「うるせえ!ぶっ殺すぞ!」

その言葉が琴線に触れたのか、ゼルは機関銃を構えた。ジュナスは慌てて手を挙げる。

「ああ、ごめん。それよりも……そのキゼルさんという人はこの村にいるのかい?」

「キゼルさんをどうする気だ?」

疑う姿勢を崩さないゼル。しかしシャルアはそれを止めた。

「いい加減にしなさいよ!あんたこの人がまだ悪い人だって言うの?」

「疑うに決まっているだろうが!家族を失った俺の気持ち……お前なんかに分かるかよ!」

「それぐらい分かるわよ!確かに私の家族は生きてるけど……でも疑ってばっかで良いと思ってんの?」

「うっせえんだよお前は!俺の事なんて何も知らない癖に!お前も撃ち殺すぞ!」

「やれるものならやってみなさいよ!」

と、このように喧嘩は続いた。それを見ていたジュナス達ジャーナリストは苦笑するしか出来なかった。しかし下手なことをすれば機関銃を持っている少年、ゼルに命を奪われ兼ねない。警戒する様子を見せる、ジュナス。

「ああ!ごめんなさい……えっと……村の事情を知りたいんですよね?」

「まあ……ね。仕事と言うか、個人の欲求と言うか。誰か参考になる人を呼んできてくれればそれでいいんだけど……彼がちょっとね。」

機関銃を持っているゼルが、じっとジュナスを睨みつけている。

「えっと……あ、そうだ。村長……てかおじいちゃんに話を伺います?」

「村長!?てことは、君は村長の孫娘か。」

「はい!そうです!」

「それなら話が早い。是非。」

「分かりました!じゃあ今から来て下さい!」

シャルアはゼルと違い、彼等を快く受け入れてくれた。そしてジュナス達ジャーナリストは村の中へ入っていく。しかし、その間もゼルの監視は付いていた。

「下手な真似したら殺すからな。」

「やれやれ。小さい見張りだな全く。」

ジュナスはそっと溜息を吐き、溜息は白い息となって暗い空へ消えた。

 

 

 

シャルアに誘導され、少し歩いて村長の家に辿り着いた。小さな家が目立つヒパック村の中で唯一大型の家であった村長の家にジュナスは感銘の声を上げた。

「ほぅ、これが。」

と、感心させる余裕を与えないのがゼルであった。機関銃を構えてじっとジュナスを見ている。

「さて、行きますか……。はぁ。小さいとは言え、見張られると疲れるな。」

シャルアに誘導され、ジャーナリスト達は家の中に入った。

その外見通り、家の中も広々とした印象を持った。ここでの生活は、雪国でありつつも快適なのだろうと、ジュナスは内心思っていた。だがその間もゼルは家の中にいてもしつこく、機関銃を構え続けて、ジュナス達に一種のプレッシャーを与えていた。

「ちょっと!あんた何考えてんのよ!人んち入ってきてまで銃なんて!訴えるよ!」

「うっせえ!万が一村長が殺されたらどうするんだよ!俺は絶対に疑う!」

真剣な眼差しのゼル。それを見て、ジュナスは溜息を吐いた。

「やれやれ、すっかり疑われてしまったな。どうやったら打ち解けられるか……」

少女シャルアに誘導され、彼等は村長の部屋にやって来た。村で起きた事……つまり一年前の出来事を聞く為だ。

村長の名前はメナスと言った。自分で、言ってくれたのである。自己紹介をしてくれたお礼にジュナスも自己紹介を返した。

「ジュナス・キレスです。ジャーナリストです。カナダのモントリオールから来ました。この村の詳しい出来事……そうですね、一年程前に起きた謎の襲撃事件について話をお伺い致したいのですが。」

「取材の為とはいえ、遥々、こんな田舎村にまでお疲れ様だな。」

村長の男が言った。

彼の部屋は和室のような造りだった。“こたつ”のようなテーブルが置かれており、座椅子が置かれている、その部屋。ジュナスは用意された茶を啜りながら、聞きたい事を尋ねた。

「一年前の襲撃の事を聞きたいのか?」

「はい。それが仕事ですから。」

「話は、長くなるぞ。」

「結構です。続けてください。」

遥か西方に位置するカナダの都市、モントリオールから来たと言うこともあり、親切に村長は語ってくれた。その中で様々な事が分かった。襲撃をした犯人は黒ずくめの衣装をしていた。そして、何らかの犯罪組織が絡んでいたと言うことだ。それが、ゼルのいう、氷河族なのだという。

話は2時間程度続いた。その内容を手帳に書き留め、記事の元となる文が完成した。

「しかしこれを聞いてどうするつもりか。」

「仕事ですから。ただ……それだけです。ジャーナリストとして、仕事を遂行するまでですから。」

「成程な。それよりもゼル。もう銃を構えるのはやめろ。」

「村長!?あんたも認めちゃうのかよ!しかも事件の事ペラペラ喋っちまうしさ!」

「もう過去ばかり見るのはやめないかゼル。」

この時、ゼルは村長の目を見た。この眼差しを見て、ゼルは自らの手を、震わせていた。

「そんなに重い銃を持ってどうする。自分を苦しめるだけだとどうして気付かん?」

「それは……でも!」

「お前にはキゼルがいるだろう。親代わりになっているんじゃないのか?」

「キゼルさんが……親代わり……?あの人は戦闘の事を教えてくれる!親なんて、甘い考えなんか持ってない!」

「それはどうだろうな。ま、自分で確かめる事だな。それよりキレス氏。参考にはなったかな?」

ゼルと村長の対話から急に自分に視線を向けられたので驚きを感じたジュナス。慌てた様子で頷いた。

「え、ええ。ありがとうございました。」

「今からもう帰られるのかな。この寒い吹雪だ。もう少しゆっくりなされても。」

「そうですね……ではお言葉に甘えて。」

モントリオールからここまでの道のりを考えると、すぐに去るわけにも行かなかった。外の吹雪は来た時よりも酷くなっており、ジュナスは村長に甘えて泊めさせて貰う事になった。

 

 

 

しかし、それから時が経ち、ジュナスが村長の家に一泊、世話になってそこから帰路へ向かおうとしていた時だった――

「MSが来ているぞ!逃げろ!!」

突如、謎のMSの襲撃を受けたのだ。機体は旧デウス軍のディエルが多数。デウスの生き残りと思われたが、村長の一言がそれを無にする。ただのMS乗りではあったが、襲撃を受けては村が壊滅させられる危険性がある。

「おいおい、こりゃ、帰れるか心配になってきたな。」

ジュナスは苦笑いでそのディエルの集団を見ていた。朱色のモノアイが怪しげに輝き、村の住人を見つめている。

しかしその時、別のMSが助けに入った。これも旧デウス軍の機体で、水中用MSであるズボラーナが村を守るために駆けつけてくれたのだ。そしてディエル。激しい戦闘が今まさに行われようとしていた。

助けに入ったMS達は戦う場所を別の場所に移動しようと試み、一旦村から離れた。案の定、敵MS乗りもそれに吊られて村から離れる。ジュナスは安寧の表情を浮かべたが、それも束の間。彼は急に何者かによって連れ去られたのだ。急な出来事だったので、疑う暇すらなかった。ジュナスは一瞬、ゆったりと美しく降る雪景色に放り出されたような感覚に陥った。そして改めて気が付くと、自分はMSの腕にいることが分かった。このまま自分はどうなるのか、彼はまずそちらを心配していた。

 

しかしMSがジュナスを連れて行った場所はある小さな基地らしき施設にあるMSデッキだった。彼を連れ去ったMS、ディエルは静かに彼を地上に下ろした。避難させてくれたのだろうか、それならありがたい、と思うジュナスであったが、実際には一体どうなっているのかは分からなかった。

やがて、ディエルから一人の人間が降りてきた。その姿を見た時、ジュナスは驚きを隠せないでいた。

「ゼル……?これまた、一体どうして。」

ディエルの中にはゼルがいたのだ。しかしゼルは黙ったままだった。

「理由は分からないがありがとう。あとでそれなりのお礼をさせてもらうつもりだ。」

「フン、勘違いしてんじゃねえよ。」

捨て台詞を残してゼルはディエルに乗って去った。ジュナスはゼルがMSに乗れると言うことに非常に驚きを隠せない様子でいた。

その時、ジュナスは背後から急に声をかけられた。背筋に妙な寒気が走り、後ろを振り向く。そこには大柄な男の姿があった。

「ゼルが助けた人間ってのはあんたみたいだね。」

「あの、貴方は?」

男は口を大きく開け、この状況にも関わらず、楽しそうに笑いながら答える。

「俺はキゼル・アウレッド。村を束ねるMS組織のリーダー。今は、暴れ回るMS乗り達と対峙してるって訳よ。村の襲撃があったからな。」

「貴方が、ゼルが言っていたキゼルさんですか。」

「ああ、ゼルを知ってんのか。あいつゼルすげえだろ。十二歳でMS操ってんだ。天才なんだぜ。血液型もABでよ。でもあいつ家族を失ってるんだよな。だから俺が拾って今鍛えてやってるんだよ。」

「凄いですね……彼。あ、そう言えば機関銃がどうやらこうやら言ってましたね。貴方に貰った機関銃を大切にしているらしいですよ。ま、その機関銃に危うく命を奪われそうになりましたが。」

「ああ、あんた村に来たのは初めてだろ。あいつは村を襲った連中を許さない奴でさ、ずっと警戒してやがる。俺はいい加減やめとけって言ってるのに聞きやしない。」

「はあ……そうですか。」

家族を殺された少年、ゼルを拾って銃撃やMSの事を教え込んだ張本人である彼。思った以上に豪傑だったのでジュナスは内心驚いていた。そしてテンションの高さを保っているキゼルは、話している内に段々楽しさを覚えていく。ゼルが彼を慕う理由が理解できた気さえしたのだ。

話しているうちに、すっかり意気投合してしまった両者。現在キゼルは、ただただ部下の帰りを待っているだけだった。

「よろしく頼むな。ジュナスさん。」

「こちらこそ。よろしくお願いします。」

その後、村の襲撃を行おうとしていた敵MS乗り達は撤退。ゼル達のお陰で村は守られたのである――

 

ダダダダダダ

 

しかし悲劇は起きた。先程撤退させた筈のMS乗り達がこの場所を発見し、強襲を仕掛けてきたのである。それは戦闘終了後、4時間後の出来事で、既に敵はリーダーのいるデッキにまで押し寄せていたのだ。

ジュナスもそれに巻き込まれていた。デッキにいた整備士の内何人かは既に惨殺されていた。無念を抱えた赤い血が心臓や頭部から流れている。そしてその脅威はキゼルに及んでいた。

「覚悟しろ!今まで散々コケにしやがって!」

「やれやれ。てめえらはそう言う手段しか取れねえのかよ。MS乗りならそれらしく正々堂々MSで勝負しろ!」

「黙れ!!」

すると、敵はあろうことかキゼルに向けて銃弾を発射したのだ。躊躇の無いその行為に、ジュナスは憤りを覚えた。目の前で殺された人間を見て同時にショックを隠せない。

「何て事だ……」

キゼルが撃たれた時、完全に勝利を確信したかのように高らかに敵は笑った。ジュナスはこの時自分の死を覚悟した。ジャーナリストとしての人生が歩めたことに満足しつつも、まだ残された自分の可能性を引き出せずに死んでいくと思うとやはり悔いがある。

(レイ……リリア……ミィス……そしてカレン。ごめんな……)

静かに彼が目を瞑った瞬間だった。機関銃を構えたゼルがいきなり走り出し、敵に向かって容赦無く撃ち始めたのだ。

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ

 

「うらああああああああああ!!!」

掛け声と共に銃弾を撃ち続ける。その瞬間に真っ赤な血が飛び散った。機関銃の連射による攻撃によって敵のMS乗り達が次々に倒れていく。敵も反撃に銃を構えるが、その前にゼルが容赦の無い攻撃を加え、撃たせる前に殺した。

大量虐殺を行い、その結果デッキにいた敵は全滅した。デッキは敵の血でほとんど真っ赤に染まり、無残な光景を物語っていた。

「ゼル……」

ゼルは敵を撃ったかと思えば、そのまま膝をついた。それと同時に目から涙が浮かんでいた。

「キゼルさん……くそおおお!!!」

親が殺され、ずっと慕っていた人物が殺されることはやはり悲惨なことだった。ジュナスはそんな彼の様子をただ見守るしか出来なかった。

「親が殺されて……キゼルさんが殺されて……クソッ……クソ……」

悔しく、そして悲しく、憎い。様々な思いが重荷となってゼルに容赦無く襲い掛かる。この時、ジュナスはそっと肩を叩いた。

「……」

「な……んだよ……」

「いや……こんな状況で俺ができることと言えば……やっぱり慰めることぐらいじゃないかなって思って。」

「クソ……クソ…………」

彼がいくら慰めても、当然涙は流れるばかり。しかしジュナスはジャーナリストである為、人を癒す力など無く、ただただこのように気持ちの良い言葉を集めて慰めることしか出来なかった。

しかし、次の瞬間だった。伏せていた敵が急に起き上がり、ゼルに襲いかかったのである。それ見たジュナスは咄嗟に行動に出た。足元に落ちていた敵の銃を持って、すかさず撃ったのである。

敵はそのまま頭部を撃ち抜かれ、鮮血が飛び散った。目がおかしな方向を向いているのが見えた。ジュナスはこの時、人生で初めて人を殺したのだ。

「お前……!」

「はあ……はあ……こうするしか……なかったのか……」

突発的な行動だった。撃たれようとしていた少年を守る為に、ジュナスは行動したのだ。結果、人を殺めた。

 この時、ジュナスの中で様々な感情が渦巻いていた。正当防衛とはいえ、人を殺めたという事実は、彼を時にトラウマとして、思い出させる事があるという。

 

 

 

ゼル。レイの父親が過去に経験した中でも印象に残った可哀想な少年の一人。当時のゼルが十二歳とすれば、今では十六歳となっている計算だ。この年齢はレイよりも一つ年上にあたる。

 この時、ジュナスは人を殺めた話をレイにはしていない。彼の中で、やはり罪悪感のようなものがあったからなのだろうか。

「ヒパック村……そんな場所が、あったんだね。」

聞き入っていた様子のレイ。ヒパック村の経験は、ジュナスにとって忘れられない体験であったのだ。

「印象には残ってたな。あんな辺境の地でMS同士の戦いが行われていたりする。そんな内容の取材だよ。本当に、大変だったな……」

ジュナスの思い出。それは、レイにとって好奇心を擽られる話であった。一方で、その話の中でのジュナスの言動の中で、何か、気になる事があるのも、彼は把握した。先程ジュナスが呟いた“大変だった”という言葉が、妙に引っ掛かったのである。それと同時に見せた俯く表情は、明らかに意味深だ。

(あの表情……ヒパック村で、何かあったのかな。)

と、考えていた時――

「まさか、そのMSにお前が乗って戦うなんて想像すらしなかったけどな。」

ジュナスの言葉が、レイに突き刺さる。成り行きとはいえ、ガンダムに乗って戦い抜いてきたレイ。彼は、ただ、無我夢中だった。セイントバードチームの仲間の為に、戦い抜いていたのである。

「レイ。MSの整備していたぐらいだから、MSに関しては詳しいのか?」

まるで話題を変えるように、ジュナスが聞いた。

「あ、うん。まあ。」

日本でガースト・ピュアスと整備をしていた事を思い出す。この世界のMSの装甲素材、フレーム、動力源。全てはカタログで読んだ内容であったり、実際に整備をして得た経験でもある。

「ちょっと雑談になるんだけどさ……MSの動力源でさ、ハイ・バッテリーってあるだろ。」

「うん。ある。」

「あれさ、どうして世の中の家電に汎用出来ないんだろうな。」

ジュナスからの、何気ない質問だ。

 この世界の家電類は旧世紀から使用されているものの延長で賄われている。一方で、ハイ・バッテリーはMS、MA、戦艦といった軍事兵器にのみ、動力源として投入されている。この時代におけるハイ・バッテリーの最大のメリットは、動力としてならば半永久的に活動出来るというメリットがある。これは、人類が開発したバッテリーの到達点ともいえるものだ。その為、理論上MSは、原型さえ残っていれば何十年どころか何百年経過しても、稼働させる事が出来ると言われている。

しかし一般家庭の家電や電気自動車等はこうした恩恵を受けられない。それは電化製品と比較してその出力や電圧そのものが段違い過ぎるという事と、ハイ・バッテリーが普及する形になれば、家電製品などの売り上げに大きく影響してしまうという企業側の問題が生じている為でもあるのだ。それらを普及させまいと、MSを開発する軍事企業の利権が横行しているのがこの世界の現状と言えるのである。故に、一般家庭にこうした革新的なものが普及する事は、ない。その代わりに普及しているのがソーラーバッテリーである。車やバイク、そして家電といった、一般家庭で用いられる資源として、環境問題に配慮した結果がこうした生活を作り出しているのだ。

「分からないよ。あれって確かMSから電力を抜くのも規格が対応してないっていうし。」

「流石MSオタクだな。理解が早い。」

と、ジュナスはレイを褒めた。

「それより、もう寝なくて良いのか?時間、見て見な。」

「……え?」

部屋に飾られている時計を見る、レイ。それを見て彼は驚愕した。時計は短針が2、長針は3を指している。

「もう、そんな時間なの!?」

「明日学校だろ?今日は早く寝な。」

「うん!お、おやすみ!」

驚いたレイは急いで部屋に戻った。寝室に戻る息子を、ジュナスは一人、見送っている。そして、静かに欠伸をしたのだ。

「ふぁぁ、あいつ、将来は大物になるのかも知れないな……」

父親との久しぶりの時間。それはレイにとってはかけがえのない時間と言えた。

その翌日、レイが寝不足で学校に登校したのは言うまでも無い。

 

 

 

 翌日。眠さのあまり、午前中の授業の大半を眠ってしまっていたレイ。眠気眼のレイは、午後の休み時間に窓を見て、ぼうっと考えていた。

 自分が真実を話し、それを理解している者と、そうでない者。それらの違いとは何なのだろうか……と。リルムとは挨拶はするものの、まともな会話が出来ていない。彼がMSに乗って戦っていた事が、それ程にショックだったというのだろうか。

一方でジュナスはそれを分かった上で、レイを理解している。それは、レイの親という事が関係しているのだろうか。

 では、母親はどうか。この話を信じるのか?それは、分からない。リリアは?ミィスは?親族の人間にそれを言えば、全ては落ち着くのか?それも、分からない。

人は秘密を持って生きている。結局、両親の関係や友人、幼馴染といった関係であれ、結局は他人なのだ。個人ではない。秘密を聞き、理解する者もいれば、理解しない者もいる。それは、秘密を話さなければ分からない。

 だから人は秘密を喋られない。それ故に、悩む。悩みすぎて人に打ち明けられず、心に闇を抱えるのだ。それ故に、いくら友人や親に秘密の話をしても、理解してもらえるのかが不明な事も、ある。

 レイのように、父親が理解者であったのは救いだった。もし、父親が理解者でなければ、彼はより、苦しんでいたかも知れないから。

 彼が今、実家から学校に登校出来ているのは、ジュナスの存在が大きいと言えたのである。

「レイ。」

その時、モークが声を掛けてきた。瞬きを何度かし、レイは反応する。

「お前さ、最近リルムと喋ってなくね?どうしたんだよ。幼馴染だろ?」

「う、うん……まあ、ね。」

諸事情により、レイとリルムは会話が出来ていない。彼の友人であるモークは、それが少しばかり気になっている様子だったのだ。

「喧嘩でもしたんか?夫婦喧嘩は辛いよなぁー」

深く物事を考えていないモークは、冷やかすように言った。それに対し、困惑する、レイ。

「モーク、やめてよ……」

嫌がる様子の、レイを見て、モークは笑った。

「てかさ、話題変えるけど、先月ターナ・アステルが亡くなっただろ?ジャンヌ・アステルってさー、母親じゃん?大変だよなぁ。あんなに若いのに急に亡くなるなんて。しかも自殺だってさぁ。」

気分屋のモークは話題も変わりやすい。今回の彼の話題は、ターナ・アステルとジャンヌ・アステルの話題である。

 ジャンヌのファンである彼は、その親族事情にも詳しい。と言っても、その情報媒体はSNS等で情報を拾うのだが。

 ターナ・アステルの死は大々的に報じられた。が、その真相については謎に包まれている。全くもって不明だ。インクとスラッグも話題にしていた内容だけに、世界的に衝撃を与えているのが分かる。

(ジャンヌ・アステル……僕はあの人に直接会った。そして、SNSもフォローして貰ってる……)

日本での出来事を思い出すレイ。そこでジャンヌと会った。僅かな時間ではあったものの、その時間は彼の中に大きな印象を残している。

 学校に通学していなかった二ヶ月はレイにとって多くの出会いを果たした。モークが憧れるジャンヌも、その内の一人なのである。

 

―――――――――――――また、いずれお会いしましょう―――――――――――――

 

 まさか、自分がジャンヌに直接会い、話をしたなど、言える筈もない。言ったところで、信じてもらえないだろう。リルムが、レイの発した言葉をすぐに信じなかったように。

その時、何気なくEフォンを取り出し、SNSのページを開いた、レイ。

「……え?」

レイがそれを開いた時、メッセージが届いていた。ジャンヌ・アステルにフォローをされているという事に対して驚愕した他の匿名ユーザーが、彼の事について聞こうとしてきたのである。

 その内容だが、大半が“お前は何者だ”といった内容である。だが、普段このようなダイレクトメッセージをもらう事がないレイにとって、このような出来事自体が初めてであり、ただ、レイは困惑するばかりだった。

「こ、こんなのって……!」

動揺するレイ。SNSを使用していて今まで体験した事のない事を、経験している。

「え?お前……ジャンヌ・アステルにフォローされてる……?何かの間違いじゃね?」

と、レイのEフォンを覗き見していたモークが、言った。

「よ、よく分からないからもう開かないようにする!なんか、迷惑だよ!」

そう言って、レイは自身のSNSのアプリケーションを閉じた。妙な体験は彼を翻弄する。側に居たモークは、ただ、首を傾げるだけだった。

 

 

 少しずつ、戻っていく日常。戦場から帰還したレイを待つ、スクールライフ。命の奪い合いのない環境での生活は、今、全てが穏やかに見えた。だが、時に物足りなさを感じる時もあった。それは彼がMSに乗って戦っていたが故なのかは定かではない。

 レイはこの後も知人達と会話をしていた。この会話が、今のレイにとって心地よいもの以外の、何者でもないのだ――

ある時、廊下を歩いていると、レイは同じMS好きの少年であるクラークス・ミラックと再会した。

「キレス君!久しぶり!二ヶ月間どうしてたの?」

相変わらずの高い声を聞いたレイは笑顔で応対する。空白の二ヶ月の事等、言える筈がない。

「あ、クラーク。その……色々とあって。」

はぐらかすレイ。クラークスは首を傾げるが、あまり気にしている様子ではなかった。

レイの場合、この二ヶ月の間に実際のMS、それも、ガンダムタイプに乗って戦っていた等、彼に言える筈がなかった。MSが好きと言う、共通の趣味があるおかげで知り合えた二人であるのだが、クラークスの場合はそれに対する憧れしか、抱いていない。

「最近の新生連邦軍のMSをカタログで見るんだけどね、本当格好良いデザイン、多いよね!あとさ、国連軍がガンダムタイプみたいなMSを量産して、それを実戦配備してるって話だし、どんどんMSが増えて行くね!カッコイイよなぁ!あとね、国連のMSって新生連邦軍以上に実は沢山あるって話だし、不思議なものだよねぇ。軍備増強しているのが新生連邦なのに、国連もそれに対抗しているみたいだねぇ!でもあのデザインはなんか、偽物臭いというかなんというかって感じだよねー。ガンダムタイプは角があって、あの特徴的なツインアイと、あの面構えが格好良いのに、バイザーでカメラアイを覆ってしまうのは良くないと思うんだよねぇ。プラモデルは買ったけど、やっぱりあれは不必要な要素かなぁ。」

「うん……確かに……ね……」

話を合わせるようにレイは相槌を打つ。クラークスは引き続きMSについて語り続けるが、レイはそれに対して苦笑いを浮かべるだけ。と言うのも、クラークスはMSの外見や武装の性能の話で格好良いと言うばかりだからである。

だがレイは違う。彼は実際に戦場で戦っていた。戦場を体験しているレイは、クラークスの話を楽しく聞く事が出来なかったのである。

所詮、MSは兵器だ。クラークスの語るMSというのは、外見のデザインや武装の話、そして、勢力図の机上の空論。実際の戦場を経験したレイからすれば、それは只の雑学に過ぎない。

(クラークの話が只の憧れにしか聞こえないのが辛い……僕はもう、クラークとまともな会話をする事は出来ないのかな……)

彼は様々な経験をした上でこの日常生活に戻る事が出来た。だがそこで体験した体験は、常に死と隣り合わせの危険な場所。クラークスの言葉は、所詮只の憧れにしか聞こえないのであった。その上でのプラモデルの話。これが、レイの内心を落胆させたのだ。

「……キレス君?どうかした?」

「え……あ、ううん、何でもないよ。」

クラークスは首を傾げた。レイは平然を装うが、自身の価値観とクラークスの価値観の違いが彼を悩ませた。

(もう、MSに対しての憧れなんてとうに僕にはないよ……あるのは、ただ戦わなきゃ自分がやられるのと、大切な人達を守る為に戦う事だけだから……機体デザインの格好良いや格好悪いなんて関係ないんだよ、クラーク……)

レイはそう思っていた。その彼の思いに反し、クラークスはMSの魅力についてひたすら語り続ける。レイはそれを聞き流すことしか出来なかった。

 

 

 様々な日常の出来事は、戦場を生きて来た事とのギャップを生み出している。だからこそ、今こうして生きている事に対する幸せを噛み締めることが出来る。だがそれは時に、思考の違いを生む。何も知らないクラスメイトと、多くの出来事を経験したレイとでは、価値観も異なるものになるのも必然と言える。クラークスとの会話を経て、レイは悲しさを感じていたのだ。

だがその中で、レイに現実が付きつけられようとしていた。それは、別の日のホームルームの時間にて――

「ええと、来週から定期考査が始まります。それが終わり、春休みを終えれば皆さんは四月から三年生になります。三年生といえば!ハイスクール受験!という事ですので、そろそろ自覚を持って欲しい!現に、この時期にもう受験勉強を始めている人だっています!出来る上のハイスクールを目指して、皆さんは頑張って下さいね!そりゃまだ実感が湧かないのは分かります。だって受験は来年の二月か三月です。でも実際に受験校を決めるのはもっと手前の時期です!だから出来るだけ内心点を稼いで、学校からの評価を良くし、そして受験校でも良い成績を修め、晴れて合格することが三年生の最終的な目的です!それまでは確かに辛いかもしれません。でも!合格すればその苦労が報われ、喜びを分ち合うことができるのです!それから遊んだりすればいいじゃないですか!それまでは一生懸命に頑張ってください!貴方達は今から受験生です!受験生には余裕なんてありません!」

リアン・マーキュリーの厳しい言葉が教室内に響いた。そう、レイは来月になれば三年生になる。最終学年になるという事は、世間一般では受験なのだ。

 レイはこの重大な事を、忘れていた。成績の心配云々よりも、受験生になるという事実。その事も踏まえ、二ヶ月の空白の期間の存在はあまりに大きいのだ。次の定期考査の点数も恐らく取れない可能性が高い。MSで戦っていた事等が思い出されたりする事が多い中で、勉強が疎かになってしまっているレイ。

(受験……そんな、そんなのって……)

 彼の望む日常は続いていく。だがその前に、勉学に励み、成績を修めて行かなければならない。そこに、MSに乗って戦い抜いたという事は、一切関係ない。彼の日常は、穏やかではなく、波乱に満ちて行きそうであったのだ――

 




第三十三話投了。

故郷に帰って来たレイの日常の話でした。


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絶望のパーティ編
第三十四話 アステル・パーティ


故郷に帰って来たレイの一方、ジャンヌは自らの母親を殺した人間の存在を調べる為、パーティを主宰する事にしたのだが……
※一部性描写有。


 アーステクノロジー。新生連邦軍にMSを提供している軍事企業である。かつての地球連邦軍にもMSを提供していた。

現在開発されているディースト、ジョゼフといった機体はこれらが開発したものに当たる。新生連邦軍のスポンサーでもある、その企業。

そしてFLCシステムを搭載している三機のガンダムである、デスペナルティガンダム、アトミックガンダム、バイラヴァーガンダムのパイロットを務めるニッカ・ドレイク、ハーディ・クオレント、シエル・ホーンドを総司令に提供した事もある。特殊強化モデルという、戦闘マシーンを扱っているスルース。彼は強化モデル開発の管轄顧問でもあり、人間を戦闘兵器としか見なしていないという非道さは彼独特のものでもある。

 

これは総司令がアステル家に同盟条約を結ばせようとして失敗する、少しの話である。その時にアーステクノロジーに滞在していた総司令。彼がそこで見たものはカプセルの中に裸で眠る特殊強化モデル達。どうやらニッカとハーディとシエルだけではなかったのだ。その側で、スルースは笑う。

「あの三人は成功作品です。これらは改造手術の際に命を落してしまった失敗作です。やがてこれらは腐っていき、ゴミと化するでしょう。戦闘マシーンを作るのは大変な作業が必要でしてね、多く製作しても成功しているのはほんのごく僅か。殆どは失敗し、埋められていますよ。現に、ホルマリン漬けの失敗作は会社の裏にストックを貯めています。」

その言葉は、総司令の気分を不快にさせる効果を持つ。思わず口を塞いでしまう、総司令。その光景を、想像してしまったのだろうか。

「今の時代、軍備を増強するには更なる力を持つ人間が必要です。ただでさえ先の大戦で人口は減っています。もっと、力を持つ人間を効率よく作って行かなければなりません。」

スルースの独特の、妙な甲高い声が室内に響く。

「強化モデル……増してや、特殊強化モデルを作るとなればそれ相応の研究が必要です。研究に成功する為には失敗は不可欠。ここで死んだ被験体達は人類発展の為の必要な犠牲と考えますよ。」

「……それは、分かっているつもりです。」

何故、総司令、レヴィー・ダイルはここに来たのか。理由は一つ。平和国連盟と対立する状況になった為、少しでも戦力増強をしていきたいと、考えていた為である。

「FLCシステム搭載の機体に乗る三人以上に、更に強力な人材や、兵器は必要になってくるでしょう。その為にも、人為的に作られている強化モデルのような戦闘マシーンは必要です。シンギュラルタイプと同様に戦える優秀な人材がね。」

歳の差が十以上離れている総司令とアーステクノロジー社長。立場は違えど、年齢の若さは経験の若さだ。そして、感受性もスルースと異なる。故に、特殊強化モデルという人間の、“死”に過敏に反応していたのである。

「貴方も若いですねぇ。戦力増強の為の特殊強化モデルを生み出すには失敗を繰り返さなければなりません。そこに犠牲が生まれるのは必然。それに不快感を示していては軍のトップは定まりませんよ?」

「分かっています!私は、それを承知の上で貴方に依頼をしに来たのですから……」

軍備増強は総司令か掲げる事だ。平和国連盟とも戦って行く事になるかも知れない状況で、アーステクノロジーを頼るのは当然の事と、言える。

「私が驚いたのはまさか、平和国と新生連邦が対立状態になるということですよ。同じ地球人同士で、亀裂が走る事になるとは……ね。」

スルースの、冷たい言葉が走る。

「恐らく今後、戦争は避けられないでしょう。その為、事前に更なる戦力を作って行きたいと考えています。そこで提案があるのですが。」

「提案……ですか。」

総司令自らがアーステクノロジーの社長に提案するという状況。これも、総司令の拘りでもあるのかも知れない。

「一ヶ月程前、日本で巨大MS、ダッゲインが謎の暴走事故を起こしました。被害は最小限でしたが、この時に使われたMSと、サイコミュシステム。これらを組み合わせた兵器の開発を、依頼したいのです。」

「ダッゲインを基にした兵器……ですか?」

スルースは首を縦に、何度か頷きながら言った。

「成程……ねぇ。それは、期待以上の良い兵器が開発出来るかも知れませんね。お時間は要しますが、それでも宜しいでしょうか?」

「大丈夫です。今後の戦争の切り札……それさえ、出来れば。」

「これは、大掛かりなプロジェクトになりそうだ。」

スルースは舌を舐め回し、言った。

「もし、総司令が考えられている兵器を扱うのならば、それ相応のパイロットの存在も必要になるかと思われますねぇ。」

「手配はします。では、これにて……」

総司令は、手早くその場を去っていく。その後ろ姿を見て、スルースは妙な笑みを浮かべていた――

 

新生連邦と平和国連盟は対立しつつある。そして、更なる軍備増強が行われようとしている。それを快く承諾する男、スルース・ディアン。

これにより、アーステクノロジーは更なる利益を上げる事になる。会社が在り続けるには常に利益を産み出さなければならない。それが、例えいずれ大勢の人を抹殺する事になろうとも。

人間は勝つ為になら知識を振り絞る。だが、それ以前の、人本来が持っている欲望や支配、思考は簡単に変えられるものではない。

 新生連邦は平和国連盟と対立している。その上、更なる軍事兵器を、同じ地球人である存在に対して向けようとしている。この狂った悪循環は、留まる事を知らない。

 

 

やがてウイングイーグルへ帰って来た総司令は、特殊強化モデルが閉じ込められている部屋に入った。

人間に見えず、まるで野獣が監禁されているような光景を見て、ただ俯くしか出来ない。

「グウウウウウウウウ……」

野犬のように唸る、ニッカやハーディ。戦闘時ははっきりと言葉を喋るのに、現在の状況とでは余りに差がありすぎるのだ。

「これが、人……か。人とは、何なのだろうか。僕達は、こうした存在も利用していかなければならないという事なのだろう……。」

その瞳は、特殊強化モデル達への憐れみを指しているのかも知れない。ただ、戦闘時のみ人の言葉を発し、それ以外では本能のままに生きる彼等。彼等の幸せとは、果たして何なのだろうか。

 こうした存在を利用して、戦力を増強させていくという事。それは、彼自身も分かっている筈であるのだが、どこか、その瞳には躊躇いが見られるようにも見えた。

 

 

 アーステクノロジーから新生連邦本部へ帰還した総司令は、病室にて安静にしているソフィアの元に向かった。傷口は塞がってきている。回復も順調だ、後遺症もなく、経過している。身体の動きに悪影響は及んでおらず、術後の経過は良好であった。

「ソフィア、体調は問題ないか?」

「レヴィー様……私は、大丈夫です……私の事より、今は軍の事をなされては……?」

謙遜するソフィア。それに対し、彼は言う。

「何かを成す時には、常に側に力となる人が必要だと僕は思う。ソフィア、それは君だ。僕にとって、君の存在は力の根源だ。これから成すべき事を、成す為の。」

大きな野望を成す時、それは、一人では難しい。共に歩む人間が居て、初めて力を発揮する。

 レヴィー・ダイルの場合、ソフィア・ブレンクスがそれに当たる。彼に必要とされ、喜ぶソフィア。

 だが彼等の関係は公にはどのような関係であるかは不明だ。それ故に、総司令は陰で妙な噂を立てられてしまう事となるのだが。

「レヴィー様は、次は何を考えられていますか。」

ソフィアは、聞いた。

「じっくりと、練って行こうと考えている。平和国連盟に対抗する作戦を。だが今はその時ではない。君をこのような怪我を負わせた彼等には制裁を与えなければならない。その、“オペレーション”を計画していかなくては。」

総司令の言う、“オペレーション”とは何を示すのか。新生連邦軍の新たなる野望。それは、これから始まる世界の混乱の幕開けとなり得るのであろうか――

 

 

 

 アステル家ではターナ・アステルの葬儀がしめやかに行われていた。親族関係者のみの葬儀が行われている。

 世界的女優の死は大々的に報道されたが、当主ジンクの意向で、親族のみで執り行われたのである。その最期の顔は、まるで眠っているかのように美しい寝顔であったという。

 葬儀が終わってから一日が経過した頃。ジャンヌは、アステル家のプールにて水泳を行っていた。しなやかなフォームで、様々な泳法を泳ぎ続ける。25メートルを、何度も、何度も。

 やがて彼女は泳ぎ終えた。スイミングキャップを外し、その長い髪を露わにする。そっと、呼吸をするジャンヌ。

「ジャンヌ」

そこへ現れたアレン。ジャンヌを心配していた彼はアステル家内の様々な場所を探し、兵士から場所を聞き、プールに辿り着いたのだ。そこで延々と泳いでいる彼女の姿を見て、驚いている様子だった。

「アレン。どうなされました?」

「その……大丈夫?色々……と。」

母親の死を誤魔化すかのような、彼女の水泳。アレンはその行為が何を意味するのかを分かっていた。

 彼女は、悲しみを隠している。それを誤魔化す為に、彼女は身体を動かしている。それを、アレンは察していたのだ。

 アレン自身も、暗い。人の死を目の当たりにして、平気で振舞える人間など、いないのだ。

「私は平気ですわ。このような時だからこそ、常に身体を動かしておく必要があると考えていますの。」

そのプロポーションは見る者を魅了する。悲しみに暮れている筈の彼女。

「あれから、お母様の突然の死に対し、捜査が行われました。アステル家に仕える人間達は勿論、その全てを調査しました。ですが、結果としてはお母様の自殺という形で結論づけられ、捜査は打ち切られました。死因は毒殺。アステル家の人間でそのような事が出来るのは、近親者のみに限られます。外部の者は決してそのような事は出来ません。」

ターナ・アステルの死に対して捜査は行われていた。しかし、いくら状況を見ても、彼女の死は自死以外、考えられないというのだという。彼女は、自ら毒を飲み、自殺したというのだ。

「それに、あの一件の後、エファンから聞いたのですが、どうやらお母様はお父様との距離感に相当悩んでいたとの事なのです。あのお母様が、私にも見せない悩みがあったなんて……」

と、少しばかり暗い表情を見せる、ジャンヌ。

「あの人が、そんな風には見えなかったけれど……」

アレンがターナと交流したのは僅かな時間だ。その中で、彼は少しでもターナという女性の存在を理解していた。

「ですが、ターナお母様が自ら毒を盛り、自殺という手段を選ぶなど、考えられません。何か、裏があると、考えているのです。」

「裏……か。」

視線を落とす、アレン。ターナの死は一体何が原因なのか。自殺とは思えないジャンヌ。それは、アレンも同様であった。

「……アレン、私は決めた事があります。」

「決めた事?」

突然の彼女の言葉に、首を傾げる。

「アステル家主催のパーティを、開こうと考えています。」

アレンは二回、瞬きした。母親が死んでまだ一週間も経過していないのに、何故パーティを開こうというのか。理解に苦しんでいる様子のアレン。

「何故、パーティを?このタイミングで?」

当然の質問。それに対し、ジャンヌは言った。

「アステル家は恐らく、何者かに狙われていると考えています。シュネルギアの情報が何者かに漏洩された事と、お母様の死。これは、偶然とは思えないのです。その、真相を追求する為に“パーティ”を行うのです。」

シュネルギアの情報が新生連邦にリークされていた事や、母、ターナの死。それらは、何らかの関係があるというのだろうか。それは分からない。

ジャンヌは、今後の事を考えていたのだ。彼女は母親が死んでも、止まらない。止まっていられない。寧ろ、この状況を打開しなければならないと、必死に考えていた。その結論が、アレンに対して言った“パーティ”なのである。

「パーティを行う、理由があるのか?」

アレンの質問。それは、当然の疑問であった。

「アステル家の交友関係は厳重に管理されています。無論、中の情報に関しても。貴方やエファンのように、信用に値する人間でなければ見せる事は出来ません。だからこそ、交友関係のある人間達を集め、あえてパーティを行う事で、そこからアステル家に恨みを抱いている者を暴くのです。そこに、ターナお母様の死も、関係しているかも知れません。」

そこに、確証はない。だが彼女は、あえてそれを行うのだ。

ジャンヌは、濡れた髪を長い指で伝わせ、水気を取りながら、言った。

「アレン、貴方にもパーティに参加をして欲しいのです。」

「俺に……?」

唐突の、パーティの正体を受けたアレン。悲しみに暮れている筈の彼女は、予想以上に強気だった。パーティとは名ばかりの、真実を見極める時間。それを、彼女は作るのだという。

「貴方は私にとって信頼に当たる人間です。貴方には、是非参加して頂きたいのです。真相究明のお手伝いをして頂ければと、思います。」

今、彼はジャンヌに頼られている。それは、男としては有難い事だ。増してや彼女のような美女に頼られる事は誇りではある。

「ですが、準備が必要になります。その時になれば、お知らせします。アレン。貴方はご自分の時間を過ごして来て下さい。私はパーティの為の準備を、進めて行きたいと思います。一週間後にはご案内を致します。その際に、戻ってきて貰えれば……」

「うん、分かった。」

ジャンヌは彼に自由な時間を過ごして来てはどうかと提案をしたばかりだった。だがレヴィー・ダイルのアステル家への交渉やターナの死が重なり、その時間を過ごす事のが、伸びてしまったのだ。

 今、彼女の元を離れるのはアレンにとっては気の毒な思いがある。だがジャンヌは前を向こうとしている。彼女が行う、“パーティ”は、決意に溢れたものとなる。

 パーティと聞けば、それは本来、仲間達と楽しい時を過ごす時間であるものだ。しかし、彼女が意図するパーティはそれらとは全く異なる。それを、今から彼女は準備をしていくのだ。そこにアレンが立ち入る隙間はない。彼は、ジャンヌの提案に甘える事にしたのである。

 

 

 アステル家のMSデッキに入ったアレンは、輸送機に搭乗していた。それを駆り、彼は移動する。一週間の、束の間の休息を、得に行く為に。

 パーティが開催されるのだが、それは決して遊びではない。アレンにとっては仕事。それも、大きな仕事なのだ……と、彼の中で、感じていたのだ。

(今、君の元を離れるのは気が引ける気もするが、俺には何も出来ない。君の準備を待つのみだ。ただ、無理をしないで……)

一人、静かに心配をしたアレンは、そのまま輸送機を発進させた。

 その去って行く姿を、ジャンヌは見届けていた。そして、彼女はパーティの準備を進めて行く。“決意のパーティ”を。

 

 

 

アレンは休暇の中で、知人の家を訪れようと考えていた。暫く見ていない彼等は元気であるのかが気になった為である。予めEフォンで連絡をとっており、そこで無事は確認できている。

彼の操る輸送機はアレクサンドリアへ着いた。そこから、彼は引っ越しをしたワートンの家を目指す。

 以前氷河族のメンバーに襲われた後、ワートンは元の家から離れた場所に引っ越しをしたのだ。アレンの身柄を確保しようとした氷河族のメンバー達だったが、彼の力によって回避する事が出来た。だがアレンと一緒に居る事が知られた以上、共に行動してはワートンにも危害が及ぶ可能性が高いと考え、アレンは一度離れていた。セイントバードチームと合流し、その後はジャンヌと共に行動している。

少しして、ワートンが引っ越しした家に辿り着いた。彼は早速帰ってきたことを知らせる為にインターフォンを鳴らした。

だが、中から人が出てこない。アレンはおかしく思い、再び鳴らした。しかし二度目も出てこない。聞こえている筈なのに、何故……?アレンは思った。

仕方なしにドアの取手を持ち、押してみた。するとドアが開いたのだ。つまり、入口の鍵が開きっぱなしだったのだ。

「住所を間違えた?いや、それはないな。にしても不用心だな。せっかく帰ってきたのに。」

呆れるアレン。そう言いながらアレンはドアを開き、中に入る。

「……あれ?」

留守にしているのか?しかし留守にしているにしてはおかしい。鍵を開けっ放しにするなど不用心だ。アレンは少し不安になり、二階に上がって見ることにした。

階段を上っていると、何やら話声が聞こえてきた。声に気づいたアレンは階段の途中で止まり、話声を聞く。

 

「……おうよ。ひでえことをしやがるんだ。何せデウス本国のコロニーに毒ガスを撒こうとする奴がいるんだからよ。」

「一体、何が目的で?」

「いや、最初はデウス軍の誰もが連邦軍の仕業ってことになってたんだよ。けど位置的にありえねえんだよ。地球側にいた連邦が地球より離れているデウス本国のコロニーに毒ガスを撒くか?」

「た、確かに……けどそれは未遂で終わったんでしょう?」

「おうよ。なんとかな。そうそう、それで俺はその犯人を、デウス軍を裏切ろうとした奴等が起こした行動だと思っている。」

「裏切り……それって、もしかして天国兄弟?」

「それそれ!よく知ってんな。そいつら、末期になってデウス軍を裏切り始めやがった。それで当時の司令官を殺害しやがった。俺は当時その光景を目の当たりにした。信じられなかったぜ。まさかの裏切りだからな。何の目的かは知らねえが、本当にタチが悪い。ま、そいつらは連邦軍に倒されたんだけどな。そうそう、話を戻す。だからこいつらがもしかしたらデウス帝国本国に毒ガスを撒いたんじゃねえかって思ってるんだよ。」

先程から、〝デウス〟〝毒ガス〟〝天国兄弟〟といったキーワードがこの会話から聞こえてくる。そして、喋っている内の一人は間違いなくワートンであることが分かった。しかし、もう一人は知らない。声を聞く限り、女性であることに間違いはない。そして、聞き覚えある声だ。

「天国兄弟が、毒ガスを?」

「可能性だがな。けど高いんだよ。その可能性が。」

「ふぅん……少し興味あるかも、その話……ありがとう、私、興味のあることは聞きたがる性格だから。」

盗み聞きをしていたアレン。話の内容から、デウス動乱当時の話をワートンが教えていたように思える。最初から聞いていなかったので話は分からなかったが、間違いなく話が一段落したことは確認できた。これによりアレンは安心した様子で階段を上り、二人が話す部屋に入ってきた。アレンの姿を見たワートンは驚きと同時に嬉しそうな表情を浮かべる。

「……お、おい!お前じゃねえか!」

そこには顔を赤めているワートンの姿が。その右手にはウイスキーの酒の入ったグラスを持っており、彼は酒を飲んでいるのが分かる。ワートンにとっても、今は安らぎのひと時だったのだろう。

「ただいま。久し振りだね。ワートン。鍵かけなきゃダメじゃないか。」

「ああ、そうだ……いけねえな、忘れちまってた。ハッハッハ!」

と、上機嫌な様子のワートン。

ワートンの家に戻ってきたアレン。そこには銃マニアのワートン独特の空間があった。久し振りに見る光景が広がった。

「まあ座れや。久しぶりに酒を飲んだらやっぱり美味いな!ははは!」

「あ……うん。」

彼の言葉に甘え、近くの椅子に座ったアレン。

「しかしお前さん、どうしてここに戻ってきたんだ?えらく久しぶりだけどよ。」

「あ、実は…」

アレンはこれまでにあった事を話した。セイントバードに乗り、それからジャンヌと久しぶりに再会し、それから日本へ行き、そしてアステル家に行き、様々な事情を説明し、現在は時間が空いたのでワートンに顔を見せるために戻ってきたことを話した。

すると、ワートンは驚いた表情で言った。まるで、先程の酔いが醒める勢いだ。

「お前ジャンヌ・アステルと知り合いなのか!?」

「まあね。」

「はぁ……お前あのジャンヌ・アステルだぞ?二十歳にして世界的歌手の!あの、ジャンヌ・アステル!!」

「ダメなの?俺がジャンヌと関わっちゃ。」

冷淡としたその疑問に、ワートンは黙る。

「いや、そう言う訳じゃねぇ……けどさぁ……」

この時、何故かワートンは溜息を吐いた。

「もしかして、ワートン、ジャンヌのファンなのか?」

率直なアレンの疑問にワートンは焦った。

「う、うるせえ……黙ってろ!気安く、“ジャンヌ”なんて呼ぶんじゃねえよ!お嬢様なんだぞ!!」

酒に酔っていたワートンはその顔を更に赤めながら言った。

(絶対ファンだな。)

心の中でアレンは笑う。落ち着いた雰囲気の中、部屋を見回すと同時に側にあった茶を飲もうと手を差し伸べた時、先程までワートンと喋っていた女性がアレンに声をかけた。この言葉で、アレンは女性の存在を思い出す。

「久しぶりね、スパーダ・スクード……いいえ、アレン・レインド。」

その女性も、右手にワイングラスを持っていた。

「ウィリアさん!お久しぶりです!」

ほんのりと薔薇の香りが漂う。その女性には独特の色気があり、背もアレンとほとんど変わらない。女性の名は、ウィリア・ラーゲンと言う。

 顔立ちは幼さが残る女性であるが、ロングヘアの黒髪にすらりと伸びた足。美しさが際立つその外見の女性。彼女とアレンは知り合いであった。

「バンディットとしての活動はどうかしら?」

「いえ、実は最近はそこまで行っていません。」

「あら、調子はあまり良くないのかしら?」

ウィリアは首を傾げる。

「そういう訳じゃないんですけどね。」

何故彼女はアレンの事に対して詳しいのか。バンディット自体、公になっていない存在であるはずなのに、妙に親しげな両者。

「ウィリア、お前さんがアレンを紹介してくれなきゃこいつはバンディットとしてやっていけてなかったんだぜ。感謝に尽きるぜ、いや、ほんとに。」

ワートンの言葉でもあるように、アレンが戦後にバンディットとして活動するきっかけとなったのがウィリアなのである。その為、彼等は顔見知りであったのだ。

「ああ、そうだ、せっかくだし俺は下に降りるわ。お二人で喋ってな。」

「階段、踏み外さないでよ。」

「誰が!」

そう言って、ワートンは下に降りて行った。

 

 部屋に二人残ったアレンとウィリア。戦後以来の再会である。彼等は互いにバンディット仲間として行動していたが、アレンが今、アステル家に身を寄せている身である為、バンディットとしての活動は休止しているのである。

「アレン、本当、久し振りね。戦後以来だから四年振りぐらいかしら。貴方が駆け出しのバンディットの時以来ね。」

ウィリアは脚を組みながら、言った。

「ええ。あの時はお世話になりました。色々と、ウィリアさんが教えてくれたから今の俺があるんだと思いますよ。」

恩人との再会は懐かしさと新しさを同時に感じる。今のアレンが、まさにその状態だった。

「あら、お酒は飲まないの?せっかくなのだから飲みましょう?」

ウィリアは、所持しているワイングラスを揺らし、アレンを酒の席に誘う。

「ここの所、多忙だったから……少しだけなら。」

珍しく、アレンは酒を飲む事を承諾した。近くに置かれているワイングラスに手を触れ、ウィリアはそこへ赤い色の酒を注ぐ。

 

カァン

 

と、グラスが鳴り響く。そして、一口、ワインを口に含む。葡萄酒の特有の深い味がアレンの喉を通した。

「お酒の場というのはね、人を安心させる場でもある。そして、口を開きやすくなる環境でもあるの。」

「ウィリアさんはそれで、今まで仕事をしてきたんですね。」

「ええ、まあ。」

青年と美女の組み合わせ。久しぶりの酒の場は、彼にとっての束の間の“癒し”と言えた。

 

「ところで、先程の話だけれど、貴方、アステル家と繋がりはあるの?」

酒の場で話が盛り上がっていた時に、ウィリアが言った。

「ええ、ジャンヌとは戦前からの繋がりですよ。」

「へぇ、成程……」

ウィリアはワインを一口飲み、口元から離す。

「それは、随分と太いコネクションね。伊達にデウス動乱の英雄とは呼ばれていないみたい。」

彼の呼び名は連邦内だけでなく、彼女のようなバンディットにも伝わっている。アレン自身は、この呼ばれ方を受け入れている訳ではないのだが。

「彼女はアステル家の令嬢という立場であるだけです。別に俺がそのような肩書きがあるから知り合いと言うわけでもありません。純粋な友人関係……それだけです。」

「随分と謙遜するのね。バンディットとしても、パイロットとしても一流である貴方が。」

ウィリアの声は甲高く、聴くものを落ち着かせる効果があるように感じられる。そして、今彼は酒に僅かに酔っている。その状況で聴く彼女の声は、どこか、色気を感じられる。

「ねぇ、アレン。突然だけれど、アステル家の秘密について、何か、知らないかしら……?」

と、ウィリアは彼の身体を見て、意味ありげな視線を送ってきた。

「秘密ですか。」

「アステル家はデウス帝国に対して兵器等の生産、提供を行なってきた。けれども、そのアステル家は戦後になってこの地球上で大人しく暮らしている。かつて死の商人と呼ばれた一家が……ね。」

兵器を提供している時点で、死の商人と言う呼び方は間違ってはいない。しかし、その呼び方にアレンは僅かながら不快感を示していた。

「そして、ジャンヌ・アステルは世界的な歌手としてメディアの注目を集めている。これ、凄く気になるなぁって思ったの。」

「何が、でしょうか。」

アレンは酒を飲みつつも、真剣な眼差しをしている。

「これは私の仮説だけれど、アステル家当主、ジンク・アステルは、地球上で何かを考えていると思うの。その上で愛娘である、ジャンヌ・アステルを歌手として世間にカモフラージュさせて、裏では何かを起こそうとしている。まあ、これは大衆がよくするような。俗な仮説だけれども。」

情報を知りたがる女性、ウィリア。彼女もバンディットであり、それ故の追求なのか。

 アステル家の秘密を知りたい者は多い。公になっている情報以外では謎に包まれている部分が多い為である。まさか、彼女もバンディットへ誘った当時の少年がジャンヌ・アステルと知人だとは、思わなかったのだ。

「ウィリアさんとはいえ、その言い方は良くないと思いますよ。」

「あら、どうして?」

「彼女の意思は、純粋な気持ちで動いているからです。」

アレンはそれを聞いてきたからこそ、それを断言した。

 しかし、それはウィリアに話を切り拓かせる事と、同意義であった。

「じゃあ、知っているのね。アステル家の事。私、もう少し知りたいと思うなぁ……」

と、ウィリアはアレンとの距離を狭める。まるで、自身の美しさを武器にしているかのように。

「取引しない?アレン。」

「取引……ですか。」

顔を赤めているウィリアと、アレン。この部屋には今、二人しかいない。そして、近くにはベッドがある。妖艶な雰囲気を醸し出してきたウィリアは、まるでアレンを誘惑せんと、迫っているのである。

「交渉の一つの手段として、セックスがある。貴方を気持ち良くさせて、その代わりに情報を私が得る。お互いに良い思いをするし、悪くないと思うのだけれど。貴方の若さならば、金銭よりも性欲。そう思うのだけれど……。」

と、アレンの大腿部に、手で触れる、ウィリア。

何らかの交渉で、性行為を交える事は旧世紀からある事だ。例えるならば芸能人等見られる、枕営業。有名企業等のコンパニオンとして重役と共に一夜を過ごし、そこから仕事を得るという方法だ。

 性行為は人間の本能の一つ。どのような聖人であろうと、睡眠、食欲と同様、抗えない、欲の一つ。故に、交渉等で利用されやすいのだ。

「……俺はそういうのでは動きませんよ。」

アレンは、キッパリと彼女の誘惑を断ち切った。それと同時に、彼女は手を放す。

「へぇ、英雄さんは思ったよりも硬派な人間なのね。私を前にして、気が乗らないなんて。」

と、驚いた様子を見せるウィリア。

「歴史上、有名な人物でも女性関係に関してはふしだらであったりするものなのに、貴方は絵に描いた通りの聖人って訳ね。」

「いや……というよりは、貴方とはそういう関係になれないと言う事ですよ。」

「別に性行為は恋人同士じゃないとしてはいけないと言うルールはないのよ?まさか、貴方……そんな童貞のような発想をしていたとか?」

「いえ、どうしてしょうね……」

彼の中には、ココットの存在が大きく存在していた。アレンにとって最愛の人間は、ココットのみ。それ故に、ウィリアの誘惑にも関心を抱いていないのである。

 それ以外にも、まるで自分がウィリアと寝る事でジャンヌの事を教えてしまうという事に対し、罪悪感を覚えているというのもあるのだ。

酒を飲んだ時、人は少なからず軟派になり易い。そこへそれなりに想い合っている男女が現れれば、性行為へと繋がる可能性は格段に上がるだろう。

 だが、アレンにとってウィリアはその範囲の外の存在だった。彼女は恩人であれど、性的対象として見做せなかったのである。

「フフ、硬派な英雄さん。貴方には人が集まる魅力があるのかもね。英雄という肩書きだけでない、人間としての魅力が。」

魅力。アレンにとって、それは何を示すのかは不明だ。

「さて、英雄とのセックスも出来ないみたいだし、そろそろ失礼しようかしら。」

ほろ酔い状態のウィリアは、そっと、立ち上がった。その妖艶な雰囲気を醸し出したまま、やがて去っていく。

「バンディットの好として、また会えたら良いわね。英雄さん。」

ウィリアは笑みを浮かべ、ウインクをし、階段を降りていった。

(英雄……あの人は何度もそう言うけど……それは俺に相応しい言葉なのか?)

ふと、アレンはそう思っていたのだ。

 

 ウィリアはワートン宅から去って行った。アレンにとっては久しぶりに会う知人であり、バンディットの師ともいえる女性、ウィリア・ラーゲン。だが彼女はアレンがアステル家と関係を持っている事を知った時、その身を差し出してまで話を聞こうとしていた。その理由は不明であるが、アレンにとってはこれが謎で仕方がなかったのである。

「ウィリアとはどんな話をしたんだ?」

「いや、まあ……ちょっとした、雑談だよ。久し振りに会ったし、溜まる話もあるだろう……って、感じかな。」

「へぇ、そりゃありきたりな。」

「それぐらいの会話が、一番良いんだと思うよ。本当に。」

まさか性行為の交渉を求められた等、ワートンに言える筈がないと、考えていたアレン。

 その晩、彼は酒が回ったのか、眠気に襲われた。彼はワートンに断りを入れて、そのままシャワーを浴び、ベッドで一眠りをする事にしたのである。

 

 

 

 外に出たウィリアは一人、歩いていた。普段目に掛かる事のない美女の存在は街ゆく人間達の注目の的と言える。

「おほぉ、ウィリアじゃねえか。」

奇抜な感嘆詞を上げる男が、彼女の後ろに立つ。振り返るウィリア。

 そこに居たのは、メイド・ヘヴンであった。氷河族内でパニッシャーと呼ばれているこの男が、彼女の背後に立っている。美女と野獣と呼べるような妙な組み合わせ。何故、バンディットである彼女にこの男が付いているのか。

「あら、メイド。日本では大活躍だったそうじゃない。」

彼の存在に驚く様子を見せないウィリア。

「ひつまぶし……ちゃう、暇潰しで暴れさせてくれたからな。お陰で世界は冷戦みてぇなモード。ドンドン世界情勢が悪くなりゃ、俺の楽しみは増えんだわな!」

男の楽しみは、あくまでも戦闘。戦う事に対する愉悦。それのみが、楽しみの男。それがメイド・ヘヴンである。

 だが彼は氷河族のメンバーだ。何故、氷河族のメンバーであるこの男がこの場にいるのか。そして、バンディットであるウィリアと接触をしているのか。

「相変わらずね。私には直接関係ないから、気にはしないけれど……」

「関係ないことはねぇだろうが。氷河族の癖によォ。」

メイドから語られた言葉、氷河族。それは、フォン・ヤマグチの暗殺に関与した組織であり、裏社会の勢力を拡大している存在だ。

 メイドの台詞により、ウィリアも氷河族のメンバーの一員であるということが、分かる。

「お陰であの時のフォン・ヤマグチの暗殺に関しての情報は世界各地のテロリストに行き渡った。その結果、莫大な利益を得る。組織にとっては良いエピソードが続いているわね。」

「んで、その還元を俺等が受けているって訳だなぁ!まあ、金が増えるのは良いんやけどなぁー。」

上機嫌なメイドと、少しばかり考え込む様子を見せる、ウィリア。

「ちょっと気になったのだけれど、あの暗殺の後で起きた、アルメジャン紛争。あの紛争の最中、クレーディト・メカニクス社の株価が軒並み上昇したの。これ、凄く気になってるんだけれど。」

 ウィリアが語った、クレーディト・メカニクス社。それは北欧にある、機械関係の企業である。

 氷河族によるフォン・ヤマグチの暗殺により、このクレーディト・メカニクス社の利益は増大した。これが何を示すのかと、ウィリアは考えていた。

クレーディト・メカニクス社は、北欧に存在する、家電や運送などに関係する、機械関係の企業である。この会社と氷河族の関係が何を示しているのか。それは、分からない。

「私の仮説だけれど、この事からクレーディト社と氷河族は密接な関係である可能性が高いかも知れない。そして、気になるのは氷河族も、クレーディトも、共にトップの顔が明らかになっていない。これ、興味湧かない?」

氷河族と機械関係の企業が関係を持っている。それが、莫大な利益を上げている。しかし、その実態は謎に包まれている。ウィリアは、一人この事について、興味を抱いている様子だった。

「そんなモンに興味あんのか?どうでもいいわ。」

「貴方は良くても、私は気になるのよ。氷河族に所属している身としては……ね。」

ウィリア・ラーゲンは物事を追求する事に関心を抱いている女性だ。それ故に、追及する。アステル家の事もそうだが、氷河族とクレーディト社の事も。

 クレーディト・メカニクス社は謎に包まれている要素が大きい。表向きは機械関係ではあるが、その実態も公にはされていない。

「あんまり知らねぇけどよ、下手な詮索は止めといた方が良いんじゃねーの?それで消された奴、いっぱいいるし。下手したらお前、死ぬ事になるかもな。」

メイドはまるで、ウィリアを睨みつけるような視線を送った。

「……何故、そう言うのかしら?」

ウィリアの疑問に、メイドが言う。

「知ってんだろ?俺はパニッシャーって呼ばれてンだわ。情報詮索する奴は殺さなきゃならねーんだってさ。組織に入る時の契約みてぇなもんだ。その時に変な印押されそうになったけど押されたフリして誤魔化したぜ。あれか?組織に入る人間はみんなあんなクッソダサい印を植え付けられんのか?」

妙な単語が出てきた。その“印”とは何を示すと言うのか。

「……分からないわ……」

と、ウィリアは言った。

「ま、何でも良いけどよォ、それと、俺にゃオカルトパワーがあるんだぜぇ?人様より何かを察したりする力ってもんがあるらしいんだな、これが!」

と、言いながら右示指を自身の額に当てる、メイド。

「へぇ、それがシンギュラルタイプって呼ばれる人間なのかしらね。」

「そうなんだろーな!あんまり知らんけど。」

メイドは視線を空に向けた。やがて腕を空に向けてうんと伸ばす。

「ま、なんでか知らんけどお前に対して抹殺する気はねぇんだわ。とりあえず、俺が望むのは早くデウス動乱みたいになんねェかな。つまらなさ過ぎるんだよなぁー。今の世の中が。」

「貴方みたいな戦闘狂と、同じ所属と言うのも面白い運命の巡り合わせのような気がするけれど……ね。」

「よー言うわ。」

寒空の下、犯罪組織に所属する人間が二人、静かに歩いている。

戦争を望む戦闘狂と、アステル家の事や、氷河族の実情について気にする美女。不釣り合いな組み合わせの両者の共通点は、犯罪組織、氷河族の所属であるという事だ。

 彼等の思惑は異なる。それぞれの目的は違えど、同じ組織に所属している。それが、氷河族という、組織なのである。

 

 

 

 翌朝。アレンは以前にバンディットの依頼を受けていた孤児院のある、アレクサンドリア東部に移動していた。元々あった孤児院は以前の戦闘で破壊されており、現在は別の場所で孤児院経営を行っているという。以前の出来事から二ヶ月程経ち、久し振りに孤児達に会うアレン。

彼にとって孤児達は弟や妹のような存在であり、会える事を楽しみにしていたのだ。

孤児院の施設長、ウィルと会う時、彼は偽名で対応する。スパーダ・スクード。アレンの偽名。バンディットとして活動する為の名前だ。

「お久しぶりです、スパーダさん。」

「ウィルさん、お久しぶりです。最近は仕事が色々と立て込んでまして……」

実際は世界情勢が気になっていたアレン。今は、その休暇としてここを訪れているに過ぎない。

 以前ここを訪れた時、反政府デモに協力するテロリストと、新生連邦軍の戦闘に巻き込まれた。その際に彼は旧式MS、ディエルに乗り、それらを倒した。それから世界情勢は更に不安定になっていき、心配をしていたのだが、それも子供達の顔を見た時に安心へと変わっていく。

「お兄さん、久し振り!!」

マリクが声を掛けた。アレンに近付き、目を輝かせている。

「久しぶりだね、マリク。元気してた?」

「うん!」

「他の子達は?」

「お昼寝中!みんな起こしてくる!」

そう言って、マリクは他の子ども達を起こしに行ったのだ。

(世界情勢は不安定だ。けど、この子供達は無事……それだけでも俺は安心だ。けど、俺は今日が終われば暫く会えないだろう。しっかりと、顔を見ておかないとな。)

一週間経てば、アレンはジャンヌと合流し、パーティに参加する。それまでは休息期間として、知人達へ挨拶を済ませようと、アレンは考えていた。

 ジャンヌと共に行動していく事になれば、恐らくここに帰ってくる事は殆どなくなるだろう。ワートンに対しても仕送りをするようになるだろう。戦後、家族同然に過ごしてきた彼等との別れは、寂しいものがあったのだ。

 施設内部は以前よりも奇麗だった。だが彼等にとって親しんでいた環境が一変したことで、最初は不安に思ったりもしただろうと、アレンは考える。

 そこへ、じいっとアレンを見る一人の少年の姿が。ラージーだ。以前にディエルに乗って彼等を助けた時、一人、アレンがMSに乗って戦った事を否定した少年。

 アレンは彼等を守る為にMSに乗った。だが、それはラージーのトラウマを引き起こした。その事を、彼は気にしていたのである。

(怒ってるかな……)

と、アレンは静かに思った。

「お兄さん!久し振り!」

次の瞬間、ラージーは笑顔を作った。どうやら、アレンの事を受け入れた様子だった。それを見た時、彼は自然な笑みを浮かべる事が出来た。

「久しぶり、ラージー。元気でやってる?」

「勿論!この前運動会やって一位だったんだぜ!」

「へぇ、それは凄いなぁ!」

「あとさ、Eフォンも買って貰ったんだよ!みんな使い方を先生から教えて貰ってる!」

と言って、彼は自慢げにEフォンを見せた。

「おお、ついにデビューだね!何を見てるんだ?」

「ジャンヌ・アステルの動画とかみてる!」

彼等のような子供達にも知られる程、ジャンヌは有名なのだ。

美しい容姿で世界中を虜にし、そして希望を与える女性、ジャンヌ。まさかアレンは一週間後にそのジャンヌに会う事になる等、彼等は知る由もない。

「素敵だよね、その人。」

「歌上手いし、スーパースターだもんな!」

と、笑顔でラージーは答えた。それに対し、アレンの表情は、どこか曇っていた。

 

 それから施設の中に入り、孤児達と合流したアレン。久しぶりに見る彼の姿を見て、喜ぶ孤児達。そして、皆がEフォンを取り出し、何を見ているのかをアレンに言った。

「僕は勉強の為に使ってる!」

「私はエレチャンネル見てる!」

「私はジャンヌ・アステルを見てる!」

それぞれが好きなジャンルの動画等を見ている。皆、それらを使って勉強したり、エンターテインメントを楽しんでいる。

「あれから色々と大変でしたけど、こうして孤児達が楽しそうにしているのを見ると、ホッとしますよ。あの時はどうなるかと、思いましたから。」

ウィルが、アレンに対して話をする。

「本当、良かったです。あの後、子供達が心身共に傷付いていないかが心配でしたから。」

安寧の表情を浮かべるアレン。子供達の無事を見る事が出来たアレンにとって、子供達がそれぞれ楽しんでいる時間を見るのは、何よりの至福なのである。

「スパーダさんはどうなされていましたか?」

ウィルの質問。それに対し、アレンは言った。

「仕事が、忙しくなりまして。バンディット以外にも少し、稼ぎが必要な状態なんですよ。恥ずかしながら。」

彼はあえてジャンヌとの関係を言わなかった。そもそも彼は自分の正体を隠してここにいる。

(正体を隠してこの子達を欺いているようなものだ。英雄なんて呼び名ばかりがチラつくけど、そんなものは所詮、下らない肩書に過ぎない……)

 本当の名はデウス動乱の英雄、アレン・レインド。だが、その名を知られた時、人はどのような反応を示すだろうか。英雄と呼ばれている人間ではあるかもだが、このような場においてそれは言ってはいけないものだと、考えている。

 戦争における英雄というのは、現役や元軍関係者等の人間が口にして良い言葉である。彼等のような民間人、増して、孤児院の人間にそれを軽々と言って良い筈がないのだ。現に、戦争の被害者である彼等が、アレンがデウス動乱の英雄と知れれば、彼等の見る目は変わってしまう事だろう。

(俺が求めているのは称賛でも名声でもない。純粋に、人を見ていたい。けれども先のデウス動乱で連邦に貢献して、その上でこんな偽善者みたいな真似をしている俺は、最低な人間なのかも知れないな……この子達にも、正体を隠し続けて……)

彼は子供達の姿を喜ぶと同時に、複雑な思いをしていた。

以前のアレクサンドリアの内戦でもMSに乗って戦っていたアレン。その時も、子供達の一人、ラージーから非難の声が上がった。MSと呼ばれる存在は、人の心を歪ませる事さえある。そのパイロットをしていると知れば、否定されるのも致し方のない事だ。

 だがラージーは彼を認めた。笑顔で対応したのが、何よりの証だ。それもまた、アレンにとっては複雑なのである。

「何やら、複雑そうな表情を浮かべていますね。スパーダさん。」

ウィルは、彼にマグカップを渡した。コーヒーが入っているそれを受け取り、アレンは一口、飲む。

「ウィルさん、聞きたいことがあります。」

「何でしょうか。」

アレンは一度、息を飲んだ。そして、口を開く。

「もし……俺の名前が知りたいとなったら、聞きたいと思いますか。」

アレンは自ら、本名を名乗るかも知れない機会を設けたのだ。その際のウィルの反応を、聞きたいと思っていたからである。

「それを知って、私は何も思いませんけどね。恐らくこの子達も同様だと思いますよ。」

「どうして……ですか。」

意外な返答に、気になる様子のアレン。ウィルは、全く動じる様子がない。

「貴方がその名前であるのは事情があるのは、分かっているのです。子供達もそれを理解している。でもそれを聞いたところで、今の貴方がその行動をしているのならば、それは間違っていないのです。そこから無暗に詮索をして、過去を知ったところで、貴方には今がある。貴方の過去がどうであれ、それを気にする事はありません。あの時、MSに乗って子供達を守ってくれた貴方を見て、そう思ったのですよ。」

ウィルの優しい言葉がアレンに伝わる。その言葉を聞いたアレンは、彼の意思を感じ取っていた。詳細は分からなくとも、察しているのかも知れないと、感じていたのだ。

「俺は、やっぱり浅はかな人間なのかも知れませんね……」

「どうして、そう思うのですか?」

「勝手な思い込みで孤児達を“可哀想”って思って、そこに対して取り組んでいる自分が、時に偽善じゃないかって思う事があるんですよ。バンディットとして何度かここに来させて貰った時から、それは思っていましたが。」

デウス動乱の英雄という肩書はアレンにとっては荷が重すぎる。戦争の犠牲者が居た上で成り立っている肩書であり、孤児院という、両親を失った子供達と接して本当に良いのか……と、ふと、考えていたのである。

 

――――――――この人がデウス動乱の英雄って知っていたんですか―――――――――

 

――――――――――――前大戦の英雄と呼ばれていた……とか―――――――――――

 

――――――――――戦争の英雄って呼ばれていたんですよね――――――――――――

 

英雄。それは栄光の意味で使われる言葉。それを言われた者は誇りに思うだろう。それを言われたものは、尊敬されるだろう。時に求愛され、名誉も得られる事だろう。

 しかしアレンはそこに驕りを感じていない。孤児院と言う環境に身を置く事で、自らの愚かしさを顧みているのだ。

 英雄と呼ばれていても、結局は人殺しだ。戦争を拡大し、その被害者となっている子供達はこうして孤児院で保護されている。そして、二ヶ月前も内戦があった。

 アレンはその戦いで彼等を守りはした。だが、それは子供達の不安を蘇らせてしまった事と同義でもあったのである。特に、ラージーは大きく傷ついていた。二ヶ月で、それをどうにか克服をした様子ではあったが。

(戦後の世界情勢が不安定なのはレヴィーの影響もある。しかし、俺もそれにかつて加担していた。俺なんかが、このような場所にいる資格は、無いんだろう……なのに、どうしてここに居るんだろう……こんな我儘が、許されて良いのだろうか……)

アレンがそう、考えていた時だ――

「私が思うのは、何もしない偽善より、何かをする偽善だとは思いますけれどね。行動せず、ただ否定する者も世にはいます。貴方はその中でも、行動をしていますよ。」

ウィルが、笑顔で話す。

「どうでしょうか。前の件から思っていたんです。俺の場合、子供達のトラウマまで蘇らせて……正直、金銭だって貰う資格はないんですよ。俺には。」

マグカップを、アレンがテーブルに置いた時――

「それは違いますよ。労働に対して報酬があるのは当然。報酬を得ないボランティアは、善意の極みです。全く、私利私欲のない人間と呼ぶべきでしょうか。」

ウィルの言葉を聞き、アレンの表情が変わりつつあった。子供達の面倒を見続けていたウィル。彼の言葉は、アレンに大きく響いていたのである。

「以前のMSの事を気にされているのでしたら、それはもうやめにしましょう。貴方が気にする事ではありません。貴方は、貴方の責務を果たしたに過ぎません。」

「そうでしょうか。」

アレンは、瞬きを二回した。

「貴方を見ていて思うのですが、これから、何かを成そうとしているのではないでしょうかね。」

「……どうして、それを思うのですか?」

まるでウィルに見透かされたような感覚に陥ったアレンは、驚愕している様子だった。

「そうでなければこのような話、普通はしませんよ。何かを行おうとするから、迷いが生まれる。“本当にそれで良いのか……”といった戸惑いが、生じるんですよ。大丈夫、貴方は自らを卑下する必要はありません。寧ろ、忙しい中、ここまで来て下さって有難いと思っていますよ。」

「ウィルさん……」

ジャンヌも大変な状況の中、アレンに一週間の休暇を与えた。アレンは限られた時間を利用し、彼にとって大切な人達に会いに行っている。

ふと、その中で孤児院の人々に対して正体を隠し続けている事に対する罪悪感を抱いたアレン。それを、ウィルが見透かしたように言った。

「もしかすれば、これからの貴方は過酷な道を歩むかもしれません。それは、分かりませんが……また、戻って来ることがあれば、いつでも、是非戻って来て下さい。子供達も私も、いつでも、歓迎しますよ。」

詳細を聞かなくとも、それを察するウィルの優しさ。それは今のアレンを包んだ。

 ジャンヌの件もあり、大変な状況のアレンではあったが、その中でウィルの言葉が優しく、感じられるのであった。

「はい、必ず。」

一人、苦悩を抱えていたアレン。自身が英雄であるという事を子供達に誇示する必要等ない。彼等は戦争の犠牲者。それを分かった上で接する。その行為は偽善そのものではないかと考えていた彼だが、ウィルの言葉に、癒された気持ちになった。

 一週間後、彼はジャンヌの主催するパーティに参加する。そのパーティは、どのようなものになるのかは不明だ。

 ジャンヌも止まっていない。今後の世界の為に、動こうとしている。ならば、アレンも今後の世界の為に動いて行こうと、考えていたのだ。このような、両親を亡くした不幸な子供達を少しでも減らしていく世界を、作り出そうとする為に。

 

 

 

 別の日。アレンは日本に来ていた。ココット・メルリーゼに会う為である。だがその猶予は僅かだ。一日しか共に過ごせない。

 その日、ココットは仕事があった。アレンと出会うのは、夜の時間。アレンはディナーを予約し、レストランにてココットと束の間の時を過ごす。彼女と会うのは一ヶ月振りだ。

 レストラン内は緩やかなジャズの音が流れている。ジャズの音色はそこで過ごす者達を癒す効果がある。心地良い音色。その場にいる客人達も、外見上、品の良い人間ばかりが集まっている。

「アルメジャン紛争とかあったりして、大変だったね。アレン。その……ジャンヌさんのお母さんが亡くなられたそうだし……自殺だって……」

世界的女優の訃報は日本にも伝わる。ココットもそれは分かっていたのだ。

「彼女は今、無理をしているんだと思う。決して涙も見せないで、前を向こうとしている。余りに突然だったよ。あの人が亡くなるのは……」

「アレンは、詳細を知っているの?」

「分からない。本当に、不明だ。自殺って言われているけど、それが本当なのかも分からない。」

用意されているコース料理を食べながら、アレンは言った。

「アレンは、大変なんだね。今も……」

ココットは料理の一つであるマッシュポテトを口に含み、喉に通し、言った。

「私なんかと比べて、アレンのやろうとしてる事は本当に大きい。私は目の前の仕事しか、出来ないから……」

「そんな事はないと思う。」

「どうして?」

「ココットは、今出来る事をして行ったら良い。それが仕事なら、仕事をすれば良い。俺も、君の事を応援したい。頻回に会える訳では、ないけれど……」

その言葉は、何処か、寂しげに聞こえた。

「私は……本当ならアレンと一緒に暮らしたいの。その時間が僅かしかないのが、悲しくて……」

対面に座るココット。アレンから見て、彼女が俯いているのが分かる。

(彼女と一緒にいる時間がもう少しでも増えれば……とは思う。けれど、今は彼女を巻き込めない。あの時を、思い出すから……)

ふと、アレンは過去の出来事を思い出す。

 それは、デウス動乱中にココットが宇宙空間に放り出された件についてである。それから行方不明になっていた彼女は一命を取り留めてこの場にいる。それ自体が、奇跡だ。

 だからこそ、なのだろう。生きている彼女が愛おしいが故に、彼女を巻き込みたくない。目の前の仕事をこなす事で精一杯で、良いのだと、彼は思っているのだった。

「アレンは、明日にはもう行っちゃうの?」

「うん、朝には空港に行く予定だ。そうなれば、暫く君に会えない……」

「そうなんだ……」

寂しそうに、表情を浮かべるココット。

「ねぇ、また、うちに来てよ。アレンの事ずっと思っていたい……せめて今夜は一緒にいて欲しい。」

恋人同士の彼等は互いに愛し合っている。それ故に、世界の現実がそれをさせないのだ。アレンの中の使命感が、行動をさせる。ジャンヌと共に、新生連邦と対峙していく事になる状況で、ココットとの別れは、余りに悲しい。

「じゃあ……お言葉に甘えるよ。」

「本当!?嬉しい……」

ココットは白い歯を見せ、笑みを浮かべた。

(こういう時、指輪とかを持っていた方が良かったんだろうな。俺はやっぱり女心が分かっていないんだろうか。)

と、内心で思っていた。

 

 

 愛し合う二人が一つ屋根の下にいれば、互いに身体を求め合う。愛情を感じている人間同士は、時に、過激な行動をする事もある。それは、二人が互いに想い合っているが故に、行為を行うのだ。

 アレンの場合、最愛の人間が愛らしい表情で目の前にいており、そっと抱擁を行い、激しい接吻を交わす。そして、身に纏っているその衣服を脱ぐ。

 その後、ココットは愛おしいアレンの為に積極的且つ、献身的な行動を取る。他者から見れば、過激に思える行為……例えば、彼の下着を取り、そこから露わになる男の象徴への愛撫行為や、それを自身の口腔で咥える行為等。

「……くぁっ……」

アレンは顔を赤め、ただ、その快楽に耐える。

「んむぅっ……ごめんね、今日は生理で……せめて、これぐらいは。」

献身的な彼女の姿に、アレンはただ、愛おしさだけを感じていた。

「ううん……気にしてない……生理なのは……身体が健康だって……証拠だよ……うぁっ……んぅっ……」

「気持ち良い?」

「うん……はぁ……くぅぅっ……!」

ココットの都合により、性器同士を結合させる性行為が出来ないならば、せめてその身体の一部を使い、愛する人間の心と、身体を満たしていく。それが、愛する者への愛情表現である。彼女はただ、アレンを快感へ誘導する。それに呼応する、彼の吐息がマンションの一室に、静かに響くのであった――

 

 

 

それから一週間が経過し、アレンにジャンヌから連絡が来た。パーティが始まるという知らせだ。それを見て、彼は航空機でイタリア、ローマに訪れた。

そこでアレンはジャンヌと会い、彼の為に用意した特製のスーツに着替えさせた。服装が変わった事により、彼の印象は大きく変わる。まるでその容姿はどこかの貴族の子息のように、見えた。

パーティ会場は豪華客船上で行われる。地中海から出発し、そのまま大西洋に出て、横断するルートだ。その目的地は、アメリカ合衆国、ボストンの港である。豪華客船の中には彼女の友人や、知り合い等が見受けられる。実際にパーティが始まるのは本日の午後6時。まだ12時を回った所である。

それから客船は出航した。そのスピードは緩慢であり、そのまま、客船は西へと向かう。

平和国連盟の本部のあるニューヨークの僅か西側に位置するボストン。そこは平和国の勢力下であり、アステル家とも親密な関係であるフェイン・バウアーと呼ばれる男がいた。

 彼はボストンの平和国の一部代表を務めている男であり、ジンクとも交友がある。今回のクルーズは、フェインの協力もあった為、航行の安全は保障される。何故ならば、平和国が関係している客船という事となる為、何らかの襲撃が行われる事は、まず、あり得ない。それはアステル家の中に潜んでいるかも知れない、新生連邦のスパイにも言える事だ。アステル家を何者かが狙う人間が居るとして、平和国が関与していればそのような勝手は許されないだろう。

 現在対立しつつある状況の新生連邦と平和国ではあるが、表向きで奇襲を仕掛けるといった事は、まずしない。それも踏まえた上での、今回のクルーズという訳である。更にその保険として、国連軍の水上艦が待機している。その中には国連のMSである、ヴァントガンダムも搭載されており、万が一の時の対策も出来ているのだ。こうした準備が出来るのも、父、ジンクの交友の広さが幸いした事になるのである。

 母親亡き後、娘を想うジンクはこのような形で彼女を守るのだ。これは妻であるターナを殺害した真犯人を見つけて欲しいと思う、彼の強い思いが加わっていたのである。

「凄いな、流石アステル家。この豪華客船を使ってパーティ。その上でアステル家を陥れようとする真犯人を突き止める……か。やり方も彼女らしいというか、大胆というか。」

客船の全長280メートル。全高は58メートル。幅は28メートル。旧世紀に北大西洋にて沈没したとされる、タイタニック号を彷彿とさせるようなデザインの、豪華客船。それが、今回のパーティの舞台だ。

アステル家の令嬢、ジャンヌ・アステル。世界的歌手として活躍する傍ら、スポーツでも結果を残している。テニスでは世界大会でスポーツで世界選手権ベスト4にまで進出した程の腕前を持つ。そして戦艦、シュネルギアの艦長も務め、挙句の果てにはアドバンスドタイプである彼女。恐らく、才色兼備とは彼女の事を指すのだろう。そして、その振る舞いも完璧と呼べる、女性だ。

アレンは改めてジャンヌの事を尊重した。何せ、彼女が主催しなければ、このパーティも成り立たなかったのだ。無理もない。

「アレン。」

アレンを呼ぶ声が。後ろを振り向くと、黒色の、短い丈のスリット入りのドレスを纏ったジャンヌの姿がそこにはあった。気品あふれている彼女の姿にアレンは思わず見惚れてしまう。

「やっぱり君はドレスがよく似合う……ね。綺麗だ。」

特に誇張する表現もせず、ジャンヌを褒めるアレン。

「フフ、それは口説いているようにも聞こえますね、アレン。」

珍しく、ジャンヌが冗談で返答してきた。先日の悲劇があったにも関わらず、まるで余裕のある彼女。

「別に、口説く気はないけど。」

と、謙遜するアレン。

「けれども、そのようなシンプルな言葉の方が嬉しさを感じる事もありますわ。ありがとうございます。」

ジャンヌは、笑みを浮かべた。彼女の纏っている衣装は、より、その笑みを輝かしく見せているようにも見える。

「この船はアステル家が保有している客船です。名は、セントマリア号。旧世紀、北大西洋沖で沈没したとされるタイタニック号を模して作られた客船ですわ。」

「どこかで、見た事があるとは思っていたけれど……やっぱりそうなんだね。」

アレンは、関心を抱いている様子だった。

 セントマリア号。その大型客船はこれから大西洋を横断する。その間、客人達を招き入れ、大西洋の絶景を見ながら航海を楽しむのだ。

 しかしそれは只のパーティではない。真実は、ターナ・アステルの殺害に関係した人間を炙り出す為のパーティである。

 シュネルギアの情報の漏洩に、ターナの死。これらの事件が続く事から、アステル家を陥れようとする者が必ずいるに違いないと考えた彼女が主催する、このパーティ。

彼女の知人達をこの船に一同に集め、パーティと称し、その調査も行う。その為に、アレンは呼ばれているのだ。

 これはバンディットとしての仕事も兼ねている。アレンにとって、これは所謂、潜入捜査なのである。

 

 

 

 セントマリア号が地中海を抜けようとした頃、アレンは自室でシャワーを浴びていた。パーティの時間までは三時間ある。髪を拭きながら、彼はベッドに寝そべった。

 黒い下着一枚と、白いTシャツ姿で過ごすアレン。彼はこの時、今までにあった事を、思い出していた。彼はEフォンを見ながら、ジャンヌの事を考えていた。

(戦後になって彼女と再会して、今に至る。彼女と出会わなければガンダムにも乗らなかっただろう。妙な巡り合わせ……その上で、彼女自身にも不幸が訪れた。今、彼女は無理をしている。そうなった場合、支えられるのは……誰だ?俺なのか……?)

ターナ・アステルの死は間違いなくジャンヌの心を傷付けている。そうした経験をしながらも、彼女は世界の平和の為に、動き出そうとしているのだ。それを支える人間が必要なのは、間違いない。アレンは、その人間になるべきなのかと、ふと、考えていた。

(多くの事が、渦巻いている……レヴィーの事もそうだし、今回の事だって……世界は、どうなっていくのだろうか。ココットと一緒に過ごせる日は、来るんだろうか……)

様々な出来事を思い出すアレン。そして、成すべき事が多いと感じている彼。頭の中で様々な事を考えている内に、次第に眠気が襲ってきた。

彼の、瞼が少しずつ閉じられていく。そして――

「……すぅ……」

シャワーを浴びた後で眠気に襲われたアレンは、人目につくには恥ともいえる、その、格好のままベッドに眠りに就いてしまったのだった――

 

 

「アレン」

 

 

アレンの眼が開かれた。その茶色の眼に映るのは、黒いスリットスカートのドレスを着用しているジャンヌである。彼は短時間ではあるが、眠ってしまっていたのだ。

「もうすぐお時間ですわ。クスッ。お疲れだったのですね、アレン。」

「あ、ああ……ごめん。あれ、どうして部屋に?」

「マスターキー、ですわ。」

ジャンヌは微笑し、カードキーを彼に見せた。アレンは二回、瞬きをする。

「パーティの時間まではあと30分です。ご支度をよろしくお願いしますわね、アレン。」

と、言った後でジャンヌは部屋を去って行った。

「あと30分……うわあ、こんな格好を見られたのか、情けないな……」

まさか、ジャンヌに起こされるとは思わなかったアレン。それと同時に時間を確認する。

部屋の時計は長針が6、短針がと6の間を指していた。それを見たアレンは慌ててスーツに着替える。

その後、すぐに急いでパーティ会場へ向かう事にしたのであった。

 

アレンはパーティ会場へ走った。そこには大勢のゲスト達がそれぞれのテーブルに座り、それぞれが楽しそうに会話をしている光景が映った。

そこにいたメンバーは、いずれもが各界の著名人ばかりが集っていた。アレンにとっては一度は目にした事のある有名人の姿も、中にはいた。その著名人の子供や、子息、令嬢といった面々がこの場に集っている。皆、端正な衣装を身に纏い、ジャンヌが主催したパーティを楽しみに、歓談をしている。

「ふぅ、間に合った……かな。」

安寧の溜息を吐き、アレンは指定されている席へ向かった。その場所は、メインとなる舞台の一番近くで、間近でジャンヌの姿が見る事が出来る場所だった。その場所に彼は着席し、じっと待つ。しばらくすると隣から彼を呼ぶ声が聞こえてきた。

隣にいたのは上流階級の人で、名はヘア・マルコス。イギリスにあるマルコス家の盟主で、アステル家とは長い付き合いらしい。

「ほぅ、若い青年か……。貴方はどこの盟主のご子息ですかな?」

「あ……その……俺……いえ、僕は、盟主の子息とかそう言うのではなくて……。」

「ほぅ……貴族ではない……と。」

「ええ……僕はジャンヌ・アステルの友人で、このパーティに招待されました。」

「それは光栄ですな。ジャンヌ様のご友人とは。」

ヘアは笑いながら、アレンに対して言った。

「え、ええ……まあ。」

そしてマルコス氏はアレンと会話をするのをやめ、隣にいたマルコス夫人と喋り始めた。

アレンは改めてジャンヌの凄さを思い知らされた。

(マルコス家って有名じゃないか。メディアでもよく見かける……そんな人も呼ぶなんて、流石アステル家だ。コネクションが段違いだ。)

と、考えていた時。彼の座っていたテーブルに、食前酒が用意された。だが今回彼はあくまでもジャンヌの依頼を受けている側である為、酒に手をつける事は出来ない。その為、彼は酒でなく、ジュースをウェイターに依頼したのである。

 

それから時が流れ、時計は6時を指した。6時になったと同時に舞台に現れたのはエファンだった。

(あの人……司会者なのか。)

アレンが疑問に思った矢先、エファン・ドゥーリアはゲストに向かって喋り始めた。会場にいた、皆が彼の方に注目している。

「私はジャンヌ・アステル様の側近を務めるエファン・ドゥーリアと申すものです。今回のパーティにご出席頂き、誠にありがとうございます。この後でジャンヌ様自身が貴方方に言葉を伝えたいとの事で、私は司会者と言う立場でこの場にいさせていただきます。皆様は、まずは用意された御食事をお楽しみ下さい。」

と、一斉にアステル家専属のシェフ達が現れ、一人、一人に用意されていた、料理を覆っていた蓋を開けた。アレンはこの料理を見て関心を抱いていたが、他の人々はそれ程、関心を抱いている様子ではなかった。恐らく、食べ慣れているのだろう。

やがて用意された料理を少しずつ頂くアレン。暫く食事に集中していると、舞台がライトアップされた。そして、中央には主催者であるジャンヌの姿があった。彼女の麗しい容姿は、会場にいたほとんどの男性ゲストの心を掴んでいた。皆が、彼女に興味を抱いている。

「皆様。本日は私、ジャンヌ・アステルが主催するパーティにお越し頂き、誠にありがとうございます。今現在、世界情勢が不安定な状況が続いている世の中ではございますが、せめて、パーティの合間だけはその事柄を忘れ、ゆっくりと時間をお過ごし下さい。その後、19時になりましたら、舞踏会を開きたいと思います。できるだけ、ご協力下さい。」

それからジャンヌは舞台裏へ戻っていった。

 

 

アレンは食事を終え、暫くしてから、司会を務めるエファンがパーティの準備をするために係員を呼んでテーブルを片付けさせた。アレンは一度深呼吸をした時、彼は肩をポンと背後から叩かれた。

慌てて後ろを見ると、そこにはジャンヌの姿があった。静かな笑顔を彼に対して振り撒くジャンヌ。

「アレン。どうですか?楽しむ事は出来ていますか?」

「あ、ああ……。それより、どう見ても普通のパーティにしか見えないけど、調査とかはしているのか?」

今回のパーティは表向きのものであり、実際は母の死の真相を突き止めるのが目的だ。自殺で片付けられたターナの死を、無碍には出来ない。彼女の笑顔の裏で、その執念が宿っているのである。

「ええ。今、ゲストの方々にはお酒を堪能していただいております。貴方を含め、アステル家の調査員の方々には酒類の提供はしておりません。」

「それと、調査はどう、関係があるの?」

ジャンヌはそっと息を吸い、喋る。

「酒はどのような人間であれ、冷静さを欠く事に一役を買います。泥酔までは行かなくとも、一時的な睡眠へと誘発し易い飲料です。もし、ゲストの中に夜間に動く者が居て、何らかの行動を起こす者が居れば、それがアステル家に何らかの不利益をもたらす者と、私は考えております。」

「てことは、毎晩、酒を提供していくという訳か。」

「ゲストはこの事に気付く事はありませんわ。フフ……」

ゲストに楽しんでもらいつつ、アステル家に恨みを抱く者の正体を暴くというのが、彼女の目的だ。こうしたパーティでは、人は気を緩みやすい。そこを狙う者を、彼女は問い詰めて行こうと、考えていたのである。

「それよりも、アレン。これから舞踏会の時間ですわ。」

「……え?」

そう言われ、アレンはふと周辺を見た。

そこには既に踊り始めている人の姿が

多く見られた。それを見た時、アレンは焦った。踊っている人々はいずれも貴族の夫妻ばかり。その貴族の子息や令嬢も踊りだしている。誰もが華麗なステップで踊っており、ダンスが未経験のアレンは見るたびに余計に焦る。

「ダンスなんて、した事がないぞ……」

焦るアレン。彼は生まれてダンスなどしたことがない。救いの手が差し伸べた。ジャンヌである。彼女はアレンに手を差し伸べ、静かに笑みを浮かべた。

「アレン、一緒に踊りませんか?」

「え……?」

突然の彼女のダンスの誘い。アレンは、驚愕するばかりだ。

「貴方と一度踊ってみたかったのです。是非……。」

「あ、ありがとう。でも俺、踊りなんて……」

「大丈夫です。私がフォロー致しますから。」

そう言われ、アレンはジャンヌと両手を繋いた。慣れない様子で焦るアレン。ジャンヌはダンスを慣れた様子で踊ろうとする。

アレンは、ジャンヌに合わせようと必死だった。彼女の動きに付いて行く事が精一杯で、アレンは焦ってしまう。

「焦らないで下さい。落ちついてゆっくり……。」

「あ、うん……。」

そしてジャンヌが履いているヒールを地面に打ちつけ、360°回転をした。その動きについていこうと必死のアレンは焦ってばかり。

「うわっ……」

「落ち着いて下さい。大丈夫ですから。」

この時、アレンは自らの生まれを僅かに呪った。上流階級と呼ばれる人間達は、それ相応の振る舞いを身に付けるものなのだろう。一方で自分はそのような生まれではない。故に、このようなダンスを踊る事は難しく、彼にとってはこの場に於いてはひ恥を晒しているようなものだ。

 

やがてダンスを終えた時、周囲は皆ダンスを終えていた。それらを見て、アレンは恥ずかしくなった。

「クスッ……頑張りましたわね。」

「こういうダンスって、初めてだから……。」

「楽しかったですわ。貴方と踊れて……とても。」

「そっか……それは良かった。」

初めてのダンスをジャンヌと踊ったアレンと、アレンと踊る事が出来て喜びに満ちているジャンヌ。両者共に、満足そうな笑みを浮かべていた。その時にアレンはジャンヌに聞いた。

「あ、あのさ……アークとも何度か踊った事はあるの?」

「……ええ。何度かと言うよりは……ほとんど毎日でした。」

かつてデウス動乱の最終決戦で戦ったアレンの宿敵、アーク。今は亡き婚約者であるジャンヌ。彼の話が出た時、ジャンヌは笑顔でありつつもどこか寂しげな表情を見せた。

だが、二人が会話をしていたその時である。とある男がジャンヌの元へやってきた。見覚えのないその男にアレンは首を傾けた。

「ジャンヌ・アステル……メディアでよく見てはいたが、実際に見ると、やはり、とても美しいね。」

高飛車であり、尚且つ自信家な印象をもつ、その男。年齢は彼女と同年代程度か。だが、その男の喋り方は独特で、妙に、嫌味たらしい印象を持つ。

「あ、貴方は……?」

「おっと、失礼。ギアン家をご存知でないのかな?」

「ギアン……あ、ウィアー様の……。」

「そう、僕はギアン家の盟主、ウィアー・ギアンの息子である、ゲスペル・ギアンだ。

君に会えて光栄だよ。本当に……綺麗だ。」

ギアン家は、先程アレンが挨拶をしていたマルコス家同様、メディアにも顔が知られている一族だ。

 この男、ゲスペルはギアン家の当主であるウィアー・ギアンの子息に当たる人間だ。大手メディアに対しての絶対的な発言力を持つ、この男。それはギアン家という一族がメディア関係を牛耳ってきた事も関係しており、ゲスペルはこのように、優雅に振る舞いながらも権力を握っている。その男が、ジャンヌの姿を見て、近付いてきたのだ。

その時、ゲスペルはジャンヌの手の甲に口付けをした。突然の行動に、戸惑う彼女。アレンはそれを見て少し眉をしかめた。

「しかし先程のダンスの動きも、素晴らしい。一方で……相手の方は下手の様子だったが。」

と、ちらとアレンの方を見るゲスペル。見下すような表情を浮かべる彼の姿を見て、アレンは内心苛立ちを覚えていた。

「しかし君は本当に綺麗だ……。美しい。」

そう言ってゲスペルはジャンヌに近づき、彼女の頬に触れた。その行為は、アレンにとっては不快に感じられる。

「どう?今夜は表に出て、波音を聞きながら月を眺めて、その中でワインを飲もう。君のような美しい女性こそ、僕に相応しい。僕ならば、君を楽しませる自信がある。」

「いえ、私はお酒は……」

「失礼、では、ジュースでも構わないよ。」

「ですからその件は……」

明らかに、ジャンヌは嫌がっている。それは誰が見ても明らかではあるが、ギアン家は名門一族である。父、ウィアー・ギアンはアステル家と親密な関係ではあるが、息子であるゲスペルは気ままに育ってきた人間であり、このような無礼が目立つ。

「それ以上、ジャンヌに手を出すな!」

明らかに嫌がるジャンヌの姿を見て、アレンは思わず声を出してしまった。それを見て、ゲスト達は皆がその方向を見る。ゲスト達は酒に酔いつつも、大声や騒動に対しては過敏に反応をするのだ。

「ん?誰かな。あ、君は彼女と一緒にいた、踊りが余りに下手な人間だったね。あの踊りでジャンヌ嬢の相手をするなんて論外極まっているよ。まあ、それよりも君はどこの貴族の子息なんだ?」

「俺は……別にどこの子息でもない……でも!ジャンヌに触れるな!明らかに嫌がっているじゃないか!」

どう、説明をすればよいか分からないアレンは、ただ、怒る。ジャンヌは、戸惑うばかりだ。そして、彼の怒りはゲスペルにとっては嘲笑の対象に過ぎない。

「ククッ……アハハハハハ!お笑いだ!何が分かるんだ?彼女が嫌がっている?御託もいいところだ。バカらしい。君に彼女の何が分かるんだ?心の中でも読めるのかな。フフ……仮に読めたとしても僕に伝わらなきゃ意味がないんだよ。」

「ク……」

自信過剰なゲスペルに、アレンは怒りを覚えている様子だった。

「大体名前も名乗らないで、失礼だと思わないのかな。どこの貴族の子息かは知らないけれど、喧嘩腰なのは貴族の振る舞いから大きく離れているね。そもそも、君は何者かな?」

明らかに、挑発をしているゲスペル。

「まあ、あれだけダンスが下手な時点で彼女には相応しくないよ。僕の方が、余程相応しい。」

と、言いながら再びジャンヌの頬に触れる、ゲスペル。彼女は一切、彼の行動に対して動じる様子はない。明らかに、慣れているのだ。

 しかし、アレンの方が違う。散々コケにされ、苛立ちを覚えていた彼は、ゲスペルと言う男の高飛車な言動に対し、握り拳を作っている。

 だが、彼は我慢をした。ここでの暴力行為はしてはいけない。以前に総司令、レヴィー・ダイルに対して胸倉を掴んだ時も、彼はジャンヌに止められている。それを、思い出したのだ。

「それにね、僕に喧嘩を売るような真似はしない方が良いよ。WCN(World Connect Network)に対して喧嘩を売るのと同義に値するからね!」

ゲスペルのいう、WCNというのは地球圏に於ける最大手のメディア会社である。

ギアン家はWCNへの出資者であり、彼は、その会社の主要株主の一人として君臨している男であり、自身に不利益をもたらす存在等に対しては逆らう者に対しては社会的制裁を加えてきた、厄介な男であった。

「ゲスペル・ギアン様。貴方のお父様には幼い頃にお世話になりました。その常は、この場を借りて感謝を申し上げます。」

アレンとのやり取りを見ていたジャンヌが、見兼ねた様子で、ゲスペルに対して言葉を発した。

「ですが、貴方という人間を尊いと思う事は無いでしょう。生憎ですが、WCNの肩書きでしか己を語れない貴方には、興味がありませんの。申し訳ありませんが、そのつもりで宜しくお願いします。」

ジャンヌの冷たい言葉がゲスペルに降りかかる。先程まで調子に乗っていた彼だったが、彼女の言葉が彼の行動を止めさせたのであった。

「ジャンヌ嬢……!」

と言いながらゲスペルは後ろに移動し、その場を去って行く。それが、悔しく感じられたゲスペルは、ただ、寂しげな表情を見せていた。

「ジャンヌ、追い払ったんだね。あの男を。」

「私にとっては、彼の存在は何にも値しません。ただ、それだけなのですわ。」

はっきりと、言うジャンヌ。その言葉の強さは、アレンに関心を抱かせたのであった――

 

 

 

 やがて、広間でのパーティは終了した。ゲスト達は各々の部屋に戻り、安らぎの一時を過ごしている。酒に酔った者達の中には、すぐに眠りに就く者の存在もあった。

 アレンはジャンヌの部屋に呼ばれた。現在の状況や、今後の事について話をしようと考えていた為である。

 ジャンヌの部屋はアレンの部屋と違い、広い。そして、ベッドのサイズも大きい。彼女の為に作られた、特別なベッド。そして、テーブルが置かれている。彼が仮眠を取っていた部屋の三倍程度はあろう、広い部屋。その広さに、アレンは圧倒されていた。

「部屋の確認、お疲れ様でした、アレン。」

ドレスを脱ぎ、黒いキャミソール姿でいるジャンヌ。彼女は今、ヒールを脱ぎ、ベッド端座位で、裸足で過ごしている。アレンは彼女に招かれるまで、各部屋の様子の確認作業を行っていた。あくまでも彼は運営側の人間。仕事として、このパーティに潜入している人に過ぎない。

「皆、安らかに眠っています。今の所不穏な動きはないと見て、良いでしょう。」

「そのようだね。まあ、一安心といったところか。」

と、言ってからアレンもベッドへ腰掛ける。

「しかし、まだ油断は出来ません。私の部屋にはアステル家の者達を側に置き、万が一の事があっても対応できるようにはしております。もし、何らかの不祥事があれば私が狙われる可能性が高い……と、考えます。」

一連の件。シュネルギアのリークと母、ターナの死。アステル家を陥れようとする者がいるのは間違いないと考える彼女の行動。一見、優雅な様子ではあるが、内心彼女は緊迫していたのである。

「だから、俺をこの部屋に入れたのか。」

「ええ。万が一という事もありますので。」

とはいうが、彼等の性別が異なる。恋人同士でもない異性の部屋に簡単に入る事は、あっても良いのだろうか……と、疑問を抱くアレン。

「それに、貴方に見て欲しいものが、あるのです。」

「見て欲しいもの?」

それは何なのだろうか?疑問を抱くアレンを他所に、ジャンヌはテーブルに置かれている、一つの小型のコンピュータを取り出した。そして、そこに映っている映像をアレンに見せる。

 そこに映っているもの――それは、一機のMSのデータだ。見覚えのある、その形状。頭部の二つのアンテナに、デュアルアイ、そして口腔部に該当する突起。間違いない、ガンダムタイプだ。

 しかし、そのデザインは近代のガンダムタイプと比較して、シンプルである。アレンの乗るティフォンガンダムや、新生連邦のガンダムタイプと比較しても、武装も少ない。ならば、このデータは、何の機体なのか。

「これは、一体……?」

「ガンダムタイプを駆る貴方は知っておいても良いかも知れません。いえ、正確には“知るべき”でしょうか。」

そのデータを、知るべきと断言するジャンヌ。

「全てのMSの起源とも呼べるMS……ファースト・ガンダム。伝説とも呼ばれたMSのデータが、これに該当します。」

「ファースト・ガンダムの、データ!?」

それは現代から百五十年以上前に地球連邦軍で開発されたとされる、伝説上のMS。当時のデウス帝国軍との戦いに終止符を打ったとされる、機体。そして、MSの元祖と呼べる存在。

 だが百五十年以上もの前のデータがここに残っているという事自体が、奇跡と言えた。地球圏は度重なる反乱を続けており、その度に多くの貴重な文明や文化が失われて言った為である。その中で、このように過去のデータが残っている事は、ある意味奇跡的と言えたのだ。

「じゃあ、これって非常に貴重なものじゃないのか?」

「ええ。現存するデータはこれのみです。そして、この中にはパイロットのデータの情報も、組み込まれています。」

ファースト・ガンダム。その、伝説の機体の正確なパイロットの名前は不明だ。ただ、伝説上では“ホワイト・デーモン”という名前だけが残されている。

 今回彼女が手にしているデータにも、パイロットの名前は残念ながら残っていない。恐らく、抹消されたのだろう。しかし機体データのみは、このように残存していたのだ。

「このデータが、何を示すって言うんだ?」

貴重なデータを彼女が持っている事には驚愕したが、それが果たしてどのような役割を果たすのかは、不明である。貴重なデータだけを持っていては、それは只のコレクションに過ぎない。恐らく、何らかの意図があって、彼に見せたのだろう。

「世界は、今後更に混迷の状況に陥って行く事でしょう。そしてその世界を混迷に導こうとしている人間……レヴィー・ダイルを止める為の力が必要……私は、以前貴方に、そう、お伝えしたと思います。」

「言っていた、ような。」

アレンは、日本での彼女の言葉を思い出す。

 

――――レヴィー・ダイルを止める為には、それ相応の“力”が必要という事です―――

 

「その切り札となるのが、ファースト・ガンダムのデータです。そして、パイロットのデータ。そして……貴方の力と、もう一人の少年の、力。」

ジャンヌの眼が、アレンを捉える。真剣な眼差しを感じているアレンも、彼女の顔を見ていた。

「少年って……まさか。」

「アインスガンダムのパイロット。彼の力は必要なものになるかも知れません。」

ここで、レイの話が出てきた。だが、ジャンヌはレイが戦う場面は直接見た訳ではない。ダッゲインMk-Ⅱが東京の市街地に暴走してきた時に、遠目でその活躍を見ていただけに過ぎないのだ。

「君は、アインスガンダムのデータを既に持ち帰ったというのか?」

ジャンヌは、静かに頷いた。

「それに、セイントバードの方々からもデータを頂いているのです。最近頂いたデータが、これになります。」

そう言って、ジャンヌは別の画面を展開した。そこに映っているのは、日本海での戦いのデータだ。新生連邦と海賊がセイントバードに迫って来た時のデータ。そして、後半ではアインスガンダムは圧倒的な力を見せ、敵勢力を倒した。

 彼女はそのデータを見て、アインスガンダムの強さを確認したのである。

「これが、レイの動きなのか?」

それを見たアレン自身も、驚愕する。ほぼ、単体で敵勢力を倒しているアインスの動き。

「彼の強さは、本物だと思いましたわ。今後の世界の為に必要な力であることは、間違いないと見て、良いでしょう。」

世界の為に必要な力。それは何を示すのかは不明ではあるが、恐らく、MSを指しているのだろうか。

 先に見せた、百五十年以上前のファースト・ガンダムの存在や、そのパイロットのデータ、そして、アレンとレイというパイロットの存在。これらが示すものとは――

「君は、今後、どのように考えている?」

アレンが聞いた。彼女に詰め寄るように、顔を近づける。

「今は、“その時”ではありません。今回の仕事が終われば、お話しが出来ると、思います。」

と、ジャンヌはアレンの口元に自身の示指を立て、言った。

何故、そこで話を中断するのだろうか?アレンは一人、疑問を抱く。

(恐らく、何かを企てているのは間違いないだろう。そして、ここで言えない事という事は、余程極秘な内容なんだろう……)

と、内心で思っていた時――

 

ギュッ

 

ジャンヌの、柔らかな腕の感触がアレンの肩に触れた。突然の出来事に、アレンは驚愕する。

「私はこのパーティを終えるまでは、決して感情を見せないでおこうと、思っておりました……ですが……やはり、駄目ですわ……」

先程まで今後の事について語っていた彼女の表情が、突如柔らかなものへと変わっていく。

 やがて彼女の目元は次第に緩んでいく。気が付けば、ジャンヌの目元からはうすらと、涙が頬を伝っていたのであった。

「ジャンヌ、泣いているのか……?」

「やはり、貴方を前にしているからでしょうか……私……もう、堪えられません……う、うう……」

この瞬間、やはりジャンヌは無理をしていたと、彼は理解した。この部屋にアレンを入れたのも、アレンが今のジャンヌの一番の理解者であると、彼女の中で分かっていたからである。

「お母様が亡くなってから時間が経った筈なのに……今になって、喪失感と、悲壮感が私に同時に迫ってくるのです……どうしてでしょうか……どうして……」

 突然の悲劇に直面した時、人はその現実を受け入れられない。それを受け入れるのに、時間を要する。そして時間が経過していくと共に、現実が迫ってくる。その時に、遅れて感情を爆発させることも、ある。

 最愛の母の死はやはり、ジャンヌの中で衝撃だった。無理をして、動こうとしていた彼女だが、それが今になって、堪えられなくなったのである。

 しかし、アレンにはそれをどうする事も出来ない。ただ、彼女の涙を見る事しか、出来ないのだ。

「アレン……お願いです……」

「ジャンヌ?」

突然の、彼女の依頼。アレンは首を傾げた。

「私を、抱き締めて下さい……そして、口付けをして、この気持ちを、忘れさせて下さい……」

抱擁と接吻を求める、ジャンヌ。それは彼の事を信頼しているが故に、依頼している事だ。

 だが彼等は友人同士である。そのような事をして良いのか……と、アレンは一瞬、躊躇った。

「それで、君は癒されるのか?」

アレンが、聞く。

「貴方にしか出来ない事ですわ。戦後に再会し、これまで私を支えてくれていた、貴方だからこそ、出来る事なのです……う、うぅぅ……」

人々に希望を抱かせていた歌姫の涙は、まず、見ることは無いだろう。アレンは、自分がジャンヌにそれ程に信頼されていたという事を、改めて再認識した。

 だが、彼には最愛の人がいる。ジャンヌとは友人関係であるが、抱擁と接吻をして良いのか。それは、ココットを裏切る事になるのではないか?アレンの中で躊躇いが生じる。

「ココットさんの事が、気になりますか……?」

図星だ。ここでジャンヌと接吻を交わす事はココットへの裏切り行為と同義である。

「……ごめん、ジャンヌ。俺は……」

躊躇うアレン。ジャンヌの事は大切な友人と感じていた為、その先の行為には及ぶ事が出来ない。

「いえ……私も、どうかしていたのだと思いますわ……けれど……」

「……?」

「せめて今夜は、私と共に過ごして下さい……一人に、しないで……」

不謹慎ながら、彼女の流す涙がより、ジャンヌ・アステルという女性の美しさを際立たせた。

 女性の流す涙はどうして、美しいのだろうか。それは女性という人種が美しい存在であるが故に、感情が際立つのだろう。感情はその個人をより際立たせる。そこも相まり、美しさが感じられるのかも、知れないのであった。

「……じゃあ……」

 

ギュッ

 

アレンは、彼女を抱擁した。目の前で涙を流している女性に、せめて出来る事を、彼はしたのだ。

 それはココットへの裏切り行為でない。ジャンヌを少しでも癒したいと思う、彼なりの、良心なのであった。

「君が安心出来るのなら、これぐらいは……」

「嬉しい……ですわ……」

互いに、安心をしている状況。この状況に、不埒な感情は、ない。ただ、純粋に慰めたいと、思う気持ちだけが、アレンを突き動かしたのである。

 

 

 

 結局アレンはジャンヌの部屋で一夜を共にした。彼女の部屋は広い。傷心の部屋に一人だけ過ごすというのは、心寂しく、虚しくなるものだ。それ故に、ジャンヌは人を求めた。アレン・レインドという名の、人を。

「貴方は私を求めなかったのですね。」

「求める……何を?」

眠気から覚めたばかりのアレンに対し、ジャンヌが言った。

「フフ、何でもありません。こちらの話ですわ。」

それが何を示しているのかは不明ではあるが、ジャンヌが少しでも笑顔でいる姿を見る事が出来たのは、アレンにとっては光栄と言えた。

 セントマリア号は大西洋沖を航海中だ。気候は穏やかであり、荒天でない。緩やかな波の音は心地よさを感じさせる。朝、展望デッキでそれを眺めるゲスト達の姿が数名、居た。

 しかし一方で、ジャンヌ達主催者の仕事は多い。食事会場でのもてなしや、ゲスト達への配慮等。そして、アステル家の調査員達からの報告を聞く等、気配り以外の仕事も怠らない。

 セントマリア号がボストンに着くのは、あと二日の予定だ。もし、アステル家に恨みを抱く者がいたとすれば、この二日の間に動きがある筈であると、ジャンヌは思っていた。

 船上は陸地から隔離されている環境。逃げ出すにも、逃げ出せない状況。ジャンヌを狙う者がいるとすれば、絶好の機会なのである。

 やがて時間が経ち、二日目が経過しても、動きはなかった。その日の夜の晩もゲストに酒が振る舞われ、皆がそれぞれの時間を過ごしていた。

 この日の夜は、アレンは自室にて待機していた。昨夜の出来事により、ジャンヌ自身が少しでも、安心が出来たからなのかも知れない。

 

 ロビーにて。ジャンヌはエファンと僅かながら会話をしていた。両者はソファーに座り、対面のテーブルを介して会話をしている。黒いスリットのドレスを纏うジャンヌと、同じく黒いスーツを着るエファン。信用に値する人間である彼に、彼女は胸中を打ち明けていた。

「アステル家はやはり何者かに狙われていると思われます。ですがこの二日を見ても不穏な動きはありませんでした。ですが、最後の一日ではどのような動きになるのかは、分かりません。」

ジャンヌが、不安げな表情を見せる。

「有名な一族や、上流家庭と呼ばれる存在があれば、それを妬む者がいるのが世の定めです。ですが、ジャンヌ様を始め、著名人といった人々が経済活動等に貢献していたからこそ、世の中は成り立ってきました。」

「私は、それで驕り高ぶる、俗な思考には至りたくないのです。この世界を包もうとする混迷を断ち切る力……それが、今は必要なのです。ですが、お母様がまさか、あのような……」

やはり、彼女の中で母の死は、十分に受け入れきれていない様子だった。昨日よりも幾分か気持ちは晴れてきている様子だが、それでも、やはり悔やみ切れないのである。

「私も、それに関しては残念に思います。ターナ様はジンク様との関係に対して深く悩まれていたそうではありますが、自死を選択する程とは、思えませんので……」

と、傾聴をするエファン。彼女の言葉に、静かに耳を傾けている。

「ジャンヌ様。私の意見ではありますが、母親から生まれた人というのは、その思いをしっかりと受け止めて生きていくものと、考えています。今はお辛いかも知れませんが、ターナ様がジャンヌ様を想う気持ちは、紛れもなく本物でしょう。ターナ様の想いも、引き継いで、ジャンヌ様には生きて欲しいと、私は思うのです。」

それはエファンなりのフォローだ。死者は戻る事はない。だが、残された者はその思いを受け継ぐ事が出来る。それを、純粋に願っている様子の、エファン。

「貴方様が為そうとしている事に応援してくれる方も多いでしょう。ジャンヌ様は、お強いお方です。私も、精一杯のフォローをさせて頂ければと、思います。」

エファンの笑みは、優しかった。ジャンヌが信用している男、エファン・ドゥーリア。彼の言葉に、ジャンヌの心は揺れ動きつつあった。

「母親の事については、凄く親身になって下さるのですね。貴方のお母様も、素敵な方だったのでしょうか。」

ふと、ジャンヌはエファンの母親について聞いた。絶大な信頼を置いているエファンではあるが、彼のその生い立ちに関しては分かっていない事が多いのである。

「彼女がいなければ、今の私の存在はなかったでしょう。今はもう、この世に居ませんが、彼女の意思は、引き継いでいたいと、思いますね。」

エファンの母親はもう亡くなっている様子だった。しかし、亡き母親を思い続けている、彼の言葉に、ジャンヌは感銘を受けている様子だった。

「詳しくは伺いませんが、貴方も、辛い思いをされていたのですね……」

「素晴らしい母親でした。私に生き方を教えてくれた、存在だったもので。」

と、視線を落とすエファン。

「エファン、ありがとうございます。貴方の言葉で、少しでも前を向いていこうと、思いました。まずは、真相を確かめていきたいと、思っています。」

ジャンヌの表情が、少しばかり明るくなった。

「人は、辛い過去を乗り越えて成長し、より強くなっていくものです。それが、人という存在の素晴らしさ。それが、どのような存在であろうとも、人と関わる事はその人、そのものを成長させるのですから。」

この時、エファンはジャンヌにアドバイスするように、言った。穏和な印象を受けるその言葉も、傷心の彼女には大きく響いていたのであった。

「ありがとうございます、エファン。明日も、よろしくお願いしますわ。」

「ジャンヌ様も、ご無理をなさらず。」

エファンは、静かに会釈をし、立ち上がった。そして、その場から去っていく。

 いつまでも立ち止まってはいられない。彼女は、母の死を乗り越えて行かなければならない。側近であるエファンは、それを、教えてくれたのだと、改めて感じていたのである。

 

 

 

 三日目。この日はボストンにセントマリア号が到着する日である。結局二日目も大きな動きは見られなかった為、この日に全てが掛かっていると、言える。

 午前中も調査員からの報告や、船の状況を確認したのだが、不審な動きはなかったのだ。

何事もなく終わるのならば、それはそれで構わない。しかし、恐らく何らかの動きはある筈と、彼女は疑う姿勢を崩さない。

やがて、時刻は18時を回った。夕食の時間、会場には大勢のゲストで満たされている。そこで、主催者であるジャンヌは舞台に立ち、ゲストの前で言葉を伝えようとした時だった――

 

バチンッ

 

と、突然会場の電気が消えた。慌てるゲスト達。アレンの隣に座っていたヘア・マルコスも焦りの色を隠せていない。

「な……これは……?」

突然のアクシデント。皆が騒然とする中、アレンは本能的に危機を感じ取った。運営側の人間であるアレンですら予期していない事が起きるという事は、明らかに何か不吉な事が起きる前触れだ。

彼は急いで舞台に上がり、暗闇の中でジャンヌを探した。ジャンヌが危ない。ただ、その一心で彼は行動した――

 

「ぐああ!」

 

その時、暗闇の中でヘア・マルコスの叫ぶ声が聞こえた。それに伴い、悲鳴が会場内で響き渡る。何が、起きているのか?何故、悲鳴が?

急いでフロアに戻りたいと思うアレンだったが、ジャンヌの事を考えると行く訳にはいかなかった。

突然の停電からの悲鳴。それらから想起されるのは、恐怖の感情。死の恐怖を感じ取ったゲスト達は、自分達の部屋へ戻ろうとする。

「どうなってるんだ!?」

「助けてぇぇぇ!」

騒然とする会場内。戸惑うゲスト達。彼等は所謂富裕層と呼ばれ、各界に影響を与えている著名人ではあれど、所詮は人。突然のアクシデントには驚愕し、戸惑うものなのだ。

「落ちついて下さい!皆様!」

と、叫ぶジャンヌ。しかしそんな彼女の声等、聞こえる筈がない。

ただ、その声を頼りに、アレンは暗闇の中でもジャンヌの居場所が分かった。

「ジャンヌ、大丈夫か!?」

「アレン……ええ、私は平気です。ですが、これは一体……。」

「分からない……」

余りに突然の出来事に、困惑するアレン。

「アレン様、ご無事ですか。」

と、声を掛けるのは側近の男、エファンである。

「俺は大丈夫です。しかし、この状況は……」

「分かりません、もしかすれば、ジャンヌ様が言っていた“アステル家を良く思わない者”による犯行なのかも知れません。」

騒然とする現場。誰もが、混乱している状況。人々は恐怖から逃れようと、会場を後にする者もいる。

「アレン様はジャンヌ様をお願いいたします。私は、会場の外を見てきます。」

「分かりました、お願いします。」

そう言って、エファンがその場を去った時だった――

 

ピキィィィ

 

その時、彼の頭の中で電撃が走った。そしてアレンは暗闇の中、ジャンヌを押し倒した。

「ジャンヌ!」

彼が感じたもの。それは、ジャンヌが何者かに狙われているという事だった。それを、本能的に察知したアレンはジャンヌを守る為、庇う。そして、彼女を舞台裏に移動させた。

 

 舞台裏は予備電源が作動していた為、彼女の表情を見ることが出来る。突然の出来事に、明らかに動揺しているジャンヌ。アレンは懸命な表情を浮かべ、彼女に聞いた。

「大丈夫か、ジャンヌ!怪我はないか!?」

「怪我は……ありません。あの、これは……?」

ジャンヌは、気が動転している様子だった。何故アレンが庇ったのか、何故停電が起きたのか。全ての状況を把握しきれていない彼女は、明らかに困惑している。

「銃弾の音が僅かに聞こえた。恐らく、サイレントガンによるものだろう。」

「サイレントガン……?」

それは、暗殺用に使用される銃だ。普通の銃ならば銃声が響くのだが、それは音が鳴らない。それ故に、暗殺等で用いられる事が多い。但し、その出力は遠距離では殺傷能力に欠ける。標的を暗殺するとすれば、より、近距離での使用が求められるのだ。

「バンディットをやっていたから、分かるんだよ。ジャンヌ、恐らく君は狙われている。」

「やはり……」

アステル家をよく、思わない存在がジャンヌを狙ってくるのは予想できた。だが、まさかこのタイミングで狙って来るとは、思わなかったのである。

「俺と共に、今は逃げよう。安全な場所へ……。」

「ですが、先程のマルコス氏は……?」

「恐らく、殺されている……」

「そんな……」

ゲストに危害が及ぶ事は、主催者としてはあってはならない事だ。だがサイレントガンを持った暗殺者がこの場に居るという事は、被害者が出るのは間違いないと言える。

 本来ならばゲストを守らなければならない。しかし、混乱している状況でゲストを守る事は出来るだろうか?いや、難しいだろう。

 彼女は罪悪感を抱いていた。狙われるのは自分の筈。なのに、ゲストが狙われている。これは、一体何を意味するのか。

「もし、暗殺者がいるとすれば、狙いは私の筈です。なのに、このような……」

「無差別で殺傷をしようと考えているのかも知れない。とにかく、今は逃げるしかない。」

突然のアクシデント。停電により会場は暗闇に染まり、その上ゲストまで何者かに殺害されている状況。アレンは、ジャンヌを守る為、動き出さなくてはならなくなったのであった。

 




第三十四話、投了。
母親を失ったジャンヌは気丈に振舞うもアレンに対してのみ、弱さを見せるといった話。
だがそれに対してアレンは恋人がいるにも関わらず、抱擁を交わしてしまうと言った話でした。


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第三十五話 絶望のパーティ

三十四話の続き。セントマリア号で行われる殺戮、その中を逃げるアレンとジャンヌに、ある人物が姿を見せるのだが――


 

 セントマリア号内は謎の襲撃を受けていた。パーティ会場で突如停電が発生し、ゲストが何者かに殺害されるという状況。アレンはジャンヌを守る為に行動をし、今はこの状況から脱出する方法を、考えていた。

「騒動の黒幕の目的は、アステル家の人間ではないという事なのか?ゲストにまで銃を向けるなんて、考えられない……」

舞台裏で、二人待機をしているアレンとジャンヌ。今、迂闊に動く事は危険だ。

 まず、敵は何者なのか。敵の目的が明確でない以上、動く事は出来ない。下手に動いては、暗殺者に撃たれるのが目に見えているからだ。

「恐らく、ゲスト達はアステル家の調査員達が誘導を行ってくれているとは思います。ですが、暗殺者の標的が分かりません。シュネルギアにはエファンが、連絡をして下さっている筈です。万が一の時にはこちらに来て下さると思いますわ……」

敵の目的が不明である以上、迂闊な行動は出来ない。そして、彼等もいつ、襲われるのかも分からない。不安定な状況が、続く。

「もし敵の目的がゲストなのだとすれば、ゲストを守らなければなりません。せめて、残されたゲスト達を安全に誘導する必要があります。それが、主催者の務めです。」

「君が狙われるかも知れないんだぞ?」

アレンの言葉が響く。先程の行動を見る限り、敵はゲストと、ジャンヌを狙っていた。となれば、ジャンヌにも危害が及ぶ可能性が高い。

 危険な状況。だが、このまま自分だけが逃げて良いのか?考えるジャンヌ。やがて、彼女は一つの提案を出した。

「アレン、私と共に行動をして下さい。ゲストを案内しながら、私を、守って下さい……」

状況は厳しい。守るものが多ければ多い程、行動する上では制限が多くなる。アレンは事前に護身用の銃を貰っている。もし敵が迫るのなら、それを持って行動は出来る。

 危険は多い。だが、今は彼女を守らなければならない。彼女だけでない、ゲストも。アレンに迷いは無かった。

「……行こう。ジャンヌ。俺が、守る。」

そう言って、彼はジャンヌの手を引っ張り、走る。暗闇の船内。いつ、暗殺者が襲って来るかも知れない状況。しかしそれを臆してはいられない。アレンは、彼女の手を握りながら、覚悟を決め、暗闇の船内を移動する事に決めたのである。

 

 

アレン達は、会場を後にし、廊下に出た。暗闇の廊下は、異様に静かだった。それが返って、気味の悪い状況を作り出している。既にゲスト達は調査員達の指示に従い、各々の部屋で待機をしている。

「皆、隠れる事は出来たようだ。」

「逃げ遅れている人がいないか、確認しないと行けませんわね。」

暗闇の中、敵はいつ襲撃してくるか分からない。アレンは銃を構え、周囲に気を配りながら移動する。華やかだった船内は、一転して恐怖の会場へと変貌を遂げたのである。

 

「いやあああ!どうして!こんな事!どうしてぇ!?」

その時、悲鳴を上げる年配女性の声が聞こえた。二人はその方向へ移動し、その場へ行くと、そこは一人の、ゲストの姿があった。

 ふくよかな、体格をした貴婦人。普段ならば穏和な印象を持つその女性だが、今、彼女の表情は恐怖に包まれている。

「大丈夫ですか?部屋は、分かりますか?」

と、アレンが聞くが、錯乱状態の女性は聞く耳を持たない。

「これは……どう言う事なの!?どうしてこんな事になったの!?」

「落ちついて下さい!とにかく、部屋番号さえ教えて貰えれば、そこまで同行します。」

と、アレンが言う。しかし、女性は動く様子を見せない。完全にパニックに陥っているのだ。

「嫌あ!主人のように殺されるのは、嫌あああああ!!」

どうやら、女性の夫は何者かに殺害されたようだ。それを聞き、ジャンヌの表情が曇る。

「貴方だけでも、安全な場所へ!」

とは言うが、アレンの声は耳に入らない。彼は、焦りを感じていた。

そこへ、ジャンヌが彼の代わりに女性に声を掛けたのである。

「全ては私の責任です。貴方方にこれだけのご迷惑をお掛けした事を深くお詫び致します。」

主催者である彼女が、女性に言った。立場上総責任者に当たる彼女。その人間が言う言葉は、女性に響く。それは、良い意味でも、悪い意味でも。

「こんな狂ったパーティなんか、参加するんじゃなかったわ!!!主人を返して!返してぇぇ!!!」

人は混乱している時、その本性が出る。それは生きたいという希望から出る、どす黒い本性。平時では穏便に済む事でも、有事ではそうは行かない。

 この女性も平時では他者に対する配慮が出来る人間だったのかも知れない。しかし、今は責任者であるジャンヌを、責める事しか、出来ないのだ。

「アステル家は呪われた一族よ!デウス帝国に兵器を作った死の商人だから!!だからこんな事になるのよ!!!」

死の商人。それは、ジャンヌが最も気にしている言葉の一つ。アステル家は確かにデウス動乱時代に、デウス帝国に兵器を提供してきた一族だ。その裏で犠牲者が出たのは、言うまでもない。

 しかしそれは、彼女個人には直接関係のない事だ。だがその血縁関係が彼女を縛る。その結果、このような誹謗中傷を受ける。

 呪われた一族。そのような呼び方をされるのも、仕方がないのかも知れない。兵器を提供すると言う事は、犠牲者が出る。その一族の令嬢となれば、忌み嫌う者がいるのかも、知れない。

 この一件で、人の本性を見てしまったジャンヌの心は抉られた。この女性も、元々はアステル家と友好関係を築いていた筈であったのに、謂れのない誹謗を受けてしまったのである。

「私は……」

言葉が、出ない。一度に、様々な感情を感じ取ってしまったからだ。

 

ピシュンッ

 

「ぁっ……」

突如、女性は声を上げた。女性は音を立てて倒れ、そのまま、動かなくなった。即死だった。頭部からは血が流れており、アレンはそれを見て、周囲を警戒し始める。

「クッ!?」

アレンは急いで、銃を構える。辺りをよく見回し、慎重に動く。

ふと、アレンはジャンヌの方を見た。そこにはナイトゴーグルを装着した人間の姿がいた。暗闇に慣れて来た彼の眼は、その存在を、肉眼で把握した。

「ジャンヌ、伏せろ!」

精神的に動揺している彼女に対し、声を掛ける。それに反応するジャンヌ。同時に、ゴーグルを装着した人間はジャンヌに対して銃を構えた――

「させるか!」

 

パァンッ

 

アレンの手に持っていた銃弾が発射され、銃弾は眉間を貫通した。敵は血を流し、倒れる。その人間は、即死だった。その身元を確認しようと、アレンはその人間の身体を調べる。

 出て来たのは、近接用のコンバットナイフと、暗殺用のサイレントガン。いずれもが暗殺用の武装であった。アレンは暗殺者が持っていたナイトゴーグルをはじめ、それらを回収した。

「こいつ、一体何者だ……?しかし、まだ敵は残っているかも知れない。用心するに、越したことはない。」

突如パニックに陥ったセントマリア号。そこに出現した、謎の敵。彼等の目的も、不明なまま、今はゲストとジャンヌの安全を優先する為、動く。

 しかしそのゲストの内の一人は、ジャンヌに対して誹謗をした。それにより、彼女は困惑していたのである。

「アレン……私……」

「……今はここから離れよう……俺と一緒に……」

今は、彼女を守らなければならない。そう思ったアレンは、ジャンヌの手を掴み、廊下を走って行く。無論、その間にも暗殺者は潜んでいるかもしれない。彼は銃を片手に持ち、ゲストの安全を守る為と、ジャンヌを守る為に、静かに廊下を歩いていく。

 

 

 アレンはナイトゴーグルを装着しながら、移動している。暗闇でも、敵の姿を確認出来るかを確認する為だ。敵から手に入れた武装は利用しなければならない。特に、この状況では敵の装備が有利に働くからだ。

 廊下を歩いていると、啜り泣く声が聞こえてきた。その方向に近付く、二人。

 柱の傍にいた、一人の子供。年齢は六歳程か。パーティ用の正装を着ていたその子供は、

一人、泣いていた。

「ぐすっ……ぐすっ……お父さん……お母さん……どこなの……?怖いよ……」

二人は子供の側に近付いた。そして、ジャンヌが声を掛ける。

「大丈夫ですか?」

「え……?あ……ジャンヌ様?」

ジャンヌの声に反応した子供は、涙を伝わせながら彼女の方を見た。傷心状態のジャンヌではあるが、泣く子供を見て、黙っていはいられない。

「どうされたのですか?」

と、聞くジャンヌ。

「ええとね……お父さんとお母さんとはぐれちゃったの……僕……寂しいよ……。」

「そう……ですか……。」

ジャンヌは責任を感じた。自分が主催者であるこのパーティで、このような子供にまで被害を及ぼす事になるとは……と。

「はぐれてしまったのですね……可哀想に……」

「けれど、ここにいる方が危険だ。どこか、部屋に行こう。部屋は分かる?」

アレンはナイトゴーグルを一時的に外し、子供に聞いた。

「分からないよぉ……。」

と、再び目元に涙を浮かべる、その子供。

部屋が不明な以上、今はこの場にいるよりは、せめて近くの部屋に退避させる方が安全だ。今、危険な状況にいるこの子供を被害に遭わせる訳にはいかないと、アレンはそう感じていた。

「ここに、一時的に避難をしようか。」

と、言ったのはアレンだ。側には一つの、部屋がある。それが誰の部屋であるのかは分からないが、子供の安全を考慮し、その部屋に入れることにした。

 

 部屋はジャンヌが持っていたマスターキーで開けられる。扉は静かに開く。停電の為、部屋の中も相変わらず暗い。何が置かれているのかも分からない。

だが。幸い、この部屋は誰も居なかった。もし誰かが居れば、鉢合わせになり、混乱状態になる可能性も考えられたからだ。その状況を把握してから、アレンは子供に名を聞いた。

「君の、名前は?」

優しげに聞くアレンに対し、子供は言った。

「ええと……ユアンだよ。ジャンヌ様と、お兄ちゃんは知ってるかな。お父さんはヘアって言って、お母さんは――」

その時、ジャンヌは遮るように言った。

「この子は……マルコス氏の子息なのですね……。」

「ヘア・マルコスさんの!?そんな……」

ヘア・マルコスはすでに死んでいる。アレンはジャンヌと合流する前にヘアの断末魔を聞いており、ユアンがヘアの息子だと知った時、その時の声がアレンの中で鮮明に蘇った。

「ジャンヌ……この子は……」

目の前にいるユアンがあまりに不憫でならなかった。何も知らないユアン少年は首を傾げてジャンヌを見る。

言える筈が無い。その子供自身が絶望の状態なのにその中で父親が殺されたなど。

「お兄ちゃんは、僕を守ってくれるの?」

ユアンの言葉。その言葉を聞いたアレンは、そっと、彼を抱き締める。

「ああ、絶対に守るから……」

「本当?やったぁ!僕、お兄ちゃんとジャンヌ様がいてくれたら、何だか安心してきた!」

彼はこの状況を生き延びたとしてもこの先辛い事実を知らなければならないことは分かっていたのだが、今は少しでも安心して貰いたいと、思っていた。

絶望の状況で困惑するより、希望を持って欲しい。その方が、生存率は上がる。ユアンの笑顔は、僅かではあるがアレンを安心させた。しかしそれと同時に押し寄せてくるのが、ユアン少年に課せられた衝撃の事実。彼を待っている未来は一体何なのか。それを思うと悲しさを覚えた。

「安心して下さい。大丈夫ですから……ね。」

「うん!」

二人は彼の父親の話をしなかった。それをして思い出させるのも嫌な上、彼等もまだ幼い子供に対して事実を話したくなかった為である。

「お兄ちゃん……なんだかお父さんみたい。」

「え……?」

「お父さんもお兄ちゃんと同じぐらい優しいんだよ。とっても。」

その台詞は、逆に彼らを悲しませるだけだった。父親のヘアはもうこの世にいない。アレンが少年の父親代わりをすることは可能ではあるが、結局それは代わり。本人がいないのでは悲しさを生み出すだけだ。

 

バンッ

 

その時だった。入口のドアが突然開いた。アレンはすぐに銃を構える。鍵は外部からは開かない筈なのに、何故?

三人はドアの方を見る。そこには、明らかに動揺している、ゲスペル・ギアンの姿があった。

男はその、恐怖で染まり切った表情を彼等の前に晒し、迫って来る。絶望的な表情を見せていたゲスペルは、嘆くように言葉を発した。

「うわあああ!もうおしまいだ……みんな……みんな殺されるんだぁ!パパもママも死んだ!殺された!僕は目の前で見たんだ!変なゴーグルをかけている奴等にパパとママが撃たれている所を!!もうおしまいだ……何もかもおしまいだ!!!嫌だぁ!!死にたくなぁぁぁい!!!」

一昨日のジャンヌを口説こうとした男の姿は、最早そこにはない。ただ、恐怖に怯え、錯乱している愚者の姿が映っているだけだ。この男が、大手メディア会社のWCNの主要株主というのだから、妙なものではある。

「どうして、貴方がここに……」

そもそも、何故この男が部屋に入ってきたのか?アレンとジャンヌは、それが疑問であった。

「君達こそ、どうして僕の部屋に居るんだぁぁぁ!?!?!?」

あろうことか、この部屋はゲスペルの部屋であったのだ。その為、この男は入って来たのである。

「大体……元はと言えばジャンヌ・アステル、お前のせいだ!お前が……こんなパーティを主催するから!どうして……どうして……どうして僕達が殺されなきゃならない!?なぜ!?ふざけるなぁぁぁ!!!」

錯乱状態のゲスペル。更にこの男は、ジャンヌを貶める発言をした。動揺し、誹謗をするこの男が居てはユアンを不安にさせてしまう。彼の表情は次第に恐怖に染まるのを、アレンは見ていた。

 居ても立っても居られないと感じたアレンは、ゲスペルを止める為に、彼の肩を持った。

「落ち着け!こんなところで混乱しても何も始まらない!」

と、アレンが懸命に落ち着かせようとするが、ゲスペルは止まらない。

「黙れよ!!僕は知っているんだぞ……一昨日、ジャンヌ・アステルがお前を部屋に連れ込んだのを、見ているんだぞ!!写真だって、撮ってるんだぁ!!」

「なっ……」

ジャンヌはアレンを部屋に招き入れた。それは事実だ。だが、よりによってこの錯乱した男に、そこを見られてしまっていたのである。

 男女が一室に居るという事は、スキャンダルに発展してもおかしくない。増してや、ジャンヌといった世界的に有名な人間がそれを見られてしまう事は、もしマスコミ等のメディアにリークをされれば、厄介事に成り兼ねない。この男は、この非常時にも関わらずそのような発言をしたのだ。

先程彼女を誹謗した女性のように、非常時に人間は本性が出るのはよくある事ではある。そして、今、スキャンダルの話をしている場合でない時に、そのような行動を取る。それは、人としてあるまじき行為だ。しかしゲスペル・ギアンという男はそれを躊躇いなく行ったのである。

「こんな呪われたパーティを主催する君……いや、お前に見せしめで、世界中に写真を送ってやる!WCNからこんな写真が流出したら、世界中がお前をバッシングするだろうなぁ!あははははは!!」

狂気の果てに、人を貶める事を、本人の前でしようとするゲルペル。この男が、ジャンヌが幼い頃に世話になったウィアー・ギアンの子息という事実。それが余りにショックで、ならなかったのだ。そして、ゲスペルが言うように、ウィアーは殺害されている。

 それらも相まって、ジャンヌは更に傷ついた。自分のせいで彼女の父親、ジンクの親しい存在であるウィアー・ギアンが死んだ事……そして夫人も。更に悪い事に、ゲスペルはアレンを部屋に招き入れている写真を公表しようとしているという、事実。

「ジャンヌ様は何も悪くない!僕に、優しくしてくれたもん!!」

そこへ、ユアンが彼女を守る様に言った。彼女の前に立ち、両手を広げる。ジャンヌを、守る小さな騎士がゲスペルの前に立ち塞がった。

「黙れぇぇぇクソガキ!ガキに大人の事情なんて分かってたまるかよ!!」

 

ドゴッ

 

そう言ってゲスペルは子供に対し、暴力を振るったのだ。その勢いでユアンは目に涙を浮かべ、再び泣いてしまう。

「あああああうるさいうるさいうるさいいいいい!!!」

暴力を振るわれて泣かない子供はいない。そして、それはその場を更に混乱させていく。

錯乱した男による身勝手極まりない悪質な行為。そして、ショックを受けるジャンヌ。怪我をし、泣いているユアン。それらを同時に見たアレンは、怒りを覚えた。

パーティ会場では暴力行為をしなかったアレンであったが、この身勝手極まりない悪質な男を、放って置けなかったのだ――

「いい加減にしろ!」

 

ドゴッ

 

アレンはゲスペルの顔を殴った。その際にゲスペルのEフォンは手元から離れる。男の頬は腫れ、自身の頬を触っている。

「叫んでこの状況がどうにかなるか!増してや子供にも暴力を振るって……最低だお前!それに、これ以上彼女を侮辱するな!」

「お前……僕の顔を……お前ぇ!」

と、ゲスペルはアレンに寄り掛かる。取っ組み合いが行われようとしていた――

 

ピシュンッ

 

音の響かない、掠れた音が聞こえた。それと同時に、“何か”が倒れた音が聞こえた。

「あぅ……」

音の方向を急いでアレンは振り向く。そこには、無残な光景が映った。ユアンが、倒れている。そして、無残にも頭から噴水のように血が溢れている。

このような、惨劇があって良いものか。何の罪もない子供が殺されるなど、あって良い筈がないのだ。

「ユアン!」

と、アレンが叫んだ時、再び空気の掠れた音が聞こえた。別の、銃弾だろう。

 すぐにアレンはナイトゴーグルを装着し、慎重に部屋を見渡す。視線をユアンの方向に向けた時、その後ろに一人の人間の姿が映っているのが確認できたのだ。

怒るアレンはその人間にサイレントガンを放った。胴体は恐らく防弾チョッキのようなものを装着しているとして、狙うは眉間だ。眉間を撃てば、敵は倒れる。

 銃弾は直撃した。そこにいた、男は血を流し、倒れたのだ。

 ユアンの仇は取れた。しかし、彼が戻って来ることは無い。何の罪もない用事は、見知らぬ暗殺者によって殺害されたのである。

「どうして……この子が死ななくてはならないのですか……彼等は一体、何が目的で……。うう……」

「一つ言えるのは、部屋に居ても安心が出来ないって事だ。俺達も、出よう。あの子を放置するのは、いけないとは分かっているけど……」

ゲスペルに気を取られ過ぎて、少年を守れなかったアレン。彼は心底後悔していた。自分の甘さに対して。

「あぁぁぁぁぁぁ……」

アレンはユアンの瞼を、指を使って閉じた。それから、この時彼等は錯乱状態のゲスペルを放置し、その部屋を出る事にした。

 一人、残されたゲスペル。錯乱しているこの男の口元はガクガクと震えており、恐怖に満ちている。

 その時、ゲスペルは足元には落ちている、銃を見つけた。先程アレンが倒した男が持っていた、サイレントガンである。ゲスペルは躊躇う事なく、それを手に持った。

「そうだぁ!あの女を殺せばいいんだぁ!そしたらみんな死ななくて済む!僕も当然!アハハハハァァァ!」

一昨日には口説こうとさえした女性に対し、男は今、殺意を露わにしていた。人はこうも、感情を変える事が出来てしまう。それは、本気の愛情がないが故であった。

異様な目つきをしており、歯を食い縛り、上歯と下歯を噛み合わせているこの男。そこに、彼女を口説こうとしたキザな印象の貴公子の顔は、最早存在しない。

 

 

廊下を移動しているアレン達。先程のユアンの死体が、忘れられない様子の彼等。

「どうして、あんな子供まで……」

先の事が悔やまれる。この事により、暗殺者の目的がより、不明となった。敵の狙いはジャンヌだけではない。恐らく、ゲストの人間も標的の可能性が高い。

 そうとなれば、守り切るのに限界がある。アステル家の調査員もゲストを守る為に動いてはいるが、それでも限界がある。

 既に数名の犠牲者を見てきた彼等。その上で誹謗を浴びせられたジャンヌの心は、酷く傷付いていた。

「そもそもあいつらの目的が不明だ……何者なのかも分からない。外部犯か?」

アレンが言った後、ジャンヌが静かに口を開く。

「分かりませんわ……外は国連軍が警備して下さっていました。その為、外部からこの船への潜入は不可能の筈ではありますが……」

「じゃあ、出港前から内部に既に侵入していたという事か?」

「それしか、考えられません。ですが会場内にいた人達は皆、把握しています。いずれもが、私が知る人間ばかりです。」

謎が謎を呼ぶ状況。その上で迫る、暗殺者。絶望の状況は、終わりそうにない。

「ジャンヌ、今は外に出よう。ゲスト達の安全も気になるけど、アステル家の調査員の人に任せた方が良い。」

「え、ええ……」

と言う、ジャンヌの表情は暗かった。

「外の様子が気になる。外に出て、国連に助けを呼べれば生き残れる可能性が上がるだろう。」

外に国連軍が待機しているのなら、救援を要請すればセントマリア号に応援を寄越してくれる。そうなれば、ゲスト達も助けられる。アレンは、そのように考えていた。

 だが、ここで彼女は一つ、疑問を抱く。

「いえ……そもそもの疑問です。何故、この非常時に船から救難信号が発令されていないのでしょうか。」

「確かに……」

外に国連軍がいるのならば、緊急時には船内のクルーが救難信号を出すよう、指示が下っていた。もし信号が出ていれば、迅速に国連軍は動いてくれている筈であり、ゲスト達も助けられただろう。

 仮に救難信号を出しているにしても、対応が遅すぎる。このままでは、被害が広がる一方だ。ゲストは勿論、彼等にも更なる危険が及びかねない。

「外で何かがあったということか。」

“もしも”の話をする、アレン。

「考えたくはありませんが、国連が何者かの襲撃を受けた可能性があるという事になります。」

「有り得るのか?仮に新生連邦がそれをしたとしても、メリットがなさすぎる……。」

世界情勢は不安定な状況ではある。しかし、国連が護衛をしているこの客船を、新生連邦が攻撃を仕掛けることは有り得ない。では、何処の所属が攻撃をしているのか。それが、アステル家をよく思わない存在と、何らかの関係があるというのか。

 今回の件の黒幕の検討がつかない。敵の真意が不明である以上、真実を知る為には、まずは外に出なければならないのだ。

「ハッ……?」

その時。アレンの茶色の瞳に、ジャンヌを狙う暗殺者の姿が映った。彼女の髪に、赤く、丸いセンサーが光っている。

「ジャンヌ!」

再び迫った危機。彼女を守る為、アレンは動く。

彼女の肩を持ち、そのまま押し倒す。その直後、僅かに銃弾が壁に当たる音が聞こえた。暗殺者によるサイレントガンの攻撃だ。

ジャンヌを守ったアレン。彼女を伏せさせ、彼は動く。アレンもサイレントガンを構え、周囲を警戒する。迫る暗殺者は何処にいるのか、その、全神経を集中させ、対応していく。

 

ピシュンッ

 

「うぅっ!」

再び、弾が発射された音が聞こえたのだが、それはアレンの肩を掠った。左肩は弾による擦り傷で、痛々しく、傷が付いている。

 警戒をしていた筈のアレンは、怪我をしてしまった。だが、この痛みに構っている場合ではない。彼女を守る為に、アレンは暗殺者と戦わなければならないのだ。

 アレンは、ナイトゴーグルを装着した。すると、ジャンヌを襲おうとしている一人の人間の姿を、確認する。躊躇う事なく、アレンはサイレントガンを放った。

 暗殺者は断末魔を上げて死んだ。その時、もう一人の人間がアレンに迫る。コンバットナイフを持ち、接近戦で迫る、男。

「こいつ!」

ナイフの動きを見切ったアレンは右下方に重心を崩し、敵の腕を掴む。そのまま、彼は背負い投げをし、敵は仰向けになった。人が倒れる音が大きく廊下に響き、男は床に打ち付けられた。

 そして、アレンは男の眉間に、サイレントガンを撃った。これにより、もう一人の男も死亡した。

「くぅ……油断したか……」

「アレン、大丈夫ですか。」

不安げな表情のジャンヌ。それに対し、アレンはどうにか笑みを作る。

「ああ、なんとか……ね。少し、掠ったけど。」

と、右手で肩を抑えるアレン。

「ハンカチは、持っていますか。」

「え?あ、ああ。」

ジャンヌは彼のポケットからハンカチを取り出した。そして、それを広げ、アレンの左肩部を覆い、そのまま結び目を作る。彼女なりに考えた、応急処置だ。傷口を広げた状態で移動するのは危険だと、判断した為である。

 アレンの肩にハンカチを結んでいる時、ジャンヌはふと、口を開いた。

「私は……いっそ死んだ方が良いのかも知れませんわね。」

「な……?」

アレンの驚愕する表情に対し、ジャンヌの表情は明らかに暗く、視線を落としている。絶望的な状況に、飲まれつつある彼女。

 自身がパーティの主催者であるが故に起きた、襲撃。そして絶望の淵に駆られたゲスト達からの誹謗中傷。更には、罪なきゲストの死。それらを一度に経験したジャンヌ。

 

――――――――――――――アステル家は呪われた一族よ―――――――――――――

 

――――――――――――ジャンヌ・アステル、お前のせいだ――――――――――――

 

人の酷な部分を目の当たりにし、気丈であった彼女の精神は病んでいく。母、ターナが死んだ時でもその悲しみを見せんと、動き続けた彼女の精神は、崩壊しようとしていた。

「お母様が死んで、私がしっかりしなければと思っていました。ですが、信頼していたゲスト達にもあのように言われ、更には、死者まで出してしまいました。所詮、アステル家は呪われた一族……それは、分かっていたつもりなのです……」

 絶望的な状況では希望を見出す事は、難しい。前に進もうとしていたジャンヌですら、今の状況に押されている。アレンは、彼女を奮い立たせなければならないと、思っていた。

 だが彼女も人間だ。身体はアドバンスドタイプと呼ばれる人種かも知れないが、心は一人の女性だ。身体がどのようであれその精神は、まだ二十歳の若い女性なのだ。精神的に打たれ強い訳では、無いのである。

「アレン、私が生きているから皆殺されていくのでしょう。違いますか。」

「そんな訳がない!君は錯乱しているだけなんだよ!あの、ゲスペルって奴みたいに!」

気が動転しているのだろう。そして、絶望しているのだろう。ジャンヌの心は、壊れつつあった。しかしこの状況で心が壊れるのは、死と同義だ。迫る暗殺者の格好の餌食である。

「もう、私は誰かを巻き込んで生き永らえたくありません……私に構わず、逃げてください。ここにいれば、いずれ暗殺者が私を殺すでしょう。」

自らの死を選択しようとしているジャンヌ。それを言われ、無責任に逃げ出す事等、出来るだろうか。いや、出来る筈がない。アレンならば、それは絶対にしない。

「どうしてそんな事を言う!死んでいった人達の為にも、君は生きなきゃならない!俺は君の行動に賛同したんだぞ!正気になれ、ジャンヌ!」

彼女の両肩を持ち、励ますアレン。

「私はもう、これ以上人々を巻き込みたくありません!私を放っておいて下さい!アステル家はお父様さえいれば当主として成り立ちます!貴方さえ、生きて、これからの世界を――」

「黙れよジャンヌ!」

アレンは、彼女に怒った。いつ、死が訪れるかも知れない状況で、アレンは彼女の事を、本気で怒ったのである。

「そうやって、責任を取って死ぬとか、安易な発想になる事が愚かだ!どうして、そんな発想にばかりなる!そんな事じゃ、敵の思う壺だぞ!」

「ですが……私は……」

弱気なジャンヌ。アレンは、我慢出来ず、口を開く。そして――

 

チュッ

 

彼は、ジャンヌに接吻を交わした。ココットと言う恋人がいて、躊躇う事もあったのだが、今、彼女を正気に戻さなければならないと考えた、彼の苦肉の策。

 それは、ジャンヌの表情を大きく変えた。なりふり構ってられないと、判断した結果だ。

「死んだらこの、キスの感触だって味わえなくなる!そんなの、生きてるって言えるか!責任をもって死ぬなら誰だって出来る!君は生き延びて、これからを考えなきゃならないんだろう!」

「アレン……私は……でも……」

顔を赤めたジャンヌ。しかし、彼女はまだ戸惑っている様子だった。

「だったら、もう一度……」

 

チュッ

 

と、再び彼はジャンヌの唇を奪う。錯乱する彼女を、落ち着かせようと、彼なりのアプローチだ。

 その接吻の時間は、一度目と比較して五秒程度長い。長いキスは、その分彼女の心を少しずつ、満たしていく。

「アレン……私……このようなものは……」

躊躇うジャンヌ。彼女は更に、顔を赤めていた。

「これが、生きてるって事だ!君は生きているんだよ!だからキスの感触が分かるんだよ!」

アレンは必死だった。彼女を安心させ、前を向いてもらいたいという、その一心での行為。これにより、ジャンヌの表情が、少しずつ変化していく。

「キスの、感触……でも、私は……」

自身の唇を、指で触れるジャンヌ。眼は、アレンの顔を着目している。

「だったら、この際言ってやる!死んだ君を本当に心から悲しむ事が出来るのは、君のお父さんと俺だけなんだぞ!」

「え……」

アレンから放たれたその言葉は、彼女の表情を更に変えていく。絶望に満ちていたジャンヌは、目を何度も瞬きさせ、アレンの方を、見るのだ。

「だから、死ぬ事なんて考えるな。俺が守るって何度も言ってるだろ。仮に俺が死んでも悲しむのはワートンと、ココットぐらいか。でもジャンヌは俺と違って有名だ。世界中の人間が悲しむ……」

と言った後、アレンは首を横に振った。

「悲しむから生きろとかそう言うわけじゃない……とにかく死んだら終わりなんだ!全てが!君も俺も若い。やらなきゃならない事があるんだ!それなのに、こんな所で連中に殺されるわけには行かないだろう!」

舌足らずな印象を持つが、アレンはジャンヌを励ましている。生きろと、必死に訴えている。絶望に暮れていた彼女を奮い立たせる為、彼は懸命に彼女に声を掛けた。

 その言葉は、彼女を動かした。一度は死を選択したジャンヌ。もし、アレンが彼女を励まさなければ、どうなっていたのかは不明である。

「貴方の言う通りですわ。私は……どうかしていました。多くの事を一度に経験して、悩んでいたのでしょう……」

人は多くの悲劇を経験すれば、正常な判断が出来なくなる。それを奮い立たせるには、一人の力では無理だ。別の人間……それも、近しい関係の人間がそれを成す。

 ジャンヌとアレンは友人関係だ。しかし、彼等は接吻を交わした関係となった。それは友としての接吻なのか、それは不明だ。だが、彼女を正気に戻す為に、一役買ったと言える。

「君が無事で何よりだ。ココットには、なんて言うべきか……だけど。」

アレンは、自身の行為に対して、戸惑っている様子であった。だがそうしなければ、彼女は死を選んでいたかも知れない事を考えると、やむを得ないのである。

「それよりも今はこの場を離れましょう。いつまた、暗殺者が来るかは分かりません。」

ジャンヌの表情が、戻った。決意の表情を見たアレンは、安心した様子であった。

「行こう、俺が君を守る。」

「いいえ、私は貴方に守られてばかりではありませんわ。」

「え?」

その直後、ジャンヌはアレンのポケットから銃を取り出した。サイレントガンではない方の、銃だ。そして、銃身の上部をスライドさせ、銃を構えた。

「ジャンヌが、銃を持つなんて……」

「フフ、ジンク・アステルの娘、ですもの。」

その様子の彼女に、アレンは勇ましさを感じていた。彼女の心が戻れば、絶望的な状況も抜けられるかも知れない。アレン達は、出口を求めて、走る。途中で暗殺者が襲って来ようとも、彼等は駆け抜けるのだ。

 

 

 

 廊下を走り抜け、彼等は外に出る事が出来た。幸いにも、その間は暗殺者に会うことは無く、移動することは出来た。

 冬季の大西洋の夜は凍える寒さだ。だが、今は船内が非常事態である為、外の様子を知る必要がある。彼等はすぐに、海の方を見た。非常用の電源に切り替えられている外のライトを見て、明かりに照らされている為、状況が分かりやすい。

 しかし、彼等が見た光景は、余りに無残だった。

「そんな、艦が撃沈しているなんて……」

あろうことか、護衛についていた筈の二隻の国連の水上艦は破壊されていたのだ。だが、いつの間に破壊されていたのかは全く分からない。

 これが、すぐに船内の異常に対応出来なかった事に対する答えだった。護衛艦二隻が、何故こうも簡単に轟沈させられていたのか。謎が、深まるばかりである。

「ブリッジがどうなっているのかも気になるな。さっきの奴等の目的も不明だ……」

と、アレンがジャンヌの方を振り向いた時だった――

 

「きゃあっ!?」

彼女の悲鳴が聞こえた。アレンがすぐにその方向を見る。

そこには、ジャンヌを人質にとった狂人、ゲスペルの姿があった。彼等の後をつけていたゲスペルは、この機会を待っていたかのように行動を開始した。男は暗殺者が持っていた銃を持ち、ジャンヌの頭部に銃を突きつける。

「ハハハハハ!この悪魔めぇ!お前が死ねば……みんなが助かるんだぁ!アヒャヒャ!!!」

「ゲスペル!ついて来てたのか!?ジャンヌを離せ!」

そう言って近づくアレン。しかしゲスペルは怒鳴る。

「来るなぁ!それ以上来たら、この女の頭を撃ち抜くぞ!!」

脅すゲスペル。最早、この男に言葉は通じない。人の言葉が通じない人間は、その存在が危険だ。

「僕達は騙されたんだ!大勢のゲストを死に追い遣って、その上、廊下でその男と二回もキスをするような魔性の女、ジャンヌ・アステルにねぇぇ!」

最悪のタイミングだった。アレンが彼女を落ち着かせる為に行った接吻は、よりにもよってこの男に見られていたのだ。メディアを牛耳る、混乱した男がそのような行動を目撃した事は、彼等にとって良い事であろう筈がない。

「魔性の、女……」

ジャンヌの表情が変化していく。ゲスペルの言葉が、彼女に容赦なく襲い掛かる。

「ゲスト達はお前に殺されたも同然だ!責任をとって死ねぇ!!」

更に、ゲスペルは銃をジャンヌの頭に突き付ける。その引き金が、少しずつ引かれようとしている。

「人殺しの淫売女のフィアンセ!!!何か言えよっ!!」

「クソッ……こいつ、完全に狂ってる……」

アレンは銃を構えようとするが、狂乱しているゲスペルは本気でジャンヌを殺す気だ。本来、守るべきゲストである筈のこの男が錯乱し、敵になっている状況は彼等にとって不利益しか生まない。仮にゲスペルを殺しても、何も得られないのだ。ただでさえ危機的状況の中で、面倒な状況になってしまった。

 すぐの助けもままならない状況で、暗殺者がいるかも知れない上、錯乱して誹謗中傷を続ける男が彼女を脅迫している。今、彼等にとっての“絶望のパーティ”が、この船上で、行われつつあった――

「ハハハハハァ!こいつさえ死ねばみんな助かるんだぁ!いぃぃぃやったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

歓喜の声を上げるゲスペル。

 所詮、本当の愛情を持たぬ人間の心境の変化は簡易的だ。故に凶行に至る。非常時という状況で、人として好意を示す人間を見る事が出来ないが故に、残酷な行為さえ、躊躇わない。ある意味、目的の為に感情を殺して任務を遂行する暗殺者よりも、このような男の方が厄介と言えた――

 

                   パァンッ

 

ゲスペル・ギアンの頭部が銃弾で撃ち抜かれ、そのまま倒れたのは、ほんの一瞬の出来事であった。噴水のように赤い液体が溢れて出ており、その傷口からは大脳の一部であろう、血液の赤色に染まった物質が流れ出ている。

アレンは銃を持っていたが、ゲスペルを撃ってはいない。ジャンヌが放った銃でもない。では誰がゲスペルを撃ったのだろうか。

「無事でしたか、ジャンヌ様、アレン様。」

そこに現れたのは、銃を構えているエファンだった。彼は暗闇の中でアレン達と別行動を取り、今、合流したのだ。

 しかし、彼が撃った相手はゲストであるゲスペル・ギアンである。錯乱していて、ジャンヌの頭に突き付けたのは事実であるが、彼は暗殺者とは何の関係もない。

「エファン……」

ゲスペルの魔の手から彼女は解放される。しかし、ジャンヌの表情は曇ったままだ。

「何故、ゲストを撃ったのですか。彼は錯乱しているだけであって、撃つ必要はないでしょう。どうして……」

彼女はエファンを責めた。側近であり、信用出来る人間であるが故に、エファンの行動は無視できるものではない。射殺をせずとも、何らかの解決策はあった筈なのだ。

 しかしエファンは銃を放ち、あろう事かゲスペルを射殺した。何故?どうしてなのか?

「ジャンヌ様、先程の男が貴方に拒絶され、その嫉妬の炎が燃えた上での絶望的な状況となれば、その矛先が貴方に向くのは容易でしょう。そしてそれは更なる狂気を生みます。例えば、絶望的な状況でのアレン様と貴方のキス。それはゲスペル・ギアンにとっては、更に炎上させるのに十分であったという事です。」

急に、語り出したエファン。彼は何故、両者が接吻を交わしていた事を、知っていたのか。見ていたからなのか?それは、不明だ。

 ただ、ジャンヌにとっては恥以外の何者でもない。まさか、側近にそれを知られてしまうとは思わなかったからだ。

「エファン、まさか、見ていたのですか……」

恥じらうジャンヌ。それに対し、答えるエファン。

「見ていませんよ」

キスを見ていないという、エファン。ならば、何故それを知っているのか。そして、この状況にも関わらずそのような話をするエファンに、何故か、両者は気味の悪ささえ、感じている。

「それにしても、随分と酷い有様ですね。国連の水上艦は何者かに襲撃され、助けも暫く来ない状況。船内は暗殺者によってゲスト達が次々と襲われている。なんとかしなければ……と、思いますね。」

何故、エファンはこうも淡々と述べることが出来るのか。アステル家の人間ならば、今はそのような発言をしている場合ではない筈だが。

「エファン、今はそれどころではありませんわ。ゲスト達を助けに行かなければなりません。」

と、言うジャンヌ。しかし、彼はスーツのポケットに手を入れたまま、夜の暗闇によって漆黒に染まっている海を眺めている。

「ゲスペル・ギアンをはじめ、怨恨というのは時に強力な行動の源と成り得えます。暗殺者達の狙いは、ジャンヌ様と親しい仲のゲスト達。それらはいずれも富裕層の人間ばかりであり、各国の政界にも影響を与えて来た人間達。」

「エファン……?」

その台詞を、何故今この状況で吐くのか。ジャンヌは疑問を抱いている。そして、側に居るアレンも。

「所謂庶民とかけ離れた思考の持ち主達と言うのは己が都合の良い世界を作り出す為に庶民の意見、訴えを無視し、例えば目先の欲の為に売国行為によって国さえ滅ぼしかねない状況を作り出します。だが、それは所詮、自分達が良ければ良いという世界。対照的に一般庶民は、より圧迫された生活を送り、やがては富裕層や政府といった存在、そしてその繋がりに関係している人間に対して怨恨を抱くようになる。」

そして、エファンはまるで睨みつけるように、両者に視線を合わせた。

「ジャンヌ様、今回の暗殺者の正体を知りたくないですか。何故貴方が主催のパーティでありながら、貴方だけでなく、ゲスト達までが巻き込まれたのか。」

まるで、事情を知っている様子のエファン。何故、彼はこれ程に詳しいのだろうか。そして、今エファンから感じる妙な感覚は、何なのだろうか。自然に流れる冷や汗は、明らかに普通のものではない。

「答えは一つ。暗殺者はそういった富裕層の人間に対する怨恨を抱いている人間が集まった集団だからです。そうした存在は所謂、一般庶民とは違う、裏の世界で生きる人間達。デウス動乱後の世界で密かに活動をしていた、“氷河族”と呼ばれる人間です。」

「氷河族だって……?」

アレンが言葉を発した。

 氷河族。それはアレンの身柄を確保しようとした人間達だ。その時のメンバーは三人のみ。そして、フォン・ヤマグチを暗殺した人間達でもある。

 その彼等が、どのように関係しているというのか。そして、エファンは何故これらの事を知っているのか。

「エファン、貴方は何故、そこまで詳細を語る事が出来るのですか。まさか、貴方が暗殺者と内通しているというのですか……」

段々と、エファンの言葉が恐ろしく感じられていく。暗殺者の事や、ゲストの殺害。それらをまるで察しているかのような口ぶりの、エファン。それを慌てる様子無く、堂々と、語り続ける彼女の側近の姿は奇妙としか、言い様がない。

「ジャンヌ様。普通に考えて下さい。ここまで事情を語る時点で私が何らかの関係者であることは明白でしょう?」

エファンから語られる、事実。暗殺者とこの男の関係が、明らかになった。事情は不明であるが、この惨事を招いた原因の一つがエファン・ドゥーリアである事が、明らかになった。

 それは、当然ながらジャンヌにとっては知りたくもない事実。彼女は後ろに下がり、その表情は、恐怖に満ちて行く。

「失礼。大変驚かせてしまいましたねジャンヌ様。さて、茶番も終わりにしましょうか。そろそろ頃合いですね。貴方の側近も、これにて辞めさせて頂きたいと思います。ジャンヌ様……いや、ジャンヌ・アステルッ!!」

 

ジャキン

 

エファンのポケットから、銃が出てきた。そして、その銃口はジャンヌを捉えている。

 予想さえしなかった、側近の裏切り。ジャンヌはアレンの後ろに下がり、ただ、目の前の予想出来ない現実を虚ろな目で見ているしか出来ない。

「どう言う事ですか……貴方は一体……?」

「所謂、演技という奴だ。一年以上もの間、私はジャンヌ様……いや、“お前”の側近を演じていたという訳だ。」

側近をしていた時は穏やかな口調だったエファン。だが、今の彼はジャンヌの側近をしていた時と違い、暗く、低い声を出している。

 そして、男からは異様なプレッシャーを感じている。この男が放つ強い感覚は、二人共に感じ取っていた。

「そんな……馬鹿な……」

ショックを受けたのはアレンも同様だ。彼女の良き理解者であったとされたエファンがその本性を見せ、銃を向けているのだから。

 では、エファン・ドゥーリアは一体何者なのか。何故、ジャンヌの側近を務めていたというのか。

「エファン、それは何かの間違いではないのですか。貴方がそのような事をする等考えられません!」

震えながらも、エファンを信じたいと願うジャンヌ。

「人という生き物は突然の出来事には無力だ。例えば、側近であり、良き相談者と思っていた人間の裏切り等、誰もが動揺するだろう。」

まるで別人のようだ。エファンから発される異様な感覚。それは、優しくジャンヌ達に接していた時とは全く異なる。

「信用というのは依存し過ぎればそれが損なわれた時、全てが崩落する。信用していた絶対の存在が裏切った時、怒り、悲しみを浮かべる。SNSでインフルエンサーと呼ばれる人間が憶測で出した情報を鵜呑みにし、それが誤情報であったと発覚した時に、怒り狂うように。」

達観した様子のエファンは、更に、ジャンヌに対して言った。

「それが人という存在なのだ。愚かであり、愛おしい存在である人間の、正常な反応。お前達は確かに、人間だよ。」

何故か、笑みを浮かべるエファン。その間も、男は銃口をジャンヌに向けている。

「クッ!!」

この男が放つ妙なプレッシャーに対抗するかのように、アレンも銃を構えた。本来ならば、このような真似はしたくない。しかし男が銃を構えるのならば、こちらも対応しなければならない。そう、彼は考えていたのだが――

 

パァンッ

 

エファンは突如、発砲をした。弾丸はアレンの持つ銃に直撃し、この衝撃によって銃を落としてしまった。

「銃を狙った。」

と言いながら銃上部をスライドさせ、弾を充填するエファン。

「しかし、我ながら随分と時間を掛けたものだ。全てはお前達を殺す為の芝居。ジャンヌ・アステル、そしてアレン・レインド。」

「お前達を殺す……?お前達って、どう言う事だ……?暗殺者と貴方が組んでいるのなら、ジャンヌを狙う筈じゃないのか!?」

彼は〝お前達〟と言った。それは一体何を示すと言うのか。

「言葉の通りだ。アレン・レインド。お前も含むと言う事だ。」

「俺も……!?」

エファンの目的は、ジャンヌの殺害だけではなかった。アレンを殺す事も彼の目的に含まれているのだと言う。

「エファン、嘘でしょう!?貴方はそのような人間ではない筈です!私に対して向けていたあの優しい表情は、どこへ行ったのですか!エファン!」

ジャンヌは、懸命に呼び掛ける。今まで信頼していた人間に裏切られ、ジャンヌは明らかに動揺している。

 彼女は現実を受け入れたくなかった。側近として活動し、相談相手にもなっていた男が、まさか自らを殺すような真似をするなど、考えたくなかった。それは人であれば、誰もが当然である。

 

――――――人は、辛い過去を乗り越えて成長し、より強くなっていくものです―――――

 

―――――――人と関わる事はその人、そのものを成長させるのですから―――――――

 

いずれも、エファンが言った台詞。その暖かさは、本物だった。その言葉で、ジャンヌは希望を貰えていた。

 だが彼等の前で銃を構えている、この男は何者なのか。本当に、同じ台詞を言った人間なのか。エファン・ドゥーリアとは、何者なのか。何故このような真似をするのか?このような暖かな言葉を話すことが出来る人間が、彼女を裏切るような真似をするというのか。

「たった一年間だ。一年間と言う僅かな時間で私と言う人間、全てが分かると思ったのか?だとすれば愚かだな、ジャンヌ・アステル!!」

そう言って、エファンは銃をジャンヌに向け始めた。そして、引き金は躊躇いもなく引かれる。

 

パァンッ

 

無慈悲な銃声はジャンヌに迫る。それは、紛れもなく彼女との決別を意味していた。信じていた人間を、こうも簡単に裏切る事が出来るのか。先日まで暖かな言葉で彼女を癒していた人間は、どうして躊躇いもなく引き金を引く事が出来るというのか。

 ショックを受けるジャンヌに、銃弾が迫る。それを見たアレンは、彼女を抱き締め、ぐいと引き寄せた。これにより、銃弾は回避される。

「油断はしない事だな。」

と、エファンは再び銃の引き金に指を持って行き、今度はアレンの眉間を狙い始めた。このままでは撃たれるだけ。そう思ったアレンは、すぐに行動を開始する。

ジャンヌと手を繋ぎ、奥へ逃げ出そうとした。だがエファンの所持している銃はそれを逃がさない。エファンはニヤリと笑った後、躊躇うことなく、彼に発砲した。

「うああっ!」

「アレン!?」

アレンはジャンヌと手を繋いでいた左腕を狙われた。直撃ではなかったものの、激痛が彼を襲う。肘関節から上部分が出血をしており、血が滴っている。

「ぅ……あ……グッ……」

彼は流血部位を押さえている。しかし痛みは治まらない。その間にも、エファンが近付いてくる。

「さて……御託もそろそろ良いだろう。お前達には死んでもらう。まずはお前からだ。アレン・レインド。」

今度こそ、狙いを外さんと、エファンが再び銃を構え、アレンに迫る。

 

ジャキンッ

 

その時。ジャンヌがエファンに向けて銃を構えた。だがその手は、明らかに震えている。

「それ以上近付くというのならば、貴方を撃ちます……!」

「ほぅ。アステル家の令嬢が言うとは思えない、物騒な台詞だな。」

「貴方は私達を殺そうとしています。私達はそれから身を守る為に……。」

とは言うが、彼女には迷いがあった。エファンに向ける銃口も、明らかに狙いが定まっていない。

「銃身が震えているという事は紛れもない、躊躇いがあるという事。やはりお前は人間だよ。私が掛けた言葉がお前の頭の中で響いていて、それが銃身を震わせている。だからその銃の構え方には紛れもない戸惑いが見られる。そんな、所か。」

まるで彼女の行動を見抜いているかのような発言をするエファン。彼女の表情は、より一層険しくなっていく。

「人と言う存在は愛らしい。しかし、醜い。この矛盾は、どのように説明されるべきなのだろうな?なあ、ジャンヌ・アステル。」

彼女の心境を煽り続けるエファン。明らかに、躊躇がない。そして、堂々と振舞っている。

「貴方は……!」

 

パァンッ

 

と言った、彼女の構えた銃からは、弾が放たれる。かつての側近である、エファン・ドゥーリアに対して――

「ン……少し痛みが、あるか。」

銃弾はエファンの腹部に当たった。しかし、何故だろうか。血が出ていない。男は全く苦しむ表情を見せないのだ。

「あ……エファン……だ、大丈夫ですか……?」

やはりジャンヌの中には迷いがあった。男を心配した事が何よりの証だ。自らの手で引いた引き金ではあったが、撃ってはいけない人を傷付けた罪悪感に、彼女は支配されていたのだ。

 だがそれに対するエファンの言葉は、彼女の心境とは真逆と呼べるものだったのである。

「フン、所詮躊躇いのある銃弾で私は殺せんと言う事だな!ジャンヌ・アステル!」

彼女に撃たれても然程ダメージを受けているように見えないエファンだが、その直後に奇妙な笑みを浮かべ、ジャンヌに向けて銃身を向けた――

 

パァンッ

 

「うあああっ!」

あろう事か、エファンは彼女を狙う振りをして、アレンを狙ったのだ。突然の行動に、動きが読めなかったアレンは油断をしていた。

凶弾はアレンの右大腿部に当たった。血が、スーツから滲み出てきている。それに伴い、激痛がアレンを襲う。

「お前も標的なのだよ、アレン・レインド。それを忘れるな。」

と、言いながら接近するエファン。男の行動に、躊躇いはない。激痛の為に身動きが取れないアレンは、出血部位を抑えている。呼吸が激しさを増し、その脈拍も上昇しているのを彼は感じ取っている。

「う……くぅ……こんなところで……こんなところでぇぇ!!!」

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

アレンの身体が輝き始めた。生命の危機を感じたアレンは、碧色の光、〝イズゥムルート〟を放ったのだ。この光を浴びた人間は戦意を失う。それは、ジャンヌにも言える事だ。アドバンスドタイプと呼ばれる人間である彼等が発する事が出来るこの現象。その原理は解明されていないが、今までの危機的状況はこれにより、脱することは出来た。

「イズゥムルート。生命の危機に反応する生存本能の光。それを浴びた人間は戦意を喪失し、自らを守る事が出来るとされる光だな。」

エファンは、この光を浴びた。だが何故だ。何故、全く動じる様子なく、立っていられるのか。

「な……どうして、平気なんだ……?」

苦しむ表情を浮かべながらも、アレンは疑問を抱く。エファン・ドゥーリアは一体何者なのか。何故、イズゥムルートの光を浴びて、平気でいられるのか。

 そして、そもそもエファンが何故“イズゥムルート”の事を知っているのか。

「お前の疑問もごもっともだよ、アレン・レインド。何故、生存本能の光、イズゥムルートが私に効かないか疑問に思っている事だろう?」

その間にも、二人は海を隔てている柵にもたれ、エファンを睨むように見ている。

「それは、非常にシンプルな答えだよ。私はお前達と同じ力を持つ存在だからな!!!」

「!?」

二人は驚愕するしかなかった。目の前に居る男、エファン・ドゥーリアが自分達と同じ力……つまりアドバンスドタイプの力を秘めている事を。

 だが、今まで彼等はそれを感じなかった。もしエファンが力を持つ存在ならば、その存在を把握出来た筈。何故、彼等はそれに気付かなかったというのか。

「エファンが、アドバンスドタイプ……そのような感覚は、感じた事がありませんでした……信じられません、貴方が私達と同じ人間だったなんて……」

今まで男はその正体を隠していたというのか。そして、その本性すら、隠していたというのか。

 力を持つ存在は、互いに引き寄せられる事はある。それはレイが力を持つ存在に覚醒していった時に、力を持つ人間達と出会った時と同様の、感覚だ。それらは偶然ではあるが、同類を引き寄せる、“何か”があるのかも知れない。

 そしてエファンはアドバンスドタイプ。その驚愕の事実は彼等を、更に動揺させることになる。

「……貴方の目的は何なのですか?貴方はアドバンスドタイプだとして、何を感じているのですか。どうして、このような事をするのですか……?」

裏切られたショックは大きい。ジャンヌは声を震わせている。だが、自身の側近であった男が同類となれば、疑問を抱くのは当然だ。警戒をしつつも、男に疑問を聞くジャンヌ。

「せめてもの情けと言うべきか。語ってやろう。私の目的は、力を有する者の抹殺だ。」

「力を有する者の、抹殺……?」

力を有する者という、その具体的な定義等は不明である。今までも、力を持つ存在は居た。シンギュラルタイプ、強化モデル、そして、アドバンスドタイプ。いずれもが戦闘において強力な力を宿している者達ばかり。その天才的とも言える空間認識能力は常人、オールドタイプを凌駕している。もし、エファンの言う力を有する者がこれらに該当するのならば、当然ながらアレンとジャンヌも彼にとっても抹殺の対象となる。

「力を持つ存在、アドバンスドタイプやシンギュラルタイプ。それらは私にとって、消えなければならん存在。力を有する者は私一人で良い!私以外の力の持つ存在は、全て死すべきなのだ!」

エファンの目的。それは、力を持つ存在の抹殺。何故、これ程にそれを思うのか。理解が出来ないアレンとジャンヌは、ただ、困惑するばかり。

 一方のアレンは怪我をしている。傷口から流れる血が、船の床にまで流れ出てきた。

「何の……目的があって……うぅ!」

喋ろうとしても、喋るたびに傷口が痛む。悔しくても、何も出来ない。

「この世には、私一人だけ力のある存在がいれば良い。それだけだ。何故お前達が今回狙われたか、これで理解した筈だ。」

詳細を語らないエファン。何をもって力を持つ存在を狙うのか。それが、理解出来ない。

「私達が力を持つ存在だから殺すのですか。」

「そうだ。それが、私の目的。邪魔者は消す。それだけだ。お前の母親も邪魔者の一人だったよ。ジャンヌ・アステル。」

「え……!?」

母、ターナの話がここで出てきた。それはどう言う事なのか。嫌な予感が、彼女に過る。

「どう言う、事ですか……?」

「シンプルな答えを言おう。女優、ターナ・アステルの死。それは一体何が原因で起きたのか。」

エファンの口から語られる、真相。愛していた母の突然死とエファンが、どのように関係していたというのか。

「ジンク・アステルとの距離に悩んでいたターナ・アステルは私と密会し、私は彼女から話を聞いた。そして、私は彼女の心を埋める役割を果たしてきた。それから次第にターナ・アステルは私に心を開いていった。」

明らかになる真実。エファンは銃を向けながら、少しずつ二人に近付いてくる。

「人間関係とは単純であり、複雑なものだ。だが人間同士のラポールの形成が充分に行われれば、人は安心していく。そして一人の人間が言い出した提案にも疑う事なく、間違いないとさえ錯覚に陥る。ある意味、洗脳と呼ばれる手段はこのようにして用いられるのだろうな。」

何を言っているのか。男が語る言葉は、いずれもが冷徹だ。

「ラポールの形成とは、例えば進み過ぎた人間関係である夫婦関係において、不倫をする事等にも利用されるのだろうな。人間関係が進み過ぎれば、それは慢性的になる。所謂“マンネリ”というやつだ。」

「まさか、貴方は……」

この時、男の言葉の真意を理解したジャンヌ。それは、アレンも同様だった。

「飢えた愛情を満たすには、違う人間が必要となる。そして、私という存在に安心しきっていたターナ・アステルは私と密会するのに何の躊躇も、疑いもなかったという訳だ。後は、毒を盛るなりすれば計画は完了する。証拠も残らぬ。完璧な行為。信頼している人間を疑う人間は、そうそういない。計画的殺人行為の基本だな。」

ターナ・アステルはやはり殺されていた。しかも、その犯人は、あろう事か一番信用していた筈の、エファン・ドゥーリアなのである。

「どうして……こんな、こんな事を……!」

真実を知り、苦悩するジャンヌ。次々と押し寄せる、現実は、一度は立ち直った彼女の心を、再びへし折っていく。

自らが主催したパーティでは大勢の死人を出し、その上で浴びせられた誹謗中傷。それでも、アレンが彼女を支えた。だが母親は殺害されており、その犯人は信頼する者による反抗。この現実はジャンヌを傷つけ、困惑させる。

「ジャンヌ、しっかりしろ!」

青ざめていく、ジャンヌの顔。アレンは守ってやりたいと思うのだが、怪我が彼の行動を阻害する。

「お前の母、ターナ・アステルも不幸だったな。アドバンスドタイプでなければ私に殺される事はなかっただろうに。そして、その遺伝子を受け継ぐジャンヌ・アステル。そしてアレン・レインド。お前達も、標的である事を忘れるなよ……!」

そう言いながら、エファンは銃を二人に向ける。男は彼等を殺す為に、動いているのだ。

「っ!」

その時だ。困惑状態のジャンヌではあったが、撃たれるという危機を察知し、彼女はアレンの手を掴んで走った。辛うじて走る力を持っていたアレンは彼女に誘導されていた。

 銃声が響く。だが、弾は当たらない。回避に成功した為である。

 

 

二人は先程の場所から離れ、木箱が積まれている場所へ身を潜める。だが、その間もアレンの右大腿部からの出血は止まらない。

「はぁ……はぁ……グッ……うう……ジャンヌ……ありがとう……」

「アレン、大丈夫ですか……?」

「なんとか……ね。ジャンヌも、大丈夫か……?」

アレンは肉体的に、ジャンヌは精神的なダメージを負っている。互いに傷ついた状態で、迫るエファンに警戒をしている。

「ええ……」

身体は動く。しかし、心が追い付いていない。死にたくないという本能が、そうさせるのだろうか。

「ここなら奴は来ない筈……ぐぅ……」

怪我をしているアレンは、喋る事だけでも大変な状況であった。血液は今でも流れており、その痛みを少しでも抑える為に、必死に右手で押さえつける。

「アレン……!」

 

ビリッ

 

すると、ジャンヌは自らのドレスを破り、船内で左肩に応急処置をしたように、アレンの傷口に対して包帯のように止血をした。

 その素材は、当然ながら止血に向いているとは言い難い。だが今は彼の出血を止めなければならないと考え、懸命に行動に移る。ただでさえ見えていた脚線美は、更にその丈を短くし、彼女の美脚を映し出す。だが、今はそれに見惚れている状況ではない。

その際、ジャンヌは言葉を発した。

「……何故、エファンは力のある者を抹殺しようとするのでしょうか。」

虚ろな表情で語るジャンヌ。アレンは、その行為に感謝しつつ、言った。

「分からない……とにかく、今は助けを呼ぶしかない……彼は躊躇なく俺達を殺す気だ。だったら、戦うしかない……!」

やがて応急処置を終えるジャンヌ。だが、彼女の顔は相変わらず暗い。

「エファンと、戦うのですか……?」

エファン・ドゥーリアの突然の裏切り。しかし、それを簡単に割り切れる程彼女も安定している訳ではない。

 アステル家に仕えていた側近の筈だった男が、敵となり、自らを殺そうとしている。そこに、躊躇いもない。そして、彼女もエファンに銃を撃った。その行為は、いくら正当防衛とはいえ、彼女は罪悪感を覚えていたのである。

「あの男は、君のお母さんを殺したんだぞ……。いくら側近だったとはいえ、それを躊躇いもなく出来る人間を許しておけるのか……?その上俺達だって、あいつに殺されるかも知れない……!ぐぅぅ……!」

傷口を塞ぎながら、アレンは言う。苦渋の表情を浮かべるアレンの呼吸は、一層激しくなっていく。

「私は、どうすれば良いのでしょうか……」

躊躇うジャンヌ。アレンの言葉と、エファンの事が同時に思い出される。

 

――死んだ君を本当に心から悲しむ事が出来るのは、君のお父さんと俺だけなんだぞ――

 

――――――人は、辛い過去を乗り越えて成長し、より強くなっていくものです―――――

 

優しいアレンと、優しかったエファン。ジャンヌを支えてきた筈の人間達。だが、裏切られた。エファンに至っては、母親を殺した。その悲しさだけが、今の彼女を包む。

「はぁ……はぁ……今は、生き延びる事を考えるんだ……」

「生き延びる……?シュネルギアも来るのか分からない状況です……エファンにそれらを、委ねてしまっていたから……」

彼女はエファンを信じ切ってしまっていた。非常時は彼にシュネルギアの要請を依頼していた為である。今、シュネルギアを呼び出しても、彼等がそれまでに生き延びることが出来るかは分からない。

 絶望的な状況で、彼等はエファンから逃げるしか出来ない。木箱の影に隠れ、痛みに耐えるアレンと、ショックを隠し切れないジャンヌ。

「だからって、諦めたら終わりだろう……ぐぁっ……!」

血は、滲み出ている。激痛に悶えつつ、アレンは辛うじて、立ち上がろうとしている。

「あ……アレン……」

その時。ジャンヌは空を見ていた。何故、このタイミングで空を見ているのだろうか。ジャンヌの表情は更に恐怖に満ちている。

 何事かと思い、アレンは共に空を見上げた――

 

ビゴォン

 

モノアイの駆動音が響いた。彼等の前には、MSが居たのだ。それも、今までに見た事のない機体である。

 その体躯は明らかに大型だ。従来のMSのサイズが18メートル程度とすれば、その機体はゆうに10メートルは上回っている。一回りは大型の、その機体は彼等を見下すように、存在していたのである。

 右手部マニピュレーターには大型のビームライフルを構えている。両肩部には二門のキャノン砲。バックパックには多数存在している、バーニア。これにより、その機体は空中を浮かぶことが出来ていた。

「そんな……MSなんて……」

この状況でMSまでもが出現するなど、予想出来る筈がない。片や、怪我をしているアレン。もう片や、精神的に傷ついているジャンヌ。逃げようにも、逃げられる筈がない。

 

ダダダダダダダダダダ

 

その機体は、頭部機関砲を放った。彼等の身を隠していた木箱はこの砲撃を受け、破壊される。更に悪い事に、積み上げていた木箱がジャンヌの頭の上に落ちてこようとしていた。

「ジャンヌッ!!」

怪我をしているアレンだが、彼女を助ける為に動く。まず、ジャンヌを突き飛ばし、彼も全力で走る。この一瞬では、痛みを感じなかった。痛みに構っている場合ではない。とにかく、走らなければ木箱の下敷きになり、死ぬ。それは避けなければならないと、本能的に感じていたのだ。

やがて木箱が大きく音を立て、崩れた。間一髪、二人は助かったのだ。だがアレンは無理をして駆け抜けた為、右大腿部の痛みが思い出されたかのように疼いた。

「グ……あああああ!!」

悶えるアレン。側に居たジャンヌは、心配する様子を見せた。

 だが、彼等には束の間の安らぎすら与えられない。何故ならば、そこへエファン・ドゥーリアが銃を構えて迫って来たからだ。

「MSと人間が同時に迫って来る絶望感はお楽しみ頂けたかな?二人共。まるで、ホラーアトラクションに乗っているような気分だろう。」

エファンの背後には、先程頭部機関砲を放った大型MSの姿があった。いずれもがアレン達を殺そうとしている者達であり、状況から見て、互いに協力し合っている者同士であることが分かる。

「エファン……その機体は一体何ですか。貴方とどのような関係があるのですか……。」

恐怖に満ちた表情を浮かべつつも、ジャンヌはアレンの前に移動した。目の前には銃を構える男と、その背後にいるMSという絶望的な状況であり、尚且つ心が壊されている状況であっても、彼女は聞いた。その行為そのものに、勇気が必要であったのだが。

「アーヴァイン。それがこの機体の名だよ。こいつは、私の意のままに動く。私が望みさえすれば、ビームライフルでこの船を破壊する事さえ出来る。」

(意のままに動く……?パイロットが、居るんじゃないのか……?)

痛みに悶える、アレンが思った。

MSを操るには、コクピットにパイロットが操縦しなければならない。それが本来、当たり前の考えである。そこから操縦をし、機体を操る。それがMSだ。

「そう、パイロットが搭乗してMSを操る。それが、本来、当たり前の事だ。お前の疑問もごもっともだ。」

「心を読んだのか……!?」

それはエファン・ドゥーリアが見せた芸当だった。この男は、アレンの思考を読んだのだ。何故この男は心を読めるのかは不明だ。第六感と呼ばれる力でも宿っているのだろうか。それは、不明である。

「だがその、意思さえあればこのような芸当も可能となる。」

エファンがそう言った直後だった。

 

ウィィィィ

 

彼が“アーヴァイン”と呼ぶ機体の、コックピットのハッチが開かれた。そこには、人の姿が無かったのである。

 驚愕する彼等。無人のMSが、機体を動かしている等有り得る筈がない。何のトリックだというのか。彼等は、目の前の現実さえ偽りなのではないかと、錯覚し始めようとしていた。

「嘘だ……無人のMSが動いているなんて、有り得る筈がない!」

「こんなものは……見た事がありませんわ……」

無人のMSが動いている。それを、エファンは自らの意思で、動かしているのだという。この男は、一体何者なのか。最早、人間の域を超えているとしか、言い様がない。

「人の脳波や、意思の力は従来より研究をされてきている。その発展型が、脳波コントロールでMSを操るという事に繋がるのだ。サイコミュ兵器が機体内で、パイロットが脳波コントロールで操るように、私は機体と距離が離れていても意のままに機体を操れる。そう、ラジオコントロールのようにな。」

と、言った直後にアーヴァインのコクピットハッチが閉じられる。人が操らないその質量を、男は自らの意思のみで操っているのだ。

 それはアドバンスドタイプであるが故に行えるのかは、不明である。ジャンヌの側近を勤めていた男がその本性を剥き出しにし、彼等に恐怖を与えているのだ。

「では、国連の水上艦を沈めたのは……」

「そう、アーヴァインだよ。」

国連軍が非常時なのにセントマリア号内に入って来なかった理由。それは、エファンが操るアーヴァインが戦艦を撃墜した為である。

 それは、パーティ会場が停電になる頃。その時には既に国連の水上艦はアーヴァインによって沈められていた。パイロットがいない状況で、たった一機の大型MSに、成す術もなく沈められたのである。

 アーヴァイン。型式番号EMX-01X。開発経緯が謎に包まれているMSであり、どこで制作された機体なのかも一切不明だ。ただ一つ言えるのは、このMSはパイロットが居なくとも、脳波コントロールで機体を操ることが出来るという事であった。

「そして、お前達を瞬殺するのは、容易い。アーヴァインを使えば殺せる。しかしそれはせんよ。」

 

パァンッ

 

「あああああっ!」

アレンの声が響く。同時に、左肩から血が溢れ出る。船内で暗殺者に撃たれた部分を、銃弾によって更に抉られたのだ。

「アレン!」

叫ぶジャンヌ。彼の元に駆け寄り、寄り添う。そして――

「エファン……お願いです……もう、やめて下さい……」

絶望の状況で、ジャンヌの心は完全に折れてしまった。最早、命乞いしか出来ない状況。エファン・ドゥーリアというアドバンスドタイプの男と、脳波で操るアーヴァイン。これらが同時に迫っている状況では、最早、何も出来ないのだ。

「私が獲物を前にしたとして、片方が肉体的に弱っている。そして、もう片方は、肉体は丈夫だが精神が弱っている。どちらを狙うかは明確だ。肉体的に弱っている存在はより殺し易い。私にとっての優先順位は、アレン・レインドだよ。」

懇願するジャンヌの言葉も届かない。エファンは再び銃を構え、迫る。

「私が、盾になります……!」

決死の行動だった。ジャンヌはその身を差し出し、アレンを守ろうとしたのだ。怪我をしているアレンの前に立ち、立ち塞がる。

「ほぅ、心の衰弱したお前が立つか。母親を殺され、ゲストには誹謗中傷を浴びせられ、私にも裏切られたお前がな。」

「撃つのなら、私を撃ちなさい……!アレンは協力者です……何の罪もありません……!」

彼女は勇気を出し、その力を振り絞る。目の前に怪我をしている人間を、守らんとせんと、動く。

「人が人を守る行為は美しい。不純な動機などなく、純粋な想いがお前からは伝わるよ。だがお前の心境は衰弱している。それは、“人”であるが故に。」

「私は所詮、呪われた一族の娘。もし貴方がそうした事情もあって私を恨むのならば、私を撃ちなさい……!」

エファンの目的が不明である以上、彼女の発言は、憶測でしかない。彼が何の為に力を持つ人間の抹殺を狙うのかは、これだけでは分からないのだ。

「自らを卑下するか。それは自らを正当化し、割り切った上でその発言をするのだろうな。ジャンヌ・アステル。」

エファンは静かな笑みを浮かべた。その上で、銃口をジャンヌに向け、近づいてくる。

 やがて距離が迫ってきた。もう、彼女は逃げられない。引き金を引けば、彼女は確実に殺されてしまう。

「その、心は既に崩壊していて、それでも尚、アレン・レインドの前に立ち塞がるか。健気だな。」

ジャンヌは、その場を譲らない。アレンを守る、ただ、その為に立ち止まっている。

「だが、アドバンスドタイプは自己再生能力に優れる存在。再生が追い付き、動けるようになる前に、その動きを奪う!!」

 

パァンッ

 

再び鳴り響く銃声。エファンはジャンヌを狙う振りをして、アレンを狙った。彼の右大腿部は再び銃弾で抉られている。

「うああああああああっ!!!」

激痛がアレンを襲う。出血が止まらない。身動きを取れなくなった彼は、喋る事すら、ままならない程にダメージを負った。

「なんて……事を……」

アレンの悲痛な叫びはジャンヌの心を更に追い遣る。もう、立っても居られない。

 助けも来ない状況で、裏切った男が彼等を追い詰める。男はMSを脳波で操るという行動をしている。そのような相手から逃げようなど、出来る筈もない。

 ジャンヌは死を覚悟した。エファンの目的が彼等ならば、もう、打つ手はない。いっそ、男に殺される方が良いのかと、ジャンヌは諦めた表情を浮かべた。

「全てを放棄したか。もう、どうでも良くなったのだな。ジャンヌ・アステル……」

この状況から助かる手段があるのならば、助かりたいと思うのが人の本能だろう。しかし男は彼等を殺そうとする。アレンは身動きが取れず、彼女自身も何も出来ない。もう、どうにもならない。チェスで言う、チェックメイトという場面だろうか。

 万が一、誰かが助けに来ることがあれば、チャンスはあるかも知れない。しかしその助け船の依頼を、裏切った男に依頼した。それが、そもそもの誤りだったのだ。

 死を恐れるのは人間であれば当然だ。特に、相手が殺そうとする状況であれば、尚の事。生きたい、生き延びたい。その想いは、紛れもない。

だが、どうやって生き延びる?迫る男を前に、どうやって生き延びれる?イズゥムルートの光を放った所で、男には通用しない。最早、諦めるしか、ないのだ――

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

その時。ビーム粒子がアーヴァインの方に向けられた。だが堅牢なその装甲はビームによる砲撃を、物ともしない。その光は、夜空である状況ではより、輝く。その飛翔体は五つ、全てがアーヴァインに向けられている。

 アーヴァインはモノアイを動かし、その方を見た。そこにいたのは、飛翔するMSが、5機。いずれも、見覚えのある機体ばかりである。

「ドラグネス……?」

ジャンヌはそれらを見て、機体を判別した。アステル家のMSである、ドラグネスアサルトがこの場に出現したのである。いずれもがビームアサルトライフルを構え、アーヴァインを狙う。

 だが、何故ここにドラグネスが居るのだろうか。裏切りのエファンに委ねていたが為に、シュネルギアがこの場に来るとは思えない。

「動くな、貴様!!」

更に、その場にアステル家の兵士が六人、エファンを包囲した。一体、何が起きているというのか。何故、兵士達がこの場にいて、エファンを突如包囲したというのだろうか。

 気が動転しているジャンヌだが、そこへ別の兵士が駆け付けた。

「ご無事ですか、ジャンヌ様!」

「え……ええ……」

「アレン様も、酷い怪我だ……早く、こちらへ!応急処置を!」

更に、三人の兵士が彼等を救助する為に出現した。絶望的な状況から一転、突如アステル家の人間達が、彼等を助けるという状況に変わったのだ。

 

 エファンから隠れた場所で、兵士は応急処置を行っている。包帯を右大腿部に巻き、その他、撃たれた部分を処置する兵士。血が滲むが、出血はこれにより抑えることが出来た。しかし、彼の怪我は酷いまま。

 ジャンヌは彼等に状況を聞いた。何故、この場に兵士達がいるのか……等。

「ジンク様が、判断されました。」

「お父様が……?」

「シュネルギアはジンク様が指揮をされています。もう、すぐ側まで来られております。」

エファンに委ねていた筈のシュネルギア。だが彼は裏切った。助けも来るとは思えない、絶望的な状況は今、回避された。

 ジンク・アステルは娘を想うがあまり、独断でシュネルギアを発進させていたのだ。パーティ会場が凄惨な現場になる事を予見した彼は、愛娘であるジャンヌを守る為に動いていた。

 その事情を知った彼女は、父親に深く感謝をしていた。そして、僅かでも笑顔を浮かべていたのである。

「シュネルギアへ行きましょう。今はここから脱出するのが優先です。」

「ええ……ですが、ゲストは……?」

「中にいる暗殺者は他の兵士が交戦しています。貴方方は、急いでシュネルギアへ。」

歩けないアレンは兵士の肩を持ち、移動している。歩けるジャンヌは兵士に誘導され、まずは救命ボートへ向かっていた。

 

 

「貴様、まさか裏切り者だとはな!」

一方、エファンを囲むアステル家の兵士達。皆がエファンに対して銃を構えている。ジャンヌが襲われている状況を見ていた彼等は、エファンの行動に対して怒りを感じている様子だった。

「ほぅ、一転攻勢というやつか。その上でMSまで来るとは。この状況を打開するには、MSの相手を優先した方が良いかも知れないな。」

「こいつ、何を言っている……?」

一人の兵士が呟いた時だった――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

心臓の鼓動音が聞こえた。それと同時に、エファンの身体が碧色に輝きだしたのである。この男も、今イズゥムルートの光を放ったのだ。

 生存本能の光と男が言っていた光。それを浴びた人間の戦意は喪失される。兵士達は皆が頭を抱え、その動きを止めた。

 エファンが放つ光は、アレン達と決定的な違いがあった。生存本能の光、イズゥムルートは、光を発した時、身体が大きく倦怠感を抱く。だがエファンはそれを、一切感じないのだ。何故彼のみその力を持っているのかは、一切が謎に包まれている。

「脳波だけで多数相手は限界があるか。なら、直接乗り込んで相手をするまでか。」

そう、エファンが言った後、アーヴァインのマニピュレーターが平手を作った。そのまま、エファンは乗り込み、やがてそのまま自身をコクピットに誘う。この操作も、全て脳波コントロールで行なっているのだ。

 

ビゴォン

 

再び、モノアイの駆動音が響く。エファンは操縦桿を握り、不敵な笑みを浮かべ、言った。

「アーヴァインが並のMSと違う事を見せてやろう。お前達の殲滅も容易いのだからな。」

脳波で操っていたMS、アーヴァインが動く。重厚な関節音が鳴り、バーニアの出力を上げてセントマリア号から、離れて行く。

 

 

アレン達は救命ボードの中にいた。操縦をしているのはアステル兵だ。撃たれた個所から血が滲み出るアレン。その痛々しい姿を見て、気が気でない、ジャンヌ。しかし今この状況から目を背けるわけにはいかないと分かっているジャンヌはアレンに対して必死に気遣った。

「アレン……」

エファンが放った銃弾を受け、意識が失われ始めているアレン。彼は、辛うじてジャンヌと会話をする事が出来ている。彼の呼吸は荒い。ズキズキと痛む怪我が、彼を苦しめて行く。

「ごめ……ん……迷惑を……かけ……て……」

「いえ……私が……私が悪いのです……」

自分がエファンを信用しなければ、このような惨劇を招く事は無かったと、彼女は自責の念に駆られている。

「そんな訳……ない……ジャンヌは何も……悪く……無い……。だから……安心……して……グ……ぅ……」

声が、痛々しい。悲痛な声が響く。

「早く、貴方を手当てしなければなりません……シュネルギアに着けば、医療機器が揃っています……」

シュネルギアに着く。それまでは、アレンに生きていて欲しいと切に願うジャンヌ。彼は痛みに耐えつつも、彼女と会話をしている。

「大丈夫だ……奴が、言ってた……アドバンスドタイプは……自己再生能力に優れてるって……」

エファンが語った情報の一つに、それがある。自己再生能力に優れているとは、どういうことなのだろうか。怪我の再生が早いという事なのか。それは、一体何故に?

「彼は、私達の知らない情報を知っているのかも知れません……」

「アドバンスドタイプについての……か?」

「ええ……」

アドバンスドタイプの情報は、彼等のような、当事者にとっても欲しい情報だ。しかしそれは叶いそうにない。何故ならば、エファンは二人を抹殺対象にしている為である。その男から情報を聞き出すなど、不可能と言っても過言ではない。

 結局エファンは何が目的だったのか。アステル家を裏切り、その上で同類である筈のアレンとジャンヌを殺そうとする、妙な男。

 そのように考えられるのも、彼等が助かったからなのだ。先程のような極限状態では、それらを考える余裕など、ない。

「あれは……?」

ボートの上で、二人は一つの明かりを見た。それは徐々にシュネルギアに接近している。

 やがてそれからは禍々しい光が放たれる。ビーム粒子による砲撃。それは、シュネルギア周辺を飛翔するドラグネスアサルトに対して行われていたのだ。

「エファンの機体か……?」

先の一撃により、二機のドラグネスアサルトが撃墜された。迎え撃つドラグネスだが、まるで攻撃が通じていない。その体躯とは裏腹、機動性が違い過ぎるのだ。

 そして、アレンはこれらを見て危機感を抱いた。間違いなく、危険である……と。

「ジャンヌ……シュネルギアにはティフォンはある筈だよな……?」

傷つきながらも、アレンは彼女に聞いた。

「まさか、アレン……?」

ジャンヌは、嫌な予感を察した。今の状態で、アレンが起こそうとする行動。それが如何に危険であるのか……

「貴方は戦える身ではない筈です!安静にして下さい!死んでしまいます!」

止めるジャンヌ。だが、アレンは止まらない。しなければならないと、考えていたからだ。“エファン・ドゥーリアを止める”という事を。

「奴を放置なんて……出来るか……!」

 




第三十五話、投了。
ジャンヌの側近だった男、エファンの正体が明かされた回。
そして、その圧倒的な力。彼等と同じ人種であると語るこの男の秘密とはといった話。
エファンの駆るMS、アーヴァインは脳波コントロールに寄る遠隔操作が可能なのですがこれってサイコガンダムとかキュベレイでもでもあったんですよね……


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第三十六話 血戦の果てに

裏切り者、エファンとの戦いの果てに。


 

「アレン止めて下さい!その身体で戦うなんて、無茶ですわ!!」

シュネルギアに着いた彼等。その瞬間に、アレンは行動を開始していた。右足の荷重時の疼痛に耐えながら、彼はティフォンガンダムの方向へ歩く。それに搭乗し、戦う為に。

「ドラグネスがやられているのを見た……!奴を、止めないと……!」

「何を言うのですか!その身体で出撃したら、貴方が……」

アレンを引き留めるジャンヌ。だが、迫るエファンを止めなければならないと、彼は懸命に動く。怪我をし、血が滲みながらも、アレンは戦う決意をする。

 敵は裏切り者のエファン・ドゥーリア。躊躇いもなく彼等に銃口を向けた男。その男は、今度はシュネルギアに向けて牙を向けている。誰かが戦わなければ、皆が倒されてしまう。それだけは、避けなければならないのだ。

「ジャンヌは……お父さんと合流して……俺が、行くから……」

よろよろと、懸命に下肢を動かすアレン。重い足取りで、ガンダムの方へ歩く。

 そして、彼はエレベーターに乗り、ティフォンのコクピットに搭乗した。

「グ……ううう……」

傷が痛む。左肩部、右大腿部から血が滲む。だが、彼は戦う。激痛に耐えながら、アレンは操縦桿を握った。呼吸を早め、その視界が遮られようとも、エファンを止めなければならないという意思が、今の彼を動かすのだ。

 

キシィン

 

ティフォンの緑色のカメラアイが輝き、バーニアの出力を上げ、ハッチから出撃した。健常時では痛みを感じない、出撃した際の衝撃も、怪我をしている状態では大きく響く。視界が狭くなっていく中で、アレンは戦場に身を置くのだ。

 

 

 アーヴァインはドラグネスと交戦している。その体躯は外見以上の動きを見せる。ドラグネスのビームアサルトライフルは全く当たらない。それどころか、アーヴァインはその、左手部のマニピュレーターを駆使してドラグネスの頭部を鷲掴みし、そこからビームキャノンを放つ。カメラが破壊され、視界を奪われたそれはビームライフルを連射するが、それは自棄になった砲撃にしか、見えないのだ。

 そして、次の攻撃を、立て続けに行う、アーヴァイン。側腰部に搭載されている、大型のビームサーベルラックを展開し、巨大なビーム刃が展開される。それは、躊躇いもなくドラグネスのコクピットを貫くのだった。

 エファンがドラグネスを破壊した時、レーダーに映る機影が一つ。アレンの駆る、ティフォンガンダムが迫っていた。

「ほぅ、わざわざ私の前に現れるとは愚者だな。弱々しい感覚が伝わるぞ、アレン・レインド!」

「エファン・ドゥーリア……!」

ティフォンとアーヴァインの体格差は10メートル程度違う。人間で例えるならば、小柄なボクサーと大柄なプロレスラーか、それ以上の体格差だ。

「そんなボロボロの身体でわざわざ出撃か。わざわざ死に、来たようなものではないか。大人しく艦内にいれば、ジャンヌ・アステルと共に私の手で、死ねたものを。」

「俺は許さない……!多くの人を殺し、ジャンヌのお母さんを殺した……貴方を……いや、お前をっ!」

痛みに耐えながらも、彼は言葉を発する。それを見て、エファンは見下すように言った。

「お前には関係ないだろう?それは、私に対してジャンヌ・アステルが言うべき台詞だ。」

挑発するエファン。

 

カシュンッ

 

ティフォンは先制攻撃を仕掛ける。肩部をパージし、有線を展開。そこから、拡散ビーム砲を放つ。広域のビーム兵器は敵を攻撃するのに有効と思われた――

 

バイイイイイン

 

ビーム砲撃に対し、アーヴァインは左腕を差し出した。ビームは搔き消され、完全に消滅したのだ。

「ビームが効かない!?そんな、MSにバリアーフィールドが!?」

戦前まで、通常サイズのMSにバリアーフィールドジェネレーターが搭載されていた例はない。今まであった例としては、日本で交戦したダッゲインMk-Ⅱのみ。まさかこのようなMSにバリアーフィールドジェネレーターが搭載されているなど、思いもしなかったのだ。

アーヴァインはビームサーベルを装備し、ティフォンに迫る。巨大なビーム刃は、もしまともに受ければ撃墜は避けられない。ここは、回避運動を図るしかないと考え、ティフォンは一度MAに変形した。

「逃さんよ」

アーヴァインはフロントアーマーを稼働させ、ビーム粒子を蓄積し、ビームキャノンを撃った。まるで、先読みをしていたかのような軌道。怪我をしている中で交戦するアレンにとっては避けるのに、必死だった。

 動きが完全に、読まれている。MA形態でそのビームを受けていては、撃墜されてしまう。アレンに迷いなかった。再びMSに変形し、シールドを構えてこれを防ぐのだ。

「うぅ……グ……」

反動が、ティフォンを襲う。それに伴い、傷口が痛む。振動がスーツからの血液を滲ませ、コクピットは血で染まっていく。

(駄目だ……意識が……集中しないと……)

怪我をしている状態で、意識を保とうとしている。だが、激痛が容赦なくアレンを襲う。撃たれた傷がここまで足を引っ張るとは、思いもしていなかったのだ。

「その間にも、傷は再生しつつあるのだろう。アドバンスドタイプの力を宿す存在。その傷が塞ぎ切る前にお前を殺すまでだがな!」

アーヴァインの、大型ビームライフルがティフォンに向けられる。高出力のそれは、夜空を禍々しい色に彩る。それを、何度も連射するのだ。

 シールドは先程のビームを受け、ダメージを負っている。ならば、避けるしかない。回避運動を図る、ティフォン。反撃を行おうにも、アーヴァインにはビームを弾くバリアーが搭載されている。ビーム兵器は、通用しないのだ。

「MSサイズの……バリアーフィールドならば……ティフォンのビームを使えば狙える筈だ……!」

守る術がないのならば、攻めるしかない。アレンがそう考えた時、ティフォンのバックパックにあるバスターメガキャノン砲を、展開した。そして、ビーム粒子が放たれる。

 この時、エファンは不敵な笑みを浮かべる。そして、左手部を展開したのだ。

 

バイイイイイン

 

またしても、ビームが弾かれた。ビームライフルや、拡散ビーム砲よりも出力の高いそれらでさえ、弾かれるのだ。

目を疑ったアレン。だが、敵は迫ってくる。

「驚いている暇はないぞ!戦場に於いて、油断は死と隣り合わせだ!デウス動乱の英雄がそんな事も分からんとはな!!!」

一瞬の隙を突いたエファンは、アーヴァインの大型ビームサーベルで迫る。激痛の為、判断が遅れたアレンは、これに応戦せざるを得ない。

 だがビームセイバー一本で何が出来る?それを防ぎ切れるとは思えない。ならば、二本で迫るしかない。ティフォンはビームライフルを海中に捨て、それからビームセイバーラックを同時に抜き、そして、ビーム刃を展開した。二本のそれは出力を上げ、アーヴァインと対等に並ぶ。

「時間稼ぎか?自らの身体の再生を待っているつもりなのか?お前の中のディヴァインセルが活性化しているのだろう!だが、そうはさせんよ、アレン・レインド!!」

ディヴァインセル。エファンから放たれた言葉は、何を指すというのか。疑問を抱きつつも、両者は拮抗する。ビーム刃が打ち合い、弾ける。

「お前は……何を知っている……!?アドバンスドタイプの、何を!?」

「死にゆくお前に、それを答える必要があるか!?」

「答えろ……!ぐっ……!」

薄れゆく意識の中で、彼は健闘する。巨大な敵、アーヴァインを相手に、奮戦するのだ。

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

そこへ、一筋のビーム粒子が展開された。そのビームを放った先には、シュネルギアの姿があった。

「シュネルギアか……?」

シュネルギアが援護に入ったのだ。高出力のビームは、アーヴァインを狙う。

 それと同時に、回線が入って来た。それに答える、アレン。

「ご無事ですか。シュネルギアも援護しますわ。」

「無事のようだな、アレン・レインド。」

ジャンヌと、ジンクがそこに居た。親子が揃って、シュネルギアの艦長席に座っている。アーヴァインと交戦している彼のフォローに回る為に、動いたのだ。

「どうにか……うぅ……!」

怪我が痛む。だが、彼は動かなければならない。アーヴァインが迫っている状況で、負ける訳には行かないのだ。

「ビーム砲展開!目標、敵MS!エファン……貴方を討つ事は不本意ではありますが、狙わせて頂きます……!」

実は、彼女はまだ混乱している。だがアレンの行動見て、自身も何かをしなければならないと考えていた。

 セントマリア号内で様々な経験をしたジャンヌ。心を壊されかけても、アレンが支えた。そして、彼の決死の行動を見て来たジャンヌは、動かなければならないと、その気力を振り絞ったのだ。

 やがてシュネルギアからはビーム砲が放たれる。しかし――

 

バイイイイイン

 

戦艦のビーム砲は、MSのものよりも遥かに出力が高い。故に、アーヴァインのサイズのバリアーフィールドであれば、防ぐ事は難しいと、考えられた。だが、その思考が甘かったのだ。

「まさか、シュネルギアのビームが効かないなんて……!」

驚愕するジャンヌ。

 そして、次の瞬間にアーヴァインのバックパックに搭載されている、280ミリの実弾キャノンがシュネルギアに向けられる。巨大な二つの砲門からは、実弾が同時に、放たれた。

 

ドォンッ

 

それらの砲撃は、戦艦にとっては的以外、何者でもない。シュネルギアに直撃した事により、艦内は大きく揺れる事になる。

「エファンめ、本気で我々を抹殺しようと図るか!アステル家への恩を仇で返す男め!!」

愛娘を窮地に追い遣った男という事情は、既にジャンヌから聞いていた。そして、アステル家を裏切ったという事も。

(エファン、貴方のその行為は許されざるものではありません……ならば、私に向けて下さったあの優しさは、何だったのですか……)

ジンクはエファンを憎む。だが、ジャンヌはエファンを憎み切れていない。

 裏切りは人を惑わせる。まだ、自分の中で男を信用しようという甘い考えがあるから、そのような迷いが生じるのだ。今のジャンヌは、躊躇いばかりがある。父、ジンクが指揮をする中、彼女の心境は、複雑だったのである。

「ドラグネス二機撃墜!」

「残り三機!」

「たった一機にここまでやられるとは……!」

ブリッジ内でオペレーター達が焦っている。エファンの駆る、アーヴァインが猛威を振るっているからだ。その中で、アレンの駆るティフォンは戦力の要と言えた。だが、パイロットの身体は大きく傷をついているのだが。

 

 

 対峙するアレンとエファン。敵の方が機体性能、パイロットの能力共に上手だ。ティフォンとアーヴァインの交戦は続くが、ビーム射撃が通用しない相手である以上、隙を見つけて攻撃をするしかない。

(あの左手がフィールドを張っているのなら、それ以外から仕掛けるしかないか……!)

アレンは集中力を発揮させ、アーヴァインに接近する。そして、正面から突撃をする様に見せかけ、一度上空を舞った。

「安直なパターンの攻撃。それでよくデウス動乱を生き延びれたものだな。」

だが、エファンにそれは筒抜けだった。すぐにアーヴァインはティフォンの方向を向き、ビームライフルを放つ。高出力のそれを見て、辛うじて回避を行うが、すぐにアーヴァインは接近してきた。

 すれ違う際にビーム刃で、ティフォンのシールドを裂く。まるで、その方向にディフォンが来るのを先読みしていたかのように。

「読まれている……!?うぅ!」

傷が、疼く。痛みに悶える中で、アレンはエファンの行動を、分析をしているのだ。

「お前の思考は分かる。故に、行動が読める。単純な話だ。それだけだ。」

この、“思考が分かる”という言葉を聞いたアレンは、エファンが行った一つの行為を思い出した。

 それは、彼の思考を飲み取った事。船上でエファンに追い込まれていた時、アレンはエファンに思考を読まれた。これが、戦場では何を示すのかは容易である。

 エファン・ドゥーリアは人の心を読める。つまり、どのように攻撃を仕掛けるのか、どのように逃げるのか、回避を行うのか、守りに入るのか。全てが分かるのである。

 となれば、脅威以外何者でもない。たった一機で勝てるような相手ではない。

(俺の行動の全てが分かるっていうのか……!?)

「そうだ。分かるのだ。“私だから”こそ!」

再びアレンの思考を読み、攻撃を仕掛けるエファン。その攻撃に、躊躇いは、ない。高出力のビームライフルは的確に、ティフォンを狙う。シールドが破壊されている以上、防ぐ方法は限られる。回避するか、同じビーム粒子をぶつけるかだ。

「同じアドバンスドタイプなら、俺にだって出来る筈なのに……!どうして……お前にだけこんな能力が……」

薄れゆく意識の中、傷を負いながら彼は抗う。エファンとアレンは同類ならば、同じ力を持つ筈なのに、何故これ程差があるというのか。

「個別性だよ。常人、オールドタイプが例え同じ人種であったとしても、個々の育った環境、その能力が違えば異なる身体に成長し、思考も変わっていくように、私とお前とでは決定的にそこが違うのだ!!」

個別性。それは個々、別々に存在している概念。それに当て嵌まるものは、ない。科学的に人種や環境等が同じであったとしても、その育った環境や個人の能力は同じとは言えない。それは、アドバンスドタイプと呼ばれる彼等にも成り立つ話である。

「環境の違い……それだけで、思考を読み取る能力が発現するなんて……!」

恐らくエファンにはアレンにはない、“何か”があるのだろう。

「お前には、永遠に理解の出来ない事だ。」

と、言った直後にフロントアーマーを稼働させ、ビームを放つ。回避を行うティフォンだが、それすらも、読んでいるエファンは実弾キャノンで迫る。その、長い砲身でティフォンを追い、実弾が軌道を読み、狙い撃ちを行う。

 辛うじて回避をするアレン。しかし、猛攻は続く。

「せめて、あのバリアーさえどうにか出来れば!」

アーヴァインの最大の脅威が、バリアーフィールドジェネレーターである。恐らく、前腕部に搭載されているそれがビーム兵器を防御するのだとすれば、それさえ破壊すればビーム兵器は通用する。ならば、何らかの手段で攻撃を行わなければならない。

 アレンに迷いは無かった。ビームセイバーを再び展開し、アーヴァインに迫る。バーニアの出力は上がり、接近戦を試みる。

「流石だな、英雄と呼ばれた男。アーヴァインのバリアーフィールドがどこにあるのかを見抜いている。しかしそれ故に行動が読めるのは幸か不幸かだな!」

アレンの思考を読んだエファンは、アーヴァインの前腕部を狙ってくると予想し、迎撃態勢に入る。大型のビームライフルを側腰部にマウントした後、ビームサーベルラックを抜き、対抗しようと、迫る。

「そして、お前が次にそのビーム砲を使って迫るのは予想するのに易いという事だ!!!」

すると、アーヴァインはサーベルラックを180°反転させた。その瞬間、ビーム刃が展開されたそれらを、ティフォンの方に向けて投擲したのである。

 予想外の攻撃だった。急いで回避を行うティフォンだが、間に合わない。それらはティフォンのビーム砲に直撃し、破壊される。これで、ティフォンの武装はビームライフルと、肩の拡散ビーム砲を主軸に戦わなくてはならなくなった。

「ビーム砲のないガンダムは、所詮敵ではない。さて、目標を変更するか。」

と、アーヴァインのモノアイが輝く。その目線の先は、シュネルギアだった。やがて再びビームライフルを構えたアーヴァインは急速に接近し、戦艦に向かう。

 迎撃をするシュネルギア。ミサイルが一斉にアーヴァインに放たれる。無数のミサイルはいくらMSサイズの機動兵器であれ、避けきるのは難しい。と、なればアーヴァインがとる行動は一つ。ビーム砲を一斉に展開し、ミサイルを迎撃する事だ。

 ビームが放たれた。フロントアーマー、ハンドビームキャノン、ビームライフル。あらゆるビーム兵器がミサイルを迎撃する――

 

ガキィン

 

そこへ、ティフォンが接近をした。アーヴァインの後方にしがみつくように迫り、そして、右手部にはビームセイバーを展開していた。

「ほぅ、それを、私が見抜いていないと思っているのならば愚かだな。」

「なっ……!?」

 

ドォンッ

 

あろう事か、キャノン砲の砲身が後方へ向けられたのだ。外見上では前方にしか対応していないように見える実弾キャノンだが、後方にも攻撃が出来たのだ。それを、受けたティフォン。脚部はこの砲撃により、闇夜の海へと崩れ去ったのである。

「うぁぁぁぁっ!!」

この反動で再び出血を起こすアレン。尋常でない痛みが、アレンを襲う。

 苦しい。耐えられない。血が溢れ出る。薄れゆく意識は視界を閉ざしていく。コクピットはアレンの鮮血で滲み溢れている。

 元々が、無茶だったのだ。瀕死の状態でMSに乗り、強敵と交戦すること自体が無謀だったのだ。こちらの動きを完全に読み、その上で躊躇のない攻撃を仕掛けてくるアーヴァインと、そのパイロット、エファン。この強敵に、瀕死のアレンがどのようにすれば勝てるというのだろうか。

「ぁ……うぁぁぁ……」

それに比例するかのように、機体も限界を迎えつつあった。シュネルギアに搭載されているMSはたった一機のMSに殲滅。残す戦力はティフォンと、シュネルギアのみ。そして、シュネルギアも被弾している状況だ。

 すると、アーヴァインはマニピュレーターを駆使し、ティフォンの胴体部を鷲掴みしたのだ。それを、モノアイで怪しく見る、アーヴァイン。

 最早身動きが取れないティフォンは、この攻撃を受けるのも容易かった。薄れる意識下では集中力も持たない。どう、戦えば良いかも分からないのだ。

「ここでビームを放てばお前は天に召される。アドバンスドタイプの真実も知らずに死ぬというのは、悔いしか残らんだろうな。」

最早エファンの言葉も、掠れて聞こえてくる。仮にイズゥムルートの光を放った所で、男には通用しない。

 アレンは、ここにきて二度目の死を悟る。一度目は戦時中の、決戦の際に体験した。だが、彼は生き延びた。だが戦後、このような場所で裏切った男に殺されるかも知れない。

「このような結末になるのならば、いっそあの時、レヴィー・ダイルの提案を飲めば良かったのかも知れんな。それで、アステル家が新生連邦の管轄に入れば長生きは出来ただろうに。遅かれ、早かれの話、だが……」

(新生……連邦……?どう言う……事だ……?)

エファンが、何故新生連邦について口を開いたのかは分からない。薄れゆく意識の中で、アレンはそれだけを、感じていた。

「案外と脆いものだな、アレン・レインド。今度こそ、チェックメイトか。」

アーヴァインの左手部からビーム粒子のエネルギーが蓄積される。これが放たれれば、アレンはコクピット諸共破壊されてしまう。

「アレン!!」

ジャンヌの声が、響く。しかし、それは届かない。今まさに、ティフォンはアーヴァインによって破壊されようとしていた――

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

その時だった。アーヴァインがティフォンをビームキャノンで撃ち抜こうとした時、彼の目の前をビーム粒子が横切った。

ビームが放たれた方向をみると、そこにはガンダムタイプに似た、機体の姿が。それも3機。いずれも同型機体である。いずれもが、ビームライフルを両手で構え、アーヴァインを狙う。

「あれは……国連軍の量産機!まさか……!」

シュネルギアのブリッジにて、ジャンヌが言った。

そこに映るもの。それは、轟沈された国連の水上艦とは比べ物になら無い程、巨大な戦艦の姿があった。推定全長は1キロメートルはあろう、その巨艦、そして、周囲にはそれらを護衛するように水上艦が浮かんでいる。

「ほぅ、アッサラームか。随分と大層な出迎えだな。まさか国連の最高部隊が出動するとは。」

エファンの語る、最高部隊というのは、国連の中でも圧倒的な力を持つ部隊のことであり、その本隊を目の前にしている。アッサラームと言う名の巨大戦艦は、アーヴァインに標的を示していた。

「敵MS、補足しました。」

「やれ。」

アッサラームの艦長が、指示をした直後、巨大なビーム砲を連射した。狙いは、エファンの駆るアーヴァインである。機体を守る為、エファンは一度ティフォンを放し、すぐにバリアーフィールドを展開する。

 戦艦クラスの火力でも、バリアーフィールドジェネレーターは防ぐ事が出来ない。故に、対ビーム兵器では無類の強さを誇る。攻撃、防御、機動性。全てにおいて他を圧倒するMS、アーヴァイン。この鬼神の如きMSがフィールドを展開し、ビームを防ぐ準備をしていた時だった――

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

アーヴァインのマニピュレーターから離れたティフォン。その中で、アレンはこれを、最大のチャンスと考えていた。最早、これは一か八かの賭けだ。

 彼は、力を振り絞り、操縦桿を握る。既に中破していたティフォンガンダムはビームセイバーを展開し、バーニアの出力を上げ、アーヴァインに、単身向かって行ったのだった。

 この攻撃しか強敵を倒す手段がない。アッサラームが砲撃を行った、ほんの一瞬の隙を、アレンは見逃さなかったのだ。

 それに気付いたエファン。だが、その距離は、既に至近距離だった。この、一瞬の隙が、エファンにとっては仇となったのであった。

「チィッ、私とあろうものが情けない事だなッ!!!」

接近を許した事により、アーヴァインはティフォンの展開したビームセイバーをまともに受けた。それは、今までバリアーフィールドジェネレーターを展開していた両側の前腕部の切除に成功したのである。これにより、アーヴァインのビームライフルは海中へ落ちていく事となる。

既に、ティフォンのコクピットは血まみれだった。しかしそんなものは関係無い。許せない存在を倒す為に、アレンは戦ったのだ。結果、初めてこの強敵に傷を付けることが出来た。

「つけ上がるなよ!アレン・レインド!!」

この時、今まで冷静を貫いていたエファンが初めてその、表情を変えた。他者を見下すような言動が多く見られた男の、怒りの表情。それを現した時、ティフォンの右肩部が破壊された。実弾キャノンを撃った衝撃によるものだった。

 やがてティフォンはアーヴァインから離れていく。そして、そのまま海へと落ちていく。既に、アレンの意識は失われていた。コクピットの中で、身動きが取れないアレン。このままでは、死を待つのみだった。

 

ガキィン

 

そこへ、国連の機体、ヴァントガンダム二機が落ちていくティフォンの回収をしたのだ。間一髪、海に落ちる事なく済んだティフォンと、アレン。

「感涙的なチームプレーだな!だがそうはさせんよ!」

と、両手部マニピュレーターを無くしたアーヴァインはフロントアーマーからビームを放とうとした時だ。

 後方から、ビーム砲撃が行われた。アッサラームや、水上艦からの砲撃。更には、ミサイル砲撃も。無数のそれらはアーヴァイン一機に向け、放たれる。

 前腕部に搭載されたジェネレーターを破壊された事により、ビーム粒子による砲撃から身を守る術がなくなったアーヴァインは、これらの攻撃を避けるか、迎撃するしか、対処する方法がなかったのである。

「頃合いか。目的を果たせんのは心残りだが、今は仕方あるまい。」

全長1キロメートルはあろう巨艦と、その周囲に存在する艦隊。これらを統括するのが国連軍の部隊の一つ、最高部隊である。

 いくらエファンがアドバンスドタイプと呼ばれる人間であろうと、この戦力を単機で相手するのは分が悪過ぎる。彼も、その技量は理解していた。その為、この場から撤退をする事にしたのである。

 

 

エファンが去った後、シュネルギアからアッサラームに、回線を繋いだ。その対応をしたのは、ジャンヌである。

「こちらはシュネルギア艦長、ジャンヌ・アステルです。先程はありがとうございました。貴方方は?」

彼女の問いに、アッサラームの艦長が答えた。

「こちらは国際平和連合軍最高部隊指揮官、ウィレス・レイド・アース。ボストンの一部代表、フェイン・バウアー氏からの要請でこちらに来た。

「ウィレス……さん……?」

彼女にとって、その名前には聞き覚えがあった。

 かつてのデウス動乱の第十三特殊部隊。その所属戦艦の艦長を務めていた人間、ウィレス・レイド・アース。ジャンヌは戦前、彼女と共に共闘した事があった。まさか、この場でその名を聞くとは思いもしなかったのだ。

「ウィレスさん、お久し振りですわね。」

「ジャンヌ・アステル。まさか、ここで会うとはな。」

ウィレスも、ジャンヌの事を覚えていた。エファンに襲われていた状況で、彼等は再会したのである。

「そちらの、詳しい話を伺いたい。我が艦と接触を図って欲しい。」

「ええ……。」

エファンの裏切りにより窮地に立たされていた状況。アレンはこの状況を切り抜ける為に命を掛けて、エファンに挑んだ。

 幸い、この場に国連の別働隊が駆けつけてくれた事が、危機を脱する事に繋がった。それも、知人である人間である。彼女達にとっては、まさに、不幸中の幸いと言えたのであった。

 

 

 

その後、シュネルギアはアッサラーム艦内に収納された。戦艦一隻を容易く収納出来る程、アッサラームは巨大なのである。

 アッサラームのブリッジ内にて、艦長のウィレスと、ジャンヌは握手をした。その側には、父、ジンクの姿もある。

 ウィレス・レイド・アース。その名は、軍関係者では有名人である。元地球連邦軍中佐。アレン達が所属していた、第十三特殊部隊所属戦艦の艦長を務めていた人間であり、エリィの恩人である。

 デウス動乱後、彼女は地球連邦軍を退任し、縁があって国連軍に入隊。最終的には国連軍の最高部隊の司令官であり、尚且つ旗艦ともいえる巨大戦艦、アッサラームの艦長を任命される程にまで出世した人物である。

 彼女の階級は、将軍である。国連軍には将官でいう、“大将”等の階級は存在しない。精々、佐官までが存在している程度だ。何故ならば、最高部隊が国連軍に於ける一番の軍隊である為である。

「前大戦以来だな。ジャンヌ・アステル。まさかこのような場所で会うとは思わなかった。」

「ええ、本当に……」

知人同士の再会。それは、本来喜ばしい事だ。だが今の彼女はエファンに裏切られた事と、アレンの事が心配でならなかったのである。

先の戦いの後、アレンはどうなったのか。それが気掛かりだったのだ。

「随分と、浮かない顔をしているが、どうした?」

ウィレスはジャンヌを気に掛けた。そして、それを察した様子のジンクが、ジャンヌの代わりにウィレスと話す事にしたのである。

「アース将軍、戦前は娘が世話になりましたな。今では最高部隊の司令官とは、恐れ入ります。」

アステル家投手であるジンクですら、ウィレスには顔が上がらない。国連という立場がそうさせるのだろうか。

「今では、平和国に協力してくれる立場であるとは伺っていますよ、ジンク・アステル。」

と、言ってから両者は握手を交わす。

 

ウィィィン

 

アッサラームのブリッジの、ドアが開いた。そこには、国連の兵士が敬礼をし、ウィレスに報告をしたのである。

「司令官殿、今、ガンダムタイプのパイロットを保護し、現在は処置を行なっているとの事です!」

「あの大型MSと交戦していたパイロットが……。承知した。」

「失礼いたします!」

と、兵士は敬礼をして去っていった。それと同時に、ジャンヌが口を開いた。

「ウィレスさん、そのパイロットは……」

「ん?どうしたか。」

ジャンヌは、視線を下に向け、言った。

「アレン・レインドです……かつて、貴方と共に戦った、クリスタルガンダムのパイロットです……」

ジャンヌの言葉を聞き、ウィレスは表情を変えた。

 聞き覚えのある名前。そして、その名前の存在を、彼女は忘れる事はない。何故ならば、彼女はデウス動乱の英雄と呼ばれた青年が所属していた部隊の、艦長を務めていたのだから。

「何だと……!?」

「アレン・レインドは生きていたのです……そして、私達と、共に戦って下さったのです……」

「そう……なのか……。」

保護した人間が、まさかデウス動乱で共に戦い抜いた人間だとは思いもしなかったウィレス。そして、彼は今治療を受けている。

 瀕死の状態で、シュネルギアを守る為に戦ったアレン。彼は力を使い果たし、その意識を失った。もし、アッサラームがこの海域に出現しなければ、どうなっていたのかも分からないのである。

 

 

 やがて、三日が経過した。アレンはその間、集中的に治療を受けていた。エファンによって傷ついた身体。その状態でティフォンを駆り、敵を撃退した。その代償として、彼の意識は失われ、その上ティフォンも破壊されてしまった。恐らく、完全な修復は不可能であろう。

アステル家は、ティフォンガンダムという貴重な戦力を失う結果となってしまった。

エファンの裏切りが招いた惨事。多くの人間に傷痕を残す結果となった一連の騒動は、一段落着いた。まず、セントマリア号内に残っていたゲスト達は国連兵によって救助された。

 そして、船内にいた暗殺者は一人が事情を話すという条件で捕縛し、残る暗殺者は全員がアステル家の調査員によって射殺されたのだ。

 一人の暗殺者が吐いた情報では、皆がエファン・ドゥーリアによって雇われたという事だった。これにより、黒幕はエファンであった事が確定する。

 しかし問題が残る。肝心のエファン・ドゥーリアが何者かであるのか、不明なのだ。従って、結局氷河族の所属という事しか、今回、得られた情報はなかったのであった。

 

「うぅ……ん……」

アレンは目を覚ました。彼は三日間、眠っていたのだ。

 処置は無事に終えた。アレンは包帯を巻かれた状態で、少しずつ、目を覚ます。

 ぼんやりとして見える白い天井。その上で、静かに両指関節を屈曲させるアレン。妙な感覚ではあったが、動く。はっきりと、指を随意的に動かしている感覚が、分かるのだ。

「アレン!!」

すると、彼を呼ぶ声が聞こえた。ジャンヌの声だ。その方向へ身体を向けようとするが、僅かな痛みが伴った。

 今、ジャンヌは窓の外にいる。彼は安静にしなければならない身であった為、心配している人々は外で待機していたのである。

「気がついたようだな、アレン・レインド。」

再び彼を呼ぶ声が。その方向を見ると、そこにいたのはウィレスである。

 アレンはその顔に覚えがあった。間違いない、かつての第十三特殊部隊の艦長を務めた人間の姿が、あったのだ。

「ウィレス……さん……?」

「あの時の生意気な子供が今じゃ随分と大人しい様子だな。」

窓越しで、ウィレスが言った。この台詞から、アレンはデウス動乱中では激しい感情の持ち主であった事が伺える。

「ここは……なんだ?俺は、過去に戻っているのか?どうしてウィレスさんが?ジャンヌと一緒に?駄目だ、混乱している……?」

エファンと交戦した時に意識を失い、気が付けばベッドで眠っていたのだ。混乱するのも、無理はない。

 だが、何故この場にウィレスが居るのか?デウス動乱中に共に戦った人間が、窓越しで自分の包帯に巻かれた裸同然の身体を見ている。そこに恥はない。ただ、疑問に抱くしか出来なかったのである。

 

 

 それから更に一日が経過した。その頃になればアレンは、手足を動かす事が出来ていた。そして、起居動作やベッドからの起立動作等も問題なく出来ていたのである。傷口の痛みは微かに残るが、先日の事を思えば回復はしていると言えた。

 病室にジャンヌとウィレスが入ってきた。改めて、対面する彼等。アレンにとっては、夢ではない事がこれで明らかになる。

「良かったです……本当に!」

と、ジャンヌはアレンを抱き締めた。余程、彼の事が心配だったのだろう。

「ジャンヌ……心配を掛けたね。本当に、ごめん。」

「いいえ!貴方が無事ならば、何よりなのです!」

歓喜するジャンヌ。まるで、エファンの事を忘れるかのように。

 そして、その側には将軍という階級の最高部隊の司令官の姿もあった。だが、アレンにとっては彼女は知人関係であり、そのような肩書きなど気にする様子ではなかった。

「改めて、久しぶりだな。アレン・レインド。」

「お久しぶりです、ウィレスさん。」

両者は、握手を交わす。五年振りの再会は時を感じさせる。一番驚いたのはウィレスの方だ。

 五年前のアレンは反抗期の少年そのものだったという。現在のような穏やかな口調からは想像も出来ない程に、生意気な口を利く人間だったのだ。

「時間と経験は人を変えるな。そして、お前がアステル家と共に行動を共にするとは。」

「これもまた、成り行きではありますけどね。」

頭を掻きながらアレンは言った。

「アレンは戦って下さっています。先日も、私達の為に戦って下さりました。その……まさかの、出来事では、ありましたが……」

ジャンヌの口調が、戸惑いに包まれる。エファンの事を、思い出したのである。やはり、彼女の中では戸惑いがあった。そして、精神的な傷も完全には癒えていない。

 アレンが意識を回復するまでの間、アステル親子はこの場に留まっていた。一つは、ジンクとウィレスが話をする為でもあり、もう一つは、ジャンヌがアレンの容体を気にしていた為である。

「アレン。お前が眠っている間にアステル当主と色々と話はした。ジャンヌ・アステルのパーティの為に国連軍を護衛に付けたが、まさか艦が撃沈されるとは思わなかった。」

「そうだ……どうして、アッサラームがあの海域に現れたんですか?あれは確か、国連の最大級の戦艦じゃないですか。それと、ウィレスさんと何の関係が……?」

疑問を抱いたアレン。それに対しては、ジャンヌが答えた。事情を知っている人間が説明をした方が、早いと判断した為である。これにより、アレンはウィレスが大きく出世した事を知るのであった。

「戦後になって凄く、努力をされたんですね。」

アレンは、関心を抱いている様子だった。

「私が今の立場で居られるのはチャール・ポレク氏の推薦もあったからだ。私一人の努力で成し得るものではない。」

所属が異なった人間が、別の場所に所属を変え、その中で、活躍していくには並ならぬ努力が必要だ。元々正義感や、平和の事について考えていたウィレスは、その部分をチャールに見込まれ、現在の、将軍という階級にまで昇進したのである。

「けど、あの後、大西洋でアッサラームが出現したのはどうして……?」

「それはな――」

ウィレスは事情を説明した。

アレン達がエファンと交戦していた海域にアッサラームが出現したのは、アーヴァインが破壊した国連の水上艦から救難信号が発信されており、ボストンに届けられていた為である。そして、一部代表であるフェイン・バウアーは国連軍の追加要請を行った。そこで駆けつけたのが、最高部隊、アッサラームという訳である。

「アステル家の主催のパーティで、非常事態が発生したと情報を聞いたものだからな。最高部隊が出撃する事になったという訳だ。」

アッサラームという巨艦が出動する事自体が、そもそも滅多にない事である。アステル家と平和国の繋がり故に、今回は出動する事が出来たのだ。

「まさか、そこでお前達と再会するとは思わなかったという訳だよ。アレン・レインドに.ジャンヌ・アステル。」

ウィレスは性別こそ、女性であるが、軍人気質である。しかし、親しい者への振る舞いは優しい。

 そして、人望もある。アッサラームの艦長であり、最高部隊の司令官という立場。それらを経ても、彼女は部下から信頼されているのはその人柄故なのだ。

「後は、気になるとすればエファンの事だけですわね……」

やはり、彼女の表情は暗い。エファンの裏切りが、数日経過しても拭えないのだ。

「ジャンヌ・アステル。エファンと言うのは、エファン・ドゥーリアの事か?」

ウィレスから出た言葉に、ジャンヌは大きく反応した。まさか、彼女から“エファン”という固有名詞が出るとは思わなかった為である。

「どうして、ご存知なのですか?」

ジャンヌは首を傾げ、聞いた。

「前大戦の終盤、連邦軍の情報に、たった一機のジャスティスにデウス軍の一個艦隊が壊滅させられたと言う情報があった。だが、その情報は今では抹消されてしまっている。私は偶然そのデータを見た事があったが、確か、その名前だったとは思う。」

明確な情報という訳ではないが、エファンに繋がる一つの情報が明らかになった。それは、エファンは地球連邦軍に所属していたと言う事である。

「そういえば、奴は俺と戦っている時にこんな事を言ってた。“アステル家が新生連邦の管轄に入れば”って話を。微かに、聞こえた気がしたんだ。」

エファン・ドゥーリアが旧連邦軍に所属していたとして、今になってその発言。をすると言うことは、エファン・ドゥーリアは連邦軍に何らかの形で関わっている可能性が高いと、考えられた。

「その発言が本当ならば、エファン・ドゥーリアは今も連邦軍に所属しているという事になる。」

今の連邦。つまり、新生連邦軍の事である。

「少し、待って下さい。駿河湾からシュネルギアを発進した時、新生連邦軍に所在が発覚した事がありましたわ。」

「それって、つまり……」

エファンが連邦の所属と仮定して、シュネルギアの情報が新生連邦にリークされているという情報が、示す事はただ、一つだけだ。

 それを、三人は、皆が同じ事を考えていたのである。しかし、その僅かな時間、誰もが口を開かなかった。それは、考えられるであろう事実を認めたくないが故に生じたのかも知れない。

「エファン・ドゥーリアは新生連邦のスパイとしてアステル家に潜入していたと言う事か。」

その中で、ウィレスが一人、口を開いた。そして、それはほぼ、間違いないと、考えられた。

「連邦内に於いても詳しい情報が消されている中、アステル家に潜入し、その目的を果たす為に暗躍して、先日のパーティでその牙を剥いたと言う訳か。」

ウィレスから語られる言葉。否定したい気持ちはジャンヌにはあったのだが、先日までの行動を考えると、否定出来ない。やはり、エファンは新生連邦のスパイなのである。

「となれば、あの暗殺者達はエファン・ドゥーリアが雇ったと言う事は、新生連邦が暗殺者を雇って、あの惨事を引き起こした事になる。少なくとも、新生連邦軍はエファンの行動を把握している筈だ……。」

アレンが口を開いた。新生連邦軍自らがアステル家の来賓の暗殺を企てる事はない。だが、外部からの、委託ならばそれは可能だ。

 今までも新生連邦は、セイントバードチームに対して外部からの委託で攻撃を仕掛ける等の攻撃を行ってきた。表向きでは、連邦と何の関係もないMS乗り等の組織が勝手に攻撃してきたかのように振る舞う為である。

「そういえば、以前にセイントバードからデータが送られた時もそうでした。新生連邦軍に追従するように、海賊組織が彼等を攻撃した事があったのです。」

エリィから送られた情報にも、これらが疑われる光景が映っていた。

 こうした一連の動きから考えられる、一つの答えが、導かれる――

「既に、新生連邦は直接的な手を使わずとも、国連に攻撃を仕掛けている事になると言う事か。」

エファンは所属を隠している。その上で、国連に攻撃を行ったのである。これは、最早明確な宣戦布告と捉えられても過言ではないのだ。

「レヴィー……あいつ、どこまで卑怯な手を続ける気なんだよ……!」

この一連の行為に総司令が関与しているのかは不明である。だが、これは見逃せない事態。

 新生連邦軍という、地球圏の戦力の中核を成す軍が、氷河族、MS乗り等を使役して攻撃を行う。明らかになった卑劣な行為。それらは、許される事があってはならない。あって良い、筈がないのだ。

 アルメジャン紛争以降、新生連邦と平和国の情勢は不安定となっている。表向きで戦争行為にはなっていないとはいえ、これらのような事が明らかになった。そうした事も、全て新生連邦は隠蔽をするだろう。つまり、情報を流したとしても、徒労に終わるのだ。

「ウィレスさん、どうにか、ならないんですか!?国連の司令官なら、新生連邦の横暴をどうにか出来れば……」

と、焦る様子のアレン。しかし、彼女から語られる言葉は、余りに冷たかった。

「国連の権限は平和国連盟が担っている。そして、平和国連盟は平和主義を唱えている。如何なる状況であろうとも、自ら戦闘行為を行う事はあってはならない。それが平和主義だ。我々が出動出来たのは、一部代表の要請があったからに過ぎない。」

チャール・ポレクの掲げた平和主義は、一見理想的なものではあるが、世界情勢が不安定な現状では肝心な時に機敏に動く事が出来ない、問題を抱えていた。

「それじゃあ、連中の横暴を黙って見ておけって事じゃないか……!既に犠牲者も大勢出しているのに、こんな事なんて!」

やり切れない怒りを抱くアレン。しかし、今はただ、無力なだけだ。叫んでいても、何も出来ないのだ。

「すまないな、アレン。我々にはどうする事も出来ない。仮にそれらが真実であったとしても、新生連邦側がそれを受け入れる事は、しないだろう。」

無慈悲だ。ウィレスとは親しい関係ではあるが、残念ながら彼女の権限でも何も出来ないのだ。アレンは、理不尽な気分に陥る。

「しかし、だからといってそれらに対する宣戦布告を行う事もまた、過ちです。」

その時、ジャンヌが口を開いた。

「ならば、アステル家は改めて、平和国の協力者として、動いていかなければなりません。」

元々新生連邦は混迷をもたらす存在として懸念していたジャンヌだったが、今回のエファンの件を見て、彼女はより、平和国との連携を強固にしてこうと、考えていたのだ。

「連中はあらゆる手を使って来るだろう。特に、エファン・ドゥーリアに関しては俺達が狙われ兼ねない!力を持つ存在の抹殺って言っていたが、奴はいつ、また来るのかも分からない!」

アレンは、ただ、悔しさだけを感じていた。新生連邦の行動や、エファンの行為。それらは、当然許される行為では無い。

 だが、何が出来るのか?ただ、見ているしか出来ないのというのか。

「ならば、アドバンスドタイプの事について、理解していく必要がありますわね。」

ジャンヌの目線が、アレンに向けられる。

「理解していく必要?」

それが、一体何に繋がるのか。確かに彼等は自らの力の事を分かっていなかった。エファンに言われて、初めて知る言葉も多かったのである。

「私達はアドバンスドタイプをただ、分からない存在とばかり考えて、そこに真摯に向き合う事をしませんでした。エファンの目的が力を持つ存在の抹殺というのならば、その理由に繋がるものを調べなければならないと思うのです。」

穏やかな口調のジャンヌではあるが、彼女の表情は、真剣そのものだ。

「それが、エファンや新生連邦に対して何らかの解決策になるというのか?」

ジャンヌは首を横に振った。

「それらが直接的に繋がるかは分かりません。ですが、これから私達がしなければならない事は非常に多くなりました。新生連邦に対しては、それに対抗できる“力”の開発を。そして、アドバンスドタイプの事についても調べて行かなければなりません。それらが合わさった時、恐らく新生連邦に対抗できる力を、作り出す事に繋がるのではないか……と、考えるのです。」

一見、関係のないように見えるこれらの事。新生連邦への対抗手段と、アドバンスドタイプの真相。それは何を意味するのか。

 この時のジャンヌは、決意を固めている様子だった。船上で起きた惨劇から、徐々にではあるが立ち直りつつあるのだ。

「私達はこれからの事について動いて行かなければなりません。エファンがアステル家を陥れる存在であり、その上で新生連邦の卑劣とも言える行為が明らかになった以上は。」

と、言った時、ジャンヌはアレンの手を、差し伸べた。

「アレン。アドバンスドタイプの秘密を明らかにする為にも、貴方に力を貸していただきたいのです。貴方の“血”と“皮膚”と“筋肉”を研究させて頂きたいのです。無論、私もそれは差し出すつもりです。」

それが、エファンの目的に繋がるのかも知れないと考えたジャンヌは、横たわる彼に協力を求めたのだ。

 アドバンスドタイプ。彼等にのみ備わっている未知なる力。それ故に彼等は狙われた。そして、大勢の犠牲者を巻き込んだ。ジャンヌはその事に対して罪の意識を感じている。

 もう、このような惨劇を起こしたくない。ならば、その原因の究明をしたい。彼女はそれらを把握したうえで、アレンに協力を求めた。

「私達アドバンスドタイプの身体は恐らく、常人とは異なる筈。その究明をしていく事は、今後の行動にも繋がると思うのです。」

アレンは、彼女の提案を受け入れるつもりでいた。自分達の身体の事が少しでも明らかになれば、それに対抗する力にも繋がるかも知れない。少しでもその可能性に賭けたいと、アレンは考えていた。

 その時、アレンはエファンが言っていた言葉を思い出す。

 

――――――――お前の中のディヴァインセルが活性化しているのだろう―――――――

 

エファンが戦闘時に言っていた台詞だ。この、“ディヴァインセル”とは何を示すのか。もしかすれば、アドバンスドタイプに大きく関係する事ではないのだろうか。

「その、“アドバンスドタイプ”というものが何を示すのかは分からないが……我々としても、協力できる事はしていこうと思う。平和国の研究機関にそれらを渡す事は可能だ。少なくとも、妙な研究に利用されるよりは信用出来ると思われる。」

「平和国が協力をして下さるのですね!有難い事ですわ!」

ジャンヌは喜んだ。アドバンスドタイプと呼ばれる存在自体が希少な世界。その話をしても、信じて貰える人間などいない。だが研究となれば話は別だ。それらを解析する事で、何らかの成果が得られるのならば、研究を行う価値は十分にある。

 

 その後、アレンとジャンヌはそれぞれの血液、皮下組織、筋組織の切除を行った。あくまでも、ごく一部の組織である為、所見上の傷跡等に、大きな影響はない。ジャンヌの場合は世界的歌手という立場でもあり、傷跡を残す事は出来れば避けたいところであるが、それらも痕に残さない程の傷だ。

 それらは平和国の研究機関に提出された。そして、本格的にアドバンスドタイプに関する研究が進めていく事になる。

 

 

 

 やがて数日が経過し、アッサラームは平和国本部のあるニューヨークに帰っていく。そして、シュネルギアもアステル家のあるローマに帰って行った。その間にもアレンの受けた傷口は回復していき、彼の傷は、所見上ほとんど認めなくなった。独歩で歩いても、痛みを感じないのだ。

 これが、アドバンスドタイプの自己再生力の高さである。数日経てば、傷は癒える。常人を超えた自己再生能力の高さ。それがアドバンスドタイプなのだ。

「ディヴァインセル。それは、一体何なのでしょうか。貴方の傷の治癒の早さは医学論文等で言われている予後を遥かに上回っています。推定全治三ヶ月程度とされる怪我も、一週間で完治。恐らく私にもそれは言える事なのかも知れませんわね。」

「昔からそうだった。怪我をしてもすぐに回復する。これは体質だと思っていたけど、どうやらそうじゃないみたいだ。やっぱり、それが関係しているのか?」

「結果が出るまで、何とも言えませんわね。」

「そうだよな……」

アステル家に戻った彼等は、ひとまず休息をする事にした。

 ジャンヌは亡き母親の部屋を訪れ、遺品の整理をしたりしていた。突然の母の死は彼女の心を傷つけた。そして、犯人が信頼していた男と言う事も、彼女を傷つける。だがそれでも彼女は動いて行かなければならない。今後の世界の為にも……。

 一方のアレンは、再びアレクサンドリアに戻り、少しの間ワートンの下で世話になっていた。彼にとっての休憩時間が、始まったのである。

セントマリア号の事件が起きてから十日余り。世間ではセントマリア号の襲撃の事が連日報道されていた。そこには、インタビューを受けている、生き残ったゲストの姿も動画には映っていた。しかし彼等はただ、恐怖に怯えていただけであり、その真相を知る者はいない。

だがそれと並行して厄介な問題も生じていた。それは、ジャンヌのスキャンダルである。

エファンに射殺されたゲスペル・ギアンが、あろう事か死の間際にアレンを自身の部屋に招き入れる瞬間の写真と、廊下でアレンと接吻を交わしている写真をSNS上にアップしてしまったのだ。これがメディアでは上では厄介な騒動となり、世界中にこの情報が飛び火する事態になる。

新生連邦政府と、平和国連盟による戦争が始まるかも知れないという瀬戸際。そのような状況にも関わらず、スキャンダルで盛り上がるメディア、SNS。人と言う生き物は、何故このような愚業を喜ばしく思うのか。目の前に迫る現実から回避したいが故の、著名人のスクープ報道なのか。本来そのような事は目の前の大事の前では心底関心を抱く必要のない事だ。なのに、こうした事がやり玉に挙げられるという事自体、狂った世界になりつつあるのかも知れない。

 




第三十六話、投了。
アステル家を裏切ったエファン。その男との死闘の果て。
この結果、アステル家は大きく傷つく結果となった。
次回は場面が変わります。


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再びの故郷編
第三十七話 家庭教師のエリィ


sideレイ。日常生活を謳歌する彼に現れたのは――


 

 月日は流れ、四月になった。春と呼ばれる時期。気温はまだ一定しない時期ではあるが、真冬と呼ばれる時期と比較して暖かさを感じる頃。

 レイはジュニアハイスクールの三年生へと進級した。ジュニアハイスクール最後の一年が、始まったのである。

 昨年の十二月から二ヶ月間、多くの事を経験したレイ。久しぶりの日常生活にも慣れてきており、クラス内も、彼の事で噂になる事は無くなっていた。

 最初は異物扱いをされたりもしたレイ。当たり前のように学校に来ていた人間が急に来なくなり、その理由も明確でないと、妙な噂を立てられるものだ。ましてや、彼等のような年頃の人間ならば、そうした事もあり得るのである。

 日常を謳歌しているレイは、試験を終え、春休みの時期を迎え、友と過ごす時間と着実に増えていった。ただ、試験の結果は決して良いとは言えないものではあったが。

 日常を謳歌しているレイ。勉強、部活動は人並みに行っている。その上で友人とも他愛のない会話をしている。

 ただ一人、彼との距離を置いている人間が居た。リルム・エリアスである。

 クラスメイトの中でレイの事情を唯一知る人間。やはり、レイの事で情報の処理が出来ないでいたのだ。クラスでも、リルムとは挨拶を交わす程度。

 レイは部活動、リルムは生徒会。互いに学生生活が忙しくなる中、互いの心は擦れ違ったままなのであった。

四月になれば、最初に行われるし行事が始業式である。新しい人間関係が構築される、所謂“クラス替え”が行われる時期だ。校庭でレイは発表されているクラスのメンバーが映し出されているモニターを見た。そこに映る名前を見て、殆どが二年の時のメンバーと相違ない事に気付いたのである。

「おうレイ。また一緒じゃん。」

と、声を掛けるモーク。

「そうだね、宜しく。」

と、自然な笑みを浮かべるレイ。そして、彼は名簿を見ているとリルムの名前もそこにある事を知る。

(リルムも、一緒なんだ……)

それは、本来ならば喜ばしい事なのだろうが、今はそのような気分になれない。無理もない。両者は会話さえ成り立っていない状態なのだから。

「お前さ、全然リルムと喋らんくなったよなぁ。夫婦喧嘩長くね?」

何気なく、モークが言った。茶化したつもりで言ったのだろうが、レイにとっては嫌な印象を受けた。

「夫婦じゃないよ!!もう!!」

彼女を意識しているが故に、感情的になる。そして、意地になったレイを見て、マークは更にからかう。

「いつまでも喧嘩してんじゃねぇよー!早く仲直りしねーと取られるぞ!あいつ人気はあるんだからな!」

「取られる……?そんなの、関係ないよ!」

実際、リルムはその容姿から、人気が高い。現に、少し肥えた体型の男子生徒であるフィジットや、陽気な男子生徒等から告白を受けた事あった。しかし、リルムはそれらを悉く、断っていたのだ。同じ生徒達からすれば、まさに高嶺の花。

 その中で、レイの存在を羨ましく思う人間といた。だが今、彼等は余り会話を交わしていない。この事は、リルムを狙う男子生徒からすればチャンスでしかないのだ。

「レイ!」

その時だ。丁度、リルムの噂をしていた彼等の前に、リルムが現れた。その表情は、まるで二年生の末の時とは違う。

 髪型も変わっていた。ブラウンの髪色に、柔らかなパーマが当てられている。そして、微かに桃の良い香りがする。一つ、大人になったような印象を受けたリルムが、自らレイに声を掛けてきたのである。

「リルム……?髪型、変わったんだ……。」

呆然としているレイ。最初、同一人物であるかが分からなかったのである。

 それ以前に、彼女の言動が明るくなった印象を受けたレイ。一体、春休みの間に何があったというのだろうか。

「また一緒のクラスだね、宜しくね!!」

と、リルムは握手を求めてきた。突然の出来事にレイは戸惑いを隠せない。

 春休みに入るまでは明らかに両者共に、会話すら成り立っていない状態だったというのに、何故?どういう風の吹き回しだというのか。一体、彼女の身に何が起きたというのだろうか。

 しぶしぶ、レイはリルムの握手に応じる。それを、笑顔で交わすリルム。モークはそのようすを、ただ、じいっと見ているだけだ。

「なんだよいつの間にお前等仲戻ってんだよ。意味分かんねぇ。」

と、両手を後頭部に組み、他所の方向を見るモーク。実際、この状況を一番理解出来ていないのはレイなのであるが。

 その後、リルムはすぐに友人と共に移動した。彼女の友人も何名か、同じクラスの人間が居た為、リルムが寂しさを感じる事は、ない様子だった。

 

 始業式。新しい学年になれば必ず行われる時間。三年生はジュニアハイスクールの最終学年であり、ハイスクールへの受験を見越した動きが起こる一年。そして、クラスメイトと共に過ごす事が出来る、最後の一年でもある。

 レイのクラスの担任の教師は、二年の時と同じだった。リアン・マーキュリー。社会科の担当の教師であり、再び担任になったのである。この事を喜ぶ生徒が大半であった。それ程、彼女は人気のある教師と言えた。

「えー、皆さん、何名かは知っている生徒も居てますね!多分皆さんは知っていると思うけど、改めて自己紹介!リアン・マーキュリーです!宜しくお願いしますね!」

殆ど代わり映えのないクラスメイト。それが、レイにとっては反って安心だった。

 クラス替え等で、新たな人間関係を築く事は負担を強いられる。知らない人間に声を掛けるといった行為は勇気のいる行為だ。そこから仲良くなる事もあれば、そうでない事もある。

 よくあるのは、四月の時期に隣の人間や前後の席の人間に声を掛け、一度はその周囲でグループが形成される。だが時間が経てば、それらのグループとは離れ離れになっていく事もある。そこから別の友人を見つけることが出来れば良いのだが、そうも行かない場合もある。

 こういう時でも、積極性は求められたりする。それは進学した時で求められる能力であり、仮に進級した場合で上手な人間関係の構築が出来ない場合は、足を引っ張る事が多い。下手な知人関係である場合、反って会話が成り立ちにくい事もある。互いに、妙な気まずさを感じてしまうのである。

 これは、どうしても閉鎖的になりがちな学生生活ではよくある事だ。レイ達のようなジュニアハイスクールの人間にとっては、ここでの生活が大半を占める。ここでの生活の仕方を誤ってしまうと、後々厄介な事に成り兼ねない。学生生活とは、一見暢気なものではあるが、実際は人間関係の構築力を求められる場でもあるのだ。

 レイは普通で居たいと願っている少年だ。彼がこの日常を有難いと思えるのは、ある種、彼自身が他愛のない会話を交わしたりすることが出来る能力を持っているが故なのかも知れない。それは、決して努力して培われるものではない。ある種、才能の一つなのかも知れない。

「じゃあ皆さん、一人一人、自己紹介をしていきましょうか!」

新学期で恒例となるのが自己紹介。知人同士も居れば、そうでない人間もいる。そう言う意味でも、自己を知ってもらうチャンスとなるのがこの、自己紹介だ。

 やがて自己紹介はレイの番になる。レイは、特別な事を言うつもりはなかった。正確には、言える筈がないのだ。自身がMSに乗って戦ってきた話等、出来る筈がない。

「レイ・キレスです。ちょっと事情があって二ヶ月程休学していました。宜しく、お願いします!」

恐らくその部分を気にしている生徒がいるだろうと考えたレイは、当たり障りなく事故を紹介した。そして鳴る、拍手。特に絶賛されるような内容でもない、その拍手は静かに響いた。

 その後も自己紹介は続く。お調子者の人間ならば、それ相応の自己紹介。それによってどっと笑い声が出るクラス。大半の人間は、特殊な自己紹介をする事なく終えていく。

「リルム・エリアスです!髪形を変えてみました!一緒の子も、新しい子も宜しくね!」

今度はリルムの自己紹介。甲高い、愛らしい声がクラスに響く。そして、レイの時よりも拍手の音量が大きい。この事から、彼女の方がクラスメイトに人気がある事が伺えた。

 

 自己紹介の時間は終わりを迎える。そして、始業式の日は午前中に学校が終わる事が多い。放課後になり、皆が帰路についている。

 最初、レイはモークと共に帰っていた。やがてモークと別れた後、彼が一人で歩いている時だった――

「レイ!」

レイの、肩をぽんと叩く人間の姿があった。その方を確認すると、そこにはリルムの姿があった。

「リルム!あれ、生徒会は?」

「今日は無いよ!ねえ、一緒に帰ろうよ!」

まさかの彼女からの誘い。レイにとっては、困惑するばかりだ。

 始業式から彼女のテンションが明らかに違う。最後に彼女の笑顔を見たのはいつだっただろうか。それすらも忘れていたレイ。

 セイントバードチームと共に過ごした二ヶ月を経て日常生活を謳歌しているレイだが、リルムとは溝が出来ていた。それは、彼がカミングアウトをした事についてである。

 MSに乗って、戦い抜いたという話。創作話のような、本当の話。それをしてからリルムは離れた。レイの前から笑顔を見せることは無かったのである。

 しかし今、リルムは彼の前で笑顔を見せた。何故なのだろうか。

 

 春風は時に寒さを感じる事があるが、真冬に比べればそれは大きく落ち着いているように感じられた。その中を、両者は歩いている。距離は、人間が半人分入る程度。その距離感は二人の、今の距離と言えた。

「何か、久しぶりな感じだね。」

先に口を開いたのはレイの方だった。

「フフ、そうだね、レイ。」

やはり笑顔だ。一体何があったのか。どうしてこれ程笑顔であるのか。聞くべきか?どうするべきか。レイは、悩んだ。

「ねえ、私ね、あれからずっと考えていたんだよ。」

悩むレイを他所に、リルムが口を開く。

「考えていた?」

「うん。レイがロボットに乗って戦っていたって話。」

MSは兵器だ。しかし、彼女のようにそれらの詳細を知らない人間からすれば、人型のロボットという認識で捉えられる。それはある種、このモントリオールが平和な環境である何よりの証拠なのかも知れない。

「最初は信じられなかった。合成写真の話を一生懸命しているんだと思ってた。」

やはり、ショックだった様子だ。無理もない。今まで同じ日常を謳歌していた人間がMSに乗るなど、信じられる筈がないのだから。

「だから、私も色々と調べてみたんだ。MSについて。」

「調べたの……?」

リルムのような少女がMSに関心を抱くなど、予想が出来なかった。女性がMSに乗り、戦う事はある。彼が知る限りでは、スバキ・シンドウや、敵であればチェーニ姉妹。

 だがリルムは幼馴染であり、その少女の口から“MS”という単語が出る事自体、信じられないのである。

「凄く長い歴史なんだよね。大体18メートルぐらいの大きさのロボットで、レイはそれを乗りこなしていたって思うとね、本当に凄いなぁって思ってたんだぁ。」

今でこそ、彼女は笑顔で話しているが、それを聞いた時は明らかに動揺していたのだ。

「あのさ、リルム。」

今度はレイが口を開いた。

「ん?」

「あれから、僕の事をどう思っていたの?軽蔑した?」

殆ど口を利かなかった一ヶ月余りの期間。その間の心境を知りたいと、レイは考えていたのだ。

「軽蔑なんてする訳ないよ!でも、本当に大変だったんだなって思った。多分、レイも悩んでたんだと思う。それで、今日は思い切って声を掛けようと思ったんだ。私が、レイを受け入れないとって、思ったんだよ?」

リルムは優しい少女だ。それはレイが幼い頃からそうであった。

 互いに幼馴染ではあるが、幼い頃は様々な事があった。レイはその顔貌故に、近所の男児にいじめを受ける事もあった。その度、リルムはレイを励ましたりしていた。そして、逆の場合でもそうだ。リルムが何らかの怪我をした時、レイが献身的になっていた。

 いつしか、両者の話題は幼い頃の思い出へと変わっていた。次第に盛り上がる会話。それは、両者の心の溝を、埋めていく効果を発揮している。

(久しぶりに、リルムと話せた気がした……なんだろう、この暖かい感じ。)

レイの笑みが、自然に出る。それは、彼女に対して安心感を抱いている何よりの証拠であった――

 

ピキィィィ

 

その時、何故だろうか。レイの頭の中で電流が流れたのである。と、目の前には自転車を漕ぐ一人の男。Eフォンの操作に夢中になり、前を見ていない、男。

 咄嗟にレイはリルムを引き寄せ、回避する。明らかに危ない行動を取っている男は、悪びれる様子もなく、去って行った――

(……あれ?)

と、次にまたしても自転車が来た。今度は女性が乗っている。そして、女性は前を向いている。だがレイがどちらに避けるのか分からず、困惑している様子だった。

 だが一方のレイは、自転車が左へ避けるのをはっきりと見えたのである。そのヴィジョンが浮かんだ時、躊躇いなくレイは右へ避けた。

 結果、自転車はスムーズに去って行く。何事もなく、時間は流れたのである。

「レイ、ありがとう。危ないね……」

「う、うん……」

彼は、先程の一連の動きの中で、“力”を感じ取っていた。アインスに乗っていた時に感じる事があった、力。それが今になって発揮されたのである。

(あの感覚は、やっぱり残っているんだ……MSにはもう、乗っていないのに……)

不思議な感覚であった。MSに乗っていないにも関わらず、まるで相手の動きが先読み出来るような感覚。何故この感覚に陥るのかは不明だ。以前ならば、そのような事になる事は無かっただろうに。

「レイ?」

呆然としているレイを心配したリルムが声を掛ける。それに気づく、レイ。

「え?あ、うん……無事でなにより。」

まさか、日常生活において先のような感覚を覚えていたレイ。それが何を示すのかは、全く

理解出来ない様子であった。

 

 

 

 家に帰ったレイ。帰ってくると、母親がリビングで座っている。テレビを見ながら、くつろいでいる様子の母、カレン。

『二ヶ月程前に起きた大西洋沖での豪華客船の襲撃事件ですが、未だにその真相は明らかになっておりません。又、それと関連するかのような、世界的歌手、ジャンヌ・アステルのスキャンダル。これらは一体何の関係があるというのでしょうか――』

と、ワイドショーがラジオのように流れている。そして、レイが帰って来たのを確認し、カレンは反応した。

「あら、お帰りなさい。」

「ただいま。」

レイが鞄を置き、椅子に座った時だった。

「そうそう、レイ。もう三年生だし、家庭教師に勉強を教えてもらうのはどうかしら?」

「……え?」

突如、母親が口を開いた。と、同時に母親はチラシを見せる。

 この時代に、紙媒体での広告がある事自体、非常に珍しい。明らかに時代錯誤の代物ではあるが、逆にこの古風な広告の仕方に感銘を受けたカレンが、それを気に入ったのである。

「定期試験や模擬試験、受験まで幅広くカバーしますって!値段も塾に行くよりも安いし、どうかしら?この前の定期試験、成績全然ダメだったし。」

二ヶ月も空白の期間があれば成績が追い付かないのは当たり前だ。レイは、そっと溜息を吐いた。

「家庭教師……かぁ。」

レイの成績の悪化を懸念した、カレンが提案した事。確かに、これから一年は受験に向けて勉強を一層して行かなければならないのは分かっていた。

 しかし突然習い事が増えるというのは、正直レイにとってはストレスであった。母親がそれを心配する気持ちも分かるのだが、やはり彼にとっては悩むところであったのだ。

 レイは自然に溜息を吐く。それに対し、母親は顔をしかめた。

「あのね、レイ。皆何かしら塾に行ったり習い事をしているの。二ヶ月も何してたか知らないけど、その分埋め合わせだってしないと行けないんじゃないの?」

それを言われ、何も言えなかった。空白の二ヶ月。それは、レイが生死を掛けた戦場で戦っていた二ヶ月。しかしその間も、学校では勉強は続いていた。それを忘れていたレイは、ただ、縦に頷くしか出来なかったのである。

「そっかぁ……家庭教師、していかないとね……」

しぶしぶ、レイはそれを承諾。母親は早速、電話を掛け、契約に踏み切った。

 日常に戻り、一ヶ月余りが過ぎた頃。レイは受験を受ける為の準備を、刻一刻と進めていく事になるのであった。

 

 

 

 それから一週間後。学校の授業や部活動が行われていく中で、家庭教師が家の前に立っていた。それに応じるカレン。

 家庭教師から一連の説明を受け、母親は納得する。この時、隣にはレイの姿もあった。

 家庭教師の身長は高い。そして、キャップを被っている。その上で長い髪を結んでいるポニーテールに、眼鏡を掛けている。すらりと伸びた足にはジーンズが纏っている。一見、“美人”に見えるその女性。その女性が、レイの家庭教師となる人物だ。キャップの影響もあってか、やや、ボーイッシュな印象を受ける、その女性。

「レイ、良かったわね。こんな美人さんに勉強を教えて貰えるなんて!」

感激する様子のカレン。それと同時に、レイはこの女性から異様に視線を感じていたのである。

「宜しくお願いしますね、レイ・キレス君。メディナ・リアです。」

と、女性は丁寧な印象を持った。レイは、静かに礼をするのだが、この時、彼は彼女に対し、“既視感”を抱いていたのである。

 メディナ・リア。容姿端麗で、第一印象も丁寧な印象を受けるその女性。だが、何故かレイはメディアを見ても、初対面の、他人に見えなかったのだ。

(どうしてだろう?この人、なんか見覚えがある……)

と、考えていた。

 

 

 オリエンテーションを行う為、メディナはレイの部屋に入る。そこで、メディナはレイに声を掛けた。

「改めまして、家庭教師のメディナ・リアです……なんて言うと思う?レイ君。」

“レイ君”という言葉が出た。その言葉に、覚えがあった。彼が抱いていた既視感は、より確実なものへと変貌していく。

やがて女性は被っていたキャップと、眼鏡を取った。そこに映る、女性の姿は、紛れもなく見た事のある人間であったのだ。

「あ……あああ!エリィさん!?」

家庭教師の正体は、エリィだったのである。母親と喋っている時から感じている既視感の正体が、完全なものとなった。レイの中のモヤモヤした違和感は拭え、まるで透き通った気分になった。

「じゃーん!家庭教師としてエリィ・レイス、レイ君の家に登場しましたぁ!って、気付いていたんじゃないの?」

既視感はあったが、まさかエリィだとは思っていなかった様子のレイ。目を何度も瞬きさせ、じっと彼女を見る。

「エリィさんですよね!?えええええ……?」

レイは喜びと同時に、困惑した。何故、エリィがレイの家にいるのか。それがそもそもの疑問なのである。

 彼女との再会は、実に約一ヶ月半振りだ。セイントバードを去ったのは二月下旬。今が四月の上旬である。しかし、何故エリィがここにいるのか。事態の把握が全く出来ていない、レイ。

「久しぶり、レイ君。凄く、困惑してるね。」

「そりゃ、そうですよ!だって……一体、何がどうなってるんですか!?」

混乱しているレイと違い、冷静な様子のエリィ。何故これ程冷静でいられるのか、それが不思議でならなかったのである。

「まあ、これに関しては話が長くなっちゃうんだけれどもね。どうしよう。説明、要る?」

「要りますよ!セイントバードはどうしたんですか!?訳が分からない、分からないですよ!!」

セイントバードで艦長をしている筈のエリィがここにいるという事自体、レイからすれば妙な事でしかない。一体、何がどうなっているのか。彼の日常生活の中で、まず、会う事のない人間が、目の前に居ている。それは何を示すというのか。

 一つ、一つを整理しようにも、出来ない。レイの頭は混乱状態だ。

「じゃあ、まずは深呼吸をしましょうか。」

「え……え?あ、はい。」

すぅ、と息を鼻から吸い、はぁ、と吐く。この時、レイの中で僅かに気持ちが整理出来たような気が、した。

「よし、じゃあ事情を説明していきましょうか。」

何故レイの家に家庭教師として来ることになったのか。今からその秘密が、明かされるのであった――

 

 彼女の口から語られた内容。それは、レイが去ってからのセイントバードの行動についてだ。セイントバードチームはアステル家がスポンサーとなって行動している。その中で、新生連邦の情報を集める為に今は動いている。それは、二ヶ月前に起きたセントマリア号の事件も関係していた。

 やがて、アインスガンダムに乗って、その強さを見せたレイ。しかしその強さは、新生連邦軍にも目立つ結果となってしまったのである。力を持つ存在として活躍していたレイが、元の日常に戻る。しかし、今の世界情勢を見て、新生連邦軍がより戦力を求める可能性が高いと考えられた。

 今のレイの立場や、置かれている状況。それを、誰かが見ておく必要がある。その適任者が、エリィと言うことになる。彼を新生連邦から守る為には、誰かが彼の存在を確認出来る立場でなければならない。そして、どのようにレイと接触するのが良いかと考えた結果が、家庭教師という形である。レイはジュニアハイスクールの三年生。受験のシーズンだ。子供の受験事情で頭を抱える家庭は間違いなく存在すると考えたエリィは、思い切って広告を作り、募集した。結果、上手に裏工作をして、彼女は家庭教師としてキレス家に入る事が出来る様になったという事であった。

 

「新生連邦が、僕を狙っているって事ですか……?」

「端的に言えばそういう事になるね。だから、貴方を誰かが監視しないと行けないという話になったの。そこで、私が適任かなって思ったという訳!」

その言葉はレイを恐怖に陥れる事になる。彼にとってのかけがえのない日常。それは、誰にも侵される事のないものだ。新学期が始まり、新しいクラス、受験の為にこれから勉強も、頑張っていかないといけないと考えていた矢先の、衝撃。

 レイは困惑した。結局何も、終わっていないのだ。故郷で生活をしていて、友人と、かけがえのない時間を過ごしていても、何も、終わっていない。

 寧ろ、いつ新生連邦軍が迫って来るのかが分からないという新たな現実がエリィから聞かされた。そのショックが、計り知れないのだ。

「こんな……こんな事って……!」

「お、落ち着いて!貴方がいきなり狙われるとか、そんな事はないから!“もしも”の話をしているだけ!だから、用心に越した事はないって事!」

とは言うが、レイは困惑し、そして恐怖している。元の生活に戻れた筈なのに、新生連邦に狙われるかも知れないという事実。それは、果たして元の生活と言えるのだろうか。

 平穏な日常。それはレイが憧れていたもの。MSによる死の恐怖とは一切関係のない、日常。普通の生活。だが新生連邦と言う単語が脳裏を過る時、その不安が彼を包む。

「受験だってあるんだ……僕は、もう普通の生活を送るのに!どうして、こんなのって!」

今の彼は、その危険性の話を信じたくなかった。もう、戦闘に巻き込まれる事も、戦わなくても良い生活を謳歌できるとばかり考えていた。だからこそ、エリィがその姿を見せ、事情を聞いた時に苦悩した。

 レイの眼は、大きく見開かれている。そして、震えている。もし、自分が新生連邦に拉致されるような事があるとすれば……という、不安を抱いているのだ。

 現に、彼は一度クラリスに拉致をされた事があった。そうした体験を、ここでもしていくというのか。もう、何にも怯えなくて良い生活を謳歌する中で。アインスガンダムも、もう何もないというのに。

「レイ君。よく聞いて。」

震えるレイを宥めるのは、エリィだ。彼女の優しい声が聞こえた時、レイは視線をエリィの方に向けた。

「貴方は怯えているかも知れないけど、それは可能性の話。普通に生活をしていれば、新生連邦が貴方だけを何らかの形で襲って来ることはないよ。」

「じゃあ、どうしてエリィさんがここにいるんですか!?本当に安全なら、エリィさんがこんな、家庭教師なんて潜入捜査みたいなことしなくて良いじゃないですか!」

レイの声が響く。エリィは、そっと溜息を吐き、言った。

「うーん、色々と君には説明をしていかないと行けないんだよ。少なくとも、アインスガンダムのパイロットだった、“君”はね。」

「説明……ですか。」

「そう。よく聞いてね。脅しじゃないし、世界情勢の話も絡んでくるから。」

そう言って、再びエリィは説明を行った。

 現在の世界情勢は、新生連邦と平和国の冷戦状態であるという事。それに伴い、新生連邦軍の行動も過激になっていく可能性があるという事。そして、その矛先はアインスガンダムのパイロットであったレイにも及ぶ可能性があるという事。

 つまり、レイの日常を守る為に、彼女はここに来たという事だ。一つ、一つを説明するエリィ。それらを聞いた時、レイの表情は少し、穏やかになる。

「でも、狙われるかも知れないのは変わらないんですね……」

「だから言っているじゃない。“可能性の話”だって。」

エリィは、少しばかり呆れている様子だった。説明をする事で、レイ自身も少しずつ納得はしていくのだが、やはりどこか、引っ掛かる様子だった。

「それで、合理的にレイ君と情報交換が出来るのがこの形という訳なの。家庭教師なら全く怪しくないでしょ?貴方の“日常”の一場面ですもの。」

と、エリィは右の示指を立てて言った。

「Eフォンのメッセージアプリじゃ、駄目だったんですか?」

と、聞くレイ。

「万が一レイ君の身に何かあった時に対応出来ないじゃない。」

と、エリィが答え、レイは頷いた。

「まあ、そう言う事ですよ。貴方の家族さんの前では、メディナ・リアという仮名で過ごして、私と二人でいる時は、エリィ・レイスとして接してね、レイ君!」

とは言うが、やはり彼の日常の中でエリィが目の前に居るという事が、信じられない様子だった。今の彼は、ただ、混乱しているだけ。

 セイントバードの艦長をしていたエリィ・レイスが目の前に居るという事が、おかしい話だ。増してや、エリィが家庭教師をするなど、考えもつかない。

 やはり現実を受け入れ切れていないレイ。それを見て、エリィは溜息を吐き、言った。

「あのね、レイ君。厳しい事を言うけど、君は新生連邦軍の機密兵器を持ち出したの。その上で、セイントバードチームの一員として、大きな活躍したの。それは、私達にとっては良い事ではあるのだけれど、目を付けられても仕方がない事なの。だから、私達が貴方を守らないと行けないの。新生連邦軍は、何をしてくるか分からないからね。」

それは、分かっているようで、分かり切れない事だった。

 全てはあの時、クラリス・デイルに拉致されたあの日が発端なのだ。成り行きで乗ったガンダムは、彼の人生を大きく変えた。日常に戻りたいと願っていても、それが叶う事は果たして来るのだろうか。それは、分からないのである。

「でも、私がこうして定期的に来ることで、貴方は安心して日常生活を送ることが出来る。その事に関しては、心配は要らないよ。ね?」

様々な想いがレイの中で混ざり合う。しかし、エリィがそう答えるのならば、受け入れるしかないのだと、彼は感じていた。

「そう……ですかね。」

レイは、頷いた。

「今の世界情勢はメディアで報道されているからよく分かっているとは思うけど、非常に不安定なの。新生連邦と平和国が対立しつつある状態。そうなれば、戦力を欲する新生連邦が何らかの行動をする可能性は、高いわ。」

その発言をする根拠の一つが、彼等も経験した、日本海での海賊と新生連邦軍の協力である。それらの情報や、セントマリア号の一件が関与し、より、新生連邦軍が不穏な組織である事に繋がったのだ。

 地球上を統一する軍が、民間人にまで関与するという異常な状況。だが、それが現実にまかり通っているのが問題なのである。

「新生連邦って……何なんですか。どうして、こんな事をするんでしょうか。」

「なりふり構っていられないのかもね。恐らく、何らかの形で平和国を排除したいと考えているだろうから。」

と、エリィは髪を掻き撫でながら言った。

「という訳で!レイ君、私は家庭教師をしながら、情報の伝達を貴方にする役になりましたので、改めて宜しくね!」

と、笑顔で答えるエリィ先程までの真剣な表情は何処へ行ったのだろうか。

「あ、はい……あのあの、僕も色々と質問がしたいです。」

エリィの説明が続き、レイ自身も、混乱状態ではあったが、いくつか聞きたいことがあるのも、また事実である。

「エリィさんが家庭教師をやるって言ってますけど、今、セイントバードって誰が艦長をやっているんですか?」

レイの疑問の一つ。それは、誰がセイントバードを指揮しているのかである。

「大尉だよ。」

「ネルソンさんが?」

「うん。そうだよ。」

と、笑顔でエリィは答える。

「あと、エリィさんは何処に住む予定なんですか?家庭教師をする以上は、近所じゃないと難しいんじゃないですか……?」

この疑問もそうだ。だが、エリィは答える。

「ちかくに賃貸住宅があってね、そこで暮らす事になるの。まあ、暫くは気楽な一人暮らしをする事になるわね!あ、もし良かったら遊びに来て良いからね!」

「そ、そんなのは大丈夫ですよ!」

と、慌てふためくレイ。

「フフ、レイ君は本当に可愛いな。でも、油断は出来ない。敵はいつ来るか、分からないもの。」

言ってみれば、家庭教師の皮を被ったボディガード。それが、今のエリィの役割であったのだ。

 妙な感覚に陥ったレイ。自身の日常生活を行う為に、エリィに守られているという、妙な状況。彼はただ、唖然とするばかりであった。

「という訳で、じゃあ早速家庭教師として勉強を始めましょうか。レイ君、この前の定期試験はどうだったのかな?」

「え?家庭教師をするんですか?」

当然の疑問だ。彼は、エリィが“家庭教師の振り”をしてくるものだと、思っていたからである。

「いやいや、あのね、貴方のお母さんからお金を頂いているのに成績が伸びなかったらそれこそ打ち切られちゃうよ。私、これでも勉強を教えるのは得意なんだからね!」

妙な関係が出来上がってしまった瞬間だった。

表向きは、家庭教師と生徒の関係。だが実際は、MS乗りのチームの艦長と、そのMS乗りの少年の関係。互いに、レイの家族に対し、そのペルソナを纏う事になってしまったのである。

「あの、それならボランティアとかでも良かったのでは?」

と、聞くレイ。

「こういうのはボランティアの方がかえって怪しまれちゃうのよ。だから、ある程度格安の価格に設定して、安心してもらう!その方がレイ君の家族さんも安心するでしょう?」

と、エリィはウインクをしながら言った。レイの事を思って、彼女はそこまでしてくれているのだ。それに対し、レイはただ、申し訳のない気持ちで一杯だったのである。

「さて、じゃあ早速勉強を始めましょうか。」

「えっ早速ですか?」

先程までの会話から、突然の勉強の話。レイは、ただ困惑するばかりである。

「当然だよ!私は遊びに来たわけじゃないんだから。あくまでも、仕事に来たんだから、ね!」

と、言いながらエリィは彼が持っている教科書を見た。内容に対して何度か頷き、それらを理解している様子のエリィ。

 彼にとっては不思議な感覚だ。MS乗りの艦長を務める人間が、家庭教師をしているという構図。それ自体が奇妙であり、尚且つ不思議な事である。

 結局、レイはその日、エリィとのマンツーマンで勉強を教わる事になったのだ。その内容は、レイが想像していた以上に過酷であり、彼自身が、妙な息切れ感を起こす程だったという。

 この日、レイはエリィの新たな一面を知る事となった。家庭教師のエリィ。それは、彼の生活の一部として取り込まれていく事になるのであった――

 

 

 

 日常生活を謳歌している筈のレイだが、何故か元の日常を送っているにも関わらずエリィと再会するなど、妙な事が続く様子だった。

 エリィの家庭教師の訪問は週一回。土曜日のみ、昼から夕方にかけて家庭教師を行う。

エリィがカバーをする科目は、レイの点数が取れていない科目のみである。特に、空白の二ヶ月で遅れた分を取り戻す必要がある科目においては彼女のフォローが必要になるという訳だ。しかし、彼の得意科目となれば余計な指導は不要となる。

 例えば今、彼が授業で受けている物理化学。それは三年生に上がった時に選択式の授業として取る事となっている授業だ。二年生まで受講していた理科の応用の授業。

 この授業はこの時代における物理化学の事を学ぶ。MSの兵器で主要に使用されている、ビーム粒子の基礎理論等だ。

 選択式の授業ではクラスメイトの顔ぶれが変わる。物理化学を受ける人間は、大半が男子生徒。何故この科目を受けるのかと言えば、物理化学を受講さえすれば、就職活動に有利になるという話があった為である。

「ビーム粒子と呼ばれる粒子は元々C.W時代に戦争で使われる兵器として用いられて来た事が由来であり、その特性故に兵器として用いられる事が多い粒子という制約があります。実は地球上でも粒子は極、小さな粒子として宙を舞っています。ですが人体には影響を確認されない為、使用上の問題はないとされています。しかしその粒子の数が集まり、熱を帯びる事があればそれは兵器と言う形となります。例えばビーム粒子を放出する為の媒体の電力とビーム粒子が合わさる事で、それは荷電粒子砲という形となり、所謂“ビーム兵器”という形を作ります。これは、MSと呼ばれる兵器や戦艦等でよく用いられたりするものです。但し、大気圏内でのビーム兵器は大気の影響を受ける為に、所謂減衰する傾向にあります。その為、ビーム兵器が主流となるのは主に宇宙となる訳です。また、熱を帯びた粒子は民間企業がネットワークで使用する回線に障害を生じさせます。故に戦闘がある国や場所でのSNSは難しいとされています――」

と、物理化学の基礎の話をする教師がいた。だが、その話を聞いている人間の大半が眠気に襲われている。その中で、教師の話を頷きながら聞いている生徒が一人。レイである。

「キレス君、詳しいの?なんか興味ありげだけど……」

と、聞くのは眼鏡を掛けた男子生徒である、クラークス・ミラックである。彼とはクラスは別々であったが、物理化学の時間は同じクラスで受けていたのだ。

「うん、まあね。」

と、ひそひそと喋る二人。

「MSの事は好きだけど、難しいなぁ……理論とかってあんまり得意じゃないかも……」

と、嘆くクラーク。彼はMSマニアであり、レイとはそういった繋がりでよく会話をしていた。しかし、その兵器に関する物理化学などの話に関しては余り詳しい様子ではなかったのである。

「そして、ビーム粒子で出来た、こうしたエネルギー体は膨大な出力を誇ると言われていますが、水中ではどうなるでしょうか。誰か説明できますか?」

と、教師がクラスの人間に聞いた。しんと静まるクラスメイト。こうした場面で答えられる人間と言うのは、珍しい。分からない事を答え、恥をかくのが嫌だという人間が大半なのだ。

 だが、この時レイが手を上げた。それも、自らの意思で。

「キレス、じゃあ答えて見なさい。」

と、言われ、レイは口を開く。

「水中ではビーム砲といった高エネルギーの兵器類は減衰してしまう為、基本的には使用されません。しかし、エネルギーの基部となる部分から放出されるビーム粒子に関しては、減衰はあれど、ある程度水中で使用することが出来ます。その例えが――」

と、レイがすらすらと答える。それを見ていた、物理化学を受けていた生徒達が皆、彼の方を見ていた。

「も、もう宜しい!随分と詳しい様子だね。いやはや。」

と、教師は苦笑いを浮かべていた。眼鏡を掛けた、初老の教師であった。

 レイは、この時海中での新生連邦や海賊との戦いを思い浮かべていた。それ故に、言葉を発してしまったのである。彼の戦闘中の経験が、発揮された瞬間であった。

「キレス君、凄いね!まるで見て来たみたいに話すね!」

と、関心を抱くクラーク。

「い、いやあ……僕、こういうの、好きだから……」

“好き”ではない。実際に経験したから、その経験を語っただけに過ぎない。だが、そのような話等出来る筈がない。彼の実情を知るのはリルムのみ。それ以外の生徒は、彼の事を知る筈がないのだから。

 しかし、このクラスの端で、レイの発言に対し、快く思わない人間が居たのだった。

 

 

 

「おい引き籠り野郎!!」

放課後の部活動。サッカー部で準備運動をしていたレイに声を掛けてきたのは、イース・ハドラスだった。サッカーに関しては天才的な才能を持つ少年だが、口調が悪く、余り好かれている様子ではない、生徒。

 事情を知らない彼は、レイが登校を再開してから彼の事を、“引き籠り”と馬鹿にするような発言をする。レイはそれが嫌に思えて仕方がなかったのだ。

「なんであんなに堂々と答えられるんだよ?偉そうにさ!普段は地味で女みたいな顔してる陰キャ野郎が偉そうに!なんかムカつくわ、マジで。」

顔を近づけるイース。レイは、彼と顔を合わせようとしなかった。ただ、嫌だった為である。

「別に、知ってる事を言っただけだし……」

「あの白髪もビビってたぞ!キメえんだよ!」

と、更にイースはレイに対して顔を近づける。

「大体な、お前いつの間にエリアスと仲良くなってんだ?口、利いてなかったんじゃねえのかよ!?」

イースとはクラスが違うのだが、リルムが男子生徒に人気であるが故に、レイとリルムが喋る瞬間を、他の生徒に見られている。その中の一人に、イース・ハドラスが居たのだ。

「か、関係ないでしょ……」

と、否定するレイ。しかしイースは明らかに苛立っている様子だった。

「お前等が仲良くなるとな、いずれ俺とミアーといずれダブルデートしなきゃならなくなるだろうが!お前みたいなオタク陰キャ女顔野郎と一緒にデートなんてしたくねぇんだよ!」

イースは、リルムの友人であるミアーと交際をしていた。それ自体はレイにとっては何も思わない事。

しかし、イースの方はレイと一緒に居る事が嫌だという。その理由も、全く理に適っていない。感情極まっている内容だ。

 彼等のようなティーンエイジャーというのは直感的に行動をする人間が多い。理性的で、合理的な人間関係を築くことが出来る人間は、数少ない。イース・ハドラスもその一人だ。サッカーの天才と呼ばれている人間であるが、結局は年相応の人間。所詮は子供なのである。

 レイは、何も言い返せなかった。別にリルムとは交際をしている訳ではない。だが、明らかに自分の事を馬鹿にしてきたイース。これに対して何も言えないのは、正直情けないと感じていたのである。

 その後部活動は何事もなく終わったが、嫌な気分だけがレイを襲ったのだった。

 

 

 

 部活動の帰り道。レイはモークと共に帰っている。その際に、リルムと合流していた。三人で帰路を歩く光景。この光景も、レイにとっては有難い光景の一つである。部活の途中でイースに言われた事も、少し忘れられるような気がしていたのだ。

「リルムも遅かったね。」

レイが声を掛けた。

「学園祭の準備が大詰めでねー。あれで時間が掛っちゃって……」

と、苦笑いを浮かべるリルム。生徒会に所属している彼女は、近々ベレーナジュアハイスクール内で行われる学園祭の準備に追われていたのである。

 学園祭。年に一度の学校の祭り。全校生徒がその為に居残りをしたり、出し物等の準備をする。それらに意気込む者や、そうでない者等、様々ではあるが、それらを取り仕切るのが生徒会であり、リルムはそのメンバーとして残っていたのである。

「来週だもんね。もうすぐ。」

「とりあえず飯さえ食べれたらいいや。」

と、能天気なモークは言う。その言葉に、リルムは笑う。

 この三人で歩く帰り道が、レイにとって嬉しい時間だ。友人と、幼馴染。皆が仲の良い状況。穏やかな時間。部活中の、嫌な事さえ忘れられる、時間。

 そして、レイはリルムの事を想っている。密かに抱く恋心。表面上では笑顔でも、実際は違う。彼女の事がいつしか好きという感情へ変わりつつあるのだ。

部活動中にイースに馬鹿にされたが、もし、リルムと付き合う事が出来たのなら、やはりそのような事になったりするのだろうかと、ふと考えるレイ。いや、それ以前に付き合えるのかも分からない。何故ならば、その想いを伝えていないから。

 

「あれ、レイ君?」

その時、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。その方向を見ると、そこには眼鏡を掛け、キャップを被っている女性の姿が。

 メディナ・リアという仮名で過ごしている、エリィがそこに居たのだ。彼女とここで会うのは、全くの偶然であったのだ。

「エリィさ……いや、メディナ先生!」

慌てて言葉を修正する、レイ。エリィは笑顔を浮かべている。

「先生?え、レイの知り合い?」

「うん、実は言ってなかったんだけど、家庭教師始めたんだ。エリ……違う、メディナ先生はその先生だよ。」

やはり、仮名でエリィの事を呼ぶのは辛そうな様子のレイ。

「凄い美人……こんな人に勉強を教えてもらってるの?」

エリィのプロポーションは、ティーエンジャーである彼等にも一目で分かる程である。眼鏡とキャップ、そして括ったロングヘアーを見ても分かる整った顔立ち。その上での脚の長さ、胸の大きさ。その完璧とも言える美貌は男女問わず見る者を魅了する。

 まるで、トップモデルかのような印象を持たれたエリィ。リルムの言葉を聞き、ふと、笑みを浮かべていた。

「う、うん……まあ。」

対するレイは僅かに困惑している様子だった。彼はエリィの事を良く知っているだけに、まさかこの状況を彼女に見られるとは思わなかったのである。

「レイ君は学校の帰り?」

「あ、えと……そ、そうです!部活動の帰りです!」

「フフ、いいね!青春を謳歌してる!じゃあ、また土曜日に!」

と、エリィは一瞬リルムの方を見た後で視線をレイの方に向け、笑みを浮かべる。その後、手を振りながら去って行った。その姿を、呆然と見つめるのはモークだった。

「モデルみたいじゃねえか……レイ、お前いつの間にあんな家庭教師に教えて貰ってんだよ!ずるいぞ!教えろ!俺も雇うわ!」

エリィの美貌に魅入られたモークは、レイを羨ましく思ったのだろう。彼の頭をぐいと持ち、押さえつけた。その力は強いものではないが、レイはやや、困惑している。

「む、無理だよ!専属だって言われてるし!」

「何だと!?お前マジかよ!!」

と、更にモークはレイの頭を抑えつける。

「ちょっと止めてよモーク!けど家庭教師かぁ。うちも、塾とか通い始めないとなぁ。受験も控えてるし。」

エリィがきっかけで話題が弾んだ三人。

 レイにとっては不思議な光景ではある。日常生活でお馴染みの三人と、非日常で世話になったエリィが同じ環境で顔を合わせるという状況。それを詳細に知るのは、レイのみ。無論、家庭教師のメディナが実はMS乗りの艦長をしているという話等、する筈がない。それは、最早お伽話のようなものなのだ。

 

 

 

 学園祭が近づく中、別の日にて。昼休みの時間、昼食を食べ、席に戻ろうとした時だった。

「なあ。」

突如、レイは声を掛けられる。その方向を見る、レイ。

 そこに居たのは長身の男子生徒だった。身長は、推定180センチメートルはあろう、長身の男子生徒。レイの身長が165センチメートルである事を考えると、如何に背が高いかが分かる。

「えっと……?」

クラスメイトの人間だったのだが、席が離れている人間。一見では、寡黙であり、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出している生徒。友人はそれなりにはいる、その男子生徒。目はやや垂れ目であり、物事を呆然と見ているような印象を持つ。

「レイ・キレスだよな。二ヶ月間学校来てなかったのって確か、お前だよな。」

「え?あ、う、うん……」

レイは対応に困っている様子だった。

「ちょっと屋上来いよ。」

レイはびくりと反応した。言葉が怖い。殆ど……いや、全くと言って良い程会話した事のない男子生徒にそのような事を言われるのだ。何かあるのではないかと考えるのが普通だろう。

 だが何故?全く覚えがない。そもそも、この生徒と喋る事自体も今回が初めてだ。何か、彼にとって不利益な事をした覚えも、ない。だからと言って、断る理由もない。

 レイはこの男子生徒に連れられ、屋上へ向かう事になった。何を言われるのか、されるのかは分からない。どちらかと言えば、不安の要素が大きいと言えた。

 

 

 屋上は風通しが良い。だが、普段この場所に立ち入る生徒は少ない。何故ならば、基本的にこの場所への立ち入りは禁止されているからだ。

 だがレイを連れた男子生徒はあえて彼をここに連れた。そして、ドアを開け、近くにある段差に座る。レイにも、その場に座る様に言った。そして、男子生徒はまるで睨むようにレイをじいっと見る。

「改めてお前を見るとさ、ほんと女みたいな顔だよな。学ラン姿が違和感しかない。女学生の服とか似合うんじゃね?」

「え?」

何を言っているのか……と、困惑するレイ。

「いや、今はそんな事どうでもいいや。あ、えーと……そうそう、俺の名前知ってる?」

レイは、男子生徒の事を把握していなかった。無理もない。彼とは出会ってまだ二週間も経過していない。

だが、相手はレイの事を知っていた。その相手の名前を知らないのは、失礼であると、彼は考えていた。しかし、分からない。思い出せないのだ。

「ご、ごめん……分からない。」

生徒は少し、溜息を吐いた。レイは彼と目線を合わせるのを、少し躊躇っていた。

「俺はトラン・オセイド。ベースボール部所属。まあ、宜しく。」

と、冷淡な様子で握手を求める、男子生徒。名は、トランと言った。彼が名乗った時、レイは目線を合わせた。レイもそれに応じ、握手を行う。握手をするという事は、悪い事ではないのだろう。

 手から感じる握力。その強さは紛れもなく、彼の力強さを感じた。対するレイの手は、華奢で、やはり少女のような手つきだ。レイは自らの手を好きに思えない。男らしさを感じない為だ。この時レイは、トランの手を羨ましいと、感じていた。

「ああ、そうそう。話ってのはさ、エリアスの事についてだ。」

「リルムの?」

トランは、リルムの事を知っている様子だった。対するレイはトランの事を全く知っている様子ではない。一体、どういう事だというのか。

「お前等って、付き合ってないのか?」

「え……?そ、そんなのは……!」

付き合ってはいない。レイの方から一方的な好意を持っているのは間違いないが。改めてそのように言われると、レイ自身、困惑するのは明確だ。

「その……トランは、リルムとどういう関係なの?」

今度はレイが聞いた。今まで自分が知らなかった人間が、彼がよく知る幼馴染の話をするのだから、その疑問は至極当然と言える。

「俺の彼女がエリアスと友達でさ。よくエリアスがお前の話をするんだって。そこから彼女を通じて俺と喋るけどさ、俺、お前の事知らねえし。良い機会と思ってさ。」

と言いながらトランは手に持っていたジュースを、一口飲む。

(多分……トランは良い人だ。僕を知ろうとしてくれている。)

内心で、彼は思った。それと同時に、リルムの交友関係をあまり把握できていない事を感じていた。

 ジュニアハイスクールに進学してからリルムとはよく喋っていた。だが、彼女の人間関係までは、把握出来ていない。それはレイの人間関係を、彼女が分かっていないように、それは当然の事。

 個人で形成する人間関係は、他人とは違う。いくら友人や恋人、家族であれ、それぞれが形成する人間関係は異なる。それらから繋がり、関係を築く事もあるだろうが、所詮は人と人の問題。親族、友人であれ、それらは関係ないのだ。

「じゃあ、リルムとも喋ったりする?」

「まあ、たまにだけど。」

トランは頭を掻きながら言った。

「僕は、リルムの事をよく分かっていなかったのかな……」

と、何気なくレイは呟いた。

人間関係の把握というのは、一見では難しい。幼馴染とはいえ、それぞれ経験している事も異なるからだ。

「お前はエリアスの事をどう思ってんのよ。」

気だるそうな様子でトランはレイに言った。

「え?そんな、いきなり……」

ほぼ、初対面の人間に、そのような話をされるとは思わなかった為、レイは困惑している。モークともそのような話はしなかった為、不思議な感覚であった。

「ま、学年が変わって、更に知り合ったばっかりの人間に恋話するのもどうかとは思うけど。」

トランは、そっと呼吸をし、言った。

「分からない。リルムとはどういう関係でいるべきなのか……」

今、こうして改めて話をする事で、リルムの事を考える良い機会となったレイ。

 ジュニアハイスクールに進学し、何度かリルムとは一緒に出掛けたりした事はあった。学校の帰り道を一緒に歩いたりした事はあった。だが空白の二ヶ月の事や、その出来事を伝えた時、一度リルムとは口を利かなくなった。

 新学期になり、久しぶりにレイと喋るようになったリルム。それは、良い事ではあるが、トランの言葉を聞き、交友関係が把握できていなかった事を、知ったのである。

「それにさ、この前の部活の時、お前ハドラスの奴に偉そうになんか言われてたよな。」

先日の事だ。部活動でイースがレイに対して言っていた台詞。レイはそれを思い出し、不快な気分になった。

「ジャイスとハドラスが付き合ってて、お前とエリアスが仲良くなると、ダブルデートしないと行けなくなるから、嫌とか言ってただろ。あいつ。」

「あれ、聞こえてたんだ……」

ベレーナジュニアハイスクールの校庭は、放課後はベースボール部とサッカー部が主に使用している。先日の件は、ベースボール部であるトランの耳にも聞こえていたのである。

「ああいうのうぜえんだよな。自分の事しか考えてない野郎がいるのって、ほんと迷惑っつーか。」

その様子から、トランもイースの事を嫌に感じている様子だった。高圧的であり、自己中心的な人間のイースを嫌う人間は、部活動以外にもいたという事になる。

「でもさ、俺は仮にエリアスとお前が付き合う事になって、ダブルデートになったら歓迎だよ。」

「え……?」

気だるそうな印象を持つトランだが、この時、自然な笑みを浮かべていた。何故だろうか。その言葉が、レイにとっては嬉しく感じられたのである。

「俺の彼女……イーシャ・ヘレンって言うんだけどさ、エリアスとは仲良くしてくれてるし、幼馴染のお前の事を知らないのもどうかと思ったんだよな。」

イーシャ・ヘレン。レイとは一度もクラスが一緒になった事のない人間だ。その為、どのような人間かはよく知らない。しかし、リルムはイーシャとは仲が良い。それもその筈。イーシャは生徒会の人間だからだ。それから繋がり、彼女達は仲良くなったのである。

「こうやって喋ってみたら、お前良い奴っぽいし。仲良くしても良いかなって。誘い方強引だったけど。」

その言葉はレイにとって喜び以外の何者でもない。突然の屋上への勧誘は驚愕したが、話してみれば、会話のし易い人間である事が分かる。

 この瞬間、レイに新たな友人が出来た。トラン・オセイド。普段から一緒に行動する仲というわけではないが、幼馴染の友人を介して、仲良くなったのである。

「レイ……で良いか?呼び方。」

「うん。僕も、トランって呼んて良い?」

「勿論。あとさ、お前って物理化学得意なんだろ。また今度教えてくれよ。」

思えば、トランも物理化学を選択授業で受講している人間だ。先日のレイの質疑応答が印象に残っていた彼は、レイという友達を作り、勉強を教えてもらうきっかけとなったのである。

 人間は得意分野があれば、そこを認める人間と、そうでない人間に分かれる。それぞれの価値観がその人間達にはある為だ。勉強が得意ならば、その人間に勉強を教わるだろう。だが勉強が得意過ぎても、それを妬む人間がいるのも、また事実なのだ。

「またお前にイーシャの事、紹介するよ。イーシャは俺と幼馴染で、色々とあって交際に至ったっていうか……」

「そう……なんだ。」

レイにとって、それは吉報だった。同じような立場の人間がいると、分かったからだ。

 まるで神が与えたかのような偶然。ある種、自分と同じような立場の人間と仲良くなれるとは、思わなかった。トラン・オセイド。三年生になってからのクラスメイト。席は離れているが、好意的に接してくれる彼の存在を、レイは今日、強く印象に残したのであった。

 

 

 

 学園祭の日が来た。ベレーナジュニアハイスクール外からの、地域の人々が出入りし、賑わう祭り。生徒や教師達は勿論、地域の人間も楽しそうな表情を浮かべている。

 出し物はそれぞれのクラスによって異なる。飲食店をするクラスや、美術を展示するクラス等。レイのクラスは雑貨店であり、内部からも、外部からも客人が来る。個性的なアクセサリー等が格安で購入できる事もあり、人気はそれなりに、あった。

 店番でない時に、レイはモークと校内を歩いていた。そこで、トランと偶然にも会い、三人は合流。そして、リルムとイーシャとも合流し、五人での移動が始まった。

 モークからすれば、トランの存在は顔見知り程度の関係であった為、最初は困惑している様子だったが、トランがリードするように話をした為、次第にモークとも仲良くなっていく。

「リィルの幼馴染って君だよねー?キレス君!」

リルムの事を、“リィル”と愛称で呼ぶイーシャ。その事から、余程仲が良い事が伺える。

「あ、う、うん。」

「よろしくー!」

イーシャは彼が想像していた以上に気さくな印象を持つ、女子生徒だった。トランの気だるそうな印象とはかけ離れた、明朗な少女。彼女が、リルムの友人なのだ。桃赤色の髪色に、ツインテールが、より彼女の明るさに拍車をかけている。

 校内を巡る五人。会話はそれなりに弾み、彼等にとって楽しい時間が過ぎて行く。

「レイ、いつの間にイーシャと仲良くなったの?」

「トランが教えてくれたんだよ。」

「オセイド君が?」

「うん。」

リルムとの会話も、弾む。この瞬間がレイにとって楽しい時間であるのだ。好意を持つ人間との会話は、一際楽しく感じられ、心が踊る。特に、彼のようなティーンエイジャーならば尚の事だ。

「なんか俺、このメンバーで浮いてる気がするんだよなぁ……」

一人、モークはつまらなさそうな表情を浮かべている。レイとリルム、トランとイーシャのように、特に親しい女子生徒がいる訳でもない彼にとっては、少々寂しい時間なのかも知れない。

 やがて五人は記念撮影を撮る為、校舎の前に集まり、Eフォンを使い、記念撮影をした。その時、モークは違和感を覚えながらも満面の笑みを浮かべていた。

 この日常こそが、レイにとっての理想。生死を伴う環境に身を置いたからこそ、彼は今の時間を謳歌出来ている。その上で出来た新たな友人。皆と過ごす学園祭。この時間は、周りの友人以上にレイにとってかけがえのない、時間と言えた。

そして、彼は写真撮影の際、リルムの傍にいたのである。彼女との距離は、20センチ程度離れていた。それが、今の時間を楽しんでいるレイにとっては、少しばかり寂しい気持ちにさせたのだった。

 

 

 

 学園祭が終わってからの土曜日。エリィが家庭教師として来る日だ。母、カレンに挨拶をするエリィ。そして、レイの部屋に訪れる。

 今日の服装はやや、刺激的と言える恰好をしていた。臍を出しており、黒いタイトジーンズに、白い三分丈のシャツ。その格好にレイはやや、驚いた表情を見せた。

(なんか、刺激的だ……)

と、レイはやや恥じらう様子を見せる。

「ヤッホー、レイ君。学園祭は楽しかったかな?」

レイの眼を見て、じいっと顔を覗かせる、エリィ。

「あ……はい、楽しかったです!」

と、レイは笑みを浮かべた。

「それは何よりだね。フフ、青春してる。ねえ、写真とかないの?」

と、言いながら彼女は鞄を下ろし、椅子に座る。

「ありますよ?」

と、言いながらレイはEフォンをエリィに見せる。そこに映る、様々な光景。催し物の光景が一枚ずつ写真に収められている。

 その中で、エリィは五人が映っている写真を見つけた。

「仲良さそうだね!レイ君、本当に学校生活を満喫してるね。」

エリィに、自然な笑みが浮かぶ。レイの幸せを、願っているが故の笑みなのだろうか。

「あれ、この子、前に一緒に居た子だよね?」

ふと、五人が映る写真を見るエリィ。そこに映る、レイと微妙な距離を作っているリルムに注目したのだ。

「はい。僕の幼馴染なんです。」

「ふぅん。」

エリィは、何故か素っ気のない返事をした――

 

ギュッ

 

エリィがレイの首元に対し、自らの腕を絡ませてきたのはその瞬間の時だった。しなやかな筋肉の柔らかさが、レイの首に伝わる。まるでシルクのような肌触り。エリィの綺麗な腕が、彼の首筋の表在感覚から感じられた。

「あ、あの……エリィさん?」

突然の行為に、レイは困惑する。少女のような顔つきの彼の首筋に抱きつくエリィ。まるでそれは、仲の良い姉妹のように見える。

「なんか妬いちゃうかも。」

「えぇ……!?」

何に対しての嫉妬だというのか。レイには、理解が出来ない。

「だってさ、私達は常に命懸けの環境で今まで戦ってて、その中で私はレイ君っていうオアシスを見つけて喜んでたのに、レイ君はその子と仲良くしようとしてるもの。ずるいなって思ったの。」

突然の行動と、台詞はレイを困惑させる。彼女は一体、何を言っているのか?

「エリィさん、何を言ってるんですか……?」

「平和な環境で、青春を謳歌してるレイ君に、ちょっとだけ嫉妬してるんだよ。」

エリィの声が、寂しそうに響く。そして、彼女の言葉には違和感があった。

 レイの環境に対して嫉妬しているのなら、何故レイの家庭教師という立場を取ったのか。先程の言葉との乖離が見られる。その態度には矛盾が感じられた。彼女の言葉の意味が、分からない。

「ねぇ、レイ君。覚えてない?私、自分の事を“悪い大人”だって言った事。」

「えっ――」

それは、アレクサンドリアに降り立った時。落ち込むレイを、誘惑した時の事であった。

 

カプッ

 

レイの耳垂に、僅かにこそばゆい感覚を覚えたのは、エリィの誘惑するような言葉がきっかけだった。

 彼女は口唇を使い、レイの耳に優しく触れた。スキンシップなのだろうか。ただ、レイにとっては、驚愕する事でしかないのだ。

「ひあっ!?」

反応するレイ。それと同時にエリィはレイの首筋に触れてきた。

「ちょっ、エリィさん!やめて……下さいっ!くすぐったいです……!」

「嫉妬してるから、やめないんだからね。それにここ、レイ君のお家でこんなイケない事をするなんて、悪い大人のする事だからね。このまま、食べちゃうんだから。」

と、言いながら更に甘く、耳垂を噛む。

「ひやぁぁっ!ダメぇ……!」

拒否するレイだが、その反応がエリィの嫉妬心に更に火を付けた。

 だが、レイはエリィの突然の行為を嫌がる様子がない。本心では喜んでいるのか?それすらも、今のレイには分からないのだ。

「こんな、突然……ダメですよ……!ふぁぁぁっ……!」

「フフ、レイ君は耳たぶが敏感なのかな?」

目を疑うような光景だった。セイントバード内でも何度かエリィはレイを誘惑するような行動をしてきたが、今回はあろうことか、直接彼の身体の一部を噛んでいるのである。その仕草をするエリィは、一体何を意味しているのか。愛情?嫉妬?単なる好奇心?レイに対する扱いとは、一体何なのか。

「僕の、家の中なのに……こんなの……あああっ……!」

声は大きく上げられない。もし家族に聞かれればまずいと、分かっているからだ。しかしエリィは止める様子を見せない。寧ろ、行動はエスカレートしていく。

「可愛い声……フフ、自分の家で、こんな事されてる気分はどう?」

「嫌……ですよ……」

「嫌なら、強引に離せばいいじゃない。はむっ」

更にエリィはレイの首筋に口唇を近づける。ピクリと反応するレイは、身体を震わせた。

「はぁっ……ああぅ……!」

レイは顔立ちも去る事ながら、声も甲高い。その上でエリィから受ける、優しくもくすぐったい感覚。それを少しでも感じるだけでも、喘ぎ声に似たような嬌声を上げてしまう。

 レイ自身、それは余り良い感覚とは言えなかった。恥だと、思っているからだ。だが一方で、エリィのような美女にこのような破廉恥とも言える行為をされている事に対しての悦びも、同時に感じ取っていたのである。

 困惑と愉悦は表裏一体なのだろうか。この状況に陥った時、人は果たして、どのように対応すれば良いのだろうか。嫌ではない、しかし、その行為を続けられる事は果たして、良いと言えるのだろうか。相手は、自分が世話になった美人の艦長。その彼女が、あろう事かレイの耳垂を舐め、首筋を甘く噛んでいるのだ。それも、レイの部屋で。

「レイ君は、どんな行動を取るのかなぁ?私を拒否する?それとも、受け入れる?いっそ、部屋でやってはイケナイことやってしまう?アハハ……」

と、言いながら、意地の悪い行動をするエリィ。レイの鎖骨部まで口唇を触れ、その指で反対側の耳垂を優しく触れた。

「ふぁぁっ……」

再びレイは嬌声を上げた。聞かれたくもない、声。思わず出てしまう声が、恥ずかしい。

「私を受け入れたら、私にしか興味なくなるって事を認めるってコトになっちゃうよ?私は、それで嬉しいけれど。」

「それって……?」

レイが聞いた時、エリィは先程までの挑発的な行為を止めた。

「それは、レイ君自身の心に聞いてみたら?」

「心って……?」

「分かってる癖に。その子が好きなんでしょ?」

エリィは、Eフォンに映る写真の、少女を指差した。レイと僅かな距離を空けて映っている、目が大きく、ブラウンヘアーの愛らしい少女。リルム・エリアスであった。

「す、好きって……!僕は、そんなのじゃ……」

咄嗟に否定するレイだが、エリィはそれを見てくすりと笑った。

「その分かりやすい反応は明らかにその子を意識しているって何よりの証拠だよ。本当に君は分かりやすいなぁ。」

レイの首元をその滑らかな指先で優しく、伝うように触りながら、エリィは言った。

「ふぁぅっ……くすぐったいです……」

レイの呼吸が、僅かに早くなった。恥じらいを感じているのだろう。

「前にレイ君達が下校中に会った時も、その子と居たじゃない。名前はなんて言うの?」

「リルム・エリアスです……」

レイは恥ずかしそうに、言った。

「こんなに可愛い幼馴染が居るのに、私に触れられて悦ぶなんて……。前にレイ君は美人局に引っ掛からないって言ったと思うけど、あれは前言撤回かな。思いっきり、私と言う名の美人局に引っ掛かりそうじゃない。」

エリィは右示指を口元に持っていき、首を横に傾げる。

 レイは、不快な気分になった。彼女が自らレイを翻弄するような事をしておいて、一方的に浴びせられる、罵倒に近い言葉。リルムを想うレイにとって嫌な感触を覚えていた。

「エリィさんは……最低です……」

「え?」

今度はレイが抵抗するように言った。

「エリィさんだってこんな、僕を誘惑するような事、しないで下さい!僕だって男なんです!こんな事、されたら……」

恥じらうレイ。そのように言われ、エリィの表情はやや、険しくなる。

「レイ君は誰を選ぶのかをハッキリしないから、そうなるんじゃない。優柔不断なのが一番良くないのよ。だから私と言う、悪い大人に触れられて、内心、悦んでいるんでしょ?可愛い変態さん。」

「悦んでないですよ!それに、変態ってなんですか!?」

「変態じゃなかったら人前であんな女の子みたいな、喘ぎ声なんて出せないよ。」

「だから恥ずかしいんですよ!ああ……」

と、言いながらレイは両手で顔を覆う。この時、エリィは完全にレイから距離を置いていた。彼女なりに、レイの気持ちを察していたのである。

 そして、その上でエリィは言った。

「レイ君は贅沢だ。平和な時代と環境に生きて、こんな可愛い幼馴染がいて、好きだって分かっている筈なのに想いを伝えない。私は違った。あの人しか、見えなかった。時代が違うなら、もっとデートだってしたかったし、もっと恋人らしい事をしたかったわ!」

エリィの表情に、余裕がなくなっていく。彼女の中にいた、かつての恋人の事が、今、思い出されているのだ。

 それは彼女のエゴである。それは、分かっているつもりだった。だがそれを、抑えきれなかったエリィは、このような悪戯をレイにしてしまったのである。

「レイ君だからなんだと思うの。私がこんな、悪戯をしてしまうのは。どっちつかずが一番

良くないよ。本当に好きな人は誰か。その人を明確に決めて、想いを伝えたら良いの。」

「想い……」

リルムに想いを伝えられれば、この気持ちはすっきりとさせることは出来るだろう。そうであれば、いかに楽か。

 だが幼馴染という関係だった彼等の関係を、進めて良いものなのかという迷いもレイにはあった。相手に対して想いを伝えるということは、関係性が壊れてしまう可能性も否定出来ない。レイとしては、それは避けたいという気持ちもあった。

「レイ君が明確に好きな人を決めないと、私が君を食べちゃうんだから。悪い大人に翻弄されても良いっていうなら話は別だけれどね。」

エリィの言葉は本心なのか、冗談なのか。それは全く分からない。ただ、レイは今、気持ちが揺れ動いていた。それを、エリィに煽られた気分になったのである。

「レイ君だから、私はちょっかいをかけたりしたんだよ?レイ君だから、耳を噛んだり、首筋を触ったり、ちょっとやらしい事だってしてあげたんだ。他の人に絶対そんなのしないんだから。でも、それを乗り越えるのがレイ君だって、私は信じてますもの。」

(この人……)

エリィなりの愛情表現であり、応援なのだと、レイは感じ取った。しかし過剰ともいえるスキンシップはただ、困惑させるばかりだ。

「さあ、レイ君は悪い大人の誘惑にも耐えて、好きな人の為に出来る事……それは、何かな?」

レイがすべき事。それは、分かっている筈だった。しかしその言葉が出ない。怖いから?関係が崩れるのを、恐れているから?

 想いを伝えるには勇気が要る。並大抵の勇気ではない。全てを把握した上での勇気だ。その後の事を深く考えない事も、求められる事があるのだ。

「……ごめんなさい、分からないです……」

レイは、はぐらかした。分かっている筈の言葉を、言わなかったのだ。

 エリィは溜息を吐き、表情を再びしかめ、レイの額に向けて示指を伸ばして、言った。

「あのね、レイ君!その人と幼馴染で仲良しってことは、幼い頃からずっとお互いを知っていた訳でしょ?一緒にお風呂に入ったりしたんでしょ?」

「ええ……って!どうして突然お風呂の話が出るんですかぁ!?」

顔を赤めるレイ。彼のようなティーンエイジャーが、想い人の裸を見て緊張するのは、至極当然と言える。

「なのに年齢重ねたからって奥手になってるようじゃダメだよ!レイ君は確かに女の子みたいで可愛いけど、心まで女の子である必要はないよ!君には取るべき行動があると、思うんだけどね?」

エリィの言葉はレイに響く。彼女は、彼女なりにレイの事を考えていたのだ。やや、強引なスキンシップではあるが、レイに素直にいて欲しいと、彼女は思っていた。

 その答えは、一つしかない。リルムに想いを伝える。たった一つのシンプルな回答。それだけだ。

「想いを……伝える……リルムに……」

本人が目の前にいる訳ではないのにも関わらず、何故かレイの心拍は上昇している。胸の高鳴りは何を示すのか。それは、紛れもない、“好き”という気持ちである。

「そう、素直じゃないとダメだよ。その気持ちこそ、今のレイ君に必要な事だと思うんだ。」

エリィは、うんと手を伸ばした。ストレッチ動作を行い、その際に肩関節の骨が、音を立てた。

「エリィさんは……」

「ん?」

今度はレイが、エリィに対して聞いた。

「僕の事を、どう思っているんですか?まるで、僕がリルムと……その……付き合わせようとしてくれてるように、思うんですけど……なんか、スキンシップが過激っていうか……」

只の恋のアドバイスならば、言葉だけで良いだろう。しかしエリィのスキンシップの過激さに、レイは妙な感覚を覚えていたのである。

「……さあ、それには答えません。」

「え……どうして?」

「それは、私が大人だからだよ。大人は余計な事は答えないの。」

エリィは示指を左右に振り、言った。

(やっぱり、この人が分からない……)

レイは首を傾げ、思っていた。それと同時にエリィは持参していたミネラルウォーターを口に含み、喉を、二回鳴らした。

「レイ君、逆に聞くけど、どうして私が君にその子に想いを伝えるように促すか分かる?」

「え……どうしてですか。」

エリィからすれば、関係のない人間だ。彼女にとって大切なのはレイの安否である。なのに、レイの幼馴染であるリルムの事について聞いてくるのは何故なのか。

「それはね、レイ君の場合受験に大きく影響するからよ。」

「受験に?」

レイは、首を傾げた。

「例えば、私がジュニアハイスクールの生徒だとします。当然女子生徒ね。ある日、私に好きな男の子が出来ました。それがレイ君。これは仮の話だけれど。私はレイ君にどうしても気持ちを伝えたい。でも失敗したらどうしよう……とか、そりゃ考える気持ちも分かる。」

得意げになり、エリィは口を開き始めた。エリィの動きの変わり様に、レイはただ、翻弄されるばかり。

「でもね、この心のモヤモヤを解消しないと晴れて受験に挑めないよ~。いくら学校の成績や模試とかの成績が良くったって、心の中にモヤモヤしたものがあると、どんな人でも本来の実力が出せなくなるの。それは受験に限らず、どんな状況においても……だけれど。」

再びエリィはミネラルウォーターを飲み始める。今度は、三回喉が鳴った。

「まあ、何が言いたいかって言うと、モヤモヤした気持ちはすっきりとさせて、そこからレイ君にとっても心残りのない青春を謳歌して欲しいって事!そう言う意味でも、心理的な面っていうのはとても大事なの。特に、受験においてはね。その子の事が本気で好きなら、早く想いを伝えた方がいいよ。」

エリィの言葉がレイに刺さる。想いを伝えた方が良いと言う、分かりやすいアドバイスは今のレイに決意を固めるのに十分な効果を発揮した。

 心理的に負荷が掛かる時、人はその持ち前のパフォーマンスを発揮する事が難しくなる。それはエリィの言う、受験に限らない。スポーツ場面や、仕事の場面。あらゆる場面でそれらは重要だ。だからこそ、心理的な充足や、足枷は払った方が良い。レイのようなティーンエイジャーはそうした事で悩みを抱え易い。それ故の、エリィのアドバイスだ。

「どうして、そこまで言ってくれるんですか?」

レイは素朴な疑問を投げかけた。

「私の立場、分かる?今、私は君の家庭教師なんだよ。教えた内容が試験や模試に反映されないと、私が困っちゃうの。点数が取れないと私の責任になってしまうんだから。個人契約でここに居るのに。」

「あ、そっか……」

エリィの立場を考えれば、レイの成績が下がる事があれば家庭教師としてこの家に居れなくなる。そうなれば、襲い来るかも知れない新生連邦の魔の手から彼を守る事や、近況の確認が出来なくなる可能性が高くなる。彼女としても、それは避けたいと思っていたのである。

「さて、お話はおしまい。そろそろ勉強を始めましょうか。まあ、レイ君がその子に仮に振られても、私がさっきみたいに触れたりしてあげるから。フフッ!」

「もう!縁起でもない事言わないで下さい!」

レイは明らかに嫌がる様子を見せていたが、エリィのアドバイスは彼の中に大きく残った様子だった。やや過激とも言えるスキンシップはあったものの、レイは内心で、リルムへの想いを伝えようと、決める事にしたのである。

 やがてレイは教科書を取り出し、勉強する準備に入る。その際、エリィは自身のEフォンを取り出し、写真を開いた。そして、レイと映っている写真を、静かに消去したのであった。

 

 

 しかしながら、すぐにその行動に移るのには当然ながら難しい。人に対して想いを打ち明けるというのは答えが決まっている数学の公式や、信憑性が非常に高いとされる科学的根拠が示された論文等と違い、全く形がないものである。故に難しく、何が正解なのかは不明だ。

 レイのようなティーンエイジャーにとっては、特にそうだ。それ故に、人によってエピソードが異なる。だからこそ、何らかの会話をする場面ではその馴れ初めの話題は盛り上がり易いと言えるのだ。それが成就する者も居れば、散る者もいる。そして、それぞれの対応は人により異なる。答えのない、話だ。

 エリィはレイのリルムに対する想いに対し、“大人”としてアドバイスをした。それはレイの為でもあり、彼女自身の為でもあった。

 しかし想いを伝える事は、その環境、状況によって左右される事もある。例えば、逃せば二度と会えなくなる場面での告白等がそれらに該当する。それならば、想いを伝える方は悔いなく済む。下手な人間関係に左右される事なく、心置きなく過ごせるだろう。そして、次の恋に繋がるのだろう。無論、個人差はあるが。

 エリィのアドバイスから時間が経過し、今日は五月十三日。この日は、レイの誕生日であった。彼はこの日をもって十五歳となった。一つ、歳を重ねた事になる。

 学校では彼の誕生日を知る人間達が、声を掛けていた。皆が簡易的に祝福をしてくれている。それだけで、レイからすれば十分に満たされていた。ただ一つ、リルムの事を除いては。

「誕生日、おめでとう!」

レイはリルムに声を掛けられた。それは良い。だが、彼女が込めた言葉は、幼馴染としての言葉だ。もしその先に行った時、彼女の言葉はどのように変化するのだろうか。それは、告白をして失敗しても、成功しても変わる事は分かっている。レイにとって、それは恐怖である。今の関係が続けば良いという保守的な関係と、その先へ行きたいという、革新的な関係。レイは、どちらを取るべきなのか――

「ねぇ、レイ。今日はお祝いしたいなって思ってるんだけど。レストラン、行かない?」

「え?」

レストラン。まさか、彼女の方からその誘いを受けるとは思わなかった。僥倖と呼べる事だ。まさかの出来事に、レイは喜びを感じていた。まさに、これは天がレイに与えた祝福だと言うべきか。

 彼女は彼女なりに、レイの事を考えていたのである。それも、二人だけで食事に行くと言う、絶好の機会。

 周りには幼馴染が食事に行く程度の話であり、それに伴って冷やかしをしたりする人間がいる事だろうが、それは最早彼等にとっては日常の一部分である。だが、レイにとってこれは、僥倖以外の何者でもなかったのであった。

 

 

 レイは部活動、リルムは生徒会の役割を終え、二人は帰り道に合流。モークにも内緒にし、二人のみで合流した。

 レストランとは言っても、学生がよく出入りするようなレストラン……所謂、ファミリーレストランである。以前レイの後輩であるティル・バーンと一緒に寄った時と同じような感覚で、彼等はレストランに入ったのである。

 実際、二人だけで食事をするのは随分と久しぶりだった。学園祭以来、トラン、イーシャ達と何かしら一緒に行動する事が多かった彼等。その為、改めて二人だけの時間というのはレイにとってはどこか、緊張する場面でもあったのだ。

「いつ以来だろうね。なんか、二人でご飯行くのって。」

「レイが女装した時ぐらいじゃなかった?」

「あ……」

去年の十二月の事を思い出したレイ。リルムがレイに対して女装を提案し、それを実行した時だ。その時は、女装した男子生徒と女子生徒と言う妙な組み合わせで彼等は出掛けていたが、今は違う。彼等が着用している制服は、紛れもなく性別を分けていたのであった。

「そう思うと、男装しているレイとご飯に行くなんて随分と久しぶりだよねー!」

「僕は元々男だよ……」

幼馴染にまで彼の存在は女顔の男の子という認識だ。リルムの中のレイは、やはり彼の事を“男性”として見ていないのだろう。そう思った時、レイは内心悲しくなっていた。

「なんかさ、男子生徒とご飯って色々と言われそうだから、敬遠してたんだけど、今日はせっかくの日だし、良いのかなって。」

「そうなんだ……。」

レイは嬉しく感じた。やはり、リルムは自分の事を大切に思ってくれている。それは間違い無いだろう。

 だが、そこに恋愛感情はあると言えるのか。レイにとってはそれが一番重要なのだ。

 

 その後料理が来てからは会話が弾んだ。会話内容は、至って他愛のない会話が繰り広げられる。学校の事やクラスメイトの事等。

 その会話自体は、楽しいものだった。その間、レイに自然な笑みが浮かんできたのだ。二人だけでこのような時間を過ごす事は去年からなかった為、随分と久しぶりな時間であったのだ。

 空白の二ヶ月の存在は、レイにとって長い時間だ。その間、彼は命に関わる状況を何度も経験した。その事もあり、今の日常をより、噛み締めることが出来ている。やがて日常生活に戻ったレイ。そこで、リルムにのみ自らの近況を明かした。最初、彼女はレイを拒否した。だが時間が経ち、リルムはレイを受け入れた。

 時間は人との絆を考えるきっかけとなる。全ての物事に言えるが、急がなければならないという事は、ない。関係が一度途絶えそうになっても、そこからあえて一度、距離を置く事で再び人は会話をすることさえあるのだ。今の彼等が、正にそれに該当する。レイもリルムも、会話が弾んでいる。互いに、笑顔だ。

 やがて会話内容は空白の二ヶ月の話になっていく。

「レイって休んでいる間、勉強とかしていたの?」

「勉強は……している暇もなかったよ。自分がどうなるかも分からない状況だったから。」

その埋め合わせを、家庭教師のエリィが行っているのだ。

「あのね……ロボットに乗ってる時の感覚ってどんな感じなの?ほら、よくアニメとかであるじゃない。ロボットに乗って敵と戦う、男の子が好きなやつ。」

MSは兵器である。その話を、レイはした。彼は元々MSは好きだ。だが現実の戦闘は死に関わる。その怖さを、改めて伝えたのだ。

 よく、主人公が巨大な人型ロボットに乗り、敵と戦うという事は有り得る話。しかしこの世界では、MSは兵器だ。戦争の道具とも言える存在。そのようなものは、お伽話以外の何者でもない。MSに乗る以上は、常に命懸けだ。レイが好きなMSのプラモデルは、所詮は平和な日常の延長でしかない。

「必死だった。けれど、助けてくれた人達が優しい人達だった。だから、守りたいって思って、夢中になって戦ってた。だから今の状況が好き。僕は、普通でありたい。こんな日常が続けば良いのにって、思う。」

レイは自身の考えを伝えた。その時、リルムが言った。

「私はね、レイが羨ましいなって思う時がある。私自身は全く何も出来ないし、生徒会にもただ、所属してるだけだし……けど、レイはそんな経験もしてる。私はもっと色々な経験を積みたい。何でも良いと思うの。いっそ、学校の外に出られたらなぁーって思う。」

意外な返答だった。日常を望むレイとは違う答え。リルムの心境だ。

「友達も居て、授業に出て、生徒会で色々とやって……それも楽しいんだけど、レイの話を聞いてたら、もっと外の世界を見てみるのも良いなって思ったんだ。羨ましいよ。レイが。」

リルムはオレンジジュースを啜りながら、言った。彼の想いとは裏腹な言葉に、レイは驚く様子を見せる。

「でも、命懸けだよ。リルムが経験する事はないかもだけど、本当に怖いんだ……」

「でもその経験があるからこれだけ話せるんじゃない。私は良いなって思う。」

それは励ましなのかは分からない。ただ、レイにとっては、出来れば二度としたくない経験である事は間違いない。

 この時、彼は個人差を感じていた。そして、自分が如何に保守的な考えであるかを思い知ったのである。

「多分、経験したら分かると思う。あり得ない事だとは思うけど、MSが万が一モントリオールを襲撃したりするような事があれば、リルムの考えも変わるよ。本当に怖い世界だ。プラモデルなんかとは全然違う。」

「そうなんだね……。」

とは言うが、やはり実際に経験した人間と、それを経験していない人間では物事の捉え方が違う。

経験というのは、知識があれど、実際にしてみなければそれらを知る事が難しい。今まで平和な生活を送ってきたリルムからすれば、それ自体があり得ない、非現実的な話であるのだ。

「色々と、話が出来たね。改めて誕生日おめでとう!」

リルムは、会計の前に一言、レイに祝福した。

「ありがとう。」

と、レイは一言、言った。

 

 

 レストランから出た時、辺りは暗くなっていた。人通りも少なく、その場に居たのは二人だけ。互いに積もった話をする事が出来て、満足そうにしている。

 しかしレイの方は違う。心の中に残した言葉がある。リルムに対し、伝えなければならない事がある。彼は食事中も、常にそれを意識していた。

「じゃあね、また明日!おやすみ!」

と、リルムが手を振る。

 この瞬間に、エリィが言っていた言葉が思い出される。

 

 

――――――――――君には取るべき行動があると、思うんだけどね―――――――――

 

―――――――その子の事が本気で好きなら、早く想いを伝えた方がいいよ――――――

 

 

それらの言葉は、レイを突き動かす力を秘めていた。この時間も、天がレイに与えた機会。もしそれを逃せば、いつ訪れるか分からない。そして、そのまま卒業を迎え、そのまま後悔して日常を送る事になるのか。それは、避けたい。しかし関係が崩れるかも知れない怖さも、ある。

 リルムは幼馴染。そして良き友人だ。その一線を越える事は、果たして出来るのか。幼馴染の少女に想いを伝える事は怖い。互いを知っているが故に、その怖さがある。今まで築いた関係が壊れる事はあってはならないと、保守的なレイは思う。

 しかし想いを伝えなければ、後悔する。そして万が一、リルムに恋人が出来た時、レイは素直にそれを受け入れられるか。難しいかも知れない。好きだと認識した人間が、別の男と仲良く行動している姿は考えたくもない。リルムの隣にいるのは、自分だ。自分以外に考えられない。自分以外の男に彼女の居場所があってたまるものか。

 いつしかレイの考えは増長していった。保守的な彼は、この時ばかりは革新的な思考に至りつつあったのである。

 今、この瞬間を逃したらどうなる?明日にはリルムは隣に違う男と一緒にいるかも知れない。それはレイにとって悪夢だ。考えられない。ならば、動くしかない。

 想いさえ伝えれば、どうにでもなる。その後の関係に亀裂が走ろうと、そこからより親密になろうと、とにかく、今は行動するしかない。

 これは賭けだ。人間同士の関係が変わる為の、賭け。想いを伝える。それを、意識するだけ。そして口にするだけ。分かっている。だから、動くのだろう。

「リルム。」

口が動いた。リルムは立ち止まり、振り返る。

 レイの視線がリルムを見る。その愛らしい顔つき、髪型、服装。全てを見て、そっと、呼吸をするのだ。

 

 そして――

 

「好きです。僕と付き合って欲しい。」

 

色の付いた、言葉が走った。

 




第三十七話、投了。

レイは幼馴染のリルムに想いを伝えたという、話でした。


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第三十八話 花火

ジュニアハイスクール三年の時間を過ごすレイ。その間にも色々な事が起きていて……


 朝が訪れた。地球、コロニー、共に誰もが迎える時間、それが朝。どの状況下に置かれている人間でも、目を覚ます時間。

 朝は誰もが朝日を見て、眠気に襲われている人間も、覚ましていく。

 レイもその一人。窓の隙間から朝日を浴びて、静かに目を覚ます。彼が時折見る悪夢によって目を覚ます訳ではない。それが、レイにとっては至福と言えた。

 至福の時間は朝日を浴びて目を覚ますだけではない。そこから顔を洗い、階段を降り、母親の作ったトーストを食べる。テーブルには家族が揃っており、そこで皆が朝食を食べる。食べ終わった後、歯を磨き、学校へ行く準備をする。

 それが平日の朝の過ごし方。ごく普通の、家庭の朝。それは皆が健康であれば成り立つ、朝。妹はエレメンタルスクールへ、姉は留学の勉強の為に部屋に戻る。母親は家族の洗濯物を干し、父親は部屋にてコンピュータを開き、ジャーナルの仕事を行う。それが、毎日の朝。変わる事のない、穏やかな朝。

「行ってきます!」

準備を終えたレイは家を出た。家族はレイを見送り、そこから家の事を行う。

この日、レイはいつも以上に爽やかな表情を浮かべていた。その、清々しい朝を見る事が出来たから?快晴の中を自転車で移動することが出来るから?それは、今、彼にしか分からない事である。

 

 

 学校で挨拶を交わす友人達。何気ない日常、変哲のない毎日。その中に、レイの姿があった。彼は友人に挨拶を交わし、席に座り、鞄に入っている教科書類を入れる。

「レイ、おはよう!」

彼に声を掛ける、愛らしい声が聞こえた。その方向を見ると、笑顔で声を掛けるリルムの姿があった。

「おはよう、リルム。」

それに対し、レイも笑顔で声を交わす。

「レイ。その……改めて、これからも宜しくね。」

リルムは、どこか照れている様子だった。少しばかり、レイと視線を合わせるのを避けているようにも、見えた。

「う、うん……宜しく……」

互いに、照れている様子だった。互いに知っている同士の筈の彼等が、何故照れる必要があるのか。

「おいおい、どうしたんだよ。お前等顔赤めてさぁ!何かあったんか?お、まさかついに……!?ハハハハハ!」

と、朝から茶化すモーク。いつもならばそれに対し、レイが制止するのだが、今、彼はそれをする事は無かった。

「さあ……ね。」

「……うん。」

二人の、意味深な対応は何を意味するのか。モークは、いつもの返事が来ると思っていた為、レイとリルムの意外な反応に驚きを隠せない様子だった。

「お前等……なんか変じゃね?」

呆然とするモーク。

「変じゃないよ。うん、いつもと変わらないよ?」

そう答えるレイの表情は、モークがいつも見る以上に笑顔に見えたのであった。そして、それはリルムにも言えた。

 

 

 彼等の学生生活は進んでいく。昼間の授業は時に退屈を感じる事もある。だが、それが平和である、何よりの証だ。

 今は社会の授業中。担任のリアン・マーキュリーが教壇に立ち、世界情勢について説明を行っている。

「ええ、皆さんもご存知と思いますが、新生連邦政府は平和国連盟と対立している状況です。この状況は旧世紀のロシア領に該当するソビエト社会主義共和国連邦とアメリカ合衆国の対立状況……言わば、冷戦状況に酷似している状態となっています。」

リアンの言うように、一月中頃から一ヶ月程度続いたアルメジャン紛争がきっかけとなり、新生連邦と平和国は対立状態となった。その状況は、かつての冷戦の様子と酷似している事から、社会を学ぶリアンがこれについて説明を行っているのである。

「じゃあ、戦争になっちゃうんですか?」

一人の生徒が不安げな表情で言った。世界情勢が不安定であれば、その心配になるのは当然。戦争など、彼等のような民間人ならば誰もが嫌に思うのは当然だ。巻き込まれ、死ぬことさえ有り得るのだから。

「その可能性は否定出来ませんけれど、万が一非常事態になれば休校になりますね。」

それを聞き、喜ぶ者も居たが、大半の人間が不安を訴えた。

「戦争って、街が襲われたりしちゃうんですか?」

一人の少女が、リアンに聞いた。

「それは大丈夫よ!仮に戦争状態になっても、市街地への攻撃を行うと言う事は有り得ないわ。平和主義が存在する限り、その心配は不要ですよ。そもそも市街地への攻撃は国際条約で禁止されています。」

怯える少女にリアンが宥めるように言った。戦争経験のない彼等にとって、今の状況は初めての事と言えた。

 デウス動乱時代でも、モントリオールは危機に晒される事はなく、皆が平和に暮らす事が出来た。それ故の現在の状況。不安を訴える人間がいるのは当然と言える。

 戦争状態になった時、一番不安なのは自分達の身に危険が及ばないかという事だ。それを始め、経済状況にも影響を与える。新生連邦と、平和国という世界のトップ同士が対立するという前代未聞の状況。当然ながら株価等にも大きな影響を与える上、人々はいつ起こるか分からない戦争に恐怖するしか出来ない。

 しかし、経済活動を止める事は出来ない。人間は有事の時でもその行動を止める事は、決して不可能なのである。それは例え、人と人との距離を離す、未知のウィルスが蔓延したとしても。

 ただし、学校となれば話は変わる。安全面を考慮し、休校措置を取る事は学校の判断としては有り得るのである。

(もし、戦争になったら、どうなっちゃうんだろうか。この街が戦場になる事なんて考えたくないけれど……)

レイが抱いた疑問。それは、市街地が戦場になるのではないかと言う一抹の、不安。

 以前日本で経験した、市街地に新生連邦の巨大MSが出現するという状況。万が一ここがその状況になった時、どうなるのだろうか。それがただ、レイにとっては不安でしかないのだ。

 そうした事実も、新生連邦は隠蔽する。万が一、この場所が戦場になった時、本当の意味で日常が一変するだろう。そう考えると、レイは気が気でなかったのである。それは非日常を経験しているが故に、より感じるのだ。

 

 

 授業が終わり、昼休み。リアン・マーキュリーは職員室で、一息吐いていた。彼女の同僚の教師が、傍に寄り、コーヒーを渡した。

「お疲れ様です、マーキュリー先生。」

その教師は男性だ。眼鏡を掛けた、数学の教師である。

「ああ、お疲れ様です。」

「どうしました?浮かない顔をされてますね。」

数学の教師は、心配そうにリアンの顔を見ていた。

「……生徒から戦争が起きてしまったらどうしようって質問されましてね。なんだか、それ程に世の中が不安定なんだなって感じてしまって。」

社会の教師であるリアン。その上担任を務めている彼女。それ故に、世界情勢には過敏に反応する。勉強熱心な教師であり、生徒の事を想うリアン。故に、不安を感じているのであった。

「先生は責任感が強いんですね。モントリオールで戦争なんて起きませんよ。デウス動乱の時ですら、平和だったんですから。」

と、リアンを宥める数学の教師。

「けれど、去年の年末に校庭にMSが出現したのを覚えていませんか。どうして校庭にMSなんて出現したのか、分かりませんし……それからですよ、世界情勢が不安定になって行ったのは。」

レイが校庭でクラリスと交戦した時の話を、リアンはしている。それから間もなくしてレイは行方不明となり、学校に来なくなった。そして時間が経ち、レイは戻ってきたのだが、世界情勢は不安定になりつつある。今までに無かったこと故に、リアンは心配している様子だったのだ。

「はぁ、もし戦争になってしまったら仕事どころじゃなくなりますね。生徒達の将来にも関わるし……」

と、一人溜息を吐く、リアン。

「そんな事を言ってても仕方ないですよ。突然ビームが降ったりとか、そんなことがない限りは仕事は続きます。仕事があるから、生きていけるんだから、あんまり気にしても仕方がないんじゃないですかね。」

数学の教師の言葉が響く。しかし、リアンはそれでも不安げな様子だった。

「先生は、怖くないんですか?」

「そりゃ怖いですよ。最近結婚したばかりで、これからの生活があるって時に世界情勢が不安定なんて。だから、今の内に奥さんの親族に会っておこうと思ってるんです。ま、そう簡単に状況が悪化するとは思えませんけれどね。」

と、言いながらコーヒーを飲む、数学の教師。

「本当、何事もなければ良いんですけどね。」

要らぬ心配かも知れない。しかし、警戒するに越したことは無い。この状況が一転した場合、彼女達の立場も変わっていく。失業の危険性もある。

 しかしそれ以上に、リアンは生徒の事を想っていた。それ程に、心配なのだろう。

「そう言えば二ヶ月間学校に来なかった生徒、居ましたよね。レイ・キレス君……でしたっけ?」

数学の教師が、レイの事について話題を出した。

「それなんですけどね、結局分からない事ばかりですよ。詳しい事は聞き出せないままですけれど。」

レイが何故二ヶ月、急遽休む事になったのかについての把握が出来ていない様子のリアン。それが、彼女の中で疑問だったのだ。

「まあ、それ以降は真面目に学校に来ているからまあ、問題はないんですけどね。なんか、引っ掛かるんですよねぇー。」

と、言いながらリアンは机に頬を付ける。担任教師と言う立場は責任もあるし、何よりも人を見る仕事だ。クラスメイトに何かがあれば、それを心配するのは当然と言えた。

 彼女のクラスには問題児と呼べる人間が少ない。故に、レイのような人間は目立ち易いのだ。

「考えすぎは毒ですよ。とりあえず、午後の授業も頑張りましょう。」

と、数学の教師は笑みを浮かべた。それでも気になる様子のリアンだが、今は気にせず、仕事に従事するように務める事にしたのだった。

 

 

 

 土曜日になった。学校は休みであり、エリィが家庭教師に来る日。徐々に気候が熱くなってくる頃、エリィの服装も徐々に露出が目立つようになっていく。それに目を奪われながらも、レイは彼女と対応していた。

「そうだ、レイ君。あれからどうなったのかな?」

あれと言うのは、リルムへの想いを伝えたのかどうかという事だ。それに対しては、レイはそっと息を吸い、吐いた。

「それなんですけど、実は――」

レイが次に発した言葉は、エリィを驚愕させるのに十分な効力を発揮した。言葉を発した時、二、三秒程時間が経ち、その後でエリィの紫色の眼が大きく見開かれていく――

「えぇぇぇぇぇ!?わぁぁぁぁ!凄いじゃない!あの子と付き合えたんだ!?良かったじゃない!これで安心して勉強に集中できるし、これからの生活も楽しくなるね!」

エリィはレイを祝福した。そのオーバーとも言えるリアクションが何よりの証だ。それ程に彼女はレイの事を喜んだのである。

「エリィさんの一押しが、良かったんだと思います!本当に、ありがとうございます!」

改まった様子で、レイはエリィに礼をする。彼女は謙遜した様子で言った。

「私は何もしてないよ。告白したのはレイ君じゃない。それで、十分だよ。」

「そんな事ないですよ。色々とありましたけど、まさかリルムと付き合うことが出来るなんて、今でも信じられないっていうか……」

誰かと恋人同士になる時、最初は実感が全く湧かないものだ。特に、レイとリルムの関係ならば尚の事だろう。彼等は幼馴染の関係から、その先の一歩を進んだ。しかし、そこから先の関係と言うのは彼等に想像出来る筈がない。

 恋愛と言う現象程不思議なものはないと言える。人はどのような人間を好きになるかは分からない。街中で見かけた人間を一目惚れする事もあるし、行き付けの店で見かけた人間を好きになる事もある。それは、男女様々だ。レイのように男側から告白する事もあるし、女性から告白する事も、ある。そして、人は好意を持った人間に対してはより、接したいと思うものだ。少なくとも、嫌な思いを抱く事は余りない。その人間の素行に問題があれば、話は別だが。

 そして、恋愛には性別は関係ない。過去では男性は女性を、女性は男性を好きになる事が普通とされた。しかしそれは、今では関係のない事だ。男性が男性を好きになり、女性が女性を好きなる事は決して、妙な事ではない。愛情さえあれば、それは成り立つ。そこは差別されるべきではない。“個人”が成り立つのだ。

 時に、恋愛は純粋な想いだけで難しい事がある。それは、金銭等、利害関係が絡んだ時だ。人は成長していけば生活をする為に金銭を得る必要がある。その上での男女の関係と言うのは金銭が必ず絡む。その場合、高収入の人間は恋愛では有利になる。そこから純粋に互いを想い合うかは、個人の努力が必要となる。本当の意味で、“人”を思うのか、それとも只の、“金銭を得る為の道具”と見做すのか。あるいは、“ステータス”と見るのか。それは、個人の価値により、異なるのだ。

 別の例では、疑似恋愛が体験出来る店や、ゲーム等がある。それらも恋愛感情を揺さぶるが、それが過剰になりすぎてはその人が失われる危険性がある。これもまた、人がどれ程感情をコントロールが出来るのかが大切となる。

 レイの場合、それはない。純粋にリルムが好きという、気持ちで行動した。その結果、恋は実ったという訳だ。

「じゃあ、私は恋のキューピッドという訳だね、レイ君、改めておめでとう!!」

と、言いながらエリィは何度か拍手をした。

「あの、少し聞きたい事があるんですけれど。」

その流れを、レイが切った。エリィは姿勢を直し、首を傾げた。

「今って、ネルソンさん達と連絡は取られているんですか?」

彼が抱いた疑問。何故この疑問を抱いたのか。それは、リアンの授業での世界情勢の話が気になった為である。自分は日常生活を送ることが出来ている一方で、彼が関わって来た人々はどのような生活を送っているのだろうか。

 故郷に帰って来た日から、彼はセイントバードチームのメンバーと連絡を一切取っていない。それ程に今の日常が充足している為である。向こうのメンバーも、レイの状況を察して送ってこないのだ。

「勿論、取ってるよ。」

「お元気ですか?」

「大変みたいだね。何度かMS乗りとかと戦闘もあったみたい。」

「そうなんですか……」

それを聞き、彼は視線を落とす。今の日常との乖離を、ここで感じたのだ。

「そうそう、私もたまにセイントバードに戻ったりしているんだよ。ここには週一回来るだけだから、それ以外は色々とやる事が多くてねー。」

「そうだったんですか!?」

思えばエリィは土曜日以外、何をしているのかが分からなかった。家庭教師としてレイに勉強を教える一方で、MS乗りとしてセイントバードチームと合流しているという事実を知った、レイ。

 彼女がここに来たのは四月上旬。今は、五月下旬。約二ヶ月の間、このような生活を送っていたのだという。

「どうしてそれを聞いたの?」

「その……世界情勢が少し、気になって。」

「世界情勢……ね。」

レイは日常生活に戻ることが出来れば、それで良いと思っていた。しかしリアンの授業で聞かされた内容や、メディア、SNSで流れる情報を眺めていく内に、この世界情勢を気にするようになっていったのである。特に、リルムと交際を始めた事も大きく影響し、世界の事を心配するようになっていったのだった。

「実情を話すと、新生連邦は平和国に何度か攻撃を加えているんだよ。」

「え……?」

初耳だった。それは、メディア、SNS等でしか情報を収集出来ていないが為に、レイはその事実を知らなかったのである。

「どうしてそれを言ってくれなかったんですか!?」

やや、興奮するレイ。しかしエリィは冷たく、突き放すように言った。

「今のレイ君がそれを知る理由はあるの?平和な生活を送って、勉強、部活、恋愛に勤しむレイ君がそこまで知る必要はないと思うの。今も、聞かれたから答えたに過ぎないよ。」

どこか、エリィの言葉が冷たく聞こえる。何故だろうか。優しく、時に過剰なスキンシップをするエリィはそこに居ないように、レイは感じていたのである。

「旧世紀にソ連とアメリカの冷戦があった時と同様で、小規模な紛争は今も各地で起きている。特に、アルメジャン紛争後からそれが見られるようになってきてるね。」

「それは……分かってます。メディアとかでもよく報道してますから。」

「そうじゃなくて、新生連邦軍が、平和国の軍隊……つまり国連軍を攻撃するという状況が水面下で行われてるって話だよ。」

その意味が、レイには分からなかった。世界情勢が不安定であれど、そのような戦闘行為に発展するような事がある等、考えられる筈がないのだ。

 しかし、エリィはそれらをまるで見てきたかのように語る。彼女は、レイの知らない事情を知っているのだ。

「一つ言えるのは、新生連邦もこのように姑息な形で痛手を負わせているようになってきている。だから、今までのように平和国の抑止力が効かなくなってくる可能性が高いの。」

「それってつまり……」

レイは言葉を詰まらせるように、聞いた。日常が崩壊するかもしれないという怖さ。それが感じられた瞬間であった。

「今後、世界はいつ、全面的な戦争になってもおかしくないのかも知れないね。けれど、平和国は自ら攻撃を仕掛ける事はしない。それは平和主義に反する事になるから。」

チャール・ポレクの平和主義は、一長一短だ。レイのような民間人への被害は抑えられる。平和主義を唱え続ける故に、国連が戦力を動員する事はない。そして、市街地が戦場になる事も、有り得ないとされる。

 だが新生連邦がこのような手段をとり続けているとすれば話は変わってくる。元々不祥事は全て隠蔽工作を行なっていた組織が新生連邦軍であり、これから国連との戦闘が激化すれば、どのように飛び火してくるのかは予想出来ないのだ。

「だから、私がレイ君を守る為に家庭教師をしているの。レイ君は、あんまり余計な心配はしなくて良いんだよ。戦ったりする訳じゃないんだからね。」

彼は、もう戦場とは関係のない所で生活をしている。それは平和と呼べるものだ。

 だが、その平和は人によって守られている平和である。いつ、当たり前の日常が送る事が出来なくなるかも知れないという恐怖が、近くに存在する状況。それが、今の状態なのだ。

「余計な心配……なのかな。二ヶ月だけとは言え、一緒に戦ってきた人達の事を気にするのは悪い事なんですか?」

レイの意見が出た。彼は、日常を謳歌している。しかしその中で今、知人がどのように過ごしているのかを気にするのは至極真っ当な意見だ。

「ううん、悪い事じゃないよ。心配してくれるのは嬉しいと思う。でもね、レイ君の今の役目って何?」

「僕の、今の役目……ですか?」

自分の役目と言われ、レイは困惑する。今、自分は何をするのか。ごく普通の生活を送る事が、役目ではないのか。自分が望んだこの日常こそが、彼の役目なのだろう。

 だが、世界が混迷に包まれようとしている状況で役目も何も、あるのだろうかと、彼は感じている。

「分かってるでしょ?受験だよ。ハイスクールへ進学する為の、受験。志望校を決めて、そこに受かる為の受験をするんでしょう?その為に家庭教師として私がいるんでしょ?」

今のエリィは家庭教師。セイントバードの艦長ではない。レイの平穏な日常を、見守る者としてここにいる。それは何よりの平和の証。今のレイが気にする内容ではない。

「あの、エリィさん。少し聞きたい事があります。」

「ん?」

エリィは首を傾げた。

「世界は、どうなると思いますか?僕達はこの生活を、送って行けるんですか?」

世界情勢の話から、不安げな表情を浮かべ、エリィに聞くレイ。今の世界情勢に対する不安を感じている彼。ごく普通の生活を送っていた人間だからこそ、現在の世界情勢に対する不安があったのだ。

「今、レイ君が住んでいるこの街は戦争状態かな。」

「え、それってどういう事ですか?」

エリィは示指を立て、口を開ける。

「あのね、いつの時代も世界中のどこかで、内戦は起きたりしているの。レイ君が住んでいるこの地域で紛争が起きているのならば、その不安は当然と言えるかも知れない。でも、そうじゃないでしょう?」

彼女の言うように、常に世界中が平和な状況とは限らない。国によっては内戦等の状況になったり、治安の悪い国も有り得る。それは、人間と言う存在が居る以上、仕方のない事とも言える。

 人は平等ではない。レイの置かれた環境は平和そのものではある。だが、そうでない現実も、レイは見てきている筈だ。だからこそ今、彼が置かれている環境には、感謝しなければならないと言える。

「レイ君は自分の生活を謳歌するべきだよ。その上で、新生連邦に万が一、何かの動きがあれば、私がレイ君を守る。それだけ。」

「生活を謳歌……か。」

エリィがそこまで言うのならば、彼は今の生活を楽しむべきだ……と、思った。

 人は生まれた環境により、それぞれの役目が与えられる事がある。エリィはコロニーで育ち、戦争に巻き込まれた結果、今に至る人生を送っている。レイは違う。日常生活を送ってきて、今に至る。生まれた環境が異なれば、思考も異なるのは至極当然だ。そこに価値観を押し付ける事はあってはならないのである。

「さて、お話はおしまい。そろそろ勉強をしましょうか。勉強が出来るというのは、それだけ恵まれた環境だという事だから。勉強嫌いなのは、人生を大きく損している事に繋がるよ。恵まれているレイ君は、しっかりと勉強しましょう!」

勉強を嫌う人間が居る。特に子供ならば、自分にとって楽しい事に時間を割きたいだろう。

 だが環境によっては勉強が出来ない人もいる。そして、勉強をするのには金も掛かる。人が何かを学ぶという事は、それだけ費用も必要となるのだ。だからこそ、勉強が出来る環境と言うのは、本来感謝しなければならない。

 だが幸か不幸か、それを知るのは子供では難しい。これは大人になり、初めて分かる事でもあるのだ。

「……はい!」

レイは、自然な笑みを浮かべた。その時、彼は今置かれている環境に、改めて感謝をし、エリィに勉強を教わる事になるのだった――

 

 

 

 エリィの言うように、世界情勢は安定しているとは決して言えない。今、平和国連盟の本部のあるニューヨーク、旧国際連合本部の施設にて、チャール・ポレクをはじめとした各国の平和国の代表達が一堂に集まり、議論を繰り広げていた。新生連邦が行ってきた、姑息とも言える国連軍への攻撃。それらについての議論が、今行われている。

 今、一人の一部代表が席からチャールに対して発言を行っている。

「新生連邦が国連に対して攻撃を加えているのは明らかです。全面戦争とは行かなくとも、確実に、戦力を削られている。我々が平和主義を唱え、自ら行動を起こさない事を承知の上での愚業です。それに伴い、国連の兵士達は犠牲となっています。議長は、この愚業を許すと言うのですか?」

平和主義のデメリットを全面に押し出す、その一部代表。

「当然ながら新生連邦の横暴は容認は出来ません。それに対しては遺憾の意を示しています。しかし、平和主義の存在意義は、あくまでも地球上の、全ての軍事に所属しない民に対して適用されています。彼等が安心した環境で生活をしてもらう為には、平和主義の存在は必要不可欠です。」

チャールが、反論した。

「しかしこれでは新生連邦の横暴を許す結果となるだけです!彼等の行動がエスカレートしているのは明白!その上で彼等は情報統制を行っています!このような愚業が許されて良い筈がありません!」

別の代表が、チャールに意義を唱える。

「仮に新生連邦が国連に対して何らかの攻撃を加えた所で、それに対して反撃を行うような事があれば、それは戦争状態の始まりです。それだけは、避けなければなりません。我々は先のデウス動乱から何も学んでいない事になります。平和主義は、世界が平和である為の最後の砦なのです。新生連邦政府と平和国連盟の全面戦争……それだけは、避けなければならない。地球上の人間同士の戦争など、地獄絵図以外の何者でもありません。」

チャールの意志。それは、民間人が戦争被害を受ける事があってはならないという、強い意志。

 しかし現状、新生連邦軍が民間人を巻き込んだ凶行が各地で行われている。その状況に対する柔軟な動きが出来ないのが、彼の掲げる平和主義の脆弱性を表しているのだった。

「一方的な蹂躙が行われてからでは対応が遅いのですよ!今、世界は不安定な状況です。いつ、戦火に包まれるのかも分からない状況なのに、平和主義に縛られる必要はありますか!?」

その意見も間違いではない。だが、戦争状態になれば被害が出る。それは避けたいと思うのが、チャール・ポレクの意志だ。

この場は、意見が分かれていた。平和主義の撤廃か、否か。それらについての議論。無論、チャール・ポレクはこの意見を貫く姿勢だ。しかし反対の一部代表の意見が増えてきているのも、また事実なのである。

「議長の意見に賛成ですな。民間人の犠牲は止めなければならない。先のデウス動乱を見ていれば平和主義の重要性は明確だ。」

「敵性勢力が身近な存在ならば、それに拘る必要性がない!」

「犠牲者が出てからでは遅い!平和主義などに拘る必要がない!」

「しかし武力を解禁すればそれこそ世界が泥沼になります!」

「彼等の横暴を許す事の方が危険かも知れんだろう!」

「起きてもいない事に対して議論する意味があるか!?」

「起きてからでは遅いのだ!ただでさえ、民衆からは判断の遅さを指摘されているのに!」

議論が進む。しかし話は平行線のまま。一部代表達の意見は、大きく分かれている。

 その最中、一人の一部代表が手を挙げ、言った。ギルス・パリシム。チャールの副議長であるソネル・パリシムの弟。平和主義に対して反対的な意見を持つ男だ。

「いつまでも遺憾の意だけで済ませられる状況ではないのは確かですよ、議長。相手のやりたい放題を見逃す状況の方が、危険だと思われますが。我々も、軍事力を増強していく事を考えても宜しいかと思われます。」

皆が、ギルスの方に着目する。チャールは、まるで睨むようにギルスを見た。

「平和主義を唱えておきながら、そもそも、国連軍は何故、災害地派遣やテロに対する防衛といった目的以外にも、MSを多数、製作しているのですか?そこにも、予算が掛かるという事をお忘れではありませんか?平和主義を唱えておきながら、その上で平和国の加盟国の住民から税金を徴収するのは明らかに矛盾しております。」

平和国連盟の加盟国の国民には納税義務が生じる。その使い道は様々ではあるが、国連の維持にも使用されているのは事実である。

 軍隊を保持、そして、維持する為にも金は必要だ。その金は平和国に所属する人間達から徴収している。一般市民から大企業の社長まで、国連の存在の為に納税義務が生じている。

 この現状を嘆く人間も、少なからず存在する。それが平和主義を反対する人間が存在している理由の一つであるのだ。一見すると理想的な主義である平和主義ではあるが、これを貫く為には多くの血税が使われているのも、また、事実なのである。

「万が一の事というのはいつ、生じるか分からない。その為に国連という軍は必要です。但し、平和維持の為の軍であり、戦争行為を行う事はあってはならない。」

チャールの答え。それを聞き、ギルスは眉間に皺を寄せる。

「議長。軍隊とは動かなければ意味がありません。平和主義に囚われている間にも新生連邦はどのような行動を起こすか分かりませんよ。」

あくまでも国連を支持するような発言をするギルス。それに対し、チャールは言う。

「だがそれで平和が守られているのならば、それに越した事はない。我々はそれを貫かなければならないのです。平和国連盟は、平和の最後の砦で、なければならないのですから。」

ギルスは、再び眉間に皺を寄せた。

 

スッ

 

その時、別の一部代表が挙手をした。皆がその方向を見て、着目している。

「私も、ギルス・パリシム代表に賛成です。いつまでも保守的な思考では犠牲者を産むだけですよ。そこに平和はありますか?」

ザビール・エルケスと言う名の、若いその代表は議長に反発する。彼はポルトガルの一部代表を務めている人間ではあるが、その年齢は三十二歳。他の人間と比べると、一際若さが目立つ。

「平和主義の撤廃をし、国連に力を持たせる。今、この世界情勢を切り開くにはそれが一番有効であると、私は考えます。」

「エルケス代表の意見に私は賛成ですよ。どう思われますか、議長?」

ギルス・パリシムとザビール・エルケス。彼等は互いに若年者だ。そして、戦争行為に肯定的な意見を持つ者同士である。

そのような意見をする両者に対し、チャールが言った。

「パリシム代表にエルケス代表。貴方方は、先のデウス動乱を再現したいと仰るのか。」

「再現……ですか?」

ギルスの表情が、険しくなる。

「戦争行為は二度と起こしてはいけない。戦争が残すのは、人々の怒り、悲しみ、そして憎しみ……それが起きる事は、あっては行けない事。そのような事は誰もが承知のはず。承知済みでそのような事をして良い結果を生むと思っているのか。いや、そんな筈がありませんな。」

感情論。それがチャールの意見だ。しかしこれが、また疑問を抱かせるのである。

「ではどうするのです?何もせずに、ただただ新生連邦に怯え続ける事が選択肢として正しいとでも言うのですか?このままでは新生連邦が地球に生きる人々の脅威となるのも時間の問題なのです!」

結局、話は平行線のままだ。チャールは平和主義を変える事をするつもりは、一切ない。この場で平和主義に反対する議員達の声が届かない限り、平和主義は撤廃されることは無いだろう。

 しかし平和主義があるが故に世界で戦争行為が起きないのも、また事実だ。現状を打破したい革新派と、現状を維持したい保守派。それらで、平和国連盟内は分かれているのである。そして、チャール・ポレクは保守派の人間であるのだ。

 

 

 

代表達の討論が終わってから二日後。チャール・ポレクは現状の世界情勢に対し、演説を始めた。旧国際連合本部の施設には、世界中のメディア関係者が集まっていた。この演説の模様は、あらゆる映像媒体で中継されている。

「現在の世界情勢を気にされている方は多いとは思われます。今、世界は新たなる戦乱を呼ぶ可能性が出てきました。しかし、ご安心頂きたい。何故ならば、平和国連盟は平和主義の撤廃を行う事はないからです。平和主義がある限り、全面的な戦争行為は一切、生じる事は有り得ません。」

チャールの言葉を、皆が着目している。誰もが静かに、その演説を聞き入っている。

「皆様がご存知の通り、かつてのデウス動乱でどれ程の命が散り、どれ程の罪なき犠牲者が出た事か。今この映像を見ている全世界の皆様にはご理解頂ける筈です。武力行使で得られる平和等、ありません。平和な世界を続ける為には、一人、一人の協力が必要となります。それは、かつての愚かな戦争を経験されている皆様なら、ご理解頂けるはずです。私はその事を切に願います。」

その演説の後、歓声が渦巻いた。そして、この演説の直後、様々な意見が飛び交った。特に、SNS上では賛否両論の意見交換が行われていたのである。

 例えば、“平和主義があるから平和で居られるのならばそれで良い”と言った内容や、“万が一戦争になったらそれらは自分達を守れるのか”といった内容等、様々である。

このような意見が飛び交う現状の世界情勢は、一般市民達を不安に陥れるのに十分だと言えたのだった。万が一、戦争状態になった時、果たして世界はどのように動いていくのだろうか。

 

 

 演説が終わったチャールは、厳重な警備の中、副議長のソネルと移動していた。その中、彼は呟いた。

「地球連邦政府から独立した平和国連盟だが、まさか新生連邦とこのように対立していく事になるとは。そして、民衆も意見が分かれている。これは由々しき事態と言えるだろう。」

平和主義を唱えた人間、チャール・ポレク。デウス動乱と言う大戦が過去にあったにも関わらず、再び戦禍に包まれようとしているこの世界を憂いている彼は、ソネルに対して言ったのだ。

「議長の唱えた平和主義は、間違いないものと言えます。それが揺らいだ時、世界は本当に戦禍に包まれます。そうなれば、多くの犠牲者が出るのは目に見えている事です。」

「だが実際に代表達の中で戦争の反対派が増えているのが、私は恐ろしいと感じるのだ……」

平和主義に反対すると言うことは、戦争を容認するという事に繋がる。しかし、平和主義を貫くにも、加盟国からの税金で成り立っている。そこに対する一般市民の声もあるのが事実だ。

 要は、天秤に掛けている状態だ。もしそれが揺らぐ事があれば、戦争は不可避の状況となる。

「それに、私の弟があのような発言。兄という立場でありながら、お恥ずかしい限りです。」

ソネルの弟、ギルス。先日の議会で平和主義の撤廃を勧めていた人間の一人。兄が副議長という立場でありながら、反対意見を述べた事に対し、恥を感じていたのである。

「人が変われば意見が変わるのは当然だ。そこに肉親も何も、ない。ただ、我々はそれらとも向き合わなくては行けない状況になっているのだな……とは、思う。」

意見とは親族であっても対立する事があるのだ。それ故のギルスの発言。そして、それに賛同する者。チャールにとっては、恐ろしいと感じる事である。

 やがて厳重な警備の中、彼等は旧国際連合施設の外から出た時だった――

 

ピシュンッ

 

「議長!」

まさに、一瞬の出来事だった。一筋の凶弾が、チャールを襲ったのだ。しかし、それに気付いたのはソネルであった。

 側にいたSP、警備兵ですら気付かなかったその銃弾は、チャールを庇ったソネルに直撃したのであった。

「ソネル!?」

その場は、騒然とした。突如飛んできた銃弾はチャール・ポレクを狙っていた。だが、ソネルがいち早く気付き、チャールを庇ったのである。

 しかし、運の悪い事に、ソネルが受けた銃弾は頭部を撃ち抜き、脳幹部まで達していた。即死だったのだ。彼の頭部からは多量の血が流れ、すぐに遺体は運ばれていく。

 あまりに突然の出来事。一体、何があったと言うのだろうか。

 

 

 

 別の場所にて。ソネルを射殺した人間が、そこには居た。旧国際連合本部から射程5キロメートル。周囲に多くの建物が建つ中、的確に射撃を行い、チャールを狙った男。その腕は、正に神業と言えた。普通、その距離からの狙撃など、不可能とされる。だが、この男はそれを成し遂げた。故に、このような凶行が成功したのである。

 全身を黒尽くめの衣装で覆い、持参しているスナイパーライフルの銃身を磨き、その場からの撤退を考えていた男が居た。

「これ以上、長居は不可能だな……別のスナイパー……いや、この距離ならばMSが来るか?」

目標の射殺に失敗した彼は、次なる行動を起こそうとしている。

 本来、各国の首脳等が集まる場は厳重な警備が敷かれるものだ。だがこの男はそれをものともせず、狙撃を成功させた。そして、副議長、ソネル・パリシムが討たれた事により、射殺した人間を見つける為に、警備が動き出す。

 やがて、その男を狙う為に多数のスナイパーが動き出した。対暗殺者用のスナイパー。平和国側が用意した、議長を護衛する為の、スナイパー達である。

「……チッ!」

空気が掠れる音が聞こえた時、男はその場から去る。狙われているのが、明らかだと感じたからだ。

 男の名は、ギィル・オカザキ。一流のスナイパー。何故、この男がチャール・ポレクを狙ったのかは不明だ。何の目的なのか、男の意思なのか、それとも何者かに雇われたのか。ギィルはこの場から逃げる為に、走る。彼を狙う銃弾から逃げ、去って行く。

 

やがて男が辿り着いたのは、MSの前だ。そして、すぐにその機体に搭乗する。

 ギィルが乗るMSは、ディーストだ。新生連邦が世界中に増産しているMS。その内の一機を奪い、カラーリングを紅色に変更し、乗り込んだ。そして、そのままこの場から去る。標的を倒す事が出来なかったが、平和国の副議長、ソネルの暗殺には成功したギィル。

 世界情勢が不安定な中、平和国連盟の議長がスナイパーに狙われると言う事態。この、ギィルという男は誰の差金なのか。混迷の状況は、更に進んでいくように思われた。

 やがて、彼の駆るディーストはその場を去って行く中、追撃する機体が数機、確認できた。国連の主力MS、ヴァントガンダムである。バイザー越しに隠されたツインアイは標的を捉え、ビームライフルを放つ。不審な機体であると感じ取ったそれらは、ディーストの動きを確認しながら、牽制の為にライフルを撃つのだ。

「そこの機体、止まれ!どこの所属だ!新生連邦ではないな!?」

一人の兵士がそう言った時だった――

 

ドバアアアッ

 

別のヴァントが、ビーム粒子によってその形状を崩壊させた。何事かと、その場にいた誰もが粒子が放たれた方向を見る。

 地上から放たれたそのビーム。熱源は左手部からビーム砲撃を行った。肥大化したマニピュレーターを持つMS、グラントロール。メイド・ヘヴンの愛機であるそれが、ヴァントガンダムを襲ったのである。

「ウェーハッハッハァァ!元気があれば何でも出来る!世界情勢戦争モードの空気マジパネェわあ!ハハハハハハハハハハー!!!」

高らかに笑うメイドは、愛機を駆り、他の機体にも攻撃を仕掛けていく。だが何故この場にメイド・ヘヴンが現れたのか。

「メイドか……?」

グラントロールに反応する、ギィル。紅色のディーストはグラントロールに接近し、コンタクトを図る。

「スナイパーオカザキ!追われてると思ったから援護射撃だぜぇ?感謝しろや!!」

この様子から、両者は知人関係であることが分かる。新生連邦から鹵獲したディーストのパイロットがギィルであることを見抜いていたメイド。この様子から、ギィルがそのパイロットである事を把握している事が分かる。

「それは助かるが、何故ここに?」

「ダチを助けるのに理由はいんのか?お?」

口調は悪いが、ギィルの事を友人だと認識している様子だ。

「仕事をこなしたんだろ?お陰でドゥンドゥン世界情勢が不安定にならぁ!こっちとしちゃ、好都合な訳よ!世の中荒れてくれた方が、戦争で生業してる俺等からしたら天国になるんだからな!目ェからビィィィィム!!!」

会話しながら、攻撃をするメイド。アイドビームカノンは別のヴァントガンダムを殲滅するのに十分な火力を持っている。

 メイド・ヘヴンにとっては、戦争状況が天国の状況だという。戦闘狂の男、メイド。世界中が混迷に包まれていく中、まるで水を得た魚の如く、喜びを感じている。それに伴い、まるで彼の操る機体も元気を得たかのように行動を起こしている。

 

 戦闘は終了した。国連の機体は壊滅。メイドとギィルは山奥にまで互いの機体を移動させ、そこで合流していた。

「まさかお前に助けられるとはな。」

ギィルが自身のライフルを布切れで拭きながら、言った。

「これから世の中面白くなるのに邪魔される訳にゃいかねぇんだからな。援護するのはとーぜんやろがい。」

と、メイドは草が生い茂る丘に寝転び、空を見上げながら言った。

「しかし、ミッションは失敗した。平和国の議長ではなく、その隣の副議長、ソネル・パリシムに銃弾が当たった。俺は恐らく、平和国に追われる立場になる。」

「そんときゃ援護すればいいやろが。」

と、メイドは他人事のように語った。

「つーかそもそも、誰から依頼を受けたん?平和国連盟の議長の暗殺たぁ、随分、その辺の暗殺者がしなさそうな極秘依頼を任されたもんだな。オカザキさんよ。」

そう言われた時、ギィルはやや、視線を落とした。

「そいつはちょっと、言えないな。」

「へぇ。てことは依頼主は氷河族関係じゃねぇのは間違いなさそうだな?」

氷河族と言う単語が出てきた。メイド・ヘヴンは氷河族の所属。それに関係する、ギィルは一体何者なのだろうか。

「俺はウィリアとは違うからなぁ。余計な詮索ってのはしねぇのよ。俺はMSに乗って戦闘さえできりゃそんで良いんだわ。もっと荒れねぇかなぁ!世の中よォ!」

新生連邦政府と平和国連盟の対立は、世界情勢を不安定にさせる要因だ。世界中の人々がそれを不安に思っている中、この男はそれを喜んでいる。

 戦闘狂と呼ぶにふさわしい男、メイド・ヘヴン。何故これ程に戦争を求めるのか。戦争を求め、その先に何があるのか。その思想は明らかに、平和から逸脱していると言える。

 そしてその友人がスナイパーオカザキと呼ばれる、凄腕のスナイパーだ。極秘の暗殺任務を任される程の、この男。

「シンプルな性格で助かるよ、お前は。」

「あ?馬鹿にしてんのか?」

「そうじゃない。褒めてるんだよ。同じ“氷河族”の好だからな。」

「へぇぇ。舐めた事抜かしやがって」

ギィルは氷河族の人間である事が、分かった瞬間だった。世界情勢を不安定な状況にした根源ともいえる犯罪組織、氷河族。彼等にとって世界情勢が不安定になる事は、利益を産む事に繋がるのだろうか。

 犯罪組織と呼ばれる存在は旧世紀から存在しており、必要悪とされていた。だが、ここまで不安定な世界情勢にさせる程に組織は肥大化している。それは、何を示すと言うのだろうか。

 

 

 

 夜。皆が家にいる時間帯。学校から帰ってきた者や、仕事を終えた者等、様々な人間が居るだろう。そして夕ご飯を食べ、それぞれの時間を過ごすのだ。

 レイも例に漏れず、家族と食事を済ませた後、自身の部屋でくつろいでいる。そして、彼はEフォンを見て世界情勢の情報を見ていた。彼が使うSNSは、世界情勢を瞬時に見る事が出来る。そして、それらの事に対してコメント等をする事が出来る。しかし、レイは決して、SNSにコメントをするような事はしない。安易な発言や、何気ない発言のリスクというのは授業でも、習っており、その上での判断だ。

 SNSに書かれている記事は、ここ最近は犯罪の記事が多い。医療機関での無差別殺傷事件や、通りすがりの人間に対する暴行、電車内での凶行等。

 極め付けは平和国連盟副議長、ソネル・パリシムの暗殺だ。この話題を中心に、物騒ともいえる事件が相次いでいる。

これらの出来事は世界情勢が不安定であるが故に、生じるのだろうか。人の数が多ければ多い程、それぞれの思考がある。だがそれらは全て、正の方向にベクトルが向くとは限らない。負の方向に向く者も、一定数存在する。世の中が不安定であれば、それだけ負の感情を抱く者が増えるのだろうか。そして、無関係な他者に対して悪意が向けられるのかも知れない。

 それらを見て、レイは無関係に思えなかった。彼自身も空白の二ヶ月の間、多くの事を経験しているからだ。犯罪組織による犯罪の目撃や、MS戦等。彼が経験した非日常は、SNSでの出来事を他人事に思えなくさせているのだ。

 レイは今、リルムと交際している。その事も大きく重なり、不安定な世界情勢に対し、憂いを抱く気持ちがあったのだ。

「何か、嫌だな……暗いニュースばっかりで。平和って、本当に続くんだろうか……」

自分が非日常に身を置かなければ、恐らくここまでの事を考えたりはしなかっただろう。だが、彼の置かれている状況は紛れもなく、恵まれていると言える。そうとなれば、自分にできる事をするしかないと、考えるのだ。

 

―――――――――――レイ君は自分の生活を謳歌するべきだよ―――――――――――

 

エリィの台詞。自分が置かれている状況があるのならば、それを謳歌する。それが、今、彼に出来る事なのだと、考えるのだ。しかし――

「このまま、何事もなく日常が送れれば良いのにな。リルムとも、皆とも……」

家族が居て、友人が居て、恋人がいる。それが何よりの幸せ。当たり前のように三食を食べることが出来て、当たり前のように学校に通い、部活動にも励む事が出来る。それは、紛れもない“幸せ”だ。

 だが幸せは世界情勢が不安定であれば、どのようになるのか分からない。平和と戦争は紙一重の状況。それらは、人の良心が作り出したものだ。それらの均衡が乱れた時、世界は戦争に包まれる。

 そうなれば、どうなる?今までの日常が万が一崩壊すれば、どうなるのか。家族とも離れ離れになるのか?リルムとも会えなくなるのか。友人達にも会えなくなるのか。見当も付かない。目に見えない不安が、レイを包んでいたのだ。

 

 

 

 翌朝、レイは学校に通学し、皆に挨拶をした。その内の一人、モークと目線が合い、レイはいつものように挨拶をした――

「……はよ」

レイがモークに対して違和感を覚えたのはその時だった。その表情は明らかにレイと会話を避けているかのように見えるレイ。いつもの、レイにちょっかいを掛けるモークと明らかに違う。気のせいかと、レイは思っていたレイ。

 しかしそれは“気のせい”でないという事に気付くのにそう時間を要さなかった。授業が終わった後に彼に声を掛けても、素っ気ない態度を取る。目線を合わせようとせず、他のクラスメイトと喋ってばかり。まるで、レイと会話をしようとしない。何故?どうして?

(モーク……?)

気さくな会話や、何気ない会話をしている事がレイの中の日常。だがこの日、モークの態度が明らかに違う事を、レイは感じていた。人の顔を伺うレイは、いつもと違う友人の態度にどこか、不安になったのである。

「レイ、さっきの授業で教えて欲しい所があるんだけど――」

と、リルムが声を掛けてきた。リルムと居るのは幸せだ。だが、レイにとっての日常を支える友人の明らかな心境の変化に、彼は明らかに戸惑っていたのである。

 その日、部活動でもレイはモークと喋る事はほとんどなかった。まるで、レイを避けているかのような態度。何故、彼はそのような態度を取るのかも、全く分からないのだ。

(モーク、どうしたんだろう……)

だが、一日ぐらいならば落ち込む日もあるだろうとは、レイも考えていた。話しかけ辛い雰囲気はあったが、今は様子を見た方が良いのかもと、レイは考えていたのである。

 この日、レイは部活動が終わった後、一人で帰路についた。リルムとは会えなかったのが寂しい気持ちにさせたが、それよりも今は、モークの違和感の方が気になっていたのである。

 

 しかしモークの態度が変わる事は翌日、翌々日と時間が経過しても変わることは無かった。彼等のようなティーンエイジャーにとって、一日というのは長い。時間が経てばという価値観は、次第になくなっていく。それが心配になったレイは、ある時にモークに声を掛けた。

「モーク!」

と、意を決して声を掛けるのだが、モークは明らかにレイに構う様子を見せない。

「どうしたの!?ねえ!」

焦りに変わる、気持ち。何故、モークはレイに冷たい態度を取るのか?その理由が、全く見当が付かない。

「なんか、変だよ……?僕、悪い事した?ねえ!モーク!」

モークはこの時、教科書を開こうとしていた。だが彼がそれをする事は、違和感以外の何者でもない。何故、急にレイに対して冷たくなったのか。それが分からないまま、レイはただ、モークから意見を聞こうとする。だが――

「忙しいんだけど。喋りかけてくんな。」

まるで鋭い刃物を刺したかのような冷たい言葉がレイに突き刺さる。モーク・ダレンは普段、絶対に言わないような言葉を、今放った。どうして彼がそのような言葉を発するのか。何故……

 やがてモークは立ち上がり、その場所から去る。まるで、レイを避けるかのような振舞い。異様とも言える行動に、彼は悩むのだった。

「どうしてなの……」

友人の変化は、彼等のようなティーンエイジャーにとっては敏感なものだ。そして、変化していくかも知れないという不安が募れば募る程、余裕がなくなっていく。

 

 心境の変化は誰もが有り得る話ではある。特に、ティーンエイジャーではそれは有り得る話だ。人格の形成の途中。子供でも大人でもない時期。その時期故の人間関係の形成は重要である。しかし、それは些細な事がきっかけで崩れる事がある。

 自身が明確に何らかの迷惑行為を掛けた訳ではない。しかし、それを取り繕うことが出来ないのが、彼等のような年代なのだ。大人にも子供にも分からない心境を、モークは抱えているのかも知れない。

 レイは、トランにその事を話した。モークが居ない所で、彼等が初めて会話をした屋上にて。

「ダレンの奴が変?」

「明らかに、避けられているというか。僕、何もしていないのに。」

困惑するレイの表情は少女のようにも見える。トランはそれを見て、思わず笑ってしまった。

「プッ、お前、いっそ女子の制服の恰好をしたら?けどそうしたら俺、イーシャに浮気してるように見られんのかな。」

悩みを言っているにも関わらず馬鹿にされたような言い方をされ、レイは頬を膨らませた。

「僕は男だよ!真面目に言ってるんだけど!?」

「冗談だよ。本気にすんなよ。」

トランは、乾いた笑い声を浮かべた。

「トランは別に、モークと喋ってて何か違和感とかなかった?」

元々モークとトランは一切喋ることは無かった。しかしレイをきっかけに友人関係となった。だがモークはレイとは口を利かず、トランとは普通に喋っている。その事もあり、レイはトランに聞いたのだ。

「そう言えば喋ってる中で少し気になる事を言ってたな。」

「気になる事?」

レイは、首を傾げ、聞いた。

「“置いてかれてる”とかなんとか言ってた。」

「何だろう、それ……」

結局レイはモークが彼を嫌悪する原因が分からないまま、内心で複雑な想いで過ごす事となったのだ。

 レイは穏やかな日常を送りたいと考えている人間である。ごく普通の、ありふれた生活。それがレイの理想。それ故に、友人の対応の変化には過敏だ。しかし人間関係には答えがない。彼には全く心当たりがないが為に、余計に焦りを感じるのであった。

「それより、エリアスとは順調なのか?」

「え……!?どうしてそれを知ってるの!?」

「イーシャが言ってた。多分エリアスから聞いたんだろな。おめでとさん。」

ポンと、トランはレイの肩を叩いた。それと同時に、レイは顔を赤め、自身の顔を両手で覆った。

「秘密にしてたのに……なんでこうなってるの……?」

レイの中ではリルムとの関係は、秘密にしておきたかった関係である。周りに冷やかされたり、妙な目で見られたりするのを嫌に思っていたからだ。

 特に、リルムのような男子生徒に人気のある少女とレイが交際していると噂になれば、どのように言われるか分からない。ただ、それが嫌だったのである。

「別に秘密にする必要あるのかよ。」

「え?」

トランの言葉にレイは反応した。

「俺もイーシャとは幼馴染だけどさ、別に何も思わねぇよ。言いたい奴は適当に言わせときゃ良いんだよ。いちいちそんなんで絡んでくるやつの方がウザイだけ。逆に、あんまりコソコソしてる方がエリアスにも悪いんじゃねぇか?」

「そう……なのかな。」

リルムとの関係は、秘密にしておきたいと思っていたレイだが、それは果たして良くない事なのか。それが分からないレイは、少しばかり困惑している。

 異性との交際自体、生まれて初めてだ。幼馴染であり、恋人となったリルムとの接し方は、生徒達が見ている中ではどうすれば良いのか。だからといってガーストやプレーンのような公然で見せつけるような振る舞いをするのは、レイには出来ない。

「レイ、お前はタダでさえ秘密が多いんだからさ、それを嫌に思う奴もいるんじゃね?俺はあえて聞かねえけど、ダレンはどう思うんだろな。」

「秘密……か。」

レイには人に言えない秘密がある。空白の二ヶ月の事や、リルムとの交際など。最悪、リルムの話は、問題はないのだが、問題は空白の二ヶ月の話だ。それを聞いてくれる人間は、果たしているのだろうか。モークが聞いて、どのように反応するのか。彼がレイを避けている原因と、何か関係があるのか?レイは益々、混乱しているのであった。

 

 

「モークと何かあったの?」

帰り道、リルムと合流したレイはリルムにその事を伝えた。

 ここ数日、友人であるモークの様子がおかしい事。それにより、レイ自身も不安を抱えていると言う事。この相談は、恋人にするべきなのかは迷ったのだが、リルムとは様々な事を言ったりする関係である。自身の事も相談してみようと、思い切ってしてみたのだ。

「避けられているような感じがする。明らかに拒否されているような……」

不安を抱くレイ。友人に起きた変化、自分が嫌われているかもしれないという不安は物事への集中を低下させる。

「ちょっとお茶でもしてく?」

「え?でも、良いのかな……?」

「帰りだしいいじゃない!行こう!」

と、リルムはレイの手を引っ張り、近くにあったカフェに入ったのである。

 

 

 カフェは大手のチェーン店であり、彼等のような生徒が入りやすいような雰囲気を醸し出している。現に、ハイスクールの生徒が数名、会話をしたり勉強をしたり等、それぞれの時間を過ごしている。

 レイとリルムは向かい合う形でテーブルに座り、それぞれ、メニューを注文しようとした。その時――

「え、リルム?」

「お姉ちゃん!?」

偶然だった。そこには、リルムの姉であるヒューナ・エリアスが居たのである。ウェイトレスの格好をしているヒューナ。彼女はアルバイトとして、ここに来ていたのである。

「へぇ、ぐ、偶然じゃん。まさかここに、来るなんて思わなかったなー。」

「お姉ちゃんここでバイトしてたの?全然家に帰らないから、何してるのかなって思ってた……」

ヒューナとリルムは姉妹だ。いくらヒューナがアルバイトしているとはいえ、会話内容は普段の姉妹の会話と変わらない。

「んで、リルムの彼氏となったレイがここにいると。」

そう言いながら、覗き込ませるようにリルムを見る、ヒューナ。

「ちょ、お姉ちゃん……」

姉の行動を見て、リルムは赤面する。既に姉にもレイと交際している事は伝わっている。だが公然とそのように言われると、恥ずかしいものがあるのだ。

「レイもおめでとうね。うちの妹を改めて宜しく!んで、あんたらもう、どこまで行ったの?やる事はやったの?」

今度はレイに顔を近づけ、笑みを浮かべるヒューナ。

「ちょ……姉さん!?」

公然の場でそのような事を言われ、今度はレイも赤面する。

恋人同士ならばいずれかはその、“行為”をする時が来るだろう。しかし彼等はまだ付き合ったばかりであり、尚且つ幼馴染と言う関係でもあり、互いに困惑しているのだ。

「まあまあ、とりあえずおめでとうって事でコーヒー代は奢ってあげる。まあ、良かったね。あんたら。」

と、言った後でヒューナはその場を去る。その際、レイは彼女の横顔をちらと見た。

 まるで、寂しげな表情を浮かべているように見える、ヒューナ。気のせいなのか?それは、分からない。何故その表情を浮かべているのだろう。レイにはそれが気になったのであった。

「レイ?」

リルムに声を掛けられたレイ。だがそれだけでは反応しない。少し苛立ちを覚えたリルムは、レイの額を、ペチンと叩いたのである。

「え?あ、ごめん……」

我に返ったレイは、リルムにすぐに謝った。

「何をぼうっとしてるの?せっかく、レイの為にカフェに入ったのに。」

それは、分かっていた。だが先程見せたヒューナの表情が、気になったのである。

「ヒューナ姉さんが、なんか寂しそうな顔をしてたから……ちょっと、気になって。」

リルムと幼馴染の関係であるが故に、その姉であるヒューナとも仲が良いレイ。それ故、の心配なのだろうか。

「お姉ちゃん、家では自分の話、全然しないから。それに、家にも帰ってこない事多いんだよ。まさか真面目にバイトしてたなんて。」

「どうしてリルムは知らなかったの?」

「お姉ちゃん、何も言ってくれないんだもん。」

姉妹は決して仲が悪い訳ではない。しかし、彼女達の年頃になれば様々な事情を抱える者も多い。そこに、両親や肉親の介入は出来ない。個々、様々な事情を抱えている。それが、ヒューナの年頃ならば著明に見られるのだ。

「それよりモークの事だよ。どうしたの?相談になら乗るよ?」

「うん、その事だけど――」

レイは、改めてモークの事について話した。

ここ数日、まともに口を利いていない事や、話し掛けても冷たい態度を取られる事等。正直、その事をリルムに伝えるのはどうかと思っているレイであったが、身近に相談出来る人間が彼女しかいなかった為、こうして口を開いたのである。

「確かにレイと会話が弾んでないよね。」

「部活でも気まずくて……」

「うーん、気持ち程度だけど、私とも少し会話の数が減ったような気がする。」

クラスではリルムとの接する時は、交際前と同様の接し方を心掛けているレイ。その為、リルムとこのような時間を設ける以外は、互いに同性の友達と接しているのだ。

「モークにも何か事情があるんだと思う。家の事とか、人に言えない事があるんじゃないかな?ほら、レイみたいに。」

「僕みたいに?」

そう言った時、リルムはレイの耳元でそっと、囁くように口を開けた。その、ひそひそと話す際の音に対し、どこかこそばゆい感覚を覚えていた。

「ロボットの……事みたいな感じとか。」

レイは、慌てふためく様子で言った。

「そ、そんな事!?まさか、モークに限って!?」

「でも、分からないよ?それで悩みを抱えてるとか。」

「でも、じゃあどうして僕にだけあんな態度なんだろう……」

もし、他者に対して拒絶するような傾向があるのならば、レイだけでない、他の人物も拒否するだろう。しかし、モークはそうでない。レイのみに対し、冷たくあしらっているのだ。

「レイ、もしかしてだけどね、モークに私達が付き合ってるって話を伝えてないんじゃないかな?」

「え?それは……」

していない。それは、レイ自身が二人の関係を出来るだけ秘密で居たいと、思っているからだ。

 戸惑いは、答えとなる。レイの戸惑う様子を見て、リルムは溜息を吐き、言った。

「多分だけどね、モークはレイにコソコソと隠し事をされるのが嫌なんじゃないかな。」

それはトランにも言われた事だ。

秘密を隠される事が、嫌に思う人間もいる。モークはレイと友人関係であるが故に、それを話さないレイが嫌に思っているのではないかと、リルムも話すのだ。

「じゃあ、伝えてみるよ。ちょっと、原因が分かったかも知れない。ありがとう、リルム。」

その直後に、ヒューナからコーヒーの差し入れがあった。二人はそれにミルクとシロップを飲み、喉を潤す。レイは久しぶりに、笑顔を見せたのであった。

 

 帰り道。二人が並んで歩いている時。リルムが、そっと手を差し伸べてきた。

「ね、レイ。」

「え?」

リルムの言葉に反応する、レイ。

「手、繋ごうよ。」

「う、うん……」

両者はギュッと、静かに手を繋ぐ。ぎこちない動き。リルムは嬉しそうにしているが、一方のレイは明らかに緊張していた。

 しかし、内心ではこの時間を心から喜んだ。想いを伝え、交際する関係になったリルムと、手を繋ぐ事が出来た。それは幼馴染という関係ではなく、恋人同士という関係。それが、レイにとっては何よりの喜びだ。

 彼等のようなティーンエイジャーにとって、こうした時間は幸福だろう。それは、レイにも、リルムにとっても、言える事なのであった。

 

 

 翌日。レイは意を決し、モークに声を掛けた。数日口を利いていない中であった為、レイは最初、戸惑いはあったが、この現状を変えなければならないと思う気持ちが、レイを動かす。

 レイはモークの席の前に立った。その方向を見る、モーク。そして、レイは口を開いた。

「モーク!あの……さ。」

「なんだよ」

相変わらず冷たい反応だ。それに嫌な気分になるレイだが、それでもレイは喋る。

「僕が、秘密にしている事とかをモークに喋ってなかったのは、ごめん。僕は、あんまり秘密を公にしたくなくて……それで、モークに話が出来てなくて。色々と、ごめん。」

頭を下げるレイ。それが、モークが怒っている理由なのだとしたら、それを受け入れなければならない。そして、それに対して謝罪をしなければならない。レイはそう、思い、モークに謝った。

「なんか、勘違いしてねえかお前。」

「え?」

「秘密もクソもねぇよ。リルムとお前を見てたら分かるんだよ。お前等が付き合ってるって事ぐらい。」

それが、友人であるが故の洞察力だ。レイの変化は、モーク自身も理解していたのである。

「知ってたの……?」

「雰囲気で分かるんだよ。お前、人を馬鹿にし過ぎなんだよ。むかつく。」

モークの言葉は、レイを傷つけた。謝罪し、許しを請うつもりが、どうやら仇となった様子だった。

 両者の溝は埋まるどころか、かえって深くなってしまった。では、何故モークはレイに対して怒っていたというのだろうか。

「その白々しい態度がむかつくんだよ!俺なんかどうでもいいだろうが!カップル同士でいちゃついてろって!自分が先に進んでるからってあれかリア充自慢ってやつかよ?それで俺を見下してるんだろ?そういうの、むかつくんだよ!」

 

バンッ

 

モークは怒りの余り、机を叩いた。その音に、クラスメイトは一瞬だけ振り返るが、すぐに皆、それぞれ友人達との会話に戻る。

 レイは、困惑した。自分とリルムの関係を言わなかった事を怒っていたのではないとすれば、何故モークは怒る必要があるのか。モークに聞きたくても、聞けない。彼等の関係は、益々遠のく。一度亀裂が走れば、その人間関係の修復は難しい。その些細な事で、人の関係は崩れる。

 非日常と呼ばれるものは、日常の中にも潜んでいる。何気ない、穏やかな毎日。友人と他愛のない会話をし、恋人も出来、その上で送る学校生活。それがレイの理想。しかし、それは時と場合に寄り、叶わぬ時がある。その時、少年は悲しむ。そして、自らの行動を省みる。時に深く考え、時に、相手を内心で叱責する。だがそれだけでは変わらない。何がいけなかったのかも考えるが、見当が付かない。レイは、モーク・ダレンという友人と気まずい関係を送る事になってしまったのだった。

「モーク……どうして……」

何も出来なかったレイは、自らの席に座り、ただ、遠くで別の友人と話しているモークを眺める事しか出来ないのだ。いっそ、彼の事を忘れられれば良いのにとさえ思うが、今までの事を思えば、そうも行かないのだ。

 

 

 

 結局、モークとの気まずい関係は一ヶ月以上も続いた。その頃になると、レイ自身もモークの事を、どこか諦めようという気持ちになっていた。

 季節は進み、七月に突入した。その頃になれば部活動も引退に近付く。レイの所属する、サッカー部の試合は近隣校との試合が行われた。レイはレギュラーにこそなれたが、結果的に敗退。彼の三年の部活動は終わりを告げた。同じ部活の、モーク・ダレンとの思い出と共に。

 引退試合が終わり、汗を掻いているレイを迎えたのはリルムだ。恋人の試合を見ようと、暑い気候であるにも関わらずグラウンドまで来ていたのである。その光景を、遠目で見る一人の少年の姿があった。モークである。彼は別の友人と会話をしながら、グラウンドから去っていった。その間、レイとモークが会話を交わす事は、無かったのである。

 居心地が良いとは言えなかった引退試合。本来ならば友人と打ち上げ等で盛り上がるべきなのだろうが、今一つ、レイは馴染めないでいた。三年生のメンバーは打ち上げの為にレストランに行ったが、そこでもレイは殆ど会話をする事なく、時間だけが経過したのだった。

 友人との思い出を残せなかったレイ。同じクラスであり、部活動も共に励んだ筈なのに、どこか歯痒く、不快な感覚に包まれている。それは、モーク・ダレンと話をする事が出来なかったからだ。この場を経験し、レイは余計に自身の置かれた状況が悲しく思えてしまったのである。

 

 

 夏服になったクラスメイト達がそれぞれの時間を過ごしている、とある日。レイが椅子に座り、教科書を取り出そうとした時だった。

「おはよう、レイ。」

彼に声を掛けたのはトランである。身長の高さが目立つ、ベースボール部の少年。日に焼けたのか、少しばかり顔が浅黒くなっているように見えた。

「おはよう。」

レイも挨拶を返す。

「今度の土曜日さ、時間ある?」

「え?」

土曜日は、エリィが家庭教師としてくる日だ。その日に時間は空けられない。それを分かっていたので、断ろうとした時だった――

「土曜日の夜なんだけどさ、花火持って集まらね?」

「花火……?」

花火。それは日本の風物詩ともいえる行事。国際社会であり、日本の影響を受けているこの地でも、花火を楽しむという習慣はまだ残っていた。

 夏の暑い時に、暗闇の中で、その儚げな光を楽しむ行事。手軽に出来る美しい行為は、児童は勿論だが、彼等のようなティーンエイジャーにも人気はあった。

「五人誘う予定だから。来いよな。」

と言って、トランはレイの前から去る。突然持ちかけられた花火の話に、レイは混乱していたのである。

「花火……か。」

彼がは幼い頃、母親に連れられて三人姉弟で、河川敷で花火をした事を思い出した。僅かな時間ではあったが、レイの中でそれは楽しい思い出として、繊細に残っていたのである。

「トラン、あの……メンバーって誰?」

「俺とお前と、リルムと、イーシャと、ダレン。」

「モークも!?」

モークの名が出た時、レイの内心で焦りを感じた。

 普段ならば違和感なく出る名前の筈なのに、何故モークに対してそのような感覚に陥るのだろうか。何気なく接すれば良い筈なのに、何故?

 それは相手に避けられていると分かっているから。人間関係は些細な事でも大きく変化する。知人の名を聞いた時、その反応は様々だ。何も思わない者や、喜ぶ者、そして、不快に思う者、焦る者、気まずく思う者。多種多様の反応がある。

 レイは、その花火会をするのに、躊躇があった。トランとイーシャ、リルムならば問題なく参加できたが、モークの存在がそれらを躊躇わせるのである。

「じゃ、今度の土曜日にな。」

そうは言うが、レイは複雑な心境で過ごさなくては行かなくなった。春の学園祭の頃ならば良かったのだが、今の時期ではただ、モークへの距離感に戸惑うだけだった。

 

 

 

 時間は流れ、土曜日。この日、本来ならばエリィが家庭教師に来る日だ。だが、今日は来ない。と言うのも、彼のEフォンにメッセージでエリィが事前に連絡を送っていた為である。

『ごめん、レイ君。今週は事情があってお休みになります。頑張って自習しておいてね!』

エリィのメッセージを見たレイは、そっと、溜息を吐く。

 気温が上昇していく頃、半袖半ズボンの恰好のレイは、ただ、今夜行われる花火会の事を、考えていたのであった。

「日常生活に戻って来て、まさかこんな事で悩むなんて思わなかったな……でも、それはここが平和だから、こんな悩みが起きるって事なのかな。」

命のやり取りをする場では、友人に対して不快な思いをする事は、あまりないとされる。無論、全てがそうではないが、レイはこの時、アレンとガーストの関係を思い出していた。

 二人は最初、敵同士だったが、戦争が進むに連れ、仲良くなっていったという。そして、今でも仲が良い関係だ。一方のレイは友情を感じる場面は、日常で感じていた。特に、ジュニアハイスクールに上がったばかりの時に仲良くなったモークとはこの三年間、常に共に行動している仲だった。それ故に、今回の事が非常に引っ掛かるのである。

 セイントバードチームのクルーは、所属がかつての地球連邦、デウス帝国関係なく仲間として行動している。それはまさに、所属を超えた絆と呼べるものだ。その関係性を知っているからこそ、レイにとって今回の事が妙に引っ掛かっていたのである。

 友情とは、何なのか。いくら仲良くしていても、何らかの拍子に亀裂が走る事がある。それは覚えのある事ならば良いが、全く覚えのない事でも生じる時がある。その時、人は焦り、悲しみ、時に怒りを覚える。しかしその根本的な原因が分からない以上は、どうしようもない。その友情関係さえも、諦めなければならない事もある。

 それらを割り切るのは難しい。時間を要す。そして時間を要し、改めてどのような関係だったのかを顧みる事も、あるのだ。

 だが、それは彼のようなティーンエイジャーでは、到底難しい話と言えるのだった。

 

 

 夜になった。河川敷に集合した五人。リルム、トラン、イーシャ、そしてモークの姿があった。モークはレイの顔を見た時、最初ちらと見るだけで、後は顔を合わせようとしない。トランとばかり、会話をしているのだ。レイには、それが嫌に思えて仕方がなかった。

「お前さ、俺ばっかり喋ってないでさ。他の奴とも喋ろよな。」

「え?なんでだよ。嫌だし。」

「お前ホモかよ。」

「は?ちげえし!」

トランは、まるであえて突き放すようにモークに対して言った。

「うし、じゃあ始めよかー。」

やや脱力気味の、トランの声が聞こえる。それに伴い、リルムはイーシャの近くに寄った。

 やがて火花が散っていき、一面を光が包んだ。幻想的な光景は見ている五人を魅了する。そしてその時間は一分にも満たない。僅かな時間ではあるが、輝きは彼等を感動させるのに十分な効力があった。

 その最中、レイの隣に居た、モークが突如口を開けた。

「なあ、レイ。」

「え?」

まさか、モークの方から口を開けるとは思わなかった。レイはただ、驚愕するばかりだ。暫く口を交わしていない為、レイはモークと、どのように接するべきかを悩んでいたのである。

「なんかさ……花火見てたらさ、色々どうでも良くなってきたわ。」

「それって、どういう意味?」

まるで開き直っているかのようなモークの発言。彼の表情は、笑顔だ。最近まで見せていた険しく、嫌悪のある表情ではない。

「俺もさー、大人にならなきゃならねぇんだなーって思ってさ。」

その言葉は何を意味するのかは分からないが、笑顔でそのように言っている辺り、恐らく嫌悪感はないのだろう。

「俺さ、なんか、お前の友達でいて良いのかなって思っててさ。お前と不釣り合いっていうか。お前はリルムと付き合ったりするし、どんどん先に進んでるような気がしたりしてさ。その上で、オセイドとヘレンは付き合ってる仲だしさ、要はお前とリルムのダブルカップルって訳じゃん。そんなさ、グループの中に俺みたいなガキが入って良いのかなって気持ちになったんだよ。」

「そんなの、僕は何も思わないよ?」

謙遜するレイだが、これはモークの問題だ。

「なんか、ずっと同じ感じで居られると思ってたんだよ。でもお前は俺に何も言わないで秘密抱え始めるし、なんか、いつの間にか恋人とか作ってるし、友達に相応しくないなって思うようになってきた。だから嫌になってたんだよ。」

モークは、モークで考えていたのだ。それは、友人が先に行ってしまうという、見えない恐怖感。恋人が出来るというのは、彼等の年代からすれば、想定以上に衝撃が大きいのだ。

 恋愛と言う経験自体ない人間が多い中、交際をしているという話題が飛び交えば、それはどのような人間であれ、関心を抱く。そして、人によっては劣等感に駆られる事もある。ましてや、レイという、普段から常に一緒に居るような人間が、知人と交際する関係になるというのは、モークにとっては様々な感情を抱かせるのだ。

 普段、レイとリルムの関係に対してからかう事をしていたモークだが、実際に二人が交際する事を知ると、それに対して接し方を変えてしまう。そして、レイが抱える多くの秘密が重なり、モークはレイに対し、妙な嫌悪感を抱いてしまっていたのである。

「お前の事は、女みたいな顔の奴だと思ってた。でも話してて嫌な感じしなかった。だから仲良くやって来れたんだと思うけど、それが突然、秘密とか持たれたら、やっぱりしんどくなるわ。それにいつの間にかリルムとも進んでるし……俺って、何なんだろうって思って。」

モークがレイに対して抱く感情は、嫉妬なのかも知れない。だがそれだけではないだろう。様々な感情が渦巻き、その結果が、ここ、数ヶ月のレイに対する対応なのである。

「俺、お前の友達で居ていいのか。分かんねえよ。」

モークの持つ花火が、地面に落ちた。

「僕は、そんなの気にしない。そんなの、関係ないと思ってるから。」

レイがそう話すことが出来るのは、自身が女性と交際しているという余裕から来るものではない。彼が経験した、二ヶ月間の出来事が大きく影響していた。生死を彷徨う事も何度かあった状況で、多くの人間を見て来たレイ。彼がモークに対してそれを言った時、多くの出来事が思い出されたのだ。

 モークはレイの二ヶ月の真実を知る由もない。しかし、彼の言葉はモークの中で、どこか、響いたのだ。

「友達と一緒に居てて、優劣なんて付けたくない。そんなの友達なんて言わないと思う。」

「レイ……」

この時、モークにはレイの表情が、どこか凛々しく見えた。それは花火の光で映っている彼の顔が奇麗に見えたからなのかも知れない。

「お前ってさ、女の顔してるけど、趣味はホント、男なんだよな。MSっていうロボット好きだし、サッカーも頑張ってたし、いっちょ前に彼女まで作ってさ。」

「そんなの、関係ない。僕は、こうやってモークと喋ることが出来て嬉しいよ。本当に……」

レイの顔は、優しく見えた。そう言ってから3秒後に持っていた花火が、静かに落ちた。

「なんかさ、ごめんな。俺、自分勝手だった。」

モークが先に謝ってきた。それに対し、レイは言う。

「僕も、ごめん。色々とあって……それが重なって……」

「なあ、お前の秘密って、何だよ。何でさ、あの時学校来てなかったんだよ。その理由、俺、聞いてないんだけど。」

モークが、レイに聞いてきた。それを言われた時、レイの表情は凍り付く。

空白の二ヶ月の事。モークにその事を遂に言われてしまい、レイはいっそ、それをモークに言ってしまうべきかと考えていた。リルムにも言っている、MSでの戦闘の話。にわかに信じられない内容を、友人であるモークに伝えれば、全ては解決する。それに対し、レイは口を開けようとした――

(けれど……もし、それを言ったらどうなるの?これって、危険な事じゃないのかな……?)

レイの脳裏に、不安が過った。

 

―――――――――――――――大事には絶対にすんなよ――――――――――――――

 

過去にアインスを持ち出した時に、今は亡きギリア・ノールが言っていた台詞。この言葉を今、思い出したレイ。彼がその話を持ち出した時、大切に思っている友人に危害が及ぶ可能性も考えられた。

 夢物語と見做してくれればそれに越したことは無い。彼の妄言で終われば良いのだが、その事がもし、彼等に被害をもたらす事になる可能性を考えると、それが恐ろしく感じられた。

 秘密を知る人間は、ごく少数である方が良い。自分にとって大切に思える人間が何らかの被害に遭う事は避けたい。実際、レイはMSに乗って戦っていた人間だ。エリィが言っていたように、新生連邦が何らかの形で彼に干渉してくる可能性もある。そうなった時、友人が巻き込まれる事だけは避けたい。

 レイは秘密を言おうとした一瞬で、多くの事を想像した。それらを考えた時、レイはアインスの事を始めとした、一連の事を言うのを止めた。では、何を話すべきか。嘘をいう訳にも行かない。いずれは発覚するからだ。

 その時、レイは違う事を思い出した。

「あのね、モーク……実は……ちょっと、リルムのEフォンを借りるんだけどね……?」

と、レイは照れている様子で言った。

 そう言った後、レイは花火を楽しむリルムからEフォンを借りる。そして、写真のフォルダを開き、ある、一枚の写真をモークに見せた――

「プッ……ハハハハハ!これ、お前!?マジか!」

「ちょっと、モーク!!」

その笑い声を聞いた、他の三人が近づく。やがて、その写真を見て、皆がそれぞれの反応を見せた。

「似合ってんじゃん。」

「えー、可愛いねー、キレス君!」

「これ、お姉ちゃんが撮ったやつだねー」

その写真と言うのは、去年の十二月にヒューナが撮影した写真である。女子生徒の制服の恰好をしたレイが恥ずかしそうにしている。その格好を撮られた時、レイは恥ずかしい思いをしていた。

 この写真をモークに見せるのは初めてである。そして、モークは口からプッと、吹き出し、口元を手で押さえたのだ。

「これ……お前の秘密かよ!こんなので、お前もしかしてずっと休んでたんか?」

「だって……死ぬほど恥ずかしいんだから……!」

レイは、顔を赤めて言った。しかしモークは幸いにも、写真を見て笑ってくれた。

 モークにとって、レイの女装写真が彼の秘密であると、認識した。これにより、隠し事が無くなったと感じたモークは、すっかり吹っ切れた様子でレイの肩を持ち、言った。

「こんなの言ったって良いじゃねえかよ!なんだよ、俺損したわ!似合ってるじゃねえかよハハハハハー!」

(本当は、違うんだけど……まさかこんな所であの写真が役に立つなんて。)

空白の二ヶ月を、女装写真を撮られた恥ずかしさから休んでいたと、別の言い訳をしたレイ。しかしモークはそれを聞いて大笑いしている。それは、トランやイーシャにも言える事だ。

 本当の秘密をいう訳には行かない。彼等に万が一のことがあってはならないからだ。だが、彼等がレイが話した事に対して笑ってくれて、その上で本当の“秘密”を詮索しない事は、幸いと言えた。

 結果的にトランが主催となった花火会は成功と言えた。一夏の、小さな思い出。それは、亀裂が走っていたモークとの関係の修復や、クラスメイトとの絆が深まった時間となったのであった。

(こんな時間が、続けば良いのに……本当に、良かった……)

レイは、心の中で奇麗な花火を見ながら、そっと感じていた。

 




第三十八話、投了。

故郷のメンバーとのワンシーン。戦闘以外の日常のワンシーンを描きたかったというのもあり、執筆していました。


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第三十九話 崩れ行く日常

レイが日常を謳歌する中で、一方で世界は大きく動きつつあった。
アドバンスドタイプの正体。それを知るきっかけを得た、ジャンヌとアレンをはじめとした多くの人間が動く話。


 

 世界情勢は不安定な状態が続いている。レイの住むモントリオールは比較的平和な状態ではあるが、世界は違う。小規模の戦闘は各地で続いていた。

 その中で、日本国首相であったフォン・ヤマグチを暗殺した氷河族のメンバーが、今、ベトナムの地で新生連邦と戦闘を行っていたのである。

 暗殺者の足取りを追っていた日本政府が、新生連邦に軍を要請した。日本の自衛隊は国外に軍を派遣することが出来ない。日本政府は、首相暗殺をした組織の足取りを掴む為に捜査を行った結果、氷河族の一部組織が関与している事が判明。そこで、日本政府は調査費用及び駆逐費用を新生連邦軍に支払い、調査を依頼したのだ。国連は平和主義がある為、自ら攻め入る事が出来ない為、頼れるのは新生連邦軍のみという事になる。

 今、ベトナム国首都、ハノイの郊外で戦闘が行われていた。氷河族のMSは、ハンドメイドMS、ガンガレン。パイロットは、ケネール・リックである。それ以外には氷河族の構成員が搭乗しているMSである、ファドゥームが居た。左手部が鋏型のマニピュレーターを形成している機体である。

 機体名、ガンガレン。型式番号GUN-XX。ケネール・リック専用のハンドメイドMSであり、デウス動乱時のデウス帝国軍の機体を改良した機体であり、ビーム兵器等は所持してない。実弾兵器を主体とした武装で、攻撃する機体である。

 全身が武器庫のようなMSであり、ヘビーマシンガン、ジャイアントバズーカ、シュトゥルムファウスト、ガトリングといった武装を所持している。

 これらが新生連邦の機体であるディーストと、ジョゼフと交戦していた。そのジョゼフは、通常のジョゼフと違い、バックパックに武装が追加されている。可動式メガキャノンと呼ばれる兵器を搭載しているそのジョゼフは、強力なビーム砲撃を持っている機体である。

 氷河族と新生連邦の戦闘は、当然ながら新生連邦が圧倒している。ビーム砲撃はファドゥームを破壊していく。その中で、ガンガレンは実弾兵器を放ち、応戦する。

「ビームが何だってんだ!こんな奴等相手でも立ち回ってやる――」

ケネールが応戦しているその時――

 

ビゴォン

 

モノアイが、輝いた。一機のMSがガンガレンの目の前に降り立ったのである。

 その体躯はガンガレンよりも一回り大きい。両肩に二門のキャノン砲を装備し、大型のビームライフルを構えているMS、アーヴァイン。エファン・ドゥーリアの専用機である。

「コイツ……!?」

明らかに、他の機体と形状が異なっている。紛れもなく、“異質”と呼べるそのMS。そして、ケネールは妙なプレッシャーを、感じ取っていたのだ。

 ガンガレンは後方に三歩、後ずさりする。巨体はその影を覆うように、迫ってくる。

「機体が大きいという事は戦場においては弱点になり得る。だが人は自身より巨大な存在に対して視覚的に恐怖を覚える。この機体が後ずさりをしている事が何よりの証拠……そんな、所か。」

パイロットのエファンは一人、語った後でガンガレンに迫った。実弾兵器しか持たないその機体に対し、大型のビームサーベルを展開したのである。

 接近戦はガンガレンにとって不利だ。近接兵器を持たない為である。身の危険を察したケネールは、一度後退する事を狙った。しかし――

 

ドバァァァッ

 

別のジョゼフがビームキャノンを展開した。牽制のための砲撃だろうか。ガンガレンが回避出来なくする為に、高出力のビームを放つのだ。

「ちいっ!?」

舌打ちをするケネール。だが側方への移動は不可能だ。ならば、後方へ逃げるしかないのだが、アーヴァインが迫ってくる。

 これに対し、所持している実弾兵器で立ち向かうガンガレンだが、アーヴァインの堅牢な装甲を打ち破るだけの火力は、その機体には所持していなかったのが運の尽きだった。

 やがてアーヴァインのビームサーベルがガンガレンの胴体部に直撃する。ビーム刃は躊躇なく、コクピットごと焼き払うのだ。

 

「ガッ……あああああ……」

 

その僅かな瞬間に、ケネール・リックはエファンによって殺害された。巨体に迫られる恐怖と、避けられない絶望の中、氷河族の一部組織のメンバーであった男は殺されたのである。

「少佐、他のメンバーの姿が見当たりません。」

「そうか。なら良い。帰還するぞ。我々の役目は終わった。」

エファンの事を“少佐”と呼んだ、ジョゼフのパイロット。この事から、エファンの階級は佐官である事が判明した。

 エファン・ドゥーリア。アステル家のパーティ会場に氷河族と共にゲスト達を惨殺していき、その上でジャンヌとアレンを殺害しようとした男。彼は新生連邦の士官であり、今、彼は氷河族の別の一部組織の始末を命じられていたのである。

 

 

「ケネール……!?」

ハノイ空港から飛び立つ航空機内で、ニーア・アンジェリカが撃破されているガンガレンを見ていた。無論、その中にはケネール・リックが搭乗していることは承知している。その上での、反応だ。

「嫌……そんな……ケネールが……ケネールが!!」

「おい!もう見るな……!」

と、ニーアを止めるのはジュラードだ。彼等はフォンの暗殺の件で追われている立場であり、今回、ケネールはメンバーを逃す為に自らMSを駆り、新生連邦と対立していたのである。

「けど……けど!!」

「組織の秘密を守る為だ……必要な犠牲なんだよ……」

「ケネールが殺されてるの、黙って見てないといけないの!?」

ニーア・アンジェリカはケネール・リックと交際していた。組織内の恋愛というのは有り得る話であり、氷河族はそれを黙認している。

 組織の秘密を守る為に、犠牲者が出るのは仕方がない事と言えた。強大な組織が君臨し続ける為には、政府機関等への献金だけでは足りない。組織への忠誠心も、求められる要素だ。フォン・ヤマグチの暗殺の件で氷河族が関わっているのならば、その秘密は貫かなくてはならない。例え、理不尽な拷問を受ける事になったとしても。

 彼等はそれらを理解した上で組織に存在している。氷河族への忠誠。その為ならば、死さえ厭わない。ケネールもそれを理解した上で、戦死したのだ。ニーア・アンジェリカを残して。

 今ここに居るのはジュラード、ニーア、ウネフ、ミルフだ。他のメンバーは別の箇所に居る。一箇所にメンバーが集まる事は、危険である為である。リーダーであるアルン・ティーンズは今、ノルウェーに居ており、組織とは直接離れている。その中で彼等が目を付けられ、新生連邦に補足されたという訳だ。

「遅かれ早かれ人柱が必要になるのは分かり切ってた事とね。組織の秘密を貫くには当然の事。ま、肝心の組織のボスの顔と名前すら分からん私らには関係ない事。」

ウネフが、両脚を組み、躊躇いなく語った。

 しかし、その言葉は傷心のニーアには怒りを誘発するのに十分と言えた。

「自分のところの組織の人間が殺されたのにそんな態度がよ 取れるわね!!前から思っていたけれど、貴方は屑の極みよ!!」

怒りをぶつけるニーア。恋人を惨殺された瞬間を嘲笑うウネフが許せなかったのだろう。

「お遊び半分の恋人ごっこやってんじゃねえよこのアマがァ!!!」

今度はウネフが怒った。着ていた白衣が乱れ、ニーアの胸倉を掴む。

「人の死を嘲笑うような物の言い方が気に入らないわ!それでも元医者なの!?」

ウネフは元医者であった人間。しかし今は氷河族のメンバー。医者時代に得た知識は組織の暗躍の為に使われる。そこに、良心は無いのだ。

「医者が全てそんな人間って考えてる時点で頭お花畑なんだよてめぇは!!」

メンバーの死を巡り、二人の女性が言い合う。同じ組織のメンバーでありながら、愚かな争いをするのだ。

「止めろ、お前ら。」

その様子を、ジュラード・メッサードが止めた。互いに殴り合おうとしている瞬間を、大男が割り込み、止めたのである。男の力は二人の女性では止め切れない。それを見たミルフは、ただ、瞬きをするばかりだ。

「ケネールは死んだ。そして、俺等はケネールに救われた。それだけだ。」

男の渋く、低い声が聞こえた時、ニーアとウネフの二人は争おうとする姿勢を止めた。互いに顔を見合わせるのを止め、航空機がベトナムの地から離れて行くのを、見守るしか出来なかったのである。

「ケネール……」

恋人の死を、見守るしか出来ないニーアは、ただ、彼の名を呼ぶしか出来ない。名を呼んでも帰ってこないのは分かっていても、人は名を叫ぶしか出来ないのだ。

 人は抗えない現実を見ても、尚も否定しようとする事がある。その一つが、死亡した人間に対する叫び声を上げる事だ。無駄だと知っていても、それを行う。それは、人を想うが故なのだ。

 

 

 

数日が経過した。氷河族追撃の任を終えたエファンは、新生連邦本部に呼び出されていた。佐官であるエファン。一年間ジャンヌの側近として務めていた男は総司令、レヴィー・ダイルの元に赴き、一礼をした。

「お久し振りです総司令。あの時のアステル家におられた時以来ですね。」

エファンの声が、指令室に響く。

「ドゥーリア少佐。アステル家の戦艦の情報を新生連邦に伝えて下さったのは貴官ですね。」

総司令が言った時、エファンはその表情を固めた。

「以前日本の駿河湾沖に所属不明の戦艦が発見されたという話がありましたが、その情報は匿名情報でした。どこの情報かと詮索をした結果、アステル家に居た貴方の存在を見た時、確信しました。」

「あの時は驚きましたよ。何せ、新生連邦総司令という立場の人間である貴方が、あのような場所に居たのですからね。余りに、個人的過ぎる事情で。」

まるで総司令の事を見透かしているかのように、エファンは言った。

「何の……話をしているのですか。」

見透かされた様子の総司令。明らかにうろたえ、困惑している彼に対し、エファンはニヤリと笑って言った。

「アステル家当主、ジンク・アステルと戦力増強の交渉をされる事も目的ではありましたが、実際の目的は個人的な友人達である、アレン・レインド、ジャンヌ・アステルに会う事。それが目的であった事は知っておりますよ、総司令。」

明らかに総司令の思考を読んでいる回答だった。無論、総司令はその情報を誰かに伝えたり等、一切していない。その中での発言だ。

「何故、貴方がそれらの事情をご存知なのですか……?」

予想しなかった言葉を聞き、緊張が走る。

 総司令はエファンの事を詳細には知らなかった。以前国連の将軍であるウィレスが言っていたように、デウス動乱時代に一機の量産機体、ジャスティスを駆り、デウス帝国の艦隊を壊滅に追い遣ったとされる事以外は、一切分かっていない、彼の事。エファンとは何度か面識はあった程度であり、彼が一年の間アステル家に潜入していた事も、把握出来ていなかったのだ。

「さあ、何故でしょうかね。」

フッと、笑みを浮かべたエファン。それに対する総司令の表情は、険しい。

「……それはさておき、ドゥーリア少佐。貴官は新生連邦軍の所属でありながら、勝手な行動をしたという事を分かっているのですか。何故貴官がアステル家にいたのか、その上でアステル家の艦の存在を知らせたのか。」

話題を変え、落ち着かせようとする総司令。この言葉より、エファンの行動は命令などではなく、独断によるものが明らかとなった。

「そして、先月の事もそうです。国連の部隊がアステル家のパーティ会場に出動するという状況。そこにあった、特殊な機体。それは、貴方の開発した機体である事は明白ですよ。」

“先月”というのは、アステル家のパーティがあった時期だ。それは二月の下旬頃。今、彼等が会話をしている時期三月の中旬頃である。

「報告が遅れました事を、お詫び申し上げます。」

エファンの独断によるパーティ会場の襲撃。やがてそれが国連への攻撃に繋がるという事も、今、総司令は理解したのだ。

「しかし総司令も、いくら何でも個人的過ぎる事情で軍の艦を持ち出すというのもどうかと思われますがね。」

エファンは、悪びれる様子無く言った。総司令はこの男の不動なき態度に、妙な違和感を覚えていたのであった。

「……貴官の実績は分かっています。十分に評価されるべきものというのも。しかし、独自の行動権を与えた覚えはありません。」

軍隊は組織だ。いくら優秀な能力を個人が持っていようと、勝手な行動は許される筈がない。

だがエファンはそれを行った。そして、全く動じる様子がない。いくらエファンに個人的な行動を言われようとも、立場は総司令の方が上だ。その為、彼に対して言葉を放つ事が出来るのだ。

「では、私を処罰しますか?少なくとも敵性勢力となり得る可能性のあるアステル家に対して打撃を与える事が出来たのは、私がアステル家に一年間潜伏していたからではありますが。」

堂々とした振る舞い。エファンは全く、動じていない。

「総司令、今、新生連邦政府は平和国連盟と対立している。その為の大規模作戦も考慮しておられますね。」

「なっ……!?」

驚愕する総司令。その内容は、軍関係者には一切伝えていない。だがエファンはそれを、読み取ったのだ。

「先程の要件と言い……僕……いえ、私の事情をそこまで見通せるなんて……貴官は何者なのですか、ドゥーリア少佐。」

改めて、この男の存在の正体が気になった総司令は、約3メートルの距離を取っている男に、妙な緊張を抱いていた。普段使う一人称が出そうになる程、エファンから見れば、総司令が動揺しているのが分かった。

「私はアドバンスドタイプですよ。」

エファンは、〝アドバンスドタイプ〟の部分を激しく強調するように言った。そして再び笑う。

「アドバンスドタイプ……?」

その存在自体は把握していた。何故ならば、友人であるアレンがその力を持っている事を知っているからである。しかし問題はエファンの方だ。アレンは思考を読むといった事は一切しなかったのにも関わらず、エファンはそれを行える。何故、そのような事が生じるというのか。

 以前エファンがアレンに対して語った言葉に、個別性という言葉がある。それが関係しているというのだろうか。

「私の場合、その中でも特別な存在でしてね。この能力のおかげで昔は苦労しましたよ。何せ周りの人間に私と同類がいない。心を読める人間と言うのはどうも異常な人間扱いされる傾向にあるようで、誰も称える事無く、周りは私を不気味に感じていましたよ、総司令、貴方が私に対してとった態度のように。よく〝化け物〟と罵られたものです。」

自身の事を語るエファン。その堂々とした振る舞いや言動を見て、総司令は彼の言うように、不気味に感じていた。

「人間の感情と言うのは面倒臭いものでしてね、私がその人間の思っている事を言ってやればそれを気味悪がり、今まで慕っていた人間が平気で裏切りましたよ。常識の無い、変わり者と呼ばれる存在が社会や人間集団から孤立するように、私の能力のおかげで周囲から孤立しましたよ。私はそれ程、気にはしませんでしたがね。ああ、失礼。全ては独り言ですよ。」

エファンはまるで愚痴を零すように自分の事を語っている。

「エファン・ドゥーリア少佐……貴方は……アドバンスドタイプと言いましたか?」

総司令は彼がアドバンスドタイプであり、心が読めるという所に着目した。彼はアドバンスドタイプを知っている。それはアレンがアドバンスドタイプである事を知っているからだ。 

しかし、心を読めると言う事に関しては全く知らなかった。知る筈が無かったからだ。

(アレンですらそのような振る舞いを感じなかった……アドバンスドタイプは思考を読める人種だというのか……?)

「いえ、私だけの能力ですよ。何、ちょっとしたエスパーみたいなものです。SF映画とか、アニメ等にそのようなキャラクターが居るようなものです。大したものではありませんよ。」

またしても、思考を読んだエファン。まるで総司令が躊躇うのを楽しんでいるかのようだ。

「総司令、組織を形成するというのも大変ですね。従順な部下の存在は勿論必要ですが、私のような独断の行動を取る者の管理もしなければならない。まあ、幸か不幸か、どうやら貴方は私に対して処罰を加える事はなさそうですね。」

レヴィー・ダイルはエファンを警戒している。だが、一方で彼の功績を認めている。彼を敵に回す事の怖さを、本能的に察したのだろうか。

「作戦の成功を祈っておりますよ。“オペレーション・デモリッション・クリエイション”の……ね。」

その作戦名は誰にも公表していない。だが、彼の思考を読んだエファンは新生連邦が行おうとしている作戦の名前を、口に出した。

 やがてエファンは一度敬礼をし、総司令に背を向けて部屋から去って行った。思考を読む男、エファン・ドゥーリア。その上で、男から感じたプレッシャーは、新生連邦軍の総司令と言う立場である、美しい男性を翻弄する力を持っていたのである。

 

 

「レヴィー様、大丈夫ですか……?」

以前に平和国連盟が放った使者による銃弾を受けた、側近のソフィアが、指令室に座る総司令を、心配そうに見る。部下にあたる筈の男から感じるプレッシャーは、彼を翻弄していた。

 ソフィアの容体は回復していた。彼女の怪我は重症ではなく、治療を受け、安静にする事で、彼の側に居る事が出来ているのだ。

「僕は大丈夫。それよりも、エファン・ドゥーリア少佐……か。僕は、恐ろしい人間を部下に持ってしまったのかも知れない。」

エファンの功績は聞いていた。しかし、実際に会い、彼の独断の行動を聞いたにも関わらず、それに対して叱責をほとんど出来ず、寧ろ思考を読むことが出来る男に翻弄された総司令。

 彼はシンギュラルタイプである。一方のエファンは、アドバンスドタイプだ。能力だけを見れば、アドバンスドタイプはシンギュラルタイプの上位互換とも言える存在。自身より力の優れた人間が部下にいるというのは、指令と言う立場から見ればプレッシャーでしかないのである。

 

 

 

 時間が経過し、三月の下旬になった。アレンはこの時、ジャンヌに呼ばれていた。パーティの件が一段落してから、暫くバンディットとしての活動を行っていたアレン。その間、ワートンの所に世話になり、その上で定期的にココットとも会っていた。

 “絶望のパーティ”から一ヶ月が経過した頃。その間、ジャンヌは心労が重なる思いをし続けていた。母、ターナの死を始め、パーティでの惨劇や、その参加者、ゲスペル・ギアンによって拡散されたスキャンダル。彼女はその期間、これらの対応にも追われていた。

 その間、言われなき暴言を浴びせられたりもした。こうした事もあり、ジャンヌは一時的にコンサート活動を休止。しかしその間、世界情勢の事について取り組んでいた。表舞台から姿を消したとしても、不安定な現在の世界情勢の事を考え続けていたのだ。

 だが彼女自身も様々な出来事が重なり過ぎた。故に、精神を病んでしまっていたのである。この一ヶ月間、ジャンヌは軽度ではあるが鬱状態であったのだ。しなければならない事はあれど、重なる悲劇や自らへのスキャンダルは彼女を苦しめるものとなっていった。次第に心が疲弊し、一度、完全に動かなくなった時も、あったという。

 しかしジャンヌは少しずつではあるが向精神薬や医師の処方を受けていき、少しずつではあるが精神は回復していった。やがて、ジャンヌは僅かな時間でも活動を再開させていく。

そして、それらの活動は少しずつではあるが、実を結んでいく事となる。その内の一つが、アレンと共に平和国の研究機関に提出した、血液と筋繊維である。アドバンスドタイプと呼ばれる人種の二人。そして、エファン。彼等に共通する何らかの力は、研究によって明らかになるのではないかと思い、一ヶ月前にそれらを提供した。

 その結果を聞く為に、彼女は提供者の一人であるアレンに声を掛けたのである。今、彼等はジャンヌの部屋に居る。アドバンスドタイプにしか分からない事。その事の為、二人きりになれる部屋が必要であるのだ。

「お久し振りですわね、アレン。」

心なしか、ジャンヌの表情はやや、疲労しているようにも見えた。多くの事が重なり過ぎて、疲れているのかも知れない。いくら鬱状態を克服したとはいえ、苦しい事には変わりがないのかも知れない。

「ジャンヌ、大丈夫か……?明らかに疲れているように見えるけれど。」

久しぶりの再会ではあったが、辛そうな彼女の表情を見て、心配になったアレン。

「私は大丈夫です。御心配には及びませんわ。それよりも、アドバンスドタイプについてですが、平和国の研究機関から結果の報告がありました。その件について、貴方をお呼びさせて頂きました。」

彼等は自らの血液と、皮膚と、筋繊維を研究機関に提出している。そこから明らかになった結果とは何なのか。

「こちらの書類を見て下さい。」

と、言われたアレンはジャンヌから書類を渡された。そこに映っているのは、顕微鏡で拡大された細胞の図と、文章だ。恐らくそれが、彼等が提供した情報の結果なのだろう。

「……うん……?ごめん、細か過ぎて分からない……」

と、アレンは頭を抱え、言った。彼は勉学をして来ている訳ではなかった為、書類を渡されても分からないのだ。結局、何が明らかになったのかが分からない為、アレンはただ、溜息が出る。

「確かに、詳細をいきなり渡されても難しいですわね。私が、その内容を要約してお伝えします。」

渡した書類を再び彼女はアレンから貰い、その詳細について、伝える。

 ジャンヌはこの内容を見ても、あまり驚愕している様子ではない。寧ろ、どこか虚ろな様子だった。

「簡潔的に申し上げますと、私達の身体内に備わっている細胞は常人と異なる性質がある可能性があるという事が分かりましたの。」

「常人と異なる性質……?」

常人と異なる性質。それは、何か。アレンはごくりと、唾を飲む。

「そもそも細胞には細胞質と核にて形成されています。細胞質内に存在する、ミトコンドリア。その中に存在している成分の中に、常人には確認出来ないような成分が存在すると、研究者より報告されています。」

ミトコンドリア。それは細胞質内に存在する楕円形をした小体。酸素を利用し、エネルギー源となるATPを生成する役割を担う存在だ。ミトコンドリアの中には独自のDNAを内部に有しており、ミトコンドリアは自律的に細胞内で分裂し、増殖する。ヒトにおいては肝臓、腎臓、筋肉、脳等の代謝が活発な細胞には多くのミトコンドリアが存在し、細胞質の約四割を占めているとされている。※1

ミトコンドリアに含まれている成分の中に、彼等のような人種にしか存在しない成分が含まれているというのは、どう言う事なのか。ヒトの細胞において重要な役割を担う存在であるミトコンドリアは、アドバンスドタイプとオールドタイプとでは何が違うのか。

「ただ、報告はそれだけでした。私達が提供した身体組織の一部のみでは、残念ながらアドバンスドタイプの謎を明かすには不十分と言えました。」

「そうなんだ……」

それには、アレンは落胆した。何か謎が明らかになり、それが良い方向に導いてくれればと考えていただけに、大きな成果を得られないのは残念なものである。

「ですが、ミトコンドリアについてですが、これは間違いなく、何らかの関連があるのではないかと考えた私は、アステル家の者に依頼をし、様々な論文等について調査して頂きました。膨大なデータベース等を見つけた結果……気になる情報を発見しましたわ。」

ヒトに関する研究において、論文は欠かせない。それらの存在により、人類は進歩していけるのだ。

 だがそれらは、全てが、妥当性のある物とは言い難いのも現実。様々な課題を残し、研究というのは日々、進んでいる。今回のアドバンスドタイプに関しても、そうだ。

「そんな論文なんてあったのか……」

驚愕する、アレン。

「その内一つは、光る人類についての研究。もう一つは、自然治癒力に特化した人類の研究と、その特性が遺伝するものであるのかという事について。前者の情報はケースが一人であり、後者の情報のケースは五人。信憑性は低いものではありますが、気になるのはこれらに関する情報は、いずれも私達に共通する点でもあるというところです。」

「データは、あるのか?」

「ええ。今、お見せします。」

と、言って彼女はコンピュータを開く。そして、そこに映る画面をアレンに見せた。

「一つは光る人類についての研究です。これは50年前の論文ですが、ユーラシア北部の研究者であったアリヴィアン・トゥーロフ氏らが発表したものです。この論文では自らの細胞を研究した情報が記載されています。トゥーロフ氏は自らの生命の危機を感じた事があった時、自らが光った体験があったという話があります。」

「ちょっと待て、それって、この人がアドバンスドタイプじゃないかって話にならないか?」

「そうです。自らが光ったという話や、それに伴う細胞の話は全て、私達が提出した細胞に関する研究に近い話です。恐らく彼を取り巻く人間達に協力させ、研究を行ったのでしょう。その内容は、生命を脅かすような、危険と言える内容だったと言います。」

驚愕の事実。彼等以外にも、過去にアドバンスドタイプと呼ばれる人種は居たという、貴重な資料だ。

「ですが、この論文を発表しても、世間では全く相手にされませんでした。様々な学会に提出しても、門前払いとされてきました。無理もありません。サンプル数が彼自身の細胞と、少な過ぎた上に、全く前例がないものと見做されていた為です。」

研究の妥当性というのは非常に難しい。増してや、その研究はアリヴィアン・トゥーロフ個人の細胞のみの研究だ。彼がアドバンスドタイプだったとして、その妥当性が世間で認められる事など、不可能に近いと言えたのである。

 だがそこに記載されている情報を見た時、今回の研究と酷似しているミトコンドリアの情報が出てきたのである。

「数多くの学会等では認められない研究でしたが、今の私達にとっては非常に有用な研究と言えるかも知れません。何故ならば、このミトコンドリアの性質の話は私達が提供した細胞組織の結果と酷似しているからです。」

「そんなの、偶然じゃないのか……?」

「それを否定するには無理がありますわ。彼自身が生命危機に瀕した時に光る人間であり、この情報の関連は謎を解明する上で必要になるのではないかと思われますわ。」

「じゃあ、これはほぼ、可能性として高いという事なのか!?」

「ええ、恐らくは。その中で、彼はこの論文の中でミトコンドリアの話をしていて、生命危機の時に光を放つ時、そのミトコンドリアが一斉に光を放ったという情報があるのです。トゥーロフ氏はこの光に名前を付けました。碧色の光、“イズゥムルート”と。

「その名前って……」

「ええ、貴方はご存じだと思います。恐らく、彼が名付け親でしょうね。」

名前こそ、知っていた碧色の光。その名付け親とも言える人間の論文を見つけたジャンヌ。アドバンスドタイプはその存在そのものが謎とされてきたのだが、これにより、一部の秘密が明らかになった可能性が高い。

「断定は出来ませんが……私達にも共通する情報である事を考えた時、私達にとっては有益な情報と言えるでしょう。」

イズゥムルートの光と、彼等が宿す細胞内に存在するミトコンドリアの関連性が明らかとなった。それは真実に一歩近づいた事を示す。

 だがこの時、アレンは二つ、疑問を抱いた。何故、彼女は“イズゥムルート”の名を知っていたのか。もう一つは、アドバンスドタイプという名は何が由来だというのかという事だ。

「ジャンヌ。このロシアの研究者が名付けたというのなら、君が何故、イズゥムルートという言葉を知っているんだ?」

「アレン、実は……貴方にお伝えしていない事があります。“光”の話について。」

ジャンヌは一度視線を床に落とした後、口を開いた。

「実は、この論文のデータは、お母様の金庫から発見されたものなのです。」

研究データの依頼をしてはいたが、その内の一つが身近な所にあるという事を、知らないでいたジャンヌ。調べている中で、母親の部屋に遭った金庫を開けた時、この論文が出て来たという。

「ターナさんが……?」

「つまり、お母様は元々この情報を知っていた事になります。“イズゥムルート”について。」

「じゃあ、ターナさんはアドバンスドタイプの事について、調べていた事になるな。」

「そして、エファンはお母様と接触していく中でこの情報を知り、その名を知ったという事になりますわね。」

パーティ襲撃事件の際、エファンが口にした光の名。その由来は恐らく、ターナから知った情報であろう。

「この論文を発見することが出来たのは、自身も経験しており、尚且つ謎が多い存在であるが為に、その真実を知りたいと思う、お母様の知識欲故なのでしょう。自らがそれに該当するのならば、調べるのは当然と言えます。今までは、私達がそれに向き合わなかっただけです。」

しかし、それも無理のない事だった。アレンとジャンヌがアドバンスドタイプの存在に気付いたのは、デウス動乱中の話だ。その間は戦争をしている状況であり、何かを調べるという状況ではなかった。

 時は経ち、戦後になり、その存在は謎のまま時間が経過した。やがてジャンヌの母親がアドバンスドタイプという事を知り、エファンもその存在であることが発覚。それらを機に、彼等は情報を調べていく事となった。

 信憑性が決して高いとは言えないものの、貴重な情報の存在は彼等を勇気付けるのに十分な役割を果たしていた。ターナはエファンに殺害されたが、彼女が残した遺産と呼べるものは、真実に近づく一歩になったと言えるのだ。

「だから、あの時俺に対して妙な“実験”をしたのか……」

それは、ターナがアレンに対して行った事。紅茶に毒を盛ったと嘘を吐き、彼を試した事を、思い出していた。

 

―――――――――それにしても……貴方に、毒は効かないのね―――――――――――

 

「けれども、お母様はエファンの盛った毒に殺された事になります。その際、イズゥムルートの光は放たなかったのでしょうか。」

「実際には毒は盛られてなかったけれど、俺は盛られたと勘違いをした。けれど、光は放たなかった。」

「この事から考えられるのは、毒物等、内部に被害を与えるような事に対しては光が放たれないという事になりますわね。トゥーロフ氏の論文には、外的な生命危機の際に光を放ったという情報しか書かれておりません。」

「その上エファンはアドバンスドタイプ。同じアドバンスドタイプ同士では、光を受けても何の影響も受けない。だから奴はターナさんを殺害出来たという事か。」

「……あくまでも、可能性の話ですわ。」

光の存在については謎も多い。だが、彼等が経験した事と、アリヴィアン・トゥーロフの論文の情報を照らし合わせて分かった事が、次の通りである。

 

〇イズゥムルートは、外的な生命危機状況に直面した時に発現する。

〇イズゥムルートは、毒等の身体内部からの影響に対しては発現しない可能性が高い。

〇イズゥムルートは、アドバンスドタイプ同士では影響を受けない。

〇イズゥムルートは、アドバンスドタイプ以外の人間に対し、戦意喪失をさせる効果がある。

〇イズゥムルートは、アドバンスドタイプの細胞内のミトコンドリアが発光して発現する。

 

これらの事が、恐らく生じる可能性が高いと考えられる。要は、生命を守る為の保護機能のようなものなのだろうか。

「光る人間の事については分かった。それと、もう一つの論文の情報は?自然治癒力に特化した人類の話と、アドバンスドタイプに於ける遺伝特性……だったか。」

アドバンスドタイプの次の謎。それは、自己再生能力に優れるという所である。その上での遺伝特性について。しかしそれら自体の謎も多く、そもそもの絶対数が少ない為、断言が出来ない。

「こちらの研究ですが、こちらは公に公表されている論文ではないのです。恐らく国家機密やそれらに該当するようなデータベースに落ちていた情報と言うべきでしょうか。」

「さっきの論文と比べると随分と厳重に情報管理をされていたみたいだね。」

「恐らく、デウス帝国に関係するものであったのではないかと思われます。先の大戦でデウス帝国が敗北し、それから情報を掴み易くなったというべきでしょうか。戦時中ではまず、発覚する事のなかった論文です。」

と、言いながらジャンヌはもう一つの論文を彼に見せる。先程、彼等が見ていたトゥーロフが発表した論文と同様、細胞内のミトコンドリアの画像が映し出されていた。それと同時に、ダリオン・イブルークであろう人物の写真も映っている。年齢は四十歳代後半の、顎髭を生やし、鋭い目つきをしている、男性だ。

「世に公表されず、増して、己の為だけの研究論文は私小説と何ら変わらないと言えます。恐らくこの研究もそのような内容でしょう。ただ、論文の内容は過激とも言える内容でした。」

ダリオンと言う男が書いた論文の内容は自然治癒力についての研究だ。この男、ダリオン・イブルークもアドバンスドタイプであり、その上で自らの細胞を用いた研究を行っていた。

 しかしその内容は先のトゥーロフと比較しても過激な内容と言えた。それは自らの身体組織のあらゆる箇所の自傷行為を行い、その上での身体組織の再生の経過時間の計測を行うというものだった。

 その結果は、アレン自身が経験している内容とほぼ、一致している内容だった。例えば 適切な処置が可能な環境での皮膚の損傷での再生能力は、オールドタイプを凌駕しているスピードで回復する。又、筋繊維を抉るような深い傷でも、その傷跡も残さない程に再生する事が出来る。それらは骨折等の重傷でも対応が可能であり、傷の治癒の早さはオールドタイプを凌駕している。

 これらの実験はダリオン・イブルークが自ら行ったものだ。最早、自傷実験と言っても過言ではない恐るべき実験ではあるが、この情報から得られるのは、身体組織の再生力の高さが伺えるという事である。これらは身体のあらゆる箇所に対しても有効である可能性が高いという。

「自分自身を痛めつけてまで、こんな事をしていたのか……」

「そう言う事になりますわね。」

アドバンスドタイプの存在が何者であるかを明確にする為の研究とはいえ、過激な行為をしていたとされるダリオン・イブルーク。デウス帝国の人間であるとされるが、その所在は不明だ。

「そして、彼がその性質を調べていった結果、やはりミトコンドリアの中に存在している特殊な物質が関係しているという事が明らかになりました。」

ここでも明らかになる、ミトコンドリアの存在。先程の光の話といい、それらはどのように関連しているというのか。

「生命の危機に瀕した時に自らを光らせ、その上傷を負っても常人を超えた再生力を持つ人種……その鍵となるのが、恐らく私達の中の細胞内に存在する、ミトコンドリアと言えます。」

「それが、エファンが言っていた“ディヴァインセル”と言うのか?」

「ええ。恐らく。実際、その名前もダリオン・イブルークが名付けたものです。エファンはこの論文を見た上で、貴方に言ったのでしょうね。」

仮説ではあるが、謎が解けて行く。エファンが語ったディヴァインセルの秘密。身体を光らせ、自己再生能力を促す存在。その鍵となるのが、ミトコンドリア内に存在するディヴァインセルであるという事になる。

「そして、イブルーク氏はこの他にも様々な実験を行っています。それは、自傷行為以上に過激な内容です……」

その時、ジャンヌの表情は少しばかり暗くなった。小説、文章等からイメージを想像し易い彼女の場合、それらが想起されてしまうのだろうか。

「それが、アドバンスドタイプは遺伝するものなのかという事です。ターナお母様もアドバンスドタイプであり、私も動揺であれば、その可能性があるのではとは以前貴方にお話をしました。ですが、それはあくまでも仮説に過ぎませんでした。」

「その結果は?」

「恐らく、その力は遺伝するものであるという可能性が考えられました。ただ、それを確認する為に……この、イブルーク氏は自らの両親、果ては祖父母を手に掛け、細胞を調べたと言います。」

ダリオン・イブルークの実験のケースは五名と言っていた。それは、本人を始めとした両親、祖父母という事になる。

「馬鹿な、手に掛ける必要があるのか?どうしてそんな真似を?」

突然の疑問だ。いくら実験の為とはいえ、肉親を殺める必要性があるとは思えない。何故ダリオン・イブルークはそのような愚業をしたというのか。

「恐らく、先行研究を公開したトゥーロフ氏の再現として、自ら以外のイズゥムルートの光の確認の為の可能性は考えられます。そして、アドバンスドタイプの自己再生能力の高さが他者にも確認出来るのか。いずれもが何らかの形で人が危機に陥らなければ確認出来ない事です。それ故なのかも、知れません。」

「それが本当だとすれば、なんて人間だ……」

アレンは戦慄した。

 ジャンヌの仮説が正しければ、ダリオン・イブルークはアドバンスドタイプの事を知ろうとするが為に、肉親を殺めたという可能性があるという事だ。その上での研究という、狂気とも言える内容。更に恐ろしいのは、殺害の方法はそれぞれが異なるという事だ。

 トゥーロフの研究が先行研究であり、それらは果たして再現性があるものなのかを確認する為の実験として両親、祖父母に手を掛けたダリオン。その結果を彼は論文に記載していた。結果は再現性が高いものであることが分かったのである。両親、祖父母を犠牲にして得た成果は、余りに悍ましいものであったのだ。

「その内容を見ると、イブルーク氏の父と、祖母にあたる人物の細胞内に、ディヴァインセルの成分が含まれていたという情報がありました。つまり、彼の母、祖父はオールドタイプであったことが分かりました。いずれもが、同じ遺伝情報であると、彼は報告しています。」

それ自体の信憑性は不明だが、ジャンヌの母、ターナがアドバンスドタイプである事を想定すると、その信憑性は高いと思われる可能性があった。

「自らの家族を犠牲にした上で得た結果が、アドバンスドタイプは遺伝するという事……か。」

「人の発展には犠牲が付き物かも知れません。しかし、これは余りに……」

公表されていない文ではあるが、こうした研究結果からも、人間性というのは分かる事がある。ダリオン・イブルークはアドバンスドタイプの研究をする余りに、本来大切にするべき存在である肉親を殺めるという愚業を行ったのだ。しかしその結果、彼等が一つ、真相に一歩でも近づく事が出来たというのは、皮肉な話である。

「更に、イブルーク氏はその細胞が他者に移植出来るのではないかと考えたらしく、あろう事か自らの細胞を他者に移植するという事も行ったそうです。」

「そんな事が……?」

「こちらを見て下さい。」

ジャンヌは、別のページをアレンに見せた。そこに記載されている内容について、ジャンヌは語る。

「アドバンスドタイプが遺伝するという事が分かった事で、その細胞を移植、や血液の輸血をすればアドバンスドタイプを増やしていく事が出来るのではないかと考えたイブルーク氏は、知人や、患者等を介して自らの細胞を移植、輸血を行ったとされています。その結果、移植、輸血した細胞内のディヴァインセルは消滅したという結果がありました。」

「つまり、ディヴァインセルは他者に移せないという事か。」

どのような経緯でそれらを行ったのかは不明であるが、恐らく医学博士と言う立場を利用した行為なのかも知れない。そこに、対象者への同意等を得たのかも不明だ。

「彼の狙いが分かりませんが……少なくとも、アドバンスドタイプに対する知識欲が明らかに常軌を逸脱していると言えますわ。良くも、悪くも。」

人は知識を欲する。それ故に発展してきた。だがそれは、倫理的に反する事も含まれている。それらを踏み台にし、人は発達していき、多くの知識を得る事に成功してきた。

 だがダリオン・イブルークの論文内容は残酷だ。しかしそれがあったからこそアドバンスドタイプの謎に近づくことが出来たとも言える。やはり、皮肉な話だ。

「後、一つ。コラムのような情報ではありますが……アドバンスドタイプの流す血液は、オールドタイプの流す血液と比較しても、“甘さ”を感じると言います。」

「甘い……?」

血を舐めて、甘いと感じるのだろうか。そもそも、そのような情報はあるのだろうか。その甘さは何の甘さなのか。それだけ聞けば、疑問は多い。アレンは、首を傾げていた。

「まだまだ明かされていない疑問は残されてはいます。そして、研究論文には記載されていませんでしたが、特殊な能力を宿している可能性があるのも、アドバンスドタイプの特徴ではないかと、考えるのです。」

と、言って、ジャンヌはコンピュータの電源を切った。そっと呼吸をし、一息吐く。

「エファンが見せていた思考を読むというのもその一つか。そして、相手の動きが読み取れるような、脳内に電流が流れる感覚……それも、アドバンスドタイプは優れているのだろうか。」

「それらの研究は明確ではありませんので、何ともは言えませんわね。」

自然治癒能力の話から遺伝、移植等から明らかになる、アドバンスドタイプの力。それらをまとめたのが次の通りである。

 

〇アドバンスドタイプは常人よりも遥かに早いスピードで傷を回復する。それらは、皮膚の

損傷や、筋繊維の損傷、骨折、臓器の損傷においても有効。

〇アドバンスドタイプは遺伝する可能性が、ある。

〇アドバンスドタイプの力を発揮する源であるディヴァインセルは、他者へ移植、輸血を行

うと、消滅する。尚、他者には後遺症は全く残らない。

〇アドバンスドタイプは空間認識能力に優れている可能性が高い(詳細は不明)

〇アドバンスドタイプの血液は、甘みを感じる(詳細は不明)

 

これらの事が、関与しているとされる。そして、それらはいずれも細胞内のミトコンドリア内に存在している、“ディヴァインセル”によるものである可能性が高いのだ。

「これらの事が私達にも言えるとすれば、今後、より強力な力に繋げる事が出来るのではないかと考えるのです。身体能力に優れているとすれば、それに対応したMSの開発に繋げる事が出来れば、新生連邦軍にも立ち向かえる力を得ることが出来るのではないか……と、考えます。」

エファンの力は圧倒的だった。パイロットとしての腕も去る事ながら、生身でもその強さを見せつけた。しかしアドバンスドタイプの事が分かって来た以上は、それに応じた兵器の開発が出来れば、不安定な世界情勢に対しても対抗出来るのではないかと、ジャンヌは考えていたのだ。

「ジャンヌ、思うんだけどさ……」

「はい?」

多くの情報を得たアレンは、一つの疑問を抱く。

「そもそも、アドバンスドタイプの“起源”って何だと思う?」

明らかになった事もある一方で、一番の疑問があった。それは、アドバンスドタイプはそもそも、何が起源なのかという事だ。傷の修復は常人よりも早く、空間認識能力にも優れており、生命危機が訪れた時には光を放つという人種。そして、その細胞は遺伝する。だが細胞を移植、輸血してもそれらは消滅するという性質。そうした妙な力を持つ人種の起源とは、何なのだろうか。

「人類の起源に関してもアダムとイヴから生まれたと言われておりますが、それらは明確な存在とは言われておりません。それらは神話のような存在で明確になっていないように、アドバンスドタイプの存在もまた、明確な起源と呼べるものは無いのかも知れませんわね……」

答えのない疑問。だが、その疑問も最もだ。結局はアドバンスドタイプは何を起源として存在しているのか。それそのものが、最大の謎と言えた――

 

パタンッ

 

その時、ジャンヌはその姿勢を崩し始めた。アレンは心配になり、声を掛ける。だが、よく聞けば彼女は寝息を立てていた。余程、疲れていたのだろう。

 この場では、彼女に今後の事についての情報を聞き出すことは出来なかった。溜息を吐いたアレンは、ジャンヌをベッドに寝かせ、ただ、見守る事にしたのである。

 

 

 

「あ……すみません、私……」

目が覚めたジャンヌは、すぐにアレンの方を見た。一時間程度仮眠を取ったジャンヌの表情は、疲れが取れている様子だった。それも、アドバンスドタイプ故の力なのかも知れない。

 アドバンスドタイプの真相の話や、彼女自身のスキャンダル、そして今後の世界情勢。それらが重なった為、心労がピークに達したジャンヌは疲れてしまったのである。

「大丈夫か?」

「ええ……」

そう言って、ジャンヌは肘を付き、ベッドから起き上がった。

「すみません、急に、力が抜けてしまったみたいで。」

「ううん、特に何ともないのなら、良かった。」

アレンは、静かに笑みを浮かべた。

「けれども、少し休むことが出来た為か、目は冴えています。ご心配をおかけしましたわ。」

ジャンヌは、ベッド端坐位姿勢を取る。やはり、疲労が蓄積していたようだった。

「ジャンヌ。突然だけど聞いて良い?」

「え?あ、はい……」

アレンは、突如口を開いた。

「君が船の中で言っていた事を覚えているか。」

それは、セントマリア号内での事だ。ジャンヌが彼を部屋に招き入れた時の、話である。

「君が今後、どのように考えているのか……だ。ファースト・ガンダムのデータの話と、俺とレイの事を言っていただろう?今、それを話すことは出来るか?」

アドバンスドタイプの事について大まかな情報を得たアレン。次に、ジャンヌが今後に向けてどのように行動をしようとしているのかを把握する為に、ジャンヌに聞いた。

 疑問を聞かれたジャンヌは、一度咳払いをし、答える。

「今、アステル家は“来るべき時”に立ち向かうことが出来る、二つの“力”を制作している最中です。一つは、破壊された貴方のガンダム……ティフォンガンダムの代わりになる力。そして、もう一つは、レイ・キレスに相応しいとされる、力。」

「力……MSの事か。」

「混迷の世界を切り開くには、対話だけでは難しいと考えられます。それらを打開する為には、やはり力は必要となるでしょう。レイ・キレスも力を持つ存在であるのだとすれば、その力は彼にとっても相応しい力になると、私は考えるのです。」

そう言った後、彼女は別のコンピュータを取り出し、アレンに見せた。

「これは……ガンダムタイプか?」

アレンが見たもの。それは、ガンダムタイプ特有の顔貌のMS。頭部アンテナは四つ存在しており、口径部の特徴的な突起は紛れもない、ガンダムタイプだ。

 ただ、その機体はバックパックが特徴的な形状をしていた。まるで、戦闘機等のウイング部に該当する形状が合計八枚ある、その機体のデータ。これが開発中のMSのデータだというのか。

「今後の世界情勢で、必要となる力ですわ。名は、ブライティス。」

「ブライティスガンダムか。」

新たなるガンダムの存在の説明をした、ジャンヌ。だがそれはまだ完成に至っていない。あくまでも、データ上に存在しているだけに過ぎないのだ。

「もう一つは?」

「それは、新生連邦軍から直接情報を得る必要があります。その為、まだ詳細な情報を得ることが出来ておりません。」

世界情勢を切り開く切り札。それは、アステル家が開発するとされる、“ガンダム”の存在が関係してくるとされる。

 だが現状ではその詳細は不明。ただ、一つ分かっているのは、一つの機体の名が、“ブライティスガンダム”であるという事だけだった。

 

 

 

 更にそれから二ヶ月が経過した。その間も世界は小規模な戦闘が続いている状況が、続いていた。

 ジャンヌに関しては一連の騒動は落ち着いている様子だった。ゲスペルによって拡散されたスキャンダルに関しても、アステル家の力によって収束しようとしていた。最早、この事で報道しようとするメディアは世界中に存在しなくなっていった。それに伴う世論の反応も、メディアに対して不満で満ちていた事も関係していた。

 やがてアステル家は二ヶ月前にジャンヌが言っていた、新生連邦からの情報を得る事に成功。それらの情報によれば、新生連邦はプラズマ兵器を用いた新たなるMSを開発しようとしていたという。

 プラズマ兵器は、シュネルギアに搭載されている強力な兵器だ。ビーム粒子とは異なる、プラズマ粒子によって形成されている粒子兵器。圧倒的な火力で直線状の敵を薙ぎ払った、強力な兵器。それを搭載しているMSとは、何なのであろうか。

 その情報を、新生連邦から得ることが出来たアステル家。その際にも小規模の戦闘はあったが、彼等は無事、データの入手に成功したのである。その際に、今後新生連邦が行おうとしている作戦の事も明らかになったのだ。

「よくやったな、ジャンヌ。」

そう言うのは、アステル家当主、ジンク・アステルだ。混迷を極めつつある世界の中で、彼女が指揮を執り、行った行動は危険が伴いつつも、勇気のあるものであった。

「私達は、世界の為に戦わなければならないと考えております。お父様を巻き込んでしまう事は、大変恐縮ではありますが、今後、起こる可能性が高いとされる戦争は止めなければなりません。」

彼等は、今MSデッキ内に居た。そして、彼等の前には一つの機体が存在していた。

「それが、完成した機体か。」

ジンクは、その機体を見上げる。白系統の美しいカラーリングは、特徴的なシルエットを描いているのだった。

「この機体は、混迷を極めていく世界を変える為に必須と考えています。」

ジャンヌの強い言葉が、走った。

「ジャンヌ。一つ確認する事がある。」

ジンクが、ジャンヌを見て言った。

「何故、その少年に固執するのだ。その機体も、少年に渡すものと聞く。」

“少年”とは、レイの事だ。彼等の状況とは違い、平和な環境で生活を続けているレイ。一見、関係のないようにも見えるレイと、その白い機体。これらは何の関係があるというのだろうか。

「彼の力は、無視出来るものではないからです。セイントバードチームのエリィ・レイスさんから何度か、情報は聞いております。彼が日常生活を送っているという話を。しかし、彼が秘めている力は、間違いなく世界の変化に対応する力であると考えています。」

「ガンダムの力を操る者だからか。」

「それも、あるかも知れませんわ。」

ガンダム。戦争における強さの象徴。英雄的な存在とされてきたその機体を、二ヶ月と言う短期間ではあるが、操って来たレイはその度に生き残ってきた。

 彼が日常生活を送っている間に、セイントバードチームから詳細を聞いていたジャンヌは、ガンダムを駆る者の強さを信じ、その機体をレイに渡そうと考えていたのである。

「いずれは世界中が日常生活とはかけ離れた世界になっていく可能性が高いでしょう。その状況に陥った時に、選択肢を与える事は必要だと思うのです。」

「その、機体の名は?」

「彼が乗っていたガンダムが“アインス”とすれば、その次の機体……“2”に該当する名前である、“ツヴァイ”が相応しいでしょうね。」

「ツヴァイガンダム……」

レイの為に作られたという、白いカラーリングのガンダムタイプ。その機体そのものは完成している。名は、ツヴァイガンダム。

 アインスガンダムに次ぐ、MSとして開発していた機体が、完成した。新生連邦からのデータを入手しながら作り出されたMSである、この機体。どのような動きをするのかは、未知数の存在である。

「MS自体が完成していましても、後はパイロットが乗り込まなければ100%のポテンシャルを発揮する事は出来ません。ですからこの機体は、今はここに置いておくのです。“来るべき時”が来た時の為に。」

アステル家が開発したMS、ツヴァイガンダム。未知なる存在であるその機体。それに、日常生活を謳歌しているレイが乗り込む事はあるのだろうか。それは、世界情勢によって変化してくると考えられた。

 

 

 

 更に時は進んだ。七月の下旬。レイが故郷に戻ってから五ヶ月が過ぎようとしていた頃。

セイントバードチームはアステル家に依頼されていた仕事をこなしている最中だった。

 レイが日常生活を送っている中、戦闘にも巻き込まれたりした彼等。レイの代わりにアインスを託されたスバキは、すっかり愛機として定着しており、セイントバードチームの中核を担ってきたのだ。それ以外のメンバーもセイントバードを守ってきており、レイが居なくとも、彼等はMS乗りとして、アステル家の依頼を受けつつも、生き延びてきたのだ。

 エリィがレイの家に家庭教師をしている時は、ネルソンが艦長を務め、それ以外の時はエリィが務め、ネルソンはハルッグに乗り、戦闘を行った。幸い、彼等が交戦した敵勢力に、特殊強化モデルが搭乗しているような、強力な試作兵器等が居なかった事が救いと言えた。

「艦長、レイの様子はどうなんだ?最近は家庭教師として行けていないようだが……」

この日は、セイントバードに戻って来ていた日である。エリィはモントリオールとセイントバードの行き来を繰り返していた余り、少しばかり疲労している様子だった。それを心配していたネルソンが、聞く。

「レイ君は、恐らく大丈夫だと思いますよ……」

はぁと溜息を吐くエリィ。艦長席に座ってはいるが、その瞼は半分しか開いていない。

「ベッドで横になってはどうだ。艦の指揮は私がしよう。」

と、ネルソンが声を掛ける。

「そうさせてもらって良いですか……?」

何故彼女が疲労しているのかと言うと、昨日にセイントバードは新生連邦軍と交戦をしていたからだ。小規模の部隊による強襲を受け、セイントバードは損傷を受けていた。これらの対応に追われており、今、エリィは家庭教師をしている場合ではなかったのである。人手が少ないセイントバードでは、モントリオールと行き来するのは非常に大変と言えたのだ。

 その疲労が蓄積し、彼女は疲れてしまっていたのである。

「そもそも、無理が有り過ぎる。セイントバードと彼の故郷の行き来。艦長はよくやっているよ。」

「メンバーに迷惑は、掛けられませんから……それに、レイ君も心配ですし。」

「だがそれでは身が持たないぞ、艦長。」

心配するネルソン。それでも、自分を奮い立たせようとする、エリィ。

「とにかく、今は休む事だ。頼むから今は自分の身を第一に考えてくれ。これは医者としての忠告だ。何があっても安静にしておくように。」

と言って、ネルソンはエリィを部屋に向かわせた。艦長である彼女に、これ以上の負担を掛けたくないという、彼の優しさである。

 やがてエリィはブリッジを去る。その間、航行するセイントバード。

「大尉、大分艦長がサマになってきましたよねぇ。」

と言うのはインクだ。艦長席にネルソンが居るのは最初、クルーは違和感を覚えていたのだが、次第に慣れていったのである。

「そう言っている場合でもないぞ。昨日の新生連邦の連中が、別動隊に我々の事を報告している可能性も考えられるのだからな。引き続き、警戒は怠れない。」

艦長席に座り、ネルソンがそう言った時だった――

 

ウゥゥゥゥゥゥ

 

艦内に、警報音が鳴り響く。それに気づいたクルー達はすぐに、戦闘態勢に入った。

「エマージェンシー!熱源確認……え、マジ?」

「どうした?」

「その……熱源、大型クラスが、十二です……クルーに告ぎます!十二体の戦艦クラスの熱源を確認しました!!」

「十二!?敵艦が十二隻いるという事か!?」

それは、今まで彼等が交戦した事のない数の熱源だった。大型の熱源が十二体存在している。それはつまり、戦艦クラスの規模の大きさの熱源が該当数居るという事である。

 セイントバードと同じ空中戦艦以外に、新生連邦にはマドラ級という空中戦艦が存在している。これらが、今のセイントバードを囲っていたのだった――

 

ウィィィィィン

 

ブリッジ内に、エリィが姿を見せる。明らかな非常時に、彼女は困惑していた。休息を取ろうと部屋に戻ろうとした最中の出来事であった為、疲労も取れないまま戻って来たのである。

「十二は本当なの!?インク!」

慌てながらオペレータの席に向かい、自らの目で熱源の数を確認するエリィ。それが現実であると知った時、彼女は落胆した。

「そんな……しかも囲まれている……」

熱源はセイントバードの周囲を覆うように囲んでいた。明らかに逃げ場がない状況。

 敵の戦力は恐らく大多数だろう。マドラ級一隻につき、八機のMSが搭載されている。それらが十一隻あり、残りの一隻はヒエラクス級の大型空母だ。今のセイントバードチームの戦力だけで太刀打ち出来るとは考えられない。

 セイントバード一隻に対し、このような大部隊を用意していた新生連邦。何故、このような事を今になって行うのだろうか。

「抵抗するにも無理ッスね……戦力差が圧倒的ですよ。逃げ切るのも難しいかと。」

操舵士のスラッグはお手上げと言った様子で溜息を吐く。絶望と呼ぶに相応しい状況。その上で、マドラ級は砲門をセイントバードに向けている。何らかの抵抗をすれば、一斉砲撃を行うつもりなのだろう。

「投降するしかないわ……」

圧倒的な戦力差。セイントバードがいくらMS乗りの中で強い存在であるとはいえ、新生連邦の大艦隊を前に成す術もない。この数を前に、抵抗する事等無理があるのだ。

「しかし艦長、新生連邦に投降すればどのような事になるか分からないぞ!?」

艦長席に座っていたネルソンが叫ぶように言った。

 不利な状況や、負けが確定している状況となった場合、死を覚悟する必要はない。状況によっては投降し、捕虜になる事も一つの手段だ。

 だが相手は新生連邦軍。その上、元々彼等の艦であるセイントバードを奪ったのがエリィ達だ。その場合、どのような仕打ちを受けるのかは、想像すら出来ない。

「けれども大尉。このまま抵抗すれば集中砲火を浴びるのは目に見えています。そうなれば、犠牲者を生む事になります。それだけは、避けたいんです!」

エリィの意見も最もだ。勝ち目のない戦闘をするメリットがない。不本意ではあるが、新生連邦に対して戦いの意思はない旨を伝えなければならない。

「こちらは新生連邦政府軍、ヒエラクス艦長、スパイッシュ・カルディアム。貴様らは包囲されている。無駄な抵抗は止め、大人しく指示に従え。」

その時、この艦隊の旗艦であろう、ヒエラクス級から一人の男の声が。スパイッシュ・カルディアム。アルメジャン紛争で、罪なき市民の大量虐殺を指示した男である。

「……投降します。我々に抵抗の意思はありません。」

艦長であるエリィが、スパイッシュの回線に応じる。

「懸命な判断だ。これから貴様らを本部まで誘導する。覚悟しておけよ。」

そう言って、スパイッシュの回線は切れた。周囲の艦隊を見て、勝ち目がない状況である現状。彼等に与えられた選択肢は、投降以外になかった。

 しかし、問題が生じる。投降し、捕虜となったセイントバードチームはどのような仕打ちを受けるのだろうか。捕虜をどのような扱いにするのかは軍の意向に寄る。新生連邦の場合は、捕虜を捕らえた司令官にその権限が与えられる。

「艦長。あの男はアルメジャン紛争で司令官をしていたとされる男だ。確か、スパイッシュ・カルディアムとか言ったか。」

「噂で聞きましたよ。あいつ、確かアルメジャンの人々に対して虐殺行為を指揮したとかっていう……」

スラッグが苦渋の表情を浮かべ、言った。

「その相手に囚われるという事は、恐らく碌な事にはならないと予想出来るわね……」

新生連邦の捕虜になる事に対する噂は飛び交っている。いずれの噂も良いものではない。拷問は勿論、その身に対してどのような仕打ちをされるのかも想像出来ない。

 以前レイに対してギリアが言った事があった。新生連邦は黒い噂が絶えない組織であり、何らかの形で捕らえられたりした場合、命の保証はない可能性も考えられるのだ。その上相手は黒い噂が絶えないとされる、スパイッシュ。彼等の身の安全が保障される可能性は低いと考えられる。

「いやいや、投降してるのに命奪うなんてやり過ぎでしょ!?抵抗してるならまだしも、大人しく従ってるのに、物騒過ぎない?ねえ!」

明らかに焦っている様子のインク。危機的状況で、自分にとって都合の良い様に考えるのは、人であるが故なのだろう。

 しかし、現実問題、それは叶うとは思えない。彼女の希望的観測は恐らく、外れるだろう。

「そんな優しい連中ならこんな真似するかって話だよ!お前、オツム幸せ過ぎんだよ!」

「はぁ!?あんた死にたくないでしょ!嫌な事なんか考えたくないわよ!」

と、この非常時にも関わらず喧嘩をした両者。それを見て、ネルソンが呆れた様子で言った。

「この非常時に喧嘩をしている場合か!とにかく、今は流れに任せるしかない……」

その場を宥めたネルソン。しかし、状況は変わりない。セイントバードチームは新生連邦に囚われている。彼等はこのまま本部まで連行され、どのような扱いを受けるというのだろうか。

(レイ君、ごめんね……結局家庭教師の意味、なかったな……)

厳しい状況の中、エリィは一人、レイに対して罪悪感を抱く。彼にもしもの事があった時の為の、家庭教師としての立場のエリィ。それが、今回の件で無意味なものとなってしまった。もし、この状況で新生連邦軍がレイを何らかの形で拉致するなどと言った事をすれば、それはレイを守る人間が居ないという事だ。それは、本来は避けなければならない事。

 そもそも、何故新生連邦軍は今になってセイントバードをこのような形で捕えようとしているのか。確かに元々新生連邦の戦艦であり、それを奪ったのは彼等である。だが今までは彼等をまるで泳がしていたかのように、このような形で艦隊を仕向けることは無かった。これも新生連邦の力の内だというのか。その気になれば、いつでも艦を捕えることが出来るという力の誇示なのだろうか。

 いずれにしても、彼等が危機に陥ったのに変わりはない。ただ、セイントバードチームは新生連邦に捕えられ、その後の処罰を待つしか、出来なかったのである――

 

 

 

――――――――――――――――――――死ね――――――――――――――――――

 

「はっ!?」

レイはエアコンから感じた寒さと同時に目を覚ました。彼がいつも見ている悪夢によって目を覚ますという、気分が上がらない朝だった。カーテンからは僅かに日差しが入る。その光は今のレイから見れば、幻想的な美しさを醸し出していた。まるで悪夢から覚める為の、恍惚とした光だ。

 何故この夢を見るのか。それも、決まったタイミングではない。同じ夢を見るという妙な経験。始まりも、結末も同じ。いつも、男が“死ね”というタイミングで目を覚ます。

 悪夢は人によって異なり、時に見知った人間が出てくる事もある。だが彼の場合はその人間すら出て来ず、全く知らない人間に殺されるという結末を迎える。

 この気味の悪い夢の正体とは何なのか。分からない中で、レイは眠気眼を掻き、欠伸をした。

「やっぱり、分からない……」

謎の夢を見て、ただ困惑するレイだったが、Eフォンの時間を見て、目が見開かれる。今日は夏休みの前の最後の通学の日だ。引退試合も終え、受験勉強に本格的に取り組んでいくレイが、過ごす夏。勉強が主体となるが、一方でリルムとの時間も大切にしていこうと、レイは考えていたのだ。

 

 階段を降り、食卓に座るレイ。朝の挨拶を家族にし、何気なく映っているテレビを見た。

「こちらはモントリオール、カナディアンデパート前です。昨夜この周辺でMSによる襲撃があったという報告がありました。デパートは見るに無残な姿となっており、多くの人でにぎわう人の姿はそこには見られません。当局はテロ行為の可能性を視野に入れ、捜査を行っているとの事です。また、昨夜の件で政府は新生連邦政府軍の出動を要請したという情報も入ってきました。」

朝のニュース。どうやら、デパートがMSによる襲撃を受けたという、ニュース。本来カナダ国内でのMSの運用は違法だ。しかしそれを行った者がいる。恐らく、何らかのテロ行為によるものだろうか。

「物騒ね……こんな状況がもし続いたら、学校にも行かせられないじゃない。」

と、母親であるカレンが言った。

「世界情勢は悪化しているのは聞いているけど、まさかモントリオールにまで迫ってるとはな。」

父、ジュナスが言った。デウス動乱の際でも日常生活を送る事が出来る程に平和であったこの地にテロ行為が及ぶと言う現実は、由々しき事態と言える。

「怖いよ、お母さん……」

ミィスが牛乳を飲みながら、身体を震わせている。身近な環境でこのような事件が起こるなど、予想も出来なかったからだ。

「レイ、明日から夏休みよね。最近物騒になってきているから、あんまり遠出とかはしない方が良いわよ。」

「あ……うん、ごめん、今日は昼からリルムの家に呼ばれてて。ヒーリおばさんがご馳走を作ってくれるって言ってて。」

本日は学校が終わった後、リルムの家に呼ばれる事になっていた。晴れて恋人同士になった彼等を祝し、改めてリルムの母親であるヒーリがご馳走を振舞うといったのである。

「あら、そうなのね!よろしく言っておいてねー!」

カレンとヒーリは友人同士だ。そこからレイとリルムは幼馴染となり、やがては恋人同士へと発展していった。

 人の縁とは不思議なもので、母親同士の友情が彼等の仲を繋げたようなものである。つまりは母同士が仲良しでなければ彼等は出会うことさえなかったと言う事になる。考えてみれば、それそのものが不思議な事と言える。

「けど、物騒になっているからあんまり遅くなっては駄目よ。」

「うん、それは分かってるよ。」

世界情勢は不安定だ。それ故に起きる事件。ここ、モントリオールにおいても遂にテロ事件が勃発した。その中での午前中の学校というのは、不安に思うのが当然だろう。万が一子供に何かあれば、目も当てられないからだ。

 幸いと言えるのは、今回のテロの現場はベレーナジュニアハイスクールからは離れているという事だった。しかしデパートの周辺に住んでいる生徒も居る為、結局は危険な状況に変わりはないという事である。

「気をつけてね、レイ。」

母、カレンはポンとレイの肩を叩き、言った。

「うん、行ってくる。」

レイはその言葉に対し、静かに返事をしたのだった。

 

 

 物騒な事件があったとはいえ、レイの住む地区の近所は平和な街並みに変わりなかった。強いて言えば、彼がセイントバードに助けられる前にチェーニ姉妹と交戦した時に周辺の建物が被害に遭った程度か。それ以降はこの地域で戦闘等なく、経過している。デパートは被害を受けたのだが、離れている場所であり、直接的な被害を受けるとは考えにくいとされた。

(なんだろう、誰かに、見られているような……)

ふと、レイは後ろを向いた。だが誰もいない。気のせいだろうか。何者かの視線を感じていたのである。だがそれは何なのかは、分からない。

別方向を見るが、そこには猫がじっとレイに向けて視線を送っている。その目線なのかと思い、彼は安寧の溜め息を吐く。

「気のせい……かな。」

猫の視線と感じた例は、一安心する。それに呼応するかのように、猫は愛らしい、甲高い鳴き声を上げ、まるでレイを見送るかのように去っていった。

時間は、ある。今日の日が終われば暫くは学校に行かない。長期休暇期間になる。その間、世界がどのようになるかは分からないが、暫くはクラスメイトにも会えない日々が始まるのだ。

 

 

 レイは電車の中で何気なくEフォンを開き、久しぶりにSNSアプリを開いた。学校に着くまでは時間があった為、現在の世界情勢がどのようになっているのかが、気になっていたのである。

 その中で、レイはSNSのメッセージ欄の箇所が点滅しているのを確認した。普段SNSに投稿をしないレイからすれば、珍しい事であった為、気になったレイはその箇所を押す。

 そこに映っていたのは、フォロワー数が億単位である世界的歌手、ジャンヌ・アステルからのメッセージであった。憧れの存在からのメッセージに驚愕する、レイ。

その内容は長文だ。一見すればインフルエンサーからの突然の長文メッセージは、スパムメッセージのような印象を受ける。その文に関しても、例に漏れない。だが、相手はジャンヌ・アステルだ。これは、どういう事を示すのか。

『お久し振りです。世界情勢は不安定な状況が続いており、今後、どのような世界になっていくのかは不透明な状況が続いております。貴方にいつか、選択肢が迫る時が来ると思います。その力は、貴方を助けるものにもなりますが、同時に生活を変えてしまうものにもなり得ます。その時が来れば、判断して頂ければ幸いです。また、お会い出来れば良いですね。』

何の話をしているのかが全くもって理解出来ないその内容。レイは、首を傾げながらも、恐らくそれは著名人を偽って送られるダイレクトメッセージであると感じたレイは、あえてその内容を無視する事にした。

これが本物のジャンヌからのメッセージであるのかは不明だが、この時代になっても、有名人を偽って何らかの交渉を取ろうとする者はいる。それの大半は、詐欺など金銭被害に繋がる事が多い。レイはそれを不審に思い、ただ、そのメッセージを無視し、学校に着くまでの間、呆然と過ごす事にしたのである。

 

 

 

 学校に辿り着けば、会話を交わすクラスメイト達が居た。だが、ほとんどの生徒が昨日のテロ事件の話ばかりをしている。モントリオールという平穏な環境を脅かす存在は、瞬く間に話題になるのだ。

 レイも、モークとその話題をしていた。どういった存在が、デパートの襲撃をしたのか等。

「世の中物騒だよなぁ。所詮テロリストって頭おかしい奴等の集まりだろ。普通に暮らしてる人間を襲って何になるって話だっつーの。」

事情を知らないモークはテロリストを只の迷惑な存在と決めつけ、他の話をする。確かに、一般市民からすれば彼等の存在は迷惑と言える。それによって犠牲者が出る事は、本来あってはならないのだから。

「気になるのは、MSを使って襲撃したってところだけれど……」

“MS”という単語を出した時、モークは微笑し、言った。

「お前、あのロボット本当に好きだよな。」

「MSはロボットじゃないよ!兵器なんだよ……」

自らの体験があるが故に、それを語るレイ。彼のように、元々MSの事が好きな人間はMSをロボットと呼ぶことを嫌う。“ロボット”と言う呼び方はどうにも、人型のコミカルなキャラクターをイメージしてしまうからだろうか。

 実際、MSは兵器だ。多くの人間を殺めるのに十分な効果を持つ、兵器。戦闘機や戦車などと変わらない存在、MS。レイは最初、それが好きだった。だが今は好きと素直に呼べなくなっていた。こうしたニュースが聞かれた時、レイはモーク達以上に敏感に反応してしまうのだ。

 やがて教壇にリアン・マーキュリーが現れた。しかし、その表情は険しい。明らかに何かがあった様子のリアン。普段、担任教師が教壇の前で喋っていてもお構いなしに喋るお調子者等が居るのだが、そうした生徒ですら、彼女の違和感に気付き、黙っていたのだ。

「えぇ、皆さん。非常に大切なお知らせがあります。訃報をお伝えしなければなりません。」

訃報。まさかこの場にそのような事を聞くとは思わなかった。騒然とするクラスメイト達。

「訃報って……?」

「誰かが死んだって事?」

誰もが耳を疑った。誰が亡くなったのか。この場で訃報を伝えるという事は、恐らく知っている人間に不幸があったとしか言い様がない。

「三年C組のクラスメイトである、フィジット・ジーン君が、昨日のカナディアンデパートの強襲に家族さんと共に巻き込まれ、死亡が確認されたとの事です。」

その名は覚えがあった。いや、正確にはレイがリルムに対して好意を抱くきっかけとなった人物と言うべきか。

 フィジット・ジーン。レイが一年生の時に同じクラスメイトだった少年。クラークス・ミラックと仲が良かった人間であり、レイとも何度か交流があった。その人間が、昨晩の襲撃で死んだというのだ。にわかに信じられない出来事に、クラスメイトは騒然とした。

「フィジットが、死んだ……?」

死と隣り合わせでない、穏やかな日常の中で聞かされた、“死”。それは元々病気がちだったとか、事故といったたぐいのものではない。明確に、殺された事から来る、訃報だ。

 信じられる筈がない。確かに、レイにとってフィジットとはそれなりに喋る仲ではあった。だが、親友という程の関係ではなかった。それ故に、レイにとっては赤の他人という訳ではないが故に、突然の訃報は衝撃と言わざるを得ない。

「皆さんが動揺する気持ちは、よく分かります。ですが、私達に出来る事は、今はただ、黙祷を捧げる事しか出来ません……全員、黙祷。」

リアンの言葉に応じ、クラスメイトは皆が静かに目線を落とす。目を閉じ、沈黙が訪れた。

 束の間の時間ではあったが、この僅かな時間は皆が気持ちの整理をするのに十分な時間と言えた。特に、交流していた人間からすれば衝撃以外の何者でもないだろう。

 フィジット・ジークは友人こそ少ないが、レイにとっても交流していた人間の一人。故に、レイには僅かでもその時間が思い出されるのだった。

(フィジットに限って、こんな……こんなのって……)

知人の訃報を聞き、レイはショックを受けている。まさか、死とは無縁とされるようなこの場において同級生の不幸を聞くなど、想像する事が出来なかったのだ。

(クラーク、悲しむだろうな……あの二人は仲が良かったから……)

フィジットと仲良くしていたのはクラークスである。クラスが違うとはいえ、時折交流していたレイにとって、友人を亡くしたのと同意義の出来事と言えたのだ。

「それで、今回の件や、世界情勢の悪化を受け、明らかに、今は世界的に見ても、明らかに非常時であるとカナダ政府より宣言が今朝より出されました。この事もあり、明日からは暫く、学校は休校とさせて頂く事になりました。」

更に、リアンの言葉が響く。突然の休校宣言に、クラスメイトは更なる動揺を隠せない。

「いつ、学校が再開になるのかは現時点では未定です。世界情勢が少しでも回復の兆しが見られれば、休校解除にはなるかも知れません。明日からは夏休みですが、再開の目処が立っていない以上、皆さんは自習をしっかりと行い、受験勉強を怠らないようにして下さいね。」

結局のところ、どのようになるのかは学校側も不明という事だ。“受験”と言葉を出したリアンではあるが、世界情勢が不安定であり、身近にテロの脅威が迫っている状況で勉学に励む事ができる人間など、果たして居るのだろうか?

「じゃあ、明日から暫く学校が休みって事ですか?」

「そうですね。再開の目処が立ってないので。また、学校から連絡はしていく予定です。」

この時のリアンの言葉が、冷たく聞こえた生徒は少なくない。しかしリアン自身もこの未曾有の事態に対し、困惑して居るのだ。誰もが初めての体験をする時、どのように対応すれば良いか分からないのと同様なのである。

「遊びまくれるじゃん!」

「大人しくしてろって先生言ってるよ?」

「じっとなんてしてられるかよ!」

恐らく、家で大人しく受験勉強をしている人間というのは少数だろう。彼等のような、ティーンエイジャーならば尚更だ。今までの当たり前の日常が崩れる事があっても、人は簡単にそれを受け入れる筈がない。それを、正常性バイアスという。都合の悪い情報をシャットアウトし、都合の良い上方のみを取捨選択し、それを受け入れる。長く平和な環境で過ごして来た人間ならば陥る現象だ。

 モントリオールは平穏だった。だから、このような非常時でも正常性バイアスが働きやすい。それが例え、同級生をテロ事件で失う事になったとしても……だ。

 結局は自分が可愛い人間が多いのが現実だ。いくら黙祷をしようとも、先が見えない長期休暇を見て喜ぶ生徒が多いのが現実。目先の事しか見えない人間が多い。それが、現実なのだ。

(こんな、こんなのって……)

レイは、一人落胆していた。クラスメイトの冷たさ、無関心に。けれども、それが人なのだろうか。レイは、一人複雑な表情を浮かべるしか出来なかったのであった。

 

 

 

 通学最後の日は終わった。この日から、暫く彼等は学校に行く事はない。世界情勢に対して危機を抱いたカナダ政府の独自の宣言により、学校生活は終了する事となった。

 しかし、レイは約束を果たそうと考えていた。知人が亡くなった話は暗く、辛い。それでも、ヒーリが祝福してくれるのならば、それに応えたいと思う、レイであったのだ。

「レイ……」

レイの暗い表情を見て心配するリルムは、自らの左手を胸元に近付け、ただ、心配していたのであった。

 

 

 リルムの家で食べる昼食は美味だった。ヒーリはレイに対して精一杯のもてなしをする。彼等が交際していることを知っているが故のもてなしは、束の間の癒しと言えた。

「二人がまさか付き合うなんてねー!レイ君、遠慮しないでじゃんじゃん食べてねー!」

「あっ、はい……!美味しいです!」

ヒーリの好意は受け取らなければならないと思っていた。確かに、料理は美味しい。しかし、その味も喉の奥で虚しく通り過ぎていく。味はするのだが、何故だろうか。何処か、心から満足した気持ちになる事は難しかったのである。

 その場にはヒーリとリルムが居た。リルムの父親は仕事に出ており、家には居ない。しかし、そこに姉のヒューナがいないのには僅かながら違和感を覚えていた。

「あれ、ヒューナ姉さんは?」

「部屋じゃないかな。」

食卓に姉の姿が居ないのも妙な話ではあったが、私用があるのだろうと思い、レイは気にしないようにした。

 この時、レイはこうした時間をより、大切にしたいと考えていた。身近に迫った死の恐怖を感じ取ったが故に、リルムと居られる時間や、その家族とも一緒に過ごしていきたいという考え。かけがえのない日常を送る事が危ぶまれつつある状況で、レイは一人、心に思っていた。

ただ、その中でヒューナ・エリアスの姿がいない事が気になってはいた。リルムの母親と、リルム。そして彼女の姉の存在。別に自分が居るからといってヒューナに不利益が被る訳でもないのに、何故?

レイは一人、疑問を抱きつつも、出された昼食を一つずつ食していく。様々な感情を抱きながら、ゆっくりと。

 

「ごめん、リルム。少し、トイレ借りるね。」

そう言って、レイは席を離れた。リルムはヒーリと、何気ない会話をする。いや、正確には今日あった出来事に触れないような会話をしていると言うべきか。

 せっかくのレイが遊びに来た日であると言うのに、同級生の訃報を母に聞かせるのも苦痛であると、リルムなりに配慮をしていたのだ。それは、レイにとっても同じ事であったのだ。

 

 やがてトイレに向かおうとするレイ。廊下を移動し、そこへ行こうとした時だった――

 

ガシッ

 

レイの腕に、何かにつかまれた感触を覚えた。慌ててその方向を見るレイ。そこに居たのは、リルムの姉であるヒューナ・エリアスであった。

「や、レイ。」

「ヒューナ姉さん!」

ヒューナに会うのはモークの事で悩んでいた時にリルムと立ち寄ったカフェで以来だ。その際、彼女はアルバイトをしていた。ほぼ、下着と変わらないようなホットパンツに黒いブラジャー姿。その、夏服の彼女の姿は目のやり場に困るような格好をしており、レイに恥じらいを与えるのに十分と言えた。

「ちょっち聞きたいことがあるんだけどさ。」

「えっと、何……?」

胸の谷間が見えている。まるでそれを見せつけるように近づくヒューナ。

「リルムとは、何処までヤったの?」

と、レイの耳元で囁くヒューナ。それを聞き、レイは顔を赤めた。

「ちょっ、姉さん!」

その様子を見て喜んでいるヒューナ。明らかに悪趣味であり、レイを揶揄っているようにしか見えない。

「付き合ってるんだったらキスは当然だろうし、なんだったらその先は普通するでしょ?リルムの胸は触った?乳首は?それともあんたのアレを触らせたり舐めさせたとか?」

容赦のない品の無い言葉は、レイを余計に困惑させる。リルムとそのような関係になる事を、レイは考えてすら、いなかった為であった。

「最低だよ!そんなの……」

「いや、そんな訳無いじゃん。はぁ、その様子だとまだ何も手を出してなさそうね。つまんな。」

と、言いながらヒューナは両腕のストレッチ運動を行い始めた。

「あんたら幼馴染同士がその先に発展する事に凄く興味あるのにさ、そりゃ無いわ。互いに知った者同士なんだから遠慮なくヤればいいのに。姉のお墨付きなんだからさ。」

そうは言うが、互いに知っている者同士であるが故にそれらの行為が躊躇われる事もある。レイとリルムは仲良い関係であり、いくら交際を始めたとはいえその先に進むには、恐らく常人以上の勇気がいると考えられた。

 人は長い時間共に過ごせば返ってその先に進む事を躊躇う事がある。レイの場合、それらが著明に見られるのであった。

「……姉さんなんか知らない!そんなの、僕はっ……」

慌てふためくレイは急いでトイレに向かった。その様子はヒューナにとっては嘲笑の対象以外の何者でもなく、ただ、彼女は笑っているだけだった。

 しかし、その一方でヒューナはどこか、悲しげな表情も浮かべていた。この対比は一体何を示すのか。レイの見えない所で見せる、ヒューナ・エリアスの表情。それ程にリルムと添い遂げて欲しいと願っているのだろうか。それは、分からないのであった。

「ホント、つまんないの……ホントに……」

ヒューナは、密かに呟いていた。

 実際、今のレイにそのような言葉を言われても反応に困る。今朝の訃報から始まった今日一日の出来事は彼自身も混乱しているのだ。なのに急にリルムとの秘め事に関わる話をされても、レイは困惑するばかり。そのような事情を知らないヒューナは、レイに対して呆れている様子だったのだ。

 

 

 

 ヒーリの家で昼食を馳走になったレイは、エリアス家を去ろうとしていた。本当ならば午後からリルムとデート等をしたいと考えていたのだが、モントリオールの治安の問題や、今朝の訃報の件もあり、今日は家に戻ろうと、考えていた。その事をリルムに伝えると、快く承諾してくれていた。

 玄関先で、リルムが見送る。彼女の表情は、ヒーリと過ごしていた時とは違う表情をしていた。やはり、彼女も今朝のフィジットの訃報の事を気にしていたのだ。

「レイ、今日はもう家に居た方が良いよ。その……色々と、あったし。」

フィジットに告白された事があるが故に、訃報を聞き、複雑な心境であったリルムはレイに言った。

 日常生活を送る中で聞くクラスメイトの不幸は、そこまで大きく関わっていない人間であれ、気持ちを滅入らせてしまうものなのである。

「うん、そうする。ありがとう。楽しかったよ。」

フィジット・ジークの訃報が心の片隅で気になっていたが、今は昼食に感謝するしかない。その時間も、レイにとってはかけがえのない時間の一つなのだから。

 そのまま、レイは家を離れようとした。だが、彼はふと、振り返り、リルムの方を見た。

「あのさ、リルム――」

違和感を覚えたのは、その時だった。リルムの姿が、ない。ほんの、先程まで彼女と分かれたばかりなのに、何故?

 急用があって、すぐに家に入らなければならなかったのか?それにしては、早過ぎる。彼がエリアス家を離れたのは3秒にも満たない。それに、ドアが閉じられる音も聞こえていない。ならば、何故リルムの姿が消えたと言うのか。

「リルム……?」

ドアの方を見ても、リルムの姿はない。

 だが視線を右側にやった時、レイは近くに黒い車の存在がある事を確認した。一見すれば違和感なく存在している日常生活の一場面に見える。しかし車のドア越しに見えたジュニアハイスクールの生徒の足に見覚えがあった。セーラー服と、そのスカートに、覚えのある足の形。紛れもなく、リルムの姿とはっきりと分かった。

 彼女は、何者かに連れ去られようとしていた。レイが振り返る、僅か三秒の時間の間の出来事であった――

「リルム!!」

誘拐だと、レイは直感した。しかも、白昼堂々の誘拐。まして、家の前でそれが行われると言う事実。

レイは迷っていられなかった。リルムの足が見えたのなら助けなければならない。一目散に車に向かって走る。ただ、無我夢中に――

 

ジャキン

 

だが助け出そうとするレイを、一つの鈍い、銃器の音が止めた。後頭部に冷たい、金属の感触を感じたレイはピタリと立ち止まる。それも、本能的な直感なのだろうか。身の安全を最優先しなければと、考えるレイはリルムが連れ去られるのを、見ているしか出来ないのだ。

(どうして……!)

振り返ろうにも、それが出来ない。下手な事があれば撃たれる可能性があったからだ。しかし、銃を構えている人間が何者なのかは分からない。

 暫くして、車は発進してしまった。彼は目の前でリルムを逃してしまう事となってしまったのである。銃を構えている人間が何者か分からない上、リルムを助け出せないという悔しさで一杯になる、レイ。

「目の前で彼女を連行されるのを見ているだけなんて、悲しいわね」

女性の声が聞こえた。やや低く、どこか妖艶な声色。しかし、どこかで聞いた覚えのある声だ。

「この声……」

「フフ、覚えてくれてるのね。随分と、久し振りね。」

振り返らなくとも、声だけで分かった。聞き覚えのある声。それも、日常生活で聞いた声ではない。戦場で、聞いた声だ。敵対している人間……それも、女性。レイにはある一人の女性の名前が浮かんできた。

「フォリアさん……!?」

フォリア・チェーニ。リンセと共に、姉妹でガンダムタイプのパイロットをしている女性だ。艶やかな雰囲気を醸し出す美女。その彼女が、この場にいる。そして銃を持ち、レイを脅しているのだ。

「振り向いてもいいわよ、学生服の坊や。」

その時、フォリアは銃口を突きつけるのを止めた。その瞬間、レイはすぐに後ろを振り向く。

 見覚えのある、美しい顔だ。いつもは戦場で、コクピット越しにしか顔を見なかった為、実際に生身でフォリアの顔を見るのは初めてであったのである。敵ではあるが、彼女の顔つきの美しさ、艶やかさにレイは一瞬ではあるが見惚れてしまった。

「実際にこうして貴方を見ると、なんて愛おしいのかしら……」

そう言った時、突如フォリアはレイの頬を触り始める。妙な色気を漂わせた女性からの行動に、レイは警戒しつつも、困惑する。

「どうして……貴方がこんな所に?」

レイの疑問も最もだ。セイントバードチームに所属していた時に交戦していた、敵である筈のフォリアが、レイの日常生活の中にいる。その事に違和感を覚えていたのである。

「そうねぇ、時間も無いし単刀直入に言おうかしら。」

そう言った時、再びフォリアは銃を構えた。武器を持たないレイにとって、彼女の持つ銃は脅威以外の何者でもない。今の彼は、ごく普通のジュニアハイスクールの生徒なのだ。抵抗する手段など、ある筈がない。ただ、それに怯えつつも、彼女の顔を見続けるしか出来ない。

「新生連邦はね、貴方の事を欲しているのよ。貴方のその、パイロットとしての力をね。」

「力を欲してる……?どういう、事ですか……?」

「そのまんまの意味よ。ガンダムに乗っていた貴方の実力を、新生連邦は高く評価してるの。だから、貴方の身柄を確保しに来たという訳。」

「そんなの!僕は只の生徒ですよ!見たら分かるでしょう!?」

もう、自分は戦場とは関係のない環境で生きているのだ。それなのに、何故急に新生連邦が介入してくるのか。

 だがその時、以前にエリィが言っていた事が関係していると、感じた。それと同時に、エリィの言葉を思い出す。

 

――――――――――――目を付けられても仕方がない事なの――――――――――――

 

――――――――――新生連邦軍は、何をしてくるか分からないからね――――――――

 

(それが、今って事なの……?)

エリィはレイに対して警告はしていた。だがそれから時間が経過しても、新生連邦がレイを襲って来るような事はなく、平和に時は流れていた筈だった。

 まさか、ここに来てエリィの言っていた事が現実になるなど、予想もしなかったのである。

「自分を正当化してる時点で愚か者だわ、貴方は自分の立場というものを全く理解していない。」

フォリアの突き付けた銃口が、レイの眉間に近付く。その事が、よりレイを緊張させるのだ。

「どうやら、暫く会わない間に随分と平和ボケをしてしまったみたいねッ!!!」

 

ドゴッ

 

それは、一瞬の行動だった。フォリアは銃のマガジン部分でレイの後頭部を思いきり殴ったのである。この行動に対応出来なかったレイは、瞬く間に意識を失う事になってしまった。

 身動きが取れないレイの身柄は、フォリアの腕に包まれる。そして、彼女は動かないレイの身体を静かに運んでいく――

 レイの日常は、急に終わりを迎える事となった。日常の場面に出現した敵は、レイを戦場へ誘う存在へとなりゆくのだろうか――

 

 

参考文献

※1ニック・レーン(著)斎藤隆央(訳)『ミトコンドリアが進化を決めた』p.1みすず書房、

2007年より一部改変

 




第三十九話、投了。

アドバンスドタイプとは何かという事が分かった話でした。
そして、レイの日常は再び一転して行く……


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第四十話 ロール・アウト

後継機、登場。レイに与えられた、新しいガンダム。


 

 数日前、シュネルギア内にアレンとジャンヌが合流していた。ただ、その中に居た別の人物を見て、ジャンヌは驚愕している様子だった。

「まあ、アレン。ココットさんがどうしてこちらに?」

あろう事か、アレンの恋人であるココット・メルリーゼがこの場にいた。日本で外資系の会社に勤めている筈の彼女が、何故ここに居るのか?

「ジャンヌさん、お久しぶりです!私……力になりたいと、思いまして……!」

ジャンヌには遠く及ばないとはいえ、ココットも相応の美女と言える。ジャンヌが麗しさを漂わせているのならば、ココットはどこか、可憐な印象を持つ美女と呼べる。

 ある種、アレンは両手に華を抱えているようなものだ。ジャンヌとココットという、美女同士を抱えている、アレン。

「力になりたいというのは、どういう事なのですか。」

当然の疑問だ。だが、それに対してアレンが答えた。

「ジャンヌ、これには少し事情があって……」

何故、ココット・メルリーゼがこの場に居て、ジャンヌと顔を合わせているのか。その経緯について、アレンは語る。

 

 

 その日から一週間前。ココットに会いに日本へ向かっていたアレン。その頃も世界情勢は不安定であり、小規模な紛争が世界各地で相次いでいた。その際にも、新生連邦軍に寄る平和国連盟への強襲は遠回しに行われている状況だった。

 危険とも言える状況ではあったが、最愛の人間に会いたいと思うアレンはただ、日本へ向かい、彼女の家に居た。メッセージでの交流は何度かしてはいたが、それ以上に直接会い、話をする事で彼等の心は満たされていくのであった。

 その中、アレンは何度か彼女に会っていた際にパーティの話等をした。そこで体験した壮絶な出来事や、生死を彷徨い掛けた事、そして、ジャンヌのスキャンダル等。

 幸いなのは、ココットに理解があった事だ。スキャンダルにはアレンの姿が映っている。しかし、その事に関してもココットは理解を示していた。事情を理解していたのである。この時の行動の理由は、錯乱し、意気消沈していたジャンヌを支える為の行動であると、理解していた。そうした事に対しても許容できる彼女の心は、寛大と言えた。

「アレン、あのね……ずっと、言いたかった事があるの。」

「ん?」

部屋の中で、ココットが言い辛そうに、言った。

「やっぱり、私……アレンと共に行動したい。世界の事を考えているアレンの話を聞いてて、私、このままじゃいけないと思うの。だから……」

それが何を意味するのかは、容易だった。彼女の言葉を聞いたアレンは、目を見開き、何度か瞬きをした。

「え……?それってまさか……」

「私も、一緒に行きたい。その為だったら今の仕事を辞める。ジャンヌさん達と行動して行きたい。」

デウス動乱を経験している人間であるココット。だが彼女は当時、非戦闘員であった。あくまでも、当時の連邦軍の特殊部隊に守られている立場の人間。彼女は救われた民間人の一人に過ぎない。

 そして、戦争中に彼女は宇宙に放り出された。そこから奇跡的な生還を果たしたココット。それが、今に繋がる。

 その、彼女が発言した、“ジャンヌと行動する”と言う事は、つまり戦前では民間人として行動していた彼女が、何らかの形で共に戦って行くという事を示すのだ。

「ココット、冗談ならその発言は止めた方が良い。安易な世界じゃない。デウス動乱ではないとはいえ、命に関わる。前言撤回をしてくれ、ココット。」

アレンは懸命にココットを止めた。一度生死を彷徨った筈の彼女が、アレンと共に行動をしようとしている。それが、どれ程危険であるのかは、経験をしていたアレンならば容易だ。だから、止める。それが、互いに一緒にいる時間を妨げる事になったとしても……だ。

「前言撤回なんて、しない。実はね、もう、退職届は出したもの。今日で、最後だったんだ。覚悟は、決めてるんだよ。」

まさかの行動だった。躊躇いなく、退職をしたというココット。それはすぐに受理され、彼女は今、職なしの状態になっていたのである。

「それでも、君を連れて行けるか!ただでさえ、一度は死にかけた人間が、どうして危険を冒そうとするんだよ!一緒にいようとしてくれるって気持ちは嬉しいが、それだけじゃ成り立たない事なんだよ!」

懸命にアレンは説得する。大切に思うが故に、彼女を巻き込みたくない。ただ、その一心だ。しかし――

「それってアレンも同じじゃない」

ココットは、冷たく言い放った。

「アレンも戦争の最後に行方不明になったって言ってた。それって私と同じって事だよ。お互いに同じ経験をしているのに、どうして私だけが特別扱いなの?おかしいと思わない?」

戦闘員と非戦闘員の違いと、アレンは伝えたかったのだが、まるでそれを先読むように、ココットは言った。

「アレンはパイロットをやってるから、戦わない私を巻き込めないとか、そういう話なら聞かないからね。」

決意に満ちているココットの表情はアレンを困惑させる。言おうとした言葉を先に言われ、彼はどうすれば良いか分からずに居た。

 沈黙が、5秒程度続く。その中で先に口を開いたのはアレンの方だ。

「俺だって、君と一緒に居たいんだよ!けど、君には平和な環境で過ごして欲しいんだ。俺が無事に帰ってきたとしてさ、その……俺を、迎え入れてくれる存在……として。」

その際、アレンは気恥ずかしそうに言った。格好の付けた言葉は、恥じらいをさせるのだろうか。

 だがそれを聞き、ココットは突如、笑みを浮かべ始めた。

「フフッ……クスッ……なんか、アレン、本当に格好つける言葉好きだよね!昔からそんなこと言ってたっけ!」

ココットの笑みはその場を和ませる効果があった。互いに譲らない者同士の話の中で笑みが出る事は、ある意味幸運と言えた。

「格好つけてる訳じゃない!心配なんだよ!君が!だから……」

「だから、私がアレンと一緒に居れば良いじゃない。あと、勘違いしては行けないけど、私だって使命感持って、動いていきたいと思ってる。何かの役に立ちたい上でアレンと一緒に居たい。ただ一緒にいるだけじゃ、それは我儘なのは分かってる。」

彼女なりの考えだ。一連のアレンの行動を見て、考えを改めていたココットが導いた決断。それは、揺るぎのない意志と、言えた。

「だから、役に立つ為に私も行動したいの。今の世界がおかしくなっているのなら、少しでも立ち向かいたい。私はアレンに相応しい人で居られるのなら、それが望みなの!分かってよ!」

そう言いながらココットはアレンの胸を叩く。彼女の表情、行動。それらは紛れもないものだ。最愛の人間を前に、自らが出来る事をしたいという、決意。アレンは、彼女からそれを感じ取っている。

やがてその意志の強さはアレンの心を動かす。それ程、自分の事や世界の事を思っているのならば、実際にジャンヌに会わせるべきか……と、彼は思っていた。

「そこまで言うのなら、一緒に来る?」

アレンの口が静かに開いた。それを聞いたココットは、黙った。それと同時にアレンの顔を見上げ、見つめる。

「本当に!?」

「ただ、ジャンヌがどう言うかだ。お遊びじゃないんだよ。君がどのような役割を果たすのかも分からない。だから、一度ジャンヌに会ってから決めて貰う。それで良いだろう?」

「嬉しい……!」

ココットは白い歯を浮かべ、アレンを抱き締めている。それ程に嬉しい感情を溢れさせていた。

その一方で、アレンは複雑な心境だった。本当ならば巻き込みたくない彼女を巻き込むという事は、避けたかったのだが、それを止めることが出来ないというのが、彼の中で迷いを生じさせることとなったのである。

 

 

 

 時は進み、ローマ、アステル家にて。ココット・メルリーゼはジャンヌと会っていた。知人同士ではあるが、立場は明らかに違う、ジャンヌとココット。アレンに関係する両者がこの場で再会し、ジャンヌは彼女の存在に、驚愕しているのだった。

「ココットさん。一つ、貴方にお伝えしておきたいことがありますの。」

ジャンヌは改まった様子で言った。これから彼女が起こそうとしている事の、概要について語るのだ。

「元々、貴方は民間人であるとアレンから聞いています。私達と共に行動するという事は、今後何らかのトラブルがあったとしても、責任は全て自分に降りかかるという事です。もしそれを受け入れられないのならば、日本で別の企業への就職を勧めます。それからキャリアアップを積んで行かれる方が貴方の為になります。そして、それがアレンを支える事にも繋がっていきます。自らが戦場に出て行くような必要はありません。」

ジャンヌにも、そのように言われた。アレンが気にしていた事を、ジャンヌが代弁してくれたのだ。それにより、一層説得力が増すと、考えられた――

「アレンから聞いていますけど、ジャンヌさんだってこんな事をせずとも歌手活動をしていれば、それで平和に繋がると思うんですよね。じゃあ、どうして戦艦なんて持ち出してるんですか?」

ココット・メルリーゼは洞察力に優れている人間だ。それ故に、やや尖った質問をする事がある。ジャンヌはココットに質問された時に、答えた。

「新生連邦軍を止めるには、力がどうしても必要です。私は歌を歌い、世界中の人々を癒す事を、戦後になって生き甲斐としてきましたが、それだけでは駄目なのです。私は多くの人間を間接的とはいえ、殺してきました。ならば、その力は使って行かなければならないと、考えているのです。」

ジャンヌの答えに対し、ココットは言った。

「それに賛同するのは、どうして駄目なんですか。少しでも人が多い方が心強い筈なのに?」

「……貴方は変わられましたね。戦後になり、意思を持つようになったというべきでしょうか。」

戦前のココットは、怯えている事が多い人間だった。だが一度生死を彷徨った事のある彼女は、その経験が契機となったのか、それ以降は彼女の中で決断をする事が出来る、女性へと成長していたのだ。

「いつまでも足手纏いで居たくないんです。戦時中だって……私、アレンの足を引っ張る事しか出来なかったから!だったら、せめて……!」

ジャンヌ自身も、ココットの強い意志を感じていた。この言葉が、何の経験もない人間の言葉ならば、所詮戯言と認識されるだろう。

 だがココットは戦争を経験している。直接戦闘等の経験をしたわけではないが、生死を彷徨った事のある経験がある事もあり、彼女の言葉に説得力は、あると言えた。

「成程。貴方は戦時中に宇宙空間を彷徨ったと聞いています。その中で生還し、死の恐怖を経験したのにも関わらず貴方は私達と協力すると申し出て下さりました。その意志を、認めたいと思いますわ。」

経験は人を強くする。増してや、ココットは死と隣り合わせの経験をした。民間人であるにも関わらずに。今、彼女は死と無縁の生活を日本で送ってはいたが、それでも“死”を恐れず、アレンと共に居たいというその強い意志を感じたジャンヌは、ココットをシュネルギアのクルーに迎え入れる事を、決めたのであった。

「歓迎しますわ、ココットさん。共に戦いましょう。」

そっと、ジャンヌは手を差し出す。それに対し、ココットは手を取った。

 この瞬間、アレンの恋人である、ココット・メルリーゼはシュネルギアのクルーになった。日本での外資系企業を辞め、新たな活動拠点として、混迷する世界に立ち向かうメンバーとして闘う事を、決意したのである。

「その前に、一つ確認させて頂きたいのですが、ココットさんは日本の外資系企業でどのような役割をされておりましたか。」

その時、ジャンヌはココットに質問をした。ある種の入職試験のような、質問だ。

「主にはオペレーターです。けれども、その時に高い評価を頂いた事はあります。」

企業勤めの中で、ココットはオペレーター対応をしていた。その機敏な対応力は彼女の武器となり、様々な対応をこなすことが出来たという。

「では、貴方にも近々シュネルギアのオペレーターを務めて貰う時が来そうですね。一度、シミュレーションを行いましょう。それで確認させて貰えればと、思いますわ。」

シュネルギアのクルーになる為には、ジャンヌが自ら試験官となるのだ。

 共に戦う事は決定した。しかし、問題はココットがオペレーターとしての器量があるのか、どうかという所だ。

 アレンは今後、ココットとジャンヌという、二人の美女と共に戦って行く事となる。かつての戦争を経験した者達がこの場に集い、そして、新たなる混迷に立ち向かっていくのである。

 

 

 

「あれ……ここは?」

一人の少女が、見知らぬ場所で目を覚ました。どこかの床に置かれている様子だった。そこは今まで見て来た景色とは全く異なる場所。

今まで、ごく普通の生活を送って来た少女、リルム・エリアスは気を失っていた。やがて目を覚まし、気が付けば、全く覚えのない場所に居たという事になる。

 自分は、どうなったのか。何故ここに居るのか?そもそも、ここは何処なのか?気が付いたリルムは、不安に駆られる。一つ言えるのは、明らかに日常場面と異なる環境であるという事だ。家でも学校でもない。行きつけのショップでもない、その場所。リルムは本能的に恐怖を感じた。何よりも、自分が床に寝かされているという事が恐怖だった。その扱いの悪さを、感じていたからである。

「目、覚めた?」

リルムの動きを見て、一人の女性の声がした。慌ててリルムはその方向を見る。

 そこには、水色の髪色をした愛らしい顔立ちの女性である、リンセ・チェーニの姿があった。腕を組み、リルムを見下すようにじいっと見ている。まるで、リルムを睨みつけるように。

 見知らぬ場所で、突如見知らぬ女性に、腕を組み、その上睨みつけられている光景はリルムにとって恐怖以外の何者でもない。リンセが一体何者なのかも分からないのに、その高圧的とも言える態度はリルムを恐怖させる。

「あんたがいるからお姉様と一緒に行動出来ないし、ホントつまんないわ。いくら命令とはいえ、嫌だなぁホント。」

そう言いながらリルムの顔を覗かせる。それも、至近距離で。その様子は、まるで初対面の人間に対する態度ではない。適切な距離感が、取れていないリンセ。リルムは彼女を、恐怖に感じている。

「あ……の……?」

今までにない事を経験しているリルム。目の前に居る女性が何者かも分からない為、余計に恐怖を抱いているのだ。

「あんた、ここが何処かって聞きたいんでしょ?分かるぅ!そりゃ、連れられてこんな所で目を覚ましたら聞きたいのもトーゼンだよね!」

何を言っているのか。連れられた?それは、誘拐という事なのか。では、何が目的で誘拐をしたというのか。

「その……私……もしかして……誘拐……されちゃったんですか……?」

恐怖で一杯になったリルム。しかし、この場で話すことが出来る相手はリンセ以外に居ない。その事が、余計にリルムを恐怖で震え上がらせる。

「あんたさ、誘拐なんてされたコトないでしょ?そりゃそーか。その反応見る限り、あんた相当平和ボケしてきてる感じだもんね。」

リンセはリルムの動作を見て、見抜いた。それは無論、合っているのだが。だがリルムが得たい情報を、全く言う様子がないリンセ。その為、リルムからすれば何が何だか、分からないのである。

「一言でいえばあんたは囮よ。あの男の子……レイって子をおびき寄せる為の。」

「レイ……?レイが居るんですか!?」

知っている名を聞き、リルムの恐怖は少しばかり緩んだ。“レイ”の名前。今の彼女を安心させる、ワード。それがリルムを僅かに、リンセと言う恐怖の対象に対しても話をしようとするきっかけとなる。

「隣の部屋にいるよー。ふぁぁ。」

欠伸をしながらリンセは、言った。

「会わせてもらえないんですか!?レイに!」

だが恐怖の感情のコントロールを、失い過ぎていたリルムは、その行動が命取りになる事をまだ理解出来ていなかったのであった。

 リンセの眼は大きく見開かれ、上下の歯を食い縛り、握り拳を作った。この様子は、リルムを恐怖させる効果を持った。

「はぁ!?抜かしてんじゃないわよ!会わせられる訳ないじゃん!あんたとレイを分ける!それが仕事なのにさ!」

高圧的な態度はリルムを驚かせ、彼女の中の、レイと言う希望を失わせる。

初対面である上、高圧的な人間を見て、恐怖しない人間はいない。仮に恐怖しないとしても、得体の知れない存在と認識するだろう。リルムから見たリンセが、それに該当するのだ。

「あぁ……あああ……」

震えているリルム。突然の威圧に少女は戸惑い、恐怖している。何も分からない場所で、威圧を見せる女に恫喝され、恐怖を感じているのだ。

「しかし、駄目ね。やっぱり刺激が足りない……ねえ、あんた。」

リンセは一度溜息を吐いた。そして、リルムに言う。

「頼みがあるんだけどさ。私を蹴ってみてよ。」

リンセがそう言った後、突如軍服を脱ぎ始めた。上下の服を脱ぎ、瞬く間に下着姿になる、リンセ。しなやかな肢体とは裏腹、そこに映る打撲痕や傷跡が痛々しく、映っていた。

 だがリルムはこの突然の行動に恐怖するばかりだ。何故突然服を脱ぎだしたのか。その理由が不明だからである。それに、蹴るという事はどういう意味なのか。

「蹴るって……?え……」

訳が、分からない。動揺するリルム。

「そのままの意味よ。早く蹴りなさいよ。刺激が欲しいのよ!早く!」

そう言いながら、リンセは側臥位姿勢をとった。まるでリルムを待ち構えているかのような行動。突然の理解不能な行動は、更にリルムを混乱させる。

「早く蹴りなさいよ!その足で私を思いきり蹴ってよ!こんなコトされて憎いでしょ!ねえ!!!」

自らを蹴るという命礼を下すリンセ。これも、ハラスメントと呼べるものなのだろうか。

 リルムは明らかに不快に感じている。だがそれを、勧めようとするリンセ。何故この女はそれをさせようとするのか。それは、リンセ・チェーニがマゾヒストであるが故の行動なのかも知れないのだが、姉が居ない状況では、拉致した筈のリルムを利用して己の快楽を優先しようとしていたのだ。

「何躊躇ってんのよ!誘拐犯を蹴るなんてフツー出来ないんだからね!早くしなさいよ!」

リルムは唾を飲み、リンセを見る。怖い。何が怖いかと言うと、知人でもない人間が突然自らを蹴れと命令を下してくる。異様な光景だ。それを、何も知らない自分がしなければならないという怖さ。

 もし、“蹴る”行為をしたとして、どうなる?これは罠なのかも知れない。リンセの事を知らないリルムが躊躇うのは至極当然。故に、彼女は迷う。迷い、震え、何も出来ないのだ。

「所詮あんたも頭お花畑の世間知らずだから私を蹴られないんでしょ?早く蹴ってくれたら良いのにさ!!」

ひたすらに自らを暴力行為に満たそうとするリンセ。リルムは恐怖を感じつつも、ゆっくりと近づく。

 どの加減で、どう蹴れば良い?それは分からない。だがリンセがそれを望むのならば、その行為をせざるを得ない。リルムは目を瞑り、リンセの腹部に目掛けて右足を伸ばした。

 

ドゴッ

 

やや、鈍い音が聞こえた。しかし、リンセは何も反応しない。痛がる様子も、何もないのだ。

「今のが暴力なの?」

「え……?」

リンセの呆れたような声が聞こえた。

「暴力を振るわない事が優しさのつもり?やるからには全力でやらないとダメじゃん。でも駄目か。あんたの全力でも私、エクスタシーは感じない。だって、非力過ぎるもん。」

「そんな、どういう……」

加減をしてしまうのは当然。力が入らないのも当然だ。相手を知らないからだ。知らない人間に加減なく暴力を振るう等、普通は出来ない。

 出来るとすれば、その人間に対して強い怒り、憎しみを抱いた時か。道端等で赤の他人同士が何らかのトラブルが発生した時に怒りをぶつけ合うような現象が生じた時か。或いは、本当に暴力行為を心の底から楽しんでいるサディストか。

「もっとしなさいよ。じゃないと分かんないかも。」

この言葉を聞き、リルムは自棄になった様子だった。どうなるか分からない。この女がそう命令するのならば、思いきり蹴れば良い。後先の事は考えず、リンセが言った事を、実行する。

 

ドゴッ ドゴッ ドゴッ

 

リルムは人に対して暴力を振るわない少女だ。それも、暴力行為とは無縁の生活を送ってきたが故である。その彼女が、今、見知らぬ女性を蹴っている。いくら依頼されたとはいえ、もしそれをしなければどのような仕打ちをされるか分からない恐怖で埋め尽くされていたから。相手が逆恨みをしてくるかも知れない。相手の思考が読めない。故に、怖いのだ。

 だがそれは正常な判断と言えた。見知らぬ他者に暴力を奮い、喜ぶ者はそうそう居ない。故に、リルムは躊躇う。躊躇う中で、リンセに蹴りを与えている。

「えぃっ……えぃっ……」

ひ弱な少女の声が響く。だが、その蹴りも所詮はひ弱な力。到底、リンセの要望に応えられるようなものではなかったのであった。

「もう、いいわよ。」

リンセは呆れた表情をして、急に立ち上がる。この時、一瞬ではあるがリルムは安寧の表情を浮かべた。

「さっきも言ったけど、加減すれば優しいなんてバカの一つ覚えみたいなコトやって、私が許すと思った訳?なんで、痣が残るぐらい蹴ってくれないの?なんで、痛みをくれないの?痛いのが気持ち良くて、だからエクスタシーを感じるのに。だから、アソコだって濡れるのに。あんたのは何も感じない。優しいつもりの暴力だ。」

下着姿のリンセが近づいて来る。異常とも言える言動を伴いながら、リルムに迫る。リルムは投げたくとも、逃げられない。後ろが壁になっており、避けようがないのだ。

「やっぱりお姉様の鞭や暴力が私には必要だってコトだね。お姉様は私を満たしてくれるの。だから、お姉様の愛を受けて、股間が濡れる。あんたのは全然濡れない。私を満足させられないヤツなんて、要らない。」

 

ジャキン

 

すると、リンセは銃を構え始めた。自らを満足させられない人間は、不要と言うリンセの危険な思想。彼女の腕、腹部、大腿部等は傷跡だらけではあるがその美しい肢体を左右に揺らし、リルムに近づいてくる。

「え……えっ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

謝罪するリルムだが、躊躇なく女は近づく。逃げたくとも、逃げ出せない。怖くて、身体が震える為だ。

「昔ちょっとだけ一緒に居てた男もね、私を濡らせられなかったのよ。あいつの暴力は暴力に入らない。何も感じない暴力なんて、似非。そいつ、どうなったと思う??」

震えるリルムに近づき、やがて銃口を頬に突き付けた。リルムの目下からは涙が浮かんでおり、必死に命乞いをしている。

「し……りません……嫌……嫌ぁ……助けて……!」

懇願するリルムに対し、リンセは言った。

「今のあんたみたいな顔をしたの!だから余計に腹が立って、思わず、パァン!ってした直後に脳天がぶっ飛んで血がドバドバ溢れちゃった。ケド、駄目。やっぱり相手に暴力をするのはお姉様が得意。私は受ける方が良い。でも、私を満足させられない人間は要らない。だから、あんたも同様ってコト。」

理不尽な理由で、女は過去の男を殺したという。その価値観をリルムに押し付け、用済みと知れば殺すという。

「そう言う訳で、さよならー。」

銃の引き金が引かれる。銃の冷たい感触がリルムの頬を伝う。そして、撃ち抜かれる怖さを感じる。

 

カチッ

 

だが、銃弾は発射されなかった。不発に終わってしまったのである。リンセはこれに対し、舌打ちをした。

「あーあ、そういや弾切れだったわね。まあ良いか。勢いであんたを殺したら上司にも、お姉様に怒られちゃうし。そうしたら私、お預けになっちゃう。誰も私を相手してくれなくなるからー、そうなったら自分で慰めなきゃならなくなるしなぁ。あれ、気持ち良いけれど虚しくなるんだよねー。命拾いしたわね、あんた。」

と言いながらリンセは銃を離す。その瞬間に、リルムは姿勢を崩した。身体を震わせたまま、力が入らない。

本当に恐怖している時、人は涙を浮かべられない。その状況を通り過ぎて欲しいと祈るばかり。表情を表す事が、出来ないのだ。リルムも例外でない。ただ、リンセ・チェーニというマゾヒストの女を、恐れるばかりだ。

下着姿で自らを暴力に身を置き、そこで愉悦を感じる女。それが、新生連邦政府の軍人をやっているというのだから恐ろしいものである。事情を知らないリルムは、恐怖するばかりであった――

 

 

 

 別の部屋ではレイがリルムと同様に、囚われていた。リルムとは別の部屋で目を覚まし、場所を確認していた。レイの場合はフォリアによって気を失った為、恐らくフォリアが近くにいるのではないかと考えていた。そして、それは案の上であった。

 今、レイはEフォンも手元にない状況だ。外部と連絡も取れない。その中で、フォリアが迫る。

「こうして間近で見ると、本当に女の子みたいね。」

コクピット越しで何度か会話をした事があった両者だが、実際に生身で会うのは初めてだ。距離感が違えば、それだけで印象が変わる。メディアで出ている人間を直接見た時に印象が変わるようなものだ。

 

スッ

 

フォリアは、レイの頬に触れる。同時に妖艶な笑みを浮かべた。

「不思議よね、実際にこうして触れ合うと貴方への印象が大きく変わる。柔らかくて、ふわふわしてる感じ。肌も綺麗。素敵……。」

やたらとレイの容姿を褒めるフォリア。彼女の言葉とは対称的に、レイの心境は異なる。

 そもそも、ここはどこなのか。リルムはどうなったのか。自分はどうなるのか。それらの思考が、一度に溢れる。レイ自身は、彼女のスキンシップに応じている場合ではない。

「けれども、その眼は少し気に入らないわ。」

「え……!?」

 

パシィッ

 

突如フォリアはレイの頬を叩いた。痛みの為、目を閉じるレイ。僅かに目元から涙も浮かべている。

「うぅっ……!」

「反抗的な眼は好きじゃないわ。従順な眼が好き。下僕として、相応しい眼が良いの。私の暴力に対して反抗しない人……理想なのは苦渋の声や嬌声を上げるのが理想だけれども。」

思えば、レイは新生連邦の人間に囚われている時、碌な想いをしていない。クラリスの時もそうだったが、必ずと言って良い程何らかの仕打ちを受けている。クラリスには暴力、マサアキには妙な関心を抱かれ、そして今回、フォリアに再び暴力を振るわれている。

「聞きたいことが、あります……」

レイは一切反抗する様子を見せず、フォリアに聞いた。

「リルムは、どこに居るんですか?僕だけを連れ去らうのならまだしも、リルムは関係ない筈ですよ!?」

気になるのはリルムの安否だ。彼女は今どこに居るのか。連れ去られ、意識を失ってからのリルムの動向が気になって仕方がないのだ。

「リンセが管理しているわ。それに、関係ない事はないのよ。レイ、貴方の関係者という時点でね。」

「僕の関係者……?」

“関係者”とは何の事を示すのか。レイには理解が出来ない。元々アインスに乗っていた事もあり、尚且つエリィが警告していたように、新生連邦が力を欲するのは理解出来るのだが、

リルムは何も関係ない筈だ。何故新生連邦はリルムを連れ去る必要があるのだろうか。

「貴方は恐らく、ごく普通の生活を送りたいと考えていた。けれどね、とっくの昔に貴方は新生連邦にマークされていたのよ。」

“マーク”という言葉。そこから導き出される、予感。レイは感じた。それが、不吉な事であると言う事に。

「半年間の学校生活はどうだったかしら?楽しかった?その学校生活が続くと思ったのかしら?新生連邦のガンダムを奪って、敵対している危険人物である貴方が!」

フォリアの悪意のある声が響く。ぐいと顔を近付かれ、レイは後方に下がる。

「真実を知りたい?何故今貴方がこのような状況に陥ってるのか。それだけじゃない、貴方の彼女までもがこのようになっているのか。」

「真実……ですか。」

自分がアインスを持ち出した事がきっかけなのは、分かっていた。しかし今、彼とガンダムの存在は関係がない筈だ。セイントバードチームとも関係のないレイ。そして、リルムの存在。

 何が真実だと言うのか。フォリアは何を語ろうとしているのか。

「昨夜デパートでテロ事件があったのも、全ては新生連邦が別のテロ組織に依頼を掛けた事が発端。そこから表向きは対テロ捜査として新生連邦軍が派遣されたの。」

「表向き……まさか、それって……!?」

フォリアの表情が徐々に暗い笑みを浮かべていく。それから感じられる恐怖。レイの脳裏に嫌な予感が刺さる。

「察しが良いわね、そう。昨夜のテロの本当の目的はレイ・キレス……貴方を軍が捕らえる為の騒動だったという訳よ!随分大それた事をしていたけれど、私達姉妹は喜んでそれに参加したわ。強く可愛い貴方を、この目で見られるのだからね!」

それは、マッチポンプだった。テロ組織と新生連邦は繋がっており、デパートを強襲させて被害者を出した上で、対処する事を表向きで行い、実際はレイの捜索が目的だった。

 全てはレイを捕らえる為の犠牲。フィジットは、彼の為に犠牲になったようなものなのだ。

「そんな……そんなのって……!」

「新生連邦はもうすぐ戦争を起こすわ。その為には戦力を増強しなければならない。となれば、答えは一つ。アインスガンダムのパイロットを務めていた貴方を欲するのは目に見えている話よ!」

エリィの言っていた事が現実になった。やはり彼はマークされていた。それが今になり、現実になってしまった。クラスメイトまで巻き込んでしまい、更にはリルムまで巻き込んでいる。レイは、この時明らかに動揺していた。

「そんな……けど……けれど!リルムは関係ないです!どうしても戦力が欲しいのなら、せめてリルムは解放して下さい!」

「それは無理よ。彼女はあくまでも保険。貴方が是が非でも新生連邦に協力する為のね。」

「そんなの!おかしいです!」

レイは必死に否定する。だが、フォリアの言葉が無情にも刺さる。

「本当ならば家族でも良かったのだけれど、貴方に一番良い形を取るとすれば、互いの恋愛感情を利用するのが効果的と判断したの。これは私の判断。」

「判断……?判断ってどういう……まさか、知っていたんですか!?僕の生活を!?」

フォリアは、レイの事を観察していたという事になる。彼の身辺の事情を把握した上での言葉。それらはレイを翻弄させていく。自身の生活を、知られているという事。それを分かった上で、フォリアはリルムとの関係を利用したという事。

 レイの呼吸が早まる。それは全てを知られていたという衝撃でもあり、自身に関係のある人間を全て巻き込むかもしれないという恐怖等、多くの事が一度に想起されたのだ。

「フフ……アハハ、恥ずかしいかしらね?けれども、貴方の私生活を知る事でこちらとしても多くの情報を得られる。貴方は何も知らず、幸せに過ごしていたつもりなのだろうけれどね。」

恥、恐怖、絶望といった感情が渦巻く。レイは、今、震えていた。

「それにね、貴方が協力をせざるを得ない理由はもう一つあるわ。」

今度は何を言い出すのか。レイの額からは汗が流れる。緊張の汗。その妙な汗はそこから頬を伝い、流れる。

「私達と何度か敵対していたMS乗り達……セイントバード。あれは今頃本部に向けて連行されているの。」

「セイントバードが!?」

彼を、更なる絶望が襲った。自身の私生活だけでない、あろうことか、セイントバードチームまでもが巻き込まれていたのだ。フォリアが言うには、今、セイントバードは連行されている。

 スパイッシュ率いる艦隊がそれを命じ、本部にいるセイントバードチーム。彼等がどのような仕打ちを受けるのかは、定かではない。

「どうして……こんな……」

「さっきも言ったわ。新生連邦は戦争を起こそうとしている。セイントバードも元々は新生連邦の艦。その気になれば、奪う事だって可能なのよ。全ては新生連邦の掌に踊らされていたという訳ね、フフ……」

そう言いながら、フォリアは苦悩するレイの頬に触れる。彼は目を合わせず、ただ、現実を受け入れようとしない。

「それにセイントバードのメンバーの存在は、貴方を迎え入れる為の、取引の存在になるわ。レイ、貴方の存在はそれ程に価値があると言う事なの。ガンダムに乗って、新生連邦に多大な損害を与えた貴方がね。」

「そんな……僕の為にあの人達が!?」

セイントバードのメンバーが、一人、一人思い出されていく。エリィ、ネルソン、インク、スラッグ、シン、スバキ、ガースト、プレーン等。皆が新生連邦に囚われているというのだ。特にエリィは家庭教師として家に来てくれていた。最近彼女がこれなくなったのには、こうした事情が絡んでいたという事になる。

「本部に連行されたとなれば、恐らく死刑はやむを得ないでしょうね。その判断をするのは、あの艦隊の指揮官。スパイッシュ・カルディアム……ウフフ、なんて理不尽。悲しいわね、レイ。」

自分の存在がリルムを巻き込んだだけでなく、チームのメンバーをも巻き込んだという事実はレイを更に絶望に追い遣る。彼は、日常を送っていただけ、ただ、それだけなのに……。

「それにね、貴方の場合は本来ならば連行されて、射殺も有り得たのに、幸いにも新生連邦の方針は軍備増強。そのパイロットが欲しい状態。だから貴方が選ばれた。幸運ね。貴方は生き残り、その代わりに仲間の人間が死ぬなんて!当然かしら!強い人間は生き、弱き存在は死ぬ!弱肉強食!MS乗りだってそうじゃないのかしらね!?」

「そんな……そんなのって……」

レイの眼が震えている。絶望、自分の行動によってこのような形で、関わった人間が不幸になるという状況。何故、このような状況に陥らなければならないというのか。

「辛いかしら?けれど、貴方がガンダムに乗りさえしなければ、こんな事にはならなかった。貴方を支える恋人さえ、このような目に遭わなくて済んだ。そして貴方の仲間達も悲惨な目に遭わなくて済んだ。全ては貴方の行動が招いた事なのよ。只の民間人が軍の機密兵器を持ち出した。その時点で、貴方に平穏が訪れる事なんてないの。諦めなさい……そういう運命を自ら選んだ。そのような状況で普通に生活が出来るなんて、おこがましいわ。」

クラリスに連れられた時、あの時にアインスガンダムに成り行きとはいえ、乗らなければこのような事にはならなかった。リルムとも平和な生活が送れたかも知れない――

 しかし現実はレイを巻き込む。ただ、絶望に。彼の行動が多くの人間に影響していった。普通に生活をしたいと願っていた少年は、普通でない場所で、多くの人間を巻き込んでいる。死者さえも出してしまう状況に、レイはただ、苦悩している。

 思えば、彼がガンダムを奪ったが故に、死ぬ筈のなかったギリアも姉妹に殺された。その他、彼が何らかの形で巻き込んで、命を落とした人々の存在が思い出される。レイはそれを思い出し、苦悩した。

(僕が、全ての原因……?)

否定したいと願うレイ。だが、フォリアの言葉がレイを襲う。

 

―――――貴方がガンダムに乗りさえしなければ、こんな事にはならなかった―――――

 

――――――――――――――全ては貴方の行動が招いた事なのよ――――――――――

 

――――――――――――貴方に平穏が訪れる事なんてないの――――――――――――

 

(そんなの……!!)

混乱しているレイに、フォリアの甘い囁きが迫る。耳元でフォリアの口唇が動くのを、レイは感じた。

「けれども大丈夫……。私が貴方を包んであげるわ。その困惑して、動揺している顔も素敵よ、レイ。アインスガンダムで猛威を奮っている野蛮なパイロットとは思えない、端正で綺麗な少女のような顔に、綺麗な身体付き……私のものにしたい……綺麗なものは私の物……!」

 

チュッ

 

困惑するレイに、更に、フォリアの唇が覆った。彼女の言動とは裏腹の、妙な感触の接吻はレイを更に翻弄する。だが心のどこかでそれに対して妙な安心を抱いている彼は、恐怖さえ感じていた。

 彼が接吻を受けるのは二度目。マサアキ・アルトからの接吻が最初であった事を考えると、今度はフォリアによって唇を奪われた。だがその接吻に愛情は感じない。まるでレイを我が物にせんとするような、行為だ。

「あ……うう……?」

突然の行為に戸惑うレイと、対称的に喜びに満ちるフォリア。

「ああ、本当に素敵だわ。その絶望する顔。それが更に苦渋に満ちる姿を見たい……命令じゃないのなら、今すぐ貴方を脱がしてその身体を貪りたい!その身体が私の身体でどう反応するのかを見てみたい!私の暴力行為でどのような声を上げるのかを見てみたい!けどダメ!何故ならば命令だから!貴方を傷つける訳には行かないから!!」

傷付ける訳には行かないと言いつつも、フォリアは既にレイの頬を叩いている。彼女の言葉は、矛盾している。レイはこの時、感じた。この女の危険性に。間違いなく、“何か”をされる気がしてならないと――

「けれど、傷跡さえ残らなければ良いの。擦り傷、切り傷……要は刃物さえ使わなければ良い!いくらでも、傷付ける方法はあるのよ!はぁ……はぁ……貴方を苦しめてその顔を見る方法ならいくらでも!」

明らかに異質なフォリアの眼はレイを恐怖に追い遣る。明らかに普通でない。まるで獲物を捕らえんとばかりの目つきだ。

 

ギュゥゥッ

 

フォリアの両手は、レイの首に触れ、そのまま力強く握る。爪を立てず、指腹部のみで力を込め、レイを苦しめる。

「うぁ……ぁぁ……!」

悶えるレイ。解こうとするが、フォリアの握力は華奢な腕からは想像出来ない程に強い。前腕部の血管が浮き出ており、それはレイに対する歪んだ愛情を示している。

 苦しい。息が出来ない。対するフォリアの顔は恍惚としている。レイを苦しめる事が出来て、愉悦に浸っている。

「最高よ!もっと貴方を苦しめたい!絶望させたい!それで絶頂出来るのなら!本当ならセックスしながらこうしたい!!貴方の首を絞めて!そのまま貴方のペニスを突き上げる!理想のシチュエーションだわっ!!それが叶わないのは悲しいわ!けれども今、私は濡れているわ!暴力は最高よ!もっと苦しんで!もっとその顔を見せて!!良い!良いわレイ!!!」

狂気の表情を見せるフォリアはレイの首を掴み、離さない。このままではレイに命の危険が及ぶ。

「あっ……ぐぅっ……!」

声ならぬ声を、微かに上げるレイ。それを聞いたフォリアはその指を静かに緩めた。

 咳き込むレイ。だが、女は躊躇なくレイの髪を持ち、そのまま床に伏せさせる。

「ああぅぅっ!」

床に伏せたレイ。呼吸が出来なかった苦しみと、髪への痛みが同時に伝わり、レイを苦しめた。

「痛い?苦しい?けれどもそれが良いの!リンセの悶える顔も良いけど貴方の顔も良い!!!最高よ、レイ!私のものにしたいぐらい!!任務じゃなかったら貴方を私の思うようにしてあげるわ!!」

そう言いながら、レイの腹部を足でのしかかるフォリア。サディストであるこの女は、暴力によって相手を支配する事に愉悦を抱いている。妹のリンセとは、真逆だ。

「カハッ……どうして……こんなっ……!」

レイはされるがままの状態だ。自分が招いた事によって他者を巻き込んだ。その上、フォリアはレイを暴力で苦しめる。理不尽な状況はレイを追い遣るのだ。

「これが貴方に起きた現実よ!貴方は現実を受け入れて新生連邦に入隊するしかないの!そしたら私の部下として扱ってあげる!リンセと共にね!」

フォリアの重みがレイに襲い掛かる。腹部に乗せられた彼女の足が痛みを誘発していく。

「リルムを……解放して下さい……せめて……それをして……!!」

痛みの中、レイはリルムを助けて欲しいと懇願する――

 

ドゴッ

 

だが、フォリアはそれを聞いた時、レイの腹を蹴り飛ばした。

「くあああっ!!」

痛みの余り、悶絶するレイ。腹部を抑え、苦しみ悶える。

「そんなの聞ける訳ないわ!貴方に指図する権利はないのよ!貴方の大切な彼女がどのような目に遭っているのかは分からないわね!!」

「そんな、それって……!?」

リルムの身に何が起きたというのか。それが、不安で仕方がないレイ。無事でいるのか、それとも、何かをされているのか。

「私が貴方を暴力で支配してエクスタシーを感じるように、リンセはその逆、自分に最高の暴力を与える者にエクスタシーを感じるの!けれどリンセが満足しなければリンセは躊躇いなく相手を殺すわ!」

言っている意味が分からない。今のレイにそれを理解する事は、無理だ。リルムがどのような目に遭っているのかは分からないが、嫌な予感だけは感じ取っていた。

「リルムを解放して下さい!!僕はどうなっても良い!だからリルムを!お願いです!」

フォリアの足元で、レイは傷付きながらも懇願した。だがフォリアはそれを見て異様に興奮した表情を浮かべるばかりであり、レイの言葉を面白おかしく捉えている。

「最高よ……その顔!絶望に満ちる顔!貴方の彼女がどうなっているか分からない中での懇願!!」

そう言いながら、フォリアはレイの髪を再び引っ張る。躊躇いなくされる暴力に、レイはただ、声を上げるしか出来ない。

「あぁっ……!」

「私達姉妹は互いに特殊な性癖の持ち主なのよ!私が貴方を暴力や責める事で満たされて、濡れるように、リンセは暴力や責められる事で濡れる!私達姉妹は互いに相性が良い!共依存関係なの!だから互いに愛し合う!何度も互いにエクスタシーを感じた!そして、暴走した感情は他にも向けられた!」

ぐいと引っ張り、自らの事を語るフォリア。最早、異常としか言いようがない、この女の言葉。誰も聞いていないのに、自らの事について語り続けるのだ。

「それがレイ、貴方よ!貴方を一目見た時から絶対に暴力で支配をしてやろうと考えていたわ!!それがこれから叶う!これがどれだけ幸せか!良いわ、貴方が新生連邦に入隊するのは本当に歓迎よ!!」

(この人……)

リルムにも、セイントバードチームにも危険が及んでいる状況。レイに与えられた選択肢は、新生連邦の入隊のみ。避けられない、事実。その上でのフォリアからの暴力行為は、レイの精神を追い詰めるのに十分といえた――

 

ウゥゥゥゥ

 

この絶望的状況の中で非常時を知らせる警報音が鳴ったのはその時だった。フォリアはすぐに反応をし、持っていた無線で連絡を取る。

「何事!?」

「敵MSによる襲撃です!数は三!」

連絡先の人間が、言った。MSによる襲撃という言葉から、この場所が何処かの基地か、或いは艦内である事が分かる。

 この時、レイは一瞬だが自分のEフォンがフォリアの軍服のポケット内に入っているのをちらと見た。予想外の事に騒然としている状況で、レイはせめて、自身のEフォンを取り返そうと、密かに手を伸ばした。

 それは、成功した。ほんの、一瞬の出来事ではあったが彼女の目を盗んでいる間に行動が出来た。突然の非常事態の正体が何なのかが気になるが、連絡手段は必要だ。セイントバードチームのメンバーは無事なのか、リルムはどうなのか……等。

 

バンッ

 

更にその時、部屋の中に黒いジャケットを羽織った、銃を持った人間が入ってきた。その数は三人。いずれもがフォリアに対して銃を向け、レイに対しては向けていない。

 突然の出来事。一体何が、どうなっているというのか。フォリアは両手を上げ、その人間達に抵抗する事なく、応じている。

 その際、銃を持った人間の内、一人がレイに対し、声を掛けた。

「大丈夫か、君を保護しろと命じられている。」

「え……?僕を……?」

何が、どうなっているのか。レイはただ、分からないままその人間の差し出した手を掴み、その場から去る。突然の出来事ではあったが、この状況を打開できるのならば迷う選択肢は、ない。とにかくこの場を去らなければ。そして、ここが何処なのかを確認しなければならない。

 だがリルムはどうなる?彼女はどこに居る?自分が助かっても、リルムが居なければ意味がない。彼女だって囚われているのだ。助けなければならない。助け、ここを抜け出さなければ――

 

「リルムは!?リルムはどこに……?」

フォリアが居た部屋を出たレイは、手を引かれながら、言った。自身の身よりも、リルムの事が心配で、気が気でない様子だ。

「レイ!!」

だがその心配はすぐに解決した。聞き慣れた少女の声がレイの耳に聞こえたからだ。

 すぐに反応する、レイ。声の方向を見れば、そこにはリルムの姿があった。安寧の表情を浮かべる両者。そして、ここから脱出できるという喜び。今は、それで一杯の気持であった。

「あの、貴方達は一体?」

走りながら、レイは黒いジャケットを羽織った人間に聞く。だがその人間は答える事は無かった。ただ、レイ達を守る為に動くのみだ。

「後で分かる。今は急げ、早く!」

絶望の状況が一転、好転した。リルムも無事の様子だ。それを知れただけでも、レイにとっては幸いと言えた。

 

 やがて彼等はMSデッキらしき場所に辿り着く。この事から、この場所が何らかの艦の中である事が分かった。扉は既に開かれており、そこにはMSが一機、存在している。小紫色をした、MS。その形状を見た時、レイは思わず言った。

「ドラグネス……の改修機?どうして……?」

MSに詳しいレイはその機体がドラグネスである事を見抜いた。だが、何故旧デウス帝国の機体がこの場に居るのか、それは不明である。一つ確かな事は、レイとリルムはドラグネスを所有する人間達に保護されるという事だ。

 ジャケットの人間は突如、ドラグネスに向けて合図を送った。それと同時に、ドラグネスのモノアイが輝く。その瞳はレイ達の方を見て、左手部マニピュレーターを稼働させた。

「嘘……ロボット……?」

MSを始めて見たリルムは、ドラグネスの存在に困惑するばかり。しかし、今はそれに困惑している場合ではない。

「乗れ、早く!」

ジャケットの人間が言い放つ。言われるがまま、レイ達はそれに飛び乗った。と、同時にドラグネスはすぐに動き出す。彼等を守らんと、左手部を腹部に添え、バーニアの出力を上げてそのまま去って行く。

 

 ドラグネスの手部から見た、彼等が居た場所。それは小型の輸送艦らしき姿だった。迎撃用の機体の姿もない様子のその艦は、恐らくレイ達の身柄をすぐに別の部隊に渡す為のものだろう。それ故に、武装等が搭載されていない。それが仇となり、新生連邦側としては目的であったレイをどこかの所属に身柄を奪われる事になったのだ。

 彼等はどこかへ連れて行かれるのだろうか。それは分からない。ただ、レイとリルムはこの間、僅かながら会話を行っていた。

「レイ!怖かったよ……!何がどうなってるの!?分からないよ!」

「ごめん、僕にも分からない……でも、一つ言えるのは、さっきの場所よりは良い場所に行くとは思う……」

「なんで、そんな事言えるの?ねえ、訳が分からないよ!さっきだって!変な女の人が来て、自分を蹴れって言ってきて、それでピストルを持ち出して来て!とにかく怖かったの!もう、嫌だよ!怖いのはもう、嫌ぁぁぁ!!」

リルムの感情が溢れ出した。今までの日常からの変化に戸惑う、彼女。一方のレイは、何故か異様に冷静だった。日常が崩壊したのは変わりないのだが、レイ自身、空白の二ヶ月を経験しているが故なのか。だが、彼にとってそれは恐怖でもあった。リルムのような反応であるべきなのが、本来正しい反応なのだろうか。

「ねえ、レイは怖くないの!?どうして、怯えてないの!?」

レイの反応を見たリルムが聞いた。それに対し、レイは答えた。

「……分からない。自分でも不思議なぐらい……慣れ……なのかな。MSとか、見て来たから……」

「それって……やっぱりあの写真のような事があったって事?」

「多分、そうなんだと思う……分からないけれど……」

非常時に冷静でいられるレイに、リルムはどこか、怖さを感じていた。だが今はそれよりも、今後自分達がどうなるのか。それが不安で仕方がなかったのである。

「あれって……?」

二人の眼に映ったもの。それは、戦艦だ。セインドバードでない、大型の戦艦。ドラグネスのマニピュレーターの上から見えたその光景はあまりに荘厳であった。レイは戦艦の存在を何度か直接見た事はあったが、リルムの方は実際にそれを見るのは初めてである。今まで見た事のない戦艦の存在は、リルムを恐怖に追い遣る。ごく普通に生活していた人間が、突如戦艦を見れば恐怖するのは、至極当然と言えた。

 

ピキィィィ

 

レイの脳内に電流が流れたのはその時だった。ここに来て、再び感じた妙な感覚はレイ自身に疑問を抱かせる。

 だが、その感覚は一度感じた事のあるものだった。リルムが恐怖する中で、レイは一人、覚えのある“感覚”を感じ取る。その正体は何なのか、分からない。優しさと、芯の強さが兼ね備わったような感覚。

(あの戦艦から、感じる……これは、一体……?)

妙な感覚を覚えながらも、両者はドラグネスによって運ばれる。目的地は、その大型戦艦だ。

 

 

 

 艦内のMSデッキに辿り着いたドラグネス。マニピュレーターから二人は飛び降り、着地した。

 見慣れないデッキ内。そこはどこか、全く分からない。覚えのない場所だ。リルムはレイに寄り添い、ただ、震えるばかりである。

 制服姿の二人。覚えている範囲では、モントリオールに居た筈の両者は、いつの間にかこの場に着いた。服装も変わらない状況で、ただ、困惑するばかりだ。

「ようこそ、シュネルギアへ。レイ・キレス。」

一人の、可憐な女性の声が聞こえた。その方向を見る、レイとリルム。

 黒地のドレスを纏い、金色のロングヘアーを赤いリボンで、ポニーテールのように結んでいる。

すらりと見える脚線美が特徴的な、麗しい女性が、そこに居た。周囲には銃を持った、黒いジャケットを羽織った男が二人。

 その姿を見た時、反応をしたのは、リルムの方だった。

「ジャンヌ・アステル……!?え、どういう事!?」

驚くのも当然だ。世界的歌手であるジャンヌがその場に居るのだから。リルムはただ、目を疑うばかりだ。

「少し、大変な事に巻き込んでしまいましたね。貴方のお名前は?」

ジャンヌはリルムに聞いた。

「えと、り、リルム・エリアスです!えと……えと……ファンです!え、でもレイの事知ってるんだよね?え?え?え?なんでジャンヌ・アステルがレイの事を知ってるの!?ねぇ!?」

明らかに動揺しているリルムに、ジャンヌが言った。

「光栄ですわ、ですが今はサインや握手等を出来る状況ではありませんの。ごめんなさいね。」

と、真っ先にジャンヌは謝る。次に、彼女は視線をレイに向けた。

「日本でお会いした時以来ですね、レイ。」

「は、はい……あの、僕も、正直よく分かってないんですけど……」

混乱しているのはリルムだけでない。レイも同様だ。そもそもジャンヌとは一度しか面識がない。その上で、この戦艦の存在。レイにとって、謎だらけの状況と言えたのだ。

「メッセージは読んで頂けましたか?」

「え?メッセージ……ですか?」

何を言っているのか。メッセージなど受け取った覚えがない。世界的歌手からのメッセージ等、直接一般人であるレイに来る筈がない。あるとすれば、有名人を偽る内容か、それぐらいだろうか。

「貴方のSNSアカウントに送らせて頂いたSNSのメッセージ。そこに書いている通りです。」

「SNSのメッセージ!?」

そう言われ、レイは急いでEフォンを取り出す。そして、SNSアプリを起動した。

 メッセージの履歴を確認する。そこにある、メッセージ。それはジャンヌ・アステルからのメッセージではあった。しかし、それは本物からの内容であるなど、想像する筈がない。それ故に、レイは余計に困惑しているのであった。

「え、それってジャンヌ・アステルから直接メッセージ貰ってたって事!?」

レイのEフォンを覗き見する、リルム。

「え、でも……こんなの……」

レイ自身も戸惑う中、ジャンヌが口を開いた。

「スパムメッセージに見えたのならば仕方がありませんわ。ですが貴方に対して具体的な内容を記載する事は、新生連邦等の監視も有り得る可能性がありましたので、抽象的にしか書けませんでした。大まかに私が伝えたい内容は、そちらに記載している通りなのです。」

「じゃあ、本物だったんだ……」

電車の中で見たメッセージ。明らかに偽物からのメッセージだと思っていたレイは拍子抜けをした。だが目の前に本物のジャンヌ・アステルがいる以上、それは紛れもない事実。覆る事は、ない。

 SNS上では特定の人物に対して公にしないでダイレクトメッセージを送る事が出来る。それが不審な内容である時もあれば、そうでない時もある。こうしたダイレクトメッセージは基本的に個人間のプライバシーで守られるものなのであるが、仮に直接、反社会行動等のメッセージのやり取りが行われていると判断された場合、その内容が新生連邦の情報部に伝わる事がある。そうなった場合、運営側にIP開示を命じられ、処罰される可能性があるのだ。

 要するに何らかの反社会行動を防ぐ為に、抽象的な内容でしかメッセージを送ることが出来なかったのである。レイは、彼女が送ったメッセージを只の悪戯と、思ってしまっていたのだった。

「ねえ、それよりもここって、戦艦?ジャンヌ・アステルの戦艦って事?全然、分からないよぉ……」

不安げなリルム。それに対し、ジャンヌが言った。

「ここはアステル家が所有する戦艦です。名は、シュネルギア。今後の混迷の世界を切り開く為の、存在と認識して頂ければありがたいです。」

艦の名前を聞き、レイは少しばかり現状の理解が出来た様子だった。

 しかし、まだ完全に理解は出来ていない。新生連邦はレイを戦力として迎えようとしている中でジャンヌ達はレイを助けた。だが、この後はどうなる?問題は何も解決していない。突然故郷を離れる事になり、その上このような場所にリルムと共に連れられている。更には、フォリアが言っていたように、セイントバードチームが新生連邦に囚われているという事実。それらが重なり、レイの頭の中は整理が追い付いていなかったのである。

「あの……ジャンヌ……さん。」

「はい、どうしましたか。」

ジャンヌは優しく、答える。

「どうして、僕達を助けてくれたんですか?あ、あのあの、助けて下さったのは有難いんですけど……その、どうしてかが気になって。」

レイからすればジャンヌとは特別知人関係という訳ではない。あくまでも、一度会った事があるというだけの関係だ。

「貴方の存在は、今後の混迷していく世界に必要であるからです。」

「僕が……?」

それだけを聞けば、随分大げさにも聞こえる。だがレイからすればそのような事を言われても、困惑するだけだ。

「ねえ、レイ。どういう事?ジャンヌ・アステルとも知り合いみたいだし、それ以外にも……世界の混迷だとか、よく分からないけど、なんだか凄い扱いされてるみたい……」

「僕だって、分からないよ……?」

事情を知らないリルム。それは、レイも同様だ。ジャンヌの言葉が理解出来ない様子のレイ。

「レイ、本当ならば貴方とはお茶を交えてでもお話をしたいと考えているのですが、今は時間がありません。何故ならば、私達と強力をして下さっている、エリィさんが艦長を務める戦艦……セイントバードが新生連邦に連れ去られている状況だからです。」

それは、フォリアから聞いた。セイントバードが、アステル家のスポンサーになっているというのも、知っている。

 危険な状況であるのは、承知だ。それに対し、レイが新生連邦の戦力になる事を、強要されているのも現状だ。

「さっき、あの人が言ってた……じゃあ、助けに行かないと!でも、どうやって……?ジャンヌさん、こんな凄い戦艦があるのなら助けに行けますよね!?」

ジャンヌとセインドバードチームはスポンサー関係だ。無関係な仲ではない為、セインドバードチームの非常時に救いの手を差し伸べる事は出来る筈と、レイは考えていた。

「生憎なのですが、シュネルギアで新生連邦を攻撃する事は出来ません。」

「え!?どうしてですか!?このままじゃチームの皆が危ないのに!」

何故、ジャンヌは動こうとしないのか。レイは懸命に、疑問を投げ掛ける。

 しかし、ジャンヌは答えない。そればかりか、レイに対して言葉を発した。

「メッセージで送らせて貰った通り、貴方には選択肢があります。私達は、貴方に皆様を助ける力を与える事が出来ます。その貴方を助けるものにもなりますが、同時に生活を変えてしまうものにもなり得る……と、お伝えしています。」

「それって、どういう意味ですか?意味が分からないですよ……?」

理解出来ないのは当然だ。彼女は具体的な内容を、

一切語っていないのだから、当然である。

「……こちらへ。」

そう言って、ジャンヌは自分についてくるようにレイに言った。言われるまま、レイは彼女についていく。その際、リルムと一緒に移動していた。

 

 先程両者が居た場所それ程離れていない所で、ジャンヌは立ち止まる。それと同時に、レイも立ち止まった。

 やがてジャンヌは白い左腕を静かに差し伸べ、とある、機体を紹介する為にレイの視線を注目させた。

「これって……ガンダム?」

その機体は、全身が白系統のカラーリングで塗られている。フロントアーマーや胸部に関しては黒系統のカラーリングが為されているが、アインスガンダムが紺色である事を考えれば、純白の機体と言える、その機体。

 その頭部の頭部アンテナは四本存在している。カメラアイは二つ、緑色。口腔部に当たる部分の突起等、ガンダムタイプ特有の顔貌をしている。頭頂高約19メートルのその機体。バックパックには六つの漏斗状の突起物、そして二門の巨大な砲身。全てが未知に満ちた、白く美しい機体はまるでレイを見ているかのように、存在していた。

「ガンダムって……レイが乗ってたロボットの事?」

隣に居たリルムが、胸元で拳を作り、静かに聞く。

「うん、でも、これは色が違う。白い……。まるで、ファースト・ガンダムみたいな……」

「ご名答ですわ、レイ。」

ジャンヌが両手をパンッと合わし、言った。

「そう、その機体はファースト・ガンダムのパイロット、ホワイト・デーモンの戦闘データが組み込まれています。伝説とも言えるパイロットのデータを機体のデータデバイスに搭載しています。」

百五十年以上前に作成された、MSの始祖とも言える存在、ファースト・ガンダムとそのパイロット、ホワイト・デーモン。それらの単語が出た時、レイは目を何度か瞬きさせた。

「どうして、そんなものが?」

「必要だと判断したからです。その、力が。今がその時だと、思いました。」

力。それはMS、ガンダムの事。その白い機体はレイの為に、与えられた力。目の前に存在する、白い機体はまるでレイを導くかのように、頭頂部が光を放っているように見える。

「この機体はASMX-A02ツヴァイです。貴方の乗っていた機体、アインスの次の機体と言う意味を込めて製作しました。ツヴァイガンダムですわ。」

「ツヴァイガンダム……」

アインスの次の機体、ツヴァイ。レイはこの存在に、驚愕するばかりである。

「これが、僕の……?」

「ええ。その機体は貴方の為に作成されました。」

「どうして、僕なんかの為に?分からない……分からないです。」

ツヴァイガンダムという名のMSを目の前にして、レイは驚喜するのではなく、困惑している。先程の出来事から休まる事のない出来事が続く状況に、レイは静かな溜息を吐いていた。

「貴方の活躍は見ていました。アインスガンダムのデータを見せて貰った時に、貴方の強さを確認しました。ガンダムを操る者であり、その上で力を発揮した、貴方の強さは本物であると、判断しました。この力は、混迷していく世界を変えて行けるかも知れません。そして、今に至るという訳ですわ。」

ジャンヌが近づく。静かに、ヒールの音を立てて、レイの側に寄る。

「貴方には、力を行使する選択肢があります。一つは、ツヴァイガンダムを操り、セイントバードチームのメンバーを助ける事。もう一つは、何もせず、このまま故郷へ戻る事。」

ジャンヌはレイに、選択肢を与える。どちらを選ぶべきか。それはレイの中で決まっている筈の事だ。

 だが何故レイは迷うのだろう。この場に連れて来られ、突如ガンダムを見せられるのが余りにも突然の出来事で有り過ぎたからか。だが、こうして迷っている間にもセイントバードチームに危機が及んでいるのは紛れもない事実。

「彼等を助け出すには、貴方がガンダムに乗る事です。無論、それを止めることは出来ます。貴方はどちらを選びますか。」

最早その言い方は、選択肢が一つしかないようなものだ。彼がそのガンダムに乗らなければ、チームのメンバーが新生連邦によって殺されてしまうかも知れない。目の前にあるガンダムが、それを救う力を発揮するのだとすれば、答えは一つだけ。

 結局レイは戦場に戻らなければならない運命なのか。チェーニ姉妹に連行された所を救出された後で、アステル家に救助され、今に至る現状。そこで新たなるガンダムを見せられ、彼が動かなければかつて世話になったセイントバードチームが殺されてしまうかも知れないという、突き付けられた現実。レイはそれらを見捨てる事等、出来る筈がない。

 運命が、そうさせるのならば、レイは迷うことなく、言った。

「ガンダムに、乗ります。」

決意に満ちた言葉が走った。だが、それをリルムが止めようとする。

「レイ、待ってよ!おかしくない!?どうしてレイがそんな事をするの?分からないよ!」

「ごめん、リルム。多分、これは僕だから出来る事なんだと思う。」

「そんな……」

決意に満ちたレイと、不安げなリルム。その彼女に対し、ジャンヌが言った。

「新生連邦に連れ去られた貴方がレイの幼馴染という事は知っています。それ故に、彼の事を心配するのも分かりますわ。」

ジャンヌの優しい言葉がリルムに伝わる。だがそれでもリルムは表情を隠し切れていない。

 それに、リルムの名を知らなかった筈なのに、彼女が幼馴染である事は知っていた。これは何を指すというのか。

「ですがレイは覚悟を決めました。彼は半年前までガンダムという兵器を駆り、戦った少年です。彼の判断は、私は支持します。」

リルムは何も言えなかった。何が、どうなっているのかも、全く分からない状況だ。

「レイ、貴方の判断に対し、注意点を一つ述べます。そのガンダム……ツヴァイは、貴方が乗っていたアインスガンダムとは比較にならない程のスペックを有しております。それについて行ける、貴方の技量が問われます。それを覚悟して、搭乗なさって下さい。」

「そんなに、凄いんですか……?」

「ええ。」

「僕、ブランクありますよ?半年ぐらいですけど……」

荘厳なガンダムタイプを前に、レイは困惑していた。目の前の機体がそれ程に凄い機体であるというのならば、本当に自分に扱えるのだろうかという、一抹の不安。

だが、ジャンヌは彼の技量に賭け、その機体を開発したという。混迷していく世界を変え行けるかも知れないという、彼女の言葉。

 昨日までごく普通に生活を送っていたレイに刺さる言葉は、余りにも重い言葉だ。プレッシャーがレイに募る。

「一度何かを成した感覚は簡単には消えません。手続き記憶として残ります。例えば貴方が自転車を容易に乗りこなすように、MSも乗りこなしてきました。ならば、それは乗りこなす事が出来ると、私は思うのです。違いますか?」

「記憶……か。」

要は、それを行わなければ分からないという事だ。例え、目の前の機体がアインスガンダムでないとしても。

「レイ、時間がありません。シュネルギアは貴方がツヴァイを発進させた後にすぐにここを離らなければなりません。」

「そんな、どうして!?」

当然の疑問と言えた。シュネルギアという戦力があるのならば、新生連邦と戦う事になっても優位に戦える筈と、考えていたからである。

「アステル家として、新生連邦との会敵は、今は避けなければなりません。ですが貴方はその力を行使し、セイントバードチームを助ける事が出来ます。私が与えた力は、まずはその為に使って下さい。」

「そうだとしても……そうだ、リルムはどうなるんですか!?僕と関係ないです!」

仮にレイが出撃したとして、リルムはどうなる?彼女は何も関係ない人間だ。巻き込みたくないと思うのが当然だろう。

「彼女は責任をもって保護致しますわ。大丈夫、心配は要りません。」

「保護って言われても……ええと……」

この中一番困惑しているのはリルムである。余りに突然すぎる展開であると言える状況。

 まず、自分はチェーニ姉妹に拉致され、そこから救出はされたものの、そこが世界的歌手であるジャンヌ・アステルが所有する戦艦の中であり、恋人であるレイは与えられた機体に乗る事を決意している。そうなった場合、リルムはどうすれば良いのか分からなくなるのが、当然だ。

「レイ、ねぇ!せめて一緒に乗せて!それで、なんやかんやでその……よく分かんないけど、仲間の人達を助けて、そのまま帰ったら良いじゃない!ねぇ!」

混乱しているリルムはレイに願う。だが、レイは言った。

「ごめん、リルム。多分それは危険だと思う。慣れていない機体に乗せるなんて出来ないし、多分戦闘になるだろうから、そんな状態で乗せられないよ。だったら、今はジャンヌさん達に守ってもらう方が良いと思う。」

リルムは唖然とした。訳の分からない状況で、帰りたいと思うのが当然と思う中で、レイにそのように言われ、彼女はどうすれば良いか、分からないで居たのである。

「だって!お母さんにも言ってないんだよ!?そんなの、どうやって言い訳したらいいのか分からない!」

「僕だって、そうだったんだよ。あの二ヶ月の間、どう言ったら良いか分からなかった。リルムにだけに言うけど、こういう事情があったから僕だってどう言い訳したら良いか分からなかった。」

と言うレイの言葉は異様に冷静に聞こえた。

「そんな事言われても困るよ!何を言ってるの!?」

「ごめん、僕、行かなきゃ。大丈夫だよ。用事が終わればまた帰れると思うから。モントリオールで、また会えば良いんだから。この後に、送ってもらえればいいんだよ!先に帰っていて!」

この時、レイはすぐに用事を済ませる前提で動いていたのである。彼がガンダムに乗り、セイントバードチームを救出し、それで事は解決する。そのような、認識で居たのである。彼がジャンヌに聞かれ、承諾したのにはこうした理由があったのだ。

 そう言った後、レイはエレベーターに乗り、やがてツヴァイのコクピット前に移動した。レイの存在を感知したコクピットハッチは自動で開き、そのまま乗り込んだ。

「大丈夫、なんだよね……!?」

ガンダムに乗り込むレイを見て、不安になるリルム。側にいたジャンヌは静かに、言った。

「信じてあげましょう、彼を。」

様々な状況が一度に迫る中、リルムはジャンヌの言葉を聞き、静かに受け入れるしか出来なかった。冷静に考えれば世界的女優に声を掛けられると言う事自体が凄い事なのであるが、今のリルムはそれに感激する余裕など、無かったのである。

 

 

 

コクピット内部はアインスのものと全く異なっていた。全てが、新しいツヴァイ。操縦桿の位置や、スイッチの位置など全てが違う。

 しかしその中で、レイは半年前の感覚を覚えていた。操作の仕方や機体の動かし方等はアインスに載っていたから分かるのであるが、全てが理解出来ている様子だった。これも、本能なのであろうか。

「凄い……」

思わず、レイは呟いた。久しぶりに乗るコクピットの中。それも、アインスと違う感触。それらを噛み締めているレイ。

 そして、彼が正面のモニターを見た時、突如モニターは反応した。

 

Scanning your eyes.

 

映し出された画面には、レイの青い眼が映し出されている。妙な感触。レイは最初、それが何かが分からなかった。一つ言えるのは、眼を分析しているように見えると言う事だ。

 

complete.

 

やがて緑色の、その画面が映し出される。恐らく、何かをスキャンし終えたのだろうか。

 

 

Welcome to the this mobile suit.

 

This mobile suit is equipped with a psyco communicator system.

 

Your skill and spatial cognitive ability are required to control them.

 

While it can be manipulated at your will, it will put a huge load on your brain.

 

This mobile suit is equipped with biometrics to identify and determine your retina.

 

This mobile suit can only be operated by you.

 

Good luck.

 

 

「認証は終わったようですね。その機体は、今から貴方以外のパイロットに扱う事は出来ません。」

突如、ジャンヌの声が聞こえた。レイはその声に反応する。

「え、どうして……ですか?」

ジャンヌの言葉に、レイは動揺する。

「ツヴァイガンダムは網膜スキャンでパイロットを確認します。貴方の目の網膜を認識し、それで確認をする、バイオメトリックスを採用しています。人の網膜はそれぞれ固有のパターンを持っています。だからこそ、貴方以外に使う事は出来ないのです。」

「そう……なんだ。」

「ですから仮にツヴァイが敵に奪われる事があったとしても、プログラムを根底から書き換えない限り、起動する事は出来ません。今のツヴァイは、貴方専用のMSですわ。」

「僕だけの、MS……」

アインスと同じ要領で、それぞれのスイッチを押して行くレイ。

 

キシィン

 

ツヴァイのカメラアイが輝いた。緑色のカメラアイは美しい輝きを放っている。

 やがて機体は180°ターンテーブルに乗り、そのまま、カタパルトに移される。そこに脚部が乗った瞬間、ハッチが開かれる。

「簡潔に武装の説明をします。両側腰部にビームセイバー、右マニピュレーターにはバスだービームライフル、左前腕部にはビームディフェンスシールド。両腕部には小径のビームキャノン、胸部にはマシンキャノン、肩内部には拡散ビーム砲が基本武装として搭載されています。」

それらの名称だけでも、アインスとは武装の数が違う事を痛感する、レイ。

「ただし、もし貴方がツヴァイに隠されている〝ある〟武器を使う時は特に気をつけて下さい。バックパックの六つの突起。それらは貴方の意志に応じて動く兵器です。それを使用する際はコクピットの形状が変化します。使う分には強力な兵器ではありますが、一方で貴方の脳に多大な負担を与えます。」

「そんな兵器が……」

聞いた事のない、兵器の存在だ。何を示すのかも分からない為、レイはその存在に戸惑っている。

「最後に、背部に二門の砲身があるかと思います。これはビーム粒子と異なる兵器、プラズマ粒子を放出するエネルギー砲です。最大出力で放てば絶大な火力を約束します。状況に応じて、使用して下さい。」

ジャンヌからの説明は以上だ。気になったのは、最後に彼女が言っていた二つの兵器。“六つの突起”と“二つの砲身”だ。

「では、幸運を祈ります。」

そこで、ジャンヌからの通信は途切れた。それらの兵器の存在が未知数であり、気になるところではあるが、今はこの機体を動かす事を確認しなければならない。

 初めての機体。アインスの次に乗る、MS、ツヴァイ。ガンダムの名を冠したその白い機体が今、飛び立とうとしている。

「この機体、単独で空中を飛べるんだ……アインスの空戦仕様の感覚で行けば良いのなら、行くしか……!」

新たなるMSに乗り、決意を秘めたレイはそっと呼吸を一度行う。そして――

「レイ・キレス、ツヴァイガンダム行きます!」

レイの新たな機体、ツヴァイガンダムが飛翔した。白い機体は空を駆け抜け、移動する。

 この瞬間、レイの何気ない日常は崩壊した。

戦場に舞い戻るレイ。今は、セイントバードチームのメンバーを助ける為に、新たなる愛機を駆るのであった。

 

 

 

「凄い……凄い!」

空中を駆るツヴァイ。バーニアを展開して空中を飛ぶが、その推進力はアインスの比にならない。

新たなるMS、ツヴァイの機動性は圧倒的なものがあった。瞬く間に空中を移動し、シュネルギアから離れていく。やがて、レーダーに多数の熱源の存在を確認する事が出来た。

「MS!?数は……二!?」

レーダーに熱源が映った。それと同時に、ビーム粒子による熱源に対して反応する、レイ。

 ツヴァイはその機動性を活かし、ビーム兵器を回避し、対応する。迫ってくる敵MSは、ジョゼフが二機だった。

「凄い、この機体、僕の反応にすぐについて来てくれる!アインスの時と比べ物にならない!ブランクとか、全く関係ない!」

半年前にガンダムに乗ったきりのレイであったが、ツヴァイの性能が彼の技量を引き出してくれているようだった。彼が回避しようと意志をすれば、それに応じてくれている。機体の俊敏さが、レイの反応に追い付いている。まるで、意志が疎通できているかのようだ。

 だが、敵機体はそれだけに留まらない。可変量産機体、エグゼマーが二時方向から二機、迫ってくる。ツヴァイに対してビームライフルを放つエグゼマー。

「防御、出来る……!?」

咄嗟の判断。ツヴァイの左前腕部に装備されているディフェンスシールドを展開した時、実体シールドの上に、ビーム粒子が覆うような形状を作り出した。それらはエグゼマーのビーム粒子を防ぐ事に成功する。

「ビームのシールド!?凄い!こんなの、初めてだ……」

ビーム粒子を纏ったシールド、ビームシールド。その防御力は実体シールドを遥かに凌駕する。対ビーム兵器においては無類の防御力を誇る武装と言えた。

 その武装に驚愕している間に、別のエグゼマーはミサイル砲撃を行った。ミサイルによる波状攻撃はツヴァイに一斉に襲い掛かる。

 

Interception by machine cannon is recommended.

 

ツヴァイは、これらの砲撃に対してレイにアドバイスをするように映し出した。

「マシンキャノン?これなの……!?」

 

ダダダダダダダダ

 

レイの掛け声と共に、胸部からマシンキャノンが放たれた。高出力の実弾兵器はミサイルを瞬く間に迎撃する。そして、彼は反撃をする為にバスタービームライフルを装備し、その照準をエグゼマーに向ける。

「これでっ!」

 

バシュウウウウウ

 

ビーム粒子の飛翔体が高速で駆け抜けた。その瞬間にエグゼマーは姿を消した。粒子に飲まれ、撃破されたのだ。爆発した後、機体の影も形も残さなかったのである。

「これが、ツヴァイのビームライフル……!?凄い、凄い!」

アインスのものと比較にならない出力。これが、レイに与えられた新たなる力。ビームライフルだけで、一撃で敵機体の破壊を起こす事が出来たのである。

 更に、ツヴァイは二機のジョゼフに対してもビームライフルを放つ。この射撃も一撃で、二機を同時に破壊する事に成功。残るエグゼマーが彼等の敵を討たんと、MSに変形してビームサーベルを構え、迫るが、レイはこれにも反応した。

 

ブイイイイイン

 

右側腰部からメガビームセイバーラックを展開し、手部マニピュレーターで把持してからビーム刃を展開する。アインスの物とは比較にならないそのビーム刃。推定の出力は三倍を軽く上回る、粒子の塊は見る者を驚愕させる。

「馬鹿な!?あんなビームサーベルが有り得るのか!?」

兵士は驚愕しつつも、ツヴァイに迫る。内心では勝ち目がないかも知れないと思いながらも、迫るのだ。

 案の定、兵士は負けた。メガビームセイバーはエグゼマーの胴体部を貫通し、撃破されたのであった。

 

ピピピピピ

 

次の瞬間、九時方向から新たに二つの熱源が確認出来た。その方向をモニターで見る、レイ。

 そこに映っていたのは、ヴェーチェルガンダムのエクルヴィスガンダムである。チェーニ姉妹の駆る、ガンダムがこの場に出現したのだ。

「未確認のガンダムタイプ!どこの所属かは知らないけれど、覚悟ォ!」

ツヴァイを見つけたリンセは、早速エクルヴィスを動かし、ビームカノンを放出。が、ツヴァイは圧倒的な機動性でそれを避ける。

光速移動しているような動きを見せるツヴァイ。そしてバスタービームライフルを撃ち、エクルヴィスの装甲はこの砲撃により、掠れた。

「掠っただけなのに!?何なの!?」

出力が高いその攻撃に戸惑うリンセ。その間にヴェーチェルガンダムがビームウィップを展開し、ツヴァイに接近する。

「未確認機体、舐めた真似を……!」

フォリアの駆るヴェーチェルはカメラアイを輝かせ、ツヴァイの死角から襲撃を試みる。

「下から来る!」

レイは咄嗟にヴェーチェルの存在を感知し、すぐに、再びメガビームセイバーを取り出し、打ち合いを行った。互いのビーム刃が激しくスパークを散らし、熱を帯びた粒子が空から落ちていく。

「今の動きに対応出来た!?馬鹿な!?」

ヴェーチェルはビームウィップの出力を上げてみるも、その出力の更に上を行くツヴァイのメガビームセイバーが、迫る。そして、ビームウィップは弾かれ、ビームセイバーはヴェーチェルの胸部に直撃した。

「あぁぁっ!」

機体損傷が激しいヴェーチェル。このままでは埒が空かないと判断したフォリアは一度機体を後退させた。

「強い……けれど、あの機体の動きは見覚えがある……パイロットはもしかして、レイ?」

フォリア・チェーニは洞察力に優れる人間だ。

今の攻撃方法や機体の動きだけで、それらを見抜いた彼女は、未確認機体である筈のツヴァイのパイロットがレイである事を見抜いたのである。

接触を図ろうとするフォリア。だが、先程攻撃をされて怒りを覚えたリンセは、エクルヴィスのビームカノンを連射させるのであった。

「何者なのよあんたはぁぁ!!」

「リンセ、よしなさい!!」

姉が止めに入るも、先程のツヴァイによる攻撃によって怒りを感じていたリンセは、そのままツヴァイへ攻撃を仕掛けていく。

肩部のビームカノンを連射するエクルヴィス。出力の高い兵器ではあるが、ツヴァイはこれらを難なく回避する。高い機動性は、ビーム砲撃に当たる事すら、無い。

 だが、そこへ別部隊のジョゼフが三機、編隊を組んでツヴァイに迫ってきた。いずれもがビームライフルを構え、ツヴァイを狙い撃ちする。

 レーダーに映るそれらに対し、回避を試みるが、射撃の数の多さが災いし、レイも情報処理をするのに精一杯だ。

 新生連邦側も未確認のガンダムタイプが出現した事により、戦力を投入してきたのである。一対多数の状況。いくら最新鋭機に乗っているとはいえ、数が多ければレイは一苦労だ。増して、敵にもガンダムタイプがいる事を考えると、厄介この上ないと言える。

「くぅっ……!」

防ぎ切れない攻撃はシールドで防ぐ。ビーム粒子を纏ったシールドは、ビームライフルを物ともしない。しかし――

「隙有りなのよ!!」

エクルヴィスのビームカノンが、再び放たれる。ジョゼフを相手にしていた為か、レイは一瞬判断が遅れた。避けきれない。このままではツヴァイに直撃してしまうと、思われた。

「あっ……!?」

高出力のビームがツヴァイに迫る――その時。

 

It is recommended to store the beam rifle and deploy both hands.

 

It is recommended to start the barrier field generator.

 

モニターに映し出された一瞬の文。レイはそれを瞬時に読み取る。そして、彼の腕は神経反射の如く、思考する間も無く動いていた。

 

バイイイイイン

 

「ビームが弾かれた!?」

エクルヴィスの放ったビームカノンは、ツヴァイの手部に直撃しようとしていたが、その直前で突如弾かれた。

ツヴァイガンダムの前腕部には、バリアーフィールドジェネレーターが搭載されていたのだ。それは以前アレンが交戦したエファン・ドゥーリアのMS、アーヴァインに搭載されているビームバリアー装置だった。その技術がツヴァイにも活きたのだ。

しかしレイはそれに感激する間も無く、エクルヴィスに迫った。メガビームセイバーによるビーム刃を両側展開。瞬間的な動きを行い、エクルヴィスに接近しては、高出力のビーム刃を突き付けた。

 リンセはこれに反応しようとした。しかし、ツヴァイは近接戦闘で前腕部からビームキャノンを放ったのである。アインスのビームライフルと同等の出力を誇るその兵器は、エクルヴィスの堅牢な装甲にダメージを与えるのに十分な効果を発揮した。

「なっ!?」

リンセが油断した時、ツヴァイのビームセイバーが展開された。胴体部と、頸部を同時に突き刺したツヴァイ。高出力なビーム刃は、エクルヴィスを躊躇なく切り裂いたのであった。

「うああああああ!」

メインエンジンを被弾し、エクルヴィスは何も出来ない状態となった。

「リンセ、脱出を!!」

「はい、お姉様ぁぁ!くっそおおお!!」

フォリアの判断による脱出命令を受け入れ、リンセは破壊されたエクルヴィスガンダムからの脱出を試みた。エクルヴィスのコクピットは球状になっており、エクルヴィスの破壊と共に放り出されたのであった。

 この瞬間、レイは忌むべき敵の一人であるリンセ・チェーニの撃退に成功した。これも、新型機体であるツヴァイガンダムが成した技と言えた。

「よくもやってくれたわね、大切な妹を!!レイでしょう!?その機体に乗っているのは!」

フォリアの声が聞こえた。レイは、ヴェーチェルに攻撃を加えながら答える。

「フォリアさん……!」

「随分と、大層な機体に乗っているじゃない!それで私達に報復する気なのなら甘い話だわ!」

「退いて下さい!!」

「昨日まで制服を着ていた坊やが突然強力な鎧を纏って現れたって訳ね!」

ヴェーチェルは再びビームウィップを展開し、ツヴァイに迫る。

「けれども、それは所詮外見を立派に見せているだけに過ぎないわ!そんなもので勝った気になっている事自体が愚かよ!!」

焦りを感じつつも、フォリアはレイを追い詰めようとする。所詮ツヴァイは彼自身の外見を取り繕ったに過ぎないと、口撃をする。

 だが、今のレイにそれは通用しなかった。セイントバードチームを助けなければならないという自身の使命感で動くレイにとって、フォリアの駆るヴェーチェルガンダムは邪魔でしかないのである。

「そんなの、関係ない!!!」

レイは短期決戦を臨んだ。ビームウィップで迫るヴェーチェルに対し、ツヴァイはメガビームセイバーを展開。再び近接戦闘が始まるかと、思われた――

「だから甘いのよ、坊やは!!」

すると、フォリアはわざとヴェーチェルのビームウィップの出力を弱め、至近距離で腰部のビームカノンを展開した。ほぼ、零距離で高出力のその兵器が放たれれば、いくらツヴァイとて防ぎ切れるとは思えない――

 

バイイイイイン

 

ヴェーチェルがビームカノンを放とうとした瞬間、ツヴァイは自身の胴体を守る為に左前腕部を置いていた。この時に発動していたバリアーフィールドジェネレーターが、ビームカノンからのビーム砲撃から機体を守ったのだ。

 至近距離とはいえ、完全な零距離でなければバリアーフィールドは効果を発揮する。基部から離れたビーム粒子による砲撃を完全に無効化する装置、それが、バリアーフィールドジェネレーターである。

「この距離でも掻き消されるの!?そんな……!!」

フォリアは明らかに焦っていた。相手がレイであるとはいえ、対峙した事のない新型機体の武装。それらに対応出来なかった、彼女。

「はあああっ!」

咄嗟の判断でレイは反撃した。ツヴァイはメガビームセイバーを再び展開し、至近距離に居たヴェーチェルに対して切り掛かる。

 すぐにフォリアは反応し、後方へ再び移動するのだが、ビームセイバーのビーム刃のリーチが、ヴェーチェルの右脚部を破壊したのだ。

「クッ……撤退するしか……!」

勝ち目がないと判断したフォリア。ヴェーチェルは半壊した状態でバーニアの出力を上げ、ツヴァイから離れていった。

 チェーニ姉妹との戦闘で勝利を収めたレイ。それも、苦戦する事なく彼はツヴァイを乗りこなし、倒す事が出来た。マシンの力で勝ったと言われればそれまでだが、彼はこの強力な兵器を少しずつではあるが、乗りこなせてきていたのである。

 

 

 チェーニ姉妹を倒した後も、ツヴァイは更に移動していた。セイントバードは何処にいるのか、早く見つけ、助け出さないと……と、レイはただ、そればかりを考えて動いている。

従来のMSの機動性を遥かに凌駕するツヴァイは空気抵抗による影響をほとんど受けず、バーニアを駆使して移動している。

 やがて、レーダーに大型の熱源が数多く存在しているのを確認する。その数は合計十三。いずれもが、戦艦クラスのものである。それを確認し後、モニターを見るレイ。そこに映る戦艦の一つに、見覚えのある、ヒエラクス級の存在が確認出来た。

「あの色は間違いない、セイントバードだ!けど、こんなに囲まれてるなんて……」

セイントバードが危機に陥っているという話は紛れもない事実だった。周りに存在している戦艦は、恐らく新生連邦軍の戦艦だろう。だがその数が多過ぎる為、セイントバードはその指示に従うしかない状況だったのだ。

 レイはこの状況を察した。そして、今の自分に出来る事をしなければならないと、決意したのである。

「あの同型艦がこの部隊の旗艦なら!」

前方に存在しているヒエラクスの存在は、他のマドラ級よりも大型であり、その存在感を示していた。そうとなれば、攻撃対象を絞るのは当然だ。

 レイは行動を開始した。全ては、セイントバードチームを助ける為に。

 

 

 

 

「艦長、熱源確認!数は一、MSです!」

「何処の所属か?」

「所属不明!しかし、明らかにこちらに接近しています!」

「新生連邦に楯突く愚か者か!たった一機で何をしているのか……迎撃用意!MS部隊の展開も準備!」

ヒエラクス艦内で、スパイッシュが指示を下した。敵機体は一機のみ。そうとなれば、全戦力を投入する必要はないと、スパイッシュは考えていた。

 ヒエラクスからはビーム砲撃が放たれる。狙いはツヴァイに対してだ。無論、彼らはツヴァイのパイロットがセイントバードの関係者である事は知る由もない。

 ヒエラクスの砲撃の後、MS部隊が展開される。エグゼマーが六機、ジョゼフが六機。合計十二機が展開された。

 

 

 

 セイントバード艦内は熱源の存在を確認した後、モニターを見て驚愕していた。全く見た事のないガンダムタイプ。それが、新生連邦のMS部隊と交戦をしているのだ。

「艦長、こんなガンダムタイプ知ってますか?」

スラッグが、思わず口を零した。

「いえ……知らない。でも、多分あの機体は敵じゃないような……そんな、気がする。」

新生連邦に連行される中の一筋の希望。それが、レイの駆るツヴァイガンダムであった。純白のその機体は新生連邦軍と交戦しており、ビーム粒子が飛び交っている。そして、セイントバードに傷を付けないように交戦をしている。

 

ピキィィィ

 

そして、エリィの脳内で電流が流れた。それと同時に、覚えのある感覚を感じ取っていたのだ。

(レイ君……?)

新生連邦の艦隊に拉致され、危機的状況に陥っていたセイントバード。そこへ差し伸べる光。それが、レイであると言えた。

 モニター越しに見えるツヴァイの強さは圧倒的だった。一つ、また一つと敵機体を撃破していく。ジョゼフは勿論、最新鋭機体であるエグゼマーも、ツヴァイが確実に撃破していたのである。

「このガンダム、めっちゃ、強くないですか?まるで俺達に協力してくれてるみたいな……」

「凄い……まるで一騎当千じゃない……」

敵が新生連邦の艦隊であっても、構う事がない。放たれるビーム砲撃は軽やかに回避し、その上で確実に反撃を加え、確実に敵機体を撃破している。

 バスタービームライフルはその出力で、敵を破壊し、側にいた機体は衝撃で破壊されている。ビームライフルを放とうとも、ビームディフェンスシールドや、バリアーフィールドといった防御機能がそれらを阻むのである。

 

 

「たった一機相手に何を苦労しているか!あの機体は何処の所属かも分からんのか!!」

ヒエラクス艦内ではスパイッシュが明らかに焦りを感じながら、指揮をしている。突如出現した機体は何処の所属なのか?それも分からないまま削られていく戦力を見て、焦りを感じている現状。

「しかし、確実に戦力を削られています!このままでは我々にも被害が及び兼ねません!」

ヒエラクスのオペレーターが、言った。

「ならば、ビーム撹乱幕を用意しろぉ!!ヤツのビームライフル等の砲撃を防げ!!ビーム砲撃が使えなくとも、近接戦闘でビームサーベル等は使えるだろう!白兵戦でヤツを墜とせ!!」

その指揮の後、ヒエラクスからはビーム撹乱幕が展開された。ジョゼフが撹乱幕用のタンクを撃ち、それらが広がっていく。

 これにより、ビームライフル等のビーム射撃攻撃は妨げられる事になる。ビームライフル等の武装で戦っていたツヴァイにとって不利な状況となった。

 その間、迫り来るジョゼフ、エグゼマーといった機体達。いずれもがビームサーベルを展開し、ツヴァイに接近する。又、一部の機体はバズーカを持ち、実弾による射撃砲撃を行ってくるのだ。実弾兵器に対してはマシンキャノンを、接近する機体に対してはメガビームセイバーで応戦するツヴァイ。

「更に、ヤツにミサイルを浴びせろ!ビームサーベルで撃墜出来んほどになぁ!!!」

更に、スパイッシュはミサイル砲撃を指示した。この砲撃により、ミサイルが一斉に展開される。ヒエラクスのミサイルだけでない。エグゼマーのミサイルや、ジョセフのハンドグレネード等、実弾主体の兵器が一斉に展開される。

 いくらツヴァイとはいえ、ビーム兵器でない武装を防ぎきるのは難しい。実弾兵器相手ではバリアーフィールドは使えない。防ぐとしても、シールドだけでは限界がある。多方向からの実弾砲撃。これらを打開する方法はないのか?レイは、この短い間に頭を働かせる。何か、策は――

 

Blaster Plasma Canon is recommended as a way to overcome this situation.

 

モニターに映し出された文字。レイはそれを見て、躊躇う様子を見せなかった。プラズマカノンは何を示すのかは分からない。だが、それを打開できるのならば、迷う理由はない。

 レイは、グリップを握り、静かにスイッチを押した。すると、ツヴァイのバックパックに搭載されている二門の巨大な砲身が形状を変化させ、正面を向けた。更にレイはスイッチを右母指で押し込んだ。

 砲口にエネルギーが蓄積されていく。輝きを放つ砲身。やがてそれは爆発的なエネルギーを溜め込んでいく――

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

エネルギーの塊は一斉に放たれた。それらは撹乱幕による妨害を無視し、実弾兵器を巻き込み、破壊していく。その狙いは、ヒエラクスだ。そして、エネルギーの衝撃は近くに居たMSを巻き込み、一度に破壊したのである。

 

「熱源接近!」

「馬鹿な!?撹乱幕が効いてないのか!?とにかく回避だ!急げ!!」

撹乱幕による防御をものともしない、ツヴァイのプラズマカノンの一撃は凄まじい衝撃だった。今の一撃で、他のマドラ級に所属していたジョゼフやエグゼマーを巻き込み、合計十機が瞬時に破壊された。その上でヒエラクスの後部にも直撃し、損傷を与える事になったのである。

「化物め!分かったぞ!ヤツはセイントバードの仲間か!?ならば……」

艦を攻撃され、怒りを感じていたスパイッシュ。彼は次なる行動を起こそうとしている。

「セイントバードに対して一斉射撃を行え!この際だ、やむを得ん!!!」

「しかし、それは……」

「ヤツをこれ以上のさばらせる訳にはいかん!!こちらの被害を減らす方が最優先だ!!それに、戦場では何が起こるかなど分からん!どんな結末になろうともな!やれ!!!」

自棄ともいえる命令だった。スパイッシュは戦力にする為のセインドバードを、撃墜するように命令を下し始めたのである。この命令に、兵士達は動揺している。

 だが命令であるならば、それには従わなければならない。彼の指示により、マドラ級戦艦は一斉にセイントバードにその砲門を向ける。撹乱幕も切れてきた状況であり、ビーム砲撃を行うには十分な頃合いである。

 無論、このまま発射されればセイントバードは破壊される。そうなればエリィをはじめ、クルー達は皆、死ぬ。

 レイにはそれが見えていた。戦艦が一斉に砲門を、無抵抗なセイントバードに向ける所を。

これらを防ぐには、一度に戦力を奪う事が出来れば良いと、レイは考えていた。だが、現実的にそれらを成す方法はあるのか。先程放ったプラズマカノンは、確かに強力な兵器だ。しかし一斉に向けられた戦艦の砲門のみを狙うには、あまりに効率が悪い。

一度にこれらの戦力を奪う事が出来れば……レイがそう考えた時、ジャンヌが言っていた〝ある〟武器の存在が思い出された。

 

―もし貴方がツヴァイに隠されている〝ある〟武器を使う時は特に気をつけて下さい―

 

――――バックパックの六つの突起。それらは貴方の意志に応じて動く兵器です――――

 

――使う分には強力な兵器ではありますが、一方で貴方の脳に多大な負担を与えます――

 

 

Blitz funnel launches an attack on the target by making an image of the target in the brain.

 

(もし、その兵器が僕の願い通りに動いてくれるのなら……)

それを思い出したレイは、一度目を瞑った。ジャンヌが言っていた、意思のままに動く兵器。それが何かは分からない。ただ、もしその兵器を使って今の状況を切り抜けられるならと、レイは賭けに出た。

 彼が目を瞑った時、コクピットの形状が僅かに変化した。まるでレイの脳波を読み取るかの如く、彼の側頭部の延長線上には特殊な装置が出現している。

(これは……イメージ?イメージをこのガンダムに与える……?イメージで動かすって事……?あ、この感じ……!)

脳波コントロール。それにより操る事が出来る兵器。それがツヴァイには搭載されているという。この時、レイはそれが何なのかは全く理解出来なかった。ただ、セイントバードを守りたい、その為のイメージを今、描いているだけだ。

 もし、一斉にそれらが出来るのならばどれだけ幸運だろうか。一度に放てるビーム砲や、ビーム刃があればこの状況を切り抜けられるだろう。今のレイが願うのは、そうした兵器の存在である。

意のままに操れる兵器。それはサイコミュ兵器と呼ばれる存在。それが搭載されているのは彼が一度交戦した、ダッゲインMk-Ⅱである。それらはバレットビットと呼ばれ、無線で実弾兵器を放つ強力な兵器だ。

 この機体にも同様の武装があるとしたら?この状況を瞬間的に打開出来る力があるとすれば?

 出来るのだ。彼が望みさえすれば、戦況は変えられる。何故ならば、今のレイにはそれらを操る力を持っているのだから――

 

「そこだっ!」

 

ピシュンッ ピシュンッ ピシュンッ

 

レイの頭に電流が過った。それと同時に、青い眼は見開かれ、ツヴァイのバックパックに存在している六基の塊が放出された。それだけでない。更にそれら一基につき、二つの小さな塊が飛び出したのである。

 その数、合計十八基。一斉に展開された無線兵器は瞬く間に飛び散り、レイの意志の通りに動いた。

 それらからは、ビームが放たれた。一つでない、十八門のビームが一斉に放たれるのだ。しかも、それらはマドラ級の主砲を確実に破壊しているのである。十八基の内の半数はビーム砲撃ではなく、ビーム刃としてこれらに迫っていたのである。いずれもが艦のエンジン部を切り裂く。これにより、マドラ級の戦艦十一隻は全て機能を失った。エンジン部を破壊された戦艦の内、直撃をした艦は六隻。それらは瞬く間に轟沈する事になったのであった。

そのサイコミュ兵器の名は、ブリッツファンネル。搭乗者の脳波を読み取り、その意志の思うままに、操作し、そこからビーム攻撃を行うサイコミュ兵器である。

ダッゲインの無線兵器が実弾を放つとすればブリッツファンネルはビーム粒子を展開する兵器である。それも、ビーム砲撃を行うだけでない。ビーム刃としても展開し、搭乗者の意のままに操る事が出来る、兵器なのである。スラスターも搭載されている為、大気圏内での使用は勿論可能。重力の影響をほぼ受ける事なく、容赦のないオールレンジ攻撃を行う事が出来るのだ。

ティフォンガンダムに搭載されている有線式拡散ビーム砲は準サイコミュシステムと呼ばれるものであるが、今レイが使っているブリッツファンネルは紛れもない、本物のサイコミュシステムであった。

 

 

 

「マドラ級六隻轟沈!」

「馬鹿な!?クソッ!!撤退しろ!!なんて化物だ!!たった一機にあそこまでやられるなど!?」

ブリッツファンネルの破壊力を目の当たりにしたスパイッシュは、すぐに撤退命令を下った一機で艦隊の戦力をほぼ、無効にする事が出来たその機体は、レイの新たなる相棒として君臨していた。

「これが……ジャンヌさんの言ってた兵器……凄いけど……あんな、一瞬で……?」

彼が関心している間に、ツヴァイのブリッツファンネル全てがバックパックに帰還した。このように、自動的に元の機体に帰還し、いつでもビーム粒子の補充が出来る様にリカバリー状態になる。それが、ツヴァイガンダムのブリッツファンネルなのであった。

 レイはツヴァイの破壊力に驚愕しつつも、恐怖を感じていた。圧倒的。その一言で片付けられるその機体。自分のような人間が扱って良い代物なのかも不明なその兵器は、紛れもなく、戦況を変える力と言えた――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

 

その途端、レイの表情に変化が訪れた。目は見開かれ、冷や汗を搔き始める。そして、彼は次第に頭を抱え始め――

「う……あ……あ……あ……アアアアアアアアアアアア!?」

突如彼は苦しみ始めた。不快な感覚が彼を襲う。まるで頭の中で蛇や昆虫がのたうち回るような、得体の知れない感覚。今までに感じたことのない、気持ち悪さ。

 サイコミュ兵器を扱った代償なのだろうか。この不快な感覚は何?気持ち悪いという一言では片付けられない感覚だ。怖い。恐ろしい。そして、苦しい。それらが一斉にレイを襲う。

 この感覚は、以前に覚えがあった。マサアキによってサイコミュの試験運用だが、今回の感覚はその時よりも遥かに、苦しいものであったのである。

「ハァ……ッ!あああああっ……!」

彼は頭を抱え続ける。耐えられない精神的な苦痛がレイを苦しめ続けるのであった。

 痛い。苦しい。可能であれば、いっそ死ねば楽になれるのではないかとさえ思えるような苦痛。時に迫る嘔気は不快な感触を楽にさせてくれるのならば、それも受け入れるべき事だ。だが実際は吐瀉物さえ出ない。ただ、延々と続く苦しみだけがレイを襲う。

 

「あぁッ……」

 

レイの、意識がそこで途切れた。そして、ツヴァイもその機能を停止させてしまったのであった。

 

 

 

 その戦場から離れた場所にて、シュネルギアの艦長席で座っていたジャンヌは、何かを察したかのように反応していた。彼女は視線を下方に向け、どこか、虚な表情を浮かべている。

(やはり、ブリッツファンネルは彼に危険な兵器だったのかも知れません……)

静かに、ジャンヌは思っていた。彼女が与えた新たなる力、ツヴァイ。それはレイにとって強大な力であり、それと同時に危険な代物であった。それを分かった上で、ジャンヌはレイに力を託したのだ。危険ではあるが、強力な力を。

(ですが、彼はあの兵器を使いこなさなければなりません……今の彼には辛い事かも知れませんが、混迷を切り開く為には、これにも耐えなければなりません。レイ、貴方は更に強くなる必要があります。ガンダムの名を駆る機体に乗る、貴方は、絶対に……)

ツヴァイガンダム。それはサイコミュを搭載した極めて強力で危険なMSである。ジャンヌはレイが力を持つ存在であることを理解していた上で、彼に力を託したのだ。

 強力な兵器というのは使う人間により、大きく左右されるものである。ツヴァイガンダムは従来の機体を遥かに凌駕する機体だ。しかしそのパイロットが扱えなければ、それは所詮宝の持ち腐れである。レイは、まだこのガンダムを乗りこなす事が出来ていない。その力を十分に発揮出来るのか、それとも何も力を出せずに終わるのか。それは、彼の技量に掛かっている。

 レイが戦った戦闘宙域は、辺りが暗闇に覆われていた。雲の上は青黒い空が広がっており、煌々と星々が夜空を彩っていたのであった。

 




第四十話、投了。

アインスガンダムに次ぐ、後継機、ツヴァイガンダムのロールアウト回。
機体イメージはダブルエックスにファンネルが追加されたようなイメージで描いています。
ファンネルの力に翻弄されたレイは、そのまま意識を失ってしまうのでした。


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オペレーション・デモリッション・クリエイション編
第四十一話 ブリッツファンネル


意識を取り戻したレイ。そして、束の間の休息を味わう。
その一方で復讐の話をする、氷河族のメンバーであるウィリアの思惑とは。


 

 セイントバードを鹵獲しようとしていたスパイッシュ・カルディアムの艦隊は一機のMSによって壊滅状態にまで追い込まれた。その機体の名は、ツヴァイガンダム。アステル家が開発したMSであり、新生連邦が戦力に招き入れようとしていたレイに返り討ちに遭うという結果となった。

 ヒエラクスは中破。それ以外のマドラ級は五隻のみが残ったが、それ以外はエンジンを爆発した為、撃沈。やむを得なく、本部へ帰還する事になったのである。この事はアルメジャン紛争でタウラに勝利をしたスパイッシュ・カルディアムの経歴に傷を付ける結果となってしまったのだ。

「カルディアム中佐。先日の作戦、ご苦労様でした。」

同じ佐官である、エファンがスパイッシュに声を掛ける。この男の独特のプレッシャーは、スパイッシュのようなオールドタイプであれ、緊張感を与えるのだ。

 しかし相手は年下の士官。スパイッシュとて威厳は保たなければならんと、高圧的に振舞う。

「ドゥーリア少佐か。報告の通りだよ。私とした事がたった一機のMSにやられるなど、恥ずかしいものだ。」

この場には二人の佐官が居るだけの状況。スパイッシュはミネラルウォーターを右手に持ち、それを飲んでいる。エファンは、その様子をただ、見ているだけだ。

(この男、何故こちらを見ているだけなのに私が汗を掻くのだ?失敗した私を笑っているのか?あの機体さえなければ問題なく進んだというのに……そのついでに、例のあの子供も招き入れられたというのに!)

内心で悔しがるスパイッシュ。新生連邦の戦力増強を狙う状況で、今回の作戦を企てたのは彼だ。その彼が、作戦ミスをした。その事を悔やんでいる。

「失敗とは誰もが有り得る事です。寧ろ行動を起こそうという事が大切ですよ。」

「な……?」

心を読んだエファン。その言葉に気味の悪さを抱く、スパイッシュ。

「社会においては重要な事があります。過ちを気に病まず、それを認めて糧にする。それをする事で、失われた部下達も浮かばれるでしょう。」

相変わらず達観した言い方をするエファン。その言葉が気に入らない様子のスパイッシュは、苛立ちを覚えていた。

「き、貴官に言われなくとも分かっている!黙っていろ!聞けば貴官は一年もの間アステル家に潜伏していたそうだな!新生連邦の任務もこなさず、一年間もだ!その間私は軍人として責務を全うした!貴官……いや、お前と違って!」

自身が中佐と言う立場であるが故の驕り。失敗を認めようとしないスパイッシュ。それに対し、エファンは言う。

「ですが“何かのせい”にするという“他責の念”で物事を進めるというのは指揮官としては感心しませんね。行動を起こすのならばせめて、“自責の念”を念頭に置く必要があると思いますよ。それが、前線で指揮をする者に求められる器……カルディアム中佐は他責の念で他者に責任を押し付けているに過ぎませんね。予想外の事は、戦場は勿論、普通の社会生活に於いても頻繁に有り得るというのに。」

この言葉は、スパイッシュを更に苛立たせるのに十分な効果を持っている。作戦の失敗は他者への責任を押し付けた己が原因だと言いたいのか。

「反省をするという事は新たに自己を高める要因にもなります。何が行けなかったのか、何故失敗したのか。それを省みる事は次への布石にも繋がります。」

まるで失敗したスパイッシュに対する声掛けを行う、エファン。だがその言葉は彼にとっては不快でしかない。あくまでも年下であり、階級も下の人間にそのように言われるのだ。彼にとっては屈辱以外の何者でもない。

 だが、更にエファンは言葉を緩めることなく、語り続けるのだ。

「ところでカルディアム中佐。アルメジャンの紛争の司令官としての務めは、新生連邦側としては大変評価されるものだとは思いますが、罪なき民間人を巻き込む事は感心しませんね。」

「お前は……何を……言っているのだ……?」

その事実は、隠蔽されている筈だ。スパイッシュはその事を総司令に報告していない。いや、する筈がないだろう。

 スパイッシュの過去を読んだエファン。スパイッシュの額からは冷や汗が垂れる。自身の隠している事を見抜かれ、明らかに動揺しているのだ。

「先も言いましたが、戦場では何が起こるか分からない。予想外の事も、起きやすい。だからこそ、隠蔽も起きやすい。民間人を巻き込むという事も仕方がないという思考に陥りやすい。戦場から逃げ遅れた民間人が居るのならば、それはやむを得ないかも知れません。」

エファンは、上官にあたるスパイッシュに対して睨むように言った。

「ですが意図的に大勢の民間人を虐殺するような事を指揮し、あろう事か、そこに住む人々を武装勢力と同様の、“癌細胞”と一緒くたにするという事。その思考は危険極まりないと言えますね、カルディアム中佐。」

“人々”の部分を強く強調したエファン。スパイッシュは男の言葉に対し、どこか、恐怖を抱いている。

(何故この男は過去が分かる?内部の者が密告したか?いや、それはない……それをこの男にするメリットが、何もない……!)

「密告など受けていませんよ。過去を読む事は私には容易い。それが出来てしまうと言うべきでしょうか。」

「何……!?」

エファンはスパイッシュの思考だけでなく、過去を読んだ。只者ではないと、男は確信した。得体の知れないプレッシャーはオールドタイプであるスパイッシュでさえも、感じる事が出来る。この男は、何者だ――?と。

「人間とは過去の過ち……それも、自身の両親や肉親ですら言えない秘密というのは誰もが一つは抱えます。カルディアム中佐。貴方の過ちもそれに該当するのでしょうね。罪なき多くの人々が、死ぬ事を分かった上で攻撃を止めない。それに対する罪悪感もない。それが出来るから軍内では評価される。昇格も出来る。人の心を捨てるからこそ、今の地位が保たれる……そんな、所でしょうかね。」

持論を展開し、語るエファン。対するスパイッシュは明らかに恐怖に満ちた表情をしている。

「ああ、ご心配なく。私は密告などしませんよ。したところで、何も変わらないでしょうしね。寧ろ軍内の内輪揉め扱いで終わるでしょうね。軍内では出世を考え、他者を蹴落とす人間も多く居ると、聞きますからね。しかし証拠が無ければそれは始まらない。そして、それをする時間は今の新生連邦には、ない。平和国連盟に対して宣戦布告を行おうとしている状況で事を荒立てたくないのは軍の意向ですからね。」

そう言って、エファンは去って行った。だが彼の存在はスパイッシュに大きなプレッシャーとなった事は、間違いないと言えた。

 思考や過去を読めるエファン・ドゥーリア。そして彼が放つプレッシャーは、上官である人間にも緊張を与える事が出来る。自らの過ちを指摘されたスパイッシュの内心は、穏やかではなかったのだった。

 

 

 

 セイントバードはレイの活躍もあり、新生連邦の魔の手から脱出する事が出来た。スパイッシュ率いる艦隊は本部へ撤退する事になり、その間に逃げる事に成功。

 一向はアメリカ、フロリダにあるジャンク屋に艦を止める事となった。新生連邦の追撃が来る可能性を考えた彼等は、知人のいるフロリダにて、艦を匿ってもらう状況のなったのである。

 フロリダはアメリカ南東部に位置しており、平和国連盟の加盟国である。幸い、新生連邦からの追撃を受ける事なくこの地に辿り着くことが出来たチーム。

 MSデッキ内にて。ネルソンは、シンと共にチームを救ったガンダムである、ツヴァイの姿を見ていた。白く彩られたその機体の雄姿を見て、両者は感銘を受けている様子だった。

「これにレイが乗っていた……か。」

「何でも、ジャンヌ・アステルに渡されたそうですね。」

シンが、ツヴァイの頭部を見て言った。

「改めて見ても、武装の多さが桁違いと言うべきか。これ程のMS、我々のようなMS乗りが乗って良い代物ではないぞ。」

外見上だけで分かる、ツヴァイガンダムの武装の多さ。バックパックに搭載されている兵器を駆使して戦っていた姿を見ていた為、よりそれらが明確に分かったのである。

「何よりも気になるのはバックパックの突起だ。あれによって瞬く間に敵の戦艦を撃破した。あの兵器は、どこかで見た事がある。もしや、サイコミュ兵器か?」

ネルソンは一人、疑問を抱く。それに対し、シンが言った。

「サイコミュ兵器ですか?名前は聞いた事はありますけど……ん!?いや、待てよ。そんな代物をあの坊主が扱ったって事ですか?」

サイコミュ兵器。正式名称、サイコ・コミュニケーターシステム(Psyco Communicator System)。空間認識能力に優れた人間が操ることが出来るとされる兵器であり、ツヴァイ以外ではダッゲインMk-Ⅱに使用されている。

 ダッゲインが使用していたものは、実弾兵器、バレットビットであったが、ツヴァイのものはブリッツファンネルという名で呼ばれている。ビーム粒子を展開し、ビーム刃状にもその形状を変えることが出来る、兵器だ。

「少しばかりデータを見せて貰ったが、このガンダムは、ブリッツファンネルと呼ばれる兵器の運用を前提とした兵器であることが分かるな。しかしそれをレイのような少年に扱わせるとは……」

「それで、あいつ、意識を失っちゃいましたもんね。」

レイが意識を失ってから、今に至るまでに何があったのかは分からない。一つ言えるのは、このブリッツファンネルがレイに何らかの影響を及ぼしたという事だけだった。

 ブリッツファンネル(Blitz funnel)。元々ファンネルとは漏斗の意である。その上で強襲を意味するブリッツという単語が合わさり、尚且つサイコミュ兵器として使用されている強襲用のファンネルと言う意味で、この名が付けられた。だがファンネルと言う名前は試作段階では漏斗状で制作されていたが、それらの形状が変化するに当たって、元の意味で使われる事は少なくなった。現在ではビーム粒子を放出可能な無線兵器全般を、このような名で呼ぶことが多い。元の意味である“漏斗”は、最早試作品の名残でしかないのだ。

 そして、ファンネルと言う兵器は大きく広まっていない。試作兵器に導入されているに過ぎない。それは、サイコミュ兵器を扱える人間が少なすぎる事が問題だった。強化モデルと呼ばれる人間ですら、こうした兵器を扱うのには相当な空間認識能力が求められる。ダッゲインのパイロットを務めたリノアスですら、これらのコントロールを十分に行いきれなかったのだ。その上で純粋なシンギュラルタイプ自体の数も少ない為、実用化に至っていないのである。

「幸い、レイの命に別状はない。脳波状態も問題はない。脳自体に損傷が残っている訳でもなかった。しかしショックが大きすぎたのだろう。まだ、目は覚めなさそうだ。」

ネルソンが、静かに言った。

「……にしても、そのファンネルって兵器は何なんですかね。一瞬であの火力を出せる兵器。ハッキリ言ってぶっ壊れですよ。それを並みのMSが扱うってんだから、余計に。」

今度はシンが腕を組みながら言った。

 サイコミュ兵器は、様々な距離に対応できる、“オールレンジ攻撃”を可能とした兵器である。このブリッツファンネルもそれを成すことが出来る兵器であり、あらゆる距離に応じて戦闘を行う事が出来るのだ。

「恐らくだが、搭乗者の脳波コントロールによって成す兵器なのだろう。そして、それらは普通の人間が扱える兵器ではない。」

データ解析により、ある程度の情報を得た彼等であるが、肝心のブリッツファンネルに関する情報に関しては、分からず終いといえた。

「力を持つとされている、レイですら意識を失った。我々のような、オールドタイプと呼ばれる人種がそれらを扱う事はどういった危険を及ぼすのかも想像出来ん。彼がこれを使用するのは危険すぎる。すぐにでも撤去した方が良いだろう。」

「確かに。最早、未知の領域ってやつですよね。」

サイコミュ兵器自体がどういった経緯で作られたのかが謎に包まれている兵器であり、いくら整備士として経験を積んでいるシンですら、その全貌は不明だ。増してや、レイのような少年にサイコミュ兵器を扱わせようとするジャンヌの意図も、理解出来ない。

「というか、こんな兵器を作ってしまうアステル家が凄すぎるというか……なんというか……ですね。」

「このような兵器があるという事は、新生連邦も黙っているとは思えんな。ある意味、レイはより危険な状況に身を置いた事になる。我々を助けた代わりに……な。」

「あいつ、気の毒ですね。こんな状況じゃ故郷になんて帰れないですよ。余計に新生連邦に目を付けられるだけです。」

「彼が目を覚ました時、現実を教えてやらんと行けないのも気が引けるが……な。」

レイに課せられた運命は日常とは異なる現実を突きつける事となる。それらを分かった上で、事実を伝えなければならない。なんと、悲しい事であろうか。彼等を助ける為にレイは自らの意識を失いつつも、新たなるガンダムで戦ったというのに。すぐにでも日常に戻れればと、考えていたのに……

「彼が去ってからこの半年で、各地のMSパイロット募集をした結果、数名が加わってくれたのは良かった。」

「それで、トルクスが十機に増えて、戦力が戻るのは嬉しいんですけどねぇ。先日の新生連邦の大部隊相手じゃそんなものも所詮、焼け石に水っスもんね。」

「何もないよりはましさ。その上で、このガンダムが加わるのならばセイントバードの戦力は大きい存在となる。」

今、セイントバードの戦力はアインスガンダム、エスディア、ハルッグ、トルクス十機、ゾーリドカスタム十機、そして、ツヴァイガンダム。以前シュアーに貰った機体はトルクスに改修したり、売却したりして、活動資金へと変化した。只のMS乗りが所持するには余りに多い戦力ではあるが、軍備増強を続けている新生連邦軍と比較しては、その戦力差は圧倒的に不利と言えるのであった。

 

 

 

 丸、一日が経過した。その頃になり、レイは目を覚ました。彼が目覚めた場所はセイントバード内の医務室である。

 ここで、レイは何度か世話になった。最初は、砂漠の大地に不時着する前。次は日本海の戦いで窒息した時。そして、今回。レイはまたしてもベッドの上で目を覚ます事になった。彼自身、この状況に慣れつつあった。その度に無事である事は、ある意味悪運が強いと言えた。

 レイが目覚め、数時間が経った頃。彼を心配する、一人の少女が居た。スバキである。

「レイ!お前、目が覚めたのかよ!」

明らかに、嬉しそうにするスバキ。久しぶりに見る彼の顔を見て、意気揚々としていた。

「スバキ。久しぶりだね……結局、ここに戻ってきちゃったね。」

「助けてくれたんだろ。本当に、ありがとうな。でもあの後お前の乗ってたガンダムが墜落するのを止めたの、私なんだぜ?」

「そうなの!?ありがとう……」

ブリッツファンネルを発射し、意識を失ったレイ。その彼を助けたのは、アインスガンダムに乗るスバキであったのだ。その後レイは医務室に運ばれ、今に至るという訳である。

「けどさ、制服姿のお前を見るの、なんか斬新だよな。女顔のお前が男の服着てるのって変な感じ。セーラー服でも良いじゃん。」

それを言われ、レイは去年の十二月に女子の制服姿をさせられた事を思い出し、顔を赤めた。

「そ、そんなの!やめてよ……」

「照れてやんの!ま、お前が無事なのは良かったけどさ、思ったんだけどお前、どうするんだよ。故郷に帰るのか……?」

スバキは、何故か声を小さくする。視線を泳がせながら、レイに聞くのだ。

「出来るのなら、帰るつもりだけど……でも、僕だけ帰る訳に行かないんだ。」

「どういう事だ?誰かいるのかよ。」

何気なく、スバキが聞いた。

「うん。幼馴染がいるんだ。その子が、僕のせいで新生連邦に拉致されて……」

俯くレイ。それに対し、スバキは言った。

「そ、そっかあ!そりゃ、大変だよな……一緒に帰れたらいいよな……ちなみに名前は何て言うんだ?」

レイの話を聞くスバキ、彼の表情を見て、表情は合わせているが、内心ではどこか、嬉しそうにしている様子だった。

「リルム・エリアスって言うんだけど……故郷に居る時に新生連邦軍に捕らえられて、そこから僕達はアステル家に助けられたんだ。セイントバードが新生連邦に捕まったって聞いたから、助ける為に与えられたガンダムに乗って、僕だけが行動してここにいるって訳で……変な感じだな、まさかこんな形でリルムとはぐれちゃうなんて。」

「女の子なのか?」

「うん……幼馴染なんだ。子供の時から一緒だったから……」

リルムの事が心配な様子のレイ。その際にスバキはレイの肩をポンと叩き、言った。

「お前も、色々あったんだな。けど、今はゆっくりしろよ。その、ジャンヌ・アステルが保護してくれてるんだろ?だったら大丈夫じゃないのか?」

「うん、そうだとは思うけど……リルムはこんな状況に慣れてないから、早く一緒に帰らないとって思ってて。」

“一緒に帰る”という言葉が、スバキに強く印象に残った。故郷に共に住んでいた幼馴染が拉致され、そこからはぐれてしまったのだから心配するのは分かる。だが、何故その部分が印象に残ったのかは、スバキには分かるようで、分からなかったのだ。

 

ウィィィィィン

 

そこへ一人の人間が顔を出した。エリィである。家庭教師をしていた女性が、レイの前に居る。今の彼女は、セイントバードの艦長としてのエリィ・レイスである。

「レイ君。無事だったんだね。良かったよ、本当に。」

安寧の表情を浮かべているエリィ。レイは彼女の顔を見て安心していた。

「エリィさん、色々と、大変だったんですね……家庭教師に来なくなっちゃって、心配だったんです。」

「ううん。私の方こそごめんね。貴方を守る為の家庭教師だったのに、結局こんな結果になってしまった。」

エリィは本気で落ち込んでいる様子だった。新生連邦の凶行がこのような形で行われるとは、思わなかった為である。

 しかしそれも仕方がない事。セイントバードが危機に陥っている状況でレイの事を優先的には考えられない。クルーの事を考えなければならないと思っていたエリィ。

 だが、結果的にレイはこの場に来る羽目になった。全ては、新生連邦による戦力増強の為。レイはその被害者に過ぎない。

「レイ君。あのね……目が覚めたばかりでこんな事を言うのもあれだけど、貴方に辛い現実を伝えないと行けないの。」

「え――」

悲観的な話が出る時、人は身構える。どのような内容であるのかは分からないが、本能的に、その結果を警戒して聞かなければならないと集中させるのだ。今のレイが、それに該当する。

「新生連邦が貴方を連行したでしょう?私が以前に言った事が現実になってしまった。それで、リルムさんも巻き込まれてしまったんでしょう。」

家庭教師をしていたエリィはリルムの事を知っている。だが、何故リルムが連行された事を知っていたのか。

「え?あの、どうしてリルムの事を知っているんですか。」

「ジャンヌさんから聞いたの。セイントバードの無事を確認してくれたよ。その際にリルムさんを保護してるって連絡があったの。」

「そう、だったんですね……」

リルムが無事である事を確認出来たのは、良かった。しかしエリィの表情の雲行きは怪しい。

「だけれど、これで判明した事があるの。新生連邦はレイ君だけを狙う訳じゃない。レイ君に近しい人間達を犠牲にしてでも、貴方を戦力に迎え入れようとするわ。」

「それって……まさか……」

レイの表情も雲行きが怪しくなっていく。ベッドの上で、エリィの顔を見ながら、目を震わせている。

「早い話が、今回のリルムさんの一件を見る限り、レイ君を戦力に招き入れようとする為に貴方の関係者を巻き添えにする可能性が高いという事だね……」

エリィの口からそのような話をしたくはなかった。だが、現実問題としてそれを話さなければならないという辛さが、彼女にはあったのである。

「そんな……じゃあそれって……」

「うん……もし貴方が故郷に帰ろうと考えているのなら、“今”は止めた方が良いね。」

この瞬間、レイはフォリアが言っていた言葉を思い出した。

 

―――――貴方がガンダムに乗りさえしなければ、こんな事にはならなかった―――――

 

――――――――――――――全ては貴方の行動が招いた事なのよ――――――――――

 

――――――――――――貴方に平穏が訪れる事なんてないの――――――――――――

 

(嘘……だ……)

ただ、レイはセイントバードを助けたい一心で新たなる力、ツヴァイガンダムに乗り、セイントバードを守った。しかし、彼に突き付けられた現実は余りに辛いものだった。

 故郷に帰ったところで、新生連邦軍が居る限り彼はいつでも戦力として拉致される危険が伴う。新生連邦軍が戦力を求める限り、レイ・キレスと言う名のパイロットを欲するのは至極当然。更に悪い事に、今回は更に強力なMSであるツヴァイを、彼は駆った。それにより、新生連邦はより、レイの事を求める可能性が高い。そしてその為にはフィジットの件やリルムの件などを含め、彼に関係する人間を巻き込む可能性も十分に考えられる。

 チェーニ姉妹は今回、リルムを拉致した。それは彼の恋人であると分かっていたからだ。もしそれが家族にも魔の手が及ぶ事になれば、どのような被害を与えるのかは想像出来ない。

 レイの行動は穏やかな日常を送るどころか、それらとはかけ離れた生活を余儀なくさせられる事となってしまったのである。この事に対して、レイは恐怖していた。自らの行動がこのような事態に巻き込んでしまうという、事実。レイは頭を抱え、苦悩したのである。

「やっぱり、僕のせいで……僕のせいでこんな事に……?」

「レイ君!貴方のせいじゃないよ!落ち着いて!」

エリィはレイを宥めた。自分のせいで、関係する人間達が巻き込まれる。だから、故郷に戻れない。もし戻れば再び新生連邦が彼を連れ戻そうとする可能性が高い。そして、彼に関係する人間達に被害が及ぶ。

「だから、レイ君は私達が匿うよ。セイントバード内で貴方を守る。」

「それは、いつまで……ですか?」

言葉が詰まる。置かれた現実に苦悩するレイ。ただ、不安になり、聞く事ばかりしか出来ない。

「……分からない。少なくとも、この現状が落ち着くまで……かな。」

エリィも明確な基準を伝える事が出来なかった。いつまでレイはこの場に居なければならないのか。故郷に帰ってもいずれは新生連邦に狙われる。ならばここに居るしかない状況が続くという現実。レイは、どうすればよいか全く分からないでいた。

 彼のようなティーンエイジャーには、余りにも過酷と言える現実。新生連邦軍がいる限り、家族にも会えない。友人達にも被害を及ぼす危険もある。そうした状況に置かれた時、少年はどうすれば良いのだろう。自分だけでない、周りの人間まで巻き込むかも知れないという恐怖は、レイにとっては計り知れないものであったのだった。

そこへネルソンが彼の様子を見る為に部屋に入って来た。しかしエリィやレイの表情を見て、“何か”を察した様子だった。

「艦長。その……伝えたみたいだな。レイに。」

「そうですね……。」

ネルソンも事情は分かっていた。だからこそ、レイに対して少しばかり気を遣うような姿勢を見せていたのである。

「レイ。久し振りだな。半年程度か。目を覚ましたのは良かったよ。」

再会を喜びたいと思っていたレイだが、心からそれを喜べない。今の境遇に、どうすれば良いか戸惑うばかりだ。

「レイ、極端な話にはなるが君の今の状況を打開する方法が、一つある。」

「それは……?」

ネルソンの言葉に耳を傾ける、レイ。それは希望的内容なのか、そうでないのかは分からないが、打開案と聞き、耳を傾けずにはいられない。

「新生連邦政府の打倒だ。」

ネルソンの言葉はレイを落胆させる効果があった。地球圏の軍ともいえる組織を倒すという、余りに不可能とも言える事。現実的に考えても無理がある。無理と分かっている事を伝えられ、レイはただ、俯くしか出来ない。

「若しくは今の新生連邦のトップが入れ替わるような事があれば可能性があるかも知れないといったところだが……」

「それって、つまりはあの総司令を倒すって事ですよね……」

レヴィー・ダイルを倒す。それがレイの生活を平穏に戻す方法。しかし、そのような事が、出来るとは思えない。

 そのような事を企てる事自体、各地で犠牲者を出しているテロリストと何ら変わらない。地球の軍隊の中心とも言える新生連邦への反逆。それはレイの中で考えもしなかった事なのである。

「でもそれはイタチごっこになるだけじゃないですか。新生連邦が軍を強くすれば反発してテロリストとか武装勢力が増えて、それを鎮圧して……また増えて。そんなの永遠に終わらないです。」

レイは落胆した。今の新生連邦が行っている事に対する反逆の無意味さを、世に広まっているテロ行為を見て理解しているからである。

 そもそもそれをしたとて、犠牲者を増やすだけだ。民間人は勿論、敵勢力の人間をもみだりに殺す事にも繋がる。

「よく分かっているな。無論、我々は新生連邦に喧嘩を売るような真似はせんよ。各地で相次いでいるテロリストのような真似をしても何にもならない。何も、産まない。」

ネルソンの言葉が響く。セイントバードチームは戦争する為の存在ではない。あくまでもMS乗りとして存在しているだけだ。

「だが我々は守る為に戦う。それが、例え新生連邦が相手であろうともな。」

「守る、為に……」

自分の認識の甘さがこのような事態を招いたのかも知れないと、思うレイ。最初にセイントバードに世話になった時、彼はセイントバードさえ直れば故郷に帰る事が出来るとばかり考えていた。その中で様々な体験をし、今に至る。その間にしてきた行動が、新生連邦に目を付けられる結果となる事も、知らずに……。

 だがそれが現実ならば、受け入れなければならない。いつまでも否定しても、始まらない。もう、彼の穏やかな日常は終わりを遂げてしまったのだから。

「レイ君、今後セイントバードもどうなるのかは私達にも分からないの。色々と大変にはなってしまうけれど……レイ君、改めてセイントバードチームへ、ようこそ。」

この先どのようになるのかは、分からない。だが、現状を嘆いていても何も変わらない。

 今、ここにいる事が自身の為にも、家族や友人を守る事にも繋がる。ならば、それをしていくしかない。家族と離れ離れになってしまったとしても、ここに自分がいる事で家族を守れるのならばそれを受け入れる必要が、ある。

 フォリアが言ったように、自分の行動で今の現実があるのならば、それを受け入れるしかない。レイは、ぐっと拳を握り、自らを奮い立たせるように、言った。

「僕も、セイントバードを守る為に戦います。この先どうなるか分からないとはいえ、守る為に戦うのなら、僕だって頑張ります。あの、ツヴァイガンダムなら出来ると思うんです。」

決意の眼差し。レイはそれをエリィに対して向けた。

 レイも戦力としてセイントバードに加わり、共に守る為に戦いたいと、考えていた。逃げられない状況ならば、それに向かうしかない。自分がここにいる事で家族や友人の安全が保証されるのならば、今は頑張るしかない。そう、考えていた。

「けど……あのガンダムに搭載している兵器は、怖いなって思いました……」

ふと、レイが溢した言葉。それは何を示すのか。それを聞いたネルソンが、何度か頷く様子を見せ、言った。

「そうだな、君は恐らく身を持って理解しているだろう。あれに搭載されているサイコミュ兵器と呼ばれる兵器の使用は、絶対にやめた方が良い。君自身の脳に大きな損傷を与える危険があるからな。」

ネルソンは警告するように言った。ブリッツファンネルを使用してレイは意識を失った。その事を、心配しているのだろう。

 だが、レイは首を横に振り、言った。

「それだけじゃ、ないんです。」

「どういう事だ?」

「あれは一瞬の内に、新生連邦の戦艦を破壊しました。あんな兵器を使ったのも初めてですし、あれを使えば、多くの人を兵器で瞬間的に殺せるんです。それも、思うままに。これって、凄く怖い事だと、思ったんです……」

ブリッツファンネルの破壊力はレイを恐怖に陥れた。一瞬で、尚且つ狙い通りに標的を攻撃する火力は絶大だ。ビーム粒子を放出する事も、ビーム刃として使用する事も可能な、汎用性に優れる兵器の存在は、今まで体験した事のない恐怖を、与えるのに十分と言えた。

「レイ。一つ聞きたい事がある。」

「何でしょうか……?」

苦悩するレイに、ネルソンが聞いた。

「今後、セイントバードチームに居る事になるのに際して、君はあのガンダムに乗って戦おうと考えているか?」

半年前、レイが一度セイントバードを去る前、彼はチームを守る為に我武者羅に戦った。そして今、彼はここに戻ってきた。今度はいつ、戻れるか分からない状況だ。

 彼にはMSを操る力がある。ならば、その力を有効活用したい。不本意ではあるとはいえ、彼は与えられた力を使いたいと、考えていた。

「あのガンダムを与えられたのなら、僕は扱いたいと、考えています。」

「ならばサイコミュ兵器は解除しよう。あれは君自身の脳実質に悪影響を与える可能性がある。そのようなものを君のようなティーンエイジャーが使用する必要はない。」

レイ自身もブリッツファンネルを恐れている。そして、ネルソンもそれに反対している。この意見に一致している以上、誰もが反対する理由がない。レイは今後、何かあった時にも戦う。ブリッツファンネルを外した、ツヴァイガンダムに乗って。

「なあ、レイ。聞いてて思ったけどさ、サイコミュってマサアキの実験に付き合わされた時に使用しなかったか?」

「うん……そうだね……」

彼はシミュレーションとはいえ、サイコミュ兵器を扱った事がある。その際、彼自身、不快感を覚えていた。その感覚は、今回レイが意識を失った時と似ていた。最も、今回の方が苦しみは上であるのだが。

「サイコミュの実験?そんな事を経験した事があるのか?」

ネルソンが、聞いた。

「……はい。実は。」

マサアキに囚われていた時、スバキと共にサイコミュの実験に参加したことがあったレイ。それを知らなかったネルソンは、驚愕した様子で言った。

「よく、無事だったな。」

「なんとか……ですけれど。」

レイは静かに、言った。

「それで、今回は二回目って訳かよ。私も経験はあるけど、あれは脳への負担が尋常じゃない。」

「スバキ、君もなのか……」

ネルソンの表情が、暗く映った。

「ちょっと……な。」

それは、ダッゲインの試験パイロットをした時である。彼女はバレットビットの脳波コントロールを、僅かな時間ではあるが行った。しかし、スバキはその事を余り語りたくない様子だった。無理もない。マサアキによって暴力を振るわれていた時だったからだ。

「何にしても、あの兵器は使わない事だ。ジャンヌ嬢の意図は分からんが、君自身を苦しめるだけだ。強力な兵器かも知れないが、今の君に必要はない。君だけが戦う訳ではない。我々も戦う。ツヴァイガンダムはあくまでも、戦力の一つとして考えれば良い。」

戦う事になったとしても、彼に与えられた力はサイコミュではない。あくまでも、それ以外の力で戦うというものだ。

 セイントバードチームは戦力が欲しい状況ではある。だが、一方でパイロットに負担を掛けて欲しくない。それはレイに対する、彼等なりの思いやりだ。ブリッツファンネルのような兵器がなくとも戦える。それだけでも、十分なのである。

 

「それよりレイ君もスバキさんも、お腹は空いてないかな?」

深刻な状況になりそうな中で、エリィの一言がこの場を和ませた。レイとスバキは何度か瞬きをさせ、キョトンとした表情をしている。

「良かったら、簡単にご飯作ってあげるね。」

「あ……はい。ありがとうございます。」

二人は静かに首を縦に下ろした。この時、ネルソンもエリィの方を見て静かに、笑っていたのである。

 

 

 

 その後エリィはレイとスバキに簡単ではあるが食事を振る舞った。幸い食欲はあった為、

出されたメニューを平らげる事が出来た。

 レイの身体は全く問題なく、動いた。念の為ネルソンが血圧や脈拍等の確認をするも、いずれもが正常値。関節を動かしたりしても、何ら問題はない様子だったのである。

 程なくしてレイは、元々いた部屋に移動した。久し振りの環境。僅かな懐かしさを感じると共に、また、戻ってきたという複雑な心境が入り混じり合う。

 レイが少しくつろいでいると、ガースト達が顔を見せにきた。半年振りに見る顔。ガーストは制服姿のレイを見て、彼が生徒であるという事を改めて認識した。

「お前がいなかったらどうなる事かと思ったよ。ありがとう。けど、無理はするなよ。セイントバードに何かあっても俺達でもやっていけるからな。」

「ご飯はちゃんと作ってるネ!レイはゆっくり休むネ!」

公然と仲良くしている二人だが、レイにとってはその、彼等の存在ですら嬉しい存在と言えた。

 心配事は、ある。これから自分がどうなるのかも分からない。その上で、戦禍に包まれていくかも知れない世界。だが、幸いな事にレイは人間に恵まれている。少なくとも、それに関してはありがたいと思う事にしているのであった。

 

 

 

 ある、酒場にて。小洒落た印象を持つ、その場所。客の数は然程多くない環境。カウンターには客は四人。テーブル席には六人。いずれもがそれぞれの相方と、会話を交わしている。

 カウンター席には二人の美女が並んで座っていた。氷河族のメンバーである、ウィリア・ラーゲンとニーア・アンジェリカである。今は組織の仕事は休みなのだろうか。互いに落ち着いた様子で、会話を交わしている。その右手にはグラスにカクテルが注がれており、一口、口に含み、喉に通した。

「ケネールの件は、残念だったわね。」

静かに語る、ウィリア。

「もうあれから五ヶ月は経つわ。少しは気持ちもリセットは出来てきてはいるけど、やっぱり、なかなか忘れられない。」

ケネール・リックは新生連邦によって殺された。組織を守る為の犠牲となったのだ。その事が、忘れられない様子のニーア。

「貴方が様々な事情を抱えているのは分かるわ。ケネールがその中での癒しだった事も、分かる。だからこそ、彼が死んだのは悲しいというのも、分かる気がする。」

ウィリアはカクテルを一口含み、言った。

「こんな、反社会組織の一員なんかやってる、最低な母親だけどね、組織に入ってから彼と出会った。粗暴な所もあったけれど、私は好きだった……」

「最低な母親?貴方、子供が居たの?」

ニーアの口から出た、“母親”という言葉はウィリアを驚愕させる効果があった。

「もし生きていれば八歳になっているだろうとされる女の子だけどね。ただ、戦争によって経済的に問題を抱えてしまって、全然会ってない状態だけれども。」

ウィリアは、ニーアの言葉を聞き、何かを察した様子だった。

「そもそも気になってはいたのだけど、貴方は何故組織に入る事を決めたのかしら。」

ウィリアが口を開き、ニーアに聞いた。

「元の仕事に嫌気が差したというべきかしら。私、元々WCNで記者をしていたの。」

「へぇ、それは凄いじゃない。」

WCN。王手メディア会社。アステル家主催のパーティで殺害されたギアン家が出資している会社だ。ニーアは、過去にそこで働いていた事があったのである。

「けど、ゴシップ記事とか女優とか男優のスキャンダルとか、その関係者が亡くなった時に家に押しかけたりとか、そのような低俗な事に対して取材をしないといけないという状況が続いて、嫌気が差したわ。半年ぐらい前、ジャンヌ・アステルのスキャンダルもネット上で報道されていたわよね。あれもWCNから報道されているわ……」

メディアの情報は、信憑性が低いとされている。情報の出処が曖昧であったりする中で記事が捏造されたりする事もある。それらの情報は当人の名誉を毀損する事さえあるのだが、王手のメディア会社が名誉毀損したとして、裁判になる事はあまりない。故に泣き寝入りが起きる事もあるのである。

「けどそれと娘さんと氷河族はどういう関係が?」

「私自身元々WCNに嫌気が差している中で、戦争も激化していった。戦争で夫を亡くして、財産も全て失った頃、ある施設に娘を預けた。それから不満を抱いていたWCNも辞めて、すぐに組織の勧誘を受けた。そこから私は組織のメンバーとして活動を始めたって訳。それ以降、娘には一切会ってない。」

「成程……ね。」

ウィリアはカクテルを再び口に含んだ。それから、さらりとした髪を撫でるように指を絡ませる。

「貴方の娘さんの事情は聞かないでおくとして、低俗で、尚且つ信憑性のない情報の発信か。WCNならやり兼ねないわね。」

ウィリアはニーアの家庭事情には触れないでいようとしていた。彼女なりの配慮なのだろう。

「WCNはギアン家が出資者とは聞いているけど、その子息であるゲスペル・ギアンは特に下劣な男と聞いているわ。今は行方不明だって話だけれど。」

ゲスペルはエファンによって殺されている。その死の間際に、ジャンヌを苦しめるスキャンダルを世界中に発信したのである。

「ニーア、人はね、金銭が絡んだり、有事にのって混乱状況になった時にとんでもない情報を流す事があるの。根も歯もない情報。平時ならばある程度流されるような情報でも、有事ならばそれを信用する事が多い。その上で、利益を得る人間もいる。」

「確かに……戦時中も、戦後の混乱時期でもWCNの情報の信憑性は、あまり宛にならない事があったわ。その情報の出典も曖昧であったりするし、著名人の不幸に対して、ハイエナか、生き血を啜るヒルのように寄り集る人間達。あれに嫌気が差したのは間違いないわ……」

疲れている様子のニーア。思わず、彼女は溜息を吐いてしまう。

「情報は時に人を殺す事もあるわ。直接的な交戦をせずとも誤った情報は人を殺める力を持つ。歴史を見てもそう。有事にデマを流してそれを鵜呑みにして殺された人間も数多くいたわ。旧世紀の魔女狩りなんかはその典型例ね。」

ニーアは相槌を打った。

「成程……確かに、情報を軽く見る人間、多いものね。流れた情報を、脊髄反射の如く反応している人間。それらが居るから下らない記事の存在が今でも成り立っているのでしょうけれど。」

「いつの時代もそうなのだけれど、大切なのはその情報の、背景を知る事なのかと思うの。

何故その情報が流れたのか。根拠はどこにあるのか?それを流す事で何が利益を得るのか等。歴史でもそうよ。時が経てば経つほど歴史は長くなるし、それらを学ぶコツは、誰がどの時代にやったのかを、試験の暗記のように記憶するのではなくて、それらの背景にある要因を分析して認識する事や、歴史学を探究する方が意義があるわ。※1」

彼女は、そのままカクテルを飲み干す。そして、そのままバーテンダーに対して追加のカクテルを注文した。

「SNSで多くの情報が流れているけれど、果たしてその情報の真偽は確かなのか。それを見極めて行かなければならないの。でも現実問題、それを見極められていない人間は多いわ。そうした人達は所謂、情報弱者と呼ばれて、結局はデマ等の餌食になるだけ。それを真に受けてデマの拡散に知らず知らずに協力したり、情報発信した人間の肥やしになるわ。本当ならば無料で得られるような情報でも多額の金銭を払って得る……とか。」

語っている内にウィリアのテーブルに、バーテンダーからカクテルが渡された。薄藍色をした、透き通った色のカクテル。彼女の美しい顔つきが、グラスに映っている。

「それらをきちんと見極めて行かないとね、遠回しに人を殺める結果にもなり得るの。それ以外にも、健康的にも、金銭的にも被害を受ける可能性だって十分あり得るわ。情報の発信者だって、安易な情報を発信なんてしてはいけないのよ。その出処、出典を明確にしなければデマを流しているのと何ら変わらない。下手なインフルエンサーによくある事ね。有名になれば何でも良いって安易な考えの人は多いし、金銭に於いてもそう。人を危険に陥れてでも利益を得ようとする人間というのは一定数居てるものなのよ。悲しいわね。」

新たにテーブルに置かれたカクテルグラスの持ち手を、示指と母指で摘み、ウィリアは口元に運んだ。薄藍色の液体は彼女の口唇に伝わり、そのまま喉を流していく。

「ウィリアは、随分と情報に拘るのね。どうしてなの?」

「私が、バンディットだからよ。」

と、言いながらウィリアはカクテルグラスを置いた。

「バンディットであり、その上で私は氷河族に所属している。知らなければならない事が、あるから。」

「知らなければならない事……その為に情報を集めているという事なの?」

「そうね。様々な情報を集めなきゃならないの。」

「何故、それを行うの?」

ウィリアは、口を閉じた。三秒程度考え事をし、やがて静かに口を開く。

「……弟を嵌めた人間の情報を、拾う為よ。」

「弟?」

ウィリアには弟が居た事が、彼女の口から語られた。その瞬間、先程までの他者の話を傾聴する女性の姿は消えた。

「ゲーン・ラーゲン。私のたった一人の弟。だけど殺された。正確には……嵌められたと言うべきかしら。」

ウィリアの目が虚ろになる。どこか寂し気な表情を浮かべる彼女。

「ニーアが自分の事を教えてくれたお礼。少しだけ教えてあげる。私の事をね。」

そう言った後、ウィリアはカクテルをぐいと飲み干した。先程まで少しずつ口に含んでいたのと対照的な行動をした、ウィリア。

「デウス動乱終戦直後の世界情勢で、世の中は荒れていた。戦争で親を亡くして、私は弟と共に生活する毎日を送っていた。」

ニーアは彼女の話を、真剣な眼差しで聞いている。

「六歳離れた弟で、とても賢い頭脳を持っていた。あの子がユニバーシティに通いたいってなった時、私が彼の学費の為に働いていた。けれども戦争で両親を亡くし、家もない状況で資金繰りに苦労していた私は毎日労働詰めだった。今みたいにこんな風に酒を飲む時間さえ、なかった。」

そう言った後、再びウィリアはバーテンダーにカクテルを注文する。ペースが速い。まるで、それは彼女の心境のように。

「でも幸せだった。最悪の状況とは言え、ゲーンをユニバーシティに通わせてやりたいと思って懸命に働いていた。そんなある日……」

ウィリアの表情が暗くなっていく。空になったグラスを見ながら、虚ろな目付きを浮かべている。

「ゲーンはどこで情報を見たのか、今の氷河族の情報を調べ始めた。今思えばなんて、浅はかな情報だったのだろうとは思う。SNSでその情報が流れた時、若かった彼はそれに食らいついた。内容はこうだった。組織の事について調べ、報告すれば報奨金を与えるというもの。氷河族と呼ばれる組織が発足して間もない頃で、その事を知る事が如何に恐ろしい事かを知らなかったゲーンと私。ゲーンは血眼になってそれらを調べた。彼は賢かったから、情報を調べるのは朝飯前だった。けれども、その際の事は、今でも覚えている……」

 

 

 

 P.C0001年。ウィリアの弟、ゲーン・ラーゲンが氷河族の事について調べていた頃。それらの事を知り、依頼主に報告をしてから彼は行方を眩ました。当時働き詰めだったウィリア。疲れが溜まっていた彼女は一度仮眠を取る事にしていた。

 その間に、家に届け物が届いた。送り主の名前は記載されていない。疑問を抱いたウィリアであったが、それを受け取る。そして、それを見た。

「何……これ……?」

それは、“粉”が入った袋だった。何故、粉が送られてきたのかは分からない。その量は、25グラム程度。気味が悪いと感じたウィリアは、それを開封せず、警察に届けた。

 鑑識の結果、それは骨粉である事が分かった。しかし、何故骨粉が送られてきたのかは全く分からない。検討もつかない。その骨粉が何の動物のものなのかも、分からない。妙だ。

 それと同じ頃。彼女の弟は全く家に帰って来ていない。どうしたのだろうかと、不安になるウィリア。

 

 ゲーン・ラーゲンが行方不明になって一ヶ月が経過した。捜索願を出すも、受理に時間を要した。無理もなかった。世間は戦後の状況であり、当時の地球連邦軍下の警察組織等はその後始末に追われており、人員も不足していた為である。その為、ゲーンの捜索の進捗は全くと言って良い程進まなかった。

 警察を宛に出来ないと判断したウィリア。藁を掴む思いで、SNS等に情報提供を募集した。しかし、全くと言って良い程有益な情報は得られなかったという。

 それでも諦めきれないと、考えたウィリア。その際、彼女は送られてきた骨粉を見て、当時バンディットとして探偵業をしていた、ある中年男性を訪れる。そして、骨粉を調べて欲しいと依頼した。

 結果が、出た。それは彼女の予想を、悪い意味で裏切るような内容だった。戦後処理に追われていた警察組織ですら調べられなかったその真相に、彼女はいち早く気付く事が出来たのである。

「骨粉は、人間のもの……?」

「知人に調べてもらった結果さ。骨を高温で処理し、その上で粉砕してやがる。だがここまで粉砕されているから、誰の骨なのかは全く、分からない。中々、酷い事をしやがるね。」

猟奇的ともいえる犯行。明らかに悪意のある行為。最初、ウィリアはそれを聞いて嘔気さえ感じたという。

 だが、問題はその骨粉が“誰”のものであるのか。それが不明である。そして、ウィリアは頭の片隅で、それがゲーンのものでない事を、ただ、祈っていた。

 何かの事件に巻き込まれた可能性は高いだろう。ゲーン・ラーゲンは生きている。そう、信じるしかないのだ。

 

 

 

 ある日の事。ウィリアは家に居る時、彼女のEフォンに、宛先人不明の動画が送られてきた。妙だと思いつつ、それを開く、ウィリア。

「ゲーン……!?」

そこに映っていたのは、彼女の弟であるゲーンだった。見覚えのあるあどけなさの残る、顔立ちの青年。

 だが、様子がおかしい。首から下はどうなっている?動画は、ゲーンの首から上しか映っていない。そして、苦しんでいる様子のゲーン。呼吸が早くなっているのが、分かる。

「イだ……い……ぐるじ……ぃ……」

痛々しく聞こえる、ゲーンの声。その惨たらしい光景にウィリアは恐怖していた。

 それを見たくないと思った彼女は、動画を消そうとした。だが、消えない。何故?電源を押しても消えない、動画。弟のもがき苦しむ声だけが響くのだ。

 動画の中でゲーンは粉を掛けられたりしている。何の粉なのかは、分からない。全く身動きが取れない中で、彼は次第に苦しんでいく。

「もう……嫌……こんなの……」

止まらない、惨い動画。その間にも、ゲーン・ラーゲンの悲痛な叫びが響く。身動きが一切取れない状況で、ただ、苦しむゲーン。彼は何処で、何をされたというのだろうか。

 やがて、動画の中のゲーンは一切、動かなくなった。その瞬間、動画は削除された。そして、彼女のEフォンは通常通りの稼働を行ったのだ。

(ゲーンは、殺された……でも……あの動画は一体……)

ゲーン・ラーゲンの死は、確実なものとなった。惨い死に方をした彼女の弟。

 しかし、疑問はいくつも残る。何故あの動画が送られてきたのか。どのようにしてゲーンは殺されたのか。そして、骨粉は何を示すのか。

 

 後日にウィリアは再びバンディットの男に調査依頼をした。何が起きたのかを調べて欲しいと懇願したのだ。警察は宛に出来ない。多額の金を用意し、彼女は真相を解明しようとした。しかし、男は言った。

「とんでもない組織に、関わっちまったようだな。あんたの所に送られた動画……それは恐らく、制裁の意味を込めているだろうな。」

「制裁……?」

「俺の知人も組織の事について調べてたんだよ。そしたら連絡が付かなくなった。後日に、知人の家族に対してお前さんと同じように“骨粉”が送られてきた。恐らく、組織の事を調べた“制裁”なんだろうな……」

男の言葉を聞き、全てが繋がった。

 ゲーンは、氷河族の事を調べようとして、それらを知ってしまった。その結果、彼は組織の人間に拉致され、制裁を受けたのだ。彼女のEフォンに送られた動画は、その制裁の模様だったのだ。

 制裁の内容は、コンクリートに生き埋めになった人間を、首から上だけ生かし、そのまま死んでいくのを待つという、悪質極まりないもの。では、骨粉は何か。それは、生き埋めにされる前に両腕を切断され、肉を焼かれ、その上で骨も焼かれ、粉砕したものが、骨粉なのだ。

 ウィリアに送られてきたもの。それは、ゲーン・ラーゲンの骨を粉砕した、骨粉だったという訳であったのだ。

「もう、忘れろ……“あの組織”に関わるのは、死と同義だ……」

バンディットの男ですら、震えている様子だった。組織の秘密を知ろうとした人間には制裁が加えられる。この事実を知ってしまった、ウィリア。

 ゲーンは、労働して疲労している姉を見て、自分に出来る事をして、ユニバーシティへ行く金が欲しいと、ただ、それだけの純粋な思いで行動した。だがSNSで氷河族の情報を教えれば報奨金が得られるという、安易な情報を鵜呑みにした結果、制裁を受け、殺された。惨たらしいやり方で。

 それが、ウィリア・ラーゲンが動き出したきっかけだ。弟を殺された彼女の人生は一転した。バンディットを始め、その上で同じ組織に所属する事になった。

 今、彼女は多くの情報を仕入れつつ、組織の為に暗躍している。ゲーン・ラーゲンを嵌めた人間は何者なのかを、知る為に。

 

 

 

「成程……ね。」

隣で聞いていたニーアが、カクテルを口に含み、言った。そして、そっと、溜息を吐く。

「私は組織の人間としても、バンディットとしても動いて行った。弟が殺されたあの時から、私の人生は変わった。必ず弟を嵌めた人間を突き止める。その為に、あらゆる情報を仕入れたわ。その為に何度も身体を汚した。それから、多くの情報が得られた。」

ウィリアは再びカクテルを口に含み、話す。

「クレーディト・メカニクス社。これが大きく関係しているという事が、分かったの。」

「フォン・ヤマグチが死んだ後で株価を上げた会社?それと、貴方の弟さんがどういう……?」

ニーアは首を傾げ、聞いた。

「情報を聞き出していった結果、氷河族とクレーディト社は密接な関係を築いている。そして、氷河族の情報を弟に解析させた人間が、一人居る。それが、戦後氷河族と共に急速に発展したクレーディト・メカニクス社の社長、ノード・ベルン。」

ノード・ベルン。クレーディト・メカニクス社の社長を務める人間。この男が氷河族と何らかの関係があるという。だが、それは何なのかは、不明だ。

「私は情報を仕入れる為にあらゆる手を尽くした。金だけでない、身体さえも差し出した。自らを汚して、情報を得続けた。時に組織に貢献し、その中で信頼されるポジションになっていきながら。だから、私は今、消されなくて済んでいる……」

氷河族の情報を詮索する事は粛清の対象だ。彼女の場合、そこを上手くやり過ごしている。組織にとっても有益な情報を、彼女が売ったりしているからだ。

「私の容姿も武器になり得た。情報を、得る為の……ね。だから私の中で流れた精液の数は数えきれない。でも、この状況が続いていく内に、いつしかあらゆる情報を収集したいという欲が出てしまうようになってしまった。」

はぁと、奇麗な溜息を吐くウィリア。どこか、その横顔は僅かながら色香を漂わせている。そして、先程よりも表情が赤く染まってきている。

「ねえ、ニーア。色々な男と交わってきて思った事があるのよ。」

「……何、かしら。」

やや、過激な言葉を発するウィリア。酔いが回ったのか、そうでないのかは不明だが、先程まで弟の事について語っていた時と比べて、明らかに色気づいている様子だった。

「何故、男は、女と交わって、ペニスから精液を流す為に、大金を出したりするのかしらね……オナニーでは満足できないのかな……無理か。だから男は精子を出して自分を慰めるのね……自身のエゴで、女を汚す……多分、それによって傷つけられる事もあるのでしょう……」

そう言いながら、ウィリアはぐいとカクテルを飲んだ。

「貴方、飲み過ぎてない?」

明らかに酒のスピードが早い事を心配するニーア。

「そんなことは無い……。それよりも、私の質問に答えてよ。」

とは言うが、ウィリアの頬は赤く染まっている。弟の事を語り、惨い事件を思い出した事が大きく影響しているのだろうか。

「私、そういうのは余り深く考えた事はないけれど……本能も関係があるんじゃないかしら。子孫を残す為に男は女を求めるような……そんな気がする。」

「うん。多分、それが正解なんだと思う。失礼な言い方になるけど、俗っぽいけど。」

人は惨劇を経験した時、それを忘れようとする。今のウィリアの行動は、大切であった弟の事を想うが故の、所謂“やけ酒”に、似たようなものがあったのだ。

「私は情報を得る為に、人の情動、欲望、本能を利用してきた。この仕事をする上で、いつしか私は情報収集の中毒者になって行ったのかもね……それらを経験して思った事がある。」

ウィリアは、そっと溜息を吐き、呟くように言った。

「これだけ様々な情報が溢れている時代。それらを分析出来なければ、悪質な情報発信者に食い物にされる。それを受けたのがゲーンだった。そして、殺された。ゲーンは金銭を得られるという甘い罠に釣られて殺された。」

ウィリアの目は、どこか、虚ろだった。弟の存在が、彼女の中で大きなものである事が窺える。

「私がバンディットになってから接してきた人間達も、皆が目先の欲に釣られた。ただの欲だけじゃなく、的確に情報を分析せずに、情動のみで行動する人間も多かった。その結果、私は汚れつつも多くの情報を得た。代わりに、彼等は一時の欲と引き換えに金銭を失ったり、社会的に抹殺されたり、本当に殺されたりもした。愚かだと、思った。でも、皆、悪気があった訳じゃない。ゲーンだってそうだった。無知な人間を罠に嵌めようとする人間がいるからこのような悲劇が起こる。それを、痛感したわ……」

呆然と、空いたグラスを見るウィリア。彼女の寂しげな目には、何が映るのだろう。弟と言うかけがえのない存在を殺され、半ば自棄とも言える人生を送って来た彼女の目に映るのは、何なのだろうか。

「それでね、それらを理解した上で私も多くの人間を嵌めた事はあった。理由は簡単。単純に、金銭を欲していたから。戦後の不景気で金を欲する人間は多かった。だから情報商材等を売ったり、身体を売ったりして情報弱者を騙した。皆、多分悔しがっていると思う。でも戦後の時代でそういった事に関して警察が動く事は無かった。弟が行方不明になったのにも関わらず、警察が取り合ってくれなかったようにね。」

「貴方も、大変な思いをしてきたって訳ね。」

隣にいたニーアがウィリアの目を見て言った。

「でもね、それって結局は、ゲーンを嵌めた、ノード・ベルンと同じ事をしているって事なのよね。同じ穴の狢ってやつ……か。」

弟を嵌め、殺害に至った要因の人間と、いつしか同じ事をしているウィリア。だが彼女は矛盾を抱えながらも行動している。肉親を殺されたきっかけとなった人間に近付く為には、最早手段を選んでいられないのだ。

「ニーア、私ね、ゲーンを嵌めた人間を許さない。必ず報復はするわ。様々な手段を用いて……ね。」

虚ろだった目付きは変化した。鋭く、そして強い目つきに変化したのである。

 この瞬間を、ニーアは見ていた。顔つきもどこか変わったように見える。

「それって、つまりノード・ベルンを……?」

ニーアがそう言った時――

 

スッ

 

突如、ウィリアは札束の入った袋を、ニーアに渡し始めた。これが何を意味するのか。それを、ニーアは察した様子だった。

「お金、渡すわ。私も色々と語り過ぎた。同じ組織の人間である以上、口止めは必要と思って。ただし、それを受け取った以上は、貴方が万が一私の事をリーダーとか、組織の人間に密告したらそれなりのペナルティを覚悟してね。」

同じ組織に所属している上、ウィリアの発言は氷河族への反逆ともとれる発言だ。それを知られる事は、彼女自身にとっても危険が及ぶ。そうさせない為には、口止め料は必要不可避と言えるのだ。

 だが、ニーアはそれを受け取らなかった。それどころか、そのまま袋を彼女に突き返したのだ。

「せっかくだけど、そういうのはお断りするの。貴方の事情は分かった。だからって口止め料とか、そういうのは要らないわ。」

「へぇ、珍しい。それで、娘さんに何か買ってあげれば良いと思ったのに。」

「貴方の話が聞けた。それだけで、充分よ。これから戦争が起きるかも知れないし、こんな風に酒を酌み交わす事も難しくなるかも知れない。」

戦争になれば組織の暗躍どころの話ではなくなるだろう。世界はどのように動くのかも検討が付かない。だからこそ、ニーアは彼女から金銭を受け取る事はしなかったのである。

「ただ、貴方の友人として、忠告しておくことがあるわ。くれぐれも、気を付けて。」

そう言った後、ニーアは立ち上がり、バーテンダーに金銭を払い、去って行った。一人、残されたウィリアはカクテルグラスを片手に持ち、そっと、呟いた。

「こういう時、信頼関係というのは大切ね。本当に……」

“信頼”はビジネスやプライベートにおいても重要視されるものだ。それが無ければ成り立たないものは、数知れない。故に無下に出来ない存在であり、なくてはならないものだ。

 例えばクライアントとのアポイントを取った場合、その時間に遅れる事に対して一報がなければその時点で信頼を無くすだろう。信頼を築く事は人生を豊かにすると言っても過言ではない。今回のウィリア・ラーゲンにおいてもそうした事は言えるのであった。

 

 

 

「死ね」

 

悪夢はレイを苦しめ、そして、彼が殺される直前でいつも目を覚ます。今、時間は朝の8時過ぎ。レイは悪夢によって目を覚ましたのである。

 相変わらず原因不明の悪夢。決まった感覚で見る訳でもなく、見ない時もある、謎の悪夢。何故こうした不吉な夢を繰り返すのか、彼自身にも分からない事だ。

 レイはその事も心配であったのだが、それ以上に、今後どうなっていくのかも心配であったのだ。

(嫌な目覚めだ……まだこんな夢を見るなんて。)

はぁ、と溜息を吐くレイ。身体も、頭もどうという事はない様子の彼は、顔を洗おうとベッドから起きようとした――

 

ウィィィィィン

 

「お、起きてるな!おはよう、レイ。」

突如ドアが開いた。彼に声をかける人間の方向を見ると、そこにはスバキの姿があった。

「あ、おはよう。どうしたの?」

と、彼が聞いた時、スバキはぐいとレイの着ていた寝巻きの裾を引っ張り、言った。

「ビーチに行くぞ。レッツ海水浴だ!」

「……え?」

耳を疑った。何を言っているのか?海水浴?なぜこのタイミングでそれを言うのか。

「ビーチ!?なんで!?え、というかそんなに近い所にそんなのがあるの!?意味が分からない、分からないよ!?」

当然の疑問であった。だが、スバキはレイの言葉に構う事なく、言った。

「羽休めしてきたらってエリィが言ってるんだよ!おい!早く着替えろよ!ビーチここから歩いて、すぐなんだからよ!」

訳が分からないまま、レイはスバキに翻弄されていく。寝起きの状態で、いきなり“海水浴”という単語を聞くなど、予想すらしなかった為である。それも無理もなかった。彼はここに来るまでの間、意識を失っていた為だ。その為、外の状況を知らないまま、過ごしていたのである。

 

 

 スバキの言うように、徒歩で2分程度の所にビーチがあった。今は八月。灼熱ともいえる太陽が照り付ける時期。この時期と浜辺の相性は、小指で赤い糸が繋がっているかの如く相性が良いと言えた。

 ここ、フロリダはアメリカでも有名なビーチリゾートで有名だ。セイントバードはこの、浜辺の近くにあるジャンク屋に停泊させてもらっている。徒歩すぐの場所にビーチがあるという、絶好のロケーション。こうした場所に停泊させてもらえるのは、運が良いとしか言いようがなかった。東は太平洋、西はメキシコ湾。どちらを向いても雄大な景色を見ることが出来る、絶景は見る者を虜にする力がある。

 ビーチには何名か、人間が居た。観光客か、地元の人間かは不明だが、世界情勢が不安定な状況でも、一定数はこうした娯楽を楽しむ者は存在している。それは、いつ、いかなる時代でも同じだ。旧世紀から変わらない絶景を見る為、人々はこの地に訪れるのだろう。

 レイは急いで水着に着替えた。とはいっても、自前のもの等当然持っていない。セイントバードから借りてきた水着を着用している。一部丈のショートスパッツの水着。黒地に、側腰部に二つの黄色の縦線が描かれている、至ってシンプルな水着だ。まるで競泳水着のような印象を受けるそれは、この場においては少しばかり浮いているように見えた。

 日差しの強さに困惑している時、スバキが現れた。スバキの水着は水玉が描かれている、フリルの付いた水着であり、彼女の印象とは裏腹に、どこか可愛らしさを感じるデザインだった。

「スバキの水着……か。なんか、変な感じ……」

普段男勝りな印象を持つスバキが、明らかに女子らしい恰好をしている。その事に違和感を覚えていたレイ。その際、レイは彼女の胸元に視線をやった。それも、彼が男であるが故なのだろう。谷間が僅かに見える程度ではあったが、どこか、スレンダーな印象を持った。

 

パシィッ

 

レイの頭に何やら平手で叩かれた感覚を覚えたのは、その時だった。スバキが彼の頭を打ったのである。彼の言葉に対し、怒りを感じたのだ。

「痛っ……」

「馬鹿野郎!私が水着着るのおかしいのかよ!お前、ふざけんな!」

両手を腰に置き、睨みつけるスバキ。

「大体お前だってそんな男物の水着なんか変な感じじゃねえか!というか……顔が女なのに、体つきは意外と……逞しい所があるって言うか……腹筋も割れてるし……以外って……いうか……」

何故だろうか、スバキはレイの姿を見るなり突如顔を赤めた。普段、見ない彼の姿を見た為であろうか。だがレイはそれに対し、首を傾げた。寧ろ、じいと見られる事に対して恥を感じている。

「お前はエイリアンだ!なんでそんなに顔は女なのに、身体は男っぽいんだよ!変な奴!違和感凄いんだよ、お前!!お前は……」

と言っているスバキの方が、顔を赤めている。何故なのかは、分からない。レイにとっては不思議でならないのだ。

「そんなの、僕に言わないでよ!僕だって別になりたくてなってるワケじゃないんだし!」

レイは自身の顔が女顔である事を、時に悩んだ事もあった。今、レイは裸同然の恰好をしているが故に男と見られるが、女性に見える顔つきは、美貌ともいえる顔つきであり、スバキにとっては妙に見えて仕方がないのだ。

 

フッ

 

突如、レイの視界から浜辺の光景が消えた。そして、すぐに自分が誰かに目を塞がられた事を理解する。両瞼に、温かい感触を覚えたレイは、声を出した。

「あの、誰ですか?」

「だーれだ?」

聞き覚えのある甲高い女性の声。それを聞いてレイは分かった様子で答えた。

「分かりましたよ。エリィさんですね。」

子供のような行動を取るエリィ。レイの言葉に反応し、すぐに彼の目から手を放す。すぐに視界が戻ったレイは、後方を見た。

「もう、エリィさ――」

レイが驚愕するのにそう、時間を要さなかった。そこには、サングラスを前髪部分に引っ掛けており、髪を括り、上下共に黒いビキニ姿をしているエリィ・レイスの姿があったのだ。

 豊潤ともいえる胸の大きさに、すらりと伸びた足。そして、形の良いスタイルに、六つにうっすらと割れている腹筋。左腕には小洒落た腕時計を装着している。余りに魅惑的な彼女の姿はレイの目線を独占するのに、十分と言えた。そして、エリィはその姿を堂々と見せつけんとばかりにレイに迫るのである。

「どうやら楽しんでいるみたいだね、二人共。うんうん、少しでも休憩は大切だからねぇ。」

いつものエリィと、どこか違って見える。こうも裸に近い恰好を見ると、印象が変わるのだろう。だが、口調はレイの知る、エリィそのものだ。

(き、奇麗過ぎる……!エリィさん……こんな……こんなのって!!)

レイは思わず、目を逸らしてしまった。余りに魅惑的なエリィの姿は、レイにとっては恥じらいの対象以外の何者でもないのだ。直視する事さえも、許されるのか怪しい程に、今の彼女の姿は魅力的と言えた。

「エリィ!お前、その格好は目立つだろうが!十五歳の私にこんな事言われて恥ずかしくないのかよ!」

「あら、スバキさん。私は自分のプロポーションに絶対的な自信を持ってるの。だからこうしてビーチを歩ける。こんな、綺麗なビーチがあるからこそ、一層映えるのよね。」

「周りの奴等、見てるしさ!恥じらいを持てっての!」

実際、エリィの姿を見ている何人もの人間の姿があった。それらを見て、エリィは手を振っているのだ。まるで、自分がメディアに出演する有名女優であるかの如き、対応だった。

「セレブの女優だって堂々と綺麗な格好、してますよ?」

「だから、なんでそんなに自分に自信満々なんだよ!?それにエリィ、お前がいるとな、私が惨めに見えるってか……くぅ……おっぱいもっと欲しい……」

「大丈夫だよ。貴方は今は成長期なんだからこれからもっと大きくなるよ!フフッ……」

「うるさいな!お前に言われても説得力がないんだよ!」

両者のこのやり取りを見て、レイは平和を感じていた。半年の間に、スバキはチームに馴染んだ様子である。恐らく、レイ以上にチームの一員として動いてきたのだろう。

 マサアキの事や母親の事もあり、彼女は、一度は精神的に崩壊寸前だった。しかし今の彼女は違う。その状況を脱して純粋に今を楽しんでいる。彼女の状況を知るレイだからこそ、それを感じられるのだ。

(あ……肩が……)

レイはこの時、エリィの左肩に傷痕が残っていたのを見た。以前にマサアキに撃たれた傷痕である。傷自体は塞がっているが、表面からそれは見えてしまっている。痛々しい印象こそ持たないが、それを見たレイは少しばかり、彼女を気の毒に思ってしまっていた。

「レイ君、どうしたの?もしかして恥ずかしいとか?」

「いえ、そんなのじゃないです……」

あまり、言わない方が良いかも知れないと判断したレイは、黙る事にしたのである。

「フフ、そんなに恥ずかしがる事ないんじゃない?もっと、見て良いんだよ?男の子でしょ?」

と、言いながらエリィは顔を覗き込ませる。それに応じ、レイは彼女に目線を合わせた。

「もう!あんま見せつけないで下さいよ!スバキの言うように、もう少し恥じらって下さい!!」

左肩の傷痕が残っていても、それでも堂々と振る舞うエリィ。その事に対しても恥じらいを感じている、レイ。

レイはウブな人間だ。リルムと交際に至ったとはいえ、相手の裸を見たりする事に対し、恥じらいを感じる。その為、エリィの身体がより、印象に残りやすいのである。

「といいつつ目線が泳いでるんだよお前!むっつりスケベ!!」

隣にいたスバキが揶揄うようにレイの頭を再び打った。

「ち、違うから!」

「嘘吐け!てかさ、エリィはいつ身体鍛えてるんだよ。あれだけ四六時中忙しそうにしててどうやってそんなボディー作れてるんだよ。」

完璧ともいえる、エリィの身体つきに思わず嫉妬しているスバキ。彼女のプロポーションの秘密について、何気なく、聞いてみた。

「時間の有効利用だよ。四六時中忙しくても、必ず運動する時間を作る。たとえ30分でも、15分でも隙間時間を作る。後はご飯。どれだけ大変な時でも必ずバランスの良い食事を摂ってる。それで保ってます!」

と、腕を組みながら語るエリィ。忙しい中でも必ずそうした時間を設けているのがエリィの美貌の秘訣なのだろう。

「それにね、常に綺麗にしておく事はクルーの士気を上げるきっかけにもなるしね!世の中のアイドルやモデルが綺麗で居続けて、それを見た人達が癒されるように、私もそうでありたいと思うの!」

こうまで自信に満ちた人間が、デウス動乱時は落ち着いた性格だというのが想像出来ないと、思うレイ。

「さぁて、羽休め出来る時間は短いよ。セイントバードは交代制で休憩時間を設けているんだから。海水浴、楽しまないと損だよ、二人共!」

まるで保護者と言わんばかりにエリィは二人に海水浴を勧めた。

 先日に新生連邦に連行されそうになる事があったのに、それでもすぐに海水浴を楽しもうとする心意気。こうした状況の切り替えが出来るのが、セインドバードチームの強みなのかもと、レイは考えていた。

 

 

 太陽が照り付ける中の海水の心地良さは一味違った。火照る身体を海水が浄化するかの如く、身体に染みるようだ。海岸沿いの海の心地良さは一味も、二味も違うとはこの事だろう。

 レイは以前、海水をまともに受けた事があった。それは極寒の日本海での事。その冷たさは人間の居られる環境ではないと言えた。そこから一命を取り留めたレイ。その回復力は医師であるネルソンを驚愕させた。

 海水の心地良さは、ここ数日の出来事を忘れさせてくれるようだった。自身とリルムの拉致、ジャンヌ・アステルからの新型ガンダムタイプの受領、そしてサイコミュ兵器、ブリッツファンネル。これらの経験をしても全く身体に影響を受けていない、レイ。その事は、自身でも不思議に感じているのであった。

「気持ち良い……海水浴なんて、本当随分と行ってなかったから……まさかこうして行けるなんて思わなかったけど。」

海水に揺られながらレイは呆然と呟く。照りつける太陽と海水の冷たさが合わさり、心地良さを作り出していた。

(もしこんな事にならなかったらリルムと一緒に海、行けたら良かったのに……)

この場にいないリルムの事を想うレイ。心地良さの一方で、リルムがこの場にいない寂しさを、感じていたのであった――

 

バシャッ

 

優雅に海水の冷たさを感じていた時、レイの顔を海水が覆った。突然の事にレイは慌てふためき、咳をしてしまう。

「ケホッ……何……?」

海水を掛けられた方を見た。そこにはスバキの姿があったのだ。

「おい!いつまで一人の時間過ごしてんだよお前!一人でビーチに来た訳じゃないだろうが!」

「だからって、顔に掛けないでよ!溺れるかと思った……」

「お前が私の事、無視するからだよ!バカ!」

「無視なんてしてないよ!」

互いに出会った時、ここまで会話をする仲であっただろうか。接触回数が増えたりする等、環境が変わる事で、人はここまで変われる。人間にとって環境の変化や他者との交流は、それ程に、大切なのである。セイントバードの環境は快適とも言える。スバキの表情が、それを物語っているのだ。

「はいはい、二人とも喧嘩しないの。」

と言って来たのはエリィだ。相変わらずの魅力的な格好はレイを翻弄させる。

「戦争になるかもしれないって時にこうして海水浴が出来るのは幸せな事なんだよ?そもそもデウス動乱時にこうした事なんてまず、出来なかったんだから。」

それは彼女が軍属であったという事もあったが、戦争状態によって僅かな娯楽時間ですら許されなかったという事も関係しているのである。

「それにね、この海だって戦後の状況にも関わらずこんなに綺麗で保てているのは戦争ばかりしている人間達だけじゃなく、旧世紀の人間達が環境の事とかをきちんと考えてくれている結果が、今の世界を作り出しているんだよ。じゃなかったらこんな綺麗な海を見る事も出来なかったし、その上に映える私みたいな人間も生まれなかったって訳。全部が成り立つのは旧世紀から続く、過去の人々が今日まで頑張ってくれてきたから。地球やコロニーで生まれた人間として生きてきて、その役目を果たしてくれているから。私達はその事に感謝しつつ、生きていかないといけないよね。」

言葉の中にエリィの自惚れが合間見えたのだが、言葉としては間違っていない。

 この世界は旧世紀の人間達の努力が継続した結果成り立っている。海洋汚染も大きく影響せず、保たれている。それ以外にも、地球上の自然がそれなりの形を残しているのもまた、事実だ。

 だが人は戦争を繰り返す。戦争の度に、人類だけでなく、その自然も破壊される。破壊された自然を再生するのには時間を要す。結局は、その繰り返し。これも、矛盾と言えるだろう。

「だからと言って環境は大切だからーって言い続けて、その価値観を押し付けて結果的に人に損失を与える事があっても駄目だと思うしね。それで人を殺めるとか、苦しめるとか、それは極論になっちゃう。その共存が求められるのは、地球圏に生きる私達に課せられた永遠のテーマなのかも知れないね。」

エリィが語る言葉を二人は頷きながら聞いていた。それは、戦争を経験している彼女だからこそ、語る事が出来る内容なのだろう。

「家庭教師してくれてた時から思ってたんですけど、エリィさんって本当に先生みたいですね。」

彼女の言葉を聞いたレイが、言った。

「私ね、実は戦争の悲惨さを伝えたいと思って、一時期は教師を目指した事、あったからねー。でも結果的にMS乗りになったんだけど。」

「そうだったんですか!?知らなかった……」

「そう言えばエリィの事、あんまり分かってなかったな。」

二人のそれぞれの、感想。それを聞き、エリィは口を開く。

「けれどもMS乗りは戦争中に使われた兵器のスクラップ等を再利用したりしてるからね。基本的には命のやりとりの場面も多いけれど、一方で環境の事や人間の事もしっかりと考えて動いたりしているんだよ。今はアステル家がスポンサーとしてくれているんだけど、それでも基本的な事は変わらないんだ。」

「そんな事も考えていたんですね。」

「まあ、そこはMS乗りに寄るのかな。略奪ばかりを考えるMS乗りも居ますからね。そういうのって基本的に信用されないから。目先の利益とかを考える存在は早々に淘汰されちゃう。そんな世界なんだよ。」

それに該当するのは、以前チームが交戦したベレッサ海賊団だ。彼等は新生連邦によって雇われ、その結果セインドバードに負けた。新生連邦が出した目先の報酬に眩み、彼等は倒される結末を迎えたのである。

 

「レイ、スバキ。海はどうだ?俺らも随分久しぶりだからなぁ。」

「こんなの、贅沢ネ!ガースト、早く行きたいネ!」

三人が話をしている時、ガーストとプレーンのカップルが浜辺に姿を見せた。ガーストの身体つきは細く、引き締まっている。その上での男性用の海水パンツはビーチを歩くのに違和感がないと言えた。

 一方のプレーンはその豊満なバストを揺らし、歩いていた。その姿を見たレイは思わず顔を赤めてしまう。水着姿というのは裸に近いが故に、その個人のプロポーションが目立つ。ガーストとプレーンのカップルはスタイルも良く、その上で仲が良い。周りの人間が、嫉妬する程に。

「プレーンってなんであんなに、胸、でかいんだよ……私なんか全然……」

スタイルの良いエリィと、豊満なバストを持つプレーンの身体を見て、スバキは自信を無くしている様子だった。

「レイ、改めてお礼を言うよ。本当に助かった。あの時お前が来てくれなかったらどうなってたか分からないからな。」

「いえ、そんな。僕はただ、夢中でしたから。」

広大な海を背景に、ガーストは礼を言う。

 クルーとの交流も随分と久しぶりだ。無我夢中とは言え、ツヴァイガンダムでセイントバードチームを助ける事が出来たのは、レイにとっては何よりも嬉しい事と言えたのであった。

「ガースト、久しぶりに水着着れて嬉しいネ!水着のままチューしたいネ……」

突如プレーンが、言い出した。突然の言葉に、この場に居た皆が驚愕している様子だった。

「はぁ!?お前なぁ……まあ、良いか。」

 

チュッ

 

そして、ガーストもあまり嫌がる様子を見せなかった。そのまま、両者は接吻を交わした。レイとスバキ、エリィの三人が見ている前で、白昼堂々と。

「二人とも大胆ね!フフ……」

この様子を見て余裕の笑顔を浮かべるエリィ。それとは対称的に、公然と接吻を交わす二人に対して怒りを見せるスバキ。

「お前らもう少し場所を弁えろよな!公然猥褻!セイントバードでもキスばっかりしやがって!」

「スバキはお子様だから怒ってるだけネ!ねー、ガースト!」

「あ、ま、まあそう言う事にしておこうかな。」

「お子様とか関係なくそういうのやめろって!」

この光景を見て、レイはただ、呆然としている。

(相変わらずだなぁ、この人達も……)

これが、平和なのだろう。世界情勢が不安定とは言え、セイントバードチームは相変わらずの様子といったところか。スバキもチームに馴染んでいる様子であり、こうした団欒とした時間が流れている。故郷に戻る事が出来ない状況になったとはいえ、このメンバーの中ならば、頑張って過ごしていけるのではないかと、レイは考えていた。

 

ピピピッ

 

その時、エリィの腕時計が鳴った。彼女はすぐに応答する。腕時計はウインドウを開き、そこにはネルソンの姿が映し出されていた。

「艦長。大変な事になった。動画をすぐに見てくれ。」

「大変な事……?どうしましたか?」

「新生連邦が動画配信をしている。Eフォンから見れるだろう。我々に関わる事だ。確認しておいた方が良いだろう。」

「ええ、分かりました。大尉、ありがとうございます。」

そう言って、ネルソンからの連絡は切れた。新生連邦の動画配信とは、何を示すのだろうか。この場に居た誰もが、その事に興味を抱いていた。

 

 浜辺に戻り、Eフォンを確認する彼等。急いで動画アプリを開き、新生連邦の配信を見たのである。

 そこには、軍服を着た総司令、レヴィー・ダイルの姿があった。側にはソフィア・ブレンクスの姿もある。今から、何を語ろうと言うのか。この動画は全世界に配信されている、ライブ中継で放送されていた。

「メディアを通じてご覧の放送を閲覧されている皆様。私は、レヴィー・ダイル。新生連邦政府軍の総司令を務めております。ご存知の方も多いかとは思われますが、今、世界情勢は混迷の状況に差し掛かっております。デウス動乱の混乱期を経て、新生連邦政府軍を樹立し、地球上に敵性戦力が出現しないように戦力増強を続けてきました。ですが、それも限界が近いようです。何故ならば、この地球上には新生連邦政府以外にも、平和国連盟の軍隊である、国際平和連合軍が存在しています。彼等、平和国連盟は平和主義を唱えており、その存在を維持する為に加盟国民から平和主義の維持費の調達をした上で、この、国際平和連合軍を存在させています。これは紛れもない矛盾であり、自らが軍隊を持つと言う事自体、平和への冒涜と言える事でしょう。」

平和国連盟への批判。レヴィー・ダイルはその事を語った。この時、セイントバードチームの皆が、何かしらの“予感”を感じていた。これが、何を示す事であるか……を。

「平和主義を唱えている組織が平和と対になる存在である、軍隊を所持している平和国連盟。この矛盾は世界の混迷そのものであると、我々は判断しました。この世界に、管轄の異なる軍は二つも必要はありません。これまでが異常だったのです。これから行う事は、地球上の戦力を一つに戻す為の行為です。一時的な戦争状態になる事は承知の上で、メディアをご覧の皆様には理解をして頂きたい。」

“戦争”という言葉が、総司令から出た。この瞬間、セイントバードチームのクルー達は誰もが息を飲んだ。

「我々新生連邦政府軍は、平和国連盟に対し、正式に宣戦布告の宣言をします。今から二時間後、平和国連盟本部、ニューヨークに向け、我が軍による作戦、オペレーション・デモリッション・クリエイションを始動します。」

新生連邦軍が、正式に平和国連盟に対して宣戦布告をした瞬間だった。この瞬間、デウス動乱後の平和と呼ばれた期間は崩壊したのであった。

 

参考文献

※1奈良勲(著)「魔女と詩人との対話」p.58幻冬舎、

2021年より一部改変

 




第四十一話、投了。
ウィリア・ラーゲンは情報に特化したバンディットであり、その恐ろしさなどを知っている人物として描いています。
SNS上での危険性などを伝えている彼女の目的は、弟を嵌めた人間への復讐。
そして、始まる本格的な戦争状態。ここから世界は大きく動いていくといった話でした。


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第四十二話 オペレーション・デモリッション・クリエイション

遂に開始された新生連邦の国連軍に対する作戦、オペレーション・デモリッション・クリエイション。壮絶な戦いにセイントバードは巻き込まれてしまい――


 

 平和国連盟は揺れていた。新生連邦総司令、レヴィー・ダイルが行った、宣戦布告。それを聞いた彼等。二時間後に本部へ総攻撃を掛けるという、新生連邦軍。予想は出来ていたようで、出来ていなかった平和国連盟。その本部にて、議員達は騒然としていた。

チャール・ポレクは未曽有の事態に対し、すぐに国連軍を要請。アメリカ西海岸にその戦力を投入するよう、指示。国連軍はこれに対して要請を受け、行動を開始した。

その中に、平和国の一部代表の一人である、ザビール・エルケスが居た。反平和主義を訴える人間の一人である彼は、今、国連の水上艦に乗り込み、そこにいた艦長である、アナザ・クライアスとコンタクトを取っていた。

アナザ・クライアス。階級は中佐の佐官。白髪が目立つ、壮年の男性だ。旧地球連邦軍に所属していたが、デウス動乱終結後に彼は国連の軍人として生きることを決めた。戦後の平和維持活動に努めたかった為である。

「エルケス代表。どうなされたのですか。いきなり艦に乗られるなど。」

年下とはいえ、相手は平和国連盟の一部代表。権限は当然ながら一部代表の方が上であり、軍人である彼は決して相手を下に見るような発言はしない。

「遂に、新生連邦は動き出しましたね。こうなっては最早、平和国連盟に居る理由など、ない。兵力で劣る国連に勝ち目があるとは思えない。ならば、いっそ新生連邦に寝返るか。」

その言葉を聞き、国連の艦長は耳を疑った様子だった。平和国連盟の一部代表が寝返り、新生連邦に加入するという、あってはならない事。それを、この男、ザビール・エルケスは行おうとしていたのである。

「そ、それはどういう事でしょうか……?」

「聞こえなかったのですか?軍事力に圧倒的に優れる新生連邦に、このまま入隊し、平和国と敵対するんですよ。戦力比を見ても、国際平和連合軍では軍備で圧倒的に勝る新生連邦に勝つ事は殆ど不可能に近い。だから、寝返り、我々が平和国連盟を討つ。そうすれば我々も苦労せずに済むでしょう。長いものに巻かれろ……生き残る為の基本です。」

ポルトガルの一部代表を務めているザビール。彼が新生連邦に寝返るという事は、つまり、ポルトガルの領土は新生連邦政府に権限を与えるも同じ事となる。彼の身勝手で、そのような事が成立する事はあってはならない。しかし、この男はそれを成そうとしているのである。

「我々はそれに反対です。そのような横暴は貴方が一部代表であれ、認められない!」

兵士達は猛反対した。それも当然の事。身勝手な行為をしようとするザビールを止めるのは至極当然だ。しかし――

「お前達は所詮ただの兵士に過ぎない!その兵士が一部代表である私……いや、僕に対してそのような口を叩けるのか!?」

アナザを始め、兵士達は皆、黙った。

「所詮軍人風情に分かる話ではないよ。良いか!?平和国連盟が新生連邦に攻撃されれば負けるのはほぼ、確実!そうなったらどうする?逃げるしかないだろう!チャール・ポレクは平和主義の一点張りで敵前逃亡云々に関する事なんて何も考えていない!だからいくらでも融通は利く!寝返りなど、上等!」

最早この男の言いがかりだ。躊躇のない発言はこの場に居た皆を混乱に陥れている。

「それにクライアス中佐。元々貴方は地球連邦軍の所属の人間だったんでしょう?これは別に裏切り行為でも何でもありませんよ。元の所属に戻るだけ。違いますか?」

ザビールは、アナザに対して挑発するように言った。しかし――

「今の私は国連の士官として、ここに居ます。いくら貴方が一部代表であろうとも、安易な発言は控えて貰いたいものですな。」

そう言った後、ザビールは頭を急に抱えだした。そして、言葉を発したのである。

「もう良い!じゃあ権限を僕に与える事にしよう!この艦を指揮するのは僕だ!クライアス中佐は僕の指示に従って艦の指揮を執るように!これは絶対命令だ!!」

最早言葉が通用していない。この男、ザビール・エルケスは何を言っているのだろうか。

「滅茶苦茶だ!軍への権限がない貴方が実質的な艦の指揮をするだと!?」

アナザは激昂した。だが、その言葉に対し、ザビールはアナザに近付き――

「ふざけんな。お前は何?僕に逆らう事できるの?所詮軍人の分際でさ、偉そうに語るのやめてくれない?いくら自分が中佐だからってさ、それよりももっと偉~い、平和国の一部代表である僕に偉そうに語ってんじゃねえよ。僕がポルトガルの権限を握っているようなものなんだよ?もう少し言葉を慎めっての。つーかまじでウザいんだけど。新生連邦に寝返った方があんたも長生き出来るんだからそれで良いじゃねえか。」

まるで下品な若者が物を言うような口調で、アナザを侮辱するザビール。だが、アナザはその言葉に対しても、何も言うことが出来ない。この場において権限は一部代表であるザビールの方が上なのだ。彼の独断であれ、誰も反論は出来ないのである。

「さて、方法はただ、一つ。新生連邦が攻撃を仕掛けてくる間に一目散に相手の軍に投降。そうすれば良いのです。」

アナザは、ただ彼の無茶な提案を認めるしか出来ない。それが、悔しくてならなかったのであった。

 

 

 

 平和国連盟は国連軍をニューヨーク南沖に部隊を展開するよう指示。新生連邦に寄る総攻撃に耐えられるように、水上艦を派遣していた。その間、ニューヨーク市内は避難警報を発令し、市民に避難指示が出た。

 水上艦には国連の主力機体、ヴァントガンダムが搭載されている。その数は六機。水上艦の数は推定二百隻。それが、平和国連盟本部沖に存在している戦力である。新生連邦の侵攻に対し、これらが展開されていくのだ。

 やがて、その中に一隻の超大型戦艦の姿も存在した。国連の旗艦、アッサラーム。最高部隊と呼ばれるその部隊の指揮官を務める将軍、ウィレス・レイド・アースが、動き出したのだ。

「出撃せよ!新生連邦軍が迫るのならば、我々は迎え撃つしかない!まさかこのような全面戦争になろうとはな!」

巨艦、アッサラームが動く。全長1キロメートルのその艦は周りの水上艦と比較しても巨大であり、例えるならば鯨と魚程の差があると言えた。

 巨艦が動き出し、新生連邦を迎え撃つ。あと二時間すれば、新生連邦と国連の戦いが、始まる。その時、世界はどのように動いていくのであろうか。

 

 

 

新生連邦の配信を見ていた浜辺のメンバー。戦争が始まると言う事が、現実になった瞬間。平和がなくなると言う事を痛感した彼等は、ただ、戸惑うばかりだ。

 

ピピピッ

 

再び、エリィの腕時計に連絡があった。発信者は、ネルソンだ。

「艦長、動画は見たか。新生連邦が戦争を起こすと言う事は、暫く我々は動かない方が良いだろう。下手をすればここも戦場になる可能性がある。セイントバード内で暫く待機だな。」

「ええ、そうですね……」

セイントバードが戦闘に巻き込まれる必要は、ない。彼等は、通り過ぎる嵐をやり過ごす為に、ここ、フロリダにて待機する事を最優先事項とした。

『フロリダより通達です。避難指示が発令されました。直ちに、ビーチから離れ、安全な場所へ待機して下さい。繰り返します――』

更に、同じタイミングで放送が流れた。これを聞いた観光客は皆が避難を開始していた。

戦場になるかも知れない状況で、優雅に海水浴を楽しんでいられる訳がないのだ。

「みんな、セイントバードに帰りましょう。ここも戦場になるかも知れないから……」

メンバーの安全を最優先に考えたエリィは、一度戻る事を提案。当然、皆はこれに賛同する。束の間の休息ではあったが、戦争状態になるのならば、それは避けなければならない。

 彼女に続き、四人は艦へ戻る準備を始めた。ビーチに置いていた荷物を拾い集めていた、その時――

「待て」

と、一人の、男の声が聞こえた。その方を見ると、そこには軍服を着た男の姿が、二人居た。機関銃を構え、厳格な雰囲気を醸し出しているその兵士達。

 その軍服には見覚えがあった。新生連邦軍の軍服である。平和国連盟の領土であるこの地に、何故ここに新生連邦の兵士が居るのか?エリィは強い視線を送り、言った。

「……何か、御用でしょうか。」

「お前達、先程“セイントバード”と話していたか?」

会話を聞かれていた。恐らく彼等はスパイッシュが率いていた部隊の片割れなのだろうか。

「何かの間違いでは?」

表面上は冷静に対応するエリィ。彼女に緊張が、走る。まさか、ここに新生連邦の兵士が居るなど、思いもしなかったからだ。

「そうか。この近くに我々が追っている戦艦があってな。その艦の名がセイントバードって言うんだが、この辺りに潜んでいるって聞いてな。心当たりがあるのかを聞いていたんだよ。」

兵士の言葉に対し、エリィは言った。

「私達はご覧の通り、海水浴に来た観光客ですよ。みんな、私の親戚です。今日はみんなで集まって楽しくバカンスを楽しんでいたのだけど、新生連邦軍が戦争を起こすって動画を見たので避難をしないとって思ってた所なんです。」

「そうか。それは随分と大変だな。早く避難出来れば良いな。」

「ええ、すみませんが、これで――」

 

ジャキンッ

 

だが、一人の兵士が突如銃を構え始めた。明らかに、“何か”を察している様子の兵士。それを見たエリィは、すぐに対応した。

「何をするんですか!?民間人に銃を向けるなんて、そんな事!」

「黙れよ。お前達が只の民間人でない事は分かっている!お前の左肩の傷痕、明らかに何かに撃たれたものだな。明らかに民間人でないと見た!それに、そんな人間が白昼堂々と、そんなグラビアアイドルみたいな卑猥な格好なんてするかよ。」

「ひ、卑猥って……」

マサアキに撃たれた傷痕が仇となってしまった。兵士は洞察力に優れている。彼等の事を観察した上で、接触してきたのだ。

「それにさ……」

その後、兵士はレイの方向を見た。金色の髪の美少年。彼の顔に見覚えがある様子の、兵士。

「“噂のパイロット”に似ているんだよ。あのガキがね。」

「……!」

新生連邦軍が今、戦力増強の要因として欲している人間、レイ。最悪な事に、彼等はその顔を知っている。彼等の目的は、二つあった。一つはセイントバードの場所を知る事。もう一つは、レイの場所を探る事。

 緊迫した状況が続く。下手をすれば兵士に撃たれかねない。戦争が始まるという状況で、予想外のトラブルに見舞われた、彼等。

「さっきも言ったけれど、この子達は私の親戚です。いい加減にして下さい!」

「ああ、そうかい。そうやってシラを切るんだねぇ。」

 

ダダダダダダダッ

 

兵士が突如機関銃を放った。銃火器類の使用は本来、市街地、観光地といった箇所では認められない。しかしこれは、彼等が新生連邦の軍人であると言う特権を利用した上での行為だ。

 幸い、銃弾は誰にも当たっていない。あくまでも、威嚇射撃だ。普通、このような穏やかなビーチで銃声があれば誰かが気付くだろう。しかし、今、この場は彼等しか居なかったのである。これが、運が悪い状況と、言えた。

「分かってるんだぜ?そこの金髪のガキがレイ・キレスっていうのも、お前達がセイントバードのメンバーだっていうのも!情報は全て伝わっているんだよ!逃げられると思わない事だな!そして、次は当てるぞ!」

明らかな脅しだ。突如訪れた危機に、彼等はどう、対処するべきかを考える。中でも艦長であるエリィは、一刻も早くこの場を立ち去りたいと言う思いで必死だった。

「くぅっ……!」

エリィの額から汗が流れる。暑さによる汗ではない、緊張に対する汗だ。

 だが、兵士達も汗を流していた。この暑さの中で、様々な武器を入れている軍服を着用しているのだ。当然と言えば、当然である。

「分かったのならそのガキをこちらに差し出すんだな!そうしたらこの場ではお前達の命を奪う事はしない!せっかくのバカンスで血まみれになりたくはないだろうからな!」

銃を構える兵士。この緊迫した状況を切り抜ける方法は、ないのだろうかと考える、エリィ。 

 クルーの皆は動けない。下手な事をすれば撃たれるからだ。

「しかし、暑いな。お前らの格好が羨ましい程にな――」

 

サッ

 

兵士が挑発するような言葉を発した時だった。

一瞬の隙を突いた、ガーストが動き出した。彼は砂浜の上を素早く移動し、もう一人の兵士に銃の射程が入る位置に立った。その際、兵士からアーミーナイフを奪い、首元にナイフを突きつける事に成功したのである。

「なっ!?」

驚愕する兵士。それに対し、ガーストが言った。

「このクソ暑い中そんな重装備、ご苦労な事だな。お察しの通り。俺等が只の民間人だと思ったら大間違いなんだよ。」

ガーストは元デウス帝国の軍人だ。それ故に、身体能力は高い。訓練も受けてきている彼だからこそ、このような行動を取る事が出来たのである。

 彼は、兵士が掻いた汗が滴るのを見た一瞬の隙を突き、行動したのである。彼の洞察力がなければこの場を切り抜けられなかった可能性が、高い。

「お前の銃を降ろせ。それと、もう一人もな。」

ガーストの脅迫に屈した兵士はやむを得なく、銃を下ろす。

 

ジャキンッ

 

それを、エリィは見逃す事なく、機関銃を拾い、兵士に向けた。これにより、兵士は完全に身動きを取れなくなったのである。

「ガースト君、ありがとう。みんな、先に行って。彼等を放っておく訳にはいかないから……」

エリィが言うように、レイ、スバキ、プレーンの三人は逃げ出す事に成功した。この場には、ガーストとエリィの二名が残される事になる。

 エリィが機関銃を構え、もう一人の兵士を脅している間、ガーストはナイフで脅している兵士の身包みを剥ぎ始める。そこにあったのは多くの武器。これらがセイントバードに向けられる事は、危険だ。

 やがて兵士達は下着姿のみになった。こうなってしまっては何も出来ない。武器や服装は全てガーストとエリィが押収し、その上で、軍服に入っていた縄を使い、両手と両足を縛った。状況は逆転。何も出来なくなった兵士はただ、されるがままである。

「俺達がこんな事になったとしてももう遅い!セイントバードの場所はもう、判明している!いつでもお前等を攻撃出来るんだからな!」

負け惜しみのように言う、兵士。それに対し、エリィが言った。

「なら、急がないと……ね。」

ガーストとエリィは兵士に視線を合わせながら、静かに後ろに去っていく。やがて兵士との距離が離れた所で、彼等はセイントバードに戻って行ったのだった。

 

 

エリィは急いでセイントバードに戻ってきた。平穏な海水浴は一転、危機的状況が彼等を襲おうとしていたのである。

 彼女が真っ先に向かったのは艦長室だ。水着姿のまま、エリィは部屋に入る。そこにはスラッグ、インクの外にネルソンが居た。

「艦長!?随分と遅かったな。」

疑問を抱くネルソンに対し、エリィが言った。

「大尉、すぐにセイントバードを発進させます。新生連邦にここの場所がばれています。」

「何!?そうなのか?」

「ええ、さっき兵士に遭遇して、そう言われました。ここに居ては危険です。」

艦長の指示とあれば、従わないわけには行かないと考えるが普通だが、問題があった。

 二時間後に行われる新生連邦の総攻撃。それがニューヨーク沖で行われるという事。万が一今発進させて、戦闘に巻き込まれる事になれば命の保証は、ないと言える。たった一隻の戦艦が艦隊相手に勝てる筈がないのだ。

「完全に、連中に踊らされているという訳か。しかし艦長。ここを発進したとして、どこへ向かう?少なくとも大西洋は危険しかないぞ。戦闘範囲がどこに及ぶか分からない。もう少し待つ事は出来ないか?」

「恐らく、数時間以内にはここに新生連邦が来る可能性も考えられます。今は大西洋方面ではなく、南米方向へ行く事を提案します。」

最悪のタイミングでの出航。それは、彼等としても避けたい事。しかし新生連邦がここに来るという事は、犠牲者を出す可能性も考えられる。そうならない為には、逃げるしかない。

 ネルソンは一度迷ったが、状況が、状況であるのならば仕方がない。セイントバードの発進を、受け入れる必要があるのだ。それも、艦長であるエリィの提案ならば尚の事だ。

「うむ……ならば、そうせざるを得ないだろう。南米方向が安全と言う保障はないが、退避するのならば有りかも知れん。ただ……」

「ただ?」

ネルソンは、明らかに目線を泳がせている。それは、彼女の恰好が関係していたのだった。

「艦長、せめて何か身に纏ってくれ。ここはミスコンの会場ではないのだよ。」

「え?はっ!?私ってば!すみません、大尉!」

ネルソンは呆れた様子で言った。緊急を要すとは言え、黒いビキニ姿で艦長室に現れたエリィ。今の状況と明らかに、合っていない恰好に、この場に居た皆が、実は驚愕していたのである。

「えっと、とにかくセイントバード発進準備!ちょっと部屋に戻ってきます!大尉、私が戻ったらMSデッキに行けますか?どうなるか分かりませんし、ハルッグに待機して貰えれば!」

「ああ、そのつもりだ。」

と、慌ててエリィは自室へ戻って行った。その様子を見たインクとスラッグは、どこか、呆れている様子だった。

「やっぱり艦長、相変わらずどこか抜けてるよね……」

「性格が天然であの抜群のスタイルはまあ、確かに男が寄ってくるのは間違いないんだけどなぁ。狙っているのかどうかが怪しいレベルだけど……」

「そんな事を言っている場合か。スラッグ、発進準備を急げ。」

「りょ、了解!」

この場に居ないエリィの代わりに、ネルソンが簡単な指揮をした。エリィがレイの家庭教師をしている間の半年間、艦長代理をしていた名残がここに残っていたのであった。

 

 

 少しの時間を経て、エリィが艦長室に戻って来る。だが、彼女は何故か青いラッシュガードのみを羽織って戻ってきており、その大腿部から下の脚線美は丸見えの状態だったのだ。それを見て、ネルソンは頭を抱えた様子で言った。

「艦長、何故ズボンを着ないのだ?」

「時間がないと思いまして。とにかく、大尉、すみませんけどハルッグに待機お願いします!」

「はぁ……」

やはり、エリィはどこか抜けていると感じたネルソンは、渋々MSデッキへ向かって行く。緊急を要する状況での、エリィの格好は明らかに緊迫する状況とはかけ離れており、これに対してインクも、スラッグも内心呆れていたのだ。

「これじゃグラドルが艦を指揮してるようなもんじゃねえか……」

「し、声がでかい!」

ひそひそと、会話をする二人。それを見たエリィは、艦長席に座り、言った。

「言っておきますけど二人共、私、グラビアアイドルじゃありませんからね。」

「え?何言ってんすか、艦長?」

「別に……セイントバード、発進!」

言葉に困る恰好をしているエリィが指揮するセイントバードが、動きだす。敵がどこに潜んでいるのか分からない状況である為、彼女が急ぐ気持ちは分かるのだが、ブリッジメンバーはどこか、目のやり場に困っている様子だった。

 そして、エリィは新生連邦の兵士に言われた言葉を酷く、気にしている様子だったのである。

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

エンジンの轟音を鳴らし、セイントバードが飛翔する。この場に長く戻るには危険な状況であり、今は安全地帯へ避難する為に、南米方面へ向かうのだが――

「艦長!熱源多数確認!戦艦クラス二十隻!内水上艦十!空中戦艦十!」

「発進した所を狙われた!?完全に泳がされてたって訳ね……」

早速危機的状況に陥ったセイントバード。南下する方向に出現した新生連邦の艦隊が、セイントバードを待ち受けるのである。更に悪い事に、新生連邦はMS部隊を展開。マドラ級からジョゼフ部隊が展開された。前衛部隊だろうか、機数は十。艦の数と比較しても、少ない。

「敵MS部隊展開!」

「敵がやる気なら、こちらも迎撃しないと……!」

エリィの眼が見開かれた。例え敵が新生連邦であれ、自分達の行く手を阻むのならばそれを迎え撃つ。自分達が助かる為に。

「各機、発進!状況を見て、突破口を見出します!絶対に撃墜されないように!」

抽象的な指示ではあったが、今はそれに従うしかない。敵の戦力は想像に難い。ただ一つ言える事は、敵の戦力はセイントバード一隻で対処できる戦力ではないという事だ。

 

「ハルッグ、出るぞ。」

最初に、MA形態のハルッグが出撃。バーニアを展開し、迎撃に向かう。

「エスディア、行きます!」

次にガースト機が出撃。SFSであるゾーリド・カスタムに搭乗し、出撃。起動の際、モノアイが輝いた。

「アインスガンダム、行くぞ!」

その次にスバキの駆るアインスが出撃。空戦仕様で出撃した。この際、レイは自分以外の人間が初めてアインスを動かしているのを確認した。

「よし、ツヴァイガンダム、行きます!!」

 

キシィン

 

その後もトルクス数機が出撃をする中で、レイの新たなる愛機、ツヴァイガンダムがカタパルトから発進した。サイコミュ兵器、ブリッツファンネルを装備していない状態で。

 

 

 

戦闘が始まった。ジョゼフの部隊はビームライフルを両手に構え、ビーム粒子を放つ。これらを回避しつつ、ハルッグやエスディアはビーム砲撃を行い、迎撃する。フロリダ沖上空での戦闘。ビームが飛び交う状況で、命のやり取りが行われている。

その際、一機のジョゼフがツヴァイにビームライフルを撃った。だが、ツヴァイはシールドでこれを防ぎ、反撃にビームライフルを放つ。高出力のそれは、掠れただけでジョゼフのCメタルを抉る破壊力があったのだ。

「なんだ……?あのMSは……化物かァァ!?」

兵士は断末魔を上げた。他の兵士もビームライフルをツヴァイに放つのだが、その兵装を理解していたレイは、ツヴァイの前腕部を差し出し、バリアーフィールドを展開する。

 

バイイイイイン

 

ビーム粒子は弾かれ、形状を消した。それが出来ないならばと白兵戦を試みるジョゼフだが、ツヴァイの所持するメガビームセイバーは、並みのビームサーベルを遥かに凌駕しており、その破壊力を見せつけたのだ。

 ビームセイバーはジョゼフを一撃で貫き、破壊する。他にも、ハンドグレネードを展開するジョゼフも居たが、これらもマシンキャノンによって迎撃する。レイは、完全に戦闘の“勘”を取り戻していた。他のメンバーの足を引っ張るどころか、寧ろ率先して敵を撃退していく。

「これなら、あの兵器が無くったってやれる!」

意気込むレイ。だが――

 

ビゴォン

 

今度は、別の機体がレイに迫った。MA形態のエグゼマーが、ツヴァイの至近距離に迫ってきた。機体の数は三機。一斉にミサイルを至近距離で放ってきたのである。

「ああっ!?」

油断した――と、レイは思った。実弾兵器は至近距離で放たれては防ぐ手段が少ない。機体の装甲に頼らざるを得ない。危機が、レイに迫った。

「レイ!!」

が、一筋の光がミサイルを撃墜した。彼を叫ぶ高い声の主は、スバキであった。アインスガンダムがビームライフルを放ち、敵の砲撃から守ったのである。

「スバキ!ごめん!」

「そいつは確かに強いかも知れないけどな、お前だけが戦場に居るんじゃないんだよ!」

「うん、ありがとう!」

「じゃあ、また後でな!」

と言って、回線は切れた。この時のアインスガンダムの動きを見て、スバキは完全に機体を乗りこなしていると、レイは感じていたのだ。

 

 

 

ガースト達はレイとスバキ達とは違う場所で、新生連邦軍と交戦している。次々と現れるジョゼフ。数が多い為、これらの対処をするのに精一杯の状況。まともに戦っていては、埒が空かない。

ネルソンのハルッグは新生連邦の機体と比較して、総合的にスペックが劣る。以前まで対応していた、MS乗り相手ならば引けは取らなかったものの、やはり正規軍のMSの方が性能が高く、不足している分は、彼の技量で補っている状態だったのだ。

「ガースト、無理はするなよ。あくまでも迎撃だ。活路が見出す事が出来れば撤退する。我々の機体は旧式をベースにしている機体だ。故に、技量で補うしかない。」

「自信過剰に戦う気はないですよ。にしてもこの数はここに入って初めてですね。」

「連中、本気でセイントバードを捕える気だな……」

「レヴィー・ダイルが言ってた作戦の為ですか?」

「それ以外にあるか?戦力増強の為に、なりふりを構ってられんという事だ。出来るだけの事はしていかなければ。」

「俺達は新生連邦に従う気はないですよ。負ける気も、ありませんしね!」

エスディアはビームバズーカを展開し、放つ。高出力の兵器は機体を貫通する破壊力があるのだが、ジョゼフの機動性は高く、避けられる。これに対してハルッグはMSに変形し、ロングビームライフルを放った。両手部で構え、モノアイを輝かせ、放つ。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

ライフルは直撃。ジョゼフのコクピットを撃ち抜いた。一撃で破壊されたジョゼフを見て、別の機体が二機に迫ってきた。近接戦闘を試みるジョゼフに対し、エスディアはビーム機関砲で迎撃する。貫通力に優れないこの兵器では機体を破壊する事は難しかったが、牽制することは出来る。

 やがて接近戦になった時、ビームサーベルを腰部から展開し、ジョゼフの胴体を切り裂く。これにより、ジョゼフが撃墜。確実に、一機ずつ破壊に成功している彼等。

「駄目だな、敵の数が多すぎる……艦長に提案するしかない。このままの正面突破では我々がやられるのが目に見えている!」

「確かに……」

敵は破壊する事が出来ても、問題がある。数が多いという事だ。チームのメンバーが優れていても、新生連邦の戦力の多さは従来のMS乗りの比にならないのだ。

「艦長、聞こえるか!このままの正面突破は無理だ!危険が伴うが大西洋方面に行くしかない!」

ネルソンが、エリィに伝えた。それを受けたエリィが、答える。

「了解です、このまま集中砲火を浴びるよりは、その提案に乗ります!」

「頼む。」

ネルソンの提案は通った。セイントバードは南米方向から旋回していき、その角度を東側へ向けて行く。だが、その方向は新生連邦の艦隊が待ち受けているかもしれないという、状況。そちらの方が、危険が伴う可能性も、高いのである。だが、強行突破をする事が危険である事を考慮すれば、一度進路を変えて行く方が良いのだ。

 

 

 

だが、進路を変更した先にはセイントバードと同型艦であるウイングイーグルが存在していた。

 セイントバードと別の新生連邦艦隊の交戦のデータを目撃した、艦長のダリア。国連に攻める前に、その忌むべき艦を見た為、彼等の注目の対象が、変わってしまったのであった。

「総司令、あれは……」

「セイントバード、ですか。まさかこれから、平和国へ戦闘を仕掛けようというタイミングで遭遇するとは思いませんでした。良いでしょう、牽制を仕掛けます。」

「宜しいのですか。」

「ええ、“あの三機”を出撃させて下さい。あの戦艦と交戦するのは地中海の時以来ですね。」

この場で、因縁とも呼べる敵戦艦と遭遇する事になったセイントバード。総司令、レヴィー・ダイルは目を光らせ、モニターに映るエメラルドグリーンの聖鳥を見ながら、言った。

「ん……?あれは。」

セイントバードの側に居た、ある一機のMSをみて関心を抱く総司令。モニターを拡大させ、着目する。

「あれは……ガンダムタイプですか。」

側に居たダリアがモニターに映る機体を見て判断する。白系統のカラーリングをした、ガンダムタイプ。それには見覚えがあった。

 スパイッシュがセイントバードを連行しようとした際に失敗した原因ともいえるガンダム、ツヴァイ。その詳細を知らなかった彼等は、ここに来てそれらと接触しようとしていたのであった。

「三機が出撃した後、私も出撃します。あの機体には見覚えがあります。ローゼント中佐、指揮は任せます。」

そう言った後に総司令は、ブリッジを後にした。彼は自身の機体であるガンダムナパームに、乗り込む気でいたのである。ダリアは敬礼してから見送り、引き続き、艦長席に座って様子を見ていたのであった。

 

 

ウイングイーグルのMSデッキ内にて。そこにあった、三機のガンダムタイプはカメラアイを輝かせ、カタパルトから一斉に出撃する。デスペナルティ、アトミック、バイラヴァーの三機が、それぞれの武器を持ち、海上を飛び立ったのであった。

「随分前の戦艦じゃねぇかぁ!!ひっさしぶりだなぁー!ひゃっほぉぉ!」

気分を高揚させる、ニッカ。この様子から、戦闘は久し振りであるのかも知れない。

「各機散開。あの中に、噂の、白い奴が居るって話だ。」

「へぇ!?強い奴なら相手になるってーの!!!」

シエル、ハーディの二人がそれぞれ会話をした後、カメラアイを輝かせて空中を舞う。アトミックはMAに変形し、モノアイのカメラアイを搭載しているヘルメットを装着し、セイントバードへ向かって行く。

 

 

 

迫る新生連邦。セイントバードの前を飛んでいたツヴァイ。レイはこの時、接近する機影の存在を確認していた。

「これ……あのガンダム達だ……!」

それと同時に、レイの頭の中に電流が走った。ツヴァイに向けて迫る、三機のガンダムタイプ。鎌を持ったガンダム、ビームランチャーを装備しているガンダム、トリシューラランサーを持っているガンダム。

「オラオラァ!先手必勝だぜ白いガンダム!!」

三機のガンダムが、同時に迫る。デスペナルティは背中のビーム砲を放出。それに続くように、アトミックがビームランチャー、バイラヴァーが槍からビームを放出した。

 過激な発言とは裏腹、いずれの射撃も、正確な砲撃だ。回避し切れないと判断したレイは、左前腕部を差し出し、バリアーフィールドの展開を行う。

「何だとぉ!?」

ビームがかき消され、ハーディは目を疑った様子だった。ビームが通用しないという体験は、今まで経験をした事がなかったが故に、驚愕しているのだ。

「てめぇ、ふざけんじゃねぇ!」

今度はデスペナルティが直接、鎌を振るう。二重の刃で出来たその凶器が縦に振られる。それに反応したレイはすぐに機体を後方へ移動させた。

「こっちも居るんだよ。」

更に、バイラヴァーがビームライフルと、槍の先端からビームを、放つ。それも、ツヴァイの後方から。シエルは前腕部にバリアーフィールドジェネレーターがある事を、見抜いたのである。

「くぅぅ!」

ツヴァイガンダムは強力な機体ではあるが、ガンダムタイプ三機を相手にするのは苦戦している。

 多方から放たれるビームに、時折迫る近接兵器。これらを見分けながら、攻撃をしていかなければならない、ツヴァイ。

「これで!」

レイは前方のモニターにタッチした。すると、両肩部の隙間からビーム砲が展開された。エネルギーが溜められ、やがて、拡散ビームが放たれたのだ。

 一つ、一つの火力は少ないが、それらが無数に飛び交う為、まとめてビームのシャワーを浴びれば大ダメージは避けられない。三機のガンダムのCメタル装甲は粒子を浴び、僅かなダメージを受けていた。装甲が熱で僅かに溶けたのを、確認したのである。

「ちっ!馬鹿にしゃがって!!」

この攻撃に怒ったのが、ハーディである。普段は行わないであろう武装であるビームサーベルを展開し、後方から接近を試みた。

「後ろから来る!?」

それに反応したレイは、側腰部のビームセイバーラックを展開し、アトミックのビーム刃と斬り合った。粒子同士のスパークが散る、海上での戦闘。ビームセイバーの方が出力は上であり、アトミックは少しずつではあるが、押されていく。

「三機が相手なんだよ、白いガンダム!」

今度はバイラヴァーが迫ってきた。槍と同時にバックパックのマニピュレーターを二基展開し、ビームサーベルを抜く。

 アトミックとの打ち合いをしている最中の挟撃はレイにとって不利だ。接近するビーム刃と槍を避ける方法を探さなければならなかった。

「当てる!」

咄嗟に思いついたのが、バスタービームライフルによる射撃だ。バイラヴァーに対して放たれたビームの破壊力は機体を掠めるのに十分な火力を見せる。これにより、バイラヴァーを僅かながら後退させる事に成功。それを見計らい、ツヴァイは一度アトミックとの斬り合いを止め、上空に移動した。

 

 

 

 国連と新生連邦の戦いの火蓋が上がった。互いの戦力がぶつかり合う状況。新生連邦は空中戦艦、マドラ級から次々とMSを展開する。ジョゼフ、エグゼマーを中心とした飛行部隊。そして、水上艦からはディープシーの海中部隊が。ディースとは単独飛行が不可能な為、SFSによる補助が必要となる。新生連邦軍のあらゆるMSが、国連に向けて牙を剥くのだ。

「アット小隊出撃。その三秒後にミィーラ小隊出撃。」

「ティモシー小隊出撃。敵部隊の殲滅を図れ。」

対する国連軍も迎撃する為に、機体を展開する。ただし、国連軍の主力MSはヴァントガンダムを中心としたMSばかりである。元々地球連邦軍のファースト・ガンダムをモチーフにしているこれらの機体を見て、不快感を示す新生連邦のパイロットは、多い。

「似非ガンダム軍団が!!」

互いの戦力のビーム粒子が飛び交う。ビームライフルによる砲撃は一つずつ、命を奪っていくのだ。

「ミサイル用意!てぇ!!」

「やらせるな!迎撃用意!奴等の好きにさせるな!」

「戦力増強ばかりして!調子に乗るなよ新生連邦め!!」

「駄目だ、戦力が違いすぎる……!」

抗う者、諦める者、絶望する者、意地を張る者。多くの人間がいる戦場で、互いの兵器が撃たれる。戦後になって初めてとも言える本格的な戦争。それが、よりにもよって新生連邦と、国連という、地球上の組織同士が争うという愚業。何故、このような事が平然と行われるのだろうか。

 それが、人なのかも知れない。人であるが故に、同じ人種でも争うのだ。宇宙にまで生活範囲を広げた人類は、結局同じ環境の人間とでも争い、戦争を起こす。なんと、愚かな光景であろうか……

 

 

 

スバキ達も奮戦していた。ビームライフルを撃ち、迫る敵を迎撃する。だが、敵の数は多い。油断をすれば機体へのダメージは免れない。

セイントバードが狙い撃ちにされる状況で、トルクスやハルッグ、エスディアが敵機体から守っている。ライフルを放つ者、サーベルで迫る者、それらに対処する者。

 しかしいつまでも同じ状況が続くとは言えない。本格的に新生連邦は国連へ攻撃を開始している。そして、セインドバードは最悪な事に、その戦場の真っ只中に突入しようとしていたのである。

 そうなれば、敵の数が増えるのは確実だ。セイントバードに群がる無数のジョゼフやディーストは、確実にビームライフルで艦を攻撃していく。

「こいつらぁぁ!!」

スバキはアインスの武装を駆使し、これらに、砲撃をする。右肩部のビームキャノンを展開し、発射。一度に三機が撃墜された。

 だが敵の全体の数からすれば、それはごく僅かな数に過ぎない。安全な航路を取る筈が、寧ろ危険な航路をとってしまう事になったのである。

 そして、その間にもトルクスが犠牲になる。レイがモントリオールに居ている間に、十機が配備されていたトルクスの内、既に三機が新生連邦によって倒されているのだ。いずれもが、ジョゼフのビームライフルの集中砲火を浴びた結果である。皆、セインドバードを守る為に殺されたのだ。

「くっそおおお!!」

これを見て更に激昂したスバキはビームキャノンを再び発射。新生連邦のMS部隊に当て、撃墜していく。

 

 

 

「別働隊接近!国連のMS、こちらに向かっています!」

セイントバード内でインクが言った。新生連邦との交戦で苦労している状況で、更に悪い事に、国連の機体が迫ってきているというのだ。これ以上疲弊する事があるのは危険である。エリィは、咄嗟に判断した。

「全機へ!国連から離れるように!国連まで敵に回したら本当に大変な事になってしまうわ!」

セイントバードのパイロット達に対して通達したエリィだが、ネルソンがそれに対して聞いてきた。

「どうやってそれを伝える!?艦長が直接コンタクトをとるしかない!我々では無理だ!セイントバード自体が新生連邦の戦艦と同型艦なのに、個人に説得は無理だ!」

「なら、その通りにするしかないです!」

「艦長、何を!?」

ネルソンの疑問に対して、エリィは国連の戦艦に対し、回線を繋げるようにインクに指示をした。それを聞き、インクは回線を国連の水上艦に向け、繋げるのである。

「こちらはセイントバード、我々は国連軍に対して攻撃の意思はありません!繰り返します!こちらはセイントバード――」

水上艦に連絡を取る、エリィ。だが国連の戦艦は攻撃の手を緩める気は、なさそうだった。

 戦闘中は混乱状態と同じだ。途中で茶々を入れられたところで、それを止めない。どちらかが倒れるまで、ただ、戦うだけ。国連は軍だ。軍は、上層部の命令に従うしかないのだ。

「駄目です!応答なし!」

「信じて貰えないって事……!?全機体に通達します!こちらから国連に攻撃を仕掛けないようにして下さい!機体の判別で分かる筈です!」

最悪の状況だった。国連はセイントバードに対して攻撃の手を緩める事はなかった。躊躇なく、新生連邦軍の戦艦と見做し、攻撃をしてくるのである。これが同型艦であるが故の不幸だったのである。

 

 

 

同じ頃、レイは三機と交戦していた。ビームが迫ればバリアーフィールドジェネレーターを展開。それによって敵ガンダムからの攻撃を防ぐ。

「なんで……なんで効かねえんだよ!?」

怒りながらビーム砲撃を続けるデスペナルティ。そして同様にビームランチャーや無数の兵器を撃つハーディ。しかし、ツヴァイはバリアーフィールドジェネレーターでそれらを全て打ち消した。

 

ピピピピピッ

 

「別の機体!?数は五!?」

その時、三時方向から五機のエグゼマーが出現した。三機のガンダムタイプと交戦している最中の、アクシデントである。

レイはそちらの方向に着目してしまった。自分に迫ってくるエグゼマー。それらを見て、彼は先にこれらを倒す為に行動に出た。放置すれば自分がダメージを受けると、判断した為である。

「これを使うしか……!」

レイは迷わず、スイッチを押した。それと同時に、ツヴァイのバックパックに搭載されている巨大な砲身、二門が展開し、そして砲門が開かれた。

収束型ブラスタープラズマカノン。以前にセインドバードを守る為に、実弾兵器に対して放った強力な兵器。直線上の敵勢力の殲滅を図る為の兵器を用い、エネルギーを溜めていく――

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

 

この一撃に乗り、迫って来た数機のエグゼマーは全て壊滅した。圧倒的な力を持つそれを使用したレイ。彼はツヴァイの凄さを改めて実感していた。

 だが、この砲撃で消滅したのは新生連邦の機体だけでなかった。国連のヴァントガンダムも二機、巻き込まれてしまったのである。

「凄い……一瞬で……」

この砲撃を見た三機のガンダムのパイロット達は、驚愕していた。呆然とそれを見た中で、その中で、シエルがハーディに命令を下した。

「ハーディ。核を国連に向けて放つようにしろ。コイツの相手は三機まとめてやるのは危険と見た。」

「あぁ?チッ、こう言う野郎相手にするからこそ、闘志が燃えるけどなぁ!?気に食わねぇがしゃあねぇ。ここは任せるぜぇ?」

咄嗟の判断。シエルの言う事を聞いたハーディが、アトミックを変形させ、そのままその場から離れたのである。

 それを見送った後、バイラヴァーがレイに迫り来る。脅威の兵器を宿したツヴァイを、放って置けないと判断した為だ。

 だが、先程放った一撃が更なる混乱を招く事になった。ヴァントガンダムが巻き込まれた事を受け、ツヴァイを敵機体と認識した国連が、迫ってくるようになってしまったのである。

つまり、レイは先の一撃により、戦場を混乱させてしまったのだ。しかし、先程の破壊兵器を使用し、ただ、必死になっていた彼はそれに気付いていなかった。

その際に、ネルソンから回線が入った。それに反応する、レイ。

「レイ、余り暴れるな!艦長の言葉が聞こえなかったか!?今の一撃で君は国連の機体を巻き込んだんだぞ!?」

「え……そんな!?」

この言葉で、レイは自らの過ちに気付くレイ。彼は困惑した様子を見せた。

「その機体は強力過ぎる!下手をすれば我々が更に巻き込まれるぞ!只でさえ新生連邦に囲まれている状況なのに、これ以上敵を作るのは許されない!」

では、どうすれば良いのか。敵の数は増えるばかりだ。何らかの形で対処をしなければ、ならない。こうしている間にも、敵は迫ってくる。レイは、戦うしかないのだ。自らの力を用いて、敵機体を、確実に。

「でも……!このままじゃ僕達がやられちゃいます!」

「冷静に状況を見るんだ!一度距離を置け!国連を敵に回すのは危険すぎる!!」

「……ごめんなさい!今は、それどころじゃ……!」

敵が迫る中、そこまで配慮している余裕は、レイには無かった。ネルソンからの回線を切り、やがて、そのままレイは交戦を続ける。

 迫り来るガンダムタイプ、デスペナルティに、バイラヴァー。ツヴァイはバスタービームライフルを、バイラヴァーに向けて放った。しかしバイラヴァーはこれを回避する。

「調子に乗って!」

槍を振るい、ツヴァイを狙った。槍の先端がツヴァイの左肩部に直撃し、ダメージを受けた。

「うぅぅ!」

機体は揺れる。しかし、傷は殆どついていない。ビーム粒子を纏っている筈の槍でも、傷は浅かったのだ。

「ちぃっ、なんて装甲なんだよ……」

シエルが舌打ちを打ち、ツヴァイを睨んだ時だった――

 

キシィン

 

バイラヴァーを避け、ツヴァイの前に、ある一機の機体が出現した。ガンダムナパーム。総司令、レヴィー・ダイルの専用MS。この機体が、自ら勝負を挑んで来たのである。ツヴァイの存在を知っていた総司令は、その活躍を見て、どのように戦うのかを確認する為、動き出したのだ。

パイロットであるレヴィー・ダイルはシンギュラルタイプである。それ故に、同じく力を持つ人種である、レイの存在を感知出来た。

「そのガンダムのパイロット……間違いない、あの時の少年ですね。」

まるで脳内に直接声を掛けられたような感覚に陥ったレイ。それを、今、目の前にいるガンダムナパームから感じ取っているのである。

「この感じは……?」

互いの力を持つ感覚が、彼等を引き合わせた。以前に地中海で遭遇した事のある、彼等。

レイは驚いていた。まさか、この場で新生連邦の総司令に会うことになるとは思っていなかった為である。総司令から感じるプレッシャーを受け、彼に緊張が走った。

「そのガンダムタイプは、我々が開発していた最新機体の発展型にする為のデータが流用されている筈。アステル家がそれを奪い、まさか貴方がそれに乗るとは。」

「どう言う事ですか……!?」

何を言っているのかが分からない。ツヴァイはジャンヌに託された機体であり、その詳細を、何故新生連邦が知っているのか。

「そのままの意味ですよ。レイ・キレス。」

新生連邦の総司令に、名を呼ばれたレイ。この事から、彼の名が組織の中で知られてしまっている事になる。

直接名を確認していないのに、相手から感じる“感覚”で名を当てた総司令。彼のシンギュラルタイプの感覚は、そこまで見通せるのだ。

「それよりも、何故その機体に貴方が乗っているのですか。」

睨むように、ナパームのカメラアイがツヴァイを見ている。

「そんなの、関係ないですよ!」

「関係ないとは言わせませんよ。その機体に関わっているのはジャンヌ・アステルという事も私は知っているのだから!!」

何故、総司令がツヴァイの事を知っているのかは不明だが、今は戦場だ。聞きたい事はあったが、いまはそれどころではない。ましてや、敵が新生連邦の総司令というのならば尚の事だ。

「その機体があれば“例のMS”をこの作戦に使用出来たというのに!しかし、その機体に噂の少年パイロットが乗っているというのは何の因果なのでしょうかね!?」

例のMSとは、何を示すのか。レイは困惑した様子であった――

 

バシュウウウウウ

 

ナパームのビームライフルが放たれた。突然の攻撃に思わず回避運動を取る、レイ。その反撃と言わんばかりに、ツヴァイはバスタービームライフルを放つ。それを見切ったナパームは回避し、再びビームライフルを放つが、ツヴァイは前腕部を展開し、ビーム砲撃を防いだのだ。

「バリアーフィールド……成程、やはりその機体は“彼女”が関係しているのは確定していると見ました!」

ビーム兵器を一切受け付けない装置である、バリアーフィールドジェネレーター。それを脅威と判断した総司令は、ツヴァイに向け、牙を剥く。ビームサーベルを展開し、接近戦を試みようとした――

 

グォンッ

 

だが、ツヴァイに向かって特攻してくる敵の姿があった。デスペナルティである。片手に鎌を持ち、レイに迫る。そこに総司令がいるにも関わらず、躊躇さえせずに。

「死ねぇぇぇぇぇ!!!クソ野郎がぁぁ!!!」

「鎌持ちのガンダム!?」

咄嗟に反応したレイ。だが間合いが近く、防御に間に合わない。その為、一度ビームライフルを腰部に収納し、両手部で鎌の刃部分を受けたのである。

こうなってはツヴァイの方が力は上だ。そのまま、レイはデスペナルティから鎌を奪い取る事に成功したのである。鎌を奪われたデスペナルティ。そして、そのまま鎌を持ち、デスペナルティにダメージを与えたのである。

「ぐわぁっ、糞がッ!!」

鎌を奪われた事に対して怒ったニッカはウイング部分に搭載されているビーム砲を放つのだが、ツヴァイのバリアーフィールドが防ぐ。そして、ツヴァイは鎌を用いたビーム砲撃を行い、更にデスペナルティを追い込んだ。

「やばい!逃げるしかねぇのかよクソが!!」

状況的に敵対する事は難しいと考えたニッカは撤退の選択をした。三機の、特殊強化モデルのガンダムの内の一機が去り、脅威は僅かではあるが、減ったのだ。

そして、デスペナルティから奪った二重大鎌を持ち、レイは総司令と再び対決する。ツヴァイは先程デスペナルティから奪った鎌を振るう。これに対し、ナパームがシールドを構え、防御を行う。その際、シールドに搭載されているビーム砲を連射した。レイは咄嗟に前腕部を向けるようにツヴァイの胴体部を覆った。その結果、バリアーフィールドが展開され、ビームを防ぐことが出来た。

「やああっ!」

反撃をせんと、二重大鎌の柄部を連射する、ツヴァイ。だがナパームはこれらを避け、ビームサーベルを展開して鎌を切り裂いた。

「甘いですね!レイ・キレス!!」

そう言ってツヴァイに迫る。ナパームはビームサーベルを展開したまま、ツヴァイに迫る。

これに対し、ツヴァイはメガビームセイバーを展開。ナパームのサーベルと、ツヴァイのセイバーが打ち合い、激しく火花を散らしている。

その際に、ツヴァイは前腕部からビームキャノンを発射した。しかしそれを見抜いたナパームはそれを回避する。

総司令はすぐにビームライフルをツヴァイの顔部に向けて放った。すぐに、ツヴァイはバリアーフィールドジェネレーターを展開させて自らを守った。だが、それを見抜いたナパームはMA形態に変形し、接近する。

「何を!?」

突然の行動に躊躇うレイ。この時、ナパームはビームクローを展開していた。出力を上げてツヴァイに迫る。まるでそれは、巨大な怪鳥が迫ってきているようだ。

 MAは機動性が高く、俊敏な動きでツヴァイを翻弄する。又、この時両手部マニピュレーターも使用することが出来る状態であった為、この上でビームサーベルを展開している。クローとサーベルが組み合わさったビーム刃が、一斉にツヴァイに迫り来る。これも、ビーム兵器が通用しないと判断した総司令の、行動だ。

「覚悟!!」

無数のビーム刃に対し、対抗する手段はメガビームセイバーしか、ない。両手でそれを構え、迫るナパームを迎え撃つ。

 だが、ビーム刃の数は不足している。ナパームのビーム刃は合計八つ。一方のツヴァイのビーム刃は、二つ。迫る刃を、どう対処すべきか考える、レイ。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

「貰ったな。」

レイはナパームとの戦いに夢中になり過ぎて、バイラヴァーの存在を分かっていなかった。トリシューラランサーからビームが放たれる。レイの脳内の電流が流れ、すぐに回避行動

を取るが――

 

ズバァァァァァッ

 

完全な、油断だった。ナパームのビーム刃はツヴァイのビームディフェンスシールドを切り裂いたのである。それを切り離す事で、左前腕部の切除は免れるのだが、それでも接近を許したことに変わりはない。

そのままナパームは、更に弧を描くように旋回し、そのままツヴァイの背後から襲いかかる。

 

ガキィン

 

やがてツヴァイは腕を捕まれた。レイは油断をしてしまったのだ。

「ああっ!しまった!」

焦るレイ。この時、クローのビーム刃の出力を抑え、マニピュレーターを駆使して両上腕を捕えた、ナパーム。

「どうしましょうか。このまま腕を切れば貴方は何も出来なくなる。」

状況はレイが不利になった。もし、このまま抵抗すればビームクローが出現し、ツヴァイの腕は切除されてしまうだろう。彼は、迂闊に動く事が出来なかったのだ。

「……新生連邦に入隊するべきですよ、貴方は。」

「な、何を……!?」

モニター越しに、総司令の言葉が響く。男性とは思えないような、どこか高い声。彼の容姿も相まって、どこか妖しい色気を感じさせた。

「貴方のその力、MS乗りで留めておくのは勿体無い。少年兵として戦い、功績を残せば君はエースと称され、後世まで語り継がれることでしょう。新生連邦軍のエースとして。その力は軍の為に使って初めて発揮される。野蛮なMS乗りという存在で終わらせるのは余りに勿体ない話ですよ。」

あろうことか、新生連邦の総司令自らがレイを勧誘し始めたのだ。彼の強さを認めた上での、行動である。

 元々、彼を新生連邦の戦力にする為に軍は隠密に動いていた。それらは悉く失敗し、遂には総司令自らがレイを勧誘すると言う状況になってしまったのである。

 無論、レイはこれを拒否する。新生連邦に入隊など、考えたくないのだ。

「そんなの、嫌です!僕は新生連邦に入る気はありません!」

「ですが今の状況で、貴方に拒否権はありませんよ。セイントバードは危機的状況に陥っています。そのガンダムが中核を成す機体と仮定すれば、両腕が使用できなくなることは何を意味するかは分かる筈です。」

完全な、脅しと言える行為。もし首を縦に振らなければ確実にツヴァイは戦闘能力を失うだろう。今、レイに、危機が訪れたのである。

「どの道、そのガンダムは持ち帰ります。そのガンダムは、元々新生連邦のガンダムのデータを用いている機体です。貴方が乗っているのならば、このまま……」

「こんな、こんなのって……!」

身動きが取れない状況だ。両上肢を動かせないツヴァイ。マニピュレーターが使えなければ、武器を使用出来ないのだ。

 もし、ここでブリッツファンネルがあれば形成逆転が出来るかも知れない。だが、それが出来ない以上、今は総司令が生殺与奪権を持っているに外ならないのだ。

 

 

 

国連と新生連邦は激戦を繰り広げていた。国連の水上艦から放たれる無数のビームやミサイル。そしてそれに対抗するマドラ級の攻撃。更にはMSがビームライフルなどを放ち、迫る。

新生連邦の水上艦上ではビームライフルを持ったディープシーが国連に襲い掛かる。これに対し、ヴァントガンダムがこれらを破壊する為に迎撃した。

「何をしているか!このままではやられるぞ!」

「敵が多過ぎます!これでは……うわああ!」

ヴァントガンダムの連携プレーによって水上艦が墜ちた。その中で、国連の中核を成すアッサラームが無数の敵MSと戦っていた。大量のミサイルに大量のビーム兵器……それだけで新生連邦のMSは次々と破壊されていく。

最高部隊の母艦というだけあり、その強さは圧倒的とも言えた。その巨艦故に狙われやすいというデメリットはあるが、火力の高さで欠点を補っている。

「敵艦隊の零時の方角に対艦ミサイルを連射!接近するMSには機関砲を放て!アッサラームに敵を取りつかせるな!」

懸命な指揮をとる将軍ウィレス。その元で懸命に従う兵士達……それらの息があって、アッサラームは無敵の状態を作り出していた。

 

 だが、この状況を切り崩す報告が、ウィレスに報じられた。

「将軍、十二時方向に熱源確認!MSです!既にこちらを射程に入れています!」

「何!?」

急いでモニターを確認する、ブリッジ内。

 アッサラームの上空に居たのは、アトミックガンダムだった。アトミックの胸部ハッチが展開されており、そこから顔を覗かせている核ミサイルが二基、アッサラームに向けられていたのだ。

「死ねよ!国連!!」

核ミサイル。人類が生み出した叡智の炎。それがもし爆発すれば艦の爆発は免れない。アトミックはツヴァイとの交戦を避け、この場に移動していたのである。狙いは国連旗艦、アッサラーム。全長1キロメートルに及ぶ超弩級戦艦を壊滅させようと、このガンダムは狙っているのだ。

「万事休すか……!」

ウィレスは危機を抱いていた。ブリッジに向けられた核ミサイル弾頭を見て、緊迫した状況が迫る――

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

その時だった。突如ビーム粒子が二つ、アトミックに向けて放たれたのだ。突然の攻撃に何事かと反応するアトミック。

「何だぁ!?」

これにより、核ミサイルは発射される事なく済んだ。だが、ビーム粒子を放ったのは何者なのか。それが分からないまま、疑問を抱く彼等。

「あれは……ガンダム?」

ビーム粒子を放ったそのMS。太陽がバックにあった為、最初、姿は分からなかった。だが次第にガンダムタイプ特有の顔立ちが露わになった。四本のアンテナに、緑色のカメラアイが輝いている。そして最大の特徴ともいえる、バックパックに搭載されている青色のウイングを展開している、その機体。一体それは何者なのかは分からない。一つ言える事は、ガンダムタイプであるという事は間違いないと言えたのだ。

そのガンダムは、ビームライフルを構えていた。恐らく、先程アトミックに放ったビームはそれから放たれたものだろう。

「てんめぇぇ!!」

怒るハーディ。そのガンダムに迫る、アトミック。MAに変形し、迫ろうとした時――

 

ピシュンッ ピシュンッ

 

「何ぃぃ!?」

瞬く間の出来事だった。謎の飛翔体がアトミックを襲った。それからはビーム粒子を放ち、あらゆる方向から攻撃を開始したのだ。予想出来ない攻撃に、太刀打ち出来ないと判断したアトミックはこの場から去る。一体、何の攻撃が行われたのか、誰にも見えなかった。

「貴様っ!!」

アトミックが去る代わりに、二機のジョゼフがそのガンダムに向けて攻撃を行う。だが――

 

ズバァァァ

 

一瞬の出来事は再び起きた。いつの間にか、飛翔体から出現したビーム刃による攻撃を受け、エンジンを破壊された二機のジョゼフが撃破されたのだ。一体、これは何の攻撃だというのか。

 

 

 

 飛翔体による攻撃はアトミックやジョゼフに留まらなかった。ナパームによって両腕を切り裂かれそうになっていたツヴァイ。そこにも、それによる攻撃が行われようとしていたのだ。飛翔体はナパームに対してビーム砲撃を放つ。これに反応した総司令はすぐにツヴァイを解除した。

 何が起きたのか、分からなかった総司令とレイ。やがて飛翔体は元のガンダムの方へ戻っていく。

「あれは、一体……?」

それぞれのガンダムが、戦場に乱入したガンダムの姿を、見ていた。

混沌とした戦場に突如現れた、青い翼を持つガンダム。その機体は、あらゆる機体よりも高い場所からこの戦場を見下ろしている。それは、新たなる戦いを予兆していたのだった。

 




第四十二話、投了。
始まった戦争は想像を絶する者でした。
そして、最後に見せた新たなるガンダムの正体とは――


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第四十三話 ブライティスの一閃

アレンの乗る新たなる機体、ブライティスガンダム。それはサイコミュ兵器を駆使し、戦場を舞う。
その圧倒的な強さに翻弄される全勢力。そして、レイ達も巻き込まれていく。


 

 混迷の戦場に出現した謎のガンダムタイプの存在は、この場で交戦する全ての兵士が着目していた。一体この機体は何者なのか――と、疑問を抱く者は多い。

その時、突如その場にいた全勢力に対し、回線が開かれた。そこから流れる、清らかで美しい声。その声は、この場に居た誰もが聞き覚えがあった。

ジャンヌ・アステルの声。世界的歌手である彼女。その彼女が指揮する艦、シュネルギアが、この場に出現したのである。

「私はジャンヌ・アステルです。新生連邦政府軍は、直ちに戦闘を中止し、戦闘行為を止めなさい。そして、今すぐ軍を引き上げなさい。もしこの忠告が聞けないのであれば……これ以上、戦闘行為を続けると言うのなら、私達は戦います。平和の為に。貴方方、新生連邦軍と。」

それは、紛れもなく新生連邦に対する宣戦布告だ。新生連邦が平和国連盟に対して宣戦布告を行ったように、アステル家がこの場に介入し、戦闘行為を始めようとしていたのである。

 

 

 

 この放送を聞いていた者達の中に、エファン・ドゥーリアの姿があった。彼は自身の専用の水上艦の指揮官を務めており、戦場に出現したシュネルギアを見て、一人、笑みを浮かべていたのである。

「ジャンヌ・アステルが出てきたか。これは、随分と壮大な戦場へと変貌を遂げそうだな。」

と、語るエファン。

 

ピピピピピッ

 

その時、通信回線が入った。水上艦のMSデッキからである。所属しているジョゼフ隊の出撃準備が整ったという、報告だ。

「発進準備、いつでも行けます!」

「よし、各機発進せよ。」

エファンの言葉を聞き、MSデッキ内に居たジョゼフはそれぞれ、モノアイを輝かせる。やがてハッチが開き、一機ずつ、飛翔していく。

「少佐、自分は、今から、“最幸”の“志事”を務めて参ります!」

とある、一人のパイロットがエファンに対して言った。一人、やる気に満ち溢れている、その若いパイロット。

「ああ、気をつけてな。」

「はい!“顔晴って”きます!!」

と言って、通信が切れた。他のパイロット達が目の前の現実に対処しようとする中、そのパイロットは異様に笑顔を見せている。やる気を見せているのだろうか。

(ジュン・ピーシア、二十三歳。新生連邦軍パイロットではあるがSNSで副業関係の発信をしている人間。異様に意識の高さが目立つと他のパイロットから言われている人間だが、その実力は如何に……だな。)

先程のパイロットの名は、ジュンと言った。一見ではやる気に満ちている人間ではあるが、妙な言い回しをするその男を見て、エファンは僅かに違和感を覚えていたのである。

「私もアーヴァインで出る。後は任せる。」

そう言ってからエファンはブリッジを後にし、去る。彼の愛機、アーヴァインが、間も無く起動しようとしていたのであった。

 

ビゴォン

 

 アーヴァインのモノアイが輝いた。エファンは全てのスイッチを切り替え、アーヴァインの全てのシステムを“ON”設定にし、巨体を動かす。

「エファン・ドゥーリア、アーヴァイン、出撃する。」

アーヴァインのバーニアが展開された。大出力のそれが起動し、黒い水上艦からジョゼフが先に発進した後で動き出す。

 そして、巨体は海上を移動し、戦場へ赴くのだ。

 

 

 

 戦場に出現した青い翼を持つガンダムは、飛翔体を操りながら移動している。ビームを放つ上、ビーム刃を展開しているその兵器。それはツヴァイが以前操った、ブリッツファンネルに酷似している兵器だった。

 ではその機体は何者なのだろうか。そして、誰が乗っているのか。謎が謎を呼ぶ状況。その中で、攻撃を受けたナパームはこの機体に対して攻撃を行おうとしていた。ツヴァイを放置し、自らを攻撃したその機体を追い掛け始める、総司令。

「分かりますよ……その機体から感じますよ。貴方がここに現れたんですね!」

“何か”を察した様子の総司令はまるで青い翼のガンダムに惹かれるように、移動する。

「この攻撃だって、貴方ならばどうにか出来る筈ですよ!!」

そう言った後、総司令は、あるスイッチを押した。

 

ドォンッ

 

突如、ガンダムナパームのバックパックに搭載している大型のナパームランチャーが二基、展開された。それらは一斉に青い翼のガンダムに向け、迫る。

「……!」

遠距離から高速でせまるナパームランチャーにいち早く気付いた、そのパイロット。すると、機体を停止させ、避ける素振りを見せるどころか、寧ろ、八枚存在しているウイングを一斉に展開し、そこの突起部から一斉にビームを放ったのである。合計八門あるそのビーム砲は

瞬く間にナパーム弾を貫き、それに伴って大爆発を起こした。

「やはり、その反応の良さ!間違いない、貴方ですね!アレン!!」

総司令は、アレンの名を叫んだ。この事より、ガンダムのパイロットはアレンである事が、分かったのである。

 この事は、ツヴァイに乗っているレイも分かっていた。力を持つ人間であるレイ。飛翔体を操るガンダムのパイロットの正体も、彼は感知していたのだ。

(間違いない、あれはアレンさんが乗っている……でも、どうしてここに?)

混迷の戦場に出現したガンダムタイプ。美しくも、どこか冷たさを感じる、その機体。そして、そのガンダムは飛翔体を駆使し、次々と、彼に迫るMSを撃破している。

 ビーム砲撃は的確にエンジンを狙い、空中で爆発を起こすのだ。その爆風の中を、ナパームはビームサーベルを構えて接近した。それに反応した、アレン。

「アレン!まさかここで会うなんて!随分とお久し振りですね!!」

心なしか、嬉しそうな態度を見せる総司令。だが、それに対するアレンの態度は余りに違っていた。

「遂に戦争を起こしたな、レヴィー。俺はお前を止める。その為に、俺は動く。ブライティスを使って。」

以前のアレンならば、総司令を止める為に熱い想いをぶつけていた。しかし、今のアレンはどこか違う。冷淡な印象を受ける。

「僕が戦争を引き起こしたというのに、随分と冷静ですね。でも、貴方がここに乱入してくるのならば僕もそれ相応に、対処をしますよ!!」

その直後、ナパームはビームライフルを放った。これに対応する、アレンの新たなるガンダム、ブライティス。

 機体名、ブライティスガンダム。型式番号AMSX-A100X。アステル家によって作られたガンダムタイプであり、バックパックには八枚の美しいウイングが搭載されている、独特の形状を持つ機体。アーヴァインとの死闘によってティフォンガンダムを失ったアレンの、新たなる力としてこの戦場に君臨したのだ。

 

バイイイイイン

 

至近距離でのビームライフルではあったが、あろう事か、ビームは弾かれた。ツヴァイと同様に、ブライティスにも両前腕部にバリアーフィールドジェネレーターが搭載されていたのである。

(やはり、この機体も……アステル家、侮れないか……!)

ビーム兵器を防がれたと感じた総司令は、歯痒さを感じている。バリアーフィールドジェネレーター。元々は大型のMSといった機体にのみ搭載されている対ビームバリアー装置だが、いつしかMSサイズの機体にもこうした装置が搭載されるようになっていた。そうした技術をアステル家が持っているのだから、これは脅威以外の何者でもないと言えた。

「そこっ……!」

 

ピシュンッ

 

アレンの脳内に電流が流れた。と、同時に飛翔体がナパームに迫る。それも、ビーム刃を展開した状態で。回避運動を行おうにも、間に合わない。シールドで胴体を守る、総司令。

「くっ!」

シールドと同時に前腕部を破壊された。左前腕を犠牲にし、再びブライティスと戦おうとする総司令だが――

 

ドバアアアッ

 

別の飛翔体が、ナパームを襲った。先程放たれたビームよりも出力の高い、兵器だ。同じ飛翔体ではない。サイズも明らかに、違う。

 ブライティスにはツヴァイと同様、サイコミュ兵器が搭載されている。まず、ウイングの裏側に八基のブリッツファンネルが、そして、側腰部に二基のブラスターファンネルが搭載されている。今回、ナパームを襲ったのは出力の高い砲撃を放つ、ブラスターファンネルだったのだ。

 ブラスターファンネルからの砲撃はナパームのカメラアイを直撃した。更に、バックパックまでもが撃ち抜かれている。このままの交戦は危険だと判断した総司令は、一度撤退をする事を決めた。

「前線に出るのは一度控えましょう……アレン……また、会う時まで……」

突如戦場に乱入し、その無類の強さを見せつけたブライティス。やがて、その美しいウイングを羽ばたかせるかのように展開し、この場を去る。

 

「アレンさん!」

その光景を見ていたレイは、アレンを追い掛けた。久し振りに会えた喜びと、この場を助けてくれた礼を言おうと、考えていたのだ。

「アレンさん!!あの、ありがとうございま――」

 

バシュゥゥゥ、バシュゥゥゥ

 

回線を使い、アレンに礼を伝えようとした時、ブライティスのブリッツファンネルがツヴァイを襲った。いち早くそれに気づいたレイはすぐに反応し、回避運動を取る。

「アレンさん……?」

予想外の事だった。まさか、自分に対して攻撃を加えてくるなど、思いもしなかったからだ。恐らく、自分の事を知らないのだと思ったレイは、再び接触を試みる。しかし――

 

ブイイインッ

 

今度はビーム刃が飛んできた。ブリッツファンネルの先端部を刃に変え、迫る攻撃にレイは困惑を隠せない。

「どうして!?アレンさん!!聞いて下さい!!」

理解の出来ない行動。何故アレンはレイを攻撃するのか。疑問を抱くレイ。ブリッツファンネルによる攻撃を回避しながら、アレンに迫っていく。

「アレンさん!!」

アレンに声を掛けるレイ。何故彼は反応しないばかりか、レイに対して攻撃を加えようとするのか。全く持って、理解が出来ない。レイは必死だった。アレンに声を掛けようと、ただその一心で懸命に迫る――

 

「今は話しかけるな」

 

アレンの言葉が冷たく刺さった。今、確かに聞こえた彼の声。その言葉は、レイを傷つけるのに十分な効力を秘めている。何故、アレンは冷たい態度をとるのか。

 

「貴様ァ!」

戦場に乱入したブライティスを迎撃せんと、ビームサーベルを展開して迫るジョゼフ。至近距離でブライティスの胴体を狙う。戦場で倒された仲間の敵討ちだろうか。

 

ピシュン、ズバァァァ

 

瞬く間の出来事だった。ブリッツファンネルがジョゼフのバックパックを砲撃した後で、すれ違う際にビームセイバーを展開し、ジョゼフの胴体を切裂いた。中にいたパイロットは即死した。アレンは、コクピットを狙っている。その一連の攻撃に、躊躇いは一切ない。

 鮮やかな攻撃だった。まるで生ける大魚を捌くかのごとく、敵を葬ったのだ。この非常とも言える攻撃を見て、レイはどこか、恐怖を感じていたのである。

「レイ!」

混戦の中、ブライティスに興味を持ったアレンの友人、ガーストが姿を見せた。

「ガーストさん……あの機体のパイロットなんですけど……」

レイは言葉を辛うじて発している。これに対し、ガーストが言った。

「俺もシンギュラルタイプの端くれだから、分かる。あれにはアレンが乗ってるんだろ?あいつ、随分派手な登場の仕方をするな……」

ブライティスのパイロットを理解したガースト。友人であるアレンがこの場に現れた事は、彼にとっても幸運といえる事だった。

やがてエスディアはブライティスに近付き、回線を使って話しかけようとするが、アレンはそれを無視し、動き続ける。

「無視してんじゃねえぞ、アレン!!」

ガーストのエスディアは、アレンを追おうとするが、ブライティスの機動性に追いつく様子を見せない。旧式の改修機であるエスディアと最新鋭機のブライティス。そのスペックは雲泥の差と言えた。

 エスディアがブライティスを追い掛けている間も、新生連邦の機体が妨害をするように立ちはだかる。エンパワーに搭乗しているディーストがビームライフルを構え、エスディアを襲う。それも、二機。

「邪魔すんなぁぁ!」

アレンと会話をしたい。その一心で迫るガースト。接近するディースト二機に対してビームバズーカを放ち、撃破する。ディーストはビームの熱に溶け、胴体ごと、消し去った。

 エスディアとツヴァイはアレンを追う為に、機体を移動させる。何故冷たい態度を取るのかも分からないまま、彼等はただ、その真相を確かめる為に向かう。

「熱源……?」

ツヴァイのレーダーに、熱源が映った。海中から放たれた、ビーム粒子の束のような熱源。それを確認したレイは、すぐに回避運動を取る。

やがて海中から水飛沫を上げ、海中からMSが現れた。ディープブルーガンダムである。クラリス・デイルの専用MSが、この場に出現したのである。

「噂の白いガンダム!俺が仕留めてやるってんだよ!」

機体の姿を見て、レイは日本海での戦いを思い出した。ディープブルーによって一度は命の危機に瀕したレイ。そして、彼が覚醒した時にその圧倒的な力を見せつけた。

 今回、彼等が対峙するのは実に半年振りと言える。だが今、彼等は再び対峙している事を知らない。レイはその機体にクラリスが乗っているのを知っているが、クラリスの方はツヴァイにレイが乗っているのを、知らないのだ。

ディープブルーは攻撃を仕掛ける。肩部バインダーを展開し、腹部のビームを展開。更に、ビームトライデントを差し出すように展開。その上で、テールスタビライザーに搭載されているフォノンメーザー砲を、股間部をくぐるように展開した。海上からの、一斉射撃である。  

しかし、ツヴァイはバリアーフィールドを展開し、ビーム砲撃を防ぐ。

「ビームを防ぐだと!?そんな事が!?」

バリアーフィールドの事を知らないクラリスは、ツヴァイの防御機能に対して驚愕している。

反撃を行うツヴァイ。バスタービームライフルを構え、それをディープブルーに対して撃つ。高出力のビーム粒子が海上に向けられるが、ディープブルーは海中に潜ってそれを避けた。海中に入った瞬間、海上が白い蒸気を放ち、熱が拡散した。

「あのガンダム……クラリスさんまでここに居るなんて……!」

忌むべき存在、クラリス・デイル。レイをこの戦場に居させる事になった根源ともいえる男。この場に、その男が居ると知ったレイではあるが、今、彼が搭乗している機体はアインスと比にならない性能を誇る機体である、ツヴァイガンダムだ。心なしか、相手がディープブルーガンダムと言う、ガンダムタイプであれど、レイは然程脅威に感じる事は無かった。

 それは、機体の性能の高さに寄るものもあるかも知れない。ある意味、レイはツヴァイと言う高性能MSの存在に救われていると、言えたのだ。

 

ザバァ

 

その時、ディープブルーはバーニアの出力を上げ、飛び上がった。再びツヴァイに迫る、クラリス。ビームトライデントはその刃をツヴァイに向け、まるで銛を突く漁師の如く、迫る。

「白いガンダム!!くたばれよ!」

意気込むクラリス。それに対し、レイは声を出し、言った。

「クラリスさんならやめて下さい!!」

「その声は……まさか!?」

レイも迂闊だった。自らの正体を敵に晒すという愚業を行ってしまったのだから。無論、レイに対して異常ともいえる執念を持っているクラリスは彼の甲高い声を聞き、敵視するのは至極、当然と言えた。

「レイか!!!随分と久し振りだな!!アインスガンダムから乗り換えたってのかよ!?俺の愛機になる予定だったアインスを乗り捨てやがってクソッたれ!!!」

相変わらずとも言える、レイへの異常な執着。全ては自らが招いた愚業であるにも関わらず、クラリスはレイを倒す為に執念の炎を燃やしているのだった。

「そのガンダムがお前の乗る機体と知った以上は容赦しねぇんだよ!俺に散々屈辱を与えやがって!くたばれよ!!」

そう言った後、再びディープブルーは一斉射撃を行なった。ビーム砲撃に、フォノンメーザー砲、そして魚雷。ありと、あらゆる砲撃武器が展開される。

しかしツヴァイはバリアーフィールドジェネレーターを展開し、ビームを弾いた。実弾に関しては拡散ビーム砲で撃ち抜き、ディープブルーが放った武装は全てツヴァイによって弾かれるのだ。

反撃の為にツヴァイはバスタービームライフルを撃つ。突然の攻撃に、急いで防御をしなければならないと判断したクラリスは、ディープブルーの右バインダーをシールド代わりにした。これに伴い、バインダーは形状を崩壊させる。

「貴重な武器をよくもォォ!」

怒るクラリスは、再びバーニアを展開し、ツヴァイにトライデントを向けた。距離を狭め、

その刃を、差し出す。

 

ガシッ

 

「なぁにぃ!?」

だがツヴァイはトライデントの“柄”の部分を把持した。このまま、薙ぎ払うようにトライデントを振るい、ディープブルーを翻弄する。

 咄嗟に、ディープブルーは両手を放した。巻き込まれる訳には行かないと、考えた為である。

「邪魔をしないで下さい!」

レイはそう言い残し、バーニアの出力を上げ、海上から去る。最早、レイの中にクラリスの存在は全くもって印象に残っていない様子だった。今の彼は、アレンに会う事。それを最優先事項に考えていたのである。

「待てよ!糞が!!!」

と、叫ぶクラリスだが――

 

バシュゥゥゥ

 

そこへ、国連のヴァントガンダム、三機が一斉にビームライフルをディープブルーに対して放った。突然の砲撃を受け、成す術もないディープブルー。粒子はバインダーや頭部を撃ち抜き、爆発を起こしたのである。

「ぐあああ!こんな、屈辱があああああ!!!」

レイに相手にされないばかりか、その後に出現した国連の機体によってディープブルーは破壊されてしまったのだ。爆発を起こす前に、クラリスは辛うじて脱出を図っている。しかし戦闘能力を失った彼に、最早闘志は残っていないと言えたのであった。

 

 

 

セイントバードは、傷を付きながらも新生連邦軍の機体と交戦し続けている。接近する機体に向けて機関砲を放つ。だがセイントバードはこの間にもダメージを負っている。守護するように回るトルクスも、新生連邦の数の暴力には対処出来ない。

「艦長!更に大型の熱源確認!!戦艦クラス……いや、それ以上のものです!」

インクの声が、ブリッジ内に響いた。セイントバードに迫る大型の熱源。それを見る為に、皆がモニターを見る。

「あれはアッサラーム!?」

「国連の旗艦じゃねえか!あんなデカブツが相手って訳かよ!?」

国連の最高部隊の母艦、アッサラームが接近してきたのである。アッサラームは、セイントバードの事を新生連邦の戦艦だと思い、接近して来たのである。

「普通に戦って勝てる相手じゃないわ!戦える相手じゃないのなら、説得を試みるしかない!」

エリィの言葉に対し、スラッグが反論する。

「無謀じゃないですか!?明らかにこっちに砲撃を向けていますよ!」

そして、その砲撃はそのままセイントバードに向けられ、放たれる。操縦桿を回し、回避するスラッグ。

 しかしセイントバード自体も巨艦だ。ビーム砲を防ぎ切る事等、不可能に近い。

「あぅっ……あれに狙われるなんて……」

揺れるブリッジ。アッサラームと言う脅威の戦艦に狙われた事。それ自体が危険と同義だ。死を意味する。セイントバードが破壊されるのも時間の問題だった。

「やっぱり、説得をします!国連と戦う気はないわ!インク、アッサラームに対して回線を繋げて!あの艦の艦長と話がしたいの!」

「無茶です!こんな状況で聞いてくれますかね!?」

「何も行動を起こさないで死ねって言うの?私達は軍でも何も無いの!それを考えて!話せばきっと分かってくれる筈……」

一か、八か。この状況を打開するには説得しかない。武力で勝てないのならば、聞き入れてもらうしかないのだ。インクは彼女の指示通りに、アッサラームに向けて回線を繋げた。この時、エリィはアッサラームにかつての恩人であるウィレス・レイド・アースが乗っているという事を、知らないのである。

 

 

 

アッサラームのブリッジ内では、オペレーターがウィレスに対して聞いていた。セイントバードからの回線。そして、それがかつての部下であるエリィからの入電であるという事。この時、ウィレスは知る由もなかったのである。

「将軍、あのヒエラクス級から入電です。どうされますか?」

モニターをちらと見て、ウィレスは言った。

「開け。それに伴い攻撃を一旦中止せよ」

ウィレスの指示により、攻撃は中断。エリィからの回線を受け取る事にしたのだ。

 

明らかになる互いの顔。見覚えのある顔に、互いに驚愕する事になるのだった。

 

「ウィレス……さん!?」

「エリィ……?」

かつてのデウス動乱で共に戦い、何よりも尊敬していたウィレスの姿。それはエリィに衝撃を与えるものだった。

「ウィレスさんが、アッサラームの艦長……?そんな、どうして……?」

かつての地球連邦軍の第十三特殊部隊の艦長を務めていた将校、ウィレス・レイド・アース。その彼女が、今では国連の最高部隊の司令官をしているという事に驚愕する、エリィ。まして、国連の最大級の旗艦の指揮を執っている。モニターに映るウィレスの顔に、目を疑ったのだ。

「エリィ・レイスだな。何故お前がここにいる?」

かつての部下に対するウィレスの言葉は冷たい。それは、戦闘中と言う非常時の状況であるが為なのかは定かではない。

「ウィレスさん、私達は新生連邦に攻撃を受けているんです!国連と戦う気なんて、ありません!だから、私はアッサラームと戦う気なんて、ないんですよ!私達の目的は、この戦闘域からの脱出なんです!だから、攻撃を止めて下さい!」

恩人への言葉。エリィはその言葉をただ、ウィレスに伝える。アッサラームの艦長が知人ならば、融通は利く可能性があった。このままアッサラームからの攻撃を止めて貰えれば、セイントバードは助かる可能性があるのだ。

「了解した。エリィ、アッサラームにその艦を向かわせろ。詳細は状況が落ち着き次第、聞く。総員に告ぐ!今、本艦の前にいるヒエラクス級戦艦は敵艦ではない!誤射をするな!以上!!」

彼女達が顔見知りであり、かつての仲間という事が幸いした。結果、セインドバードはアッサラームに守られる事になるのであった。これを幸運と言わず、何と言うべきであろうか。

「ウィレスさん……良かった……本当に……!」

安寧の表情を浮かべるエリィ。緊迫した状況での、束の間の笑顔。

 だが戦場でその行為は命取りとなり得る。セインドバードに熱源が迫ってきていたのだ。レーダーに映るそれらを見て、インクは言った。

「熱源接近!数は二!艦長!指示を!」

「あ……えと……迎撃を!」

喜びに感情を取られたが故に、明らかに判断が遅れた。完全な、油断だった。

 

グォンッ

 

ブリッジの前に、二機のガンダムが立ち塞がるのを確認したのは、その時だった。

特殊強化モデルの乗る、バイラヴァーガンダムとアトミックガンダム。これらがセイントバードの前に立ち塞がったのである。以前に交戦した事を覚えている彼等は、セイントバードを撃墜せんと、それぞれの兵器を構え始めたのだ。

「しまっ――」

ビーム粒子が蓄積される。もし、これが発射されればブリッジは崩壊する。そうなれば皆が死ぬ。セイントバードに迫る、危機。

 

ズバァァァ

 

しかし、その危機はすぐに脱した。アインスガンダムが駆け付けたのだ。ビームサーベルを展開し、アトミックに切り掛かったのである。しかしアトミックもそれを察知していたようで、回避運動を取ったのだ。

「てめぇ、邪魔しやがってよ!!」

「やらせるかよ!お前等なんかに!!」

スバキの声が響く。そして、肩部のミサイルポッドを全て展開し、アトミックに向けるが、アトミックはそれらを回避し、MAに変形。そのまま、ビーム砲を連射するのだ。

「くたばれよ!アインスガンダムゥ!」

ビームランチャーやミサイルなど、あらゆる砲撃がアインスに迫る。それも、回避運動をとろうとするが間に合わない。シールドを展開し、自身を守ろうとした――

 

バシュゥゥゥ

 

そこへ、一筋のビーム粒子がアトミックのビームランチャーを貫いたのだ。的確な射撃。全く無駄のない動き。その粒子は一筋だけではない。三発、放たれた。いずれもがアトミックに直撃するのだ。

「ぐあぁぁ!クソッタレが!!!シエル、後は任せた!!」

この瞬間、アトミックは撤退を余儀なくされた。謎の砲撃を受け、特殊強化モデルのガンダムは撤退をしたのである。

「青羽根ェェェ!」

この戦場に現れ、新生連邦に打撃を与えているブライティスが、この場に出現し、アインスを守った。最も、守ったという意図はないのだろうが。

 シエルはバイラヴァーを駆使し、ブライティスに迫る。槍の先端からのビームを連射するが、ブライティスは回避せず、バリアーフィールドを展開したまま接近する。

「舐めてるのか、お前は!」

怒ったシエルが接近するブライティスに対し、槍を突き刺そうとしたのだが、至近距離でブライティスはウイングを展開し、そこからビームキャノンを一斉に展開した。バイラヴァーにそれらが直撃し、左上腕部から形状が崩壊したのである。

「ちぃぃ!」

今回は勝てないと判断したシエルは、バイラヴァーを撤退させた。この僅か一分にも満たない時間の間に、アレンは二機のガンダムの破壊に成功したのである。

 そして、ブライティスはこの場を去る。まるで、次なる敵を見つける為に。

「強い……なんだよ、あいつ……」

残されたスバキは、ただ、呆然と見届けるしか出来なかった。だが、その間も危機は続いている。アッサラームに向かう事が目的となってはいるが、新生連邦からの攻撃は止まる事を知らない。

 

 

 

新生連邦の後方部隊に動きがあった。水上艦二隻に挟まれている中に、一機の巨体の姿があった。人型兵器であるMSというよりは、要塞に近い形状を持つ、巨大MAである。新生連邦は、この作戦の為にMAの制作も行っていたのだ。

機体名、エールゴーニオ。型式番号、NFMA-00X。デウス動乱後になり、開発された、全長80メートルはあろう、巨体だ。機体の腕部に該当する部分には巨大な二門の砲台が備えられており、口径部に当たる部分にも砲門が存在している。そして、背部には多数のミサイルポッドの姿も見られる。

今から、国連に対する脅威として、この巨体が動き出そうとしていたのであった。

「例のMAはどうか。」

「は、準備は完了しています。」

「そうか。ならば出撃させろ。フン、やはりああ言うMAの存在は戦争には欠かせんな。デウス動乱時でもそうだったよ。戦況を変えるのは大体MAの存在があった。」

 

ビゴォォン

 

エールゴーニオはモノアイを輝かせ、その巨体を動かす。

 機体制御は一人では難しい、そのMA。五人のパイロットが必要になる。腕部のビーム砲の担当や、背部のミサイルの担当、そして、機体を動かす担当。それぞれに役割があり、この巨体を動かす。

エールゴーニオは前方に敵艦を察知した。それと同時に、両腕部に備え付けられているメガビームキャノンを放った。戦艦の主砲の比にならない、その破壊兵器は瞬く間に国連の水上艦を破壊する。

「敵にMAの存在を確認!現在こちらに向かって……うわああああ!」

台詞を喋る暇もなく、国連の兵士達は抹殺されてしまった。脅威の怪物が、国連に迫っていたのである。

直ちにヴァントは迎撃を開始するが。それも無駄な足掻きに過ぎない。

 

バイイイイイン

 

ヴァントガンダムが放ったビームライフルが、通用しなかった。エールゴーニオにはバリアーフィールドジェネレーターが全身に張り巡らされている。ビーム兵器を一切受け付けないその怪物は、ミサイルに寄る一斉射撃でヴァントガンダムに迫る。

更に、機体先端部から大型メガビーム砲を放出。絶大な威力を誇るそれは、国連のヴァントを一掃したのであった。

 しかしそこへ、青いウイングを展開したブライティスが舞い降りた。そのカメラアイは、エールゴーニオを睨みつけているようだった。

「隊長、熱源察知!例のガンダムタイプです!」

「何!?こんな所に……!?しかしこちらにはバリアーフィールドがある!いくらガンダムだろうとエールゴーニオをやれるかよ!」

意気込む、エールゴーニオのパイロット達。

ブライティスはビームライフルを放つ。しかし、弾かれた。バリアーフィールドが張られているのだ。その際にエールゴーニオはノーズミサイルを連射、背部からもミサイルを放つ。更に、ウイング部に搭載されているガトリングも放出する。大量のミサイルや実弾がブライティスに襲い掛かる。

「チッ!」

膨大な実弾兵器やビーム兵器は、まるで雨の如くブライティスに迫る。戦場を混乱させているアレンへの制裁のつもりだろうか。この数を避けきるのは難しいと判断したアレンは、ビームシールドを展開。これにより防御には成功するものの、いくらか機体は被弾してしまった。

更に、その他のミサイルは国連の水上艦にも被弾していた。アレンはエールゴーニオへ攻撃を仕掛ける為、ブリッツファンネルを展開しようと、試みたのだが、この際、彼は違和感を覚えていた。

(ヴァントガンダム……何故あのMAを守る……?)

国連のMSである筈の、ヴァントガンダム。何故か、その数機が新生連邦のエールゴーニオを守護するように立ち回っているのが確認できたのだ。その理由は、一切不明だ。妙な動きをするそのヴァントガンダムに、寡黙な態度を貫くアレンは、僅かながら困惑していたのである。

 

 

 

国連の佐官であるアナザ・クライアスは、ザビール・エルケスの命によって国連を裏切る事を命じられていた。国連では勝てない為、新生連邦に寝返り、そこから国連に対して攻撃を行うようにと言う、卑劣極まりない作戦。その指揮をしているのも、ザビールなのだ。

「国連を討て!あのMAはやらせるな!戦場に現れた、あの忌々しいガンダムタイプも敵だ!」

「クッ……」

かつて仲間だった存在を討たなくてはならないというのは何という理不尽であろうか。しかし、今のアナザにそれを拒否する権限はない。平和国連盟の一部代表が、権力が上である以上、彼の命令は絶対だ。その結果水上艦の指揮をザビールに執られたとしても、逆らう事は出来ないのである。

それは最高部隊の将軍であるウィレスにも言える事だった。平和国連盟の権限は一部代表や議長と言った人間が担っており、彼女等は所詮、その下に居る軍に過ぎないのである。

「こんな、同胞を簡単に攻撃するような事があって良い筈がない……」

躊躇する、アナザ。だが、ザビールはアナザの胸倉を掴み、言った。

「何を戸惑っている!?ちゃんとやれよ!!」

ザビールはアナザに激昂している。だが、新生連邦に寝返るように指示をしたのはザビールの独断だ。それが許される事等、あってはならない。

 アナザはこの行為に対し、遂に怒った。ザビールの腕を払い、怒りをぶつけるのだ。

「勝手な事を抜かすな!!!我々に国連を討てだと!?そのような真似、出来る筈がないだろう!!一部代表とはいえ貴様のエゴには皆が嫌気を差している!」

一部代表と佐官の口論。立場はアナザの方が不利ではあるが、この独断行為を認めんとするアナザが必死に抗う。だが、ザビールはそれに対して反論した。

「ふざけんじゃねえぞてめえ!!!

この艦はな!僕が指揮ってるんだよ!お前等はただ僕の命令を聞けばいいんだよ!!!一部代表を何だと思っていやがる!?」

激昂するザビールに対し、アナザは突如、笑みを浮かべる乾いた笑いというものだろうか。

「それに関してだが、もう貴様は一部代表ではない。正確に言えば〝元一部代表〟だな。」

「貴様、何を言っている!?」

ザビールには、この言葉の意味が理解出来ていなかったのだ。何を言っている?この男は?錯乱するザビールはただ、怒りながら混乱するばかり。

「貴様は新生連邦に入った。その瞬間、貴様の一部代表と言う立場が消えたわけだ。これの意味が分かるか?つまり、貴様は自分の意思で一部代表としての立場を破棄したということだ!私はそう判断させてもらう。そうなれば……この艦は私の指揮する艦だ!!!」

ザビールの意思で新生連邦に寝返ったというのなら、彼は最早、平和国連盟の所属でも、国連の所属でもなくなる。つまり、一部代表だった彼は新生連邦に籍をおいたことにより、その立場は消滅することになった。そうなれば彼は、最早、只の人である。何の肩書きも持たぬ、一般人と同義だ。一般人に権力など、あろうはずがない。

「お、おまえええええええええええええ!!!」

ザビールはアナザの胸倉を掴んだ。軍人として今まで活動してきた人間を、無知な若者が攻撃するという愚かな図式が出来上がっていた。

 

ドゴッ

 

ザビールはアナザに対し顔を殴った。鈍い音が、ブリッジ内に伝わる。彼はそのまま床に倒れ、鼻から血を流し、苦悶の表情を浮かべている。

「イライラさせんじゃねえぞッ!!!」

一部代表と言う肩書を失ったザビールは、怒りに満ちた表情で、アナザに銃を向け始めた。プライドを傷つけられた恨みなのか、許せないと言わんばかりに引き金に指を置いている。

だが、錯乱するザビールに対し、アナザは言った。

「フフ……ここで私を撃っても……どの道、我々は終わるさ……新生連邦が我々を受け入れる……筈がなかろう……すまないな、皆……」

その際、アナザに向けてブリッジ内のクルー達は、敬礼の挨拶をした。皆が命を懸けている、戦場。その中でザビールのような人間の戯言は、通用しない。

「はぁ!?黙れよてめえ!」

自棄になるザビール。それに対して冷静に対処するアナザ。彼は何かを悟った様子だった。理解のできないザビールは余計に怒り出すばかり。銃の引き金を引こうとするが、銃身が

震えて狙いが定まらない。

「皆、逃げても良いのだぞ……?何故、逃げない?」

アナザは退艦許可をクルーに促すが、誰もがそれに応じない。クルー達の忠誠心は並みならぬものがあったのだ。

「我々は中佐と共に散りたいと思います!この先何があろうと、私達は中佐と共に!」

「フッ……私のような男と道連れになる必要はないというのに。」

「新生連邦と共に戦うぐらいならば、いっそ死ねれば本望です!」

部下達の気遣いも空しいものだった。アナザはこの後、起こる事を理解しているが故に、部下達に脱出するように言ったのだ。

「意味が分からねえ!戦えよ!僕の命令に従えよ!!!」

一方で必死になるザビールこの状況で、最早誰も彼の言うことを聞く人間など存在するはずがなかった。その時、脱出を試みなかった通信士がアナザに連絡した。

「中佐!後方より大型の熱量を感知!回避間に合いません!」

「やはりか。」

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

それはエールゴーニオの巨大ビーム砲だった。新生連邦に寝返り、味方である筈の、アナザの水上艦を巻き込み、その強大なビームが放たれたのだ。

「え……わぁ!来るな……くるなぁぁぁぁぁ!!!」

ザビールは懸命に命乞いをするが、それも無駄な事であった。ビーム砲は容赦なく彼らを巻き添えにする。

「連中は最初から我々を利用していて使い捨てにする気だったのさ……その時点で、死を悟ったさ……分かっていたよ……私にはな――」

これが、アナザの最期の言葉となった。絶大な威力を誇るビーム砲は水上艦を跡形もなく消し去る。その中には、新生連邦のMSの姿もあった。MA、エールゴーニオは味方をも巻き込み、その強力なビーム砲を放ったのである。

やがて、水上艦は跡形もなくなった。アナザも、ザビールもその身体の一片すら残らず消えたのだ。

 

「何が、起きた?さっきの水上艦は国連所属の筈。それらが国連に対して攻撃を加えて、更にあのMAが砲撃を放った?」

その戦闘域を飛んでいたブライティス。先程の砲撃を目の当たりにしたアレン。

だが、この時、熱源がブライティスに迫るのを彼は確認した。エールゴーニオが、ブライティスに向けてミサイル砲撃を行ったのである。

それらを回避しつつ、ウイングからビームを一斉に展開し、ミサイル砲撃を防ぐ。やがて、ウイングや側腰部に装備されているブリッツファンネルを全て放出。エールゴーニオを囲み、無数のビームを、彼の意識下で放つ。

だが、それらは全てバリアーフィールドで弾かれてしまう。全体に覆われているバリアーは、ビーム兵器を受け付けない。それが効かないと分かった時点で、アレンは展開したファンネルを全てビーム刃に形状を変化させた。

これにより、エールゴーニオの表面にビーム刃が次々と突き刺さる。損傷を受けたエールゴーニオは安定を無くした。

「敵からの攻撃を受けています!!」

「薙ぎ払え!忌々しいガンダムタイプめ!!」

所々で爆発を起こす中、エールゴーニオはビーム砲撃を放つ。前腕部が巨大な砲台になっているそれらをブライティスに向けて、放ったのだ。

 だが、ブライティスは前腕部を差し出し、ビームを完全に防いだ。バリアーフィールドジェネレーターが機体を守ったのである。やがて、ブライティスはそのままセイバーを装備し、エールゴーニオの上に止まる。そのまま、セイバーをエールゴーニオに突き刺した後、ビーム刃を展開しながら、縦に切り裂いている。

 

ズバァァァァァァ

 

やがて80メートルに渡る巨体を切除し終えた後に、エールゴーニオは大爆発を起こすのだった。

「隊長、もう、持ちません!」

「化け物め……!」

それが彼等の断末魔となった。ブライティスは、猛威を振るった巨体を瞬く間に葬ったのである。ブリッツファンネルを駆使したオールレンジ攻撃。レイはこれを使い、頭痛に苦しみ、意識を失った。

 だが、アレンはこれを使いこなしている。だが、この兵器を使う際、彼はその表情を殺している。それは何故なのかは、分からない。

 

 

 

この戦場は混乱していくばかりだ。その中で、フーク・カズロブ率いる新生連邦の部隊が新たに参入してきた。

マドラ級四隻が、とある、超大型MSを率いて移動している。その機体は、以前日本で暴走事故を起こした、ダッゲインMk-Ⅱだったのである。パイロットは、特殊強化モデルである、リノアス・クリストルだ。

「大佐、ダッゲインの出撃準備、完了しました。」

「よし、発進。陸地に設置後、すぐに攻撃を行え。」

「……攻撃……」

リノアスが一言、呟いた後、ダッゲインを運搬していたワイヤーは、すぐに切り落とされた。

 この時、ダッゲインは右マニピュレーターに、超大型のビームライフルを装備している。それは従来のMSが所持しているものを遥かに凌駕するサイズ。従来のMSのゆうに十倍以上は凌駕している、兵器だ。最早それは、戦艦の主砲か、それ以上のサイズを誇っているのである。

 

ドオオオオオオオオオオオオオオン

 

落ちた瞬間、地鳴りが響いた。

 

ビゴォォォン

 

ダッゲインはモノアイを輝かせ、前方に展開する国連の艦隊に向け、攻撃を開始した。

まず、その巨大なビームライフルを前方に構える。遠方から見ても、明らかに従来のMSよりもサイズが段違いのその兵器は、見る者を恐怖に陥れる効果があった。

「前方に大型MS確認!所持武器は、ビームライフル……?馬鹿な、なんだあの大きさは!?」

「迎撃用意!!撃てー!!!」

ヴァントガンダム数機が、ビームライフルを放つ。水上艦からもビーム砲が放たれる。だが、ダッゲインにこの兵器は通用しない。何故ならば、バリアーフィールドジェネレーターが機体全体に張り巡らされているからだ。

やがて、反撃と言わんばかりに、ダッゲインの構えるビームライフルは水上艦隊に向けて放たれようとしていた――

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

戦艦の主砲か、それ以上の火力を誇るビームライフルは、応戦していたヴァントを消滅させる。それ以外にも、瞬く間に三隻の水上艦が一撃で葬られたのである。

「大量……破壊……」

この一撃を受けた国連艦隊だが、引く様子を見せない。旧型とはいえ、絶大な火力を誇るその機体を放置する事は、軍の壊滅に繋がりかねないのだ。

 バリアーで覆われているのならば、ビーム刃で攻撃をすれば良い。安易な発想ではあるが、それしか国連が太刀打ち出来る手段がなかった。ビームサーベルを構え、一斉に巨体へ向かうヴァントガンダム達。

 だが、ダッゲインはこれに対し、リアアーマーに搭載されているバレットビット三十基を放つ。無数の巨大なサイコミュ兵器は迫るMSへの猛威と化す。

更に接近する機体に対しては、新造されていた、超大型のビームサーベルを振るった。極太のサーベル。その全長はダッゲインの巨体をゆうに上回る。それらが薙ぎ払われた時、迫っていたヴァントガンダムはなす術もなく、散り行く。

 

ズバァァァッ

 

その時、ビーム刃を展開したファンネルがダッゲインに襲い掛かった。巨体であり、尚且つ行動範囲が限られるダッゲインは避ける間もなく攻撃を受けてしまう。

「サイコミュ兵器……この感じ……」

リノアスが呟いた。彼女は、近くに迫っていたブライティスの存在を感じ取っていた。無論、そのパイロットも。

次に、ダッゲインはブライティスを殲滅しようと、腹部にエネルギーを集中。そして、拡散されるビーム砲を放った。高熱の粒子が空中を舞い、迫る。

この砲撃によってもヴァントガンダムが次々と破壊されていく中、ブライティスははただ一人、バリアーフィールドを展開し、対応。砲撃から身を守ったのだ。

ファンネルは光刃を形成し、ダッゲインに迫った。一斉に展開されるサイコミュ。刃が巨体に向け、放たれる。

やがて機体の表面に傷を付ける事に成功するが、その間にバレットビットによる砲撃を受け、妨害された為か、十分な損傷を与える事が出来なかったのだ。

「チッ……」

アレンはこの時、表情を殺しながらも舌打ちを打った。サイコミュ兵器を扱う時、アレンは何故、表情を殺すのか。彼の操るファンネルは、的確に敵を攻撃する反面、狙いが、甘くなる時がある。まるで、情緒不安定な感情を抱いているかのようだ。

この間、本体であるブライティスもビームセイバーを展開して接近していた。ビットからの攻撃を回避しつつ、ダッゲインの腹部に近付き、一気にその、出力を上げたのだ。

「うぐぅ……」

堅牢な装甲が幸いし、コクピットが剥き出しになる事はなかったが、腹部はコクピットがある場所だ。もし、もう一度切りつけられたら自身に危険が及ぶ。それを防ぐ為にもと、再び巨大なビームサーベルを装備した。

「やはり、あの時のパイロットか……」

アレンが一言、呟いた。それは日本での出来事。ティフォンに乗り、ダッゲインと交戦した時にそのパイロットであるリノアスをアレンは感じ取っていた。それは、リノアスも同じだ。

「暖かな……感じ……?けど、どこか……無理をしている感じ……?これは……何……?」

リノアスは、アレンから発される感覚を感じ取っている。だが、その正体は不明だ。

「うぅ……不快な感覚……正体不明……破壊……!」

煩わしさを感じたリノアス。この時、彼女の目は開眼する。

 次に、ダッゲインは再びビームサーベルを展開した。自身の身長を軽く超える程長く、巨大なビームサーベルがアレンに迫るのだ。

 このビーム刃は避けるしか生き延びる手段はない。ブリッツファンネルや、自身のビームセイバーでは拮抗は不可能だ。もし、これに接近した瞬間、ブライティスは機体そのものが消滅するだろう。

 ブライティスは回避に成功。巨大なビームサーベルは海上に直撃し、一気に海水を蒸発させる。大量の蒸気がそこから溢れ出し、白い霧が覆った。

 アレンは、これを好機と捉えた。再びブリッツファンネルを展開し、ビーム刃をダッゲインのコクピットへ向けていく。

 既にバレットビットが多数展開されている中での出来事。他のヴァントガンダムを攻撃しながらブライティスと交戦している為、戦力が分散しがちだ。故に、このファンネルの攻撃は、通り易いと言えた。

 

                 ズバアッ

 

やがて、ダッゲインのコクピット部分にファンネルが直撃した。この攻撃により、コクピットが剥き出しの状態になってしまったのだ。

「あれは……」

剥き出しのコクピットを、モニターで拡大するアレン。そこ映るのは、一人の少女の姿だ。

 以前、彼等は僅かな時間ではあるが会話をした事がある。しかし、その姿を確認した事はなかった。アレンは初めて、リノアスの姿を見た事になる。

 少女の姿を見て、アレンは接近を試みた。以前話した事を、思い出した為である。

「この子が、パイロットか……?」

アレンがそう、反応した時だった。

「……!?」

アレンの脳内に電流が流れた。その瞬間、まるで意識がどこかへ飛ぶような、感覚に陥ったのである。身体はブライティスのコクピット内に居るのに、精神だけが飛んだような感覚。今、アレンはそれを味わったのだ。

 

 

 

 ここは、どこだろうか。白い空間のような場所。周りには何もない、空間。その中で裸の姿で漂っているアレン。そして、彼の向かいに居るのはリノアスだ。ロングヘアーの美しく、整った肢体の容姿の彼女が、アレンの前に居る。精神世界とでもいう場所だろうか。

『君は……?』

アレンが口に出した。この時、彼の顔は交戦中と違い、明確に表情が浮かんでいる。

『貴方は以前に会った、暖かな感触の、人……』

『暖かい……?どういう事だ……?』

『けれど今の貴方はそれを押し殺している……私と違う。私は感情を欲しいと思うのに、貴方は感情を持っているのにそれを殺している。何故……?』

リノアスは戦闘時と違い、言葉を発している。表情も、見える。疑問を抱く時には首を傾げ、相手の様子を伺う姿勢を見せている。

 身体と精神の乖離。今、互いにそれを感じていたのである。

『自分自身を、止めないと行けないから、俺は感情を殺さないといけない。』

『何故?私は本来の貴方の温かな感触が欲しい。しかし私は感情を表出出来ない。貴方はそれが出来るのに、どうして?』

『力を使うからだ。けれども、この力はこの世界を変える為に必要だ。』

『その為に自分を押し殺すのは違うと思う。私はこんなの、望んでいなかった。けれど、命令の為に戦っている。感情の出し方を分からないまま。』

この、白い空間ではリノアスは自分の意志を伝える事が出来ている。では何故、現実の身体はそうさせないのか。

 それは、彼女が特殊強化モデルであり、戦闘用のマシーンとして存在しているから。マシーンに感情など必要ない。欠陥と言われても仕方がないモノ。それが、感情だ。

 一方のアレンは感情を持っている。表出も出来る筈。なのに、それをせずに戦場を駆け抜ける。何故?

『君は、君の意志でそれに乗っているのか?』

異空間の中でアレンが聞いた。

『分からない。命令だと思う。命令だからこれに乗る。敵を倒す。それだけ……でも、感情は欲しい。』

『それに乗っていては、感情は芽生えない。一生軍の言いなりだ!それは俺が破壊する!君は脱出を図れ!』

精神世界で、アレンは叫ぶように言った。表出出来ない感情を、溢れ出すかのように。

 そもそもアレンが感情を出さないのは何故か。それは、分からない。彼はもしかすれば、無理をしているのかも知れない。

『でも、それも出来ない。命令だから。』

リノアスが冷たく、言った。

『なら、止めるだけだ――』

 

 

 

この間は実際の時間ではほんの一瞬の時間だった。いつしかブライティスはダッゲインに接近しており、ビームセイバーラックを左手部マニピュレーターに把持し、腹部のビーム砲門に突き刺したのだ。この衝撃により、爆発を起こすダッゲイン。

 

ズドオオオオオオ

 

地面を大きく鳴らし、巨体は後方に倒れた。

こうなってしまうと再び起立する事は難しくなる。行動不能になったダッゲイン。リノアス自ら判断を行い、ダッゲインを放棄する考えをした。

「戦闘不能……脱出……放棄……」

コクピットのハッチを開け、リノアスはそのまま飛び降りた。その、3秒後にダッゲインは爆発を起こした。その際、彼女は別働隊のジョゼフに身柄を保護されていた。

 

 

 

ダッゲインMk-Ⅱが倒されたのを確認するフーク。その際、パイロットが脱出した事も確認済みだ。この時、フークは溜息を吐いた。

「本来ならば違う兵器を出す予定だったのにも関わらず、何らかのトラブルで遅れてしまった。あのダッゲインは最早用済みの機体。リノアスさえ生きていれば、それで良い。」

ダッゲインは十分な機体の調整がなされていないまま、出撃していたという事になる。つまりは、この戦闘で破壊される事を前提に運用されていたという事だ。

「気になるのはあの青い羽のガンダムと接触した際にダッゲインの動きが変わった事が気になるが……」

「それは、こちらでも確認済みです。」

側に居た兵士が、言った。

「それにしても、突然現れたあの連中は何者だね?新生連邦に対しては攻撃を仕掛けているようだが、国連の増援なのか?その、目的が分からんのが気になるが。」

戦場に介入してきたシュネルギアと、ブライティスの存在は新生連邦内でも注目される存在として存在している。何故、この戦場に現れたのかも、謎だ。

「ジャンヌ・アステルと言っておりましたが……」

「世界の歌姫が宣戦布告という訳か。随分と大層な真似をするな、アステル家も……」

それは本当なのかは定かではない。彼等にその真理を確かめる余裕は、この戦場では不可能だ。ただ、彼等は戦場に突如出現し、混乱に陥れた“アステル”の名を刻んだ事にはなる。

「何にしても、リノアスの身柄はこちらで預かる。ダッゲインはもう用済みだ。“次の”機会を待つとしよう。」

そう言いながら、フークは不敵な笑みを浮かべている。日本で暴走事故を起こした巨体を戦場に投入し、撃破されながらも笑みを浮かべている、フーク。何故、この男はこのような状況でありつつも余裕の笑みを浮かべていられるのだろうか。

 

 

 

 アッサラームに近付くセイントバード。その間に近付いてくる、新生連邦のMS部隊。ビーム粒子同士が飛び交う、激戦区。セイントバードの損傷は五割を超えつつあった。辛うじて高度を維持出来てはいるものの、これ以上砲撃を受ける事は避けなければならない。

 そして、アッサラームも新生連邦に対して砲撃を行っている。だが、敵の数が多すぎるが故、処理が追い付いていない。次第に押されていく、国連軍。

「アース将軍、こちらに接近する熱源を感知!」

「迎撃ぃ!」

ウィレスの指示により、アッサラームからビーム砲やミサイルが斉射される。だが、熱源はいずれも軽やかに回避する。明らかに動きが、従来のMSによるものではない。

「回避されました!高速で接近してきます!!」

オペレーターの言葉の後、ビーム粒子が放たれ、アッサラームは損傷を受けた。ブリッジ内は激しく揺れる。

「チッ……敵は何機だ!?」

「一機です!」

「モニター、出せ!明らかにディーストやジョゼフと言った機体の動きではないぞ……!」

その指示により、映像が出る。そこにいたのは、エファン・ドゥーリアが駆る大型MS、アーヴァインであったのだ。

「まさか、この機体……半年前にも……エファン・ドゥーリアか……!?」

ウィレスはその名を挙げた。かつてのデウス動乱で、ジャスティスに乗って艦隊を壊滅させた最強の男、エファン・ドゥーリアの名前を。この事から、アッサラームを襲撃しているのはエファンである事が分かった。

 

「意外と呆気ないものだな、国連の旗艦が私の接近をここまで許す等!」

エファンがそう言った後に、アーヴァインのビームライフルを展開する。その出力は、ディースト、ジョゼフのものと比にならない。アッサラームの堅牢な艦壁は少しずつ削られていく。たった一機とは言え、この男の技量は計り知れない。脅威ともいえる、その強さはウィレスを苦しめる。

 もし、このままセイントバードがアッサラームに向かったらどうなるだろうか。確実に、標的にされるだろう。損傷率五割を超えているセイントバードがアーヴァインに狙われる事は、死と同義だ。

 

バシュゥゥゥ

 

そこへ、一筋の光が差した。ブライティスがアーヴァインに向けてビームライフルを放ったのだ。すぐに反応し、回避するアーヴァイン。やがてブライティスは青いウイングを展開し、ビーム砲を一斉に放つが、アーヴァインはバリアーフィールドを展開して対処するのだった。

「青い翼のMS!飾りつけは見事だが果たしてその機体の性能はどうだろうな?以前、私に滅多打ちにされて、半年振りに新型機で登場と言うわけか。アレン・レインド!」

アドバンスドタイプである彼は、ブライティスのパイロットを見抜いていた。しかし、アレンは何も語る事なく、アーヴァインに迫る。

 ビームライフルを放つ、ブライティス。だがアーヴァインは前腕部を展開してこれを防いだ。バリアーフィールドジェネレーターである。

アーヴァインは回避を行った直後に反撃を行う。フロントアーマーのビーム砲に、両肩部の実弾キャノン。それらが一斉に展開されるが、ブライティスはウイングを展開して回避。更に、ブリッツファンネルを二基、展開してはアーヴァインに迫る。これをビーム刃に形状を変えて、一斉に展開する。狙うは、アーヴァインの前腕部。ジェネレーターが搭載されている場所だ。

「バリアーフィールドジェネレーターはビーム砲撃を完全に無効にする効果を持つ。しかし、ビームサーベルなどの基部からの粒子発生装置の場合は粒子エネルギーを物理的に変換する機能がある!それがバリアーフィールドの弱点である事を見抜いているのは分かる。」

ビーム砲撃を絶対に耐えるバリアーフィールドジェネレーター。その弱点とは、ビームサーベルといったビーム刃による攻撃に弱いといった点がある。つまり、白兵戦では絶対的な防御力を発揮出来ないという問題がある。

 だが、エファンは迫るブリッツファンネルに対し、その弱点を見抜いていた――

「そして、そのサイコミュ兵器の致命的な弱点はビーム兵器を防ぐことが出来ないという点にあり!!」

そう言った後に、エファンは一度目を閉じた。二基のファンネルの軌道を読み、やがて、目を開く。

「読めたな。」

向かう方向に対し、ビームライフルを放った。すると、ブリッツファンネルは撃破されたのだ。それも、二発。的確な、射撃だった。

 しかし、アレンはこの機を逃さなかった。ビームセイバーを展開し、アーヴァインに迫ったのである。

「読んでいるよ!お前の心はとうに!!」

彼の行動を先読みしていたエファンも、ビームサーベルを構え、これに太刀打ちする。

 互いのビーム刃が打ち合う。粒子が弾け、飛び散る。戦場を混乱状態に陥れたガンダムと、強大な力を持つアドバンスドタイプの男の駆る、MSが交戦している。

 その周囲を、彼の部下であるジョゼフが飛び交っている。ドゥーリア隊所属のジョゼフは、武装が一つ追加されている。両腋窩部を潜り抜け、ビームキャノンを放つのだ。

 アレンはすぐに、これを回避した。だが、別の方向からビーム砲が放たれる。回避が間に合わない。ならば、バリアーフィールドを展開するしかない。

 

バイイイイイン

 

ビームは防いだ。だが、隙を生んでしまったのだ。別のジョゼフが、ブライティスに向かい、迫るのだ。

「自分の“顔晴り”こそが!“最幸”の“志事”を作る!それが今後、ビジネスをする上での“成幸”にも繋がる!!」

エファンの部下の一人、ジュン・ピーシアが言った。異様にやる気を見せる、このパイロットはアレンのブライティスに、迫る。ビームサーベルを構え、ブライティスに近付く――

 

バシュゥゥゥ

 

別方向から、ビームライフルが放たれた。それを受け、機体を掠めたジョゼフ。

 そこに居たのは、白いガンダムだった。アレンを追いかけて来たツヴァイが、この場に現れたのである。

「アレンさん!!やっと近付けた!!」

レイが声を荒げ、言った。ツヴァイは彼を追い掛けている間、迫る新生連邦のMSと交戦しながら、接近していたのである。

(……え?)

レイが妙な感覚を覚えたのは、この戦闘域に入った時だった。まるで、誰かに睨まれているような違和感。肌がざらつくような、気色の悪い感触。それらの根源はどこから?何故、急にその感覚を覚えるのだろうか――

「このMSは……!?」

次に、レイがその機体を見た時、レイの瞳孔が小さくなった。と、同時に、次第に呼吸が早くなる感触を覚えたのだ。

 

ドクン―――

 

「!?」

強烈な嘔気を感じ取った、レイ。奇妙な感覚だ。彼がアーヴァインを見た時、以前に感じた事のある不快感に襲われたのである。

(あれは……砂漠の時のMS!?どうして、ここに……?)

レイは、アーヴァインを見た事があった。レイだけでない。ネルソンも、同様である。

砂漠の大地に降り立ち、瞬く間に砂漠の狩人率いるMS乗り達を瞬く間に撃破したMS。それが、アーヴァインであった。つまり、あの砂漠にはエファンが居たという事になる。

エファンから放たれる異様な感触。レイを襲う、気味の悪い感覚の正体が分からないまま、レイは苦しみだす。以前感じた、脳内で蟲が蠢く感覚が、再び。

「この感覚は……以前、どこかで……ああ……。“あの時”の少年か。」

ツヴァイを見た、エファンが口を開き、笑みを浮かべた。レイの事を知っている様子の、エファン。

 確かに、両者は砂漠の大地で出会ってはいる。しかし、互いにその正体に気付かないまま時間が経過した。それから八ヶ月後、今、この場で互いに再会する事になったのだ。

 だが、実際にその正体は分からずにいる。レイから見れば、エファンは何者なのかも分からない。対するエファンは、レイの事を覚えているのだ。

「成程な。そうか、私とあろうものがお前の事を思い出せないでいたとはな……」

意味深とも言える言葉。これに対し、レイは何も分からないまま、困惑するばかりだ。

「あ……貴方は……?」

「お前の事を知る者とでも言っておこうか。」

「僕を……知っている……?誰……なの……?」

悍ましい感覚だけが包む中で、微かに感じるエファンのからの感覚。それ自体も、妙な感覚でしかないのだ。

 エファンは、何故レイを知っているのだろうか。面識があるとすれば、砂漠で初めて会った時だ。だが、この時レイは“覚えのある感覚”を感じていた。ならば、彼等はどこで出会ったというのか?レイ自身は、全く面識がない。だからこそ、恐怖に感じるのだ。目の前にいる、この男を。

(怖い……この人から感じる感覚は普通じゃない……!え……待って……この人って……!?)

恐怖と不快感、嘔気に包まれる中、レイは微かに、一つの事を思い出した。

 それは、日本での出来事だ。ジャンヌとエファンが空港に来た時の事。そこでも、エファンはレイと面識があった。その時は、ほんの、一瞬の出来事であり、ただ、互いに目線を合わせただけだった。

 しかし今と違うのは、日本でエファンに会った時は、不快感は一切無かったいう事だ。この差は一体何なのか。謎が、謎を呼ぶ状態。

 苦しい。気分が悪い。目の前にいるエファン・ドゥーリアからのプレッシャーなのかは分からない。ただ、レイは頭を抱える。彼は、エファンからドス黒い“何か”を感じている。しかし、一方で妙な“暖かさ”も感じている。彼は一体、何者なのだろうか。この矛盾した感触は一体?

「人間が持つ感情は時に人に対して影響を与える事がある。しかし、本質的に人間というのは性格が決まっているものだ。お前が感じる私からの感覚も、それは率直な意見と捉えるべきだ。お前は力を持っている。私の中にある感情を感じ取っているな。」

「はぁ……はぁ……!何を……言って……あぅっ……!?」

ズキンと、頭が痛くなる。エファンからのプレッシャーがそうさせるのか。

「だが私の場合は本質的な雰囲気そのものを変える。時に温和な対応を行い、敵意を剥き出しにしたものにはそれ相応の雰囲気で臨む。それが、私という人間だよ。レイ・キレス。」

(何を言ってるの……?)

理解出来ない事を述べる、エファン。当然、レイは疑問を抱くのだが――

「今のお前には理解出来ない事かも知れないな。」

「え……?今、僕の心を読んだ……?」

「そうだ。お前の事が分かるのだ。フフ……」

自分の事が分かる?何を言っているのか?どう言う、事なのか。謎が、謎を呼ぶ状況だ。思考を読まれたという感覚は、レイに強烈ともいえる不快感を感じ取っていた――

 

ドクン―――

 

「あああぁぁぁ!?」

その時、鋭痛がレイの頭全体を覆った。精神的な不安から来る痛み?物理的な痛み?何だ、この痛みは。分からない。原因は、全く不明だ。

(怖い……!この訳の分からない感覚は何!?頭が引きちぎられそうになる!その上でのこの暖かさは、一体!?駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!)

頭を振り、自らの頭に入るイメージを否定するレイ。だが、エファンから受ける悍ましいイメージは、全く払拭出来ない。

 

(怖い……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ)

 

レイの思考は静止しようとしている。完全に恐怖に支配されている。エファンが与えた恐怖は、レイを絶望に陥れている。

「恐怖とは未知なる者を見た時や、自らの価値観、道徳感と全く異なる存在に出会った時に生じる感情だ。お前の場合、私の事を思い出せないだけ。故の恐怖。お前は怯える事で目の前の現実を逃れているに過ぎない。」

その間、アーヴァインの右前腕部が動く。ビームライフルが、静止しているツヴァイに向けて放たれようとしている。

「だがお前は、まだ本格的に覚醒をしていない。しかし私が放つ感覚を感じ取れる、センシティブな感性は少しずつではあるが作り出されているという事だ。これが更に肥大化すれば、それはやがて人類の作り出した文明に対する脅威にさえなり得る。」

人類の作り出した文明に対する脅威?何を言っているのかが分からない。この男の目的とは、一体何か。レイの覚醒とは、何を示すのかも謎だ。得体の知れない男の発言は、レイを余計に混乱させる。いや、既に彼は言葉を失っている。思考を静止し、ただ、恐怖に慄くだけだ。

「だが……それは今ではない。お前が本当に死に至るべきステージは、この先。お前の運命は、まだここで潰える訳ではない。お前の中の夢が、そうさせるのだから。」

エファンの言葉がレイに響く。それと同時に、アーヴァインのビームライフルは機体の鈍い関節音と共に、下げられた。

 エファンの語る、“夢”とは何か。彼の中にある、悪夢と何の関係があるというのだろうか。そもそも、エファン・ドゥーリアとレイはどういった関係があるというのだろうか。

「夢というのは可能性の話……お前自身が覚醒していき、より力を発揮した存在になる時。それがお前に訪れる“死”のタイミングだ。今のお前はただの怯える子犬に過ぎんよ。」

全ての言葉が意味深であり、不可解な言葉を発するエファン。レイの中にある覚えのある感覚と、恐怖はこの男から感じるものなのだろうか。彼が今まで見続けていた夢と、エファンの関連性とは何か。この男の言葉が理解出来ない。ただ、レイは苦悩するばかりだ――

 

ドオオオッ

 

そこへ、高出力のビーム粒子が飛んだ。それと同時に、エファンは粒子の方向に目をやる。

 この場に、ガーストの機体が駆け付けたのだ。エスディアのビームバズーカが連射され、アーヴァインを襲う。だがその性能差は明確である。アーヴァインの性能の方が、上だ。

「ほぅ、無謀なMSが一機、ここに来たか。」

「レイ!!」

レイが襲われていると判断したガーストが、エファンの魔の手から守った。その瞬間、レイの不安、恐怖は和らぐ。先程までの混沌とした感情は、何を示したのだろうか。

「はぁ、はぁ……はぁ……」

呼吸を荒げるレイ。その際、周囲に対する集中を切らしてしまっていたのだ。

「貰った!“成幸”への第一歩!自分はこれを成し、ビジネスでも成功して見せるッ!!」

レイの目の前に迫った、一機のジョゼフ。両腋窩部からビームキャノンを展開し、至近距離でツヴァイを狙い撃ちしようとした。エファンから感じている強大なプレッシャーが解除された瞬間を狙った、的確な射撃だ。そのパイロットであるジュンは、異様な笑みを浮かべ、ツヴァイを撃破せんと、迫る。

「させるかよ!!」

レイに迫る危機に対し、ガーストが行動を起こした。そのジョゼフに向け対してビームサーベルを展開し、その両手部を切除する。マニピュレーターが破壊され、それに伴い、所持していたライフルも海中へ落下していくた。

「自分の邪魔をするなら!」

パイロットのジュンは怒る様子を見せた。標的をガーストに変更し、ビームキャノンを向けて展開するが――

 

ピシュンッ

 

ブリッツファンネルの一閃が、ジョゼフに直撃した。この攻撃を受けたジョゼフは爆発を起こし、海の藻屑と化したのだ。意気込んでいたパイロットは即死。躊躇のない攻撃が、ジュンを抹殺した。

「自己啓発というのは自らの行動をより肯定する為に良いとされるものだが、自らを律することが出来ない人間が行っては、ただの自己満足に過ぎん。言葉の言い換えをして自らを高めようが、それは作り物なのだよ。まあ、良いものを見せて貰った……安心して眠るがいい。」

まるで、散ったジュンに対して言った、捨て台詞。これでも、彼なりの、部下への言葉なのだ。

 そして、ブライティスからの攻撃はそれだけに留まらない。ファンネルは更に二基、この場に出現する。合計三基。だが、いずれもが無差別に攻撃を行うのだ。

「アレンか!止めろ!お前、何考えている!?」

ガーストが説得した。サイコミュ兵器を操っているのはアレンだと、分かっていたのだ。

 だが、アレンはそれに応じる様子を見せない。黙ったまま、活動を続ける。その攻撃は、レイに対しても向けられる。ブリッツファンネルによる攻撃は、まるで彼によってコントロールが出来ていないようにも見えた。

 それを見抜いたのは、エファンである。先程の二基のブリッツファンネルを破壊したエファン。それを見て、更に行動を起こそうとしている。

「サイコミュ兵器を十分に扱えていないと見た。アレン・レインド!お前の行動は、所詮暴走に過ぎん。私がここに居る理由も、もうない。今回得られた事は、レイ・キレスを思い出し、再確認することが出来た事ぐらいか……」

そう言った後、アーヴァインは突如この場から撤退を開始した。その巨体のバックパックに搭載しているバーニアの出力を上げ、この場から去って行ったのである。何故、エファンは敵を倒す事なく撤退をしたのか。それは、不明だ。

 この場にはアレンとレイ、そしてガーストの三人が残された。そして、ブライティスが放つブリッツファンネルは無差別に攻撃を行っている。何故、このような行動を起こしていくのか。

「アレン!やめろって!お前、ふざけんなよ!!」

ガーストは焦りから怒りを見せた。歯を食い縛り、威嚇射撃の為にビームバズーカを放とうとした。

 だが、飛翔体はバズーカの砲身を撃ち抜いた。爆発を起こすバズーカ。これにより、射撃武器が封じられてしまったのだ。

「く……う……!アレンさん……!やめて……やめて下さい……!!」

エファンのプレッシャーの恐怖と戦いながらも、どうにか声を出すレイだが、アレンには届いていない様子だった。

 この時、アッサラームに向けて新生連邦の別動隊が動き出していた。ジョゼフ、エグゼマーの混合編成部隊。合計十二機が、一斉に迫る。

「行け……!」

 

ピシュンッ ピシュンッ ピシュンッ

 

ブライティスのブリッツファンネルが、一斉に展開される。ブリッツファンネルだけではない。側腰部のブラスターファンネルも同時に展開された。エファンに破壊された分を引いても、合計八基のファンネルからビーム砲撃が放たれるのだ。

 瞬く間に、いずれも正確にコクピットを撃ち抜くファンネル。搭乗しているパイロットは当然の如く、即死。一対多数の圧倒的な戦力差。たった一機でこのような戦略を取ることが出来る兵器。それが、サイコミュ兵器だ。これらから繰り出されるオールレンジ攻撃は、多数の標的を破壊するのに非常に効率が良い兵器と言える。以前、レイがマドラ級戦艦を一斉に破壊した時のように。

 十二機の内、八機が瞬く間に撃破され、一度後退を決めたジョゼフの姿もあった。だが、ブリッツファンネルはそれを追い掛ける。それは、敵意を見せない者に対する虐殺行為にも見えた。勝ち目のない戦闘で、逃げるジョゼフに追い打ちを掛けるブライティス。躊躇冴えない攻撃は、見る者によっては残酷な光景にも見える。

 アレンは何故、精神世界では感情を剥き出しにしてリノアスと会話をしていたのにも関わらず、今は無情に敵を殺し続けるのだろうか。何故?

 そもそも、逃げるパイロットを追う必要はあるのか。確かに、いつかは反撃を行ってくるかもしれない。だが、それは“今”の事ではない。敵意が無いのは明確であるのにも関わらず、徹底的に破壊する行為は余りに常軌を逸しているように見えた。躊躇する敵機体を追い掛け、その上で抹殺する。そこまで敵を追い込む必要があるのだろうか。

 守る為に戦うレイは、この行為に疑問を抱いていた。何故、アレンはここまで残酷になれる?自分は勿論であるが、友人である筈のガーストにも攻撃を仕掛け、躊躇のない攻撃を仕掛ける?何故?

 レイの疑問。だが、その疑問と共に、次第にレイの呼吸が荒くなっていき、その感情が怒りに変化していくのに、そう、時間を要さなかった。

 怒り。それは何かに対して向けられる感情。特定の非道な行為や、自身の感情と相反する行動を目の当たりにした時に生じる感情。先程までの苦悩から一転、感情が切り替わっていくのを、自ら感じ取っていた、レイ。

(無差別すぎる……こんな、行動をこうも平気で出来るなんて……アレンさん、貴方は!!!)

 

 

―――――――――――――――――ドクン――――――――――――――――――――

 

 

レイの眼が、深紅に染まった。

 




第四十三話、投了。

オペレーション・デモリッション・クリエイションも終盤です。
何故ブライティスはレイ達を攻撃するのか?その真意が分からないまま、レイも最後に覚醒してしまいます。


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第四十四話 アレンとレイ

アレンとレイが衝突する。戦争を生き残ったデウス動乱の英雄と、日常を謳歌していた少年が衝突する回。


 

 レイの眼が深紅に染まった。日本海で海賊に襲撃を受けた時に起きた現象と、同じ現象だ。瞳孔が紅く染まり、その眼が見開かれている。

 この現象自体、何なのかは全く分からない。ただ、以前彼がこの現象を発生させた時、戦闘域に居た、“特定”の人間が頭を抱えていたのだ。

 

「あう!?この感じは……レイ?」

交戦中のスバキが、最初に反応した。

「前の感じ!?ぐっ……あいつなのか……?」

ガーストが、反応した。

「レイ君……!?」

エリィが、頭を抱えた。

「この……感覚は……ぐぅ……!?」

総司令が、反応した。

彼等に共通している事。それは、シンギュラルタイプであるという事だ。では、アドバンスドタイプであるアレン、ジャンヌ、エファンはそれぞれどのように反応するのだろうか。

 

 

 

「まさか……この戦場にレイが現れるなんて……という事は、エリィさん達も……?」

シュネルギアの艦長席に座っていたジャンヌが、静かに呟いた。これが何を示しているのかは謎であるが、彼女の表情には焦りの色が見られる。

「うっ……!」

その時、同ブリッジ内でオペレーターの一人が僅かに頭痛を訴えた。気になった様子のジャンヌが、聞いた。

「大丈夫ですか?ココットさん。」

そのオペレーターは、アレンの最愛の人間、ココット・メルリーゼだった。以前にアステル家と共に戦いたいと言っていたココットは、今、シュネルギアのオペレーターとして、活動をしていたのである。

「はい……なんとか。」

「頭痛ですか?」

「少しだけ、ですけど。」

皆それぞれが何らかの反応を示す中、ココットも反応を示した。これは、何を示すというのだろうか。

(アレンの動きも気になります。彼はファンネルを完全に使いこなせていません……この戦場に、ツヴァイとブライティスが居る……嫌な、予感がしますわ……)

ジャンヌの言葉は何を意味するのか。何故、アレンが無差別にファンネルを振るうのか?そして、嫌な予感とは何か。彼女の言葉に理由が隠されていると、考えられた。

 

 

 

 自身の艦に戻っていたエファンも、この異変に気付いている様子だった。男の脳内に電流が流れ、異変を感じ取っている。

「ほぅ、子犬は時に変貌を遂げる事もあるという事か。この戦場、面白いものが見れそうだな。」

至って冷静な様子のエファン。その言葉が何を示すのかは不明だ。

 

 

 

 今、レイに出現した異変を身近に感じているのはアレンである。感情を押し殺しているように戦場を駆り、MSを狩る、アレン。その被害は新生連邦だけに留まらない。接近する機体、全てに対してブリッツファンネルを奮っている。つまり、国連の機体にもそれは影響を与えているという事になる。これでは、混迷を極める戦場を余計に混乱させているだけだ。

 アレンの行動を見たレイは、怒りの感情をトリガーに、眼の色を変えた。その眼はブライティスを睨むように見ている。

 その際、ツヴァイはセイントバードの方を見ては、右手部マニピュレーターの、指部を一斉に屈曲させて“何か”を引き寄せる動きを行った。

 

ピシュンッ

 

その時だ。あろうことか、セイントバード内に格納されている筈のブリッツファンネルが勝手に動き出し、一斉にツヴァイの下に向かってきたのである。この時、セイントバードのハッチを突き破り、強引に移動したのだ。レイの意志が、そうさせるのかは不明だが、切り離している筈のサイコミュ兵器が本体に近付く。このような事が起こり得るというのだろうか。

 やがてブリッツファンネルはツヴァイのバックパックに合体をした。完全な姿を見せた、ツヴァイガンダム。この瞬間、ファンネルを搭載するMSがこの戦場に、二機出現したことになる。

 

 

 

この騒動に対し、セイントバードのMSデッキ内では混乱状態になっていた。シンが、勝手に動いたファンネルの存在を見て、目を疑っていたのである。

そこへ、ネルソンから回線が繋がった。何事かと思い、聞くネルソン。

「シン、何があった!?何故あの兵器が勝手に動く!?」

「分かりませんよ!勝手に兵器が動くなんて前代未聞ですよ!サイコミュ兵器なんて全然扱った事ないですし、分からないですよ!」

「なんという事だ……では、あれはレイの意志だというのか!?」

「そうなったら、またあいつ意識を失うんじゃないんですか!?それは困りますよ!」

そのように考えるのが妥当だろう。しかし、勝手に動くファンネルを止めることは整備士である彼等に出来る筈がない。まして、ネルソンにも不可能な事だ。

 こうなっては成り行きを任せる以外にない。レイがこの兵器を再び使用し、どのように、なるのか。

 

やがて両者が対峙した。互いにカメラアイを輝かせ、それは威嚇し合っているようにも見えた。今から、始まるアレンとレイの一対一の対決。この戦場において、アステル家が開発した、混迷を切り開く筈の力同士が激突しようとしている。

「……!」

先に仕掛けたのは、レイの方だった。怒りに囚われているレイはブリッツファンネルを展開する。以前、この兵器を使用し、意識を失った彼。この兵器を使用する事に躊躇する筈なのだが、今のレイは躊躇する事なく、サイコミュ兵器を展開する。

自らの意識の下で動く、ブリッツファンネル。まず、基部になる六基のファンネルが展開。その次に、二基ずつ小型のファンネル、ミニファンネルが展開する。合計数十八基のファンネルが、ツヴァイを覆うように、展開された。次に、ツヴァイは左上腕を大きく振るい、それらを一斉にブライティスへ向かわせたのである。

これを見たブライティスも、同時にブリッツファンネルとブラスターファンネルを放出した。こちらは二基をエファンに破壊されており、八基しかないのだが、いずれも広範囲に広がり、攻撃を行う。

 

バシュゥゥゥ

バシュゥゥゥ

バシュゥゥゥ

 

ビームの雨が、互いに一斉に迫る。その砲台の数は違えど、出力は互いに互角と言える。サイコミュ兵器同士による戦い。アレンも、レイに反応し、迫っているようだった。

 やがて本体へのビーム砲撃が行われるのだが、両機共にバリアーフィールドを持っている為、ビーム兵器は弾かれる。だが今度は、本体へ攻撃を行う為にファンネルからビーム刃を展開して両者は攻撃を開始したのだ。

「レイ……お前、俺を倒す気なのか。やめろ。そんな事は無意味だ。」

アレンが語った。だが、レイは無言のまま、深紅の眼を見せている。

ファンネルは本体の代わりに互いに攻撃を行う。やがて互いのファンネルはビーム刃を一斉に展開した。これらが、まるでMS同士が白兵戦を行うかのごとく、打ち合いを開始したのである。数で劣るブライティスは、加勢するかの如くウイングからビームを放ち、ツヴァイのファンネルを狙うのだ。

「クッ……はあああああ!」

その際、レイが叫んだ。自らの意思で、ブライティスのファンネルに攻撃を加えて行くのだ。

ビーム刃と、ビーム砲撃の交互の攻撃を、ツヴァイは行う。このような巧みな攻撃は何処で学んだというのか。レイがブリッツファンネルを操るのは今回で二度目だ。なのに、この兵器をまるで使いこなしているかの如く、操っているのである。

「お前……使いこなしているのか……?その上で、俺に戦うのか……?」

無表情で戦っていた筈のアレンだが、どこか、感情を漏らしているように見える。予想外のツヴァイの動きにどこか、焦りを感じているというのか。

 そもそも、彼等は敵同士ではない筈だ。戦う理由などない。では何故今、彼等は戦っている?何の為に?

 それは、ブライティスの行動が引き金だった。アレンが操っていたファンネルはレイやガースト等にも襲い掛かった。その理由が分からないまま、理解出来ずにいたレイは遂に怒りを覚えてしまったのだ。

 もし、この事に対して理解があれば彼等が互いに戦う事は無かったかも知れない。だが、戦いは止められない。アレンとレイ。デウス動乱の英雄と呼ばれた青年と、ごく普通の日常を送って来た少年の戦いは続く。

 

ブィィィィン

 

その時、ブライティスが先に攻撃を仕掛けた。ビームセイバーを側腰部から抜き、レイに迫る。それに反応したレイ。対抗する為にメガビームセイバーを側腰部からラックを抜き、高出力のビーム刃を放つ。

 

バヂィィィッ

 

互いのセイバーが打ち合う。激しいスパークが散る。ビーム刃の出力はツヴァイの方が上。純粋な力だけを見れば、ブライティスの方が不利だ。その為、放たれているファンネルを駆使した攻撃が、ツヴァイに迫る。すぐに反応したレイは、一度距離を置き、自らの側にファンネルを従わせるように、動かした。

 今、レイの眼は相手の動きを分析している。それは常時ではまず、出来ない動きだ。敵の数は合計九機。ブリッツファンネルが六基に、ブラスターファンネル二基、そしてブライティス本体一機である。

更に、牽制の為か、ツヴァイは肩部から拡散メガビーム砲を放出し始めた。拡散されるビーム粒子はブリッツファンネルに直撃する。これにより、一基が破壊された。更に、本体であるブライティスにも粒子熱が迫っていた為、バリアーフィールドで弾くアレン。

だが、ミニファンネルが二基、ブライティスの後面に迫っているのに気づくのにやや、送れたのだ。

「くっ……!?」

背後からのビーム兵器の存在に気付かなかったアレン。不覚だった。しかしそれで悔んでいる暇はない。今度はブラスターファンネルを放つ、ブライティス。これを、左前腕部のバリアーフィールドで防ぐレイ。

ツヴァイのブリッツファンネルは、再びビーム刃を展開した。一斉にそれらを向かわせ、迫る。

「悪いが……」

アレンはそれらを見抜いた。やがて、側腰部から再びビームセイバーを抜いた。それも、二つ。やがてそれらを連結させ、迫る、ブリッツファンネルを切り払うのだ。

 しかし、アレンはこの為だけにビームセイバーを展開したのではない。ツヴァイに接近し、その防御機能を奪う為に、ビーム刃を展開したのだ。

 迫る、ブライティス。狙いはツヴァイの前腕部。バリアーフィールドジェネレーターが搭載されている箇所である。

 

「僕は……アレンさんを止めるから!!」

 

深紅の眼のレイが、叫ぶように言葉を発した。今まで言葉を放たなかったレイが、初めて口を開いたのだ。それと同時に、ツヴァイもビームセイバーを展開。それを連結させて、接近をするのだ。

 再び打ち合う両機体のビーム刃。ガンダム同士の激しい攻防。止まらない、激戦。かつて共に戦った者同士が何故ここで戦わなければ、ならないのだろうか?

 

「おい!アレン、レイ!お前等、やめろ!!」

その戦いに割り込む者が、居た。ガーストである。彼の乗るエスディアが両者の戦いを止めんとばかりに迫る。ビームバズーカを破壊されたエスディアは、武器を持たぬままこの戦場に割り込んでいく。

 しかし、彼等の戦いにはブリッツファンネルが飛び交っている。ビーム粒子が飛び交う場所で、旧式機体をベースにしたMSが割り込むのは自殺行為だ。

「ガースト、これはどういう事だ!?」

二機のガンダムが交戦している中、ハルッグが更に近づく。状況の把握が出来ていないネルソンは、ただ、この戦いを見るしか出来ないのである。

「あの青い羽根のガンダムにはアレンが乗っているんです!それで、二人が戦ってて……」

「なんだと……?」

「それで、二人共止まらないんですよ!俺にも何が何だか分からない!」

ガーストの呼び声に応じない二人。アレンとレイ。二人の争いは、更に過激さを増していくばかりである。

「こんな馬鹿な事が……何故、二人が戦うのだ……?」

一度は互いに協力した者同士が対立するという謎の構図。訳が分からない状態で、ガーストとネルソンの両名は困惑するばかりだ。

「おい!お前等が戦う理由なんてないだろう!いい加減に――」

と、叫ぶガーストであるが、エスディアに向けて一基のブリッツファンネルが迫った。ビーム粒子を放ち、躊躇なく迫ってくる。まるで、近づく者を追い払うかのように。

「クソッ!これじゃ近づけない……!」

「黙って、見ていろという事なのか……?」

この戦闘は、互いのファンネルが防衛機能の如く働いている。近づく者を容赦なく攻撃する、結界のような役割を果たしていたのだ。実際に、この戦闘域に接近したジョゼフやディーストはビーム粒子を浴び、撃破されているのだ。

 

 

 

 その模様は、ジャンヌにとっては地獄絵図だった。互いに力を託した筈なのに、何故この場で両者が戦っているのか。何故、彼等は互いに潰し合わなければならないのか?ガンダム同士の激闘を遠くで見ていたジャンヌは、静かに、握り拳を作っていた。

「アレンのファンネルのコントロールは不完全でした……その状態でのレイとの接触……それが引き金になったとすれば……私は、過ちを犯してしまいました……」

ジャンヌは、俯いた様子で言った。この戦いは、彼女の完全な誤算だったのだ。

 そもそもブライティスを、何故完全にアレンがコントロール出来ていない状態で発進させたのかも、それは分からないが、今はこの戦いの行く末を見守るしか出来ないのである。

「ジャンヌさん……」

オペレーターを務めているココットは、ジャンヌの表情を見て心配そうに見ている。今の状況を作り出してしまったと、責任を感じている様子のジャンヌ。

「どうか、二人共ご無事で……」

今、両機体を止められるMSは、恐らく存在しないだろう。互いに戦い合う状況。本来ならば戦う必要のないMS同士の交戦は、留まるところを知らないのだ。

 

 

 

交戦は続く。この時、ツヴァイはビーム刃を僅かにブライティスの前腕部に近付け、バリアーフィールド発生装置を破壊する事に成功した。しかし、一方でアレンの方も装置の破壊に成功していた。互いに、ビーム兵器が通用する状況となってしまったのである。

一度距離を置き、ブライティスはビームライフルを撃った。ツヴァイはこれを回避。反撃の手段として、バスタービームライフルを撃つ。出力は、こちらの方が上だ。

けれどもアレンは素早くそれを回避し、同じようにビームライフルを撃つ。ツヴァイも同じように回避した。

互いに、重力下にも関わらず、まるで宇宙空間に居るかのように、機体全体を回転させ、ビームを避ける。もし直撃を受ければダメージは避けられないからだ。

「……」

赤い眼をしたまま、何も喋らないレイ。それに対してアレンは妙に冷静であった。

「レイ、今のお前は異様な強さを誇っている。前に画面で見た時のようだ。」

それは、日本海での戦いの出来事だ。アインスに乗っていたレイが深紅の瞳に覚醒し、海賊や新生連邦を一網打尽にした時の、話。

「けれど、お前の攻撃はパターンが読めるんだよ。俺の猿真似をしているに過ぎない。悪いけどすぐに決める。」

「……?」

レイは無言のままピクリと反応した。この瞬間に、ブライティスはブラスターファンネルを展開してレイを狙った。これを防ぐ為に、自身のファンネルを操り、ブラスターファンネルを狙う。

だが、ブラスターファンネルはもう一基あった。これを受け、ツヴァイの左肩部から先が破壊されてしまったのである。

「うぅぅっ!」

感嘆の声を上げるレイ。機体が激しく揺れ、コントロールを一時的に失っている。

更に、ブライティスは同時にウイング部からビーム砲を一斉に放出し、その上でビームライフルも撃った。それは、ファンネルを抜きにした、ブライティスガンダムによる一斉射撃であった。

バリアーフィールドがあればこれらを防ぐ事が出来ただろう。しかし、前腕部のジェネレーターが破壊されている今は、それがない。そのため回避をするしかなかったのだが、回避しきれなかった。ビームの熱がツヴァイのカメラアイを撃ち抜いていく。

「あううっ!」

モニターからブライティスの姿が消えた。このままでは目視で敵を察知する事が出来ない。レイに危機が訪れる。

 この場合、敵との存在を何で感じる?視覚は使えない。聴覚?嗅覚?表在感覚?それとも、第六感というものか?

 それに該当するのが、自らの力だとするのなら、今はそれに賭けるしかない。敵との距離を把握出来ないなら、その自分に宿る勘を信じるしかない。

 

ピキィィィ

 

レイの脳内に電流が流れる。その時、彼はスイッチを押した。

 バックパックのプラズマカノンが発射形態に変形。目視で敵が見えない状態で、相手の“感覚”を頼りながら、狙いを定めた。

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 それは、突発的な攻撃であった。アレンは急いで回避を行なおうとするのだが、反応が遅れてしまった。そのためブライティスの右脚部が消滅してしまうのだった。

「ちぃっ……!」

突然の反撃はアレンに衝動的な行動を起こさせる。ブライティスはウイングからブリッツファンネルを放出し、ツヴァイに、当てた。

「あぁぁっ!」

機体が激しく揺れ、上手く動かす事が出来ない。コントロールを失ったツヴァイ。レイは、操縦桿を握り、引く。だが、反応が遅い。当てられた衝撃が大きかったのだ。

「レイ……」

追い討ちを掛けるようにブライティスがツヴァイに迫った。ブリッツファンネルのビーム刃を展開し、その刃が、コクピットを突き刺そうとしていた――

 

 

『アレン!』

 

 

「ココット……?」

一瞬の事だった。アレンの脳裏にココット・メルリーゼの声が聞こえたのである。彼女の声が、脳内で聞こえる事は今までなかったのに。何故なのか。

 だが、この声はアレンの行為を止める効果があった。ブリッツファンネルは動くのを止め、ウイングに戻っていく。

 やがて、ブライティスは左脚部を駆使し、ツヴァイの後面部を思い切り蹴り始めた。この一撃により、ツヴァイは海に落ちていく。モニターが見えない中で、レイは一人、機体が落ちて行くのを感じ取っていたのである。

 

 

 

ブライティスに蹴られた事で、コントロールを失ったレイ。このまま海に落ちるのも時間の問題だった。

この時、眼の色が、元の澄んだ青色に戻っていたレイ。しかし彼に残された意識は本の僅か。僅かに目を空けて視界を把握している。だがそれも時間の問題であった。ツヴァイはそのまま海に落ちていく。

「今までの感覚は、何……?どうして僕は……そうだ、アレンさんが許せないって思って……そこから……ただ、夢中になって……駄目だ……意識が、変な感じだ……」

深紅の眼に変貌を遂げていたレイ。それが青い眼に戻った時、敵と交戦した感触だけを残していた。彼自身、複雑な感情であった。ただ、この時感じていたのはアレンへの敵意だけ。その敵意や、怒りが彼を変貌させたのだろうか。今でも、アレンへの敵意ははっきりと、残っていた。

 しかし、落下して行くツヴァイを止める手段はない。ただ、海に落ちて行くばかりであり、いくら操縦桿を引いても動かないのだ。

「落ちる……こんな、こんなのって……」

焦りを抱くレイだが、ツヴァイはレイの声に応じない。このままでは海に落ちてしまい、機体が大破してしまう。それこそ、命が危ない。

 

ガキィン

 

その時、ツヴァイを助ける機体の姿があった。ハルッグである。MA形態のハルッグはマニピュレーターを駆使してツヴァイの右肩部を把持し、そのまま自身の上に乗せ、回線を使ってレイに言った。

「掴まっていろ。」

「ネルソン……さん……?」

「頭は、何ともないのか?」

「はい……」

レイの表情は暗い。様々な出来事が一度に起きた為であろうか。エファンとの交戦や、アレンとの交戦。それらが同時に重なったレイの心境は、複雑を極めていたのである。

(先程までサイコミュ兵器を使っていたのに意識を失っていない……レイ、君は一体何者だ……?いや、それ以前に先程の戦いは、一体何だ……?何故、アレンは我々に攻撃をする?謎だらけが残る……)

レイを回収する中で、ネルソンは一人、疑問を抱いていた。アステル家のガンダム同士の死闘は、レイが敗北する形で幕を下ろした。

 青いウイングを持つガンダムが戦場に出現し、その上で今までセイントバード内に封印していた筈のブリッツファンネルが勝手に動き、そして、レイの手足のように動いた。この事自体が不可思議な事であるのに、更にそれらが戦闘を開始したのだから、ネルソンから見れば訳が分からない。

「君は何故、アレンと戦っていた?」

ツヴァイを搬送している中で、彼は聞いた。

「許せないと、思いました……それからあんまり覚えていないんです。けど、あの人は躊躇いなく、逃げるパイロットまで殺したんです!友達である筈のガーストさんまで傷付けて!そしたら……」

「怒り……か。レイ。その迂闊な行為によって自分が死ぬかもしれないと考えたのか!?」

「え……?」

 この時、ネルソンはレイに対し、ある種の恐怖と、怒りを感じていた。意識を失った原因となるサイコミュ兵器の存在。それをあろう事か、躊躇する事なく使いこなしている。今回はアレンの駆るブライティスに敗北をしたものの、猛威を振るっていた事に変わりはない。レイは、確実に強くなっている。だが、元々民間人である筈のレイがこのような強さを見せる事は、明らかに異常と言えたのだった。

 

 

 

 その後、新生連邦の艦隊は撤退信号を出した。オペレーション・デモリッション・クリエイションは失敗に終わったのだ。国連軍の、想定外の抵抗や増援の存在により、新生連邦は一度後退を余儀なくされたのである。

 国連にとっての脅威は去った。平和国連盟は、新生連邦の魔の手に落ちる事なく、済んだと言えたのである。

時を同じくしてツヴァイはセイントバードへ帰還した。この時、閉まっているはずのハッチが壊れて、そのままになっていた。レイが深紅の眼を見せた時、格納庫に搭載されていたブリッツファンネルが勝手に動いた時に破壊した為である。

ハッチが破壊される事は整備士達に危険を伴わせる。上空に居たセイントバードは、風の影響を大きく受ける。下手をすれば、この風に飛ばされる事さえ有り得るのだ。そのような事情など知る由もないレイは、自身の意図とは関係なく、彼等を危険な目に遭わせていたのである。

 セイントバードがアッサラームへ向かっている最中の、僅かな時間の出来事。MSデッキにて、対面になるネルソンと、レイ。

 

パシィ

 

ネルソンとレイがセイントバードに帰還した際、ネルソンは、思いきりレイの頬を叩いた。レイの頬は赤く腫れ、目には僅かに涙を浮かべている。側にはエリィが居た。

「多くの人間がどれだけ迷惑をしたと思っている!?それだけじゃない!君自身の死に直結する可能性だって有るんだぞ!あのような、危険な兵器を扱うなど!!!」

「そ……れは……」

分からない。分かる筈が無いのだ。自分自身でも、分からない事なのだから。

そして、この様子を見る周囲の反応は冷たい。特に整備士達はレイに対し、まるで〝ざまあみろ〟と言わんばかりに冷ややかな目線を送る。理由は恐らく、ハッチを破壊されたからだろう。

しかし、深紅の眼に染まる現象。これが引き金である事を伝えても、信用される筈がない。そもそも、レイ自身にも、分からない事だ。この時、レイは理不尽を覚えていた。何故、このような事になるのか、不明であるのだ。

「脳の検査を行った後、君には独房に入ってもらう。」

「えっ……そんな!?」

突然のネルソンの提案に戸惑う、レイ。何故、このような仕打ちを受けなければならないのか。

「レイ君、ごめんね。だけどこれはレイ君の為でもあるの。許可が出るまで外には出してあげられない。」

「エリィさんまで……どうして……」

レイの目元が、潤う。彼は、必死だった。必死に戦ったのだ。なのに、この仕打ち。何故……?

「うん……大尉と相談して、決めたの。虐待みたいになってしまうけれど、やっぱり君とガンダムとの距離は離した方が、良いとなったの。それにね、あの兵器が動いた時、整備班の人も数名怪我をしていたの。それはとても危険な事だって、判断しました。」

「そんな……!」

ショックを受けるレイ。怪我人が出た事は、全く知らなかったのである。

しかし一方で、レイは抗議した。ファンネルが勝手に動いたのは自らの意思ではない。それを、伝えたかったのだ。

「でも!あれは僕の意思じゃないんです!信じて下さい!」

「駄目だよ。隔離措置は貴方自身を守る為でもあるの。あの機体の全貌が分からない以上、レイ君をあのガンダムに乗せる訳には行かないの。」

人は有り得ないとされる現象に対して率直に信用する事はしない。だから、話を進める。進めていき、措置を決める。大人と子供が対立する理由の一つで多い事かも知れない。

「僕だって苦しかったんです……その中で攻撃だってされて……アレンさんにまで襲われて……でも、守らなきゃ行けないって!その為に動いたのに!どうして……!」

一番、この状況に陥った理由を知りたいのはレイだ。先の戦いで多くの事を経験した。総司令からの勧誘、エファンによるプレッシャー。夢の話。そして、アレンとの交戦。

 これらの事を一度に経験したレイ。それを理解して貰えず、ただ、独房へ入れられるという結末を迎えてしまうのだった。

 

 

 

 その後、レイはネルソンによって検査を受け、後にクルーによって独房へ連れて行かれてしまった。検査場の脳波や血液の状態、バイタルサイン等は、至って問題なく経過していたという。

 今、セインドバードはアッサラームに向かっている。もう間も無く、巨艦に到達しようとしている最中、ネルソンとエリィは二人、話をしていた。

「しかし、不幸中の幸いだな。まさか艦長の恩人があのアッサラームの司令官を務めていたとは。」

「あの時回線を繋いで、本当に良かったです。あれで断られていたらどうなっていたか……」

「艦も大きく損傷している。今は保護して貰えるならば、ありがたい状況だ。対応は頼む。私は、国連に知人はいないからな。艦長の対応だけが頼りだ。」

知人関係とはいえ、相手は国連の最高部隊の将軍の地位に立つ者だ。迂闊な発言は当然ながら許されない。

「はい、勿論ですよ。」

と、エリィが言った時、彼女は周囲の目から異様な目線を感じた。何故だろうか。その答えは、今の彼女の格好が大きく関係していた。

「艦長、対応は勿論だが、“格好”も、他者と話をする時に大切になる事は存じ上げないか?」

「え?」

その瞬間、自身の格好が、上半身がラッシュガード姿、下半身の両下肢がほぼ、大転部から腓骨外果部にかけて素肌を晒している格好である事を思い出した。無論、ラッシュガードを脱げば彼女は黒いビキニ姿となる。この脚線美に見惚れるクルーが、この場には数名居る。

 エリィは顔を大きく赤め、自らの格好を見直したのであった……

「あああああ!私!なんでこんな……?」

「戦闘前も言ったが、ここはミスコンの会場ではない……頼むから、早く着替えてきてくれ……」

と、ネルソンは頭に手を当て、言った。

 いくら相手を注意したりしたとしても、自らの格好がそれ相応でなければ内容が頭に入らない。今回、レイはネルソンに言われた事が大きく影響していた為、彼にはエリィからの言葉が伝わっていたが、冷静に考えれば色気のある格好をされて言葉の内容が耳に入る者など、少ないのである。

 

 

 

 その後、セインドバードはアッサラームに格納された。セイントバード自体も大型戦艦ではあるが、アッサラームは更にその上を行く、超大型戦艦といえた。

 エリィは、司令官であるウィレスに会いに行く。戦後になってからの再会。笑顔を見せる、両者。こうした場所で顔見知りに会う事が出来るというのは、何よりの喜びと言えるのだ。

「久し振りだな、エリィ。まさかこのような所で会うとは思わなかった。」

ネルソンに言われた事を守っているエリィは、対人用のレディーススーツを着てウィレスと会っていた。

「私も……本当に、嬉しいです!ウィレスさんに会えるなんて、思いもしませんでしたから!」

戦前、第十三特殊部隊に所属されていた者同士の再会。戦後に生き別れ、再会。互いの笑顔が喜びに満ちている。

 それからエリィはここに来るまでの経緯を語った。戦後にMS乗りとして活動していた事等を、語る。

「MS乗りか。何故、そのような事を?」

これに対し、エリィは言い辛そうに言った。

「まあ、その……色々と、ありまして。」

「それと、昔に比べて明るくなったか?目元とか、表情が随分と違うな。私の知るエリィは、もっと大人しい性格だったと思うが……」

戦後に彼女に会った人間は見習い誰もがこの疑問を抱く。アレンにガースト、そして目の前のウィレスだ。

「そうですかね……?自分では、あんまり分からないんですよ。」

照れ隠しをするエリィ。

「まあ、良い。それよりも新生連邦の戦艦を奪うなど、大それた事をよくやったな。」

これも、誰もが言う台詞である。セイントバードチームの最大の謎。それは、セイントバードが新生連邦のヒエラクス級という軍の中でも空母クラスに該当する空中戦艦を、奪ったという事。故に新生連邦に追われる事になってはいるが、それでも彼女達は立ち止まる事なく、ここまで来たのだ。

「あの時助けて貰えなかったら、今頃どうなっていたかも分かりません。本当に、感謝です!それに、ウィレスさんも国連で司令官をされていて、その上で、アッサラームの艦長をされているなんて……凄いです、本当に……!」

エリィは感無量だった。恩人が戦後になり、所属を変えても活躍しているのを見て、純粋な喜びを噛み締めている。

「それよりも今後はどうする予定だ?あの戦艦は損傷が激しい。ここで一度修理をし、そこから動いていく方が良いとは思うが。」

ウィレスからの提案だ。今、外に出るのは新生連邦に狙い撃ちをされるリスクが非常に高い。アッサラームの中で修理をして貰えるのならば、これ程有難い話はないだろう。

「本当に、良いんですか!?」

エリィは感嘆の声を出した。

「私とお前の仲だ。遠慮するな。」

ウィレスが国連の最高部隊の司令官である事がこれ程幸いするとは思わなかった。彼女がいなければ今頃どうなっていたのかも検討が付かない。

「ただ、その代わり条件がある。」

突如、ウィレスは口を開き、言った。エリィは瞬きをし、聞く。

「MS乗りを辞め、国連に参加する事は出来ないか?」

予想外だった。まさか、国連に加わるというオファーを受けるなど、エリィは思いもしていなかったからである。

国連に入るという事。それは、エリィにとっては全く考えてもいなかった事だ。だが、それは軍に入隊するという事になる。それが何を意味するのかは、元連邦軍であったエリィには分かっている事だった。

 確かに、金銭面の不安は解決するだろう。国連と言う強大な組織に加われば資金面での安定は保障される。

 しかし、今の世界情勢を見ればそれはデメリットも大きい。何故ならば、新生連邦が宣戦布告をしてきた状況であり、今後、新生連邦と交戦する事は増えてくるだろう。それを軍の命令で行う事は、彼女としては避けたい気持ちがあった。それは、セイントバードチームと言うメンバーが個人の力で今まで頑張って来られた事も由来していた。

 ウィレスと共に再び行動出来る事は、エリィにとっては光栄な事である。だがその選択をしてしまう事は、メンバーに不利益をもたらす可能性も考えられるのだ。それだけは、避けたいとエリィは考えていたのである。

「ウィレスさん、すみません。その件についてですが、丁重にお断りをさせて頂きたいと、思います。」

「そうか。それは、残念だ。」

 

 

ジャキンッ

 

 

周囲の兵士達が銃口を向けたのを、エリィは感じていた。銃を向けられた時、彼女の目つきは変化する。まるで、恩人に拒絶されたかのような、感覚だ。

「ウィレス……さん?」

目を疑ったエリィ。それに対し、ウィレスが言った。

「すまないな、エリィ。国連への参加を拒否する事は、別に問題はない。ただ、お前達がMS乗りという存在であるという事は、国連としても無視出来ない。平和への脅威に成り得る事も有り得るからな。」

「そんな、それって!?」

「そのままの、意味だ。悪いがこのまま拘束させてもらう。国連は平和主義の為にこちらから戦闘勢力に対して攻撃を加えるといったことはしない。だが、こちらとしては平和に対する脅威に成り得る存在を無条件で釈放は出来ない。」

一難去って、また一難。新生連邦の魔の手から逃れることは出来たが、今度は国連に確保されるという状況に陥ってしまったのである。

「エリィ。お前達がここに来た時に見させてもらったが、あの艦にはガンダムタイプを搭載しているな。それも、二機だ。戦後に数多く見られているMS乗りの大半の所持している機体は、デウス帝国のMSが大半であり、一部に旧地球連邦の機体が運用される事が多い。その中で、何故ガンダムタイプを所持している?」

「それは……」

「詳細を教えてもらわねばならないな。手荒な真似をする気はないが、我々としても情報を得なければならない。お前達の身元を明確にしなければ、拘束を解く事は出来ない。」

恩人に会えた。それは、良い事だ。しかし、戦後になり、彼女達の立場は変わってしまった。国連の最高部隊の司令官と、MS乗り。この差が、新たな問題を生み出す事になってしま

ったのだ。

 

 

 

 新生連邦軍が撤退した頃。アレンはシュネルギアに帰還していた。レイとの激闘を制したアレン。だが、この戦いの中で彼は感情をコントロールしていた。それは、先のオペレーション・デモリッション・クリエイション内にてリノアスに指摘された事だった。

 MSデッキにて、彼を迎え入れるジャンヌと、ココット。パイロットスーツのヘルメットを取り、帰還したアレン。

「お疲れ様でした、アレン。ブライティスは、どうでしたか……?」

そう言う、ジャンヌの表情はどこか、暗い。

「どうも何も、ないよ。俺にファンネルを操るのは、難しいのかも知れない。」

「やはり……ですか。」

何が、“やはり”なのか。その言葉は何を意味するというのか。戦場を混乱させる存在として君臨したブライティスは、何をもたらしたというのか。

「あの機体は“感情”に大きく左右される機体です。それ故に、貴方は感情を殺すような行動が多く見られました。ブリッツファンネルを使用した事が、何よりの行動と言えます。」

「“暴走”を避けなければならないからね。その状態で、心の安寧を保つのは難しい……」

暴走とは、何を意味するのか。その言葉は、以前レイに対して伝えた事があった。

 

 

――――力を持った人間はそれを求め過ぎる。その結果、暴走する事だってある――――

 

 

「クリスタルガンダムに搭載されていたシステムをそのまま移植したのがあの機体になります。貴方も経験はある筈です。戦時中に“暴走”をしてしまった事が。」

「クリスタルシステムの暴走……か。あったな、そんな事が……」

アレンは、この時、過去の経験を思い出していた。

 

 

 

デウス動乱時、クリスタルガンダムに乗っていたアレン。その強さで、当時敵対していたデウス帝国軍を圧倒しているアレン。

だが、とある作戦で、第十三特殊部隊の母艦が狙われる事があった。一方的に襲われ、撃墜の危機に瀕していた戦艦。デウス軍の、卑劣ともいえる攻撃は彼を怒りに駆り立てた。

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

その瞬間、アレンの心臓の鼓動音が響いたと同時に、機体色が変貌したという。赤く染まった機体は瞬く間に敵MSを攻撃し、壊滅させた。だが、この時、クリスタルガンダムは無差別の攻撃を行ったという。敵、味方関係なく、周囲の人間を巻き込み、壊滅させる。それは、余りに悍ましい光景だった。これを経験したアレンは、その後意識を失ったという。

 

 

 

 そして現在。彼を暴走させたシステム、クリスタルシステム。それが搭載されているガンダムが、元々はクリスタルガンダム。だがそれはアステル家によってティフォンガンダムへと改造させた。それに伴い、クリスタルシステムは解除された筈だったのだが――

「クリスタルシステムを解析した結果、搭乗者の感情により、そのポテンシャルを発揮するという事が判明しました。そして、これはサイコミュシステムを搭載しているブライティスと合わせた時、どのようなパフォーマンスを発揮するのか。それを確認する為にブライティスにはあえて、クリスタルシステムを搭載したという事です。」

「そうだった……ブライティスはそう言うコンセプトだった……」

アレンは禁断のシステムである、クリスタルシステムが搭載されている事を知った上で、ブライティスを操った。

 戦時中に彼が暴走をしたのは、純粋な怒りもそうだが、彼が十五歳という若さも関係していた事も大きな原因と言えた。

「危険なシステムであることは、重々承知でした。しかしクリスタルシステムには機体のポテンシャルそのものを上げる効果もあります。今後の世界を切り開く存在として開発したブライティスガンダムは、一長一短の機体と言えるでしょう。」

ティフォンガンダムの後継機として作られた、アレンの為のガンダム、ブライティス。それは、彼が戦時中に乗っていたクリスタルガンダムに搭載されていた、システムであるクリスタルシステムを搭載しているガンダムである。

 クリスタルシステムは機体そのもののポテンシャルを上げる。機動性を始めとしたMSのパフォーマンスの向上が期待されるシステムだ。だが一方で搭乗者の感情に左右されるという致命的なデメリットもある。このシステムを使いこなす為には空間認識能力に優れた人間である必要がある。

だが、戦時中はこの機体の乗る事が出来るパイロットが皆無だった。その中で、偶然にもアドバンスドタイプの力を持っていたアレンが搭乗する事になった。だが、問題はこの時の彼の年齢が十五歳であったという事だ。

感受性豊かな思春期の少年少女は、感情を露呈しやすい。ふとした際の怒りがシステムの暴走に繋がる。一度システムが暴走すれば、機体そのものの変色を行い、その上で絶大なパフォーマンスを発揮するが、パイロットの意思のコントロールが困難になる。アレンは戦時中、一度これによる暴走を起こしている。それ故に、このシステムの存在は危険であると認識され、連邦軍内では二度と製造される事は無かった。

だが戦後になり、新生連邦が勢力を強めて行く現状でその混迷を切り開く為に作られたブライティスには、かつてアレンを暴走させるきっかけとなったクリスタルシステムが搭載されている。それは、デウス動乱終戦後から五年が経過し、二十歳になったアレンがジャンヌの前に現れた事がきっかけだった。機体そのもののポテンシャルを上げるクリスタルシステムと、サイコミュシステムを搭載しているブライティスが組み合わさった時、果たしてどのようなパフォーマンスを発揮するのだろうか。ジャンヌは、ある種の実験を行っていたのだ。それが、先程の戦場という訳である。

クリスタルシステムの怖さを理解していたアレンは感情に左右されないように行動していた。普通に行動する分には、問題は大きくなかったのだが、問題は彼がサイコミュ兵器を使用した時に出現した。

ブライティスに搭載されているブリッツファンネル、ブラスターファンネルは彼の意思のままに動くのだが、クリスタルシステムの干渉が大きく、思うように動かせない事があった。それが、標的を的確に狙う事もあれば、そうでない時もある。この混乱が、アレン自身を内心、苦しめた。結果、レイやガーストを攻撃する事になったのである。

要するに、サイコミュ兵器を操る為に自身の感情をコントロールしなければならないという負荷が、彼には掛かっていたという事になる。そこには、従来のMS戦以上のコントロールの抑制が求められる。感情を出すという、人間や動物らしさを消す事を、考えなければならないのだ。

人間でありながら感情を抑制する事は、特殊強化モデル等の人間には実施できるかもしれないが、アレンのような純粋な人間には難しい。それ故に、彼自身は苦悩した。

そして、訪れたレイとの交戦。それはレイがアレンの事情を知らず、ファンネルを躊躇なく使用し、敵味方関係なく攻撃を行なっているをその上、戦意を失った人間に対しても容赦なくそれを襲わせている姿を見て怒ったが故に、生じた出来事であると言えたのだ。

この事は、ジャンヌ自身予想外だった。まさかセイントバードチームが新生連邦のオペレーション・デモリッション・クエイリションの中に巻き込まれているなど、知らなかった為である。

「けれども、あの中で俺はココットの声を聞いた。」

「ココットさんの声……ですか?」

ジャンヌは、首を傾げ、聞いた。

「不思議だった。彼女は力を持つ人間でない筈なのに、あの時何故彼女を感じられたのかは分からない。けれど、あの時の俺を止めてくれたのは間違いなく、ココットだ。彼女が居なかったら、俺はあのままレイを殺していたかも知れない。」

アレン自身、レイと本気で交戦する気はなかったのだ。しかし相手が迫る以上は、戦わなかければならないと、思っていた。感情のコントロールで精一杯だったアレン。そこに対して怒りを覚えたレイ。互いの想いがぶつかり合い、先の戦闘が行われたという事だ。

「俺自身もあのガンダムを乗りこなすにはもっと訓練が必要だなって事だな。それと、ココットの存在をもっと意識しなければならないなって思ったよ。」

「……成程……ですね。」

ジャンヌは、何かを考える様子を見せていた。

「貴方を支える存在があれば、心の安寧が保たれるのかも知れませんわね、アレン。」

「心の安寧……それは、欲しいかもね。あのガンダムを操る以上は。」

「ええ。それを“確固たるもの”にしていかなければ、なりませんわね。」

意味深な、ジャンヌの発言が、アレンに伝わる。

「それよりも今後はどうする予定だ?新生連邦は撤退したけれど……」

アレンが聞いた。新生連邦の作戦が失敗した以上は、この場にいる理由は、無い。

「シュネルギアは一度、アッサラームに向かいます。ウィレスさんにも事情を把握してもらう必要がありますから。それから、国連に本格的に協力をしていきます。」

「そうか……」

この時、アレンは心労が蓄積していた。彼が思う以上に、感情を抑制しながら交戦するという行為は負担になるのである。機体を制御しつつ、感情を抑制し、動く。これが特別な処置をされていない人間が行うのは、いくらアレンのようなアドバンスドタイプと呼ばれる人種であれ、並大抵の事ではないのだ。

「今は、休んで下さい。お疲れ様でした、アレン。」

ジャンヌの言葉を聞き、アレンは静かに頷き、MSデッキを去る。

 先の戦場では多くの出来事を経験し過ぎた。レイが無事であれば良いと、内心思いながら、アレンは自身の部屋に向かって行くのだった。

 

 

 

 アレンは自室に入り、下着姿のまま、ベッドで横になる。先の戦いで疲れていたのだろう。そっと、呼吸をするアレン。

(気になるのは、あの時の少女……か。感情を欲してるって言ってたけど、あの子は一体……)

天井を眺めるアレン。先の戦闘でダッゲインと交戦した時に、リノアスと会話を交わした。それは直接ではなく、心の中で会話を交わすような、不思議な感触であった。

 あの時の感覚は何だったのか。何故、彼女の内なる声を直接聞けたのかは、全くもって分からない。

 

ウィィィィン

 

そこへ、一人の人間が入って来た。ココットである。戦闘が終わり、彼の事が心配になった彼女が部屋に入って来たのだ。

「お疲れ様、アレン。大丈夫?」

「あ、ああ。ココットか。俺は大丈夫。少し、休んでるだけだ。」

そう言った後、アレンはベッド端座位姿勢をとり、ココットと会話する。

「さっきの戦い、凄かった……それと同時に、頭が痛くなったの。何だったんだろう……」

「頭が痛くなった?」

ココットに訪れた妙な現象。アレンはそれを聞き、違和感を覚えている。それは、戦闘中に聞いたココットの声と関係があるのだろうか。

「分からない。それと、アレンに思いが伝わったような感覚があったんだよ。不思議だなって思って。」

そのような事があり得るだろうか。ココットが、シンギュラルタイプの力を付けたとでもいうのだろうか。

「ココットは、その感覚をどう思う?」

ふと、アレンが聞いた。

「嫌じゃないかな。アレンの事を分かるようになるのは、嬉しいから……」

「そっか……」

そう言った後、アレンはそっと、立ち上がり、ココットの前に立つ。そして――

 

ギュッ

 

彼はそっと、彼女を抱き締めた。

「俺、君が居てくれれば戦っていけるような……そんな、気がする。」

「うん……良かった……。私も、サポートするからね。」

「それよりも、互いに感じる事があるなんてな。よく、分からないけど。」

「でも、嫌じゃないよ。」

「俺も。」

先の戦いでは、自身が暴走するかも知れない恐怖と戦っていたアレン。感情を押し殺して戦う事の難しさ。それはよく、理解した。

 人は過酷な現実と向き合う時、何処かで心の支えが必要になる時がある。人は一人では生きていけない。だからこそ、人生にはパートナーが必要なのだ。アレンの場合は、ココット・メルリーゼがそれに該当する。

 戦後、アレンはいつ死んでも良いとばかり考えながら生きていた。それは、自殺願望というわけでなく、戦時中に失ったココットの存在がそれ程に大きかったのである。

 アレンはバンディットをしていく内に、自身の心が生きていない事を感じていた。だから、敵と遭遇しても死を恐れる事はなかった。

 だが日本でココットと再会してから彼の人生は変わりつつあった。支えがいる中で戦う。それは、今のアレンには必要不可欠な事であったのだ。

 

 

 

その夜。国連によって拘束されていたセイントバードチームは、身動きが取れないまま、艦内で過ごす事になった。拘束とは言っても、身体の自由を奪われている訳ではない。艦内を移動する事は可能であるし、Eフォンの使用も自由だ。

これは、せめてものウィレスの情けが関わっていた。国連と言う立場である以上はMS乗りを野放しに出来ないのだが、エリィの温情が彼等を酷い拘束に陥れる事は、無かったのである。

その中で、独房に入れられていたレイ。そこは、以前に砂漠の狩人、アスーカル・エスペヒスモが入れられた部屋だ。その部屋を照らすのは廊下の明かりだけ。その明かりも皆が寝る頃には消え、真っ暗になってしまう。

多くの出来事を経験した、昼間の戦闘。再び自らに生じた深紅の眼の現象に、エファンから感じた凄まじいプレッシャー。

 

ドクン―――

 

「死ね」

 

レイの眼が、覚める。冷や汗を掻く、レイ。呼吸も荒く、苦しそうだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

自らが殺されそうになる悪夢と、昼間の出来事を同時に思い出したレイ。エファンから感じた恐怖は、何なのか。ただ、自身が押し潰されそうになるあの、悍ましい感覚はレイの中で強烈に残っている。

 誰かにこの事を打ち明けた所で、誰に理解がされるだろうか。それも、分からない。その上今、彼は独房と言う環境にいる。誰も滅多に来ない、場所。そこで一人、遠くにある檻をじっと見ている、レイ。

 彼が恐怖に感じているのはエファンの事だけではない。アレンと交戦した時に生じた、深紅の眼の現象についてもだ。自らが、自らでなくなるような異様な感触。気が付いた時には、敵と戦った感触だけが残る、違和感。そして、自らの意思で操ったとされる、ブリッツファンネル。

 全てが、分からない。何故こうした現象が生じるのか。自分と言う人間は、本当は何者なのか。それが、次第に恐怖に感じられるようになってしまっていた。

(僕は、何者なの……?あんなの、分からない……僕はただ、MSに乗って戦っただけなのに……)

今までごく普通に生活をしていれば、このような事に巻き込まれる事は無かっただろう。だが巻き込まれていき、彼が戦闘を繰り返す内に多くの出来事を経験した。その経験が、今彼を苦しめている。

 自分は、エリィの言うようなシンギュラルタイプなのか。それとも、また特別な存在?それも全く分からないまま、彼は一人、苦悩している。

(この状況で、誰とも会話が出来なくて、ただ、一人悩んで……怖い、怖いよ……)

自らが自らでなくなるような、異様な感覚。夏場ではあるが、それは彼の身体を震わせている。

 得体の知れない恐怖。誰にも共有されないかも知れないという怖さは、レイを蝕もうとしているのだった。

 

スッ

 

その時だった。外から、足音が聞こえてきた。それに反応するレイ。

「誰……ですか?」

耳を立てたレイが、静かに声を出した。すると一人の少女の声が聞こえた。

「おい、大丈夫か?」

「スバキ……なの?」

レイは念の為確認した。ここに来たのは、スバキであると、確信した。顔を見る。やはり、スバキの姿があった。愛らしい顔立ちだが、どこか勝気な印象を持つ、彼女。

「そうだよ。私以外にいないだろ。今、セイントバードはバタバタしてるからな。私ぐらいしかお前の所行けないしな。」

スバキはジャージのポケットに手を入れ、レイの顔を見ようと檻を除く。その時、ベッドで横になっていた彼の顔を見た。その、眼からは一筋の涙が流れていた。

「え?お前……泣いてんのか?」

「う……」

レイの泣き顔を見て、スバキは一言、言った。

「やっぱり女だよな。お前。泣き顔なんか見たら、本当にそんな感じ。」

「僕は、男だよ……!」

とはいうが、元気が出ない。様々な出来事を、思い出してしまっていたからだ。

「まあいいや。よいしょ。」

スバキはそのまま檻にもたれかかる。その状態で天井を見上げ、口を開いた。

「私さ、あの戦いの時にさ、急に頭が痛くなったんだよ。前にも同じような事、あったんだよな。その時にお前の事を感じたんだよ。偶然かな。」

それはレイの目が深紅に染まった時の事だ。スバキを始めとする艦内の力を持つ人間達を苦しめていた、現象。その事を、今、スバキから伝えられたのだ。

「そう……なんだ……ごめん、全然分からなくて……」

レイは申し訳なさそうに言った。しかし、彼には全く覚えがない。自分が戦闘中で深紅の瞳に染まり、その影響で様々な人間が苦痛を感じている事など、知る由もなかったのだ。

「けどさ、急に頭が痛くなったりするのってさ、なんか、怖いよな。あの戦いでもお前の怒りみたいな感情を感じていたんだよ。お前を怒らせるの、怖いかもな。」

「え、そ……そんな……」

この言葉でスバキに怖がられていると思ったレイは、非常に不安になった。自分を恐怖の対象に見られる事等、普段は無い。だが、この場において恐怖の対象に見られる事はレイにとっては辛い事だった。恐怖の対象として見られるのは嫌だと感じたレイは恐る、恐る、スバキに聞いてみた。

「スバキは……僕を避けたいの?」

レイがそう言った後、スバキの目が見開かれる。

「……はぁ!?そんなワケないだろ!何言ってんだよバカ!」

それが気まずかったのだろうか。両者は口を紡ぐことになった。

それが約三十秒続いた。人間同士が居る筈なのに、互いに言葉を発せない状況。気まずさを、感じているのだろうか。

「避けたいとか、そういう考え、やめろよな。」

口を開いたのは、スバキの方だった。

「なんか分かんない事が起きてるだけだろ?そんなの、気にすんなって。」

スバキは、まるで状況を切り替えるように言葉を話した。だが、レイにとっては謎に包まれている出来事である。これが何を示すのかも、不明だ。

「ねえ、スバキ。聞きたい事があるんだけど。」

今度は、レイがそっと口を開いた。

「スバキも力を持っている人間だよね。例えば、何らかのピンチになったりした時とか、激しく怒った時に勝手に身体が動いてるような……そんな経験って、ある?」

自らに起きた事についてレイは聞いた。深紅の眼に染まる現象が不明である為、彼はそれを、恐れている。そういった事はシンギュラルタイプである彼女にも起こり得るのだろうか。

「それは、分からない。聞いた事もないな。」

「そっか……分からないんだ。」

レイの声が、再び小さくなっていく。

「けどさ、お前は体はなんともないんだろ?ネルソンに診てもらって、何もないんだろ?なら、良いじゃねえか。健康でいられるなら、そんな事気にしなくて良いじゃん。多分、ちょっとだけ特殊なんだよ。力を持ってる人間ってさ、やっぱり変わり者みたいなところ、あるからさ。」

それは、スバキ自身が経験してきた事だ。シンギュラルタイプの力を有していたが故に新生連邦に母親を人質に取られ、苦悩の生活を送って来た。その母親も亡くなり、絶望の淵に立たされていた筈のスバキ。

 そうした経験があるからこそ、彼女は語る。そして、その言葉はレイに刺さった。

「僕はね、スバキを偉いと思うんだ。」

突然彼が言い出した台詞に、スバキは戸惑う。

「な、何言ってるんだよ……いきなり。」

「あんまり思い出したくない事だろうと思うけど、スバキは辛い事を多く経験していても、泣かなかったじゃない。日本で僕に色々と言ってくれた話を聞いてた時でも、本当に強いんだなって思った。僕だったら、それだけの出来事、耐えられないかも。」

先程まで不安で押し潰されそうになっていたレイだったが、スバキと話す事で少しばかり表情が落ち着いてきているように見えた。それを経験している為か、レイは自身の先程までの境遇と照らし合わせ、スバキが日本で経験した、出来事を思い出すように言った。

「なんかスバキと喋っていたら……ちょっと信じられないんだ。これだけ辛い事を背負ってるのに明るく振舞えるなんて……スバキは本当に凄いと思う。」

レイの言葉を聞いていたスバキは嬉しそうな表情を浮かべた。だがその一方で、急に褒め出す彼の真意が分からない為に、疑うように言う。

「お前、なんで突然褒めるんだよ?」

「え!?いや……別に……」

その時、スバキは何かを思いついたよう、僅かに笑みを浮かべた。

「あー成程ね。お前、怖がられたくない為に褒めたんだろ?心配するなよ、私はお前の事なんて怖いと思ってない。」

「そ、そう言う訳じゃないよ!?」

スバキは、突然レイが褒める理由は、彼が恐れられたくないと思う理由から褒めているものだと思っていた。しかしその予想が外れた為、スバキは不機嫌な表情を浮かべる。

「なんだよ!あーあ、せっかく気を遣ってやったのに。私はお前のコトなんか怖がってもないって言ったらお前が喜ぶかと思って言ったのにさ!」

「あ……ごめん……全然気付かなかった……」

レイは謝る。だが、それに対し、スバキは笑顔を浮かべた。

「まあいいや。私の勘違いだし。それにさ、私はいちいち昔の事ばっかり振り返っててもキリがないって思ってるし、前向きに生きて行かないとダメだと思ってるからさ。」

スバキの言葉は、レイに勇気を与えてくれるようだった。彼が感じている恐怖心は、僅かではあるが失せつつあったのだ。

「それより、スバキはどうしてわざわざここまで来てくれたの?確か、セイントバードは国連の戦艦に保護されたとかって聞いてるけど。」

セイントバードの独房は人気の付かない場所にある。彼が以前、アスーカルと話に行った時も、ここは人気のない場所だったのだ。

 わざわざ、このような場所にスバキが来てくれる。それは嬉しい。しかし、理由がなければそのような事はしない筈だとされる。

「理由なんているかよ。お前は腐っても恩人だしな。それに……その……」

突如、スバキの言葉が詰まる。何故だろうか。レイは首を傾げた。

「ううん、何でもない!こんな場所で、一人ぼっちなんて寂しいだろって思っただけだよ!お前も色々あるかも知れないけどさ、こうやって話し相手ぐらいにはなってやれるからさ!元気、出せよな!」

「……うん、ありがとう。」

レイは、静かに頷き、笑みを浮かべた。スバキの不器用な優しさは、今のレイに響く。

 その後、レイとスバキは僅か時間だが雑談を交わしていた。誰かと会話を交わす。それだけでも、今のレイにとっては有難い事と言えた。

 人間は、会話をして生きている。他愛のない会話や世間話、近況の話等でも人と話をする事で、何か発見があったりする。無理に洒落た話や面白さを狙ったような話等、する必要はない。

 飲食店や酒の場等が最もたる場所だろうか。会話が弾めば、時間の経過も瞬く間に過ぎる。今、孤独で過ごしていたレイを、スバキが穏やかに包み込んだのである。

 

 

 程無くして、睡眠時間になった。スバキは手を振り、独房から去って行く。残されたレイは、ふと、呟いた。

「あの人……アスーカルさんも、同じ気持ちだったのかも知れないな。」

去年の十二月にセイントバードの捕虜になった男、アスーカル・エスペヒスモを思い出したレイ。

 彼もこの独房で会話する相手を欲していた。それが、レイである。同じ環境に居る事で、同じ気持ちをふと、感じたのだ。

 アスーカルは決して、悪人とは言えない人間だった。ただ、守る者の為に戦っただけだ。その結果でレイが彼を倒した。それに対し、複雑な想いを抱く、レイ。

 

ピピピピピッ

 

レイの持つEフォンが、鳴った。急いでそれを取り、発信者の名を確認する。

 発信者は、リルムだった。予想外の出来事だと感じたレイは、喜びに満ちた様子で、リルムと連絡を取る。

「もしもし、リルム!?」

慌てふためく様子が見られたが、リルムは彼の声に反応した。

「レイ……今、何処に居るの?」

どこか、寂しげなリルムの声。何か、あったのだろうか。

「僕は、その……お世話になってる戦艦の中にいるよ。ちょっと色々と訳があって、身動きが取れない状態だけれど。」

自身が独房に入れられているなど、言える筈がない。だが、訳があって身動きが取れないというのは間違っていない。

「リルムは、もう家にいるの?あれから、ジャンヌさんに保護してもらった?」

シュネルギアからツヴァイを発進させた時の事。用事が終わればすぐに戻ると伝えたきり、彼女に連絡を出来ていなかったレイ。フロリダに着いてから様々な事があった為、連絡をするタイミングを失っていたのであった。

「そんな訳、ない……私もね、その……戦艦の中なんだよ。全然、よく分からないよぉ!何が、どうなってるのか全く分からないんだもん!」

「え……どういう事……?」

レイは衝撃を受けた。彼の中では、リルムは故郷に戻っていて、今頃家から連絡が来ているものとばかり、考えていた為である。

「さっきも怖かった!いきなり戦争が始まるとか言われて!戦艦は揺れるし、とにかく訳が分からなかったよぉ!何がどうなってるのか全く分からないよ!うぅ、本当に怖いよ……レイは、平気なの!?こんな、思いをして!」

レイの手が震えていた。リルムはシュネルギアに残されたままだった。そして、シュネルギアは先のオペレーション・デモリッション・クリエイションに介入した。彼女を、保護する事をせず、戦争に介入したのだ。

 レイと違い、リルムは戦場の事を全く知らない人間である。そのような危険を冒してまで、シュネルギアは戦場に出た。そして、アレンと戦った。これは、どういう事なのか。レイに衝撃が、走る。

「嘘だ……リルム!どうして……!?」

「知らないよ!ねえ、どうなっちゃうの!?分からないよ!私、怖いよ……」

恐怖を感じている様子のリルムの声。その様子がレイの耳に伝わるのだ。

 彼女は全く関係ない人間だ。今回のような事になったのは自分が招いた種であるかも知れない。だが、リルムは本当に、只の民間人であり、ジュニアハイスクールの生徒だ。

では何故彼女を巻き込むような真似を、シュネルギアは行った?民間人を乗せて戦争を行った?危険であると伝えたようには、明らかに思えない。レイは先程までの恐怖の表情から、次第に怒りを感じるように、なっていきつつあったのである。

「私、どうなるのかな……レイも、大丈夫……?」

「僕は、どうにか……。うん。」

冷静にならなければと、思うレイ。そっと呼吸を行い、リルムと話をする。

「本当に、心配だけれど……レイ、気を付けてね……それで、絶対にモントリオールに戻ろうね!」

「うん、そうだね……」

その後、電話は切れた。彼女自身もひどく、怯えている様子だった。最後の挨拶が、モントリオールに戻り、帰るという話。それ自体が、今後叶う事になるのかも危うい世界情勢へと変貌した今、彼はどのようにするべきか、分からないで居たのである。

「どうしてあの人達は……あの戦いでリルムを巻き込んだの……?」

ただ、その事がショックでならなかった。民間人の保護を優先するものとばかり、考えていたレイはジャンヌの行動やその存在に、疑問を抱くようになってしまったのである。

 

 

 

翌日。シュネルギアはアッサラームの中に収納された。先の戦闘での事情をジャンヌから聞かされる、ウィレス。

 ここにジャンヌが来たという事で、セイントバードはアステル家のスポンサー関係という事が発覚する。それはつまり、拘束が解かれるという事に繋がった。これはつまり、アステル家とMS乗りの立場の違いを感じさせられる事に繋がった。

 国連と言う、現在の地球圏の勢力の半数を担う大多数の組織がアステル家の言葉を信じるという事は、如何にアステル家の影響力が強いかと言う事に繋がる。一方のエリィ達はMS乗り。巨大な組織を前にすれば、その立場は無に等しい。例えるならば個人事業主が、大企業を相手に案件を簡単に貰えない事と、同じような構図である。社会的な立場や信用が大きく違い過ぎたのである。

 いくらエリィとウィレスが知人関係とは言え、この立場の違いは絶大だ。エリィはこの時、己の無力さとアステル家の強大さを改めて感じる事になったのである。

「ジャンヌ・アステルから話は聞いた。共闘関係にあるという事だな。それならば、話は変わってくる。アステル家の協力下ならばお前達は信用に足る事になる。」

ウィレスからの言葉。だが、その言葉はエリィには冷たく聞こえた。

 ジャンヌが居なければ、この状況は脱する事は出来なかった。では、ウィレスと自分との関係と言うのはどういう事に当たるのか。恩人であるウィレスだが、立場の違いが人をこうも変えるのかと、彼女は密かに考えていた。

 

 アッサラームに収納されている、セイントバードとシュネルギア。この巨艦の中に、大型戦艦が二隻格納されている状況。それでも、アッサラームは収納が可能なのだ。

 この後、エリィとジャンヌは再会し、短い会話を行った。その際のエリィの表情は、明るいとは言えないものだったのである。アッサラームの艦格納用のデッキにて、ジャンヌとエリィが会っていた。

「エリィさん、お久し振りですね。まさか、あの場にセイントバードが居たとは思いもしませんでした。その……大変、でしたわね。」

エリィを労わるジャンヌ。だが、エリィの方は複雑な心境だった。

「ジャンヌさんがウィレスさんと親交があったのが、不幸中の幸いと言えました。あのままだったら私達、国連に拘束されたままでしたから。」

エリィの表情は、明らかに暗い。

「エリィさん、そちらにツヴァイガンダムが格納されていると思います。そちらを、シュネルギアに一度預けさせて頂く事は出来ますか。」

突然のジャンヌの台詞はエリィを驚かせる。確かにアステル家が作り出した機体ではあるが、何故急にツヴァイを必要としているのか。

「私からも聞きたいことがあります。ジャンヌさん、あの機体をレイ君に渡したのって、何か理由があるんですか?」

エリィの質問に、ジャンヌは、冷淡な様子で答えた。

「彼が、“ガンダムを駆る者”だからです。ツヴァイを託した結果、彼はその兵器を使いこなしました。ただ、予想外の事が起きてしまいましたが……」

ジャンヌ自身も、アレンとレイが交戦する事は予想していなかった。故に、彼女の表情もどこか、暗いのだ。

「あの兵器はやっぱり危険だと思うんです。サイコミュ兵器って言うんですか、あれは。下手をすれば怪我人が出かねません。」

ブリッツファンネルを操っていたアレンとレイ。その機動性、火力は他を圧倒した。無線兵器による、オールレンジ攻撃は一対多数において絶大な破壊力を見せた。

 先の戦いでもそれは著明に認めた。ファンネル同士の交戦は他の機体を寄せ付けなかったのである。

「それらの改良をする為に、一度こちらに預からせて頂ければと思います。その上でレイにお返しをさせて貰おうと考えています。」

「それって、ジャンヌさんじゃないと出来ないって事ですか?」

「残念ですが、そうなりますわ。」

アステル家が開発したガンダム、ツヴァイ。それを一度渡す事を求められたエリィ。

 だが、あの機体はレイにしか操ることが出来ない。その為には、レイの許可も必要となる。彼女の一存だけで判断は出来ないのだ。

「一度、レイ君に聞いてみます。彼が許可をすれば、それは出来ると思います。」

今、ツヴァイは半壊状態である。ブライティスとの死闘で修理が出来ていない状態だ。それはツヴァイだけに留まらない。他のMSも同様である。完全な修理が終わるのには、時間を要する状態だ。今、セイントバードは動かせる状態ではないのである。その中でアステル家が機体の修理を請け負うというのは、有難い話ではあった。

 

 

 

 その後エリィは独房に行き、レイに対してツヴァイの事について聞いていた。人の行き来がない、独房に人が来るのは珍しい事だ。エリィは檻の外からレイに対して聞いた。

「ねえ、レイ君。そこから聞いて欲しいんだけど、今、ジャンヌさんが来ていて、あのガンダムを一度預けて貰えないかって言われてるの。」

「ジャンヌさんが……?」

レイにとっては予想外の言葉が出て来た。ジャンヌがここに来るとは思いもしなかった為である。それに、驚愕している様子だった。

 彼はEフォンのSNSアプリを使って直接ダイレクトメールを送ろうかと、考えたりもした。だがそのアカウントは既に消されていた。数億のフォロワーを持つジャンヌ・アステルのアカウントが消えていたのである。この事は一時期SNS上で話題になっていたという。

「直接、会うことは出来ますか?あの人と話がしたいです。」

「それは、構わないと思うけど……」

「エリィさん、ここから出して貰えますか?」

「うん。大丈夫だよ。」

エリィはレイの言葉を聞き、独房のロックを解除した。レイはそのまま走る事なく、エリィに連れられていく。ジャンヌには伝えたいことが多くある。ツヴァイの事、ファンネルの事、そして、リルムの事だ。

 

 

 エリィはレイを連れてきた。ジャンヌの姿を見たレイ。相変わらず麗しい姿をしているジャンヌだが、今のレイは彼女に聞きたい事が多くある。そこに、彼女の数億のファンの内の一人と言う立場の少年の姿はない。純粋に、ジャンヌを一人の人間として見ており、聞きたい事を、聞く気でいたのだ。

「レイ。お疲れ様ですわ。ツヴァイは少しずつ乗りこなせている様子ですわね。ただ、昨日はまさかの出来事でした……その事に関しては私の配慮不足でした。」

「昨日の事……?どういう事ですか?」

この時、レイは事実を知る事になる。

「貴方はアレンのガンダムと戦いました。それは私が予想していなかった事です。二人が戦う事は、あってはならなかったのです。なのに、それが起きてしまった事は、配慮が不足していたが故に生じた事と言えます。」

ジャンヌがアレンのガンダム、ブライティスの存在を知っている。それはつまり、ジャンヌとアレンが戦場に居たという事になる。戦場ではそれを調べる余裕などない。アレンとジャンヌがどのような関係なのかは定かではないレイにとって、この真実は驚愕と言えた。

 この瞬間、レイに聞きたいことが一つ、増えた。アレンは何故攻撃をしたのかという事も追加されたのだ。

「ジャンヌさん。聞きたいことが山程あります。教えて下さい。ツヴァイって何ですか。ファンネルって何ですか。アレンさんはどうしてあんな、無差別な攻撃をしたんですか。そして……

リルムをどうして帰していないんですか!?」

レイの言葉が走る。血相を変えた様子でジャンヌに質問をするレイ。明らかに、感じる彼からの怒り。ジャンヌはそれを静かに、感じ取っていた。

 エリィはそれを止めようとした。しかし、レイは明らかに怒っている。他者に対し、怒りを見せる事は、彼にとっては滅多に無い事だ。

「以前にもお伝えしました。ツヴァイは貴方の為のガンダムです。今後、混迷を切り開くための力。それがツヴァイ。ですが今回、ブリッツファンネルはまだその能力を使いこなすには不十分である可能性が出てきました。ですから、ツヴァイをこちらに預けて頂きたくお願いをさせて頂いたのです。」

冷静に答えを返すジャンヌ。レイの言葉に慄く様子を見せない。

「そして、アレンもまた、そのコントロールに悩んでおりました。それ故の行動だと思われます。それが、私の判断ミスでした。幸い、機体は半壊した程度で済んだ事が幸いでした。ですから、機体を直させてもらう事が出来ます。」

この、冷淡に話される言葉がレイにとっては怒りさえ感じてしまう。

「じゃあ、リルムは!?昨日、リルムから電話がありました!あの戦艦の中にいるって!その状態で戦争を行ったって事ですよね!あの子は何も関係ないのに、ただ、巻き込まれただけなのに!どうして先に故郷に帰してあげなかったんですか!?」

リルムは何の関係もない人間である。なのに、彼女を故郷に帰す事なく戦場に現れたシュネルギアの存在に、疑問を抱くのは至極当然と言える。

 だが、ジャンヌはこれに対し、答えた。

「新生連邦が戦争を行う、混沌としつつある状況で、優先順位が異なります。ご存知の通り、今の世界は戦争状態に陥りました。今後、どのように変化していくのかは私達にも分からない事です。彼女には気の毒かも知れませんが、今は世界の為に動かなければならないのです。」

要は、大事の為には小事は切り捨てるという事だ。この、ジャンヌの判断にレイは苛立ちを覚えていた。

「あの時!リルムを保護してくれるって言いましたよね!?」

それは、レイとリルムがシュネルギアに保護された時の話である。

 

―――――――――――彼女は責任をもって保護致しますわ―――――――――――

 

確かに、ジャンヌはリルムを保護すると言った。しかし――

「私は、彼女の故郷に送るとは言っておりません。身柄を保護させて頂いているに過ぎませんわ。」

「そんな……それでリルムを巻き込むなんて!あの子は怖い思いをしたんです!そんなの、勝手過ぎますよ!」

レイは声を荒げた。いつになく怒るレイの姿。その相手が、かつては一ファンとして憧れていた筈の女性という、事実。

「レイ。仮に彼女を故郷に帰したとしてそれで安全が保証されると言い切れますか。世界情勢が不安定な中で家族の元で安定した生活を送れるという保証などありません。ましてや彼女は新生連邦に一度拉致をされております。少なくとも、軍の何らかの情報を見ているかも知れません。そうなった場合、彼女だけでなく、彼女の家族にさえ被害が及ぶ可能性も考えられます。」

それは、レイにも言える事だ。だが、レイとリルムの決定的な違いは戦える力があるか、どうかになる。

 レイは力を持っている。だがリルムは?リルムは凡人だ。レイの幼馴染というだけの、凡人。

「今はこちらで保護させてもらう方が良いでしょう。いつ、新生連邦が迫るかは分かりません。その状況の方が危険ですわ。」

「だけど……!あの子は怖がっていますよ!それって、意味があるんですか!?」

レイの主張は感情的だ。一方のジャンヌの主張は冷静で、確かに合理的。その行為が彼女の身を守る事には確かに繋がっている。

 結局、レイは子供だ。しかし、戦争をしているのは大人の都合。今まで日常生活を送って来たレイにとってそれは、理解の出来ない事である。

「人の事を考えないなんて、ジャンヌさんは勝手な人ですよ!そんなのおかしいです!アレンさんの事だっておかしい!僕が襲われたり、ガーストさんだってあの人に襲われました!友達同士の筈なのに!」

「レイ君!これ以上言わないで!」

エリィが彼を止める。それは、何故なのか。

「どうしてですか?この人がセイントバードのスポンサーだからですか!?確かにそうかも知れませんよ!けど人の事を考えないなんて間違ってますよ!僕だって、怖い思いをしたんだ……!アレンさんに殺されそうになった!滅茶苦茶ですよ!アステル家って何ですか!?お金を持っていたら何をしても許されるんですか!?」

この台詞に対し、ジャンヌは口を開いた。

「世の大半の事は、許されるでしょうね。」

この台詞にレイはショックを受けた。このような事を言われるなど、思ってもみなかったからである。

「レイ。貴方はツヴァイガンダムに乗るという選択をしました。あれは紛れもない決意だと、私は考えています。そこから何か起きる事も考えられるでしょう。時に苦しみ、時に死に直面する事さえ、有り得る事かも知れません。」

今度はジャンヌが語る。冷淡に、その綺麗な表情を変えないまま。

「しかし、そこには自己の責任が伴います。あのまま故郷に帰るという選択肢もありました。それで良かったのでは?そうなった場合、セイントバードの皆を救う事が出来たかは分かり兼ねますが。」

確かに、あの時セイントバードは危機に陥っていた。新生連邦の戦艦に拉致されていたクルー達。もしレイが助けなければ彼等は死んでいた。

「貴方は彼等を守りました。その上での行動です。貴方の運命は、自ら選びました。戦うという、運命を。その先に何が待ち受けようともそれは自己責任です。戦場で泣き喚いて相手が止まるのならば、誰も戦争をしません。止まらないから人は戦争は起きます。レイ。貴方は自らその道を歩みました。その意味を、よく考えて下さい。」

誰かを守る為にレイは戦って来た。それがレイの行動の源。

 だがかつて味方だった人間に襲われる事は恐怖以外何者でもない。それに対するジャンヌの言葉は冷たい。

 そうなればリルムを連れて故郷に戻りたいと思うのも、無理はなかった。だが現実がそう、させないのだ。

 彼が故郷に戻ったところで新生連邦に襲われる可能性が高い。その魔の手は自分の周囲に及ぶのは確実。実際にリルムが狙われている。

 では、リルムは?リルムだけ故郷に帰す事は?ジャンヌがそれをしないのなら、自分の手でするしかない。

「じゃあ……リルムを返して下さい!シュネルギアにいる筈でしょう!?そのまま僕が迎えに行きます!」

以前行っていた事と違う事を言ったレイ。あの時は危険だから、リルムをシュネルギアに置いていった。しかし今は自分が連れて帰るといっているのだ。

 無論、それは不可能である。状況が変わった世界でそのような決断の撤回など出来る筈がない。彼の判断は、遅過ぎた。

「それの推奨はしません。シュネルギアはツヴァイを受け取った後にアステル家に向かいます。仮に彼女をセイントバードに身を置いたとして、航行の安全の保証があるとは思えません。レイ、貴方の言動には勝手が過ぎます。状況をよく見て下さい。ツヴァイはこちらで預からせて頂きます。」

ジャンヌの言葉が無情にも響く。自分が置かれた現実を、改めて思い知る事になったレイ。

 これから、ツヴァイはシュネルギアに渡る。それを、彼は止める事はなかった。

「勝手にすれば良いですよ!でも、それからどうする気ですか!?こんな理不尽な思いをさせられて、僕はどうすれば良いんですか!?答えて下さい、ジャンヌさん!!」

レイの怒りは止まらない。ジャンヌは答えようとせず、ただ、冷静に彼の眼を見るだけだ。

 だが、そこへエリィが彼の目の前に立った。急な出来事に彼は内心、戸惑う。そして――

 

パシィッ

 

レイの頬を叩いた。今まで彼女がしなかったレイへの鞭。それは、レイにとっても予想外だったのである。

「この状況なのに自分を通そうとするのはエゴでしかない!そんなの、レイ君らしくないよ!ジャンヌさんに、それ以上言葉を言うのはやめなさい!」

レイの怒りを、エリィが止めた。これ以上ジャンヌに詰め寄られては行けないと、判断した為である。

「そんな……そんなのって……」

レイは頬に触れ、その熱さを僅かに細い指で感じている。

 エリィから受けた仕打ち。今まで彼女がレイに手を上げた事はなかった。今回、それが初めて出た事になる。自分は、ただ巻き込まれただけ。だが彼がガンダムに乗る事を選んだのは、自らの意志。それから先に生じる事も何が起きるのかも分からない世界に身を投じたのは、彼の意思だ。

 それを他者に当たるのは身勝手以外の何者でもない。己の都合や、リルムだけを救って欲しいという話をするのは、子供の戯言と捉えられても仕方が無いのである。

 ジャンヌは当然の如く、彼の意見を無視した。彼女達も動いて行かなければならない事がある。リルムの事を保護すると断言している以上、これ以上彼女達がレイにとって都合良く動く事は有り得ないのだ。

 

 その後、ツヴァイはシュネルギアに預けられる事になった。これにより、セイントバードの戦力は大きく減る事になる。だがセイントバード自体の損傷も激しい為、今はアッサラームに保護されたまま、この時間を過ごす事しか出来なかった。

 レイは、ただ悔しかった。何も出来ず、寧ろ、自分の訴えが空回った事が、情けないとさえ感じていた。そして、アステル家の存在が改めて強大な組織である事も、セイントバードチームは感じていたのであった。ジャンヌ達が居なければ、セイントバードはどのような末路を迎えていたのか、分からない。

 その後、セイントバードをはじめ、機体の修理を完了するまでに、約一ヶ月の期間を要する事となるのであった。アステル家の恩恵もあり、ウィレスは彼等を匿ってこそくれるが、諸々の機体の修理に関してはチーム一丸となり、行動しなければならなかったのである。

 




第四十四話、投了。
ひとまずオペレーション・デモリッション・クリエイション編は終了です。
ですがこの後もまだまだ話は続きます。


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第四十五話 氷河族の暗躍

オペレーション・デモリッション・クリエイション後の話。
氷河族のメンバーとして暗躍しているメイド・ヘヴンはシュネルギアを強襲。

その一方で氷河族の新たなる野望が動き出していく。


 シュネルギアがアッサラームを発った頃、とある、一隻の水上艦の中にて。そこには柄が良いとは言えないような人間達が集まっていた。

 それは、新生連邦軍の水上艦だ。だが、何故搭乗している人間達は皆が軍服を着ておらず、上衣をTシャツ、下衣をジーンズで纏っている屈強な男達が集まっているのか。それには、理由があった。

 彼等は所謂ならず者であり、先のオペレーション・デモリッション・クリエイションの作戦で撤退していった新生連邦の戦艦の内、一隻を強襲。その結果、彼等はそこを拠点にし、行動していたのである。

 彼等は氷河族と呼ばれる組織の人間達だった。拠点となる場所を奪い、そこに、彼等のMSを搭載して行動をしていたのである。

「戦争の混乱で水上艦を奪えたのは幸運ってやつっすね、旦那ぁ。」

一人の屈強な男が、とある一人の男に言った。鋭い目つきをしており、赤茶色の逆立った髪形をしている、凶暴な顔つきの、男。メイド・ヘヴンである。

「こんな賊みてぇな真似して糞連邦の戦艦奪うっつーのはなぁんか引っ掛かるが、まあいいやぁ。それよりも、さっきの戦闘でシュネルギアって戦艦が乱入してきやがった。それはあの、アステル家の戦艦だそうな。」

“アステル家”と言う部分を強調したメイド。それは、以前にアステル家の敷地内で同じ氷河族の内部の人間を殺害していた時にアレンとジャンヌと再会し、因縁を付けた事が関係していた。

 その際はエネルギー切れで撤退したが、ここに来て以前の借りを返すことが出来ると考えていたメイドは、シュネルギアを狙うように動くよう、指示をしていた。

 何故彼が指示を出来るのか。それは、このメンバーを指揮する立場にあるのが、この男だった為である。

 氷河族のパニッシャーと呼ばれている男、メイド・ヘヴン。かつてのデウス動乱でデウス軍の傭兵として活躍していた男は、今、シュネルギアに対して攻撃を仕掛けようとしていたのであった。

「にしてもまさか、あのアステル家が介入してくるとは思わなんだっスね旦那。それで、ジャンヌ・アステルを上手く人質に出来れば出来たら身代金たんまり貰えるッスね!しかもあの美人が相手なら尚の事やべぇっスねー。」

「上手く行けば世界的歌手が没落して男達の奴隷!みたいな展開も出来る訳か!そりゃ面白そうじゃねえの!」

男達が、品の無い、妄想のような事を何気なく言った。それに対し、メイドは溜息を吐き、言った。

「簡単に抜かしてんじゃねえぞ雑魚共がよぉ。」

メイドの視線が、男を睨む。鋭い目線は屈強な男さえ、黙らせるのだ。

 並の人間ならば喧嘩になるであろう台詞だが、メイドの場合は違う。彼が放つプレッシャーはオールドタイプである男にも伝わっており、冷や汗を掻かせている。

「そもそもてめェらちゃんと頭で考えてんのか?おちんちんで考えてんじゃねぇの?おん?」

メイドの言葉が部屋に響く。

「連中には一度煮湯を飲まされてンだわ。俺ですら知らねぇ、トンデモオカルトパワーをジャンヌ・アステルは持ってんだわ。てめぇら令嬢陵辱とか薄い本とか素人の妄想小説みてぇな事やろうと本気で思ってんなら、アホ丸出しやで。」

メイドの口から語られた言葉。屈強な男達の目的は金か、それともジャンヌ・アステルなのか。それは分からない。

 メイドは一度経験している。彼女が放った、“イズゥムルート”を。

「まあ、底辺コジキみてぇな事して利益上げ上納金納めなあかんねんやろ。てめぇら格下連中はよォ。」

男達を見下すような言葉を発した、メイド。

実際、彼等は氷河族に所属してはいるが格下組織の人間だ。故に、旧正規の盗賊のような真似をせざるを得ないのである。

メイドはあくまでも、彼等と所属が違う。彼等に、応援として呼ばれたに過ぎない。

「メイドの旦那、あんまり口が過ぎるとちょっと殺意湧いてきますね。」

一人の男がメイドに対し、敵意を見せた。中肉中背で、屈強とは言えない体型をしている、二十代前半の年齢のその男。周りの人間がメイドに対してプレッシャーを感じる中での、言動。勇気と言うべきか、無謀と言うべきか。

「ほぉぉ。お前、確か戦後に学校に乱入して子供を無差別に殺して、死刑食らって服役してた所をスカウトされたイカれヤローじゃねぇか。」

この場には凶悪犯罪者の姿もあった。彼等の大半はまともな仕事に有り付く事が出来ないで、世に無意味な怨恨を抱き、その結果、罪を犯した者の姿もあった。メイドに喧嘩を売ったこの男も例外でない。

 自らが犯した罪を償わず、組織の力で釈放されているこの男。当然ながらこの男を恨む人間は多い。何せ、罪なき子供をこの男のエゴで殺されたのだから。

「こっちは何の躊躇いもなくクソガキどもをぶっ殺してやったんだぜ?その気になればあんたとて殺せんだよ。あんまり、調子乗った事言ってんじゃねえぞメイドさんよ?“お帰りなさいませご主人様”みたいな名前しやがってよぉ?」

この場で考えられる事。それは、喧嘩。凶悪犯罪者と、戦闘狂という組み合わせの、喧嘩。今、それが起きようとしていた。どちらかが、どのように動くのか。この場にいた人間達に緊張が走る。

「人は愚かなものです、特にお前。」

 

パァンッ

 

喧嘩は生じる前に終わった。メイドは躊躇する事なく男の眉間に向けて銃を放つ。構成員達が見ている、目の前で。

 眉間からは血が溢れている。それだけでない。大脳らしき物体が男の後頭部より溢れている。血色に染まったそれらは銃の勢いと共に激しく飛び散り、男を天に召したのだった。

「ガキを殺したから偉いってか?勝手に抜かしてろや。こっちは人殺しのギネス記録狙ってるっつーのに。小物が語ってんじゃねえよ雑魚野郎が。」

と、言いながらメイドは銃をポケットにしまった。彼はパニッシャーとして多くの組織の裏切り者を殺してきた。今回の場合、メイドに喧嘩を売った凶悪犯罪者がメイドの手によって殺された。それだけなのだ。

「どうせ殺すなら恨まれてる奴死んだ方が世の中すっきりするだろ?あのゴミ生かす為に組織は政府に金払って釈放させたって事かよ。もったいな。」

氷河族のような犯罪組織が在り続けている理由の一つに、多額の金銭のやり取りが関係している。先程メイドが殺害した男のように、死刑囚や凶悪犯罪者でさえも、組織が着目すれば金を使って釈放させられる。その条件として、構成員として加えることが出来る。このように、勢力を拡大させていっているのが氷河族なのである。政府としても納金をする為、互いに得な状態と言えるのだ。無論、これは公になっている事ではないが。

「それはさておき、あの戦艦を襲うぜてめぇら。こっちは戦闘さえ出来りゃ何でも良いんだけどな!ハハー!!!」

彼の叫び声と共に、男達は動き出す。凶悪な男、メイド・ヘヴンを筆頭に、シュネルギアに敵が迫ろうとしていた――

 

 

 

「エマージェンシー!大型の熱源反応感知!その周辺には別の熱源!数は十一!」

シュネルギア艦内に警報が鳴り響く。氷河族がシュネルギアの後方から砲撃を行って来ているのだ。ビーム粒子が艦に向けられている。これに応戦するシュネルギアだが、周辺を飛ぶ氷河族のMSが攻撃を仕掛けてきている。

 氷河族のMSは、以前アルメジャン紛争でタウラにも渡っていたMS、ファドゥームが十機、空中を舞いながらバズーカ攻撃を行っている。左前腕部から先は鋏型の形状をしており、そこからビーム砲撃が可能な、特殊な形状をしているMS。氷河族のオリジナルの機体ともいえる機体であり、各戦場で同機体が確認されてはいるが、製造元が分かっていない機体である。

 これらを迎撃する為に、アレンが出撃しようとしていた。カタパルトにブライティスが設置され、その、カメラアイを輝かせようとしている。

 

キシィン

 

ブライティスのカメラアイが、輝いた。シュネルギアのカタパルトから、ガンダムが発進しようとしている。

『発進OKだよ、アレン。』

ココットの声が聞こえたと同時に、アレンはヘルメットのバイザーを閉じ、操縦桿を握った。

「アレン・レインド、ブライティスガンダム行きます。」

ブライティスが海上を飛び立った。青いウイングが海の青色に合わせるように輝いているように、見えた。

 

 

 

戦闘が開始した時、一機のファドゥームがブライティスに向けてバズーカを撃ってきた。だがブライティスはそれを避け、ビームライフルを放ち、一撃でファドゥームを破壊した。

だが敵の数は残り九機。短期決戦で臨もうと考えていたアレンは、ウイングを展開し、敵機体を狙い、ビームを一斉に放った。

 このビーム砲撃がファドゥームを一斉に破壊した。瞬く間に氷河族のMSは海上に墜落していく。力の差は、歴然だ。犯罪組織の機体とアステル家のガンダム。その雲泥の差を、見せつけた。ファドゥームはこの一撃で八機同時に撃破された。殺された者も居れば、脱出したパイロットも居る。

「そこか。」

アレンはモニター越しに、ビームサーベルを展開し、迫るファドゥームの存在を見抜いた。

接近するファドゥーム。しかし、ブライティスはそれに対してあえて回避する事なく側腰部からビームセイバーラックを抜き、ビーム刃を展開し、コクピットを貫いた。この間、僅か三十秒にも満たない。彼は瞬く間に氷河族のMSを撃破したのだ。

 

ドオオオオオ

 

その時である。背後から熱源を感知したアレン。これに対応するように、急いで回避運動を行った。強大なビーム粒子。それを放った機体は何かと、確認するアレン。

そこにはグラントロールの姿があった。アイドビームカノンでブライティスを狙った、グラントロール。パイロットは、メイド・ヘヴンだ。

「ヒーハー!!!久しぶりじゃねェかアレン・レインドォ!てめぇが乗ってんのは分かってんだぜ!中二病丸出しデザインのガンダムさんよォ!!!」

「メイドか……」

モノアイを輝かせ、魔爪が迫る。ビームグローブがブライティスに向け、迫る。ビームセイバーを展開し、攻撃を行うが、グローブが剣を鷲掴みするように防ぐ為、切断出来ない。

「そこで空かさず攻撃するのが俺っち!俺のターン!グラントロールの攻撃ィ!目ェからビィィィムゥ!!!」

メイドの叫び声と共に、グラントロールから高出力のビームカノンが放たれた。だが、これに反応したブライティスは左前腕部をコクピット前に移動させ、バリアーフィールドジェネレーターを展開し、ビーム砲撃を防いだのである。

「あの出力を全部防いだだとぉ!?」

メイドはその装置の存在に驚愕していた。ビームを防ぐバリアーフィールド。それが展開されては、グラントロールの兵器は歯が立たないのだ。

「お前は早急に蹴散らす……!」

 

ピシュンッ ピシュンッ

 

アレンの脳内に電流が流れた後、ブライティスのウイングからブリッツファンネルが放たれた。四基が一斉に、グラントロールに向けて放たれる。

「なんだァっ!?あの兵器……サイコミュ兵器か?」

ファンネルはグラントロールに迫る。しかし、メイドもシンギュラルタイプの力を持つ人種であり、これらを見極める事が出来る。

 これらがサイコミュ兵器である事を見抜いたメイドは回避運動を行いながら、迫るファンネルをグローブからのビーム砲で対抗する。だが今度は別方向からビーム刃を展開したファンネルが、グラントロールに迫って来たのだ。

メイドはこの兵器を恐れる事なく、寧ろ、対抗心を燃やしていた。グローブから更にビーム砲を展開するが、ファンネルはこれらを見抜いたように回避をする。それらが連続で放たれても、回避を続ける、ファンネル。この事からアレンが如何にサイコミュを扱いこなせているかが伺える。

やがて、別方向からのファンネルがビーム粒子を放ち、それはグラントロールに直撃。これを機に、容赦なくメイドを襲った。更に迫るファンネルに寄る波状攻撃はメイドを追い詰めていく。

「避け切れねぇ!?こんなモンに俺がやられるだと!?」

グラントロールは一度、後退する為にバーニアの出力を上げて後方へ移動する。だが、それを見抜いていたアレンは言った。

「遅い!」

それに伴い、迫るファンネル。

「俺が遅い!?俺がスロウリィ!?冗ぉっ談じゃねえええええ!!!」

この言葉を機とし、怒りを覚えたメイドは後退しつつも、攻撃を加え始めた。ハンドビームカノンを撃つ動作を始めたのだ。だがこれらを撃ってもファンネルは素早い動きでそれを避ける。

やがて一基のブリッツファンネルがグラントロールのバックパックを突き刺し、動きを止めた。その拍子に他のファンネルも次々にグラントロールを突き刺していく。

「ウボアー!?」

やがて、ブライティスの側腰部に搭載されているブラスターファンネルが、太いビーム砲撃が放出された。この一撃に寄り、頭部を覆っていた装甲が剥がれ落ちていき、グラントロールは胴体のみの、〝達磨〟状態になった。

 こうなっては何も出来ない。コクピットは無事だったメイドは、捨て台詞を履く。

「くっそー、やりやがったな!!」

だがそれも間もなかった。グラントロールは爆発を起こし、機体の形状を崩壊した。これと同時に、シュネルギアは水上艦を攻撃し、撃破していた。アステル家を襲撃する予定だった氷河族のメンバーは、全滅したのだ。

 瞬く間の出来事だった。戦闘開始から三分も満たない状況で、敵勢力の全滅を確認したシュネルギア。海上を浮かぶブライティスは、破壊されているファドゥームの残骸を見下すように、その青いウイングを展開していたのであった。

 

 

「メイド・ヘヴンを倒したのですね。アレン。」

そう語るのはジャンヌだ。敵の中にいた機体の姿を艦内のモニターで確認していた彼女は、敵の中にメイドが居る事を理解していたのである。

「ああ。それに、ファンネルの扱いも少しずつだけど慣れてきているような感じはする。だけど、もう少しあれに乗っていても感情を許せるようになりたいな……」

今、アレンが話している時は戦闘中と違い、穏やかな表情を見せている。感情に呼応するシステム、クリスタルシステムの真相が不明である以上、アレンは、戦闘中は出来るだけ感情を抑えなければならないと、考えていたのである。

「心の安寧を得るというのは難しい事ですわ。如何なる時でも平時のように振る舞う事自体、並ならぬ精神力が必要とされます。医療職の人間が急変した患者に対しても平時のような心で居られる事のように、穏やかでいる事は難しいのです。」

しかしそれを求められるのが戦場。特に、ブライティスは感情のコントロールを常に求められる。それを基盤とする、拠り所がアレンには必要なのだ。

「精神を安定させるには、何が必要だろうな……」

何気なく、アレンが聞いた。

「それは、貴方自身が知っている筈ですわ、アレン。」

「俺自身が?」

戦闘中と違い、ジャンヌの表情はどこか、穏やかに見える。しかし一方で、影を見せているようにも見える。

「私の口からそれを言わせるのは、貴方自身が迷っている何よりの証です。私はあえて言いません。貴方自身の心に聞いて下さい。」

この話を聞き、アレンは、ジャンヌの言いたい事が理解出来た。彼には最愛の人がいる。それが、答えの筈だった。

「それとも、迷っていますか?私の事で。」

「ジャンヌの事で……?」

ジャンヌは、自らの口唇に指で触れ、まるでアレンを挑発するかのように振る舞う。

「貴方はココットさんという、お付き合いをされている人が居ながらも私とキスを交わしました。それも、二回。私はあの時の感触を鮮明に覚えています。」

セントマリア号内での、出来事だ。まるでジャンヌはそれを、挑発し、煽るかの如くアレンに対して言うのだ。

「キスの価値観はそれぞれでしょう。貴方が私に対して行ったキスはどのような意図があったのでしょうか。その“行為”の事実と、貴方自身の意図は一致しますか。」

「ジャンヌ、言っている意味が分からない……君は、俺を揶揄っているのか?」

「それも、貴方自身が考える事ですわ。それらが解決した時、貴方は心の安寧を得られるのではないでしょうか。それよりも少し、休んで下さい。」

意味深な言葉を残し、ジャンヌはブリッジへ向かう。

 彼女はあの時の接吻をどのように感じていたのか。アレンにとって、あの時は必死だった。心を病む彼女を奮い立たせる為の行為。だが、当人はどう捉えているのか。彼はそこまで深く、考えられなかった様子だったのである。

 

 

 

 新生連邦と平和国連盟が対立してしまった世界情勢。新生連邦の宣戦布告は各地で大きな話題として取り上げられた。不安を抱く市民達。世界が再び戦争状態になっていく事を、誰もが恐れるのは至極当然と言える。

 だがその中で戦争である事を喜ぶ者も居るのも、また、事実。ある、暗い部屋の一室にて。そこには氷河族の一部組織のリーダー、アルン・ティーンズが何者かと連絡を取っている姿があった。

 メンバーの姿はどこにもない。部屋に居るのは、彼だけだ。その中で、アルンは誰と連絡をとっているのだろうか。

「アルン・ティーンズ。お前達のチームのお陰で随分と世界情勢は変化した。こちらとしても順調に利益を伸ばす事が出来ているよ。ありがとうと言っておこうか。」

アルンが電話で連絡を取っている人間の声が聞こえた。暗く、どこか気味の悪さを覚えるような低い声。本人の声なのか、それとも変声しているのかは定かではない。

「さて、日本のフォン・ヤマグチ暗殺の依頼の後で行っている“件”についての進捗はどのようなものか。」

電話越しの声の主が、言った。

「順調です。組織が作った、“麻薬”の拡大ですね。」

アルンが言ったその言葉は何を意味するのか。戦争状態を作り出した上で、麻薬の拡大と言った、アルン。

「それならば良い。麻薬は古来より使用されている薬であり、医者以外の使用は禁じられているとされるがそれらが巨万の富を築く源であるのは旧世紀から同じだ。氷河族が作り出した“特殊麻薬”をより、多くこの世界に広める事。それがお前達に課せられた仕事だ。」

特殊麻薬。相手はそう、言った。不吉なワードが並んでいるのに対し、アルンは動じる様子なく、反応する。

「人間は欲深い生き物であり、常に快楽を求めている。それはいくら新生連邦政府や平和国連盟といった組織であれ、それらを動かしているのは人間に過ぎない。それらを更に動かす鍵になるのが“特殊麻薬”と言う訳だ。」

世界情勢を変貌させたきっかけを作り出した組織、氷河族の次なる行動。それは麻薬の拡大。それも、従来のものとは異なる特殊麻薬という不吉な存在を拡大させると言う指令。相手の人間は何者なのか。世を混乱させて、何がしたいのだろうか。

「私は、ボスの発展を願っていますよ。その為に活動出来るのなら、光栄ですよ。」

ボス。アルンの口から出た、台詞。つまり、彼が今話しているのは氷河族のボスという事になる。

 世界を変えた組織のボスとはどういった存在なのだろう。その姿を知る者は、居ないとされる組織の、ボス。それの意図は不明であるが、アルンはこのボスの言葉に従順だった。そこにあるのは、ある種の信頼関係が成り立っているようにも見える。

「人工知能が発展し、人類は人工知能に支配されると旧世紀の学者は提唱した。それを危惧した人類が人工知能の発展を抑止したのが今の世界情勢。家電類を始めとした、多くの機械は人工知能によって管理はされてはいるがMS等の兵器は人間が操る事で発揮している。地球圏は未だに人類が食物連鎖の王で在り続けている。この事は我々にとって都合が良い。本当に、良かったとさえ思っている。」

「仰せの通りです。人間が居なければ我々の存在さえもなかったですしね。」

アルンが、言った。その時の表情は、明らかに心地よさそうだった。まるで、自身が心から敬愛している存在と会話を交わしているかのような、口振りだ。

「戦争を引き起こし続けるのも人類だが、その結果利益を得られているのも、事実。」

「仰せの通りです、ボス。」

氷河族のボスとは、何者なのか。平和世紀という時代になっても人間が生きている世界を光栄に思う、妙な人物。それが、氷河族のボスなのだ。

「それと……組織の秘密を暴こうとしている人間が居る可能性がある。それに関しても警戒をしておくと良いだろう。検討を祈っている。」

意味深な発言をした後に電話が切れた。その後、アルンはそっと、呟いた。

「戦争状態の継続がボスの望みならば、私はそれを遂行するだけ。この世界は、ボスの為に。私はただ、動くだけだ。」

組織を形成する上で大切なのは、側近に当たる人間への絶大な信頼関係である。その上での下部組織のメンバーは、それぞれの思惑があろうと、余程の事が無ければ組織が転覆することは無い。これは、歴史が証明している。信頼できるものは己の側に置き、信頼に足らない者は外に置く。それが、組織の基本構造だ。

 アルンはボスと話をすることが出来る。つまり、ボスから信頼をされているポジションに当たる人間という事である。その彼も、部下を持っている。その部下達はボスの姿は愚か、声すら知らない。それは、信頼される、されない以前の問題であり、安易な裏切りに遭ってもすぐに始末出来るようにするという、ボスの配慮である。

 平和世紀の時代においても、この構図は変わらない。ギャング、マフィアと言った組織が裏社会を支配していたとしても、組織の長に当たる人間への絶対的な信頼、服従は必要不可欠。旧世紀のマフィアのボスへのオメルタ(血の掟)等が、それに該当する。それが無ければ、組織に仕えることは出来ない。万が一裏切りが発生すれば、それは即ち、“死”を意味する。無論、ボスの意向が麻薬の拡大というのならば、それに応じなければならない。

 彼等が拡大させている、“特殊麻薬”とは何か。この存在が、世界情勢にどのように影響を与えているというのだろうか。

 

 

 

 フォン・ヤマグチが殺害された上で、氷河族の構成員を中心に特殊麻薬が流通しつつあった。それらの流通は主に新生連邦や国連の兵士に伝わっていた。

 何故兵士なのか。それは、戦争状態のストレスから解放する手段の一つが、この麻薬であった為だ。死と隣り合わせの兵士にとって麻薬で気分を高揚させる事は、軍としても効果があった。本来ならば取り締まるべき存在の麻薬が横行しているのは、こうした事情もあった為である。

 無論、副作用も存在する。用法、用量を間違えれば幻覚や極度の頻脈等の症状に陥りやすい。多量摂取では死に至る。しかし用法、用量を守ればその麻薬は精神安定としての効果も発揮する。それも、異常な程に。従来の精神安定剤を凌駕する存在として、密かに注目されていた。

 これらは特殊強化モデルにも使用されている。ニッカ、ハーディ、シエルの三人の抑制効果として、特殊麻薬を更に変化させたものを注射させ、彼等の精神コントロールを保っている。無論、違法麻薬ではあるのだが軍はその事を黙認した上で、投与しているのだ。氷河族が軍に対して払っている多額の上納金がそれらの効果を成しているのだ。

 しかし問題もあった。それは、特殊麻薬の横行が次第に軍関係者のみならず、時に一般市民にも広がりを見せる事があったのだ。目先の快楽を求めんと、高額の特殊麻薬を、借金をしてまで購入する人間も出現したという。これに関して世界中の警察組織は警戒をしたが、そもそもの元締めが氷河族と言う、巨大な組織であり、警察組織でさえ介入できない存在となってしまっていたのである。そもそも軍関係者にも内密に知られている時点で、隠した組織である警察が捜査など出来る筈がない。仮にしたとして、組織の真相に辿り着いた時、消されるのは分かり切っている話である。

 故に、特殊麻薬が普及するのに、そう時間を要しなかった。それは氷河族と言う組織だからこそ、成せる業であった。例え未成年の青少年に麻薬が渡っていたとしても、それらを止める人間が居ない。資金力のない親は、泣き寝入りをせざるを得ない。警察も、軍も立ち入れない存在であるが故だ。

 人類は人工知能によって滅ぼされず、その上で機械文明の恩恵を受けて時代が進んできたこの世界。だが、人は結局、目の前の悦楽、快楽には抗えない。故にこのような、原始的な麻薬と言ったものが普及する。それを普及させているのが、一般人は愚か、警察組織、果ては軍でさえも入る事の出来ないとされる組織、氷河族なのだから。

 そもそも、軍自体も恩恵を受けており、彼等に対して強制捜査をする理由がない。そして、この件について調査をしようものならば“パニッシャー”によって殺害される。組織の情報を知る者は、容赦なく殺されてしまう。

 

 戦後の混乱期を経て、急成長をした巨大な組織、氷河族。そのボスに忠誠を誓う、アルン・ティーンズが率いる一部組織の中に、一人の少年の姿があった。ゼオン・ニーマード。彼は組織の一員として少年構成員として活動していた。だが、その残虐な光景は彼のような少年には余りに荷が重かった。

 組織の人間と行動を共にするに連れ、次第に仕事を与えられるようにはなった。だがいずれもが残酷とも言える仕事内容ばかりであった。遺体解剖の補助、捉えた人間への投薬実験の補助、同世代の少年、少女に対する特殊麻薬の取引、未成年の人身売買等。

 そうした仕事をしていくに連れ、以前のフォン・ヤマグチ暗殺の時よりは組織の一員として認められるようになって行った。

だが、彼に異変が起きた。数々の惨い光景を目の当たりにし、アルン率いる氷河族に嫌気が差してしまった。その彼は、ついに組織から逃亡をしたのである。

 組織のネットワークは深い。そして、裏切りは許されない。その中を、ゼオンは逃げた。彼の逃亡を幇助した人間が、居たのだと言う。

ゼオンはその人物のお陰で組織から逃げ出す事が出来た。やがて彼は、日本に辿り着き、姉のエレンと合流した。エレンは始めに大喜びをした。

「姉ちゃん!俺……俺が間違っていた……!ごめん、姉ちゃん!」

そこに、氷河族の構成員として蠢いていた時の少年の表情は、無い。あるのはただ、恐怖に怯えていた年相応の少年の姿だ。

「良かった……本当に良かった……良いのよ。もう、貴方はあんな所にいなくて良いから……!今からでも遅くない。私と一緒に警察へ行こう。罪を償って、生きて行けば良いから……もう、貴方を苦しめるものは何もないの。いくらでも、やり直せると思うから。」

姉のエレンはせめてもの罪滅ぼしとして、ゼオンと共に自首を求めた。彼は人を殺めている。そして、組織に居る内に多くの人間の惨い光景を目の当たりにしてきた。そこから逃げ、自らが捕まり、全てを終わらせようと、考えていたのだ。だが――

「警察なんて、無意味だ……」

ゼオンが、言葉を発した。それを疑問に思う、エレン。

警察が無意味とは、どう言う意味なのか。犯罪組織から逃げるのに、何故?

「どうして?警察は何もしないなんて、そんな事ない筈よ……」

「組織に入った以上、警察は宛にならない。俺みたいな末端の人間を逮捕したって、奴等は必ず俺を連れ戻しに来る。どんな、手段を使ってでも……」

それは、どういう事を指すのか、エレンには、理解が出来ないでいた。

「……とりあえず今は家においで。大丈夫、そこで少し過ごそう……私と一緒なら、大丈夫だよ。きっと……これからの事は、そこから考えれば良いから。」

エレンの優しい声が、ゼオンには響く。氷河族と言う組織を抜けたゼオン。彼には迎えられるべき人間が、居た。エレン・ニーマード。実の姉。彼等の家庭環境は定かではないが、恐らく、数少ない肉親なのだろう。

 だが、この場に長時間居るのも危険だ。組織を逃げ出したことが万が一明らかになれば、彼も追われる身となる。そうなれば、エレンも同罪だ。それだけは、避けたいと考えていた――

 

「確保しろ!このガキだ、組織を裏切ったのは!」

そこへ、二人の人間が現れた。黒いスーツを羽織った、長身の男。この時、ゼオンはびくりと反応し、驚愕している様子だった。

「まさか……こいつ!?」

ゼオンは一目で分かった。“組織の人間”だと。そうなれば、逃げるしかない。

「姉ちゃん!俺から離れ――」

ゼオンは叫ぼうとした時、突如声が出なくなった。何故?姉の姿は見えている筈なのに、視界は徐々に狭くなっていく。

 やがて、そのままゼオンは倒れてしまった。意識を失ったのである。

「あ……あああ……」

彼は、“ショックガン”のようなもので撃たれた。電流が流れる特殊な、銃。それを背中に受け、ショックを受けたゼオンは意識を失ってしまったのだ。

「組織を裏切る事は許されない。裏切りは本来“死”を意味する。お前にも来てもらうとね。ゼオンの姉。」

エレンの目の前に居る、一人の女が姿を見せた。今、この場には三人の男と一人の女が居る。いずれもが氷河族の人間だ。

 女は特徴的な白衣を羽織っている。彼女のトレードマークなのだろうか。妙な笑みを浮かべ、エレンを見ている。女は、ウネフ・ミカハラだった。組織を裏切ったとされるゼオンを追う為、日本へ来たのである。

「……エレン、です。エレン・ニーマード。」

「命が惜しければ、来い。」

ウネフの一言。その瞬間、姉のエレンも意識を失ってしまった。

 姉弟(きょうだい)は瞬く間に氷河族に捕まってしまった。逃げ出した筈のゼオンだったが、組織の膨大なネットワークに引っ掛かってしまったのだ。ゼオンを逃がすように幇助した人間は何者か。それらも込みで、これから話が始まろうとしていたのだった――

 

 

 

数日後。暗く、湿った場所に二人はいた。日の光も当たらない場所。そこが何処なのか、全く判らない。

この時、先にゼオンが目を覚ました。この時、腕に違和感を覚えていた。両腕が縛られている。それも、固い、手錠のようなもので。その感触だけは、分かった。だが問題がある。前が見えないのだ。彼は目隠しをされていたのである。彼は、焦りを感じていた。ここが何処なのか、あれからどのようになったのかも分からないまま、ただ、動揺していた。

その時、聞き覚えのある声が聞こえた。姉の声である。

「ゼオン……ゼオンなの?起きたの?」

「……姉ちゃん?」

ゼオンの視界には何も映らないのだが、姉の声だけが聞こえた。つまり、隣には姉が居る事は分かった。引き続き、姉の言葉を聞く。

「大丈夫?私はゼオンの事が全く見えないんだけど……おまけに腕も拘束されてるみたい……。」

どうやら、エレンもゼオンと同様の様子だった。

「俺も一緒……一体何があるのかさっぱり。ただ分かるのは姉ちゃんが側にいる事だけ。」

本当に何があるのか分からない恐怖……それでも彼は姉の存在で安心する事が出来た。だが目隠しをされ、腕を縛られている為、何も出来ない。

その時、何かが近付いてくる足音が聞こえてきた。その音は次第に大きくなっていく。この時、ゼオンは姉に静かにするように言う。

「姉ちゃん、何か来る……」

耳を澄ませ、段々と大きくなる足音を聞き取っていた。そして足音は自分達の前で止まった。

 

                   ギィィィィ

 

すると、鈍い扉の開く音が聞こえた。何者かが入って来たようだ。足音の数は、三つ。即ち、三人の人間がこの部屋に入って来たという事だ。

 ゼオンとエレンはこの場で、寝ている振りをした。側臥位姿勢になり、耳を立て、会話を聞く。

「ぐっすり寝てるねー。」

「寝てるふりだったりしてー。」

うち二人は可憐な少女の声。その声は、ゼオンにとって聞き覚えが、あった。

(ミルフと、エレアかよ……)

外見は愛らしい少女二人がこの場に居る事が分かった。しかしその行動自体は残虐その者の、二人の少女。

「とりあえず、起こすとね。」

そして、もう一人。特徴的な口調で話す女性の声。ウネフである。

 

ドゴッ

 

この瞬間、姉弟は暗闇の中で痛みのみを感じた。腹部を、蹴られた感触。視界が見えない状況での暴力は、恐怖以外の何者でもない。

「グ……ウ……」

痛みを受けた両者は悶える。この中で、誰が蹴ったのかは分からない。ただ、痛みに悶えるばかり。

「起きたみたいだね。」

「蹴られて起きない人はいないと思うよー。」

声だけが聞こえる。愛らしい声とは裏腹、言葉だけ聞けば狂気さえ感じる。

「とりあえず目隠しは取ってやるとね。」

それが聞こえた瞬間、目隠しが何者かによって外された。視界が晴れ、現れた風景。

そこは暗い牢屋の中だった。どこだか全く見当のつかない部屋で二人は捕らわれていたのである。そしてそこにいるのは無気味な目をしている氷河族のメンバーであるウネフの姿があった。ウネフだけで無い。エレアとミルフの姿もそこにはあった。

「お前等……!」

ゼオンは三人を睨むように、見た。

「組織を逃げた気分はどうとか?ゼオン。」

まるで挑発するようにウネフはゼオンに言った。

「逃げられないって分かってると思うんだけどねー。どうしてそういう事するのかなぁ。」

今度はエレアが言った。彼女はナイフを所持し、まるでそれを見せつけんとばかりに光らせている。

「それよりウネフ。捕えたのは良いけどどうするの?保留?流石に勝手に殺す事は出来ないでしょ?」

「その判断はリーダーに聞く。今はこいつらに組織の情報を外部にどれだけ漏らしたかを聞くだけとね。」

そう、ウネフが言った時、彼女は白衣の内ポケットから、医療用の、“メス”を取り出した。それをエレンの首元に突き付け、ゼオンを睨むように言った。

「姉ちゃんに手を出す気か!?関係ないだろ!」

手錠をされ、動けないゼオン。姉に迫る魔の手。彼は、願う事しか出来なかったのだ。

「関係ない訳がないとね。お前の姉と言う時点で組織の情報が伝わっている可能性がある。とりあえず、どれだけ情報を伝えたか吐け。」

次に、ウネフはエレンに対して言った。

「エレン・ニーマード。お前もどれだけ情報を知ってるか早く言え。」

「言います……だから……ゼオンを放して……!」

この状況で、エレンは自らの保身ではなく、ゼオンを解放するように懇願したのだ。それを聞き、ゼオンは耳を疑った様子だった。

「姉ちゃん!やめろって!俺だけが悪いのに、そんなの出来る筈がない!」

姉弟の絆は厚い。互いの身を案じる、彼等。

「ねえウネフ。この茶番見てるのつまらない。動画編集しといていい?戦後になって再生数どんどん増えてるんだよー。アンチコメも多いけどね。うざー。」

その光景を見ていたエレアが、何気なく言った。彼女はEフォンを弄りながら、口を開いている。その姿だけを見れば年相応の少女に見えるが、彼女もまた、組織の一員なのである。

 “エレチャンネル”の動画投稿主、エレア・シェイル。その、正体は氷河族の構成員。広告料や視聴回数で稼いだ金は組織への上納金となっている。その上で人を殺す事に躊躇いが無い、ある種の人格崩壊者でもあった。

「念の為にお前等に同行を願ったがどうやら必要はなさそうとね。エレアは勝手にしろと。ミルフ。お前は手伝え。」

「はぁい。」

無邪気な声が聞こえた。十三歳の少女は、躊躇いもなくナイフを持ち、ゼオンに近付いていく。

「こいつらは確保出来たが、気になるのはゼオンの裏切りを幇助した人間が居る筈とね。そいつが何者なのかを調べる必要があるとね。」

 彼等はどうなるのか。この絶望的な状況で、妙な人間達に囲まれ、ただ、絶望している。氷河族の裏切りは、彼等にどのような影響を与えて行くというのだろうか。

 

 

 

 世界が混迷に包まれていく中、暗躍を続ける氷河族。今や世界中の裏社会の組織のトップともいえる程に、組織の規模は拡大していたのだ。

 時は進み、十月上旬になった。オペレーション・デモリッション・クリエイションから一ヶ月余りが経過した頃。連日、メディアは新生連邦の宣戦布告の件をはじめ、各地で起きている紛争についての報道を続けている。

この不安定な世界情勢の中、先の戦闘で愛機、グラントロールを撃破されたメイド・ヘヴン。この男は、生きていた。だが、彼は一ヶ月の間医療施設にて手当てを受けていた。氷河族の息が掛かっている、闇医者の施設である。

 一度は瀕死の状態だったメイド。その彼を、助けたのが意外な人物だったのである。

 ウィリア・ラーゲン。バンディットであり、氷河族のメンバーを務めている彼女。倒れていたメイドを偶然発見したのも彼女であり、近隣の施設に運んだのだ。それが、まさに奇跡的と言えたのだ。

 やがて一ヶ月が経過し、容体は安定。独歩も問題なく経過。その間、ウィリアは身元引き受け人として、仕事をしながら医療施設を行き来していたのである。

 結果、メイドは退院。身体には後遺症も残らず、安定している。その際、ウィリアの提案で近くにある、カフェに二人は移動し、そこで話をする事になった。そこは海辺に建っている、木造りの小洒落た店であった。

 

 

「しかしあの時はびっくらこいたぜ。まさか俺が油断しちまうたぁな。お陰で愛機を失っちまった。」

凶悪な男、メイド・ヘヴン。だが今この場にいる彼は、その片鱗を見せない。お茶目な印象のある、どこか抜けている男といった印象を残す。

「けど、無事で本当に何より。怪我をしていた時はどうなるかと思ったけれど、幸いにも身体は丈夫みたいね。奇跡的な回復。貴方のような単細胞な人間の身体は、例え怪我をしても丈夫なのかしらね?」

まるで挑発するような口ぶりのウィリア。それを聞き、メイドはやや、眉間に皺を寄せて言った。

「おうおうてめえ俺をバカにしてんのか?助けてくれたのは一応感謝するけどな!単細胞とか抜かしやがってよォ。」

腕を組み、語るメイド。

「全く、そんなに怒らないでよ。大人の男でしょ?貴方……女性とあんまり、会話した事なさそうでしょ?こんな風に、カフェでお茶を飲んで会話をするなんて機会、恐らく無かったでしょ?こう言う機会に女性の言葉を聞く事は大事よ。」

挑発するようにウィリアが言う。メイドはそれに対して若干、自棄になりながら言った。

「何言ってんだか!どーでもいいんだよ。女と話したところで何!?って感じじゃね?」

それに対し、ウィリアは溜息を吐き、言った。

「貴方って可哀想。そりゃさぞかし女性にモテない青春時代を送ってきたんでしょうね。」

「青春?え、何それ?おいしいの?……は、冗談だとしても俺にそんな時期あるわきゃねえだろ。俺は今こそこんな小銭稼ぎやってやってるけど、昔はいろいろあったんだぜェ?」

“小銭稼ぎ”。それは、メイドにとっては傭兵としてMSに乗る事や、氷河族のパニッシャーとしての仕事。だがそれは所詮、彼にとっては退屈しのぎに過ぎないのだ。

「貴方自身に青春時代が無いのもデウス帝国に居たからでしょう?それは知っているの。けど貴方の中でも知らない事がある。それは、興味あるかな。」

何故かメイドに興味を抱いている様子のウィリア。理解のできないメイドは首を傾げる。

「貴方の看病をしていたのは、貴方のことについて聞きたいと、ずっと思っていたからなのよ。」

メイドはそれを聞き、何度か首を縦に振り、行った。

「お前の“興味”っつーのはミステリアスなんよな。意味深な発言ばっかりしやがって。一応例は言っとくが、そういう意味深発言は興味ねェんだわ。」

ウィリアの不可解な言動。メイドは両手を頭の上で組み、伸びをする。

「貴方、デウス動乱時代に“天国兄弟”として戦果を残していたでしょう?」

天国兄弟。それは、メイド・ヘヴンが兄であるフロード・ヘヴンと共にデウス帝国に傭兵として活躍していた時に言われていた名前だ。その活躍は目を見張るものがあり、デウス帝国内だけでなく、一部の地球連邦軍のパイロットにも名が知られていたという。

「天国兄弟はそれなりに有名だからな!これも、兄者が居たお陰なんだよなぁ!!!」

どっと、メイドは誇らしげに言った。しかしウィリアはそれを気にせず、引き続き話を始めた。

「その天国兄弟事なんだけど、教えて欲しいのよ。私、興味ある事は聞きたがる人間だから。」

天国兄弟と言う名は軍関係者の中では有名ではあるが、その詳細を知らない者は多い。ウィリアのようなバンディットでも、名を知っている程度である。

今回、メイド・ヘヴンがそのような有名人であることを知っていたウィリアは、この機にメイドから話を聞こうとしていたのであった。それを聞いて、何かをしようと、いう訳ではない。純粋な、彼女の興味である。その為に、彼が怪我をしている間、看病をしたのである。

「貴方が話したくないのならば、退院祝いで、口を開くようにようにしてあげよっか?例えば少し、私に身を預けるとか。そう、多分貴方が経験した事のない、……気持ち良い事とか。」

そう言って、ウィリアはメイドに対して意味深な目線を送った。それと同時に、足元をちらと見せる。彼女の、誘惑だ。美女と呼べる人間からの、誘惑。

 美女と二人きりで居る時、男は心を許してしまいやすい。ましてや彼女が誘惑をするような素振りを見せるのならば、尚の事だ。

 この状況では男の方が美味しい立場にある。自分の過去の話をするだけで、上手く行けば目の前の美女を抱くことが出来るかも知れない。もし、他の男ならばそのような思考に走るのだろうか。

 だが、この男、メイド・ヘヴンは違ったのである。

「ダメだね。ダメよ、ダメなのよ。」

「え?」

ウィリアの表情が、固まった。

「てめぇそーいう美人局みてぇな事してんじゃねぇよ。俺が嫌う事の一つ。そーいうの、俺は嫌いなンだわ。はい、宜しくぅ。」

あろう事か、美女の誘惑を自ら断ち切ったメイド。その表情を見ても、明らかにウィリアに興味を持っている様子ではない。

「ま、天国兄弟の事についてなら教えてやんよ。礼も込めてな。さっきまで途方に暮れてた俺との話し相手になってくれてるし、まあええで。」

美女との肉体関係になれる機会を断り、そのまま自らの事について語りだす、メイド。この男は性交渉等といった事に、興味が無いというのだろうか。

「私、貴方みたいな男、生まれて初めて見たかも知れない。貴方、戦争とお兄さんのこと以外に関しては本当に無欲なのね。」

「どうでもいいわ」

呆然と呟く、ウィリア。彼女の言葉に構う事なく、メイドは引き続き語りだす。

「それより俺はよぉ、デウス動乱時代によぉ、コロニー破壊活動を行ってきたんだ。兄者と一緒にな。ああ、ちなみに兄者はそんじょそこらのゴミと違って立派な人間だったからな!俺が一番知ってんだよ!」

どっと、メイドは笑った。破天荒な性格の彼だが、彼は兄を慕っていたことがこの台詞から伺える。

「貴方、お兄さんを相当尊敬していたみたいね。」

「そりゃぁもう当たり前。人生で一番尊敬していた存在が兄者だからな。」

兄の話になると乗り気なメイド。しかし、ウィリアはこれ以外にもっと別の事を聞きたがっている様子だった。

この時、メイドは煙草を取り出し、ライターで火を付け、煙草を吸い始めた。煙を彼女の顔とは別方向に吐いた時、メイドは再びウィリアの方を見て言った。ウィリアは、口元を手で覆っていた。

「お前、別に聞きたい事、あんだろ。」

この言葉に対し、ウィリアは最初驚くが、表情を戻し、ゆっくりと頷いた。

「よく、分かったわね。貴方が力を持つ人間、シンギュラルタイプとは聞いていたけど、例にもれず、察しが良いみたいね。言動は何とも言えないけど。」

「いや、そんなの関係ねえ~!みたいな?どうでもいいけど、表情を見て分かった。」

メイドの鋭い表情は、ウィリアを見る。これに対し、彼女は言った。

「心を読まれたのかと思った。」

「そいつぁ無理よ。心なんて読めねえ。ただ、もし相手がシンギュラルタイプみてぇな力を持つ、人間だったら、俺はそれに反応出来ンだよ。この超絶オカルトパワーが俺の力。まあ、これのお陰で当時兄者の位置も把握が出来たって訳よ。」

自身の能力について自慢を始めた。しかしウィリアは早く真実を知りたそうにしていた。

「ち、顔を見て分かるんだよ。早く言えや。何がある?」

ウィリアは微笑した後に、言った。

「そうね……あのね、“ある人物”から聞いた情報なのだけど……デウス動乱末期、何者かによってデウス帝国本国のあるコロニーに毒ガスが撒かれそうになったという事件があったそうなの。当初は連邦軍の仕業とされたんだけど、どうやら違うみたい。」

メイドはそれを聞いた瞬間、再び煙草を取り出してライターに火をつけ、それを吸い始めた。

彼の吐きだした煙は、今度はウィリアの方向へ向かって行った。それは、まるで知られたくないようなことを口止めするかのように。

しかし煙草の煙など口止め代わりになる筈がない。少し煙たがる表情を見せつつも、ウィリアは引き続き語った。

「それでね、デウス帝国本国に毒ガスを撒こうとした犯人候補の中に天国兄弟の名前が挙がったの。聞いた話、天国兄弟はデウス動乱終盤にデウス軍の司令官を殺害したみたい。私の知人が元デウス帝国の士官で、その光景を目撃しているらしくて、それで疑われていたみたい。」

メイドは然程、気にしている様子ではなさそうだった。気まずそうな表情も、浮かべていない。ただ、静かにウィリアの言葉を聞いているだけだ。

「そこで質問があるわ。単刀直入に聞くわ。貴方……いえ、貴方達兄弟は過去にデウス本国のコロニーに毒ガスを撒こうとしていたの?」

メイドは黙ったまま煙草を咥えて吸っている。しかし次に煙がメイドの口から出てきた時、まだ長さがあるにも関わらず咥えていた煙草を捨てた。その時に口を開ける。

「ハハハ!そうそう!御名答だァ。ま、実はその司令官殺しの犯人は俺達って本国には悟られてねえんだけどな。その知人ってやつはなかなか見てるじゃねえか。」

「……やっぱり……どうしてそんな事をしたの?」

「うっせえ。兄者の考えに従ったまでなんだよなぁ。つーか俺も同感だったし。」

ここに来て彼が発する言葉の中に兄者と言う言葉が目立つ。これにより、兄の事をそれ程に慕っていたことが彼女に分かった。では兄の考えとは何なのか。ウィリアは引き続き聞き出す。

「ではお兄さんは何故そんな非道なことを目論んだの?貴方達兄弟はデウスに何らかの恨みを?」

メイドは一旦笑みを浮かべ、ウィリアを睨みながら言った。実際には睨んでいるわけではないようなのだが、彼の目つきの悪さから睨んでいるように見える。

「ちげえな。兄者と俺は全人類を抹殺しようと過去に考えてたんだよ。」

「……それはそれは……随分と大それたことを考えていたのね。」

ウィリアの言葉が、この空間に空しく響いた。人類の抹殺というワード。まさか、この場でそのようなワードを聞くとは思わなかった為である。

「てめぇ馬鹿にしてんだろ。ま、無理もねえか。人類抹殺なんてジュニアハイスクールのガキが考えるようなテンプレ物語のラスボスとかでよく使われる展開だしな。いわゆる中二病!!!けど兄者は違った!それをリアルにしようとした!誇大妄想じゃねぇんだぜ。中二病も行動に移せば笑えねえだろ?」

「けど、このご時世で人類は死滅も何もしていないけど?戦争で数は減ってしまったけれど。」

「そら、失敗したからな。実現しようとはしたんだよ。」

ウィリアは唖然としていた。人類抹殺……普通、そのようなことを考える人間など漫画等の空想の世界でしか存在しないとされる。だがこの男の兄はそれを実現しようとしていたのだ。平然を装いつつも彼女は驚いていた。

「それよりも、どうして人類を抹殺なんて考えたの?いくらなんでも、あり得なさすぎる。」

一見すれば稚拙な発想だ。そこらの、偏った発言をしている一般人の戯言ならばこれ程彼女は耳を立てないだろう。他の人間も、只の“戯言”で終わらせるだろう。

だが、“人類抹殺”という一見無茶苦茶とも言える事を、目の前の破天荒な男が話すとならば話が変わってくる。

言葉は発言する人間によってその価値が変わる。行動を起こして来ている人間が発する言葉には価値が伴う。一方で、何も起こしていない人間の価値と言うのは無に等しい。戯言で片付けられるのだ。

兄を崇拝するメイドにとって、この誇大妄想に聞こえる目的ですら、本気でやり遂げようとする野望があったのである。ある意味、盲目的に何かを信じるというのは恐ろしい事であると、言えた。他者から見れば信じられない内容も、本人は信じて、それを行おうとしてしまうのである。

 ウィリアは、メイドの言葉を興味津々に聞こうとしていた。何故その行為に及んだのかが、気になる。彼のルーツは何なのだろうか。

「聞きてえか?じゃあ、教えてやんよー。話は俺の生まれからになるケドなァ。」

今から、語られるメイドの過去。人殺しを躊躇いなく行う、凶悪なこの男は、一体過去ではどのような人物だったのか。何が、彼を“人類抹殺”という誇大妄想のような事に引き込んだのか。ウィリアは興味を持って彼の話を聞く姿勢を見せた。

「俺と兄者はな、あるコロニーで生まれたんだよ。両親も居たけさ、どうやら本当の親が俺らを育てるのを面倒くさく思ったらしくてな、兄者が1歳の時に俺を産んでから兄者と共に保育所に預けられてそのまま蒸発やがった。冗談じゃなかったぜ。事実を聞かされたのは俺らを養ってくれるという別の親に引き取られた時だったのよ。あんまり覚えてないけどあいつらそんなことガキだった俺らに平気でいうの。あれはエグい。」

彼は本当の両親を知らない。まだ幼かったこの兄弟を、本当の両親は保育所に預けると言って捨てたのだ。ウィリアは所々で相槌を打ち、話を聞き続ける。

「それから、少しして別の親が引き取った。多分可哀想だからとか言って引き取ったんだろな。それで良い子ちゃんぶってて俺らを育てた……と思われた!!」

感情的になって来たメイドが、テーブルをバン、と叩いた。その方向を、別の客が一瞬見た。

「が!俺らが物心ついた時に、育て親が浮気しやがった。その時の育て親の親父……と呼ぶにふさわしくねえからクズでいいか。クズが女を作って家で寝てやがったんだ。その光景を俺は鮮明に覚えてる。トラウマだぜ。兄者もそれを見ていた。そして一方で育て親のお袋……と呼ぶにこれも相応しくねェからゴミとでも呼ぼうか。ゴミはゴミで男を作って家を出て行きやがった。俺らを置いてきぼりにしやがってなァ!そして残ったのはクズとクズの女だけ。それから邪魔だったのか、俺らは追い出された。信じられるか?まだ自立すらしてない子供を追い出す親なんているんだぜ。本気で狂ってやがった。それが物心ついた時だったからな……」

当時のメイドでも把握できた、育て親の両親の浮気。それだけに留まらず、まだまだ幼かった彼等を平気で追い出す親の許せない行動に対してのメイドの言葉から分かるように、彼はあえて父親や母親と言った言い方をせず、下劣な物を扱うような言い方で自身を抑え込んでいた。この時の彼は、当時の出来事を思い出すだけでも怒りが込み上げてくる様子だった。

「その後絶望だったぜ。俺はずっと兄者と一緒だった。子供の頃だったからな、よく泣きまくり。けど兄者はそんな俺でも慰めたりしてくれたのよ。唯一信頼できる人間だったなぁ。けど、周りの人間はロクでなし。俺らをまるでゴミみたいな目で見て、けなし、挙句の果てには罵声の嵐。理由は簡単。汚ねえ格好してたから。無理ねえだろ。その時は家なんてねえんだから。幸いなのは警察が見つけて保護してまた同じ保育所に送ってくれたこと。それは良いかもしれねえが、実はこれがタチ悪くてさ、兄者が聞いた話によると、保育所の職員が〝なんでこんな汚い兄弟をまた預かるのかしら〟とか抜かしたらしい。しかも同じ保育所施設のガキどもはどいつもこいつも冷たくて腐ってるクズばっか。ゴミ、カス、アホ丸出し。そして俺らは見事に虐めの標的。」

ウィリアは、それらに対する率直な感想を述べた。

「貴方、結構、壮絶な過去を経験しているのね……」

破天荒なメイドからは想像もできない過去。実の親にも育て親に捨てられ、保育所でも職員や子供達に悪い印象で見られる日々。当時のメイド達からすればそれは絶望以外の何物でもなかった。

「ま、実は露骨に悪い人間ばっかだった訳じゃねえ。いわゆる偽善者って奴が多いのよ人間は。俺ら兄弟はガチで監禁されて殺されそうになったことがあるんだぜ?これでもな。」

「メイドが監禁された……!?」

現在の彼からは想像もつかない台詞だった。こんな凶暴な男を監禁するなど、誰がするだろうか。恐ろしくて普通ならしない。寧ろ返り討ちに遭うに違いない。だが当時幼かった彼等は力もなく、誘拐犯に脅されるしか出来なかったのだ。

「ある日、保育所に俺らに寝る場所を提供してあげるとか抜かして俺らを引き取ったおっさんがいた。最初は嬉しかったが、なんと、そのおっさんの正体が監禁の犯人。」

これ程人当たりの悪い人間と言うのも珍しいと言える程、メイドの過去は壮絶に思えた。ウィリアはただただ、何も言えずに話を黙々と聞くばかりである。

「それで……なんとか誘拐犯から逃げ出して生き延びたけどメンタルは豆腐かそれ以上にボーロボロになったワケよ。しかし優しそうな人間がまさかの豹変よ。幼い男の子……要はショタ好きとかいうヤベーおっさん。あれは素でキモい。そんなんにヤンデレみたいに殺されそうになったらそらトラウマにもなるわ。ナリのキモいおっさんがヤンデレやぞ?二次元の女キャラならまだ需要あるか知らねぇけどボサボサ頭のおっさんが“君しか見れない”とか抜かしてみろよ。おえーやでおえー!クッソキモい。」

「酷い……」

ウィリアは思わず呟いた。その言葉しか、感想として出てこなかったのだ。何を述べたらよいか分からず、ただ、その一言が出てきた。しかしその一言には、ウィリアの感情が籠っている。

「同情してくれんの?別にいいんだけどさ。それからな……ある時に兄者が言った。まだまだ幼かった兄者から出た言葉にしては結構考えさせられたな。〝人間は必要か?結局自分の事しか考えられない上、己の利益や見栄、ただの自己満足の為に他人を犠牲にし、踏みにじり、そして何の罪もない自然や生きてきた動物が殺されるのは見ていられない〟って言った。そりゃそう。俺も賛成。そこからなんよ。俺らがさっきも言ったコロニー破壊活動に参加したのは。」

彼の言う、コロニー破壊活動……それは名前の通り、コロニーを襲撃するテロリスト集団のことであり、様々なコロニーを強襲していた。しかし現在はその存在はなくなっている。連邦軍に危険視され、抹消されたのだ。

「これに入った俺ら兄弟は真っ先に生まれ故郷を滅ぼしたわけよ。未練もクソもねえ。爽快だったぜ。クズ共が消える光景はよ。それを見た兄者は言った。〝消えるべき存在は、まだこんなものじゃない……〟ってさ。そこからかね。俺ら兄弟が人類抹殺を考えるようになったのは。破壊活動の当時からMSに乗れる技術はつけていたが、コロニー破壊活動を抜け出して俺らは尚更MS操縦技術を磨いた。後で聞いた話、破壊工作員の連中はみんな糞連邦に殺されたそうな。どうでもいいけど……そしてその腕を買われてデウス帝国に入隊したわけよ。」

彼らがデウスに入った事実は語られた。そこで、ウィリアは一つの疑問をぶつける。

「でもどうしてデウスなの?デウス意外にも属するあるじゃない。連邦は?」

「確かにどこでも良かったのは事実。が、さっきも言ったけど、奴等コロニー破壊工作員達を抹殺してやがんだ。俺らも元々在籍してたから下手すりゃ情報漏えいしてる可能性がある。それで連邦に入ってややこしいことになるぐらいならデウスにいた方がなんぼか効率的なんだよ。それに、デウスは物資とか機体とかが充実してたし。だからデウスを選んだ。その部隊の司令官は俺等を喜んで受け入れてくれた。そりゃあ俺らはエースだったからな。しかし!それが俺等兄弟の野望の始まりって訳よ。しかしそれも、“あいつ”に邪魔されたけどなァ。」

「あいつ?」

メイドの声が、この時ばかり、大きくなった。

「アレン・レインドだぜぇ!今でも憎んでる……あいつの存在を!兄者殺しのあいつをなァ!あいつが兄者を殺しやがった!この前の戦闘でも戦った!しかし負けた!あの糞野郎だけはむかつくんだよなぁ!兄者をよくも殺りやがってよォ!!!」

歯を食い縛り、眉間にしわを寄せてメイドは短くなった煙草を口から離し、灰皿に、強く押し付けた。

(アレンの事を、メイドは知っている……それも、戦前から。まさかの展開ね……)

ウィリアは、この時内心で考えていた。

アレンとメイド。彼等は戦時中に対峙している。この事実を、ウィリアは今、知った。そして、彼等の事を互いに知っている、ウィリア。この時、彼女は自分がアレンにバンディットを教えたという事を、言える筈が無かった。

 そして、彼が先日にメイドと交戦したという事も、驚愕の事実である。アレン・レインドはどのような行動をしようとしているのか。メイドの言葉から聞かされた事実は、またもウィリアの興味を引き立てて行くのであった。

「それから俺らはデウス動乱の終盤……糞連邦とデウスの宇宙における全面戦争の最中に行動を起こしたわけ。それは御察しの通りだ。けれどもそれも未遂に終わった。全部アレン・レインドに邪魔されたんだよ!」

メイドにとって、アレンという存在が障壁であることが、ウィリアには伝わった。デウス動乱の英雄と呼ばれているアレン。だが、英雄と呼ばれる一方で彼は憎まれている存在でもある。所詮、英雄と言う肩書は連邦軍内での話である。

 だが、まさかメイドとアレンがこのような因縁を持つ者同志であるという事は、知らなかった。この状況では、ウィリアは互いの事を戦後になって知っているが、メイドはウィリアがアレンと知人関係である事を、知らない。

アレン・レインドという名は、デウス帝国の中でも一部だが知れ渡っていた。その中に彼の事を快く思う人間は事実少なかった。当時のメイド達天国兄弟もその中の一部である。

「それからな、俺達は最後の戦いに出た。糞連邦との最終決戦だ。その間も兄者と共に暴れまくろうとしたけど、あいつが邪魔しやがった。何度も!何度も!!何度も!!!それから、兄者が最初に殺された。俺ははっきりと目撃したんだよなァ。」

ふと、メイドは目を瞑った。唯一信頼できた兄の最期を思い出していたのである。

 

 

 

デウス動乱の最終決戦の最中。デウス軍はコロニーカノンを用いて地球連邦軍と全面戦争を持ちかけた。多くの犠牲者が出る中、当時連邦軍がファーストガンダムの再来として制作されたクリスタルガンダムに乗っていたアレン・レインドはメイド・ヘヴンの乗るMSとフロード・ヘヴンの乗るMSと交戦していた。天国兄弟は両者共エースパイロットであり、その強さに苦戦を強いられていた。

「何度も邪魔をしてくれたな!アレン・レインド!今度こそ……貴様を……ガンダムを!」

メイドの兄、フロードが言う。それに対し、アレンは

「お前達だってどうかしてる!あのまま見過ごしていたら地球の人やデウス帝国の何の罪もない、人が大勢死ぬんだぞ!」

と言い、フロードの乗るMSとビームサーベルで打ち合いをしていた。互いの粒子が弾く中、メイドの乗るMSがビーム砲を用いて襲撃をする。

「んなもん知ったこっちゃねえんだよ!今度こそ死ね!死にさらせ!!」

粗暴な口調なのはメイドだ。この当時から彼の性格は現在と変わっていないことが分かる。

「人と言う存在は存在してはならないのだ!人は自己の欲望のままに生き、同族をも騙し、そして殺す……そしてその欲望は人が住みやすいように広がっていった。けれどもその代償として多くの自然や動物が殺された!自らのただの欲望の為に!!!」

「その欲望ってヤローに俺らは散々振り回されたんだよ!!!碌でなしのクズ野郎共になァ!!!」

二機のMSが迫る。アレンの乗るクリスタルガンダムはこれに対し応戦するが、二対一の状況では彼が不利であった。

「人は本当はなにが目的で生きているのだ!?子孫を残す為……?それとも自分の生きがいを見つけるため……?下らんな!その人の望みや目的の為に多くの自然や環境が壊れ、結果的に我々のような人間を生み出しているというのがなぜ気付かない!?ではなぜ貴様は人を肯定する!?」

「人を殺すということは……自然や動物破壊することと同じぐらいやってはいけないことなんだ!それを平気で出来るお前達は何なんだよ!?」

「てめえこそ何なんだよ!糞ガキの癖に説教垂れてんじゃねえぞ!!!臭い台詞ばっか抜かしやがってよォ!!!」

メイドのMSがビーム砲で再び砲撃を行う。アレンのガンダムはこれを回避した後で兄、フロードのMSに接近した。この際にフロードのMSはビームライフルを撃つが、全て回避される。そしてフロードのMSの至近距離でビームサーベルを背中から抜き、フロードのMSを切り裂いた。フロードはビームサーベルを展開しようにも、急接近されたことで時間が間に合わなかったのだ。

「馬鹿な……こ、これが……人の力……なのか……」

断末魔を残し、兄フロードは散った。それを見たメイドは涙を流し、叫んだ。目の前で殺された兄。悲しみにくれながら、メイドの悲痛な叫びが木魂する。

「兄者ァァァァァッ!!!」

その直後にフロードのMSは爆発をした。この瞬間、メイドは怒りに燃え、アレンに攻撃を加え始める。もはや自棄だった。アレンから見れば、メイドの闇雲な攻撃パターンが読めた。

「死ね死ね死ね死ね死ね!!!人間なんて存在がいるから……そんな存在があるから……

こんな風な戦争が起こるんだろうがよォ!!」

「っ!!!」

メイドのMSがビーム砲を延々と射出し続けていた。狂ったように、ただアレンのガンダムを狙っていた。しかし……それは無駄だった。考えられてもいない攻撃パターンなど、アレンからすれば全く脅威でない。

「やあああ!!!」

そして、アレンのガンダムはビームライフルでメイドのMSを撃ち抜いた。その一撃で彼のMSは破壊され、爆破した。

「あ……兄者あああああ!!!」

結局この戦いはアレンが制した。彼の技量が、二機の強敵を打ちのめしたのだ。しかしこの時、メイドは死んでいなかった。重傷を負いつつも生きていたのだ。それが、現在に繋がっていくのである。

 

 

 

そして現在。ウィリアはその話を聞いて思わず拍手を送った。それは決して挑発ではない。兄を思うメイドの悲しい事実を聞くことが出来たことに対する感謝の意味を持っていたのだ。

「長くなっちまったが、そんときはァ俺も重傷だった。今以上になァ。でも生きてた。あらあら不思議。んで、戦後になって世界はとーぜんながら平和になっちまってさァ。兄者もいねェし何もかもがつまんなくなったっつー訳よ。まあ、世界はようやく戦争状態になっていったから、戦闘好きの俺からすればここから面白くはなるのかも知れねェケドな。んで、感想は?」

「感想……と言われても……」

内容が彼女にとって壮絶だったため、感想と言われても確かに思いつかない。具体的に述べることが難しいと判断したウィリアはとりあえず

「素直に、凄いとしか……言えない。」

と言った。が、メイドはこれに対して

「はぁ?せっかく言ってやったのにそりゃねえだろぉ?」

と呆れた様子で言った。

「そんな事、言われても……最初はどうしてデウスのコロニーに毒ガスを撒こうとしたのかって聞こうとしたのに、最終的に貴方の過去の話になってるし。けど凄かった……貴方の、過去。」

ただ、賞賛するばかりのウィリア。だがこの時、メイドはさらに畳み掛けるように、言った。

「お前、他にも何か聞きたい事有り気だねぇ。なんとなくやけど分かるぜ。」

突如、メイドが口にした。彼の過去の事や天国兄弟の話以外の、聞きたい事。それは、何か。

「……やっぱり勘は鋭いみたいね。ええ、実は貴方の退院を待っていたのには、ちゃんとした理由があるの。」

「へぇ、それは何?」

メイドの顔付きが、変わる。今度は、ウィリアの話になっていく。

「クレーディト・メカニクス社の社長、ノード・ベルン。彼の事に関して、協力してもらいたい事があるのよ。貴方の事を信頼した上で……ね。」

それは、ウィリアの弟、ゲーンを嵌めた人物だ。彼女の行動は、恐らく復讐だろう。

「私、一応他にもギィルとかとも交流はあるの。けれど、やはり貴方のその、強さは頼りになるわ。ノード・ベルンの事……詳細はまた、話す。どうかしら。」

具体的な内容は、ここでは話さない。下手に情報を開示するのは危険だと、彼女は分かっているからだ。

「変に固執してやがんのな。妙だとは思うけど、俺も仕事が落ち着いたら考えてやんよ。」

そう言った時、ウィリアは少しばかり笑顔になった。

「ありがとう……。本当はアレンにも依頼をしようかと思ってたけど、貴方の方が良いかなって思ったから――」

思っていた事をメイドに打ち明け、安心したウィリアは思わずアレンの事を口に出してしまった。

メイドにとっては兄の仇であるアレン。彼女の放った言葉を、聞き逃す事が無かったメイドは、すぐに反応するのだった。

「おい、今そいつの名前を言ったな?それも、親し気によォ。なんやそれ、何で知ってやがる?」

これは、まずい。ウィリアの中で、そう思った。今も生きている彼と知人関係である事が分かれば、兄の仇であるメイドからすれば脅威でしかない。油断した。ウィリアに、緊張が走る。

 

「メイド・ヘヴンさん、ですね。」

その時だ。突然メイドは何者かに、背後から声を掛けられた。

振り向くと見覚えの無い男の姿があった。年齢は三十代後半程度だろうか。礼節が保たれているが、一方でどこか、厳かな印象を持つ、その男。うっすらと生えている顎髭は端正さを印象付ける。

この男に声を掛けられ、メイドはやや、苛立つ様子で言った。

「……はぁ?てめェ、誰よ?」

そう言った後に、一瞬、ウィリアの方を見た。

「……話してきたら?私、用事を思い出した。少し、行かなければない所があるの。話、ありがとう。楽しかった。代金は退院祝いという事で私が払っておくわ。じゃあね。」

ウィリアは、まるでこの場から逃げるように去って行った。呼び止めようとしたが、メイドは、それよりも声を掛けて来た男が気になっていた様子だった。

 デウス帝国に所属し、かつては本気で人類の抹殺を考えていた男、メイド・ヘヴン。その彼は氷河族に所属し、様々な活動をしていた。兄、フロード・ヘヴンを亡くした世界で呆然と生きている、メイド。この男との出会いは、そのような彼の状況を一転させるきっかけとなっていくのを、この時、まだ知る由もなかった。

 




第四十五話、投了。
氷河族と言う組織が本格的に暗躍していく話。
ここから様々な勢力が複雑に絡み合う話に繋がっていきます。


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ジェノサイド・マシン編
第四十六話 ジェノサイド・マシン


巨大MS、ヴァイダーガンダムがロンドンに向けて起動していく話。
全高72メートルの殺戮兵器が目覚める。


 

 シュネルギアは海上での氷河族との激闘を抜け、ローマにあるアステル家に戻っていた。そこで、彼女達はツヴァイガンダムの修復作業を行う。この間に、保護されていたリルムはアステル家の屋敷に招かれた。

 彼女自身が人生で一度も経験した事のない大豪邸は、感動するのに十分と言えた。

「これが、あの、ジャンヌ・アステルのお屋敷……」

「リルム・エリアス様、お部屋はこちらで御座います。」

アステル家の従者が、彼女を案内する。

 

 部屋に入ったリルム。そこは縁が金箔で彩られており。クイーンサイズのベッドが置かれているゲストルームだった。その模様は、まるで一流ホテルのスイートルームとでも言うべきか。

 リルムにとってこのような環境で過ごすのは初めてだ。だが、何故彼女はここに招かれたのか。

 理由は無論、あった。ジャンヌはリルムを保護しようと、考えていたのである。シュネルギアの艦内では危険だと判断し、今はアステル家の屋敷で保護しようと考えたのだ。そして、今に至るという訳だ。

「どうぞ、お寛ぎ下さい。何かあれば、こちらのボタンを鳴らして下さい。すぐに従者の者が駆け付けます。」

と言い、メイド服の従者は一度会釈をし、去って行った。

「凄い……これが、ジャンヌ・アステルの家……私、夢を見ているのかな?」

所謂一般家庭で育ってきたリルムにとっては、まるで自身がどこかの国の姫君になったかのような錯覚に陥る程の幸福といえる、今の時間。自分は、ジャンヌ・アステルの実家に居ると言う事自体がそもそも夢のようであるのに、更にそこで保護してもらっている。しかも、環境は最上級。これを、喜ばずして何で喜ぶべきなのか。

 まず、リルムはベッドに寝てみた。いつも彼女が寝ているベッドよりも遥かに柔らかく、それでいて心地が良い。目を瞑れば、恐らくすぐに夢を見られそうな程の快適な環境であると、言えた。

 

 この後リルムは食事も提供された上に、好きなドレスも着せて貰ったりした。その際、従者が仕立て、彼女をより、綺麗に際立たせる。今までした事のないメイクに、ヘアー。鏡に映る自分は、果たして本当に自分なのか。

 おとぎ話で出てくるプリンセスというのは、このような心境なのかも知れない。今まで縁もゆかりも無い環境です育ち、それなりの幸せで過ごしてきた人間が、この特上の世界を知るというのは別世界の他にない。その相手が、世界的歌手のジャンヌ・アステルというのだから、その驚きは果てしない。

 食事内容は無論、豪勢だ。客人に対して振舞う料理なのだろう。リルムはドレス姿のまま、振る舞われた食事を、慎重に食べる。テーブルマナーなど教わった事のないリルムは、周りの人間の食べ方を見様見真似で食べるのだ。この時の緊張が凄まじく、リルムはなかなか食事が喉を通らなかったのである。

 

 高級なドレスも羽織る事が出来た。メイクも出来た。その模様をEフォンに保存もした。別に、何も言われる事もなかった。

 今度は浴室だ。それもまた、豪勢である。観光大国、シンガポール国のマーライオンの像を模した像からは湯が延々と溢れ出ている。明らかに大衆浴場か、それ以上の広さを誇る浴室。サウナルーム付きは勿論、明らかに一人で使うには広過ぎると言えるサイズ。このような場所を、貸し切りで使えるというのは、何という贅沢なのだろうか。

「こんな生活を毎日出来るって事なの……?」

環境は最適だ。世界情勢が不安定な中で彼女はアステル家に保護してもらう事が出来る。しかも、このような豪邸に。これ以上の幸せは、果たしてあるのだろうか。

 

 

 しかし、残念ながら、その幸せな時間というのは長くは続かない。突然の立ち退きを命じられたから?違う。所謂貴族の家庭にありがちな、何らかのレッスンを受けなければならないから?それも、違う。では、何なのか。

 答えは一つ。彼女は一人で今の時間を過ごしているのだ。従者も仕事がある為に話し相手にもならない。彼女は広く、豪華な部屋に放り出され、確かにスイートルームのような夢の時間を過ごしてはいる。ただし、一人で。それが日数を重ねる度に寂しさを感じるようになるのは時間の問題と言えた。

 広い空間で、一人。食事も三食出る上、豪華な浴室。そしてドレス。メイクも自らを大きく変える。姫君のような、生活。それは一般庶民から見れば憧れだが、直接の話し相手がいないという寂しさはリルムの心を次第に落ち込ませていく。

(これが、本当に幸せなのかな。全然、感じない。やっぱりお家に帰りたい。お父さん、お母さんにもなんて言えば良いのかな。お姉ちゃんにも……結局何も言えないまま一ヶ月ぐらい経っちゃった。こんな事、誰にも言えないよ……友達にも……)

突然起きた非日常の出来事。リルムにとって困惑する事ばかりだった、シュネルギア内での出来事はただ、恐怖だった。

 今、恐怖からは解放されてはいるが、代わりに話し相手がいないという状況だ。しかし今の状況はリルムを別の意味で苦しめる。

 その上、彼女の居る部屋は、Eフォンの電波が入らない。何故ならば、アステル家の内部事情をSNS等で流出する訳には行かなかった為である。その為、妨害電波装置を部屋の隅に置いているのだ。これらも相まって、外部との連絡手段を途絶えている状況となってしまったのである。シュネルギアの場合は、通話のみは許可をされていた為、レイと会話をする事が出来たが、それ以上は許されていなかったのである。

 保護され、身の安全は保証される。だが、他者と話す事が出来ないというのはこれ程寂しいものなのか。リルムはそっと、ベッドの上に寝転がり、側臥位姿勢をとり、静かに、溜息を吐いた。

「レイ……会いたいよぉ……」

いつしか、ボーイフレンドとなっていたレイを求めるように、彼女はなっていたのだ。  

今、レイは何をしているのか。無事なのか。本当に、故郷に帰られるのか。リルムの不安が、次第に大きくなっていく。その中で、一人、静かに涙を流していた。何も知らない環境で育ってきたリルムにとって至極当然。自分がどうなるのかさえ、分からないのだ。

 

 

 

 アステル家に帰ってきていたジャンヌ達は、次に備えて動き出そうとしていた。ツヴァイガンダムの修理をし、サイコミュのコントロールの調整を行っている。サイコミュのコントロールをより格段に扱い易くする為にするのに必要な事だ。

 それ以外にも、新生連邦がどのように今後動いていくのかも確認しつつ、彼女達は過ごしている。今の拠点は、アステル家の屋敷だ。

 その中で、疲れを取る為にココットは浴室に入っていた。最初はこの浴室の存在に驚愕していた彼女だが、次第に慣れていた。

 一人でそこに入っていた筈のココット。だが、足音が聞こえてくるのを彼女は感じた。誰か、来る?

「ココットさん」

聞き覚えのある声。ジャンヌの声だ。

「え、あ……ジャンヌさん!?」

湯に浸かっているココットに、ジャンヌが声掛けをした。湯気が覆っているものの、相変わらずのプロポーション。淑やかな印象からは想像出来ない美しい肢体。乳房の形、腹部の形はある種の芸術すら感じられる。その上でのしなやかな脚線美。同姓とはいえ、彼女の姿は美しいと、ココットは素直に感じられた。

その上で、普段一人で浴室に入る事が多かったココットにとって、珍しい来客といえた。最も、客と言えるのはココットの方ではあるが。

「シュネルギアでの、業務は慣れてきましたか?」

ジャンヌは身体に湯を浴びた後に、足先から湯に浸り、ココットに近付いた。

「あ、えと……はい。少しだけ、ですけど。」

やはり、相手が著名人であるが故に緊張しているのだろうか。ココットの表情はどこか、固い。

「それはよかったです。貴方の言葉でクルー達は助かっております。貴方を起用して、正解でしたわ。」

と、更にジャンヌはココットに近付いた。湯気が室内を浮かんでいる中、彼女の綺麗な顔が近く、見える。

「ところで、アレンとの関係はどうでしょうか。」

突如、ジャンヌはココットにアレンについて、話し掛けてきた。

「え?どうって……仲は良いですよ?」

「それは、良かったですわ。いえ、寧ろそうであって貰わなければ困るというべきでしょうか。」

どこか、意味深な発言をするジャンヌ。

「ココットさん、改めて、貴方に確認したい事がありますの。」

そういった後、ジャンヌは急にココットに近づいた。ぐいと寄られ、思わずココットは後ろに移動する。

「アレンは、貴方の事をどう思っているのでしょうか。本当に、最愛の人と認識しているのでしょうか。」

「え……えぇ?」

それは何を意味している発言だというのか。まるで、挑発しているかのようなジャンヌの言動。ココットはすぐに、疑問を抱いた。

「ジャンヌさん、それって何を言ってるんですか?」

「フフ、“そのままの意味”と捉えて下さい、ココットさん。」

それを示す言葉が、この場で展開される意図の一つは、本当にアレンがココットの事を好きで居ているかという話だ。

 交際をしている恋人同士に訪れる事があるかも知れない、互いの信頼。それはふとした時によって崩れる事がある。最も多い例が、別の人間と交際する事による、浮気、不倫など。ココットは少しばかり、不安げな表情を浮かべる。

「し……しているに決まってますよ!」

「本当にそう、言い切れますか。」

ジャンヌの言葉がココットの言葉を遮る。その際、彼女の表情が急に真顔になる。美女ではあるが、どこか迫力のある、その表情にココットは、やや怯えている様子だ。

やがてジャンヌは自らの口唇に右示指を運び、まるでココットを挑発するかのように言った。

「私は、アレンとキスを交わした事がありますの。それも、二回。」

それはセントマリア号で彼女が意気消沈していた時の話。絶望の淵に陥っていたジャンヌを、アレンが励ます気持ちで接吻を交わした、あの時。

 この内容はスキャンダルとして報道され、更に彼女を追い遣る事になった。そして、この事はココットも知っている。だが事情は理解している。なのに、ジャンヌは何故この事を自ら掘り下げるのか。

「けど、あれってアレンがジャンヌさんを励ます為だって聞いてますけど……?」

事情を分かっているだけに、何故挑発し、まるで不安を煽るかのような言動を行うのだろうか。ココットには、理解が出来ていなかった。

「ええ、確かに彼の行動は私を勇気付けました。ですが私はキスをされました。口唇を覆われ、まるで求めるかのように唇を覆ったのです。貴方と言う、最愛の人がいながら。本当に、私を勇気付ける為にそのような行動をしますか?」

この発言の意図は不明である。だが、ココットはジャンヌの言葉に対し、苛立ちを感じつつあった。まるで、アレンとの関係を誇示するかのような発言。ココットは、何を話せば良いか、分からないでいた。

「私も、人間です。少なくとも共に行動し、優しくして下さる殿方のキスを受けて嫌に思うことは無いでしょう。ですが、貴方と言う交際相手が居ながらその行為をするという事は、果たして許されるのでしょうか。それは、誰が許しを請うのでしょう?」

ライオン像が、湯を出す音が静かに聞こえるこの空間で、ココットは汗なのか、冷や汗なのか分からない、汗を掻いている。

「更に言わせて頂きますと、私はアレンと一夜と共にした事があります。寂しさを感じる私の側に、居て下さいました。そして、抱擁をして下さりました。」

「えっ……」

それは、スキャンダルに報道されていない内容だ。ジャンヌが母であるターナ・アステルを亡くし、涙を流した時に、彼女はアレンを求めた。その際にアレンは抱擁をした。

 だがそれは本来、話す必要のない話。何故今になってこれを話すのか。

「もしかすれば私とアレンは身体を交わる事もあったかも知れません。今はシュネルギアの艦長として、行動をしていますが、人肌を求める事はあります。私はアレンと結ばれても、良いとさえ思いました。かつての婚約者であったアーク・レヴンを亡くした今、私は誰を求めれば良いか、分からなくなる時がありますの。それが、アレンである事もあります。」

普通に考え、交際している人間に対して自分も、その交際相手の男性に関心があると伝えるのは明らかな宣戦布告のようなものだ。喧嘩を売っていると捉えられても過言ではない。ココットは、この言動に困惑していた。そして、内心で妙な苛立ちさえ、感じていたのだ。

「アステル家に彼が居る中で、夜になればいつでも私はアレンを求めに行く事は出来ますわ。そうなった場合、彼はどのような行動に出るでしょうか。私を求めるかも知れませんし、そうしないのかも、知れません。こればかりは彼の行動に委ねられます。だから、私は彼が本当に貴方の事を、どう思っているのかと、聞いたのです。」

この、内から湧き出る衝動は何か。まるで心臓から、顔にかけて何かが込み上げてくるような異様な感覚。これは苛立ち?それとも悲しみ?何故、ジャンヌがこのように挑発するのか。この行為に、意味はあるのか。何故、彼女はこれ程にココットを揶揄う事を呟くのだろうか……

「ココットさん、貴方が今、私に感じているもの。それが、“嫉妬”ですわ。」

「嫉妬……?」

今、紛れもなくココットはジャンヌに“嫉妬”している。嫉妬。ジェラシー。本来交際している筈の人間が、友人と言う立場の人間に嫉妬を抱くのだろう。どこか、自分が劣っていると自覚した上で、もしかすれば最愛の、アレンを取られるかも知れないという不安があるからなのか。

「先の言葉を聞き、嫉妬する心を持つ。それは当然です。ですが、貴方はアレンと共に、それを乗り越えて貰わなければなりません。彼の心が安寧である為には、貴方自身にも心の安寧があり続けなければならないのですから。」

先程までの、ココットを嫉妬の炎に導くような発言から一転、ジャンヌは彼女を支援するような事を言い始めた。では、先程までの言葉は一体何だったというのか。

「ジャンヌさん、貴方って……!」

ココットは怒っていた。だが、ジャンヌはそれを見て、喜ぶ様子を見せた。

「ココットさん、もう、私に対してはフランクな対応をして頂きたいのです。アレンが私に対して対応するように、ココットさんも、楽な感覚で私と接して下さい。だって、友達でしょう?」

またしても、ジャンヌのペースに飲まれていく。自らを敵視するような事を言っておいて、急に“友達”と発言したジャンヌ。何故こうした発言を、次々と出来るのだろうか。

 それは、彼女の経験がそうさせるのかも知れない。婚約者をアレンに倒されたのを理解し、その上で混迷の闇を払うべく、アレンと共に動き出したジャンヌ。だがその中で生じた信頼していた側近の裏切り、自身やアレン、親しい人間への襲撃、そして理不尽なスキャンダル。多くの出来事を経験した彼女は、ココットを躊躇わせるような発言も、平気で出来るようになったのかも知れない。

「そんなの、いきなり言わないで!私……混乱してるんです……いきなりそんなに言われて、整理出来る訳ない!ジャンヌさんはどうしたいんですか!?アレンとの事を煽ったり、自分の事を友達とか言ったり!こんな事、言わないで欲しかった!悪質だよ!!」

ココットは首を横に振り、ジャンヌを否定するかのような振舞いを見せる。

 だが今、彼女達は裸だ。湯に浸り、胸元を隠しながら、ココットは目の前に居るジャンヌを否定するかの如く、逃避する。

「ダメ、ですわ。」

だがジャンヌは何故か優しい笑みを彼女に浮かべる。ココットはどうすれば良いか、分からないでいた。目の前に居る美女は、聖女と呼べる人間なのか、それとも悪魔なのか。

「混乱してはアレンとの関係にも影響します。貴方が芯を貫かなければ、アレン自身にもゆくゆくは影響を与えるのです。この言葉に翻弄されないで下さい。貴方は、貴方のままで良い……」

ジャンヌの手つきはココットの頬を伝う。その異様な優しさはココットを余計に困惑させるのだ。

「ココットさん、貴方が私への嫉妬を克服する方法を教えましょうか。」

「な……何……?」

ジャンヌが、意味ありげな視線を送っている。

「この唇を、貴方の唇で重ねる事ですわ。アレンから受けたキスを、今、貴方が私の唇に重ね、貴方がアレンと間接キスをするのです。そうすれば貴方はアレンとキスをした事に成ります。」

要は、ジャンヌと接吻を交わせという事である。ジャンヌは一体、何故このような発言をするのだろうか。ココットを試している。そうとしか言いようがない、発言だ。

「ココットさん、貴方はキスをどう捉えますか?愛情表現ですか?親愛の表現ですか。異性へのコミュニケーションですか。性愛の入り口ですか。捉え方は恐らく、様々です。ペットボトルに他者の口付けが残った跡を間接キスと呼ぶように、キスは様々な捉え方をします。貴方が成す事は、間接キス。そう思えば、私とのキスだって可能な筈ですわ。」

それが何に繋がる?アレンへの愛情を戻すきっかけになるのか。ジャンヌから放たれる言葉はいずれもがココットに刺さる。

 だが今は、もう躊躇っていられない。ジャンヌへの嫉妬。それは紛れもない。彼女のペースに飲まれるのは分かっていた。だが彼女の要望を受けない限り、この気持ちは取れないだろう。ならばそれを晴らそう。晴らして、アレンの事を改めて再確認しよう。

 ココットの決意は、固まった。

「じゃあ……」

「フフ、決断されましたか。」

ココットは静かに、目を瞑る。口唇を突き立てるように動かし、ジャンヌの口唇に近付ける――

 

チュッ

 

ソフトな接吻だった。どこか、柔らかな感触を彼女は感じた。女性同士の接吻行為というのは初めてだ。まして、相手は友人とも呼べる人間。そして、世界的歌手、ジャンヌ・アステル。更に言うならば、アレンとも接吻を交わした相手。

 ココットは、同性との接吻を交わした。それは彼女自身、生まれて初めての経験であった――

「素敵でした。女性同士のキスと言うのは優しいキスなのですね。」

「わ、わわわわわ私、キス……ジャンヌさんと、キス……!!!」

それを終えたのち、ココットの表情は次第に赤く染まっていく。直後、顔を覆い、湯に顔を浸したのだった。

 

ザバァッ

 

湯が弾ける音が聞こえる。同時に、そそくさと後ろに下がるココット。

 ジャンヌはそれを見て、笑みを浮かべていた。愛らしく、思っていたのだろうか。

 

パシャッ

 

次に、彼女の後方で再び湯が弾ける音が。誰かいる。だが、誰か。

「恥ずかしがらないで、出てきて下さいな。」

だがジャンヌは警戒する事なく、呼んだのだ。それに応じたのか、音を立てた人間がこの場に、すぐに姿を現したのである。

 そこに居たのは、リルム・エリアスだった。先に浴室に入っていた彼女は、まさかココットが後から来るとは思わず、身を潜めていたのである。その後でジャンヌが入ってきて、まさかの接吻行為を見てしまうという事を、してしまったのだ。

「あ……あわわわ……」

リルムはどうすれば良いか分からない。何せ、女性同士の接吻を見てしまったのだから。

「フフ、可愛らしいですわね。けど、これは決して特別な事ではありません。私はキスには性別など関係ないと、思っていますから。ね、リルムさん。」

「え、あ……えと……」

只でさえアステル家に居て寂しい思いをしていたリルムにとって、この光景は衝撃以外の何者でもない。

 だが、それに驚愕していたのはリルムだけでなかった。ココットも、まさかリルムのような少女に先程の行為を見られていたとは知らず、余計に顔を赤めるばかりなのだった。

「あの……ジャンヌさん……ごめん……私、のぼせてきたみたい……」

その時だ。ココットの呼吸が早くなるのを、ジャンヌは感じた。急いで彼女の傍に寄り、声を掛ける、ジャンヌ。

「ココットさん!?しっかりして下さい!」

「だ、大丈夫……多分。」

そうは言うが、反応が乏しい。明らかな異常に、リルムも反応していた。

 

 

「ココットさん……長時間のお風呂は苦手でしたのね……」

更衣室内で、ジャンヌはココットを椅子に座らせた。この時、リルムはせめて湯当りを落ち付かせようと、傍にあった和製の扇子を使い、ココットに煽いでいた。

「あの……大丈夫ですか?」

リルムが、心配そうに見つめる。

「気持ち悪~い……変な感じ……」

頭が、ぼんやりとしているココット。先程のジャンヌによる挑発的言動や接吻が重なり、混乱と共に湯当りが生じてしまっていたのだ。

「リルムさん、ありがとうございます。私、ちょっとココットさんを揶揄い過ぎたのかも知れませんわ……」

「うぅー……」

意味深な発言に始まり、ジャンヌの言葉を経て、彼女達はいつしか、距離が縮まっている様子だった。この時一緒に居たリルムも、少しばかりだが距離が縮まったような、感触を抱いていた。

「でも、なんだか……ジャンヌさんの言葉で、アレンの事をもっと、大切にしようって……思えたかな……」

頬が赤いココットではあるが、ジャンヌの表情を見て、笑みを浮かべていた。どうやら、ジャンヌの言葉の“意図”を察することが出来た様子だったのである。

「あら……それは、それは。アレンとココットさんの愛情の絆がより、深まる事を祈っています。先程までの言葉は、貴方を試していたと、思って貰えれば。ちょっと、揶揄いすぎましたかね?」

「うん……ちょっと……いや、とてもびっくりしたけれど……」

ココットは、静かに笑みを浮かべていた。両者のやりとりをみて、リルムも僅かに、笑みを浮かべている。

 人同士が仲良くする光景を見た時、その場に近い人間も、笑みを浮かべる。笑顔は、伝達する力を持つのかも、知れない。

「あと……この事は、三人の秘密にしましょう、ね?ココットさん、リルムさん。」

この時、ジャンヌがどこか、自然に笑顔を浮かべているように見えた。

 

 

 

同じ頃。ダッゲインMk-Ⅱが破壊されたフーク率いる部隊の兵士達は、ブライティスガンダムの存在を非難していた。兵士達は怒っている中、フークのみ、笑っていた。

「あの青い羽のガンダムさえ居なければダッゲインは国連の連中を薙ぎ払えた!あのような事など、許される筈がない!」

「落ち着きたまえ。これで良いのだよ。リノアスが生きていればそれで。」

彼のすぐ側にはリノアスが無言で立っていた。それに対して兵士は反発した。

「ですが!やはりあれは……。」

「反発するな。私がリノアスさえ生きていればそれでいいと言ったのは理由があるから……と言う事が何故分からない?」

フークの言葉を聞き、兵士は黙った。

 

「あの……」

その時、側に居たリノアスが、急に喋り始めた。珍しい光景だと思う、兵士達。皆が可憐な少女の言葉に、注目している。

「彼は……私を包み込んでくれました。私は彼に会いたい……あの、暖かい感覚は……とても素敵な感触です。私は、会いたいです。彼に。」

兵士達には、生きていて良かったと伝えたフーク。その時の余裕の笑みは、リノアスの言葉によって次第に消えていきつつ、あったのである。

「今、何と言った?リノアス。」

その言葉に、リノアスは口を開く。

「優しく、暖かい感触。あれが感情でしょうか。あれを、私は欲しいのです。」

感情を欲するリノアスはそれを、無表情で伝えた。アレンと交戦した時に彼から、感情を押し殺しているのを感じていた彼女は、改めて、自身に感情がない事に違和感を覚えていたのである。

 日本でのダッゲインの暴走の際に、彼女は感情の話をした。それに対し、調整が行われた筈だった。なのに、再び彼女は感情の話をしている。この事は、余裕の笑みを浮かべていた筈のフークを、怒らせていくのに十分な効果を発揮していると言えた。

「黙れ」

フークが冷たく言い放つが、彼女は止めない。

「暖かい感覚は、私を人間へと変えてくれます――」

「黙れ!!!」

更にフークはリノアスに叱責し、頬を叩いた。それに反応したリノアスは、黙ってしまう。

アレンの持つ強い力が、特殊強化モデルである彼女を人間らしく、感情を欲する心情へと変えていくのだろうか。

 だが、これをフーク・カズロブが許す筈がない。リノアスを、戦闘道具としか見做していないこの男。彼女の台詞を聞き、苛立つ様子を見せたフーク。

「再調整だ。急いで行え!今度こそ、敵と対立しても、感情などというワードを発言せんようにな!会敵したとしてもただ、敵を殲滅するマシン!それがリノアスだ!余計な不純物に反応するという事は、まだ調整が不完全という事である!」

周囲にいた兵士は敬礼を行い、急いでリノアスを連行した。その後ろ姿を見たフークは、握り拳を作る。

「強化モデルに感情は要らんのだ……!戦闘マシンであるリノアスに、どれ程の投資をしたと思っている!?」

“投資”という言葉が出た。つまり、フークはリノアスを強化するのに金を掛けているという事になる。特殊強化モデルとして、人間らしい感情を徹底的に抜き、サイコミュ兵器専用の戦闘マシンへと育て上げた筈と、この男は言う。

「大佐、恐縮ではありますが、一つ、質問を宜しいでしょうか。」

「何だ!?」

兵士の言葉を聞き、フークは強い言葉で、言い放った。

「率直な疑問ではあるのですが、サイコミュ兵器を人工知能に任せる事は出来ないのでしょうか?」

人が感情で左右されるのならば、人工知能を用いる。俗な考えではあるかも知れないが、合理的な考えではある。しかし、フークはこれに対して言った。

「過去の人間が人工知能の進化を止めた結果が今の世界情勢だ!ならば人間を強化せざるを得んのだよ!!マシンを操る上で脳波コントロールを用いられるのは人工知能では不可能!!だからこそ、人間であり、合理的に敵を殲滅出来る、力を持つ特殊強化モデルが必要となるのだ!!そのような事も分からんのかね、君は!!」

「ハ、失礼しました!!」

人間を徹底的に推している世界。人工知能は、人の補助として役立っている世界。その中でサイコミュ兵器を扱うには、空間認識能力に長ける必要がある。人工知能ではこれらの正確なコントロールは不可能とされる。それは、人工知能では脳波コントロールを操る事が難しいからだ。その上でサイコミュ兵器を扱うには、やはり人の力が頼りになる。

 それが、リノアス・クリストルである。特殊強化モデルという、人種。サイコミュ兵器を扱うには、感情を殺す事で戦闘マシンに仕立て上げる必要があったのである。

 だがアレンとの接触はリノアスを変えていく。それが、許せないでいるフーク。この後、リノアスは更なる強化手術を施される事になるのである――

 

 

やがて強化手術が終了した。フークは彼女に対し、声を掛ける。その声に反応する、リノアス。裸で横たわっている、彼女。表情は以前にも増して、無表情である。表情さえあれば、恐らく年相応の可憐な少女で居られたのだろう。彼女の年齢は十八歳。思春期を経て、成人女性と認められる年齢だ。

もし彼女が普通の少女として生活をしていれば、どうなっていただろうか。友人と共に恋話を語るのだろうか。それともボーイフレンドと共に人生を謳歌していたのだろうか。いずれにしても、彼女にそのような事は、叶うことは無いのである。ただ、強化された人間という、リノアスに、そのような幸福の時が訪れる事は、無い。

「お前は何者だ。」

フークが、リノアスに聞いた。

「リノアス・クリストル」

「お前の目的は?」

「敵性戦力の殲滅」

以前の彼女はおぼろげながらに言葉を喋ろうと、努力をしていた。だが更なる強化をされた彼女は、話す言葉が限られてしまっている。

感情を持たぬ存在へと変貌した、リノアス。更なる強化を施され、彼女は、ただ、フーク・カズロブの手駒として生きるしかないのだろうか。

 

 

 

やがて、オペレーション・デモリッション・クリエイションから二週間が経過した頃。総司令、レヴィー・ダイルは、ギリシャにあるアーステクノロジー本社を訪れていた。社長室に居た、スルース・ディアン。彼は室内にも関わらずハット帽子を被り、まるで彼を待ち受けていたかのように応対する。

「これはレヴィー・ダイル総司令。先日の作戦はお疲れ様でした。無事、宣戦布告もされたようで。これで我々アーステクノロジーはより、一層新生連邦軍に兵器の投資を行う事が出来ます。互いにwin-winになり得る世界情勢に、いよいよなってきましたね。」

世界が戦争状態になれば、利益を上げるのが軍事企業だ。新生連邦にMSを提供しているアーステクノロジーが戦争状態になり、喜ぶのは至極当然と言える。

「ですが先のオペレーションは、予想外の介入によって断念せざるを得なくなりました。しかも、その中に投入した大型兵器が二機、撃墜されているのです。」

「ああ、エールゴーニオと、デウス帝国のダッゲインですね。」

それらは、いずれもアレンの駆るブライティスガンダムによって撃墜されている。この情報は、既に総司令の耳に入っていた。

「本来ならばあの作戦で“例のMS”を投入する予定でした。それが叶えば、恐らく国連を壊滅状態にまで追い遣る事が出来た筈でした。」

“例のMS”とは何を示すのか。不吉なワードが、彼の口から出たのだ。

「ああ、あの“MS”の発展型にあたる、ガンダムタイプのデータが、何者かに盗まれたというやつですね。」

「それこそが、アステル家です。彼女達はその発展型の機体をあろう事か、新生連邦で有名になりつつある、“あの少年”に渡していました。」

それは、レイの事だ。彼が乗っていた機体、ツヴァイガンダム。それと、二人が話しているMSとはどういった関係があるのだろうか。

「アステル家……へぇ、それは驚きですね。」

スルースは、関心を持っている様子だった。

「発展型に関係するデータを彼女達に盗まれた為、あの機体のロールアウトを大幅に遅らせてしまう結果となりました。そのデータと既存のデータを照合さえすれば、すぐにでもロールアウトを出来たというのに……」

先の作戦の失敗を、悔やんでいる様子の総司令。

「結果、保存していたデータの復元に時間を要した為、先のオペレーションに投入する事が出来ませんでした。これは、我々としても歯痒い気持ちではあります。」

総司令は俯きながら、言った。戦局を翻すかもしれないとされる、“MS”の話をしている彼。その機体とは、一体何の事なのであろうか。

「それはお気の毒です。しかし、ご安心を。データの復元には成功していますよ。そして、これが完成したデータです。」

そう言って、スルースは机に備えられていたボタンを押した。すると机が下に下がり、代わりに、タブレット型のコンピュータが出現した。そこに映っているデータを見せる、スルース。

「これが、例のガンダムですね。」

映っているグラフィック。それは、ガンダムタイプ特有の顔貌に、両肩に肥大化したバインダーとも呼べる兵装を装備している。

だがガンダムタイプの顔貌にしては、カメラアイが鋭利に上向いており、どこか凶悪な面構えを印象付ける。頭部アンテナは二本。口腔部に該当する突起は従来のものより非常に尖っているように見える。見た印象としては、明らかに、“凶悪”だ。

「既に実際の機体も完成しております。本社の地下に格納しております。一度、ご覧になられますか?」

「……ええ。」

総司令は、静かに頷いた。

 

 

 

 その後、彼等は地下へのエレベーターに乗り、そのまま深く、潜っていく。地下100メートルと言う、深い場所にまで降りた彼等。

 やがて数分程度歩いたところで、スルースは突如、立ち止まった。

「ご覧下さい。」

 

バンッ

 

スルースの言葉と共に、ライトアップが成された。

「これが、完成したガンダムタイプ……」

総司令は思わず呆然と呟く。先程見たデータ通りの機体ではあったが、問題はその大きさだ。

 従来のMSが全高18メートル程度とするならば、そこに聳え立つMSは、それらをゆうに四倍はある全高を誇っていた。全高約72メートルの超大型MSが、彼等の前に聳え立っていたのである。しかも、それは紛れもない、ガンダムタイプであったのだ。

これを見た時、スルースの目は大きく見開かれていた。やがて、その両手指を屈曲させ、歯を剥き出しにし、その、甲高い声を更に上げた。

明らかに異常ともいえる社長の行動。この目の前にある超大型のガンダムタイプが、そうさせるというのだろうか。

「素晴らしいッ!!!これによって全てが滅びる!!!やはり時代が進むに連れて兵器も進化するものですねぇ!!!素晴らしいィィィィィ!」

巨大なガンダムタイプは、まるで見下すように二人を見ているようだ。これが、新生連邦の最新兵器だというのだろうか。

「さあ、総司令!これがロールアウトすれば、国連の壊滅は目の前ですよ!!!新生連邦がこの地球圏の統一に相応しい事が、証明されます!!力こそが、全て!このガンダムはその可能性の塊!!!邪魔な連中は一網打尽にしてしまいましょう!この、ヴァイダーガンダムでね!!!」

ヴァイダーガンダム。型式番号、DXN-00X。名前の“ヴァイダー”は両肩部に装備されている超大型のバインダーが由来だ。この名前はあえて付けられており、複雑な名前ではなく、あえて名をシンプルにした事により、この巨体とのギャップを感じさせるというスルースのこだわりがあるのである。機体色は全般的に黒紫色をしており、カメラアイは赤く、不気味な印象を持つ。両肩部及びバインダー部にはミサイルコンテナが搭載されている。そして、最大の特徴と言えるバインダー。これが、存在感を放っている。

 スルースがこれ程までに狂喜乱舞するという事は、今まで無かった。何が、彼をそうさせるというのだろうか。

「この機体は凄まじいです!では、どれぐらい素晴らしいか?具体例として、国連と新生連邦をミツバチとスズメバチに例えてみましょう。ミツバチが国連で、スズメバチが新生連邦です。スズメバチはわずか二十匹程で三万ものミツバチを壊滅させる程の力を持っていると言われています。国連がいくら足掻いた所で、新生連邦に対して歯が立ちませんよ。ましてやこの機体はその二重匹以上のスズメバチ分の破壊力を秘めています。一機で国連を焼き払う破壊力を秘めています。これが実装されれば、新生連邦の勝利は見えたも同然ですよ!」

彼の言う通り、ヴァイダーガンダムは新生連邦にとって切り札的存在になる。それは新生連邦にとって効率の良い話だ。が、総司令は何故かこの話に対して納得が行かない様子でいた。だが、スルース・ディアンの言葉にどこか恐ろしさを感じていた。この違和感は、どこから来るのだろうか。

「総司令!かつてのデウス帝国が戦略兵器を使用した事は貴方もご存知の筈ですね!?」

「ええ……コロニーカノンですね。」

それは、デウス帝国が決戦兵器として用いた兵器。円柱型のCコロニーを一つ、丸々砲台に仕立て上げた超弩級の戦略兵器。

 当時試験段階だった、ビーム粒子に代わるプラズマ粒子を用いた兵器。これが発射されれば瞬く間に艦隊を滅ぼす力を持っていた。

 戦時中、一度だけ発射されたコロニーカノンは地球連邦軍の艦隊に大打撃を与えた。この衝撃は、参戦していた兵士達に今でも伝わっている。

「コロニーカノンは紛れもなく、デウス帝国の技術の結晶でした!居住地を丸々と兵器に変えてしまうと言う狂気!しかしあれは戦争の短期決戦を望む上で非常に効率的な兵器と言えます!ならば、それに近しい兵器をもっと小型化出来ないか!?如何に、効率良く大量破壊兵器を作り出せないか!?研究は戦後になって進みました!そして、完成したのがこの、マシンと言う訳です!!」

戦略兵器というのは戦争において、早期決戦を望む上で導入される事の多い兵器と言える。それらが、実装されれば、如何に数多くの兵器を運用していても、それらを微塵にする事が出来る。

 無論、デメリットもある。大抵の戦略兵器は大型であり、弱点を突かれればその機能を失う。その為、それらを守る必要もある。

 ヴァイダーガンダムは、MSの形状をしているが、スルースは戦略兵器と言った。つまり、単体で敵の大部隊を一撃で沈める事が出来る力を持っていると言う事である。

「地球上に於いてはコロニーカノンのような兵器の運用は非常に難しいです。例えば基地を丸々溶鉱炉に変える技術をするにも、味方への犠牲が伴います。それでは戦争に於いて合理的とは言えません。ですがこの兵器は、空母さえあれば輸送も可能であり、尚且つ戦場に応じて敵勢力の殲滅を図る事が出来ます!これが、如何に素晴らしいか!まさに、アーステクノロジーの技術の結晶!!!」

「戦後に月面基地、シン・ナンナ内部に存在しているエレシュキガルも同様ではありますが……まさか、地上でこのような兵器が作成されるとは……。」

総司令が、一言呟いた。“エレシュキガル”という単語は、何を示すのだろうか。

「なぁに、エレシュキガルは新生連邦には必要のないものとなりますよ。この、ヴァイダーガンダムがあれば、何も問題はありません!」

と、語るスルース。

「ディアン社長。一つ、質問を宜しいでしょうか。」

その時、総司令は質問を投げかけた。

「この巨大な機体を、何故、敢えてガンダムタイプに仕立てたのでしょうか。率直な、疑問です。」

戦略兵器、ヴァイダーガンダム。百五十年以上前のファースト・ガンダムをモチーフにした、ガンダムタイプの伝統はこのような兵器として現代に産み出された。狂気とも言えるこの兵器に、何故、ガンダムという伝説の機体の名が付けられたのか。

「それには明確な答えがあります。ガンダムは強さの象徴だからですよ。だから現在、新生連邦では多くのガンダムが生産されているのです。貴方を含めた、エースパイロット用に存在する、強さの象徴。それが、ガンダム!」

強さの象徴。それが、ガンダムだと語るスルース。

「百五十年以上前に存在した、伝説の機体、MSの元祖、ファースト・ガンダム!あれが無ければ今の時代もガンダムは存在し得ませんでした。それがあるから、この時代にもガンダムの伝説は引き継いでいます!!そして、ガンダムも進化したものです!今やここまで巨大に、そして最強のガンダムが、目の前に存在しているのですからね!!全てを焼き払うガンダム!これに勝る兵器など、存在しませんよ!!!」

それ程に自信作と言える、ヴァイダーガンダム。元々は総司令の依頼で作り出された機体ではあるが、やはりこの巨大なガンダムタイプを目の当たりにすると、改めてガンダムとは何か……と、考えさせられるのであった。

「そして、次の課題はこのジェノサイド・マシンのパイロットですね!総司令、候補は上がっているのですか?」

機体を動かす為には、当然ながらパイロットの存在が必要不可欠だ。この機体を動かすことが出来る技量を持つパイロット。それは、誰か。

「ソフィアを、投入する事は出来ますか。」

その時、総司令が口を開いた。彼の側近、ソフィア・ブレンクスをこの兵器に乗せようと、言うのだ。

「総司令、お言葉ですがそれはお止めになられた方が良いでしょう。」

スルースは示指を左右に揺らし、言った。

「そちらのカズロブ大佐の部下に、特殊強化モデルが居た筈です。名は、リノアス・クリストル。彼女はダッゲインのパイロットを務めていた筈です。その経験は後継機としてヴァイダーガンダムを操るに相応しいと、私は考えておりますが。」

特殊強化モデルはスルースが作り出した人種だ。無論、どの機体にそれらが搭乗しているかも把握している。それ故に、彼はリノアスを推しているのである。

「手配しましょう。次の作戦で投入します。」

「次の作戦とは?」

総司令は、ヴァイダーの頭部を見て、口を開いた。

「先の大戦でも大きな激戦区となった、ロンドン。そこには平和国連盟の中心人物の一人である、エイゲル・ヴァーナー首相が在籍しています。国連を直接叩く前に、まずは彼を叩いておこうと考えています。そして、その指揮官をカズロブ大佐に一任します。ヴァイダーガンダムは、その際に使用します。」

「それは、楽しみですねぇ。この機体が動き出す瞬間は、出来れば生で見たいぐらいですよ。」

ヴァイダーガンダム。アーステクノロジーが開発した、ジェノサイド・マシン。この機体が、次なる惨劇を生み出す事になるのであろうか。

 

 

 

 時間が経ち、十月になった。オペレーション・デモリッション・クリエイションから一ヶ月の時が経った。

 セイントバードの修理は完了した。アッサラームを去ったセインドバード。この間、彼等はジャンヌ達と連絡を取る事なく、次の目的地を探そうとしている最中だった。

 大西洋を抜けるルートは危険だ。新生連邦軍の基地が多く、再び襲われる可能性が高い。

 ならばと、彼らは太平洋側に向かう事にした。上空7500メートル上を聖鳥が動いている。

「一ヶ月はお疲れ様だったな、艦長。」

と、エリィの部屋に入るネルソン。

「それは良いんですけど、レイ君の一件がちょっと心配というか……あの時から連絡も取ってないですし。ほら、ジャンヌさんはセイントバードのスポンサーじゃないですか。私達の行動に影響しないかなってちょっと心配で。」

スポンサーの存在は、援助されている側としては絶対な存在となる。資金援助が打ち切られる事が有ればセインドバードは路頭に迷う。彼らが航空を行えているのは今や、アステル家の力の影響も大きい。

「ジャンヌ嬢の器に委ねられる……か。しかし、あのガンダムを預かっているという事は我々を切り捨てる事は無いだろう。あれは確か、レイにしか操れない筈だ。サイコミュ兵器さえ気を付ければ、扱う事は出来る。今、ツヴァイガンダムはどのような改造をしているのかは不明だが。」

いつの時代も、スポンサーの存在は絶対だ。援助をして貰っている以上、歯向かう事は許されない。援助が打ち切られればそれで終わりだ。自らの力で動かなければならなくなる。

 MS乗りの世界は厳しい。幾度かの戦闘で、彼等の拘りと言えるMS、トルクスが補充されたのも、アステル家がスポンサーになった後援によるである。そうでなければ、鹵獲機体を利用していただろう。

 今のトルクスは外見こそジャスティスの軽度改修型であるが、中身は新生連邦製の機体のパーツを流用している。この人員増加も、各地のジャンク屋の絆や、アステル家によるものだ。先の戦いで三機失い、今は七機のみとなっているが。

 彼等は信頼の名の下に動いている。故に、航空を続けられる。だからこそ、アステル家に見捨てられる事は避けたいのだ。

「艦長、入電です!」

その時、インクから連絡が伝わった。何事かと思い、反応するエリィ。

「分かったわ、すぐに行きます!」

慌てる様子で、エリィはブリッジへ向かった。突然のアステル家からの連絡。これは何を意味するのか。

 

 

 ブリッジにて。入電を確認したエリィはすぐに対応した。それを確認した時、そこには、ジャンヌ・アステルのホログラムの姿が、映し出されていた。

『お久し振りです皆さん。この間は大変失礼致しました。本題ですが、貴方方に依頼したい事があります。ロンドンへ来てもらう事が出来ますか。そこでお話をさせて頂こうと思っています。』

ここでジャンヌの姿が出現した事も驚きではあるが、それ以上に驚いたのは、ロンドンへ集合しろと言う内容の指示だった。

ジャンヌが口にした言葉、ロンドン。何故、急にその場所を指定したのか。

「ロンドン?どうしてですか――」

と、エリィが言ったのだが、ジャンヌはそれを無視するかの如く話を続けた。

『ロンドンに近づく事がありましたらご連絡下さい。では。』

そのまま、ジャンヌの姿が消えた。彼女の質問に答えないまま。

「今の、録画っスね。」

スラッグが舵を握りながり言った。

「え、リアルタイムと思ってた……」

唖然とする、エリィ。

「旧世紀からある留守電みたいな感じっスよ。すぐに連絡取れるか分からないし。にしても何故ロンドン……?」

「何か、あるのかも知れないわね。目的地、ロンドン!このままユーラシアルートを抜けます!」

突然のジャンヌからの依頼を聞き、目的地は決まった。

 ロンドン。イギリス、イングランドの首都。デウス動乱時、激戦区となった場所である。戦後になり、都市としての機能自体は果たしているのだが、戦後の痛々しい傷跡が残る状況のある、場所。セインドバードは、この地へ向かうのだった。

 

 

 

セイントバードにイギリス首都、ロンドンへ来るように依頼をする前に、シュネルギアは既に、ロンドンに着陸していた。

旧世紀からイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの四つの国が集まって出来た国、イギリス。グレートブリテン島に存在する国だ。その構図は旧世紀から変わっておらず、首都もイングランドに位置するロンドンである。

 戦後直後は凄惨な光景を作り出していたこの地。その為、戦後に平和国連盟が復興に尽力を注ぎ、現代の形が作られていた。それ故に、この地は平和国連盟にとっても重要な地点とされている。

 この地の首相、エイゲル・ヴァーナー。彼は戦後になってからのイングランドの首相であり、一部代表を務めている人物だ。

 今回、シュネルギアは彼の要請でここ、ロンドンの地に降り立った。先の新生連邦によるオペレーションを受け、この地が狙われる危険性を考慮した為、要請に応じたという事である。

首相官邸にて。エイゲルはジャンヌを自身の部屋に呼んだ。アステル家が先の戦いで介入している事を聞いているエイゲルは、ジャンヌに対して丁重にもてなした。この時、側近のメイドが彼等に紅茶を運び、テーブルに置いてその部屋から去る。

「よく来てくれた。最高部隊のアース将軍から話は聞いているよ。先の戦闘で国連軍に加勢してくれたそうだね。お陰で国連軍は壊滅的な被害は免れた。」

エイゲルは紅茶を飲み、言った。

「新生連邦は宣戦布告をしました。これは平和という状況に対する脅威となり得ます。

その為にも、動いていかければならないと、思っております。」

ジャンヌは自らの訴えを、エイゲルに対して言った。

「頼もしい……と言うべきかな。戦後は君のお父上にも世話になった。凄惨な状況だったロンドンの復興に尽力をしてくれたのも、ジンク・アステルの力がなければ成せなかったからね。」

ジンクは平和国連盟の議員や、代表と繋がりが強い人間であり、ここ、ロンドンのエイゲルとも親交があったのだ。

「君達の戦艦、シュネルギアは先の戦いで国連の助けとなった。しかし、シュネルギアは国連に入るつもりは無いらしいな。」

アステル家はあくまでも国連への補助をする立場であり、厳密には国連と所属が異なる。言わば、同盟のようなものだ。

「えぇ……私達は私達で、新生連邦軍と戦っていきたいと思います。私達は常に平和を願っています。ですが、どうして人は……このように争いばかりを繰り返すのか……分かりません。先のデウス動乱でどれ程の命が消えたか彼等は分からないのでしょうか。どうしてまた犠牲者を生み出そうとするのでしょう……ここ、ロンドンも復興に時間を要したというのに。」

戦争行為は人が築いたものを瞬く間に滅ぼす。いくら、戦争は良くないと言っても、結局は戦争を起こすのは人だ。先の戦争から何も学ばない世界情勢を見て、ジャンヌは嘆いている様子だった。これに対し、エイゲルは言った。

「新生連邦軍が強硬姿勢を貫く以上は、我々も守らなければならない。しかし、我々には平和主義があり、こちらから攻撃を仕掛けるという事は出来ない。だからこそ、君達の存在は頼りになる。犠牲者が出る前に先手を打つ事が出来れば、どれ程嬉しい事か。」

 チャール・ポレクが唱えた平和主義の存在が、国連の行動を遅らせているのは間違いないと言えた。

 確かに、戦争行為を先に行う事は出来ない。だが今の時代、下手をすれば先制攻撃を仕掛けられる事により、反撃の隙すらなく、滅ぼされてしまう可能性があるのだ。

「新生連邦軍は恐らく次にこの地を狙う可能性は考えられるだろう。国連はドーバー海峡にて艦隊を展開してはいるが、どのように動くのかは不明だ。」

平和国連盟にとって重要な地となるここ、ロンドン。今の新生連邦ならば、攻撃を仕掛けてくる可能性が高いと判断したエイゲルは、ジャンヌ達に護衛の依頼をしたいと、言うのだ。

「ご協力はさせて頂きますわ、ヴァーナー首相。よろしくお願いします。」

敵がどう動くは分からない状況で、両者は握手を交わす。戦前の傷跡が癒えないこの都市を、守る為に。

「ところでジャンヌ・アステル。」

その時、エイゲルが口を開いた。

「突然だが、君にとっては、何が平和だと思う?」

「えっ……?」

突然の質問に戸惑うジャンヌ。平和と。ただ、言われても迷うだけだ。

「平和とは、戦争の反対の意味をする。それが俗に言われる平和だ。つまり戦争が無ければ平和だと言う事。しかし平和になったとは言え、新生連邦が宣戦布告をする前から世界各地で様々な事件が起こっているのを知っているだろう?テロや紛争、殺人。その他にもまだまだ沢山ある。それは戦争が無い……つまり平和だから起こる事なのだ。これは平和だと言えるか?」

エイゲルが語る平和に、ジャンヌは困惑している。

「それは本当の平和とは言えないと、思います。結果的に人が死ぬような世界では、平和とは言えません。」

「平和……では無い……か。」

ジャンヌはコクリと頷いた。

「私は、そうは思わんよ。」

と、エイゲルは紅茶を一口含み、言った。

「人の心は様々だ。恐らく、君の中の“平和”のイメージとは、人が差別をせず、皆、仲良く、平等で過ごせる世界……それが平和かもしれない。しかし実際は戦争が起きていない事が平和なのだ。それが真実。どれだけ辛い目に会おうとも、戦争が無ければ平和なのだ。ややこしい話では無いだろう?単純な話だ。」

エイゲルの掲げる平和。それは、単純極まっている。大規模な動乱等がなければ、戦争。ただ、それだけだ。

「事実、平和世紀と呼ばれる時代になり、デウス動乱が終結してからは平和と呼べる時期はあったよ。小規模の紛争、テロ行為は所詮大規模な戦争に比べれば極論、平和だ。私は首相という立場であるから、小さな紛争などまでは把握出来ない。個人同士の些細な喧嘩もあれば、それが発展すれば殺し合いに。社会に不満があれば徒党を組み、反社会性力としてテロが横行する。しかし、それは社会という組織が成り立つが故に生じる、小競り合いに過ぎない。」

平和と戦争。この線引きは恐らく、個人によって異なるのかも知れない。エイゲルは、引き続き語る。

「しかし、今は違う。新生連邦という、地球上の大きな組織が宣戦布告をした。これは社会の崩壊の一歩だよ。新生連邦が平和といえた社会を、戦争に変えた。大規模な戦争はそれこそ、人間という存在を滅ぼしかねない。」

平和と呼べる世界が一転すれば、世が荒んでいく。恐らく、今後は戦争行為だけでなく、身近な犯罪行為も増える可能性が、十分にあると、考えられるのだ。

「私は、分かりません。“本当”の平和というものは何なのか。武器をなくしていく事が平和というのならば、私の存在が消える事が平和に繋がることになります。私はアステル家当主、ジンクの娘。先の戦闘でも新生連邦の横行を止められたのは、力があったからです。」

その、力に縋っているのもエイゲルだ。現在の平和主義がある以上、国連は攻撃を加えられない。いかなる状況であろうとも。だからこそ、アステル家に委ねられるのだ。

 だがそれは、国連と言う組織のみにしか使えない平和主義であり、それ以外の組織が国連に参加すれば、意味のないものと化す。それ自体に、本当に平和主義の価値があるのであろうか。

「力を持つ事は平和を作る上で必要だとは思ってはいる。しかし、その、平和と言う言葉を盾にして己が都合の良い世界を作り出そうとする人間がいるのも、また、事実だ。」

エイゲルは、俯いた様子で言った。

「それは、どういう……?」

「そのままの意味だよ。平和国連盟の議員達皆が恒久和平の為に貢献している訳ではないという事だ。」

チャールが最高議長を務めている平和国連盟ではあるが、それぞれが絡み合う人間模様や野心は複雑だ。実際、国連を見限って新生連邦に寝返ろうとしている人間も居た。ザビール・エルケス。ポルトガルの平和国連盟一部代表だが、彼の権限を使い、国連軍を無理にでも所属を変えようとした、男だ。

「先の戦闘でも、国連軍の一部が新生連邦に寝返り、国連に反旗を翻した者がいたと言います。戦争が始まった事により、不安定な状況が続いているというのでしょうか……」

ジャンヌは紅茶を啜り、少しばかり不安げな様子で言った。

「組織が大きくなればなる程、野心を抱える者も出てくるだろう。実際、平和国連盟の一部代表や議員の中にも腐敗している人間はいる。例えば政治家が国民等から集めた税金を利用し、私利私欲の為に動く者も居る訳だ。そういった存在は市民から叩かれるべきではあるが、そうは行かないようにしている人間も居る。腐敗した組織に人は集まらないのだが、それらを考えない人間も居るのも事実だ。」

そう言われ、ジャンヌの表情は曇っていく。

「そう考えると、平和を作るというのは難しいですわね。それは、権力を利用しているだけに過ぎません……」

「だが、それらも把握した上で進まなくてはならない事もある。ジャンヌ嬢、今後の展開には期待している。宜しく、頼むよ。」

そう言った後にエイゲルは左手を差し出し、ジャンヌはこれに応じる。深い、握手を交わした両者。

 今、ジャンヌに出来る事は、これ以上の犠牲者を出さぬよう、尽力する事だ。その為にシュネルギアが頼られている。そして、ジャンヌはこれに対し、協力の要請を、セインドバードに対しても行う事となったという訳である。

 

 

 

ロンドン市内は平和国連盟の力もあり、戦前によって受けた傷の復興が進んでいた。一部ではまだ、戦争の傷跡も残っている場所はある。瓦礫と化した風景は大通りには見られなくなったものの、住民の少ないエリアは荒廃している部分も多い。

 セイントバードはジャンヌの要請の通り、ロンドンに辿り着いた。エリィはそこで、ジャンヌに再会する。そこで行われるやりとり。それは、ツヴァイガンダムを返還するというものだった。エリィはそれを受け入れるのだが問題はレイの方だ。

 レイはジャンヌ達に対して疑問を抱いている。この一ヶ月間、アッサラームに保護されていた状況のセイントバード内で生活を送っていたのだが、その間も彼はジャンヌ達を決して良く思うことは無かった。それだけでない。彼はエリィとの関係も悪くしてしまっていたのだ。

 セイントバードはアステル家のスポンサーであるが故に、それに従うしかない。だが、彼はそのアステル家の所属のアレンに倒されかけた。こうした事も重なり、レイは多くの人間に対する不信を抱くようになってしまった。

 ロンドンに辿り着いた時も、レイの表情が明るくなることは無かった。ここに来た理由が、アステル家の依頼と言う事を聞いていた為、納得出来ない様子だったのだ。

 だが、彼はあくまでも保護されている立場でもある。彼自身の、この妙な立ち位置が、余計にレイを苦しめているのだ。

「レイ君。その……アレン君から連絡があったの。聞いてくれる?」

セイントバード内にて、エリィが、やや話辛そうに言った。

「直接会って、話したいことがあるって言ってた。うん。行ってきたら、どうかな。わざわざ言ってきてくれてるし……」

と、言った時、レイは静かに、呟いた。

「行った方が良いんですよね。あの人には僕にも言いたい事があります。ありがとうございます。」

と言う、レイの言葉はどこか、冷たい。エリィは一ヶ月前に頬を叩いた事を、気にしている様子だった。

「あ、あと……一応ガースト君と同行して貰うように言っとくね。一人だとレイ君、誘拐とかされちゃったら嫌だし。」

彼女なりに、レイに対して笑いをとるつもりだったのだが、レイはこれを聞いても反応しない。この時のレイの反応に、エリィは距離を感じていた。どこか、腫物を扱うように接してしまっていたのである。

 この時、レイはエリィに対して何も言わず、去って行った。

 

 

 

 ロンドン市内で、レイはガースト共に歩いている。目的はアレンに会う為だ。彼等が向かっているのはロンドン市内のトラファルガー広場である。旧世紀から存在する観光名所ではあるが、それは現代になっても存在している。ここには、多くの市民が集っていた。かつて激戦区だったこの地の中で、被害が比較的少ない場所でもあった。

 ガーストとレイはアレンに会うという事で、どこか複雑な表情を浮かべ、歩いている。無理もない。オペレーション・デモリッション・クリエイションで攻撃を加えられたのだから。

 やがて、彼等はアレンに会う。この時、アレンはココットと一緒に行動していた。

 二人で行動するのは、ジャンヌの配慮があった。互いの愛情が必要だというジャンヌの言葉を聞き、アレンはあえて、ココットと行動していたのである。

「レイ」

両者が会った時、先に口を開いたのはアレンの方だった。

「アレン、この子が、前に言ってた子?なんか、女の子、みたいだね……可愛い……」

「あ、ああ。」

アレンの言葉が静かに流れる。対するレイは、彼に対して睨むような視線を送っていた。

「レイ、ジャンヌがお前に会いたがっている。彼女は今、忙しくて対応が出来ない。だから、代わりにそれを伝えにきた。」

アレンの言葉に、対し、レイは言った。

「アレンさん、僕はずっと聞きたかった事があります。どうしてあの時攻撃をしたんですか。あんな事、する必要なんて無い筈なのに。僕には全く分からない、分からないですよ。」

不穏な空気が流れている。アレンとココット、そしてガーストとレイ。彼等の前にある噴水が、無情に流ればかりだ。

「俺自身のコントロールが出来ていなかった。それに関しては謝る。だが、今はそれで歪み合っている場合じゃ無い。ジャンヌから聞いている筈だ。ここ、ロンドンが新生連邦に狙われるかも知れない。だから、セイントバードにも助太刀をして欲しいって。」

ジャンヌがセイントバードを呼んだ理由。それは、戦力が欲しいという純粋な思いがあった。そのついでにツヴァイをレイに渡し、その後に対策をしていこうと考えていたのである。

 スポンサーという立場である以上、セインドバードは動くだろう。背く事は出来ない。だが、個人の意志となれば話は変わってくる。

「アレンさん。あんな、無差別攻撃をして大量虐殺みたいな事をしておいて、そんな事を頼むなんて、虫が良すぎませんか。」

レイの言葉が、アレンに刺さる。先の戦闘でのアレンの攻撃の事を、レイは根に持っていたのだ。それに次ぐように、ガーストは言った。

「確かに、俺達の立場は弱い。アステル家がスポンサーなんだから、俺らがお前達の言う事を聞くのは当然だろうな。だけどだからって何やっても許されるって考えはおかしいだろ。アレン、お前いつから立場が偉くなった?俺達は友達じゃなかったのかよ。おかしくねぇか?」

明らかに険悪な状況。この中で、ココットが言った。

「あ、あの……ガースト君、久し振りだよね……?その、プレーンさんも元気?」

「元気だぜ。というかココットが生きてたっていうのも驚きだけどな。」

ココットとガースト。彼等も、知人関係だ。アレンを通して知っている仲である。

 たが、この場においてその再会は素直に喜べないのである。ココットの言葉は、かえって気まずいものとなってしまったのだ。

「アレン、お前は良い立場かもな。ジャンヌの下で安全を保証されてる状態でさ、愛しの彼女とラブラブ。いいね、羨ましい限りだよ。ホント。」

明らかな皮肉だ。それを聞き、ココットは何も言えないでいた。

「ガースト。俺だって必死だった。だから、こうして謝ってる。けど、新生連邦が迫るかも知れない状況でセイントバードに来て欲しいと依頼したのはジャンヌの願いなんだよ。」

アレンの謝罪。だが、それはガーストに響かない。事情は分からない訳では無いのだが、先の戦闘中に攻撃をされた事を考えると、身勝手過ぎるような印象を受ける、依頼と言えた。

「俺は協力はするけど、お前、少し自分勝手過ぎないかって意味では俺は納得は行ってない。お前の事情に関しては概ね分かってはいるよ。納得は出来てないけどな。けど、友達で、尚且つ立場的に優位な上で何しても許されるって考えはそもそも間違ってるからな。アレン。」

やはり、彼はアレンに攻撃された事が気になっている様子だった。

「ガーストさんは友達だったから、そう言えるんですよね。協力できるって。」

この中で、レイが口を開いた。暗く、それでいてどこか、苛立ちを感じている様子の、声。

「アステル家がセイントバードのスポンサーって立場だから、万が一断ったりしたらお金を出さないって事なんですよね。アレンさん。そりゃ、そうですよね。スポンサーって、絶対的な立場なんですから。僕達がそれを断るなんて出来る訳がないんですよね。ガーストさんも、大人だからそう言うんでしょう?お金を出して貰ってるから、それに従うって。」

彼の言葉に、ガーストは言った。

「そういうのは別にして、俺はアレンに忠告しているだけだけど……?」

ガースト自身、アレンに納得していない様子だったのだが、それ以上にレイの暗い声がどこが、不気味に感じられていたのである。

「違いますよ。僕はアステル家の勝手な言い分が納得行ってないんです。ジャンヌさんはずるいですよ。僕に直接話をしないで、アレンさんに行かせているんですから。自分から話をしたら良いのに。」

「レイ、ジャンヌは今それどころじゃないんだよ。ロンドンのヴァーナー首相と話をしている。その中で俺がお前に伝える事を任されたんだよ。」

アレンがそう、言った時――

「そういうの、僕は納得出来ませんよ!」

レイが声を荒げた。様々な思いが、一度に噴き出た瞬間だった。

「スポンサーとして、お金さえ出せば何をしても許されるって考えが納得出来ません!そんなの、おかしいです!僕は必死に戦ってきた……セイントバードのみんなを守る為に!なのにアレンさんに無差別攻撃をされて、その上でリルムとも会えなくて!その上で、アレンさんは幸せでいるって、そんなの、おかしいです!」

聞く人間によっては子供の戯言として捉えかねない言葉だ。しかし、アレンに彼の言葉を遮る事は、出来ない。

「それに、仮にここが攻撃されるとするなら、アレンさんが戦えば良いじゃないですか!あの強いガンダムだったら敵が何者であろうと勝てますよ!どうせあれを使えば無差別に攻撃するんでしょう!?セイントバードを、これ以上巻き込まないで下さい!」

レイは、精一杯の思いを伝えた。しかし、これに対してガーストが口を開いた。

「レイ!お前、それは違うだろう!」

ガーストはレイに注意をした。彼等はスポンサーとして、協力を要請されている。なのに、それに応じなければどのような処遇に遭うのかは分かりきっている話だ。

「ガーストさんもおかしいと思わないんですか!?都合が良すぎるの、おかしいでしょう!スポンサーとか、そんなの関係ないです!」

「お前な!確かにアレンには納得していないけど、ジャンヌは別問題だろう!資金援助が打ち切られる事が、セイントバードにとって如何に危険な事を分かってないからそんな事が言えるんだよ!」

「だったら、僕はツヴァイに乗りません!」

ガーストの言葉が、途絶えた。

「レイ、それはダメだ……何の為にツヴァイをシュネルギアに預けたのかが、分からなくなる。」

アレンが言った。レイの為の機体であるのに、彼が拒否すると言う事。それは、最早完全にスポンサーとしての依頼を放棄しているのと何ら変わらない。

「ジャンヌがセイントバードをここに呼んだのはお前にあの機体を返す為だ。その上での協力の要請だ。だから、ジャンヌはお前に会いたがっているんだよ。」

「そんなの、都合良く僕を利用しているだけじゃないですか!わざわざここに来たのが馬鹿みたいです。僕は、セイントバードを守る為に戦っていたんだ……そんな、都合良くツヴァイに乗るなんて思わないで下さい!」

止まらない、レイの怒り。アレンは、何も言えないでいる。

「それに、リルムはどうなってるんですか!?シュネルギアに居るんじゃないんですか!?」

これに対し、アレンは言った。

「その子はアステル家の屋敷で保護されてるよ。シュネルギアに居るよりは安全だとジャンヌが判断したから。今、ここに居るよりは良いだろう。」

保護されている。それは、不幸中の幸いと言えた。だがレイ自身は、本心で納得している訳ではない。

 彼女とはいつ会えるかも分からない状況であり、その上でセイントバードはスポンサーの名の下で稼働させられている。要は、利用されていると言う解釈になる。少年であるレイにとっては、理解の出来ない事態である。

「……無事なら、良かったですが。分かりました、僕は、もう戻ります。例え戦闘になったとしても、アレンさんが戦ったら良いですよ。仮にセイントバードチームが戦っても、僕は戦いません。アステル家の言いなりになるような戦いはしたくないんです。それと……セイントバードチームを傷付けるような戦いだけは、しないで下さいね。」

と言って、レイは後ろを振り向いてしまった。

 アレンが起こした事がこのような確執を生む事になってしまった。セイントバードは資金援助して貰っている時点で、スポンサーに逆らう事は許されない。だが、レイはそれを、納得出来ていない。そこから生じた溝は、埋まる事を知らない。

 彼はセイントバードの為に戦うのなら、戦っただろう。しかし、アステル家が関与していると分かった時点で、戦う事を放棄したのである。

「レイ、一つ言っておくよ。ツヴァイはどの道お前に必要になる筈だ。今は、その気じゃなくても……な。」

去りゆくレイに対し、アレンはそう言った。レイは何も言わないまま、去っていく。ガーストはアレンの方をちらと見ながら、レイに付いて行ったのであった。

「あの子、意固地になってる気がする。」

ココットはアレンの側に寄り、彼の顔を見上げる。

「溝が埋まるのには時間が掛かるかも。ただ、無闇に謝れば良いってものでもない。俺達はあいつと違って、子供じゃないし……」

謝罪は必要な時は、確かにある。だがそれをしたからと言って許されない事もある。今のレイがそれに該当するのだ。

 しかし、いつまでも確執を産んでもいられないのが事実だ。新生連邦が迫る状況で、猫の手も借りたい状況でシュネルギアはセイントバードを要請したのだから。戦力の要になるのは、恐らくアレンとレイだろう。その、レイが戦闘を放棄する事は、平和国連盟にとって、危険な事に繋がる可能性があったのだ。

 

 

 

「レイは、やはり納得をしませんでしたか。」

その夜、シュネルギア内にて。アレンはジャンヌにレイの事を報告した。確執を産んでいる彼等。仮にセイントバードにツヴァイを戻しても、彼が乗る事を承諾しなければ、ツヴァイの意味を成さない。

「もし敵が来るのなら、俺がやるしかない。」

と言った時、ジャンヌが言った。

「貴方は先の件についてレイに謝罪をされましたか?」

「ああ、それはした。けど、あいつは許してくれてない。」

それを聞き、ジャンヌはそっと呟いた。

「こちらにも非があるのは承知ではありますが、それで納得が行かないのならば、こればかりは時間が経過して解決する事を願うしかありません。ですが、今はそれにばかり囚われている場合ではありませんね。彼も一組織の人間である以上は、その役目を自覚して貰わないと……とは、思うのですが。」

世には組織の在り方等に納得のいかない事は多いだろう。だが組織から何らかの資金援助をして貰っている状況での反抗というのは本来、愚かな行為だ。それを寛大に認めるというのは、ジャンヌの器量によるものか。

「無理もないのかも知れないな、あいつは子供だ。それも、戦場を僅かな期間しか知らない。」

「それでも、戦う力を持つという事は、責任も伴うと思っていますわ。彼は少年ですが、物事の善悪は判別出来ます。その事は、理解して貰わなければなりません。」

ティーンエイジャーに対する対応というのは、難しいものだ。大人と子供の狭間を生きる人間。故に、繊細である。

 しかし、彼等は教育機関ではない。敵が迫っているかも知れない状況では、時間もない可能性があるのだ。

「今日は、お疲れ様でした。ゆっくりと休んで下さい。」

「ジャンヌも、無理しないで。」

そう言った後、アレンはブリッジを去る。

 シュネルギアの艦長を務め、その上で国連との連携をしているジャンヌ。麗しい筈の彼女の表情にも、やや、疲れが出ているように見えた。

 

 

 

三日後。フランス、カレーにて。その地に待機している、新生連邦のフーク・カズロブ率いる部隊がそこにあった。

カレー。ドーパー海峡の玄関口として旧世紀から存在している港町。フランスからのイギリスを形成するグレートブリテン島との貿易のやり取りを続けて来た場所だ。

フランスは新生連邦政府の勢力圏であり、今回、フークはこの地に軍隊を展開していた。彼の思惑としては、このカレーの地から、ロンドンへ直接攻撃を仕掛ける作戦を行なうつもりらしい。

しかし国連がイギリス全体に強力な防衛ラインを張っている。容易に侵入は出来ないようになっていた。しかし今のフークの前ではそれは関係の無い話だった。

「国連の艦艇推定数、百と見られます。」

「無駄な努力だな。我々を経過しての事なのだろうが、それが如何に無駄な努力であるかを見せつける時だ。」

国連側も大艦隊を展開してはいるが、それでも余裕の笑みを浮かべるフーク。

そして、彼の側には以前にも増して冷たい目になっていたリノアスの姿があった。感情を完全に奪われた表情。この青い海を見ても全く何も感じていないような印象を受ける。彼女は、フーク・カズロブの忠実な人形となってしまっていたのである。

「アーステクノロジーも化物を提供してくれたものだ。総司令も、あの機体にリノアスを乗せるように推薦して下さっている。ありがたく利用させてもらおう。殲滅の時は、近い。」

この作戦に投入される機体。それは、ヴァイダーガンダムであった。スルース・ディアンが最高傑作と狂喜乱舞していたそのガンダムの初陣が、この地で行われようとしていたのである。

 彼等の目的は首都、ロンドンだ。そこからこの機体を使い、どのような攻撃を行おうとするのだろうか。

「大佐、報告です!以前にオペレーション・デモリッション・クリエイション最中に出現したジャンヌ・アステルが指揮すると思われる戦艦が、ロンドンへ入港している姿を目撃されたそうです!」

一人の兵士が、フークに言った。

「ん……?と言う事はあの青いウイングのガンダムも居るという事になるな。」

先の戦闘でダッゲインを撃墜したブライティス。その圧倒的な強さを見ていたフーク。それが、今回対峙する事になるのは、予想外だった。

「つまり敵の中にアステル家が居るという事か。まあ良いだろう。それもまとめて消し去ってくれよう。」

ヴァイダーガンダムを駆使し、敵勢力の殲滅を図ろうとするフーク。その冷徹な目は、対岸に存在するグレートブリテン島をそっと見ていた。

 

「カズロブ大佐。」

「お元気ですかぁ?」

その時、フークに声を掛ける女性の声が。その方向を見ると、そこにはフォリア・チェーニとリンセ・チェーニの姿があった。

「コラ、リンセ。大佐を前にその態度は良くないわ。」

「はぁい。」

と、改めて敬礼をする両者。

「そう言えば君達もここに配属だったな。日本での任務以来だな。宜しく頼む。」

そう言って、フークも静かに、敬礼をした。

「ところで、あのガンダム達はお気に召したかな?」

フークは意味深な発言をした。“ガンダム達”と言う単語。ここに来て、そのワードは何を示すのか。

「我々の機体の改修……ですね。光栄に思っておりますわ。」

「あれから大変でしたからねぇ。ホント。」

姉妹は、喜んでいる様子を見せた。

「機体の復元には時間を要したが、その上でアーステクノロジーも協力してくれたお陰で、君達のガンダムは新しく生まれ変わった。その初陣が今回の戦闘で行われるのは光栄と思いたまえ。」

改修されたガンダム。姉妹の乗って来たヴェーチェルと、エクルヴィスの事なのか。それらが示す言葉は、何だというのか。」

「有難き、幸せ。」

再び、フォリアは言った。

「さて、今から行われる第一波を君達もよく見ておくと良い。最強のガンダムの力。敵を瞬く間に滅ぼす力。君達は運が良いよ。本当にな……」

フークの言葉を聞いた姉妹は、彼と共に対岸のグレートブリテン島を眺めていた。その先にあるロンドン。今回の標的はそこだ。

 だがロンドンまでの距離は直線状でおよそ180キロメートルは離れている。その距離を、何で攻撃しようというのだろうか。

 

 

 

特殊強化モデル、リノアス。FCLシステムに搭載されている、デスペナルティ、アトミック、バイラヴァーのパイロットと比較し、激情的ではないのだが、ただ命令に従う存在だ。そして今、リノアスは殺戮兵器、ヴァイダーガンダムに乗り込もうとしていた。

「全てを破壊しろ。何もかも……全てを!」

そう言って、フークは椅子に座った。そして、波線が描かれているモニターを見始めた。これはリノアスの脳波を現しており、彼はこれを観測し始めていたのである。

カレーにて滞在しているフークの率いる部隊。もうすぐ彼等の攻撃が始まる。ヴァイダーガンダムの攻撃によって。

 

キシィィィン

 

ヴァイダーガンダムは起動した。赤く輝くカメラアイ。異常とも言える巨体。歩くたびに大地が裂けそうになるほどの重量……全てが巨大であるジェノサイド・マシンは対岸に向け、まずは両膝部を屈曲させる。バックパックにある、二基のテールアンカーを展開し、地面に設置。この際にも重厚な音が鳴り響く。

 やがて巨大な肩部のバインダー二基を前方に稼動する。バインダーの先端に装備されている巨大な砲門……そこにエネルギーが吸収され始めた。

 ルイーナシステム。ヴァイダーガンダムに搭載されている、別名、対艦隊迎撃システム。その砲門は、対MSや対艦に留まらず、“対艦隊”に向けられる。これが成すもの。それは、何か。

やがてバインダーに、エネルギーが蓄積されていく――

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

ビームではない、プラズマ粒子による凄まじい破壊力を持つその光は瞬く間に海を越えた。ドーバー海峡に滞在する国連の艦隊は異変に気付いた。

「凄まじい熱源を感知……う、うわああああああ!!!」

光は艦隊を包み込み、その、全てを葬る。消し炭と化した艦隊。その中に居た人々の命も、瞬く間に消えゆく。

 

 

 

消えた。沿岸部に滞在していた、何もかもが。少なくとも沿岸部には百隻余りの艦が滞在していた。それが全て消滅したのだ。そして、そこに居た人々も。たった一発の攻撃。それが、余りにも強過ぎたのだ。

 ジェノサイド・マシン、ヴァイダーガンダム。殺戮兵器が国連に牙を向いた瞬間であった。

 




第四十六話、投了。

ジャンヌの依頼でロンドンに向かう事になったセイントバードチームだが、そこで待ち受けていたのは――といった話。


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第四十七話 首都崩壊

ヴァイダーガンダムの襲撃、その中でレイは戦う事を否定する。
しかしその中でエリィは彼に話をする――
※性描写有。


 

シュウウウウウウウウウウウウウウウウ

 

ヴァイダーガンダムのバインダーからは冷却システムが大量の蒸気を放っていた。先の砲撃による膨大な熱を急速に冷却させる必要があったのである。

「冷却システム問題なく稼働!」

「試験運用としては良好ですね。」

「プラズマ粒子残量は半分残存!大佐、バインダーは切り離しますか?更なる砲撃を行うには時間を要します。」

先の砲撃で、ヴァイダーのバインダー内部のプラズマ粒子は半分、放たれた。その上再発射には時間を要す。バーニアに寄る機体の姿勢制御の役割は担うとはいえ、その主な目的はプラズマカノンの発射砲台である。その為、バインダーの存在は、使えない限りは只の推進剤のみ。機体本体だけでも姿勢制御は可能である為、事実上、砲台でないバインダーの存在は、デッドウェイトと化していたのである。

「いや、そのままヴァイダーをグレートブリテン島まで運びたまえ。バーニア制御の為にもバインダーは使える。このままヴァイダーを先行させ、後続にMS部隊も展開!このまま一気に殲滅していく!!」

フークの指示により、そのまま、ヴァイダーにはマドラ級のワイヤーアンカーが装着され、そのまま、ドーバー海峡を横断する事になった。更に、その上で後方からジョゼフ、エグゼマーのMS部隊が展開。これらが一気に、ロンドンへ向けて侵攻を開始したのである。

 

 

 

「ひゃっ……百隻以上が消滅だと……?」

ヴァイダーガンダムの破壊兵器、ルイーナシステム。これによりドーバー海峡に点在していた水上艦が撃破されるという異常事態。更に、それらを葬った光はまるでロンドン市内を避けるかの如く、傷跡を残したのである。

 現在、グレートブリテン島は首都、ロンドンを避けるように先程のルイーナシステムによって焼野原と化していた。まるで島が光によって焼け爛れた状況だ。無論、そこに住む人々は瞬死。新生連邦軍による、殺戮が、始まったのである。

「首相、国連軍より報告有!砲撃は、フランス、カレーからとの事です!」

「海を越えて攻撃をしたという事なのか……!?映像は!?」

エイゲルの側近が、先の攻撃による映像を見せた。

「これは……なんだ……?ガンダムなのか……?」

エイゲルは目を疑った。そこに映る機体が、まさかガンダム。それも、超大型の機体であるという事に、驚愕している。それが一瞬で艦隊を消し去り、グレートブリテン島に傷跡を残したのだという。

 そして、更に悪い事に、ヴァイダーガンダムは海を渡ろうとしていた。マドラ級四隻がワイヤーアンカーでヴァイダーを接続し、そのままドーバー海峡を渡っているのだ。更に、その周囲にはMSの姿もあった。

「し、新生連邦をロンドンに入れるな!追い払うように国連軍に指示を!応援を要請!!」

命令を受け、側近は慌てて部屋から去った。しかし首相エイゲルは困惑するばかりである。

「なんと言う事だ……」

新生連邦は国連に対し、その圧倒的な力を見せつける事に成功した。以前の新生連邦ならばこの光景を全世界に見せる事はしなかっただろう。メディアの情報統制を行っていたのが、新生連邦であったからだ。

そして、彼等だが国連と対立状態である現在ではそれを隠す事をしなくなった。だが、それでも彼等は国連が敵であるという事を徹底的に伝え続けている。厄介な事に、各メディア会社は新生連邦が既に手を回しており、仮にこのような光景を一般市民に見せたとしても、新生連邦が善戦しているように見せているのだ。無論、それを不審に思う人間がいるのは当然だが、そういった声は表立って出る事は、ない。徹底した情報統制は、新生連邦に有利に働く。その裏で、多くの犠牲者が出たとしても……だ。

 

 

 

シュネルギアのブリッジにて。当然異変に気付いたアレン達。モニターを見てショックを隠せない様子だった。国連の艦隊が消滅していく様を見て、目を疑っていた。そこには、放たれた光しか見えていない。何が起きたのか、分かっていない様子だった。

「こんな……事……」

「酷い……」

最早、虐殺と同義の惨い新生連邦による攻撃。彼等は、ただ、この攻撃を見ているしか出来なかったのである。

その中で、ジャンヌがデータを出していた。モニターを、ブリッジ内に居たアレン達に見せる。

「先の砲撃の正体。解析の結果が出ましたわ。あれは対岸に存在していた超大型MSによる砲撃です。それが、国連の艦隊を壊滅させました。あの機体は、恐らく新生連邦の新型機体……それに、あの一撃で消えた命は計り知れません……」

ジャンヌの声が、空しく響く。ヴァイダーガンダムによる砲撃。それに伴い消えた命。それらが全て合わさり、彼女の表情に余裕がなくなっていたのだ。

「あの機体は、今にも、ここ、ロンドンへ侵攻を行おうとしています。あの機体が来るのならば、国連と連携を取り、攻撃を行って下さい。単機で勝てる相手ではありませんわ。」

光を放った正体は、巨体が放った砲撃。それがどのように来るのかも分からない。迂闊な攻撃は、死に直結する。

「あの兵器を野放しには出来ない……!連携を待っては居られない!急がないと――」

と、明らかに焦る様子のアレン。だが、ジャンヌがそれを止めた。

「アレン、落ち着いて下さい。」

清らかなジャンヌの声により、アレンは、言葉を紡いだ。彼自身に余裕がない事が、分かる。

「貴方は冷静でいなければなりません。ブライティスを操る為には、常にその心が求められます。そして、その鍵は、貴方自身でもあり、ココットさんにも存在します。それを、忘れないで。そして……」

ジャンヌは、一度視線を落とした後に、アレンに言った。

「必ず、“生きて”帰って来て下さいね。今回の敵は今まで以上に強大な存在と思われますわ……。」

「ありがとう……どうか、していた。俺は、行くよ。」

と、アレンはジャンヌに対して敬礼を行った。やがて、そのまま、ブリッジを出ようとした時――

 

「アレン!」

「こ、ココット……?」

 

ギュウッ

 

オペレーターの席に座っていた筈の彼女はいつの間にか立ち上がり、去り行こうとする彼を抱き締めた。

「私だって……アレンの事誰よりも心配なんだよ……お願い、無事で帰ってきて……!」

「ああ。」

彼女の言葉を聞いた後に、アレンは去った。ココットはそんな彼を見送った後、再び椅子に着席したのであった。

 

 

ブリッジに着いて、早速ブライティスに乗り込むアレン。ジャンヌとココットに信頼されている彼は出撃準備をした。迫ってくる脅威を倒す為に。

「二人が俺を信じてくれてるんだから……負けるわけには行かない!アレン・レインド、ブライティスガンダム行きます!」

 

キシィン

 

カメラアイが輝いた後に、カタパルトからブライティスはウイングを広げ、ドーバー海峡へ向かっていく。超大型MS、ヴァイダーガンダムを阻止する為に。

 

 

 

 セイントバードも、先の砲撃を映像で見ていた。瞬く間に消滅した国連の艦隊。それが、たった一機のMSによって行われたと言う事実。この状況に対し、ジャンヌから入電があった。加勢して欲しい……と。

 エリィはこれを承諾し、パイロット達に伝えた。

「無理な立ち回りはしないで下さい!敵は、今まで戦ってきたどの機体よりも強力と考えられます!絶対に無理しない事!」

と、言って連絡を切った。

 

 しかし、MSデッキの中に、レイの姿がなかった。彼は出撃する事なく、自室にて待機しているのである。それは、彼自身の意思だ。

「レイはどうしたんだ!?」

と言うのはスバキだ。ツヴァイに彼の姿が居ない。それは、妙で仕方がなかったのである。

「彼は戦闘に出ないかも知れんな……」

と、ネルソンは言った。

「みんな戦うってのに!あいつだけ逃げてんのかよ!ふざけんな!」

スバキは、納得が出来ない様子だった。左手を開き、右手で拳を作り、そのまま勢いよく、ドン、と叩いたのである。

「今はそっとしておいてやるしかないよ。あいつには、色々あり過ぎる。」

と、言うのはガーストだ。

「あいつ、帰ってきたら殴ってやるからな……」

一人、スバキは苛立っていた。皆が戦うというのに、この場に居ない、増してや、強力な機体であるツヴァイを貰っておきながら、この状況だ。怒るのも無理はないと言えた。

 やがてチームの機体が発進していく。カタパルトから、ハルッグ、エスディア、そしてスバキのアインスが発進した。今回、アインスの装備は依然と同様、空戦仕様で発進したのである。

 機体を発進させた際、モニターを拡大し、マドラ級に運送されている接近するヴァイダーを見て、ネルソンが一言、言った。

「まるで怪獣と戦うみたいだな……あれも、ガンダムなのか。」

その黒紫色をした巨体は、見る者を恐怖に陥れる。両肩のバインダーから描くその巨体が、今からロンドンに向けられていくのである。

「けど、機体は一機みたいですね。」

ガーストが、ネルソンに言った。

「沿岸には国連が居る。今は様子を見て、行動しよう。市内に侵攻する事があれば、迎撃するんだ。」

そうは言うが、敵のサイズは圧倒的だ。勝算があるのかも、怪しい。

「勝てますかね……?」

ガーストは、思わず弱音を吐いてしまった。いくらアステル家の依頼とは言え、明らかに異質な巨体を相手にしなければならないのは戦う物を絶望させる効果を持つと、言えた。

「出来るだけ持ち堪えるようにすれば良い。とにかく、無理をするな。艦長も言っていた。」

「……了解です。」

ヴァイダーガンダム。その圧倒的な存在感はシルエットからも分かる程だ。一撃で艦隊を壊滅させたガンダムが、今、ここ、ロンドンに迫ろうとしていたのであった。

 

 

 

やがて、戦闘が始まった。程なくしてヴァイダーがグレートブリテン島に上陸したのである。その巨体は着地した際に大地を揺らし、進軍する。

島の沿岸部に待機していたヴァントガンダムは一斉にビームライフルを撃った。しかしそれは、無駄な攻撃だった。

 

バイイイイイン

 

ヴァイダーの機体全体には、ダッゲインと同様にバリアーフィールドジェネレーターが搭載されていた。その為ビーム兵器は全く受けつける事が無い。反撃にヴァイダーは指から強力なビーム砲を放出した。その場にいたヴァントガンダム五機が、容易く破壊された。

更に、ヴァイダーは腹部にエネルギーを集中させ、ビームを放出した。先程のルイーナシステム程の砲撃程では無いが、絶大な破壊力を秘めている腹部のビーム。これだけでも、小規模の都市の壊滅は容易いとされる程に火力を秘めていた。

その上で、ヴァイダーは指部からビームを連射し、滞在していたMSを次々と、破壊し、進軍していく。脚部やバックパック、そしてバインダーのバーニアを展開しながら、ロンドンへ向けて進軍している。

「ば、化物め!どうやれば倒せるんだよ!」

「諦めるな!とにかく撃つんだ!絶対にあれをロンドンに通すな!!!」

懸命な兵士達。しかしそれもヴァイダーガンダムの前では徒労に終わってしまうのだ。

 

 

 

グレートブリテン島の、対岸のカレーに居る、フークは笑いながらモニターでヴァイダーの破壊を見ていた。圧倒的なその強さ。最早、従来の機体など、相手にならないと言える。

「最初に放ったルイーナシステムはデウス動乱で用いられたコロニーカノンをそのまま凝縮したような破壊力を秘めている。艦隊どころか、島、そのものを滅ぼす事など容易い素晴らしい破壊力だ!その上での多数の武装!これこそ本物の、対岸の火事!ロンドンは、壊滅的被害をもたらすだろう!!我々の勝利は揺るがない!!」

フークの声が響く。高らかに掲げる勝利宣言。明らかに、その光景は異様と言えた。

「どの道国連に明日は無い。ついでに……ファンネルのガンダムも青い翼のガンダムもな!全てを滅ぼす……何もかもな!フフ……ハハハハハ!」

彼は大笑いした。そして引き続きモニターを見ている。それと同時に、リノアスの脳波も観測している。

 

 

 

時間が経過し、激戦が続く中、後発部隊として移動していた新生連邦の量産型機体が沿岸部を襲撃していた。ヴァイダーだけに気を取られていた国連の機体達は、隙をジョゼフ達に与えてしまっていた。

この状況を好機と捉えたジョゼフはビームライフルを撃ち、ヴァントガンダムを破壊していく。エグゼマーが戦闘機からMSに変形して強襲し、ヴァントをビームサーベルで切裂いた。

「て、敵襲!」

「馬鹿な!敵はあの化物だけじゃないのか!」

その間にもヴァイダーは破壊を繰り返していく。バーニアの出力を上げ、市内へ向かっていく。ヴァントの懸命な攻撃はほとんど、無意味と言えた。

「……」

フィンガービームランチャーで点在するヴァントガンダムを瞬く間に破壊していく。高出力のビームは一撃で機体を溶かしていく。

ヴァイダーの武器は指部や腹部等、多数に装備されたビーム兵器だけではない。サイコミュ兵器、ファンネルの存在もある。側腰部に各十基ずつ、バックパックに合計三十基ものファンネルがあり、少なくとも一基だけでヴァントの全高の半分程度の大きさを誇るブリッツファンネルが、ヴァイダーには五十基も備えられている。大型ファンネルが、更に多数のヴァントガンダムを襲うのだ。

 無数のビーム砲や、ビーム刃は接近する者全てを薙ぎ払う。絶大な火力。最早、国連の機体は比較にすらならない。

「こいつッ!」

迫る巨体を前に、アレンは攻撃を仕掛けようとしていた。ビームライフルが効かない事を理解した上で、ブライティスのウイングを展開する。

 

ピシュンッ

 

アレンの脳内に電流が流れ、ブライティスはブリッツファンネルとブラスターファンネルを放出し、それらをビーム刃状に展開し、ヴァイダーに迫った。

しかしそれに対抗するように展開される、ヴァイダーのファンネルは容赦なくブライティスに迫る。危うく撃ち落されそうになったブリッツファンネル。これを守る為、ブライティスは、一度ファンネルをウイング内に戻した。

「破壊……ガンダムタイプ……青いウイング……」

その際、腹部にエネルギーが蓄積されていく――

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアッ

 

腹部に搭載されている、メガカノンをブライティスに向けて放出し、破壊しようとする。避け切れなかったアレンはバリアーフィールドで防ぐ事にした。

そのビームの破壊力は凄まじい。しかしバリアーフィールドはビーム兵器を必ず防ぐ。その為防ぐ事は出来たが、衝撃は大きい。

「くぅっ……!」

機体が激しく揺れた。そこへヴァイダーのファンネルが襲ってくるものだから埒が空かない。ビームシールドを展開してビームを防ぎ、ビームライフルを撃つ。しかしファンネルの動きは意外にも素早く、苦戦を強いられた。

「ぐぅ……なんて、火力だ……」

この巨体をどうすれば良いか……彼は、敵の攻撃を回避しながら、考えていた。

だがその間にもヴァイダーはブリッツファンネルを放出し、ブライティスに襲わせていた。

 

 

 

ロンドンとドーバー海峡沿岸の中間地点にて。それぞれの機体を駆る、ネルソンやガーストは、後発から展開されていたジョゼフやエグゼマーを攻撃している。

 現在、新生連邦軍はヴァイダーを中心とした中央部隊と、左右から展開する波状部隊に分かれてロンドンに向けて進軍している。それを迎撃しているのが彼等だが、敵の数が多く、対処に苦戦していた。

「くっ……数が多い……」

ロングビームライフルを撃ち、ジョゼフを破壊していくネルソン。しかしエグゼマー等の機体が彼に近付いてくる。敵機体の性能はハルッグと比較して高いのだが、幸か不幸か、パイロットが幸い熟練されている訳ではないので彼等の腕で敵機体を破壊することは比較的容易だった。しかしその数が多いとなると実力で対処するのは難しくなってくる。

「クソッ!」

ガーストのエスディアも奮闘していた。ビーム刃を展開し、擦れ違い際にエグゼマーを攻撃した。しかし彼等がこのMS達を相手している内にヴァイダーは進行していくのである。

「こいつらァ!!!」

スバキが、アインスを駆り、肩部のビーム砲を展開した。直線上に居た二機のジョゼフが瞬く間に消滅する。

 だが、それは所詮多勢に無勢と言えた。敵部隊の数が、多いのだ。ヴァイダーガンダムを中心にした部隊である筈なのだが、敵機体の数まで多いという状況。国連も、セイントバードチームも、次第に押されつつあったのである。その上で巨体の侵攻を防がなくては行けないのだから、状況が厳しい。

 

 

 

やがてロンドン市内では警報が発令され、地下シェルターへの避難が義務付けられていた。既に何名かは頑丈な地下シェルターに逃げ込んではいたものの、そもそもの警報発令が遅れた為か、既に多くの人が逃げ遅れていた。その間にヴァイダーは、迎撃する機体を殲滅しながら接近しており、既に市内に侵入しつつあった。

「全て……破壊……」

その言葉のみを信じて彼女は破壊を繰り返す。

その瞬間、ヴァイダーは肩部のコンテナからミサイルを展開。両肩部に二基、両バインダー下部に二基。合計四基搭載しているそれには、一つのコンテナに十基、ミサイルが搭載されている。市内にミサイルが渡り、逃げ遅れていた人達は爆発の餌食となる。

更に、ヴァイダーは腹部にエネルギーを蓄積し、メガカノンを放出。この一撃を受け、無残にも建造物が次々と、滅ぼされていく。市内に在住していたヴァントガンダムはこれを迎撃に向かうのだが新生連邦のジョゼフが邪魔をする。

ジョゼフやエグゼマーが強襲してくる中、ヴァイダーは単独で町を滅ぼしていく。指からビームを延々と放出し、高層ビルを崩した。そして、再び腹部からのビームを更に放出し、地面に向け、薙ぎ払うように展開したのだ。

これだけで何人の人間が死んだ事だろうか。このまま行けば、アルメジャンでの虐殺事件以上の大規模な被害になり得る。市民達は地下シェルターに避難しているとは言え、安全とは言えないのだ。

 

その中で、一機のヴァントガンダムがエグゼマーに襲われていた。ビームサーベルを展開し、迫るエグゼマー。白兵戦に持ちこまれ、ビームサーベルの展開を遅れてしまっていたヴァントガンダム。判断の遅れが見られたその機体。明らかに、戦闘慣れをしているとは思えない。

アレンは即急でエグゼマーに狙いを定めてビームライフルで破壊した。そして回線を開き、パイロットに言う。

「大丈夫か!?え、女の子……?」

一人の少女がヴァントに乗っていたのだ。それも愛らしい顔つきをしている。兵士としては明らかに若い少女がこの戦場にいることに彼は驚いていた。恐らく新米兵士なのだろうと、アレンは感じていた。

「あ、ありがとうございます……た……助かったぁ……」

「き、気をつけて……しかし、君みたいな女の子がどうして……」

「わ、私新人ですから!こ、光栄です!あのアレン・レインドに助けてもらえるなんて!私、頑張ります!」

少女は名を名乗らずに、ヴァントのバーニアを展開し、その場から去った。あのまま放置しておいては危険かも知れないが、本人が去ったのならばそれ以上の深追いは出来ない。

少しばかり気になった様子のアレンだが、今は迫り来るヴァイダーに攻撃を仕掛けて行く。

接近戦を試みようと、ビームセイバーを抜いて近付いたのだが上手くは行かなかった。大型のブリッツファンネルが邪魔をし、行く手を阻んでくるからである。

「くっ……!」

そのファンネルに対してアレンもファンネルを放出した。そして上手く破壊していく。

しかしその間にヴァイダーはアレンの方向を向き、指部からのビームを連射してきた。

「あぁっ!」

バリアーフィールドを張っていても機体が揺れる。更に敵のファンネルは迫り来る。アレンは危機的状況に陥った。

 

 

 

ドーバー海峡にて。新生連邦の海上部隊が、動き始めようとしていた。水上艦からはジョゼフやエグゼマーなどの量産機体が更に出撃した。

その中に、チェーニ姉妹の姿があった。今回、彼女達はカスタムされたガンダムに乗り、待機していた。

「私たちの愛機を、ここまで改良してくれたのは有難い話ね。」

フォリアが、チューンナップされたコクピット内で言った。

「あのおっさんに感謝しないとね!」

今度はリンセが言った。

彼女達の駆るガンダム。フォリアは、ヴェーチェルガンダムを、リンセはエクルヴィスガンダムを与えられていた。今回彼女達が乗っているのは、そのカスタム機体に該当する機体である。

 フォリアの機体は。ヴェーチェルガンダムデッドリースクリーム。型式番号XXMS03-VGDS。基となったヴェーチェルのカスタム機体。ウイングは更に禍々しい形状をしており、バックパックには武装が追加。それぞれ、対艦サーベルとメガランチャーという武装が追加されている。又、手甲部にはビームシールドの展開も可能。それは、ビームブレイドとして機能し、白兵戦に特化した機体へと生まれ変わったのだ。

 リンセの機体。エクルヴィスガンダムルインスパイダー。型式番号、XXMS05-EGRS。元々下半身が肥大化していた機体ではあったが、改良に伴って更に肥大化。その上で隠し腕も大型化。その名の“ザリガニ”に相応しい大きさへと変貌を遂げた。また、姉の機体と同様ビームシールドも内蔵。更に、出掌部には蜘蛛の巣状の電流ネットを展開する事が出来るという、トリッキーな戦略を立てる事が出来るようになった。また、バックパックに滞在されているエアーユニットにより、以前ならばSFSに頼らなければならなかったのだが、単体で空を飛ぶ事が可能となったのであった。

「ヴェーチェル、行くわよ。」

「エクルヴィス!ゴー!」

 

キシィン

 

姉妹のガンダムが、動く。以前にレイに敗れたガンダム達はより強化され、ヴァイダーによって壊滅寸前と化した首都、ロンドンへ侵攻していくのだ。

 

 

 

 セイントバードも、新生連邦からの攻撃を受けていた。MA形態のエグゼマーが放つミサイルに対し、反撃と言わんばかりに機関砲を放ち、迎撃を行う。

 艦の上部にはトルクスが四機、迫る空戦機体に向けてビームライフルを放っていた。空中戦が不可能なトルクスは、限られたフィールドで戦うしかない。SFSに乗っている機体もいるが、セイントバードを守る為に、艦上部で交戦している機体もあった。中にはビームサーベルで迫るジョゼフに対し、ビームサーベルで拮抗する機体の姿もあった。

 このように、チームが皆、戦闘を行っている。その中で、レイは一人、自室に居た。あくまでも、レイはツヴァイに乗るつもりはない。それは、今回の出撃がアステル家の依頼で動いている事が、彼自身、納得していないからである。

 セイントバードのスポンサー、アステル家。だが先のオペレーション・デモリッション・クリエイションではセイントバードチームのメンバーに、アレンが牙を向いた。その事情は、確かに分かったのだが、レイ自身は納得出来ていない。何故ならば、レイの想い人であるリルムを戦争に巻き込んだ事が、許せないで居たのだ。

 今、リルムはアステル家に保護されている。それでも、レイは納得出来ていないのだ。最早それはココットが言っていたように、“意固地”以外の何者でもない。

部屋の中で、レイは窓から今のロンドンの状況を見ていた。そこに存在する、ヴァイダーガンダムの姿。従来のMSを遥かに凌駕するその巨体。建造物を容赦なく殺害していくジェノサイド・マシンを見て、レイは言った。

「まるで、怪獣じゃないか……」

怪獣。その単語が、相応しいと言えるだろう。ネルソンもその例えをしていた。巨体が都市を蹂躙する姿は、特撮映画の怪獣に外ならない。

「こんなのに対して、皆が戦っているんだ……けど、僕は……」

今、レイは迷っていた。アレンに対してツヴァイに乗らないと決めていたレイであったが、今回の敵が余りに強大であり、尚且つ皆が戦っている状況なのに戦わないのはどうなのかと、考えていた。

 意固地になる必要はあるのか。皆が、守る為に戦っているのに。しかし、アステル家の指示下で戦うというのは、レイにとっては嫌で仕方が無いのだ。

(そもそも、僕は戦うべきなの?そうでないの?ずっと、疑問だった……守るべきだから、戦っていたのに、急に戦うなって言われたり、けど、戦えって言われたり、戦うなって言われたり。訳が、分からない……僕はどうすれば良いの?そんなの、混乱するに決まってる……)

セイントバードに救助されてから、レイは戦いを制限されたり、一方で頼られたりした。その繰り返しはレイ自身を混乱させていく。結局、セイントバードチームにとっての自分とは何者なのか。都合良く利用されているだけなのか。訳が分からない状況で、レイは悩む。

 今回の出撃拒否は、それらの混乱も影響していた。アステル家に対する怒りだけでない。自身の扱いとは何か。彼自身、訳が分からないでいる状況。今、自分はどうすれば良い?何をすれば良いのか?皆が戦うから戦う?誰の為?チームの為?チームを援助しているスポンサーの為?

 最早、訳が分からない。乗れと言われ、乗るなと言われ。そして、また乗れと言われ。怒りながら、悩み抱えるレイ。どうすれば良いのか。誰を信じれば良いのか。

 画面越しに見える巨体はその間にも町を滅ぼしていく。それを止めるというのか?だが、それは自分が課せられた事?そのような事は聞いていない。今回はアステル家の依頼だ。そのような事など受け入れられるものか。

 しかし人が無惨にも散っている状況を、ただ、黙って見ていろと言うのはやはり酷だ。自分はどうすればよいのか。何をもって、戦えば良いのだろうか……

 

 

ウィィィィィン

 

 

ドアが、開いた。振り向くレイ。そこに居たのは、エリィであった。

「レイ君」

彼女の表情は、戦闘中であるにも関わらず、優しい。出撃していない彼を叱責に来るものだと思っていた為、レイは意外そうな表情を浮かべた。

「少しだけお話し、しようか。」

戦闘中だ。何故、このような穏和な表情が出来るのか。レイは首を傾げる。

「あの……戦闘中では?艦は、大丈夫なんですか?」

「それより、レイ君の心の内を話してよ。」

そう言いながら、エリィはレイの隣に座った。互いに、ベッドで並列している状況だ。

 エリィは今までもレイの部屋に入り、度々話をしてくれていた。その優しさはどこから来るのだろうか。しかし、一度だけレイに対して叱責し、頬を叩いた。その事は、レイにとっては忘れられない出来事となっている。

「心の内の話って……」

「正直、迷っているのかなって思って。」

エリィの言葉に、耳を傾けるレイ。

「どういう事、ですか。」

「だってさ、私ね、今まで、貴方にMSで出撃するなって言ったり、出撃してと言ったり、どっち付かずであった事、多かったじゃない?でも、貴方には実際助けられた事もあったレイ君が居なかったら、チームが新生連邦に捕まってしまい掛けた事もあった。そんな風に頑張ってくれているレイ君なのに、私って、レイ君の事を分かってあげられていなかったんだなって思って。反省しているの。」

エリィは急に何を言い出すのか。部屋に入り、自ら謝罪をしてきたのである。

「そりゃ、混乱するよ。混乱して、こうやって部屋に閉じこもりたくなるよ。私だって、そんな事を言われたらね、何が良いのか分からなくなるもの。」

今まで、レイはアインスに乗って戦ってきた。そして、半年後にはツヴァイに乗って戦った。だが、彼はあくまでも、来賓扱い。正式なチームのメンバーとして、受け入れられていない。

「私ね、実はレイ君をどのように扱って良いか分からなかった。」

「エリィさん……?」

エリィの口から語られた言葉はレイに関心を抱かせる。

「レイ君ってさ、元々は故郷へ帰る為にセイントバードに居てくれてたじゃない。本来ならばお客さんなのに、結局私達ってレイ君の力に頼ってるって感じだったし、だけどもうすぐ帰るってなった時にレイ君に無茶はさせられないってなってたし……それで、結局半年経ってツヴァイガンダムに乗って、レイ君が助けてくれて、あのサイコミュ兵器を扱うのが危険だからって独房にまで入れてしまって。あれって、どうすれば良いか、私自身も分かってなかったんだよ。その期間の中で、故郷に居た半年間の間に新生連邦がレイ君を欲する可能性があると思って、レイ君の家に家庭教師として潜入していたんだけどね。実はね、あれは私の意思でもあったの。私自身に、もっとレイ君を知らなきゃって気持ちがあったからなんだよ。」

「そうだったんですか……?」

家庭教師としてエリィが居た期間。それは、レイにとって不思議な時間だった。

 非日常の環境に居た筈のエリィが、日常に居るという光景。その光景に時に戸惑いながらも、レイは受け入れていた。

 その時彼女が言っていたのは、あくまでも合理的にレイと情報交換が出来るという形で家庭教師を受け持っていたという事なのだが、今になって、その事を打ち明けたのだ。

「あの時は色々と揶揄ったりしちゃったりしたね。まあ、今は、それは置いておこうかな。」

(……この人。)

自室で彼女に悪戯をされた事を思い出した、レイ。

「何にしても、私はレイ君を理解出来ていなかった。だから、こんな事になっちゃったんだと思う。それで、不審を抱かせてしまったんだよね。ごめんなさい。」

エリィが、頭を下げた。それは、レイにとっては斬新な出来事でもあったのだ。

(エリィさんが、謝った……それも、頭を下げて。)

何度か彼女はレイに対して謝った事はあったが、改まった態度でこのように、頭を下げられた事は、なかった。それ故に、レイは驚いているのだ。

「私、レイ君の事をずっと、女の子みたいな男の子って思ってた。可愛い子。だから揶揄いたくなる子だなって思ってた。」

突如、エリィは天井を見上げ、語り出した。

「けど、一緒に居る時間が長くなるに連れてレイ君の事をもっと知りたいと思うようになってた。年上なのにね。ホント、私ってワガママな女……」

意味深な言葉。レイは最初、戸惑いながら、聞いていた。

「それから、レイ君を頼る一方で、レイ君に死なれたくないって気持ちも出て来た。不思議だよね。これも、矛盾だよね。でも、それを自分の中で押してしまってた。だから、レイ君を誘惑した。ケド君は真面目だった。いっそ、大胆に行こうかなって思って、そうした事もあったっけ。それでもレイ君は恥じらいながらも、自分の意中の人を選んだ。それは、応援しないと行けないって思った。」

エリィは、目線を下にしている。これが意味をする事を、レイはおぼろげながらに理解した。

「それって……まさか……」

エリィは、視線をレイに向け、言った。

 

「私はね、君のコトが好きだったんだよ」

 

真っ直ぐな瞳で見られたレイは、最初、彼女が何を言ってるのかが分からなかった。眼を何度もパチパチとさせ、隣にいるエリィを見続ける。

「ふぅ、これで私の中のモヤモヤは消えたよ。だから、想いだけでも伝えようとしたった訳だよ。あー、スッキリした。」

と、言いながら伸びをする、エリィ。

いや、待て。エリィが、レイに対して好意を持っていたと言うことなのか。それは、どのような好意なのか。本当の意味での、好意?好奇心?揶揄う為?レイは今、余計に混乱しつつあった。

「そんな……冗談を言わないで下さいよ。こんな、大変な時に。」

レイは、微笑した。だが、エリィの表情は本気だ。

「冗談な訳ないわ!“今”だからこそ、伝えようと思ってたの。こんな時だからこそ。いつ死ぬかも知れない状況だからこそ、想いは伝えやすいから。それに、もう、今はレイ君にはリルムさんが居るんだし、もう、良いかなって思ってね。」

やはり、信じられない。叶わぬ恋と分かっているが故にそれをしたのか。

 好意を持たれて嫌いな人間は居ないとされるが、レイとの歳の差は十二違う。それでも、好きと言った、エリィ。

「本気、だったんですか……?そんな……分からない、分からないですよ…….」

困惑するのは当然だ。何故彼女はそれでも、気丈に振る舞えるのか。大人故なのだろうか。

「好きって気持ちに偽りはないよ。でも、私はレイ君の存在を自分のモノにしたいとは思っていない。見守る存在として、在れば良いと、思ってる。だからレイ君には幸せな未来を歩んで欲しい。」

戸惑うレイ。その上で、エリィは更に言った。

「大体レイ君も鈍感だよ。あれだけ積極的にアプローチしてるのに、ただ照れてるだけなんだし。行動には理由があるんだって察する事も覚えた方が良いよ?」

「そんなの!分かる訳ないです……」

好意を持たれる事自体は嬉しい。相手は美人とも言える相手だ。どれ程幸福な事だろうか。

 だが、レイはこの事に実感がまるで湧いていない。ただ、困惑するばかりだ。

 

ドオオオオオッ

 

その時、艦が揺れた。敵機体のミサイルによる砲撃を、受けたのである。

「揺れたね……さて、レイ君。私の想いは伝えました。その上で、貴方にMSの事について話しておきたい事があるの。」

そうは言うが、まだ、レイは困惑している。エリィの本心が、まさか自分を好きでいたなど、信じられる筈が無いのだ。

「ジャンヌさんの協力要請に背くかも知れないけど、私からは、もう、貴方に対してガンダムに乗りなさい!とか、乗るな!とかは言いません。そもそもここは軍隊ではないし、強制されるべきモノでもない。だから、これからはレイ君に判断を委ねます。これからは貴方の意思で、ガンダムに乗るのか、そうしないのかを決めて。これによるペナルティとかは一切ないから。あくまでも、貴方の意思。それを貫いて欲しい。」

エリィの言葉が、走った。彼女の純粋な想い。彼に、無理をして欲しくないという事だ。これは艦長としての言葉ではない、エリィ・レイスという一人の女性としての、言葉である。

 レイは迷っていた。自分はどうであるべきか。それが分からないでいた。しかし、エリィが放った純粋な言葉はレイを突き動かす力を秘めていた。

「自分の、意思……」

今、レイがすべき事は何か。もし、このまま所属しているセイントバードチームがなくなれば、全てが終わる。そうなった時、彼はどうなる?

 ここまで言われ、レイはどう動くべきか。もう、答えは明確だ。自らの想いを伝えられ、それを受け取らないのは、一人の男としてどうなのだろうか。彼は顔立ちこそ少女ではあるが、性別は男であり、エリィという女性の想いを受け取らなければならないと、感じている。

 ならば、出すべき答えは、一つ――

「エリィさん、僕……戦いますよ。ツヴァイに乗って。セイントバードチームを、守る為に。」

レイ自身の言葉が出た。それは、レイをすぐに動かしていく。

 言葉を発した瞬間に、レイは部屋を出ようとした。もう、躊躇ってはいられない。彼は守る為に戦う。それだけだ。

「レイ君、待って!」

だが、それをエリィが止めた。何事かと振り返る、レイ。

「これを持って行って。サイコミュを操る時に役立つって、ジャンヌさんが言ってた。」

そう言って、エリィはある、“物”を渡した。

 それは、U字型の形状をしていた。使い方は、自身の耳輪部に引っ掛け、扱うようだ。

「それ、コクピットに乗ってから付けてって!」

「分かりました、行ってきます!」

そう言って、レイは急いで部屋を去っていった。エリィはレイが戦場へ行く姿を、静かに見送っていたのである。

 

 

 

 激戦が続くロンドン市内。既に建造物の大半が壊滅状態の中、ヴァイダーを止めんと、動く国連軍とアステル家、そしてセイントバードチーム。

 ヴァイダーガンダム単体でも、五十基ものブリッツファンネルが猛威を振るう。ビームの嵐や、ビーム刃がMSや、建造物、果ては人々を巻き込み、蹂躙していく。

 その中で、スバキの駆るアインスが新生連邦のMSと交戦している最中だった。ビームサーベルを展開し、ジョゼフと白兵戦を繰り広げている時。ヴァイダーガンダムのブリッツファンネルの砲口が、アインスを狙っていたのである。

「しまった……!?」

ビームが放たれる。これが当たれば、ダメージは避けられない。スバキに危機が迫った――

 

ズバァァァッ

 

それを、何者かがビーム刃で裂いた。真っ二つに切り裂かれるファンネルはたちまち爆発を起こした。その直後、ジョゼフもビーム刃で切り裂かれている。頭部から胴体に向けて刃が貫かれ、ジョゼフは爆発を起こした。

 スバキは何事かと思い、反応した。そして、モニターに映る白いガンダムの姿を見た時、彼女の表情が、変わった。

「レイ!お前、何やってたんだよ!ったく!」

この場に現れたツヴァイガンダムはスバキにとって輝いて見えた。皆が戦闘で疲弊している中現れたツヴァイ。今のレイの意思は、固い。迫るヴァイダーガンダムを止める為に、そして、セイントバードチームのクルーを、守る為に。

 エリィが自身を想ってくれ、それを伝えてくれた。それを無駄には、したくない。レイはその想いを胸に、動く。

「スバキ、離れていて!」

その時、レイはスバキに言った。何事かと思い、スバキは一度アインスを後退させる。

 レイは、一度目を瞑った。そこで感じられる、敵機体やブリッツファンネルとの、距離。空間認知だ。彼は閉眼状態の中で意識を集中させている。そして、彼が今装着している装置。耳輪部から後頭部に掛けてU字に伸びているその装置はレイの意思に呼応するように、反応している。敵との距離が、はっきり分かる。対物距離がイメージされる。彼の大脳の頭頂葉部が活性化されている。敵を、撃て――と。そして――

「行けっ……!」

レイの、目が見開かれた。

 

ピシュンッ ピシュンッ ピシュンッ

 

瞬く間に、ツヴァイのブリッツファンネルが十八基、一斉に展開した。六基のファンネルに、そこから更に展開される、二基ずつのミニファンネル。それらが一斉に、新生連邦の機体に向けて放たれるのだ。

 ビーム砲撃や、ビーム刃。あらゆる攻撃が正確に行われる。ビームは的確に敵機体を狙い、エンジン部を攻撃する。そして、ヴァイダーのブリッツファンネルも、これにより撃破されている。

 一度に、これらに攻撃を行ったレイ。だが、この時レイは以前のように意識を失う事は、無かった。彼の脳が、順応しているのか。それとも、ジャンヌが渡したとされる装置が、役になっているのかは不明だが、レイは意識を保てているのだ。

「凄い……これがあれば、ファンネルを放てる……これなら!」

レイは、勢い付いた。以前はその兵器を使った時に意識を失ったのだが、今回は違う。戦っていられる。この力があれば、皆を守れる。ならば行こう。この力を、守る為に使う。レイは、自らの意思を敵に向ける。彼の意思が、そのまま攻撃となり、ファンネルを操るのだ。

ツヴァイはこのまま、ロンドンを攻撃している巨体へ向かわせる。ビームやミサイル等、あらゆる攻撃を行うジェノサイド・マシンを止めなければならない。多くの人が死ぬのを止めなければ。

「レイ、お前……凄い……わ、私だってなぁ!」

ファンネルを華麗に操るツヴァイ。その動きを見て、驚愕しているスバキ。

 しかし感動している余裕は戦場にはない。迫り来るビームの嵐はアインスに迫っていく。ヴァイダーのブリッツファンネルが、アインスに迫る。シールドでビームを防ぎながら狙いを絞り、ファンネルに攻撃を加える。

(待てよ、この、感じ……あのデカブツのパイロット、覚えがある?)

この時、スバキはヴァイダーガンダムから既視感を覚えていた。どこかで感じた感覚を、戦いながら思い出している。

(思い出した……奥多摩のヤツか!あいつが、パイロットなのか!)

そして、彼女はパイロットの存在を思い出した。

 リノアス・クリストルが乗っている、ヴァイダーガンダム。彼女とは、ほんの、僅かな時間ではあるが会話を交わしたことがあった。アインスはバーニアの出力を上げ、ビーム粒子を避けながら、接近していく。

 

「おい!お前、こんな事望んでんのか?私だ!前に少しだけ話しただろ!覚えてねえのかよ!なあ!!!」

スバキはヴァイダーに向けて声を荒げた。だが、全く応じる様子を見せない。今、リノアスは声を聞かない。ただ、命令のままに殺戮を行うマシーン。説得に応じる筈が、無いのだ。

 かつて、日本でスバキがマサアキによって絶望していた時。感情など無くなれば良いと思っていた彼女と、感情を欲していたリノアス。今、この状況ではそれが逆転している。感情を持っているスバキと、感情を無くしたリノアス。感情がない人間に、躊躇はない。故に、都市を攻撃する事にも、躊躇いが無いのだ。

「くそぉ!!」

接近しようにも、ミサイル、ビームが飛び交っている。このままの接近は難しい。スバキは、一度距離を離れるしか、出来なかったのだ。

 

 

 

ヴァイダーガンダムを止める為に、ツヴァイも動いていた。迫るジョゼフを撃ち抜き、バーニアを展開して接近を試みる、レイ。

「あれ以上、させるもんか!」

太陽の光の加減でツヴァイのカメラアイが美しく輝いているように見えた。ブリッツファンネルを我が物にしたレイは、ヴァイダーに向かっていく――

 

                ガシィィィ

 

が、その時だった。ヴァイダーしか視界に無かったレイを何者かが襲った。

ツヴァイは何者かに紐状の武器によって捕らわれた。突然の出来事にレイは困惑する。そして次の瞬間、謎の紐から電撃が流れた。それはツヴァイの全身を駆け巡る。

「あああうううっ!」

謎の攻撃を受け、動く事ができないツヴァイ。レイが操縦桿を引いても、全く動かない。

「え……どうなってるの……」

と、更に次の瞬間だった。ツヴァイのモニターに大剣を持ったガンダムタイプのMSの姿が映った。レイは急いで回避運動を行おうとするが動けない。このままでは切り裂かれてしまうと思い、焦ってレイは操縦桿を何度も引いた。

幸い、切られる直前で間一髪ツヴァイは動いた。そして、大剣を持つMSの攻撃は回避された。

「何……?」

訳が分からないレイの目の前に二機のMSが降り立った。

どちらも見覚えのあるMSだった。その機体を見た瞬間、レイは既視感を感じていた。二機の、赤と水色のガンダムタイプ。それらを連想する機体は、決まっていた。

(あの姉妹の……!?でも機体の形が……?)

ヴェーチェルガンダムとエクルヴィスガンダムが、彼の前に現れた。レイを何度か苦しめた、チェーニ姉妹のガンダム。しかし、形状が以前よりも異なっている。まるで、カスタムをされたような形跡があったのだ。

 

ピピピピピッ

 

 何者かと思っていた時、突如回線が入って来た。それに応じる、レイ。そこからは、聞き覚えのある声が聞こえて来たのだ。

「久し振りね、レイ。」

「その声……フォリアさん……!?」

強化されたヴェーチェルに乗っているのは、フォリアだった。そしてもう一機に乗っているのは、リンセである。その際、エクルヴィスはツヴァイの背後に降り立った。

「前はよくもコテンパンにやっちゃってさぁ!凄く悔しかった……!でも今は違う!カスタムしたんだよー!レイ・キレス君!!」

「カスタム……?」

「そう、カスタム。これで私のヴェーチェルとリンセのエクルヴィスはとても強くなった。以前の倍以上もね!」

大幅に強化された二機。ヴァイダーガンダムが蹂躙している都市部。それを止めなければならない状況で出現した強敵、二機。

このままではロンドンが壊滅させられてしまう。それなのに、彼女達はその、邪魔をするのだ。レイはこの姉妹に対し、怒りの感情を見せた。街を蹂躙する敵として対立するならば、彼女達を、止めなければならない。

「貴方達は……こんな風に町を破壊する事に……逃げてる人達を殺す事に、何も感じないんですか!?」

「ええ……そりゃ辛いわ。軍人でもMSに乗っている人間でもない人間を殺すのはね。でも命令ですもの。命令に逆らえばそれは死を意味する。私達だって死にたくない。だから命令に従う。ただそれだけ。」

フォリアが、レイを挑発するかの如く、言った。

「ふざけないで下さい!」

これに、怒るレイ。

「そうは言うけれどね、大体……貴方だって今までに何人殺してきたのかしら?人の事は言えない筈よ、レイ。」

「そんなの……!」

フォリアの台詞により、レイは様々な場面を思い出した。最初にアインスに乗った時から今までに至るまでに数多くの人を殺してきた自分。

その中には、砂漠の狩人であるアスーカル・エスペヒスモや新生連邦の軍人であるマサアキ・アルトの存在もいる。無論、それだけではない。彼は多くの人を殺してきた。だが全ては自分と、自分にとって大切な仲間を守る為に、やむを得ない犠牲ばかりである。

「それにね、今ここで戦っていても、結局それに巻き添えになる人だっている。そう、貴方も私達も結局罪は罪。同罪なの。」

その言葉はレイを追い詰めた。実際戦場で追撃をしなくても、結局それに巻き添えを食らう人がいる。それを考えると、レイは震えた。

「うう……で、でも……!」

「どのような形であれ、人を殺しているのに変わりはない。結局は同じ穴の狢よ。」

フォリアはレイを困惑させようと、ひたすら言葉攻めをする。それに対してレイは自分のしてきた罪に、彼女の思惑通りに困惑していた。

「だからこそ、貴方を受け入れてアゲル……貴方をモノにするのよ!」

「そんなの!僕は――」

 

ブイイイイインッ

 

「隙アリだわ。」

その時だった。フォリアのヴェーチェルがビームウィップを腰部から抜き、ツヴァイに襲い掛かった。急いでツヴァイはメガビームセイバーを抜いた。出力を上げ、打ち合いを行う。

「ひ、卑怯だ!こんなの……!」

「口車に乗ったのが悪いのよ。フフ……策士ね、私って。」

すると、姉妹の新しいガンダムはウィップの出力を弱めてすぐにその場から離れた。追撃をするレイ。そしてビームセイバーは姉妹のガンダムを捕らえたように見えた。しかし、その攻撃は容易く避けられてしまった。

「えっ……そんな……今のは狙えたのに……?」

機動性が飛躍的に上昇されている姉妹のガンダムは、ツヴァイのスピードにもついて来られた。

「残念。カスタムは伊達じゃないの。」

「アハハ!蜘蛛の巣に引っ掛かって動けなくなって死ねばいいのに!」

速攻でエクルヴィスは掌からデストロイウェブを放出した。この攻撃は蜘蛛の巣状に紐が展開し、敵MSを襲う武器だった。脚部にそれが引っ掛かり、電流が流れた。

「あうぅ!」

先程までは行かないが、それでも痺れた。エクルヴィスは更に、肩から強化されたメガビームカノンを放出した。バリアーフィールドでそれを防いだのだが、機体が揺れる。

「うぅ……威力が高くなってる……」

強化されたエクルヴィスガンダムのメガビームカノンは戦艦の主砲に匹敵するどころか、それを上回る破壊力を手に入れた。よってバリアーフィールドで防ぐ事ができても発生装置に危害が及ぶ。

「フフッ、以前の私達と思わない事ね。」

(強い……この二機……)

格段に強くなっている。ヴェーチェルとエクルヴィスは強化され、彼女らの言う通り攻撃力や防御力が全てにおいて以前の倍以上に進化している。

「くっ!」

レイの頭の中に電流が走った……と同時にファンネルを放出した。さすがの二機でもファンネルには叶うまい……レイはそう考えていた。しかしそれが裏目に出た。

姉妹はファンネルによる攻撃を全て回避したのだ。レイは我が目を疑った。素早い動きでファンネルの動きを見切り、そのまま回避している。オールドタイプであるはずの姉妹にこのような事など有り得るのか。レイは信じられない様子だった。

「え!?」

「フフ……驚いた?私達の技量を甘く見ないで欲しいと言う事よ。」

「完璧だね!この機体マジで強い!キャハハ!」

新しいヴェーチェルとエクルヴィスにはこの時代において最先端のシステムが導入されていた。

そのシステムとは、見極められる程度のサイコミュ兵器ならばすぐにパイロットに知らせてくれると言うものだった。サイコミュ感知システムと呼ばれるそれを導入したのは、これ等の機体が始めてである。

そしてヴェーチェルは悪魔のような翼を展開した。そして遠距離メガランチャーを展開して肩部に装備し、レイを狙う。

「墜ちなさい!」

エネルギーが吸収され、ランチャーは放出された。レイは間一髪これを回避。が、彼が避けたことで背後の建物は破壊されてしまった。しかし姉妹はレイに休ませる暇を与えない。

「うぅぁぁっ!」

エクルヴィスは再び糸を放出。油断をしていたレイは、これを受けてしまう。

機体に電流が流れ、動けなくなるツヴァイ。

「最高よ!その悲鳴!その綺麗な顔が苦渋に満ちるの!堪らないわ!もっと聞かせて頂戴!!!」

身動きが取れない、レイ。そこへ追い討ちを掛けるようにヴェーチェルが現れ、ビームウィップでツヴァイの左前腕部を切裂いた。

「あぁ……!」

これにより、左前腕部からバリアーフィールドを展開する事が出来なくなってしまった。しかし彼にはまだ右手が残っている。先の電流によって一時的に失われていた機体の機能が回復した後、ツヴァイは空中を移動し、右手部マニピュレーターに所持しているバスタービームライフルでヴェーチェルを狙った。

しかしヴェーチェルは前腕部からビームシールドを展開した。

「えっ!?そんな……」

「フフ、カスタムは伊達じゃないのよ!」

新たなる武装、ビームシールドを展開する事ができるようになったヴェーチェル。そしてそのままレイに襲い掛かる。

「前に私達を愚弄したガンダムがこんな程度だったとはねッ!」

ヴェーチェルは、メガビームライフルを腰部にマウントし、両前腕部がビームシールドを展開した状態になった。

このシールドは敵を切裂く、“ビームブレイド”としても活用する事ができる。その状態のまま、ヴェーチェルはツヴァイに襲い掛かった。

「いいわ!苦戦している貴方は素敵よ!このまま生け捕りにして私の手で殺してあげる!」

「くぅっ……!」

間一髪メガビームセイバーでその攻撃を切り払うのだが別方向に存在するエクルヴィスがそれを許さない。

容赦の無い敵の攻撃に苦戦を強いられるレイ。最大の敵はヴァイダーガンダムなのに、それの邪魔をする姉妹。彼が今何よりも憎く感じたのは大量虐殺に協力する彼女達の行動だった。

 市民を巻き込んで猛威を振るうヴァイダーガンダム。この機体に関与している二機。彼女達の行動がやはり理解出来ないレイは、言葉を、再び放つ。

「どうして……貴方達は……人が死ぬ所を見て、それに協力しようと思えるんですか!?」

精一杯の、言葉。しかしレイを見下すような形でフォリアは言った。

「子供が!何度も言わせないで。命令だから。命令に逆らう事は死を意味するのよ。軍はね。」

「そんなので、こんな風に死んでいく人を何とも思わないんですか!僕は納得が行きません……何もしていない、悪くない人が死んで行くんですよ!」

「私達なりに辛いって言った筈でしょう!?それにね、貴方も人の事を言えないのよ!愚かね!」

「僕は守る為に戦っているんです!例え人殺しでも……貴方達とは違うんだ!それに、貴方は辛いと言っていますよね……じゃあどうして邪魔をするんですか!僕はあのMSを破壊しようとしています!あれを放置すればどれだけ人が死んでしまうか分からないんですよ!なのに!?」

必死になるレイ。が、リンセがそれに対して言葉を吐く。

「オツム悪過ぎなのよあんた!命令だからって言ってるでしょ!しっつこいわね!それにあんた一人であれを破壊?ふざけないでよね。私達に苦戦してる時点で、それよりもヤバい兵器のあれを破壊しようなんて考えがおかしいわよ。あんたの相手は、私達で十分なワケなのよ!!」

彼の今の敵……それは目の前にいるヴェーチェルとエクルヴィスだ。両方とも非常に強い。彼女達の技量が想像以上だった事に彼は驚きを隠せない。

「それにねぇ!あんたの存在は前から気に食わなかったのよ!お姉様は私のモノなのに、いつもあんたが目につく!目障り!消え失せろォ!」

そう言って、エクルヴィスはビームカノンを放つ。この攻撃を回避する、レイ。

だが、今度はフォリアがメガビームライフルを連射した。その威力は、ツヴァイのバスタービームライフルと並ぶ。これに対してツヴァイもバスタービームライフルを撃ち、互いのビームは掻き消された。

その瞬間に再び彼の頭の中に電流が流れた。後振り向けば、エクルヴィスがビームセイバーを抜き、レイに襲いかかろうとしていた。レイは慌ててそれを回避。再びファンネルを放出した。

(これで……!)

十八基のファンネルが、一斉に飛び交う。そして姉妹に襲いかかる。

「リンセ、ビームシールドの準備を。」

「OK、お姉様!」

すると、両機体はビームシールドを展開した。攻撃を構えるつもりだろうか。

だが、彼女達はこのファンネルが、ビーム刃状にする事が出来る事を失念していたのである。

「ビーム砲撃じゃない!?」

「えぇっ!?」

「リンセ、避けるのよ!何があっても!絶対に!」

その間にもツヴァイのファンネルは彼女達を襲う。ファンネルはそのままヴェーチェルとエクルヴィスに襲い掛かる。辛うじて回避を行うのだが、僅かにダメージを受けてしまっていた。

「ぐぅっ!」

少しだけ足を止める事ができた為、少し安心した様子だった。しかし、姉妹は強化された兵器を躊躇なく使用してくる。

「馬鹿にしてるんじゃないわよ!!!」

エクルヴィスはメガビームカノンを放出した。直撃コースだ。しかし、ツヴァイにはバリアーフィールドジェネレーターがある。

 

バイイイイイン

 

ビーム砲撃は防がれた。機体は守られたのである。

その反撃の為に、拡散メガビーム砲を撃った。だが、相手は回避行動に移る。

「はぁんげきぃ!!」

そう言って、白兵戦を試みたリンセ。エクルヴィスは腰部からビームサーベルラックを抜いた。ツヴァイを狙う彼女。しかし、それをフォリアの声が止めたのだ。

「リンセ、ストップを!」

「お、お姉様!?」

突然の声に戸惑う、リンセ。

「隠し腕を利用しなさい。そこで、私が切る。」

「あぁっ……なるほど!」

大きく頷いたリンセは早速行動に出た。機動性でレイを翻弄し、ツヴァイの背後に回った。

「えっ……!?」

この際に、ツヴァイの腰部を肥大化した隠し腕で掴んだ。身動きが取れなくなる、ツヴァイ。

「あぁぅ!?」

危機に陥ったレイ。予想もしない姉妹の強さに苦戦を強いられた。サイコミュ兵器は回避され、攻撃も受け付けない状態だ。

二対一という状況。レイにとっては不利だ。強化されたヴェーチェル、エクルヴィスは猛威を振るっていたのである。

 

 

 

ヴァイダーとの戦闘を行なっているアレン。破壊の限りを尽くすヴァイダーに対してブライティスはファンネルを放出する。けれどもヴァイダーにそれは殆ど無意味に感じられた。破壊を続けるヴァイダー。ビーム兵器を撃ち続け、町を壊滅させる。しばらくするとヴァントの援軍が駆け付けてくれた。しかしそのような攻撃等、無力に等しい。

援軍のヴァントガンダムの武器は実弾兵器が備えられていた。バリアーフィールドに対するものだろうか。脚部にミサイルが装着されているヴァントガンダムは、一斉にミサイルを撃ったが、ヴァイダーはそれに反応し、腹部からビームを放出し、それらを破壊した。

そしてヴァイダーは足元にあったヴァントを弾いた。バーニアでロンドンを侵攻するヴァイダー。その行進は留まる事を知らない。

「全て……消滅……」

フークが言った、その言葉のみを信じて行動するリノアス。ヴァイダーは再びファンネルを放出した。沢山のファンネルが周囲に広がり、攻撃範囲が広がる。その上大型ミサイルを放出した。それによる攻撃だけでも被害が大きい。

やがて、いつの間にかヴァイダーはロンドンの首相官邸に接近していた。その中には、首相のエイゲルが居る。エイゲルが殺される事は、避けなければならない。

このような事をして何の意味があるのか。この無慈悲な破壊行為の先にあるものは、何か。アレンは、ヴァイダーのパイロットに対して叫んだ。

「止めろ!どうしてこんな事をする!?」

無理にでもヴァイダーのパイロットを訪ねようとした。説得し、止める為である。だが、ヴァイダーに近付こうとすればヴァイダーが指からビームを放出して邪魔をしてくる。それらはバリアーフィールドで防ぐ事が出来るのだが、機体が反動で揺れてしまい、隙が出来てしまう。

「くっ!」

どうしても近付く事ができないアレン。ヴァイダーのごく僅かな隙を見つけて近付くしか無い……彼は考えていた。けれどもヴァイダーには死角が無い。

ファンネルが彼の動きを感知して攻撃に出るだろう。更に指のビーム砲、腹部の強力なビーム砲、そして全包囲に攻撃する事ができる大型ミサイル……隙が見つからない。見つかる筈が、無い。全てにおいて威力の高い武器を兼ね備えているヴァイダー。このような殺戮兵器を倒す事などできるものなのだろうかと、アレンは悩む。

「どうすれば……死角が無さ過ぎる……」

その間にもヴァイダーは容赦の無い攻撃を続ける。やがて、指部のビーム砲を首相官邸の方に、向ける。エネルギーが蓄積され、ビームが放たれようとしている――

 

ドオオオオオオオオオオッ

 

合計十門のビームが、一斉に放たれた。首相官邸は脆くも崩れ去った。この一撃でも、大勢の人が死んでいる。

 首相官邸の崩落は、つまり、ロンドンの完全な崩壊を意味しているのと同義と言えたのだ。

「ヴァーナー首相が!?」

無事であって欲しいと、願うアレン。しかしそれはどうなのかは、分からないのである。

 

 

 

レイは姉妹相手に苦戦していた。より強化された二機はレイに対して容赦無く襲いかかる。

「諦めて、死ねえ!」

空中戦で、レイは二人の攻撃を避け続ける。ヴェーチェルがメガビームライフルを連射し、エクルヴィスは新たに肩に追加された追尾式ミサイルを放出した。ビームシールドを装備していた左手部を失っているツヴァイ。右手部でビームライフルを防ぐ事はできるが、リンセのミサイルは防ぐ事ができない。その為、回避するしかなかった。

「今度のは、もっと強いんだよ!!」

その、隙を見つけたリンセは、エクルヴィスの手掌部からデストロイウェブを展開。それも、電圧を更に高めて迫る。ツヴァイは回避が間に合わず、再び、それに触れてしまった。だが電圧が高かった蜘蛛の巣による電流は、レイを更に苦しめた。

「ああああっ!!!」

身体が熱い。いくら機体が干渉しているとは言えこの熱さ、苦しさは先程の非にならない。強い電気を浴びたレイ。彼の意識は次第に薄れていく――

「あぁっ……ふぁっ……」

全身の力が抜ける。レイは操縦桿を、離してしまった。やがて、ツヴァイはカメラアイの輝きを失い、そのまま落下していく。

「やりすぎよリンセ。」

ツヴァイを撃退した筈なのに、不快な表情を見せるフォリア。

「あいつ、お姉様をたぶらかすから!」

ツヴァイの撃退に成功し、上機嫌なリンセであったが、やはりフォリアはリンセの攻撃に納得が行っていない様子だった。

(馬鹿リンセ。このままあの子が死んだらどうするの?レイをモノにして、その後で殺せると思ったのに……)

苛立つ様子のフォリアは、すぐにツヴァイを追い掛けた。動いていないツヴァイは、そのまま川へ落ちていく。

やがて至近距離まで接近し、ツヴァイを回収する為にその手部を伸ばした――

 

ドオオオオオッ

 

そこへ、一筋のビーム粒子が、二機に迫った。

「チッ!」

「お姉様!?」

カスタムされているヴェーチェルにはビームコーティングがされている為、ビーム兵器によるダメージを減少する事ができる。

しかし、機体が少し揺れた。機体の調整を行うフォリア。やがて彼女達の前にはビームを撃った機体が現れた。エスディアである。

「ああ、あれは日本にいた時のヤツ!」

リンセは思い出したように言った。日本の上空で交戦した相手である事を、よく覚えている。

「あの二機がレイをやったのかよ!」

レイが出撃したのを確認していたガースト。しかし、この二機にレイは苦戦しており、遂には川に墜落した。

レイを攻撃した二人を、彼は許せなく感じていた。エスディアはビームサーベルラックを抜き、二機に迫る。しかし、ツヴァイでも苦戦した相手がエスディアに通用するだろうか。二機の機動性は高い。旧式機体をベースにしているエスディアとは雲泥の差と言えた。姉妹のガンダムの素早い動きに、ガーストは翻弄される。

「無駄よ」

咄嗟にフォリアは言った。その声を聞き、パイロットが女性である事に彼は驚く。

「お……女なのか!?」

彼が姉妹と直接会話をするのは始めてである。困惑するのも、無理は無いと言えた。

「あら……意外と、塩顔の可愛い顔つきのパイロットなのね。レイと比べても劣らない感じ……」

「ホントだよねー。なんか意外な感じー。」

「ば、馬鹿にして!お前等なんなんだよ!」

「でも……言葉遣いは乱暴ね。レイと大違い。」

「うるさい!レイをどうした!?お前達がレイを!」

「レイなら今頃川の中だよー!それよりも勝負だよ!イケメンさん!」

エクルヴィスが先手を仕掛けてきた。デストロイウェブを放ち、ガーストに襲いかかる。それを回避したエスディアは、ビームバズーカを撃つ。

「墜ちろ!」

その、声と共にビームが放出されるが、ヴェーチェルのビームシールドで、ビーム粒子は弾かれる。

「なんて武装だ!?ビームシールドなんて……」

「最新式の武器だよ!ビーム兵器を弾くんだよぉー!」

嬉々と語るリンセ。

「俺だって元デウスなんだ!負けられるか!」

エスディアは再びビームサーベルを展開し、勝負に出た。元デウス軍人と言う意地を見せつけるが為に、ガーストは奮闘する。

「可愛い顔してデウス軍……へぇ、少年兵だったのね。」

「うるせえ!お前には関係無いんだよ!」

ビーム刃はエクルヴィスを狙っていた。そのまま突き刺そうとするのだがエクルヴィスは再び、デストロイウェブを放つ。

「あぁぁぁっ!」

エスディアにそれが当たってしまい、ガーストは痺れた。機体もしばらく動きそうに無い。そこへ上空からヴェーチェルがビームウィップを持って襲い掛かろうとしていた。

「終わりね。」

エスディアは攻撃を受けてしまった。左腕部がビームウィップによって切裂かれてしまう。

「ぐぅっ……!」

チェーニ姉妹の連携に成す術もないエスディア。機体性能が違い過ぎるのだ。

「所詮はその程度ね。大したこともない。」

「ま……まだ……」

再びビームバズーカを撃つが、それも無駄な足掻き。ビームシールドで防がれてしまう。

「キャハ……そろそろ死んじゃう?あんた、弱いよ。弱すぎて話になんないから!」

リンセは冷たい眼をした。挑発するようにマシンキャノンを連射し、ビームサーベルを側腰部から抜刀し、ガーストに襲いかかる。

マシンキャノンは頭部機関砲と比べて威力も高い。貫通力に優れるそれに当たってしまったガースト。機体が激しく揺れる。

「こ、このままじゃ……もう……ダメ……だ……」

彼は段々意識が薄れてきた。電流攻撃等様々な攻撃を受けていた為である。

「ウフフ……」

「アハハ……」

姉妹はガーストを見下すように笑っていた。話にならない……とでも考えているのだろうか。

 

 

 

チェーニ姉妹によって攻撃を受けたツヴァイは、川に沈んでいた。コクピット内ではレイが目を瞑っている。意識を失っていたのだ。しかし彼は幸い少しだけ目を覚ました。朦朧とする意識の中で彼は思った。

(僕……もうダメなのかな……)

何度も電撃攻撃を浴び、意識がほとんど無くなっているレイ。彼の頭の中では今までにあった思い出が蘇る。まるで、それは走馬灯のように。

 半年間は幸せと言えた。だが非日常はレイの運命を変え、再び戦場への道を歩ませる。その結果が、今だ。エリィの想いも受け、彼は戦った。だが、この混迷の戦場では窮地に追い遣られるだけ。

 自身の驕りだったのかも知れない。サイコミュ兵器を扱える事が出来るようになったと喜んでいたが、それを対処する強敵の出現はレイを困惑させ、そして不利な状況に追い遣った。

このまま死ぬ?何も、出来ないまま?それは嫌だ。この場で終わりたくない。せめて、リルムに会いたい。彼はふと、そう思った――

 

―――――――――――――――――ドクン――――――――――――――――――――

 

レイの目が深紅に染まった。紅く、無気味な目をしているレイ。

 

キシィン

 

それに反応するようにツヴァイのカメラアイが輝いた。川の中で鈍い音を立てながらツヴァイは動き出し、水面に向かった。

 

 

 

レイの眼が深紅に染まる。それにより、頭痛を訴える者達が居た。この中の一人に、ヴァイダーガンダムのパイロット、リノアスの姿もあったのである。

「……!」

頭を抱えている。痛いのだろうか。表情を見せない筈の、リノアスが苦しんでいる。同時に、側に居たアレンが、レイの存在を感じていた。

「この感覚……レイが近くに、いる……?」

 

 

 

川中からツヴァイが姿を現した。そしてツヴァイはファンネルを放出する。狙いはチェーニ姉妹であった。突然のツヴァイの出現、及び攻撃に反応した姉妹は、それぞれビームシールドを展開し、ビームを防ぐ。

「復帰した……?」

「全く、しつこいのよ!」

エクルヴィスは、再びメガビームカノンを放出した。当然ながらレイはそれをバリアーフィールドで防ぐ。威力が非常に高い為、やはり機体が揺れる。

だが、レイは怯む様子を見せない。そのまま、姉妹のガンダムに迫る。傍には、エスディアの姿があった。彼はただ呆然とその様子を見つめるだけだった。

「レイ……うぅっ……なんだ……?前と同じ感じが……」

以前にレイが同様の状態になった時、彼は他の力を持つ人間と同じように頭痛を訴えていた。当然今の彼も同じ状態にある。

ツヴァイは攻撃に出た。ファンネルによる一斉射撃。十八基ある、ファンネルを前にして姉妹は戸惑っている。独特の機動性を活かし、回避運動を続けるが先程とファンネルの動きが、明らかに違う。レイの意思の下で動いている筈なのに、規則性のない動き。読めない、軌道。

レイはじっと姉妹を睨みつける。紅く、不気味に染まった瞳で。それにシンクロするようにファンネルの動きが激しい。

 

バシュウウウウウ

 

やがてブリッツファンネルからは一斉にビームが放たれた。ビームシールドでは防ぎきれないビームの雨……それにより二機はダメージを受けた。

「あぁっ!」

「な……舐めた真似を!!!」

攻撃を受けて怒ったフォリアは遠距離メガランチャーをレイではなく、ガーストに向けた。弱っている人間を先に破壊しようとしていたのである。

「弱い機体!先に死になさい!!!」

エネルギーが溜められ、巨大なビームが放出された。その先にはガーストのエスディアの姿が。避けようとするが間に合わない。

「な……」

もう駄目だと、彼は思った。するとエスディアの前にツヴァイが現れ、右手部を展開し、バリアーフィールドで防いだのだ。だが、ツヴァイのバリアーフィールドジェネレーターは、これによりダメージを受ける。

「邪魔ばかりして!!!」

この間も、深紅の眼で姉妹を睨みつけるレイ。更に、再びツヴァイはファンネルを放出し、姉妹を攻める。

「あぁもう!!!いい加減墜ちなさいよ!!!」

高出力のメガビームカノンを連射するエクルヴィス。だが、今のツヴァイの機動性に対してその攻撃は掠りもしない。

「くっ、ここは任せるぞ、レイ……!

戦闘の続行が不可能になったエスディア。ガーストは悔しそうな表情を浮かべながら、彼はセイントバードへ帰還する事を決めたのであった。

その後、引き続き戦う彼等。ツヴァイは先程と全く違った様子で戦う。独特の感覚は、オールドタイプであるはずの彼女達にも不安にさせる。

「何なの……やたら強い……」

「さっきと比べ物になら無い……強過ぎる……」

 

ピシュンッ

 

やがて、再びファンネルによる攻撃が始まった。それらから一斉にビーム刃を展開し、ファンネルの雨が姉妹を攻める。

「くぅっ!!!」

ビームシールドでも防ぐ事ができないファンネルによる斬撃。その圧倒的な強さに、彼女達は帰還せざるを得ない状況に追い込まれたのである。

「お姉様……私もう……粒子残量が……」

「今回は、撤退するしかないようね……」

レイの覚醒により、その強さを見せつけられた姉妹は、撤退する事を選択した。ヴェーチェルはウイングを展開し、エクルヴィスはバーニアの出力を上げ、ロンドンから去っていく。

やがて姉妹との戦闘が終わった瞬間、レイの眼はもとに、戻ったのであった。

「ハァッ……!そうだ……あれを破壊しなきゃ……!」

休む暇なく、レイはヴァイダーの下へ向かう。だが、彼は今、疲労していた。先までの猛攻で脳に疲労を来していたのである。

 休みたい気持ちは、あった。だが蹂躙するヴァイダーを止めなければいけない。その為に、レイは動くのだ。

 

 

 

ヴァイダーは破壊活動を繰り返していた。既にロンドンの殆どの土地がヴァイダーによって焼き尽くされた。延々と広がる、見るも無残な光景。レイはただ、この廃墟と化した光景を目にしながらヴァイダーの元へ向かう。姉妹に気を取られているうちにこれ程まで破壊活動が進んでた事。その現実に、レイはショックを隠し切れない。

「こんな……こんな……!」

多くの人が死んだのだろう。多くの人が何も言葉を話せずに消えたのだろう。何故、人はこのような残酷な事を、平気で出来るのか。人という存在が成した殺戮は、止まる事を知らない。

 しかし、ヴァイダーのパイロットであるリノアスは傀儡に過ぎない。彼女もまた、新生連邦に利用される被害者の一人と言えるのだ。命令のままに、罪なき人々を虐殺している。そこに悪意はない。ただ、純粋な命令に準じる行為だ。

 

 

 

ヴァイダーガンダムの周辺には、脚部にミサイルを搭載したヴァントや、ブライティスがその進行を止めんとばかりに、交戦している。巨大MSであるヴァイダーは、容赦の無い攻撃を繰り返す。

「ああっ!」

油断をしたアレンは、ブライティスにヴァイダーの猛激を受けてしまった。

 

ピピピピピッ

 

その時、回線が入った。ジャンヌからである。

「アレン。その機体を止める事だけを考えて下さい。首相官邸が破壊された今、これ以上の被害を出さない為にも、止めて下さい。お願いします。」

ジャンヌの切なる願い。アレンは、これを聞き入れ、立ち向かう。既に疲労がピークだったアレンであるが、目の前のジェノサイド・マシンを止めなければ多くの犠牲者が出る。戦うしか、無いのだ。

ふと、彼はビームセイバーを抜いて、接近戦に持ちこもうと考えた。ファンネルはバリアーフィールドで防ぐ事が出来る……そう考えて、彼は行動に出た。ビームセイバーラックを連結させ、バーニアの出力を上げた。光刃の出力を上げて、ヴァイダーに迫る。

「破壊……」

ヴァイダーはフィンガービームランチャーを撃つが、ブライティスは機体を回転させて回避する。他にもファンネルで襲ってくるがそれらを全てバリアーフィールドで防ぐ。そしてヴァイダーの背後に接近する事ができた。そして、ビーム刃を展開し、切り刻む。

更に、ブライティスはファンネルを放出し、ビーム刃に形状を変え、ひたすら切り刻む。

これらの攻撃が功を成したのか、ヴァイダーの動きが、僅かに制止した。

「動かない……」

エンジンを攻撃されたのか。リノアスは脳波コントロールでファンネルを使用しようとするが、動かせないのだ。

 ならばと、両肩部のバインダーを稼働させるヴァイダー。それは、国連の水上艦隊を壊滅させた禁断の兵器、ルイーナシステムを使用するという事である。もしそのようなものが再び放たれれば、被害は計り知れない。ロンドンばかりか、グレートブリテン島そのものを滅ぼしかねない。

 

 

 

ヴァイダーの行動を感知したシュネルギアは行動をしようとしていた。上空からヴァイダーのバインダーが稼働したのを見た後に、ジャンヌは言った。

「プラズマカノンを発射して下さい。狙いはあの機体です。」

彼女の冷淡な命令に対し、別のアステル兵が言った。

「し、しかしそれを撃つのは危険です!艦が持たない可能性があります!」

「あれを放置する事の方がどれだけの危険を生むか、分かりません。首相官邸を破壊された以上、せめて、この島の人々を守る事に尽力する必要があります。出力は抑えて下さい。あの、両肩のバインダーを狙い、撃って下さい。」

それを受け、兵士は準備をした。

やがて、プラズマカノンの照準がヴァイダーに定められた。シュネルギアのプラズマカノンの破壊力はヴァイダーのルイーナシステム程ではないが、それでも絶大な火力を誇る。ヴァイダーガンダムを止めるには、プラズマ兵器で攻撃を仕掛けるしかない。

「発射を。」

「発射!!」

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

シュネルギアから、プラズマカノンが発射された。この砲撃はヴァイダーガンダムに向け、放たれる。

この砲撃を受け、右側にあったヴァイダーガンダムの、ルイーナシステムは破壊された。だが、問題がある。“右側”だけが破壊されたに過ぎないのだ。つまり、左側が残っている。

ルイーナシステムは、左側のみでも発射は可能だったのだ。

「破壊……戦艦……」

左側のルイーナシステムの標的は、シュネルギアである。その照準を絞り、放とうとする。万が一この砲撃が当たれば、シュネルギアは破壊されかねない。ジャンヌ達に、危機が及んだ――

 

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

その時だった。一筋の光が差し込んだのだ。ヴァイダーの脚部に向け、放出された兵器が、ダメージを与える事に成功したのである。

 その砲撃の元となる機体は、何か。それはすぐに判明する事になる。

「レイ……彼が、戦ってくれているのですか……?」

モニターに映る、ツヴァイガンダムの存在。それが、ブラスタープラズマカノンを放ったのだ。それも、最大出力で。この一撃が、巨体へダメージを与える事に成功するのであった

 レイ自身も、この行動は賭けだった。巨体を止める為にビーム砲撃を行うも、機体全体に張り巡らされたバリアーフィールドの存在が、ビーム砲撃の邪魔をするのを見ていたレイは、この状況を打開できる方法を模索していた。その唯一の手段が、プラズマカノンだったのである。それを、最大出力で放ったことにより、ヴァイダーガンダムの脚部は次第に融解していくのだ。

 延々と撃ち続けるプラズマカノン。粒子残量が空になるまで、ひたすらに砲撃を続ける。

やがて、脚部は融解し、その重さで機体が後方へ崩れていく。しかし、ヴァイダーからの攻撃自体が止まった訳ではないのだ。

「白い……ガンダム……破壊……」

指部からのビーム砲や、ミサイルによる攻撃が生きていた。それらをツヴァイに向け、放つ。

 ツヴァイはこれを見て、回避運動を行う。ビームは、バリアーフィールドで防ぐ事が可能だ。

 更に、ヴァイダーはブリッツファンネルをツヴァイに襲わせる。機体が動けなくとも、まだ、その機能そのものが失われた訳ではないのだ。

この隙に、ブライティスはビームセイバーを抜き、その、出力を上げてヴァイダーのコクピットを狙う。しかし、無数のファンネルが彼の邪魔をするのだ。

 

『アレン……後ろ……危ない……』

 

「ココット……?」

この場にいない筈の、ココットの声が聞こえた。それを聞いたアレンはすぐに後方に反応し、ファンネルによる砲撃を、バリアーフィールドで防いだ。

『下……右……』

言われるままにその方向を見ると、別のファンネルがあった。それらの砲撃を防ぎ、一つずつ破壊する。

『上!』

次は上方。二基あった。それらを急いで、ビームライフルで撃ち落とす。

「これは……」

『分からない……アレンが危ないって、感じた……』

不思議な感触。彼女からは、以前は力を感じなかった、しかし今回、ココットの声が聞こえた。今までに無かった、出来事。まるで、ココット・メルリーゼが何か、力を持つ存在へ目覚めていくかのような感覚。アレンは、これが妙に思えて仕方が無かったのだ。

「とにかく……ありがとう。ココット。俺は、やる。」

アレンの眼が、変わった。倒れている巨体。しかし、攻撃を止めないその機体は、止めなければならない。

ブライティスは、ビームセイバーを展開した。やがて、両手部マニピュレーターでサーベルラックを把持し、ビーム刃がそのまま、突き刺さる様に降下していく――

「やああああああっ!!!」

そのまま急降下し、ヴァイダーのコクピットを突き刺した。弱点を突いたブライティス。そして、分厚い装甲で覆われていたコクピットはビーム粒子の熱により、爆発を起こしたのだ。

 爆発を起こしたコクピットは、剥き出しになる。そこに映る、リノアスの姿。アレンはその姿を見て、思わず叫んだ。

「何故、君がここに居る!?こんな所で!!君みたいな女の子が!こんな事!!!」

ロンドンを壊滅状態に陥れたヴァイダーガンダム。そのパイロットの正体は、知っている少女であるという事実は、アレンに衝撃を与えた。

 今、ブライティスのコクピットから見えている彼女の姿。それは、表情を一切変える事のない、ロングヘアーの少女がただ、座っている姿だったのである。

「今、助ける――」

 

ガキィンッ

 

その時だ。上空に存在していた、マドラ級戦艦が四隻、同時にワイヤーアンカーを展開したのである。それらは一斉にヴァイダーガンダムに絡まる様に展開し、そのまま、巨体を持ち上げて行く。

 ヴァイダーがダメージを受けた事を把握したフークが、すぐに指示を出し、撤退命令を出したのだ。ロンドンへの侵攻は充分に果たした。その上での、判断なのだろう。

「待て!君は――」

アレンは、身動きが取れていないリノアスを見て、思わず叫んだ――

 

『貴方の暖かさは、忘れない――』

 

アレンは、不思議な感触に包まれていた。一体、今の感触は何だというのか。リノアスから、

聞こえたような気がした先の感触は、アレンを困惑させている。

(今のは……)

巨体はそのままドーバー海峡を越え、撤退していく。それに伴い、他の新生連邦の部隊も全て、撤退を開始したのであった。

 イギリス国首都、ロンドン。その地は、瞬く間に廃墟と化した。新生連邦による襲撃は、大きな傷跡を残す事となったのであった――

 デウス動乱時、激戦区となっていたこの地は平和国連盟が積極的に復興作業を行っていた事により、戦後になって平和国連盟にとって重要な拠点として在り続けていた。しかし新生連邦の宣戦布告が災いし、結果、このような参事を許す結果となってしまった。復興が進み、平和への道を歩みだそうとしていた地は、もうない。あるのは、ヴァイダーガンダムをはじめとした新生連邦が蹂躙した、跡だけが残ったのであった――

 

 

 

セイントバードも上空から壊滅したロンドンの町を見ていた。そのあまりにも無残な光景にショックを隠せないクルー達。

ジャンヌの依頼を受け、ロンドンを守る筈だった彼等。しかし結果は新生連邦に蹂躙を許す形となってしまった。そのような事があって、良いのだろうか。見るも無残な光景。かつて人々が賑わっていた場所に、人は、居ない。皆、新生連邦に殺された。シェルターに逃げた人間も居たとはいえ、圧倒的な火力は全てを滅ぼす力を持っていた。

強大な力を前に、彼等は無力だったのであった。

「……我々は何の為に出撃したのだ……?このような結果になるとは……」

ネルソンは、悔しくて仕方がない様子だった。新生連邦によって壊滅させられたロンドンの姿を見て、壁に拳を殴りつける。

「戦争は……もう始まっているんですね……」

エリィは、ブリッジから、焼野原と化した街を見ていた。そして、そこには先の闘いで奮闘していたパイロット達、皆が集まっていたのだ。

「僕……あれを止めようとしました……でも……ダメでした……僕が……悪いんです……あの時にあの姉妹に気を取られていなかったら……こんな事には……」

「私だって……こんな事……」

レイと、スバキがそれぞれ、悔しさを吐露した。

「乗ってたパイロットは……もう、何も言う事聞かないと思う……。」

スバキが口にした言葉を聞き、クルー皆が、反応した。

「知り合いなのか?」

ネルソンが、言った。

「前に日本でね。ちょっとの間だったけど。でも、もう駄目だ。あいつはもう、こんな惨い事をしても止まらないんだよ。こんな事……」

スバキは、歯を食い縛り、握り拳と作った。僅かな時間とはいえ、リノアスとの人間関係を築いた彼女だが、それを無視して動いたジェノサイド・マシンと化したリノアスを、止める力は残念ながら、彼女には無かったのであった。

 新生連邦政府。平和国連盟に宣戦布告をし、その際に出撃しなかったジェノサイド・マシンをここにきて投入した、組織は圧倒的な火力でロンドンの街を蹂躙した。破壊を止められなかった彼等は、ただ、呆然とこの廃墟と化した街を、見る事しか出来なかったのであった――

 

 

 

シュネルギアも、上空からロンドンの街を見ていた。無残に広がる光景は、彼等の心境を抉る事しか出来ない。

「これが、ロンドンの街……私達は、止められませんでした……」

この、絶望的な景色を見て、苦悩するジャンヌ。しかしそれは、アレン達も同様だった。

 ただ、目の前に広がる残酷な景色は彼等の表情を暗くさせるのに、十分な役割を果たしている。新生連邦の横暴を許し、一般市民が大勢虐殺された。その上、ロンドン首相、エイゲル・ヴァーナーの死も、この時に確認されたのであった――

「ジャンヌ様、国連戦艦より入電。合流を希望する……と。」

「……分かりました。向かいましょう。」

突如、残存していた国連の戦艦から連絡が入った。今回協力していた国連軍の残存勢力。彼等からの連絡に、彼女は静かに、応じるのであった。

 

 

 

その後、シュネルギアは、国連の水上艦と合流した。水上に浮かぶ形となった、シュネルギアと一隻の、水上艦。彼女は、生き残っていたその、艦長と話をする事になった。

「ジャンヌ嬢。先の戦闘では世話になった。ただ、残念な事にはなったが……」

無残に広がるロンドンの光景は、彼等の心をも蝕むのだ。

「構いません。このような事態ですもの……」

俯くジャンヌ。その中で、艦長の男が言った。

「この状況下で大変恐縮なのだが……実は、国連の戦力であるヴァントガンダムを、そちらに渡したいと、考えている。今回、君達は多大な貢献をしてくれた。この状況ではあるが、国連の協力者として、今後とも協力をお願いしたい。今回、君達に紹介するのは新人のパイロットではあるが、受け入れて貰えるだろうか。」

突然の提案。だが、国連との関係もある。ジャンヌは心置きなく、受け入れる。

「ええ、大丈夫ですわ。」

それを聞き、艦長の男は指を何度か屈曲させ、側に居た、新人パイロットの人間を呼び寄せた。

緊張している様子の、その人間。ショートヘアではあるが、どこか顔立ちは愛らしい。

だがこの時、アレンはその人間に既視感を覚えていた。やがて、それが明確になった時、思わず口を開いた。

「もしかして、あの時の子か!?」

それは、戦闘中にアレンが助けた女パイロットである。どこかおぼつかない様子の人間だった彼女。その人間が、シュネルギアに配属される事になったのであった。

「アレン、ご存知なのですか?」

「戦っている時に……襲われてた子だ。俺が、助けた。」

まさかの、偶然だった。ここに、アレンが助けたパイロットが姿を見せる等、思ってもみなかった事だからである。

「あ、あの……あの時は、ありがとうございました!あ……えと……改めまして……シュネルギアに配属……される事になりました……えーっと……あ、アイリィです!アイリィ・トゥールです!!!よ、よろしくお願いします!!」

内心でホッと、安心する彼女。アイリィ・トゥールと言う名前の少女は、僅か十七歳で国連に入隊した新米パイロットである。

 彼女は何故、シュネルギアに配属される事になったのか。それは、国連の協力者であり、軍とは異なる組織であるアステル家に所属する事が、彼女の成長に繋がりやすいと考えた、その艦長の男の判断に寄るものだったのであった。正式な軍ではなく、あえて協力してくれているアステル家と共に、新生連邦に対して戦って行こうという、事。それを理解してもらった上で、アイリィはシュネルギアへの配属になったのであった。

 こうした事が出来るのも、平和国連盟とアステル家の信頼関係が大きく影響していると、言えた。それがなければ、このような事はあり得なかっただろう。デウス動乱戦後になり、アステル家と平和国連盟の絆は、深いものと、言えたのであった。

「よろしくお願いします、アイリィさん。」

「あ、はい!!!」

アイリィはジャンヌと手を繋ぎ、嬉しそうに微笑んでいた。

 新たなクルーを加えたシュネルギアであったのだが、現実的な問題が残っている。それは、廃墟と化したロンドンの街の復興と言う課題が、残っていた。それは、残された国連の人間達が協力し、少しずつだが復興への道を歩む事になるのであるが、やはり、それには、時間を要するのであった――

 

 

 

 その夜。移動するシュネルギア内にて。アレンはココットと同じ部屋に居た。ヴァイダーガンダムとの交戦を経て、彼は自身の無力さを思い知っていたのである。だが、その中で唯一の救いと言えたのは、ココット・メルリーゼの存在だったのだ。

 戦闘中に感じた、彼女の声。それがアレンを救った。この事から、彼女は力を持つ存在に目覚めつつある事が分かる。それは、恐らくシンギュラルタイプの力だろう。

「不思議だった。君の声が聞こえたんだよ。あの時に……」

「分からない。私、ただ、必死だったから。」

ベッドの上で、寄り添う、二人。

「君は、シンギュラルタイプの力を持っているのかも知れない。その……レヴィーとか、ガーストが持っているとされる、力だ。」

ココットは総司令とも顔見知りである。故に、アレンの言葉に反応するのだ。

「分からない。ただ、必死だったから……」

ココットは明らかに困惑している。自身に起きた力とは、何か。何も、分からないのだから無理もない。

「俺はさ、ココットがそんな力を持ってくれるのは心強いと、思うんだよ。」

ふと、アレンが言った。

「あんな無残な光景を見ても、ブライティスに乗って感情のコントロールが保てるのも、君という存在を認識出来るから。それが、今回改めて出来たとは思う。その……こんな惨事の後で言う言葉じゃ、無いとは思うけど。」

アレンは、頭を掻きながら言った。

「でも、私ね、思う事があるの。」

今度は、ココットが言った。

「不謹慎かも知れないけど……あんなに多くの人が死んでしまったのにね……どうしてだろう……アレンの事が、とても愛しいの……アレン……抱いて欲しいよ……」

「……俺もだ……」

それは、人の本能の一つなのかも知れない。残酷な光景や、人の死に直面した時。人は、身近に存在する人間を求める。死を意識した時、人は生を求めるのだ。そして、その生は愛情へと変化を変えていく――

 

チュッ

 

二人は、僅かな接吻を交わした。二人しか居ない部屋で、その、ベッドの上で。

「私って、最低な女……なのかな。あんな後で、こんな……」

「俺だって、最低な男だと思う。あんな光景を見た上で、ココットを求めてしまうなんて……」

「私、死にたくない……でもこれって、我儘なんだと、思う。分かっているけど……」

「……俺も。分かっている。けど……」

互いの視線が合った後、彼等は、再び接吻を交わしていく。今度は、長い時間。口唇の温もりが、互いに感じられていた。

 

 

 絡み合う、舌。接吻だけで止まらない両者の行為はエスカレートしていく。互いの服を脱がせ、愛する者に対して見せるその生まれたままの姿は互いの感情を、より昂らせるのだ。

 アレンはココットの乳房に触れ、ココットも、アレンの陰茎に触れていく。剥き出しになっていく互いの欲は、留まらない。

 多くの人の死を見てしまったが故の、愛する者同士の欲は、生への執着へと変化する。皮肉にも、残酷な光景は両者の愛情をより、高まらせる効果を持つのだ。

 “行為”はそのまま行われた。アレンは、ひたすらココットを求め、腰を振るう。離したく無い、離れたく無い、別れたく無いという意志や欲望が、二人を覆うのだ。絡み合う吐息は二人だけの部屋に漏れ、互いを欲情させていく。

ココットの華奢な身体の上に、アレンの細くも逞しい身体が覆う形での後背位での接触は、まるでヒト以外の哺乳類同士の交尾に似た本能的な動きをもたらしていく。筋繊維が見えんとばかりのアレンの臀部はその逞しさを物語っている。彼はそのまま、背後からココットの性器をひたすらに打ち付け、欲望の象徴を吐き出さんと、動き続ける。

「ココット……俺、もう……!」

「いいよ……イって……んぁぅっ……!」

「うぅ……っ……!はっ……あぁ……っ……!くぁっ……!」

快感に満ちたアレンは、最愛の人間であるココットの中で、その欲望の象徴を吐き出し、ベッドの上で果てたのだった。

 




第四十七話投了。

圧倒的な力でロンドンを蹂躙したヴァイダーガンダム。
この戦闘を機に、世界はより混迷に満ちていく。


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第四十八話 揺れる平和国

ヴァイダーガンダム襲撃後の平和国連盟の話。世界は大きく動いていきます。
今回は政治的な話が多いので難しい内容かも知れません。


 

 平和国連盟は、大きく揺れていた。ヴァイダーガンダムによる襲撃。この出来事は、最高議長であるチャールに対して大きな衝撃を与えたのであった。

先のヴァイダーガンダム襲撃から一ヶ月が経過した十一月上旬。平和国連盟本部のあるニューヨーク、旧国際連合施設にて、各国の一部代表が集まり、緊急会議を行なっていた。先のグレートブリテン島の襲撃や、オペレーション・デモリッション・クリエイションの事を全て含んだ、話し合いである。

「新生連邦がこのような横暴を行うなど!このままでは平和維持どころか、下手をすれば世界が滅ぼされる可能性さえ有り得ます!しかも、彼らはメディアを買収し、我々を悪と決めつけるような情報操作までする始末!最早滅茶苦茶としか、言い様がありません!」

モニターに映し出されているヴァイダーガンダムの姿を見て、声を荒げる、一部代表達。

「議長!最早一刻の猶予もありません!我々も、徹底的に攻めなくてはなりません!平和主義に反する事は分かっていても、これでは、犠牲者を出すばかりです!!」

やはり、そのような主張が出る事は当然と言えた。チャール・ポレクが掲げる平和主義の存在により、新生連邦軍の横暴を許し、結果的にロンドンを崩壊させる事に繋がった。それを非難する声が上がるのは、至極当然だ。しかし――

「それだけは避けなければならない!平和主義が何の為に存在しているのか!それは、恒久和平の実現に繋げる為に必要であるが故の主義だからですよ!平和国連盟の国連軍が、武力介入を行う事は断じてあってはならない!それは、戦争状態の泥沼化に一役買う事に繋がります!それこそ、奴等の思う壺です!」

その意見も、間違ってはいないと言える。だが先の侵攻の後でのその言葉は、“無”に等しいのだ。

その間にも、他の一部代表達が論議を続けていた。

「やはり……平和は……武器を持って勝ち取らなければならないのかも知れないな。」

「しかしそれでは争いを招く!デウス動乱の二の舞だぞ!」

「だが連中はこちらが何もしない事を良い事にロンドンを襲撃し、多くの犠牲者を出した!これ以上の横暴は許されん!」

「しかしねぇ!復興してきている世界なのに、これ以上、人の手で地球を汚染する気か!」

「短期的な戦争状況はやむを得ない状況と言えますよ!先の動乱では戦争の長期化が大きな要因だった!」

「どの道被害を受けるのは罪なき市民だ!我々が戦争を容認し、早期終結を望めば、平和はすぐに訪れる!」

賛成派と、反対派の意見が大きく分かれている。平和主義は、果たして本当に必要なのか。その、戦争の萌芽を早く紡ぐ事も考えなければならないのではないかと、考える代表の姿もある。

 以前から上がってたこの論争は、ここにきて、より、活発になっていくのだ。

「本来、我々はMSなど保有してはならないのです。しかしそれは無理な話である。現に、主力機体であるヴァントガンダムが無数に生産されているのだから無理もなのですよ。」

チャールが、突如口を開いた。それを聞く、代表達。

「そもそも、国連の本来の活動目的は被災地のレスキュー活動やテロリストからの防衛等、そう言ったものの為に国連は存在しているのだ。他への侵攻の為に存在している組織ではない。新生連邦にも軍の存在は矛盾しているとは言われたよ。だが、そうした目的があって、国連は存在している!だからこそ、今まで保つことが出来た!」

平和国連盟が所持している軍、国連軍。その規模は膨大であり、先のロンドン襲撃においてもヴァントガンダムは多数投入されていった。だが、本来はチャールの言うように、災害地派遣等、平和維持活動目的で軍は存在している。その存在を、新生連邦には指摘された事があるが、それでも彼は意志を曲げることは無かった。

「本来、平和国連盟は新生連邦という組織に対する監視の下結成された組織であり、その下で使用されているのが国連の戦力ですよ。国連の役割は、その、脅威から市民を守る為にMSが利用される。だから国連は市民に被害を与え無いように努力をしなくてはならない。しかしあの戦いではそれは、全く意味を成さなかった!だからと言って新生連邦を攻め、市民を巻添えにして殺せという考えは論外だ!新生連邦は市民を守るなどと言った処置はまずとらないでしょう!そうなれば罪なき市民が死んでいく……これがどう言う事か分かるか!?最早、新生連邦軍と行動が変わらない!」

チャールが、それらの言葉を放った後、再び、口を開けた。

「新生連邦総司令、レヴィー・ダイルと直接会談を申し込む。武力による衝突は避けなければならない!ならば、対話のテーブルを設けるべきだ!」

あろうことか、先の状況を見たにも関わらず、チャールは“対談”で新生連邦と話をしようと、考えていたのだ。

 それはアルメジャン紛争の際に決裂した筈だった。互いのガードマンから放たれた銃声が、両者の立場を悪化させた。なのに、チャールは再び会談のテーブルを設けようというのだ。

「滅茶苦茶だ!奴等がそれを素直に聞くと思えない!」

「しかし、平和主義の存続が出来るのならばそれも良い判断では――」

「それが通用する相手ならばこのような参事を招く筈がないでしょう!」

再び荒れる、場。だが、チャールがそう決定したのならば、その会談の場は作られる事になるのだ。

 

 

 

 この情報が流れた時、世間は大きく荒れた。ロンドンの襲撃が生じ、数多の犠牲者を出したにも関わらず、まだ対話をしようとするチャール・ポレク。各メディアはこれを痛烈に批判。SNS上でも、荒れる意見。チャールへの批判が集中した。

 無論、全ての人間がこれを否定している訳ではないのだが、やはり世論の大半は対話ではなく、何かしらの手段を行わなければならないという意見が、大半を占めていたのであった。

 つまり、これは世論が戦争を求めているという状況だった。皮肉にも、チャール・ポレクが掲げた平和主義の存在が災いし、結果的に世論は先のデウス動乱の状態を望むという事になる。これは、本来あってはならない恐ろしい事であった。

 その上、SNS上やメディアでは、平和国連盟に関する黒い話題が、多く流れてしまっていた。例えば、平和主義の為の税金は所属国の議員達が横領し、それを使って豪遊したり、別荘や豪邸を建てるといった話も相次いでいたのである。

 これ自体は、以前から生じていた問題だ。だが先のロンドン襲撃で平和国連盟の存在の在り方を疑問視する世論が、より、平和国連盟を疑う姿勢を持つ事になったのである。

 これには、多くのマスコミ関係者が平和国連盟の存在に着目していた。最高議長であるチャール・ポレクの黒い噂等をスクープするメディア会社の存在さえも出現する始末である。

 更に悪い事に、こうした情報と言うのはあらゆる形式で世界各地に拡散される。SNSにしても、著名人ともいえるインフルエンサーや、メディアの情報。そして、動画配信等でその視聴数を稼ぐ為に利用する者等。チャール・ポレクの平和主義の真相について知ろうとする人間の存在も相次ぎ、それに対する不透明な噂話や、“平和国連盟の関係者”という名の、本当に存在するかも怪しい人間の存在等が、浮き彫りになる始末。そして、果てには女性関係のスキャンダルといった、低俗な内容まで。

 今、世間はチャール・ポレクに視線が向いている。チャールの姿が映った瞬間に悪質なヘイトスピーチを行う者まで現れ、SNS上では炎上が相次ぎ、果ては殺害予告まで出る事態となった。

 無論、どれが真相であるのかは分からない。それは、平和国連盟と言う組織が余りに巨大な組織であり、尚且つ平和主義によって保守的で在り続けた結果が、皮肉にも現在の世界情勢を作り出しているといるのであった。

 副議長であり、側近であったソネル・パリシムを銃撃で亡くした今、チャールはどうすれば良いか、分からないでいた。平和国連盟の在り方や、その軍隊である国連軍。それらは今後の世界ではどう在れば良いのか。

「私は、不思議でならん事がある。ソネルが亡き今、何故弟である君が、副議長を務める事が、出来ているのか……が。」

ソネルが殺害された後、副議長は別の人間が担っていた。それも、彼の思想とは180°異なる人間が、副議長を行うという、極めて、異例な出来事であったのだ。

「私自身も、不思議ですよ。一つ言える事は、私は世論を読んでいると、いう事です。議長。」

そこに居たのは、ソネルの弟、ギルス・パリシムだった。彼は反平和主義の人間であり、チャールに対して反対意見を述べた事があった。ソネル・パリシムの弟でありながら、平和主義とは異なる意見を出す、この男。

 では何故この若い男が、今、副議長の座にあるというのか。これには、彼自身の“力”が影響していたのであった。

「会談内容、楽しみにしております。」

どこか、不気味な笑みを浮かべるギルス。相反する意見を持つギルスが副議長と言う立場。チャール・ポレクは、相談する相手が居ない状態だった。

やがて、彼は何も、見出せないまま、新生連邦とのビデオ会談を迎える事になる。

 

 

 

平和国連盟と新生連邦との会談が行われていた。チャールと総司令、レヴィー・ダイルの会談は戦争状態になり、初めてだ。

「まさか、そちらから会談を申し込んでくるとは思いもしませんでした。どういった件で、我々と話をしようと思われているのですか。」

総司令の声が聞こえた時、チャールは言った。

「我々が、戦う必要はあるのかという、率直な疑問です。」

そう言う、チャールの声は、どこか、弱々しく聞こえる。

「先日にそちらのMSがロンドンを壊滅させました。先のデウス動乱でもデウス帝国軍と激戦区となっていた地。復興の為、平和国連盟は尽力を注いできた地を、新生連邦軍は蹂躙しました。国連だけでなく、都市に住んでいた住民さえも、数百万人の犠牲者を出す事になりました。その上で、ロンドンのエイゲル・ヴァーナー首相もお亡くなりになっております。これは最早虐殺を遥かに上回っていると言えます。それを、これ以上続ける必要がありますか。」

チャールは、あろうことか、内に秘めていた思案を、直接伝えたのだ。そこに秘めている言葉は、いずれもが新生連邦に対する感情、そのものだ。

 あくまでも平和国連盟と新生連邦は対等である。そう考えるのが、チャール・ポレクの考えなのである。しかし、総司令は口を開いた。

「敵性勢力の存在を排除するのは至極当然と言えます。それは、平和主義を唱えておきながら軍を所持している貴方方平和国連盟の矛盾を、断ち切る為でもあります。新生連邦は戦後になり、戦力増強を続けてきました。その結果が今の世界です。脅威を排除するのは、戦争では当然。その戦力が無くなれば、世界は一つの勢力の下、治安を保つ事が出来ます。」

彼の言葉に感情は入っていない。まるで、チャールの意見を聞き入れる気が無い様子だった。

「しかし、それで多くの罪無き人々を巻き込むような殺戮行動を起こす事は理解しかねます!人を減らしていく世界を作り出そうとするのが新生連邦なのですか!?」

これに対し、総司令は再び言った。

「我々は、配慮した上で攻撃を行ったに過ぎません。侵攻に犠牲者が伴うのは至極当然。市民を避難させるのは平和国連盟、貴方方の仕事では?我々は軍を派遣したに過ぎない。それだけなのです。」

あくまでも、国連を攻撃すると言った総司令。一般市民の犠牲の責任は、平和国連盟にあると、言っているのだ。

「あのような蹂躙をしておいて、よくもそのような事が言える……!

今のチャールが会談の場に居るのは危険だ。最早、感情論でそれを推そうとしている。ロンドンの襲撃ばかりを引き合いにし、それ以上の話の展開が出来ていない。

「残念ですが、チャール・ポレク代表。貴方の言いたい事が分かり兼ねます。では、私からも伺いますが平和主義を唱えておきながら、何故あれ程の規模の戦力を持っているのですか。災害地派遣やテロリストからの防衛目的と言う大義名分からは明らかに逸脱しているとしか言いようがない、戦力の数。我が軍が侵攻した際に存在していた巨艦の存在等。それは、平和国連盟に“本当”に必要な戦力と言えるのですか。」

それは、アッサラームの事だ。全長1キロメートルはあろう巨艦の存在は、平和国連盟の平和主義と矛盾している存在として十分な存在と、言えたのである。

「そもそも平和国連盟は我々が対立する以前から多くの兵器を製作していますね。それは、現在の世のような、状況になった事を想定していたという可能性も考えられるのではないのですか?つまりは、始めから我々と戦う気でいたのですか。」

「それは……」

ここに来て、チャールは更に弱腰になっていく。この場で弱気を見せる事は危険だ。平和国連盟と言う立場が窮地に追い遣られかねない。

 外交というのは非常に重要だ。例えば国同士の交渉等で、その外交の交渉が決裂したり、弱気で居てしまう事は直接、自国民へ悪影響を及ぼす。強大な国が相手ならば尚の事。不利な条約を突きつけられる事も有り得るのだ。今のチャールの場合は、それが著明だった。彼が弱腰という事は、平和国連盟に所属する国々に不利な状況が降りかかるという事である。

「単純に考え、平和と最も矛盾している存在。それは兵器です。その兵器を大量に製作している貴方方のその目的は、何か。答える事は出来ますか。」

この質問にも、チャールは答えられない。完全にこの会談は、総司令が有利に動いている。平和国連盟の決定的な矛盾を突く総司令。チャール・ポレクは感情的になり、先の侵攻に対しての非難しか、出来ない。

「逆に聞くが!貴方方は、あのような虐殺行為をして恥ずかしいと思わないのか!?アルメジャンの件でも、ロンドンの件においても!!!」

質問に質問で返す構図は、最早見ていられない。完全に総司令に押されているチャール・ポレク。

 この会談の様子は全世界に配信されている。生中継だ。その間にも、SNSや動画配信サイトには数多くのコメントが寄せられている。

「チャール・ポレク最高議長に、一つお伝えしておきたい事があります。」

「何でしょうか……?」

総司令は、彼の目を見て、言った。

「もし、貴方方平和国連盟が新生連邦と一つになる事を宣言するのならば、犠牲者は減る事になるでしょう。何故ならば、“そこ”に脅威が存在しない世界になるからです。」

今度は、総司令が押してきた。平和国連盟と言う組織を撤廃し、新生連邦政府と一つになる。その事を飲めば、全てが丸く収まると、言ってきたのである。

「戦力が存在するから争いは起きます。そして、先のような犠牲者が出ます。ならば、組織そのものを解体さえしてしまえば、良い。それが平和を作り出す最大の近道です。我々はこれを強く推奨します。」

「そんな、事を……!」

新生連邦の傘下になれば、戦争状態は落ち着くだろう。だが、それが本当の平和に繋がると、言えるのだろうか。

 戦後軍備増強をしてきた新生連邦軍は、平和国連盟の監視の下ではあったが多くの犠牲者を出し続けてきた。それ自体が、果たして平和な世界情勢と言えるのか。否、言える筈がない。だからこそ、ジャンヌ達が立ち上がっていたのだから。

 その最大の抵抗勢力と言える平和国連盟の、国連が屈服する事がある事は許されない。しかし、今のチャールにその考えは、浮かびそうになかったのだ。

「一週間、待ちます。それまでに、返答をお待ちしています。」

そう言った後、総司令が映っていたモニターは、切られた。それと同時に、生中継は途切れたのだった。

 会談を開き、対話を試みた筈が、寧ろ相手のペースに踊らされ、最終的には平和国連盟の解体を迫られるという状況になってしまうという、最悪の事態になった。これはチャール・ポレクにとって大きな屈辱であり、平和国連盟の加盟国にも明らかに、悪影響を与える結果となったのだ。

 もし、平和国連盟が解体すれば世界は新生連邦のみの世界となる。確かに、ロンドンの襲撃のような悲劇は起きなくなるかも知れない。だが、結果的に多くの犠牲者を生み出す可能性が高い世界を作り出す結果になる。

 平和主義があるが故に、侵攻も出来ず、対話さえも成り立たない状況。チャール・ポレクは窮地に陥っていたのであった――

 

 

 

会談の後、総司令は自室に戻る。そこに居る、ソフィアと短い会話を交わしていた。彼の事を肯定する人間、ソフィア・ブレンクス。今の総司令にとって、なくてはならない存在と言える人間だ。

「大衆は、先の大戦で何も学ぶ事なく戦争を選んだ。ロンドンの襲撃での平和国連盟への新生連邦への批判を見れば明らかだ。その矛先は、いつしか平和国連盟の平和主義の存在に向けられている。僕の起こした事に対して否定をする者は今や数少ない。戦争を反対と、何も考えずに叫ぶ事は簡単でも数多の情報が加われば、その思考が揺らぐのは当然。」

総司令は、そっと、溜息を吐いた。

「レヴィー様は世界を導いています。この戦争は、必要な戦争であると思っています。」

彼の言葉に、賛同をするソフィア。

「ロンドンの襲撃を見た人間が、例え僕が一方的な暴君と呼ばれる事があったとしても、その意見は揺らぐよ。平和国連盟の平和主義によって守られなかったと。新生連邦は世界に在り続ける。大衆は戦力を持つ存在と、戦争を否定しつつ兵器を作っている平和国連盟とでは、最終的に筋を貫いた方が勝者となる。例え、それが侵略行為やジェノサイドと、呼ばれても。」

その言葉は、傍から見れば狂気でしかない。民間人を巻き込んだ殺戮行為等許される筈がない。しかし、いつしか大衆というのは批判の矛先が変化していく。非人道的な行為があり、仮にそれが全世界に情報が流れるような事があったとしても、一定数支持する人間も居る。その声が大きければ大きい程、大衆の意見は次第に揺らぐ。やがては、平和を望む筈なのに平和とは遠くの事となってしまうのだ。

「人道、非人道に限らず、その力を持つ存在が世界を制し、統一するのは世の定めだ。反発があろうと、いつしかそれらは統一されていく。平和国連盟は、どう出るのだろうか。大人しく新生連邦の傘下に入り、連盟の解体や国連の解体を行うのだろうか。」

それは、彼にも分からない。既に批判を受けている平和国連盟は、追い詰められている状況でどのように舵を執るというのか。

 

 

 

「どうすれば……これから……」

会談の後、一人、部屋で頭を抱えているチャール。返答を求められるのは三日後。それまでに、彼はどうすれば良いのだろうか、分からないでいた。

 

コンッ

 

ドアを叩く、音が聞こえた。入室許可をする、チャール。

 そこに居たのは、ギルス・パリシムだった。副議長であり、メキシコの一部代表を務めている彼。まるで、チャールが会談を終えたタイミングを見計らったかの如くの、入室だった。

「会談、お疲れ様でした。議長。まさかの展開になりましたね。新生連邦の傘下に入るかも知れない選択肢。これは、由々しき事態ですね。」

副議長と言う立場でありながら、まるでチャールを挑発するかのように語る、ギルス。

「だから、私はずっと言っていたではありませんか。平和主義はもう、この時代に不必要な存在。平和国連盟が存続する為にも、国連は新生連邦に対する唯一の軍。それを全て新生連邦に譲渡してしまうというのは、国連も黙ってはいませんよ。」

明らかな冷やかしだ。余裕のない状況のチャールは、これを聞き、怒りを感じずにはいられなかった。

 最高議長と言う立場であり、尚且つ平和国連盟や加盟国の権限を担っている存在が、揺れている。それは、危険以外の何者でもない。

「君がソネルから副議長の座を引き継いでいた時から気になってはいた。何故、君のような人間が副議長になれたのだ?」

ここで、チャールからの疑問の声が上がる。副議長になるにも、選挙活動が必要だ。それは平和国連盟の加盟国の住民からの投票で行われる仕組みになっている。チャール・ポレクの直々の推薦では、無いのである。

「私を支持して下さる人々がおりまして。その上で、議長を支えなければならないと判断しておりますよ。」

そうは言うが、思想が真逆の人間が副議長になるという事は、チャールにとって不安でしかないのだ。

 しかし、ギルスが副議長に就任してからは、国連軍に軍備が着実に増強していたのだ。この事を、チャールは知らないでいた。全ては、ギルスが一人で行った事。彼が副議長の座に居られるのは、何らかの暗躍があった可能性が高い。

 こうした事情は、世論にもある程度知られている。軍備関係の情報が乗せられた時、ギルス・パリシムの功績がSNS等の情報媒体に載せられているのだ。

 先のオペレーション・デモリッション・クリエイションでヴァントガンダムを駆り出す事が出来たのは、ギルスの手腕によるものとも、言われている。結果的にそれが、国連と言う組織の被害を抑える事にも繋がっていたのだ。こうした背景もあり、ギルスは副議長としては実は、確固たる地位を築いていたのであった。

「議長。時代はもう、変わってきております。世論は既に、戦争を望む声が出ております。平和主義は、もう捨て去るべきものだと、私は考えておりますがね。」

と、囁くギルス。

「実際、平和主義によって国連の一部の人間が新生連邦に寝返り、あろうことか、国連に反旗を翻したかも知れないという報告も受けています。もしそれが、本当ならば由々しき事態ですよ。その際、ポルトガルの一部代表であったザビール・エルケス一部代表は先のオペレーション以降、行方不明となっております。何らかの関連があったのではないかと、推測は出来ます。」

その言葉を、どこか笑みを浮かべて語る、ギルス。その出来事は事実ではあるが、戦闘中の出来事は不明確であることが、多い。所詮、あくまでも、“推測”に過ぎない。

多くの出来事が重なった。新生連邦の宣戦布告、ロンドンの強襲。その上での、新生連邦の傘下になるという話。これらの事はチャールを苦しめるのに、十分な効力を持つ。

その上でのギルス・パリシムの発言は、チャールの心境を逆撫でし、逆鱗に触れる事になるのだった。

「平和主義は必要なのだ!戦争行為をする事は、あってはならない!!!」

脳内で多くの出来事が処理できないが故に、ただ、掲げている平和主義に拘るチャール。この場におけるその言葉は、ただ、空しく響くだけだ。

しかしチャールは、あくまでも武力介入を許さない。それに対する、ギルス・パリシムの戦争に賛成しようとする姿勢は揺るがない。

「平和主義は如何なる状況でも守られなくてはならない!貴様、何故これ程に戦争に拘る!?武力で何もかも解決しようとするその姿勢が、許されて良い筈が――」

 

ジャキンッ

 

その時だった。ギルスはチャールに向け、銃を突き付けたのだ。懐に入れていた拳銃の存在は彼を黙らせるのに、十分な効果を持つ。

「やれやれ、レヴィー・ダイルにまで言い負かされて、世論にも侮辱されて……所詮貴方のような石頭に何を言っても無駄と言う事ですよ。兄は貴方に忠実だったかも知れない。しかし兄の考えも間違っていた。何故なら、貴方と同じ考えだから。」

ギルスの指が引き金に触れた。チャールの汗が額から静かに垂れる。

「やはり、本性を出したな。ギルス・パリシム!それで、私を殺す気か……?」

突然の状況は、チャールを困惑させる。以前から何かを隠しているとは思っていたチャールだったが、ここにきて、ギルスが彼に銃口を向けるという凶行に出たのである。

「議長。貴方がその考えを改めない限り、この引き金を引きますよ。」

「私を殺しても……何にもならないぞ……」

チャールから見れば、ギルスは感情が暴走したが故に、自身を殺そうとしているように見えたのだろう。

だが、実際は違う。その証拠に、ギルスは笑っている。

「議長。貴方の後は私が継ぎます。その意味は、お分かりですね?」

「なんだと……?」

突然、ギルスはそう言ったのだ。チャールの後を継ぐ。それは、彼が次の議長になると言う事だ。

 基本的には最高議長になるには副議長と同様、選挙を勝たなければならない。余程のイレギュラーが無い限りは、最高議長には任期があり、最大八年。P.C歴になり、平和国連盟になった時に法改正し、平和国連盟の所属国民に選挙権が与えられる。そこから選ばれた一部代表が、最高議長の立場に立つことが出来るのだ。

チャール・ポレクはデウス動乱時から平和主義の存在を徹底的に推していた人間であり、多くの協力者を経て、今の立場にあった。

 だが時代が変わり、彼の思考は只の障害以外の何者でも、無くなってきていたのであった。

そして、その“イレギュラー”が、彼の前に起きようとしていた――

「ここで貴方を殺し、私が貴方を殺したと言う証拠を消し、完全犯罪とするのです。そして貴方が死んだ事で、自動的に私が議長の座に上がります。これも、平和国連盟の制度のお陰……と、言うべきでしょうか。」

万が一、議長が殺害される事があれば、すぐに代理を立てなければならない。それが、副議長である。彼の野望は、ソネルが暗殺された時から、既に始まっていたと言えたのだ。

「……貴様が議長になれば世界はより、混迷に繋がるだけだ……貴様のような野心家の人間ならば!」

「さあ、それはどうでしょうかね。チャール・ポレク。」

ギルスはニヤリと笑った。その間も銃を突き付け、チャールは身動きが取れない。

「以前の新生連邦によるロンドン襲撃により、多くの犠牲者が出ました。そのような事があっても、今の平和国連盟は自ら攻撃を行おうとしない。その姿勢に不満を抱く民衆は多いのですよ。今こそ、国連も戦う姿勢を見せなければ新生連邦の横暴を許すだけ。幾人かは真実を知っているにも関わらず、情報統制を徹底する新生連邦。我々はこのままメディアの誘導通りに悪人扱いされ続ける事、それはあってはならないのですよ。」

ギルス・パリシム。この男の本当の目的が、今、明らかになる。

「今までの平和国連盟は、今から死にます。貴方が死ぬ事でね。そして、新しい平和国連盟が誕生します!武力行使によって平和を勝ち取る、新たなる世界へ!!」

勝ち誇った顔をする、ギルス。一方で、屈辱に満ちた表情を浮かべる、チャール。まるで両者を対比するかのように、表情に差が生まれている。

「貴様……!貴様のような人間が、平和国の議長になるなど……!」

彼は悔んだ。このまま自分が殺され、ギルスが新たな議長となれば平和国は確実に新生連邦と同じような道を歩んでしまう……そう思うと悔しくて仕方が無いのだ。

 だが、現実は無慈悲だ。目の前に迫る死を、誰もが認識できない状況であったのだから――

「まあ、貴方の場合はその石頭をあの世でしっかりと、冷やして来て下さい。では、さようなら。」

 

パァンッ

 

無機質な銃声が部屋で響いた。それと同時に部屋の中で総司令は頭から血を流し、倒れた。

「貴方がいけないんです……貴方がね……」

証拠の隠滅を行った後に、最後に、見せつけるかの如く、笑みを浮かべてギルスは部屋から去った。何事も、無かったかのように。

 

 

 

チャール・ポレクの死を受けた平和国連盟は、騒然としていた。ニュース速報により、チャール・ポレクの死は瞬く間に伝わり、各地で再び話題と、なったのだ。

この件に関して、関係者がインタビューに答えるのだが、誰もが真相に気付いていない。犯人はギルス・パリシムであるのだが、誰もが疑う余地を見せない。

 まず、ロンドンの襲撃の衝撃が大きかった事、平和国連盟内で平和主義の在り方が議論されていたという事、そして、先の新生連邦との会談で弱腰になっていたという事。これらが全て重なり、チャール・ポレクは心身ともに追い込まれていたと、いつしか誰もが憶測するようになった。いつしか、彼は“自殺”と言う形で次第に処理をされていく事になる。

 チャールの死から三日が経過した。この時から、ギルス・パリシムのシナリオ通りに、彼がすぐに最高議長の座に就くことになった。

 旧国際連合施設前にて。マスメディアを前に、新最高議長となったギルス・パリシムが姿を見せた。そして、彼はカメラの前で、演説を始める。

 

「先日のチャール・ポレク元議長の自殺は、衝撃を与えました。私は彼の意思を継ぎ、平和国連盟の最高議長として、平和の為に、尽力をしていきます。ですが、まずは今のこのご時世を読んでいかなければならない。我々は、平和を掴まなければならない。私は、チャール・ポレク元議長の平和主義には、賛成していました。しかし、それは臨機応変に対応が出来ないという致命的な問題を抱えておりました。先の新生連邦政府による、ロンドンの襲撃は記憶に新しいでしょう。新生連邦政府は、自らの手で地球という、全ての生物の母なる地を汚染していました。本来、これには制裁を加えなければならないのにも関わらず、平和主義がそれを妨害してきました。結果、数百万もの尊い命が失われました。これに対抗する為には、何が必要か?それは、“力”です。力を行使し、我々は立ち上がらなければなりません。守る為に、戦う。それが、新たなる平和国連盟の立ち上げです!!恒久和平の実現の為に、我々は立ち上がらなければなりません!新たなる平和国連盟は、国連軍に力を与えていきます。一部代表を介する事は、この世界に於いては遅すぎるのです!新たなる世界を、作り出していきましょう!そして、“真”の平和を勝ち取るのです!!!」

 

チャール・ポレクの死から一夜。新たなる平和国最高議長、ギルス・パリシムが誕生した瞬間であった。この演説を聞いた、世論の意見は分かれていた。平和主義を推す者も居た為だ。

 しかし、皮肉も大多数の世論は彼の演説を快く受け入れていた。新生連邦軍によるロンドンへの侵攻は、世論へ大きな影響を与えていたのである。

 これも、ギルスの狙いだった。世論を味方にする。この事が、彼の野望の第一歩。そして、軍備の増強をしていく。これも、彼の目的。

 それは、新生連邦政府と全く同じ事である。力の権限を国連に与える事により、積極的な戦争状態を作り出す。軍部に力を与える事が如何に危険であるかは、歴史が証明している筈なのだが、この男はそれを行おうとしているのだ。

彼の野望は始まったばかりだった。武力による平和。それが、ギルス・パリシムの望む理想の世界なのであった。

 

 

 

 演説から、更に三日が経過した日。この日は、元々チャールに対して新生連邦が、傘下に加わるかの選択の期日であった。しかし、チャールの死により、状況が一転していた。

しかし、チャールと入れ替わるかの如く、新議長となっていたギルスは、総司令に対して再びビデオ会談を行った。この時、レヴィー・ダイルの表情は、チャールの時と比べ、明らかに警戒をしている様子だったのだ。

「先日の演説は拝見しました。ギルス・パリシム新最高議長。あれは、我が軍に対する宣戦布告と見做して宜しいでしょうか。」

それに対し、ギルスは静かに、言った。

「レヴィー・ダイル総司令。目には目を、歯には歯をという言葉があります。これの起源というのは、西暦以前の旧世紀のバビロニアを統治した、ハンブラビ法典です。要は、平等でなければならないという事です。新生連邦政府軍が攻撃をするという事は、討たれてもおかしくはないという事です。それは、例え宇宙進出が進んだ現代においても、地球人同士の戦争が起きたとしても、何ら変わりません。戦争と言うのは、そうやって行いますよ。」

総司令が率直に感じたもの。それは、ギルス・パリシムという男が狂気に満ちているという事だ。

「既に、メキシコ湾に軍の派遣を要請しています。国連軍の兵士、皆が新生連邦軍に対する恨みを抱えているそうです。」

「軍の派遣……?」

総司令は、平和国連盟の違いを感じ取っていた。明らかに、今まで彼が感じていたものと、違う異様な感覚。

 その後両者の会談は当然ながら決裂。総司令は平和国連盟が新生連邦の傘下に入るものと考えていたが故に、予想していたものと異なる事態になった事に、驚愕していたのであった。

 

 

 

新代表、ギルスの要請を受けた国連軍。彼の言うように、メキシコ湾にて先のロンドンの襲撃の報復と言わんばかりに、新生連邦の艦隊を強襲した。それは、今までの平和国連盟からは想像できない光景だった。

国連は六隻の水上艦を使い、ヴァントガンダムを出撃させ、ビームライフルにて、攻撃を続ける。

この、国連の部隊が今襲っているのはエファン・ドゥーリア率いる艦隊だった。メキシコ湾に在住していた、彼が率いる水上艦以外の、三隻の艦隊を強襲していた。

現在、エファンは艦長席に座っていた。襲撃を行って来る国連軍の動きを、洞察していたのである。

「まさか、国連攻撃を加えてくるとはな……想像すらしなかった。チャール・ポレクが死んでから僅かな期間で、世界情勢は更に混迷を極めているな。」

国連からの攻撃は、まるで憎しみを込めているかの如き攻撃だ。蹂躙された報復と言わんばかりに、容赦のない攻撃が迫る。ビームライフルによる嵐や、ミサイルによる、砲撃。

 この時、ヴァントガンダムには脚部にミサイルが搭載されていた。ヴァイダーガンダムによる襲撃で、バリアーフィールドジェネレーターに対する対抗措置として、国連軍は全機のヴァントガンダムにミサイル装備を義務付けていたのである。

「少佐は、アーヴァインには搭乗なされないのですか?」

兵士の一人が、言った。

「乗るまでもない。」

と、一言言った。今回、エファンは艦の指揮を行う。彼の指揮に合わせるように、ジョゼフが出撃。可動式キャノンを腋窩部から展開可能なそれらが、一斉にヴァントガンダムに向けられる。

 ビーム粒子が飛び交う、メキシコ湾上。粒子の熱はMSを攻撃し、破壊する。それによって墜落する機体の姿も、あった。

だが、国連の水上艦に搭載されているヴァントガンダムの数は多い。攻める事を覚えた国連の力は、新生連邦を予想以上に凌駕しているのだ。

「先のロンドンでの報復行動という訳か。平和主義の放棄。やはり状況によって組織の在り方は変わる。そして、それが泥沼になり、やがて戦争は拡大する。それらは今まで築いた文化をも破壊するか。」

一人、呟くエファン。その際、彼は別の指揮を行った。

「ビーム砲を前方に向け、発射。ジョゼフ隊三機を戻せ。その後キャノンを展開。粒子残量に気を付けてな。」

その指示通りに動く、ジョゼフ隊。やがて、彼の指示通りに、再び腋窩部からキャノンが展開される――

 

ドバアアアアアアアアアッ

 

「そう。まとめて片付けろ。」

ビーム粒子が放たれ、国連の水上艦は一度に二隻が轟沈した。そこから、畳みかけるようにミサイル砲撃を行う、エファン。

 これらが猛威を振るい、ミサイルは一斉に国連の水上艦の上に落ちる。大規模な爆発に、成す術がない国連兵達。

「あの艦、何者が指揮をしている!?的確過ぎる……」

ある、一隻の水上艦の佐官が呟いた。その艦を指揮しているのはエファンであることを知らない彼は、反撃の為にビーム砲、実弾キャノンを放つよう、指示。

 戦艦同士の艦隊戦。それは、機動力、及び火力がものをいう戦術だ。ただ、むやみにビームやミサイルを放てばよいというものでは、ない。

 やがて国連の艦はエファンの指揮する艦に接近し、そのまま、砲身を向け、ビームを放とうとするが――

「撃て」

エファンがそう指揮した直後に、実弾キャノンを向けた。それは、ブリッジに向けられ、一撃で沈められたのである。

この戦闘は、三隻しかなかった新生連邦の艦隊が勝利を収めた。半分の戦力であるにも関わらず、彼の判断は、新生連邦を勝利に導く。

今回の戦闘では国連が敗北する形となったのだが、この一戦は新生連邦に対し、国連の猛威を見せつけるきっかけとなった。チャール・ポレクが死んでから一週間。世界情勢は、大きく変化しつつあったのである。

「さて、世界はどう動く……か。人間とは、争いからは逃れられない定めか。」

艦長席にて、エファンは撤退していく国連軍の水上艦を見て、そっと、呟いていた。

 




第四十八話、投了。
チャール・ポレクの殺害、そして新代表、ギルス・パリシム。この男が議長となった平和国連盟は今後、武力による平和を勝ち取ろうとしていく。


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第四十九話 帝国、デウスの影

メイド・ヘヴン主役回。デウス帝国残党軍の暗躍の話。
新型MS、デスゲイズ登場。


 

 平和国連盟の議長であったチャール・ポレクが謎の死を遂げ、副議長であったギルス・パリシムが新最高議長となる、約一月前の出来事。その日は、ヴァイダーガンダムがロンドンを襲撃する三日前でもある。ウィリアと海辺の喫茶店で話していた際に、突然謎の男に呼び止められたメイド。

それに応じるかのように、メイドは男と共に行動する。男は車を持っており、メイドはその中に入った。男は運転席に、メイドは助手席に乗る。

やがて車を走らせる、男。やがて、二人が着いた場所は閑静な町だった。男は、その町の中にある、喫茶店内にメイドを誘導する。

席に座った両者。だが、メイドはこの時不機嫌そうな表情で男を見ていた。再び喫茶店に連れられた為、デジャヴを感じていたのである。それがメイドには不快だったのだ。

「で……話ってなんだよ。て言うかお前な、俺はお前のような〝知らないおじさん〟に付いて行ってんだぞ。ガキん時に習わなかったのかよ。知らない人について行っては行けませんって。それはつまり、大きくなっても誘拐をしてはいけませんって事だぞ。て言うかまず名前を名乗れや。」

と、自分を連れて行った初対面の相手に対し、容赦のない罵詈雑言を浴びせるメイド。

「貴方がそれ程に文句を言いたくなる気持ちはよく分かります。ですから先に名を名乗っておきましょう。」

男は、先に注文したコーヒーを一口啜り、テーブルに置いた。

「私はアルメス・ラグナ。デウス帝国の者です。」

メイドもその時にコーヒーを飲もうとしていたのだが、〝デウス〟と言う言葉を聞いて指を滑らせ、コーヒーの入ったカップを割ってしまった。

「デウス……だと?」

「ええ。」

アルメスという名の、男はデウス帝国の人間と言った。それがメイドにとっては不可解で仕方が無かった。

デウス帝国は先の大戦で地球連邦に敗北した一大国家だ。その歴史は百五十年以上前に及ぶ。長い歴史の中で対立していた地球連邦とデウス帝国の決着は、デウス動乱を経て着いた筈だったのだ。今、メイドの前に居るのはその、残党の人間という事になる。

「お、ほぉ。何を抜かしてやがんだよ。デウスは滅びたんだ筈だろォ?だから俺も地球でぶらりと過ごしてンだわな。」

これに対し、アルメスは、咳払いをして、言った。

「滅びた……と言う言い方をすると語弊が生まれますね。確かに、デウス帝国はその勢力を弱め、戦後に武力の解体をする事になりました。結果、本国は連邦の管轄下に置かれる事となり、デウス思想の人間は宇宙の端に追い遣られているのが現状です。しかし、我々は先の戦争から、生き延びました。そして、生き残ったデウスの志を持つ者達は、地球から見て月の裏側に存在する、とある小惑星に逃げ込みました。」

「小惑星……ん?デウス軍に小惑星なんかあったか?」

メイドは首を傾げ、言った。

「ええ。元々デウス軍のMSの装甲素材であるCメタルの原形となる金属成分を採掘する為に存在していた小惑星がありました。名は、アポカリプス。」

聞き慣れない単語だった。小惑星アポカリプス。それは、どのような存在と言うのか。月の裏側に、そのような小惑星がある事も聞いた事がない。

「アポカリプス……?なんやその中二病っぽい名前」

欠伸をしつつ、彼は近くにあった布巾でこぼしたコーヒーを拭き取りながら聞いた。アルメスは馬鹿にされた気分で少々辛かったが、気を取り直して解説を始める。

「小惑星アポカリプス。そこにあった空洞を利用し、そこを基地にして、戦後に完成させました。アポカリプスには、今でもデウスに対して忠誠を尽くす生き残りの兵士が存在します。デウス兵は戦後になって二つに分かれました。一つは国を無くし、行く宛も無くなった兵士達はデウスの誇りを捨て、地球連邦の言いなりになると言わんばかりに、地球に移住するようになった者が居ます。しかし、全ての人間がそうではありません。私のようにデウスの信念を貫き通す者もいます。今、お伝えしました、アポカリプスには私のような人間が多く存在しています。」

男は、メイドに対して熱い視線を送っている。彼のデウス帝国に対する忠誠心は、その様子から、“本物”であるとされた。

アルメスの言うように、デウス帝国はその、戦力が失われている状態である。だからこそ、彼を始めとするデウスの残党軍は、元々はMSの装甲を作る為のCメタルの原形となる金属成分を採掘する為に利用していた小惑星であるアポカリプスを改造し、現在は彼等の居城としていたのである。

 本国のあるCコロニー14群は、現在は新生連邦の自治下にある。事実上、デウス帝国としての機能を成していない状態だ。新生連邦に対して多額の金銭を取られている状況であり、貧困層が多く、とてもではないが、生活に適している環境ではないとされている。今はセイントバードチームである、ガースト・ピュアスもそれが原因で地球に移住する事になっていた。

彼等のようなデウス帝国の再興を願う有志が、小惑星、アポカリプスに移り住んでいるという訳である。

「雀の巣作り見てぇなことしてんのな。それよりも、じゃあなんでてめえは地球に居るんだよ。俺を見つけるためにわざわざ来たってのか?」

「私はそうです。数ヶ月前に地球へ来ました。ですが、アポカリプスからの使者として他にも沢山のデウス兵が地球にいます。」

次に、メイドが疑問を伝えた。

「つーか、なんで俺が生きているって分かったんだ?」

「情報ですよ。丁度我々デウスに情報を売ってくれる地球の人間が存在したものですから。運が良かったですよ。ただ、それ以外の情報は一切不明ですが。ただ、貴方の名前が地球で確認できたことが明らかになったので、貴方を必死に探していました。」

メイドは、何処か不満げな表情を浮かべていた。

「いや、つーかなんでわざわざ俺を呼んだんだよ。」

メイドは耳を小指で掻く動作を行うのとは対照的に、アルメスは真剣な表情をして言った。

「単刀直入に言います。是非とも、貴方の協力が必要なのです。貴方にアポカリプスへ来て頂きたいのです。」

その言葉に対し、メイドは店の中にも関わらず怒鳴った。

「はぁ!?ざっけんな!なんで俺がわざわざ宇宙に行かなきゃならねえんだよ!冗談じゃねえぞこのヤロォォォー!!!」

メイドの声は店内に響き、見せにいた全員が彼等の方向を見た。アルメスは動揺し、メイドを落ち着かせるように言う。

「落ち着いて下さい。周りの人に迷惑ですよ。」

そうは言うが、メイドからすれば迷惑な話だ。突然呼ばれ、内容を聞けば宇宙に行けという内容。確かに彼は元デウス帝国の所属であり、活動をしていた人間ではあったが、今になってそう言われても、困惑するのは当然と言える。

「事情を、説明致しましょう。」

アルメスは、再び一旦咳払いをした後に、彼に来てほしい理由を説明し始めた。

「現在、月には連邦軍の膨大な基地、“シン・ナンナ”が存在しています。アポカリプスはその裏側に存在します。ただ……月基地には〝X-9〟と言う名の、破壊兵器が存在するのです。幸い、アポカリプスの位置は悟られていません。新生連邦もただの小惑星と思っていることでしょう。ですがもし悟られた場合は確実に破壊されてしまうのは間違いありません。我々はこの破壊兵器の存在を破壊するために幾度も攻撃を仕掛けました。プライドを捨て、テロリストと偽り。けれども連邦軍は我々デウスの技術を用いたMSを大量に投入して来たのです。その為、現在となっては旧式のMSである、ディエルやゴルモンテでは太刀打ちできませんでした。」

人員は愚か、資金繰りが厳しい状況のデウス残党軍では、現在の新生連邦軍に太刀打ちする事は難しい。その為、月に存在する兵器であるX-9の破壊は、困難を極めたのであった。

「そこで貴方にお願いがあるのです。そのX-9を破壊して頂きたいのです。」

アルメスの懸命な台詞とは対照的に、メイドは欠伸をしながら言った。

「ふぁぁ……まあ、長々と説明ご苦労さん。そもそも聞きたいんだけどさ、その、“シックスナイン”を破壊しないと行けない理由って何よ。」

アルメスは、やや、顔をしかめて言った。

「X-9(エックスナイン)です。その兵器は、我がデウス帝国の再興をする上で大きな障壁となっております。これを、突破しない限り、我がデウス軍は動き出す事が難しい状況なのです。」

それでも、メイドは乗り気でない様子だった。

 突然デウス帝国の人間が現れたと思えば、直接交渉で、月に存在する兵器の破壊を行えという依頼を受けた。地球上での生活が長かったメイドからすれば、違和感でしかない、出来事と言えたのだ。

「不服そうですね。無論、“無償”とは言いません。参加をしていただいた暁には報酬金……そして成功した暁にも報酬金を授けましょう。」

“金”の話が出た。彼は地球上で氷河族として活動をしているが、当然報酬は発生している。だが、問題はその額だ。その額が、氷河族のものより多いのならば、無論、参加する意義がある。

「どれぐらい出せるか、教えろ。」

高圧的なメイド。それを、受け入れる、アルメス。

「この額で、どうでしょうか。」

彼はEフォンを見せた。そこに映る金額は、メイドが氷河族で活動している時以上の額を見せていたのである。

 この瞬間、メイドの表情は大きく変わった。やはり金銭が絡むと、人はそのコンディションを高める効果があるというのだろうか。

「おー、ええやん。気に入ったわ。それなら、まあやってやってもいいぜぇ。まあ、任せとけや!俺の技量があればディエルでも何でも操ってやるよ!」

先程の不満げな表情は、何処へ行ったのか。高額な額を貰える事が分かり、喜びを感じているのだろう。

その額を見て喜ぶメイドに対し、アルメスは言った。その様子は周りの客に見られていたが、彼等はそのような事等、気にしていない様子だった。

「いえ……貴方には是非とも乗っていただきたいMSがあります。貴方のようなシンギュラルタイプにしか扱えないMSです。」

「俺に乗って欲しいMS?いや、つーか、なんで俺がシンギュラルタイプだって分かるんだ?」

何気ない疑問。シンギュラルタイプと断定するデータと言うのは、存在しない筈だ。その定義すら不明確なのに、アルメスはメイドが、“シンギュラルタイプ”と単語を放ったのである。

「戦時中の貴方の戦闘データです。命中率、射撃、撃破数……全てにおいて、基準値を上回っています。このデータ上では、シンギュラルタイプと認められています。」

と、アルメスは別の端末をメイドに見せる。

「そんなモン残ってんのかよ。やらしいなぁデータっつーのはよォ。」

「だからこそ、貴方が生きていた事は光栄なのですよ。」

言動こそ問題はあるが、メイド・ヘヴンの実力は、デウス帝国でも折り紙付きであった事が、この時点で伺える。帝国の使者が遥々、地球まで来た事が何よりの証と言えたのだ。

「まあ、いいや。この前さ、グラントロールを壊された所だしな。どんな機体に乗れるのかは興味あるね。」

グラントロール。それはメイドが現在ここにいる前に乗っていた機体である。オペレーション・デモリッション・クリエイションの混乱の中、シュネルギアを襲撃する為に出撃したが、アレンの乗るブライティスガンダムによって返り討ちに遭っているのだ。

「それは貴方の乗っていた機体ですか?」

「ああ。ほとんど俺の監修が入ったカスタム機体でさぁ、デザインはお好みよ。目からビームもあったし。」

会話の中で、独自の言葉を発するメイドだが、アルメスは表情を一つ変えず、言った。

「ならば、丁度良かったと、言うべきでしょうか。デウス帝国が戦後になり、来るべき地球連邦への侵攻の為に作成していた機体があります。それが、先日完成したばかりです。しかし、それを操る事が出来るパイロットの存在が居ないという問題が生じておりました。その中で貴方に会うことが出来た。これは、縁と呼ぶべきでしょうか。」

「そういう言い方やめーや気色悪いわ。」

と、茶化すようにメイドは言った。しかし、アルメスが提示した機体は、自分のような人間しか扱えない機体と言う事で、メイドは興味を示している。まるで子供のようにアルメスの眼前に近づき、笑みを浮かべる。

「で、写真は?」

「お見せできません。」

「ファッ!?」

機体のデザインが無いという事で、驚愕する、メイド。

「これには理由があります。高額報酬が与えられるからには、それ相応の条件がある訳です。我々としてもようやく貴方と言うパイロットを見つけることが出来ました。ここで、拒否される事は今後の行動にも響きます。」

メイドは、これに対して溜息を吐いた。

「それにね、いくら貴方が強くても、旧式のディエルでX-9を破壊に至るには無理があります。いくら強力な機体が存在していても、結局はパイロットが不在であれば意味を成しません。その為の、MSなのです。」

この時、メイドは腕を組み、少しばかり考える。高額報酬は美味しい。その上で彼は戦場を暴れることが出来る。これは、彼にとって一石二鳥だ。それに与えられる新型機体。条件としては、十分だった。

「よっしゃ、そうと決まったら出発おしんこー!」

メイドはその場で立ち上がり、言った。アルメスは、彼の心境の変化に驚愕していた。

「随分と、早い決断ですね。交渉は成立という事で、宜しいですね。」

「おうよ。アポカリ……なんちゃら中二病ネームが糞連邦に悟られて破壊されていたらどうするんだよ!こういう時間も無駄なんだよ!オラ、行くぞ。」

すぐにその場を立ち上がり、店を出ようとする、メイド。

 だがそこへ店員が現れた。無論、そのまま店を出る事は、無銭飲食になる。

「お客様。お代をまだ頂いていないのですが。」

と、怒りの表情を浮かべる店員。

「お、そうだな。払わなきゃ」

 

スッ

 

すると、メイドはポケットからやや皺が入っている札束を取り出し、それを店員に渡した。その束は、明らかにコーヒー二杯の代金よりも上回っている。しかも、メイド達は何も言わないで去って行ったのだ。これに対し、店員の表情は一転。困惑しつつも、内心で喜んでいた。

「あ、あの……こんなに……えっ……?」

それを見て、周囲の客はどっと、笑っていた。

 

 

 

その出来事から、更に三日が経過した。この間、まずは宇宙へ行くシャトル便に乗らなくてはいけない。民間宇宙航行会社のシャトル便を手配し、それに乗り込む。

そこから大気圏を離脱し、まず、彼等はハブコロニーに向かった。他のコロニーや月へ向かう為の中継地点となるそこに移動した後に、更に別のシャトル便に乗る必要がある。このシャトルこそ、デウス帝国が関係しているシャトルだ。ハブコロニーは中立コロニーであり、デウスや連邦とも関係がある場所となっている。故に、表向きはデウス帝国内の民間宇宙航行会社を装っていても、怪しまれる事はほとんどないと言えたのだ。

そのシャトルに乗っている最中。彼等は間近で月の姿を見た。やがて、大規模な月面基地、シン・ナンナと思われる基地の前を通過する。その際、宇宙戦艦が数十隻存在しているのを確認した。

「あれです。メイド・ヘヴン様。」

「へぇ。随分と立派な、デカブツじゃねえの」

近くをシャトルが通った時。巨大な機械がそこにあった。先端には砲門らしい穴がある。メイドはそれを見て感じた。〝X-9は恐らくあれだ……〟と。

X-9は、戦後になって新生連邦に作成された巨大兵器である。膨大なプラズマ粒子貯蔵タンクを貯蔵しているその巨大兵器。このような兵器が必要となる理由としては、新生連邦への脅威の排除が目的だ。デウス動乱以後、軍備増強を掲げて来た新生連邦。その影響は、地球から38万キロメートル離れた、ここ、月にも影響を与えていたのであった。

その先端は360°回転するようになっており、自由にそれを撃つ事が出来るようになっている。その目的は、デウス帝国のような敵性勢力の監視、抑止力である。

宇宙にまで広がった生活圏ではあるが、結局、人は地球と言う重力から縛られる運命なのだろう。皮肉にも、宇宙で生活を送る人々を縛り付ける戒めの象徴が、このX-9と言えるのであった。

無論、アポカリプスの存在が新生連邦に目を付けられた場合、確実にX-9はアポカリプスを破壊するだろう。今のデウス残党軍にとっては、この存在が脅威以外の何者でもなかったのであった。

 

 

 小惑星、アポカリプスが近付いて来た。全長推定30キロメートル。突起物が幾重に重なっているような、歪な形状をした要塞である。元々そこはCメタルの発掘場として、かつてのデウス帝国が資源衛星にしていた小惑星だったのだが、アルメスの言うように、戦後になってデウス残党軍の拠点として存在するようになっている。周辺にはデウス帝国のMSである、ゴルモンテタイプの機体が数機、見られた。それらが誘導灯を出し、シャトルをアポカリプス内へ誘導していく。

やがて、シャトルは入港した。メイド達はその場から降り、そのまま、案内をされる。

「ご苦労様です、アルメス指令!」

敬礼をする、兵士。この様子から、アルメスは相当慕われている人間である事が、分かる。

「へぇ、偉いさんって訳かよ。」

「これでもデウス動乱時は前線で指揮を執っておりましたからね。優秀な部下も、居てましたよ。皆、死んでいった。今になって彼等がどうなっているのかも、私には分かりませんよ。」

アルメスは地位の高い人間だった。だが、それでもメイドに対して丁寧に振舞っている。その理由は、やはり、彼にデウスの機体に乗ってほしいという希望が、強いのだろう。

やがて、それに伴うように、シャトルの周辺にいた兵士達はメイドに対し、歓迎するかのように挨拶をした。

「メイド・ヘヴン様も、お待ちしておりました。戦時中の活躍は拝見しております。」

そう言われ、メイドはやや、上機嫌になった。

「ほぉぉ。お迎えかよ。あれやな、貴族とか金持ちの連中の気持ちってやつだな?」

と、冗談を言うメイド。

「んで、例の新型はどこかなーっと――」

メイドがそう言った時、アルメスが彼の言葉を止めた。

「メイド様。先にお伝えしておきたい事があります。」

言葉を聞いたメイドは、舌打ちを打った。

「おぅ、早くしろよ。」

アルメスは、静かに口を開く。

「我々、デウスは今でこそ、月の裏側に隠れている存在ですが、軍備が完璧に整えばいつでも、今の連邦政府に対して宣戦布告を考えています。しかし先の大戦でほとんど壊滅してしまった我が軍です。その再興にはどうしても、時間を要するのです。今、貴方が見て頂いている景色や人々は、その数少ない同胞達。地球連邦の愚民共がこうした世界を作り出してしまった。貴方が我々デウス帝国に協力するという事は、少なくともその志を理解してもらわなければならないと、いう事です。」

デウス帝国と地球連邦の戦争の歴史は、長い。その長い争いがあったが故に、長く地球から離れていた人々から見れば、先の戦争でその勢力を失い、地球連邦と言う戒めの存在が勢力を拡大している現状が、許せない状態と、言えた。

「地球連邦に良い様に利用されて、志を失った同胞も数知れません。その背景に、デウス帝国と言うだけで虐殺、拷問をされた者も、存在します。これは、我々にとって屈辱でしかないのです。その上で、あのX-9は間違いなく、戒めの象徴として存在しています。我々は、なんとしてもあれを破壊しなければならないのです。」

ここに来て、気持が高ぶったアルメスは、改めて自身の信念をメイドに伝えたのだ。

 しかし、メイドはこれに対し、あまり関心を抱いていなかったのである。

「へぇ~なぁるほどなぁ~確かに俺も兄者とデウスでを傭兵してたから今が大変なのは分かる。それは、分かる。でもさぁ、軍備が整ったところで勝てるのかよ。俺は戦後、地球に居てたけどな、今の糞連邦の連中はお前等が考えている以上に、力をつけてるぞ。見せたろか?これが証拠だぜぇ。」

そう言って彼はアルメスにEフォンを見せた。

「これは……!?」

それは、ヴァイダーガンダムがロンドンを強襲している姿であった。彼はEフォンに映る動画を、デウスの兵士達に見せた。

動画に映るヴァイダーガンダムと、その近くに映っている国連のヴァントガンダム。その機体の大きさは段違いで、このような、巨大な兵器を作っていたという事実にアルメスは目を疑った。

「これが、今の連邦のMSですか!?こんな巨大な機体が……しかも、これは我々にとって忌むべき存在のガンダムタイプではありませんか!」

ガンダムと言う存在は、デウス帝国にとっては忌むべき象徴として存在している。最初の開戦時に、当時の地球連邦軍が初めて作成したMS、ファースト・ガンダム。それらが最初のクリスタル・ウォーの際にデウス帝国を敗北に追いやった事実は、彼等の意思にも引き継がれているのだ。

 故に、デウス帝国はガンダムと冠する機体を作ることは無い。それは、彼等の意地であったのだ。

「お前らが倒そうとしている糞連邦は、なんでか知らねーがデウス動乱当時以上に戦力が増強されてる。それに対して、力を付けていた筈の戦力ですらさ、コテンパンにされちゃってさ、糞連邦の連中に良い様に利用されているような連中の残党がさ、勝てる相手とは思えねぇんだよなぁ。」

戦後の新生連邦の軍備増強は、彼等を絶望させる効果を持つ。それは、余りに恐ろしい光景だった。

 絶大な破壊力を秘めているヴァイダーガンダムが、その街を蹂躙する姿。このガンダムの破壊力もそうだが、それ以外にも違う意見が、出てきた。

「同じ地球人の筈なのに、何故このような事をしているのですか?内乱?それにしては、余りにやる事が凄惨過ぎる……」

これに対し、アルメスは言った。

「今、地球人は新生連邦軍と、国際平和連合と言う勢力同士が対立している状況なのだ。地球に潜伏している同胞が、情報を教えてくれていた。だがまさか、このような事をしてくるとは思わなかったが……」

アルメスの言葉により、兵士達は地球が内乱状態にある事を把握した。だがそれにしても、度が過ぎている。こうした破壊行為を同じ地球上に向けて出来るという異常。彼等は、今の連邦軍が如何に力を付け、尚且つ狂っているのかを目の当たりにしたのであった。

「しかし……我々も負ける訳には行きませんよ。こんな事で屈する訳にはいきません。例え、忌むべき地球連邦がいかに力を付けようとも……」

動画を見て、一度は意気消沈したアルメス。だが、彼はそっと呼吸を行い、右手を一度広げた後、強く握り出した。

「……メイド様、行きましょう。奥に貴方の駆るMSが用意されています。」

「おぅ、早くしろよ。」

改めて、決意を固めたように、アルメスの表情は険しかった。一方で、メイドの表情は、まるで玩具を与えられた子供のような表情をしていた。

 

 

 

彼等が辿り着いた場所MSが収納されていた。かつてのデウス帝国が使用していた機体が、そこには存在している。

手前に存在しているのは、ディエルタイプだ。それはデウス動乱時に最もデウス帝国が使用していた量産型MSである。その砂漠仕様の機体は、アスーカルが率いていた砂漠の狩人にも用いられた。

それ以外にも、宇宙用の重MS、ゴルモンテの姿もある。型式番号、DMS-97、ゴルモンテ。ビームバズーカを中心とした砲撃戦を得意とする、機体だ。ここに存在しているのは、このゴルモンテの改修機体、ゴルモンテMk-Ⅱである。ビームバズーカ以外にも左肩部に直接存在している大型のシールドが特徴的な、機体だ。

その中で、メイドはとある、MSの前まで誘導された。周囲に存在するディエルやゴルモンテよりも全高が高い大型。機体カラーは黒。その、一件奇抜にも見える機体が、メイドの新たな機体であった。

「貴方の乗るMS……DXX-R04デスゲイズです。」

「ほー!ええやん!」

デスゲイズ。型式番号、DXX-R04。全高は約26メートル程度の大型MSである。漆黒のウイングが、バックパックに搭載されており、前腕部には二連装のビームキャノン、腹部にも巨大なビームカノンの砲門の姿が見える。頭頂部は二等辺三角形の、独特の形状をしている、そのMS。

 機体の構造は、ディエルやゴルモンテタイプと違い、複雑に見えた。変形機構を有しているのだろうかと、メイドは思っていた。

「こいつは変形するのか?」

それに対し、兵士が言った。

「ええ。MAに変形します。」

メイドは、白い歯をにやりと、見せた。

「すげえじゃないかぁ!ちなみにさ、こいつは俺の機体になるんだよな?」

と、メイドはアルメスに聞いた。

「今回の作戦次第です。もし、成功すればその報酬として、貴方に授けようと考えております。」

そう言った時、兵士がアルメスに言った。

「指令、それは宜しいのですか?確かにメイド・ヘヴン様は過去にデウスに貢献した方ではありますが、正規軍ではありません。あくまでも、客将という立場です。」

「構わんよ。」

と、アルメスが言った後に、兵士は黙る。

本来、機密に近い存在を赤の他人同然の人間に託すという事は、組織が許さない事が多い。だが、アルメスはそれを分かった上で、言った。

「まあ、何にしても、メイド様がどのようにこの機体を扱うかによって決まってきます。見極めと言う、やつですよ。」

その際、アルメスは何故か、笑みを浮かべた。

「ちなみにですが、この機体は単体で大気圏突入や離脱能力、そして機体全体にバリアーフィールドジェネレーターシステムを備えてあります。その推進力、火力は全てにおいてディエルタイプの五倍、いや、それ以上と言っても過言ではありません。」

資金難の状況のデウス帝国。その中で、技術を駆使して作り出した結晶ともいえる兵器が、この、デスゲイズだったのだ。

アルメスが言うには、シンギュラルタイプ等の、力を有した人間でなければこれを扱う事は難しいという。それを聞き、メイドは舌を舐め、回した。

「見極めねぇ。そりゃ、面白そうじゃねぇの。こいつが貰えるなら戦争のし甲斐があるってモンだぜ。」

“戦争のし甲斐”。この言葉を聞き、それを少しばかり恐怖に思う人間も、中にはいた。

 戦争とは本来、好んでするような内容ではない。国家同士や巨大な組織同士が争い合い、戦争が起きる。誰だって、戦争を望んでいる訳ではない。

 しかしメイドは違う。彼は戦争を楽しもうとしている。それは、余りに危険な思考と言えたのであった。この時、兵士の中にはこの男にデスゲイズを預けるべきなのかと、疑問を投げかける者も居たという。

「んで、いつ作戦は決行すんのよ。」

機体を受け取ることは出来た。だが、問題は作戦だ。X-9の破壊。それが今回の依頼。その時間がいつになるのか分からない以上、彼は落ち着いていられない様子だったのだ。

「明日までお待ち下さい。作戦会議室にて、説明します。今日は長い航行でお疲れでしょう。休まれて下さい。」

アルメスは、メイドに気を遣うように言った。だが、メイドはこれに対し、どこか不満げな表情を浮かべていた。

 

 

 翌日。作戦会議が行われた。目標は、新生連邦月面基地、シン・ナンナに存在する破壊兵器、X-9。今まで残党軍が度々攻撃を仕掛けてきたのだが、悉く敗退。今回はデスゲイズを中心とした部隊を展開し、確実に、叩く作戦だった。

 X-9の周辺には新生連邦の宇宙戦艦、ヴィッシュ級宇宙巡洋艦が点在している。それは、かつてのデウス帝国の際に使用された巡洋艦の改修艦だ。更に、MSも展開されている。突破するには、難しい布陣とされた。

 しかし、メイドはこの図を見て、言った。

「あれなら出来るんじゃねえの?今までは雑魚機体ばっかりだったから出来なかった。あの強いヤツならやれるだろ。俺に任せろや!」

びしっと、自身の左母指を自らの顔に付け、メイドは語った。それを見て唖然とする、兵士達。

「ならば、任せるしかありませんね。」

と、アルメスは冷静に言った。

「よ、宜しいのですか?」

「構わんよ。それ程に実力があるのなら、実際に動かしてもらうしかない。宜しくお願いしますよ。メイド様。」

まるで、メイドを試しているかのような言動。しかし、メイドは妙な笑みを浮かべるだけだ。

「じゃあ任せろや。準備万端!いつでもいくどー」

と、作戦会議を中断し、そのままデスゲイズに向かって移動してしまったのだ。身勝手な彼の行動に、兵士の中には疑問を抱く者も、居た。

「ラグナ指令。やはりあのような者にデスゲイズを託すのは、どうなのかと思われますが……」

いくら客将のようなメイドであれ、彼の身勝手極まりない言動は兵士達の不満を溜める効果を持っていると、言えたのだ。先の発言の中にあった、“戦争のし甲斐”という言葉も含めて。

「我々には、時間が残されていない。ようやく我々が見つけた、デウス軍において戦うことが出来る人物が、メイド・ヘヴンだ。その実力に賭けるしかないのだ。」

この台詞から、今のデウス残党軍が如何に追い込まれている状況であるのかが分かる。失敗は許されない、作戦が今、始まろうとしていたのであった――

 

 

 

作戦開始の時間が来た。各機体がアポカリプスのMSデッキから展開されようとしている。新生連邦の機体と比較して、性能が劣る機体ばかりだ。その中で、一際大型のMSがあった。それが、メイドの駆る、デスゲイズであったのだ。

「各機、スタンバイOK!」

「モーラ機、発進!」

「次いでアラド機も発進!」

「クドカ機はそれに継げ。奴等に一泡吹かせてやれよ!」

各MSが、発進していく。それぞれの機体が、宇宙空間を、バーニアで展開し、標的であるX-9に迫っていくのだ。

 その中、コクピット内で歯を剥き出しにし、両指関節を握り、漆黒の機体であるデスゲイズに合わせたようなパイロットスーツを着用している、男の姿があった。メイド・ヘヴンである。

「宇宙なんざいつ以来だ?ブランクはあるかもやけど、まあ武装さえわかりゃあ後はなんとかなるってな。メイド、行ぃきぃまぁーすゥッ!」

 

ビゴォォォン

 

モノアイが、輝く。やがてカタパルトが射出され、その反動で、メイドの後継機に当たる機体、デスゲイズは起動したのだ。

デスゲイズは変形機構を駆使し、MA形態になった。両ウイングが左右に展開さ

れ、バックパックが頭部を覆う。両前腕部が前方を向くが、マニピュレーターは使用可能だ。脚部はバーニアの役割を果たす事になる。MAのデスゲイズは、まるで怪鳥のシルエットを描いていた。

「言っとくが俺は、最初からクライマックスなんだよなァァァー!!!」

そう言った後に、メイドはペダルを踏み、バーニアの出力を上げ、月基地へ向かっていった。それに続くように、ゴルモンテMk-Ⅱやディエルが向かうのであった。

 明らかに先行し過ぎているように見えたが、メイドはそれを気にしている様子ではなかったのである。

 

 

 

月基地に近付いた時、接近する機影に気付いた新生連邦軍はMS部隊を展開する。基地からはディーストやジョゼフ、エグゼマーが出撃した。散開するMS部隊。だが、メイドはそれらを気にする様子を見せない。何故、彼は初めて乗る機体だというのに、余裕の表情を浮かべているというのだろうか。

「こいつぁやべぇ……本能って奴か!グラントロールの比にならねェぞ、こいつぁ!!!」

肌身で感じる、デスゲイズの強さ。それは、それが単に最新兵器という訳ではない様子だったのである。

 

ピキィィィ

 

その時、メイドの脳内に電流が走った。歯を剥き出しにし、熱源に反応するMSを確認した後に、機体前腕部に搭載している二連装ビームキャノンの表面に装備されている、三本の有線式ビームサーベルを放ったのだ。

「記念すべき第一球、投げましたァァァ!!!」

 

ギュルルルッ

 

左右の前腕部に三つずつ搭載されているそれは、新生連邦のMSを尽く破壊していく。触手のようにうねる、ビーム刃は不規則な動きをし、獲物を確実に仕留めるのだ。

「う、うわあああ!」

瞬く間に、六機が一度に破壊されたのだ。

「ホホッ、これはなかなか……」

更に、デスゲイズはバックパックの先端からビームキャノンを連射。戦後になって初めての宇宙戦にも関わらず、まるでブランクを感じさせない動き。それは、彼自身の技量が大きく関係しているのだろう。

次々と、敵を破壊していくメイド。これらの機体は、最早、“雑魚”も同然と言えたのだ。それに負けぬように、動く、他のゴルモンテや、ディエル。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

デスゲイズに、ビームライフルが迫った。大型機体であるそれは、回避運動が間に合わない――

 

バイイイイイン

 

「び、ビームが効かないだぉと!?」

そのビームを放ったジョゼフのパイロットは、困惑していた。そして、メイドは舌を舐め、熱源の砲口に、前腕部に搭載している二連装ビームキャノンを放出し、あろう事か、一撃でディーストを破壊した。

デスゲイズにはツヴァイやブライティス同様、バリアーフィールドジェネレーターが搭載されている。それも、全身に。つまり、この機体にビームライフル等の遠距離砲撃は、一切通用しないという事だ。

「すげえじゃないかぁ!ビーム無敵!これはええぞ!ええぞ!」

これを受け、調子に乗ったメイド。そのままデスゲイズは変形させ、MSに変形した。そのまま、更に有線式ビームサーベルを、合計六本放出した。更に肩からはミサイルポッドを放出する。その上腹部には巨大なメガビーム砲があり、それを放出した。それらによって多数のディースト等が破壊されていく。

これを受け、士気が上がった残党軍の兵士達は、ゴルモンテMk-Ⅱを駆り、ビームバズーカを連射。ダメージを受けていたジョゼフがこれにより、破壊された。

この時、メイドが全機に命令した。

「聞けよ。俺がとっととX-9ってのを破壊するからよ、お前等は雑魚の相手をしてくれや!」

そう言うと全員が一言、〝了解〟と言った。そして彼は一人月基地内部へ向かう。それは、デスゲイズを操るメイドの強さを認めた何よりの証と言えたのだ。

やがて、再びMAに変形したデスゲイズ。MA形態でのデスゲイズの頭部はビームキャノンとして機能をする。他にも回転砲塔ガトリングが二つ備えられていた。武装の数が、他のMSの比にならない。

デスゲイズに近付いてくるディーストやジョゼフ。そんなものなどメイドにとっては雑魚同然だった。有線式ビームサーベルを展開して破壊していく。

やがてデスゲイズは降下を続け、月表面へ移動。漆黒の怪鳥はそのままX-9へ向かう。それを妨げるディーストやジョゼフ。ひたすらビームライフルを撃つ。だが、バリアーがこれらを弾く。ならばと言わんばかりに、ジョゼフは腕部からグレネードを放出する。しかし、デスゲイズはその機動性を活かし、回避を行うのだ。

「邪魔だてめえらァ!」

 

ダダダダダダダダダダ

 

デスゲイズはウイングの辺りに備えられているガトリングを放出した。ジョゼフはこれらによってダメージを受け、更に二連装ビームキャノンで破壊された。しかし新生連邦のMSの数は多い。これらを退け、メイドは単機、月面を単体で駆け抜けていく。

 事前に打ち合わせた作戦とは、何だったのか。まるで、デスゲイズの独壇場と言わんばかりの状況が、続いていたのである。

 

 

 

 X-9のコントロールセンターでは、突如出現したテロリストの集団に対して焦りを抱いていた。その、テロリストの正体がデウス残党軍であることを知らない彼等。その中に居る、強力な機体の存在に、その場にいた誰もが驚愕していたのであった。

「テロリストの中に、強力な機体が一機、紛れている模様です!」

「何だと!?MSの増援を寄こせ!その上で、MA、セーザムを起動!奴等、まさかX-9の破壊が目的なのか……?」

何度か攻撃を受けて来た事を知っていたのだが、その中にメイドの駆る機体が飛び抜けた強さを見せているのには気付かなかった様子だったのだ。

セーザム。型式番号、NFMA-DX09。新生連邦軍の拠点防衛用のMAであり、バリアーフィールドジェネレーターを搭載している。防御性に優れている機体であり、中央部に大型のビーム砲が一門、後部に無数のミサイルタンクを貯蔵している。それは、魚類の“ノコギリザメ”のような形状をしており、その砲身も込みで、バリアーフィールドが覆われているのである。

やがてそのセーザムは、X-9の、管制塔の前に出現した。メイドが来るのを待っていた。

 

その間にもデスゲイズはMSと戦っている。と言っても擦れ違い際に破壊しているだけだ。デスゲイズを足止めする為に、三機の旧連邦の機体、ジャスティスがヒートストリングスを射出し、それをデスゲイズの脚部に命中させる。その後、電撃攻撃によるダメージがメイドを襲うと思われた。しかし、この男にそれは通用しなかった。

「アホが!御苦労だな糞連邦ォ!」

その次の瞬間、デスゲイズのビーム刃が展開され、三機のジャスティスは瞬く間に串刺しになり、破壊された。いずれも、コクピットを的確に狙っていたのである。

「ハッ……あれかァ……」

ジャスティスを破壊した後、そのまま進んでいると彼の目にX-9と思われる機械が、映った。そしてそのままそこへ向かっていく。

 

             ドォォォォォォォォォォォ

 

その時、前方から極太のビームが飛んできた。回避を一度考えるが、デスゲイズにはバリアーフィールドが搭載されている。そのまま、ビームを受けるデスゲイズ。機体は揺れ、メイドはやや、驚愕していた。

「うおっ!なんだ!?防衛システムか?」

極太ビームはデスゲイズの後にいたディーストを巻き込み、破壊した。そして、メイドは臆する事なく、寧ろ前進していった。

「くたばれやぁ!」

そう言った後に、デスゲイズは巨大なバックパックの先端からビームキャノンを放出した。だが、セーザムにはバリアーフィールドが展開されている。バリアーフィールドが展開されているならば、実弾兵器で対処するしかない――そう考えたメイドは、一度機体をMS形態に変形し、ミサイルを放出。

だが、セーザムには対迎撃ミサイルが存在した。無数のそれらは躊躇なく、デスゲイズに迫る。

「へぇ!?そりゃまあ、随分多いなぁ!」

次の瞬間、デスゲイズは腹部から強力なビーム砲撃を展開した。これらを薙ぎ払うように放ち、セーザムのミサイルは全てが、撃破されるのだ。

その上、追い打ちを掛けるようにデスゲイズはビーム刃を展開。それによってセーザムのカメラアイ等、様々な部分が串刺しになったのだ。

「うわあああ!」

搭乗していたパイロットは、ビーム刃の熱によって蒸発。直後に機体が爆発を起こした。拠点防衛用MAが相手とは言え、デスゲイズの敵ではなかったのである。

「うわははは!雑魚ォ!!!さて……問題はアレだな。」

X-9に接近したメイド。それに向け、ビームキャノンを撃つ。が、張り巡らされているバリアーフィールドがそれの邪魔をした。

「でしょうねぇ!!!」

今度は、ミサイルを放った。すると突然無数のビームがミサイルに放たれ、全て破壊された。

 更に、迫るミサイルを迎撃せんと、再び腹部からビームを放つ、デスゲイズ。

「クソが、さっきと同じやんけ。ん?」

ミサイルを相手にはしていられないと判断したメイド。その際、彼は一つの、穴を見つけた。何かあると、直感したメイドは、回避を行いつつ、デスゲイズをMAに変形させ、その、機動性を活かして、中に入っていったのだ。

 

 

 

他のデウス兵も必死だった。宙域でジョゼフと交戦しているゴルモンテMk-Ⅱも懸命に戦う。ゴルモンテMk-Ⅱはビームバズーカを腰にマウントしてビームマシンガンやシュツルムファウストといった武器を使用していく。ジョゼフはそれ等によって破壊されたが、ゴルモンテも破壊される。

デウス軍の主力機体はディエルとゴルモンテのみ。切り札はデスゲイズである。ゴルモンテは性能が現代の新生連邦のMSと戦える程である為、問題は無い。しかし、ディエルでは話にならなかった。

ゴルモンテはビームサーベルを装備し、そしてディーストに切りかかる。

「故郷を奪った憎き連邦!我等デウスの意地を見よ!」

「で……デウスだと……!?」

新生連邦兵士は最期に疑問を抱いて散っていった。他にもゴルモンテがディーストを攻撃していく。

デウス。まさか、戦後にこの言葉を聞くとは、思わなかっただろう。その、戦力を失っていた筈のデウスが、この場に出現したのだ。驚愕するのも、無理はないと言えたのである。

 

 

 

穴を通り、X-9の地下に侵入したデスゲイズ。その中にあるディーストを粉砕し、X-9のコンピュータを探した。

しかしジョゼフやディースト、エグゼマーはこの内部にも配備されており、彼らはデスゲイズ迎撃するために射撃を続けていた。

デスゲイズは一旦MS形態に変形し、二連装ビームキャノンを放出し、易々とジョゼフなどを破壊していく。そうしている内に、やがて彼はコンピュータを発見した。

「お、見つけたお!ヤっちゃうお!」

すると彼は回線を開き、あろう事か、大声で高らかに、言葉を発したのである。

「ヤっちゃうよ!!!ハハー!!!“シックスナイン”を殺っちゃうよォォォ!!!」

奇声を上げるメイドに、動揺する管制塔。明らかに動揺しつつも、負けじと反抗する。

「なんだあいつは……?だが、やれるものならやってみろ!X-9の防衛システムは完璧だぞ!テロリスト共がぁ!」

と、意地を張る、指令の男。しかし――

「司令!巨大な熱源反応をX-9地下にて感知!」

「何ィ!?」

この時、デスゲイズに搭載されている強力な武器が、展開されようとしていた。

それはMA形態のみに使用する事が可能な武器で、MA形態のデスゲイズの先端からやや下の部分に訪問があった。原理はヴァイダーのルイーナシステムと同じ、プラズマ粒子を使用しており、凄まじい破壊力を秘めている。デス・ランチャーと言う名のその兵器。その名の通り、それに当たれば、“死”に直結するのだ。

やがてデス・ランチャーのエネルギーが吸収され、そしてX-9の制御コンピュータに向かって放出した。

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

その瞬間、凄まじい爆発が発生し、X-9は破壊された。デスゲイズもそのまま脱出し、無傷であった。X-9は大規模な爆発を起こし、完全に消滅した。

 この瞬間、今までデウス帝国に猛威を振るっていたX-9の存在は消え失せたのであった。これは、デウス残党軍に地球圏へ侵攻する大きな一歩に繋がると、考えられた。

「粉砕!玉砕!!大喝采!!!すごいぞー!かっこいいぞー!!!ハハハハハァー!!!」

だが、これによってシン・ナンナ基地は滅びたわけではない。これは、一部が破壊されたに過ぎないのだ。月基地の地下は膨大で、多くの兵器等が備わっているのだから。

 

 

 

やがて、アポカリプスに帰還した彼等。作戦は見事に成功し、メイドは、アルメスに称えられた。

「素晴らしい……の一言ですね。まさか、初出撃であれを見事に乗りこなすとは。」

「相性良いんだぜ。あいつは俺の相棒には十分過ぎるんだよなぁ!ハハハハハ!」

勝利した事を受け、メイドは、有頂天な様子だった。

「こいつは約束通り貰っていくぜ。俺の相棒としてなぁ!」

「承知しました」

この瞬間、作戦の成功報酬として、デスゲイズが、正式にメイドに託された。だが、兵士の中にはそれをメイドに託す事に、疑問を抱く者も数名居た。

「但し、メイド様。一つ、条件を宜しいでしょうか。」

その時、アルメスが言った。

「デスゲイズに乗っている以上は、その、位置情報をこちらで共有させて頂きます。それだけは、承知して頂ければと、思います。」

この発言には、裏があるのは分かっていた。だが、メイドはそれでも、承諾をしたのである。

「破壊されないかが心配って訳か?そいつぁ、面白れぇ。安心しな。簡単にやられる機体じゃねぇよこいつぁ。俺は知ってるぜ?こいつぁ丈夫なんだ。滅多な事じゃ破壊はされねぇのよ。ま、直感だけどな。」

その自信は、どこから湧くのだろう。しかし、それがメイドの強みでも、あるのかも知れない。もしかすれば、彼自身の“力”が、そうさせるのかも知れない。

「恐らくですが、貴方はこのままデウス帝国に留まり、再興に協力して貰えないかと尋ねても断るでしょう。それは、分かるのですよ。貴方は今、地球に戻りたがっている。そこでその機体を操りたいと、心から願っている。違いますか。」

まるで、メイドの心を読むかの如くの対応だった。その、アルメスの言葉に、メイドは言った。

「ほーお。よく分かってんじゃねえか。そう。俺は別にデウスに興味はねぇ。ただ、あの“シックスナイン”を破壊してデウスが侵攻していくのに貢献してやったのは事実だろが。その分の報酬は貰ってもいい筈だろ?」

「それは、分かりますよ。我々としても、win-winの関係でありたいと、思っていますからね。」

アルメスは、静かに笑みを浮かべ、言った。

 その後、メイドはデスゲイズを駆り、アポカリプスを去って行った。その機動性は瞬く間に月面を通り越し、地球に向かって行った。

 

 残されたアルメス達は、去って行ったデスゲイズを見送っていた。その際、側に居た兵士が、言った。

「指令。宜しかったのでしょうか。あの機体はデウスの要になり得る機体。いくら位置情報を把握しているとはいえ、あのMSを彼の私物にするのはどうなのかとは、思いますが。」

兵士の疑問。恐らくその兵士以外の人間も、疑問に抱いている事だろう。だが、それでもアルメスは彼の行動を、許可したのだ。

「メイド・ヘヴンの性格を見たまでだ。あの男の常軌を逸した性格を見ても明らかなように、デウス帝国に所属させておくのは危険以外の何者でもない。だが、あの実力は本物だ。ならば、あえて“放し飼い”をした方が良い。」

アルメスの思惑が明らかになる。彼はメイド・ヘヴンと会話をする事で、彼の言動を見極めた上で、デスゲイズを託す事を判断したのだ。

「それにあの男は、恐らく地球上であの機体を使い、“何か”と戦うだろう。それも、我々にとっては、都合が良い。地球上で暴れていたとされる、あの巨大ガンダムタイプの事もある。今の地球連邦の機体等のデータを持ち帰る事は、今後のデウスの侵攻にも繋がる。それを見越したまでだ。」

兵士達は、それを聞き、感心している様子だった。全ては、この男の思惑という訳である。

「我々は再び、栄光あるデウスを取り戻さなければならない。地球連邦の犬として生きる事はあってはならない。今回の侵攻の成功は、次なる一手に大きく貢献する事だろう。デウスに、栄光の輝きを。」

アルメスがそう言った後、兵士達は、声を揃え、言った。

「デウスに、栄光の輝きを!」

アルメス・ラグナ。デウス帝国の士官。戦後になってもデウス帝国に絶対的な忠誠を誓う男だ。戦後から地球圏に同胞と呼べる人間を送り込み、情報収集を行い、地道にデウス帝国の復興の為に動いてきた男だ。戦闘狂であるメイド・ヘヴンさえも利用しようとしているこの男は、手段を選んでいない。

 新生連邦と平和国連盟の対立により、混迷を極める地球圏は、更に混迷に巻き込まれていく事になるのかも、知れなかった。

その間にも、デスゲイズは大気圏を突入しようとしている。戦闘狂が得た強力なMSは、今後、世界にどう影響しようというのだろうか。

今地球に、新たな脅威が迫っていた。

 




第四十九話、投了。

新型MS、デスゲイズは圧倒的なスペックで新生連邦のMSを翻弄していきます。この回から、メイド・ヘヴンの本格的な暗躍が始まっていきます。


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ホルステブロ編
第五十話 囚われの、姉弟


ヴァイダーガンダム襲撃から時間が経過した頃、セイントバードチームはホルステブロに向かうのだが――


 

 

             ウゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

 セイントバード内で、警報が鳴った。敵が接近している事を知らせる、音。それが鳴り響くという事は、戦闘配備をしなければならない。

 戦闘が、始まる。それは彼等にとって緊迫した状況に陥るという事だ。そして、その敵は、倒すか、撃退をしなければならない。そうしなければ、彼等がやられてしまうからだ。

 新生連邦の宣戦布告から二ヶ月半が経過した頃。既にその頃には平和国連盟の最高議長も変わっており、世界は戦争状態になりつつあったのだ。新生連邦政府と平和国連盟の対立は、世界情勢を、より混迷にしていくのである。

 

 警報が鳴った後、MSデッキからMSが出撃した。ハルッグやエスディア、アインスガンダムに、ツヴァイガンダム。セイントバードのクルー達が乗るMSが、艦を守る為に動くのだ。

 今回の敵勢力は、新生連邦軍だ。航空中のセイントバードを後方から砲撃を仕掛けてきており、それらから守らなければならない。マドラ級戦艦が一隻、そこから展開されるジョゼフとエグゼマーが、数機。

 レイは敵機体を補足した。その後に、先手を打たんとばかりに、ファンネルを放出。十八基のファンネルはビームを展開し、ライフルを放つジョゼフを撃墜する。彼に続くように、ハルッグやエスディアも、ビーム粒子を展開し、ジョゼフを破壊していく。それに合わせるように、アインスもビームライフルで敵を倒す。

「こんなの、敵じゃないんだよ!」

迫る敵を撃墜し、意気揚々と語る、スバキ。だが――

 

バシュゥゥゥ

 

その油断が、命取りとなる。突然、彼女をMA形態のエグゼマーが襲い掛かった。ビームライフルやミサイルを連射し、迫り来る。シールドでそれ等を防御するが、敵のミサイル攻撃が厄介だ。回避が間に合わないと判断したスバキは、再びシールドを展開して防御をするが、敵の火力により、シールドが破壊されてしまった。それを見計らったエグゼマーは変形し、ビームサーベルを展開し、スバキを襲う。

「スバキ!」

そこへ援護に入る、レイ。

「悪い、レイ!」

スバキは感謝の言葉を伝える。だが、次の瞬間。エグゼマーは狙いを変えたかのように、レイに迫って来たのだ。まるで、ツヴァイを待ち受けていたかのように。

「敵機体から回線?」

レイはそれに反応した。一体、何者なのだというのか。疑問を抱くレイだったが、次に、ウインドウを見た時、見覚えのある人物が、映し出された。

「よぅ、久し振りだなレイ……」

「クラリスさん!?」

あろうことか、そこに居たのはクラリス・デイルだったのである。

「俺はしつこい男でね!倒してやるんだよ!レイ!!!」

そう言った直後に、彼の乗るエグゼマーは変形をし、ツヴァイに特攻してきた。ミサイルを連発し、攻撃を続ける。ツヴァイはビームディフェンスシールドで、ミサイルを防ぐ。

「いい加減にして下さい!!!」

彼との因縁は深い。故郷に居た時から因縁を付けられ、それが今にまで至る。ほぼ、一年の付き合いと言える、クラリスとの戦い。

 レイはクラリスの事を忌み嫌っている。なのに、この男はレイに執着するのだ。

「やかましい!散々俺に屈辱を与えやがってそのガンダムが強いからって、舐めるんじゃねえぞ!!」

そう言って、ビームライフルを放つ、クラリスのエグゼマー。その攻撃も、ツヴァイには無力だ。バリアーフィールドジェネレーターが、ビームを無効にする為である。この勝負は短期で臨みたいと考えたレイは、一つのボタンを、押した。その瞬間に、ツヴァイのバックパックに搭載しているプラズマカノンが、展開され始めた。

「何!?こんな所で撃つ気なのか!?ヤバい……!?」

その兵器が何なのかを知っていたクラリスは、エグゼマーを急いでMAに変形し、直線状から離れようとした。

「これ以上付きまとうなら……これで決めます!」

そう言って、レイは躊躇なく、ボタンを押した――

 

「あ……れ……?」

だが、反応がない。プラズマカノンは発射しないのだ。何が起きた?理解が出来ない様子のレイは、困惑している。

「は、ハハハ!ハッタリかよ!」

何度もボタンを押すが、発射しないのだ。何故?戸惑う、レイ。

「俺をコケにしやがってよぉ!」

そう言った時、クラリスはレイから一度距離を置き、セイントバードの方に接近して行ったのだ。何故、そのような行動を起こそうと、しているのか。

 答えは一つ。クラリスはツヴァイと交戦する気は、最初からなかったのだ。寧ろ、セイントバードを狙い撃ちする為に、動いていたのである。

「そんな!」

レイはエグゼマーを追い掛ける。接近を許し、万が一被弾すれば撃ち所が悪ければエンジンを損傷しかねない。一機のMSとはいえ、被弾は許されないのだ。

「貰った!!」

クラリスの駆るエグゼマーはミサイルを展開した。それらは、セイントバードのウイング部に直撃してしまうのだった――

 

「左舷被弾!」

「接近を許しちゃったの!?迎撃を!」

エリィの指示により、機関砲が、エグゼマーに対して放たれる。無数のそれらが一斉に放たれ、雨の如く砲撃を行う。

「沈めよ!」

クラリスのエグゼマーは機関砲を回避しつつ、ビームライフルを連射し、セイントバードの側面を狙う。

その攻撃は、運悪く外壁に直撃した。ビーム粒子を受け、剥き出しになる、艦内。

 レイはこれに対して責任を感じていた。自分の油断で接近を許した。それは、挽回しなければならない――

「よくも!」

レイは念じた。ファンネルの軌跡をイメージし、敵機体との距離を、脳で計算する。

 

ピシュンッ

 

ブリッツファンネルはエグゼマーを狙った。下部から粒子を放ち、砲撃したのだ。それも、三基からの砲撃だ。

「ぐあああああ!?」

これらのビーム兵器を受け、エグゼマーはダメージを受けていた。

「ち、ちくしょう……こんな屈辱がぁぁぁ!」

これ以上の戦闘は不可能と判断したクラリスは、撤退を開始した。しかし、この男が残した攻撃はセイントバードに厄介と言える傷を残した。クラリスは、レイに敗れこそしたが、艦にダメージを与えるという貢献をしたのである。

この後、新生連邦は撤退をした。この場を生き残る事が出来たチーム。だが、この時、レイには一つ疑問が残った。プラズマカノンが何故発射されなかったのか……で、ある。

 

 

 

 被弾したセインドバードは、このままの航空を行うのは危険と判断した。その為、一度着陸を試みた。その場所は、ホルステブロ。デンマーク国中西部に位置する都市。この郊外にあるジャンク屋に停泊させて貰う事となった。

 セインドバードは各地を巡る中で他のジャンク屋、MS乗り達と交友関係がある。しかし、このホルステブロのジャンク屋は彼等と知人関係と言う訳ではない。あくまでも、応急処置として停泊させてもらうだけの話だ。金銭を払う事で、こうした事に対して処置を受ける事が出来るのだ。

 船体自体は大ダメージを受けた訳ではないが、新生連邦と平和国連盟が対立している、この、世界情勢である。何が起きてもおかしくないのが現状だ。出来れば損傷はなく、航空を行いたい。

 それは、エリィの意思でもあった。皆の安全を願う為、僅かな損傷とはいえ、艦の修復をした方が良いのである。

「あの襲撃から二週間が経って、世界は大きく変わってしまいました。平和国連盟は平和主義を放棄し、新生連邦に対して攻撃を行っている状況ですね……。」

ホルステブロに着き、艦を降りたクルー達。その中で、ネルソンはエリィと、話をしていた。

「あの一件を受けて、我々の機体も強化していかなければと思い、オスロに居るミシェさんの所に向かう途中でこの有様だ。新生連邦は伏兵を各地に潜伏させているのだろう。」

ミシェと言う人物の名前が出た。恐らく、彼等の知人関係だろうか。

「しかし、艦長。レイが自ら動いてくれたのは幸か不幸か。何があったのだ?あれから、貴方は何も話してくれないようだが……」

ヴァイダーガンダム戦で、レイが出撃しなかった事に疑問を抱いていたネルソン。それに対し、エリィはそっと、口唇の前に示指を立て、言った。

「内緒、ですよ。」

明らかに意味深な行動であったが、ネルソンはそっと、溜息を吐いた。

 

 

 

 その後、整備を開始した整備士達。その際、レイは、シンに対し、ツヴァイのプラズマカノンの不発について聞いた。先の戦闘で、何故それが発射されなかったのかが、疑問だったのである。

「プラズマカノンが発射されない?」

「さっきの戦闘で発射されなくて。あれ、何が原因なんだろうって思って。」

ツヴァイの中で絶大な火力を誇る兵器であるそれが、使えないというのは不利である。先のヴァイダーガンダムでの戦いでも、プラズマカノンはその力を発揮した。だがこれが使えなければ、今後バリアーフィールドを持つ敵機体と交戦する事になっても、対処する事が出来ないのだ。

 やがてツヴァイの整備を行う、シン。レイは一緒に手伝い、整備を行っている。ツヴァイのバックパックが外され、粒子貯蔵タンクが剥き出しになった時、シンは何度か頷き、言った。

「答えは明確だったぜ、レイ。キャノン専用のプラズマ粒子の残量が空だったんだよ。」

「え、そうだったんですか!?」

驚愕する、レイ。それならば、確かにプラズマカノンを放つことは出来ない。

「じゃあ、補充すれば撃てるんですね?」

と、聞くレイに対し、シンは首を横に振った。

「あのな、プラズマ粒子ってそんじょそこらのMS乗りとか、ジャンク屋が取り扱っている代物じゃないんだぞ?取り扱ってたとしても、額が高過ぎる。いくらアステル家がスポンサーになって資金援助してくれてるとは言え、俺等みたいなMS乗りはビーム粒子貯蔵タンクだけでも仕入れるのに手一杯だってのに、そんなもの取り扱える訳ないだろうが。」

シンの言うように、プラズマ粒子のタンクは彼等に手が出せない程に高価なのである。その理由としては、そもそも取り扱い自体が少ないという事と、新生連邦やデウス帝国といった、巨大勢力に流通する事が多い為、ジャンク屋等と言った存在にそうしたものが流通する事等、滅多な事ではない。つまり、ツヴァイの武装は火力も凄まじいのだが、その分、そのエネルギーを調達する為に必要なエネルギー源は、簡単に入手出来ないというデメリットもあったのだ。

「そんな……」

レイは、ただ、落胆していた。

「あのガンダムを制作したアステル家なら、調達してくれるかも知れないけどな。」

と、冗談交じりでシンが言ったのだが、それに対してレイの表情が変わった。

「あの人達には、関わりたくありません。仮に、あれが使えなくたって、ツヴァイを使います。」

先のヴァイダーガンダムとの交戦でプラズマキャノンを放ったツヴァイ。その結果、シュネルギアも助ける結果となったのだが、レイはそれでも、彼等の存在を認めていない。忌み、嫌っているのだ。

「まあ、そっちの事情はあんまり知らないけどさ。しっかり直して、頼むぜ。エース。」

話題を変えるように、シンがそう言った後、肩をポンと叩いた。

エース。そう言われた、レイ。それは、クルーの為に役に立っているという、何よりの証と言えた。

「エース……か。」

そう言いながら、レイはツヴァイの頭部を見上げていた。緑色をしているカメラアイに、四本のアンテナ。彼にしか操る事が出来ないガンダム、ツヴァイ。この機体があれば、クルーを守ることが出来る。レイは、自らの使命を、改めて感じていたのであった。

 

「シン、少し聞きたい事がある。」

その時、側に居たネルソンが言った。

「ここのジャンク屋に並んでいる機体を、少し見せて貰ったが、数機、気になる機体があった。後で見てくれるか?」

「気になる機体ですか?ジャンク屋が扱っている機体だったら旧式の機体とかじゃないんですか?それか、カスタム機体か。」

シンの言うように、基本的にジャンク屋に回る機体というのは旧式の機体が多い。旧デウス帝国の機体や、旧連邦軍の機体など。それ以外の機体が出回る事は、滅多にない。アインスやツヴァイと言った機体がこの中に並ぶことは、極めてまれなのだ。故に、彼等の存在は注目され易い。例えるならば、中古車に高級車が並ぶようなものだ。

「いや、それらとは思えない機体だ。」

と、言った時、彼等の会話に割り込むように、一人の女性が姿を見せた。見慣れない女性。年齢は三十代前半といったところか。サイドダウンの髪が似合う、糸目の女性。背はエリィと同程度か。

「あ、どーも。ここのオーナーのマレース・ジェーンですー。」

どこか抜けているような印象を持つ、その女性。彼女の存在を見た時、ネルソンはすぐに挨拶を交わした。

「ネルソン・アルビュースです。ご協力、感謝します。」

既にマレースとエリィは挨拶を交わした後だった。整備を行っていたネルソン達に、この女性は自ら、挨拶を行ったのである。

「艦長さんから話は聞いてますよー。元デウス帝国のエースパイロットだったんですよねー?貴方は、確か。」

じいっと、見つめるマレース。

「過去の話ですよ。それよりも、失礼ながら先程、そちらにある機体を見させて頂きました。」

「ここの機体?ディエルとかデイテールぐらいしかありませんよ?」

マレースの言葉は、どこか意味深だ。ネルソンは彼女の表情をそっと見ていた。

「いえ、あの左鋏のMSですよ。あれはデウスの機体ではありませんね。連邦の機体でもない。どこの所属なのか、ふと、気になりまして。」

それは、ファドゥームの事だ。クレーディト・メカニクス社が生産したオリジナルMS。その事が、ネルソンは気になっていたのであった。

「あれは提携している会社がくれた機体なんですよー。」

と、マレースは言った。

「左前腕から先が鋏になっているでしょ?ちょっと特殊な使い方が出来る機体なんです。ほれー。」

そう言って、マレースはEフォンを見せた。その機体は、整備士のシンも、見た事がない機体だったのだ。

「へぇ。珍しい機体ですね。こんな機体、見た事ないですよ。」

シンは、関心を抱いている様子だった。同型の機体が、五機も並んでいる。明らかに何かのカスタム機体とは思えなかったのだ。

「シンさんでしたっけ?さっき話しているの、ちょっとだけ聞いちゃって。」

「あ、はい。」

「MS、詳しいんですねー。あ、整備士さんだしとーぜんか。仲良くなれそうですねぇー。」

 

ギュッ

 

すると、あろうことかマレースはシンの両手を握り始めた。シンは、目を何度か瞬きさせ、いつしかその顔が赤くなっているのを実感していたのだ。

「仲良く、して貰えるん……スかねぇ?」

「勿論ですぅ!」

シンは、生まれて二十五年、一度も恋人に恵まれた事がない男だ。整備士長としてセイントバードのMSの整備を務めているが、男ばかりの環境である事が多い整備士の環境で、時折寂しい気持ちになる事があった。

 その中で、まさか向こうから握手を求められるなど、思ってもみなかったのである。シンからすれば、喜ばしい限りと言えた。

「もし、お手隙でしたら、うちのMSの整備、手伝って貰えたらなーって思ってまして!」

「勿論、喜んでやりますよ!!」

シンは、高揚していた。女性に頼られるという経験が皆無だった彼にとって、これは願っても居ない機会であった。それを喜ぶ、シン。

「ここの機体は然程被弾していない。手伝ってきたらどうだ?シン。」

「じゃあ、ちょっと、行ってきますよ!」

ネルソンからも許可を得た。そうなったら、シンは動くしかない。マレースに連れられ、シンは、すぐに移動し、ジャンク屋の内部に入っていった。そこの機体の整備を任され、張り切る、シンであった。

 

 

 

 夕刻になり、整備を終えたシンは、マレースに感謝をされていた。整備長を務めていただけあり、置かれていた機体の確認や動力、各部のチェックは問題なく出来た。ただ一つ、ファドゥームの整備には時間を要したが。

 デウス帝国で培われた技術が用いられているとされる、その機体。だが規格や構造等は、最新鋭のMSとされる、機体だ。

「シンさん、お疲れ様でしたぁ!とても捗りましたよぉ!ありがとうございますぅ!!」

と、感謝の言葉を伝える、マレース。

「いやあ、これぐらい朝飯前っスよ!」

鼻の下が伸びている様子のシン。女性に頼られるのが、それ程に嬉しかったのだろう。

「ねえ、お礼も兼ねて何ですけど、今晩近くのバーに二人で飲みに行きませんかぁ?せっかく知り合ったし、色々お話聞きたいなーって思って!」

ぐいと、マレースが近付く。二人で、飲みに行くという言葉。それは、シンを更に高揚させるのだった。

「よ、喜んで行きましょ!いやぁ、マジで良いんですか!?」

「お礼なんで、お金もこっちで持ちますよぉ!」

マレースは笑顔で、言った。だが女性に奢らせるのはどうかとおもっていたシンは、口を開いた。

「いや、俺が出しますよ!!」

と、言うシンは、明らかに嬉しそうだ。

「えー、でも手伝って貰って更に奢って貰うなんてなんか申し訳ないですぅー!」

「良いんですよ!気にしないで!!」

「じゃあ、お言葉に甘えてぇ」

人は、頼られた時に自らのパフォーマンスを発揮する。それによって喜びを得た時、そこにコストが発生したとしても、それでも満足感を得る。

 今のシンが、それに該当する。その上でのマレースからのボディタッチ。異性からのこうしたアプローチに、弱い人間は一定数存在する。本人からすれば何気ない接触でも、女性経験のない男からすれば、悦びを覚えるものだ。

 

 

 

 夜になった。シンはマレースと共に近くのバーにて、二人で酒を呑む事となった。整備士生活をしてきて、このような出来事があったのは彼自身初めての事である。マレースは背丈もシンより僅かに低い程度で、整った顔つきに糸目の目元がどこか愛らしく、シンにとっては好みの女性と、言える存在だった。

 シンはビールを、マレースはカクテルを飲んでいる。仕事終わりの飲酒。それも、異性同士で飲むという格別の時間。シンにとっては、至高の時間と言えた。

「シンさんも、ガンダムは好きなんですねぇ!私もガンダム伝説好きでしてー!」

「いやあ、色々と奇遇っスねぇ!趣味まで合うなんてー!」

「整備士さんやってる人って大半がガンダム好きですもんねえ!けど最近のガンダムは増やしすぎてる気がしませんかぁ?」

「それは思いますよねー!連邦軍は自分のブランドを安売りし過ぎなんスよっ、たくう。」

酒は出会ったばかりの両者の会話を更に盛り上げる。互いに趣味が共通していれば、尚の事だ。

「でも、あのセイントバードって戦艦にガンダムが二機も入ってますよねぇ?それ、凄くないですかぁ?」

「なんか、そういう巡り合わせみたいっスねぇー。」

それは事実だ。アインスガンダムを始め、レイが乗って来たツヴァイガンダム。いつしかこうした戦力を入れる事になったチームの戦力は、強固となっている。それ故に、新生連邦に狙われる事も増えてきているのも、また、事実だが。

「そんな所で整備士やってるシンさんってホント、凄いですよねぇ!うち、これでも赤字経営だから腕の良い整備士来て欲しいなーなんて!」

酔った勢いなのだろうか。マレースは胸元を出している。その上で、着用していたニットのシャツを肘までずらしていた。どこか、妙な色気を醸し出しているマレースに、シンは目を大きくさせていた。

 だが、それと同時に彼は彼女の左前腕の静脈部に、いくつか、内出血による痣らしきものが三つ程、確認できた。完治していないのだろうか。痛々しく残る、その痕を見て、シンは思わず聞いた。

「点滴とかしたんスか?なんか、痛そうっスねぇ。」

「え?これ?あー。そうそう。ちょっとねぇ、注射、打ってるんですよぉ。」

注射。その言葉を聞き、最初は何かの予防接種かと思っていたシン。だが、前腕の静脈に向けて予防接種を打つ事は余りないと、考えた彼は、この時、僅かながら違和感を覚えていたのだ。

「シンさんね、ちょっとぉ、相談があるんですよぉ。」

「なんですかー?」

とはいえ、酒の時間は楽しい。彼女からの質問も、朗らかな表情で答えるのだ。

「あのガンダム達って、譲って貰えないですかねぇ?」

突然の言葉。シンの表情は、固まった。

「え?いや……それは、無理っスよ。流石に。」

当然だ。セイントバードの戦力の要であり、重要な機体。それらを譲るなど出来る筈がない。

「そ、そーですよねぇ!ハハ、私ってばうっかりしててー!ガンダム貰ってそれを売ればいっぱいお金が入るなーなんて!赤字が脱出出来たら良いのになーなんて!あははははー!」

笑い上戸の如く、笑うマレース。それ程に、ここのジャンク屋の経営状態は悪いのだろうか。

 シンは、この時複雑な表情を浮かべていた。彼女には、何か訳があるのではないか……と。

「マレースさん。もし、もしもッスよ。何か、本気で困る事があったら、俺に何でも言って下さい!ガンダムは、譲れないッスけど……」

それでも、気になる彼女を何とかしたいと思うシン。これは、今まで女性経験がないが故の、彼なりの男気と言えた。

「えー!じゃあ、他にもお願いあるんですよぉ!ちょっと、トイレまで来て下さいねぇ!」

トイレ?どういう事だ?シンは、耳を疑った。

 二人きりの飲酒でトイレに誘われる。これは、何か意味があるという事なのか。しかし、出会ったばかりの男女がもし、その“先”をしてしまうような事があるのは流石にどうなのか。夢なら覚めないでくれ……と、一人、幸せになるシン。

 ああ、これ程幸せな時間はかつてあっただろうか。常に死と隣り合わせの環境で戦ってきた事を思えば、今の時間は許される時間だろう。シンは、迷うことなくトイレへ向かったのだ。それが、彼の幸せに繋がるのならば――

 

ガタンッ

 

トイレの扉は、自動ではなかった。年季が入っている、木製の扉。この時代では非常に珍しい、作りの扉だ。

 そこは車椅子等で移動する人間が使用する用のトイレだ。引き戸になっており、シンは最初、開け方に戸惑った。やがて扉を開けた時、そこにはマレースの姿があった。

「あぁ!来てくれた!ありがとうございますぅ!」

そう言って、マレースはシンの両手を握った。この行動だけでも、喜ぶシン。

「えと……お願いって、なんスか?」

何故か異様に喜んでいるマレースを見て、シンは言った。

「えっとねぇ!実は、シンさんだけに喋る、“特別”に内緒にして欲しいコトがあるんですけどぉ、黙って貰ったりできますぅ?」

ある程度親密な関係になった時、語られる秘密。女性から語られる、“特別”な異性に対する言葉というのは、男の気分を最高潮にする。

 それは、自身しか知らないであろう秘密を知ることが出来るから。その秘密を知った時、彼女の事をより、知ろうとするだろう。そして、知り、やがては深い仲に発展するかも知れない。その先にも、行けるかも知れない。男と言う生き物は単純だ。故に、“特別”と言う言葉に弱い。

 そして、弱いが故に、その罠に嵌る――

 

カランッ

 

シンが、見たもの。それは、注射だった。何故、彼女は注射を持っているのか。この、注射は何なのか。

「――え?」

「これをねぇ。買って欲しいんですよぉ!頭がすーっとする感じがしてねぇ、とーっても、気持ちが良んですぅ!シンさんも、ほらぁ!ほらぁ!!!」

シンは、頭の中で整理が出来ていなかった。この現実が、何を意味するのかを――

 整理が出来ない状態と言うのは、言葉を発することが出来ない。目の前に起きている事を脳内で処理するのに、通常通りに仕事をこなす時以上に時間を要する。それが、人間という感情であるが故なのだ。

「私ねぇ、お注射も売ってるんですよぉ!これを売ったりとかして、お金が必要なんですよぉ!私も愛用してますよぉ!!」

「マレースさん、それって……」

シンにとって、目の前に広がる光景が余りに恐怖に感じたとは、この、瞬間であった。

「麻薬ですよぉ?見ちゃいましたもんねぇ、シンさんはねぇ!責任持って買って下さいねぇ!どうしても買わないなら、お試しキャンペーンしてあげますよぉ??」

「け、結構です!」

酔いが覚めた。逃げないと。どうなるか分からない。自身の身に危険が及ぶと、考える。

 麻薬?何故、こんな所で麻薬が?しかも、良い雰囲気であった女性がそれを持っているのだ。恐怖以外の何者でもない。

「に……ゲ…………な……イ……」

シンは足を運ぼうとした。だが、彼の意思とは裏腹、足は動かない。随意的な動きが、出せないのだ。一歩も。

 それどころか、視線が段々と下方に向いていく。そのまま、頭が地面に打たれるのを理解するのには、時間を要した。一体、何があったというのだろうか。

「おくすりがききましたねぇ――」

マレースの声が、薄れゆく意識の中で聞こえたような、気がした――

 

 

 

 セイントバードの補修作業は進みつつある。整備士達は各機体の整備を続けている。そして、各パイロット達もMSの整備を続けるのだ。

 だが、この中に整備士長である筈のシンの姿が見えない。どこに行ったというのか。

「シンは?」

ネルソンが、整備士に聞いた。

「さあ。昨日から姿が見えないんですよ。そう言えば昨日ジャンク屋のオーナーの女の人と鼻の下伸ばしてお酒飲みに行っているのは見ましたけどね。」

整備士の一人がそれを見たのは知っていた。だが、肝心の彼の姿が見えない。

「二日酔いか?飲み過ぎか?」

と、疑問を抱くネルソン。シンを呼ぶ為、Eフォンで連絡を取ろうとするが、電話が掛からない。何故なのか。

「繋がらんな。朝帰りにしては随分遅い。何をやっているのか。不埒な事をしていなければ良いが。」

ネルソンは呆れた様子で言った。マレースと二人でバーに入るという事。そこから推測される事を、彼は考える。

 シンとて、二十五歳の成人男性だ。異性と酒を酌み交わす事の先も、考えるのが妥当だろう。だが、それでも連絡がないというのは妙な話である。

「あの、僕が探しましょうか?」

その時、側に居たレイが言った。

「僕もシンさんにツヴァイの事で用事があったんで。探してきますね!」

「あ、ああ。頼む。恐らくそれ程遠くにはいないとは思うが。」

ネルソンは、レイに捜索を任せ、作業を続ける事にした。セイントバードの整備士長のシンが姿を見せない事は、珍しい。彼は真面目な人間であり、他の整備士達からの信頼も厚い男だからである。

 

 

 

 レイはシンを探す為、ジャンク屋に向かっている。その最中、彼は袋を持っている、マレースの姿を、見た。確か、マレースはシンと昨日、飲み交わしている筈。では、何故マレースだけがここに居るのか。シンはどうしたのか。気になったレイは、マレースに聞こうとした――

「……え?」

その時だ。彼女に、一人の人間が近づいた。見覚えのある、その人間。

 ウネフ・ミカハラ。アレキサンドリアでワートン宅を襲った人間。氷河族のメンバー。それだけでない。彼女はアスーカルともやり取りをした事がある。まさか、ここでその女の姿を見る事になるなど、思いもしなかったのだ。レイは物陰に隠れ、その様子を見る。

 やがてマレースとウネフはある、部屋に移動した。明らかに、何かがある。レイは、そう感じた。ウネフの事を知っているが故に、レイは彼女等の存在が気になり、接近しようと考えていた。

(あの人がどうしてここに?マレースさんとどういう関係なんだろう。シンさん、どうしたんだろうか。)

そこに、シンの姿はない。ならば、マレースに聞かなければならない。だがウネフの存在が気がかりだ。レイは慎重に、行動して行く。

 

 

 

 部屋の中。そこには、ウネフ以外にもアルン率いる氷河族のメンバーが集っていた。但し、その中にアルンの姿はない。居たのは、ウネフ、ジュラード、エレア、ミルフの四人。二人がまだ十代の少女であるのに対し、二人は大人の男女。異様な組み合わせ。それも、一見すれば犯罪組織のメンバーに見えない者ばかりである。

 その中に、マレースが居た。ウネフは腕を組み、対面の椅子に座り、高圧的な態度を見せている。マレースは袋をテーブルに置き、ウネフが、それを確認しようとしている。

「中身見せろと」

ウネフが言った。同時に、マレースが袋から“何か”を取り出す。

 金だ。現金。札束が幾重にも重なっている。大金と言える額が、そこにはあった。だが、ウネフはこれを見ても不満げな表情を見せる。

「少なくねぇか。こんなもんで上納金って言えるとね?」

鋭い目つきがマレースを睨む。これに対し、彼女は言った。

「そんなぁ、キツいですよぉ。あの注射の売り上げとぉ、ジャンク屋の売り上げでカツカツなんですからぁー」

と、話すマレース。注射の売り上げとは、どう言う事なのか。

「ただでさえ売り上げ不振のこんなボロボロのジャンク屋を氷河族が買い占めてその上で経営してるのにカツカツか。世界情勢は混乱状態だからこそ、チャンスだろうが。政府の監視の目が緩んでいるからこそうちらが動けるって事を忘れんなよ。」

「はぁい!気をつけますぅ!えへへー!」

「チッ、ヤク中が」

マレースはこの状況にも関わらず、何故か笑みを浮かべている。妙な光景だ。そして、その目付きもどこか、おかしく見える、

「ウネフー。なんかこの人目おかしくないー?」

その中で、ミルフが口を開いた。

「キメてるからおかしくなるのは当然とね。完全に依存症の女。そんな女がジャンク屋やって商売するってのも怖い話とね。まあ、麻薬を広めて貰えた方が組織の貢献にはなるが。」

「へぇー」

麻薬の怖さを、理解していない様子のミルフ。彼女は何故、子供であるミルフは、この異常な場面を何故直視出来るのか。人が明らかに異常な言動をしているのを、理解していないというのだろうか。

「何にしても、お前がこうやってキメながらジャンク屋営業出来るのも、氷河族が居るお陰って事を忘れるなって事とね。連邦と平和国が戦争をしている状況。その間にも利益を上げておくとね。」

そう言いながら、ウネフは用意されていた現金を静かに、受け取った。

「でもぉ、この注射良いですよねぇ!この前ぇ、新生連邦の兵士さんや国連の兵士さんも買ってくれたんですよぉ!やっぱり兵士さんはお金持ちですねぇ!注射、流行ってくれるのうれしー!ははははは!!!」

この状況であるにも関わらず、マレースは異様なテンションだ。何故これ程高揚できるのだろうか。彼女が服薬している恐ろしい麻薬の影響が、ここに出ているというのか。

「にしても、この麻薬は恐ろしいとね。うちらの、“ボス”がこれと、“MS”を広めて更に利益の拡大を狙う理由は理解できるとね。新生連邦や国連にまでそれらが伝わるとは。」

特殊麻薬。氷河族が世界中に広めようとしている存在。従来の麻薬とは一線を越えた存在。それを広め、氷河族は何がしたいというのだろうか。

「そーそー、そういえば昨日から戦艦がここを利用してくれてるんですよー!凄く大きな戦艦!その中の整備士さん、ちょっと眠ってるんで、また覗いて下さいねぇ!」

整備士と言う単語。それは、シンの事だろう。マレースが何らかの行動を起こしたのは、間違いないと言えた。

「マレース・ジェーン。そいつの身柄はどこにある?」

今度は、ジュラードが言った。

「“地下”ですよぉ。」

「ああ、成程な。なら、近いな。」

彼等の会話は何を示すというのか。一体、シンはどうなっているのか。それらは何も、分からない。ただ、不吉な事が置き始めようとしているという事が、分かった。

「それとねぇ、あの戦艦なんですけどぉ、なんと!ガンダムの姿があるんですよぉ!凄くないですかぁ?」

「ガンダム……?」

ウネフの表情が、変わった。“ガンダム”と聞き、この場に居た誰もが反応を示す。

「そいつぁ、レアものじゃねえか。それ、奪えればお前の所の赤字も黒字に転換できるだろうな。」

「それなんですよぉ!だから、黒字に転換する為にも、ウネフさんに協力して欲しいなーって思って!」

氷河族と繋がっている、ジャンク屋オーナーのマレースにセイントバードの事を見られるのは危険以外の何者でもない。彼等が欲するのは、金になるもの。ガンダムタイプならば当然、高額取引が成される。マレースの言葉により、セイントバードが危機に陥ろうとしていたのであった。

「計画を練る必要が、あるとね。」

ウネフが、一言言った時、彼女は扉の方向を、睨んだ。

 

トスッ

 

その際、彼女は所持していたメスを扉に投げた。それはダーツの矢の如く、突き刺さる。木製の扉にはメスの跡が、強く、残った。

「隠れてんじゃねェよ。」

扉を睨むウネフ。そこに居た、レイ。

あろう事か、ウネフはレイの存在を見抜いていたのだ。

最悪の状況だった。マレースと氷河族のやり取りを見てしまったレイ。どうする?逃げるしか、ない。だがここで逃げてチームに伝えてどうなる?結局はここは敷地の中だ。追われてしまう可能性が高い。逃げるにも、逃げられない。

 レイは、諦めて彼等の前に出るしかなかった。覚悟を決め、静かに、メンバーの前に出る、レイ。

「あらあらぁ、まさか聞かれてたなんてー!」

まるで他人事のように振舞う、マレース。

「お前、前にどこかで会ったか?見覚えが。」

ウネフがレイを見た。じいっと見つめ、やがて、彼女の中の既視感が確実な形と、なった。

「思い出した。アスーカル・エスペヒスモと居たガキとね。あの時のガキが何故ここに。」

当然とも呼べる疑問だった。妙な雰囲気だったこの女。レイの方は、今まで二回見ている。そして、今回は三回目。このような場で彼女に再会するとは、彼自身も思っていなかったのだ。

「僕は……シンさんを探しに来て……けど……それで……」

レイの言葉が震えている。恐怖の余りか、それとも目の前で広げられた会話を聞いた故なのか。

「へぇ。君、まさかこんな所で会うなんて。」

その時だ。奥に座っていたエレアがレイの顔を見て、反応した。それと同時に、レイは更に反応する。

「え……まさか……嘘……だ!?」

この場に、カイロで会ったウネフと、日本で自分を刺した少女が居るという状況。それが、レイには信じられないのだ。

「知り合いか。お前。」

ジュラードが、エレアに言った。

「うん!女の子みたいな顔してる男の子。印象的だから、忘れないよー。でもどうしてここに君が居るんだろうねぇ?偶然だなぁ。不思議だな!」

その愛らしい声すらも、レイにとっては恐怖の対象でしかない。動画投稿主、エレア・シェイル。その実態は氷河族のメンバー。残酷な性格の持ち主である事は彼も把握している。その少女が、この場に居る。アスーカルに金銭を要求した女、ウネフと共に。その上での、ミルフ、ジュラード、そしてマレース。全ての人間が、危険人物に思えるのに、そう時間を要さなかった。

「事情は分かんないけどさぁ、君、本当に秘密を見るの、好きだよねぇ。そういう性格で一度死にかけたのになんで同じこと繰り返しちゃうんだろ?やっぱり、殺した方が良いよ。ウネフ。」

エレアは、突如短刀を構え始めた。以前、レイを刺した時に使用したものと、同じものだ。

「やめろ」

だが、それをウネフが止めた。不服そうな表情を浮かべる、エレア。

「どうして?」

「こいつは利用できるとね。“他の連中”のように。」

他の連中とは、何か。何を言っているのか。レイの表情は、恐怖に包まれる。

 その中に、もしかすればシンが関係しているのか。謎が、謎を呼ぶ状況。レイには、理解が出来ない。

「お前は麻薬の秘密を盗み聞きした。だから殺すとかいう、そんな安っぽい事は言うつもりはねぇとね。ただ、お前には一緒に行動してもらう必要があると。それだけは、理解しろとね。」

逃げたくても、逃げ出せない状況。恐らくこのメンバーは武器を持っているだろう。背中を向ければ銃で撃たれるかもしれない。接近しても、刃物があるかも知れない。

 危機的状況がレイに迫る。殺す気はないとの事だが、それも、不明だ。彼の目元は震えている。涙すら流れない状況だが、明らかに恐怖で満ちているのが分かる。

 そして、恐怖故に、ウネフが接近するのを許してしまったのだ。

「飲め」

すると、ウネフは一つの錠剤を手にし、レイに近付いては、口を開かせようとした。それをされ、レイは思わず顔を覆い、抵抗しようとする。しかし――

 

サッ

 

レイの頸部に、ウネフの所持していた注射器が近づく。鋭利な針はレイの動きを止めるのに十分な役割を果たすのだ。

恐らく、中身は麻薬。だが頸動脈にそれを打てば、どうなるかは分からない。危険な状況。迂闊に動く事さえ、許されないのだ。

「抵抗すればぶっ刺さるとね。こっちはお前を利用しようとしてるのに、下手な殺生はしたくねえと。早く飲め。」

だが、レイは口を開く事をしない。その薬自体が、何かも分からないからだ。得体の知れないものを身体に入れる真似など、したくない。それは、薬漬け状態と言えるマレースを見ているが故に、分かる事なのだ。

「飲め」

苛立った様子のウネフ。

 

カランッ

 

すると、突如ウネフは、注射器を床に捨てた。それに驚く、レイ。

しかしこれが隙を作った。ウネフはレイの口内に錠剤を含ませたのだ。そのまま、更に口を塞ぐ。抵抗など、許されない。この一連の出来事を受け、レイは、思わず錠剤を飲みこんでしまった。

異様な錠剤の効果は、すぐに出た。突如、レイを異様な睡魔が襲い始めたのである。即効性のある、睡眠剤。それが、錠剤の正体だったのだ。

(……ダメだ……凄く……眠い……)

力が入らない。随意的に両腕、手、足を動かそうにも、動かせない。睡魔が勝ってしまっている為である。これは、シンと同様の現象だった。マレースによって眠らされたシン。今度は、レイにもこの睡眠が襲ってきたのであった――

 やがてレイはその場で眠りに就いてしまう。強制的に眠らされた、レイ。何が起きたのかも分からないまま、彼は目を開けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パァンッ

 

突如、レイの背後から銃声が聞こえた。その方向へ向かうと、一人の小さな少女が死んでいたのが発見された。

(……これって……)

レイにとって、見覚えのある光景だった。最早、お馴染みともいえる光景と、言っても良いのかも知れない。

「見たのか……」

そこに現れる、長身の男。顔が見えない男。その正体は、相変わらず不明だ。何者かも分からないまま、レイはただ、この見覚えのある光景が早く終わってくれる事を、祈る事しか出来ない。

「悪い子だ。この子と一緒に死ななければ。」

その台詞も、何度聞いた事だろうか。

 

「死ね」

 

その男の台詞と共に、目が覚めれば違う場所に居るだろう。半ば、レイはこの一連の出来事に対し、諦めの感情を抱いていた。

 

 

 

 だが、彼は次に、違う空間に居た。いつもの日常と言える場所だった。そこには、リルムの姿もあった。会いたいと思っていた、リルムに会えた。それは嬉しい事だ。

 だが、様子がおかしい。リルムの表情は、暗く、冷たい。いつもと会話する彼女の表情は何処へ行ったのか。

「じゃあね、レイ」

そう言い残し、リルムは彼の場を去る。一体これは何?何を、見せられているというのだろうか。

「待って、待ってよ!リルム!!」

 

 

 

 

 

 

「はっ……!?」

妙な夢を二つ、連続で見ていた彼は、ようやく目を覚ました。それと同時に、混乱している様子の、レイ。彼は自分自身を落ち着かせようと、そっと深呼吸をし、目をパチパチと見開きする。

そこは彼にとって全く、知らない場所だった。何もなくて、薄暗い部屋。そこに彼はいた。辺りをキョロキョロと見回すが何も分からない。ただ暗い部屋。そして、目の前には檻の存在があった。

やがて、レイは先程まであった出来事を思い出していく。氷河族のメンバーによって囚われていた事や、ジャンク屋オーナーのマレースが、麻薬中毒者であったという事等。では、シンは無事なのだろうか。どこに彼は、居るというのだろうか。

「あれ……シンさん……?」

その時、レイは隣で両手両足を縛られている、シンの姿を見た。彼が無事であった事が判明し、レイは安寧の溜息を吐く。

 そして、シンを助けようとした時だった――

 

ガッ

 

「うわっ!?」

迂闊だった。自身の両手両足が縛られている事を、忘れていたのだ。それにより、身動きが取れない、レイ。そうなれば、自身の姿勢を芋虫の如く使うしかない。体幹を回旋させ、正座姿勢を作る。

こうなれば、声を上げて起こすしかない。ここが何処なのかも分からない以上、隣に居るシンを起こす事が、まずは大事と考えたのである。

「シンさん!起きて下さい!」

声を出す、レイ。だが、シンは起きる様子を見せない。側臥位姿勢で、両手両足を縛らせ、ただ、眠るだけ。

 彼の場合は酒も入っており、それ故に昏睡状態だったのだろう。だが呼吸音は確認できた。イビキに近い、閉塞した様子の呼吸音。やや、響くような寝息を立てている。この事より、彼が生きている事は、分かる。

「シンさん、ねえ!起きて下さいよ!」

レイは懸命に声を掛ける。両手と足が使えない以上、声だけが、頼りだ。

 

「止めとけよ」

その時、レイの耳に声が聞こえた。少年の声だ。その方向を見る、レイ。

 そこに居たのは、ゼオン・ニーマードだった。日本で、僅かな時間ではあったが一緒に居た、レイとゼオン。その彼が、この場に居たのだった。

「君は……確か、日本で……」

レイの中にあった既視感は確実なものになっていくのに、そう、時間を要さなかった。

「ああ、お前……確か、女みたいな顔のヤロー。」

そう言うゼオンの両手と両足は、外れている。そして、レイの目が暗さに慣れてきた頃、今、置かれている状況に気がつくのだった。

「ここは……檻の中?どうして、君がここに?」

一つ、一つの情報を整理するのに時間が掛かる。ここは何処か。何故シンが隣にいるのか。その上で、ゼオンがここにいる理由も不明だ。

 多くの事が重なり、困惑する、レイ。それに対し、ゼオンが言った。

「お前達も奴等に嵌められたって事だよ。にしても、なんでこんな所でお前と会うんだろうな。」

どこか、嫌みたらしく言う、ゼオン。その表情は、どこか、諦めてしまっているようにも見える。

 そして、その側には彼の姉である、エレンの姿もあったのだった。

「あれ……貴方は、確か……」

同い年とは思えない、落ち着いた印象を持つ少女。日本で、僅かな時間を共にしただけの関係。今、その彼女が目の前にいる。  

レイにとって、それは驚愕だった。しかし、彼女の名前が出てこない。一瞬の出来事故に、思い出せないでいた。

「あ……確か……名前は……」

レイは、懸命に思い出そうとする。しかし、そのように意識をすればする程、思い出せない。もがくように目を瞑り、思考を巡らせている。

 名前を覚えて貰えれば、嬉しい。しかし、忘れられるとそれは悲しい。レイにはそれが分かっていた。だからこそ、彼女の名前を一生懸命思い出そうとするのである。

 そこで、見ていたエレンが気を遣うように、言った。

「エレン。エレン・ニーマード。」

その一言が、苦しむレイを解放するのだった。

「そうだ!君はエレン!ごめん、思い出せなくて……」

と、レイは明らかに俯きながら言った。

「無理もないよ。だって、あの時は一瞬だったじゃない。私は覚えてるよ。レイ・キレス君。」

この場に相応しいとは思えない可憐な少女。彼女はレイと同い年の少女。年齢は15歳だ。

「そして、君は確か、ゼオン。でも、どうしてここに二人が居るの?」

疑問を抱く、レイ。だがそれは互いに感じている。

「それは、俺だって聞きてえよ。ただ、一つ言える事があるとすれば、俺等の未来は暗いって事だけだ。」

「それって、どう言う意味……?」

ゼオンの言葉に、レイは一抹の不安を抱く。“未来が暗い”とはどういう意味なのか。

「私達、売られるの。殺されるかと思ったんだけど、売られる事になった。」

「売られる……?」

不吉な言葉が、出た。売られるとは、どういう事なのか。

「どうせお前も同じ運命を辿るんだから、冥土の土産に教えてやるよ。」

諦めた表情を浮かべるゼオン。それは、エレンも同じだ。

「ゼオンは組織を裏切ろうとしてくれたの。“ある人”が助けてくれた。でも、捕まっちゃった。そして、ここに閉じ込められてるの。ゼオンはもう、組織の人間じゃない。でも、組織を裏切るって事は、追手に追われるって事だから……結局、私達は組織に捕まった。それで、ここにいるの。」

部屋が暗く、分かりにくかったが、よく見ればエレンにも手錠が繋がっているのが分かった。手錠だけでない。足も、繋がれている。レイ達と、同じ格好だ。ゼオンだけ、両手、両足の錠が外れている。これは、どういう事なのか。

「どうして、ゼオンだけが縛られていないの?」

レイが、疑問を抱いた。

「急遽、仕事を任される事になったんだよ。」

組織を裏切った筈のゼオンなのだが、組織の意向でここでの仕事を任される事になったのだ。無論、それは不本意ではあるのだが、万が一逃げれば死は避けられない。その上、姉のエレンも捕まっている状況だ。逃げるに、逃げられないのである。

「ゼオン、私の事は良いから、逃げれば良いのに……」

エレンの、悲痛な声が響く。

「馬鹿!姉ちゃんを残して逃げられる訳がないだろ!」

事情が分からないレイは、ただ、困惑するだけ。一体彼等は何の話をしているというのか。

「それって、どういう意味……?」

レイは、思わず聞いた。それを聞き、ゼオンは反応する。

「俺達、最初は殺される予定だったんだよ。でも組織の意向が変わった。未成年を売って、金に換えるって言い出した。今はその準備段階って訳。」

未成年を売るという言葉が出た。その意味が分からない。所謂、人身売買と言うやつか。このご時世で、何故そのようなものが横行しているというのか。今まで日常を送って来たレイにとって、分からない言葉ばかりが出てくるのだ。

「俺等みたいに成人してない子供はこの世界に需要が多いんだってさ。戦争で人が少なくなった世界で、人を欲する連中が多い。だから、売られる。高値で。それが組織の金になるって訳だ。それは死と同じって訳だけどな。」

ゼオンの表情が暗い。人身売買が行われるという事を知り、ただ、絶望しているのだ。

「そんな、二人のお父さんとお母さんは!?そんな目に遭って、今頃探しているでしょ!?」

それは、二人にとっては地雷も同然のワードだったのだ。レイからその言葉を聞いた時、ゼオンの表情が、変わった。そして、彼はレイの前に近付き――

 

パシィッ

 

彼の、頬を叩いた。怒りを込めた、平手打ち。レイの言葉が、許せなかったのだろう。

「なっ……」

レイは、一瞬何が起きたのかを理解出来なかった。

「お前、世界中のみんながさ、両親がいて暖かい環境で育ってるとか、そんな事を当たり前に考えている人間だったなら、今度は拳を作って殴ってやるからな。」

レイはこの時、彼から強烈な殺意を感じていた。それが、禁断のワードである事を、身をもって察したレイは、口を紡ぐ事にしたのである。

 場が、静まり返った。余程、彼等にとっては“両親”というワードが禁句であったことが、分かる。

「俺さ、お前を最初見た時からずっと思ってた事があるんだよ。」

薄暗い部屋の中で、ゼオンがレイを見下すように、言った。

「平和ボケの極み。お前の言葉からはそれしか感じねぇよ。」

「平和ボケ……」

レイは、これを聞いてショックを受けた。彼自身も、今まで様々な経験をしている。生死を彷徨う経験だって、してきている。それを、“平和ボケ”と一蹴にされた。これには、レイ自身も怒りが込み上げようとしていた。

「そんな訳、ない!」

「そんな訳ある!てめぇの言葉から“お父さん”“お母さん”って甘ったれた言葉が出たのが何よりの証じゃねえか!!」

そう言って、更にゼオンはレイの胸倉を掴んだ。

「ゼオン!もうやめてよ!レイに当たったって何にもならない!」

エレンの声が暗闇の部屋に響き、それが耳に入ったゼオンは、静かに手を離した。これにより、引き上げられたレイの身体は床に、すとんと落ちる。

「ま、どの道俺等は終わりさ。なあ。レイ。人間ってさ、売られたらどうなると思う?平和ボケしてるお前の言葉、聞いてみてえよ。」

突如、ゼオンはレイに質問をした。

 人身売買。レイ自身、それは、聞いた事はある。それによる誘拐や犯罪で巻き込まれた人間の数は数知れない。その主犯は個人的な自己満足だったり、何らかのビジネスであったり、果ては国そのものの陰謀であるなど、様々だ。

 だがその末路までは聞いたことがない。碌な事がないのは、予想は出来るのだが。

「ごめん……分からない。」

レイは、率直に答えた。

「だろうな。俺は知ってるんだぜ。教えてやるよ……」

と、言うゼオンの表情は暗い。

「組織に居て、連れ去られた未成年達はさ、狂った金持ちや貴族、軍人とかに売られる。つまり、そいつらの玩具になるって訳さ。旧世紀の奴隷ってあるだろ。あんなのよりもっとえげつない事をされるんだよ。ある意味、死んだ方が楽かも知れない。」

そう語る、ゼオンの表情が、どこか、恐怖に怯えているように見える。それは、組織がしてきた行動を見て来たから故なのか。

「だったら、そんなの、警察に言えば――」

と、言うレイだが、ゼオンは呆れた様子で言った。

「お前の平和ボケ、笑えて来るよ。ホント。警察に通報した所で組織が皆捕まるとか本気で思ってんのか?」

レイは、そうした事情を理解出来ていない。それ故に、ゼオンの言葉が分からないのだ。

「仮に俺が警察に逃げ込んだとする。確かに俺は捕まるよ。けど組織の人間である警察に捕まっても、裏で手を回して、保釈金で釈放する。その後、結局組織に連れ戻される。意味がないんだよ。結局はさ。」

レイにとって、それは驚愕の事実と言えた。犯罪組織の人身売買や麻薬の横行。そのような事が許されて良い筈が、ない。なのに、それが現実として起きている。そして、警察はこうした現実に対し、表向きは動くのだが、金の力には抗えない。無力なのだ。

「戦後の混乱期でもそうだったんだけどさ、今の狂った世の中で警察はほぼ、見て見ぬふりをしているに過ぎねぇよ。国に寄って治安は異なるだろうけどさ、結局は組織にとって、やりたい放題の現状があるって訳。組織を裏切った俺への報いが、人身売買って訳……。」

人身売買の末路は、個人に寄る。ゼオンの場合、その、子供達が様々な末路を辿るのを見てきた。特殊麻薬の実験に使われた者、人間として扱われず、生きたまま人体解剖された者等。狂った人間達が、罪なき未成年を殺す構図。それが、裏の社会で、実際に起きている事だ。

 氷河族。戦後になって確立した犯罪組織。その役割は様々である。戦争状況を作り出す事による、兵器需要拡大や、必要とする者に向けての麻薬流通、人身売買。そして、反社会行動の幇助。又、正規軍からの依頼から来る暗殺行為等。裏社会の仕事のほとんどを担っている組織。それが、氷河族。そこから逃げ出す事は、不可能とされる。だが、ゼオンは逃げようとした。そして、捕まってしまった。

「でも、ゼオンは足を洗おうとしてくれた。それだけでも、私は嬉しい。」

側に居たエレンが、笑みを浮かべる。

「姉ちゃんは、本当に何も関係がないんだよ……なのに、こんな事に巻き込んでしまった……」

やりきれない思いをする、ゼオン。そこに映る彼の顔は、年相応の少年そのものだ。

 レイは、自身の境遇が、改めて恵まれていた事に気づく。ゼオン・ニーマードという少年が、この組織を抜け出そうと、尽力したのかが、予想できた。

「ゼオン……君は……本当に、大変な思いをしたって事なんだね。」

最初に会った時、彼は必死に現金を盗み出していた。だが、こうした背景には、彼が氷河族と言う組織の一員であるという、足枷が大きく関与していた。その結果が、今だ。

「同情なんか求めてない……どの道、俺等は売られるんだよ。なのに俺は両手両足が自由なんだぜ。組織としてのせめてもの情けって奴かよ。」

戦後の世界。そして、戦争が再び始まってしまった世界。そこで行われる、人身売買と言う愚業。何故こうした事が行われるのか。それは、“人”が希少な存在になりつつある事が原因なのかも知れない。

 人工知能の発達が人を滅ぼすと提言した者が居て、それらにより、人工知能の発展は抑えられた世界ではある。しかし、人は戦争を繰り返した。その結果、世界中の人口は半数が死滅した。それ故に、生き残った人間。それも、未成年は希少な存在となっていた。そして、行われる人身売買という名の闇のビジネス。その上での、特殊麻薬の拡大。こうした状況というのは、人が作り出した闇の部分と、言えた。だが、それも人が居るからこそ成り立つビジネス。こうした闇も、人が作り出しているのだ。

「私、売られたってゼオンと一緒に居るからね。はぐれたってずっと想ってるから……」

エレンは、この状況でも恐怖を感じている様子はない。彼女の意志の強さは、どこから来るのだろうか。レイには、それが不思議に思えて仕方がなかった。

「思ったんだけど……シンさんは二十五歳だよ?シンさんも、人身売買とかになっちゃうの?」

ここで疑問が生じる。今、隣で寝ているシンは何故ここに連れて来られたのか。レイの疑問に、ゼオンが答える。

「こいつは人体実験の道具にされるんじゃねえか?負債者とか捨てられた人間とかが臓器を抜かれたりとかするんだよ。」

「そんな!そんなのって!」

惨い話をする、ゼオン。だが彼の表情は、冷静そのものだ。

「ここの薬中のオーナーに嵌められたんだろうさ。あいつ、マジでヤバい奴なんだよ。麻薬で頭がイッてしまってやがるんだ。こいつはそれに嵌められた。只のバカ男って訳。」

諦めている様子のゼオンから語られる言葉は、いずれもが惨いものだ。彼の言葉から、自分達の末路は碌なものではない事が、改めて明らかになった。それは、全てゼオンが見て来た光景だからである。

 戦争状態となった世界。その裏で行われている、現実。それは、レイにどう影響するのだろうか。囚われてしまった彼等に、救いはあるのかも、分からないのだ。

「でも、シンさんが囚われているって事は、チームのみんなも、いずれは……」

レイに嫌な予感が過ぎる。もし、このまま時間を置いていけばいずれはセイントバードのクルー達が巻き込まれる可能性がある。マレース・ジェーンが囮となり、氷河族に売られる事があれば、惨劇は避けられない。

「組織の奴等がどのように出るかは知らねぇ。ここに来たのは、運が悪かったとしか言いようがない。」

レイは、再び置かれた状況に絶望した。どうにかして、チームに危機を伝えなければ、危害が及びかねない。しかし、脱出が出来ない状況でその手段は不明だ。となれば、自らが脱出を、するしかないのであった。

 




第五十話、投了。

日本で出会ったゼオンとエレンの姉弟との再会。そして、氷河族の陰謀等が明らかになる回でした。


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第五十一話 氷河族からの脱出

ゼオン、エレン達を助け出し、脱出を図るレイ。

だがその後、デスゲイズが迫って来る――


 

 デウス帝国残党が根城としている小惑星、アポカリプス。そこから新生連邦のシン・ナンナ基地にある破壊兵器、X-9の破壊に成功したメイド。彼は今、受け取ったMS、デスゲイズを駆り、大気圏を突破した。

 その際、彼は氷河族のメンバーに号令を掛けられた。そこへ向かう為に、移動する。その際、彼は、ウィリア・ラーゲンと連絡をとっていた。先日彼女がアレンの事について話していた事が、気になった為である。

これに対し、ウィリアは拒否なく、応じる事にした。

やがてウィリアとメイドは合流。颯爽と、デスゲイズのコクピットから降りて、彼女と会う。ウィリアは、メイドの派手とも言える登場の仕方に、ただ、唖然としていた。

「よぉ」

と喋るメイド。

「お前にちょっとばかり聞きてェ事があってなぁ。」

と言う、メイドの手には銃が。ウィリアは、睨むように彼を見る。

「あン時はアルメスに声を掛けられてタイミング合わなかったけどな、お前、アレン・レインドと知り合いみてぇだな。何を知ってるか答えてもらおうか?」

ウィリアもこの男からの連絡を取り、逃げられないと悟っているのだろう。故に、逃げずに彼と合流したのだ。まさか、デスゲイズに乗って現れるとは思っても見なかったようだが。

「……アレンとは戦後からの関係よ。貴方とアレンが戦前ではいがみ合う関係かも知れないけど、それは、私には関係のない事よ。戦後の彼とコンタクトを取っていたのは事実だけど、今の彼の行動は全然把握していないわ。」

ウィリアは慎重な様子で、言った。だが、それは事実である。今のアレンの行動を、彼女は全く把握していないのだ。アステル家の事情も知らない為、当然と言える。

「へぇ」

と、言いつつも、メイドは銃を下ろす様子がない。

「俺がさ、てめぇに聞きたいのはなァ、アレン・レインドになんらかの情報のリークをしたりしてねぇかって事よ。」

アレンに兄を殺されているメイド。それ故に、彼への憎悪は強い。もし、何らかの形でアレンと関係を持っているとなれば、メイドはウィリアを殺すのに十分な動機を持っていると考えるのが普通だ。

「知らないわ。仮に貴方が私を拷問に掛けても、知らないし、分からない。口を割れって言われても……ね。」

何をされるか分からないと考えたウィリアは、メイドに言った。憎悪は時に人を衝動的な行動に駆り立てる可能性がある。それを未然に防ごうと、ウィリアは思っていたのだ。

「ま、そりゃそーか。」

と、メイドは銃をしまった。あまりにあっさりとした態度に、ウィリアは首を傾げた。

「俺がここで合流の話をした時に、もしてめぇに後ろめたい“何か”があればそもそも連絡に応じねぇだろ。ケドてめぇは来た。その上で話した。それ以上聞いてもしゃあねぇって事だぜ。」

と、自身の言葉を話すメイド。ウィリアは、彼のあっさりとした引き際に驚愕したと同時に、どこか、安寧の表情を浮かべていた。

「てっきり貴方に殺されるかと思った。ちょっと、怖かった。」

「一応てめぇには恩があるしな。怪我してたの診てくれてたって。あの野郎が兄者の仇ってのは俺個人の話だしなぁ。」

と、メイドはデスゲイズの方向を見て、言った。MA形態のそれは、禍々しい怪鳥のようなシルエットを描いている。

「まあ、てめぇへの用事はこんで終わりなんだよ。今からアルンのメンツの所に行く。じゃあの」

「メンバーの所?もしかして、ホルステブロかしら。」

「へぇ、知ってるのかよ。」

ウィリアの表情が、変わったようだ。まるで、何かを察したかのような表情を、している。

「さっきまで撃たれそうになっていた人間が言うのもあれだけど、貴方にお願いがあるの。私も、それに乗せてもらえるかしら。」

突如ウィリアは口を開き、言った。

「へぇ、なんでまた。」

「ホルステブロに用事があるのよ。ついでに彼等にも。ちょっと……ね。」

意味ありげな言葉。だが、メイドは

「ええよ。コクピットは狭いけどなァ。」

と、疑う余地もなく、すぐにウィリアをデスゲイズに乗せる事にしたのだ。

彼女を疑っていた時とは一転、デスゲイズに乗せる事にしたメイド。彼の心境の変化の速さは相当なものであるのかも、知れない。一方のウィリアは、何故かホルステブロに拘っていた。その理由は定かではない。

 

 

 

 そのままデスゲイズは起動し、空中を移動する。狭いコクピット内では、ウィリアはシートの後ろにいる状態だ。

 彼等の目的地、それはホルステブロである。ウネフをはじめとしたメンバーが集っている箇所。そこへ、デスゲイズは向かっているのだ。

「メイド、聞きたい事があるのだけど。」

「あん?」

メイドは操縦しながら、言った。

「貴方って、どうしてそんなにあっさりとしている性格なのかしら。普通貴方のお兄さんを殺した相手と繋がっているって知ったら怒り狂うのかと思っていたけど……」

純粋な、ウィリアの疑問だ。これに対し、メイドは口を開いた。

「てめぇ自身はあの野郎と直接関係ねぇからな。あいつとはいずれMSで始末してやりてェンだわ。」

と、操縦桿を強く握るメイド。彼なりの、アレンへの決着の付け方を、考えている様子だった。

「貴方なりの拘りといったところかしら。」

「そうだなァ。あいつが生きていた事自体、偶然だし、俺自身も生きてるとも思わなかったからな。運が良いのか、悪いのか知らないケドなァ。」

そう言いながら、更にデスゲイズを加速させる、メイド。

「そもそも俺は気まぐれでなァ。気分が乗れば殺すし、気が乗らなきゃ何もしねぇんだよ。アレン・レインドに関しては決着付けてぇからMSでやり合って殺してぇんだけどな。それ以外のやつに関しては依頼以外に関してはとりあえず気分が乗れば殺す。そーいう奴なんだよ俺はよォ。」

「それって、どう言う事……?」

そう言った直後、デスゲイズのレーダーに熱源が映った。警告音がコクピット内に鳴り響く。

「敵!?」

と、ウィリアが驚愕するが、メイドは構う様子を見せない。

「例えばさァ、今、三機のこいつに近付いてる雑魚がおるじゃろ。こいつらもデスゲイズの機動性なら無視出来るんだけどさァ。」

 

ギュルルルルッ

 

デスゲイズは有線ビームサーベルを、展開。いずれもが機体に接近していたジョゼフであり、それらを、瞬く間に貫いたのである。まさに、“瞬殺”と呼べる光景。ウィリアは、それを目の当たりにしたのだ。

「気まぐれでこーやって来た奴等を殺す事も出来るっつー訳。」

「凄い……」

余りに一瞬の出来事。MS戦が果たしてあったのかも分からないで、ただ、デスゲイズを稼働させているメイド。それは機体の強さなのか、彼自身の技量かは定かではない。

「もう一つ、貴方に聞きたい事があるの。」

再び、ウィリアが彼に質問した。それに、聞き耳を立てるメイド。

「貴方、戦後にどうして氷河族に入ったの?理由が知りたいと思って。」

気まぐれを自称するメイド。彼の氷河族内での目的が分からない。ただ、メイドは組織内の裏切り者を消す、パニッシャーとしての役割を全うするだけだ。

「俺はなぁ、基本刺激を求めてる人間でさァ。それが、人殺しなんだわ。兄者といる時も、デウスに居た時も人殺しをしまくった。MSに乗りながらも、直でも殺しまくってた。その性格を組織に買われたって訳でよォ。」

「そうなのね」

ウィリアの表情は、変化する事がないまま、メイドの言葉が続く。

「ケドなぁ、俺は根っからの戦争好きでよ。戦争がない今のご時世がクッソつまんねェと思ってた。そしたらクソ連邦が同じ地球人相手に宣戦布告しただろ?それが俺には嬉しくってなァ!!直に殺すよりもよォ、MSに乗って戦場で暴れて殺せる方がなんぼか楽しいんだよねェ!!だからアレン・レインドはMSに乗って殺せる方が良いんだよなぁ!!!ハハー!!その内人殺しのギネス記録だって作ってやるんだぜえええ!!」

戦争や戦闘の話になると、異様に高揚するこの、男。人殺しを快楽に思っている上で、戦争を望んでいる、危険な男、メイド・ヘヴン。

「やっぱり、貴方のような人間を私は見た事がないわ。人殺しをしたいのか、MSに乗って戦いたいのか。話を聞いていてもそれが分からない。」

と、ウィリアが疑問に抱くのは至極当然と言えるのであった。

「それに、あの時カフェで話していた時からずっと気になっていた事もある。貴方の名前、本名なの?天国兄弟という名前は本当なの?」

更に疑問を投げ掛けるウィリア。今度は、彼の名前についてだ。

 メイド・ヘヴンとあり、その上でデウス動乱時に兄、フロードと共に天国兄弟と呼ばれていた彼等。だがその名前は本名なのか。それが気になっていたのである。

「おーおー。あんまり詮索するのもどうかと思うぜェ。禁則事項ですってなァ。」

メイドが放ったこの台詞は、ウィリアに妙な緊張を与える事になる。彼の気分次第で、自身にも危害が及ぶ可能性があるかも知れない。ウィリアは、改めてこの男の危険性を察した様子だったのだ。恐らく名前に関してはこれ以上聞く事は許されないのだろうと、察した。

 しかし、一方で礼節は保たれている部分もある。以前ウィリアがメイドと話した時に、彼は感情してくれていた恩を感じている。こうした部分も含め、メイド・ヘヴンという人間が、余計に分からないのであった。

「ところでお前、ホルステブロには、何の用があるんだよ?」

「まあ、個人的な用事と言うべきかしら。」

「へぇ」

彼女の事情に触れないメイド。彼の気まぐれは、誰にも読めないと言えた。それが、彼女の内に秘めた野望を遂行する事を容易にさせる事を、メイドは知る由もない。

 

 

 

 ホルステブロに着いたデスゲイズ。メイドはデスゲイズを近くに着陸させ、ウィリアと共に、降りる。氷河族のメンバーと合流を図る二人。その際、ウィリアは置かれているMSの存在を、意味ありげに見ていた。

 やがて、メンバーのいる一室に二人が顔を見せた。メイドの姿を見るなり、その場にいたメンバーに、緊張が走る。

「お久しブリーフ!」

適当な挨拶をするメイド。これに対し、ウネフが言った。

「てめぇどこを彷徨いていたと?」

メイドの目を見て、睨むウネフ。だがそれに動じる様子を見せない、メイド。

「色々とあったンだわ。それと、ウィリアも一緒だぜ。用事があるみてぇだけどな。」

ウィリア・ラーゲンはアルン率いる氷河族のメンバーの一人である。だが、彼等と共に行動する事は、極めて少ないのである。

「ウィリア!?わあ!久しぶりだあ!」

そこへ、ミルフが彼女の傍に寄ってきた。それは、まるで彼女を慕う従妹のような、素振りにも見える。

 残酷な性格のミルフではあるが、ウィリアには懐いている様子だった。メンバーの前に姿を見せない彼女だが、このように、時折顔を見せた時に慕われているのが分かる。

「久しぶりね、ミルフ。それに、エレア。相変わらずチャンネルは伸びてるみたいね。時折チェックはしてるわ。」

「戦争になってから視聴者増えてくれて嬉しいんだー。ただねー、アンチコメ鬱陶しいんだよー。」

彼女の動画は元々エンターテインメントが中心であり、主に同世代ややや上の世代に人気があった動画であったのだが、戦争状態になり、戦争の話等を簡単にしたりする事で更に動画視聴が増えたという。元々インフルエンサーであるエレアの発言には注目が集まりやすく、彼女の意見に対して過激なコメントが付く事も、増えて行ったのだ。

「それでねー、WCNからも依頼を受けるようになったんだー。戦争情報とかの一意見とか、情報を、もっと伝えてくれー!みたいな感じで依頼受けたんだよね。」

そう言う、エレア。WCNという大手メディアから声を掛けられる事は、一見すれば光栄な事であるように思えるのだが、その存在を良く思わない人間も多い。

「やめておいた方が良いかもね。」

「どうして?」

ウィリアが、エレアに対して意見をした。

「貴方のようなインフルエンサーが下手な事を言えば、その妥当性を指摘される事が増える。そして、批判の対象にもなり易い。専門家でもない人間が適当な事を言うのは動画上でも、SNSでも危険なのよ。それに、そのリスクが生じれば組織にも悪影響を与えかねないわ。安定した動画視聴数を伸ばして、その広告費を組織の上納金として納めるのなら、下手な事はしない方が良い。今まで通りのエンターテインメントで視聴者を取り込む方が良いのよ。貴方の場合はね。」

「そうなんだー。」

と、エレアはWCNの依頼を、渋々、断る事を決めた。情報を欲しているウィリア。それ故に、情報の危険性については人一倍敏感であった。エレアに対してそのように伝えたのは、仲間としてのせめてもの情けと言うべきか。

「美人さんですねぇー!貴方も氷河族なんですかぁ??」

「……ええ。そうね。」

ウィリアに対して言葉を発するマレース。だが、彼女の表情はマレースを見た時に、変わった。まるで、何かを知っているような様子だ。何も分からないマレースは、首を傾げるだけだ。

「んで、今お前らは何やってんの?」

 その中で、メイドが言った。

「特殊麻薬の拡大。それによる利益確保。今、ボスから与えられている指示がそれとね。」

ウネフは自らの注射器を持ち、言った。

「麻薬とか!随分とまぁ、ショボいことしてんじゃねーの。そんなんでチマチマと金をボスに渡してる訳かよ。ま、戦争してる、こんな状況での、組織のやる事なんてたかが知れてるし、でけぇ事は出来ねぇわな。」

戦争が始まっているという、特殊な状況であるからこそ、麻薬は蔓延しやすい。確実に資金を得る事は出来るかも知れない。だが、メイドは先日に宇宙に行っている。そこで行った作戦の事を思えば、ここで行われている事は、余りに小さい事に見えるのだ。

「お前、偉そうに言うけど何かやってきたとか?」

ウネフがメイドの言葉に反応した。

「宇宙に行った」

その言葉に、メンバーの誰もが、耳を疑った。

「デウスの残党の連中と強力してクソ連邦の兵器を壊してやった。」

また、言った。彼等が行っている事と明らかにギャップが有り過ぎる。

「宇宙!?私、生まれて一度も行った事ないよー!?」

「私も!」

エレアとミルフが言った。彼女達は地球で育った人間である。故に、メイドの言葉が斬新に聞こえたのだ。

「メイド。冗談は顔だけにしとけよ。確かにお前はデウスの傭兵だったかも知れねぇが、今のお前みたいなヤツがそんな事出来る訳ないだろうが。」

と、そこへジュラードが割り込むように入る。組織の行動と比較し、メイドの行動は余りに規模が違いすぎる。そう、感じた為である。

「ところがどっこい!夢じゃありません!現実……これが、現実なんだなコレが!」

メイドはジュラードにその顔をぐいと近付けた。

「デウスの残党が、今行動してるんだわな。ちょっとの時間の間によぉ。残党の人間と一緒に一時的に同行してたんだよォ。んで、クソ連邦に一泡吹かせたやったって訳なんだよねェ!」

と、堂々とデウスの事について語るメイド。彼等からすれば、全くスケールの違う話になってくる。

「あの時声を掛けた人間がデウスの人間なのね……」

事情を把握したウィリアが静かに、語った。

「デウス帝国の連中は、生きているって事かよ……」

ジュラードの視線が落ちる。明らかに、何か物事を考えている様子だ。

「お前、デウスと何か関係があんのかよ。」

「一応な。」

次に、ジュラードはメイドの方を見て口を開いた。

「元々、俺は連邦反乱軍に所属していたからな。お前と同じ、傭兵だったが。」

ジュラードの真実が明らかになった。彼は、先の大戦であるデウス動乱を引き起こす張本人となった、かつての連邦反乱軍の生き残りという事。この事実は、誰もが知らない様子だった。

「へぇ、そいつぁまた。クソ連邦と揉めてた連中だろ?知ってんぜ。あの、アルメジャンで武装勢力作ってた奴等も確か反乱軍の残党って話じゃねぇのよ。」

メイドはソファーに座り、足を組んだ。その上でジュラードを見ている。

「タウラだな。連中は戦後になっても連邦への恨みを募らせていた。それが集まったのがタウラ。俺等が日本の首相を暗殺してからすぐに起きた事件だろ。」

「結局クソ連邦に一網打尽にされてやがるけどな!んで、かつてのお仲間がクソ連邦に殺されて、どんな気持ち?どんな気持ち?」

煽るような口調でメイドはジュラードに言った。

「別に何も思わねぇ、知り合いでも無いし。それよりも率直に疑問なのが、新生連邦が平和国連盟と衝突して何がしたいのかが謎だ。先日の巨大ガンダムの攻撃によって、SNS上でレヴィー・ダイル叩きは起きてるぜ。あの貴公子の顔を叩きのめしたいってさ。」

“貴公子”と持て囃されるレヴィー・ダイルではあるが、ロンドンを廃墟に変えた事は世界中で非難を受けている。平和国連盟に対する攻撃にしては、余りに残酷だ。多くの市民を巻き込み、虐殺ともいえる行動。それは、アルメジャン紛争に留まらない大虐殺と言っても過言ではない。

「何やら宇宙から色々と行動してるみたいだぜェ?世の中、更に混沌として面白くなるかもな!」

メイドは腕を組み、言った。この時、何故かメイドは目線をきょろきょろと、動かしていた。何か、探している様子なのだろうか。

「何にしても、私達は組織の仕事をこなすだけとね。戦争状態であれ、関係ない。麻薬拡大や人身売買。この状況なら仕事は大きく捗るとね。金持ちや狂人相手なら尚の事。」

戦争中と言う非常事態であれ、彼等は動く。組織は暗躍を続けるのだ。

「人身売買……貴方達、そんな事まで手を出しているの?」

ウィリアが、ウネフに聞いた。

「最近からとね。特に未成年はこのご時世で需要があるとね。戦争不安のお供にしたい変態の金持ち連中が多い。だからそいつらに売る。」

ウィリアの目つきが変わった。人身売買という、非人道的な行為はいつの時代も許される筈がない。それを平気で行おうとしている組織の異常性。ウィリアは、これを不快に感じていた。

「その台詞からして、今、誰かを保有しているのかしら。」

「組織に裏切り者が居た。そいつを地下に捕えている。もう直、マフィアの連中が来るから売り渡す予定とね。」

平然とそのような事を喋るウネフ。ウィリアは、これを快く思っていない様子だった。人身売買と言う残酷な事が行われているという現実。

「地下……か。」

そっと、ウィリアが呟いた後、くるりと回り、外に出ようとする。

「てめぇ何処へ行く?」

「散歩。ちょっと気分転換。あんまり良い言葉を聞かなかったから。」

ウィリアの言葉が残る。そのまま、彼女は外へ出て行った。言葉とは裏腹、表情は真剣そのものだった。

「お前、さっきから気になっているけど何か探してんのか。」

ジュラードの言葉を聞き、メイドが答えた。

「何か、感じるんだよなァ」

感じる?何を?謎の言葉が、彼から発せられる。

「アレだよアレ。シンギュラルタイプのオカルトパワー。」

その力を持つ者は、メイド以外にこの場に居ない。その為、それを言っても、誰もが気味悪く感じるだけなのだ。

「近くに同じような奴が居るのは間違いなさそうやねェ。ちっと、興味はあるなァ。」

と、メイドが舌を舐めた時、側に居たマレースが、言った。

「シンギュラルタイプなんですかぁ!?興味ありますぅ!ぴきーんってやつでしょ!?頭が冴えるみたいな!麻薬打って頭がスッとするあの感触みたいな感じなんですかねぇ??」

麻薬中毒者であるマレースがメイドに行った。この、妙な言葉遣いはメイドを苛立たせる効果を持っている。この時、彼女はメイドの目線を見るまで気付く事がなかったのだ。

「オカルトパワーとシャブを一緒にしてんじゃねーよシャブ中のやべーやつがよォ。」

この言葉に動じたマレースは、冷や汗を掻いた。そして、静かにソファーに座るのだった。

 妙な人間の集まりである氷河族。彼等のリーダーであるアルン・ティーンズが何処に居るのか分からないまま、彼等の時間は過ぎていく。

 

 

 

 ウィリアは“地下”という言葉を聞き、ジャンク屋の地下に、密かに移動していた。“人身売買”という言葉は彼女に衝撃を与えた。人を売るという行為はあってはならない。氷河族と言う組織が犯している闇の一つ。それが、人身売買。麻薬拡大以上に悪質と言える行為だ。

 彼女はそれに不快感を示している。それは、彼女の弟が行方不明になり、組織の人間に骨粉に変えられた事が由来しているのかも知れない。彼女は、人を大切にしている。故に、見過ごせないと、思っていた。

 やがて地下深くまで来たウィリア。嫌な予感がすると、感じる彼女はそのまま奥へ進む。万が一組織の人間に見られれば、何をされるかは分からない。ただでさえ、彼女はアルン達と共に行動する事が少ない。故に、組織から信頼を得られていないのが現状なのだ。強いて信頼を得られているとすれば、戦闘狂であるメイドぐらいだろうか。

 更に奥へ進むウィリア。すると、檻らしきものが見えた。このような場所に檻と言う妙なものがある事自体、不思議ではある。確実に何かがあると感じたウィリアは、足を踏み入れた。

「……ゼオン?」

見覚えのある顔が、そこにはあった。ゼオン・ニーマード。氷河族の元メンバー。組織から足を洗おうとした結果、捕えられ、今に至る、少年。その上で姉のエレンが巻き込まれている。それだけでない。レイと、シンの姿もそこにはあったのだ。

「お前!?何でここに?」

両者は知人関係のようだ。だがそれは至極当然。何故ならば彼等はアルン・ティーンズの所属の組織の人間同士だからである。

「貴方こそ、どうして囚われているの?それに、他の人達も……」

その光景を見て、ウィリアはショックを受けている様子だった。ゼオンとウィリア。彼等の何の関係があるというのだろうか。

「ごめん……逃げられなかった……お前が頑張ってくれたのにな……」

視線を落とすゼオン。この事は、彼の組織からの脱走に、ウィリアが関係していると言えるだろうか。

「貴方が謝る必要なんて、ない。ただ、一度は逃げる事が出来たにも関わらず捕まるなんて、組織の追手は厄介と言う事ね……」

と、彼女が言った時、ウィリアは銃を構えた。そのまま、鉄格子に向けて発砲し、鍵を開けたのである。

「おい、俺等を逃がしたらヤバいんじゃないのか!?」

戸惑うゼオン。しかし、彼女は構う事なく檻の中に入る。

「貴方達“売られる”かも知れないのよね?そんなのあってはならないわ。子供が売られて誰かのモノになる。それはいつの時代もあってはならないのよ。私はそんなの、認めない。」

人身売買。それは、あってはならないと、彼女は動く。未成年の少年少女がここには三人と、成人男性が一人。最も、その男性は今、眠っている状態であるが。

「今、助けるわ。」

 

パァンッ パァンッ パァンッ

 

ウィリアは銃を放った。いずれもが手錠と足錠に当たり、彼等は手足が自由になる。

「早く、逃げなさい。時間は私が稼ぐから。」

瞬く間の出来事だ。この瞬間、彼等は自由になる。ゼオンを含めた少年少女は急いで逃げる準備をする。しかし、シンは起きる気配がなかった。

「シンさん!起きて下さい!!」

レイが耳元で声を出す。すると――

「う……グ……う……え、レイ?なんで?」

目を覚ましたシンが、すぐに反応した。今まで眠っていた彼からすれば、今の状況が全く分からないのである。

「あの人が助けてくれたんです!早く!」

ぐいと、シンの裾を引っ張るレイ。だが寝起きで力が入らない様子のシン。レイははぁ、と溜息を吐き、彼の肩を持ち、そのまま身体を持ち上げた。

「さっき歩いてきた道の途中で、裏口を見たわ。そこからなら、脱出できるかも知れない。ゼオン、お姉さんを連れて脱出出来る?」

「あ、ああ……ありがとう。でもお前も逃げないとやばくないか?あいつら裏切るようなもんだぞ!?」

ゼオンの心配。だが、ウィリアはそれを気にする様子がない。

「私は、あのメンバーに最後の挨拶をしたかっただけだから……もう、会う事もないだろうし。」

意味深な発言をしたウィリア。それが何を示すのかは分からない。とにかく、彼等は逃げるしかないのだ。このままここに居ては人身売買に出されてしまうだけ。シンの場合は、臓器提供に駆り出される可能性もある。逃げなければ、終わってしまう。だから、逃げる。それだけだ。

「私はここを離れる。だから、急いで。」

そう言った後、ウィリアはすぐに去った。予想もしなかった幸運と言えた状況が訪れた。手枷、足枷がない、その上で檻も開けられている。そうなれば、逃げるのみだ。急いで逃げ、セイントバードに危機を伝え、ここから離れる。それをするだけ。更に、脱出口まである。なんと、幸運な状況であろうか。

 先に、ゼオンが行く。次にシンが。そして、レイとエレンが移動する。シンは徐々に力が戻って来た様子で、レイの身体を借りずに歩く事が出来ていた。

「外に出た所で、どこへ行けば……」

ゼオンが何気なく呟いた時、レイが応じた。

「セインドバードに、行けば良いと思う。ねぇ、シンさん?」

この場所から逃げるには、セインドバードと合流するしかない。そして、逃げる。状況をエリィ達に伝え、速やかに去る事が彼等に出来る事だ。

 ここは危険だ。組織の人間が来れば命がどのようにされるか分からない。ここに留まっても、待っているのは人身売買の被害だけ。レイの提案に、シンは賛同した。状況が把握出来ていない様子ではあるが、今は逃げるしかない。

「そ、そうだな……とにかくセインドバードに戻ろう!君等も一緒にな!」

シンは、初めて見る姉弟達に声を掛けた。二人は静かに頷き、脱出を図る――

 

「きゃあっ!?」

その際、急いでいた余りにエレンが転倒してしまった。組織の人間が来るかも知れないという、最悪とも言える状況での転倒。

そこへ、追い討ちを掛けるように足音が聞こえて来た。恐らく組織の人間が迫って来ているのだろう。急いで逃げなければならないタイミングでの最悪の状況。今から逃げて、間に合うだろうか。

「シンさん、先に行ってください!」

レイが声を出した。

「お前、どうするんだよ!?」

「後で追い掛けます!多分、隠れた方が良いから……!」

咄嗟の判断だった。レイはエレンに、側にあった隠れ穴に潜ませるように指示した。とにかくやり過ごさなければ行けないと思い、神に祈る思いでそこに入ったのであった。

「後でな……!絶対に来いよ!」

と言って、シンは先に脱出をしたのだった。レイが後から来るのを、信じながら。

 

 

隠れ穴にて。人一人が入るのに精一杯と言える、小さな穴に二人の少年少女が隠れている。それは危険な賭けだった。組織の人間がそこを見れば、即、捕まる。彼等は、ただ、祈るしか出来ない。

「膝、怪我しちゃった……」

エレンの着ているズボンの膝から出血が。擦り傷であり、大した傷では無いが、放置は出来ない。

狭いスペースの中で、レイは咄嗟にポケットからタオルを取り出し、傷口を塞いだ。

「あ、ありがとう……」

エレンはレイに言った。だが、今は声を出して良い状況では無い。

「し、静かに……」

レイはそのままエレンの頭を優しく押さえ、組織の人間と視線が合わないように工夫した。そのまま組織の人間が去るのを祈るしか無い。

今のレイに、異性と一緒に居る恥ずかしさや、後ろめたさ等、ない。見つかれば殺されるかも知れないという緊張感の中で、彼はじっと堪える。

 やがて組織の人間が部屋に入って来た。壊されている檻や、手錠の跡等を見る、ウネフ達。

「そう、遠くには行ってない筈とね。見つけ次第捉えろ。殺しはするな。生け捕りにするとね。」

声を荒げ、メンバーに伝えるウネフ。最早、彼女の存在はサブリーダーとも言える存在と言えた。

「誰がこんな事しやがったんだろうな。」

ジュラードが壊されている檻を見て、言った。

「恐らくあの女とね。どういう風の吹き回しか……もしかして、ゼオンの組織からの脱出を促したのもウィリアか!?あのアマ、何処に……?」

メンバーの声が聞こえる。レイ達を助けたウィリアはどこへ行ったのか。それも分からないまま、レイ達はただ、この状況に耐えるしか無い。

「ゼオン達……無事なら良いけど……」

密かに、エレンは呟いた。自身の事よりも、弟の安否を気にするエレン。この台詞から、彼女の優しさを感じる事が出来た、レイ。

「多分……大丈夫だと思う。」

「どうして?」

「分からないけど、何となく。セインドバードに逃げられたら、大丈夫。こんな所にいちゃ駄目だ……人身売買なんて、狂ってるよ。」

氷河族という組織の凶行をゼオンから聞かされていたレイは、この組織の異常性に何処かで怒りを覚えていた。人を大切にせず、道具のように扱うこの組織が余りに残酷で、許せないと考えていたのである。

 とはいえ今のレイは丸腰だ。仮に鉢合わせたとして勝ち目など無い。メンバーは殺す気は無いとのことだが、何をされるのかは分かったものでは無い。

「ありがとうね、レイ。」

密かに、エレンが呟いた。

「僕は、何もしてないよ。無事を祈るしか、ない……」

その後、組織の人間達は、部屋を探すがどこにも見当たらないと判断したのか、メンバーは部屋から去っていく。これが、彼等にとっては幸いと言えた。

敵の気配はないとされた。隙間から様子を見る、レイ。そして、静かにその場から出て、脱出を図ろうとする――

 

 

「おーほほほ。この感覚かー成程ォ」

一人の、男の声が聞こえた。メイド・ヘヴンの声である。荒い口調の声。

 信じられなかった。もう、誰もいない筈だ。なのに、何故そこにメイドが居るのか。出ていった振りをしていたというのか。

やがて、レイとエレンはメイドと目線が合った。鋭い男の目付きは、見る者を恐怖させる。

「あの感覚の持ち主。てめぇだな。」

メイドは、レイを見て、何かを感じ取っている様子だ。無論、レイには何の話をしているのか、全くわからない。

「なんとなくだが、俺の中のオカルトパワーが反応してンだよなぁ。てめェと同類のような雰囲気を、感じてるンだぜ。にしてもこんな、女のガキンチョがねぇ。」

声を掛けられたが、異性に間違えられたレイは、この緊張感の中で言った。

「僕は……男です……」

これに対し、メイドは冷淡な様子で言った。

「変なヤローだな。男なのか女にのか分からねェ顔してやがるぜ。所謂中性的……ああ、ショタってヤツかよ。ん?いや、お前の顔、どこかで見たような気がするんだよな。」

と、言いながらじいっとレイを見つめるメイド。

 実際、彼等は出会った事がある。日本で、ほんの僅かな時間ではあったが、面識はあるのだ。だが、僅かな時間が災いし、顔は然程、覚えていない。

 だが、レイの方は彼の感覚を、頭の片隅で覚えていた。メイド・ヘヴンと言う名の男の特有の感覚。それは、レイを困惑されていく。

(何、この感じ……ごちゃごちゃしている感覚……これ、覚えがある……分からない、けど……僕は、この人を恐れている……?でも、あの時に感じた感覚とは、違う怖さがある……)

その感覚とは、エファンと交戦した時の事だ。彼によって与えられたプレッシャーは、レイを苦しめた。吐き気を催す程の感覚を、エファンから感じていたレイ。今回感じる感覚はその時とは異なるが、それでもレイに恐怖を与える効果を持つ。

「ビビってるみてェだな。クソガキ。つーか、てめぇもあれだな、シンギュラルタイプかよ。」

メイドと同様の力を持っている、レイ。彼等は互いに他者には理解出来ない、“感覚”を持っていた。それが、彼等を引き合わせたと言うべきか。

「それに気味わりィのは、てめぇ、MSでの戦闘経験があるな。じゃねェとその感覚は感じ取れねェぞ。MSに乗って戦って来ただろ。それなりの経験があると見たねぇ。」

メイドの力はレイの潜在能力を見抜く。これも、他者には理解出来ない感覚だ。

(レイがMSに乗っている……?どう言う事……?この人は、何を言ってるの……?)

その傍で、疑問を抱いているエレン。

彼のような少年がMSに乗って戦うなど、まず考えられないとされる。しかし、メイドはそれを直感で感じ取ったのだ。

「シンギュラルタイプってのはな、ステータスだ!そして希少価値だァ!良かったなお前。こんなトコで同類が見つかってよォ。つーかさっきからビビっちゃってさぁ。おしっこでも漏らしたのかよ?」

このような男がシンギュラルタイプである事が、信じられない。レイ自身、この男から感じる妙な感覚が何なのか、分からないでいるのだ。ただ、困惑するレイは、妙なプレッシャーに押されそうになっている。

 

 

 

 氷河族のメンバーが逃げたゼオン達を探している頃、行方を眩ましていたウィリアは一人、マレースの元に居た。メンバーが居なくなり、動揺している様子のマレースはウィリアの接近を許した。そのまま彼女はマレースの両手を把持し、身動きを取れなくしたのである。

「マレース・ジェーン。貴方に聞きたい事があるの。」

と、言いながらウィリアは銃を頭部に突き付ける。この部屋には、二人以外誰も居ない。突然の出来事に、困惑する、マレース。

「へぇ!?え!?な、何ですかぁ!?」

明らかに動揺しているマレース。ウィリアは真剣な眼差しで、マレースに聞く。

「ここに来る途中、クレーディト社のMSを見たわ。MS-BC68ファドゥーム。それがあるという事は、クレーディト社と取引をしているという事ね。その際に居た人間の事を覚えている?」

クレーディト社の秘密を探ろうとするウィリアは、ホルステブロにジャンク屋を構えるマレースが、何らかの情報を握っていると見ていた。その為、彼女はマレースを脅すのだ。

「何の事かぁ、分からないですねぇー」

と、答える様子を見せないが、その間にもウィリアは銃を突きつける。それに対し、恐怖しているマレース。

「とぼけないで。あの機体は少なくとも最近作成された機体の筈。そうね、アルメジャン紛争辺りで製造されている機体。それから半年以上が経過してここに置かれている。その機体が置かれたのは、いつ?」

ファドゥームの事について聞く、ウィリア。マレースはこれに対し、冷や汗を掻きながら答える。

「えと……最近、ですよぉ?でもそれを聞いてどうするんですかぁ?大体、今日あったばかりの人間にそんな事するのはおかしいですよねぇ??」

「ええ、貴方にとっては今日あったばかりの人間にこんな事をされるなんておかしい話でしょうね。けど、こっちは情報を揃えた上で貴方に接触しているのよ。」

「ど、どう言う意味ですかぁ?」

銃を突きつけた状態で、ウィリアは話す。

「ここのジャンク屋は元々赤字経営。その上で氷河族のメンバーがここに集まるのは意味があるのは間違いない。その上で置かれていたMS、ファドゥームの存在。これらが示すもの。答えは一つ。クレーディト社と関係があるという事だけ。クレーディト社と取引をして傘下に置かれたから、赤字経営を免れた代わりに貴方は非道な行動を行うようになったという訳ね。ま、それは今の私には大きく関係はないけれど。けど、人身売買とか麻薬って、その時点で人道に反するとは思うけど。」

マレースの情報を、ここに来る前から握っていたウィリア。その上で、メイドのデスゲイズに乗ってここに来ることが出来た。これは、偶然であるのだが、彼女からすれば、マレースと接触出来た事は幸運と言えたのだ。

「氷河族に所属してながらそんな事よく言えますよねぇ!?」

彼女も同様の立場だ。組織に、所属している時点で。だが、彼女は止まらない。何を言われても動じる様子がないのだ。

 ウィリアは更に、銃口を突きつけ、マレースを脅す。

「ひぃぃっ」

「さて、質問に答えてもらうわ。その際に交渉に来た人間の名前、分かる?」

ファドゥームをここに置く事になるには、交渉人が居る筈だ。恐らく、クレーディト社の関係の者が来ると、彼女は予想していた。

「あー、ダメダメダメ!それ以上は言うなって言われてるんですぅ!元々ここは赤字経営でぇ!氷河族が協力してくれるって!だから麻薬の取引だってしてるんですよぉ!?ねぇ!貴方だってそっちの組織の人間なら事情、分かるでしょぉ???」

その言葉遣いが、ウィリアを苛立たせる。いつもは冷静な様子の彼女がこれ程に苛立ちを感じるという事は、滅多にない。もしかすれば、彼女の標的ともいえる人間に近付く機会であるのかも知れないのだ。

「名前、言わないと撃っちゃうわよ。貴方の頭が真っ赤に染まりたくなかったら早く口を割りなさい。」

「手荒ぁ!」

「早く!!」

「ノード・ベルンですぅ!社長さんですよぉ!」

その名前が出た時、ウィリアは妙な笑みを浮かべた。それは、彼女の標的に近付く事が出来たが故の、安心なのだろうか。マレース・ジェーンがクレーディト社と提携している事を知らなければ、見逃されていたかも知れない情報だったのである。

「ね、ゲロったんですからもう勘弁してくださいよぉ」

弱音を吐くマレースだが、まだ、ウィリアは銃を下ろす事をしない。

「その、ノードは何処に行ったのかを話しなさい。」

「そ、そこまで言わせるんですかぁ!?」

ノード・ベルンの事をやたらと隠すマレース。何故ここまでノードの事を隠そうとするのか。一体、マレースは何を隠しているのだろうか。

「それ以上は駄目ですぅ。私、殺されちゃいます……」

「どの道、貴方は組織に絡んだ時点で寿命は縮まっているわ。それが今か、少し先か。そもそも麻薬中毒者の貴方に先があるとは思えないけど。」

ウィリアの言葉が冷たい。それでも、ノードの居場所を吐かせようとする。

「言わないのなら殺すわ。時間が惜しいのよ。足取りが追え無くなれば時間を要してしまう。こんな事をしているのが万が一発覚すれば私自身も危険なの。早く言いなさい。」

ウィリアは本気でマレースを殺す気でいた。彼女の弟への執念は、尋常なものではないと思われる。

「いいいいい、言いますぅ!ローマです!ローマに向かったって聞きましたよぉ!」

恐怖に屈したマレースは、口を開き、喋ったのだ。

「そう。ありがと。」

 

パァンッ

 

「いやあああああああ!!」

あろう事か、ウィリアはマレースの左腕に向けて銃を放ったのである。そこから溢れる血は、噴水の如く溢れている。衝撃で落ちた肉片は血液を帯びた状態で辺りに散らばった。

「これで左腕から麻薬も打てないわね。可哀想。人身売買に染めた時点で貴方は終わってるのよ。その、関係者なんて許される訳がない。」

「あああ……やああああ!!痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃ!!!」

マレースは痛みと戦っている。そのまま、何を思ったのか、階段を降りていった。どこへ向かったのかは不明だが、血を流した状態で走っていったのである。

「ローマ……か。」

一言、そう呟くウィリア。弟を失った彼女の目的は、これから始まったばかりなのであった。

 

 

 

 地下にて。メイドはレイにプレッシャーを与え、身動きを取れなくしている。高圧的な男が見せる素振りは、レイにとって得体の知れない恐怖と言えた。

「人間ってよぉ、一目見て嫌な感覚を覚える事ってあるよなァ。てめぇも俺に対して嫌な感覚を覚えてるんだろうけどさァ、こっちもお前みたいな女顔男の違和感に、性的な意味じゃなくて滅茶苦茶にしてやりてーって思うんだよなァ。」

メイドの言葉が恐怖に感じる。この男の目的が、全く分からない。言葉の一つ一つが、得体が知れない。何を考えているのかも分からない。

「さしずめ、シンギュラルタイプのショタガキってところか。てめェ、今まで何人殺してきやがった?」

「殺した……?」

「MSに乗ってんだったら殺しまくってんだろうがよォ」

メイドが直感で理解した事。それは、レイがMSに乗って戦っていたという事。それ故に、レイに関心を抱くのだ。

「その様子だとさァ、数えきれないぐらい殺してんのかよ!そんなナリして殺人鬼かよ!ハハハー!やべーやつじゃないですかー!ヤダー!!!」

殺人鬼。その言葉はレイを動揺させる。人を殺すという、日常では有り得ない行動をしているレイにとって、それは事実であり、否定したい言葉なのである。

「違う、僕は殺人鬼じゃない……です!僕は、守る為に――」

「御託はぁ!要らねえんだよォ!!!」

殺人を楽しむ男と、守る為に人を殺さざるを得ない少年。それらが共通しているのは、互いに、“力を持つ人間”であるという事だ。

 

「痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃ!!!」

そこへ、左腕から血液を流しているマレースが下りてきた。ウィリアに撃たれ、ただ、必死に痛みを訴える彼女。最早その行動は、暴走しているようにしか見えない。

「シャブ中ゥ!消え失せろやァ!!」

 

パァン

 

メイドはマレースに銃を放った。的確な射撃は、彼女の身動きを止めるのに十分な役割を果たした。眉間に直撃した弾丸はそこから血液を放ち、マレースは銃で撃たれた反動も相まって、そのまま後方に倒れてしまった。

「いやあああ!」

叫ぶエレン。人が銃で撃たれ、死ぬ場面を目の当たりにし、困惑したのである。一方のレイはこの残酷な光景に、一瞬で様々な感情を巡らせていたのだ。

「あー、そーそー、俺は気まぐれ極まってる男でさァ。気が向いたら殺す。そうじゃない時は殺さねぇの。所謂、やべーやつ!でもショタガキ。てめぇも大概やべーやつなんだぜ?結果的に人殺ししてる時点でさぁ!」

 

ジャキンッ

 

メイド・ヘヴンが銃を向けた。これも、彼の気まぐれによって撃たれてしまう銃なのだろうか。

 エレンは怯えている。何をするのか分からないこの男を見て。一方のレイは、恐怖を感じつつも、自身を人殺しと一緒くたにされた事を納得していない。

「それになァ、てめぇを見ていると思い出す奴がいるンだよな。そいつもお前と同じぐらいの年ぐらいかも知れねぇ。歳はいくつだ?オン?」

冥途の質問に、レイは

「……十五歳です」

と答えた。

「ビンゴォ」

 

パァンッ

 

今度は銃弾が、レイの頬を掠った。そこから、擦り傷が生まれ、赤く染まった。まるで、わざと眉間を当てないようにしている動きだ。彼の気まぐれが再び発揮された。“十五歳”という年齢に反応し、メイドは目を見開き、レイにその銃を構えるのだ。

「きゃああっ!」

再び怯えるエレン。レイも、目元が震えているのを実感している。怖い。男は何が原因で逆鱗に触れ、自分を撃つのかが分からない。故に、レイは恐怖しているのだ。

「十五歳!十五歳!十五歳!そうだァ!十五歳!あの戦いで野郎ォに負けたのも十五歳!兄者が殺されたのも当時十五歳のあいつに殺されたァ!気が変わったぜぇ。十五歳でシンギュラルタイプの力!気に食わねぇよなぁ!てめぇよぉ!」

何を考えているのかが分からないこの男のプレッシャーは計り知れない。何に対する逆鱗なのかは、当然レイには理解出来ない。ただ、この男が放つ感覚を恐れるだけだ。

 下手をすれば、マレースのように殺されるかも知れない。傷つけられるかも知れない。メイド・ヘヴンの暴力は一方的だ。気まぐれで人を殺めるという愚業。狂ったような力を持っているこの男が放つプレッシャー。それは、彼のようなティーンエイジャーのセンシティブな感性をより、際立たせるものとなる。怒り、恐怖。それらが同時に感じられる場面。今、目の前で起きている事がまさに、“それ”なのだ。

「僕は……僕はっ!!」

 

ピキィィィ

 

「おぶえ!?」

メイドが放ったプレッシャーは、レイに極限のストレスを与えた。それは、メイド自身にも影響を与えるものだった。力を持つ人間同士が感じる特有の感覚は、メイドに影響を与える。

 レイから、極度のプレッシャーを感じたメイドだが、その正体は分からない。ただ、メイドはレイの放った力に対し、頭を抱えた。銃が手から離され、これにより、レイとエレンが感じている恐怖は、一時的ではあるが解放されたのだ。

「何が起きたの……?」

「良いから、逃げよう!早く!」

レイ自身も、何が起きたか分からなかった。だが、今は逃げる事を優先しなければと、必死に動くレイ。エレンの腕を引っ張り、急いで脱出口から逃げる。メイドが苦しんでいる、今がチャンスだ。

 

それから少しして、違和感は落ち着いた。恐らくレイから距離が離れた為に、解放されたのだろう。この時、メイドはレイが放った力に、興味を示した。自分を苦しめる力を持つレイ。彼の存在は、メイドの中で大きく印象に残る事となるのである。

「興味があるねぇ……あいつの力、しかと植えつけさせてもらったぜェ……俺にバトル漫画の悪役みてぇな台詞吐かせやがって糞がよォ!!」

互いに知人でもない関係だったのが、シンギュラルタイプという力が彼等を引き合わせてしまった。そして、レイはメイド・ヘヴンという危険な男に目を付けられる事となる。

 今、彼はレイ達を逃がしている。だがそれをあえて追いかけるような事はしない。まるで、敢えて逃がしているかのようだった。

 

 

 

 幸い、地下からセイントバードまでの距離は、近かった。追手に掛かる事なく、四人はセイントバードに辿り着くことが出来た。シンとゼオンは既に先に合流しており、シンは事情を説明した。これにより、このジャンク屋が危険である事が伝えられたのである。

 その後でレイとエレンが合流。これで、皆が無事に脱出する事が出来た。姉弟は抱擁を交わし、再開できた事を喜ぶ。その様子を見ていたエリィは、彼等をそっと、抱擁するのだった。その姿は、まるで母親のように優しく見えたのである。

「辛かったんでしょうね……本当に。」

二人の頭を優しく撫でるエリィ。

「怖かったんです……どうなるのか、分からなくて……」

エレンは、初対面である筈のエリィに甘えた。それ程に、恐怖を感じていたのである。

「落ち着いたらで良いから、事情を教えて貰えればありがたいかな。今は空いている部屋を貸してあげるから、二人でゆっくりして。」

「ありがとうございます……」

エレンは、エリィの厚意に甘える事にした。死ぬかも知れなかった状況から救われた、瞬間と言えた。

「艦長、すぐにでもセイントバードを発進させよう。まさか、ここが危険な場所だったとは思わなかった……氷河族……か。」

氷河族が関与している話は、レイが彼等に話した。そして、麻薬中毒者であるマレースの事も。となれば、セイントバードがここにいる理由はない。早くこの場を去る事が、今後の航行に繋がる。ならば、出来るだけ急がなくてはならない。

「クルーは皆居ますね?スラッグ君に発進するように連絡します――」

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

セイントバードが発進する前に、突如警報音が鳴った。何かが接近している、音だ。

 そして、インクから声が聞こえてきたのである。

「エマージェンシー!熱源一つ確認!MSクラスと思われます!」

もう、間もなく発進しようとした時に訪れたトラブルに、艦内は騒然とする。一機のMSが迫っている。ならば、迎撃をするしかない。だが、誰が迎撃に向かうのか。

「私が行こう。」

そこに、整備を行っていたネルソンの姿が。彼がハルッグに乗り、戦おうというのだ。

「大尉、気を付けて下さいね。」

「一機程度ならやられはせんよ。ただ、この後増援が来る可能性も考えられる。他のパイロットにMSに待機するように指示を頼む。レイ。君も行けるか?」

脱出したばかりのレイだが、敵が迫っているのならば動かなければならない。レイは彼の言葉に、返事をした。

「はい!」

そう言って、レイはツヴァイガンダムに乗り込む。側にあったエレベーターでコクピットまで移動し、機体に乗り込んだのだ。

 それを見たゼオンとエレンは驚愕した。知り合ったティーンエイジャーがMSに颯爽と乗り込むのを見た為だ。

「本当に、レイはMSのパイロットなんだ……」

と、エレンは静かに呟いた。

「ハルッグ、迎撃に向かう。セイントバードはそのまま発進。艦長、頼むぞ。」

「了解です。ご武運を!」

エリィは敬礼をし、直後にハルッグが発進した。セイントバードに迫る機体。それは、何かは分からない。今は、この、氷河族という危険な組織に汚染された場所から脱出をしなければならないのだ。

 

 

 

 ハルッグが発進したと同時にセイントバードは轟音を鳴らし、エンジンを掛けている。そこへ向かって来る機体が一機。氷河族の機体、ファドゥームだ。たった一機のMSが迫ってくるという状況に違和感を抱くネルソン。その際にハルッグはMSに変形し、ロングビームライフルを構える。

「警告する。これ以上接近するならば撃つぞ。」

突然の砲撃を行う事は、極力したくないと考えているネルソン。故に、その機体に対して警告を行った。

 だが、ファドゥームは接近する。恐らく、クルーを逃がさないようにする為だ。

「撃つ!」

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

ロングビームライフルからビーム粒子が放たれた。それを間一髪で回避し、ファドゥームはバズーカを構え、ハルッグに攻撃した。弾を回避するハルッグ。だが、更にファドゥームは攻撃を続ける。左手部の鋏型クローを有線で飛ばし、先端からビームを放った。

「機体のデータが分からない故に攻撃が読めんか……!」

機体そのものが不明であり、パイロットも何者か分からない。ただ、ネルソンは牽制するばかりだ。一機だけで迫る以上、無益な殺生はしたくない。故に、彼は行動に迷う。

「旧式の改造型が!舐めるな!!」

ファドゥームのパイロットから声が聞こえた。男の声だ。

 パイロットはジュラード・メッサードだった。元連邦反乱軍の傭兵であった彼はMSを駆り、セイントバードを逃がさんと迫ってくる。

「貴様にやられる訳にはいかんな!」

敵の声を聞き、迎撃に向かうハルッグ。ビームサーベルを展開し、接近戦を試みた。

 

バヂィィィッ

 

ビーム粒子が打ち合い、弾けた。咄嗟に、ファドゥームもビームサーベルを展開しており、左のクローでラックを把持して拮抗したのである。

「素人の動きではないと見た。」

ネルソンが一言、呟いた。

「素人じゃないからな!あんたは何者だ?面白い機体だな!」

ジュラードが言った。所属は違うとはいえ、互いに元軍人同士。機体性能と、パイロットの技量が試される一対一の戦いだ。

「元デウス出身と言っておこうか。」

「デウスか!俺は連邦反乱軍の傭兵だ!やはりMS戦こそが兵士の本業!久しぶりに良い相手に巡り合えた!」

氷河族のメンバー、ジュラードが意気込んでいる。普段では考えられないような行動だ。新型機体、ファドゥームは意気込む彼にとって相性の良いMSと言えた。

「セイントバードを逃がさない気か!そうはさせんよ!」

ネルソンの掛け声とは裏腹、ファドゥームはハルッグを無視し、セイントバードに接近しようとする。

「伸びろよ!」

と言った後でファドゥームの有線が再び展開された。それは、セイントバードの後部に触れた。

 その際、クローの先端から何やら装置らしきものが取り付けられたようだ。それが何かは分からない。ほんの、瞬く間の出来事と言えたのである。

「貴様!やらせんよ!!」

 

ビゴォン

 

ネルソンの一言の後、ハルッグはモノアイを輝かせ、肩部からビーム砲を放った。360°あらゆる角度から放つことが出来るその砲門から放たれるビームは、ジュラードの予測を上回ったのだ。

「しまっ――」

後部に直撃。その際、エンジンにダメージを負った。身動きが取れなくなったファドゥーム。このまま行動をするのは、危険だ。

「クソッ、まあ良い……撤退する!」

これ以上高度を上げられない為、追撃は不可能だ。セイントバードもその間に遠くへ去っている。無謀な戦いをする訳には行かないと判断したジュラードは、ここで撤退と言う選択肢を取ったのであった。

「思いの外大した相手ではなかったか。帰還しよう。」

そのままハルッグはMAに変形し、セイントバードへ帰還していく。氷河族にとっては、追撃する予定が結局返り討ちにあってしまった結果となった。

 だが、その間にもジュラードは妙な笑みを浮かべている。これは何を意味するというのだろうか。

 

 

 追撃に失敗したジュラードはホルステブロのジャンク屋に機体を置いた。合流したメンバー達はセイントバードに逃げられた事に対し、悔しさを感じている様子だった。

「木偶の坊が。元傭兵が泣くとね。」

「いや、そうでもないぜ。奴等の位置はいつでも把握出来るという事だ。」

ジュラードの言葉を聞き、首を傾げるウネフ。彼は発信機らしき装置をメンバーに見せた。

「成程、準備が良いという訳とね。」

「連中は逃がさない。隙を見つけてゼオン諸共利用してやるまでさ。元傭兵を舐めるなって事だ。」

セイントバードに、発信機が付けられた。つまり、彼等はいつでもこのメンバーに追い掛けられる危険が生じるという事になる。逃げ切ることが出来たと思ったセイントバードだが、この時に、厄介な置き土産を残されたという事になったのだ。

「ウィリアの奴はどこへ?」

次に、メンバーと合流していた筈のウィリアの話になる。

「恐らく、“何か”をやりやがったとしか言いようがねえな。あの女、食えないからな。」

実際、ウィリアがゼオン達を助け、その上でマレースを殺害している。全ての犯人は彼女。

その事を疑問視する、メンバー。特にウネフは警戒をしている様子だった。

「とりあえずリーダーに報告とね。ウィリアの奴、前から気にはなっていたが何を考えているか……お陰で全ての段取りがパーとね。しかも、交渉相手のマフィア連中も皆何者かに殺されたと報告もあった。」

「明らかに、何かが蠢いてやがるな。」

組織にとって、失敗は信用問題だ。無論、この失敗もリーダーに報告しなければならない。特殊麻薬の拡大や人身売買。悪業を行っている彼等を阻止しようとする者が内にいる。それは、間違いない事だと、言えた。

氷河族。デウス動乱後になって出現した犯罪組織。旧世紀から続くギャング、マフィアに次ぐ新たなる組織のメンバーの数は世界中に及ぶ。だが人が多ければ多い程、内なる野望もそれぞれだ。ゼオンのように組織を裏切る人間が居ても不思議ではない。

彼等のメンバーのように個性的なメンバーが集まる事もあれば、純粋に麻薬拡大や人身売買に貢献する者や、MSを売る者、テロ行為、その他の裏社会に通ずる存在は、現在も世界のどこかで暗躍をしているのだ。

「俺が追うわ」

その時、メンバーの前にメイドが現れた。その目付きは明らかに豹変しているようにも見える。息遣いも荒く、明らかに“怒り”の感情を見せている、メイド。

「何で追う?ファドゥームでは追えないぞ?」

「俺の相棒で追うんだよォ」

そのままメイドはくるりと回り、走っていく。彼の言う相棒。それはデスゲイズの事だ。だが彼等は直接デスゲイズの姿を見ていない。この時、メイドの言葉が何を示すのか、理解出来ていない様子だったのだ。

 

 

 

 敵からの攻撃は止んだ。それは、良かった。セイントバードの航行は順調であり、高度も上がっている。彼等は無事、氷河族の魔の手から、逃げる事が出来たのだ。

 その中で、エリィは自身の部屋にてゼオンとエレンを保護していた。ミルクコーヒーを用意し、一息吐いて貰うように、椅子に座って貰っている。

「もし良かったら、事情を教えて貰って良い?私達も逃げてきたところで、ちょっとバタバタしてるけど、艦長として貴方達の事を知っておきたいと思って。」

エリィは優しく、両者に声を掛ける。

「エレン・ニーマードです。こっちは弟のゼオン。」

エレンはやや、困惑した様子で話す。環境が立て続けに変わった為、落ち着かない様子だったのだ。

「宜しくね、二人共。」

エリィの言葉が両者に響く。

「出来ればで良いの。二人の事を、教えて欲しいなって思って。」

エリィは無理に情報を聞こうとしなかった。彼等が何者なのかは分からない。だが、未成年が囚われているという話を聞いている以上、只事ではないのは間違いないからだ。

「実は――」

エレンが、一連の出来事を全て説明した。弟が氷河族であり、自分はただ、見守る存在でしか無かった事。そして、彼が足を洗おうとしてくれた事。しかし、組織に捕まり、先程まで人身売買要員として地下牢に閉じ込められていた事。

 人身売買という言葉を聞き、エリィはショックを受けていた。そのような現実が行われているのを、信じられなかった為である。

「酷い事……そんな惨い事が行われているなんて……本当、大変だったね……」

「でも……私はゼオンが組織を抜け出してくれるという事が、とても嬉しかったんです。本当に……本当……に……」

今までにあった事を話すと、エレンの目からは自然と涙が溢れてしまった。ゼオンは姉のように泣きはしなかったものの、俯いている。

 大まかな事情はエリィに理解出来た。そして、とにかく今は彼等を保護しなければならないと、改めて考えたのである。

「辛かったんでしょうね……貴方の為に組織を裏切った弟さんと、エレンさん。でも氷河族は足を洗わせようとせずに、弟さんと貴方を何らかの形で報復しようとしている訳……ね。でも安心して。私達が守ってあげるから。ね?」

 

ギュッ

 

エリィは、再び両者を抱擁した。

彼女の暖かくて優しい言葉にエレンは安心した。そしてエリィから感じる温かい人肌……彼にとって彼女は今、全てにおいて安心できる存在と、言えたのだ。

(氷河族……か。)

抱擁する中で、エリィは組織の事について、考えていた。彼女にとってそれは何を示すというのだろうか。

 

 

 

それから時間が経ち、航空を続けているセイントバード。現在、艦はスカンディナヴィア半島上空に入った所である。エリィはゼオンとエレンを空き部屋に保護した後、ブリッジに戻り、艦長席に座った。その間に後方からの熱源を確認するも、反応がない。どうやら、ジュラードが乗っていたファドゥーム以外に、追手も来る気配がない様子だ。

先の事もあり、万が一の為にパイロットは機体にて待機をしていたが、どうやら、その心配もなさそうだ。クルー達は、安寧の溜息を吐いた。

「どうやら、撒いたみたいですね。」

スラッグは、操縦桿を握り、言った。

「敵は負って来る気配はない……か。まさか、あんな事に巻き込まれるなんて……」

ブリッジ内で、エリィは遠くを見つめ、口を開く。艦の補修をする目的で立ち寄ったホルステブロ。そこのジャンク屋は、氷河族の息が掛かっている場所であり、オーナーのマレースをはじめ、既に麻薬に汚染されている場所であったのだ。

 氷河族のメンバーの魔の手から逃げ、ゼオン、エレンの二人を救助したメンバー。彼等を助け、聖鳥は空を、舞うのである。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

しかし彼等に安息の時は訪れる事はなかった。艦内に警報が発令されたのだ。そしてインクの言葉が、響く。

「熱源接近!敵数は、一?それも、高速で接近してきます!」

一体何が迫ろうとしているのか。それが分からない状態で、彼等は再び緊張状態に包まれるのであった――

 

 

 

セイントバードのレーダーに映った熱源。それは、メイドのデスゲイズだった。彼はシンギュラルタイプの力でレイの居場所を突きとめ、ここまでやって来たのだ。

執念を燃やすメイド。〝十五歳〟に屈辱を与えられ続けるのが嫌になったからだろうか。

「あれか……絶対に殺してやるってんだよォ!!!」

すると、デスゲイズは前腕部の二連装ビームキャノンを、連射し始めた。その標的はセイントバードである。

それは、艦に衝撃を与える事となる。ビーム粒子が直撃し、艦内は激しく揺れる事となった。

 

 

 

「後部直撃です!」

「うぅっ!?いきなり攻撃されるなんて……!」

このまま接近を許せば、セイントバードが破壊されかねない。危険な状況が、迫った。

「艦長、MSを出撃させますか?」

「お願い……敵は一機だけど油断は出来ない……だって、ライブラリを照合しても見当たらない……あれはバリエーション機でも分かるようになっている筈なのに……。どこの所属かも不明だし。あれは何なの……?」

確認しても、全く見覚えの無い、未確認の機体であったため、どのような性能を持っているかは彼等には分からない。データがない以上、対処も難しい。

 迎撃しなければならない状況で、彼等は困惑する。だが、その時――

 

「僕が、行きます!」

レイの声がブリッジに聞こえた。

「私も出る!」

今度は、スバキの声も。彼等は既に、敵機体を迎撃する気で、居たのである。迫るかも知れない敵を迎撃目的で待機していた事が、幸いした瞬間と言えた。

「じゃあ、二人共、お願い!気を付けてね!」

エリィは両者に礼を伝えた。直後に、先にツヴァイが出撃した。それに続くようにアインスも出撃する。

「ツヴァイ、行きます!」

「アインス、行くぞ!」

この時、アインスは右肩部にビームキャノンを搭載している、空中仕様で出撃していた。彼等にとっては未確認のMAに対し、二機のガンダムが戦いに駆り出されるのだった。

 

 

 

敵機は一機のみ。無論、レイ達はその機体の性能がどれ程のものか等、分かるはずが無い。ツヴァイが移動していると、すぐにMAのデスゲイズを確認し、攻撃を仕掛けることにした。

最初にツヴァイがビームライフルを撃つ。そしてデスゲイズにそれが触れた瞬間、ビームが弾かれた。バリアーフィールドジェネレーターである。

 

バイイイイイン

 

「ビームが効かない……?」

奇妙に感じたレイはそれに近付く。スバキは危険なので引き止めようとしたがレイは止まらなかった。

 

ビゴォン

 

するとその時、デスゲイズが動き出した。モノアイを輝かせ、ツヴァイに襲いかかる。

「うわっ!?」

デスゲイズは有線式ビームサーベルを展開し、攻撃を仕掛けてきた。ツヴァイは急ぎ、それを回避する。

だが、その際に、ツヴァイのモニターに通信が入ってきた。それを開くと、メイドの顔がウインドウに映し出されたのだ。

「ハハー!さっきはよくもやってくれたなぁショタガキ!逃げられると思ったのかよ!?えぇオイ!」

レイはそれを見て怯えてしまった。ショックを受け、錯乱状態になった。目元が恐怖で震えているのが分かる。

「そ、そんな……」

「さっきてめぇが見せた妙な感覚がよォ、頭ん中に焼き付いてさァ、離れねーのよ!!」

そう言った後に再び有線ビームサーベルを展開した。六つのビーム刃が一度に展開され、自在に動き回って襲いかかる。回避運動を行うが、運悪く、ツヴァイはそれらの内の一つに掠ってしまった。

「あううっ!」

「しかも乗ってるのがガンダムタイプ!まさにあのヤローの再来みてぇな奴だなオイ!!!益々イラつくぜ!!俺に目ェ付けられて可哀想になぁ!殺してやんぜぇ!!」

そう言った直後、デスゲイズはMSに変形した。そして前腕部にある二連装ビームキャノンを連射する。それらの攻撃は、バリアーフィールドで防ぐ事が出来た。

「変形した!?MSだったの!?」

「へへ、良かったのか、ホイホイ逃げちまって。俺は狙った獲物は諦めない男なんだぜ?しかし、俺に目をつけられるとは運が悪いなァ。もし何もしないただのガキだったらここまではしなかったのに……お前がMSに乗れるって事実を知ったからこうなるんだぜ?あの世で後悔しろよ。あの世でさァ!こっちはこれ以上……

十五のガキに偉そうにされたかねえんだよクソタレがァァァ!!!」

先程までの、剽軽な言葉とは思えない口調で発したメイド。この言葉が、レイを大木苦しめる事になる――

(この人の怒り……?うぅ、なんだ、この感じ……!?)

力を持つレイは、メイドからの怒りを感じている。何故、これ程の怒りが男から感じ取られるのか。

 それに油断していたレイ。動きを見ていたメイドは、再び攻撃を開始。デスゲイズの前腕部のビームキャノンを放出した。ツヴァイはその攻撃をまともに受けてしまい、機体が激しく揺れた。

「あああっ!」

「ハハー!!!もっと苦しめよ!昔の俺みたいに!十五のガキによって殺されかけたんだよ!反抗期で青春真っ盛りのクソガキが!青春と一緒に殺してやるってんだ!!!最高じゃねえかよ!!!若い内に死ねるってさァ!よぼよぼのじじぃになってくたばるよりよっぽど綺麗じゃねえかァ!!!あぁ!?」

(この憎しみと恐怖に包まれた感覚……ただの人間じゃこれ程恐ろしい憎悪は出せない……この人は何かが違う……憎しみの度合いが異常だ……うぅっ!)

何故メイドがレイを追うのか……それは当時の動乱で十五歳だったアレンを思い出していた為である。その当時のアレンによってメイドは重傷を追わされ、兄は殺された。それが糧となってか、今十五歳のレイを襲っている。

「同情するぜェ!可哀想になァ!たった十五年の人生なんてなァ!だらしねぇよなァ!短い人生におさらばだぜぇ!ひゃっはははは!」

「くっ……ああっ!」

 

ピシュンッ

 

ツヴァイはファンネルを放出し、一斉にデスゲイズに向かわせた。ファンネルによる攻撃にメイドは戸惑う。

「サイコミュ持ちかッ!?ち、うぜぇ……」

そう言いつつもメイドは有線式ビームサーベルを駆使してそれらを切り払っていく。ブリッツファンネルはビーム刃を展開しデスゲイズに迫る。

その上で、ツヴァイはメガビームセイバーを装備。そのまま、デスゲイズを狙う。だが、これに対抗せん、触手のようなビームサーベルがくねくねと、襲ってきた。迫る刃に対して打ち合うが、その数は六本もある。それを全て相手にするのは、無理があると言えた。

ツヴァイはそれらに対してシールドで防ぎ切った。しかし、不規則な動きをするそれらは予測するのに精一杯だ。

「ったくうぜえんだよな……てめはァ!」

するとレイはたちまち動けなくなった。彼はメイドにプレッシャーをかけられたのだ。身動き一つできないレイ。彼に緊張が走る。そして攻撃が加えられた。それはツヴァイの左脚部を切り裂く。

「クッ!」

左脚部が攻撃を受けた事により、不能になり、彼は危機を迎えた時だった。アインスがビームライフルを撃って援護に来たのだ。

「スバ……キ?」

「大丈夫かよ?全く……一人で戦おうとするなよな!援護ぐらいしてやるから!」

「ありがとう……」

メイドとの戦いの中、彼が放つプレッシャーに対し、恐怖を感じていた、レイだったが、スバキの声を聞き、僅かではあるが安心している様子だった。

「あぁ……あれがアインスガンダムっつーヤツかよ。写真で見た通りだな青っ」

それを見ていたメイドは、先にアインスを狙う事にしたのである。両機体の武装の数を比較し、先に破壊し易いと考えた、メイド。

この時、スバキはデスゲイズを見るなり、その異様なシルエットに少し震えそうになっていた。それと同時に、デスゲイズから感じる不気味な感覚を感じていた。

「なんだよあのMS……変な感じ……頭が……痛い……」

と、デスゲイズを見て緊張している時――

「ビンビン伝わるぜ!てめえも俺と同類らしいなぁ!お嬢ちゃんよォ!!!」

あろう事か、メイドはパイロットを把握したのである。力を持つ人間同士、把握出来ていると言うのだろうか。

その後、デスゲイズはそのままウイングを展開し、羽ばたかせながら二連装ビームキャノンをアインスに向けて撃った。アインスは慌ててシールドで防御するも、機体が少しだけ揺れた。

「ぐぅっ!」

続いてデスゲイズは有線式ビームサーベルを展開し、スバキに襲いかかる。しかし、それを見ていたレイが許す筈がなかった。

「スバキ!危ない!!」

急いでビームディフェンスシールドを展開し、アインスを守るツヴァイ。

だが、その行動が仇となる。デスゲイズの腹部にエネルギーが溜められ始めた。デスゲイズの狙い……それはスバキの乗っているアインスである。

「ハハハハハハ!チョコレートみてぇにドロドロになれや!!」

 

ドオオオオオオオオオオオッ

 

デスゲイズの腹部から、高出力のビームが放出された。隙を突かれたスバキ。破壊されるのは、時間の問題だった。

 

バイイイイイン

 

だが、間一髪の所でレイがそれをバリアーフィールドで防いだ。防ぐ事ができたものの、機体が激しく動く。

「あうっ……スバキ……大丈夫?」

「レイ……ありがとう……何度も……」

「気にしないで。僕は平気だから。」

優しくスバキに言ったのだが、それが隙となった。ツヴァイが揺れている際にデスゲイズの魔の手が忍び寄ったのである。

「じゃれてんじゃねーよ!」

 

ギュルルルルッ

 

更に、隙を見つけたメイド。再び、有線式ビームサーベルがツヴァイを襲い、それらが機体にダメージを与えたのである。あらゆる方向からの攻撃を可能とする、デスゲイズ。二機のガンダムが相手でも、引けを取らない。

だが、この一撃を受けてもツヴァイはまだ動けた。幸い全てがやられたわけではないのである。

 

―――――――――――――――――ドクン――――――――――――――――――――

 

その次の瞬間、レイの眼が、深紅に染まった。

「おう!?なんだァこの感覚!?さっきのあれとは違う感じ!?ドクンって!?クソが!」

シンギュラルタイプである、メイドは、レイが放つ異様な感覚に違和感を覚えていた。同じ力を持つ者同士だからこそ分かる、気味の悪い感覚と謎の鼓動音。レイによるプレッシャーがメイドを襲う。

彼の乗るツヴァイの胴体部は先のビーム刃による傷を受けていたが、幸いにも、ファンネル部分は無傷だった。そこから、更にツヴァイはブリッツファンネルを展開し、デスゲイズに向かって攻撃を開始した。

「舐め腐りやがって……が!しかし!!こんなプレッシャーに負ける俺じゃない訳で!」

頭を抱えつつも、レイの放ったファンネルに対し、デスゲイズは再びビームサーベルを展開する。ツヴァイのファンネルは有線に繋がれたビーム刃の嵐を回避しつつ、デスゲイズにビーム射撃をする。しかしデスゲイズにはバリアーフィールドが張られており、ビーム兵器は通用しなかった。

「カスが効かねぇんだよ!おっ……?」

メイドは思い出したようにアインスガンダムを見た。スバキもレイから感じる「感覚」に襲われており、動きが重くなっていた。その時に彼女はメイドに狙われたのだ。

「ガラ空き過ぎィ!!!」

と、デスゲイズは両前腕部から展開した、有線式ビームサーベルの半分を、アインスに向けさせた。突然迫るビームサーベルを避けるスバキ。三本の有線式ビームサーベルは不規則な動きを見せ、彼女を追い詰めていく。

「なんなんだよこれ……!」

ただ逃げるのに必死で攻撃が出来ないスバキ。それを見逃さなかったメイド。デスゲイズは腹部にエネルギーを溜め、アインスに向け、ビームを放出した。有線ビームサーベルによる不規則攻撃に苦戦している最中に、放たれた強力なビームをまともに浴びてしまい、アインスは大破してしまう。     

幸い、コクピットは無事だった。だが、左上上腕部は消し飛んでしまったのである。

「う……く……だ、ダメだ……逃げなきゃ……」

これ以上の戦闘の続行は不可能だと判断したスバキは、アインスのバーニアの出力を上げ、セイントバードへ帰還しようとする。しかしメイドはそれを見て容赦のない攻撃を繰り返してきた。

「逃がすか。死にさらせや。」

ビームキャノンを、放出したのだ。素早い動きでアインスに迫るビーム粒子。スバキがそれを見て避けようとしても間に合わない。

「あっ……あ……」

狙われた。このままでは墜とされてしまう――そう、思った時、ツヴァイが接近し、彼女を守った。その際、レイは喋った。

「早く戻って!僕が戦う!」

「あ……ああ……」

いつになく恐ろしい気の雰囲気のレイに言われ、ただ彼女はセイントバードに帰還するしか出来なかった。

「チッ……せっかくの激アツ演出を台無しにしやがってクソタレ!これで外れる時のむかつき具合は半端ねぇんだよ!死にさらせ!」

怒る、メイドは行動に出た。六本の有線式ビームサーベルを再び展開し、ツヴァイに迫る。

やがてツヴァイの周辺を取り囲み、くねくねと動いた。予測不能な動きについて来られないツヴァイ。この間にファンネルを展開しても無駄で、有線式ビームサーベルの餌食となる。不規則なビームサーベルが覆うように、ツヴァイを襲い続けた。

「さあ、これはいつまで持つのか!?いや、持つわけねえだろォ!!!ハハー!!!」

笑いながらメイドは言った。それと同時にビームサーベルの動きが一層激しくなる。激しい敵の攻撃の動きを見切るのに必死だったレイに、疲労が見られた。

「……はぁ……はぁ……!」

一本一本、確実に攻撃を避ける。力を持つ、人間としての力が、彼をそうさせているのだろうか。今の彼にはデスゲイズの攻撃が鈍く見える。

だが、今の彼に今見えているのは有線のビームサーベルによる攻撃のみだった。

「しぶてェなァ!」

まるで、彼の行動に水を差すように、デスゲイズは前腕部にあるビームキャノンを連射し始めた。突然の攻撃に、有線式ビームサーベルを避けることに夢中になっていたレイは気付かず、この攻撃を受けてしまった。しかし、これが命取りとなった。

「あああああっ!」

この一撃を受ける事により、鈍く見えていた有線式ビームサーベルが通常通りの早さに見えてしまった。彼の集中が切れてしまい、回避することが不可能となったのだ。

唐突過ぎた不意打ち。これによる集中力の切れ。それは即ち、この場では死を意味した。そして――

「お前は、もう死んでいる!」

 

ズバァァァ

 

メイドは勝ち誇った表情を浮かべ、ツヴァイを見下した。

「あ……ぁ……」

ビーム刃が迫る直前、ツヴァイはディフェンスシールドを使い、コクピットで防御していた。筈だった。だが、ビーム刃はシールドを貫いている。その上、脚部やバーニア部を、それらが突き刺した。

ツヴァイは、身動きが取れなくなった。そこへ、デスゲイズは追い討ちと言わんばかりに。そのまま機体を接近させ、地面に向け、思い切り蹴ったのだ。身動きが取れなかったツヴァイは、そのまま重力に引き込まれる意外に、なかった。

レイは、この、戦闘狂に敗北してしまったのであった。

「ハハハハハ!い~いザマだぜェ!ま、あの状態じゃ死んでるだろうな!ハハハハハ!!!バッチグー!!!イェア!!!ハーッハハハハハハハハハハ!!!」

勝利を確信したメイドは狂喜乱舞した。その後、デスゲイズは変形し、その場から去った。

残虐なデスゲイズ。デウス軍が開発したその機体を、メイドは使いこなし、自らの操る新たなる力として受け入れていたのだった。

そして、漆黒の翼を持った地獄の使者の処刑は完了したのだった――

 

 

 

セイントバードは騒然としていた。何しろ、ツヴァイの消息が絶ったのだから、無理もないと言えた。

「ツヴァイガンダム……ロスト……?」

「えっ……どう言う事……?」

「行方不明……です……」

エリィには受け入れがたい真実だった。レイが消えた事。それは、彼女に多大なショックを与えた。

「嘘……でしょ……?レイ君……連絡してよ……死んじゃやだよ……お願いだから……

返事してよ、レイ君!!!」

エリィは泣きながら必死に叫んだ。しかし彼女の声は彼には届かない。今、彼はどこに行ったのかも、分からない。死んだのか。それも、不明である。

レイがメイドに倒された。その事実は、チームのクルーに衝撃を与えた。ブリッジ内では、エリィの泣き声のみが静かに聞こえていたのだった――

 




第五十一話、投了。

ツヴァイガンダムとデスゲイズの戦い。そして、敗北。
この後レイはどうなってしまうのかと言った感じの話でした。


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強襲のアステル家編
第五十二話 夜戦


場面は変わり、アステル家に。
アステル家に裏切り者が現れた時、彼等はどう動くのか。


 国連と新生連邦の対立は深まる一方だ。その上平和国連盟は、チャール・ポレクの死によって混迷を極めていた。

チャールの代わりに新たな最高議長となったギルス・パリシム。彼は元々副議長を務めていたソネルの弟であり、副議長選の結果、彼が選ばれた。その後にギルスはチャールを殺害。そのまま、最高議長の座を手にしたのである。

実際、チャールを殺害したのはギルスであるのだが、それはまだ誰にも分かっていない。チャールの死の原因は自殺と、そう思われていた。

ただ、この死が原因で余計に世界は混乱に陥ってしまう事になる。この対立によって世界が不安定な状況になっているというのに、更に宇宙に存在しているデウス帝国残党。幸いにも彼等は地球圏に攻撃を仕掛けてはいないものの、脅威が現れた事に変わりは無かった。

やがて月日は流れ、十二月に突入した。ヴァイダーガンダムがロンドンを襲撃してから、一ヶ月月余りが過ぎていたのである。

 

この間、シュネルギアはアステル家に滞在していた。ヴァイダーガンダムでの凄惨な出来事の後、平和国連盟と協力し、復興に尽力していた。多くの人々が亡くなったロンドンの地。避難していた人々や生き残った人々はその家や仕事場所を失い、途方に暮れている状況だったのである。

 幸いなのは、世界中から寄付や支援物資が届けられた事だ。SNSというツールが有事では大きく役立ったと言える。世界中の著名人が寄付に乗り出したりしたお陰で、少しずつではあるがロンドンの町は復興を進める事が出来ていたのだ。

 一通り復興作業が進んだ後、アステル家に戻っていたジャンヌ達。束の間の休息の時間を、彼等は味わっていたのだ。

「アレン、あれから早くも一ヶ月が経過しましたね。」

ジャンヌが紅茶の入ったカップを持ち、口に含んだ。

「その間も大変だった。チャール・ポレク議長が死を遂げて、そこから新議長になって、戦争が本格化していった。あの事件がこんな惨い状況を生み出すなんて……」

ギルス・パリシムが最高議長になり、平和主義の撤廃を行い、世界各地で紛争や戦争が起きている状況になっている現状。デウス動乱以来の本格的な戦争状況と化した世界。それを、不快に感じているアレン。

「やっぱり、信じられないな。世の中が狂っているとしか言いようがない。確かにレヴィーは許されない。けど、それで世論が戦争を肯定している状況になっているのは明らかにおかしい。これじゃあ争いは終わらない。ロンドンの復興をしてきても、また新たに戦いが起きればそんなものは泡となるだけだ。」

アレンは握り拳を作った。平和主義を唱え続けていた平和国連盟の最高議長が変わり、それによって生まれてしまった新たなる戦争の状況は、より、世界を不安定な状況にさせて行くのだ。

「どうなるのかは、私にも分かりません。平和とは、何なのか。結局はヴァーナー首相とお話をした時ですら、分からなかった事です。そして、その中で気になった言葉も、あります。」

以前、ジャンヌはエイゲル・ヴァーナーと言葉を交わしたことがあった。彼がジャンヌに言った言葉を、彼女は思い出していた。

 

―――平和国連盟の議員達皆が恒久和平の為に貢献している訳ではないという事だ―――

 

「以前、ヴァーナー首相が仰っていた言葉です。今回、最高議長が突如変わった事と何か関係があるのでしょうか。」

俯くジャンヌ。この件に対する真相を知らないが故に、ただ、疑問を抱く事しか出来ないのだ。

「それは、分からないけど……戦争状態が続くのなら、俺達も動いて行かないと行けないね。」

「ええ……」

世界は不安定な状況になっている。各地で起きている紛争や戦争。そこに巻き込まれる民間人、一般市民。いつの時代の戦争も、罪なき彼等が犠牲になるのだ。本来あってはならない事が、現実では起きる。

 戦争を引き起こし、それらを指示している人間はこうした現実と向き合わない。己がエゴで動く者が多い。例え、世界中で非難を受けるような事になろうとも、関係ない。戦争は良くないと訴えても、彼等の耳に入らないのだ。一度狂った歯車を修正する事は、難しいのである。

 

 

 

時間が経ち、夜になった。アステル家から少し離れた場所にて。そこに、三機のMSの姿があった。そのMSはモノアイを輝かせ、アステル家の方向を見ている。何故ここにMSが現れたのかは分からない。しばらくするとパイロット同士の会話が聞こえてきた。

「あそこで、合っているんだな?」

「ああ、間違いない。アステル家はあそこだ。どう言う警備をされているのかが気になる所だな……」

「言えている。」

三機のMSの正体はディーストとジョゼフだった。しかし普通のディーストとジョゼフとは違う。ジョゼフは背中に大型の円盤を背負っていた。ディーストには前腕部にガトリング、肩部にはミサイルポッド等の武装を施してある。

会話をしているのは三人だけだが、他にもディーストの姿が存在した。いずれも武装が普通のものとは違い、ガトリングなど、豊富に武装が備え付けられていた。その中の、一人のパイロットが静かに言う。

「トーチカが各所に設置されてるらしいぜ。他にもミサイルとか……武装が豊富だ。迂闊に近付くとアウトだぜ。」

「潜入は難しいか?」

「そうでもない。俺等の機体にあるステルス迷彩を利用したら簡単に破壊できる。ただ、他にどんなMSが出てくるかは分からないけどな。」

機体がディーストから分かるように、彼等は新生連邦だった。

夜間強襲部隊。彼等は、夜戦のゲリラ戦を得意とする部隊の人間であり、その彼等が、アステル家の様子を見ていたのだ。

そして、その部隊には指導者がいた。パンツァー・アイドと言う男である。この強襲部隊の隊長を務める男。アステル家の厳重な警備相手に物ともせず、指揮を行っているのだ。

「あと数分で作戦開始だ。その前に囮部隊は活動してくれ。」

兵士達は全員敬礼をした。そして彼は持ち場に待機した。

今回現れたディースト達はMSV(モビルスーツバリエーション)の一種である。様々なバリエーションの機体が揃い、彼等はアステル家の方を見ていた。

 暫くした後に作戦開始の時間になり、彼等は攻撃を開始するのだった。

「作戦開始……まずはトーチカを攻撃しろ。防衛機能を停止させるんだ。ステルス迷彩を忘れるな。」

全員再び敬礼をし、彼等の作戦は始まった。武装を施したディーストは姿を消した。ステルス迷彩と言われる、この装甲。これを展開する事で、レーダーに映らないようにする事が出来る。その為か、トーチカに気付かれる事なく、接近する事が出来た。やがて攻撃する時のみ姿を現し、トーチカを、ビーム刃で切裂いたのだ。

 

 

 

「当主!敷地内にMSの姿を確認しました!」

その報告を受けたジンク。突然の強襲に驚愕している様子だった。

「強襲だと!?どこの所属だ!?レーダーに映らなかったのか!?」

「それが……恐らくステルス迷彩を駆使している機体と思われます!故に反応がなかったのではないかと……」

不覚だった。何処の所属かは不明であるのに突然の強襲を受けたアステル家。

「MSを出せ!」

ジンクの命令により、護衛用の機体が動き出す。何が起きたのか、把握出来ないまま、彼等は行動するのだ。

 

 

 

アレンはこれに感付き、彼は走ろうとした。アステル家が強襲を受けた事に対して焦っているためである。

「敵……行かなきゃ……!」

急ぐ彼。しかしそれを止めたのはジャンヌだった。ジャンヌは彼の手を掴み、止める。

「お待ち下さい。」

「ジャンヌ!どうして……」

「行く前に……厄介事が起きそうです。」

「え……?」

彼女は何かを感じている様子だった。しかしアレンはまだそれに気付いていない。

 

 

 

次々と破壊される、中庭に存在しているトーチカやミサイルポッド。元々これらは有人式で、侵入者があれば人が乗って迎撃していたのだが、以前に新生連邦が交渉を求めてきた際の出来事が原因でジンクがより一層強化を図り、無人式したのである。これによって進入の許可を得ていない機体を攻撃する事ができるようになった。今回襲撃を行った新生連邦軍は、これが無人式である事を知らない。

「クソッ!こいつら……!」

ドラグネスアサルトに乗ったアステル兵達がディーストに対して攻撃をしている。しかしディーストはすぐに姿を消すのでどこにいるのかが分からない。そして攻撃する時に姿を表し、切り刻んで撃破する。

「こいつら、大したことねえな。」

ミサイルやガトリングを撃ち、次々とドラグネスを破壊していく、ディーストに乗る兵士。ステルス迷彩によるかく乱はレーダーに映る事が難しい為、護衛用のトーチカは標的を絞れていない。その間にも、トーチカは破壊されていく。

その様子をパンツァーは遠くから双眼鏡で見ていた。その上で笑みを浮かべている。

「ククッ、さすがはステルス……伊達ではないと言う事か。さて、データはどれぐらい集まったのか。」

この戦闘の中に投入された機体の中に、偵察型のディーストの姿があった。それはジャスティス等と同じデュアルカメラを使用している、モノアイMSであるディーストとは一風変わったディーストである。その偵察型の情報が今パンツァーの手元にある。

 

ピピピピピピピピ

 

彼がその光景を見て笑っていると、突然彼の元に通信が入った。慌てて彼は回線を開く。

「こちらは新生連邦政府軍第七十九夜間強襲部隊隊長、パンツァー・アイド大尉だ。貴様は?」

回線を通して、声が聞こえてきた。

「アグリー・ロン。アステル家に仕える者だ。」

男の声。それも、やや低めの声である。

「アステルの兵士……?何故我々に通信を?」

パンツァーは警戒すると同時に疑問を抱いた。何故アステル家の人間から連絡が入ってくるのか。理解が、出来ない。どういう意図なのか。

その疑問を抱えている内に、アグリーと言う名の男は答えた。

「あんた達は新生連邦軍だろ?機影を確認したよ。」

「そ、そうだが……?」

「今俺はアステル家の外側にいる。アステル家内部は通信妨害装置がある。故に、持ち出した通信機器であんた達に連絡をしているのさ。」

「それは良いが……何故新生連邦と知っていて我々に通信をするのだ?」

すると、アグリーは口元に笑みを浮かべ、言った。

 

「あんた達に協力しようと思ってね……」

 

「何……!?」

始めに聞いた時、彼は我が耳を疑った。この兵士は新生連邦に協力していた、所謂スパイなのか?彼はじっと考える。その上で、パンツァーは言った。

「アグリーとやら……お前は新生連邦のスパイなのか?」

「違う」

〝違う〟と言われてパンツァーは奇妙に感じた。

「じゃあお前は何者だ?」

「俺は……アステル家に嫌気が差した男……と思ってくれたら良いよ。」

「嫌気が差した?」

「理由は別に聞かなくても良いだろう?だからこっそりとアステル家を裏切らせてもらうぜ。代わりにあんた等に情報を教えてやる。どう利用しても構わないぜ。ここを煮るなり焼くなり利用するなり……好きにしてくれ。」

新生連邦にとってこれ程ありがたい話はなかった。願っても居ない朗報と言える、この情報。

「ただし、情報を知るからには“条件”を飲んでもらうぜ。俺を新生連邦に入隊させてくれ。それも、特別待遇でな。」

情報を差し出すからには、何らかの条件を出すのが当然と言えた。それを理解した上で、パンツァーは言った。

「無論だ。情報を伝えた後、指定場所に向かってくれれば迎え入れよう。」

「それは、有難い事で。」

それから、アステルを裏切ろうとしているアグリーは次々にアステル家の秘密を喋った。中庭のトーチカの事や、工場等の秘密等、内部の人間でしか分からない情報をパンツァーに伝えた、アグリー。この瞬間、今まで実現する事のなかったアステル家の情報流出が実現してしまったのだ。

「助かるよ。アグリーとやら。」

「生きていたら、是非一緒に行動させてくれよ。アステル家には恨みがある。一緒に潰そうぜ。」

やがて通信が途絶えた。この瞬間アグリーの裏切りによって、庭に装備されているトーチカの事や、アステル家のMSの事情等が、新生連邦に流出してしまったのだ。

この時の警備システムは非常に甘かった。普段ならば、こうした有事以外で通信機器を扱っている人間は不審がられ、機密保持の為に射殺されるのだが、今回は突然の強襲部隊が現れた事で警備はその部隊に対して向かれていた。その為、アグリーにとって絶好の機会が訪れ、新生連邦にアステル家の秘密を打ち明ける事に繋がってしまったのだ。そしてアグリーは何食わぬ顔で屋敷の中に戻ろうとした――

 

 

「な……これは……?」

だが、屋敷に戻ったアグリーを待ち受けていたのはジャンヌだった。彼女の周囲には、仕える兵士が銃を持ち、構えていたのだ。

「アグリー・ロン……貴方がまさかアステル家の情報を流出させてしまうとは。」

「なっ……ジャンヌ様……!?」

彼女は、アグリーが裏切る事を予見していた。故に、アレンの出撃を止めたのである。内部に居る人間の裏切り。それは、兵士達にとっても予想外の事だ。

兵士達はジャンヌの言葉を聞き、そのまま彼女についていった。アレンの姿もそこにあったのである。兵士達と同様に、銃を構えるアレン。

「ジャンヌの言っていた事はこれだったんだ……確かに見逃すわけには行かない。」

「こうなってしまってはアステル家の情報が新生連邦に伝わる前に強襲部隊を叩かなければ行けません。アグリー・ロン。貴方の行った事は重罪です。本来ならば射殺さえやむを得ない事です。」

ジャンヌの言葉が、冷たく放たれる。完全に包囲されている為、アグリーに逃げ場は無い。彼は降参するしかない筈だった――

「こ、こんな……こんな事で俺がくたばると思ってるのかぁ!?この女ァ!」

 

ガッ

 

と、アグリーは素早い動きでジャンヌの首を前腕で覆ったのだ。突然の行動に動揺する、ジャンヌ。兵士達は一斉に銃を構えるがアグリーは言い放つ。

「てめえら!撃ったらジャンヌ嬢にも当たりかねねェんだぜ……」

それを言われ、兵士達は戸惑いを隠せない。無論、アレンも困惑した。

「ジャンヌ!」

「あ……ぅ……」

苦渋に満ちる表情を浮かべるジャンヌ。その様子を見て、アグリーは笑う。

「はーははははは!あの高貴なジャンヌ嬢が今や俺の手の中!てめえらはそうやってじっとするしか出来ねえんだから可哀想だよな!」

アステル家に仕えていた兵士とは思えない、乱雑な言葉遣い。これが、アグリー・ロンという男の本性だ。残忍な本性を目の当たりにし、困惑する彼等。

だが次の瞬間、アレンは何かを閃いた様子で突然言い出した。

「……いいよ、そのままにすればいい。」

「……はぁ!?」

突然の、理解の出来ない台詞。アグリーはおかしく感じるしかなかった。更に、アレンは他の兵士達にも言った。

「皆さんは下がってください。ジャンヌ一人であの男を倒す事は可能です。」

急に言われ、兵士達は困惑している様子だった。一斉に首を傾げる兵士。アレンはそれに対して必死になる。

「とにかく急いで下さい!皆さんも巻き添えを食らいます!」

何の巻き添えか分からないまま、兵士達はアレンの言う通りにした。そのまま後退りし、少し離れた場所で彼等はジャンヌの様子を見ている。何人かは悔しそうな表情を浮かべていた。

アグリーはその分からない行動に対して言った。

「はぁ!?女が男に勝てるってのかぁ!?何を抜かしてるんだてめえは!」

「俺は貴方よりもジャンヌの事を知っている。だから言える事なんだ。」

「ふ、ふざけんな!こんな女、殺してやる……!」

と、アグリーは更に握力を強めた。この男の行動により、ジャンヌの表情が苦悶に満ちていく――

「あぁっ……!」

「どうだぁ……!?苦しいかぁ……!?」

完全に追い込んだと、アグリーは思った――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

次の瞬間、ジャンヌの体が突然、碧色の輝きを放ったのだ。彼女の体が光った瞬間、アグリーの戦闘意識が段々失われ、彼は倒れてしまった。近くにいた、アドバンスドタイプであるアレンは影響を受けていなかった。

「はぁ……はぁ……アレン……」

「大丈夫?気分は悪くない?」

首を絞められた事と、イズゥムルートを放った事による倦怠感が重なり、彼女は少し辛そうな表情を見せる。やはりその光は身体へ負担を掛けると言うのだろうか。

「ええ……平気です。」

「そう、良かった……」

アレンは微笑んだ。一時はどうなるかと思ったが、アレンの意外な判断にジャンヌは驚いた様子だった。ジャンヌが突然光を放った事に、兵士達は戸惑いを隠せない。

「な……何だったんだ今のは……ジャンヌ様って……一体……?」

兵士達はジャンヌがアドバンスドタイプである事を知らなかった。彼等はジャンヌの不思議な力について、改めて実感する事になる。

「俺は予想していた。迂闊に撃ったらジャンヌが危ないだろう。そこでジャンヌの力を利用したんだ。」

「力の、利用……ですか。」

イズゥムルートの力は窮地のジャンヌを救った。しかしその際の彼女の表情は、まるでアレンを軽蔑するかのような表情を浮かべていたのだ。

 何はともあれ、危機は去った。ジャンヌは自らの力を使い、裏切り者であるアグリー・ロンの魔の手から自らを守った。それは良いのだが――

「それよりも、彼をどうするべきか……ですね。」

ここからが課題である。アステル家の情報を流出しようとしたこの男は、本来なら射殺もやむを得ない存在と言える。だがこの時、ジャンヌは男に対してどこか虚ろな表情をしていた。

 彼女自身も不思議だ。裏切り者である筈のこの男に対し、どこか情けを抱いているというのだろうか?と、彼女が考える様子を見せた時だった。

「どうせアステルは終わりだ……俺が新生連邦に情報を流した以上、お前達が終わるのも時間の問題……ククッ……ハハハハハ!!!」

先の光を浴びて意識を失っていたアグリーは、意識を取り戻し、まるで負け惜しみのように高らかに笑い始めたのだ。それは悪あがきか。それとも本当の意味で言っているのか。

 

パァン

 

その時、アグリーは何者かに頭を撃ち抜かれた。血が溢れ、彼はそのまま即死した。

彼を撃ったのはジャンヌの父、ジンクだった。彼は先程の騒動でアグリーの裏切り行為に気付き、真っ先に彼を射殺したのだ。

「お父様……」

「無事かジャンヌ。兵士によればお前は首を絞められていたと聞くが。」

どうやら先程の兵士の中にジンクに通信をしていた兵士がいたらしい。

「ええ……でも大丈夫です。」

「そうか……無事なら良いが。しかし厄介な事になったな……まさか、裏切り者が出るとは思わなかったな。」

「その上、今は襲撃を受けています。」

「その襲撃に我がアステル家は苦戦しているのだよ……今は……」

ジンクは頭を抱えた。思った以上に、新生連邦が強い為、アステル兵では太刀打ちが出来ない状態だったのである。しかしその時にアレンは言った。

「俺が行かなきゃ……」

この状況を打開するには自分しかいないと判断した彼は、すぐに、動こうとしていた。

「アレン……行かれるのですね。」

「うん、さっきも行こうとしたでしょ。でもジャンヌがこの事に気付いたから止めたんでしょ。でも今度は……行くから。あいつらを追い出さなきゃ……」

アレンの言葉に対して、ジンクは口を開く。

「貴様が戦うのか……それも良かろう。貴様の腕、宛にしているぞ。我が娘、ジャンヌと共に戦ってくれ。」

アステル家の中核として存在しているアレン。その様子から、彼はジンクに信頼されている様子だ。

「はい!」

その後、アレンはそのまま走った。真っ先に彼はブライティスの元へ向かう。

ブライティスはシュネルギア艦内に収納されている。その為、ジャンヌもそこへ向かう必要があった。彼女がいなければ艦を動かす事が出来ない為である。

「ジャンヌ。一言、言っておく。死ぬな。」

そう言い残し、ジンクは、そのまま部屋へ戻っていく。ジャンヌは父親の言葉を聞いて少し安心した様子でいた。彼自身も、妻であるターナを失い、悲しみに満ちている。これ以上肉親を失いたくないという気持ちが表れているのだろうか。

 

 

 

アレンはブライティスに急いで乗り込み、待機している。ジャンヌが来るのを待っているのだ。

そのジャンヌはブリッジに辿り着き、艦長席に座った。と、彼女は座った瞬間に驚いた。

「え!?ココットさん……?」

眠っていた筈のココットがそこにいたのだ。これに対し、ジャンヌは疑問に感じている。

「どうしてここに?貴方を呼んだ覚えは無いのですが……」

「もう……私だってシンギュラルタイプなんだからね。敵が迫ってきている事ぐらい分かるよ。他にも、アイリィさん達を起こしたから安心して。」

「ありがとうございます……」

ココットの行動に安心した様子のジャンヌ。

やがて、彼女はシュネルギアの発進を命令した。それと同時にシュネルギアは轟音を鳴らし、そのまま夜空に舞い上がり、屋敷の遥か上空に現れた。

その直後にシュネルギアからはアイリィの乗ったヴァントガンダムと、ブライティスが出撃した。

だが、敵はステルス迷彩で姿を隠しているディースト達だ。レーダーに映らない敵機体である為、彼等はどのように対処すれば良いかが分からないでいたのだ。

「クッ……どこにいるのか分からない……」

「弱ったなぁ……どうしたら……」

一瞬姿を表し、ガトリングで攻撃してきた後ですぐにステルス迷彩で姿を隠す……ディーストは、そういった戦法を利用する為、標的を絞る事ができなかった。

 

ピシュンッ

 

アレンはファンネルを放出する事にした。それで地上にいるディーストを攻撃しようと考えた為である。

レーダーに映らない敵を相手に苦戦するアレン。それはアイリィも同様だった。

と、その時だった。突然ブライティスにミサイルが放出された。それを見たアレンは回避を行うミサイルが放出された方向を予測して、その方向へビームライフルを放出する。

撃った方向から爆発があった。つまり撃破した事になる。見えない敵だが、それでも果敢に立ち向かうアレン。彼は一旦地上に降り、そこにいる敵を倒そうと考え、そのまま地上へ向かうのだった

 

 

 

地上では激戦が続く。ステルス迷彩により、目視での確認が出来ない敵に苦戦するドラグネスアサルト。それらの機体はレーダーにも映らないため、どこに敵がいるのか分からない。その上反応したと思えばいつの間にか撃墜されている事が多々ある。その為、一向に敵の強襲部隊の駆除は進まないのだ。

「クソッ!なんて奴だ……!」

闇雲にビームライフルを撃っても無駄なだけ。その上で、突然姿を表したディーストに破壊されてしまうのだ。

 

グォンッ

 

と、そこへアレンの乗ったブライティスが空から舞い降りてきた。

慌てて姿を隠そうとするディーストだったが、先に狙いを付けられてしまい、ファンネルから放たれたビーム砲によって破壊された。この時、アレンと同じようにアイリィも地上に降りる。

「大丈夫?地上は余計に危険だ。気をつけて。」

「わ、私大丈夫ですから!……多分。」

アイリィ・トゥールの自信無さそうな台詞にアレンは少し溜息を吐いた。

 彼女は新兵も同様だ。彼女の駆るヴァントガンダムの動きは、素人も同然。故にアレンがフォローしなければならないのだ。

「仕方が無い……やるしか……」

地上にいる強襲部隊を全滅させるために彼は戦う事にした。屋敷を守るMS達と共に。

一応ではあるが、屋敷のMS達も新生連邦の機体を数機だけ破壊している。しかしステルス迷彩を備えたディーストは目視にもレーダーにも映らない強敵だ。その上、重武装であるその機体は火力にも長けている。ドラグネスアサルトはガトリングの弾に触れた瞬間に蜂の巣になり、破壊されてしまう事が多々、起きていたのだ。

この光景を遠くで見ていたパンツァーは動き出そうとしていた。偵察型ディーストのデータで、現在の戦況を見ている。

「とりあえずトーチカは全て破壊。あとは奴等を破壊するのみか。ただ厄介なのは青い翼のガンダムめ、遂に現れたか……よし、やってやるか!」

そのまま、彼も夜間仕様のディーストに乗り込んだ。そして、現在戦場となっているアステル家へ向かう。

 

 

 

自己防衛システムであるトーチカやミサイルポッドが破壊されてしまい、成す術の無い状態のアステル家。ドラグネスアサルトは迎撃を行おうとしているのだが、一向に攻撃を加えられない。ステルス迷彩の機体に対して攻撃を当てるのは、並みの人間では難しいのだ。

「よし……行け!」

と、アレンの頭の中で電流が走り、ブリッツファンネルが放出された。ファンネルはアレンの意志で動き、地上にいるディーストに襲い掛かる。

「なっ――!?」

姿を隠していたにも関わらず、ディーストは破壊された。闇雲に当てているだけとは思えない動きに、兵士達は困惑した。

「馬鹿な!なんだあの命中精度は!?敵にシンギュラルタイプでもいるってのか!?」

そこへアイリィのヴァントが強襲してきた。脚部からミサイルを放出し、一瞬姿を表したディーストに向けて攻撃する。すると爆発が発生し、破壊された。

「うわあ!実はあたし天才だったのかな?」

「浮かれるな。油断出来ない。」

「りょ、了解ぃ!」

偶然でも、アイリィは透明の敵に当てられて非常に嬉しそうな表情を見せた。しかし敵は喜ぶ時間を与えてくれない。容赦の無いガトリングの嵐がアイリィに襲いかかる。

「うわわわ……!」

慌ててシールドで防御し、身を守るアイリィ。しかし背後からはビームサーベルを持ったディーストが襲ってくる。

「わわわ!」

挟み撃ちになってしまったが、駆け付けたブライティスがこれらを切り刻んでくれた。攻撃を仕掛ける時のみ姿を表すディースト。それを考えた時、アレンは閃いたように言った。

「俺が囮になる!だから空から撃って!」

「えっ……でも……あたし初心者ですし……」

「初心者なんて関係無い!狙いを絞るんだ!俺にビームが当たっても平気だから!」

そう言い残してアレンはそのままディースト達の中へ向かっていく。残されたアイリィは困惑するしかない。

「そう言ったってぇ……」

レーダーでアレンの姿を確認するアイリィ。彼女は彼の言う通りにしなければならなかった。

アレンは自らが言った通りに囮になった。敵は攻撃する瞬間に姿を表す。それをビームシールドで防ぐアレン。アイリィは敵が攻撃している所を見て上空からビームライフルを放出した。すると直撃し、ディーストは破壊される。

「やったぁ……あたしって才能あるかも!?」

と、彼女は浮かれてしまった。しかし気を緩める事は出来ない為、再びライフルを構えて敵を待つ。

だが上空からの攻撃と気付けば、すぐにミサイルで迎撃を行う。この時のミサイル攻撃に気付かなかったアイリィは焦るばかり。

「うわわわ!?ちょっと、そりゃないよ!」

急ぎ、シールドでミサイルを防ぐ。辛うじて機体を守る事は出来たのだが、シールドが粉々に砕け散ってしまった。と、その時に敵に隙ができた。姿を表したディースト。これに対し、アイリィのヴァントは再びビームライフルを撃ってそれを撃破した。

この方法を延々と繰り返す事で、ディーストは徐々に数を減らしていった。最初は苦戦していたが、この方法で上手く倒す事が出来ていた。

その時、アレンの前に再びディーストの姿が現れた。しかしそのディーストは少し動きが違う。

(この機体、少し強い感じがするな……)

そのディーストに乗っているパイロットこそ、パンツァーだった。アレンは機体の動きを察知し、敵の技量を悟っている様子だった。

「さて……色々とやられたが今度はどうかな!?」

と、早速パンツァーの駆るディーストは一斉射撃をしてきた。前腕部のガトリング、肩部のミサイル、ビームライフルや頭部機関砲……全ての武器を一斉に射撃し、アレンに襲いかかる。それらをビームシールドで防ごうとするアレン。が、敵の狙いは上空のヴァントだった。この時にアレンの頭の中で電流が走った。

「危ない!」

アイリィの危機に、アレンは真っ先に行動に出た。ビームシールドでそれらを全て防ぐ。一斉射撃による砲撃は、ブライティスのビームシールドの防御力でも防ぎ切るので精一杯だ。

「くっ……!」

反撃の為、ブライティスはビームライフルを一発放出した。しかしディーストはすぐに姿を消し、そのライフルも外れてしまった。

そして、消失したかと思えば、すぐに別の場所からビームライフルが飛んできた。その狙いは当然アイリィである。それにも気付いたアレンは急いでバリアーフィールドで防いだ。

「戻った方がいい!狙われているぞ!」

「あ……でも!アレンさんを残すなんて……」

「あれぐらいなんとかなる!」

「は、はい!」

もう少し参加したかった――と思うアイリィ。しかしアレンの命令のため、逆らう事はできない。彼女はそのまま撤退する事にした。

これで彼は心置きなく戦える。敵の狙いはこちらだけになる為だ。

「ちっ!じゃああいつを狙うしかねえじゃねえか……けど仕留めたら一気に出世するだろうな……っしゃあ!」

再び姿を消すディースト。アレンは懸命に探している。しかし一向に姿を現す様子はなかった。と、その時だった。突然ディーストの姿が現れたのだ。しかもディーストは攻撃を仕掛けていない。なのに、何故姿を現したのか……理由は簡単だった。

「何、エネルギー切れだと!?早すぎる!クソッ!こうなったらやけくそだ!!!」

装甲を覆っていたステルス迷彩を保つ為のエネルギーが切れたのである。先の一斉射撃が仇となったのだろう。その為、武装を施したディーストの姿がアレンの目に映った。

「やってやるんだよ!あの野郎によォ!」

ディーストは最初にガトリングを連射し、弾切れになったらビームサーベルを抜いてアレンに襲いかかった。アレンはビームシールドを装備し、ガトリングの弾を防ぐ。が、防御している間に背後からディーストがビームサーベルを持って迫って来た。

「墜ちろぉ!ガンダム!!!」

そのまま切りかかろうとするディースト。しかしアレンの目は欺けない。ブライティスはそのまま素早く行動する――

「消えた!?馬鹿な……」

彼がキョロキョロと見渡していると、突然背後から蹴りを食らった。ブライティスがディーストを蹴り飛ばしたのである。そのままバランスを崩し、ディーストは倒れてしまった。そしてとどめを刺すようにブライティスはウイングを広げ、ビームライフルを放出した。

 

「う、うわあああああ!!!」

 

これが、最後の一機だった。この一撃を受け、パンツァーのディーストは爆発。パイロット諸共撃破された。

 これにより、敵部隊は全滅。夜戦の勝利者は、アステル家だった。敵の撃墜を確認したアレン達は、すぐに屋敷に向かい、帰還していくのだった――

 

 

 

 

夜戦が終わり、現在は明け方になっていた。その間にシュネルギアは再び屋敷内に収納された。

その後、彼等はジンクの前にいた。彼は、先の夜戦での活躍を讃えていたのである。

「御苦労だった。トーチカは壊滅し、MS部隊もそれなりのダメージを被った。それでもお前達の活躍のお陰でどうにか敵は撤退したよ。」

一難が去り、安寧の表情を浮かべるジンク。だが、それに対してジャンヌの表情は険しい。

「ですが、お父様。新生連邦がこのような行動を起こしてくるという事はやはり何か訳があると見て良さそうですわ。警戒を怠る事は出来ません。」

「そうだな……暫くは動かず、ここに留まる方が良いかも知れん。敵の動向が見えない以上は。」

新生連邦軍は何故、急にアステル家を強襲したのか。そして、身内に現れた裏切り者の存在等、彼等にとって課題は多いと言えた。

「そして、アステル家の中にもエファン・ドゥーリア以外に別の裏切り者が居た……それは、アステル家という存在が揺らいでいる証拠と呼べるのかも知れん。」

「確固たる信頼の揺らぎ……ですか。組織という存在に於いてそれは本来あってはならない事なのですが……」

アステル家は当主、ジンクをはじめとした一族であり、軍事企業の役割を果たしている面もある。言わば、企業のようなものだ。だがエファンをはじめとした、スパイの存在はその絶対なる存在を揺るがせるのに十分な存在となり得た。

 絶対的な存在が揺らぐ事は、本来あってはならない。しかし予期せぬアクシデントはその存在を揺るがせるのに十分な効果を持つ。例えばデウス帝国のように国自体が力を失っていった場合、そこに住む国民は衰弱していくばかりとなる。アステル家も同様で、スパイの存在によって情報が漏れたりすれば、やがては全体を衰弱させる事に繋がる。それ程に、今回の事は危険と呼べたのだ。

 だが組織自体に信頼出来ぬ所があったが故に起きたのが、今回のアグリーの裏切りだ。こうした事が起こり得るという事は、組織としては考え直さなければならない事なのだろう。

様々な事があったが、アレン達活躍もあって、辛うじて敵部隊を撤退させる事ができたアステル家。ただ、夜中の襲撃は彼等にとって辛いものがあったのだ。この出来事を経て、彼等は少しの間仮眠を取る事にしたのである。

しかし新生連邦によるアステル家襲撃はこれで終わると言うわけではない。これからまた何が起こるのか。それは今の彼等に分からない。

 

 

 

 その中で、リルムは一人寂しく、部屋の中に篭っていた。アステル家に保護されている身である彼女。だがその時間は彼女に寂しさを与えるだけだ。

 その上、昨夜の新生連邦軍の強襲は彼女を恐怖に駆り立てた。安全な筈のこの場所に敵が迫ったという事実は、リルムを震え上がらせる。

「レイ……私辛いよ……もう、こんな所に居たくないよぉ……」

この場所にいないレイに助けを求めるリルム。彼女は、この状況に対して精神的に疲れている様子だった。

 

コンッ

 

その時、ノックする音が聞こえた。リルムは慌ててベッドから置き上がり、返事をする。すぐに、ドアが開く音が聞こえた。

そこに居たのは、国連の新人パイロットであるアイリィ・トゥールであった。見慣れない少女の姿に、リルムは目をぱちぱちとさせた。

「え……あの……どちら様ですか?」

やや、引け越しの様子でリルムはアイリィを見る。一方のアイリィも、リルムの存在に驚いた様子だった。

「あれ?ここって、空き部屋じゃなかったんですか!?」

「空き部屋!?」

リルムは、ショックを受けた。ジャンヌは、リルムの居る部屋を空き部屋と勘違いしてしまっていた。故に、アイリィが部屋に来た。それは、リルムにとって悲報以外の何者でもない。

「えー、そんなぁ、どうしようかなぁー。あー、でもいいや。一緒にいよ?せっかくだし。シェアルームって事で!」

と、言いながらアイリィは堂々と、リルムが居る部屋に入って来たのだ。まるでそれは、一人暮らしの女性の家に遊びに来た友人の如き感覚であった。

 だがリルムからすれば違和感しかない。目の前に居るアイリィは何者なのかも分からない状態で、ただ、困惑するばかり。

「ねえねえ、貴方、可愛いね!もしかしてぇ、私より年下じゃないの?」

(ムッ……)

外見だけで年下と判断され、その上、急に馴れ馴れしく接され、リルムは内心、腹が立っていた。

 頬を膨らませるリルムを見て、アイリィは何故か笑顔を浮かべ、笑う。

「やだー、可愛い!え、もしかして貴方もパイロット?それとも何かお手伝いとか??」

どう答えれば良いか分からない。彼女はただ、保護されている身だ。その為、リルムは素直に答えるしかない。

「私は、保護されてるだけです……何も、してませんよ。本当に、ただここに居させて貰ってるだけって感じ。」

何故だろうか、ただ、自分が居るだけの人間という事にどこか戸惑いを感じていた。しかし今の世界情勢は非常に不安定であり、このまま家に帰る事自体が危険だ。それは、分かっている。

 ならば今彼女は出来る事とは何なのだろうか。リルムは、学校にも行かず、ただ保護されている毎日を経て、少し考えが変わりつつあったのだ。何もしないで過ごしていて、本当に良いのだろうか。

「じゃあ無職みたいなものだねぇ!」

あろうことか、アイリィは土足で彼女の心に踏み込んだ言葉を発した。それは、今の彼女に一番言ってはいけない事だ。

「酷い!そんなの!」

思わずリルムは呟いた。

「あ……ご、ごめんね!私、思った事つい言っちゃうから……はぁ。」

すぐに謝り、反省をしているアイリィ。リルムから見て、彼女の存在が良く、分からないで居たのだ。

 

コンッ

 

その時、再びノックをする音が聞こえた。数秒後、すぐに扉が開く。そこに居たのは、ドレスを身に纏ったジャンヌが居たのだ。

「リルムさん、昨夜は大丈夫でしたか――」

ジャンヌはアイリィとリルムが居る状況を見て、首を傾げた。何故二人がここに居るのか、理解が出来なかったのである。

「あら、アイリィさんがどうしてここに?」

ジャンヌの質問に、アイリィが答える。

「あれ?私の部屋がここって言われて、それで入ったんですけどぉ?」

「この部屋はリルムさんの部屋ですよ?貴方の部屋は隣の部屋ではありませんか?」

ここが空き部屋だと勘違いしていたのは、アイリィの方だったのだ。ジャンヌは、この部屋にリルムが居る事を把握していた。

それを聞いた瞬間、アイリィは驚愕した様子で言った。

「あああああ!!!すみません!私ってばうっかり!」

アイリィは、ジャンヌに謝った。そして、リルムにも。ジャンヌはこの事に苦笑いを浮かべ、何とも言えない表情を浮かべていた。

「仲良くされているのでしたら良いのですが……アイリィさん、鍵だけ渡しておきますね。」

と言ってジャンヌはアイリィに鍵を渡し、部屋を後にした。

 

「私の勘違いで……ごめんっ!」

「酷い……私、ジャンヌさんに完全に忘れられたかと思いましたよ!」

結果的にリルムの事は忘れられていなかった事は分かったのだが、やはりリルムからすれば納得いかない様子だ。アイリィ・トゥール。どこか抜けている印象を持つ、国連の新兵の少女。

 ごく普通の少女と、兵士の少女が一つの部屋に居る状況。一見すれば妙な組み合わせではあるが、彼女達に共通しているのは、歳が近いという事だ。

だが、先程の“無職”発言も伴い、リルムは完全に怒ってしまった。頬を膨らませ、ベッドに横たわる。ここは元々リルムが使っている部屋だ。彼女の方が、気を遣う事無く行動が出来ている。

(どうしよう……キンチョーするなぁ……)

自分でルームシェアと言っておいて、相手を怒らせてしまったアイリィ。何か言わなければならないと思い、部屋をじろりと見た後、アイリィは口を開いた。

「そう言えば、君、名前はなんて言うの?あと、歳はいくつかな?それと、何をやっているのかな……?」

これに対し、リルムはアイリィの方を見るのだが、どこか、暗い表情を浮かべていた。

「リルム・エリアスです。十五歳です。ジュニアハイスクール三年生です。」

面倒臭そうに、一度に質問に答えた。言動からして、明らかに拗ねているのが分かる。この事が、余計にアイリィは気まずく感じてしまった。

「その……色々とごめん!だからさ……その……やっぱり一緒にいる以上は仲良く……しようよ?ね?」

仲良くする為に迫るアイリィ。

「そうそう!自己紹介してなかった!私、アイリィ・トゥール!十七歳!国連の新兵!ここで経験を積んだ方がいいって言われてここに居てる!よろしくねぇ!」

気まずそうにしながらも、アイリィは頭を掻き、どうにかして、リルムとコンタクトを取ろうとしている。

「……アイリィさんって積極的ですね。」

この言動に対し、リルムが言った。

「そ、そりゃあ……ね?だって気を遣うの、嫌だもん。」

「私、ここに来てからまともに会話したの、初めてかも。」

「えっ……?」

「だって……みんな、忙しそうにしてるし、その上昨日はなんか知らないけど、襲われてるみたいだし。ジャンヌさんはたまに声を掛けてくれるけど、私、ここに来て基本、ずっと独りぼっち……ここにいても、何もない……」

それは我儘なのは彼女の中でも分かっていた。しかし、現実問題ただ、保護されている身である彼女。元々ごく普通のジュニアハイスクールの生徒であったリルムにとってこの状況は苦でしかない。本来ならば友人と過ごす時間や、生徒会としての役割を全うしていた筈なのに、チェーニ姉妹に誘拐された事がきっかけでここに保護されている。それに文句を言うのは最低な事であるのは理解していた。

だが、彼女は十五歳。友達と時間を謳歌したいティーンエイジャーだ。それ故に、ここで、一人でいる時間が、苦でしかないのである。

「そうなんだ……辛かったんだ……」

そう言った後、アイリィはリルムの肩をポンと叩いた。

「私がいるじゃない。私が仲良くするんだからね!もう、気まずいとかそんなの、感じたくない!リルム!私と友達になって!私は確かにMSに乗って戦うけど、リルムとお友達でいるから!寂しくないように、するから!」

と、言ってアイリィは握手を求めて来たのだ。この積極性は一体何なのだろうか。どうしたら彼女は、初対面である筈の人間に堂々と、握手が出来るのだろうか。

 それがアイリィ・トゥールという名の人間であるのかも知れない。そして、リルムは彼女の存在が嬉しく感じられたのだ。

「部屋も隣同士だし、また遊びに行けるね!宜しく!」

この言葉に、リルムに笑顔が零れた。今まで寂しい思いをしてきたリルム故に、アイリィの不器用な言葉が、彼女に刺さったのであった。

 

 

 

 それから日にちが経過した。アステル兵士達はジンクの指示の下、徹底的な身の元の検査が行われた。先日のアグリー・ロンのような裏切り者が出てはいけない為だ。

 その上で、破壊されたトーチカやMSの改修作業を行っている。この時、ジャンヌはアレン達に休暇を与えた。アレンはココットと、リルムは友人になったアイリィと、ローマの中心街まで移動する事にした。

 ローマ。旧世紀から存在している建造物は世界中の人々を魅了し、この時代になっても観光客で溢れている。デウス動乱以前の、宇宙戦争が行われている時代であっても、古代の建物が今でも残されている世界有数の貴重な観光都市であり、日夜様々な観光客で溢れていた。

アレンはココットと歩いていた。穏やかな街並みは先のロンドンの壊滅的な状況とは一転して平穏に感じられるのだ。

「ここは平穏だな……まるでロンドンとは違う。悲惨な状況になっている場所があるのに対して、一方では平和……妙な感じだ。」

バンディットとして行動していたアレン。その中で、様々な経験をしてきた。その上でのロンドンの襲撃は、彼に大きな衝撃を与える事になったのだ。

「どうして、レヴィー君はあんな酷い事をするんだろう。あんな事をして力で人を支配しようとしても、意味がないって分からないのかな。」

隣にいるココットも、その事が気になっていた。彼女とレヴィー・ダイルは戦前を知る知人関係だ。故に、彼の暴虐が信じられないのである。

「あいつは止まらないよ。だから、俺達が止めないと行けない。今俺が心配なのは、先日のアステル家の襲撃が次に波及しないかって事だ。ロンドンの事もあるし、次の標的がアステル家になってもおかしくはない。」

ローマの建造物を眺めながら、アレンは呟いた。

「私、嫌だよ……人が死ぬところはもう、見たくない。」

「だから、俺達がなんとかしないと行けない。新生連邦の横暴は阻止しないと。その上での今の平和国連盟も、戦争を仕掛けている状況。どうしたものか……」

アレンはそっと溜息を吐く。答えがない状況なのは分かっている。故に、彼は悩む。

「一部の世界が人によって滅ぼされている一方で、問題のない場所は平穏な社会生活が送れる。一部の人間が行った暴虐によってそこに住む人々の全てが奪われる。旧世紀からこの繰り返し。いつまで続くんだろうな。こんな事。」

人は、歴史から学ばないのだろうか。戦争により、多くの罪なき人間が死ぬ惨状になっても人は戦いを止めない。そこには経済や領土等の問題もあるだろうが、そこから憎しみを生み出しても、何も始まらない。

「私が一番嫌なのは、例えば一部の国が戦争を仕掛けたとして、そこに住んでいる人達までもが同じ目で見られて、仮に別の国で働いている人が酷い差別や偏見の目で見られてしまうというのが嫌で仕方がないの。」

旧世紀から続く戦争の弊害は当事者に留まらない。そこに住む国の人間というだけで、偏見の目を持たれるという事だ。故に悪として見られてしまい、本人が住み辛くなってしまう。これでは負の連鎖が続くだけだ。だが人はそれを止めない。惨劇を過去から学ばない。皆が平和を願っていても、一部が狂えば全てが狂う。そして、それに従順するようになる。

「ガーストの奴も、大変だっただろうな。デウスってだけで悪者扱いされたりしただろう。あいつ自身は上の命令で動いていただけに過ぎないのに。」

「みんなと、一緒に会いたい……それで、またご飯を一緒に食べたい。それって、叶わない事なのかな。」

ココットが何気なく呟いた。戦前から知人関係である彼等は、戦後になって立場や状況が変わってしまった事を嘆いている。特に、共に戦った仲間である筈のレヴィー・ダイルがこのような世界を作り出している事に、ショックを隠せないのだ。

「難しいよな……こればかりは。」

アレンが空を見て、呟いた。

 

 

暫く二人が歩いていると、コロッセウムの前に着いた。古代ローマ時代から存在している建造物。西暦時代初期から存在しているこの建造物は歴史的価値が非常に高い建造物として、世界中で知られている。故に、世界中から観光客が絶えない。

そこの前にある広場で彼等は一息吐く。束の間ともいえる休息。二人でいることが出来る貴重な時間。幸せである筈の時間だが、現在の世界情勢を思うと、気が気でない。

だがその時、アレンにとって見覚えのある人物が近づいてくるのを確認した。遠くから見た時はよく分からなかったが、接近してくるその影をみて、次第に既視感を覚えて行く、アレン。

「あれ……ウィリアさん?」

その人物の正体は、ウィリア・ラーゲンだった。まさかの偶然。彼女がここ、ローマに来るなど思ってもみなかったのである。

「あら、アレンじゃない。奇遇ね。まさかここで会うなんて思いもしなかった……」

彼をバンディットとして育てた女性であるウィリア・ラーゲン。アレンが本格的にアステル家に協力する事になってから一度も会っていなかった両者。今、この場で再会したのであった。

「どうしてローマに?」

何気なく、アレンが聞いた。

「羽を伸ばしに来ただけ。ちょっと休息を……ね。」

そう言ったウィリアの髪が風になびいた。美しい容姿のウィリア。隣にいたココットは、ウィリアとアレンが知人である事を知らない。

「あの人は?」

耳元で囁く、ココット。

「戦後に知り合った人。」

と、アレンが返答する。

「ああ、この人はもしかして、貴方の恋人さん?」

「ええ。ココットって言います。」

まさか両者が揃って歩いている所に、ウィリアと会うとは思わなかった為、アレンはやや、戸惑っている様子だった。

「あ、その……ココット・メルリーゼです、宜しくお願いします。」

アレンとココットは互いに恥ずかしそうに言った。ウィリアはそれをおかしく思い、僅かにほほ笑む。

「フフ……貴方の彼女さん、随分と可愛らしいわね。それより貴方達はどうしてローマに?」

「あ、それは……」

アステル家の事を“知りたがっている”ウィリア。だが、ジャンヌとの事もあり、迂闊な発言は控えたいを考えていた。

しかし、事情を何も知らないココットはウィリアに言ってしまう。

「今、私達アステル家に居てるんです!」

ココットが余計な事を言ってしまったため、アレンは眼前に掌を乗せた。彼としては、言って欲しくない事であった為、思わず溜息も吐いてしまった。

「アステル家……?へぇ、凄いわね。」

「私、あの人と友達になんですよ!」

更に、彼女はジャンヌの事で自慢を続けた。世界的歌手であるジャンヌと友人である事は確かに名誉な事ではあるのだが、それ以上口を開かれる事にアレンは限界を感じ、ココットの口を封じた。

「んんんっ!」

「すみません……ココットっていらない事までよく喋る癖がありますから……」

「あら、別に自慢を嫌とは思っていないけど。」

「いえ……でも……」

するとココットはアレンの手をどかし、激しく呼吸をしてからアレンに言った。

「アレン!酷いよ!どうして……」

「ごめん、ちょっと、喋り過ぎ。」

アステル家の話は出来るだけ避けたいと思うアレン。それは、当然の事だ。先のオペレーション・デモリッション・クリエイションでもアステル家が介入した事は周知の事実となっている。それの関係者となれば、どのように捉えられるかは分からない。たとえそれが、知人関係であるウィリアであれ。

「もう……よく分かんないよぉ……」

二人の様子を見て、再びウィリアは笑い出した。このじゃれ合いが、彼女にとっては愛らしいと思えたのだろうか。

「ところで、アレン、時間はあるかしら?」

突如、ウィリアはアレンに言った。その際、彼は戸惑いを覚える。

「あ……その……俺にはココットが……」

今の時間を謳歌したいと考えていたアレン。それ故に、僅かに戸惑う。

「それなら大丈夫よ。そんなに時間をかけるつもりはないから。」

困った様子で、彼はココットの方向を見た。しかし彼女は困っているどころか、笑いながら彼を見て頷いていた。

「じゃ、じゃあ……いいかな。ごめん、すぐ戻るから。」

「うん、私ここの前で待ってるね。」

そう言ってココットはコロッセウムの前にある段差で、腰を下ろした。そのまま、アレンはそのままウィリアについて行く事になった。

 

 

 

裏路地にて。歴史を感じさせるような造りの建物の影に誘導されたアレンは、そのまま彼女について行き続けた。

やがて彼女は太陽が当たらない暗い場所の段差で腰を下ろした。

「まあ、ここで座って。」

「あ、はい。それよりこんな奥深くまで誘導するなんて……どうしたんですか?」

「貴方の彼女さんが何者かは知らないけど、貴方の事だから、彼女さんの前で変な話は出来ないでしょ?さっき彼女さんの口を塞いだのが何よりの証。」

ウィリアは先のココットの発言を聞き、“何か”を悟った様子だった。

「せっかくここで再会できたもの。ワートン・ディアラの家に訪れた後、何があったのか教えてもらえないかしら。」

知りたがるウィリアは、アレンから情報を聞こうとする。それは、メイドと会話をした時にアレンの名前が出てきた事が由来していた。戦時中は英雄と呼ばれた青年が、戦後を経て今、何をしているのか。メイド・ヘヴンとの交戦もあった中で、彼の行動を知りたいと、彼女は思っていたのである。

「今まで様々な事があったじゃない。新生連邦のオペレーション・デモリッション・クレイション。その後での報復と言わんばかりのグレートブリテン島への襲撃……その裏で貴方は何をしていたのかしら。ただ茫然としていたか。それとも戦っていたか。気になるところね。」

これらの質問に対し、アレンは答える。

「俺は戦っていました。あの戦場の中、新生連邦による攻撃を阻止する為に。」

それを聞き、ウィリアは関心を抱いた様子で言った。

「それはそれは……お疲れ様ね。貴方って本当に凄いわ。」

「凄くないですよ。俺はただ、新生連邦の横暴を許す訳には行かないと判断したからで……」

アレンの言葉の後、ウィリアは笑みを浮かべた。

「ああ、成程ね。今、理解したわ。英雄と呼ばれた貴方の事だから、さしずめ、新生連邦の攻撃を阻止する為にアステル家と共に戦っていると言ったところかしら。そして、あの“彼女”も。」

「えっ……!?どうして?」

ウィリア・ラーゲンは洞察力に優れる。彼の言葉から情報を分析し、その上で仮説を伝える。そして、それらは的中した。アレンがアステル家と関りがあるという事を、理解したのだ。

「先程の彼女の言葉から聞いて分かっているわ。貴方がジャンヌ・アステルと親しい関係である事を考えると……貴方が属する場所といえばそれしかないわね。まさか貴方のような人間が、テロリスト等といった野蛮な組織に属しているとは思えないもの。アステル家専属の“ナイト”と言った所かしら。」

「……それは……」

アレンの表情が、固まる。

「図星ね。」

アステル家と言う語句は、出来るだけ彼女の前でしたくなかった。彼は彼女を信用していないわけではない。しかし彼女はバンディット。それも、知りたがる存在。故に、彼は教える事が出来なかった。何が起きるのか分からない為である。下手な情報が伝わる事は避けたい。先の新生連邦の襲撃の件もそうだが、今、アステル家の情報が流出するのは危険なのだ。

「貴方の顔を見たら分かるわ。表情を隠し切れていない。それでは情報を隠す事は難しいわよ、アレン。」

(この人……前から思っていたけど只者じゃない……)

彼は、ウィリアに対して警戒心を持った。彼女には世話になっている。しかしここまで情報の詮索をされるのは、どうしても疑ってしまう。

「まあ、その様子だと貴方に交渉しても、無駄みたいだし。」

「交渉?」

突然のワードが出てきた。“交渉”とは何を意味するのか。

「いえ、こちらの話よ。貴方がその道を進むのなら、進めばいい。私は私の道を進む。目的の為にね。

そう言う、ウィリアの表情はどこか、決意に満ちていた。それは、何を意味しているというのだろうか。

「ねえ、アレン――」

 

ギュッ

 

次の瞬間、ウィリアは彼を抱擁し始めた。誰も通らない裏路地で、二人だけの環境。何故このような行動をするのかが、不明だ。余りに急な出来事だった為、彼は困惑する。

「え……?」

「私ね、貴方に会えて良かったと思ってるの。戦後にバンディットになってから、何度か交流しただけの関係とは言え、ここまで育ってくれるなんて、光栄よ。だからこそ、私は貴方に伝えておきたい事がある。」

その表情はどこか寂しげだ。バンディットの師匠ともいえる女性が見せる表情に、アレンは戸惑っている。

「決して、死なない事。貴方の恋人さんも悲しむだろうし。貴方が歩む道は過酷なものになると思う。私は、それを伝えるだけ……」

そう言った後、ウィリアは彼から離れた。

「じゃあね、アレン。私、行かないといけない。それと、恋人さんを随分と待たせているのではなくて?」

そう言われた時、アレンは自身のEフォンを見た。そこには、ココットからのメッセージ履歴が数件表示されているのが分かった。

「あああ、急がないと!」

と、言われ、アレンは慌ててその場を去った。ウィリアは彼の後姿を静かに、見送っていた。

 

 

 

アレンはコロッセウムの段差で待っているココットの元へ向かった。走ってきて、座っている彼女の姿を見る。するとココットは眠っていた。アレンの事を、待ちくたびれて眠ってしまったのだ。彼は慌ててココットの肩を叩き、起こす。

「ココット、ごめん……待たせて。」

ココットは目を擦りながらアレンの姿を見た。彼女の眼前はぼやけていたため、始めは何が映っているか分からなかったが、やがてアレンの姿を確認する事が出来た。

「アレン……遅いよ……すぐ戻るって……嘘吐き……」

「ご、ごめん……」

「……まあ、でも帰ってきてくれただけ嬉しい……ね、じゃあ行こうか?」

アレンに対しては心の広いココットに、彼は安心していた。ココットが立ちあがる時にアレンは彼女の手を繋ぎ、引き寄せた。

「どれぐらい寝ていたの?」

「大体三十分ぐらいかな。あそこ風当たりとっても良かったもん。気持ち良くって。アレンはさっきの人とどんな話をしていたの?」

「特に……大した話じゃ無かったよ。」

様々な状況を察されている事に驚愕するが、今は彼女との時間を謳歌したいと考える、アレン。

「そうなんだ。うん、じゃあ行こう!アレンが戻ってきた事だし!」

束の間の二人の時間。それは、アレンにとってかけがえのないものだ。今後世界情勢がどのように傾くかも分からない中で、限られた平和を謳歌する事は、罪ではないだろう。

 様々な人間が、それぞれの意思で動いている。戦争状態の世界でも、人々はそれぞれの時間を謳歌しているのだ。

 

 

 

夜になった。昼間の活気とは違い、夜のローマは暗闇に包まれている。だがその暗闇ですらも美しい情景と言えるローマの建築物。その中で、ウィリアはとある人物と合流を図ろうとしていた。

「随分と遅かったな……こっちは眠たくて仕方がない。」

「いろいろと事情があって。ありがとう。ずっと見張っていてくれて。」

今、ウィリアはある廃ビルからある人物と会話をしていた。名は、ギィル・オカザキ。以前平和国連盟議長だったチャール・ポレクの暗殺をしようとしたスナイパーだ。何故、スナイパーと打ち合わせをしたのか。それには、事情があった。

 ノード・ベルン。彼女の弟を嵌めた人間。その人間が、ローマに来ているという情報をマレースから聞き出し、そこから彼と合流していたのである。

「ここの側のホテルに滞在している。狙われているとも知らずに、随分と能天気なものだぜ。」

と、言いながらスナイパーライフルを組み立て始めるギィル。その最中で、彼は言った。

「しかし随分と大層な事を企てるもんだな。クレーディト社の社長の暗殺なんて、大層な事を。」

「色々な人間に依頼を掛けた。その結果が、貴方だったという事。あの男は生きてはいけない。」

「お前の弟の仇……なんだよな。動機としてはまあ、十分だ。その上でお前からは大金を頂いている。やるだけの事はやるさ。」

ウィリアはノード・ベルンの暗殺に人生を掛けているようなものだ。自身の弟を嵌められ、惨い姿にされた事は忘れもしない。

「ありがとう、ギィル。私怨に対して動いてくれるのは、嬉しい……」

 

チュッ

 

ウィリアは、ギィルと接吻を交わした。淡い、口付け。それが、ギィルの仕事のパフォーマンスを上げる事に繋がる。

「美女にキスされたんじゃ、失敗は出来ねぇよ。大金まで貰えてこれは美味しい仕事だね。お前の弟の敵討ち、させてもらおうかねぇ。」

ウィリア・ラーゲンは男性に対し、ふしだらな一面を持つ。その美貌を武器に今まで生きて来たと言える。故に、彼女の虜になった男の数は多い。

「さぁて、社長さんにはご退場願おうか。」

そう言って彼はライフルを構えた。スコープを覗き、ノードの頭部を狙う。

ノードはホテルの中で、相手のマフィアと、何か別の交渉をしている様子だった。その隙をギィルは狙う。

そして彼は狙いを絞り、引き金を引こうとした――

 

「ギィル!」

 

突然、ウィリアが大声を上げ始めたのだ。そしてギィルに体当たりし、スナイパーライフルのバランスが崩れ、そのまま落ちてしまった。弾は発射され、全く関係の無いところに飛んでいった。

「オイ!何を!?」

突然の行動にギィルは怒りを見せた。が、ウィリアは懸命に説明をする。

「狙われていた!別のスナイパーが貴方を!」

「何……?」

ウィリアはギィルが銃を構えた時、別方向から光を見たのだ。それが、別のスナイパーである事に気づくのに時間を要さなかったのだ。

 足元には銃弾が落ちていた。それは紛れもなく、別のスナイパーがギィルを狙っていたという何よりの証拠だった。

「ダメ、もうここにはいられない!」

「クソッ!奴等俺達の事を分かっていたって訳かよ!」

こうなれば廃ビルから脱出するしかない。予想外だったスナイパーの存在は彼女達を危機的状況に陥れる結果となったのである。

 

 ビルから脱出している最中に、足音が聞こえた。それも、数名の者だ。急いで物陰に隠れる両者。予想外の出来事により、失敗してしまったノード・ベルンの暗殺。今はもう彼等は逃げるしかない。だが敵が先回りしている状況で逃げる事が出来るだろうか。

「お前、銃はあるか?武器を貸せ。強行突破する。」

「え……そんなの!無茶よ!死ぬわ!」

「良いから貸せ!」

そう言って彼はウィリアから銃を奪った。その銃に弾を詰め込み、構える。

「言っておくが、俺は狙撃だけが取り柄じゃねえんだ。あんな雑魚共はまとめて始末してやる。」

すると、あろうことかギィルは姿を見せた。そのまま、銃撃を行い、構成員に向けて攻撃していく。敵の構成員は機関銃を持って反撃してくるが、ギィルはそれらを避けて撃ち続ける。

突然の銃撃。一対多数の状況。これで、構成員は次々に血を流す。

彼は死んだ団員の機関銃を拾い、そのまま連射し続けた。銃の扱いは慣れている様子で、

次々に殺していった。向かい側にも団員の姿があった。それらを彼はまとめて殺していく。

「早く来い!」

団員が倒れていく中ウィリアは走り抜け、ギィルは向かい側に潜む敵を倒していく――

 

(ノード・ベルン……?)

その時、ウィリアは見覚えのある顔を見た。ノード・ベルンだ。だがノードは向かいのホテルに居る筈。いつの間にこちらに来たというのか。それが何を示すのかは分からなかった。

忌むべき敵が目の前に居る。だが、今、手持ちの武器はギィルに奪われており、男に向けて攻撃をすることが出来ない。弟の仇と呼べる人間が、自身の見える範囲に居るというのに。

構成員を引き連れ、ギィルに向けて容赦のない銃弾を浴びせる。ギィルは手一杯の状況だ。勝ち目があるとは思えない。

「ぐぁぁ!」

ギィルは負傷してしまった。数の多い構成員からの攻撃に、遂に傷を受けてしまったのである。

「ギィル!」

このままでは殺される。だが、目の前にいるのは弟の仇。彼女は躊躇った。どうする?負傷したギィルを置いてはいけない。

 ノードを殺そうにもまず、武器がない。相手は多数の構成員。こちらは僅か二人。勝ち目などある筈がない。何か、かく乱する方法を考えなければならなかった。

(……これを使えば……!)

 

バッ

 

その時、眩い光が周囲を照らした。視覚を奪う光。そのフラッシュに構成員は皆が困惑する。これが、一瞬の隙だった。急いでここからの脱出を図る、ウィリア。

この時、彼女は一瞬の内にノードに触れた。これが何を意味するのかは全く分からなかった――

 

 

廃ビルから逃げ切ることが出来たウィリア。だが、ギィルは負傷している。彼女は、ノードへの復讐を優先せず、ギィルを助ける事を選んだのだ。

「お前……殺せただろうが……俺の事を放置して良かったんじゃねえのか……」

傷つきながらも喋る、ギィル。それに対し、ウィリアは言った。

「私の勝手な復讐に貴方を巻き込んだ結果、こうなったのよ!貴方を助ける事に躊躇いなんてないわ……!優先するのは、命よ!」

その際、彼女は涙を数滴こぼしている。目の前に居た筈の標的を逃し、側に居た人間を助ける事を選んだウィリア。彼女もまた、人間であると言えるのだ。

「お前……優しいんだな……」

「ギィル……ごめんなさい……」

「別に誰も、悪くねぇだろ……とはいえ、傷、治さねぇとな……」

結局、ウィリアはローマに来てノード・ベルンの暗殺は失敗に終わった。幸い脱出する事は出来たが、ギィル・オカザキを負傷させる結果となってしまった。

 自らの復讐の為に他者を巻き込む。それには、その他者が死ぬ事も想定しなければならない事もある。だがウィリアは優しい心を残していた。故に、暗殺は成り立たなかった。だが、彼女の復讐は終わった訳ではない。組織に所属している限り、ウィリア・ラーゲンは動き続けるのであった。

 




第五十二話、投了。
新生連邦のMSのMSV(モビルスーツバリエーション)が登場する回。
夜間強襲用ってなんか宇宙世紀系のMSVで実際にありそうじゃないですか?


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第五十三話 アステル家強襲

新生連邦によるアステル家強襲が本格的に始まった。
圧倒的な戦力差の中、アステル家は屋敷を守る為に戦う。


 フランスにある、新生連邦軍西洋部隊本部の上層部では会談が行われていた。それはアステル家の件についてだった。アステル家の襲撃はこの日の夜中に強襲部隊が行ったものであり、その夜襲の件について、彼等は話し合っていた。

「パンツァー・アイド大尉率いる囮部隊は本当にお疲れでしたな。彼等の犠牲の代わりに、アステル家に関する様々な情報が我々の手元に入って来たわけなのですから。」

先日の夜間強襲部隊。それらは情報を彼等に伝えていたに過ぎないのである。その情報により、アステル家の現在の情報が彼らに筒抜けの状態となった。

「これで……奴等を叩けると言う訳ですな。トーチカも見事に壊滅させてくれている。敵戦力は有人のMSのみですねぇ。」

その士官は腕を組みながら、不気味な笑みを浮かべていた。冷徹な瞳を持つ者が集まるこの空間の中で、ただ一人の女性士官であるダリア・ローゼントはただ無言のまま彼等の話を聞いていた。

「先のロンドン侵攻に於いてもアステル家は邪魔をしたと聞きます。やはり、オペレーション・デモリッション・クリエイションの一件で彼等が戦場に介入した時から、何か手を打たなければならないと思っていました。まさに、今がその時と言えます。彼等の敷地を攻撃し、奪い、我が戦力とする時です。」

「その上ジャンヌ嬢は所詮、有名なだけの歌手です。いくら奇麗事を言っていようが、所詮は年頃の小娘です。そんな小娘に何が出来る?何も出来はしませんよ。」

「ただ、厄介なのはアステル家に存在している、“ガンダム”の存在です。強襲部隊もあのガンダムタイプによって殆ど壊滅させられたようなものですからね。」

と、その士官はタブレット状のコンピュータを取り出し、その中の映像を映し出した。そこには、夜間強襲部隊が記録したデータが入っていた。映像を見てみると、ブライティスが次々とディーストを破壊している姿が映っている。

「確かにこれは厄介だ。しかし今度はこちらもそれ相応の準備をしています。ですから大丈夫でしょう。アステルの切り札はガンダム。ならば、対策をするまでです。こちらもガンダムを投入すれば良いだけの話。ローゼント中佐。貴官の部隊には期待をしているんですよ。特殊強化モデルを総司令からお借りして貴方の部隊に配属させてもらったと聞きましたからね。」

その士官は微笑しながらダリアの目を見た。それに対してダリアは答える。

「ご期待には答えられるとは思います。彼等は以前よりも強化を施され、以前の数倍のスペックを引き出せるようになりました。その分闘争心しか沸かなくなり、非戦闘時に野放しにすれば兵達がその強化モデルに殺され兼ねません。非戦闘時は部屋に監禁しておかなくてはなりません。今回は以前よりも増して……」

「それは期待が出来ますなぁ。強化モデルの存在は戦局を大きく左右する事でしょう。是非とも勝利を掴み、アステル家を新生連邦のものにして欲しいものですな。ハハハハハ……」

士官達は笑った。が、ただ一人ダリアは複雑そうな表情をしていた。

「その上、今回はヒエラクス級三隻を導入するという事ではありませんか。徹底的ですね!これで破壊される事があれば恥ですよ。ま、ここまで布陣を布いて、そのような事はないとは思いますがね!」

アステル家を強襲する気でいる新生連邦軍。彼等にはヒエラクス級の戦艦が三隻も用意されているらしい。

 

バンッ

 

と、急にダリアはテーブルを叩き始めた。

「たかがアステル家に対してヒエラクス級を三隻も投入など!私はおかしいと思います!あれは一隻で十分!戦力の使い方を間違ってはいませんか!?」

怒りの篭ったダリアの台詞に、士官全員は黙る。

「……取り乱してしまい、大変失礼しました。申し訳ございません。」

彼女は一旦冷静になり、やがて、そのまま席に着く。

「そんなにお気になさらぬよう。言って見ればヒエラクスは切り札です。主力はマドラ級でどうにかなりますよ。ご安心を。アステル家を徹底的に潰す作戦です。確実に我々が勝ちます。かつてのデウスに対して兵器の援助を行っていたジンク・アステルを今度こそ叩き潰せるのですからね。ローゼント中佐には、期待していますよ。ハハハハハ……」

士官達は再び笑った。しかしそれに対してダリアは、決して笑う事はなかった。

その後会議は終わり、全員会議室から去った。ダリアは一人その部屋に残り、悔しそうな表情を浮かべていた。その目にはうすらと涙を浮かべていた。

「クソッ!何が強化モデルだ!あんな存在に頼らなければ我が軍は勝てないというのか!?その上アステル家如きにヒエラクス級を三隻も……何を考えている西洋本部は!ウイングイーグルで十分なのだ……無暗にヒエラクス級の投入をするのは間違っている!あの戦艦は人類の宝だ……父が関与している……」

彼女は二つの事で悩んでいた。強化モデルの存在と、ヒエラクス級についてである。ダリアの台詞から、ヒエラクス級は彼女の父と何か関係している事が分かった。しかし彼女の一人言だけでは今回の作戦は止められない。悔しくも、彼女は作戦に参加をするしかないのである。

 

 

その作戦の実行は明日だった。明日に向けて、兵士達は各マドラ級に乗りこみ、エリート部隊はヒエラクス級に乗せられた。何せ三隻ものヒエラクス級が投入される、今回の作戦。政府は何故アステル家の為にこれ程までに戦力を集中するのか、その理由は定かではない。

だが、どうしてもアステル家を物にしたいという新生連邦の野望があるのは誰の目にも明らかであった。

ウイングイーグルに乗り込んだダリアは真っ先に特殊強化モデルが監禁されている部屋へ入った。彼等の様子を確認する為である。

中に入ると、飢えた獣のような声が聞こえた。以前より強化されていると言うだけあり、その恐怖感が伝わってくる。ダリアもこの三人には若干の恐れを感じていた。

「このような狂った化け物を使用しないと、敵に……それも、私設の勢力に勝てないというのは情けない限りだな……。」

一人、言葉を呟きながらダリアは檻の前に向かった。

檻の中には個別に、ニッカ、ハーディ、シエルの三名が首に鎖や手錠をはめられている状態で存在していた。彼等はダリアの姿を見るなり、突如、野犬のように吠え出した。

「ガウウウウ……!」

ハーディも同様だったが、シエルは以前と同様に無口だった。ただ、無気味な目をしている事に変わりはない。

「化け物め……!」

そう言って彼女は去っていった。強化モデルという存在に対して彼女は嫌悪感を抱いていた。

 人間をシンギュラルタイプのような存在に強化した上で、それを戦力として投入。その人が生み出した戦いの連鎖の道具とも呼べる存在が、彼女にとっては快く思えない存在と言えたのだ。

 

 

 

アステル家は相変わらずトーチカは破壊されたままだ。復旧作業は行っているのだが、それでも一日で直せるものではない。

時間帯は真夜中。今日と明日の境目。この時間帯になれば殆どがの人間は眠りに就いている。

この時、ベランダに居たのはジャンヌだった。純白のドレスを身に纏っている彼女は一人、この庭園を前にして歌声を披露していた。

昨夜の事もあり、どこか疲労している様子の彼女ではあるが、そのドレスと容姿が重なり、ジャンヌ・アステルという麗しい女性像を作り出していたのである。

「歌っていたのか、ジャンヌ。」

そこへ、アレンが姿を見せた。元々彼等はこの時間に合流する予定を組んでいたのである。

彼は皆が寝静まっているであろう、この時間に話をしようと、事前に伝えていたのだ。

やがて歌うのを止め、ジャンヌはアレンの表情を、一目見る。

「歌う事は好きです。それ故の歌手ですから。私は意図してSNS上で人気を集めていた訳ではありませんが、行動と共に人々が付いて来ました。結果、誹謗中傷にも見舞われた事がありましたが。」

世界的歌手であるジャンヌは、多種多様な種類の曲を歌う。歌謡曲やヒップホップ、ミュージカル、ラップ、果てはオペラまで。それらを完璧とも言える歌声で魅了し続ける、ジャンヌ。しかし、大衆が彼女の歌声に魅了される一方で、以前のスキャンダルによって彼女は苦しむ事も経験した。それ以降、彼女は人前で歌う事を止め、本格的に新生連邦と戦う道を歩んでいく事になったのだ。

それでも、彼女は歌を好きでいる。彼女が一人、静かに歌を歌う瞬間はある意味、貴重な場面と言えた。

「昨夜は大変だったね。色々とお疲れじゃないか?」

気を掛ける、アレン。彼女の一連の動きを見てきているが故の言葉だ。

「……アレン。昨夜の事を経て、私は思う事があるのです。」

「何を?」

ジャンヌは側に置かれていた椅子に座り、夜景を見ながら言った。

「裏切りという行為が続くという事は、やはり快く思わない人間が少なからず数名は居ると言う事ですわ。その組織の情報を売ろうとするスパイが出てしまうと言う事は、私達アステル家はやはり、信用に値しない存在という事なのかも知れません。」

昨夜にジンクが言っていた言葉を、彼女は思い出していた。

 

―――――アステル家という存在が揺らいでいる証拠と呼べるのかも知れん―――――

 

アステル家の存在はかつてのデウス帝国に影響を与えていた。デウスの国力が脆弱となった今の時代に於いても、当主であるジンクが築いたコネクションの強さが幸いし、地球上で迫害される立場でなく経過している。その上で平和国連盟と協力関係にあるなど、只の一組織とは寄れない存在となっている。

 だがそうした組織の存在を快く思わぬ人間が現れる事も有り得る話だ。アステル家の場合はエファンの裏切り、そして、アグリーの裏切り等。

「エファン・ドゥーリアの事を思い出したのか。」

アレンの言葉に対し、ジャンヌは静かに頷く。

「平和国連盟と連携している時点で、それを快く思わない人間が居る事や、情報漏洩や裏切りの危険性という事は承知しておりました。エファンの場合は、目的は異なるようですが。それでも、アグリーのような事が起こってしまうと、どうしても自らの振る舞いや立場を責めてしまいますわね……」

己を責めてしまうジャンヌ。一連の出来事は彼女の心を蝕んでいくのだ。それに対し、アレンは声を掛ける。

「それは君自身が責めるべき事ではないと思う。確かに裏切りは出てしまった。けど、それはその人間の私欲が原因って事も有り得る。」

「だからと言って当人にばかり責任が全て行くとは限らない事もあります。元々アステル家は兵器の提供を行ってきた一族です。それを恨む人間がいるのも当然と言えます。アグリーの心境は分かりませんでしたが、もしかすれば何らかの形でアステル家に恨みを抱いていた可能性も否定は出来ませんわ。」

予期せぬ事が起きた場合、その主犯の人間が悪と決まる。だがその人間がその行動に陥った原因というのは、別の因子が絡む事もある。

 例えば犯罪行為。罪を犯した存在が淘汰されるのは至極当然なのだが、その背景には本人の環境因子も大きく影響する事がある。いくら人の為に住み良いとされる環境整備を行ったとしても、全ての人間がこれに該当するとは限らない。全ての人間がその環境に満足している訳ではないのだ。

 その状況を作り出しているのは、誰か。国?組織?それとも個人の悪意?どれが該当するのかは、不明だ。

 その中で、ジャンヌは己を責めている。無残に破壊されたトーチカが痛々しく残る庭園を映し出す、煌々とした夜空は憂いの表情を浮かべる彼女を美しく映し出している。だがその一方で今の心境を映し出している。不安、焦燥に駆られているようにも見えるジャンヌの顔は、今はアレンにしか見えない。

「組織を管轄する者である以上、ある程度の反発は予想出来ます。ですがそれが良きせぬ方向に向かう事は、あってはならないのです。ですがそのようになってしまうのは、私自身にも責任があるのでしょう。」

自責の念。彼女が今抱いている感情だ。アステル家内の裏切り者の存在は、自分にも責任があるのではないかと考える、ジャンヌ。

 それは彼女の身に起きた多くの経験、出来事がそうさせるのだろうか。デウス動乱時の婚約者、アーク・レヴンの死や母、ターナの死、エファンの裏切り、数多くのスキャンダル報道。浴びせられる誹謗中傷等。そして、アステルに仕える者の裏切り。多くの悲惨な出来事を経験する内に、彼女は多くの考えを抱くようになった。そして、強い意志を得た筈だった。

 しかし裏切られるという事に関してはやはり、辛いものなのだ。今、彼女が見せる表情はどこか、弱々しい。

「それは君の考え過ぎだ。何か行動をするからにはリスクは伴う。批判だってあるだろう。けどそれを抱え込み過ぎては、君自身を疲弊するだけだ。君は動いて行かないと行けないのに、その考えを続けていてはこの先持たない。」

アレンは彼女をフォローする。しかし――

「レヴィー・ダイルは大衆の声を他責の念として捉え、今の世界を作り出しました。私達はその同じ轍を踏む訳には行きません。そして、それらを変えて行かなければならないのに……」

彼女の行動の原点の一つに、新生連邦総司令、レヴィー・ダイルの存在が影響していた。以前にジャンヌの部屋で話した時に彼は今の世界を作り出した経緯を話した。それが、彼女にとっては反面教師として映っているのだ。

「誰だって他人のせいにしたいのは分かるよ。国に所属していれば政府のせいに、学校や会社を始めとした何らかの組織に所属していれば組織のせいに。その方が、自分が楽になれるから。けれどジャンヌ、君は自責の念を持ち過ぎている。あの時だってそうだ……」

セントマリア号内での出来事だ。その際に彼女は自死を望んだ事があった。

 自死をしても解決はしない。だが、彼女はそれを口に出したのだ。それをアレンは止めた。自らの口唇を使って……

「フフ、貴方は自らあの時の事を掘り返すのですね。」

突如、ジャンヌが笑みを浮かべた。先の表情はどこへ行ったというのか。

「お、俺は君の事が心配だから、その……せめて、励まそうと思って。」

「その行動の結果が、キスという訳ですか。」

以前も彼女はその事についてアレンに言及した事があった。そして、今回も同様に聞いてくるのだ。

「あ、あの時は、そうするしかなかったんだよ!」

自ら船内での出来事を掘り返し、顔を赤めるアレン。やはりあの時の行為は無我夢中で行った事だというのだろうか。

「君には支える人間が必要なんだよ……あれは、ちょっとやり過ぎたとは思うけど……」

と言った時、更にジャンヌは笑った。

「クスッ、その狼狽している様子を見ると、とてもデウス動乱の英雄と呼ばれているように見えませんわね。ココットさんとの関係も順調そうですし、その上で私とも接してくれている。いつも貴方の存在には感謝していますわ、アレン。」

彼女自身、アレンと接吻を交わした事に関しては喜びを感じている。故の笑顔なのかも知れない。

「ただ、少しばかり気になる事がありましたのよ。」

「え、それは……?」

すると、ジャンヌは頬を膨らませ、言った。

「アグリーに襲われ、貴方の判断でイズゥムルートを誘発した事です。確かにあの場に於いては合理的な判断ではありましたが、まるで“物”を扱うような印象を受けましたわ。」

珍しい、彼女の表情にアレンはただ、唖然とする。彼女の力を信じた結果、誘発された碧色の光は彼の指示に寄るものだった。

 それを、彼女は余り、快く思っていない様子だったのだ。

「その様子でココットさんもよく貴方の事を愛せていますわね、本当に。彼女が寛大な心の持ち主と言うべきでしょうか。」

「そんなつもりじゃなかったんだけどな……」

こうした場所においても、男女の価値観の差は生じていた。アレンからすればジャンヌの力はあの場では必要だったが、彼はあの場でアグリーに対し、言った言葉がある。

 

―――――――――――――いいよ、そのままにすればいい―――――――――――――

 

その言葉はジャンヌにとって、心地良い言葉とは呼べないものがあったのだ。

「友人の視点から貴方を見ていて、一つだけ言える事があります。貴方は少し、デリカシーに欠ける所がありますわ。言葉の使い方、声の掛け方、その場の雰囲気、タイミング等によって人の受ける印象は大きく変わるのです。貴方自身の感情にも影響する事ですわ、もう少し、言葉を考えて使って下さいな。もう……」

それは、彼がブライティスに乗っているが故に声を掛けているのかも知れない。それ自体は大切な事だ。彼を翻弄させないようにする為の、言葉。

「肝に銘じるよ。ジャンヌ。」

とは言ったが、この時ジャンヌは複雑そうな表情を浮かべている。

「以前から思っていましたが、やはり、貴方はどこか抜けている所がありますわ。それではココットさんが心配です。」

「そうなのかな……でも、君が笑顔を作れたのは良かったと思う。大分、辛そうだったから。」

「それは……貴方が居てくれたお陰なのかも知れませんわね。アレン……」

と、ジャンヌはそっと笑みを浮かべた。

 やがてアレンはその場から離れようとする。ジャンヌの様子を確認する事が出来た為だろうか。

「ジャンヌ。一つ、言わせてくれ。」

その時、アレンが口を開いた。

「時々で良い。こうして少しでも心の内を話してくれ。君は物事を抱え込み過ぎる印象がある。俺で良ければ、話は聞くから。じゃあ。」

と言って、アレンは去って行った。彼の去り際を見て、ジャンヌは何処か、嬉しさと、寂しさを兼ねているような表情を浮かべていたのであった――

 

 

 

翌日。昨夜のアレンとジャンヌの僅かな微笑ましい会話とは裏腹に、新生連邦の西洋部隊は行動を開始した。マドラ級を五隻、そして切り札であるヒエラクス級を三隻。その中の、ウイングイーグルには例の、三機のガンダムの姿もあった。今回の作戦の指揮官は、ダリア・ローゼント。ウイングイーグルの指揮を務める彼女が、動くのだ。

その上バリエーション豊富な様々な機体。これらの戦力が一気にアステル家に向けられようとしていた。

『各パイロットは搭乗機にて待機せよ。繰り返す、各パイロットは――』

兵士達は廊下を駆け抜け、それぞれの機体に搭乗した。その中で、特殊強化モデルの三人の姿も見られた。

手錠が外されており、その様子はまるで仮釈放中の永久囚人のようにも見えた。ただ戦うことしか頭にない彼等。そして彼等は、それぞれの機体に乗った。

機体に乗った瞬間、彼等は言葉を話し始めた。

「なんか久し振りだよな。」

「……何が?」

「最近全然出撃してなかったからさ。すげえ殺したくなってる。」

「それは俺も同感。」

「ひゃははははははははは!!!おめえらはそんな低いテンションかぁ?ニッカ!お前どうした?調子でもわりぃのか?」

「んなわけねえだろうがボケが!そうだ……今回は俺らで強力しねえか?」

「はぁ?なにほざいてやがる?好き勝手にさせろ!」

ハーディが怒りながら言った。

「そりゃ殺したきゃ好きなだけやりゃあいい!でもさ、やっぱり俺ら仲間割れする時あるよな。それはちょっと良くねえ気がするんだよ。」

「何言ってんだ?急に優等生になりやがって。」

「そうじゃねえよボケ!だから……合体攻撃だよ!」

「合体攻撃?」

シエルが、聞いた。

「それを今回の作戦でやるんだよ。前にいたキモガンダムいただろ?変な物ビュンビュン飛ばすガンダム!」

「あれ、ちなみにブリッツファンネルって兵器だ。」

冷静な様子で、シエルが呟いた。

「へぇ、面白ェ!じゃあやってやろうじゃんか!でもその前に暴れさせろよな。全然、MS戦もなかったからよォ。それまでは“的”当てばっかりでつまんねぇのなんの!」

“的”当てとは何を意味するのか。意味深な言葉を出す、三人。

この三人。例えるならば指が少し触れたりすれば、その瞬間に殺されるような威圧を覚える雰囲気を醸し出している彼等。彼等が考える事。それは戦場で暴れる狂う事だけだった。特殊強化モデルの三人は、ただ、自らのストレスの解放の為に戦うのである。

 

 

その様子をブリッジ内で観察する兵士達の姿があった。三人の様子をチェックし、データに記載している。

「三人、前頭葉機能並びに脳波に大きな異常は認めません。」

「そうか。フン、戦う時になって喋ることが出来るか。人の姿をした化け物め。」

ウイングイーグル艦長、ダリアは強化モデルを人と扱っていなかった。人間以外の怪物か化物としか彼女の目には映っていなかったのである。

「所で連中は戦わなければ死ぬとか言われていた癖に、何故生きているのだ?奴等は。」

ダリアは諸事情を知らなかった為、その疑問を検査官に聞いた。それに対して、検査官は返答する。

「あの三人は長時間暴力を奮わなければ精神に異常をきたし、最終的には禁断症状が働き過ぎてショック死するようになっているのです。別にMSに乗って戦うだけと言うわけではありません。要するに暴力やそれ相応の行為を奮わせておけば良いのです。」

「……どう言う事だ?」

「つまりこの二ヶ月の間、常に何かを殺したりしておけば良いのです。それは人間でも何でも……ただし相手が機械では駄目です。流血する存在……いわば、生命でなければ意味がないのですから。彼等はそのように出来ています。」

「貴様等、まさか……」

彼女は不安を抱いた。特殊強化モデルの暴力行為の為に、様々な犠牲者が出ているのではないか……と。

だが、彼女の不安は現実のものとなった。

「流血する存在、中でも同じ人間を殺す事で三人は生きているのです。何もしなければ彼等はショックによって死んでしまう……しかし彼等を生かさなければならないと考えたディアン社長は我々に、〝何でもいいから人を殺させろ〟と言いました。その中で、我々が相応しいと感じたのはイギリス襲撃で捕虜となった人間や、以前のアルメジャン紛争で捕虜となった人間です。それらを三人の目の前に出し、その捕虜を毎日三人に殺させているのです。それによって彼等は快感を得、現在も生きていると言うわけです。早い話が、依存症の延長線ですね。」

検査官のその非道な言葉にダリアは激怒した。そして検査官の胸倉を掴む。

「捕虜を殺すだと!?どうかしているぞ貴様等!」

「しかし……これは仕方の無い事なのです!」

「黙れ!捕虜を何だと思っている!?明らかに人道に反している!彼等は化物の快楽の為の道具ではないぞ!分かっているのか!?」

「で、ですが……」

「グッ……もういい……クソッ!」

ダリアは歯を食い縛りながら艦長席に座り、じっと目を凝らして前方を見ていた。明らかな怒り。その感情をただ、ダリアは抱いているのだった。

(戦争を勝つ為に人間を改造し、その存在を生かす為に捕虜を生贄に差し出す……いくら勝つ為とはいえ、狂っているとしか言えん……これがかつての連邦の成れの果てか……)

ダリア・ローゼントは旧連邦軍時代から在籍している佐官だ。だが強化モデルを扱う現代の戦場を見て、それをただ、不快にしか思えなかったのである。

 

 

 

やがて、艦隊は行動に出た。全て、アステル家へ向けて進軍して来る。それらはアステル家内のコントロールルームで感知され、屋敷内に警報が鳴り響く。

 今回の攻撃に関しては新生連邦側からの警告、宣戦布告すらない。新生連邦は、一方的にアステル家を襲撃する気でいたのだ。

「新生連邦の艦隊が我が屋敷へ進軍中だと!?」

「ええ、その模様です……」

「奴等に我々の情報が伝わり、その上で、力で我々を捻じ伏せる手段を取ったか!新生連邦政府め!」

ジンクは自らの不覚を責めた。しかし今はそう思っている場合ではない。新生連邦と言う脅威が迫っている中、躊躇ってはいられないのである。

「お父様、私達は戦います。ここを、守る為に。」

「……気を付けてな、ジャンヌ……」

ジンクは彼女に戦いを強いらせるのは内心、苦痛だった。実の最愛の娘が戦場に出て、艦の指揮をしている。そのような事は、本来はあってはならないのだ。

 だが彼はアステル家の当主。それ故に、迂闊に身動きを取る事は難しいのである。

 

 

やがてジャンヌ達は戦闘態勢に入っていた。乗組員は全員シュネルギアに乗り込み、ジャンヌの指示を待つばかりとなった。アレンやアイリィは自分の機体に待機している。

そわそわして、落ちつく様子のないアイリィ。その様子の彼女に気付いたのか、アレンは回線を通じて優しく声を掛けた。

「大丈夫か?随分と緊張してるみたいだけど。」

「あ……は、はい!大丈夫です!平気です!」

「それなら良いんだ。死ぬなよ。絶対に……。」

アレンは言いたい事を言った。しかしアイリィは今の彼の言葉に少し戸惑いを感じていた。

急に優しく声を掛けて来た上に、死ぬなと言う念の押し方。今回は何かがあるに違いないと、新兵である彼女は予想した。

(私だって兵士なんだから……!戦うんだ!新人だけど。でも、やっぱり緊張するなぁ……)

アイリィはそっと自分を落ち付かせるために深呼吸を行った。と、その瞬間にジャンヌから通信が入った。急な出来事だったため、アイリィは驚いた。

「各機、出撃して下さい。」

その台詞を聞いて、シュネルギアのドラグネスアサルトが出撃。それらに合わせるようにアイリィも出撃した。

そしてアレンも同様に出撃しようとしていた。その時、再びジャンヌから通信が入った。

「アレン。」

「ジャンヌ?」

「昨夜はありがとうございました。気を付けて下さいね。」

アレンに対しての激励の言葉を掛けた、ジャンヌ。強大な敵が迫る中での激励。それは、彼の士気を高める効果を発揮するのだ。

「ああ、やるよ。ブライティスガンダム、行きます。」

 

キシィン

 

そう言った時、ブライティスのカメラアイが輝いた。そして出撃し、青い翼を展開した。そのままブライティスガンダムは、無数の敵が待ち構える戦場へ向かった。

規模の大きな戦闘が、今まさに始まろうとしていたのだった。

 

 

 

今回は空が主戦場となる。しかし、広大なアステル家の庭園も戦場の一部となっている。

新生連邦は陸戦型のディープシーを投入してきた。機体のカラーリングが茶系統に変更されているその機体は、陸戦に特化した機体だ。

こうした事情もあり、迂闊に空にばかり戦力を集中して送り込めない。アステル家の限られた戦力を考えて展開しなければならない状況だ。

やがて、出撃して間も無く、アステル家所属の全機に対し、ジンクからの通信が入った。

「各員、健闘を祈る。屋敷をやらせる訳にはいかん!」

それだけを言い残し、通信は途絶えた。その瞬間に兵士達は行動した。それぞれの機体がモノアイを輝かせ、迫って来る新生連邦軍に対抗する。

ある、一隻のマドラ級から発進したジョゼフがビームライフルを連射し、陸上部隊ではディープシーが同様にビームライフルを放っている。アステル家も空と陸にドラグネスアサルトの部隊を展開させていたが、敵の数の方が多い為、この戦いは不利に感じられた。

陸上に居たドラグネスアサルトが懸命にビームライフルを打ち続け、ディープシーを破壊していくのだが、数では圧倒的にディープシーの方が上である。その為に、有利になる事はなかった。その状況で、ドラグネスアサルトは戦っていた。

 

 

空中でも激しい攻撃が続いている。エグゼマーやジョゼフがシュネルギアから発進されたドラグネスアサルトを強襲し、破壊していく。

「うわああっ!?」

ある、一機のドラグネスアサルトが襲撃された。ジョゼフのビームサーベルが、刃を展開し、怪しく輝かせている。このままではビーム刃の餌食となってしまう――

 

ピシュンッ

 

だが、ジョゼフの前腕部をビーム刃が切り裂いた。何事かと思い、反応するそのジョゼフ。カメラを、攻撃された方向を確認した時、そこには一基の飛翔体がビーム刃を展開していた。

「なんだ、あれは――」

と、驚愕した瞬間に、ジョゼフのコクピットは切り裂かれる。瞬く間にジョゼフを破壊したのは、ブライティスが展開したブリッツファンネルだったのであった。

 それだけでない。ブリッツファンネルは迫って来ていたジョゼフやエグゼマーに向け、一斉に展開される。この時の素早い動きは、並みの兵士では目で追う事が難しいとされた。

「け、桁違いだ……あいつだけ桁違いだ!」

ブライティスの存在に怯える新生連邦の兵士達。しかしそれに反応するかの如く、ブライティスは様々な攻撃を加えていく。ウイングを展開し、そこから出現するビームキャノン八門を放出。それによって、とある一機のジョゼフの頭部が破壊された。そこへ追い討ちをかけるようにドラグネスがビームサーベルを展開し、ジョゼフを切裂いた。

グレネードランチャーやビームライフルが一斉にブライティスに向かってきたが、いずれも、華麗な動きで回避を続けた。これらが放つビームライフルは腕部を差し伸ばすだけでバリアーフィールドジェネレーターが起動し、完全に防ぐのだ。

「敵が多い……一気に倒さないと……!」

アレンがそう呟いた直後、敵部隊に向かってビームライフルを構えた。と、次の瞬間にバックパックからブリッツファンネルが放出される。そして側腰部からもブラスターファンネルが放出され、それぞれが一斉にビーム攻撃をした。

無数の攻撃により、数機のジョゼフは破壊された。更に、接近戦でもブライティスは力を見せた。腰からビームセイバーを抜いては接近してくるMA、エグゼマーの背後に回り、串刺しにして破壊した。

他にも接近してくる機体があったが、いずれもブライティスはそれらに攻撃を加えて破壊していく。圧倒的な強さを誇るブライティス。機体性能、技量共にアレンのMSやアレンに満たない兵士達はいとも簡単に倒されていく。これが、デウス動乱の英雄と呼ばれた人間の強さなのか。それとも機体性能なのかは定かではないが、その圧倒的な強さはこの場を制圧するのに相応しいと呼べた。

 

 

 

シュネルギアも奮闘していた。接近する敵に対しては機関砲やミサイルを連射して弾幕を作り、遠くの戦艦には強力なビーム砲撃を加えていく。その一撃で、ある一隻のマドラ級のブリッジはすぐに消滅し、そのまま全てが破壊された。

「弾幕を張りつつ前進して下さい。敵MSを接近させてはなりません。」

ジャンヌの懸命な指揮に従う兵士達。言われるままにシュネルギアからはミサイル等が再び放出された。冷静な指揮を行うジャンヌだったが、内心ではいつ破壊されるか知れないアステル家の屋敷の存在を心配続けていた。ここを破壊されてはジャンヌは居るべき場所がなくなる上、これからの戦いにも支障が出る為である。

 アステル家と新生連邦の戦い。かつてない壮大な戦いとなったこの戦闘で、ジャンヌは屋敷を守る為、艦長として戦い抜くのだ。

「五時方向より熱源三、接近!」

「対空砲で迎撃を。」

ジャンヌの指示に従い、シュネルギア下部に存在していた対空ガトリング砲が熱源に向けられる。

 熱源の正体はエグゼマーだ。MAのそれがビームライフルをシュネルギアに向ける。迎撃するガトリングでは到底追い付く様子を見せないが――

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

一筋のビーム粒子がそれらを瞬く間に破壊した。ブライティスが展開するブリッツファンネルが、シュネルギアを守ったのである。

(アレンが守ってくれているのですね……ですが、彼にばかり甘えている訳には行きません。)

ジャンヌは安寧の表情を僅かに浮かべた。だがまだ緊迫した状況は始まったばかり。敵に攻め込まれる事があれば、全ては終わる。新生連邦の猛攻を防ぐ為にも、彼女達も戦うのだ。

 

 

 

 

アレンも奮闘を続けていた。ファンネルを放出しては、数多い敵にビームのシャワーを浴びせて破壊する。中でもブラスターファンネルは別格の威力で、容易に敵艦を攻撃する事が出来る。

ビーム兵器はブライティスに一切通用しない。バリアーフィールドジェネレーターが内蔵されている為だ。ならばと、実弾で攻めても両手前腕部にはビームシールドがある。その上アレンの技量が重なれば、まずブライティスが通常の敵を相手に破壊されると言う事は無いと言える。

その時、一機のエグゼマーがMSに変形し、ビームサーベルを展開した。それに反応したブライティスは、急ぎ、ビームセイバーを抜き、互いのビーム刃が弾け合う。

その時にブライティスは翼からビームキャノンを放出した。八門のビームキャノンを受けたエグゼマーはすぐに破壊された。そしてセイバーを持ったままブライティスは翼を輝かせて空を舞う。たまに地上の敵にも攻撃を加えながら、彼は奮闘を続けていた。

 

ピキィィィ

 

その時だった。彼の頭の中に電流が走った。それはアレンに襲って来る危険を意味していた。実際、背後にはトリシューラランサーを、ブライティスに振るうバイラヴァーガンダムの姿があった。

「消えろ」

その瞬間ブライティスは空中で右側へステップ移動し、槍による打撃を回避した。だが続いて彼を襲ったのはアトミックガンダムのビームランチャーだった。

「オラァ!」

それを避けたと思い、僅かばかりでも安心していた時、今度はデスペナルティの二重大鎌が彼を襲った。

「そりゃあああああッ!!!」

デスペナルティが振るう鎌に対し、アレンはブライティスの前腕部にあるビームシールドで防御。そのエネルギーにより、敵の攻撃を弾いたのだ。

「グッ!」

急な攻撃を避け、防御していたアレン。その際にモニターで敵の姿を確認する。   

そこに映っていたもの……それは、三機のガンダムタイプの姿である。特殊強化モデル、三人組の機体だ。

この時から、特殊強化モデルとの戦いが始まった。しかし彼はこの時、既に三機から不気味な感覚を感じ取っていた。

(なんだ……?前と違う……この……感じ……?)

そう思っている間にも三機は容赦の無い攻撃を加え続けてくる。以前と違う感覚に、彼は惑わされている。

「死ねよ――」

バイラヴァーはビームライフルを放出した。それに続き、アトミックも変形をし、実弾兵器を駆使して攻撃をしてくる。

ビームはバリアーフィールドで防ぐ事が出来た。だがビームシールドを展開する前に実弾攻撃が掠れてしまった為、迂闊な攻撃を受けてしまう事となる。

「クソッ!」

その隙を狙わんとばかりに、再びデスペナルティが鎌を持ち、迫って来た。その、絵画に描いたような“死神”の姿は、見る者を恐怖に陥れるようだ。

「死刑やあああああッ!!!」

振りかざそうとした瞬間、ブライティスは動く。間一髪攻撃を避ける事が出来た。ビーム粒子を纏うその鎌は、直撃すればダメージは避けられない。彼の咄嗟の判断が、自らの身を守ったのだ。

「ちきしょう!あのクソガンダム!」

「心配すんなって。俺がぶっ殺すからよ!」

「てめえはあの辺りにいるザコでも狙い撃ちしてろ!」

「うるせえ!雑魚相手はてめえがやればいいじゃねえか!」

ブライティスを巡り、喧嘩を始めたニッカとハーディ。

 戦闘中で、敵が目の前にいるにも関わらずこうした口論をする。一見、明らかに非合理的ではある光景ではあるが……

 

ゴォォッ

 

別方向から、バイラヴァーが槍を展開し、迫って来たのだ。

「漁夫の利」

急いでビームセイバーを抜き、切り払うものの、その際にバイラヴァーのマニピュレーターが展開される。そして、ビームサーベルを展開し、それを投げつけたのだ。それに反応したアレンはすぐに回避運動を行った。

「ちっ。」

避けられた為、シエルは舌打ちをした。続いてランサーの先端からビーム砲を放つ。

その様子を見ていたニッカは、シエルに対して怒り出した。

「お前失敗してんじゃねぇよ!囮になってやったのにさ!」

「奴の反応速度は速い。次、やるしかねぇよ。」

ニッカの怒りに対し、シエルは冷静に呟いた。この二人の口論は、演技だったのだ。それに油断したアレンを、シエルのバイラヴァーが攻撃を仕掛け、迫って来たのである。

 これらの行動は偶然ではない。必然だ。アレンを油断させる為の罠。FLCシステムを搭載している三機のMSは、彼等のその戦略的思考をより、強固にする。攻撃的な言動が見られる反面、行動は合理的。一見無意味な行動をしているようでも、実は確実にターゲットを狙っている。

 特に今回はそれらが強化されている。こうした口論も全ては計算の内という事だ。

 

ギュオオオッ

 

その時、アトミックガンダムが突如、MAに変形し、急降下を始めたのだ。

「これも作戦の内なんだよ!!」

ハーディがそう、呟いた後、高速で移動するアトミック。

この時、アレンの脳裏に不吉な予感が通りすぎた。この機体は確実に何かをする――そう感じた彼はハーディの元へ向かう。

「まずい!止めなきゃ……!」

が、それを邪魔するのはシエルだった。後部のマニピュレーターに展開されているビームサーベルと、槍を持ち、ブライティスに迫るのだ。

「邪魔はさせない。俺の仲間がやろうとしてる事の邪魔をするな。」

「あいつが何をやろうとしているのか分かっていない癖に!」

「分かってんだよ。」

「な……!?」

やがて、アトミックは急降下を止め、MSに変形。その瞬間に、胸部のハッチを展開した。

 この重厚な胸部ハッチが展開されるという事。それは、何を意味するのかは一つしかない。

「消えろやぁぁぁ!」

次の瞬間に特殊核による核ミサイルが地上に向け、展開されたのだ――

 

ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ

 

ミサイルがそれらに触れた瞬間、大爆発が起こった。その一体に存在したドラグネスアサルトは壊滅。その上で、美しいアステル家の庭園の一部が瞬く間に荒廃してしまったのだ。

 元々トーチカ等を昨夜の夜襲で襲撃を受けていたのだが、今回の被害はそれに留まらない。密集していた機体を全滅させられ、その上で庭園を核ミサイルによって破壊された。不幸中の幸いと呼べるのは、屋敷からは比較的距離があったという事だ。

 だがその爆風は敷地全体に響く。屋敷の造りは堅牢なもので、核ミサイルの衝撃にも耐えうる強度を誇る。それは良かったのだが、問題は別の敵の攻撃だ。

 万が一多くのMSによる襲撃を受ければ屋敷はどうなるか。答えは一つ、屋敷とて膨大な熱量のビーム粒子やミサイル等の質量兵器を受け続けては、いつかは破壊されてしまう。

 今回の核ミサイル自体の破壊力も脅威ではあった。このミサイルが屋敷に飛んで来たら、瞬く間に屋敷は焦土と化していた事だろう。

「オラァッ!ハハハァ!気分がいいぜ!」

地上に居た、敵勢力を殲滅する事が出来て上機嫌の様子のハーディ。調子付いたハーディは、そのままブライティスに向かおうとするが――

「待て。」

「なんだよ!?」

その時にシエルが忠告せんとばかりに、ハーディを止めたのだ。

「今は他の雑魚を攻撃しろ。奴の感覚が変わった。少しばかり、怒っているように感じる。警戒した方が良い。ニッカも同様にな。」

この言葉に対し、いつもなら反発するニッカとハーディだったが、今回は様子が違った。

 それは、彼等自身が特殊強化モデルであるが故の反応と呼べた。彼等が戦っているアレンはアドバンスドタイプ。人為的とはいえ、力を持つ者同士故に、その繊細な感情等を読み取る事が出来る。

 FLCシステムは搭乗者の空間認識能力や合理的な判断能力を上げつつ、その、闘争本能を高める効果を持つ。だが一方で危険を察知する事に関しても優れている。故に、三機のガンダムはブライティスの存在に対して“危機感”を抱いていたのだ。

やがて、三人が警戒した通りの事が、起き始める。やがてブライティスは、三機に対して追撃を開始したのだ。ブライティスはウイングを展開し、三機に迫った。

「お前等!!!」

ウイングのビーム砲を連射し続ける。他に存在していたエグゼマーやジョゼフが巻き添えを食らって破壊された。一方で、三機はこれらを回避し続ける。

三機に迫るビームの雨。特殊強化モデルである彼等はこれらを回避し続ける。ファンネルによる攻撃もあったが、彼等は間一髪回避を行った。

だがその時。彼等の目に、とある一機のMSの姿が映った。

「おい、あいつ……」

「ガンダムタイプ!しかも国連の奴じゃねえか。」

「よし、あれをためそう。」

「あれって?あぁ、お前言ってたな。合体攻撃!良いねえ、お前やっぱ頭いい!!」

「じゃあ早速行くか」

そう言って三機はそのガンダムの元へ向かった。それこそ、今アイリィの乗っているヴァントガンダムである。アイリィに危機が迫った。

 

 

自身に危機が迫っているとも知らず、アイリィは夢中になって敵と交戦していた。迫るジョゼフと交戦を行う彼女。ビームライフルによる砲撃を回避しつつ、反撃にライフルを構え、放つ。空中での攻防戦。その内の一機に苦戦を強いられている、アイリィ。

「くぅぅっ!」

射撃を当てようにも、当たらない。ジョゼフの機動性が高いのだ。照準が定まらない中で、目視によるターゲットを行い続けるアイリィ。

「……あれは……!」

その時、彼女の眼に映ったもの。それは、別のエグゼマーがドラグネスアサルトと交戦している姿であった。ビーム刃同士を拮抗しているその姿を見た時、彼女は咄嗟に行動を開始したのだ。

 ヴァントのバーニアを展開し、エグゼマーに迫る。そして、背後からビームライフルを構えた――

 

バシュウウウウウ

 

この一撃により、エグゼマーはダメージを受ける。それに反応したエグゼマーは彼女のヴァントに迫る。だが、それはドラグネスに背を向ける事と同義だった。

 

ズバァァァ

 

ドラグネスアサルトはビーム刃を展開しており、そのままエグゼマーを撃墜した。彼女の咄嗟の判断が起こした連携。これにより、脅威を一つ減らす事が出来た。

「後はあれだけを攻撃すればー!」

と、彼女が一機のジョゼフに対して狙いを定めようとした時――

「死ねよ!ザコガンダム!!」

一機のMSが、アイリィの駆るヴァントに急接近してきた。漆黒のウイングを展開しているその機体は、二つの刃が展開されている鎌を振るい、ヴァントにダメージを与えるのだ。

咄嗟にシールドを構えていたヴァントだが、ビーム粒子を纏っている鎌の切断力は侮れない。シールドは破壊され、身を守るものが無くなったのだ。

「嘘……どうしよう……まずいよ……あんなのに勝てるワケ無い……」

予想外の敵の出現に、アイリィはただ戸惑う事しか出来なかった。戸惑うアイリィに対し、ニッカは更に容赦の無い攻撃を続ける。

 ウイングからはビーム砲が展開された。その砲撃を、至近距離で放とうとするデスペナルティ。直撃すれば死は免れない。

それも、それだけでないのだ。他にもアトミック、バイラヴァーの計三機も、ヴァントを標的にして連携攻撃を行おうとしていたのだ。ヴァントから見て前方と、それぞれ四時方向と八時方向に存在していた三機が正三角形を描くように囲み、それぞれがビームを放とうとしている。

「死ね。」

デスペナルティは翼のビーム砲、アトミックはビームランチャー、バイラヴァーは腹部のビーム砲……それぞれが一機のヴァントに向かって今まさに放出されようとしていた。それらに対し、咄嗟に反応出来る程、彼女は器用ではない。危機が、アイリィに襲い掛かった。

「嘘……こんなところで私……嫌……嫌ぁ!!!」

彼女の叫びも虚しく、それぞれのビームが放出された。真っ直ぐにそれらはアイリィのヴァントへ向かう。このままでは彼女の機体はビームを受け、消滅してしまう――

 

バイイイイイン

 

それぞれのガンダムタイプが放ったビーム粒子が、“何か”によって弾かれた。その光景に三人は目を疑った。

そこにはアレンの乗るブライティスの姿があったのだ。ブライティスは両前腕部に装備されているバリアーフィールドを展開した上で、左前腕部に装備されているビームシールドを展開し、三機のガンダムから放たれた、全てのビームを弾く事に成功したのだ。

「あ……助かった……」

と、安寧の表情を浮かべるアイリィ。

「邪魔が入ったか。」

シエルは舌打ちをし、ブライティスを睨む。

「てめえええ!!!」

攻撃を邪魔された怒りに燃えるハーディ。変形して実弾攻撃を加えるアトミックだが、ブライティスはこれを避け続ける。

「あんな兵器を躊躇なく撃って、何も思わないってのか!?」

核ミサイルと言う名の強力な兵器を放つという判断。戦闘に於いては合理的ではあるが、問題はその存在が何を示すかだ。

 核兵器はかつて叡智の炎と呼ばれていた存在だ。故にその存在は旧世紀の人間によって無力化された筈だった。核燃料の施設は宇宙に移動され、地球圏では核の存在はなくなったとされた。その代わりにエネルギー源として存在しているのが、Cメタルをはじめとした素材。それらから環境問題への配慮を経て、核以外のエネルギー源が用いられる時代となった。本来ならばそのような脅威などない世界になる筈だった。

 だが現実は違う。水面下で核の試験は行われていた。アトミックは特殊核を積んだMS。それとパイロットの状況判断やその破壊力を判断する為の試験機。それが、アトミックガンダムなのだ。禁忌とされる兵器を用いる狂気。人は己が欲の為に多くの人間が禁止としているものにすら、平気で触れるのだろうか。

 常人ならばその判断を躊躇うだろうが、特殊強化モデルであるハーディは如何にして効率的に戦闘を行うかを瞬時に判断する。故に、アステル家の庭園が焼かれた。その事はアレンの感情に変化を与えていく。

「そう言う風に、命令されてんだよなぁぁぁ!!!」

「こいつ……!」

この時、アレンは怒りを感じた。怒りを感じ過ぎてはいけない事は分かっているが、非人道的な兵器を躊躇なく使う目の前のパイロットが許せないと、判断したのだ。

 次の瞬間に、ブライティスはビーム刃を展開していた。ビームセイバーを展開し、アトミックに急接近を行ったのである。

やがて、ブライティスは接近し、ビームセイバーにて、アトミックの左腕部を切断する事に成功したのだ。

「早い!?やべぇ、油断したか!?」

焦燥に駆られるハーディ。右手部マニピュレーターはビームランチャーで塞がっており、近接戦闘に於いて成す術がない状況となったのだ。

 核ミサイルを所持しているアトミックを真っ先に攻撃するのは至極当然。故の、アレンの行動。躊躇いなく、彼はアトミックに攻撃を加えていくのだ。

 

ドオオオオッ

 

そこへ、別方向からビーム粒子の飛翔体が駆け抜けた。シエル・ホーンドのバイラヴァーが肩部からビームを放出し、ブライティスを狙ったのである。

「援護射撃。」

それに反応したアレンは、ブライティスの前腕部を差し出し、バリアーフィールドを展開して防ぐ。しかし、それを行うという事は、片一方の手が塞がってしまう事になる。

それは、更に別方向から迫って来るデスペナルティにチャンスを与える事になった。

「おっしゃあ!ナイス!」

二重大鎌を所持したデスペナルティはブライティスの背後に回り、そのまま、迫る。ビーム粒子を纏った鎌は、ブライティスに向けて振るわれる――

 

ズバァッ

 

「うっ!」

油断をした。三機の連携に翻弄されたアレン。ウイングの一部を損傷したブライティス。

 明らかに、以前交戦した時よりも敵の判断が優れている。どの場面で、どの状況で、どのように連携をすれば良いかと言う事を、まるでブライティスの全てを知っているかのようにインプットされているようだ。

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアッ

 

そこへ、突如一筋の極太ビームがブライティスの前を横切った。そのビームが放たれた方向を見ると、そこにはヒエラクス級の姿があった。

「ヒエラクス級が三隻も!?」

新生連邦の切り札とも呼べる巨艦が三隻。その存在に圧倒されるアレン。

 だが、この状況で油断をするのは危険行為でしかない――

 

「死ね」

 

バイラヴァーがトリシューラランサーを、背後からブライティスに突き付ける。ブライティスは不覚にもそれに直撃してしまった。左胸部が損傷し、上空から叩き付けられる格好となってしまったのだ。

「くあぁっ!」

機体のコントロールが上手く出来なくなり、ブライティスはそのまま地上へ向かって叩き落されていく――

「油断した……うぅっ……!」

新生連邦軍の大群、ヒエラクス級三隻の脅威、そしてガンダム三機による猛攻。デウス動乱の英雄と呼ばれたアレンでも、これだけの数を一気に相手にするのは厳しいと呼べた。

 この三機の連携は彼の想像以上に厄介と言えた。その上で迫るヒエラクス級、三隻。これらを相手にしていなかければならないのなら、ここで朽ちる訳には行かない。

「動け……動け!」

 

キシィン

 

幸いにも、ブライティスが地上まであと数十メートルと言うところで、コントロールが回復した。まるでアレンの意思に呼応するかの如くの反応と言えた。

「オラァ!覚悟しやがれぇ!」

まるでブライティスにとどめを刺さんと、左前腕部を失っているアトミックが攻撃を仕掛けて来た。右手部マニピュレーターに所持しているビームランチャーを、ひたすらに放出し続ける。それらはバリアーフィールドで防がれるのだが、他のガンダムが別の行動をするものだから上手く攻撃が出来ない。

 再び三機に囲まれたアレン。危機的状況は続く。

「お前を倒せばこっちが有利になるんだよ。デウス動乱の英雄。」

と、声を掛けるのはシエルだ。バイラヴァーが槍を展開し、ビームを放つのだ。

「俺がやられたらジャンヌ達が危ない……絶対にやられるわけには行かない!」

「格好付けてさ!」

「お前達なんかに負けられるか!」

アトミック、バイラヴァーの二機に抵抗するアレン。それぞれの粒子を、バリアーフィールドで防ぐのだが、徐々に機体のビーム粒子残量が減って来ている事を、彼は気付いていた。

バリアーフィールドジェネレーターは稼働時間は無制限ではない。機体内部にあるのビーム粒子貯蔵タンクの量が空になれば発動しなくなるという制約があるのだ。機体内に存在しているビーム粒子をバリアーに置き換える事で、ビーム砲撃を防ぐのがバリアーフィールドジェネレーターの仕組みだ。この粒子残量が減少しているという事は、ブライティスにとっても危機的状況にあるという事なのだ。

 それに僅かな戸惑いを感じている時、シエルが攻撃を加えながら口を開いた。

「必死な英雄さんに言っておいてやる。俺等はただ、命令のままに破壊するだけで良いんだよ。別に死人とか気にしなくていい。民間人とか知るかって話。ただ暴れ狂う虎のように暴れるだけ。それだけ。それが俺達の存在意義。」

「ふざけるな!そんな事が許されるか!」

シエルの言葉は、アレンに対する明らかな挑発だ。それに対して反応してしまうアレン。

 

ピピピピピッ

 

交戦の最中、ブライティスのコクピットに通信が入った。回線を開き、対応するアレン。

 そこのモニターに映っていたのは、ジャンヌの姿だった。だが様子がおかしい。彼女の顔が映ったと思えば、映像が乱れているのだ。

「ジャンヌ!?どうしたんだ!?」

乱れているのは映像だけでない。音声もだ。雑音に紛れ、何を言っているのかが聞き取れない。

『シュ……ネ……ギ……きけ……で……もど……くだ……さ……』

明らかに異常だと判断したアレン。すぐにでもシュネルギアに戻らなければ。彼女達が危ない。恐らく、攻撃を受けているに違いない――

しかし、それを邪魔する三機のガンダムタイプ。彼は、狙われているのだ。シュネルギアを守らなければならない状況であるにも関わらず、迫る敵機体は躊躇がない。

「墜ちろって。」

そう言うのは、シエルだ。今、バイラヴァーを相手にしている場合ではない。彼はそれとの交戦を中断し、そのままシュネルギアを目指すことにした。だが、その間にもバイラヴァーは迫って来る。

「こいつに構っている場合じゃないってのに!」

槍の先端からビームを放ち、迫るバイラヴァー。それを回避しつつ、シュネルギアを目指すアレン。

「逃がすか。お前みたいな攻撃の要は倒さなきゃならないんだよ。」

シエルがそう言った直後、バイラヴァー以外の残り二機もブライティスを追う為に動き始めた。ただシュネルギアへ向かう事に必死のアレン。その後方を三機の強化モデルが迫って来ている。

「こいつらの足止めになれば!!」

 

ピシュンッ

 

邪魔をするならば、それを妨害するまで。ブライティスはウイング部よりブリッツファンネルを展開。八基のそれらが、一斉に不規則的な動きをして三機に迫った。

 こうした状況でのファンネルの存在は囮として役立つ。本体から展開されるサイコミュ兵器は、パイロットの意のままに操る事が出来る。それはアレン自身がサイコミュ兵器に対するコントロールを完全に克服した事を、意味している。

 以前の彼は敵味方問わず、ブリッツファンネルを展開し、攻撃を加えていただろう。故にレイに敵視される結果となってしまったのだが……

「ちっ、こんなもん相手にしてられねぇよ。」

ビームサーベルでそれらと戦っているバイラヴァー。だが、その数が多い為、戦闘では彼が不利だ。

「こんなもん使いやがって!汚ねぇぞ!」

ニッカがデスペナルティを駆り、鎌を振るいながらファンネルと攻防を行う。ビームを撃つファンネルに対し、鎌を構え、ビーム粒子を放つ。だが動きが読めない。状況をよく観察しても、ブリッツファンネルに寄る砲撃は彼等を翻弄するのだ。

「舐めんじゃねぇよ――」

と、シエルがシュネルギアに向かっているブライティスを見た時――

「え!?」

あろう事か、ブライティスは急に方向転換を行った。やがて、側腰部に搭載しているブラスターファンネルを稼働し、そのまま狙いをバイラヴァーに対し、向けたのだ。

 完全な不意打ちだった。ブリッツファンネルの攻撃にばかり目を取られていた彼は、この砲撃を受ける事となる――

「なっ!?」

バイラヴァーガンダムはバリアーフィールドやシールドと言った、自衛機能を持たない。故に、自らを守るものが無いシエルは回避に移ろうとした。しかし、傍でビーム刃を展開していたブリッツファンネルが、それをさせなかったのだ。

 

バシュゥゥゥ

 

その時、二機のガンダムがこれらに対して砲撃を行った。デスペナルティとアトミック。それぞれの機体がビーム砲撃を展開し、ブライティスが放ったブリッツファンネルを二基、破壊したのだ。

「へぇ、やるじゃん」

と、感心している様子を見せるシエル。

「このピュンピュンが鬱陶しいんだよォ!あの羽根付きと殺り合うにはよぉ!」

「俺も同感だぜェ!」

この間、彼等は連携していた。ブライティスの放ったブリッツファンネルを破壊するという目的。それを遂行する為に、三機は動く。その間に、ブライティスはシュネルギアに向かう。ファンネルが足止めをしてくれている中、ジャンヌ達の様子を確認しなければ――と、アレンはただ、彼女達の無事を確認する為に向かうのだ。

 

 

 

シュネルギアに辿り着いたアレン。だが、艦はダメージを負っている最中であったのだ。その、無残な姿を見てアレンは衝撃を隠せない様子を見せていた。

「ジャンヌ!」

『アレン……見ての通りです……敵の攻撃を受け続けて……このままでは……』

直接接近した為、回線は比較的安定している。雑音や映像の乱れが生じる事は減っていた。

 だがそこに映るジャンヌの表情は、どこか、弱々しい表情をしている。それは、今、シュネルギアが新生連邦によって押されているという何よりの証拠と言えた。

 では、シュネルギアは何からこのような攻撃を受けているというのか。その答えは、ブライティスの後方に存在している巨艦の存在が影響していたのだ。

「ヒエラクス級か……!」

ヒエラクス。新生連邦の切り札と呼べる巨艦。セイントバードがその型に該当している。それによる砲撃を、シュネルギアは受けている。並のビーム砲撃は殆ど受け付けず、そして、ビーム砲の出力は高いものがあるその巨艦。その存在は明らかに脅威と呼べる存在だ。

アレンがその、灰系統のカラーリングの巨艦を睨んでいる間にも、敵は迫る。それらに装備されている砲門から、ビーム砲を放出し、シュネルギアに迫るのだ。

「奴を、止めなければ……」

アレンは、狙いを定めた。シュネルギアを迫るヒエラクスを倒さなければならないと判断した彼は、ブライティスのバーニアの出力を上げ、迫っていくのだ。

 

 

 

アレンがその、存在に警戒しているヒエラクス級は、スパイッシュ・カルディアムが率いるものだった。スパイッシュがブライティスの存在を確認するなり、攻撃するように命令する。

「奴に接近させるな!機関砲発射!!弾幕を張れ!!!」

スパイッシュの搭乗するヒエラクス級の名前はヒエラクス。つまり、この艦がヒエラクス級大型空中空母の、原点となっている戦艦と呼べた。

それらが放つビーム砲は、ほぼ下位互換と呼べる空中戦艦であるマドラ級と比較して威力が高い。その上、装甲に於いても通常の艦に比較しても強固と呼べる。

ヒエラクスが放つ弾幕の多さに押されるアレン。切り札の一つ、ブリッツファンネルは三機のガンダムの足止めに使われており、ブライティスが所持している武装はビームライフル、ビームセイバー、ウイングのビーム砲、そして両側腰部のブラスターファンネル。

 だが、更に厄介と呼べるのはヒエラクスの護衛に着く、ジョゼフ、エグゼマーの存在だ。護衛の機体がビームを放つ為、これらと戦いながらシュネルギアを守り、更には三機のガンダムとも相手にしなければならない。

 一対多数。その多数にはMSだけでなく、戦艦も含まれる。それを打開する兵器としてブリッツファンネルは存在しているが、それらは今、三機のガンダムとの交戦に使われている。集中力を維持させ、その上で別の敵と交戦するという荒業。それは、アレンのような力を持つ人間でなければ不可能とされる行為だ。

 今の彼の状況は、一種のハンデを背負っていると言える。ブリッツファンネルによる攻撃が制限される中、彼は現在所持している兵器を駆使して戦うしかない。

 だが三機のガンダムをはじめとした、多数の敵機体と交戦するのには脳への負担も大きい。いくら彼がアドバンスドタイプと呼ばれる人種とはいえ、その頭頂葉への負荷は並ならぬものがあると言えた。

 

ドオオオオッ

 

一筋のビーム粒子が、戦場を駆け抜ける。それはヒエラクスに対して向けられ、ダメージを与えた。

 では、それはどこからの砲撃か?目視で確認する、アレン。

「シュネルギア……?ジャンヌか……?」

多くのMSによる襲撃を受け、絶体絶命の状況にあった筈のシュネルギア。だが、多数の敵勢力と交戦しているアレンを援護する為に、ビーム砲による砲撃を行ったのだ。

 

「ど、どう言う事だ!?アステルの戦艦が攻撃をしてきたのか!?」

ヒエラクスのブリッジ内では、スパイッシュが動揺していた。押している筈の艦からの砲撃は、彼にとって予想外の砲撃と言えたのだ。

「死に損ないの戦艦め!こうなればビームカノンの準備をしろ!あの艦を確実に沈める!」

スパイッシュは、この状況を打開するべく、ヒエラクス級の最強とも呼べる武装を放とうと提案したのである。 同様の武装をセイントバードも何度か放ち、苦境を脱した兵器。それが、ヒエラクス級のビームカノンだ。

万が一それが直撃すればシュネルギア自体が大破する可能性も有り得る。スパイッシュは今まさにそれを撃とうと指示していたのだ。

(この一戦は確実に制しなければ!エファン・ドゥーリアに舐められたまま終われるか……!)

スパイッシュは、エファンに言われた言葉を思い出していた。

 

――行動を起こすのならばせめて、“自責の念”を念頭に置く必要があると思いますよ―

 

―――カルディアム中佐は他責の念で他者に責任を押し付けているに過ぎませんね―――

 

スパイッシュを怒らせた言葉が、今になって思い出される。セイントバード鹵獲の失敗が、今の彼の行動源となっていた。

 今度こそ、失敗は許されない。自分が責任を持てば、その行動に価値が生まれるのなら、シュネルギアを攻撃してやろう。今のスパイッシュは、そう考えていたのだ。

「何をしている!早くせんか!!!」

焦る様子を見せる、スパイッシュ。だがオペレーターは彼の言葉に対し、反論した。

「損傷率を考えても、最大出力でビームカノンを撃てば艦の形状の保証はありません!」

ヒエラクス自体も損傷している状態だ。だが、その中でもスパイッシュはシュネルギアを攻撃せんと、指示を続けるのだ。

「死なば諸共だ!あれは世界の歌姫とされる小娘ののる戦艦!そんな茶番の戦艦など、墜としてしまうが吉!ヒエラクスは簡単に沈みはせぬ!撃て!責任は私が取るのだぁ!!!」

エファンに言われた自責の念の解釈が暴走している。ヒエラクスの艦長は彼だ。だが彼の責任と言うのは、明らかにクルー達を巻き込んでいる。彼の独断が、クルーを死の危険に巻き込みかねない。

 だがクルーも命令には逆らえない。スパイッシュの指示通りに、ビームカノンの発射準備が開始されていく。

やがて数秒後、ヒエラクスにエネルギーが集まり、まさにそれが放出されようとしていた――

 

 

「ジャンヌ様、前方、ヒエラクス級より強大な熱源を感知!」

「急いで、回避を!」

「ダメです、間に合いません!」

余りに突然過ぎた。ヒエラクスから放たれるビームカノンはシュネルギアの直線コースだ。直撃すれば、艦の消滅は避けられない。まさに、滅茶苦茶とも言える戦法だ。

 回避が間に合わないのならば、どうすれば良い?迎撃する為にビームを展開する?しかしその出力の差は雲泥の差だ。

 ならばプラズマカノンを放つべきか?損傷が激しいのに、それを撃つのはクルーを巻き込む事になる。ジャンヌは、迂闊な判断が出来ない。彼女達に危機が、訪れる。

(アレン……!)

シュネルギアのクルーの一人である、ココットが、心からアレンの存在を願った。今の危機を乗り越えたい。乗り越えて、生きたい。助けて欲しい……

(ココットか……?)

この時、アレンの脳裏に彼女の声が聞こえたように感じた。いや、恐らくそれを感じ取ったのだろう。

 だが目の前に存在する巨艦に寄る砲撃は間もなく行われる。直撃すればシュネルギアは破壊される。それを防ぐには、どうすれば良いか?

 答えは一つ。ブライティスのバリアーフィールドを使うのだ。アレンは咄嗟に、シュネルギアのブリッジの前に移動した。やがて、ビームライフルを腰部にマウントし、両前腕部を差し出し、まるで、ビームカノンを待ち構えるかのような構図を取る。

 これは賭けだ。粒子量が少ない分、万が一発動しなければブライティス諸共シュネルギアも粒子の光に飲まれてしまう。そうなれば、全てが終わる。艦内にいるココットも、ジャンヌも守らなければ。その為には、動くしかない。

 

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

 

 

ビームカノンの威力は凄まじいものがあった。理論上、ビーム粒子を打ち消す事が出来るバリアーフィールドジェネレーターではあるが、ビーム粒子残量を考えた時、これだけでは防ぎ切れない。そう、考えたアレンは、更にビームシールドの粒子を前腕部に展開し、フィールドを張った。予備の粒子をバリアーフィールドの展開に当てたのだ。

(頼む、耐えてくれ!!!)

彼は祈った。このまま、耐えてくれればよい。シュネルギアを守りたい。頼む――と。

やがてアレンの願いに呼応するかの如く、ヒエラクスの放ったビームカノンは消滅。ヒエラクスの猛攻を防ぐことは出来たものの、ブライティスの両腕部は限界を迎えようとしていた。

しかし、それでもアレンは戦う。先の砲撃により、エネルギーを消耗したヒエラクスに短期決戦を持ち掛けたのだ。ここで叩かなければ次はない。ヒエラクスを叩くのは、今だ。

「行けっ……!」

ブライティスに残されている、サイコミュ兵器、ブラスターファンネルを二基展開。僅かに残る粒子を駆使し、内一基はビーム刃を展開し、先程ビームカノンを放った、発射口に目掛けて突撃させたのだ。

この攻撃が通じ、ヒエラクスは爆発を起こした。この衝撃により、ヒエラクスのブリッジは丸見えの状態となったのである。

「ヒエラクス、敵ガンダムタイプに狙われています!」

「何!?ブリッジが見えているのか!?」

ヒエラクス級は戦闘時はブリッジを隠す事が出来る機構を備えているのだが、先の爆発により、それは出来なくなった。つまり、弱点が露出しているのと何ら変わらないのだ。

「迎撃せんかーーー!」

と、スパイッシュが焦った瞬間。ブラスターファンネルからビームが放出された。やがて、瞬く間にブリッジはビーム粒子の熱に覆われていくのだ。

 

「ば……馬鹿……な……!?ぐわぁぁぁ!」

 

それが、スパイッシュ・カルディアムの断末魔だった。数々の暴挙を行い、多くの犠牲者を出した男。アルメジャンの虐殺を容認した、士官の男が今、アレンの手によって倒されたのであった。それは、シュネルギアを守る為の決死の行動の結果と言えた。

やがてヒエラクスはそのまま地上に墜落した。墜落した場所はアステル家の領土から離れていた為、アステル家自体に直接的な被害を出す事はなかった。だがこの巨大な塊は人気の少ない山間部に沈んだ。そして、その周辺は甚大な爆発を起こす事になった。

 周囲に住んでいる人間は、これに巻き込まれた事だろう。このような質量が墜ちるという事は、人々が巻き込まれるという危険も孕んでいるのである。

 

 

 

「ヒエラクス、撃沈!」

新生連邦の要と言える巨艦であるヒエラクスが撃墜された事は、彼等にとって多大な損失と言えた。その上で、周囲の人間を巻き込む大惨事を産んでしまった事になる。これを受け、今回の指揮官であるダリアは即、決断をした。

「各員に通達……撤退せよ。」

その命令を受け、クルー達は全部隊に対して撤退命令を伝えた。

「しかし、敵艦は弱っている状態です!我が艦が追い込めば、勝機はあると考えられますが……」

一人の兵士が、言った。だがその言葉に対し、ダリアは睨み、口を開く。

「ヒエラクスは本来、沈んでは行けない戦艦だ。今回の戦力でアステル家に挑んだのにも関わらず、ヒエラクスは撃沈した。これがどういう事を意味するか分かるか?奴等の底力は侮れんという事だ。それに、これ以上一般市民を巻き込む訳には行かない……あの強化モデル共のような、殺戮を好むような事を我々はする気はないという事だ!例え、それが新生連邦の意向であろうとも!」

今回の戦闘はアステル家の強襲だ。これ程に激しい交戦が行われるという事は、一般市民も巻き込んでいるのは明白。住処を追われている者も居ると判断したダリアは、すぐにでも撤退の準備に取り掛かるのだった。

これに合わせ、三機のガンダム達も撤退を開始する。彼等は充分にアステル家への攻撃に貢献した。これ以上ない程に、被害をもたらしたのであった。

「クソ、もう少し遊びたかったのによ。」

「命令に従わねぇと遊びも出来なくなるぜ」

「命令に従って、敵を殺して金が得られればそれで十分だろうが……」

三人は、それぞれ会話を交わし、腑に落ちない様子で撤退して行った。

 その後、新生連邦側の戦艦の、マドラ級二隻と、ヒエラクス級二隻が撤退して行った。ヒエラクス級はウイングイーグルと、フェザーファルコンという名の戦艦だ。今回の戦闘では然程目立った戦闘は行ってはいなかったが、切り札とも呼べる戦艦の撃墜は新生連邦にとって無視出来ないものとなっていたのである。

 

 

 

 新生連邦軍によるアステル家の強襲作戦は失敗に終わった。だが、アステル家も無事とは言えない状況であった。トーチカなどが置かれていた中庭は、アトミックガンダムが放った特殊核ミサイルによって全てが焼け爛れてしまった。この爆風で幾つかの建造物も破壊された。アステル家の豪邸は、悲惨な状況となってしまったのである。

 これにより、幾人かの犠牲者が出た。アステル家に仕える人間達や兵士達。この惨い状況を作り出したのは、紛れもなく新生連邦による横暴が大きいと言えたのだ。

「リルム!?」

その中で、帰還したアイリィは真っ先にリルムの心配をした。幸い、彼女の部屋は攻撃を受けておらず、兵器によるダメージも受けていない。彼女は、無事だった。

「アイリィさん!怖かった……!怖かったよぉ!!」

アイリィを抱き締めるリルム。彼女の恐怖は只事ではない事が、この時点で分かる。

「無事で良かったけど……こんなの……うーん……」

アステル家の戦力を奪う為に新生連邦が起こした悲劇。これは、アステル家への被害だけで済む問題ではなかったのである。

 アステル家への襲撃は、周辺の市街地、地形にも影響を与えた。特にヒエラクス級の撃墜は山間部の甚大な被害をもたらす。新生連邦はた 目的の為に手段を選ばずに侵攻していた。全てはアステル家の戦力を削ぐ為である。これにより失われ、巻き込まれた住民達の存在も、また、隠蔽される事になるだろう。

 

 その後、ジャンヌは父、ジンクの傍に戻った。彼も無事ではあったが、幾人かの犠牲者を出してしまっており、彼は悔しさを胸中に秘めている様子だった。

「これが奴等のやり方という訳か……!ここまで我々をコケにして……!」

レヴィー・ダイルとの交渉が決裂し、時間が経過し、戦争状況になった現在。新生連邦はその報復目的と言わんばかりに、アステル家に襲撃を掛けた。この出来事は、彼等にとって大きな痛手となってしまったのだ。

 焼野原になってしまった土地。それらは全て、新生連邦による所業。そのような横暴が当然許される筈がない。目の前に広がる焼野原は、先の戦闘の愚かさを表現していた。

「平和国連盟も戦争を肯定するようになった現在で、ここが遅かれ早かれ狙われるのは理解していた筈なのにな……私とあろうものが、情けない事だ。」

最愛の妻を亡くし、それからアステル家の当主として行動を続けてきた筈のジンク。だが現実は残酷で、結局は新生連邦の襲撃を許す結果となってしまった。悔いても悔い切れない、ジンク。ジャンヌは娘として、彼の側に居る事しか出来ない。

「戦争の存在がこのような現実を作り出す……私達が出来る事は、少しでもこの世界を変える事……」

無惨に広がる光景は、ジャンヌの中で改めて決意を生み出す事に繋がる。平和だった筈の世界で、起きてしまった出来事。この現実に、ただジャンヌは静かに、今後の事について考えていたのだった――

 




第五十三話、投了。

スパイッシュ・カルディアム、退場。
ポジションとしてはZガンダムのジャマイカンとかみたいなポジションのキャラでした。

あと、物語とは関係ありませんがこの度子供が生まれました!


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ジェルヴァチーム編
第五十四話 極寒のMS乗り達


場面は変わり、舞台は轟々と吹雪が止まぬ豪雪地帯へ。
そこにいる、MS乗り達とはーー


 そこは、吹雪が絶えない極寒の地だった。そこに、一隻の陸上戦艦が存在した。その艦の一室に、レイはいた。

彼の機体は以前にメイド・ヘヴンによって撃破され、そのまま行方不明の状態になっていたのだが、何故かここに彼はいたのだ。一体ここは何処なのか?何故彼がそこにいるのか?

暫くすると、その部屋に二人の人間が入って来た。声の程良い高さからして、女性であるのが分かる。恐らく、レイの様子を見に来たのだろう。

やがて声の主はレイが眠っている前で話し始めた。レイを見て見ると、上半身に包帯が巻かれているのが分かる。

「暑くないかな?この部屋。」

「うん……暑い。」

この二人が話しているように、室内は暑かった。過剰に暖房が効き過ぎているのだ。外が極寒であるが故に、このように空調を調整しているのだろうか。

やがて声の主達はレイの事について喋り出す。

「それよりもね、この子大丈夫かなぁ?」

「多分……大丈夫だと思う。一応手当てとかしたし。うちのあのドクターに手術して貰ってたんだから、絶対大丈夫……と思う。」

「だといいけど~。さて、今はどういう状態か確認でもしておきますかねぇ~。」

と、声の主は急にレイの被っていた布団を上げ始めた。レイは相変わらずぐっすりと眠っている。体を横向け、すやすやと寝息を立てていた。この事で、彼は命に関わる状態ではないことが分かる。

「相変わらず可愛らしい寝顔……。最初は本当に、女の子かと思った。けど“あれ”も付いてるし、男の子……なんだよね。」

「ていうか、こんな子があのMSのパイロットっていうんだからさ、信じられないよねー。」

「早く目を覚まさないのかな……。そろそろいいと思うんだけど……」

と、そう言った次の瞬間――

 

「う……ん……」

レイは、目を覚ました。彼が目を覚ました時、眩い光が視界を覆った。それにより、思わず目を閉じてしまう、レイ。

「わ、気がついた!」

「眼は、青く澄んでる……」

この状況に、驚いたのはこの二人だけではなかった。レイはこの状況に対し、彼女達の数倍も驚いている様子だった。

「え……えぇっ!?こ、ここは……?」

そこは全く見覚えのない少し広い部屋だった。そして、いつの間にか自分の上半身に包帯が巻かれているのが分かった。

何が何だか分からないレイ。最初、彼はこの場所を、セイントバードの全く知らない一室だと思った。何せ、彼はセイントバードの艦内の全てを知らなかったのだ。レイはそう思って自分を落ち着かせた。

しかしそう考えたとしても、眼前には二人の見た事の無い女性……いや、少女がいる。少女と言っても、レイよりは年齢が上だろうか。そして、彼はこの二人の存在を確認し、セイントバードの艦内ではない事に気付いた。

(ひょっとして、また誰かに救われたのかな……これで何度目……?)

彼の場合、このように目を覚ませば医務室やベッドの上といった状態になることが多い。

この状況に対し、彼が考え事をしていた時。自分にとって全く知らない声の主達は喋り出した。

「ねえ、その……具合はどう?」

「あ……はい……その。大丈夫です。それより……ここは……?」

起きて早々、レイは聞いた。声の主はきっぱりと答える。

「戦艦の中。陸上艦ジェルヴァの中だよー。」

「ジェルヴァ……?」

それを聞いて、レイは余計に訳が分からなくなった。全く聞き覚えのないその名前。その上、見た事のない女性が目の前に二人……レイは混乱するばかり。

ただ、理解出来た事。それは、少女の髪色だった。一人は青く、もう一人は赤い。赤い髪の方が、戦艦の名前を言ってくれた少女だ。彼女は、ボブショートヘアーの少女である。

もう一人は青色の髪色をしており、セミロングヘアーで、右側が隠れるような前髪になっているのが特徴的だ。そして、どこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。

「あの……突然ですみませんが……お二人の名前を教えて頂けませんか?」

訳が分からない状況。だが、助けてくれたのは恐らく間違いない。せめて、恩人の名の把握をしたいと考えていたレイは、彼女達に名前を聞いた。すると、二人はすんなりと答えた。

「うん、良いよ!」

「ええ……良いわ。」

「じゃあ……貴方は?」

そう言ってレイは赤い髪色の女性に指を指した。

「あたしはニア・エグドナ。この戦艦のMSパイロットだよ~。」

「私はクリア・ミーティ……同じく。」

二人は対照的だった。言動からしてニアは明るく、どこか、抜けている印象を持つ少女だ。一方で、クリアはどこか、冷静な印象を持つ。

「僕はレイ・キレスです。よ、よろしくお願いします……。あっ……それとありがとうございます。助けて頂いて……」

「なんの!礼には及ばないよ。」

「今のダジャレ?」

「え、何が?」

「別に……」

ニアはクリアの言葉に首を傾げた。レイも首を傾げる。

「ま、まあそんなのはどうでもいいとして!それより本当にびっくりしたよー。だっていきなり空からガンダムタイプが落ちてきてさ、収納してコクピットを見れば血だらけの女の子……いや、男の子が一人……だから慌てて助けたわけ!」

「お、女の子!?」

咄嗟にレイが反応した。少女に間違えられるレイは、ここでも間違えられてしまったのである。

「あ、いやいや……別に。」

彼は、どこかに助けてもらった事だけが理解できた。するとレイは二人に別の事を聞き出した。

「あ、あと他にも質問があります。すみません、なんだか図々しくて。」

「じゃんじゃんどうぞ!だってさ。目覚めたばかりだし、この艦は始めてなんだから無理もないよね。」

「この戦艦は、今、何処に居るのですか?」

ニアがその質問に答えようとする代わりに、クリアが答えた。

「ジェルヴァは今、恐らくノルウェー国のベルゲン付近に居ると思う今は移動中だし、吹雪も凄いから、具体的な位置とかは分からないけど。」

ノルウェーの土地勘は、レイには無い。、だが、少なくともセイントバードから大きく離れてしまった事は、間違いないと言えるだろう。レイは内心、焦らざるを得なかった。少なくても、彼が気を失う前はから少し離れた場所にいた事を考えると、相当遠い距離を移動したことになる。気にはなったが、それ以上に彼には気になるものがあった。

「あの、ツヴァイは何処にありますか!?MSデッキですよね!?何処に……?」

「つゔぁい?何それ?」

聞き慣れない名前に、ニアは首を傾げた。

「多分、あのガンダムの名前の事じゃない?」

ツヴァイの事を知っている様子のクリア。それを聞き、レイは目を見開かせ、言った。

「それです!この艦のMSデッキは何処にありますか?」

レイにとって、真っ先に気になったのがツヴァイの存在である。必死になって、レイは二人にツヴァイの在り処を聞いた。

「落ち着いてよぉ!大体君、起きたばっかりでなんでそんなに元気なのぉ?」

「それは、分かりません……それより、MSデッキの場所は何処ですか?僕、行かないと――」

と、レイが言った時、クリアがある、“物”を彼に渡したのであった。

「これ、君が付けてた装置みたいだったけど……覚えある?」

それは、サイコミュのコントロールを行いやすくする装置だ。ジャンヌが彼の為に作成した、その装置。幸い、それは損傷しておらず、ほぼ、無傷だ。

「それ、僕の……。」

レイの言葉を聞き、クリアはそれを、そっと手渡した。それと同時に、装置を耳輪部に装着した。

「なんかの装置かな?」

「さあ、知らない」

彼のその姿を二人は並んで見ていた――その時。

「なんだろう、これ……ツヴァイが呼んでるような気が……」

不思議な感触だった。まるで、脳内で機体が呼んでいるような感触だ。サイコミュの力がそうさせるのか。それは、分からない。

 レイの中で、ツヴァイのヴィジョンが見えたのだ。脳内から感じる妙な感触。それを感じた時、レイはすぐに立ち上がった。今、彼は上半身を包帯で覆われている状態であった為、側にあったコートを羽織り、走り去った。

「え!?ちょっと、身体は大丈夫なの!?病み上がりなのに走れるなんて!?」

「不思議な子……」

そう言った二人も、彼の後を追い掛けるのだった。

 

 

 

 装置が導く感触のままに、レイは知らない艦のMSデッキの場所まで移動することが出来た。それは彼が力を持つ人間であるが故に、出来る事なのかも知れない。

ジェルヴァと呼ばれる戦艦の、MSデッキ。そこには、レイにとっては当然であるのだが、全く見慣れない人達が大勢いた。見た事の無い場所に、レイは混乱しそうになる。そして、MSデッキには様々なMSの姿が多数存在した。旧デウス帝国のMSや、新生連邦のMSの姿も、そこにはあったのである。

その中で、レイはツヴァイを探した。ディーストやジョゼフが並ぶ中で、彼はひたすら探した。

そして、MSデッキの端まで走り切った。しかしツヴァイの姿はどこにも見当たらなかった。存在は感じる筈なのだが、何処にあるのかは分からない。

「そんな……僕のツヴァイは何処に……?」

やがてレイは走るのをやめ、ゆっくりと歩き出した。ずっと下を向き、落ちこんでいる。ツヴァイが見当たらないショックはあまりにも大きかった。

 

ポンッ

 

「あのさ、いきなり走られて迷惑なんだけど。何してんのよ。」

と、そこへレイの肩を後から叩く少女が現れた。セミロングヘアーで、揉み上げ部がツイストしている。髪色は瑠璃色。愛らしい一方で、どこか鋭い印象を持つ、その少女。背丈はレイよりも5センチ程度高い。彼女は、迷惑そうな表情でレイに言った。

「あ……その……ごめんなさい……」

と、レイは少女の顔を見て謝罪する。だが、少女はレイの顔を見た時、思い出したように言った。

「あ、もしかして……この前、落ちてきたガンダムのパイロットじゃないの!?」

ずいと、少女はレイの顔に近付き、言った。

「え……?あ、はい。」

「え?身体は?安静にしてないと行けないんじゃないの?」

「もう、大丈夫なんです。」

「へぇ~」

レイの自己再生能力の高さがここでも活かされた。何日寝ていたのかは分からないが、今のレイは身体に支障は無い様子だった。

「それより……僕のツヴァイを知りませんか?」

彼は最後の賭けに出た。これでもし〝知らない〟と言われたらこれから先、レイはどうすれば良いか分からない為である。すると、少女は口を開けた。

「ツヴァイ……?ああ、あのガンダムタイプのコト?」

最初は疑問を抱いたシャルアだったが、すぐに表情を変え、言った。

「それならね、あのシートの中。ただ、損傷が酷くてね。」

と、少女は何かを被せているシートを指差した。彼はそのシートの存在に気付いていなかったのだ。レイは急いで走り、シートの元へ向かった。

その際、少女は他の整備士達にシートを退かせるように命じた。そしてレイは中を見る。

ツヴァイは、あった。だが頭部アンテナは見事と言える程に折れており、カメラアイも粉砕している。ブリッツファンネルがあった場所はほぼ、原形が留めていない。辛うじてプラズマキャノンは原型を留めていた。

総合的に見て、機体損傷は激しい。恐らく墜落した際に大きくダメージを受けたのだろう。だが、白い機体色が輝いている“それ”を見た時、レイは安心し、溜息を吐いた。

「はぁ……良かったぁ……でも、酷いな……」

落ち込む、レイ。機体はあるとはいえ、この状態では復元まで暫く時間を要するだろう。

そうなっては、暫く動く事も出来ない。ツヴァイがなければ、セイントバードと合流する事も出来ない。レイは、途方に暮れてしまっていた。

「ちょいちょい」

少女が、落ち込むレイに対して声を掛けた。少女は、レイの顔をじいと見つめる。

「あんた、なんか色々と大変みたいだけど、ちょっと教えて欲しいんだけどさ。名前、なんてーの?」

突如名前を聞かれたレイ。困惑しつつも、返事をする。

「ええっと……レイ・キレスです。」

「歳は?」

今度は年齢を聞かれた。異様に、関心を抱いている様子だ。

「十五歳、ですけど……?」

それを聞いて、少女は余計にレイに迫ってきた。

「十五歳!?天才だ!絶対、あんた天才!たった十五歳でこんな複雑なスペックの機体を扱えるなんてもはや天才としか言い様が無い!空から降って来たガンダム、そしてその中にいた不思議な少女……いや、少年!これってなんかあれね、ミステリーね!てか……顔、可愛い。まるで女の子みたい。」

「み、ミステリー……?って!僕は女の子じゃなくて男ですよ!」

「ばーか。分かってるわよ。」

どうやら、彼は凄い人間だと思われているらしい。彼女の存在により、レイは困惑せざるを得ない状況に追い込まれ続ける。

すると、次に少女は聞いてもいないのに名前を言い出した。

「あ、そうそう。名乗るのを忘れてたね!あたしはシャルア・ジェイン!ジェルヴァ専属の整備士!ちなみに年齢は秘密!ま、強いて言うならあんたより一つ年上かな?」

(答え言ってる……)

妙なテンションの相手に、レイは困惑する。初対面である筈なのに、異様に馴れ馴れしい印象を持ったのだ。

今の彼が具体的に理解出来ている事。それは、ジェルヴァと言う名の戦艦の中にいて、その艦は今、ノルウェーにいると言うことだけだった。その他の事情に関しては、全く分からない。

「……シャルアさん……ですか?どこかで聞いた覚えがあるような……。」

何処でその名を聞いたのだろうか。何故、彼はその名を知っているのだろうか。それは、今では思い出せないでいた。彼の疑問に対し、シャルアは首を傾げる。

「ん?どうしたのよ?」

「あ、いえ――」

覚えのある名なのに、思い出せないレイ。ただ、彼は戸惑っているばかり。

 

「シャルア!あんまり迷惑を掛けるなよ。」

その時、一人の男の声が聞こえた。颯爽とした印象を持つ、若々しい声だ。

「あ、キャプテン!」

「え、この人が……?」

現れた男は若々しく、見てみると二十代前半の人間に見えた。髪は淡い黄色で、長髪である。その上男は、ジェルヴァのキャプテンであり、艦長だと言う。何やら軍人が着るような立派な衣装を着て、様子を見るためにこのMSデッキにやって来たのだ。

「あぁ、君かぁ。落ちてきた子供というのは。」

妙に爽やかな様子のジェルヴァの艦長に、レイの頭は余計に困惑した。

「困る必要は無いよ。ここは軍じゃないからね、君を責めることはまず無いよ。しかし驚いたな。君はもう1週間ぐらい寝ていたんだよ。もう助からないかと思ったぐらいでね。心配したよ。」

「え!?僕、そんなに寝ていたんですか!?」

「ああ。けどホシェルが手術は成功したって言ってた。それを聞いて聞いて安心したよ。それでずっと目が覚めるまであそこの部屋に寝かせておいたって訳さ。あぁ、申し送れたね。俺の名前はゲイル・ゼノイア・バーダ。ここのキャプテンを務めているのさ。」

男の名前はゲイルと言った。彼はレイと喋る際、髪を掻き上げる癖があった。レイは、これらのような個性豊かなクルーの多い艦に助けられてしまったのだ。

困惑続きのレイに、ゲイルは気を遣うように言った。

「やっぱり慣れないかい?ま、君はここに来て五日経つからね。その間ずっと寝ていたんだ。実質この艦の事を知ったのは今日が始めてなんだからそりゃ無理も無いか。あ、そういえば君はいつ起きたんだい?」

と、突然質問されたので、レイは答えた。

「さっき……です。そしたらここにいて。なんだか訳が分からなくって。」

「無理も無い。そりゃいきなり全く知らない場所に自分がいたら誰だって困るもんだ。それより怪我は大丈夫?包帯巻きっぱなしで無理して。」

「あ、無理はしていません。怪我はもう治りました。痛みもありませんし。」

レイの自己再生能力の高さが活かされた瞬間だ。寝起きで走れ、意識もはっきりとしている彼の存在を見て、ゲイルは驚愕していた。

「もう?君、怪我の回復早くない?まあ、それなら良いんだけど……」

その時、突然ゲイルは思い出したように言った。

「そう言えば、君の名前を聞いていなかったね。名前はなんて言うんだい?」

「僕は、レイ。レイ・キレスです。」

先程シャルアにも歳を言った為、当然のようにゲイルにも言った。

「レイ君……か。よろしくね。」

そう言うとゲイルは微笑みながら握手を要求してきた。レイはそれに応じ、彼と握手を交わす。

「宜しく……お願いします。」

「はは、そんなに固くなるな。もっとリラックス!この艦に悪い人はいないよ。例外は一人いるが……」

(例外……?)

その言葉に妙な感心を抱くレイ。するとゲイルは言葉を奪回した。

「あぁ、気にしないで。大した事は無い……と思う……」

(え、どうして言葉が小さくなったんだろう?)

彼は色々と、疑問や困惑を感じつつも、この艦のメンバーに悪い人間は恐らく居ないと、直感ではあるが感じていた。自分が置かれた環境は、恐らく安心できる場所なのだろうと、彼は感じている。

ゲイルとレイが会話をしている時、先程の整備士の少女の、シャルアが彼の側に寄って来た。

「てかさ、あんたさ、落ちて来た時血まみれだったんだよ?重傷だったのにさ、よく一命取り留められたよね。奇跡的って言うか、何ていうか。」

何度か首を縦に振るシャルア。レイの存在が、彼女にとって余程大きい存在だと見える。

「にしてもこんな女の子がガンダム……それも、ハイスペックの機体を操るなんて……世の中ってのは不思議な事も起こるもんだ。空から女の子が!ってやつだね。まさに。そんなアニメ、あった気がするなぁ。」

と、ゲイルが言った時、レイ思わず反応してしまった。

「僕は男です!」

またしても少女に間違えられたレイ。何も知らないゲイルは少しばかり驚いたが、やがてそれを笑いに変えた。

「あははー、ああ、ごめん、男の子だったのかい。君、女の子みたいな顔してるからさーハハハ……」

「“僕”って言いましたけど……?」

「僕っ子っているだろ?そういう子なのかと思ってたよ。ハハハ。」

笑いながら言われたので、レイは少し頬を膨らませた。

「てかさ、あのガンダム整備してた時に気になったんだけどさ、あれ、サイコミュ兵器が搭載されているんだよね。サイコミュ兵器自体そうそう見ない兵器ではあるけれど……え、待って?あんたまさか、シンギュラルタイプ!?」

シャルアはレイを指差して言った。サイコミュ兵器は、この世界で多くに知られている存在では無い。ツヴァイに搭載されている、脳波コントロールを行う事が出来る兵器の存在を見て、彼女は驚愕したのだ。

「え?その、自分じゃ分からないんですけど……」

彼自身、力を持つ人間ではあるのだろうが、それはシンギュラルタイプと呼ばれる人間なのかは分からない。ただ、彼は話を合わせる為、渋々、頷く事にしたのだ。

「へぇ!シンギュラルタイプかぁ!やっぱり、あんた只者じゃないと思ってたんだ!凄いな!興味あるな!」

どうやら、シャルアは、シンギュラルタイプという存在に対して非常に興味を持っているらしい。その為か、余計にレイに詰め寄ってきた。レイの居た環境が特殊なだけなのだろうか。力を持つ存在という事でこれ程関心を抱かれる事等、予想もしなかったのだ。

「シンギュラルタイプってさ!そもそもどのようにして発生するのか!?遺伝?それとも突然変異!?これは全てにおいて謎の事って言われてる!あたし、こーゆー人間大好きなんだ!あんたがシンギュラルタイプなら、尚の事興味ある!あの、噂のピキーンってやつ!あれもシンギュラルタイプ特有なんでしょ?」

「あ……あの……」

余計に詰め寄られ、レイは更に困惑している様子を顔に出してしまった。それを見たゲイルはシャルアの肩を持ち、そのまま離した。

「シャルア。レイ君が困ってるだろ。あんまり質問ばっかりしてやるなよ。」

「でも艦長!やっぱりシンギュラルタイプって凄く興味あるし……」

未知なる存在、シンギュラルタイプ。その全貌は、謎に包まれている。それ故に、関心を抱かれるのは分かる。だが、彼自身も把握していない事を言われても、ただ、困惑するだけなのだ。

「僕も、分からないんです……気が付いたら、こんな力があって。でも、それって何なのかも分からなくて。ただ、なんか妙な感触があるというか、なんていうか……すみません、説明できないです。」

「ふぅん、成程ねぇ。」

と、シャルアは考える素振りを見せた。自身が分からない事を言われ、レイはそのまま、黙ってしまう。

その中で、ゲイルが話題を変えるように、咳払いをし、口を開いた。

「そうだ、レイ・キレス君。とりあえず君の事について知りたいね。今、俺が分かっている事は君がこのガンダムのパイロットである事と、言い辛いかも知れないが、君がシンギュラルタイプ……なのかも知れないという事だけだ。あと、年齢か。それにこのガンダムの事も色々と知りたいしね。」

ゲイルがそう言ってくれる事で、ようやく今置かれている状況の理解が出来そうだ。レイは、それに対して快く首を縦に下ろした。

「だが、その前に。包帯を剥がしておかないとな。もう大丈夫なんだろう?」

「あ……ええ。」

「じゃあ先に医務室だな。そこにいる女医のホシェル・ゼオードに言えばいい。ただ……その女は……気をつけた方が……」

「え、何がですか?」

意味深な発言。レイは首を傾げた。

「いや、なんでも……ない。じゃ、じゃあ行こうか。」

(何だか嫌な予感がするのは僕だけなのかな……)

艦長のゲイルがやたらと恐れるそのホシェルと言う名の女医。一体、どのような人物なのかは不明だが、彼を手術したのはその女医だという。彼女に会う為に、レイはゲイルに連れられた。

 

 

 

医務室の前に二人は着き、ゲイルはレイに入るように言った。その際にもゲイルはホシェルという人物を恐れている様子だった。

「失礼します。」

しかし部屋を見ても誰もいなかった。後ろを振り向いても誰もいない。レイは首を傾げ、そのまま部屋を出ようとした――

 

「待ったぁ!」

 

その時、突如背後から女性の、甲高い声が聞こえてきた。

「うわっ!?」

急に声を掛けられ、そのまま身体のバランスを崩し、あろう事か、尻餅を付いてしまった。それを見た女性は、慌ててレイを立ち上がらせる。

「あ、大丈夫?」

「あ……はい……」

手を引っ張る女性。その時、彼女の姿を始めて見た。

 白衣を羽織ってはいるが、胸元が大きく開かれている。どこかセクシーな印象を持つその女医。ミドルヘアーで、やや癖毛が印象的なその女性。スタイルは良く、美人と呼べる人間だ。

「あ、貴方が……ホシェルさんですか?」

大きく開かれた胸元はレイを恥じらわせる。

「あぁ……私はホシェルだけど。あぁ、あんたよく見たらあれか!ガンダムタイプに乗ってた可愛い子!」

ホシェルは彼の想像していたよりも、美人で、ゲイルが恐れる理由が全く理解ができなかった。しかしレイは警戒心を失わず、慎重にここに来た目的を言葉にした。

「あ、あの……包帯を剥がして欲しくて……ここに来たんですけど。」

所々言葉を詰らせて彼は喋った。するとホシェルは言った。

「あぁ~、結構、結構。怪我はもう治ったんだって?けどあの怪我じゃ推定全治約二ヶ月はかかると思うだけどなぁ……。まあ良いや。座って。剥がしてあげるから。」

「あ、どうも……」

そう言われてレイは側にあった回転する椅子に座った。ちょこんと座り、ホシェルの指示を待つ。

「後ろ向いて。」

そう言われて回転椅子を利用して後ろを向き、そのままじっとした。ホシェルはそのまま包帯をゆっくりと剥がしていく。やがて見えてくるのは、傷跡どころか、瘢痕すらない、白く、奇麗な肌だった。それを見たホシェルは、何度か瞬きをした。

「え?傷跡も完治?たった五日で?」

全治二ヶ月と診断したホシェル。だが、彼の怪我はそれどころか、急速なスピードで回復を遂げたのである。その事に驚きを隠せない。

 それは、ネルソンと同じ反応だった。医者である彼も、レイの回復力の早さに目を見張っている。しかしその根本的な原因は何なのかは不明だ。

 彼の自己再生能力の早さは、誰もが分からない。医者と言う専門的な知識を持つ人間ですら分からないのだから、理解が出来る筈がないのだ。

「凄い、奇麗過ぎる……こんなに傷跡って残らないもの?いや、オペした時の身体はもっと傷だらけだった筈……一体、あんたは何者……?」

と、言いながらホシェルは彼の背中にそっと、触れた。こそばゆい感覚が、指から伝わり、ぴくりと反応する。

「ひぁっ……!」

思わずレイは声を上げてしまった。

「ふぅん、瘢痕とかも何もない。綺麗。完璧に皮膚が再生してる。こんな人間、始めて見たかも……ねえ、あんた。一通りの運動、してみな。」

どのような運動をすれば良いのかは分からないが、ホシェルの言われるままに、レイは身体を動かす。疼痛の訴えも、何もない。念の為に血圧、脈拍、酸素飽和度等を確認するが、いずれもが正常値だ。

「凄い……健康体そのものじゃん。」

と、言った後、ホシェルはじいとレイの身体を見る。突然の出来事に、レイは戸惑いを見せた。

「にしても、あんた良い身体してるねー。綺麗な身体。怪我人とは思えない身体ねー。」

「へ?」

 

パンッ

 

次の瞬間、ホシェルは突如平手でパンパンとレイの背中を叩き始めた。突然の出来事に困惑するレイ。だが、然程痛みを感じなかった。だが、徐々に彼女は力を入れてくる。

「本当にあんた見た目は華奢だけど良い身体してるわー。」

やがて、その力は徐々に強くなっていく。いつしか、それはレイ自身が痛みを訴える程になっていた。

「あぁっ!痛い!痛いです!やめて下さい!」

あまりの痛さに彼は少し涙ぐんだ。しかしホシェルは反省する様子も無く言い出す。

「うるさいな、良いじゃない。皮膚さえ完治する丈夫な体だったらこれぐらい平気でしょ?」

しかし彼女の平手は非常に威力が高い。加減をする様子は、全く無いようだ。

この時、レイは艦長のゲイルが彼女を恐れる理由が理解出来た気がした。突然人を打つという暴挙に出るこの女医の思考が、分からないレイはただ、痛みに耐えるしか出来なかったのである。

 

 

 

その後、レイは引き続きゲイルに案内された。先のホシェルからの暴力ではあと溜息を吐く、レイ。

「彼女はなんでもやり過ぎる傾向にあるんだよ。初対面である君に対しても、ちょっとね……」

「僕、生まれて初めて医者に叩かれた気がします……」

「そりゃ、そうだよねぇ。」

妙な体験をした、レイ。その間も、ゲイルに連れられ、移動する。

それらの光景は、全く見覚えがない。ただ、レイは戸惑い続けるばかりだ。キョロキョロと見回し、自分にとって全てが珍しい空間を歩きながら、じいと観察している。

「珍しいかい?戦艦の中は。」

「あ、いえ……特別に珍しい訳じゃないんですけど……」

「へえ、じゃあ君は元々どこかの戦艦に所属していたという事になるね?」

レイの身辺を聞こうとするゲイル。レイも、助けて貰った恩もあり、自身の答えられる範囲で様々な事を答えて行こうと考えていた。

「僕、元々MS乗りの一員だったんです。」

レイのその台詞を聞き、ゲイルは驚いた。

「へぇ!君はMS乗りなのか!その割には……あの機体は随分立派なMSだね。MS乗りが与えられる機体とは思えないよ。」

MS乗り。戦後になって存在するようになった野蛮な存在。戦前に使用された機体を中心にバリエーションを作り出しているのが主流だ。砂漠の狩人のディザートディーストや、悪魔の鮫のズボラーナX等。セイントバードのトルクスも該当する。その中で、レイの乗って来たガンダムタイプが存在するというのは非常に珍しい事なのだ。

「やっぱり珍しいですか?ガンダムって。」

「そりゃあもう!ガンダムと言えば、連邦の機体だからな。過去に存在したファースト・ガンダム!あれを模している機体が今、新生連邦で多く生産されているという話は聞くけど、まさかここでその、ガンダムに対面出来るとは思わなかったよ!」

感動している様子のゲイル。その様子から、彼もガンダムタイプに何らかの関心を示している様子だった。

「さて、今から俺の部屋に君を案内しようかな。MS乗りのレイ・キレス君。色々と、君のお話もじっくりと聞きたいしね。」

今からレイは、ジェルヴァのブリッジに案内される。それがどのような環境であるのかは分からないが、見知らぬ戦艦に保護された彼は、ただ、その艦長を務める人間に案内されるばかりだった。

 

 

 

轟々と吹雪が絶えない場所。その為、外の景色がどのような場所を移動しているのかが不明だ。ゲイルの部屋には、そのような光景が見る事が出来る窓が備え付けられていた。

やがてゲイルに案内され、レイは椅子に座った。ゲイルは先にマグカップを二つ用意し、そこに、機械からココアを注入した。

「暖かいココアでもどうだい?」

そう言ってゲイルはマグカップをレイに手渡した。同時に、彼も斜め前に座った。

「あ、ありがとうございます。」

レイは礼を述べた後、淹れたてのココアを少し啜った。思いの外熱かった為か、舌を火傷してしまった。慌ててマグカップを置き、そっと息を吹き掛ける。

「ハハ、火傷したね。慌てて飲むからだよ。」

笑う、ゲイル。レイは内心、恥を感じていた。

「さぁて、一息吐いたところで、色々とお話を聞かせて貰おうかなー。」

「あ……はい。」

ゲイルは話しやすい印象を持つ男性だ。変わったばかりの環境で、緊張しているレイに対しても、自然な様子で会話をしている。それが、レイにとっては有難いと言えた。

「君は元々どんなMS乗りに所属して、今に至るんだろうか。差支えがなければ教えて欲しい。」

情報収集は基本だ。レイが何者かが分からない以上、あえてゲイル自らが聞くのだ。その上、彼は護衛を付ける事をしなかった。

「僕は――」

レイはこれまでの経緯を話した。MS乗りとして各地を移動していた事等。その中で、ガンダムを受け取った話も。そして、デスゲイズとの戦いで敗れ、今に至るという話も。

「へぇ、君はセイントバードと言う戦艦に所属していたという事か。その名前は、聞いた事あるな。」

「え、そうなんですか?」

このような辺境の地と呼べる場所にまで、セイントバードの名前は知られていた。それは、喜ばしい事なのかは定かではない。

「にしても、君の話を聞いていると、うちのチームと生い立ちが似てるような気がするね。」

「チーム?ここの、チームですか?」

「ああ。」

その時、ゲイルは窓の方向を見た。吹雪が続く、酷くも美しい自然の光景を、呆然と見つめる、ゲイル。

「この戦艦もさ、旧連邦軍の地上艦であるシャーディア級の四番艦でね。それを利用させて貰ってる。先の大戦で使われていた戦艦だけど、少し修理をすれば使う事が出来た。」

ジェルヴァがどのような経緯で今に至るのか、大まかではあるが理解したレイ。だが、この艦が何の為にMS乗りをしているのか等と言った目的などは不明だ。

「なんだか、デジャヴを感じているんです。その、前も同じような感じでセイントバードに助けられたから……」

「へぇ、じゃあ君はよく助けられ易い人間って事だね。」

それは否定出来ない。事実だからだ。今までも、何度も助けてもらう経験をし、その度に生き残ってきた。

「そして、君に一番聞きたい事があるんだよ。」

「聞きたい事……ですか?」

その際のゲイルの表情は、どこか真剣だ。先程までのひょうきんな印象を持つ彼とは違う、眼差しはレイを緊張させる。

 人間は核心突いた質問をする時、その表情を変える。例え心理学者でなくとも、本能的にそれを察する事は、実際の会話でも多い。

「あの、ガンダムについてだ。ツヴァイガンダムとか言ったかな。あれに既視感があってね。どこで見たかなぁって考えてたんだけど、思い出したよ。」

そう言った後で、ゲイルはEフォンを取り出し、ある、動画を見せた。

 それは、ヴァイダーガンダムがロンドンを襲撃している動画だ。その中で、ツヴァイがプラズマキャノンをヴァイダーの脚部に放ち、行動不能に追い遣った光景が映し出されていた。

「このガンダムタイプ。今、うちで修理している機体と瓜二つだよね。というか、それ、そのものだよね。」

こういう時、世界中で広がっている動画というのは恐ろしい役割を果たした。一度、SNS上等で上げてしまえば瞬く間に動画は拡散される。ヴァイダーガンダムの襲撃は新生連邦が隠す事のない動画であった為、その惨い光景は世界中が見ることが出来た。故に、そこで交戦しているツヴァイの姿も映るのである。

「それは……」

言い訳が出来ない。その時に戦っていた事は紛れもない事実なのだから。

「セイントバードと言う名前が聞いたことあるのと、君のガンダムがあのロンドン襲撃で戦ったガンダムというのは恐らく、何らかの関係があるんだろう。そして、君はやはり只者ではない。違うかい?シンギュラルタイプかも知れない、レイ・キレス君。」

どこか、ゲイルから怖さを感じた。やはりガンダムに乗って落ちて来たという事は注目されるのが当然と言える。

 最早、隠す事も出来ない。恐らくゲイルが聞きたいのは、ツヴァイガンダムが何処で作られたのか、何故レイが乗っているのか……といった事だろう。出来れば、レイは話したくなかった。それを話す事で、何か不利益が生じても行けないと、考えている為だ。

「そのガンダムは――」

と、レイが口を開けようとした時――

 

「ハハハハハ!びっくりした?迫真の演技!」

「え?」

ゲイルの表情が、変わった。それを見たレイは、何度も瞬きをした。

「君が只者じゃないのは事実だろうけどさ、だからって悪い扱いをする程俺だって悪人じゃないよ!寧ろ、ガンダム伝説のファンとして、ガンダムタイプのパイロットに会えた事が光栄なんだよ!あのガンダムのパイロットだからどうこうするとか、そう言うのは一切興味なくてさ!色々とエピソードを聞きたいだけ!それだけだから!ね?」

まるで、物事を知りたがる子供の如く、ゲイルは笑顔だ。その表情にやや、違和感を覚えるが、レイは直感で感じ取った。彼は、間違いなく悪人ではない――と。

「いや、もし話したくないのなら全然構わない!人間は誰もが知りたくない秘密ってあるからね!土足で人の心に入るのが良くないように、出来るだけ君に丁重にもてなしをさせてもらうよ、レイ君!」

やはり、ゲイルは優しい人間だと、感じたレイだった。

「あの、良いんですか?ガンダムの事とか聞いたりしないんですか?」

「色々事情はあるのは分かるけど、知ったからと言って別に悪いようにする気もないよ。あんまり深入りする事情でもないしね。」

ゲイルは、レイが思っている以上に、あっさりとした性格だった。先程の、ガンダムについて聞く時の表情は何だったのだろうか。

「さて、事情はある程度把握出来た。ありがとう。身体も問題ないみたいだし、君の部屋を用意するよ。少し待ってくれ。クルーに伝えるから。部屋をすぐに用意するからね。君の私服とかも全てそこに置くようにするから。」

と言った後、ゲイルは室内にあった電話を使い、艦内のクルーに、伝えた。

その後、彼はゲイルに連れられ、用意された部屋に移動する事になった。この一連の動きも、以前にセイントバードに助けられた時と、殆ど同じと言えたのだ。

 

 

 

その部屋は、清潔そのものと言えた。その上で、シンプルな作りだった。まるでビジネスホテルの一室のような部屋である。ベッドが一つ窓側に置かれており、その上で、ユニットバスのような作りの浴室がある。ただ、ベッドのサイズはセミダブル程度の大きさだろうか。細身の人間が二人、横になる事が出来るサイズと言えた。

多くの出来事を経験したレイは、ようやく一人の時間を謳歌することが出来たと言えた。ここに来て、確かに助けて貰ったのは有難い事だ。だが、一方で目が覚めてから多くの刺激を一度に受けすぎて、疲労が蓄積してしまったのである。ここ、ジェルヴァの人間達は皆が個性的だ。それは良い面もあるが、初対面のレイからすれば刺激が強いと言えるのだ。

レイは、シャワーを浴びる為に浴室を利用した。そこで用意されていたシャンプーとボディソープを使い、身体の隅々を洗う。

泡立った身体と髪はシャワーによって流される。その際、鏡に映った自らの身体を見て、呟いた。

「本当に、傷跡一つもない……僕の身体って、本当に何なんだろう。」

大怪我をした筈なのに、傷一つ付いていない。皮膚組織の再生が早いのか、それは不明だ。ただ、彼の身体に関してネルソンやホシェルが言うように、やはり特殊なのだろうか。それは、彼自身にも分からないのである。

 奇麗な、白い素肌。それでいて、引き締まっているレイの身体。だが、これが彼にとって不思議だったのだ。

やがてレイは浴室から出る。頭をバスタオルで拭き、下着を着た後でバスローブを羽織り、ベッドに横たる。

 呆然とする、レイ。またしても多くの事を経験した彼は、不思議と感知している自らの身体を不思議に思いながら、Eフォンを取り出そうとした。

 端末は、あった。それを起動させようと電源ボタンを押す。しかし、付かない。何度押しても付かないのだ。疑問を抱くレイ。故障なのか?それは不明だ。ただ、付かないのである。

「こんな、こんなのって!これじゃあエリィさん達と連絡が取れない!母さんとも……リルムとも……」

最悪の状況と言えた。Eフォンがなければ連絡を取れない。何も出来ないも同然。自身の無事をエリィに伝える事も出来ない。はぁと溜息を吐く、レイ。どうすれば良いか分からず、ただ、途方に暮れてベッドに横たわった時だ――

 

ウィィィン

 

「やぁ!」

明るい声が聞こえた。女性の声だ。浴室から出たばかりのレイは、目を疑った。

「……え?」

レイは驚いた。何故ならば、そこには整備士の少女、シャルア・ジェインが居た為である。

「えと……確か、シャルアさん……でしたっけ……えええええ!?どうしてここに居るんですかぁ!?」

レイに関心を抱いている少女が目の前に居た。それも、彼しかいない部屋に。その事に驚愕する、レイ。

「いや、だってさ、あんた部屋の鍵を掛けてなかったでしょ?だから入ったの。不用心にも程があるわよ!」

レイは疲れのあまり、鍵をかけるのを忘れていた。それを見ていたシャルアがこっそりとレイの部屋に入ってきた訳である。だが、そもそも人の部屋……それも、知り合ったばかりの人間の部屋に堂々と入るという事は、余りに失礼であると、言えた。或いは、対人に対する距離感が異様に近い人間だというべきか。

「うぅ、忘れてた……じゃなくて!おかしくないですか!?知り合ったばかりですよね、僕達!?」

と、困惑するレイだが、シャルアは気にする様子を見せない。

「気になってるのよ、シンギュラルタイプのあんたがね!だから、せっかくだしお話しようかなーって思って!あんたみたいなミステリー少年の話を聞く事なんて、機会なかなか無いし、せっかくだから話そうよ!!」

異様にハイテンションのシャルアに困惑するレイ。それと同時に、自身の格好を恥ずかしく思ったレイは着替える為に立ち上がろうとするが、何故かシャルアに止められる。

「え?着替えるの!?」

「勿論ですよ!大体、こんな格好で会話なんて……」

「え、良いの良いの!そっちの方がなんかエロいし!なんか女の子っぽさが目立つって言うか!艶っぽいって言うか!」

(え!?この人……)

シャルアの発言に動揺するレイ。そして、彼女の異様なペースにいつしかレイは飲まれているのを感じていた。

「冗談よ、もう!何引いてんのさ!」

と、言いながらシャルアは、まるで慣れた様子でベッドの上に端坐位姿勢を取る。そのすらりと伸びた足をばたばたとさせ、レイの方を見るのだ。

「さて、レイ・キレス!あんた、何処の出身なの?」

それを聞かれ、レイは答えた。

「えと……モントリオールです。」

〝何処〟と言われ、彼は出身地を答えた。するとシャルアは首を何度か縦に振った。その行動が良く分からないと思うレイは首を傾げる。

「あああ!モントリオール!あのね、そこに友達がいるのよ!一年ぐらい前だったかな!その子、友達との旅行で吹雪が酷くて、行く宛てがない状態でヒパック村に宿泊したんだけど、たまたま出会ったその子と意気投合してさ、それきり仲良くなって!まあ、〝子〟って言ってもあたしより一つ上なんだけどね。その子の出身もあんたと同じ場所だって言ってたわよ。すっごい奇遇~!あたし、モントリオールと何らかの縁があんのかな~?なーんてね!」

一人で盛り上がるシャルアに、レイはただ苦笑いを浮かべるだけだ。どのように対応すれば良いか分からなくて困っている。

「ま、今でもメッセージのやり取りとかたまにするしね!それにしてもその子さ、あたしが整備士やってるって知って凄く驚いてたの!あんまりそんな整備士とかと縁がない生活送ってるらしくてね。いやぁ、都会人は違うな~って思ったよ!」

「そ、そうなんですか……」

またしてもシャルアは一人で盛り上がる。彼はシャルアの話に合わせるように相槌を打つ等工夫して、話を聞くようにしていた。彼女の隣に座るレイ。だが、この時、彼を眠気が襲っていた。瞼が少しずつ、閉じられていく。疲労がピークに達しつつあった――

 

ピシッ

 

だが、それに気付いたシャルアはニヤリと笑い、レイの額を指で弾いた。

「痛っ!」

それによりレイの瞼は見開かれた。その様子を見て、シャルアは笑いながらレイに言った。

「おーい、寝るには早いよ?もっとトークしようよ!あんたの事、色々と知りたいんだけど。」

「うぅ……そんなぁ……」

その後、レイはシャルアと延々トークを続けさせられた。彼女の様々な事を知る事が出来たのだが、その一方で彼は押し寄せてくる眠気と戦わなくてはならなかった為、シャルアと会話をする事が苦痛に感じられてしまったのである――

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

突然、艦内にサイレンが発令された。それは敵襲来の事を意味していた。ジェルヴァのオペレーターが、艦内にいる全員に対して発した。

「敵MS接近!!パイロットは各自MSに乗って出撃の準備を!各員持ち場に移動!急いで!」

オペレーターの名は、イヤー・メゾッソと言った。彼女が艦のクルー全員に向け、非常事態を知らせた。どうやら、MSが迫ってきているようだ。だがこの豪雪地帯の中をMSが迫る事等、有り得るのだろうか。

「クソッ、ゆっくりしてる時に敵が来るなんてね。あんたは待機しておきな。病み上がりだし。急いで向かわないと――」

この状況に、レイは覚えがあった。一番初めに、セイントバードに助けられた時だ。その際も砂漠の狩人率いるMS乗りと交戦した際も、クルーに気を遣われた。自身の怪我は感知していたのだが、無理をするなと念押しされた。そして、一度ネルソンに打たれた。

 今も同じだ。彼の怪我は完治している。そして、彼には戦う力がある。ジェルヴァのメンバーに自らが助けて貰ったのなら、恩を返したい。それが、今のレイに出来る事なのだとしたら?

 レイは、シャルアに対して口を開いた。

「あの!」

「何!?急いでんのよ!」

部屋を出ようとするシャルア。それに対し、レイはその眼差しを彼女に向け、言った。

「僕も、戦います!」

「何言って……え?」

耳を疑ったシャルア。戦う?先程まで医務室で横になっていた筈の少年が?何を言っているのかと、彼女は思った。しかし、レイの眼は真剣そのものだ。

「あんた正気?病み上がりなのに何言ってんのよ!確かにあんたはガンダムタイプに乗ってたかも知れないけど、それはおかしいんじゃないの!?安静にしてなさい!キャプテンだってそう言うよ!」

恐らく、その台詞は言われる事は覚悟していた。だがレイはこの非常事態に対応したいという気持ちが強かった。

 それは、このクルーを守る為である。自身に戦う力があるのに、それを行使しないのは嫌だと、レイの意思は固い。

「僕は大丈夫なんです!怪我だってありません!ツヴァイに乗って、戦います!」

敵がどの勢力かは不明だ。しかし、ガンダムに乗れば倒すことが出来るかも知れない。修理が進んでいるのならば、出撃も可能な筈と、レイは思った。

「ああもう!急ぐし、来るなら好きにしてよね!」

とはいえ今は緊急事態だ。シャルアはそのまま、部屋を出る。一方のレイも急いでバスローブから着替えた。ジャケットを羽織り、カーゴパンツを着用するレイ。そのまま、彼はシャルアの後を追った。その際、彼は走っているのだが、病み上がりとは思えない颯爽とした走り方をしていたのだ。

「あんた本当に病み上がり!?」

シャルアは思わず呟いてしまった。

「付いて行きます!MSデッキですよね!」

「ま、まあいい!とにかく急ぐ!」

シャルア自身、彼の事が不思議で仕方がなかった。怪我をしていた筈の少年が完治し、そのまま走ることが出来る。まるで、怪我などしていなかったような、動きだ。

 

 

 

やがて、すぐにデッキに着き、彼はツヴァイを真っ先に探した。他の機体は既に出撃準備が出来ており、いつでも発進できる状態だった。その中で、彼は自身のMSを探す。

「ツヴァイ!あ……そうだ……修理、出来ていなかった……」

彼は肝心な事を忘れていた。ツヴァイは半壊状態。残念ながら、出撃できる状況ではないのだ。そもそも機体が動くかすらも、怪しいのだ。どうすれば良いかと、焦りを隠せない様子の、レイ。

「あれは……」

その時、彼は一機のMSを見つけた。新生連邦軍のMSである、ジョゼフである。他の機体が出撃する中、レイは余っているこのジョゼフを見つけ、そこへ走っていくのだ。

「あんた、まさかジョゼフに乗る気なの!?」

シャルアがレイを、止めた。

「敵が居るんでしょう!?機体を遊ばせていられませんよ!」

彼には力がある。MSを操る力。レイは人一倍、恩を返したいという気持ちが強い。その気持ちをここで発揮したい。勝手な行動かも知れない。しかし、この戦闘でどの勢力が敵で来るか分からない。それを見過ごす事等、したくないのだ。

「あんた、肝心な事聞くけどキャプテンの許可貰ってから出撃しなさいよ!通信の仕方とか分かってる!?」

「はい!」

レイは新生連邦の機体に乗り込む事自体は初めてだった。だが、今までガンダムタイプを乗ってきているレイ。基本的な構造は同じものだと、考えていた。

「シャルア、あれには誰が乗ってるんだ!?」

一人の整備士が、シャルアに聞いた。

「今日起きた男の子!あいつ、戦うって言って!」

「マジかよ!確かに余ってるジョゼフではあるけど!やれるのか!?病み上がりじゃねえの!?」

「本人はやる気みたいなのよ!」

「キャプテンの許可は!?」

「多分本人が聞くと思う!」

「おいおい!まじかよ!」

明らかに行き当たりばったりのやり取りだ。だが、それでもシャルアはレイをジョゼフに搭乗させる事を選んだのだ。

 やがて、レイはジョゼフのコクピットに乗り込む。スイッチを押し、360°モニターが起動。スクリーンが映し出されるのが確認出来た。この時、レイは回線を開き、ブリッジに繋いだ。これも、彼がアインスやツヴァイに乗っているからこそ成せる事だ。

「ゲイルさん、聞こえますか?」

レイが、ブリッジに繋ぎ、ゲイルと連絡を取る。ゲイルは艦長室に座ってはいたが、まさかそこにレイが居る事等、思いもしなかった様子だった。この出来事は、ブリッジ内に居るクルー達皆が驚愕している。

「その声、レイ君かい!?え、待て!なんでジョゼフに乗ってるんだ!?」

「すみません!でも、僕も戦います!どこの勢力か分からないんでしょう!?僕だってMS乗りです!戦います!」

レイの恩は時に暴走する。本来ならば安静にしなければならない筈の彼が、動くのだ。

その行動を見て、ゲイルは止める事をしなかった。止めても、無駄だと判断したのだろう。

「不思議な子だね、君は。良いよ。その機体で戦ってみてくれ。但し、絶対に死なない事。死んでしまったら何の為に助かったのか分からなくなるからね。」

ゲイルは、渋々発進許可を出した。ブリッジ内は確認の声が飛び交うが、それでもゲイルは許可を出したのだ。レイには力がある。それに、賭けたのだろう。

「ありがとう、ございます。」

やがて、回線は切れ、ジョゼフはカタパルトに移送される。

レイは新生連邦の量産機体を操るのは始めてだった。しかし、今までガンダムタイプを乗りこなしている自分なら、この機体も乗れる筈と、自身に言い聞かせていた。

「えっと……ガンダム!じゃなくてジョゼフだから……レイ・キレス、ジョゼフ行きます!」

 

ビゴォン

 

ジョゼフのモノアイが、輝き、そのままカタパルトから射出した。飛行機能を有するその機体は、すぐに他の機体と合流したのである。但し、外は吹雪が酷い豪雪地帯。その中での戦闘経験自体、レイは初めてだ。その中でどのように振舞うというのだろうか。

 

 

 

今回の敵勢力。それは、ファドゥームのみで編成された部隊だ。ファドゥームを取り扱う組織で有名なのは、クレーディト社と密接に関係のある、氷河族である。右手にはバズーカ、左手は鋏型のクローになっている奇抜なMS。それらを駆り、敵は迫ってくる。だが、何の為に?

今回ジェルヴァに迫ってきているファドゥームは合計、十五機だ。それぞれがモノアイを輝かせ、ジェルヴァのMS乗りに襲いかかる。

ジェルヴァチームの主戦力はディーストやジョゼフ等の新生連邦の機体だった。いずれもが最新鋭の機体であるのだが、新生連邦の軍備増強政策により、こうしたMS乗りにも機体が行き渡っているのが現状なのである。

やがて、一機のファドゥームはクローを展開してきた。ジェルヴァのMS乗りの一人は、これに直撃してしまい、破壊されてしまった。

「う、わあああ!」

破壊されたジェルヴァのMS乗りが乗っていた機体はジョゼフだった。レイはそれを見て、味方機体が破壊されたと判断し、ビームライフルを、先程ジョゼフを破壊したファドゥームに向けた。

 

バシュゥゥゥ

 

ビーム粒子はファドゥームに向けられ、それは直撃する。胴体部に穴が開き、爆発を起こしたのだ。

「ジョゼフって、扱いやすいな。新生連邦が大量に生産する理由が分かる気がする……でも、ガンダムタイプと比べると、やっぱりスペックが劣る……」

彼が現在乗っているジョゼフは吹雪の中でも視界が阻まれる心配のないように、ゴーグルを備え付けている。それはまるでスキーヤーの付けるゴーグルに見える。ゴーグルを装着しているのはレイの乗るジョゼフだけでない、ジェルヴァチームのMS全てにそれらが装着されているのだ。それによって雪がカメラアイに付着しても敵を見失う心配がない。又、そのゴーグルはジェルヴァチームと敵機を判別する為の印でもあった。ジェルヴァチームの、印といったところか。これにより、目視によるフレンドリーファイアの悲劇を防いでいるのだろう。レーダー上では識別信号は味方機であれ、混戦状況では判別が付かなくなる時がある。同様の機体が大量に生産されれば尚の事だ。

レイが機体性能に関心を抱いている時、別方向から二機のファドゥームが出現した。両機共に、クローを展開し、ビームサーベルラックを抜いては、ビーム刃を展開。そのままレイの駆るジョゼフに向け、迫る。

 レイはこれらの動きを確認し、回避運動を図る。間一髪の、回避だった。

「この野郎が!!」

だが、更に敵はクローを展開し、レイに迫る。クローの先端からはビーム粒子が放たれようとしている。

 

ピキィィィ

 

その瞬間、レイの頭の中に電流が走った。二つのクローを、ビームライフルで撃ち落とす。その直後に、ビームサーベルラックを腰部から抜き、サーベルを展開してファドゥームの装甲を貫いた。更にその状態からもう一機にビームライフルを撃った。すると二機が同時に爆発した。残り十二機である。瞬く間の出来事と、言えた。

 

 

 

この様子は他のパイロット達をも驚愕させた。ディーストに乗っていたニアは機敏な動きをするそのジョゼフを見て唖然とするばかりである。

「うわっ……あんなパイロットジェルヴァに居たっけ?」

と、隣には陸戦型ディープシーに乗るクリアがいた。その機体はガトリングガンを装備しており、連射攻撃を得意としている。

「恐らく……さっきキャプテンが言ってた、レイって子だと思う。」

「レイってあのレイ君!?さっきまで怪我人だったのに!?すごっ、一度に二機墜としてる!まるでエースパイロットみたい!」

「どうやら、ガンダムを扱えるだけの事はあるみたいね。」

「よし、あたし等も負けてられないよ!」

と、ディーストに乗ったニアは狙いを絞り、ジェルヴァの上からビームライフルを連射する。しかし闇雲に撃っているだけではまず当たるはずもなく、ニアは悔しそうな表情を浮かべた。

「下手。どいて。」

と、クリアの駆るディープシーが一歩前に出て、ガトリングを構えた。ターゲットに狙いを絞り、スイッチを押す。実弾が延々と放たれ、それらは側にあった小型の雪山を崩壊させる。

 

ドシャアアア

 

予想外の雪害に、ファドゥームは身動きを取れなかった。自然地形を利用した攻撃だ。これにより、雪の質量がファドゥームに直撃し、重量に耐え切れなかった機体はそのまま、破壊される。これで、残るは十一機。

「雪での戦闘は私達の十八番の筈よ、ニア。」

無表情のまま、ピースサインを作るクリア。これに対し、ニアはしかめた表情を浮かべた。

「くぅっ~、なんか劣等感……」

ニアが悔しがっている時、別方向から一機のファドゥームがビームサーベルを展開し、迫って来た。バズーカを腰部に収納し、右手部マニピュレーターにあるサーベルラックからはビーム刃が収束している。

「あ、来る、来る!援護して!」

「了解。」

ファドゥームがディーストに襲いかかろうとするのだが、ディープシーがガトリングを放ち、マニピュレーターに直撃。この衝撃でサーベルラックが手元から離れた。

隙を突いたニアの駆るディーストは、ビームサーベルを展開し、ファドゥームを切り裂いたのだ。残るは十機。

「いぇい!撃破!」

「油断しないで……」

 

 

 

この間、レイの駆るジョゼフも奮闘していたのだが、思いの外、この吹雪が視界を塞ぐ。寒冷地仕様と言えるカスタムを施されているジョゼフだが、レイは強くなる吹雪に次第に翻弄されつつあった。いくらMSのような兵器とはいえ、やはり自然の力は脅威なのだ。

「ダメだ、吹雪が強くて……そんなの言い訳にならないのは分かってるけど――」

 

ブゥンッ

 

後方から、ビーム刃を展開したファドゥームが迫るのに気付かなかった、レイ。吹雪に目を取られ、レーダーの反応に遅れてしまった。急いで回避運動を取るレイだが、ガンダムと比較して反応速度が追い付かない。

それが、量産機とワンオフ機の違いだった。レイは、ワンオフ機に慣れ過ぎていた。危機的状況が、レイに迫る――

 

バシュゥゥゥ

 

その時、そのファドゥームを攻撃した機体が居た。別のジョゼフだ。レイが倒されそうになった所を、間一髪ビームライフルで撃ち抜き、撃破したのである。彼は、助けられたのだ。

「助かった……?」

そのジョゼフのパイロットは何も言わず、去って行く。一体誰だったのかは分からないが、レイは感謝をしていた。

 

 

 

ゲイルの指揮するジェルヴァは弾幕を張り、敵を寄せ付けないように攻撃を行なっていた。ジェルヴァには護衛として、数機のゴーグルを装着したディーストがビームライフルで応戦している。吹雪が激しい気候の中で、躊躇いのない敵の攻撃。それでも、彼等は守る為に戦っている。

「裏切り者のゲイルめ!死ねよっ!」

と、一人の敵機体のパイロットが無線を通じてゲイルに伝えてきたのだ。“裏切り者”とは、何を示しているのか。

その直後に、ファドゥームのパイロットは、クローを展開した。そのままクローはブリッジに向かった。

「引き続き弾幕を張れ!その後でビーム砲展開!奴等をジェルヴァに近寄らすな!」

この砲撃で、クローによる攻撃を回避したゲイル。その際、彼は攻撃をしてきたファドゥームのパイロットに対して言った。

「その声はハックだろう。残念だが、俺だってお前等と分かり合う気はないよ。」

「キザ野郎が!お前が組織を裏切ってから何もかもが滅茶苦茶だ!死んで償え!その戦艦の連中と共に!!」

ゲイルに無線で話し掛けていた人間の名前はハック・ジールと言った。台詞からして、ゲイルとは旧知の仲と呼べる存在だったのであろうが、今は敵対している。彼等の過去に何があったというのか。

「裏切り野郎には死を!ボスを裏切る行為は許されない!」

「何とでも言えよ。俺はお前らと共に行動する気はない!今回襲撃して来たのはお前らだってのは分かってた!邪魔をするなら抵抗するまでだ!」

「もし組織に戻るって選択するならなら命は。少なくともお前は無事じゃ済ませないけどな、生かしてくれるんだぜ?ま、俺はお前を許す気はないけどな!どっちを選ぶかゲイル!?」

組織?ボス?これらの言葉が示すものは、何か。互いに何らかの確執を持っているのは間違いないと、言えた。

「戻る気なんてまんざら無いね!」

それを聞き、激昂したハック。彼の駆るファドゥームは、ジェルヴァのブリッジに向け、バズーカを構え、狙いを定めた。弾幕が張る中で、この機体のみが接近をして来たのである。ハック・ジーンの技量の高さが伺えたのだ。

「接近してくる!?あの機体に集中攻撃を!」

その指示の通りにジェルヴァはビーム砲撃や、他の機体によるビームライフル等でファドゥームを狙わせる。だが、当たらない。まるで、これらの攻撃を見切っているようだ。

 やがてジェルヴァのブリッジに接近をしたファドゥームは、バズーカを構えた。至近距離だ。このまま攻撃を許せば、確実に破壊されてしまう。

「終わりだ、ゲイル!死ね!!」

 

ドォン

 

バズーカから弾が発射された。このまま直撃すればブリッジは壊滅。クルーの死は免れない。危機的状況がジェルヴァに訪れた――

 

バシュゥゥ

 

だが、それは一機のジョゼフによって救われる事になる。

バズーカの弾が突如消えた。そして爆発した。余りに一瞬の出来事だったため、何があったのかは分からない。ゲイルはバズーカ直撃を覚悟して目を瞑っていた。しかし何も起こらない事に疑問を抱き、そっと目を開ける。

彼の目の前には、ジョゼフの姿があった。それと同時に、ジョゼフのパイロットから通信が入った。それに応じるゲイル。その声の主こそ、レイだった。

「ゲイルさん、大丈夫ですか!?」

「レイ君か!?良かった。本気で死ぬかと思ったよ。油断してしまってた。すまない。」

間一髪だった。レイが駆け付けなければ、ジェルヴァは破壊されていただろう。次に、レイのジョゼフはバズーカを放ったファドゥームの方向を、見た。

「なんだてめえ!?ジョゼフ如きが!!」

ブリッジの破壊に失敗し、悔しさを感じたハックは、怒りの矛先をジョゼフに向けた。有線クローを展開し、ビームサーベルラックを把持し、ビーム刃を展開した。

「舐めた真似しやがってよぉ!」

乱暴な言葉遣いでビームサーベルを持ったクローを展開するファドゥーム。ジョゼフは、軽やかにこの攻撃を回避した、この間隙を見つけたレイは、ジョゼフの武装であるグレネードランチャーを、ファドゥームに対して至近距離で撃ったのだ。

そのファドゥームは右前腕部を破壊され、バズーカも同時に破壊された。

「ぐおあっ!」

機体のコントロールが効かなくなった、ハックのファドゥーム。これに対し、レイのジョゼフがビームライフルを構え、放とうとした時だった――

 

バシュゥゥゥ

 

あろう事か、別のファドゥームが有線クローを展開し、そこからビーム粒子を放ったのだ。その標的は、ダメージを受けていたファドゥームだったのだ。まさか、仲間に攻撃されるとは思っていなかった様子の、ハック。

「あぐっ……仲間に……!?」

ビーム粒子はハックのファドゥームを貫いていた。右半身が失われた状態で、辛うじて生きているハック。

 それを見たレイは怒りを覚えた。仲間を攻撃する理由が分からない。何故、今別の機体はハックの機体を攻撃したのか?

「仲間を平気で攻撃するなんて!こんなの、どうかしてる!」

仲間を攻撃できるようなこの集団に対し、怒りを覚えたレイ。ビームライフルを放ち、ハックを撃ったファドゥームを撃破。これで、残り五機。ハックのファドゥームは殆ど戦闘不能状態であった為、実質は四機だ。

更に、レイは別のファドゥームを見つけるや否や、攻撃を仕掛ける。ビームサーベルラックを二つ展開し、それらを連結するという荒業を行った。この様子から、レイは最初、慣れていなかったジョゼフに、少しずつではあるが慣れてきている様子だ。

 二つのビーム刃が展開する状態で、彼のジョゼフはファドゥームを攻撃する。その間、バズーカでジョゼフを狙うのだが、彼は攻撃を見切り、回避するのだ。やがて距離を詰め、円の字にサーベルラックを振るい、ファドゥームの胴体は破壊された。

「クソッ、撤退だ!!」

他のファドゥームのパイロットが異常事態に気付き、撤退を開始した。仲間である筈のハックを残して。

 

ガキィン

 

その時、レイのジョゼフがハックのファドゥームを掴んだ。半壊状態で、いつ爆発してもおかしくないその機体。それを見たハックは、意識が朦朧とする中で、レイに回線を繋いだのだ。

「お前……!何のつもりだ……早く、殺せよ……!」

「仲間に撃たれたのに……そんなの、見過ごせませんよ!」

裏切られたハックを見て、それが気の毒に思えたのだろう。レイは今、彼を助けたいという善意で動いていた。

「強いパイロットは……敵に情けを掛けるってか……?そんなんで生きたって生き恥なんだよ……頼むから、死なせろや……!」

「仲間に裏切られた人を撃つなんて出来ません!」

「俺が迂闊だったんだよ……助からないと思ったら……組織からすりゃ足手まといだ……だから仲間が俺を殺して当然なんだよ……っ!」

 

カチッ

 

その時だ。ハックはコクピット内のある、スイッチを押した。それと同時に、ファドゥームが赤く光るのを確認した。

 異常事態だと、察したレイはファドゥームを離してしまう。そして――

 

ドオオオオオオオオッ

 

爆発が起きた。ハックは自爆し、自ら死を選んだのである。この衝撃で、近くにあった雪山が雪崩の如く、崩れて行く。ジェルヴァはそれを見て船速を早めた。これにより、間一髪ではあるが、雪崩に巻き込まれることは無かった。それにより、周囲に敵機体の存在が確認出来ない事を把握し、チームのMSは艦へ戻っていったのである。

 今回の戦闘はジェルヴァチームが勝利を収めた。他の機体が戻る中で、レイは一人、先程自死を選んだハックの事が気になっていたのだった。

「あの人、どうして……こんな、こんなのって……」

今回迫って来た敵勢力は何者なのか。何故、ジェルヴァチームが襲われなければならなかったのか。幾つか疑問が残る戦闘だった。勝利を収めたとはいえ、レイは複雑な心境だったのである。

 

 

 

艦内に戻った後、レイはジョゼフのコクピットから降りた、その時――

 

ギュッ

 

レイは、シャルアに抱き付かれた。彼女の乳房がレイの顔に当たる。異様なテンションの彼女に戸惑いを隠せない。

「わっ……!?シャルアさん!?」

「あんた、凄いじゃない!結構敵を撃墜したでしょ!やるぅ!」

「そんな、偶然ですよ。ジョゼフを扱ったのだって初めてなのに……」

謙遜するレイだが、シャルアは彼の活躍を見て歓喜している。

「偶然なんかじゃない!やっぱりシンギュラルタイプだから?さすがはあたしが見込んだだけの事は、ある!」

(この人に見込まれてたんだ……いつの間に?)

敵を倒す事は、出来ていたレイだったが、彼は先の戦闘で油断をしている。もし別のジョゼフが攻撃してくれなければ、レイはやられていただろう。

暫くしてから、他のパイロット達も集まってきた。その中には、クリアとニアの姿もあった。彼女達も善戦していたのだが、やはり先の戦闘ではレイの強さが際立っていたと言えた。

「レイ君が乗ればディーストも強くなるんじゃない?」

「ディープシーも。」

「にしてもレイ君、強いねー!流石伝説の機体、ガンダムのパイロット!」

ジョゼフで敵勢力に善戦した彼を讃える声が相次ぐ。褒められるという経験は、嬉しいものだ。だが彼は今、素直にその感情を享受出来なかった。

 まず、彼はジョゼフに慣れていなかった。ガンダムタイプばかりに乗っていた事が災いし、機体スペックを過信し過ぎていた。後半は巻き返したが、油断している状況だった事に変わりはない。

 更に、先の戦闘ではハックの自死の事や、そもそもジェルヴァが攻撃された理由など、不可解な事が多い。ただ、守る為にレイは戦ったが、彼等はそもそも何と戦っているというのか。疑問が残る。褒められるような事は、していないのだ。

 

「てめぇがレイって奴か。」

その時だ。群衆の中で、一人、鋭い口調でレイに言葉を発する少年の姿があった。

「え……?」

突然の出来事に、レイはただ戸惑うばかり。群集も、その存在に動揺している。

その少年の姿を見た時、側に居たシャルアは言った。

「何よゼル。いきなり現れて。」

どうやら、少年と彼女とは知人関係らしい。少年の名は、“ゼル”と言った。水色の髪色で、碧色の眼をしている。その緑は濁りも無く、レイの青く澄んだ目のように、澄んでいる緑だった。目付きは特徴的な鋭さがあったが、彼の目はどこか、美しさを感じされる。レイはその綺麗な眼の少年を見ていた時、彼は喋り出した。

「てめぇさっき殺されかけてた癖にちやほやされて良い気にになってんじゃねえぞ!」

そう言った後、少年は去って行った。この暴言を聞いた群集は、一瞬で静まった。レイ自身も、覚えの暴言に対して混乱している様子だった。

「え……?誰……ですか?」

レイはそっとシャルアに聞いた。シャルアは答える。

「ゼル・アスト・ジェイフォード。あいつ……色々と訳アリなんだ。あの態度はよく分からないけど。」

「あの人もここのクルーですか?」

「そ。ちなみに歳はあたしと同い年。」

シャルアは彼の事を知っていそうな様子だった。だが、レイからすれば覚えのない事に対して怒られているだけであり、理解が追い付かない。戸惑うレイに対し、シャルアは言った。

「あいつ、うちのエースパイロットなんだよね。戦後になってずっとMSに乗ってさ、このクルーの中でも圧倒的に優れている存在。技量は高くて、敵と出会っても負けなしあいつもジョゼフに乗るんだけど、やたら強い。ちなみにさっきも出撃していたよ。四機破壊してたね。まあ、どうしてレイに詰め寄って来たのかはよく分からないんだけどね。」

レイの活躍の裏で、ゼルも敵を倒していたのだ。エースパイロットと呼べる活躍を見せるゼル。

(もしかして、さっき僕を助けてくれた人ってあの人なのかな。)

この時、彼は先の戦闘で油断した際に助けられた事を思い出す。その時にファドゥームを撃ったのが、ゼルのジョゼフだとすれば、ゼルがレイを助けた事になる。

(ん?待って……ゼルって、前にどこかで聞いた覚えがあるような……)

更に、その名も、聞き覚えがあった。だが、何処で聞いたのだろう。全く、思い出せない。

その事で悩んでいる時――

 

「お前達、レイ君は今疲れているんだからあんまり野次馬みたいに近寄ってくるんじゃないよ。彼は病み上がりなのに、頑張ってくれてたんだから。」

艦長のゲイルがこの場に来た。彼の姿を見た時、クルーは皆が敬礼をする。余程、慕われているのだろうか。

「お疲れ様、レイ君。さっきは助かったよ。そして、生きていて良かった。」

ゲイルはレイの活躍に関心を抱いていた。無論、他のクルー達にも労いの言葉は掛けているのだが、その中でもレイはジェルヴァのクルーに助けられた中で、ジョゼフに乗って活躍した人間だ。ゲイルが関心を抱くのは、当然と言える。

「レイ君、今日は休んでくれ。疲れただろう?」

と、ゲイルが言った後、レイは口を開いた。

「あの、ゲイルさん。お話があるんですけど――」

と、言った時。

「ごめん、明日でいいかな?君も疲れているだろう?俺も、少しばかり疲れててね……」

迂闊だと、思った。先程戦闘が終わり、疲労しているのは自分だけではない筈なのに、質問をしてしまった自分が情けないと、感じていた。

「明日、部屋に来てくれたら話をしよう。」

ゲイルの言葉に甘え、レイは休みを取る事にした。

 ここに来て、様々な体験をした。個性的なメンバーに助けられ、ツヴァイは半壊状態とは言え形状は残っている。そして、突然の敵機体の襲来に、それらの迎撃。こうした出来事が重なり、疲労が重なったレイ。ゲイルとの話が明日に伸びた事で、どっと、眠気が襲ってきた。そして、限界を迎えつつあったのである――

 

 

 

 翌朝。レイは自らの部屋で目を覚ました。目覚めてから身体に痛みなどもなく、経過している。彼の身体は紛れもなく、完治していると言えた。

 ジェルヴァの食堂に案内され、朝食が振舞われ、クルー達は一堂に食べた。ここのメンバーはセイントバードと比べても多く、皆がそれぞれ、確実に休憩時間や食事時間を取ることが出来ているようだった。

 やがてレイはゲイルの部屋に向かう。話を、する為だ。

「やあやあレイ君。よく眠れた?」

「はい、ありがとうございます。お陰様で。」

「それで、話って何かな?おっと、ココアも用意しよう。何かを飲みながら話をする方が円滑に出来るだろうし。」

ゲイルはマグカップを用意し、ココアを振舞った。昨日と同様に機械で、それを作る。

 出来上がった暖かいそれを、レイに手渡した。手に、温かさが伝わる。

「あの、聞きたい事があります。ゲイルさんは、どうしてジェルヴァに乗りながら、MS乗りをしているんですか?敵の襲撃も、ありましたし……」

MS乗りになれば、敵と戦う事になるのは明白。弱肉強食の世界と言うのはセイントバードに居た時から知っていた。故に、レイは聞いた。

「うーん、そうだね。圧倒的な強さを振舞った君になら言っても良いかもね。」

ゲイルは自らの長い髪を掻き撫で、言った。

 

「氷河族と戦う為さ。」

 

「えっ……!?氷河族って……まさか、あの氷河族!?」

ここで、その名を聞くとは思わなかった。レイにとっては何度か交流はある組織、氷河族。最初に出会ったのはアレクサンドリアだ。その後も幾度か彼等と会った事はある。最近ではホルステブロにて。そこでは恐怖体験をしたのだが。そして、セイントバードで保護する事になったゼオンも、そのメンバーである。

「おや、知ってるんだね。知ってるなら話は早い。君が何も知らない人間だったならこんな危険な事を言う気は無かったんだけどね。でも、今の俺にとっては敵だし。俺達の敵は、そいつらなのさ。」

この言葉から、彼が氷河族と何らかの関係を持っている事が分かる。

「じゃあ、昨日襲って来た敵って……」

「そう。氷河族の構成員だ。あの特徴的な機体はクレーディトメカニクス社のオリジナルMSでね。世界中のテロ組織や反政府活動とか、武装勢力にあの機体を売っている。勿論、氷河族にもね。所属は違えど、結局元を辿れば諸悪の根源は同じって訳。」

明らかになっていく事に、レイはただ、驚愕していくばかり。だが、ゲイルは何故このような危険な組織と戦っているというのだろうか。

「デウス動乱後に急速に成長した組織は瞬く間に裏社会を圧巻する存在へと頭角を現していった。組織は汚れ仕事関係は勿論、主要人物の暗殺や金融関係の大元として、君臨して行った。表向きには今、戦争状態になっている新生連邦軍と平和国連盟が世界の勢力図となっているけど、氷河族の存在は、裏の怪物と言っても過言じゃない。そして、その仕事内容は汚い仕事ばかり。今思えばあんな汚れ仕事をやり続けていてよく人の心を失わなかったなって思うよ。」

この言葉を聞き、レイは目を見開かせた。

「それって、どういう意味ですか?まるでゲイルさんが氷河族に所属していたかのような……」

レイの言葉に対し、ゲイルは再び髪を掻き撫でる。そして、熱いココアを一口啜った後に言った。

「あーそうそう。俺さ、元々氷河族のリーダーを勤めていた人間なんだよね。」

「……」

「……」

互いの会話に間が出来た。氷河族のリーダーという言葉を、ゲイルが言った。それが何を示すのかを理解するのに、レイの脳は処理が追い付かなかったのである。まるで、フリーズした旧式のコンピュータ。思考制止状態と言うのは、こういう事を言うのだろうか。

 そして、情報が統合されるのに時間を要して、レイが最初に放った言葉が次の言葉。

「えええええ!?」

人間は予想外の事が起きた時、冷静でいられない。それはどのような偉人であれ、いくら机上の空論を作り出したとはいえ、それが現実に起きた時、思考を制止せざるを得ない。そして、そこに対する感想と言うのは稚拙なものになってしまうのだ。

「あ、やっと言葉出て来たね。ま、驚かれるのも当然かな。ま、ここのメンバーはこの事を知ってるんだよ。俺が氷河族の一部組織のリーダーをしていたって話は。まあ、それがかえって都合が良いんだけど。」

都合が良い?それはどういう事なのか。

「都合が良いって……?え、じゃあ今は裏切ったって事になるんですか!?」

「そーだね。だってあそこは簡単に足を洗えないよ。ボスに忠誠を誓うようなものだし。あれだよ、旧世紀のマフィアのボスへのオメルタって知ってる?あれを裏切るから、当然組織から死の制裁は来る訳で。」

オメルタ。別名血の掟。組織を裏切る事があればその家族も根絶やしにするという事。氷河族にもそうした掟は存在している。故に、組織が成り立つ。裏切りは死を意味する。それはゼオンも該当するのだ。その関係者も巻き込まれるのは、分かり切っていた。

 だが、ゲイルは裏切った。それも、リーダーと言う立場であるにも関わらず。

「じゃあ、どうして裏切ったりしたんですか?殺されるかも知れないって、分かってて……」

と、聞くレイ。それは、当然の質問と言えた。

「俺の場合、汚れ仕事に嫌気が差した。それだけだよ。」

思いの外、彼の中の裏切りの動機はあっさりとしているものだった。だが、数々の汚れ仕事を嫌に思う人間も居るだろう。ゼオンがそれに該当したのだ。故に、組織に追い掛けられ、人身売買の被害に遭う所だったのだから。

「ちなみに昨日ジェルヴァに襲撃してきたのは俺がリーダーを務めていたメンバー達なんだよ。あいつらが、俺を攻撃してきたって訳。あいつら、組織が抱える殺し屋みたいな奴に脅されたものだから、それに従ってるんだよ。最も、俺はその殺し屋みたいな奴に半殺しにされた過去があるけどね。……あれは、壮絶だったなぁ。」

“半殺し”と言葉を発した時、ゲイルはどこか、震えているように見えた。その体験は、余程怖かったのだろうか。レイはふと、疑問を抱く。

(余程だったんだろうか……)

その表情を察したレイは、口を開き、言葉を言った。

「じゃあ、元々の仲間に追われていたって事なんですか!?」

「まあ……ね。まさに、〝昨日の友は今日の敵〟みたいな?ただし俺に付いてきてくれた奴も何人かいたんだけどねー。残念ながら、全員組織の追手に殺されてしまったんだけど。そして俺は今氷河族という存在に対して、抵抗を続けている。奴等の横暴は無視できないからね。」

想像以上の過去の持ち主であるゲイルにレイはただ唖然とするしかできなかった。更に、それを明快に話すゲイルを、レイは、ただ、凄いとしか思うことが出来なかった。

「でも、それとこの戦艦ってどういう関係なんですか?ゲイルさんが氷河族のリーダーという事と、MS乗りってどういう関係なんだろう……?」

疑問が生じるのも当然だった。ゲイルが組織の裏切り者で、何故今ジェルヴァの艦長を務めているのか。その上で氷河族と戦っていると言えるのか。

「そう、ここのメンバーと俺はある、“契約”を交わしている。俺は組織から金を奪っていて、その金を使い、ある、小さな村の人間と交渉をしたんだよ。」

「交渉……?」

それは、何を意味するというのか。

「名前はヒパック村。北欧の山の中にある小さな田舎の村だ。元々そこは戦後、治安も良いとは言えない場所でね。デウス動乱後にMS乗りやならず者が略奪の為に襲ってきたりした事もあった。その時に話を聞いたけど、それが別の氷河族の連中だったって話もある。」

この時点で、氷河族は横暴を行っていたという。村の人間からすれば、氷河族も敵だという事になる。

「それから時が経って、新生連邦樹立して、あろう事か、軍の人間は住民に対して弾圧をし始めたって話だ。」

ここで、新生連邦の話が出てきた。氷河族のリーダーと、新生連邦に支配されている村。これらが、どう関係するというのか。

「だが、この新生連邦の横暴行為に対して、ヒパック村には新生連邦に対するレジスタンス組織の存在が密かに結成されていたんだよ。住民の有志で、新生連邦と細々と抵抗を続けていたんだよ。」

ヒパック村と言う言葉。これも、レイはどこかで聞き覚えがあった。だが、やはり思い出せない。

 彼はジェルヴァに来てから、既視感を感じてばかりだった。だがいずれも思い出せない事が、歯痒い気持ちを作り出す。

「だがそれは俺にとって好都合だった。懸命に新生連邦と戦うレジスタンスと組む事と、彼等は過去に氷河族によって凄惨な経験をしている。俺の経験が、こうした連中に対抗する力にもなるんじゃないかなって考えるようになったって訳。それから彼等と交渉した。幸い、彼等には力があった。あのジェルヴァも彼等が旧連邦の陸上戦艦を上手く利用して、今でも新生連邦に抵抗しているからね。俺はそこに目を付けた。村の人間からすれば抵抗する為の資金も得られるし、その上で指導者に当たる人間も見つかる。これは、互いにとって良い条件だったんだよ。村の村長も納得した上で、俺にジェルヴァを任せてくれた。これが、ジェルヴァチーム結成のきっかけで、それが今も動いているって訳さ。」

この一連の話が、ジェルヴァチームの結成の秘密だった。つまり、彼等はゲイルが裏切った氷河族とも戦っているが、一方で新生連邦軍とも戦っている事になる。

 話の内容より、村の人間からすれば氷河族の存在は因縁ある存在だ。それによって被害も出た事がある為である。故に、ゲイルの存在は重宝された。かつての氷河族のリーダーという立場。その立ち位置は、村のレジスタンス組織にとっても好都合だったのである。

「ちなみにここのメンバーの大半はヒパック村の出身のメンバーばっかりだ。整備士のシャルアも、レジスタンスの一人。」

「あの人が……」

“レジスタンス”と聞き、レイは自身の世間知らずさを情けなく感じた。日常に身を置いていたレイからすれば、そう言った単語は架空の組織の印象を受ける。だが実際にこうした組織は存在する。弾圧に抵抗する組織として存在するレジスタンスは、あらゆる箇所で抵抗運動を続けているのだ。それが暴徒化したのがテロリストや武装勢力。ジェルヴァのメンバーの場合、これらには該当しない。

「ま、最初は凄く警戒されたよ。何せ村人に犠牲者を出した組織のリーダーをやっていた人間だったからね。恨まれても当然だろう。けど時間を掛けて、皆が徐々に心を開いてくれた。信頼を得るには、行動をしないと行けないって身をもって経験したよ。でも結果、今、チームは新生連邦とも、氷河族とも戦ってくれている。皆にとって、有難い状況になって来たって訳。」

沈黙が始まった。それも数秒ではなく、数分。その間に窓の吹雪は轟々と音を立て、激しく地面を白く覆い尽くす。

 今、ジェルヴァはフィヨルドの周辺を移動していた。大自然が作り出す芸術ともいえる存在、フィヨルド。氷河による、浸食作用によって形成された複雑な地形。その中を、ジェルヴァは移動しているのだ。

一連の話を聞き、このチームの目的、動き、敵を知ることが出来たレイ。ゲイルという人物がどのような人間であるのか、このチームが何の為に戦っているのか。それらが理解出来、彼は、今どのように動くべきなのかを、今一度、考えた。

「今はこんな状況ではあるけれど、もし、新生連邦の問題や氷河族関連の問題が片付く事があれば、いっそ、このメンバーで旅にでも出たいなぁとは思ったりするけどねぇ。」

何気ない言葉を、ゲイルは呟いた。この時、レイは然程気にする様子を見せず、ゲイルの表情を見ている。

 そこから僅かな時間だが沈黙があり、ゲイルが口を開いた。

「まあ、色々とややこしい事情の中で、君が空から落ちてきた。そして、今、俺達と共に戦ってくれている。俺の勝手が招いた事と、メンバーが新生連邦に対してレジスタンスとして、戦っているという事。ある意味、これは運命的なんじゃないのかなって思うんだよね。」

そう言った頃、ゲイルの淹れたココアは既に常温にまで温度が下がってしまっていた。熱弁が続いたが故なのだろうか。

「ゲイルさん、僕、そこまで言ってくれて嬉しいです。僕自身も、助けられた中でただ、一生懸命だったのに……なんだか、すみません。ここまで語って下さるなんて思いもしませんでした。」

「いや、お礼を言うべきなのは俺さ。君が昨日、戦ってくれたお陰で俺達は生き残れた。その敵の中に、かつての仲間も居たんだけどな……ハックって奴。あいつは氷河族時代の俺の友人のような存在だったけど、俺が組織を裏切る事になってから牙を向いてしまった。」

ハック。昨日、仲間に撃たれた後にレイが助けようとした人間だ。そして、自死を選んだ男。この時、レイは氷河族と言う組織が余計に分からなく感じていた。

 オメルタのような血の掟がありながら、仲間同士で攻撃する者もいるという事なのだろうか。それは、どう言った真相なのかは分からない。

「ゲイルさん、氷河族って仲間同士で殺し合ったりする事って、あるんですか?」

何気なく、レイは聞いた。

「それは組織に寄るかも知れない。絆の深い組織もあるだろうし、そうでない組織もある。母体が巨大な分、多くの人間が関与するんだから、それぞれトラブルがあったりするだろうな。俺みたいに……な。」

ゲイルの言葉を聞き、レイは、察した様子だった。この事から、氷河族の存在は危険なのかも知れないと、感じた。

「さて……と。レイ君。これだけ語ったなら、俺達は仲間になったも同然だ。所で、そう言えばブリッジを見せてなかったね。一度、見て行くかい?」

「え?良いんですか?」

ゲイルは先程の真剣な表情から一転し、表情を明るくさせた。ここに来てであった時のような表情に戻ったゲイルは、レイをそのままブリッジに案内する事にしたのである。

 

 

 

 ジェルヴァのブリッジはセイントバードよりも人員が多い。恐らくこのクルー達皆がヒパック村のレジスタンスなのだろうか。

ブリッジに入るや否や、艦長席に座る、ゲイル。そして、彼はオペレーターであるイヤーに聞いた。

「ヒパック村までは後どれぐらい?」

彼の問いに、返事をする、女性の声が聞こえた。

「あと三十分程度ですかね。ただ、吹雪が続いてるので、スピードはそんなに出せませんよ。」

「ま、落ち着いて行こう。敵も居なさそうだ。村長達が待っているだろうし。」

この時、ジェルヴァの目的地の話をしたゲイル。レイは、把握した。今、この艦は先程話に出て来た、ヒパック村の話をしているのだ――と。

(ヒパック村……どんな所なんだろうか。)

雪が延々と降り注ぎ、吹雪も止まぬこの過酷な自然環境の中、ジェルヴァは進んでいく。

レイ達の次なる目的地は、小さな村であるヒパック村だ。小さな田舎町。それは、レイにとって初めての体験なのであった――

 




第五十四話、投了。
極寒の大地を移動するジェルヴァチームに助けられたレイの話。
新生連邦から鹵獲したMS、ジョゼフを駆ってもその強さを見せつける、レイの才能が開花する話でもあります。


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第五十五話 ようこそ、ヒパック村へ

極寒地帯にある集落、ヒパック村での出来事。
レイはジェルヴァチームの整備士の少女、シャルアに弄ばれてしまう。


 ジェルヴァはフィヨルドを抜け、山間部に入っていく最中だ。山間部は海辺以上の吹雪が轟々と鳴り響く。その為、ブリッジにある窓には対雪用に、窓全体から一定温度を保つことが出来るよう、熱が出るようになっている。この為、雪で窓が塞がって見えなくなる事はない。寒冷地特有の技術で、ジェルヴァは稼働しているのだ。

レイはブリッジ内にてゲイルと共に待機していた。その頃には吹雪も落ち着いてきており、そこから見える美しい雪景色に、レイの心は揺れる。

「もうすぐヒパック村だ。そろそろ降りる準備をしないと。後さ、こんな吹雪の中でそんな軽装じゃあっという間に風邪引くよ。」

「あ、はい。……くしゅんっ!」

ゲイルに言われた瞬間、くしゃみが出た為、ゲイルは思わず笑ってしまった。

「ハハッ、だから常に厚着でいたほうが良いんだよ。十二月のこの地は極寒ってレベルじゃないぞ?万が一そのまま外に出たら凍死するレベルだぞ?」

ゲイルが笑ったのと同時にブリッジにいた多くのクルー達も笑い出した。これを受け、レイは顔を赤くしてしまう。

「うぅ……僕、準備してきます……」

と、慌てた様子でレイはブリッジから去った。厚着のコートを羽織る為だ。ゲイルはそれを微笑みながら見送った。

その時、オペレーターであるイヤー・メゾッソが突然言った。金髪の、ツインテールが特徴的な女性。肌色は褐色であり、活気のある印象を受ける。

「あの子なんか可愛いですねー。」

「ああ、仕草とか……ね。」

ゲイルの意味深な発言にイヤーは首を傾げる。

「仕草?」

「いや、こっちの話。それに、ただ、可愛いだけじゃなくて、不思議な子でもある。」

「あー、確かに。ジョゼフを凄い技量で操っていましたからね。」

「俺は彼に自分の事情を色々と話はしたし、彼の事もある程度情報収集はした。でも、彼には謎が多い気がする。恐らく、彼はシンギュラルタイプであることは間違いだろう。」

その根拠の一つが、ツヴァイガンダムのサイコミュ兵器、ブリッツファンネルの存在だ。シャルアがそれを解析し、恐らくレイが何らかの力を持つ人種である事を、ゲイルに伝えていた。

(シンギュラルタイプ……その存在自体は聞いたことがあるが、改めて見ても、不思議だな。何か訓練を重ねて来たのか?いや、彼の言動を見る限り明らかに特殊な訓練を受けたような印象はない……一体、何なんだ……?)

ゲイルの中の疑問。それは、レイが果たして、何者なのかと言う事だ。天才的な才能を持つ少年ではあるが、その力の根底はどこから来るのか。ただ、一人疑問を抱いていたのである。

 

 

 

吹雪の中をジェルヴァは進んでいき、遂に彼等はヒパック村へ辿り着いた。うっすらと電気の灯りが見えるその様子は、まるで絵に描いたような雪国の村を連想させる。

ジェルヴァはまず急停止し、村の中心部から2キロメートル程離れた場所にそれを停めた。やがて階段を下って次々と厚着をしたクルー達が降りてくる。しかし、中心部から随分と離れた箇所にそれを止める理由は何なのか。

その中にレイの姿もあった。十分と言える程の厚着をしており、顔以外は寒さを殆ど感じないでいた。その分、顔に寒さが直接当たる。痛ささえ、感じる程だ。

村に辿り着くと、遠くからではうっすらとしか見えなかった明かりが一層明るく見えた。吹雪は一層強くなり、冷たい風がレイの顔に直接当たる。彼は時折目を瞑ったりしてそれを我慢した。

ジェルヴァチームが村にやってくると、村人達は家から厚着を着て出てきた。彼等は歓迎されていたのだ。ゲイルは村人達に対して手を振った。その光景から、ゲイルは村人たちに慕われているのが分かる。一向はまず村の村長の所へ向かうことにした。挨拶をする為である。

ジェルヴァチームはゲイルを筆頭に村長の大きな家の前にやってきた。人数が多いので家の周りを囲むように全員が集合する。事情を全く知らないレイは、側に居たシャルアに聞いた。距離感が異様に近い彼女ではあるが、疑問を聞く時、彼女の近い距離感がレイにとっては有難いと思う事が、あるのだ。

「ここは、どんな建物なんですか?」

「村長の家。キャプテン、まず挨拶に来たんだろね。」

〝村長〟という言葉を聞いて、レイはゲームに出てくる単語を連想した。レイは今までモントリオールで平穏に育ってきており、流行のゲーム等もプレイをした事がある。故に、彼は世間知らずな発言を、シャルアにしてしまった。

「村長って……珍しいな。なんか、RPGみたいですね。」

その直後、シャルアの表情が大きく変化するのを、レイは見てしまった。

「はぁ?あんたバカぁ?ここは村なの!村長は、村の長!当たり前でしょ!」

「あっ!すみません……」

シャルアに言われ、彼は気まずい思いをした。が、彼女はそれを見て逆に笑った。

「あーあ、やっぱりあんたも都会の人間なんだねー。ま、“村長”なんて普段聞かない言葉だし、とーぜんか。あんた、世間知らずっぽい顔してるもんねー。」

まるで小馬鹿にするような台詞を発したシャルアに、レイは思わず怒ってしまう。

「ちょっと、連想しただけですよ!そんなので、馬鹿にしないで下さい!そう言う印象しかなかっただけです……」

「なんかさ、あんたからかってると可愛いなって思っただけよ。さて、村長が出てくるよ。」

一見すれば、仲の良いように見える二人。だが、皆が静かにしている中で会話をしていたのはこの二人だけである。それが目立った為、他のクルーに睨まれてしまった。

 気まずい思いをする二人だが、その後、すぐに村長と思われる人物が家から出てきた。白髪で、白い髭をしている、外見は七十代前半の印象を受ける、男性。どこか、威厳のある印象がある。

早速、ゲイルは村長らしき人物と握手をし、会話を始めた。

「久しぶりです。メナス村長。村は大丈夫でしたか?」

村長はメナスと言った。村長と言う立場もあってか、余計に威厳に感じられた。

「どうも。ご苦労様。まあ……これと言って変化は無いな。」

思った以上に渋く、低い声だ。しかし声帯はしっかりしていて、聞き取りやすい。かすれもせず、はっきりと聞き取る事が出来る。

「そうですか……。良かった。」

「君達ジェルヴァチームのお陰で村は無事だ。君らの活躍が功を成しているお陰で、連邦の連中からの攻撃は減って来ている。」

ゲイルはそれを聞き、笑みを浮かべた。

「それは何よりです。私もこの村が平和ならそれで。」

「まあせっかく寄ったのだからゆっくりしていってくれ。ずっとあれに乗っていて、疲れている事だろう。」

「ありがとうございます。」

と、ゲイルは礼儀正しくお辞儀をした。レイは、ただその姿を見るだけ。

 その直後に、ゲイルがクルー全員に対し、発声した。

「各自自由行動!再集合の際は俺が知らせる!では、解散!」

ゲイルの一言で、全員がそれぞれ、離れ離れになった。ジェルヴァのクルーの大半がヒパック村の出身者ばかりだ。故に、彼等はそれぞれの実家に戻っていった。

だが、ここで問題がある。レイは村の人間でない。そして、ヒパック村の事を何も知らない彼は、行く場所が無い。途方に暮れる、レイ。

村出身の人間でない人間は、ジェルヴァに戻る者も居た。ならば、ジェルヴァに行くべきなのか。どうか。それは、分からない。

そこで、彼は艦長であるゲイルにこの後どうすれば良いかを聞こうとした。しかしその時、ゲイルは一目散に別の場所に移動してしまった為、聞く暇がなかったのである。

途方に暮れるレイ。その間も、他のクルーはそれぞれが行くべき場所へ向かっている。誰もレイに対して声を掛けようとしてくれない。行く場所がなくなり、寒さが続く環境の中、俯く、レイ。

 

ポンッ

 

その時、彼の肩を、一人の少女が差し伸べた。シャルアが、レイに話しかけてきたのである。

「あんた、もしかして、行く場所がなくて困っているんでしょ。」

「あ、ええ……まあ……」

「アハハ、そうか。」

「どうしたら、良いんでしょうか。」

途方に暮れるレイ。その時――

「あんたを家に入れてあげるわ。光栄に思いなさい!」

「……え、本当ですか!?」

先程まで俯いていたレイの姿はどこへ行ったのか、急に輝くような笑顔を見せ、喜ぶレイ。喜びに満ちた彼の眼は、まるで少女のようだった。

「勿論!奴隷としてね。」

「はい、ありがとうございます!奴隷ですね!奴隷……どれい……?」

今、何と言った?奴隷?聞き間違いか?そのような事を突然言う?何を言っているのか、一瞬レイは理解に迷った。

 脳内がフリーズしたレイは、次に言葉を発するのに十秒程度時間を要したのであった――

「奴隷!?」

まさかの発言だ。奴隷などと言われてはレイも焦るしかない。

実際に彼女の奴隷になるのはどう言うことなのだろうか、レイには大きな不安が過ぎる。

「そ、あんたはあたしの奴隷。あ、もし嫌だって言うのならさ、ここで凍死しなさいよ。そうと決まれば、行く場所はうちしかないんだからね!素直に従いなさい!フフ……」

(さ、最悪だ……)

奴隷。それは、余りに不名誉な言葉だ。まさかここでそのような言葉を聞くなど、思ってもみなかった。

この時代において、奴隷という言葉はこのような時代では冗談混じりで使われることはあるかも知れない。

シャルアは対人距離が近い印象を持つ少女だ。出会ったばかりのレイに対し、あだ名をつけた彼女。だがそのあだ名は、“奴隷”。あまりに不名誉とも言える、名前だ。

「じゃあ行くわよ。うちに。」

「あ、はい……。」

奴隷と言うレッテルを貼られ、しぶしぶレイは彼女の家へ向かいだした。奴隷として扱われることを考えると、今歩いている雪道が、余計に重荷に感じられる。

歩いて5分程度経過した時、一つの屋敷が見えてきた。それと同時にシャルアは言う。

「あれが村長の家。大きいでしょー。」

するとシャルアは村長の家へ向かいだした。当然レイはそれを疑問に感じた。何故村長の家に向かうのか。シャルアの家は何処に?

「え!?どうして村長さんの家に?どうしてですか……?」

当然の疑問に対し、シャルアが答えた。

「あぁ、言うの忘れてた。実はあたしさ、村長の孫娘なの。」

レイは首を傾げ、目を何度か瞬きさせた。

「え……今……すみません、なんて言いました?」

念を押すようにレイはシャルアに聞いた。それに答えるように彼女は詳しく言ってくれた。

「村長の、ま・ご・む・す・め。」

改めて聞いた瞬間、レイは再び脳がフリーズした。それから言葉を発するのに、三秒程度時間を要した。

「えええ!?あの村長の……孫!?そうなんですか!?」

驚愕するのは当然と言える。だがシャルアは冷静な様子だった。

「いや、そんなに驚かれてもあたしが困るんだけど。」

「あ……でも……凄くないですか!?シャルアさんのおじいさんが、あの人なんですよね!?ゲイルさんは知っているんですか?」

「さあ、分かんない。艦長とそんな話、しないし。多分知ってると思うけど。でもあんたに言ってあげなかったのは悪かったかな。ま、この際どうでもいいや。良かったじゃない。あたしの家が村長の家で。親が同居してるから二世帯住宅なのあたしんち。ちなみに見た目以上に広いよ。あ、でもあんた奴隷だし!くつろぐような真似はさせるつもりはないよ。」

やはり、レイは驚きを隠せない様子だった。ジェルヴァチームの中で親しい存在と呼べるシャルアが、村長の孫娘と言う事実は彼に衝撃を与えた。

シャルアの言うように、村長の家は本当に他の家よりも大きく、こんな家が彼女の実家だと言うことを考えると少し羨ましい感じさえした。だが彼の扱いはあくまでも彼女の〝奴隷〟であり、そこに期待と不安が混じる。

「でも本当に……凄いですね……。」

唖然としていると、突然シャルアは手を引っ張ってきた。

「うわっ!?」

「ほらほら!さっさと入れ!奴隷!」

ぐいと引っ張られ、結局彼は彼女の実家こと、村長の家に世話になることになった。

しかし未だに彼の頭の中には、シャルアが村長の孫だったと言う事実に対する驚きと、これから奴隷にさせられると言う不安で一杯だった。

 

 

 

彼は彼女の〝奴隷〟として家の中に入ることが出来た。玄関は広い。上がり框が一段、用意されている。どこか、“和風”な造りを印象付けるような構造だ。

靴箱の中には靴が沢山置かれている。レイは靴を脱ぎ、その中に自分の靴を入れた。そして、段差を上がって中へ入っていく。

「おじゃまします。」

と、やや、小さな声で言った。緊張しているのだろうか。そのまま、シャルアに誘導されて中へ入っていく。

広い玄関から広い廊下を歩いている二人。シャルアにとっては懐かしい光景でしかないが、レイにとっては何もかもが新しく見えた。ただ、この時に少し不安が生じた。

それはいきなり自分がいてシャルアの親に受け入れられるかどうかの事である。どう考えてもこの状況は気まずいとしか言い様が無い。誰だっていきなり知らない人が入ってこられたら焦るためである。

しばらく歩いて、レイ達は広いリビングに辿り着いた。所見で、広いという印象を付けるリビング。窓の外には雪が吹雪いているのが見える。それは、豪邸と呼ぶに相応しい場所と言えた――

「あ、お母さん久しぶり。帰ってたよ。」

突然のシャルアの言葉に反応し、彼は急いでその方向を見た。

身長はシャルアと同程度であり、尚且つスタイルも抜群と呼べる、美しい女性がそこに立っていた。その人物こそ、彼女の母親であった。それを見て、彼は思わず見惚れてしまったのである。

(奇麗な人……だ……)

容姿端麗なシャルアの母親。そして、言葉を発した。

「あらー。心配したのよ。どうしたの急に?」

どこか、おっとりとしている印象を受ける彼女の母親。

「やだなあ。知らなかったの?おじいちゃん外に出たでしょ。」

「ごめんねー、私ずっとお皿を片付けていたところだから。あれ、そこにいる子は?」

母親はレイの存在に気付いた。自分のことを言われ、ピクリと体が反応した。

「あ……えーっと……僕は……」

美人に声をかけられて戸惑うレイ。しかしシャルアが代わりに彼のことを言ってくれた。

「レイ・キレス!ジェルヴァチームの新入り!この子ね、侮れないの。ね?」

先程とは全く違うシャルアの様子。“奴隷”と連呼していたのが、今ではこの有様。親の前で流石に不名誉な呼び方である、奴隷とは呼べないのだろう。

彼女が紹介してくれたので、自分も何か言わないと駄目だと思い、自己紹介を行った。

「れ……レイ・キレスです。よろしくお願いします……」

「レイちゃん?可愛らしい女の子ね、よろしくねぇ。」

「あ、えっと……僕は男ですよ……?」

最早形式となりつつあるこのやり取り。彼は、どこでも最初は少女に間違えられるのだ。

「えー、男の子!あ、ってことはシャルア、彼氏を連れてきたってことー?」

諸事情を何も知らない母親はレイの事をシャルアの恋人と勘違いした。レイは当然、困惑する。しかしそれ以上に困惑していたシャルアはそう言われて当然慌てた。

「そんなんじゃないし!まあー、強いて言うなら弟分かなぁ……?」

(あれ、奴隷呼びじゃなかったのかな。)

弟分という呼び方を聞き、それは奴隷よりも上のような気がしたので、何故かレイは安心している。

「あらそう?弟が出来たのー?ま、ゆっくりしてねー。」

と言った後で母親はこの場から去る。レイはこの時、シャルアの母親はどこか抜けている印象を持った。

すると、シャルアは呆れた様子でレイに近付き、母親の見えないところで口を開いた。

「ごめんね、お母さん抜けてるところがあるから……名前は、エレナ・ジェイン。結婚するまで女優をやってたらしいんだけど……。」

「女優ですか……!?」

まさか、前職が女優と言う事には驚いた。それと同時に、美人と言う印象である母親の存在に、少しばかり理解できた様子だった。

「ちなみに、あたしの美貌は親譲りってわけ!親が綺麗だとあたしも綺麗ってね!」

「は……はぁ……そうですか……」

確かにシャルアは、町に出れば誰もが羨むようなスタイルに顔つきを持つ美人である。しかし、それを誇張するものだから、彼女の自信はより相当なものなのだろう。

 するとその時。シャルアの母、エレナがそっと、シャルア達の所に戻ってきた。

「あとね、おじいちゃんは自分の部屋でお客さんと何か、会話しているわよー。邪魔にならないようにねー。」

どうやら、客人が入っているらしい。どういった要件で入ってきているのだろうか。

「あと、レイ君……だったっけ?」

「あ、はい!何でしょう?」

急に名前を呼ばれた為、レイは慌ててエレナに対して反応した。

「貴方、本当に女の子みたいな可愛い顔してるねー。シャルアって可愛い子を放置しないのよー。昔からねー。特に貴方みたいな子、シャルア、好きだと思うわよー」

 そう言った後でエレナは家事をする為にこの場を去った。

何やら、意味深な言葉を言ったエレナ。“女の子みたい”と言われる事はレイにとっては正直、嬉しい事ではない。男らしくいたいと思う彼の意思とは裏腹、実際の彼の容姿は少女のような端正なスタイルであり、それがコンプレックスとなっている所もある。

(やっぱり、僕は女の子みたいな顔なのかな。)

と、呆然と思った時――

 

ギュウッ

 

突如、シャルアはレイの背後に回り、腕で彼の首を締め始めた。いつものシャルアに戻ってしまったのである。

「なーにぼーっとしてんのよ!奴隷!」

「わああああ!痛い!痛いです!や……やめて下さ……」

首を締められているので上手く言葉が伝えられない。苦しんでいる姿を見てシャルアは笑っている。

しばらくして彼女は腕を解く。レイは、何度か咳嗽を行い、呼吸を整えた。

「ケホッ……ケホッ……酷いですよ……」

「お母さんに可愛いって言われただけで反応するなんて!やっぱりなんか、あんた面白いね!アハハ!」

レイを揶揄うシャルア。何故、彼女はここまでレイに執着しているのだろう。だが、レイにとっては嫌でしかない。シャルアの異様な距離の近さは、いくら今、レイが彼女の家に世話になっているとはいえ、時に嫌に感じる事があるのだ。

「もう……やめてください!」

思わず言ってしまったレイ。しかしその瞬間、場は静まり返った。

だが数秒が経過した時、シャルアが目を細めて言った。明らかに、不服そうな表情を浮かべている。

「うるさいね!追い出すよ。あんたはここじゃあたしの奴隷なんだから口答えはやめてよね。はっきり言うわ、うざいのよ。」

「う、うぅ……」

この場では彼女に逆らうことは出来ない。ここでは完全に、シャルアの奴隷扱いのレイ。

しかし家に居させてもらっているのだから、迂闊な反発は一切できない。下手をすれば冗談無しで追い出されかねない為だ。それが、彼にとって辛いところだった。

「あ、シャルア。今から少し出かけるから、掃除よろしくね。それから……後でおじいちゃんの所にお茶を持ってきてあげて。ついでにおじいちゃんと話しているお客さんにもねー。」

エレナが一言そう伝えた後、彼女は出掛けて行った。どうやら用件を彼女に言いに来ただけらしい。

「はーい。」

その場では、彼女は応じたのだが、エレナが出掛けた後、シャルアはにやりと笑ってレイを見た。

「ねぇ、あんたがお茶を渡してきなさいよね。」

「ええ!?そんな……」

「あんたはあたしの奴隷でしょ。命令に逆らうなら追い出すよ。」

エレナはシャルアに用件を言ったはずなのに、何故、自分が手伝わされなくてはいけないのか?しかし彼は彼女の奴隷扱い。命令には従わなければならなかった。端正で整った、愛らしく綺麗な顔をぐいと近づけながら、しかめ、〝追い出す〟と一言。その言葉はレイにとってはプレッシャー以外の何者でもない。エファンやメイドが与えたプレッシャーとは、別の種類のプレッシャーを、レイはシャルアから感じ取っていたのである。

「分かりました……。」

「よし!じゃあ最初に皿洗い!次に部屋の掃除。洗濯もね。ちなみに全部あんたがやるのよ。命令よ、奴隷!」

シャルアは表情を一転させ、上機嫌となった。だが一方でレイは辛い思いをしていた。しかし家を追い出される訳には行かない。その為、彼はしぶしぶ従うしかなかった。そっと溜息を吐き、仕方無しに皿洗いをする事にしたのだった。一方のシャルアはそれを見て笑うばかりで、一切、家事を手伝う様子はなかったのであった。強いてするとすれば、レイの側に居て、指示をするばかりである。自らの手は一切動かしていないのだ。

 

 

 

ゲイルは、村長のメナスと会話を続けていた。村長の部屋は二階にあった。そこで、二人はレジスタンスの事について話をしている。

ゲイルはこの時深刻な表情を浮かべていた。それ程に重要な話だと言うことが、その表情を見て分かる。

「新生連邦の様子はどうですかね、村長。」

「今の所、大きな動きは無いよ。だがな、最近赴任してきた軍の指揮官が曲者らしいな。超人のような感性を持っているという噂だ、あくまでも噂だが。」

ヒパック村には新生連邦のレジスタンス組織が形成されている。村長のメナスはレジスタンス組織に大いに関与している存在だ。

「超人のような感性?それって、シンギュラルタイプとかですか?」

力を持つ存在、シンギュラルタイプ。その凄さはジェルヴァでの先の戦闘でレイが見せつけていた。それを真っ先に聞く、ゲイル。

「ゲイル。貴様からその言葉を聞くとは思わなかったな。何かあったのか?」

「実は――」

彼は、レイの事について話を始めた。ジョゼフに乗り、氷河族の構成員と戦った彼。圧倒的な強さを誇る彼の話をした時、メナスは表情を変えた。

「それは、それは。随分と楽しみな人間が現れたものだな。」

「それも、元々ガンダムのパイロットを務めていたと言います。彼はスペシャルですよ。もしかすれば、レジスタンス組織の有力な人材になるかと思われます。」

「ほぅ、ガンダムのパイロット……是非とも、顔が見てみたいな。」

「あ、そう言えば――」

この時、ゲイルは思い出した。レイは何処にいるのだろうか。彼はメナスと話す事を優先として考え過ぎていた為、レイの存在を抜かしてしまったのである。

 彼にはこの地に帰る家がない。ジェルヴァに戻ったのかどうかも、分からない。その事を失念していたゲイル。

(しまった、レイ君は何処に?探しに行かないと行けないかな……)

と、思った時――

 

コンッ

 

突如、ノックの音がした。それと同時にドアが開いた。

一人の少年が、茶の入った湯飲みを持って現れた。レイがシャルアに命令され、部屋に入って来たのである。この時、レイはゲイルと目が合った。

「え、ゲイルさん……?どうしてここに?」

レイは呆然としてしまい、そのまま突っ立ってしまった。

「や、やあレイ君。あれ、君、もしかして村長の家にお世話になってたのか?」

「あ……えと……は、はい!シャルアさんに連れられて。」

「え、シャルア?どういう事だ?ここって村長の家だろ?」

「え?」

話が嚙み合わない。どういう事だ?ゲイルはシャルアがメナスの孫である事を理解していないのか?何を言っているのかが全く理解出来ない様子の、レイ。

「これは、これは、随分と可愛らしいお嬢さんだな。ゲイルの知人か?」

村長のメナスがレイをじいっと見て、言った。

「あ、えと……すみません、僕は男です……」

最早恒例となりつつあるこのやり取りに、レイは内心溜息を吐く。

 そこへ、シャルアが部屋に入って来たのだ。茶を配るだけの筈なのに遅いと感じた彼女は居ても経っても居られなくなり、部屋に入って来たのである。

「遅い!何やってんのよあんた――って、あれ?キャプテンがどうしてここに!?」

まさか、シャルア自身もここにゲイルが来ているとは、思っても見なかったのだ。そして、ゲイルもシャルアの存在に驚愕している。この意味が、全く理解出来ない様子のレイ。

 この状況で一番冷静な様子なのは、村長のメナスだ。それ以外は、各自、訳が分かっていない様子だった。

「と、とりあえずお茶を渡さないと――」

レイは思い出したように、湯飲みに入った茶をメナスとゲイルに対し、ぎこちない様子で手渡した。

 その後、各々は状況把握をしていく。シャルアはメナスの孫。メナスの客人はゲイル。レイはシャルアに連れられてここに居る。

 しかし、ゲイルの場合はシャルアがまさか村長の孫である事を知らなかった事に、自ら情けないと、思っていたのである。

「いやぁ、まさかシャルアが村長の孫だったとは。全然、知りませんでした。それと、レイ君もごめんな。君の事を放って置いてしまって。それで、シャルアがレイ君を入れてくれた。そこが、まさか村長の家だったって訳ね。話がようやく纏まってきた。はあ、色々話がこんがらがる。」

ゲイルは頭を右手で覆い、自らの無知さを嘆いていた。

「にしてもジェルヴァチーム結成して2年が経つのにその事を知らなかったとは!ハハハ、ゲイル、キャプテンとしては優秀かも知れんが抜けている所が多過ぎるぞ!ハハハ!」

これを笑っているのが、メナスだ。

 彼の言うように、ゲイルは、どこか抜けてしまう所が多い。個人個人の事情や、血縁関係、そしてレイの事情等。

 人間は一度に多くの出来事を抱えてしまうと混乱を来たし易い。それ故に、仕事等では少しでも状況を把握する為にメモを取る等の対応をする。だが多忙が続けば、その情報処理も追い付かない事がある。他者に言われ、思い出す事も有り得るのだ。

「シャルア。元気だったか。」

メナスとしては、久しぶりの孫娘との再会。この事は何よりの喜びと言えるのだ。彼女はメナスに抱き付き、再会を喜ぶ。

「おじいちゃん!元気してたよー!ちゃんとジェルヴァの整備士として貢献してるし!レジスタンスの仕事もきっちりこなしてるの!」

メナスは村長と言う立場の人間であるが、シャルアからすれば祖父だ。まして、ここは同じ一つ屋根の下。シャルアがメナスに対して話す喋り方も、フランクになるのは当然だ。

(凄く、嬉しそう。シャルアさんの一面……か。)

奴隷扱いする彼女の、意地の悪い表情はそこには無い。純粋に祖父に会えた喜びを噛み締める少女の姿が、そこにはあった。

 だが、ゲイルはこれを複雑に思っていたのだった。

「シャルア。あくまでもこの御方は村長なんだからもう少し丁寧な言葉を使いなよ。“おじいちゃん”っていうのは、どうなのか。」

と、言うのだが、メナスは笑いながらゲイルに言った。

「いや、これで良い。それに、自分の孫に丁寧な口調で話をされても重苦しいだけだしな。シャルアも気を遣うのは嫌だろうに。」

「そ、そうですか……?」

立場が違うとはいえ、ゲイルからすれば違和感を覚える事と言えた。

「心配不要ですよ!あたしの場合はキャプテンに敬語を使いますし!おじいちゃんはおじいちゃん!キャプテンは、キャプテンですよ!」

間違ってはいない。事実なのだから。とはいえ、ゲイルからすれば妙な光景に見えてしまうのだ。

「あと、レイ君もすまないな。俺、自分の都合を優先してしまって。シャルアはありがとう。レイ君を家に入れてくれて。結果的にそれが村長の家になる訳なんだけど……」

ややこしい構図ではあったが、結果的にレイはこの家に世話になる事が出来た。しかし、実際はシャルアの“奴隷”として動いている為、レイにとっては一概に幸運とは言えない状況であるのだが。

「ああ、すみません。すっかり紹介が遅れました。村長、彼がさっき言っていた子です。先日の戦いで活躍してくれた、レイ・キレス君。」

この状況で、ゲイルは改めてレイを、メナスに紹介した。

「あ、えと……レイ・キレスです。宜しくお願いします。」

と、頭を下げるレイ。だが――

「貴様の顔、見覚えがあるな。」

「え!?僕が、ですか……?」

見覚えがある?どういう事だ?突然出て来た言葉に、レイは戸惑う。更に、メナスは自らの顔を近づけ、じいっと彼の顔を見た。最初にレイの髪色、次に眼、最後に顔全体を確認した。この時レイはメナスの急な行動に、ただ、剛直するしか出来なかった。そもそもレイ自身、ヒパック村に行ったことなど一度もない。

「でも僕はここに一度も来たことはないですよ?」

と、言うのだが、メナスは語り続ける。

「貴様ではない。貴様の父親……それと、どこか面影がある。やはり貴様の父親だ。間違いない。名前はジュナスとか言ったか。」

(父さんの名前を当てた?)

レイは驚きを隠せなかった。父親の名前を当てられた事に動揺するレイ。村長はそんなレイを気にせずに再び話を続ける。

「違うな、当てたのではない、覚えていたんだよ。そして貴様はジュナス・キレスの息子。確かあれは四年前だったか――」

父親の名前を知っている。そして、今その息子がここに居る。

 

「そっか……!」

 

 レイは今、全てを思い出した。セイントバードによって、一時的に故郷に帰った時に、父親から聞かされたエピソードを。ヒパック村での一連の出来事を。

 ここに居る、メナス、シャルア、そしてゼルと言う名。いずれもが、覚えのある名前。父親の話から聞かされた、名前だったという事。

「そうだ……ヒパック村って父さんが行ったことあるって言ってた所だ。そうだ、だから、覚えていたんだ!」

記憶が曖昧だったり、不明確な事が思い出された時、人の表情は大きく変化する。今のレイが、それに該当するのだ。その上、村長のメナスはジュナスの事を覚えていたのである。覚えていたが故に、レイは全てを思い出すことが出来た。父親が経験した事や、ヒパック村という村の、名前を。

「そうだ、だから僕は知っていたんだ!名前を覚えていた!まさか、父さんが来た事のあるここに来るなんて……」

一人、レイは感激している様子だった。ジャーナリストの仕事をしていた父の取材の地。そのエピソードを過去に聞かされたレイ。これは偶然なのか、運命なのか。それは定かではないが。

 

「あのさ、あんた何か一人感傷に浸ってるけどさ、自分世界に入るのはちょっと止めときなよ。おじいちゃん、あんたと話したがってるんだけど。」

「……え?」

シャルアの言葉を聞き、レイは我に返った。ヒパック村の事を思い出した彼だが、今、この場所がメナスの居間である事を失念していたのだった。

「あ……すいません。」

と、レイは謝罪する。

「にしても、あの時の男の子供……それは、シンギュラルタイプの力を持っているという不思議な現象。ジャーナリストとして仕事をしていた男と、その子供。妙な因果だな。こんな山の中の田舎町で……な。」

偶然と言う名の運命と言うべきか。このような偶然が、有り得るのか。こればかりは、レイだけでなく、メナスも驚愕している事だったのだ――

「浅いな。」

「え!?」

 メナスが言葉を発したのは、その、直後だった。レイは最初、その言葉が理解できなかった。

何が〝浅い〟のか。何の言うつもりで言っているのか。全く分からない。彼は困惑した。村長から発せられるその言葉。どうでも良いように感じるが、彼にとって何故かその言葉が興味深かく感じた。

「あの……何が、浅いのですか?」

慎重な様子でレイは聞いてみた。それに対しメナスはきっぱりと答える。

「経験だ。」

「経験……?」

〝浅い〟ものを語ってくれたが、それもよく分からなかった。何の〝経験〟なのか分からない。レイは余計に困惑する。そして再び訪ねてみた。

「何の経験……ですか?」

「貴様が、一番知っているだろう。わしには分かる。貴様の事、貴様の体験を。」

どういう事だ。メナスは何を言っているのか。

「あの、どういう事ですか?」

「貴様と同じ人種なのかも知れんという事だ。」

この場に居た皆が、メナスの方を見た。彼は、シンギュラルタイプとでもいうのだろうか?

「村長さんがシンギュラルタイプ……」

「分からんよ。可能性の話だ。ただ、人よりもセンシティヴな感性を持っているかも知れん気がするのは、間違いないだろうな。それに関しては貴様と同じ存在と言えるような、気がするな。」

不確定な言い方だ。だが恐らく、メナスはシンギュラルタイプなのだろう。レイの存在を感じ取り、その上で彼の事を語るのだから、恐らく、力を持つ存在として関係している可能性は高いのだろう。

「貴様はMSパイロットをしているな。だがその経験は、余りに浅い。ただ、浅いだけじゃない。信念も、全てが浅い。ただ、偶発的な実力を持っているだけ。只の才能。それは果たして強いと呼べるのだろうか。」

メナスはレイの戦闘を直接見た訳ではない。だが彼の事をパイロットであると見抜いた。それは、メイドがレイに対して見せた力と酷似しているようにも見える。最も、メイドと違い、禍々しさを感じる事は、ないが。

 だがその言葉はレイを戸惑わせるのに十分だった。そして、同時に彼は不安を抱いた。

「只、戦場を圧倒する力は純粋な強さとは言えんよ。貴様に才能があるとはいえ、それは本当の強さではない。その強さは失う物がない、無差別殺人鬼の強さ。“人”として見れば、それは強さに該当しない。只己が強い事を掲示しているだけの、エゴだ。それは経験を積んでいるとは言えん、ただ浅いだけだ。」

シンギュラルタイプの力を持つメナスの言葉はレイを困惑させていく。自身の戦いとは、何なのだろうか。意味はあるのか。それが分からない。

「貴様はガンダムのパイロットらしいな。ゲイルから聞いた。聞きたいのだが、何の為に、今まで戦ってきたのか。それを知りたい。わしから“経験が浅い”と言われてばかりで不服だろう。」

ごもっともだ。MSを動かしている所を見た事がない老人に一方的に言われ、レイ自身も妙な怒りを覚えるのは当然。だが彼の言葉はどこか、核心を突いている。それが不思議でならないのだ。

 その中で、レイは自分の意見を考える。自分の戦う目的。それは、守る為。セイントバードのメンバーや、今回助けて貰ったジェルヴァチームのメンバーを守る為に、彼は戦うのだ。

「僕は、守る為に戦っています。確かに、MSに乗って人を殺すことに罪を感じたりする事はあります。でも僕は自分の出来る事をしたいと思っています。僕は、元々普通の人間でした。だから、普通でありたいと思ってました。今でも、そう思ってます。でも、僕は持てる力を持っているのなら、せめて、仲間を死なせたくないから戦ってるんです!仲間を助ける代わりに敵を倒す……それは、確かに、残酷かも知れません。僕自身は残酷にはなりたくない。でも残酷にならなくてはいけないんです!仲間を守る為には、どうしても!」

彼は、精一杯の台詞をメナスに言った。

台詞聞いた後、メナスは目を閉じて少し考え始めた。その間時間は、3分。その間、誰一人として、言葉を発しなかった。

やがて村長は静かに口を開けた。

「それが貴様の、戦いに対する考えか。成程、な……。」

村長は二回首を縦に振ってそう言った。白い髭を僅かに撫でて、再び彼はレイに言った。

「残酷にはなりたくない。しかし自分は残酷にならなくてはならない……うむ……」

レイは唾をごくりと飲んだ。自分の台詞は村長にどのように聞こえたのか、非常に興味深く感じた為である。

村長は答えを出すのに時間がかかると思われたが、意外にも早く答えを出した。それは彼にとって信じられない言葉だった。

「今の貴様に対して言える事……それはただの我儘。それが答えだ。」

「えっ?」

村長の口から放たれたその言葉にレイは困惑した。

 

―――――――――――――それはただの我儘。それが答えだ――――――――――――

 

何故村長はそう述べたのか、レイは慌てた様子で言う。

「ど、どうして!?どうして!?我儘だって言うんですか!?」

「さあな。わしは直接貴様の戦闘を見てはいないから知らん。あくまでも、“貴様”しか見ていないから知らん。だが、貴様の言葉だけを聞いても“我儘”としか分からんよ。」

まるで、レイ自身の意思を否定されたような気持ちになった。この時、レイは大きく落ち込んだ。彼の今までの戦いが、〝我儘〟という一言で片づけられたからだ。

村長から放たれたその一言は彼に衝撃を与えた。それを聞いた時、レイは村長の目を逸らすように俯いた。

「う……ぐう……」

一方的に言われ、レイは落ち込んでしまった。自分の戦いとは何だったのかと、思い込んでしまう事になったのだった。

 

 

 

その後、廊下に出てただ一人ずっと落ち込んでいるレイ。その際、背後からぽんと何者かが彼の肩を叩いた。

すぐに振り向くと、そこにはシャルアがいた。レイに対し奴隷扱いをする彼女も、今回ばかりは先のメナスの言葉に対し、気を遣っているようだった。

「おじいちゃんもちょっと言い過ぎな所あるわね。あんたが居なかったら、ジェルヴァはあの連中にやられてたのに。」

その言葉は、どこか優しく感じられた。奴隷扱いする人間とは、思えないような優しさをレイは感じていた。

「おじいちゃん、元連邦軍人なの。デウス動乱時は既に引退してたけどね。だからMS乗りとかに関しては協力的ではある一方で、見る目に関しては厳しいの。ちょっと老害みたいなとこあるけど。」

祖父の事を大切に思っているとは思えないようなシャルアの台詞。ある意味、彼女は肉親とは言え区別が出来ている人間なのかも知れない。

「でも、この村が発展したのはおじいちゃんの賜物でもあるのよ。やっぱり軍人って優遇される事、多いから。だからあたし達は生活出来てるって訳で。」

気を遣っているのかどうかは分からない。だが、シャルアは自身の祖父や、村の事について語ってくれている。

「ゲイルさんから聞いたんですけど、ヒパック村は今、新生連邦と戦っているんですよね?確かレジスタンスって聞いてます。」

「あー、キャプテンが色々教えてくれてるみたいね。じゃ、話は早いわね。良いわ、せっかくだし教えてあげるわよ。部屋に来な。休憩がてらちょっと話しよっか。」

すぐに掃除などをさせられるのかと思った為、意外な行動にレイはシャルアの優しい一面を見た気がした。

 

 

 

 シャルアの部屋は、年頃の少女らしさが感じられる。ベッドには約、40センチ程度の熊のぬいぐるみが置かれている。ピンク色の壁。整えられた、清潔感のある部屋。机もある。部屋の隅には等身大サイズの鏡が置かれている。年相応のティーンエイジャーの部屋といった印象を受ける、彼女の部屋。

「シャルアさんの、部屋……」

女子の部屋に入る事自体は初めてではないが、知り合って間もない少女の部屋に入る事は、レイにとって珍しい事だと言えた。

「あんたは床に座ってね。」

と言ってシャルアはベッドに座る。この様子からも、レイの扱いは良いものとは言えないと考えられた。

 静かに床に座るレイ。シャルアは足を組み、話をする。黒いニーソックスが、彼女の足のデザインを美しく際立たせている。

「そういえばあんたのお父さん……昔村に来たんだよね。あたし、あんまり覚えてなくて。」

実際、彼の父とシャルアは僅かな時間だが面識があった。当の本人は余り覚えていない様子だが。

「だから僕、シャルアさんの名前を知っていたんです。聞いたことある名前だなって、思ってたから……」

「へぇ、じゃああんたのお父さんは村の事話してくれてたんだ。なんか、偶然。」

父親も村に訪れ、その息子も同じ村に来る。そして、月日が経ったとはいえ同じ人間に出会う。このような偶然が有り得る事に、シャルアは内心、驚愕していた。

「確か、村にMS乗りが襲撃した事があったんですよね。その話を父さんがしてくれてたのを思い出して。」

「そうそう。その時に居たキゼルさんが追い払ってくれてたのよ。ただ、後で聞いたんだけど彼、敵に殺されちゃったみたい。」

キゼル・アウレッド。かつてヒパック村のMS部隊のリーダーを務めていた人物。ジュナスがこの地を訪れた時にMS乗りの襲撃に遭い、殺された人物だ。

「さっきの戦いの時、ゼルって奴が居たでしょ。あいつ戦後に襲ってきた連中に家族を殺されて、その際に拾ってくれたキゼルさんを慕ってたんだけどさ、でもあの人が死んでからゼルの奴、余計に塞ぎ込む様になっちゃってね。氷河族って連中の事を心底恨んでるの。」

ゼル。その人物の名も思い出した。先の戦闘で奮闘していたが、レイに対して怒る素振りを見せた、少年。歳はレイよりも一つ上の、冷たく、それでいて美しい碧色の眼をしている少年。

 レイはゼルの事が妙に引っ掛かっていた。父、ジュナスが話していた少年の名前はゼル。そのゼルの事なのだろうが、何よりも以前に故郷で父親と話していた時に見せた、“表情”が気になっている様子だった。

 

―――――――――――――――本当に、大変だったな―――――――――――――――

 

あの時の父親は一体何を経験したのだろうか。ただの思い出話とは思えない。それを、気に掛けるレイ。

「どうかした?」

「あ、いえ……あ、そうそう。ゲイルさんから氷河族の事を聞きました。元々村を襲撃してきたのも、組織の人間なんですよね。」

話題の途中で父親の事を思い出していたレイは、すぐに話を戻した。

「うん。そう。だからキャプテンが氷河族のリーダーって話を聞いた時は皆が怖がったし、警戒した。でもキャプテンは優しかった。あのゼルも、口は利かないけどキャプテンの指示にはある程度従っているの。」

氷河族に家族を殺されたにも関わらず、そのリーダーを務めていた人間に従うというゼル。その心境は不明だが、彼なりの考えがあるというのだろうか。

「それで、新生連邦軍が樹立するまでは氷河族とかならず者に対して、村の護衛としてMS部隊を結成していたの。キゼルさんがリーダーとして。でも氷河族に殺された。でもそれから新生連邦が樹立したの。」

そう言った後、シャルアは置かれていたぬいぐるみをそっと抱き締めながら言った。

「けど、それに伴って村への弾圧が始まったの。MS部隊の解散及び村の立ち退きの強制。それに応じなければ強制排除。元々住んでいた村を解体して基地にするのが連中の目的って訳。」

「そうだったんですか……」

シャルアから聞かされる、ヒパック村の事実。過去と現在の事情は、この数年で大きく変化していったのだ。

「あたし達はそんな弾圧に負ける訳には行かないって事で、レジスタンスを結成したって訳。そこへキャプテンが来てくれて、ジェルヴァのキャプテンになってくれたって訳ね。そこからジェルヴァチームとして、今に至るって訳。」

それはゲイルから聞いている。そして、新生連邦とも、氷河族とも交戦しているという事も。

(けど、見ていて思うのはレジスタンスをしているようには見えないんだよね……なんていうか、険しい感じがしないっていうか。レジスタンスが強いから、シャルアさん達の表情が明るく見えるのかも。)

何気なく、レイは思った。シャルアの表情は明るい。それだけではない、他のメンバー達の表情も、新生連邦と泥沼の戦いをしているようには見えないのだ。彼にとっては、それが不思議に思えた。新生連邦が平和国連盟に対して宣戦布告をしている状況であるのにも関わらず……だ。

「あの、少し話が変わってしまうんですけど、シャルアさんは村長さんの力の事を、知っているんですか?シンギュラルタイプの事について。」

先にレイに対して言った、メナスの話。彼の孫であるシャルアなら何かを知っているかも知れないと感じたレイは、思い切って聞いてみる事にしたのだ。

「ああ、その事だけどね、実はあたしも全く知らないの。」

「え、そうなんですか?」

「うん。ちなみにあたしにはおじいちゃんの言う、シンギュラルタイプの力は備わっていないわよ。これマジ。だからあんたの力にびっくりしてる訳なの。」

この台詞から、シャルアはオールドタイプである事が分かった。

「あとさー、あたしね、妹が居るんだけどね、少し、興味あるのよね。たまにあの子に透視されるのよ。」

「シャルアさんに、妹さんがいるんですか?」

初耳だ。彼女に妹の存在が居たなど。

「うん、ま、あんたに言っても仕方が無いと思うけどね。今は部屋で寝てる。だから余計にレジスタンスは頑張って行かないと行けないのよ。新生連邦の連中が何かやらかさないようにする為にもね。」

この時のシャルアの言葉は、真剣に聞こえた。一見すれば年相応のティーンエイジャーの印象がある彼女でも、実際は村の事を考えている。もしこの村が弾圧される事になれば、済む場所も無くなる。新生連邦はどのような横暴に踏み切るかも分からない。今は平和でも、いつその平和が消えるのかは分からないのだ。

「ま、あんたは大変な時に来ちゃったねって事。あんたさ、もしまた出撃する事になったら戦ってくれるの?」

シャルアの質問に対し、レイは静かに頷いた。

「新生連邦が迫ってくるのなら、僕は戦います。ジェルヴァの皆さんを助けたいです。そして、この村も。だって、シャルアさんが僕を泊めてくれているじゃないですか。」

受けた恩は、返したい。緊迫した状況になるというのならば、それを守りたい。レイの心は決まっていた。いくら、メナスに“我儘”と言われようとも、彼は戦う。守る為に。その決意は、固い。

「あー、良かった!それなら安心して奴隷を任せられるわ!ねー、奴隷!」

「……はい?」

突然の奴隷発言に、レイは戸惑う。

「だってさ、ここに泊まるって事はさ、奴隷を認めるって事だよねー!ね、奴隷!家事とかしっかりお願いね!うち、結構広いから掃除するところ結構多いわよ!奴隷!さあ、ファイト!奴隷!」

(色々事情を抱えているのは分かるんだけど、奴隷、奴隷って言わないで欲しい……)

まるで先程の真剣な話とは一転変わり、彼を奴隷扱いするシャルア。彼女の気持ちが、レイには理解が出来なかったのだ。

 

 

 

「死ね」

 

「ハッ!?」

またしても、例の悪夢によって目を覚ました、レイ。彼が起きた場所。そこは、用意された部屋だった。客室用の部屋であり、布団が敷かれている。布団で眠るのはレイ自身、久方振りであるのだが、悪夢を見る以外は熟睡をすることが出来ていた。

 そのまま、レイはEフォンを操作しようとした時、彼は思い出したように言った。

「そうだ……壊れてたんだった……」

肝心な事を忘れていた。彼のEフォンは壊れているのだ。故に、外部の情報や、エレナ達と連絡が取れない状況。それを失念していたのである。

 

バッ

 

その時だ。襖を、勢い良く開ける音が聞こえた。部屋自体は薄暗かった為、急に開かれた襖からは光が差した。これが、レイにとっては眩しく感じられたのである。

「う……ん……?」

と、声を出してしまう、レイ。

「奴隷、朝よ!朝食を食べたら掃除始めるわよ!」

そこに居たのは不敵な笑みを浮かべるシャルアの姿だった。襖の奥の光が眩く、彼女の姿がシルエットを作り出している。

「あ、えと……今、何時ですか?」

「朝の六時!早く起きる!起きたら顔を洗ってご飯食べて、そこから掃除!」

「え……ええ……」

朝が早いというのが苦という訳ではない。世話になっているが故に、そこに文句を言う気はない。

 だが、やはり奴隷として掃除をする事を、強引に行わなければならないという現実が、例に突き刺さろうとしていたのであった。

 

 

 

 掃除の後、朝食を食べるレイ。朝食は和食と呼べる内容であり、白米に味噌汁、鮭の切り身と言う、和風食だった。これが、ジェイン家の食事なのだろうかと、一人疑問を抱くレイ。

 そして、リビングには母親のエレナに、村長であり、祖父のメナス、妹に、シャルアとレイの五人がいた。この中に自分のような人間が入っても良いのかと考えるレイ。辺境の地ではあるが、この場で食べられる食事はありがたいものが、あったのだ。

「ごちそーさん!」

妹が、朝食を食べ、一目散に部屋に戻る。

「妹、学校があるのよ。あ、どれ……イ。」

(ある意味言われてる……)

二人だけで居る時の流れで、“奴隷”と呼んでしまうシャルア。

「レイ、後で買い物に行くわよ。今日はニアとクリアも一緒なんだから。」

「え?あ、はい。」

恐らく食材の買い出しなのだろうか。とはいえ、見知らぬ地で食事を頂いている事に有難さを感じつつ、レイは一口、一口、口に含んでいく。

 

 

 

「やっほー、シャルア!」

「あ……君も、一緒だったんだ。」

やがてシャルアの家にクリアとニアが来た。彼女達の家は、家から車で30分程度離れている。今回、二人はクリアの自家用車で来た。ただ、ここは雪国であり、只の車では道が塞がってしまう。

 この時代の車は、局地対応型の車が存在している。名は、スノーカー。雪国で活躍する車だ。雪上限定で使用する車であり、積もった雪の抵抗や、スリップに翻弄される事なく、走ることが出来る車である。

 人口が少ないこの村では、十六歳以上ならば車の免許を持つ事が許されている。彼女達の年齢は十六歳。皆が同い年なのだ。少女達が和気藹々と集まり、皆で買い物を楽しむ時間。それは、よく映画等で見るような反政府組織のレジスタンス組織のメンバーのような、屈強な印象を受けなかった。

「レイはね、昨日から泊ってるのよ。この子行く場所ないからしゃあなしで。さ、行きましょ!」

「買い物も久しぶりだよねぇー!ずっとジェルヴァの中だったから服も同じのばっかりでさぁー!」

「本当……」

やがて四人はクリアの運転する車に乗り、移動する事になった。女子達の中で、レイは一人少年。どこか、アウェイな感覚を、一人、レイは感じていたのだった。

 

 

 

 雪がちらつく中を車は走る。今、彼女達が向かっているのはショッピングセンターだ。村の中にある、唯一のショッピングセンターには生活必需品が多数備わっている。食料品の買い足し等もそこで行われる。人工知能の発展で配達も可能になっている時代ではあるのだが、このような田舎村ではこうした配備は他の地域よりも圧倒的に遅れており、人の移動が必要不可欠なのだ。

「レイ君、なんか珍しそうに見てるねー!」

ニアが、窓を見るレイを見て反応した。

「こんな所を車で乗せて貰う事、あんまりなかったので……」

と他の方向を見た時、レイは目を瞬きさせた。

「ディエル……?」

窓の外にMSが見えた。白い色で覆われた機体。モノアイを輝かせ、何やらマシンガンらしきものを持っている。戦闘なのかと、緊張する様子のレイ。

「おー、今日も除雪用のディエルが歩いているねー。」

「あのマシンガンのデザイン、本物と一緒だから紛らわしいのよね。」

それは旧デウス帝国のMSである、ディエルだった。そのディエルが把持している者は、マシンガンの外見をした、高温の湯が出る、湯鉄砲だった。それを駆使し、雪国で降り続く雪を溶かす為に除雪作業を行っていた。

MSは本来、兵器であるのだが、ここの人々はそれを利用し、改良してこのように、生活の一部として上手く取り入れている。レイは、この光景に僅かながら感動を覚えたのであった。

(MSだって使い様なんだよね。使い方を間違えなければ人を殺す兵器じゃないんだ。こうやって生活の一部として定着出来れば良いのに、どうしてテロとか、武装勢力とかは兵器としてしか使わないんだろう。)

“物”とは扱う人間によってその価値が大きく変わる。その最もたる例が、この世界に於いてはMSである。MSは時代が変わってからの主戦力として存在し続けてきた。だがこうした兵器は、扱い方によっては生活を豊かにするメリットもある。

「でも、あれは今では新生連邦によって禁止されている……MSの個人所有は新生連邦が認めないから……」

クリアが言うように、実際、MSを個人で扱うのは違反行為なのだ。湯鉄砲を持つディエルは除雪作業に貢献しているのだが、新生連邦が関与するようになった2年前からは違反扱いとなってしまった。

 しかし、それでも村人は新生連邦の束縛を押し切って今でもディエルを使っている。それも、新生連邦に発覚しないように……だ。

「あの連中があーだこうだ言ってくるかも知れないし、今のうちに買い物済ませちゃいましょ!ゴーゴー!」

辺境の地にまで迫る新生連邦に逆らうように、彼女達は動く。彼女の達の生活を守る為に、ジェルヴァチームとして、レジスタンスとして、今は限られた休暇時間を、謳歌しているのだ。

 

 

 

「あ、これ可愛い!」

「いーじゃん、似合ってる!」

「私はあんまり興味ない……」

和気藹々とする彼女達。ニアとクリアに関しては戦闘要員とは思えない表情を浮かべている。その姿は、純粋に買い物を楽しんでいるティーンエイジャーだ。年齢が年齢の為、ハイスクールの生徒のような印象さえ残る。レイは婦人服のコーナーに同行させられており、彼女達が買う服を持たされている。

「これ、買っておこう!」

シャルアは服を三着、購入した。

「私も!」

「一応、買っておこう……」

次いで、ニアとクリアも服を購入した。

女子達と一緒に買い物を行くという事は、こういう事なのかと、レイは密かに思っていた。だが、彼女達は明らかに楽しそうだ。まるで、ジェルヴァでのストレスを発散させるかの如く買い物をしている。レイはこのような光景を見たのは久しぶりだった。故郷からセイントバードに合流してから、こうした平和な場面を見ていない。故に、自然に笑みが浮かんできたのである。

(こういうのも、アリなんだな。)

と、レイが思っていた時――

 

パシッ

 

レイは後頭部を叩かれた。すぐに振り返ると、シャルアが腕を組み、睨むように見ている。

「あんた何ぼーっとしてんのよ!食料品買い足しに行くわよ!荷物持ちお願いね!」

「あ、はい!」

少女のような顔をしているレイだが、彼は男。故に、荷物持ちの扱いをさせられるのはレイの役割。この時、彼は内心で溜息を吐いていた。

「シャルア、随分あの子とフレンドリーだねぇ!」

「親展が早過ぎる気が……もしかして、シャルア……」

「こいつ、扱いやすいのよ!あいつ!さー、行きましょ!」

女子同士というのは、ある種の力を感じる。それは男性には到底及ばない、力だ。その結束量は恐らく、男性以上の力を持つだろう。武力とは違う、心の強さだ。女性の寿命が男性よりも長いと言われる所以の一つは、もしかすればこうした、純粋に楽しむ事を友人や同性同士でシェアし、そこで日頃から溜まっているストレス等を発散させ、次に活かすエネルギーが蓄積されやすい事も、所以なのかも知れない。その辺りは女性の方が秀でているのかも知れない。

レイは彼女達の買い物への意気込みの強さを、心の中で感じ取っていた。

 

 

「これ可愛い!SNSアップしよーっと!映えるねぇ!」

「個人情報特定される……私は、嫌」

「はー!いっぱい買い物した!満足、満足ぅ!」

彼女達は充分に買い物を満喫し、ショッピングセンター内のカフェで休憩を取っている。その間、レイは様々な質問をされた。出身の事や、何をしていたのか等。交流を深めるきっかけという事もあり、レイは様々な事を答えた。女子達の間に紛れた少年であったが、彼の外見が幸いしたのか、然程困惑するような事は無かったのである。

 

 その後、彼女達は解散。各自の家に戻っていった。やがてシャルアとレイは家に戻り、夕食を終え、レイは部屋に戻ろうとした時だった――

「あ、そうそう、奴隷。あんたもう少し買い物してきて。」

「……え?」

レイは、驚愕した。昼間の買い物で十分したのでは?なのに、シャルアは突如彼に提案してきたのである。

「吹雪が酷くなってきたけど、どうしても買って欲しいものがあるの。買ってきなさいよね。奴隷でしょ。」

「そんな……」

何故かレイは、買い物に駆り出される事になった。しかも、雪が吹雪いている中で。

「あたしは部屋でゆっくりしてるから!はい、宜しくー!買うものはこれね!」

と言いながら、シャルアはメモを渡した。いずれもが先程のショッピングセンターで売っていたものなのだが、買うのを忘れていたのだという。

「そんな……」

「何よ。追い出すよ」

二人きりになった時、彼女の圧が強い。何故、レイに対してこれ程に当たりが強いのだろう。レイはこの時、シャルアが恨めしいと感じていた。

「そう言えばあんたEフォン持ってるの?」

その際、シャルアが聞いてきた。Eフォンは持っている。だが、それは壊れている。電源も入らない。レイは困惑した。壊れている為、連絡が取れないのだ。

「持ってはいるんですけど、壊れてしまってて……」

そう言って、彼はEフォンを差し出した。すると――

「じゃあ、あんたと連絡取れないじゃない。全く。それ、見てあげるから買ってきなさいよ。」

「え、良いんですか?」

「あたし、機械いじり得意だし。いいわよ。早く買ってきなさいよ、奴隷。」

不幸中の、幸いと言えた。シャルアがEフォンを直してくれるというのだ。復旧すればエリィ達と連絡も取れる。そうなれば、生きている事を知らせる事が出来る。一刻も早く、尚って欲しいと、レイは願っていた。

 だが、その代わり、彼は豪雪地帯の中を歩いて行かなければならないのだった。それだけが、レイにとっては辛い事であるのだが。

 

 

豪雪地帯の中を買い物に行くのは、外を僅かに歩くだけでも酷である。足の踏み場もない状況で、彼は吹雪の中を歩く。雪が足の重みで沈み込むような状況で、レイは買い物を任される。

雪が降っていなければ、然程かからない時間も、豪雪となれば話が変わる。通常、10分程度で到着する場所でさえ、雪が険しければその何倍も時間を要するのだ。

 寒さと、足の踏み場の悪さが災いし、レイは歩く事自体で難儀した。この時、レイはシャルアの存在を恨めしく感じてしまっていたのだ。

「酷いよ、シャルアさん……」

寒い。顔が、痛くなる程。なのに買い物に行かせるという鬼畜の所業。シャルアの意地の悪さが露呈した瞬間と言えた。

「大体、あの人と知り合って間もないのに、奴隷って!おかしいよ、そんなの!滅茶苦茶な人だ!こんなの、酷い……」

シャルアの傍若無人ぶりに、周囲に誰も居ない事を良い事にレイは愚痴を零し始めた。だが、彼女に歯向かえば家から追い出されてしまう。レイはただ、彼女の命令のままに動くしか出来ないのだった。

 

 

 四十分後にレイは帰ってきた。雪にまみれたレイ。身体はぶるぶると震えており、ただ、寒さが彼を襲う。

 その時、玄関前でシャルアが待っていた。一瞬、彼は睨んでやろうかと思った。しかし今はその寒さの余り、それをする余裕もない。

「レイ、お帰りなさい。」

奴隷呼びではなかったのか?何故だろうか、そして、彼女の表情は、どこか優しい。妖しい優しさと呼ぶべきか。

「寒かったでしょう……?お風呂に入りましょう?さあ、急いで……」

やはり、シャルアの様子がどこか、おかしい。レイは彼女に対して怒りを覚えるどころか、違和感を覚えていた。そして、どこか妖艶な雰囲気を醸しだして彼に接している。

(シャルアさん、どうしたんだろう……)

疑問を抱きながらも、レイは雪を玄関で払い、そのまま厚手のコートをハンガーに掛ける。やがてシャルアに誘導されたレイは、浴室へ向かうのだった。

 

 

 寒さで凍てついた身体に湯が染み込む。極寒の中を買い物に行かされたレイはシャルアを恨みそうになったが、この極楽ともいえる湯は、彼に癒しを与えた。奴隷と彼女に呼ばれつつも、この瞬間は至極の時と言える。呆然と天井を見るレイ。浴槽は人、二人が入れる程の広さ。その為、両足を広々と伸ばすことが出来る。

 ここに来て、様々な事があったが、この時間だけは、堪能したいと考えていた。その中で、レイはシャルアの事よりも、セイントバードチームの事が心配になっていた。

(今頃、皆はどうしてるんだろうか……僕はこんな所で家事とか買い物とか召使いみたいな事させられてるけど……)

彼には心配事が多い。これから自身がどうなるのか、セイントバードの皆がどうなっているのか、そして、故郷の皆はどうしているのか。リルムはどうしているのか……等。多くの事を考えても仕方がないのは分かる。とはいえ、今こうして生きている事は、感謝しなければならない事なのかも知れないと、レイは思っていた――

 

ガチャ

 

浴室を開ける扉が開いた。レイは目を何度か瞬きさせた後に、その方向を見た――

「へ?」

そこには、シャルアの姿があった。彼女の抜群と呼べるスタイル。そして、しなやかな肢体。湯気で見え辛い部分はあるとはいえ、彼女は今、紛れもなく“裸体”で居るのだ。

「しゃ、しゃ、シャルアさん!?!?」

レイは慌てて、視線を湯船に落とした。見てはいけないと、彼の両親が働く。

 だが、シャルアは彼に構う事無く桶で身体に湯を浴び、更に、そのまま浴槽に入り始めたのだ。

「わ……わわわわわ!何やってるんですか!僕が入ってるんですよ!何で入って来るんですか!!!」

驚愕する、レイ。同じ浴槽に異性が入ってくるなど、考えもしなかった。それは彼の歳を考えれば、十分すぎる程に刺激的な出来事なのである。

「疲れたでしょうから、癒してあげよっかなって思ったの。」

だがその時も彼女は妖艶な声色でレイに声を掛ける。その美しい肢体の上で、妖艶な声は、レイの表情を赤くさせるのに十分な効果を持つ。

「で、出て行って下さい!そうじゃなかったら僕が出ていきますよ!」

と、レイはよくそうから出ようとするのだが、シャルアが彼の腕を引っ張ったのだ。

「わああ!!」

その為、ずるりとバランスを崩した。急ぎ、体制を整えるレイだったが、そこへシャルアが覆い被さるかの如く、レイの顔に近付けてくる。

「あんた、やっぱり可愛いわね……」

 

スッ

 

すると、シャルアはレイの頬に触れ始めた。その行為に驚愕するレイ。だが、彼に構わずシャルアは更に首筋を優しく撫でる。

「えっ……はぁっ……?」

レイは、びくりと反応した。優しく、柔い指で触れられた事でこそばゆい感触を感じてしまったのだ。

「んう……あ……あの……」

「何?」

「どうしたんですか……こんな……」

彼女の意味の分からない行為にただ、レイは困惑するばかり。

「シャルアさん……変ですよ……大体、お風呂に入って来るなんて……」

最早、滅茶苦茶だ。彼女は何故平気なのか。その上で、レイに積極的に接してくるのか。

「お風呂が一緒なのは悪い事なの?一緒に入った方が光熱費も節約出来るし良いと思うの……フフ。」

そう言いながら、レイの身体に触れ、その指を伝う。

「ひゃうぅ……!」

裸のレイはその行為ですら反応してしまう。思わぬ声に、恥を感じた。

すると、シャルアは更に、レイの手首を掴んで押し倒した。急なことにレイは戸惑いを隠せない。その上あまりにも突然すぎることで、思うように抵抗も出来なかった。

「シャルアさん……何を……?」

「可愛い。あんたを食べたいな。」

「え……?」

と、更にシャルアは体重をかけてきた。浴槽にもたれるような形となる、レイ。それにより、余計に身動きが取れなくなり、レイの心臓は活発に動いた。それを見て怪しく、美しく微笑むシャルア。

「シャルア……さん……恥ずかしい……です……やめて……下さい……!」

「本当は嬉しいクセに?何を言ってるの?」

「だって……こんなのっ……!」

憎い筈の女が目の前に居るのに、何故困惑するのだろう。内心で嬉しさを感じている?いや、そのような筈がある筈がない。目の前に居る女は雪の中買い物に行かせた女だ。それにより寒さに震えたのだ。そのような事を経験し、納得できる筈がない。

 なのに、彼女の行動はレイをただ、悩ませる。彼女には恥ずかしさは無いのだろうか。異性と共に浴室に居るという事が、何故恥に感じないのだろう。それどころか、何故彼に対してこのように誘惑するような行動をするのだろうか。

「嬉しくない……です……よ……」

「嘘つき」

今度は、シャルアはレイの口を、示指で閉じた。更に、そのまま自身の乳房を見せつけんと、レイに迫ってくる。

「ほうら、おっぱいよ。あんた、好きでしょ……?」

目の前に彼女の乳房がある。それも、服越しではない。裸の乳房。駄目だ。それは見てはいけない気がする。自分には早いような、そのような感覚。

そもそも、彼にはリルムと言う恋人がいる。なのに、目の前に居るこの女の裸を見てしまった。恋人の裸を見る前に、知り合って間もない人間の裸を見てしまった。それは、レイにとっては複雑極まっている出来事であったのだ。

「さぁて、背中洗ってあげよっか。」

「せ、背中……!」

「早く、出なさいよ。」

シャルアに誘導されるままに、レイは浴槽を出る。そのあとで、彼は風呂椅子にちょこんと座る。

 何だろうか、この状況は。知り合ってまだ数日と経たない少女に自らの背中を洗われているという妙な状況。レイは、ただ困惑しているだけである。

「顔は可愛いけど背中、割と広いんだね……」

彼女が、近い。まるで当ててきていると言わんばかりの乳房はレイをより、興奮させる。レイはただ、顔を赤めて恥ずかしがるばかり。

「流すね」

泡立った背中に対し、桶に湯をよくそうから汲み取り、そっと流す。心地良い湯の感触がレイの背中全体に伝わった。

「はむっ」

「ひあっ!?」

その時、シャルアはまるで悪戯をせんと、レイの右肩甲骨上部をそっと、甘く噛み始めたのだ。痛みはない、寧ろ、こそばゆい感触。びくりと反応する、レイ。

 やがて彼女の舌がやらしく伝う。それも、レイにとってこそばゆく、そして不思議な感触だ。この得体の知れない感覚はレイを困惑させ、妙な声を上げさせるのだった。

「こんなの……!ダメぇッ……!」

情けない声というのは分かっていたが、声を出さないと我慢が出来ない、堪えられない。ただ、レイは顔を赤め続けているだけ。

「ふ、フフフ……フフフフフ……あーはははははははははは!!!」

「え……?」

突然、シャルアが笑った。その際の表情は、彼の事を“奴隷”と罵る顔、そのものだったのだ。

「あはははは……ご、ごめんごめん!あんたの仕草、滅茶苦茶面白いし、可愛いからついつい!ダメぇって!あんた、最高最高!ハハハハハハハハハハ!!!」

「あ……あの……?」

意味が分からない。一体、どうなっている?この、裸で、更に彼の背中を舐めるような真似をしている状況でこの女は何をしているのか。何故、高らかに笑っているのか?

「どうなってるんですか……?意味が、分からないです……」

当然の質問と言えた。それに対し、彼女は

「あー……実はね、全部演技だったのよこれ!」

きっぱりと、答えた。

「え……ふぇぇっ!?」

その感嘆の声と共に、レイは全身が脱力した。仙骨部からずれ落ちるような姿勢になるが、急ぎ、姿勢を修正する。最早、何がなんだか分からない。彼の頭は混乱するばかりだ。

「まあ、詳細を言うとね、あんたを実験台にするのと同時に揶揄ってみたかっただけなのよ!流石あたし!お母さん似の女優になれる素質あると思うわー!上手くいけば女優になれるかなぁ?目指せハリウッド女優!あ、昼ドラでも行けるかも!あのアダルトな感じは絶対受ける!あと、出来ればメジャーなドラマでもいいかなぁ。是非出演してみたいわねー!」

一人、盛り上がるシャルア。置いてきぼりを食らう、レイ。

「大体さぁ!あたしが急にあんなに色っぽい声で喋ると思う?あんたもっと考えなさいよね!あんたはほんと馬鹿だなぁ!!ハハハハハ!!!」

レイからすれば、理不尽極まりない出来事と言えた。突然裸で浴室に入られ、挑発されたかと思えば、それは全て演技。しかも、シャルアは恥ずかしがる様子を見せない。レイはただ、困惑してばかりだ。

「さぁて、あんた。とりあえずお風呂出なさいよね!もう十分温もったでしょ!」

「え!?」

その時、人が変わったようにシャルアは彼を追い出そうとしてきたのだ。

「顔は女の子で身体はちょっと男の子!どーせおっぱい密着されたり背中舐められて“あそこ”もおっきくなってんでしょ!早く出てけ!痴漢扱いするぞ!スケベ!変態!!」

それらは全て、笑いながら言っているのだ。この女の傍若無人ぶりは留まる事を知らない。

 レイ自身もこれ以上、巻き込まれる訳には行かないと、思っていた。この女に関わっては危険だ。恐ろしい。何をされるか分からない。最早、行動が滅茶苦茶だ。彼は逃げるように、浴室を後にしたのだった。

 

 

 寝巻き姿になったレイは部屋に戻り、シャルアに対して苛立ちを募らせていた。身体は温まった。それは良かった。だが彼女の行動には理解が追い付かない。

「滅茶苦茶だよ!本当にあの人……」

まさか、女性の裸を目の当たりにするとは彼自身、思っていなかった。恥ずかしいと思う反面、苛立ちも募る。だが一方で、喜びも感じる。この、感情は何?様々な感情が混ざり合う感触はレイを困惑させていく。

 

バッ

 

その時、ノックもなく襖が開いた。そこには、風呂から上がって来たばかりのシャルアの姿があったのだ。彼女は既に寝巻き姿であり、先程の色香を感じる姿とは思えない。

「奴隷、あたしの部屋に来な。」

「え?」

寝る前の時間だというのに、今度は何なのか。だが、彼女に逆らうとあの寒空に放り出されてしまう。それは、嫌だ。渋々、レイは従うしか出来なかった。何をされるのかは分からないが。

 

 

 シャルアの部屋に連れられたレイ。一体、彼女は何をしようと言うのか。先の浴室の件から、嫌な予感しかしない。

「奴隷、ちょっと待っててね。逃げるなよ。」

彼女は念を押した。レイは言われるままに静かに、床に座り、待つ。その際、シャルアは買って来た服を取り出し、服のタグ等を鋏で切った。新品同然の服。それは雪国では珍しいフリルの付いた、少女らしい服だ。黒地のスカートで、愛らしさ以外にもどこか、大人の色香が漂う印象を持つ。

「それ、今日買った服ですよね。それがどうしたんですか?」

「これ、あんたが着るの。」

シャルアが言った台詞が、すぐに把握出来なかった。まるで川が流れるかの如く、違和感なく話が進んだ為である。故に数秒間レイは平気な顔をしていたが、それが過ぎると、徐々に表情に曇りが見られる――

「え!?僕がですか!?」

「そう!あんた女性物着たこと無いでしょ。これも何かの縁!着なさい。」

「嫌ですよ!僕は男ですよ!?何を言っているんですか!と言うか、男が女性物を着ないのは当たり前ですよ!……普通は……」

彼は人生で二回、女装経験がある。一回目はリルムの姉、ヒューナと行動した時に。二回目は、リルムと付き合う前にモントリオール市内に出掛けた時に。

 だがまさか、この辺境の地で三度目の女装を経験するかも知れないとは、予想すらしなかったのである。

「大丈夫だって。あんた、女の子みたいな顔してるもん。似合うって。」

流れるようにシャルアは語るのだが、女装などしたくない。それは、過去に経験をしているからだ。死ぬ程恥ずかしい思いをした事があるのに、そのような事等出来る筈がない。

「女装なんて出来ませんよ!シャルアさんが着てください!」

「嫌よ。あんたに着て欲しいの。せっかくだし。その為に買ったのに。」

それでも、レイは反対する。

「そんな……絶対、僕嫌ですよ!?」

「良いじゃない、女の子みたいな顔してるあんたが悪いのよ。可愛いのよあんた!」

誉めているのか、よく分からない台詞だった。だが今のレイにはそんな事はどうでも良い。

女装させられることが何よりも嫌だった為である。

「嫌です!」

ここまで様々な事をされて、レイの怒りが爆発した瞬間だった。だが――

「あっそ。じゃあ出て行ってよ。」

と、言われてはレイも反論が出来ない。レイの怒りはすぐに鎮火してしまった。

「え……で、でも……というかどうしてそうなるんですか!?」

「だってあたしの言うこと聞かないんだったら出て行ってよ。邪魔だもん。奴隷のクセに生意気よ。」

「じゃ、邪魔って……」

その言葉で弱気になったレイ。調子付いたシャルアは更にレイを追い詰める。真に受けるレイは言い返す言葉も弱々しい。

「うう……分かりました……」

シャルアの言いなりになってしまったレイ。自分が情けなく思えてしまう。

「よーし、良い子ねー。物分り良いじゃない。さすがー!って訳で早速着替えてね。あと、今着てる下着もちゃんと脱ぐのよ。下着、貸してあげるし。」

「そんな!それだけは……」

赤面が止まらないレイ。だがシャルアは容赦なく彼を女装させようとする。この彼女の拘りは、いったい何なのだろうか?

「はいはい、つべこべ言わなーい。良い?ちゃんと、全部確認するから全部着なさいよ。」

そう言った後、スカートと、女性用の下着をレイに向けて投げた。慌ててそれを受け止め、物陰に隠れるレイ。この間も、シャルアはまだか、まだかと待ちわびている。

「最悪だ……けど……今は……」

これも経験だと自分に言い聞かせるレイ。ズボンと上着を脱ぎ、恥ずかしながら下着も脱いで、女性用の下着に履き替え、ようやく服を着る時がきた。既に顔が赤く、困惑を続けていた。

 

やがて、物陰からレイの姿がひょっこりと現れた。それを見たシャルアは、感動した様子で甲高い声を上げた。

「か……可愛い~!!!」

今、レイはシャルアが渡した服を着ている。恥ずかしさとやるせなさを感じているレイは、ただただずっと下を向いていた。白いニットのセーターに、下は黒く、丈の短いフリルの付いた愛らしくも、どこかアダルトな印象を持つ、スカート。

シャルアはキョロキョロとレイの姿をずっと眺め、きちんと下着まで確認する。

「あんた、女の子として生きて行けるわ!うん、間違いなく!」

「こんな格好……恥ずかしいです……」

どうすれば良いか分からないレイに対し、シャルアは嫌がらせの言葉をかけた。

「そう言う割にはちゃんと着てるのね。」

「だ……だってシャルアさんが着ろって言うから……」

最早、その言動そのものが少女と大差無いと言えた。

「いいじゃない、似合ってるんだし。恥ずかしがることなんてないわよ。」

「やぁ……そ、そんな……」

彼女はやたらと彼の女装姿を褒める。まさか、人生で三度もこのような経験をする羽目になるとは思いもしなかったレイ。

 しかし、彼の透き通った白い肌や整った中性的な顔立ちや、さらりとした髪形等、全てにおいて彼は少女と間違えられてもおかしくないと言える。服を着れば、所見では確実に女性と間違えられる。それ自体がレイのコンプレックスではあるが、それを褒める人間は多い。だが、レイにとってこれは屈辱以外の何者でもない。

「僕、もう……お願いです……脱がさせて下さい……」

と、言うレイだが、シャルアが止めた。

「はぁ?馬鹿じゃないの?早速脱がせると思ってる?」

「そんな!」

結局断られた。レイは体を震わせて、顔を赤めていた。そして懸命にシャルアの嫌がらせに耐える。だが彼女は更に彼が嫌がりそうなことを考えていたのだ。

「やっぱり……衣装だけじゃあね。そのままでも十分女の子だけど、やっぱり飾りかな。そうね、やっぱり飾りつけね。アクセサリー貸してあげる。」

「い、良いです!もうこれ以上は……」

「文句あんの?」

冷たい一言はレイを命令に従わせる。完全にシャルアの奴隷となってしまったレイは、最早、彼女の言う事を聞くしかなかった。この時、レイは自分のか弱さを心の奥底から恨んだ。

結局彼女の思うままにレイは髪飾りやネックレス等の女性物のアクセサリー等をつけさせられた。もはや見た目だけでは男か女か全く分からないレイ。今の彼は顔を赤くすることしか出来なかった。

「うん、ばっちり。あんたはしばらく女の子ってコトで!」

「そんな……」

「追い出すわよ。」

いくら何を言ってもシャルアの冷徹な一言がレイを激しく追い遣る。言葉の暴力は、弱いレイにとってあまりにも辛い。

「さぁて、写真撮るわよ。一生とっておいてあげる!」

「うぅ……もう嫌だ……」

「はいはい、つべこべ言わない。」

レイは自身の恥じるべき姿を写真に撮られ、どうすれば良いか全く分からなかった。

「!?」

その時、急にトイレが近くなったレイは、咄嗟にシャルアに言った。

「ご、ごめんなさい、少しトイレに行きたいので服脱がせてください……」

無論、男の彼がそのままの姿で行けるはずが無い。シャルアの家族も既にレイの事は知っている。だが、シャルアは容赦なかった。

「そのまま行きなさい!良いじゃない、あたしの友達って設定で。ぱっと見じゃ男って分からないわよ!多分!いや、絶対大丈夫よ!」

「お、お願いですからぁ……」

少しばかり、レイの両目の周辺が潤ってきた。今にもそこから一粒の雫が流れ出そうだ。

「何、泣きかけてるのよ。情けないわね。行くなら行けば良いじゃない。ま、仮に向こうに行って脱いだとしても服はあたしが預かってるから。」

するとシャルアは彼が着ていた服を棚にしまい始めた。突然のことだったので止めることも出来ず、そろそろ限界を迎えそうなレイは自棄になり、部屋から出た。

「フフー、やっぱりあいつ苛め甲斐があるわ……。」

彼女はフォリアとはまた異なる、サディストである。レイはシャルアにとっての格好の的と言えたのだった。

 

 

 

トイレを済ませたレイは、ふと、目の前に見えた鏡を見た。そこに映る自身の姿に寒気を覚える。

「うぅー……下着がスースーする……変な感じだよぉ……」

最初レイは鏡をまともに見ることが出来なかった。男である自分が、何故このような姿をしているのか、理解できない。

だが、徐々に鏡を見ていくと、妙に似合っている自分の姿がそこにあった。

「似合ってる……のかな。うーん、確かにこれなら女の子としても生きていけるかも……って何を言っているんだ僕は!?」

慌てて鏡から目を逸らし、はぁと一つ溜息を出す。それから更にもう一回深呼吸をしてトイレの外から出た。

廊下に出た瞬間、レイはそっとシャルアの部屋に戻ろうとする。しかし、その姿を見ていた人間がいた。寝起きの、シャルアの母親、エレナである。

「あら~……えっと、レイ君……?」

レイは硬直した。目を合わせてしまった為だ。顔つきで一目でレイだと分かった。次第に青ざめて行くレイの表情。そしてレイはエレナと反対方向に向き、そのまま走った。

「あ、あら~……あの子女の子だったのかしら?可愛い顔はしてたけど……まさか……女の子なのぉ?」

今の彼にはもう何も見えなかった。ただ、恥の感情だけが、込み上げてくるばかりだ。

 

 

 

 

「おかえり。随分遅かったわね。」

部屋に戻った時、シャルアが腕を組み、ベッドに腰を掛けて待っていた。

「お、お願いです……僕もう……」

「ダメよ。てかどうしたのそんなに顔赤くして。」

サディストの女はにやりと笑いながら呟いた。

「シャルアさんのお母さんに見られて……僕は男なんですよ!こんな男らしくない格好……恥ずかしくて死んじゃいそうです……」

いい加減にして欲しいと感じたレイは必死に言いたいことを言ってやった。だがいくらシャルアに言っても、何も聞いてくれる様子を見せない。

「バーカ。大体可愛い顔を持ったあんたが悪いのよ。己の不幸を呪うがいい!ってかぁ?あーははははは!てかお母さん何て言ってた?」

そんなレイの気持ちなど知らず、別の話題を持ちかけるシャルア。レイの表情は真剣そのものにも関わらず、笑い続けている。

「揶揄わないで下さい!大体……これは生まれて持った顔なんですから仕方がないですよ……」

「その台詞は自分が可愛いって自覚してるって事?結構ナルシストなのね。」

「そんな訳ありません!僕はそもそも……もっと格好良くなりたいんです。このままじゃ頼りないし、情けないから……もっと格好良くなって、頼れる男になりたいんです。なのにこんなのじゃ余計に変になるばかりです!」

するとシャルアは更なる笑みを浮かべ、余計に笑った。レイは顔を赤めつつも必死に怒っている。

「僕は真剣なんですよ!笑わないで下さい!」

「いやだって……その格好で格好良くて頼れる男って言われても……あははははは!……てかさ……」

と、シャルアは咄嗟にレイの頭を撫でた。それと同時に、頬も少し撫でる。突然の事にレイは言い返す言葉も無い。目が固まって驚くばかりだった。

「あんたはさ……今のままでじゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぶんいいの。あんたは格好良くもなれるし可愛くもなれる。いわゆる変幻自在。自分じゃ気付いていないかも知れないけど、容姿端麗よ。」

「今のまま……ですか……?」

何を言い出すのか。彼女の意味深な言葉は、レイを捉える。

「うん。それを磨けば良い。あんた絶対モてるよ。だからこんなことしてるの。分かりなさいよ。」

この言葉をどう解釈すべきか。何を言っているのかが分からない。いや、信用するべきではないだろう。実際、それ所ではないのだ。レイは、自分が来ている服に対してただ戸惑っており、そのような事など考えていられなかった。

「で、でもこんな姿……」

「その弱々しい姿が癖になるわ……。本当に女の子みたいね、あんた。」

更にシャルアはレイを誉めるような仕草をした。執拗に頬を撫で続け、レイは、これに対して抗えない。困惑した表情が絶えなかった。

「それに眼も綺麗だし髪も綺麗。おまけに肌も綺麗。本物の、女の子みたい……。」

「そ……そんな事ないですよ……」

「あんた本当に男の子って感じがしない……言っておくけど、あたしはあんたの可能性の一つを見つけ出してやってるのよ?感謝しなさいよねぇ……。」

すると、首筋を撫で始めた。最初にやられた感覚が蘇り、レイはピクリと反応する。

「んぁうっ……」

何故だろうか、自身を寒空に追い遣り、その上浴室で、裸体でレイを誘惑した挙句、追い出したこの身勝手な女が憎い筈なのに、レイは憎しみを表していない。何故だろうか。彼女の言葉の中に、褒める言葉を聞いたから?それが、嬉しいと感じたから?

 人は不思議だ。貶されたり、暴言を吐かれる中で時に見せる優しさを感じた時、それは普段の温和な優しさ以上に嬉しさを感じてしまう。普段見せない人の一面を垣間見る事が出来た喜びを、その人間から感じるからなのだろうか。人の可能性の一つを見ることが出来たという、人の本能がそうさせるのだろうか。その時の感情と言うのは自身にも、他者にも理解が出来ない。感情の暴走の一つなのか。それは定かではない。される側が求める感情と、された側が気付かぬ内に求める感情が際立つ事で生じる、共依存と言うべきなのか。所謂ドメスティックバイオレンスの行為がこの世界から無くならない原因の一つが、こうした感情から来ているものなのだろうか、それは定かではない。

「フフ、可愛い……」

シャルアの口唇がレイの首筋に当てられる。そのまま、口で伝うようにレイの耳垂部に当たっていく。その感触に、レイは思わず声を出してしまうのだ。

「ふぁぅっ……!」

無抵抗どころか、反応した声を上げるレイは、最早シャルアの人形そのものだった。引き続きシャルアはレイに対して“攻め”の行為を続けようとしていたのだった。

 今夜は、彼女の時間。レイはシャルアに、弄ばれるだけだった――

 




第五十五話、投了。
戦闘は無し。ヒパック村での出来事でした。
シャルア・ジェインにレイは弄ばれたり、女装されたりする回でした。
正直書いてて楽しかったです。


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第五十六話 ヒパック村防衛戦

新生連邦の強化モデル、ガウル・ベネツィアがメナスの下に訪れ、村の実効支配を行おうとしている。それを阻止する為、躍起する村の物語。


 セイントバードは、今、航行を続けている状況だった。行方不明になったレイを探す為に、エリィ達は捜索を続ける。しかし、レイの姿は艦の中からは感知など、出来る筈がないのだ。

「レイ君は、今何処に……。」

艦長席に座る中で、溜息を吐いているエリィ。

デスゲイズに襲われ、敗北したレイは何処へ行ったのか。レイを見つける為、セイントバードを低空で動き、彷徨っている。

「生きていることを信じてゆっくり探しましょうよ。」

と、励ますように言う、インク。

「でもさ、早く探さないと戦力が厳しいんじゃねえか?今は大尉とガーストとスバキ達が中心になって、何とかなってるけどさ。」

スラッグの台詞だ。それは、悲しい事だが現実の問題として生じている。ツヴァイは、セイントバードの戦力の要だ。絶大な火力で、敵を圧倒していた。その機体が居ない状態で、不安定な世界情勢を生き抜くのは、やはり危険と言える。

 

ウィィィン

 

その時、ネルソンがブリッジに入ってきた。そして真っ先にエリィの元へ向かってきた。

「艦長。少し話がある。」

「大尉、何でしょうか?」

エリィが首を傾げた。

「このまま、オスロに先に向かう事は出来ないか。レイの行方が不明である以上、そこに時間を要するのは我々自身の危険にも繋がる。」

ネルソンの言葉は、エリィを困惑させた。レイを放置など、出来るものかと、彼女の中で意思が込み上げてくる。

「そんな!レイ君はどうするんですか!?」

ヒパック村に居るレイなのだが、Eフォンでの連絡も取れない状況で、彼を探すのは難しい。だからと言って、彼を放置するなど、したくもない。

「実際の所、たった一人の少年を探すのに、この広大な北欧地区のどこかを、探すのは無理がある。Eフォンの連絡も付かないしな……」

分かってはいる。だが、諦めたくないのも、また事実だ。

「故に、レイを探すのは無理に等しいのだ。先にミシェさんの居るオスロに行って、戦力強化を図った方が良い。それに、行方不明である以上は、彼の事を、残念ながら諦めざるを得ないかも知れない……」

ネルソン自身、この言葉は言いたくなかった。だが現実問題、レイが何処にいるのか分からないのに、捜索を続けるというのは無理がある。

 その間に襲撃を受けるかも知れない。そして、受けた所で仮に補修したとしても、ホルステブロのような事が有り得るかも知れない。

「レイ君を諦めるなんて私には出来ません!大切な仲間なんですよ!?」

エリィの言葉は、一層感情が込もっている。それは、やはり一度は好意を伝えた人間であるが故なのだろうか。

「艦長の気持ちは良く分かるが、万が一の事も考えなくてはならない。君は艦長だろう……!それぐらいは分かって欲しいものだが……」

そう言うネルソンの表情は、どこか焦っている。言葉と表情の、矛盾がある。

「しかし……レイ君を諦めるなんて……」

だが、現状は何も分からない。だからこそ、彼等は困惑しているのだろう。

「艦長……率直な疑問だが、貴方の、“感覚”はレイを感じる事が出来るか?」

突如、ネルソンが言った。それは、エレナのシンギュラルタイプの力を指す。彼女の力が、もしかすれば役立つかも知れないと、何気なく彼は言った。

「今は、感じません……でも、もしかしたら……って事はあるかもです。」

それは、オールドタイプでは分からない“感覚”だ。どこに彼が居るのかが不明な以上、頼りになるのは、シンギュラルタイプ等の、力を持つ人間達という事になるのかも知れない。

「艦長だけじゃない、スバキやガーストも確か、そうだったな。あまりレーダーのように君達を扱うのは気が引けるが、その、“感覚”があるのならば、彼を見つけ出せるのかも知れない。」

シンギュラルタイプの感覚とは分からないながらに、ネルソンが言った言葉。それは、彼女を勇気付けるきっかけとなったのである。自らの力を使えば良いではないかという発想を、忘れていたのだ。

「そっか……私はシンギュラルタイプ……それで、レイ君を探せるかも。」

自らの感を使う時が来た。可能性があるならば、そのような力さえも使いたい。藁をも掴む気持ちで、彼女は艦長席に座ったのである。

「私が、レイ君を探すんだ!私の力が役立つなら!」

人の感覚と言うのは未知数だ。人間は視覚、聴覚、味覚、嗅覚、感覚、意外にも第六感と呼ばれる感覚があるかも知れないとされる。それが、シンギュラルタイプを始めとした人間達の、“感覚”なのかも知れない。

 実際、彼女は何度かレイを感じた事がある。それがもし可能なら、彼女の力はレイの捜索に役立つに違いない。彼女は、それを信じて、動き出す。自らの力を、センサーとして、活動する為に。

 

 

 

レイはシャルアの玩具と言わんばかりの扱いを受けた。女装をさせられ、写真を撮られる、身体を触られるといった、ある種の“逆セクハラ”とも呼べる行為をしてきた女。

彼女は昨夜、レイをずっと揶揄っていた。この事が原因でレイは昨夜一睡も睡眠が出来ていない。憎い筈のシャルアの事が思い出されてしまう。そして、何をされるのか分からないまま、レイは不安な夜を過ごすのだ。その上、今の彼の格好は昨夜の女装姿。シャルアはレイから寝巻きを奪ったまま、この恥ずかしい姿で一夜を過ごさざるを得なかったのである。

 しかし、戦争状態でいつ死ぬかも分からない事を考えれば、今の時間は豊かな時間と言えるだろう。慌ただしい中ではあるが、ある種の束の間の平和。レイはそのように捉えるべきと、自分の中で言い聞かせた。

 

バッ

 

その時、襖が開いた。恐らくシャルアだろう。だがレイは反応しなかった。狸寝入りをして、誤魔化そうとしていたのだ。

「起きてるんでしよ。あたしの事がムカつくから、寝れないんでしょ。」

シャルアが、口を開けた。しかしレイは反応しない。彼女の言葉は当たっている。このままシャルアが去るまで寝ていてやろうと考えていた時――

「あれー?Eフォン要らないんだー。狸寝入りの奴隷さん。」

Eフォン。そうだ。レイは思い出した。彼女にEフォンを預けていた事を。それを、届けに来たというのだろうか。

「せっかく直してやったのに何よ、狸寝入りしてんじゃないわよホント。結構、時間掛かったんだから……」

今の時間は何時だ?明け方?夜中?暗い部屋の為、どこに時計があるか分からない。だが、声の様子からシャルアは随分と眠たそうだ。もしかすれば、彼女は一睡もせずにレイのEフォンを直していたのかも知れない。

「ほれ、返してあげるわよ。もう、直ったし。」

すると、シャルアは レイの枕元にEフォンを、優しく置いた。その直後、シャルアが欠伸をする声が聞こえた。

 やはり、彼女は一睡もせずにレイのEフォンの修理をしていたのだ。レイはこの時、目を合わせる事をしなかったのだが、彼女の行動に内心、感謝をした。

「もー寝よ。ふぁぁ、眠たー」

そう言った後で、襖をバンと閉めるシャルア。

 昨夜彼の事を揶揄っていたのは何だったのだろうかと言わんばかりの掌返し。レイとの時間を過ごしつつも、する事はきちんとしていた。この時、レイは彼女の存在が余計に分からなくなっていたのだった。

 

 

 

 朝になり、密かにレイはEフォンを起動させた。それは、すぐに起動した。本当に、直っていたのだ。眠気眼にEフォンの明かりが眩く、感じられた。

「凄い、直ってる……」

データも無事だ。全てが、復旧している。その直後に、レイはエリィからのメッセージを見た。それが、何十件も履歴で残っている。これで、レイは安心した。自分が生きている事を伝えられる。セイントバードとも合流が可能になるだろう。

 連絡が取れる事は、レイにとってこれ程幸運な事は無いと言える。普段使用しているデバイス、端末が故障すれば誰とも連絡が取れない。その瞬間、人は不安に陥る。ジェルヴァに救われてからのレイが、正にこれだったのだ。レイは、すぐにエリィにメッセージを送った。無事である事と、今、ヒパック村に居るという事を。

「奴隷!起きたでしょ!さあ、掃除!」

そこへシャルアが襖を開けて来た。それに反応するようにレイは身体を起こし、シャルアの方を見た。その手には、Eフォンが握られていた。

「Eフォンを持ってるって事は、やっぱり夜中に起きてたんじゃない。本当に寝てたらそんなもの触らないわよ。」

と言うシャルアの言葉に対し、レイは

「ありがとうございます。直してくれて。」

と言った。

「べ、別にお礼なんて要らないわよ。あたしの仕事と思ってやっただけよ。さて、掃除!早く起きる!」

 シャルアの口調が元に戻った。いつものシャルアだ。高圧的な態度でレイを翻弄し、彼を奴隷と罵り、掃除をさせる彼女。だがEフォンを直してくれた。それも、徹夜で。シャルアの方も眠そうにしているのを見て、レイは彼女なりの優しさを感じ取っていた。

「あ、そうそう。そのまま掃除ね!コスプレメイドみたい!アハハ!」

「そんな!僕の服を返して下さいよ!」

「嫌よー。つべこべ言わずに掃除しなさいよ!」

自身の服を着せて貰えないレイは、ただ、彼女の命令に従うしか出来なかったのであった。

 

 

 

レイは雑巾を掛け、掃除をしている。何故このような旧世代の方法で掃除をしなければならないのかと思うレイだが、今は彼女の指示に従うしかない。彼が履いているスカートは丈が短い。その上で下着も女性物の下着。もし見られれば、変態扱いは避けられない。それが、嫌で仕方がないのだ。幸いなのは、レイの場合は外見が余りに少女と、瓜二つである事ぐらいだろうか。

 

やがて彼が掃除している時、眼前に、幼い少女の姿が目に映った。推定年齢は五から六歳程度だろうか。

その少女はレイをじっと見つめ、動かない。彼は少し戸惑いつつも掃除を続けようとした。だが、そこで幼女が口を開けた。

「あれ、おねえちゃん、もしかして、うちおねえちゃんにそうじさせられてるのか?」

「え?」

幼女は、今確かに〝おねえちゃん〟と言った。その事からして、シャルアの妹であることが認識できた。だが今のレイは少女の姿。妹から見れば、シャルアの知人が掃除をしているように見えるのだ。

「き、君は、シャルアさんの妹さん?」

「おお!そーそー!おねえちゃんの妹だ!名前はぁ、メナン!」

独特な喋り方をするシャルアの妹、メナン・ジェイン。レイは掃除をしつつ、苦笑いを浮かべて、少女に挨拶をする。

「僕は、レイ……訳があってこんな格好してるけど、一応男だよ……」

もう、どうにでもなれと言わんばかりにレイは自身が男である事を明かす。何を思われても構わない。構うものかと言わんばかりだ。

「おねえちゃん、おとこか!あー!そーいえばきのうのあさごはんのとき、おとこのかっこうしてたなあ!」

男の恰好というが、彼は男だ。しかし今のレイは、見た目が完全に、女子である。

「なぁ!」

その時だ。突如メナンが大声を出した。それに、ぴくりと反応する、レイ。

「うちのおねえちゃん、ガサツか?」

「が、ガサツって……?」

「らんぼーか?ぼうりょくてきか?ひどいか?」

何故だろうか。レイに興味を持っているようにも見えるメナン。次々と溢れ出て来るメナンからの質問に始め彼は困惑したが、冷静になって考えてメナンに話し掛けた。

「うん、まあ……ね。」

濁す言い方をしたが、それはレイの本心と言える。

「そうか!やっぱりそうか!おねえちゃん普段からたいど悪い!」

「え、そうなの?」

「おねえちゃん、じぶんより弱そうでなよなよしてるやつ見たらすぐいじる!たち悪い!どれいとかゆってる!どれいってむかしおおさまがいじめてたひとのこというだろ!」

(シャルアさん、この子の前でもそんな事、平気で言うんだ……)

メナンの言葉から、シャルアが如何に元からサディストのような性格をしているのかが、分かる。今まで彼女はどのような生活をしていたというのだろうか。この時、彼は疑問を感じていた。

「おにいちゃんそんなかっこうさせられてるじてんでおねえちゃんに目つけられたな!かわいそ!」

的中したことを言われ、彼は心が串刺しになった気分になった。

「そういやおにいちゃんの名前きいてないな!なまえなんてーの?ねんれいも教えて!」

シャルアの妹に名前を聞かれ、早速、レイは答えることにした。

「僕は、レイ・キレス。十五歳だよ。」

「レイ……れいか!じゅうごさい?あたしはろくさい!」

「六歳……か。僕の妹より年下だ。ミィスは確か九歳だったかな。」

「れい、いもうとおるんか!?」

その時、メナンは何故かテンションを上げてレイの側に近寄ってきた。彼の存在に興味を持ったのだろうか。

「うん。今頃学校は休みだから、家にいるんじゃないかな……」

この時、レイは故郷の事を考えていた。家族はどうしているのか。世の中が戦争状態と言う大変な状況で、今自分は何故か女装させられた上で掃除をさせられている。この妙な状況であるのだが、どうにか生きている。その事を、噛み締めているレイ。

「でも、僕は今はやる事をやるだけだから……ごめん、お話は後でしよっか。」

苦笑いを浮かべるレイ。だが――

「メナンもやるー!」

と、メナンは突如雑巾を持ち出し、そのまま、床を吹き始めたのだ。突然の行為にレイは何度か目を瞬きさせた。彼女の厚意なのだろうか。だが、それが嬉しく感じられたのだ。

 

 

 

ようやく掃除を終えたレイは、自室でメナンと共にと時間を過ごす事にした。朝食を食べたい気持ちはあったが、今の恰好では人前に姿を見せられる筈がない。その隣では、レイに対して興味を抱いている、小さなメナンがレイの方向をじっと見て目を輝かせている。

戦時中とは思えない団欒とした光景。それに対し、レイは安心を感じていたのだ。

「れい、かのじょいるだろ!?」

「え、どうしてそんな事を……?」

突然の質問に、レイは困惑する。言い当てられたためだ。

「い、いることにはいるけど……全然会えないって言うか……何と言うか……」

動揺しつつも、レイはメナンの質問に、答えた。

「えんきょりれんあいってやつか?大変だな!」

「まあ、遠距離といえば遠距離だけど……」

自分の恋人であるリルム。しかし今、彼女はアステル家に保護されているという。それは、良いのだが彼女の心境は今、どうなのだろうか。

 

「へぇ、あんた彼女いるんだぁ。」

その時、背後からシャルアの声が聞こえてきた。そう言うなり、彼女は和菓子を食べながら、床に座る。

「でたな!おねえちゃん!」

「人を怪人みたいな扱いすんな。」

この様子から、メナンとシャルアは仲が良い事が伺える。彼の寝室に、少女が二人。それも、姉妹だ。女装しているレイを含めれば、三姉妹が一つの部屋に居るようにも見える。

「にしても意外ね。あんたの彼女、見てみたいかも。画像、無いの?」

そう言って、レイの側に寄るシャルア。これも拒否すれば、何をされるか分からないと判断したレイは、写真を見せる事にした。

 その写真は、学園祭の時に皆で撮った写真だ。五人が集まる写真の中に、リルムの姿が映る。

「あ、可愛い。ん?あれ……この子、見た事ある……ような……?」

「え?」

シャルアの意味深な言葉に、レイは思わず反応する。だがその時――

 

『アステル家、新生連邦軍と戦闘状態に入る』

 

Eフォンには速報ニュースを知らせる機能が備わっている。アステル家が新生連邦との交戦に入った情報が、今、入ったのだ。

(アステル家が……え……待てよ……リルム!?)

そう、彼は肝心な事を思い出した。アステル家には、リルムが保護されている。これが何を意味するのかは、容易である。リルムが、危ない――

 

ダッ

 

レイは慌てて廊下に出た。緊急事態だ。リルムは無事なのか、それを確かめなければならない。アステル家が襲われているのならば、尚の事だ。今の状況はどうなっているのか。それは、実際に彼女に聞かなければ分からない。

 

 

 

「リルム!お願い!電話に出てよ!」

レイはリルムに電話を掛ける。アステル家と新生連邦が戦闘に入ったという情報は彼を困惑させた。もし、彼女の身に何かがあれば、彼はもう、立ち直れないかも知れない。無事でいてくれと、ただ、願うばかり。電話で、彼女の声さえ聞き、無事ならばそれで良い。お願いだ、繋がってくれ――

だが、残念な事に、回線は繋がらなかった。それも、その筈。アステル家には妨害電波装置が搭載されている。Eフォンの回線は繋がらない仕組みとなっているのだ。故に、レイは一層心労を蓄積する事になった。

 

 

 

 リルムの事が不安になりつつも、シャルアとメナンが居る、自身の寝室に戻って来たレイ。この時、レイの表情は明らかに不安げだ。リルムは無事でいてくれるのか。ただ、その事ばかりが気がかりなのである。

「どおした?げんきないぞ?」

心配そうに、メナンが聞いた。

「ううん、何でも……無い。」

リルムの事が心配なレイ。それを見たシャルアが、レイの傍に寄り、額を示指で触れたのだ。

「何となく、分かる。彼女の事でしょ。心配なんだよね。大丈夫よ、きっと。」

「シャルア、さん……?」

心配をしてくれている?あの、シャルア・ジェインが?珍しい事だと、感じていた。昨日まで散々“奴隷”と罵っていたのにも関わらず、今の彼女はこれ程に優しいのだろうか。

「それより、服、着替えなよ。あたしの部屋に行けばあんたの服、あるから。なんか、嫌でしょ。今の心境で女装するのは。」

何故これ程に急に配慮するようになったのだろうか。疑問を抱きつつも、レイは彼女の謎の配慮に感謝し、部屋を出た。

 

 すぐにレイは着替え、戻って来る。彼は元の姿に戻る事が出来たのだ。

「根拠とかそう言うのは無いけど、大丈夫だと思うよ。うん、あたしが言うんだから間違いないって。心配は要らないと思うよ。」

妙な優しさだった。だが、今のレイにはその優しさが染みる。リルムの身に何かあったら大変だ。もし、死ぬような事があれば目も当てられない。どうか、無事でいて欲しいと、願うばかり。

「……ありがとうございます。確かに、心配ばかりはしてられませんね。」

不本意だが、今はアステル家に奮闘してもらう事を祈るしかない。彼等が倒されれば、リルムは死んでしまう為だ。どうか、無事でいて欲しい。頼む。それが、レイの精一杯の願いだ。

「そおいえば、れいはえーすパイロットなんだよな!」

「え、えーす……?と言うかそれをどこで?」

余りに突然の出来事と言えた。メナンは、彼がパイロットであることを指摘したのである。

「がんだむにのってたたかうんだろ!知ってる!お姉ちゃんが言ってた!」

恐らく、帰って来た初日にシャルアがメナンに言ったのだろう。確かに、それは事実ではあるが、余り伝えて欲しくない事実でも、あったのだ。

エースパイロットと言えば聞こえは良いが、実際に行っているのは人殺しだ。その、人殺しを行ってきた自分が恋人を心配するという状況も、傍から見れば滑稽に思われても仕方がない事である。

メナンのような少女に人殺しである事を言われるのは気が引けてしまう。それが、レイには辛い。彼は昔から、少々の事を気にしてしまう少年だ。その為に、普通人が気にしないようなことでも人一倍気にして悩んでしまう。リルムの事と、その事が災いしているせいで、メナンの前で素直に笑えないでいたのだ。

「僕は、エースパイロットでも何でもない。ただ、守る為に戦ってるだけなんだ。」

そっと、レイが呟く。その言葉はメナスに言われ、“我儘”と一蹴にされた彼の価値観だ。

「レイ、たたかっててのうみそかっせいかするんやな!しんぎゅらるたいぷみたいに!」

「うん、そうなんだ――えええええ!?」

それは、余りに突然過ぎた。何せ急にメナンが彼の力の事を言い出したのだから。今まで一切言葉にしていないその言葉。もしかしたらシャルアから教わったのかもしれないと思うのだが、どうしても驚く。

「そ、それをどこで……?あ、シャルアさんから聞いたの?」

シャルアに話を振るが、彼女は首を横に振った。

(聞いていない……?この子……一体……?)

どうやら姉には聞いていないらしい。それが彼を一層驚かした。

(透視能力?やっぱり不思議だ……何なんだろう。)

メナンの持つこの不思議な感覚は村長と同じだった。この時、レイはシャルアの言葉を思い出した。

 

―――――――でも……妹が少し興味あるのよね。たまに透視されるのよ――――――

 

不思議でならない、メナン。一体彼女は何者なのか。彼女も、村長と同じシンギュラルタイプの力を持っていると、言うのだろうか。

 その実態も謎に包まれている存在。レイも同種かも知れない。奇妙な縁を、彼は感じている。そして、レイはエリィに言われた言葉を思い出した。

 

――――――――――――――力を持つ存在同士は惹かれ合う――――――――――――

 

(本当に、そうなのかも知れない……)

レイは、自身に起きた妙な感覚を改めて確かめていた。力を持つ存在同士が、この家に三人いる。村長、メナスと、シャルアの妹、メナン。そして、レイ。

「だからレイとおなじかんじ、わかる気がしたー!すげえすげえ!わーい!レイ好きー!」

これがきっかけとなり、メナンはレイに近付き、抱き締めた。奇遇ではあったのだが、シャルアと違い、メナンは純粋にレイの事を気に入った様子だったのだ。

「へぇ、良かったじゃない。メナンに気に入られたわね。あたし以上に手を焼くことになるよー。じゃあねー。朝食食べてくるわー。」

「え?へ?」

何を言っている?手を焼く?レイはまだ、この言葉の意味が理解出来ていなかったのであった。

 

 

 

 暫くして、レイはメナンと遊びに付き合う事となってしまった。メナンはゲームが好きなのだが、肝心のレイは、それに興味を示す様子がない。それも、熱中すれば彼女はそればかりをする。同じゲームの繰り返し。レイは相手になるのだが、これが苦痛なのだ。

「れい!てぇぬくな!」

「抜いてない!」

小さな暴君、メナン・ジェイン。ある種、シャルア以上に厄介な人物と言える彼女。先程までの不安は何処へ行ったのか。今、レイはこの小さな少女を相手に遊ばなければならなかったのだ。それも、シャルアの言う、“奴隷”に該当するというのだろうか。

 

 

 

 今、村長の家の前に軍用車が五台停車している。側にはディーストが一機存在している。寒冷地用のディーストだ。実弾ライフルを装備しているその機体。

彼等は神聖連邦軍だ。だが、何故彼等はここに集まって来たというのだろうか。

そこに、一人の男が軍用車から降りてくるのが見えた。若干の髭に、茶髪の男。肩幅が広く、筋肉質な印象を持つ、その男。外見の年齢は、推定代といった三十代といった印象を持つ。

 何よりも、この男、この極寒の地であるにも関わらず半袖姿なのだ。他の兵士が厚着のジャケットを羽織っているにも関わらず、何故このような格好が出来るのだろうか。

「こちらです、ベネツィア大尉。」

と、兵士に案内され、その男は降りる。

 男の名は、ガウル・ベネツィア。階級は大尉。新生連邦軍の士官だ。辺境の田舎の土地であるここに、軍車が五台存在しているという状況。そして、軍人の男。彼等が、現在ヒパック村を弾圧している軍の人間なのだろうか。

「随分と、小さな村ではないか。そのような村のレジスタンス如きに新生連邦が、苦戦しているようでは世も末だな!」

と、高らかに語るガウル。やがて、そのまま彼は村長、メナスの家の門の前に移動するのだ。

 

 

 

 メナンと遊んでいる最中のレイだったが、その時、彼はシャルアに呼び止められ、一度部屋に戻る様に言われた。レイは彼女の指示に従うが、何が起きたのかは把握出来ていない。

 この時のシャルアの表情は険しい。先程までの意地の悪い表情を浮かべていない。

「あの、何かあったんですか?」

「新生連邦の連中がうちに来たのよ。」

「え、どうして……?」

新生連邦に抵抗している彼等。なのに、何故新生連邦軍が家に来るというのか。今、彼女達は身を潜める事しか出来ない。

「村のような集落が軍備を持っているなんて連中に知られたら大変な事になるのよ。恐らくあれは見回りか、交渉かどちらかね。」

「そう言えば、気になっていました。ジェルヴァって村のレジスタンスが集まって出来ているMS乗りのチームなのに、どうして村から離れているのかな……て。」

村が新生連邦に襲われているのならば、村に戦力を常備する筈だ。だが彼等はそうでなく、ジェルヴァは村から離れた場所を周回している。その理由を、レイは分かっていない。

「あんた馬鹿ね。普通に考えて管轄下に置こうとしている村にMSとか軍備があるって知られたらそれこそ武力行使されちゃうわよ。そうならないようにあたし達は離れないと行けないの。あたし達は、あくまでもMS乗りとして氷河族とか新生連邦と戦っているに過ぎない。万が一、村自体に戦力が持っているなんて知られたら大変な事になる。だからその事だけは、絶対に連中に知られちゃ行けないの。前に見たディエルも、今は隠している筈。」

事情を把握したレイ。ジェルヴァチームは、村の外から村を守っているという事なのだ。あくまでも、村とは関係ない。

「そう。昨日は久し振りにここに戻ってきたのは良かったわ。でも、恐らくあんな感じで定期的に軍の連中が確認しに来てるんでしょうね。早くこの場所をその手に収めたいと思っているだろうから。」

ヒパック村は一見、平和な雪国の村に見えるのだが、実際は違う。新生連邦軍に、いつ武力行使されるのか分からない状況だったのである。

「けどさっき入って来たあの半袖の筋肉軍人、なんか変な奴だった。目元が変っていうか。なんていうか。」

その男こそ、ガウルだった。新生連邦軍の軍人の中で、独特の雰囲気を醸し出しているこの男は一体何者なのだろうか。

 

 

 

 メナスの部屋で、こたつが境界線の如くガウルとメナスが対峙している。メナスは一人、一方のガウルは二人の兵士を連れており、一対三の状況が出来上がっていた。

「随分と、“和”が目立つ環境ですね。極東の国、日本を思い浮かべるようです!ハッハッハ!」

異様なテンションの男。これに対するメナスの対応は冷静だ。

「新生連邦軍の方が、村に何の御用で?」

「単刀直入に言います!新生連邦にこの村を差し出して下さい!尚、この条件を飲めない場合は数日以内に武力行使を行わせて貰います!」

新生連邦樹立後、村への弾圧は少しずつではあるが行われていた。だが村人に大きく影響するような内容ではなかった。だが今回、ガウルは強硬手段に出た。直球に、武力行使を行うと言い出したのである。

「随分と強硬手段に出られたものだ。今までの軍の人間はここまで強硬手段に出る者は居なかった。」

新生連邦樹立後も村が在り続けられたのは村の護衛の為に密かに存在しているジェルヴァチームの存在を隠す事が出来た為である。彼等と村はあくまでも別物という事。それは新生連邦に知られる事なく動く事が出来ていた。武力を持たない自治体に対して強硬手段に出る事は軍としてもあってはならない。その上、村を優先的に勢力下に置く必要性は低かったのだ。その間も新生連邦から度々村へ交渉はあったが、いずれも強硬手段に陥る事なく動く事は出来ていた。

 だが今は新生連邦が平和国連盟に宣戦布告をしている。つまり、更なる軍事力が欲しい状況となった。故に、この村にも新生連邦の脅威が迫っている状況という事になるのである。

 今回、ガウル・ベネツィアが村長宅へ交渉してきたのは、早急にヒパック村を傘下に入れたいという新生連邦側の思惑があった為だ。

(この男、何やらわしと同じような感性を感じる。だが気になるのはどこか人為的というか、まるで紛い物だ。噂の新生連邦の司令官がシンギュラルタイプなのは、本当の事のようだな。)

この時、メナスはガウルから妙な感覚を感じ取っていた。男の発する言葉の一つ一つが違和感のあるものであり、明らかに、“異質”と呼べるものだ。

「四十八時間以内に返答を下さい!それで受け入れられないのならば!相応の行使をさせて頂こうと考えています!」

この言葉に、メナスは動揺した。村が攻撃される……それも、新生連邦に。今まで平和で在ることが出来た村が戦禍に包まれる事は、あってはならない。

「噂で聞いたのですが、この村の周辺にMS乗りが居るそうですね!しかも、徘徊しているとか。何か、関係があるのですか?」

村の有志が集まったレジスタンスの戦艦等、言える筈がない。だがガウルはそれを察しているかの如く話をしている。

「そのような話は存じ上げませんな」

と、メナスは否定する。

「村長、“嘘”はバレますよ!分かっているんですよ!この村にレジスタンスの存在が在る事も!私は分かる!私には、分かる!!そのような存在がある村など、“脅威”ですからね!」

この男、一見張り切っている様子を見せるのだが村長が隠している事を見抜いていた。それは彼が力を持つ人間であるが故なのかも知れない。しかし、ガウルの放つ感触は、明らかに特殊だ。純粋な力とは言えない、力だ。

「では、これにて――」

と言った時、ガウルは何かを察したように、視線を泳がせた。

「気のせいだろうか!この家、別の、“感覚”を感じるような!気がしますね!では、良い返事をお聞かせ下さい!」

そう言った後、ガウルは立ち上がり、兵士と共に去って行った。まるで、嵐が来て、それが去って行ったような時間。今、この家にその時間が訪れたのだった。

 ガウルの言うように、四十八時間後に村が火に包まれるかも知れないという状況。これは、明らかに由々しき事態と言えた。

 

 

 

 ガウルが村長宅で交渉をしていた頃。兵士達は彼の事で密かな噂をしていた。メナスが言うように、人為的な感覚を持つ男、ガウル。彼の存在は兵士達の中で噂になっていた。

「ガウル・ベネツィア。階級は大尉。この人間の最大の問題点は、“強化モデル”ってところなんだよな。」

「ただ、戦う為の兵士がなんで上官なんだよって話だ。こんなクソ寒い田舎村で半袖で肌見せられるのはあの男が強化モデルで身体強化されている為なんだぜ。」

兵士の一人が言った。彼の言うように、ガウルは純粋なシンギュラルタイプでない。彼は、強化モデル。戦う為の、兵士だ。

「さて、あの野郎が上官になって、果たして新生連邦はどう動くのか……だな。この田舎村を早急に制圧するのかも知れない。」

「やりかねないよな!“強化モデル”なら!」

強化モデルに関しては、兵士達からも良い噂を聞かない。人為的に作られたシンギュラルタイプという存在を気味悪く感じる人間が、多い為だ。

 先のヴァイダーガンダムによる襲撃でも、パイロットはリノアスだった。特殊強化モデルの彼女の事は兵士の中でも伝わっており、故に、強化モデルの存在を毛嫌いする人間が多いのだ――

「私の話をしていたな!」

その時、彼等の背後に一人の男の姿があった。びくりと反応する、兵士達。

 ガウルだ。メナスとの交渉を終え、戻って来た彼がここに居た。そして、彼ははっと息を飲み、声を荒げて行った。

「私はシンギュラルタイプだ!それ以上でもそれ以下でもないぃぃぃっ!」

自らを“シンギュラルタイプ”と言い張るガウル。それが、彼の誇りであり、拘りなのだ。それを聞いた兵士達は、ただ、黙るしか出来なかったのだった。

 

 

 

 ガウルが村長宅に来た後、彼はゲイルを呼び出した。ジェルヴァで休憩をしていた彼は艦を近くまで移動させる。緊急の会談を行う事を決めたのだ。

 新生連邦が四十八時間後に武力行使を仕掛けてくるという現状。これは、村にとって由々しき事態である。だからといって村を明け渡す事になれば、彼等の住処が無くなる。そのような事はあってはならない。

「非常事態だ。新生連邦の人間が先程わしのところに来てな、四十八時間後に村を襲撃するという。」

「随分と、急な展開ですね。」

ゲイルの表情が変わった。

「ゲイル、我々はどうすれば良いと思う?村人を避難させるには時間はある。わしは無論、欲求を飲む気はない。しかし奴等は武力行使をすると言っておる。厄介だぞ。」

メナスの言葉に、ゲイルは

「戦いましょう。あくまでも、“MS乗り”として。」

と、言った。

「だが、連中はこの村にレジスタンスが居る事を見抜いている。指揮官のあの男、察する事が得意なようだ。あの禍々しい感覚は純粋なシンギュラルタイプとは思えんかった。人為的な感覚だった。」

人為的な感覚という言葉に、ゲイルは反応する。

「強化モデルというやつですか。」

「詳細は分からんが、人間をシンギュラルタイプに近付ける、非人道的な方法で戦力にするという話は聞いた事がある。」

強化モデル自体はデウス動乱時から確立した人工的に力を持つ人間を作り出すというプロジェクトだ。戦後になってからは新生連邦がスルース・ディアンが中心となって、特殊強化モデルといった人種を生み出していた。

「気になるのは、その男が強化モデルだったとして、何故、指揮官を務めているのかというところですね。噂ですが、強化モデルは情緒不安定に陥り易い面があるという話を聞きます。新生連邦は、何故強化モデルを現場の指揮官という立場に置こうとするのでしょうかね。」

「連中の、一種の実験なのかも知れんな。このような小さな村の制圧程度ならば強化モデルのような、人工で作られた人間に指揮を任せても良いだろうという魂胆だろう。舐められているとしか、言い様がない。」

メナスは置かれている茶を啜り、言った。

「そもそも指揮官というのは感情に溺れてはいかん。いくら後天的に力を得ようとも、己がエゴを優先させるような指揮をすれば全てが崩れる。ガウルとか言ったあの男は恐らく、四十八時間も待たんよ。所詮は感情のコントロールが出来ん人間と見た。それぐらいの覚悟で、動いていった方が良さそうだ。」

メナスは男の行動を読んでいた。それはシンギュラルタイプであるが故か。それとも、彼の経験故なのか。

「すぐに、メンバーを集めます。あとは、村人のジェルヴァへの避難ですね。」

この後、すぐにゲイルはジェルヴァチームを集める事になる。新生連邦の指揮官、ガウル・ベネツィアの言葉を信じてはいけないと思う彼等。そうなれば、早急にクルーを集め、戦力を補充しなければならないのだ。

「手配は任せる。わしも出来るだけの事は尽くす。

 

 

 

 新生連邦が攻撃を仕掛けてくるという情報は瞬く間に村に伝わった。パニック状態になる村。その中で、ジェルヴァチームのクルー達は家族や近所の人間を集め、ジェルヴァに避難させる準備を始めていた。

 ガウルが四十八時間以内に村を攻撃すると宣言してから六時間後。ジェルヴァに村人の大半が集まった。だが、そこに居たのは全ての村人ではない。幾人かは村に残る人間も居たのだ。危険である事を分かった上で、留まる者も数名居た。覚悟を決めたものや、両親の介護等で動けない者も居たという。

 問題はそれだけでない。村の中で唯一の医療機関では、絶対安静の患者の姿も数名居たのである。こうした問題があり、全ての人間の避難は完了出来ていないのだ。

 避難してきた人間の中には、レイの姿もあった。無論、シャルアも。この時、妹のメナンも一緒に着いて来ていたのだ。

「みんないっしょ!れいもいっしょ!」

と、笑顔を振り撒くメナンだが、状況は良くない。

「子供は良いわよね。こういうのも遠足みたいな気持ちなんでしょ?」

「でもメナンちゃんは嬉しそうだねー!レイ君の事、気に入ったの?」

「そう。こいつの事随分気に入っちゃったの。ま、レイは子供に好かれそうな雰囲気あるしね。」

少女達がそれぞれ、会話をしている。非常事態にも関わらず、彼女達はどこか、朗らかだ。

「ねえ、レイ君。ちょっと聞きたい事があるんだけどねぇー。」

「はい?」

突然のニアからの質問に、驚くレイ。

「気になったんだけどさ、シャルアの事、どう思ってるのー?なんか、凄く仲良さそうにしていたし!」

この状況で、何故このような話をするのだろう。レイには、理解が追い付いていない様子だったのだ。

「どう思ってるって言われても……というか、そんな事、今聞きます!?」

と、返事をした時、今度はクリアがレイに話しかけてきた。

「ううん、少しでも、朗らかな話をして、リラックス……それはとても大事だと、思う。敵が来るかも知れないのは分かるけど、こんな時だからこそ、緊張したままなのは、良くないと思うから……」

「クリアさん?」

そう語るクリアの表情は、どこか、暗い。それだけでない。その暗さの中に、憎しみを秘めているようにも見える。

「私、両親を新生連邦に殺されたから……レジスタンスとして活動する事になったのは、それがきっかけ……ニアはあんな性格だけど、私の親友。一緒に居てくれる、仲間だから。」

クリアの過去が、この時語られた。彼女は両親を新生連邦発足時に軍の人間に殺されている。その際に天涯孤独となった彼女はそれからジェルヴァチームの一員になった。その中で、友人の存在を見つけ、彼女なりに戦っているのだという。

「そう、だったんですね……」

「だから、今は少しでも雑談は大切。気を紛らわせたりするのは……大切だから。」

クリアの小さな声は、この場にいるメンバーに聞こえた。この、何気ない会話は戦場では難しい。故に、大切と言えたのだ。

「それに……あの格好のレイ、凄く似合ってたし……可愛いって思った……」

「あー、あれねー!良いもの見せてもらったよー!本物の、女の子みたいだよね!」

突如、ニアとクリアが笑いだす。それは、何なのか。意味深な発言をする二人。

「え?あれって……まさか……!?」

レイは側にいたシャルアを睨むように見た。そこには、口元を手で覆っている彼女がいた。今にも、吹き出しそうな表情を浮かべている。

「プッ……くくく……あれ、二人に送っちゃった……!くくくくく!」

その瞬間、レイの顔は赤く染まった。女装姿の写真。恐らく以前の夜に撮られたものだ。レイの許可なく、シャルアはこの二人に送ったのだ。

「おんなのこのれいー!」

メナンまでレイを揶揄う始末だ。この時、レイは更に顔を両手で塞ぐ事になるのであった。

(いっそ、死んでしまいたい……)

 

 

 

 その後、ゲイルがクルー達に向けて現状の説明を行った。

「えー、皆、集まってくれて、ありがとう。聞いての通りだが、四十八時間後……もうあれから六時間は経っているから、後四十二時間後に新生連邦軍が村に攻撃を仕掛けてくるという警告を受け取った。無論、俺達は連中と戦う。この村を守る為に。もし降伏をしたら、住処を追われるどころか、どのような扱いを受けるのかも分からない。少なくとも、今以上に過酷な生活が待っていると予想出来るだろう。」

ゲイルの声が響いた。クルー達は、MSデッキにてゲイルの言葉を聞き、今後の事を考えている。

 新生連邦に支配され、自由が奪われる事はあってはならない。村を守るのは、村人自身だ。その為に、ジェルヴァチームは戦う。

「その為、急遽だがMSの整備を行おう。今、うちにある機体は八機。あとはあの、レイ君のガンダムタイプぐらい。だがあれは今、使える状況ではない。うちにある戦力で、連中を迎えるしかない。どのような手段で来るかは予想出来ないが、俺達に出来る事をしよう。」

と、ゲイルが言った後、シャルアが口を開いた。

「キャプテン。どれ……レイのガンダムですけど、急ピッチで改修をやっていこうと思うんですけどー。」

シャルアの提案。それは、ツヴァイを急遽形を作るというものだ。だがパーツも揃っていない状況でどうやって半壊状態のツヴァイを組み上げるというのか。

「それ、早く出来そうかい?」

「間に合わせますよ。人数揃えれば、多分!」

突然の提案はレイを驚愕させる。ツヴァイの改修等、簡単に出来るものなのだろうか。

「出来るんですか!?確かに、あれがあれば敵にも対抗できるかも知れないですけど……」

「あんたのガンダムでしょ?あんたが乗る機体を作って、活躍してもらうのよ。完成はさせるわ。その代わり、噂のサイコミュ兵器の実力、見せなさいよね。」

腕を組み、レイを見るシャルア。

「シャルアさん……」

彼女の家で散々な思いをしてきたレイであったが、今の彼女の言葉は頼もしい。今は使えないツヴァイだが、形だけでも完成させることが出来れば敵を迎える事は出来る。レイは、ジェルヴァチームの為に、戦いたい気持ちで一杯だ。

「じゃあ、シャルアの方は任せる。俺達は、俺達で出来る事をやろう。各員、準備を。新生連邦の連中に一泡吹かせてやろう!」

村の為に戦うジェルヴァチーム。新生連邦の支配に負けない為にも、レジスタンスとして闘う彼等。四十八時間後に迫るとされる、新生連邦からの攻撃。それまでに、彼等は準備を進めて行かなければならないのだ。

 

 

 

 やがて時間が経過し、それぞれがMSの整備や、戦闘準備を進めて行く中、ツヴァイガンダムの改修作業が開始される。この時、ツヴァイは左上腕部をジョゼフのものに適合させようとしていた。破壊された部分のパーツなど、ない。ならば、今あるジャンクパーツを利用し、せめて適合させる事を進める必要がある。

 幸い、今のツヴァイはブリッツファンネルは生きている様子だった。だが半数は数が失われており、右半分のみにファンネルが存在している状態だった。形状だけ見れば、バランスが良いとは言えない。しかし、今は一秒でも早く、ガンダムの完成を急ぐ必要がある。ジャンクパーツを組み合わせた機体であろうとも……だ。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

ジェルヴァ艦内にサイレンが鳴り響く。緊急事態が発生した、音だ。

「全クルーへ!敵機体襲撃!各自待機をお願いします!」

 イヤー・メゾッソの甲高い声が、聞こえた。まだ、四十八時間は経っていない筈なのに、何故警報音が鳴ったのか。敵が来ている?どこから?今のタイミングで新生連邦が来るという事は、それは紛れもなく約束を破っているという事だ。

「イヤー、敵の所属は?新生連邦が約束破りをしてきたのか?」

「違います、ライブラリ照合しましたが、これは前に戦った奴です!ファドゥームタイプの機体です!」

「どこから来る?」

「裏の氷河付近から本艦に接近中!」

幸い、避難が終わっていない村が襲われる事はなかったようだ。しかし、この状況で敵が現れるのは余りにタイミングが悪い。

「チッ、どうやら、またあの連中と戦わないと行けないらしいな。やれやれ!!」

呆れた様子で、ゲイルは言った。今回の敵は新生連邦でなかったのだ。以前彼等が交戦した、氷河族の構成員である可能性が、高いのだった。

非常事態に対応するように、クルー達は戦闘態勢に入った。ブリッジにはオペレーターが集まり、砲撃手も居る。そして、MSデッキには各機体のパイロットが乗り込むのだ。

 ニアやクリアが各機体に乗り込み、レイも、先日の戦闘で乗ったジョゼフに乗り込もうとした時――

「まったぁ!」

突如、幼女の大声が聞こえた。それは紛れもなく、メナンの声だった。

「れいもびるすーつ乗るんか?メナンも乗る!」

何を言っているのか。メナンがMSに乗る事で、何があるのか?危険極まりない事だ。そのような事等、許される筈がない。

「メナン!アホか!あんたは大人しくしてなさい!」

シャルアが止める。これは、当然の事と言える。

「れいいないとさびしい!だから行く!」

「戦闘するのよ?下手したら死ぬよ!いいの?嫌だったら家で大人しくしてなさい!」

「嫌だ!れいと一緒がいい!」

「自己中!もっと周りの事考えなさいよ!死んだら家族みんな悲しむわよ!」

姉妹喧嘩を始めた二人。緊急事態なのに厄介な事になったと思ったレイは

「む、無理だよ!危険すぎる!大体どうして……」

と、メナンを止める。しかし、メナンは我儘を言うばかりだ。

「れいといっしょがいい!」

この状況で、メナンが我儘をいうものだから、シャルアはメナンを叱った。

「メナン!!ふざけんじゃないわよ!死ぬ気なの!?大人しくしてなさいよ!」

姉妹喧嘩だ。この光景を、クルーの誰もが見ている。しかし、メナンは引くどころか、更に暴れ始めてしまった。

「うるさい!あたしはれいといっしょにいくんだぁーーーーーーーーーーー!!!」

そう言った時、メナンは走り出した。それを見てシャルアは追いかけるが、時、遅し。メナンはレイの手中にいたのだ。

「こ、困る!戦闘が終わったら遊んであげるから……ね?」

「じゃあれいしんだらどーする?しんだら遊べない!!だからいっしょにいく!」

メナンはレイと一緒に行動したいという、ただ。それだけの気持ちだったのだ。だが幼さが原因であるためか、戦闘の事を把握できていない。要するに自己中心的にメナンは動いているのだった。

困り果てるレイ。すぐにでもシャルアに身柄を渡したいのだが、どうしてもメナンは嫌がるのだ。だがもう間もなく発進が始まろうとしている最中。メナンを引き渡す時間も、無い。

「仕方がない……メナンを乗せるしか……」

苦肉の策だった。我儘状態のこの幼女をどうにかするには、ジョゼフのコクピットにメナンを乗せるしかない。非常時に更に非常が重なるという状況で、レイは戦わなければならないのだった――

「シャルアさん、この子を乗せます!今は時間もありません!」

レイがそう言った後、シャルアが叫んだ。

「ああもう!絶対に死なないでよね!メナン!後でお仕置きだかんね!!」

非常時にまさか姉妹の痴話喧嘩を聞かされるとはよもや思いもしなかっただろう。レイは、ただ、そっと溜息を吐き、ジョゼフのコクピットに、メナンと共に乗り込むのだった。

「レイ!!!しぬな!!!しんだらメナンもしぬぞ!!!」

「分かってるよ!」

余裕のないレイは、緊張した様子で、コクピット内の電源を入れるのだった。

 

やがてモニターが360°展開され、スクリーンが真下まで見られるようになった。それを見て、感動する様子のメナン。

「おーすげえ!」

「メナン、大人しくしていてね……」

そっと息を飲み、待機するレイ。久し振りの戦闘。ヒパック村の僅かな日常を謳歌したレイ。不快に思う事、妙な体験をした彼だが、今は村を、そして、目の前に居るメナンを敵勢力から守る為、動こうとしていた。

レイはそっと深呼吸をする。彼はジョゼフを駆り、一度失敗したことがあった。その際はゼルに助けられたが、同じ事は通用しない。

 機体は新生連邦の量産機体。故に、スペックがガンダムタイプと異なる。同様のスペックと認識して戦う事はあってはならない。更に、コクピットにはメナンも居る。レイはそれらの事を理解した上で、今回の戦闘に臨まなければならないのだ。

 

 

 

戦闘が始まった。敵は氷河族の構成員。ファドゥームばかりが目立つ。左手部の鋏型のクローを展開しては、ジェルヴァチームのMSに容赦無く襲い掛かる。

レイの駆るジョゼフはこれらを回避し、頭部機関砲で牽制する。

「うわお!れいすげえ!かっこいいぞ!」

「ごめん、少し黙ってて!」

「あおあ、すまねえなぁ!」

彼女独特の感動詞を聞いても、今の彼は戦闘に集中している。が、どうしても集中力が欠けてしまう。メナンがいることで動きが鈍る。

それが悪手となってしまった。ジョゼフの動きが異常であると見抜いた、一機のファドゥームがクローを展開してレイに攻撃を仕掛けてきた。クローが脚部に直撃し、攻撃を加えられる。

「うぁ!しまった!」

焦ったレイは振り切るため、ビームサーベルを展開し、を振るい、クローを切り裂く。だが脚部は若干の損傷を受けてしまい、脚部から放出されるバーニアの出力が弱まってしまった。このため左右のバランスが取れず、彼は不安定な状態で戦わなくてはならなくなった。

「くぅ……これじゃとても……」

「れいがんばれ!てきおるぞ!」

不利な状況に対し、メナンがやたらとテンションが高いので焦りを隠せないレイ。脚部のバランスも悪く、上手く動かし辛い。

と、ファドゥームがレイのジョゼフに向け、バズーカを放出してきた。急いで回避を取る、ジョゼフ。この後、クリアのディープシーがガトリングを放ち、バズーカの弾を撃墜してくれた。チームの連携で、敵の攻撃を防ぐ事が出来たのだ。

だが、敵はレイを待ってくれない。ファドゥームは容赦の無い攻撃を繰り出す。彼の前に二機のファドゥームが出現し、バズーカを放出した。急いで回避するジョゼフ。だが、別のファドゥームのクローが彼を襲った。クローは左前腕部を挟み、ジョゼフの身動きを封じる。

「くぅぅっ!」

これに対し、レイのジョゼフはビームライフルを構えてファドゥームに対して放出。飛び出たビーム粒子はファドゥームを直撃し、撃破したのだ。メナンが居る、ハンデキャップを背負っている状況であるにも関わらず、レイはチームの撃破に貢献したのである。

「しまっ……動けない……」

「れいどうした!?がんばれ!」

自身の命の危機を知らずに、メナンはレイを応援した。だがレイにその声は聞こえていない。そしてバズーカの弾は刻一刻とツヴァイのコクピットを狙ってくる。このままではレイとメナンは確実に殺されてしまう。機体がジョゼフだった事が災いしてしまって瞬間だった。これでは、対処する手段が、無い。

 

バシュウウウ

 

そこへ、一閃のビーム粒子が飛んだ。バズーカの弾を撃ち抜き、その爆発に乗じるようにファドゥームに接近したのは、ジョゼフであった。

 困惑する機体に向け、ビームサーベルを展開し、攻撃を行った。それはコクピットを貫き、瞬く間に撃破された。

「今のは……」

危機を脱したレイ。しかし――

 

ガキィン

 

「あううっ!?」

あろう事か、レイのジョゼフは彼をバズーカ弾から守ったジョゼフに蹴られたのである。その反動で機体は激しく揺れ、衝撃が、コクピット全体に伝わった。

 衝撃吸収の為のクッションが展開される。これにより、頭への打撲、損傷を抑えられるレイと、メナン。

「邪魔なんだよてめぇ!」

声が聞こえた。ゼルの声だ。彼はメナンがコクピットに居るのを知った上で、レイのジョゼフを蹴り飛ばしたのだ。

 その事が、レイにとってはショックだった。だが、その中でそして、彼はそのまま反応してしまう。

「どうしてこんな事をするんですか!メナンが乗っているのに!」

レイの言葉。それを聞き、ゼルの表情が変わった。

「何!?ガキを乗せて戦っているだと……!?」

彼の言葉からは、怒りが込められているのが理解出来た。本来、メナンのような幼女がMSに乗る事など、あってはならない。死の危険があるにも関わらず……だ。

「てめぇ、何様のつもりだ!?何を考えてやがる!?」

「違います……!メナンが乗りたいって言って!仕方なく!」

レイの言い分も、ゼルに通用しない。メナンがコクピットにいるのは事実なのだから。

「シンギュラルタイプだか何だか知らないが、それで得意になって敵に対して舐めプレイしてるって訳かよ!?ふざけんじゃねえぞ!!たった数日前に……しかも助けられた分際で……

調子乗った行動してんじゃねえぞ!!!このボケが!!!」

この一言が、より一層レイに衝撃を与えた。

 仕事の最中や有事の時に放たれる言葉は当人へ大きく影響する。本人の中では必死に戦っている事でも、それを他者のたった一言が調子を狂わせ、時に人を迷わせ、困惑させる。

 ゼルの事情をレイは余り知らない。父親から名前を聞いていた程度だ。だが彼の言葉は明らかに、“暴力”と同義の言葉と言えた。

 更に最悪と言えたのは、レイと共にメナンがコクピットにいるという事だ。これがいかに危険であるかは当然、分かる。しかし、レイ自身も言葉を選べる状況ではなかったのであった。

やがて通信は途切れた。その後、ゼルの駆るジョゼフはジェルヴァの周辺に群れるファドゥーム達に攻撃を仕掛ける。ビームライフルにビームサーベル、そして前腕部グレネードランチャー。搭載されている、あらゆる武器を使い、ファドゥームを倒していく。

「れい!くるぞ!」

「ハッ!?」

レイの方も、ショックを受けている場合ではない。メナンの言うように、敵が迫っていた。ファドゥームが有線クローを展開し、レイのジョゼフに迫るのだ。

「しまっ――」

油断をしたレイは、クローの攻撃を許す事となった。右肩部にクローが食い込み、破壊せんと、迫ってくる。動けない。物理的に押さえつけられている為だ。

 

ズバァァァ

 

だが、有線が何者かによって切り裂かれた。その機体は、ディープシーである。クリアの機体がレイを守ったのだ。

その瞬間に挟まれていたクローのパワーは弱まり、ジョゼフはクローを外すことが出来た。直後にクリアがレイに声を掛ける。

「大丈夫?」

「あ……クリアさん。ありがとう……ございます。」

「無理なら、後退して。てか、どうしてメナンが……?」

驚愕するのも当然だ。戦場に幼女が居るなど、有り得るものか。

「すみません、事情があって。」

「と、とにかく……仕方がない。とりあえず距離を置いた方が、良い……」

そう言った後に、クリアのディープシーは去って行く。

「レイ君!メナンちゃんを守ってね!戦いが終わったらまたトークしようよ!私達だって、やれるんだからー!」

そこへニアのディーストがビームライフルを連射し、ファドゥームに攻撃を仕掛けた。敵がいる状況にも関わらず、表情一つ変えない彼女は、ある種の実力者なのかも知れない。

 レイはこの二人を見て、今は出来る事をしなければならないと、考えていた。メナンを守りながらも、自身を守り、そしてジェルヴァを守る。だが先程ゼルによって蹴られた衝撃が大きく、期待を立ち直らせるのに、僅かに時間を要したのだった。

「あいつえらいおこってたな!」

「……うん。」

不本意な事が続き、レイは本調子を出せないでいた。ツヴァイが改修中である為、ジョゼフに乗っているのは良い。だがそこへ六歳の幼女に気を遣って戦うというのは、戦闘を行う上で重荷であったのだ。

 だが、少ししてファドゥームは、一斉に撤退を開始したのだ。警戒態勢を行っていたジェルヴァチームだったが、予想外の敵の去り方に唖然としている。一体、彼等は何だったのか。何故、急に撤退を開始したのか?

「敵が、去って行く……?」

敵の動きに違和感を覚えたレイ。何故、急に敵が去って行くのか――

 

「れい!うしろおるぞ!」

「!?」

この時、メナンの脳内に電流が流れ、すぐに反応をした。撤退に見せかけた一機のファドゥームが、レイのジョゼフに襲い掛かろうとしていた。ビームサーベルを展開するファドゥーム。これに対し、咄嗟に反応してはビームサーベルを展開し、胴体を貫いた。直後にファドゥームは爆発を起こし、雪が噴出するように、飛び出した。

 今の反応は、メナンが居なければやられていた。レイはこの時、メナンの力に助けられた。今回の戦いはレイにとってはハンデキャップを背負っている一方、そのハンデキャップとなっていたメナンにも助けられるという、皮肉な勝利を収める事になったのである。

 

 

 

今回の戦いは、ゼルがその猛威を振るい、チームの勝利に貢献した。デッキに戻ってきたジェルヴァのMS乗り達。その中にレイの姿はあった。

彼と同時に降りて来たメナン。そして、シャルアはメナンに対し、思いきり恫喝するのだ。

「バカメナン!死んだらどうするのよ!バカ!!!」

「うぅ……うわあああああああああああああん!!!」

叱る姉に、大泣きする妹。だがこの叱責も当然と言えた。下手をすれば死んでいた状況で肉親を心配するのは至極当然だ。

一方のレイは元気が無い。ゼルの言葉が非常に印象に残っている為だ。

 

――――――調子乗った行動してるんじゃねえぞ!!!このボケが!!!――――――

 

事情が事情とは言え、メナンを乗せて戦うという判断をしたのは彼だ。それが、今のレイを苦しめる。シャルアも怒り、自身もこのような思いをするならば、いっそあの時、メナンを突き放すべきだったと、心底考えていた。

 自分は愚かだ。幼いメナンを巻き込んで戦闘に参加させるなど、どうかしている。だが先の戦闘ではメナンがいなければ死んでいた。彼女の中にある力が、レイを救った。シンギュラルタイプなのかも知れない力。それを、レイは感じ取っていたのである。

(僕は、何をやっているんだろうか……)

守るべき者の為に戦う事が、彼の意思と伝えた時に村長のメナスに言われた、言葉。

 

 

―――――――――――――それはただの我儘。それが答えだ――――――――――――

 

守る者の為に戦う事。それは、元々はアインスガンダムを新生連邦から奪った時にはクラスメイトや幼馴染、家族を守る為だった。それが、次にはセイントバードを守る事に繋がり、様々な経験をし、今はジェルヴァチームを守る為に戦っている。

 しかし、全ては自分のエゴだと感じ、無力さを感じたのは今回だ。自分には望んでいなかった“力”がある。それで、幾度も苦境を乗り越えてきた。だが今回、ジョゼフと言う機体を駆る事でそれが如何に無力かを痛感した。所詮、自分はガンダムと言う特殊な機体に頼っていただけに過ぎない。その上で緊急時になってメナンと言う幼女の我儘も渋々聞いたのは、彼自身に守る力があるものだと過信した結果だ。

 その過信は、言ってみれば我儘そのものだ。自分の力があればメナンを守れるという、気持ちが自分の中であったからこそ、レイはメナンをコクピットに入れたという甘さがあったのだろう。辛うじて生き残る事は出来たが、その結果が現状である。

 我儘。所詮、自分は力を過信し過ぎているに過ぎない。望んでいない力を行使しているだけの、我儘。それは本当の強さと言えるのか?守るべきものを守りたいという言葉も、本当なのか?レイは、苦悩する。この状態でジェルヴァチームを、そしてヒパック村を守れるのか?

 

――――――調子乗った行動してるんじゃねえぞ!!!このボケが!!!――――――

 

とどめとも言える、ゼルの言葉はレイを失意に追い遣るのだ。しかし、それも自分の中にある我儘が原因ならば、それも無理はないのだろう。

 

その時、目の前にシャルアの姿があった。怒られるかも知れないと、レイは思った。妹を危険な目に遭わせたのだ。当然だろう。だが――

「ありがとう。メナンを守ってくれて。もう、あの子はあたしが預かってるから。あんたは仮眠室で休んでて。」

褒められた。それが、意外に思えたのだ。あれだけレイを奴隷と罵っていた彼女が純粋に褒める事自体が、珍しい事だと、言えた。

「それに、あたし、用事があるから。」

レイを素通りするように、シャルアは去って行った。

 

 

 

「ゼル」

「シャルア。」

シャルアは、ゼルの方に向かい、じっと睨んでいる。彼女達は幼馴染のような関係であるのだが、この場では空気が明らかに重い。

「見たよ。あんたのジョゼフ……最低だね。」

「何がだよ。」

「ふざけないでよね。あんたが蹴り飛ばしたジョゼフの中にはレイも、メナンも居たの。味方に殺されるかも知れなかったのよ。あんたのせいで妹まで死ぬところだったのよ!」

シャルアが、怒っている。ゼルと言う、クルーでも気を遣われている人間に対して、純粋な怒りを見せている。それは妹を酷い目に遭わせた事が原因か、はたまた、仲間である筈のレイを攻撃したことが原因か。

「何故、機体の中にお前の妹が居た……?その事の方が、明らかにおかしいだろうが……!」

女性の怒りは膨大なエネルギーを生み出す。それは、力を持つとされる男性とは比にならない力。言葉の力だ。女性が怒りを込める時の言葉の力は、忌み嫌われ、避けられる人間であろうとも力に翻弄されていく。

「メナンが居た、居なかったも何も、関係ないのよ!あんたチームの仲間を攻撃したって、これがどういう意味か分かってんの!?」

「お前には関係ないんだよ!!」

ゼルの感情。それは、シャルアには理解出来ない事だ。何故レイのジョゼフを攻撃したのか。メナンが居る、居ないに関わらず。それが、彼女の疑問である。

「何が関係ないよ!味方を殺そうとした癖に!」

だがゼルの真意も不明だ。メナンが居ると分かり、明らかに動揺はしたが、レイに攻撃をする必要性は無かった。

「ああ!そうだよ!だからどうした!?大体あんな奴に気を許したってのかよ!?あの男女野郎に!チームの事を何も知らない外部のヤローの味方をするのか!お前は!!!」

この発言の意図が不明だ。ゼルは、チームをどう認識している……?

「何逆ギレしてんの?ばっかみたい……見損なったわ。分かった。あんたさ、もうあたしに話しかけないで。」

シャルアは、ゼルから離れていった。他者を揶揄い、強引に振り回す彼女が本気で見せる怒り。それを、ゼルに見せた。

「誰も俺の気持ちなんて分からない……俺は……」

ゼルは只一人、呟いた。理解をされようとしないのか、あえてそう振舞うのかは不明だが、彼なりの考えが、あるようにも見える。

 

 

 

 戦闘が終了してから三時間余りが過ぎた頃。ヒパック村の郊外にある場所にて。それは、新生連邦軍の陸上戦艦、シャーディア級の戦艦だった。その中に、先程村長と交渉をした男、ガウル・ベネツィアの姿があったのだ。

「先の戦闘であの村に戦力がある事が確認出来た!先遣隊のMSが撮影した映像!これは我が軍のMSを鹵獲したものと確認!これは、由々しき事態である!」

半袖の筋骨隆々のガウルが、兵士達にデータを見せた。ジェルヴァチームがファドゥームと交戦している姿が、そこには映っている。これが何を示すのかは、明確だった。

 ファドゥームに乗っているのは氷河族の構成員であり、彼等とは立場は別物だ。だが、新生連邦はこの組織に対し、情報を探る様に報奨金を与えたのだ。その結果が、先の戦闘だったという訳である。

 そして今回。新生連邦はヒパック村に戦力が存在している事を確認した。これはつまり、武力を村が持っていると、新生連邦が一方的に判断する事が出来るという事なのである。

「軍が許可していない武力を一自治体が所持している事は、あってはならんと言う事!我々は動かなければならん!四十八時間待つという口約束は、軍の許可なく存在している野蛮な村の戦力には不必要だ!各機出撃準備!私も出るぞ!」

あろうことか、ガウルは村長との約束を破る事を宣言した。これは同時に、村長がガウルの行動を読んでいたという事に繋がる。

 やがてシャーディア級戦艦からはMSが次々と出撃する。寒冷地仕様のディーストが、モノアイを輝かせ、雪上をスキーヤーの如く、駆け抜けるのであった。

 その中で、ガウルは自身のMSの前に立ち、腕を組み、眺めている。そこには、彼専用のMSである、ウルスブランが存在していた。

 機体名、ウルスブラン。型式番号NFMX-PP5。サイズは全高20メートル越えの大型MSである。ガウル・ベネツィア専用の機体として存在するこのMSには、サイコミュ兵器が搭載されているのだ。

だが、本格的なブリッツファンネルはガウルのような、強化モデルに扱うことは難しいとされる為、本人への身体及び精神面に対して負担の少ない簡易的なサイコミュである、簡易負担型ブリッツファンネルを搭載している。この武装の特徴としては、レイがツヴァイに搭乗した際に使用するファンネルと異なり、ビーム粒子が発射されるまでに時間を要するという問題点がある。つまり、相手の隙を突く事でこの兵器の有用性が見出されるという事だ。

 やがてガウルはウルスブランに乗り込む。白いカラーリングをしているその機体は、その体躯も含め、獰猛な“白熊”に見えた。

「さあ、村の戦力の殲滅に貢献しよう!このウルスブランの機体性能を確かめる良い機会でもあるからな!ガウル・ベネツィア!ウルスブラン!出るぞ!」

 

ビゴォン

 

ウルスブランが出撃した。大型MS、ウルスブランはサイコミュ兵器を始め、強力な武器を内蔵している機体である。バックパックのバーニアを展開し、雪上を滑らせるようにヒパック村へ向かう。

 

 

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

再び、非常事態を知らせる警報が鳴り響いた。先の戦闘から僅か三時間余りしか経過していない状況での警報は、クルー達を休める事を知らない。

「イヤー、敵勢力は分かるか?さっきの氷河族の連中か?」

艦長室にてゲイルが聞いた。しかし――

「識別確認!新生連邦軍です!」

敵は新生連邦だった。四十八時間が経過していない状況で、敵は攻めてきた。やはり新生連邦は彼等の約束を守る気など、毛頭なかったのである。

「奴等め!やはり口約束は破る手筈か!」

悔しがるゲイル。両手をガシと合わせ、その怒りの表情をモニター越しに見せた。

「キャプテン、村長から入電!」

イヤーが応答した。このタイミングでメナスからの連絡。急いで繋ぎ、対応するゲイル。

「奴等が攻めてきた。やはりわしの思った通りだな。村が戦場になるのは避けられん。」

メナスが彼に連絡をしているのは、医療機関の中からだった。つまり、今新生連邦が迫っている中で、メナスは避難出来ていない状態でゲイルと話をしているのだ。それを指摘する、ゲイル。

「村長!何故避難を終えていないのですか!?敵が来る事は分かっていた筈ですよ!?どうして家に……?」

当然の指摘だ。しかし、メナスは静かに、言った。

「村人の中に事情があり、逃げることが出来ん人間も居る。それらが集中しているのが医療機関だ。そうした人間が居る中で、村長であるわしが尻尾を巻いて避難しろと言うのは人としての心を捨てろという事か、ゲイル?」

村長としての拘り。メナスにはそれがあった。村の長という立場として、彼は村から逃げる事をしなかった。せめて、今、避難出来ないでいる医療機関の人々にせめて携わろうと、していたのである。

「しかし、村長!連中は村の存在を残すとは思えません!奴等の目的は村人の強制退去及び村の土地を利用しての基地化です!医療機関の襲撃も考えられます!住民の死さえ問わないでしょう!」

「だから!病気を持っており、尚且つ今にも出産を間近に迎えていて動けん人間も居るのだ!その状態でわしだけ逃げるような腰抜けの真似をしろというのか!?」

メナスの言葉に、ゲイルは黙ってしまった。医療機関の存在や、様々な事情で動けない者達。ゲイルは、それ等の存在を失念してしまっていたのであった。

「わしはな、この村を守りたい。奴等の横暴に折れるぐらいなら、死んだ方がましだ。だからせめて、お前達に託したいと思う。」

 連絡はここで切れた。村長としてのせめてもの役目を全うしようとするメナス。彼の目を見たゲイルは、覚悟を感じ取っていた。

「クソッ……そうした事情の人間に対しても容赦なく、敵が攻めてくるのかよ……!」

身動きが取れる人々は、既にジェルヴァに避難出来ている。しかし安静にしなければならない病人が居る医療機関に人が集まっている状況では、彼等は何も出来ない。だからと言って、このまま村を蹂躙されるのを待つのもおかしな話だ。ゲイルは、考える。

「そうだ……攻撃せず、守るだけなら出来る……!各員に通達!武器を一切使用するな!医療機関の警備に当たれ!そこだけは、なんとしても守るんだ!!」

彼の指示で、クルー達に第二種戦闘態勢が伝えられる。それと同時に、ゲイルが皆に言った。

「皆。この村が戦場になる。今まで住んでたり、世話になった建物が壊されるかも知れない。かし今は、一人でも命を助ける事が優先だ。護衛する機体を選び、医療機関を守ってくれ。連中は容赦なく村を蹂躙すると予想できる。他にも人がいるかも知れないのは分かっている……しかし、今は医療機関の護衛が最優先だ。絶対に、破壊だけはされないように……!」

ゲイルの言葉が詰まる。今まで守ってきた村が蹂躙されて、残された人々が死ぬかも知れないという状況。彼は、この村を守らなければならないという決意を胸に秘め、戦うのだ。

 

 

 

 シャルア達は急ピッチでツヴァイガンダムの改修を進めている最中だった。形は出来てきた。後は、左上腕部を何かで補えば良い。以前の形状を作る事は出来ていないが、人々が集まり、修復を行う事で機体は形を成す。急造でも、戦う力として存在するのならば、それを利用するまでだ。

「余っているジョゼフのパーツ、使えるんじゃないの?」

「規格が合うか分かんないぜ?」

「何もやらないよりはマシよ!あいつの為に急いでやらないと行けないのよ……!おじいちゃん、無事で居てよ……!」

シャルアの目がいつになく真剣だ。村が襲われる状況。更に、自分の祖父もどうなっているか、この時のシャルアには分かっていない。今まで住んでいた村を襲われる事は、あってはならない。だがその現実が迫っている。なら、自分に出来る事をしよう。レイのガンダムを形作り、それを使えるようにする。それが、今の彼女の役目なら、果たすまでだ。

 やがてジョゼフのパーツが装着され、ツヴァイガンダムは、形を取り戻したのである。だがそのツヴァイは左半分がジョゼフのパーツで構成されている機体であり、尚且つプラズマキャノンもない状態だ。そして、最大の特徴ともいえるブリッツファンネルの存在が右半分にしかない。そして、左手部マニピュレーターにはバズーカが装備されている。これは、ジェルヴァの中にあったジャンクパーツを組み合わせて作った急造品であったのだ。

 

「シャルアさん。」

そこへ、レイが声を掛けてきた。振り向く、シャルア。

「ツヴァイ、形が出来たんですね……ありがとうございます。」

そこにあるツヴァイの姿を見て、レイは感謝した。形状は元と大きく異なってしまってはいるが、伝説と言われるガンダムタイプである事に、変わりはない。

「急ピッチで完成させたわよ。名付けて、ツヴァイガンダムイージー。元々あったかもしれない武装の大半が使い物にならないから、ジャンクパーツで固めたわ。あと、ビーム粒子に関してはうちも補給出来てない状態だから、武装を使う時は、慎重にね。ビーム兵器をバンバン撃ったらすぐエネルギー切れ起こすから。」

シャルアの説明を聞き、レイは静かに頷く。彼の戦う意思は、固い。

先の戦闘でゼルに言われた事が気になっている彼だったが、守る為に戦いたいという一心は、紛れもないものだ。

「んで、守る為だっけ?あんたが戦う目的って。」

「……はい。」

“我儘”“調子に乗った行動”と言われても、レイの思いは強い。今、迫る非常事態で自分に出来る事をしたいのは、ゲイルも同じだが、レイも同じだ。

「じゃあ、守ってよ。この、ガンダムで。」

シャルアの本気の眼差しを見たレイは、静かに頷く。

「ありがとうございます。シャルアさんも、無理しないで下さい。」

「あんたこそ、死なれたら困るのよ。あんたは、あたしの……お、玩具なんだから!」

この場で発した台詞は、周囲に居た人間を驚愕させる。玩具?人間を相手に“玩具”という発言は、意味深である。

 だがその言葉を汲み取ったレイは、静かに

「……はい。」

とだけ言った。

「あと、これも。」

シャルアは、レイにあるものを手渡した。それは、ツヴァイに乗る時に装着する、装置だ。それを耳輪部に引っ掛け、そのまま、レイはシャルア達が急造したツヴァイに乗り込むのだった。そのまま、戦場と化しつつある、ヒパック村に向けて発進をする準備を行うのだ。

 今回、ジェルヴァの機体は全てが腰部に武装をマウントしている状態で出撃する。人が多く集まる、医療機関の護衛をする為だ。そこが新生連邦に攻撃される事があれば、目も当てられない事になる。

 本来、こうした出来事は新生連邦等の軍が優先的に行う事であるのだが、今の新生連邦は村人の命より、この土地を優先している。つまり、村人の生死は問わないという事だ。そこに、身動きが取れない村人が居たとしても……である。これが如何に異常である事か。新生連邦と言う組織が、これ程残酷な組織だったとは。残された村人を一人でも守る為、彼等は戦うのであった――

 

 

 

 戦闘が始まった。ジェルヴァチームには合計九機のMSが居る。レイのツヴァイを含む機体達。いずれもが、今、武装を装備していない。出来るだけ村の建物に傷を付けないように、スラスターの出力を最低限にした状態で移動する、彼等。

 やがて目標である医療機関に辿り着く。そこにはクリアの乗るディープシーが立ち止まった。彼女が、護衛を行う予定だ。

「私が……ここを守る。皆は別の所へ。」

と言った時、そこへツヴァイが降り立ったのであった。

「レイ……?」

「僕にも、ここを守らせて下さい!体の不自由な人とかが居る所を狙うなんて、絶対にさせません!」

純粋なレイの意思を、クリアは感じ取っていた。ガンダムに乗っているレイ。ここを敵に襲撃させる訳には、行かない。

「レイが居れば、心強い……ガンダム、とても頼もしいよ。」

クリアが笑みを浮かべた。冷静で物静かな印象を持つ彼女。いつしか、レイに対して心を開いている。その状態のまま、両者は医療機関の前に立つ。いつ、敵が来ても良い様に……だ。

「レイ、本当にありがとう……村の事情なのに、協力してくれて。」

クリアの優しい言葉を聞いたレイ。敵が迫るかも知れない状況で、僅かな会話を行う両者

「僕は、ただ恩返しがしたいだけなんです。でもそれは、もしかすれば我儘かも知れません。」

「我儘……?」

「僕は人を助けたいって気持ちがあるだけで、結局それが自分の中で正当化されてるのかも知れないって考えたんです。自分が何かを助ける事が、結局は自分自身を安心させてるだけなのかな……って。何かをしないといけない気持ちがあるのは、僕自身がただ、焦っているだけで、何か行動をする事で安心を得ようとしているだけ。それって、我儘な事なのかなって思ったんです。」

何故だろうか。レイは胸中をクリアに語った。誰かに、聞いて欲しいという気持ちが、それは、彼の中にあったのかも知れない。

「私に、そんな事言うんだ……」

「迷惑、でしたか?」

同じ地点を守る者同士がここに居る状況で、レイはクリアに話しかけた。ただ、それだけなのだ。

「ううん。迷惑なんかじゃない。何かの為に、行動する事が我儘なんて事はないよ……うん。レイ、頑張ろうね……この村を、守ろう。」

「クリアさん……」

もしかすれば、それは他者に寄るのだろうか。人の為に何かをしたいという気持ちがエゴとして扱われる事もあるのかも知れない。しかし、今、レイはクリアに感謝されている。それは紛れもない、事実だ。

 

ピキィィィ

 

その時、レイの脳内に電流が流れた。そして、彼は一瞬冷や汗を掻く。

 何か、近くに得体の知れない存在を感じる。彼が感じた感覚は、次第に大きな存在となっていく――

(う……?何だろう……この感じ……シンギュラルタイプがいる近く……?いや、これは純粋な力じゃないような……?)

既に強化モデルが敵に居る事を、認識したレイ。この違和感は間違いなく、ガウルによるものと言えた。敵が迫ってきている状況ではあるが、今、ツヴァイは動けない。ツヴァイの後ろに広がる医療機関を守る為である。だが――

「この村は、戦力を持っている!それ即ち、制裁の対象!新生連邦軍が行うのは弾圧ではない!これはれっきとした、戦力の無力化である!我々は正義の名の下に!それを遂行する!そして、これに反対する勢力は例え民間人であろうとも軍への反乱行為に同情したものと見做し、我々は制裁を加えるものとする!!!」

その時、ガウルが声を荒げて言った。村を襲撃する新生連邦。あろう事か、ガウルはそれを正当化しようとしているのだ。

 よりもよって、その言葉を村全体に響くように、ガウルはスピーカーで言ったのだ。

「狂ってる……あれが指揮官の男の台詞……わざわざスピーカーで言う台詞とは思えない……」

遠くから、村に接近しようとしているウルスブランの存在を確認した、クリアとレイ。

展開されているディーストよりも大型機体のそれの機体色は白色。そこに、青色のモノアイが重なり、不気味なシルエットを描いているのだ。

「あれが、敵……始めて見る機体だ……」

レイは、そっと呟き、ウルスブランを見る。その機体から感じる得体の知れない感触は、レイ自身を緊張に追い遣るのだった。

 

 

 

別方向から、新生連邦は寒冷地用ディーストを展開し、実弾ライフルで襲撃してきた。それらに負けずに、ジェルヴァチームは新生連邦に攻撃を加えている。実弾は建物を破壊していき、蹂躙する。それに負けじと、チームの機体はビーム刃で抵抗を試みる。もしかすれば、いるかも知れない村人を守る為に。

だが敵は射撃攻撃を、躊躇なく行う。これが、彼等の行動をやり辛くさせているのだ。

「くぅぅ!容赦ないんだからぁ!」

ニアが苦しげな声を上げた。だが敵のディーストは攻撃を加えない事を良い事に、実弾ライフルで迫ってくる。シールドで防御をし、これらに備えるニアのディースト。

 この他にも、実弾ライフルが躊躇なく迫る。しかし、逃げ遅れた人々がいるかも知れない状況でこちらが攻撃を加える事は、出来れば避けたい。

「せ、せめてビームサーベルでぇ!」

そう言った後、ニアのディーストはビームサーベルラックからビーム刃を展開した。射撃兵器以外ならば、被害を大きく出すことは無いだろうと考えた結果だ。だが、これに対しても躊躇なくライフルを放つ敵のディースト。

 この時、新生連邦のディーストの足元に居た人はライフルから落ちた弾を頭に受け、そのまま意識を失った。いや、死んだというべきか。頭部からは血を流し、腹臥位姿勢で倒れている。逃げ遅れた人間の一人が、そこに居たのである。

「あああ……なんて事!」

いつもは朗らかなニアも、これには怒った。罪なき民間人が殺された瞬間を見て、ビームサーベルを振るい、ディーストに迫ったのである。

「我が軍の機体を利用する不届き者め!」

ディーストのパイロットが言った。

「そっちの方が、よっぽど悪じゃないかー!!!」

怒るニアはそのディーストに向け、ビームサーベルを展開し、迫る。拮抗しようと、そのディーストもビーム刃を展開した。

 

バヂィィィ

 

互いに拮抗し合うビーム刃は激しくスパークを散らす。だがこの時のスパークも、うすらと積もっている雪に弾け、溶かす。雪のあった場所は一瞬で蒸発した。ビーム粒子の熱は、あまりに高熱であり、近寄る者を躊躇なく、焼くのだった。

「やああ!」

それから、ニアのディーストはビームサーベルを水平に持ち替え、敵のディーストの胴体を切り裂き、撃破した。爆発を起こさぬよう、コクピットのみを的確に切り裂いたのである。

 

 

 

 レイとクリアは迫るウルスブランに警戒している。ディーストとは異なる形状をしている大型機体。それがどのような攻撃をするのかは、予想出来ない。仮に攻撃を仕掛けてきても、迂闊に手は出せない――

「そこにいるのは分かる!貴様、ガンダムタイプに乗っているな!シンギュラルタイプか!私と同じだな!」

見つかった。いや、元々察知されていたというべきか。だが彼等は動かない。後ろには村で唯一の医療機関の存在がある。それを守る為に、彼等は防御姿勢を取るのだ。

「何故、動かない!?ん?後ろにあるのは……成程な!健気だ!」

ガウルは彼等が守っているものを察したようだ。その瞬間、あろう事か、ウルスブランは両手部を展開した。そして――

 

バシュゥゥゥ

 

ビーム砲を展開した。明らかに、彼等が守っている建物である医療機関への攻撃だ。

「そんな!MSに攻撃をしないなんて!」

「どうかしてる……」

悪質だ。敵戦力を奪う為に機体を攻撃するのならば分かるが、よりにもよって医療機関へ攻撃を加えるという凶行に出た、ガウル。間一髪、ツヴァイの左前腕部のシールドがこれを防ぐ事に成功したのだが、この一撃を受けてシールドは破壊されてしまう。

 ウルスブランは強力な兵器を持っている。それも、村で使って良いような兵器ではない。攻撃されても、反撃できない状況。不利な中で、レイ達はこの機体と戦わなければならないのだ。

 

ガキィン

 

そこへ、新生連邦のディーストが降り立った。ウルスブランよりも医療機関に近い位置に居る、その機体は、あろうことか、施設に向けてライフルを構えていた。引き金が引かれれば、弾が施設を貫通する、危険な状況だ。

「聞いて……!」

このディーストを止めたいと思うクリアは、パイロットに向けて回線を開いた。パイロットの意志を確認したいと、思った為である。

「ここにいる人は医療を受けている人達……身動きが取れないの……!そんな罪ない人に銃を向けるの、おかしいと思わないの……?」

少女の声に、ディーストのパイロットは動揺しているようだ。兵士は、あくまでも命令をされて動いているだけ。そこで、クリアの声を聞き、彼は困惑し始めていた。

 引き金を引けば施設に攻撃が出来る。だが、罪なき人を殺して何なる?兵士は、躊躇い、迷う。

「命令なんだ……命令で動いているだけだ……俺だって家族が居る……その為に、やる事をやるだけだ!」

「命令でも、家族が居たとしても、人の心があるなら、それはやめるべき……!」

戦闘とはいえ、無差別に人を殺めて良い筈がない。兵士もそれは理解している。故に、迷う。自身が何をすべきかを。彼は命令と良心の狭間で迷い、もがいていた。

 

ズバァァ

 

だが、兵士の乗っていたディーストはビーム粒子の一撃を受けた。ウルスブランのビーム砲は収束したビーム刃としての機能を果たし、あろう事か、部下であるディーストのパイロットを殺めたのである。

「敵の指図を受ける!これは二流の兵のする事!敵性勢力は排除!これが戦闘の基本!それに加担する者全て排除!これも戦闘の基本!」

ガウルの攻撃は冷酷そのものだ。味方の犠牲さえ厭わないこの男は異常だ。

「貴方……!」

クリアは怒り、攻撃を仕掛けようとする。だが、後方にある施設を巻き込む訳には行かない。故に、ディープシーは攻撃が出来ない。

 しかし、ウルスブランは攻撃を仕掛けてくる。頭部から展開されるビーム機関砲は、その粒子の熱で医療機関を襲う。この攻撃を通せば、建物に被害が出る。病院に居る者達をこれ以上見過ごす訳には行かない――側に居たレイは、動く事を決めた。

「レイ……!」

クリアは、それをただ、見守るだけ。彼が、ウルスブランと交戦する事を決めたのだ。レイはツヴァイを、医療機関と関係ない方向に移動させ、それに追従するようにウルスブランも追ってくるのだ。

 

 

「お前がシンギュラルタイプか!若い感覚だ!私と同じ感覚の者と戦えるのは光栄だな!」

ガウルは接近するツヴァイを見て、言った。一方のレイは、ガウルから感じる人為的な感触に違和感を覚えていた。

「違う、この感じはシンギュラルタイプのような純粋なそれじゃない!」

力を持つレイは、男が発する感覚を感じ取り、声に出した。平気で医療機関へ攻撃出来るこの男を、無視は出来ない。レイは、戦う事を決めた。

 せめて、建造物を破壊せぬように対策を考える、ツヴァイ。側腰部からメガビームセイバーを展開するが、その出力を抑えた。今、ビーム粒子残量も多いとは言えない状況。武装を扱う時は慎重に行動しなければならないのだ。

「ビームの剣!なら、私もそれに応じよう!」

ガウルが言った後、ウルスブランは腰部から棒状の物体を把持した。やがて、それはウルスブランの全高程度まで展開され、その先端部がビーム刃を展開する。

 それは、ハルベルトと呼ばれる兵器に変形したのだ。ウルスブランが持つ武装、ビームハルベルト。それが、レイの前に襲い掛かる。

周囲に建造物があるにも関わらず、それを振るうウルスブラン。この一撃で建造物に被害が及んだ。瓦礫で埋まり、周囲は積もっていた雪が飛び散る様に広がった。

 ツヴァイは一度、機体を上昇させようとする。そこからビームセイバーでウルスブランに切り掛かるのだが、ウルスブランはこれを回避。

「シンギュラルタイプが使える武装!それを見せてやろう!」

 

ピシュンッ

 

「あれは……!?」

彼が目にしたのは、小型の飛翔体だった。その存在に、レイは不安を覚えた。見覚えのあるその形状に、レイの不安はより、現実のものとなっていく。

飛翔体は、展開されて数秒後にビームを放った。建造物がある、場所でそのような事を行うのだ。それは、ウルスブランに搭載されているサイコミュ兵器だった。簡易負担型ファンネル。その文字通りに、搭乗者への精神的負担を考慮して作られた兵器であるが、扱う為には搭乗者の空間認識能力が求められる兵器である。ガウルは強化モデルであるが、そのコントロールを完全なものにするには、時間を要するようだった。

「こんな所でビームなんて!」

レイは叫んだ。敵の攻撃は、明らかに躊躇がない。こちらが守っている事を良い事に、敵は容赦なく攻めてくる。ブリッツファンネルを使いたいという衝動に駆られたが、今、それを使う訳には行かない。この場でそれを使うのは、危険だ。

 

ギュルルッ

 

更に、ウルスブランはバックパックから三本、有線式のビームケーブルを展開し始めた。先端部にビーム粒子が覆われているその兵器は、触れたものをビーム刃で貫くかの如く、攻撃を加える兵器である。

それにより、レイの駆るツヴァイを切り刻もうとしてきた。バックパックに装備されているそれは、基本的には一対多数で使用する際に有効の武器であるのだが、この状況ではツヴァイを破壊する為に、容赦の無い攻撃を続ける。

「ダメだ、容赦がなさすぎる……周りに人がいないのなら、せめて!」

このままでは防戦一方だ。せめて、何かを使い、反撃をしなければと考えるレイ。

 彼は、ツヴァイの武装を駆使して攻めようとした。ビーム兵器は貫通力が高い。建造物を破壊してしまう。ならば、実弾兵器が有効か。胸部マシンキャノンでウルスブランを攻撃するのだが、その装甲を貫く程、ウルスブランは柔い装甲ではなかったのだ。

「本気でないガンダムタイプ等、相手にならん!」

その時だ。ウルスブランはバーニアの出力を上げ、レイの視界から消えたのだ。

 どこへ行く?それをレーダーで追う、レイ。だがウルスブランはあろう事か、先程の医療機関に移動を始めたのだ。ツヴァイはそれを、急いで追いかける。市街地の移動を、バーニアの出力を抑えて移動するのだ。

 

 

 

 レイ達が守っている医療機関の中は、外の戦闘で皆が不安に陥っている。絶対安静の患者の姿もあれば、出産を間近に控えた妊婦の姿もある。ヒパック村で唯一のそこは、一通りの診療の対応出来る総合機関となってはいるが、人の少ないヒパック村という環境もあり、設備が多く整っていない。ただでさえ予断を許さない状態であるのに、外で戦闘が行われているという異常事態。逃げるにも、逃げられない患者や医者、看護師等の医療従事者達。

 その中を、村長のメナスが産婦人科にて、激励を行っている。彼自身に出来る事として、不安に陥っている人々を励ます。唯一の手段だったのだ。

「村長はどうして逃げないのですか……?」

ある、妊婦が彼に言った。

「新しい命を宿している者がいるのに老いぼれのわしが尻尾を巻いて逃げるような真似を出来る訳がないだろう!ここがどうなろうと、わしは動かん。絶対にな。」

妊婦は精神的に不安を抱えている。更に、新生連邦が迫る状況ではその不安は更に拡大される。それでは、本人の意思が持たない。特に、逃げられない状況ならば尚の事だ。

「おじいちゃん!」

そこへ、一人の少女が現れた。その人間こそ、シャルアだったのである。

「何故ここに居る!?ジェルヴァには行かんのか!?」

「おじいちゃんを見捨てるなんて出来る訳ない!みんな戦ってくれてるのに!あたしだって出来る事をする!」

シャルアはレイのガンダムを形とはいえ完成させている。その上で、祖父であるメナスの元に来たのだ。何かをしたいという思いが、彼女を突き動かした。シャルアはサディストではあるが、善意を持っている人間と言えたのである。

 

ドオオオオオッ

 

施設内が揺れた。恐らく攻撃を受けたのだろう。不安になる、妊婦達。

「あいつら……ここに人が居るって分かってて攻撃してる……ふざけてんじゃないわよ……!」

シャルアの言葉がこの空間に留まる。正規軍が村への武力行使を行うという異常。だが今は、この嵐が過ぎるのを待つしか出来ない。

「シャルア、ここは任せるぞ。」

その時、メナスが静かに頷き、去って行った。一体、何処へ向かっていくというのか。彼女は、ただ、不安に満ちていた。

 

 

 

 ウルスブランはビーム機関砲で攻撃をしていた。その後、医療機関の前に移動。そこにはクリアの乗るディープシーが、その場を守る為に立ち止まっていたのだが――

「邪魔だ!」

と、ビームケーブルを展開してディープシーに攻撃を加え始めたのだ。攻撃をされればダメージは避けられない為、一度後方へ下がるディープシー。反撃をせんと、ビームサーベルを展開しようとするが――

「戦いをする上で厄介なこの存在には消えて貰わなければならない!反政府勢力となり得る村の存在に加担する医療機関など、不要!」

 

ビゴォン

 

ウルスブランのビームハルベルトが、医療機関に振り下ろされようとしていた。この攻撃が通れば、守るべきものが無くなってしまう。それだけは避けなければならないのに、ガウルは躊躇なく、それを行おうとするのだ。

「駄目……!それは……」

クリアが止めようとする。だが、ハルベルトは振るわれようとしていた――

 

「待て!」

 

すると、医療機関の前に一人の老人の姿があった。村長であるメナス・ジェインだ。両手を広げ、大型機体であるウルスブランを前に、堂々と、守ろうとせんと立ち塞がるのだ。

「村を攻撃する気なのなら、村長であるわしを殺せ!それで貴様の気が済むのならな!」

村長として、ヒパック村を守る。それが、彼の務めと思っていた。今、メナスは多くの動けない人が居る医療機関を、己が身で守ろうとしているのだ。これが、村長という存在である。

村の危機に瀕しても、年齢を重ねようとも、己が身を差し出し、命を削る。彼の行動は、正に命懸けだった。

「健気だ!まさに人間の鑑!という訳で絶命してもらおう!」

この行動を前に、それでもガウルは狂刃を振るう。それが、強化モデル故の残酷さなのだ。

 ビーム粒子で覆われた長い柄は、メナスを蒸発させようとしている。それが振るわれれば、彼の身体は瞬く間に消えてしまうだろう――

 

ガキィン

 

そこへ、ツヴァイがウルスブランの胴体を両手部で把持し、そのままスラスターを上空へ移動させたのだ。戦場を変える事を決めたレイが、間一髪、メナスを守ったのであった。

「させない!!」

「チッ!シンギュラルタイプの小僧が私の邪魔をした!」

上空に移動すれば、建造物に気を遣うことは無い。戦場さえ変えれば、彼等は戦うことが出来る。村を蹂躙されるぐらいならば、こちらから戦場を変えてしまえばよい。住民がいるかも知れない状況ではなく、それらが居ないとされる場所――雪原に、移動をすれば脅威は止められるのだ。

「あの、少年が戦っているのか……」

ツヴァイの行動を見て、それを、ただ見上げるだけのメナス。

「レイ……!」

それと同時に、クリアはレイの行動に感銘を受けた。そして、この直後に別のディーストが、医療機関の前に立つ。それも、二機。

「クリアはあのガンダムを追って!ここは私達が!」

別の人物がクリアに言った。敵のディーストが迫るかも知れない状況で、二機のジェルヴァのディーストが護衛に入るというのだ。

「ありがとう……私、行く。」

クリアは感謝の言葉を述べ、二機にこの場を任せる事にした。そして、戦場を変える事に成功する彼等。これらに吊られるように、他の新生連邦のディーストも村から移動し、ガウルの居る方向へ向かうのだ。

 今回の指揮官はガウルである。つまり、彼が何らかの作戦を立てていない限りはガウルの方向にディーストが集まるのは至極当然と言えた。こうなれば、残りの機体を村から離れさせ、場所を移動させる。爆発や実弾、ビーム粒子による熱線。それらの被害から残された村人を守る為、彼等は動くのであった。

 

 

 

 郊外にて戦闘を行うツヴァイとウルスブラン。ここならば、人はいない。遠慮する必要も、無くなる。レイは、先程までの鬱憤を晴らさんとばかりに、ウルスブランへ攻撃を仕掛けるのだ。

「やああっ!」

ビームセイバーが再び展開された。刃を敵へ向け、攻撃を仕掛ける。だが、ウルスブランはこれを回避し、ビームケーブルを展開し、ツヴァイに迫るのだ。更に、再びファンネルを四基展開するウルスブラン。

 この間、ツヴァイはビームケーブルによる攻撃や、ハルベルトの攻撃を回避しなければならない。ビーム刃は躊躇なくツヴァイに迫る。ただでさえ、元のスペックよりも劣っているツヴァイガンダムイージー。更に、ビーム粒子の制約もある。急造されたその機体を扱うだけでも、辛うじた状態なのに、ウルスブランは容赦ない。

 

バシュゥゥゥ

 

更に悪い事に、ファンネルからビームが放たれた。急ぎ、防御手段を考えるレイ。左前腕部にビームシールドが無いのならば、右前腕分に存在しているとされるバリアーフィールドの展開を祈るだけ。頼む、壊れてないで――

 

バイイイイイン

 

それは、展開された。ジェネレーターは生きていたのだ。不幸中の、幸いだった。ビーム兵器を防ぐ事は、出来る。戦う事は、可能だ――

「あっ――」

だが、安心したのも束の間だった。レイの眼の前に、青いモノアイを輝かせ、ビームハルベルトを装備したウルスブランの姿があった。背中のビームケーブルを展開した状態で、今にもツヴァイを切り刻もうとしている。雪原の大地に、白い大型機体による強襲を受けた、レイ。

「ここまでだ!シンギュラルタイプの小僧!」

突然の強襲にレイはどうすれば良いか、分からないでいた。“白熊”による処刑が、今、行われようとしていた。

 




第五十六話、投了。
村の医療機関を躊躇なく襲うガウル。搭乗MS、ウルスブランに対して戦う、ジェルヴァチームのメンバーと言う話でした。


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第五十七話 MS乗り達の交流

レイに迫る、危機。
ヒパック村編完結。


 

 まさにウルスブランのビームハルベルトがレイのツヴァイを切り裂こうとしている瞬間だった――

 

バシュゥゥゥ

 

一筋のビーム粒子が、ウルスブランの目の前を通り過ぎたのだ。急な攻撃に、ガウルは攻撃の手を止める。

「邪魔が、入ったか!」

青いモノアイで粒子が放たれた方を見る、ウルスブラン。

「大丈夫?レイ君!」

その声は、ニア・エグドナだった。村の中の交戦中に、クリアが郊外に移動するのを見た彼女も、同行する事を決めたのだった。

「ニアさん!」

感謝を伝える、レイ。

「あの白熊、強いと思う!油断は大敵!」

(白熊……?)

ニアの助けがあり、どうにか危機は避けられた。

「ちぃっ!我が軍のMSを流用するようなコソ泥如きが!図に乗るなよ!」

邪魔をされ、ガウルはハンドビームキャノンでニアのディーストに迫った。間一髪回避運動を取る、ディースト。

「そのガンダムタイプの背部の突起物は恐らくサイコミュと見た!差し詰め、切り札といったところかな?」

見抜かれている。ツヴァイに搭載されているファンネルの事を。それはデスゲイズとの戦闘で半数に減っている状態だった。機体から見て右半分に存在している三基の突起物は、ガウルの言うように、切り札として存在している。ファンネルによる攻撃を成功させれば優位に立てるだろう。だが、ビーム粒子の制約もある為、迂闊には使えない。

 だがハンデキャップを持っている状況である事を知らないガウルは躊躇なく襲い掛かる。再び、肩部から飛翔隊を展開。簡易型のファンネルだ。それと同時に、手掌部からビーム砲を放つ、ウルスブラン。これらは、ニアのディーストに向けられていた。

「ニアさん!」

ウルスブランのファンネルが放出されようとした瞬間、ツヴァイはディーストの前に立ち、腕部を差し出し、ビーム粒子を防いだ。生きているバリアーフィールドが、彼女を守ったのである。

「わぁお!凄いレイ君!」

感激する、ニア。だが――

「ニア、後ろ!」

突如クリアから通信が入った。明るい声でそれに応じるニアだが……

「へ?」

と、後ろを振り向いた時。ウルスブランのビームケーブルがニアのディースト目掛けて襲い掛かろうとしていた。急な攻撃に咄嗟の判断を下せなかったニアはどうすればよいか分からず、攻撃を受けるのを待っていた。

「あわわわわ!」

「ニアさん!」

レイは急ぎ、ニアの乗るディーストの前に向かおうとしたが、ケーブルのスピードが速く、間に合わない。ケーブルの火力は絶大だ。並みの機体の装甲は兵器で貫くだろう。彼女に危機が及んだ――

 

ガキィン

 

と、ニアのディーストを蹴る一機のMSが現れた。これによって機体のバランスは崩すのだが、ニアは機体を破壊される事なく事なきを得た。

そしてその機体はニアの代わりにビームケーブルを軽々と回避した。何が起こったか分からないまま、ニアは自分を助けた機体の方向を見る。

そこには、ジョゼフの姿があった。軽やかな動きをするそのジョゼフには見覚えがあった。ゼルのジョゼフである。

「え、あの人……」

レイは驚きを隠せなかった。先の戦闘では自分に攻撃をしたゼルの機体。その際、メナンを乗せたレイに対して蹴りによる攻撃を行ったが、今回の行為は明らかに味方を守る為のものだった。

「ゼル……助けてくれた……?」

「てめぇちんたらやってんじゃねえよ!死にたいのか!?」

恫喝するが、彼の言葉に冷たさを感じなかった、ニア。守ってくれたという感情が、彼女を包む。

「ちぃ!邪魔ばかりして!反政府勢力風情が!調子に乗るなよ!」

怒りの感情を剥き出しにするガウル。彼の駆るウルスブランはビームハルベルトを展開。ゼルのジョゼフに迫る。だが、ウルスブランはジョゼフで勝てる相手とは思えない。それでも、

ゼルは戦いを挑む。ジョゼフのビームサーベルを展開し、ウルスブランへ挑むのだ。

 互いのビーム刃が弾ける。しかし、ハルベルトの出力は次第に上がっていく。

「ゼルさん!!」

ツヴァイは、ジョゼフの前腕部と化しているグレネードランチャーを展開した。実弾はウルスブランの足元に当たり、爆発に伴って雪が飛び散ったのである。

 この爆散した雪が、ウルスブランの視界を遮る。この隙と言わんばかりに、ツヴァイがビームセイバーを展開し、接近するが――

「見えている!力を持った事が!災いしたな、小僧!」

あろうことか、ツヴァイの攻撃を見切っていたガウル。後方へステップ移動し、回避を試みた。

「ガンダムで敵と戦う!その動き!小僧!ガンダム伝説の主人公にでもなったつもりか!?」

ファーストガンダムの伝説はこの時代では語り継がれている伝説だ。この世界で人気が絶えないその伝説にあやかっていると言わんばかりに、ガウルはレイを馬鹿にした言動をした。

「そんなつもりなんてないです!」

レイは反論する。

「ガンダム伝説は!少年か少女のシンギュラルタイプがパイロットと、よく言われているらしい!ガンダムを駆る小僧がそれに該当するのか!見極めよう!」

ガウルの言葉の直後、ウルスブランはビームケーブルを再び放出した。それを見たゼルのジョゼフは、目の前に現れ、まるで彼が囮になるかのようにビームケーブルの正面に立ち塞がった。

「ゼルさん!?」

突然の行動に驚愕する、レイ。

「なんだ?お前はただの人間、オールドタイプ!私が興味あるのはシンギュラルタイプの小僧だけだ!」

目的は既にレイ一人となってしまっているガウル。しかしその言葉が、今のゼルを怒らせた。

「うっせえんだよおっさんが。シンギュラルタイプ?そんなもんがなくてもさ……

俺がそれ相応の戦い方してやるから覚悟しやがれ!」

次の瞬間、ゼルの駆るジョゼフのビームライフル、前腕部グレネード、頭部機関砲等が一斉に放出された。しかもその機体の動き、明らかに早い。

「フハハッ!確かにオールドタイプにしては上出来だが……所詮はオールドタイプ!シンギュラルタイプの敵ではないわッ!!!くたばれ!」

と、ウルスブランは両肩部からファンネルを放出した。同時に展開されるケーブル。触手の如く展開されるそれらを、辛うじて避ける、ゼルのジョゼフ。しかし、不意打ちで放ってきたビーム機関砲が、ジョゼフの足を止めたのだ。

「しまった――!」

脚部に直撃し、スラスターがダメージを負う。機体バランスを失うジョゼフ。

 更に、そこへ先程展開したブリッツファンネルが襲い掛かる。遅れて放たれるビーム砲は、ジョゼフを狙った。これが直撃し、ジョゼフのバックパックのバーニアが損傷。その為、動きが取れない。

やがて、ウルスブランはビームハルベルトを再び展開し、ゼルのジョゼフに襲い掛かった――

 

ズバァァァ

 

ゼルのジョゼフはハルベルトに切り裂かれた。胴体部を直撃しており、そのまま、ジョゼフは雪原に叩きつけられたのだ。

「ぐあ……!」

この攻撃を食らった瞬間、ゼルは意識を失った。口からは血を流し、その衝撃を物語る。

ウルスブランによってゼルがやられた。ゼル自身も、無事かどうかは分からない。

「はーっははははははは!!!次は貴様だ!シンギュラルタイプの小僧!」

敵を倒したと同時に、標的をレイに絞るガウル。

 味方を守った機体が倒された。目の前で対峙しているこの男は、戦う事を楽しんでいる。それだけでない。自身の歪んだ正義の名の下に罪なき村人を殺す事も厭わない。

 医療機関を襲う事に躊躇いを感じた自軍のディーストを無慈悲に破壊した。そのような事が許されて良い筈がない――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

レイの眼が、深紅に染まった。トリガーは何か。怒り?生命の危機?それは不明だが、今、彼を突き動かすのは、純粋なガウル・ベネツィアという男への怒りだ。

その際、ガウルは頭を抱え始めた。頭痛と謎の鼓動音が、彼に聞こえたのである。

「うおおおおお!?なんだ……この不気味な感覚は!?まさか、あの小僧が怒っているのか……!?仲間がやられて……怒っているのか……!?しかし……私もシンギュラルタイプ……負けはせぬ!」

ウルスブランは再びビームケーブルを展開し、レイに襲い掛かる。だがそれらの攻撃は通用しない。素早いステップでビームケーブルを避け、腰部に装備していたバズーカを連射。更にそれを腰にマウントしてメガビームセイバーを繰り出すと、一気にウルスブランに襲い掛かる。

「はああああああああああああああ……」

急いでウルスブランはビームセイバーの攻撃を避ける。しかし避ける際、右肩部を刃が掠れて、損傷した。

 強敵と言えた、ウルスブランだが、次第に押されつつある。他のジェルヴァチームもレイの怒りをただ見るだけしか出来ない。ニア達はもはや唖然とするばかりである。

「ゼル機の回収、行うから……!」

「お、お願いだよクリア!」

その間に、クリアはゼルのジョゼフをジェルヴァに運ぶ事を決めた。胴体部が破壊されている状況。機体が動かないところを見ると、今も意識が失われている可能性が高い。危険な状況かも知れないと判断したクリアは、すぐに彼の機体をジェルヴァに送るのだ。

 この間、ツヴァイは右腕部のビームキャノンを連射。この攻撃に寄り、左腕部を破壊されたウルスブラン。だが怯むことなく、続けてビームケーブルを再展開する。これらをツヴァイに対して放出し、攻撃に出た。

「……!」

この間のレイは通常時よりも遥かに空間認識能力が高く、敵の攻撃に機敏に対応できるようになっているようだった。そして、大体それは自分が危機に陥る、怒りを覚える時等に生じる。何よりもこの状態になっている間のレイは、この間の記憶は、何故か、ない。あるのは、敵を倒したという手応えだけ。

「小僧!連邦に属していないガンダムタイプが良い気になるなど!ガンダムは、連邦の専売特許なのだよ!」

ガウルが言った。確かに、地球連邦軍が最初にガンダムと言うMSを開発した。それがきっかけとなり、現代でもガンダム伝説は語り継がれている。

 この男、先の言葉ではガンダムを容認するかのような台詞を吐いたが、今は違う。まるで否定している。発した言葉の乖離が生じていた。

「レーダーに熱源!?レイ君、増援だよ!」

そこへ、援軍と言わんばかりに新生連邦のディーストが五機、アルペンスキーのスキーヤーの如く雪原を滑り、迫ってきた。実弾ライフルを連射し、ジェルヴァチームに容赦なく迫る。

 この場に居る機体はツヴァイと、ニアの乗るディーストのみ。危機的状況が迫る。味方の増援も期待できない状況での敵の増援は、危機だ。

この状況を打開するにはどうすれば良い?自らにある力を使い、打開可能ならばのなら、するしかない。そして、その答えは、今、持っている。

ブリッツファンネルだ。半数しかないファンネルで、今は攻めるしかない。レイは一度、目を閉じ、敵への攻撃をイメージする。

 

「……!」

 

ピシュンッ ピシュンッ ピシュンッ

 

この瞬間、開眼と同時にブリッツファンネルによるオールレンジ攻撃が展開された。その素早い動きと出力のあるビーム砲撃により、増援で出現したディースト五機を、瞬時に破壊することに成功するツヴァイ。それは圧倒的な強さを物語っていた

更に、ブリッツファンネルはウルスブランに向け、容赦のないビームの嵐を食らわせる。だが、これらを辛うじて避けるウルスブラン。その間にも腕部や足部の装甲は僅かではあるものの、削られつつある。

「ち、こいつ!いい気になるなよ!」

怒るガウル。その際、男はニアのディーストを見つけた。ツヴァイがブリッツファンネルを展開し、接近できない状況で別の標的を見つけたガウルは、ニアに迫ったのである。

「聞いてないよ!白熊ぁ!」

焦りを感じたニアは、ディーストに装備しているビームライフルを放つ。だがガウルはこれらを回避し、急接近を行った。その間に迫るブリッツファンネルを回避しながら、ニアに接近する。

「反政府の勢力!今こそその命を終える時!」

ニアの前に現れたウルスブランは、ビームハルベルトを展開していた。回避をしようにも、間に合わない。ビーム刃は妖しく輝き、その高温でディーストを切り裂こうとしていた――

 

ズバァ

 

その時、一基のブリッツファンネルがビーム刃を展開し、ウルスブランに高速で襲い掛かった。あろう事か、それは機体の右前腕部を貫通している。ツヴァイのブリッツファンネルに搭載されていた、ミニファンネルのビーム刃がガウルの行動を阻止した。それと同時に、前腕部は爆発を起こした。その際にハルベルトの柄は雪原に落ちる。

この時、ガウルは後方へ移動を試みようとした。しかし――

(なんだ……?この威圧は……う、動けん……!?)

何故だろうか。ガウルが操縦桿を引こうとして動かすも、腕が動かない。腕どころか、指一つも動かせない。

 この時、ガウルはレイから発せられていたプレッシャーを感じていた。この異常な感触はこの男の精神を蝕む。レイのような少年から感じる明らかに異常な狂気は、一体?

やがて、その間にもツヴァイのブリッツファンネルはビーム刃を展開して迫ってくる。刻一刻と、確実に。

「く、来るな――」

だが彼の願いとは裏腹に、それはコクピットを貫いた。

 

「ぐお……ああ……」

 

ガウルは口から血を吐き、そのまま死亡。それと同時にウルスブランも爆発した。ヒパック村を襲う事を指揮し、その上で身動きが取れない人間のいる医療機関への攻撃を行おうとしたこの、残酷な強化モデルの男。今回、レイはこの狂気の男を仕留めることが出来た。

その瞬間、彼は元の美しい青色の眼に戻る。同時に、ブリッツファンネルはツヴァイに自動的に戻っていった。

「ハッ……」

先程までの記憶はない。気が付けばウルスブランを倒していた自分がそこにいた。何があったのか、彼には分からない。ただ、敵を倒した手応えだけを感じていた――

 

ピピピピピッ

 

その時、レーダーに反応があった。別のディーストが、レイのツヴァイに迫って来ていたのである。ガウルを倒した直後を狙った攻撃だ。ディーストは実弾ライフルを構え、動きの鈍いツヴァイを攻撃しようとしていた。

「こんな!?」

ツヴァイの装甲に対して、実弾ライフルの火力等たかが知れている。だがそれは、“通常のツヴァイ”であればの話だ。今の彼の機体はツヴァイガンダムイージー。あくまでも応急処置で作り出された機体だ。至近距離でライフルを放たれれば、装甲を傷つけるのは勿論、コクピットに当たれば怪我は避けられない。レイは目を瞑る。彼に、危機が及んだ――

 

バシュゥゥゥ

 

次の瞬間、ディーストの実弾ライフルにビーム粒子が貫いたのだ。一筋の光によって破壊されたのである。目を瞑っていたため、何が起きたか分からないレイ。ただ自分は生きているということだけを実感していた。

「え、一体……?」

ふと、彼は上を見た。そこにはかつて自分が搭乗していた懐かしい機体――紺色のガンダム、アインスガンダムの姿があったのだ。

「まさか……スバキ!?」

そこにいたのは間違いなく、今はスバキの機体となっているアインスガンダムだった。特別な兵装をしていない、今のアインスガンダム。ビームライフルを構えているその姿を見て、レイが感動している時、スバキから無線で連絡が入った。

「レイ!無事か!?」

「スバキ!やっぱりスバキなんだね!?」

レイは、感銘を受けた。スバキがここに居る。それが意味する事は、ただ一つ。セイントバードが近くに来ているという事だ。

「え!?あれってガンダム!?どういう事!?レイ君!?」

驚愕している、ニア。レイはこれに対し、答えた。

「僕の仲間です!良かった……じゃあ、あの時のメッセージがエリィさんに伝わったんだ……!」

以前、朝方にレイのEフォンが送ったメッセージが、恐らく伝わり、ヒパック村を訪れてくれたのだろう。レイはこの奇跡ともいえる状況に感動していた。久しぶりともいえるセイントバードのクルーとの再会。レイは、ただ喜びを噛み締めるばかりだ。

少しして、ネルソンのハルッグがこの場に出現した。MAの状態でロングビームライフルを連射するハルッグ。それは、レイを攻撃仕掛けようとしたディーストを撃破する。

「ネルソンさん!」

ネルソンの機体の姿を見て、すぐにレイは回線を繋いだ。

「レイか!?そのガンダム、随分と改修されているようだが……?」

レイが見つかった。それは、良い。だがこの状況だけでは、何が何だか分からない状態と、言えた。

 しかし、そこにディーストが三機、迫って来ていた。指揮官を既に失っている状況にも関わらず、敵は迫ってくる。一体、何の為に?それ程にこの村が、必要だというのか?

 ライフルを構え、滑走するディーストはモノアイを輝かせて雪道を走る。そして、ライフルを放つ。弾が雪原を弾くように落下させながら、移動するのだ。

 これを見て怒りを覚えたのは、レイだった。もう、これ以上戦う必要などない。なのに、何故戦うのか?

「もう、戦うのをやめて下さい!」

彼は、新生連邦の兵士に対して言った。突然の事に、兵士達は攻撃を止め、機体を前進させる事を止める。

「女の、ガキの声……?」

一人の兵士が言った。

「僕は男です!それよりも、この村を襲撃する必要なんて、ない筈なんです!あの指揮官は僕が倒しました!だから、もう戦わないで下さい!この村から出て行って!!」

レイは村の人間ではない。だが世話になっていた。ジェルヴァチームとして、反連邦のレジスタンスとして、そこのメンバー達は全力で戦っていた。

 それ故に、強化モデル、ガウルを倒した彼はこの状況を無意味に感じた。もう、戦う必要はない。攻めてくるならば倒さなければならなくなる。彼とて、無意味な殺生はしたくないのだ。

「……撤退だ。」

一人の兵士がレイの言葉を聞き、言った。

「何を言っている!?この村の占拠が我々の任務の筈では?」

「無意味な事をしても何にもならない!第一指揮官が居ない状況で我々が出来る事は何もない!このような村を占拠して、何になるという?撤退だ!全軍に伝えよ!」

この言葉と共に、ディースト達は村に行く事なく、撤退していった。雪原を滑走し、去って行く。

 

 

 

 やがて今回の戦いは終わりを迎えた。ジェルヴァチームは、村を守る事に成功。だが、いくらか建造物が破壊されてしまっている。その中で、避難していなかった人々が犠牲になっていた。今までは平和に暮らしていた村を、新生連邦が蹂躙した。

 幸いと言えるのは、医療機関が無事だったという事だ。そこに居る多くの人間が死ぬ事は、あってはならない事であった為である。そこに居たメナスとシャルアは無事だった。それはジェルヴァチームの皆が、奮闘した結果であった。

 ゼルはすぐに医務室へ運ばれ、集中治療を受ける事になった。女医のホシェルが手術を行い、彼の状態の確認をしている。機体はコクピットを深く抉られた訳ではない。だが、出血もしており、予断を許さない状態と言えた。

新生連邦が撤退し、暫くした頃。間も無くしてして、セイントバードが着陸した。雪原には、ジェルヴァとセイントバードの、大型戦艦が並ぶ形で置かれている。各機体はそれぞれの艦に格納された。

ジェルヴァのMSデッキにて、エリィとゲイルは握手を交わしていた。同じMS乗りの艦長同士の、挨拶である。

「突然の戦闘の介入、失礼いたしましたわ。セイントバード艦長、エリィ・レイスです。レイ・キレス君がそちらでお世話になっているとは知りませんでした……ありがとうございます。」

丁寧な対応をする、エリィ。深くお辞儀をし、ゲイルに感謝の念を伝えた時――

「いやあ!なんと美しい!貴方のような美女を見たのは、生まれて初めてだ!うちのクルーが絶賛したり嫉妬するのも無理は無いですね!」

ゲイルは、異様に高揚している様子でエリィに接してきた。

「は、はあ……」

唖然とするエリィ。

「ああ!失礼。俺……いえ、私はここ、ジェルヴァのキャプテンを務めさせていただいているゲイル・ゼノイア・バーダです。」

「ええ……どうも……よろしくお願いします。」

リィはゲイルのテンションに若干では困惑した様子だった。彼女はこの時、ゲイルに対して爽やかではあるが少し落ち着きの無いという、第一印象を受けた。

「貴方がここの艦長ですか。私はネルソン・アルビュース。MS隊の指揮をしています。よろしくお願いします。」

次に、側に居たネルソンが挨拶をした。

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。」

と、ネルソンの挨拶に対してもきちんと答え、握手をした。そのすぐ後で、ネルソンはレイの話をした。

「レイ・キレスを保護して下さったそうですね。感謝致します。」

「いえいえ……それよりも、まさか、あのセイントバードの方々がこちらに来られるとは思っても見ませんでした!噂で聞いていますよ、あの、新生連邦の巨大MSと戦ったって!」

ヴァイダーガンダム戦の事だ。その模様はSNSを通じて知られており、そこに居たセイントバードの存在もMS乗りの中では有名になっていたのである。

 

「エリィさん、ネルソンさん!」

その時。レイが艦長同士、向き合っている場所へ姿を見せた。そのまま駆け寄り、彼等の元に訪れる。

「レイ君!久しぶり!」

「無事だったんですね!」

「こっちの台詞だよ!」

レイはエリィの姿を見て歓喜の声を上げた。一度はぐれてしまったセイントバードのクルー達が生きている姿を見る事が出来て、彼は歓喜していた。

「私ね、レイ君の存在を感知出来たの。多分、力を持っていたからだと思う。それでここまで来れたんだよ。」

それは、エリィのシンギュラルタイプの力が成せた業と言えた。力を持つもの同士が惹かれ合う感触という、不透明なものが、互いを引き寄せたのかも知れない。

「えっ、じゃあメッセージを受け取った訳じゃ無いんですか?」

「メッセージ?履歴とか見ても届いてないし……」

Eフォンのメッセージはラグが起きる事がある。それは特に、戦闘地域等にある回線を経由する場合、ビーム粒子の存在が邪魔をして、メッセージの接続エラーが生じる事があるのだ。その結果、送信しても相手側が受信できない場合も有り得る話だ。

「じゃあ、ここいるのが分かったのって……」

「そう、この力のお陰なんだよ。フフ、不思議だねー。」

自身の示指を頭に当て、自らの力を示した、エリィ。

「凄い……そんな事が出来るなんて!」

自らに備わっているかも知れない力が、互いを引き合わせたというのか。シンギュラルタイプの感という、科学的にも客観的にも説明が難しい事。それを、エリィは行った。そして、見事にレイの居る場所を当てたのだ。

それを聞き、レイは歓喜の余り、エリィの手を思い切り握った。エリィは少しばかり、痛そうな表情を浮かべている。

「色々とあったが、何はともあれ無事で何よりだ。怪我もなさそうだ。助けられた上に、MSに乗って戦っていたとは。君という人間はやはり、何か特別な力を秘めているのかも知れないな。」

そっと、ネルソンが言った。

「僕は……そんな力なんて持ってないですよ。自分でも分からない事があるだけで。さっきの戦闘でも、そうでした……」

深紅の眼に変化する現象。それが最初に発現したのは日本海での戦闘の時だ。それから幾度か、戦闘中である一定の状況でその謎の力が発動するようになった。それは穏やかな日常を望むレイとは遠い存在と言える、力だ。これは一体何なのか。それは全く分からない。エリィやスバキ等の、シンギュラルタイプの力とは違う存在なのか。この未知なる力だけが、レイにとって不安因子ではあったのである。

(やっぱり、あの時の感触は本当に何なのだろう。僕がシンギュラルタイプだとするなら、どうして他の人には同じ現象が起きないの?僕だけが特別なんて事、無い筈なのに……?)

少しばかり、不安になるレイ。その時、その不安を取り除かんと、エリィが声を掛けた。

「レイ君、お世話になったこの人達に改めて挨拶、しましょうか。」

この時のエリィに対し、レイは“大人”という印象を受けた。以前の彼女ならば人前でもレイに抱擁するような事をしていた事を考えると、彼女の心境の変化が見られるような、気がしていた。それと同時に、先の不安を思う事を止め、レイはゲイルに対して挨拶をした。

「ゲイルさん、色々と、本当にありがとうございました!この恩は一生忘れません!」

セイントバードのクルーに会えた喜びがそれ程に肥大なものだったのか、ゲイルをはじめ、ジェルヴァチームの世話になった人々に対して感謝の言葉を述べた。彼の中の精一杯の言葉だった。

「オイオイ、なんか大袈裟だな。そんなに頭を下げなくても。それに、世話になったのは俺達の方でもあるんだよ。村を守ってくれて、ありがとうな。本当に。」

ゲイルの方も、例を述べた。

ジェルヴァチーム及び、ヒパック村に世話になっていたレイ。新生連邦総司令、レヴィー・ダイルにも絶賛される力を持つレイはその力をジェルヴァや村に対する敵勢力に対し、戦った。しかしそれも終わりを迎えようとしていた。短期間ではあったが、ヒパック村での出来事等が彼の頭の中に蘇る。

「村は俺達の手で頑張って復興をしていくよ。君には行くべき所があるんだろ?」

それは、間違いない。彼はセイントバードチームと合流出来た。そうなれば、次にレイの身を置く場所は必然的にセインドバードになる。

 だが、何故だろうか。レイはここでの環境を悪く無いと思っていた。短期間で経験した事や、人々との出会いはレイに大きな刺激を与える。そして、まだ、何かしなければならない事があるような気がすると、思っていた。

 それは何かは分からない。しかし、このモヤモヤとした感情は、何なのか。

「ゲイルさん。少し、お話を宜しいでしょうか?」

その時、エリィが声を出し、ゲイルに言った。

「何でしょう?」

「諸事情に関しては存じ上げない部分もありますが、セインドバードもその、村の復興に微力ながら協力させて貰う事は出来ますか?」

突然の言葉だった。エリィの言葉にこの場に居た誰もが驚愕する。

「エリィさん!?それって、どういう……!?」

当然の疑問だ。これに対し、エリィは答えた。

「レイ君、ここの人達といきなりお別れをするのが寂しいんでしょ?だったら……もう少しだけでも時間を共にしたらいいじゃないかな。ゲイルさんが言っていたように、その、村の復興なら、人の数が多い方が良いでしょうし。私達も、出来る事をしたいと思うの。迷惑で、なければの話だけど。」

復興に協力して貰えるのならば、それは歓迎だ。ゲイルは喜びを感じると同時に、戸惑う。

「こちらとしてはありがたい限りです!しかし、宜しいので?」

「ええ、私達は大丈夫ですよ。」

快く引き受ける、エリィ。しかし、戸惑う、レイ。

「セイントバードの事情は大丈夫なんですか……?」

「うん、平気だよ。こう言う時こそ、人の力が必要になるじゃない?」

エリィの言葉に二言はない。一見すればこの発言は頼もしく見える。

だが、この判断に対し、異議を唱える者が居た。ネルソンである。

「艦長!それに関しては異議がある。我々はミシェさんの所へ、オスロへ向かう筈だ。なぜここに居ようとする?クルーの意見を聞かず、独断でそれは勝手過ぎないか!?」

クルーの意見を聞かないで、この場に居るというのはおかしい話だ。決定権はエリィにあるのだが、他者の意見を聞かないで決定すると言うのは横暴にも見える。

「大尉、それは本当に急ぐ事ですか。」

ネルソンからすれば、予想外の言葉に動揺した。だが、ネルソンは反発を続けた。

「そもそもこの場に留まるメリットが我々にはあるとは思えない!復興したいという気持ちは分かるが、我々にもしなければならない事がある!」

ネルソンは焦りを感じていた。セイントバードは元々、戦力増強をする為にオスロへ向かう予定だった筈。しかしレイが行方不明になった事で、その予定が大幅に崩れてしまった。レイが見つかった今、すぐにでもオスロへ向かいたいと思う。

 だがエリィはこれに対して意見を述べた。

「そうやって、物事を急いで、失敗する可能性も考えられます。」

焦りを感じるネルソンとは違い、エリィは冷静だった。レイが見つかった事が、関係していると言えるのかも知れない。

「新生連邦と言う脅威が今尚成長している現状で、我々も強化を急がなければならん!」

急げ、急げ……そう連呼するネルソン。普段ならば物事を彼自身の冷静さで解決するネルソンだったが、今回はばかりは、明らかに様子がおかしい。

「慌てない、慌てない。一休み、一休み、ですよ、大尉。」

余裕のないネルソンを諭すエリィだが、ネルソンは頭を抱え、言った。

「このままゆっくりと時間を経てば、やがて奴等はどんどん勢力を増していく!平和国連盟ですら戦争行為を行っている時代になっているのだ!そうなれば争いの耐えない時代に再びなってしまう!それに対応する力を付けなければ、我々の航行は終わってしまう!それをただ見過ごすと言うのか!貴方は!」

冷静さを失っているネルソン。そんな彼を見兼ねたのか、エリィはそっと息を吸い、吐いた後で、はっきりとした言葉を出した。

「ではその為に急いで戦力を整えたとして、余裕のない状態で敵と戦えと言う事ですか、大尉。」

「な……?」

エリィの言葉に、ネルソンは黙る。

「新生連邦は確かに脅威になってきています。昔と比べても比べ物にならない程に。レイ君達も実際に経験しているから知っての通り、新生連邦は巨大なガンダムタイプの機体を投入し、ロンドンの町を火の海に変えました。その上で、ロンドンの復興も全然進んでいない状況なんです。ゲイルさん。貴方もニュースなどをご覧になられてご存じの筈です。」

ゲイルは、急に名前を言われたので一瞬ではあるがに動揺したが、質問に答えた。

「え……ええ、知っています。貴方方もあの戦場で戦っていた事も、知っていますよ。動画でも拝見しています。」

ゲイルが答えた後、エリィは再び口を開いた。

「大尉、貴方の言いたい事は分かります。急いで戦力増強を行って、戦力増強に備える。確かにそれは大切です。でもそればかりを優先してどうなりますか?急いで戦力増強をしたとして、セイントバードは新生連邦の猛威に耐えられますか?どんな敵が迫るかも知れないのに?」

何故エリィはこれ程に冷静で、尚且つ端的に言葉を発する事が出来るのだろうか。それに対してネルソンが焦りを抱くのは珍しい。

「ネルソンさん……僕が言うのもおかしいかも知れないんですが……その、大丈夫ですか?」

感情を溢しているネルソンは、彼らしくないと思ったレイもネルソンに声を心配した。

「大尉はね、今は疲れているの。今までレイ君がいない分、頑張ってくれていたから。実際、レイ君がここにいる間もセイントバードは敵と交戦していたの。新生連邦や、MS乗り達とかね。」

彼がいない間、セイントバードチームも奮戦していた。レイが行方不明となっている状況で、それ等によるストレスが、一度に放出されているのである。

 仲間を大切にするネルソン。以前にデスゲイズに攻撃を受け、倒されたレイの存在を目の前に見て、彼は知らず、知らずの内に余裕がなくなっていたのであった。

「だから、ここの復興の援助も兼ねて、セイントバードには休息が必要なんですよ。ね?大尉。」

「……すまない、やはり……私は疲れているようだ……。」

そう言った後に、ネルソンは自身の額に手を当てた。

「レイ君が居なくなった状態で、更に追い討ちを掛けるように戦闘が重って、敵の存在に過敏になってしまって、やがてそれは焦りとして姿を現してしまったんですよね。多分、大尉は、そんな状態だったんだと思うんですよ。だから……無理をしないで下さい。そう急いでも変わりません。心配しなくてもオスロへは向かう予定ですから、ね?」

「少し、休ませて貰う……」

この時、ネルソンは複雑な心境だった。今は休まないと行けないと思い、彼は移動をしようとした。

「仮眠室ならMSデッキを少し行ったところにありますよ。」

ゲイルが声掛け、ネルソンは

「ありがとう、ございます。」

と言い、去っていった。

 

この一連のやり取りを、レイはただ、呆然と見ているしか出来なかった。やはり、エリィは以前よりも変わりつつある。それは何がとは言わないが、今のレイから見ても、“大人”になっているように見えるのだ。

「ね、レイ君。こうして、復興にも参加出来るし、ここの人達とももう少しだけでも時間が過ごせるのなら、良いじゃないのかな。」

「あ、ありがとうございます……」

レイと話す時は、いつもの彼女に戻る。それを見て彼はほっとするのだが、どうも気が気でない様子だった。

「あ、改めまして、宜しくお願いします。」

「ええ、よろしくお願いしますわ。ゲイルさん。とりあえず、まずはクルー同士の交流が必要ですね。その上で、復興作業に協力させて頂きます。」

彼女はこの時、ジェルヴァと合流する事で束の間の休息を得ようとするだけでなく、多くの事を考えていたのだ。

 MS乗り同士の交流は彼等にとって今後の展望に一役買う。そして、今回の村の復興の条件。ある意味恩を売る行為にはなるのだが、今後何か不利益があった時等に、対応して貰えたりする事はあるかも知れない。最も、エリィの場合は純粋な善意で動いているのだが。

「分かりました。まあ、私としては、まず貴方の事が知りたいですね。エリィさん。」

「……え?」

ゲイルは急に調子に乗り出した。何を言い出すのかと思い、エリィは首を傾げる。

するとゲイルはエリィの手をぎゅっと握り締めた。さすがのエリィも、これには狼狽した。

「感激なんですよ。貴方のような絶世の美女に出会えたことが。そうですね、まずは艦長同士話を致しましょうか。それに相応しい部屋をご案内いたしますよ。なに、紳士として当然の振る舞いです。女性を大切に扱う……紳士の基本ですよ。」

側から見れば、どう見ても痛々しく見えるゲイル。それを、他のクルー達がやや、冷めた目で見ていたのだ。

この時、仮眠室に向かおうとしていたネルソンは遠くから見ていた、この男の行動に対し、僅かに苛立ちを覚えていた。

(あの男、私を仮眠室に案内したのは艦長に近付ける為か?けしからん……が、今は休むしか……不埒な事をされてなければ良いが。)

何故、エリィの事が気にかかるのだろうか。それは、彼にしか分からないのである。

 

「ゲイル、落ち着いたと思えばナンパとは随分軽い男だな。」

そこへ、村長のメナスとシャルアが現れた。彼の姿を見た時、ゲイルは慌てふためき、エリィの手を離したのである。

「そ、村長!ご無事で何よりです!本当に、安心しました!」

「それもこれも、この少年のお陰だ。」

そう言って、メナスはレイの方を見た。

「先の戦闘、見ていたぞ。貴様の行動で村が壊滅的な被害を受けなくて済んだと言うべきか。お陰で医療機関は無事。わしの孫も無事。犠牲者は出てしまった事は胸が苦しいが、生きている者がいる事は、希望があるという事だ。」

メナスはレイの方に向けて歩き、その、手を握った。強く、熱い思いが込められているようだった。

「シャルアさんも、あそこに居たんですか……?」

驚愕の事実を知る、レイ。

「そうよ。おじいちゃん一人を残せないからね。その……ありがとう。本当に、良かったわ。」

レイに対し、珍しく感謝の言葉を述べるシャルア。素直な人なのかも知れないと、レイはこの時思っていた。その彼女に、どこか妙な愛らしささえも、感じている。

「レイ君がお世話になりました。そちらが、村長さんとお孫さんですか?」

この会話を聞いていたエリィが声を掛けた。

「ゲイルが鼻の下を伸ばしていたべっぴんさんだな。メナス・ジェインだ。」

「エリィ・レイスです。」

今度は村長とエリィが握手を交わした。先のゲイルのような、明らかに口説こうとしている雰囲気の欠片もない、純粋な挨拶だ。

「ねぇ。あんたのところの艦長、超絶美人じゃない。うちのお母さんより下手したら女優出来るかもね!あんた、可愛いしなんか、気に入られてる雰囲気あったし!イイ所でMS乗りやってたのねーアハハ!さぞ、あのお姉さんに色々されたんでしょうね!」

突如シャルアがレイの耳元でひそひそと、話し掛けてきた。その、行動に躊躇う、レイ。

「何言ってるんですか!?そんな訳……」

無いとは言えなかった。ロンドンでレイに想いを伝えたエリィ。その時の出来事が、焼き付いて離れないのだ。彼女の衝撃の告白を、今、レイは思い出している。

 

―――――――――――――私はね、君のコトが好きだったんだよ――――――――――

 

思い出される言葉は、レイの顔を赤めた。周囲から見て絶世の美女と言われる人間に想いを伝えられたのだと、改めて思う。

「やっぱり、あんたって本当にモテるんだ。なんか、ちょっとだけ妬いちゃうな。」

「え……?」

「何でも無い、こっちの話!」

意味深な言葉を残し、シャルアはただ、笑顔を見せた。

 その時、再びメナスがレイに近付いてきた。最初に会った時と違い、どこか穏やかな印象を受ける、メナス。

「貴様は“守る為に戦う”と言っていたな。」

そう言われ、レイは頷いた。

「守る為に戦う事で己を正当化しようとする事は我儘だ。だが貴様の場合は人を巻き込み、結果的に村を助ける事に繋がっている。その純粋な意思は、今後の戦いでも役立つかも知れんな。」

先の戦闘でクリアに打ち明けた事と、同じ事を言われた。やはり彼の中の我儘な感情と言うのは、彼自身の中で癒しを求めているという事を、示しているのだと再確認した。

「僕の戦いは我儘かも知れません。でも、我儘なりに戦って行きたいと思っています。やっぱり、僕は守る戦いをしないとって思いますから。そのままで、戦って行きます。」

「なら、その道を歩むが良いだろう。わしらは復興の為に忙しくなるからな。一言わしからも例を言っておくよ。ありがとうな。」

厳かな印象を持つ村長からの謝礼を受けたレイ。彼の行動がウルスブランを倒す事に繋がった。その事を、彼は評価していたのだ。

 平穏を望む少年が置かれた今の環境。それを打開する為に、今は、守る戦いをする。それを正当化する事が、今のレイの役割なのだと、言い聞かせる。レイは、今回の経験を経て、改めて今後の戦いでも頑張っていこうと、考えていたのだった。

 

 

 

 村の復興作業が始まった。その間、レイはクルー達と再会を交わす。ガーストやプレーン、そして、スバキ等。

 特にスバキに関しては、デスゲイズに襲われた後という事もあり、非常に心配をしている様子だったのだ。

「お前がいない間セイントバードは大変だったんだぞ!敵に襲われたりするしな!どんだけお前怪我するんだよ!身体、大事にしろよな!ったく……!」

そう言って、レイの額を僅かにペチンと叩いた。

「ご、ごめん……」

これも、愛情の裏返しなのだろう。だがレイは申し訳ない気持ちでスバキと接するのだ。

「レイ、無事で何よりだな。本当に心配したぞ。」

「生きていて、良かったネ!」

ガーストと、プレーンが彼の所へ来た。両足で立っているレイの姿を見て、自然な笑みを浮かべている。

「二人共、ご迷惑をお掛けしました。」

そっと、レイはお辞儀をした。

「ここでは大活躍だったそうじゃないか。なんでも、村の人間を守ったって?少し見ない内に物語の英雄みたいなことしてるじゃないか。」

「全ては守れていないんです……建物も壊されてますし。」

レイの表情は、どこか虚ろだ。結局被害を出している時点で、それは“守った”とは言えないと、彼の中では考えていたのだ。

「成程……ね。」

ガーストは、復興が始まっていた村の様子を見て、そっと呟いた。その際、雪がちらついて舞っているのが見える。

この間、村人やジェルヴァクルーは建造物を、MSを使い、少しずつ、修理していく。村の住人だけでは人手が足らない。セイントバードチームの手がある事で、そのスピードは確実に早まっていくのだ。

「れいー!」

そこへ、一人の幼女が走ってきた。小さな身体はレイの足をしっかりと抱き締め、頬をすりすりと、させる。

「れい、ここにのこってくれたらメナンうれしいぞ!」

誰かに好かれるというのは嬉しさを感じるものだ。メナン・ジェインはジョゼフに乗りたがっていた。その中で生き残れた事を、改めて嬉しく思うレイ。

「ありがとう、ここには暫くは居るつもりだけど、残念だけど、その後は行かないと行けないと思う。」

そう言った後、メナンは表情をすぐに変え、目元が潤んでいた。

「ええー!!!つまらん!れいいなかったらつまらん!!!いやーだー!!!」

突如感情を表し、叫び始めたメナン。この時レイはどう対応すればよいか分からず、困惑した。

「こら!レイに迷惑ばっかりかけて!レイにだって用事があるんだから泣きわめくんじゃない!」

そこへ、シャルアが来た。姉らしく振舞う彼女。それを見て、更にメナンは号泣する。この時のシャルアはしっかり者の印象を受けるのだが、実際の彼女の素顔を知っているレイからすれば、妙な気持ちになるのだ。

(シャルアさんも……正直、あんまり変わらないんだけど……)

内心で、溜息を吐くレイ。純粋にレイに好意を抱くメナンと、やや、遠回しにレイに関心を抱くシャルア。この姉妹の境遇が、ある意味対比しており、それにどこか、違和感を覚えていたのだった。

「あらあら、レイ君。随分モテモテだねー。」

そこに、エリィが姿を見せた。メナンとシャルアの姿を見て微笑ましく思っているエリィ。一方、シャルアは彼女の姿を見た瞬間、硬直した。エリィのような美女を見て、どこか、緊張を感じているのだろうか。一方のメナンは何の反応も無い。その、側に居たスバキは今のエリィの発言を聞き、どこか、不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「え……!?い、いえ!そう言う訳じゃないですよ!?」

「レイ君はやっぱりモテるんだよ。いいなぁ。それだけ君に魅力があるって事だよ!魅力があるから女の子が寄って来るんだよ!」

何やら、ややこしくなりそうなエリィの台詞がこの場で展開される。レイを意識している人間はこの場には多数いる。故に、レイの表情は更に困惑していく。シャルアやスバキは明らかに顔をしかめている。

ややこしくなりそうな状況の中、メナンはふと、エリィの顔を見た。その際、メナンは泣きわめくのを止め、突然、口を開けた。

「べっぴん!べっぴんだなこの人!すたいるええっていうんか?おじーちゃんようあたしにゆうてるぞ!〝めなんもおかあさんみたいにきれーになれ〟ってさ!」

「ちょ、いきなり何を……?」

明らかに、エリィを指差して〝べっぴん〟と言葉を連呼していた。それを見るなりエリィは高らかに声を上げて笑い、その笑いはしばらく続いたのである。

「あはははははははは!あはははは……あはは……はは……はは……は……は……ふう、疲れた……」

「あの、エリィさん?」

今まで聞いた事のない笑い声。彼女の目元はうっすらと笑い涙が浮かんでいた。

「ああ、ごめんね!だってこの子、とっても面白いこと言うから……」

「あんたおかーさんよりべっぴんかもな!」

「貴方のお母さんはそんなに綺麗な人なの?」

「おかーさんべっぴんさん!でもあんたの方がべっぴんかもな!」

メナンの独特の喋り方、そして連呼する言葉。それ等が彼女を笑わせるきっかけとなったのか、エリィは笑いが止まらなかった。楽しそうに笑うエリィを見て、レイはどこか、安心している様子だった。

 エリィに心配を掛けたのも事実だ。彼女は自分の為にこの数日間、捜索をしてくれていた。先のネルソンとのやり取りでもそれが垣間見えた事で、レイは喜びを抱いている。

「ハハハ……ありがとう。やっぱり、当の美人は子供にも分かるものねー。ね、レイ君?」

「は、はい!?」

再びエリィがレイに話を振った。この時、レイはシャルアとスバキから妙な視線を感じていたのであった。

「あ、そうだ……」

その時、シャルアが口を開いた。

「ゼルのやつに会いに行かないと。あいつにメナンの事を謝らせなきゃ。ジェルヴァの医務室にいるだろうし……」

ふと、シャルアはゼルの事を口にした。その際、レイは思い出したかのように言った。

「そうだ、ゼルさん……あの人に聞きたい事があるんだ……」

ゼル。ジェルヴァチームと戦闘していた際に、乱暴な方法とは言え何度か助けられたレイ。

彼も、ゼルに用事があった。この時、レイは“モヤモヤ”が少しばかり晴れてきたような気がしたのだ。

「あんたも用事なの?」

「はい。個人的に、ですけど。」

「お礼とかは言わない方が良いわよ。あいつ、そういう、礼儀とかを全く重んじない奴だから。」

シャルアの口調からして、ゼルに対する冷たさが感じられる。余程、仲が悪いのだろう。

「すみません、ちょっと用事がありまして。」

レイはエリィ達に少し首を縦に振り、そのままシャルアとメナンと共に、移動した。向かう場所は、ジェルヴァの医務室だ。

 

 

 

 場所は変わり、ジェルヴァの医務室にて。そこにはベッドで安静にしているゼルの姿があった。碧色の眼をしている少年の意識は戻っており、安静にしている状態だ。胸部に包帯が巻かれており、バイタルも問題はないという。

 ドアが開かれ、そこにはシャルアとメナン、そしてレイの三人が姿を見せた。ゼルは彼等の方向を睨むように見た。

「ゼル。安静にしてるところ悪いけどさ、あんたにやってほしい事があるのよ。」

シャルアの言葉に対し、ゼルは言った。

「お前、俺と口を利かないんじゃなかったのかよ。」

横になった状態でシャルアを見るゼル。相変わらず高圧的な態度で、彼女を見る。

「メナンの事、謝ってないでしょ。あたしは関係ない。メナンの問題よ。怖い思いさせたんだから謝るぐらいはしなさいよ。」

シャルアの言葉に対し、ゼルは

「それに関しては、そもそもそこにいる男女野郎がガキを連れたんだろうが。そんなもの、気付く訳がないだろうが。つーかなんでてめぇも居るんだよ。」

レイを睨むように、ゼルは見た。この視線にどこか恐怖を感じるが、レイは引く様子を見せない。

「けど、メナンは怖い思いをした。そうだ、レイも一緒だ。レイにも謝りなさいよ。」

ゼルの行動でレイは傷ついていた。しかし、レイは知っている。ゼルは一概に悪い人間でないという事を。故に、レイは声を出した。

「シャルアさん。その……僕の事は良いんです。ゼルさんは少なくとも、助けようとはしてくれていました。やり方はどうであれ……ですけど。」

先の戦闘での出来事をレイは恨んでいない。それよりも、彼はゼルに言いたい事があるのだ。

「あんた、器広いんだね。あたしはこいつの行動は許せないと思う。あんたは愚か、下手すればメナンまで殺されてたかも知れないんだからね。」

同じ仲間の筈なのに、これ程溝が深いものなのか。ゼルの事を“最低”と罵るシャルア。しかしレイはこれを鵜呑みに出来ない。メナンは確かに怖い思いをしたが、それでも生きている。

「せめてあんたが謝罪をしない限り納得出来ない。あたしはね。さあ、謝りなさいよ。」

攻めるシャルア。だが、ゼルは

「それが怪我人に対する台詞かよ。お前こそ冷酷そのものじゃねえか。」

と、苛立ちを見せている。

 このままでは話は平行線だ。シャルアはメナンへの謝罪をゼルに要求。だがゼルはそれを聞く耳を持たない。そして、レイはゼルに聞きたい事があるのだが、この話が解決しなければ進む気配もない。この場に来た事さえ、失敗したのではないかと、思ってしまう、レイ。

 

ウイイイイイン

 

そこへ、二人の少年と少女が姿を見せた。何者かと思い、皆がその方向を見る。

 そこに居たのは、ゼオンとエレンだった。驚愕する、レイ。

「あぁ、二人共……!」

既視感を覚えたレイ。思えば、この二人はホルステブロで囚われている状況だった。そこから脱出した直後にレイはデスゲイズに襲われ、消息を絶っていた。そこからの再会。随分と久しぶりな対面であった。

 彼等が保護されていたのを確認し、レイは安寧の表情を浮かべたのだ。

「お前……無事だったのか!艦長に聞いて、ここに居るって教えて貰ったんだよ。てか、挨拶ぐらいしろよな。俺等の事忘れられてるのかと思った。」

あのジャンク屋の地下から脱出して以来、彼等は会話をしていなかった。故に、久しぶりの再会と言える状況だったのである。

「レイ……心配したのよ。あの時、助けてくれて……なのにお礼も言えていないまま死んじゃってたらどうしようって思ってたから……」

姉のエレンがレイに言った。彼女達の無事。それを見れただけでも、レイは嬉しかった。

「姉ちゃんを守ってくれたんだろ。その……ありがとうな。色々と。」

出会った当初のゼオンからは想像もできない言葉が出てきた。

出会った当初。彼は殺意を剥き出しにしていた。悪事を働き、氷河族に所属していた彼。しかし今の彼からは殺意を感じさせない。氷河族に属していた時は幼いながらも血の気を漂わせていたゼオン。彼の不安定な心は、この数日間で大きく修復出来て来たと、思われた。

 

ゼオンが発した、“ありがとう”という言葉。それは何かしら、人を動かす言葉である。それを聞いた人間は、大半の人間が心に何らかの影響を与えるだろう。

 それは、普段から仕事を取り組む者や同級生同士である事もあれば、敵対している関係や、

忌み嫌う関係であれ、その言葉が聞かれた時、それに対する対応は如何なるものであれ、心に影響を与える。それ程に大切な言葉と、考えられる。

「氷河族に居た時よりもずっと、良い環境だよ。あそこのメンバーは皆優しいからな。」

ゼオンが、何気なく言葉を発した時――

 

「“氷河族”……だと?」

ぴくりと、反応したゼル。その眼光はゼオンの方に、向けられる。

「何だよ……?」

明らかに敵意を剥き出しにしている眼差しを受け、ゼオンは恐怖を抱いている。一体、何がどうなっている?何故これ程に敵意を剥き出しにされなければならない?

「てめぇ何者だ?氷河族?何故そいつがそんな言葉を話す?ええ?」

ゼルにとって、氷河族という言葉は禁句以外の何者でもない。家族を殺され、更に恩人まで、その組織に殺されている。最悪な事に、ゼオンはその言葉を発してしまった。例えるならば無知な愚者が地雷原に足を踏み入れてしまったようなものだ。

 何も知らないゼオンはゼルの言葉に驚愕する。突然の出来事に、彼はただ、戸惑うばかり。

「氷河族……?この子が?どういう事……?」

シャルアも目を疑っていた。レイを探しに部屋に入って来た少年が放った言葉に。それは、彼等にとって禁句以外の何者でもないのだ。

 その時、ゼルはベッドサイドにあった銃を持ち出し、あろうことか、それをゼオンの方に向け始めたのだ。痛みが伴う中で、警戒を強め、目の前に居るゼオンに銃口を向ける。

「氷河族がここにいると言う事は、どう言う事を意味するか、分かるよな?」

 最悪な状況となった。銃を構えるゼルに、戸惑うゼオン。確かに彼は氷河族を辞めた。だが、組織に所属していた事は事実だ。

「あの……!事情は分かりませんけど……ゼオンは氷河族を辞めました!本当です、信じて……!」

戸惑っていたエレンだが、懸命にゼオンを庇おうと、口を開く。その時、ゼルが言った。

「上半身を脱げ。組織の印がある筈だ。従わなければ撃つ。」

氷河族を恨むゼルは、ゼオンに指図した。ゼオンは、ただ、彼の命令に従うしか出来ない。

 やがてゼオンは言われるままに、上半身を脱いだ。そのままくるりと身体を回転させる。彼の左肩には、組織の“印”らしきマークがあった。氷河族を示す、特徴的な氷のような印。それは何よりも、彼が氷河族であるという、証であったのだ。

「ゼオン、それ……」

「姉ちゃんに見せたくなかった。でもこの印はもう、取れない。絶対に。」

今のゼオンにとって、忌むべき印。誰もがその生々しい印を見て、驚愕している。

 どのように印を付けられたのだろう。焼き印の如く入れられたのか。恐らく、激痛が伴ったに違いないだろう。

「それが何よりの証って訳だ。以前俺の家族を殺した奴等もそれを付けていた!紛れもない、てめぇは氷河族!」

忌むべき印を見て、怒りを顕にするゼル。銃を下ろす事をせず、更にゼオンに向けている。

 ゼオンは組織から足を洗っている。だが、その印が呪縛の如く、彼を組織の人間である事を認識する。それがゼルをより、怒りに導くのだ。

 困惑するゼオンを見て、エレンは咄嗟に彼の前に立ち、両手を広げた。

「でも、ゼオンは氷河族を辞めたんです!これは本当なんです!」

えれんが懸命に訴える。しかし、ゼルは信じる様子を見せない。

「信用出来るかクソが!あの連中は俺の家族を……キゼルさんを殺しやがった!てめぇはそんな奴等を匿ってるって訳かよ!それってつまり、ここに来たあのMS乗りの連中も同罪って事じゃねえか!!」

レイの方を見る、ゼル。彼の怒りの炎は更に燃え上がる。ゼオンが見せた印は、ゼルの火に油を注いだ。ガソリンの如く、燃える怒りの炎は留まる事を知らない。

「ゼル!止めて!」

「やめろー!」

シャルアも、メナンも言う。だが、ゼルは銃を構えたまま、動かない。

「やめて!どうしても撃つなら私を撃って!この子は……本当にもう関係ないんです!!」

「そいつを庇うのならてめぇも撃つぞ!てめぇはそいつの何者かは知らねぇが、氷河族に加担する連中は皆殺しだ!絶対に許さねぇぞ……!」

最早、聞く耳を持たない。このままでは本当にゼルは銃を撃ちかねない。何の罪もない少年と少女が撃たれる事。絶対にあってはならない悲劇だ。

「この子は、足を洗ったんです!あの組織から、自分の意思で辞めるって!だから、私達は追われています!それを保護してくれたのが、セイントバードの皆さんなんです!信じて……!」

いつしか、エレンの目に涙が浮かんでいた。懸命に説得をする彼女。怒りに感情を支配されているゼルを止める方法は、説得しかない。彼が武力によって最悪の状況を作らない為には、言葉を使うしかない。

「じゃあ、証拠を見せろ!!!足を洗ったって証拠をよォ!!!」

「そ……それは……」

確かにゼオンは足を洗った。が、それを掲示できる証拠などあるはずが無い。今更印を消すことなど不可能である。どうすれば良いか、分からなかった。この場でその提案をする方法など、あるだろうか。いや、ない。現に忌むべき「印」はゼルにとって、ゼオン本人の意思とは関係なく、より、存在感を発揮しているのだ。これがより怒りを引き立てる。これは危険だ。

「証拠……だよな……?」

その時、彼はポケットからナイフを取り出した。氷河族時代から使用しており、レイの頬に傷を付けたそのナイフ。

 一体何をする気なのか。ゼオンは手を震わせながら、じっと、ゼルを睨む。

「そんなに、言うのなら、今から証拠、見せてやるよ!お前の見てる目の前で!俺が足を洗ったって言う証拠を!」

嫌な予感は皆に過った。ゼオンがやろうとしている事は、不吉な予感しか見せない。誰もが止めたいと、思っている、行為。

 彼は自身の左肩にナイフを当てた。それが意味するものは、一つ。よせ、止めろ――

 

サクッ

 

印が露出している部分に、刃が突き刺さった。皮膚は抉られ、刃は赤く彩られる。皮膚から先に見える真皮、筋膜が刃に裂かれていく。溢れる血が滝の如く溢れ、痛々しさを物語っている――

「い……やあああああああ!!!」

衝撃的な光景を見たエレンは、そのまま、失神してしまった。身体のバランスを崩した彼女。咄嗟にレイは彼女を支え、抱える。

ゼオンは、止める事なく行為を続けた。ナイフは赤い血が付着しており、その痛々しさを物語っている。

「あ……う……くあああ!」

やがて、一本の傷跡が印の上に残った。しかし、彼の行動はこれに留まらない。別の方向から同じように傷跡を作り出す。

「ああああ!う……くぅっ……」

ゼオンは痛みを耐えながらも、腕を動かす。この痛々しい行動に、少女達は目を背けた。特に、シャルアはメナンの目を覆い、残酷な行動を見せぬように隠す。

止まらない、ゼオンの行動。正気の沙汰とは思えない光景。これを止めたいと思うレイだが、身動きが取れなかった。何故だろうか。止めるべきなのに、止められない。寧ろ、止めては行けないような気がする。レイの本心がそうさせるのかも、知れない。

やがて、行為は終わった。血液が付着したナイフは彼のポケットに収納され、彼はズキズキと痛む傷跡を、手で覆っていた。傷口からはポタポタと血液が流れ、その想像を絶する痛さを物語る。

今、彼を縛っていた忌むべき印は、傷によって作られたバツの字によってその効力を失ったと言えた。

「くううう……ああ……はあ……はあ……ど、どうだ……これで……証拠が……出来た……だろ……」

激痛の為か、上手く喋られない。自分自身で傷つけた痛みとは言え、苦痛以外の何者でもない。しかし恥を見せまいと踏ん張るゼオン。彼は必死になって肩を抑え続けた。

「……どうやら……マジみたいだな……」

一連の残酷な光景を見ていたゼル。ゼオンの、本気とも言えるその意思を、しかと感じ取った様子だった。

「認めてくれたのかよ……やっと……時間かかるな……お前……」

痛さに耐えられなくなったゼオンは、膝をついてしまった。レイはエレンの身体を支えながら、苦しむゼオンに対して声を掛けた。

「大丈夫!?」

「レイ……俺、平気だからさ……うぅ……!」

やはり、相当な痛みなのだろう。肩を支える、ゼオン。

「い、医者を……!シャルア!ホシェルを呼べ!手当してもらえ!」

この異常事態に対し、身動きが取れないゼルは、シャルアに命令した。それを聞き、急いでシャルアはホシェルを呼ぶ。その間、メナンはレイの方に行き、ただ、身体を震わせていた。

「ゼル、これ、あんたが招いた種って事、忘れないでよね。」

「……」

シャルアの嫌味。それでも、彼は何も喋ることは無かった。そのまま彼女はホシェルを呼び、ゼオンは至急、手当てをしてもらう事となったのだ。

 氷河族への恨みと、元氷河族であるゼオンの組み合わせは最悪の状況を生み出した。命に別状はないとはいえ、ゼオンは負わなくて良い傷を、負う羽目となった。彼なりのけじめのつけ方なのかも知れないが、これによって自身の姉を傷つける事になったのは言うまでもない。

 

 

 

やがてホシェルが医務室にやって来た。エレンは側にあったベッドに寝かされ、ゼオンは怪我をしている左肩部分の手当てを受けた。

傷付いてはいるが、幸い、深い傷ではなかった。だがどのようになるかは分からない。ゼオンはまず、局所麻酔をされ、傷口に対して処置を行った。その上で、抗生物質を点滴され、安静にするように指示を受けた。

この時、ゼオンはホシェルに何故この状況になったのかの理由を聞かれた為、素直に応じると、ホシェルは溜息を吐き、言った。

「あー、そういう事情ね。ハイハイ。確かにうちは氷河族の連中と対峙はしてるし、何よりもゼルは家族を殺されてるっていう地雷を踏んじまった訳だ。それを知らなかったのは、まあ……気の毒だけどさ、流石にこんな事してるのを見たら、お姉さんみたいな人が見たら声上げて気絶するわ。」

「これぐらいしたら相手も許すかなって思って……さ……」

点滴を打たれながら、ゼオンは言った。すると――

「てめぇ!自分勝手な自傷行為で周囲の人間を巻き込んでんじゃねえよ!良いか!身体を傷つけるのはすぐに出来るんだよ!でもそれで後遺症とか残る事だってあり得るんだよ!一度傷ついた身体が元に戻るには時間を要するんだよ!後先何も考えない大馬鹿野郎が手前勝手に自分を傷つけて良い訳ねぇだろ!自分の身体と命、大事にしろっての!これは医者としての忠告だよ!全く!余計な仕事増やしやがって!」

彼女の言葉から、医者としての思いが込められていた。人は傷つく事は簡単に出来るが、それを修復するには時間を要す。身も、心も。なのに、それを平然と行う者が居るという事に、彼女は腹を立てていたのだ。

「……ごめん……」

ホシェルの勢いに負けた様子のゼオンは、彼女の顔を見て謝罪した。

「私に謝ったって何にもならないんだよ。謝るならあんたの姉ちゃんにね。」

処置を終えたホシェルは、そのまま休憩に入ろうと、うんと伸びをした。

「お姉ちゃんは優しそうなのに、どうしてこう、正反対の腐った弟が生まれたんだろうね。ま、それぞれの家庭の事情があるんだろうさ。私には関係ないけどな。少し、煙草吸って来るわ。」

と、捨て台詞を残し、ホシェルは去った。この時レイはゼオンを気の毒に感じざるを得なかった。無茶ではあったとはいえ、自らの身体を傷つけて身の潔白を証明したゼオンが、可哀想に思えてきたのだ。

「あの人、厳しい事言うなぁ……」

どう、フォローをすればよいか分からないレイは、言葉の選択に迷っていた。

「どうせ……俺は腐ってるよ。そりゃそうだろ。あんな異常な組織に居たんだ。思考もおかしいって言われるだろうさ。」

そう言われ、レイは何も言わなかった。これ以上言うとゼオンを余計に傷つけてしまう予感がしたからだ。

エレンはその側のベッドで横になっており、レイは側にあった椅子に座り、ただじっと彼女が目覚めるのを待っていた。

「ん……あれ?私、眠っていたのかしら……?」

目が覚めたエレン。すぐにレイは彼女の側に寄り、エレンの様態を確認する。

「大丈夫!?エレンさん……」

「あ……私……気を失って……」

頭を抱えるエレン。特に、大した異常の訴えもなさそうだ。

「目を覚ましたみたいね。良かった。ホント、ゼルのせいでこんな状態よ。とりあえずホシェルを呼ばないと。容体確認大切だし。」

側に居たシャルアは、ゼルを睨むように言った。これに対し、ゼルは言葉を発する様子を見せない。

 

 

 

 その後すぐにホシェルが来た。エレンのバイタルチェックを行う彼女。様々な検査を行い、至って問題がない事が確認された。

「血圧122/85、SPO2値98。熱も平熱。特に数値に異常は無し……か。ま、安静にしてな。あ……そういやレイ。あんたの所にも医者、居るんだろ?ちょっと挨拶したいなって思ってるんだけど、どこにいるか分かる?」

ホシェルは突如、ネルソンの事について聞いてきた。突然の質問だった為、驚愕する様子のレイ。

「えっと……多分セイントバードに居ると思います。」

「了解。ま、せっかくの交流会だし、同じ医者の好だし、ちょっと仲良くしとこうかなーって。ありがと。」

そう言って、ホシェルは部屋を去って行った。この時、彼女が吸ったばかりの煙草のヤニの匂いが微かに部屋を漂っていた。

 ホシェルが去った後、レイはゼルの側に近寄った。彼の側にあった椅子に座り、そっと、ゼルを見る。

「何だよ、お前。」

ゼルの鋭い目線がレイを睨む。どこか、怖さを感じる反面、どうしても彼に聞きたい事がある。その気持ちが、レイには強かった。

 ゼルに対する印象は、彼にとって良いものではない。だが彼の事情は、シャルアから聞いている。そして、父であるジュナスからも。そうした背景を知っているからこそ、レイは彼に対する恐れがなく、このように接することが出来るのかも知れない。要するに、彼に関する情報量を持っているが故に、レイはゼルを本気で恐れてはいないのだ。

 無知であればある程、人は恐れる。だがその人間に関する情報が多ければ多い程、それに対する恐怖は減っていく。仮に高圧的な人間だったり、暴力的な人間が相手だとしても、その対処法があるだけでも対応の仕方は変わってくる。今のゼルの過去を、レイは知っている。彼はそれを聞いた時、不快に思うだろう。それは、分かっている。だがそれでも、レイはゼルに聞きたい事があるのだ。

「ゼルさん。色々とありましたけど、僕は貴方に聞きたい事があります。ジュナス・キレスという人間を知っていますか。」

率直にゼルにこの質問をした。父親がヒパック村を訪ね、ゼルと言う少年に出会っていると言うのが事実なら確実に知っていると答えるに違いないと思った為である。

その為に若干、返答までに間が空いたのを二人は実感できたが、その間を埋めたのはレイの言葉だった。

「今から四年程前に一人のジャーナリストが村にやってきませんでしたか?」

それを聞いた瞬間、ゼルは若干動揺した様子だった。彼の様子を見ても、少しだが汗を掻いているのが分かる。

「やっぱり、知っていますよね……?」

全ては父親が言っていた事だ。そして、シャルアから聞いた事。それらが全て繋がり、ゼルに状況の確認をしたいと思ってのだ。

「そ、それがなんだよ……」

明らかに焦っている様子の、ゼル。

「その人、僕の父さんなんです。」

ゼルの目が、見開かれた。それと同時に、四年前の出来事を思い出す。

 彼の慕っていた人間である、キゼル・アウレッドが殺された時に居たジャーナリスト、ジュナス・キレス。そして、彼がゼルを守る為に、氷河族の構成員を殺害したという事。その事は、鮮明に覚えている。いわば、ジュナスはゼルにとっての命の恩人だ。

「え……お前の父親が……あのジャーナリストの……?あっ……!」

思わず本音を漏らしてしまったような顔でゼルは慌てて自らの口を閉じた。しかしレイがそれを聞き逃す筈もなく、尋ねる。

「やっぱり、知っているんですね。」

「それが……どうしたんだよ。あの人がお前の父親で……それがどうしたんだよ!だから?それはそれで〝へぇ〟としか言いようがねえだろうが!」

明らかな動揺だ。ゼルは、ジュナスに助けられている。まさか、その息子が四年後にヒパック村に来るなど、予想も出来なかった様子だが。

「ゼルさん、こんな事を言うのもどうかとは思うんですけど、貴方は家族を殺されたからこのような冷たい人間になった訳じゃない……それも知っているんです。父さんから、ゼルさんの事、聞いてますから。」

レイの言葉にゼルは握り拳を作り、ぐっと憎しみを込めて握り締めた。歯を立て、睨むようにレイを見る。

「お前、喧嘩売ってるのか?その事、分かってて俺に言ってるんだろうな?いくらお前があの人の息子だろうと、土足で人の心に踏み込むような真似しやがって……!」

怒りを露わにするゼル。過去の事が、思い出される。家族の惨殺や、恩人が殺害された事等。

「喧嘩を売る気はありません。でも、さっきのゼオンとのやり取りを見て、思いました。僕は父さんの子供として、ゼルさんに言いたい事があります。」

レイはそっと、息を飲み、言った。

「ゼオンやメナンに謝って下さい。僕の事は、もう良いんです。でも、貴方によって怖い思いをした人が居るのは事実なんです。そんなの、永遠に繰り返すだけ……そんなの、おかしいと思うんです!」

レイなりの、懸命な言葉だった。恐らくこの言葉はレイがゼルに対して言いたかった本当の言葉ではない。ただ、先のゼオンの残酷な行動を見て、それがおかしいと、思ったが為の彼の言動なのだ。しかし――

「お前なんかに家族や恩人を殺された人間の憎しみが分かってたまるかよ!」

その一言は、彼にとって厳しいものだった。そのままレイは黙ってしまい、ジェルヴァの鼠色の床を向くようになる。

「とっとと去りやがれ!お前なんかに指図される覚えはねぇよ!」

どう、対応すれば良いだろうか。そもそも、何故彼はゼルに謝罪を求めているのだろうか。父、ジュナスの事が思い出されたから?その時に聞いたゼルと言う少年の話が印象に残ったから?確かに、レイは部外者かも知れない。けれども、ここで自分が何もしなければ、話は進まないのではないかと、考えたのだ。

「父さんなら、どうするんだろうか……」

ふと、レイは口に出した――

「あんたの父さん、立派な人だったよ。仕事に一生懸命で、その上で村の有事にも協力してくれた。今のあんたに状況が、似てる。」

その時にシャルアの言葉が発された。レイは、はっと息を飲むように目を開けた。

「結局、あたし達は村の事であんたとあんたの父さんの二人に助けられたって事ね。それって部外者とかそんなの、関係ないと思う。あんたは本当に優しいんだなって思った。だからメナンとか、他のメンバーも放って置かないんだろうね。」

いつになく、シャルアが優しく語る。レイの事を“奴隷”と罵っていた筈なのに、何故今の彼女はこれ程に優しいのか。

 そこには、ゼルに変わって欲しいという思いが込められているのかも知れない。人に変わってほしい時、人は厳しく当たってしまうものだ。それは本心ではなく、相反する行動と言える。シャルアはゼルに変わってほしいと願っている。故に、彼女はゼルに謝罪を求めた。

 だが素直になれないゼルはそれを拒否。そして、今度は部外者と言える筈のレイにまで言われた。戦闘では活躍していたゼル。仲間を助けたりもした。だがその暴力的な行動や感情は、仲間内でも忌み嫌われている存在と言えたのだ。

 しかし、彼は根っからの悪人ではない。実際、過去の彼を救ってくれた人間が居た。その人間の事に関しては、ゼルは冷酷になれない。彼は、変われる心を持っているのだ。

「あたし、レイが村に……ジェルヴァに来てくれて本当に良かった。あんたは村を救ってくれた英雄みたいなものだよ。本当に、ありがとう。」

「いえ……僕は、そんなの大袈裟ですよ。何も出来ていません。ただ、必死だっただけなんです……」

シャルアに感謝される事は嬉しい。だが、それ以上に、今はゼルの言葉が聞きたい。冷たい壁を作るのではなく、彼自身の、素直な、純粋な言葉を、聞きたいと思っているのだ。

「僕は、父さんみたいに立派な人間にはなれない。目の前に居る人を変える力なんて、ない……だから、感謝される事なんて、ない……でも……でも!ゼルさんは違うと思うんです!本当に部外者って罵るのなら、父さんの事だって、もっと冷たい表現が出来る筈なんです!なのに、どうして父さんの事は“あの人”って言ったんですか!?」

レイの言葉に、ゼルは明らかに動揺している。助けられた事は、やはり、忘れられないようだ。

「……助けられたからだ……!ああそうだ!恩人を裏切るなんて出来るかよ!俺は人を見ているつもりだ!お前があの人の息子だろうが、お前は部外者に他ならないだろうが!」

「……だったら、ゼオンに謝る事は出来る筈ですよ。」

「何……!?」

レイの言葉が鋭く、ゼルに刺さった。

「ゼオンは氷河族を裏切ったんです。そして、自分を傷つけて氷河族を否定しました。それって、ゼオンと言う人間だから出来る事だと思うんです。所属している組織とか関係ないんです。大事なのは、“個人”だと思うんです!氷河族を恨んだり、何か組織を恨むのは分かるんですけど、全体を恨むのは違うと思うんです!それは、僕はずっと、思ってきた事なんです!」

今まで経験して感じた事項に関係する言葉を、レイは吐露した。

 セイントバードに助けられた事や、砂漠の狩人と戦った事、彼自身との会話、スバキとの出会いやマサアキとの対立。それから様々な出来事。これから、起こり得るかも知れない出来事もあるだろう。それらが、ゼルに話している中で思い出されていったのだ。

「だが……組織は組織である限り、結局は染まる……こいつがいくら自分を傷つけようと、結局家族やキゼルさんが殺された事に変わりはない……」

「そんなの、間違ってると思います!」

レイの声が、響く。自身でも不思議な感触だ。まるで、自分でないかのような感覚。何故ゼルにこれ程言葉を話す事が出来ているのだろうか。それが、不思議でならなかったのである。

「ゼルさん、謝るだけで良いんです……仲間想いのゼルさんなら、それだけでも出来れば良いと、思います。ごめんなさい。僕は部外者です。でも、部外者だからこそ、言える事もあると思います。父さんの事を知っていれば、尚の事……」

この時、ゼルにはレイの父、ジュナスの面影が見えた気がしたという。父親とその息子が重なるようなヴィジョンは、ゼルを困惑させ、躊躇わせる。

 ここまで言われたのなら、すべき事は一つだろう。自分の言動で結果的に傷つける事になった、少年と、恐怖を与える事になった少女への、謝罪。それをするだけで良い。そこに、プライドは要らない。純粋な思いを伝えるだけだ。

 

「……すまねえ……」

 

ゼルが、ゼオン達の方を見て、素直な言葉を発したのであった。

 この時、レイは自分の父親が村で体験した事を、改めて思い返す事が出来た。ただ、一つだけ、気になる事がある。

(ゼルさん、素直になれて良かった……。でも、あの時の父さんの表情は、一体何を意味していたのか……それだけが、気になるけれど……)

ヒパック村の体験をジュナスが語った事。その際、十二歳だったゼルを守った時の話だ。彼は何かを隠しているのか?その時に見せた父、ジュナスの表情が、どうしても気になってしまうレイだった。

 

――――――――――――――本当に、大変だったな――――――――――――――――

 

 

 

 その後、村の復興は着実に進んでいく。ゼオンとゼルの怪我の回復も順調だ。その際に互いのチームの交流も盛んになって行った。新たな友人が出来、喜ぶ者も居た。女性陣が多いジェルヴァチームと、男性陣が多いセイントバードチームの相性は、抜群に良いと言える。

 そのなかで、ネルソンは同じ医者であるホシェル・ゼオードと酒を酌み交わしていた。互いにMS乗りをしながら医者をやっているという珍しい環境の人間同士という事もあり、馬が合ったのだろう。

「うちのクルーが迷惑を掛けた。処置に感謝しているよ、ホシェル・ゼオード。」

今、ネルソンは赤ワインを口に含んでいた。対するホシェルは白ワインを飲み、その、発酵した、葡萄の特有の酸味を感じている。

「あれはただの若気の至りだね。私は仕事をしただけさ。後は当人達の問題だろうさ。にしても、あんた、元デウスの人間なんだってね。色々と戦後は地球での扱いとか大変だったんじゃないの?」

ネルソンは、自身の事を堂々と伝えていた。ホシェルが女医であるという事が彼をどこか安心させたのかも知れない。

「そうだな。色々とあった。医者としてやっていく筈だったのだが、結局は兵士として身を投じる事になった。その結果、医者としての研鑽が大切であるにも関わらず、己の経験を頼りに今もセイントバードでパイロット兼医者をしているのだからな。」

「それは、随分と大変な事で。珍しい形だね。セイントバードは余程のマンパワー不足と見えるね。」

「私は免許も無くした状態の、いわばモグリの医者だ。故に今は医療機関では働けん。あの戦争で私の在り方は決まってしまったのだろうな。最も、敗戦した為にもう、デウスに居る事は無くなったのだが。」

デウス帝国出身のネルソン。先の大戦で敗北した為に、国そのものの機能は失われ、現在の新生連邦に自治権を握られるようになってしまった。それは、今のネルソンには関係のない話ではあるが。

 しかしデウス出身という十字架は時に、重く伸し掛かる。地球で暮らすに当たって、デウス出身と呼ばれる事は、不当な扱いを受け易い。

「デウス出身者の扱いは相当なものらしいね。地球に入る事も出来ないって話もね。忌み嫌われたりもするんだって?差別も酷いとかって聞くじゃないか。」

ホシェルは気の毒そうに、ネルソンを見る。

「戦争さえなければそのような事はなくて済むのだがな……結局は世の情勢がそうなるのだから、難しい話だ。」

「敗戦国の末路ってやつだね。ま、医者からしたらそんなもん関係ないけどね。こっちは怪我人や病人を診る義務があるからね。自傷したあのバカも含めて。医者としての仕事を全うするだけだ。」

ホシェルは、ワインを一口、飲んだ。

「そういう意味ではそちらが羨ましく思うよ。そちらは医療に集中出来る環境だろう?出来る事なら私はそれだけをやっていたかったよ。」

「セイントバードは人員の補充とかは出来ないのか?まあ、こんなご時世だ。MS乗りをやりたいという連中って少なくなってるだろうさ。戦後直後なら話は別だけど。」

「だから人、一人一人が動いていかなければならんのだよ。」

ネルソンはワインを飲み干し、そのまま、溜息を吐く。

「厄介な時代になったもんだね。ホント。」

「私はアウトローな存在さ。しかし、人に必要とされる事は嬉しいと思うよ。特に、あの艦長に思われる事は喜びを感じる。」

ここで、ネルソンはエリィの事について呟き始めた。

「あの美人艦長ねぇ。確かに、あれは高嶺の花ってやつだね。」

エリィの存在はジェルヴァクルーに知れ渡っている。絶世の美女と言わんばかりの扱い。それが、彼女という存在感を出している。

「時代が時代なら、やり甲斐搾取という意味では私のような人間は経営者にとっては都合の良いように利用されるのだろうな。だが、私の場合は何でも良い。自身のしたい事に没頭出来る方が何よりも幸せだ。」

そこに、ネルソンの仕事への情熱が語られた。彼の場合は金銭のやり取り云々で動いている訳ではない。純粋な想いで、仕事をしているのだ。

「あんたは人が好きなんだね。だからそんな言葉が出てくる。」

「人に関心を持っているというべきか。特に、艦長……エリィ・レイスにはな。私自身、戦時中に最愛の人を亡くした後でセイントバードチームを結成する際に、私は彼女と出会った。彼女も同じ境遇だった。まさかとは思った。」

そう呟いた時、ホシェルは高らかに笑った。

「ハハハ!あんた、堅物に見えて分かり易い人間だね。」

「何故、そう思う?」

ネルソンには分からない様子だった。彼女の意味深な笑いは何を示すのかを。

「多分誰にも分かると思うよ。今の言葉を聞いたら。ま、分かり易い方が良いんじゃない?患者とかに症状の説明とかするのって分かりにく過ぎたらいかんだろ?それを噛み砕いて説明するのも私達の仕事だろ。」

ホシェルなりの、仕事への持論が展開される。それに対してネルソンは言った。

「伝わり方が悪ければ誤解される。そうなれば危険が伴う。時に人に被害が及ぶ事もある。だから私は極端な言い方はしたくないのだ。だがそれ故に感情的になってしまう。人が傷付き、人が苦しむ姿を見て放置など出来ん。私の甘い部分というのは理解しているつもりだが、やはりどうも、コントロールが効かなくなる……」

ネルソンは、どこか俯き、言った。

「その匙加減は、旧世紀からの課題だったのかもね。そういうトラブルとか曲解によって変な誤解が生まれて、医療に関してはよく分からないデマとかが広がったって話もよく聞くよ。」

そう言った後、ホシェルはネルソンのグラスにワインを注いだ。

「すまない。だから、少しでも的確な医学的な情報を伝える為に、例えば論文というのは多くの人間の目に触れられなければならんのだ。個人のエゴや思考だけで物事を進める事は不利益を被る事に繋がる。だか、これは私自身分かっている筈なのに、出来ていないのが情けないと、思う時がある。」

「自省出来ているんなら、良いんじゃないか。」

ホシェルは、ぐいとワインを飲んだ。

「それよりさ、あんたはあの美人艦長に関心がある訳なんだろ?」

話題を変えたホシェル。今度は、ネルソンの関心についてだ。

「無い訳では、ない……」

「まあ、こんな事をあんたみたいな大人の男に言うのもあれかも知れないけどさ、関心があるならそれなりの振る舞いをしたら良いんじゃないか?」

笑いながら語るホシェル。酔って、いるのだろうか。気分が、先程よりも高揚しているように見える。

「ティーンエイジャーの恋愛事情とは違うんだぞ?チーム内での痴情に関してはややこしい事になりかねん。」

「でも人間が好きなんならそういうのだってありじゃないのかって私は思うけどね。」

「君はそういうのには楽観的なのだな。」

そう言いながら、ネルソンは彼女のグラスにワインを注いだ。すると、すぐにホシェルはワインを一度に飲みだす。明らかに、高揚している。

「そりゃあ、MS乗りなんだからそういうのはもう少し自由で良いんじゃないの?私はそう思うけどね。知らんけど。そーいう意味であんた、堅物だよ。変な所で損してるタイプだな。」

「そうは言うが、痴情の縺れが生じればチーム全体にも悪影響を与えかねん。私もチームに於いてはそれなりの立場だからな。」

「だから!そういうのが自分を追い遣ってるっての!つーか医者やってる大の大人に私、なんで恋愛カウンセラーみたいなこと言ってんだかな……」

「……分からん。ただ、貴方が相談しやすい人間であるのは間違いなさそうだ。馬が合うというやつかも知れん。」

「初対面の方が喋りやすい事あるってやつね。まーまー、一応あんたよりお姉さんだしさ。」

「“お姉さん”という年齢ではない気がするがな。」

「うるせえよ、気にしてんだよ全く!」

話題はいつしかネルソン個人の話になっていた。ホシェル・ゼオードは彼より年上であり、ある種の“姉御肌”と呼べる人間だ。その上で酒を飲んでいる彼等は、会話が弾んでいたのかも知れない。

 やはり、酒の場は会話を成り立たせる。酔いつつも、饒舌になる。普段喋らないような内容でも、気軽に喋ることが出来る。それ故に、旧世紀から酒と言う存在は重宝され続けてきたのかも知れない。

 

 やがて、彼等は互いの艦に戻る事にした。短い時間ではあったが、交流することが出来て満足しているようだった。

「ありがとう、君と話が出来て良かった。もし縁があれば会いたいものだ。」

「次は例の美人艦長を連れてきな。」

「さあ、それは分からんよ。」

互いに酔っているのだろう。話が弾んだ状態で、解散する事になったのであった。

 

 

 

やがて時間が経過し、両者の交流も親睦が深まってきた頃。ヒパック村の復興は進んでいき、徐々に建造物の復旧も進みつつあった。

こうなれば、セイントバードはもう、この場に居る必要もなくなる。あとは、ヒパック村の住人やジェルヴァチームの仕事だ。彼等はもう、去らなければならない。次なる目的地に行く為に。

やがて、別れの時が訪れた。ジェルヴァのMSデッキにて、ゲイルがエリィの手をしっかりと握っている。それを、遠目で不快そうに見るネルソン。各クルー達がそれぞれの時間を過ごし、束の間の交流を満喫した。

その一方で、シャルアはレイを自身の部屋に呼び出した。挨拶なのかと思い、レイは彼女の部屋を訪れる。出発は、もう間もなくだ。

「奴隷。」

彼と喋る時は、必ず“奴隷”と言う。それがシャルア・ジェインだ。

「あんたとはもう、お別れなんだよね。」

「そう、ですね……」

彼女には、ジェルヴァに来てから振り回されてばかりだった。家に来れば“奴隷”と罵られ、そして、掃除などをさせられた。だが一方で、彼女には感謝をされた。

 短期間ではあったが、シャルア・ジェインと言う少女の事を強く印象付けた、レイ。だがその時――

 

                   ギュッ

 

シャルアはレイを抱き締めた。突然の行動に、レイは驚き、身動きが取れなかった。それと同時に、シャルアの目から涙が流れるのを見た。そして、すすり泣く彼女の声を、聞いた。

「シャルア……さん……?」

「バカ……あんたがいなくなったら奴隷がいなくなるじゃない……寂しい……寂しいのよ……バカ……」

あのシャルアが涙を流しているという事が、彼には信じられなかった。彼女の嫌な部分や妙な部分、そして、優しい部分を見たレイ。今、レイは彼女に対して、素直な言葉を話す事が出来ると思い、言った。

「あの……本当にありがとうございました。」

レイはシャルアに抱き締められて、顔を赤めると同時にシャルアが放つ独特の愛情表現を感じ取っていた。それに合わせるように、レイもシャルアを抱擁しようとする。これは、挨拶だ。挨拶はしなければならない――と。

 

バッ

 

だが、その瞬間にシャルアは突き放した。

「わ!?」

急に突き放され、レイは姿勢のバランスを崩す。シャルアは涙を堪えて、言った。

「か……勘違いしないでよね!別にあんたの事が好きってわけじゃないんだから!本当なんだから……大体奴隷に恋するって……どこの漫画かドラマよ……。あんたは、奴隷なのよ!あたしの奴隷!そう、奴隷……」

そう言っている割には言葉が詰まっていた。

「シャルアさんの事、忘れませんから……」

この時ばかりは、レイは不快な表情を見せる事なく、彼女に接した。それは寒空の中寒波が強くなる中、時に自然が見せる美しい雪景色の如く、優しい表情だった。

「は、早く行きなさいよ!あんたなんか、知らない!セイントバードに行ったらいいのよ!ほら、早く!」

彼女は、あえて振り払うようにレイを部屋から出るように言った。それが、彼女の挨拶だった。レイは静かに首を縦に振り、そのまま、去って行く――

「あ、やっぱり待っ――」

レイを止めようとするシャルアだが、既に、レイの姿はそこにはなかったのだ。

「……気をつけて……ね。」

部屋をそっと出て、走っていく後ろ姿を、彼女は静かに、見守っていた。

 

 

 

「発進、いつでも行けます!」

「艦長、許可を!」

「セイントバード、発進!」

今、セイントバードは轟音を鳴らし、凍てつく大地を後にした。僅かな時間の交流は、彼等にとってかけがえのない時間だった。

 だが現実は戦争状態だ。新生連邦の宣戦布告に留まらず、平和国連盟までもが平和主義を破棄し、戦禍を拡大させている状況。その危険な状況の中、セイントバードは次なる目的地へ移動する。

戦時中の僅かな安らぎの時間は、瞬く間に過ぎていったのだった。

 




第五十七話、投了。
ヒパック村での出来事はレイの心に残ったのでした。


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北欧、欧州の戦闘、抗争編
第五十八話 イェブレ基地にて


場面は変わり、アステル家のターン。国連のイェブレ基地より救援要請を受けたアステル家は、新生連邦と対峙する。


 アステル家の襲撃から時間が経った頃。シュネルギアは今、北欧の地域に艦を移動させていた。場所はイェブレ。スウェーデンの首都、ストックホルムの北側に位置する都市であり、国連のスウェーデン基地の中で一番規模が大きなものである。スウェーデンは新生連邦と平和国の領土が食い込むように存在している。

今、アステル家に対してイェブレ基地がシュネルギアにSOSを要請していたのだ。現在、新生連邦による激しい攻撃を受けているイェブレ。このままでは危機的状況に陥ってしまう。これは、ギルスが新たな平和国連盟の議長になってから初めての、シュネルギアの応援活動と言えたのである。

 現在、シュネルギアは標高約7000メートルの場所に居た。外気温およそ‐50℃。その上凄まじい吹雪がシュネルギアに襲い掛かっている。艦の中にはアレン達を始めとするメンバー以外にも、リルムの姿もあった。アステル家が襲撃された事をきっかけに、いつまでも預ける事は危険であると、ジャンヌが判断したため、彼女をシュネルギアで保護する事に決めた為だ。

 では、何故シュネルギアはこの地に向かう事になったのか。それは、イェブレの指揮官がジンクと知人関係であり、そうした関係もあり、救援を要請したという訳だ。

 アステル家は軍に所属している立場ではない。故に、行動がし易い。アステル家の戦力を宛にしている人間が居るのも、また、事実なのだ。

その中で、アレンはシミュレーションをし、いつ敵に出くわしても戸惑わないように訓練をしている。

 シミュレーションは非戦闘時においても有用だ。コクピット内で敵勢力との戦闘を想定した交戦を行う。敵との戦闘データを読み込んだ上でその動きや攻撃パターンをコンピュータに読み込ませ、戦うのだ。

今、アレンはシミュレーションを終わらせた所だった。うんと欠伸をし、目からは欠伸の涙が出る。

「ふぅ、疲れた。」

アドバンスドタイプである彼の成績は、圧倒的と言えた。普通の兵士の得点を遥かに上回る点数であったため、周りで見ていた兵士はは驚きを隠せない。

「あんた、やっぱり凄いな。本当に同じ人間か?」

それに対しアレンは丁寧な言葉で会話した。いくら彼はエースパイロットとは言え、周りの人間の方が年上なのである。

「い、一応人間ですよ?これにズルなんてできませんし。」

やがて、アレンはその場を離れた。他の兵士から見れば彼の戦績は凄いものなのだが、彼自身は納得がいかない様子だったらしく、一目散に部屋へ戻っていった。

 

 

 

 アレンが部屋へ戻ると、ココットがいた。まるで、彼が戻って来るのを待っていたかのように、目を輝かせ、微笑みながら言う。

「あぁ、ごめんね、勝手に入っちゃって。」

「いいよ、大丈夫だから。」

「さっきまでシミュレーション?」

「うん、でもちょっと調子が悪い。全然スコアが出なくて。これじゃあ敵に襲われた時に話にならない。」

先のアステル家強襲の事が引っ掛かっているのだろうか。アレンの心境に、どこか焦りがあった。スコアとしては一般兵よりも圧倒的に上ではあるが、それでも、彼自身の実力とは程遠いのだ。

「大変だね、アレンも……。」

彼にも、明らかに彼女が無理をしているのが理解できた。どのように対応すればよいか分からず彼はただ、ちょこんとその場に座り込んだ。

五分程、沈黙している状態が続いたが、その沈黙を破ったのはアレンだった。

「あの……さ。」

「どうしたの?」

何気ない様子でアレンの言葉に応じるココット。彼女の輝く瞳がアレンをじっと凝視する。

「ココットってさ、あの時に比べて、本当に成長したなぁって思ってさ。」

「え……それってどう言う事?」

ココットは首を傾げ、聞く。

「デウス動乱時の事だ。あの時、ココット何も出来なかったけど、今はできる。何かの役に立とうとしてくれている。それって、すごい成長なんだよなってふと、思ってさ。」

それは、アレンなりの誉め言葉のつもりだったらしいのだが、不適切だと判断したココットは、頬を膨らませ、怒った。

「その言い方は酷くない!?それじゃあ私、あの時は何の役にも立たないお荷物だったみたいじゃない!酷いよ……」

「あ……その……違う!違うよ!だからさ……ココットは必要だったんだよあの時から、ずっと。なんて言うか……その……俺を……迎えてくれる存在……として?」

動乱の時と今とで比較をするアレン。その言葉に、どこか躊躇いを抱いている。恥ずかしさが、アレンの中に込み上げてくるのだ。

すると、それを聞いたらココットは少しずつ微笑み、やがて、大きく笑った。

「アハハハハハ!アレンらしくない!何その言い方!?まるで、ホストみたい!ホストでも下手って言われそう!アレンにキザな言い方はねぇ……」

「なっ……似合ってないって言うの?」

「全然似合ってないよ!カッコつけてるだけじゃない!アハハ!」

「う……」

アレンは傷付いた。しかしココットに言われたことなのであまり悔いることは出来ない。

それは、互いに最愛の人間同士ではあるが、互いに距離が近くなってきている証拠なのかも知れない。戦後、日本に行くまでは出会う事のなかった人間同士であるが故に、共に行動する時間も増え、互いにフランクになって行っているのだろうか。

「でも……そういう意味で言ったのなのなら、ちょっと嬉しいかも。アレンにそう言ってもらえて。」

「そ、そう……?」

先程の傷は癒え、逆に嬉しさが彼を喜ばせた。このことから分かるように、結構、アレンは単純なのである。しかし彼自身はその事に気付いていない。

(アレンって、単純な人……でも、あ私は本当に役に立つ事が出来ているのかな……)

彼女は内心で思っていたが、アレンの事を考慮し、敢えて何も言わなかった。

 

 

 

やがて、シュネルギアは国連の基地があるイェブレの上空に着いた。ここまで来ると降下体勢に入り、徐々に艦は高度を下げていく。それと同時に外気温も僅かではあるが上がっていった。

急な降下だった為、艦は揺れた。ジャンヌがブリッジで降下に関して警告をしてくれたのだが、それでも揺れた。その揺れが収まり、シュネルギアはイェブレ基地に到着した。

極寒と呼べる寒さの中にある、イェブレ基地。イェブレは首都、ストックホルム程ではないが、活気のある町であり、雪が降っていても都会の方は灯りが多い。基地自体は都市から離れた場所にある為、イェブレの中心に住んでいる人々が被害を受ける事はあまりない。シュネルギアは基地から発進される誘導光に沿って、基地が指定する場所に艦を着陸させた。

シュネルギアのクルーは早速、降りた。そして、ジャンヌは一人でイェブレ基地の司令官であるアズサ・グーニー中佐に会う事にした。彼こそ、ジンク・アステルと交流のある人物である。アレンを含む他のクルーは基地の人間によって案内をされている。

アズサとジャンヌはシュネルギアの前で会話を始めた。イェブレ司令官のその男は顎に程良い髭を生やしており、身長もアレンより高い。見るからに威厳が感じられる、そのような印象を持つ男だった。

「遥々、イェブレまできて頂き、感謝の気持ちで一杯です。」

「いえ、グーニー中佐とお父様は旧知の仲という事は伺っております。それに、アステル家はあくまでも国連と協力関係にありますから。それよりも……先に貴方に是非お伺いしたい事がございまして。宜しいでしょうか。」

「ええ、構いません。わざわざ、来て頂いたのですから、先にお聞きしましょう。」

「ありがとうございます。では……」

軍人として礼儀正しく、アズサは丁寧な口調で応じた。そしてジャンヌは自分の言いたい事をアズサに告げた。

「平和国連盟……並びに国連の平和主義は具体的には、どうなってしまったのでしょうか。以前に国連側が新生連邦に対して攻撃を加えたと言う話をお聞きしましたが。」

それが始まったのは、メキシコ湾での国連軍の攻撃だ。これを皮切りにして、国連軍が武力行使を行うようになった。そのニュースは、彼等にも衝撃を与えたのである。

彼女の質問にアズサは少し視線を下に向けた。そして五秒して、口を開けた。

「これも……ギルス・パリシム議長のご命令なのです。」

「そんな……」

「亡くなられたチャール・ポレク議長は素晴らしく、良い人でした。何よりも平和を望み、争いを望まない。そして武力行使などしようとしない。それ以外は自己防衛に徹底しています。絶対に国連からの攻撃など有り得ないのです。しかし今の議長は違う。〝平和〟を力で作るものだと盲信し、それにより今後どれだけの犠牲者が出るか……そしてこれにより戦争は益々悪化していくことでしょう。」

次々と突きつけられる現実に、彼女は既に言葉すら出なかった。彼女の顔色はいつに無く険しく、そして恐ろしかった。

「世界は、変わって行っているのですね……」

真剣な眼差しを見て、アズサはどこか、ジャンヌに恐ろしさを感じていた。それを見て、彼は話題を変えんと、現状の説明を行った。

「ジャンヌ嬢、話題を変えさせて頂いて恐縮ではありますが……我が軍の事情を我がイェブレ軍は現在新生連邦による攻撃を度々受けております。その度重なる攻撃によって、多くの兵士達が犠牲となり、戦力がほとんど失われてしまいました。援軍もなかなか来なく、このままでは新生連邦によって壊滅させられるのが目に見えています。ですから……とにかく貴方方に頼らざるを得ない状況なのです。」

「何故、援軍は来ないのでしょうか。」

「来ないと言うよりは……気候の影響で動けないと言ったほうが良いかも知れません。情報によれば、敵勢力は北欧地区には辿り着いたと言う事です。出来れば貴方方にはその援軍が来るまでイェブレまで居て頂きたいのですが、さすがにそれは厳しいのではないでしょうか。」

彼はあくまでもチャールの言葉を信じたいと思っている為、自ら新生連邦を攻めるような真似はしたくないと考えている。ジャンヌはその事を既に理解していた為、納得した様子で頷いた。

「ええ、分かりました。」

ジャンヌは快く受け入れた。と言うのも、現在の平和国連盟及び国連の状況を説明してくれたお礼を兼ねている為である。

「ありがとうございます!敵はいつ襲ってくるか分かりません。基本的には天候の恵まれた日に敵は攻めて来ることが多いです。今日は吹雪が強いですね。幸い敵が来ることは恐らく無いでしょうが、万一晴れの場合は気をつけて下さい。あと、機体の整備なら我々の整備士を派遣させますので人数不足の心配は無いと思います。」

「安心して下さい。必ず守ります。必ず……」

ジャンヌはそう言ってアズサの手をぐっと握った。先のアステル家の強襲の事が思い出されたのだろう。故に、その握る手は力強く、込められていた。

 

 

 

基地に着き、早速MSの整備に取り掛かるイェブレ基地の整備士達。シュネルギアの整備士と合同作業のため、通常より早く仕事が終わる事だろう。シュネルギアの機体の一機ずつ入念にメンテナンスを行い、更に切り札であるブライティスに関しては二十名以上がメンテナンスを行うという念の入れ様だった。しかもアズサはシュネルギアに対し、お礼と言わんばかりに数機だがヴァントガンダムを送ってくれた。それにより、以前よりも戦力が充実したシュネルギア。これでいつ敵と遭遇しても戦力が増えた事で、有利に戦うことが出来るだろう。

各パイロット達も各々の機体のメンテナンスを手伝う。アレンもブライティスガンダムのコクピットに入って調整などを行い、いつでも起動できるようにチェックを入念にした。

「よし、異常は無しか。」

そう言って彼はブライティスから降り、そっと呼吸を一回した直後。整備士の恰好をしたジャンヌが彼の側に寄ってきた。

「アレン。」

「ジャンヌ。さっきはお疲れ様。」

有名なジャンヌの存在は整備士達の視線を釘付けにした。彼女は世界的女優。そのような存在が整備士達の居る環境に居る。そして、彼女が喋っているのは自分達より若い青年。それに、少し納得がいかないと感じる整備士の姿もあった。

「ブライティスの調子はどうですか。」

「もう少しすれば終わりそうだ。」

「なら、私もお手伝いしましょう。大切な機体ですものね。」

彼女は、最初からブライティスガンダムのメンテナンスを手伝う為に、整備士の恰好をしていたのだ。歌姫とは思えない恰好ではあるが、それでも彼女は機体のメンテナンスを手伝う。腕まくりをし、機体の駆動系を見る彼女の姿はとてもではないが、アステル家の令嬢という印象を受けない。

ジャンヌの整備能力の高さには、その場に居た全員が驚きを隠せない様子でいた。最終的にブライティスの整備を三十分程度で終わらせ、次にドラグネスアサルトやヴァントガンダムのMSを確認していく。そして欠陥部分を見つけたらすぐそこを修正したのだ。

「おい、ジャンヌ嬢って……」

一人の、整備士が言った。

「ああ、ジャンヌ様は凄い人だよ。基本的に何でも出来る。あんなの軽い軽い。艦長としての役目も大変だろうに、わざわざ俺達を手伝ってくれるんだよ。あの腕はかなりの腕前でさ、俺達プロでも顔負けさ。」

「マジで!?いや、デウス動乱が終結する前から噂では聞いていたが……これ程とは。」

感心するイェブレの整備士に対し、ジャンヌの事に対して誇らしげな様子のシュネルギアの整備士。この事から、彼女が慕われているのが良く分かる。

「で、お前はそのジャンヌ嬢のその素晴らしい才能に惚れたのか?」

何気なく、イェブレの整備士は聞いた。

「いや、そう言うのじゃないさ。アステル家には恩がある。その中で、俺はやるべき事を果たすだけだ。」

シュネルギアの整備士は、アステル家に対して忠誠を誓っている様子だ。それ故に、その表情は真剣そのものだ。

「そりゃ、強い意志だことで。」

と、整備士は何度か頷きながら言った。

「ま、色々と事情があれど、お互い整備士なんだ。仲良くやろうぜ。それよりシュネルギアはすぐにイェブレを去る予定なのか?」

イェブレの整備士の質問に対し、整備士は若干困惑気味で言った。

「いや、分からない。全てはジャンヌ様が決める事だからな。」

「出来れば援軍が来るまで居て欲しい所だ。何せ、今は戦力ほとんど無いに等しいから。」

「ジャンヌ様なら大丈夫だと思うぞ。彼女は、今までこういった事態は見逃したこと無いからな。ま、それまでは酒でも飲んで仲良くしようぜ。」

「ああ、短い間かも知れないけどよろしくな。」

このように、シュネルギアが援助に行くことによって新たな友情が芽生えることもあり、補給物資も受けることが出来るためプラスになる事は多い。しかしその反面、いつ死ぬか分からない状況に置かれる事も考えなくてはならない。戦場では死と隣り合わせ。このように友情が芽生えたとしても、儚くそれが消えてしまう事は多々有り得るのだ。いくら整備士とは言え、戦争では敵によってMSデッキが強襲されることもある。それほど、戦争と言うのは恐ろしい物なのである。

シュネルギアとイェブレ基地は、新生連邦が襲って来るまでの間、少しでも安らぎの時間を満喫するために彼等は会話を楽しんだ。

整備の終わったパイロットは各自の部屋へ行き、疲れた体を休めるために眠る者もいれば友人同士で携帯ゲーム機を楽しむ者もいた。しかし、それは常に死と隣り合わせと言うことを自覚した上での行動だった。

暫くして、アレン達も整備を終えて彼等は各自の部屋へ戻って羽を休めることにした。

迫るかも知れない、敵を待ちながら。

 

 

 

基地の一室にて。ジャンヌは疲れた彼に熱い茶を注ぎ、差し出す。茶からは湯気が溢れ、それは熱さを表している。

今、ジャンヌとアレンは二人で部屋に居る。だがそれは、互いに特別な関係という訳ではない。あくまでも、彼等は仕事仲間として、今ここに居るのだ。

「ありがとう。」

「どうやら、相当お疲れのご様子ですね。」

疲労が溜まっている様子のアレンを見て、覗き込むようにジャンヌが見た。

「うん……休憩無しで整備していたから。」

アレンは用意されたカップの取手を持ち、そっと息を吹きかけてそのまま口に持っていった。そのまま飲むより熱さは緩和されたが、それでも舌に熱さは伝わった。

口からそれを離すと、アレンは口を閉じたまま舌を巻き、熱さでざらざらとする舌を舐めた。

「休まずにお疲れ様です。けれども……いつ新生連邦軍が攻めて来るか、それが分からないのが恐ろしいですわね。」

「ああ……確かに。イェブレの部隊が新生連邦の攻撃を受け続けている状況だとするのなら、俺達が頑張るしかない。」

この時アレンは、既にジャンヌがイェブレを尋ねた理由を知っていた。新生連邦の強襲。それは先のアステル家の襲撃や、ロンドン襲撃を思い出す。それにより多くの犠牲者が出た。今度は、被害を出さない為にも、彼等が動いていくしかないのだ。

「俺達がしっかりしなきゃ……ダメなんだ。新生連邦の猛攻を少しでも阻止するために。」

「援軍は北欧に入ったそうです。数日間ここに滞在すればきっと来る筈でしょう。それまではここで戦う事になります。」

「そっか……」

先程から、アレンはどこか、緊張している様子だった。ジャンヌはそれを察してか、話題を変えた。

「貴方が先程から心配している事……恐らく、あの大型ガンダムの事ですね。」

「……やっぱり分かった?」

ジャンヌが自分の考えを分かっていた事に対し、アレンはあまり驚いていなかった。その話について、ジャンヌは口を開けた。

「私は、思うのですが……国連の戦力だけであのガンダムを止められるとは、私はどうしても考えにくいのです。」

先の戦いで、ヴァイダーはヴァントガンダムを薙ぎ払った。その圧倒的な火力で束になっても太刀打ちできなかったヴァントガンダム。成す術もなく、ロンドンの町は蹂躙されるだけだったのだ。

「あの時は、貴方のブライティスとレイのツヴァイが協力する形で撃退する事が出来たでしょう。つまり、万が一あのガンダムが出現した場合は……」

彼女が言いたい事はこの時、既にアレンには理解出来た様子だった。

「つまり……レイに協力をして貰うって事だ。」

「そうですね。彼の力……いえ、彼だけではありません。エリィさん達の力が必要になります。微力かも知れませんが、彼等はガンダムタイプを二機、所持しています。彼等の力は私達にとって、非常に重要なものとなり得ます。ヴァイダーガンダムに関しても、そして、今後の世界に関しても。」

ジャンヌは険しい眼差しでアレンを見る。不安定な世界であるが故に、動いて行かなければならない。だが、その為には協力する事が必要だ。

 しかしレイはアステル家を毛嫌いしている状態だ。その事は、ジャンヌ自身も理解していた。

「でもあいつは……俺達を快く思っていない。結局あの戦いでもあいつの一撃があのガンダムを倒すきっかけとはなったけど、それからあいつとは口も利いていない。」

「……エリィさんと、一度連絡を取るのも有りかも知れませんわね。」

ふと、ジャンヌが口を開いた。

「また、協力するって事?」

「いえ、まだその時ではありません。そもそも、情報が入っていませんから。しかし、ヴァイダーガンダムがいつ、どこで現れるかは分かりません。その為にも、事前に彼等とはコンタクトを取っておきたいと、思っております。そして、確実にレイの事も巻き込んでおきたいのです。」

巻き込む?それはどういう意味なのか。

「もし彼が私達と協力をしない方向であれど、協力をして貰わければならない時が必ず来ます。そうなった場合、私は例え、彼にとって“悪”と見做されても良い様にしていかなければなりません。」

「悪と見做す……?」

アレンは、視線を下に向け、考える素振りを見せた。

「それは、後々に分かる事です。その上で動いていく事。それは、亡きお母様へのある意味の弔いでもあるのです。貴方なら、理解出来るでしょう?」

ジャンヌの母、ターナ・アステルはエファンによって殺された。その事は、今の彼女の動力として、生きているのだ。

そして、アレンに対して言った、レイから見て“悪”と見做すとは、どういう事なのか。彼女の胸中は、この時は分からなかったのである。

 

 

 

やがて一夜が明けた。イェブレは雪が降っていたものの、太陽が照っている。アレン達は基地内部にあった宿泊施設に泊めさせて貰っていた。施設の一室でアレンはカーテンを開け、その幻想的な光景を見て一息吐く。それを見た後で彼はシャワーを浴びた。シャワーから溢れ出る水滴が彼の目覚めを手助けする。それにより目覚めたアレンはすぐに服に着替える。

この一方で、リルムも基地内に泊めさせて貰っていた。彼女の場合はアイリィと友人関係となっていた為、以前程苦に感じる事は、無くなっていたのである。

「おはよう、リルム!眠れた?」

「アイリィさん!」

仲良くなっていた両者。レイに会えない寂しさを埋めようとせんと、リルムはアイリィに接する。最初の出会いは良いものとは言えなかったが、友人になれた事は、リルムにとって何よりの幸運と、今では言えるのだった――

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

だがその時、基地全体に警報が鳴ったのである。間違いなく新生連邦の襲撃によるものであった。

「警告!敵、接近!各パイロットは直ちにMSに搭乗願います!繰り返す――」

非常を伝える音が、鳴り響く。それが聞こえた時、アイリィはリルムに対し、言った。

「ごめん!敵が来ちゃった!必ず戻って来るからね!」

と言って、アイリィはその場を去って行った。朝の挨拶は、僅かな時間で終わり、再びリルムにとっては恐怖と寂しさの時間が始まろうとしていたのだった。

 

 

 

警報が鳴っている間に、イェブレ基地のパイロットや、シュネルギアのパイロットが、それぞれのMSに乗り込んだ。その中でアレンは昨日徹底的に整備をしたブライティスに乗り込んだ。アイリィも急いでヴァントガンダムに乗り込み、戦闘態勢に入る。

「早速か。でもやれる!」

以前のアステル家襲撃以来となる今回の戦い。前回の戦いの事もあり、アレンは気が抜けない様子だった。以前は襲撃によって大規模なダメージを受けたアステル家。今度こそ、今度こそ守るべき場所を守ってみせると誓ったアレン。青く美しいウイングを持ったブライティスは再びカメラアイを輝かせ、戦場へ飛び立つ。

「アレン、ブライティスガンダム行きます!」

 

キシィン

 

その掛け声と同時にブライティスは出撃した。それに続くように、アステル家のMSやイェブレ基地のMSが出撃する。ブライティスが先頭に立ち、他の機体もビームライフルを一斉に構えた。

 

 

 

今回の敵は以前のアステル家襲撃時ほど多くはないが、数としては多いである。マドラ級空中戦艦が五隻。それに対して無数のジョゼフが確認された。国連はこれから迎撃に入る。

ジョゼフが急に一斉射撃を開始した。これに対してブライティスはブリッツファンネルとブラスターファンネルを一斉に展開し、攻撃を加える。

「行けっ……!」

 

ピシュンッ ピシュンッ ピシュンッ

 

彼の念じた通りに、ファンネルは躍動する。その飛翔体はビーム粒子を放ち、ジョゼフを一機ずつ破壊していく。続いてブラスターファンネルも。

この時、アレンはコクピット内で、右腕を思い切り振った。ブラスターファンネルに攻撃命令を下しているのである。彼の命令通り、ブラスターファンネルはジョゼフに攻撃を加えて破壊していった。しかし、その数もほんの一部に過ぎない。ブライティスはファンネル以外にもビームライフルで攻撃を仕掛けていった。とは言え、ブライティス一機だけでは多数のMSに対応出来ないのだ。

彼の援護に、アイリィが駆け付けた。ヴァントに乗っているアイリィはビームライフルやミサイルなどでアレンの援護をする。

「アイリィ!」

「アレンさん!大丈夫ですか?」

「ああ、平気。でも数が少し多いな。でも今回こそ成功させないと……。」

「援護しますから、どんどん敵陣突破しちゃって下さい!」

そう言うとアイリィのヴァントガンダムはビームライフルを連射した。それに続くように、イェブレ基地のヴァントも援護射撃を行ってくれた。アレンはそれに感謝しつつ、ブライティスのウイングを展開し、そこからビームキャノンを放出した。この攻撃を受け、損傷する敵機体。それを受け、反撃せんと、一機のジョゼフがビームライフルを放った。だが、ブライティスは回避する事なく、左前腕部を差し出す事でバリアーフィールドジェネレーターを展開。ビームライフルを放つ、敵によるビーム攻撃は全てバリアーフィールドが防いでくれる。

その最中、MAのエグゼマーが現れた。太いビームがブライティスに対して容赦無く襲い掛かる。バリアーフィールドでそれらを防ぎつつ、アレンは突き進んでいく。そしてエグゼマーの上に乗り、そのままビームセイバーでそれを貫いて破壊した。

イェブレ基地のヴァントもアレンに負けず奮闘していた。彼等の活躍によって徐々に敵機数は減っている。だが奮闘しても命を絶やす人の数も決して少なくないのである。

「幸い、強敵はいないみたいだな。」

するとアレンは一気に攻撃に出た。敵にエースパイロットがこの戦場にいないと把握した為である。

単体で戦場を駆け抜けるブライティス。そこで、一隻のマドラ級に対して攻撃を開始した。無論これを守る為に多くのMSが援護するのだが、ブライティスはバリアーフィールドを延々と展開し続け、ウイングに装備されたファンネルやビーム砲で戦艦に集中砲火を浴びせた。

「艦長!損傷率が60%オーバーしました!このままでは……」

「……総員速やかにこの艦から退避せよ。俺はいい……」

「そんな!艦長も逃げて下さい!」

「艦長たる者、艦の最期を見届けるのが当然だろう。いいから逃げろ。そして生き延びろ。」

だが、クルー全員が逃げ切る前にブライティスのファンネルが冷たい閃光を放ち、その、マドラ級はそのまま破壊され、海の藻屑と成り果ててしまったのだ。

 

 

 

 シュネルギアはその場を動く事なく、ブリッジから彼女は指示を出している。迫る新生連邦に対する対抗手段として、彼女は指揮をしている。

「アレンは散開し、十時方向から迫る部隊の迎撃に向かって下さい。ヴァントガンダム隊、ドラグネス隊に護衛を二時方向へ。残りはアレンの護衛に回って下さい。」

アレンのブライティスを中心とした部隊が展開される。それに追従するように迎撃を行うドラグネスとヴァントガンダム。そのフォローは的確なものと言えた。迫るジョゼフやエグゼマーを、確実に攻撃していく。この間、シュネルギアに敵機体が迫る事は、無かったのである。

 

 

 

アレンが善戦する中、アイリィ達も奮戦していた。ヴァントガンダムは脚部からミサイルを放出し、迫るジョゼフを倒していく。しかし一方的に倒しているというわけではなく、無論反撃も受けている。アイリィは持ち前の運の良さが今になって輝いているのか、これらの攻撃を紙一重で回避している。しかし他のMSは運悪く直撃してしまい、大破に至ってしまう。

「あぁ!あの機体!」

味方がやられたことで、アイリィのヴァントはビームライフルを連射した。その光は味方機を撃ったエグゼマーに直撃し、爆発する。

新人兵士として入隊して早二ヶ月。彼女は、当初とは比べ物にならないぐらい成長していた。立ち振る舞いや動き方も新人時と違い、的確になってきているのだ。

「よし!いい感じ!次だぁ!」

ビームライフルを構え、それを射出するアイリィのヴァント。標的は動いていないジョゼフだ。絶好の機会と感じたアイリィは最初に一発撃つがそれに気付いたのか、回避される。次に一発。これも回避される。三発目。これも駄目だった。

「なんで!?くっそー!」

自棄になったアイリィはそのジョゼフに対してビームライフルを連射し続けた。ビームライフルだけでなく、接近しながら脚部からミサイルを放出するなど別の攻撃も加えた。

その内ビームサーベルも側腰部から繰り出し、機動性に勝るヴァントはジョゼフに追いついて擦れ違い際に切り裂いた。見事にコクピット部分に命中し、ジョゼフは破壊された。

しかし次の瞬間だった。アイリィは三機のエグゼマーに囲まれてしまったのである。

「嘘!?しまった……!」

周りのエグゼマーは既に戦闘態勢に入っている。その勢いに対応できなかったアイリィ。その内の一体がビームライフルを放出した。それはシールドで防御できたものの、残りの二つが彼女を襲う。

それぞれ右脚部、バーニア部にダメージを与え、ヴァントは激しく揺れた。

「あううっ!」

一体では不利な状況に陥ったアイリィ。とにかくこの場から逃げようとするが、バーニアがやられてしまっていて彼女の思うように動いてくれない。

「動いてよ!この!!!」

その時、一機のエグゼマーがアイリィ機に向かってミサイルを放出した。コクピットを狙って、ミサイルは高速で迫ってくる。

バーニアを起動させようと必死にレバーを動かすも、なかなか動かない。その間にもエグゼマーのミサイルが迫ってくる。

「動け!」

その瞬間、ヴァントは動いてくれた。もう少し遅れていれば確実に落とされていたに違いない。間一髪ミサイルを回避した彼女は、反撃に脚部ミサイルを放出した。だがそれは簡単に回避されてしまう。

三機のエグゼマーとアイリィの乗るたった一機のヴァント。成長したとは言え、まだまだ未熟な彼女にとってこの状況は非常に厳しい状況と言えた。

厄介なのは、このエグゼマー三機に搭乗していたのは普通の新生連邦兵ではなく、普通の兵士以上に訓練された優秀なパイロットである。

「フォーメーションを組む!たった一機とは言え油断は出来ない!」

「了解。」

すると、エグゼマーは三機共MAに変形した。独特の形に変形し、機動性が上昇したエグゼマーは一直線になり、そのままヴァントの前を旋回する。それが続くと思われたが彼女の勘違いらしく、突然エグゼマーはフォームを崩し始め、それぞれの機体が分散し始めた。

「フォーメーションデルタ!」

「一気に仕留める!」

三機の内の一機はヴァントに接近した瞬間にMSに変形し、ビームサーベルで切り刻もうとする。アイリィはこれに対してビームサーベルを展開し、鍔迫り合いを行う事で攻撃を防いだ。

だがこれだけでは終わらない。続いてもう一機が背後からMA形態のままビームライフルを連射。別の方向からはミサイルとビームライフルを両方発射する機体が見えた。

つまりこのフォーメーションデルタは、特攻用の一機が接近戦を試み、残りの二機がビームライフル等の中・遠距離攻撃を仕掛けると言う戦法である。

確実にアイリィのヴァントを仕留めたように思われた。だがこれらに既に気付いていたアイリィはビームサーベルラックを腰に戻してシールドを構えつつその場から離れた。それによりビームライフルによる攻撃を弾くことが出来、どうにか大したダメージを受けずに済んだ。バーニアが壊れているにも関わらず、それでも、それは起動したのだ。

「三機なんて卑怯だ!あいつらに一人でもやれるって所見せてやるんだから!」

三機で一機に対して容赦の無い攻撃を続ける敵に対して怒りを覚えたアイリィは行動に出た。突然やられているバーニアをどうにか動かしつつ一機のエグゼマーに突撃を開始したのだ。血迷ったようにも見えるその光景だが、彼女には考えがあった。

接近してくるので、ビームサーベルを構える一機のエグゼマー。やがてサーベルの攻撃範囲に入ったヴァントを切り刻むためにそのエグゼマーがサーベルを振った瞬間に、急にヴァントは壊れているバーニアを駆使してエグゼマーの上に移動し、上手くバーニアをコントロールするためにそのエグゼマーの頭部を踏みつけた。つまり、エグゼマーを踏み台にしたのである。

「お、俺を踏み台にしたのか!?」

踏まれた勢いは大きく、エグゼマーは一度、コントロールを失った。

アイリィはそのままビームサーベルを再び繰り出し、目前にいたMAエグゼマーを切った。普通なら避けられる筈の攻撃だが、急なアイリィの登場により行動することが間に合わなかったのだろうか、そのエグゼマーはビーム刃に切り裂かれ、撃墜されたのだ。

「ぐ……わあああ!」

「よぉし……次!」

すると踏みつけられたエグゼマーに対してビームライフルを放出し、そのままそれは爆発した。残る一機は未だにMA形態に変形している。

「よくも!こいつは許さん!!!」

怒りに身を任せ、MA形態のまま特攻を図るエグゼマー。その際にビームライフルを連射し続けるが当たらない。

ヴァントは特攻するエグゼマーの上に乗り、ビームサーベルでコクピットを貫いて破壊した。直後に、爆発を起こす最後のエグゼマー。急いで脚部から離れ、脱出するヴァントガンダム。

彼女は、たった一機でエグゼマー三機を仕留める事に成功したのだ。それは、考えが半分で、運が半分入り混じった彼女の作戦の成功を意味していた。

「ふぅ……助かったぁ……」

強敵を倒し、とりあえず落ち着くアイリィ。しかしまだ油断は出来なかった。他にも敵が潜んでいるかも知れない為である。

バーニアが壊されており、次の敵に会敵すれば確実に仕留められる可能性が高い。その為に彼女は一旦シュネルギアに後退した。後はブライティスや、ドラグネスアサルト、他のヴァントガンダムにこの戦況を任せて。

 

 

 

アイリィが奮戦した後、アレンはアイリィから帰還する内容の通信を回線にて把握していた。彼女が三機のエグゼマーに苦戦している間に、彼は別の戦艦やMSを破壊していたのである。

アレンのブライティスが放出するファンネルは的確に敵機を狙い、確実に破壊していく。

マドラ級空中戦艦もアイリィが奮戦している間に二隻破壊され、残る艦は二隻となったその時――

「撤退だ!奴等は強過ぎる!相手が悪いとしか、言い様がない!」

「国連の隠し玉か……!」

負け惜しみの如く台詞を発し、マドラ級は撤退信号を発射。同時に、ジョゼフやエグゼマーはそれぞれの艦へ撤退をしていったのであった。

 今回の戦いはアレン達の活躍により、最小限の犠牲で済む事が出来た。これも、先のアステル家強襲やヴァイダーガンダム強襲の教訓が活かされたが故に出来た事なのかも知れない。

 

 

 

基地に戻った後、アレン達はアズサに激励された。これもシュネルギアが奮戦したお陰と言えた。ブライティスの火力を中心としたMS部隊は、その強さを新生連邦に見せつける事に成功したと、言えた。

「戦死者は出てしまったが、被害は今までの中でも最高に少ない。貴方方はよくやってくれました。心から感謝したいと思います。君達がいなければあれだけの戦力には恐らく、対処できなかったでしょう。」

その言葉に対し、ジャンヌは口を開く。

「いえ、言われた以上はきちんと使命を果たすまでです。ね、皆さん?」

今回の功労者達に向け、ジャンヌは微笑んだ。それを見て心が和らぐ人間の姿が多々見られた。

「中でも今回活躍をして下さったのはアイリィ・トゥールさんです。一対三の状況で、あの動きを出来るとは……貴方には隠された実力が込められているのかも、知れませんわね。」

その場で、ジャンヌはアイリィを讃えた。シュネルギアの艦長であるジャンヌに名指しで讃えられ、アイリィは大きく喜ぶ顔を見せた。

「わああああ!ありがとうございます!私、頑張ります!」

兵士ではあるが、中身は17歳のティーンエイジャー。純粋に、喜ばれる事に対して嬉しさを感じている。

「ジャンヌ様の的確な指揮は目を見張るものがあります。流石、ジンク様の令嬢と言うべきでしょうか。私は彼と友人関係である事を誇りに思います。」

「いえ、私達は成すべき事をしたに過ぎません。」

謙遜する、ジャンヌ。

「少しの間、こちらでゆっくりとされてはいかがでしょうか。それなりの、待遇をさせて頂きます。」

アズサは物腰柔らかな様子で彼等に言った。イェブレ基地が守られた事。それは、彼等にとって

「それは、有難いですわ。しばしの休息を頂けるのなら、光栄です。」

戦闘というのは体力、精神力を削る。それが連戦となれば、それだけ彼等にとって負担となる。その為、休息を貰える事は何よりの褒美と言えるのだ。アズサの厚意が、彼等を喜ばせる。束の間の休息。その時間は、かけがえのないものと、なるだろう。

 

 

 

「リルム!やったよー!MS三機撃墜!一機で三機撃墜だよ!凄くない!?」

アイリィはリルムの居る部屋に向かい、先の戦闘での報告をした。実戦で敵を倒す事が出来たアイリィは、喜びを噛み締めている。自分もやれるんだと、感激している様子だった。

「アイリィさん、それって……あのロボットに人が乗っていたんだよね?アイリィさんは、殺したって事になるんだよね……?」

リルムの言葉で、アイリィの表情が次第に変化していく。人を殺した。アイリィには、その実感が無かったのだ。彼女の喜びと対比しているリルムの表情は、どこか、恐怖を感じているように見えた。

「え?そりゃ、そうなるけど……」

アイリィとリルムの乖離が見えた瞬間だった。ティーンエイジャー同士とはいえ、リルムは今まで人殺しとは無縁の生活を送って来た少女。一方のアイリィは、あどけないとはいえ、軍人だ。軍人が敵を殺す事で讃えられるのは、戦場では至極当然。対照的にリルムは違う。民間人だ。民間人が人を殺せばそれは犯罪だ。その価値観の違いは、互いに迷わせるきっかけとなるのだった。

「ごめん、アイリィさん。私、喜んで人殺した!なんて気持ち、分からない。そんなの嬉しくない。友達のハズなのに、人を殺した事を自慢されたって……」

リルムは事情を知らなさすぎる。今が、戦争状態という事を。だが先のアステル家襲撃の出来事もあり、今はアステル家に保護している状態が危険である為、彼女はシュネルギアで共に行動している。

 当然、そうなれば戦闘に巻き込まれるだろう。守る為に敵を倒すだろう。だがそれが、リルムには理解出来ない世界だったのだ。

「戦争が人を殺す事で成り立つっていうのは勉強してるし、歴史とかでもなんとなく分かってる。けど、それを喜んで自慢するのって違うと思う。ごめんね、多分、アイリィさんはそう言う風に育てられてるんだと思う……」

過ごしてきた環境の違いは価値観の違いを生む。特に、人を殺めるという価値観は当然ながら繊細に扱わなければならない内容だ。本来、それはあってはならない事なのだから。

 だが有事では奇麗事で片付かない。彼等はイェブレ基地を守る為に戦った。そして、敵を殺した。それは、真っ当であった。

「そっか、リルムは人殺すなんて、する訳ないもんね……」

そう言われた時――

「当たり前だよ!!!」

リルムは怒鳴ってしまった。仲良くしていた筈の人間に対して。

「そんな経験なんてある筈がないよ!平和ボケしてるって言われたらそれまでかもだけど!私からしたら、その考えが理解出来ない……なんで、人を殺して喜べるの?アイリィさん……」

撃墜スコアを上げる事は軍人としては光栄の事だが、それは人殺しと同義。だからといって、戦場において不殺というのは難しい。戦う力を一時的に失った所で、兵士は別の機械で殺しにかかる可能性がある。ならば、その息の根を止めなければならない。それが、軍人だ。アイリィは愛らしい人間ではあるが、軍人なのだ。

「ちょっと、部屋、出るね。」

気まずいと感じたアイリィは、部屋を出る事にした。リルムは、そっと、一人でベッドに端坐位姿勢で過ごしていた。

 軍人と民間人の立場の違いが、このような価値観の乖離を生み出してしまったと言えた。

 

 

 

シュネルギアのブリッジ内でジャンヌが休憩をしていた時。オペレーターの一人が言った。

「ジャンヌ様、入電です。」

「繋げて下さい。」

突如入った入電に応答するように、ジャンヌが指示をした。そこに映っていたのは、彼女の父、ジンク・アステルだった。荘厳な印象を持つ男は、娘である彼女に対しても威厳を崩す様子を見せない。

「ジャンヌ。イェブレでは活躍したそうだな。ご苦労だった。休息している所だろうが、緊急でお前達に伝えなければならん事がある。」

「それは、何でしょうか。」

“緊急”と言う言葉は彼女達を緊張させる。

「私の友人のギア・ジェッパーに仕える者が、ある写真を撮影した。その画像データをそちらに送る。」

ギア・ジェッパー。オーストラリアの平和国連盟の一部代表を務める人物だ。その人物とジンクは旧知の仲であり、友人関係である。

 やがてジンクからシュネルギア宛に画像データが送られた。そこに映っている“モノ”を見て、ジャンヌの表情が、変わった。

「これは……」

五隻のマドラ級の戦艦に運ばれる、巨大な黒い影が、映し出されていた。これが何を示しているのかは、彼女の想像に、易い。

「ジャンヌ、お前の想像通り、これはロンドンを壊滅に追い遣ったあの殺戮兵器の可能性が高い。何せ新生連邦のマドラ級を五隻も使い、運搬しているのだ。相当な大型機体と見えるだろう。これがオーストラリアに運ばれている姿を確認された。……これがどういう事か分かるか?」

ジェノサイド・マシン、ヴァイダーガンダム。まさか、その姿をこの場で見る事になるとは思ってもみなかった。

 ジャンヌに、先の衝撃が蘇る。グレートブリテン島に亀裂を入れ、ロンドンの町を蹂躙し、数多の人を殺害した巨大兵器。それが、まだ居るという事実。それは、別の都市が蹂躙される可能性があるという事を、示唆していた。

「新生連邦が、国連を襲撃する……お父様、この写真はオーストラリアで撮影されたのですね?」

それが示すものは、一つ。次の戦場はオーストラリアになるという事だ。

「平和国連盟の最高議長が変わり、平和主義を破り、容赦のない攻撃をするようになった現在、新生連邦も早期決着を求めているのかも知れない。その為には、早めに国連の勢力を潰していく必要がある。その為にこの兵器を投入する可能性があるだろう。」

恐れていた事が、現実になった瞬間と言えた。イェブレに到着した時、アレンとジャンヌはヴァイダーガンダムの事について語っていた。まさか、再びその悪魔の如き巨体の姿を見る事になるとはと、彼女は思っていた。

「そうとなれば、対処法を考えなければならん。イェブレを去り、一度ローマに戻れ。アズサには私から伝えておく。」

やがて、ジンクからの回線が切れた。ロンドンを破壊した殺戮兵器、ヴァイダーガンダムが再び動き出そうとしている。これは、由々しき事態だ。何としても、止めなければならない。

「あのガンダムが再び動き出そうとするのならば……私達は行かなければなりません。その準備も、進めて行かなければなりません。」

ジャンヌの決意は、固い。この後に迫るヴァイダーガンダムの脅威を防ぐ為に、彼女は戦う意思を固めていったのだ。

 

 

 

 やがて、シュネルギアはイェブレの地から去った。アズサはジャンヌ達に敬礼をし、シュネルギアを見送った。新生連邦に寄る脅威が減った状況となり、イェブレ基地が襲撃を受け、壊滅させられる可能性は低くなった。アステル家の力が、彼等を助ける事に繋がったのであった。

 シュネルギアの艦内にて、ジャンヌはブリッジにアレン達を集め、今後の話をしていた。それは、まず、彼等はセイントバードと接触を図るという事だ。その上で、ツヴァイの存在を確認し、状況を見せ改修作業を行うという。やがてはセイントバードにオーストラリアに移動してもらい、共にヴァイダーガンダムを迎撃する事を考えていたのだ。

「先にセイントバードをアステル家に来てもらうよう、要請する必要があります。その上でツヴァイを私達が預かります。プラズマキャノンは戦力の要となる為です。」

ヴァイダーガンダムと戦うにはツヴァイの存在が必要不可欠だ。それを理解した上で、ジャンヌは言った。

 だが、そこでアレンが言った。

「問題がある。レイがそれを承諾するかだ。あいつ、色々とややこしい状態だからな……」

ツヴァイを操る事が出来るのは、レイだけだ。故に、彼への説得は非常に大切なものとなる。だが一度生まれた確執を無くす事は、並みならぬ努力が必要だ。それをどう、ジャンヌは考えているというのか。

「それに関してですが、貴方にもお伝えしたように、私に考えがあります。」

それは、二人で話していた時に言った言葉だ。

 

――私は例え彼にとって“悪”と見做されても良い様にしていかなければなりません――

 

「悪と見做すって話?」

「ええ、そうです。実際に彼に会うことが出来れば、話は進むでしょう。まずはセイントバードとの接触を。彼等がどこにいるかに寄りますが、ツヴァイガンダムも一緒に在る事が条件です。その確認をしなければ、なりませんわね。」

「もし、やられていたとしたら?」

それは、想像したくない事だった。万が一ツヴァイが何者かに倒されていれば、この計画は頓挫する事になる。迫る、ヴァイダーガンダムの脅威を打ち破るには、ツヴァイの存在が必要不可欠なのだ。

「それは即ち、セイントバードの敗北を意味しますわね。」

どういう事なのか。そもそも何故セイントバードにツヴァイを詰め込ませたのか。そこには、ジャンヌなりの“意図”があったのだ。

「そもそも、セイントバードにツヴァイを預ける理由があったのか?それだけ重要になるなら、こんな、ややこしい事をする必要は……」

アレンの意見。ツヴァイガンダムが必要な存在ならば、アステル家で確保しておけば良いだけの話だ。だが、これに対してジャンヌが答える。

「セイントバードのスポンサーとしてアステル家が存在しています。その上であのガンダムを彼等に託す事。それは、重要機密の分散にも繋がるのです。万が一、あの機体が倒される事になれば、頼りになるのは貴方だけです。」

要は、リスクを分散させたのだ。アステル家が開発したガンダムタイプを同箇所に置いておくのは、先のアステル家襲撃の事もあり、危険だ。故に、セイントバードを、彼女は利用したのである。

「倒されている事がないように、祈るしかないのは間違いないのですが……」

こればかりは、運が絡んでいる。確実ではない。エリィ達と連絡が取ることが出来れば、可能性は広がる。そこから情報も聞くことが出来るだろう。

「だから、セイントバードに連絡を取るという訳か。」

「ええ。私達は、戦わなければなりません。ロンドンの二の舞だけは防がなければなりません。新生連邦の蹂躙だけは、これ以上許されないのですから。」

例え、利用する事になったとしても、それは犠牲者を出さない為。ジャンヌは、あの無残な光景を思い出し、より、決意を固めて行く。忌々しい巨体が町を滅ぼし、数多の人が犠牲になる事は、決してあってはならないのだ。

 

                   ドオオオオッ

 

だがその時。突如シュネルギアは大きく右に動いた。その影響でブリッジは揺れ、クルー達は姿勢を制御しなければならなかった。

「ぐぅっ!なんだ!?」

何が起きたのか。突然の揺れ。まるで、何者かに攻撃されたかのような出来事だ。

「ジャンヌ様、後方より攻撃を受けました!大型の熱源!詳細不明!」

「突然の攻撃……?一体、何者ですか……?」

「射程外からの攻撃と思われます!モニター、拡大します!」

オペレーターの一人が、後方カメラのモニターを拡大する。

 そこに、一つの影が映っていた。何者なのかは分からない、その影。正体を知る為にモニターを拡大させていくと、そこにはMAらしき影が映っていた。急ぎ、解析を行うクルー達。

だがライブラリを照合させても見られないMAの存在。一機、それは何者なのだろうか。

「今のは一体……?」

アレンは、ジャンヌに聞いた。

「分かりません。恐らく、モニターに映ったMAが攻撃を仕掛けてきた可能性は高いと見られます。」

シュネルギアが狙われるのは、分かる。だが問題は敵戦力が、何処の所属であるかだ。新生連邦なのか、それとも氷河族なのか。それらが全く不明である以上、迂闊な動きは危険だ。

「ジャンヌ様、敵MAより入電!受信、受け入れますか?」

オペレーターが言った。それを聞き、ジャンヌは

「許可を。」

と、言った。

 それは、音声のみで再生された。恐らく、そのMAのパイロットが喋っているのだろう。声が籠っており、やや聞き取り辛い印象を持つ、その声。

『そちらの艦は射程に入っている……撃たれたくなければそちらの青いウイングのガンダムのみの出撃を要請する……尚、応じなければ貴艦の撃墜をさせて貰う。』

明らかに罠の可能性が高い。“青いウイングのガンダム”という言葉から、シュネルギアの事情を把握している者が発言していると考えられた。

 だが心当たりがない。一体どこの勢力がこのような真似をするのか。少なくとも、新生連邦ではない事は、確実と言えた。

「ジャンヌ、ブライティスに乗り込むよ。」

敵の要求に応じようとする、アレン。しかし――

「アレン。敵の正体が分かっていない状態で迂闊な動きは危険です。罠の可能性も考えられます。」

ジャンヌの言葉は間違っていない。敵の存在が何者であるのか、不明な状況。迂闊な動きは死に直結する。それも、分かっている筈だった。

 だが、アレンはその忠告を無視した。

「何もしなければ奴はシュネルギアを狙う!そんな事、させるか!」

そう言った後、ジャンヌの制止を無視し、自身の愛機であるブライティスガンダムのある、MSデッキへ向かったのだ。この様子を、ココットは一人、見送っていた。

 そもそも、今回の敵は一体どこから砲撃を行ったのか?本当に一機だけなのか?それとも複数なのか。全てが謎に包まれている、敵MA。セイントバードとの接触を図る前に、厄介な敵が出現した瞬間だった。

 

 

 

 アレンはブライティスのコクピットに乗り込んだ。そのまま、発進許可をジャンヌに求める。しかし――

『アレン、発進許可には応じられません。敵の目的が不明な以上、迂闊な動きは危険です。』

それは、分かっている。しかしこのままではシュネルギアが破壊されるかも知れないのは目に見えているのだ。

「迎撃するだけだ!俺は死なない!」

とはいうが、彼女は止めるのだ。

『詳細な情報を得られてから発進許可を出します。それまではシュネルギアから様子を伺います。』

そう言われ、アレンは歯痒い気持ちで居た。敵が攻めてくるかもしれない状況なのに、何も出来ない。その空しさが、アレンを包むのだ。

 だが、状況が一転したのは次の敵からの言葉だった。

『要求に応じない場合は貴艦の撃沈をすると言った。』

と、敵が再び口を開いた。すると――

 

ドオオオオッ

 

再び、シュネルギアは揺れた。敵からの攻撃を受けたのだ。このままでは危険だ。艦が撃墜される可能性が高い。

『止むを得ません……ブライティスに発進許可を。その上で、援護射撃を行って下さい。アレン、気をつけて……』

ブライティスのモニター越しで、ジャンヌはアレンに言った。

『アレン、気をつけてね。』

次に、ココットが言った。彼女等の言葉を聞き、アレンは操縦桿を握る。ブライティスのカメラアイが輝き、カタパルトから機体が発進した。

 

 

 

シュネルギアから発進したブライティス。この時、レーダーに映るMAの存在に警戒しつつ、ブライティスのウイングを広げて敵を待つ。

やがてビームライフルの射程圏内に入ってきて、アレンはMAに向かってビームライフルを放出した。だが、ビームは黒いMAの前で弾かれた。それを見たアレンは目を疑う。

「バリアーフィールドか!?あのMAは一体……?」

冷や汗を掻くアレン。次の瞬間、MAから触手のように有線が展開された。それらの先端にはビーム刃展開されている。計六本のそれらは、ブライティスに容赦無く襲い掛かる。

「うわっ!?」

彼の中に備わっているアドバンスドタイプとしての能力を生かし、それらを辛うじて回避するが、次々来るビーム刃はアレンを苦しめ続ける。時折彼もビームセイバーを腰から抜いて有線のビームサーベルに応戦する。

次に、ブライティスはウイングからブリッツファンネルを放出し、迫った。ビーム刃を展開し、迫るのだが、そのMAは回避を行った。

「この機体……強い……一体どんなパイロットが……?」

敵は何者なのか。強襲を受けたブライティス。未知なる機体がアレンを襲う。

 やがて敵MAとの距離が近くなった。モニター越しで分かる、その機影。カラーリングは黒系統だ。ウイングが展開されており、両手部マニピュレーターが剥き出しになっている奇抜なデザインのMA。

 

グォンッ

 

次の瞬間、MAは形状を変え、MSに変形したその奇怪な姿をしたMSは、ブライティスよりも一回り大きく、モノアイを輝かせる。その時、無線でアレンのコクピットに対し、言葉を発したのだ。

「ハハー!イェアアアッ!!随分と久し振りだなァ!アレン・レインドォォォ!」

「!?この声……まさか……」

「そうだよ!ハハッ!やあ、元気にしてたかい?……俺だよ!メイドだよォ!」

漆黒のMSのパイロットの正体は、メイド・ヘヴンだった。という事は、この機体はデスゲイズである。だがアレンはこの機体の存在に驚きを隠せない様子だった。無理もない。ブライティスが、未知なる機体であるデスゲイズと交戦するのは初めてなのだから。

「てめぇに煮え湯を飲まされたままお陀仏になるかって話なンだよねぇ!!こいつぁグラントロールなんかと比べたら死ぬぜぇ?ワイルドだろォ?こんな風になァァっ!」

 

ドバアアアアアアアアアアアアッ

 

その時、デスゲイズの腹部からビームカノンが放出された。回避できる距離ではなかったため、咄嗟にバリアーフィールドを展開してそれを防ぐが、出力が凄まじい為、防ぎきった後に機体が激しく揺れてしまう。

「クッ……さっきまでの射撃はこれだったのか……?」

防いだ後、ブライティスは両側腰部からブラスターファンネルを射出した。ブリッツファンネルよりも大型のブラスターファンネルは、デスゲイズに向かってビームを放出した。

バックパックを狙うのだが、それもバリアーフィールドで防がれる。

「機体全体にバリアーフィールド!?なんてMSなんだ……。」

「そう!そいつみてェによォ、手を伸ばさねえと発動しないバリアーとは違う!こっちはな、全体にバリアーが張られてるんだよ。つまり!ビームは無意味!無駄なんだよ!くたばっちまいなァ!」

乱雑な言葉遣いでメイドは叫んだ後、再び主力武器である有線式ビームサーベルを放出した。

この武器が脅威で、アレンでも避ける事に必死だった。

「こ……のぉ……!」

アレンの方も、ファンネルをビーム刃に形状を変え、応戦する。デスゲイズは六本のサーベルだが、これに対し、ブライティスは計十基のファンネルを持っている。数ではブライティスの方が勝っていた。だが、メイドは余裕の笑みを見せる。

「そんな変な物体如きにコイツがやられると思ってんのかァ!?てめぇとタイマンを張る為にリベンジさせて貰うんだぜェ!」

「そんな事の為に戦うのか!」

メイドがアレンに戦いを挑んだ理由は、至極単純。純粋な力比べだ。デスゲイズという新たな力を手にしたメイドは、その力を振るい、アレンに戦いを挑む。彼等はヴァイダーガンダムを止めなければならないのだが、この男はその事情など気にする事なく、戦いを挑むのだ。

「楽しいだろォォォ!戦いってのはよォォォ!」

その時、両前腕部の二連装ビームキャノンを連射してファンネルに攻撃する。その攻撃もあってか、ブリッツファンネル二基が破壊されてしまった。この際、残りのブリッツファンネルはブライティスの元へ戻る。

「ヒャハハハ!プギャー!ざまぁー!!!」

「クッ!」

強力な攻撃に、苦戦を強いられるアレン。この、ビーム刃の嵐に対抗しようと、腰部からビームセイバーを展開した。緑色のカメラアイを輝かせ、デスゲイズに攻撃を仕掛ける。

「ハハー!慌て過ぎだぜ、少し……頭冷やそうかァ!」

そう言ってデスゲイズは、六本の触手のようなビームサーベルをうねうねと動かし、ブライティスに迫る。怪奇な動きで、ブライティスを攻め続けるデスゲイズ。機体から放たれる有線はアレンの予想を上回る動きをするのだ。

「ダメだ……もう少し反応してくれないと……追いつかない……!」

「オラオラ、逃げないと串刺ししちゃうよ~?ハハッ!どんどん逃げてね!」

奇妙な台詞を吐きながら攻めるメイド。不気味な演出でアレンに精神的なダメージを与える。演技をしているつもりなのか、していることと台詞のギャップの激しさに恐怖すら感じられる。デスゲイズの有線式ビームサーベルはアレンのブライティスに容赦しない。シンギュラルタイプ以上の力を持つアレンだが、それでも回避することに精一杯だ。

「まじ強えぇわコレ。チョーイイネ!サイコー!機体性能に頼る訳じゃねえけどさァ!オラァ!もっとてめえのご自慢のファンネル撃ってみせろやボケナスゥ!」

その瞬間、デスゲイズは変形した。それでも有線式ビームサーベルによる攻撃は止まない。

避けきれないビームサーベルの群れを、ビームセイバーで切り払う、ブライティス。

「強い……このMS……」

「だろうな!何故なら、これは、特別な存在だからなんです。ってかァ!?ハハー、ファンネルなんざ目じゃねえぜ!?今度こそてめえが殺した兄者の敵打ちが出来るんじゃねえか?なァ!?」

メイドの兄を殺したのはアレンだ。本当ならデウス動乱時、兄弟共にアレンが倒した筈なのだが、何故か弟のメイドだけが生きていた。そして、氷河族に入り、デウス残党に協力した末、凶悪なMS、デスゲイズを手に入れ、今に至る。兄を殺された、メイドの敵であるアレンを打てるという事で、彼は一層高揚していた。

「お前だって……俺の父さんを殺した癖に!」

メイド・ヘヴンと彼の兄であるフロード・ヘヴンは元々コロニー破壊活動の工作員だった。

その際にアレンの父親を殺害しており、彼から見てメイドの存在は敵なのだ。憎しみ合う同士の戦い。一方は青い翼をもつMSで、一方は黒い翼をもつ怪鳥のようなMS。両者とも引く様子はない。互いの敵を目の前にして、両者共に目が真剣だった。

「今までもさぁ、散々邪魔してくれたよなぁ……全てはてめぇが兄者を殺したからなんだよォ!!!」

「そっちだって人の事を言えるのか!」

「うっせえんだよ!おかげで俺はぼっち!兄者こそ俺の生き甲斐!けどてめえが兄者を殺しやがった!本来ならあの時俺は死ぬべきだったんだよ!けどなァ!俺は何故か生きてんだ!兄者が死んで俺だけ生きてんだ!僕等はみんな生きている!生きているから笑うんだーって!笑えるかよぉ!昔は良かったぜ、兄者がいたからな。兄者こそ俺の生きがいってわけよ。けど今はいねェ。だから自由にさせてもらうぜェ!!!」

「く……!」

ビームセイバーと、有線式ビームサーベルの打ち合いが始まった。だが、それに時間を掛けている場合ではない。すぐに他の有線式ビームサーベルがアレンに襲ってくる。

それを察知し、アレンは急いでデスゲイズと距離を空けた。触手のように襲ってくるビームサーベルは、六つだけには見えなかった。避けるたび、無数に触手がブライティスのコクピットを目掛けて襲ってくる。

(ダメだ、避けきれない……このままじゃ破壊されるのが目に見えてる……どうすれば良い……?)

歯を食い縛り、操縦桿を引き、上空へ向かった。そこで再びブリッツファンネルを二基発射させたように見せかけ、それらをビーム刃状にしてデスゲイズへ襲わせる。実質三基のファンネルが展開されたが、メイドはそれに気付かない。

「無駄やーゆーねん。無駄無駄無駄ァ!」

ファンネルはアレンの意識で、有線式ビームサーベルを回避しつつ動いている。だがデスゲイズの有線式ビームサーベルは更にそれを追う。

その際、デスゲイズは前腕部から二連装ビームキャノンを放出。このためファンネルが二基破壊されてしまった。が、この二基は陽動目的で発射したファンネルであり、予め展開していた一基のブリッツファンネルはデスゲイズの左後部ウイングに直撃した。

「おうっ!?……ふ……ははははは!中々面白れぇなァ……面白れェぞ!!!けどなぁ!甘めェんだよォ!!!」

すぐにそのファンネルはデスゲイズの有線式ビームサーベルによって破壊された。その勢いで有線式ビームサーベルは触手の如く近付いてくる。必死に回避するアレンだが、この攻撃が非常に厄介だった。デスゲイズの猛攻に苦戦するアレン。しかしその瞬間、デスゲイズは再び怪鳥のようなMAに変形しては、腰部から巨大なランチャーのようなものを出現させた。デスゲイズの最強の武器、デス・ランチャーを放出しようとしているのだ。

「ビームサーベルを展開してガンダムの注意を引き寄せ、あの戦艦のやや内角を狙い、えぐり込むようにして……撃つべし!!!みたいな!?ハハー!やっぱ甘めェなクソ野郎がァ!!!」

その矛先はシュネルギアに向けられた。このままでは戦艦が破壊され、ジャンヌやココット、リルムやアイリィ等、他のクルー達が死んでしまう。それは一刻も阻止しなければならない事だった。

「死ねやァァァ!」

「やめろぉぉ!」

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

青白く、尚且つ凄まじい火力を誇るデス・ランチャーが発射された。だが、それはシュネルギアに向けられたように見えた――が、ランチャーはそれを通り越した。

少しの時間を置き、遠くの方で規模の大きな爆発が発生した。何が起こったのか、アレンには理解出来ない様子だった。

「え……?」

「邪魔しそうになってたクソ連邦の艦隊が居たからぶっ壊してやったまでよォ!こっちは戦いたくてウズウズしてんだよォ!レディーゴー!」

 

ギュルルルッ

 

再び、有線式ビームサーベルが展開された。メイドはアレンとの戦いを楽しんでいる。戦闘狂の男は、MSでの殺し合いを喜びと見做しているのだ。

「お前に構っている暇なんて、無いのに!」

「では素晴らしい提案しよう、お前も戦闘狂にならないか?」

「誰が!」

当然の如く、拒否をするアレン。

「つまんねぇ野郎だなオイィ!!」

展開される有線は触手の如くうねり、ブライティスの周囲を巡る。メイドは、シュネルギアを狙う気配を見せない。彼の狙いは、あくまでもブライティスのみだ。

 単体でMSを駆り、その上で戦いを挑むという異常な行動。非合理的以外の何者でもない。この男は、純粋に戦いを楽しんでいる。最早これは、狂気以外の何者でもない。

 MS戦の在り方は様々だ。一対多数になる事もあれば、少数で基地を守る事もある。アレンのブライティスは一対多数を想定して作成されたガンダム。一方のメイドのデスゲイズも同様だ。ある種の、オールレンジ攻撃を可能とした機体同士の激突は熾烈を極めている。

「てめぇらが何の為に動いてるかは知らねぇが!てめぇらが強ければ強い分こっちも戦争し甲斐があるってもんだぜェ!前に倒したクソガキのガンダムは思いの外大した事なかったからなぁ!」

「ガンダム……?」

メイドが発する言葉の中に、“ガンダム”という単語が出てきた。これが示す言葉の可能性。それは、新生連邦のガンダムなのか、セイントバードのガンダムか。どちらかだ。

「てめぇと同じファンネル持ちのガンダム!めんどくせぇ野郎だったが俺が倒してやったんだぜぇ!ハーハッハハハハハハハハ!」

「何だと……!?」

衝撃の言葉だった。“ファンネル持ちのガンダム”と聞いてそれを浮かべる機体は、ツヴァイかブライティスか、ヴァイダーしかない。ヴァイダーは恐らくありえない事を考えると、この中で最も可能性が高いのは、ツヴァイと言えた。

「今頃あの世で泣き喚いてンじゃねぇか?ハーハハハハハ!」

嫌な予感がした。レイが倒されたかもしれない。目の前に居る、この戦闘狂いの男に。

 その予感は信じたくない。それはつまり、セイントバードの崩壊の可能性も考えられる。そうとなれば、この戦いは短期決戦で臨まなければならない。

「まさか、こいつがレイを……!?」

戦闘中、アレンが聞いた。すると――

「あー、そんな名前だっけなァ!?死んだんじゃないの~?」

人の死に対する態度とは思えない、メイド。本人としてはユーモアに言っているつもりなのだろうが、自身が殺しておいて、その発言は余りに責任感が無いと、言える。

「つぅかよぉ!!今のてめぇには関係ねぇだろうがァ!」

その上で、躊躇なく迫るデスゲイズ。

「とにかく、今はセイントバードに連絡を取る必要がある……事実を確認しなければ……その上でこいつを止めるには……!」

アレン達にはメイドと交戦している時間さえ、惜しい。レイはどうなったのか。セイントバードは?その上で、この男を止めるにはどうすれば良いのか。戦意を喪失させる方法が、恐らく早い。だが、どうやって?

(そうか……!イズゥムルート!だが、一か八かのギャンブルにはなるけど……!)

戦闘狂が戦闘行為に対して高揚しているのならば、それを止めれば良い。アレンには、その力がある。だが、その発生条件を達成するにはリスクが高い。死の危険さえ、伴う事だ。

「メイド・ヘヴン!俺を殺したいんだろう!だったら、殺してみろ!」

あろうことか、アレンはメイドを挑発し始めた。アレンへの殺意を持っているメイドは、それを聞き、歯を剥き出しにして迫った。

「挑発のつもりかよ!おもれェぞ!」

自らもやられる訳には行かない。だが、説得して撤退するような人間でもない。ならば、その、“間”を取れば良い。アレンの考えは、こうだった。

 デスゲイズはビームキャノンを連射。その際、ブライティスはバリアーフィールドを展開した。だが、その後でビームサーベルの群れがブライティスに迫った。

 この攻撃を読んだアレン。メイドの攻撃を確実に見極め、際どい部分で辛うじて、回避する。その間にも、連続で迫る、デスゲイズのビームサーベル。

 これらを回避し続けていると、ある、一つの攻撃がブライティスのコクピットに直撃した。幸い、アレン自身は傷付いていないのだが、この攻撃でコクピットが剥き出しになった。

「てめぇ、わざと当たっただろうが!?」

だが、この行動はメイドに見られていた。彼は戦闘狂。故に、行動パターンを読み、相手が戦闘中に何を考えているのかは経験で分かるのだ。先の行動で当たりに行った事も、動きで分かったのである。

「死ねや!」

触手が、アレンに迫る。コクピットを剥き出しになっている今、これを受ければ生命の危機が及ぶ――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

イズゥムルートが、発動した。碧色の光はブライティスを覆う。接近していたデスゲイズにもそれは影響を与えた。美しい光は戦闘狂であるメイドの戦意を、失わせていく。

「うごぉぉぉ!こいつ!これがある……の……忘れて……た……」

頭を抱えるメイド。この間、アレンは動く事が出来ない。敵に襲われれば危機的状況に陥るだろう。だが幸い、デスゲイズも動いていない。メイドが戦意を喪失しているからだ。

「クッソー、やる気なくなった……」

苦しむメイドは、この場から去る為にデスゲイズを変形させ、手を震わせながら、操縦桿を握り、この場から去ったのだ。バーニアの出力を最大にし、全力で漆黒の怪鳥は、撤退したのであった。

「はぁ、はぁ……ぐぅ……!」

一か八かの賭けは成功した。だが、これは一対一のみ使える手段であり、一対多数の戦場では危険極まりない行動だ。今はここから去り、セイントバードとの交流をしなければならない。その為にも、メイドの相手はしていられないのであった。

 

 

 

 シュネルギアに帰還したアレン。頭を抱えつつも、彼はよろよろと歩きだす。そこで待っていたのはココットだった。心配そうに見つめる、彼女。

「大丈夫……?」

「ああ、怪我はない……それよりも、セイントバードに早く連絡を……」

「それは、ジャンヌさんがやってくれていると思うけど……」

「連絡さえ、繋がれば……!」

セイントバードは無事なのか、レイも無事なのか。それだけが気がかりの、アレン。だが、イズゥムルートを発動したが故に、アレンの身体はやや、ふらついている。脱力したかのように、身体が動き辛かったのである。やがてアレンはそのまま床に座り込んでしまった。極度の疲労と倦怠感が、アレンを襲ったのだろう。

「アレンは、休んでて……立てる?」

「少し、このままで居させてくれれば大丈夫。それより、連絡は……」

今はセイントバードとの連絡が優先だ。自身の事は、今はどうでも良い。繋がりさえすれば、良い――

 




第五十八話、投了。
後半はメイド・ヘヴンのMS、デスゲイズとの交戦。そして、セイントバードと合流は果たしてできるのでしょうかといった話でした。


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第五十九話 蠢くデウス

新生連邦軍の月面基地、シン・ナンナを訪れた総司令、レヴィー・ダイルはそこに蠢く“影”の存在に着目していた。


 新生連邦軍総司令レヴィー・ダイルはソフィアと共に月に居た。チャール・ポレク、並びにギルス・パリシムとの対談以降公に姿を見せていなかった彼。平和国連盟が新生連邦に攻撃を仕掛けるようになった状況となった世界。だが、総司令は何故、月に身を置いているのだろうか。

それは、以前に月面基地、シン・ナンナに置かれていたX-9が破壊された事について調査をする為であった。何者かによってそれが破壊され、しかもそれを映す監視カメラも全て破壊されていることから、テロリストによる仕業と思われていた。だがそれは間違いで、本当は水面下で動いているデウス帝国残党軍による仕業であった。

そのような事情を知る由もない新生連邦軍は総司令の指揮の下調査を続けていた。だが一向に犯人像が突き止められていない。

月面基地、シン・ナンナのメインコントロールルームにて。総司令が部屋に入ってくると部屋にいた兵士全員が敬礼をした。その中に居た、司令官の男であるフェイク・バリスタは敬礼を行い、総司令に挨拶をする。

「地球からの移動、遥々、ご苦労様です。」

フェイク・バリスタ。新生連邦軍の少将に当たる人物。月面基地、シン・ナンナの司令官を任されている人物ではあるが、どこか気弱な印象を受ける、この男。

「バリスタ少将。X-9が破壊された話は伺っております。果たして、その犯人の姿は確認出来ましたか?」

「それが……まだ確認出来ておりません。ですが、先日テロリストと交戦していたと思われる機体の音声データが残されています。これが、気になる内容ではありますが……ただ、殆どの音が飛んでおり、詳細は分かっておりません。」

そう言って、フェイクは総司令に音声データの入った機械を渡した。それを再生する、総司令。

 

『こ……うヲ……た……に……ぽ……わ……デウ……の……い……ヲ……よ……』

 

一体何が語られているのか、全く分からない。その音声が何を示すのかも、謎だ。

「ありがとうございます。X-9に関してですが、仮にテロリストの仕業だとしても、特定するには時間がかかるもの。しかしこれを放置していてはまたいつか月面にある別のXシリーズが破壊される可能性も考えられる。それにテロリストはその他にも、貯蔵しているCメタルを強奪してくる可能性も考えられる。可能な限り急いで下さい。」

「了解しました、総司令。」

総司令はフェイクをはじめ、兵士達を急がせる。彼のその表情には、焦りが見られた。

(今や平和国連盟の最高議長がチャール・ポレクに代わり、ギルス・パリシムが平和主義を破ってまで我々に先制攻撃を仕掛ける状況となってしまった……国連がこのような行為を行うとなっては非常に厄介だ。その上でのX-9の破壊。厄介な事が続く……宇宙の状況の確認が出来ていなかった私も迂闊だった。だが、今は、こちらを先に片付けなければならない。宇宙に、何が居るという?新生連邦の脅威となる存在が居るというのか?だとしたら、何者……?)

若い彼にとって総司令と言う重要な役職は荷が重過ぎたのかも知れない。新生連邦軍全体の理解、平和国との外交や戦闘についての議論、そして宇宙の問題。それらは彼の考えていることのほんの一部に過ぎない。実際はまだまだ把握しきれていない事柄が無数に存在するのだ。いくら新生連邦軍総司令と言う立場に立ったとは言え、まだまだ彼の課題は多い。

また、若き総司令はあまり信用されていないと言うのも事実である。それが浮き彫りになる事は、今までも何度かあった。例を挙げるならば、無断での外部への委託や、巨大MS、ダッゲインの暴走の真相の隠蔽等。しかも、それらの真相に至る事なく、彼は動いてしまっている。

新生連邦と言う組織は膨大だ。故に、多くの管理が必要となる。そして、それらを統括するには信頼も必要となる。それが出来ていない時点で、組織としての在り方というのは難しいのかも、知れない。

しかし地球上でも国連が正式に敵勢力となり、更に別の脅威が迫っている状況となれば、彼自身も行動範囲を広げざるを得ないのである。

 

 

 

総司令は少しの間フェイクと話した後で、基地内にある部屋に戻り、シャワーを浴びた。余程、疲れているのだろう。目元が虚ろであり、視線を下に向け、はぁと溜息を吐く。

シャワーを止めた後、金色の髪からは湯が滴り、水滴音が彼の耳に聞こえた。

そのままバスローブ姿に着替え、部屋を出ると、側近であるソフィア・ブレンクスが彼を待っていた。

「レヴィー様。疲れが見られるようですが……」

多方面の状況の確認をしなければならないという事もあり、彼の表情に疲労が見えていた。だが、それでも総司令は気丈に振舞った。

「いや、大丈夫。総司令である者、これぐらいは耐えないと。」

髪を拭きながら、彼は語る。

「地球の事はアルナス司令官に任せているし、僕は月で起きた事の調査に乗り出せる。彼が地球に残ってくれる事は、有難い。」

彼は宇宙に行く際、別の司令官に全任している。様々な出来事や作戦の現場指揮官として、ジーク・アルナスという人物に一任しているのだ。

「新生連邦は、僕が纏める。祖父、ダディー・ダイルのような在り方では、今後現れる脅威に対応出来ない。力を使ってでも、地球圏の統一をしていかなければ、ならないのだから。その為にも、脅威は排除しなければならない。国連にしても、この、宇宙にしても。」

彼の祖父、ダディー・ダイルは旧連邦軍を指揮する偉大な総司令であった。だが戦時中に殺され、彼の跡を引き継ぐ形となったレヴィー・ダイル。彼が掲げた方法こそ、軍備増強。以前の地球連邦軍以上の戦力増強を行い、脅威となる存在を排除するのが彼の考え方。それ故に犠牲になる者がいようと、それは関係ない。彼は、突き進むのみなのだ。

 

「総司令、非常事態です。至急、いらして貰えますか。」

その時、メインコントロールルームから、彼を呼ぶ、オペレーターの声が聞こえた。それを確認した総司令は

「……分かりました、すぐに向かいます。」

とだけ、言い、すぐに着替え始めた。休まる時間すらないまま、彼は動く。ソフィアは、彼の後姿を、ただ見るだけだ。

 

 

 

非常事態と聞き、詳細を聞く総司令。そこで、兵士である女性が彼に対し、言った。

「モニターをご確認下さい。」

兵士に言われてモニターを見る総司令。そこに映っていたのは、デウス帝国軍のMS、ゴルモンテであった。それも、二機映っている。何故このような場所にデウス帝国の機体があるというのだろうか。

「デウス帝国の機体であるゴルモンテタイプがどうしてこんな場所に?」

「詳細は分かりません。ですがもしこちらに攻撃を仕掛けてきたらどうしますか。」

このような場所にMSが確認できるという事自体が妙な話だ。何かがあると判断した総司令は

「一応、様子を見ておいたほうが良さそうです。私がナパームに乗って調べてきましょう。」

と、自らが出撃しようとした。だが、それをフェイクが止めたのである。

「何を仰いますか!総司令自らが行くようなことではありません!ディーストなら待機させてあります。それらに出撃させるのが宜しいかと。」

「なら、そうしましょう。先遣隊に偵察をさせ、経過を見ましょう。その機体が何の為に動いているのか、その確認は行う必要があるでしょう。」

フェイクの提案を受け入れ、総司令はその場で待機した。

「了解しました。ディースト、発進スタンバイ。」

突如現れたMS、ゴルモンテの調査をするためにステーションから六機のディーストが出撃した。現在では新生連邦軍の中ではそれほど優秀でないディーストであるが、デウス動乱時の量産機体と比べてみれば性能は上である。ディースト達は警戒しつつ前進した。いくら敵が旧式とは言え、どのような攻撃を仕掛けてくるのかは未知数だ。故に、警戒を怠ることはない。

やがて、チームの一人が一機のゴルモンテを確認した。ビームライフルを構えつつ、無線でその機体を確認しようと試みた。

「貴様、何者だ?」

兵士達の誰もが、ゴルモンテをテロリストの機体だと思っている。所属を確認しようとする、パイロット。だが、ゴルモンテは何も答えずにそのまま逃げるように、バーニアの出力を上げ、姿を消した。

「待て!」

姿を消したことにより、新生連邦兵達は逃げた方向へ追い掛けた――

 

ドオオオッ

 

だが、突如そのディーストは爆発を起こした。一瞬の内にディーストのスクラップが出来上がったのである。

 それだけでなかった。残り五機のディーストとも連絡が取れなくなっていたのだ。彼等が出撃してから、僅か三分程度の出来事だ。一体、これはどういう事なのか。

「ディースト全機ロスト!」

「ん?一体何が……?」

焦る、メインコントロールルーム内。そして、フェイクは苦渋に満ちた表情を浮かべている。

騒然とする中、総司令は、ある疑問を抱いた。

「やはり、あれはデウス帝国なのでは?」

そう、呟いた時、フェイクが彼に言った。

「総司令、それは有り得ないでしょう。デウス帝国は今から五年前に連邦に壊滅させられています。そもそもあの帝国のコロニーは今や新生連邦の管轄。この五年で多くのコロニーの偵察部隊を向かわせましたが、反乱分子になり得る存在は認めませんでした。せいぜい、テロリストが関の山と言った所でしょうか。連邦に歯向かう愚か者と、言うべきでしょうな。」

デウス帝国の力は潰えたと思われていた。だがそれでも総司令は、軍備増強を続けた。故に、彼等は絶対的な力を自分達が持っている者だと、過信している。それ故に、新生連邦内ではデウス帝国と言う存在はないものと、認識されていたのである。

「……やはり、私自身が確かめる必要は、ありそうですね。」

そう言った後、彼は行動を開始した。総司令を止めようとする者が居たのだが、今の彼は止まらない。三分で六機のディーストが破壊された。これは、由々しき事態だ。何が、起きている……?

そのまま彼は急いでMSデッキへ向かった。その際、廊下でソフィア擦れ違れ違い、彼は言った。

「ソフィア。すぐに戻る予定だ。バリスタ少将達と共にコントロールルーム室で待機していて。」

「お気をつけて……レヴィー様。」

そのまま走り去る総司令。ソフィアは、彼の後姿をただ、見守るだけ。宇宙と言う空間で、見知らぬ敵勢力と戦う総司令。それは、彼にとっては随分と久方振りの事と言えたのだ。

 

 

 

 やがて、ガンダムナパームに乗って出撃をした総司令。バーニアの出力を上げ、先遣隊が撃墜された場所へ向かう。その時、後続から五機のディーストが護衛と言わんばかりにナパームに追従していたのだ。

「護衛の機体は先行し過ぎないように。敵機体がどこに潜んでいるのかも、確認しなければならないから……」

そう言って、ナパームは一度その速度を止めた。周囲を確認する、総司令。異様な静けさを感じる、その空間で、彼は違和感を覚えていた。月の引力に惹かれるかの如く、先程撃墜されたディーストが緩やかに宙域を彷徨っている。先程の状況は、一体何だというのだろうか。

「妙だ。あまり時間が経っていない筈なのに敵がいない――?」

 

ピキィィィ

 

(機影が五機!?ビームが来る……)

総司令の中の、シンギュラルタイプの力が発動した瞬間だった。彼の脳内に電流が流れ、接近してきているであろう、敵の存在を確認した。そして、次の瞬間に、総司令は後続のディーストのパイロットに伝えた。

「逃げろ!囲まれている!」

だがそう言った時には既に遅かった。突如、ビームの嵐がガンダムナパームを含む六機に襲ってきたのである。総司令の機体はこれらを全て避けるが、強襲に耐えられなかったジョゼフの方は二機が破壊されてしまった。他の機体も損傷は警備ではあるが傷をを負っている。

「罠か!」

彼等の周りにはゴルモンテタイプの機体やディエルタライプなどと言った旧式の機体もあれば、最新鋭の機体であるゴルモンテMk-Ⅱも居た。その数は、合計五機。総司令は、その中に居たゴルモンテMk-Ⅱの形状を見て、一人、違和感を覚えていた。

「テロリストのカスタム機体とは思えない……やはり、何かが絡んでいると見た!」

そう呟いた後、総司令は躊躇なくこれらに攻撃を開始した。その後、ナパームは簡易変形し、ビームライフルを連射して次々と敵MSを撃破していく。

「こんな簡単に!やられると思っているのか!」

シールドビーム砲も駆使し、易々とこれらの機体を撃墜していく。これらの攻撃により、五機いた敵機体の数は減った。いつしか数はゴルモンテMk-Ⅱ二機のみとなった。だが、更にゴルモンテは抵抗を加える。ビームバズーカを放つが、ナパームはこれを回避し、ビームライフルを二発発射。内一発が直撃し、動きを失う、ゴルモンテMk-Ⅱ。そこへ、別のディーストがビームサーベルで切り裂き、破壊した。

「残り一機は私が。」

残す一機を確認した総司令。だが、機体は抵抗を続ける。これに対し、ナパームのバーニアの出力を上げて接近を試みた。

 

ガキィン

 

ゴルモンテに追い付いたナパーム。その際、ナパームの脚部に搭載されているクローを展開し、ゴルモンテの胴体部に食い込ませるように攻撃を行ったのだ。

 身動きが取れなくなったゴルモンテ。そこへ、総司令が聞く。

「貴方方は何者です。私は新生連邦政府軍総司令官、レヴィー・ダイル。そちらの所属を述べて頂きたい。どの道貴方の負けは見えています。命が惜しくば所属を述べて下さい。」

だが、ゴルモンテのパイロットは何も喋らない。それが、どこか不気味に感じられるのだ。

「このまま連行をします。」

ゴルモンテをそのまま基地へ連行しようとする、総司令。そこからパイロットを引きずり出し、情報を聞こうとしていたのだ。

「いや……この機体、まさか……」

ふと、彼の脳裏に予感が過った。このゴルモンテは、何かをしようとしている。そう、直感したのだ。

「自爆か……!」

その時、ゴルモンテの機体が光を放ち始めた。間違いない、自爆だ。自らの命を絶ち、情報を隠蔽しようというのだろうか。何という、愚業であろうか。

 憐れむ暇もなく、機体は爆発を起こした。この時、ナパームはクローを離しており、機体自体は無傷で済んだ。これにより、基地に接近していたMSは全てが撃墜された。

だが、謎は残る。結局、シン・ナンナに接近した機体の所属は何者だったのだろうか。それが分からないまま、情報を得られずに宙域の敵を倒してしまったのだ。

 

 

 

 謎の敵勢力を倒した総司令達。帰還した後で、彼は部屋に戻る。そこで待っているのは、ソフィアの姿だった。笑顔を浮かべ、総司令の帰りを待つ、ソフィア。

「お帰りなさい、レヴィー様。」

「ただいま、ソフィア。結局、敵の正体は分からずだ。彼等は、何者なのだろうか。」

疲労が蓄積している様子の総司令は、静かにソファーに座り、天井を見上げる。基地内は重力調整がされており、殆ど地球上と変わらないような生活を送る事が、可能なのだ。

「ソフィア、聞きたい事がある。」

「何でしょう?」

今度はソフィアの方を見て、口を開いた。

「もし、デウス帝国の残党軍が居たとすれば、これから地球圏はより、混沌とした世界になって行くと思わないか?」

何気なく、彼は言った。地球が混迷に陥る事。それは、彼にとってはあっては行けない事だ。

「それでも、私はレヴィー様のお側に居たいと、思っています。私にとって、貴方は全て……貴方の行動に、私は付いて行くだけです……」

ソフィアは、そう言いながら彼の側に近付く。隣のソファーに座り、疲れている総司令を、支えようとする。

「ダメだな、僕には……やはり荷が重いのだろうか……世界を導くものと言う立場と言うのは。」

「貴方が少しでも癒えるのなら……私は……」

互いの距離が、近くなる。両者の関係と言うのは、一体どのような関係だというのだろうか。

「ソフィア。君は何故これ程に僕の言葉に従順なのか。ロンドンの襲撃を決行した時でも君は反対しなかった。あれで多くの犠牲者が出る事も、既に知った上で僕は行動した。なのに……」

ソフィア・ブレンクスは総司令の側近を務める少女。その実態は謎に包まれている。ただ、総司令の行動を肯定し、彼の動きを見守るだけだ。それ自体が妙であり、謎であるのだが、それでも彼女は彼を否定する事は、一切しない。

 それが彼の行動を作り出して来たのだ。否定をせず、ただ、肯定する。その存在。まるで、従順な人形のように。だがそれでも、総司令は彼女に居て欲しいと考えている。そして、大切に感じているのだ。

「私は、レヴィー様に必要とされるのならば、幸せなのです。ただ、それだけなのです……」

「僕自身も、君が必要だ……じゃなければ、恐らく倒れているかも知れない。今日は側に居てくれ。ソフィア。」

「レヴィー様が、望まれるのなら。」

 レヴィー・ダイル。新生連邦総司令。人前で見せない弱さを抱えている青年。若くして新生連邦と言う巨大組織のトップに君臨する彼を疎む者も居る中、彼は行動し続ける。

 権力者というのは孤独なものだ。民衆から時に疎まれ、時に命の危機に脅かされる。側近と言える存在にも裏切られる事は、歴史上の権力者にはある事だ。同盟関係を築けなければその時点で敵。責任は本人に降り掛かる。その中で、彼は前線で戦っている。こうした多忙の中を、生きているのだ。

 そうなれば癒しは必然的に必要となる。それこそ、彼の存在を肯定するソフィア・ブレンクスなのだ。可憐な少女の存在は総司令を癒し、次なる活力へと進めて行く。

 

 

 

 彼等の関係と言うのは特異的だ。愛人関係と呼べるものなのか。それとも、恋人関係?パートナー?依存関係?性愛関係?友人関係?男女が作る関係性というのは人に寄り、様々だ。ただ、そのフィーリングが一致した時、人は人を求める。友人としてならば、友人として。愛人としてならば、愛人として。互いに共に居る時、人は寂しさを忘れる。孤独を恐れる人は人を求め、孤独と言う恐怖から逃げる。

 彼の友人であるアレンの場合、最愛の人物としてココットが居る。一方で、ジャンヌとも接吻を交わす関係だ。このように、多種多様な異性関係と言うのが、存在する。

「人は、一人じゃ生きていけないのは本当だ。僕は友人と袂を分かつ事になった。上に立つという事は、そういう事なのだろう。友人が僕の邪魔をするのなら、それも排除しなければならない。しかし、君は僕の行動に賛同してくれる。君は、僕をどう思う?」

隣で横になっているソフィアが、言った。

「私は貴方に付いて行くだけです。求める事をするだけ。先の行為も、貴方が望んだ行為です。ですから、応じました。私にとっての全ては、貴方ですから……貴方の幸せは、私の幸せですから……」

「それは、本当に君の幸せなのか?」

「はい、レヴィー様。」

ソフィアは、静かにそう、呟いた。恐らく、それが彼女の望みなのだというのなら、彼はただ、認めるしかないのだ。

「僕には、人が必要なのだろう。」

「その役目を、私がさせて貰えれば……」

ソフィアは、総司令の側に近付く。しかし――

「……ごめん。君とは、そのような関係にはなれない。君の過去を知っているが故に……」

まるで彼女を払い除けるかの如く、総司令はソフィアと支線を合わせようとしない。その意図は、不明だ。

「それでも、私はレヴィー様をお慕いしています。」

「それで、良いんだよ……君と、僕との距離感は、それで……近過ぎても、遠過ぎても行けないと、僕は思っている。」

孤独な総司令、レヴィー・ダイル。彼の心を埋め合わせる存在と呼べるのは、彼女だけなのかも知れない。彼等の過去に何があったのかは分からないが、今の彼を支えるのは、ソフィアだけなのだ。

 

 

 

デウス残党軍機動要塞アポカリプス内にて。X-9と言う脅威が消えたデウス軍は地球侵攻へ向け着実にその手を進めていた。先程総司令達を襲ったのもやはりデウス帝国残党軍によるものだった。

この、デウス残党軍の象徴的存在であるのは大敗したデウス帝国のドレッド・メリクリファーの息子であるナジェラ・メリクリファーである。このナジェラ・メリクリファーは実質、残党軍の皇帝的存在でもある。この時、アポカリプス内では演説が行われていた。それは、ナジェラ・メリクリファー現皇帝によるものである。

「我々は機会を待っていた。連邦政府に対して宣戦布告をする機会を。かつての大戦でどれほどのデウス帝国の勇敢な戦士達が命を犠牲にしたことか。現在は存在しない本国の代わりとなるこのアポカリプスには多くのデウス兵達が私と共に戦おうとしてくれている。私はそれを光栄に思う。今の地球では戦争が起きている。それも同じ地球人同士の戦争だ。連邦政府は新たに新生連邦政府と名を改め、そしてその一方では平和国連盟という組織が出来上がった。だが今では両者が対立し、戦っている。あまりにも愚かな同じ地球の人間同士の戦いだ。このような愚かな地球連邦と平和国連盟によって現在地球圏は支配されている。それで良いのか?所詮は地球の重力から逃れられずに無駄な争いをするアースノイド共に地球圏を任せられるのか?否っ!それは不可能である。何故なら意味の無い戦争を起こすからだ。地球連邦軍は宇宙に進出した我等の先祖に対し、何の援助もすることなく、全く不慣れな宇宙空間で暮らすように命じてきた!その中で多くの命が尽きようとも連中は見知らぬ顔をし続けた!そして我が先祖はデウス帝国を建国し、地球連邦に宣戦布告をした!」

皇帝ナジェラが言うように、元々、デウス帝国は宇宙に進出した人間、スペースノイドが地球連邦との亀裂が生まれた事がきっかけで生じた事で生まれた国だ。その歴史は百五十年以上にも及ぶ。

だがデウス動乱での彼等の敗北により、国としての機能は失われ、今や帝国は新生連邦の支配下に置かれる事になった。その時の屈辱を忘れず、例え、国の形が事実上崩壊したとしても、未だにデウスの呪縛に縛られている者達……それが皇帝ナジェラをはじめとする、現在のデウス残党軍なのだ。

「結果デウスは敗れたが……その後地球連邦をはじめとするアースノイド共は変わったか?変わらない!それどころか同じアースノイド同士で戦争を始める始末だ!そのような人間共に地球圏が任せられるか?そんなはずがない!これからは我々スペースノイドが地球圏を支配しなくてはならない。地球の重力から離れ、地球に住む愚かな人民に教えてやらなければならない。そんな無益で無駄な争いをして何になるのだと。そして今、我々は進行を妨げる脅威を取り除いた。X-9と言う地球連邦の破壊兵器だ。我が軍の勇気ある戦士の行動がこのような事に繋げてくれた。」

デウス帝国というスペースノイドとの戦争が終わっても、現在も国連と戦い続ける連邦に憤りを隠せないナジェラ。彼はその怒りを胸に、熱弁している。

「そして今、我が軍は着実に戦力を充実させている。このまま戦力を充実させていき、やがて地球を愚かなアースノイド共から開放してやる。それが今の、我が軍の最大の目的だ。幸い我が軍はまだ地球連邦には知られていない。奴等にとって我々は亡国も同然の扱いだろう。もうすぐ……もうすぐなのだ!もうすぐ我々はこの長く辛い戦いの日々から抜け出せる!勇気のあるデウスの戦士達よ!力を貸して欲しい!地球を蝕んでいるアースノイド共を地球外へ追い出すための力を。そして地球圏がデウス帝国のものとなる日を祈って……デウスに栄光の輝きを!!!」

その演説を聞いていた兵士達は次々と掛け声を上げた。彼等の目的、それは地球進行。既に過去に連邦によって民間コロニーを殺されたと言う恨みはなくなっていた。今や、彼等は腐敗しきっていた地球圏を統一するという目的の下に、動いていたのだ。

X-9と言う脅威が破壊された今、彼等にとって地球侵攻の機会が訪れたのだ。これにより今までは月の裏側に密かに存在していたデウス帝国だったが、地球圏に徐々に進出して行くことになる。

 

 

 

地球圏進出に向け、着実に一段一段ステップを踏んでいるデウス残党軍。ステーション襲撃は失敗したが、そのまた別の場所でも彼等は活動を行っていた。あくまでも、〝テロリスト〟として。

アポカリプス内ではメイドをここへ呼んだ男、アルメス・ラグナが現在では特殊部隊であるインベーションユニットの指揮官として働いていた。以前から彼は有能な指揮官としての素質があったが、インベーションユニットの指揮官となったことは、その素質が開花した事にもなる。

「ステーション襲撃は失敗らしい。帰還してきた兵の数がゼロだからな。」

アルメスが言った。

「先程我が軍のものとされるゴルモンテMk-Ⅱの残骸が確認されました。まだ破壊されて間もない様子からして、間違いなく襲撃に加わったものと思われます。」

「そうか。やはり、メイド・ヘヴンの力は必要なのかも知れないな。彼の技量は凄まじい。並の人間では使いこなすことの出来ないデスゲイズを瞬く間に乗りこなすのだからな。」

「彼はシンギュラルタイプです。もしやその力が反映したのではないでしょうか。」

「いや、普通のシンギュラルタイプではあの機体を扱うことは出来ない。相当の技量の持ち主……それがメイド・ヘヴンなのだろう。叶わないことだが、もしあの兄弟……天国兄弟が現在も存在するのなら、是非今のデウス軍の主力となって行けるというのに。あの兄弟の力は本物だった。まあ、その片割れと呼べるあの男の力も紛れもない、“強い力”ではあるが。また、必要になる時が来るかも知れないな。」

アルメスは、静かに語った。デスゲイズを提供したこの男。何らかの作戦では、再びメイドを利用しようと考えているのだろう。

「しかし、我々も新しい兵器を開発しているではありませんか。あの機体は恐らくかなり強力な量産機体になると思いますよ。」

デウス残党軍は新しい機体を製作していると言うことが分かった。しかしどのような機体であるのかは謎だ。このような新型機を開発し、再び地球圏に戦禍を、デウス軍は広めようと言うのか。彼等の地球圏侵略は刻一刻と進んでいくのであった。

 

 

 

地球にて。現在、メキシコ湾沖で新生連邦と国連が戦闘を行っていた。新生連邦側の指揮官は、エファン・ドゥーリアだった。彼が指揮する水上艦は、漆黒のカラーリングをしている。 

今回の戦闘も、国連側が攻め込んできたのだ。エファンの指揮する水上艦に対し、国連軍が攻撃を仕掛けてくる。戦艦だけでなく、MSを展開し、攻撃をしているのだ。

たった一隻の水上艦に対し、十隻の戦艦が迫り来る。エファンの率いる水上艦はビーム砲撃を撃ちつつ、後退。それを、まるで敵が逃げているかのように錯覚した国連軍は、追い打ちを掛けるように攻め込むのだ。

敵の数が多い為、流石に以前のように艦の中に居たままでは厳しいと考えたエファンは、MS、アーヴァインに搭乗する事にした。

「アーヴァイン、出るぞ。ジョゼフ隊は私に続け。」

 

ビゴォン

 

彼自身が設計した大型のMSは出撃し、それに続くようにジョゼフが出撃した。ドゥーリア隊がMSを展開したのと同時に国連もMSを展開してきた。

多数のヴァントガンダムは一斉にアーヴァインに対してビームライフルを放つ。だが、バリアーフィールドジェネレーターを搭載しているアーヴァインに、こうした攻撃は通用しない。

「無駄な事を、ガンダム擬きが。」

全てのビームをバリアーフィールドで防ぎ、逆にフロントアーマービームキャノンで次々とヴァントガンダムを破壊していく。

別方向からミサイルを発射し、アーヴァインに迫るヴァントガンダムだが、その体躯とは比較にならない機動性を活かし、これらの攻撃を回避する。

「は、早い!?」

兵士がそう呟いた瞬間、彼はビームサーベルによって切り刻まれた。既にたった一機で、しかも一分足らずで十機のMSを破壊したアーヴァイン。そして彼の行動は更に勢いを増し、国連に水上艦に魔の手が忍び寄る。

280㍉の実弾キャノンをブリッジへ向けて容赦なく放出し、水上艦は脆くも破壊された。

エファンに続き、ジョゼフ達もメガキャノンを撃って援護する。一隻の戦艦から展開される戦力様々な攻撃に、国連は成す術が無い。

「戦いは数という言葉は間違ってはいない。だが、それを凌駕する一騎当千の人間が居るというのは戦場のミラクルと言うべきか。」

そう言って、彼は国連に対し、更に容赦の無い攻撃を続けた。大型のビームライフルを連射し、一撃でヴァントガンダムを墜としていく。更に後続のジョゼフ達もメガキャノンを国連水上艦に攻撃を加え、破壊していく。

国連の兵士達や士官もエファン達の圧倒的な強さに驚きを隠せない。

「くっ……撃て!奴等の母艦さえ沈めば奴等は投降する!」

母艦を狙うのは戦闘では当然ともいえる行動だ。だが、それを防衛するのも、当然の行動である。

「攻守というのは一長一短だ。だが私は全ての領域を手掛ける……」

やがてアーヴァインは実弾キャノンを再び発射させ、水上艦は轟沈。これまでに合計三隻が沈んだ。それにより、国連軍側も、次第に焦りを感じ始めていた。

その一方で、ドゥーリア隊は更なる攻撃を加えていく。戦況は徐々にエファン達が有利に展開していっていた。

「戦力を減らすには確実な方法がある。それは、己が力を使うという事。私の力は、さしずめ、“チート”と言った所だな――」

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

そう呟いたその時、彼の体は突然輝き始めた。アドバンスドタイプ独特の力、〝イズゥムルート〟の覚醒である。この光を受け、周囲の国連兵達は戦意を失い、力が抜けていった。

「こういう場での力の行使と言うのは好ましくないが、まあ良い……」

そう呟いた後で、エファンは攻撃を開始する。身動きが取れない敵に対しビームサーベルを展開し、切り裂く。更に別のヴァントに対して手を差し伸ばし、頭部を掴み、ハンドビームキャノンを撃って頭部を破壊しては、それを蹴り飛ばした。動きたくても動けない兵士達はあっという間に死んでいく。そして彼はビームサーベルラックを側腰部から二基展開し、サーベルを展開してそのまま艦へ特攻した。

水上艦は接近されたため、機関砲を撃つのだがアーヴァインの堅牢な装甲にそれは通用しない。ブリッジをビーム刃で切り裂き、破壊した。そして空中に展開し、次の標的を狙う。

別の艦の上に乗り込んで、再びブリッジを切り刻んだ。これで五隻。残り半分である。これまでの時間は、僅か五分だった。

次の標的に対してはフロントアーマービームキャノンを放出。これも撃破。残り四隻。

動けないヴァントを払い除けて行って、続いては大型ビームライフルを連射し、穴だらけになったところを実弾キャノンで沈めた。これで残り三隻となった。

「て、撤退しろ!化け物が出たぞ!」

「全軍撤退!繰り返す、全軍撤退!」

最早、それは“無双”と呼べる動きだった。単機で次々と戦艦を撃墜するその様は、人域を超えていると言っても過言ではない。

空中では、先程まで動けないヴァントが存在していたのだが、現在ではエファンの部下であるジョゼフ達がこれらを破壊し、もはや何も残っていない状態になった。

「こうして、人は文明を簡単に壊せるのだから、悲しいものだ。」

そう呟いた後、エファンは行動に出た。水上艦は後退しつつもアーヴァインに向けてビーム砲を連射している。が、それらはバリアーフィールドが展開されている事に寄り、で全く通用しない。

結局、一隻が実弾キャノンによる攻撃を受けて轟沈した。残りは二隻。エファンは更に、追撃を行う。

「仕上げはまとめると、効率が良い。人は作業をする時効率化を求める。戦争でもそうだ。」

すると、再びビームサーベルラックを繰り出し、ビーム刃を展開。その二隻の艦の間に侵入した――

「こ、このままでは……う、うわああああああああああ!」

次の瞬間、アーヴァインはビームサーベルを二隻のブリッジに突き刺した。これにより、ブリッジは破壊され、艦は轟沈。これで国連の残された艦は全て破壊された事になる。

撤退しようとしていた水上艦にさえ、容赦の無いエファン。彼はその力で、十隻の艦隊を破壊したのだ。

 

 

 

やがてエファン・ドゥーリアは帰還し、再び水上艦は移動を始めた。彼が艦長席に戻ってきた時、彼は祝福を受けた。

「素晴らしいです!あの戦術……あんなものは、並の人間にはとてもとても……」

「当然の結果だ。口程にも無い。」

エファンは自信満々の様子で言った。

「それよりも、指揮官が言っていた場所まで後どのくらいの距離か?」

彼の言う“指揮官”と言うのは、新生連邦政府の将官であり、現場指揮官である、ジーク・アルナスの事だった。歴戦の軍人であるジーク。彼は旧連邦時代から、数多の軍人に尊敬の眼差しで見られている男である。

「もうすぐです。」

「そうか。」

エファンは、その場まで艦長席に座る事にした。MS、アーヴァインを操り、敵艦隊を壊滅させたエファン。その圧倒的な技量は、留まる事を知らない。

 

 

 

やがてドゥーリア隊はジークに指定された場所に辿り着いた。そこはニューオーリンズの新生連邦軍基地で、ドゥーリア隊はそこで補給をするように指示を受けていた。

ジーク・アルナス。階級は中将。総司令、レヴィー・ダイルが任せる程の人物。現在彼が宇宙に上がっている間の現場指揮官である。年齢は五十歳前後。制帽を頭に付け、顎から多くの髭を生やしている歴戦の軍人だ。

彼は、新生連邦軍の中でも、ドゥーリア艦隊を遥かに超える最強の艦隊を率いる人間である。ジークは並の人間は見向きもしない。彼がエファンと言う部下を持つと言う事は、エファンは新生連邦内でも余程の人間であるということになる。

黒い水上艦は補給を受けるためドックに入った。その間、乗員達は下ろされる。その時、エファンは何者かに突然敬礼された。見たことの無い人間だった為、エファンは少々驚いた。

「お前は、何者だ。」

するとその人間は大声を上げた。

「申し遅れました!私はクラリス・デイルと申す者であります!本部の命令により、貴隊の戦力として加わることになりました!これからよろしくお願いします!」

なんと、それはクラリスだった。あろう事か、彼はエファンが指揮するドゥーリア隊に配属する事になったのである。

 数々の失敗をしてきた男ではあるが、何故か、彼はこの部隊に配属される事が、決まったのだ。

「別部隊から派遣されたパイロットか。」

「はい、そうですが。」

「我が部隊に配属されたということは、それ相応の実力を持っているのだろうな。」

エファンはそう言ってクラリスを睨んだ。その気迫に彼は冷や汗を掻く。

「ご、ご期待に答えられる力を発揮したいと思います……。」

妙な感触だ。エファンが放つプレッシャーとでもいうのか。この時、クラリスはエファンに対し、並みならぬ恐怖を抱いていた。

実際、彼の実力と言うのはテストパイロットレベル。実際は多くの機体を任されてはいたが、その実力は、レイと比較しても強いものとは言えないのだ。

(なんて野郎だ……聞いた話じゃ俺と四つしか歳が変わらねえってのに、すげえ気迫だ……只者じゃねえぞこいつ……)」

内心でエファンの事を怯えていたクラリス。冷や汗の量は先程よりも増えた。その時――

「なんて野郎だー。聞いた話じゃー、俺と四つしか歳変わらねえってのにー、すげえ気迫だー。只者じゃねえぞこいつー。」

「!?」

エファンはつい先程にクラリスが心の中で思っていたことを棒読みで述べ始めた。自分の心の中を読まれていると確信した彼は、更に冷や汗を掻いた。そして顔色が余計に悪くなる。

「まさか、別部隊から派遣されたパイロットがそのようなことを考えていたとはな。残念だが実力と年齢は関係無いのだよ。」

クラリスは始めその考えを否定しようとした。しかし相手は彼の言った言葉をそっくりそのまま言ってきた。一文字も間違えていない。否定しても無駄だと考えた彼は大人しく認めた。

「ぶ、無礼な考えを申し訳ありません……?しかし……何故私の考えを?というか、お言葉ですが少佐は何者ですか?」

次の瞬間、エファンはすぅと息を吸って言った。

「私はアドバンスドタイプだ。」

「……はぁ……?」

彼はアドバンスドタイプの存在を知らなかった。一般に、力のある存在と言えばシンギュラルタイプや強化モデルが彼にとって印象強い。しかし全く聞き覚えの無いその言葉に、始めは耳を疑った。

「失礼しますが、シンギュラルタイプの間違いではないのでしょうか?」

シンギュラルタイプの存在は、クラリスの中では疑ってはいる。だが、実際は彼の友人であるマサアキ・アルトがシンギュラルタイプであった事もあり、いつしかそれを、確認の材料にしてしまっていたのである。

「違うな。アドバンスドタイプはアドバンスドタイプだ。シンギュラルタイプの更に上を行く存在。それがアドバンスドタイプ……」

そのような存在がいると言うのか。彼は何度も考えた。何を言っているのかも、分からない。

「そこまで疑うか……まあ、疑うのなら疑えば良い。ただ、シンギュラルタイプの力を遥かに超えた存在は私を含め、数少ない。まあ無理も無いのかも知れんな。知らないのも。」

クラリスはどうしても納得が出来ない様子だった。シンギュラルタイプの上を行く存在?アドバンスドタイプとは何者?シンギュラルタイプでさえ凄まじいものだと感じていたのに、それを超える存在とは?

疑問だらけだ。そして、ドゥーリア隊の人間はこの男をどう思っているのかという疑問も感じられた。側にいるだけで威圧を感じ、プレッシャーとなる、この男。

クラリスはシンギュラルタイプ等の力を持たない。だが、彼のようなオールドタイプの人間でさえも、アドバンスドタイプのエファンから感じる特異な感覚をを感じ取ることが出来た。増して、自身の考えている事を読み取られる不快感。彼は、この男が奇妙に思えて仕方がなかった。

(気味が悪いぜ……これが上司……)

「きみがわるいぜこれがじょうし」

「!?」

再び心の中を読まれたクラリスは動揺する。

「気味悪く思うのは当然だ。心の中を読まれて面白いと思う人間など、ごく少数だろう。そもそも普通の人間に無い能力が存在していると言う事自体が一般的にはありえない存在なのだ。それは仕方が無いことであり、私がお前に考慮しなければならない点だ。だから私に対する侮辱も許す。そして、心を読まれる事を不気味に思うお前も、その一般的な人間の一人と言う事だ。」

「な……あ……?」

エファンは心の中を読み、それが例え自分を侮辱するような内容であっても咎める事は無い。彼は常識を分かっているからこそ、クラリスの無礼な思考を許したのである。

「ああ、そう言えばアドバンスドタイプを知らなかったのだな……」

するとエファンはクラリスの肩をぽんと叩き、その場から過ぎ去ろうとした。その際、次のような捨て台詞を残した。

「アドバンスドタイプが未知なる存在だと思っているお前に良い事を教えてやろう。お前が密かに憧れている、ジャンヌ・アステルもアドバンスドタイプの力を持っているぞ。ファンだろう?秘密を知れて良かったな。」

余りに淡々とした言葉でエファンは、クラリスに言った。

 最初、何の事だか、理解が追いついていなかったクラリス。ジャンヌ・アステルの事や、彼女がアドバンスドタイプの事?いや、そもそもジャンヌ・アステルのファンという情報すら、彼は口外していない。

「嘘!?」

暫くして、クラリスは声を上げた。

先程のエファンに対する疑惑の目は、はどこへ行ったのか。世界的に有名な歌手であり、尚且つファンであるジャンヌがアドバンスドタイプ?そもそも、アドバンスドタイプとは何か?理解の不可能な単語が羅列する。どういう、事なのか?

(アドバンスドタイプって……なんだよ……!意味分からねえ……あいつ……レイの変な力ですら、凄まじいってのに……それより……俺、ここでやって行けるのか……?)

エファン・ドゥーリアという名の、恐ろしい男の下で部下として戦っていく不安と、隠れファンであるジャンヌ・アステルがアドバンスドタイプと言う未知なる存在である衝撃が重なっての出来事である。困惑する、クラリスはそのまま、頭を抱えてしまったのであった。

 

 

 

 エファンは自身の艦が補給を受けている間、ジークと話をしていた。今後の事についてと、次に赴任する場所についてである。

「貴官の活躍は聞いている。先の戦闘でもたった一隻で敵艦隊十隻を沈めたそうだな。」

「敵に大した戦力が居なかっただけです。数だけで押せると思っている敵の思考が見えていたと言うべきでしょうか。私にはそれが筒抜けと、言うべきでしょうか。」

それは文字通りの意味なのだが、ジークにはこれが、比喩表現に聞こえたようで、彼の自信に対して拍手を送った。

「貴官程の実力者ならばあの水上艦の指揮を任せるのは器量に余るだろう。出来る事ならヒエラクス級等の戦艦を与えたいところだが、生憎、数が出てしまっている。マドラ級をそちらに与えよう。搭載数も水上艦とは変わらぬ。今後の戦いでは優位に立つ事が出来るだろう。」

「ありがとうございます。」

今の新生連邦はジークが管轄となり、様々な部隊に対して現場の指揮、決定をする。戦果を残す事が出来れば、それだけ重要拠点を任される事も可能であり、そうでなければ、辺境の地の任務を任される事がある。それらは総司令を交えて決定していたのだが、宇宙に総司令が居るという事で、その決定権は今、ジークにあると言う事になる。

「ところで、そちらに派遣したクラリス・デイルの印象はどうか。」

ふと、ジークはエファンに聞いた。

「面白い男、という印象を受けますね。年相応の若さと無謀さ、そして短気な印象を受けます。」

彼の印象は当たっている。実際、クラリスは短気であり、違反行為等で謹慎処分を受けた事がある。だが、それでも彼は数多の機体を駆り、パイロットとして新生連邦に貢献をしてきた。

「あの男は今まで多くのMSを駆っている。それでいてデータを残している。その上で戦場を生き残っている。あの男の悪運の強さは目を見張るものがある。」

ジークはクラリスを気に入っているのだろうか。確かに、これ程数多くの機体を乗りこなし、生き延びて来た人間と言うのは珍しい。彼の存在は、ジークのような現場指揮官と呼べる人間にまで名前が知られているのだ。

「貴官はあの男をどのように扱うのか……それは、見物だな。」

「ご期待に応えれば……と、思いますね。」

エファンは、口元に指を運び、静かな笑みを浮かべた。

「ところで、貴官に新たに赴任して貰いたい場所がある。貴官の実績を考慮し、豪州への派遣を命じよう」

ここで、ジークがエファンに指示を与えた。豪州。オセアニアの地への派遣を、彼は命じたのだ。

 だがここで、エファンは彼の言葉を遮るように、言った。

「中将。お言葉ですが私に提案があります。」

「提案?」

ジークはエファンの言葉に、耳を傾けた。

「私に、アーステクノロジーの護衛を任せて頂きたいのです。」

突如、男の口から出た言葉。アーステクノロジーの護衛とは、どういう事なのか。

「何故、そう言うのか。アーステクノロジーは私設の軍隊を保持していると聞く。その上で新生連邦の部隊も既に護衛についている筈だが。」

ジークの質問に、エファンは答える。

「私だから、必要なのですよ。恐らく、アーステクノロジーは近い内に国連軍からの攻撃を受けるに違いありません。そうなった場合、守る為には多くの戦力を投入しなければならないのです。その内の一つとして、ドゥーリア隊を派遣する事は如何でしょうか、中将。」

交渉をするエファン。何故、彼はアーステクノロジーに拘るのかは分からない。だが、彼の目は鋭く、ジークを見る。

「貴官がそう言うのなら、やってみるのも良かろう。準備が整い次第、アーステクノロジーへ向かうと良い。」

「有難き幸せ……」

この時、エファンは深く、ジークへ礼をした。この男がアーステクノロジーに関心を抱く理由。それは何かは、分からない。

 エファン・ドゥーリアは、新たなる部下としてクラリスを招き入れ、次なる赴任の地であるアーステクノロジー本社のあるギリシャへ行く準備を、始めていたのだった。その胸中に宿る野心は、何を見るのだろうか。

 




第五十九話、投了。

月面基地に蠢くデウス帝国残党軍と戦う話。そして、エファン・ドゥーリアの下に配属する事になったクラリスは――といった話。


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第六十話 すれ違う両者

シュネルギアからの要請を聞き、リルムの下へ向かうレイはジャンヌから衝撃の事実を聞かされる。


 セイントバードは航行を行い、今、彼等はオスロへ向かっている。ヒパック村のあった場所からそう、遠くない場所にある、オスロ。航行が順調にいけば、一時間分程度で辿り着く事は可能だろう。

 その中で、ネルソンは一人、エリィのいる部屋に訪れた。彼は最初、最初に彼はブリッジを見たが、艦長席に彼女の姿がなかったので、直接部屋へ向かう。エリィは自分の部屋でホットミルクを飲み、くつろいでいる時だった。

「失礼する。」

「あ、大尉。お疲れ様です。どうかされました?」

目を何度か瞬きさせ、エリィはネルソンの方を見る。

「いや、その……ちょっとだが、個人的な事でな。丁度、貴方が部屋にいてくれて良かった。」

「いえいえ。今はちょっと、休んでいるだけですから。それで……話は?」

「単刀直入に聞きたい。貴方は今まで、どのように過ごしてきた?思えば、私は貴方の事を分かっていない。」

「……え?」

突然何を言い出すのかと、彼女は思った。てっきり、これからの事について聞かれるのかと思っていたので、その驚き様は半端ではない。

「答えてくれ。気になるのでな。」

何やら、真剣な様子で迫るネルソンに、エリィはただ、困惑し続けている。

「えと……私は……戦争でお父さんとお母さんを失って、泣きながら歩いている時にウィレスさんに助けられて。それから私は地球連邦軍の第十三特殊部隊のオペレーターを務めるようになりました。そして戦後になっては今のようにセイントバード艦長を務めているというわけですよ!えと、これがどうかしました?大尉は私が連邦に所属していた事を知っている筈ですけど?」

とりあえずと言わんばかりに、自身にあった出来事を簡潔的に言ったエリィ。

「いや、もっと過去の事を知りたいと思っていた。貴方が生まれてからの出来事とか、どのような幼少時代を過ごしたのか……とか。」

ネルソンの言葉の意図が理解出来ない様子のエリィ。何故彼は突然そのような事を言い出すのか。その理由は、何なのか。

「大尉、すみませんがちょっとお話の意味が良く分からないです。」

と、エリィは困惑しつつもはっきりと述べた。すると――

「……この先、添い遂げたいと思う相手の事を知らないのは、ちょっとな……」

ネルソンは照れながら言った。その言葉を聞いた時、エリィは三秒程度無表情のまま呆然としたが、その後で目が見開かれた。

「……え!?」

この言葉にはエリィも非常に驚いた。一瞬彼が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。ただ、彼女にとってとても衝撃的な言葉だったのは覚えている。

「今、なんて……?」

念のため、聞き直す。しかしネルソンは照れ笑いした様子で何も答えようとはしなかった。

(気のせいよね……絶対……)

あくまでも自分に言い聞かせるエリィ。が、ネルソンは照れ笑いしている。その光景に疑問を抱いた。

「す、すまないな。どうでも良いことを聞いた。これを聞きたかっただけだ。失礼する。」

「え……ちょっと待って下さ――」

そのままネルソンは部屋を出た。止めようとしたエリィの行動も無駄に終わった。彼女はこの後数分間、何度もあれは聞き違いだと言い聞かせるのだが、どうしてもそれは耳から離れなかった。それはネルソンにも言える事であり、変な事を言ってしまったと心の中から反省をしていた。

 何故彼はこのような言葉を発したのだろうか。いや、それは彼自身、分かっていたのかも知れない。

 

―――――――――あんたはあの美人艦長に関心がある訳なんだろ――――――――――

 

ヒパック村で、彼がホシェルと酒を飲んでいた時に言われた事。それが、ネルソン自身の脳裏に焼き付いたのだ。それが、エリィに対して思わず、言葉を述べてしまった事に繋がったのかも知れない。

 

 

 

レイはこの数日間を振り返りつつ、様々な事があって、疲れた体を癒すために自室に戻っていた。久し振りの自分の部屋に感激するレイ。まるでそれは、安息の一時が彼を迎えてくれるようだ。

セイントバードがヒパック村に来てくれていた時も、彼はゼオンの事の対応などでバタバタとしていた為、自身の部屋に行く事は殆どなく過ごしていた。故に、自分の部屋にいることが出来るのは、何よりの喜びと言えたのだ。次に向かう地であるオスロは、ネルソンの知人が居る場所と聞く。そこではどのような出来事が待っているというのだろう。

 

ウィィィィィン

 

その時、扉が開いた。すぐに姿勢を変え、部屋に来た人間を確認する、レイ。そこに居たのはガーストだった。

「よ、元気してるか?」

気さくな様子でレイに話しかけるガースト。

「ガーストさん。どうしたんですか?」

「プレーンのやつ、ちょっと風邪を引いちゃってさ。何、そんなに大した用事じゃないんだよ。オスロに着くまで少し退屈だからさ、会話でもしようかなって思って。」

ヒパック村の寒さが災いしてしまったのか、彼女は風邪を引いたようだ。プレーンはガーストと同じ部屋で過ごしている。その間、どうしようかと思った彼が、レイの部屋に訪れたのだ。

「看病はしなくて大丈夫なんですか?」

レイの質問。それに対し、ガーストは答える。

「今、寝てるんだよ。ま、少しの間だけお前と喋ろうと思ったんだ……けど、そこにいる女の子……」

「え?」

この時、ガーストの表情は変化していた。何を言っているのだろうと思い、レイは後ろを見る。

始めに、レイの目が大きく開かれていく。次にレイの口が徐々に開かれ、最後に、腹の底から凄まじい大声を上げた。

「ええええええっ!?」

彼は自身の目を幾度となく擦り続けた。これは幻覚……と自分に言い聞かせつつ擦った。しかしいくら擦っても眼前の少女の姿は消えない。消える筈が無かった。

何故彼がこれ程までに驚いているのかと言えば、そこにいる少女こそ、レイの事を気に入っているメナン・ジェインであった為であるからだ。

シャルアと共に居る筈の幼女が、何故レイの部屋にいるのか。理解が追い付かない。何故?

「どうして……どうして……どうして!?なんでメナンがここにいる訳!?」

レイの動揺とは裏腹、メナンは笑みを浮かべ、言った。

「よ!レイ!きたぞ!」

「いやいやいや!〝きたぞ!〟じゃなくて!おかしいよ!なんでいるの!?メナンはシャルアさんの所に戻った筈じゃなかったの!?」

動揺する、レイ。それに対し、メナンは言った。

「お姉ちゃんよりれいがいいから!」

「そんなんじゃなくて!!!冗談も程ほどに……って……冗談じゃないよねこれ……」

もう、彼には訳が分からなかった。何故メナンがここにいるのか、その事で頭が一杯になる。一方のガーストは事態を理解出来ておらず、ただ、唖然とするばかり。

「と、とにかく……みんなに知らせないと……大問題だよ、これ……」

当然ながらこのまま放置など出来る筈が無かった為、レイは急いでエリィの元へ向かった。

 

 

 

レイの言葉を聞いたエリィは、主要クルーをブリッジに集めた。突然起きたこの状況。何が、どうなっているのかが分からない。ヒパック村で合流しただけの筈の少女が、何故セイントバードに紛れているというのか。

やがてメナンを囲うようにクルーは集まり、皆がメナンの姿を見ていた。

「確か、レイ君と話してた可愛い女の子よね?」

「はい……でもどうしてか、ここにいるんです。いつの間に……」

レイ自身も、理解が追い付かない。何故メナンがここに居るのか、全く。

「どおしたか?みんなきょーみしんしん!メナンあせるあせる!」

相変わらず独特な喋り方をする、メナン。それだけ見れば可愛らしさはあるのだが、ネルソンはそっと溜息を吐き、言った。

「しかし、我々はこのような少女の世話をするほど余裕は無いぞ。ヒパック村に、一度戻るか?」

そう、提案するネルソンだが――

「でも、もうここまで来てしまった以上は引き換える訳にも行かないですよ。燃料の補充、オスロで行う予定でしたもんね。」

彼等がヒパック村で、他のMS乗りと交流したのは良かった。それにより、多くの情報を得られたと同時に、MSのスクラップや武器等の補充が出来た為だ。

 しかし、肝心な事が出来ていなかった。それは、オスロまでの距離がこのまま行けばあと四時間程度という事もあり、燃料の補充が出来ていなかったのである。彼等はオスロのジャンク屋で、燃料補給等を行う予定だった。故に、こうした問題が生じたのである。つまり、ヒパック村に引き返す事は、出来ない。

「これでは我々は誘拐しているようなものだぞ!事情を説明しなければ……誰か、連絡先は分かるか?」

と、聞くネルソンだが――

「一度オスロに付かないと連絡は難しいんじゃないですか?今、この高度だと回線も入りにくいでしょうし。」

「それも、そうか……」

Eフォンの回線が安定するのは、あくまでも地上に居る時。空中を移動している時や戦場では回線が安定しない。ビーム粒子による妨害などの可能性が考慮される為である。

「でも、この子かわいいー!」

「そんなこと言ってる場合じゃねえよ。誘拐犯みたいな事してんだぞ俺達?」

「でも私達が意図的にやった訳じゃないじゃん。レイ君に付いて来たんでしょ?」

インクの言葉に、スラッグが鋭い口調で言った。

「そんなものこの子の親とか親族が認めるかって話だぞ!戦災孤児とかでこの子を保護してるってなら話は別だけどさ、俺等軍じゃないから、万が一国際警察とかに、突き出されたらお縄だぞ!どう言い訳するんだよ!」

混乱するブリッジ内。だが、その中でメナンは全く動じる様子もなく、急に歩きだし、ネルソンの側へやって来たのだった。彼の足元にいる可愛らしい幼女は、じいっと彼を見つめている。

「ん?どうした。」

ネルソンがそう聞くと、メナンは言った。

「あんたいしゃやってただろ!いまはむめんきょ!」

「なっ!?」

ネルソンの顔色は一変した。メナンに自分の過去を急に言い当てられた為である。

「馬鹿な!?なぜそれを知っている!?」

当然の疑問。しかし、メナンは何食わぬ顔をして言った。

「しらん。でもメナンには分かる!」

その次に、メナンはガーストの側に寄って来た。そしてネルソンの時と同様に口を開いた。

「でうすていこく!むかしそこでへいたいさんやってただろ!んで、そのおっさんと同じでうすていこくのにんげんだったろ!」

「な!?どうして分かるんだ!?その子にデウスの事なんて言ってないぞ!?」

「おっさんではない!」 

今度はガーストの過去を言い当てた、メナン。一体彼女は何者だというのだろうか。

不思議に感じるガーストに対し、そんな物にはお構いなしのメナン。初対面の人間に自分の過去を言い当てられた事が、彼等を悩ませる。

(不思議だ……やっぱりメナンは過去を言い当てる。シャルアさんが言ってた通りだ。一体、何なのだろう。)

メナンは、レイの事情に関しても当てた。だが、レイに対して聞いたのは彼のガールフレンドの話と、力を持っているかの話だ。今回のように、クルーの過去を言い当てる事は無かった。やはり彼女は、只者ではないのかも知れない。

 

―――――――でも……妹が少し興味あるのよね。たまに透視されるのよ――――――

 

シャルアが言っていた言葉を、再び思い出したレイ。メナンは、やはりシンギュラルタイプなのであろうか。

「エリィさん、ガーストさん。あの……メナンを見て、何か感じますか?」

力を持つ人間達にレイは聞いた。だが、それぞれに質問をしても、首を横に振るばかりだ。

「一つ言えるのは、シンギュラルタイプの一つの可能性なんじゃないかって話だな。」

ガーストが、口を開いた。

「可能性の一つ?」

「いや、俺も詳しくはないし良く分からない。けどさ、シンギュラルタイプってある種のエスパーみたいなものだろ?そう言う子が居るのも、別に変な話ではないんじゃないのかなーって思って。」

「でも、明らかに凄いですよ。透視が出来る人なんて……」

と、レイが言った時、彼は、“ある”人物を思い出したのだ。

 エファン・ドゥーリア。オペレーション・デモリッション・クリエイションの際にレイと邂逅した際に、彼にプレッシャーを与え、その上で思考を読んだ、男。あの男は一体、何者なのだろうか。彼から感じた恐ろしい感覚。それには既視感もある。

 

――――――――――――――お前の事が分かるのだ――――――――――――――――

 

思考を読まれるというのは、恐怖である。考えが筒抜けと言う感触は不快でしかない。それを読まれた時、人は躊躇い、戸惑うだろう。

 だが、それは個人の差も大きいのかも知れない。メナンとエファンではそもそも、“人”が違う。いくら透視能力があるとはいえ、それぞれの目的が違う。メナンは純粋な子供として、思った事を呟いているだけ。一方のエファンは、それが何を齎すのかを分かった上で述べているに過ぎない。

「けどさ、世の中って広いからさ、そういった人間が居てても不思議ではないんじゃないかな。人間ってパターン化出来ないし。この子がシンギュラルタイプだったとして、特別な能力を持ってるとしても、結局はそれをどう使うかってこの子次第だし。あんまり深く思う必要はないんじゃないか?」

ガーストの言葉を聞き、レイは反応した。

「どう使うかは人次第……か。」

再び、エファンの事を思い出すレイ。あの、恐怖感は何だったのだろうか。思考を読まれた上で、プレッシャーを感じた彼の感覚は、一体?

「まあ、何にしてもオスロに早く着かないと……そこからまずはこの子の家族さんに連絡を取らなきゃ。今頃、凄く心配しているだろうから。」

「そうですよね、その通りだと思います。」

力の事云々よりは、今はメナンを、保護する事を考えなければならない。この状況で、万が一敵と会敵したら大変な事になる。彼女を巻き込む事は、当然ながら避けたい。

 

「艦長、入電があります。これは……シュネルギアからです!」

「シュネルギアから入電?」

突然の出来事だった。インクの言葉を聞き、エリィは艦長席に座り、すぐに対応する。シュネルギアからの連絡とは、一体何なのか。やがてモニターが開かれ、ジャンヌの顔が、映し出された。

「お久し振りです、皆さん。ジャンヌ・アステルです。セイントバードは、どうやら無事のようですね。本来ならば貴方方とお茶を交えてお話をしたいと思う所ですが、今は時間がありません。」

ジャンヌの顔が映し出される。麗しく、整った顔つきの彼女。金色の髪は括られ、その目付きは真剣そのものだ。

「ジャンヌさん。要件を、伺っても宜しいですか。」

彼女と話をするのはロンドンに要請された時以来だ。随分と久方振りともいえる中で、エリィはジャンヌに聞いた。

「そちらにある、ツヴァイガンダムをシュネルギアに渡してもらう事は出来ますか。大切な事情がありますので、出来るだけ手短にお願いをしたいと、考えています。尚、シュネルギアは既にセイントバードの後方に位置しております。」

ツヴァイを預かるという事を言ったジャンヌ。だが、何故このタイミングでそう言うのか。理解が出来ない様子の、クルー達。この状況で無邪気にジャンヌを見て感激しているのは少女のメナンのみだった。有名人としての彼女の顔しか知らないメナンは、ただ引っ切り無しに喜んでいる。

 そして、ツヴァイを渡すという事は即ち、レイをシュネルギアに送るという事になる。彼等とレイの関係は、不仲同然だ。その中で、レイはどのような判断を下すというのか。

「あの、差し支えなければその、“目的”を教えて頂く事は可能でしょうか。」

アステル家はスポンサーである。だが、いくらセイントバードの出資者とはいえ、彼等にも目的を知る権利はある。それに対し、ジャンヌは言った。

「ヴァイダーガンダムが現れたという情報が、ありました。その為にもツヴァイガンダムの調整が必要となったのです。」

その言葉に、ブリッジ内は騒然とした。ロンドンを死の町に追い遣ったジェノサイド・マシンが再び姿を見せたというのだ。これはチームにとっても他人事とは言えないのだ。

 これを聞き、レイの目付きが変わった。あの悲劇は繰り返してはいけない。しかし、アステル家を信用するのはどうなのか。彼の中の天秤が、揺れ始めた。

「もしこの場にレイが居るのならば、彼にお伝えして欲しい事もあります。リルム・エリアスさんは今、私達が保護しております。それを踏まえて、行動して下さい……と。」

「リルム……!?」

ジャンヌの口から、リルムの名前が出た。それを知った時、レイは心のどこかで、安寧を感じた。リルムは無事だった。先日、ニュース速報でアステル家が強襲されたという情報が流れた時、連絡が取れなかった事もあり、レイは心配だったのだが、保護されていると聞き、安心したのだ。

 しかし、彼はアステル家を信用していない。以前に自分を攻撃した事もそうだが、リルムを家に返さなかった事も含め、納得していない、レイ。そもそも、その言葉は本当なのかも、レイは疑っているのだ。

「あそこには、アレンの奴もいる……か。」

ガーストが、ふと、呟いた。

「エリィさん、僕、行きます。あの人達の話も気になりますし、何よりも、リルムが気になります。」

レイの言葉は決意に満ちている。彼にとって忌むべき存在となっているアステル家だが、今はリルムの事が心配だ。その身柄が本当に見えるのか、確認したいと、思っていたのである。

 やがて、そのまま、レイはブリッジを後にしようとした時だった――

「れい、どこかいくんか!?」

メナンが、レイに聞いた。

「うん、少しだけ。」

「しんぱいだぁ!れいかえってこいよ!」

今の彼にメナンの言葉は聞こえない。それ程に彼は真剣な表情をしていたのだ。

 

 

 

デッキ内にて、レイは自分の機体であるツヴァイを探した。シャルア達によって改修されたツヴァイガンダムは、左肩から先端がジョゼフのものに乗っている。ツヴァイガンダムイージー。名前の通り、機体の武装を簡素化している、その機体。

レイは高台から胸部にあるツヴァイのコクピットに乗り込んだ。彼はそっと息を飲み、目を瞑る。何故だか、彼は異様に集中していた。そして目が開かれた時に彼は思い切り操縦桿を引いた。その瞬間、推進剤が展開された後に、カタパルトからツヴァイは発進した。

発進された際に、緑色のカメラアイが美しく輝いた。手部には何も持たず、右側のみに搭載している三基のブリッツファンネルはまるで片翼のように躍動し、ツヴァイは今、機動していた。

 

 

 

少しして、彼はシュネルギアのMSデッキの入り口に辿り着いた。彼を素直に迎え入れるようにハッチが開き、彼はその中に入っていく。

中にはドラグネスアサルト、ブライティスガンダムといった、アステル家の機体が確認出来た。それ等を見て、ここが改めて、アステル家の戦艦であると、再認識した、レイ。

やがてツヴァイはシュネルギアのMSデッキに降り立った。胸部のコクピットが開き、レイはそこから降り立つ。すると、次の瞬間。降りてきたばかりのレイを、アステル兵達が銃を持って囲みだしたのだ。黒いジャケットを羽織った彼等。それは、四ヶ月前にレイとリルムを助けた人間達と同じ格好をしている人達だ。

「え……!?」

このように、銃を構えられるというのは兵器を操っている者の定めなのだろう。だが今のレイにはそれが理解出来なかった。招かれている筈なのに、銃を構えられる等、予想をしていなかった為である。

どうすれば良いか分からぬ状況の中、兵士達の行為を、一人の清らかな声の女性が止めた。

「止めなさい。彼は侵入者でも何でもありません。私が招いた者です。」

「しかしジャンヌ様。この少年はジャンヌ様に楯突くような発言をしています。それに、以前の裏切り者の件もあります。警戒に、越した事はありません。」

人間関係とはこういう時に真価を問われるのかも知れない。いくらスポンサー関係とはいえ、レイはシュネルギアからすれば部外者に他ならない。故に、銃を突き付けるのはある意味当然と言える。

「彼は裏切り者のような、危険な真似をする事は恐らく、しないでしょう。」

それと同時にジャンヌは合図をし、アステル兵達、全員の銃は下ろされた。それを見て、少しばかり安心する、レイ。

「改めまして。ようこそ、レイ。先の無礼をお許し下さい。」

アステル家は余所者を警戒している。それは、先に起きた事を考えれば当然の事ではあるのだが、事情を知らないレイにとっては失礼な事以外の何者でもないだろう。

「……お久し振りです。」

と、レイは静かに言った。

「……あら?ツヴァイの形状が随分と変わりましたのね。ファンネルの数も、プラズマキャノンも無くなっています。何か、あったのでしょうか。」

ツヴァイの形状の変化を見て、早速ジャンヌは反応した。デスゲイズによって撃墜された事やヒパック村での出来事が重なり、今に至るツヴァイ。それでも、ツヴァイはレイの愛機として活躍してきたのだ。

(恐らく、アレンが先程会敵したあのMSが関係しているのでは……。)

その機体こそ、デスゲイズだ。ブライティスと交戦したデスゲイズ。その際に、レイを倒した旨を伝え、心配になったアレンはレイの安否をはじめ、セイントバードの心配をした。結果、彼等の無事が確認出来たのだが。

「機体が無事なら何よりです。そして、貴方も。」

無事である事を褒められたレイ。だが、そう言われても、レイは喜びを感じる事は、なかった。ヴァイダーガンダムが出現した事により、自分が必要になった旨を理解しているレイ。その上で、彼女達に機体を渡す事になっている。

 確かに、今後の事を考えればアステル家に修理をして貰う方が良いだろう。以前も彼等に修理をして貰い、その際に貰った装置により、レイはファンネルを操る際に頭痛を感じなくなった。

「レイ。貴方をブリッジに招待します。そこで、貴方に会って貰いたい人がいます。」

その言葉を聞き、レイは勘付いた。リルムの事だ……と。約四ヶ月の間会う事が出来なかったリルムに、ようやく会う事が出来る。その喜びを、今、彼は感じている。

 だが、その一方で違和感を覚えている、レイ。この違和感は果たして何なのだろう。ジャンヌの事を信じていないから?忌むべき存在と認識しているアレンが居るから?それは、全く分からない。

「ては、参りましょう。皆さんがお待ちです。」

“皆さん”が待っているという、ブリッジ。リルム以外に誰がいるのか。アレンの事か。それを聞き、レイは疑問を抱きながらも、静かに、ジャンヌに招かれる。ブリッジまではエレベーターを使い、すぐの位置にある。然程の時間は要さなかった。

 

 

ジャンヌに導かれ、彼はブリッジに辿り着いた。そこはレイにとって初めての場所であり、セイントバードのものよりも遥かに広く、大勢の人間がオペレーター等の仕事を務めている。

ブリッジにはジャンヌを含め、アレン、ココット、アイリィ、そしてリルムと言った人間が揃っていた。

「レイ!?」

レイの姿を見るなり、リルムは彼に駆け寄った。

「リルム!」

間違いない、リルムだ。ここに居るのは、リルム・エリアスだ。互いに手を繋ぎ、再会をよろこんでいる。この瞬間を、どれ程待ち侘びた事か。

「良かった!本当に良かった……!会いたかったんだよ!レイ!」

「うん、僕も……会いたかった……!無事で、何よりだよ……」

どこも、怪我をしている様子はない。無事だったのだ。本当に、良かった。

 しかし、レイはこの事に対して喜んでばかりではなかった。ジャンヌの方を睨むように見る、レイ。

「改めてようこそ、シュネルギアへ。レイ。彼女はずっと、アステル家で保護をさせて貰っていました。」

と、言うジャンヌだが、レイは表情を変え、言った。

「アステル家が新生連邦に襲われたそうですね。その時、リルムに連絡が取れませんでした。ジャンヌさん。もし、リルムの身に何かあったら、どうなっていたんでしょうか。」

レイの表情が、変わっていく。リルムの身にもし何があったかと思うと、気が気でない。万が一怪我をしてしまったら、それは保護とは言わない。

 アステル家は彼女を“保護”すると言った。なのに、危険な目に遭った。それに対して、ジャンヌはどう、答えを述べるのか。

「事情を説明しましょう。アステル家に裏切り者が居ました。それから情報が流出し、新生連邦が攻撃を加える状況となってしまいました。確かに、それは私達の不覚と言えます。アステル家の者を信頼し過ぎていた……それは、私自身のミスであると、言えますわね。」

それは、謝罪した。だが、そこへ、アレンが口を挟んだのだ。

「ジャンヌ、あれは誰も悪くない。仕方が無かった事だ。あれで多くの犠牲者が出たけど、彼女は幸いにも、守られた。レイ、その事でジャンヌに言いがかりを付ける気なら、それは間違っている。彼女は無事だった。それで良いじゃないか。今は、小競り合いとかしている場合じゃないんだよ。」

その事を聞き、レイは動揺する。リルムが助かったのは、不幸中の幸いだったのだ。だがもし、一歩間違えれば彼女は死んでいた可能性が、高い。

「……そりゃ、裏切り者だって出ますよ。そんな所にリルムを任せていたんだ……」

レイは、密かに握り拳を作る。アステル家が信用出来ないという事実が、彼を余計に混乱させる。この時、彼は感情を吹き出しそうになったが、どうにか、堪えた。そして、アレンに対して言葉を発する。

「……アレンさんもお久し振りですね。多分、アステル家を守ってくれてたと思います。それに関しては感謝しています。無事なら、良かったです。」

レイの言葉に、感情が込もっていない。内心では怒りを感じているのだろうか。

「……けれど、貴方が僕達を攻撃した事は忘れませんよ。それによって僕達が傷付いた事も、事実なんですから。」

レイは、アレンにされた事をまだ根に持っている。その事情は聞いているが、彼にとっては納得の行く事ではない。

「レイ!お前は――」

と、口を開こうとしたアレンを、ジャンヌが止めた。

「レイ。貴方は今後の戦いで何が起きる事になったとしても、それを戦い抜く覚悟でツヴァイに乗る事を選んだ筈です。以前アッサラームで貴方に問うた筈です。時に苦しみ、時に死に直面する事さえ、有り得る事かも知れません……と。」

レイは、その時の言葉を思い出した。

 

―――――時に苦しみ、時に死に直面する事さえ、有り得る事かも知れません―――――

 

「それだけではありません。ツヴァイに乗る事自体が、自己の責任が伴うという話もしました。アレンの行動は確かに彼のコントロール不足も有り得たでしょう。ですが、そうした事も全て想定した上で、貴方は動いて行かなければならないのです。ガンダムと言う兵器を託された貴方は、様々な状況に陥っても、戦い抜く覚悟を決めなければなりません。そこに、ティーンエイジャーの生徒という肩書はありません。貴方自身の話になります。」

以前に述べた事を、再確認するように言い続けるジャンヌ。この言葉に、レイは戸惑って行く。自分自身の選択の意味や、行動の意味に、ついて。

「でも……でも!僕があれに乗らなければセイントバードの皆が死んでいたかも知れないんです!そんなの、選択肢なんて、ある筈がないですよ!」

シュネルギアに救われた時のレイの行動だ。あの時ツヴァイに乗らなければ、クルーは新生連邦に殺されていただろう。彼が行動した結果、チームは救われ、今に至るのだ。

「選択肢がないというのは貴方自身の勝手な判断です。あの時貴方は故郷に戻る事も出来ました。その選択をする事も、一つの選択として在り得たのです。セイントバードのクルーを見捨てる事も、出来ました。」

悪意のあるように聞こえる、ジャンヌの言葉がレイに突き刺さる。

「ですが、貴方はその中でもツヴァイを乗る事を決めました。何度でも言います。そこには自己責任が伴うと。それらを覚悟した上で貴方はツヴァイに乗った。違うのですか。貴方はそれを運命だと感じているのならば、それは誤解です。貴方自身が選んだ事なのです。」

「違う……違う!僕は守る為にツヴァイに乗らざるを得なかったんだ!」

否定する、レイ。だがそれに対してジャンヌは冷たく、言い放つ。

「いいえ。貴方は自らの意思で“選択”をしました。その先に何があろうとも、それは紛れもない選択。セイントバードのクルーが危機に瀕する事や、エリィさんが貴方の下へ家庭教師として来て、状況の確認をする事等も、全ては貴方がツヴァイに乗る事を選択する可能性の一つ。それらを加味しても、選択をしたのは、貴方です。私達は貴方に強制は一切していません。ですから、そこから何が起きようとも、それは貴方の人生の選択の一つなのです。」

ツヴァイは選択の結果。そして、そこから何が起きようとも、彼自身が選んだ事。そう、言うジャンヌ。だから、リルムが危険な目に遭って良いのか?だから、アレンがした行動が許されるのか?それは、違うだろうと、レイは言う。

 いや、待て。何故ジャンヌはエリィが家庭教師に来た事を知っている?どういう事だ?

「どういう事ですか?どうしてジャンヌさんがエリィさんの事情を知っているんですか?」

レイの質問に、ジャンヌはそっと口を開いた。

「彼女を家庭教師としてレイに接触をして貰うように促したのは、私だからです。」

「え……それって、どう言う意味ですか……?」

訳が分からない。レイが一時的に故郷に居た時に、エリィが彼の下に来たのは彼女の意思ではないというのか?

「私は貴方への選択肢を作る為に、貴方の事を調べていました。アインスから得たデータ等を見て、貴方の強さを確認した私達は今後の世界情勢を見越し、新たなガンダムの作成に踏み切りました。それが、ツヴァイとブライティス。ブライティスはアレンの手に渡りました。ですがツヴァイが貴方の手に渡るには、ある程度の必然性が必要となったのです。」

必然性が必要?それは、何を示すというのか。

「貴方が故郷に居ている間、その“来るべき時”に繋がる為の準備が必要でした。その為には、貴方の身辺状況を確認する為に誰かが必要になりました。その中で、最も好都合なのは家庭教師と言う立場の人間が居る事です。エリィさんは快く、受け入れてくれました。まるで、貴方に非常に関心を示しているかのようでした。」

実際、エリィはレイに関心を抱いていた。何せ、彼に対して告白をしたのだから。

「やがて新生連邦はセイントバードチームを拉致しました。戦争が始まる事を見据え、戦力を欲していた為です。そして、その時が来ました。新生連邦が、貴方とリルムさんを拉致した事です。それは、私達にとっては絶好と呼べました。」

「待って……じゃあ、あの時リルムと僕が拉致されて、そこから助けたのって……」

「ええ。全ては繋がるという訳です。」

あの、一連の出来事は偶然ではなかった。必然だったのだ。エリィが家庭教師として事情を探りに来たのも、セイントバードが新生連邦に拉致されたのも、彼等が新生連邦に拉致されたのも、そして、その中でシュネルギアが助けに来たのも、全て、必然。

 全ては、ジャンヌによって仕組まれていた事なのだ。それも、レイに、ほぼ必ずツヴァイに乗せるという選択肢を与える為に。

 ツヴァイに乗るという選択をしたのは、彼だ。だがそれは最早、半ば強制的と言える内容だった。と言うよりは、運命付けられたとしか言いようがない。それなのに、彼女はレイがツヴァイに乗った事は選択肢の一つと言い張る。言い張った上で、レイに自己責任と言うのだ。

「滅茶苦茶だ……こんな、こんなのって!」

「私達は、貴方がツヴァイに乗るという、舞台を整えたに過ぎません。それ以外に関しては貴方の性格や判断に委ねたのです。私は貴方を洗脳などしていません。貴方自身の意思で、ツヴァイに乗る事を選択しました。そして、貴方はツヴァイに乗って今まで戦ってきました。多くの出来事はあったでしょうが、それでも生き残りました。全ては今後の不安定な世界情勢を変える力を作る為。アステル家がツヴァイガンダムを作り出したのは、こうした背景があったからなのです。」

語られる真実はレイをより、困惑させ、そして怒りを引き出す。彼女の言っている事は、自身を正当化しているに過ぎない。選択肢を与えるとは言ったが、実質与えていないようなものだ。その状況を作り出した上で、彼に委ねるというやり方。その上で何が起きても自己責任と言う身勝手な言葉。それが、レイに理解出来る筈がない。

 それによって、リルムも苦しんだ。自身も苦しんだ。それらが、ジャンヌの掌で泳がされたとならば、納得できる筈がない。

「それで、リルムがどうなったとしても、僕の自己責任って言うんですか……?」

静かに頷く、ジャンヌ。

「ですが、結果的に私達は彼女の身は守っていました。シュネルギアにいる時点で、彼女は安全の身です。」

結果的にはそうなのだろう。だが、レイはこれに対してどのような感情を抱くのだろうか。

「そして、私の目論見通り、貴方はここに居ます。多くの経験をした貴方は、これからツヴァイを私達に渡し、来る、ヴァイダーガンダムとの戦闘に備えなければならないのです。」

ここまで言われ、レイはどう感じただろうか。納得しただろうか。リルムが生きていればそれで良いと、思えるだろうか。セイントバードチームが結果的に生きていて良かったと言えるだろうか。

 そのような筈がない。そのような事を聞かされ、納得できる筈がない。全てが彼女の思惑通りに動くような事ならば、それは、あってはならない。日常が崩れたのが彼女の思惑通りだというのなら、それはおかしい話だ。

「リルムを巻き込んで、それでも僕は必死にツヴァイに乗って今まで戦ってきた……それで、死にそうになりながらも守る為に生きて来たんだ……それなのに、結局はジャンヌさんがそうするように仕向けただけ……そこまでして用意周到に僕が乗らざるを得ない状況を作り出して……その挙句の果てに、自己責任って……」

静かに、語り続けるレイ。今の彼の拳が、震えている。視線を落とし、静かに、語っている。

「結局、それって僕が都合よく貴方達に利用されてるって事ですよね……ツヴァイの改修だって、そうだ……そうですよ……貴方達は最低ですよ!!」

レイは、精一杯怒りを込めてジャンヌに言った。

「結局、それって僕を操り人形のように仕組んでいたって事じゃないですか!その上で自分達の都合が悪くなればどんな手を使ってでも自分達を有利に持っていきたがるなんて!その考えそのものが信じられません!どうかしていますよ!」

怒るレイは歯止めが掛からない。そして、この時にアレンはジャンヌの言っていた、“悪と見做す”という事の理解が、出来たのだ。

 つまり、レイにとっては都合よく利用されたという事実を伝える事で、あえて敵意を彼女に向けさせたのだ。一見すればこれは非効率的に思える事。だが、この行動をしたところで、レイは戦わざるを得ない。恐らく、彼は一層セイントバードの為に戦おうとするだろう。その事は、結果的にヴァイダーガンダムの殲滅にも繋がる。荒いやり方ではあるが、アレンは彼女の目論見を理解した。

「僕は、守る為に戦います。ツヴァイはアステル家にしか改修出来ないって聞いてます。だから、預けます。でもその代わり、リルムも一緒にセイントバードに預かります。こんな所に居るぐらいなら、僕と一緒に居た方が良いんだ……だから、アステル家は狙われるんですよ!そんな、腹黒い事を考えているから!!そのせいでリルムだって怖い思いをしたんだ!!!」

捨て台詞の如く、レイはジャンヌに言い放った。

「リルム、もう行こう。ここに居るよりは、セイントバードに居た方が良いよ。アステル家の方が何倍も危険だよ。」

「え、でも……」

「こんな所より遥かに良いよ!」

いつもの、優しげなレイの姿はそこにはない。あるのは、ジャンヌ達、シュネルギアに対する怒りだけ。

「リルムさんを連れて、戻られるのですか。」

ジャンヌの質問に対し、レイは静かに頷いた。

「確かにここよりはセインドバードの方が、“まだ”安全かも、知れません。その代わり、必ず、守って下さいね。貴方自身の動機である、“守る為”の戦いをして。」

その言葉の真意は不明だが、今のレイには刺さらない言葉だ。

「そして、これだけは覚えておいて下さい。私達は本当に平和を望んでいます。その為に、動かなければならない事もあるのです。それだけは、どうか忘れないで下さい。」

それを聞いて、レイはもう何も言えなかった。ジャンヌに続いてアレンもレイを説得しようと試みている。

「レイ。俺達は、確かに過ちを犯している。でも……もうそれは繰り返させない。そう信じているから!俺達はもうそんな事はしない!」

アレンの目は真剣そのものだった。本気でレイに訴えかけているのだ。

だがレイはそれに一切応じようとはしない。呆れた様子でレイはジャンヌ達に言った。

「そんな言葉なんていくらでも並べられます!そうした事を分かった上で、僕は貴方達に利用されていたんだ!そんなのに納得なんて出来ませんよ!!」

それでも、レイは反抗した。とはいえ、結局、彼はツヴァイに乗る運命。そうある事に、変わりはないのだが……

「分かりました。ツヴァイは預かります。その上で貴方達をセイントバードへ送りましょう。」

せめてもの情けと言うべきか。招いたのは彼女だ。ならば、それ相応の対応をするのも当然。

 やがて、レイ達はそのままMSデッキに降りていった。その様子を、静かに見送るクルー達。この時、アイリィが言った。

「リルム、元気でね……!」

静かに、手を振る彼女を見て、リルムも静かに、手を振り返した。この場で友人同士になった彼女達の、しばしの別れが訪れたのである。

「ジャンヌ、あれで良かったのか?君の意図は理解出来るけど、あれではあいつに不審を抱かせるだけだ。」

と、聞いた時、ジャンヌは言った。

「彼が私達に対して不穏を抱いているのなら、綺麗な言葉を伝えるよりは、その真実を述べた方が良いのです。彼も、今まで様々な経験をしていると考えられます。その中で上辺だけの言葉が通じるとは思っていませんわ。ならばどう捉えられようとも、私の意図を、伝えた方が最終的には理解を得られると思うのです。」

「でも、利用されたって考えは余り好ましくないんじゃないか?」

「真相を知り、それを受け入れるまで時間を要します。下手に誤魔化す事は、彼には通じません。例え、よく思われなくても、それは構わないのです。心地良い言葉を聞かせる事が、円滑に物事を進めるとは限りませんもの。」

都合の良い事を述べる事が良いとは限らない。特に、レイのような少年の場合はその真相を伝えた方が良いと、彼女は考える。

 それは、何事に於いても該当する事であるかも知れない。人は都合の良い事実ばかりを知りたがる。そして、不都合な事を知りたいとは思わない。それは人が生きていく上での防衛本能に該当するかも知れない。

 しかし、知らなければならない事をひた隠しにして生きる事は、結局は誤魔化しに過ぎない。綺麗事を述べた人生を生きて、最終的に利用されたと知るよりは、最初からその真実を知った方が良いのだろう。ジャンヌは、レイに対してそのように考えていたのだ。

 

 

 

 やがて、シュネルギアからは小型の輸送機が発進された。それを操るのは、アステル兵だ。後部座席に二人の少年と少女が乗っている。無言で輸送機を発進させる、兵士。その間、レイとリルムは言葉を交わす。

「本当に久し振りだね、レイ。無事で良かった……」

「それは僕の台詞だよ。リルムも無事で何より……」

互いの無事を確認する。互いに戦争の恐怖と戦い、今に至るのだ。レイはデスゲイズに殺されかけた。リルムも、アステル家の強襲に巻き込まれた。互いに無事であるのが、奇跡と呼べる状況だ。

「でもね、レイ。ジャンヌさんの言葉は、分かる気がする。」

「え……?」

リルムの口から出た言葉は彼を動揺させた。

「確かにレイには会いたかった。ずっとそう思ってた。でもね、あそこにいる人達は決して悪い人達じゃないよ。どうしてさっきあそこまでして拒んだの?まるで、レイが意固地になってるみたいに見えた。」

それは、ココットにも言われていた言葉だ。今のレイは動揺しているだけ。

 確かにジャンヌはレイをある意味、利用している。ツヴァイを乗る事を選ばせたのは彼女。とはいえ、その力がなければセイントバードを守れなかったのは、事実だ。

「意固地じゃないよ!あの人達は僕を利用しようとしているだけなんだ!そんなのに巻き込まれるぐらいなら、僕はセイントバードの為に戦うのみなんだよ!それだったら、いっそツヴァイなんて乗らなきゃ良い……でも、僕があれに乗らないとセイントバードの皆を守れない……リルムも……」

揺れる、レイの心。それは、ジャンヌへの捉え方を変える事で変えられる事なのかも知れないのだが、今のレイには見出せない事だった。

「ねえ、レイ。セイントバードって、どんな所なの?」

まるで話題を変えるように、リルムが言った。

「色々な人が居る所だよ。僕も最初、あの人達に助けられた。まさかあそこにリルムを招く事になるなんて……」

「色々と重なるけど、レイが一緒なら、大丈夫だと思うよ。」

「うん、ありがとう……」

彼女との再会。それは、喜ばしい事だ。だが一方で、複雑な心境でもある。レイは嬉しさを感じる一方で、ジャンヌに言われた言葉が引っ掛かってしまう。

 

――――――――――――私達は本当に平和を望んでいます―――――――――――――

 

平和を望んでいるのは本当なのだろう。だが、その平和の為に、自分は利用されているのか。しかし彼女が与えた力を使わなければ何も守れない。彼の心は、揺れるばかり。

 以前ヴァイダーガンダムが襲撃してきた時も、レイは一度力を使う事を拒んだのだが、結局彼は力を行使する事を選び、今に至る。ツヴァイは、セイントバードチームや、ヒパック村を守った。だが、ジャンヌの操り人形のような扱いになる。それは、彼にとっては不快とも言える感触だったのである。

 

 

 

 シュネルギアの兵士により、彼等はセイントバードに戻って来る事が出来た。最も、リルムにとっては初めての場所であるが。輸送機から彼等を下ろした後、兵士はすぐに輸送機を発進させた。

 MSデッキには、シンをはじめ、多くの人達が彼等を待っていた。その中にエリィの姿もある。レイが先に降り、次いで、リルムが降りて来た。

「おかえりレイ君……あれ?この子は……」

エリィはリルムの姿を見た。リルムも、エリィの姿を見る。互いに、既視感を感じていた。

「あれ……この人って……」

どこで会っただろうか?思い出す、両者。

「あ!」

互いに声が出た。思い出した。故郷、モントリオールでレイとモークと、三人で帰っている時に会った、家庭教師としての、エリィ。そのスタイルの良さに釘付けとなっていたモークと、リルム。

 その時の家庭教師が目の前に居る。一体、どう言う事なのかと、リルムは考えた。

「レイの家庭教師の人……ですか?え……どう言う事……?」

一方のエリィはリルムの顔に既視感があった。リルムと同様に、家庭教師としての彼女の姿を見られた訳ではなく、写真を通してリルムの姿を見た事があったのだ。

「ああ!貴方がリルムさんかぁ!そうだ!思い出した!ジャンヌさんが保護してくれていたのよね!」

エリィはリルムの事をおぼろげだが知っている様子だ。この事が、彼女を困惑させる。

「えと……と、とにかく事情を説明しないと……」

両者を知るレイは、状況の把握をする為に説明を行った。

 リルムはアステル家に保護されていた事。そして、エリィはリルムの事を知っていた事。リルムは、エリィの事を家庭教師のメディナと思っていた事。それらを要約して、レイは伝えた。

「じゃあ、あの時の家庭教師のお姉さんが、この戦艦の艦長さんって事なんですね!?」

驚愕する、リルム。まさかの出来事だった為、思わず口元を手で覆ってしまった。

「そうなの。色々と事情はあって、ややこしいんだけれど……でもアステル家に保護されていた筈なのに、どうしてここに?」

「レイが、連れて来てくれたんです。」

「レイ君が?」

事情を聞こうとする、エリィ。

「アステル家は新生連邦に襲われたんです。その際にリルムは怖い思いをしました。だったら、今はセイントバードで一緒にいた方が良いって思ったんです。」

「けど、セイントバードだって安全な場所とは言えないよ?」

この質問に対して、レイは躊躇う事なく、言った。

「リルムは、僕の彼女ですから。」

この台詞が、勇ましく聞こえた。危険とか、そう言うのを関係なく、レイはリルムを守りたいと言う気持ちが強かった。それは、自分の大切な人という認識が、強く強調されていたからである。

 この言葉に、クルー達は騒然とした。まさかレイのような少女のような少年に、リルムという恋人が居るという事に、驚愕した為である。

「それなら、言う事はないかな。」

と、エリィは何度も頷いた。

「とりあえず、部屋を用意しないとね。二人は一緒の部屋が良い?」

と、言い出したエリィ。それを聞き、レイは顔を赤めた。

「えと……!?」

「冗談だよ。流石に配慮しますから。」

どこか挑発するような言葉を発するエリィ。この言葉にレイは頬を膨らませた。

(意地悪……)

ある意味、それは彼女なりのレイへの嫉妬の表れなのかも知れない。だがそれを分からないレイは、エリィを意地の悪い女と認識していた。

「あ、そうだ。あれだったら、オスロに着くまでに皆にリルムさんの事を紹介したら、どうかな?」

エリィが気を利かせるように言った。リルム自身も初めての環境であり、不安も多いだろう。エリィの、せめてもの良心だ。クルーの事を知ってもらおうと、考えていたのである。

「みんなそれぞれの部屋で待機しているから、一緒に行きましょうか。敵もいなさそうだし。」

「は、はい……」

リルムは緊張している様子だった。シュネルギアの時点でも、アイリィ以外とは殆ど交流出来ていない。だが、エリィはこのように、社交的だ。その違いを、彼女は感じていたのである。

 前と違い、今はレイという幼馴染であり、恋人がいる。それは、今のリルムにとってはありがたい存在と言えたのだ。

 

 

 

 それから二人はクルー達の挨拶に回った。部屋でくつろいでいた者や、自身の作業をしていた者など、様々だ。皆がリルムの存在に関心を抱いている。何せ、レイの恋人と呼べる人間がここに居るのだ。無理もない。

「へぇ、レイやるじゃん。その子、アステル家に保護されてたって?」

「二人とも女の子みたいだからお友達って感じネ。」

ガーストと、プレーンが言った。

「レイの恋人の少女……か。宜しくな。ここのMSのパイロットをしている、ネルソン・アルビュースだ。」

ネルソンが、言った。この時、リルムは少しばかりネルソンに対して怖い印象を抱いたという。

「レイの幼馴染で恋人?」

「お前、顔に似合わずそんなのいたんだな。」

ゼオンとエレンが言った。

 このように、皆がレイに恋人がいる事に対して驚いているのだ。様々な反応をされ、レイは戸惑っていたりもしたが、リルムと共に時間を過ごす事が出来る事に、喜びを感じている。

 こうした人間達の姿を見て、比較的温厚に接してくれる者の多さを感じたリルムは、ここに居る事に対し、躊躇いを感じる事が、次第に薄れていったのだった。

 

 

 

 だが、ネルソンはエリィを呼び出し、話をしていた。メンバーが急に二人も増えた事についてである。一人は、メナン。もう一人はリルムだ。二人とも子供。特にメナンは幼女だ。これからの事を考えると、不安を抱くのは当然と言える。

「セイントバードは託児所ではない。まさか二人、人員が増えたと思えば子供ではな……」

ネルソンの部屋にて、彼と話をしているエリィ。

「けど、放っては置けないですよ。メナンちゃんの事も、リルムさんの事も。」

「それは分かるのだが……」

ネルソンは腕を組み、悩んでいる様子だった。

「セイントバードは軍じゃないんですし、保護したりするのも大切でしょう?」

エリィの言葉に、戸惑う様子のネルソン。

「我々は今後の事も踏まえて、オスロに行って機体の強化等を済ませなければならないし、敵と交戦する機会が増える中で非戦闘員ばかり増えてもな……」

その事情は、分かる。既にゼオン達を含め、合計四人が居る状況だ。彼等は、保護されている立場の人間だ。レイ一人ならまだしも、他の人間がどのように動くのかは分からない。

「子供達を人員として見做すのは違う気がします。大尉は医者でしょう?例えばお金にならないからって目の前で苦しんでいる患者さんを見捨てたりするんですか?それと、同じ事だと思いますけど。」

それが、エリィの優しさだ。彼女は見捨てない。無論、ネルソンもだ。しかし事実、即戦力となる人員が不足している状況で、保護される人間を入れるばかりなのはセイントバードとしても大変な状況と、言えるのである。

「それは、分かっているが……改めて艦長に言われると、悩む所だな。」

「悩む必要なんてありますか?目の前にいる人を皆で救う事を考えるのって大切だと思うんですけどね!人員が大変なら、それ相応に動くまでです!」

その言葉が、ネルソンを安寧の表情に変えた。エリィの言葉に、心動かされたネルソン。

「やはり、貴方には叶わないな。優し過ぎる。だから皆が付いてくるのだろう。その器は大切なのだろう。」

「自覚は、ありませんけどね。」

「意識して出来る事ではないよ。天性のものだろうな、貴方の場合は。」

この表情が意味するもの。それは、エリィの言葉を受け入れるという事だ。幾度か互いの意見は食い違う事があったが、結局はエリィの意見が通っている。それは甘さなのかも知れないが、結果的に良い方向に向かっている。なら、今回もそれを信じるのみと、彼は感じていたのである。

「あと、個人的に気になるのはレイがジャンヌ嬢と話をした時にどのような対応だったのか……だな。」

「あの子と、あそこはちょっと一悶着ありますからね。けど、あんまりこちらから聞きすぎるのも酷な話だと思いますよ。どの道、近い内に向こうから連絡は来るでしょうし。あの、ガンダムが再び現れたという話が出たのなら……」

「それに備える為にも、我々は早くオスロへ行かなければならんな。」

ヴァイダーガンダムの存在は彼等にとって大きな存在だ。ロンドンを壊滅させたジェノサイドの悲劇。彼等なりに、あの悲劇は決して繰り返しては行けないと、考えている。それはアステル家のスポンサーとして赴くという話は関係ない。強大な敵に立ち向かう為の、一員として言っているのだ。

故に、全力強化は必須だ。ツヴァイは勿論、セイントバード自体の戦力も、増強しなければならないのだ。

 

 

 

 レイとリルムは各部屋を回っている。レイが、彼女の事を紹介しているのだ。リルムの事を見て、幸い皆が好意的な姿勢をとってくれている為、彼女にとってもセイントバードは居心地が良い環境になり得ると考えられた、その時――

「レイ!あのさ――」

スバキが顔を出した。彼女は、レイといるもう一人の少女の姿を見て、ふと、立ち止まる。誰なのだろうと、興味を抱くスバキ。レイとの距離の近さに興味を持つ。

「スバキ!ああ、リルム。紹介するね。スバキ・シンドウ。日本で知り合ったパイロットなんだよ。」

と、リルムはスバキを紹介された。初めて見るスバキの姿に緊張しつつも、リルムは挨拶をする。

「ど、どうも……」

「えと……ああ!そうだ!お前がここに戻って来た時に言ってた女の子だよな!聞いてるぞ!幼馴染なんだよな!へぇ、可愛いじゃないか!よろしく、ね!」

スバキはリルムを素直に褒めた。同い年の少女同士。一方は戦場を経験している。もう一方は、今まで戦場を知らないでごく普通に育った少女。それも、レイと同郷の人間。その二人が並ぶという事は、レイにとっても予想外であり、不思議な光景と言えたのだ。

 スバキはリルムに握手を求めた。それに応じる、リルム。このような性格は、以前のスバキならば考えられなかった。何故ならば、以前のスバキはレイに対しても冷たく、そしてどこか殺気立っていた。全ては、新生連邦によって為された事。だが今は違う。セイントバード所属だ。環境がこれ程、人を変えるというのだろうか、或いは本来の彼女の性格なのかも知れない。

(僕と会った時と全然違う……これが、本来のスバキなんだ。多分。)

レイはどこか、笑みを浮かべた。知人同士が仲良くしている姿は、どこか嬉しさを感じるものである。

「レイの幼馴染って事はさ、私と同い年なんだよな!」

「あ……えと……う、うん!」

“同い年”と聞き、リルムは丁寧な言葉を話すのを、止めた。恐らく相手も、それを求めていると察した様子だった為だ。

「なんか、この艦同い年がどんどん増えるな!エレンも十五歳だろ!レイ、お前人を引き寄せる“何か”を持ってるよな!」

そうかも知れない。レイは多くの人間を引き寄せている。スバキを始め、ゼオン、エレン、メナン、そして、リルム。彼はセイントバードに沢山の人間を招き入れてきた。その上で、ヒパック村のメンバーとも交流してきた。スバキの言うように、レイには何か、人を巡り合わせるものを持っているのかも知れない。それは何なのかは、不明であるが。

「どうだろうか……特に、考えた事はないや……」

困惑する様子のレイ。

「あー!れいかえってきた!おかえりれい!」

更に、そこへメナンが駆け寄る。相変わらず特徴的な言葉を発する、メナン。帰って来たレイの足元に抱き付き、懐いている様子だ。

 レイはメナンの頭を優しく撫でる。その姿も、リルムから見れば初めての光景だ。そして、彼女はいつしか離れている間にレイが成長しているような、妙な錯覚に陥ったのである。

「レイ、本当に色々とあったんだね……」

リルムは最初、困惑続きだった。だが、レイがこの艦のメンバーと仲良くしている姿や、目の前のメナンに優しく接している姿を見て、モントリオールで見てきた、幼馴染の彼の姿と大きく違う事を実感した。だが、それ自体はリルムにとっては嬉しい事である。幼馴染であり、恋人となった彼の姿は、どこか、誇らしく思えるのだ。

「おねーちゃん、れいのいってたかのじょだろ!」

その時、メナンが大声で、まるで誇張するように言った。

「メナン!確かに、そうだけどさ……」

堂々と恋人関係である事を言う為、レイは最初、照れる様子を見せた。

 だが、それを聞いて一人、表情を一変させた人間が居た。この時、少女の表情に、笑顔が消えた。




第六十話、投了。

ジャンヌとの確執やリルムとの再会、そして彼等が交際していると知ったスバキはーーといったお話。
ジャンヌに対しての怒りを、ただただぶつけるレイの気持ちになった時、そりゃ怒るわなってなりましたね。
ジャンヌ・アステル。書いていて改めて思いましたが、やはり彼女は腹に一物を抱えている人物ですね……


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第六十一話 クラリスの決意

アーステクノロジー本社を守る為に行動するエファン達。
その中で、エファンに対するフラストレーションを溜めていたクラリスはヒースト姉妹に再会するが――


 

 新生連邦と国連が対立する現在。その中で暗躍する氷河族。その上宇宙には新たなる勢力、デウス残党の姿も確認された。そして少数の勢力でありながら戦争を止めようとするアステル家、戦時中でも自身の力を見せつけていくMS乗り達等……

地球圏にはこうした様々な勢力が揃っている。その中でも、新生連邦と平和国連盟の対立が主になっている状況だ。混沌とした世界情勢は各国の人々をより、不安に陥れていた。

このような世界情勢の中、エファン・ドゥーリア率いるドゥーリア隊率いるマドラ級戦艦は、アーステクノロジー社のあるギリシャ沖に配備していた。それは、エファンがジーク・アルナスへの提案により実現した出来事である。

アーステクノロジーが新生連邦へ兵器を提供している軍事企業である為に、現在の世界情勢を見ても、平和国連盟から狙われる可能性があると言う事で、彼の部隊が配置されていたのである。これは、表向きではジークの指示によって成り立っているという事になっているが、これには彼の思惑があったのだ。

アーステクノロジー社長、スルース・ディアンはエファンの顔を見たと同時に慎み深く頭を下げる。ジャンヌの側近を仮に務めていたエファンは、その独自の演技力を駆使し、スルースに対して敬意を表した。

「お会いできて光栄です。国連が武力解禁となり、我が軍に攻撃を仕掛けるようになった現在、ここアーステクノロジーが標的にされるのも時間の問題と判断し、数日間だけですが我が部隊をここに派遣致しました。」

丁寧で、尚且つ紳士的な彼の態度を見てスルースは気に入った様子でエファンに話し掛ける。

「これはどうも。エファン・ドゥーリア少佐ですね。ご活躍はお伺いしておりますよ。我が社に気を遣って頂き、我が社も大層嬉しく思っていますよ。しかし、我が社には十分な防衛部隊が派遣されています。その中でわざわざ貴官が来て下さる必要はあったのでしょうか。」

アーステクノロジーの防御は完璧と言えた。その中で、彼は堂々とした様子で、言った。

「私だからこそ、役立てるのです。」

丁寧な対応で、尚且つ異様な自信を見せるエファン。これには何かがあると思い、スルースは念を入れるように言った。

「貴方だからこそ、役立てる……ですか。随分とまあ、自信がおありの様子ですね。確認させて頂きますが、確実に我が社を守ることが出来るという、その保証はありますか。」

それに対し、エファンは素早く、明確に答えた。

「私が証拠です。」

それを聞いた瞬間、スルースは高らかに笑った。そして拍手をし始める。これは、エファンを受け入れた何よりの証拠だった。

「ハハハ!宜しいでしょう。是非お願い致しますよ。貴方のその言葉、覚えておきますからね。」

「ありがたき幸せ。あと、その代わり、一つ約束して頂きたい事があります。」

彼の言う希望に興味を示すスルース。微笑しつつ、質問に応じる。

「何でしょう。」

「私の設計したMSのデータを送ります。もし、数日の間にこの基地に敵勢力が迫ってきて、それを我が部隊が迎撃に成功した暁には、そのMSを貴社で製作していただきたいのです。いずれも、この戦況を変える程の実力を兼ね備えている代物です。」

エファンは小型のメモリーデバイスをスルースに渡した。彼はすぐに内容を確認し、デザインを見る。

彼自身が考えたMSの設計図……その言葉に、スルースは異常な興味を抱いた。

「ほう、これは……素晴らしいですね。貴方はMSデザインもされているのですか?」

エファン・ドゥーリアは自身でMSを設計、開発している男だ。その男の作り出したデザインは、上出来と言えるものがあった。だが、何故この男は突然スルースにそのような事を提案したのだろうか。

「現に、私は自身で設計し、開発に至ったMSを所持しています。今度製作したいと考えている機体は、究極のMSと呼べる機体です。これに関しても、自信はあります。」

そう言って、彼は少し微笑んだ。スルースはこの言葉をすっかり信じてしまい、笑いつつ約束した。

「分かりました。貴方を信じましょう。万が一、それが成功した暁には、それなりのフォローをさせていただきますよ。」

「ありがたいです。では、失礼します。」

そう言った後、頭を深く下げたまま部屋を後にした。自動扉が開き、その奥にある廊下へ足を踏み入れる。

しかし、再び自動扉が閉まった瞬間、エファンは先程の紳士的な態度とは一転、変わった態度を見せた。

「あれが強化モデルを作り出している社長……か。」

彼には何か考えがあるのだろうが、その考えを理解できる者などいない。軍上層部の考えを完全に無視し、独断でこの行為に及んだエファン。妖しげに笑う彼の目に映る目的とは、何なのだろうか。

又、彼自身の目的も謎のままである。何故力を持つ人間ばかりを狙い、殺害していくのか。

ジャンヌの母親であるターナを殺害し、それをアレンとジャンヌの前で明かす。その上で、ジャンヌとアレンを殺害する為に行動していた。

この後も、力を持つ人間の抹殺のために彼は動くだろう。それ程に力を持つ人間を抹殺しようとする彼は、自身のみが存在する価値があると述べている。

 

――力を有する者は私一人で良い!私意外の力の持つ存在は、全て死ぬべきなのだ――

 

この台詞が現す、エファン・ドゥーリアという人間とは何者なのか。それ程に力を持つ者を憎悪する理由は……。

ただ、彼に関してはっきりとしている事が、一つある。それはデウス動乱時、旧連邦軍のMS、ジャスティス一機でデウス軍の一個艦隊を壊滅まで追い遣った可能性があるという事だ。彗星の如く現れて連邦軍に在籍、そして戦果だけを残したこの男、謎が多い。

 

 

 

スルース・ディアンと挨拶を交わし、MS製造を約束させた後、クラリスはエファンに対して話を持ちかけた。彼が恐ろしい雰囲気の持ち主であることは心得ていたが、今回の独断はやはり納得が行かなかったようだ。

「少佐、一つお伺いしたい事が。何故そのような提案を?アーステクノロジーにわざわざ来る必要はあったのでしょうか?」

アーステクノロジーの防衛は完璧とも言える。それは、ジークにも言われた事だが、今回、クラリスにも彼はその事を言われたのである。

「新生連邦にとっての要であるアーステクノロジー。国連が攻撃を仕掛けるようになった現在、更なる防衛が必要だと提案したまでだ。中将は私の提案に乗ってくれたよ。」

「しかし、私にはその必要性が理解しかねます。」

クラリスには、理解が出来ない。防衛が出来ているのならば、別の場所へ赴任する方が良いのでは?と、考えるクラリス。それは、至極当然と言えた――

「黙れ、クラリス。」

冷淡な一言に、クラリスは思わず口を閉じた。この言葉に、クラリスはどこか、恐ろしさを感じている。

「私が正しいと言っているのだ。それで良いのだよ。お前如きが口に出す事でもあるまい。」

「申し訳、ありません……」

クラリスの内心では、怒りに満ちていた。しかし自分の心を読む事が出来るという、奇妙な力を持つエファンの前では迂闊なことを思う事すら出来ないのである。

 あえて防御が充実しているアーステクノロジーへの派遣をしたエファン。その目的は謎である。ただ、クラリスはこの男に翻弄されるばかりなのだった。

 

 

 

クラリスはMS整備等の仕事を終え、休息のつもりでギリシャ市内を一人歩いていた。集合時間までは三時間程度あったので、彼にとってくつろぐには丁度良かった。軍服ではなく、一般人と変わらない格好で街中を歩く。

彼自身、非常に疲れが溜まっていた。元々新生連邦の兵士であるのだから仕方がないことなのだが、エファンの部隊に所属して一層疲れが溜まったらしい。上司であるエファンの不満を言うどころか、思うことすら許されない状況で戦っていたので無理も無い。

そもそも、人の心を読めると言う力事態がクラリスにとって疑わしいものだった。だが、エファンは本当に人の心を見抜くのだからそれが恐ろしい。

現在、エファンは近くにいない。だから鬱憤を晴らすかのように独り言を延々と述べ続けた。

「あいつ……ふざけやがって。あいつといると気が狂いそうだぜ。何か鬱憤晴らし出来るものでもあれば……大体、何なんだよ力のある奴って……気味が悪くて仕方がねえ。意味が分かんねえんだよ!あんな奴が上司だぜ?嫌がらせかっての。なんで俺があいつの部下を……ああ、もう、邪魔で仕方がねえ……」

ただただ、彼の口からは溜息と溜め口が出るばかりである。気晴らしに市内の散歩を楽しもうにも、後3時間後には再びエファンの元に戻らなければならないと言うプレッシャーが彼を襲っていた。

「最悪だ。本気で最悪だ。あいつの部隊から離れたい。ああ、マジで!むかつくんだよ!!」

すると、近くにあった自販機に向かって思い切り蹴り始めた。その衝撃により、一瞬だが表示がおかしな事になっていた。周りで見ていた人間は、怯えるようにクラリスから遠ざかる。

「何がシンギュラルタイプだ!何がアドバンスドタイプだよ!意味分からねえ……心をよめるだぁ!?あいつ、本当に人間なのかよ!?ふざけやがって!!!」

それでも鬱憤は晴れない。彼の苛立ちは募るばかりであった――

 

「クラリス、さん?」

しかしその時だ。彼は偶然にもある少女と再会することになった。気付いたのは少女の方。少女はクラリスを見るなり近寄り、彼の肩を数回優しく叩いた。クラリスは不機嫌そうな顔で少女を見た。だが、その表情は徐々に驚きの顔に変化していく。

「お、お前……!?」

「お久し振りです。まさかここで再会できるなんて思ってもみませんでした。」

その少女の名は、アユ・ヒースト。以前にクラリスがウイングイーグルに潜入していた際、登場していたジョゼフとレイの乗るアインス空中仕様と交戦になった末に撃退され、気が付けば、彼女に救助されていた。

相手が軍人、それも新生連邦政府の人間である彼を全く恐れる様子の無い心優しい少女、それがアユ・ヒーストなのである。

「もしかして、戦いは……続けているのですか?」

その疑問は何か寂しげな所があった。彼は答え辛そうな表情を浮かべるも、正直に答える。

「そりゃ俺は軍人だからな。当たり前だろ。」

「そうですか……。」

「それより、ここはまだ戦争の被害に遭っていないのか?見たところ大丈夫そうだけど。」

「はい、今のところは……でもここもいつか戦場になるのでしょうか……。」

この言葉を聞いたクラリスは動揺した。今まで自身の昇格や手柄を立てることしか考えず、他者の命を奪うことに何の躊躇いを感じていなかった。しかし彼女の言葉により、罪なき民間人が軍によって殺されていく様子が描かれ、彼は悩んだ。

「軍のせいで死んでいく人……か。全然考えなかったな。自分の事ばかり考えていた。出世とか昇格とか。」

クラリスは、視線を落とし、言った。

「こんな風に平和に過ごす奴もいるってのに……俺達は普通にその平和を奪っている。なんか……申し訳無いな。」

「でも、それが……貴方の生きる道でしょう?」

少女にまともなことを言われたクラリスは、恥ずかしそうな表情を浮かべながら言った。

「が、ガキが一丁前にそんなこと言うんじゃねえよ……」

「そうですか……?私は良いと思いますが。」

ここでアユは微笑んだ。クラリスは先程まで、一切笑みを浮かべなかった彼女を見て安心する様子を見せた。

「あー!あんた新生連邦の!」

そこへ、アユの妹が現れた。性格はアユと正反対、言葉の一つ一つに棘があるリン・ヒーストである。

クラリスは慌ててリンの口を押さえた。ここで新生連邦の名前を出すことは、民間人から敵として見られ、最悪の場合殺害される可能性もあるからだ。現に、近くにいた人はその言葉に反応し、クラリスの方を睨みつけたのである。だが気のせいだと判断した人々はあっさりと素通りしていった。

「馬鹿野郎!このクソガキ!黙れ!」

「けどあんた!」

「はあ、相変わらずだお前。姉とは正反対だ。」

「何が?」

「性格だよ、その態度の悪さ、何とかならねえの?少しは姉を見習え!」

「何よ、私は元々この性格よ。」

「イラつくんだよ!相変わらずお前はよ!」

「健康優良児を馬鹿にするな!」

初めてこの二人が会った時も、相変わらずの会話だった。アユとリンは昔から性格が正反対の姉妹で、しとやかな姉に対し、妹は毒舌極まりない上、素直でない。それは軍人であるクラリスに対しても全く恐れる様子を見せない程だ。

「お前……分かってるよな。俺は軍人だぞ。あんまりふざけた態度するんじゃねえ。」

と、脅すクラリス。しかし――

「あっそう。」

リンの言葉は、余りに冷淡であった。まるで、相手にしている様子を見せない。

「下手したら殺すぞ!」

「それ、あんたなんかに出来るのかしら?」

脅してみるも、やはり冗談半分で応じてくる。だがクラリス自身も、この姉妹を攻撃する気にはなれなかった。それに関しては、彼にも理由は分からなかった。

「あの、突然で申し訳ないのですが、お時間はありますか?」

すると、アユが突然クラリスに暇を尋ねた。彼は腕時計を確認し、時間の余裕を確認した後に返答する。

「ああ、三時間ぐらいだけどな。どうした?」

「せっかくですから、お茶でもどうかと思いまして。」

「ああ。別に構わないけど。」

「貴方と、お話したいことがいくつかありますから。」

笑みを浮かべるアユ。

「えー、なんでこいつとお茶なんかすんのよ!?」

嫌がる様子を見せる、リン。

 この両者の正反対な性格は、クラリスを困惑させつつも、どこか安らぎを覚えていた。それは彼自身、分からないのだが、エファンと居た苛立ちの時間から去って行くようにも感じられたのだ。

 

 

 

アユに誘われ、クラリスは数分歩いた先にあった、木造の喫茶店に着く。どこか、“古風”な印象をもつ、その喫茶店。

「ここ、見た目よりも新しいんです。ここの主人の拘りでして、六年前に建設されました。ここの主人には幼い時からお世話になっていまして。」

(あんまりどうでもいいけど。)

アユに誘われ、その喫茶店の少しきしむ扉を開けた。この時、何故かリンもアユの隣にいた。彼は首を傾げつつ、中に入る。

アユが言うように、店の中を見ても、真新しさを感じる雰囲気とは言えなかった。どう見ても歴史ある木造建築の建物にしか見えない。これも、店主の拘りなのだろうか。その際、店主がアユとリンの姿を見て微笑み、声をかけてきた。

「よお、二人とも久し振り。元気かい?そっちの人方は?」

そう言って店主はクラリスの方を見た。その目つきは優しそうではあったが、奥底では何やら人を疑うような目をしている気がした。彼は気のせいだと自身を納得させるが、やはり奇妙だ。

「知人なの。」

「へえ、そうかい。」

爽やかにアユに対して応じるが、クラリスを見る時はどうしても奇妙な目付きになる。彼はこの店主を気持ち悪く感じた事だろう。

少しして、三人はコーヒーを注文した。やはりこの時も店主はクラリスを見る時だけ奇妙な目付きになる。さすがに苛立ちが募り、クラリスは店主に文句の一つでも言ってやろうと思ったのだが、アユが世話になっている人間であることを考えると迂闊に手を出す訳には行かなかった。

「ところで、話ってのは。」

「あ、ええ……できるだけあの人に聞こえないように言いたいのですが……」

急に、アユの表情が変わる。どこか、余所余所しい。

「二ヶ月前のロンドン襲撃事件のことで聞きたい事が……」

彼女は、耳元でクラリスに言った。それに対し、彼は言った。

「ああ……あの滅茶苦茶なやつか。」

「……」

すると、リンは黙り込んだ。先程までの元気が見えない。まるで別人のように静かだ。

「実は……その事件でお母さんを……亡くしたんです。」

「な……マジか?」

突然の事で、彼は驚く。ヴァイダーガンダム襲撃によってロンドンが壊滅状態になった、新生連邦による攻撃。その波紋はこのヒースト姉妹にも及んでいたのだ。

「ええ……あの、お聞きしたいのですが……あの襲撃に……参加されていますか?」

「……参加……してねえよ……」

事実、クラリスは襲撃に参加していない。これは彼の意思でもあったのだ。あまりに非人道的過ぎるジェノサイドは、戦争とは言えない。只の、虐殺だ。

「あれは惨過ぎだ。あんな事をやりやがるなんてな……」

同じ軍の所属ではあるが、彼もヴァイダーガンダムの襲撃に関しては納得がいっていない様子だった。多くの民間人を巻き込んだ大虐殺。許される筈のない出来事は、彼自身も憤りを感じているのだ。

そう言った瞬間、黙っていたリンは口を開けた……と同時に、涙を流してクラリスに言った。

「じゃあさ!新生連邦辞めてよ!!!」

「お、お前……」

彼女の言葉はクラリスを傷付けた。自分は関わっていないとは言え、新生連邦政府に所属することそのものが罪に感じられた為である。

「もしあんたがあの襲撃に関わってたら絶対殺してやろうと思ったと思う!でもあんたは関わっていないんだね!?つまり人間の心はあるんだよね!?じゃあ連邦を今すぐ辞めて!あんな所にずっといたら絶対あんたも心無い人間になっちゃうよ!実際あんたは悪い奴じゃないんだよ!?」

既に、大声で新生連邦と何度も言われているクラリスだが、今はどうでも良かった。ただリンの悲しみを聞いてやることしか出来なかった。しかし、彼も新生連邦を辞めるわけには行かなかった。

「……こんな一言で軍のやったことが許されるわけがないのは分かってる。でも謝らせてくれ。すまねえ。」

「あんたは関わっていないんだから!悪いのは新生連邦なんだ!上層部って奴等が勝手に決めてるんだろ!あんたはそれに従ってるだけなんでしょ!?」

「リン……もうよしなさい。お母さんは戻ってこないんだから……」

「でも……でも……!」

 

ピピピピピピピピピッ

 

と、その時だった。クラリスのEフォンに連絡が入ってきたのは。余りにも悪すぎるタイミングの中、クラリスは応答する。ディスプレイには、〝エファン・ドゥーリア〟と書かれている。

「はい。」

それはエファンからの電話だった。声を聞いた瞬間、彼の表情は青ざめる。

『国連軍の機影を確認した。戦争を始めるぞ。戻れ。』

「……了解……」

そして、電話を切る。Eフォンを内ポケットに入れ、クラリスは無言のまま立ち上がった。

「あの……?」

疑問を抱く、アユ。

「仕事が入った。悪い、行かねえと。」

静かにクラリスが言った後、リンが言った。

「何処へ!?」

「決まってんだろ。今から戦争しに行くんだよ。町の人達に言っておけ。避難するようにな。」

「え、え!?そんな!急に……」

戸惑う姉妹。しかし、クラリスは止まらない。止まれないのだ。

「こっちも事情があるんだよ!!!軍人が戦わないでどうする!絶対生きろよ。巻き添えだけは食らうなよ!」

そう言い残し、店主に一杯のコーヒーの代金を払った後に彼は去った。リンは止めようとしたがそれも無駄な話だった。

「何あいつ……やっぱり軍人って……あんな奴ばっかりなの……?」

「可哀想な人なの……多分……あの人はね。」

「納得出来ない……本当に……」

親しくしている人間が自分達の母親を殺した軍の士官、そして、町が戦場になるかもしれないという恐怖が二人に重く圧し掛かった。

このような状況であればいくらロンドン襲撃に関わっていない人間であれ、新生連邦に所属している時点で憎むのは当然だ。だが彼女達は優しかった。彼の意思を理解できたからだ。しかし現実は辛く、もしかすれば親しくしている人間によってもうすぐ町が焼かれ、破壊されるかも知れないのだ。そう思うと二人は気が気でない。

「……行こう。今は避難するしかないよ。」

「……そう……かな。」

「まだお母さんの所に行くのは早いと思うし……。あと、町の人にも知らせなきゃ。戦争が起こるって。」

二人とも元気がない。リンに関しては特に。今まで以上に真剣な表情を浮かべ、姉に話し掛けた。

「お姉ちゃん。」

「どうしたの?」

「なんでさ、戦争なんてあるんだろ……人間が死ぬだけなのに。意味ない事ばっかりして何が楽しいんだか。大体……前に戦争して思い知ったんじゃないの?自分達のやってることの間違い。私、納得できないの……。」

アユには何も言えなかった。デウス動乱から五年が経過し、再び戦争が勃発した現在。平和世紀と呼ばれる現代とは全く程遠い現状になってしまった現在。デウス動乱と言う十年に及ぶ長い戦争を経験している二人にとって、新たに始まる戦争はどうしても受け入れ難いものだった。たった五年間の平和が終わるという現実を、彼女達は噛み締めた。

 

 

 

辛い表情を浮かべながら、クラリスはエファンの元へ向かう。迫り来る国連軍を迎撃する為に。

だがその途中、彼は何者かによって声をかけられた。弱々しく、声を出すのに精一杯の、様子の声の主にクラリスは反応し、その方向を見た瞬間。彼の険しい表情は笑顔へと変化した。

「クラリス……」

「お……お袋……?」

クラリスの母親がそこにいた。推定年齢は六十歳以上。皺が目立ち、年齢よりも年上に見える。だが彼の母親であることに違いなかった。それを示す特徴は、彼の母親が常につけている緑の宝石が埋め込まれている指輪が物語っていた。

「お袋……だよな?ミューノ・デイルだよな!?」

そう言うと彼の母親は静かに頷く。

「マジかよ……お袋……でもなんでここに?実家はトリノのはずだろ。」

「逃げてきたんだよ。あそこは戦場になったからね。」

「戦場に……?」

「一ヶ月にね……新生連邦が国連の基地を攻めるときにあそこが戦場になって……シェルターに逃げたのは良かったけど……何もかもが無くなってね。あるとすれば持参していた通帳だけ。幸いここには妹がいるからね、今はそこで過ごしている訳なのさ。」

「そ、そうか……」

自分が新生連邦に所属しているという罪の深さ。戦争によって母親にさえ迷惑をかけている事実。母親はクラリスが新生連邦に所属していることを知っている。それが一層彼を苦しめる。

「でもね……あんたのお陰なんだよ。あんたが軍人として戦ってくれるから、生活も出来る。あんたが悪いわけじゃないんだよ……。それは信じているからね。」

ミューノのその台詞は、どこか妙だった。

「お袋……なんか俺……申し訳ない……」

「いいや、あんたは頑張ってる……。」

そう言って、ミューノはクラリスの頬を撫でた。久し振りに再開する親子であるため、ミューノはクラリスを肌で確かめたかったのだろう。

「あぁ、やっぱりあんただ。全然変わってない。軍に入ってもあんたはそのままなんだね。」

「……あのさ……お袋。」

彼は母親と話したいことが無数にあった。しかし今はそれ所ではない。国連が迫ってきている。辛いのだが、ここで母親と別れなくてはならなかった。

「なんだい?」

「ここ……戦場になる。だからさ……避難しておいてくれ。また住む所がなくなるかも知れないけどな……。」

ミューノは数秒間黙ってしまった。せっかく新しい生活環境を手に入れたのに、再び戦争になって住居が無くなると思うとやはり精神的にも辛いだろう。

しばらくしてミューノは寂しそうに口を開けた。

「……そうかい。」

「すまない……お袋。」

「いいや、あんたは……頑張ってくれればいいんだよ。たった一人の息子なんだからね。どうか……守っておくれよ。」

「あぁ、被害は出来るだけ最小限に食い止めるつもりだ。でも絶対に避難しておけよ!貯金があれば何とかなるだろ!」

別れが惜しかっただろう。だが、彼は行かなければならなかった。

 

スッ

 

その時、ミューノは一枚の紙を渡す。

「いいか、戦闘が終わるまで開けちゃいけないよ。絶対だからね。」

疑問に思いつつ、彼は紙をポケットにしまう。そして自分の最愛の母親に手を振りつつエファンの元へ向かっていった。ミューノはそんな彼の後ろ姿をただただ見送るだけ。息子を思う母親の愛情が、彼には十分に伝わっていた。

ミューノは安心した表情でクラリスを見ていた。その安らいだ表情は、何を示すのだろうか。

 

 

 

エファン・ドゥーリアのマドラ級にまで戻ってきたクラリスはエファンの命令に従い、MSデッキにて待機となった。だがその際、彼はエファンに妙な言葉を掛けられた。

「クラリス。お前に是非乗って欲しい機体がある。」

「それは、新しいMSですか?それともMA?」

「違うな、私の開発したMS、アーヴァインに乗って欲しい。」

突然の言葉に、クラリスは驚愕した。

「あ、アーヴァインに!?冗談でしょう!?」

アーヴァインはエファンが独自に開発した大型MSであり、外見に比べて圧倒的に機動性が高く、あらゆる戦場で対応することが出来る強力なMSである。今まで何度もエファンの愛機として戦場に現れ、その圧倒的な強さを見せつけたのだが、何故か、今回パイロットにクラリスが選ばれたのだ。

「しかし何故……?あの機体は少佐が乗ってこそ力を発揮する機体では。以前もあの一機で国連の艦隊を沈められたとお聞きましたが。」

「貴様はテストパイロットとして優れていると聞いていてな。数々のMSを乗りこなし、そして生き延びてきたのだろう。これも何かの縁だ、アーヴァインを“体験”させてやろうと思ってな。」

「は、はあ……ありがとうございます。」

喜んで良いのか、そうでないのかは分からない。ただ、彼はエファンの専用機に乗る事が出来るという状況に置かれる事になるのだった。

「ただ、あの機体はパイロットに凄まじい負担がかかる。様々なタイプのMSに慣れておかないとあれは無理が生じるからな。」

「分かりました。少佐がそう仰るのでしたら、やってみます。」

エファンに対して心無い敬礼をし、アーヴァインに乗る為、エレベーターに乗った。

 

 

 

その後、彼はアーヴァインのコクピットに乗り込んだ。その瞬間、今まで乗ってきたMSとは全く違う、独特の異様な雰囲気に、不気味な感覚さえ、感じていたのだ。

「なんだ……!?こんな機体、今まで扱ったことないぞ……?」

今まで彼が登場してきた様々なMSとは何かが違うアーヴァインのコクピット。異様な空気が漂い、何もしていないのに気迫が彼を襲う。

「どうだ、その機体の独特の感覚が分かるか?」

「は、はい……奇妙な程に。」

「その機体は私が製作したMSだ。設計から製造まで、私がな。」

「全て……ですか?」

「試してみろ。パイロットとしての実力があるなら、この機体を扱えるはずだ。幸い、サイコミュ兵器は搭載していない。ただパイロットが私でない分、若干スペックは衰えるかもな。」

この、エファンの奇妙な程の自信は何なのであろうか。彼がアドバンスドタイプであるからなのか、それとも前大戦で彼の乗るジャスティス一機を中心としたMS部隊で敵艦隊を壊滅に追い遣ったことが影響するのか。謎が謎を呼ぶ男、エファン。クラリスに、緊張が走る。

「了解です。分かりました。」

と、返答した時――

「敵MS部隊、散開!」

オペレーターが伝えたと同時に、国連のMS部隊が現れた。五隻の水上艦の中から次々と姿を現すヴァントガンダム。迎え撃つのはエファン・ドゥーリア率いるドゥーリア隊。彼の指揮するマドラ級を中心に、水上艦からジョゼフやエグゼマーといったMSが次々と出撃する。

アーステクノロジーからも、私設軍隊であるディーストやディープシーが援護射撃を開始した。

やがて多数のMSが出撃する中、マドラ級からはアーヴァインが出撃した。すると、その姿を見た国連のパイロット達は若干後退したのである。

「なんだ、こいつ等、怯えてやがる……?」

見間違いでも何でもない。間違いなくヴァントガンダム全機が後退しつつビームライフルを射出しているのが分かった。

バリアーフィールドを所持しているアーヴァインは、いずれの攻撃も受け付けない。手を展開しつつ、大型ビームライフルで照準を定め、ビーム粒子を放つ。すると直撃させた一機のヴァントガンダムの装甲を打ち破り、破壊した。

そして移動するためにスラスターの出力を上げるが、それは反応が良すぎるぐらいに言うことを聞いてくれる。出力を弱めれば、パイロットが思う通りに行動してくれる。

見た目の大きさとは裏腹に圧倒的な機動性、そして見た目に合う頑丈な造り。そして豊富な武装。これ程の機体性能を持った機体を、エファン・ドゥーリアが独自で開発したことが信じられない様子でいた。

「バカな、こんなすげえMS扱った事がねぇぞ!?」

現在、この機体の機動性の高さがMS開発陣にとって高評価を受けている。だがこれ程優れた機体が一人の人間によって作られたと言うことは信じてもらえていないらしい。

クラリスは更にビームライフルを射出し続ける。威力の高いそれは直線に並んでいたヴァントガンダムを二機まとめて撃ち抜き、破壊する。

アーヴァイン以外にもエグゼマーやジョゼフが奮戦していた。だが、敵機も量産型とは言えガンダムタイプ。高性能機体であることには変わりはない。ビームライフルによる攻撃によって次々とジョゼフやエグゼマーが破壊される。

接近戦においても、ビームサーベルを抜いて迫ってくる。特攻用なのだろうか、それに応じるようにジョゼフがビームサーベルを腰部から展開した。互いのビーム刃が衝突し、弾け合うのだがその際にヴァントが右手にあったビームライフルを射出。その為、ジョゼフのコクピットに直撃してジョゼフは破壊された。

迫る国連、守る新生連邦。だがその中でも圧倒的な強さを見せているのがエファンの指揮するマドラ級だった。誰もがその、マドラ級に対し、得体の知れない気味の悪さを覚えていた。エファンが放つ独特のプレッシャーがこの戦闘域のパイロット全員を襲っていたためである。新生連邦のパイロットも影響は受けているものの、未知なる敵を相手する点においては国連が不利だった。

普通こうしたプレッシャーの影響を受けるのはシンギュラルタイプ等の力を持つ人間であるのだが、エファンはオールドタイプにも影響を与えることが出来るようだ。彼の放つ感覚は、並みの人間を遥かに凌駕しているのだ。

「なんだ……この気味の悪さは?」

「聞いたことがあるぜ。確か、シンギュラルタイプってそんな風に感じ取ることが出来るんだろ?じゃあお前も覚醒してるんじゃねえの?」

「そんなこと言っている場合じゃねえだろ……」

呑気な事を言い合う国連の兵士達。だが束の間。新生連邦のエグゼマーにコクピットを撃ち抜かれ、破壊された。仇打ちのために攻撃に向かうもう一機の兵士。ビームサーベルを抜き、特攻を開始する。それはエグゼマーを貫き、その後方にいたジョゼフも切り裂いた。だが二機を破壊した時点でアーヴァインに撃ち抜かれ、破壊されてしまう。

 

 

 

エファン・ドゥーリアが指揮する艦内では余裕の表情でエファンが艦長席に座っていた。

この時、何故か彼は常に笑みを絶やすことはなかった。それが、自軍が優勢である為かどうかは分からない。ただ、彼は笑っていた。

その時、ブリッジにこの艦の士官が入ってきた。本来であればアーヴァインでエファンは出撃し、この士官が指揮をとっている筈なのである。

「我が軍は優勢ですな。やれやれ、国連も愚かですね。こちらには貴方が居る。その時点で、勝てもしない勝負を持ち込んでくるなど。」

「確かにな。それにしても面白い。」

「何が……面白いのですかな。」

士官は首を傾げる。

「先程から国連は距離を置いて戦っているのが分かるな。何故距離を置くか分かるか?クラリス・デイルに乗せている私のアーヴァインがあるからだ。」

「あぁ……なるほど。以前少佐が国連の戦艦をあの機体で全て壊滅させた実績がありますからね。」

「まあな。だから人間とは面白い。パイロットは私ではないのに国連は怯えながら戦っている。虎の威を借りるだけで我が軍が有利になるのだからな。虎とは私、パイロットのクラリスはカカシのような存在。いくら知能だけがやたらと発達した所で、人間も犬や猫等の動物と同類で、本能には抗えない。中身は別人なのに見ただけで怯える。クク、実力があるということはこういう時に楽しめると言うことだ。さて、今回はじっくりと戦いを堪能させてもらうか。艦を前進し、敵艦が見えたらビーム砲を展開しろ。奴等もアーヴァインを見て距離をおいて戦っているだろうからな。」

自分の意見を延々と述べていると思われたが、いつの間にか指示をしていたエファン。操舵士もただの独り言と思っていたため、五秒程度、何も気付かなかった。

(それにしても奴……思ったよりあの機体を使いこなせているな。一般兵ならまともに扱うことが出来ずに大破されるか破壊されるかをされると思っていたが……やはりその辺りはパイロットの技量もあるようだ。利用……する価値はあるか。)

彼の言う、利用する価値とは何のことなのだろうか。アーヴァインを操ることが出来るクラリスを見て笑みを浮かべるエファン。その無気味な笑みはブリッジ内にいるオペレーターや操舵士にも影響を与えた。

 

 

 

戦況は新生連邦が有利だった。数で勝る新生連邦と、アーステクノロジーの私設部隊。その上アーヴァインの存在によって距離を置いて戦っているため、国連側は迂闊な攻撃が出来ない。エファンの残した虎の皮は、その存在だけで敵を苦しめることが出来るのだ。

クラリスの乗るアーヴァインは、可動式メガキャノンを搭載したジョゼフと共に砲撃を開始した。フロントアーマービームキャノンからビームを放出すると同時に、二機のジョゼフもメガキャノンで攻撃に出る。その破壊力で、国連の水上艦は一撃で破壊された。

アーヴァインを中心とした連携で、新生連邦のアーステクノロジー防衛は完璧に見えた。

アーステクノロジーからも空を飛ぶことが出来ないディーストや陸戦型ディープシーが投入されているため、基本的に防衛において問題は無かった。

だが、この状況を突如崩す者が現れた。

「少佐!六時の方角より大型の熱量を感知!!」

「何だ。どこの所属か分かるか。」

「これは……分かりません……。アンノウンです。ですが、五つ、確認しました。こちらに向かってくるのが分かります。」

「手厚く迎えてやれ。万が一危機的状況に陥ることがあれば、私がジョゼフで出る。」

新たなる敵の出現と言う状況で、余裕の笑みを浮かべるエファン。それも彼の強さの証なのだろうか。

そう言っている間にも、大型の熱量は近づいてくる。国連の水上艦隊は大打撃を受けており、新生連邦が数で勝っている状態だ。だが、仮に新たなる敵が仮に国連の戦艦だとすれば、その状況は一変する可能性が高い。

増援部隊が迫っている方角は、アユたちの住むギリシャの町を含んでいる。万が一、戦艦が国連のものだとすれば確実に戦闘で町が焼かれ、アユ達の住む場所が無くなってしまうことになるのだ。エファンは戦場に出ている全員に今の状況を告げる。

「六時方向より増援を確認した。各員、警戒を怠るな。」

そう言ってエファンは通信を切った。それを聞いた同時にクラリスは唖然とした表情を浮かべる。

「六時方向から増援だと……馬鹿な!?あっちは市街だぞ!」

「どうなされましたか。」

「敵を止めるんだよ!俺に続け!」

そう言ってクラリスは敵増援の方向にアーヴァインを動かした。それに続く、ジョゼフに乗る新生連邦兵。

「命令は受けていません!勝手な行動は許されませんよ?」

「俺等が代表して増援に対処しようと考えているんだろうが!それの何が悪い!あいつ……いや、少佐もそれぐらい分かってくれるはずだ。じゃ無かったらこんな機体寄越さないぞ!」

独断ではあるが、ある意味、正しい判断でもあった。強力な機体に乗る分、それ相応の戦いをしなければならないと考えるのはヒースト姉妹を思ってか、あるいはお袋を思ってかは分からなかったが、とにかく彼は今、行動をしている。彼にとって、町が戦場になる事は絶対に防がなければならない事だった。

 

 

 

増援部隊は着実にアーステクノロジーへ向かっている。国連軍空中戦艦ティアマット級。最新鋭の戦艦であるそれは攻撃性を重視して製作された。今までの水上艦は新生連邦の猿真似でしかなかったために、この空中戦艦には力が入っているのが分かる。

ただ、攻撃性に重点をおいたため、打たれ弱い弱点がある。また、MSの搭載数も水上艦より充実している。

ティアマット級からヴァントガンダムが数機発進した。何故かいずれも大型のバズーカを持っている。緑色のカメラアイが妖しく輝き、アーステクノロジーへ向かう。

だが、それを阻止するためにクラリスの乗るアーヴァイン率いるMS小隊が増援部隊に向かってきた。

「やらせるかよ!行くぞ!各機!俺に続け!」

彼について来ているジョゼフは三機。アーヴァインがビームライフルを撃つと、それに続いてジョゼフも射撃を行う。連続射撃を受け、二機のヴァントが破壊された。しかしその直後、一斉にヴァントがバズーカを放出した。実弾をビームライフルで撃墜を試みるが、数が多すぎるため、撃ち続けてもあまり意味が無い。

その最中、ティアマット級のブリッジはアーヴァインの存在に恐怖を覚えていた。

だが、たった一人動じない人間が一人。士官である。

「たった四機か。我々もずいぶんなめられたものだな。」

「しかし、あの機体……我が部隊の水上艦十隻を沈めた機体ですよ?」

オペレーターはアーヴァインの存在に焦っていた。エファンの恐怖が、彼にも伝わっているのだろう。しかし国連の士官は焦るどころか、笑っていた。

「やられたのは所詮水上艦だろう。この最新鋭艦、ティアマットが簡単にやられると思うか?攻撃性に優れたこの戦艦を、なめてもらっては困る。」

まるでそれは、アーヴァインのパイロットがエファンではないことを見透かしているようにも見えた。しかし、それでもオペレーターの震えは止まらなかった。

「どうした。そんなに怖いか。」

「いえ……違います。何故……我々は戦争をしているのでしょうかと思いまして。」

急なオペレーターの言葉に、士官は驚いた様子でいた。

「それはどう言う意味だ。」

「本来国連のこうした武力はあくまでも自衛の為に存在するはずです。それなのに襲撃の為に武装を強化するなどおかしいですよ!平和国は元々平和主義を唱えているはずでしょう?でもこれではもはや平和主義ではない!ただの名前だけです!」

若いオペレーターの意見は士官の耳に入った。そして士官は静かに口を開く。

「これも、議長の意向なのだ。議長の言うように、平和主義などもはや形に過ぎん。我々は兵士なのだ。戦う事だけを考えろ……。」

オペレーターはそれに対して静かに頷く。士官の表情は、先程の余裕の笑みではなくやや俯いている様子だった。

「とにかく、今は攻撃あるのみだ。そもそもの元凶は奴等新生連邦。制裁を受けるべきなのは奴等なのだ。さて、ミサイルに混じって妨害電波装置を発射しろ。」

咄嗟に彼は指示を与えた。その直後にティアマット級からミサイルが多数発射された。

 

 

ミサイルが迫る。その中、クラリスは軽くそれらを避ける。が、その瞬間。突然モニターに乱れが生じた。

「なんだ!?おい、応答しろお前ら!」

部下に対して連絡を試みたが、電波が乱れていてノイズが生じている。

クラリスはコクピットを思い切り叩き、単独で行動することしか出来なくなってしまった状況で一人、戦うのだった。

「妨害装置か!いつの間に……あいつら、所詮は形だけの平和主義かよ!ふざけんじゃねえって!」

国連に対して怒りをぶつけるクラリス。電波が乱れている中、彼の率いる一機のジョゼフは可動式ビームキャノンを放出した。独断の行動だったのだろうが、その攻撃は軽々と避けられ、バズーカを放たれる。回避を試みるが、他のヴァントもバズーカを放っており、ジョゼフは回避に間に合わず破壊された。

「ああ!ク……クソ……」

更に、ティアマット級はビーム砲を展開しようとしていた。不利な状況が、続く。

「各砲座、発射用意!」

「発射しろ。奴等を仕留めるのだ。」

エネルギーが凝縮され、一気に光が放たれる。無数のビームが一斉に襲い掛かってきた。アーヴァインはバリアーフィールドを展開し、これを打ち消す。しかしジョゼフは回避に間に合わず、破壊された。残るジョゼフは一機のみである。

「クッ!さすがに不利か?」

電波が乱れ、連絡もまともに取れない状態で戦っているクラリス小隊。増援を願いたい所だが、これもノイズのせいで伝えられない。離脱しようにもこの戦闘域の突破を許してしまったら余計に不利な状況になる。

「く、どうすれば……」

闇雲にビームライフルを撃つジョゼフ。その内数発はヴァントのコクピットに直撃して破壊されるのだが、反撃にヴァントがバズーカを撃ってくる。その上ティアマット級の脅威までいる。危機的状況の中、彼は困惑し続けていた。

その時、更に悪い事に最後のジョゼフがヴァントのビームサーベルによって切り裂かれてしまったのだ。脆くも散っていくジョゼフ。それを見た時、彼に迷いはなくなった。

「野郎!一人でもこいつらぐらいやってやる!!!」

部下を失い、たった一機でもやり通そうとするクラリス。アーヴァインはフロントアーマービームキャノンを放出した後、背中の実弾キャノンを何度も放出した。

それらの攻撃を避けつつ、ヴァントはミサイルを放出してきた。実弾に対するシールドを搭載していないアーヴァインはこれらを避けるか撃つしかなかった。ビームライフルで撃ち落せるものは撃ち落とし、把握できないものについては見えた瞬間に避けるしかない。

だが、運悪くミサイルの内の一つが左脚部に直撃してしまった。頑丈な装甲のため、支障はなかったが装甲が剥き出しになってしまった。

「あぁ!やばい……頼む!他に増援は来ないのかよ!」

あくまでもエファンの機体であるため、傷をつけると言うことは厳しい処分が下ることは間違いなかった。だが今彼は、アーステクノロジーに侵攻させまいとたった1機奮戦する。

増援に関してだが、数機は援護に向かおうとしている。だが、電波の状態が余りにも酷く、連絡が取られないまま先程のジョゼフ同様、破壊されるといったパターンが多いのだった。

「どうやらたった一機で水上艦十隻を沈めたという話はガセのようだな。」

「そのようですね。」

「構わん、相手にするな。このまま突っ込め。やはり電波妨害装置の存在は成功だったな。」

アーヴァインの存在を恐れなくなったティアマット級三隻はアーステクノロジーへ前進を開始する。アーヴァインはこれを阻止しようと試みるが、ビームサーベルを持ったヴァントガンダムが彼の邪魔をする。

ふと、クラリスは地上を見た。そこには先程の綺麗な町の姿は無く、この戦闘で破壊されたと思われるMSの残骸が確認できた上、ミサイルやビームライフルの攻撃を受けているのもあってか、既に焼け野原になってしまっていた。

これを見たクラリスは自分のやっている罪の深さを反省した。そして国連に対し怒りを露にし、ビームサーベルを抜いて白兵戦を持ちかけた。

「クソが!クソがぁー!!!お前らが来なかったら今頃はぁ!!!」

アーヴァインのビームサーベルは出力を上げ、ヴァントに容赦無く襲い掛かる。

「何だ!?うわああああ!」

ビームサーベルはヴァントのコクピットを貫き、空中で大破した。実際、こうした自分の行為も町が焼け野原になった原因の一つなのだが、今はアーステクノロジーを防衛するのが任務。元々国連が襲撃してこなければこのような事態になる事は無かったのだ。

 

 

 

この状況に危機感を抱いたエファンは立ち上がり、副長に対して一言、言ってからブリッジを後にした。

「指揮を頼む。私はジョゼフで出る。奴の助けになってやらないとならんのでな。」

エファンは真っ先にデッキへ向かい、ジョゼフに搭乗した後出撃した。目指す場所はクラリスが今戦っている空域である。

「やはり油断していたからか……。各機、少佐の援護に迎え。ただ、回線の状態が悪くなっているらしい。それには気を付けるように。電波妨害域に入れば各自の判断で行動しろ。」

通信を伝えた士官。次の瞬間に数十機のエグゼマーやジョゼフが動いた。ティアマット級の脅威に対し、行動する彼等。だが電波妨害領域は、彼らにとって脅威となっているのであった。

 

 

 

アーステクノロジー後方より迫るティアマット級艦隊。それらを防ぐ増援としてエファンが迫る。妖しげにモノアイを輝かせるジョゼフ。まるでそれは獲物を狙っているようでもあった。通常の兵士とは比べ物にならないスピードですぐに辿り着き、バズーカを所持しているヴァントの前腕部を、所持しているビームサーベルで切り刻む。

「なんだ!?新手……?」

「フン。」

次の瞬間、ビームキャノンで、ヴァントのコクピット諸共撃ち抜いた。その時、背後に敵の姿を察知した彼はジョゼフの右腕部を横に開き、脇の間から後ろに向けてビームライフルを放出した。不意打ちだったため、ビームライフルはコクピット直撃し、破壊された。

他のジョゼフと違い、不気味な程恐ろしく動くそのジョゼフはまるで別の機体の機体にも見える。

「なんだあの機体は!?動きが違いすぎる……予測できない……」

必死にバズーカを連射する国連部隊。だがそんな攻撃などエファンに当たる筈が無い。

「必死だよ、お前等は。」

そう言った直後、側腰部からビームサーベルを抜いたジョゼフ。白兵戦を挑むつもりだ。その為にヴァントも腰からビームサーベルを抜く。そしてジョゼフに向かって突撃するのだが、いずれも軽やかに回避され、そして擦れ違い際に切り裂かれてしまう。どれもが的確にコクピットを狙っており、挑んだ全てのヴァントが破壊された。その数十機である。

「な……なんだあの機体は……新生連邦の量産機じゃ無いのか?」

「形式番号NFMS-990……間違いなくあの機体はジョゼフです!しかしあの動きは……既に我が軍のMSがあの機体に十機破壊されています!」

「化け物か……?」

その姿に国連の誰もが目を疑った。そして次の瞬間。ジョゼフは再びメガキャノンを展開してブリッジ目掛けてビームを放出。それにより、そのティアマット級のクルー全員が死亡。ティアマット級も爆発炎上して地面に落ちていく。

「切るよりは撃つ方が得意だがな……それにしても他愛の無い。」

そう言い残して、彼のジョゼフはクラリスのアーヴァインの元へ向かう。

 

 

 

他者との連絡が取れない状況で苦戦するクラリス。ビームはバリアーフィールドジェネレーターで防ぐことが出来るものの、バズーカ等の実弾射撃は防ぎきれないため、避けるしか手段は無い。

その時、一機のジョゼフが彼の前に現れた……と同時にビームライフルを連射し始めたのだ。何者かを確認したかったが、電波が酷いため回線を開くことが出来ない。

「なんだあいつ?庇ってるつもりか。」

だがその機体の異様な動きに次第に気付いていく。明らかに素早く、敵の攻撃は全て避けている。そしてすれ違い際にビームサーベルで切り裂く。大体この戦法で六機をクラリスの目の前で破壊した。

「え……ええ!?あんなパイロット居たか?いや、まさか……あいつか?」

これ程奇妙で軽やかな動きをするジョゼフなど普通は存在しない。間違いなくエファン・ドゥーリアが乗るジョゼフに間違いなかった。

「へへ、援護感謝だな。そんなに自分が作った機体が大事かよ。」

苦笑いをしつつ、クラリスの乗るアーヴァインも攻撃をする。出力の高いビームライフルを連射し、五発のうち二発をヴァントに当て、一発目は脚部に、二発目はコクピットに直撃させ、爆発した。妖しくモノアイを輝かせ、次なる獲物を狙う。その姿は国連のパイロット達に若干ながら恐怖を与えていた。

「フン、既に破壊されて死んでいると思ったが……意外としぶといな。アーヴァインの性能なのか、はたまた奴の実力か……」

見下すようにアーヴァインを見た後、エファンのジョゼフは単機で敵陣へ向かっていった。それを追いかけるようにクラリスもアーヴァインを動かす。

エファンの活躍もあってか、ティアマット級の部隊は壊滅的ダメージを負っていた。必死にバズーカで応戦するヴァントだったがそれらももはや無意味。軽やかなステップで回避運動を行うと同時に、擦れ違い際にビームサーベルで切り裂いた。近接攻撃は命中させやすいため、ビームライフルを撃つよりも簡単に敵を破壊できる。白兵戦は苦手らしいのだが、そうとは、全く思えない、動きだった。

「終わりだな」

 

ドバァァァァァァァッ

 

次の瞬間、二隻目のティアマット級に対して再びビームキャノンを放出した。ビーム粒子はブリッジ諸共ティアマット級を撃ち抜き、爆発炎上した後に崩れ落ちていった。

これを見た最後の一隻は撤退を開始する。

「撤退だ!これ以上の損害は認めん!」

ティアマット級は撤退を開始した。同時にヴァントガンダムも大量にティアマット級に戻っていく。これにより、後方からの襲撃を阻止する事に成功した。

その空域から離れた時、電波が回復した。その直後、エファンから無線で通信が入る。

「悪運が強いな。あの状況でよく耐えたな。」

「助かりました。少佐のおかげで命拾いしました。感謝します。」

「どうやら、アーヴァインは軽傷のようだ。上手く扱えていると見える。」

「この機体は凄いです。見た目とは裏腹に機動性が圧倒的ですね。」

「まあな。それよりも敵は後少しだ。気を抜くな。」

そう言った後、エファンのジョゼフはこの場を去る。

(心配なのは町の方だ……絶対焼け野原だ……クソッ……あいつら……)

市街地方面からの国連の奇襲により、町にダメージを与えてしまった事を心配に思う、クラリス。アユとリンの二人の住む場所を奪ってしまった罪と、何よりも母親の居場所を再び奪ってしまったと言う後悔がクラリスを包んでいた。

 

 

 

ティアマット級が撤退した時、水上艦の部隊も撤退を開始した様子だった。アーステクノロジーの防衛に成功した彼等。しかしそれと同時に、仲間同士の連絡を取れなくする特殊な妨害電波と言う新たなる兵器が登場した。

次々と帰還していく新生連邦のMSや、アーステクノロジーの私設部隊の機体達。その中には軽傷のアーヴァインの姿もあった。大型機体の為、その存在は一際、目立つ。

やがてコクピットから降りた、エファンやクラリス。この時、スルースが彼等に会う為に移動していた。

「ご苦労様です。いやあ、助かりましたよ。貴方達には感謝しなければなりませんね。」

スルースが感謝の言葉を、伝えた。

「貴社には戦前から世話になっていますからね。その恩返しでもありますかね。」

「ホホッ、良い事を言ってくれるではありませんか。」

「では……例のMS開発の件ですが。」

スルースは笑みを浮かべ、言った。

「先の活躍を見ていれば、“イエス”と言わざるを得ないでしょうね。是非、応じましょう。全面協力させていただきます。我が社の弊社と協力し、貴方の言う“究極のMS”を製作しましょう。」

「期待していますよ。」

エファン・ドゥーリアの笑みは、どこか不気味だった。スルースの笑みも不気味ではあるが、エファンの場合は、それ以上に何かを隠しているような表情を浮かべていた。

(この男、やはり独特のオーラがあるような気がする。戦闘中もジョゼフの中におかしな動きをする機体があったが……まさか。しかしこの男は指揮をしていたはずでは。)

「指揮はしていましたが、味方がピンチに陥りましてね。私もやむを得なく出撃したわけですよ。」

スルースは耳を疑った。彼の耳に聞こえてきたのが、自分の思った言葉に対する返答だったからだ。

「は……はい?」

「ですから、指揮はしていましたが、味方がピンチに陥ったので出撃したわけです。」

「あの……念のためお聞きしますが……貴方は心理関係の仕事等を勤められていましたか?」

人の心が読める人間など存在するはずが無いと言い聞かせるスルース。念のため確認を行う彼だったが、返答はこうだった。

「いいえ。」

「では何かトリックでも?」

「それより先程から何の話でしょうか。」

とぼけるエファン。スルースは苦笑いを浮かべていた。

「分かっておられる筈ですよね……。」

「だから何を。」

「率直に言いましょう。貴方、今私の心を読みましたね。」

「……」

エファンは突然黙った。黙ったまま、そして笑みを浮かべている。やがてその笑いから静かに声が漏れ出し、少しずつ声が聞こえてきた。やがて声は聞こえる程度ではなく、うるさいほどに音量が上がっていた。

「……ク……ククク……ククク……ハハハハハ!!!」

「き、急にどうしたのですか……?」

「いやあ、やはり嘘はいけませんな。貴方の言う通りですよ。私は人の心が読めるのです。不可解に思うかも知れませんが、事実です。」

「ほぅ、人の心を読める人間とは初めてですね。」

スルースの方も、最初と違って驚きは薄れていた。今日日、シンギュラルタイプといった特殊な人間がいる中、人の心が読める人間が一人や二人いたところで大したことはないと既に思い始めていたのだ。

「私はシンギュラルタイプとはまた異なる、特別な人間です。まあ、その辺りをご理解いただきたい形でこのような嘘をついたことをお詫びします。」

「いえいえ。特別な人間と言えば、新生連邦総司令もシンギュラルタイプだそうですよ。最近は本当に増えましたよね。そう言った特別な人間が。それよりも貴方は面白い人ですね。気に入りましたよ。」

「それはどうも。貴方の場合は特別な人間を〝製造〟しているのでは?」

「はは、まあそうですね……強化モデルは今後の戦争において不可欠ですから。」

「不可欠……ねえ。」

口元に指を持っていき、エファンは床の方をじっと見ていた。それを見て、首を傾げるスルース。

「どうかなさいしましたか。」

「いえ、少し考え事を。」

そう言った、エファンの表情は、どこか虚ろであり、そして、気味の悪さがあった。

 

 

 

帰還したと同時に、急いで町の方へ向かっていったクラリス。町の被害状況を確認する為の、数人の兵士の姿も一緒に見られた。

町は壊滅状態だった。MSの残骸が燃えており、先程まで平和な印象を持つ町の姿はどこにも、無い。

「ち、国連の奴等、やってくれるぜ。後方から攻めるからこんなことになるんだよ……。」

「酷い有様ですね……市民は全員避難したのでしょうか。」

「恐らくな。ん……?」

その時、クラリスはヴァントの残骸の中に何かが埋まっているのに気付いた。遠かったため最初は何か分からなかった。しかし、近くでそれを見た瞬間、凍りついたように体が動かなくなった。何せそれは紛れも無く、人間の腕だった為である。

「避難し損ねた奴か……気の毒にな……え……?」

近くでよく見ると、どの腕にはどこか見覚えがあった。じっと見て、それに触れる。やはり冷たく、人の温もりが無い。しかし間違いなく、見たことがあったのだ。そして更によく見ればその死体が服を着ているのが確認できた。その服の色を見た時、クラリスの表情は青ざめた。

「こ……こ……これ……は……お……お袋……の……」

間違いなかった。それは、紛れもなく彼の母親の腕に違いなかったのだ。死体が着ていたと思われる服の色から、それが判断できた。それが母親のものだと確認できた瞬間、目からは多量の悲しみに満ちた雫が溢れてきた。

「中尉……?」

話し掛ける兵士だが、クラリスはこれに対して怒鳴った。声にならないような叫びだったが、兵士を退かせるには十分である。

「他の所調査しろぉ!!!ぶっ殺すぞてめえ!!!」

涙も混じっているため、声が歪んでしまったものの兵士は驚く表情をしてクラリスから離れた。

彼は砂をぐっと掴み、悲しみに暮れるだけだった。多量の涙は土に染み込み、ただの湿った土となるだけだった。いつもは強気のクラリスが泣く姿など、誰が想像できたことか。兵士達はそれに関しても驚いている。だが今のクラリスにとっては軍も何も関係なかった。

「なん……でだよ……なん……で……お袋は……し……シェルターに……逃げたんじゃ……ねえのかよ……ぐぅ……」

涙が溢れる為、言葉が詰まる。先程見た優しそうな母の姿ではなく、戦争によって変わり果てた姿になり、そしてもう、この世の人間ではなくなってしまっている事を考えると、涙など止まるどころか益々、溢れるばかりだ。

「……あ……手紙……?」

ふと、戦闘に行く前に貰った手紙の事を思い出した。予め、戦闘前に軍服の内ポケットに手紙を移動していた為、そこから取り出して内容を確認する。彼にとって、生前に母親が言っていた〝戦闘が終わるまで開けてはいけない〟と言う母の台詞が気になっていたが、今は手紙を見る事に専念した。

そこには、こう書かれていた。

 

 

『どんな形でも良かった。私はあんたに殺してもらいたかった。正直な話をすれば、もう貯金も何も無かったんだよ。妹もすでに死んでいてずっと孤独だった。借金もしていて、生きてて行ける状態じゃなかったのさ。だからこのまま死ぬしかなかった。それにあんたに迷惑もかけたくなかった。でもあんたのような心は優しい人間が一般の人を殺すなんてできるわけがない。それは知っていた。だから私はこの方法で死のうと考えていたのさ。あんたが戦う戦場で、そこで死ぬことが出来て本当に嬉しいよ。本当に、今まで迷惑をかけたね。こんな親なのに仕送りもしてくれて……私は本当に嬉しかったよ。でもあんたはこれからは自分のためにお金を使うんだよ。これを読む頃には私はもうこの世にはいないからね。                                 

 私はあんたが立派な軍人にさえなってくれればそれでいい。夢だったものね。あんたが士官学校を卒業して軍人になるって。当初は反対だったけどあんたはそれを貫き通した。それは素晴らしいことだよ。この時からあんただけが私の誇りに思えるようになった。そしてこうやってあんたが戦う戦闘域で死ねるなんて……これほど親にとって嬉しい話はないよ。ありがとうね、今まで仕送りをくれて……私は本当に感謝しています。』

 

 

それを読み終えた瞬間、クラリスの目からは二,三粒……いや、それ以上の涙が溢れ出た。手紙はみるみる涙の水滴で湿っていく。クラリスの手の震えは止まらなかった。

「馬鹿野郎……戦闘に巻き込まれて、それで死んで喜ぶ奴がどこにいるんだよ……どうかしてるぞ……クソ……クソ……どうしてだよ……どうして……」

クラリスは、遺体となっている彼の母親の手を強く握った。母親を忘れたくない、今まで育ててもらった恩を返せなかった……等、今まで母親と過ごしてきた懐かしい出来事や、その中でろくに恩返しができない状態で、戦闘に巻き込まれて死んだ母親を、警告したにも関わらず、結果的に救えなかった悔しさが入り混じっていた。

「ぐ……ぅ……」

しばらくの間彼はその場所にいた。兵士たちは気遣うように先に基地へ戻った。ただ一人、彼は残された。

 

 

 

それから時間が経過した。最早、涙は枯れ果て、クラリスは泣き疲れていた。手を握りしめるのをやめ、彼は立ち上がった。もう、彼の目は悲しみに暮れていなかった。

「……お袋、悪いな。もう行くぜ。また時間ができたら墓、買って埋めてやるから……」

少し笑顔を見せ、クラリスはヴァントの残骸に埋もれている母親の遺体に向かって敬礼した。その眼は決意に満ちている。やがて遺体に対して背を向き基地へ戻ろうとした時――

「グ……ぅ……」

その時である。彼を呼ぶ聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。だがその声はあまりに小さく、彼の耳に入ったのはある意味奇跡といっても過言ではなかった。その声に反応し、再び振り向くクラリス。

「え……」

そこにはアユ・ヒーストの姿があった。だが頭部は多量に出血しており、更に全身が炎で焦がれたような痕があった。

余りにも惨い姿のアユを見てクラリスは冷静でいられなかった。

「く……クラ……リス……さん……」

「おい!お前!しっかりしろ!」

ぐったりとしているアユを、クラリスは支えた。既に危篤状態である、彼女。恐らく、戦禍に巻き込まれたのだろう……

「ご……めんなさ……い……私……逃げようとしたのに……戦闘に……巻き込まれて……大丈夫……です……この町の人の殆ど……は……逃げました……から……」

「じゃあなんでお前はそんなに怪我をしているんだよ!?」

「リンが……戦争を止めるって言って……基地に向かおうとして……私はそれを止めようとして……その時に……上空で爆発があって……MSの残骸が落ちてきて……更に爆風が……うあっ……」

傷が痛むのか、アユは頭を押さえた。クラリスは所持していた包帯を彼女の頭に巻く。だが血が滲むだけで、出血は治まらない。

「なんて事だ……それで……妹は?」

「リンは……もう……この世にはいません……」

クラリスは泣くことも出来なくなっていた。母親が死んだ悲しみが大きすぎたと言うのもあるのだが、それ以上に無事だと思っていた二人が重傷……更に衝撃の大きさが彼を襲っていた。

「あのお転婆娘が……死んだのか……?」

「目の前でMSの残骸に巻き込まれて……」

「それは本当なのか……?本当に……?」

「あそこ……に……」

アユが指さした場所を見た時、クラリスは彼女を抱き抱え、その場所へ向かった。

 

 

少し走った場所にあったその残骸の中に、リン・ヒーストの遺体はあった。目は見開かれたままで、既に息はしていない。残骸の側で大量に流れている赤い血が、惨さと悲しさを演出させる。

クラリスは手を差し伸べて脈を確認する。やはり動かない。静止している。その時に抱いているアユを見ると、涙を流していた。

「……この子には……何の……罪も……ないのに……どうして……」

それに対し、クラリスはアユをそっと、抱き締めた。いつの間にか、彼の目からは涙が溢れていた。母親が死んだ時の衝撃が再び蘇る。

「馬鹿野郎……大人しく逃げてろって言ったのに……なんでだよ……なんで死ななきゃならねえんだよ!最期まで馬鹿だったよこのガキは……」

「それは……違い……ます……よ……」

「え?」

「この子は……この子なりに……覚悟を決めていたんでしょう……普通に……考えて……危険だと言うことは承知の筈ですよ……ですから……覚悟をしていたのは……間違いないと思います……」

途切れ途切れに、アユは口を開いた。できれば、クラリスは彼女にしゃべってほしくなかった。悲しみが余計に増えるような気がした為である。

「あの子はお母さんを失ってから……戦争という存在が憎く思えて仕方がなかったんです……だから今回の行動も……きっとこれ以上悲惨な思いをしたくないという一心で……したことでしょう……ですが……結果はこれです……やはり戦場は危険でした……私は必死に止めようとしましたが……あの子の決意はとても固く……私に……止められる……もの……では……ありま……せん……でした……」

「もう……喋るな。」

「何も知らないまま……貴方に……軍に戻って……欲しくないから……私は喋ります……」

「何言ってるんだよ……お前……自分が今どういう状況にあるか分かっているのかよ!?」

アユは虚ろな目をしながらクラリスを見て、少しだけ笑みを浮かべた。

「……はい……勿論……です……」

「だったら尚更だろうが!」

「尚更……私は……貴方に知ってもらいたいんです……」

「何をだよ!?」

苦しみながらも懸命に言葉を組み立てるアユを見ていられなかった。それがあまりにも辛く、悲しく、可哀想だったからである。クラリスの目から溢れ出る雫は止まらず、今にも果てようとしているアユをじっと見つめている。

「死んだ……この子の為にも……私は貴方のような軍人に……言いたいことがあります……きっと……どんな軍人も平和を望んでいる……と……特に……貴方はそうだと……信じています……貴方は……心優しい御方ですから……」

アユの目からも涙が溢れ出る。それを見ると余計に悲しく、辛くなり、アユの姿を見るのがあまりにも辛くなる。

「この戦争が……早く終わる事を……信じ……て……」

その瞬間、彼女の白く、華奢な腕の力が抜けた。それ以降、いくらクラリスが揺さぶってもアユが目を覚ますことは、二度となかったのである。

涙を流し、目を閉じていて、何よりも優しく温かい表情で眠りについたアユの姿は、クラリスにとっては悲しみの対象の外に何もない。

「おい……目を開けろよ……まだ言いたいことあるんじゃねえのかよ……?おい!おい!!!く……クソ……」

母親の死で枯れた筈の涙が延々と溢れ出てくる。親しかった姉妹の突然死は、彼にとって、余りに衝撃的過ぎた。

「こんな可愛い二人の姉妹も巻き込んでしまったってのかよ……ぐ……うわあああああああああああああああああああああああああああ!!!」

新生連邦が原因となって、今回の国連との戦争が勃発した。この5年間は、表向きでは平和が続いていた。しかし……平和は突如として破られるものだ。戦争が起こったことにより、何の罪もない一般人が犠牲になることは当たり前ではあるのだが、それは許される筈のない事でもある。

新生連邦によるロンドン襲撃の際に母親を失い、以後ギリシャへ戻ってきたヒースト姉妹。だがそこで彼女達を待ち受けていたのは、あまりにも惨い現実だった。その現実はやがて彼女達の命をも奪い去った。クラリスは、自分が彼女たちを殺したと嘆き続ける。彼の悲しみは堪え切れず、アユの傍でクラリスは泣き続けた。そして、いつしか軍人という存在に疑問を問うようになっていた。

「もう……これ以上誰も死なせたくねえ……俺自身が……強く……なれれば……俺が強くなって……守る事が出来れば……!こんな事にならなかったのによぉ!!!」

涙を流しつつ呟いた言葉。彼はいつしか、この事態に陥ってしまったのは自分の弱さが原因だと更に悲観し始めていたのだった。

 このような悲劇が起きて良いものか。いや、良い筈がない。だが、彼が参戦した戦争はこうした命をも奪った。戦争をしておいて、一部の人間だけが生きておいて欲しいというのはエゴでしかないのか。戦争という行為そのものが、罪なき人の命を無慈悲に奪う。今までごく普通に生活していた人間の命をも、無慈悲に。

 クラリスは、弱かったと自分の中で認識している。その弱さ故に、姉妹を、母親を守れなかったと嘆く彼は、ただ、悲しみに暮れているだけだった。

 

 

 

彼が基地へ戻ってきたのは調査を開始してから四時間後の事だった。自分たちより階級が低い兵士たちに敬礼される中、一人しぶしぶ寂しそうに帰還し、自分の部屋へ向かおうとしていた際だった。

「随分遅かったではないか。」

彼の目の前に立ち塞がるエファン。腕を組み、堂々とした様子でクラリスを見る。

「すみません少佐……少し……一人にさせて欲しかったことがありましたので……申し訳がありません……」

言葉の一言、一言があまりに重かった。強気なクラリスの姿は、そこにはなかった。

「母親と、よく知る一般人の娘二人を失った悲しみを抱えているな。」

彼の考えている事を見通したエファンは言った。だがクラリスはあまり驚く様子を見せない。気を遣うように、とりあえず、と言った形で驚く様子を見せた。

「どうしてそれを……」

「私はアドバンスドタイプだと言っただろう。」

悲しみに暮れていたクラリスだったが、エファンの心を読心能力によって死んでいったアユ達が馬鹿にされているような気がした。歯を食い縛るが、あくまでも相手は自分の上司。逆らうことは許されない。だが心の中で憎んでいてもエファンにはそれは筒抜けである。

「それは、辛いだろうな。」

「ク……」

何を考えても、どう憎んでも、全ては彼に分かってしまう。自身の中にある悔しさや悲しさをぶつけることなど、彼には出来やしなかった。

すると突然エファンはにやりと口元に笑みを浮かべ、喋り出した。

「どうやら、お前は強くなりたいと、願っているようだな。」

エファンには彼の考えが筒抜けだ。今の彼の本当の気持ちも簡単に見抜ける。そして、クラリスは大人しくコクリ、と頷いた。

「そうか。そうか……」

内心では激しく笑っているが、あくまでも平然を保つエファン。そして、クラリスの耳元である言葉を呟いた。

「強くなりたいのなら、強化をしてみるか。」

「強化……ですか。」

「ああ。」

その言葉は彼に衝撃を与えた。その〝強化〟という意味が何を示すのかは不明だ。普通にシミュレーションを繰り返して自分の技量を強化するという意味で使っているのかも知れない。だがこの状況で考えて、エファンの言う〝強化〟は紛れもなく強化モデルのことを指した。

「強化……それは……」

「まあ、想像している通りだな。早い話が、強化モデルになってみないかと私は誘っている。」

クラリスは、最初は迷った。しかしこれまでの経緯や、覚悟を決めた事を振り返る。

 もう、自身の弱さで誰かを失う体験をしたくない……その気持ちは今の彼は、誰よりも強い。その結果、クラリスの答えは一つだった。

「強化モデルにして下さい。俺はもうこれ以上罪のない人間の、死を見たくない……俺自身が強くなれば……守る事が出来る……!」

「そうか。分かった。社長に聞いてみよう。」

クラリスは決意した。強化モデルになり、自分が強くなって一般人を巻き込まないように闘っていきたいと。

だがその一方で、エファンはずっと不気味な笑みを浮かべていた。それが何を指すのかは、やはり謎に包まれている。

 

 

 

数日後。スルースによってクラリスは強化モデルとして生まれ変わった。記憶は消されていない。死んだ母親、そしてアユとリンのことも覚えている。だが、今の彼は何かが抜けていた。

「俺は生まれ変わったんですか。」

「ああ、生まれ変わった。」

「俺のお袋を殺したのは誰ですか。アユとリンを殺したのは誰ですか。」

肝心な記憶が消えていた。本来は戦闘によって死んだ彼の母親とアユとリン。それを

今のクラリスは覚えていないのだ。その記憶だけがなくなっていたのである。

「それはお前の最も憎むべき存在が殺した。」

エファンのその囁きは明らかに嘘だ。だが今のクラリスはそれを本当の事だと受け入れる。

「憎むべき存在……?憎むべき……あ、そうか……あいつが……あのガキが……あのガキが俺のお袋を……アユを!リンを殺した!あいつが!レイ・キレスが殺した……そうですよね!?」

「ああ、そうだ。」

エファンは口元に笑みを浮かべながら言った。一方でクラリスは母親殺し全く関係のないレイを憎んでいた。強化モデルとして生まれ変わった代償は、あまりにも悲しく惨いものだった。都合の良いように強化されたクラリスは、別の意味で戦闘マシーンとなってしまった。

(レイ・キレス……成程、強化したこの男と戦わせるのも、面白そうだな。)

エファンは笑いつつも、握り拳を作っていた。これも、力のある存在を憎む彼の独特の行動なのだろうか。だが彼はクラリスを強化することで、新たに力を持つ存在を生み出している。この矛盾は一体何を意味するのだろうか。

 

 

 

 時間が経ち、クラリスが強化モデルへ変貌を遂げた事に対し、スルースは両手を叩き、笑っていた。スルース・ディアンとエファン・ドゥーリア。不気味な表情を浮かべる者同士が、同じ部屋で会話をしている。

「ハハハハハ!素晴らしいですね。自ら志願して強化モデルになるという心掛けは。しかしドゥーリア少佐。貴方は何故彼の一部の記憶を操作したのですか?」

スルースの質問に対してエファンは咳払いをして答えた。

「せっかく彼を強化するのでしたら、何らかの憎しみを抱かせた方が良いでしょう。何らかの動機、目標は行動する上での大きな機会と成り得ますからね。今の彼の場合は母親や自分に関係のある人間を、最も憎むべき存在に殺されたという事になっています。」

「ハハハ、そんな設定をしたのですか!中々恐ろしい事を思いつきますね!ドゥーリア少佐は!」

スルースの方も笑っていたが、エファンはそれ以上に笑っていた。

「その台詞は貴方に言えた事ですかね?強化モデルを多数製造している、貴方が。」

エファンは笑みを浮かべているのだが、その言葉には“怖さ”があった。スルースはそれを気にする様子もなく、話を続ける。

「強化モデルのような人間は、戦争で必要になります。シンギュラルタイプと呼ばれる人種は戦争で多大な戦果を挙げたと言われています。それを、より、手軽に扱えるようにしたのが強化モデル。」

強化モデルの研究機関の所長でもあるスルースは、持論を語り始めた。

「元々強化モデルはデウス帝国の技術です。しかし、この技術は新生連邦にも役立つ事が出来るでしょう。よく、人間を用いた実験等は倫理的な問題があると言われますが、私はそうは思いません。倫理観と言う物を大切にしていては、人は進化できませんよ。増して、戦争においては倫理観など存在してはならない物……と考えます。人道的な考えなど、戦争においては不要といえます。」

「ほぅ……」

エファンはスルースの言葉を聞き、まるで、見下すような態度を見せた。

「その上で裏社会で流通している、“特殊麻薬”は欠く事の出来ないものとなっております。特殊強化モデルは愚か、こうした強化モデルの抑制剤として我々に役立っている。“マシーン”の暴走はコントロールが必要ですからねぇ。」

スルースは天井を見上げ、言った。

「力を持つ存在が増え、戦争で有利に働く。これは我々にとって利益になる事なのです。それに、人は戦争を円滑にする為により強力に、進化をするタイミングに差し掛かっているのでは……と、私は考えますよ。」

「進化するタイミング?」

エファンは、疑問を抱いた様子だった。

「進化をするには犠牲が付き物です。それは、人の倫理観。人を改造してはいけないといった考えが、人を発達するのを妨げているのです。それさえなければ、このように、強化モデルとして人は強制的に進化出来ます!シンギュラルタイプの覚醒も必要ですが、戦争において有利に進化するにはこれが手っ取り早いのです。デウス帝国は良い技術を残してくれましたよ!但し、麻薬のコントロールは必要になりますが……ね。」

スルースの言う、人類の進化。それは力を持つ存在を人為的でも作り出すというものだった。それによって、戦争を円滑に進め、戦力を増やすという事が進化に繋がる……それが、スルースの考えだ。

「人の倫理観を犠牲にして戦争を有利にする為に力を持つ存在を生み出し、そして、人為的に進化を促す……そうすれば、戦争において優秀な人間が生まれていき、やがてはアーステクノロジーの利益に繋がる……という訳か。成程……」

エファンは指を口元に持っていき、視線を床に置いた。

「アーステクノロジーは軍事企業です。利益を追求しなければならない。しかしそれはどの企業においても言える話ですよ。」

「そうですね。利益を追求する為には必要かも知れませんね。」

エファンは、まるでスルースを睨みつけるように視線を送った。

「しかし戦争を生み出す為の人間ばかり生み出しては、それは“人類”の益になるとは思えない。」

「……?」

「貴方の仰るように、力を持つ存在が多ければ多い程、戦争だけでなく、あらゆる事に関して優位に働く事でしょう。貴方の言う、利益もその一つでしょう。」

エファンの言葉を聞き、スルースは首を傾げる。

「しかし人類全体の事を思えばそれは限界を迎えます。」

「人類全体の話……ですか?」

「そう、そして、それらを統括するには一人の、有能な存在が必要です。」

スルースは強化モデルを作り、戦争でより優位に立つ人類を作り出し、戦争において利益を出す事を目的としていた。しかし、エファンはこれに対し、“有能な存在”が必要だと言う。これは、一体何を示しているのだろうか。

「貴方は、一体何を仰っているのですか?強化モデルの話から離れているような……まあ、良いでしょう。有能な人類……シンギュラルタイプや強化モデル等、力を持つ存在でしょうね。少なくとも彼等がオールドタイプより優位に立てるのは間違いありませんが。」

「そう、力のある存在が頂点に立つのは至極当然。戦場や日常生活においても、能力がオールドタイプよりも優れているのだから。」

引き続きエファンは語る。

「だがその数が多ければやがては人類全体にとって不利益となる。その為には、力を持つ存在、ただ、一人のみが人類の頂点に立つべきだとは思いませんか?」

スルースは返答に困った。先程から力を持つ存在のことに関してやたらと口にするエファン。これも、彼が抹殺を試みる〝力を持つ存在〟が影響しているのだろうか。

「人類の頂点?よく分かりませんね。もともと人類は食物連鎖の王です。その中で頂点を決めるなど……それにそれは何の頂点ですか。スポーツ?頭の良さ?資産?頂点にも様々な頂点がありますよ。」

「文字通り、“人類”としての頂点ですよ。」

スルースにはエファンの言っていることが理解出来ない。眉間にしわを寄せ、少量だが冷や汗を掻いている。

「人類がある、一人の人間によって導かれる構図こそ、理想的な形です。新生連邦で言えばレヴィー・ダイル総司令。平和国で言えばギルス・パリシム最高議長。ですがこれらは対立しています。つまり彼等は地球圏における、人類の頂点ではない。新生連邦総司令は地球圏の統一を目指していますが、平和国連盟の存在がある限りは地球圏の統一など夢のまた夢。」

〝人類の頂点〟と言う言葉を連呼するエファン。

「勢力が存在すれば、それらは敵対しますよ。その上で我々は戦力を作ります。それが自然の流れの筈ですよ。そこに頂点なんてものは存在し得ませんよ?」

 新生連邦と平和国。現在地球圏で対立している両勢力。それらのどちらかが滅びるか負けを認めぬ限り、頂点を決めるなど、不可能な話だ。

「私はね、力を持つ存在こそが頂点に立つに相応しいと考えていますよ。」

「力を持つ、存在?」

「新生連邦総司令、レヴィー・ダイル。彼は確かに力を持っている。しかし、私の方がその持つ力は遥かに上。所詮、レヴィー・ダイル総司令はシンギュラルタイプ止まりなのです。」

「へぇ……そう言う、貴方は何者なのですか?」

エファンは、笑みを浮かべて言った。

「私はシンギュラルタイプではない。シンギュラルタイプを超えた存在、アドバンスドタイプです。」

スルースにとってそれは初耳だった。今まで人類の革新はシンギュラルタイプ、強化した形でシンギュラルタイプになることが出来る強化モデルぐらいしか力を持つ人間など聞いたことがない。だが新たに現れたアドバンスドタイプの事など、耳を疑うに決まっていた。

「ははは、それは面白いですね!アドバンスドタイプなど、聞いた事がない存在だ。興味がありますよ。」

スルースは微笑しながら言った。

「人類の頂点になる存在が必要な上で、貴方が生み出す、力を持つ存在が戦争の潤滑油となり、その戦争を続けていては、人類は文明を築いて行く事が出来ない上に、人類は進化など出来ない。私は、そう思うのですよ。」

エファンは急に語り始めた。彼が一体何を言いたいのかが分からない。

「人類の文明とはずいぶんと、大きな話ですねぇ……それよりも私は元々強化モデルの話をしているのですよ?貴方の言葉はどこかズレていますねぇ……」

大企業の社長と、一人の、アドバンスドタイプの男の会話。その、アドバンスドタイプの男が語る話は、スルースの話を大きく超えた話をしているのだ。

「貴方が生み出している、力を持つ存在は数多くは必要ない。それ以外の力を持つ人間は死ななければならない……私はそう考えます。」

「必要ない?何を仰るのでしょうか?必要だから、強化モデルを生み出すのですよ?」

「違う。力を持つ存在は不必要だ。今後、人類を導く為にはその数が多すぎる必要がない。私、一人が居れば良いのだ。」

この瞬間、彼の謎の一つが語られた。エファン・ドゥーリアが力を持つ存在を認めない理由。それは自身の力で今に生きる人類をひれ伏させると言う考えから来ていた。

だが具体的な理由が分からない。何故彼は人類の頂点に立ちたいのか。それはこれ以上彼の口から語られることはなかった。

「貴方が人類を導く?そんな夢物語、今ここで語られても困りますよ。それにね、力を持つ存在が貴方一人で良いと言う割には貴方は先程、あの兵士を強化しましたよね?それは貴方自身の戦力を作っている事になります。その上で力を持つ存在は数多くは必要ないと、仰るのですか?貴方の言葉と行動は矛盾していますが?」

スルースの言葉に対し、エファンが言った。

「そう、矛盾していますね。しかし今の彼……クラリス・デイルは私の手駒です。強化モデルとして、利用する存在です。目的の為には利用するものは利用します。そして、不要になれば処分すれば良い。」

口元に笑みを浮かべてエファンは言った。クラリスは既に、エファンの手駒となっていたのだ。事実を知らないまま、これからクラリスは彼の手駒として働くのだろうか。

(この男、言葉は通じるが話が通じない……人類の文明?人類の頂点?自分一人で人類を導く?自分がなる?さっきから何を言ってるんだ?)

と、スルースが思った時だった――

 

ジャキン

 

その瞬間、エファンは銃を取り出した。

「な……何の真似ですか?」

突然の出来後に困惑する、スルース。

「私はね、あえて話が通じないように振る舞ったのだよ。お前とはもう、まともに会話をする気がないからな。」

口調を変えたエファン。彼はスルースの心を読んだ上で、口を開いたのだ。

「正直、これ以上強化モデルを生産されるのはたまらない。力を持つ存在は私にとって邪魔な存在だ。それを生み出す元凶となっているお前は当然敵だ。」

銃口はスルースの前頭部を突き付けており、彼は両手を上げている。

「それにな、人の“倫理観”を疎かにしてまで強化モデルを生み出し、目先の利益を生み出そうとするという、お前の発言には心底苛立ちを覚えたよ。」

エファンの表情は明らかに“怒り”を見せている。顔をしかめ、スルースを睨んでいる。

「殺す気ですか……ここで私を殺せば、貴方の仰っていたMSの製造が出来なくなりますが。」

冷静を装っているのだが、スルースから流れる冷汗がそれを崩す。

「残念だがそんなものは副社長にでも言えばどうにでもなる。己が利益の為に人と言う存在を蔑ろにしており、尚且つ戦争の潤滑油を生み出そうとするお前の存在そのものが不必要なのだ。」

スルースの表情は、次第に崩れていく。

「それに、あの機体を設計したのは全て私だからな。お前以外の人間にでもいくらでも協力させられる。」

「それ程の自信……だから貴方……いや、貴様は……最初から私を殺す為に……!」

「そういう事だ。お前の存在は不必要だ。力を持つ存在は消えなければならない、私にとって邪魔な存在だよ!!」

「嫌だ……助けて……!」

 

パァンッ

 

そして容赦なく、エファンは引き金を引いた。一秒もしない内に、スルースの頭部から大量の血が流れた。既に目の色は失われ、意識はなく、ただの肉の塊となっていた。

「シンギュラルタイプ。強化モデル。そして、私以外のアドバンスドタイプ。それらは戦争の潤滑油だ。己が利益の為にそれらを生み出したところで、それは人類の発展に貢献する存在ではないのだよ、スルース・ディアン。」

力を持つ存在を邪魔者扱いするエファン・ドゥーリア。自身が人類の頂点に立つと言う謎の言葉を語り、やがては先程まで生きていたスルースに言った後に射殺した。

彼の言う、頂点に立つとは実際は何を意味するのか。また、何故彼が頂点に立つ必要があるというのだろうか。

 




第六十一話、投了。

クラリスにとっての怒涛の鬱展開。そして、彼は生まれ変わる。
そしてエファンはスルース・ディアンを殺害した。
更に動いていく世界。これからどうなっていくのか。


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第六十二話 リヴェンジャー・ウィリア

ウィリア・ラーゲン。情報を司るバンディット。弟を氷河族に嵌められ、殺された彼女は復讐の為に組織に所属し、攻撃している。
今回は番外編。ウィリア・ラーゲンの復讐の物語。
※残酷描写有。


 ウィリア・ラーゲン。バンディット。C.W(クリスタルウォー)159年生まれ。

容姿端麗であり、黒のロングヘアーと、紫の澄んだ眼が特徴的である、美女。両親を戦争で亡くし、唯一の肉親が、弟だった。

戦後になり、ユニバーシティにいく学費が欲しいが為に、働き詰めだった姉の代わりに収入を得ようと、氷河族の情報を知ろうとした。その結果、その惨い制裁を受ける事となった。

それが彼女の人生を大きく変えた。今、ウィリアはバンディット……それも、情報分野に特化した形で依頼を受けている。その上で、組織に入っているのだ。全ては、弟を嵌めた人間に対して復讐を果たす為に。

彼女が追う人物。ノード・ベルン。北欧にあるクレーディト・メカニクス社の社長を務める人間であり、氷河族と密接な関係を築いている男だ。この男は自社のMSであるファドゥームをあらゆるジャンク屋、テロ組織、武装勢力などに売りつけ、その利益を確保していった。

今、彼女はギィルと共にオスロに居た。オスロ市内にある、ホテルの一室にて。シーツ越しに裸姿の彼等の、会話があった。外は時期と地形もあってか、雪が僅かに降っている。

「様子は?」

「全く動きが無いわね。GPSの点滅している光が全然動いてくれないの。目的はあくまでもノード・ベルン。しかし、動く気配がない……妙な事だわ。」

ウィリアは、端末を確認しながら情報を見ている。そこに映っていたのは、小さな光が点滅している画面だ。

「にしてもお前は危険な真似をよく出来るもんだ。逆探知されたら襲撃されて終わるぞ?」

「そうならないように、小細工をしているのよ。発信機の位置はこことは全く違う場所。所謂ダミー。それも、三箇所。組織の人間がそこを襲撃したとしても、もぬけの殻という訳。あの時の失敗があったとしても、私は予め準備をしていたという訳。」

ウィリアは、以前ローマでノードと交戦した際に、ノードの身体の一部に触れていた。それこそが、発信機であり、GPS機能を用いて彼の場所を追う事が出来るように仕組みを作っていた。以前はギィルを負傷させてしまい、ノード・ベルンの暗殺に失敗はした。だが彼女は次のチャンスを活かす為に、入念な準備を行っていたのである。

「音声情報も連中に聞かれることは無い。何故ならば、音源は三箇所の“どれか”に置いているから。つまり、ここは安全なの。後はノードがどう動くのかを、見るだけ。」

ウィリアの機転は両者を救った。もし、何も準備をしていなければ、今頃組織に殺されていただろう。

「流石は情報分野を扱うバンディットといった所だな。その上で組織に所属しているってのも、妙な話だがな。」

「貴方を危険に巻き込んで申し訳ないとは思っているわ。先に謝らせて。ごめんなさい。」

ウィリアは、深く、頭を下げた。

「お前から金は得ている以上、こっちとしても仕事はする。ただ、気になるのは連中の動きだ。奇妙と言える程に、動きがない。」

彼等が見ている情報。それは変化のない、GPSの動きだった。ノードの動きを見ている彼等だが、全くと言って良い程動きがない。これは、一体……?

「仮説を立てるとすれば、オスロ内にあるクレーディト社本社に奴は居るのかも知れないわ。」

ウィリアが、言った。

「本社の状況は全く分からない。情報も謎に包まれている。その中で、奴の場所だけが点滅しているのは妙な話ではあるけれどね。」

GPSも万能という訳ではない。戦争状態である世界情勢。ビーム粒子が飛び交う戦場において、こうしたものは“ラグ”が生じる可能性がある。所謂位置情報のエラー等だ。ウィリアがノードに対して装着した、発信機は彼自身に装着してはいるのだが、その正確な情報が完全に把握出来ているという訳ではない。もしかすれば、違う位置にいる可能性も否定出来ない。

「GPS自体が原始的で古いやり方ではあるが、まあ、大まかな場所を特定するのには良いのかも知れないな。結局、そこから詳細を知るには人間の言葉が必要って訳か……」

ギィルが言った。実際、ウィリアはホルステブロにてマレースにノードの居場所の情報を聞いた。その結果で、彼女は動いている。しかしローマでの失敗が尾を引き、今に至るという訳だ。

「だから私は多くの男と性行為を繰り返した。情報を聞き出す為に。その中でも、貴方との交渉は時間を要した。けどその腕は間違いなく本物よ。だから、貴方の事は信頼もしている。」

ウィリアの美貌は武器だ。それによって情報を吐いた人間は数知れない。実際、彼女はその美貌で今の地位を築いていると言っても過言ではない。それも、彼女が以前に言っていた“信頼されるポジション”を得る為の一つの手段と、言えるだろう。

「ま、以前はヘマを踏んじまったが……何にしても、男ってのは本能に従い易い生き物だからな。誘惑されたら抗えねぇんだろうな。ま、それとこれとは話が別だ。」

ギィルが腕を組み、天井を見上げていた。

「にしてもお前と一緒に行動していて思ったのが、クレーディト社と氷河族がこれ程密接に絡んでいるってのが気になる話だ。アルメジャン紛争をきっかけに株価を上昇させて、利益を得続けているんだろ。クレーディトは。」

「ええ、そう。それが気になって、私は情報を知ろうとした。恐らく……いえ、確実に彼等は手を組んでいるわ。実際、ファドゥームがアルメジャン紛争後で各地の武装勢力やテロリストに行き渡る様になって行ったもの。この時点で、“黒”よ。」

アルメジャン紛争後、クレーディト社は株価を軒並み上昇させ、利益を得ていた。その背景にある、ファドゥームの展開。更に、それらと関連している氷河族の存在。こうした情報を照らし合わせた結果、ウィリアは、氷河族とクレーディトが密接に絡んでいるものと、断定したのであった。

「お前が言うように、仮にクレーディト社の売り上げや、氷河族の行動を繰り返して行って巨万の富を築いていたとして……俺等の、“ボス”は何がしてぇのかが分からないな。」

疑問に至る、彼等のボスの存在。彼等は氷河族に所属はしているが、そのボスの狙いそのものが不明だ。姿形も分からない存在。ただ、命令通りに動く事しか出来ない彼等。その存在に疑問を抱く事自体、禁忌ではある。

「ああ見えていろいろ使っているのよ。恐らくだけど……ね。ボスがもし、これ程に事業を展開していて、多くの金を得るのは、別の理由があるのかも知れない。」

「分からねぇな。維持費の為か?」

「それは、一つあるでしょうね。」

ウィリアは静かに言った。

「……けど、仮に氷河族のボスがクレーディト社を始めとした事業展開し、これ程に巨万の富を築いているのには単なる維持費で済むとは思えないわ。」

ウィリアが言った。天井を見上げていたギィルが、ウィリアの方向を見る。

氷河族のボスが金を集めるのは単なる維持費ではない。ウィリアはこう考えている。では、一体何にこれ以上金を使うのだろうか。

「それで……これは推測になるんだけど、ボスにはもっと別の、目的があるのだろうと考えている。そんな気がするの。」

「別の、何か?」

「ええ、恐らくは。」

ここでウィリアは仮説を立てた。それは、ボスの目的だった。氷河族と言う裏社会のトップであるボスは巨万の金を搔き集め、私設軍隊を作り出そうとしているのではないかと、考えていたのだ。

「あながち、あり得ない話ではないと思う。戦後に成り上がった組織の人間が普通、MSなんて作ると思う?彼の野望が何かは分からないけど……私設軍隊を作って新生連邦や国連に反旗を翻す可能性は……ゼロではないと思う。じゃなかったら普通、こんなに金は集めない……その為にクレーディト社の社長であるノードを利用してMSを売り込むような事業展開をしている……そう、思うの。」

彼女の立てた仮説に対し、ギィルは言う。

「有り得る話かも知れねぇな。それで、今の世界情勢に参入するって魂胆な訳か?第三勢力、氷河族って形で。」

「それは分が悪すぎるわ。それだったら、新生連邦か平和国が疲弊しきった所を狙う方がよっぽど賢いわ。東洋の国、日本の言葉で言う、“漁夫の利”ってやつよ。」

仮説とはいえ、氷河族がクレーディト社を利用して事業展開するなら、それは辻褄が合う。

「組織の目的がどうであれ、私はやる事をやるだけよ。ここまで来た。もうすぐ、仇を打てるかも知れない状況なの。弟を嵌めて亡き者にしたあの男、私は許さない……!」

ウィリアの怨念の言葉が部屋に響く。一枚のシーツ越しに、その、長い指先は屈曲しており、いつしか握り拳を作っているのだ。

「恨みの為にここまで動けるってのは、ある意味凄ぇもんだがな。にしても、ノード・ベルンは何をしているのか……」

「恨みは行動原理に則るわ。人間の本能の一つかも知れない。そう考えると、人はやはり、感情で動く生き物と言えるわね。」

ふと、ウィリアはギィルの顔を見た。

「例えば、目の前に居る貴方に対して協力して欲しいと思う事も、ある意味感情を抱いているからなのだと思う……」

じっと、ギィルの顔を見つめるウィリア。その美貌は、彼の心を捉える。弟を大切に思っていた女性は、いつしか多くの男を虜にして来た魔性の女と呼べる人間へと変貌していたのだ。

 それに対し、ギィルは手を伸ばそうとする。彼女を、自らのものにしたいという欲が芽生えたのだろうか。

「聞きたい事があるのだけど、ギィルは私をどう思っている?」

「え?随分と突然だな……」

突然の質問に、ギィルは躊躇う様子を見せた。

「復讐に囚われ過ぎていて何も分からない女ってところか。でもお前の事は嫌いじゃない。」

そう言った時、ウィリアは寝返りを打つように彼と、顔を反対向けた。

「……少し、シャワーを浴びてくるわ。貴方の汗が少し、身体に纏わり付いてるから。」

だが、突如ウィリアは立ち上がり、裸のままベッドから起き上がり、歩いて、浴室へ向かった。残されたギィルは、その後ろ姿を眺めるだけだった。

 

 

 

シャァァ

 

浴室にて。全身にボディソープを塗って、泡立てているウィリア。やがて彼女はシャワーを全身に浴びた。水滴を垂らすシャワーは、女の身体に纏う泡を全て流していく。

(これから……か。どうなるんだろう。あの男を始末する事……私は結局、その為にしか生きる事が出来ない人間って事なのね。)

俯きながらウィリアは思った。全ては弟の復讐の為。その為に、多くの人間を利用してきた。その終止符が打たれるかも知れない。

 

―――――――――――復讐に囚われ過ぎていて何も分からない女――――――――――

 

ギィルの先程の言葉が彼女に響く。いつしか、弟の仇討ちが彼女の生き甲斐と化している状態だ。

だが、それが自分の人生なのか。復讐の為に生きる事が自分の人生というのも、複雑な心境と言えた。

(私は、所詮……エゴイストなのかも知れない……多くの人間を利用して……そして、今、近くにいる人間までも……)

 

―――――――――――――でもお前の事は嫌いじゃない――――――――――――――

 

その言葉も、ウィリアには響いた。“嫌いではない”という言葉に対し、ウィリアは素直に喜びを抱くことが出来ていた。

(不思議ね、多くの男に抱かれていても、結局人に対して思う事が出来る感情、私にはあるんだ。そんな気持ちなんて、とうの昔にどこかに捨てたと思ってたのに。)

 

キュッ

 

止めたシャワーの水滴が静かに零れ落ちる。水溜りに映るのは、復讐と言う感情と、愛情という感情で揺れ動く彼女の美しい顔貌。ノード・ベルンを殺す事で満たされる復讐心と、ギィル・オカザキに愛情を抱いてしてしまった悲しき女の顔が、水滴によって形を変えながら映し出していたのだった。

 

 

 

 シャワーを浴びたウィリアは、全身をタオルで拭き、髪を乾かす。その際、ギィルが彼女の側に現れた。引き締まった身体に、銃弾で撃たれた傷跡が幾つも残る。彼がスナイパーとして生きて来た証とも言える、その傷跡はある意味、象徴として残っている。

「どうしたの?」

「裸で女がうろついていて手を出さない男が居る訳ねぇだろ。それに、お前の依頼のせいで死ぬかも知れねぇんだ。」

「それは、私の台詞でもある……結局、ギィルは私のせいって言っちゃった。」

「裸で居る女相手に本心を隠さずに居れるか。」

「そうね……それが、男だもの。でも、私も女だわ……」

髪を乾かすのを中断したウィリアは、ギィルの唇を奪った。舌を絡ませていき、ヒートアップしていった両者はそのまま、ベッドの海に沈んでいくのであった。

 感情とは、人の生きる源なのだろうか。彼等の仕事への情動は、ある意味、本能から成り立っていると言っても過言ではないのだろうか。

 

 

 

その頃、オスロ付近上空を移動している新生連邦軍の艦が五隻あった。いずれもマドラ級で、小規模の艦隊と見られる。

現在この艦は前方にある一機のMSの姿を確認した。見るからに怪しげな黒い機体である事が確認できる。デスゲイズだ。メイド・ヘヴンが登場している。しかしなぜそこにいるのかが分からない。

「こちらJ-64部隊B班。前方に一機のMSの存在を確認。ライブラリ照合の結果、分かりません、未確認MSです。どうしますか、中佐。」

「ふむ……よく分からぬ奴だ。様子を見よう。迂闊に攻撃は仕掛けられない。MSを展開しておけ。他の艦にも伝えるように。」

そして五隻の艦から無数のジョゼフやエグゼマーが発進された。エグゼマーはMAの状態で、大型ビームライフルの方向をそのMSに向けている。

十分な態勢の中、士官はMSのパイロットに対して言った。

「そこのMSのパイロット。何者だ。名乗れ。」

不審に思うのも無理は無い。まず今までに見たことの無い機体である事、そして不自然に堂々と新生連邦軍の航路の前に立ち塞がっていると言う事。明らかに挑戦しているようにも見えたが、冷静な判断を下している新生連邦は様子を伺っている。そして、士官が聞いてもパイロットは反応無し。無言だった。

「答えないか。貴様が何者か分からぬ以上、こちらも強硬手段に出ざるを得なくなる。それとも素直に捕虜になるか。」

士官が述べた次の瞬間、パイロットは静かに口を開けた。

 

「てめえらが望むなら名乗ってもいいぜェ。アホ共」

 

「なんだ、いきなり喋っただと……?」

動揺を隠せない様子の士官。メイドの言葉に対して新生連邦のMSはそれぞれ所持する武器を構えた。

「そうだなぁ、強いて呼んでもらうとしたら……

地獄の使者ってところかねぇ!!!」

 

ビゴォン

 

次の瞬間、死の旋風は目覚めた。機体のモノアイか輝いた時、デスゲイズの両前腕部に備え付けられている有線式ビームサーベルが触手のように動き出し、瞬く間に六機のMSを貫いた。

「こ、攻撃しろ!叩き落とせ!」

小隊長が攻撃指令を下した。言われるままにビームライフルの雨がデスゲイズに向けられる。が、ビームは全て弾かれた。

「ビーム、マッガーレ。」

メイドの言うように、ビームライフルはデスゲイズに近付いた瞬間に別の方向へ曲がるように向かい、蒸発した。デスゲイズにはその機体全体にバリアーフィールドジェネレーターが展開されている為である。

「馬鹿な!?なんだこいつは?」

ためらう兵士。だがその瞬間にデスゲイズの前腕部にある二連装ビームキャノンに撃ち抜かれた。

更にデスゲイズは猛威を振るう。ビームサーベルはシンギュラルタイプである彼の意思通りに動き、容赦無く新生連邦のMSを攻める。

「ハハァ!」

するとデスゲイズは変形した。それと同時にバックパックの先端からビームが放出される。バリアーフィールドが搭載されていない、新生連邦のMSは次々と破壊されていった。

MAに変形しても有線式のビームサーベルが猛威を振るう。容赦の無い攻撃は次々にMSを破壊していった。

 

グォンッ

 

すると、突如再びMSに変形した。怪しげなモノアイは相変わらず輝き続けている。直後に、デスゲイズはマドラ級に攻撃を加え始めた。腹部が輝いたかと思えば、メガビームカノンが放出された。そして、それは艦を一撃で葬り去った。マドラ級はただの残骸と化し、大爆発を起こして撃墜した。

「いちィ!」

デスゲイズの存在に動揺しつつも攻める新生連邦のMS部隊。

ビーム粒子による攻撃が通用しないのならば、実弾攻撃を加えるまで。だがその肝心な実弾も、デスゲイズの堅牢な装甲の前ではほぼ、無力だった。

ジョゼフやエグゼマーの実弾兵器はあくまでも補助兵器として利用されている為、まともなダメージを与えることが出来ない。その上デスゲイズの機動性もあって、当たらないのだ。

擦れ違う際、六機が破壊された。そしてデスゲイズから放たれる無数のビームの嵐。これらによって新生連邦は甚大なダメージを受けていた。

「MS部隊60%ロスト!このままではあの機体に壊滅させられます!」

「ええい!たった一機に何を手こずるか!応戦しろ!」

遂には、戦艦からの集中砲火も浴びることになったデスゲイズ。だが相変わらずビームは弾き、実弾は避ける。

やがてデスゲイズは二隻目のマドラ級をビームサーベルで串刺しにし、破壊。有線は展開した後に本体に収納されていく。

「にィ!」

続いて三隻目を破壊しようとした矢先、ある、一機のジョゼフがビームサーベルを展開したまま迫ってきた。メイドはそれを見て微笑み、ジョゼフの頭上からビーム刃を突き刺した。串刺しの状態で、そのままジョゼフは破壊された。

「ば……化け物かッ!?」

後退しつつ、実弾兵器を撃ち続けるエグゼマーとジョゼフ。しかしデスゲイズにそれらは一切通用しない。

「オラァ!もっと本気出して見せろアホ共ォ!」

多くのMSを破壊したことで、勢い付いたメイド。その瞬間腹部から再びメガビームカノンが放出された。凄まじい破壊力で、一度に二隻の艦を貫き、破壊する。

「さァン、よォン!!」

最早、“無双”と呼ばんばかりの強さを見せるデスゲイズ。一機のMSの凄まじい力を見せ付けられて新生連邦軍は撤退を余儀なくされた。しかしデスゲイズは撤退する新生連邦軍に対して追い討ちを掛けるように有線のビーム刃を展開し、撤退するジョゼフを串刺しにした。

その直後、デスゲイズは変形し、怪鳥の姿になった瞬間。元々腹部だった部分が突き出て、そこに徐々にエネルギーが集中しているのが見えた。

「死にさらせェ!!」

次にメイドがスイッチを押した瞬間、それは放出された。

ヴァイダーガンダムのルイーナシステムと同様の原理で作られているデスゲイズ最強の兵器、デス・ランチャー。それが放出された瞬間に、前方で戦線から離脱しようとしていたマドラ級を含むMS部隊は全て消滅した。

余りに、一瞬の出来事だった。ただ青白い一筋の光が過ぎ去っていくのは肉眼でも確認は出来る。

「ごぉ。……また、つまらんものを切ったり撃ったりしてしまったぁぁ!!うひゃあああ!やっぱ戦争はこーでねぇとなァァァァァッ!!!」

たった一機で、これらを全滅させたメイド。デスゲイズは新生連邦にその力を見せつけた。

 そもそも、何故、デスゲイズがこの場所に居たのかは不明だ。まるで、彼等を壊滅させた

事を愉悦と感じているメイド。以前のシュネルギアへの襲撃も去る事ながら、この男の身勝

手な暴走行為は、次第にエスカレートしていく可能性が、高いと言えた。

 

 

 

 ウィリアとギィルが行為を終え、横たわっている。ウィリアにとって異性との性交渉はあくまでも、情報を得る為の手段に過ぎなかった。だが、それが違う形となったのはギィルと居る時が初めてだったのだ。

 それは、ギィルも同様だった。彼自身も女性相手に特別な感情は抱いていなかった。だが、ウィリアに対しては違う。特別な感情が、彼を支配していたのだ。

「貴方と“した”のは今回が初めてだけれど、激しさを感じた。求められるって感じなのかな、これが。」

「やらしい女だ。……少し気になったけどさ、お前、“印”はないのか?」

ギィルが言った、“印”。それは、ゼオンが以前組織の存在を否定する為に自らを傷つけるきっかけとなった、存在である。

「事情があってね。貴方にはあったわね。……右のお尻に。」

「氷河族の象徴らしいからな。よく分からんが、まああんまり気にはしていないけどな。」

「印……あの印が貴方に付いているのね……ん?」

 

 

ガタンッ

 

互いが行為の余韻に浸っており、尚且つウィリアがギィルの右臀部に付いている印の存在に疑問に思った時。物音が聞こえた。

彼等のように、裏社会を生きて来た人間はこうした音に敏感だ。自分達を襲う、“何か”が来るかも知れないと、最初に警戒をするのだ。

「今の音は……?」

「警戒するに、越したことはねぇな。銃を持ってドアの前に立っておけ。」

「ええ……」

ギィルの命令通りに動く、ウィリア。拳銃を持ち、ドアの横に待ち伏せするように、立つ。

 ホテルに突然の来客が来る事は、本来有り得ない。ルームサービスなどのアポイントを取っているのならば話は別だが、彼等がそうしたアポイントを取る必要はない。なら、先程の音は明らかに“異質”な存在の音だ。

「誰だと思う……?」

「俺等を追ってきた奴等か?いや、だがここがばれるとは考えにくい。」

ウィリアの仕掛けたGPSは逆探知をされても世界中の別の箇所に発信源が特定されるようになっている筈。ならば、何故ここに彼等の場所が分かったというのか。

 ギィルの言うように、彼女達は追われても仕方のない立場だ。クレーディト社の社長を暗殺しようとした事は既に、知られている。その保険を掛けたウィリアだが、もし別の方法で敵が彼女達の情報を知っていたとすれば、それは意味を成さなくなる。つまり、今の状況は危険だという事だ。

 ここは窓のないホテルの一室。外からの侵入は、防音も備わっている筈の部屋なのに、音が鳴る事自体が、おかしい。どういう事なのか。

「ギィル、その可能性は、否定した方が良いかも。」

「だろうな――」

 

ダダダダダダダ

 

銃声が響いた。彼等の予感は的中した。機関銃による強引な突破。暗殺のような隠密な殺し方ではない。明らかに、派手に殺す気でいるやり方だ。

 ノードの暗殺未遂で彼等を報復で殺そうとするのなら、もっと確実な方法があるだろう。サイレントガン等によって、静かに殺す方法だ。その方が確実である。だが何故、このように、事を荒立てるような事をするというのか。

 少しして、男が入って来た。それも、二人。彼女達を殺そうとする者達だ。間違いなく、先の暗殺未遂に対する報復だろう。

 

パァンッ

 

この瞬間、一人の男の頭部をウィリアが撃ち抜いた。突然の攻撃を受け、男は即死。頭部からは血が溢れんばかりに噴き出ており、ウィリアの足に付着した。もう一人の男はこれに驚愕し、銃を構えるが、ギィルが頸部に銃を突き付け、脅した。

「てめぇ、誰の差し金だ?」

「てめぇらが知ってるだろうが……!」

男が、言った。

「ノード・ベルンか。」

「知ってんじゃねぇか……!」

やはりノードの差し金だった。報復で、彼等は狙われたのだ。

 だが何故この場所が分かったのか。それが一番の疑問であった。

「何故ここが分かったの。」

「社長がてめぇの事を知っていたからに決まってんだろうがマヌケ!どの道てめぇらは終わりだよ。既にここはほとんどの人間が殺されてるんだ……!」

「どういう事……?」

何を言っているのかが、理解出来ない。目の前に居る男は、何を言っているのかが不明だ。

「ここのホテルが氷河族の管轄だって気付かなかったようだな……!ウィリア・ラーゲン……!」

「何ですって……!?」

男が語る、真実。それは、ここが氷河族の管轄のホテルという事だ。

 密会などで使用される事の多い建造物。そこは確かに、情報のやり取りなどにはうってつけと言える場所だ。彼女達はノード暗殺の次の一手に備える為に、安全な場所を探したつもりとなっていた。それが、甘かったのであった。

「氷河族管轄の施設で情報を筒抜けにしていること自体がマヌケって事だぜ!このアマァ!」

男が叫んだ。しかし、その時にギィルは機転を利かし、男の両足に向けて発砲したのであった。

「ぎゃあああっ!」

激痛が男を襲う。撃たれた衝撃で血が溢れる。その上で、ギィルは再び男の頸部に銃口を突き付けたのだ。

「つまり逃げ場はないって事だ。ならば話は早い。戦うしかないって事だ。お前、命は惜しくないか?」

ギィルは男を脅し始めた。その目的は、ただ、一つ。

「ウィリアの言っていた、GPSの逆探知対策が失われて、俺達はまんまと氷河族の巣に入っちまったんだ。じゃあ、原始的な情報収集を行うまでだぜ。ノード・ベルンは何処にいる?」

「知ってどうする気だぁ……いでぇ……いでぇぇぇ……」

「口を割らなきゃてめぇを殺すぞ?早くしやがれ!どの道このままじゃ出血多量で間に合わなくなって死ぬぞ!」

激痛を訴える、男。その上でノードの居場所を吐かせようとする、ギィル。最早GPSの効力が成さないものと考えていた為、直接聞くしかないと、考えていたのだ。

「ギィル、私がやるわ。多分、もっとしないと口を割らないでしょうし。」

そう言った時、ウィリアは側にあった鋏を所持した。それを使い、何をしようと言うのか。裸の美女はそのまま腰を下ろし、鋏を突き立てる――

 

グサッ

 

勢い良く、銃が撃たれた箇所に下ろされた。激痛で悶えていた男は更に痛みを訴え、叫んだ。

「ぎゃあああ――!」

男は暴れようとするが、それを更に、抑える為に鋏で刺し続けるウィリア。その度に、血液や肉片が飛び散る。躊躇いなくこのような行動が出来る彼女は、ある種、冷酷と呼べるのかも知れない。

「ねえ、教えて。ノード・ベルンは何処に居るの?」

ウィリアの目が虚ろだ。ある種の恐怖さえ感じる。どこか恐ろしい、この女を前に、男はただ、怯えるばかり。

「み、南だ……!」

「そ。ありがとう。」

 

チュッ

 

ウィリアは、男に対して接吻を交わした。激痛の中、美女にされる接吻と言うのはどのような感触なのだろうか。痛みは、この行為だけで和らぐと言えるのだろうか?

 

パァンッ

 

だが、行為の後で男は絶命した。ウィリアが自らの手で引き金を引き、殺害したのであった。情報を吐かせた上で、彼女は氷河族の構成員と思わしき人間を殺した。生かす事なく、無

慈悲に。

「セックスした後で別の男とキスをするか?お前は、どこか人間的に壊れている所があるな。」

ギィルにもこの行為に呆れられてしまっていた。殺害した事よりも、一連の行為に対しての理解が追い付いていない様子だったのだ。

「私はそうやって生きて来たの。貴方もそれを分かった上で私と一緒に居てくれているのでしょう?嫉妬したの?」

「お前みたいな女を相手にするのに真面目な感情で居られるか。けど呆れてるんだよ。その異常性に。」

「弟を殺されてから、私はとっくに異常者よ。それより逆探知対策も意味がなかった事が分かったわ。もう、ここには居られない。恐らく別の刺客がここに来るでしょうね。」

下手をすれば殺されていた、彼女達。殺されるのならば、守るしかない。それが今の彼等に出来る事。そして、進むしかない。

 幸い、口を割った男は組織に対する誇り、忠誠心は然程無い様子だった。故に、ノードの居場所を話したのだ。そこから得られた情報、ヴェストラン。そこに彼女の仇が居る事が、明らかになったという訳だ。

「行きましょう、ギィル。」

「具体的な場所の検討が付いていないのにか?」

「いえ、南部には心当たりがあるの。あくまでも、“賭け”だけれども。」

狙われているのならば、動くしかない。仇のいる場所である南の場所。そこが次なる目的地だ。このまま籠り続けていても刺客に殺されるだけ。ならば、そこに向かうしかない。

無論、虚偽の可能性も有り得るが、今は行動するしか、ないのだった。

 

 

 

 ウィリア達はホテルを脱出した。脱出する際、多くの遺体が目についた。彼等を殺害する為だけに、恐らく多くの人間達が虱潰しの如く、殺されたのだろう。やがて彼等は車に乗り込み、ホテルを後にし、南部へ向かった。

 南へ向かう途中、ギィルが運転席から聞いた。ノード・ベルンが居るとされる南部の地に、ウィリアは心当たりがあるというのだが、それは何なのかを、確認する。

「心当たりがあるっていうのはどういう事だ?」

「オスロのオークションの話、聞いた事ない?」

「聞いた事は……あるな。詳しい事は分からんが。」

首都オスロの南部に位置する場所にて行われているその闇オークション。客の中には物好きな貴族や、表向きでは有名な政治家の姿が多々見られる。一般市民が参加出来るようなオークションでは決してない。

それは、競り出される品は基本的には膨大な額の商品が多い。まず、市場では出回らないような価値のある品物が競り出される。ただ、そのオークションは極秘に行われている。貴族が主催することもたまにあるが、基本的には氷河族等の裏の組織が主催している。極秘故に、厳重な警備が施されている。入口には訓練されている組織の一員や、バンディット等がこの役をする事がある。

その歴史は、新しい。戦後になり、一般的に知られていない娯楽の形として政治家や貴族の間で楽しまれているオークションだ。主催者は、氷河族のような犯罪組織が絡んでいるのだが。

一度行われれば、法外な額が動く、そのオークション。その収益金は、氷河族の活動資金として存在している。クレーディト社や、氷河族の行っている事業である特殊麻薬の普及などに並ぶ、収益方法の一つだ。だが、それは毎日行われている訳ではない。だが、海上の存在は決まっているのだ。

「現代の娯楽の一環としてそのオークションが定期的に行われているという話を聞いたことがあるの。ノード・ベルンがクレーディト社の社長であり、氷河族と密接な関係を持っているのならば、恐らく、オークションは行われている可能性が、高い。」

「願ってもない、チャンスって訳か。」

「どの道私達は動かなければならないわ。でないと殺される。なら、せめて奴を倒すだけ。ごめんなさい、ギィル。私の為に貴方を巻き込んでしまったわね。」

ギィルは雪降る中を、静かに運転しながら言った。

「こういうのは、一心同体って言うんだろうが。別に俺は組織に忠誠を誓った訳じゃねえ。やれる仕事はするだけさ。こういう時の愛情っつーのは、武器になるな。」

「分かりやすい人ね、ギィル……」

「“人間”だからだろうな。組織の人間であれ、俺は人間だ。」

組織の人間同士の恋愛と言うのは、彼等以外にもあった。同じ所属の、ニーアとケネールがそれらに該当する。常に死と隣り合わせの環境であるが故に、互いの感情が高ぶり易いのかも知れない。

 

 

 

 オークションの会場が見えてきた。だが、その周囲は厳重な警備がされている。雪国の中で、異彩を放つその建造物は住民が見ても、違和感が凄いだろう。ウィリアの言うように、恐らくここに彼等の標的、ノード・ベルンが居る可能性は、高いと考えられた。

 だがそもそも、この会場に入る事は出来るのか。それが問題だった。厳重な警備兵達が居る状況の上、彼等は特別な許可書などを持っていない。こうした場所は会員証等が必要とされることが多い。それらを持ち合わせていないのに、どうやって中に入る?強行するのは死と同義だ。

だが憎むべき仇が見えているのに、ここで引き下がる事など、出来る筈がなかった。車の中で、彼女達は話をする。

「どうやって入る気だ?それに、あの中に“標的”が居ない事も視野に入れないと行けないぞ。あくまでもあの男が言ったのは“南”にノードが居ると言っただけに過ぎない。実際に居るかどうかは、分からないぞ。それにあの警備だ。正面突破等、無理も良い所だぞ。」

「それは分かっているわ。でも確認しなければならない。」

「どうやって?」

「……ねえ、良い考えがあるかも。」

「考え?」

ウィリアの突然の言葉に、疑問を抱くギィル。

「外見だけでは、あの中を突破するのは不可能。でもね、所詮あそこにいるのは人間……それを利用するの。」

「人間を利用する……?どういう事だ?」

何を言っているのか……と、首を傾げるギィル。

「私に任せて。少し待っていてもらえるかしら。」

そう言った後、ウィリアは車内で突然着替え始めた。

 すぐに、彼女の姿は先程までの普段着ではなく、黒地のドレス姿を纏った。外見だけの印象を見れば、どこかの貴族か、VIPの令嬢に見える。その美しい姿に、ギィルは少しばかり、見惚れてしまう。

「お前、何を考えている?」

「ちょっと……ね。」

美しい笑みを浮かべた後、ギィルと接吻を交わしたウィリアはその姿のまま、オークション会場の入口へ歩みだす。この時、ギィルは、彼女の指示に従う事しか出来なかった。

 彼女の行動自体、賭けと同義だ。だが彼女達は、行動しなければ組織に殺される身でもある。ならば、行動して、弟の仇を討つまで。ウィリアの復讐劇が、幕を開けようとしていたのだ。

 

 

 

ドレス姿のウィリアは、堂々と入口の前に現れた。彼女が移動した先には、スキンヘッドの重装した男が、銃を構えている。だが、ウィリアはそれに脅えることなく兵士に近付いていく。

「参加者の方ですか。参加状を拝見致します。」

渋い口調で男は口を開いた。だがウィリアは笑みを浮かべている。

「私はね、オークションの会場なんてどうでも良いの。それより、貴方に興味があるの……。」

「……はぁ?」

美女に〝興味がある〟と言われて戸惑いと同時に嬉しさが込み上げてくる男。男の方は笑みが絶えず、戸惑いつつも高圧的な態度を崩さない。

「何の……つもりだ……?」

「少しお話がしたいの……私、貴方に興味があるから。ね?」

男にウインクをすると、男は顔を赤めた。硬派な印象を持つ男だったが、恐らく、女性に弱いのだろう。ウィリアはそのまま男の手を握り、人気の少ない場所に男を誘導する。ドレス姿という軽装ではあるが、重武装した相手にも引けを取らず、堂々と男を翻弄するウィリア。

会場の入口から少し離れた場所で、男女がいる状況。重武装した男は顔を赤め、笑みを浮かべる。明らかに浮ついた様子だ。

それを見たウィリアは、まず、男の唇に向けて接吻を交わした。そして、そのままぐいと壁側に押し寄せるウィリア。その間重武装している男は何も出来なかった。ただウィリアの思うままに何もできない様子だった。強面の男とはいえ、美女からのテクニックには叶わないと言うのだろうか。

やがて互いの唇を離すと、男は身に纏っていた武装を脱ぎ、軽装になる。こうとなれば、男はウィリアの虜も同然だ。

「お前……何を考えている?」

「言っているでしょう?私は貴方に興味があるって。ウフフ……」

美しい笑みは男を虜にした。男はどうすれば良いか分からず、ただただウィリアに翻弄され続けた。今、この場におけるイニチアティブは彼女が握っていると、言える。

「はぁ……この女……すげえ……」

「そう……?ありがとう……」

その後に再び、熱い接吻を交わす両者。ウィリアは男との行為を躊躇いなく行っている。これも、復讐の為の行動の一環なのだろうか。

 

ジャキッ

 

接吻の最中、ウィリアは突然、手錠を取り出した。男はキスに夢中でそれに気づいていない。

やがて互いの行為が行われている最中で、男に気付かれる事のないまま、ウィリアは男の両手を手錠で縛った。

激しい接吻行為の後で、茫然としていた男だったが、両手が動けないのを確認した時、まるで目を覚ましたかのように困惑していた。その姿を見て、嘲笑うウィリア。その笑みはどこか妖艶で、色香を漂わせている。

「あ……いや……俺は……こう言うプレイは趣味じゃないんだが……でもあんたが気に入ってくれるなら……喜んで応じるよ。」

「嬉しいわ。」

その時、ウィリアは右手で男の股間部に触れる。明らかな痴女的行動であるが、男は喜んでいる様子だ。潜在的なマゾヒストなのだろうか。

しかしこの時、ウィリアは左手を差し伸べ、ポケット内から、一枚の紙を奪った。その行動に気付いた男は、すぐに反応し、声を荒げた。

「貴様!?」

「ごめんなさい、貴方に恨みはないわ。でも……このオークションを主催しているであろう、人間に対して恨みはあるの。そしその手錠、もう外れないようになってるもの。下手に暴れない事ね。さもないと、手錠自体が爆発して、腕がなくなっちゃうわ。アハハ……じゃあね。」

最後に、ウインクをして、ウィリアは去った。

彼女が用意した手錠は特殊なもので、爆弾が組み込まれている。多少の衝撃でも手錠のセンサーが反応して爆発する仕掛けになっているのだ。この罠は彼女の美貌と、その淫靡な行動と相性が良く、彼女の狙いの成功に繋がったのである。

だが、ウィリアが手に入れた紙とは何か。それを持ち、彼女は車へ戻っていく。

 

 

 

ドレスを着たウィリアがギィルの元へ戻って来ると、そこで得たものを彼に見せた。

ただの紙に見える、それを見て、疑問を抱くギィル。

「それは?」

「オークションの招待状。警備の男から奪ったわ。これがあれば、中に入る事が出来る。」

「随分と、前時代的だな。もっと、デバイスとか端末とかを利用するんじゃないのか?」

紙の正体は、招待状だった。だが、この時代に紙を使った招待状など、ギィルが言うように、明らかに古典的と言えた。

「ところが、それがそうでもないの。」

それを否定する、ウィリア。

「貴方の言うように、紙媒体は情報としては古過ぎると言っても過言ではないの。でも、こうした闇のオークション等の、あまり公にしたくない事に関しては、話は別よ。」

このオークションで並ぶ品はいずれもが市販、ネットなどで手に入るような代物ではない。裏ルートから取り寄せたものばかりが出品される。酷いものならば、生物の遺体や、人体の一部等。

 氷河族が行っている事の一部が、この闇のオークションによって出品されるのだ。無論、こうした倫理的な問題のある内容はネット等ではほぼ、確実にマークされる。それに参加する人間も同罪だ。故に、参加者は紙を配られる。それも、一見何の意味も持たない紙だ。しかし、それが招待状なのである。その内容も、至ってシンプルだ。側から見た人間がそれに気付かないようになっている。つまり、このオークションに参加する人物は、相当、限られた人間になると言う事になる。

「この紙さえあれば、中に入る事が出来る。機械仕掛けのセキュリティにしていない理由は、外部からのハッキング等の対策をしている為よ。万が一有名な貴族や政治家がこのような悪趣味なものに参加しているって発覚したら、それこそスキャンダルになり兼ねないわ。主催している組織にも悪影響を及ぼす可能性があるから。」

「成程な、“風の噂”程度の話題にするって訳か。原始的な方法にする事で。」

「これだけ情報が氾濫している時代に堂々と闇オークションを開くには、原始的な方法が手っ取り早いと言う訳ね。でも、これが私達にとっては幸運と言える……」

彼女にとってオークションはどうでも良い。その主催者であるかも知れない、標的の男を今度こそ暗殺し、弟の仇を取る事が目的だ。

「んで、俺はどうすれば良いんだ?」

ギィルは頭を掻きながら、言った。

「私が中に入って中の様子を見る。そして、標的を見つけた時……合図を送るわ。」

「待て。中の様子も知らないのに合図なんて送れるか?」

「あの建物の形状を見て。」

ウィリアは車の窓から、オークション会場を見る。そこに映る、一つの窓。これを見て、彼女は笑みを浮かべた。

「大抵、ああいった建造物の中心部が会場となっている事が多いの。もし、今回の客が貴族や政治家を相手にするならこじんまりとした部屋では非常に失礼に当たるわ。なら、大広間を用意するのが組織としても丁寧でしょう?その上で莫大な利益を上げるのだから、当然よ。」

「流石の洞察力と言うべきか。」

つまり、ギィルの配置は決まったも同然と言えた。その窓を狙い、標的が現れれば撃てば良いのだ。

「あそこが会場だとすれば、主催者は必ず現れる。その男がノード・ベルンなら、狙い撃てば復讐は果たされる……ギィル、最後まで付き合って。」

「任せろ。」

「中の様子は適宜伝えるから。」

ウィリアの懸命な願いは、男の士気を高める。いつしか互いに恋に落ちており、その関係は互いのモチベーションを高める効果を持つと、言えた。

 再び接吻を交わした後に、両者は行動を開始する。ウィリアは会場内に潜入、ギィルは、窓から狙撃出来る位置への移動だ。クレーディト社社長、ノード・ベルンへの復讐が、幕を開けた。

 

 

 

オークション内部にて。天井にシャンデリアが吊り下がっており、独特の形状をした電球が多く見られた。来賓用の椅子も柔らかく、座り心地が良い。その光景は、闇のオークションとは思えなかった。

その上で、客人は、麗しいドレスや厳かであり、勇ましい印象を受けるスーツを着用している男性や女性の姿が多く見られた。彼女の場合は、黒いハイヒールに黒いドレスと、基本的には黒一色で自分を魅せている。ピアスやネックレス等のアクセサリはダイヤモンドを宿した類の物を着用し、自らをオークションに招かれた“ゲスト”として振舞う、ウィリア。 

この、美麗な彼女の容姿を見て、声を掛ける男が多数見られたがウィリアはそれらに対して全部冷静に対応している。

「貴女はお一人ですか?よければ、私と談話しませんか?」

紳士的な振る舞いをしてはいるが、ただの軽率な声掛け行為に過ぎない。それに対してウィリアは

「ごめんなさい、私、一人の方が良いの。」

と、寂しげな女を演出した。男は素直に諦め、元居た場所へ戻る。

しかし、こうした会場で、一人で居る事は返って目立つ。と言うのも、ウィリア以外の他の人間は二人以上で行動していたのだ。だがウィリアはそれでも焦る様子もなく冷静に会場全体を見つめている。

(あの男が居ない……?いや、そのような事はない筈……)

現在、会場にいる人間の数は三十人程度。その中で、周囲を見渡すも、ノード・ベルンの姿はどこにも見当たらなかった。

まさか変装しているのか?違う。このような場所で変装する理由が無いからだ。そこで、彼女は考えた。そこで、近くにいた身なりの良い男に尋ねてみた。

「あの」

「はい」

白い髭が多く生えている、紳士的な男性だった。上品な印象を持つ、この男性。だがこのような人間が闇オークションに参加していると考えると、一概に外見だけで判断は出来ないものだ……と、考えてしまう。

「このオークションに参加される主催者の事を、何かご存知でしょうか?」

「いえ、詳細は私も伝えられておりません。」

「そうですか……。」

有益な情報は掴めなかった。しかし、間違いなくどこかにノードがいると、彼女は確信していた。オークションの開始までまだ時間があったため、身だしなみを整える為に、一度化粧室へ向かった。

 

 

 

化粧室で一人、髪を整えていると、彼女はそっと溜息を吐いた。確かに今回で憎きノードを殺すことができる。しかし、それと同時にギィルを危険な目に遭わせ兼ねないのだ。

出来る事なら、犠牲になるのは自分だけで良いと考えていた。ギィルはただ、殺してくれれば良い。後は自分の仕事。彼女は、ノードをおびき寄せるだけで良いのだ。ノードに接触する分、彼女の方が危険な状況と呼べる。ギィルの前では笑みを見せるウィリアだが、今の彼女に余裕の表情はない。

(ついに、ここまで来た……私のたった一人の弟を嵌めたあの男がここに居る……絶対に……許さない!)

ぐっと拳を作る。やがて拳銃を取り出し、弾を入れてそれを彼女の華奢な大腿部のホルスターに入れる。いつでも簡単に銃を取り出すことが出来るようにする為だ。実際に殺すのはギィルだが、万が一と言う事を考えての行動である。

不確定要素が多い中行動をするのは危険が多い。主催者が標的でなかったらという不安も、ある。しかし、その可能性は否定したい。何せ、彼女達は氷河族に襲撃をされている。その事から、敵としても彼女達を殺したいであろう。暗殺未遂であったが故に、その報復をするのは至極当然。となれば、敵の情報も割れているも当然。この場所が敵の居る場所である可能性は、十分に高い。

 ただ、残念だったのは彼女が念の為に仕掛けた筈の、逆探知行為のダミーが見破られていたという事だ。ノードに付けた筈の発信器は、役に立たないと言える。そこを見抜けていなかったウィリアは、ただ、それだけが情けないと思っていたのだった。

 

 

 

会場に戻ってきたウィリア。客の数は先程見た時と比べて増えていた。

皆が席に座り始めていたので、彼女も座ることにした。しかし美女が一人孤独でいることは、どうしても目立ってしまう。

背後で、男が彼女の話をしているのが聞こえた。さしずめ、美女が一人でオークションに参加しているのが気になった……と、言うべきか。だがウィリアの中で、気になるのはノードの存在、ただ一人である。主催者ならば、出て来い……と、言わんばかり。彼女は内心で、期待していた。

 

ガタンッ

 

照明が消えた。と同時に、一人の人物がライトアップされた。派手なノードの登場……と思われた。だが、違ったようだ。

(あの男じゃない……?)

彼女にとって、知らない人物だった。いや、まだ主催者が出る時間ではないのかも知れない。ただ、その時を待つしかない。男が祭壇上に現れた時に、ギィルが狙撃をすれば良い。

(これは序盤。恐らく何らかの時間の時に奴が現れる筈。それまでは待つしかない。)

状況が動くには時間を要しそうだ。自らが潜入し、標的の死ぬ瞬間を見届けるまで、彼女は粘る。万が一の為の銃も持っている。万全だ。恐らくは。

「ようこそ、道楽好きの皆さん!オークション会場へ!今回、司会を務めさせていただきます、マンディ・ノーランと申します。短い時間ですが、何卒、宜しくお願いします。」

客達は疑う様子もなく拍手をした。その中、一人ウィリアは拍手をしなかった。無言で無表情だったがどこか殺気が感じられる。鈍感な客達はそれに気付かず、目当ての品を得る為に準備をしていた。

 

 

 

「十番の方が上がりました!」

「更に上乗せ!」

オークションが開催された。出品されている商品は世に出せないような代物ばかり。ホルマリン漬けにされている生物の死骸という悪趣味なものや、市場に出回らないような貴金属類等。ありとあらゆる品物が出品される、闇のオークションだ。これらも、恐らく氷河族が絡んでいるのだろう。何よりも気味が悪いのは、こうした出品に対する司会者のテンションが常に高いという事である。生物の遺体や身体の一部という、一見倫理的に問題のある商品であれ、そのトーンを下げる事はない。これが気味悪く、そして参加者も皆が高揚しているという状況。側から見れば如何に異常であるかが伺える。この模様を、ウィリアは、一切手を上げることなく様子を見ていた。

(……あれは……?)

ふと、彼女は上を見た。そこには、窓があり、男が数人いる姿が見えた。遠くに見えた為に、どのような顔つきなのかは分からないのだが、一つ、確かな事が分かった。

 忌むべき敵、ノード・ベルンがそこに居たのである。つまり、彼女の予想は当たった。主催者かはさておき、少なくともオークション会場には忌むべき敵が居るという事が明らかとなったのだ。

 

 オークションは進んでいく。やがて休憩時間になった時、司会の男、マンディがある、男と話しているのが見えた。その姿を、ウィリアは見逃さなかった。

 ノード・ベルンが目の前に居る。間違いなかった。恐らく、何らかの打合せだろうか。願ってもないチャンスが、彼女の前に訪れた。ウィリアは今、眼前にいる憎き男を見て冷静を装いつつも激しい憎しみを覚えていた。

 やがて、ウィリアは静かに呟いた。

「見える?今、祭壇の端で司会の男と話をしているわ。」

『見えてるぜ。撃つか?』

「少し、我儘を言って良い?」

ウィリアの言葉にギィルは疑問を抱く。

『どういう事だ?』

「あいつには聞きたい事がある。即死しないように。でも、相手が動けなくなるように撃って。」

『オイオイ、そりゃ無いぜ。危険を承知でやってるのに。』

呆れた様子のギィル。それと当然の事だ。ウィリアの復讐劇なのに、何故即死させないのか。この場における彼女の言葉は、我儘以外の何者でもない。

「凄腕のスナイパーなら、出来るでしょう?我儘、聞いてくれたら貴方と、もっと一緒に居る時間増やしたいと思う。」

『……そう言われたら叶わねえわ。』

男という生き物は単純だ。美女に良い言葉を言われたら、断れない。それが土壇場の我儘であったとしても。それが自らを危険に追い遣る状況であると言え、美女の我儘を承諾するのだ。

やがて、雪が降る中で、ギィルは標的、ノードを暗殺用スナイパーライフルで狙撃するため、準備を始めた。片目に神経を集中させ、一人の人間を狙う。ウィリアの言うように、殺さない程度に。そして狙いを絞ったギィルの指は、引き金に近付けて、引く。

 

ピシュンッ

 

そして静かに、銃弾が放たれた。銃弾は火薬の派手な音を鳴らさず、静かに標的に向けて放たれる。それは、ノードの胸部に直撃したのだ。

「ぐああっ!?」

ノード・ベルンの激痛に悶える声が会場に聞こえた。何が起きたのかと、騒然とするこの場。

突然の出来事に皆は動揺していた。女性は叫び出し、他の客も何が起きたのか、と騒めいている。司会者の隣に居た男が、何者かに撃たれた事実は目を疑う光景だった為である。驚き騒めく観衆。その時、司会のマンディが幕を下ろすように指示をした。  

騒々しい状況の中で、ウィリアは一人、無表情だった。その上で幕が降りた状況は、彼女にとって好都合だった。血を流しているノードに対し、“聞きたい事”を聞く為に、彼女は混乱している会場の中を、一人走って舞台に上がった。

 

舞台上では次第に血が広がっていき、ノードは身動きが取れなくなっていた。しかし、辛うじて生きている。苦しそうに、撃たれた胸部分を押さえている。銃弾は心臓は外れており、その上で痛みを与えている。まさに、生かさず殺さずといった状況だ。ギィルの狙撃の腕は確かで、男に対して致命傷を与えない方法が、成功した。彼女の計画は順調に進んでいたのだ。

やがて、この男に立ちはだかるように、ウィリアが姿を現した。

「だ……誰だ……」

激しく息を漏らし、苦しみながらもそっと黒いドレスを纏った美女の姿を見る。呆然とウィリアを見た後、ウィリアは口を開けた。舞台には、ノードとウィリアの二人。司会の男、マンディはノードを助ける為に、場所を離れていた。彼女にとっては、今が絶好の機会だ。

「大丈夫?致命傷じゃないから死ぬことはないと思うけど……動けないでしょう?」

「女……?お前が……まさか……いや、しかし……見えなかった……女が撃ったようには……」

「ええ、その通り。私は撃っていない。」

血で塗れているノードを見つめるウィリアは、恐ろしくも美しく見えた。幕を下ろされ、今、舞台に居るのは二人だけ。この状況で彼女は銃を構え、ノードの頭部に銃を突き付ける。

「何の……つもりだ……?」

「私ね、貴方が許せなかった。今まで、ずっと貴方を憎んでいた。貴方は忘れているかもしれない。でも貴方に私の弟を嵌められた。そこから私は動いた。弟の仇を討つ為に、貴方に復讐する為に、この身を汚し続けた。全部貴方のせいよ。貴方が私を狂わせた。」

冷淡に語りつつも、その手は怒りに震えている。当然だ。目の前に弟を嵌め、彼女の人生そのものを歪めた男が居るのだ。許せないと思うのは当然だろう。

「な、何の事……だ……?」

「貴方は覚えていないのね。残念だな。ホントに。まあ、加害者は普通、何も覚えていないものだから。でも、ね、被害者やその家族はね、覚えているの。今、やっとそれが晴らせる。貴方を殺す為に、どれだけ人を陥れて来たか。」

そのまま見下すようにノードを見る。ノードは彼女の眼に対し、恐怖を覚えている。

「でもね、一番聞きたい事があるの。何故、弟を嵌めたのか。貴方がそれをしなければ、弟は死なずに済んだ。骨粉にならずに済んだ。苦しむ事なく、今頃はユニバーシティに通う事だって出来たかも知れない。」

「し、知らない……お前も、その、弟も知らないぞ!」

この言動が奇妙だった。今、この男は彼女が憎んでいるような男に見えない。ただの、命乞いをする情けない男にしか見えない。たった一人の肉親を嵌めるような真似をした、男の筈なのに、何故これ程情けない言動を行うのか。

「貴方、こんな状況なのに……どうして……どうしてこうもとぼけることが出来るの……?せめて、理由さえ教えてもくれないなんてね……そんな人間、存在して良い筈がない……」

ウィリアの目から、静かに涙が流れ落ちた。この男に対する憎しみと、絶望と、哀れみが一度に込み上げてきた為だ。手は震え、今にも、引き金を引きたくてうずうずしている。しかし、この男から理由を聞かなければ、納得出来ない。せめてその末路を見送りたい。彼女の中で、天秤が揺らぐ。今、この男は彼女の目の前で苦しみもがいている。

「よ、よせ……よすんだ……」

「貴方がこれ以上とぼけるのなら、もう必要はない。理由を聞けないのは残念だけれど……今度こそ……今度こそ貴方を……この手で……」

ウィリアはノードの眉間に対し、銃を突きつける。零距離の状態で、示指を引き金に絡ませ、静かに屈曲させていく――

 

パァンッ

 

銃声が会場全体に響いた。それと同時に、ノード・ベルンは昇天した。脳実質が液体の如く溢れ、その衝撃を物語る。惨たらしい光景であったが、これが彼女の仇。今、彼女の目的は果たせたのだ。

(ゲーン、仇は討てたよ……私、これで――)

 

ピシュンッ

 

「うあっ!?」

その直後だった。余韻に浸っていたウィリアを、静かな銃弾が襲った。ドレスの腋窩下部を掠れ、傷を受けた、ウィリア。

急いで、銃弾が撃たれた方向を見る。恐らく、彼女を撃ったのは暗殺用の銃であろう。ノードの部下が撃ってきたのなら、対処するしかないと、考えたウィリアは銃を構えた。

「なっ……!?」

だがそこで見た光景は、目を疑うような光景が広がっていた。嘘だ……としか、言い様がない出来事だ。

 

そこには先程目の前でとどめを刺した筈の、ノード・ベルンがそこに居たのだ。

 

「死ぬ事を覚悟してやっているんだろう。ローマで俺を殺そうとしていたものな。社長って立場は常に命を狙われる立場だから辛いものだぜ。」

「どういう事……なの……?」

訳が分からない。ノード・ベルンは殺した筈だ。なのに、なぜこの男が居るのか?幽霊?いや、そのような者がいる筈がない。ならば、何者?まさか――

「なんだ、そんなに驚いた顔をして。まあ、無理もないだろうが。同じ顔がいるんだからな。お前が憎いと思っている、その男の顔と俺の顔が!」

ノード・ベルンがもう一人居た。では、彼女が殺した人物とは何者なのか。ウィリアの動揺が止まらない。唾を飲み、体を震わせる。ただ、錯乱するばかりだ。

「俺達はさ、一卵双生児の双子なんだよ。お前が殺したその男はノード・ベルンじゃない。弟のナーダ・ベルン。そして……俺がノード・ベルンだ。」

「まさか……そんな……」

彼女が殺した男はノードではなく、弟だった。信じられない様子で、彼女は、〝本物〟のノードの方を見ていた。

「弟はな、影武者なんだ。社長の俺は簡単に殺される訳には行かないのでね。幸い、弟の存在は役に立ったというわけだ。元々俺と弟は仲が悪い。しかし金の話をすればすぐに食らいついた。そして、俺の影武者になってくれたと言う訳よ。」

同じ顔、同じ身長、同じ性格の男が居るという妙な状況。それと同時に、ローマでの違和感の正体も、理解出来た。

 ローマで向かいのホテルに居た筈の男が、何故かウィリアとギィルを先回りしているかの如く移動していたという事実。それが、彼等が双子であるのならば説明が付く。

「貴方が狙われている事は既に知っていたと言う事……?」

「そう。ローマでお前達が暗殺をしようとしていたのは既に知っていた。だから、罠を仕掛けた。それから俺を殺そうとするのは知っていたよ。ならば、返り討ちに遭わせてやろうとしたまでって事だ。ま、こういう事になると言う事を考慮した上での影武者だったから、結局は役に立ったと言うことだ。まあ、感謝しないとな。」

弟が影武者として扱われていた。肉親を簡単に扱い、尚且つそれを悔いる様子もないこの

男を、彼女が許す筈がない。

「お……前!」

ノードへの怒りが込み上げてきた時、ウィリアは男に対して銃を撃とうとした時――

 

パァンッ

 

「ぐぅぅ!」

油断をした。ノードの背後に居たスーツを着た男が、ウィリアを狙ったのだ。頬を掠れ、僅かなダメージを負った彼女。

 この状況は不利だ。逃げなければ……逃げようとするウィリア。だが、そこへ更に、その後も銃を持っている男達が続々と現れた。危機的状況に陥った彼女は、すぐに、逃げ道を探そうと状況を見る。

 舞台裏。そこへ行けば、この状況はやり過ごせるかも知れない。今は逃げる事を考えなければ。憎い男への対処法は、それからでも考えられる。

(一か八か……)

考えたその瞬間、ウィリアは素早く走り去った。男達は躊躇う事無くもなく銃を連射し、彼女を襲う。間一髪、それらを回避することが出来、舞台裏へ逃げ切ることが出来た。

「追えよ。あの女を殺せ!」

部下に命令するノード。クレーディト社の社長であるこの男は、肉親を利用し、身代わりにした上でウィリアを殺そうとしているのだ。

 

 

 

舞台裏は広く、綺麗に整理されている。物陰に身を潜めていた時、表舞台からは悲鳴が聞こえた。恐らく、ギャラリーが銃を撃たれた可能性が高い。最早、見境のない行動と言える。

(待って……これってつまり、ギィルが危ないって事じゃ……)

ふと、彼女は思った。ノードが彼女達を嵌めたというのならば、当然、外から狙撃したギィルに危険が及ぶのは当然だ。急いで連絡を取り、逃げるよう指示をしなければならないと、思った――

「しまった……!さっき撃たれた時に……」

あろう事か、ピアスに搭載していた小型の盗聴器を壊されたのだ。頬を掠った銃弾が、偶発的にもその役割を果たしたのだ。

 となれば、ギィルの無事を祈るしかない。その上で、彼女は脱出しなければならない。

だが、そこへノードの手下が迫った。物陰に隠れていたウィリアだが、見つかるのは時間の問題と言える。

「女!居るのは分かってんだよ!」

と、言いながら男は、小型の爆弾を投げた。その音に反応したウィリアは急いで物陰から離れる。

 直後に爆弾は爆発。倉庫に火が放たれた。この時に彼女の姿を見た男が二人、銃を構え、容赦なく銃弾を放った。ウィリアは軽やかに右に移動して避け、彼女も男に向けて銃を撃った。いずれも肩にダメージを与えており、男達は肩を押さえた。

「てめぇ!」

激しい銃撃戦。敵は二人。脱出口を探しながら、ウィリアは敵の足止めを考える。出来るなら殺す事が望ましいが、そうは行くだろうか。

 ウィリアは再び物陰に隠れ、一人の男の足を狙った。文字通り、足止めをする為である。

 

パァンッ

 

銃声が鳴ったと同時に、男は痛みを訴えた。これは逃げるチャンスだ。無駄な弾を撃つ事は出来ない。予備のマガジンはあるが、脱出するまでに弾が尽きれば命取りとなる。

彼女は、素早くこの場を去った。

 

 

 

少し移動し、廊下に出たウィリア。だがその直後に、彼女から見て右側の通路から、身長2メートルはあろう、スーツを着た大男が一人現れた。大男は機関銃を構えており、一目見て、危険な存在だと判断出来た。

だがこの男を無視して先には進まない。その為、ウィリアはすぐに行動に移った。大男の右肩を狙い、銃を撃つ。撃った時、男は怯む様子を見せたが、すぐに平気な顔をして彼女を見た。

「効かない!?」

驚愕するウィリア。更に足止めをしようと、今度は脚部を撃っても男は平然としてウィリアに近付いてくる。彼女にとって本意ではなかったが、心臓を狙っても、男は平然としていた。やはり、防弾の“何か”を仕込んでいるに違いないと、言えた。

 

ダダダダダダダダダダダ

 

機関銃の音が聞こえた時、ウィリアは素早く横に避ける。だが連射する射撃は彼女の腰部を掠り、これが痛みに変わっていった。

「クッ……!」

苦しむ彼女。それに対し、笑みを浮かべながら近付いて来る男。何度撃っても倒れないこの大男を倒す手立ては、今の彼女にはない。今はその場から離れる為に彼女は逃げ出した。しかし男は彼女を追い掛けて来る。その際にまるで狂喜乱舞している様子のその男に、ウィリアは恐怖を覚えていた。

「ヒャハハハハハ!どこへ逃げる!?可愛い猫ちゃんよぉ!」

血を一滴も流さず、男は追いかけて来る。それも、機関銃を持ちながら。逃げ場所を考え、彼女は走りながらやり過ごせそうな場所を探し始めた。

走っていると、幸い、倉庫らしい部屋が見えてきた。慌ててウィリアはそこへ飛び込む。無論、その姿は男に見えており、男も同様に倉庫の中へ入っていく。

 

逃げた倉庫の中は薄汚かった。白い粉を含んでいる袋が多数見られ、何かの機械らしき物体も、多数見られた。だが、今はそれを気にしている場合ではない。

ウィリアは、ふと小さな箱を見つけた。何かの機械を入れる為のものだろうか。しかし今の彼女は躊躇っている時間も惜しい。急いでその中へ入り、やり過ごそうと考えたのである。

華奢なウィリアにとって、小さな箱は身を潜めるのに丁度良いと言えた。それこら数秒後に男が入ってきても、彼女の居場所は全く分からない。これを機に隙を見つけてウィリアは脱出を試みた。

「どこにいる!?女ぁ!」

大声を出して男は威嚇する。無論反応などある筈が、ない。男が別の方向を見ている隙に、ウィリアは息を潜め、脱出の機会を図る。

(血が出てる……ここに居てはバレるのは時間の問題ね……)

撃たれた箇所から流れる血は、男が追うのに十分な証拠となり得る。それだけは、避けなければならない。ならば、すぐにでもこの場から逃げるだけ。だが、どうやって?

(勿体無いけれど、マガジンを捨てるしかないか……)

大腿部には銃を入れるホルスターを備えているウィリア。その中にある、マガジンを利用して、この場を抜けようと、考えていたのである。

 やがてウィリアはマガジンを持ち、そのまま、男のいる方向にそれを投げた。

 

カランッ

 

音が聞こえたと同時に、男は機関銃を放つ。これが、良い機会を与えてくれた。機関銃の音はウィリアの脱出を助けたのだ。すぐに倉庫から逃げるウィリア。だが、不運な事にその姿は男には見えてしまっていた。

「逃すかよ!女ァ!」

男は、ウィリアを抹殺する為に更に追跡を開始した。防弾対策をしている強敵。おそらく、脱出する為にはこの男を倒す事は、避けられないだろう。

 

逃げ続けたウィリアだったが、いつしか、先程までオークションが行われていたホールに戻ってきていた。しかしそこでウィリアが目にしたのはあまりに醜い光景だった。

「これって……そんな……」

オークションに参加していた客達が、皆殺しにされていたのだ。無残に広がる死体の山。余りに酷過ぎる光景に、改めてノードに対する怒りを感じていた。彼等は貪欲な客ではあったが、直接罪のない人間達ばかりだ。そのような人間達が、瞬く間に殺されてしまったのである。

しかしその束の間、大男が再び現れたのだ。しかもそれだけではない。他にも四人の男が銃を構えてウィリアを狙っていた。死体が置かれている会場で、男達はウィリアに向けて銃弾を発砲した。不意打ちだったのか、回避する暇もなくウィリアは肩に銃弾を浴びてしまう。

「ぐぅっ!」

右肩を撃たれたウィリア。血が流れる中、彼女は急いで男達の死角になると思われる場所へ走った。

幸い、近くに隠れられる場所があった為、そこに身を置く事が出来た。しかし肩からは多量の血が流れている。必死に押さえて少しでも痛みを抑えようとするが、無駄だった。

 状況は不利だ。武装している男と、軽装の女。ドレス姿での銃撃戦というのは、こうもハンデが大きいのか。魅惑的な衣装も、銃を持ち、殺意を持った人間相手では効力を成さない。

「あ……ああ……うっ……」

何か、血を止める事が出来るものを探さなければ。せめて、ハンカチか何か帯状のものが無いかを、探すウィリア。それも、物音を立てずに、静かに。痛みは伴うが、声を出しては男に発覚してしまう。

幸運にも、近くにあった遺体が着ていたスーツのポケットの中に、ハンカチらしき布切れが目に見えた。装飾が施されている、高価なハンカチ。平時なら使う事さえ躊躇うそれを、躊躇う事なく持ち、自分の右肩に巻いた。

物陰になる場所と言い、包帯と言い、僅かではあるが幸運続きである事が救われた。

(感謝……するべきなのかな……)

そう思っている間も傷が痛む。だが今は痛がっている場合ではない。迫ってくる敵から逃げる事が彼女の目的だ。そして、ギィルの様子も気になる。その上で、憎むべき敵であるノード・ベルンの存在も。

(ギィル、無事でいて……)

心の中で願うウィリア。しかしその直後――

 

「猫ちゃん、みぃつけたぁ!」

あろう事か、機関銃を持った大男に見つかってしまった。覗き込むようにしてウィリアを見る、その男。

 それに反応するように、他に居た四人の男達が大男の側に近寄る。物陰に隠れている状況で、男四人に囲まれてはまず、勝ち目がない。不利な状況が、続く。

 この状況を打開する方法は、目の前にいる大男をどうにかするしかない。銃には弾は残っている。ならば、この男を殺して逃げるしかない。頭さえ撃ち抜ければ、勝機はある。

(弾はまだある。あの男を倒すには頭を打ち抜けば良い……。)

そう思った直後に行動を開始した。もう、彼女は迫る敵に容赦はしなかった。

 だが、男は攻撃をする訳でもなく、ウィリアき近付き、顔に触れてきたのである。その行動に理解が追い付かない。戸惑う、ウィリア。

「こんな美人に狙われているなんてな……社長も随分モてるねぇ。」

いつでも殺せるという意図でその台詞を吐いたのかは不明だが、彼女の美貌が不利な状況を救った瞬間だった。本来ならば撃ち殺されてもおかしくない。なのに、男は攻撃をせず、ウィリアと会話をしようとしている。

 命の危機に瀕している状況で、人は生きる為に他者を殺めなければならない。戦場と呼ばれる場所なら、尚更そうだ。それはMSに乗っていても言える話だが、今の状況でも同様の事が言える。

「それは……どうもッ!」

次の瞬間、この男の愚業に対し、ウィリアは長い脚を利用し、男の顔に向けて回し蹴りを行った。痛みが伴う中での、決死の行動。一か八かと呼べる状況で、彼女は賭けに出た。

まさかの攻撃に、戸惑う男。この時、男は機関銃を落とした。これが、彼女を優位に立たせてくれたのだ。

銃を持たない大男など、ただの大きな的だ。いくら防弾対策をしていようが、頭が剥き出しならばそれは意味を成さない。殺してくれと、言っているようなものだ。用意していた銃を構え、ウィリアは至近距離で男の側頭部に向け、銃弾を撃った。その勢いは強烈で、一秒にも満たないスピードでウィリアは返り血を浴び、妙な生暖かさを感じてしまった。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

撃たれた男は赤く染まった脳を飛び散らせ、即死。ウィリアの肩が赤く染まったが、それを不快に思う余裕はない。

男が残した機関銃はウィリアを優位に立たせる為に存在しているようにも見えた。所持していた銃をすぐに大腿部に収納し、機関銃を持ち、残りの四人の男と戦う。連射出来る分、機関銃の方が優位だ。

怪我をしているウィリアだが、強力な武器を持つ事が出来れば状況を打開できる可能性は、十分にある。会場内を走り出し、男達を翻弄する。四人の男は銃を放つが、当たらない。この時、彼女は何故か一瞬、笑みを浮かべた後、一人の男に対して機関銃を放った。その男が倒れた後、すぐに別方向から迫るもう一人の男にも機関銃を放つ。残り、二人だ。

会場の椅子が弾避けになりながらも、ウィリアはただ、ひたすらに機関銃を放つ。これによって三人目が倒れた。残りは一人だ。

最期の一人の男は発砲を続けているが、相手が一人ならば弾は簡単に当たらない。彼女の華麗なステップで、それらを回避していく。怪我をしているとは思えない、動き。傷ついていても、人は本能的に守ろうとすれば、その傷を感じない程に動く事が出来るというのだろうか。

やがて彼女は男の背後に回り込み、後頭部に向けて機関銃を放った。男は血を吹き出し、死亡した。

会場内の敵は全滅。それは良かった。だが、彼女自身も傷を受けている状態だ。ここに至るまでに銃弾によるダメージを受け続けたウィリア。体力の消耗も激しく、傷ついた腰部を抑えている。先程までの動きが出来たのは、ある意味奇跡的と言えた。

出来る事なら、立ち止まりたい。休んでいたい。傷が疼く。苦しい。しかし止まれない。ギィルの事が心配だから。今は、外に出なければ。ウィリアは、雪が降る会場の外へ出る。

 

 

 

黒地のドレスには血が染みついている。恐らく彼女自身の血と、男達から浴びた血だろう。ウィリア自身も男達から受けた返り血を浴びている状態。それでも、動く。傷跡が疼く中、呼吸を荒げ、外に出た、彼女。

外は雪が降っていた。その際、ウィリアは後ろを見た。戦場となったオークション会場を見て、妙に物悲しい気持ちになった。自分の都合で戦場と化した会場。そして、犠牲になった人々を見て、白い息を吐いていた。

「……今は……ギィルを探さなきゃ……」

だが今は気にしている場合ではない。気掛かりなのはギィルの安否。彼女は無事であることを切に願っている。

しかし自分が置かれた状況も危うい。ノードの手下達が容赦なく襲いかかってくる以上、迂闊に安易な行動など出来る筈がなかった。うすらと雪が降り積もる中、ウィリアはドレス姿のまま、移動する。

 

ビゴォン

 

その時だ。空から、ファドゥームがモノアイを輝かせ、降りて来たのだ。それらは、そのまま、オークション会場に向けてバズーカを放出した。一機だけではない、五機、居た。それらがあろうことか、一斉に射出してきたのだ。位置や距離からして、明らかに、ウィリアを狙っているのが分かる。

「MS……!?どうして……?」

流石のウィリアでも生身の人間だ。MSに勝つ事等、出来る筈がない。その巨体に翻弄され、恐怖する中、バズーカの弾は会場を直撃し、その爆風が傷ついたウィリアに迫って来たのだ。

「あああああっ!」

雪の上に放り出され、激痛を訴える。その間にも、ファドゥームは動き続けている。恐らく、ウィリアを殺す為の行動なのかも知れない。

 生身の女性を殺す為に、MSまで出すという状況。明らかに異常である上、彼女に危機が迫っている。

「こんな……まさかノードが……MSを使ってまで私を殺す気なの……?」

ノード・ベルンはクレーディト社の社長という立場だ。自身を守る為に護衛を派遣した可能性は高い。それが、この五機のファドゥームとすれば、それは非常に危うい。

恐らくファドゥームは躊躇いなく攻撃を続けるだろう。仮に周囲の町が破壊される事があっても、ウィリアを殺す為に動くだろう。だが、ここで引いていられない。ファドゥームの中を彼女は走らなければならない――

「あああっ!」

だが、ウィリアに痛みが襲い掛かった。先の爆風の衝撃は彼女の身体に大きなダメージを与えたのだ。この衝撃で、元々右肩を負傷していたウィリアは、更にダメージを負い、右肩を動かす事が出来なかったのである。

「はあ……うっ……ああっ……」

撃たれた箇所が痛む。特に右肩は、恐ろしい程に痛い。骨性のものか?それとも筋性のものか?痛みの種類は分からない。骨が折れた感触は無かった。ならば、筋肉をやられたのかも知れない。とにかく動かそうとすれば、今までに味わったことのない激痛がウィリアを襲った。

肩を抑えつつ、立とうとするウィリアだが、痛みが邪魔をして力が入らない。この場所にいれば死ぬ事は分かっているのに、それが出来ないのは余りにも無力だった。

ギィルの安否とノードの居場所……この内の一つも情報がつかめていないウィリア。今は、冷たい雪上で一人血を流し、ただ身動きが取れなくなるばかりだ。

 

ギュルルルルル

 

 ファドゥームの内の一機が突如、爆発した。この時、ウィリアは何が起こったのか理解出来なかった。肩を抑えながら、空を見上げてみれば、そこには漆黒の、大型MSの姿があった。その機体は前腕部から有線を伸ばし、ファドゥームを貫いていたのだ。

「あれは……メイドの……?」

その機体には見覚えがあった。メイド・ヘヴンのMS、デスゲイズだ。だが何故ここにメイドが居るのだろうか、全く分からない。だが、これは彼女にとって幸運だった。

メイドがファドゥームの相手をしている間に、彼女はここから離れるように立ち上がった。左腕に体重をかけ、静かに体を起き上がらせて雪の上を歩く。背後には、デスゲイズと戦うファドゥームの姿が見られた。残り、四機だ。

 

ファドゥームは有線クローを展開し、デスゲイズに襲い掛かる。だが、デスゲイズはそのような攻撃を簡単に避ける。ファドゥームよりも一回り大きいデスゲイズだったが、メイドの腕のおかげで傷一つ付いていない。巨大な的である筈なのに、一つも攻撃が当たっていないのだ。

「やべ、テンション上がって来た」

コクピットでは、メイドが一言そう呟いた。オークション会場から離れようとするウィリアの姿を見送りつつ、ファドゥームと交戦を開始する。

デスゲイズは前腕部の二連装ビームキャノンを放出した。それによりファドゥームの右腕部が破壊され、次に、触手のように動く有線式ビームサーベルでファドゥームを貫いた。この攻撃により、一度に二機のファドゥームを破壊する事が出来た。僅かな時間でこれらの機体を破壊するデスゲイズ。それは機体性能と、メイド・ヘヴンだからこそ、成せる業と言えた。

「何なんだよ!?」

ノードの手下と思われる男が、焦っている様子でデスゲイズにバズーカを撃っている。しかし動きを見切られている為、そのような攻撃など当たる筈もない。この機体に向け、メイドは二連装ビームキャノンを撃ち、破壊した。残りは一機だ。

デスゲイズは怪鳥の姿に変形し、飛び回る。これに対し、急いでクローを展開し、そこからビームを放出するファドゥーム。しかバリアーフィールドジェネレーターを搭載しているデスゲイズに、ビーム兵器は通用しない。

「てめぇの攻撃なんてッ!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーーーーーッ!!!」

バリアーフィールドにより掻き消されるビーム。怪鳥は更に、先端や前腕部からビームを連射した。その上有線ビームサーベルを展開してファドゥームに襲い掛かる。単機だったが、その実力は圧倒的だった。

ウィリアは逃げつつも、その様子を見ていた。その中で、ふと疑問に感じたのである。

(メイド……私の方向に機体の爆風が来ないようにしてくれている……?ただの気まぐれじゃないって事……?)

痛む右肩を押さえながら気になったのは、ファドゥームの爆風が彼女の方に来ないと言うことだ。普通、無差別に機体を破壊するなら辺り一帯の被害も尋常ではない。しかしウィリアのいるエリアのみ、爆風の被害に遭っていないのだ。

メイドに心の中で感謝しつつ、静かに、彼女は歩いて行く。背後ではノードの手下の乗るファドゥームと、デスゲイズが激闘を繰り広げている。

だが、しばらく彼女が歩いていた時。前方から銃を構えた男が数人現れたのである。今、重傷を負っている彼女が、この男達を相手にするのは無理に等しい。万事休すと言うやつか。

「こんな……!」

銃を構えようにも、痛みが邪魔をする。左手を使い、慣れない様子でホルスターに手を差し伸べようとした時だ。

それを見た男達は、容赦なく発砲した。ウィリアはそれに気付き、横転し、弾丸を避ける。その時――

 

パァンッ

 

彼女は何もしていないのに、男達の内の、一人が血を流して倒れた。白い雪が血によって赤く染まっていく。何が起きたのか分からず、周りを静かに見回す、ウィリア。

やがて、一人の男の姿がそこに現れた。その男には、既視感があった。ギィルだ。生きていた。無事だったのだ。それに、怪我もしていない。

「ギィル……!」

光明が見えた瞬間だった。彼女を守ってくれる状況があるというのは、幸運だ。

(でも、どうして……ここに……?)

だが、逃げた筈のギィルがここに居るのは何故?疑問に思うウィリアだが、ギィルは彼女の言葉を無視し、他の男達を躊躇いなく撃った。冷静な様子で次々と男を殺害するギィル。発砲する隙すら与えない。

 迫って来た男達は全滅。命の危機さえあった状況で、ウィリアはギィルに救われたのだ。

「……あり……がとう……」

今のウィリアから語られる、純粋な言葉だ。心底からウィリアはギィルに感謝をした。嬉しさも、この一言から聞き取れる。

「盗聴で聞いていた。まさか、奴が双子だったとはな。想像すらしなかった。」

雪の中、会話をする二人。自身はメイドに守られ、その上ギィルにも守られている。それ以上にない、幸運。ただ、喜びを噛み締めるウィリア。

「なら、お前が発信器を付けたのはどっちになる?」

「……分からない……でも、奴の弟は何も知らないって言っていたから……」

「じゃあ、お前が付けた方が本物の“ノード・ベルン”って訳か。」

ギィルは舌打ちを打った。狙撃した筈の男は双子の弟と言う、標的違い。それは彼のプライドをも傷付けたのだ。

「それにね、ギィル……あのまま殺せたら良かったのにね……結果的にね……私のせいで……会場の人達は全滅したの。」

と、言いながら背後のオークション会場痕を見る、ウィリア。彼女なりに、それに対して罪悪感を抱いている。何せ、個人の復讐の為に、予想しなかった双子の男の殺害が失敗し、結果的にMSまでもが出現しだす状況だ。妙に感じるのも、当然と言える。

「なら改めて、その“敵討ち”をしないとな――」

 

                 パァンッ

 

ウィリアが次に見たギィルは、赤く染まっていた。

赤い液体は雪に混ざり、一人の男の心臓から溢れている。男の目は見開いたまま、声を出せないでいた。

「ギィル!!!」

ウィリアがそう言っても、手遅れだ。撃ち所が悪く、微かに息をしている程度。もう彼が助かる気配はない。

「お……お……前の……手で……奴……を……」

ギィル・オカザキは今、ウィリアの腕に抱かれて、死んだ。寂しく降る雪が、悲しみを誘う。今の彼女には自分の痛みなどなかった。死んでしまったギィルの痛みを感じるしか、出来なかったのだ。

 同じ組織に所属していながら、互いに存在を意識し、やがて恋仲に落ちた両者。全ては、ウィリアの弟、ゲーン・ラーゲンの敵討ちの為に行動した結果だった。その結果、ギィルは命を落とすという結末を迎えてしまったのだ。

 凄腕のスナイパーとして、多くの組織に雇われていた男が、こうも呆気なく死んでしまう。これが、現実なのだ。

「ギィル……ギィル……どうして……どうして貴方まで……どうして貴方が死なないといけないの……?」

ウィリアの目の前で撃ち殺されたギィル。目を疑うような光景に、ウィリアはショックを受けるしか出来ない。

やがて、涙を流す彼女は銃声がした方向を見た。涙で濡れて視界が悪かったが、段々と近付いて来る、影が見えた。やがて、そこにいた男は残忍な笑みを浮かべて、ウィリアを見る。

「ょう。」

ギィルの死体を踏み、忌むべき敵であるノード・ベルンが現れた。何の護衛もなく、一人。不用心なのが謎だが、試している可能性もあった。この男の姿が現れた時、ウィリアは真っ先に銃を、左手で構え、撃った。

 

パァンッ

 

だが、銃弾はノードの頬を掠るだけ。痛みと悲しみの余り、手が震えて狙いを定められなかったのだ。利き腕でない左手が災いを招いた瞬間と言えた。

「人……殺し……人殺しぃ!!!」

泣き叫ぶウィリア。戦場で武装した男達を殺してきた女の台詞とは、思えない。

「ギィルは……ギィルは関係なかった!私の問題なのに!なのに!」

「ああ……そうそう。あの“オークション”の事は勿論、その周りにいる人間は皆殺しだ。情報漏えいは嫌だからな。クレーディト社としても、そういうのは困るのよ。増してや、お前みたいな、氷河族に所属している身でありながら、バンディットであるお前に知られる事は、あってはいけない事な訳で。本来、お前は一番殺さなきゃいけないんだが……あえて今は殺さないでおこう。しかしあの、巧妙なスナイパーオカザキと組んで俺を殺すとはねぇ……。」

ノード・ベルンの嫌味たらしい声が聞こえる。彼を殺そうとしていた事は、既に分かっていた。故に、彼女達は嵌められた。それがまさに、オスロ市内のホテルの出来事だ。

「しかし……こんな目に遭って、なんで俺を殺そうと考えたんだ?まあ、美人に追われるのは悪い話じゃないけどなぁ。」

ノードの言葉に、ウィリアは腹を立てた。全ては弟の復讐の為。その為に、ここまで戦って来たのに、その一言で全てが無駄になってしまう気がしたからだ。

「俺を殺そうと考えた……ですって?当たり前だわ……貴方は私の弟を奪った!そんな人間を生かしておけると思っているの?弟は唯一の肉親だった……それが、貴方に嵌められた!」

憎しみを吐露するウィリア。その怒り方は、尋常ではない思いを男に向け、ただ、伝え続けるばかり。

「覚えがないな。お前のようなバンディットに恨まれる覚えも、その、お前の弟の事も。」

被害を受けた側と言うのは、加害者の事を覚え続けている。逆に、加害者は何も覚えていない。それが無自覚な物であれば、尚の事怒りを覚えるのは当然だ。

余りに冷たいと言えるノードの一言は、余計に彼女を悲しく、そして怒りに導いていく。

「氷河族と提携していた貴方は……恐らく資金を欲していたのでしょうね……だから情弱を集めて……その身柄を奪って……身体を解体して……私にあんな惨い動画を送り付けて……制裁のつもりで行ったのでしょうね……全てはあの狂った“オークション”での利益にする為に……!」

ウィリアは、忌むべき男に対して自らの考えを伝えた。弟が死ななければならなかった理由。それとオークションの関係。それに、制裁。これらが一致する事……それは。ノード・ベルンの独善だ。

「ああ……そうか、お前は五年前の秘密を知ろうとした愚か者の弟の姉か!それで、今日まで復讐を企てていたって訳か!成程なぁ!話が繋がった!」

 

パァンッ

 

その直後、ウィリアの右膝から血が流れた。ノードが、所持していた銃を撃ったのだ。憎しみが隙を生んでしまい、ノードにチャンスを与えてしまったのだ。

「あああああっ!」

叫ぶ、ウィリア。忌むべき敵に銃を撃たれる。これ程の屈辱があるだろうか。

「ご苦労だな、その為に復讐を思い付いたってワケかよ。ちなみにあれはな、誰でも良かったんだよなぁ。戦後になって一部の猟奇的な金持ちを相手にしたり、多くの事業に手を出した中の一つだったんだよ。ボスも、喜んで投資してくれてさぁ。お陰でクレーディト社は大きくなれた。ボスのお陰でもあるんだぜ?」

「ボス……」

それは、氷河族のボスの事だ。組織の人間でも極、一部にその存在が知られている存在。顔は愚か、その性別すらも不明な存在、ボス。その秘密、正体を知る事は当然ながら死を意味する。

 ノード・ベルンはボスに密接すると言っても過言でない存在だ。彼の事を知る事は、ある意味、氷河族のボスにも繋がると言えるのだ。

「それより、俺は一気に殺すのは好きじゃないんだよ。出来れば拘束して、じっくりと味見して……それから殺したいね。せっかくの美人をこのまま殺すのも惜しい。あえて足を撃ったのは迂闊な事を出来ないようにする為だ。次は腕を狙うか?」

「そんな事の為に、わざわざ生かさせるの……?最低な人……うああっ!」

口答えも許されない。痛みがウィリアを襲い、迫る。

「男だったら美女を見たらいろいろな妄想が湧くもんだ。俺だって同じ。さて、じわじわいくか。」

 

パァンッ

 

動けないウィリアに対し、今度は左肩を撃ち抜いた。あまりの痛さに、血の流れている部分を右腕で押さえるものの、肝心な右腕もダメージを受けている。両方ともダメージは大きかったが、先程撃たれた部分の方が危険だと察知し、痛みに耐えながらもその部分を反対の腕で押さえた。

「うあっ……ああ……」

「見ていて心地良いぞ。爽快だ……美女がこうやって倒れている姿はぞくぞくする。」

動けないウィリアに対して破廉恥な台詞を浴びせるノード。これが、一企業の社長なのだ。なんと、歪んでいる事であろうか。

精神的にも、肉体的にもダメージを負っているウィリアは、ただ絶望の中で喘ぎ声を上げながら耐えるしか出来なかった。

「組織の秘密は絶対なんだよ。クレーディト社の事も、氷河族の事も。戦後ここまで拡大し、今、戦争が起きて更に巨大になりつつある状況で、お前如きに殺されてたまるかって話なんだよ!俺は利用するものは利用する!例え双子の肉親の弟であろうと!俺はそうやって成り上がった!あのクソみたいな戦後からな!!」

この男の過去は、恐らくデウス動乱によって様々な経験をしている事が由来しているのだろう。それと氷河族のボスとの関係は不明だ。それを知る事もなく、ウィリアの意識は、次第に朦朧としていく。

その中で、彼女は弟のゲーンと、殺されたギィルの事を考えた。

(何も……出来ないまま……ゲーンとギィルを殺されて……目の前の仇も討てないまま……死んで行くなんて……惨めね……今までの苦労は何だったんだろう……どうしてギィルを犠牲にしてまで戦ってきたんだろう……憎んでいる男に好き勝手されるなんて……もう、こんな屈辱は他にない……)

涙が溢れた。悔しさと情けなさと、そして大切な人を失った悲しさが一つになり、彼女は泣いた。そしてこのまま、自分も身動きがとれず、ただ死を待つのみと考えると余計に悔しくなってくる。麗しい涙は雪の上に、血と共に流れ落ちた。

「言っておくけど簡単には殺さない。血まみれでもがき苦しむ美女を見るのは快感でね。いやあ、いいものを見せてくれる。やっぱりお前は最高だ。こんな美女、生涯であんたぐらいだ。変人とでも何とでも思ってくれて構わない。俺は俺のやりたい事をするまで。」

明らかに異常だった。ウィリアはこの男に対して苦しみながらも言葉を言った。

「い……や……貴方みたいな……男に……好き勝手されるのなんて……」

「へえ、そう言うんだ。お前には決定権が無いこと分かってる?うーん、今ので俺の気分は悪くなった。いっそ殺しちゃおうか。そうすれば楽になれるだろう?秘密も、知られる事は無い。」

笑っているが、明らかに怒っている様子だった。この男の恐ろしい表情を見て、ウィリアは遂に覚悟を決めた。

(ゲーン、ギィル……もう……いいよね……?私……頑張ったよね……?もう頑張らなくても良いんだよね……?悔しいな……こんか最期迎えるなんて……でも……もう……)

身動きがとれない状態で、そっと深呼吸をした。綺麗な涙が、再び頬を伝った。

その上で、静かに目を瞑った。今、自分は死を迎えようとしている。だが彼女は恐怖を感じなかった。それは、大切にしていた、弟の元へ行くことが出来る喜びから来ているのかも知れない――

 

                パァンッ、パァンッ

 

だが銃声が聞こえた時、ウィリアはどこも撃たれていなかったのだ。奇妙に感じた彼女は段々と、目を開ける。段々と雪景色が見えてきたかと思えば、眼前には銃を無くしているノードの姿があった。そして右の方を見れば、銃を構えたメイドの姿があった。

「メ……イ……ド……?」

朦朧とする意識の中、その名前を呼んだ。デスゲイズに乗って闘っていたはずのメイドが、ここにいることが不思議でならなかったのだ。

「お前……お前……誰だよ!?」

怒るノードはメイドに言った。そして、メイドは笑って答えた。

「はっはー。地獄の使者ってところかね。うげえ、やっぱこのセリフ自分で言っててなんか恥ずいし痛過ぎだなぁ。中二病丸出しなのがネック!痛い!」

「何を、ふざけてやがる……?」

「おいおい、弱ってる人間に対して銃向けてる時点でてめえの方が〝何をふざけてやがる……?〟だろォ?こっちは気分よくあのクソハサミMS狩ってたのによォ、モニターで見えたお前がウィリアを銃で撃つ姿見て気分悪くなっちまった。ま、クソハサミ野郎共は全滅させたけど。」

メイドが助けに来てくれたのかも知れない……と、ウィリアは思った。朦朧とする意識の中で、彼女はこの二人のやり取りを見ていた。肩を押さえ、メイドの方を見る。

「大の男が一人の女に何やってるんだよ。アホ丸出し。勘弁してくれよ。俺そういう……ピンチの女を助ける……なんつーかドラマのヒーローみたいな立場好きじゃねえっつーの。ひつまぶし……ちゃうわ、暇潰しで来てんのにさ。俺をそんなキャラクターに仕立て上げてんじゃねーよクズがよ。」

「……生憎だが、この女は秘密を知ろうとした。そして、お前もこの場に居るという事は、秘密に直面しようとしている!それはあってはならない!当然ながら、こんな素晴らしい女であろうと、死んでもらわないとダメだろう?」

ノードの表情に曇りが見え始めた。先程までの狂気的に明るい表情は見られない。額からは少量の汗を流し、苦笑いを浮かべてメイドを睨む。

「そもそも……地獄の使者とやら。お前はこの女の何だ?何の関係がある?」

メイドは歯を出して笑いだす。

「ははぁ?んなもんどーでもいいだろうが!」

傷ついたウィリアに、それを追い詰めようとしていたノード。そこへ加わった奇妙なテンションのメイド。彼は空気が読めていない。この場にいる目的が謎なのである。何故わざわざこの場所へ現れる必要があったのかも不明。だが傷ついているウィリアにはメイドは頼もしい存在に見えた。

この絶体絶命の状況を打開したこの男は、次にどのような行動を起こすのか……ウィリアは歪んだ意識の中、考えた。何故彼がここにいるのかを聞きたかったが、ギィルが死んだ時には悲しみのあまり感じなかった激痛が彼女を襲い、言葉を話すこともままならない。

「じゃあどういった経緯でここに来た?まさか何の目的もなしで来た訳じゃないだろう?」

「悪ぃな。俺は空気を読まねえ人間なんだぁ!」

メイドの言葉に対し、ノードは明らかに躊躇う。彼の言葉自体は不真面目だが、表情は固い。

「な、何をふざけている……?」

「別にィ。俺はな、楽しむために来てるんだ。狩りをね。でも見苦しい光景があったから、それを阻止しにきたって訳だよ!一狩り行こうぜ!」

 

パァンッ

 

銃声が響いた。その直後にノードは腕を押さえた。メイドが撃ったのだ。その音は一回に留まらなかった。三回は聞こえた。その時にはノードはウィリアと同様、動けない状態になっていた。

「てめえさっきまで健康だったのにねぇ。こんだけでもう不健康。あんさ、人間ってのは一瞬で不健康になれるんだよ。所詮アホ丸出しのゴミ屑なんだよ。だから一度は兄者と滅ぼしたくもなったんだよ。けどゴキブリ並に湧いてくるしうんざりして飽きたからもう何もしてねー訳でしてさァ。いいゾ~コレ」

デウス動乱時代、兄と共にデウスの傭兵をしていた時に、人類に絶望した兄がメイドに言った言葉を、今、彼は発している。人類を憎んでいた兄と、それをただ、信じた弟。今の彼はそのような事など関心はないが、そこに兄へのリスペクトが、ある意味見受けられる。

「おま……え……!!!」

「まあ、俺は俺のやりたい事をしてるだけ!けどなぁ、一つお前を殺したい理由が実はあるんだよ。よくもオカザキを殺しやがったなてめえ!」

怒号と同時に、再び銃声が。今度はノードの腹部を直撃し、そこから多量の血を流した。おびただしい量の血液が流れ、見るに堪えない光景になっていた。

「俺はな、てめえがいくら人を殺そうが、いくら秘密を知ったから殺そうが俺の知ったことじゃねー。でもな、やっぱりオカザキは殺されるとさすがにショッッキングなんだよ。お前を殺したい動機の一つがそれ。でも、俺はあえててめーをすぐに殺さねぇんだわ。」

すると、メイドは自らの銃をウィリアに持たせたのである。痛みがある中、左手に銃を手渡しする、メイド。

「後はお前がやれやウィリア。詳しい事情は知らんけど話聞いてる限りじゃあ、このアホが仇なんだろ?今討てや。パニッシャーとしての手伝い、やってやんぜぇ。」

「メ……イド……」

せめてもの彼の気遣いなのだろう。憎き仇の事情を知っているから成せる、メイドの思いやりだ。ウィリアは心底感謝をし、激痛をこらえながら銃を構えようとした。しかし激痛は彼女を容赦なく襲う。

「ぐぅっ……!」

それを見て、メイドはそっと手をのばして持ってやった。ノードを狙いやすいように、ゆっくりと。

「おっほっほ~……珍しいシチュエーションだよな。殺す手伝いしてるんだぜ!?すげえじゃないかぁ!」

「……ありがとう……私もこれで……残酷になれる……」

狙いは完璧と言えた。メイドが支えてくれるので外す心配はまずない。震える指で、ゆっくりと引き金を引いていく。今彼女が狙っているのは、動けないノードの眉間だ。

「よせ……!やめろ……!俺を殺すな……!」

「さよう……なら……」

 

パァンッ

 

ウィリアの長い指を伝い、引き金は引かれた。ノードは眉間から血を放出し、そのまま死んだ。だがウィリアも引き金を引いた瞬間に完全に意識を失ってしまった。その場で無傷なのは、メイドだけだった。

(ゲーン……ギィル……もう……私……悔いはないよ……)

引き金を引いた時、彼女が思っていた言葉である。この男の為に犠牲になった二人。そして、多くの人々。彼女はその人々の仇を討つことが出来た嬉しさで満ちていた。その為か、動けなくなったウィリアは少し嬉しそうな表情をしている。

「あ~あ。俺らしくね~な。鬱な気分にさせやがってよォ……珍しいんだぜ?俺が兄者以外に気分が鬱になれるのって……さァ。あーあ、鬱設定は嫌いなんだよ。そーいうのは漫画だけにしとけって。鬱な展開の漫画やアニメは大抵、ヒットしてるから鬱は需要はあるけど現実ではなんかだりぃから困る。」

言葉はどこか剽軽ではあるのだが、その時の彼は、少し物悲しい表情を浮かべていた。やがて、ゆっくりと雪の上を歩き、デスゲイズの元へ戻っていく。

普段、メイドは人が死のうと無関心な表情を浮かべている。寧ろ人殺しを誇りに思えているぐらいに危険な人間だ。だが彼はウィリアが倒れた時の彼の表情は明らかに悲しげだった。それは、彼女がメイドにとって許せた人間であったからなのかも、知れない。

「死んでんじゃねぇよ。糞が。」

メイドは一言そう言った。命尽きたと思われたウィリア。今、雪の上で彼女はぴくりとも動いていない状態だ。

 この時、メイドは自らが羽織っていたジャケットをウィリアに着せた。分厚いジャケットは雪の上で動かない彼女を優しく覆う。彼なりの配慮なのだろうか。

「なんか鬱だわほんま。寒っ」

一切身動きが取れなくなったウィリアを見て、メイドは静かにその場を去り、デスゲイズに向かっていった。

 

 

 

 ノード・ベルンが死亡した情報はすぐに氷河族のボスの耳に入った。とある部屋の一室にて、暗い部屋でモニターを前に座っている一人の人間が居た。その男こそが、ボス。クレーディト社の社長と密接な関係を持っていたこの人物は、ノードの死を聞き、ただ、溜息を吐いていた。

「貪欲の果ての死という訳か。まあ、良いだろう。それよりも、これで私への秘密が大きく知られる危険性が増したという訳だな……氷河族の秘密。それを知られる事は、あってはならない。世界が安寧に満ちた時の為にも、その“制裁”は受けて貰うぞ、連帯責任としてな……」

この人間の言う、“制裁”とは何か。何を思い、その言葉を発するのだろうか。

 やがてその人物は、一人の人間に連絡を入れた。静かに口を開き、語る、その人物。

「仕事だ。裏切り者が出た。組織の人間へ“制裁”を加えろ。一部組織のリーダーであり、“パニッシャー”のお前ならば安い仕事だ。」

と、言った後、相手の人間は

『OK、ボス。その仕事、引き受けましょ。』

と、言った。

 やがて連絡は途切れ、その人物は、暗い部屋の中で一人、呟いた。

「秘密を知りたがる人間と言うのは、困りものだな。だから信用出来ない。けれども信用しなければならない人間も居る。面倒臭いな、人間というのは……」

人物は天井を仰ぎ、そっと溜息を吐いた。

 




第六十二話、投了。
所謂スパイものである銃撃戦とかを中心に描いています。今回はMSは脇役。メインからは外れますが、こんな話もありますって事で。


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オスロ編
第六十三話 オスロのミシェ


オスロに降り立ったセイントバード。そこで彼等はミシェ・ジンバルドと言う名の整備士の男と再会する。


 レイはリルムと、自身の部屋で会話をしている。彼の隣の部屋がリルムの部屋だった為、すぐに会いに行けるのだ。セイントバードはオスロに向かっている最中、恋人同士となっていた彼等は同じ部屋で、会話をしている。

一通りメンバーに彼女の事を紹介したレイ。皆がリルムの事を快く受け入れてくれた事は、レイにとっても、リルムにとっても幸運と言えたのだ。

「改めて思うけど、レイって本当にこんな環境で頑張っていたんだね……MS……だっけ。あのロボットに乗って、戦ってたなんて信じられない。」

「ただ、必死だったんだ。でも、ここの人達が助けてくれた。だから、自分に出来る事をしなきゃって思って。」

「でも、それって人を殺してるって事なんだよね……」

どきんと、した。それは事実ではある。だがリルムにそう言われると、どこか複雑だ。

 無論、意図的ではない。彼自身人殺しを楽しんでいる訳ではない。攻めてくる敵がいるから、守る。ただ、それだけなのだ。

「私ね、さっきまでいてた戦艦で友達が出来たんだよ。確か、国連の兵隊さんって言ってたっけ。」

アステル家に保護されていたリルムから語られる言葉に驚愕する、レイ。

「そんな人が居たんだ……」

「でもその人は襲って来るロボットを倒して喜んでたの。なんだか、それが信じられなくて。それって人を殺したって事なのに、なんで喜んでるんだろうって思って。」

平和な環境で生きて来たからこそ、その価値観が分からない。当然と言えば当然だ。

 レイにとって、これに対して肯定は出来ない。だからと言って、否定してしまえば自分の今までの必死だった戦いはどうなるというのか。ごく普通の、平穏な環境で育ってきた筈の両者。だがそれは、MSという存在が大きく変えてしまったのだ。

ツヴァイという新たな機体で、これまでレイは様々な戦場を戦い抜いてきた。機体性能はもちろん、彼の天才とも言える技量が支えになっていた。それでセイントバードは愚か、先のヒパック村でも貢献が出来た。感謝をされているのも事実。

「リルム、聞いて欲しい事があるんだ。」

「え?」

もう、隠し事はしたくないと思った。既に自分の事を故郷で話している以上、リルムに隠し事はしない。堂々と、言うべきだと思った。

「僕は守る為に、人殺しをせざるを得ないと思ってる。だって、動かなきゃやられちゃうから。僕は攻める戦いなんてしたくない。それが我儘って言われたって、構わないと思う。」

ヒパック村で、村長のメナスに言われた言葉を思い出したレイ。我儘な戦い方と言われ、その際はショックを受けた。だが、彼は必死に村を守った。守る為の戦いは、功を成したと言える。

「それって、正当防衛ってやつなのかな……」

リルムが、そっと呟いた。

「リルムが受け入れられないって気持ちになるのは分かる。僕だって、最初は怖かった……ガンダムに乗った時に人を殺してしまった時……元気でなかったから……」

最初、アインスガンダムに乗った時の事を振り返るレイ。その際に彼は迫る敵を、ビームサーベルで倒した。中に居たパイロットは当然ながら死亡している。その際は、自らを守る為に戦った。それがきっかけで、彼は学校を休んだ事もあった。精神的なショックは、計り知れないのだ。

「去年だったよね?確か……そうだ、レイが落ち込んでた時、あったなぁ。」

それを言われ、リルムは思い出したように言った。落ち込んでいた彼を励まそうと、モークと三人でカラオケにいった時。あの時、レイは励まされたのだ。

「あれからだったんだね……全然知らなかった……レイがこんな風にロボットに乗って戦ってたなんて。」

「必死になってただけだよ。うん、ただ、必死になってた――」

 

ゴゥンッ

 

その時、セイントバードが揺れた。気流の流れに翻弄されているのだろうか。それに伴い、両者は姿勢を大きく崩し、そのままベッドに横たわるような形を取ってしまったのだ。

「れ、レイ……?」

その構図は、まるでレイがリルムを押し倒しているように見える構図だ。それを見て、驚愕してしまうリルム。そして、レイは自らを恥じた。

「ご、ごめん!僕……!」

すぐに姿勢を戻すレイ。目の前にあったリルムの顔を見て、恥じらいを感じてしまったのだ。恋人同士である筈の両者なのだが、やはりどこか、幼馴染という関係性から脱する事が出来ていない印象を持つ。寧ろ、共に居る時間が長すぎたが故にその先に進展が出来ていないと、言うのだろうか。

「い、いいよ……そ、それよりレイ。」

「ん?」

リルムは、少し、考える素振りを見せた。

「その……私、ここに居させてもらって何か手伝えることってないのかな?みんな優しいし、せめて恩返しとかしたいと思ってるの。」

突然のリルムの言葉にレイは戸惑った。彼に言われても、解決出来ない話である為である。

「うーん、それは分からないよ。今は大人しくしていた方がいいかも。この艦には非戦闘員だって何人かいるから、大丈夫だよ。」

「そうなんだ……うーん。」

そうは言うが、彼女はどうしても何かを手伝いたい様子だった。しかしレイには決定権などある筈もなく、ただこのように言うしか出来ない。

 

ウィィィィン

 

その時、入り口のドアが開いた。そこにはエリィの姿があった。何度も見慣れた光景ではあるが、今回違うのは、部屋にリルムが居るという事である。

「あら、二人共。今からご飯の時間で、呼びに来ようと思ったんだけど……ウフフ、お邪魔だったかなぁ?」

まるで小馬鹿にするような台詞を吐くエリィに対し、レイは言った。

「そ、そんな事ないですよ!リルム、行こう!食堂でご飯を食べよう!」

「あ……えと……あ、ありがとうございます!」

リルムはエリィに礼を述べ、二人はそのまま部屋を出る。レイが連れて来た幼馴染であり、恋人の少女、リルム。レイとリルムが並ぶその姿は、どこか微笑ましく、その上でエリィは見守っていたのだった。

 

 

 

セイントバードの食堂は至って広い。食事をする際には怪我をしていない時以外は常にここで彼等は食事をとる。パイロットはもちろん、砲撃手や整備士もここに一斉に集まるため、広い食堂も狭く感じられてしまう。

プレーンがこの艦にクルーとして来るまではエリィは一人で皆の食事を作っていた。しかし今ではプレーンやエレンが手伝ってくれているのでエリィの負担は大きく減った。だが、プレーンの場合はこれもガーストが言ったから行っているだけであり、彼が何も言わなければ恐らく何もしなかっただろうとされる。

だがレイはここに来て、奇妙な光景を見てしまう事になる。と言うのも、何故かプレーンがチャイナドレスを着用していたからだ。色気のあるチャイナドレス姿のプレーンは、男達を魅了していく。

「ニーハオ!今日は中華ネ!私得意中の得意ヨ!」

口調も去ることながら、彼女は本当の中華系の人物に見えた。しかし、彼女の出身地は不明なのである。コロニー生まれなのかも分からない。その上プレーン自身は、昔の記憶が無いので彼女も自分の出身地が分からないのだ。

「うわぁ……プレーンさん……」

妖艶とも言えるその姿にレイは思わず見とれてしまう。普段はガーストに、まるで接着剤でも付いているのかと言える程に密着していて内心快く思っていなかったが、今のプレーンは特別だった。今回の食事には麻婆豆腐や餃子等の料理の姿が見られる。これらは全て彼女の手作りなのだ。  

エリィは今回、食事には関与していない。しかしこれを食べるには長い行列を並ぶ必要があった。というのも、セイントバードの食事はセルフサービスであるためである。十分程度並び、ようやくレイの番になった。その時、列を並ばないで側にいたプレーンはレイに話しかけてきた。

「レイ!調子どうネ?今、幸せカ?」

ガーストからリルムの事を聞いていたプレーンが、言った。

「えと……まあ……。それより風邪はもう平気なんですか?」

「もう、治ったヨ!ガーストの看病のお陰ネー!!」

と、笑顔で料理を振る舞うプレーン。

「それよりもレイは幸せネー!私と一緒!一生大事にして結婚するネ!」

「け、結婚……!?」

リルムとレイは互いに苦笑いを浮かべている。“結婚”と言う言葉を言われても、実感が湧かない。

それからレイの順番が回ってきた。腹が減っていたレイは、いつも以上に食事の量を多くした。

その後、ガーストの順番になった。その時、突然プレーンが現れてガーストの食器に麻婆豆腐を山盛りに入れ、溢れんばかりの餃子を乗せ始めた。

「ガーストにはサービスネ!」

「おい!セルフサービスだから俺が入れるんだよ!それにこの量、何だよ!他の人も食べるんだから考えろ!」

「えぇ……たくさん食べてもらいたかったのに……だから私わざわざガーストの為に入れたネ!」

「こんなに俺は食べないよ!でも……プレーンのご飯は本当に美味いからな。」

「わぁ!ガースト好き!」

そう言ってガーストに抱擁するプレーン。その光景を見て様々な感情を抱く、パイロットや、整備士の数は知れない。周りの目を気にするガースト。だが、それでも彼女はガーストにぞっこんである。周囲の視線が、刺さる様に彼等を見ている。

「あらあら、相変わらず仲が良いわね。」

食堂の端ではエリィが密かに笑っていた。隣にはネルソンの姿もあった。

「ああいうカップルの存在は必要だ。若さを感じる。若々しい事は良い事だからな。殺伐としている世界情勢を見ていても、あのようなカップルを見ればどこか、落ち着く。」

恋人同士と言うのはいつの時代においても重要だ。それが実ればやがては配偶者となり、子孫を生む。それが繰り返される事で、人は時代を築いていく為である。

「あらら、大尉はもう、年なんですか?そんな年輩の方のような台詞を吐くなんて。」

「何を。私はまだ若いと思いたい。しかし、彼等ほど若くはない。しかし……個人的には、レイは恋愛をするには若過ぎると思うのだが。あの少女がレイのガールフレンドと知った時は驚いたよ。」

何故か恋愛について語り出したネルソン。やがてレイの恋愛についても突っ込みを入れ始めたのだ。

「恋愛は自由ですよ?年齢なんて関係ありません。歳の差だってあって良いと思いますし。レイ君が“誰か”と付き合っていても良いと思いますけど。」

エリィ自身がレイに対して抱いていた感情を込めて言った。

「まあ……そうなのだが……」

「何か、ありますか?」

「……いや、気にしないでくれ。いかん、私はどうも少年少女の恋愛を拒む癖があるようだ。ガーストのような青年なら責任が持てるが、どうもレイのような少年では……ティーンエイジャーの恋愛は本当の愛を知らないような気がするのだ。」

長々と語るネルソンに、エリィは言った。

「でも、少年少女は彼等なりに、ぎこちないながらも愛の表現はしていると思いますよ?ジュニアハイスクールの恋愛が成就して、結婚に至ったって話もよく聞きますけどね。ガースト君がプレーンさんに出会ったのもレイ君と同じ年でしたよ。」

「何、そうなのか!?」

と、食べていた餃子を思わず口から零してしまい、慌てた様子で皿に餃子を置き、タオルで口元を拭く。

「その様子ですと、少年期に恋をしたことが無いみたいですねー。」

「……どうやら、私に恋愛は語る資格はなさそうだな。」

彼等が話している間に、ガースト達の抱擁は終わっていた。その間に食堂にいた何十人もの整備士やパイロットは、様々な感情を抱いた事だろう。その中に、スバキや、ゼオンやエレンの姿もあった。ゼオンはこの二人の仲の良さに対し、どこか不快感を抱いている様子だった。

「何だよあいつ、頭おかしいんじゃないの?」

「ゼオン!そう言う事言うものじゃないの!」

「だってよ!あいつの部屋から夜になったらなんかエロい声が聞こえてくるんだよ!お前等やらしい事してんだろ!青少年の悪影響になる事しやがって!」

「ゼオン!お前な!そういう事を公然の前で言うもんじゃないって!」

「じゃあいつも夜何やってんだよ!」

「それは……こんな所で言えるか!」

ガーストとゼオンの台詞。この様子から、ゼオンはセイントバードのメンバーに馴染んできているのが分かる。氷河族と言う組織から逃げて来た彼だったが、比較にならない程に、良い環境であると、言える。

今の時間は、明らかに温和と言えた。こうして皆で食事が出来ることも、戦争が起きている現在では幸せの外にならない。

 

やがて全員が食事を終えた後、リルムは一人廊下を出ようとするエリィの元を尋ねた。何かを聞きたがっているのだろうか、エリィはそれを察して優しそうに聞く。

「あら、どうしたのかな?リルムさん。」

「あの……私、ただで食事とかさせてもらって……何もしないなんて申し訳がないと思いまして。あの、何か手伝えることありませんか?」

恩返しがしたい……リルムの考えはそれだけだった。しかしエリィは笑みを浮かべて言った。

「大丈夫。リルムさんは部屋でゆっくりすればいいよ。心配は御無用!まあ、強いて言えば砲撃手とか……いや、違うな。そうだね、料理を作ったり洗ったりしてくれる人が欲しいぐらいだけど……問題ないでしょ!うん、心配なんてしなくていいよ!」

「そうですか……」

何かを手伝って少しでも恩返しがしたいと思っていた彼女だったので、その言葉は非常に残念に聞こえた。少し声を低くして一言お礼を述べた後、廊下に出た。その直後――

「れいー!」

眼前でレイが、メナンに抱き付かれている姿を見た。それを見てリルムはじっと、幼女を見ている。

「おお、レイのかのじょのねえちゃんよろしくな!ねーちゃん名前なんてーの?」

独特の喋り方をするメナンに思わずリルムは笑ってしまった。首を傾げるメナン。それに対し、リルムは一旦咳払いをして笑いを押さえ、自己紹介をした。

「えっと、私はリルム・エリアス!貴方は、メナンちゃん……だっけ?」

確認する、リルム。メナンはこれに対し、答えた。

「おぉ!リルムか!えーなまえだ!メナンのなまえか?メナンだ!そのまんまだ!!」

リルムにはこれが非常に面白かったらしく、どっと笑ってしまった。ますます首を傾げるメナンに対し、レイは笑いながら言ってあげた。

「フフッ……メナンが面白いから、リルムお姉さんが笑うんだよ。」

「そーなんか!リルムはおもしろいから笑うんか!しょーらいメナンはげいにんやな!」

どっと大笑いし、メナンは満面の笑みを浮かべた。いつの間にかセイントバードのクルーとなっていたメナンだったが、現在のこの艦のムードメーカーとしては、必要な存在なのかも知れないと思うレイだった。

 

 

 

時間が経過し、もうすぐ、セイントバードはオスロに辿り着いたとしていた頃。部屋でくつろいでいたレイは一人、ベッドの上で天井を眺めていた。

思えば不思議なものだ。故郷で共に過ごしていた筈のリルムがこの場に居るという事が、信じられない。それも、彼自身の行動が招いた結果だとでもいうのだろうか。不思議な感覚ではある。

(結果的に、僕はリルムを巻き込んでしまってるんだなぁ……スバキの言うように、僕は人を呼び寄せる何かがあるのかも知れないような……)

シュネルギアからセイントバードに戻った時、スバキに言われた言葉を思い出した、レイ。

 

――――――――レイ、お前人を引き寄せる“何か”を持ってるよな―――――――――

 

「多分、偶然だと思う」

何気なく、レイは呟いた――

 

ウィィィィィン

 

その時、ドアが開いた。誰かと思い、その方向を見るレイ。すると、そこには大勢の人間が居た。皆が、ぞろぞろと部屋に入ってくるのだ。

 レイの部屋に入って来た人間達……それは、リルム、エレン、ゼオン、メナン、スバキの五人だった。

「うわっ!?なんでみんなが……?」

何故ここに彼等が入って来たのかは謎だ。共通するのは、皆がレイを介してチームのメンバーになった人間達ばかりである。この偶然とも言える出来事に、レイは驚愕していた。

皆が集まる事自体、珍しい事であった。けれども、それぞれが一体何の為にレイの部屋を訪れたのかが分からない。そこでレイは最初に、エレンに質問を問い掛けた。

「あの、エレンさんはどうしてここに?あとゼオンも。」

エレンがその質問に答えようとするが、代わりにゼオンが答えた。

「俺が、用があるんだよ。姉ちゃんは付いてきただけ。別に来なくてもいいのにさ……あのさ、俺らの部屋のシャワールームが潰れててさ、だからレイのところ貸して欲しいと思ったんだけどさ。」

「あ、それなら全然使ってくれていいよ。でもエレンさんはどうして?」

「この子の事だから、レイに迷惑をかけるんじゃないかと思って……。」

「そ、そうなんだ……」

わざわざ弟を心配する姉を見て、姉弟(きょうだい)愛を感じるレイだが、極端な気さえもした。シャワーぐらいはゼオン一人が来て、仮に迷惑をかけたとしても問題はないと思われるのだが、それでもエレンはゼオンの事が心配なようだ。

「スバキはどうしてここに?」

疑問の矛先がスバキに移った。突然言われたことで動揺するスバキだったが、躊躇いつつも口を開けた。この時、何故か視線が泳いでいる様子だった。

「ちょ、ちょっとさ、き、気になったことがあったんだよ。実はさ、私、お前が故郷にいる間にアインスに乗ってたんだけど、あの機体の水中仕様ってビームライフルがないよな。あれ、なんでなんだ?ビームを付けた方が強いに決まってるのに。」

ふとした疑問だった。この様子から、スバキは彼のいない半年間、多くの戦場を経験している事になる。だが、肝心な事を理解していない様子だったのだ。

 スバキは戦闘のフィールドを、陸地か空中しか殆ど経験しておらず、水中戦等、実戦では皆無に等しい。故に、ビーム粒子の事が理解出来ていない様子だったのだ。

「僕からも質問だけど、水中ではビーム兵器が殆ど効力を成さないっていうのは知ってる?」

「えっ!?そうなのか?」

意外そうな表情を浮かべるスバキ。どうやら、ビーム粒子の理論等に関しては詳しくない様子だった。この様子から、彼女は水中での戦闘を多く経験していない事が分かる。それは、レイも同じではあるが。

「うん。実はそうなんだ。水中では、ビームライフルみたいに、ビーム粒子を放出するような兵器は全く役に立たないって言われてる。水の低温によってビームが蒸発してしまうから。だから、水中でアインスを用いる時は、腕部にアクアグレネードを装備してる。そうする事で、地上や空中で言う、ビームライフルの代わりになるからね。」

「アクアグレネードって実弾だよな?実弾なのに、ビームライフルの代わり?よく分からないな……」

首を傾げるスバキに対し、レイは更に答える。

「ビームライフルは早い話、MSにおいて一番使われる主な武器でしょ?その代役が、実弾兵器なんだよ。」

「でもさ、ビームサーベルってあるだろ?あれは何で使えるんだよ?」

「それはね、エネルギーの基部になってる部分から直接放出される粒子だからだよ。ビームサーベルは粒子そのものを固定に変化させていて、その熱の集合体なんだよ。でも、サーベルラック等のジェネレーター直結した上でのビーム粒子を展開しているから、水中で減衰はあれど高エネルギー装置として利用する事が――」

武装に関して詳しいレイ。ジュニアハイスクールで、ビーム粒子物理学の授業で周囲を驚かせただけの事はある。しかし――

(レイ、まるで科学者みたい……)

側に居たリルムがレイの説明を聞き、驚愕していた。幼馴染がこれ程詳細に武装に説明している姿を見て、喜ぶ半面、どこか、複雑な様子だったのだ。

「な、何となくだけど理解出来た気がするよ!あ、ありがとう……」

それは本当なのかは分からないが、とにかく、スバキは理解出来たようだ。それを見て、一安心する様子のレイ。だが、この時スバキはどこか視線が泳いでいる。それが、少しばかり気になったのだ。

「えっと、後はメナンだよね?」

武装の事について説明した後で、最後に、メナンに部屋に来た理由を尋ねた。その答えは単純明快で、メナンらしいと言えた。

「れいにあいたかったんだ!な、そうだろ!な!?ちがうか?」

ただ、レイに会いたかっただけのメナン。彼は溜息をついてメナンに言った。

「ぼ、僕も会えて嬉しいよ!」

満面の笑みを浮かべ、メナンを抱き、抱えるレイ。それをされ、喜ぶメナン。

 この時、メナンはリルムの方向を見た。じっと彼女の目を見つめ、目を、パチパチとさせている。

「りるむねえちゃんはしゅねるぎあ……?よーわからんけどそこにおっただろ!」

「え……?」

自分が居た場所を、当てられた。何も喋っていないのに、何故?

「凄い……この子、何か透視能力みたいなもの持ってるのかな?だって、レイとその……付き合ってるって事も言ってないのに言われたし。」

恥じらいながら皆の前で恋人宣言をするリルム。それは普通ならば何気ないやり取りの一つではあるのだが、一人、それを聞いて表情を変える人物が、居た。

 スバキである。先程レイと話した時より、明らかに困惑しているのが分かった。誰も見てはいないが、唇を震わせ、視線が下方を向いているのが分かった。

「うん……どうして、メナンはこんな力を持っているんだろうかって思うんだよ。」

と、言った時、スバキが言った。

「あれだよ!ほら!メナンもシンギュラルタイプなんだろ!レイと私がそうであるように!やっぱり力を持つって不思議だよな!なんか、特別な感じがしてさ!アハハ……」

まるで誇張するかのようにスバキは声を出して言った。メナンの不思議な力を総称して、“シンギュラルタイプ”と発言するスバキ。

 それは自分とレイが同じような人種である事を強調したいが故の発言なのだろう。力を持つ者同士だからこそ、感じ取れるセンシティヴな感覚。それは、他者に入る事の出来ない会話。それを、独占したいという彼女のエゴがこの言葉から出てくるのだ。

「シンギュラルタイプ?レイ、それって、何?」

リルムにとっては聞き覚えのない言葉だ。それを言われ、彼自身も困惑する

「そんなの、分からないよ……僕だって自覚のない事だから……」

無理もない。初めて戦場に出た時に脳内が活性するような感触に包まれたレイは、幾度となく、その力によって窮地を脱して来た。その中で多くの、同様の力を持つ人間に出会ってきた。今この艦内で同様の力を感じるのは、エリィとスバキ、ガーストの三人。メナンは幼過ぎるが故に、その感覚が同様の物であるのかは不明だが、恐らくその可能性は高いだろう。

「ごめん、正直に言うとね、僕はこんな力なんてなくても良いと思ってる。スバキはどう思ってるかは知らないけど、本当に必要な力なのかなって。確かに、何度か助けられたりしたけれど、そもそもこの状況自体が普通じゃないし……」

レイの本心は、あくまでも“普通でいたい”と言う事だ。別に特別な力など求めていない。生きる為に必死に戦った結果、身に付いた力だ。

 不思議な感覚であり、自身を助けた力。しかしそれを悪用する者も居たのもまた、事実。レイの経験上ではマサアキがそれに該当する。そして、スバキもマサアキの被害者だった。

 世界規模で見れば、強化モデル等がそれに該当する。人間を強化し、人工的にシンギュラルタイプと同等か、それ以上の力を身に付けるという非倫理的な行為。それをしてまでも、人は力を得たいというのだろうか。それは、レイの意思とは相反している。

 

ガッ

 

その時だ。スバキはレイの胸倉を掴み始めたのである。余りに突然の出来事に、驚愕する、レイ。

「お前、今はパイロットやってるんだろうが!それで力を要らないなんて事抜かしやがって!私はどうなる!?私だってこんな力、最初は要らないって思ってた!でもお前が居てくれたから変わったんだぞ!セイントバードのメンバーとしてやって行けてるのはお前が力を持っているお陰でもあるんだぞ!なのに、その言い方はどうなんだよ!?」

「スバキ……?」

怒るスバキ。自身に備わっている力を利用される事に絶望していた彼女は、レイを通して変わった。レイ自身も力を持つ存在であるが故に、分かり合える人間だと、思っていた為である。

 その立腹は多くの感情が渦巻いた結果生じたものだ。シンギュラルタイプという、特異な人間であると言う事、レイが同様の人間であるにも関わらず、それを否定するような事を言った事。そして、レイへの思慕。

「……クソっ!」

その行為をしてしまい、我に返ったのか、すぐにレイの胸倉から手を離した。自分でも、何をやっているのだろうと思うスバキ。

 この状況を一番理解出来なかったのはリルムだ。そもそも力を持っている人間という言葉が何なのかが不明であり、レイがそれに該当するという事も、理解が追い付かない。この二人の会話や、怒りの理由が不明だ。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

その時、艦内に警報が鳴った。敵が現れたのかと思い、スバキとレイは表情を曇らせる。しかしその次に、インクの声が響いた。降下準備を知らせるものだったのだ。

「間も無く降下フェイズに移行!各員はショックに備えて下さい!」

それを聞き、胸を撫で降ろす。この時、レイは静かに、言った。

「皆、それぞれの部屋に居た方が良いかも……なんか、ごめん……スバキ。」

「私こそ……どうかしてたと思う……じゃあ、な。」

頭に血が上り、レイを怒ってしまったスバキはそのまま部屋を去る。次に、ゼオンとエレンが。最後に、リルムが。この時、リルムはメナンを連れようとしていた。

「多分、この子は一緒の方が良いのかなって。ごめんね、レイ。」

先程の複雑な状況を配慮した上での行動だろう。幸い、メナンはリルムを嫌がる事はしなかった。そのまま、手を繋ぎ、部屋を後にする彼等。

 それから数分後、セイントバードはオスロの地に着陸したのであった。

 

 

 

 オスロ。北欧、ノルウェーの首都に該当する都市。その近郊に、彼等は着陸した。ネルソンの知人である、ミシェという人物がいるとされるこの地。

 時期は十二月という事もあり、雪が降っている。都市部のビルと、雪が幻想的な光景を作り出しているこの地に降りた目的。それは、セイントバードの戦力強化である。今後の世界情勢を見越し、ネルソンが提案したものだ。

 この地に着いた時、早速メナンの事をヒパック村に居る家族に伝えなければならなかった。だがそれを任されたのは、あろう事か、レイだったのである。

「こういうのって、普通はエリィさんとかがやるものじゃないんですか?」

セイントバードの艦長がエリィなら、それを行うのは当然だ。だがエリィは言った。

「前にジェルヴァチームと交流した時にね、なんていうのかなぁ。凄く、レイ君あの人達と仲良さそうにしているのを見たの。だったら、レイ君が連絡をした方が良いのかなって思ったの。多分、安心してくれるんじゃないかな。」

「そうでしょうか……?」

疑問を抱くレイだったが今は早くメナンの安否を伝えなければならない。下手をすればこれは誘拐行為に思われても反論できない事である為である。

 

ピピピピピピピピピピッ

 

その時だ。レイのEフォンに着信があった。誰かと思い、画面を見ると、そこにはシャルアの文字が浮き出ていた。まさに、連絡を取ろうとしたタイミングでの、出来事と言えた。

「はい、もしもし?」

電話越しに聞こえてきたのは、聞き覚えのある女の声だった。

『やっほー、奴隷!久し振り!元気してる?』

(久し振りじゃないような気が……)

相変わらず、レイの事を奴隷呼ばわりするシャルア。これに対し、思わず溜息を吐いてしまうレイだったが、その声が彼女には聞こえていた。

『あんた、何溜息吐いてんの?せっかく美人が電話掛けてあげたのにそれはないんじゃないの!?』

どうすればこれ程自分の事を褒めることが出来るのか、レイはある意味彼女を尊敬した。レイが出会ってきた女性の中で、ここまで自分を褒める人間は見た事が無かったのである。

だが、エリィも自分に自信がある事を口零す事はある。だが、シャルア程ではない。

『……まあいいわ。あのね、メナンそっちに居るでしょ?元気にしてる?』

肝心な話題を持ち出してきたシャルア。だが、彼女は余り焦っている様子を見せていないようだ。その様子に違和感を覚える、レイ。

「ええ、確かにセイントバードに居ますけど……あの、驚かないんですか?急に妹さんが居なくなって、心配とかじゃないんですか?」

ここでレイは疑問を口にした。何故シャルアが心配そうにしないのか。

『ああ、無事なら心配ないわよ。変な連中に誘拐された訳じゃないからね。セイントバードなら大丈夫でしょ。』

確かに、誘拐した訳ではないのだが、六歳の妹が側に居ない状況を見て、心配にならないのだろうかと思う、レイ。

「え、でもそれってどうなんですか?メナン、近くに居ますし、モニターモードにして見ます?」

『じゃあそうするぅ。』

Eフォンは回線さえ安定していれば、音声だけでなく、モニターとして開く事が可能だ。レイの提案もあり、モニターモードにしてEフォンを開く。

「おー!おねえちゃん!げんきか?」

モニターを覗き込む、メナン。

『それ、あたしの台詞なんだけど……ま、無事は確認出来た訳ね。いなくなった時は一瞬、びっくりしたけど。』

互いの姿を確認し、安心している様子のシャルア。声だけでなく、姿が分かる事は、人を安心させる効果がある。

『けどさ、メナンね、相当あんたに惚れたみたいなのよ。あんたさ、もしロリコンだったら今の彼女捨ててメナンと付き合ってあげたら?』

モニター越しで、冗談交じりでレイをからかう。だがこの台詞に対し、顔を赤め、本気に捉えてしまったレイはうっかり

「僕はロリコンじゃありません!リルムを手放す気はありませんからね!」

と、真面目に答えてしまった。シャルアはモニター越しで指を指し、大笑いをする。

『アハハハハ!何マジに捉えてんのよ!受けるわーアハハハハ……!』

相変わらずレイを小馬鹿にする様子のシャルアを見て、レイは頬を膨らませる。

『てかさ、あんたってホント、もてるよね。』

「え、な、何を言っているんですか……?」

突如、話を持ちかけてきた。まるで、レイと話したいと言わんばかりの言葉だ。

『いや、あんたの艦ってさ……まず面倒見の良い、艦長の綺麗なお姉さんがいるでしょ、メナンもあんたのこと好きだし。あんたはリルムって女の子を彼女にしてるし……その上ジェルヴァの女クルーもあんたのことやたら可愛いって言ってたよ。実際、クリアとニアも関心あるっぽいし。あんたの人気どんだけー……みたいな!?!?』

「僕は……別に格好良くもないですし、ただMSに乗れるだけですし……何の取り柄もないですよ。」

『そんな事、無いと思うな。』

急に表情を変えたシャルア。どこか優しく、それでいて愛らしく見える。彼女のペースに、飲まれていく、レイ。これも、彼女の演技なのか。それは、分からない。

『そもそもあんた、顔が女みたいだし、その……弄られキャラみたいだし、可愛いし。その上でMSに乗って戦えるなんて。そりゃ、モテるわよ。あんたみたいな、マンガに出てきそうな綺麗で可愛い顔なんて、世の中探しても滅多に見られないわよ。その美貌、親に感謝しないと駄目よ!ま、容姿以外にもあるんだけどね。何だろうな、言葉じゃ言い表せない“魅力”があるんだろうなー。』

褒めていたり、所々小馬鹿にしているような言葉が出てくる。彼女の言う、“魅力”について不思議に思うレイ。だが彼自身が思う、〝自分の魅力〟とは何だろうか。何も知らないレイは、そのような事を言われても戸惑うだけだった。

「あの、僕の魅力って……?」

それを聞く、レイだが、シャルアは答えようとしない。

『何真面目に気にしてんのよ!早い話が、女運がいいってことでしょ?いいじゃない、それって得よ!うーん、でも同性からは批判を浴びる可能性があるわね。モてる男ってさ、同性から妬まれ易いからさ。モてる人はモてる人で悩むものなのよねぇ。例に上げれば、私とかさ。あ、私は女だけどね!けどよく言い寄られたりしたなぁー』

「は、はあ……そうですか……。」

シャルアの言いたい事が、よく分からない。結局はメナンの安否を伺ったのだろうが、何故かレイをやたら褒める内容になっている。

 その様子を気になっていたエリィは、そっと、モニターを覗き込むように見た。

「あの、シャルア・ジェインさん?」

『は、はい!?』

エリィの姿を見て、急に表情を一変させたシャルア。レイと会話していた時とは違い、表情を固めている。

「艦長のエリィですー。どうもー。あの、ごめんなさいね、メナンちゃん、どうしましょう?ヒパック村に向かいたい気持ちはあるんですけど、ちょっと色々と、時間が掛かっちゃうかも知れないの。」

オスロに着いたセイントバード。今、そこから戦力増強の為に準備をしなければならない。故に、ヒパック村に戻るとすれば時間が掛かるのだ。

『そ、それなら、大丈夫です!そちらの事情優先で!お母さんにも言っておきますから!じゃ、じゃあ!レイ、メナンを宜しくー!』

 そう言って、シャルアから連絡が切れた。何故これ程慌てる様子を見せるのかは不明だが、メナンはセイントバードで引き続き保護する形となった。然程心配していない様子に違和感はあれど、メナンの事に関しては了承して貰えたようだった。

「レイ君、本当にモテモテなんだね。でも、その方が希少価値があるって言うか……」

何気ない言葉を言うエリィ。それに、反応するレイ。

「今、何か言いました!?」

「ううん、何でもないよ。フフ!」

結局、シャルアからの電話は何が目的だったのかは不明だ。まるで、レイと話をしたいかのような振舞い。メナンを保護する事は決まったとはいえ、レイの心境は、どこか、複雑だったのである。

 

 

 

 セイントバードはオスロ近郊にあるジャンク屋に停泊していた。そこからメンバーは艦から降りて、ジャンク屋の中へ入っていく。

そこには、様々な部品やMSの残骸等、武装等が置かれていた。その中には、デウス軍で使用されていたと思われるMSの姿もあった。その中で、ネルソンはある、一人の人物と出会う。

「随分久しぶりだなネルソン。もう四年になるか。全然見なかったが、元気そうで何よりだな。」

ネルソンの目の前に現れたのは、目つきが鋭く、渋い声を持つ格好の良い印象を持つ、高身長の男だった。格好良いと言っても、アイドルグループ等のような爽やかな印象の若者ではなく、独特の渋さを醸し出している中年の男だ。しかし顔つきは凛々しく、そして、ネルソンよりも年上の印象に見えた。

「本当ですね、ハルッグを貴方から受け取って早、四年ですか。」

「にしても、まだハルッグを使ってくれていたとはな。お前は、MSは大切に使う方か?」

「まあ……そうなりますね。その上で戦争状態になってしまった、この世界情勢の中でも生き延びる事が出来るなんて、運が良いと、思っていますよ。」

ネルソンが言った後、エリィが男を見て、挨拶をした。

「お元気でしたか?ミシェさん。本当にお久しぶりですね!」

男の名前は、エリィの言うようにミシェと言った。ミシェ・ジンバルド。整備士の男。この様子から、エリィ達とは旧知の仲と言える。

「あぁ、この通り、元気だ。それにしても……エリィ、お前、随分性格が明るくなった気がするな。」

「え!?そ、そうですか?」

「四年前とは比べ物にならない。いや、別人かと思ったぞ。」

この四年の間に、エリィの性格が変わったと思われる台詞が出てきた。彼女の変貌は、アレンやガーストも驚いていたのをレイは覚えている。その間に何があったのだろうかと、レイは一人、考え事始めた。

「性格変化も不思議な事だが……やっぱり相変わらず凄いと思うのは、ここのクルーだ。わざわざ連邦のヒエラクス級を奪って、それを母艦にしているんだ。並のMS乗りがするようなことじゃないぞ。俺はそれに感心した。そんな大胆な事が出来る程に立派になるとは、大した奴だ。」

クルーの数は、それまでのエリィとネルソンの成長を表しているのだろう。ミシェは渋い声でエリィをやたらと褒めた。

「いえ……そんな……これも皆のおかげですよ。私はただ艦の指揮をしているだけですし。」

「あくまで自分達がここまでチームを大きくしたとは言わないか。なかなか堂々としないな。性格が明るくなったのだから少しぐらい堂々とすればどうだ?」

「いえ、本当の話ですよ?」

笑いながらエリィは喋っていた。このようなエリィの姿も、恐らく四年前では見られなかったのだろう。

四年前と言えば、レイはエレメンタルスクールに通い、ごく普通のスクールライフを送っていた。その一方でエリィ達は、既にMS乗りとして活動していたのだ。世界は常に動いているのだと、レイは内心、感じていた。

「まあ、せっかく来てくれたんだ。ゆっくりしていってくれよ。なぁに、そんなに急ぐ必要はないだろう。」

ミシェは堂々とした振る舞いをする。このように、ジャンク屋がセイントバードと知人関係である事は彼等にとっては非常に有り難い。

 ホルステブロの過ちで、迂闊なジャンク屋に入る事は危険である事が判明した以上、やはり信用できる場所に居る事は非常に大切である事を痛感しているチーム。故に、ミシェの存在は彼等にとって大きな存在と、言えた。

「そうですね。適度に休憩をして貰いながら作業も進めて行きます。うちは軍じゃないですし、準備をしっかり進めていきたいと思います。一度クルーを集めて、皆に確認していきます。」

ジャンク屋に寄った事で、まずはこれからのスケジュールの確認をしなければならない。

 

その後、エリィはクルーの招集を行った。その際に、言葉を発した。

「えーっと、皆さん。お疲れ様でした。本艦はここで暫くの戦力増強の為に補給や武装強化を行って行きます。その間、各員は交代で作業を行って下さい!勿論、非戦闘員の人達にもお仕事はありますから!では、解散!」

エリィが指示を出した後、各々が、各自、自由行動を行った。オスロの観光に行く者や、作業をする者等、それぞれが、様々な行動を取る。パイロット達はMSの整備に携わっている。非戦闘員であるエレンやゼオン、リルムはエリィに確認し、オスロの町まで買い物に行く事を決めた。それが、彼女にとって少しでも役に立つ事だと、感じていたのだ。

その中で、レイその場にぽつんと残っていた。何せ、今彼の愛機であるツヴァイの姿がない。作業が出来ない状態だ。

「ああ、レイ君。そっか、MSはジャンヌさんの所に預かって貰ってるもんね。そうだ、せっかくなんだしここのMSでも見せてもらったらどうかな?」

「え、良いんですか?」

レイは、少しばかり嬉しそうな顔をした。それもその筈。彼は元々MSオタクと呼べる程にMS好きな少年である。

この時、その様子が気になったのか、ミシェはエリィに突然聞いた。

「 MSに興味のある女の子とは、珍しいな。まあ、一定数女性の整備士も居るから、それは別に不思議な事ではないが……」

それはレイを意味していた。無論、レイは男である。よって、彼のいつもの反論が始まった。

「あの、僕は男ですよ!ああ、どうしていつも女の子に間違えられるんだろう……。」

「あらあら。レイ君は典型的な女顔の男の子だから無理もないわね。」

優しいエリィの言葉だったが、レイは複雑な表情を浮かべていた。

「そうかそうか。失礼だったな。男の子か。名前は?」

ミシェに聞かれ、レイは言った。

「レイ・キレスと言います。MSパイロットとして、ここでお世話になっています。」

レイの言葉を聞き、耳を疑う様子を見せたミシェ。

「パイロット……?こんなガキ……いや、子供が……?歳は?」

「えっと、十五歳です。」

その瞬間、ミシェは考え事をし始めた。目の前に居る少年が、MSパイロット……つまり、少なくとも死線を潜って来たという事だ。

確かにMSは兵器だ。ミシェ達ジャンク屋は、その、兵器の残骸等を売ったりして生活している。金さえ払えば、MS乗りの戦艦修理も行う。勿論、MSの修理も金さえ払えば行う。

それをレイのようなあどけない少年が扱っていると言う事実が信じられない様子だった。

「デウス動乱時に英雄って呼ばれていた、当時十五歳の少年兵が戦い抜いたと言う話は聞いたことがあるけどな。俺はそんなガキが戦争を勝ち残ることなどデマだと自分に言い聞かせてきた。まさか、本当に十五歳MSを扱うとは……だが、それは実際に見てみないと信用できない話だな。」

アレンの事だ。それは事実であるが、ミシェはそれを信じていない。

「え、そんな……」

ミシェに驚かれた時は若干優越感に浸っていたレイ。しかしそれを否定されて落ち込んでしまった。メナスの時もそうだが、やはりレイは信用されないような顔つきをしているのだろうか。少女のような顔立ちであるレイからすれば、所見でMSに乗り、戦うことが出来るという事は疑われやすいのだろうか。

「まあ、万が一の緊急時にはMSで戦っている姿を見せてくれ。それが本当なら、アレン・レインドとやらも信じることにしよう。戦争の兵器を子供が扱うなど、全く信じられない話だけどな……」

ミシェがそう呟くと、側に居た、ネルソンが突然喋り出した。

「ミシェさん、お言葉ですが彼の活躍は幾度も見てきました。彼の実力は、本物ですよ。天才と言っても過言ではない。」

「へぇ、ネルソン。お前がそう言うのか。」

ネルソンの言葉を聞き、目を見開かせたミシェ。一人の人間の言葉では信じられないと言われようとも、第三者の言葉があれば信憑性は大きく増す。

「幾度も彼には助けられました。今、彼の乗機はセイントバードにはありませんが、彼はガンダムに乗って戦ってきました。」

「へぇ。それは。」

と、やや、関心を抱く様子を見せるミシェ。この時、ネルソンはポケットに入っていた煙草を吸い、それを咥えながら、持っていた箱の中から一本の煙草を取り出し、ミシェに渡した。 

やがて、ミシェもネルソンと同様、煙草を吸い始めた。その姿は、ミシェの独特の渋さもあってか、似合っているように、見えた。

男同士が煙草を吸い、語っている姿はどこか、“大人”を連想させる。レイはこの姿に、どこか格好良さを感じていた。

「ミシェさん、実際に少年兵と言うのは存在していますよ。例えMSに乗っていなくとも、武装勢力の先兵として幼い少年少女が銃を持ってゲリラ行動を行って、敵を攻撃するといった光景も珍しいものではないんです。多くの世界を見てきましたけど、実際にあどけない少年少女がMSに乗って戦う姿は事実の一つなんです。」

ある意味、それは人間の可能性の一つなのか。バイク屋車の運転が年齢制限されているとはいえ、実際、それを覚えれば、理論上、誰でも取り扱う事は可能なのだ。ただし、事故の補償は出来ない。

 レイがプチモビルスーツ大会に参加したのも、特別な年齢枠がなかった為だ。それには、新生連邦の思惑も関係しているのだが。

「俺の石頭もアップグレードしないと行けないって訳だな。ネルソンに言われて、考えないと行けないって思ったよ。」

ミシェは煙草を吐き、白い煙を放った。

「それより、お前が言っていた、ハルッグの強化はいつ行う?」

ここで、話題が戻る。今回オスロへ来た目的はセイントバードチームの戦力強化だ。その中の一つに、ハルッグの改修がある。ネルソンは思い出したように、側にあった空き缶の中に吸い殻を入れ、言った。

「セイントバードの中にありますよ。移動させます。」

「了解だ。それは良いがどのように改造するんだ?お前の機体だからな、迂闊な改造は出来ない。」

「お任せしますよ、ミシェさん。ハルッグを思う存分、改造して下さい。」

愛機を任せるというあたり、ミシェに対して余程の信頼があると、見える。

「人任せか。まあ、最近退屈してたところだから大丈夫だ。まあ、任せておけ。」

ハルッグが初めてレイの前に姿を現したのは、レイがチェーニ姉妹と戦って敗北した瞬間だった。突然現れたMA形態のハルッグはアインスガンダムを奪っていき、以後、ネルソンと共に出撃するようになった。ロングビームライフルを持つ上、可変機構を兼ね備えている強力なMSであるハルッグは、今回どのように生まれ変わるのであろうか。

 

 

 

 それからミシェ達はハルッグの改修の為に、セイントバードから機体を運び出す作業を始めた。ネルソンの愛機の改造に時間は要するだろう。だが、これは確実なチームの戦力増強に一役買うと言えた。

 この時、レイは側に居たエリィに対し、疑問を投げかけた。

「あの、エリィさん。」

「ん、どうしたのかな?」

レイは疑問に感じていたことを打ち明ける。

「ミシェさんとはどういう関係なんですか?ネルソンさんとも交流ある感じでしたし、昔から知ってる感じっていうか……」

レイはこのチームの事を多くは知らない。今回ミシェと話をしていた時、ふと、それが気になったのであった。

「あの人はね、私がMS乗りとして戦わせてくれるきっかけを与えてくれた人なの。」

この時、ミシェが、偉大な人物だという事をレイは知った。これはエリィの性格変化と何か関係があるかも知れないと、少し考えていた。

「きっかけですか……?」

「いわゆる、今のセイントバードチーム結成の原点ね。あの人がいなかったら今のセイントバードチームは存在していなかったかな。私が戦うきっかけ=セイントバードチームの結成だから!」

この話に、レイは魅かれた。エリィを艦長とする、今のこのチームが成り立った理由を彼は知りたかったのだ。そして思わず彼は口にした。

「あの、エリィさん。良かったらで良いんです。セイントバードチームって、どうやって結成したんですか。」

別に自分にとって何か有利になる話でも何でもない。ただの起源の話だ。だがレイは何かの過去というものに関心を持つ趣向がある。エリィの過去やネルソンの過去に関しても興味を示していた。そして今回もセイントバードチーム結成のきっかけを聞こうとしていたのだ。いつもならすんなりと応じるエリィだったが、今回は様子が違っていた。

「……ごめんね、ちょっと、言えない……かな。」

「え……?」

まさかの返答にレイは唖然とする。自分の過去の話は出来るのに、何故セイントバードチーム結成の理由を話さないのか、理解が出来なかった。

「それはどうしてですか?」

「……だって、話が長過ぎるもの!そんなに長い話をしたら、朝になっちゃうよ?ちょっとオーバーだけど。」

取り繕うエリィ。だがレイは感付いていた。エリィは何かを隠しているという事を。セイントバードチーム結成の理由が何故語られないのか……レイは疑問を感じていた。

「そうですか……。」

とはいうが、本人が語りたくないと言っている内容について無理に問うのも悪いと思い、あえて手を引いた。明らかに、取り繕った笑みを浮かべているエリィが、どこか物悲しく見える。

「それよりさ、外に出てみる?そう言えば全然レイ君とデートしてなかったなぁ~。」

ぐいと顔を近付けてレイを見るエリィ。レイは少しばかり驚いたが、その言葉を真に捉えてしまって、

「僕にはリルムがいますから……で、デートは……」

それが冗談だという事が通じなかったレイ。その言葉はエリィに笑いを誘った。

「あはははっ!もう、まさか私の事一人の女として見てくれてたの?今の私達は、お姉さんとその弟って事で!」

エリィの言葉はどこか、重く聞こえる。やはり、ロンドンでの告白が大きく影響しているのだろうか。

 

―――――――――――――私はね、君のコトが好きだったんだよ――――――――――

 

あの時の言葉が、エリィとレイの関係を断ち切る関係になったのならば、それは良い事なのか、悪い事なのかは不明ではあるが、彼女の中では踏ん切りがついている事なのだろうか。

「ま、いいや!どうする?少し、お出掛けしますか?雪も止んでるみたいだし!」

「い、行きます?」

リルムと交際しているレイにとっては、どこか複雑な状況だ。だが彼女が言うように、“姉と弟”という立場で居るのならば問題なくいられるだろうと、言い聞かせる。とは言え、奇妙な気持ちでいたレイは、そっと溜息を吐かずにいられなかった。

「うん、行こうよ!あー、レイ君と歩くのって何ヶ月振りかなあ?」

「は、はあ……」

 

 

 

外は、辺り一面が白く染まっており、幻想的な雪景色が続いていた。雪が降り積もる中を歩くというのは、不思議な感覚だ。

「うぅー、雪だねぇ。やっぱり、寒いなぁ。」

歩き続ける中で、エリィが何気なく、言った。

エリィと共に歩くレイ。だが今でもレイは複雑な心境にあった。まさか、一度告白されている人間とこのように、二人だけで歩く事になるとは思いもしなかった為だ。増して、今、レイには恋人がいる状況。どこか、気まずい。気まずいというか、何故この状況になっているのかが分からない。

(やっぱり、引き返そうかな……?でもエリィさんに申し訳が無いしなあ。)

レイは様々な事を考えつつも、徐々にジャンク屋からその身を離していく。気が付けば、既に振り向いてもジャンク屋の姿が見えなかった。知らない間に結構な距離を移動していたことに気付き、レイは驚いた。

「結構、歩いちゃったね。ねえ、もし吹雪が強くなって、遭難とかしちゃったら、どうしようか?レイ君と二人きりで、雪の中……フフ、どうなるんだろう?」

ここでも何気なくエリィが言葉を発する。挑発するような、彼女の言葉。

「そ、遭難なんて!そんなの!」

「フフ、やっぱりレイ君はその反応が可愛らしいな。やっぱり、レイ君は私が頂いちゃえば良かったのかなぁ……」

あの時、自身の想いの全てを吐き出す勢いで告白をし、彼との別れを告げるような言い方をしておきながら、そのような言葉を発するエリィ。やはり彼女は意地の悪い女だ。悩んでいる彼を誘惑する、“悪い大人”と言える。

「エリィさん、やっぱり最低です……」

「あら。私は最低な大人ですよ?フフ……」

戸惑うレイを弄ぶかのように、エリィがそっと顔を近付ける。自らを“悪い大人”と称してレイに近付く、エリィ。しかしその時――

「うわぅっ!」

後ろに下がった時、レイは何かに引っ掛かり、そのまま転んでしまった。尻餅を付き、痛みを訴えるレイ。

「えっ!?大丈夫?」

「は、はい……」

すぐに立ち上がり、ついた雪を手で払う。だが、この時彼は奇妙に感じていた。何故今になって、雪で躓くのか?レイは疑問に感じた為、引っ掛かった場所を見てみる。だがそれを見た瞬間、レイの顔は青ざめた。

「えっ……?これって……」

無理もなかった。何せ、そこにあったのはスーツを着ていた人間の足だったからだ。更に見ていくと、腹部から血を流しているのが見える。そして最後に顔が見えた。紛れもなく、人間の死体だ。

「遭難……?いや、それは違う?着ている服が正装だわ……しても血を流すなんて……」

エリィもこの光景には目を疑った。しかも、この死体はこれだけに留まらなかった。辺りを見れば、この死体以外にも多くの死体が放置されていたのだ。

「一体……何が……?」

倒れている死体は、いずれも黒いスーツを着ていた。パーティ会場などで使用される服装だ。何故スーツ姿でこの場所に死んでいるのか、彼等にとっては不可解で仕方がない。

その上更に彼等は目を疑う光景を目撃した。前方を見れば、そこにあったのはMSの残骸だった。MS、ファドゥームの残骸である。

「MS乗り同士の交戦があったのかな?でも、この人たちは黒いスーツを着ているなんて奇妙だし何だろう。」

「そうですね……一体何があったんだろう?」

武装勢力か、犯罪組織か。いずれにしても、MSの存在が奇妙だ。ただの抗争にMSが出動する理由が分からない。

奇妙な光景を目の当たりにしているレイ達だったが、ふと、レイは足元を見た。すると、そこにはジャケットで覆われている一つの物体が見えた。誰かの落とし物かと思い、レイはそれを持ち上げる――

「うわあ!?」

思わず、感嘆の声を上げるレイ。無理もなかった。そこには、ドレス姿の女性が倒れているのが見えたのだから。黒く、美しいドレスが印象的で、そこから固まっている血も見えた。

「女の……人……?」

血の存在は恐怖だったが、顔つきは問題なかった。美しい女性が倒れているのが目に見える。この女性も死んでいるのかと思うと、不思議で仕方がなかった。レイはこの女性は実はまだ生きているのではないかとさえ思った。それ程に、この女性が美しい印象を抱いたのである。

だが次の瞬間だった。レイがふと目を離したとき、女性の足がピクリと動いたのだ。しかし、レイはそれに気付いていない。そして次に女性の手が動いた。これにはレイは気付き、そして、再び尻餅をついた。

「うわあああ!!!」

無理もなかった。死んでいると思っていた人間が、僅かに動いているのだ。これを見たエリィは、驚愕する様子を見せず、すぐに女性の頸部の脈を測った。その結果、動いている事が判明した。だが雪という環境の上で、血を流している状況。それが危険な状態である事に、変わりはない。

「レイ君、この人は生きてるわ。死んではいないよ。辛うじてだけど……」

「え……あ……あ、そうですか……」

驚くレイの表情は徐々に治まっていく。その一方で、エリィは真剣な様子でこの女性を見ていた。

「ひどい怪我……早く手当てしないと命が危ないわ。レイ君、負ぶれるわよね?」

「え……あ、はい!」

エリィに言われるまま、レイは女性を負ぶった。この時、エリィはEフォンでネルソンにこの女性の手当を依頼した。予想しなかった、緊急事態だ。

その後、レイには出来るだけ小走りで雪道を歩くように言った。けれども歩きにくい雪道を小走りで歩くのは無理があり、何度も転びそうになった。しかしそれをエリィが支えてくれるので、どうにか転ばずにはいれた。

必死に負ぶっている際、女性僅かに目を開けた。

 

(私……私……今は……どこ……?ここは……どこ……?私……空を飛んでる……?)

 

自分を死んだと思っているのか、レイが負ぶっているという事など全く気付いていない。

その一方で、レイは無我夢中で走っていた。一刻も早くこの女性を救うために。レイは女性の呟きが聞こえていなかった。

(でもこの人、どこかで見た事がある……誰だったかな。)

エリィはふと、思った。どうやら彼女は見覚えのある様子だった。しかし、誰かは覚えていなかった。見た事がある……としか思い出せないのだ。

(この人の顔、どこかで……)

レイも、エリィと同様に思っていたのであった。

 

 

 

急いで戻って来て、レイは女性の身体をネルソンに預けた。この時レイは異常な量の汗を掻いていた。コートを羽織ったまま走ったという事もあってか、レイは汗のせいで強烈な寒気を覚えていた。

「うぅ……寒いや……」

ぶるぶると体を震わせながら、レイはリルム達を探すために一度セイントバードへ向かおうとしていた。だが、そこへエリィが暖かいコーヒーを持ってきてくれたため、彼はエリィに一礼してカップを持ってそれを飲んだ。

「お疲れ様。体力あるじゃない。」

「あ、ええ……まあ。パイロットやっていたら自然に付くものですかね……ハハ……」

レイは彼女の差し入れが嬉しかった。しかし、内心では女性の心配をしていた。あの状況で、辛うじて生きていた美しい女性。生き延びることが出来たのに、もしここで死んでしまえば彼の苦労は水の泡となる。それだけでなく、純粋に一人の人間として生き残ってほしいと彼は願っていた。それも全てネルソンの医師としての腕に掛かっている。

「あの人……大丈夫ですかね?」

「分からないわ……けど、あの雪の中でずっと倒れていて脈があるって言う事は……ある意味奇跡かも知れない。もしかすれば、可能性はあるかも知れないね。」

「出来れば無事でいてほしいです。何があったかは知りませんけど、それでも無事に生き延びたんですから、ここで死なれても悲しいだけですよ……。」

全く知らない他人なのに、それでも相手の心配が出来るレイを見てエリィは感心した様子だった。レイの持つ優しさは、エリィの心を揺るがす。

「レイ君、優しいね。」

咄嗟に彼女はレイを褒めた。とは言っても、今、褒められても複雑だ。もしあの女性が死んでしまえば、褒め言葉も何もなくなってしまうからだ。

「……大丈夫、きっとあの人は治る。確証はないけど……ね?」

何故だろうか、どうしてもあの女性には生きていてほしい気がしてならなかった。レイはそのまま口を開かなくなった。今はひたすら、手術が無事に終わることを祈るしか出来ない。

 

 

 

ネルソンが女性の手術している際、ネルソンは何かを思い出している様子でその手術に臨んでいた。

(この女性は……間違いない、ウィリア・ラーゲンだ。だが何故ここに彼女がいるのだ……?)

エリィとレイが助けたこの女性はウィリアだったのだ。オスロでノード・ベルンと激しい激闘を繰り広げ、意識を失った彼女は死んだように見えたのだが、奇跡的に生きていた。 

それをレイ達が助け、今に至る。ネルソンは彼女を知人として見ているようだった。エリィもこの女性を見た事があると言っている為、恐らく何らかの関係があるのだろう。ネルソンは不思議に思いつつ、引き続き手術を行った。

 

 

 

それから何時間が経過しただろうか。ウィリアの手術が終わる頃には日が変っていた。手術は無事に成功。その知らせを聞いたレイはそっと胸を撫で下ろす。

手術を終えた後、ジャンク屋の一室でミシェとネルソンがお互い煙草を吸いながら会話をしていた。ネルソンが手術をした女性、ウィリアの話についてである。

「とりあえず手術はご苦労さん。お陰で少々ハルッグ改造は長引きそうだ。まさか、こんなところであの女に会うとはな。偶然にしても出来過ぎているな。」

ミシェは睨むようにネルソンを見た。特に憎んでいる訳ではなかったが、彼の目つきの悪さがネルソンにそう見えたのだ。

「確かに。それに彼女には何度も撃たれた傷が見られました。何かあったのでしょうね。」

「何らかの抗争に巻き込まれたのかも知れないな。この辺りは有名なオークションがある場所だからな。しかし傍にMS。しかも、クレーディト社の機体があったとなると……?」

「氷河族の可能性は、十分に有り得るでしょうね。以前もあの機体が置かれているジャンク屋を訪れて、酷い目に遭いましたから。」

「連中、問答無用で売りつけてるらしいからな。ファドゥーム……だっけ。あの左手鋏のMS。」

「ミシェさんの所にも売り込みはあったんですか。」

「あったよ。断ったけどな。うちはそう言うのは置かないってよ。怪しい連中だったからな。ああいう押し問答みたいな売り方するアコギな商売は嫌いだ。」

「成程……。」

煙草が短くなり、灰皿にそれを置いた後、ミシェは一回深呼吸を行った。

「ま、何にしても、事情を知るには、ウィリアが目を覚ましてからだな。」

ミシェは渋く低い声でネルソンに言った。その時、ミシェは何かを察したようにドアの方を見た。だが、何もいなかったので再び会話の姿勢を戻した。

「どうした?」

「いや、別に。何かがこの話を聞いている気がしたんだが気のせいだったようだ。まあ、聞かれても問題はないんだが。」

ネルソンには分からなかったこの反応。ミシェは鋭い人間という事が、彼の中で印象づいた。ネルソンは内心驚いていたが、冷静さを取り戻し、ハルッグの話題を持ち出す。

「ああ、本当にハルッグ改造が長引きそうだ。セイントバードの修理は順調だというのに。

すまないミシェさん。恐らくここで年を越す事になりそうだ。」

今は年末だ。明日はクリスマスイヴで、もう数日経てば来年になる。現在はP.C0006年。来年で、P.C0007年となる。平和世紀と名前がついて、わずか五年で平和が破られた。これに関してネルソンは若干の憤りを感じていた。彼は来年になる事を、あまり嬉しく思っていないようだった。

「ゆっくりすればいい。けれども一つ気をつけて欲しいのが、ここもMS乗りやテロリストの連中に狙われる可能性があるという事だ。お前らみたいな優しいMS乗りならいいが、野蛮な奴は金も払わず力ずくでここを利用しようと考えやがる。そう言う奴がいれば、お前らが迎撃してくれよ。それと、お前らの中で気になる存在がいるんだがな。」

ミシェの言う、〝気になる存在〟という言葉に耳を傾けるネルソン。何が気になるのかと尋ねようとしたが、先にミシェが口にした。

「レイ……だったか?あの少女みたいな顔をした少年だ。本当にMSを操って戦う事が出来るのかが見たい。出来れば敵が来て欲しいぐらいだぜ。」

「物騒な事を言わないで頂きたいものだ……。」

今敵に出てこられても困るだけだ。ネルソンは苦笑いを浮かべ、冷や汗を掻いた。

「はは、冗談も通じないか。俺だって来てほしくないんだよ。」

「そ、そうですよね……」

そう言った後にネルソンは側にあったコーヒーを啜り始めた。頭を二回掻いて、静かに膝に手を置いた。

今、彼等はウィリアの回復を待っている。ウィリアとネルソンとエリィ……彼等は一体どのような関係を持っていたのだろうか。

 

 

 

翌日になった。クリスマスイヴの本日は、平和な時ならば、町にはカップルの姿が多く見られ、子供達はサンタクロースを待ち望んで楽しみにしている穏やかな日なのであるが、平和ではない現在、そのような娯楽であり、大切な日でもあるその日を楽しんでいる余裕がなくなってきている状況と言えた。

セイントバードの一室にて。そこで、瀕死のウィリアが遂に目を覚ましたのだ。自分は雪の中で倒れ、そのまま死んだ筈なのに、なぜここにいるのか理解できない様子でいた。

「ここ……は?」

目をこすり、辺りをキョロキョロと見回す。彼女にとって見慣れない空間に、若干の違和感を覚えていると同時に自分が生きているという状況が信じられないでいた。

「私、生きているの……?まだ……」

 

ウィィィィィン

 

その時だ。部屋の自動ドアが開いた。そこからは金色の髪色をしている、女顔の少年が姿を現した。彼女の事を助け、尚ずっと心配していた健気なレイはウィリアの起きている姿を見て目を輝かせていた。

「無事だったんですね!良かった……」

「え……ああ……?」

思わずレイはウィリアに近寄った。何が起こっているのかがさっぱり分からないウィリアは、咄嗟にレイにここがどこなのかを尋ねる。喜んでいる様子で、レイは笑みを絶やさずに答えた。

「安心して下さい!ここはセイントバードの艦内ですよ!僕、貴方が生きていて本当に嬉しいです!確か、前に助けてくれましたよね……?」

レイは喜び続けた。しかし一方でウィリアは呆然とした表情を続けていた。

「……どうしました?」

「あ……いえ。貴方……どこかで……あ、思い出した……ホルステブロで確か……」

「そうですよ!まさか、あんな所で倒れているなんて、思いもしませんでしたから……」

徐々に意識がはっきりとしていく中、ウィリアはレイの事を思い出していった。レイにとっては、ホルステブロでゼオンと共に助けられた。まさか、ここで会った女性があの時のウィリアだという事は、全くの偶然と言えたのだ。

その時、レイは気を遣うように言った。

「あの、寒くありませんか?一応暖房は効かせているんですが……」

「あ……ええ……少し。」

正直な意見をレイに述べた。すると、レイは笑みを浮かべて部屋から出ようとする。と、思い出したように足を止めた。

「分かりました、あの……名前を聞いていませんでしたね。失礼ですけど宜しいでしょうか?」

ウィリアに、名前を尋ねるレイ。

「私は、ウィリア・ラーゲン。……貴方……は?」

「僕はレイ・キレスと言います!あの、ウィリアさんが快適に過ごせるように僕が出来る限りサポートします。では、何か温かい飲み物を持ってきますね!」

自ら進んでレイは暖かい飲み物を探しに行った。何故彼がウィリアに対してここまで親身になれるのかは全く分からないが、ウィリアはレイの姿を見て思わず笑顔になった。

「まさか、以前に助けた子に、助けられる事になるとは……ね。」

ウィリアは何故か二回相槌を打った。憎むべき敵を殺し、本来であれば自分自身も死んでいるはずの身。しかし彼女は生きている。セイントバードチームが救出した彼女の命。ウィリアはまだここがどこかを把握できていなかったが、どのような組織やMS乗りであれ、感謝をする姿勢を崩す様子はなかった。

しばらくして、レイが再び入室してきた。彼はココアを持ってウィリアの寝ているベッドの側の棚に白湯を置いた。

「どうぞ!」

満面の笑みで白湯をウィリアに手渡し、彼女はそっと白湯を飲んだ。温かさが体の中を流れ、寒気が無くなった。

「暖かい……身体を温めるには、丁度良いかも……」

「良かったです!」

思わず笑みを零す、レイ。

 だが、この時ウィリアは妙にそわそわとしている事に気付いた。歩きたいのだろうか?何かに対して急いでいるのだろうか。それを感じたレイは、思わず声を掛ける。

「あの、安静にしていた方が良いですよ……?」

「分かってはいるんだけど……グッ……」

傷が痛む。それに、手術後という事もあり、体力が大きく低下している感触を、感じていた。

さらにそこへ、ネルソンが部屋に入って来た。医者として、彼女の容態を確認する為だ。

「どうだ、様子は。意識はあるようだな。」

「……」

その途端、ウィリアは黙り込んだ。直後に、ネルソンは咳払いをしてウィリアと会話をした。

「随分と久しぶりだな、ウィリア・ラーゲン。」

どうやら、ネルソンはウィリアの事を知っているようだ。一方のウィリアも、ネルソンの事を知っている様子だ。

「元デウス帝国軍大尉のネルソン・アルビュース。今貴方はこんなところで医者をしていたとはね。」

「知っての通りだが、今は私は医師免許は持たないよ。これも、無免許で手術をしたに過ぎない。技術だけはあるからな。それに私はMS乗りだ。MSのスクラップや部品などをジャンク屋に売って資金を稼いでいる。戦後だからな、貧しいのだよ。平和になってから少しずつ豊かになろうとした時に、また戦争が始まった。それよりも具合はどうだ?」

「痛みが伴うわ……にしても、貴方にオペをされたのは二回目ね。今回の場合は完全な、処置だけれど。そして、どうして私が、生きているのかが不思議なぐらいだわ。」

明らかに、慣れている様子の両者。彼等の過去に、何があったというのだろうか。

「痛みは仕方がない。どうしても痛みが続くようなら痛み止めを処方しよう。」

「ありがとう。所で、話が変わるけど、エリィは元気なの?」

ウィリアはエリィの話題も持ちかけてきた。ネルソンとエリィを知っている彼女。何故彼女は二人の事を知っているのだろうか。

「艦長か。元気過ぎるぐらいだ。」

“艦長”という言葉を聞き、ウィリアは大きく反応した。

「へぇ、あの子、今じゃ艦長なんだ。随分偉くなったのね。」

「呼んでこようか。君をここに連れて来たのはそこにいるレイと、艦長だからな。」

「へぇ、まさかあの子に助けられるなんて……それと、君もありがとう……」

ウィリアの言葉対しに、レイは静かに、お辞儀をした。

「レイ、彼女を見ていてくれ。艦長を呼んでくる。」

「あ、はい。」

ウィリアの要望を聞き入れ、ネルソンはエリィを呼ぶ為に一度部屋から出た。彼等の加巌聞いていると、ミシェに続き、ウィリアもセイントバードチーム結成に何らかの関与をしていた可能性がある。

 

数分後、エリィがウィリアのいる部屋にやってきた。最初、ウィリアの姿を見て考える様子を見せるエリィだったが、じいっと見ている内に、ようやく思い出す事が出来たようだ。

「ウィリアさんだ!やっと思い出した!」

この台詞にウィリアは呆然とした。そして、エリィの姿をじっと見る。それを見て、エリィは首を傾げた。

「え、あの、どうしました?」

「あ……いえ……その……随分変わったわね……。何があったのかしら……?」

「え、そうですかぁ!?あー、でも昔に比べればおしゃれとかにも気を遣うようにはなりましたし、昔よりもウエストも痩せたんですよ!おかげでどんな服でも着こなせるようになりまして!」

「あ……そうなんだ……」

どうやら、昔のエリィと違う事に驚きを隠せないらしい。暫く会わない間に何が起こったのか、ウィリアは気になっている様子だった。

 この様子からも、レイは改めて、昔のエリィはやはり違う性格の人物なのだと、認識したのであった。

「艦長……少しはしゃぎすぎでは?」

異様なテンションの高さに驚くネルソンは、思わず言った。

「え……あ、ああ!そうですか!?すいませーん……」

ウィリアは首を傾げ続けた。目がエリィのみを見ており、じっと凝視しているように見えるが、どこか遠くを見ているようでもあった。エリィの変化が相当気になっているらしい。

「あの、どうしましたか?」

「あ……いえ……。」

「さっきから、少し表情が暗いですよ?」

「そんな事は……ないけど……あの、貴方本当にエリィ・レイス?」

やはり信じられないらしく、念を押すように確認した。けれども何度彼女が疑問に抱いたところで、相手がエリィであることには変わりない。

「はい、私はエリィ・レイスですけど?」

「はあ……そう……。」

エリィが別人のように性格が違っていたことに関して、ウィリアは戸惑い続けていた。

その姿を見ていたネルソンは、静かに、微笑していた。

「……でも、本当に感謝している。本当だったら死んでいた筈の私をわざわざ助けてくれたんだから。」

「あの状況で瀕死状態の人を見過ごすほど私も冷たい人間じゃないですよ?それに、実際に貴方を運んだのは私じゃなくてレイ君ですし。」

「あ、ええ……知ってるわ。彼、わざわざ看病してくれたもの。」

と、言ってレイの方を見る、ウィリア。

今、彼女はどのような場所であれ、助けてもらえればそれで良いと考えていた。しかし、その上助けてくれた人間が、信頼に値する人間だという事も知り、彼女は自身の悪運の強さに感謝した。どういう繋がりかは分からないが、彼女はエリィともネルソンとも仲が良い。更に、まだここでは会ってはいないがミシェとも面識があると思われる。知人がいる、安心できる環境に置かれたことで、彼女は安心して過ごすことが出来るのだ。

これも、全てはレイが引き合わせたようなものだ。偶然とはいえ、この幸運に感謝をする、ウィリア。

「何よりも、元気そうなら何よりだ。ウィリア、すまないが一度私は退出させてもらう。またここに来るつもりだ。ゆっくりと休め、ウィリア。」

直後に、ネルソンとエリィの両者が一度に立ち上がる。

「あら、何処へ行くの?」

「機体の改修の手伝いをしなければならんのでな。それに病み上がりなのに大人数で押し寄せるのは良くないだろう?艦長もレイにも、部屋を出て貰う予定だ。」

と、言った後で、三人は部屋を後にした。痛みは残るが、それよりも助けられ、この、暖かな部屋で保護されているという状況が、今のウィリアにとっては有難いものと、言えたのだ。

 だが急に人が居なくなるというのは、寂しささえも感じる事がある。彼女は先の戦いでギィルを失った。それと引き換えに、忌むべき敵であるノード・ベルンを倒した。彼女の復讐は、成し遂げられた。だが、この先はどう生きて行けば良いのだろうと、ふと、考えていた――

 

ウィィィィン

 

しかしその寂しさもすぐに止むことになる。と言うのも、彼女を訪ね、また別の人間がひょっこり姿を現した。ゼオン・ニーマードである。この場に、氷河族の人間同士が集う事になったのだ。

「あら、ゼオン。どうしてここに?」

「ここに保護されてる。それより、まさかここにウィリアが来るなんて、びっくりしたよ。」

同じ組織同士であるが故に、会話が成り立つ。ゼオンは彼女がここに居る話を聞いており、落ち着いたタイミングを見計らって部屋に来たのだ。

「あの時は、ありがとうな。お礼も兼ねてここに来たんだよ。」

「そんなの、別に良いわよ。でも、結局ここで再会する形になるなんて思わなかったけどね。」

ホルステブロで囚われていた時、ウィリアがゼオンを助けた。それだけでない。彼が氷河族を抜け出すきっかけを作り出したのも彼女だ。ゼオンからすれば、彼女の存在は紛れもなく、恩人と呼べる存在だ。

「ここに居れば恐らく、安全な筈よ。お姉さんも一緒?」

「ああ、そうだよその……あいつが姉ちゃんを守ってくれた。それもあって、今、ここで居られる。有難いっていうか、何ていうか。」

それは、レイの事だ。結局、彼の存在が多くの人間を引き合わせたという事になる。恐らく、レイ自身はそれを意識してはいない。だが彼が多くの人間を助けたのは、紛れもない事実だ。

「レイ・キレス……か。不思議な子ね。私も彼に救われたし、こんな、良い環境に恵まれた。あとは痛みさえ取れて、歩く事が出来れば良いんだけど……ね。」

救われたとはいえ、ウィリアは重傷を負っている身だ。寝返り一つ打つにも苦労する状況。その中で、誰かの暖かい言葉と言うのは染み入るのだ。

 

 

 

その後ネルソンはハルッグの改修に携わった。その最中、MSデッキでは整備長としてハルッグの改修に携わる、シンの姿があった。そこへ訪ねて来たのが、ネルソンとミシェだった。何故来たのかと言えば、ネルソンが整備士として優秀なシンをミシェに紹介する為だった。

「ミシェさん、紹介します。うちの整備長のシンです。優秀な整備士ですよ。」

「ほぅ、なかなか凛々しい顔付きだな。」

ミシェは率直な感想を述べた。それに対しシンは若干照れる様子を見せる。

「あ、どうも。ミシェさん……でしたっけ?」

「ああ、俺はミシェだ。同じ整備士同士、仲良くしようじゃないか。」

と、ミシェはシンに握手を求めてきた。それに素直に応じ、シンも握手をする。

「シン、ミシェさんは整備士の大先輩だ。何か分からないことがあれば聞くといい。」

「あ、了解です、大尉。」

優秀とも言える整備士を連れ、ハルッグの改修は進んで行こうとしていた。この時、機体のカラーリングは元の白系統から、青い系統の色合いに変更しようとしていた。作業は遅れながらも順調だ。しかしその時、ミシェがシンに対し、喋り掛けてきた。

「ところで、お前は妻がいるか?」

「……はい?」

作業とは全く関係のない話を持ちかけたミシェ。突然の話題に、シンは呆然とするしか出来ない。

「どっちか答えろ。」

「あ、はあ……いや、俺、未婚なんですよ。やっぱりそろそろ結婚……っていうか、彼女が欲しい……っていうか。俺、彼女いない歴二十五年なんですよ。まあ、つまりは年齢=彼女いない歴です。昔から女運が全く無くて……」

「へえ~意外だな。ま、俺も人の事は言えんが。」

「え!?ミシェさんもまさか……今まで付き合ったことが無いんですか!?」

「いや、お前の言う〝彼女いない歴〟が二十五年というだけだ。軽く女性とは付き合ったことはある。ま、こんな話もあれだ、空しくなるだけだろう。」

(自分で言っておいて……ん、この人今何歳だ!?)

恋人がいない経歴を話す両者。その最中に疑問に感じたシン。ミシェの経歴に少し興味を示したようだ。

「何をぼさっとしてるんだ、話は終わり。作業続行!」

「は、はあ……」

会話は途切れ、結局そのまま作業を続けるしか出来なかった。作業を続けるミシェの、無言でいる姿が返って恐ろしく感じられた。

しかしその時、作業を続けるミシェの背後を何者かが通った。その際、ミシェはすぐに反応した。そして、近くにいた整備士に機材を渡して、すぐに走り出した。明らかにおかしな様子だったので、シンも疑問に感じ、それに、付いて行く。彼も機材を近くの整備士に渡し、ミシェの後を追う。

「なんだ……?何かあるぞ……?」

と言うのも、ミシェが向かったのはセイントバードの方向だったのだ。セイントバードクルーのシンが気にならない筈が、なかった。

 




第六十三話、投了。
オスロでの一連の出来事の話でした。


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第六十四話 永遠の姉弟

セイントバードチームに迫る、氷河族のメンバー。
そこで行われる惨事は、彼等の心を蝕んでいく――


 セイントバードは今、危機的状況にあった。侵入者が現れたのだ。新生連邦でも国連でもそこらのMS乗りでもない。所属は分からなかったが、数名、影が確認出来た。今セイントバードにいるという事は、極めて危険な事だった。しかしクルー達はそのような事情等、知る由もない。

影は今、セイントバードのMSデッキにいた。そこでは、数名整備士がMSの整備を続けている。

「警報装置を壊した甲斐はあったものの、こいつら警戒怠り過ぎじゃねえ?」

「とにかく、速やかに済ませて殺せばいいだけ。そろそろ行動開始……」

女性がその場にいた全員に命令を下した。その瞬間、一斉に影が動き出した。整備士達はそれに反応するが、どう対応すれば良いか分からず、慌てるだけだった。

 

パァンッ

 

その瞬間に、一人の整備士が撃たれ、即死した。胸部からは夥しい量の血液が溢れ出ている。

「うわ~、初めて使ったけど銃って凄い~!でもやっぱり私はサバイバルナイフ派かな?」

今、整備士を撃ち殺したのは少女だ。喋り方はおっとりとしているが、それとは裏腹の、行動とのギャップが激しい。武器を持たない整備士達など、この人物からすれば格好の標的と言えた。

「な、なんだよこいつら……?」

がくがくと、怯える整備士達。手を上げて、必死に命乞いをする。

「えー、やだなぁ……私、エレア・シェイル!今回はちょっと目的があって、チャンネルはお休みしてさ、殺す事に専念します!という訳で、撃っちゃおうか?」

その瞬間に、二人の整備士が殺された。合計三人が、この少女に殺されている。

エレア・シェイルがいるという事は、彼等がアルン・ティーンズ率いる氷河族のメンバーだという事が分かった。現在そこにいるのはウネフ、エレア、ニーア、ジュラード、ミルフの五名だ。つまり、アルン以外の彼等のほぼ全員がここに居るという事になる。

彼等が何故、この場に現れたのか。それは、ゼオンの存在が原因だった。組織を逃げ出し、裏切ったゼオンを抹殺する為に彼等は動いていた。彼を抹殺する理由は他ならぬ、組織の秘密の漏洩阻止の為である。彼等は最初にゼオンを殺し、後にセイントバードのクルーを皆殺しにしようと考えていた。 

ゼオンの場所を探すために、次に彼等が向かった場所は、廊下だった。ある程度は慎重に、そして大胆に行動する奇妙で恐ろしい行動にこの時、まだ、誰も気付いていなかった。今、セイントバードに危機が迫っている。

 

 

 

そのような事が繰り広げられているなど全く知らないリルムは、メナンと共にセイントバードの一室にいた。メナンが眠っていたので、リルムも同様にメナンの傍ですやすやと寝息を立てていた。市内に買い物に行った後、疲れた様子で仮眠を取っていたのだ。まさか側に氷河族がいる等想像も出来ない状況で、眠りに就いている、リルム。

だがその睡眠もすぐに破られることになる。運の悪いことに、彼女達が寝る部屋に氷河族が侵入してきたのだ。ゼオンを探す為、一つ一つ部屋を調べていく氷河族。 

彼等の目の前には、容姿端麗な美少女が可愛げのある子供の傍で眠っている姿だった。

一見すれば絵にでもなりそうな光景だが、今の彼等にそのように映る筈が無い。

「幼い子供がいる……エレア、子供にだけは手を出すの、ダメよ……」

ニーアは複雑な表情を浮かべていた。彼女自身、母親である立場だ。故に、それを行う事は禁じ手の一つである。あくまでも、目的はゼオンの筈なのに、子守をしている少女を簡単に殺すことにためらいを覚えたのだ。しかし、エレアはそれ以上に残忍な事を考えていた。

「流石にあの子は不必要でしょー?それよりね、この、寝てるこの方が面白そう!それにね、少しだけ、面白い事をしようと考えたんだ!他の人達は別の部屋へ行ってね!」

と、他のメンバーを別の部屋へ向かわせた後、静かに忍び寄り、あろう事か、肩をさするようにリルムを起こしたのだ。メナンに起こされたのかと思い、彼女が目を覚ました時、エレアはリルムを見て、笑みを浮かべた。

「きゃああっ!?」

見知らぬ少女の姿に驚愕する、リルム。ネット上では有名人に該当する彼女だが、その人物がこのような行動をするなど、考えられる筈が無い。

「どうもー!ああ、まだ殺さないよ!ちょっと聞きたいことがあるんだよー!」

「あ……あの……?」

「しー、質問は受け付ける気はないよぉ。」

と、エレアは鋭利なナイフをリルムの首元に突き付け、若干刃の部分を彼女の首に触れた。そのため首が少し切れてしまい、さらさらと、僅かに首元を血が流れた。

「あぁっ……!」

この時、既にリルムの目からは涙が溢れていた。あまりに突然過ぎる惨劇に、彼女は神にでもすがる気持ちでいた。そして心の中で、レイの名前を叫んだのだ。

(レイ……怖いよ……どうして……どうして……こんなの……?)

か弱かったリルムには何もできず、されるがままになるだけだった。何が起きたのか、それも分からない。側にいるメナンは、起きる気配を見せない。この時、静かに、エレアはリルムを連れ去ろうとする。首に刃物を突き立てられている状況。増してや、リルムはごく普通に育ってきた少女だ。抵抗など、出来る筈がない。ただ、されるがままの状態で、リルムはこの異常な女に連れられるだけだ。

 

セイントバードに侵入した氷河族の行動は留まることを知らない。一つ一つ、容赦ない様子でゼオンを探すために部屋を荒らしていく。

この時エリィは廊下に出ていた。明らかな異常に対し、おかしく思い、鉢合わせていたネルソンと共に、異変のある方向に向かい、走った。そこで、氷河族のメンバーとエリィ達が鉢合わせになる。

エリィ達の居る方はブリッジに繋がっており、この道しかブリッジへ行くことが出来ない。一方で、氷河族がいる方向もMSデッキにつながっている一本道だ。つまり、両者が立ち止まるため、通行止めになってしまったのだ。

「な……!?」

彼等の姿を見たエリィは目を疑った様子だった。彼女の場合、このメンバーを見て驚いたのではない。その中にいる、ウネフの姿に驚きを隠せなかったのだ。

「エリィ・レイス。まさか、こんな所で会うとは思わなかったとね。」

「ウネフ……なんで……?なんで貴方がここに……」

この様子から、両者は知人関係である事が、分かる。レイがカイロで初めて出会った妙な口調の人間は、エリィにとっての、知人だったのだ。

「まさか、彼等に侵入されるとは……何故警報装置は鳴らなかった?まさか、壊されたのか?」

「恐らくですけど。ミシェさんに直して貰わないと行けませんね。……生き残れたらの話ですが。」

冷静を装ったが、ウネフにはエリィが焦りの表情を浮かべている事は、丸見えであった。

「艦長?お前、この戦艦の艦長になったとね?随分偉くなったもんとね。それに明るくなった印象がある。」

「それはどうも……最近、その台詞よく言われます。」

エリィはそれを褒め言葉として聞き捨てる。その時、ウネフの背後にいたジュラードが銃を構え出した。

「待て。」

ジュラードに対し、ウネフが止めた。突然向けられた銃口に、エリィとネルソンに緊張が走る。彼女は少量だが冷や汗を掻き、互いに、静かに唾を飲んだ。

「ウネフ・ミカハラ。どうやってここに入った?それと、何故ここを襲う?意味はあるのか?」

この様子から、ウネフとネルソンも知人関係である事が、分かる。

「あるとね。」

ネルソンの疑問にウネフは即答した。その時、運悪くスラッグとインクがブリッジに向かう為に戻ってきた。彼等はMSデッキからこの通路に来たわけではない為、MSデッキの悲惨な状態を知らない。そして氷河族がエリィ達と対峙している姿を見た時、インクはスラッグの後ろに隠れた。

「な、何よあれ……?」

「俺に言われても……」

と、驚愕していた時――

「後ろからはミルフちゃんが登場ぉ!」

刃渡り30センチのナイフを持ったミルフが二人を指差した。十三歳の少女ではあったが、持っているものが明らかに物騒だ。インク達はこの様子に、恐怖を覚えてしまう。可憐な少女とナイフと言うミスマッチは、心理的な恐怖を与えるのだ。

「ホルステブロでてめぇらとジュラードが戦った時に発信器を付けてた。それでここまで追いかけてきたって訳とね。」

「発信器……?まさか、あの時か……」

ネルソンはホルステブロで、ジュラードの駆るファドゥームと交戦した事を思い出した。その際、セインドバードに発信器を付けられた。これが、組織のメンバーに追い掛けられた理由なのである。

「ちなみに、私らの目的は、ただ一つ。お前、ゼオン・ニーマードを匿ってるとね?」

「ゼオン君を……貴方、まさか……」

確信した。彼等は組織を抜け出したゼオンを殺すためにここへわざわざやって来たのだと。隠すつもりだったが、名前を言ってしまった以上隠す事など出来なくなってしまった。

「奴はどこに居るとね?言え。言わないとお前らも殺すとね。」

「まさか戦場ではなく、このような場所で命を落とすことになるとはな……」

ネルソンの言葉は恐ろしい程に冷静そのものだ。表情を見ても一切動揺している様子はなく、冷静を装っている。

「残念ですけど、ゼオン君は氷河族の事を一切私達に話していませんよ。寧ろ、彼は組織を止める為に肩に記された印を自ら否定しました。凄い、勇気だと思いました。」

それは、事実だ。氷河族とゼルに言われるも、それを否定する為に、自ら傷を付けたのである。

「残念だが根拠がない。命乞いは聞かないとね。まあ、聞き出すのもありだが……聞き出さずにこの戦艦の隅々を探して奴を殺す方法もあるとね。」

「そんな……」

どうする事も出来なかったエリィは、落ち着いて何をすれば良いのかを考えていた。ここでゼオンが現れて殺されても自分達が助かるわけではない。その上ゼオンのせいにすることなど、彼女はしたくなかった。彼女の良心でゼオンを助けているのだから、責任は自分にあると感じていたのだ。

 

「人質作戦なら、出てくるんじゃ無いかなぁー?」

更にその時だった。エレアがリルムを人質にとって姿を現したのだ。可憐な少女同士に見えるが、一方の少女はナイフをリルムの首に突き立てると言う、凶行を行っている。しかも、この少女は動画投稿者として有名な人間であると言う、信じられない事実がある。

「リルムさん!?やめて!彼女は何も悪くないわ!」

冷静さを失い、必死にリルムを離すように言う。だがエレアは聞く耳を持たない。

「お姉さん、お断りだよ!こっちは今から楽しい事をしようと考えてるのに!」

「ゼオンの居場所を言わないとお前ら全員殺すとね。お前らが銃を構える前に、武装すらしてないお前らなんて秒もあれば殺せるとね。平和ボケしたのが運の尽き。」

ウネフの冷徹な言葉がセイントバードクルーに衝撃を与える。

しかも、その時にさらに悪いことが起きた。異変に気付いたレイが駆け付けたのである。そして、エレアに捕らわれているリルムを見て血相を変えた。

「リルム!」

「レ……イ……」

涙が絶えず溢れ、レイの姿を見て溢れんばかりにそれを流し続けた。エレアの腕も、彼女の涙を浴びていた。

「一体……これは……MSデッキも酷い事になっていましたし……」

「レイ、どういう事だ!?」

ネルソンが慌てて聞いた。次の瞬間にレイは

「MSデッキの……整備士さん達が何人か殺されていたんです……」

彼の言い方が衝撃の大きさを物語る。ネルソンもそれを聞いて冷静さを失った。

「馬鹿な!?何故だ!?彼等が何をしたというのだ!」

ウネフはそれに対し、鋭い目付きを見せ、言った。

「ゼオンが全て悪い。あいつが居なければお前らは特に咎めなく過ごせたものを。私らをただの荒稼ぎの半グレ連中みたいな連中と思うなよ?組織の存在は絶対。秘密は絶対に守るとね。その為ならいくらでも殺してやる。ここにいる連中は軍じゃない。なら、その存在を消す事も易いんだよっ!」

ウネフの怒鳴り声が廊下に響く。その場にいた氷河族以外の全員が、恐怖で動けなかった。このような状況でありながら、何もできないネルソンは、己を呪った。

「ク……」

時間だけが過ぎる。ウネフ達はゼオンを出せと言い続けるばかりだ。と、

その時、レイの眼に、刃物を突き付けられて苦しみ、痛がるリルムの姿が映ったのだ。最初に見た時はエレアの腕に隠れて血が見えなかったのだが、血が滴っている様子を見て彼女が怪我をしているのが見える。その余りに痛々しい姿を見てレイは正気でいられなかった。

「リルムを離して!貴方、エレチャンネルって!動画投稿してる人でしょ!?どうしてこんな事をするんですか!」

レイは恐れを無視し、声を荒げた。普段のレイからは想像出来ない、大声だ。

思えばこの少女とレイの因縁は、深い。日本でレイをナイフで刺し、生死を彷徨わせたのは、紛れもなく、この女の存在が由来している。

「あーあ、髪型変えてたのにバレちゃった。まあいいや。そうだよー。にしても、君とは縁があるよね!」

「縁も何も……!」

以前に刺された事を恨むように、レイはエレアを睨む。

「私ね、こう見えても人間観察って意外と得意なんだよー。君とこの女の子、多分なんらかの関係持ってるでしょ?偶然だよねぇー。まさか日本でブッ刺した君が居て、今度は君の知り合いの首を私がブッ刺そうとしてるんだもんねアハハハハハハハハハハハハハ!」

この女は、狂気に満ちている。リルムを人質に取っている状況を、明らかに楽しんでいる。これが、人気動画投稿主だと言うのか。それが、信じられない。

「リルムさん……」

エリィはリルムを助け出したい気持ちで一杯だった。しかしこの状況で迂闊な行動が出来ないのは分かり切っている。その上で、感情的になってしまったレイ。しかし、誰もが手を出せない。リルムに危害が及ぶ事は、避けなければならないからだ。

「まったく、こいつの気味悪さはずっと気にはなってたとね。そんな本性を隠しながらよく動画投稿なんて出来るもんだ。」

所謂インフルエンサーと呼ばれる人間にはファンが一定数、居る。芸能人とは違い、比較的近い距離であったりする事が出来るのが彼女のような存在の特徴。

 しかし、その実際は快楽殺人鬼。人を殺める事に、躊躇いを抱かない。この女は、その状況を楽しんでいる。表向きの顔はインフルエンサーとして、裏の顔は、組織で暗躍する殺人鬼として存在している。

「私思うんだー。人間って本性は隠せないよねぇ!でもそれを剥き出しにしたらやって行けないから、隠さないと行けないの、辛いなぁって思うんだー。人を殺す事も合法にすれば良いのにね。いっそ、“殺してみた!”動画とか撮りたいって思うけど、それじゃ特定されてお縄だもん。組織にも迷惑掛けるし。つまんないよー。絶対バズると思うのにねぇ!」

異常な事を言い出すエレアに恐怖を覚えた人間は何人いただろうか。セイントバードのクルーは勿論の事、氷河族のメンバーも若干引いた様子だった。

 クルーの中にも、彼女の動画を見ている者は居る。まさかその正体が氷河族の人間であり、目の前の少女を人質にとるような異常者であると、誰が予想出来ただろうか。

 

「なっ……おい!?」

そこへガーストとスバキが駆け付けた。それと同時に、異変を感じていたミシェとシンも駆け付ける。この場に、殆どのクルーが集ったのだ。だが、いずれもが迂闊な行動を取れない状態にある。何せ、皆最初に目に映ったのが、人質になっているリルムの存在だった為だ。

「随分と集まってきたが、それでも状況に変わりはないとね。エレアの人質作戦はある意味功を成している。」

リルムを人質に取った上で、更に傷つけている。明らかにこの女は、何かがあればリルムを殺す気でいる。それは、正に狂気の沙汰以外の何者でもない。

「おい、これだけギャラリーがいるのに何故ゼオンが来ない?まさか逃げたんじゃないのか?」

ウネフが言った。ゼオンが逃げる……それは決してあってはならない事だ。彼を目的として氷河族がここに来ている。このままでは、何の罪もないクルーが殺され兼ねない。

だが、だからと言ってゼオンに全ての責任を押し付けるのも間違っている話だ。そもそもゼオンは何も悪くない。元凶はここにいる氷河族のメンバーだ。

「こーゆー状況憧れだったんだ!早くゼオン呼んできてよ!早くしないとこの子の命、ないよ!!」

穏やかな口調で脅すエレア。それと同時にリルムの首元から血が一層激しく流れる。同時に涙が溢れ出る。エレアはそれを見て気が狂ったように笑い声を上げている。

その姿に逆上したのはレイではなく、シンだった。傷ついている少女を見て平気な顔が出来るこの少女が許せないと感じていたシンは、持参していた銃でエレアを狙った。

「お前……女の子か知らないけどな!どうかしてるだろ!!」

「へぇ」

 

パァンッ、パァンッ

 

その瞬間に、廊下に銃声が響いた。それも二発。あろう事か、全てがシンの眉間を直撃した。エレアが右手に所持していたナイフで脅しつつ、左手を使い、ポケットから銃を取り出し、それを躊躇なく放ったのだ。

「嫌……嫌ぁぁぁ!」

リルムは嘆いた。そして泣き叫んだ。

目の前で人が撃たれ、大量の血液を見てしまったのだ。元々血を見る機会など滅多にないジュニアハイスクールスチューデントの彼女からすれば余りに衝撃的な光景と、言えた。

「シン!?」

真っ先に動いたのはネルソンだ。シンの元に走り、そして話し掛ける。だが、シンは一切動かない。あろう事か、即死だったのだ。彼の遺体を抱えたネルソンの腕は震え、ただ動かなくなったシンを抱き、抱える。

 シン。セイントバードの整備士長として多くのMSの整備を行ってきた男性。享年二十五歳。ガンダム伝説をこの上なく好んでいた青年。アインスガンダムやツヴァイガンダムと言ったガンダムタイプの整備を、何よりも喜んでおり、今まで多くの戦場を生き残る事が出来たのは、彼の存在が大きいと言えた。

 その彼が、目の前で言葉も発することが出来ず、死んだのだ。人の死と言うのは、これ程呆気ないものだというのか。

「シン!」

頸動脈を測っても動かない。シンが目を閉じた後に目を開かせ、ペンライトで眼孔を見ても反応しない。これらの行為を、全て涙を流しながらネルソンは行っていた。そして彼は判断した、改めて、シンは死んだと。

その間、氷河族は何故か何もせずただネルソンのその姿を見つめているだけだった。その光景が余りに冷徹で、ネルソンも怒りを覚えていた。プレーンはそれを見て身体を震わせている。恐怖が、絶望が彼等を覆う。ガーストは歯を食い縛り、プレーンを自分の後ろにやった。

「貴様……達……!」

ネルソンは怒っていた。シンを殺された辛さと絶望感が、彼を動かす。

「この状況を把握できていない奴が悪い。早くゼオンを出せ。そうしないと次々に死ぬ事になるとね。」

冷静さを失い、ネルソンは今にも氷河族に襲い掛かろうとしていた。だが、その様子を見ていたエリィに止められる。

「大尉、落ち着いて下さい!下手をすれば貴方まで……」

「私とて、元軍人だ……このような連中に……負けるハズが無い!!!」

ネルソンは素早い動きでエレアに近づいた。そして、リルムに当たらないよう、この女の顔を思い切り殴った。相手が女性とはいえ、容赦する様子が無かった。

「きゃあっ!?」

その反動で手が緩み、ネルソンはリルムの救助に成功する。そのままリルムはレイの側に寄った。レイの事を心配する。

しかしそれでも許さなかったのがエレアだ。ナイフを持ち、ネルソンの腹部を、あろう事か、引き裂いたのだ。

「ぐああっ!」

「あはっ……はははッ……凄い悲鳴!!!」

幸い、深く切られた訳ではない。致命傷とは言えない傷ではあったが、激しい痛みが彼を襲う。

「大尉!そんな……」

眉間を撃ち抜かれ、即死したシンと、腹部を切り裂かれたネルソン……他にも、ブリッジにて惨殺された整備士達。今回だけで多くの負傷者や犠牲者が出た。中でも整備長のシンが死んだことはクルーにとってあまりに衝撃的だった。これ以上犠牲者を増やさない為にも、彼等は迂闊に動くことが出来なかった。負傷者が出ているのに、何もできないエリィは自分が悔しくて仕方がなかった。

と、ガーストが次に動いた。銃を構え、氷河族を威嚇する。

「ある程度情報は得ている。この艦は元デウス帝国のパイロットが多いとね。それなりの戦果をあげた少年兵ガースト・ピュアス。」

「お前ら、これ以上勝手な真似は許さないぞ……」

怒るガースト。シンを目の前で殺されたのを見て、これ以上、黙っていられるかとばかりに行動を開始した。銃を構え、ウネフを狙う。

「ガースト!ダメネ!ガーストまで撃たれちゃうネ……」

プレーンが止めようとした。しかし――

「かっこつけんな」

 

パァンッ

 

ウネフは躊躇いもなくガーストの左肩を撃ち抜いた。信じられない様子で、彼は銃を手から離し、そのまま倒れる。

「ガースト!!!」

プレーンは彼の傍に寄り添おうとするが、その銃口はプレーンに向けられた。更に、他にもジュラードが銃を構えている。

 ガーストも致命傷ではないが、肩の痛みを受け、苦しむ様子を見せる。

「う……ぅ……クソ……」

「どうした元デウス帝国の兵士。もしかして、お前ら全員弱いとね?」

元デウスのパイロットを侮辱するその一言。だが、今の彼等には対抗する意思が見られなかった。

その絶望的な状況の最中、氷河族の一番の目的であるゼオンが遂に姿を現した。急いできた為か、息を切らしており、激しい呼吸をした。

彼の眼に映ったのは、負傷しているネルソンとガースト、そして、遺体と化したシンだった。明らかにこの状況は、氷河族が彼等に攻撃したとしか思えない。

「やっと来たとね。お前が来ないから死者一人、負傷者三人。」

「なんで……お前等が……?」

ゼオンは信じられない様子だった。安全だと思われたこの場所に突然の氷河族の乱入。目を疑うのも無理はなかった。

「所詮シスコンなんだよねゼオンって。私、残念だなぁ。」

ミルフが言った。それに対し怒りを覚えたゼオンだったが、それを露にすることはしなかった。その代わりと言わんばかりに、握り拳を作って睨んだ。

しかし、そこに現れたのはゼオンだけでなかった。痛みで動けなかったはずのウィリアが、点滴台を杖代わりにし、跛行を出しながら歩いてきたのだ。それは、まるで老婆のように重い足取りだった。

ウィリアの姿が現れた時、ジュラードは瞬きを数回行った。そしてじっとウィリアをじっと見つめている。そして、ウィリアが言った。

「これは……銃声が聞こえたと思って来たけど……」

彼女の眼に映ったのは見覚えのある氷河族のメンバーだ。何故ここに彼等がいるのかが理解できない様子である。すると、ウネフはウィリアに

「お前、まさかここで治療を受けていたとは。私達は運が良いとね。お前、ゼオンを逃がしただろ。その罪は重いとね。」

「貴方達、どうしてここに……?まさか……」

「もちろん、このガキを殺す為とね。だがこいつらが庇うから、犠牲になってもらってる所とね。」

ウィリアは焦っていた。それは顔色で判断できる。それはあってはならないことだと、ウィリアは思っていた。しかしウネフ達は躊躇いを見せない。現に、一人が死に、三人が負傷しているのだ。

「てか、てかさぁ!いくらMS乗りでもさ!生身じゃ雑魚だよねぇ。アハハハハ~!」

エレアは無邪気に笑った。しかしその笑いも、不気味で恐ろしげな笑いに聞こえる。

「やめなさい……!それはダメよ!いくらなんでもそれはあんまり過ぎる!」

冷静さを失っていたウィリアは思わずその台詞を吐いた。明らかにクルーをかばっている台詞だ。そしてゼオンも。それに対し、ウネフはウィリアを睨んで言った。

「どうせ……助けてもらった恩があるからこの人達には手を出すなとでも言いたいとね?

まあお前は冷たい女に見えてそう言うところは人情がある。その辺り氷河族に向かないとね。助けてもらった恩がどうした?そんなもの関係ない。今は裏切り者と、秘密を知ったと思われる連中を抹殺するのが先とね。」

「ク……」

氷河族に所属している以上、秘密は守らなければならない。裏切り者がそこにいる以上、その裏切り者が情報を漏らしてしまった恐れがある。仮にセイントバードチームが秘密を知らなかったとしても、彼等にはそれが分かるはずが無い。よって、結果的にはクルー諸共抹殺する結果に至る。ウィリアはこの状況をどうすれば良いか考えていた。もちろん、これ以上セイントバードチームの味方をするなら彼女もただでは済まない。

緊迫した状況の中、ゼオンの姉のエレンが姿を現した。それは、あまりに最悪のタイミングでもあった。

「ああっ……」

最悪の状況を見てしまったエレンは体の震えが止まらなかった。醜くなってしまったシンの死体を見た上、更に逃げてきたはずの氷河族に追われているのだから無理もなかった。

ゼオンは姉の前に立ち、庇う姿勢を見せた。

「姉ちゃんには手を出すなよ……殺すなら俺を殺せよな!」

そう言うゼオンも震えていた。やはり、死が恐ろしいのだろう。いくら強がった所で、彼も所詮は子供だった。

だがそのゼオンを見ても何一つ表情を変えず、ジュラードが言った。

「裏切り者の姉だな。まあ、どの道お前にも死んでもらうがなッ!」

と、突然銃を構えた。ゼオンは目を瞑って死を覚悟したのだが、彼は痛みを感じなかった。彼の代わりに痛みを感じたのは、エレンだった。かばったつもりだったがエレンの右肩が見えていた為、ジュラードはそれを狙ったのだ。つまり、わざとエレンを狙った事になる。

「あぁ……うぅっ……」

右肩から、血を流すエレン。これで、負傷者は四人となってしまった。

「姉ちゃん!」

慌ててゼオンはエレンを抱き抱えた。苦痛に苦しむ表情で、激痛に耐えるエレン。その様子は余りにも痛々しかった。

「あう……ゼオン……」

「ごめん……姉ちゃん……俺……」

「貴方は謝る必要なんて……ないのよ?」

「でも俺が……俺のせいで……こんなことに……」

ゼオンは己を呪った。いっそ、自分が死ねば良いと何度も思った。彼は今罪悪感で満たされている。氷河族に対する憎しみなど、すでに彼の中から消え失せていた。

混乱状態に陥るゼオン。その代わりにけがをしていないエリィが氷河族に対し、勇気を出して言った。

「これ以上……クルーを傷つけることは艦長の私が許しません。責任なら私がとりましょう。私を殺して下さい。そして彼等にこれ以上何もしないでください。彼等には罪はありません。元々ゼオン君を匿ったのも私です。ゼオン君は一切何も悪くありません。」

彼女は死を覚悟して氷河族に訴えた。しかしそんな言葉など彼等に通じるはずがなかった。

「残念、責任も何もないとね。どの道クルー全員抹殺は避けられない。責任者のつもりで発言したけど残念だったとね、エリィ。」

「結局は己の快楽の為に人を殺すんですね。貴方らしいです。本当に……悦楽の為に殺すことしか考えていない。あの時から、変わってない……」

それはウネフを逆撫でするような台詞だった。それを聞いて、クルー全員に緊張が走る。これでエリィが逆上した氷河族のメンバーに殺されなければ良いのだが……全員は祈った。幸い、氷河族はエリィを殺すことはなかった。

「お前らMS乗りも大概じゃねえか。今まで多くの人間を殺してきたんじゃないとね!?人の事をよく言える……」

「う……確かに……私達も多くの人を殺してきた……でも……貴方や貴方達みたいに利益の為に無駄な殺生はしていない!私達は生き残るために戦っているの!」

「でも結局殺したことに変わりはない。私達も今のお前も一緒とね、残念ながら。結局は私らみたいな連中と何ら変わらない。それに今のお前は私に怯えてる。性格が変わったところで……所詮、中身はあの時のまま。そうやって明るくなった所で私に怯えているのが見え見えと。だからあの時私から逃げ出したとね?」

「うぅ……!」

ウネフの言うように、エリィは彼女を見るときだけ表情が硬くなっていた。それは、彼女が本心からこの女を恐れている証拠でもある。少しだが明かされていくウネフとエリィの過去。レイは傷ついていたが、このやり取りは真剣に聞いていた。どのような関係があるのか、非常に興味深かったのだ。一方で、ネルソンはじっと俯いているだけだった。

「命なんて安いもの。まあ私らは命令に従うだけの人形だけど。そんなものは関係ないとね。」

「……貴方達は罪のない人間まで殺そうとしている。そんなのっておかしい……軍人も冷徹な人間は罪なき一般人を殺す人間だっている。私達は違うわ!セイントバードに迫って来る存在しか殺さない。全ては守る為に!貴方達とは違うわ!」

それが、チームのモットーと言える。守る為に戦う。その意志は、レイにも引き継がれている。

 しかしこの台詞が、ウネフを逆上させる結果となる――

「結局はてめえも結果的に人殺ししてるって何度言わせるんだてめえはよぉ!てめえはあの時のまま弱いくせに偉そうに抜かしてんじゃねえって!」

ウネフが怒った。これには、氷河族のメンバーも動揺しているようだった。ここまで怒ったウネフを見たのは初めてらしい。

「てめえも馬鹿とね。寿命、そんなに縮めたいか?お望み通りにしてやんよ!!!」

血が上ったウネフは遂に銃を取り出し、エリィを狙った。そして、引き金を躊躇う事なく、引いた――

 

パァンッ

 

だがその瞬間、ウネフの表情が変わった。それと同時に、胸部から血を流して倒れた。エリィが、咄嗟に銃を構え、放ったのである。ウネフが撃った銃弾はエリィの頬を通過した為、彼女はほんの、軽傷で済んだのだ。

「馬鹿……な……?早すぎ……る……」

多量の血を流してウネフが死んだ。白衣は血によって赤く滲み、惨い光景を演出していた。エリィは、悲しい目をしてウネフの死体を見つめた。

「私は貴方とは違うの……私は……」

しかし、それだけで脅威が去ったわけではない。他にも氷河族のメンバーはいるのだ。ジュラード、ミルフにエレア、ニーアの四名がいる。この中で最も危険なのは恐らくエレアとジュラードだろう。彼等は、一層緊張していた。

「まさかここでウネフがくたばるとは……予想外だな。」

ジュラードが静かに呟き、持参していた煙草のケースを死体の胸元にそっと置いた。

「ねー、なんで躊躇ってるの?結局ゼオンを殺すんじゃなかったっけー?」

ミルフが言った。メンバーの中で最も幼い彼女だが、愛らしい姿とは裏腹、恐ろしい台詞を言った。その言葉で、後方で隠れていたインクは震えが止まらなかった。

「あはは、そうだねぇ!日和ってたら駄目だよォー!殺さなきゃ、殺さなきゃぁ!今度こそ、君をねぇぇ――!」

「!」

エレアの眼が、レイを捉えた。もう、今の彼女にリルムは映らない。目の前に居たレイに迫ろうと、ナイフを立てる。日本で彼を刺した時のように、レイに迫るのだ。

「今度こそ、死んじゃえ!!」

危機が迫る。誰もが何も出来ない状況で、エレア・シェイルの狂気が迸る。そこに動画投稿主という肩書はない。只の、殺人鬼が居るだけだ。レイは、殺されるかも知れないと思い、思わず目を瞑った――

 

パァンッ

 

「ぎょええええええええッ!!!」

数秒後、エレアの呻き声が聞こえてきた。ゆっくりとレイは目を開ける。

彼の眼に映ったのは、胸から血を流しているエレアだった。彼女は、何者かに撃たれたのだ。そっとレイはエレアの後ろを見ると、エリィが銃を構えているのが見えた。だがその後ろで、ウィリアも銃を構えているのが見えた。

「エリィ……さん……?」

「無事だったね、レイ君。」

エリィに笑みが戻る。レイの事がそれ程に心配だったのだろう。それは良かったのだが、それ以上に気になるのがウィリアの行動だ。何故、点滴台を杖代わりにして姿勢を保持しているウィリアが、銃を構えているのか。答えは一つ、レイを守る為だった。

「ウィリア……どうして……?」

胸から血を流しつつも、撃たれた事実に対する衝撃を隠せない様子のエレアは、ウィリアに対して言った。

「これ以上恩人が傷つくのを見ていられる?これでも私は、情はある方なの。貴方達みたいに冷酷にはなれない…貴方達は、残酷でありすぎた。組織の為にこれ以上、自分自身を汚す必要があって?」

組織の情報漏洩の防止の為に、関係のない人間が巻き込まれていく。そして、彼等が行った非道は数知れない。戦争を引き起こす火種を作り出した上での、特殊麻薬の拡大、人身売買等。それらがビジネスとして成り立つという、異常。許されざる出来事。その組織に忠誠を誓うという異常性。ウィリアはそれらを不快に思っていただけに、言葉を発する。ゼオンがこうした状況から逃げ出したくなる気持ちも、察していた。

「ウィリアは……仲間だって、思ってたのに……思ってたのにぃ……!」

エレアの表情が、変わっていく。

「エリィの言うように、自分に危機が訪れている時、自分にとって大切な人が殺された時、そして恩人が殺されそうな時……私は撃つわ。例え同じ組織の仲間でもね。」

ウィリアに対し、エレアは激しく睨んだ。胸部からは血が流れているにも関わらず、それ以上に、ウィリアに対する裏切られたショックと、憎しみが、同時に溢れ出てくる。

「てめぇふざけんじゃねぇぞ!!裏切ってて何抜かしてやがんだちくしょおおお!!」

エレアの口調が変わった。まるで、荒くれた男のような口調になる少女。今、彼女は本気で、ウィリアに対して怒りを感じている。

「裏切りも何もない。貴方達に対する温情なんて、無い。」

「うっせぇんだよ!そうやってよォ、腐ったババァみたいに何かを支えなきゃ歩けないクセに何偉そうに抜かしてやがるんだよォ!」

怒るエレア。先程までのどこか、抜けたような言葉をしていない。荒い口調は周囲の人間を恐怖させる効果があった。そう言いながら、胸から血を流しているエレア。

「気が変わったよォ!ウィリア!あんたの死に様ライブで全世界に晒してやるゥゥゥ!」

気が触れたか。エレアはあろう事か、Eフォンの動画機能を起動させ、更に、それをライブモードにした。明らかに血迷っているとしか思えない行動だ。

 そこに映るのは、点滴台に姿勢を預けているウィリアだ。裏切りに対して怒るエレアは、この状態のままウィリアに向かって走り出し、ナイフを構えている。

「ぶっ殺してやるぅぅぅ!」

エレアが血を流しながら、ウィリアに迫る。そこに動画配信者の姿はない、ただの狂気に満ちた人間が居るだけ。

 彼女のファンも居ただろう。動画配信だけで高額な広告収入を得ている少女の本性は、残忍な殺人鬼。この女はシンを躊躇いなく殺した。そして、今、彼女はその、殺戮本能のままに動いている。仮の姿を見せず、狂気の姿を全世界に配信しているのだ。もう、彼女は元のインフルエンサーに戻れない。その本性を知って、全世界がショックを受けるだろう。

 ウィリアは走った。その狂った表情を見せ、ウィリアを殺さんと、迫る――

 

パァンッ

 

ウィリアは銃を放った。それは、エレアの眉間に直撃し、脳が飛び散った。そのまま彼女は倒れた。断末魔さえも上げる事なく、愛らしいとされた表情は何処にもない。目元は変形し、人間の形状から逸脱してしまっている。

 この惨い光景は多くの人間に焼き付いただろう。そして、エレア・シェイルと言う、動画投稿主の人間は死んだ。多くのファンを持つエレチャンネルの動画投稿主、エレア。彼女の動画を楽しみにしている人間は数多く居た。だが、その本性を見てショックを受けた人間が居るのも、事実であった。それを、後ろでミルフは目を見開き、何も言えずにただ見つめていた。動画の中継は強制的に中断され、その場で、多くのコメントが残される事となった。

「……引くぞ。」

その時、ジュラードが突然言い出した。逃げなければならないと、彼は感じ取ったのだろう。ゼオンを殺すつもりで来たのに、まさかメンバーが二人も殺される事になるなど、思いもしなかった為である。

「え、引くの?」

「またの機会があるんだよ……!糞が!」

 

バッ

 

その瞬間に、閃光弾を放ったジュラード。これにより、セイントバードのメンバーは目を覆う。

すると、ジュラードはクルーを退かしてその場を去った。彼に続き、続いて残りの氷河族のメンバーも、去って行く。少数精鋭と呼べる彼等だったが、その主要メンバーが二人も殺されたとなっては、彼等も引き際を考えなければならなかったのだ。

 辺りが落ち着いた頃。既に、三人の姿は無かった。逃げられたのだ。また、いつ彼等が襲って来るかは分からない。ここに残ったのは、シン、ウネフ、エレアの三人の遺体だけだった――

 

 

 

惨劇は去った。だがあまりに多くの犠牲者が出た。嵐が去った後のように、彼等は呆然としていた。死者は三名、負傷者は六名。これらは、敵味方含めてである。この、無残な光景を見たエリィは、涙を流した。

「私が居ながら……これ程多くの犠牲者を……出してしまいました……私は……私は……私は……」

言葉が詰まっているエリィ。そんな彼女に対して、ウィリアは静かに言った。

「貴方がもし死んでいたら……ここのクルーはどうなっていたのかしらね。恐らく全員が本当に絶望していたでしょう。貴方は勇敢だわ。本当に……あの頃よりも……。」

「ウィリアさん……」

エリィは静かに言った。だが、実際に死者を出してしまった事実は変わらない。そう思うと涙は溢れ出た。

そこへ、ミシェがメナンを連れて現れた。メナンは何故かアイマスクをしている。恐らくミシェがつけたものだろう。

「あれぇ?みえないぞぉ?みえないぞぉ???みせろぉぼけ!あほ!!」

相変わらず無邪気なメナンだが、この状況ではそんな無邪気さも悲しみに変わる。

「惨いな……惨すぎるぞ。」

クルーは全員ミシェの方向を見る。彼は、シンの死体と、ウネフとエレアの死体を見つめて口を開けた。

「すまん、俺はこのガキの面倒を見なきゃならんかった。この無邪気なガキまで死なせることはできないからな。それに、こんなあどけない女の子に血を見せることは大人として駄目だろう?」

「それはどう言う事ですか……?」

腹部を負傷したネルソンはその部分を抱えて言う。

「氷河族とお前らが集まっている中に向かおうとした時だ。この女の子が部屋から現れてな。危険だと感じたので急いで部屋に入れて、そのまま外に出ないように言ったんだが聞かなくてな……仕方が無いから一緒にいることにした。だが、まさか若いシンが死ぬとは……」

ミシェは、静かに呟き、そっと溜息を吐いた。

「整備士達も結構やられた。怪我しているやつも多い。ネルソン、手当は出来そうか?いや、駄目か……お前も怪我をしているな……。」

その言葉に対し、ネルソンは言った。

「……そっちに医療スタッフはいませんかね。出来れば私を先に治して貰えれば有難い。怪我がマシになれば、すぐに彼等の手術を行うつもりですよ。余りにに負傷者が多すぎる。今は喋っている暇などないですよ。早く医療スタッフを手配して下さい、ミシェさん。」

「あぁ、分かっている。」

今回の負傷者を救う為、オスロのジャンク屋の医療スタッフは総動員で治療に当たる事になる。リルム、ネルソン、ガースト、エレンに、そして生きていた整備士達。死者はシン、ウネフ、エレア。その悲しい襲撃は、このような形で幕を下ろそうと、していた。

 

 

 

それから一日が経過した、心身共に受けた傷は、少しずつ、癒えつつあった。怪我をしたレイ達も治療を受け、落着きを取り戻しつつある。苦労したのはウィリアで、元々歩く事さえ困難な状態で、無茶をして歩いたものだから、容体は安定しなかった。この5日を経過しても、痛みは大きく取れる事は無かったのである。

ネルソンの怪我も致命傷でなく、痛みは僅かに残ったが、然程重症とは言えない為、応急処置を終えた後に、すぐに他者の治療に当たっていた。自らが怪我をしているのにも、関わらず……だ。

ガーストの怪我も致命傷には至らず、処置をした為、問題なく経過している。歩行な等も、問題ない。今回の一件では、重傷と呼べる怪我をしている人間は、奇跡的に居ないと言えた。

そして、リルムの部屋にて。エレアによって頸部を刺されていた彼女は、幸いにも、大怪我はしていない。刺された部分をガーゼ保護しており、軽度の痛みを感じるに留まっている。あの一件から、基本的に外に出る事なく、部屋に篭っていた。やはり、相当なショックだったのだろう。自身を人質に取られ、そして、人が死ぬ姿を見てしまったのだ。それらの経験がない彼女からすれば、トラウマになるのも、無理はない。

 食事だけは摂取していた。その量もごく少数と呼べるものであり、その上食堂で食べる事が出来ていない。レイが気を利かせ、彼女の部屋まで食事を持ってきてあげていたのである。この間、彼等は会話を交わす事をしていない。リルム自身が、他者と話したいと思っていなかった為だ。無論、レイとも。

 

 

 それから更に二日が経った頃。レイがリルムの部屋に入り、食事を運んだ時。やはりこの沈黙状態が嫌だと思ったレイは、思い切って彼女に話し掛けたのだ。

「リルム。その……大丈夫?ご飯、やっぱり食べれてないみたい……」

そう言った時、リルムは視線を下に向けながら、口を開いた。

「レイは、あんな事があってどうして平気でいられるの?」

「え……?」

三日振りにリルムから声を掛けてきた。それに対し、耳を傾ける、レイ。

「私、怖いよ……人質になったり、人が撃たれて死ぬ所を見たり……あんなの見て、どうしてレイは平気なの?やっぱり、ロボットに乗って人を殺してきたから……?」

その言葉はレイを傷付ける。無論、彼とて故意に人を殺めたい訳ではない。

「違うよ……平気な訳がない……でも……誰かが動かないとダメだと思うんだ……リルムは、無理もないよ……だって、あんなのを見たの、初めてでしょ?僕も、直接人が死ぬ所を見たのは初めてだけれど……」

当然、ショックを受けているのはレイも同じだ。しかし、彼は守る為に覚悟を決めている節もあり、ある種、強い精神が作られようとしているのかも知れない。

「異常だよ……こんなの……あの艦長さんも、みんな!人を殺して喜んだり、人を殺す事が当たり前になってるじゃない……こんなの、おかしいよ!」

エリィがウネフを殺した所を見てしまったリルムは、エリィを恐れてしまった。全ては、クルーを守る為の行動であったのだが、それすらも、リルムには理解出来ないのだ。 

無理もない。人が死ぬ所を慣れていない人間からすればこれ程恐ろしい事はないのだ。

「でも!エリィさんは皆を守ろうとしたんだ!艦長として……だから、あの人を責めるのはおかしいよ!確かに、銃を撃ったのは事実だけど……あの人が居ないと他の人も殺されていたんだよ!?」

エリィを擁護するレイ。彼女の存在に助けられたが故の行動だ。しかし……

「レイもおかしいよ!やっぱり、変わっちゃったんだね……あのロボットに乗ってから、何もかもが……ごめん、もう、そっとしてて……誰とも話したくない……皆が怖い……」

リルムは完全に塞ぎ込んでしまった。これを見て、レイは何も言う事が出来なかった。幼馴染であり、恋人という立場である筈なのに、何も出来ない。これ程、歯痒い事はないと言える。そうとなれば、今はこの場を去るしかない。レイは、ただ、彼女の俯く姿を背景に、部屋から去っていく。

 惨劇が起きたのはクリスマスイヴの日。その日は出来れば、リルムと過ごしたいと思っていたレイ。しかし、彼女の精神状態がそれどころではない。その為、彼等は互いに共に時間を過ごす事は、なかったのであった。

 

 

 

 更に二日が経過した。その頃、レイは一人、部屋に居た。元気がない様子のレイ。何せ、整備士のシンが死んだのだ。彼の遺体はクルー達によって丁重に葬られ、遺体収納袋に収納されている。その上で多くの人間が怪我をしている。その上で、リルムが先のような状態だ。元気が出る筈が、ない。

「やっぱり……どうして、あんな事が……」

呆然と天井を見つめるレイ。多くのクルーが傷付き、そしてリルムにも何もしてあげられない現実。それが、辛い。だが今の彼女を慰める事は、彼には出来ない。

 

ウィィィィィン

 

その時、ドアが開いた。それに反応する、レイ。

そこに居たのは、右肩を怪我していたエレンだった。右肩には包帯が巻かれており、傷は僅かに痛むが、歩行自体に支障はない様子だった。

「レイ……」

そう言いながら、彼女はレイの側に近寄り、ベッドに座る。

「エレンさん。その……怪我は大丈夫?」

心配そうに彼女の様子を見る、レイ。

「ええ……なんか、ごめんね。色々と……」

ある意味妙な光景だ。何故、エレンが彼の部屋に来たのか。それが、気になったゼオンはどうしたのだろうか。それが気になり、レイはエレンに聞いた。

「ゼオンはどうしたの?」

「あの子、あれからずっと空き部屋に籠ってるの。いくら声を掛けても何も言わないで、ずっと……」

弟の事が、相当心配なのだろう。彼女の表情からそれが理解出来た、レイ。

自分の弟の状態に、自身の怪我よりも心配しているエレンの優しさにレイは自然に笑みが零れた。優しく、容姿も綺麗なエレン。彼女が自分と同い年だと考えると、違和感さえ覚える程である。

「あの……さ……」

「ん?」

レイは咄嗟に、疑問を投げ掛けた。

「色々とあって、聞けなかったけど……ゼオンはどうして氷河族に入ったの?」

エレンにとっては、出来れば明かしたくなかった過去だろう。だが、彼女は素直に言った。

 ゼオン・ニーマードの過去とは、どのようなものか。氷河族のメンバーが彼を殺す為にクルー達を犠牲にした。彼のような少年が、何故そのような組織に入る事になったのか。

「……当然だよね……あんな事があって……やっぱり気になる……よね。」

「うん……」

エレンは明らかに、動揺しているのが分かる。ただただ俯いており、少し涙を浮かべているようにも見えた。

「あの……やっぱり聞いちゃダメだったかな……?」

「ううん、大丈夫だから……」

レイは複雑な表情を浮かべる。辛そうなのに、どうしても喋ろうとするエレンを止めようとさえ考えた。だがエレンは無理してでも喋ろうとする。

やがて、静かにエレンは口を開けた。

「……実は……ゼオン、氷河族に入る以前に人を殺したことがあるの。」

「えっ……!?」

信じられない様子だった。氷河族に入る以前のゼオンは、どう見てもあどけない少年にしか見えない。そんな彼が人殺しをしたと言うのだ。その事が気になったが、聞いてはまずいと思ってあえて聞かなかったが、エレンは続きを話した。

「信じられないと思うけど……あの子、両親を殺したの。十歳の頃だったかな……」

「十歳で……!?しかも両親を!?え……どうして!?」

思わず聞いてしまった。その後まずいと思ってしまい、口を自分の手で覆った。

「実はね、私達姉弟は両親から虐待を受けて生きて来たの。」

「虐待……?」

「ええ。何かあるたびにゼオンも私もお母さんやお父さんに殴られたりした。私もゼオンも……物心付いて暫くしてからだったかな。殆ど、毎日のように虐待を受け続けた。色々な理由はあるの。恐らく、世間が戦争状態だった事が影響していたんだと、思う。」

語られていく、エレンとゼオンの過去。エレンは話辛そうにしつつも、少しずつ、語っていく。

「私とゼオンが生まれた時から、世間はデウスと連邦の戦争の事ばかり話題にしていた。それによって不安煽りがどんどんと活性化して、その上で経済状況も悪化していったの。その中でフラストレーションが溜まっていった、お父さんとお母さんは、子供を育てられないと思ったんでしょうね。そこから互いに愛人を作って不倫をしていたし、その中で、次第に夫婦仲に亀裂が走って行ったんでしょうね。」

戦争状態によって被害を受けるのは被災地だけとは限らない。国等に寄る経済状況の悪化は、一家族を養う事さえ難しくなる程に悲惨な状況になり得るのだ。

「こうした背景もあって、私達は次第に、両親のストレスを解消する為の道具と化して行ったの。ゼオンはただ、暴力を振るわれて……私の場合は、その……お父さんから性的虐待を受けていた……。」

「え……」

レイはただ、驚く事しか出来なかった。明かされるゼオンとエレンの衝撃の過去。ここから、ゼオンが氷河族に入るきっかけとなった両親による虐待の話が続く。それはあまりに惨く、残酷で悲しい話だった。

「よくニュースとかで聞くよね。児童の性的虐待とかの話って。私、その被害に遭っていたの……。しかも実の父親から。あの男の異常な性欲は、考えるだけで恐ろしい……あれは、戦争によって経済状況が悪化したことが原因じゃない……生まれ持ってのものなんだと、思う……」

涙を浮かべ、苦しそうに話すエレンを見て、それ如何に想像を絶する辛さであるのか。

 レイとは、全く違う境遇だ。彼は両親に恵まれ、育てられた。特別な事情などなく、ごく、普通の両親の愛を目一杯受けている、レイ。そのような環境と、全くと言って良い程異なる、エレンの環境はレイに想像出来るとは思えない。実の親が実の娘に対して性欲を抱くという異常性。そして、それをあろう事か、行動に至らしめるという。彼のようなティーンエイジャーでも、それが如何に悍ましく、残酷な事であるかは想像出来る。

「そんな事が……」

だが、想像は出来たとは言え、それを経験した彼女の傷を癒す事等、彼に出来る筈がない。

世界情勢が不安定な時、その影響は一家庭にも、時に影響を及ぼす事がある。だが、大抵の場合、未曽有の大災害やこうした有事の場合は寧ろ、結束力が高まる事が多い。災害ユートピアと呼ばれる、一時的な現象として発生するとされる理想郷的コミュニティを指す呼称。旧世代のアメリカ、レベッカ・ソルニットが提唱したと言われる概念である。

 しかしそれが逆に働く事も、一定数存在する。経済状況の悪化等により、人の繋がり、助けが得られなかったりした場合、そのフラストレーションの矛先が自らの身内に向く事も、十分にあり得る話だ。それが、彼女達姉弟だったという訳なのだ。外部の人間が災害、戦争状態に対して揶揄するような出来事は一定数存在するとは言え、まさかその嫉妬、不安定な感情を身内に振るうというのは、紛れもない狂気である。それとも、不安定な状況故に隠されていた本性が浮き彫りになったと、言うべきなのだろうか。

「それからね、戦争が終わった後……両親の虐待は留まるどころか、更にエスカレートしていったの。恐らく、戦前から続いた不景気が、大きな原因だとは思う……。」

景気が夫婦仲に影響を与える事は有り得る。経済力は幸福度と直結するとは、よく言ったものだ。では、何故この夫婦は、互いに不倫相手を抱えていながら共に生活し、エレンとゼオンを虐待するような行動を続けていたというのか。その原因の一つが、やはり景気の問題が大きい。

経済的不安の状況で在りつつも、夫婦と言う形で在る事は世間の信頼を得られる上、子供も居るという事で国から補助金、手当等も貰える。そうした事を利用しての夫婦としての存在価値だった。最早それは夫婦という立場を利用した、ただの他人。愛情も何もない。制度を利用し、国から金銭を得るだけの愚かしい行為だ。そして、そうした金銭が自らの子供に回る事等、無かった。

「両親が不倫相手と豪遊する頻度も増えて、碌に食事も、お風呂にも入る事が出来なかったゼオンと私は、通っていた学校でも〝汚い〟や〝腐い〟と言った罵声を浴びせられ続けた。それは当然、両親のせいだった。でも、私は両親に刃向うことなんて出来ない……力もないし、ただ、絶望の毎日を送ることしか出来なかった。無関心な学校の先生も、私を助けてくれるどころかいじめる生徒の味方ばかり。私は常に悪者扱いを受けてきた。でも何を言っても信じてもらえない……学校も、家も辛かった。私にはどこにもいる場所が無いと思った……それは、ゼオンも一緒……」

戦時中や戦後を経て、直接戦争の被害に遭った場所は学校すらも破壊されている事が多い。そうした場所は避難されている事が多く、学び舎を失った子供達はただ、途方に暮れるばかり。

 だがエレン達の場合、幸か不幸か、通学していた学校が戦争に巻き込まれる事は無かった。その代わり、両親から受けた異常とも呼べる虐待が待っていた。世間は戦争状態と言うのに、その不条理な状況を背景に、両親が抱えたストレスの捌け口を自らの子供に行うという異常性。

エレンは過去に遭った出来事を辛そうにしながらも、少しずつ当時の出来事を思い出していく。

 

 

 

過去に遭った出来事はエレンを苦しめる。両親からの虐待や、その影響で同じ学校のクラスメートにも虐めに遭う日々を送っていた。彼女にとって毎日が生き地獄だった。物心のついたころから既に親から虐げられる日々を送っており、それはゼオンも同様だった。学校内ではゼオンがエレンを庇う形で虐めを凌いでいたのだが、結局はゼオンも虐められる立場に変わりはなく、彼もまた、辛い日々を送っていた。

「えぇい!」

とある部屋にて、子供が頬を殴られる音が響いた。その子供こそエレンである。躾にも見えるが、彼女は柱に縛られており、明らかに“躾”とは言えないものだった。

「お前等子供が居るから国が金をくれるのは良いけどな!結局は足枷なんだよ!戦争のせいで不景気続き!なんであんな女の子供を授かったのかが、今でも悔いるよ!糞が!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

小さな体を震わせて、ただ謝るしか出来ないエレン。無論、彼女は何も悪くない。悪いのは、この異常な父親だ。

「お前には、やはりお仕置きが必要だな。あいつに似ない可愛さだ。俺の本当の娘なのかが気になるぐらいだよ!」

この台詞から、出生後の遺伝子検査などをしていないと考えられる。

「え……あ……いや……いやぁ!!!」

この父親の言う〝お仕置き〟と言うのが、彼女の言う性的虐待らしい。そのような事をほぼ、毎日されてきたエレン。それによる傷を残して学校に通い、更に学校でも虐めに遭う日々。

想像を絶する苦痛、絶望、悲しみ、憎しみ。これらは一丸となってエレン達を襲うのだった。

 

ある日。この生活に耐えられなくなったゼオンは行動を起こす。台所から肉切り包丁を取り出し、憎むべき両親を殺害したのだ。エレンは最初、目を疑った。だが紛れもない事実だった。 

リビングで二人は折り重なるように倒れて、胸からは血液が流れている。明らかに、子供が起こす行動とは思えなかった。

 

「こいつらが……いるから……俺達……ロクな思いしないんだ……だったら、こいつらさえ殺せば……!」

 

 いくらこの両親に虐待をされ続けたとはいえ、人間には良心が存在する。増して、実の両親と言うのならば何らかの行動をする時、まず、抑制が掛かる。だがそのタガが外れた時、人は凶行に走る事があるかも知れない。その結果が、ゼオンの行動だ。

 何が、原因だったのだろう。連邦とデウスの戦争状態なのか。それとも、そもそもこの両親は結ばれてはいけない関係だったのだろうか。それは分からない。実の子に殺されるという異常な状況。そして、エレン自身も、彼を責めることはなかったのだ。やがて、二人の手で両親は埋められ、この事件も、事故死として扱われ、闇に葬られたままとなった。

こうした出来事もあり、二人で生活して行かなければならなくなった。だがデウス動乱終戦後の状況は、豊かである方が珍しいと言える状況であり、戦争によって混乱してしまっていた世界情勢の影響もあり、彼等が行政サービスなどを受けたりする事は難しい状況だったのである。子は、親を選べない。親が異常であれば、その被害を被るのは、子なのだ。

これにより、どちらかが働かなければ生活できない状況に陥ってしまった。両親が遊び金として残していた金銭をやりくりし、生活費自体は賄う事が出来ていたものの、それからどうしても、何らかの手段で金を稼ぐ必要があったのだ。

 

 ある時、ゼオンとエレンが路上で、静かに話をしていた時だった。

「お父さんもお母さんも、結局は遊ぶお金が欲しかっただけなのかな。じゃあ、私達が生まれてきた理由って、何だったのだろう……」

ふと、考えた自身の存在意義。両親からの虐待に対して自問自答するエレンに対し、ゼオンは言った。

「そんなの考える必要なんてあるのかよ……あいつらは死んで当然なんだ!だから、俺がこの手で……!」

と、握り拳を作った時――

「両親殺し……か。成程、素質はあるかも知れない。」

「え……!?」

そこに、声を掛ける一人の人物の姿があった。聞かれたと思い、警戒をするゼオン。

「お前のような幼すぎる子供が、両親を殺害か……犯罪の低年齢化とは余りに惨いな。だが、その心意気は気に入ったよ。その勇気は組織の為に貢献する事でより、価値が増す。どうだ、氷河族に入らないか?」

「氷河族に……入る?」

彼にはそれが理解出来なかった。突然現れた人間からの勧誘にただただ戸惑うばかりである。

「組織の為に貢献すれば報酬金は出る。その活躍に関しては、お前次第……選択肢は与える。だが、これはお前にとってはチャンスと、言えるだろう。」

金を出すと言われ、ゼオンは有無を言わず氷河族に入った。その後の経過が、今に至るという訳だ。

 氷河族は少年少女も構成員として雇い、幼い頃からその戦力を育てているという。ゼオンも、言ってみればその末端の人間だったのだ。だが実際彼が行っていたのは戦力と言うよりは、雑用係と言った事が多かった。と言うのも、ゼオンには良心が残されており、この組織で行う事の方がより残酷で、彼には耐えられなかった現実があった為である。

 

 

 

「……以上がゼオンの氷河族に入るきっかけ……かな。」

「……」

レイは言葉が出なかった。ゼオンが組織に入ったきっかけ、そして彼女達が辛い思いをしてきた事実。拭いきれない暗い過去……エレンの言葉で、レイにはそれらが理解できた気がした。

「……誘われたんだ……ゼオンが自分から志願したわけじゃないんだ……でも……結局決めたのはゼオン自身って事……」

「やっぱり子供が自分の親を殺すなんておかしいよね?それに目を付けられたんだと思う。結局氷河族に入ってもあの子は不幸のまま……結果こんな事になってしまって……。」

エレンはこれらの過去を思い出し、涙を浮かべ、頬を伝った。レイは慌てて、所持していたハンカチで涙を拭った。

「ありがとう、レイは優しいね。お父さんもお母さんもこんなに優しい人だったら良かったのに……」

エレンの言葉は悲しみに溢れている。レイはそれを聞いても何もできず、ただ黙るしか出来ない。彼自身は両親にも恵まれている、幸せな生活を送って来た。エレンの言葉で、それさえも罪に思えてしまう。

(僕は今まで幸せな生活を送ってきた……父さんも母さんもいて、ミィスや姉さんもいて……リルムもいるし、モークだっている。普通に学校に行って、部活もやって……充実した毎日を送って来た。でも……それすら出来ない人もいる……エレンさんとゼオン、そんなに悲しい人生を生きてきたんだ……でも僕には何もできない、何もしてあげられない……)

レイは、自分自身が哀れに思えた。裕福な生活を送ってきたレイにとって、エレンの過去は余りに暗かった為だ。彼の思うように、どうする事も出来ず、ただ俯くしか出来ない。

「レイ、ありがとう……話せただけでも気が楽になった。何だろうね。なんだかね、レイと話すと心が落ち着く。」

「えっ……?」

「あの時、レイが私を守ってくれたからなのかな。氷河族の人間に襲われそうになった時の、事……」

そう言いながら、ホルステブロでの出来事を思い出す、エレン。レイがあの時、メイドに対して力を発揮した事で、危機的状況を脱することが出来た。その事に対し、改めて感謝の意を伝えるのだ。

「僕は何もしてないよ……本当に……」

「ううん、レイは不思議な人なんだと思う。パイロットで戦ってきたっていうけど、それも間違いないと思う。なんだろう、レイ、不思議な人……彼女が居るなんて、ちょっと思わなかったけど……」

リルムの事だ。だが、リルムは今、ショックを受けている状態だ。彼は何も声を掛けてあげることが出来ない状態の為、何もしてあげられないのだ。

 “不思議な人”と呼ばれ、レイはどこか、こそばゆい感覚を覚えた。それは物理的な感触ではなく、心の中で感じた、不思議な感触と言えた――

 

「い……いやああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

医務室でベッドに腰掛ける二人に確かに聞こえた、突然の悲鳴……インクの声だ。明らかにおかしい突然の悲鳴に、レイ達はすぐに、部屋を後にした。

 

 

 

悲鳴の聞こえた場所へ向かうと、悲鳴を聞きつけた人が四名そこにいた。インクは恐怖のあまり体を震わせ続ける。更に、突然の吐き気が彼女を襲った。それによりインクは嘔吐してしまう。

一体何を見てそこまでおかしな行動を取ってしまうのか……レイは思った。よく見れば、インクだけでなく、そこにいたスラッグやガーストも、インク程ではなかったが、おぞましいものを見たような表情を浮かべている。プレーンはすでに気を失っており、ガーストが支えていた。レイは部屋の中を覗こうとする。だが、それをスラッグが止めた。

「見るな!見たら……うっ……」

やはり気持ち悪くなったらしく、スラッグも口元を押さえ、吐き気を訴えた。どうにか堪えているようだが、いつ嘔吐するか分からない状態だった。それを聞いて余計に気になったレイはスラッグの警告を無視して部屋の中を覗いた。スラッグも既にレイを止める気力などなかったのだ。

「見るなレイ……!あれは……うぅ……!」

今度はガーストが止めた。レイの目を手で覆い、必死にその部屋にある〝何か〟を止めようとしていた。

「放して下さい!」

「ダメだ!見せられるものじゃない!」

レイを必死に止めるガースト。その一方で、嘔吐と戦うスラッグ……そして部屋にある〝何か〟を見て嘔吐してしまったインク……一体何が起きたのか……全く分からない。何故ここにいる人は彼を必死に止めるのだろう。視界が見えない中、レイは思った――

 

「あっ……あっ……あ……いやあああああああああああああああっ!!!」

 

エレンは見てしまったのだ。部屋にある物を。そして悲鳴を上げた……こうなれば真相を知るしかないと思ったレイは無理やりガーストの手をどけて部屋に入った。

 

 

 

その部屋に入った瞬間、レイはあまりの気持ち悪さにスラッグやインク同様、吐き気を覚えた。

レイが見た光景……それは凄まじい悪臭のする、人間の死体だった。首元から血が大量に溢れ、何故か、手には大量の血液が付着したナイフを持っている。ベッド一面が血で赤く染まり、血液は凝固している。その上で、暖房に寄る部屋の暖かさが死体の腐敗を促進させていた。故に、死臭が立ち込めている。

皆が訴える吐き気の正体。それは、この死体を見た衝撃と、それに伴い、凄まじい悪臭による、嗅覚への刺激から引き起こされたものだったのだ。

更に、それだけではない。自殺した人間の姿を見て、レイはショックを隠し切れずにいた。

「ウ……嘘……ダ……ゼ……オン…………?なん……で……?ウッ……」

この死体の正体……それは、あろうことか、ゼオン・ニーマードだったのである。先程までエレンと話していた、少年の遺体がこのベッドの上にあるという残酷な現実が、突き付けられた瞬間だった――

「いや……いやぁ……いや……嘘……嘘……嘘……嘘……嘘ォ……うぶ……うぇ……ウェェェェェェェェェェェッ!!!」

遂にエレンも、口元を手で覆いつつも嘔吐してしまった。これ程酷い死に方をした死体を見た事が無かった彼等はどうしても不快に感じてしまうのだった。ただ、彼等の場合はそうした意味での不快感ではない。ゼオンと言う、今まで親しく接してきた人間の突然の自殺が、更なる衝撃を与えたのだった。

迫る吐き気と戦いつつも、レイはエレンを死体の見えない場所へ移動させた。が、レイ自身も衝撃を受けているので上手く動けない。それを助けてくれたのは、ガーストだった。

「……皮肉な話だけど、俺は幼い時からこう言う光景は見慣れている。だから死臭を臭っても、こんな光景を見ても耐性があるんだ……でもレイはこんな光景は見た事ないんだろう?銃弾による死体は見た事があっても……こんなに首をざっくりと切り裂いた死体なんて見た事が無いんだろう?増してやMSパイロットなんだから、MSに乗って人殺しをするんだから……こんな光景なんて普通見ないよな……じゃなかったら、お前も吐き気なんてする訳ないよな……」

元々軍人であるガーストからすれば、このような光景は見慣れたものだ。しかしこの死体がゼオンのものだと知っていれば話は違う。彼等のように吐き気はしないものの、凄まじい不愉快さが彼を襲っていた。彼も今精神的に不安定だったのである。

「ガースト……さん……ウッ……」

「この子も可哀想に……あんなに吐いてしまって……実の弟なんだろ……ク……まさか氷河族の仲間が……?」

エレンの酷い姿に、ただ、同情するしか出来ないガースト。うっすらと、涙も流れてきた。

その時、悲鳴を聞きつけた他のメンバーが集まって来た。エリィにネルソン、そしてミシェにリルム……メナンはミシェと共に行動しており、ミシェがその惨い光景を見た瞬間に急いでメナンの目を目隠しで隠した。

「おわぁ?なんだぁ???」

「お前は絶対に見るな!」

子供にこのような光景は見せられるはずがない……ミシェは今回も正しい判断を下した。その一方、エレンとネルソンは余りに残酷な光景に驚きを隠せないでいた。

「ゼオン……君……?」

「酷い……なんだこれは……?一体誰が……?まさか……氷河族の連中が残っていたというのか……?」

二人は直接その光景を見なかった。彼等はガースト動揺吐き気を訴えることはなかったが、不愉快な事に変わりはなかった。

そこへ、叫びを聞いたリルムも、この異常な状況に対して覗きこもうとするが、それを、エリィに止められた。明らかに平時じゃない状況。塞ぎ込んでいたリルムでさえも、以上に気付き、反応するという、異常事態。それを止めたのは、リルムがその、行動に対して疑問視していたエリィだったのである。彼女の目を咄嗟に防ぎ、その、惨い光景を見せまいと、したのだ。

「あ、あの……?」

「……ダメ、リルムさん。見たら……立ち直れなくなるかも知れない。レイ君を見て。苦しんでる……」

そう言われて、リルムはレイを見た。吐き気と戦い、苦しんでいるレイの姿を見た時、得体の知れない寒気に襲われた。

「レイ……どうしたの?」

「あ……リルム……ごめん、ちょっと待って……ウッ……うう……」

口元を押さえ、この場にいられなくなったレイはすぐさま、近くのトイレへ向かった。気持ち悪さが限界を迎え、まさに嘔吐寸前になっていた為である。エレン達とは違い、どうにか我慢出来ている様子だった。

 

トイレにて、彼は嘔吐した。気持ち悪さは少し和らいだものの、あの衝撃的な光景が脳裏に焼き付いて離れない。ゼオンの死体を目に浮かべると、再び悲しみと不愉快な感覚がレイを襲う。

「はぁ……はぁ……はぁ……ゼオン……一体……何が……?」

ひとまず、洗面所で口の中を濯ぎ、顔を水で洗って落ち着かせようとした。だがどうしても動揺が止まらない。その状態で、再び先程の場所へ戻る。

再びレイが戻れば、気分を悪くして嘔吐してしまった三人の姿はどこにもなかった。恐らく医務室に運ばれたのだろう……レイは思った。しかしその後、再び嘔吐する者が現れた。スバキである。彼女もまた、この残酷な光景を見て気分を悪くしてしまったのだ。

「スバ……キ……?」

彼女はすぐに医療スタッフに医務室まで運ばれた。ネルソンが命令したのだ。原因が不明なゼオンの突然の死に皆が騒然とする中、ネルソンは一人部屋の中に入った。

「大尉……?」

「ナイフの指紋を調べる。……念の為だ。」

他殺の可能性は考えられるが、ネルソンが言うように念の為に、持参していた小型の指紋照合機でナイフの指紋を調べた。それとゼオンの指紋を照らし合わせた結果、悲劇的な結果が待っていた。

「なんて事だ……こんなことが……」

「大尉……?」

心配そうにエリィが声を掛ける。すると、ネルソンは部屋から出てきて、部屋をロックしてゼオンの死体が見えないようにした。

「彼は……自殺だ。何者に殺されたわけでもない。自殺した。それも、死後から時間が経過している。でなければこのような死臭は普通しないぞ……」

その言葉で、その場にいたクルー全員の顔が青ざめた。シンや整備士達を氷河族に殺されてゼオンに恨みを持った内部犯でもなく、増してやゼオンを殺す為にわざわざ侵入してきた氷河族でもない。

ゼオン死亡の犯人は、彼自身だったのだ。それを聞いて、リルムは涙を流した。それをエリィが静かに抱き締めていた。先の出来事だけでない、更に残酷な惨劇を前に、リルムはもう、誰かを疑問に抱く事すら、出来なかったのだった。

「どうして……!?どうしてですか!?」

納得の出来ない様子で、動揺していたレイは言った。ネルソンは彼の言葉に対し、静かに対応した。

「恐らく責任を感じていたんだろう。自分のせいで多くの犠牲者を出してしまったことに対してな……なんて……事を……」

ネルソンはゼオンに対して自分の思いを語り始めた。レイを含む、その場にいたクルーはそれを静かに聞いていた。

「戦争では……生きたくても生き残れない兵士が多く居る……それは兵士にも限らず民間人にも言えることだ……私は今まで何人ものそのような兵士を見てきた……そして私の前に彼等は二度と姿を見せることはなかった……彼等は生きて家族や恋人に会いたかっただろう……だがその願いも果たせずに死んでいった……彼は愚かだよ……生きることがどれだけ辛く、そして幸せであるかを分かっていない……どうしてこうも簡単に命を粗末に出来る!?責任を取る為だと……?そんな事で死んで良い筈が無い!生きたくても生き残れなかった少年兵や学徒兵もデウス動乱ではいたんだぞ!彼等には夢や希望があって……若さに満ち溢れていて……可能性があったのだ……けれども彼等は死んだ!戦争で死んでしまった!それをゼオンは自分の手で殺めた……何故こうも簡単に命を落とせる!?責任で死ぬだと……?まだ若い命がそうやって簡単に死んで良い筈が無いだろう!!」

軍人として、戦争を生き延びたネルソンから見て、自殺と言う言葉は想像を絶する程に信じがたいものだった。生きたくても、死んでしまう兵士……死に追い遣られる兵士……それを見てきているので、ゼオンの行動は悲しむと同時に、許し難いものだった。そして、その話を聞いて誰も、何も言えなかった。

 レイはこの言葉を聞き、砂漠でネルソンが言っていた言葉を思い出した。

 

―――――――自分の命を簡単に捨てるような真似をする人間がどこにいる――――――

 

その言葉が、レイの頭の中で繰り返される。まさかこの言葉を、このような状況で聞 思い出す事になるなど、思いもしなかったのだった――

 

その後の遺体処理は元医者であるネルソンに任された。血の生臭い匂いや死臭による悪臭が漂う部屋で、一人彼は懸命に作業を行うのだった……この時、ネルソンの心境はどんなものだったのか。それを知る者は、いない。

 




第六十四話、投了。
一言で言えば鬱回です。
ゼオンの死、そして困惑するエレン。メンバーは傷つき、苦悩していく――


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第六十五話 セイントバードの起源

ゼオン・ニーマードの死を受け、暗いムードの艦内。
その中で、レイはエレンと話をしようとする。
そして、エリィから語られるセイントバードの起源とは――


 ゼオンの死から、二日が経った本日は十二月三十一日。一年の最後を飾る日だ。皮肉にも、年末には悲劇が相次いだ。クリスマスイヴには氷河族の襲撃でシンが死に、そして二日前にもゼオンと言うあどけない少年が責任を感じたのか、ナイフで自らの首を切り裂くと言う、あまりに猟奇的なやり方で死を遂げた。その状態で、本来は信念に向けて楽しむべき、年末という時間を悲惨な状況で迎えてしまったのだ。クルーは皆憂鬱な気分だった。無理もない。

その中でも、ハルッグの改修作業は続いていた。どんなに辛い思いをしていても、やるべきことはしなければならない。ミシェ達ジャンク屋は必死にハルッグの改修作業を続け、やがて午後には完成したのだ。

カラーリングは前回の茶褐色系統のものから青系統のものに変化し、肩部のビーム砲は更に二門追加されており、左右合わせて計六門に増えた。その分一度に多方にビーム砲を放出することが出来る。更に、ミサイルポッドも追加されている。その上でロングビームライフルの構造も変化し、バックパックには僅かなウイングも追加された。背部に新たに追加された大型のブースターは、今回の最大の改良点である。

型式番号DMS-T87HMC。ハルッグの高機動カスタム。強化されたその機体は、今後の戦闘においてどのような活躍をしていくというのだろうか。

「気に入ったか、これが生まれ変わったハルッグだ。名前はハルッグHMC(ハイモビリティカスタム)。その名前の通り、機動性に優れている機体だ。あと、武装の強化の他、更に踵部にも兵器を用意しておいた。」

「踵部?」

「まあそれは実戦で使ってみれば良い。あえて俺は言わないがな。それより早く乗りたくてうずうずしているんじゃないのか?」

ミシェは、少し笑みを浮かべながら言った。しかしネルソンはそれに対し、笑う事はなかった。

「……いえ、やはり、今は……」

「ああ、そうか。大事なクルーだったもんな……。」

ここでもネルソンは殺されたシンや、自殺したゼオンの事を思い出す。静かに目を瞑り、ただじっとその場に立っていた。

「泣きたきゃ泣け。……俺だって実際は悲しい。でもやるべき事があるんだ、泣けるかよ。」

「やるべき事……か。」

「どうした?」

ミシェの言葉で、ネルソンは何かに気付いた気がした。その瞬間に目が開かれ、じっと生まれ変わったハルッグの姿を見ていた。

「私がやるべきこと……それは自身が強くなることだと私は思うんです。」

「へぇ、俺はそんなつもりで言ったわけじゃないが、まあそう思った方がいいかも知れないなァ。」

感心した様子で、ミシェはネルソンを見ていた。次に、ネルソンはミシェの方向を見て言った。

「セイントバードのクルーをこれ以上死なせない努力もしなければならない、何よりも、大切にしたい人を守れるだけの強さが私には欠けていると思うのだ。」

「それはお前の元恋人か?」

「違う、もっと身近にいる……“誰か”ですよ。」

ミシェは首を傾げたが、数秒後、閃いたように首を元に戻した。何か思い当たる節があったのだろうか。

「成程……なぁ。」

彼はネルソンに聞こえないよう、一人静かに呟いた。

 

 

 

レイは、先の出来事からのショックから、立ち直る事が出来ていた。だが、リルムやエレンは精神的に強いショックを受けていた。その中でも、特にエレンは強いショックに見舞われている。

唯一の弟がまさかの自殺を遂げたという衝撃的な出来事もあり、エレンは自身の部屋に、部屋に籠っている状態だ。もう、かれこれ二日間食堂に出てきていない。強いショックを、受け続けているのだ。それは、リルムも同様だったのだ。これに対して不安を抱いたエリィ。そこで、彼女はある提案をレイにする事にした。

「私が、リルムさんの部屋に朝食を運ぶわ。でも、レイ君はエレンさんの部屋に、朝食を届けるついでに様子を見て欲しいの。」

「どうして、僕がエレンさんの部屋に?」

「貴方の方が一緒に居た時間が長いと思ったからだよ。私は艦長としてリルムさんに色々と言っておきたい事もあるし……お願い、出来る?」

「はい……」

そうは言うが、暗い気持ちになっている少女の部屋に入るというのは、荷が重い。だが、この作業は非常に重要な事だ。

先のゼオンも、死傷者が出た後でずっと部屋に籠っていたが故に、いつの間にか自死をしてしまっていた。今回、彼女達に万が一の事があってはならないと判断したのである。

 

 

 

 まず、エリィはリルムの部屋に入り、朝食を置いた。相変わらず、ベッド上で俯いているリルム。自身に起きた出来事や、先日のゼオンの事も重なり、更に他者と交流を避けるようになっていたのである。

「ねえ、リルムさん。」

エリィが静かに、それでいて優しく、語り掛けた。

「私が怖い?」

エリィはウネフを殺した。その姿を見てしまったのだ。恐怖するのは当然と、言える。

「……分からないです……本当に、分からない……どうしてこんなに死ぬところばかりを見るのかも、分からないんです……それが怖いのかも知れないし……」

リルムはベッドの上で、三角座り姿勢のまま、ただ、俯くばかり。

「そっか……でもね、私、みんなが本当に心配なの。その……先日の出来事もあったから、尚の事。ここのメンバーは軍じゃないから、当然、死を経験した事のない人だっている筈なの。リルムさんも、そうでしょう?」

それは、間違いない。だから、リルムは恐怖しているのだ。人の死……それも、若い人間の死が近いという、ごく普通になりつつある、この環境が怖いのだ。

「心配なのに、人を殺したんですね……ここに来る前に会った友達も、それを喜んでました。私、おかしくなってきてるのかなって……その上で、つい先日まで話してた男の子が自殺なんて、そんなの、信じられる訳がないです……」

死が当たり前に有り得る状況と、そうでない者の差は計り知れない。それが日常と非日常の違いなのだ。リルムはそれを、特に感じている。少なくとも、レイ以上に感じているのだ。

「私ね、貴方に謝らないと行けないと思ってるの。怖い思いをさせてしまって、ごめんなさい。ああしないと、皆が守れなかったとか、そんな言葉を言うつもりは一切ありません。」

エリィは、純粋な想いを伝えた。言い訳をしないで、ただ、彼女は謝罪するのだ。リルムと言う少女に対しても、大人としてのプライドが邪魔する事なく、ただ、謝るだけ。

「だって、人が死ぬ所なんて、見た事ないもんね……貴方は本当に、平和な環境で過ごして来ただけだものね……なのに、連行されて……そこから親元を離れる事になって……辛いよね……ごめんね……本当に、ごめんなさい……」

エリィは涙を流した。それは、先日までの出来事が溢れ出た瞬間でもあった。多くの感情が渦巻き、大人である筈のエリィが泣いたのだ。

「私、分かってると思うんです……その……艦長さんがわざとじゃないって事も、守る為に身を挺してくれたって事も、分かってる筈なんです……多分、私が平和ボケしてただけなんです……なのに、艦長さんが謝る事なんてないですよ……」

「そんな事ないわ……私、艦長ですもの……貴方自身の気持ちになってあげる事は出来ない……でも、せめて話を聞く事は出来るから……貴方は私を怖がるかも知れない……けどね、私は貴方の事を大切に思いたいと、思います……貴方だけじゃなく、クルー達の事を……もう、あんな悲劇は起こしたくない。だから……」

エリィの決死の思いだ。感情で訴えかけるエリィ。その強い意志は、艦長であるが故なのかも知れない。

「艦長さんは、ああいうの、ずっと経験してきてるんですか……?」

リルムが、聞いた。それに対し、エリィが答える。

「ええ……戦時中から、死体は見続けて来たから……でも、貴方はそれを見る必要なんて、本来は無かった筈なのに……こんな事になるなんて……怖い思いもさせてしまって……そして、油断していた所を襲撃されて、クルーを死なせてしまって……艦長、失格だなって思う……」

エリィはそう言った後に、傍にあったデスクに朝食の乗ったプレートを置き、ベッドに腰掛けた。

「私、全然ここの事詳しくはないんですけど……多分、艦長さんはとても良い人なんだと思うんです……」

リルムの視線の角度が、少しずつ上がっていく。

「どうして、そう言うの?」

「だって、私の目、塞いでくれましたよね。私、直接あの男の子の死体とか見てないんですけど、もし見てしまったら……不謹慎な事言ってごめんなさい……でも……」

訃報を聞く事と、直接死に立ち会うのとでは、当然ながらその衝撃は大きく異なる。身近な人間であれば特にそうだ。今回、リルムは身近な人間という訳ではないのだが、その惨い光景を見せる訳には行かないと思った、懸命なエリィの判断は、リルムに好意的に捉えられたのであった。

「私は良い人でも何でもない。ただ、艦のクルーを守りたい……ただ、それだけなの。それは、貴方も含めて。ごめんね、ご飯、覚めちゃうかも。少しでも栄養取って欲しいと思って持って来たから……」

そう言って、エリィはベッドから立ち上がろうとした――

 

ギュッ

 

その際に、リルムがそっと、エリィを抱き締めた。まるで姉のような感触。実の姉という訳では勿論、ないのだが、その暖かさを感じ取ったリルムは、自ら行動を起こした。

「艦長さん、私、艦長さんが人を撃ったのを見て混乱してました……凄く、怖い人だと思ったんです……」

「分かってるよ……それは……貴方の立場なら当然だよ……」

「でも、本当は、怖くない人なんだって、思いました……だから、レイが慕うんだなって思ったんです……」

レイの話をし始めたリルム。それは幼馴染であるが故の言葉だろうか。

「私のやった事は許されない事だよ。警察が居たのなら、そのまま逮捕されて、裁判になったりしているぐらいの事なんだよ。当然、それを正当化する気はないわ。それでも貴方は怖くないって言えるの?」

今度は、エリィがリルムに質問をした。

「法律とか、倫理とかそんなので許されないかも知れないんですけど、人を守ると言う意味では許されると思います……じゃなかったら、艦長さんとして慕われていないと思うから……」

ここに来たばかりの人間であるリルムにも分かる、エリィの人間性。それを伝えたエリィ。彼女はそれを聞き、安寧の表情を浮かべた。

「そっか……嬉しい事、言ってくれるんだね。嫌われると思ってた。でも、それでも構わないとは思ってた。生きていてくれれば、それで……良いって。」

「艦長さん……」

そのまま、再びリルムはエリィを抱き締める。抵抗のない、ごく、自然な様子で。

「エリィでいいよ。リルムさん。」

「エリィさん……ありがとうございます。」

「貴方こそ、生きてくれて、ありがとう……」

クルーを心配する艦長。その務めを少しでも果たさんとする、彼女。その強い想いを受け取ったリルム。短い期間であるが、エリィの優しさに触れたリルムは、少しずつだが元気を取り戻しつつ、あったのだった。

「ねえちゃん!だいじょうぶか?」

突如、その部屋にメナンとスバキが入って来た。リルムが塞ぎ込んでいる中、メナンの面倒をスバキが彼女が見ていたのである。スバキ自身も強いショックを受けていたが、彼女もパイロットという立場の経験もあり、惨い死体は見慣れている過去を持つ。それ故の、精神の回復の速さなのかも知れない。

「スバキさん、メナンちゃんの面倒を見てくれてありがとう。」

エリィが、言った。

「その……メナンがリルムの事、心配だって言ってたから……」

スバキの、リルムに対する感情は複雑だ。様々な感情が渦巻いている。しかし、精神的にショックを受けているのは間違いない。その中で、自分に出来る事をしなければならないと思い、彼女はメナンの面倒を見ていたのである。

「スバキさん……ごめん……私……」

リルムが、言った。

「何、謝ってるんだよ……でも、その様子だとエリィが色々と話をしてくれてたみたいだな。」

リルムの表情を見て、スバキが言った。ここに来てまだ間も無いリルム。まさかの事態にショックを受けるのは当然だ。こうした場合、スバキといった、セイントバードに長く居る人間の存在は頼りになる。それは、エリィも感じている事なのだ。

「みんな、少しずつだけど現実を受け入れて来ている。スバキさんも色々あったけれど、今がある。でも、リルムさんが少しでも元気を取り戻してくれたのは、とても嬉しい事だから。今は、この艦のクルーと、してね。」

エリィの優しい笑顔が、リルムに伝わった。空を見て、僅かに笑顔を浮かべるリルム。それを見て、どこか、遠くを見るように視線を落とす、スバキ。

「いかついおねーちゃんおもろいぞ!」

それは、スバキの事を指している。メナンの言葉を聞き、スバキは怒るように言った。

「誰がいかついんだよこのバカ!」

「おこっとる!それよりレイどこいった?あいたいぞー!」

スバキとメナンという意外な組み合わせだが、彼女達はある種、力を持つ存在という共通点がある。それがどこか、調和したのか、互いに仲が良い様子だった。その上で、メナンの恐れ知らずな性格が幸いしているのかも知れない。

今、メナンはレイを探している。彼は今、エレンの部屋にいる。彼女の様子を見る為に朝食を渡しに行っている。それを聞き、様子が気になった彼女達は、一度部屋を出る事にしたのであった。

 

 

 

 エリィがリルムを諭している時、エレンの部屋ではレイが朝食を運んでいた。だがその間もエレンは暗く俯いた表情で、僅かに涙を流しているのが見える。励まそうとしても、それが返って彼女を傷つけるだけだと理解していたレイは、そっと、朝食が置かれているプレートを、エレンが座っているベッドの傍にある、テーブルに置いた。

「……」

レイは何も言わず、悲しい表情を浮かべながら、その場を離れようとした――

 

ガッ

 

その時、突然エレンは立ち上がり、レイに抱き付いてきたのである。その拍子に朝食は倒れてしまい、その中にあった牛乳はベッドのシーツに染み付いてしまった。

「え……!?」

突然の抱擁に目を疑うレイ。一方でエレンは先程とは違い、大きく泣いていた。背の高さがレイと同程度であった為、彼の肩程の高さから延々と大粒の涙を滴らせていた。レイはこれに対しても何も言えないでいる。

「レイ……私……私……どうすれば……どうすれば……!」

弟を自死で失うという惨劇を経験したエレン。その衝撃は凄まじいものだ。二日前にエレンからゼオンの事について話を聞いたばかりであるが故に、余計にその衝撃が大きい。

だが、レイの場合、エリィと違い、言葉を話すことが出来ない。励ましの言葉も、恐らく、安い言葉になってしまうだけ。それならばと、ただ、そっと彼女を抱き締めてやるぐらいしか出来ない。これで良いのか……と、確認をするかのように、レイはそっと、抱擁をする。その経験は、リルムとさえない。抱擁の経験は、エレンが初めてだ。

やがてエレンとレイが、互いに抱擁を交わしている形となった。エレンは誰かを抱き締めたい気持ちで居る中、レイは、彼女の悲しみを少しでも和らげる為に、抱擁を行う。それが正解なのかは分からない。いくらセイントバードのパイロットとはいえ、悲しみに暮れる人の心を癒す力は、レイにはない。

と、暫くして、エレンが泣き止んだ時だった。

「レイ……ありがとう……心配してくれたんだね……」

「う、うん……ゼオンの事も、あったから……」

泣き止んだ彼女の表情は、不謹慎にも、どこか美しく見えた。

「ごめんなさい……せっかく持ってきた朝ご飯、台無しにしてしまって……」

「あ……ううん、いいんだよ……。」

やはり迂闊な事など言える筈が無い。レイの心境は複雑なままだ。

「レイ、今、無理してるでしょ……?」

「あ……え……?」

「いいの、無理しなくて良いの。私が悲しんでいることを考慮してくれているんでしょ。だからあえて何も喋らない……それぐらい分かるよ……。」

レイの考えはエレンには分かっていた。だからと言って今から〝大丈夫?〟や〝元気を出しなよ〟等と言った言葉を掛けられる筈が無い。そのような発言をしても、彼女が悲しむだけだ。

「レイも、私の為に気を遣う必要なんてないの。セイントバードの人達って本当に優しい人が多いね。でも、……みんな憂鬱な表情しているのが見える。それは、分かってるの。レイ、私は構って欲しいなんて思っていないよ。」

「そう……なの……?」

エレンの言葉が不思議に思えた。実の弟を失い暗い雰囲気になるのは当たり前の筈なのに、それを彼女は嫌がっているのだ。暗い事は続いているとはいえ、その為に悲しい表情をしないで欲しいというのが、エレンの本望なのである。

 とは言え、クルーの肉親が死んだ状態の人間を見て、どう、振る舞えば良いかなど、分かる筈がない。この時、レイはどう対応すれば良いか困っていた。

「ねぇ、レイ。このままで居て欲しい……人が恋しいの、ねえ、お願い……私……私……うぅ……う……」

「えと……う、うん……」

ぎこちない抱擁は続く。失意の中で行われている行為は、果たして彼女の癒しとなり得ているのか。それは全く分からない。ただ、レイは自分に出来る事をしているだけであった。その様子は、少女同士が抱擁し合っているようにも、見えた。

 

                ウィィィィィン

 

その時、エリィとリルムとスバキが、メナンを連れて部屋に入って来た。合計四人。その中で相変わらずメナンは明るい表情で、リルムとスバキはやや暗い表情で姿を見せた。しかし、リルムの表情はエリィのお陰で二日前と比べれば、明るくなっているのが見えたのだ。

ただ、今の状態をリルム達に見られる事は、非常にまずかったのである。

「レイ……?」

「リルム?スバキも……あぁ!?」

「あら、レイ君……」

今、レイとエレンが抱擁を交わしている状態だ。エレンは少し申し訳ないことをしたような表情で下を見た。それを見て、最初は驚くエリィ。傍に居たリルムは、頬を膨らませてレイに近付く。これと同時に、レイはエレンから距離を置いた。しかし、リルムは怒っている。

「レイ!何をやってるのよ!?」

「違うよリルム!ご、誤解だよ!」

慌てるレイ。だがこの時、リルムの表情はやや、明るさを取り戻しているのに気付いていた。しかしエレンと抱擁している様子のレイを見て、今度は怒りの感情が浮かんできたのだ。

「お前なぁ!!!」

だが、それに代わり、レイに対して怒りをぶつけたのはスバキだったのである。彼女はレイの胸倉を掴んだ。

「ちょ、スバキ……?」

「お前!何抱き付いてんだよ!最低なヤツ!リルムはどうしたんだよ!ふざけんなよお前!!!」

まるでリルムの代わりと言わんばかりに本気で怒っている様子のスバキ。これを見て、笑うメナン。

「おぉ~!れいうわきか!うわきよくないぞれい!しゅらばったやつやな!さすがモテモテレイ!」

「う、浮気!?な、ち、違う!何言ってるの……というか、なんでメナンが!?」

「まさか……レイ君、そういうのは、ちょっと、これは……駄目なんじゃないかなぁ?」

メナンとエリィが浮気と煽るものだから、スバキは余計に怒り、レイの胸倉を更に、勢い良く引き寄せる。

「ふざけんなよ!大体エリィも何メナンと同じように煽ってんだよ!明らかにお前の人選ミスじゃねえか!」

「それは……ごめんなさい……」

と、エリィはスバキに言われ、謝った。一回り程歳の違う少女に怒られるという事。それは情けない事だと、エリィは感じていた。

その一方で困惑するレイ。何故スバキはこれ程に怒りを見せているのか。それは、リルムという恋人が居ながらエレンと抱擁したということに対する、ふしだらな印象を持った為か。それとも、自分自身がその立場になり得る筈なのに、それがなり得ないという、彼女の控えめな愛情が持つ現実故の、苛立ちなのか。

「あの!待って……レイは何も悪くない……!悪いのは私……私から抱き付いたの!」

その言葉を聞き、四人はエレンの方を見た。信じられない事に、悲しんでいる筈の彼女が声を荒げて言った……それが不思議でならなかったのだ。

「リルムには悪いとは分かってた……でも、誰かに傍にいて欲しいって思っただけなの!ごめんなさい……私……」

自らの行為を省みるエレン。それを聞き、リルムはやや、困惑しつつも静かに頷く。

「あえー、けんかせえへんのか?うわきれい!うわきしたつみはおもいぞ!!しゅらばおもろいなぁ!」

メナンの言葉が、部屋に響いた時、その中で、誰かが、ぷっと吹き出す声を出した。その声の主を、最初、誰かが探す。

 やがてそこには、口周りを手で覆っていたエレンの姿があったのだ。

「プッ……ふふ……あははっ……アハハハハハハハハハ!!!」

先程までレイと抱擁し、涙を流していた筈のエレンはいつしか、大笑いをしていた。弟を失ったばかりの筈の彼女が、笑っているという状況。それに驚愕する、四人。

「アハハハハハハ……ご、ごめんなさい、つい……だってね!だって……面白かったもの!この子の言葉!浮気とか修羅場とか!そういうドラマとか見て来たのかなって!アハハハハ!」

一番悲壮に暮れている筈の本人が笑うという事は、どこか、許される空気になりつつあるという事でもある。エレン自身は、無理をしている様子はない。寧ろ、メナンの言葉を聞いて笑みに満ちている様子だったのだ。

多くの人間が死に、全体的に暗いムードの中、このようなコミカルなワンシーンは非常に有り難いものであると、レイは思っていた。

「メナン、ありがとうね!なんだか私、元気が出てきた!やっぱり笑うって大切だなぁ……」

「メナンなにもしてないぞ!」

無邪気なメナンはそう言うが、彼女の存在がエレンを救ったのは間違いないと、言えた。

「……まあ、エレンが笑っているのならもう良いのかもな……」

腕を組み、睨むようにレイを見るが、レイ自身はどう反応すれば良いか分からない。ただ、笑顔を浮かべている彼女の存在は、やがてこの場に居た皆が自然な表情を取り戻すきっかけとなって行く。

「いつまでもくらかったらしあわせなんてこねーぞみんな!」

これをどう捉えるかは個人の解釈に寄るだろう。子供の戯言と一蹴にする事も出来る。だが穏和な空気を生み出しているのも彼女である事に変わりはない。

 メナン・ジェイン。レイを好き過ぎるが故にセイントバードに合流した幼女は、クルーにとってムードメーカーとなりつつあったのだった。とは言え、彼女を早くヒパック村に戻さなければならない事に変わりはないのだが。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

しかし、その僅かな喜びの時間も、すぐに踏みにじられることになってしまう。突如、警報を知らせる音が聞こえて来たのだ。それと同時にインクの声が聞こえてきた。

「小型の熱源を数十体確認!こちらに向かってきています!恐らくMSです!パイロットは各MSに待機して下さい!繰り返します!」

思えばヒパック村以来敵と戦っていなかったため、随分と久し振りの戦闘となる。このアナウンスを聞いた時、レイは戸惑った。何せ、自身のMSが無い為である。

「そんな、こんな時にMSがないなんて……」

予想外の強襲に戸惑う、レイ。彼はパイロットではあるが、そのMSがない状況で戦う事は不可能だ。その時――

「お前、アインスに乗れよ。」

「え……?」

突然の、スバキの言葉に驚愕する、レイ。何故、彼女はレイに自らの機体を譲ったというのだろうか。

「多分、みんなが部屋に戻る事になった時、お前がもし、エレンと一緒の部屋に居たらさっきみたいになるの、困るからな!早く行け!」

まさかの言葉。彼がアインスに乗る事になるという、意外な状況だ。

「リルムはメナンと一緒に居るんだよ!エレン、お前の側には私が居てやるからな。レイ!早く行け!絶対に死なないで帰ってこい!セイントバード、守ってくれよ……」

強気な言葉の中に見えた彼女のどこか切ない言葉。それを聞き、レイは言う。

「うん、じゃあ……お言葉に甘えて……」

そう言って、レイは部屋から去った。それに伴い、エリィもブリッジへ向かう。敵勢力の確認の為だ。

 やがてその場に残された四人。リルム、メナン、スバキ、エレンの少女達。レイを通じて知り合った彼女達は、この数日間で多くの出来事を経験していたのだ。

「レイってさ……本当、不思議な奴だよな。」

ふと、スバキが言った。

「あいつが居なかったらここでみんなに会う事、無かったのに。そして、こうやって喋る事も無かったし……リルムもそうだろ?お前の場合は、あいつと幼馴染だもんな。そして、恋人……」

どこか、切なげな様子のスバキ。リルムはそれに対し、言った。

「まさかレイがあんなロボットに乗るなんて思わなかった。でも、実際に乗って、戦ってるんだよね……今からも、戦うんだよね……?」

「あいつ、あんなにふしだらだとは思わなかったけどな。本当、バカな奴……」

と、言いながら視線を落とす、スバキ。

「とにかく、戦闘になるみたいだから部屋に戻った方がいいぜ。固まるより、自分の部屋に行った方がいい。エレン、一緒に居よう。な?」

「え、ええ……」

スバキが、ひたすらに彼女達を仕切る。セイントバードのクルーとして、長いスバキ。その上彼女はパイロットを務めている。その強さが、そうさせるのだろうか。

 だが一方でレイへの控えめな慕愛は、隠しているようで、隠し切れていないのだった――

 

 

 

今、このジャンク屋に敵が迫ってきている……敵機は左腕部が人の手のようなマニピュレーターではなく、鋏状になっているMSである、ファドゥームだった。この事から、今回の敵勢力は新生連邦でも国連でもなく、氷河族と言う事が分かる。

「まさかこれを早く導入できるとはな。」

ミシェは、苦笑いを浮かべながら無線を遣ってコクピット内のネルソンに対して言った。

「ある意味幸運ですよ。性能を確かめられるんですからね。ただ、まさか実戦で使う事になるとは。敵はテストすらやらせてくれないようだ。万が一の為にパイロットスーツを着用して正解ですね。」

ハルッグのカスタム機は相当な機動性を要する。故に、正規兵が着用するようなパイロットスーツの存在は必要不可欠だ。今のネルソンはデウス動乱以来の、パイロットスーツを着用している。それはセイントバードの一室にあったものを利用しているのだ。

「奴さん等も必死なんだろうさ。ま、奴等の狙いはセイントバードだろうな。さしずめ、新生連邦の戦艦を強襲といった所か。」

「実際は只のMS乗りですがね。まあ、何にしても戦いますよ。ここは守って見せます。」

「頼んだぜ。反社会組織如きが、調子に乗りやがって……」

静かに愚痴を零した後、溜息を吐くミシェ。それにネルソンも妙に納得しているようだった。

「確かに……な。だが私にとっては、これはテストですね。」

「せいぜい死なないようにな。これ以上憂鬱な気分にさせてくれんなよ。」

「生き残る自信、ありますよ。」

すると通信が切れた。それと同時にエリィがセイントバードから待機中のMSのパイロット達に対して言う。

「ここ数日間で、多くの人達が死んでしまいました……ですから私からお願いがあります。死なないで下さい。誰一人もこれ以上失いたくありません。以上です、健闘を祈ります。」

エリィの切実な願いが込められた、短い通信だった。ネルソンはそれに対して静かに頷いた。

 だがその時、モニターに映るレイの姿を見て、パイロット達は皆が驚愕した。ツヴァイはアステル家に預かっている状態の筈。なのに、何故レイがそこに居るのか。

「レイ!?それはアインスガンダムか?何故君が……?」

「スバキに言われたんです、僕が代わりに乗る様にって。」

それに対する、詳しい事情を聞かなかった。つまり、スバキは今艦内に居るという事になる。敵が迫ってきている状況ならば、それに応じなければならないのだ。

「私に提案があるが、その装備で行くよりは、砂漠仕様で出た方が良いだろう。」

「え、砂漠仕様ですか……?」

ネルソンの言葉に驚く、レイ。何故砂漠仕様なのか。ここは雪原であり、砂漠とは関係ない筈……

「雪原の雪が積もる場所は足元が掬われ易い。脚部のバーニアの存在は雪上の移動に一役買うと予想できる。ミシェさんに頼んで換装してもらおう。先に出撃する、後から頼む。」

「あ、はい!」

そのやり取りが終わった後に、ネルソンは静かにモニターを見て、前方を見た。

「さて、ハルッグ出るぞ!」

 

ビゴォン

 

新たに生まれ変わったハルッグが動き出す。ロングビームライフルを所持し、モノアイを輝かせ、カタパルトから発進した。それに続くように、ガーストのエスディアも出撃した。この他、トルクス四機がゾーリドカスタムに乗って出撃する。

その後、すぐにレイのアインスは砂漠仕様に換装を終え、カメラアイが輝いた。

 

キシィン

 

「アインスガンダム行きます!」

やがてカタパルトからアインスが発進した。そして、ファドゥームが多数いる戦闘域に向かっていく。それを見ていたミシェは、静かに一言呟いた。

「あいつがガンダムに乗って戦うの、本当らしいな、期待してるぜ。」

その時に妙な笑みを浮かべていた。その真意は定かではない。

 

 

五機のファドゥームが一斉に有線クローを展開してセイントバードチームに襲い掛かる。一斉に展開するトルクス。多くの戦場を経験してきたその機体だが、既に機数は六機しかない。これ以上の戦力削減は、出来る事ならば避けたい所だ。その中で、ネルソンのハルッグが猛威を振るう。

ハルッグは最初、新たに肩部に追加されたビーム砲、計六門を一斉に放出。それらは一機のファドゥームに直撃して破壊された。それを見た別のファドゥームがバズーカで狙い撃ってくるが、素早い動きでこれを回避。続いてハルッグを狙うように有線クローやバズーカが撃たれるも、ハルッグはMAに変形して全てを素早い動きで避ける。

「くっ……なんて機動性だ……私自身が耐えられるか……」

大気圏内で高機動の機体を操る時、相当なGが掛かる。それは本来、訓練された兵士でなければ耐えられない代物だ。それをハルッグの改修機で行うというのだから、ある意味自殺行為な行動ではある。

 しかし、中身はハルッグだ。その要領は、全て把握している。ネルソンは強力なGにも負けず、パイロットスーツの恩恵も受け、敵を翻弄している。

 敵機体の内の三機が、一斉にクローを展開し、ハルッグに迫る。だが、ハルッグはこれを容易に避けた。以前のハルッグとは、比較にすらならない。

「貴様らの相手は私だ、まとめてかかって来い!」

そう言った後、ハルッグは変形した。改修されてから初めての変形だった。肩部のビーム砲が増えた上に、ウイングが追加されたことにより、以前よりも荘厳で迫力のあるMA形態になっていた。その上機動性も遥かに高い。凄まじい動きでファドゥーム三機を惑わせる。

「私のMSだ!」

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

次の瞬間、先端に取り付けられたロングビームライフルからビームが発射され、ファドゥーム一機を撃墜した。続いて新たに追加された武装の一つである肩部のミサイルポッドからミサイルを放出し、それによってもう一機のファドゥームが破壊された。

「馬鹿なっ!?噂のガンダムタイプでもない、たった一機にやられてるだと!?」

残されたファドゥームはビームサーベルを有線クローで掴み、ハルッグに特攻をかけた。だがハルッグも再びMSに変形し、手部マニピュレーターを駆使してビームサーベルを構えようとしたが、ここでネルソンはミシェの言葉を思い出した。

 

―――――――あと、武装の強化の他、更に踵部にも兵器を用意しておいた――――――

 

「……試してみるか。」

と、ビームサーベルを使うのを止め、そのままファドゥームに向かって行った。そして、踵部にある武器を使う事にしたのである。

 

ブイイイイン

 

すると、踵部からはビーム刃が放たれた。最初ネルソンは驚いたが、それも一瞬の出来事で、すぐさまファドゥームのコクピット目掛けてハルッグの足底部を上げ、そのまま下ろした。その時ファドゥームは機体が頭部から縦割れ状態になり、爆発した。いわゆる〝踵落とし〟で敵MSを破壊したネルソンは、驚きつつも笑っていた。

「ほほう、踵落としか。ミシェさんもなかなかユニークだ。ビームヒールと言ったところか?だが、こうやって使う武器では無いな……。敵機に接近された時に使う、カウンター武器と言ったところか。」

ミシェが隠していたハルッグの新たな武器、ビームヒールの威力を実感したネルソンはやや満足そうだった。だが、油断はできない。彼は引き続き敵の迎撃に移る。

 

 

 

戦況はセイントバードチームが優勢だった。新たに改修されたハルッグを筆頭に、セイントバードのMS乗りが奮闘している。

エスディアはビームバズーカをファドゥームに対して狙い撃ち、引き金を引いてビームを撃ち続けている。それと同時に、腰部のミサイルで敵機に対し、牽制を行っている。

「これは……凄く奇抜な機体だな。」

ガーストはそっと呟き、ファドゥームに狙いを絞ってビームバズーカを撃つ。見事に命中し、ファドゥームは一撃で破壊された。それに続くようにハルッグが高機動でファドゥームに迫って肩部のビーム砲を放出する。

「ふぅ、少し慣れてきたか……」

最初は凄まじい機動性に翻弄されていたネルソンだったが、徐々に慣れつつあったようだ。これもベテランパイロットとしての技量が生かされているのか、それは分からなかった。生まれ変わったハルッグの機動性の高さを見て、ガーストは驚きを隠せない様子だった。明らかに敵を翻弄しており、素早い動きで一つ、また一つと敵機を破壊しているのだ。

「チッ、来る!?」

その時、エスディアのレーダーに別方向から機体の存在を確認した。それも、三機。彼がシンギュラルタイプとは言え、三機同時に相手するのには一苦労と言えた。

 

ドォォォォォォッ

 

その時、地上からアインスがビームランチャーを構え、狙いを絞り、ファドゥームを破壊したのだ。援護射撃に感謝するガースト。だがこの時、彼はアインスのパイロットをスバキと思っていた為、ガーストはアインスに対して注意をした。

「おい、スバキ!前に出過ぎるな!出来るようになったからって……あれ……なんでレイが?スバキは?」

「実は、ちょっと事情があって、僕がアインスに乗っているんです!」

ガーストは、ネルソンとレイのやり取りを知らないまま出撃した為、その事実に驚愕していた。何せ、レイが一度故郷に帰ってからはスバキがアインスを駆っていた為、ガーストから見ればそれは違和感にしか思えないのだ。

「そう言えば、それは元々お前の機体だったっけな!」

会話しながらも、迫るファドゥームと交戦するガースト。展開したビーム刃はファドゥームの構えるビーム刃と拮抗し、その出力を上げ、勢いで敵を圧倒し、迫る。

 やがて腹部を貫き、ファドゥームは撃破された。しかし、地上に居るアインスに、別のだドゥームが迫っている。これに反応したレイは、後方へステップ移動し、ビームサーベルを展開して迫った。

「やああああああ!」

アインスはビームサーベルを用いて、ファドゥームの腹部を切り裂いた。だが、切り裂いた部分は腹部であり、胸部にあるコクピットには直撃していなかった。その為、上半身のみで稼働する事が出来る。それにより右手部に把持しているバズーカでアインスに向けて連射を続けた。

「クソッ、負けるかってんだよ!くたばれ!」

それを見たレイは驚きと同時に怒りを感じた。

「生きてた!?……じゃあ攻撃なんてしないで下さい!」

攻撃を加えてくるのなら容赦をする訳にはいかなかった。アインスはファドゥームに対してビームランチャーを構え、狙い撃った。それはコクピットに直撃し、パイロット諸共命を散らした。

「攻撃しちゃ……ダメなのに……」

抵抗するから、レイは敵を殺した。セイントバードを守る事を、常に考えて戦うレイは、敵が抵抗して攻撃してくる事を一切許さないのだ。

しかし、彼を別のファドゥーム二機が襲った。左腕部のクローを展開し、それぞれアインスの両腕部に巻きついたのだ。

「わぁっ!?」

線が巻き付く上、クローで固定されているため、身動きが全く取れない。それをバズーカで狙い撃とうとする二機。レイはピンチに陥ってしまった。抗うように、頭部機関砲で威嚇射撃をするが歯が立たない。

「うぅ、このままじゃ……」

迫るバズーカの弾。もし直撃すれば大ダメージは逃れられない。最悪の場合死に至る危険もある。アインスの装甲は最新鋭機に比べてどうしても劣ってしまうので、ファドゥームのバズーカでも致命傷になり兼ねないのだ。

その時、二つのバズーカ弾の内、一つが撃ち落とされた。落としたのはネルソンの青いハルッグだった。そのついでに片方の有線クローを切り裂いた。

「大丈夫か、レイ。」

「ネルソンさん!バズーカが!」

だがもう一つのバズーカ弾が襲う。幸い有線クローが切り裂かれたのはアインスを縛っていた左腕部だった為、シールドを使う事が出来た。バズーカによる衝撃は、それで防ぐことが出来た。

シールドを展開した事により、ダメージを負う事は避けられた。それを見届けた後、ハルッグはビームサーベルを展開し、有線クローを切り裂いた。そして、アインスは自由になる。そうなれば反撃に出ることが出来た。ビームライフルで狙い撃ち、レイを苦しめたファドゥーム一機を破壊した。次にネルソンがビームサーベルでもう一機のファドゥームを切り刻み、破壊した。

 彼等の活躍もあり、迫るファドゥームの数は、少しずつ減って来ている。この調子ならば撃退も出来そうだった。

 

 

 

 セイントバード内の、エレンの居る部屋にて。スバキが隣で彼女と話している。弟を失ったばかりのエレン。失意の底にあった筈の彼女は、メナンの存在によって笑みを浮かべた。それを機に、先と比較しても暗い表情では無くなっている。

 一方のスバキも母親を亡くしている。戦争で父を亡くし、新生連邦によって母を亡くした彼女もまた、天涯孤独の身。エレンと同じだ。頼れる親戚も、いない。だからここが彼女の居場所。それは互いに同じなのだ。

「家族が死ぬのって……何だろうな、考えられないよな。事情は色々とあれど。」

それを言えるのは、スバキ故だ。彼女でなければ言えない台詞である。

「スバキも、家族さんを亡くした事あるんだ……」

「うちは両親だ。一人っ子だったし、戦争で父親が死んで、母親も今年に死んだ。エレンと同じように塞ぎ込んでたよ。でも、あいつが居てくれたから立ち直さなきゃって思った。」

「それって……レイの事?」

スバキは静かに頷いた。

「あいつは不思議な奴だ。女みたいな顔してて、本当にナヨナヨしてる。家族も故郷に居てるから、一見すれば恵まれてる奴だけど、不思議なのは、あいつは行動する時は本当にするんだよ。あいつが居なかったら今頃私はずっと孤独だったと思う。新生連邦に良いように利用されてたと、思う……」

強気なスバキから語られる言葉に、エレンは興味を抱く。

「あの行動力というか、変な所で正義感がある所なのかもな……それが、あいつの魅力なんだろうなって思った。」

それ以上の言葉は言い辛そうにしている。恥ずかしいのだろうか、どこか、言葉が止まっているようだ。

「あいつ、幼馴染の彼女も居るんだぜ。あんなナヨナヨ野郎に彼女がいるなんて、ホントびっくりっていうかさ!」

いつしかレイの事ばかりを語っているスバキ。彼女自身も、何故これ程彼の事について語るのかが不思議で堪らない。

「なのにあいつは、その……お前から抱き付いたとは言え、あんな、ふしだらなところ見せやがった。それも腹が立つっていうか……」

スバキは怒りを見せれば行動に移す人間だ。一見すれば、分かりやすい人間に見える。しかし、その裏にある愛慕は上手く表現が出来ない人間でもあるのだ。

「私ね、レイに恋人が居ようと関係ないと思ってる。」

「え?」

スバキは、驚く様子を見せた。

「レイは私の話を聞いてくれた。それに、氷河族に囚われている時も身を挺して動いてくれたの。とても、嬉しかった。それもあるのかな。私、レイの事を純粋に好きで居たいって思ったのは。」

「好き……?な、何言ってんだよ!あいつにはリルムが居るんだぞ?」

「居たとしてもそんなの、関係ない。」

この言葉はエレンの強さなのかも知れない。リルムが居て、諦めるスバキと、それでも慕うエレン。彼女達の違いが、露呈した瞬間だった。

「人間は心の中で何かを想うのは自由だよ。仮に叶わなくても良いと思うの。私はレイの事、好きだよ。それを伝えたとして、別にどうのこうのじゃないよ。好きと言ってその人との、関係性が破綻するのかな?嫌いならまだしも。」

それは個人に寄るかも知れない。不快に思う人間から好意を示されれば、それは嫌に捉えてしまうかも知れない。

 だが純粋な気持ちは違うと考えられる。今まで言えないでいた、“好き”という感情を伝えられて、それを不快に思う人間は恐らく少ないだろう。無論、全てではないが。

「分かんねえよ……そういうの、疎いし……」

普段強気な人間であるスバキは、レイに対し、改まった感情を見せる事は出来ないと、自分で壁を作ってしまっていたのである。それを崩す事は、恐らく、難しい。

「スバキって怖い人だと思ってた。でも、違うんだ。女の子なんだ。やっぱり。それが良いと思うよ、うん……」

「そんなの言われても、知らない……」

スバキの中の感情は混乱している。いつしかレイに対して芽生えてしまった感情が、彼女という人間を混乱させている。幼馴染という壁を破り、交際に至ったレイとリルム。その壁を破るのは、一層難しい。増してや、自分というキャラクターが出来上がってしまっている状況で、相手に想いを伝えるなど、出来る筈が、ないのだ。

(私は……クソッ……こんなの……)

スバキは、余計に混乱しつつあった。その中で、彼女はセイントバードを守る戦士として、戦って行かなければならないのであった――

 

 

 

それから時間が経過し、最終的には敵のファドゥームは三機残して撤退していった。その後全員帰還し、皆MSデッキに戻っていた。その際、戦いに出たセイントバードクルーの内ミシェはネルソンとレイを呼び出した。

「どうだった、あのハルッグは。」

「あれは並のパイロットが使っては危険ですね。機動性が高すぎる。慣れるのには時間を要しますよ。」

「あれはお前だからこそ……あれは扱えたと言ったところか。」

「どうだろうか、なんなら貴方が乗ってみますか?」

ネルソンは冗談混じりで言った。

「俺は昔から整備士だ。戦闘用のMSに乗った事は実はあんまりない。ましてやそんな高機動MSなんて乗れるか。どう見てもエース用じゃねえか。」

多少笑いながらミシェは言った。同様にネルソンも微笑する。だが次にレイを見た時、ミシェの表情は元に戻った。

「お前の実力、見ていたけど……確かだったな。先日は疑って悪かったよ。」

「いえ、そんな……」

少しレイは照れた様子だった。

「さて、ハルッグの試験も出来ました。戦力の補充も感謝しています。ミシェさん、改めて礼を申し上げます。ありがとうございます、それと、お気をつけて。」

と、ネルソンが言った時、ミシェは咳払いをして、言った。

「何勝手に別れさせてるんだよ。俺はな、ここを離れてセイントバードの整備士をやる予定だ。もうすぐな。」

「……え!?」

二人とも同じ驚き方をした。ミシェの言葉に耳を疑った。

「それも俺だけじゃない。昨夜セイントバードに付いて来る人間は居ないかってメンバーに声を掛けたら、殆どが付いて来るって言ってくれたんだぜ。ありがてぇ話だろ?」

ミシェの、やや強引な決断が、セイントバードの新たな仲間を作る事になった。

先日の、氷河族の襲撃によってセイントバードの整備士は、大半が死んでしまった。中でも整備士長だったシンの死は、チームには大きな損失と言えた。

今回、ミシェ達率いるジャンク屋のメンバーが整備士として入ってくれれば、補充要員と言った形で確かにセイントバードとしては助かる。だが、ネルソンはやや複雑そうな表情をしていた。

「大丈夫……なのですか?」

「問題はねえな。少なくても。後はエリィがどう判断するかだぜ。」

「……なら、後で艦長に聞いてみます」

レイもミシェの突然の新入クルー宣言に驚きを隠せない様子だった。今の彼には、この宣言を堂々としたミシェの姿を呆然と眺めるしか出来なかった。

 

 

 

 ミシェの宣言を、エリィは快く受け入れた。シン亡き今、セイントバードの新しい整備長が加わるのは非常に有り難い。それも、彼等の馴染みのある人間である、ミシェが加わる。それに祝福する者や、戸惑う者も居るだろう。

「ミシェ・ジンバルドだ。死んじまったあいつの分、キビキビ働くからな。俺の事知っている奴と、知らない奴がいるだろうが、とにかく、仲良くすりゃ良い。宜しく頼むぜ。」

ミシェの言葉が聞こえた。MSデッキ内は拍手が鳴り響く。

 セイントバードの戦力の増強が完了した状態で、残る、やるべき事はメナンをヒパック村に送る事だ。それを行い、無事に完了すれば彼等の仕事は終わり、旅立つ事が出来る。

 レイは再びシャルアに電話を掛けた。メナンをヒパック村に戻したいと、伝える為である。

「あの、シャルアさん。すみません。メナンの事なんですけど――」

と、レイが言った時――

『ごめん、そっちで預かって貰って良い?』

予想外の言葉が出てきた。何故?どういう事なのか。

「え?どうしてですか?」

『ヒパック村がね、またしても氷河族の構成員に襲われたの。幸い大きな損害は無かったけど、やっぱりまだまだ安心できる状況じゃないわ。下手に動いて何かあっても危険だし、セイントバードで暫く預かって置いて貰える?世界情勢も不安定だし、多分、まだそっちの方が安全だと思うから。』

まさかの言葉だった。とはいえ、シャルアがそう言うのなら仕方がない。不安定な世界情勢で、いつ何時戦闘に巻き込まれるか分からない。それならば、今、この艦にいる方が安全だ。それを理解した上で、レイは静かに言った。

「……分かりました。」

『ねえ、奴隷。絶対にあんた、死ぬんじゃないわよ。それだけは言っておくわ。じゃあね。』

と言った後で電話は切れた。最後の言葉は、彼の事を心配するが故の言葉なのだろうか。

「おーねえちゃんなんかゆうてたか?」

「暫くここで預かる事になるって。メナン、お姉さんの所行けないけど、大丈夫?」

普通、肉親の側を離れている事は寂しさを感じるものだ。特に彼女のような幼女ならばそれは著明に見受けられるだろう。

 しかし、メナンは表情を変える事なく、言った。

「れいそばにおるからええぞ!りるむねえちゃんとか、いかついねえちゃんとかもおるしな!ほかにもいろいろ!ここ、メナンのてんごく!」

それは幸いだった。どうやらこの場所を気に入っているようだ。それに、救われた。万が一メナンがここを嫌がるようだったら、この先の航行もどこか気まずいものになっていただろうからである。

「これはこれで、良いんだろうけど、なんだか、なぁ……」

レイはそっと、溜息を吐いた。それでも構わず、メナンはレイの足元に寄り、そのまま抱き付いている。彼の事が、余程気に入っているのだろう。

 

 

 

やがて夜になった。今年最後の夜は、大抵は夜中の0時にカウントダウン等のイベントで盛り上がり、楽しむものであるとレイは当たり前のように思っていた。彼自身、MS乗りとして戦う以前はごく普通にこの日をのんびりと過ごしていたのである。しかし今はその事をしている余裕等、無かったのだ。

明日にはセイントバードは飛び立つ。ここで起きた様々な出来事は忘れない。忘れたくても、忘れられないのだ。多くの悲劇があったこのオスロの地の最後の夜。そして、何よりも今年最後の夜でもある、この日。今、レイは自身の部屋のベッドの上で、天井を呆然と見つめていた。

 

ウィィィィィン

 

その時、部屋に誰かが入って来た。ふと、その方向を見てみればエリィがそこに居た。それを見て、すぐに体制を整える、レイ。ベッド端坐位姿勢を取り、彼女に視線を合わせた。

「やあレイ君。ハッピーニューイヤーだね!」

「エリィさんですか……あの、まだ年は明けてませんよ?」

「気分は年明けだよ!本当に、今年は色々とあったけれど、生きて年を越すことが出来るのは本当、有難い事だからね……」

明るい表情と、どこか憂いを帯びた表情。その両者が照らし出されている状態。

それと同時に、エリィはレイの傍に寄り、彼と同じ姿勢を取った。

「あのね、レイ君。」

腰掛けたと同時に、エリィが話をし出す。

「先日にね、セイントバード結成の秘密が知りたいって言ってたよね?」

その言葉は、エリィ自身が発言を拒否した言葉だ。セイントバード結成の秘密。レイは気になっているようだったが、彼女は話をしなかった。それを、自ら掘り下げたのである。

「あ……はい。あ、でもそれでしたら前に言って下さった通りですよ?話せないのでしたら、無理をして話して貰わなくても……」

「ううん、もう隠す必要が無くなったから。」

「……え……?」

予想外の言葉に、レイは驚愕した。

「前は長過ぎるから言えないって言ったでしょ?あれ、嘘。長いと言えば長いけど、極端には長くないよ。それにね、レイ君はせっかくクルーとして今まで頑張ってセイントバードを守ってくれてるのに、何も知らないなんて嫌だよね。だからさ、もう、この際だし言っちゃおうっと。」

以前聞いた時は〝言えない〟ときっぱり断ったエリィ。だが隠す必要が無くなったと言って、自分から過去を明かすようになっていた。これは一体どう言う事なのか、当然レイに理解できるはずがなかった。

強いてきっかけがあるとすれば、クリスマスイヴに襲ってきた氷河族と過去に何らかの関係があった事か。それを機に喋るようになったとしか、考えられなかった。

「あの、先日に襲って来た氷河族……」

次に彼女が言った台詞は、口元が震えていて若干おかしく聞こえた。それ程に、その“言葉”を読み上げるのが辛いのだろう。

「あの氷河族の中にいる人間の一人にウネフっていたでしょ。あの人ね、実は戦後になって数日間だけど憧れていた事があるの。そうね、あの人と出会った時ぐらいから大尉と出会った。」

語られていく、彼女の過去。戦前の事は以前、キプロス島にて語っていたのだが、戦後今に至るまでの話は聞けていない。エリィの隠された過去が、明らかになって行く。

「戦後間もない頃ね、私は軍を辞めて学校の先生になろうとしていたの。戦争の悲惨さを伝えていくには、教師が一番良いのかなって思ってた。地球連邦軍を退職した際の、退職金を元手に教育機関で教師の資格を取ろうと、地球で過ごしていたの。」

「前、言ってたやつですか……?」

「そう。」

フロリダで彼女が言っていた言葉。戦後に教師になろうとしていた事。それが今、再び語られた。レイへの家庭教師を行った事も、この経験が由来なのだ。

「でも、戦後の状況で荒れていた地球上は、生き残った荒くれ達が暴動を起こしていた。私が通っていた学校の国は、一時的とはいえ無政府状態になっていたというのもあってね、結局学校は破壊されちゃった。だから、結局教師の夢は諦めざるを得なかったの。当時臆病だった私は、ただ、何も出来なかった。元軍人の癖に、情けない話だよ。」

デウス動乱後の世界と言うのは、荒んだ世界だ。レイ達はそれを、肌身を持って体験することは無かったが、別の場所ではこうした現実があるのも、事実なのだ。

「でも、それとウネフって人とどういう関係が……?」

「まあ、ここからだよ。」

エリィは、引き続き過去を語っていく。

「それで目的を見失っていた頃に寄ったバーで、あの人に出会ったの。ウネフ・ミカハラ。彼女はその時、医者をやっていて、偶然隣に居た彼女と、私はすぐにあの人と仲良くなった。けれどもその正体が、氷河族だなんて夢にも思わなかったけどね。」

戦後の混乱期を経て世界中に勢力を拡大している犯罪組織、氷河族。その時はまだ組織自体が大きく成り立っていない頃であったとは言え、十分、犯罪組織として蠢いている頃だ。エリィとウネフがそこで出会ったのは、ある意味偶然であり、運命だったのである。

「その時、既に彼女と大尉が同じ医者同士で、地球上で困っている人々に対して治療を行っていたの。大変な状況でありつつも、人の為に役立っている彼女達の姿が格好良いなって、思えた。」

この時、ウネフとネルソンは知り合っていたのだ。そして、同じ医者の好として、ネルソンの場合は医師免許が無い中で人の為に動いていたのだという。

 しかしウネフはその目的が大きく異なっていた。彼女の場合、医療行為で得たその金銭を組織への上納金や、自らの悦楽の為の資金にしていたのだ。純粋に人間の為に活動しているネルソンと、思惑のあるウネフの価値観の違いは、やがて二人を対立させていく事になる。

とはいえ、“憧れていた”と言う辺り、当時のエリィから見たウネフの印象はそれ程悪いようには見えない。だが今のエリィは紛れもなく、ウネフに対する憎しみを表しているような表情を浮かべていた。今は亡きウネフ・ミカハラ。彼女がエリィに与えた悪夢は、一体、どのようなものだったのだろうか。

「戦後になって人の為に献身的になっている人達を見て、自分にも出来る事をしたいと思っていた私だったけれど、ウネフは私の想いを踏み躙った。彼女の行っていた“医療”というのはね、人を意図的に解剖して、それらを組織に献上するという事だったの。」

ウネフ・ミカハラは医者である。だがその行為は明らかに医療倫理からかけ離れている行為だ。人を解剖し、それを組織に売り、そして資金としているという、残虐な人間。戦後と言う状況で人間の数が減った状況を利用したビジネス。その悪質極まった事を、当時から行っていたのだ。

「戦後の世界で人間の数が少なかった時だから、人間の“身体”というのは大変貴重だった。ウネフは自らの立場を利用して、弱った人間の身体を売りさばいて行った。それを知る事になった事があってね。そこから私は逃げたの。全ては、氷河族に繋がる事だったから。人を平気で殺し、それを売り物にするという残酷な行動。彼女はそれを平気で行った。」

「そんな……」

現代でもウネフはアスーカルの違法な取り立てを行ったり、ホルステブロでも人身売買に貢献したりと悪業の限りを尽くしていた。そのような人物が医者だというのだ。ネルソンのようなモグリの医者とは雲泥の差である。

「でも、大尉は私を支えてくれた。それを見ていた大尉がウネフから距離を取ってくれたの。彼女は残酷に人を殺してそれを商品としていた。あの時は、ただ、逃げるしか出来なかった……同じ医者だと、思えなかったから。恐ろしいとさえ、感じたから……」

それから彼女達は会う事なく、経過していた。しかし何の因果か、この場で再会し、クルー達を負傷させた女に対し、制裁を加えるが如く、エリィが引き金を引き、女の一生を終わらしたのだ。全ては、クルーを守る為に。

「そんな事があって、一度大尉とは別れたの。もう、忘れるようにと言われた。でも……何の因果かな。それから、ウィリアさんとミシェさんに出会ったの。今から四年前。その間、実は大尉とは半年ぐらいメッセージのやり取りをしていて、突然向こうから久し振りに会ってみないかって誘われて。」

ウネフの一件の後で、起きた事を話すエリィ。そこで出てくる、“ウィリア”や“ミシェ”というワード。

「久し振りに大尉と会った時……突如、町がMS乗りに襲われたの。デウス帝国のMSに乗って突然町をビームライフルなどで攻撃してきて……町の人のほとんどが死んじゃった。ならず者だったの。金目当ての酷い人間達だった。逃げるしかない状況だった。ただ、ひたすらに。」

MS乗りにも様々な人間がいる。セイントバードのように、無意味な略奪行為は行わず、スクラップなどを売却して生き残っている者もあれば、当時のMS乗りのように町を襲って罪のない人間達を抹殺し、金や食糧を奪う盗賊行為を行う者もいる。レイはセイントバードが優しい人間達で構成されていると言う事を再認識した。

「でもね、その時にウィリアさんが助けてくれた。避難用の地下シェルターの場所を知っていて、避難させてくれたの。その際、大尉が近くにあったMSに乗って盗賊達と戦い始めたの。町は襲わせないって言って……その時は驚いたな。彼が元デウス軍と言うのをそこで知ったのだから、無理もないか。」

過去の時点で、ネルソンはMSに乗っていた。そして、戦っていたのだ。

「でも戦後以来MSに乗っていなかったあの人には、やはりブランクがあって……お陰で大尉も盗賊に殺されそうになってた。でも、その時にミシェさんが率いるMS乗りが助けに来てくれて……盗賊達は撤退したんだよ。」

「その頃から、ミシェさんって居たんですね。」

全ては偶然だったのだ。彼等がこうして出会って行ったのは、紛れもない、偶然。

「ちなみに、ミシェさんは当時あるMS乗りのボスをしていたのよ。そこからミシェさん達が大尉を助けて、私もその時助けてもらって、数日間だけど彼が指揮する艦に滞在させてもらったことがあったな。聞けばウィリアさんはミシェさんと知人関係で、色々と情報を教えて貰ったりしていたそうなの。」

情報を扱う人物であるウィリア。彼女はこの頃から、ノード・ベルンの事を収集していた。その上で、氷河族に所属していた。皮肉にも、あのウネフ・ミカハラと同じ組織に所属していたのである。

「私はミシェさんのMS乗りとしての行動を見て、何かをする人間に対して憧れを抱くようになった。大尉達が行っていた、医療行為に対しても憧れがあったけれど、やはり、改めて誰かの為に、何かをしたい、自分にとって今できる何かをと、思ってた。幸い、元軍人と言うキャリアがあるのなら、それを利用してMS乗りとして戦っていくのも悪くないって思うようになって……その考えに真っ先に乗ってくれたのが大尉だったの。」

「じゃあ、それから……MS乗りを始めた訳ですか?」

「ううん、実はその時はまだ。考えただけ。その事をミシェさんに相談したんだけど、よく反対されたっけ。」

苦笑いを浮かべながらエリィは語り続けている。

「それでね……しばらく滞在していた時、補給の為に艦がある町にやってきた時。当時の地球連邦軍が、何故か町を蹂躙していたの。そこはかつてのデウス帝国の領土だった。けれど、もうそこは本来デウス帝国の存在が居なくなって、機能していない筈だったのにも関わらず、地球連邦軍は民間人の言葉に耳を傾ける事はしなかったの。デウスの残党狩りとか言って、容赦なく民間人を抹殺していった。あれは、デウス帝国に相当な恨みを持つ人間達による独断と見て間違いなかったわね。」

デウス動乱終結後の世界では、敗戦国、デウスに恨みを抱く人間は居る。それらの領土となっていた町は、地球連邦軍からすれば格好の餌食だったのだ。これにより罪なき民間人が殺されるという残酷な光景。敵対している者同士が引き起こす、残酷な行動。これが人と言う存在の行う愚かな行為なのだ。

 そして、それは今の時代になっても、あろう事か同じ地球上の人間同士で行われているのである。

「ミシェさん達はこの様子を見て即座に自分たちのMS乗り達を発進させた。それは良かったんだけど……やっぱり連邦軍は正規軍というだけあって、力が圧倒的過ぎた。結果、MSは全滅。私達は戦艦から脱出して、どうにか一命は取り留めた。けど……まさか元々所属していた地球連邦がこんな事をしていたと言う事実に衝撃を受けたことには変わりがない。それから、無論、連邦はこの事実を抹消した。SNSでもネットでもこの情報は流れないよ。今もそうだけれど、当時から存在していた情報部の存在によって、連邦軍にとって都合の悪い事実を抹消するからね。」

足をバタバタとさせ、エリィは語り続けている。自らの過去や、そこからセイントバードの結成に至るまでの、話を。

レイはそれを聞き、耳を疑った。あまりに身勝手な連邦のやり方に、苛立ちを覚えていた。

「抹消って……そんなの勝手じゃないですか……昔からそうだったんだ……連邦軍って、何なのかな……僕は地球で暮らして来たから、地球の為にデウス帝国と戦っているとばっかり思ってました……」

新生連邦になってから軍備増強が更に進んだと思われたが、それ以前から一部の連邦軍がこうした身勝手な行為を行う事で、殺されていた人も存在する。所謂残党狩りという連中であり、デウスに恨みを持つ者が集まり、それらを根絶やしにするという残酷な行為。そこに正義も悪もない。純粋な虐殺行為だ。それを、当時の連邦軍が行っていた。

「結局は一部の人間がそうした事を行うから、憎しみが続くんだろうね……それは今の時代で更に広がって行っているけれど。民間人が殺されたって情報が拡散されたら、当然ながら軍にとっても不具合なの。だからこうした情報は全て抹消して自分達の都合のいいようにする。現地の人間の声なんて、SNSで発信した所で伝わらない。当人にしか、それは分からない。それが当時の連邦や、今の新生連邦も一緒。元軍人という立場からすれば、これ程悔しいことは無かったな。」

彼はただ、俯いて黙るしか出来なかった。新生連邦に対して文句を言いたくても、その人間がこの場にいないからだ。

「私がね、MS乗りになりたいって思ったのは、地球連邦のその襲撃がきっかけだったかな。ミシェさんは負けてしまって戦艦を連邦に奪われて……この屈辱を晴らしたい上で、もっと人の為に役立つ事をしたい。それらを合わせたMS乗りになって、行動していきたいって、決めたの。そして、戦後で荒れ果てた世界情勢の中で、ならず者やテロリスト、武装勢力、そして連邦軍等によって蹂躙されていった人々に対する、慈善活動のような事をしていこうと考えていたの。」

MS乗りの目的は人それぞれだ。純粋にジャンクパーツを集める者や、縄張り争いを行う者も居る。その中で、エリィ達は、人の為に役立つ事をしたいと、考えていたのである。

「それを聞き入れてくれたミシェさんはここ、オスロでジャンク屋を営むようになった。その際だよ、大尉がハルッグを彼から貰ったのは。そして、ウィリアさんは既に旅立った後だった。」

「あの人、ずっとここで……」

その町が連邦に襲撃されたのは現在から約四年前。それ以来オスロでジャンク屋として働いているミシェ。

「そうした事も経験して、今の自分ではダメだって真剣に悩んだ時があったの。だから明るく振る舞えるように、精一杯努力しなきゃって思うようになって……今の私、十分に明るく振舞えているかな……?」

ここで、彼女のきっかけが明らかになった。戦後から、多くの経験をしてきたエリィ。そして、協力者として存在していたネルソンやミシェ、そしてウィリア。これらの出会いが、彼女を大きく動かしていったのである。

「最初は普通に元デウス軍の陸上戦艦で活動していて……でも、新生連邦政府が樹立した後に、様々な場所を移動する為に新たな空中戦艦が必要になった私達は、新生連邦から何らかの戦艦を奪取しようとする作戦を思いついたの。」

「もしかして、それがセイントバードですか?」

エリィは、自らの指をぱちんと鳴らし、示指をレイに向けた。

「そう!その通りだよ。何故あの戦艦を選んだのか。あれを選んで、私達の活動拠点にしたのか。それは、更に行動範囲を広げたいという理由もあったし、何よりも、自分達が慈善活動を行うに当たって、強い戦艦が必要だと、思ったんだよ。」

ヒエラクス級と言う、超大型の空中空母を奪うという行動を起こしたエリィ。その行動自体が、ある意味非常識と言える行動だが、あろう事か、彼等はその奪取に成功したのである。

 大気圏内の連邦軍の所持する戦艦の中で最大規模を誇るヒエラクス級。何かを守ったり、救っていく中でその絶対的な強さが必要だと考えていたエリィは、当時のクルー達を集め、セイントバードを奪取したのである。これは、ある意味デウス領であった町の人々を皆殺しにした連邦軍への報復とも言える、行動だったのである。エリィ自身にその意図はなかったのだが。

「その中に偶然あったのが、ジャスティス十二機。大尉のハルッグを合わせれば十三機。セイントバードが最初に始まったのはその戦力から。メンバーは、各地から集めたよ。その際にインクやスラッグ、シン君も居てくれた。でもやっぱり、強襲をされたりすれば命はいくつあっても足りない。何度か殺されかけたし、機体も損傷しつつ、どうにか今日までやって来れたの。」

それが、セイントバードのエピソードゼロと言わんばかりの出来事であった。つまり、元々別のMS乗りをしていた彼等が、連邦軍の強襲をきっかけとしてセイントバードを盗み、それを使って世界各地に非営利活動を行っていたという事なのである。

「それから、セイントバードは独自の機体にカラーリングを変更したり、改修しようって話になった。あのジャスティスを改造して、別の機体に出来ないかと思ったから、そこからフラッグシップMSとしてトルクスに改造したという訳なんだよ。」

「そうだったんですね……」

セイントバードオリジナルMSであるトルクス。その機体の性能はジャスティスの改修機と言ったレベルではあるが、セイントバードチームには欠く事の出来ない存在として、今日まで至っているという訳なのだ。

「ただ……活動していくにあたって資金面の問題があったの。ミシェさんのコネクションがあったりして、各地に知人は出来たし、日本にいるシュアーさんとかも、彼と繋がりがあるが為に援助とかして貰ってた。でも、やっぱり活動していくにはお金が必要。その為には何かしらスポンサーが必要になっていたの。それが、氷河族……」

エリィの声が、小さくなっていく。セイントバードが母艦になるにあたり、連邦とも衝突していく可能性も十分に考えられる。その上で隠れながら活動していくには、金銭の存在は必要不可欠。

 当時から裏社会を牛耳りつつあった氷河族という、背景が不透明なスポンサーを付けつつも、活動していきたいと、考えていたエリィ。

 だが実際はアスーカルが経験したように、法外な上納金を収める事をしなければならないという現実。下手をすれば、非人道的な行動さえしなければならない可能性も出て来た。彼女の意向としては、そのような真似は避けたい。金を得る為に他者を蹴落とすような事はしたくない。その中で、彼女達は慈善活動を続けていたのだ。戦後の復興等を助けるMS乗りとして、在り続けた。荒れていた時代を少しでも支える存在として、在るべきと考えた。

「もしかして、あの時この事を喋りたくないって言ったのって……」

レイは、聞いた。恐らく……いや、間違いない。その、組織がセインドバードに一時的とは言え絡んでいた過去があったからだ。

「レイ君の察しの通りだよ。慈善事業としてやっていこうとしているのに、その出資者が反社会行動をしている組織っておかしい話でしょ?でも、一度関係を持ってしまえばその縁を断ち切るのは難しい。多分、一生付き纏うと思う。ある意味、セインドバードの、“黒歴史”ってやつだね。」

スポンサーの存在というのは、信用問題に大きく関わる。その組織が信用出来ない存在であれば、いくら“慈善事業”と言っても胡散臭いと思われてしまうのは当然。エリィは、それをレイに隠したかった。しかし、先の出来事を経験したエリィは、もう隠す必要がなくなったと、判断したのだ。

「MS乗りは社会的信用なんて皆無に等しい。増してや、戦後と言う状況で荒れた世界でそれに出資をする組織なんて存在し得ない。だから、裏社会の存在を頼るしかなかった。」

エリィの視線が、一度床を向く。セイントバードに実際にあった、過去。レイが彼女達と出会う前の、出来事だ。

「人間が生きていくのって難しいんだよ。お金を出資してくれる人が居るのは良いかも知れないけど、その人間が悪い事で利益を納めてしまっている組織であれば、その存在そのものが怪しく思われてしまう。一人の人が幾ら戦後の復興の為に行動しているとは言え、その背景に反社会組織が絡めばそこの信用は無くなってしまう。純粋な善意と、生きていく為の行動というのは違う。純粋な善意だけで、人は生きられないんだよ。だから、私って悪い大人なの。セイントバードチームは慈善活動を行う為に活動しているのに、結局は悪い組織から出資されていた過去がある。これも矛盾なんだろうな。うん。」

旧世紀より、資産が豊潤にある大国がその経済力を利用し、近隣国を牛耳るという事はあった。大国の経済力に魅入られた、近隣国の議員等はその大国の為に有利になる様に内部工作を行って行き、自国を腐敗させる原因を作っていった。そして、その大国そのものは侵略行為を容易に行い、武力によって他の近隣国を制圧していく。それは、新生連邦に於いても言える事であり、新生連邦に加盟しない国は武力行使を行ったり、その経済力を使って内部から腐敗をさせる事もしてきた。

 信用出来る組織と信用出来ない組織というのは、人の存在が大きく関わってくる。組織のトップが信用出来なければ、その瞬間、信用出来ない存在として在り続ける。今のレヴィー・ダイル、ギルス・パリシムがそれに該当する。

「そして、氷河族から金銭を受け取りながらも行動をしてきた私達だったけれど、幸い、それを見ていたジャンク屋のチーム達が協力してくれる事があったの。この協力がなければ、今でも氷河族に貪られていたのかも知れない。彼等は一度スポンサー契約してしまえば、骨までしゃぶり尽くすから。知人のMS乗りもそれで破綻してしまって、他のMS乗りにやられた事があったから。」

(アスーカルさんだ……)

彼は、アスーカル・エスペヒスモの台詞を思い出した。

 

―――――――――――――相手を騙してでも!相手を傷つけてでも!相手が不幸になる結果になったとしても!それでも狩り続けなきゃならねェのよ――――――――――――

 

彼は戦後の混乱を経てMS乗りを結成した。だがその出資者が悪かった。氷河族だったのである。故に、貪られた。そして、敵を狩らなければならない状況に陥った。やがて彼は全てを失い、死んだ。

「その氷河族の中に居たのが、あのウネフ……彼女とは思わぬ形で再会したという訳なの。結局は組織の人間として、あらゆる活動をしてきたのよね。あの人は。そうした事もあって、今があるの。あの時、モントリオールでアインスガンダムを回収して、そこからレイ君と出会って……これが、セイントバードチームのオリジンってところ。お話、長くなっちゃったね。」

全てを知ったレイは、この一連の物語にただ、関心を抱いていた。セイントバードが今に至るまで。その間、彼女達は慈善活動を行いつつ、様々な勢力と戦ってきたのだ。それ自体が矛盾と言われようとも、チームを守る為に、その力を付けた。彼女達の活動の中で、強力な戦艦の存在が必要だった。それこそが、連邦軍のヒエラクス級という訳だ。

 彼等は戦闘に巻き込まれたりして、慈善活動行為を行う事が出来ない期間もあった。それが、新生連邦に寄る襲撃が相次いだ時だ。アレクサンドリアを出発した時や、日本を離れようとした時……等。しかしレイが故郷に居る間や、ヴァイダーガンダム襲撃からの期間等は、彼等なりに活動を、合間を縫って行っていたのである。その内の一つが、ヒパック村の復興という訳だ。

「ありがとうございます。色々とお話してくれて……大変だったんですね、本当に……でも、このチームがここまで居続けられたのって、エリィさんの人間性もあるのかなって、思ったりします。皆がエリィさんに付いて来ていますから……凄いですよね。本当に――」

 

ギュッ

 

この時、レイはその、シルクのような手に顔が覆われる感触を覚えた。その事に、驚くレイ。

「まさかレイ君を再び抱き締めちゃうとは思わなかったな。もう、こういうのはしないでおこうと思ってたのに。」

「……え、どうして……」

「なんかさ、こんな駄目な艦長なのに優しく言ってくれるレイ君に感謝しないと行けないって思った。それだけだよ。フフ……」

何故だろうか、エリィの優しい言葉はレイを喜ばせている。

 彼女との出会いは一年前。生死を彷徨っていた時に目覚めたレイは、エリィと同じ、力を持つ人間として認識されていった。そこから互いに意識を始めて行く。それはまごう事なき、不思議な、感覚と言えた。

「おやすみなさい、レイ君。もうすぐ年明けだね。来年も宜しくね。」

今のエリィは、どこか垢抜けているように見えた。今まで語れていなかった事を語った為だろうか。セイントバードは、多くの人間が関係し合い、成り立っている戦艦である事を、レイは改めて実感するのだった。

 

 

 

やがて、今年は終わった。P.C0007年の幕開けである。この時、メディアの中継で新生連邦本部の様子が映し出されていた。本部の周りには多数の量産型MSが存在し、色鮮やかな花火が無数に打ち上げられていた。戦争中の兵士に対する気休めなのかは知らないが、レイはこれを見てあまり快く思わなかった。花火の美しい色も、今のレイには純粋に見ることが出来ない。新生連邦の暴虐を、今まで目の当たりにしてきた為である。

 しかし、今は夜中だ。眠気もある。レイはそのまま、ベッドで眠りに就こうとしていた――

 

ピピピピピピピッ

 

部屋の中にあるモニター電話に反応があった。それを確認する、レイ。そこにはエリィの姿が映し出されていたのだ。

「ハッピーニューイヤー、レイ君!でも今はそれどころじゃないや。ごめんなさい、おやすみなさいって言ったばかりなのに悪いけど寝る前にブリッジに来てもらえる?」

「え?は、はい!」

突然のエリィからの連絡に動揺しつつも、急いでレイはベッドから立ち上がり、走ってブリッジに向かうのだった。

 

 

 

ブリッジに行くと、エリィを始め、ネルソンやスバキ、ガーストといった、セイントバードの主要パイロットが集まっていた。その中にはミシェの姿もあり、皆を集めている〝何か〟に対してじっと視線を注目させている。

「集まってくれてありがとうございます。つい先程、ジャンヌさんから連絡がありました。今から皆さんにデータを見て貰いたいと思います。」

夜中にも関わらずクルー達を呼び出したエリィ。クルーが集まるのを確認した後、彼女は目前に置かれていたコンピュータを操作する。

すると、ホログラムが突然現れた。その姿はジャンヌ・アステルに酷似している……いや、彼女本人だった。

「え……!?これは……」

その存在に驚くレイ。何度か瞬きをし、本物そっくりに見えるそれをじっと、見ていた。

『セイントバードの皆さん、こんにちは。ジャンヌ・アステルです。このホログラムデータがそちらに届く時間帯は不明な為、時間帯に応じた挨拶が出来ない事が正直残念です。』

挨拶の事について言うジャンヌ。その様子は、明らかに真剣な表情そのものだ。

 彼女が口にする内容は、恐らくヴァイダーガンダムの事だろう。あの恐るべきジェノサイド・マシンがオーストラリアに現れたという事は聞いている。その詳細について話があると、予想出来た。

『オーストラリアに居る平和国連盟の人物と連絡を取り、そこにいる巨大兵器を始めとした大部隊を、新生連邦軍は編成中です。これを止める為には、シュネルギアもそうですが、セイントバードチームの力も必要になります。そして、その中のツヴァイガンダムの力も必要不可欠と、言えます。この場にレイが居るのならば、お伝えしたい事があります。ツヴァイの修復は完了しています。後は貴方が決めて下さい。乗るか、乗らないのかを。』

まるで、以前のレイに対する当てつけの如く放った言葉はレイを戸惑わせる。喋っているのはホログラムの筈なのに、何故だろうか。それが、ジャンヌの形をしているからであるが故なのだろうか。

 

――――――――――――私達は本当に平和を望んでいます―――――――――――――

 

彼女が言った台詞が思い出される。しかし、レイはジャンヌを認めた訳ではない。彼女は自分を……いや、チームを利用している。その目的の為に、利用する事を彼の前で言った。それが許せないでいる。この時、レイは静かに握り拳を作った。

『では、オーストラリアの地にてお待ちしております。ご武運を祈りますわ。』

そこで、ホログラムが切れた。

 ジャンヌの思惑は以前聞いた。それに納得出来ない、レイ。だが一方であの、殺戮兵器が再び動き出すかも知れない。そうなった場合、犠牲者は出る。それは避けたい。それを出来るのがツヴァイ。そして、そのパイロットである、レイ。

 だがそれはジャンヌに利用される事も承知の上だ。しかし、守る為の戦いをしてきたレイにとって、もう、これは迷っている場合ではない事だ。

「エリィさん、オーストラリアへ行きましょう!あのガンダムが暴れる姿を見るのは見たくないですし……僕が、ツヴァイに乗って、戦います。」

ロンドンの二の舞は絶対にあってはならない。迷いがある中で、レイは決意を決めた。今回の彼の決意は固かった。それを聞き、エリィは大きく頷いた。

「どうやらレイ君をブリッジに呼んで正解だったみたい。やっぱりあのガンダムが関係しているとは思っていたから。」

ツヴァイをシュネルギアに渡した時点で、ジャンヌからの知らせはその関係になる事は容易に考えられた。だからこそ、話はスムーズに進む。

この数日間、様々な出来事があった。いずれも悲しい出来事が多かったが、新たなる目的地が決まった以上、彼等は動くしかない。

「さて、セイントバードは日の出と共に出発します。それまでは皆さん、しっかり寝て下さいね!解散!」

エリィの指示に寄り、クルーは各々の部屋に、戻っていく。その際、ミシェは言った。

「MSも数機ここに搬入させておく。俺達は徹夜で手伝うわ。パイロットの連中はしっかり休んでおけよ。ネルソンに、残りのガキ達もな。」

それは、ガーストとスバキとレイの事を指している。皆がミシェにとっては新参パイロットだ。パイロットはいつ敵と出会うか分からない中で、戦わなければならない。故に、休むように促すのだ。

「ミシェさん、お任せします。私は眠らせて頂きますよ。」

「仕事があるのはありがたいからな。よし、取り掛かるか。エリィも無理するなよ。」

セイントバードに参入するミシェだが、いつのまにか、仕切っているように見える。この様子から、ミシェが元MS乗りである事が分かった。

 

 

 

翌朝になり、クルーは眠りから覚めた頃、ミシェ率いる整備士達はジャンク屋内のMSの搬入を終え、疲れ切っていた。その為、セイントバードの一室で眠りについていた。一方で、眠りから覚めたエリィ達は眩しい初日の出を背景に今、動き出そうとしていた。

「スラッグ君!準備は?」

「いつでも行けます!」

「よし、セイントバード発進!」

短いようで長かった数日間が過ぎ、聖鳥が羽ばたこうとしている。エンジンの轟音が鳴り響き、やがて点火し、セイントバードは動き出した。そして、地上から段々離れていく。高度は徐々に上がっていき、やがてジャンク屋の姿が見えない所まで至った。

P.C0007年一月一日、新たな年を迎え、次なる目的地、オーストラリアの大地に向け、セイントバードが飛翔した。

 




第六十五話、投了。
これにてオスロ編終了です。セイントバードチームの結成の秘密が語られた回でした。


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豪州編
第六十六話 リルムの行動


オーストラリア大陸に向かい、飛翔するセイントバード。その途中で新生連邦軍の襲撃に遭う。その中で、リルムは自らに出来る事をしようとするが――


 P.C0006年末、オーストラリアにて。そこにはフーク・カズロブ率いる新生連邦軍が滞在していた。豪州地区司令官として赴任することになった彼は、今、基地内部のシンギュラルタイプ研究所にいた。リノアス・クリストルを、カプセルに入れ、そこへ、得体の知れない緑色の液体を注入した。彼女の口元には、呼吸を出来るようにマスクを設置した。周囲には研究員が大勢いており、彼女を何らかの形で強化していこうとしているのだ。

「……あれから2ヶ月余りか。ヴァイダーガンダムは完全に修復し、今や戦える状態ではある。後は、リノアスを“完全”なものにするだけ。彼女を究極のマシンインターフェースに仕立てる為には……」

以前に戦闘マシーンとなってしまったリノアス。だが、彼はそれを更に強化しようと考えていたのだ。その具体的な内容は不明であるが、不穏な様子であるのは間違いないと、言える。

「失礼します」

そこへ一人の兵士がフークの部屋に入って来た。それと同時に、リノアスがカプセルの中で眠っている姿を見て、一歩引いた。

「何かね。」

「あ……いえ……豪州地区における国連に対する作戦に関してですが。」

オーストラリアは現在、国連と新生連邦とで勢力が分かれている。今回、新生連邦はオーストラリア全土を勢力下におこうと考えていたのだ。フークは、その為にリノアスを強化している。

フークは現在、豪州地区の司令官として赴任している。以前はロンドン襲撃の司令官をしていたが、今回は豪州。そこに居る、リノアスの存在と、ヴァイダーガンダム……つまり、ロンドンと同じ悲劇が起こる可能性が考えられた。

「あぁ、すまないがリノアスが復帰するまで待っていてくれたまえ。それに関してだが、ヴァイダーを投入し、短期決戦で臨むつもりだ。あの機体があればオーストラリアなど我々新生連邦の手に落ちたも同然。戦いはこれから激しくなっていくだろう。それに備えるためにも、国連軍は尽く潰していかなければならない。」

「で、ですが彼女の復帰を待っている間にもし敵から先に襲撃を受けてしまったら……?」

「あぁ、確かに今の国連は非常に獰猛だな。以前はこちらが攻撃しなければ反撃してこなかった。しかし、国連も攻撃を仕掛けるようになったからな。ギルス・パリシムだったか?あの代表になってから彼等も随分と戦争が好みになった。」

「あ、あの……大佐?」

話が逸れていることについて疑問を投げかける兵士。その時、フークは睨みつけるように兵士を見た。

「ヴァイダーがいなくても我々にはガンダムがいるだろう。今回の作戦の為に本部から支給された特殊強化モデルの乗る三機のガンダム……あれだけでも十分戦力になり得る。他にも、それなりに有能な姉妹の乗るガンダムもいる。これだけで計五機。その上我が軍の多く種類のMSがいるではないか。心配には及ばない。もし今襲撃されても対処は充分可能だ。奴等は戦力を多数保持しているとはいえ、我が軍には遠く及ばんよ。」

今回の作戦の為に、ガンダムタイプを集結させた新生連邦軍。こうした背景もあり、彼は例えヴァイダーガンダムがなくとも、新生連邦の絶対的な勝利を確信している様子だった。

「大佐!ジーク・アルナス中将がお見えになられています。」

そこへ、別の兵士がフークに声を掛けた。それに反応する、フーク。

「アルナス中将が?」

と言った直後。そこへジークがフークの前に姿を現したのだ。すぐに彼は敬礼を行う。

「中将。遥々と豪州までご苦労様です。」

彼の言葉を聞きつつも、ジークは部屋の様子を鋭い目つきで見まわした後、口を開く。

「フーク・カズロブ大佐。貴官は豪州地区の司令官としてここにいる。それは構わない。だが……あのような少女を何に使うつもりなのか、それを教えてもらいたいものだ。言っておくが、私個人の意見としては、強化モデルと言う非人道的な存在はあってはならないものだと考えている。」

ジークは強化モデルと言った存在を否定している。戦争において勝利するという事は必要不可欠ではあるが、人為的にシンギュラルタイプと同様の力を身に付けるという事は、明らかに人道を逸脱している行為である為である。

しかし、この部屋にはカプセルの中で静かに眠っているリノアスの姿がいるのだ。これを見てジークは不快になった。

「中将。お言葉ですが、以前ヴァイダーガンダムを使ったロンドン襲撃があったでしょう。あれはこのパイロットがいてこそ成り立った作戦。おかげで国連に大規模なダメージを与えることができました。そして今回、オーストラリアで国連の基地を破壊し、オーストラリアを新生連邦の領土にし、厄介な国連に脅威を見せつけてやるのです。いかに彼等が無力で、新生連邦に立ち向かう愚かさを教えてやる……これもいわゆる教訓ですよ。それと同時に我らも支配域が増える。オーストラリアのような、二大勢力が存在している地域は早く無くしていかなければならないのです。最も、これは新生連邦本部と平和国連盟本部があるアメリカの地に於いても言える事ですが。」

「確かに、脅威を見せつけることはできた。しかし甚大過ぎるのではないか。先のロンドンだけでも兵士が十万人以上、民間人は五百万人以上が死傷していると言う情報がある。敵軍の事ならまだしも、民間人の事まで考えることは嫌いかね。」

「戦時中に民間人の事など考えている暇はありませんよ。戦争に勝ち、そして支配を強めた上で民間人の事を考えれば良いのです。」

フークらしい、冷徹さが伝わる台詞だった。ジークは黙り込み、静かに目を瞑った。その時に突然ジークは口を開けた。

「ところで、貴官は知っているかな?」

「何を。」

「総指令がテロリストに破壊されたX-9の様子を見るため、月の傍にある衛星ステーションに行った、その時に新生連邦兵がかつてデウス帝国が使用していたMSによって全滅させられた話を。総指令はこれらを撃墜したそうなのだが……」

「いえ、それは知りませんでした。」

初めて聞かされた内容を知り、フークは相槌を打った。

「総指令が撃墜したデウス軍のMSの中に、最新鋭機と思われる機影が確認されている。そして、ある一機のジョゼフが最期に映した映像の中にあった。恐らくデウス軍の機体、ゴルモンテの改良型だと思われる。」

「あの機体は使い勝手は良いらしいですからね。改修機体も存在してもおかしくはないと思われますが。」

「それならば構わないのだが、どうも引っかかるのだ。私が思うに、もしかすればX-9を襲撃したのはデウス帝国の残党部隊ではないのかと思ってね。」

ジークの言葉に、フークはピクリと反応した。耳を疑った様子だったが、そっと言葉を聞く。

「まさか。デウス帝国の残党が?そんな、馬鹿な事があり得ますかね。」

「確定したわけではないが、可能性は高い。X-9は国連が破壊したと言う可能性もあるが、あの辺りには国連の基地は存在していない。ならばX-9を破壊する必要がある勢力は普通存在しない筈だ。テロリストが破壊したと言う事になっているのだが、あれが気になるのだ。デウス残党にとってX-9が脅威になっている可能性もある。そしてそれが破壊された今、デウス軍にとって新生連邦に対する侵攻の準備を整え易くなった……と考えられないか。」

ジークの言葉は間違っていない。デウスが地球圏に迫っていることは事実なのだ。だがデウス帝国と言う存在がいるはずが無いと否定するフークはこの言葉に耳を貸さない。

「何を仰いますか。デウス帝国は先の大戦でその力を失いました。仮に残存勢力が残っていたとしても、まさかそんな少ない規模の軍備で我々新生連邦に戦いを挑むなど……愚かとしか言いようがありません。」

「あくまでも私の推測だが。もし、これが本当なら新生連邦は非常に不利になる危険性がある。国連の上、デウス軍とも相手にしなければならないのだから。」

「仮にそうなったとしても、我々には多数のガンダムタイプが存在します。その上ヴァイダーもいる。他にも多数の量産機体……少なくとも、これらを負かす事等、不可能と言っても過言ではないと思いますが。」

自身に満ち溢れているフーク。そんな彼を見て、ジークは少々呆れている様子だった。話し合いの余地がないと考えたジークはそのまま部屋を後にしようとした。だが、その時に口を開けた。

「貴官に言っておこう。指揮官とは常に最悪の状況を想定しておくことが大切だ。豪州地区の総司令官は貴官だったな。」

「はい、そうですが。」

「確かに軍備では我が軍の方が有利だ。これははっきりと言える。だが、有利だからと言って我々が負けないと言うわけではない。自信は己を殺すことになる。私の立場として言えるのはこれだけだ。検討を祈るよ、カズロブ大佐。」

するとジークは部屋から去って行った。同時に護衛の兵士も去る。そして、部屋に入って来た兵士も去った。一人部屋に残されたフークは、不気味にも、一人笑っていた。

「ク……クク……ククク……面白い……デウス残党が地球圏に迫ってきている……?あの方もなかなか面白いことを仰せになる。しかし!私は負けんよ。リノアス……お前さえいれば私は負けん。ヴァイダーは究極の破壊兵器……それが国連如きに負けるなど!ありえるものか!こちらには大部隊があるのだ。負けはせぬ……!」

彼は自信に満ち溢れていた。平気で民間人を巻き込む作戦をも躊躇わない冷酷な司令官、フーク・カズロブ。だが有能であるのは確かであり、彼を慕う人間も多い。その一方、やはり非道な作戦を容赦なく実行する性格もあり、軍内部で忌み嫌われている人間でもある。

作戦を実行するのはリノアスが目覚める来月中旬。その時に、再び殺戮兵器が起動する。新たな戦乱を呼ぶ引き金となった兵器が再び目を覚ますのだ。その時まで、豪州の人々は短い平和を過ごす事になるのである。

 

 

 

新生連邦同様に存在する、オーストラリア内の国連基地にて。フーク達がヴァイダー襲撃の準備をしている中、彼等も準備をしていた。と言うのも、ヴァイダーガンダムがここオーストラリアに運ばれている姿を目撃した為、ロンドンの二の舞になってはならないと判断した豪州地区指揮官であるワーゲイン・スロウムは側にいた副司令官であるローフ・ワーザムと会話をしていた。

彼等は国連軍が現在のように別れる、地球連邦時代からのベテランの指揮官であり、部下からの人望も厚い。ワーゲインは白い髭を生やしている壮年の男性だ。一方のローフはワーゲインと比較して若さはあるが、顔全体に皺が見える歴戦の指揮官といった印象を受ける。ローフはワーゲインを慕っており、新生連邦の今後の動きについて話し合っていた。

「大佐、彼等は、“例の兵器”を投入する可能性が……」

「充分にあり得るな。何せロンドンを壊滅に追い遣った化け物だぞ。奴等なら平気で民間人をも巻き込んででも容赦せずに攻めてくるだろう。そうとなれば……早めに叩いておきたいところだが……ク……」

「どうなされました?」

「いや……やはり国連軍が攻めると言う事が考えられ無くてな。フ、やはり戦争か。このまま放置して向こうから攻めてくるのを待っても結局民間人も何もかもが死ぬよ。だからと言ってこちらから攻めると言う事も気が気でない。だがその上で軍備を整えているというのも、これも矛盾か……」

「自分も、同感です。」

少々俯いた様子で、ローフは喋った。ワーゲインの国連に対する思いが、しみじみと伝わったようにも見える。

「大佐……いつになれば、戦争が終わるのでしょうね。せっかく平和になったと思えば、すぐにまた戦争ですよ。平和世紀という名前に意味はあるのでしょうか……。」

次に、ローフがワーゲインに尋ねた。その質問の回答を見出すのに、少々時間がかかった様子だった。

「うむ……分からぬ。ただ、一つ言える事は、平和世紀という名前自体に、疑問を抱いている人間が多く居るのも事実だ。何故だか分かるか、中佐。」

ローフは軽く首をかしげ、考えた。しかし何を言えば良いか分からなかったため、正直に話す。

「いえ……私には。」

「実際に本当に平和なのかと言う事だよ。何もかもが。戦争が無ければ平和と言う単純な考えの人間は良いだろう。しかし旧世紀からの戦争が無い状況においても貧困や、水不足や食糧不足……家族関係の崩壊や経済面での不利……更には今でも起こっている差別。それで平和世紀と、時代の名前を付けるのも個人的にはあまり好かないな。」

「確かに……仰せの通りです。」

以前、エイゲルとジャンヌが平和について語り合った事があった。だがそれ自体は答えのないものだ。だがそれを語り合うという事も、また、大切な事なのだ。

「現に、この世界は戦後の混乱期で貧困が各地で起こっている。更に、問題なのは平和国連盟の加盟国の中にも、国民の為や、経済面における補助が必要とされる人間が居る筈なのに、あろう事か、自らの私腹を肥やす為に国民から税金を巻き上げ、国民の貧困に見て見ぬふりをする者がいるのも事実。それ故に、無能な政治家しか集まっていないのは大きな問題と言える。平和国連盟の一部代表の中にも、今は無き平和主義の維持費を未だに国民から徴収して私腹を肥やしている存在も居るという。」

組織に属する全ての人間が秩序を守っている人ばかりとは限らない。一部の悪行に満ちた人間が居ようと、政治家と言う立場である以上は反論も効かない。その利権を使い、私腹を肥やし、自らの快楽の為に金銭を惜しみなく使う。そうした存在が平和国連盟の中に居るのも、また、一つだ。それが国の代表をしているというのだから、恐ろしいものなのである。

「更に平和国連盟の一部の国は新生連邦に多額の金銭を出資し、その上で破廉恥な事に、新生連邦に対して高級娼婦を送り付け、自分達の身辺の安全を保証させているという。ケースは違えど、一部代表の人間が新生連邦に命乞いのような行動をするケースもある。平和国連盟や国連内部も腐敗は進んでいるといっても過言ではないだろう。」

ワーゲインは静かに、言った。

「それを考えると、ギア・ジェッパー代表はそれに屈せず、よくしようと考えてくれている。何せあの、アステル家当主のジンク・アステルと交友関係というではないか。それ故に今回、アステル家の協力を得られたそうだ。」

既にその情報は、国連軍にも伝わっていた。ジンクの友人であり、豪州の平和国連盟の一部代表であるギア・ジェッパーが彼等に伝えたのだ。

「大佐としましては、この矛盾だらけでありつつも平和だった世界が破られた事に対して、尚且つ、新たなる戦いが始まろうとする現状に対し、ご不満といったところでしょうか。」

副官のローフが言った。

「……そうだな。しかし敵の“あの兵器”を止めるには、彼女らの協力も必要なのだ。先程の言葉と矛盾が生じるが、今は言葉を並べていてもどうにもならないと言う事だな……。」

そう言うワーゲインはただ、俯くばかりだった。副官のローフはそれを黙って見ることしか出来なかった。

 

 

 

時間が経ち、P.C0007年となり、世界は新たなる年を迎え、新年を祝するパーティーが、新生連邦本部にて開かれた。無数のディーストやジョゼフが並ぶ中、若き総司令は、演説台に立ち、言葉を発した。宇宙での偵察を終えた彼は年末に地球に戻り、その上で演説を行うのだ。

「P.C0007年。今、我々は新しい年を迎えました。思えば昨年は様々な出来事がありました。中でも一番大きかったのは平和国連盟へ宣戦布告です。平和世紀と年号が付いているのにも関わらず、戦争を行った事は確かに大きな矛盾です。しかし、これに早く終止符を打つ努力をすることも我々の使命ではないでしょうか。破られた平和は再び修復しなければなりません。一刻も早い早期終結を迎え、世界が一つになるよう、新生連邦は全力を尽くそうと考えています。」

これはメディア中継で世界中に放映されている。当然新生連邦を悪と見なしている人間が見ているならば、これに反発するだろう。しかしそれによって武力行使をするなら、新生連邦は容赦なくそれに対して攻撃を加える。無論、何の罪もない民間人を巻き込んで。これによって死んだ人々のデータは、新生連邦の情報部によって削除される。つまり、なかったことにされるのだ。

結局それら情報はメディアに報道される事なく、被害者達は永遠に闇へと葬り去られるのだ。

しかしそれに対して尚も事実を伝えようと必死に記事を書く人間もまた、存在する。彼等はジャーナリストと呼ばれ、新生連邦が隠ぺいした情報を暴くため、危険な戦場で写真を撮っている。レイの父、ジュナス・キレスもジャーナリストで、この仕事をしているのだ。

だがそれはもし新生連邦に発覚すれば当然削除の対象になり、抹殺されるリスクが高い。新生連邦政府はあらゆる手段を使って自分達にとって不利になる情報を抹消しようと考えているのである。当然レイの父親も彼等に見つかれば殺されるのは分かり切っている。しかし、ジャーナリストとして仕事をする以上は、それは覚悟の上で行わなければならないのだ。

総司令が話をしている最中、一人のジャーナリストが彼の姿を写真に収めていた。その男こそ、ジュナス・キレスである。

「早期終結……ねえ。結局は自分達が不利になるようなことがあればそれを抹消しようとしている連中がそんな事を言うんだから驚きだ。幸い、俺はまだ削除の対象にはなっていないけど、いつ殺されるんだろうかね。さて、次はオーストラリアだ。ロンドンで現れたガンダムが運び込まれたって話だからな。もし死者が多数出ても新生連邦は当然死人のデータを誤魔化すに決まってる。そんなこと、させるものか。」

そう言ってジュナスはその場から姿を消した。新生連邦に明らかな反抗心を抱いている彼は、今もどこかで戦っているだろうとされる息子、レイの安否を心配しつつも次なる目的地へ渡る準備を始めていた。

 

 

 

エファン・ドゥーリア率いるドゥーリア隊は新生連邦本部のあるロサンゼルスの沿岸部に滞在していた。その周辺にあるMS基地に彼等はいる。強化モデルになったクラリスもそこにいた。何故そこにいるのかと言えば、あるMSを受け取る命令を受けたためである。

「ようこそ、ドゥーリア少佐。」

中にいたのはMSの整備士、ヘリン・マディックだった。女性で、足が長く、すらりとしている。整った顔つきをしている、その女性。

彼女は、ここの整備長を務めている。見た目は若いのに、整備長を務めていると言う事実にエファンは少しばかり驚いた。

「ああ、どうも。だが君のような女性が整備長とは。」

「いえ、そんな。それより、新型MSが完成しましたので、是非見て頂きたいと思います。」

(私が以前にアーステクノロジーに言った機体か?にしては早すぎるな。恐らく別のMSだろう。)

エファンがアーステクノロジーに開発させたガンダムタイプのMSの完成には当然時間がかかる。しかも、今度のガンダムは彼が直々に設計・開発したMSであり、それ程に力を入れているのが分かる。

「こちらです。」

ヘリンはエファンを案内し、布に隠されたMSを見せた。

そこには、青く輝く美しい重MSの姿があった。大きさも隣にあるジョゼフと比べても一回り、大型である。また、カメラアイの種類は、近年の新生連邦軍に合わせるように、モノアイタイプだった。

「NFMS-P1600グランシェです。主にエースパイロット用の機体として開発されました。武装も豊富で、最大の特徴は、今まではコストの関係上ヴェーチェルガンダムやエクルヴィスガンダムの強化発展型のものにしか装着出来なかったビームシールドが、このようなMSにでも張ることが出来るようになった事です。実体シールドはメガビームキャノンとして機能することが出来、その上ビームシールドで防御すると言う戦法も可能です。また、このMSは月面にある我が軍の基地にも配備されているらしく、近々試験運用テストを行う予定だそうです。ただ、大気圏内でのグランシェの実用はまだ確認できていません。」

グランシェ。型式番号NFMS-P1600。指揮官クラスの機体として開発されたMS。その大きさはディーストやジョゼフと比較してもやや大型であり、武装面も豊富な機体である。

「で、その強力なMSを我が部隊に試させろと言う訳か。」

「そうです。ドゥーリア隊は非常に優秀な実績を収められています。これも、総司令の命令だそうです。」

「総司令が……我々も随分期待されているな、クラリス。」

「はい、そうですね。」

今のクラリスに、エファンに対する嫌悪感はない。感じるとすれば、強化主であるエファンに対する絶対忠誠である。そしてその絶対主であるエファンによって告げられた偽りの言葉……彼は、もう前に戻ることはできない。完全な強化モデルとして、生まれ変わったのだから。

「今日中に配備させて頂く予定です、宜しくお願いします。」

「ああ、頼む。それだけ優秀だと言うのなら期待も出来よう。」

それを言った直後、エファンは何かを思い出したようにすぐに口を開けた。

「そう言えば、オーストラリアに例の大型MSが運び込まれたそうだな。」

「あ、はい。ヴァイダーガンダムです。正直……私はあまりあのMSは好きにはなれません……多くの人を殺害して……それでもまだ活動するなんて……」

彼女もまた、新生連邦の一方的な虐殺を拒む人間なのである。

 だがその時、エファンは、咄嗟に言った。

「君はあのガンダムだけでなく、ガンダムタイプと言う存在、そのものを嫌っているようだな。」

「え……何故それを?」

彼女は、ガンダムと言う存在が好きではない事を言い当てた。ヘリンは非常に驚いた様子で、エファンに聞く。

「さあ、どうだろうな。それよりも……他に一つ言えることがある。君はガンダムと言うMSを嫌うだけでなく、憎んでいるな。」

「え……」

またしても、当てられた。ヘリンは動揺しかできず、何も言う言葉が無くなった。

「少し、人気の少ない場所に移動して話をしよう。クラリス、そこで待機していろ。」

「ハッ」

側に居たクラリスは敬礼をし、彼の命令を聞きながら待機した。

 

 エファンはヘリンを、そこから少し離れた場所に連れて行き、先程の続きを語った。人に聞かれてはまずい話をする予定なのか。それが気になる様子の、ヘリン。

「さて、話の続きだが……君は元々デウス軍のMSを整備していた……ガンダムを嫌いになった理由は、当時連邦が開発していたガンダムタイプのMSに弟が殺されたから。それなのに何故戦後になって敵側の新生連邦政府の整備士をするようになったのか……それは自身が生きていく為。ジャンク屋をやっていては碌に金を稼ぐことが出来ず、その腕を、新生連邦に雇われ、デウス出身と言う身分を隠しながら生きている。そこで出世していき、整備士長になる事が出来たが、近年増加しつつあるガンダムタイプを見て、内心ではストレスを抱えている……そんな所か。」

全てが、当たっている。ヘリンはただ茫然とした。彼が人気の少ない場所に彼女を呼んだのは、“デウス出身”と言う事を他の兵士に聞かれないようにした為だ。

「どうして、その事を分かるんですか……私……その……デウス出身の事は、隠しているんです……もし発覚すればどうなるか分かりません……私だって、嫌なんです。でも、生きていく為には……」

「健気だな。私はそれを否定しない。組織だけで一括りにし、一個人を見ない事に私は反対だからな。」

その言葉を言った直後、ヘリンは、笑顔を見せた。

「す、凄いです……ドゥーリア少佐は、ただの人間ではありませんね!?」

「大したことは無い。アドバンスドタイプとして言っているだけだ。」

「え……?あ、うー……?」

どうやら、アドバンスドタイプと言ってもヘリンには伝わらなかったようだ。つまり、あまりその能力に関しては知られていないと言う事になる。

「知らないのなら知らなくてもいい。簡潔的に言えば、シンギュラルタイプよりも優れた人間とでも思ってくれればいい。」

ヘリンはその言葉に呆然としたが、それでも笑みは絶やさなかった。

「でも、私シンギュラルタイプとかそんな力のある人って憧れます!同じ人なのに、どうしてあんなに優れた実績や成績を残せるのかなぁって思いまして!」

「いや、生きていれば不思議な人間に出会うもの。超能力者だって世の中に入る。それを警察の捜査に役立てているケースもあるのだからな。まあ、そう言うものだ。私をどのように思ってくれても構わない。」

「凄い……です!」

感激した様子でヘリンは言った。目を輝かせており、エファンを憧れの眼差しで見つめていた。だがその一方で、エファンはあまり彼女に興味がない様子だった。

 

 やがて新型機体、グランシェの搬入は終わった。それらがエファンに与えられたマドラ級に搭載され、彼等は新たなる戦力を得たのである。その後、エファンはクラリスに対し、言った。

「私は少しばかり休暇を取る。後はお前に任せる、クラリス。」

「ハッ。」

突然彼が休暇を取ると言いつつも、それに対して一切疑う様子を見せないクラリス。彼は完全に、強化モデルとしてエファンの傀儡へと成り果てた。この短い期間で、クラリスはエファンを絶対的な存在として、認識するようになっていたのであった――

 

 

 

セイントバードは順調にオーストラリアへ向け航行を続けていた。セイントバードは、そのままユーラシアルートを通りつつ、オーストラリア、ダーウィンに向かうルートで向かっていた。今回ジャンヌ達に招集されたのは、ダーウィンであり、そこにいくまでのルートを模索し、セイントバードは気流の流れなどを見て動いていた。

その中で、ガーストはプレーンと共に会話をしていた。それは、自身のMSについてである。彼の機体、エスディア。セイントバードに合流して以来、大きなダメージを受ける事なく戦力として活躍して来たMSではあるが、先のハルッグの改修等を受け、今後の世界情勢を考えてた時、強化したいと、考えていたのである。

「シュアーさんがくれた機体だけど、やっぱり、そろそろ役不足感が出てきたような印象を受けるな。ミシェさんにお願いして強化依頼をするべきだったか……?」

セイントバードチームのMSは徐々に強くなりつつある。ハルッグも最近になって強化され、それに伴い、エスディアも強化をしていきたいと、呟くガースト。別にエスディアに拘るという訳ではないのだが、何か、違うスペックの機体も必要なのではないかと、考えていた。

「無理にガーストが出しゃばらなかったら良いネ!私、ガーストが生きてさえくれればそれで良いネ!」

「そうは言うけどな……正直、あの機体じゃあいつとも渡り合えない……」

それは、アレンの事を示していた。オペレーション・デモリッション・クリエイションの件以来、アレンに対する感情は複雑なものだった。彼等は戦争の終盤で仲間になり、そして、戦後再会した時、ガーストは大いに喜んだ。

 しかしそれから彼等が会うことは無かった。再会したかと思えば、アレンはサイコミュのコントロール不全の為、ブリッツファンネルをガーストとレイに向けるという事をしてしまう。

 それが事故という事は理解していた。だが、それでも彼の中で、アレンとどう、接するべきかが分からないで居たのだ。

「アレンの事カ?」

プレーンが、そっと覗き込む様にガーストを見た。

「いくら事情があったとはいえ、俺はあいつとまともに喋られるのかも分からない。多分、次にオーストラリアに行ったらあいつと再会するだろう。でもどう話すべきか。正直、前みたいにフランクに居られる自信は無い。それに、あいつの機体も強力だ。共闘ってなってもあいつと共に戦えるかも怪しい。色々と、考えてしまう。」

やはり攻撃を加えられたことが、ガーストの中で大きく渦巻いていたのだ。誤解は解けた筈なのに、いつ、アレンが攻撃を加えてくるのかが分からない。それが彼の中で、どこか恐怖に感じられるのだ。

「ガースト。その気持ちは捨てた方がいいネ。それはガーストがアレンを受け入れないと多分永遠に続くネ。」

プレーンが、的確なアドバイスをした。相手の誤解を理解しているのなら、それを受け入れる。それは重要な事だ。いがみ合いは何も生まない為である。

 しかしそこに個人の感情が加われば、ややこしくなってしまう。今、ガーストは旧友に対してどう在るべきなのか。それが、分からないでいた。

「レイの事を責められないな。あいつはジャンヌ達の事を快く思っていない。俺は大人として、対応しなければならないのは分かってるけど、それでも……行けないな。」

言葉を出せば出すほど、アレンに対する複雑な心境が露呈していく。誰も悪くないのは分かっていても、攻撃された事実に対する傷は、そう簡単に消えないのだ。

「……あいつ自身が機体のコントロール出来ているって保証もないし、そもそもあいつがあの時無差別に攻撃を加えたから、新生連邦も報復でロンドンを襲撃したんじゃないかって。」

その発言は明らかに捻くれているようにしか聞こえない。無論、全否定こそ出来ないが、友人である筈のガーストがそれを言うのはどうなのだろうか。

「ガースト!」

 

パシッ

 

この言葉が、プレーンを怒らせた。普段彼の前では懐く猫の如く寄り添い、公然の前で接吻を交わす程の仲であるプレーンだが、こういう時はきちんと、彼女は意見を言うのだ。

彼女の想定外の行動に、彼はただ、驚いていた。

「プレー……ン……?」

「アレンは別に悪くないネ。その捻くれてる言い方は良くない!」

「……分かってる……分かってると……思うんだけど……」

ガーストは悩んでいた。いつまでもこうして憎んでいる必要があるのか。プレーンの言うように、アレンに対してもう、許すべきなのだという事は頭では分かっていた。

 しかし、まだどこかで不安になっているのも、事実なのだ。だがそれは埒の空かない話だ。今は、彼はただ悩み、苦悩するしか出来なかった。その間にもアステル家と合流する為にセイントバードはオーストラリアに向かっているのだから。

 

 

 

 セイントバードがオーストラリアへ向かっている最中、レイは艦の廊下を歩いていた。その際、彼はある事を考えていたのだ。

 それは、万が一この艦が襲われた時、何に乗って戦えば良いかという事である。今、手元にツヴァイガンダムはない。アインスはスバキが乗るだろうから、彼の機体は何になるのだろうか。ミシェの厚意で予備機体を搬入しているとはいえ、それらを乗って戦えるのかといった事を、考えていた。

やがて呆然と考えながら歩いていると、廊下でウィリアに会った。この時、廊下の手すりを持ち、支持物を把持しながら、静かに歩行をしているが、以前の状態と比較し、痛みは落ち着いている様子だった。本来ならば誰かの監視が必要なのであるが、人手不足の状態である為、彼女はネルソンが簡単に指示した内容のリハビリを、独自に行っていたのである。

「あ、ウィリアさん。こんにちは。」

「こんにちは、レイ君。それにしても、空飛ぶ戦艦なんて素敵ね……今まで乗ったことなかったから。」

「え、そうなんですか?あ、それより歩いて大丈夫ですか?安静にしていた方が……」

「いいえ、ネルソンにも言われているの。今の内に歩く練習とかしていた方が良いでしょう?いつまでも厄介になる訳には行かないしね……とにかく、歩けるようにならないと……」

歩くという行為は個人には寄るが、人間にとっては必要な行動だ。だが何らかの事情で歩く事自体が出来ない人間も居る。彼女は幸い、五体満足である。怪我も、外傷のみだ。ならばと、一日でも歩く為に、工夫しなければと、考えるのだ。

 歩行の専門家が居ない状態ではあるが、彼女なりの独自の方法で、少しずつでも体重を乗せ、痛みを堪えつつ、歩行を行うのである。

「ところでこの戦艦、今からオーストラリアに向かうんでしょう?」

「え、ええ……。」

突如、目的地を聞いてきたウィリア。レイはやや首をかしげながらも、彼女の話を聞く。

「確かロンドンを壊滅状態にした恐ろしいMSと戦うんですってね。私は見る事しか出来ないけど……頑張って、レイ君。」

「……はい!」

激励を貰い、レイはともかく笑顔で彼女を見た。同様にウィリアもレイを笑みで見つめている。互いに助けられた者同士、互いに、笑顔を見られることで安心している様子だった――

 

           ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

だが、その安心も再び潰されることになる。艦内に、警報音が流れると同時に、インクの声が響いたのだ。つまり、再び敵が現れたと言う事である。

『敵MS本艦に接近中!数多数です!』

艦内に響く警報音は、穏やかだった環境を一転させる。皆がそれを聞き、危機感を抱く。

「そんな!?こんな所で……?」

焦りを抱くレイ。自らの搭乗機体が無い中、どうすればよいのか……

「君も、戦うの?」

ウィリアが、言った。レイは慌てた様子で、静かに頷いた。

「は、はい……多分……」

「そう。気をつけてね……」

はっきりと“はい”と言えなかったのは、自身の機体であるツヴァイが無い為である。アステル家に機体を預けている為、自分の愛機が使えない状態と言うのは辛いものだった。

まさか、自身の機体が無い状態で敵襲を受けるとは思わなかった。しかし、迷っていられない。今は、自分の出来る事を探す為に、レイはMSデッキへ向かう事にしたのだ。

 

 

 

セイントバードに迫る敵は新生連邦軍だった。マドラ級が二隻。それらに搭載されているMSの数は合計十二機。彼等は既に出撃準備を終えており、いつでもセイントバード襲撃が可能な状態だった。ただ一人を除いては。

「少尉!何をやっているか!出撃だぞ!」

ある、一隻のマドラ級の艦内の一室にて。その部屋は棚にMSのプラモデルやフィギュアが飾られており、明らかにマニアが飾ったようにしか見えなかった。そしてその奥からある一人の男性が姿を現した。その男は眼鏡をかけていて、顔立ちも整っている美青年だった。

 その彼を、指揮官の男が自ら声を掛けてきたのである。

「ああ、すみませんね。また新しいプラモデルを作っていた所だったんです。」

「少尉……本気でやる気があるのか……?」

苛立ちを見せる、指揮官の男。

「ええ、MSの腕には自信はある方ですから。」

「全く、あんたの操縦技術の高さは確かに優秀だ。あんたは、最近開発された新型のMSのパイロットにも選ばれてるんだからな。」

「ああ、あれのプラモデルも早く欲しいと思ってますよ。グランシェ……でしたっけ。」

「そう、グランシェ。って!どうでもいいが早く出撃準備をしてくれ!シーア・マックス少尉!」

悠長にプラモデルを組み立てている男の名前はシーアと言った。シーア・マックス。彼は新生連邦のエースパイロットであり、去年の1月に入隊して以後、様々なミッションを成功させてきた。欠点はこのように、出撃間際でも、休日に買ってきたプラモデルを組み立てて、楽しんでいる点である。

彼の場合、仕事の合間に趣味活動を行うという、ある種常識外れな事をしている。それは許されない行為なのだが彼の場合はエースである為か、そこまで厳しい処罰は下らないのだ。

「分かりましたよ。で、敵は?」

「ヒエラクス級三番艦、セイントバードだ。去年モントリオールから奪われたとされる、アインスガンダムや、オペレーション・デモリッション・クリエイションやロンドンの侵攻の際に姿が確認されている戦艦だ。」

それを聞いた時、シーアの態度が変わった。そして、自然に笑みが溢れた。

「マジかー。それ、早く言って下さいよ。絶対に手応えある相手じゃないですか。よし、早速出撃!」

気が変わったように、彼はすぐに走り、ロッカー内に置いてあるパイロットスーツに着替え、MSデッキへ向かった。

そこにあった、彼用のエグゼマーに乗り込み、出撃準備は完了した。既に他のジョゼフやエグゼマーが出撃した後であり、彼の出撃は遅れる形となったのだった。

 

 

 

敵機が出撃したのを確認した時、既にセイントバードの各パイロットはそれぞれが乗るべきMSに乗り込んでいた。その中には、ジャンク屋から運ばれたジョゼフやディーストの姿もあり、パイロット達は張り切ってそれらに搭乗し、出撃する準備をしていた。その際、エリィの声がそれぞれのコクピットに聞こえた。

「今回の戦いでは大尉のハルッグが主戦力となります。それに続くようにスバキさんのアインスガンダム、そしてガースト君のエスディア……後のパイロットは主に大尉の援護に回るようにして下さい!後、敵は四部隊に分かれ、迫って来ています。各機、ご武運を!」

次の瞬間にそれぞれのMSが発進した。最初にゾーリドカスタムに乗ったトルクスが五機、それに続いてMA形態のハルッグHMCが出撃した。その次にジャンク屋から運び込まれた、ディーストやジョゼフが、トルクスと同様に出撃する。アインスガンダムは空戦装備で出撃し、エスディアもやがて出撃した。パイロット全員が出撃したように見えたが、その中でレイだけ一人取り残されていた。

「どうしよう……僕のMSは……?」

ツヴァイが無い以上、何に乗れば良いかずっと考えていたレイにとってこれ程辛い状況はなかった。自身の乗る機体が無い中で、まさか敵勢力が出現したのだから、どうすれば良いか分かる筈がなかった。その時、ミシェがレイに声をかけた。

「結構旧式ではあるが、デウス動乱時に使われた、デウス軍のMSを使ってみるか?」

「えっ……?」

と、ミシェが指差したMSは、かつてデウス軍が使用していたMS、デイテールだった。

デイテール。型式番号DMS-83。ディエルタイプの上位種とも呼べる機体であり、右腕部にあるヒートロッドが特徴的な武装として存在して機体色は水色系統で、デウス動乱当時は指揮官用の機体として使われたのだが、終戦間際になるに連れ、この機体に代わってドラグネスやゴルモンテと言ったMSの配備が進み、次第に前線で活躍する事はなくなっていったのである。

「確か、デウス動乱時に少し使われただけって聞いた事のある機体だけど……結構旧式だよね……?大丈夫かな……」

古い機体と言うのは、現在の戦場において不安要素の一つだ。彼が以前にジェルヴァにて搭乗したジョゼフなどのような機体ならばどうにか振舞えるかもだが、旧デウス帝国の機体となれば話は変わってくる。

「なぁに、前線に出なきゃいいんだよ。お前はガンダムに乗っていないんだから、前線はネルソン達に任せて、援護すればいい。ガンダムに乗っていた時は、今まで前線で戦っていたんだろ。だったらたまには援護するぐらいの事はしないとな。」

「は、はい!そうですね!」

確かに彼は、今までガンダムタイプにばかり乗っていた。その為常に前線で戦い、敵を圧倒していた。

だが今の彼にそれは出来ない。その上今からレイが乗るMSは明らかに旧式で、いくらレイの腕があっても前線で戦う事は非常に危険である。

「……よし、乗ります!」

「じゃ、乗りな!」

早速、彼はデイテールに乗り込む。明らかに旧式ではあるが、旧世代のMSを知らないレイにとっては新鮮に感じられた。

コクピット内は現在と違い、360°のフルモニタータイプではない。それでも基本的な構造は現代のMSと変わらないため、彼でも安心して動かすことが出来た。起動する際、デイテールのモノアイが赤く輝く。

 

ビゴォン

 

やがてゾーリドカスタムに乗り込み、カタパルトから発進しようとしている――

「デイテール行きます!」

旧式MS、デイテールが出撃した。右の手部マニピュレーターにはビームライフルが装備されている。バックパックにビームサーベルラックがあり、頭部には機関砲。レイは、この機体が旧式と言う事を頭の中に入れて置いて、そのまま出撃した。

 

 

 

セイントバードと新生連邦軍の戦いが始まった。新生連邦側は新しいMSの存在は見られないものの、エースパイロットのシーア・マックスが厄介な存在となり得る可能性が高い。敵機の、ジョゼフやエグゼマーが先に攻撃を仕掛けてきた。敵機の中にディーストやディープシーの姿は見当たらない。その中、三機のジョゼフが合わせるように前腕部グレネードでセイントバードチームに攻撃をする。セイントバードのパイロットは全員これらの攻撃を回避し、反撃をするようにビームライフルを放出した。

飛び交うビームの嵐。これにより、新生連邦軍のジョゼフが二機破壊される。その中、全てのビーム砲撃を避けて特攻してくる一機の、MA形態のエグゼマーの姿があった。ビーム砲撃が止んだ後に、セイントバードに向けて大型ビームライフルを放出した。しかし、その射撃もハルッグがビームライフルを撃つことで相殺された。

「凄い!あんなMS初めて見た!」

MSマニアであるシーアはハルッグに興味を示し、そのまま単機でハルッグに向かって移動を始めた。すると、あろうことか回線を開き、ネルソンに話し掛けたのだ。

「ねえ、そのMSはハンドメイドの機体?なかなか、良いセンスしてるじゃない。」

「な、なんだ……?」

「あ、驚かしてごめんなさい、俺、MSオタクなもんで。それってドラグネスをベースにした可変機でしょ。なかなかいい技術使ってるじゃない。」

「な……戦闘中に何を……!?」

確かに、ハルッグがドラグネスをベースに作られている事は当たっている。だがシーアはそれを戦闘中に言い出す為、ネルソンは困惑するばかりだ。敵が突然馴れ馴れしく話してくるのだ。無理もなかった。

しかも更に不思議なのが、この間に攻撃をしてこないと言う事だった。つまり、シーアはただMSに興味を示して近づいて来たのである。

「冗談ではないッ!」

ネルソンは怒ってロングビームライフルをシーアのエグゼマーに向けて射出した。だがシーアのMSを操る腕は確かなもので、これを軽々と回避した。

「何か言ってくれでもすれば良いのにさ。残念だなぁー。」

すると、彼のエグゼマーはMSに変形し、ビームサーベルを展開。ハルッグに襲い掛かる。

「ま、悪くは思わないで。」

切り裂かれると思われたが、今のハルッグにはビームヒールによるビーム刃攻撃があった。MAで活動しているハルッグは、ビームヒールを使った近接戦闘が可能になっている。従って、切り払う事が出来た。

「へぇ、やるね。それ相応に。」

「このパイロット、やる……!」

シーアに続くように、ジョゼフや他のエグゼマーも攻撃を始めた。この一斉射撃で、セイントバードチームのMSが二機破壊されてしまった。破壊された機体は、いずれもがディーストである。

「う、うわああああ!」

一人はビーム射撃による攻撃、もう一人は――

「生憎、ディーストは見飽きてるんで。」

シーアによって殺された。それに向け、一機のトルクスがビームライフルを放つ。

「あれは見たところジャスティスのカスタムか。MS乗りはMS乗りなりに工夫してるなー。」

戦闘中に言う台詞とは思えない台詞を連発するシーア。やがて、彼の次なる標的は、アインスだった。

 

 

 

アインスに乗るスバキは順調に敵機を撃破していた。ビームライフルを駆使し、敵機の手足部を破壊した後にビームサーベルで切り裂く戦法を使って破壊した。

「よし、順調だな!」

しかしその余裕を見せたのも束の間。シーアのエグゼマーが迫って来たのだ。レーダーに映るそれを見て、危機感を抱くスバキ。

 

ピキィィィ

 

その瞬間、頭の中に電流が走り、すぐにエグゼマーの大型ビームライフルによる攻撃から回避する事は出来た。

「そんな所から!?」

次の瞬間、エグゼマーはアインスの肩部を、マニピュレーターを駆使し、掴み始めた。その為、身動きが取れない。自分の不覚を呪うスバキ。このまま攻撃をされる――覚悟を決めた。

だが、パイロットのシーアは回線を開き、スバキの姿を確認した。

「噂のアインスガンダムのパイロットは……あら、女の子?」

「な、なんだこいつ!?」

「へえ、まさかアインスガンダムを奪った人間が女の子だったなんて……意外だ。しかもその外見を見る限り、ハードポイントシステムの搭載も本当らしい。いやあ、感激だ!さて、このまま捕獲しようか。」

「冗談じゃねえよ!」

とは言え、必死に離そうとするが、離れない。その上シーアのエグゼマーはアインスの前方に回り込み、あろうことか、アインスの腹部に蹴りを入れた。幸い、装甲が機体を守ってくれたのだが、この一撃を受けて激しく、機体が揺れてしまう。

「あうう!」

その惨い状況を見たレイのデイテールはすぐに駆け付け、ビームライフルでエグゼマーを狙った。それは直撃したものの、大したダメージは負っていない様子だった。デイテールの姿に気付いたシーアは、アインスを離し、デイテールに近付く。

「スバキ、大丈夫?」

レイが心配する様子を見せる。それに気付くスバキ。

「あ、ああ……なんとか。けどあいつ、強い。その機体で大丈夫なのか心配だけど……お前も気をつけろよ。」

「うん、なんとか……。」

が、一瞬の内にデイテールの眼前にシーアのエグゼマーがビームライフルを構えて出現したのだ。慌て、レイもビームライフルを構えようとするのだが、それをシーアが止めた。それと同時に回線を開いてレイの顔を見た。

「デイテールなんて旧式のMS。マニア向けの機体じゃないか。MS乗りは資金繰りも大変なご様子で!だが性能は雲泥の差だよ――」

「――!?」

レイの眼には、眼鏡を掛けた青年が映っていた。一方で、青年には少女のような顔貌の少年であるレイの姿が映った。互いに驚き合っている様子で、少しの間呆然としていた。

 何故なのか。互いに見覚えがあった為だ。しかし、どこで?何処で会った?分からない。彼等は一体、どこで出会ったというのか。

(……いや、気のせいか……なんだろう、このパイロット以前に見た事がある……?)

シーアは一人で考えた。しかし思い出せない。複雑な心境のまま、シーアは喋る。

「その艦には、女の子が多いなぁ!ハーレムでも築いているのかい!?」

「ぼ、僕は女の子じゃありませんよ!?」

「冗談さ。外見がそうなんだよ。女の子そのもの。君が男なのは知ってるって。」

それを分かった上で挑発する、シーア。

「馬鹿にしてる……!?」

反応する、レイ。

「てかさ!MS乗るのにパイロットスーツを着ないのって、おかしくないか?」

「あ……えと……そうなんですか?」

「いや、普通っしょ。いやまあ君らがMS乗りって言うのもあるのかは知らないけどさ。俺らは軍人だからちゃんとパイロットスーツを着てるんだよ。正規軍として!身を守るものとして!」

セイントバードチームは、基本的に地球上で行動するチームの為、パイロットスーツと言ったたぐいのスーツを着ることは無い。ネルソンを除いて……だが。

 大気圏内ではパイロットスーツを着て戦う事は確かに、身の安全に直結する。しかしそれ以上に、視界が狭まる、呼吸した際に息苦しさを訴える事もある。それが煩わしいが故に、大気圏内では基本的にパイロットスーツを着用しない者が多い。それは特に、MS乗りにおいては著明に見られるのだ。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

よく分からない慣れ合いが続いたかと思えば、その次にエグゼマーがビームライフルを放出した。幸いこれが放たれる前にレイの頭の中に電撃が走り、シーアの行動を読めていた彼は避けることが出来た。

「そんな!突然攻撃何て!」

「あのさ、俺は敵だよ?けど君、なかなか面白いね。しかも今の攻撃を避けるとは……只者じゃないと見た。」

「くぅ!!」

反撃と言わんばかりに、デイテールの特徴的武器であるヒートロッドを繰り出した。それはエグゼマーの左前腕部に巻き付き、電流を浴びせる事が出来たのだが、エグゼマーの装甲に、通電は通用しない。絶縁シートが施されており、パイロットに十分なダメージを与えられない為だ。

「ふふん、少し痺れたけど……この程度とはね。やっぱり旧式だ。いくらパイロットの腕が良かろうが!」

確かに性能差は圧倒的だ。デイテールはあくまでも旧式。そのMSが最新式のエグゼマーに勝つなど、非常に難しい話だった。

 

ブゥンッ

 

だが、そこへガーストのエスディアが助けに来てくれた。ビームサーベルを駆使し、エグゼマーをデイテールから遠退かせた。

「レイか!?」

「ガーストさん!……この機体、やっぱり現代では通用しませんよね……」

「まあな。けどまさかデイテールに乗るとはな。昔、俺が乗ってたMSじゃないか。」

「え、そうなんですか!?」

自分が乗っている機体を、まさか過去にガーストが乗っていたなど思いもしない話だった。その事に驚いているレイだったが、敵機はそれをさせてくれない。シーアのエグゼマーの他に、ジョゼフが二機ビームライフルで攻めて来たのだ。

「ここは戦場だからな、会話はあんまり出来ないんだよな!レイ、デイテール壊すなよ!死なれても困るし、また機会があれば動かしてみたいからさ!」

「は、はい!」

と、頷いた後でガーストとの回線は切れた。デイテールで前線に出るのは危険だと判断し、彼はビームライフルを撃ちつつ少しずつ後退していく。エスディアはビームバズーカでジョゼフを各個破壊していき、順調に数を減らしていく。

後方から攻められた時はガーストのシンギュラルタイプとしての能力が発揮され、素早く振り向いてバズーカを放出し、破壊する。他にもフロントアーマーからのミサイルを六発、一斉に展開して敵機にダメージを与えて行く。

そこへ別の敵機がエスディアに迫ってきた。エスディアはモノアイを輝かせた後、機敏な動きでビームセイバーによる格闘戦をこなし、迫る敵機を撃破する。

「この調子だ……やれる!」

ガーストは意気揚々と戦場を駆け抜ける。そして新生連邦に攻撃を与えていく。

だが、そこへシーアの乗るエグゼマーが姿を現した。シーアはエスディアに対してビームライフルを撃ち、更には回線を開いて話しかけてきた。

「そのMSはハンドメイドか何かかい?」

まるで戦闘中とは思えない様子でガーストにも会話を試みたシーア。

「エグゼマーのパイロット……!?」

「俺、MSオタクだから興味があるんだよ。やっぱセイントバードは違うね、MSのバリエが多いや。戦ってて楽しいし。あの機体だってジャスティスのカスタムだろ。」

〝あの機体〟と言うのはトルクスの事だった。戦闘中なのに馴れ馴れしいシーアに対し、ガーストは眉を顰め、狂犬が吠えるが如く、激怒した。

「ふざけんなぁっ!」

「おっと、失礼男前。」

さりげなく褒め言葉を言ったのだが、侮辱された気分になっているガーストにそんな言葉など通用するはずがない。

(そう言えば白いガンダムがいない?あれが一番見たかったのに……まあ、いいか。)

エスディアはシーアのエグゼマーに対してビームバズーカを連射し続ける。が、シーアはそのような事を考えつつも回避を行い続ける。

「さて、一通りの見物は終わりだね。じゃあ本命を叩きに行くかなッ!」

 

グォンッ

 

そう言った後、エグゼマーはMAに変形をした。直後にセイントバードへ単機、攻撃を開始するのだった。

 

 

 

セイントバードも奮闘している状況だった。今回迫って来た敵が新生連邦と言うだけあり、気も抜けない状況である。

「全面に弾幕集中!一番、二番ビーム砲を90°回旋させて発射!」

エリィの指示の下、ビームが放たれ、別の敵機体に直撃し、破壊される。

だが命令を下したのも束の間。直後にインクの声が焦って聞こえた。

「艦長!一機の機影がこちらに向かってきます!」

「突破されたの?近接用に機関砲展開!」

「数が足りません!砲撃手不足!」

「そんな!」

困惑するブリッジ。その間にも接近するエグゼマー。弾幕を張るように指示をするが、エリィが言うように、艦に備わっている全ての機関砲が使える訳ではない。砲撃手が、不足しているが為である。

何より、そのエグゼマーの動きは素早くて強い。MA形態の状態で、ビームライフルを連射し、セイントバードの外壁にダメージを与えていく。

 

 

 

艦内は当然激しく揺れた。中にいたエレンやリルム、そしてウィリアはこれにより倒れてしまう。ウィリアは手すりを把持していたものの、痛みがその邪魔をし、膝を付いてしまった。自室まで遠い状況。安静に出来ない。事故で行っていたリハビリ行為が裏目に出てしまったのだ。

「うぅっ!」

まだ完治していない足。以前より力は入る様になっているとはいえ、痛みは残る。起き上がろうとするにも、時間を要した。

しかし、幸いにも側にリルムが居た。そこで、倒れているウィリアの姿を見かけたのだ。

「あの!大丈夫ですか!?」

「え、ええ……何とか。ありがとう……痛!」

痛みが邪魔をして、思うように力を乗せられない。彼女の利き足は右。ならばと左足に力を掛ける。が、これも痛みが強い。手すりを頼りに立とうとするも、これも痛みが邪魔をするのだ。

「わ……私、手伝います!」

リルムは咄嗟に言い出した。そう言った後、彼女はウィリアに手すりを持つように促し、彼女の臀部を把持し、その勢いで立ち上がりを促した。

 やがて姿勢は元に戻った。予想外の転倒をしてしまったウィリアだが、どうにか痛みをこらえ、姿勢を起こす事が出来ている。

「ありがとう。助かったわ。けど貴方大丈夫なの?部屋に戻らないで……」

「えっと……大丈夫です!あの、ウィリアさんも早く戻った方がいいと思いますよ?」

「ええ、私は戻るつもりだったわ。けどさっきの揺れで……ああ、足が自由に動くことが出来れば……」

足が動かせないと言うのは、それだけ不便だと言う事……リルムはウィリアの今の姿を見てただ、辛く感じるしか出来なかった。そして、彼女は言った。

「あの、一緒に部屋まで行きましょう!支えます!」

「……いいの?」

「はい、その方がいいでしょう?」

ウィリアは、その言葉に甘えて行動させてもらう事にした。確かに一人でいるよりはもう一人人間がいた方が安全に行動できる。

「さすが、あの子の彼女ね。優しい……」

「え、ああ……レイ……ですか?そんな、私はそんな事無いですよ?」

その様子を見て、ウィリアは自然に笑みを浮かべた。それと同時に、嵌められ、惨い殺され方をした弟や、愛してしまった男が殺された悔しさが、まるで嘘のような感触に陥っていた。

(私は幸せになれない運命。だけれど、この、優しい子には幸せになってもらいたい。その為にも……死んでは駄目よ、レイ君。)

心の中から、レイの無事を祈った。リルムに自分と同じ悲しみを味わって欲しくなかった為であった。

やがて、リルムに誘導されるように部屋へ向かう。この時も、ずっとウィリアは笑みを浮かべていた。しかし、その一方でリルムは別の事を考えていたのだ。

 

 

 

外の戦闘は激しさを増すばかりだ。シーアのエグゼマーの猛攻は幸いネルソンに止められた。しかしシーアの凄腕がネルソンを苦しめ続ける。

「ちぃっ!」

「良い機体だ!機動性も高い!動きを読むのに時間を要するね!でも、技量は俺の方が上手かな?」

「私とて元デウスの兵士だ……こんな所で!」

するとハルッグはMSに変形し、ビームサーベルを展開し、エグゼマーに切りかかった。MAのエグゼマーはこれを回避し、こちらもMSに変形した。やがて、互いのビーム刃が弾き合い、粒子を零す。

「かつてはデウス軍……今はMS乗りなのか!デウス帝国の誇りってやつを失って、野蛮なMS乗りになるなんて!やっぱりデウスは差別が酷いんだね!」

その言葉はネルソンを煽る他ない。中傷と、同義だ。

「黙れ!私はこれ以上……戦争に関与するようなことはしたくない……しかし、今は戦うしかないのだ!」

「いいじゃない、兵隊だったなら兵隊を続けるのも生き方の一つだと思うよ!所属を変えて戦士として戦い続けた人間の話だってあるんだからさ!貴方もそんな生き方してみたいと思わない??そらっ!」

余裕を持って話をするシーア。一方でネルソンは常に真剣な表情でシーアの話を聞いていた。そしてシーアの技量が伴い、強さを見せるエグゼマーは、強化されたハルッグですら苦しめる。

「くぅっ……」

「よし、行ける!」

ビームサーベルの出力が若干弱まってきたところで、エグゼマーは急にビームライフルを構え始めた。そしてハルッグのコクピットを狙って狙い撃つ。ネルソンに危機が訪れた。

 

ジュゥゥゥ

 

だが、ネルソンは幸い救われた。彼を救ったのは、レイの乗るデイテールだ。エグゼマーのビームライフルを、シールドでガードに成功する。しかしその出力の高さの余り、シールドが破壊されてしまった。

「すまない、レイ。油断をした……。」

「せめて、援護します!」

この時のレイの言葉に、ネルソンは助けられた。後衛とはいえ戦闘に参加し、チームに貢献が出来ている。これは、彼にとっては有難い事と、言えた。

「頼む。」

レイがいなければネルソンは確実に死んでいた。つまり、彼を死に追い遣ることが出来る程シーアの実力は相当なものである。

「さっきの女顔の子かい?」

「さっきの人……!」

「君が女なら放っておかないんだけど……残念だ、デイテールで生き残れている様子だと、やっぱりそれ相応の実力はあるね。名前を聞かせてもらってもいいかな?」

「戦闘中にそんな馴れ合いなんか!」

レイは怒った。これ以上馬鹿にされたくない気持ちが高ぶり、それが怒りに変わったのだ。だがシーアは全く動じず、余裕の表情を見せ続ける。

「あ、怒った?ごめんごめん。ってね!」

不意打ちを狙って、ミサイルを放出してきた。シールドを破壊されているデイテールは逃げ続けるしか出来ない。ネルソンはこのミサイルを狙い撃つために、肩部のビーム砲を動かして放出した。デイテールにエグゼマーのミサイルが直撃すれば、最悪死は免れない。レイは必死だった。

「くぅ……!逃げつつミサイルの迎撃をしないと!」

後退しつつも、デイテールもビームライフルでミサイルを狙い撃った。が、ミサイルのスピードが想像以上に早く、そして迫ってくるので迎撃が間に合わない。

「そんな!?」

このままではデイテールが破壊され、レイは死んでしまう。彼はすでにミサイルの動きは見切っているのだが、機体が追い付いてくれないのだ。

しかし幸いな事にネルソンがこれらのミサイルを全て撃ち落としてくれた。結果的に彼は生き延びることが出来た。

「ありがとうございます!」

「やはり旧式では無理があるな……もういい、後退しろ。我々でどうにかする。」

「でも!僕も戦います!」

彼も必死だった。助けられた恩を返そうと、戦いを続けようとする。

「機体性能が違い過ぎるのだ!デイテールで戦うのはもうよした方がいい。後退しろ!」

「は……はい……」

言われるまま、レイは後退することにした。あくまでも、自分は期待されており、セイントバードに欠かせない人材だと自覚しているレイはネルソンの言葉を嫌に思う事無く、寧ろありがたく思って帰還を始めた。それを追おうとするシーアだが、ネルソンがそれを阻止する。

「邪魔はさせん!」

先程レイを襲ったミサイルと同様にネルソンもミサイルを放出した。エグゼマーはこれを見た瞬間に、MAに変形しては一度その戦闘域から離れた。

「く、厄介だな……」

このままでは危ういと感じたシーアは、一度セイントバードに近づくことを諦め、前線から後退して行った。が、ネルソンはそれを許さず、追い討ちを掛ける為に追い続ける。

「あの機体は放置しておけば犠牲者が他に出かねない。それだけパイロットが優秀と言う事か……。変わり者であることに変わりはないのだが。」

そう言いつつも、肩部のビームキャノンでエグゼマーを狙う。が、エグゼマーは素早い動きで避け続ける。その直後にジョゼフが三機、ハルッグの前に現れた。

いくら改修されているハルッグとはいえ、流石に、三機を目の前にして戦うのは辛い。ネルソンは追撃を中断し、目標をこれらに変更した――

 

ガキィン

 

その瞬間だった。MA形態のハルッグの背後から、別のエグゼマーがハルッグのバーニアを掴んだのだ。その為身動きがとれず、変形しようにも出来ない。その上バーニアを押さえられているので振り切ろうにも振り切れないのだ。

「クッ……油断したか!」

操縦桿を引いても無駄だった。全く動じないのである。その間にも、三機のジョゼフはそれぞれがモノアイを輝かせ、ビームライフルやビームサーベルを構えて、ハルッグを破壊しようとしていた。

 

 

 

ネルソンが襲われる数十分前、戦闘中にも関わらずリルムは再び部屋を出ていた。ウィリアを部屋に送った後、一人走ってブリッジに向かっていたのだ。理由は単純だった。何か恩返しがしたい……ただそれだけなのだ。そして彼女は前にエリィが言っていた台詞を思い出していた。

 

―――――――――まあ、強いて言えば砲撃手が足りないぐらいだけど――――――――

 

つまり、彼女は砲撃を行おうとする為にブリッジでエリィと話をしようと考えていたのだ。自分も何かの役に立ちたい、ただ恩を受けるだけは嫌だ……リルムの想いが、この行動を起こすのだった。

「あの!」

やがてリルムはブリッジに着き、さっそくエリィに話をした。

「リルムさん!どうしたの?今は戦闘中なのに……危ないよ!部屋に戻って……」

「あの、砲撃手……だっけ?確か前に、足りませんって言ってましたよね?」

「え……?」

確かに彼女はそれを言った。しかし何故リルムがその台詞を言うのか、疑問に思えて仕方がなかった。

「あの、私お手伝いがしたいです!砲撃手、やらせて下さい!」

まさか、リルムがこのような台詞を述べるなど誰が予想しただろう。誰も予想しなかったに違いない。だが彼女は自ら志願して砲撃手をしたいと言ったのだ。スラッグとインクはこれに目を見開かせるばかりだが、その中をエリィは冷静に言った。

「あのね、リルムさん。人殺しってしたことある?」

「え……!?」

今度はエリィが、信じられないような台詞を言った。リルムは動揺し、首を横に振った。

「そりゃそうだよ。貴方の置かれた環境だったなら、普通は、少年犯罪とかでもしない限り人殺しなんてしない。当たり前だよ。でもね、貴方は砲撃手をしたいって言ったよね。それってつまり人殺しをしたいって言っているようなもの。あのMS達は人間が操縦している。つまり狙い撃てば中の人間を殺す事になるかも知れない。それ、意味が分かるかな?」

それは、レイが行ってきている事だ。彼はチームを守る為に、敵を殺している。それはエリィが今まで行ってきた、チームの為に人を殺しているという事と同義である。

 リルムはそれを聞き、困惑した。何せ、最初自らが否定していた事を、行おうとしているのだから。

 チームの為に役立つという事。今は不足している砲撃手を行うという事。だが全く経験のない自分がやれる事なのかと、最初、躊躇った。

「セインドバードの機関砲はある程度オートマチックであって、機械が分析して狙ってくれる部分はある。けれど、正確な射撃は難しい。戦闘時はMSでの運用が前提で作られている戦艦だからね。だから敵が迫った時、人が必要なの。混戦状況とかで敵機体を攻撃する時とかは、特に。それでも砲撃手をやりたいのなら、やっても良いよ。けど……後悔するかどうかは……自分で考えて。」

彼女は必死に悩んだ。恩返しはしたい。しかし人殺しはしたくない。この揺れ動く天秤は彼女を惑わす。けれども、リルムはどうしても手伝いをしたいという気持ちが強かった。

 オスロでの一件でエリィの事を理解出来た。そして、ここが大変な状況とは言え、困難を乗り越えようとしていると理解した。だからこそ、何かをしたい。

無論、このまま大人しく部屋に戻る事も出来る。しかし、それでは何も出来ないまま終わる。彼女はそれが嫌だったのだ。彼女の中で、揺れ動く心。その間にも敵機体は迫る。攻撃を受けているセイントバードを守るには、行動しかない――リルムは悩んだ挙句、答えを述べた。

「お役に立てるかは、分かりませんけど……。」

「本気みたい……だね。」

すると、エリィは側にあったコンピュータを使い、部屋の名称を読み上げた。

「ここから30メートル先、左側通路奥。そこが今、使えていない場所。行くかどうかは、貴方が決めて。」

エリィの言葉を聞き、リルムは頷き、すぐにブリッジを去った。

 

 

 

エリィに言われた場所は、グリップが複数置かれている場所だった。そこのフロアには、数人程度だが、懸命にグリップを握り、砲撃を行っていた。余りに真剣に敵を攻撃する人達のその光景を見て、リルムは若干怯えてしまった。しかし、自分で決めた事なのだから、それを今更訂正する訳にはいかないと、思っていた。

ここにいる殆どは、手の空いた整備士達である。普段は温厚な整備士達であったが、この状況では温厚とは言い難いものがあった。整備士長のミシェはMSデッキから離れられない状況であり、彼等が人員を割き、敵機体へ攻撃を仕掛けているのだ。

「おい!そこの子、何しにしている!?大人しく部屋に戻ってろ!!」

整備士の厳しい言葉はリルムを驚かせ、足を一歩引かせた。表情の雲行きも怪しくなり、彼女は震え上がっていた。しかし、それでも恩を返さない訳にはいかなかった。彼女は勇気を出して言った。

「わ……私にも手伝わせて下さい!お願いします!」

「な……何を言ってる!?」

一人の整備士は驚かずにいられなかった。このような少女が、砲撃を手伝いたいと言い出すのだ。普通なら整備士はすぐに断る。しかし、人手が足りないのは、事実だ。

 セイントバードの機関砲は正確な射撃に特化していない。オートマチックに対応しているのは単体のMSのみ。確実に敵を迎撃するには人の力が必要。故に、人手不足になる。

 だから、砲撃手の存在必要で、藁をも掴む存在だ。故に、はっきりと断る事が出来ない。

「クソ、人手不足だから……手伝ってくれるなら、覚悟しておけよ、お嬢ちゃん。」

静かに整備士は言った。リルムははっきりとした声で

「……はい!」

と、言った。だが状況が不安なのには、変わりがない。

 

 やがて整備士に案内され、リルムはそこに座らされた。今まで握った事のないグリップを握る、リルム。

「いいか、砲撃に関してあんたみたいなお嬢ちゃんがこんな真似をするなんて危険過ぎる。だから気をつけろよ。やめたくなったらいつでも言え。」

「は……はい!」

その後、整備士は砲撃についての説明を軽く済ませた。リルムはそれをどうにか理解し、空いていた砲座に座り、ゴクリと唾を飲んで、スコープを覗き込んだ。

そこには、三機のジョゼフに囲まれたハルッグの姿があった。

「えっと……白色で、一つ目の方を狙えばいいんですよね?しかも三体も居る……」

「それはジョゼフだな。見えている機体がそれならそれを狙うんだ。くれぐれも、味方には絶対に当てるなよ。」

リルムは、MSの事に関してはアインスやツヴァイの事程度しか知らない。MSに関しては全くと言って良い程詳しくないのだ。しかし、今目の前にいる敵は倒さなければならない。リルムは、冷や汗を流して狙いを絞った。

 

カチッ

 

より良く狙いを絞った後、リルムはスイッチを押した。すると機関砲が発射され、それは敵機であるジョゼフに直撃し、機体を退かせた。

「きゃああ!」

今まで感じた事のない両手への振動は尋常ではない。スイッチを押した瞬間に感じた手の震えは尋常ではなく、これが実弾を放つという事だと、彼女は感じたのである。

そして、彼女が機関砲を放った瞬間というのは、丁度ネルソンがジョゼフに襲われていた時であった。それを、リルムが救ったのだ。突然の機関砲による攻撃に困惑したジョゼフは、その場を離れ、またハルッグのバーニアを掴んでいたエグゼマーもそこから離れたのである。

「あの人を助けられた!?よ、よし……」

恐怖はあったが、この行動でネルソンは助かったのである。自分が、少しでも貢献することが出来た。この喜びを噛み締め、引き続き、次の敵を探す為に再びスコープで覗き込んだ。

が、その時だった。敵のエグゼマーが機関砲に向け、攻撃を仕掛けてきた。ミサイルでそれらを破壊した時、別の砲座に座っていた整備士は爆死した。ミサイルが当たった部分には穴が開き、剥き出しになってしまっていた。

「う……嘘……」

リルムは恐怖を覚えた。今自分のやっている事は、人を殺すことでもあり、殺されることでもあるのだ、と、本能で感じ取ったのである。この光景を見た彼女は震え上がり、何も出来なかった。

「ちぃ、もう部屋に戻れ!その年で死にたくねぇだろ!」

「あ……は……はい……」

今回は素直に整備士に従った。その部屋から離れ、急いで自室へ戻っていく。今まで、戦いと言う言葉は、彼女にとっては他人事だった。しかし今、その光景を目の当たりにしている。リルムは恐怖心で満たされてしまっていた。

 結局、僅かな行動しか出来なかったリルム。不幸中の幸いか、彼女は人を殺さなかった。だが、人が死ぬ危険性のある場所であると痛感したリルムは、その恐怖に支配されていたのである。

 

 

 

戦況はネルソンやガーストの活躍もあってか、徐々に有利になりつつあった。しかし敵側のエース、シーアのエグゼマーが脅威であることには変わりがない。レイのデイテールも援護射撃を行う程度に留まり、自身の行動を自重していた。

スバキのアインスも順調に敵機を破壊していく。しかしある一機のジョゼフをビームサーベルで破壊した時、敵戦艦であるマドラ級の収束ビーム砲がアインスに向けて発射された。シールドを構えてどうにかそれを防ぐのだが、この攻撃を受けてシールドが破壊されてしまった。戦艦の主砲の威力が高かった為だ。

「うぅっ!こんなもんでやられるか!」

シールドを失ったが、それでも戦うスバキ。数が減りつつある敵機に対してミサイル攻撃を加えていく。それと同時にビームライフルを連射し、ジョゼフを破壊した。

この時、敵戦艦のマドラ級が急に宙域から離脱しようとしていた。その為か、敵機が次々と後退していき、撤退していく。当然、その中にはシーアのエグゼマーの姿もあった。

「セイントバード……はは、恐ろしい戦艦だ。興味が湧いてきた。また、会えたら会いたいな。それより……さっきのデイテールのパイロット、見た事があるんだよなぁ。うーん。」

独り言を呟きつつ、エグゼマーは撤退。これに次いで、ジョゼフの部隊も撤退を開始した。

 

 

 

やがて戦闘は終了。この戦いで数名が命を落とした。突然の新生連邦の強襲は、今の彼等にとって非常に辛いものがあった。艦にとってのエースであるレイだが、今はツヴァイガンダムが無い状況では大きく貢献が出来ない。

「お疲れ様だな。デイテールで死ななかっただけでも大したもんだ。」

戦闘中は必死に砲撃手としてセイントバードから砲撃を続けていたミシェ。パイロット達が戻ってきたと同時に彼も姿を現し、デイテールに搭乗していたレイに対して褒めた。

「いえ……でも……やっぱり役に立てなかったです。デウス帝国の旧式だからでしょうか……」

普段ならツヴァイやアインスで敵機を撃破していたレイ。だが、今回ばかりはどうしても役に立てなかった。それが彼にとって悔しかったのである。

「今更そればっかり嘆いていても仕方がねえだろうが。お前はよくやった。あの機体で生き残れただけでも優秀だってことだ。普通デウスの旧式で最新鋭の連邦のMSとやり合うなんて余程の熟練パイロットじゃないと無理な話だぞ。それをお前はやったんだ。それだけでも十分だってことだ。ま、落ち込むなよ。次にもし敵が現れたら、またデイテールで出撃するか砲座に座ってセイントバードの主砲の手伝いでもしてくれればいい。早い話が、オーストラリアに着くまではお前の出番はないってことだな。」

「え、ええ……」

それは理解出来ていたが、やはり彼の中では悔しいものがあった。皆は頑張ってセイントバードを守っているのに、今は、大きく貢献出来ない。それがどうしても歯痒く感じていたレイは、ミシェに頭を下げた後にその場から離れた。

そのすぐ後、ミシェはガーストの元に寄って来た。丁度彼はエスディアから降りようとしていたところで、声をかけられたガーストは目をぱちぱちとさせてミシェを見る。

「御苦労。しかしその機体もそろそろ敵のMSに対応できていないんじゃねえか?さっきの戦いを見る限り、エグゼマーに苦戦していたな。あのエグゼマーのパイロット、それ相応の実力を持っていると見えた。」

「はい……まあ……強いですよ、あのパイロットは……変でしたけど。」

「変?」

「ええ、何でも、俺のエスディアに対してやネルソンさんのハルッグに対しても何やら妙な通信回線を開いて、それぞれのMSに対して自分の感想を述べていたんです。おかしいと思いませんか?」

ミシェは少し考えるように下を向いた。何か思い当たることがあるのか、その時間が長かった。そこへネルソンがやって来た。ミシェはすぐさまネルソンの方向を見る。

「お疲れ。ハルッグの調子は?」

「どうにか。しかしあのエグゼマーのパイロットが気になりますね。」

「お前もか。そんな妙な奴が連邦に居るんだな。連邦も人材不足なのか?」

「さあ、分かりかねます。」

ネルソンと接する時はまるで人が変わったように表情の切り替えが早かったミシェだが、妙な会話を持ちかけてきたエグゼマーのパイロット、シーア・マックスの話題になると再び考え事を始めた。無論、彼等はそのエグゼマーのパイロットがシーアである事など知るはずが無い。そもそも、シーア・マックスと言う名前自体を、彼等が知る筈がないのである。

 

 

 

やがて時間が経過した。その間に敵に出会う事が無かった為、クルー全員は平穏に過ごすことが出来た。とは言え、受けたダメージは、まだ残っている。特に、新生連邦のエグゼマーによってダメージを受けた、機関砲の部分は内部から補強はしているが、それでも脆い状態であることに変わりはない。一発でも何らかの衝撃が加われば爆発を起こし、更に被害が誘発してしまう危険性がある。しかしそれ以外はそれ程大したダメージを受けていない。唯一、それが救いだった。

 レイは自室のベッドの上天井を眺め、呆然とした状態で、先の戦闘で戦ったパイロットの事を思い出していた。シーア・マックス。戦闘中にMSの事についてやたらと聞いてくる妙な青年の存在。何故、敵である筈の彼に対して既視感を覚えていたのだろか……と、思っていた。

「あの人、やっぱり見覚えがある……でも、思い出せない……会った事があるのかな……?」

敵である筈なのに、何故既視感を覚えているのかは不明だ。初対面の筈なのに覚えのある人間。それが、彼には分からない。

 

ウィィィィィン

 

その時、扉が開いた。すぐにその方向に目を向ける、レイ。

 そこに居たのは、リルムであった。どこか、虚な表情を浮かべている彼女。やがてそのままレイの側に寄り、そして、ベッドに座る。

「どうしたの、リルム。」

慌てた様子で起き上がり、ベッド端座位姿勢をとる、レイ。

「あのね、レイ。レイは、戦ってて怖くないの?」

「え……?」

突然開かれた、リルムの口から聞こえてくる言葉。あまりに突然過ぎる内容だったので、最初レイは彼女が何を言っているのかが分からなかった。数秒間、間を開けると、レイはようやく彼女の言いたい事が理解できた。

「……うん、怖い。とても……怖い。」

そうは言ったものの、リルムから見て、レイはあまり恐怖を感じているようには見えなかった。これは何度も戦ってきたレイの慣れなのか、リルムはレイに対し、違和感を覚えている。

「本当に怖いの……?」

彼女が抱く戦いに対する恐怖と、レイの抱く戦いの恐怖では余りに差がありすぎた。つまり、これは慣れの差である。

レイは何度も戦場に出て、戦い抜いてきた。一方のリルムは初めての砲撃で、そこに撃ち込まれたミサイルによって人が死ぬ姿を目撃している為ただ、震えているだけだ。

人を殺める行為自体、戦場と関係のない平和な環境からすれば非人道的行為だ。だが戦場となればそうは言っていられない。それを行う場合、最初は慣れていない為に、苦悩する。レイも、そうだった。

しかしレイは今、どこか、慣れてしまっている節がある。それは何も感じなくなってしまう。守りたいものを守る為に戦うと言うレイなのだが、人を殺すことに関して罪悪感は、最初にアインスに乗った時よりも非常に薄れていた。

「あの、リルム……戦いが怖いって突然言ったけど……それはどうして?」

「え……っと……」

「あ、さっきも言ったけど無理には言わなくても良いよ。でも……僕としては言って欲しいかも。だってそれだけだとよく分からないから。」

確かにリルムの言いたい事がレイに伝わる筈がない。それは分かっていた。しかしどうしても言い辛いのだ。とは言え、このまま何も言わなければ意味が分からないまま終わってしまう。だから、リルムは勇気を出して、唾を一口飲んで静かに口を開けた。

「あのね、私さっきの戦闘で砲撃手をやってみたの。機関砲の……砲撃手。」

「リルムが!?」

まさかの発言だった。彼の幼馴染であり、ごく普通に育って来た筈の彼女が、砲撃手?信じられる筈がない。だが、彼女はその口から言葉を発したのである。

「私、どうしてもお手伝いがしたくて、それで……エリィさんは砲撃手が不足してるって話をしてたから、それを聞いて……実際に砲座に座ったの。でもね……でも……その時に敵のロボットの攻撃を受けて、人が死んだ瞬間を見てから……怖くなって……」

語る時、身体を震わせている、リルム。先の出来事が、思い出されているのだ。

「……レイは常に死ぬ事を考えて戦ってるんでしょう?それで……怖くないのかなって思って……」

リルムの言いたい事が理解できた。彼女の手伝いたいと言う、健気な思いは結局恐怖を与えることに繋がってしまったのだ。それで、悩んだリルムは言い辛そうな仕草を見せつつも、レイにそれを打ち明けた。彼はそれを聞き、戸惑いを見せながらも答えた。

「そりゃ、死ぬとなったら誰だって怖いよ。でもね、戦わなきゃみんなが危ない。だから僕は戦う。みんなを守るために……怖がってなんていられないよ。僕自身、何回も死にかけた。でもその度にいろんな人に助けられている。僕が、ただ悪運が強いだけなんだろうけど、それでもやっぱり怖がってなんていられないんだ。」

彼女は、長年レイと一緒にいる。幼馴染である為だ。だが、このような立派な姿のレイを見たのは初めてだった。

幼い頃から彼は大人しく、気弱な性格だった為にからかわれたりすることも多々あった。だがそのような、レイが、このような言葉を言ったのだ。長い間一緒に居る筈のリルムにとっては、信じがたい様子だった。

「なんかね、レイじゃないみたい。」

「え!?」

「レイって凄いよね。一度でもそんな風に死にかけたりしたら普通は怖がって戦いなんてしたくないと思うよ?」

「それは……僕がただおかしいだけなのかも。普通だったらどんなに僕より明るくて積極的な人でも死にかけたりしたらもう戦いとかしたくないものだと思う。でも……僕は違う。何て言うのか……怖いはずなのに、死に対して恐怖心を持っていないのかも知れない。そりゃ、敵の攻撃がコクピットに迫ってきたら怖い気持ちにはなる。でも、それ以外では悪いようには考えない。何でだろう……よく分からない。怖い筈の死が怖くないって……変だよね……」

今までの戦いで、レイは自分から戦いを拒むことはなかった。本来それは勇敢で、名誉な事なのだが彼はそれを自慢げに話すどころか、悲観的に話している。

普通は誰もが感じる、死の恐怖。しかし戦いにおいてレイは死を間際にしても恐怖を覚えない。ただ、仲間を守らなければならないと言う使命感が彼を動かしているのだ。

軍等に身を置いても一度でも死ぬような思いをすれば誰もが恐怖を覚え、二度とそのような思いをしたくないと考えてそこから逃げ出したい気持ちになる者も多いだろう。しかし彼はそのような気持ちにならないどころか、自分からMSに乗って戦っている。

ジェルヴァに世話になっていた時でも、ジョゼフに乗って出撃し、活躍し、褒め崇められた。それが、優越感を得ると同時に彼の中で不安が生じていた。それが、人とは違うと言う事である。

何故、彼は一度ならず何度も死ぬような思いをしているのに、恐怖を覚えず自らMSに乗る事を拒まないのか。それは、彼自身にも分からない。怖さは、ある筈なのに。ある意味、恐怖よりも使命感が上回っているから、そうなるのかも知れない。

「いいじゃない。」

リルムは、それに迷うレイに対してそっと言った。

「レイがそう感じるなら、それでいいと思う。レイがそんな風に志の強い人なら、それでいいじゃない。臆病じゃないなら、それでいいじゃない。臆病である事が普通かもしれないけど、そう感じないのならそれでいいと思う。それで……ね。私、レイがね……そんなに勇敢な……性格なんて思わなかったもん……」

リルムの目元から、次第に涙が溢れてきた。先の戦闘の怖さが、今になって伝わってきたのだろうか。彼に事実を伝え、それが感情を零したのか。

「初めて……知った……本当に……始めて……それに比べたら私なんて……臆病だなぁ……怖いよ……死にたくない……」

その涙が指すものを、レイは察することが出来た。それと同時に自分が情けなく思えてしまった。死の恐怖をまともに感じられなかったからだ。今のレイには、彼女を慰める事など出来ない。どうすれば良いか、分からない。

「リルム……」

「わ、私……何泣いてるんだろう……泣くことなんてないのにね……?臆病だから、泣いちゃうのかな……?」

死への恐怖をまともに抱く少女と、それを恐怖と分かっていてもまともに抱くことが出来ない少年。幼馴染である二人だったが、お互いの感性が明らかになったのは、この場が初めてだった。幼馴染だからと言って、お互いの事を何でも知っているとは限らないのである。 

何も考えずに過ごしていた過去とは違い、今は様々な事を不器用ながらも複雑に考えられる。それは良い事と同時に、辛い事でもあるのだ。真実を知ることになる為である。

こういう時、抱擁をするべきなのか。それも、分からない。幼馴染であり、恋人であるリルムが困惑しているという事実に、彼はどうすれば良いのだろう。

この状況では、リルムよりも寧ろレイの方が辛かった。何も言葉を掛けてあげられなかったからだ。とにかく今は側にいてやり、ただ、黙って過ごすしか出来なかった。

 




第六十六話、投了。

リルムは自分に出来る事をしようと健気に動きますが、やはり戦場の恐ろしさを感じてしまい、恐怖に怯えてしまう回でした。


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第六十七話 迫るパニッシャー

Phase氷河族。ウネフ、エレア等のメンバーを失ったアルン率いる氷河族のメンバーに、ある、パニッシャーの男が迫る。


 ウネフ、エレアを失ったアルン・ティーンズ率いる氷河族の一部組織は、ボスからの指示を受け、オスロの地から離れ、西方に位置するベルゲンの地に身を置いていた。そこにある地下部屋に彼等は身を潜めていた。

そこでリーダーであるアルン・ティーンズと再会した彼等。今、この場に居るのは四人。アルン、ジュラード、ニーア、ミルフである。多くのメンバーを失った彼等。ここに居ないのは、メイドぐらいか。ウィリアは彼等を裏切っており、彼等と合流する事は無いだろう。最早、このメンバーは何の為に存在しているのかと思える程に、縮小していると言えた。

「ウネフとエレアが死んじゃった……あーあ……」

一人、溜息を吐く少女がいた。ミルフである。

「奴等は短絡的過ぎた。それだけだ。」

ジュラードは見下すように、今は亡き二人に対して言った。それを聞いた時、幼い少女は苛立ちを隠せない様子で、ジュラードに言った。

「そんな言い方しなくても良いのに!一緒に居た仲間だったんだよ!?」

ミルフの目から、涙が流れた。滅多に見せない彼女の涙。ウネフとエレア。互いに残虐な内面を持つ人間の印象はあったが、共に行動していた時間が長いミルフからすれば、彼女達の死は大きな影響を与えている。

「許せないもん……あいつら……絶対許せないもん!」

組織の一員とはいえ、彼女はまだ少女だ。他人はどうなろうと構わないのだが、身近な人間の死には敏感なのである。

「……マターリャも、こんな組織に娘を入れるなんてよ……」

マターリャとは、ミルフの母親の事だ。消息は不明で、現在何をしているのか、生きているのかも不明だ。その真相を知る者は誰もいない。

「あれ、お母さんの事なんで知ってるの?」

「いや、別に。」

ミルフに聞かれ、ジュラードが視線を合わせないように、した。

「まさか、メンバーが二人も失う事になるとは。予想外と言うべきか。」

この場に居た、アルンが言った。彼はメンバーに命令を下した上で、別場所で組織の仕事をしていたのである。だがその結果の報告を聞き、尚且つボスの指令もあり、この場所でメンバーに会う事になっていたのだ。

「ところで、ウィリア・ラーゲンはどうした。」

アルンがメンバーに対し、聞いた。しかし、それを聞かれて即答する人間は居ない。明らかに、訳がある印象を持つ。

「彼女は……裏切ったわ。ゼオンを匿ったMS乗りと共に行動している。そして、エレアを殺したのは、ウィリアよ。」

ニーアが、唇を震わせて言った。元々は飲み仲間同士だった彼女達。それ故に、彼女の行動に対して驚愕していたのだ。

「あの女、身内を殺す事をするとは思えんが……一体、何がどうなっている……?」

理解が出来ない状況と、言えた。メンバーはゼオンを殺す為にセイントバードに潜入し、そこにはウィリアが居た。そして、ウネフとエレアが殺された。ウネフはエリィに、そしてエレアはウィリアに殺された。その事が、彼等にとって衝撃だったのである。

その中で、冷静な印象を持つアルンが表情を見せた。彼女の裏切りは、想定外であった事が分かる。

「事情はどうあれ、ボスを裏切る人間は責任をもって、抹殺せねばならない……そうだ、それと、メイド・ヘヴンは!?奴も何故ここに居ない!?」

同じ組織の人間である筈のメイドも居ない。そもそも、ゼオンの暗殺にも彼は顔を出していなかった。一体どこに居るというのか。その消息も不明だ。

 世界が戦争状態になってから、組織の活動は疎かになってきている。まるで、自分達の役目は終わったと言わんばかりの扱い。この事に対し、一抹の不安を訴える、彼等。

 

「よぉ」

 

薄暗く、小汚い地下部屋に一人の男が現れた。その姿を見た時、誰もが驚愕した。何故ならば、先程話題にしていた男である、メイド・ヘヴンがそこに居たのだから。

「メイド……貴様、どういうつもりでここに来た?よく堂々と顔を見せられるものだな!?」

苛立ちを隠せないアルンが言う。と、同時にアルンは銃を構えた。この様子から、明らかに余裕がない事が分かる。

元々、メイドは組織に不利益をもたらす存在を消す為に存在している、“パニッシャー”と呼ばれる存在ではあるが、あくまでもアルンのチームの一員。招集命令にも応じなければならない筈だ。それに特例はない。彼は何故ゼオンの暗殺に参加をしなかったのか。

「久しぶりに顔を見せたらこれかよ。ひでぇ歓迎だなァ。んで、見た所、またメンバー死んだみたいだな。ハハー!」

笑いつつメイドは言った。しかしそれを聞いたミルフが怒りを込めて、彼に言った。

「ウネフとエレアが死んだのに!?なんで笑えるのよ!?」

「おぉう、そいつぁご臨終だなァ。あーあ。」

それも軽く受け流す。ミルフはこの時ナイフを取り出してメイドを刺殺してやろうと考え、右手にナイフを握り締めていた。が、それはニーアに止められた。ミルフがメイドに勝ち目がない事は明白だったからである。

すると、メイドは突然ニヤリと笑みを浮かべ、静かに口を開けた。

「なんでここに来たのか……だったよなぁ?その答えをテメェに伝えに来たんだよわざわざなァ!」

その時、素早い動きで銃を構え、アルンの眉間を狙った――

 

パァン

 

が、その弾はアルンを避けた。わざと、外したのだ。

「どういうつもりだ!?メイド!」

アルンの方は銃を構えつつも、それを離す様子を見せない。彼の話を聞こうとしていた為である。

「まあ、そーいう事だよ。てめぇらとはここでお別れって訳だ。つまり辞表を突きつける為にわざわざここに来たっつー訳よォ。」

メイドの一方的な発言。組織を辞めるとはどういう事なのか。抜け出すという事なのか。

「貴様、組織を辞めるならばそれ相応の覚悟、して貰わなければならんぞ。組織を抜ける事は許されない。組織を抜けた人間は、組織によって死ぬまで追われる身となる。絶対に逃がさない……それを忘れるなよ……!」

氷河族は旧世紀のマフィアのように、オメルタと呼ばれる血の掟のようなものが存在しており、組織の裏切りは即ち、死に値する。生半端な気持ちで組織に所属する事は許されない。その秘密を知ってしまっている人間を世に送り出す事は許されないのだ。

「とんだブラック企業じゃねぇか!まあそんなもん分かりきってたケドなぁ!こちとら戦後の暇潰しで居てただけやしなぁ!!」

メイドからすれば、氷河族はただの退屈凌ぎにすぎない。だがアルンはそのボスに忠誠を誓っている。この価値観の違いが、露呈した瞬間だった。

「お前、仮にここを辞めたとして、どこに行くつもりだ?」

ジュラードがメイドを睨み、言った。

「デウスだよ。俺さデウスに行って戦争さ楽しんでぐるだー」

馬鹿にした様子でメイドは言う。彼の口から語られる、デウス帝国の存在。それに疑問を抱く者がいるのは、当然だ。

「デウス帝国だと……!?何を言っている!?あの国は既に力を失っている筈だ!先の大戦で連邦に敗北したからな!」

怒りを込めて、アルンは言った。しかし、メイドはこれに対して動じる様子を見せない。

「ところがどっこい!デウスは生きてンだわ!この前もあいつらの手伝いしてきたんだよなぁ!そっからデスゲイズを貰った訳なんだよなぁ!てめぇがどっかで別の仕事してる間によォ!もっとメンバーの監視するべきだったんじゃねえのかよ?ええ?」

メイドの言葉も一理ある。アルンは、自身の所属メンバーの管理が出来ていない。彼自身がボスを崇拝しているが故、そのメンバーに対しての管理がずさんになっていたのである。

「黙れ!氷河族の活動を“暇潰し”と馬鹿にして、その上で組織を抜ける事等認めんぞ!もしこれ以上それを言うのならばこの場で私がお前を殺してやる……!」

怒るアルンは、銃を構える。メイドはそれを見ても、恐れる様子を見せない。

「わりぃけど俺はデウスの“次の作戦”に参加予定なんだわ。そこでこんなクッソ地味な麻薬蔓延組織に居るよりはド派手に暴れられるし金も貰えるし一石二鳥なんよなぁ!所謂ヘッドハンティングってやつ!リクルート!転職!職業選択の自由!何の問題ですか?ハッハッハ!」

メイドは大声で笑い出す。アルン・ティーンズを、あざ笑うかのように。

 組織に貢献してきた男、アルン。一方で組織に貢献を然程せず、好き放題に生き、戦争状態になった事を良い事に所属を勝手な理由で変えるメイド。両者は対立している。そして、アルンはその怒りをメイドにぶつけた――

 

パァン

 

アルンの怒りを絶頂に迎え、右ポケットに入っていた銃を取り出し、メイドに向けて素早く撃った。

 

ピキィィィ

 

しかしその時、メイドの頭の中に電流が走った。それと同時に、先読みをしたように銃弾を素早く回避したのである。

「オカルトパワー!」

周りの人間は、ただただ茫然と見るだけ。確実に当たる距離を避けられた事で、アルンは更に怒って体を震わせる。が、ここで怒ったのはアルンだけではなかった。メイドも怒りに満ちていたのである。怒り任せに撃たれた銃弾の存在が、彼を怒らせた。

「一度もてめぇの事リーダーとか言った事なかったけどなァ、あんまりてめぇの都合で人を動かせると思ってんじゃねぇぞオイ?ここの組織はクッソ退屈だったぜぇ。けどなぁ、今の方が戦争も出来るし金も貰えるしウハウハなんだよォ。それをてめェの独断で俺の脱退を認めねぇってか?申し訳ないがそんなクソブラック企業はNG。良い人材は、良い企業、果ては良い国に集まる!傭兵ってのはそーいうもんなんだよォ!あんまりわがまま言ってるとぶち殺すぞ?オン?」

メイドの表情が、怒りに満ちている。自分を自由にさせない事に対する苛立ちか。

 しかし組織を抜ける事は容易でない。氷河族には血の掟のようなものがある。それを無視する事は、容易ではないのだ。

「お前の事は以前から疑問だった……やはり、ただの人間ではないな……噂で聞く、シンギュラルタイプという人間か……何故、お前のような人間にそのような力が宿っているのかが不明だが……その力があれば組織に大きく貢献出来ると、言うのに……!」

何故だろうか。アルンはいつしか、メイドの存在に対して冷や汗を掻いている。挑発的な発言や、人を小馬鹿にするような言葉を続けるこの男。

だが、何故この男からは妙な“恐怖”を感じるのか。この男が放つ独特のプレッシャーは、オールドタイプである筈のこの場に居る者達を蝕んでいる。それは、彼自身の特有の感覚なのかも知れない。

人間は特別な力を持たなくとも、本能的な怖さを感じる時がある。それは、自身にとって未知なる存在と出会った時だ。その時、人は本能的に恐怖する。今の彼等が、それに該当すると言えるのだ。

「足元震えてんぜェリーダーさんよォ。ま、俺はここから去る訳でよぉ。ばいちゃ!」

メイドは銃を構えながら後方に移動し、やがてこの場から去った。彼は、辞表を実際に提出する事なく、彼等にただ、別れを告げに来ただけなのだ。この際、彼がメンバーを撃たないのは、ある意味温情なのかも知れない。彼なりに組織に所属し、数年何度か共にしたメンバーだ。そうした人間を殺める事は、この男はしない。ただ、アルンに対しては威嚇射撃を行ったが。

 しかし、組織を勝手に辞める事は許されない。リーダーである彼が認めなければ、正式に脱退したとは言えない。故に、これはメイドが勝手に言った事だ。そして、彼は組織を裏切った者と認識される事になるのだ。これにより、組織の裏切り者は三名となった。ゼオン、ウィリア、そしてメイド。彼等の数は、残り四名となった訳である。

 

 

 

 それから時間が経過した。残されたメンバーはボスからの指示通りに、同場所に居続けていた。あれから二時間が経過したが、特に大きな動きはない。アルンはボスに連絡を取るも、通じない。一体、何故……?

「クソ!!!」

メイドの勝手な離反に対して何も出来なかった彼等。そして、ボスからの命令待ちと言う板挟み状態。これが何を示すのかは分からない。普段ならば冷静な筈のアルンが怒りを露わにし、その怒りは形となって現れる。

 

バリィン

 

勢いの余り、テーブルに置かれていたグラスを全て床に落とし、割った。彼の怒りが伝わる瞬間と、言えた。

 親愛なるボスの思惑も読めず、メンバーは次々と裏切り、死亡が続く状態。何故このような事になっているのか。今回の戦争を引き起こす引っ掛けを作り出すと言う貢献をした筈なのに、何故……まるで不当な扱いをされているようで、ならない。

「私は組織にずっと貢献してきたんだぞ……どれだけ多くの犠牲者が出そうとも、ボスに絶対の忠誠を誓ってきた……!あの時、戦後の荒れ果てた状況であの人は私に手を差し伸べた……!」

右手を振るわせるアルンは、過去の事を思い出す。彼の過去。戦前の事だ。今、氷河族の一部組織のリーダーとして行動している彼だが、戦前は今とは違う事をしてきた。

 

 

 

 アルン・ティーンズは、元々荒くれのMS乗りだった。言わば珍走団のような存在だ。戦時中ではあったが乗り捨てられた機体を利用し、盗賊行為のような事を繰り返していた。

 その一番の理由は貧困。彼には家族が居ない。故に、当時共に居たメンバー達が家族も同然と言えた。その中に、ジェルヴァチームのキャプテンであるゲイルの姿もあった。彼等の同郷は同じだったのだ。

 だが戦後になり、状況は悪化。先も見えない状況となった時に彼等はある人物に出会う。その人間こそ、ボスと呼べる人間だった。ハットを被り、その立ち振る舞いや丁寧で物腰の柔らかい印象を持ったという、ボスの存在。これが氷河族と言う組織が拡大していくきっかけとなる。戦後の混乱期を経て巨大な怪物に変貌した氷河族。アルン達はその際の組織のメンバーとして、行動しているに過ぎない。

 アルン達がボスに魅入られるのは至ってシンプルだった。自分達がどこかで劣等を感じていたが故に、その全てを持っていた存在が輝いて見えるのは当然だ。人が簡単に人を信用する事は本来難しいのだが、ボスはそれを行動で示した。

 こうした場所に人が集まるのは思いの外、簡単だった。戦後の不安という状況は人の判断基準を鈍らせ易い。そして、洗脳もし易い。荒れ果てた大地に、連邦政府という存在な信用出来ない状態。生き残った人々の不満は爆発するばかり。中でも、特に戦争被害に遭った人間達や、無垢な少年少女、将来不安を覚えた人間達を取り込むのは至って容易な話なのだ。

全ては戦争があったが故に生じた出来事と言える。

その上、ボスには人脈があった。そして、そのカリスマ性もあった。それらが多くの人間を巻き込み、巨大な組織へ変貌を遂げる事になるのだ。人の為に存在する慈善企業としてではなく、欲が渦巻き、裏切り者は粛清の対象とする、ある種の“ファミリー”として。

 普通に見ればこれが如何に異常かの判別は付く。しかし大勢の人間が組織に入っているとなれば、話は変わってくる。平和でない環境や治安の悪い場所で過ごした少年少女にとって、氷河族は憩いの場と言える環境になっていた。そして、次第に、反社会行動を起こしていくのである。

 厄介なのはこの組織に対し、連邦の存在が介入していないという事だ。あろう事か、有事をの際には組織の存在を利用し、マッチポンプ等を行うという始末。如何に戦後の世界情勢が異常であるかを物語っている。現に、アステル家のセントマリア号襲撃にもこの組織の存在が関わっており、闇の根が深い問題となっているのである。

 こうした組織の存在が公にならない原因の一つが、レヴィー・ダイルによる軍備増強だ。世界中で生じている問題を見て見ぬふりをし、ただ、軍備増強を続けて行った結果の成れの果てである。

 

 

 

リーダーのアルンが居ない部屋で、彼以外のメンバー、三人が集まっていた。今の彼の苛立ちに対して気を遣っている様子だったのだ。

「メイドの奴は離脱。ウィリアもどこに居るのか不明。とんだ状況だな。にしてもいつまでここに居させられるのか。全く、ボスの思惑が分からねえな。」

ジュラードは言う。皆、それに対してどこか、納得してる様子だった。しかし一人、子供のミルフはこの状況が分かっていないようである。

「おまけにリーダーがあの様子……ただでさえ裏切りとかが続いていた状況で、メイド、余計な事をしてくれたわね。」

ニーアが冷静な様子で言う。が、この状況が問題であることには変わりなく、内心では焦りを感じていた。

「なんか、変な感じだよ……メイドはともかく、ウィリアは優しかったのに、なんであんな事……」

ミルフが、視線を落として言った

「あいつは一番謎な所があったからな。メイドもそうだが。うちのメンバーは統一が出来ていない所が強いからな。皆が自由に動き過ぎた。しかし、それがメンバーで居られる秘訣でもあった。」

「にしても、ウィリアもメイドもどうしてこんな状況になったのかしらね……」

「知らねえよ。そして、メイドを追わずに何故ここに居続けるのかも謎だ。裏切り者は抹殺するのではないのか?」

「それは、リーダーの命令だからよ。」

何故メンバーがこのような場所を指定され、その上で待機させられているのかが不明な状況。そのフラストレーションは、募るばかりだ。寧ろメイドの離反に対して行動をすべきではないのかとさえ考える。だがアルンがボスの命令を優先する為、彼等はそれに従うのみなのである――

 

                 バァンッ

 

その時だった。突如入口のドアが蹴り破られ、そのまま七人の人間が銃を構えて彼等の部屋に現れたのだ。見覚えのない人間が七人。いずれもが警察組織の人間とは思えない、スーツ姿。彼等は何者なのか。

入口に居るのはアルン一人だ。そこに居る人間達を見て、驚愕する、アルン。

「なんだ!?」

「はい、どーも。殺しに来たからな!」

七人の内の一人が言った。恐らくこの中のリーダー的存在だろう。突如出現したこの妙な男の存在。妙な男の存在に、アルンは両手を上げ、戸惑っている。

「貴様は……!?」

突然現れ、異様に馴れ馴れしさがある一方で、メンバーを殺すと宣言した妙な男。この男は一体何者なのか。

「グァン・ホーキーズ。アルン・ティーンズ。お前らを殺しに来た男だからな。」

男の名は、グァンと言った。身長はアルンよりも高く、顔立ちは凛々しく、銀色の長い髪が特徴で、黒いハットを被っているこの男。彼はアルンに対し、まるで見下しているかのように気味の悪い笑みを浮かべ続けていた。

隣の部屋で騒々しいことが起きているのを知った三人は、静かに聞き耳を立てる。アルンは一人しかいない状況で、銃を突きつけられている。理解の出来ない状況だ。一体、何が起きているのか。

そして、アルンはグァンと名乗る、その男を見て冷や汗を掻いている。あくまでも氷河族のリーダーを務めてきたこの男が恐れる、グァン。満面の笑顔の裏に秘めるその本心は一体何か。

「おいおいそんなに怖がるなって。お前も俺と同じ、組織のリーダーなんだろ?同じ仲間同士仲良くしようよー。」

そう言いながら銃を構えているグァン。言葉と行動が相まっていない。その気味の悪い笑みは何を意味するのか。アルンからすれば、理解の追いつかない事ばかりが起きている。

「私は貴様を知らないぞ……それに、一別組織のリーダーが何故ここに来る!?どういうつもりだ!?」

困惑するアルンに対し、グァンは言った。

「いや、だからさぁ、殺しに来たって言ってんじゃん。話聞けって。」

そう言いながら、グァンは笑顔を浮かべながら、銃を躊躇なく構え、弾を放った。メイドですら行わなかった凶行を、行った。弾はアルンの左肩に直撃。激痛により、肩を抑え、激痛に耐える、アルン。

「ぐぅっ!?」

痛みが彼を襲う。それにより、動けなくなる、アルン。

「次は右腕だからなー」

と、再び銃を構えた時、アルンが呼吸を荒げながら口を開いた。

「貴様……何故襲う!?私が何をしたというのだ!?」

当然とも言える疑問だ。

「あー、それだけどさ、連帯責任で全員に死んでもらう事になったからな。」

「連帯責任だと!?」

聞き覚えも、身に覚えのない言葉だった。何を持って連帯責任というのか。連帯責任と言う事は、グァンの標的はアルンだけでない。メンバー全員と言う事になる。

「クレーディト社の社長のノード・ベルンが殺されているって報告があって、色々と調べていたらお前の所の人間が社長の弟諸共殺したって話だからな!」

オークション会場での死闘の末、ウィリアは仇であるノードを殺した。だが、この事は既にボスに伝わっており、その粛清対象を、あろう事かアルンに仕向けて来たのである。それも、彼の所属するメンバー全員に対して……だ。

「知らないぞ……そんな事!」

「けど事実って聞いてるぜ?ま、何がどうであれ久し振りに仕事が出来るんだ!有り難く殺させてもらうからな!」

と、再び引き金が引かれようとした時――

 

「リーダー!」

そこへ、ニーアが姿を見せた。銃を構え、近くに居た一人の男の顔に向け、放ったのである。

 銃弾は直撃し、男は即死だった。それを見たグァンはすぐに、ニーアの腕を撃ち抜いた。

「ぐ……!?」

「ニーア!」

ニーアは腕を抑え、アルンは彼女を支えた。そして、更に銃弾が浴びせられようとしていた時、グァンがそれを止めた。

「何故出て来た!?奴の目的はメンバーの抹殺と言った!出て来る理由があるのか!?」

「リーダーが撃たれて黙って居られないわ!」

ニーアは人情に厚い人間でもあった。アルンの事はメイドと違い、慕っている。故に、彼女は危険と理解しながらもその身を出したのである。

「あああああ!!!俺とした事が、美人を撃っちまうとは!!俺は“形が整っている”美人だけは絶対に傷付けないって決めてたのに……くっそぉぉぉぉぉ!!!」

ニーアの怪我を見て、何故か錯乱状態になったグァンは、両手で頭を抱え、明らかに異常な素振りを見せた。他者が見ても明らかに妙な、この奇行に、違和感を覚える二人。

 

パァンッ

 

その時、グァンは側に居た別の男の胸と、頭を撃ち抜いた。あろう事か、味方である筈の人間を撃ち殺したのである。そのまま後ろに倒れる、スーツの男。これにより、残る男はグァンを含め、五人。それよりも、この男は何がしたいのか。

「仲間を殺した……!?」

グァンの理解出来ない行動に驚愕する、アルン。

「ふぅ~やっちまったから、とりあえず自省しないと駄目だからな!俺は自分が失敗したらその戒めを味方に向けてするようにしてるんだからな。そしたら戒めとして味方は居なくなるし、丁度良いハンディだからな?」

常軌を逸している。自ら勝手なルールを作り、それが失敗したと言う事で仲間を躊躇なく殺す男。それが、グァン・ホーキーズなのだ。

「狂っている……狂っているぞ……お前!」

自らを殺しに来た筈の男に対し、怒りを感じているアルン。しかしグァンは動じる様子を見せない。

「にしても、随分慕われている様子だなアルン!そうだ、お前の人望に免じて、お前だけ先に殺してやるからな!」

グァンはニーアの行動に感銘を受けたのか、アルンに対してせめてもの情けを掛けようとしていた。この場にいるメンバーの全滅ではなく、アルンのみを殺そうと、決めていたのである。

「ニーア、逃げろ……!」

「しかし……」

「良いから、行け!奴が何故私達を殺すのかは不明だが、お前達を巻き込む事はしない!」

この時、ニーアはアルンの言葉に躊躇った。しかし目の前に居るのはハット帽を被り、銃を持っている男。それも、味方をも躊躇いなく撃つ、危険な男だ。

「ごめんなさい……リーダー……!」

まるでこの場から逃げるように、ニーアは下がる。グァンは、それをただ、静かに見守っていた。

 

やがてこの場にはグァンを含めた構成員五人と、アルンだけがいる状況となった。既に殺されたメンバーが二人。内一人は理不尽な状態で殺されている。その中で、アルンは改めてグァンに、ここに来た目的を尋ねた。

「貴様がここに来た理由は何だ……?誰の命令だ?まさか、独断ではあるまい!?」

同じ構成員の人間が殺しに来ると言う事は、本来ならば裏切り行為やスパイ行為が発覚した時以外では考えにくい。誰がグァン・ホーキーズに指示を下したと言うのだろうか。

「それねー、ボスの命令なんだよ。」

「ボスの……命令だと!?」

アルンは衝撃を受けた。自らが崇拝するボスの存在。

 まさか、今回グァンが彼等を殺すように命令したのは、あろう事か、アルンが崇拝している筈の、ボスだったと言う訳なのである。

「待て……ボスがこの部屋に私達に来るように命令したのは……まさか……?」

嫌な予感が、過った。この場所に集合するように言われたアルン。だが実際に部屋に集まっても何の指示もない。次の指示を待っていた矢先に、グァン・ホーキーズが現れた。これが何を示すのか。答えは一つ――

「ボスは、私達を殺す為にここに呼んだというのか……!?」

ボスの存在を慕っていたアルンにとって、ボスから裏切られたも同然と言えた。ボスは、アルン達を消す気でこの場所に呼んだのである。そして、その処刑を行うのは、目の前に居るグァン・ホーキーズという訳なのだ。

「そうだよ。残念だったねぇ。そして、俺はボスの命令でパニッシャーとしてここに来た訳だからな!」

彼は、メイドと同じ、“パニッシャー”であった。しかも、この男の場合はアルンとは異なる組織のリーダーを務めている上での、パニッシャーである。

「ま、要するに、クレーディト社の社長を殺した裏切り者が“恐らく”お前の所に所属している人間がやらかしやがったから、連帯責任として始末しろってこったよ!お前の所の飼い犬に手を噛まれちまったな!と言う訳で、ばらばらにして骨粉にしてやるぜぇ!ヒャハハハ!」

猟奇的な発言をする、グァン。舌を舐めまわし、アルンに、迫る。その発言も、理解出来ない内容ばかりだ。

「貴様ぁ!!!」

怒りが頂点に達したアルンはすぐに銃をグァンに向けて撃った。が、それに対抗するようにグァンも素早く銃をアルンに向けて撃つ。この攻撃で彼の右腕が負傷してしまった。

「ぐぁ……!」

アルンの右腕に激痛が走る。一方のグァンは、ダメージを負っていないようだった。

「残念だけどな!死ぬのはお前だよ!!」

と、グァンは身動きが取れないアルンに向かい、そのまま銃を二丁、いずれも彼の頸部に突きつけたのだ。

「もう銃が撃てないからな!利き腕だろ!右腕!」

迫る絶望。グァンという猟奇的な男に襲われ、今、まさにアルンは殺されようとしていた。

しかしグァンは簡単に殺そうとはせず、アルンの首元に二つの銃を突き付けながら、突然口を開いた。

「そういやぁさ、同じリーダーやってたなら知っていただろうけどさ、あいつは生きてるのかねぇ?ゲイル・ゼノイア・バーダって居たろ。俺が半殺しに陥れてやったんだけどな。逃げやがったんだよあいつ!!後少しで骨粉にしてやるトコだったのにな!!あの野郎、ボスへの恩を忘れる野郎だったぜぇ。」

「ゲイル……が……?」

アルンとゲイルは知人同士だ。故に、それを聞いて驚愕したのである。

ゲイルの話を始めたグァン。ゲイルは現在ジェルヴァチームを率いて氷河族や新生連邦と戦っている。彼は、かつてアルンの仲間だったのだ。その経緯でゲイルも氷河族に入り、そして今はその氷河族を裏切って戦い続けているという訳である。

「ゲイルの野郎が組織を裏切った時も連帯責任で皆殺しにしようと思ってたんだけどなぁ、なんとなんと!かつての部下だった連中の殆どが皆が氷河族に居続けて、ゲイルを殺す為に行動してるんだぜ!?見上げた忠誠心!俺は感心した!と同時にゲイルって奴は人望が殆ど無かったんだぜ!ま、一部寝返った連中は皆殺しになったけどな!」

ゲイルが率いていたメンバーの一部は彼に付いて行ったが、大半が彼を裏切った。かつての部下から追われている身だ。部下達は何をもってゲイルと戦っているのかは分からない。本当にゲイルを見限ったのか、それとも目の前の危険人物であるグァンを恐れて氷河族に所属せざるを得なかったのかは不明だ。

 この時、アルンは恐らく、後者だと考えていた。味方をも躊躇なく殺害するこの男は、恐らくゲイルの部下達を脅したのだろう。

「今頃奴は何しているのかは分からないけどなぁ。」

氷河族は裏切り者には容赦しない。グァンのように、一部組織の中で裏切り者が生じれば、連帯責任として殺傷のターゲットにされる。そして、グァンはそれを、楽しんでいる。

「ま、今はてめぇだけどな!アルン・ティーンズ!」

 

ドゴッ

 

グァンは、身動きが取れないアルンの肩を思いきり蹴った。撃たれた場所であり、激痛を訴えるアルン。サディスティックな性格の男は、彼の苦悶に満ちた声を聞いて喜んでいるのだ。

「がああ!」

「オラァ、ドンドンやっちゃうよー?」

と、言った時、グァンは内ポケットからナイフを取り出し、柄を柔く掴んではアルンの脇腹部に目掛け、その刃を向かわせるようにした。

 それはふわり、と落ちていき、ナイフが刺さる。まるで、それを楽しんでいるかのように、グァンは笑顔を見せたのだ。

「ぐぅぅ!」

「うへぇ!血まみれ!!勃っちまったよォー」

言葉遣いも明らかに常軌を逸している。この姿に、背後に居たスーツの男達も、やや引いている様子だった。この時、グァンの股間部が異様に怒張している様子だった。苦しむアルンを見て、悦びを感じているのだろうか。

「よぉし、お前等一発ずつ銃弾撃つ事を許可する!ただし殺すなよ?頭心臓以外は撃て!ゴーモンタイムの始まりってな!ヒャハハハハハ!」

グァンはハットを取り、くるくると回転させながら上機嫌な様子で言った。人が苦しむ姿を喜ぶ根っからのサディスト、グァン。そして、目の前で苦しんでいるアルンを見て、喜んでいるのだ。

 後ろに居た四人は、それぞれ一発ずつ、銃弾を放った。右肩部、左膝部、右膝部、そして右足部と、致命傷にならない程度にいずれもが放たれる。無論、苦しみ悶えるアルンだが、グァンはこれを見て大いに喜んでいるのだ。

「うへっへへへ!おーい、まだ喋れるかぁ?ボスに裏切られたアルンさん!」

床一面が彼の血液で覆われている。最早、身動きを取る事も出来ない状態のアルン。瀕死状態と言っても過言ではなかった。

 自身が信じていたボスに裏切られ、あろう事かボスの差し金であるパニッシャーの男にやりたい放題やられてしまっている状態だ。アルンは今、何も出来ない。意識が朦朧とする中、痛みに耐えている。辛うじて意識を保っている状態だった。

 その時、グァンはアルンの髪を引っ張り、無理に視線を合わせようとしたのである。

「あー、くたばる前に一つ、聞いときたい事があるんだからな!」

何を聞こうというのか。この、瀕死の状態の男に対して……

「てめぇの所のウィリア・ラーゲン。どこに居んだ?」

グァンは、アルンの所属にウィリアが居る事を分かっていた。それが何故なのかは不明だが、アルンにはそれを答えようにも、裏切られたとしか、言い様がない。

「……知らない……私には、何も……」

ウィリアはアルンを裏切った。その筈なのに、何故“知らない”と言ったのか。

 合理的に考えるならば、ウィリアは組織を裏切った人間として排除の対象になる。そうとなれば、グァンに殺させるように仕向ける方が良い。

 だが彼はそれを、あえて言わなかった。そこには、彼の意地があったのである。目の前に居るパニッシャーに殺されるぐらいならば、自らの手で殺す。そう、考えた為にウィリアを庇ったのだ。

「知らバックレんじゃねえよ!」

 

ドゴッ

 

瀕死状態の男に対し、更に蹴りを入れる、残虐な男。

「知っていたとしても、言うつもりは……ない……」

これは、アルンの意地だ。自分の命は尽きるかも知れない。しかし、この男に情報を吐露して命乞いをする気は、無い。

「なあ、アルン!あの女はさァ、お前の所の所属の構成員の筈なのにさ、全然、“反応”しやがらねぇのよー。けどオスロでクレーディトの社長が殺された時に残された画像データ見てたら、ウィリアに似た人間がやらかしているのを見たんだよね!そこからあの女がやらかしたって話だぜ!」

何の話をしているのか。反応とは、どう言う事か。そして、何故グァンは“ウィリア”と馴れ馴れしい様子で言っているのか。

「何を……言っている……?」

当然の疑問だ。しかし、グァンは躊躇なくアルンの頭を踏み付け、邪悪な笑みを浮かべる。

「あの女は。色々と訳ありでよォ。あだもー、てめえが知らバックレるから殺すしかないからな!!」

 

ジャキンッ

 

ウィリアを知らないと答えたアルン。その制裁が、今加えられようとしている。グァンの右示指に、引っ掛けている引き金が引かれて行く――

(いや、待てよ……まさか……!?)

 

パァンッ

 

銃声が響いた。グァンが、伏臥位で倒れているアルンの肩甲帯中心部を目掛け、銃弾を放ったのである。位置としては、心臓の位置。これにより、胸からおびただしい量の血液が溢れ出た。

「うはー、流石にグログロですっ!」

胸部を討たれ、激痛を訴えるアルン。最早、彼は声を出す事すら出来ない状態となっていた。朦朧とする意識の中、アルンはグァンを睨み続けた。しかしグァンは彼の行為を踏みにじ

るように、彼の頭に向け、唾を掛けた。

「何睨んでんだよオイ。てめえの今の姿はな、まさにお化け屋敷のバケモンなんだよ!まさに人間じゃねえ!子供が見たら大泣きするぜ。」

「貴……様……!」

激痛を訴えるアルン。それとは対照的な、グァンの狂気的な笑顔。

「ま、このまま出血多量でご臨終だろうさ!おい、引き上げるぜ。」

その時、グァンは妙な事を言い出した。ボスからの依頼はアルン達の抹殺の筈。何故、メンバーが居ると分かっているのに撤退を開始したのか。

「リーダー、他の連中は追わなくて良いんですか?」

一人のスーツの男が、聞いた。

「どの道、嫌でもこいつらの“居場所”は分かるんだよ。あいつらがゲドゲドの恐怖面で逃げ惑う鬼ごっこをちょっとやろうと思ってさぁ!ボスからはいついつまでに殺せって期限、なかっただろ?」

「確かに、そうですが……」

この男は、殺す事を楽しんでいる。一方で、先のアルンのように、苦しみ悶えている様子を見て、喜ぶ。そういった男だ。

 人を殺す事を行うだけならば、銃弾を用いて殺せばよい。だがこの男の場合、方法が余りに猟奇的だ。ただ、殺めるだけでなく、その人間が苦しみ悶えるのを見届けるという辺りが、余りに残酷なのである。ゲイルが彼に捕まり、殺され掛けた時は、この時間を掛けて殺すという拘り故に、逃がしてしまったという事がある程なのだ。

 一見すればそれは組織側から見れば非効率的に見えるが、より、恐怖を、そして、より、異常性を見せつけるという意味では、この男のやり方と言うのはある意味理に適っているのだ。

「こいつはもう先は長くねぇや。こいつはほっとこ。さて、撤収するからな。」

あろう事か、グァンは死にかけているアルン一人置いて、この場を去ろうとしているのだ。ボスの為に忠実でいる訳ではないというのか。部下達も、この男の意図が理解出来ない様子だったのである。

 

 

 

その後、グァン達は撤収を開始した。そこで、一人、何も動けなくなったアルンはただ茫然とその場にいた。まだ生きてはいたが、出血が止まらず、段々と意識が失われていく。

激しい痛みに襲われているアルン。出血は止まらず、身動きもとれないまま傷を押さえている。しかし押さえている手も赤く染まっていく。

「リーダー!」

彼を心配する声が、部屋の奥から聞こえてきた。ニーア、ジュラード、ミルフの三名が駆け寄ってきたのである。

やがて側にいたニーアがアルンの容態を伺う。彼女の自らの怪我は包帯を巻き、応急処置を済ませた。だが一方のアルンは、おびただしい出血量で、このまま放置すれば確実に、死に至るものだった。

「気を……つけ……ろ……し……るし……に……」

 それが、アルン・ティーンズの最期のメッセージだった。彼は最期の力を振り絞り、メンバー達に言葉を伝えたのである。

 アルン・ティーンズ。氷河族の一部組織のリーダー。戦後より巨大な組織となった氷河族の中で、一際個性的なメンバーを集め、その中で組織の為に様々な暗躍を行ってきた、男。チームのメンバーは統率が取れているものとは言えない者ばかりだが、それでも組織の為に貢献をしてきた。フォン・ヤマグチの暗殺から始まったアルメジャン紛争を引き起こしたのも、紛れもなく彼等の恩恵があったが故なのである。

 だがその中で、最後はグァン・ホーキーズという名のパニッシャーによって殺された。クレーディト社社長の殺害の連帯責任として。それから全く抵抗が出来ないまま、アルンは死んだのだ。

「リーダーが、死んだ……もう、滅茶苦茶よ……」

メイドが離反、ウィリアも裏切り、そして組織のリーダーが死亡するという状況。そして、彼を殺したグァン・ホーキーズは次の標的を、彼等にした。

「印……って言ってたよな。一体何の事だ?」

ジュラードはふと、呟いた。アルンが最期に言っていた言葉、印。それが何を示すのかは、分からない。

「でも、これで私達にも疑問が出てくるわ……さっきの男は私達を殺そうとした筈なのに、どうして見逃してくれたのかしら。」

「罠か……あるいは、“いつでも殺せる”っていう舐めた真似をしているとしか、言い様がない。」

「そんなの、恐ろしいわ……何をもってそう言えるのかが、分からない。」

ニーアが言った。

「それがさっきの男の思惑だとしたら?俺達はどうしようもないぞ。とにかく、逃げるしかない。地球上か、或いは宇宙か。それは不明だがな。」

と、ジュラードが言った時、ミルフが言った。

「ねえ、どうしたら良いの?分からないよ……」

自ら人を殺める、傷を付ける事をしてきたミルフだが、先のアルンの惨状を見て、考えが変わった。殺される。それも、先のような酷いやり方で死ぬと言うのは、彼女自身も恐ろしいと考えていた為である。

「逃げるしかねぇよ。クソ、そう言う意味ではメイドの野郎が逃げたのは正解だったって訳か!奴も今頃あいつに追われる身になってるって訳だ……」

ジュラードは、床を思い切り叩き、悔いた様子を見せたのだ。

「ねぇ、ところでさっきの奴はウィリアの事を言っていたわよね。」

ふと、ニーアが言った。ウィリアの事。ノード・ベルンを殺害したのは彼女ではないかと言う話だ。

 それ自体は事実なのだが、ここでグァンがウィリアの事について語った事に、疑問を抱いている。

「あいつがどうあれ、裏切り者である事に変わりはねぇよ……クソッ、逃げるしかねぇのか……あのハット野郎から。」

絶望に浸る三人。だが、今は逃げるしか、無い。

「おい、二手に分かれるぞ。俺はミルフと一緒に行動する。お前は単独で。まとまる方が危険だ。」

今は逃げるしかない。グァンという危険な男から逃げる為に……必死になって。

全ては自分達のボスによって仕組まれているという事。ボスの命令で死ねと言われた彼等は、今は逃げるしか出来ないのだ。

(ノード・ベルンが何者かに殺害されたのは知っている……あいつの言っていた事がもし、本当で、以前彼女が言っていた事が本当に実行されたのだとしたら……)

一抹の不安が過ぎったニーア。ノード・ベルンの件に関しては、ウィリアと酒を酌み交わした際に彼女が言っていた事だ。それがもし、現実に起きたと言うのなら?その為に自分達が命を狙われる身になるとするなら?全てが該当する可能性は高い。

 しかし、今はパニッシャーの魔の手から逃げるしかない。ウィリアには聞きたい事があるのだが、彼等にとってはセイントバードの場所も不明だ。まずは身の安全を確保しなければならないのだ。

「ジュラード、守ってくれるの?」

ミルフが、言った。

「“頼まれてる”のさ。色々とな……」

これが、何を意味するのかは不明だが、ジュラードの表情はミルフを見て、決意を固めているように見える。鋭い眼に映るミルフと言う少女が、捉えて離れない。

彼等にとって、悪魔との壮絶な逃亡劇が始まるのだった――

 




第六十七話、投了。
パニッシャー、グァン・ホーキーズ襲来。本作屈指の胸糞キャラであり、残忍なキャラクターの登場です。


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第六十八話 未知なる光

ヴァイダーガンダムがオーストラリアで確認された事を受け、その猛威を防ごうとする為にアステル家、国連と協力する事になったセイントバードチーム。
この中で、レイはツヴァイを駆り、重要なポジションに任命される。



「各部チェック、完了」

「Gハイ・バッテリー機構動力関係ノー・プロブレム」

「バインダー各部稼働良好」

整備兵達の点検の声が聞こえる。全てが順調な様子の、ヴァイダーガンダム。それを見て、ただ、フークは不敵な笑みを浮かべていた。

ヴァイダーガンダム。かつてロンドンの地を廃墟に変えた恐るべきジェノサイド・マシン。この巨体の足元に、フーク・カズロブが存在していた。

「カズロブ大佐、ご無沙汰しております。」

「どうもです、大佐ぁ。」

そこへ、チェーニ姉妹がフークの傍に現れた。二人とも敬礼を行い、フークに挨拶をする。

「久しぶりだな。しかし、君達とはよく同じ部隊になるな。今回は短期決戦だ。七十二時間程度時間を置き、リノアスの〝脳の状態〟を確認した後に一気に国連を攻める予定だ。」

「肝に銘じます。私達の出来る事を、して行くつもりですわ。その上であの兵器の破壊力を、しかと目に焼き付けて行きます。」

フォリアがそう言った後、リンセと共にこの場から去る。巨大兵器ヴァイダーガンダムは、その凶悪とも言える面構えのまま、待機している。整備を行っている整備士達はこの巨体の存在にただ、圧巻されるばかりである。

 

その後、部屋に着いた姉妹はシャワーを浴びて短い休息を味わう事にした。二人揃ってシャワーを浴び、互いに接吻を交わす姉妹。彼女達は姉妹ではあるが、一方で互いに愛情を感じている仲でもあるのだ。誰にも邪魔されない、二人だけの時間は彼女達にとって、大変貴重な時間である。

やがて下着姿になり、姉妹がベッドでくつろいでいる時、姉のフォリアが突然、一枚の写真を妹のリンセに見せた。

「お姉様、それは?」

その写真には雲の中に隠れてる影のようなものが映っていた。よく見れば、それは何かの戦艦であることが分かる。

「これはね、実はセイントバードの写真。くっきりとは見えにくいけどね……。形からして間違いないわ。」

「と言うか……その写真いつ撮ったのかしら?」

「今日の昼間。最新型の超遠距離用のカメラで撮影したものよ。軍の物を借りたのだけれど、たまたま覗いたらそれが映っていた。」

いつの間にか、その高性能カメラを使って撮影していたフォリア。そのカメラは明らかに距離があるものでも、形が分かるように撮影が出来る優れものだった。しかしリンセは姉の事を褒め出した。

「凄いわお姉様!流石!」

「私を褒めるべきじゃないと思うけど……」

「あ……でもそれがセイントバードって保証はないんじゃないの?だってあれは元々新生連邦のヒエラクス級の一つでしょう?新生連邦軍のものって考えもあるんじゃないかしら。」

リンセの言う通りである。いくら高性能カメラで撮影したものとは言え、その写真は形しか分からない。従って、セイントバードと断定するのは早いのだ。が、フォリアは右示指を横に往復させて笑みを浮かべた。

「ところがね、確信があるのよ。位置がこちらに向かっていない。もし新生連邦のヒエラクス級なら普通、正面がこの基地に向く筈でしょう?しかしこの写真は明らかに正面じゃない。側面。そして目的地は恐らく……国連の基地。あそこには既にアステル家の戦艦である、シュネルギアが停泊してるから、何らかの協力と言う形で向かってるんでしょうね。」

「それ、確証はあるの?」

「確証はないわ、推理よ。けれどもロンドンでヴァイダーガンダム打倒に協力していた様子を見ると……協力の可能性は非常に高い。恐らくヴァイダーの存在に気付いたと言ったところね。そして、あの中にある白いガンダムはヴァイダーの脚部を破壊していた。覚えてる?ロンドン襲撃の際に白いガンダムの強力な砲撃。」

「……あ!バリアーフィールドじゃ弾けないやつだよねー!?」

彼女達はロンドンにおけるヴァイダーガンダム襲撃にて撤退した後にツヴァイのプラズマカノンの砲撃を見ていたのだ。その破壊力でヴァイダーの脚部を破壊した瞬間を見て、フォリアは確信を持って次の言葉を言う。

「そして今回、セイントバードがアステル家に協力する理由……それは紛れもなく、ヴァイダーガンダムの破壊。それには白いガンダムのあの強力なキャノンが必要。だから今回協力する為にわざわざここまでやってきた……そんなところかしら。」

「す……凄過ぎる……お姉様、どうしてそれが分かるの!?」

「これも、推理よ。」

フォリアの推理はほぼ、完璧と言えた。セイントバードの位置関係からアステル家に協力すると言う事を推理し、その上理由もヴァイダー破壊と言う事も推理で当たっている。彼女の感の鋭さに、リンセは呆然とするばかりだった。

「そして白いガンダムのパイロットはレイ。レイ・キレス……。あの子があのガンダムのパイロット。そう、つまり……今度のヴァイダーガンダムによる短期決戦を成功させるには、白いガンダムのパイロットを殺す必要があるの。」

「ああ!成程!」

リンセは納得してフォリアを称えた。が、その時。フォリアは不気味な笑みを浮かべた後、スクッと立ち上がった。突然の行動に、リンセは疑問を抱く。

「お姉様?」

「リンセ、悪いけど数日間は帰ってこないわ。ごめんなさいね。」

そう言って彼女は急いで部屋を後にした。一人残されたリンセは、ただ茫然とドアの方向を見つめていた。

「せっかく二人きりの時間を過ごせると思ったのに……」

一人残されたリンセは、一人、頬を膨らませてじっと扉の方を眺めていた。

 

 

 

ダーウィンに向かっているセイントバードよりも先に既にここに着いていたシュネルギアは、国連の基地にその姿を格納していた。

やがてそこにいる、平和国の一部代表であるギア・ジェッパーが彼女を迎え入れた。ジンクのような威厳さがない人間であったが、眼鏡をかけており、〝知的〟と言うイメージが似合う男性だった。彼はジンク・アステルの友人でもあり、親交は深い。

「ジャンヌ嬢だね、話はジンクから聞いているよ。国連への協力、感謝するよ。……辛い話だが、国連も軍備を増強中でね。けど何も抵抗できる手段がないと、この地がロンドンの二の舞になりかねない。」

見た目通りの丁寧な男性だった。紳士的で、性格がジンクとは正反対だ。ジャンヌも淑女らしく、丁寧な挨拶を行った。

「いえ……あの殺戮兵器はあってはならないもの。いえ……それはあのガンダムに限った話ではありません。兵器と言う存在は本来無くす必要があるものです。けれども……これが現状です。争いが絶えないのが現状。」

戦争の辛さを語るジャンヌ。が、その言葉遣いに感心したのか、突然ギアは笑みを浮かべて彼女に言った。

「噂通りだ……ジャンヌ嬢。やはり貴方はジンクとは違う。律儀で美しい。ジンクのような頑固な人間とは違う。あの人は昔から頑固だった。貴族に似合わぬ頑固な人間で……苦労したものだ。やはり君は母親に似たんだろう。」

「え、ええ……よく言われますわ。」

困った表情を隠し切れない様子のジャンヌを見たギアは、自分の態度を改めた。彼の場合、何かに夢中になると周りが見えなくなると言う、どこか子供のような部分が残っている。

「失礼、取り乱してしまった。話を戻そう。確かに兵器は存在してはならないもの。増してや、平和主義を唱えるべきはずの平和国連盟が国連を利用して兵器を生産し、そして今では攻撃を仕掛けるまでに至ってしまっている。正直、私はギルス・パリシム議長のやり方には反対だ。しかし抗えない。彼が最高議長である以上、権限は絶対。抗う事があれば武力で制裁を加えられる。以前にもやり方に反発した一部代表を、刺客を送って暗殺したという黒い噂があるからね。あくまでも、噂だけれども。」

「刺客……ですか……?」

平和国連盟。平和主義を唱える彼等が扱うとは思えない存在、それが“刺客”だった。抗う者には刺客を送りこんで殺害すると言う非道。とても、今までの平和国のする事とは思えなかった。ジャンヌはこの事実を信じられず、ショックを隠し切れずにいた。

「無論だがこの事実は公表されていない。別の暗殺者に殺害されたってことで隠蔽された。結局、世の中は隠蔽だらけって事だ。新生連邦も大量虐殺を行ったのに、それらを隠蔽。世間を騙し続ける……これでは、もう新生連邦が悪だなんて決めつけられない。結局は隠し通すんだから、どうせ今度の戦いも、連中は〝なかったこと〟にするつもりなのだろう。」

平和国連盟と言う組織は新生連邦とほぼ、同規模な程組織としては広大だ。故に、様々な人間が居る。政治家と言う立場を利用して私利私欲に走る者も居る。そして、ギアの言うように平和国連盟は変わりつつあったのだ。それも、悪しき方向に。

「だからこそ……ジャンヌ嬢、お願いがある。平和国の事でショックなのは分かるが、今はそれを考えていてはならない。今は……奴等の大型ガンダムの破壊をする必要があるのさ。あれは、更なる悲劇を招く。あれを止めなければ、ならない。」

「ええ……全力を尽くさせて頂きます。これ以上犠牲は増やすわけにはいきません。ただ……やはり辛いです。結局は兵器を破壊する為には兵器を使うしかないと言う事です。」

「兵器には兵器……まあ、目には目をと言った感じだな。」

ギアは、静かに溜息を吐いた。彼も彼女と同じように、現在の状況に絶望していたのだ。

結局、新生連邦も今の国連も行っている事はなんら変わらない。そして世間の目を欺き続けている。

「隠し続ける事で平和に見せかける……今の平和国連盟は、まさに偽りの平和、そのものですわ……いえ……もしかすれば、兵器と言う存在がある時点で昔からそう呼べたのかも知れません……今回の作戦の鍵となるMSも、ある、少年が操る上で必要になる兵器なのですから。」

「ある、少年?」

「その少年を乗せた戦艦は、間もなくここに来るでしょう。そして、あの兵器の破壊の為に貢献をして下さる事でしょう。」

それは、レイの事だ。ヴァイダーガンダムの撃墜の為に、戦力が多い事は有難い事ではある。その中で、ギアがふと、口を開いた。

「その“少年”も気にはなるが、そう言えば君らの仲間の中に、アレン・レインドがいるね。ジンクから聞いている。デウス動乱では驚異的な活躍をした彼の存在は我々にとっても大きい。ただ、問題がある。彼の存在は有名であるがゆえに、新生連邦にも知られている。当然、連邦軍にかつて在籍していた事実があるのなら、敵に回せば厄介な事は明白だ。そんな彼が今、君が指揮をしている戦艦の中にいる。その事も敵は分かっている。つまり……今度の敵は巨大ガンダムによる殺戮攻撃だけで襲ってくるとは考えにくい。少なくても、以前のデータを見る限りそうだった。」

「データ……ですか?」

ギアは、ロンドン襲撃のデータを知っていたのだ。どういう経路で彼に知れ渡ったのかは分からない。ただ、彼がこの事を知っていたと言う事実が彼女にとっては驚くべき事だったのだ。

「本来ならあの巨大ガンダムの攻撃だけでも良かった。しかし、彼等はあえて多数の戦力を投入した。その理由は、アレン・レインド……彼の存在が大きく関係しているのでは……と、私は考えるね。」

ギアの台詞は正しく聞き取れる。アレンがいるからこそ、新生連邦も慎重になり、戦力を多数投入してくると言う考えも、あり得るのだ。しかし、今回に関してはジャンヌは異議を唱えた。

「ですが……彼等は今回アレンがいる事を知っているのでしょうか。少なくても新生連邦側のルートでこちらには来ませんでしたから、大丈夫だと思うのですが。」

ジャンヌがそう言うと、ギアは二度首を横に振って言った。

「ところがどっこい……既に見られているのさ。ルートも何も関係無い。見られている。間違いなく……ね。新生連邦の基地の高台にある監視塔は大陸周辺のデータを察知できる。だからシュネルギアの存在も既に彼等には気付かれていると言う事だ。だから、今度の戦いも気をつけた方がいいと言う事。」

「そんな……それで……」

戦いは激戦になる……それは紛れもない事実だ。目的は敵の巨大ガンダム。その筈なのに、また多数の戦力が投入されるため、戦わなければならない。ジャンヌは不安を覚えた。

 

「ジャンヌ」

その時、アレンが顔を見せた。MSの整備を手伝ってもらおうと思い、声を掛けたつもりだったが、その側に、ギアが居る事に気付かなかったようだ。

「まあ、アレン。」

アレンの存在に気付くジャンヌ。それと同時に、ギアがアレンに反応した。

「ああ、君がアレン・レインドかい。ジャンヌ嬢から聞いているよ。」

ギアは笑みを浮かべ、言った。

「あ……はい。」

「私がジンクの友人であるギア・ジェッパーだ。平和国連盟、豪州地区の一部代表を務めさせてもらっている。よろしく頼むよ。」

「はい、こちらこそ。」

そう言って、二人は握手を交わした。気さくな印象を持つ、ギア。

「アレン。貴方の事で心配な事があるのです。先程、ジェッパー氏とその事について話をしていました」

「俺の心配事?」

アレンは僅かに首を傾げる。その次に、ギアが一度咳払いを行い、〝心配事〟について話し始めた。

「君の存在だよ。君はエースパイロット。それもデウス動乱で他を圧倒する程の存在。だから英雄と言われる。アレン・レインドと聞いて、今を生きる軍人達にとっては知らない人間はいないだろう。」

アレンは軍人の中では有名人だ。特に連邦軍の中では伝説的存在として知られている程。それは総司令、レヴィー・ダイルがそうしたのかは不明ではあるが。

「今、君の存在は連邦軍に既に知られている。そしてかつて所属していた連邦軍にとって君は敵。無論、新生連邦は君の恐ろしさを理解している。ロンドンで巨大ガンダムによる襲撃があった時、本来ならあのガンダム一機で良かったはずだ。でも新生連邦は必要以上に多数のMSをあの戦いに導入してきた。何故だと思う?」

「それは……徹底的に攻撃する必要があったからでは?徹底的に攻撃を加えることで、オペレーション・デモリッション・クリエイションで失敗したことに対しての国連に対する戒めの為に攻撃を行ったと考えられますが。」

確かに、彼の言っている事は正しい。それを聞いて、ギアは無表情のまま二度頷くだけだ。

「確かに。しかし、新生連邦はシュネルギアの中にアレン。君が居ることを既に知っていたとすればどうなる?」

「確かに……何度か新生連邦の総司令とは戦っています。その時に知られ、軍内部で俺が生きていると言う事が知られてもおかしくはありません。」

「だろう。つまり、君がいれば敵もそれ相応の戦力を投入してくると言う事だ。気をつけて。別に君を攻めているわけではない。ただ、君が強すぎるから敵が恐れているだけなんだよ。」

アレンの強さ……それはデウス動乱で英雄として称えられるほどだ。そんな彼が敵に回れば無論、彼の実力を知る者は徹底して攻撃を強化してくるに違いない。彼は、自分自身の恐ろしさを、ギアに言われて実感するようになった。そして、ロンドン襲撃の事を思い出した。その瞬間、アレンの表情は蒼白した。

「俺が……あの大軍を呼び寄せた……と言う事ですか!?そんな……俺が……?」

「いや、そうと決まった訳ではない。ただ、可能性としてはあり得ると言っただけだ。普通、艦隊を一掃出来るような破壊力を秘めているあの兵器の上に、大量に戦力を投入するなどおかしい話だからね。それを今回豪州に用いてきたという事も恐ろしい話だが……」

彼の存在が敵に知られている以上は敵勢力も警戒をするのが普通だろう。故に、アレンは少しばかり苦悩していた。この時、彼は自らがデウス動乱の英雄と連邦軍内で呼ばれていた事を悔いた。

「俺は……自分の力の事を自覚していなかった……ロンドンの新生連邦の襲撃の際、俺が居ることで多数の戦力を投入し、結果的に被害者を増やしてしまったって事か……」

「アレン。その言葉はただの自惚れです。自らが可愛くて、強いと言わんばかりの発言はやめて下さい。」

自分の力故に、多くの敵を寄せてしまったと言う、アレン。もしそれが該当するのなら、自分の存在とは一体、何なのだろうか。何の為に戦っていると言えるのだろうか。

「もし、またここで奴が暴れてしまったとすれば、それは恐ろしい事になる……俺は、その責任の一端を背負っているって事になる……」

握り拳を作る、アレン。そして、それを見兼ねたジャンヌはその目で彼を睨み、アレンの正面に立った――

 

パシッ

 

彼女の手は、アレンを打った。彼の頬が赤く染まる。突然の行動に、アレンは驚愕した。

「……!?」

「自身を責めないで下さい。自分が悪いと思い続ければそれが後々に悪影響を及ぼします。責めてどうなりますか?不安な思いは貴方自身を死に追い遣ります。貴方はただ、自惚れているだけです。自身の強さが被害を招くという考えは、余りに愚かです。」

だが、アレンの事を理解している人間が居るならば、それを脅威に感じるのは分かり切っている話だ。彼女にそう言われた時、アレンは戸惑う。

「でも!俺が出撃すれば新生連邦はあのガンダム以外の大軍を率いてくるに決まってる!そんなんじゃ……また無駄に犠牲者が増えるだけなんだよ……こんなんじゃ……ダメなんだ……」

自信の罪が、深刻なものだと思っているアレンは、ただただ弱気になるしか出来なかった。今まではジャンヌがアレンの言葉に支えられたりした。しかし、今度は彼自身が弱気になってしまっている。どうにか、彼女は彼の調子を取り戻そうと考えた。

「仮に、貴方が出撃しなくてもシュネルギアの存在が確認された時点で新生連邦軍は大軍を率いてくるでしょう。……でしたら……戦いは避けられません。それでしたら……貴方は守る為に戦って下さい。」

彼女の言葉が、刺さる。守る為に戦うという言葉は、レイから聞いたものだ。

「あの少年……レイ・キレスは仲間を守る為に戦ってきたと、言っておりました。貴方はどうですか?貴方が強い力を持つのならば、その力を、人々を守る為に戦って下さい。それで死ねるのでしたら、貴方自身も本望でしょう?今回の件に関しては明らかに新生連邦に非があります。それを貴方が悪いと自分自身を攻める必要はないのです。アレン……どうか、落ち着いて下さい。」

「守る為……に?そうか……守る為……」

ジャンヌの言葉がアレンに強く響いたようだった。その様子を見ていたギアは、ジャンヌの言葉に感心していた。

「守る為に戦う事の何がいけないのでしょうか。この地で被害者を多く出す訳にはいきません。アレン、戦って下さい。」

「……そうだ、俺は……戦わないと……守る為に!」

ジャンヌの説得もあって、アレンはどうにか立ち直った。しかしこれで済ませてはいけない、自分はこれまで多くの人を犠牲にしてきたという事実に変わりはない、それは自分の中にしまっておこうと、内心では考えていた。だがジャンヌの言うように、今は落ち込んでいられないのだ。その間にも新生連邦はヴァイダーガンダムを整備している。そう思うと、アレンは急いでその部屋から出ようとした。

「どこへ?」

ジャンヌが彼を呼び止めると、アレンは笑みを浮かべてこう言った。

「ブライティスのチェックを行う。ジャンヌ、良かったら後でお願い出来る?」

「……ええ!」

ジャンヌも快くそれを受けた。するとアレンは部屋を後にし、シュネルギアのMSデッキに向かって行った。

「……では、ジャンヌ嬢も彼に付いて行くかい?」

「いえ、まだお話ししたい事がありますから。もう少ししてから彼のお手伝いを。」

「成程……ね。了解だよ。ああ、そうだ。後で基地の指令であるワーゲイン・スロウム大佐に挨拶をしておいてくれ。君らの事は既に彼等には伝えている。」

「ええ、分かりました。では、もう少しお話をしましょうか。」

「ああ、そうだね……。」

二人のやり取りを黙って見ていたギアは先程よりも穏やかな表情を浮かべ、そして静かにジャンヌと会話を続けるのだった。

 

 

 

その後、アレンはMSデッキに着いた。そこには国連のMS、ヴァントガンダムが多数配備されているのが確認出来た。

「国連に協力してくれるってんなら、喜んでヴァントを供給させてもらうよ。スロウム大佐の命令でもあるしね。」

「はは、そりゃどうも。」

国連の整備士とシュネルギアの整備士が会話をし、多数のヴァントガンダムを受け取って感謝の言葉を述べていた。その会話を聞いていた時、アイリィがアレンに近付いて来た。

「アレンさん!どこに行ってたんですか?アレンさんのガンダムの整備、手伝って欲しいってあの人達が言ってましたよ!」

と、アイリィが指を差したのはブライティスガンダムを整備中の二人の整備士だった。二人ともアレンに向かって手を振り、それに気付いたアレンは走ってその二人の元へ向かった。

「ああ、ありがとう!そうだ、手伝わないと……アイリィも自分の機体は見ておいた方がいいぞ!」

「私はもう済みましたー!」

「あ……そっか。そんじゃあ!」

「はいー!」

アイリィはリルムと別れる事になり、心の中では寂しさを感じていた。彼女は友人だったが故に、表面上では取り繕ってはいるが、実は寂しさで満ちている状態だったのだ。

 

―――――――――――――なんで、人を殺して喜べるの――――――――――――――

 

リルムの言葉が刺さる。彼女は若いが軍人だ。一方のリルムは民間人。この立場の違いが、彼女を苦悩させていたのである。

「どうある、べきなんだろなぁ……」

アイリィは、ふと、考えていた。

 

 

 

更に時間は経過し、セイントバード艦内はもうすぐダーウィンに着こうとしていた。幸いシーアの襲撃以外に新生連邦やMS乗りの襲撃はなかった為、航行は順調と言えた。

クルー達は航行の途中、休息をとった。レイもその内の一人だ。しかしレイは昨晩、久しぶりに例の悪夢を見た。それも、今まで以上に立体的で、本当に自分がそこにいたかのような感覚にさえ陥っていた。

 

――――――――――――――――見たのか――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――えっ――――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――悪い子だ、この子と一緒に死ななければ――――――――

 

――――――え……え……そんな……どうして……い、嫌だ……嫌だ―――――――――

 

―――――――――――――――――ダメだ、死ね―――――――――――――――

 

「ハッ!?……夢……か。と言うか、またあの夢か……。」

レイは目を覚ました。窓は美しい朝日を彼の部屋に照らしていた。太陽の明かりが眩しく、彼は思わず目を手で隠した。

「わ、眩しい……それより……最近見ないと思ったら……はぁ……初夢があの夢なんてやだなぁ……不吉っていうか……。さて、着替えないと。」

眠そうに目を擦りつつ、レイはベッドから降りてハンガーに掛けてあった私服に着替えた。その後で顔を洗う為に洗面所へ向かおうとした、その時。

『全クルーに告ぎます!まもなく、セイントバードは降下します!ショックに備えて下さい!』

インクの声が響いた。それを聞いた時、レイは急いで顔を洗った。その後、これからアレン達に会う事に対して若干焦りを覚えていた。

(遂にオーストラリアに……アレンさんやジャンヌさんに会うんだ……)

どこか、緊張している様子のレイ。シュネルギアで交わした彼等とのやり取りを思い出す。

 ジャンヌはレイに真相を伝えた。彼は、ツヴァイに乗らざるを得ない状況となった。そして、戦ってきた。セイントバードチームを、守る為に。

 彼女のやり方には納得はしていない。ただ、一つ、彼女が言った言葉がどうしても忘れられないのだ。

 

――――――――――――私達は本当に平和を望んでいます―――――――――――――

 

繰り返されるジャンヌの言葉は、レイを惑わせる。自分は置かれた状況に対し、どう在るべきなのか。守る為に戦う事が彼の役目なら、それを行うまで。しかし、ジャンヌは彼の力を、利用しようとしているに過ぎない。それがどうしても、納得出来ない部分があったのだ。

 いつまでもそれを気にしても仕方がないのは分かっている。だが、レイはこれから会う、彼女達に対してどのように振舞えば良いか、分からないで居たのだ。

 

 

 

やがて、セイントバードはダーウィンに着いた。彼等が降り立った場所は、国連が所有している、大規模な基地の中だった。光信号によって誘導された彼等は、無数のティアマット級が格納されている地下基地に艦を停止させ、全員が降りた。

降りた時、若干熱気が感じられた。レイは最初これを疑問に思ったが、すぐに納得した。

(あ……そっか、オーストラリアは違うんだ。今まで北半球だったから雪ばっかりで……つまり今オーストラリアは夏なんだ。)

一人、納得するレイ。しかし彼がそのような事を考えるのは、この先始まる戦いの前の余興に過ぎなかった。

やがて全員が降りると、目の前に現れたジャンヌが彼等を歓迎する形で笑みを浮かべ、言葉を述べた。

「ようこそ、ダーウィンへ。歓迎しますわ、エリィさん。」

「実際にお会いするのはお久し振りです。協力……ですね、ジャンヌさん。」

「ええ、どうしても貴方方の協力が必要です。特にツヴァイガンダム……あのガンダムの存在が。レイの存在は、必要不可欠なのです。ね、レイ。」

その中で、レイの顔をちらと見た。彼は、僅かに目線を合わせ、静かに会釈をする。

「リルムさんも、ご無事な様子で。何よりですわ。」

「あ……はい。」

どこか、気まずそうな表情を浮かべるリルム。彼女はアステル家に保護されていた身だ。レイの都合でセイントバードに移動する事になったが、どこか、顔を合わせ辛そうにしている。

「さて……新生連邦軍は既にヴァイダーガンダムの調整を完了させているという情報が入ってきました。そして、国連軍に対し、警告をしてきました。七十二時間後に降伏条件を飲まなければ戦闘状態に移行する……と。」

ダーウィンの地に到着したばかりではあるが、ジャンヌから悲報が聞かされる。七十二時間後……つまり、あと三日後にはこの地は火の海になると言う事。この事実に、クルー達は驚愕する。

「でも、こちらに来られたばかりでお疲れだと思われます。今は暫しの休暇を取って下さい。」

戦闘までは時間がある。これは、彼等にとっては救いと言える事だ。長旅を経て疲労していたクルー達は、それぞれの時間を過ごす事にしたのである。

「レイ、貴方にはお話がありますわ。」

ジャンヌがレイに声を掛けた。恐らくツヴァイの事だろう。そう言われ、レイは静かに頷いた。

「……はい。」

彼の表情は真剣そのものだ。ジャンヌと話をする事自体、レイにとっては真剣になる事である。

 無理もない。彼女がツヴァイを乗るように仕向け、それがきっかけとなり、今に至るのだ。しかし一方で、新生連邦の巨大兵器との戦いにも臨まなくてはならないという状況。レイの心の天秤が揺れている。

やがてレイはジャンヌに連れられ、移動する事になった。そこで、一人残された、リルム。

 

ポンッ

 

その時、彼女の肩を何者かが叩いた。すぐに振り向き、反応するリルム。

「リルム!?リルムだ!」

そこにはアイリィの姿があった。

「あ……アイリィさん……」

リルムは彼女と仲は良い。だが、あくまでも軍人だ。民間人と軍人の価値観の違いは一度

互いを悩ませていた。しかし実際にリルムの姿を見て、大いに喜んでいる様子だった。それ程に、会いたがっていたのである。

「セイントバードがここに来るって聞いたから、絶対に会えると思ってた!ねぇ、セインドバードはどう?居心地良い?」

「う、うん……」

戸惑うリルム。それを見たアイリィが、言った。

「ねー、この後自由行動でしょ?基地内にある露店に行かない?」

と、ぐいぐいとリルムの手を引っ張るアイリィ。本当に軍人なのかと思える程に、はしゃいでいる様子の彼女。

「そう言えば全然、露店とか行ってないなぁ……。」

アイリィは十七歳の新人兵士だ。国連に志願したのは彼女の意志である。とは言え、年頃の少女である事に変わりはない。買い物にも行きたいしおしゃれなどもしたい。彼女にとって休暇や休み時間はありがたい時間なのだ。つまり、本来はどこにでもいるごく普通の少女なのである。

「リルムと色々とお話ししたいよー!彼氏さんはジャンヌ様と用事があるみたいだし、ちょっとだけ良いかなー?」

「うん、それは大丈夫だけど……」

彼女のテンションの高さに翻弄されつつも、リルムはアイリィとの会話に応じたのである。

 三日後に戦闘になる前の、ほんの僅かな安らぎの時間。こうした時間も、貴重な時間と、言えるのだ。

 

 

 

 その後彼女達は基地内の露店に行き、そこでソフトクリームを購入した。北半球とは違い、南半球の暑さと冷たいソフトクリームの相性は、抜群と言えた。セイントバードで人が死ぬような出来事が続き、こうした時間をとる事が出来ていなかったリルムにとっては救いの時間であった。その中で、アイリィが言った。

「私ね、リルムに謝らないといけない事があるなって思った。」

「謝る事?」

アイリィはすソフトクリームを食べながら、言った。

「イェブレで敵を倒した時に喜んだりしたのを見て、落ち込んでたでしょ。リルムの立場とか考えずに色々と言いすぎたなって思っちゃった。ごめんね。」

それは、撃墜スコアを喜んだ時の話だ。アイリィは軍人であり、敵機体を撃破すればそれが賞与に反映される。故に喜んだ。

 だが実際は敵を倒すと言うことは、人殺しと同義だ。それが、リルムにとっては苦痛に感じられたのである。

「ううん、実は私もね、射撃っていうのかな……やった事があるの。戦艦の砲台からロボットを狙い撃つような事。」

「え……そうなの!?」

驚愕の事実に唖然とする、アイリィ。

「でも、あの場にいて分かった事があるの。多分、戦争とかって、やらないとやられるんだって思った。それが怖い事も、感じた……アイリィさんは、本当に大変な事をしているんだなって思ったの。」

「信じられない……リルムがそんな事したなんて……」

一見すれば信じられない、認められない内容の出来事であれ、このように言葉を交わし、話をする事で分かり合う事が出来る事もある。それには、時間を要するかも知れない。大切なのは、会話をし、互いに知っていくという事なのかも知れない。

 少しばかりの亀裂が走っていた両者の関係だが、実際にリルム自身もこうした経験をする事で、恐怖を感じつつも、それを受け入れていく事が出来ている。日常に居ればまず、行わなかったであろう出来事。それは褒められる事ではないが、行った。そして、アイリィの気持ちが、少しばかり分かった気がしたのである。

「私、スコアとか、そういう言い方はしないようにとは思ったよー。だって、なんか、相手を人間扱いしてないみたい。リルムに言われて、そう感じた。相手は人間なんだ……って。」

彼女が戦っている相手にも人間が乗っている。その事を忘れてはいけないと、アイリィはリルムの言葉を経て、感じ取ったのだ。

 しかし、迫る敵を倒さなければならないし、倒す事でそれがスコアとして加算され、給料としても反映される。だがそこに喜びを感じるのは、違うのだと、感じた。

「なんか、難しい話題なんだと思う。この世界って、人を殺したりしないと生きていけない世界なんだって思った。その……ね、幼馴染の彼氏っていうか、レイがそんな世界で活躍しているっていうのが、やっぱり信じられなくて。私にはそんなの、無理だよ。相手が居なくなるのも怖いし、殺されるなんてもっと怖いから……」

民間人ならば感じる、それらの感情は紛れもないものだ。戦場で恐怖を感じるのは当然。それが平気でいる人間など、居ない。

「でも、私はセインドバードに居て、そうした中で生きている人達を見て、話も聞いてきた。だから、アイリィさんは何も悪くないと思ってる。だって、アイリィさんのするべき事が、軍人として敵と戦う事なんでしょ?それを責めるなんて、私は見当違いな事をしてたんだなって思った。」

戦争で戦う者と、戦争と無縁だった者が仲良くなれば、こうした乖離が生じるのは必然だ。だが、互いに友人関係である以上はこうした乖離も受け入れなければならない。そこには他者が物を言う資格はない。あるのは、個人の価値観をどう、受け入れるかだ。

「リルム、少し見ない間になんか、変わったね。あの戦艦で、色々と経験したんだ。」

と、呟くアイリィ。彼女はソフトクリームを舐めながら、リルムの言葉を聞いている。

「だから、アイリィさんは気にしないで良いんだよ。その……三日後の戦闘にも参加するんでしょ?気を付けてね……アイリィさんの事、友達だと思ってるから!」

互いの立場が違えど、それを友人として見る事が出来る価値観を持つ事は理想だ。それが続けば、両者は永遠に友人で居られる。リルムとアイリィは、紛れもない、友人関係だ。

「リルムー!!」

リルムの言葉に感動したアイリィは、彼女を抱き寄せた。その際、ソフトクリームがリルムの頬に付き、彼女は冷たい感触を感じていた。

 この会話で、両者の溝は塞がったように見えた。それはリルムが未知なる世界での他者への理解を少しずつ深めていった事が何よりの証なのかも知れない。

「私、頑張るから!また、こうやってリルムとソフトクリーム、食べたいから!」

「うん、私も……!」

いつしか、リルムは自然な笑顔が浮かぶようになっていた。どのような状況であれ、相手を理解する。相手が軍人ならば、その立場を理解する。それが大切であると、少女は学んだのである。

 日常と戦場の違い。それが大きく異なるのは価値観だろう。だが、その関係性さえ抜きにすれば、そこに居るのは“人”だ。役目を全うする人間を理解する事こそが、相手を理解する事に繋がるのだと、リルムは感じ取っていたのである。

 

 

 

 一方のレイはジャンヌに呼び出され、シュネルギアに向かっていた。どこか、気まずい表情を浮かべているレイ。以前にシュネルギアブリッジ内で彼女に言い放った言葉を、気にしているのか。

 しかし彼自身もジャンヌに利用されたという事実がある。それを、どう解釈すべきかと、考えていた。移動の最中、互いに沈黙が続く。麗しい令嬢とレイと言う名の少女のような少年の組み合わせは、ある種、異色とも言えた。

 やがてシュネルギアのMSデッキ内に辿り着いた彼等。そこで、ツヴァイガンダムの姿を目の当たりにする事になる。

「凄い、全て復元してる……」

随分と久し振りに見るような気がする、元のツヴァイの姿。デスゲイズによって破壊された後、ヒパック村で応急処置を受けたそれは、改めて元の姿に戻っていたのであった。

「ツヴァイガンダムは完全に復元しました。全ての兵器が元の状態のまま、戦う事が出来るようになっております。後は、貴方が乗り込むだけの状態です。」

ここに来てジャンヌがようやく口を開いた。

「レイ、貴方にお聞きしたいのですが、今、どのような心境ですか。」

彼女の言葉がレイに聞かされる。ジャンヌはレイを利用しようとしていた。だが、その真意は全て、平和の為。彼女の言葉はレイを戸惑わせる。

「正直、混乱はしています。でもあのガンダムがまたあんな悲劇を起こすってなったら、やっぱり動くしかないと思いました。ジャンヌさんがどう、思うのかは知りません。でも、利用するとか、されるとかそう言う次元の話じゃなくなっているとは思ったんです。」

ツヴァイに乗る様に仕向けたのはジャンヌだ。それを選んだのは、レイ自身。そのように誘導された事に怒ったレイだが、結局彼がツヴァイに乗るのは変わりない。ならば、その責務を全うするまでなのだ。

「レイ、今は貴方にただ、感謝をしますわ。ありがとうございます。」

すると、ジャンヌは突如、レイに対して頭を下げたのだ。アステル家の令嬢である立場の彼女が、少年に対して頭を下げる。その行動に、レイは目を疑った。

「え……?」

「正直、貴方が乗ってくれなければどうなるかと、思っていましたの。今回の作戦はツヴァイガンダムの存在が大きく関与しております。それ故に。」

レイは、何度か瞬きをした。シュネルギアのブリッジで冷淡な発言をしていた彼女と、大きく違う。一体何があったというのだろうか。

「レイ、貴方が重要な役割を担う今度の作戦に快く賛同して下さった事には感謝しております。今までセイントバードでこの機体を預かっていた時、大変ではありませんでしたか?本来使える筈の兵器が使えない事等、トラブルも多く生じた事でしょう。」

レイがツヴァイに乗る事を了承した事を受け、ジャンヌは機体の説明をしていく。

「はい。確か、前の戦闘でプラズマカノンを撃ってから、粒子量がなくなっちゃった事とかありました。」

ロンドンでのヴァイダーガンダムの足止めをした収束型ブラスタープラズマカノンの粒子量は、あの戦闘以来使えなかった。何故ならば、プラズマ粒子の存在が必要となっていた為である。その間はブリッツファンネル等の武装で代用はしていたが、武装が全て使えない状態と言うのは、パイロットにとっては不利になり得る事もあるのだ。

「貴方には、改めてツヴァイの事について知っておく必要がありますわね。」

ジャンヌは微笑した様子で、言った。

「本来、ツヴァイのような機体を作り出すのは非常に難しいものとされておりました。しかし、ツヴァイはこれを実現しました。言わばこれは今までの技術以上に最新鋭のもの……このようなものを新生連邦は扱っていたと言う事になります。以前ロンドンを襲撃した巨大なガンダム……あのガンダムもプラズマカノンを更に巨大化したようなもので国連の艦隊を消滅させました。その上大量のブリッツファンネルや強力なビーム兵器による破壊行為を繰り返しました。つまり、あのガンダムにはツヴァイの技術も備わっていると言う事なのです。いえ……正確にはツヴァイの方がもっと後になって作られたと考えるべきでしょうか。」

「え、ツヴァイが……?」

レイはツヴァイの詳細を、よく知らない。ただジャンヌに授けられたと言う事実があっただけだ。

「本来ツヴァイは新生連邦上層部が極秘に開発していた最新鋭のMSでして、アインスガンダムのデータを基に開発が進められました。そして設計データが完成しました。その段階では形式番号も機体名称も不明だったのです。その存在に気付いた私達は新生連邦の情報機関をハッキングし、設計データを奪い、それを基に機体を組み立てていったのです。」

「設計データを奪ったんですか!?」

明かされる、ツヴァイ製造の秘密。そして、それを聞いて、レイはある事を思い出した。

 

 

――――――――――――――そのガンダムタイプは、我々が開発していた最新機体の発展型にする為のデータが流用されている筈―――――――――――――――――――――

 

 

オペレーション・デモリッション・クリエイションの際に総司令、レヴィー・ダイルが言っていた言葉だ。最新機体の発展型にする為のデータの流用。これはつまり、ツヴァイガンダムの事を指していたのである。

「貴方に託す新型を作る為に新生連邦の新型であるツヴァイを奪いました。やがて形式番号も決定し、以前にもお伝えしたように、名前も貴方の乗るアインスの次のガンダムと言う意味でツヴァイガンダムと名付けました。」

「それが理由……ですか。」

本来のツヴァイの事を知ったレイ。元々新生連邦が開発していた機体と言う事を知って、自分の機体は新生連邦関連のものばかりだ、と、内心で納得した。

「ここからは推測ですが、それの前駆となるMSが恐らく、あの巨大ガンダムですね。あのガンダムはツヴァイよりも以前に開発が進められていて、その技術の小型化に成功したのがツヴァイガンダムと言えます。」

「え……でもそれっておかしくないですか?あのガンダムってツヴァイより後で実際に投入されたんじゃ……?」

レイの疑問は正しい。確かにおかしいのだ。プラズマ粒子とビーム粒子の両立の小型化に成功したツヴァイが後に設定されたものだとすれば、矛盾が生じる。普通なら、ツヴァイよりも先にヴァイダーが戦場に投入されるはずなのだ。彼の抱く疑問に対し、ジャンヌは何気ない笑みを浮かべて言った。

「あの巨大ガンダム……即ちヴァイダーガンダムは、恐らくツヴァイ以前から開発は進められていたと考えれます。ですが、あれ程の機体を動かす為には多くのデータを要します。恐らく、それがツヴァイのデータ。それがアステル家に奪われた事に寄り、ロールアウトが遅れたと、考えます。本来ならば彼等の作戦であるオペレーション・デモリッション・クリエイション時に投入予定だったヴァイダーガンダムですが、それが失敗に終わって以後、その報復と言わんばかりにロンドンに対して砲撃を放った……そしてその初陣は華々しく飾ることに成功した……代わりに多くの犠牲者を伴いましたが。」

「じゃあ、本来は最初の宣戦布告の時にヴァイダーガンダムを投入する予定だったって事ですか?」

「ええ、恐らくは。短期決戦を考えていたのでしょう。ですが予定外の事が起きた……という事です。その矛先が、ロンドンに向けられたという事が、恐らく有力かと、思われます。」

明らかになるツヴァイの秘密に、レイはただ、驚愕するばかりだ。この機体が如何に強力な機体であり、そして、ヴァイダーガンダムの発展型に該当する機体である事も、理解が出来た。

「ですが、不思議なものですわ。貴方がこの一連の話に対して、理解が出来ているとは思いませんでした。やはり貴方には才能があるようですわね……驚きですわ……フフ……」

ジャンヌの言葉を聞き、レイは小馬鹿にされたような気分になった。彼の才能を見込んでの機体の筈なのに、何故そのような事を言うのか。レイは思わず反論してしまう。

「ば、馬鹿にしないで下さい!それぐらい分かりますよ!もう……」

「あらあら、ごめんなさい、フフ……」

この時、彼等の間に自然な会話が成立した。オペレーション・デモリッション・クリエイション後から成り立たなかった彼等の会話がここで成り立つというのは、不思議なものであった。

 これが契機となり、ジャンヌはレイに対し、その胸中を打ち明けて行く――

「レイ、貴方は私を軽蔑するのも無理はないと、考えていますわ。ツヴァイを乗る事になった経緯に関しては貴方自身、不快な思いをしたのは間違いないと言えます。ただ……現在も新生連邦はヴァイダーガンダムを実戦配備する為の準備を、恐らく着実に進めているでしょう。」

ジャンヌ自身も先の言葉がレイを傷つけた事を理解した様子で、言っていた。次第に彼女の言葉は柔らかいものになっていく。あの時の冷たい言葉は、何処へ行ったというのか。

「改めて申し上げます。それには貴方の力は是非とも必要です。せめて……今回だけで良いのです。お願いですレイ、力を……貸して下さい。貴方の力なしにあれを止めることは恐らく……不可能です。バリアーフィールドを全体に張り巡らしているあのMS……あれを突破するにはこちらもプラズマ粒子を所有したMSで対応する必要があります。そしてそれのパイロット。それは貴方。貴方の力で、多くの人達が救われるのです。お願いします、どうか……」

ジャンヌは涙を流した。レイはこの時、非常に困惑していた。彼を利用していた事に対して、許せない存在であるジャンヌなのだが、この涙を流すジャンヌは本意だと感じ取れた。

「レイ……私は貴方に対してあのように振舞ったのには理由があるのです……恐らく、貴方は純粋な人間だと思われます。だからこそ、その“真実”を知り、困惑をした筈です。ですが、それで良いのです。」

“真実”を知り、それが良いというのは、どう言う事なのか。

「それを知った上で、貴方は戦う事を選んでくれました。これは私自身になんの思惑もありません。ただ、純粋な気持ち。それだけなのですから……あの兵器を止めたいという、ただの気持ちなのです……」

「気持ち……ですか……?」

レイは彼女に聞いた。やはり、躊躇っている様子だ。

「私はアステル家の当主の娘。アステル家はデウス動乱時にデウス帝国に兵器を提供して来た一族です。それ故に、私達を恨む者が居るのは当然です。それ故に、私はどこかで人を、利用するような思考になっていたのでしょう……平和と言う言葉に囚われ過ぎていたのかも、知れません。それ故に貴方に不快な思いをさせてしまったのでしょうね……裏切り者が出るのも、当然なのかも知れませんわ……」

ジャンヌの精一杯の言葉が、彼に伝えられる。そしてこれを言われ、レイはどう感じるだろうか。改めて、困惑するだろうか。

確かに、ヴァイダーの襲撃は彼女の自分勝手な都合とは何の関係もない。それに、彼女は自身の事に対して省みている――そう思えば、レイ自身もやるせない気持ちになって来た。

「貴方は純粋です。私達は戦いの中で、貴方のような純粋な気持ちというのを忘れてしまったのかも知れませんわね……」

彼の中にあったジャンヌへの疑念、疑惑は次第に形を変えていき、やがては崩壊していく――

「……分かりました……僕は戦います。ツヴァイが使えるようになった今、僕もまともに戦う事が出来ます。ジャンヌさん、僕は守る為に戦います。今までだってそうでした。僕は何かを守る為に……ただ、一生懸命でした。今回も、僕は“守る為”に戦います。」

「ありがとうございます……レイ……。」

一度は分かり合えないであろうとされた存在同士であった両者が、分かり合えた瞬間だった。

 人の縁と言うのは何故、これ程に不思議なものなのだろうか。レイはジャンヌに対して嫌悪を抱いていた。しかし、今回ジャンヌが頭を下げ、涙を流して真相を語る事で、その嫌悪している状態の解決に至った。だが、ここに至るまでに時間を要した。それは、強大な敵が迫りつつある状況と言う事が起こした、ある意味奇跡的な出来事なのかも知れない。一つの強大な存在を倒す為には、協力者が必要だ。敵が現れた時、協力する者が居ればそれは心強い仲間となり得る。それが、心理と言うものなのであろうか。

 彼女は以前、彼に対して悪と見做されても良いと言った。その答えが、彼に語った真実だとして、それを彼が理解した時、互いの蟠りは消失するのだ。

 

 

 

その後、休憩時間は終わり、全員が国連基地前に集まった。そこへ司令官のワーゲイン・スロウムが現れ、国連兵は皆敬礼をした。この場には大勢の人間が居た。アステル家の人間達を始め、セイントバードチームや、国連兵等。その数は推定千名以上を上回る。

「今回の作戦に、協力を感謝する。さて、ジャンヌ嬢の協力をして下さると言うMS乗りのリーダーはどなたかな?」

「はい、私です。」

ワーゲインに呼ばれ、エリィはすかさず名乗り出た。するとワーゲインは前に出てくるように言う。言われるまま、彼女はギアの前まで歩き、止まった。

「ほぅ、若いな。」

じいっとエリィを見る、ワーゲイン。

「私はワーゲイン・スロウムだ。豪州地区の司令官を務めている者だ。さて、諸君らには本当に感謝している。ジャンヌ嬢が選ぶと言う事は、期待もして良いと言う事かな?」

「あ……ええと、ご期待に答えられるように尽くします。」

彼女は、自信ありげに堂々と言うのは控えた。あくまでも相手は軍なので、偉そうな態度は反感を買うかもしれないと思ったからだ。それ以前に、彼女自身こういった状況で自信ありげに言うのは苦手なのである。

「ともかく、期待はしている。敵は新生連邦……しかも、ロンドンを襲った巨大ガンダムだ。君たちは、一度そのガンダムと対峙して生き延びているらしいじゃないか。ジャンヌ嬢から聞いた。」

「はい。どうにか……ですが。それの阻止ならば、喜んで手伝わせていただきます!」

と、エリィは敬礼をした。それに合わせるように、クルーも全員敬礼をする。その中で唯一理解できていないメナンは、呆然とただ立っているだけだった。

その後、ワーゲインはその場から去った。代わりにジャンヌが彼女たちの前に現れた。そして、セイントバードチームやアステル家や国連の兵士達に対し、言葉を放つ。アレン達はこの様子をやや離れた場所で見ていた。

「今回の作戦の鍵を握るのは、ツヴァイガンダムです。あのMSのプラズマカノンを利用した作戦を行いたいと思います。他のMSは恐らく配備してくるであろう、MS部隊に対して迎撃を行って下さい。ロンドンの悲劇を、二度と繰り返してはなりません……絶対に。」

全員が、この言葉に対して敬礼を行った。皆、ロンドンの事はよく知っているのだ。凄まじい破壊力を持ったヴァイダーガンダム……その存在は、許してはならないと、ここにいた全員は改めて感じさせられた。

その後はMSの整備や、パイロットはシミュレーターで実戦を忘れないように訓練を勧められた。他の人間にも様々な仕事はあるので、それらを手伝わされることになる。

 

 

 

MSの整備が進む中、アレンはココットと共に基地の屋外に出て手すりにもたれていた。

恐らく休憩の為だろう。高所だった為、非常に風が心地よく感じられた。

「これからまた戦いが始まる。あのガンダムを阻止する為に……ココットも頑張って。俺も頑張るから。ココットももうあんな参事はごめんだろう?」

「うん……もちろんだよ!協力するもん。アレンの為に、そしてみんなの為だもん……ね!」

いつしか、二人は以前よりも仲が良くなっていた。理由は定かではないが、以前以上に二人の距離が密着しているように見える。さすがに、ガーストとプレーンのように公然で見せつける訳ではないが、それでもココットはアレンに近寄り、そのままもたれている。

何気ない、ただの恋人同士の密着。それらも、彼等にとっては戦いの前の安らぎと言えるだろう。

「あのね……アレン。」

「どうしたの?」

「私……アレンの役に……立ててるのかな?ただの恋人……で終わっていないかな?」

突然ココットは口を開いた。その際の表情は寂しげであった。

「何を言ってるんだよ、いきなり。」

「だって!だって……ジャンヌさんは艦長も務めて、整備も出来て……アレンの役に立ててる。だけど私は……どうなのかな……って……」

自分とジャンヌの差を感じていたココットは、二人しかいないこの場所で自分の気持ちを伝えた。それを聞いたアレンは少し笑いながら答えた。

「大丈夫、心配はいらないよ。ココットは居てくれるだけで良いんだ。それで、俺の役に立ってる。ココットが居るから、俺も頑張れるんだから。」

「本当……?」

「嘘は吐かない。」

アレンは笑顔でそう答える。その笑顔を見たココットは笑みを見せるが、内心では自分の存在意義について疑問を抱いていた。

(分からないよ……私は本当は居なくても良いんじゃないのかな……ただ居てくれるだけでいいなんて、あるとは思えない……)

心地良い風が吹く中、ココットは一人内心でアレンの気持ちが分からないまま、不安な様子を見せていた。

 

「アレン」

そこへ、二人の人間が姿を見せた。ガーストと、プレーンである。

「ガースト……」

久しぶりに再会する両者。だが、ガーストは、どこか冷めた目をしていた。

「久しぶりだな。ロンドンの時以来か。その……ダーウィンまで来てくれて、ありがとう。ジャンヌも感謝していた。セイントバードの皆が来てくれている事に対して。」

この時、アレンは握手を求めようとした。久しぶりの友人の再会に、彼は心底、喜びを感じていた。

 しかし、ガーストは彼の行動に対し、言った。

「悪いけど、お前とは握手する気になれねぇよ。」

「え――」

この時、彼の表情が凍り付いたように固まっていた。ガーストの冷たい言葉が、アレンを困惑させたのだ。

「セイントバードは確かに、あの巨大なガンダムを止める為に動くだろうさ。けどさ、“お前自身”は自分自身をコントロール、出来ているのかよ。」

「ガースト!」

ガーストの冷たい言葉を、プレーンが止めようとする。しかし、彼は止まらない。あのオペレーションの際に攻撃した事を、覚えているからである。

「ガースト、その件だが……今はいがみ合っている場合じゃないだろう?」

「うるせえよッ!」

 

ガッ

 

その、溢れた感情はガーストを暴走させる。思わずアレンの胸倉を掴み、じっと、彼を睨んだのだ。

 戦争終盤からの友人関係だった両者だが、以前のアレンの件が引き金となり、ガーストはアレンの事を信用出来ないで居たのである。

「ガースト、止めるネ!」

「ガースト君!」

ココットと、プレーンが止める。しかし、ガーストはその表情を変えず、怒りをアレンにぶつけている。

「俺自身はお前と戦う事に対して納得が出来ていない……そして、信用も出来てねぇんだよ……!アレン、俺はお前の邪魔をするとか、そういうのはする気はない。協力関係だからな。」

次第に、ガーストの感情が露になっていく。歯を食い縛り、怒りの表情が露呈していく。

「でもな!もし今度味方を巻き込むような事をすればただじゃ置かねぇことは分かっとけよ……!!」

と言った時、ガーストは胸倉を離した。まるで、アレンを振り払うかのように、振舞う。その際に反動で、後方に三歩後ずさりした。

「行こう、プレーン。少し基地内を回ろうぜ。」

と良いながらガーストは基地を移動する。プレーンは静かに、アレンとココットに会釈をし、ガーストに付いて行った。

 かつての友人同士は、アレンが引き起こした出来事がきっかけとなり、その友情に亀裂が走ってしまっていたのだ。ガーストは、レイの前で怒る事はしなかった。だが互いに知人同士である場では話は別だ。怒りをそのまま、本人にぶつける事が出来る。人間の感情とは、第三者が居ない環境で本性を出す事が出来るのだ。

 

 

 

 夕刻時になった。橙色に染まる空が幻想的な景色を映し出す時間。その時間、レイは少し、一人で移動していた。基地の中を見学しているレイ。このような状況でない限り、国連の基地と言った場所を見る事等無い為、彼にとっては貴重な光景となっているのだ。

 そこに置かれているMS、ヴァントガンダム。その機体はオペレーション・デモリッション・クリエイションの時に交戦したことがある。と言っても、彼は攻撃の意思は無かったのだが。

 それらと今度の戦いで共闘するという事は、彼にとってどこか、不思議な気分だったのだ。

「レイ……?」

その時、彼に声を掛ける、一人の男性の姿があった。その方向を振り返る、レイ。

「あ……えと……え……!?」

見覚えのある、その影。やがて姿を現していく影の正体。

 それは、ジュナスだった。父、ジュナスがこの場に居たのである。何という、偶然だろうか。

「やっぱり!レイじゃないか!どうしてこんな所に!?」

偶然だった。まさか、このような場所で父親に再会するなど思っても見なかったからだ。

「父さん!父さんなんだね!こんな所で会うなんて!」

レイは大きく喜んだ。このような場所で父親に会うとは思いもしなかった為である。このような偶然は、大いに喜ぶべきだ。彼は多くの経験をしている中で、初めての場所である、オーストラリア、ダーウィンでジュナスに再会出来た。なんという、運命だろうか。

「父さんこそ、どうして!?」

早速、理由を聞く、レイ。

「いや、ちょっと取材でね。特別に立ち入らせて貰ってるんだよ。けどまさかレイに会うとは思わなかったな……」

思えばモントリオールでフォリアに誘拐された時から突然行方をくらました為、恐らく相当心配した事だろう。その中で、まさかここで会える事は奇跡に近い。

「お前は、色々とあったんだろ。」

その時、ジュナスはまるでレイの様子を見透かすような表情を浮かべた。実際、彼はレイの状況を知っている。それ故に。

「……うん。」

それを信じ、レイは静かに頷いた。

「どうやら、色々と訳アリらしい。俺はあんまりお前の事を詮索しないようにするよ。」

父、ジュナスはまるでレイに気を遣うような姿勢を見せた。このような場所にレイが居るという事は、恐らく何かがあるのだろうと、察した為だ。

「それにさ、俺も次に仕事が残ってる。だからお前にあんまり構ってやれないんだ、悪い。」

と、ジュナスは申し訳なさそうな表情を浮かべた。彼は戦場ジャーナリストだ。世界各地が彼にとっての職場のようなものであり、それ故にジュナスは動かなければならない。

「あの、父さん――」

この時、レイは一つの事を聞こうとしていた。

 それは、ヒパック村の事。ヒパック村でシャルアやゼルに会った事。その事を言おうとするのだが――

「多分、お前は母さんの事が心配なんだろう。大丈夫だ。母さんの事は心配するな。お前はお前の事をしたら良い。じゃあな。」

と、走り去ってしまった。余程、急いでいたのだろう。そのタイミングで父親に会うなど、思っても見なかった。

 余りに僅かな時間。それは彼に寂しさを与える。だが僅かな時間とはいえ、父親に会えた事は何よりの喜びと言えた。

(そう言えば、お姉ちゃんはどうしているんだろう。オーストラリアで留学って聞いているけど……)

ふと、彼は姉であるリリアの事を思い出した。彼女は留学を四月からしている筈だ。しかし今の状況では、どのようになっているのかは分からない。それが、心配になってはいた。

 連絡を取りたい気持ちはあったが、自分がもしオーストラリアにいると分かった時、彼女は恐らく仰天するだろう。そうなれば、厄介な事になる。その為、レイは敢えて連絡を取らないでいたのだ。

 しかし、この地は戦場になる事を考えると、一人、心配だったのである。

 

 

 

やがて夜になった。ジャンヌ達はワーゲインに誘導され、彼等は豪勢なホテルに宿泊することになった。もちろんセイントバードチームも手厚い歓迎を受け、夕食も豪華と呼べる物を食べさせて貰えていた。天井にはシャンデリアがあり、他にも、装飾品が数多く並べられているその空間で、大勢で食事をすることになった。

その部屋は警備も厳重だった。数多くのガードマンやボディガードが、ドアや窓など、あらゆる場所に配備されていた。と言うのも、その部屋には豪州の一部代表である、ギア・ジェッパー本人が居た為である。彼の周辺にいる人間は皆、彼がよく知る信頼できる人物ばかりで、彼自身が知らない人間は誰一人としていない。皆ギアに忠誠を尽くしており、信頼関係が成り立っているのだ。

つまり、仮にボディガードが何かのスパイだったとして、ギアを殺そうとしてもそれは不可能に近いのだ。彼に近付く不審者は容赦なく抹殺される。そういう意味でも、この環境は一重に安全と言えた。ここにいる皆は、安心して食事を楽しむことが出来るのである。

また、司令官のワーゲインや副官のローフもこの部屋にいた。つまり、ジャンヌやセイントバードチームのメンバーは、相当優遇されている立場にあったのだ。彼等は来賓として、手厚い歓迎を受けていたのである。

「ようこそ諸君。私は平和国豪州地区の一部代表を務めるギア・ジェッパーです。諸君らは言うなら希望。だからこそ、優遇させてもらいました。遠慮なく、ゆっくりとして下さい。」

周りに多数のガードマンに囲まれたギアは、その場にいた全員に対して言った。彼はメディアに取り上げられる人物と言う事もあり、レイは実物を目の当たりにして驚いている様子だった。隣にいたリルムも、呆然とギアを見ている。

その直後、テーブルの上に、食事が一人ずつ配られた。いずれも豪勢で、高級そうな料理ばかりが並んでいる。

全てが並べられた時、食事の時間が始まり、全員黙々と食事を始めた。ただ一人、状況を分かっていないメナンがいたが、彼女は周りにいた人間に何度も声をかけるも、無視されて困惑していた様子だった。彼女から遠く離れた場所にレイやリルムがいた為、喋りたくても喋れない状態が続いた。

 

 

 

食事が終わり、彼等は用意された部屋へ向かった。この後は基本的にホテル内では自由行動で、リルムは仲の良いアイリィと同じ部屋へ遊びに行った。レイは一人部屋で静かに過ごすことにした。ガーストやプレーンは相変わらず同じ部屋にいた。これはアレンとココットにも言える話である。

その他にもスバキはエレンと同じ部屋に、エリィは一人で、ネルソンはミシェと夜酒を楽しんでいた。メナンはリルムと共に行動していた。ウィリアも一人、部屋でリハビリに励んでおり、スラッグとインクは別々の部屋で過ごした。その他の整備士達は仲の良い者同士が部屋でトランプや小さな賭博などをして有意義な時間を過ごしていた。

ヴァイダーガンダムが襲撃する……それまでの一時の時間。短い時間ではあるが、それでも決戦を控えている彼等からすれば、この時間は非常に大切な時間でもある。もしかすれば、今度の戦いで戦死してしまう可能性さえあるのだから。

このように、彼等が休憩している最中、ジャンヌはギアと再び会話をしていた。彼女を呼び出したのはギア本人であった為である。

「そう言えば、昼にも言っていたが、セイントバードチーム……だったか、そのチームの中にいる人間が、あのガンダムを操れるから、協力して貰ったそうだね。」

「ええ、ヴァイダーガンダムに対抗できる兵器を操る力を持っている少年はいます。彼の力は必要です。」

それこそ、レイの事である。

「率直な疑問なのだが、その、ツヴァイガンダムのパイロットに、アレン・レインドは乗せられないのかい?それだけ重要なものならば、彼に任せた方が良いのでは?まあ、パイロットの顔を見た事が無いから偉そうな言葉は言えないが。」

「いえ……あの機体はそのパイロットにしか扱う事が出来ないのです。あの機体はバイオメトリックスを搭載しており、搭乗者の網膜で認識し、起動するようになっています。ですからアレンでもあのMSは使用することができません。例えプラズマカノンを引くだけの役割だったとしても……」

ツヴァイガンダムはバイオメトリックスを搭載しており、レイ以外の人間に扱う事が出来ない。すると、ギアはプラズマカノンという言葉を聞いてふと、何か思い出したような表情を浮かべた。

「しかし、そのプラズマカノン、ジンクから聞いたがそんなに長い時間の射出は難しいのでは?あくまでもビームエネルギーとの両立が大事なんだから。いくらなんでもビームエネルギーをプラズマエネルギーに変えるのは無理があると思うが。」

ギアは、MSに関して詳しい。このツヴァイの情報も、ジンクから教えて貰ったものだそうだ。

「その様子ですとお父様から聞かれたそうですわね。プラズマカノンに関しては心配はいりません。以前アステル家が独自に開発したプラズマエネルギー供給マシーンを、お父様経由でそちらにお送りさせて貰って居る筈ですが……」

「……ああ、あれか。使い物にならないと思って放置していたが……まさかそれが役立つ時が来るとは。」

彼女等が言う、プラズマエネルギー供給マシーン。今回それはツヴァイのプラズマカノンの長時間放出を手助けする為に必要不可欠な存在になるという。これが一体どういう効果を見せるのか……彼等は、期待していた。そしてギアはパイロットの話に話題を戻した。

「話を戻すが……うん、ジャンヌ嬢の言う通りだな。プラズマカノンを持った切り札はそのパイロットに賭けるまでだね。」

ギアはうんうんと頷きながら言った。その後で、再び口を開く。

「まあ、そもそも頭を固くして優秀な人間ばかりに固執するなんて馬鹿馬鹿しいしね。政治とかでもそうだ。頭の固い人間に、政治は務まらないものさ。もっと頭の柔らかく、寛容性のある人間が世の中には必要なのだと、私は思うんだがね。」

パイロットの話から一転、政治の話をし始めたギア。突然の話題転換にジャンヌは少々焦りを覚えるが、どうにか対応する。

「確かに……それは一理ありますわね。」

「頭が固く、一つのことしか出来ない政治ではダメだってことだね。今の議長が良い例だ。戦ってばかりで、戦いこそが平和を作るものだと考えている。私も正直言うのは嫌なのだが……チャール・ポレク議長も正直、頭の固い人間のように思える。彼の平和主義は悪くはないのだが、あれはあれで固すぎた。決して、批判をする訳ではないのだが……ね。新生連邦の傍若無人に対してただ固く待つと言うのはただ被害者を広げるだけだと思うのだが……。」

ジャンヌはチャールの事を信頼していた。だから、今のギアの台詞は彼女にとって不満なものがあった。しかしギアの言葉は決して間違っているわけではない。つまり彼は今のギルスにしても、チャールにしても柔軟性がなさすぎると言いたいのだ。

あくまでも国連自身からは一切攻撃をしない平和主義を唱えるチャールと、戦いによって平和を得ようとしているギルス。彼の言うように、両者共極端な考えに至ってしまっている。

「何事も柔軟に……そうだね、私がもし代表になるのなら、バランスを良くするね。犠牲者を増やさない最善の方法でもある……私は思う。」

ギアの台詞はジャンヌにとって興味深いものがあった。チャールの平和主義も、襲撃されたりするまでは何もしないため、被害者を増やした状態で反撃に出ている。一方のギルスは襲撃される前に襲撃するので、結局その為に被害者が出ている。実際のところ、ギルスが議長になってから被害者は増したのだが、数字的にはチャールが議長を務めていた頃よりもそれ程大差はなかったのである。

「今の平和国のやり方は私も納得できないな。このまま戦争が激しくなれば被害者は増える一方だ。しかし今回の作戦に関しては正しいと思う。何せ新生連邦がロンドンを壊滅させた例のマシーンを使ってくるのだから、それを阻止する為に攻撃するならば被害を最小限に食い止められると思えるからね。

今回の作戦……期待しているよ。ジャンヌ。」

「ええ、お任せ下さい。必ず……成功させます。しかし、難しいものですわね。」

「何が、だい?」

「平和という物です。ただ単に平和に固執しても結局争いを生み出す者がいる限り、被害者は出るばかり。けれども争いを仕掛けたところでそれは平和とは言えず、戦火は拡大するばかり。純粋な平和……それは一体何なのでしょうか。」

「それは、今後の人類の課題かも知れないね。」

そう言うと、ギアはそっと立ち上がり、静かに欠伸を始めた。呑気そうに見えたが、これでも彼は今回の件について必死だったのだ。

「いやあ、こんな話に付き合わせてすまない。是非、休んで行ってくれ。君も今回重要な人間の一人だからね。」

「いえ、そんな……貴方のお話はどこか引き付けるものがありますから、興味を持って聞くことが出来ましたわ。」

「そう言ってくれると、嬉しいものだ。では、おやすみ。また明日。」

「ええ、おやすみなさい……。」

そう言ってジャンヌは部屋から出た。その際、彼女は感じていた。彼が議長に就任するべきではないのかと。彼の場合は柔軟な政治を求めている。チャールのように平和主義に固執するわけでもない。だから戦う者がいればそれを阻止する為にやむを得なく、それに対して戦う。が、常に戦い続ける訳ではない。つまりこの方法ならば、被害者を大幅に減らすことが出来るのではないかと、彼女は、静かに考えていた。

 

 

 

その頃、レイはホテルの一室で眠りに就いていた。と言っても就寝していた訳ではなく、疲れていたので仮眠をとっていたのだ。しかしこの際にも、彼はまたあの夢を見ることになる。荒廃した町の中に一人彼はいて、背後から突然銃声が鳴り響き、そこに行けば何故か少女が死んでおり、その直後に謎の男に彼も殺されてしまうと言う、奇妙な夢。

それは以前から何度も見ており、未だに謎が多かった。一時期はそんなに見なかったのだが、ダーウィンに行くことになってからは何度もこの夢を再び見るようになったのだ。

「まただ……またあの夢……どうしてなのかな。あの夢ばかり見るなんて……」

無論、彼に理由が分かるはずがない。何故同じ夢ばかり見るのか、理解が出来ない。レイは少々苛立ちを覚えていた。自分が死ぬ前触れなのか……夢の内容からしてそれすらも連想してしまう。が、今までその夢を見ても死ぬ事はなかった。ただ、気味が悪いだけなのだ。  

夕刻時に、父親に再会したという喜びがあったのにも関わらず、何故このような夢を見るのか?奇妙で仕方がない。その鬱屈した出来事を忘れようと、レイは気分を変える為に少しシャワーを浴びる事にした。

 

シャァァァ

 

気分を変える為に浴びたシャワーは心地良かった。そして、先程の奇妙な悪夢を忘れさせてくれるようだった。それとは別に、レイは今度の戦いの事を考えていた。自分が要となる今度の戦いは、それだけ責任も重い。

(そうだ……とにかく……体調管理だけはしておかないと。僕が重要な位置になるんだったら尚更……)

奇妙な緊張が彼を襲った。昼間に見せたジャンヌの表情が、忘れられない様子のレイ。それが彼を返って緊張に追い遣るのだ。このままではいけないと思い、自分をリラックスさせようとする為、そっと深呼吸をした。

 

                 サアアアアアッ

 

その時だった。彼がシャワーを浴びている時、突如カーテンが開かれた。

焦眉の出来事にレイは驚く。そして次の瞬間。鋭く尖って光る凶器がレイに襲い掛かって来た。

「うわっ!?」

一瞬、何が起きたのか把握出来なかったが、体だけはそれを避けていた。そして次に彼を襲った〝何か〟の方向を見ると、奇妙な仮面をつけた人間がそこにいた。

「え……」

自分以外に入れる筈がないのに、何故別の人間がいるのか。更に、その人間はレイを殺そうとしていた。理解が出来ないこの状況。しかし、今は命を守るしか出来ない。無我夢中でその場から逃げ出そうとするが彼は仮面をつけた人間に捕まってしまい、バスタブ越しに倒れてしまった。その直後、臥位姿勢になったレイを、仮面を付けた人間は襲った。左手は首を絞め、右手にはナイフを所持している。レイは抵抗する為に相手の手の動きを止めた。しかし首を絞められているので苦しい。彼は微かな喘ぎ声を上げる。

「あ……ぅぁっ……」

余りに突然過ぎる出来事。それは彼を命の危険に誘った。身動きが取れない状況で、レイはただ苦しみ続ける。しかし気を緩めば大型のサバイナルナイフが自分を襲ってくる。それはレイを死に追い遣るのに十分な殺傷能力を秘めてると推測出来た。

レイは、ただ抵抗しか出来ない。左手は相手の持つナイフを防ぐ為に、右手は首を絞めようとする相手に対して抵抗する為に、彼は必死だった。が、首を絞められている為か、力が入らない。徐々にサバイバルナイフは彼の首元に近付いてくる。

しかしその時、彼は足が自由に動かせることに気付いた。相手は自分よりも身長が大きかった為、相手の腹部に対して思い切り蹴りを食らわせた。

「ッ!」

蹴った瞬間、声が聞こえた。それも男の低い声ではなく、程良く高い女の声が。しかし命の危機を感じているレイにそれを察する時間はなかった。彼は無我夢中で部屋の入口へ向かった。一刻も早く、ここから脱出する必要があったのだ。しかし今の自分の姿は裸だった為、そのまま外には出られないと分かっていた彼は、幸いかけてあったバスローブを素早くとって、身に纏っていた。そのまま入口に行き、部屋からの脱出を試みる。

が、何故か開かないのだ。いくら扉を引いても、全く動かない。

「なんで……どうして!?」

何度も動かしても無駄だった。困惑するレイ。その間にも、謎の仮面をつけた女は迫って来る。最悪な事に、彼が混乱している時に女はレイがいた浴室から現れたのだった。

その姿を見て恐怖を覚えるレイ。しかし、彼はゴクリと唾を飲み、はっきりと言った。

「な……何ですか貴方は!突然……こんな……」

焦りを感じるレイ。本能的な、危機を感じ取っている。だが、女は躊躇することなく近寄ってくる。無言のまま、表情の分からない仮面をつけた状態で、静かに。

今のレイは無防備だ。武器も何も持っていない。武器を持つには、この女が立っている場所を強行突破する必要がある。が、それは無事で通り抜けられるとは考えにくかった。

迫ってくる恐怖。それに対抗するには、彼も武器を持つしかないのだ。

背後は開かない扉。前には仮面をつけ、大型のサバイバルナイフを持った女。

絶望的なこの状況でレイは強行突破を決意した。防音設備が充実しているこの部屋では助けを呼んでも無駄だ。この部屋には窓があったが、逃げ出そうにもこの部屋が高所にある為、危険過ぎて、逃げられない。故に、武器をとって優位に立てるようにする必要があったのだ。彼の持つ護身用の銃ならば、女のサバイバルナイフよりも強力で、殺傷能力もある。自分の命を守る為、レイは走った。素早い動きで女の横を通ろうとする。

が、仮面の女はすかさず擦れ違い際に、彼の右足を切り裂いた。

「あああっ!」

激痛がレイを襲った。幸い深くは切られていなかったが、それでも痛みを感じることに変わりはない。足からは鮮血が滴る。が、彼は自身の武器のあるエリアに到達できたのだ。   

足を切られ、よろよろと動きながらもすぐさま自分の武器を探す為に、急いでテーブルの中を捜した。

しかし、問題が起きた。彼の銃が無くなっていたのだ。

「そ、そんな……?」

すると、女がサバイバルナイフとは別にポケットから銃を取り出した。その銃には見覚えがあった。と言うのも、それはレイの武器だったからだ。

「そんな!僕の銃を……?」

いつの間にか、女は彼の物を奪っていたのだ。これでレイは対抗する手段が無くなった。絶体絶命の状況の中、足の痛みがレイを襲う。

流れる血を止めるため、手で足を押さえる。その間にも、女は近付いてくる。右手にナイフを、左手に銃を構えながら。この女、何が気味悪いのかと言えば、何も喋らない事だった。仮面を付けているだけで無口なのだ。

強いて喋ったとすれば、レイがこの女の腹部を思い切り蹴った際に発した感嘆の声だけである。しかしそれ以外は何も喋っていないので、慌てていたレイにはこの女の性別が男性か女性かなど、分からなかった。絶体絶命の状況……迫ってくる死。何のために彼が狙われ、殺されなければならないのか。レイは突然の出来事に困惑続きだった。

と、その時だった。彼の眼前に鏡が落ちていたのだ。元々部屋にあった鏡で、何故か床に落ちていたのだが、それを見たレイは迷うことなく、急いでそれを手に取り、相手の顔面目掛けて思い切り投げた。幸いそれは相手の顔面に直撃し、仮面はそのまま取れた。すると、レイはその仮面をしていた女の正体を見て目を疑った。

「フォリア……さん……?」

「フフ……久しぶりね、レイ。バレちゃったら仕方ないわね。」

仮面の女の正体はフォリアだった。自分を襲ってきた意外な正体を知って、彼は動揺する。それと同時に、足の激しい痛みを思い出し、再び足を押さえた。

「うぅっ!」

「足を攻撃しておけば身動きとるのに苦労するでしょう?だから切ったのよ。」

「どうして……こんな……こんなことを?」

妖しい笑みを浮かべ、レイを見下すようにフォリアは言った。

「簡単な話。貴方が今度の作戦のキーパーソンだから。」

「え……?どうして……それを……?」

彼女には既に国連側が行おうとしている作戦が分かっていた。無論、その中にレイがいたと言う事も。そして以前にヴァイダーガンダムの脚部を破壊した破壊力のあるプラズマカノンの存在も分かっていた。つまり、数日前の彼女の推理は当たっていたことになる。

「私の推測、正しかったみたい。見えたのよ。数日前にダーウィンに来るセイントバードを。これは何かがあると思って、推測して行動した結果……案の定、貴方がいたと言う訳……。」

「それで……僕を殺す為に……うぅっ……!」

足が痛む。レイはそれを押さえつけ、痛みで片目を瞑っている状態でフォリアを見る。一方のフォリアは微笑しながらレイの顔にぐいと近付いた。

「それにしても、さっきの蹴りはとても痛かったわ……。可愛い顔して強いのね。流石は男の子と言うべきか……でも、残念、逃げられなかったわね、外には。」

殺すとすれば、すぐにでも殺す筈。なのに、何故か彼女は焦らした。その証拠に、彼の首元にナイフを突き付けているのだ。迂闊に動けば首を切り裂かれ兼ねない。危険を感じたレイはその場を動かず、じっと様子を伺った。

「どうしてだと思う?」

「どうして……ですか……」

「簡単よ。私があらかじめ細工していたから。カードキーになっていたわね。それを内側から開かないようにするように書き換えるだけで貴方はもう逃げられない。ここは高所だから逃げ出そうにもあの窓から飛び降りるしかない。さぁて、肝心なカードの場所はさあどこへやら。」

恐らく彼女がカードキーを持っているに違いないと、彼は感付いていた。だが迂闊に言葉を発することが出来ないレイは、足の痛みと戦いつつじっと堪える。

「所詮、パイロット能力がいくら高かろうが……生身の人間では貴方はただ顔の綺麗な男の子。それだけ……軍人でもない貴方では、生身の私を倒すなんて無理。どうせ生身では何もできないだろうから、ゆっくりと傷つけてあげる……あぁ、傷ついている貴方を見るとぞくぞくする……もっとその声を聞かせて欲しい……」

サディスティックな性格のフォリアは、無抵抗な彼を一気に殺すのではなく、苦しませつつ殺すと言う。

「そうだわ、その前に……」

すると、フォリアはレイの肩を掴み、そのまま立ち上がらせた――

 

チュッ

 

あろう事か、突如、レイに対して接吻を始めたのだ。

「んンっ!?」

あまりに突然な出来事に、レイは抵抗する暇もなく、されるがまま口付けをされた。その間にフォリアは彼が逃げられないように、しっかりと抱き締めている。彼女の接吻は非常に上手で、レイは足の痛みを忘れるほどの心地良さを覚えていた。舌を絡ませ、官能的な動きでレイを離さない。

 彼自身、接吻は何度か経験はあった。初めては日本での、マサアキとの接吻。それからは様々な人と接吻を交わした。だが、これ程濃厚な接吻は、彼自身初めてだったのである。

(だ……ダメだ……何も考えられない……)

この時、フォリアは舌を絡ませている際に、小さなカプセルのようなものをレイの口内に移し、飲み込ませた。

やがて接吻が終わった後、レイは呆然としてしまった。違和感を覚えてはいるも、一方で心地良さを感じてしまった為である。

「フフ……」

「ふぁぁ……あ……うぅ……?」

理解の出来ない彼女の行動。何故接吻を交わしたのか……その答えは、数秒後彼の身体の異変で示される。

「あぁ……!?」

「早速、効果が現れたわね。フフ、可愛い声……もっと聞きたい……その苦しみに満ちて、尚且つ可愛らしい貴方の声……」

レイは、手足が激しく痺れていた。それが、フォリアが接吻を交わした理由だった。フォリアはあらかじめ自らの口内に小型のカプセルを入れておき、それをレイに飲ませることで彼女の行動は成功した。そのカプセルは特殊な痺れ薬で、飲み込んだ人間は手足が麻痺してしまい、体の自由が利かなくなってしまうという。その上即効性で、効き目が非常に早い。

そしてフォリアはレイの肩を、ポンと押した。手足をまともに動かせない彼は臥位姿勢のまま倒れてしまい、フォリアはその上を馬乗る状態になった。抵抗するにも手足が痺れて動けず、妙な感覚がレイを更に苦しめた。

「はぁっ……はぁっ……ああ……」

「相変わらず良い声で喘ぐのね……フフ、これで何も出来ない筈。苦しいでしょう?でも残念。もっと苦しませてあげるから……」

「こ、こんな……ぁぅ……」

命の危機が彼を襲う。フォリアの突然の接吻による手足の麻痺……レイはただでさえ、足を切り裂かれていて痛みを伴っていたのに、更に追い打ちをかけられた。今のレイは全く抵抗も何もできない。彼女の思い通りに殺すことも、苦しめることも出来る。

「自由が利かないって辛いわよね、レイ。でも私は貴方を思い通りに出来る。勿論殺す事も出来るケド……貴方を苦しめたりする事は勿論、その苦しむ顔を私は観賞する事が出来る。この空間は、私と貴方だけの空間……せっかく貴方を物に出来たのに、簡単に殺すのも惜しいわ……。」

するとフォリアはレイの身体に触れ、それを伝うように触り始めた。彼は身体を動かす事は出来ないが、触られている感覚はあった為、彼女の触れた手によってびくびくと身体を震わせていた。

「んあ……う……」

「可愛くて憎いレイ……でもそんな貴方は、今は私だけのもの……簡単に殺すのは嫌。もっとね、貴方のその綺麗な顔が見ていたい。顔だけじゃない。その綺麗な眼、鼻、口、手、お腹、足……全てを見たい……そして……」

すると、フォリアは先程彼女が傷をつけた右足の傷口に向け、自身の爪を立て、思い切りそれを傷口に挿入した――

「ああああああああああああああっ!!!」

傷口を深く弄られた為、レイは激痛を訴えた。レイの悲鳴が部屋に響く。

「素敵ね……良い声だわッ!」

フォリアはそれでもレイの右足の傷口を弄る事を止めない。動かしたくても動かせない自身の身体……レイはその激痛に耐えられず、ただ声を上げる事しか出来ない。

「あ……あ……あああああああ!!!」

やがてフォリアは傷口を弄るのを止める。彼女の右手はレイの血で赤く染まっていた。

「分かる?これが貴方の血……綺麗な血ね……」

(こ……この人……)

異常に見えたフォリアの言動全てがレイにとって気味悪く感じられた。抵抗したくても動けない……いつ殺されるのかが分からない。レイはそんな死と隣り合わせの状況に、苦悩していた。

「その苦痛に悶える表情も良い……やっぱり、貴方は最高よ、レイ。好きだわ……貴方。」

そう言ってフォリアは血のついた手を舐め始めた。まるで、レイを挑発しているかのように。

(……甘い……?)

この時、フォリアは妙な感覚に陥った。彼の血を舐めた時、甘さを味覚が感じ取ったのである。

「どうして……こんな……」

彼女は何故潔く殺さず、苦しませるのか……レイは聞いた。

「貴方が好きであり、尚かつ憎いからよ。でもそうね……そろそろさようならをするべきかしら。ここで貴方を殺せば、新生連邦の勝ちは決まったようなもの。」

そう言ったフォリアの言葉を聞き、レイの表情は変化した。〝今度こそ殺されるのではないか〟と、感じ始めた。

「良いわ……その顔……フフ、やっぱり貴方は可愛い……でも……憎い……!」

すると、フォリアは何を思ったのか、急にレイの首を両手で絞め始めた。ナイフで切り裂くのではなく、絞殺する気だったのだ。その姿は、彼女のレイに対する憎しみが露骨に表れているようだった。

 以前も同様の事を、輸送機内でした事があった。しかし、その時はあくまでも加減をしていたに過ぎない。だが今回は違う、本気だ。本気でレイを殺そうとしている。

 力の入れ方が違う。爪を立て、両前腕部の血管が浮き出て、躊躇いがない。全力でレイを絞殺しようとしている。

「う……ぁ……」

「憎くて……憎くて……!けれども顔が可愛い貴方が愛しいの……!そんな可愛い貴方が今、私によって傷付けられて苦しんでいる!それにエクスタシーを感じるのよ!訳が分からないこの気持ち、貴方に理解出来て!?」

抵抗出来ないまま、レイは意識が朦朧としていた。気の狂ったように憎しみをぶつけ、容赦なく首を絞め続けるフォリアの姿が、段々見えなくなって来た。このまま自分は何も出来ずに死を迎えるのか……と、彼は思った。思えば、もしかすれば奇妙な例の夢はこれを示唆していたのかも知れない。想像しなかった自分の死。絶望だけが、今のレイを祝福してくれているようだった。

 

 

―――――――――――――――――――ドクン――――――――――――――――――

 

 

その時だった。眼を疑うような光景が広がったのである。

彼の中で鼓動音が聞こえたと同時に、レイの身体が突如、碧色に輝き始めたのだ。俄に信じられない光景が、目の前で広がっている。不思議な現象だ。

そしてその光は、フォリアを包み込み、彼女は首を絞めるのを止め、頭を抱え出した。

「あああああっ!何、これは!?ダメ……何も出来ないっ……!」

光に包まれたフォリアはそのまま戦意を失い、気を失った。一方のレイは目を細めており、先程以上に苦しそうだった。

「な……何……?今のは……何……なの……?うう……!」

今までに経験したことのない、新たな感覚。その光は、まるでアレンやジャンヌやエファンが放つアドバンスドタイプ独特の光である〝イズゥムルート〟に酷似していた。しかしレイはあくまでもシンギュラルタイプである。シンギュラルタイプである彼が、そのような力を持っている筈がない。

だが現に、彼は光を放ったのだ。効能もアドバンスドタイプのイズゥムルートに酷似している。しかし、レイはアレン達と違って、今にも倒れそうだったのだ。アレン達がこの光を放った時は、自身への負担は頭痛程度で済む。しかしレイの場合は得体の知れない苦しみが襲いかかり、意識が朦朧としていた。

やがて、彼は気を失った。今この部屋では二人の人間が謎の光によって倒れてしまっていたのだった。

 

 

 

時間が流れた。相変わらずフォリアとレイは動く様子はない。しかし、突然フォリアが目を覚ましたのだ。だが頭痛を訴え、起きるのも辛そうな様子だった。

「うぅ……ハ、私は気を失っていた……?ん……?」

痛みを堪え、彼女の眼に映った物……それは気を失っているレイだった。完全に目を瞑っており、動く様子もない。それが彼女にとって絶好のチャンスでもあった。

「全く、焦らすんじゃなかったわね。この子を苦しむ姿を見るのもいいけど……やっぱり仕事は仕事。もっと早く殺しておけばよかった。さて……これで……仕留めてあげる……。」

あくまでも、敵の要を抹殺することが彼女の目的。彼女は、先程までの自身の行動を反省した。今度こそ、レイを殺すことで目的が達成できる。もっと早く殺せば良かった……しかし、今は彼女にとって絶好の機会だ。フォリアは笑みを浮かべた後、静かに銃を構え、彼の頭部に向けて引き金を引こうとした。

 

バンッ

 

だが、その時だった。突如、開かない筈の扉が破壊されたのだ。あまりに突然の出来事に、フォリアは振り向く。そこには、アレンとジャンヌの姿があった。

「レイ!?」

何故彼等がここにいたのかは分からなかったが、フォリアは思いもしなかった事態に動揺した。そして、アレンに銃を向けられてしまう。

「動くな!銃を離せ!武器を全部出せ!」

レイを殺そうとしている姿を目撃された為、アレンは必死にフォリアに言った。何らかの抵抗をすれば撃たれると悟った彼女は大人しくアレンの言う事に従い、両手を挙げた。

「どうやって侵入した!?」

「フフ……さあ、どうしてでしょう?それよりもこの状況では何も出来ない……か。仕方が無いわね……」

 

バッ

 

すると、フォリアは一瞬の隙を突いて閃光弾を投げた。余りの眩しさに目を開けていられなかったアレン達。そして彼女はその一瞬の隙に窓から逃げ出したのだ。だが高所である為、そのまま落ちていくしかないように思われたが、彼女は腕に隠し持っていた鍵爪ロープをホテルの外壁に引っ掛け、そのまま降りて行った。

閃光弾の光が消えた頃、当然フォリアの姿は既になかった。が、彼等にとって今大事なのはレイの命である。フォリアはレイが生きていると言った。その言葉を信じ、アレンは倒れているレイを必死に起こす。その傍で、ジャンヌは彼の生死を確認する為に頸部の動脈を測った。それは正常に働いており、彼が生きていることが確認できた。

「大丈夫です、生きていますわ。」

「そうか、生きているなら良かった……けど……レイ、起きろ!しっかりするんだ!」

必死に揺さぶられ、レイはやがて目を覚ました。うっすらと目を開け、周りがぼんやりと映った。やがて徐々に周りの光景が見えてくるようになる。そこで彼が目にしたアレンの姿を見て、レイの目が、見開かれた。

「アレン……さん……?どうして……?」

少女が弱ったような表情を浮かべる、レイ。

「ジャンヌがお前を呼び出したんだ。けど一時間経っても来ないから様子を見に行ったら鍵が掛ってて……何かがあると思ってマスターキーを使った。そしたらお前を殺そうとしていた女がいて……そしてお前が倒れてるものだからさ。」

彼は首を絞められている最中に突然光を放ち、彼を殺そうとしていたフォリアの戦意を失わせ、彼も気を失った。その後彼が起きれば、何故目の前にアレンがいる……今のレイには当然理解が出来る筈がなかった。

「具合はどうだ。お前に何らかの支障があったら困るんだ……」

アレンの事を嫌っている筈なのに、どうしてだろうか。彼の言葉が、どこか染みる。今の彼から、互いに出会った頃のような優しさを感じているが為なのか。

「……大丈夫ですよ。足を怪我したぐらいで……」

そう言った直後、ジャンヌが彼の足に包帯を巻いた。既に出血は止まっていたが、念の為に彼女が手当てをしていたのだ。

「これでひとまずは、大丈夫ですわ。しかし、何故、レイが狙われたのでしょうか。」

レイが狙われる理由が、彼等には理解出来なかった。もし、狙うのならギア代表だと誰もが思っていたからだ。まさか敵に今回の要がレイだと悟られたわけではない……二人はそう思っていた。

しかし現実は違い、彼が今回の主要人物だからこそ襲われ、殺されかけた。レイはこの時、この真実を言わなければならないと思っていた。そうすれば警戒が強まり、殺される可能性が減ると思ったからだ。

「あの、僕を襲った人は僕が今度の作戦の要と言う事を知っていました。だから僕を襲って来たんです。僕は聞きました。間違いありません。」

「それは、本当なのか!?」

「はい……。」

この言葉が、アレンとジャンヌに衝撃を与えた。平和国及びアステル家は、敵は狙いをギア代表ばかり狙ってくると思い、ギア代表の警備を万全にしていたのだ。しかしまさか、レイを狙ってくるなど予想もしなかった。レイがもし死んでいれば、代わりにツヴァイを扱う事の出来る人間は存在しなくなる。つまり、今回の作戦は失敗に終わる可能性が高いと、言える。

「そんな……事が……しかし何で相手もお前も倒れていたんだ?何故か開かない扉に、降りれば高所の窓……お前が逃げられる場所はなかったのに。」

レイはこの次に、自身に起きた事を話した。この状況から、話さざるを得なかったのである。

「信じられないかも知れませんが、僕が殺されそうになった時、僕自身が突然輝き始めたんです。そしたら相手の女性が気を失って……それと同時に僕も気を失って……」

そう言うしか、この状況を生き延びた理由が出来ないと感じた為にレイは言った。確かにその台詞は普通の人間が聞けば出鱈目に聞こえてしまう。しかし、言った相手はアレン。つまり、普通の人間ではないのだ。その直後、アレンは耳を疑った様子で、同時に目を震わせた。

「なんだって……?」

「信じられないと思いますけど……本当なんです!僕自身も、訳が分からなくて……」

人が光るという事等、有り得る筈がない。どういう事なのか。何故、先程そのような現象が起きたというのか。一体、何がどうなっている?レイは話している内に、自身の事に対して恐怖を抱くように、なっていた。

「その話、興味がありますわね。」

そこへ、冷静な様子でジャンヌは言った。焦りを感じるアレンと違い、冷静なジャンヌはレイにとって奇妙なギャップを感じていた。

ジャンヌが、レイに対して真剣な眼差しを向けている。恐らく、先の現象の事を聞きたいのだろう。しかし彼自身把握出来ていないその現象を、どう説明すれば良いのかなど、分かる筈がない。ただ、レイは困惑するばかり。

 だがその時、ジャンヌはレイに巻かれている包帯を見て、まるで思い出したかのように言った。

「レイ、少々痛みますが、お許しを。」

一体何をするのか――と、考えた時、ジャンヌは一本の針を取り出し、レイの指先に刺したのだ。一滴の水のような丸い血液が浮かび上がり、あろう事か、すかさずジャンヌはそれを舐めた。信じられない、光景だった。

「んっ……!?」

唐突にそうされたレイはこのジャンヌの行為に驚きを感じていた。アレンも同様で、目が見開いている。そしてジャンヌは次の一言を言った。

「甘い……ですわ。」

「甘い!?血が甘いって事?」

「ええ……そんな……まさか……貴方は……」

血が甘いという事は、どういう事か。光を放ち、その上で気を失い、更に血が甘いという妙な出来事が続いていた、レイ。これが指し示すものは、何か。そして、アレンとジャンヌが何故これ程にレイに関心を寄せるのか。まるで、彼等と同種族であるかのような、振舞い。

 

レイはアドバンスドタイプかも知れないという疑惑が浮上したのである。

 

「率直に伺います。貴方は、アドバンスドタイプなのですか……?」

疑問を抱くジャンヌ。それを聞き、レイはただ、困惑するばかり。アドバンスドタイプ?それは、何だ?

「分からない……分からないですよ!何ですか、それって……?聞いた事、無いです……」

当然だ。レイにとっては初めて聞く言葉。それは一体何なのか。彼等は何を言っているのか。全く、分からない。無知故に、恐怖を抱いている、レイ。

「まさか……いや、でも……もしお前が言った事が本当なら、お前は紛れもない、アドバンスドタイプ……」

更に、アレンも言った。一体何がどうなっているのか、理解が出来ないレイ。

「二人共、何を言ってるんですか!?アドバンスドタイプって何ですか!?え!?意味が分からない、分からないですよ!?」

自身に起きた事すらも分からないのに、聞き覚えのない言葉を羅列されれば困惑するのは分かっていた。故に、レイは戸惑い、悩む。自分は、何者だと言わんばかりに、苦悩している。

「レイ。もし、貴方が望むのならで構いません。貴方の血液を採取させて貰う事は可能でしょうか。それを研究機関に提出し、鑑識をして貰うのです。貴方自身の事にも繋がると、思いますわ。」

自分自身の事?その事をして、何になる?自分は何者?身体が光って、血が甘いと言われ、その上で二人に言われたのがアドバンスドタイプという、聞き覚えのない単語。

謎は深まるばかり。何故レイにアドバンスドタイプと同じ光を放つことが出来たのか。そして、何故レイの血液は甘いのか。これは、まるでアレン達と状況が酷似している。

 ヴァイダーガンダムとの決戦を前に、レイ自身に訪れた謎の現象は、彼を苦悩させる。フォリアによってやられた痺れが残った状態のまま、レイは、自身の謎について悩まなければならなかったのである。

「は、はい……うぅ……身体が痺れて……動けない……」

薬の影響が残る。随意的な動きが、塞がれている状態。両下肢に力を入れる事が出来ない、レイ。

「それより、まずは医務室に運ぶ方が先だろう。厄介な事をされたな……」

アレンがジャンヌに言った。それを聞き、頷くジャンヌ。

 

 その後、彼は彼等を頼り、医務室にて治療を受ける事になった。身体に入った痺れ薬の影響を一刻も早く取り除かなければならないからだ。

 しかしこの間、レイは自身の痺れの事とは違う事ばかりを考えていた。自身が一体、何者なのかについてである。

(僕は、何者……?)




第六十八話、投了。
レイとジャンヌが和解。それから決戦へ準備を進めて行くのだが、その中で、レイに隠された力が発揮された回。死を前にした時、生きたいという本能が、光を放つというのか。そして、その光はアレンやジャンヌが放つ光、“イズゥムルート”に酷似していた――という、話。


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第六十九話 激戦区、豪州地区

ヴァイダーガンダムとの戦いが始まった。
国連対新生連邦。豪州での激戦が始まる。


 碧色の光が自ら放たれるという現象が起きた。レイにとって、身に覚えのない超常的な現象。覚えのない感覚は彼自身を困惑させ、ただ、不思議に思うだけ。

 今まで、脳内に電流が流れる感覚は何度か感じた事があった。最初にそれを感じたのは、アインスに乗った時である。自分でも不明な感触に対し、シンギュラルタイプの力が自分には宿っているのではないかと思っていた。

 それからエリィに会い、自身がシンギュラルタイプと呼ばれる人種かも知れないという事に気付く。やがて、レイは多くの人と会い、その人から感じる感覚を覚えていくようになっていった。

 変化が訪れたのは日本海で海賊と交戦した時だ。倒されそうになった時、レイの目が深紅に染まった。そのまま敵を圧倒し、やがて敵は倒された。しかし、それが生じる条件な等は謎に包まれている。妙な感触と、言えた。

 それからというもの、戦闘が起こった時に時にその感覚がレイを襲う事があった。あれは、何なのかも分からないまま、今に至る。

 レイは今、医務室に居た。点滴をされている状態。先の痺れは改善傾向であったが、やはり自身が光るという妙な現象に対して戸惑いを隠せない。自分という人間は、一体どうなっているのか?光を放った?どうして?何故自分がこのような、現象を受けている?

 目先にある知らない天井の存在を呆然と眺める中で、レイはその事に戦慄していたのである。

「アドバンスドタイプって……何?訳が、分からない……僕は、僕自身が怖い……」

未知なる出来事が自身の身体に生じた時、人は恐怖する。それが医者等の専門家に症状を伝えても不明な時、より一層、恐怖するのだ。

 

「レイ、大丈夫か?」

そこへネルソンが入ってきた。僅かに夜酒を飲んでいてやや、顔が赤いが、酩酊歩行ではない。恐らく軽く飲んだのだろう。

「アレンとジャンヌ嬢から聞いたが、身体から光を放ったそうだな……?一体、どうなっている……?」

そう言った時、レイの眼が、見開かれた。

「違う!僕は光っていない!僕は人間だ!僕は怪物じゃない!!」

明らかに錯乱している様子のレイ。先の事が、恐ろしく感じられたのである。これ程にレイが取り乱す事は、最近では珍しいと、言えた。

「落ち着け!恐らくフラッシュバックしたのだな……すまなかった。」

と言って、彼を宥めるネルソン。

「君を処置してくれた医者に聞いたが特にバイタル面に関しては大きな問題はないようだ。それだけが、救いだった……君は休んだ方が良い。我々も極力刺激を入れないようにせんとな。君が、頼りなのだから。」

「はい……」

ネルソンは、錯乱するレイにどう、対応すれば良いか分からないで居たのである。しかし、レイの立場からすれば、全く分からない事が起きた時に恐怖を抱くのは至極当然だ。

 だが二日後には戦闘になる。その場合に自分がしっかりしなければならないと、レイは自身に言い聞かせていた。内心に迫る、恐怖と闘いながら……

 

 

 

レイが襲撃されてから二日が経過した。その間、別の人間がレイや他のパイロットが何らかの存在に襲撃される事はなかった。レイは点滴の効果もあり、フォリアによって盛られた薬の影響は消えつつあり、出撃本番の日では既に、改善していた。

この日はヴァイダーガンダムを迎撃する、大切な日。国連側は、多数のヴァントガンダムが基地内に配備されている。一方の新生連邦側も、ヴァイダーガンダムを囲むように多数の量産型MSが配備されていた。

既にダーウィンの市街地の一般市民の避難は完了している。先のロンドンの惨劇ではヴァイダーガンダムの存在を予見出来ていなかったが故に、避難指示が遅れ、多くの犠牲者を出す結果となってしまったのだ。この状況を見越していたギアが、既に市民に対して呼び掛け、市街地には誰一人いない状態となっていたのである。

今回の作戦に関しては、司令官であるワーゲインの指示もあってか、全員がパイロットスーツの着用を義務付けられた。国連兵にとって、これは当然の義務なのだが、今までMS乗りとして活動してきたセイントバードチームにとって違和感を覚える者が多かった。

皆、今は基地地下内のMSデッキにいる。ここから一斉に出撃するのだ。レイは自身に起きた事について疑問を抱きつつも、今は作戦に集中しなければならないと思い、不安を消すように取り繕う事にしていた。作戦の事を聞き、幸いにもそちらに集中する事は、出来そうであった。

「これが、軍用のスーツですか?実物を見るのは初めてです……」

初めて見るパイロットスーツの存在に驚愕するレイは、側にいたガーストに尋ねた。すると、彼は笑いながら答える。

「ああ、そうか!お前、パイロットスーツ初めてか!これさ、すげえ懐かしいんだよ。昔はこれを着て出撃しないとダメだったからな。人によってはこれを着ないで出撃している奴も居るけど、何せヘルメットが暑苦しいんだよ。宇宙じゃ必須だけどな。背中にジェットついてるだろ。これで空を飛んだりして奇襲をかけるんだよ、本来はな。今は使わないけど。」

軍用のパイロットスーツを初めて目の当たりにしてレイは目を点にしていた。これ程高性能なスーツなど今まで見た事が無かったからだ。

「ま、実際に着てみろって。こういうのは慣れが大事なんだからさ。つーか今までのMS戦だって本来はこれがいるんだぜ?じゃあな、レイ。頑張ってくれよ、今回の作戦の中核だろ。あいつらの攻撃、絶対に許してはダメだから……。」

最後の一言だけ、ガーストは暗い表情で言った。ヴァイダーガンダムの存在は彼も警戒しているのがその表情だけで分かる。レイはそっと深呼吸をし、緊張を和らげようとした。

今回の戦闘で、戦艦も出撃する。シュネルギアにはジャンヌが、セイントバードにはエリィがそれぞれ、艦を指揮する。互いの艦内にはオペレーターも、操舵士も、全員揃っていた。

やがてパイロット達は各々のMSに乗り始めた。それに釣られるように、レイも自分の機体であるツヴァイに搭乗する。

久々にツヴァイガンダムにレイは乗り込んだ。昨夜もまたあの夢を見た彼。そして、二日前に自身に起きた、自身が光るという未知なる現象。こうした悩みを多く抱えてしまっていた彼ではあるが、今は戦闘時。その行動に集中しなければならないと、思っていた。

(落ち着かなきゃ……今は、あんな事を考えないように……!)

レイはスイッチを押し、フルスクリーンのモニターを展開する。その際、カメラを起動さえ、ツヴァイは緑色の目を輝かせた。

 

キシィン

 

その時、ジャンヌから彼宛てに無線が入った。それに応じると、ジャンヌの顔が映し出される。その麗しい顔は、真剣そのものとなっていた。

「レイ。ツヴァイガンダムのプラズマカノン砲は切り札となってきます。そこで、プラズマカノンを最大出力で長時間射出が出来るよう、開発されたプラズマエネルギー供給マシーンとツヴァイをドッキングさせて下さい。供給マシーンは基地上部にあります。そこまで移動させて下さい。」

「あ、えと……はい。」

言われるままに、彼はツヴァイを動かした。そして地上に出て、やや高台の場所にツヴァイを止めた。そこには巨大な機械の塊が備わっていた。これが、彼女の言うプラズマエネルギー供給マシーンなのだろう。

「さて、ドッキングを開始して下さい。」

「えっと、どうすれば……?」

機体同士のドッキングなど、今までにしたことがない。無理もなかった。今までドッキングをする場面に携わったことがないのだ。

が、そのように迷っているレイに、ジャンヌがアドバイスを与えた。

「大丈夫。ゆっくりと後方に移動して下さい。そうすればマシーンが自動的に認識してくれます。」

言われるまま彼はツヴァイを、前面を向きながら後方に移動させた。すると、プラズマエネルギー供給マシーンはそれに反応するように自動的にアームが展開され、ツヴァイのプラズマエネルギータンクに接続された。

 

ガキィン

 

「うわぁっ!?」

突然の出来事に彼は戸惑う。この時、エネルギー供給マシーンとツヴァイはドッキングした形になった。それは余り格好良いとは言えない形ではあったが、プラズマカノンを長時間放出するのには十分なエネルギー量を蓄えたマシーンの存在を考えると、効率的な形ではあった。その直後に、ジャンヌがプラズマカノンの砲身を展開するように彼に言った。

 

グォンッ

 

やがて巨大な砲身が姿を現す。しかし、まだ発射はまだ出来ない。ヴァイダーガンダムへの照準が合っていない為である。

「固定されている為、迂闊に射出する事は危険です。マシーンには索敵機能を増大させる効果もあります。それを利用し、相手の巨大な熱量を感知して、位置を調整して、あのガンダムを破壊して下さい。全ては貴方の引き金にかかっています。どうか……お願いします。」

今回の戦いの中核を担うレイ。彼が失敗すれば国連は圧倒的に不利になる。しかし成功すればヴァイダーガンダムに致命傷を与えることが出来、有利になる。レイは慎重になった。

失敗すればピンチに陥るのは目に見えている。しかしまだまだ照準が合わない。彼はひたすら、ヴァイダーの様子を見た。

無論、緊張しているのはレイだけではない。彼以外の全員も緊迫したムードに包まれている。他のパイロットは、それぞれがいつでも出撃出来るように準備をしていた。その中にアレンの姿もあった。無論、ネルソンやガーストの姿もある。それぞれが、レイの行動に全てを賭けていた。成功するも失敗するも彼次第。まず、第一波としてヴァイダーガンダムを破壊する事が出来れば国連側が有利に働く事が出来るのだ。

 

 

 

ヴァイダーガンダムを配置している新生連邦は、すでに準備を終えていた。しかし、いつの間にか数多く配置されていた周囲の量産機体は、数が減っていた。別の場所に移動したのかは分からないが、周囲には既にディーストなどのMSしか残されていない。一体、他の部隊はどこへ行ったのか。それは謎に包まれている。

そしてヴァイダーはルイーナシステムを構える体勢に入っていた。二基のテールアンカーが地面に設置し、バインダーが二基共に、前方を向き、迎撃態勢を取る。今この瞬間に、ツヴァイとヴァイダーが互いに砲身を向け合う状態となったのだ。その矛先は、紛れもなく国連の基地だ。しかし、まだエネルギーは溜められていない。

「フォリア・チェーニ……あの、ツヴァイガンダムのパイロットの暗殺に失敗したか。まあいい。敵の中核だろうが、そんなものは関係のない話。ヴァイダーの破壊力さえあれば、全ては上手くいく。敵部隊など壊滅させてくれる。本部から借りた特殊強化モデルもいるし、負ける筈がない……確実に葬ってくれる。リノアス、全てはお前に掛っているのだ。」

フークは、不気味な笑みを絶えず零した。この様子から、フォリアがレイを暗殺しようとしている事を容認している様子だった。国連との短期決戦で挑む今回。彼等は、果たして以前の惨劇を再び引き起こそうと言うのか。

 

 

 

レイは相変わらず照準を合わせていた。一度しか許されないチャンス。そのチャンスを成功に変えるには慎重に行動せざるを得ない。ただただ、レーダーをよく見て、相手の動きを把握し、プラズマカノンの角度を調節しつつ機会を待った。

だが、彼の行動を邪魔する者が現れた。その瞬間に彼の頭の中で電流が流れる。明らかに何か不吉な事が起ころうとしていた予感がした。そして最悪な事に、その不安は的中してしまう。

 

ピキィィィ

 

「敵……!?」

レイが反応したと同時に、基地から各員に対して通達があった。

「敵機体、海上より接近!数、八!」

新生連邦が水中から奇襲をかけて来たのだ。ディープシーが、海中から八機。そしてその中には明らかに改良されているディープシーの姿もあった。突然の奇襲に、彼等は対応に遅れた。ヴァントガンダムがこれらに対抗するが、先に攻撃された分、明らかに不利だった。

「やはり襲撃……敵が妨害行為をするのは予想していました。」

彼女は急ぎ、アステル家及びセイントバードのメンバーに対し、言った。

「ツヴァイガンダムをやらせては行けません。各機は護衛に回って下さい。」

言われるまま、彼等の機体は全てツヴァイの護衛の為に行動する。それに合わせるように、国連の機体もツヴァイの前に移動した。現在、プラズマカノンのチャージ中のツヴァイは攻撃が出来ない。やられる訳には、行かないのだ。

 

 

 

戦闘が始まった。新生連邦はジョゼフやエグゼマー等、空中を移動する事が出来るMSで猛攻を仕掛けてくる。一方で国連側はヴァントガンダムで迎撃する。他にも、ネルソンのハルッグやガーストのエスディア、何よりもアレンのブライティスがこれらに対して攻撃を加えていく。

国連、セイントバードチーム、アステル家の連合軍が、脅威に対して立ち向かっていく。キーパーソンであるレイは絶対に倒されてはいけない。彼等は、プラズマカノンの発射を行おうとしているレイを死守していた。エネルギーは、既に溜まっている。彼の指先一つでこの戦闘の行く末が決まってしまう。

「照準を合わせないと……!くぅ……合わない……このままじゃ……!」

あくまでも、一度切りのチャンス。失敗は一切許されない。プレッシャーと新生連邦の部隊がレイを襲う。

 

キシィン

 

だがその時に、二機のガンダムがツヴァイに向け、迫って来た。チェーニ姉妹のガンダムである。ツヴァイの妨害の為に、姉妹が迫って来ていたのだ。

「フフ、チャージ中か何かかしら。この前は失敗だったけど今度は成功してみせるわ。」

「お姉様は焦らすからダメなんだよ。一気に仕留めて殺す方が楽でしょ?」

「いいえ、あの子は特別。簡単に殺してはつまらないから。」

「じゃあ、お姉様の望む通りに攻撃しようかなぁ!」

モニター越しで、リンセはフォリアに対して右示指を立て、ウインクを行った。

「……ん?それはどう言う意味かしら。」

「殺す前に、焦らしてあげるって事。これでね!」

そう言った直後、エクルヴィスガンダムの手掌部から、蜘蛛の巣状にデストロイウェブが展開された。それはツヴァイを狙って襲い掛かる。これを受けてしまえば電流がツヴァイを襲い、プラズマカノンの照準合わせを行っている場合ではなくなってしまう。

しかし彼女の狙いは的確だ。このままではデストロイウェブのダメージを受けてしまう。

 

バヂィィィッ

 

しかし、その攻撃が彼に届く事はなかった。と言うのも、彼の代わりにこの攻撃を受けた機体があった為である。それは、青いハルッグだった。ネルソンが自ら蜘蛛の巣にかかり、電撃を浴びてしまっている。

「ぐああああ!くぅ……!ツヴァイ……はやらせん!」

「ネルソンさん……!」

「レイ、集中しろ!目的は巨大ガンダムの破壊!ただ、それだけだ!」

「は……はい!」

自分の為に身体を張って守ってくれる人間が居る。そう思うと、彼は一層ヴァイダーに対して攻撃を集中しなければならないと悟った。

「ちぇ、邪魔が入った……」

舌打ちをする、リンセ。

「あのMS……一年ぐらい前にアインス強奪を邪魔した機体にそっくりね。」

ハルッグの配色は変化しているが、その形状そのものに大きな変化はない。エクルヴィスの妨害をした機体がハルッグである事を見抜くのに、そう時間を要さなかった。

「改良型……かな?まあ、どの道邪魔モノに変わりはないけどっ!」

姉妹は、標的をネルソンの機体に絞った。ヴェーチェルは背中から対艦サーベルを取り出し、エクルヴィスは両肩部のビームカノンを展開させ、狙った。

「ちぃっ!」

それを見たネルソンは慌ててハルッグをMAに変形させ、回避運動に移った。それと同時にエクルヴィスの肩部ビーム砲が発射される。次に、エクルヴィスは再びデストロイウェブを放った。

だが、ネルソンはこれを見切り、ロングビームライフルで狙い撃つ。そうする事で、デストロイウェブは蒸発した。

「舐めるなぁ!」

次に攻撃を繰り出したのはヴェーチェルだった。ヴェーチェルはメガランチャーを構え、ハルッグに狙いを絞る。照準が合ったと同時に、それは放出された。辛うじてネルソンはこれを避けるが、代わりに下方にいた水上艦が一撃で破壊されてしまった。

「ええい、なんて破壊力だ……!」

「死になさい!貴方の相手よりも私は……レイの相手をしたいの!あの子さえいれば、他の男なんていらない!死ぬほど愛おしくて憎い!だから私の手で葬り去ってやる!」

「レイはやられるわけには行かない!絶対に!」

「邪魔しないで!」

フォリアの猛撃が始まった。ビームウィップを取り出してそれをMAハルッグに対して攻撃する。鞭のようにしなる動きを繰り返すそれは、非常に素早く、避けるだけでも精一杯だった。

「発射はまだか!?」

ツヴァイが発射するまで、彼を死守する必要がある状況、一方の敵はただ攻めるだけ。状況は圧倒的に不利だった。しかし、それでも兵士達は戦っている。

 

Lock on

 

照準が定まった。狙うは、ヴァイダーガンダム。そしてそれが持つ、巨大なバインダー。それさえ破壊すればルイーナシステムと言う脅威は去る。それを破壊する為、レイは今しかないチャンスに賭けた。

 

「今だ!」

 

スイッチを押した瞬間、エネルギーが溜められた。凄まじい勢いで緑色の粒子が砲口の中に吸収されていく。そして――

 

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

 

高エネルギーの砲撃が、放たれた。

 

 

 

その一方、ヴァイダーは既に発射準備に入っていた。ツヴァイ同様に緑色の粒子がバインダーの砲口の中に吸収されていき、今にも都市を破壊する勢いで標的を狙っている。

「よし……これで奴等も何もかも消し去れる。クク、ヴァイダーのルイーナシステムの破壊力は凄まじいからな。」

フークは、基地内で不気味な笑みを浮かべてヴァイダーの様子をじっくり見ていた。恐ろしげなその表情は、都市の破壊を意味するのだろうか。

「エネルギー充填60%……70%……80%……90%……もうすぐです。」

「クク、100になった瞬間に発射だ。何もかも全てを葬り去ってくれる。」

既に勝ち誇った顔で、フークは余裕を見せていた。やはり以前にロンドンを破壊した実績もあって、ヴァイダーの破壊力をよく知っている。だからこそ、余裕でいられるのだろう。

しかしヴァイダーがエネルギーを最大まで吸収した時だった。その瞬間に、得体の知れない大型の熱源をモニターが感知したのである。

「大佐!大型の熱源を感知……ヴァイダーに向かってきます!」

「なんだと!?ええい、発射しろ!何だか知らないが迎撃だ!」

「し、しかしまだ充填率が……」

「構うな!撃たせろ!」

慌てるフーク。その大型の熱源に対し、ヴァイダーもすぐに凄まじい破壊力を持つルイーナシステムを発射した。しかし、このルイーナシステムは完全なものではない。最大出力で撃つ前に砲撃されたものだ。従って、威力は若干落ちる。

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

 

互いのプラズマ粒子が、直線状を交わった。ほぼ、同時のタイミング。レイの放った一撃とヴァイダーの放った一撃が、まるで拮抗し合うように碧色の輝きが彩っていた。

だが、ヴァイダーのルイーナシステムはツヴァイのプラズマカノンの外側を通過していた。一方のプラズマカノンはその内側を通過している。つまり、レイは危険な状況に置かれていた。ルイーナシステムの矛先は紛れもなく、レイが居る基地である。これが直撃すれば基地が滅んでしまう。それと同時にツヴァイもルイーナシステムに直撃し、巻き添えを食らって消滅してしまう。このままではレイの命が危ない……そう思われた。

しかし彼の方が素早くプラズマカノンを放出していた。それが、奇跡的に敵の攻撃を反らせることに成功したのである。プラズマカノンはヴァイダーガンダムのバインダー部に直撃したのだ。その威力によって、ヴァイダーはバランスを崩し、後ずさりする。装甲が分厚いため、簡単に蒸発することはなかったが、それによってバインダーの矛先が変わり、上空にルイーナシステムが向けられた。つまり、軌道を変えたのである。

危険だと感じたヴァイダーガンダムは、ルイーナシステムの放出を中断。そしてヴァイダーを横に動かしてプラズマカノンを回避した。その間も直撃を浴びたが、頑丈な装甲が蒸発を防いだ。以前はこれを長い時間浴びていた為、脚部が破壊された。しかし今回はそれ程長い時間浴びていないため、破壊されることはなかった。

「ば……馬鹿な……!?あり得ない……!……す、すぐに再充填を開始!」

「それは危険です、大佐!」

焦るフークに対し、近くにいた兵士が警告した。そんな兵士に対し、フークは胸倉を掴む。

「何故だ!?」

予想外の出来事が生じた事に、彼の冷静な表情は消え、焦燥に駆られる表情が見えた。

「落ち着いて下さい!先程多量のプラズマキャノンによる砲撃をヴァイダーガンダムは受けました。もしこれ以上ルイーナシステムを続けて撃てばあの機体が持ちません。ここから先はファンネルやビーム砲撃等で、攻撃していくべきです!」

「クソ、邪魔をしてくれる……!」

ツヴァイとヴァイダーの一対一の砲撃戦の結果、ルイーナシステムによる猛威は防ぐことが出来た。だがそれだけで全てが終わったわけではない。

本来、ツヴァイはヴァイダーを破壊することが目的でプラズマカノンを放出したのだ。実際、これは失敗と言うべきだ。だが、今更失敗だと悔いていられない。とにかく彼等は、この巨体をあらゆる方法を遣って破壊しなければならないのだ。

 

 

 

全力でプラズマカノンを放出したツヴァイ。最早プラズマカノンを放出するエネルギーも無い状態になり、ツヴァイはエネルギー供給マシーンと切り離さざるを得ない状態にあった。しかし、レイにはこれを切り離す方法が分からない。

このような時に敵MSが攻撃を仕掛けてくるものだから、彼は無理にツヴァイを動かす。すると、アームが綺麗に外れた。それが幸いした為、どうにかレイは敵の攻撃を回避出来たが、エネルギー供給マシーンが破壊されてしまった。

レイを襲ったMSはエグゼマーだった。しかし幸い敵は一機だった為、容易に狙う事が出来た。

すかさずツヴァイはバスタービームライフルを構え、エグゼマーを一撃で撃ち落とした。これを機に、彼は本格的に今回の戦闘に参加していくことになる。

 

 

 

 地上、低空上では激戦が繰り広げられている中で、スバキは海中にいた。水中からの奇襲部隊による攻撃を阻止する為だ。アインスを水中用に換装し、アクアバズーカを装備して迫ってくるディープシーを狙う。アインスは水中用装備に換装できることから、敵水中部隊に対し、彼女は既に任されていたのだ。

無論、一機では大量の敵部隊に立ち向かうなど危険が大きすぎる。従って、セイントバードチームは海中の敵に対抗して、他にもディープシーを投入したのだ。

「水中戦なんて初めてだ、上手くやれるかどうかだけど……」

いつもは強気でアインスを操る彼女だが、海中という、今までで初めてのフィールドで戦うとなれば話が変わる。無論敵の方が海中と言うフィールドでは慣れている。それ故に、不安が大きいのだ。それでも彼女はアクアバズーカを構え、懸命に敵機を探す。

 

ピキィィィ

 

「……あれか!」

その時、スバキの頭の中で電流が流れた。シンギュラルタイプの感が、敵の位置を教えてくれたのだ。すぐに彼女は標的に対し、バズーカを発射する。すると、すぐに敵のディープシーが破壊された。

味方のディープシーと敵の機体とでは、機体色が異なっている。敵は青だが、味方はカーキ色をしている。やがてアインス以外にも、味方のディープシーが実弾ライフルを撃って敵機に攻撃を仕掛けていく。ミシェのジャンク屋で貰った機体が、ここで役に立っているのだ。

「ビーム兵器は水中じゃ使えないからな……代わりがこれか!」

と、アインスはアクアグレネードを腕から放出し、敵のディープシーを破壊した。

 

ドォォォッ

 

しかしその時、突如ミサイルによる攻撃が彼女を襲った。慌ててシールドを構えるも、そのシールドが破壊されてしまう程の威力だった。

「!?どこから……?」

突然の攻撃に戸惑うスバキ。その時にセンサーを確認すると、大型の熱源反応が二つ確認出来た。恐らく戦艦クラスのものだろう。潜水艦がいるのだと悟った彼女は、それを破壊しようと考えていた。

「潜水艦……?それを攻撃すれば!」

彼女は素早く行動を開始した。カメラアイを輝かせ、一人、熱源の方向へ向かう。無論それは危険な行為に他ならない。

「おい!何考えてるんだよ!」

別のパイロットが、彼女を止めた。

「大丈夫だ!少しは慣れてきたから!」

ディープシーに乗るセイントバードのパイロットが注意するも、彼女はそれを簡単にあしらって前へ進んでいく。

しかしその時、他のディープシーとは形状が異なる機体が彼女の前に現れた。するとそれはビームサーベルではなく、リーチの長いビームランスを構え、アインスに襲い掛かる。

「わっ……!?」

急いでアインスもビームサーベルを構え、どうにか切り払う。しかし動きが他のディープシーと比べて段違いで、機動性が高い。

「新型……?クッ!」

お返しと言わんばかりに、アクアバズーカやアクアグレネード等で応戦するが、いずれも避けられる。そして実弾ライフルによってダメージを受けてしまう。

「ぐぅっ!」

強力な敵機の出現に苦戦するスバキ。その上、敵機は背中に背負っている巨大な砲身をアインスに向けて来たのだ。すぐにそれは発射され、素早い動きでアインスに迫ってくる。

直撃すれば大破は免れない。しかし避けるにも、弾の動きが速すぎて避け切れない。スバキに危機が迫った。

思わず彼女は目を瞑る。しかし少ししても、ダメージを受けた感覚が無い。ゆっくりと目を開けると、そこには彼女を庇った味方のディープシーの残骸があった。

「そ……んな……!?」

アインスは重要な存在だと知っていたセイントバードのMS乗りが、自らの身を持ってアインスを守ったのだ。強力な実弾兵器を食らってしまったパイロットは死んでしまっていた。彼女はこの時、自分の行動を深く反省した。

だが、敵は味方の死に対して哀悼の意を表す時間を与える程、優しい筈がなかった。

「このぉっ!!!」

怒ったスバキはアクアバズーカを連射して敵機を狙う。が、敵機の動きは非常に素早く、避けつつも実弾ライフルで攻撃を加えてくる。実弾ライフルは単発ではさほどの威力はないが、連続で食らうとダメージが大きい。

「もらったな、アインスのパイロット!さあ、大人しくアインスを我が軍に返してもらおうか!」

「あの機体のパイロット!?」

特殊な武装をしているディープシーのパイロットは、突如スバキに通信で話しかけてきた。それは余裕があって行っていることなのかは定かではないが、明らかにスバキを馬鹿にしているように見えた。

「なんだ、パイロットは女の子か!なかなか度胸があって良いな!ハハハ!」

「ば、馬鹿にして!」

強化型ディープシーのパイロットは筋肉質で、鋭い目つきをしている。そして目の部分に十字の形に傷が入っていた。見るからに寡黙なエースパイロットと言う風格をしているが、口調からしてそれとは正反対のパイロットである事が分かる。

「だが、軍の物を持って行ってはダメだな、おしおきはしねーとなっ!そうだ、名前を言っておこうか。俺はルーボ・アルケニーだ!水中戦では負け知らず!いくらアインスが水中用の装備をしてようが関係無いんだよな!」

この状況であるにも関わらず、この、ルーボと言う名の男はどこか、余裕を持って戦っている。それに対し、余裕のないスバキはただ、反論するだけだ。

「黙れぇ!」

完全に相手のペースに乗せられているスバキは、やみくもに敵機に攻撃する。だがルーボの乗るディープシーは機動性も高く、軽やかに水中をステップ移動して実弾兵器を容赦せずに撃ってくる。

「なめんなぁお嬢さん!キャリアがダンチなんだよな!」

「そんなの関係無いだろう!」

「動きがぎこちないねぇ!」

ルーボの言う通りだ。水中用に換装されているとはいえ、パイロットが初めて水中戦を経験する為か、動きが鈍く見えた。

「初めてなんだろうが、戦争では関係が無い!安心しな、殺しはしないぜ。アインスのパイロットで良かったな!捕虜として扱ってやるから!」

「ふざけるな!新生連邦なんかに!もうあんな所にいたくないんだ!」

マサアキ・アルトに見せられた地獄と呼べる時間を思い出したスバキ。あの時間は彼女の人生に陰りを作った。もう、あのような場所に行くのは嫌だ。戦うしか、無い。

「へえ、訳ありか?まあ、そんなものは関係ねえ……生きられるだけありがたく思いなよ!」

すると、ルーボのディープシーはレールガンを放出した。急いでアインスはそれを避けるが、引き続きディープシーは実弾ライフルや背中の実弾キャノンを放出してくる。

「クソッ……性能が違い過ぎる!パイロットも強い……やっぱりエースか……?」

その時、セイントバードチームのディープシーがルーボのディープシーに攻撃を加えた。が、すかさずルーボのディープシーはそれを回避し、急接近してビームサーベルでコクピットを切り裂き、破壊した。これで海中ではスバキ一人で、新生連邦の水中部隊を相手にしなければならなくなってしまった。

 

 

 

 空も激戦だった。ヴァントガンダムがビームライフルを連射して敵機を破壊していくが、同様に敵機もヴァントを次々と破壊していく。中でも厄介なのが敵のガンダムタイプで、チェーニ姉妹のガンダムの他にも特殊強化モデルの三人が乗るガンダムの姿もあった。

ヴァイダーも徐々に国連基地に接近しつつある。既に無数のブリッツファンネルを放出し、多くの機体を破壊しているヴァイダー。

その中で、ガーストのエスディアはバイラヴァーガンダムと交戦していた。ビームバズーカを放出し、バイラヴァーに攻撃を仕掛けるが敵機は素早い動きでこれを回避する。

「ち、やっぱり相手がガンダムタイプだからか……?いや、そんなのは関係無い!てか……ガンダムだらけじゃないか……デウス動乱時とは偉い違いだな……」

戦場を見わたせば、ガンダムタイプの機体の多さに驚くガースト。しかしバイラヴァーはそのような事など考えさせてくれない。

「そんな機体でガンダムが倒せるかよ。」

バイラヴァーのパイロット、シエル・ホーンドが挑発するようにガーストに言った。これを聞いたガーストは、まるで馬鹿にされた感覚を覚え、怒りを剥き出しにした。

「お前!!!エスディアをなめるんじゃねえ!」

「うるせえ。」

バイラヴァーは、ビームライフルをエスディアに対し連射を続けた。どうにかこれを避け、ビームバズーカを撃つのだが、これも回避される。

一進一退の攻防が続く中、敵の増援でデスペナルティが出現した。高速でエスディアに接近し、二重大鎌で切り裂こうとする。

「オラアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「なんだこいつ……!?く、気持ち悪い感覚が……さっきから感じるこの感覚、何なんだ……?」

デスペナルティ、バイラヴァーのパイロットは特殊強化モデル。彼等が放つプレッシャーはガーストを襲った。不愉快な感覚は彼の動きを抑制する。

「こ……こんなモンに負けるか!」

振り切ろうと、必死にエスディアを動かし、ビームバズーカを連射する。だが、必死の攻撃もむなしく、全て回避される。

彼を援護する為に二機のヴァントガンダムが援護射撃を行いつつ近付いてきた。しかし、デスペナルティの肩部のビームがこれらを一掃した。

「ははははは~!愉快痛快~!!!」

「こいつら……ど、どうかしてる……」

躊躇う様子もなく、ただ楽しいから人を殺すと言う悪意を彼は感じ取っていた。シンギュラ

ルタイプとしての感覚が、この二人の悪意を伝えてくれた。

しかしエスディア一機ではどうあがいてもこの気に勝てる見込みはない。どうしても、他にも頼るべき人間が必要なのだ。彼はこの苦しい状況を苦い表情で感じ取っていた。

 

 

 

アレンも敵機に攻撃を繰り返していた。彼の技量もあってか、量産機体はどうにか破壊することに成功している。しかし、敵機がガンダムタイプ等のエース機体となれば話が変わってくる。

「速い!?」

彼の前に現れたのは、リンセの乗るエクルヴィスガンダムだった。眼前に現れたかと思うと、すぐにデストロイウェブを放出してきた。すかさず回避するも、すぐにビームカノンを放出する。これはバリアーフィールドを張ることで防ぐことが出来たが、敵機の素早い動きに彼は苦戦していた。

「青い翼のガンダム……ああ、ロンドンで見たヤツだ!あの時は戦ってなかったんよねぇ。さてさてぇ、パイロットは……?」

好奇心で、リンセはブライティスのパイロットを確認する為に回線を繋ぎ、ウィンドウを確認した。そこに映っていたのは無論アレンである。

「へぇ!噂のアレン・レインドってイケメンじゃない!一目惚れかも!」

「な、何を!?」

言葉を言いつつも、リンセは迫ってくる。これを必死にアレンは避けるが、次々と繰り出すエクルヴィスの猛攻に彼は必死だった。やがて背中からブリッツファンネルを放出し、彼女に対して襲い掛かるのだがそれも無駄な事だった。エクルヴィスに備わっているサイコミュ感知システムがファンネルの動きをリンセに教えてくれる為、後はリンセの技量でこれらを回避していけば良い。つまり、軽々と無数のファンネルは避けられてしまった。

「避けられた!?シンギュラルタイプなのか!?けど……力を感じない。」

そう呟いた時、別の方向からもう一機、ガンダムが出現した。今度はヴェーチェルである。しかしヴェーチェルはネルソンのハルッグと交戦中の様子で、互いに撃ち合いを繰り返していた。それを見たアレンはすかさず援護する為にファンネルを射出。狙いは無論、フォリアの方である。

だがフォリアの機体にもサイコミュ感知システムは搭載されており、軽々とファンネルを避けることが出来た。更に、ヴェーチェルは避けつつビームウィップでアレンに攻撃を仕掛けてきた。これをビームセイバーで切り払うも、背後からエクルヴィスが隠し腕でブライティスの両腕部を掴み、身動きを取れないようにした。

「しまっ……!?」

両腕部が動けない状態では何もできない。この後、ヴェーチェルが対艦サーベルを持ってブライティスに迫ってくる。それを見たアレンはブライティスの腰部からブラスターファンネルを二つ射出。ビーム刃を展開して、対艦サーベルと拮抗し合う。

「まだファンネルが!?」

「けど動けないんじゃぁね。」

「フフ、確かにね。」

今、操れるファンネルはブラスターファンネル二基のみだ。その二基も対艦サーベルと打ち合いを行っている。つまり、彼は機体をまともに動かせない状態だった。そして背後からリンセはビームセイバーを繰り出し、突き刺そうとしていた。

 

                  バシュゥゥゥ

 

しかし、その攻撃はすぐに阻止される。ネルソンがロングビームライフルを放出してエクルヴィスにダメージを与えた為である。

「きゃあっ!?」

この攻撃が原因で慌てて隠し腕を離してしまい、ブライティスは、自由に動けるようになった。

「ネルソンさんですか!?」

「久し振りだな、アレン。元気そうだな。」

「はい……ありがとうございます。」

ネルソンとアレンが会話を交わしたのは地中海上で新生連邦と戦った時以来だった。レイはアレンの事を嫌っているが、ネルソンは別に彼の事を嫌っている訳ではない。その理由に、先程の会話が成り立っている。

「正直、新生連邦の平和国本部襲撃の時はさすがに私も君の行動はどうかと思った。しかしそれで人間を決めてしまうのはおかしい事だ。現に、今君と共に戦っている。正確には君たちと共にと言った方が良いか。結局は共闘している以上、敵対する必要等ないのだ。私は最初から君達の事を敵視しているつもりはない。」

オペレーション・デモリッション・クリエイションの際の事を言われたが、ネルソンはそれに対し、何も思っていない。今は味方ならば、それを信じるだけ。共闘してくれるのならば、それに頼るだけだ。

「ネルソンさん……すみません、俺……」

ガーストやレイの言葉が僅かに思い出されつつあった時に、ネルソンの言葉は有難いと思えた。それと同時に、自分はまだまだ未熟な存在だと悟っていた。

 

 

 

ガーストはバイラヴァーやデスペナルティと交戦を続けていた。強力なガンダムタイプ二機に、どうにか凌ぐことが出来るのは彼のずば抜けた技量の賜物である。

しかし、敵機の攻撃は激しさを増すばかり。たった一機で戦っている彼には非常に不利な状況が続く。その上敵から感じる特別なプレッシャーが、徐々に彼を苦しめている。

「クソッ……!こんなもんに負けられるか……!」

「ざまぁねえなぁ!ガンダムでもねぇ鉄屑MSでよーまぁ持ちこたえるねぇ!あぁ!?」

ニッカがそう挑発した時、ガーストは怒った。

「エスディアを馬鹿にするな!!」

「鉄屑が必死だなぁ!」

そう言った時、デスペナルティは二重大鎌を振り回し、エスディアに攻撃を仕掛けてきた。距離を空けて避けようとするエスディア。だが鎌の柄の先端部からのビームキャノンが更に追い込んでいく。

「クソ!」

距離を空けた後、ガーストはエスディアのバーニアの出力を上げ、は二重大鎌を掴んだ――

 

キシィン

 

しかし次の瞬間、デスペナルティのカメラアイが怪しく輝いた。

「隙ありだなァ!」

「なっ!?」

その瞬間、翼部からメガビーム砲を繰り出し、それをエスディアのコクピットに目掛けて放出した。二重大鎌の攻撃に目が行っていたガーストにこれを止めるすべはなく、この攻撃を直撃してしまった。

この攻撃により、ガーストは頭部から大量に出血してしまった。

「う……あぁ……」

モニターには何も映らず、エスディアはすでに機能していなかった。この一撃が強力だったのである。次の瞬間、機能を失ったエスディアは海に落ちて行き始めた。

この時点でガーストは敗北した。だが、バイラヴァーのパイロットであるシエルは、これに追い打ちを掛けるようにエスディアの元へ向かい、そのバーニアを展開し始めたのだ。

「念には念だ。殺す。」

ビームサーベルを展開し、あろう事か、エスディアに向けてそれを投げつけたのだ。それはコクピットに直撃しなかったものの、その歳の爆発がコクピットの中にいたガーストを傷つけた。

「っ……!」

既に重傷だったガーストは更に多量の出血をしてしまった。やがて意識を失い、目の前が暗くなっていく。この瞬間、エスディアは海に落ちた。ガーストは、特殊強化モデルの二人に敗北したのである。

そして、この瞬間をレイは見ていた。彼自身も別のMSと交戦中だったのだが、エスディアに追い打ちをかけるバイラヴァーの姿が目に焼き付き、衝撃を覚えた。

「ガー……ストさん……?そんな……!」

彼は見た。エスディアが、ビームサーベルが刺さったまま落ちていくのを。デスペナルティの時で既に大ダメージを負い、戦闘不能になっていたのに追撃を加えたバイラヴァー。彼が一番印象に残ったのはこの機体だ。この瞬間、激しい怒りが彼を包む。

 憎悪を感じる時、人の感情は極限になる。まるで頭に血が巡るような、感覚。怒りと言う感情で人は満ちた時、人の本能が目覚める――

 

 

―――――――――――――――――――ドクン――――――――――――――――――

 

 

レイの眼が深紅に染まった。今までにもあった、彼独特の現象である。この瞬間、彼以外のシンギュラルタイプやアドバンスドタイプの乗る機体に変化が見られた。全員、激しい頭痛を訴えていたのである。それと同時に謎の鼓動音を聞いていた。この瞬間、眼前に居た

デスペナルティとバイラヴァーのパイロット達が悶え始めたのだ。

「ぐ……おおお!?」

「こいつぁ……?」

謎の現象により、苦しむ両者。頭を抱え、身動きが取れない。

この間、レイは真紅の眼を光らせるように、バイラヴァーを探した。ガーストに対して追撃を仕掛けたその機体が、憎らしく見えたからだ。既に勝負はついていたのに追い打ちを掛けたこの機体のパイロットが、今のレイにとって心底憎く感じている。

この頃、既にデスペナルティは別の場所に移動しており、レイの眼中に映っていなかった。やがてバイラヴァーを見つけたレイは、早速追撃を開始。自分に迫って来ていると悟ったシエルは都市部へと逃げ始めた。入り組んでいる都市部に逃げれば大丈夫だと考えた為だろうか。だが、それでもレイは無言のまま追いかける。ガーストにとどめを刺した、許せない存在を。

「ちぃ……頭が痛い……!ふざけるな……!」

逃げつつも、バイラヴァーは左手部マニピュレーターに所持していたトリシューラランサーをツヴァイに投げつけた。が、軽々とそれは避けられ、高層ビルに直撃し、高層ビルの欠片が地上に落ちていった。

 

やがて高層ビルが両者を遮る壁のように連続して建造されているエリアに突入する。バイラヴァーはすぐに上空へ向かい、そこからツヴァイを奇襲する為に、バックパックのマニピュレーターを展開し、ビームライフルを所持し、連射した。

更にバイラヴァーは腹部からもビーム砲を繰り出し、徹底的にツヴァイを破壊しようと試みた。しかし全てこれらはバリアーフィールドで防がれ、無意味である。

「ちぃっ!」

引き続き逃亡を図るバイラヴァー。無論、その後を追うツヴァイ。この時にツヴァイはブリッツガンネルを射出し、バイラヴァーに襲わせた。

「……」

無言のまま、深紅の目をしたレイはファンネルをバイラヴァーに向かわせる。それに合わせるように、ツヴァイ自身のバーニアの出力も上げた。

ツヴァイのカメラアイは緑に輝いている。それは、まるで獲物を逃がすまいと懸命に睨んでいるようにも見えた。

しばらく追いかけていると、突如バイラヴァーが急停止し、ビームライフルを構えてツヴァイに向けて射出を始めた。急な攻撃だった為、バリアーフィールドを展開する余裕がなかったのだが、レイの技量のおかげか、攻撃を避けていく。バイラヴァーがしばらくビームライフルを撃っていると、ツヴァイのブリッツファンネルがバイラヴァーのビームライフルを貫いた。これにより、ビームライフルは爆発を起こして破壊される。

「ぐぅっ!」

突然の攻撃……しかも相手はファンネルと言うサイコミュ兵器を用いている。シエルは自分が圧倒的に不利な状況にある事を悟った。そしてしばらくし、再び逃亡を始める。無論レイもこれを追いかける。今、ダーウィン都市部で二機のガンダムによる激闘が繰り広げられていた。

背後から懸命にビームライフルを撃つツヴァイ。それを特殊強化モデルの技量で避けるバイラヴァー。両者とも、互いに譲らない技量で避けたり攻撃を加えたりと言った行為を続けている。

暫く進むと高層ビルが立ち塞がった。この為、バイラヴァーは逃げ場を失う。どうしようもなくなったバイラヴァーは迫ってくるツヴァイを見るなり、腰部からビームサーベルを展開し、そのまま接近戦を持ちかけてきた。

「ちぃ……死ね!」

ツヴァイは迫ってくるバイラヴァーに対し、メガビームセイバーを腰部から抜き、打ち合いを行った。その時、バイラヴァーは腹部からビームを高出力で放出した。至近距離だったが、左腕部を差し出してバリアーフィールドを展開し、防ぐ。機体は激しく揺れたが、ビームによるダメージは一切ない。

再びビームを撃とうとするが、今回の戦闘中に頻繁に撃ち過ぎたのか、ビーム粒子の残量が残っていなかった。肩部のビーム砲も使う事が出来ず、ビームサーベルのビーム刃も次第に縮小していく。こうなればバイラヴァーはもはや逃げるしかない。しかしそれをツヴァイはさせなかった。

「はああああ!」

真紅の眼をしたレイは突如掛け声をあげ、ファンネルを全て射出した。それらはビームの刃を展開し、一斉にバイラヴァーに襲い掛かる。上空へ逃げようとしたバイラヴァーはこのファンネルによってまず手部と脚部が串刺しにされ、やがて両脚部共に動けなくなり、最終的には機体の殆どが刺さる状態になった。

「しまっ――」

気付いた時にはもう遅かった。ブリッツファンネルがビーム刃を展開し、バイラヴァーのコクピットを狙っていたのだ。

 

ズバァァァッ

 

やがてそれは、バイラヴァーを貫くことに成功した。

 

「が……うあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

激しい断末魔を上げ、バイラヴァーのパイロットである特殊強化モデル、シエル・ホーンドは散った。ファンネル達がツヴァイの背部に戻って来た直後、バイラヴァーは爆発を起こし、完全に破壊された。これで敵のガンダムタイプによる脅威は一つ減ったことになる。

この時、レイは再び眼の色が戻った。彼はまたしても、敵を倒した手応えだけを感じていた。

「はぁ……はぁ……また……だ……何がどうなってるんだろう……」

二日前から感じる、自身の謎。光を放つといった事はないものの、この、謎の現象についても明らかになっていない。

「……駄目だ、今は集中だ……ガーストさん、死なないで……」

しかし今は戦闘中。その油断が命取りになりかねないと感じたレイはすぐに、その場所から離れ、戦場へ戻っていく。その傍で心配なのは、ガーストの安否であった。

 

 

 

バイラヴァーを撃墜した頃、遂にヴァイダーガンダムが出現。その凄まじい破壊力で次々と町を破壊しつつ、前進していく。巨体はファンネルを放出して国連の機体を破壊していく。

「クソッ!化け物め……!」

「冗談じゃない!近付いてもあれで破壊される……無理だ……あんなの、倒せるわけがねえ!……がああ!」

諦めを見せる国連兵士。その瞬間に彼等は殺された。

ヴァイダーの破壊行為を見て、アレンは焦りを覚えた。ジェノサイド・マシンが迫って来ている。このままでは危ないと感じた彼はチェーニ姉妹との交戦を一旦止め、迫るヴァイダーの方向へ向かった。が、姉妹は彼の進路を防ぐ。

「クッ!?」

「行かせないわよ、残念だけど!」

焦っていたアレンはすぐに反応し、ウイングからブリッツファンネルを展開、姉妹に向けて攻撃を開始した。が、姉妹のガンダムはこれらを軽やかに回避し、アレンのブライティスに向けてビーム砲撃を繰り返す。

やがてフォリアのヴェーチェルはバックパックから対艦サーベルを展開し、カメラアイを輝かせ、ブライティスに迫った。素早い動きでブライティスの眼前に現れ、対艦サーベルを振りかざそうとした時、ブライティスは片手でそれを防いだ。

「片手で防いだ!?」

「何も分からないのか!あの機体がどれだけ危険な存在かを!あの機体がロンドンの街を滅ぼしたんだぞ!それでどれだけの犠牲者が出たことか!それを何とも思わないのか!」

「その台詞、以前に可愛い坊やから聞いたことがあるわね。けどその時もこう答えた。命令だから仕方がないのよ!どれだけ多くの犠牲者が出ようが、どれだけ町が破壊されようが……そんなものは私達には関係のない話!私達はただ新生連邦の任務に従い、それを実行し、そうやって戦い抜いていく!命令に背けばそれは死を意味するの!死ぬのは誰だって嫌……だから戦うの!ただそれだけ……それだけなのよ!」

持論を展開して迫るフォリア。そこへ、リンセがエクルヴィスを使ってフォリアの援護を仕掛けてきた。デストロイウェブによる攻撃を行い、アレンはそれを素早く避ける。

「そう!お姉様の言う通り!結局人間ってそんなもの!自分達さえ良ければそれでいいの!だから私達も任務に従って、いつも生き抜いているの!そして生き抜いてお給料をもらって休日に買い物を楽しむ!それが幸福なんだから!」

「その無責任さが世界を悪い方向へ持って行くんだってどうして気付かないんだ!自分達さえ良ければ良い……その考えがどれだけ危険か何も分かっていない!」

「臭い台詞を!関係無いわ!私達にも生活がある!仮に地球が滅びようともコロニーで暮らしていけばいい!ただそれだけ……私達は私達さえよければそれでいい!あの巨大なガンダムがいくら暴れようが、私達には関係が無い!ただ自分達の目の前の敵を破壊していくのみ!」

「その考えは間違っている!その戦いに意味は無い!」

「貴方にそれを決める権利があって!?」

ヴァイダーの危険性を何も分かろうとしないチェーニ姉妹。彼女達の自分勝手な発言にアレンは怒りさえ覚えていた。その時、ネルソンがハルッグをMAの状態でチェーニ姉妹と交戦した。ビーム砲を撃ち、ヴェーチェルをアレンから離す。

「アレン、あのガンダムを止めるのだろう?私がこの二人を相手する!」

「ネルソンさん、感謝します!」

そう言ってアレンは急いでヴァイダーの方向へ向かった。が、フォリアはネルソンの存在を無視してアレンを追いかけることにした。一方、リンセはネルソンを倒す為に彼の前に立ち塞がった。

「おじ様!あんたの相手は私なんだからね!」

するとハルッグはMSに変形し、サーベルラックを腰部から展開した。モノアイを輝かせ、エクルヴィスに戦いを挑む。

「クールなおじ様だけど……生憎……私はあんたが大嫌いなのよね!!!」

約一年前、モントリオールを二人が強襲し、アインスと交戦してアインスを大破させた後、突如出現したネルソンのハルッグ。この時の屈辱がどうしても忘れられないフォリアとリンセ。怒りに燃える姉妹の内の妹だが、それでも脅威であることには変わりがない。

すると、エクルヴィスはデストロイウェブを連射してハルッグを狙った。どれもこれもハルッグは回避するが、敵機の動きが非常に素早い。その上追尾式のミサイルを展開するものだから、これらを全て避け切るのに精一杯だった。

「アハハ!逃げられるものなら逃げてみなよー!」

「ちぃっ……!」

舌打ちをし、相手の動きを捉えようとするネルソン。しかし、敵のガンダムタイプは想像以上に強力で、どのように対処をすれば良いか、分からないでいた。

 

 

 

アレンは、一人ヴァイダーの方向へ向かう。周りにいるヴァントもバズーカを持ってヴァイダーを攻撃するが、弾が届く前にヴァイダーの無数のブリッツファンネルが弾を跡形も消すので、実質ダメージが無い。大量のビームと大量のミサイルが国連軍を襲い、次々と破壊していく。

彼は急いだ。だが後ろではメガランチャーを構えているヴェーチェルの姿が見られる。背後からブライティスを破壊しようとしているのだ。

「沈めッ!」

すぐにメガランチャーは発射された。高出力のビームがアレンを襲う。しかしそれにすぐ気付いた彼はブライティスの手部を差し出し、バリアーフィールドを展開。それによってメガランチャーのビームを防ぐことに成功した。が、高出力の為、機体が激しく揺れる。

「くぅっ……MS単体にあれだけ武装を付けるなんて……。」

確かに、今のヴェーチェルは武装が非常に多い。が、それに負けまいとアレンも攻める。しかしヴァイダーが迫って来ている中、ヴェーチェルの相手ばかりはしていられない。

逃げつつも彼はブリッツファンネルを射出し、それをヴェーチェルと戦わせた。

ブライティスから射出されたファンネルは半円を描くように動き、ビーム粒子を発射するのだがヴェーチェルはビームシールドを使ってこれらを防ぐ。そして迫ってくるファンネルを、このビームシールドを使って破壊したのだ。その数二基。つまり、アレンは残りブリッツファンネルを六基持っている事になる。

「フフ、逃がすものですか。」

サイコミュによる攻撃は彼女には通じない。フォリアは強気になり、アレンを引き続き追跡する。

 

やがてヴァイダーに接近した頃、また新たな脅威が彼を襲って来た。アトミックガンダムである。デスペナルティとバイラヴァーはガーストと交戦していて姿を見せていたが、この機体だけは別行動をしていたようで、今更になってアレンの行く手を阻まんと、襲って来る。

「はぁーっはははは!青羽根!今日こそぶっ殺す!」

「核持ちのガンダム!邪魔をするな!」

そう言う彼の邪魔をするのも、アトミックの役目である。

今回の作戦はヴァイダーガンダムが中核担っている。つまりヴァイダーガンダムの機能さえ停止させれば新生連邦は負けも同然なのだ。その上アレン・レインドと言う名のエースパイロットの存在もあってか、彼を執拗にマークする機体の数は計り知れない。

現に、水上艦やマドラ級も彼を狙って一斉射撃を行ってきた。更に悪い事に、無数のエグゼマーが彼を狙って一斉に射撃を開始した。このビームの雨をバリアーフィールド等を駆使して回避するアレンだが、一機だけでは防御不足に陥りがちだ。

「完全に狙われている……!このままじゃ……!」

回避運動を試みながら、ヴァイダーへ接近を行うアレン。しかし更に、そこへデスペナルティが出現した。二重大鎌を持つ、黒い羽根を持ったガンダムと青いウイングを持ったガンダムが、この宙域に並んでいる状態となった。

「シエルが死んじまったんだよなああああ!!!てめえは憂さ晴らし!」

「またか……!ん……?死んだ……?誰かが倒したのか!?」

それは彼にとって朗報でもあった。厄介だった特殊強化モデルの乗る新生連邦のガンダム三機の内の一機が倒れたのだ。これは朗報以外に何もない。それを聞いた時、彼は自然に不思議な笑みを浮かべた。

しかし、敵の攻撃は激しい。無数のビームやミサイルの嵐がブライティス一機を襲う。

兵士達はアレンだけを狙い続けた。ひたすらにビームライフルを撃ち、容赦のない攻撃を続ける。更に攻撃を仕掛けるデスペナルティとアトミック。二重大鎌を振るった後、アトミックがビームランチャーで攻撃を仕掛ける。

ブライティスがこれらを回避するが、それでもお構いなしに、アトミックは迫ってくる。モノアイを怪しく輝かせ、ビームランチャーを連射してアレンを追いつめる。

「くぅ、攻撃が……これじゃああれに接近する事もできない……!」

更に悪いことに、ヴェーチェルの存在もあった。メガビームライフルでアレンを容赦なく窮地に追い込む。

「死になさい!アレン・レインド!」

接近戦を試みたのか、ビームウィップを二つ装備し、アレンに迫る。やがてビームウィップはブライティスの左前腕部にダメージを与えた。

「しまっ……くぅ、ガンダムタイプが一度に三機……そして大量の機体……その上戦艦がこちらを狙って来ている……このままじゃやられるのを待つだけだ……一人で突破するのは難しいか……?」

アドバンスドタイプであるアレン。だが、この状況ではさすがの彼でも厳しい。その間にも、アトミックやデスペナルティはビームを連射し、アレンに迫ってくる。バリアーフィールドは片腕部しか展開できないので、別方向の物はビームシールドを展開して防ぐしかない。

その上、エグゼマーやジョゼフは実弾攻撃による射撃を開始した。実弾兵器を防ぐにはビームシールドしかない。だがそれが多数だと避け切るのに非常に苦労する。不覚にも、ミサイルは肩部に直撃してしまった。

「あううっ……!ク、援護を……誰か……!」

そうは行っても、他の国連のパイロットは基地防衛やヴァイダーへの攻撃の為にアレンの援護が出来ない状態だった。危機的状況が、アレンを襲う。

 

 

ピシュンッ ピシュンッ

 

しかしその時である。突如、十八基のファンネルがこの実弾の嵐の半数以上を一斉射撃によって壊滅させた。その無数のビームが放たれた場所をアレンは目で追う。そこには、ツヴァイの姿があった。

「レイか!」

「アレンさん……敵が多いです、協力します!」

アレンに対しては彼も、複雑な心境ではあった。以前に攻撃を受けた事があった為である。だが、この状況で彼の援護をしないのはおかしいと、考えていたのだ。

 二日前にレイはアレンとジャンヌに助けられた。その恩もある。だがそれだけでない。レイ自身が、彼が苦戦している姿を見ていられないと、感じ取っていたのだ。

「助かる!ありがとう!」

感謝するアレン。しかし、その時に無数のビームが放出されるのを確認し、急いで回避行動に移った。避けきれない分は、バリアーフィールドジェネレーターを用いて防御する。

 ヴァイダーガンダムが、ブリッツファンネルを駆使して遠隔攻撃を行ってきたのだ。これらによる攻撃を回避しつつ、敵機体を一機ずつ、破壊していくツヴァイとブライティス。

「クッ!レイ、こいつらをやれるか!?」

「多分……ですけど!」

「ヴァイダーガンダムは俺が倒す!レイ、アシストしてくれ!邪魔をする敵は多いけど、そのガンダムならなんとかなる筈だ!」

そこに確証はない。いつしかツヴァイが作戦の中核を担う機体であった筈なのだが、破壊に失敗したが故に、ヴァイダーガンダムの猛攻は続いている状態だ。

 ツヴァイは広範囲による砲撃を得意とする。ブリッツファンネルがその役割を成す。ブライティスは被弾している影響もあり、ファンネルの数が少ない状態だった。そうとなれば、迫る大軍を相手にするのはツヴァイの方が、分がある。

「はい、何とか!」

ツヴァイはカメラアイを輝かせ、ブライティスがヴァイダーの元へ向かうアレンを援護し始めた。しかし敵の数はやはり多い。その上敵にはガンダムタイプが三機も存在している。いくら彼の技量があっても、これらを相手にするのは難しいと言える。

「やはり戦場で死ぬのが本望かしら、レイ?」

「フォリアさん……!」

攻撃の中で、フォリアがレイに言った。ホテルの一室で彼を殺そうとした女が、今度は戦場で襲い掛かる。

「ああ、可愛いレイ!貴方に対しての感情がごちゃごちゃよ!もっと痛めつけたい!もっと苦しめたい!もっと愛し合いたい!好きだわ、レイ!不思議ね!貴方といると気持ちの整理がつかなくなる!」

狂気とも言える発言。それに負けじと、レイは抵抗する。

「この人は!」

自分を殺そうとした女を許せる筈がない。レイ自身も、死なない為にも彼女と戦う。

「貴方の放った妙な光は何なのかしらね!やはり貴方は普通の人間じゃない!そこが、魅力なのよ!!!」

「!!」

レイは、この発言によって一瞬迷いが生じた。

 あの時に放たれた光は何なのか、その正体が分からない。それに苦悩している、レイ。その上で放たれた、彼女の発言……

 

―――――――――――やはり貴方は普通の人間じゃない――――――――――――――

 

怖いとさえ、感じた。自らが何者なのかも分かっていない状態で、不安を煽る、フォリア。

「言葉で迷うなんてね!」

「ハッ!?」

その油断を突いたのか、ヴェーチェルのビームウィップが迫ってきた。しなるビーム粒子は、機体を切除するのに十分な破壊力を秘めていると言える。

 

バヂィィィ

 

すぐに、レイはメガビームセイバーを展開して対応。互いのビーム刃同士が弾けた。

 

ドオオオオッ

 

しかし、それの邪魔をするのがアトミックやデスペナルティである。先程までアレンを狙っていた二機のガンダムが、ターゲットをレイに変更したのだ。

「てめえだなぁ!てめぇがシエルを殺したんだろうが!」

ニッカが怒っている。この時、レイは彼等にも人情があると言う事を実感した。

(この人達……強化モデルはあくまでも人工のシンギュラルタイプだと考えれば……同じシンギュラルタイプの死とかは感じ取れる……仲間意識はあるんだ……けど……結局は強化モデルとしてしか、戦うしか出来ない……こんなのって……)

彼等にも、人情はある。それがレイには驚きと同時に恐ろしく感じられた。強化モデルとは言え、やはり人間なのだ。そう思うと戦い辛く感じられた。しかし敵は待ってくれない。そして、彼は自分自身を守るためにも戦わなくてはならない。

「クソ野郎!死ね!!」

「僕だって、死にたくない!」

多くの敵が迫る中で、レイは懸命に反抗する。自身の謎も去る事ながら、今は身を守る為に戦うのだ。

「いいえ、貴方は死ぬの。ここで……!」

「嫌だ!死ぬなんて……死にたくない!僕自身が、分かっていないのに!」

そうだ。死ねるものか。自分自身が何者なのかも分からないのに、死ねる筈がない。そして、負けられる筈がない。

「贅沢を言うのね……生きたくても死んでしまった人間なんて数多くいるのに!そして貴方の年になるまでにどれだけの子が死んでいったか!戦争に巻き込まれたと言うのもあるけど、それ以外にも様々な病魔に侵されて死んだりした子だっている!みんな生きたかった!でも死んだ!貴方もその仲間にしてあげる!私の手で愛しい貴方を殺してあげる!」

すると、ヴェーチェルはメガランチャーを展開し、ツヴァイに向けて射出した。急いでバリアーフィールドを展開してこれを防ぐ。が、アトミックが次にMAに変形してヘビーマシンガンを撃ってきた。急いで避けた後、今度はデスペナルティがビーム砲を放出してくる。これらの砲撃を、ビームシールドで防ぐ。

「ダメだ、やっぱり一人じゃこれは……!」

このガンダム達の猛攻に加え、他にもエグゼマー等がツヴァイを狙っている。幸いアレンを追うMSも一定数存在した為、その対抗する数はアレンの時よりは多くないと、言えた。

しかしその時、ツヴァイに迫ろうとしていたヴェーチェルに対し、アトミックがビームランチャーを射出したのだ。急いでビームシールドで防ぐヴェーチェル。突然の意味不明な攻撃に彼女は焦りを覚えていた。

「何なの!?味方を撃つなんて……!?」

「うっせえんだよクズ女がよぉ。さっきからイライラしてたんだよなぁ!その白いのは俺の獲物!邪魔すんじゃねえ!」

「く、所詮強化モデル……単純思考の分際で!」

それはシエルの敵討ちなのかは定かではなかったが、フォリアにとっては不快な事に変わりはない。だからと言って味方機を攻撃するわけにはいかない。悔しくも、彼女はアトミックがツヴァイに攻撃を仕掛けている間は何も出来ないと、判断した。

 

 

 

その一方で、ツヴァイが囮になってくれている為に、ブライティスはヴァイダーに接近する事が出来た。バーニアの出力を上げ、ヴァイダーの背後に回る。が、ヴァイダーの背後に回っても、コンテナから展開される追尾ミサイル攻撃がアレンを襲う。周辺にいるエグゼマーやジョゼフの姿も厄介だ。

アレンはこれらをビームライフルや、ウイングのビーム砲で蹴散らして行き、ファンネルを全て展開してヴァイダーに攻撃を仕掛けた。

「中に乗っているのはあの少女に違いない……!クソ、どうしてこんな……」

ブリッツファンネルやブラスターファンネルを全て、ビーム刃に形状を変化させ、一斉に攻撃を加えようとするブライティス。しかしそれをヴァイダーは許さなかった。反撃するようにブリッツファンネルを展開し、ブライティスに襲い掛かる。

「くぅっ!」

大型で、尚且つ高出力のビームを放出する無数のファンネルを慎重に回避して、近付くチャンスを伺う。だが攻撃は増すばかりで、近づくことすらままならない。その間にもヴァイダーは一歩ずつ、確実に国連の基地に迫って来ている。

ヴァイダーは、指から合計十門のビーム砲や、腹部の高出力のビーム砲など、破壊力を持つ兵器をふんだんに使用し、破壊の限りを尽くす。巨体が一歩一歩確実に国連へ迫って来ている。早くこの機体を破壊しなければならない。アレンは焦燥を感じていた。

だが、その焦りは自分を死へ追い遣るのと同じ事だとは分かっていた。増してやこの巨体が眼前にいる状態では、いつ破壊されてもおかしくない。

戸惑っている一方で、ヴァントガンダムが次々と葬り去られている。それを見た時、彼は行動を開始した。じっとしていれば、味方がやられていく一方である。自分が行動しなければならないと、彼は悟っていた。とは言え、攻撃を加えたところでヴァイダーの頑丈な装甲には大したダメージにもならない。どうすれば良いかと考えた時、彼はただ物理的に攻撃を加えるだけでは駄目だと考えた。

「イチかバチか……言葉で言ってみるしか……!」

アレンは賭けに出た。リノアスを説得しようと試みたのだ。以前、声を掛けた時に彼女は反応した。彼女自身に、もし意思が残っているのなら――可能性はあるかも知れない。

やがてヴァイダーの前に現れ、アレンは回線を開いた。しかし、何故だろうか。モニターが映らない。一体、どういう事なのか。

(どういう事だ?反応がない?)

回線に反応しない、リノアス。違和感を覚えていたアレンは、以前、彼女から感じていた感覚を思い出した。

 それは、白く彩られた空間で、両者共に裸で対話をしている場所。彼はリノアスと、その時に会話をした。それが、彼女の意思だと感じていたのだ。だが、今回は彼女の声が聞こえない。少女の甲高く、どこか静かな声が、聞こえないのだ。

 違和感は、あった。だがアレンは諦める訳には行かない。無駄かも知れないが、せめて声を掛ける事は出来る。アレンは、音声回線を繋ぎ、ヴァイダーに対して声を掛けた。

「こんな事をしてどうなる!?君は戦う必要なんてない!君は感情を欲していた筈だろう!?この行為は感情とは関係ない!無意味だ!軍の言いなりになって、何になる!?」

以前は、会話が出来た。だが今回はそれすらもままならない。無言で、無表情で、ただ前進する。そして破壊の限りを尽くす。

更にあろう事か、その攻撃対象はヴァントガンダムに留まっていなかった。なんと、自軍のMSをも巻き添えにしているのだ。最早、彼女は無差別に破壊を行うただの人形と化していた。敵味方の識別すら、出来ていない。ただ、目の前に居る存在を排除する、存在と化している、ヴァイダーガンダム。この機体を残しておくことは、極めて危険だ。

 

 

 

ブライティスとヴァイダーが交戦している中、アレンの行動をあざ笑うフークの姿が新生連邦基地にあった。ヴァイダーの周囲を回り、懸命に説得しようとしているアレンの姿が彼にとって無駄な努力に見えたのだ。

「あの青い羽根のガンダム……やはりリノアスの前に現れたな。説得のつもりだろうが……」

幾度も、アレンによって苦汁を飲まされて来た事を思い返すフーク。その度にリノアスは苦しんでいた。何度も調整を行っても、感情を欲する彼女の欲がフークの思い通りに行かない事が多々、あった。ブライティスガンダムは、フークにとって忌むべき存在として、認識しているのである。

「無駄だよ!彼女は“人”を捨てたのだからな。今の“彼女”が一番理想の強化モデルと言えるだろう。クク……」

人を捨てた?何を示しているのか。人を捨てるというのは、どういう事か。

その傍で、兵士がモニターを見て何かを観測している様子だった。それはリノアスの脳波を観測しており、彼女の現在の生体データを見ていた。

「彼女の“脳波”に異常値は認めません。順調に活動を行っています。」

「そうか、クク、やはり人を捨てた事は正解だったな。今のリノアスは完全な戦闘マシーン。何も喋らず、ただ破壊行為を行う。誰の言うことも聞かない。ただし、私の言うこと以外は。」

ヴァイダーの破壊行為を、ただ笑ってみているフーク。無差別に味方機体も破壊されているというのに、それに見向きもしていないのだ。

人を道具としか見ていない男、フーク。この時代に限らず、デウス動乱時代にも強化モデルと呼ばれる人間は存在しており、いつも強化モデルを監視する人間はこの男のような冷酷な人間が多い。それに該当する人間の中に、今は亡き元アーステクノロジー社長のスルース・ディアンの存在があった。

「アーステクノロジーのディアン社長が謎の死を遂げたと聞く。強化モデルの研究機関所長の彼だったが、その意志は私が継いで行こう。今の彼女は、私が完璧に扱う事が出来ているからな!」

強化モデルと呼ばれる人種は、その主や目的遂行の為に、自らの意思を無くしている存在ばかりだ。命令には絶対服従。何らかのイレギュラーすら、許されない。

 リノアスの場合は特別だった。アレンが干渉する事で、イレギュラーが生じた。感情を欲していた彼女は、感情を求めてアレンと接触をしていった。

 だが今の彼女に、それは聞こえない。ジェノサイド・マシンとなっているヴァイダーガンダムを、ただ、動かしているだけなのだ。

 

 

 

ヴァイダーは確実に、国連の基地に接近し続けている、その間にも無差別の破壊行為を続けていた。ヴァイダーから放たれる凄まじいビームの雨。指や腹部やファンネル等、あらゆるビームが戦場に降り注ぐ。これらを防ぐ方法は、果たしてあるのだろうか。延々と続く容赦のない攻撃は、接近する者を容赦なく消し去っていく。

 

バヂィィィ

 

しかしこの時、アレンはヴァイダーから異常音を聞き取っていた。ヴァイダーに懸命に攻撃を加えるアレンは、この音を聞き逃さなかった。僅かではあるが、何かが破損しているような、音。

(なんだ……どうしてこんな音が……何かあるのか……?)

そう考えている間に、ヴァイダーはファンネルを放出してアレンを襲う。彼はこのファンネルの動きを見切り、ビームライフルで二基を撃ち抜いた。だが、別のファンネルが彼を襲う。

「クソッ……これじゃあ……一度引くしかない……」

ビーム砲撃が激しく、ブライティスはバーニアを駆使し、一度引くことにした。

が、ファンネルは容赦のない攻撃を加え続けてくる。バリアーフィールドを展開しようにも、ビームライフルを所持している為、右腕部が防がれているので展開する事が出来ない。左側は損傷している状態であり、ビーム自体を防ぐ事は難しい。従って、これらの攻撃を回避するしか、対処法がないのだ。

(気になるのはあの音……ヴァイダーに何かが起こっているのは間違いない……それは断言できる。チャンスかもしれない。これは……)

ジェノサイド・マシンを打開するチャンスだと考えたアレンは、一度後退し、様子を見る事にした。異常音が聞こえている状態でも、ヴァイダーは攻撃の手を緩めない。ただ、敵機体を無差別に破壊するだけだ。

 

 

 

地上では激戦が繰り広げられている最中、水中でもスバキが激闘を繰り広げていた。強化型ディープシーに乗っているルーボが手強く、ようやく水中に慣れたばかりのスバキでは手に負えない状態だったのだ。

しかも水中には潜水艦もいる。たった一人でこれらを相手にするのは、まず不可能と思えた。

「いつまで逃げられるか!?どうせ無理だ、もう諦めたら?」

「だ、ダメだ……こんな……いや、まだ諦めるもんか!」

彼女はまだ諦めなかった。アクアバズーカを射出してディープシーにダメージを与えようとするが、避けられてしまう。

しかも運の悪いことに、バズーカの弾が無くなってしまったのだ。それも予備の弾薬も全て。つまり、使い物にならなくなってしまった。

「しまった……けどまだ武器はある……」

そう言ってアクアグレネードを発射しようと試みた。しかし、発射されない。弾切れなのだ。それならば魚雷を使用しようとするが、それも発射されない。つまり、彼女は頭部機関砲

以外の実弾兵器を全て使い果たしてしまったのだ。焦るスバキ。

その間にもルーボは迫ってくる。背中のキャノンから弾を発射した。その素早い動きはア

インスのコクピットを狙っていた。シールドも持たず、自分を守るものが無いアインスはこの攻撃を防ぐ術がなかった。

 

ピキィィィ

 

彼女の頭の中で電流が流れ、迫るその弾のスピードが、遅く見えた。シンギュラルタイプ特有の現象が、彼女を救ったと言えた。

「な……見える!見えるぞ!」

喜びに満ちた笑顔でこの弾の攻撃を避ける。絶対に直撃すると思われた攻撃が回避された様子を見て、ルーボは焦りを感じていた。

「馬鹿な!?今のは避け切れないはず!?クソッ!ならば!」

すると、ルーボのディープシーは接近戦を試みたのか、ビームランスを展開し、迫った。そのまま、海中にてバーニアの出力を上げてアインスに近づく。

スバキがこの動きに気付いたのは、ディープシーが眼前に現れた時だった。

「しまっ……!?」

「終わったな、今度こそ最後だ!」

ビームランスを突き刺そうとするディープシー。しかし、スバキはこの時再びこの動きが緩慢に見えたのである。

動きさえ読めればこちらのものだ。急いでこれを回避し、ビームサーベルラックを抜く。そして――

「やあああっ!」

そのままルーボのディープシーのコクピットに直撃させたのだ。

 

「ぐうおおっ!?」

 

この直後、ディープシーは爆発した。辛うじて、彼女はルーボを倒すことが出来たのだ。しかしこの後が厄介である。水中にはまだ潜水艦の存在がある。だが、弾の補給をする必要があると悟った彼女は一度地上に上がる事にした。幸いルーボを倒した後、敵機の存在は見られなかった。

 




第六十九話、投了。
ジェノサイド・マシン、ヴァイダーガンダムを巡る戦い。その中で様々な人間達が戦って行く――
今回で新生連邦の特殊強化モデルの一人、シエル・ホーンドが散りましたね。合唱。


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第七十話 巨魁の果て

ヴァイダーガンダムとの決戦。その果てに待つ者とは――


 ネルソンとリンセは激闘を繰り広げていた。強化されたハルッグの機動性はエクルヴィスを圧倒し、素早い動きで翻弄する。

「このぉ……!ふざけるなぁ!」

ハルッグはロングビームライフルを撃つ。が、それはエクルヴィスのビームシールドで弾かれる。その直後、肩部からビーム砲を放出した。ネルソンはすぐにこの攻撃を避けるのだが、その直後にエクルヴィスの隠し腕がハルッグの両腕部を掴む。

「しまった!?」

「アハハー、残念でした!さて、今の内にバッラバラにしてあげるー」

リンセは笑みを浮かべ、ビームサーベルを抜き、ハルッグに接近を試みた。が、その時である。突如、エクルヴィスが激しく揺れたのだ。

「きゃぁっ!?」

気がつけば、ハルッグは眼前にいなかった。一体どこへ……?辺りを見回すリンセ。その際に後方からビームの反応があったので、急いでそれを避ける。するとそこにはいつの間にか逃げ出していたハルッグの姿があった。ハルッグはビームヒールを展開しており、これでエクルヴィスの隠し腕を切り刻んで脱出したのだ。

「こう言うときには役立つな。ビームヒールは。」

「くぅ、何なのよ!ガンダムが押されるなんてありえないんだから!」

「技量の差だ。ガンダムタイプを託されるからにはそれなりにエースパイロットをやっていたんだろうが、私には及ばなかったな。若いながらにその腕、大したものだとは思うな。」

「う……うるさいのよ!おじ様は黙ってくれる!?いい迷惑なのよあんた!あーウザいわ!とっとと死んじゃいなさいよォ!」

「おじ様……か。私も酷い言われ様だな」

怒りを露にするリンセ。彼女の言葉にどこか、腑に落ちない様子のネルソン。

それを挑発するようにネルソンはハルッグを巧みに操り、エクルヴィスに攻撃を加えていく。そしてミサイルを放出し、エクルヴィスを狙う。

リンセは避けようとするがこのミサイルは追尾式になっており、エクルヴィスに直撃するまで追い続ける。

「ホーミングミサイル!?上等じゃないの!」

やがてある程度距離を開けたところでエクルヴィスは肩からビームを放出し、このミサイルを跡形もなく破壊した。

そこから、デストロイウェブを放った。運悪く、ハルッグはその攻撃に直撃してしまい、激しい電流を浴びることになった。

「うあああ!」

叫び声を上げるネルソン。高電流がハルッグ全体を包み、機体が激しく揺れる。それを浴びた後、しばらく機体を動かすことが出来なかった。

「ええい……!動け!クソ……」

機体そのものが機能を停止してしまっていたのだ。その間に、エクルヴィスはビームサーベルを抜き出し、ハルッグを切り裂こうとしている。

「おじ様……さようなら!」

 

キシィン

 

カメラアイを輝かせ、標的をハルッグに振り絞った。バーニアの出力を上げ、一気にハルッグに近づいていく。そしてエクルヴィスがハルッグの至近距離に現れた時だった。

 

                バヂィィィィィッ

 

幸いにも機能が回復したハルッグはビームサーベルを抜き、エクルヴィスと打ち合いを行った。

「何なのよ!?あとちょっとだったのにぃ!」

「間一髪か……」

更にその時、レイのツヴァイがこの戦闘域に現れた。ヴェーチェルとデスペナルティとアトミックの、三機と戦いを続けている。

「お前もう終わりだぁ!死ね!」

アトミックはそう言いながら、ツヴァイに容赦のない攻撃を加え続ける。ビームランチャーを連射し、他にもショルダーミサイル等でツヴァイを攻撃していく。すると、アトミックはMAに変形した。その上をデスペナルティが乗り、一斉射撃を始めた。

ビーム兵器はバリアーフィールドで防ぎ、実弾はビームシールドで防ぐツヴァイ。だがその間にもフォリアのヴェーチェルがビームウィップで切り刻もうとしてくる。

「フフ……なかなか粘るわね。」

ツヴァイは別の攻撃を行わんと、両側の前腕部からビーム砲を撃つ。が、全てビームシールドで防がれる。展開したビームシールドはそのまま近接武器と化し、ツヴァイに接近する。

 間一髪それらを避けるツヴァイ。ビーム粒子が固形状態になっているビームブレイドは、切断力に優れ、機体が掠れるだけでも驚異的な兵器と化している。

 

ピキィィィ

 

その時、レイの頭の中に電流が走った。そして接近してくるアトミックとデスペナルティの姿を確認した時、バーニアの出力を上げ、デスペナルティに接近し、右脚部で蹴った後で、左腕部で殴りつけたのである。

「うぼあっ!クソ野郎がぁ!」

この攻撃によって怒りを見せるニッカ。その為ビーム砲を射出しようとするが、生憎、ビーム粒子のエネルギーが切れてしまっていたのだ。

「マジかよ!?タイミング悪いなこの野郎!だったら切ってやるだけだろうがァッ!」

カメラアイを輝かせ、デスペナルティは二重大鎌をツヴァイに向けて振るい始めた。しかし、ビーム粒子残量が無い状態の鎌など、驚異的な切断力とは言えない。とはいえ、刃部分の熱は保たれている為、ダメージを与えるのには十分と、言える。

戦闘の中で、ネルソンはレイに回線をつなぐ。戦いながらの会話は大変だったが、どうにか応じることが出来た。

「ネルソンさん!」

「レイか。無理はするなよ。私も援護する。」

「ありがとうございます!けど……敵はガンダムが四機もいます……」

「どうにか分担させるか。それとも他の国連のパイロットに協力してもらうか?」

「出来ればそうして欲しいですけど、厳しいですね……。」

ヴァイダーガンダムの迎撃に戦力を割かれている状況で、救援を要するのは難しい。不利な状況でありつつも、戦うしかない。

「今は我々で相手するしかないと言う事だろうな。よし、私はあの鎌持ちとモノアイ変形型を相手する。君はあの二機を相手してくれ。」

「ええ、分かりました!」

ネルソンの提案通りに戦力が分担された。ハルッグは特殊強化モデルのガンダムを挑発するようにMAに変形し、ツヴァイとは反対の方向へ移動を始めた。

「舐めてるんじゃねえかあいつ!?」

「蝿は仕留めてやんよ!青い蝿!」

そう言って、デスペナルティとアトミックは共にハルッグの方向へ向かった。ネルソンの作戦は成功した。

一方で問題はレイである。敵の数は減ったが、この姉妹のガンダムを相手にしなければならないのだ。いずれもが特殊な性癖を持つ、オールドタイプでありながら妙な人物である、姉妹。

「フフ、レイ……殺してあげる。この状況で戦うのは随分と久し振りね!二対一で勝てるかしら?」

「僕だって……戦います!貴方達と!」

レイがこうして今この戦場にいる由来となったのもこの姉妹が原因である。約一年前、モントリオール市街に現れたこの姉妹のガンダムと、アインスが激突したことが原因で彼はネルソンに助け出され、それから様々な事があり、今に至るのである。彼にとって、この姉妹は因縁の存在でもある。

「フフ、二対一で勝つなんてなかなか無謀よ?増してや私達を相手にするなんて。」

「でもお姉様、この子、お姉様を気絶させたんでしょう?」

「そう……確かにただの人間ではないのは事実。でも!技量は私達の方が上に決まっている!例え、貴方が妙な力を持っていようが技量に勝るものなんてない!」

そう言った直後、ヴェーチェルはビームランチャーを射出した。咄嗟の攻撃に、ツヴァイはそれを慌てて避ける。が、次にエクルヴィスは手掌部からデストロイウェブを放った。

「くぅ!」

どうにかこれを避けることに成功する。しかし、二体の強力なコンビネーション攻撃に、ツヴァイはただただ苦戦するのみだった。近接戦闘の得意なフォリアと、射撃が得意なリンセ。 

この二人の相性は抜群だった。いくらレイが力を持つ人間であっても、この姉妹の強力なガンダムによる連携プレーには苦戦を強いられる。

 

 

 

アイリィ・トゥールのヴァントガンダムは地道ながら敵の量産型MSを破壊している。敵機の数は順調に減っている。しかし、厄介なのは地上で容赦なくビームを撃ち続けるヴァイダーの存在だ。この存在の為に、国連のヴァントガンダムは次々と破壊されている。一斉に脚部のミサイルを発射しても、全て、強力なビームで撃ち抜かれてしまう。これでは、多勢に無勢も同然と言えた――

「あのMS……アレンさん?凄い……あの人あんな距離で戦ってる……」

激戦の中、アイリィはアレンがヴァイダーと距離を置きつつも戦っているのが見えた。一度後退し、様子を見ていたアレンだったが、ファンネルの数が減少しているのを見計らい、接近を試みたのである。

ファンネルによる攻撃がアレンを襲っていたが、全て避けている様子を見て彼女は感心した。

「あの不思議な攻撃……全部避けてる……ありえない……わぁぁっ!?」

感心している最中に、アイリィに魔の手が迫った。ジョゼフが二機、彼女の駆るヴァントを襲って来ている。ビームライフルを連射し、モノアイを輝かせて接近してくる。

「わわ、ピンチ!?」

二体一では彼女でも勝ち目がないと悟ったのか、すぐにその場から離れた。が、ジョゼフは追撃を続け、アイリィのヴァントを追う。

「そんなぁ!せめて一機ならタイマン張れるのにぃ!」

二機ともアイリィを狙って来ている。それに対し不安を覚えた彼女は自棄になってビームライフルを連射した。その時、その内の一撃が一機のジョゼフを撃ち抜き、破壊した。

「えっ!?ラッキー!!タイマンなら勝ち目ある!」

と、残りの一機に対して勝負を持ちかけた。ビームサーベルを抜いて接近戦を持ちかける。

敵も慌てた様子でビームサーベルを抜くが、次の瞬間にアイリィはジョゼフを切り裂いた。

「ヤッホー!上出来!私もやれるんじゃない!?」

と、調子に乗っていた時である。地上からヴァイダーのファンネルがアイリィを襲ったのだ。瞬間的にビームの光が見えた瞬間、ヴァントは背部に砲撃を受けたのである。

「きゃああ!」

幸い、コクピットには直撃しなかったが、推進剤を破壊されたヴァントガンダム。この時、既に機体の機能を停止してしまっていた。ぐいぐいとレバーを引いても反応せず、ただ、落ちていくしかなかった。

 墜落すれば爆発は避けられない。こうなったら、脱出するしかない。彼女はコクピットを展開し、落ちていくヴァントから脱出し、パラシュートを開いて地上へ降り立った。それからヴァントは地上に落下し、爆発を起こした。それを見て、彼女はどこか、寒気を覚えていたのだった。

 

 

 

ネルソンは特殊強化モデルの乗るガンダム二機を引き付けていた。幸い、デスペナルティはエネルギー切れの為にビーム兵器を使用することが出来ない為、接近戦のみとなっている。それだけでもネルソンにとっては有難い事だと言えた。

(以前戦った時にあのガンダムタイプは強力なミサイルを放っている……万が一あれが発射されれば死は避けられないか……!)

強力なミサイルとは、核ミサイルの事だ。彼らが最初に遭遇した時に凄まじい爆発を出したその兵器に警戒しつつ、ネルソンは攻撃を開始した。

肩部のビーム砲の砲門をまずデスペナルティに全て集中させ、それらを一斉に射撃した。

幸い、それは全てデスペナルティに直撃し、戦闘不能に陥った。それと同時にパイロットにも損害を与え、ニッカの右腕はビームによって蒸発してしまった。

「あぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」

いくら強化モデルとは言え、それが激痛であることには変わりがなかった。右腕を失った痛みと、ハルッグに対する憎しみが混同している中、獣のような唸り声を上げつつ、どうにか左腕で操縦桿を握り、戦闘域から離脱を試みた。この瞬間、ニッカは左腕を失ったパイロットとなってしまったのである。

「まずは一機。問題はあれだな。モノアイのガンダムタイプ。」

デスペナルティがやられた事を見て、アトミックはモノアイを輝かせてビームランチャーをハルッグに向けて連射した。更に、ミサイル等の攻撃も加える。

「てめえは、終わり!」

「フン!なめるな!」

ネルソンはアトミックガンダムから発射されるミサイル群に対し、ロングビームライフルで撃ち抜く。

次の瞬間に、アトミックはMAに変形し、その状態で射出出来る全ての射撃武器を発射してきた。急な攻撃だったので、ハルッグは回避しようとしても脚部に直撃してしまう。

「ぐうっ……!」

実弾兵器を受け、一度怯むハルッグ。そこへ迫る、アトミック。

「だりゃああ!ぶっ殺す!」

マシンガンやミサイルやビーム砲など、ありとあらゆる攻撃を続ける。この攻撃を見て、ネルソンはハルッグをMAに変形させた。

「MAにはMAか。」

そのままアトミックから逃げるように移動する。無論、アトミックはビームランチャー等を発射しながら攻撃し続ける。

が、MAになったハルッグの機動性は非常に高く、その、圧倒的なスピードでアトミックを翻弄する。初陣ではそれに翻弄されていたネルソンだが、今の彼はそれを乗りこなし、強力なGにも耐えることが出来ているのだ。

「なんだあいつ!?早過ぎんじゃね!?」

次の瞬間、ハルッグはビームヒールを展開ながらUターンをし、アトミックと擦れ違った。その際にビームヒールがアトミックを切り刻み、機体は激しく揺れた。

「マジか!?クソッたれ!」

機体のコントロールを失ったアトミックは撤退を余儀なくされた。そのまま新生連邦の基地の方へ向かい、戦場から離脱する。

 FLCシステムを搭載した、三機のガンダムはこの戦場から去った。内一機はレイが撃墜。残りの二機も、撃退に成功したのである。

「どうにか撃退したか。さて、次はどうする?流石にあの巨体を相手にするのは厳しいな。今は、レイの援護に行くべきか。」

と、言ってハルッグを駆り、戦場を駆け抜けるネルソン。ヴァイダーガンダムへの攻撃の前に、まずはレイの援護に向かう事を、決めたのだ。

 

 

 

アレンはヴァイダーと激戦を繰り広げていた。距離を置きつつも、ファンネルで攻撃を加えていく。しかしあくまでもコクピットは狙わない。と言うのも、彼はリノアスを助け出したいと考えていたのだ。

「向こうが応じる気が無いのなら、力づくで助け出すしかない!コクピットから彼女を引きずり出せば!」

アレンは、リノアスを助ける事を考えていた。説得に応じないのならば、強引とはいえ彼女を引き寄せるしかない。無数のビームを回避しながら、その隙を、待つ。

「レイ、頼みがある!俺はこいつのパイロットを引きずり出す!その間、大変ではあるが、守ってくれ!出来るか!?」

アレンの提案は無茶と呼べるものだ。明らかに危険以外の何者でもない。話し合いに応じないのならば、助け出そうという、その提案が無理難題だ。姉妹と交戦しながら、レイは言った。

「そんなの、大丈夫なんですか!?」

「賭けだけどな!頼む!我儘と思って付き合ってくれ!」

「分かりました……!」

レイ自身も大変な状況ではあるが、アレンの賭けに乗るしかない。ジェノサイド・マシンを止められるのならば、僅かな可能性にも賭けるだけだ。

その間にも、ヴァイダーは巨大なカメラアイを赤く輝かせ、無数のビーム砲を延々と撃ち続ける。その砲撃は別のMSに直撃し、破壊された。

一歩ずつ、また一歩ずつ巨体を動かしながら迫ってくるヴァイダー。その巨体の動きは留まる事を知れず、破壊行為を繰り返し続ける。

と、次の瞬間だった。アレンは迫るヴァイダーのファンネルを、攻撃しつつ、バーニアの出力を展開し、一気にヴァイダーのコクピットに接近したのだ。これを見て姉妹のガンダムもヴァイダーに向かおうとする。しかし、それをレイが止めた。だが、ヴァイダーのブリッツファンネルは無差別な砲撃を行い続けている。つまり、姉妹のガンダムにも魔の手が及んでいるのだ。

「この機体!敵と味方の区別が付いていないわ!」

「悔しいけど距離を置くしかない……」

渋々、姉妹のガンダムはヴァイダーから距離を置いた。それが、不幸中の幸いと言えたのだ。この間も、レイは猛撃を行うヴァイダーの攻撃からアレンを守っている。無論、彼自身もだ。

やがて、ブライティスはコクピットに接近した。その周囲にある副装ビーム砲がブライティスの邪魔をするが、間一髪回避し、頑丈なコクピットに対して、ビーム刃の出力を押さえ、切り刻んだ――

 

「馬鹿、な……!?」

 

そこで見えたものは、何か。それは、人間の身体の一部である、“脳”が培養液の中に浸っている光景だった。誰の脳なのかは、明確だ。恐らく……いや、確実にリノアス・クリストルである。

 今までも何度か強化の度に調整を行われてきたリノアス。だが今回の彼女の姿は、“人”の姿をしていなかった。人の身体の一部……それも、最も重要な器官である、脳のみが存在している状態で、この場に居たのだ。

 人は力を求める為にここまで残酷な行為が出来るものなのか。リノアスは特殊強化モデルとして存在し、幾度となく交戦して来た。その成れの果てが、これだ。只の脳となってしまった彼女。その脳が、人型の兵器を操り、破壊行為を行っているという。これでは、どちらが人であるのかが分からない。人型の兵器を、人の形をしていない者が操っているという状況。何だ、これは。この残酷な光景は一体何だ?

「酷過ぎる……こんなのって……」

その言葉しか、浮かばない。コクピット越しに見えた脳の存在は、アレンに大きな衝撃を与えた。彼はリノアスをどうにかして助けようとしていた。しかし、相手が只の“脳”ならば、助ける事等出来る筈がない。助けた所で、何になるというのだ?

人ならざる者の姿をしたものを見た時、人は諦めが付く。諦めるしか、無い。助けて何になる?もうそれは人の形をしていない。人じゃないのだ。

だが、それは本当に人でないと言えるのか?ただ、組織によって人ならざる者に変貌を遂げた存在に対し、“人間でない”と一蹴に出来るのか。行ってみれば、彼女は被害者だ。只の殺戮兵器を操るだけの、被害者。

彼女は確かに、多くの人間を殺した。ロンドンの民間人を容赦なく殺し、それ以外にも日本等でも少人数ではあれど、民間人を殺している。だがそれを指示したのは、新生連邦軍だ。その組織が、諸悪の根源だ。

相手は人でない。だが、何だろうか。怒りと言う感情は一切湧かない。寧ろ、哀れみや悲しみのみが浮かぶ。この、悲しさは何なのだろう。いつしか、アレンの表情は俯いたまま、苦悶の表情を浮かべている。リノアスへの、同情なのか。脳へ変貌を遂げた彼女を想っての、感情なのか。感情のコントロールが取れていた筈のアレンが、苦しんでいる。

「倒すしか、ない……」

アレンは決意した。リノアス・クリストルを殺す事を。

 

『それで、良いの』

 

「え……?」

声が聞こえた。その声は、脳に直接聞こえたように感じられた。少しして、再び声が聞こえる。

『もう私は……人間ではないから……殺して……暴走を止めて……』

 

「この声……まさか……?」

聞き覚えのある、声だった。

 

『私はヴァイダーガンダムそのもの……危険な存在……だから殺して……』

 

「……ッ!」

確かに聞こえた、声。そして断言できた。その声の主はリノアス・クリストル本人の声だと。利用された女性の悲しき訴え……アレンにはそれらが全て把握できた。そして彼はブライティスの操縦桿を握り、一旦、ヴァイダーから離れた。

「やるしか……ないのなら……倒す……倒してやるッ!」

アレンは行動を開始した。躊躇いなく、ヴァイダーを破壊する為に、彼は破壊されていない残りのファンネルを全て展開する。敵は、脳と化したリノアス。彼女を殺し、ヴァイダーを止めるしかない。そうとなれば、躊躇う事はない。

それらはビーム刃を展開し、ヴァイダーに迫る。が、ヴァイダーはその攻撃に反応し、ファンネルに向けて大量のビームを浴びせた。その為、全てのブリッツファンネルは破壊されてしまう。

リノアスは死ぬ事を望んでいる。一方で、攻撃の手は緩めない。彼女の行動と本心は表裏一体。脳のみで動いている本体と、アレンに対して語った言葉は乖離している。躊躇いのない攻撃は、死を望んでいる彼女の、矛盾以外の何者でもない。

ブライティスのブリッツファンネルは破壊されたが、彼にはまだファンネルが残っていた。両側腰部に存在する、ブラスターファンネルである。ブリッツファンネルよりも出力のあるビーム刃を繰り出すことのできるそれは、今の彼にとって切り札の以外に何でもなかった。

残り二基のファンネル。これが破壊されれば、残る対抗手段はビームサーベルしか残っていない。ヴァイダー相手に先程のような至近距離での攻撃は極めて危険である。二度も通じない。しかし、今は賭けるしかない。二基のファンネルに彼は全てを託した。

しかし簡単には行かない。アレンがブラスターファンネルを射出した時、すぐにヴァイダーのファンネルがこの二基を狙って来た。素早く避けようにも、ヴァイダーのファンネルの方が素早い。そして、ビームが放たれようとした――

 

ドガアアアアアアアアアアアッ

 

突如、ヴァイダーは爆発を起こしたのだ。その爆発の威力は凄まじく、ヴァイダーは行動を停止する。何が起こったのか把握できていないアレン。しかし、爆発した場所を見て彼はふと思い出した。

(ツヴァイの最初の攻撃か……!)

ツヴァイがこの戦いの最初に撃ったプラズマカノンによるダメージが、この爆発を誘発したのだ。先ほどアレンが聞いた奇妙な音の正体は、ヴァイダーのダメージの音だったのだ。

(あの機体はダメージを受けていたにも関わらず、攻撃を続けた。一切止まる事なく。それによって機体自体に熱の放出が出来ない状態だとしたなら……)

ルイーナシステムを放射した際、膨大な熱が生じる。それを冷却し、機体の放熱を行うのもヴァイダーのバインダーの役目だ。

 だが、ツヴァイのプラズマカノンはこのバインダーにダメージを与えた。つまり、冷却機能が作動していない状態だったのだ。この上でビーム粒子を使う為に機体内で熱が上昇し続けた結果、オーバーヒートを起こし、爆発を起こしたというのである。ヴァイダーの破壊には、最初の砲撃で失敗はした。だが、今になれば、これは願ってもいない絶好の機会と、言えたのだ。

アレンはそのままブラスターファンネルをバーニアに突き刺し、更なる爆発を誘発する。

 

 

 

「あのガンダムが爆発を起こしている……?」

レイは姉妹と戦っている最中にその様子を見た。一体何故このような事が起きたのかは分からなかったが、足止めが出来ていることは間違いなく、レイは少し安心していた。

「ちぃ、こんな……!?」

ヴァイダーの爆発を見て焦るフォリア。やがてメガビームライフルで高出力のビームを連射し、ツヴァイを襲う。だが彼女の狙いはツヴァイだけではなく、ブライティスにも向けられていた。

ブライティスはビームサーベルを展開し、コクピット付近にあるヴァイダーの動力部を突き刺そうとしていた。が、ヴェーチェルがそれの邪魔をする。しかし、そのビームライフルはツヴァイが防いだ。

「邪魔をする気!?」

「これ以上破壊行為なんてさせません!」

「子供が調子に乗っちゃダメなんだよぉー!」

今度はエクルヴィスがデストロイウェブをブライティスに向けて放つ。が、これもツヴァイがファンネルを使って破壊し、阻止した。そして、アレンは高速でヴァイダーの動力部に向けて、ビームセイバーを持ち、突撃する。

「解放してやるから……!」

 

ズバァァァァァァッ

 

ビームセイバーはヴァイダーの動力部に突き刺さった。ビーム刃の高熱がヴァイダーの装甲を貫き、やがてコクピットは炎に包まれる。この時、ビーム刃はリノアスの、脳にまで、至っていた。人ならざる者と化したリノアスを、彼の手で倒す事に、成功したのである。

 

 

キィィィィ

 

その時、アレンは光に包まれる感覚を覚えた。眼前が真っ白に輝いていく。

まるでそれは、リノアスが見せている幻覚に見えた。これも力のある人間が感じ取れる力なのかは定かではないのだが、戦闘中にも関わらず、気がつけばアレンは辺り一帯がただ白いだけの不思議な場所にいた。

 以前にも感じた事のある、感覚。ここで、アレンとリノアスは話をした。感情を欲していた彼女と、感情を押し殺していたアレン。今、アレンはあの時と違い、自身で感情をコントロール出来ている。

少しして、彼の正面にリノアスと思われる女性の姿が現れた。先ほどアレンが説得した時とはまるで違い、表情も優しく美しい笑顔をアレンに見せていた。目も綺麗な水色をしており、純粋に美しいと呼べた。

 リノアスの本体は既に肉体はない。となれば、今目の前に居る彼女は、精神体……言うなれば、魂だけの存在と、言うべきだろうか。

『ありがとう……これで、私は解放される……』

リノアスは自然な笑みを浮かべていた。感情を欲していた彼女の、笑み。魂となった彼女は、本来の感情をようやく取り戻したのである。

『それが、君の本来の表情なのか……』

余りに自然なリノアスの姿に、アレンはどこか、感銘を受けている。感情を求めていた人間が表情を戻したのを見て、喜びを感じているのだ。

『私は、元々シンギュラルタイプとして存在していた。けれど、それに目を付けた軍が私をシンギュラルタイプとしての力を更に飛躍させると言って強化手術を行った。その結果が今の私……感情を失ったまま、私は生き続けていた。感情を求めたけれど、それを表現が出来なくなっていった。けれど貴方と会った時、貴方の持っている温もりがかつての私を思い出させてくれるようだった。温かい感じ……貴方の、そんな感じが大好きだった。』

白い光の世界の中で、リノアスは欲していた感情を出している。彼女の笑顔は、余りに眩しく見えた。

『けれど軍はそれを許さなかった。私は更なる強化を施され、気がつけばあの殺戮兵器のパイロット。私はこれ以上強化モデルとして存在したくない。最終的には脳だけになってしまって、ただ敵を殺すだけの兵器となってしまったならば、死んだ方がいい。私は、ずっと願ってた。けれど誰も私を殺せなかった。でも……やっと私を殺してくれる人が現れた……それが貴方。』

『そんな……そんな事を望んでいたなんて……』

『強化された時から私の運命は決まっていた。私が死んで、一人でも犠牲者を減らして欲しい……そう考えていた。けれど私は意志をも強化され、完全に戦うことしか許されなくなっていた。感情さえも失ったまま、ただ命令通りに従うしかなかった。けれどようやく叶うの……願いが。これで……私は解放される。嬉しいの……』

本来のリノアス・クリストルは非常に純粋で、心優しい少女だったのだ。しかし彼女は心優しいだけでなく、シンギュラルタイプとしての素質もずば抜けて優れていた。それに目をつけた人間が彼女を強化モデルとして利用し、戦闘マシーンとなってしまった。その時、すでに心優しいリノアスの姿はどこにもなかったのである。

『私はもう、これ以上死人を出さなくて良い……もう、戦わなくていい……戦わされなくて良い……ありがとう。そして……さようなら……』

そう言って、リノアスは笑みを見せた。今まで見た事のない彼女の笑みは、どこか切なくて、美しく感じられた。

次の瞬間、リノアスは姿を消し始めた。段々とアレンの前から姿を消していき、やがて全身が消えてしまった。

 

 

 

「リノアス……ゆっくり、休んでくれ……」

気がつけばコクピットの中だった。そして、アレンは眼前で脚部から崩れ去っていくヴァイダーの姿を、ただ、虚ろな表情で見ていた。

一方のヴァイダーは、崩れ去る中、ブライティスに対して手を差し伸ばしているように見えた。その巨体が崩れゆく中で、まるで感謝をしているかのように、ビーム砲となってした指部はどこか、優しい形状をしているように見え、そのまま崩れていく。

やがて、ロンドンを壊滅状態にし、多くの死人を出したジェノサイド・マシンは、その形を崩壊させたのであった。

 

 

 

ヴァイダーが破壊された知らせを受けたフークは明らかに焦っている表情を見せた。切り札を破壊された……その衝撃が彼を襲った。

「ば……かな!?あれが破壊されただと!?あり得ない!ふざけるな!リノアスめ!何故、失敗した!?最高傑作のマシーンだったのだぞ!?」

あくまでも、リノアスの事を兵器扱いしていたフーク。この男の残酷性は、周囲の兵士達もどこか、恐怖に、そして、不快感を示す程と、言えた。

「ヴァイダーガンダムがやられる事があって良い筈がない!こんな馬鹿な事が!あり得ない!!!まさか、あの脳になったマシーンは最後まで感情を持っていたとでも言うのか!?絶対に敵を倒す完璧な存在だったのに!?」

フークの表情は感情を溢している。リノアスが欲していた感情ではあるが、この男はリノアスが死んだと同時に感情を溢した。

 そこにある感情は、リノアスに対する哀悼の意等ではない。破壊兵器が破壊された事に対する苛立ち。ただ、それだけだ。

「国連に敗れる事があって良い筈がない……私はどうなる……!?このままでは失脚も目に見えているぞ……くそっ!」

リノアスを利用し、生体ユニットとして扱っていたこの男は、いざ、リノアスが倒された時に何を思ったのか。その答えが、保身である。

 作戦の失敗に対する自己防衛。この男は、それをし続ける器の小さい男だ。以前にダッゲインが東京で暴走行為をした際に於いても彼はマサアキが死んだ事を利用し、彼に全責任を擦り付けた。それ故に、フークは今の立場で在り続けている。

 このような男に利用され続けたリノアスは、浮かばれないだろう。この残酷な人間の呪縛から解放したアレンは、紛れもなく、リノアスにとっての救世主と呼べるだろう。

 

 

 

激戦から時間が経ち、夕刻になった。ダーウィンはほぼ壊滅状態ではあったが、不幸中の幸いと呼べるのは、市民の死者がロンドンの時程居なかった事である。市民の殆どが避難を終えていた為、ダーウィンの地や、建造物自体は破壊されてしまってはいたが、それでも、人が生きている事は幸いであったのだ。

「町はあのザマだから、市民はまた別の場所に暮らさないとダメだなぁ。」

一人の、国連兵が言った。

「まあ……仕方ないだろう。俺達もここを戦場として戦った。だから俺達も悪人なんだ。偉そうには言えないけど、命があれば何だってできるんだよ。だから新しい家を探して、幸せになってくれればいいんだよ……金とか掛かるだろうけれど……さ。」

生き残った兵士達は、この惨状を見てただ、呟くだけ。ヴァイダーガンダムを止める為に皆が奮闘し、国連軍は勝利を収めた。

 勝利したのは良い。だが、被害を受けたのは街だ。戦争という行為は何も産まない。犠牲になるのは、いつの時代も一般市民だ。住処を追われ、元の生活に戻る為には膨大な時間を要す。

 なのに人は戦争を続ける。破壊と再生を繰り返す。それによって犠牲者が出るのは明確なのに、何故?

 人は争う事を本能としているが故なのか。歴史から学ぶ事はしないのか。歴史で学んだとしても、所詮人という生き物は、本能には抗えないのか。それとも、争い合うように遺伝子が出来ているのか。

 しかしそれは動物にも言えるかも知れない。最も、それは人間の場合はより酷い兵器を使って同胞を殺す事をする事も、兵器で行ったりはするのだが。

 新生連邦軍と国連軍の戦争。その中には同じ人間も居ただろう。だが、所属が違うだけで、人は戦争を行う。そして、罪ない人を巻き込み、殺めるのだ。結局、戦争は何も産まない。愚業以外の、何者でもない。

「人の命を奪うよりはマシだろ?」

「戦争に関係無い人だけは殺したくないからな。」

その意見はそれぞれだ。生きていれば良いと思う者も居るが、それだけに留まらない。今後、彼等は生活を送る事が大変になる。戦争によって、齎された厄災は簡単に消える事はないのである。

 

 

 

国連は勝利を収めた。だが、この状態に対して悲しみに暮れる者が、居た。今はプレーンがポロポロと涙をこぼしていた。そして彼女は手術室前にいる。ネルソンや国連の医療班が彼の手術を行っているのだ。エスディアは海中から発見され、スバキが血まみれだった彼を助けたのだと言う。今は医者達に任せるしかない。セイントバードのクルーは皆、彼の無事を祈った。

「大丈夫……ガースト君は無事だよ、きっと……」

「エリィ……」

そこには、まるで母親のように優しい笑みを見せるエリィがプレーンを優しく包み込んでいるような光景があった。プレーンは涙を流し、エリィに抱き付く。その行為に対し、彼女は静かに、プレーンの頭を撫でてあげた。その様子を見ていたレイとリルム。彼等もガーストの安否は当然心配である。

 

ピキィィィ

 

が、その時だった。レイの頭の中で突如電流が走った。戦闘中でもないのに、何か危険があるのか?しかし、そんな危険なものはどこにもなかった。何も感じられなかったのだ。だが、彼は頭痛を訴えていた。

「うぅっ……この感覚……何……?」

それはまるで誰かが自分を導いているような感覚だった。そして、レイはそのまま走り出した。

「レイ!?」

置いて行かれたリルムは、ただレイの背中を呆然と見守るしか出来なかった。

 

 

 

レイが走ってきた場所は、戦闘の後のダーウィン市街だった。まるで廃墟のような光景が彼の眼に焼き付く。それと同時に、この光景を見てある事を思い出した。それと同時に、頭痛が止んだ。

「この光景……どこかで……いや、間違いない……!」

レイが思い出した光景……それは、夢の中の光景だった。ただの夢ではなく、彼が時々何度も見る奇妙な夢。そこに出てくる夢と光景がそっくりだったのだ。形も、配置も、天気も何もかもが共通していた。レイは目を疑った。だが、紛れもなくそっくりだった。

「あの夢の光景が……どうして……?」

この光景を見た瞬間、レイには不安が過った。と言うのも、夢の内容ではこの次の瞬間に背後から銃声が聞こえ、そこへ駆けよれば一人の少女が死んでおり、そして彼自身も背後を振り向き、謎の男に銃を向けられる……夢はいつもそこで終わる。この謎の夢が示唆する者は、もしかすれば今の状況なのかも知れない……レイは考えた。

 

                  パァンッ

 

すると、彼の予想通り背後から銃声が聞こえた。あまりに共通しすぎており、レイは恐怖を覚えた。だから、銃声に反応したくなかったのだ。

だが、夢と今がこれだけ共通しているなど普通はあり得ない。確かめたいと言う欲求がレイを動かした。もしかすれば死ぬ恐れがあるとは言え、レイは静かに銃声が鳴った場所へ向かう。

 

案の定、そこには少女が死んでいた。これも夢の内容と全く一致する。そして、嫌な予感が過ったレイはふと後ろを向く。

やはり、夢の中と同じ展開が待っていた。つまり、謎の男が彼の背後に立っていたのである。

 

「見たのか……」

 

だが、レイはその男の姿がはっきりと見えた。夢の中では全身が黒く、何者であるのかが分からなかった。しかし、そこにいた男ははっきりと見ることが出来た。

 

「貴方……は……まさか……」

 

「悪い子だな。見てしまったんだろう。この光景を。少女は力を持っていた。だから殺したのだ。しかし君は見てしまった。君はこの子と一緒に死ななければ。」

 

台詞が多少異なっていたが、展開も全く同じだった。しかしレイはこの男を知っていた。夢通り、男はポケットから銃を取り出そうとしている。

この時、レイは男にそうさせる前に、尋ねた。

 

「貴方は……エファン・ドゥーリアさんですね……」

 

夢の中でも、そして、今でもレイを殺そうとしていた男の正体。それはエファンだった。だが、夢の中と現実では声が違う。夢の中では黒い影に隠れていたせいで声もきちんと把握できていなかったのかは不明ではあるが、それでも彼が夢の中の男とほぼ同様の事をしているのは間違いなかった。

「不思議そうな顔をしているな。何故私がここにいるのか……といった所か。」

何故だろう。レイは、この男を見ても恐怖を感じていない。正夢の筈なのに、彼を夢で何度も殺そうとした人間である、筈なのに。何故?

「それも……あります。けれど僕にとって一番の不思議は、ここ最近……いえ、数年前から何度も見る夢と今の内容が一致している事なんです。こんな風景の中、銃声が聞こえて、銃声の聞こえたところに行けば女の子が死んでいて……そして振り返れば男に殺されかける……そんな夢。僕はそれを、ずっと見て来たんです。同じような夢をずっと……不思議で仕方がないんです。」

淡々と語る、レイ。何度も見たが故に、内容を把握し切っている。目の前にいる男がエファンという、恐怖を与えて来た男であるにも関わらず、彼自身不思議な程に、流暢に喋る事が出来る。」

「そして今、その夢が現実になりました。正夢を見ていたって事になります……僕は。」

その時、エファンは銃を収納し、高らかに笑い始めた。

「クク……ククク……ハーハハハ!そうだ!そうだったな……夢だ!そして夢に出てきた男の正体は私……!そしてお前は、夢を見るに値する、アドバンスドタイプの血が流れている人間だよ!」

「アドバンスドタイプの血……!?僕が……?何を、言ってるんですか!?」

エファンの発言にレイは戸惑う。何せ、彼が言っているのは前にアレンやジャンヌが言っていた事と同じ事を言っているからである。

この時の、彼等との違い。それは、この男はレイがアドバンスドタイプの血が流れていると“断言”したのだ。ジャンヌ達は可能性でしか話をしなかった。なのに、エファンは断言をした。

レイはこれが何かの間違いだと信じたかった。しかしエファンはそんな彼の思いとは裏腹、引き続き語り続ける。

「明らかに動揺しているな。少し面白い事を教えてやろう。お前が最も気になっているであろう、〝夢〟についてだ。」

エファンは鼻で笑った後で、彼が見続けていた悪夢について語り始めた。

「これはお前の中に備わっているアドバンスドタイプの力にも関与する話でもある。私はお前以外にもう一人、アドバンスドタイプの力を無自覚にも宿している人間を見た事がある。その子は今、死んでしまったがな。その人間もお前と同様、気味の悪い予知夢を見ていた。それは最終的に自分自身が死んでしまうと言う、夢だった。その予知夢が現実のものとなった時、その人間はその夢の通りに死んだ。悪夢が現実のものとなってしまったのだ。」

理解が追い付かない。悪夢が現実になる?そのような御伽噺の事があろう筈が、ないだろう。

 人は悪夢を見る時はある。だが、それが予知夢になるというのは根拠として成り立っていない。せいぜい、都市伝説レベルだろうか。この御伽噺のような話を、エファンは堂々と、語っていたのである。

「そして、その夢を見せていたのは、この私……エファン・ドゥーリアと、いう訳だ。」

「夢を見せていたって……!?」

エファンが今までの悪夢を見せていた……レイは耳を疑った。そして、あり得ない事だと悟った。いくらこの男が力を持っているとは言え、悪夢を見せ続けるなど出来る筈がない。

この男と接触したのは、今まで生きていた中で、カイロでの出来事の時と、日本の空港の時と、オペレーション・デモリッション・クリエイションの時の合計三回。それ以前から夢を見ているレイは彼と接触した覚えがない。この男は、何を言っている?レイはさらに、理解が追い付かない様子だった。

「馬鹿な、信じられないといった様子だな。しかしこれは事実だ。実際、私とお前は過去に一度会っているのだ。お前が覚えていないだけで、私は一目見てこの子供に備わっているアドバンスドタイプの力を感じ取った。私自身が純粋なアドバンスドタイプだからな。だが、お前は力を宿すに値していなかった。故に、お前には〝予言〟をしたのだ。殺害の〝予言〟を。」

予言で夢を見せる?この男の言動の疑問は留まる事を知らない。理解不能な言動はレイを更に困惑させていく。

「分からない……分からないです……」

「当然だ。普通、人がある人間に関する悪夢を見る時はその人間が自分にとって嫌悪を感じる時であり、意図的に見せられるものではない。しかし私はお前に悪夢を見せ続けた。いや、“お前”だからこそ出来たと言うべきか。」

悪夢を見せる……その事にレイは疑問を感じた。普通、人が人に夢を見せるなど出来ない。夢はあくまでも自分の中で意図的に見られるものでもない。好きな夢をいつでも見られ

る訳ではない。それは当たり前であり、自然の事なのである。

だがこの男は夢を見せられるという。アドバンスドタイプと呼ばれる人間がいくら特殊だからとはいえ、人に夢を見せられるというのか?この男は、何を言っているのか……?

「不可能だろう……と思っているな。しかし可能だ。私は私自身の意志で、力を持つ者になら様々なプレッシャーや恐怖をダイレクトに与えることが出来るように、お前自身も力を持つものだと分かっていたからこそ、私は悪夢を見せることが出来るのだ。戦闘中にプレッシャーを与えるようにな。私はお前が幼い頃に悪夢を見せるように設定し、そして現実のものとするまで見せ続ける……それがお前に与えた悪夢。それは、お前にも、私の頭の中にも残った。無論その間に死んでしまえば私の中では問題無かったのだが、生憎お前は生き延びてしまった。しかも一番厄介な事に一番私にとってパフォーマンスを、本格的に発揮し始めているタイミングでお前は再び現れたと言う訳だ。よりにもよってアドバンスドタイプの力を覚醒させた状態でな!」

エファンはレイの事を知っている様子だった。レイの幼い頃から彼がアドバンスドタイプの力を宿しているという理由で、エファンはレイに悪夢を見せていた。悪夢はエファンがレイに見せていたものであった。そしていつかレイを殺害する為に、彼の言う〝予言〟と言う形でレイに悪夢を見せ続けたという。

 彼は、アドバンスドタイプであると断言し、その上で将来的に殺す、悪夢を見せ続けたというエファン。言葉の一つ一つが、理解出来ない。

「僕がアドバンスドタイプって……どうして……そんな事を……意味が、分かりませんよ!」

何が何だか分からないレイ。困惑し、表情に余裕がなくなる。それとは対照的に、エファンは笑みを浮かべてレイを翻弄する。

「お前がアドバンスドタイプである事には裏付けがある。お前は、今まで生きてきて、奇妙な症状はなかったか?例えば身体の傷が癒えるのが常人よりも優れているとか、血液が甘いとか、そして……身体が輝く……とか。」

「!!!」

この台詞を聞き、レイは思い出した。自身に起きた出来事を。今までの生活を振り返っても、自分は傷の治りが早い。それだけでなく、ダーウィンでの戦闘前にフォリアに襲われた際も奇妙な現象は起きていた。自身が碧色光り輝く事や、血が甘いとジャンヌに言われた事等。

「どうやら思い当たる節があるらしいな。それはお前の中にアドバンスドタイプの血が流れているからこそ、そんな現象が起こる。つまり、お前の血液の中にはアドバンスドタイプの源ともいえるディヴァインセルが流れているという事だ。」

「嘘……だ……アドバンスドタイプの血なんて……嘘に決まってます!大体、アドバンスドタイプとかディヴァインセルって……意味が分かりません……!そんなの偶然に決まってます!!僕は力を持つ人間かも知れない……けど、そんなの、分かりませんよ!!」

レイは必死に否定した。そのような事がある筈がない、絶対にありえない……と。自分がシンギュラルタイプだから、普通の人とは違うのだと、自分に言い聞かせる。アドバンスドタイプなどではないと、彼は必死に否定する。

しかし彼には覚えのある身体現象があった。エファンの言った言葉は全てこれらに該当する。だが自らに覚えがある……覚えがあるどころか、実際に経験しているとはいえ、レイは彼の言葉を否定する。そもそも彼は、ディヴァインセルという物質の存在も、アドバンスドタイプがどういった人間であるかも知らない。知らないからこそ、彼は恐怖に感じていたのだ。

「お前はガンダムに乗り、その戦場で何度も死を意識する場面を経験している。そして、そうしている内に秘めた力を目覚めさせてしまったと言う事か……運命とは、本当に残酷なものだ。可哀想にな。そうでなければ殺されることはなかったのに。私にとって、力を持つ者は、消さなければならないからな。」

その瞬間、エファンは改めてポケットから銃を取り出し、レイの頭部を狙った。緊迫した空気が張りつめる。その中で、レイは口を開ける。

「意味が……分からない……分からないです……どうして殺すという発想になるんですか……?僕自身が、分からないのに!?アドバンスドタイプなんて、知らないのに!」

震えが止まらない。しかし、口を開き、レイは言う。するとエファンはその状態を保ったまま、静かに呟いた。

「これ以上は知る必要はないだろう。どの道今から死ぬ人間に言っても仕方の無い事だからな。アドバンスドタイプの力を持つ少年よ、死ね。」

レイの身体にはアドバンスドタイプの血が流れている事を伝えた上で射殺しようとするエファン。彼自身は何もかもが分からない状態で、絶望的な状況に追い込まれている。このまま夢のように殺されてしまうのか……不安になるレイ。彼の側頭部から、静かに汗が頬を伝って流れた。




第七十話、投了。
ヴァイダーガンダム、撃破。
しかしその後で、レイが見ていた、“あの”悪夢の真相が語られる――
エファン・ドゥーリア。彼は果たしてレイにどのような影響を与えるというのだろうか。


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第七十一話 突然変異

エファンから語られる事実はレイを追い込む。そこへ彼を助ける為に多くの人間達が動く――


 レイの眉間に対し、しかも至近距離で引き金を引こうとするエファン。もし撃たれれば即死は免れない。彼は悔しかった。この男の真意を知ることが出来ず、ただ苦しい悪夢を見せつけられ続けて、最期にはこの有り様になってしまった事を。エファンの眼は本気だ。本気で、彼を殺そうとしている。

 悪夢が現実になり、死を覚悟しなければならない状況に陥るなど、誰が想像出来たか。自分が何者なのかも分かっていないのに、このまま悪夢を見せたとされる人間によって殺される?そのような理不尽があってたまるものか――

 

    パァンッ       

 

やがて銃声が鳴った――が、レイは痛みを感じなかった。しかも、銃声はエファンの構える銃から銃声は聞こえなかったのだ。

静かに、レイが眼を開けると、右手から血を流しているエファンの姿がそこにはあった。そして、銃声のした方向を見るとアレンがそこに居た。

「レイ、無事か?」

「アレンさん……」

間一髪だった。アレンはレイの救出に成功したのだ。ここで彼が来なければ、レイは殺されていた。これはエファンにとっても予想外の出来事の様子だった。しかし、エファンは怒る様子を見せず、寧ろ、笑っていた。

「ほぅ、アレン・レインドか。まるでドラマか漫画のようなタイミング……まあ、そんなものはどうでもいい。だがレイ・キレス。お前はここで死ぬ運命だよ。お前の見た夢は正夢だ。ここで死ぬ、運命なのだ。」

「そんな正夢……嫌だ!」

当然否定する、レイ。目の前の男が怖い。しかし、生きたいという本能が、レイに言葉を吐かせる。

「残念だが、諦めて貰わなければならない!」

すると、エファンはもう片方の手に銃を忍ばせ、再びレイを狙い撃とうとした。だが、これをアレンが阻止する。再び放たれた銃弾はその銃を弾き、アレンはそのまま、エファンに向けて銃を構えている。

銃を向けられているのも関わらず、余裕の表情を作るエファン。この男のレイに対する執着心は、彼に恐怖を与えていく。

「ここに力を持つ存在が二人。私にとって、好都合な状況となった訳だ。さあ、お前達ならば私を感じる事が出来るだろう?その、頭の中に私の存在を!」

 

―――――――――――――――――――ドクン――――――――――――――――――

 

エファンの眼が、深紅に染まった。それはまるで、レイが見せる現象と同様の現象だ。この瞬間、アレンとレイに、激しい頭痛が襲い掛かる。

アレンは片目を瞑り、この痛みに翻弄されている。一方のレイは冷や汗を掻き、軽く息が切れ、激しく呼吸を繰り返した。その中でも、アレンは、レイを守ろうと銃をエファンに向ける。だが、照準が定まらない。エファンの放つ妙な感覚が、彼の行動を邪魔しているのだ。

「はぁ……あああ……」

「ク……駄目だ……なんだこれ……?」

互いに感じる、妙な“感覚”。まるで頭の中を虫が蠢く感覚は、この男が放つ、特有の感覚だ。この正体とは、一体……?

「私はお前達とは同様のようで、違う存在。その上で、私には力を持つ存在を抹殺しなければならない義務がある。丁度良い機会だ。せめて、二人仲良く葬ってやろう。」

まるでエファンには奇妙なオーラが放たれているように見えた。この男が放つプレッシャーは尋常ではない。これが、エファンの放つアドバンスドタイプとしての力なのか。だが、それにしては余りに常軌を逸している。恐ろしい、感覚だ。言葉で表せないイメージは両者を苦悩させる。

 

パァンッ

 

そこへ銃声と共に別の人間が現れた。エファンは放たれた銃弾を避けた後にその方向を睨み、すぐに左手に持っていた銃を発射した。が、それは軽やかに回避される。

やがて姿を現したその女性は、エリィだった。

「予想外の人間が来たな。同じ、アドバンスドタイプを感じるのならば、ジャンヌ・アステルが来るかと思ったのだが……」

「突然出て行ったレイ君が心配になったからね。アレン君も、苦しそうにしてる……」

エリィは真剣な眼差しで銃を構え、エファンを狙う。目の前に居る異様な力を持つ男を前に、緊張はしているが、それでも両者を助ける為に、彼女は動こうとしていたが――

「貴方は何者……ッ!?」

と、エリィもエファンから放たれるプレッシャーに挫けそうになった。更に頭痛まで感じ、エリィは頭を抱え、その戦意が失われそうになっていく。

 エリィはシンギュラルタイプだ。目の前に居るエファンと、アレン、そしてレイとは違う存在。簡潔的に言えば、アドバンスドタイプと比較して、劣る存在。しかし、力を持つ存在である事に変わりはない。この為、エファンが放つプレッシャーを直接、感じ取ったのだ。

「はぁ……ああっ……!あああああ!!!」

エリィも苦しんでいる。そして、この感覚に、何処か、覚えを感じていたのだ。

(何!?この感覚は……いや、これは……カイロで感じた感覚に似てる……?この人、一体……!?)

エリィは思い出した。カイロで入院していた時、奇妙な感覚に襲われ、嘔気等の訴えを感じた事を。

「ほう。そこの女、エリィ・レイスも力を持つ者と見た。成程、ここは力を持つ者の巣窟と言う事か。」

今、エリィは、レイとアレン以上に苦しさを訴えていた。一度跪いてしまえば、もう立てなくなるような恐ろしい感覚……それを、彼女はまともに感じてしまっていた。

 エファンの放つプレッシャーは、計り知れない。一度に三人を苦しませることが出来るこの男の力は、果てしないと言える。

「女はシンギュラルタイプか……だが所詮シンギュラルタイプは戦争の中で生まれた存在だ。そのような人間など、知れている。さて、力を持つ存在、三人共……まとめて殺してやる。」

不気味にエファンは笑う。その一方で三人は苦しんでいる。中でもエリィは立ち直れない程に激痛を感じている。エファンは自身に備わっている独自の力を更に強め、三人を苦しめた。

「こ……こんなの!」

エリィはもう、動ける状態ではない。だが、レイとアレンは辛うじてこれに対抗出来ている。以前のレイならば出来ない事が、今、出来つつあったのだ。

「ほぅ、流石はアドバンスドタイプ。アレン・レインドは勿論だが……気になるのはレイ・キレスの方か。」

以前のレイならば、この男が放ったプレッシャーに押し殺されそうになっていた。虫が蠢く感覚に翻弄され、恐怖を感じていたのだ。

 今も、確かに恐怖は感じている。だが、男の特別なプレッシャーに抗する力が、いつしか出来上がりつつあった。まるで、体外からの異物に対する抗体が出来上がってきているかのように。

「やはり、レイ・キレスは突然変異のアドバンスドタイプと言うべきか。」

「と、突然変異……?」

エファンの言葉はレイに衝撃を与えた。突然変異……その言葉が彼の中で何度も繰り返され、レイを苦しめる。レイの中に流れるアドバンスドタイプの血の事について知っているエファンの言葉が、レイに重く圧し掛かる。

「僕は……突然変異……?」

「レイ!落ち着け!あの男、レイの事を知っているのか……?」

「う……あ……あ……あ……」

エファンの言葉が頭から離れない。突然変異……レイを襲う、奇妙な言葉。アレンはレイを説得するが、彼は混迷し切っている。

 人は言葉一つで困惑する事が出来る。いくら精神的に耐えうる強さを身につけていても、そこに相手を振り払うような言葉が伴えば、人は脆く、崩れやすい。

「レイ!負けるな!お前はお前だ!こいつの言う事を聞くな!」

アレンが懸命に励ます。だが、レイは苦しんでいる。プレッシャーと同時に、エファンの放った言葉が彼を苦しめていく。

「無理だな。お前は死ぬのだ!夢の通り、この場所で!」

「嫌……嫌ぁ……嫌だ……僕は……僕は……!」

恐怖と、不快感と、自らが何者であるのかが分からない感覚が同時に迫る。このストレスは、当人にしか分からない絶望だ。

「力を持ってしまった時点でそれは定め。せめてオールドタイプに生まれていれば何の不自由もない、平和な生活が出来たのに……」

 

ジャキンッ

 

エファンは左手を用いて、今度こそ引き金を、レイの眉間に向け、発射しようとした。苦しむレイに対し、それを放ち、殺す気だ。

「レイ!」

エファンのプレッシャーに圧されつつも、動く事が出来るのは、この場ではアレンだけだった。彼は自らの意思を振るい、レイの身代わりにならんと、動き出した――

 

パァンッ

 

アレンは、それを阻止しようと自らが盾になった。放たれた銃弾は、あろう事か、アレンの胸部に直撃してしまった。

「うあっ……!」

この一撃が、アレンを苦しめる。血が流れている状態だ。地面に蹲る、アレン。

「アレンさん……!」

夥しい血の量が胸部から溢れ出る。アレンはその部分を手で押さえ、堪えた。

「以前に何発も銃弾を浴びて生きていた大した男だが、胸は流石に辛いだろう。もし肺に直撃すれば、アドバンスドタイプである人間であれ、ダメージは避けられない。どうする?絶体絶命と言うやつだ。」

エファンの言うように、絶体絶命の状況が訪れた。その場にいた三人は生身では何も出来ず、完全にエファンの思い通りになってしまっていた。

彼の持つ凄まじい力……それは普通の人間では考えられないような特殊な力。アドバンスドタイプであり、それらを凌駕するような独自の力。そして、力を持つ人間の抹殺と言う彼の目的。一体、それを行う理由とは何なのか……アレンとレイはこれが気になって仕方が無かった。だが今はそれすら考える余裕がない。一人の人間に対し、三人が戸惑っていたのだ。

 

パァンッ

 

その時、またしてもエファンに対して銃弾が向けられた。しかも、今度は彼の腹部に直撃している。そして、彼を撃った謎の人間はエファンから銃を奪った。これで彼は何も出来なくなる。その上銃で撃たれたので、ただで済むとは考えにくいと思われた。

「……ん?」

が、この男はあらかじめ強力な防弾チョッキを着ているので一切攻撃が通用しなかった。

そして、彼等を助けるかも知れない四人目の人間の正体が明らかになる。

「ミシェさん……!?」

そこにいたのはミシェだった。彼は他の三人とは違ってオールドタイプである為、頭痛に等によるエファンの能力の影響を受けないと、思われた。

「お前は力を持たない者か。だったら帰れ。私は力を持つ者に用がある。」

「冗談を抜かしてるんじゃぁない。お前がシンギュラルタイプとかいう人間なのかは知らないが、まずレイとエリィは仲間だ。そしてあの男もさっきの戦闘では仲間だった。だから助ける。」

ミシェの存在は心強い。彼は力を持つ人間ではないが、その存在であるが故に、堂々とした振る舞いが、出来るのだ。

「お前では私を殺す事は出来ない。」

「へぇ、それは、それは……随分と余裕だこと。銃を人に向けていた時点でお前は殺されても文句言えねぇ存在だよ。」

挑発するミシェ。だが、エファンは全く動じる様子を見せない。寧ろ余裕の笑みを浮かべている。

「私の場合は役目がある。故に銃を向けたのだ。この三人は殺さなくなくてはならん。力を持ってしまったが故にな。」

力を持つ事?それが何を示しているのか。ミシェに、それが分かる筈がないのだ。

「力を持つとか持たねぇとか、そんなオカルト話は今はどーでもいいんだよ。うちのクルーや仲間に銃を向けているって事が理解出来ねぇし、ふざけんなっつってんだよ。」

ミシェの反論。だが、エファンはこれに対して言った。

「自らが容認出来ぬ出来事、現象、人に対してオカルトと一蹴に決めつける時点で所詮、オールドタイプだな。お前は“人”を見ていない証拠だ。」

「何だとてめぇ……!?」

と、ミシェは立ち止まってしまった。そして、この男が急に恐ろしく感じてしまったのだ。冷や汗を掻き、恐ろしい感覚を覚えていた。エファンが放つ強烈なプレッシャーは、力のある者以外にも心理的に影響を及ぼす事が出来るのである。

(なんだこいつ……?さっきから睨みつけて来るのは分かるが……こいつ、普通じゃない……?)

「私をなめるな、オールドタイプは失せろ。用があるのは力を持つ者だけだ。」

たった一人で、計四人の人間にプレッシャーを与えたこの男は生身でも異常な強さを見せていた。パイロットとしての技量も凄まじい上、独自でMSの開発も行っている。まさに天才的な力を持つ男ではあるが、一方で謎も多い。

 すると、エファンはミシェに近付き、身動きが取れない彼の手から銃を奪い返したのである。

「さて、まずはレイ・キレス。お前を先に殺してやる。覚悟しろ……!」

レイの為に、合計三人が助けに来た。しかし皆がエファンの姿を見て、翻弄され、苦悩している。その中で男が牙を向き、襲い来る――

 

カチッ

 

不幸中の幸いと言うべきか。エファンの所持していた銃の仲の弾が、切れていたのだ。何度も引き金を放つが、弾は発射されない。この時、エファンは舌打ちをし、余裕のない表情を浮かべているのが印象的に見えた。

「運が良かったな。お前の運命はどうやらここで終わりを迎える事は、無さそうだ。」

すると、エファンの眼の色が、元の色に戻った。この瞬間、同時にプレッシャーから解放される四人。

「てめぇ!逃げられると思ってんのか!」

その瞬間、ミシェは素早く反応し、エファンの頭に向け、銃を構えた。男を、殺す気だ。ここでこの男を殺さなければならないと、本能的に思ったのだろう。

「銃を人に向けた時点で、殺されても文句が言えない……か。生憎だがお前の考えている事はお見通しなのだよ。ミシェ・ジンバルド。」

「何……?何故、名前を知ってる!?」

「さあ、何故だろうな?」

普段の状態になったエファンではあるが、この時でも独自のプレッシャーを、放ち続けている。

「どうした?撃ってみろ。撃てば済む話だろう?」

今度は、エファンが挑発してきたのだ。だが、この男のプレッシャーが銃身をぶれさせる。一体、何なのか。この、力は……

「てめぇ!」

ミシェは自棄を起こす如く、エファンに銃を構え、引き金を引くが――

 

パァンッ

 

この銃弾を、エファンは避けたのである。そして再び銃を構えようとするミシェだが、男は言った。

「無駄だよ。その銃に弾は残っていない。それは、お前が一番知っている筈だ。」

「何故……分かった……?」

「さあ、何故だろうな。」

心を読んだエファン。その謎の能力は彼特有の力。実際、ミシェの所持している銃に弾は入っていなかったのである。

 残された三人は身動きが取れない状況。ミシェも、エファンの言動に翻弄されるばかりだ。この男は、一体何者だというのか。

「さて、私は帰るとしよう。今回は撤退してやる。お前達はいつでも殺せるからな……」

その言葉は、言う者によって意味が変わってくる。弱者や小悪党が人を殺める台詞を吐いても大きく響かない。しかし、エファンのような力を持つ人間がその台詞を吐く事は、明らかに意味が異なってくる。

「レイ・キレス。一つ言っておいてやろう。」

エファンは歩きながら、レイと顔を合わせることなく、口を開いた。

「力を持つという事は、生きていく上で莫大なリスクを背負うことになる。お前は一生苦しみながら生き続ける事になるだろう。私が、居る限りはな。」

やがてエファンは去った。この言葉が何を意味するかは分からなかったが、レイはこの男の放った言葉に、戸惑いを感じていた。

 

「今の男……何だったの……?」

呆然とするエリィ。急に痛みが引いたので、少しは安心出来た様子ではあるのだが、謎ばかりが残る上。プレッシャーによる恐怖がまだ残っていた。その為、身体の震えがまだ止まらない。

「レイ……大丈夫か……うぅっ……!」

アレンは自分自身が負傷しているにも関わらず、レイの心配をした。彼はそんなアレンの優しさに今までの態度を反省した。

「あ……アレンさん、無理はしないで下さい……」

「あの男は……お前を殺そうとしていたんだろう……?だったら……それを守るまで……うああっ!」

「アレンさん……」

戸惑う様子のレイ。が、そんな時にミシェがアレンの肩を組み、歩き始めた。

「怪我してるのに喋るんじゃねえ。エリィ、こいつも手術だ。ネルソンに頼め。」

「は、はい……!」

自分自身が恐怖で満ちていたのだが、あくまでも自分はセイントバードの艦長であり、もっとしっかりしなければ……エリィは自分にそう言い聞かせ、急いでネルソンの元へ向かった。彼女はひどく冷や汗を掻いており、エファンによる恐怖が相当なものだったことを示している。

その後、全員がその場を後にした。アレンは急いで医務室に運ばれ、手術を受けることになった。アレンの行動にレイは感謝していたものの、それでも疑問に残る事があった。

自分がアドバンスドタイプと言う事である。エファンが語っていた一連の言葉が本当なのか、彼は動揺していた。そしてエファンが言った、〝突然変異〟という言葉。その言葉は、レイを翻弄し、苦悩させていく。

 

 

 

それから時間が過ぎた。ガーストとアレンは同じ病室で眠っている。どうやら、ガーストは一命を取り留める事が出来たようだ。しかしエスディアは完全に大破しており、使い物にならなくなっていた。

重傷を負い、病室で目を覚ましたガーストとアレン。戦闘前に少しばかり揉め事を起こしてしまっている両者が、横たわっている状態だ。

「ガースト。」

両者は隣のベッドで横になっている。特にガーストは重症だったと言う事もあり、絶対安静でなければならない。が、意識はある。会話もできる。しかしガーストはそれをしようとは思わなかった。

「あのさ……俺だって色々と悪いのは分かっているんだ。けど、今はこんな風に忌み嫌っている場合じゃないと思うんだ。お前達の協力もあって、どうにか新生連邦の危険な兵器は倒した……倒したんだよ……」

急にアレンは言葉を詰まらせる。リノアスが残した言葉が頭に焼き付いて離れないのだ。

新生連邦に利用されていた彼女が本当に可哀想でならなかったのだ。

「……だから何だよ。」

ガーストがようやく口を開いた。しかし、相変わらずアレンに対して冷たい態度を取る。が、その表情はどこか複雑で、単純にアレンを嫌っているようには見えない。

「……別に許して欲しいなんて言わない。確かに俺はお前に攻撃を加えるっていう過ちを犯した。けど、それに関しては俺も反省している。それだけは分かって欲しい。」

「何だよ、今更……」

口ではアレンを軽蔑するように言うが、内心では考えていた。思えば、プレーンの言う通りこのままいがみ合っていても、埒が空かない。

確かに被害者は出たものの、アレンは今回ヴァイダーガンダムと言う殺戮兵器の破壊に成功している。ロンドンで多くの人を犠牲にした殺戮兵器の消滅は、非常に大きな功績だった。

しかしガーストは考えているとは言え、まだアレンを心から許せていなかった。複雑な心境のまま、この後両者は一言も口を開かずにベッドで横になるしか出来なかった。

 

「アレンさん、ガーストさん……!」

その時、レイが彼等の見舞いに来た。彼自身もエファンにアドバンスドタイプと宣告されたばかりで苦悩していた時だったので、精神的には不安定なのだが命を救ってくれたアレンと、無事だったガーストを見守りたいと考えたのか、この部屋にやって来た。

「アレンさん、ガーストさん、その……大丈夫ですか……?」

レイの言葉は、どこか恐怖を感じている様子だ。視線も泳いでおり、呼吸も心なしか、浅いように感じる。

「……ああ、なんとか……ね。」

「この前は助けて下さってありがとうございました。その……まだ傷は塞がらないんですか?」

「マシだけど、今は安静にしろってネルソンさんが。」

「そうですか……ガーストさんも無事で何よりです……。」

「あ、ああ……ありがとうな。……あれ、アレン……?お前、レイを助けたのか?」

ガーストはアレンがレイの盾になった事を知らなかったのだ。無理もなかった。この時には彼は手術中だったのだから。

「まあね。狙われていたから。危険な男に。」

「危険な男……?」

「エファン・ドゥーリアって男だ。俺と同じ力を持っている人間だけど、その力は俺やジャンヌを遥かに超えている。間違いなく、普通の存在じゃない……」

ガーストはエファンと面識はなかった。だからどのような人間なのかは想像できない。が、アレンの言葉からしてそれ相応の人間である事は把握出来た。

「お前……それで手術を受けてたのか……」

「まあね。奴の目的は力のある者の抹殺らしいけど……何が何だか。とにかくレイが無事ならそれで良かった。」

「僕の為にアレンさんが怪我をしてしまって……申し訳がないです。」

レイは少々溜息を吐き、アレンに行った。顔を下に向いて自分自身を責め続ける。

「僕は……もう普通の人間じゃないかも知れませんし……」

「ん?どう言う事だ?」

自分の悩みを少し喋ってしまい、ガーストに気付かれた。レイは自分がアドバンスドタイプであるかも知れないと言う事を認めたくなかったのだ。力を持っているとは言え、その為に殺されかけた。今の彼は戦いの恐怖よりも、エファンと言う男に対する恐怖が大きくなっていたのだ。

「お、おい……!レイ、気にするな。」

「あ……そ、そうです……よね……」

誤魔化そうとするが、表情が明らかに暗い。そこをガーストが更に突っ込んだ。

「さっきからお前の様子変だぞ?せっかく見舞いに来てくれたのにそんな顔されたらなぁ。」

いつしかガーストはやや機嫌を取り戻しつつあった。自身の真実に触れられて衝撃を受けているレイとは裏腹だったので、それが彼にとって余計に悲しい。

「ご、ごめん……なさい……!これで失礼します!」

そう言って、レイは部屋から出て行ってしまった。それも、ガーストが言葉を言った直後だったのでそれはガーストに大きな誤解を与えてしまう。

「なんだよ……俺が何か言ったのかよ……。」

「……」

アレンはガーストに何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。レイは自身の事を出来れば誰にも知られたくない……そう考えていた。その、彼の心境を考慮したアレンはただ黙るしか出来ない。が、ガーストはそれでもアレンに聞いてくる。

「アレン。何か知ってるんだろ。明らかにあいつ、様子がおかしいじゃないか。」

「言わないとかそう言う話じゃないんだよ……これはあいつの問題だから、そっとしておいてあげて欲しいんだ。だから……」

アレンの切実な願いはガーストを考えさせる。まるで子供のように、相手が嫌がる事を聞きたがる自分の性格が情けなく思えたのだ。ガーストは段々と元気がなくなっていく。

「あ……その……ごめん。」

「フフ、それならいいんだよ。……それより良かった。」

「何が?」

「ガーストと仲を戻せてさ。あの時から、俺の事を信じられなかったんだろ。俺が下手を打って、ブリッツファンネルでお前を攻撃してしまって……いくら事情があったとはいえ、それをしてしまった事は本当にすまないと思ってるから。」

アレンは心底、ガーストとこのように気軽に喋ることが出来る事を喜んでいた。彼等は元々戦友で、デウス動乱時には共闘もした。それ以来の仲であり、アレンにとってガーストは大切な友人だ。が、一時期はガーストがアレンの事を嫌っていた。アレンにはそれが堪らなく辛かったのである。

「……いいよ。全然。俺もいろいろ考えてたし。それに、お前のその勇敢な行動がツボったのかな?それで許せるように思えたんだよ。」

「そう言ってくれると嬉しいな。ハハ……」

アレンは微笑した。妙に優しげなその笑みに、ガーストは首を傾げる。

「なんだよ、いきなり笑ってさ。」

「いや、あんまり気にしないで……それよりガースト。お前のMS、壊れちゃったんだろ。」

「あ、ああ……もう使い物にならない。その上俺がこの有り様だし……痛ッ……」

少し起き上がろうとすれば激痛がガーストを襲った。机に置かれている小さなクッキーを食べようとしたのだが、彼の身体はそれすらも許さなかった。

「大丈夫?」

「な、なんとか……クソ、身体がこの有り様だから何も出来やしない。しばらく俺はMSに乗れないな。けど生きていた以上は、せめて治ったらまた乗りたいもんだよ。」

「無理はするなよ……?」

「俺の事は一番俺が知ってるんだよ。だから安心しな。」

痛みに耐えつつもガーストはアレンに対して笑顔を見せた。少し前ならそれはあり得ない光景だ。アレンは自身が傷付きつつも、安心した表情を見せていた。

 

 

 

エリィはジャンヌと今後の事について話し合っていた。が、その間にもエリィはエファンの放ったプレッシャーに恐怖を感じ続けていた。

二人が話し合っている間にもエリィはジャンヌの目線を時々逸らして呼吸を荒げている。それで恐怖を紛らわせているつもりなのだが、どうしても、消えないのだ。

エファンの与えたプレッシャーは、エリィにとってもトラウマと呼べる程の感触を与える。一体何が、どうなっているのか。男の与えたプレッシャーは、計り知れない。

「あの、エリィさん……?どうかされましたか?」

「……あ、いえいえ!なんでも、ありません……」

普段は明るい彼女だが、今の彼女は作り笑顔をジャンヌに見せる。しかし、エリィはどこか辛く、悲しい表情を見せた。

「エリィさん……隠す必要はありませんわ。」

「……え?」

するとジャンヌがエリィに笑顔を見せた。その笑顔を見た時、エリィは何故か安心出来た。不思議な安心感が彼女を包む。

「貴方が“何か”に怯えている……それが私には察知できます。それが何かは分かりません。ただ、怯えている事は分かるのです。」

「ジャンヌさん……その……私……」

彼女の独特の温かく、優しい感覚はエリィを正直にさせた。そしてエリィは数日前にあった出来事を話す。

エファン・ドゥーリアと言う男が見せた強烈なプレッシャー。それはレイだけでなく、彼女にも影響を及ぼしていた。

やがて、全てを打ち明けた時、ジャンヌは言った。

「エファン……彼は危険な存在です。自身が私達以上の力を持ち、その目的は力のある者の抹殺……つまり、彼は次も貴方を狙ってくるかも知れません。無論貴方だけではありません。アレンや私や、ガーストも……全ての力を持つ人は、警戒しておくべきだと考えて良いでしょう。」

「あの、力を持つ存在の抹殺って言いますけど、それって何の為に?」

「いえ……理由は分かりません。ただ、私達は過去に彼に煮え湯を飲まされた事があります。」

「そう、ですか……」

ジャンヌの側近として居た過去を持つエファン。その実態は、力を持つ人間の抹殺という、目的で動いて居た。

あの男の放ったプレッシャーは常軌を逸している。その恐怖は完全に拭えない。だが、それでもチームは前を向いて行かなければならないのだ。

彼女はセイントバードの艦長だ。その艦長である自分が、見知らぬプレッシャーに怯える事はあってはならない。今は、自分を奮い立たせなければと思い、ジャンヌの見ている前で自らの顔をパンパンと叩き、目を、大きく見開かせたのである。

「聞いて貰ってありがとうございます。私、しっかりしないといけないのに……」

「無理はなさらないで下さいね。今回の件でも貴方方には感謝しています。」

エリィは笑顔を作り、言った。

「私はもう大丈夫ですよ!ただ……レイ君が今、不安定な状態で。やっぱりあの男が関係しているのかな……って。」

自らの秘密や、エファンからのプレッシャー。それらが重なって居たレイは、非常に辛い状態にあったのだ。彼が知ってしまった事実はレイを追い込んでしまっている。

「レイに関しては、後程私が話をしてみます。今は、今後の事について話し合いましょう。貴方方は目的を果たして下さりました。感謝します。ですが、これから先、貴方方と共闘する理由はありません。」

「確かに……でも、だからと言って今は場を離れる訳には行かせん。だってガースト君が大怪我をしている状態で安静状態でしょう?だから行く訳には行かないんです。」

ガーストはメンバーだ。故に、離れる事は出来ない。

「私からジェッパー氏にお伝えすれば、いつまでも、ここに居て下さって結構ですわ。もしお出掛けになられる時があれば一言おっしゃって下されば是非。」

「ありがとうございます!」

先程のエリィの姿とは思えない、明るいエリィがそこにいた。ジャンヌも彼女の姿を見て一安心しているようだった。が、ジャンヌはまだやらなければならない事がある。レイの話を聞いてやることだ。

「まずは、私はやらなければならない事をしなければなりません。彼の話を傾聴する事です。

レイは、今苦しんでいる。自らの身体に起きた話や、エファンによって脅されている恐怖が重なり、レイは今、困惑しているのだ。

「レイ君の、苦しみ……ですね。」

「ええ。彼はエファンに対する苦しみと同時に、また別の苦しみを抱いています。そして……彼にはその事実を伝えなければならないのです。」

「事実ですか?」

それは何を意味しているのかは不明だ。ジャンヌの意味深な発言に疑問を抱く。

「この事に関してはまだ、お伝えする訳には行きません。彼自身の問題なのです。そして、それを理解出来るのは恐らく、私か、アレン。そして、彼自身の悩みを聞いてあげなければ。それを知ってから、彼はショックを受けるかも知れません。それに対し、少しでも、彼自身の負担にならぬようにしなければ……。」

自らに起きた事、そしてエファンに与えられた恐怖。それらの恐怖と戦っているレイ。それを理解出来るのは、同じ人種であり、エファンに煮え湯を飲まされた自分のような人間であると、ジャンヌは感じていたのであった。

 そして、レイの事について伝えていかなければならないという事。それは、レイに対し、その事実を伝えるという事だ。

 

 

 

それから、ジャンヌはレイのいる部屋の前まで歩き、そこでノックをした。少しして、レイが暗い表情でジャンヌと対面する。

「あ……ジャンヌさん……」

「お元気がありませんわね、レイ。」

「あ……いえ……だ、大丈夫ですよ?」

気を遣うように作り笑顔で接するがジャンヌはそれを見抜いていた。するとジャンヌは笑みを浮かべ、レイに尋ねる。

「レイ、もし宜しければ、中に入っても宜しいでしょうか?」

「え!?あ……は、はい、大丈夫です……!」

レイは若干焦った様子でジャンヌに入室を許可した。急に部屋に入られたことへの焦りなのかは分からなかったが、何故か彼は気まずそうな表情を見せる。

容姿端麗であり、世界的歌手として活躍していた、彼女。その上スポーツにおいてもテニス等では世界大会でトップクラスに入る腕前を誇り、おまけに艦の艦長やメカニックも務めることが出来る。そして何よりも、アステル家と言う名門貴族の令嬢であると言う事が彼を戸惑わせていた。思えば、それ程凄い人間と一つの部屋で二人きりというのはにわかに信じられないだろう。

一時期は彼女に対して嫌悪感を抱いていたが今の関係性は、嫌悪感を抱く前の状態に戻ったと言った方が良いのかも知れない。

「さて、レイ。単刀直入に伺います。貴方が悩んでいるのは、自身がアドバンスドタイプであるという事をエファンに告げられたから……違いますか?」

「え……?」

突然のジャンヌの質問に、レイは戸惑いを隠せない。確かに、エファンにそれを言われた。そして、彼は苦悩した。自分でも分からない力が目覚めている事に、恐怖しているのだ。

「レイ、貴方には知ってもらわなければならない事があります。」

「……何、でしょうか。」

虚ろな表情で、聞く、レイ。

「貴方の身体に流れている“血”についてです。」

ヴァイダーとの決戦前に彼は採血された。フォリアによって痺れ薬を飲まされ、点滴加療した際にレイの血液を調べる為に、研究機関に提出して居たのである。そこは、以前にアレンとジャンヌの血を見て貰った機関だ。

 そして、その結果が判明するのに二日で分かったのである。それは、二人が先にアドバンスドタイプとしての血液のデータを残していたが故だったのだ。

「これからお伝えする事は、貴方にとっては、辛い事なのかも知れません。しかし、これは貴方自身が理解していかなければならない事です。」

「理解……ですか?」

嫌な予感はした。ジャンヌから語られる言葉。その真相を知る事に対し、レイは恐怖している。

 レイの心は揺れている。自身の真実を知ってしまうかも知れないという絶望を抱くかも知れない不安と、それを知りたくないという逃避。だが、知らなければ全ては始まらないのも、また、事実。彼の身体が光った。その秘密がアドバンスドタイプであるとするのならば、聞かなければならないのだろう。

 無論、レイにとってこれ程恐ろしい瞬間は、ないと言えるが。

「単刀直入に言います。貴方の血中の細胞内に、私達と同じ、ディヴァインセルと呼ばれる組織の存在が発見されました。」

ディヴァインセル。アドバンスドタイプにおいて重要な存在。細胞内のミトコンドリア内に存在するとされる、特殊な物質。

「何ですか……それ……?」

レイの表情が、少しずつ青褪めていく。エファンも言っていた、聞き慣れない言葉はレイを次第に恐怖に陥れていくのだ。

「簡単に言えば、アドバンスドタイプと呼ばれる人種が持っているとされる、重要な物質ですわ。」

ジャンヌはその詳細を彼に伝えた。ディヴァインセルがある事により、治癒再生に優れる事、何らかの危機的状況に陥れば、その身体を守る為に碧色の光を放つ事等。

 だが、レイがそれを聞いた所で理解出来るだろうか?否、出来る筈がない。寧ろ、混乱を招くだけである。

「分からないですよ……」

当然と呼べる反応だった。しかしジャンヌは戸惑う様子を見せない。

「レイ、貴方がその反応をするのは分かっていました。ですから、貴方に伝えたい事があるのです。」

伝えたい事とは、何か。それは一体?

「貴方と同じ力を、私とアレンは宿しています。アドバンスドタイプと呼ばれる人種……貴方と共通している、力です。血液の甘さや、自己再生能力の高さ、そして、死の淵に陥った時に碧色の光、イズゥムルートを放つという事。今の貴方と同じ力を、私達は宿しているのです。ですから、貴方だけがその状態になっている訳ではありません。」

今のレイに該当している力を持っているのがジャンヌとアレン。彼女はその特別な力は彼だけの力でないと、言いたかったのだ。

「だから、貴方は心配する必要はないのです。アドバンスドタイプと呼ばれる人種に関してはまだまだ分かっていない事は多いです。私達に関しても、全てが分かっている訳ではありませんわ。」

その時、ジャンヌは部屋にあったテーブルの側にあった椅子に座る。そのまま、レイにも座るように促した。

「貴方も座ってお話、しましょう。」

困惑しているレイだが、ジャンヌの言葉を聞いてそれに応じた。レイも椅子に座り、互いが対面となる状態となった。

小さなテーブルは、まるで二人の境界線のように存在した。そしてジャンヌは、その境界線を今まさに破ろうとしていた。彼の苦しみを聞き、理解し、最終的には解放することで、境界線は消えるのだ。

「レイ、貴方は一人ではありません。受け入れ難い事実かも知れません。しかし、貴方は貴方です。それを否定する者は居ません。だから……」

ジャンヌは、レイ自身の力に翻弄されている事に対しての不安を取り除こうとしている。彼がアドバンスドタイプであるかも知れないという憶測……いや、ほぼ確実と言える事だが、それを不幸に思わないで欲しいと、懸命に言うのだ。彼女も、アレンも同じ人種なのだ……と。しかし――

「嫌なんです……僕はずっと、普通の人間で居たいと思っていたのに……なのに、戦っていって、いつの間にかこんな、望んでいない力が付いてしまうなんて!そんなの、分かりません!僕自身が望んでいる訳じゃないのに、それがきっかけであの人に命を狙われる事になるなんて……」

今のレイは怯えている。エファンもそうだが、何よりもアドバンスドタイプと言う存在に恐怖を抱いているようだった。

「レイ、落ち着いて下さい。貴方は、貴方なのです。アドバンスドタイプについては、該当者に当たる筈の私にも、アレンにも全貌は分かっていません。ですがそこで苦悩する事は違います。」

懸命に宥めるジャンヌ。それでも、レイは恐怖を感じている様子だ。

「アドバンスドタイプと呼ばれる人種の起源に関しては全くもって不明なのです。何が原因で出現したのか、もしかすれば祖先は違う人間だったのか……それとも、突然変異として遺伝するようになっていったのか……」

突然変異。その言葉は、今のレイにとって一番言ってはいけない言葉であったのだ。

「やめて……やめて下さい!」

レイは大声を上げて彼女の言葉を遮断した。頭を抱え、必死に横に首を振って現実を否定する。

「突然変異って!突然変異って何ですか!?あの人にも言われました!僕は突然変異だって!こんなの嫌なんです!僕は何者なんですか!?まるで人間じゃないみたいで……得体の知れない何かと思われるようで!自分に起きた現象が理解出来ないんです!いつの間には敵を倒している事だってありますし!もう、訳が分からないんです!!」

それは深紅の眼に変貌を遂げた時だ。その際の彼の記憶はほとんどないに等しい。気が付けば、敵を倒した後である事が多い、彼特有の現象。それすらも不明であるのに、自身が突然変異であるかも知れないという事に、彼はただ、苦悩している。

 それは、エファンが言った言葉が影響していたのである。

 

―――――――レイ・キレスは突然変異のアドバンスドタイプと言うべきか――――――

 

この言葉を言われ、レイはただ、困惑しているだけだ。

「それは、エファンが言ったのですか。」

ジャンヌがレイに聞いた。

「はい……はっきり言いました……突然変異って!僕は、何者なのか……分からないんです……自分が怖い……」

エファンの言葉がリフレインされる。突然変異。自分は謎の存在。アドバンスドタイプと呼ばれる人種がジャンヌならば、ジャンヌも突然変異という事になるのか?いや、そもそもアドバンスドタイプと呼ばれる人種自体が未知数だ。何者なのかも、分からない。

ジャンヌは迷った。実際、アドバンスドタイプの存在の事は彼女も分からない。故に、エファンが言った言葉を断定して否定が出来ないのである。

 しかし、今のレイは未知なる存在という事に対して恐怖している。それは皆が同じだと、知って貰うべきだ。ジャンヌは、口を開いた。

「レイ。仮に貴方が突然変異だったとして、貴方は今まで出会ってきた力を持つ存在である人間達を否定すると言うのですか。」

「否定……?」

レイの表情が、変わった。

「貴方は仮とはいえ、突然変異と言うだけでその事実を拒もうとしています。ですが、世界中にいるそう言った人々はこうした運命にもめげずに生きているのです。昔、私も自身の力に対して恐怖を感じた事がありました。ですが、それが運命ならば進むしかないのです。過酷な運命であろうが、それが自分に定められた道なのなら進むしかないのです。」

それは彼女自身、アドバンスドタイプであるが故に言える台詞だ。普通と呼ばれる人間と違う力を持つという事は、誰もが困惑し、苦悩する。レイがその最も足る例だ。

「レイ。世界に視点を向けて下さい。例えば、病。それによって悩まされている人は多く存在します。彼等は苦しい思いもしてきたでしょう。他者と違うという事を理解する事は、残念ながら難しいでしょう。ですが、彼等は彼らの中で、出来る事をし、必死に、生きていこうとしています。それを理解して貰おうと努力している人間がいます。こうした人々は、皆が大変でありながらも、笑って生きる事が出来ている者もいます。特に、この大変な世界に於いて、それは必須とも言えます。何故だか分かりますか?」

病に対する人の捉え方は様々だ。だが、それを理解していかなければならないのも、人である。病がある。その根本的な原因は個人に因るかも知れないのだが、だからと言ってそれを自己責任で片付けてしまうのは人を見ていないと言える。

 ジャンヌの質問はレイを躊躇わせる。自分が未知なる存在であるが故に苦悩しているレイを、ジャンヌが優しい口調で宥めるのだ。

「彼等は例え特異的な現象が起きたとしても、ネガティブな考え方ではなく、〝個性〟と考えているから笑顔でいられるのです。」

「個性……ですか?」

「ええ。私はデウス動乱後、人々に少しでも希望を与えたいという気持ちで歌手として、世界中を回っていました。その中で、私は個人を大切にしていきたいと考えていました。その気持ちは今でも同じです。私の歌は、人の為の歌。それを、多くの人に届いて欲しいと願う為の歌です。私はただ、それを表現している人間に過ぎません。」

世界的歌手、ジャンヌ・アステル。彼女は人を想う人間であり、それを歌で表現した人物だ。その中のフレーズに、個性というものがある。

ジャンヌの言う、個性と言う台詞にレイは少しばかりだが、心動かされるような気持ちになった。どんなに人よりも劣っている部分や、人と異なった部分があってもそれらは、結局は個性……個人の魅力だとジャンヌは言いたかったのだ。

劣勢が個性という考えは、特別、変わった考えというものではない。どれだけ人と異なっていようが、それは個性。人の特徴の一部。同じ人間など存在しない。だからこそ引き出せるもの。ジャンヌは他にもこういった台詞をレイに聞かせ続ける。

「レイ、貴方は普通をやたらと誇張しておりますが、そもそも普通の人間と言うのは存在しないのです。平均値と言う言葉は存在しますが、人には得意不得意、体格差など様々な特徴があります。それらが一貫して普通でいる人間は世界中……いえ、宇宙を見てもまず、存在しません。仮に存在したとすれば、それがその人の個性と考えられます。つまりそういった意味でも普通の人間はいないのです。貴方はその能力が貴方の個性。定められた運命と悲観するのも、またその人の個性。ですが……それをばかり考えるのは危険なのです。自らを否定する事になりかねないからです。ですから、私は貴方に話をしたのです。個性だと思う事、そして……それは人の特徴だと言う事。だから人は存在していけるのです。だからこそ問題も生じ、やがて戦争も起こしてしまうのも人ですが、それらを反対する事が出来るのも人です。もしあらゆる容姿や言語や特徴が同じ人間なら確かに戦争や差別といった悲劇は起きないでしょう。ですが、それでは今日まで人は発展して来ませんでした。恐らく、この時代に至るまでに絶滅していたのかも知れません。故に、人のみが持つ、感情と言う物があるからこそ、戦争が起きる反面、何かを大切にしようとする心もあるのです。」

それもまた個性。個性があるが故に人は人で在り続けられるのだ。

「……改めてそう言われると……人間って、凄く大切なものを持っているんですね……」

レイは、ジャンヌの言葉を聞き、少しずつではあるが元気を取り戻しつつあった。その矢先に、再びジャンヌは語り出す。

「人の感情は表裏一体です。感情があるが為に平和を望む者と争う者が生まれます。平和を維持するのは言ってみれば、不可能な話なのです。人と言う存在がいる限りは。だからといって人が滅びれば良い……そんな風に端的に考える者もデウス動乱時代には存在していました。」

「そんな……いくらなんでもそんな考えを持つなんて……」

「普通ならそう思うでしょう。ですが、彼等にはそのような言葉を聞く耳など持ちません。人類と言う存在さえいなくなればそれで全てが平和になる。今まで破壊された自然は長い年月をかけて元に戻っていきます。確かにそれは事実です。人と言う存在が残した文明や遺産は全て崩れ去る事でしょう。ですが……それが真の平和とは言えません。何故なら、野生の動物達が平和に過ごせる一方で人と言う動物が滅亡しているからです。全ての生命が生き残り、平和になると言う事は不可能です。だからこそ、私は人を大切にしていきたいと思っています。ですから争いはあってはならないものだと考えています。……それを考えると、真の平和と呼べる事は永遠に訪れないのかも、知れませんね……」

ジャンヌは寂しげな表情を浮かべた。結局戦争と平和はイタチごっこであり、恒久和平の実現はほとんど不可能と考えた為である。  

今まで、平和国連盟の一部代表達とこのようなやりとりをしてきたが、ジャンヌの中で、答えは全く出せていない。いや、出す事が出来ない内容なのかも知れない。どこか、不安げな表情を浮かべる、ジャンヌに対し、レイはそれを見て気を遣うように言った。

「あの……確かに難しい事は僕にも分かります。結局人間って自分勝手ですけど、他人を思い遣る心を持っているのも人間ですし、自然を破壊してきたのも人間です。でもだからって人間を滅ぼせばいいって考えもどうかと思います。ジャンヌさんの言うように、全ての生き物が共存するなんてやっぱり無理ですよ。結局は食物連鎖とかで弱い生き物は食べられちゃいますから。それって人間も一緒で、人間は弱い存在を戒めることってよくあると思うんです。共存を考える方が確かに間違ってます。……でも、それを考えるのも人間なんですよね……あれ、話が矛盾してる……難しいな、話が……」

結局、二人が話しているのは答えの出ない話だ。個性に関しても、それを認める者と認めない者がいる。もし人々の大半がそれを認めないものだとすれば、その個性を持つ者は認め無いものに弾圧され、苦しむことになる。が、全ての人がその人を認めない訳ではない。認める人間も中に入る。

人と言う存在は難しく、答えを導き出せない存在なのだ。ジャンヌはそれが言いたかったのである。

現在でもオールドタイプがシンギュラルタイプを見る時は、憧れの視線で見る者もいれば忌み嫌う者もいる。結局これに関しても埒の空かない話なのだ。単純なようで難しい話。レイのような少年には考えさせられる内容だった。

「……ダメだ、複雑すぎて……分からないや……」

レイ自身が、混乱している。そこへ、ジャンヌの言葉が入った。

「アドバンスドタイプである事は、受け入れられない事かも知れません。ですが、貴方は、貴方自身です。貴方はいつものように接すれば良いのです。何も変わらず、その状態が一番平和なのなら、それを維持する事……それが大切だと私は思いますわ。」

ジャンヌは静かに笑った。優しい笑みを見たレイはその姿に心が揺れた。そしてエファンと言う恐怖を与える存在の事を若干忘れかけた。

「例え、貴方を狙う者が現れたとしても……貴方自身が強くある事が大切です。その強い思いを抱いて、生きていけばそれはきっと克服できます。これは貴方の問題です。貴方自身が解決しなければなりません。大丈夫、まだまだ時間はありますから……それに……貴方も他の人と同様、個性を持つ〝人〟なのですから……」

「僕自身の強さ……それに……僕も普通の人と同じ存在……」

ジャンヌの言葉がレイに勇気を与えた。この時、ジャンヌが与えてくれた言葉の数々が彼に希望を与え、安心させていく。

「そう。貴方は人です。例え特殊な感覚を持っていようと、人であればそれは何の問題もない事です。貴方は貴方なのですから。それを付け狙う存在が現れる事は、あってはならない事なのですわ。」

それはエファンの事だ。男の存在はレイを苦しめ、彼を亡き者にしようとした。目的不明の行動でレイを苦悩させたエファン。あの男の事は、恐ろしい。

 あの男は結局何者なのかは分からない。そして、自分も。何故力を持つ存在が殺されなければならないのかも、謎だ。だが、彼女はレイを懸命に宥める。穏やかで、そして優しい口調で。

「ジャンヌさん……僕は……」

「大丈夫です、私達が居ます。貴方がセイントバードのメンバーを守るように、私達も、貴方を守ります……」

 

ギュッ

 

あろうことか、ジャンヌはレイを静かに抱き締めたのである。あの、世界的歌手である彼女に抱き締められるなど、信じられない事と言えた。

 その事に驚愕するレイ。そして、優しい抱擁は安心さえ覚える。

(ジャンヌさんに、抱き締められてる……)

この時、レイの中の苦しみ、悩みは去っていったかに思えた。

しかし実際はそうではなかった。ジャンヌの言動あくまでも励ましであり、結局自分自身はまだ何者なのかがはっきりと分かっていない。その上エファン・ドゥーリアの放つ恐るべきプレッシャーを克服したわけではなかった為である。

あの男は力を持つ人間の命を奪おうとしている。つまり自分も対象になっている。今まで見ていた悪夢が見せた結末は、その時のレイの人生の終着を意味していただけに、今生きていると言う事はその正夢が外れたと言う事になる。ならば、一層レイはエファンに狙われる危険性がある。

彼はまだ、この男が恐ろしくて仕方が無かった。しかし、ジャンヌの言うように、彼には仲間がいる。守ってくれる人達がいる。そう思えるだけで少しでも心が安らいでいたのだった。

 

 

 

まだ容体が回復しないガーストは相変わらずベッドで横になっているだけだった。時間帯はすでに夜中で、すでに隣のベッドのアレンは眠りについている。しかし、ガーストは何故か寝付けずにいた。

「クソ、なんか眠れない……ずっと横になりっぱなしってのも辛いな。寝返りも打てない……その上MSにも乗れないんじゃ泣けてくるし……はぁ。何か刺激的な事でもあればなー。」

ただじっとベッドに寝たきりの状態。だからと言って動こうとしても激痛が彼を襲う。寝返りを打てない状態で、ただ、じっと呆然と過ごすしか出来なかった。

 

スッ

 

その時。呆然と天井を眺めていたガーストの眼前に、プレーンの姿が映った。突然現れた彼女の存在に驚くガーストだが、それ以上に驚いたのが彼女の格好だった。

「うわ、プレーン……な、なんだよそれ!?」

「ニーハオ、ガースト!退屈かも知れないからたまには刺激的な恰好もいいと思って着てみたヨ!どう、似合うカ?」

彼女の言う、刺激的な恰好と言うのは今彼女が来ている黒いチャイナドレスの事だった。その為、思わず見とれてしまうがすぐに場違いなその格好に突っ込みを入れた。

「あ、あのな!お前それはないわ……」

「えー、せっかく着て来たのにそれは酷いネ!」

そう言って髪を撫で下ろす。その仕草がガーストを虜にする。普段よりも魅力的な彼女の姿が退屈なベッドの上での生活を紛らわすようだ。

「うー……ま、まあ……その……セクシーって言うか……てか、こいつが隣で寝てるのにそれは目立つだろうが!」

と、アレンを指差し、言った。

「ん?あ、もしかしてアレンと仲直りしたカ?」

「まあ……な。」

互いの恋人が見ている前でアレンの胸倉を掴んだガースト。その行動は、彼の事が好きである筈のプレーンですら、不快に思う程だったのである。

「それは良かったネ!ガーストが倒されたって聞いて、ずっと心配だった!私泣いた!でもガーストが生きてる!嬉しいネ!」

それ程にガーストの事を好きで居る、プレーン。

「ありがたいんだけどさぁ、あのさ……やっぱり思うんだけどその格好は流石に派手過ぎじゃないか?」

ガーストに指摘され、プレーンの頬が膨らんだ。

「刺激的な事があれば良いって言うからせっかくこの恰好してきたのにそりゃないネ!」

「ん?何でその事を知ってるんだよ?」

ガーストは首を傾げた。何故彼女がガーストの何気ない一人言の内容を知っているのか。プレーンはシンギュラルタイプではない。だから彼の事を感知する事は不可能の筈なのだが……

「が、ガーストにサプライズを見せたかっただけネ!」

ガーストはとにかく、溜息しか出なかった。恋人が用意してくれたサプライズというのは大抵嬉しいものではあるが、プレーンの場合はよく分からない、謎のサプライズである為、素直に喜ぶことは出来なかった。ただ、恰好だけが魅力的に感じた程度にしか感じ取れなかった。

「こんな格好、ガーストにしか見せないネ!ホラ、どうカ?セクシーか?フフッ!」

と、言いながらスリットをわざと捲るプレーン。明らかに挑発している様子だ。

「あ、あのなぁ……」

ガーストの顔が引きつっており、目のやり場に困っていた。特に彼が一番目の行った場所は足であった。すらりと長く、程よく引き締まっている綺麗な脚線美がガーストの目を釘付けにしていた。

「い、いくら俺達とそ、それはちょっとなぁ……」

「やーン!ガースト照れて可愛いネ~!」

するとプレーンは寝たきりのガーストに抱きつき始めた。怪我をしている状態だった為、抱きつかれた際に激痛が彼を襲った。

「あぅっ!痛ッ……」

「あぁッ大丈夫カ?ごめんネ……ガースト怪我してたの忘れてたヨ……」

「お、お前なぁ……」

この時、彼の眼前にプレーンの顔があった。彼女の表情はやや涙目になっており、本当にガーストを心配しているのが目に見えるように分かる。まるで吸い込まれでもしそうな麗しいプレーンの目が、ガーストを捉えて離さない。

(あ……なんだろう……プレーンって……こんなに魅力的で……綺麗だったんだ……

ずっと一緒だったからそんな風に感じなかったけど……衣装もあってか……とても綺麗に見える……凄く……綺麗だ……)

そう思っている間にも、ガーストはプレーンの頬に優しく振れはじめた。突然の行動に戸惑うプレーン。が、その次の瞬間に彼は思い切り接吻を、行った。これ程の美女が自分の見舞いに来てくれたのだと思うと、彼自身も嬉しさが込み上げて来る。

突然の接吻にプレーンは驚く。しかし、愛する彼からの行動に彼女は喜んで受け入れた。友人のアレンが眠っている前で激しく接吻を交わす美女と美男。誰も見ていないと思い、二人は好き放題に舌を絡ませる。情欲的行動だ。

「あ……ンむ……」

「は……ン……」

しかし、その時。異様な物音が気になったのか、アレンが目を覚まし始めたのだ。しかし彼が見た光景はあまりに衝撃的だった。

見慣れた男女が目の前で口付けを行っている。まるで見せつけるかのように……その光景を見てしまったアレンは、呆然とそれを見つめるしか出来なかった。

やがて二人は接吻を終えた。その時、両者は笑顔でお互いを見つめ合った。

「……フフ、驚いた?」

「私がキスしようとするといつも嫌がるのに……ガーストから求めてくれるなんて嬉しいネ……」

「その衣装素敵だよ、プレーン。かなり場違いだけど……」

「ガーストォ……!」

嬉しさの余り、プレーンはガーストの頬に頬ずりした。まるでぬいぐるみか何かを可愛がるようにひたすらそれを続けた。

「お、おい……さすがにそれは俺も恥ずかしいって……!」

照れ笑いを浮かべたその時、ガーストはアレンと目が合った。呆然と二人の行動を見るアレンに対し、ガーストも呆然とアレンを見ていた。

「あ……」

「あ、どうも。」

いつの間にか起きていたアレンに対し、二人の恋人は赤面した。自分達の行為がアレンに見られていたという事実が、恥ずかしくて堪らなかった。

「い……やあ~!は、恥ずかしいネ……アレン、いつ起きてたカ?」

「……さっき。だって話し声がやたら聞こえて来たから。」

ガーストは溜息を吐いた。何せ、彼が起きた原因は全てプレーンによる為だったからである。突然の場違いなチャイナドレス姿に驚くガーストとプレーンの会話音量の高さがアレンの目を覚ましたのだ。

「しまった、音量なんて考えてなかった……」

「でもでも!いいネ!私はガーストが元気そうなら何でもいいネ!……アレンには迷惑掛けてるケド……」

「い、いや……二人が人前でいちゃいちゃするのは前から知ってたし……」

「あのなっ!こっちは別に好き好んで人前でいちゃいちゃしてねえぞ!」

彼の言うとおり、積極的なのはプレーンなだけで彼は別に何もしていない。単純にプレーンがガーストの事を好きであり過ぎているのである。

「というか……プレーンのその格好、何?」

次にアレンが突っ込みをいれたのは、ガーストが最初に突っ込みを入れたチャイナドレスである。寝起きに口付けを見せつけられたインパクトの強さの為か、格好には気付かなかったようだ。

「あ……いやぁ!これはガーストへのサービスショットネ!ホラ、私こんな喋り方だからこんな衣装似合うかと思っただけヨ!」

「なるほど、だからチャイナドレスか……け、けど……ダメだ、正直色っぽい……」

場違いなチャイナドレスを着用しているとはいえ、彼女の色気にアレンも赤面した。しかし彼にはココットという恋人がいる。それを考えると彼は首を振って自分の煩悩を払い退けようとする。

「はあ、プレーン。もうその格好やめないか?やっぱり場違い過ぎるし、正直エロい……」

「それだけセクシーってことだけど……確かにアレンも見てる前でこんな格好はまずいネ。着替えてくるヨ!」

と、すぐさまプレーンはガーストに手を振って部屋から出た。とりあえず場違いな恰好をやめてくれるということでガーストは安心したが、別の不安が彼を襲った。

「あいつ、あの恰好のまま廊下行ったの!?もしこの時間に起きてる奴がいたら……ああ……!」

ガーストは自分の掌で顔を覆った。明らかに特異な格好をしている彼女の恋人だと発覚してしまうと思うと、気が気でなかったのだ。彼はただひたすらに赤面し続けていた。

「お前も、大変だなぁ。」

「う、うるせえよ……!」

あくまでも純粋にガーストの事が大好きなプレーン。彼女のチャイナドレス姿は、ガーストへのサービス精神で着用したものであり、形が少し異なって言えど、彼女が彼の事を好きである事には変わりない。相変わらずのガーストとプレーンの異様な仲の良さはアレンを安心させた。この日常が続いてくれればいいのに……とさえ、願った。

現在は戦争中である。彼自身もその戦火の中にいる。今は戦いは起きていないが、いずれはまた、戦いが起こるだろう。その時が来るまで、今は休む事を考えていた。

 

 

 

 それから一週間が経過した。この頃、両者の傷は回復しつつある状態ではあったが、その回復のスピードはアレンとガーストとでは雲泥の差が生まれた。

 受けた損傷部位によって怪我の再生スピードは異なるとは言え、アレンの場合、一週間も経過すればその傷は跡すらも残っていない。ネルソンに確認して貰い、それが全く問題ない事が明らかとなった。血圧、脈拍は勿論、筋繊維、皮膚の状態も、受傷前となんら変わらない。その、驚異的とも言える自己再生能力も、アドバンスドタイプの特徴の一つなのだ。

「驚異的とも言える回復力だな……レイと同じだ。ふと、気になったのだが君達は何か特別なものがあるのか?いや、偶然か……?」

医師であるネルソンはそれが気になった。レイとアレンの自己再生能力の高さは一致している。偶然なのか、それとも必然なのか。それは、全く分からない。

「それは、何と言うのか……色々と事情がありまして。」

話せば長くなる事情だ。ネルソンとしては興味が湧くところではあるが、彼自身の事情を考慮し、ネルソンは聞かないでいたのだ。

「アレン。お怪我はもう大丈夫ですか。」

そこへ、ジャンヌが顔を見せた。ネルソンの診察が終わったタイミングだ。

「もう平気だって。傷跡も全く残ってない。」

彼が言った後、ジャンヌはアレンの側に寄り、耳元で話し掛けたのである。

「少し、お話があります。レイの事について。」

「……うん、分かった。」

アレンは、静かに頷いた。彼女の話。恐らく、アドバンスドタイプについての話だろうと、彼は察していたのだ。

 

 

 

 受診を終え、ジャンヌとアレンはシュネルギアの一室に居た。そこで、レイの事について話を行うのだ。

「彼とは話をしました。少しは落ち着いてくれているかとは思われます。」

それを聞き、安心する様子のアレン。だが、ジャンヌの表情はどこか、険しいままだ。

「ですが、一つ疑問が残ります。もし、以前貴方にお見せした論文等の情報が確かだとすれば、彼の両親のどちらかがアドバンスドタイプであると言う事になります。私のお母様がそうであったように、貴方のご両親のどちらかが、そうであったように。」

「そうだ……確かにその可能性は考えられる。」

アドバンスドタイプである事の条件の一つは、自身の親のどちらかが、その力を宿しているという事が条件と思われる。つまり、それに該当しない場合は全く特殊であると考えられるのだ。

「ただ、彼の場合はもしかすれば隔世遺伝と呼ばれるものになるかも知れません。ケースが少ないが故に、断定は出来ないでしょう。でも、まずは彼のご両親の話を伺いたい所ですが……」

「だけどあいつに両親の事なんて聞けるか?ただでさえ、困惑している状態なのに。」

「ですので、無理強いは出来ませんわ。それでしたら、あのエファンの両親も何者かという話になってきます。もしかすれば、アドバンスドタイプの力が遺伝すると言う仮説は間違っているのかも知れませんわね。」

「あの時奴が言っていた、“突然変異”って言葉も気になる。明らかに奴は事情を知っている様子だ。でもそれは、何かは分からない……」

「今は、様子を見るしかないでしょうね。彼自身が困惑しないように、出来るだけの配慮は必要となるでしょう。」

未知なる存在への困惑に対する配慮。それが、今のレイには必要であるという、ジャンヌ。

「というか、自分達が当該者なのに、全然分かっていない事が多いな、アドバンスドタイプって……」

「鍵を担っているのは、エファンなのかも知れませんわね。そう言えば以前、彼は“母親”

について話をしていましたわ。」

母親。エファンは確かに、以前そう言っていた。セントマリア号内にてジャンヌと彼が話をしていた時の事だ。

 

―――――――――――――――――素晴らしい母親でした―――――――――――――

 

エファンの母親という言葉。もしかすれば、その存在が鍵になるのかも知れない。エファン自身がアドバンスドタイプなのならば、可能性として考えられるのは、彼の母親もアドバンスドタイプであるかも知れないという事である。

「あの時のエファンの表情は、嘘偽りを感じませんでした。ただ、彼がまさか、私達を裏切って、殺そうとする立場になるなど、想像も出来ませんでしたが……」

裏切られたという感情は強く、傷に残る。エファン・ドゥーリアは紛れもなく、ジャンヌ達を裏切った。彼女に見せた優しい表情は、全て嘘偽りだとでもいうのだろうか。

「エファン・ドゥーリアの母親……一体何者なのか。その人物もまた、アドバンスドタイプなのか。」

「もしこの場に彼が居るのでしたら、話を聞きたい所ではありますが、私達を殺そうとしているのであれば、会話は成り立たないかも知れません。本当に、彼は何者なのでしょうか。」

力を持つ存在の抹殺を狙うエファン。その目的、意図も不明。ただ、この場に居た人間を恐怖に陥れただけの存在。真意が分からない以上、彼女達に出来る事は、限られるのだ。

 ただ、レイがアドバンスドタイプであったとしても、どういった経緯でその力が発現したのかも不明だ。謎が謎を呼ぶ状況。事実と呼べる情報がない今、彼等の会話は、結局は憶測でしかないのであった。

 




第七十一話、投了。
レイはジャンヌに励まされ、自らの力の全貌を大きく否定する事なく経過します。しかし、レイは自らの力を完全に納得した訳ではなく――?
一体、彼に宿った力は何と言うのだろうか――


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第七十二話 デウスの猛攻、開始

ヴァイダーガンダムを撃破し、その絶対なる戦力に揺らぎが生じた新生連邦軍。その中で、宇宙に蠢く者達が遂に牙を剥くのだった――


 ダーウィンでの攻防戦から一週間が過ぎた頃。エファン・ドゥーリアはレイの殺害に失敗してから本部に戻り、新型のMSのチェックを行っていた。ヴァイダーガンダムという切り札が破壊されて困惑している新生連邦軍だったが、そのような事はこの男にとってはどうでも良いとされる事だった。

彼が今チェックしている新型というのは以前にヘリン・マディックに提供されたグランシェではなく、彼が独自に開発したMS、カーティウスであった。それは彼が現在使用しているアーヴァインに次ぐ試作MSで、アーステクノロジーにも協力させ、設計や開発は全て彼が行った機体である。合計三機がその場所にはあった。

カーティウス。型式番号EMX-02X。アーヴァインに次ぐ試作兵器。彼が開発に大きく関わっているMSの、二機目である。

「新型ですか……にしては今までの新生連邦のMSとはデザインが異なりますね。」

「ああ、モノアイタイプばかり……というのもな。たまには趣向を変えた。カメラアイならガンダムタイプとなんら変わらない。デュアルアイタイプだからな。」

カメラアイはガンダムタイプと同じ、デュアルタイプを使用している。しかし、口腔部に関してはガンダムタイプとはまるで異なっていた。

「この機体は常人には乗りこなせんよ。少なくとも、熟練のパイロットか強化モデルがこの機体のパイロットには必要だ。何せ、戦闘データにはお前の憎む、レイ・キレスの乗るツヴァイガンダムの戦闘データが入っている。あの機体を参考にして制作した。」

「ああ、あいつの……チッ……」

〝レイ〟という言葉を聞いた瞬間にクラリスは舌打ちをし、握り拳を作った。しかし彼の怒りはすぐに治まり、表情も怒りの表情をエファンの前に見せないようにして再びエファンに喋った。

「て、敵のデータを使う……流石ですね。少佐は、自らこの機体に乗られるのですか。」

側にいたクラリスは言う。相変わらず、彼はエファンに忠実であった。無論強化モデルとして生まれ変わった為である。

「一号機にはな。残りは熟練のパイロットか強化モデルにでも任せようか。」

「ではアーヴァインはどうなされるのですか?」

クラリスの言うように、エファンが最初に制作した大型MS、アーヴァインはまだ破壊されたわけではない。しかし、エファンはそれを無視してカーティウスに乗りこもうと言うのだ。

「お前が乗っても構わんし、他のパイロットに乗せても構わない。あれは最早古い。」

エファンが独自に開発したMSであるアーヴァインは、彼が言うように別に古い機体というわけではない。以前にクラリスがこの機体に乗った時、今までのMSとは違うとクラリスは言った。つまり、それほど優秀なMSであるにも関わらずエファンはアーヴァインを降りるのだという。

「あの強力な機体が古い……では、今度の新型は……?」

「ああ、カーティウスは強力だ。それなりに活躍はしてくれるだろう。」

二人がカーティウスを見て話をしていた時、突如彼等の前にある一人の人間が現れた。

「失礼します、自分はシーア・マックス少尉です。本日付で貴官の部隊に配備させていただくことになりました。よろしくお願いします。」

新たにエファンの部隊に入って来たのはシーアだった。以前にセイントバードがダーウィンへ向かう途中でエグゼマーに乗って苦しめた男が、今ここに現れたのである。

それ以後何らかの功績を挙げたのか、ドゥーリア隊に本部直々の命により、所属が命じられた。

「ほう、見たところそれ程実績を上げていなさそうにも見えるが、我が隊に配属されたという事は、それなりに腕はあると見えた。」

「ええ、私自身もMSに関しては非常に興味がありますからね。それに、グランシェのパイロットもやらせて頂いております。」

「ああ、テストパイロットはお前のことだったか。」

「はい。非常に使いやすく、強力なMSでしたよ。」

シーアはなぜか意味深な笑みを浮かべる。が、エファンはそれを軽く無視して話を進めていった。

「そうか、まあ頑張ってくれ。どれ程の腕前か気になるところだが……最新鋭機のパイロットに選ばれる辺り、実力者である事が分かる。」

「そう言っていただけるとありがたいです。あの、ドゥーリア少佐。そちらにある新型のMSを見せてもらっていいですか?」

急にシーアはカーティウスに興味を持った。彼自身はMSマニアである為、新しい機体には目がないのである。普通は自重するものだが、彼はそれすらしなかった。

「ああ、構わないが。」

「ありがとうございます。」

笑みを浮かべつつ、新型機であるカーティウスを見るシーア。そしてその異形な姿と独特のプロポーションに思わず感銘の溜息を漏らした。

「このMSは少佐自ら開発なされたのですか?アーヴァインは少佐自ら開発されたという話は聞いたことがありますが……」

「ああ、そうだ。アーステクノロジーに協力してもらい、制作させた。」

「素晴らしいですね。少佐はパイロットとしても一流ではなく、MS開発に関しても一流だと言えます。そんな人を見たのは僕……いえ、私自身、生まれて初めてですよ。」

「まあ、何と思ってくれても構わない。あと、自身の事は別に言いやすいように言ってくれても構わんよ。“僕”でも。」

「はあ。」

シーアの喋り方にはそれ程エファンに対する憧れがないように見えた。しかし、彼自身はエファンを尊敬していた。ただ、エファンの存在に圧倒されており、彼はどうリアクションを取れば良いか分からないだけだったのだ。

だが、側に居たクラリスはその反応に対して怒り始めた。彼の言動に、苛立ちを覚えていたのだろう。元々気が短い性格のクラリスは、こうした事に対しても怒りを感じ、感情的になり易い。

「てめえ!少佐に向かってその反応は何だ!?少佐はこんな機体を作り上げたんだぞ!」

「え!?へ?あの……?」

彼自身は凄いと感じているのに、何故かシーアはクラリス怒られた。そして怒るクラリスに対し、エファンは言う。

「やめろ、クラリス・デイル。」

「は、はい……?」

「彼は彼なりの喋り方で接している。だからお前が怒る必要はない。気にするな。」

「失礼しました、少佐。」

エファンはまたも心を読んだ。シーアがエファンに対して尊重している事を、彼は把握していたのだ。

 人間の態度、リアクションと言うのは個人に寄る。然程驚愕していないように見えて、実は驚愕していたり、リアクションが薄い場合でも、大きく見せる事が難しい事もある。それは個に寄り大きく異なる。クラリスは彼のリアクションを見て、その、素っ気ないように見える態度に対して立腹したのだ。

「さて、シーア・マックス少尉。気に召したかな?私のMSは。」

「は、はい!素晴らしい機体だと思います。」

「そうか。それなら使ってみるか?」

突然のエファンからの新型機のプレゼントに、いつも冷静なシーアは驚きを隠せないでいた。彼の喋り方は冷淡なものなのだが、今回は違った。

「え!?宜しいのですか……?」

思いがけない言葉に、シーアは喜ぶ様子を見せた。だが、その際も表情は大きく変化していない。リアクションが薄いと言うべきか。

「但し、私が一度搭乗してからな。私が開発したMSだ。私自身が乗って性能を試さなくてはならない。そして生き延びていたら乗せてやろう。残り二機があるが、それは別のパイロットに乗せる。安全性を確認する為だ。」

「安全性ですか?」

「カーティウスは高性能故に通常の人間では扱いきれない部分が幾つかある。それに関しては身体的に強化された人間である、強化モデルが搭乗する事が望ましい。お前はオールドタイプだ。正直、強化モデルではないお前がこの機体を操る事が出来るのかは未知数だ。どれ程の技量を見せられるかによって変わってくる。下手をすれば機体の性能に自身がやられる可能性もある。試作機を別の人物に乗せ、その後に判断を任せよう。」

エファンは警告した。新型機、カーティウスの危険性を。だが、シーアはそれを恐れる様子はなかった。寧ろ、興味を抱いている。目を輝かせて、彼の話を聞いているのだ。

「是非!お願いします。乗ってみたいです!」

「ほぅ、恐怖よりも興味か。お前は中々、面白い人材だな。」

エファンは微笑し、言った。この時、シーアには絶対的な自信と好奇心があった。今までも新型機や試作兵器を、乗りこなしてきたという実績を持つ彼だからこその自信である。エファン・ドゥーリアの機体が未知数であるとはいえ、まずは自分が乗ってみたいという好奇心の方が、上回っているのだ。

「まあじっくり考えた方がいいかもしれないな。決意が固いのならそれはそれで任せるとしよう。クラリス、行くぞ。」

「ハッ。」

やがてエファンとクラリスはその場から姿を消した。一人残されたシーアは一人で有頂天になっていた。新型機を乗せてもらえるという事に対する愉悦、快感。彼には恐怖心と呼べるものが無いのかも知れない。

 

 

 

小惑星アポカリプスを拠点として密かに地球侵攻の為に暗躍を続けるデウス残党軍は、新生連邦軍のヴァイダーガンダムが破壊されたと言う知らせを聞いた。恐らく新生連邦の切り札であろう兵器を破壊されたことで、彼等の地球侵攻は予定よりも早く進む事になりそうであった。

この情報を伝えたのはメイドだ。彼は氷河族を脱退し、そのままデウス残党軍の傭兵となっていた。そして、アルメスからデウス侵攻の話を聞き、そのままデスゲイズに乗り、大気圏離脱をしてこの地に向かっていたのである。やがてアポカリプスに着いた時、その情報をアポカリプスのデウス兵達に伝えた。

「なんと、それでは連邦は困惑しているのでは?」

「まーそういうこったなぁ!糞連邦の巨大ガンダムが破壊されてよォ、今頃慌ててんじゃねぇか?ま、もし攻めるなら今がチャンスじゃねぇの?」

それを聞き、アポカリプス内に居たアルメスが言った。

「それに関してはまだ把握出来ておりませんが、連邦軍の切り札が破壊された以上、困惑しない筈はないでしょうな。この混乱に乗じ、敵の様子を伺ってから攻め入る事が理想であると考えられます。」

アルメスは静かに呟く。そして一度咳払いをして再び喋ろうとした時――

「いちいちタイミングとか見計らってたらやってらんねーよ。一気にパっとヤっちまうのが早いんだよ。侵攻も、女も……な!ハハ、あ、女とかイッチョ前に語っちまったぜ。ぶはわっはははははははは!……俺は童貞だっつーの。まあ、どうでもいいけどさぁ……」

彼の台詞に対し、周囲の兵士は、どこか、冷めた様子で彼を見ていた。

「メイド・ヘヴン様。貴方がこの作戦に参加して下さったことには深く感謝をします。ですが状況を見極める必要があるのも、また、事実。」

この場に居た、アルメスがメイドに言った。しかし――

「さっさとやってあの糞連邦にデウスの力を見せつけてやりゃいいんじゃねえか。」

メイドの言う事に一理はある。が、誰も彼の意見に賛成ではなかった。あくまでも慎重に行動すべきだと皆が考えていた為である。

もし、下手に動いて連邦に倒されてしまっては元も子もない。軍事力は現段階ではデウス残党軍が遥かに劣っている。もし新生連邦軍の大軍が攻めてきたら負けは目に見えている。 

新生連邦は戦後に軍備増強を続けて来た。故に、その戦力比は圧倒的と予想出来る。数少ない戦力を投入していかなければならない、メイド以外の全員が慎重な姿勢を見せていたのだが、彼に意見をする者はいなかった。すれば何をされるか分からないと、内心で恐れていた為である。

しかしその時だった。その場へ現在のデウス軍残党司令官であり、皇帝でもあるナジェラ・メリクリファーがその場所に現れたのだ。そしてその周囲には数人の側近の人間がいる。ナジェラが現れた時、兵士全員が敬礼を行った。そしてその周辺には、親衛隊と見られる屈強な男が数人並んでいた。

「また貴校が我々と共に協力してくれると言うのか、礼を言う。」

そう言ってナジェラが握手を求めた相手は他ならぬ、メイド・ヘヴンだった。さすがのメイドも相手が現在の皇帝と分かっていたのか、静かに握手を交わした。

「へ、どうも。まさか現在の皇帝自ら出迎えて下さるとはねェ。」

彼なりに丁寧な言葉を遣ったつもりなのだが、どう聞いても皇帝を侮辱しているようにしか聞こえなかった。その接し方は、もはやアルメスや他の兵士と接している時よりもやや丁寧になったようにしか、見えない。

「先の大戦では随分な功績を残したそうだな、噂の天国兄弟の弟、メイド・ヘヴン。そして忌むべき連邦軍の月面兵器の破壊にも協力してくれた。それに関しては深く感謝する。」

すると皇帝は静かに頭を下げた。が、周りの兵士達は戸惑いを覚えた。

無理もない。本来皇帝が自身より身分の下の者……増してや、客将とも呼べる人間に頭を下げるなどあり得ない話だからである。が、何も知らないメイドは有頂天になって言った。

「はっはー!いやあ、そりゃあ金……あいや、デウスの地球侵攻の為なら喜んで手伝わせていただきますよ!はっはっはははははは!」

既に、禁句の一つである〝金〟と言う言葉を発してしまったメイド。この時点で皇帝を侮辱しているとしか思えないのだが、皇帝はそれでもそんなメイドに対し、笑みを浮かべた。

「ハハハハハ!まあ、金が目当てだろうな。まあ、何にしてもデウスに尽力してくれるのは有難い事だ。」

皇帝は笑っている。しかし、その姿を側近の人間は黙っていなかった。皇帝が馬鹿にされているようにしか見えない光景を見て、側近の人間が怒り始めた。

「貴様ッ!!!いい加減にしろ!!陛下をこれ以上侮辱するなら……!」

と、側近は銃を構え始めた。しかしその瞬間、皇帝は側近に対して怒鳴り始めた。

「黙らないか貴様!!」

「……!?」

突然皇帝に怒鳴られ、側近は自粛した。彼にとっては、この状況は何なのかが全く分からない。一体何故自分が皇帝に怒られるのか……疑問だけがこの側近に残った。

「し、しかし……この男は陛下を……」

「馬鹿者が!この男は今から協力してくれる、元デウス帝国所属のエースだ!貴様などとは訳が違うのだ!全ては私の権限で決める!貴様は何も喋るでない!!!」

「は、はっ……」

皇帝を思っての行動が、皇帝を怒らせてしまった。このような理不尽な思いに、側近は溜息しか出ない。しかも、更に悪いことにメイドがその光景を見て笑い始めたのだ。

「ぶわっはははははは!ざまぁ!てめえなんかよりも俺の方がよっぽどエースだってことなんだよ!ええ?ゴミ野郎が抜かしてんじゃねえぞ!そら、皇帝陛下もご覧の通り!もちろん、役に立ててみせますからご安心を、皇帝陛下!!!ぶわっはははははは!」

余りの無礼な態度、そして自分勝手な発言に側近はこの男の得体の知れない何かを悟っていたようだった。そしてこの後、側近のこの男が口出しすることはなかった。無論、他の兵士達も。

 

 

 

やがて数日が経過した。新生連邦はヴァイダーの破壊からまだ立ち直れていない。しかしその一方でデウス残党軍は準備を着実に進めていた。そして、それは大艦隊を発進できる程に至ったのである。

「ようやく暴れられるってワケだよな。思ったよりも時間がかかったな。」

メイドは張り切っている。これからMSに乗り、新生連邦に攻めることが出来ることが彼にとって何よりの楽しみだったのだ。

「メイド様、フォーメーションを考えて行動して下さい。敵は恐らく大艦隊を率いてくるでしょう。いくらメイド様とは言え、大部隊が相手では危険過ぎます。無理は禁物です。」

アルメスはメイドに言った。が、メイドは聞く耳を持たず、寧ろ笑いながら次のような言葉を述べた。

「なぁに、一騎駆け抜けてこそ戦場の華ではないのかね?ハッハッハ!俺を誰だと思ってやがる?俺は一機で十分!一機だからこそ、面白いのよ!ハハハハハハハ!あー、マジ最高!」

「そ、そんな!ゲームでもないんですよ!確かに一体で数千の敵を薙ぎ払うテレビゲームなら聞いた事はありますが……確か大昔に……」

「アホかてめえ。ゲーム感覚でもないとやってられねえんだよ。戦争に生真面目になってどーする?頭固い奴はだから死ぬんだよ。生真面目だから……己の意地を貫くとか言って……結局死んでやがんのよ。そりゃ男のロマンを感じるかは知らねえが、結局死んじまったら元も子もないってことよ。後に英雄になろうが、本人はもう死んでるんだ。ばっかじゃね?意味がねえんだよ。だったら生き残りつつも破天荒なことやって、バンバンやった方がいいってことなんだよ!な、俺今良いコト言ったろ!ま、頭固い奴には嫌われそうな台詞だけどんなもん知ったこっちゃねーし。ま、戦争は遊ぶ気持ちでやんねとねえ。俺の場合は敵撃破ゲームだけど。」

「歴戦の軍人に対してはとても言えない台詞ですね……」

「人間ってのはな、大人になればある程度の寛容を身につけねーとダメなんよ。すぐにキレる奴は最早論外。生きる価値なし!短気な奴はリアルにゴミ!存在する意義が不明!すぐにキレるぐらいならサッサと死ね!みたいな?そう言えば幼い時に短気な奴に虐められたっけな?まあ、コロニーごと抹殺したけどな!しかし人間って本当にクズが多いよなぁ。どんな風になったらあんなゴミみたいな連中が生まれるのかね全くさァ~……」

(この人間は……)

実はアルメス自身も戦前からデウス軍の将校として長きに渡って活躍してきた軍人であり、今となってはインベーションユニットという特殊部隊を率いることを任されるまでに至った。だがこの男は戦争を〝ゲーム〟や〝遊び〟と言いだすものだから、実はアルメス自身この時眉をしかめていた。しかし相手はあくまでもエースパイロットであり、実力者である。迂闊な事は何も言えなかった。

そして、この男の愚痴や文句をアルメスは出撃まで聞かされ続けるのだった。

 

 

暫くして、アポカリプスの中から大量の戦艦が出現した。いずれもかつてのデウス軍が使用していた巡洋艦ばかりで、その上改修が施されている。その改修の内の一つに光学迷彩が備えられている。つまり、これを使って強襲作戦を行う気でいたのだ。MS搭載能力も申し分なく、当時では主力として使われていたものばかりである。だが、残念な事にこれらの一部は現在新生連邦軍にも流用されてしまっている。新生連邦軍のコスト削減のためなのだろうが、デウス軍にとっては屈辱の他何でもなかった。

バディウス級宇宙巡洋艦。デウス軍の主力となっていたそれは、約六年の時を経て、名前をバディウス改級宇宙巡洋艦として再び戦争に参加することになる。中に搭載されているMSは旧デウス軍の主力機体であるゴルモンテを発展させた機体であるゴルモンテMK-Ⅱを乗せたものや、今回の為に量産されたディエルの後継機であるディエルMk-Ⅱが存在している。

ディエルMk-Ⅱ。型式番号、DMS-81Ⅱ。デウス動乱中、デウス帝国軍の主力MSとして存在していたディエルの正統後継機。全ての機体性能が大幅に上回っており、新生連邦の機体と比較しても後れを取らない。

そして、これらを搭載したバディウス改級が光学迷彩を使って無数に宙域に出現し、そして彼等が目指すポイントは新生連邦軍の宇宙戦力の大半が置かれているという月面基地、シン・ナンナである。この作戦で、新生連邦の戦力を大幅に削減しようというのが今回の作戦の目的だ。その為デウス残党軍も戦力の投資を惜しんではいられない。

やがて、大艦隊が出撃した。いずれもがシン・ナンナ基地に向かっている。そしてその中に紛れる多くのディエルMk-ⅡやゴルモンテMk-Ⅱ。それらの中に、メイド・ヘヴンの乗る強力なMS、デスゲイズの姿があった。

「糞連邦に対してせっかくカウンターアタック掛けられるのにさァ、糞連邦に日和ってる奴いる?いねえよなぁ!!?」

たった一機のMSを駆り、その力で戦艦五隻を容易に沈めることが出来るこの男を仲間にしているデウス残党軍。

だが、総合的な戦力は新生連邦の方が上回っている。というのも、あくまでデウス残党はデスゲイズのみが凄まじい性能を誇っているだけで、その他の機体は旧式ばかりである為である。一方の新生連邦は最新鋭機ばかりを揃えている。この戦い、どのような展開を迎えるというのか。

 

 

 

デウス残党が大規模艦隊を率いて現れた頃、シン・ナンナ基地はこの状況を何も知らないでいた。やがて管制塔に映るレーダーに無数の熱源が反応した時、シン・ナンナ基地の司令官である、フェイク・バリスタが慌てて命令を下した。突然現れた艦隊の姿に基地内は動揺を隠せずにいた。

「司令!謎の艦隊がこちらに向かって来ています!数、少なくとも三百!」

「何だと!?そんな馬鹿な事が!?何故気付かなかったのだ!?」

「と、突然の攻撃だったもので……恐らく光学迷彩によるものかと思われます!」

「急いで艦隊を出せ!どこの所属だ!?いや、あの規模の艦隊は……まさか……デウスだとでも言うのか!?」

その命令の直後、シン・ナンナからは無数の宇宙戦艦が現れ、そのまま月面から宇宙に向かって行った。そしてデウス残党に真っ向から立ち向かうように艦隊が展開された。

新生連邦側の戦艦は、ヴィッシュ級高速宇宙巡洋艦という。バディウス級とは外見は異なるが武装自体は似ていることが多い戦艦であり、戦前から大量生産されている戦艦である。そしてヴィッシュ級からは無数のMSが出現し、一方でバディウス級からもMSが発進された。

今まさに、新生連邦軍とデウス残党軍の壮絶な宇宙艦隊戦が行われようとしていたのだった。

 

 

 

新生連邦軍はディーストやジョゼフといった量産機体を投入し、ビームライフルを撃ち続ける。一方でデウス残党もゴルモンテMk-Ⅱを投入し、ビームバズーカで応戦する。

破壊され、破壊し合う状況が続く。その時だった。デウス残党軍の無数のバディウス級の中に一つ、非常に大型の戦艦の姿がそこにあった。

アシュタル艦という名それは、現皇帝、ナジェラ・メリクリファーが直々に搭乗しているデウス軍の旗艦だった。全長は600メートルにも及び、皇帝が乗るに相応しい戦艦として出現した。先端部が二つに大きく割れているような、独特の形状をしている上、無数のビーム砲門が備わっており、まさに難攻不落の旗艦と呼ぶにふさわしい存在であった。その存在は宙域のあらゆるものを圧倒する。そして、ナジェラは宙域にいた全員に対して発言を始めた。

「我はナジェラ・メリクリファー。デウス帝国皇帝である!

我は今、誓おう!只今より、我がデウス帝国軍は新生連邦軍に対し、総攻撃を開始する!進め!誇り高きデウスの戦士達よ!」

その瞬間、デウス残党の兵士達は喚起の声を上げ、敵部隊に攻撃を開始した。それと同時に新生連邦軍は驚きを隠せないでいた。

「馬鹿な……デウスだと!?奴等が!?」

「そんな……そんなことがある訳が……ないだろ……」

ジョゼフに乗っていたこの二名の新生連邦兵は衝撃を隠せなかった。突如現れた敵の正体がデウス帝国の残党だというのだから、無理もない。

しかしその直後、この二人を謎のビーム刃が襲う。猛烈なスピードでそのビーム刃は一度に二機のジョゼフのコクピットを貫き、破壊したのだ。

やがて爆風の中から怪しげにモノアイを輝かせる、怪鳥の姿をしたMAが一機。紛れもなく、デスゲイズだった。

「ヒャッハーーーーー!!!汚物は消毒だァァー!!!」

久々の戦闘という事もあり、彼は高揚していた。デスゲイズはこの戦場において圧倒的な性能を見せつけ、次々と新生連邦のMSを破壊していく。

無論、デスゲイズだけが活躍しているわけではない。デウス残党のMSも攻撃を加え続ける。

激しく飛び交うビーム粒子。それは大規模な艦隊戦が行われている何よりの証だった。高出力のビームは新生連邦、デウス残党の両者にダメージを与えていく。

「目標を確認!」

「仕留めろ!」

「いかん、やらせるな!」

「ダメです!もう……!」

バディウス改がヴィッシュ級を破壊する。しかしその別の宙域ではヴィッシュ級がバディウス改を撃墜する。その繰り返し。激しさを極めるMS戦。だが、MSの性能だけならば圧倒的に新生連邦が勝っていた。何しろ、デウス残党は最新鋭MSであるディエルMk-Ⅱ以外にも、ディエルやゴルモンテといった旧式MSを戦場に出している。どう考えても、新生連邦の最新鋭機の方が性能は高く、この時点でディエルやゴルモンテは最早、やられに来ているようなものだった。

しかも、新生連邦はディーストやジョゼフやエグゼマー等といったMSばかりではなく、新型もこの戦いで導入していた。

機体名はグランシェ。以前にシーアがテストパイロットに選ばれたこの機体が、今この宙域で初陣を飾ったのである。既に月面基地内でテスト運用は完了しており、実戦はこれが初めてである。

「さて、この新型がどれ程の力を見せるか……」

パイロットは隊長クラスの新生連邦兵である。この機体が試験の為なのか、三機がこの戦場に導入された。

いずれも高性能を誇るグランシェは、完璧とも言えるフォーメーションでデウス残党をかく乱していく。デウス残党軍のゴルモンテMk-Ⅱはこの青い新型機の素早い動きについて来られず、ビームバズーカを連射する。が、グランシェはこれを素早く避け、背部からビームケーブルを放出した。その一撃で、ゴルモンテMk-Ⅱはいとも簡単に破壊される。そしてグランシェはモノアイを輝かせ、次の標的を探しに行った。

 

 

 

激しい艦隊戦が行われる中、メイドの駆るデスゲイズは単機で敵MSを次々と破壊して行った。容赦なく、繰り出される有線式ビームサーベル六本の攻撃は新生連邦軍にとってこの上ない脅威となっていた。うねうねと、まるで生きているかのように動くそれは新生連邦兵の不意を突き、次々と破壊していく。

彼にとってこれはゲームだ。敵MSを何機倒せるかというゲーム。やがて、怪鳥はその牙を剝き出していく。有線式ビームサーベルは片方だけで三本存在している。その三本を一つにまとめ、高出力のビーム刃として扱い始めたのだ。反対側も、同様に。

MA形態のデスゲイズは、モノアイを輝かせ、新生連邦のヴィッシュ二隻のブリッジを一度に破壊した。これにより、一瞬で二隻の戦艦が破壊されたことになる。

「これより我ら修羅に入る!ってかァ!?ハッハ!たまんねえなァ!この上で金までもらえるんじゃ最高だよなァ!最高にハイってヤツよォ!」

高らかに笑うメイドは更なる攻撃を加える。前腕部からは二連装ビームキャノンを撃ち、MAデスゲイズの先端部からビームを撃つ。ひたすらビームを撃つことで、ディーストやジョゼフは簡単に破壊された。

「あ、あのMSは……!?」

エグゼマーに乗っていた、一人の新生連邦兵がデスゲイズの姿を見て怯える様子を見せた。しかし隣にいたもう一人の兵士は怯える様子もなく、ジョゼフに乗ってひたすらビームライフルを撃つ。

「ち、あんなもんに怯えているようじゃダメだな!お前は俺より高性能機体に乗っているくせに!」

「よ、よせ……あいつは……」

エグゼマーに乗る新生連邦兵士はジョゼフに乗る兵士を止めようとする。しかしデスゲイズに尚も立ち向かうジョゼフに乗る兵士。だが彼も、ビームライフルが一切効いていない事を知ると焦った表情を見せた。

「カスが効かねぇんだよ!!」

 

バイイイイイイン

 

「な……全く効いてないだと!?」

デスゲイズに張り巡らされているバリアーフィールドジェネレーターは、あらゆるビーム兵器を無効にし、消滅させるのだ。

「間違い無い、奴だ……!奴はたった一機で艦隊を消滅させやがったんだ!俺の仲間もあいつに殺された……聞いたことがあるんだよ、あいつの噂を……たった一機の黒いMSに消滅させられたって!だから逃げろ!勝てるわけがない!」

エグゼマーの兵士はMAに変形して逃げようと試みたが、すでに遅かった。有線式ビームサーベルがコクピットに突き刺さり、変形する前に破壊されてしまったのだ。仲間を殺されたジョゼフに乗った新生連邦兵は怒りを露わにし、側腰部からビームサーベルを抜いた。

「ヤロォ!!!ビームが効かねえなら接近戦だあああああ!!」

自棄になった様子で、ジョゼフはデスゲイズに特攻する。それを見たメイドは

「ハッ、上等ォ……!」

と言い、お望み通りと言わんばかりにビーム刃を展開し、ジョゼフを、容赦なく串刺しにして破壊した。

「ビームライフル如きじゃなァ!僕は死にましぇーん!!!ってなァ!ヒャハハハハ!!!てめェらには地獄すら生ぬるいんだよ!!」

相変わらずのテンションでデスゲイズを駆り、次々と新生連邦のMSや戦艦を破壊していく。その修羅の如き活躍ぶりは味方も恐れる程だった。

「あ、あれはメイドさんか!?」

「なんだ……?動きが滅茶苦茶じゃないか……」

デウス兵達は唖然とした。メイド・ヘヴンの圧倒的な攻撃は新生連邦軍を容赦なく、破壊していく。接近する機体にはビームサーベルを六本、展開して触手のように展開し、やや遠距離の機体には前腕部の二連装ビームキャノンやミサイル等で破壊する。

しばらくしてデスゲイズがMS形態に戻った時、ジョゼフやエグゼマーが合計五機、デスゲイズの前にいた。これらは有線式ビームサーベルで簡単に破壊しようと思えば出来たのだが、彼はあることを閃いた。

「たまにはこっちで殺るのもなかなか……オツだなぁ。」

すると、デスゲイズは腹部にエネルギーを溜め始めた。腹部メガビームカノンを撃つ気でいたのだ。だがエネルギーを蓄えている間に、ジョゼフとエグゼマーが襲って来る。

「おめーらの動き、封じっから!はい、宜しくゥ!」

するとデスゲイズは有線式ビームサーベルで敵のジョゼフを貫いた。しかしコクピットではない。バーニアを貫いたのだ。これにより、機体の自由が利かなくなる。

 

ドバアアアアアアアアアアアアッ

 

やがて、デスゲイズの腹部からメガビーム砲が放たれた。この攻撃により、瞬く間に五機のMSが一瞬で消滅したのだ。

「ハハー!良いなぁ!ええ!?」

更に勢いを高めるデスゲイズは単体で敵艦隊に向かって行く。機体をMAに変形させ、バーニアの出力を高めて敵のヴィッシュ級に直進する。

「敵MA、接近!」

「特攻をする気か!?しかし敵機体のサイズは大型だ!撃ち落とせ!」

ヴィッシュ級の士官はデスゲイズに集中砲火を浴びせようとする。しかしいずれもこれらを軽やかに避け、更にバーニアの推進剤の出力を高めた。

「おめーらのライフはとっくにゼロなんだよォ!もぅ勝負はついてんだよォ!!!」

すると、デスゲイズは腰部からあるものを展開した。それはデスゲイズが持つ最強の兵器、デス・ランチャーだった。これはツヴァイのプラズマカノン同様にプラズマ粒子を使って攻撃するので、バリアーフィールドでは防ぐことが出来ない。高出力のそれはエネルギーが溜められる。

 

ビゴォン

 

やがてモノアイが輝いた瞬間、それは放たれた――

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

「艦長!熱源が!熱源がぁ!」

「ば、馬鹿な!馬鹿なぁ!?」

デス・ランチャーは一隻のヴィッシュ級を破壊した。だがデス・ランチャーの破壊力は止められない。その勢いは止まることなく、破壊されたヴィッシュ級の後方にいた別のヴィッシュ級も破壊した。だが更に勢いは続き、その後方にいたヴィッシュ級も破壊された。合計3隻が一斉に破壊された。圧倒的な強さを新生連邦に見せつけたデスゲイズは、そこでブースターの出力を止め、MS形態になった。

「超!エキサイティン!!ハハハー!!」

デス・ランチャーの貫通力に彼自身も関心を抱く。しかし凄まじい破壊力を秘めているデス・ランチャーを撃てば、エネルギーの消耗も激しい。だがメイドはその状態でも活動を続けるつもりだった。

 

 

 

グランシェ隊はデウスのMSを次々と破壊していた。高性能のグランシェは敵機のビーム砲撃をビームシールドで防ぎつつ、そこから放たれるビーム砲で破壊する。更に、背部に備わっているビームケーブルで、中距離のディエルMk-ⅡやゴルモンテMk-Ⅱを破壊していく。

「よし、数は多いだけだ。グランシェは順調に稼働している。」

「せっかくの新型だ、こんな亡霊なんかにやられてたまりますかってんだよ。」

「デウスの亡霊……か。まさか奴等が生き残っていたという事実が驚きだよ。」

それは無理もない話だった。今まで月の裏側で小惑星の中で軍備を増強させていたなど誰が知ることだろうか。強いて言えば去年にX-9という巨大な迎撃システムを破壊された時にデウス軍の機体が現れたということぐらいだろうか。彼等は驚きつつも、グランシェという新型機の強さを見せつけた。

高性能機体が相手では、デウス軍はメイドのデスゲイズを除いて不利である。メイドが次々と戦艦やMSを破壊してはいるが、全体を見ればややデウス残党が押され気味なのだ。

更に、この宙域に大型のMAが二機出現した。新生連邦軍の拠点防衛用MA、セーザムである。少数だが量産されていたその機体は、防御面においては圧倒的に優れている。また、直線上の機体を高出力のビーム砲で瞬時に消滅させる破壊力も備わっている。

 

ドバアアアアアアアアアアッ

 

セーザムは前方の艦隊に対してメガビームランチャーを放出した。それによって、デウス残党軍のバディウス改が数隻、一瞬で破壊された。新生連邦による突然の大型のビーム砲撃を受けたデウス残党軍は、敵軍からの謎のビーム砲撃に動揺を隠せないでいた。

「なんだ、今のは……」

「奴等、一体何を隠し持ってやがる……!?」

ゴルモンテMk-Ⅱに乗った兵士が突然の砲撃に困惑していた。しかしその隙に彼等は3機のグランシェに襲われた。モノアイを輝かせ、二機に襲い掛かる。

「なっ……!?」

気付いた時にはもう遅かった。すでにこの二機はグランシェの攻撃をまともに受けて大破されられた。一機はビームケーブルに串刺しにされ、もう一機はビームマシンガンをもろに浴びた。そしてグランシェは、次々とデウス残党のMSを倒していく。

「何がデウスの亡霊だ。下らねえな。状況はこちらの方が有利じゃねえか。」

「油断はするな。敵軍に一機、圧倒的な性能を誇る可変MSの存在を確認している。奴に狙われたらやられる可能性はある。」

「ヘ、グランシェを舐めるなってんだ。こっちが押している以上、負けねえんだよッ!」

この新型の強さに自信があるのか、その兵士は単体でデウス残党のMS部隊に特攻していった。そこ居たのは、旧式のディエルが多数いる戦闘域である。

「おい!」

リーダー格の兵士が言っても聞く耳を持たない。仕方なく、彼と残りの一人も身勝手な兵士を追いかけることにした。グランシェはモノアイを輝かせ、それぞれがこの宙域を駆け抜けるのだ。

 

 

次々とMSや戦艦を破壊しているデスゲイズはセーザムの存在に気付いた。いくらビームを撃ってもバリアーフィールドで弾かれてしまう為、これに対抗する為に、有線ビームサーベルを展開しようとした。しかしそこへ邪魔をするように、エグゼマーが三機迫ってくる。

「もっと命は大切にしなさいって学校で習わなかったのかよォ!?」

狙っていた獲物を邪魔された気分で、機嫌を損ねられたメイドはこの三機に対して容赦をする様子を見せなかった。モノアイを輝かせ、三本のビームサーベルを展開する。しかしその前に、エグゼマー三機はそれぞれMAに変形し、ミサイルを放出し始めた。これらのミサイル全てが、デスゲイズに向けられる。しかも、ミサイルはこれらのものだけではなかった。セーザムがデスゲイズに目掛けて大量のミサイルを一斉に仕向けてきたのだ。合計七十基以上のミサイルが一斉にメイドに襲い掛かる。

「うほっ……いいミサイル……。」

と、デスゲイズのバーニアの出力を上げて後ろに下がった。このまま逃げるかと思われたが、彼はそれをしなかった。暫く移動したところでMSに変形し、腹部からビームを撃つ為にエネルギーを充填し、そして発射する準備に入った。

「目標をセンターに入れて……スイッチってなァ!!!」

そう言ってメイドがスイッチを押すと、腹部から大出力のビーム砲が発射された。それにより、デスゲイズの直線上のミサイルは全て破壊された。空しく、余ったミサイルがデスゲイズの側を通る。

「馬鹿な!?あれは狙えたぞ!」

「ええい、なんて機動性だ……!」

ミサイルを撃ったエグゼマーのパイロットは焦りを隠せない様子で、急いでMAに変形してその場から逃げるように離れた。しかしメイドはそのエグゼマーを見逃さなかった。彼等は狙われてしまったのだ。

「逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……逃げちゃダメなんだよォ!!!ハハー!!!」

そう言った直後、デスゲイズはMAに変形し、三機のエグゼマーを追いかける。無論機動性はデスゲイズの方が圧倒的に上回っているので、すぐに三機は追い詰められ、有線式ビームサーベルが展開され、エグゼマーはそれぞれが串刺しになり、全てが破壊された。

その時。セーザムはデスゲイズ目掛けてメガビームランチャーを突然放った。突然の攻撃にメイドは焦りを感じたものの、少しの間を開けて彼は笑みを浮かべた。

メガビームランチャーはデスゲイズに迫る。しかしデスゲイズは避ける様子を見せない。寧ろ堂々と構えている。そしてビームランチャーはデスゲイズに直撃した――

 

バイイイイイイン

 

バリアーフィールドがデスゲイズを守ったのである。機体は揺れていたが、それでも損傷は全くなかった。

「なんだあのMSは!?直撃の筈だぞ!?」

セーザムのパイロットはヘルメットの中で冷や汗を掻いた。と、次の瞬間だった。眼前に一つ目の不気味な影が出現し、それはビーム刃を輝かせ、コクピットを貫いた。これにより、セーザムは瞬く間に破壊された。

「ハハハハハ!これはなかなか刺激的だけどな……糞連邦の中にガンダムがいねーよ、どういうことなの……」

どうやら彼はガンダムタイプと戦えない事に不満を抱いていた。敵である新生連邦軍の機体は全てデウス帝国の技術を用いたMSばかりである。デスゲイズは敵機を破壊していっているが、それでも気が治まらないようだった。

そこで、メイドはデスゲイズに接近してくるジョゼフに対して有線式ビームサーベルを展開した。しかし、そのジョゼフはデスゲイズのその攻撃を回避したのだ。それに驚くメイドだったが、次に二連装前腕部ビームキャノンをジョゼフに向けて射出した。これが直撃し、ジョゼフは動けなくなった。それと同時にデスゲイズは有線式ビームサーベルを展開し、メイドは無線をジョゼフのパイロットに繋いだ。

「おい、てめえ。お前らの艦隊の中にガンダムはいるか?」

「な、なんだ……!?し、知らない!知らない!」

「そうかじゃあ死ねやカス。」

 

ズバァッ

 

デスゲイズはすぐに有線式ビームサーベルでジョゼフを串刺し、そして蹴り飛ばして破壊した。その際に輝いたモノアイが何とも非情に見えた。

「ざまぁ。てかこいつらデウスのばったもんばっかりかよ。流石に萎えんぜ。」

残念そうな表情を浮かべつつ、舌打ちをしてその場から去る。デスゲイズのエネルギーは、まだ尽きる様子は無さそうだった。

 

 

 

この壮絶な艦隊戦は地球上で報道されていた。前の大戦で滅びた筈のデウス帝国の残党軍が突如姿を見せたと言う事実に対し、世界中がこの映像に釘付けになっていた。国際衛生チャンネルで報道されているその映像に映っているのはデウス軍のMSや戦艦、そしてそれに対する新生連邦軍のMSや戦艦だった。  

しかし生中継をしている間、映像の半分以上は新生連邦軍が戦っている様子が映し出されている。デスゲイズが圧倒している姿はどこにも映し出されていなかったのだ。

実際、新生連邦がこの状況を押しているのだが、この映像は明らかにデウスの存在を悪に見立てているようにしか見えなかった。

この映像はレイ達がいるオーストラリア、ダーウィンにも放映されていた。国連基地のホールに居たジャンヌ達はそれを見て衝撃を隠せないでいた。

「デウス帝国が攻撃を開始した……?」

衝撃を受けたのはジャンヌだけでない。元々デウス帝国所属だったネルソンやガーストも驚きを隠せない様子だった。

「馬鹿な!デウス帝国が活動しているだと!?あり得ない!何かの間違いの筈だ!」

ネルソンはテーブルを叩き、映像を見て歯を立てていた。衝撃的な光景を見て動揺を隠せない様子だった。

側にいたレイはこの壮絶な艦隊戦にただ、釘付けになっているだけだった。今までの戦いとは違う、壮絶な艦隊戦。宇宙戦艦同士が戦うという今まで見た事のない光景に、ただ圧倒されるばかりだった。宇宙に出た事のない彼にとってこれは映画の世界のものだとばかり思っていたが、これがSFでも何でもないということが衝撃的だった。彼にとって先の大戦で滅びたとされたデウス帝国の存在は別にどうでもよかったのだ。

「これが……艦隊戦……」

そして、近くにいたエリィもこの映像には驚いていた。かつてのデウス帝国が生きていて、今まさに新生連邦と戦っている光景。デウス動乱を生き残った人間の一人である彼女としては、これは見過ごせない映像の一つだったのである。

「デウスと連邦が戦争をしてる……あの頃みたいに……艦隊戦を行っている……」

デウス動乱を生き抜いた人間達はこのニュースに衝撃を受け、当時を経験していないレイのような少年達はただ茫然と眼前に映る映像を見ていた。壮絶な艦隊戦……そこで繰り広げられるMS同士の戦闘。そして宇宙。レイ自身は宇宙に上がったことが無い。

この時代では宇宙にあるコロニーと地球の間を行ったり来たりするのは当たり前の時代となっている。しかし彼はそれを経験していない。彼の場合、宇宙旅行でもしない限りは宇宙に上がる理由はないのだ。

飛び交うビーム、そしてミサイル……その光景に圧倒されている時、レイは側にいたエリィに声をかけられた。

「宇宙には行ったことないでしょ?」

「……え!?」

急に声を掛けられたのと、何も語っていないのに事実を言い当てられた事にレイは驚いた。背中が一瞬ひやりとし、背筋が凍る思いをした。

「ど、どうして分かるんですか?エリィさんってシンギュラルタイプですから心が読めましたっけ……?」

「ううん、違うよ。だってレイ君、あの映像に釘付けになってたでしょ。私とかアレン君はあの映像を見ても久しぶりとぐらいにしか思わないけど……けどレイ君は明らかに艦隊戦を見た事のない、初めての存在だと思っているでしょう?確かに圧巻だと思うわ。SF映画のような世界が本当に繰り広げられているんだから。地上の水上艦や空中戦艦の艦隊戦と比べ物にならないスケールだもん。」

「は、はい!凄いですよね、これが実際に行われているだなんて想像出来ません……。」

「……もしかすれば、レイ君もいつか宇宙に上がるかも知れないね。この戦いがどうなるかにもよるけど……もし宇宙に上がることがあればその時に色々と、教えてあげるね。」

レイは宇宙に対して興味を抱いていた。機会があるのなら、ぜひ宇宙へ上がりたいと思っている。だが、それが何を示すのかは想像出来ない。宇宙に出たとして、そこでは新たな戦いが待ち受けているのかも知れないのだ。

そして、これがこれからどうなっていくのかは彼自身も分からない。とにかく今彼等はガーストの完治を待つばかりだった。それが今後のセイントバードチームの行方を示すことになる。

 

 

 

艦隊戦は相変わらず繰り広げられている。デウス残党軍と新生連邦の戦い。飛び交うミサイルやビームは互いの勢力を削っていく。そして状況は新生連邦が優勢になっていた。やはり機体性能の差が戦況を有利にさせていたのだ。

しかし優勢であるとは言え、やはりデウス側のある一機に新生連邦軍は苦戦を強いられていた。紛れもなく、メイドのデスゲイズである。今メイドはグランシェ三機を相手にしていた。今までのジョゼフやディースト等の機体と違い、その、高い性能を実際に感じ取り、彼自身も手応えを感じていた。

「ほほー、やるじゃない。」

そう言った後、デスゲイズは有線を繰り出した。一機のグランシェはシールドで防ぐが、それも簡単に貫通されてしまい、コクピットに直撃した。モノアイの輝きが失われ、やがて破壊された。残りは二機。しかしパイロットは冷静だった。

「ち、噂の触手持ちのMSか。」

「実物は初めてだが、思った以上に怖いというか……気持ちが悪いな。」

まるでその台詞に反応したかのようにデスゲイズのモノアイが輝く。そして、彼等に対して二連装ビームキャノンを放出した。が、これらはグランシェの大型シールドによって防がれてしまった。

「へえ、あれはビームキャノン程度の出力のビームは効かねえのか。アホ共も知恵つけたな。」

そして、グランシェ二機はデスゲイズにシールドから、シュート・シューターという名の、追尾型実弾兵器を射出。これは実弾兵器なのでデスゲイズのバリアーフィールドでは防ぐことはできない。しかし、デスゲイズはこれらを軽やかに避ける。そして、有線式ビームサーベルを展開してシュート・シューターを切り裂いた。

「あめぇんだよ!ビーム以外ならなんとかなると思ったらァッ!」

と、デスゲイズはモノアイを輝かせ、腹部からビームを放出した。高出力のそれを見たグランシェは急いでシールドで防御姿勢をとる。

「大間違いもいいとこなんだよォォォ!!!」

ビーム砲がシールドに直撃。グランシェのパイロットはどうにかなるとでも考えたのだろうか、表情に余裕があった。だが、その余裕が段々と失われていく。というのも、グランシェのシールドは溶け始めていたのだ。

「馬鹿な!?このシールドで持たないビーム砲だと……!?ぐ……あああああ!」

やがてシールドが溶けていき、グランシェ本体を貫通した。これにより、跡形もなくなったグランシェ。この高性能機体も、残ったのは一機のみとなった。

「フヘヘヘ!出力が上がれば破壊されるとか!アホ丸出しじゃねえかカスがよォ!」

残る一機に対し、メイドは有線式ビームサーベルを展開する。だが残っていたグランシェはこれを辛うじて回避に成功する。そして、デスゲイズのいる宙域から逃げ出し始めた。

「腰抜けかてめえ!アホ丸出し!敵前逃亡は死刑だっつってんだろうがァ!」

逃亡されて怒るメイド。逃げ出したグランシェを破壊する為、死神が動く。

 

やがてグランシェを追いかけ続けていると、突然グランシェは動きが止まった。メイドは攻撃を加えようとするが、頭の中に電流が流れ、攻撃を止めた。

「野郎ォ、何か考えてやがんな。」

彼には分かっていた。この先に行けば何かがある。そして、それは自分自身を危機に陥れるものだという事も全て把握出来ていた。

「洒落た歓迎だねぇ。アホ共……」

すると、デスゲイズはそのまま直進した。罠があるかもしれないと分かっていて彼は進んだのだ。

「掛ったな!放射開始しろ!」

その声はヴィッシュ級の士官によるものだった。この宙域にはヴィッシュ級が“ある”トラップをあらかじめ張っており、グランシェはデスゲイズを仕留める為にわざとここまで誘導したのだ。メイドは気付いたのだが、あえて彼はこの罠に引っ掛かろうとしていた。

やがて、ビームネットがデスゲイズ全体を包もうとしていた。これを食らったデスゲイズは、身動きを取る事が出来ず、コクピット内のメイドは操縦桿を引き続けた。

「おおお!?すげえ!」

揺れる機体内で、驚きを隠せないメイド。その間にも新生連邦軍の機体がデスゲイズに向けて集中砲火を浴びせようとしていた。

「奴を倒せば我々の勝利は確実だ!撃て!躊躇うな!!!」

やがて多くのヴィッシュ級がデスゲイズに対して無数のミサイル等の実弾射撃を開始した。迫る実弾兵器はデスゲイズでは防げない。この機体はビーム射撃ならば防げるが、この攻撃ばかりは厳しかった。さすがのメイドもこの状況は危機的に感じていると思われた。

だが、それは違った。デスゲイズは突如有線式ビームサーベルを展開し、そのままビームネットを放出している戦艦を、ビームサーベル三本を使い、切り刻み始めたのだ。これによってビームネットが解除され、すぐにこの場から離れる。

残るミサイルは腹部からのビーム砲で一斉に除去。デスゲイズの驚異的な動きに、新生連邦軍は焦りの色を隠せない。

「奴は化け物か!あのビームネットを浴びている間に攻撃が出来るだと!?」

「じょ、冗談じゃ……」

身動きが取れるようになったデスゲイズは有線式ビームサーベルを再び展開しようと試みた。だがその時である。

「くっそー、エネルギー切れやがった!調子乗りすぎたかァ……」

デスゲイズのビーム粒子残量が切れたのだ。これにより、ビーム兵器が使用不可となった。

この状況に焦りを隠せないメイドはデスゲイズをMAに変形させ、その宙域から離れる。

逃げ出したのかと思い、追撃を試みる新生連邦軍。しかしそこへゴルモンテMk-Ⅱがメ

イドを守るように出現し、一斉にビームバズーカを、新生連邦軍に向けて放射し始めた。

「あの黒い化け物以外は雑魚機体だ!攻撃しろ!」

その指示と共に一斉に、戦艦、MSによるビーム砲撃が一斉に開始された。あまりのビームの多さに、成す術もないゴルモンテ達は一斉に破壊される。応戦をしても、別の新生連邦軍の機体がゴルモンテ達を容赦なく攻撃していく。デスゲイズが撤退した事に寄り、新生連邦軍は調子に乗り始めたのだ。

メイドのいないデウス軍は彼等にとって恐れるに足らない存在だったのだ。しかし、圧倒しているとはいえ、新生連邦は戦力が削られることには変わりはない。デウス軍の旗艦であるアシュタル艦がメイドの代わりに新生連邦軍の脅威となっていたのだ。この戦艦は大型な上、単体の破壊力も他を圧倒していた。ミサイルの数は無数に存在し、その上強力なビーム砲も無数に備え付けられている。この動く要塞は簡単に破壊されるものではない。新生連邦軍がデウス残党に苦戦している理由の一つに、この戦艦の存在があった。

アシュタル艦は無数のビーム砲を新生連邦軍のヴィッシュ級に対して放射し続けた。その周辺にいるゴルモンテMk-Ⅱは懸命に応戦するのだが、新生連邦軍のMSによって破壊されてしまう。とはいえ、彼等が新生連邦軍の戦力を削っていることには変わりはないと言えた。

 

 

 

一度アシュタル艦に戻ったデスゲイズは補給を受けていた。そして、その周辺にいた整備士から絶賛されていた。

「素晴らしい戦果です!殆ど一機で倒したんじゃないですか?」

「まぁな!俺の実力があればあれは余裕!けどまだまだベストスコアじゃねえし。それより、押されてるんだろ、実際は。」

「……はい。」

紛れもない事実だった。デウス軍は押されているのだ。いくらメイド・ヘヴンが敵機を大量に撃墜していようが、アシュタル艦の破壊力を見せつけていようが、押されているのは紛れもない事実。所詮、たった一機ではこの戦況を大きく変えることは難しい。新生連邦軍のMSはデウス軍のものよりも高性能な機体が多い。従って、デウス軍が劣勢になるのは無理もなかった。

「やっぱ一機で無双は無理か。チィ、早く補給しろ。また無双してくる。」

「それがメイド様。我が軍はそろそろ撤退をするようです。目的は達成されたようですので。」

それを聞いたメイドは驚きを隠せなかった。今回の目的はあくまでも戦力削減であるのだが、メイドはデウス軍の力を新生連邦に見せつけ、シン・ナンナ基地を壊滅させる事が目的だと勘違いしていたのだ。

「は?嘘やん、マジで!?」

「は、はあ……はい。ですからもう間もなくデウス軍は撤退します。」

「な、なんじゃそりゃ」

メイドは呆れてしまった。一気にシン・ナンナ基地を攻略するつもりでいたので、尚更である。彼にとっては今回の出撃と功績により、大金を得る事は出来るものの、今一つ、物足りないものがあった。戦争という名のゲームが出来ると聞いて笑みを零していて、本来の目的を忘れてしまっていたメイドが哀れなのだが、やはりどうしても彼は納得できていない。

「チ、ふざけやがって。消化不良だっての。」

イライラが募るメイドはデッキの壁際に行き、思い切り壁を蹴った。その様子を見た整備士達は少々だが恐怖を感じているようだった。

 

 

 

整備士の言う通り、デウス軍は撤退を開始した。それを指示したのは皇帝であり、総司令でもあるナジェラ・メリクリファー本人であった。アシュタル艦は回頭を始め、その宙域から去っていく。それに合わせるように、バディウス改級の戦艦が次々と後退を始めた。新生連邦軍の中には、これらに対し追撃を加える者もいたが、その殆どが追撃を止めるように言った。

というのも、予想しなかった被害を被ってしまったので、これ以上の戦力の減少は危険だと司令部が判断したためである。

結果、新生連邦軍の宇宙の戦力は全体の三分の一が削がれるという形となった。これに対してデウス軍の戦力も削られたが、デウス側からすればこの奇襲に成功し、新生連邦の戦力を削ぐ事に成功した為、これは功を成した事と、言えるのである。

「ややや……奴等め……!」

シン・ナンナのフェイクは焦りを隠せていない。突然のデウス帝国残党軍の襲来。これが、宇宙における大きな一手となっているのであった。

この情報はすぐに地球のレヴィー・ダイル総司令に伝えられる事になる。シン・ナンナ基地の戦力の大幅な減少……これは、本来あってはならない話なのだ。

現在、新生連邦軍は地球を中心に軍備増強を続け、部隊を展開している。地球圏における敵勢力が国連のみと思われていた為、宇宙の戦力はその大半を、シン・ナンナに集中させていたのだ。この部隊が削られたという事は、即ち新生連邦にとって大打撃だったのである。

 

 

 

フェイクから総司令に連絡が渡った時、彼の表情は曇りに包まれた。ただでさえ新生連邦軍はダーウィンで大敗をしているのに、シン・ナンナの戦力を削られてしまったことは彼等にとって屈辱以外の何でもなかった。

「そんな……!まさか、デウス軍が姿を現したなんて……」

自分の不覚を呪った。以前から徹底的な調査を行うべきだったと、感じた。彼が宇宙に上がり、ステーション周辺にいたディエルやゴルモンテを撃墜した時から。それを何も疑わず、結果的にシン・ナンナの戦力を削減されてしまうという最悪の結果になってしまった。

新生連邦管轄の基地であるシン・ナンナに対してデウス帝国残党という新たな勢力が出現したとなれば、戦力を補充しなくてはならない。

だが減ったシン・ナンナの被害は、彼の予想を大きく上回っており、地球の総戦力の1/4を手配しなければならない程だったのだ。ただでさえヴァイダーガンダムを失っている新生連邦軍にとってこれは致命的だった。地球には国連、そして宇宙にはデウス帝国。これらと対峙しなければならなくなった事実は、総司令であるレヴィー・ダイルに重く圧し掛かったのである。

「レヴィー様……」

側にいたソフィアは心配そうにレヴィーを見つめていた。しかし、彼女は今、どうしようも出来ない。

「……すぐにシン・ナンナに向けて失った戦力の補填を行わなければ。いや、それ以上の戦力だ……地球の戦力は大きく減るが、それもやむを得ない……」

突然のデウス残党軍の出現に戸惑いを隠せない総司令。自分の不覚、そして指導者としての力量不足。だが今更悔いても仕方がない。彼は部下達にシン・ナンナへ戦力を送るように命令した後、本部の戦力を増強するように命令した。

 この時、総司令の表情にいつもの冷静な姿が見られなかった。明らかに、焦りを感じている表情だ。ソフィアは、ただ、彼のその表情を見て不安げになるばかりであった。

 

 

 

やがて、デウス軍と新生連邦軍の対立が終わってから数日が経過した。総司令はシン・ナンナに戦力を提供した為、新生連邦軍の地球上の戦力は大きく減少した。これによって宇宙に派遣された人材も数多く存在している。何しろ、シン・ナンナは宇宙での新生連邦本部と呼ぶのに相応しい場所であり、ここを攻められては一巻の終わりなのだ。総司令ばかりではなく、新生連邦軍全体も焦りの色を隠せないでいた。

宇宙に送られた人間の中にはジークやフークの姿があった。とは言っても、ジークに関しては自らの意志で宇宙に上がったのだが。そして、地球上には大量の軍隊が残された。これらは全て国連に対する戦力である。

 

その一方で、デウス残党軍襲来の情報を聞いたエファンはあまり驚く様子を見せなかった。むしろ、まるでその事が分かっていたかのような素振りを見せた。

「デウス帝国が動き出した……か。この五、六年の間に戦力増強を続けてきたらしい。どうやら新生連邦はこれに焦っているらしいな。」

「はい、そのようですね。」

強化されたクラリスは静かに言った。すると、突然彼は歯を食い縛り、握り拳を作り始めた。

「それよりも、俺が憎んでるのは……あいつだけ……ですから……!!!」

そう言って壁を殴った。相変わらず、彼は母親やアユ、リンを殺した人間をレイだと思っている。正確には思わされているのだが、強化されている彼にとって、レイを倒すことで全てが解決し、憎しみが解放されると思っているのだ。その拳からは、レイに対する怒りが露骨に伝わっているのが分かる。

(敵意は戦う動機となる。強化されたとはいえ、元々の性格、素性というのは完全に変化は出来ないものだ。高齢者等が例え認知症になったとして、その、本来の性格というのが変えられないように。この男のレイ・キレスへの憎しみはある種、この男の言いがかりが大きいと言えるが……)

クラリスにとって、今のレイは敵だ。憎むべき、許せない敵。

確かに強化される以前のクラリスもレイを倒すべき存在だとは考えていたが、母親の敵でもアユやリンの敵でもない。ただ、部下を殺されたり、自身に屈辱を与えた存在として彼を執拗に追いかけていただけである。しかし、今の彼はレイを自分にとって大切な人を殺した存在として認識している。彼の中にある、レイに対する憎悪の度合いが依然と格段に違い過ぎるのだ。そして、事実のない中でただ、憎しみを抱かして、その感情を利用しているエファンは、残酷な存在と言える。

「別にデウス帝国が何しようが知ったことではありませんからね……俺にとって一番倒すべきはレイ・キレス……奴だけ……!」

このように、デウス残党が現れた事に対して何も興味を抱かない人間も少なからずいる。クラリスもその一人で、彼はとにかくレイを殺すことばかりを考えている。そしてエファンも、力を持つ存在の抹殺を目論んでいる。新生連邦軍全体が、この有事に対して焦りの色を見せている訳ではないのだ。

しかし実際は軍として危機的状況であり、宇宙のデウス軍と地上の国連軍を相手にしなければならないという事実は新生連邦軍発足後の大きな危機として、立ち塞がる壁の如く存在しているのであった。

 

 

 

それから更に数日が経過した頃。先の作戦で功績を上げていたメイドはアポカリプス内にある、一つの部屋に居た。彼に用意された部屋はVIPルームと呼べる豪華な造りとなっており、そこにあるベッドに端坐位姿勢で、煙草を吸いながら一服していた。

そこへ、一人の男が入って来た。アルメス・ラグナである。

「失礼します、メイド様。」

律儀に礼をする、アルメス。

「おーう、どしたんだよ。こんな良い部屋まで貰っちゃってさ。ありがてぇこって!氷河族時代じゃ考えられねぇよ!やっぱデウスは……最高やな!」

上機嫌な様子のメイド。先の戦闘で暴れることが出来た上、功績を残した事も重なり、彼への待遇は良いものとなっていた。客将と思えないような待遇。彼は、どこか満足げだったのだ。

「休憩中の所失礼します。実は、貴方に依頼したい事がありまして。」

その言葉を聞いた時、メイドはすぐに煙草を灰皿に入れ、そのまま潰した。そして、掌を広げ、アルメスに言う。

「金、いくら?」

真っ先にメイドは金の話をしてきた。金銭の存在はメイドのような傭兵には必需品だ。故に、金の話が大事になる。

「まず依頼を聞いてもらって良いでしょうか?。」

「あっそ。別にいいけどさぁ。んで、今度は何すんの?」

アルメスは、視線を下に向け、言った。

「……地球上のマスドライバー施設を、可能な限り破壊して頂きたい。」

マスドライバー。人類が宇宙に行く上で必要不可欠とされる装置。旧世紀より存在していたもので、この時代においても使用されている代物だ。

地球上のマスドライバー施設は地球の人間が宇宙へ行く為に必要不可欠なものであり、単機で大気圏離脱や突入能力を持つMSや軍艦を除けばこれらが、一般人が宇宙へ行く為の唯一の方法なのである。もしこれが破壊されてしまえば、宇宙と地球は完全に隔離状態となってしまい、地球側は、貿易はもちろん、宇宙へ住む事も一切不可能になる。

それは言わば、人類の宝とも言える存在であり、それを破壊すると言うことは誰もが宇宙へ行くことが出来るという象徴であり、手段を絶やすことになる。マスドライバー施設への破壊は国際条約違反であり、例えデウス帝国のような連邦軍の敵戦力であれど、マスドライバーの破壊は決して行ってはいけない。

破天荒なメイドもマスドライバーの価値は知っている。この時ばかりはアルメスの言動に疑問を抱いた。

「おうっ、なかなか言うじゃねえか。お前すげえこと抜かしやがんのな。マスドライバーって……言ってみれば世界遺産とかをぶっ壊すようなもんかよ。」

「ええ、そう言うことになります。しかしマスドライバー施設は連邦軍が宇宙に戦力を送る上で必要不可欠な存在です。それを破壊し、妨害する事が出来れば完全に新生連邦軍は孤立します。連中は地球でのみしか活動不可能になります。そうとなれば、我々は更に侵攻を容易にする事が出来ます。」

それは、間違いないだろう。物資を送ることが出来なくなれば現在の新生連邦の中心となっているシン・ナンナ基地はやがて消耗し、敗退する。そこをデウスが奪えば、地球侵攻に大きく近づくのだ。

「そらそうなるわな。……けどおもろそうじゃねえか。世界遺産を壊すってのもよォ。」

「……確かにマスドライバーは人類の宝とも言うべき存在です。我々もその宝を使って一度はここアポカリプスへ向かいました。」

「お前なんか詩人みてぇだな。〝宝を使ってアポカリプスへ向かいました〟って……ハハ~!なんか違和感バリバリじゃねえか。」

茶化すようにメイドは言った。

「マスドライバーは確かに、一般人に於いても宇宙へ行くには欠くことのできない存在となっています。ですが、一般人用のマスドライバーも軍艦を宇宙へ上げることは可能です。軍用のマスドライバー施設だけでなく、民間のそれらも軍が目を付ければ、やがては戦力を投入されていきます。そうとなれば、結果的には宇宙に戦力を送り込まれてしまいます。それを阻止するために、地球のマスドライバー施設を破壊して頂きたいのです。これ以上、奴等の宇宙の戦力を増やさぬ為に。」

アルメスには、デウス帝国がマスドライバーを破壊するという事実を伏せたいという狙いがあった。故に、傭兵であり、狂人であるメイドを利用する事を提案したのだ。

「一理はあるんじゃねぇ?ま、俺は大金さえ入れば世界遺産や人類の財産とかいうアホ丸出しのもんぐらいちょちょいのちょいでぶっ壊したる!あんなもん人間が勝手に言ってるだけだしな。」

この台詞から、まだ人間に対する憎悪は消えていないようにもとれる。まるで、彼の兄であるフロード・ヘヴンの意思を継いでいるかのようだ。

「……実は正直これを実行する事に罪の意識を感じております。地球にあり、連邦軍の宇宙へ行く手段であるマスドライバーですが……地球人類が唯一宇宙へ行く為の手段でもあります。いくら連邦と対立しているとはいえ、そうした遺産を破壊するなど……ですがこれはやむを得ないのです……」

アルメスは真意を語った。が、彼は語るべき相手が悪かった。金さえもらえれば何でもする男であるメイドに、そんな言葉が通じる筈がない。

「じゃあ最初からやめとけや。つーか何が人類の宝だよ。そもそも人間そのものが地球の害虫じゃねえか。糞みてぇな連中が宝とか言ってしょうもない世界遺産とか残してやがんの。アホもいいとこ……。まあ、自然に出来た山とかはともかく、人間が作ったもんなんて価値なんてねえからさ、金くれたら壊してくる!」

マスドライバーを破壊する行為自体に、罪悪感を抱くアルメス。だが今後のデウスの事を思えばやむを得ない出来事だ。しかしメイドはこれを快く了承する。それは分かっていた筈なのに、どこか、納得が出来ない様子だった。

「……確認したいのですが、貴方はこれをどう思いますか。本気で、楽しいと思いますか?それとも、罪の意識を感じますか。」

突然の台詞に、メイドは睨むようにアルメスを見た。

「はぁ?てめえが言っといてなんでそんな事聞いてくんだよ!優柔不断って奴じゃねえかオイ!」

それは事実だ。この作戦を提案した事に、アルメスは葛藤しているのである。人類の宝を破壊する事に対して罪悪感を抱く。しかし、行わなければデウス帝国は進めない。これもまた、矛盾なのである。

「あれか?作戦は行うけどそれを実行するのは辛いって思えと言いてえのかよ?んなもん俺が聞くと思ってんの?アホ丸出しじゃねえか。俺はな、てめえみたいなクソ生真面目軍人とは違う訳で。つーか、結局破壊するんだから辛いなんて思う方がおかしいんだよ。嫌だったら最初からこんな内容の任務押しつけんなっつー話だよ。」

メイドの意見は間違っていない。辛いと思うのならこのような内容の任務を押しつける方が間違っている。これに対してはアルメスは何も反論が出来なかった。

「一人前の軍人たぁ思えねえよなぁ。だらしねぇな!?結局てめえは同情を誘ってるだけ。世界遺産がどーなろうと知ったことじゃねえだろうが。それともあれか?可哀想に思って善人ぶるっての?そーいうのな、偽善者っつうんだよ。そっちの方がよっぽど悪どいぞ。」

確かに、これから行うことに対して罪を感じつつ行動を起こすということは、その行動に対するせめてもの善意と言う形で誤魔化しているに過ぎない。結局それは偽善ともとれ、起こす行動には変わりないのだ。今回は乱暴ながら、メイドの意見の方が正しかった。アルメスは自身の言動を反省した。マスドライバーという偉大なる存在を破壊することに変わりはないのだから、それを堂々と行うべきだと決心したのである。

「……払いましょう、報酬金を。」

彼の言葉を聞き、アルメスはやむを得ない様子で言った。

「そうそう、ちゃんと依頼するならそれ相応の条件を伝えねぇとな!ちゃんと働くからなァ!」

メイドは、上機嫌だ。しかしアルメスはどこか、複雑な表情を浮かべているのだ。

「じゃあ行ってくらぁ。出来るだけ手っ取り早く終わらせてやんよ。言った以上はちゃんと義務は果たせよ。もし俺のマスドライバー破壊に嫌気が刺して作戦中止とか抜かして、金用意しなかったら殺すぞ!あ、寄り道するかもしれねぇ。まあ、でも仕事はやるかんな!!!ハーッハハハハ!!!」

メイドは念を押すように言った。アルメスの不安げな表情に苛立ちを覚えた為である。マスドライバーという、人類の宝とも言えるべき存在を、提案に対して平気で破壊しようとするメイド。一方で、この男の行動に納得のできないアルメス。だが、結局行うしかない事実であるのならば、メイドの方が考えとしては正しい。不本意ながら、アルメスはメイドにマスドライバー破壊を行わせたのだった。

 

その後、メイドはすぐにデスゲイズの収納されている格納庫へ向かい、すぐにコクピットの中に入った。金の話や、今から行う事に対する重大な出来事に対する高揚は計り知れない。

「面白れぇじゃねえか!人類の宝とかいうもんを破壊できるなんてさァ!!!そりゃあ人間は面白れぇもんいっぱい作ってきたぜ?旧世紀に発行された漫画とかはそりゃいいもんよ……特に名言とかぐっとくるぜぇ。ケドなァ!結局害虫なんだよな人間ってさァ!そんなのの遺産とかどーでもいいんだよなァァァァァ!行くぜオラァ!!!」

 

ビゴォン

 

デスゲイズはそのままカタパルトから発進。やがて宇宙空間に出たと同時にすぐにMAに変形した。そしてバーニアの出力を上げ、機体のスピードを更に加速させ、そのまま地球へ向かう。ただ、己の報酬の為に、この男は人類の宝と呼べるマスドライバーを破壊するのである。




第七十二話、投了。
デウス帝国残党軍が本格的に動いていく、話。新生連邦に圧されつつも、その絶対的な数を減らし、新生連邦は次第に窮地に追い込まれていく――


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第七十三話 忌むべき、印

氷河族。デウス動乱後の混乱期に急拡大をし、裏社会に君臨する反社会組織。その中で、ボスと呼ばれる人物直々の命令を受けて動く、凶悪な男がいた――

※過激な性表現並びに残虐表現注意。


「えー、今の所はリーダーのアルン・ティーンズは始末しましたァ。残る“反応”を見る限りはニーア・アンジェリカ及びミルフ・ブラマンジュですねぇ。」

とある、薄暗い部屋にて。そこである男が何者かとEフォンを通じて話をしていた。パニッシャー、グァン・ホーキーズである。

この男が電話で会話をしている部屋は、天井に小さな豆電球がうっすらと輝いており、その上壁に亀裂が出来ており、床も、うすらと埃やカビが見られる等、衛生面において明らかに問題があると言える場所であった。

その部屋でグァンが話している相手。それは、ボスだった。その、ボスの命令でアルンが率いている組織の人間を次々と殺しているグァンは、今まで殺した人間の名前を報告していたのだ。

『出来るだけ早く消すようにしろ。それに、アルン・ティーンズの率いていたメンバーの中に気をつけるべき人間が、一人、居る。』

「気をつけるべき人間……ですかァ?」

グァンは、首を傾げる。

『メイド・ヘヴンだ。』

ボスは、言葉を溜めるようにして、言った。

「そいつ、名前は聞いた事、ありますねぇ。そんなに厄介な人間なんですかぁ?ただそいつからの、“反応”がないんですよ。」

反応とは、何を指すのか。

『恐らく細工をした可能性が高い。だが奴は裏切り者だ。氷河族を裏切るという事は死と同義であると、理解をして貰わなければならない。』

メイドの事に対し、やや、焦っているような口調を見せる、ボス。

「へぇぇ。そいつぁなかなか。消さなきゃいけないですねぇ。」

そういうグァンは舌を出し、舐め回し、笑みを浮かべた。気味の悪い笑みを浮かべる、グァン。

『だが奴と万が一対峙する時は気をつけろ。少なくとも、普通の人間ではない。』

それを聞き、グァンは言った。

「もしかして、シンギュラルタイプって奴ですか?けどシンギュラルタイプなんてMSに乗っていなければ所詮ただの人間と同じですよ。」

『それもあるが、何よりもその男はかつてのデウス動乱でデウス軍のエースパイロットとして活躍した上、現在もデウス軍と関係を持っていると聞く。現に、デウス残党軍が姿を見せた際にこの男がデウス軍の一角として戦っていたそうだ。そこから奴はデウス残党軍に合流したとされる。奴も、始末しなければならない。組織の裏切りには報復をしなければ。』

「そいつは、殺り甲斐があるってもんですねぇ。」

『では、引き続き連中の始末を頼む。』

やがて、電話が切れた。グァンは不気味な笑みを絶やすことはなく、その上笑い出す。

「にしてもそんなやべぇ男がまさかあいつの組織に所属してたなんてなァ、それも、俺と“パニッシャー”として。こりゃ出来るだけ早く始末しておかねえとな……なぁ!ミルフちゃんよォ!!!」

恐ろしい目付きで男は後ろを向く。そこには下着姿で両手首と両足首を手錠で繋がれ、更にはチェーン付きの首輪を付けられているミルフの姿があった。この状態である故に身動き一つも取れず、全身には痛々しい切り傷痕が見られる。このような仕打ちを受けた少女の涙は止まらず、ただ延々と涙が流れ続ける。

「う……ゥ……えっ……ぐ……えっ……ぐ……ぐ……」

組織に所属していた時の、どこか怖さを感じるがあどけない少女の姿はどこにもない。ただ、目の前の狂人に怯え、涙を流している年相応の少女が居るだけだった。そして、この男は残酷な行動を少女に行っていたのである。

「お~い……泣いてんじゃねえぞクソガキタレがよォ!」

 

ドゴッ ドゴッ ドゴッ

 

怒鳴った後、グァンは身動きの取れないミルフに蹴りを、何度も食らわせた。悲痛な叫びが小さな部屋に、何度も響く。

「グアァッ!!!オ……お願……いで……す……た……たす……けて……」

「はぁ?何言ってんのお前。」

そう言って、更に蹴り続けるグァン。傷口から血が出ているにも関わらず、グァンは止める様子を見せない。

「た……す……け……て……」

懇願するミルフだが、グァンは残虐な笑みを浮かべている。

「もっと大きな声で言いなさいィ!」

追い討ちを掛けんとばかりに、非道にも、グァンはミルフの顔面を殴った。彼女の顔面には既に多くの痣が見られ、いずれもこの男に付けられたものである。

「くはぁぁぁ……!!!」

「しかし、たった三日でここまでなるとは!ボロボロもいいところだからな!こんなにえぐい姿なら本来なら殺してるレベル。けどあえて殺さねーぜ。生かさず殺さずだよ!」

ミルフは殺人を犯したことがある以外は、まだまだあどけない少女である。その少女に対してもこの男は容赦しない。平気で暴力を振るい、傷付ける。暴力行為により、怒張する股間部はこの男の異常性を物語っている。

その時、グァンは腕時計を見た。現在の時刻を確認したのち、男はミルフを見下すように言う。

「そういや餌の時間だったな。ほれ、食えよ!」

そう言ってこの男が渡したのは、虫の死骸が重ねて置かれている皿だったのだ。所謂害虫に該当する虫が数多く盛られている。何の調理もされていない、不衛生極まりない残酷な物質。それらが男によって盛り付けられ、四肢を手錠で繋がれて動けないミルフの前に差し出される。そのような状態である為に、彼女は犬同様に口で食べるしか出来ないのだ。

 その光景は、まるで犬扱いだ。だが与えられている食事は、犬ですら口にしない、加工すらされていない害虫達。衛生面で見ても人間が食べて良い代物ではない。

「動物だったらこんな虫、食うだろ?ええ?大便や小便じゃねえだけありがたいと思えよな!それとも前に出した糞をてめぇに食わせてやってもいいんだぜ?永久機関の完成ってな!」

鬼畜と言える所業だ。だがミルフは恐怖の余り、頷く事しか出来ない。

「は……は……い……」

ミルフは言われるまま、この害虫を食べるしかなかった。涙を流しつつ、まるで本当に犬であるかのように害虫を食らう。

 とてもではないが、食べられるものではない。不衛生の極み。何度も吐き出したい衝動に駆られた。口腔内の不快さは尋常ではない。だが男が見ている前での嘔吐は危険だ。何をされるか、分からない為である。

「首輪も付けてるし、マジで犬みてえだな!しかし、ボスは始末しろと言ったが、こんな状態じゃ死んだも同然だからな!何せ食べてるのが虫の死骸!ま、世の中もっと鬼畜な奴はリアルに大便とか小便を食わせてるらしいからな!楽しんでやるよ!人間観察をさぁ!てめぇ絶対ちゃんと食えよ。下手な事したらガチで大便小便食わせるからな!」

グァンの笑みが、響く。そして、ミルフの頭を、グァンは不気味な表情で撫でた。

もし下手をすれば、今度は排泄物を食べさせるという脅しがミルフを更に恐怖に陥れる。散々痛めつけられ、傷付けられ、更には害虫を与えられている屈辱。しかし、今のミルフはこれを屈辱と思っている余裕などない。ただ、助かりたい……絶望の中で、少女の頭を、その思いが埋め尽くす。

「こんなのもし母親が見たら卒倒するだろうなぁ!ヒャハハハハハ!」

高笑いする、グァン。この時、“母親”という言葉にミルフは僅かに反応した。彼女の母親が、何か関係あるというのだろうか。

「お……かあ……さん……?」

「ん?そうかそうか!お母さんに会いてえか!」

グァンが笑った直後、思い切りミルフの顔を平手で打った。この痛みでリルムは更に涙を流し、力が抜けたように顔を床にやった。そんな少女の姿を見てグァンは笑みを絶やさない。

「甘ったれんじゃねえぞ!ここにお母さんが来るか?来ない!当たり前だよな!?」

ただ、〝おかあさん〟と言っただけ。それだけでグァンは少女を打った。何も抵抗もしていない。なのに、打った。何故?どうして?男に脅されながら害虫を口で食するという人間以下の扱いを受け、何故このような仕打ちを受けなければならないのか。少女は絶望の中考えた。だが、考えるだけ無駄だった。この男はこちらが何をしなくても容赦なく傷やあざを付けてくる。その意図は何故?どうして?ミルフはただただ苦悩し続けるばかり。

「……そうだ、お前にいいモノやろう。」

「……い……いも……の……で……すか……?」

死人のような目つきでミルフが見たもの……それは注射器だった。何をされるか分からない恐怖が再び襲う。

「い……やぁ……いや……ぁ……」

「てめぇ逆らうと大便食わせるぞ?」

その一言がミルフを黙らせる。ミルフは泣きながら体の力を抜いた。力を入れればまた殴られ、傷付けられると思ったからだ。

「お利口だなぁ。よォし……」

すると、グァンはその注射器をミルフの腕に突き刺した。注射器の中にある液体が彼女の体内に侵入していく。少しずつ、少しずつ……

やがて体内にそれらが全て入り終えた時、ミルフにある変化が見られた。

「ひっ、ひいっ……!あ……あぁぁ……き、気持ち……いぃよ……」

口から唾液を零しながら、奇妙な快感を得ている様子のミルフ。その光景はグァンを更に不気味に笑わせた。

「ヒャハハハハハァ!この歳で麻薬は、そーとーだろーなー。」

あろう事か、この男は少女に対して特殊麻薬を体内に注射したのだ。それにより少女は快感を得、不自然な笑みを浮かべていた。無論、その後彼女に危険な症状が見られるのは言うまでもない。グァンは少女が墜ちていく姿を見るのを楽しんでいるのだ。

(これを餌にいろいろと利用するか。何せ麻薬を一度打てばずっとそれが欲しくてたまらなくなる……たまにはこういう趣向もアリだな。)

外道。間違いなくこの男にふさわしい言葉であろう。十三歳という若さの少女の身動きを取れなくし、暴力行為や害虫を食わせるという、虐待行動を起こした挙句、裏社会で流通しつつある特殊麻薬を体内に注入。信じられない非道を起こす男、グァン・ホーキーズ。

今、ミルフは気が狂いそうな思いで今を過ごしている。目の下には隈が出来、口からは延々と唾液が溢れ、目に光が見られない。まるで死人のような目色だ。このような地獄を味わうことになるなど、誰が想像しただろうか。そもそも、何故彼女は今、この場で捕まっているのか。

「なぁ、ミルフちゃん。捕まった時は殺されるって思った?何で捕まったのか知らなかった?なぁ?聞けよ。」

グァンは、ミルフの顔を鷲掴みにし、床に伏せさせる。身動きが取れず、麻薬によって狂いつつある彼女に対し、惨い暴力行為を行うのだ。

「それはね、組織にとって大切な“印”が関係しているんだよー?ミルフちゃんの場合は背中にあるんだよねー!その印が!」

グァンのいう、“印”とは何か。それは、ゼオンがゼルに見られた時、自らのナイフでそれを切り裂いた、印だった。だがこれが何を意味するのかは不明だ。

ミルフは、もし捕まれば殺される……最初はそう思っていた。だが男は殺さずにこのように狂ってしまった少女を見て笑い、更なる拷問を続けるだけ。生かされず殺されずの状態で、ミルフは苦しみ続けている。

「あ、そうそう!そういやさ、三日前のミルフちゃん血まみれでなかなかえぐかったよな!処女貫通おめっとさん!!!ま、とーぜんながら中出ししたらよォ、妊娠する可能性は十分にある訳で!!!」

「ひぃぁっ……!?」

更に、この男は三日前に、ミルフを強姦していた。鬼畜とも言える男は処女であったミルフを強引に襲い、その行為を行っていたのである。

「い……やぁ……」

「良いじゃねえか!大人のレディーになれたんだからよ!もし俺のザーメンカクテルがミルフちゃんの子宮に流れて、上手く行ったら俺の子供、生んでくれるのかなぁ!?うひゃお!中々生々しいじゃねぇかこの会話よぉ!ますます勃起しちまうぜイェア!」

あどけない少女を強姦したこの男。そして今は監禁。いくら少女がアルンの率いる組織の一員だからとはいえ、これ程の絶望を与える必要があるだろうか。余りに惨い仕打ちをするグァン。一方でただ落胆するしか出来ないミルフ。暴力と、屈辱が重なり、彼女の精神状態は限界を迎えようとしていた。

「……ひ……ひひ……ははははは……アハハハハ……」

「おいおい、狂った振りしたら俺がドン引きと思ったら間違い!」

そう言ってグァンはミルフの腹部を蹴り飛ばす。少女は吐血し、痛々しい喘ぎ声を上げていた。

「あぁァァァぅうゥゥゥ!?」

「今までこんな風に狂った奴は幾度となく見てきたからお前が狂っても大したこたぁねーのよ。強姦するにも……今ではゴミと化したお前なんかヤる気も起きねーしね。さて、今度はどのように生殺ししてやろーかなぁ?」

グァンは笑っていた。普通の人間ならば笑えるはずのない場面で、一人爆笑していた。何がそれ程におかしいのか。一人の少女……それも、まだ十三歳のあどけない少女を殴り、蹴り、傷付け、挙句の果てには強姦。そして特殊麻薬の注入。一体何の恨みがあって彼女をここまで壊す必要があるのか。個人のエゴにしては残虐極まりない男の行為。だが男は何の躊躇いもなく、少女を地獄へ陥れていく。

 

 

 

それから更に日が経過した、辛うじてミルフは、生きていると言える状態ではあったのだが、精神は崩壊寸前だ。彼女は何度も死なない程度に暴行を加えられた上、食事も、普通人が食べないようなものばかり与えられていた。それでどうにか飢えは凌いでいたが、その上で彼女を壊しているのはグァンによって注入された特殊麻薬である。これにより、絶え間なく特殊麻薬を注入され、最早それがないと生きていけない程に中毒に陥っていた。目元には大きく隈が出来、完全に、衰弱している。その上で異物を食されていたが故に食中毒を起こし、トイレにすら行かせて貰えていない状況。故に、部屋は惨い程に汚染されていた。

そこに、人間としての扱いはない。十三歳の少女がこれ程残酷な扱いを受けて良い筈がない。だが、グァンは無情にも彼女に残酷な行動を続けるのだ。

「ァ……ゥゥ……」

悲痛なミルフの声がグァンの耳に入ると、舌打ちをしたグァンは彼女の腹部を蹴った。直撃した部分が鳩尾だった為、ミルフは僅かな声を上げた。激痛に耐えるミルフは、激しく呼吸をしながら唾液を垂らしていた。

「……はぁ……飽きて来たな。そろそろ殺そうかなぁー。」

その独り言を聞いていたミルフはビクリと反応した。生かさず殺されずの状態を続けさせられたミルフだったが、それでも、殺される事は恐怖以外の何者でもないのである。

 だが、この現状を見る限りではある意味、死の方がましとも呼べるのかも知れない。切り傷に対する処置もされず、衛生面が最悪の状態。本来清潔にしなければならない傷口は腐っており、悪臭がしている。最早、生き地獄だ。今の彼女はお洒落を楽しみたい年頃の少女とは大きくかけ離れているのだ。

「ぃ……ぁぁ……」

限られた体力で、ミルフは首を横に振った。しかし、その時――

「あ、そうだぁ。思い出した。お前に見せたいもんがあるんだよねー!仲間とご対面、したくねぇか?」

突然、この男は何を言い出すのか。ミルフは力を振り絞り、正面を見る。

「結構時間経ってるから、腐ってるんだよなぁー。“死体”に慣れてても死臭って臭いから嫌だからな。」

死体?死臭?この男は、何を言っているのか。だがこの時、朦朧とするミルフの表情に、変化があった。それは、恐怖とも言える感情だった――

 すると、グァンは、ある、一つの袋を取り出した。人間一人が入れそうな、寝袋のようなその袋。チャックが付いている、青色の袋だ。

「ま……さか……」

嫌な予感はした。そこに入っている存在は一体?まさか……

「ミルフちゃんは察しが良くてお利巧でちゅねー!寝袋にチャックで入ってるものってなーんだ?答えはね――」

 

バッ

 

グァンがチャックを勢い良く外すと、そこに映ったのは余りに惨い光景だった。

 

男の、遺体だった。衛生面の管理が全くされていない。まるで、見せびらかさんとグァンが用意した悪趣味。既に蛆が至る箇所に湧いており、死臭が辺り一面に広がる。腐敗が進んでおり、見る者を不快にさせるそれは、かつて、“人間だったもの”だ。

 そして、それには見覚えがあった。ジュラード・メッサード。同じ組織の一員である。彼はグァンによって殺され、このような仕打ちを受けたのだ。

「ジュ……ラード……い……ヤ……いやああああああああああああああああああああ!!」

掠れながらも、少女は叫んだ。ジュラードが死んだという事実は、彼女を更なる絶望に追い遣るのだ。

「うへぇ、こりゃ目に余るぜェ。一部のグロ愛好家に高値で売りつけてやろうかな!?この写真をよ!」

惨い光景を見た時、人はどのような反応をするだろう。目を背けるか、それとも妙な興味を持ってしまうか。医学に関係している者ならばその身体構造を見てしまうか。それは、分からない。

 だが、紛れもなく目の前にあるものは、ジュラードだった“モノ”だ。その形状は崩壊しつつあり、腐敗し、その遺体を処理する事なく、瀕死状態のミルフに見せるという鬼畜。この男の惨い行動は、留まる事を知らない。

「ミルフちゃん、次はお前の番だぜェ?既にくっさいけど、更にお前も臭くなるんだからな!死ねばねェ!」

グァンはハット帽子を回転させながら、銃を持ち始めた。やがて、そのままミルフの方に近付き、始末する気で、居たのだ――

 

バッ

 

その時だ。突如、この部屋の扉が開かれた。それと同時に、閃光弾が放たれたのである。激しい光は部屋を瞬く間に照らし、グァンの視界を奪った。

 突然の出来事に、混乱するグァン。視界を奪われ、動けない彼はそのままたじろぐ。

「グ……糞がぁ!」

その間、何が起きたのかは分からない。眩しい光はグァン・ホーキーズの身動きを防ぐのに十分な役割を担っている。それは、ミルフにとっては救いの光を言えるのか、それは定かではない。

「お……か……さ……」

この時、ミルフが口にした言葉は、その言葉だったのである。

 

 

 

それからどれ程の時が流れたのであろうか。ミルフが目を覚ました場所……そこは見知らぬ医務室のような場所だった。白い天井に、独特の臭い。何故、この場所に自分が居るのかは分からない。そして、各所を包帯で巻かれている、少女。死人同然の瞳をしていた彼女の視界に映る天井の電灯は、うすらと明かりを反射させている。

その時、二人組の男性の会話が彼女の耳に聞こえてきた。その会話内容にミルフは僅かに耳を傾ける。

「まさか、あの“女”がここに来るとは。そして、あろう事かその娘が運ばれるとは。その娘が、まさかあの時うちを襲撃した連中の一味の一人だったとは。」

多くの偶然が重なっている状況。ミシェは、ただ、関心を抱くばかりだ。

「それも、かなり惨い状態みてぇだな。見た感じ、暴力を受けた跡もあるし、何をすれば、あのような事が出来るのか。」

「ああ。惨過ぎる……どうにか、一命は取り留めましたが……ね。」

「にしても、まさか突然の急患だな。仲間は銃で撃たれてそのオペもするわ、女の子のオペもするわ……お前も大変だな。」

「だが、自分の使命は果たすまでですよ。自分にある能力を生かすだけ。パイロットとしても、医者としても……ね。」

その声は段々と大きくなっていく。明らかにミルフの寝ているベッドに近付いているのが分かった。慌てて彼女は目を瞑り始めた。万が一、起きている所を見られたら、どのように対応すればよいかが分からなかった為である。

やがて目を瞑るミルフの前に二人の男性が現れた。ネルソンとミシェである。つまり、ここはセイントバードの中なのだ。二人から見てミルフは眠っているようにしか見えなかった為か、彼女の顔を見つつ言った。

「一つ気になるのは、何故、彼女が私にこの子を渡したのかがどうしても理解出来ない。」

「お前がモグリだからだろう。公的な医者を頼れば色々と不具合が生じるからな。反社会勢力の話も出てくるだろうし、何よりも治安維持の名目で下手をすれば軍や警察関係に目を付けられる。」

「まるで闇医者のような事をしていますね、私は……」

「どうでも良いけど、よく分かったなあの女。セイントバードの位置がさあ。そして、娘を連れて来た」

この時、ミルフは疑問に思った。会話内容から絞り出される単語の中に、“セイントバード”いう言葉があった。一度、ゼオンの抹殺の為に向かったその場所。ここに来て、その名前を聞くとは、思わなかったのである。

「あ……の……ここ……は……?」

小さい声でミルフは聞いた。まさか、自分がセイントバードの医務室に居る等、思いもしなかった為である。

「おや、気が付いていたか。君はあの時の少女か……」

ネルソンはミルフと面識があった。オスロでの強襲の際に彼女が居るのを知っていたからだ。だが、まさかここでミルフを助ける事になるなど、思いもしなかったが。

彼女はオスロのジャンク屋及びセイントバードを襲撃し、シンを殺した組織の人間だ。だが、それでもネルソンは優しく接した。ここに運ばれてきた時、全身が不衛生状態によって炎症していた上、傷や腐敗臭があった。それが気になった彼は、聞いた。

「君は“ある人間”に運ばれてきた。そして、一命を取り留めた。もし、差支えが無ければ教えて欲しいのだが、一体何があったのだ?」

当然の質問だ。どういった経緯でここに運ばれ、処置を行う事になったのか。

だがその瞬間、ミルフはフラッシュバックに襲われた。何故自身がこのような怪我をしたのか……それはグァン・ホーキーズによって行われた強姦や暴力の数々が原因である。そんな事が背景にあった事等知るはずの無いネルソンは、突然のミルフの悲鳴に驚く。

「いやああああああああああああああ!!!」

頭を抱え、数々の拷問による残酷な出来事が思い出されていく。それが激しいフラッシュバックとなり、ミルフを襲ったのだ。

「嫌……嫌……嫌ぁ……!!!いやああああああああ!!!殴らないで!!!痛い事しないで!!!怖い事……しないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!虫を食べさせないで!!!……産みたくないィィィィィ!!!」

「お、おい!落ち着けよお前!」

ミシェがミルフを押さえた。しかし彼女は男の手を振り払い、ガクガクと震えている。完全な、トラウマ。それも、激しいものだ。

 

ウィィィィィィン

 

その時、ウィリアが部屋に入ってきた。彼女の傷は大きく回復しており、今現在では独歩で歩く事も叶う状態となっていたのである。セイントバードの艦内をリハビリがてら、歩いていた時に、その悲鳴が聞こえ、反応し、医務室に入ったのだ。

「何、どうしたの!?……え……貴方……ミルフ……?」

「ぇ……ぁ……う……ウィリ……ア……だ……」

一部組織内の同じメンバーである両者がこの場所で対面したのだ。ウィリアから見れば、変わり果てたミルフの姿に戸惑いを隠せない様子であった。一方のミルフはウィリアの姿を見て恐怖は少し和らいだ様子だった。

「貴方……一体何があっ――」

聞こうとするウィリアの口を、ネルソンが押さえた。

「聞かない方がいい。今の彼女は肉体的なダメージもそうだが、それ以上に精神的なダメージの方が大きいと言える。その例として、私が質問をすれば凄まじい悲鳴を上げた。ウィリア、君はそれを聞いてここに来たのだろう?」

「え……ええ。けど……あの子がなんで……こんな……」

事情の把握が出来ない。何故ここにミルフが運ばれてきているのか。一体、何がどうなっているのかの把握が出来ないのだ。

「ミシェさん、少し、彼女を見ていて下さい。」

と言って、ネルソンはミシェをここに居て貰うように言った。それを承諾した、ミシェ。

 

 それから、ミルフの居るベッドから離れた場所に移動し、ネルソンはウィリアに対して説明を行った。

「ある、人間がここに彼女を運んできた。名前は、マターリャ・ブラマンジュ。」

「マターリャ……?」

それは、ジュラードが言っていた、彼女の母親の名前だ。謎に包まれている女性、マターリャ。ミルフの実の母親。彼女はネルソンにミルフの身柄を預け、その場を去ったという。

 実の母親である筈なのに、何故ミルフを彼に預け、自らは去ったのか。それが気になる様子の、ウィリア。この様子から、ウィリアとマターリャは何らかの知人関係である事が伺える。それはネルソンにとっても同様だ。

「マターリャは知っているわ……氷河族に大きく関係しているとされる人物。だけど、その行方は不明とされていた。その彼女が来ていたのね。」

「ああ。数年前に見たきりだから多少容姿は変わっていたが、間違いなく彼女だったよ。そして私に依頼をしてきた。どこで私がここに居るという情報を得たのかは話してくれなかったが、今は目先の彼女の娘を助けなければ……と、思った。」

マターリャ・ブラマンジュと、彼等とでは、どのような関係があるというのだろうか。

「そして、ミルフ・ブラマンジュはまず、暴力行為が関係している。それも、ただの暴力行為ではないと思われる。恒常的な虐待や、精神的な虐待……膣内の形状変化等を見る限り、性的虐待も関与していると推測される。更に身体各所が異様に糞尿等によって汚染されている。その上、血液検査も行ったが、そこから、麻薬成分らしきものも発見された。」

「それって……」

ネルソンから語られる、ミルフの身体状態にウィリアはただ、驚愕していた。“麻薬”という言葉を聞き、寒気を覚える。

「恐らく、何者かに“それ”を注射され、精神的に高揚した状態にさせられたと推測出来る。その上での暴力行為。そして、先程の叫びは、それによるトラウマと推測される。それ等がフラッシュバックし、混乱状態に陥ったのだろう。」

「酷い……一体、誰がこんな事を……」

ウィリア自身も、組織を裏切った身ではあった。しかしミルフ本人に対する恨み感情は一切ない。寧ろ、今現在の彼女の状態を見て同情さえ覚える状態だ。

「余程恨みのある者の犯行か、或いはペドフィリアの嗜好を持つ者に寄る犯行か、それとも猟奇趣味のサイコパスによる犯行か。いずれにしても、あのような少女に対してされるべき行為ではない。残酷な行動だ……」

ネルソンも、その表情に余裕がなくなっていく。不快感を見せる、彼。グァンの行った犯行は、余りに残酷だったのである。

「そう言えば、処置をしている際、彼女の背中を見た。以前ゼオンが自らの手で傷付けたとされる、“印”の存在もあった。」

「印……」

それは、グァンも言っていたものだ。“印の反応”という言葉を言っていたグァン。彼の言葉は、何を指すというのか。

「ウィリア。過去に君も私の手術を受けたな。“印”を取る手術をした……と。」

「……ええ。」

以前、オスロでウィリアとネルソンが会話をしていた時、彼女は二回目のオペを受けたと言った。ここで明らかになる、一回目のオペの内容。ネルソンは、ウィリアによって“印”を除去する手術を受けていたのである。

「あの時は詳細を語ってくれなかったな。その、“印”について。一つ分かっているのは、君が氷河族のメンバーであるという事を私は分かっていたという事だ。」

ウィリアに印があり、その除去術を行ったという事は、ウィリアが氷河族のメンバーであるという事を、彼は知っていた事になる。だがそれはチームには話さなかった。

 医者には患者の守秘義務がある。手術を受けたり、診察を受けた人間には秘密があったとして、それを口外する事はあってはならない。個人情報の流出となるからだ。故に、ネルソンはその事をエリィ達に告ぐ事はしなかったのだ。

 しかしウィリアはミルフと関連がある。同じ組織のメンバーと言う共通点がある。その証拠が、印だ。故にネルソンは話をしたのだ。

「あれが後々に私の行動の障害となる事は分かっていた。何故ならば、あの“印”にはCメタルで出来た、独自の技術で作られた“発信器”が組み込まれているからよ。」

明らかになる事実。氷河族のメンバーに付けられている、“印”の正体。それは、発信器だったのである。この事を知るのは、この中ではネルソンだけだ。

「私自身、それを知ったのは氷河族に入って間もない時だった。それに気付いた時、偶然にもあの時オスロに居合わせた貴方に依頼をしたの。あの印がある事は、氷河族の証。それが一部の人間に知られていくと、今後の行動で不便になると考えたから、貴方に印を除去してもらうように依頼をした。お陰で傷跡すら残らない、奇麗な身体に戻る事が出来た訳だけれど。」

氷河族の印は発信器としての役割だけでなく、その組織に所属している何よりの証として存在する。チームの象徴のようなものだ。いわば、氷河族への忠誠のようなものであり、組織に入る際にそれを義務付けられる。

 組織に入る、大半の人間は、その際に疑う事なく印を付けられる。それは自己で剥がす事は出来ない。完璧に剥がすには、医者による手術等を受けなければならないのだ。

 モグリの医者であったネルソンは、ウィリアにとって効率が良かった。彼女にとって印は忌むべきものであり、外さなければならない理由があったのだ。

「発信器という事は、あの印が付いている人間は常に行動が管理されているという事か?」

「ええ。そう。そして、発信器が付いているという事実は大半の組織の人間には気付かれない。Cメタルで出来ているそれは極、自然な程に身体に馴染むからよ。人間の血液のヘモグロビン内に鉄が含まれ、身体に流れ、酸素を運搬するように。余りに極、自然に……だから気付かない。そして、検疫等にも引っ掛からない最も、私もこの情報に気付いたのは印を除去してからの話だったけれど。」

「組織の技術と言うのは、恐ろしいものだな……軍関係で言えば強化モデルの監視目的でそういった技術は用いられる事はあるが、それをごく、普通の人間に行うとは。」

「徹底的に、人間の管理をしたいのよ。組織は。まさかここでその話をする事になるとは思わなかったけれどね。」

ウィリアは印による、グァンからの制裁を免れた。だがその事実を知らなかった、残されたメンバー達は制裁を受ける羽目になった。現に、アルン、ジュラードが惨い殺され方をしている。そして、ミルフにも被害が及んだ。残るはニーアのみ。彼女にも印が付いている。

「では、彼女があのような目に遭っているのは……」

「恐らく、組織からの追手が考えられるわ……」

事情を知るウィリアは、ミルフの惨状の原因を推察した。それは、事実でもある。組織のボスの直属の部下であり、パニッシャーであるグァン・ホーキーズによる行動が、彼女を痛めつけたのである。そして、それを知るきっかけとなったのは、グァンがメンバーに付けられていた“印”の存在を知っていた為である。

(そして、ギィルにも印が付いていた。あの時ノードの追手が来た理由はあそこのホテルが氷河族の管轄という事でなく、ギィルの付いていた印が原因としたら……)

オスロの出来事を思い出す、ウィリア。

「それしても、あの組織は一体今、どうなっているのだ?私には訳が分からない……」

頭を抱える様子のネルソン。目の前の患者を治療するので手一杯の彼は、ただ、溜息を吐くだけだ。それと同時に、惨い状態になっているミルフを見て、その犯人に対して憤りさえ、感じているのだ。

「今の彼女からは聞ける状態ではないし……ね。少し時間が必要になりそう。ありがとう、ネルソン。引き続き、彼女を手当てしてあげて欲しい。同じ組織のメンバーの好として。」

と、ウィリアが部屋から去ろうとした時――

「それと……色々とごめんなさい。ここの人達には辛い思い、させるわね。私のせいで……」

「君が組織の人間だろうと関係ない。私は一人の人として見るだけだ。君は何も悪くない。」

それが、ネルソン・アルビュースと言う人間だ。いくら残酷な事をしている氷河族と言う組織であれ、個人と組織は関係ない。医者として目の前の命は救う。それが、ネルソンのモットーとも言えるのだ。

 それから部屋を出た際、ウィリアは、一言、呟いた。

「私は自分勝手な人間よ。仇を討てた今、のうのうと、生きていて良い筈がない……」

 

 

 

 それからウィリアが廊下を歩いていた時、その際、彼女はアレンと会った。それは余りに偶然であり、必然であった。セイントバードに居たウィリアとシュネルギアに居るアレン。今、両艦はダーウィンに居る状態である為、行き来が出来る状態なのだ。従って、彼に会うのは別に特別な事ではない。

「ウィリアさん!?どうしてここに?」

アレンは先の戦闘に介入していた為、ウィリアがここに居る事を知らなかったのだ。偶然出会った彼等。元々はウィリアがアレンの先輩バンディットとして指導している立場。

 彼等は昨年、ローマで一度会ったきりであり、まさかこの場で会う事になるとは思いもしなかったのだ。

「色々とあってね。セイントバードでお世話になってるの。貴方、先の戦いでは随分と貢献したそうじゃない。新生連邦の巨大兵器を破壊したとかって聞いてるわ。」

当然ながら先の戦闘の事は彼女も知っている。その戦いでアレンが戦い、国連の勝利に貢献した事も、知っているのだ。

「伊達にデウス動乱の英雄と呼ばれている訳ではないみたい。その様子だと、もうバンディットをする気はなさそうね。本格的に国連と共に戦って行くのかしら。」

「そのつもりです。今回はセイントバードとも協力して貰いましたけれど。今後はどうなるかは分かりません。」

「そう……気をつけてね。バンディット自体の登録の撤回は、出来ない事は覚えてるかしら。」

「ええ、でもそれは、覚悟の上ですよ。」

アレンの言葉を聞いた後、ウィリアは静かに頷く。

「素敵ね、格好良いわ……尚の事、気をつけてね。特に貴方の場合は有名人だから。」

「今は、裏稼業よりも世界の平和が優先ですよ。戦争が起きている世界なら、尚の事です。」

と言って、彼女は去って行った。

現在の世界情勢になる前。アレンが十六歳の時に、ウィリアはアレンにバンディットの先輩として、様々な事を伝えた。まさかその彼が今となってはMS……それも、ガンダムタイプを駆り、再び戦場に出て活躍しているという現実。それは彼女にとっては喜ばしい事であった。そして、互いの道は逸れて行くものなのかと、感じていたのである。

 

 

 

 その後、ウィリアはセイントバードから僅かに離れた場所に移動した。ミルフの事が気がかりではあったが、今の彼女は会話出来る状態ではない。情報を聞き出すにも、彼女を反って不安にさせてしまう可能性があると、判断した為だ。

 それよりも彼女は別の人間に会う約束があったのである。元々、その人物と会う為に彼女は移動していたのだが、ミルフの惨状を見て、ネルソンから事情を聞いたりしていた。

 そこは草木が生い茂る、野生動物の保護区であった。先の戦闘による被害を受けている箇所もあったが、いくつか無事な場所もあった。平時ならば保護区として機能していた筈のこの地も、戦闘によって罪なき野生動物達が殺されているのが現状である。戦争行為は何も生まない。理不尽な状況を作り出すばかりなのだ。

 その中を、ウィリアが歩いていた。そして、彼女はある、人物と出会う。

「……連絡をくれてありがとう、ニーア。」

そこにいたのはニーア・アンジェリカだった。アルンと同じ組織に所属している彼女。そして、グァンに追われる身である筈の彼女。

しかし、そのような立場であるニーアはどのようにして、ベルゲンからここ、ダーウィンにまでやって来たのか。

「ウィリア、貴方は本当に不用心の極みね。貴方は組織を裏切った。普通に考えて、私は貴方を殺しに来るぐらいの事はする気よ。どうして、堂々と私の前に現れるのかしら。」

ニーアの疑問は当然と言えた。実際、ウィリアは裏切り者だ。その彼女に連絡を寄こして、普通ならばそれを言う筈がないだろう。だが、彼女はそれに応じ、場所まで言ったのだ。そして、ニーアはベルゲンからダーウィンまで遥々とやって来たという訳なのである。

「貴方は友人だから。それは信じたかった。」

共に酒を飲み交わす仲である彼女達。故の信頼。以前にノードの事を呟いても、ニーアはそれをリーダー、アルンに告げる事をしなかった。

「けど組織の人間でもある。それは、忘れないで欲しいわね。」

 

ジャキンッ

 

その時、突然ニーアは銃を構え始めた。その銃口は紛れもなくウィリアに向けられている。ニーアは、暗い表情のままウィリアに対し、その銃を向けるのだ。

「ニーア……」

友人に銃を向けられるというのは当然ショックを覚える。だが、それは覚えのある事でもある。故に、大きく動揺することは無かったのだ。

「ねえ、ウィリア。貴方のせいでね、全てが滅茶苦茶なのよ。それは貴方自身が分かっている筈よ。」

ウィリアはクレーディト社の社長、ノード・ベルンを殺した。そして、氷河族を裏切った。この二つの罪が、圧し掛かっている。

 それ故に、ニーア達はボスの差し金のパニッシャーである、グァン・ホーキーズから逃げなければならない状況となったのだ。

「今、私達がどういった状況に陥っているか知ってる?」

怒りが込められているように見える言葉。ウィリアは自分が組織を裏切り、エレアを殺した事に対し、それ故に怒りを持っているものと思っていた。

「貴方がいない間にね、リーダーが殺されたの。」

「え……!?」

最初、ニーアの言葉が理解できなかった。リーダーが死んだ……つまり、アルンが死んだという事。ウィリアがセイントバードに居る間、そのような事が起きている事実に、冷や汗を掻いた。

 

パァンッ

 

その時、ニーアは引き金を引き、銃からは銃弾が放たれた。しかし、それはわざとウィリアを避け、彼女の顔の横を過ぎ去った。長い髪が、風圧によって少しばかり消し去った。

「こんな状態なのに……こんな状態なのに!何をしていたのよ……!リーダーが……仲間が死んで、何とも思わないの!?その上仲間まで殺す始末!貴方は何をやっているのよ!?」

涙を浮かべるニーア。しかしそんなニーアに対し、ウィリアは視線を落として言った。

「そんな事があったのは正直知らなかった……私は確かに、エレアを殺したわ。けどあれは、仕方のない事だったのよ。エレアは、私を助けてくれた人を傷つけようとしたから……でも、私だって今は行かなければならない。貴方がそうするのなら、私だって身を守る為に貴方に銃を向けるわ。」

と言って、ウィリアは銃をニーアに向けた。

ウィリアの中で、今守るべき存在はセイントバードのメンバーだ。しかしニーアはあくまでも組織の人間を尊重している。故に、こうした対立が生じるのである。

「貴方は……自分勝手過ぎたわ!確認したいのだけどね、以前貴方言っていたわよね!?ノード・ベルンが許せないって!彼を殺したのは、貴方なの?」

ニーアは、以前ウィリアが言っていた言葉を思い出し、言った。

 

―――――――――ニーア、私ね、ゲーンを嵌めた人間を許さない――――――――――

 

そう言われ、ウィリアは静かに、頷く。

「やはり、貴方なのね……」

ニーアに言われ、ウィリアは静かに、言った。

「貴方がそれをしたせいでね、それによってリーダーは制裁を受けたわ!連帯責任ってね!それによって殺されたのよ……!そして、私達は追われる身となったわ!」

涙を流しているニーアが言った。そんな彼女が抱えるのは有り余る悲しみと怒りと恐怖。ウィリアにはそれらを読む事は出来なかったが、ニーアが手を震わせているのが目に見えていた。

やがてニーアは地面に泣き崩れた。明らかに何かに絶望している彼女の姿が目に見えている。それは、リーダーを失った絶望なのか、自身が追手に追われる事に対する恐怖なのかは、分からない。

「貴方は自分勝手よ……こうなる事も考えないで、それで他のメンバーが殺されるかも知れない!貴方は何も分かっていない!貴方の勝手で死んでいる人間が居るの!貴方は、身勝手の極みだわ!!」

ノード・ベルンによって嵌められ、殺された彼女の弟、ゲーン。そしてギィルもその男に殺された。傷つきながらもメイドの支えもあり、その男を倒した瞬間、彼女は意識を失った。

全ては彼女自身の身勝手な行動。組織に所属しながら、仇を討つという、本来ならば許されない行動を、彼女は行ったのだ。

「貴方は情報分野に特化したバンディットだったわよね……だからこそリーダーは貴方を仲間に入れたのよ?なのに、貴方は組織の事を殆ど、何もしなかった……貴方は何の為に組織に入ったの!?」

ウィリアは静かに、答える。

「言った通り、復讐の為……それだけよ。だからそれを成し遂げた。でも、私はあの時、本来死んでいた。でも、彼等に助けられた。だから助けられた恩は返したい。今は出来る事を、したいの。」

「その結果、貴方は仲間を殺し、私達は組織に追われる身となったのよ。貴方がそんな事をしなければ、こんな事にはならなかったのだから!」

互いの意見が衝突する。組織に所属しながらも、同じ組織のパニッシャーに追われる者と、同じ組織に所属していながらも恩人に対して恩返しをする為に生きている者。

 互いの立場は複雑だ。しかしそれらを同列に見做している組織のボスは、彼女達を許さない。互いの抹殺を狙っているのだ。

「ねえ、聞きたい事があるの。」

その時、口を開いたのはウィリアだった。

「何……?」

「さっき、“追われてる”って言ってたわね。そしてリーダーが殺された。それって、どう言う事なのかしら。」

「……それを聞いてどうするの?」

ニーアの言う通りだった。殺した人間を聞いてどうしようというのか。しかしそれでもウィリアは問い続ける。

「気になる事があるの。実は先日、ミルフがセイントバードに運ばれてきた。」

「ミルフが……誰に?」

「彼女の母親、マターリャ・ブラマンジュよ。」

氷河族に関係しているとされる人物、マターリャ。そもそも、彼女は何故この場所にミルフの身柄をネルソンに渡したのかは謎である。

「どうしてマターリャが?何故分かるの?」

「あの艦の医者が言っていたわ。知人なの。そこでマターリャの名前を聞いた。彼女は何故数年姿を見せない中で、今になって姿を見せたのか……」

疑問が残る。そもそも、マターリャとは一体何者なのだろうか。

「それよりも、ミルフの事よ。あの子酷い目に遭っている様子だった……」

ウィリアが事実を話していく。ミルフ・ブラマンジュがセイントバードに運ばれた事についてだ。

 グァン・ホーキーズによって多くの惨い仕打ちを受けたミルフは精神的に崩壊しつつある状態だった。今、彼女と接するのは危険でしかない。下手をすればフラッシュバックを引き起こしてしまう為である。

「あの子、可哀想に酷い仕打ちを受けた跡が幾つも見られた。その仕打ちが余程酷かったのか、叫んだりしていたの。気になったのは、その件と貴方が追われている件について、関連があるのではないかと思ったの。」

同じ組織の人間が追われているというのならば、関連性があると疑うのは当然だ。ミルフの惨い仕打ちとニーアが追われている事、そして、リーダー、アルンの死。これらが関連する事は、一つ。

「まさか……あの男が……」

ニーアは思わず言った。その“男”の事を。

「男?」

「貴方は知っているかは知らないけど……グァン・ホーキーズ。この名前の男がリーダーを殺したの。そして、私達はその男に追われる身……」

「グァン……?」

ミルフを残酷な虐待をし、アルンを殺した男、グァン。彼女にとって、その名は聞き覚えがあったのである。

「もしかして、グァン・ホーキーズ……?」

念を入れるように、ウィリアは確認した。これに対し、ニーアは静かに頷いた。

「あの男が……!」

ウィリアは、握り拳を作った。この様子から、グァンとニーアには面識がある事が分かる。

「知っているの?」

「ええ。でも、もしかすれば同姓同名なだけかも知れない。最も、あの男に限って同姓同名って事はないだろうけど。念の為に、外見的特徴を教えて欲しい。」

知っている人物に違いないと思う反面、もしかすれば違う人間であるかも知れない。ノード・ベルンが双子の兄であったように、その人間も別の人間である可能性があるからだ。

「銀髪で……長髪。そして黒のシルクハットを被っていたわ。」

「同じだ……。やっぱり……」

外見的特徴も完全に一致。間違いない。アルンを殺した男とウィリアの知るグァンは同一人物である事が確定した。

「その様子からして、貴方はあの男とは知り合い以上の関係だと見たわ。」

「そう、御名答……私はね、あの男にレイプされた事があるの。氷河族に入った頃にね……」

ウィリアの中で、どこか寒気を感じた。男慣れしている筈の彼女が寒気を感じるという、グァン。この様子から、その男が如何に異常であるかが伺える。

「あの男は、鬼畜以外の何者でもないわ。ただ、己の悦楽の為に私を道具のように犯し、何度も、何度も射精した。それを思い出し、何度も吐いた事がある程……あの男は、狂ってる。」

常軌を逸したこの男の性行為は、ウィリアにとってのトラウマとなっていたのである。

「けれど、どうしてあの男が貴方達を?」

「貴方がノード・ベルンを殺したからよ。その情報がボスに伝わって、制裁を受ける事になった……」

どこか震えている様子のニーア。追われているという恐怖を感じているのだろうか。

「まさか、ミルフがあのようになったのって……」

ウィリアは確信した。恐らく、ミルフが凄惨な目に遭ったのは恐らく、グァンの存在が関係しているのではないか――と。

 自分がノードを殺した為にメンバーが報復制裁を受けた。それによってアルンとジュラードが殺された。残されたメンバーもグァンに追い掛けられている立場。そのメンバーの内の一人が、ミルフ。彼女は殺されずに済んだが、心身共に傷を受けている。これらが共通している事は、一つ。

「全てはグァン・ホーキーズの仕業って事……?」

その上過去に自身を強姦したという鬼畜の男、グァン。彼がボスの側近で、パニッシャーとして動いているのならば話が繋がる。

「じゃあ、もう既にグァンはミルフにも手を出して……そして……ジュラードとも連絡が取らないのって、もしかして……」

ニーアに不吉な予感が過ぎる。そして、不幸にも、それは当たっている。

ジュラードは既に殺された。そして、ミルフは酷い仕打ちを受けた。その精神的ショックが今も続いている状態だ。その上で、次に狙われるのはニーアである事は、間違い無いだろう。

「私が次のターゲット……奴は、私を狙ってくる……」

ウィリアすら恐怖を覚える男、グァン。常軌を逸している黒ハット帽の男。組織内の人間を容赦なく殺す、紛れもない処刑人と呼べる存在だ。

「いや、待って……ウィリア、貴方はどうして狙われないの!?そもそもは貴方がノード・ベルンを殺したからこうなったのよ!?」

ここで生じる疑問。ウィリアがノードを殺したが故にグァンは動き出した。そうだとするのならば、ウィリアは狙われて当然の筈である。

「恐らくあの男は……印を頼りにしている可能性が高いわ。」

「印……何、それ……?」

「知らなかったのね。ニーアも……」

視線を落とす、ウィリア。印の存在は組織にとっては重要だ。裏切り者、不必要な存在を抹殺する上での発信器の役割を担う、印。

 ウィリアはその詳細について話をした。知っている情報を、ニーアに伝えたのだ。それを知った時、彼女は落胆した。

「じゃあ、これがある限り追われ続けるという事……?」

「そういう事ね……陰湿な組織よ、氷河族は……」

組織の構成員としての証としての印ではなく、実際は構成員を管理する為の印だった事を知り、それが原因で彼等は組織のパニッシャーに追われる身となっている。

 ニーアは自らに付いている、右肩甲帯部分に付いているその印の存在を恐れた。それをまるで握り潰さんと、自らの左手を使い、服の上から大きく握る。例え痛もうと、血が出ようと関係ない。忌むべき印が付いているという事実は彼女を絶望に陥れるのだ。

「これがあるから……これがあるからリーダーは殺された……ミルフも悲惨な目に遭ったって事……?」

「まさか、このような形で印を使うとは思わなかったわ……殺されるべきは私だけで良いのに、こんな事になっていたなんて……」

ウィリアも自らの行動が友人を巻き込んでいた事実に、憂いの表情を浮かべている。ウィリアは印の存在が自らの目的の妨げになると思い、それをネルソンに除去して貰っていた。だからこそ、執拗に追われる事はない。

 しかしウィリアがノードを殺したという疑惑が氷河族のボスに伝わり、その連帯責任を取らされているのは、残されたメンバー達なのだ。この事から、結局はウィリアが彼女達を巻き込んだのは紛れもない事実なのである。

 

ガッ

 

ニーアは、ウィリアの胸倉を両手で掴んだ。真実を知っていながら、メンバーに話さなかった事に対して怒りを感じたのだ。

「どうしてそれを言わなかったの!?せめてそれを知っていれば、皆がこんな目に遭う事はなかったのに!?」

感情的になるニーアに対して、ウィリアは言う。

「言った所で氷河族に所属している時点でその印を取る事はいずれ警察組織に発覚するわ。そうなればどの道組織に消されるのは分かり切っている話。私は知人のモグリの医者に印を消してもらったけれど、公的病院等でのその行為は、危険だわ。」

つまり、印を刻まれている時点で組織からは逃げられないのだ。氷河族に絡んだものは、死の定めがあるようなものと、言えたのだ。

「一つ、聞きたい事があるわ……」

ニーアが恐怖に満ちた表情を浮かべ、言った。

「今、ミルフはあの戦艦の中にいるのよね。という事は、印も“そのまま”って事?」

「ええ……そうなるわ。」

「それって、危険じゃないの?グァンは印を持った人間を殺そうとしているとすれば、身動きが取れないミルフは確実に狙われるのでは?」

ニーアの言葉は正しい。下手をすれば、ミルフは殺される可能性があるのだ。そして、彼女が居る場所はセイントバード。

 これが示す事。それは、セイントバードのメンバーも巻き込んでしまう可能性が充分に考えられるという事だ。

「……まさか……!」

ウィリアに嫌な予感が過る。ミルフが医務室に居るという事は、そこをグァンが狙う可能性は高い。そしてグァンがニーアの言うように冷徹な男であるならば、セイントバードのメンバーを巻き込む可能性も十分に考えられるのだ。

 それは、以前の二の舞になる。以前もゼオンの為にセイントバードのクルーが殺された。今回もセイントバードチームのクルーがミルフを保護する事により、グァンが殺しに来る可能性は十分に考えられる。

「一刻も早く、戻らないと!そして、彼に伝えなきゃ……印を取るように!」

それはネルソンの事だ。ネルソンが印を切除したのならば、彼ならばそれを出来る。ウィリアは今、彼を頼ろうとした。ミルフの印を取り除く事が出来れば、彼女は狙われずに済むのだ――

 

「待って」

ニーアのその言葉に、立ち止まるウィリア。

「今、印を取るって言った?それってどういう意味?」

「セイントバードに私の印を取った医者が居る。彼ならばミルフの印を取ってくれるかも知れない。そうなれば、狙われる事は無くなる筈……」

安直ではあったが、ネルソンならば印の除去が出来ると考えたのだ。自分の印を切除出来たのならば、ミルフの印も除去出来るだろうと、考えていたのだ。

「そして、貴方の印も彼にお願いすれば取れる筈だから――そうすれば奴に追われなくて済む。彼は優しい人よ。事情を説明すれば理解してくれる筈……」

と、言った時、ニーアは何故か、笑みを浮かべた。

「いえ、その必要はないわ。」

「え?」

どうしてだろうか、恐怖に怯えている筈のニーアが笑みを浮かべるなど、妙な光景と言えた。

「確かに、私はあの男に追われている。この印がある限り、追われ続けるでしょう。でもね、一方でリーダーを殺したあの男を許せないの。これ、どういう意味か分かる?」

恐怖に怯えていた筈のニーアが、今度はどこか怒りに震えているように見えた。忌むべき印に対して爪を立て、表情を険しく、変えていく。

「どういう風の吹き回し?印さえ取れれば貴方、助かるかも知れないのに?」

ネルソンに頼めばその手術をしてくれるだろう。だが、ニーアはあえてそれを断る。その真意は、不明だ。

「ウィリア。貴方は許せないと思っている。貴方の勝手でリーダーやメンバーが悲惨な目に遭ってしまうかも知れないから。でもね、その一方で貴方には感謝をしないと行けない。情報に通じている貴方が居なければ、私はどうすれば分からないで居たから。ただ、あの男に怯えているだけだったから。」

まるで感情が変わったかのような発言だ。不思議に思う、ウィリア。

「けど、印を付けられた理由がそのように監視をする為で、それによって殺されるというのなら……私は戦う。あの男を、殺す。印を利用して、奴を殺してやる。」

ニーアの口から怒りを込めた言葉が放たれた。ニーアは印の事実を知り、そこから、グァンを殺そうと模索していたのである。

「本気……?」

「ええ、本気よ。だから、まずはミルフを助けて貰うように言って貰えないかしら。」

ニーアの覚悟は本気だった。自らに付けられた印を利用し、グァンをおびき寄せる事を考えていたのである。

 だが今の状況では身動きを取れないミルフが、狙われる可能性が高い。故に、まずはミルフを守らなければならない。彼女に付けられている印を切除する事で、彼女の身の安全は保障されるだろう。そして、セイントバードに被害が及ぶ事は無くなると予想できる。

 ならば、急がなければならない。クルーを守る為にも、ミルフの印をネルソンに切除して貰わなければ。

「私は近くのホテルで待機しているから。大丈夫、何かあっても私が身代わりになる。何かあれば、連絡をするわ。」

「大丈夫、なの?」

「覚悟は出来ている。常に武装はしているわ。何かあれば連絡はするから。」

ニーアの覚悟。それを受け取ったウィリア。静かに頷き、セイントバードに戻っていく。

 それは、友情が勝った瞬間と言えた。ここに来た時、ニーアはウィリアを恨んでいた。しかしウィリアから聞かされた真実を聞き、グァンを殺す事を企てる事にしたのである。

 憎悪と友情。これらの内、どちらが勝るのかは個人に寄る。友情よりも憎悪が上回っていれば、ウィリアは殺されていただろう。だがウィリアはニーアを信じ、その真実を伝えた。この行動が、ニーアの心を動かしたのだ。これにより、ウィリアはニーアを仲間に入れる事が出来た。だが、ウィリアの心境は複雑だった。

(駄目よ、ニーアをそんな形で巻き込む訳には行かない。二人とも助けたい……けどニーアはグァン・ホーキーズを殺す気でいる。それの方が遥かに危険だわ……)

組織を裏切った筈のウィリア。だが彼女は、いつしか裏切り者を始末する側であったニーアを巻き込んで閉まっている。それは、氷河族と言う組織が如何に危険な組織である事の何よりの証拠と言えた。だが、彼女はニーアに死んで欲しくないと思っている。この状況を打開するには、どうすれば良いのだろうか……

(気になる事があるとすれば……マターリャがネルソンを訪れたという事は、彼女はミルフが危険な目に遭っていた事を知っていたという事になる。その上でネルソンに処置をさせた。そもそも実の娘が酷い目に遭っているのに、顔も見せないのはどういう事?彼女は一体、何者?ミルフに印が付いていた事は知っているの?氷河族に大きく関わっているとされるマターリャが娘を組織に入れたという事?謎が、謎を呼ぶわね……)

ふと、過ぎった疑問。だが今はそれよりもミルフの印の除去が優先だった。

 

 

 

 ウィリアは早速セイントバードに戻り、ネルソンの所に向かった。ミルフの容体を別室で見ているネルソン。心拍、呼吸は正常値を示している。意識も問題はない。ただ、迂闊な声掛けは許されるとは言えない状態。精神的なショックを受けているミルフの表情は、明らかに虚ろで、相当な目に遭わされていた事が分かる。

 そこで、ウィリアはネルソンに依頼をした。組織の追手に狙われているかも知れないという事実を伝え、その上でミルフの印を除去出来ないかと、提案したのだ。しかし――

「それは出来ないな。」

「何故!?あの印には発信器が組み込まれていて、組織の追手があの子を悲惨な目に遭わせたのよ?あれを除去しなければ、あの子は愚か、下手をすればセイントバードも狙われるわ!」

確かに、危険な状況になり得るかも知れない。だが、ネルソンにも言い分があったのだ。

「あの子の身体は心身共に疲弊している。その状態で印を取り除く手術をするのは体力の消耗も激しい。処置をした際は彼女の意識は失われていた。故に処置が出来た。だが意識がある状態で手術を受ける事は彼女に強烈なフラッシュバックを与える事に成り兼ねない。ミルフ・ブラマンジュの場合は心の問題が大き過ぎる。彼女の精神状態がどう回復するのかは分からんよ。」

ネルソンは人道的な人間だ。確かにセイントバードに危機が及ぶかも知れない。だがそれ以前に、目の前で苦しんでいる患者の容体を悪化させるような真似はしたくないのだ。

「それにな、この件に関しては艦長にも承諾は得ているのだ。その“追手”がどのような存在なのかは分からんが、そうなった場合、我々は戦うつもりだ。目の前の命を犠牲には出来ん。例え、以前ここを襲撃した人間であろうと。それを分かり合わなければいけないのが人だと、私は思うのだ。」

彼の言葉に対し、ウィリアはこれ以上何も言えなかった。ネルソンは医者だ。そして、患者を救いたいという純粋な善意を持っている人間だ。その事を無下にする訳には行かないと、思っていた。その上で恩人であるエリィ達も絡んでいるのならば、これ以上、強く言葉を発する事は出来なかったのである。

「ごめんなさい、私が早とちりだった……」

選択肢が減った。ミルフの印の除去が出来ないのならば、彼女を守る為、グァンの存在に警戒しなければならない事が確定した。

「心配は要らないさ。今度は我々が必ず守る。どういった連中かは分からんが、少なくとも今はアステル家や国連も居る。以前のような手薄ではない筈だ。」

今回ばかりは、ネルソンの言葉を信じるしかなかった。ウィリアは、そっと溜息を吐く。

 だがその時、ふと、思い出したように言った。

「ねえ、彼女の母親の、マターリャ・ブラマンジュって、いつここに来たの?」

「ん?一昨日だが。」

「一昨日……ね。」

彼女には疑問に抱いている事があった。マターリャ・ブラマンジュの事についてである。ミルフの母親であり、彼女が酷い目に遭っている筈なのに、この場に母親がいないのはどう言う事なのか。それが気になっていた。

 氷河族と関わりがあるとされる女性。そして、ミルフとの関係性。この場で状況を知るのは、ネルソンのみだ。

「娘のミルフがあの様子なのに、何故母親のマターリャが姿を見せないのかしらね。ネルソン、何か事情を知っている?」

と、聞くウィリア。

「それは分からん。彼女はただ、私にあの子を託してそのまま去った。それだけだ。」

意図が不明だ。娘である筈のミルフをただ、ネルソンに預けて去っていく。何の為に?どういう目的で?

「彼女とは知人だが、詳細に関しては何も語られていない。そもそも娘が居たという事も知らなかったからな。まさかあの時セインドバードを襲撃した一味の中に居た少女がその人間という事にも驚いているよ。」

謎が謎を呼ぶ状況と言える。マターリャの目的は、何なのか。全てが謎だ。

「ねぇ、ネルソン。私の推理になってしまうけれど、もしマターリャが氷河族の関係者として、娘のミルフをここに預けたとすれば、恐らくここに戻って来ると考えられないかしら。」

「それは、分からないが……どうだろうな。」

「可能性の話だけれど、もしマターリャに会えるのなら話したい事が山程ある。今のミルフの印が取れないのなら、事情を知っていると思われるマターリャに直接話を聞ければ良いと思うの。」

ウィリアの考え。それは、マターリャ・ブラマンジュに話を聞く事だ。どの道ミルフに印が残っているのならばいつかはグァンに襲われる。そして、ニーアもその印を取る気はない。

 その中で鍵を握っているのはミルフの母親、マターリャという訳なのだ。だが、彼女の詳細について知る者はこの中に居ない。故に、これは賭けと言えるのだ。

「どの道この戦艦はガーストって子の完治を待っている状態でしょう?なら、その間だけでもマターリャが来るかも知れないのなら、私は待つ。」

「もし来なくてもセイントバードは出航するぞ?」

「それはそれで大丈夫よ。ただ、今の彼女はいずれ追手に狙われる身。その間だけでも、守らないと……」

それは外にいるニーアにも言える事だ。印を付けている限り、狙われる彼女達。二人を守るにはグァンをどうにかするか、印の別の解決策をマターリャから聞くしかないと、ウィリアは考えていた。

 出来る事なら、これ以上の犠牲者を減らしたい。ウィリアの純粋な思いが、そうさせるのだ。理想を言えば、ミルフもニーアも助けたい。そして、セインドバードチームのメンバーも巻き込みたくない。そうとなれば、今頼りなのはミルフの母、マターリャと言う事になる。

 

 

 

 夕刻になった。その間にニーアと何度か連絡を取っていたが、特に大きな変化はない様子だ。ミルフもどこか、落ち着きを取り戻しつつある状態である。だがまだ油断は出来ない状態だ。

 その中で、ウィリアはミルフに対して他愛のない会話をしていた。下手に刺激を与えぬよう、言葉には細心の注意を払っている。ミルフの方も、ウィリアがメンバーを殺害した事に対し、事を荒立てる様子はない。その様子はどこか穏やかではあるが、一方で虚ろな表情を浮かべている。

会話が終わった時、ウィリアは部屋を後にした。その時、ミルフは静かに手を振っている。

 殺人を行っていた少女だが、可憐な少女でもあるミルフ。その愛らしさは確かに、組織の子役として十分な実力を発揮していた。組織の為に少なからず貢献してきた少女が自分の為にこのような目に遭っていたという事実。

その、小さな手を振る姿はどこか愛おしさを感じる一方で、グァンにされた惨い光景想像した時、ウィリアは胸を痛めていたのだった。自分の行動によって彼女が酷い目に遭った。それに対する罪を感じていたと同時に、氷河族と言う組織が残忍な組織であるのかを再認識したのであった。

 

 やがて部屋を出て、そっと呼吸をするウィリア。次に彼女がする事は、医務室に彼女の母親であるマターリャが来るのを待つ事だ。

 確証はない。だがもし、母親であり、娘の事を心配するのならばこの場に来る筈。これは賭けだ。だが、母親と言う立場ならば自分の子が気掛かりである筈。彼女達にどういった過去があるかは不明だが、親子の絆の可能性に賭けるしかない――

「……え?」

その時、ウィリアが見た人物に衝撃を受けた。

 推定年齢は三十代だろうか。褐色の肌、茶色い髪色が特徴的なミディアムヘアーの女性。背はウィリアと同程度か。やや鋭い目つきを持つ、その女性。

 彼女はこの医務室の前に姿を見せた。その人物はウィリアの姿を見た時、目を見開かせていた。

「貴方、マターリャ・ブラマンジュね。」

その女性こそ、ウィリアが探していた女性だった。これは、彼女にとっては非常に幸運と言える出来事と言えたのだった。

 




第七十三話、投了。
容赦のない男、グァン・ホーキーズと、その男を巡る話。


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第七十四話 組織を束ねる者

ウィリアは、偶然にもミルフの母、マターリャ・ブラマンジュに会う。そして、彼女から氷河族に関する事実を聞かされる事になる。
氷河族の、ボスとは。その目的とは一体……?


 なんという偶然だろうか。目の前に居た女性の名は、マターリャ・ブラマンジュ。グァンによって惨い目に遭わされた少女、ミルフ・ブラマンジュの実の母親だ。 

氷河族に大きく関与しているとされるその女性。その詳細を聞く為に、ウィリアはマターシャを止めたのだ。

「私はウィリア・ラーゲン。バンディットであり、氷河族のメンバー。マターリャ・ブラマンジュ。貴方の事は僅かながら知っているわ。氷河族の創設に関与したとされる人物よね?」

まるで彼女が当人であると断定した言い方をするウィリア。彼女がマターリャという事実は、まだ分からない。だがそれでも、ウィリアはその女性を追い詰めるかの如く、聞くのだ。

「ここに来た理由は娘のミルフが心配だったから。ここへはネルソンの好もあって、彼女の様子を見に来た。そんな所かしら?」

マターリャの掴んだ腕を離し、言った。それを言われ、マターリャは静かに頷く。

「けど、気になる事がある。どうして今まで娘の前に姿を見せなかったの?それだけじゃない、貴方には、聞きたい事が山程あるの。」

情報を聞くウィリア。まるでそれは、情報収集を行う警察組織の人間のようだ。 

 しかし、マターリャはそれに応じる様子を見せない。睨むように、じっとウィリアを見る。

「私、貴方に出来れば強硬手段は取りたくない。でも私は貴方から話を聞きたい。その為ならば、力づくで口を開かせる必要がある……」

そう言った時、ウィリアは内ポケット内にある銃を取り出そうとした――

 

ジャキンッ

 

しかし、それに対して銃を取り出したのは、マターリャだった。今、彼女達は互いの額に銃を突きつけられている状態である。予想外の反撃に驚愕する、ウィリア。

「あんた、質問ばかりだけど、情報を聞きたがるからにはそれ相応の代償が必要なのはバンディットをしていたら分かる筈だけどねぇ?ウィリア・ラーゲンッ!」

ウィリアの事を知っているかのような口調をする、マターリャ。その口調は、どこか怒りに満ちている。高圧的な姉御の印象を持つ声だ。

情報の代償と言う事は、ウィリア自身、分かっている。故に彼女は今まで男達に身体を差し出し、情報を与えてきた。その情報を活かし、別の人間から金銭を巻き上げる事もした。

「確かに、それは間違ってないわ。」

互いの額に銃を突き付けられている状況。ウィリアの方は無論、引き金を引く気はない。しかしマターリャの方はどうだろうか?その真理は不明だ。だが、一つ言える事は、マターリャは明らかにウィリアに対して敵意を剥き出しにしているという事である。

「ウィリア・ラーゲン!あんたは余計な事をしてくれた!ノード・ベルンを殺した結果、組織の人間はあんたは愚か、私の娘まで狙われる始末だ!あんたは死んで当然の人間!今、ここで本気で殺したいぐらいだ……!」

怒りを込めている様子のマターリャ。この怒りは、先のニーアと同じ種類の怒りだ。

「へぇ、奇遇ね。まさか貴方に名前を知って貰えているとは。」

と、言うウィリア。偶然が、更なる偶然を呼んでいる状況だ。ウィリアはマターリャの事を知りたがり、マターリャも、ウィリアを求めていた。前者は、純粋に印の事について知る為、後者は、娘が酷い目に遭った事への恨み。互いに譲らない状況の中で、ウィリアが静かに、言った。

「私もね、貴方に用があるのよ。さっきも言ったけど情報を聞き出す為にね。その為ならば多少の強硬手段を使う。」

何の事だと言わんばかりに、表情を変えていくマターリャ。

「もし、今すぐにでもベッドで寝ているあの子を殺すって言ったらどうする?」

と言った時、ウィリアは部屋越しではあるが、ミルフのいる方に銃を構え始めたのである。 

ウィリアに恨みを抱いている様子のマターリャ。この行為は明らかに火に油を注いでいる。下手をすれば逆上して射殺されかねない。緊迫した状況が、医務室前の部屋で展開されている。

「なんだと……!?」

だが怒るのではなく、寧ろ動揺しているマターリャ。無論、ウィリアはミルフを殺す気でなど毛頭ない。しかしこれはあくまでも手段だ。不本意だが、氷河族関係の情報を得る為に必要なのである。特に、印に関して。

 そして、一連の出来事を知っていると言う事は、マターリャは印の事を知っている可能性が高い。

「さっきあの子と話していた際に枕元に爆弾を設置したの。もし、貴方が撃った瞬間に爆発させて、殺すわ。さあ、どうする?」

全ては嘘だ。咄嗟に思いついたウィリアの嘘。

 この場に置ける情報として、マターリャ・ブラマンジュという女性に関して一つ言えるのは、ミルフの事を娘と認識した上で理解していると言う事。でなければここに来ないだろうと、いう事だ。それが今、実現した。

「それは、駄目だ……」

と言って、マターリャは銃を下ろした。ウィリアの勘は当たったと、言える。

「やはり、ミルフの事がとても大切なのね。母親ならば当然か。わざわざここに来るぐらいだものね。」

それと同時に、ウィリアも銃を下ろす。

「娘を脅されているのに、下手な事は出来ない……クソッ!大体、あんたが余計な事さえしなければ娘はこんな目に遭わなかったのに!大体、何故お前がここに居るんだい!?」

マターリャは警戒する様子を見せたまま、ウィリアに対して喋る。彼女の表情に余裕はない。娘が惨い目に遭っているのだ。当然ともいえる。

「ここの人達に助けられたからよ……。」

ミルフの様子を部屋の外から見て、憂いの表情を見せるウィリア。それを見た時、マターリャは言った。

「チッ、あんた、嘘吐いたね。」

「何故そう言うの?」

「分かるよ。表情が全てを物語ってる。だからって許す気はないけどね。あんたがミルフをあんな目に遭わせたようなものさ!」

銃は下ろした。だが、ウィリアへの憎悪は続いている。彼女の身勝手な行動が結果的にメンバーを巻き込んだ。それはニーアにも言われた事だ。

 だが目の前に居るマターリャは何故その事を知っているのか?ウィリアがノードを殺した事の報復の件を、あくまでもメンバー外の人間であるマターリャが知る筈がない。これが意味する事は、一つ。ウィリアの憶測は当たったと言える。彼女が氷河族に大きく関わっている人間と言う、憶測が。

「マターリャ・ブラマンジュ。貴方が私を憎むという事は“印”の事について知っているという事ね。でなければ私が貴方に恨まれる理由はないわ。」

その通りだ。そうでなければウィリアを恨む理由がない。

「教えて欲しいの。印について。ミルフも印を付けているが故に追手に襲われた。是非、何か知っている事を。」

ウィリアは懇願した。目の前に居るマターリャが頼りだ。もし、彼女から情報を聞き出せなければ、ミルフが襲われる危険性は飛躍的に向上する。それだけは避けたい。

「私はあんたを許す気はない。そんな相手に情報を伝える程馬鹿じゃねぇ。本来ならあんた、この場で撃ち抜かれても殺されても文句言えないんだぞ!?」

マターリャの怒りは治まっていない。ミルフを殺すという脅しは嘘。それは良いとしても、結果的にミルフがグァンによって酷い目に遭った事実は変わりがない為だ。

「じゃあ、私を殺す?それは結構よ。」

「何ぃ!?」

ウィリアは、突如諦めたような表情を浮かべた。

「ノード・ベルンを殺した時、私は死んでもおかしくなかった身。別にここで殺されるのなら、それはそれで結構。」

ウィリアは自らの命を失う事に躊躇いがない様子だ。ただ、セイントバードチームに助けられたという事実が、あるだけ。だからこそウィリアは堂々としている。いつ、死んでも良いという覚悟がある。

「だけど私をここで殺した所でミルフの危機は変わらないわ。あの、印がある限りは。だったら貴方の知っている情報を話して、それから彼女が助かる方に賭ける方が私は良いと思うけれど。」

それは聞きようによっては命乞いに聞こえる。だがマターリャはウィリアの表情を見ても、焦りを感じていない。冷静で、明らかに命を投げ出しているように見えるのだ。

「私自身はどうなっても構わないけど、私が引き起こしてしまった事がきっかけで仲間や大切な人が巻き込まれる事だけは避けたいの。最も、諸悪の根源と呼べるのは“氷河族”そのものなのだけど。」

ウィリアがノードを殺したが故にアルン率いるメンバーが追われる事になった。そして、惨い目に遭う事になってしまった。その全ての根源は、氷河族であると言い張るウィリア。

 これを言われ、マターリャは銃を内ポケットにしまう事にした。彼女の激昂は無意味であると、考えたのだ。

「私は、どうすれば良い……ミルフがあんな目に遭って、その原因の人間が目の前に居る筈なのに……!」

握り拳を作るマターリャ。その様子は、明らかに悔しそうにしている。

「話してくれれば良いの。印について。いえ、それだけじゃない。貴方が知っている事について、全部。」

こうとなってはウィリアが優勢に立った。ミルフの仇を討ちたいと願うマターリャ。氷河族と言う組織がこの状況を作り出したという、ウィリア。互いの条件が重なった時、両者は協力関係になっていく。

「……ここでは話辛い事だ。場所を変えられるか。」

氷河族の話となれば、何者が聞いているかは分からない。故に、マターリャは躊躇う様子を見せる。

「じゃあ、近くのホテルで話をしましょうか。そこに私の仲間が居る。印を付けられ、追われている仲間よ。ミルフの事はクルー達に伝えるわ。守ってもらうように……ね。」

セイントバードのクルーが巻き込まれるリスクはある。しかし今は、マターリャの情報が欲しい。彼女も氷河族の人間ならば、ここに多くの人間が居る方が危険である。そう判断したウィリアは、一度ミルフを置き、別の場所に移動する事にしたのだ。

 場所を移動すれば、印の位置は二つに分かれる。組織のパニッシャー、グァン・ホーキーズがどちらを襲撃するかは不明だが、今は分散する方が、リスクが低いと言えるのだ。

 

 

 

 そこはセイントバードからすぐ行った場所にある、ホテルだった。そこにはニーアが居る。ニーアの居る部屋に、ウィリアとマターリャが入って来たのである。ツインベッドが並列に並んでいる部屋。一人で居るには広いが、三人となればどこか、狭さを感じる空間。ニーアはマターリャの存在を見たのは初めてだ。無理もない。彼女は数年間姿を見せなかったミルフの母親なのだから。

「あんたも印を付けられた人間なんだろ。ウィリア・ラーゲンから聞いている。」

マターリャが言った。目の前に居る人間、マターリャ・ブラマンジュの存在にニーアは驚愕していたのである。

「ウィリア、どう言う事?ミルフの印は貴方が言っていた、医者が取るのでは?」

「彼女への負担を増やす訳にはいかないと言う事で、印は取れないの。あの子は今、あそこのメンバーに守られている状態という訳ね。」

「じゃあ、まさかこの人は……マターリャ・ブラマンジュ……氷河族の創設に関わったって噂の人間……!」

マターリャは有名人だ。氷河族に大きく関わっている人間として、一部では知られている人間なのである。しかし、その正体を詳細に知る者は居ない。ウィリア自身も詳しく分かっていないのだ。

「それよりも印について知りたいんだろう?ただ、知った所でそれがどうなるっていう保証はないが。」

「印だけじゃないわ、貴方の知っている情報全てを教えて欲しい。氷河族に大きく密接しているとされる、貴方なら何かを知っている筈。」

ウィリアの言葉に、部屋にいた二人は震撼する。

「何を、言っている……?」

マターリャの言葉が静かに過ぎる。

「今回の件を含め、私は確信した事がある。それは氷河族という組織を束ねる存在に対し、制裁を与えなくては行けないという事よ。」

組織を束ねる存在に対する制裁という言葉。それはつまり、組織のボスを止めるという事だ。

 そもそも、組織のボスの存在は一部の人間を除き、全く明らかとなっていない。今回ミルフがグァンに襲われたのはボスの命令だとすれば、そもそもの根源はボスという事になる為である。

「正気!?ボスは何処に居るのかも分からないのよ?どうやってそんな事を!?大体、無謀だわ!」

ニーアの疑問だ。だが、それに対してウィリアは言った。

「このままじっと武器を構えていて、仮に追手と対峙したとしても根本的な解決には至らないわ。組織がその気なら、戦わないと行けない。マターリャ。貴方も娘があんな目に遭わされてそれでも組織に従う?貴方なら詳細を知っている筈。わざわざこのような場所にネルソンを訪れる程に娘を愛している筈の貴方が、娘をあのような目に遭わされて尚も組織に忠誠を尽くすの?」

そう言われた時、マターリャはどう返せば良いか分からないで居た。そもそもマターリャが何故ミルフを組織に入れたのか、それを分かっていたのかも不明ではある。確実に言えるのは、マターリャがミルフを愛しているという事だ。

「そもそもこのような組織と知っていて、ミルフが組織に入っている事を黙認していたという事?その上で私に対して恨みを抱くのはお門違いもいい所よ。貴方が組織の実情に詳しいのなら、それを教えて欲しい。」

ウィリアに言われ、マターリャは静かに口を開いた。

「ミルフは元々こんな組織に居る人間じゃなかったのさ……」

「……どういう事?」

二人の視線がマターリャの方に集中した。

「氷河族は戦後になって発足した組織。多分これぐらいの情報は知っているだろう。だが、本来の形をあんたらは知らない筈。教えてやるよ。何故この組織が存在しているのかを。」

氷河族という組織。デウス動乱後の混乱期の最中で生まれたこの反社会組織は勢力を確実に拡大化していき、いつしか裏社会のトップに君臨する存在となった。戦後僅か五年程でこうした存在になる事が出来たのは、ボスと呼ばれる人間の手腕もあるが、多くの人間が関与しているのも事実なのである。

「氷河族のルーツはさ、純粋な電気メーカーとして存在していたのさ。クレーディト・メカニクス社としてね。そしてそれは本社をオスロに構えた。だが、この時から既に裏では中立コロニーとの貿易や資源物資のやり取りが極秘裏に行われていた。この頃から兵器の輸入、Cメタル素材の輸入、ハイ・バッテリーエンジンの輸入等、今のMSの製造に欠く事の出来ない存在として居たんだよ。当時の地球連邦と、デウス帝国がドンパチやっている間にね。だから怪しまれる事なく貿易が出来ていた。そして、地下深くにもマスドライバーを隠し持っているという噂もある。それを使って貿易を進めていたって話だ。民間企業がそんなものを持っているっていう事も驚きだけどな。」

「マスドライバー……凄い、民間の企業がそんなものを持っているなんて。」

明らかになっていく組織設立の起源。全ては、元々存在して居たクレーディト社の存在が大きく関与していたのである。

「私の母親はクレーディト社の創設に関係している人間だった。故に娘の私もその関係でクレーディト社内で相応のポジションで働く事が出来ていた。元々そんな怪しい会社じゃなかったのさ、クレーディト社ってのは。純粋なメーカーとして存在していた。だけどデウス動乱がそれらを変えてしまった。」

元々クレーディト社は大企業という訳ではなかった。然程有名な企業と言う訳でもなく、地元にある家電メーカーという立ち位置で存在していたのだ。故にウィリアも然程気に留める事はなかった。表向きの話では、あるが。

 だがデウス動乱の混乱の中で密かに、中立コロニーと資源の輸送をしており、その中で軍事兵器の開発にも乗り出しつつあったのである。

「元々社長だったとある、男は当時の世界情勢を見て、戦後の世界を予見した。より世界は軍備増強が必要になる世界になる……ってさ。その為に、社員にも極秘でこうした活動を行なっていたって訳さね。それを聞かされたのはクレーディト社の創設メンバーだった母親から。そして、私は娘が生まれていた時だったので、必死に動いたさ。その、戦後暗躍する事になる、“ある組織”の為にね。」

「それが、氷河族?」

「そうさ。」

クレーディト社は戦後になってから、社内に存在していた組織と分離した。その組織に、ある人間がボスとして君臨し、その類稀な人脈、コネクションを使って組織を拡大させていった。

「氷河族は、元々クレーディト社から派生した組織で、法に縛られない方法でより多くの金銭を得る為に、あらゆる人脈を使って金銭を集める組織として会社から拡大していったのさ。その組織の数は、千は超える。世界中に存在している組織さ。宇宙にも活動している連中は居る程に。」

ウィリアはクレーディト社と氷河族が確実に何らかの関係がある事は予想していたが、その真実と言うのは、元々はクレーディト社という会社として存在していたという事実が、ここで明らかとなった。

「あの会社と氷河族は、関連があると言うわけではなく、元々は一つの存在だったと言う事なのね。それで、氷河族の構成員を利用してあらゆるテロ組織や武装勢力にMSを売っていったという訳なのね。」

マターリャは髪を撫で、語り続ける。

「当時の社長……今の氷河族のボスは、クレーディト・メカニクス社の社長に別の人間を置いた。事実上、支配をしているのはボスだが、その人間は言ってみれば傀儡人形に過ぎない。」

「それが、ノード・ベルン……」

ウィリアにとって忌むべき人間、ノードの正体がここで明らかになった。彼は本来の社長ではない。立場的に社長として存在しているだけだったのである。

「戦後のこうした中で氷河族とクレーディト社は分裂し、やがてクレーディト社はMS、ファドゥームを作り出した。それはこの世界情勢になる事を見据えて作り出した機体だ。それが作られた背景には、戦前から行われていた中立コロニーとの輸送が功を成したんだよ。氷河族の利益の大半は、これにあたる。」

次々と明らかになる事実。だが、氷河族の秘密はこれに留まらない。

「無論、それだけじゃない。戦後の混乱期の中での経済不安や人を相手にするが故の麻薬類、そして性風俗関係や武器の密輸や詐欺行為、違法商法、高利貸し、人身売買等。旧世紀から続いている様々な事業を、戦後の混乱に便乗してあらゆる箇所から買収し、利益を得始めたのが氷河族さ。組織はこうした犯罪行為スレスレの行為をし、荒稼ぎをしていったという訳さ。その中で、上納金を組織に渡さず、利益を独り占めしようとした存在は組織から制裁を受けると言う訳さ。」

こうした存在を監視し、処分しているのがメイドやグァンといった、組織内に存在するパニッシャーにあたる人間である。彼ら以外にもそうした人間は多数存在している。

「こうした利益があるが故に、組織は地球圏の支配を強めている新生連邦といった存在に建前の金を払い、取り締まられないように存在を認めさせて行った。巨大な組織への献金も忘れない中で、自分達は違法なやり方で利益を作って行ったと言う訳だ。」

強引なやり口で、献金を忘れないでその勢力を確実に拡大させていく組織、氷河族。それらの行動はウィリアやニーアも、知っての通りだ。

「でも、こうした事情を知っておきながら、何故貴方は娘のミルフを組織に入れたの?」

「……いつの間にか、入れられたんだよ。」

入れられたとは、どう言う事なのか。明らかになる、ミルフの組織に入った秘密。

「戦後、私はクレーディト社の宇宙事業に携わっていた。ミルフは元々普通に学校にも行っていた子だった。だが、戦後になって氷河族が結成した時、私はその事情を聞き、それからあの子を会社に預け、宇宙に行って、そこで、五年は仕事をしていた。この時、私はある人間に彼女を見てもらうように依頼した。」

「それは、誰?」

「元連邦反乱軍の傭兵だったジュラード・メッサードだ。あいつは戦後の地上を彷徨っている中で知人関係になった。その中で、ミルフの事を気に入ってくれたのさ。ミルフもあいつの事は気に入っていた。だから、コネを使ってあいつをクレーディト社に入社させ、その上でミルフを見て貰うように言った。」

つまり、ジュラードはクレーディト社の社員だったという事になる。それも、マターリャのお陰で入社できた、縁故入社という形で。

「今思えばあいつも同じ組織に入ってしまってたって訳だけどね。そしてそれが、全ての間違いだったって訳さ。」

マターリャは地球の状況を詳しく知らないまま、宇宙で仕事をしていたと言う訳だ。ジュラードは、この時からの知り合いだったのである。

「だから、彼とミルフはよく共に行動していたという訳なのね。」

組織内の内情が少しずつ、明らかになっていく。氷河族を知る女性、マターリャの口から多くの事が語られていくのだ。

「氷河族はメンバーを探していた。その中で、目を付けられたのが恐らく、ミルフ。あの子は疑う余地なく組織に入った。全てはあの、ボスの思惑って訳さ。利用できる存在は何でも利用する。その組織に忠誠を誓うように言っているのも、全てはボスの思惑。子供だったミルフは恐らく、疑う余地なく組織に入団させられたんだろうね。ボスか、その側近にあたる人間の口車に乗って。それはジュラードも同じだったという訳。」

「アルン・ティーンズか……」

ここでウィリアからリーダー、アルンの名が出てきた。アルンはボスに忠誠を誓っていた人間だ。一部組織の仲間を集める為に、ミルフやジュラードを勧誘したのだろう。ゼオン・ニーマードと同様の方法で。

「それを知ったのは宇宙での仕事を終えた頃だったよ。大切に育てていた娘がいつの間にか殺し屋のような事をしている現実があったからね。驚いたと同時に、絶望した……そして、私の管理の行き届かなさに悔いた。だから、私はあの子に会う資格なんてないのさ……そして、果てはあのような状況。母親失格さ。愛娘と五年以上離れて、帰ってきたら愛娘は殺し屋なんて考えられるか?」

「そんな事が……あの子は、好奇心で殺人をしていたという事なの?」

「きっと教え込まれたんだよ。メンバーには様々な人間が居たからな。それが氷河族なんだよ。平気で人間を利用する。どれだけ年端の行かないあんな、女の子であろうとね。故に組織は大きくなったんだろうさ。……一度地球に降りた時に、会っておけば良かったのにな。」

そっと溜息を吐く、マターリャ。どうやらその台詞からして、一度地上に降りた過去があるらしい。

「どうして地上に?」

「野暮用って奴さ。オスロに居た。そして、その際にネルソンに会った。モグリの医者をやってたとか、言ってたねぇ。」

ここで、エリィ達の過去とリンクする場面が出てきた。ウィリアがエリィやネルソンと会っていたように、マターリャもまた、過去にネルソンに会った事があるのだ。

「その時にミルフに会うことは出来なかったの?」

率直な疑問を、ウィリアは聞いた。

「既に組織として動いていたみたいで、会えなかったのさ……事情を追求出来なかった自分が憎い。そこでネルソンをたまたま知っただけと言う訳さ。」

「擦れ違い……って訳か。じゃあ、マターリャと私はもしかしたら同じ場所にいたのかも知れないという事なのね。」

「そうなのか。それは、知らなかったな。」

その一度地上に降りた出来事を最後に、マターリャは宇宙での仕事を再開したのだ。

これ以降、マターリャとミルフは連絡を取れなかったのだろう。既に彼女は宇宙、ミルフは地球。この距離の違いが、連絡手段を取れなくするのに十分な理由と言えた。

「……でも気になる事があるわ。貴方、さっきの医務室でも直接会わなかったね。ミルフに。」

「会う資格がないと思ったからだよ。仕事を優先した結果、会社内に出来た反社会勢力の組織の一員になっていたんだ。こんな馬鹿な話があるかって話さ……。」

マターリャの表情が苦渋に満ちていく。あの時、娘に連絡をしておけば。あの時、ジュラードと連絡をしておけば、もしかすれば最悪の出来事は避けられたのかも知れない。その時、ニーアも視線を落としているように見えた。

結局は氷河族が引き起こした出来事という訳である。組織の創設に関係していたマターリャは数年後に地球に戻ってきた際に氷河族が活動している事を知っていき、その中で、自分の娘が組織の一員として働いている事実を知った。やがて、その後でミルフが暴力行為を振るわれている事を知り、今に至るという訳だ。

「だけど地球に戻ってきてからジュラードとも連絡が取れない事を知り、違和感を覚えていた。それから情報を得た。そしたらこのザマって訳だ。」

「……印の話ね。」

「そうさ。組織を縛る存在として在り続ける為に印をメンバーに付ける事を決めたのさ。無知なメンバーはそれを象徴として捉えていた。」

印の話が、遂に出てきた。氷河族の一連の話からの、重要な話。ニーア、ミルフを守る為に必要な事だ。彼女がその鍵を担うのは、間違いない。

「あんたが聞きたがっている、印は組織の象徴なんて生ぬるいものじゃない。万が一出現するかもしれない、裏切り者を監視する為の存在さ。これを付けられている限りはビーム粒子の妨害も関係ない、組織が独自に作り出した電波回線を使うから、例えば民間企業のEフォンとかコンピュータのネット回線の妨害なんて受け付けない。メンバーの監視の為に、軍事目的で使用される回線を使っている。そこまでして、監視したいのさ。」

この時代のSNSの回線等は民間企業が作成した衛星データを受信し、各地に情報が行き交う。

だがそれはあくまでも民間企業であり、戦争で使用されるビーム粒子の影響を受けやすく、粒子が飛び交っている地域上での戦闘行為があれば電波障害を起こし、故に通話やメッセージのやり取り、SNS等は使用不可能となる。

だが軍が所有している回線は別回線のチャンネルを繋げる為、妨害を受けにくい。そして、氷河族はその回線を独自のルートで確保している。その一つが、印だ。又、ウィリアが使用していた発信器もこれらに該当する。ノードに対して発信器を付けた時、彼女の所持していた発信器は、氷河族の別組織から盗んだものなのである。

「その徹底は、どうして……?」

内部事情を知るマターリャだからこそ、その真相を聞きたい。ウィリアの情報収集を主に行うバンディットとしての役目が、この場で発揮されているようだった。

「“ボス”に背く存在の抹殺、及び絶対的な立場で在り続ける事を望んでいるからだよ。自らを公の場に見せず、常に組織の部下や信頼する人間をただ、言葉で操る糞野郎。自分の手は汚さず、パニッシャーとかいう糞な連中を寄こしやがって殺す。どんな手を使ってでもな。氷河族に入ったら最後、死ぬまで奴隷のようなもんさ。何も知らない愚か者か、あえて事情を知った上で入る人間かのどちらかだよ。あの印を持っている人間に関しては特にな。」

忌むべき印の話。では、その印の効力を止める方法というのはあるのか。ウィリアは自身で印の真実に気付いた。だがニーアはそれを知らずに今に至っている。

「マターリャ、その印の効力を止める方法を知ってる?私はネルソンにオペをして貰ったから印は無くなった。だけど、それ以外のメンバーに付けられた印の効力を無効にしないと、パニッシャーに殺されるの。お願い、それを教えて欲しい。貴方の娘を守る為にも。」

懇願するウィリアだが、マターリャは表情を暗くし、視線を落とす。

「そんなものはない……ボスが全てを握っているからだよ。或いは、ボスに近しい人間がその鍵を担っているかのどちらかだ。」

希望が絶望に変わった瞬間だった。つまり、助かるには印そのものを除去するしかないという事である。

「そんな……」

と、落胆するウィリア。それを聞いていたニーアも、同様だ。

「じゃあ、ミルフも私もあれを取るように彼にお願いするしかないって事なのね……」

すぐに効力をなくす事が出来ればありがたかったのだが、それが出来ないのならば、諦めるしかないというのか。理不尽な状況が、続く。

「結局は、ボスをどうにかしないと止められないって訳さ。あの印そのものを付けられた以上、取るにはな。医者の技術で同時に取る事が出来るか?ミルフはあの状態。辛うじて出来るとすればニーア・アンジェリカ、あんたの印を取るぐらいか。それでも時間を要する。あれは並の医者に出来るような手術じゃない。ネルソンぐらいの腕じゃないと、無理だ。いくら機械でのオペが主流になっているとはいえ、印そのものを完全に除去するにはまだまだ、人の力が必要になってるって事なんだよ。それも、優秀な技術の持ち主がね。」

「知ってる……だから、頼んだの。」

だがネルソンは一人しかいない。万が一その間に襲われたら目も当てられない。

「人工知能の発展を阻止したが故の弊害ってやつだ。何も、医療分野にまで制約を掛ける必要があったのかが疑問だけどねぇ。」

「機械文明の発達をよく思わない人間もいるという事ね……大抵、人の為に役立とうとする研究が行われたとして、それが実現しようとしたところで、利権絡みでそれが普及できないというのはよくある話だもの。そうした人間に限り、極端な思想に偏り易い。故に不利益を被るのは一般市民をはじめとした人間等と言う訳ね。」

「旧世紀の政治家連中に頭の固いバカがいたって訳だね。その結果迷惑しているのは今生きる時代の人間って訳さ。」

「何でもそう。極端な思想に走った人間はその周囲の人間をも巻き込む……特に、情報に於いては……ね。その結果、時に愛するべき我が子の命さえ奪う事もある。」

と、ウィリアが言った時、何故かニーアは視線を少しばかり泳がせた。

語り合う彼女達。だが今はそれどころではない。結局、今は絶望的な状況だ。ネルソンという医者を頼ろうにも、時間が掛かる。そして、印を止めるにはボスを、どうにかしなければならないという絶望。ただ、彼女達は途方に暮れるばかりだ。

 だが、この時、ウィリアはふと、気になった事を言った。

「マターリャ。ボスの目的って何?何故そこまでする必要があるの?」

氷河族のボス。一部の人間以外に知られていない絶対的な存在。何者であるのかも不明な存在。自らの部下とも呼べる人間ですら不祥事等に対して連帯責任と言って殺すような人間。この、目的とは一体?

「そこまでは私にも分からない。多分、これを知る人間はもっと近い人間だろうさ。私みたいな、中途半端に組織の事情を知る人間よりはね。」

組織に近い人間。リーダーと呼ばれる人間だろうか。だがアルンは殺された。となれば、アルンは近い存在とは言えない。となれば、パニッシャーのグァン・ホーキーズなのだろうか。

「ただ……ボスの名前は知っている。まあ、それを知った所で、どうって事はないのだけどさ。」

予想外の言葉が出てきた。彼女はボスの名前を知っている。これはウィリアにとっては朗報だった。少しでも、氷河族の闇に近づく事が出来ると思っていた為である。

「元々のクレーディト社社長、そして戦後に氷河族を作り出し、表舞台から姿を見せ、ノード・ベルンに会社経営をさせ、その裏で組織を操っていた、ボス……」

マターリャの口から、言葉が出る。それに注目する、二人。

 

「名は、エレグ・スウィード。」

 

その、名前が出た。エレグ・スウィード。それが、氷河族のボスの名前。莫大な経済力とそのカリスマ性、コネクションで裏社会や表社会に多くのネットワークを作り出し、果てにはMSの製造を独自に行い、世界中のテロ組織、武装勢力に兵器を送り込んでいた組織の黒幕。

「エレグ……それが組織のボスの名前なのね。」

「そうさ。戦後の混乱で組織を発展させてきた、あんた達のボスの名前さ。顔すら分からないボスってものも変な話だけどね。だが、それがあの“男”。デウス動乱時に戦後を予見してMS産業を中心に、利益を得続けた男。」

この言葉より、エレグと呼ばれる人物は男性である事が分かった。

裏社会を牛耳る存在として君臨しているボス。一部では崇拝すらされる程の人間。その人間を、アルンやグァンは慕っている。そして、不要になった人間は組織ごと葬るという男。

 だがこの男の目的が見えない。何故ここまで自らを隠すのか。正体を知ろうとした者への制裁を行なったりしてきたのか。恐らく、そこにエレグの目的が隠されているのだろう。

「一つ気になるとすれば、目的が何にしても、これ程組織を大きくしておいてよく、目を付けられなかったというところよ。MS産業は本来、新生連邦や国連など、主要の軍に対して兵器を送り出すのなら分かるけど、氷河族は独自に行なっているわ。それっていつか軍から制裁を受けないのかしら。」

ニーアが、言った。それ程組織が大きくなっているのなら、それを叩こうとする存在が現れてもおかしくないと思っていたのだ。

「だから、裏社会なんだと思うんだよ。表立って仮に国とかを作ったらそれこそ目立つ。コソコソやって、バレそうにかれば献金を渡して目を瞑って貰う。」

裏社会という立場は公になる事はない。それが新生連邦軍と言った組織に対する脅威として存在しない限り、氷河族の存在は保たれる。

「それに軍事企業はそれぞれ密約を交わしているとされている。アーステクノロジーが新生連邦軍に兵器を提供しているように、国連にはサイラックス社が兵器提供をしている。その上でクレーディトはテロ組織や武装勢力。これらに兵器が行き交う事で、利益が得られるって仕組みな訳さ。だから本来、軍事企業に対しての攻撃というのは禁止されている。ただ、それを破ったのはまさかの国連だったけどね。」

以前、国連軍がアーステクノロジーの襲撃をした事があった。それは密約を破った事になるのだ。

「酷いマッチポンプといったところね。結局今回の戦争は、なるべくしてなったようなものじゃない。軍事企業が儲かる為のカラクリみたいなものね。」

ニーアが、言った。

「戦争の火付け役の実行犯の組織だったんだろ。アルン・ティーンズの組織は。それが引き金となって、アルメジャン紛争が起きた。それから世界は冷戦状態になっていった。」

「だから、あの時リーダーは戦争を引き起こすって言った訳か……」

ふと、ニーアが呟いた。以前フォン・ヤマグチの暗殺の為に動いていた彼女達。それは、こうした背景もあったが故だったのである。

(そして、それに加担していた人間の一人が私……情報を拡散させて、その結果世界は混乱状態になった。自らの復讐の為に、人を巻き込んだ。)

ウィリアは思った。フォン・ヤマグチの死の情報を世界中の武装勢力に情報を送ったのは、彼女が起こした事だったのである。その後アルメジャン紛争をはじめとした世界情勢の変化は、言うまでもない。

「マターリャ、エレグ・スウィードは何処に居るのかは分かる?」

その中で、ウィリアが聞いた。

「それは分からないが……強いて考えられるとすれば、クレーディト社か。」

「成程、じゃあオスロにいるかも知れないのね。」

「あんた、何を考えている?」

マターリャの疑問に対し、ウィリアは笑みを浮かべて言った。

「結局は、その男を殺さなければニーアもミルフもいつかは殺されるって事よ。なら、手っ取り早い方法はただ、一つ。エレグ・スウィードを殺すの。」

組織のボスの姿形も不明で、尚且つ何処にいるのかも分からないなかでそれを言い出したウィリア。一聞すればそれは無謀極まっている発言と言える。

「無理難題を言うな!確証がない!どこから情報を引き出すって言うんだい!?」

「いえ、ヒントはあるわ。」

これに対し、ウィリアは自信満々な様子で言った。

「追手の人間を利用すれば良いの。追手は印の存在を利用してニーアやミルフを狙ってくるとすれば、追手はボスと近しい人間という事。となれば、その追手から情報を聞く事が出来れば可能性は、ある。」

「ウィリア、それってグァンを利用するという事?」

ニーアの質問に対し、ウィリアは、静かに頷いた。

「その男がもし追ってくるのなら、利用すれば良い。貴方はグァンを殺す気と言っていたけど、私達は彼を殺さず、エレグ・スウィードの場所を聞き出すの。それから動く事は出来る。」

だがどうやってそれをする?仮にグァンが来た所で、仮に聞き出せたとして、そこからどのように行動する?

「それを誰がやる?まさか、私達でやるっていうんじゃないだろうね?」

「セイントバードに迷惑は掛けられない。それに、どの道ニーアもミルフも放っておいたら事実を知らないで殺されるわ。印を取る手段がないのなら、ボスを殺すしかない。それが、身を守る事が出来る唯一の手段よ。」

ウィリアの言葉は正しいようで、無謀だ。何者か分からない相手を殺すなど、無茶も良い所と言える。

「もし、この作戦に乗ってくれるなら、私はセイントバードを降りて。そして、貴方達に協力する。これ以上、皆を巻き込みたくない。そもそもあの組織があるからこのような状況になっているのなら、組織の頭を潰せば良い。至極、単純じゃない?」

言葉だけなら言える。だがそれは実現する事か?この場に居た誰もが、そう考えるのだ。

「さて、色々と情報は聞けた。後は行動あるのみ。でもすぐに行動は出来ない。明日、ここで待ち合わせをしましょう。ニーアは元々グァンを殺す気で居たわよね。この話には賛成の筈。では、マターリャはどうする?」

自分の娘が酷い目に遭わされ、その上で命を狙われている状況。ならば、その敵討ちはしたい。母親としても、その気持ちは強い。

「あんたがその気なら、乗ってやろうじゃないか。策は、考えているんだろうね?」

マターリャは、ウィリアの提案に応じた。ここに来るまではウィリアの事を恨んでいた彼女が、心を開いたのだ。

 この状況は利害の一致故に生じた状況と言える。マターリャはミルフを救いたい、ウィリアはミルフもニーアも守りたいという条件が重なり、氷河族という闇の組織に対する反逆が出来た状況と、言えた。

「じゃあ、今日はここで解散ね。私はミルフの傍に居る。ニーアはマターリャとここで。何かあれば、連絡を頂戴。」

「ええ。」

「……分かった。」

マターリャはセイントバードに行かなかった。ミルフに会わせる顔がないと思っていた為だ。その代わりをウィリアが務めるというのである。

 既に外は夜も更けていた。氷河族のボスの名前等の情報を得たウィリア。ボス、エレグの目的等や印の根本的な解決には至らなかったが、それでも得られた情報は、大きいと言える。

 

 

 

 ホテルを出て、ウィリアは一人、外に出た。セイントバードまでの距離は遠くない。そのまま歩いていける程度だ。

 マターリャから得た情報は有益な物だった。氷河族の事の殆どの事を知る事が出来た。中でも、ボスの名前を知る事が出来たのは大きい。組織の人間の殆どが知らない名前。名前を知る事は、組織の内部について大きく知るきっかけとなる。

(エレグ・スウィード……その名前を調べ、情報を集めれば何かを知る事が出来る筈。セイントバードに戻った時、それを調べてみよう。)

彼女は考え事をしながら、ただ、ひたすらに歩いていた。近い距離、人気も少ない道を、一人で。

 

「みぃーつけたからな!」

「!?」

奇抜な声が聞こえた。その方向をすぐに振り向く、ウィリア。

 そこに居たのは、黒いハット帽を被り、銀色の長髪の、鋭い目付きの長身の男だった。ウィリアはその男の姿を見た時、目を、大きく見開かせた。覚えのある、感覚だった。それと同時に、身体全体が熱くなる感覚を覚えた。心臓からだろうか、この、恐怖のような、怒りのような感情は一体何なのだろうか。

「ウィリア!お前がまさかこんな所に居るとはなぁ!俺達は赤い糸で結ばれてるんじゃねぇか!?」

彼女の感情とは裏腹、男は堂々と近付いてくる。その表情は明らかに異質で、その上で恐怖さえ感じる。ウィリアは、確実に思った。この男は、覚えのある存在だ――と。

「グァン・ホーキーズ……!」

男は、グァン・ホーキーズだった。アルン、ジュラードを殺し、ミルフを精神的に追い詰めた危険な男。組織のパニッシャー。

この男に対し、警戒する様子を見せるウィリア。警戒する彼女を無視し、男は更に、接近してくる。

「いやぁ、嬉しいよなぁ!ウィリアに会えた事が嬉しくてたまんねぇからな!」

馴れ馴れしい様子のこの男は更にウィリアに近付く。その上で、顔をじいっと覗き込ませた。嫌がる様子のウィリアを見て、奇妙な笑顔を浮かべている。

「おいおい、そんな顔しないでよぉ~!俺は今でもお前の事が好きなんだぜぇ?氷河族に入ったばかりのお前は、特に初々しくて可愛くて、そして叫ぶ声がエロかったよなぁー!きゃあああ!やめてぇぇ!あああッ!あああん!ヒャハハ!!最後は濡れ濡れでよォ、感じてやがンだよヒャハハハ!!!」

道の真ん中で、堂々と嬌声もどきの声を上げる男。ウィリアは、身体に寒気が走ったのを感じとった。

「……貴方の事は嫌でも忘れない……私を道具同然に扱ったあの時……」

彼女がグァンを見る、その眼は明らかに異質な存在を見る、眼だ。

「貴方は私をレイプした……その事は忘れない……!!」

それは、過去の経験だ。ウィリアが氷河族に入った頃、グァンと会ったのは偶然だった。美女に目がない男のグァンはウィリアに付きまとい、最終的には強姦行為をした。常軌を逸したこの男の性行為は、ウィリアにとってのトラウマとなっている。

「あれからお前以外の女を食いまくったケドなぁ、やっぱりお前が一番サイコーだよぉ!そのクールな顔が歪んで泣き叫ぶの!最高!!俺は忘れねぇよ?あの時の顔!確か、五年ぐらい前だっけなぁ!?」

ウィリアに、五年前の出来事が思い出される。目の前の男が彼女にした仕打ちは、忘れもしない。

 強姦行為。ウィリアはグァンに襲われ、されるがままの状況だった。下手をすれば殺されるかもしれない状況で、反撃も出来ず、この狂気の男の道具と成り果てていた頃。

 この頃、彼女の身体には印が付いていた。これ以降、グァンとは会っていなかったのだが、まさかこの場で忌むべき男と再会する事になるとは思わなかった。

 しかも、この男は彼女にとっての忌むべき男ではない。ミルフや氷河族のメンバーにとっても、敵だ。ニーアもこの男に対して恐怖と怒りを感じている。最早、この男は存在そのものが敵だ。

「何が望みなの?貴方は。また、私を襲いに来たの?」

五年の時を経て彼女自身も強くなった筈だった。その証拠に、忌むべき敵であったノード・ベルンを殺したのだ。

 しかし男が口にした言葉は予想外の言葉だったのだ。

「お前さ、クレーディトの社長さん殺したろ」

グァンの目付きが変わった。残忍な目付きだ。その目付きは明らかに、標的を殺す時に見せる異様な目つき。ウィリアは、殺気を覚えた。

「何の、事かしら……」

冷静を装い、右手で左肘部に触れる。唾を飲み込み、グァンが来るのを、じっと見ている。

何をしてくる?まさかすぐに殺す気なのか。それとも、どのように見ているのか。男の思考が読めない。

「なーんて!嘘、嘘!冗談だからな!」

と、グァンの表情が変わった。満面の笑顔だ。気味の悪い程の、笑顔。

 男は表情を変える事が出来る。多種多様な表情だ。だが普通、表情を簡単に変えられる人間と言うのはそうそういない。グァンは表情を、その場で変えることが出来る男だ。それ故の怖さを持っている。

 その間、ウィリアは警戒する様子を続けている。何を言って来るのか?それとも殺す気で居るのか?全てが読めない、この男。

「お前みたいな絶世のクールな美女の噂は有名だからな!男共が軒並みお前に惚れまくってるって話だからな!バンディットとしても活躍してるって聞いてるからな!そんな女を五年も放って置いちまった俺も不覚だった!何せ仕事がクッソ忙しかったからな!」

その仕事というのは、恐らくパニッシャーとしての仕事だろう。男は今まで多くの人間を葬って来たのだろう。

「そうだウィリア。お前に頼みがあるんだよなァ。」

更に、グァンは言ってきた。真剣な表情でウィリアは言う。

「……何、かしら。」

「お前、俺とデートしろよな!最初にレイプしちまったのは順番が狂ったからな!今度はデート!こんな高嶺の花とデート!うひゃあ!アベックってやつ!」

何を言い出すのか。ミルフを惨い目に遭わせ、アルンやジュラードを惨殺した男が急に、ハイスクールの男子生徒のような事を言い出したのだ。この言葉にウィリアは驚愕した。

 この男の思考が、全く読めない。メイドも謎であったが、グァンも大概である。

「……人をレイプしておいて、よくそんな事が言える……!」

ウィリアは精一杯の反論をした。この間も、当時の記憶がウィリアを襲っている。どこか、恐怖を感じているのだ。

「とにかくウィリア、俺と付き合え。俺は色々な女とヤりまくってきたが、やっぱりお前はトップクラスだ。高級なんだよ!一級品の女は価値がある!という訳で付き合え。」

人を物扱いをするグァン。この時点で、男の浅はかさが見える。しかしこの男はパニッシャー。何をしてくるのかは分からない。ウィリアはどう答えれば良いか分からないでいた。

 もし、素直に応じれば自分だけの犠牲で済むのなら良い。だが、そうでなかったとしたら?この男はニーアやミルフを狙ってここまで来たという情報を得ている。故に、下手な反応は出来ない。そして、自分がそれを拒否した場合、すぐに殺す可能性も持ち合わせている男だ。どのように答えても危険が及ぶ。

「モチのロン、お前にも良い条件はあるぜ。俺とデートすればお仲間の“安全”は保障されるって言ったらどうする?」

「安全の保障……?」

ウィリアの事に対する、仲間の安全という言葉。明らかに、事情を知っている様子だ。

「お前がクレーディト社の社長さんを殺したって話だが、お前がそれを認めるなら、ホントならまず、真っ先に殺さなきゃならなかったんだよなァ。お仲間もなァ。でもそれをね、お前は俺とデートする事で見逃してやろうって言ってんだぜ?」

どう対応すれば良い?話が旨過ぎる。グァンにノード殺害の件は、既に悟られている。だが彼女は、まだそれを認めていない。仮にそれを容認した場合、どうなる?男はウィリアをすぐに殺すのか。それとも、言葉通りなのか。それは分からない。

「俺は“お前”だから特別に言ってるんだぜ?特別な感情を持っているからこそ、こういう条件を付き出してやってんのさ!俺と“デート”するだけで仲間の命も助かる!お前以外の人間だったらとうの昔に殺してるところなんだぜェ?どーよ?」

グァンはウィリアを強姦した男だ。しかし、その上でボスからの指示があれば、どのような人間であれど惨殺する男。彼は強姦した上でウィリアを生かした。それは、紛れもなくウィリアを特別扱いしている証拠だ。

 人は特別扱いをされた時、どのような人間であれ妙な感情を抱く。それは普通の人間と言うものではない感情を持つから。つまり、関心を抱くという事だ。

 だが特別扱いと言う事程危険なことは無い。何故ならば、その話の中には裏があるからだ。ウィリアへの特別扱いは、果たしてどのような思惑があるのか。この話には乗るべきなのか。果たして……

「余りに美味しい話と言うのには裏があるのが昔からの相場ではあるわ。例えば詐欺師はカモ相手に優しい表情を浮かべて、甘い言葉を吐いて金銭を得る。詐欺以外でも、コンサルティング等で相談に乗るとか言って、事業に成功したら後出しで説明してその報酬を得るとか。他にもあるかしら、美味しい話の美味しい部分だけを伝えて、デメリットではなく、メリットばかりを伝えるという事。逆に不安を煽る情報ばかりを集めて相手を思考制止状態にするとか。まあ、そこは情報を受け取る人間が判断しなければならない事だけれど。」

ウィリアは自らの意思で身体の震えを止め、そっと呼吸をする。グァンは正直、怖い男だ。だがここで恐怖に囚われてはいけない。自分は強くなった。あの時、男に暴力、強姦行為をされてから。それと同時に、彼女が性的な価値観を失ったという事実もあるのだが。

「ケド、貴方はそもそもミスをしているわ。何故ならば、最初に私をレイプしたという事実がある。その上でいくら良い条件とか、そう言う話をしたって信用に足らない。一度失われた信用を回復なんて、到底無理なのよ。増してや、貴方ならね。」

今度はウィリアが、堂々と言った。その時の表情は、じいっと男を見て、睨むように振舞っている。

 

スタッ

 

その時、グァンは膝を付いた。どういう事だろうか。妙な振舞いをしていた男が膝を付き、何故か涙目になっている。

「それはなァ……ボスの為に絶対だったんだよォ。なぁ~、俺はお前の事が本気で好きなんだよォ……あのボスの命令は絶対でさぁ~、でもお前に惚れてるってこのジレンマ……どっちを取れば良いんだろうなぁ?なぁ~……」

何を言い出す?何故、その表情を浮かべる。ウィリアの中で不審が募る。この男が鬼畜なのは分かり切っている。これも恐らく演技。その筈だろう。なのに妙だ。気味が悪い。一体、何を考えている?

(この男の行動が読めない……ノード・ベルンを殺している事は分かって上で、殺す気はないという事?その上でニーアとミルフを殺さないって事?そうまでする理由は何?本当に純粋な好意?それを表現する事が下手なだけ?)

グァンの行動は本気なのか。それとも演技か。ウィリア自身は後者を疑う。

 だが仮に男に付き合ったとして、ニーアやミルフの身の安全は保障されるのか。その確証は何処にある?既にミルフも悲惨な目に遭っている状況だ。故にマターリャも怒りを覚えている。そもそもボスを殺す事に協力すると決めたのに、もし軽々と男の口車に乗ってしまったら、先程まで聞いた彼女からの情報が無駄になる。二人に顔向けが出来ない。

 人間の感情は取引で利用する事は出来る。だがそこに信頼がなければ成り立たない。グァンはボスとウィリアを天秤にかけていると言っている。一方ウィリアはグァンに悲惨な目に遭わされた過去を持つ。そして、ミルフも惨い目に遭わされた。普通に考えればウィリアはグァンと行動する事は有り得ない。

 しかしグァンと一時的に行動する事で二人を助け出す事に繋がるとすれば?そうとなれば話は変わってくる。この場合、どうすれば良いのか。男を疑いつつも、接触を図るべきか。

「交渉ってのはなぁ~互いに得しないと行けないっつーのは知ってんだよぉ。俺はお前と付き合いたいだけ。でも、お前が俺に心が無いのは分かってんだよォ。でも、お前が守ろうとしている仲間を見逃してやろうって思ってんだよぉ~。その上で俺と一緒に居て良い事があればお前自身も利益になるかも知れねぇんだよォ。win-winってヤツだよぉ。」

それが信用に足る情報であるという確証はない。本当に男はウィリアと純粋に交際をしたいだけなのか?それで、二人が助けられるのならばそれは良い事ではあるが……

(やはり、何かがある……応じるのは危険だ……)

ウィリアは男から離れる事を決めた。やはり、グァンは信用できない。当然だ。今まで男がウィリアに対して行った行為や、ニーアからの情報がそれを裏付けるのだから。

「なあ、ウィリア」

まるでウィリアの感情を読み取ったかのように、急にグァンの表情が変わった。

「大事な話を忘れてたぜ。社長さん殺した理由ってのはお前の弟の敵討ちっつーのも分かってんだぜ?」

「!」

何故その事が分かった?ウィリアに明らかな動揺が走る。その情報は特定の人間にしか、話していない筈なのに?この男にそれを話す理由はない筈なのに?

「動揺してるなァ?そうそう、なんで分かったのかって?何でも分かっちゃうんだよねェ。コレ使えばさァ。」

と、言ってグァンはある、一つの機械をウィリアに見せた。

 小型の端末のような機械。それを男は内ポケットから取り出したのだ。

「待って……まさか……!?」

思わず、口が開いてしまった。そう、男がこの地にまでニーアやミルフを追ってここまで来る事が出来たのも、全てはある“物”が関係していた為である。

(印……!)

氷河族の忌むべき印。それが答えだった。ウィリアにとって、これは盲点だった。印の存在は発信器と同様の役割をしていると思っていた。だがそれは位置情報のみで、音声情報まで拾うとは考えにくいとされた。

 しかし、それはあくまでも泳がせる為に黙っていたのだとすれば?ウィリアがニーアと以前バーで飲み交わしていた時に語った事が盗聴されていたとすれば?その上で、全て泳がされていたとすれば……つまり、彼女がノード・ベルンの殺害を企てている事は筒抜けだったという事になる。

(迂闊だった……!盗聴……そうか、あのバーでの会話が聞かれていたのならば全てが繋がる!ニーアに付いている印がグァンに伝わっていたとすれば……全ては、泳がされていたという事……!そうか、だからグァンは私がノードを殺した事を分かっていた……)

自らを悔いたウィリア。ボス側の人間であるグァンが今回は上手だった。あの時自らがノード・ベルンの殺害に関して話をしなければ、もしかすればこのような事態にならなかったのかも知れないと、考えたのだ。そして、グァンはウィリアがノードを殺した事を知っていた。その上での行動だったのだ。

「お前は賢いからな!この機械の意味もぜーんぶ分かっちまうんだよな。でも俺はその上で俺とデートして、お仲間も生かそうとしているんだぜ?なんて、慈悲深い!」

グァンのペースに飲まれそうになる。飲まれては行けない。それは分かっている。だが状況は不利だ。弟の敵討ちという情報が伝わった以上、ウィリアにはどう言い訳する事も出来ない。

「でも俺は優しいからな!何故なら既にクレーディトの社長さんが殺されている状況にも関わらず殺人犯の筈のお前を生かしているんだからな!それはお前とデートしたいっていう、配慮なんだからな!ボスはそれに対してアルン・ティーンズのメンバー全員を殺せって命令した!それに対してジレンマを抱えているってのは本当だからな!」

その言葉は嘘ではないという事だろう。本気でボスの命令に忠実ならば、今頃グァンはウィリアを殺している筈だ。

「社長を殺した事実や動機も既に分かってるからな。後はお前が認めるだけ。そして、俺とデート!そしたら仲間の安全も確保出来るかも知れねぇ!社長を殺した人間に対してこんな慈悲!すげえだろ!?なんて素晴らしい条件だ!」

グァンの言葉に対し、ウィリアは静かに口を開けた。

「……もし、貴方に付き合えば、本当に“彼女達”の身の安全は保障されるのかしら?」

ウィリアが一番気にしているのは、印の付いている二人の安全である。ニーアもミルフも守りたいという気持ちが率先し、動くのだ。

「さっきから言ってるだろ?安全は保障するってさ。」

そこまで言うのならば、信用した方が良いのだろうか。自らの身柄を男に差し出して全てが丸く収まるのならば、それで良いのかも知れない――

 

「待て、ウィリア!」

その時、一人の女性の声が聞こえた。ホテルから出てきた、マターリャである。

「マターリャ!?どうして……」

「そいつが追手だろう!?話は聞いていた!そいつの言う事は聞くな!皆殺しにされるだけだ!」

突然のマターリャの登場に疑問を抱くウィリア。一体、どういう事なのか。皆殺しとは。グァンは、最初から生かす気はないというのか?

 

パァンッ

 

「あッ――」

マターリャが、頭から血を流して倒れた。銃弾は脳を貫通し、赤い液体に満ちた大脳が噴き出ているのが見える。マターリャ・ブラマンジュは殺されたのだ。目の前に居る、黒いハット帽を被った男に。

「ベラベラボスの秘密を話しやがったクソアマめ。死ぬって分かってて出てきやがったなオイ!」

氷河族の秘密を話した女性、マターリャが殺された。グァン・ホーキーズの手によって。

「このアマはボスの秘密を知り過ぎたからな。そして、ミルフちゃんを助けたんだよ。俺がお楽しみの所だったのによォ。しかも馬鹿なのは、この場に居たら殺されるって分かってて出てきやがったんだからな!ミルフちゃんのおかーちゃんはよォ!」

ミルフを愛していた筈の女性が、この男によって呆気なく殺された。ウィリアに警告をする為にホテルから出て来て、瞬く間に。

 更に追い討ちを掛けるように、グァンはマターリャの遺体の頭部を踏み付けた。この様子から、如何にこの男が外道であるのかが分かる。

マターリャを惨殺され、冷静でなくなったウィリアは男をじっと睨む。急な展開だ。一体、何がどうなっているのか?

「貴方、まさか最初から殺す気でいたという事……?」

じっと睨む、ウィリア。ならば先程までの小細工のような話は一体何になるのか。

 

「ウィリアさん!?」

その時だ、聞き覚えのある、甲高い声が聞こえた。その方向を振り返るウィリア。

 そこに居たのは、レイとリルムだった。何故この場所に二人が居るのかが分からない。そして、この状況は更なる最悪な状況を招きかねない……

「レイ君、リルムさん!?どうしてここに……」

「ちょっと、二人で歩いていたんです……そしたら、銃声が聞こえて……そしたら……」

と、レイは視線を落とした際に死体を見てしまった。マターリャ・ブラマンジュの死体。人が死んでいるのだ。この状況に理解が追い付かない様子の、彼等。

「いやぁぁ!?」

だが、それよりも悪かったのは、リルムがマターリャの死体を見てしまった事だ。頭から撃ち抜かれているその死体は、少女にとって刺激が強かったのだ。レイは、急いでリルムの視界を覆った。彼女にそのような光景を見せたくないという意思が、彼の中にあったのだ。

「成程なぁ、これは使えるかもな。」

その時、グァンは舌で口唇を舐め回し、銃を構えた。その銃口の先は、ウィリアだったのである。

「ウィリア、動くなよ。今からちょっと“面白い”事をするからな。」

「何を……?」

銃を向けられては両手を上げざるを得ない。腕を上げ、男の様子を見るウィリア。

 やがてグァンはレイの前に近付いた。男は特別な力を持っている訳ではない。しかし、レイはグァンを見て、どこか恐怖を感じていた。オールドタイプとはいえ、放たれる殺気のようなものはどのような人間であれ、繊細に感じ取ることが出来るのだろう。

「隣の女はお前の彼女か?」

目の前に現れた男を前に、緊張するレイ。彼はこの時、いつものように少女に間違えられる事は無かった。恐らく服装が関係しているのだろう。今のレイはTシャツ姿と、ジーンズ姿のラフな格好をしている為である。

「……はい。」

レイに緊張が走る――

「おー、じゃあ寝取っちゃお」

「え――」

 

ドゴッ

 

瞬く間の出来事だった。レイはグァンによって鳩尾部を思いきり殴られてしまった。この衝撃が強く、これによりレイはそのまま地面に伏せる形となってしまう。

「ぐ……ウ……」

疼く痛みがレイを襲う。しかしグァンは止まらない。次にリルムに近付き、あろう事か、男はハンカチを口に含ませ始めたのだ。突然の出来事に驚愕するリルム。だが、一秒もしない内に意識を失ってしまったのだ。この間、合計五秒にも満たない素早い時間だった

 やがてグァンはリルムを抱え込み、そのまま移動し始めようとするのだ。

「待って!どこへ行く気……!?」

あまりに突然とも言える出来事に、ウィリアは困惑している。その中で、グァンは言った。

「人質を貰うぜェ。さっきの様子から見てこのガキは知人だと見た。返して欲しけりゃ、この紙の場所に来いよ!ヒャハハハハハ!」

と言って、グァンはある、一枚の紙を渡して来たのだ。それに対し、銃を向けるウィリアだが――

「おいおい、人質忘れんなよ?」

と言って、意識を失っているリルムを盾にする。それにより、銃を放つ事が出来ないウィリアはただ、呆然と立ち尽くすのみだ。

「待って……リル……ム……」

うずくまるレイ。声を上げるのもやっとの状態で、腹部を抱え、手を差し伸べるが、グァンはそのまま移動していく。

 やがて、グァンの仲間が黒いワゴンカーに乗って現れた。それにリルムと共に、乗り込むグァン。

「ウィリア!もし明け方までに来なかったらこのガキも殺すからな!連絡先もそこに書いてるからな!ヒャハハハハハ!」

と言って、すぐに車は発進していく。何も出来ないまま、すぐに。

 だがウィリアが見たのはそれだけでなかった。もう一台の車。その中に、一瞬だが見覚えのある顔を見たのである。

「あれはミルフ!?そんな!」

ウィリアの目にミルフが連れ去られる姿を、見た。それはグァンの手下と思われるスーツ姿の人間達が、虚な表情の彼女を強引に車に乗せている姿が見られた。追いかけようにも、車は既に走り去っており、間に合う筈がない。

グァン・ホーキーズはウィリアと会話している間に一連の出来事とは無関係であるリルムを誘拐し、その上で殺害対象となっているミルフをも連れ去るという事を行ったのである。ウィリアにとって、最悪の出来事が起きてしまったのだ。

 マターリャが言っていたように、グァンは最初から皆を助ける気がないとしたのなら、元々ミルフを連れ去る気で居た中で、この場に偶然居たリルムを保険として誘拐したと考えられた。全ては、ウィリアを所定の位置に向かわせる為に。

迂闊だった。グァンがウィリアと話している間に、彼の部下が動いており、それはあろう事か、セイントバード内で保護されているミルフにまで迫っていたのだ。だがセイントバードの警備は強化されている筈だったのに、何故ミルフは誘拐される結果となったのかが、分からないのだ。

 

 

 

 その後、残されたレイとウィリアはただ、一連の出来事に対して無力さを感じるばかりだった。その中で、ウィリアはレイに謝る。

「ごめん、レイ君。何も、出来なかった……」

「そんな……どうしてリルムが……さっきの、あの子も……」

落胆するレイ。予想外の事が起きて、ただ、困惑しているばかり。目の前でリルムを連れ去られ、ウィリアと同様、何も出来なかった悔しさが彼を襲う。

「聞きたい事があるわ。何故、貴方達はあの場で現れたの?危険な状況だったのに、どうして……それに、セイントバードは一体どうなっているの?」

当然の疑問だ。組織のパニッシャーが居た状況で少年少女が夜のデートをしている。何をされてもおかしくない状況だ。それを知らないレイ達は、偶然にも被害に遭ってしまったという事である。そして、ミルフの拉致に関しても理解が出来ない。セイントバードチームは一体何をやっていたというのか。

「実は今、大変な事になっている状態なんです……」

レイの口から語られた、“大変な事”とは、何を示すというのか。騒然とした夜道にて、ウィリアは、首を傾げていた。彼女がマターリャから話を聞いていたり、グァンと話している間にセイントバードで何が起きたというのか。

「セイントバードが、戦争の参加を強制されたんです……」

俯くレイ。それはどういう事なのか。一体、何があったというのだろうか。

 




第七十四話、投了。
明らかになるボスの存在。そして、連れ去られるリルム。更に、その裏で起こっている出来事とは――
多くの事が重なっていく――


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第七十五話 ナイト・カーチェイス

連れ去られたリルムを救う為、罠かも知れないと分かりつつも動くウィリア達。
しかしその一方で平和国連盟最高議長、ギルス・パリシムが友軍を含め、新生連邦打倒の為にシュネルギア、セイントバードを巻き込み、作戦への参加を強制させようとしていたのだった。
そして、行われるカーチェイス……
※残酷描写注意。


 事が起きたのは二時間前。ウィリアがマターリャやニーアと会っていた頃。セイントバードやシュネルギアのクルーに、招集命令が掛けられたのだ。一体何事かと思い、皆が一斉に基地に向かっていく。

それは、全員を国連基地内の会議室に集める為のものだったのだ。会議室に集められた基地内のパイロットやクルー達。そこには豪州の一部代表であるギア・ジェッパーの姿もあった。やがて全員が集められ、彼等はある、一つの映像を見せられる。

映像に映ったのは、現在の平和国連盟の最高議長であるギルス・パリシムだった。最高議長という立場の人間が彼等と話をする事は滅多にない事であり、この招集自体が珍しい事である。皆が、食い入るように彼の言葉を静かに聞く。

「諸君らの検討により、新生連邦の例の大型機動兵器の破壊は成功した。これで新生連邦の戦力は大きく削られる事だろう。ご苦労と言うべきだろう。あの存在は現在の平和の敵の中でも非常に強力な部類に入る。何せ、ロンドンを壊滅させた恐るべき破壊兵器。それらを破壊したということは非常に幸運である。だが、幸運なのはそれだけではない。現在、新生連邦軍は宇宙でデウス残党軍と名乗る組織からの攻撃も受けた。これによって戦力は大幅に削減され、宇宙部隊の戦力では間に合わず、地球からの戦力も投入せざるを得ない状態になった。これがどういうことを意味するか分かるか?答えは簡単、今こそ新生連邦軍本部を攻撃する最大のチャンスだという事である!」

その場にいた殆どの人間が耳を疑った。この議長は何を考えている?そのように考える人間の数が多い。しかしそのような考え等知る事なく、ギルスは引き続き語る。

「さて、新生連邦軍がこのような状況に陥っている今、連中の本土を叩くことは最早容易である。そうとなれば……それを実行あるのみであろう!!」

その場にいた全員が騒然とし始めた。新生連邦の本部に攻撃を仕掛けるつもりでいるギルスの言葉に誰もが疑った。中でもギアは目線を下にやって歯を食いしばる。

「さて、諸君達には一度、ニューヨークまで集まってもらいたい。そこで作戦を立てる。尚、この指令は絶対命令とする。特に、ダーウィンにて活躍した国連の有志達に関しては強制参加を命じる。この命令に背くことは決して許されない。国連軍の総力をもって、新生連邦を根絶やしにする事!それにより、地球圏には真の平和が訪れるであろう!新生連邦の横暴を、これ以上許してはならない!平和国連盟の名の下に、今こそ奴等を打倒し、地球圏を平和を取り戻そうではないか!」

武力行使を勧めるギルス。この考えが、以前の代表だったチャール・ポレクとは全く正反対だった。そして、この映像の一番の問題点は、国連の有志達の強制参加なのである。つまり、それにはシュネルギアやセイントバードが含まれる。そのように述べるギルスの考えは、余りに無茶苦茶と呼べるものがあった。

「グリニッジ標準時刻二月十四日までにニューヨークへ集合せよ。くれぐれも、奴等に悟られないように……その後、総攻撃をかける。これによって新生連邦による支配は終わるのだ。今度こそ……平和が生み出される!!」

映像はここで終了したが、いくつもの不満や疑問の声がその場で聞こえてきた。その中で、レイはこの映像を見ても今一つ内容を理解出来ていない様子だった。その状況の中、ジャンヌはギアに質問する。

「私達も……行かねばならないのですか。」

「……ああ、そうだね。国連の部隊のデータは全て本部に渡る。どのような戦いがあったのか、その時に活躍した人間はだれか、そしてどのようにその戦いは終わりを迎えたのか等、全てね。これは現在の議長に代わってからの義務さ。戦力の増強を徹底させているらしくてね、どうしてもこのデータが必要なんだという。」

「そうですか……」

「協力してもらっている立場なのに……ね。国連ではない君達も行かないとダメなんだよ。無論、あの白いガンダムを所有するMS乗りの方達も。」

それを聞き、ジャンヌの表情が変わった。

「そんな、彼らこそ無関係です!今回だけの話ですのに……」

衝撃を受けたジャンヌ。セイントバードチームは、これからの戦いでは一切関係のない筈だ。それなのに、国連は戦いを強制するというのだ。

「もし……もし命令に背くことがあれば?」

ジャンヌは聞いてみる。それに対し、ギアは硬い表情で答えた。

「もし命令に背くことがあればあの議長は背いた者に対して平気で殺す。軍を派遣し、見つけ出して確実に殺す。事実このような命令があの議長に代わって実は何度かあったんだけど、その際に命令に背いた部隊が同胞に殺されている。やり方が残虐なんだよ。本当に武力行使しか考えていない。それがギルス・パリシムの考え……この考えに対しては絶対服従なんだよ。」

ジャンヌはこの納得のいかない強制召集に懐疑的な立場だった。何故無関係の人間を巻き添えにし、強制的に任務に就かせようとするのかが理解出来ない。強制される戦争行為等、意味があるとは思えない。

「ただ、確かに攻め入るチャンスであるのは分かる。新生連邦は今、シン・ナンナに戦力を送り込んでいる状況だからね。これによって地球上の戦力は大きく削がれている。そこで本部を叩く事が出来れば、国連にとっては有利に働くだろうからね。」

「……」

ジャンヌは黙ったままだった。ギルスの独断でまた戦闘が行われようとしている事実に、納得がいかない様子だった。その、ジャンヌを見て、ギアは黙って見守るしか出来なかったのだ。

 

この後、その場にいたエリィは映像を見てギアに質問をしようとした。映像を見ただけでは理解出来ず、セイントバードは再び戦わなくてはならないのかと聞こうとした時、ギアの代わりにジャンヌがエリィの質問に答えた。

「その答えですが……参加しなければなりません。ダーウィンにてヴァイダーガンダムを破壊した時にニューヨークにある平和国連盟本部に部隊の情報が伝わったそうです。そしてギルス・パリシム議長は今この映像を流し、協力した部隊や組織も今度の作戦に加担するようにという命令が下ったのです。新生連邦本部を襲撃すると言う作戦。もしこれに反対し、無視をすれば国連そのものを敵に回すことになります。そうなりますと私達もそうなのですが、新生連邦と国連の両方を敵に回していかなければなりません。それは今の状況からして非常に厄介と呼べるでしょう。」

「そんな……」

「武力による平和を掴もうとする今の議長の考え……納得のいかないところは多々ありますが、今は従うしかないのです……私は貴方方に、辛いとは思いますが従うように勧めます。そうしなければ貴方方は国連に命を狙われる事になります。」

ジャンヌもこの台詞を言うのは辛かった。しかし、事実は事実。伝えなければならない。そんな彼女の台詞に、エリィは今の平和国連盟の存在について語り始める。

「命令に背く者には死を与える……こんなのって……こんなので平和を勝ち取ろうとする考えなんて……私、納得できない!今の平和国の場合はそれの平和を得る為と言う曖昧な理由付けで命令に従わせる……力で捻じ伏せる平和なんて……そんなものが平和だと言うのなら平和でない方が良いわ!!」

エリィは強く言葉を言った。ただでさえ、戦争に参加している状況に対するフラストレーションが溜まっていた中で、まさかの戦争への強制参加の指示。それに納得出来ない彼女は感情を零してしまったのだ。

「エリィさん……」

心配する様子の、ジャンヌ。

「あ……ごめんなさい、私つい……」

「けれども、貴方の気持ちは分かります。結局、平和に対する価値観というものは人に寄るのです。皆が言い続ける平和。それは一体どういう意味の平和なのでしょうか。単純に戦争の無いことが平和と言うのか、ギルス・パリシム議長のように、力で捻じ伏せ、兵士を操り、根源を断つことで敵戦力を消して厄介者を消し去る事も、また平和の一つです。平和という存在を得る為に多くの血が流されていきます。ただ、そのような事をしてまで、平和と言うものは必要なのかと、考えさせられますわね。」

ジャンヌ自身、平和と言う言葉に翻弄をされ続けてきた。平和国連盟の一部代表と話をしたり、レイとも話をした。その中で答えは見つけられないまま、今に至る。

「単純に平和と言いましても、人によって様々な平和という価値観が存在する以上、それが新たな争いの火種になりかねない事も有り得るのです。人によって正義の定義が異なるように……故の、戦争なのかも知れませんわね……」

平和と言う言葉は人により価値が変わる。その考えによって対立が生まれるのなら、それは平和と言うべきなのか。ジャンヌは平和と言う存在の謎について語った。エリィはそれに対し何も言えなかった。ただ、悔しくて仕方がなかったのだ。

「エリィさん、貴方が辛いのは分かります。いえ、貴方だけではない筈です……辛いのは。戦いたくないのに、絶対命令と言う理不尽な思いをさせなければならないことに関して、私も辛い気持ちでいます。」

エリィは悩んだ。セイントバードチームはあくまでもMS乗りである。軍として正式に参加するつもりもない上に、これ以上戦争に関わりたくないと考えるのも事実だ。しかし今回は拒否することができない。だが戦いはしたくない……彼女は必死に悩む。

「認めたくないけれど……これが事実なのなら……」

そう言って、エリィはジャンヌの元から離れた。そんなエリィの後姿をジャンヌはただ、静かに見つめていた。

 

その後、エリィがセイントバードチームのクルーの元へ戻る。その際、彼女はネルソンに聞かれた。

「艦長。我々は今後どうなるのだ?先程の映像では理解の出来ない点が多いが……」

「大尉……」

彼等はどうしても映像の中にいるギルスの言っている意味が理解出来ない様子だった。その事実を知ったエリィは困惑しつつも、事実を述べる事にした。

「今後、私達は国連軍と共に新生連邦軍本部を叩く作戦に参加しなければなりません。これは絶対命令でして、逃げ出すことは敵前逃亡と見なされ、私達は国連に命を狙われる身となります。ですから、戦わなければならないんです。」

「やはり……そう言う事なのか……」

嫌な予感はしていた。それが的中すると言うことは、余りに辛いことであった。だがそれが事実なのなら、受け入れなければならない。ネルソンは断念した。

だがこの説明に納得の行かない人間が、一人居た。レイである。国連によって強制されなければならない事に疑問を抱いていたのだ。

「どうしてですか!?どうして僕達が……」

レイの言葉に対し、エリィが答える。

「私達がダーウィンの作戦に協力した事が国連の本部である平和国連盟に伝わっていて、今度の新生連邦軍の本部を叩く作戦には国連の部隊のほとんどを導入するとあの議長は言っているの。その中に私達も参加しないと敵前逃亡扱いされると言うことなの。辛いけど、これが事実……従うしか……」

ショックを受けたレイは、これに対して思わず反論した。

「そんなの、納得出来ません!戦いたくもないのに戦わされるなんて……“攻める”戦いをしろだなんて、どうかしています!僕は自分を含めて、仲間や友達を守る為に戦ってきたんです!なのに今度は攻める為に戦うなんて!絶対に……絶対に僕は反対です!!!」

今度のギルスの命令はレイの信念を揺らがせるものだ。彼自身が納得できる筈がない、出来事なのである。

「レイ!己の都合が通じる事態ではないのだ!それを分かれ!」

これに対し、ネルソンが怒鳴った。しかしレイの怒りも筋が通っている。ネルソン自身も例が辛い思いをしている事は分かっていた。だが、従わなければ国連に殺害される事実があった為、レイに強い言葉を言った。

だが、レイは屈しなかった。素直に聞き入れたくなかったのである。

「殺されるから命令に従うなんて……確かに、怖いです……死ぬのは。それに、殺される相手が協力した軍隊に殺されちゃうなんて……けどだからって……だからってこんなにあっさりと……認めちゃうなんて……」

「皆が辛いと思っている事なのだ。それは分かって欲しい。だがこうなった以上は従わなければならんのだ……」

「こんな……こんなのって……!」

目を潤わせ、レイはその場から去った。この時、レイを止めようとする者は誰もいなかった。攻める為に戦わなければならないと言う事実は今まで仲間や己を守るために戦ってきた彼の思念を根底から覆すものであり、しかもそれが絶対強制という事も彼にとって納得の出来ないものだったのだ。

無論、クルー達もこのようなやり方をする平和国連盟の存在に納得がいっていない。あくまでも自分達はフリーのMS乗りであり、何故、MS乗りである自分達が新生連邦軍の本部を襲撃する協力をしなければならないのか。クルー全員が皆、疑問を抱えていた。

 

 

 

レイは会議室から抜け出し、一人誰もいない廊下の端で密かに俯いている。理不尽とも呼べる強制措置が、今のレイを苦しめていたのだ。

ダーウィンで彼らが国連と協力したのは、あくまでもツヴァイガンダムを受け取り、その上でヴァイダーガンダムによる破壊を防ぐ為であった。その間でもレイは味方を守る事を忘れなかった。ヴァイダーガンダムを破壊する事以外は決して攻める戦争はしなかったのだ。

だが今度は紛れもなく、攻める戦争。そのような事等、レイに出来る筈がない。彼はこの場から逃げ出したい気持ちでいた。だが逃げられない。セイントバードのクルーである限りは、決して。

(攻める戦いなんて、そんな事出来る筈がない……僕は今まで、守る為に戦ってきたんだ!なのに、こんなのって……)

ただ、やるせない思いをするレイ。目の前の現実は、彼を押し潰すかの如く現れる。

 平和国連盟議長、ギルス・パリシムの指示は絶対だ。彼が最高議長としてセイントバードチームに戦う事を強制する限り、それには抗うことが出来ないのだ。

「レイ……」

そこへ、リルムが声を掛けてきた。目の前に起きた理不尽な出来事に対してただ、やるせない気持ちでいるレイ。彼を心配するように、リルムはレイの肩に触れる。

「僕、分からないよ。なんで急にこんな事になるんだろう……」

レイ自身が分からないのに、リルムにも分かる筈がない。ただ、彼女はせめて自分が側に居て、何か出来ないかと思っているに過ぎないのだ。

「ねえ、少し外に出ない?」

「外……?」

リルムは思い切って、提案をした。今は頭を冷やした方が良いのではないかと思い、彼を外に案内したのだ。

 その後、彼等は夜空の下を散歩した。その際、レイは虚ろな表情を浮かべてはいるが、リルムは懸命に、話しかけていた。その後に銃声を聞き、リルムがグァンに連れ去られたのは言うまでもない。

 

 

 

「セイントバードが、新生連邦への攻撃を強制されるという事?」

「……はい。そんな事があって、大変な状況だったんです。」

それを聞き、ウィリアは全てを理解した様子だった。

 ミルフが攫われたのは恐らくその時だろう。手薄になっていたセイントバードの警備を突いた、グァンの手下がミルフを殺す為に侵入したのだろう。そして、ミルフの身柄を攫ったのだ。それだけでない、グァンはこの場に居合わせたレイとリルムを見つけ、襲い、車でリルムを拉致したのだ。セイントバードが平和国連盟によって強制的に新生連邦の本部に攻撃を仕掛けなければならないという指示に対するショックは、同時に氷河族に付け入る隙を与える結果となってしまったのである。

「泣きっ面に蜂……ね。」

ウィリアは静かに、握られた紙を見て言った。そこに走り書で書かれている文字は、グァンの文字だろう。所定の場所を記す文字が書かれている。それによると、この場から南へ約50キロメートルは離れた場所を記していた。人気の少ないとされる森林地帯。そこに集まる様に指示をしたのである。

「ウィリア!」

その時、彼女を呼ぶ声が二つ聞こえた。一人は女性の物であり、もう一人は男性のものだ。

 それぞれの声の主は、ネルソンと、ニーアだったのである。

「ウィリア、医務室を見たがあの少女が居ない……どういう事だ!?一体何があった!?彼女は絶対安静なんだぞ!?それにあの女性はマターリャ・ブラマンジュ……一体どうなっている!?」

「ウィリア、さっきの音は何!?どうしてマターリャが死んでいるの!?」

多くの状況が一度に重なっている。この状況に、ウィリアは困惑している。そして、翻弄され、頭が割れそうだった。願わくば、彼女自身が状況の理解をしたい程に、追い込まれている。一体、この状況は何!?

「説明をしてくれ!あの子は精神的に強いショックを受けている!何故居なくなった!?分からないぞ!」

「ウィリア!」

ウィリアは混乱している。彼女ですらグァンの行動によって混乱している状況なのに、まるで責められているような感覚だ。意味が、分からない。どうすれば良い?頭痛さえ感じる……

「貴方は、あの時の……」

オスロでセイントバードチームを襲ったアルンのメンバーの一員。その彼女が、ここに居る。警戒心を持つネルソンとレイだが、それをウィリアが止めた。

「二人共待って。彼女も今は被害者よ。出来れば早くしたいの。時間が惜しい。」

それを聞いた時、ネルソンは静かに言った。

「事情は後で聞く。時間が無いのなら、急いだ方が良いだろう。」

と言った後で、レイが言った。

「ウィリアさん、リルムも連れ去られたのなら僕も向かいます!僕が油断したからリルムが連れ去られたんだ……」

「何、あの子が何者かに攫われたのか!?」

「はい……」

本当ならば手短な説明が必要なのだが、今はそれすらも惜しい。故に、説明が追い付かない。ウィリアとしては早くグァンを追いたい。明け方までに所定の位置に向かわなければ二人の命はない。

「ネルソン、車を借りるわ。私一人で行く。」

焦る様子のウィリアを見て、ネルソンは静かに頷く。それと同時に、ニーアが言った。

「私も行くわ。」

「貴方が!?危険よ!死に行くようなものよ!」

印を持っているニーアは、グァンのターゲットだ。その、男のいる場所に行くという事は、殺されに行くようなものである。

「事情は何となくだけど分かるわ。ミルフが連れ去られたのね。恐らく、“あの男”に。」

「どうして分かるの?」

「マターリャの死体が、何よりの証拠だから……」

と言って、道端で倒れているマターリャの遺体をちらと見るニーア。

「組織の秘密を喋ってしまったが故に殺されたのかしらね。それよりも急がないと駄目ね。ミルフを助ける為に……」

この決死の表情を見て、ネルソンもレイもニーアの事を敵と認識できるだろうか。否、不可能である。かつてのメンバーの一員だったミルフを助け出したいという気持ちが、彼女達の中にある。

「ネルソン、明日の朝には戻るわ。彼女は連れ戻すから。レイ君も心配しないで。リルムさんを助け出す……必ず。」

混乱している状況の中、ウィリアが言った。

 ただでさえ、セインドバードが国連と協力し、新生連邦本部を叩くという作戦に参加しなければならないという大変な状況で起きた今回の出来事の中、ネルソンは、ただウィリアに頼るしか出来ない。

「ウィリアさん!僕も一緒に行きます!リルムが攫われたんだ……僕がしっかりしていなかったから……だから!」

今度はレイが声を出した。自分が居ていながらリルムを守れなかった事に対して不甲斐なく思っているレイ。自分にとって大切な人が危機に陥っているのに何も出来ないで居る。このような思いはしたくないと、彼は必死に伝える。

「レイ……気持ちは分かるが君が行くのは危険だ。恐らく氷河族の連中がやった事だろう。君のように生身の戦闘経験がない人間では危険過ぎる。」

「でも!」

必死になるレイ。しかし、ネルソンは語り続ける。

「反社会組織を相手にするのは死に直結する!それ程に危険なのだ!君が行っても足手まといになるだけだ!」

ネルソンの言葉は正しい。レイは生身では弱い。銃などを向けられれば殺されるのは目に見えている。いくら、アドバンスドタイプの力を身に宿しているとしても……だ。

「じゃあ、国連に相談は出来ないんですか!?さっきの人はウィリアさんに紙を渡していました!場所が記されてる紙なら対応だって……」

誘拐した場所を言っている時点で、確かに治安維持をする上では自らの位置を晒しているようなものだ。だが、これにも問題があった。

「我々は法を頼れない……それにこうした事情に関しては国連が動くとはない。動くとすれば、警察組織。それに相談したとして、時間が掛かり過ぎる……そもそも戦争状態であるこのご時世で、警察組織が動くかどうかも怪しい状況だ。」

あらゆる可能性が拒絶され、レイは絶望の淵に立たされている。明らかな誘拐があったのに、警察すら頼れないという状況。だがそれでも、彼は諦めない。

「……だったら、僕がツヴァイに乗れば……!ガンダムならどんな敵だろうと!」

冷静さを失っているレイはツヴァイを動かせば良いと考えていた。だが、その思考そのものが危険過ぎる。その為だけにガンダムを出撃させるという事自体、まず、あり得ないのだ。

「馬鹿を言うな!敵MSが居るならばまだしも、その為だけにガンダムを出す訳には行かない!」

「相手は犯罪組織なんですよね!?どうして!」

「ガンダムは兵器だぞ……勝手な判断でそれは許されないのだ……」

警察組織も、ガンダムも頼れない状況で、レイはただ、無力に包まれるばかり。自分は、リルムに対して何も出来ないのかと、悔しく感じるばかりだ。

「レイ君、大丈夫。私が何とかするわ。それにね、今回の事で貴方達を巻き込む事はあってはならないの。私は元々死んでいた筈の身。別に私はどうなったって構わない。それでも、必ずリルムさんは助け出す。無論、ミルフも……」

その言葉を聞き、レイは再び感情を露呈する。“どうなっても構わない”という言葉がレイを刺激するのだ。

「そんな訳、ないですよ!」

その言葉にウィリアは反応した。

「僕はリルムを助けたいです。でも、だからってウィリアさんだって居て欲しいんです!皆が居てくれる事こそが大切なんです!簡単にどうなっても構わないなんて、言わないで下さい……」

少女のような表情を浮かべるレイ。あの雪原の中、奇跡的に生きていたウィリアがそのように、自らの命を投げるような言葉をいう事に、レイは許せない感情を抱いたのである。

「皆が居てくれる事……か。なんだろう、こそばゆい言葉だ。」

そう言って、ウィリアは瞼を閉じた。不思議な言葉だと、思ったのである。

 死んでもよい状況であったのにも関わらず、今、ウィリアは生きている。その上で氷河族の事を知り、尚且つ仲間だった人間を助け出す為に、動き出そうとしている。その為ならばこの身がどうなろうと構わない。構わない筈なのに、レイの言葉がどこか、躊躇わせるのだ。

「ウィリア、君が頼りだ。レイの言うように、命を大事にして、無事に帰ってきてくれ。拾った命を無駄にするなよ。」

そう言って、ネルソンは車のキーを渡した。静かにそれを投げ、ウィリアは受け取った。

「……ありがとう、二人共。レイ君、必ず戻るわ。」

と言って、ウィリアは片目をウインクさせて走り去ろうとした――

 

「私も行くわ。あいつは、私の手で……」

その時、ニーアの言葉がウィリアを止めた。

この場に彼女が居るという事は、ニーアは“今”は助かったという事だ。だが、それはニーアにとっては屈辱とも言える事だったのである。

「奴が私の居場所を知っている上で見逃した。つまり、奴にとって私はいつでも殺せるという事。そんなの、屈辱よ。私が奴を殺してこの状況を終わらせてやる!」

いつしか冷静さを失っているニーア。彼女自身組織に殺されてもおかしくない立場なのに、どこか、意地を張っているようにも見える。

「……行くわよ。」

ウィリアは、静かに呟いた。それと同時に、マターリャの遺体の方を見て、思った。

(マターリャ、ありがとう。貴方が居なければ氷河族の事を知らずに居たかも知れない。ゆっくり、休んで。)

心の中で弔いを行い、静かに祈り、ウィリアはニーアと共にこの場を去る。セイントバード内にある車を借り、リルムとミルフを救う為に立ち上がるのだった。

 

 

 

 夜道を、車がライトを付けて走っている。道は草木が生い茂る場所が多く、その中を、スピードを上げて車が走る。

 戦闘後の為か、行き交う車の数は少ない。これはある意味幸運だった。万が一渋滞などしていれば救出に遅れてしまう可能性も考えられる為だ。

「ネルソン、ガソリン車なんて随分と高級な車を貸してくれたわね。既に枯渇しつつあるエネルギー車って言われているのにこんなの、ある所にはあるのね。」

「初めて乗ったかも知れない……大半の車がソーラーバッテリーの車だから、こんなの珍しいわ。」

「恐らく夜間の移動だからこれを貸してくれたのね。万が一、太陽光で電力で賄う車に乗ったとして、充電が切れてしまったら大変な事になるもの。」

「環境問題に配慮するのは分かるけれど、こういう時に裏目に出るものね……」

「普通の家庭は充分に充電しているんでしょう。セイントバードは車を出す事なんてあんまりないから。」

互いに会話をしている、両者。車内でウィリアが運転し、助手席にはニーアが居た。

「それより自分の身を守る為とは言ったけど……貴方、子供が居るんじゃなかったの?」

その言葉はニーアに刺さった。以前バーで話をしていた時、ニーアに子供がいる話をした。それなのにニーアは自ら死の危険を犯すという。その意図が分からないのだ。

「以前はその詳しい事情を聞かなかったけれど、どこかに預けている子供を残して自ら死のリスクを選ぶのは余りに自分勝手ではないかしら?」

組織に命を狙われるきっかけとなったのはウィリアの行動ではあるが、今の彼女の行動は合理的とは言えない。子供を残して死に行くのは親としては妙な行動だ。

「今だから言うわ。私ね、娘に会う価値はないと思ってるの。こんな組織に入っている時点でね。あの子を預けたのは戦後間もなくの状況だったから、あの子は母親の記憶すらない状態で育っているでしょうね。だから、母親の事を知らないで育った方が幸せだと思うの。」

「マターリャと同じ理由ね。」

ウィリアはアクセルを踏みながらその話を聞く。

「ならば、改めて言うわ。貴方はやっぱり自分勝手よ。組織に関して自分勝手と貴方は私を罵ったけれど、私の事を言えないわ。」

「どうして?私は子供を捨てたのよ?育てられないと判断したから施設に預けた。それきりあの子の所に行っていない。そんな母親に、子供が会いたがるかしら。あの子は私に会わない方が良いのよ。だから私は自分を守る為に生きる。」

これらの言葉も全て、マターリャ・ブラマンジュがミルフに抱いていた感情と同じだ。自分には娘に会う資格がないから、直接会う事を避けたという事。それを聞いて、ウィリアはどこか、苛立ちさえ感じていたのだ。

「そうやって娘さんに向き合わないで己が殺される事に対してただ、己を守る為に反逆をするのね。それが自分勝手なのよ。有り得ないわ。子供を授かって、自分が育てられなくなったからって施設に預けて顔も見に来ない。娘さんの立場からすれば不安で仕方がないでしょうね。貴方の事を覚えてないなんて事はない筈よ。貴方の娘だもの。」

マターリャの件もそうだが、ウィリアは立て続けに聞くこうした勝手な事情に対していつしか憤りを感じていた。誰もが勝手な感情を抱き、その勝手故に被害を生んでいる。それが許せないと感じていたのである。

「マターリャは、彼女なりにミルフを想っていた。愛していたんだと思う。ただ、それでも直接娘の顔を見せないのはどうかと思った。でも貴方は娘に顔すら見せず、ただ、己を守る為だけに、その印をあえて身に受けてグァンを殺そうとするなんて、動機が余りに勝手過ぎるわ。ネルソンにお願いして、印を取って、組織から逃げて娘に会いに行った方が余程良かったのに。」

ウィリアの言葉が刺さる。だが、ニーア自身、後に引けない様子だったのだ。

「今更遅いわよ……私はもう、娘に会う資格なんてない。」

「そんなことは無いわ。」

闇夜の森林地帯を走り抜けながら、ウィリアは静かに呟く。

「そんなに娘の話が出るのなら、グァンをきちんと殺して、生き延びて。貴方が死ぬ事は私が許さない。同じメンバーの仲間としても、友人としても。その上で娘さんに会いなさい。私と会うのはこれで最後。これが終わったら娘さんの居る場所に行って、しっかりと抱擁して。これは友人としてのアドバイスだから。」

ウィリア自身に娘はいない。だが弟という肉親を失っている。それ故に、肉親への感情は特別なのだ。

「こんな最低な親でも、娘は分かってくれるのかな……」

ニーアはそっと呟いた。

「戦争を言い訳に組織に入って娘さんから逃げ続けたのなら、娘さんと向き合いなさい。貴方が生きる理由はそこにある。私は弟を失った。だから復讐しか出来ない。そして、出会った友人達を守りたいの……」

この時、ウィリアはどうなっても良いと考えていた。だが一方で、レイが言った言葉も思い出されるのだ。

 

――――――――――――ウィリアさんだって居て欲しいんです―――――――――――

 

死んでも良かったと思っていた中でレイから聞かされた言葉は、ウィリアを困惑させていく。妙な感覚に陥った彼女は、言葉を詰まらせたのだ。

「とにかく、生き残る事。二人を救い出してね。」

「……ええ。」

両者の覚悟は、固いと言えた。ニーアは自らを守る為にグァンを殺す為、そしてウィリアはリルムとミルフを救出する為に指定された場所へ向かうのだった――

 

 

 

「んう……え?」

リルムが目を覚ますとそこは見たことのない広い場所の中だった。見た所、あまり使われていない倉庫のように見える。これといって目立つものがなく、あるとすれば箱が数十個置かれている程度。

そしてこの時にリルムはいつの間にか両手を縄で縛られており、その上両足も縄で縛られていることに気付いた。柱に括りつけられている為、自力では当然外すことが出来ない。

 その上自分の格好は、下着姿であった。服を脱がされ、下着のまま、括り付けられている状況。それに対して恐怖心を抱いた彼女は叫びたい気持ちになったが、突如迫ってくる足音に気付いたのか、はっと息を呑んで目を瞑った。怖さのあまり涙を流し、ただ震えるばかりである。

やがてリルムの前にグァンが現れた。この広い倉庫には今、グァンと縄で両手を繋がれたリルムしかいない。

「お目覚めかい、お姫様ァ。」

気取ったような言い方でリルムに接した。だがリルムはただ震えるだけで何も答えられない。

「なぁに、心配すんな。お前は可愛いから殺さねえよ。俺は可愛い女の子や綺麗な女に興味があるんで。まあ……例外もいるけど。」

黒いハット帽に触れながら、どこか親し気にリルムに対して話すグァン。この素振りですら、リルムにとっては恐怖に感じられる。

 しかし、このまま怯えていても何も始まらない。ここが何処なのか、それを確認する必要が、リルムにはあった。

「あ……あの……!」

勇気を振り絞ってリルムはグァンに聞いた。間違いなくこの男が自分をここまで連れてきたのは分かっている。だからこそ震えが止まらない中で、リルムは勇気を出したのだ。

「こ、ここは……ど、どこですか!?」

「ん?ああ、ここは秘密のアジトってところかな?」

「あ、あの……私どうなるん……ですか!?」

「さあ。」

無責任な一言が返ってきた。それがリルムを絶望させる。いつの間にこのような場所に置かれてしまったのか。

リルムの中に残っている最後の記憶。それは、マターリャの遺体を見た後でグァンに目を付けられ、それから突然口をハンカチで塞がれてそのまま意識を失った事だ。そして、気がつけばこのような場所に置かれていた。両手は手錠のために、足は縄のために自由が利かず、動かせない。

「あんた、将来は有望だからな。」

「え!?な、何が……?」

突然の台詞に恐怖心を剝き出しにしつつ驚いた。

「何って……そりゃあんたの顔つき、スタイルがよ。将来はモテモテだろうさ。良かったな、良い顔に良いスタイルに恵まれて!運が良いからな!まあ、それを食っちまうのも楽しみの一つ!」

「食うって……!」

リルムの背筋が凍りつく。〝食う〟という言葉は様々な捉え方ができる。今の状況では明らかにリルムを性的に襲う意味で使ったように聞こえたのである。

「美形に生まれて良いことも多い半面、実は美形って損することも多い。モテるからいろいろあるんだよ。外見の問題はまずないとしても、人間関係の付き合いとか……一方でブサイクな奴は外見の悩みをすればいい。人間関係はそれ程悩まなくてもいい。何せまず向こうから近付いてくれないからな。あんたみたいな人間は特別。近付かなくても寄ってくる。結構モテたろ、お姫様。」

何やら、リルムを褒めるような口調で語りだしたグァン。この時もリルムは警戒する様子を崩さなかった。

「今まで何人に告白された?あとさ、今何歳?」

何を言っているのかが把握できなかったが、とにかくリルムは言われた通りに答えた。彼女は捕らわれている。なのに〝何人に告白された〟などと、個人的な質問ばかりがリルムに浴びせられる。恐ろしいと思うと同時にこの男は実はそれ程恐ろしいと思うほどでもないのでは……と、少しだが思うようになっていた。

「さ、三人……歳は十五……」

「へえ、なかなかやるじゃねえか。その歳で結構遊んでるぅ?」

その時、レイの姿が脳裏に浮かび、思わず

「そ、そんなことない!」

と、思わずリルムは強い口調で喋ってしまった。遊び人と思われたくなかったのだろうか。しかしその行為をしたリルムは己の立場を弁え、後悔し始める。

「純情……か。それで純情系ってのもなぁ。何もしなくても男が寄ってくるタイプなぁ。んー、でもあんたは変な男と付き合うと失敗するな。」

ひたすらにリルムの個人的な話を続ける。これらの言葉を言われ続け、彼女は流石に不快な思いを隠しきれずにいた。いつしか、グァンに対する恐ろしいと思う気持ちが段々と薄れていく。

今の彼女から見たグァンという男の印象は、紛れもなく下品で下劣な男……個人的な事情を執拗に聞いてくる最低な存在……そのようにしか思えなかった。やがてリルムは思わず言ってしまうのだ。

「いい加減にして下さい!さっきから遊んでるとか変な男と付き合うと失敗するとか……!私には彼もいるの!ちょっと頼りないけどそれでも……ガンダムってロボットに乗って戦ってる彼が!何なの!?どうしてそんな話ばっかり……!意味が分からない……!」

不満が爆発した瞬間だった。涙目になるリルムだったが、グァンはリルムを見ても何も感じないらしく、無表情のままリルムに近寄る。そしてぐいと彼女の顎を掴み始めた。

「へぇ、そんなアニメみてぇな事があンのかよ。」

 

ジャキンッ

 

更にグァンは銃を構え、リルムの眉間に突き付け始めたのだ。こうなってしまってはさすがのリルムも大人しくせざるを得ない。涙が何粒もこぼれていく。

「あ……あ……」

「うひゃあその表情たまんねぇからな。まぁた股間が疼いちまうぜェ。いっそ撃ち抜こうかなって思うけどそれは楽しめねぇから駄目だな。それよりさ、よく俺にそんな口叩けるよなお姫様ァ?何も知らないで、何も分かんないで育ったんだろ?温室育ちってのがよく分かるからな?お前、下手したら頭から血がドバドバ出るかも知れねぇよー?よく喋るからって強く出たら何でも解決すると思うなよ?女の武器は涙っていうけどそんなもん俺に効く訳ねぇからな。」

リルムは涙を流し、コクリと頷いた。今は、それしか出来ないのである。迂闊なことを言われると殺されてしまうかも知れないという恐怖。下手な言葉で相手の気分を損ねると何をされるのかが分からない。ただ、目の前の男が怖い。

 どうして自分がこのような状況に陥ってしまったのだろうか。悲しく、悔しく、そして恐ろしい。

「あー、そうそう。もう一人のミルフちゃんの様子はぁ~?」

と、グァンは一度リルムの方を離れ、次にミルフに近付いた。

 ミルフもリルムと同様の恰好をしていた。そして、グァンは覗き込むようにミルフを見る。

「会いたかったよぉ~ミルフちゃ~ん!あのクソアマがお前を助けちゃうから顔見れないと思ってたんだよぉ~ん!嬉しいねぇ~!また、遊べるね!」

気味が悪いとしか言いようがない言葉だ。この時、ミルフはまだ、目を瞑っている状態だった。

 やがてミルフが目を覚ました時、まず、自らの身体が縛られているのに気付く。次に目の前に居る銀髪の男と目が合った。

「あー、お目覚めだからなぁ!ミルフちゃん~!」

ミルフに虫入りの食事を与え、糞尿まみれにした挙句、特殊麻薬を注射するという鬼畜行為をした男が目の前に居る。これはミルフにとっては恐怖以外の何者でもない――

「いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

思わず、叫び出した。先日までグァンにされた仕打ちを思い出し、それがフラッシュバックされたのだろう。

 本来ならば安静にしなければならない身であるにも関わらず、ミルフは拉致された。しかも、あろう事か自らを肉体的にも精神的にも傷付けた、最も危険な本人に。

「あー!その声良いからなー!ますます勃っちまうからな!殺すの惜しくなるぐらい!やけどボスの命令は従わないといけないからなぁー!」

と言いながら股間部を怒張させるグァン。その光景は紛れもなく、異常と呼べるものがあった。

(あの子って前に襲ってきた人達の中にいた人……?どうしてここに居るの?意味が、分からないよ……怖い……助けて……誰か……)

自分がどうなるのか、何も分からない状況で、リルムは静かに自らの無事を祈る事しか出来ないのである。この地獄のような状況が去ってくれる事を、ただ、願う。それだけ――

 

「来たわ」

 

その時、一人の女性の声が聞こえた。その声に反応する、グァン。

 男は上機嫌な様子で振り返った。リルム達を恐怖に陥れた男は、満面の気味の悪い笑顔を浮かべている。

「おおお!ウィリア!あれ?ちげーな。」

そこに居たのは、ニーアだったのだ。グァンが呼び出したのはウィリアの筈。何故彼女がここに居るのか?予想外の人間の登場に対して、驚愕する様子を見せる。

「彼女からは色々と事情を聞いているの。貴方、ウィリアだけで来いとは言ってなかった筈よ。」

すると、グァンはにやりと笑みを浮かべた。それから、妙な笑い声を上げる。まるで奇声の如く奇妙な声だ。

「クキキキキキキキキキ……じゃあウィリアは逃げた訳だな!かわいそ!死ぬの分かっててここに来るなんてなァ!」

歯を剥き出しにして笑っている、男。

(いや、ウィリアは間違いなくこいつと居た筈だぜ?て事は何処かに隠れてやがるな?)

グァンにはニーアに付いている印から盗聴する事が出来る。つまり、先程の車内の会話も彼は聞いている事になる。となればウィリアの姿もある筈だと、グァンは考える。当然だ。

 しかしウィリアは目の前にいない。これは、どういう事なのか。何処かに隠れているというのか?

「ウィリアァァァァァ!!!出てこいよォ!でないとこいつら皆殺しだぞォ!?」

突如、グァンは大声で叫び出した。この声も、リルムとミルフにとっては恐怖の対象だ。特にミルフにとってはより、恐怖が肥大化して迫っている感覚に陥っている。

「いやぁ……いやぁぁぁぁぁ!」

「うっせえんだよミルフちゃんはよォォォォ!」

 

バァンッ

 

とグァンは床を思い切り踏み込んだ。恐怖に怯えている時のこうした騒音はより、人を恐怖に陥れる効果がある。この場で縛られているリルムとミルフは、互いにびくりと反応し、行動が読めない男に怯えている。

「ウィリアは来ないわ。永遠にね。」

ニーアの言葉に、グァンは更に、苛立つ様子を見せた。

「はぁ!?何言ってやがる!?俺はウィリアに会いてぇだけなのによォ!どういう事だオイ!?」

表面上だけ見れば只の我儘な学生に見える男だが、その実態は残忍なパニッシャーだ。こうして地団太を踏んでいる行為も恐らく演技だろう。

「証拠はある。これ……」

と言って、ニーアはEフォンを見せた。

 そこに映るのはショッキングな映像だった。ウィリアが血を流して倒れている、光景。一見すればそれは遺体にも見える残酷な画像。

 好意を抱いている人間の残酷な光景は誰もが衝撃を受ける。冷酷な人間であるグァンですら、ウィリアのその光景には衝撃を隠せない。

「ウィリアは私が殺した。彼女が居たせいであんたに殺される事になった。冗談じゃない。私は殺されたくない。あの女を殺して、あんたの所に来て絶望を与えてやる。それが、私がここに来た目的よ。」

それを聞いたグァンはどう反応しただろうか。怒り?それとも笑い?

 答えは前者だ。歯を剥き出しにし、ギロリと睨み、握り拳を作っているのだ。

「てめぇ、どう言うつもりだァ!?どうしてウィリアを殺したァ!?あんだけ車の中で友情物語演じてたじゃねぇかァァァ!!!」

それは、グァンに聞かれていた何よりの証拠だ。印は発信器としてでなく、盗聴機能を宿しているという何よりの証拠。

 怒るグァン。それに対するニーアは、したり顔を浮かべている。

「あんたの愛するウィリアはもうこの世に居ない。ウィリアの代わりに、私が二人を助けに来た。そして、あんたを殺しに来た。」

「何ィ!?」

と言って、ウィリアが一歩後ろに下がった時――

 

シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

大広間の二階部分から突如、球状の物体が数個投げ込まれた。それと同時に物体からは凄まじい量の煙が放出されたのだ。

一個でも十分な煙を出すその物体だが、それが数個投げ込まれた為に、倉庫内は瞬く間に煙で満ちた。突然の出来事に何が起こったのは把握できないグァン。

「ぐぇぇっ!?な、何だ……?」

視界が遮られていて、何があるのかが分からない。グァンはただ、翻弄されるばかりだ。

 ただ、その間に足音が聞こえたのは間違いなかった。それに反応したグァンはすぐに部下達を呼び出した。煙で満ちる部屋に、大勢の男達が入っていく。いずれもがグァンの手下達だ。

 

 やがて煙が消えていく時、そこには既にリルムとミルフの姿が無かった。それだけでない。ニーアの姿もそこには居なかったのである。男達は居なくなった少女や女性を探し出す。グァンは歯を食い縛り、手下達に対して探すように命じるのだ。

 

 

 

大広間を抜けた所にて、リルムとミルフが何者かによって助けられていた。煙が少なくなってきた場所にて二人はある人物の姿をここで目撃する。

「ウィリアさん!?」

そこに居たのは、ニーアに殺されていた筈のウィリアだった。ニーアが見せたEフォンの画像には彼女の遺体が映っていた筈だ。なのに、何故ここにウィリアが居るというのか。

「え?どういう事ですか……?」

と、リルムが聞いた時、ウィリアが自らの示指を口元に当て、言った。

「静かに。ちょっとしたトリックよ。二人共無事で良かった。はぁ、ニーアの案は流石と言うべきか……」

そう言う彼女の呼吸は激しかった。明らかに疲れているのが分かる。汗をタラリと掻き、その汗は静かに床に落ちる。

元々、ウィリアは生死を彷徨っていた中で奇跡的に助けられていた身だ。その中でリハビリを独自に行い、独歩が可能になった。だが体力は完全に追い付いている訳ではない。故に、疲労が生じたのである。

「えっと、どういう事ですか?ウィリアさん、さっきの人に殺されたって……」

リルムは理解が出来ない様子だった。一方で、ミルフはただ、それを呆然と見つめるだけ。言葉さえ出せていない状態だ。

「ニーアと簡単な打ち合わせをしていたのよ。貴方達を助ける為にね。」

「打ち合わせ……?」

「詳しい事は後で言うわ。まずは脱出しましょう。ミルフも、車に向かって!」

披露しつつも、ここから入り口まではそう、遠い距離ではない。囚われていた彼女達を助ける為、ウィリアは走るのだ。

 だが、一方でニーアはこの場に居ない。これは一体、何を示しているというのか。

 

 

 

その頃、ニーアは大広間内の柱の側に隠れていたのだ。自らの息を殺し、銃を構え、静かに。

この時、グァンは一人、広間の中心にいた。手下達が居ない状況ならばこの男に対して攻撃をする事は可能だ。彼女は、グァンをこの手で殺す為に、自らこの場に留まっていたのである。だがグァンは印を見つけ出す事が出来る機械を持っている。つまり、ニーアの位置は男に発覚している状態と言えるのだ。そのような危険を冒してまで、ニーアはグァンと戦う気でいるのだ。

殺さなければどの道殺される。自らの身を守るという事を決めたニーア。彼女には娘がいる。戦後まもなく施設に預けたという娘。それ以降一度も会っていない、娘。だがウィリアに言われた言葉が彼女の中を巡るのだ。

 

―――――――――――――――娘さんと向き合いなさい――――――――――――――

 

手放してしまった娘と向き合う為には、まずは自分を殺してくるであろうグァン・ホーキーズを殺す必要がある。印がある限り追って来るのならば、それを止める。目の前に居る危険な男を殺せば、それが落ち着くのなら、行動するまでだ。

(来た!)

グァンの足音が聞こえてくる。相手にはこちらの居場所が分かる。ならば、正々堂々と、向かうだけだ。銃を構え、グァンを一撃で仕留める気で行けば、奴は倒せる筈――

 

グサッ

 

「あああああ!」

突如、ニーアの背中を激痛が襲った。彼女は背後からの男に刺されたのだ。

 ナイフが血に濡れ、倒れたニーアの背中からは血が溢れている。完全に、油断した。だがおかしい。この部屋にはグァン一人しかいない筈なのに、何故?

「俺のコスプレした奴にマジになって狙い撃ちしようとしてどうすんの!?ヒャハハハ!」

どういう事だ?黒いハット帽の男がニーアの背後に居たという事になる。では、ニーアが狙おうとしていた男は影武者だとでもいうのか。

「ぐ……ァン……」

「俺を殺そうとしたか女!ところが残念!世の中は簡単に上手くいかないようになっているのが道理だからな!」

完全に油断した。グァンは背後に既に潜んでいた。ニーアを追い掛けようとしているのは囮の男だったのだ。

「つぅかさ、さっきはよくも俺をコケにしてくれたなてめぇ。」

 

ドゴッ

 

「ぐあああ!」

怒るグァンがニーアの腹部を蹴る。そして、頭を靴で踏みつける。何度も、何度も。これが女性に対する仕打ちか。この男の冷徹さが見て取れる。

「印を利用した作戦って訳だなぁ成程なぁ。じゃああれはトリックって訳か。やらしいなぁ。やらしいよウィリア……益々好きになっちゃうじゃねぇかぁぁぁ!」

と、グァンはニーアに更に蹴る行為を続ける。何度も、何度も。その強い衝撃は、次第にニーアに歯向かう事をさせないようにしていく効果があった。

 何度も強い衝撃を受け続ける事は肉体的にも、精神的にも人を追い込んでいく。その上ニーアは怪我をしている。なのに、グァンはそれを憐れむ様子も見せない。

 やがて行為を中断したグァンは、ニーアを見下すように見て、ニヤリと笑みを浮かべていた。

「そうだァ、ちょっち、良い事を思い付いちゃったからな。」

この男は一体何を言っているのか。奇妙な笑みを浮かべている男。これが理解出来ない様子のニーアは、苦しみながら疑問を抱いていた。

 

 

 

ウィリアはリルム達と共には逃げていた。外に出ることに成功し、倉庫の死角の位置に置いていた車に乗った。急いで車を発進させるウィリア。ニーアが倉庫内に居るのをただ、気の毒に思いながら。

やがて車は発進し、夜道を移動する。その際、リルム達は後部座席にて座らされている状態だったのだ。

「ひとまずは大丈夫かな。あとはセイントバードに戻るだけ。彼女の事は、気掛かりだけれど……」

猛スピードで走りながらニーアの事を心配する、ウィリア。この時、リルムは運転席の後ろから静かに話しかけていた。

「あの人……私とこの子を助ける為に残ってくれたんだ……どうして……」

ニーアは以前セイントバードを強襲したメンバーの一人だ。その人間が自分を助けたという事に、信じられない様子だったのだ。

「彼女は自らの信念で戦っていたわ。無事である事を祈るしかない……」

そう言うウィリアの表情は真剣そのものだ。

「あの、さっきの事なんですけど、ウィリアさん、どうして無事だったんですか……?」

先の恐怖によって震えが止まらない中でリルムは聞いた。

「さっきも言ったけれど、トリックよ。ニーアは盗聴されていた。その中で、彼女が提案してくれた。紙を渡して、まず私が死んでいるようなフェイク写真を作らせた。そしてグァンに見せれば混乱するというのが作戦。それが幸いして貴方達は助かったという訳。」

グァンはウィリアを好きでいる。それ故の心理的動揺を狙った作戦だった。これは成功し、今に至るという事である。

「あの女の人、名前はニーアって言うの。彼女は自ら危険な行動に出た。その結果、貴方達は助かった。無論、彼女には生きていて欲しいと思う。けれど……どうなるのかは分からないわ。」

ニーアは危険な行動を取った。故に、その先の展望に関しては彼女自身も分からないのだ。無事である事を祈るしかないが、それもどうなるかも、分からない。

「そんな……」

リルムは自らの右手を胸に当て、ただ、視線を下方に向けた。彼女の犠牲があったからこそ助かった。それに関しては、感謝をしなければならないと、思っていたのである――

 

ダダダダダダダダダダ

 

その直後、車体に振動が走った。後方から弾丸を撃たれたのである。何事かと思い、フロントミラーに視線をやる、ウィリア。

 後方からはバイクに乗った人間達が数人現れた。いずれもが銃を構え、車に向かっているのだ。つまり、これはウィリアの乗っている車に対しての攻撃という事になるのだ。

「追手か……そうか、ミルフがいるから……」

迂闊だった。ミルフにも印が残っていた事が仇となった。印を持つ人間は容赦なく狙われる。それが車に乗っているのならば、運転手諸共殺す気で居るだろう。

ウィリアは急いでアクセルを踏み込み、一気に加速を上げて振り切ろうとするが、小回りはバイクの方が利く。バイクよりもサイズが大きな車ではこの状況は不利だった。しかしバイクが男達に破壊されているのだから、車でしかこの場を脱出する方法がない。

この時、ウィリアはチラとサイドミラーを見た。バイクに乗った一人の男が近付いてきているのが分かる。

「迎撃、しないとね。」

そう言った後、突如ウィリアは車窓を突然開け始めた。何をするのかと思うリルム。するとウィリアは運転しながらチラチラとバックミラーを確認し、足元の銃を取り出し、それを窓の外に出して後方に銃口を向け、引き金を引き始めた。

 

パァンッ

 

銃弾は後方にいた男のバイクの、前輪に直撃した。この際にバイクは車体のバランスを崩し、そのまま転倒。側道に落ち、バイクは爆発をしたのである。

「凄い……映画みたい……」

リルムから見れば、こうした場面は映画やテレビのドラマなどのワンシーンで見たことがある程度であり、実際に経験するのは初めての出来事だった。この時、彼女にとって、ウィリアの容姿も相まって、彼女の姿がアクション映画の女優に見えた。

 だが、これは現実の話である。こうしたワンシーンの次に、別の敵が迫ってきていた。今度は右側方部に、すでに二人乗りのバイクの後部座席からマシンガンを構えている男の姿があったからだ。

「二人共、伏せて!」

ウィリアが二人にそう言うと、両者は急いで頭を下げた。ひたすら深く、弾丸が当たらないように頭を下げ、プルプルと震えている。窓の外から自分の姿が映らないように精一杯下げた。

次の瞬間、ウィリアは側面の男に向けて銃を発射。左腕はハンドル操作を行い、右腕で銃を構える状況。この時に右側の窓ガラスが割れ、男に弾は命中し、転倒した。

間一髪だ。もし撃たれていれば車の爆発は免れない。

「車体がもし撃たれたら最悪ね。でも、一人で追手を狙えるのかしら……」

そう言いながらフロントミラーを見ると後ろのバイクが二台、迫っている。しかも追撃しているのはバイクだけではない。ワゴン車に乗り、銃を持っている人間の姿もあったのだ。

「厄介ね、あの数は……」

状況は彼女達にとって不利だ。後方から多数の敵に、銃弾。万が一これらの攻撃を受け続けると、当たり所が悪ければ車が破壊される危険性が高い。

この時、ウィリアは車を左右に、ジグザグに運転することで敵の攻撃を少しでも避けようと試みた。しかし、この荒い運転の仕方はリルム達に大きな負担を与える事になる。

「うわあああああああ!」

「きゃあああああああ!」

と、悲鳴をあげる両者。だが、それに気を遣っている場合ではない。

「ごめん!今は我慢して!」

とにかく、逃げなければならない。敵の攻撃を少しでも振り切る為に。だが、敵の攻撃は止む気配を見せない。ウィリアは運転で精一杯だ。 

その頬からは汗が流れている。懸命に、彼女達を守る為に必死に運転している。後方から迫る組織の追手は今の彼女の状況など構う事なく迫って来る。それを、たった一人で運転しながら迎撃する。しかも、彼女はある種、病み上がりだ。並の人間にそのような荒業が出来るだろうか。否、難しいと言える。

 リルムはウィリアの行動を見て、何かをしなければならないと感じた。敵が迫ってきて、尚且つ銃撃を掛けてくる。なら、それを補助すべきだと、彼女は思ったのだ。車の揺れに耐えつつ、リルムは口を開く。

「あの!私も……手伝います!銃を、貸して下さい!」

ごく普通の、ジュニアハイスクールの少女が銃を持つと言い始めた。当然ながらそのような経験等、した事がないリルム。

 しかし、ウィリアは声を荒げ、反対した。

「ダメよ!貴方にそんな危険なものを扱わせたくない!こんな状況とは言え、貴方が銃を扱う必要はないの!」

「でも!このままじゃ……」

「大丈夫……運転しながらなんとかやってみるから。」

とは言ったが、この状況で多数の追手を相手にするのは難しいと言える。車体を大きく揺らしながら迎撃をしているので、運転しながらでは敵への狙いが付けられない。だからと言ってリルムのような少女に銃を扱わせるなど出来る筈がない。

「私だって……足止めぐらいなら出来ます!」

確かに拳銃は扱うだけならば当然リルムにも扱える。だがいくら敵がこちらを狙ってくるとは言え、ごく普通に育ってきた少女に銃を扱わせる等、ウィリアとしては止めたいと思っていたのだ。

「馬鹿な事を言わないで!やってみせるから……貴方達を守ってみせるから!リルムさんも、ミルフも!」

ミルフは今、精神状態が不安定だ。故に言葉が上手く発する事が出来ない。いつ、何が起きてもおかしくない極限状況の中、ウィリアは懸命に争い続けていくのだ。

やがて後方から迫るバイクを引き離す為に、思い切りアクセルを踏んだ。その為か、少しではあるが後続のバイクとの間に車間距離が生まれた。この隙にウィリアは再び銃を持ち、窓から後方へ向けて銃弾を放った。この射撃が幸いし、後続のバイクに直撃してバイクは転倒し、爆発を起こした。

「ク、数が多い……!」

所がいくらバイクを蹴散らしたところで、敵の攻撃が和らぐわけではない。ただでさえ運転しつつ、しかも後方へ攻撃を加えなければならないこの状況。このままでは車体が破壊されて殺されてしまうのも時間の問題と言えた。

(せめて、せめて誰か来てくれれば!けど……そんな奇跡……起こる訳……)

彼女は心底助けが欲しいと祈った。しかしそう思っている間にも敵の攻撃は続く。後方から襲うマシンガンの弾。これらが車体を掠る度に、車体が揺れた。

その状態で運転していた時、一台の車が接近してきた。これもグァンの手下が乗る車で、ウィリアの車に近付いては車体をぶつけてきたのだ。衝撃の余り、車内は大きく揺れる。

「ああうッ!」

中にいた三人は揺れに翻弄された。そこへ更にその車がぶつけようとしてきたので、ウィリアは急いでアクセルを入れ、車間距離を確保した。

しかし、敵の乗る車もスピードを上げ、ウィリアの車の隣にまで移動してきた。その時、彼女は拳銃を左手に持ち、窓から相手の助手席に向けて発砲した。それは相手に直撃し、相手の車の窓ガラスが割れたと同時に、助手席に乗っていた人間の死亡が確認出来た。

「しっかり掴まってて!」

と、言った後でウィリアは更に自らの車を相手の車にぶつけ、そのまま側道に突き落とそうとしていたのだ。無論、相手の車も抵抗するのだが、端に寄っていた相手の車の方が攻撃するには不利な位置にあった。既に運転席側から火花が散っており、敵の車はクラッシュするのも時間の問題だった。やがてホイールが摩擦にやられ、コントロールを失ったその車は行動不能に陥った。

どうにか敵の車を振り切ったウィリア。だが、これが続いては埒が明かない。このまま追撃が続けば車体が破壊されるのは時間の問題だった。安寧の表情すら浮かべられる状況ではない状況で、更に迫る敵。襲って来る銃弾。これらを逃げ切るのは、非常に厳しい状況と言えた。

 

 

「あ……あ……」

その時だった。ただでさえ暗い空が、更に暗くなったのだ。その光景を見て、恐怖を抱いているミルフ。それを見て違和感を覚えたウィリアは外を見る。

 異様な光景だ。気になるのは、何故、自分達の乗る車体のみが異様に暗く見えるのか。元々暗い道ではあるのだが、電灯も少ないこの道を、更なる暗闇が襲う。

 やがて、その違和感の正体が明らかとなる。何故ならば、暗闇の中で光る、赤い光が異様に輝いているのが見えた為だ。

 

ビゴォン

 

夜道の暗闇の中で、僅かに見えたシルエットの中で彼女らの瞳に映ったもの。それは、人型の巨大兵器、MSだった。頭部のモノアイが怪しげに赤く輝き、まるで彼女らを狙っているかのように見下している。左腕部の鋏のようなクローが特徴的なMS、ファドゥームが彼女らの真上に出現したのだ。

ただでさえ後方からのバイクや車による銃撃が猛威を奮っている中で、追い討ちを掛けるかの如く出現したファドゥームを見て、ウィリアは乾いた笑いを溢してしまった。

「これは仰天ね。MS相手は流石にどうしようもない……」

車、バイクならば弱点となるタイヤ、エンジンに銃弾を与えれば相手の動きを止める事が出来る。だがMS相手では銃など効く筈がない。堅牢なCメタル装甲が銃弾を弾き飛ばすだろう。

車とMSが対決するというのは、例えるならば生身で銃を持った人間と戦闘機が戦うようなものだ。全くと言って良いほど勝ち目がない。その上で迫る、手下の追撃。絶望的な状況が始まろうとしていた。

「バイクや車だけが追撃だと思うなよウィリア!時代が違うんだからな!時代が!」

ファドゥームに乗っているパイロット。それはグァン・ホーキーズ本人だった。この男はMSを操ることが出来たのである。黒いハット帽を付けたままファドゥームを操り、モノアイで車を睨み付けている。

 

ダダダダダダダダダ

 

ファドゥームの頭部機関砲が車に向けて放たれた。牽制のつもりなのだろうが、車からすれば脅威以外の何者でもない。MSサイズから放たれる機関砲は弾の威力だけでなく、落ちるその弾自体が質量を持った脅威なのだ。

火力と質量が同時に迫り来る状況を、ウィリアは避けていく。そして、弾の残骸は後方の車に直撃したりした。最早グァンは味方の事を何も考えていない。

「逃げ切れるか!?さあ!MS対車!これは興味深い戦いだぁ!」

グァン・ホーキーズによる恐怖が始まろうとしていた。まるで楽しむかのように、ウィリアの運転する車を狙う。車に乗っている三人は、この男から逃げ切れる可能性が、極端に薄れてしまったのだ。

(ダメ……このままじゃ……!)

敵の攻撃は強力だ。ウィリアの運転テクニックを駆使しても弾丸は確実に車に向けられていく。上空にはMS、後方からは車にバイクという状況。逃げ切るにも無理がある。

「舐めプレイもそろそろ終わっておくからな!」

グァンの不吉な一言が発された時――

 

ダダダダダダダダダ

 

再び頭部機関砲が放たれた。この攻撃は確実に車を狙っている。避け切れるとは思えない。車体に振動が走る。MSのような巨体が迫る中で、ウィリアはある、言葉をリルム達に発したのだ。

「脱出して!」

このままでは車が破壊されると思ったウィリアは、急いで伝えた。

「え……!?」

突然の事に、理解できない様子のリルム。しかし、ウィリアの表情は真剣そのものである。

「早くっ!」

このまま脱出しなければ車が爆発して死ぬのは目に見えていた。だからこそ、彼女は二人に言ったのだ。しかしリルムは戸惑う。何故ならば、車は走り続けている状態だ。その状態で車から降りる事自体、危険極まりない。簡単に出来る事では無いのだ。

「でも……!」

だが、どの道これ以上弾を撃たれ続ければいずれは車が破壊される。そうとなれば、助かるには飛び降りるしかないのだ。

「前に草むらがある!そこなら大丈夫だから!」

そうは言うが、勇気など出る筈がない。怪我をしてしまうかも知れないと言う恐怖がリルムを包む。そして、ミルフも何も言えないでいる状態だったのだ。

「チッ……!」

戸惑うリルムを見て、舌打ちをしたウィリア。最早手段を選んでいられない。そう、判断したウィリアは車を草むらに近付け、次第に減速する。

 今の状況を考えれば、これは余りに危険すぎる行為だ。後方の敵に、上空のMSに囲まれている中で減速するのは自殺行為そのものである為だ。だがリルムは怖がっている。ならば、配慮をしなければならない。

 次第に減速していく車。だがそれは、格好の的だ。やがて後方からの銃弾がタイヤに直撃し、正常な操作さえ難しい状態となってしまった。

「急げ!早く!」

ウィリアは口調を荒げた。決死の行動に応えなければならないと考えたリルムは、後部座席の扉を開く。その際、隣に居たミルフを見た。

 虚な表情で、何も出来ない様子の少女の姿がそこにはあった。組織のメンバーであった時は無邪気な人間だった彼女だが、今のその姿に面影はない。そして、リルムはミルフに対し、守ってあげなければならないと言う感情を抱いていた。自分の方が年上。彼女を置いて車から脱出など出来る筈がない。

 

バッ

 

リルムは決死の覚悟を決め、ミルフの手を引っ張り、そのまま飛び出した。目の前にいる少女を助けたいと言う気持ちが、リルムの中で勝った瞬間だった。

 それと同時にウィリアも急いで運転席から草むらに飛び移る。三人は怪我を負う事なく、身柄は無事だったのである。その直後に銃弾が車体に打ち込まれた――

その瞬間、三人の乗っていた車は爆発を起こした。。激しい熱風が三人に直接吹き掛かり、

熱さを感じた。

「いやあああああああああああああ!」

最悪なのは、これをミルフが見てしまった事だ。今の彼女に刺激を与える事は精神状態の悪化を招かねない。身柄の無事は確認出来たとは言え、ミルフはそのショックに翻弄されるばかりなのだ。

「大丈夫……?」

ウィリアも怪我なく、草むらがクッション代わりになってくれていた為、痛みを感じる事はなかった。

「私は大丈夫ですけど、この子が……」

リルムは自分が思いの外冷静である事に、自分自身が驚愕していた。側にいるミルフが明らかに感情を剥き出しにし、恐怖に包まれている状態であるが故なのかも知れない。

「今は身体が大丈夫ならばなんとかなる。それよりも……」

燃え上がる車の周囲に、バイクが二台、車が一台、そして、ファドゥームが一機降り立った。三人を囲むようにこれらが集まり、彼女達を追い込んで行くのだ。

「ウィリアァァァ!駄目じゃないか!俺を騙すような事をしたらさァ!」

ファドゥームのコクピットから、グァンが声を荒げて言った。好意を抱いている人間に騙されたという屈辱が、グァンを怒らせている。この怒号は更にミルフを恐怖に陥れている。一方の二人はこの現状に対し、ただ、黙る事しか出来ない。

その時、一人の男が三人に向けて銃を構えた。が、グァンはそれを見て止めるように言った。

「お前ら撃つんじゃねぇからな。ウィリア!お前のお友達がどうなったか見てぇか?」

“お友達”という言葉を聞き、ここで考えられるのはニーアの事だ。まさか……?嫌な予感がウィリアに過ぎる。

 次の瞬間、ファドゥームの左鋏部が有線で伸ばされ、まるで三人に見せつけるかの如く近付けた。そして、そこで挟まれている、“人”の姿は三人に衝撃を与えるものとなる。

「ニーア!?」

ウィリアは叫んだ。そこには、ファドゥームの鋏に挟まれている状態のニーアが居たからだ。乱暴な動きをするファドゥームに翻弄され、意識を失っている状態だったのである。

 やがて鋏はそのまま機体の本体に戻される。この時、ニーアの身柄も同様に戻っていったのだ。

「ニーアをどうする気!?」

冷静だったウィリアは表情を露わにした。友人の扱いに対し怒りと焦りが見られている。

「俺さァ、当初の目的はお前が殺した社長さん殺しの連帯責任の為にメンバーを殺せって言われてるからな!この意味が分かれば自ずと答え、出るからな!」

嫌な予感が更に現実のものになっていく感覚に陥った。不安が増長される。その意味と、今、目の当たりにしているニーアの状態。これが意味する事は、一つ。

「MSのパワーで人間を潰したらどんな風になるか実験するからな!お友達が潰される瞬間をよく見とけよ!ヒャハハハハハ!」

グァンの言葉が響いた。人間を潰す。それを、物理的に行う事が出来るのはMSだ。その意味は、そのままの意味だ。

これを聞いて震え上がるリルム。そして、ミルフもニーアの姿を見てショックを受けている。

「やめなさい!私にしなさい!」

叫ぶウィリアだが、グァンは止める様子を見せない。

「お前は好きだからやめねぇからな!さぁ、ぐいぐいと潰していくからな!」

と言った時、ファドゥームの鋏は次第に力を込めていく。万力鋏とは言ったものだが、それが実際の人間に対して行われようとしている状況。明らかに異常だ。この男の狂気は止まる事を知らない。

「ァァァァァッ……!」

呻き声を上げるニーア。意識を失っている筈なのに、痛みを感じているのだろうか。

「やめてぇぇぇ!」

叫ぶウィリア、恐怖で声を出せないリルムと、ミルフ。

「見ちゃ駄目ェェェ!」

咄嗟の判断で、二人の視界を遮ろうとしたウィリア。恐らく行われるであろう残酷な光景。それを見せないように、彼女は二人に配慮したのだ。しかし――

 

グシャア

 

リルムとミルフが目を瞑った直後の事だ。何かが、弾ける音が聞こえた。ウィリアが目にしたその光景。

 ファドゥームの鋏は赤い色で染まっている。一部には人間の臓器らしき肉片が付着している。そして、ドサドサと草むらに落ちた“モノ”は人間の身体の一部だ。下半身部は腸や腎臓といった下腹部以下に存在する臓器類が、上半身部は肝臓といった臓器類が落ちている。その断面の脊柱は見事と言える程に破損していた。

 鋏は、ニーアの身体そのものを、二つに割ってしまったのである。だが、ニーアの頭部は無事だ。だが、助かる要素はどこにもない。先の衝撃により、一時的に意識を取り戻したニーアだったが、既に自身の身体は引き裂かれた後であった。彼女の意識は激烈な痛みと共に、次第に失われていく。

 永遠とも言える生き地獄を味わっているニーア。生身の人間がMSによって上半身と下半身を割られるという前代未聞の、拷問。その果ての、死。

(アイシャ、ごめんね……)

娘の名は、アイシャ。施設に預けているという娘の顔を見る事なく、その最期は惨たらしいものだった。

 彼女は娘と向き合う事をしなかった。だが娘の事は愛していた。ニーアが一体これ程残酷な事をされなければならないのは何故か。いくら反社会組織に所属していたとは言えこのような末路を迎えなければならないのか。組織の連帯責任というのは、これ程に重要なのか。

 友人の酷い最期を目の当たりにしたウィリアは、その目を大きく見開き、口を手で覆った。見るに余る残酷な光景は、あらゆる人間に衝撃を与える。

 そして、それを見てただ、一人笑っている人間がいた。グァン・ホーキーズである。

「やったあああああ!ヒャハハハハハ!生身の人間真っ二つ!ヤベェ〜!俺の知的好奇心が満ちる!満たされる!あああああ!たまらねぇ!股間がギンギンだぜェェェ!ヒャハハハー!!!」

この光景を引き起こした張本人は、ただ、高らかに笑うだけだ。グァン・ホーキーズ。氷河族のボス、エレグ・スウィードの直々のパニッシャーは人を殺める事に愉悦を感じている。それも、より、残酷に。まさに、最低最悪の男だ。

「グァンッ!!!」

ウィリアは遂に怒った。恐れではない、純粋な怒り、この男は倒さなければならないと、本気で思ったのだ。

 しかし現実問題、状況は不利だ。敵はグァンだけでない。手下も居る。その上グァンはMSに乗っている。生身の人間がMSに、しかも拳銃だけで勝てる筈がない。幾ら怒った所で、状況が不利なのは変わりないのだ。

 

キシィン

 

そこへ、上空から何かが急速に接近する音が聞こえた。戦闘機?違う。では、何か。

それは、MSだった。それも、唯のMSではない。ガンダムタイプだ。四本のアンテナに闇夜の中で輝くデュアルアイ。バックパックの推進剤が勢いよく噴出し、この場にそれが出現した。

 機体はツヴァイガンダム。紛れもなく、レイのMSであったのだ。

「レイ……!?」

思わずリルムは声を出した。レイのガンダムがここに来た。これは、絶体絶命の状況であった彼女達からすれば幸運以外の何者でもなかったのだ。

「何!?こいつぁガンダムタイプか!?」

グァンが声を荒げた――と、同時にリルムが言っていた言葉を思い出した。

 

――ちょっと頼りないけどそれでも……ガンダムってロボットに乗って戦ってる彼が――

 

「こいつが言ってた彼氏の乗るガンダムってワケかよ!ヒャハハハ!」

グァンは察した様子で、ツヴァイの方を見た。だが、ガンダムが出現した所で状況は危険である事に変わりない。三人はグァンの手下に囲まれている。

 その時、グァンはレイに対して言った。

「おい、そこのバーカ!彼女を助けに来たってかァ?やってみろや!その前にまとめて蜂の巣にするからな!」

ファドゥームとツヴァイの機体性能の差は歴然だ。だが、グァンはツヴァイのパイロットがレイである事を知っている。それ故の挑発なのだろうか。この様子から、グァンは手慣れのパイロットである事が伺える。

この時、レイは下方をモニターで確認した。そこに映る燃え盛る車と、側に居る三人の人間の姿を、見たのだ。

「車が燃えてる……側にはウィリアさんとリルムと、あの女の子か……もう一人の人は?」

それに気が付いたレイはふと、ファドゥームの左の鋏部分を見た。そこに映る、赤い液体の存在。更にそこから視線を落とし、見えたものを見てしまった。

「そんな……そんなのって!?」

衝撃だった。何せ、上半身と下半身が分かれている死体の姿がそこにはあったのだから。それが何を示すのかは、暗くて見え辛い。だが、レイにとってはこれが明らかに不吉な内容である事は間違いないと、言えた。

「彼女の前でいいとこ見せようってんなら大間違いだぜ!?こっちは人質が居る事忘れんなよ!」

純粋に、ファドゥームを倒そうとするならばツヴァイならば簡単な事だ。しかし今は状況が違う。三人を巻き込む訳には行かないのだ。この状況を利用しているのはグァンである。

 今回、レイがここに来たのには理由があった。セイントバード近郊にMSの反応が確認された為である。最初、これに対しては国連兵が出撃する予定だったのだが、この件を知っていたレイが自ら名乗り出て、ツヴァイを駆り出したという訳なのである。

「お前等、ウィリア以外は撃っても構わねぇからな!」

その発言が意味する事を、レイは最初理解出来なかった。やがて、足元で行われている悲惨な状況をモニター越しに確認し、目の当たりにする事になる。

「リルム!!」

待機していた男達が、銃を構えてリルム達に迫っている。グァンの命令とはいえ、この男達は少女相手に銃を構える事を躊躇わない。

「こんな粒揃いを殺すのは惜しいがガンダムの彼氏が乗ってる中古女ならいらねぇわ、殺せよ!」

その声が、高らかに響いた。グァンの声と共に、銃が構えられる。ウィリアがすぐに、リルム達の前に立ち塞がり、守ろうとするが、それを止めるのはグァンのファドゥームだ。

 あろうことか頭部を彼女の方に向け、機関砲を発射出来る状況を作り出していたのである。

「ウィリア!このガキ共を守ろうとしたらてめぇも蜂の巣だからな!」

最悪の状況だ。ウィリア自身も動けない上に、男達は躊躇なくリルム達を殺そうとしている。恐らく、言葉での説得は無意味だ。

 グァン・ホーキーズは残忍だけでなく、ある程度の洞察力に優れる人間だ。聞き出した情報を思い出し、それを分析する。今回ツヴァイのガンダムがレイである事を見抜いたのはリルムの言葉によるものだ。それ故に、心理的な揺さぶりを掛ける事が出来た。この男は狡猾であり、策士である。パイロットが人間であるが故の心理的な弱点を突いた最悪の状況。レイは、強力な機体を持ち出しても、この状況を打開する事が出来ないというのか。

 

ピキィィィ

 

それは、“普通”の人間ならば不可能だろう。普通の人間の普通の性能のMSでは彼女達を助け出す事は不可能だった。グァンと言う人間の残忍な性格や、それに従う男達に良心があるとは思えない。少女に対して銃を向けるような事を平気で出来る人間達が殺人など、躊躇うことは無いだろう。そもそも、人を殺す環境で育ってきている者達が集まっているのだ。それに対する躊躇いなど、無い。故に人に銃を向け、それを放てる。

 だが彼等が相手をしているのは普通の人間である事を願いつつも、普通の人間でない運命を歩もうとしている少年だ。それは何を意味するのかは容易い。

 レイの乗っている機体はツヴァイガンダム。サイコミュ兵器を操る事が出来る機体だ。サイコミュ兵器、ブリッツファンネルはレイが思った通りに、その俊敏な動きを行う。武装としても扱う事が出来る他に、その飛翔体そのものを飛ばす事も容易なのである。

「行け――」

レイは静かに呟く。そして――

 

ピシュンッ

 

ブリッツファンネルが飛んだ。それも、男達が銃の引き金を引く前に。その飛翔体は、リルム達を守るのに十分な力を秘めていた。

 そして、それは合計十八基ある。これが意味する事は、彼女達を守りつつも、ファドゥームに攻撃を仕掛ける事が可能という事だ。

「何ィ!?」

ブリッツファンネルはビーム刃を展開する事なくファドゥームに質量でダメージを与えた。これにより頭部機関砲の位置は逸れる。更に、リルム達はファンネルによって守られ、銃弾を回避する事が出来たのだ。

「こいつぁ何だ!?」

焦りを見せたグァン。この時、咄嗟にファドゥームを後方に移動させてしまう。それを見たレイはすぐに追い掛けた。男を逃がす事はリルム達に危険が及ぶと、判断した為である。

 この時、地上ではファンネルが彼女達を守ってくれつつもウィリアは男達に対して銃を構え、発砲した。一人ずつ、確実に処理していくウィリア。全ては、彼女達を守る為に。

 

 ファドゥームは逃げようとするが、ツヴァイがそうさせない。ビーム粒子による砲撃はリルム達を巻き込む可能性があった。故に、そうした兵器を使用せず、ツヴァイはマニピュレーターを駆使してファドゥームに接近し、そのまま地面に押し付ける。

「クソがァ!」

モノアイで睨むようにツヴァイを見るファドゥーム。これに対して頭部機関砲を放つが、ツヴァイには通用しない。レイは周囲を確認した後に胸部のマシンキャノンを、ファドゥームに浴びせたのである。

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ

 

「な――!?」

この出力を至近距離で受ける事は、機体に甚大なダメージを与えると同義だ。ファドゥームのコクピットは衝撃によって開かれ、コクピットが剥き出しになった状態で、グァンは懸命に反撃しようと、ビームサーベルラックを展開し、ビーム刃を展開しようとするが――

「やあああっ!」

レイがそれを阻止する。ツヴァイの手部マニピュレーターはファドゥームの右手部を把持し、止める。やがて、そのまま右脚部を蹴る様に攻撃したのだ。

「ぐあああ!」

激しく揺れる機体に耐えられなくなったグァンは、そのままコクピットを放り出された。そして――

 

ズバァァァ

 

とどめをささんと、ツヴァイはメガビームセイバーでファドゥームのコクピットを突き刺したのだ。この瞬間、ファドゥームは爆発を起こした。

 幸い、リルム達はファンネルによって守られており、爆風で巻き込まれる事は無かった。ただ、残ったのはファドゥームの残骸のみ。赤々と燃え盛るその機体と、ネルソンの車。この場には、それらが残っただけだった。

 レイは、忌むべき敵であるグァンを倒す事に成功したのである。

 

 

 

 その頃になれば、うすらと空の色が遠くの方で色が変化しつつあった時間になりつつあった。レイは急いでツヴァイを膝立ち姿勢にし、コクピットを降りて三人の様子を確認する。

「ウィリアさん!」

走って来たレイは、彼女達の無事を確認した。そこで、レイの姿を見たリルムは目元が潤い、そして――

「レイ!!!」

 

ギュッ

 

恐怖で翻弄されていたリルムは、その感情を爆発させた。レイに対して抱擁を行い、ただ、ひたすらに泣きじゃくるのだ。

「怖かった!怖かったよう!」

「うん、うん……無事で、良かった……」

この時、彼等は自然な抱擁をしていたのだが――

「あっ!?ご、ごめん……つい……」

リルムがレイから距離を置いた。どこか、恥ずかしさを感じているのが分かる。

「レイ君、わざわざ来てくれたの……?どうして……」

「MSの反応があったからなんです。そしたら、ウィリアさん達がここにいるって分かって。」

レイは事情の説明をし、ウィリアは納得した。その際、彼女は燃え盛る車やMSの存在を見て、そっと呟いた。

「高級車を台無しにしちゃった。」

そして、ウィリアはミルフに近付き、視線を彼女に合わせた。

「もう、大丈夫だから。ミルフ……」

しかし、ミルフの表情は虚ろなままであり、言葉も少ない。

「ニーア……は……」

「……ごめん、守れなかった……」

ミルフは助け出せた。だが、友人はグァンによって残酷な死を迎える事になった。余りに悲しき結末は、ミルフにも衝撃を与える結果となったのである。

「そんな……」

「ごめんね……私が居ながら……」

そう言って、ウィリアはミルフに対して抱擁を行った。涙すら流れないミルフを、ただ、ウィリアは悲し気な表情で支えてあげる事しか出来ないのだ。

 忌むべき印を付けられた者達は、それを狙うパニッシャーによって命の危機に瀕していた。命懸けで助けに来たウィリアではあったが、不幸にも彼女の友人を亡くすという状況に陥ってしまった。助かったミルフも、悲哀な表情のままであり、それ自体が、ただ、空しい出来事と言えたのだ。

 命は助かった。それは良い。だが心に残った傷は余りに大きいものがあったのだ。

(あれは……)

その時、ウィリアの眼に、ある、機械が映った。それはグァンが持っていた印の位置を見る為の機械。恐らくグァンが放り出された時に落ちたのだろう。この時、ウィリアはそれに対して手を差し伸べ、ポケットに入れたのであった。

 

 

 

 決死のカーチェイスは終わりを迎えた。後に三人はツヴァイの手部マニピュレーターに乗せられる形でセイントバードに戻る事になった。この時、既に日の出が出始めており、今回の惨劇とは対照的な美しい朝日が顔を浮かべていたのである。

 セイントバードに戻った彼女達。ミルフは最初に医務室に運ばれ、再び安静にする事を求められた。ウィリアとリルムには怪我はなかった為、様子観察をするようにネルソンが言った。

「よく頑張ったなレイ。君が居なければ皆は殺されていたかも知れない。」

「ただ、必死だっただけです……僕は……」

彼は、先の戦闘での死体の存在が頭から離れなかったのだ。状況から見てファドゥームによる攻撃を受け、殺された。セイントバードを出る前に居た一人の女性が戻らない所から、恐らくニーアが殺されたと思う、レイ。

「君はもう、休め。セイントバードはこれから忙しくなるからな……」

「……はい。」

レイはそう、静かに言った。ネルソンの言うように、セイントバード自体も今、大変な状態だ。何せ、国連の提案した作戦への強制参加を強いられる事になるのだから。

 

 その後ネルソンはウィリアと話をしていた。誘拐された少女二人を救い出したのは良かったが、一人の友人を失った。この衝撃が彼女を動揺させているのである。

 その中で、ネルソンはチームに残るかどうかを尋ねた。何故ならば、セイントバードは今後戦争への強制参加を強いられている状態だ。直接チームとは関係のないウィリアを巻き込む事は避けたいと思っていたのである。

「ウィリア、君の身体はもう大丈夫だろう。ここに居る必要はない。セイントバードは戦争に巻き込まれてしまう事になるからな。」

と、ネルソンは言ったのだが――

「いえ、私は残るわ。ミルフが心配だから。」

彼女は自ら、残る事を選んだ。昨夜の出来事でミルフが再び精神的に強いショックを受けてしまっていないかと言う、一抹の心配を残していた為である。

「あの子は母親も氷河族に殺されてしまっている……頼れる人間が居ない状態なのは一番危険なのよ。だから、私が側に居てあげないと。」

「そうか……」

と、ネルソンはただ、呟いた。

(結局グァン・ホーキーズのせいで多くの人間が殺された。全てはあの組織、氷河族があるが故にこうした事が起きた。ミルフも精神状態が不安定になってしまった……)

ウィリアは、一人、静かに握り拳を作っていた。視線を下方に向け、一人、決意を固めたような表情を浮かべている。

(あの組織は、滅ぼさなければならない……だけどそれは今じゃない。今は戦争が始まる。それを乗り越えなければ。)

セイントバードは戦争に巻き込まれる。今後同行していく事でどのような状況に巻き込まれるのかは分からない。ただ、一つ言えるのはパニッシャーであるグァンからの脅威は去ったという事だ。

 しかし肝心の氷河族の存在を消さない限り、彼女達は恐らく追われ続ける身となるだろう。一度は死ぬ事も厭わなかったウィリアではあったが、この時、組織の壊滅こそが彼女に関わった人間達への弔いであると、密かに胸に抱いていたのであった。ウィリア・ラーゲンにとっての復讐劇はまだ終わらないのである。

 




第七十五話、投了。
グァン・ホーキーズの横暴は一応解決したものの、一行は新生連邦の本部攻略戦への参加を余儀なくされていくのでした。


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新生連邦本部攻略戦編
第七十六話 強いられる“攻める”戦い


国連により、攻める戦いを強いられる事となった一行。
その中で、エファンはある、一人の特殊強化モデルを目覚めさせる為、アーステクノロジー本社に向かっていた――


 決死のカーチェイスから三日が経過した。その出来事も大変な事ではあったのだが、今は、シュネルギア、セイントバードの両陣営は国連の命令に従わなければならないという状況に絶望している状況だった。三日経過しても相変わらず現実を受け入れられない人間達。無理もなかった。これから、新生連邦本部を攻略する為に強制的に作戦に参加しなければならないのだから。中でもセイントバードチームのクルーは、この現状に嫌気がさして逃げ出そうとする者まで現れる程だった。

何故自分達が戦わなければならないのか?その気持ちは誰もが抱えている。特にレイは未だに納得出来ずにいた。いくらネルソンやエリィが話しても聞く耳を持たない。

無論、レイ達だけがこのような状態な訳ではない。アレン達もそうだった。新生連邦本部を攻めるという国連のやり方に納得が出来ないのである。

「滅茶苦茶だ!命令によって新生連邦と……戦わないとダメだなんて……俺達は国連の人間じゃない。なのに、何故そんな事が……」

「悲しいですが、それが現実なのです。やはり、この道は避けては通れない道……」

アレンの心境も、レイと同様だった。納得出来ず、ただただ苦悩するばかり。彼の場合は、レイとは違い、国連が新生連邦本部を攻めるという事実が認められないのだ。

レイのように、無理にでも攻める戦いをしなければならないという苦しみとはまた違うものがあった。とはいえ、苦しい事に変わりはない。

「とはいえ、今は向かって来る現実をどうするか……それが課題だな。」

「ええ……」

抗うにも抗えない現実。何故自分達がこのようなことに巻き込まれなければならないのか……理不尽な思いが彼等を更に混乱に陥れていく。

「あのさ、思ったんだ……戦いを止める筈なのに、戦いに協力してるってのもおかしい話だよね。」

「それは……」

元々アレン達はこれ以上の戦乱を起こさないために国連に協力する形で争いに介入している。その最初の行動が新生連邦のオペレーション・デモリッション・クリエイションである。そこから、彼等は新生連邦の攻撃に対して対抗するように戦っている。ダーウィンでもヴァイダーガンダムの破壊をする為に戦っていた。 

ロンドンを壊滅状態に追い遣った凶悪な兵器を破壊し、争いを止める為に戦う彼等。だが、今になって気付くのだ。結局国連も争いを行っているだけだ……と。それに加担しているのではまるで自分達はただ言われるままに戦っているだけじゃないか――アレンにはそのような疑問も生まれていた。

「戦いを戦いで止めるなんて……無理な話なのかな、俺達の行動にそもそも矛盾が生じてる。これじゃ説得力の欠片もない。」

「けれども、人は言葉だけで分かり合う事は出来ません。だからこそ、戦争が起こるのです。互いの力をぶつけ合い、弱者は強者に飲まれます。争いのない世界を作るのは、事実上不可能とも言えるでしょう。ですが、争いを少しでも減らすことは出来ます。私達に出来ることはそれしか無いのかも知れません。」

「けど、次は攻めに行く。これは争いを止めるとは思えない!」

焦りを見せるアレンに、ジャンヌは俯きつつも冷静に答える。その言葉は、アレンの言葉に対する言葉であった。

「いえ、そうでもありませんわ。武力行使により、もしも新生連邦を降伏させることが出来れば今後の争いは少なくとも、大きく減っていく事は間違いないとでしょう。今度の国連の行動は不本意ではありますが、私達の目的としては実は完全に間違いではない……のかも知れませんわね。」

「どうして!?」

焦る様子のアレンはジャンヌの言葉に耳を疑った。

「それは攻め入る事で新生連邦の本部を陥落させることが出来れば地球上の新生連邦の支配圏が大幅に減る事になります。これにより、新生連邦による攻撃を受ける国、勢力が殆ど無くなる事になります。ですから今回の指示に関してですが、私達の目的としては正しい道でもあるのです。」

「けど……これでは……」

「分かっています……辛い事は、勿論。」

攻撃に協力させられることに疑念を抱くアレン。しかし、ジャンヌはこの行動は自分達の行動に矛盾を抱えていないと言う。

「アレン、今は……やはり逃れられない現実からは逃げてはいけないと私は思います。私達は不本意とはいえ、やはり次の作戦には参加するべきだと考えます。」

「そ、そんな事……!」

アレンは思わず反論をしようとした。だが、彼は冷静になって考えた。

攻め入り、新生連邦を攻め落とせば争いは減るに違いない……これが事実なら、自分達の行動としては正しい在り方であると考えられる。納得の出来ない事ではあるが、仕方がないのかも知れない……と、考えた。

「分かって頂けましたか?」

「……悔しいけど、それで争いが減るのなら、今回の作戦には参加する方が良い……のかな。」

アレンも合意した。ジャンヌは静かに、アレンの目を見て頷く。

「これで私達は国連に協力することは決定しました。ですが、問題はあります。」

「……セイントバードチーム……特に、レイか。」

「ええ、彼は大きく反対している様子です。ですが、彼の参戦は恐らく避けられないでしょう。先の戦いで功績を残してしまったのですから。」

レイは今回の事に猛反対している。彼が攻める戦いを嫌う事は、この二人も理解していた。故に、困惑しているのである。

「誰かが、改めて説明をしないといけないのかもな……」

と、アレンは静かに呟いたのであった。

 

 

 

現在、新生連邦軍は焦りの色を隠せないでいた。ダーウィンにてヴァイダーガンダムを失い、その後で現れたデウス残党軍の大艦隊による戦力の消耗……新生連邦上層部は失われた宇宙の戦力を補うために地上総戦力の1/4を月面のシン・ナンナ基地へ送り込んだ。これにより、地上の戦力は大きく削がれることになる。

戦力を送り込んだ後に、新生連邦本部周辺のMSの配備数は以前よりも多くなっていた。地上の戦力が手薄になった今、仮にも本部が狙われては終わりだと察知した為である。その状況の新生連邦を、国連は攻撃しようというのだ。

本部に整備されているMSの数はそれこそ、他の基地に配備されている機体の数の比にならない。幸いなのはヴァイダーガンダムのような戦略兵器が存在しない事だが、それでも強力なMSが多数存在する本部に攻撃を行い、陥落させる事は並大抵の事ではない。

 

 

やがてギルスの宣告を受けてから二週間弱が経過した。現在の日付は二月一日である。つまり、国連による新生連邦軍本部攻略戦決行まで後、二週間に迫っていたのである。その間、世界中では大きな変化が起こっていた。

新生連邦本部は本部の守りを固める為に世界中の戦力を削って本部周辺にMSを多量に配備した。しかしそれが迂闊だったのか、新生連邦本部の守りは頑丈になったとはいえ、世界中の新生連邦の基地のMSの配備が手薄になり、国連からすればそれらは格好の的となっていたのだ。この為、国連の部隊によって新生連邦の基地は襲撃され、新生連邦軍の基地は幾つかが陥落するという現象が起きていた。まさにこれは、ギルスが掲げている武力による平和がなされて行っている瞬間と言えた。

全てはギルスの思惑通りだ。これより、世界中の国連軍が、手薄になった本部以外の新生連邦軍の基地に少しずつではあるが攻撃を始め、攻め落とす事で、新生連邦の支配領土を少しずつ狭めていたのだ。無論、新生連邦軍の全てが敗北したわけではない。いくつかの基地は迫ってくる国連軍を撃退し、生き永らえている基地も存在している。まだ、国連軍が攻撃に転じてから状況が変わりつつあったという事だ。

しかし、新生連邦はこの事態に対して、ただてさえ強化しなければならない筈の本部から、別基地へ戦力を派遣しなければならなかった。こうした事情により、本部の戦力は次第に減少していく。そして、これもまた、ギルスの思惑だったのである。

「予想通りだ……やはり新生連邦軍は不利になりつつある。これで手薄になった本部を叩けば全てが終わる!我々の勝利として!」

つまり、ギルスは最初に世界中の新生連邦の基地に攻撃を仕掛け、その攻撃から生き延びた基地に本部から戦力が派遣される事を読んでいたのだ。それによって本部の頑丈な守りは次第に脆くなっていき、そこへ国連の大戦力が新生連邦本部を叩く。それにより、戦力を確実に消耗させ、確実な勝利を得る。現在のところ、ギルスのシナリオ通りに世界情勢は動いていたのである。

「さあ、来る二月十四日……国連が悪しき新生連邦を断つ時が来るのだ!」

武力による平和。それがギルスの掲げる信念である。彼の思惑は、今まさに功を成そうとしていたのだ。

しかし、その一方で多数の犠牲者も出ていた。罪なき一般市民が国連の攻撃によって命を落としているのだ。だが、決して平和国からそうした情報が流される事はない。都合の悪い情報の隠蔽工作。例え平和国連盟の所属国であろうともこうした事態が起きているという異常自体。その上、こうした内容を告発しようとも国連軍が治安維持部隊を派遣し、こうした反政府活動を取り締まるのだ。そして、不都合な事実はSNSに関しても取り締まっているのが現状だ。民間人のこうしたアップロードや実際に起きている出来事に対する隠蔽工作。それらは、新生連邦が行って来た情報操作と全くと言って良い程同様の事を起こしていると言えたのである。その上での新生連邦議員への裏の接待や高級娼婦といったある種の骨抜き作戦も同時に行われており、次第に新生連邦はその絶対的な力を失っていく。

 そして、平和国連盟はギルスが代表になってから、軍部に力を注ぎ始めており、いつしかその実権も軍部が握っているようになった。これはギルス自体が元々武力推進派の人間であり、今までのチャール・ポレクによる平和主義の存在に対して反対意見を持っていた国連軍の人間がある種、反旗を翻したと言えるだろう。その鬱憤を晴らすかの如く、新生連邦に対して攻撃を加えていく国連軍。そうとなれば、争いが絶えなくなるのは必然だ。世界は益々混迷を極めていくのだった。

 

 

 

世界情勢が変化しつつある中で、エファン・ドゥーリアはアーステクノロジー本社に居た。亡きスルース・ディアンの後を継ぐ一人の男が彼を案内する。まさか、目の前に居る男が先代社長のスルースを殺害した事を知らずに、そのまま移動するのだ。

地下にある、強化モデルの研究施設へ向かうエファン。この時、強化されたクラリス・デイルも同行していた。

「こちらです、少佐。」

研究員はある部屋にエファンを入れた。その部屋の扉を開く為には研究員の指紋が必要である。エファンと共に居たその人物の指紋により、その扉は開かれた。

彼等が入った部屋は多数の縦長のカプセルが置かれている部屋だった。その異様ともい呼べる部屋の中を、エファンは進んでいく。

やがて彼等は一つの檻の近くに辿り着いた。檻の中には、裸で四肢を鎖で繋がれている一人の男の姿があった。目つきが野生の獣のようで、荒い息を立てている。明らかに異様な雰囲気を持っているその男の姿を見たエファンは、研究員に聞いた。

「なんだこの男は?」

「最新の特殊強化モデルです。特殊強化モデルは本来成功例が少なく、今回作り出す事に成功した作品がこの人間、ダウーラ・ダギオンです。」

男の名はダウーラ・ダギオンと言った。凶悪な風貌をしているその男は、研究を睨むように見た後、言葉を発した。

「……イライラするンだよ……」

常に苛立っている様子のこの男。全裸で、筋肉質な印象をもつ男はエファンを見て、睨んでいる。

「ダウーラ・ダギオン。元死刑囚です。12人を無差別に機関銃で乱射し、更生の余地がないとの事で死刑に処された人間です。しかし戦況の変化に伴って特殊強化モデルの実験に呼ばれ、結果的に“戦闘マシーン”に変化を遂げた存在です。」

研究員の言うように、ダウーラは元死刑囚。P.C歴以前のC.Wの時代に故郷のエレメンタルスクールの児童を銃撃。その動機は、“子供の声に苛立った”という身勝手悪質極まりないもの。その残忍性は特殊強化モデルになってからも、恐らく変わる事は無いだろう。

 生まれ持っての邪悪な人間とは、常人には理解出来ない存在だ。それを理解するのは恐らく、困難を極める。優秀な臨床心理士、心理学者であれ、こうした凶悪な存在を理解するのは不可能とされる。仮に理解したとしても、仮説を立てるしかないのだ。

「この男は言語中枢等に大きな問題は無し。特殊強化モデルの中では成功の部類に入ります。」

「ほう、そう言えば特殊強化モデルと言えばデスペナルティ、アトミック、バイラヴァーの三機のガンダムタイプのMSのパイロットも特殊強化モデルだったな。一度その姿を見たが、この男程、冷静に喋っている様子はなかった。殺意を求める本能で動いている存在と呼べた。」

「あれらは生物としての本能を満たさなければ寿命を保てないという致命的な欠点を持っています。今、彼等は辛うじて命を取り留めている状態ですよ。ですが、先の戦いで一人が戦死したそうです。」

それはシエル・ホーンドの事だった。三機のガンダムの内、バイラヴァーガンダムを失った新生連邦。残るはデスペナルティとアトミックのパイロットを務めるニッカ・ドレイクとハーディ・クオレントの二名のみである。

「そうなのか。」

「ええ、情報によりますと……ですが。しかしこのダウーラ・ダギオンは成功作ですよ。出生はともかく、特殊強化モデルは強化モデル以上の身体能力、空間認識能力を求められる故に製作段階で死亡に至るケースが高いのです。ここまでまともに言葉を話す特殊強化モデルは珍しいですよ。研究が、進んできているが故と言うべきでしょうか。」

研究員の言うように、それまでの特殊強化モデルは変わり者が多い。三機のガンダムのパイロットを務めていた三人はコクピットに乗り、戦いを行う時のみ人語を発するが、待機中等では人語を喋らず、ただ唸るだけである。リノアスは口数が少なく、コミュニケーション面での問題があった。最も、それは強化したが故に生じた問題ではあるのだが。

その中で、表情や目付き、息遣い以外はまともに言葉を発するダウーラは研究員にとって確かに成功作と言えたのであったのだ。最も、その性格そのものは残忍極まっているのだが。

「ほぅ、このような実験を行っているのか……成程な、スルース・ディアン氏もこれに関わっていたという事か。。」

「ディアン社長が亡くなられた事は、正直残念です。普通の人間が強化モデル以上の力を持つ人間を作る事が出来るのか。連邦軍の管轄に於いてそれを実行された第一人者がディアン社長なのです。こうした作品を作り出せるのは、彼の研究があったからこそなのですよ。」

アーステクノロジー元社長のスルース・ディアン。この男は多くの犠牲者を出してでも強力な人間を作り出したいという、己の欲に支配された人間である。しかし力を持つ人間を不要としているエファンからすればスルースは敵であり、故に彼の手によって抹殺された。 

しかし強化人間という存在を作り出そうとしていて、それを“作品”として見做す、考えを抱いている人間がエファンの眼前に居た。この時の彼の苛立ちは尋常なものではなかったのだが、この時は平常心を保っていたのだ。

その時、ダウーラが研究員を睨みながら言った。

「おい、早く出せよ。イライラさせんじゃねえぞ……」

「丁度、そのつもりだったからな。その代り襲うなよ。襲えばお前に電流を流す。」

そう言うと、研究員は所持していたボタンを押した。するとダウーラを繋いでいた鎖が外され、檻が開かれた。すぐにダウーラはその場所から出てきてエファンと研究員の前に現れる。

「ハッ……やっと外に出られた。」

解放された事を受け、ダウーラは御機嫌な様子だ。しかしその表情は笑っているのだが、純粋な笑顔とは言えないような表情を浮かべており、一見怒っているようにも見える。

「随分と凶悪な奴を作ったものだな、これでも“成功”と呼べる人間なのか。」

「んだと……?」

ダウーラはエファンを睨んだ。しかし――

 

ドクン

 

まるで心臓の拍動のような音と共に、エファンの目が見開かれる。ダウーラはこれによって頭を抱え始めた。

「うおっ……!?何だこいつはァ……!?」

歯を食い縛り、苦しみ始めるダウーラ。エファンは見下すように男を見ていた。

「いくら特殊強化モデルとは言え所詮はオリジナルの力を持つ存在には叶わんよ。これが何よりの証拠だ。」

その様子を見ていた研究員は呆然とした。そんな研究員を見たエファン。すると、それに気付いた研究員は息を飲んでエファンと目を合わせる。

「少佐は……何者ですか?このダウーラを睨んだだけで苦しめさせるなんて……」

関心を抱いている様子の研究員。彼に対し、エファンは静かに、言った。

「私はアドバンスドタイプだ。」

 

ジャキンッ

 

自らの存在を明かしたと同時に、エファンは突如銃口を向けた。その様子は、以前にスルースを殺害した時と酷似している。

「な……何の真似ですか!?」

驚愕している研究員だが、エファンは淡々と語り続ける。

「私は力を持つ存在は絶対に排除しなければならないのだ。幸いなのはこの男が強化モデルであるということ。だから利用価値はある。不必要になれば私の手で消せば良い。だがな、そのような存在を量産するという事は私が許さん。」

「そ……そんなの……勝手過ぎる……」

怯える研究員。しかし、エファンは躊躇う様子を見せない。

「強化した人を“作品”と扱うのが研究者のやる事ならば、死ぬ方が良いだろう。増してやそれが戦争の潤滑油を生む存在ならば、消え失せる他にない。失せろ。それが例え、このような元死刑囚であろうとな。」

 

パァンッ

 

その言葉の後、銃声が部屋の中で響いた。エファンの眼前には頭部から噴水のように血が溢れ出ている研究員の姿があった。既に息はなく、即死だった。その光景を見たクラリスの表情は、全く動じている様子は無かったのである。

「研究とは本来人が豊かになる為の崇高なる行為の筈だ。戦争の道具を生み出す等、言語道断。」

「ハッ。」

この男の言動は矛盾している。強化モデルの存在を許さない彼は、クラリス・デイルを強化モデルに仕立て、部下としている。そして、強化モデルの存在を“戦争の潤滑油”として見做しており、それに対し嫌悪を抱いている。その結果、研究員を殺害するという凶行に至った。この矛盾は何を示すというのだろうか。

やがて、エファンはダウーラの姿を見た。既にダウーラには頭痛がなくなっており、普通に行動が出来るようになっていた。

「イライラが少し消えた。こいつぁ、俺を尽く脅してくれやがったからな。何も出来ねえ俺を。」

「そうか、それは良かったな。」

冷淡にダウーラをあしらう。しかしダウーラは荒い息を立ててエファンを睨んだ。

「けどお前……俺を利用するっつったな。不要になったら消すとか言ったよな?」

「そうだ、それがどうした。」

エファンの言葉を聞き、ダウーラはどこか、怯えている様子を見せた。

「せっかく外に出られたのにお前に消されるのはごめんだ。冗談じゃねえ。それこそてめえの自分勝手じゃねえか……。イライラさせやがる。」

特殊強化モデルの中でも成功に部類されるダウーラは、エファンの行動の異常さに気付いている様子だった。この男が放つ異様なプレッシャーは特殊強化モデルの彼をも、飲み込んでいるのだ。

「今、消されたいのか?」

「ヘヘ……あれだ、つまり……お前は俺を手駒にしてぇんだ。言ったもんなァ。利用価値があるってな。」

「フン、やはり死ぬのは嫌か。」

「そりゃな。せっかく出られたのに何もしないで死ねるかよ……」

怯えていながらも、強気な言葉で返すダウーラ。

「では大人しく私に従え。」

エファンは微笑しつつ言った。すると、ダウーラも微笑しながら言う。

「ご主人様って訳か。お前が。」

「そうだ。それよりも、その口調は治らないのか?従う以上はそれなりの言葉遣いであってもらいたいものだがな。」

「そーいうのは無理な相談だぜ。」

「そうか……まあ、この際何でも良いがな。所詮強化モデルだ。強化モデルは、人形も同然といった所か。哀れな人形……」

「んだと……?」

エファンの言葉に怒るダウーラ。その際にエファンが見せた目を見た瞬間、ダウーラはすぐに対抗する姿勢をやめた。彼から放たれるプレッシャーが、ダウーラの行動を止めるのである。

「ハハハ、こりゃ参ったな。何も出来ねえ訳だ。お前の前じゃ。」

「だからと言ってこの研究員のように束縛はせんよ。そうだ、お前は外に出て何がしたい?」

唐突なエファンの質問に、ダウーラが凶悪な面構えで笑いつつ、嬉しそうに答える。

「戦いだ……戦いがしたい。俺の腕を試してぇ……早く乗せてくれよ。MSにさ……」

「そうか、分かった。だがお前をMS乗せることになるのは二週間後になる。それまではシミュレーション等で感覚を養うんだな。」

エファンがそう言った直後、ダウーラに変化が見られた。ただでさえ荒い息を更に荒くさせ、急に大声を上げた。

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!俺は今すぐ戦いてぇんだ!戦わせろ!それをお前は邪魔するってか!?ふざけんなぁ!アアアアア!!!アアアアア!!!イライラが募る!!!戦わせろ……戦わせろォォォ!!!」

ダウーラは大声で叫びながら、側にあったカプセルを素手で割り始めた。それはガラスで出来ている為、この男の両手は切れて血まみれになる。しかしそれでも男は止める気配がない。苛立ちが、男を支配しているのだ。

「やれやれだな。これが“成功”と呼ばれる存在なのか。」

 

ドクン

 

その様子を呆れた様子で見ていたエファンは、先程と同様に目を見開き、ダウーラの暴走を止めた。

「うおおおっ……!」

頭を抱え、再び苦しむダウーラ。その状態を一分程続けた後に彼は目を静かに閉じた。それと同時にダウーラの頭痛がなくなっていく。

「ハハハ……お前……やっぱりすげえ奴だな。気に入った……二週間ぐらい我慢するぜ。その前に服くれ、服。」

「後でな。まあ……私は気に入るつもりはないがな。行くぞ、クラリス。」

「ハッ。」

エファンは新しい手駒を手に入れた。ダウーラ・ダギオンという名の男。常に苛立ちを覚え、そして殺人衝動に駆られている危険人物。だが意思自体はまともで、他の特殊強化モデルに比較して成功の部類に入る、男。

しかし、エファンはそのような男であれ、いずれは殺すことしか考えていない。結局彼にとって強化モデルであれ、力を持つ存在は邪魔以外の何者でもない。

(ダウーラ・ダギオン。こいつは利用するだけ利用し、そのまま戦場で戦死する事がお似合いだ。私の計画の為に。)

この後、エファンは研究施設に残された残り二人の強化モデルと共に移動する事になる。ダウーラ・ダギオン以外にも二人が必要だという、エファン。果たしてその目的とは、一体。

彼の計画とは何か。その為に特殊強化モデルを利用する男、エファン。

力を持つ存在を否定し、その上で力を持つ強化モデルを利用する彼の行動の矛盾は何を示すのか。彼は一体、何を目的に動いていると言うのだろうか。

 

――――――――――お前をMS乗せることになるのは二週間後になる――――――――

 

先程のエファンの中に一つ、奇妙な言葉があった。二週間後は国連が新生連邦本部に総攻撃を行うことになっている。国連内部にしか知らないそれらの事情を、彼は既に知っているというのか。

 

 

 

アステル家ではジンクが世界情勢を見て複雑な表情を浮かべていた。国連が優位になりつつある世界。だが、本来戦争を行わないはずの国連が積極的に戦争を始めている。そして罪なき人々が亡くなっている事実に対する隠蔽工作……これでは、新生連邦軍の行っている方法と何ら変わらない。このような国連に対し、ジンクは怒りを隠せないでいた。彼は国連の隠蔽工作を知っている。それも、ギアという、国連の一部代表を務める友人がこの情報を彼に事実を伝えていた為である。

彼の部屋にはモニターが置かれており、そこには現在の世界の領土図が示されていた。それぞれ赤と青色で分けられており、赤い部分が国連であり、青い部分が新生連邦の領土ということになっている。現在世界は赤の部分が多い。

そのモニターを見た後に、ジンクは一言呟く。

「ジャンヌ達も可哀想にな……不本意な戦いに巻き込まれるとは。が今は我慢して欲しいものだ。今度の戦いは、今後の世界情勢於いて非常に重要な物となるだろう。」

戦いを強制させられているジャンヌ達。ただ、ジンクはそんな彼女達に対して哀れむ言葉を呟く同時に、意味深な言葉を呟いた。

 

ガチャ

 

その時、ジンクの部屋にある一人の男が姿を現した。その男の姿を見ても、ジンクは動じる様子もなく、寧ろ、歓迎した様子で言った。

「いやあ、国連の人間の網の目をくぐるのに一苦労しましてね。変装や国籍を誤魔化した結果、ようやくここに辿り着くことが出来ましたよ。」

男はジンクとなれ親しい印象を持っている。彼に対してフランクな印象を持つ、ジンク。

「お前は国連の一部代表なのだからな、無理もない。」

「おや、貴方にしては珍しく寛容なんですね、ジンク。」

「別に珍しくもないだろう、ギア・ジェッパーよ。」

ジンクの部屋に入ってきた男の正体は、ダーウィンで国連の一部代表を務めるギア・ジェッパーだった。何故、ダーウィンにいたはずの彼が今アステル家の豪邸にいるのか。

それは二週間前に遡る。ギルスからの命令を受けていた国連軍は、それぞれ納得のいかない状態が続いていた。その際ギアはジンクと連絡を取り合っており、そして変装し、国籍を偽装してローマに向かい、現在に至るという訳である。彼等は元々友人同士であり、幾度となく連絡を取り合っている仲ではあったが、ここに来て両者が直接対談をする必要は、果たしてあるのだろうか。

「さて、現在の平和国連盟はギルス・パリシム代表がその実権を握っており、その波紋が世界中に広がっています。武力による平和。その思念を掲げ、あのダーウィンでの戦闘以降、既に現在まで幾度も世界中の新生連邦軍の軍事基地に対して攻撃を行って来ました。その上でのデウス残党軍の出現。これにより、新生連邦軍は全盛期と比較して大きく戦力を減少する事になったと言えます。」

現在の世界情勢について語る、ギア。

「これだけに関してはギルス・パリシムの手腕は間違っていないと言えます。それ故に本部への攻撃を促していくというのは戦略としては間違っていないと言えるでしょう。新生連邦という脅威を叩くチャンスなのですから。」

それ故の今回の作戦への強制参加である。それの拒否は、許されない事だ。

「そして、その作戦の中にアステル家の強制参加をさせている目的の一つが、アレン・レインドでしょう。」

「何故、そう思う?」

ジンクが聞いた。

「彼は元々地球連邦軍にてデウス動乱の英雄と呼ばれていた男です。その彼が国連と協力して、かつて所属していた連邦と戦うという構図は平和国連盟側からすれば良いプロパガンダにもなり得ます。」

地球連邦軍に所属していた、かつてデウス動乱の英雄と呼ばれている人物が新生連邦と敵対するという事は、平和国連盟にとって都合の良い物語に仕立てる事が出来る。

アレンは有名人だ。その彼が今、敵対している組織と戦うという事は世間へのアピールとしては都合が良いものと言える。平和国側からすれば、それ故の強制参加の意味もあるのかも知れない。

「ですがこれら以外にも大きな問題があります。この短期間で新生連邦と国連の戦闘巻き込まれた民間人の数も膨大なものとなりました。その数は分かりません。そして、平和国連盟は国連が仕掛けた戦争によって民間人が巻き込まれ、死んでいったという事実に対し、新生連邦同様に隠蔽工作を行っています。」

ギアが言っているのは、国連の武力行使だけでなく、それに対する犠牲者の情報の隠蔽工作の事だ。平和国連盟は、アレンのプロパガンダ利用だけでなく、そうした事を、裏で行っていたのである。

「それは聞いている。所詮、今の奴等は新生連邦軍と何ら変わらない存在だと言う事だな。」

ジンクは、静かに呟く。現在の国連の武力行使は新生連邦のそれと何ら変わらず、不都合な事情は全て隠蔽するという状況。これでは、新生連邦のやり方と何も変わらないのだ。

「その事は、ジャンヌ達に伝えていないのか?」

「……ええ、今はまだ。彼女達は国連の武力行使に疑念を抱いておりまして、今はその事を言わない方が良いでしょう。」

「何故?」

「もしそれを知ってしまえばジャンヌ嬢自身の考えを変えてしまい、国連そのものを見兼ねて離れてしまう可能性があります。そうなれば“今の私達”にとっては不都合でしょう?」

二人は何かを起こそうとしている。会話内容からそれは分かるのだが、何を起こすのかは不明だ。

ギアの言葉を悟ったジンクは、静かに頷いた。

「うむ……成程な。確かにそれを知ればジャンヌ達が今の国連を見限る可能性は十分に有り得る……この状態で事実を伝え、離れてしまってはやがては奴等も困惑するだけだ。」

テーブルに置かれていた紅茶を一口啜り、ジンクは再び喋り出す。

「しかし、平和国連盟もチャールの頃と比べて随分偉そうになったものだな。今までは攻撃されるまでは一切攻撃を加えない大人しい連中が今ではひたすら武力行使なのだからな。おまけに隠蔽工作と来たか……」

「まあ……常識的に考えて、武力行使に対して反撃を行えば、また再びそれらに反撃する為に武力行使を行う……そしてどちらかが滅び、どちらかが生き残るまで戦争は続く。本来の戦争の有り方です。そして、ギルス・パリシムの意向によって軍部が力を得れば、今度は常に武力行使。本当に、先のデウス動乱で一体何人もの命が亡くなったのか分かっていないようですね。そして亡くなられた罪なき一般市民の情報を隠すと言う隠蔽……確かに、支持者の信頼を下げない為にも情報操作は一種の戦略と言えますが……ね。」

「それもそうだが、国連からすれば我慢が出来なかったのだろう。ロンドンを襲撃した巨大ガンダムの存在……それによっていつまでも受け身でいる考えは捨てるべきだという考えが生まれるのは無理もない。そこであの男が代表に就任したと言う訳だな。その際に不自然なチャールの死が生じているのだが。」

ジンクはモニターを眺めつつ言った。赤く彩られている世界地図が増えつつある世界を見て、静かに溜息を吐く。

「確かに気になるところではありますね。まさかチャール・ポレク前議長は自殺ではなくて殺害された?そして殺害した犯人はギルス・パリシムなのでしょうか?これは考え過ぎかも知れませんが……」

ギアが静かに呟いた後、ジンクは言った。

「ギア、そもそも、何故ソネル・パリシムが暗殺された後に副議長として、ギルス・パリシムが選ばれたのは何故だと思う?」

この質問に対し、ギアは静かに、言った。

「……西洋にある国連への兵器を生産している軍事産業、サイラックス社。これが大きく関与していると予想出来ますね。」

「ああ、随分と分かりやすい構図だ。我々もそうだが、軍事産業は“死の商人”と言われている。ギルスが戦争に賛成派だとして、軍備増強を徹底するとすれば当然サイラックス社はそこを全面的にバックアップするだろう。兵器を作れば作る程利益を得られるからな。」

元々、ギルス・パリシムが副議長に当選したのはサイラックス社による恩恵があったのが大きい。その上で何らかの力が動き、チャール・ポレクが死に、そのままエレベーター式にギルスが議長となる。そうなれば、絶対的な権限はギルスのものとなる。その効果は絶大であり、軍備増強に使われ、利益を得られるのならば喜んで出資するだろう。

事実、ギルスが議長になった事で、ヴァントガンダムといった国連軍への兵器の生産が進んでいき、それが機となり、サイラックス社は莫大な利益を得ることが出来た。

「そして、ギルス・パリシムは既に当時の平和主義に反対する一部代表達を既に手玉に取っており、彼等からも多くの指示を集めていたと言います。その上でのヴァイダーガンダムのロンドン襲撃というタイミングが余りにタイミングが良すぎた。」

「その結果が戦争を求める世論を作り出した……全ては、ギルス・パリシムの計画通りという訳だな。」

ジンクは腕を組み、この世界情勢に対して何度か頷く様子を見せた。

 恐らく、全てはギルスの計画。故に今、男は平和国連盟の最高議長として君臨しているのだ。

「ジンク。あと一つ、気になる事が。あの男がサイラックス社のバックアップで動いているのは分かりましたが、それ以外にも平和とは違う、何かを別の目的で行動していると思えるのです。どの道あの男は危険である事に変わりはありませんが。あの男が国連の代表であってはならない……そうは思いませんか?」

「無論だ。だから私とお前がここにいるのだろう?」

「……そうですね。」

この二人は明らかに何かを企てている事が会話で明らかになった。現在の国連議長であるギルスを快く思わない両者。この国連のやり方に対して異を唱えたいのは分かるが、何故隠蔽工作の事実を今、ジャンヌ達に伝えると都合が悪いのか?それはまだ分かっていない。

「この戦いによって国連が勝利を迎えようと敗北を迎えようが、どの道これによって世界は余計に混乱に陥ることだろうな。」

「そうですね、国連からすれば〝新たなる敵〟が出現する訳ですからね。余計に平和とは程遠いものになりますが、現在の平和国が作り出そうとしている〝偽りの平和〟の世の中になるよりはましだと考えていますよ。民間人の犠牲者の隠蔽をして平和を勝ち取るなど……そんな汚い連中に平和は作り出させませんよ。」

ギアはうすら笑いを浮かべた。ジンクも同様に静かに笑っている。

「我々は兵器を作っている。その時点で平和とは程遠い存在なのだがな。ギア。お前の考えには全力で協力させてもらう。その面白いアイデアは気に入った。バックアップは任せてもらおう。」

「ありがとうございます。ジンク、貴方に相談して良かったですよ。」

「長い付き合いだ。これぐらい何ともない。地球圏の真の平和は先延ばしになるが……今の平和国連盟に支配されるよりはましだな。ただし、厄介な存在はまだいるぞ。」

「……デウス残党ですか。」

以前に、新生連邦軍の宇宙軍本部のある月面基地であるシン・ナンナ基地へ総攻撃を仕掛けたデウス残党軍。これにより、地球圏では力を失われていたと思われていたデウス帝国が再び侵攻を行ったという事実が民衆に認知されていった。現在の新生連邦軍を不利な状況へ追い遣った元凶がこのデウス残党軍である。

「元々、我々アステルもデウス残党にMSを提供したものだ。だが、今となっては奴等にMSを提供する気にはなれん。決してな。」

「決心は、御固いようですね。そうであって下さると尚ありがたいです。」

ギアは静かに頭を下げた。

「私自身も嫌だが、何よりも娘がデウスに協力する事を拒むだろうな。奴等も今更地球圏に現れて支配を目論んでいるのだからな……馬鹿馬鹿しいものよ。」

「フフ、そうですね。けれどもデウス帝国とは確実に戦争になると思われますよ。彼等の目的が地球圏の支配だというのなら、それを阻止するのも我々の役目ですからね。」

「無論、その時はその時だ。戦わなければ生き残れない。デウスに協力していたのはあくまでも過去の話。そのような過去に縛られるようなことは我がアステル家はない。我等は己が道をゆく。今更デウスに強力などせぬわ。例え連中が以前の新生連邦のように交渉をしてきて、それを我々が拒み、その腹いせに攻めてくる事態になってもな。」

「流石、ジンク・アステルですね。」

ギアは感心した様子で言った。ジンクはデウス帝国が例えアステル家に協力を依頼してきても、断固として拒否する姿勢でいた。彼は、今のデウスを亡霊のような存在だと認識している。そんな亡霊が今更になって現れたという事に、ジンクは苛立ちを見せていた。

「それに、今更亡霊共が来たところで何が出来る?奴等は先の大戦で大敗をした。なのに、未だに地球圏を我が物にせんと、戦おうとしている。それがいかに無謀で愚かな事であるのかを何も分かっていないのだ。だから今更になって地球圏に姿を現すことが出来る。情けない連中だ、奴等もな。」

「その言葉は支えになりますよ。」

「さて、我々も停止していた工場を“再開”しなければな。そして、“戦艦”の建造も急がねばならん。ギア。そちらも上手くやってくれる事を期待しているぞ。」

元々アステル家には軍事工場が敷地内にあった。現在はそれは停止しているが、この世界情勢を見て、再開をしようと考えているのだ。そして、“戦艦”の存在とは……?

「ええ、分かっていますよ。世界を、これ以上アルメジャンのようにする訳にはいきませんからね。」

彼はアルメジャンでの新生連邦の虐殺事件で彼は平和国調査団を率い、調査を行っていた。そして、惨い現実を知った――

「さて、そろそろ私は再びダーウィンへ戻ります。そして、ジャンヌ嬢達と共に行動します。様子を見る為に……ね。」

すると、ギアは立ち上がり、部屋から出ようとした。その様子を見てジンクが一言掛ける。

「待て。随分と早いのだな。」

「今回はあくまでも打ち合わせです。また後日連絡をさせて頂きますよ。あくまでも、今の我々は様子を見ることしか出来ませんからね。」

そう言いながらギアは眼鏡を一度取り、レンズを乾いた布で拭いて再び眼鏡をかけた。

「……そうだな。その前に、お前はジャンヌ達と共にすると言ったな。」

「ええ、それがどうしましたか?」

「シュネルギアに同乗するということか?」

ジンクの質問に対し、ギアは少し黙り込む。少しの間が空いた後にギアは答えた。

「ええ、あくまでも様子見の為に。」

「そうか。とりあえず一言言わせてもらう。絶対に死ぬな。お前が死ねば計画は全て台無しになる。」

ジンクは〝死ぬな〟という部分を強調して言った。ジンクにとって死なれては困る存在であるギア。それは友人として思いやりを込めて言っているのか、それともジンクのいう、〝計画〟の重要な役目を果たす存在がギアであり、それで死なれては困るのでそう言っているのか……その真意は定かではない。その言葉に対し、ギアは静かに答えた。

「ええ。死にませんよ。ただ、激戦になるのは間違いありません。何せ相手は新生連邦の本部。ダーウィンでの巨大ガンダムのような機体はいないとはいえ、恐らくあの戦い以上の激戦が待ち受けているでしょう。その中で私が死ぬ確率は十分に有り得ます。ですが私は死にません。私が生き残ることで、未来は変わるのですから。」

ギアは自信有り気にその台詞を述べた。彼の存在によって一体世界はどうなっていくのか……それは両者しか今のところ分からないのである。

「お前に死なれては全てが狂う。頼むぞ、ギア。」

「ええ、承知ですよ。」

そう言ってギアは去った。友人の後姿を見送った後、ジンクは静かに紅茶を飲み、引き続きモニターを見ていた。

 

ジンクの下を去ったギアは、広い廊下を付き添いの人間に連れられながら、少しばかり考え事をしていた。

(ギルス・パリシムに対抗する為の力はこれだけでは足らない。奴は既に多くの一部代表を味方に組み込んでいる。その上で軍に力を持たせている。ならば、そのギルス・パリシムという人間に不審を抱かせる為の決定打が必要だ……)

眼鏡の奥に光るその目は、何を見ているのか。今のギアの考えは、読めない。

 

 

 

セイントバードチームとシュネルギアは今、平和国連盟の本部のあるニューヨークに向かっている。不本意ながら、両艦は今回国連と共に戦う事を決定していた。この決定に逆らう事があれば、国連によって殺される。このような理不尽な要求を受けている以上、従わなければならなかった。しかし、セイントバードのクルーの中でこの事に、未だに納得が出来ていない人間がいた。レイである。

目の前の現実に対して納得が出来ない様子のレイに、声を掛ける人間が、一人。スバキである。

「お前……その、大丈夫か?」

「僕は、分からない……どうすれば良いのか、何をすれば良いのかが、全く。」

今までは守る事を考えて戦っていた。それで、セイントバードや仲間を守ることが出来ればそれで良かった。それを続けていければ良いとばかり、思っていた。

 だが現実はそうさせない。攻める戦いを強いられる。それに反論すれば、殺される。何故このような状況に陥らなければならないというのだろうか。

「……スバキは何とも思わないの?」

俯きながら、レイはスバキに聞く。

「思わない訳ないだろうが!私だって……正直辛い。だって戦争を仕掛けに行くんだろ?」

「ただの戦争だけじゃないよ。今度は攻めるんだ。僕、襲って人を殺すなんてしたくない。その人が許せない人間じゃない限りは、絶対に……」

レイの表情は暗いままだった。目線は下を向いており、静かに溜息を吐いている。そんなレイを見てスバキは言った。

「最近のお前、よく溜息ばっかり吐くよな。」

「え……?そう……かな?」

ヴァイダーガンダムとの決戦以前から、レイは暗い表情を浮かべる事が多くなった。無理もない。自身の出来事を含めた予想外の出来事が重なり過ぎている。レイ自身に疲れが出て来ているのだ。

「溜息なんてマイナスになるばっかりだと思うんだよ。だったらさ、一息一息思いっきり吸いこんだら?それで吐いたら溜息じゃなくて深呼吸になる!深呼吸って良いイメージだろ!?だからさ……どんなに辛くても深呼吸して落ち着かせたら良いんだよ。な?」

「深呼吸……か……」

レイの肩をポンと持ち、スバキは笑みを浮かべて言った。彼女の言った言葉は、元気のない彼を励ます、彼女なりに考えたせめてもの言葉だったのだろう。

「ていうか!お前がそんなんじゃリルムがもっと心配になるだろうが!前だって変な奴に連れ去られたって聞いたぞ!お前が頑張って、助けたんだろ?それで、良いじゃないか……」

そう言うスバキの表情は、どこか暗い。目はレイをじっと見ているが、口角は下がっているように見える。

「うん、そうだね……リルムを心配させたくない……守らなきゃ、絶対に……でも、守る為に攻める戦いをするって事……?」

言葉が混乱している。守る為に動いているのに、攻める戦いをするという状況に、レイはただ、分からないで居たのだ。

(分からない、分からないよ……)

一体、自分は何の為に戦っているというのか。守る為の戦い?攻める為の戦い?守る為に攻める?様々な言葉が一度に集い、レイを余計に困惑させていく。

 自分はどう在れば良いのか。今までなして来た事を否定しなければならないというのか。それが分からないまま、彼は苦悩している。

 

「レイ?」

そこへ、アレンがココットと共にその場にやってきた。苦悩している様子のレイを見て、アレンは心配そうな表情を浮かべている。

「やっぱり、心配していた通りだな……」

レイの表情は彼の予想通りだった。攻める戦いをしなければならないという事に対する苦悩を抱いているレイ。側に居たココットも、彼に声を掛けた。

「この前の戦いでは頑張ってくれてたんだよね、君。なんだろう、前に見た時より垢抜けているようには見えるな。」

それはロンドンで会った時やシュネルギア内で会った時だ。その際、レイはアステル家そのものに不審を抱いていたが、今は違う。

「僕、やっぱり分からないです。どうしてこんな状況に置かれているのか。ただ、納得がいかなくて。」

無理もない。突然強いられた状況に困惑するのは至極当然だ。

(そもそも、自分自身がどんどん普通から遠ざかっているのに、駄目だ、分からない事ばかりが起きるな……)

レイの不安はそれだけに留まらない。自らの身体の変化も、悩みの一つだ。“光る”事を経験したレイはジャンヌにその事を相談したが、根本的な解決には至っていない。その上での今の状況は、彼自身を更に追い込んでいくのだ。

「レイ、ちょっと良いか?」

「え?」

するとアレンはレイの手を引っ張って廊下の曲がり角まで移動した。ココットとスバキを、その場に残したまま――

 

 

「あの、何でしょうか?」

少しして、アレンとレイはスバキとココットからは死角になっている廊下の曲がり角に辿り着く。そこでアレンは口を開いた。

「お前も知っての通りだけど、今度の戦いは壮絶なものになる。そして、お前の否定していた、〝攻める戦い〟をする事になる。その様子だと、まだ覚悟は決められていないみたいだな。」

多くの悩みを抱えているレイに声を掛けたアレン。思えば、彼等がこのように二人で話す機会はいつ振りだろうか。互いに対立した時から、二人だけで話をする機会など、今までなかったのだ。

「無理もないよ。そもそもセイントバードチームが巻き込まれる時点でおかしいんだから。お前はずっと守る為に戦ってきたんだろう?戦争を仕掛けに行くなんて初めての事だろう、辛いのは、分かる。」

アレンの表情が険しい。彼自身も、悩んでいるという何よりの証拠と言える。

「僕は……守る事しか出来ません……わざわざ戦争を仕掛けに行くなんてこと出来ません……したくないです……逃げたいです……けど逃げられない……辛いです……僕……」

二人きりの状況で、レイは感情を吐露していく。目元が潤いを帯びている。この短期間で感じた多くの出来事が溢れ出ているのだ。

「それに俺がお前と話そうと思っていたのはその事だけじゃない。お前自身についてだ。」

「僕自身の事ですか?」

この時、アレンにはやや、躊躇いがあった。しかし、今のレイにとって重要な話であると思っていたアレンは、思い切って話を振る事にしたのである。

「アドバンスドタイプについてだ。」

「!」

レイの眼が開かれた。未知の力、アドバンスドタイプ。それが何者なのか、レイには分からないままだ。

 以前にジャンヌに諭された事があった。その力について。多くの謎が残っている未知の力。何よりも、自身が光るという妙な経験をした事。レイはそれに怯えた。そして、それは今も大きくは変わっていない。

「僕は分からないです……そんなの、聞いた事もないですし……」

光る事に対して怯えているレイ。それに対し、アレンは言った。

「俺もそうだったよ。」

アレンの言葉に反応するように、レイは顔を上げた。

「俺の場合、その経験をしたのは戦争中だった。死ぬかも知れないって瞬間が戦闘中に訪れて……その時だ。俺の身体が光ったのは。」

デウス動乱の英雄と呼ばれたアレン。彼のその力の根源の一つ、アドバンスドタイプ。当然ながら、彼は今の力を全て受け入れている訳ではない。特に、戦時中に初めてその力が発揮された時は彼自身動揺もしたし、困惑した。

「あの時は多分、今のレイと同じ感覚だったんだと思う。怖いっていう感情が上回っていた。自分が何者なのかって考えた事もあった。」

今でこそ淡々と語ってはいるが、アレンは恐怖を抱きいていた。その力が何なのかも分からぬまま、デウス動乱を乗り切ったのである。そして、今に至るという事だ。

「残念だけど、これに関しては俺自身、分かっていない事が多い。だけど、お前は生きているじゃないか。大切なのはお前自身がそれをどう享受するかだ。」

「享受……」

レイは、ジャンヌの言葉を思い出した。

 

―――――――それが自分に定められた道なのなら進むしかないのです――――――――

 

運命ならばそれを受け入れるというのは、時に残酷な言葉に聞こえてしまう。だが、それは正論でもあり、身体、疾病に関しては医学的処置が可能でない限りは誰かによって曲げられる物でもない。

 アドバンスドタイプに関しては未確定な事が多い。それ故の戸惑いや悩み。現状をどう向き合うか。それが大切なのだ。

「たから、お前がそれに怯える必要はないんだよ。お前は、お前なんだからさ。」

その言葉に対し、レイは考えていた。

(アレンさんと初めて会った時、感じたあの感覚って、もしかしたらアドバンスドタイプの力があったから僕はアレンさんを感じる事が出来たのかな……)

彼等の最初の出会いはアレキサンドリアだ。そこでアレンの優しい感覚が気になったレイが、一人街に出た時に悪人に襲われ、そこからの繋がりである。

 思えばその時からアレンの力には気付いていた。そして、それが今になって自らに発現したという事なのか。

「レイ、お前は今も辛いと思うか?」

「えっと……」

それはどういう意味で言っているのかは不明だが、確かにレイは二つの意味で苦悩している。攻める戦いを強いられる事と、自身の、アドバンスドタイプの事についてだ。

「辛くないと言えば、嘘になります……」

レイの表情は固く、そして、暗い。アレンが言葉を言っても、どうすれば良いか分からないで居る状態だ。

「そっか。俺もだよ」

 

ギュッ

 

すると、アレンは突然レイを抱き締め始めた。

突然の柔らかな抱擁に驚くレイ。ましてや相手はアレンと言う男性である。驚きと同時に焦り、戸惑いがレイを包んだ。

「あ、あの……ちょっと……アレンさん……?」

「俺はね、こうしてお互いの辛さを理解し合おうと思ってるんだよ。」

「お互いの……辛さ……ですか?」

「辛い事は一人で抱え込むことじゃない。一人で悩んでも辛いだけ。だけど同じ辛さを持つ人間がいるとすれば?例えば俺とかね。好きでわざわざ攻める戦いをするなんて誰がするものかって話だ。レイの気持ちは痛い程分かる。だから……」

「アレンさん……」

レイは思った。結局自分だけが悲しい訳ではないと。現に、エリィやネルソンも納得のいかない表情を見せていた。その中でも二人は辛い中で運命に従うことを決めた。

これはアレンも同様なのである。レイはこの時、自身が我儘を言っていた事に、改めて気付かされたのだ。

「知らない力が目覚めて、その上で戦いの強制なんて辛いよな……そうだ、そうに決まってる……」

アレンの言葉が、優しくなる。妙な感触をレイは抱いている。

「けど、俺の中ではさ、新生連邦の決戦が終わって、勝利出来れば、もう地球上での戦いは無くなるんじゃないかって淡い期待を抱いている自分も居る。」

「え……それって……」

思えば、次の戦いは新生連邦本部への襲撃だ。これがもし成功すれば、地球上の勢力として、新生連邦の存在は無くなる。彼等はその拠点を、変更せざるを得なくなるのである。そして、平和国連盟が地球圏に於いて実権を握る事になるのだ。

「だから、例え強制される戦いだとしても、勝つ事が出来れば新生連邦の脅威は減る事になるんじゃないかって話だ。」

その言葉はレイにとって朗報に聞こえた。

 そもそも故郷に帰る事が出来ないのは新生連邦に彼の事が知られている事が原因であり、新生連邦政府の打倒がもし実現すれば、その脅威に晒される事は無くなると言える。そうなれば、彼は周囲の人間を巻き込む事は無くなる。

 しかし、一方で攻める戦いをするという事への葛藤は、レイを困惑させていくのだ。

(もし、これで戦いを終わらせられるのなら確かに僕はリルムと一緒に故郷に帰る事が出来る。それは、確かに良い事だと思うけど……僕は、どうすれば良いんだろうか……)

次の戦いは、地球圏を支配している新生連邦との決戦のようなものである。彼等を打倒する最大のチャンスであるのだ。

「ま、何にしてもどの道戦いは避けられない。けど、避けられないなりに、お前はお前で出来る事をすれば良いと思う。俺に言えるのはこれだけだ。後は、死なないように頑張って行けば良いと思うんだよ。」

アレンの言葉はレイに刺さった。攻める戦いになる、次の戦闘。だがこれを制すれば戦いは終わる。そうなれば、彼はもう、戦う事をせずに済む。

 自分に出来る事、それは、今まで通り、守りに徹する戦いをするという事。攻める戦いの中で、守る戦いをする。これが、次の戦闘でのレイの役割なのだとしたら――

「僕、やってみます。戦ってみます。出来る事をしたいと、思うから……」

レイは決意した。自分の出来る事をしようと。

 戦闘の方法はどうなるのかは分からないが、攻める中で守る戦いをするという事を、レイは意識していこうと、決めた。

「あの、話が変わるんですけど……」

レイは、この時少しばかり顔を赤めながら言った。

「なんか、恥ずかしいです……ずっとこうして抱き締められるの……」

まさか男であるアレンに抱擁されるなど、思ってもみなかった。故の躊躇いや恥。

 ただ、生理的な嫌悪を感じていない。それはアレンの優しさを感じているが故なのかは不明だ。

「なんかこうしてみると、レイって本当に女の子みたいだな。」

「僕は、男ですよ……」

「知ってる。だけどそんな感じがしないだけ。」

「意地悪です……」

「なんか、可愛いよな、レイ。」

「嫌です……可愛いとか言わないで下さい……」

どこか意味深な言葉を呟くアレンに、レイは内心、戸惑っていた。そもそも何故抱擁を受けているのかが謎な状況。そして、それにどこか安心している、レイ。

「……あ――」

だがその時。冷やかな視線がこちらに注がれているのを感じたアレンは前方を見た。二人は向き合った状態であり、レイは視線を感じる事が出来ない。というのも、彼の立ち位置から見た光景は更に長く続く廊下が見えており、一方のアレンはすぐに曲がり角が見える立ち位置にあった。

この時、アレンは二人の冷やかな視線を感じており、アレン自身も硬直してしまっていた。

「あ……アレン……」

「レ……イ……?」

アレンが感じた視線の主は、ココットとスバキだった。二人とも唖然としており、アレンも開いた口が塞がらない様子だった。

「あ、スバキさん!どうしたの――」

そこへリルムが現れた。唖然とするスバキの姿を見た後、アレンの方向を見る。その瞬間リルムは口をぽかんと開けていた。

異変に気付いたレイは後ろを見る。そこには二人の少女と一人の女性が唖然としている光景が見えた。それを見てレイも口をぽかんと開けた。

暫くして、ココットが瞬きをして言った。

「あ、あああああ……アレンって……その……実は同性愛に興味……あったんだ……?し、知らなかったな……け、けど私……そんなアレンも良いと……お、思うよ……?」

ココットの言葉に硬直していたアレンは反応する。

「あ……その……これは違うんだよ!」

慌てて、アレンはレイを離す。しかし男同士が抱き合っている光景を既に見てしまった三人はこの二人が離れても唖然とし続けていた。

「べ、別に……変じゃないと思うよ……?ほら、別に同じ性別の人を好きになるって話は……その……よく……聞くから……私、浮気とかはされたく……ない……けど……これは……浮気……っていうのかな?」

リルムの言葉がレイを我に返した。彼は急いでリルムの元に行き、肩を掴んだ。

「誤解だよ!僕は男の人に興味とかないから!ね!勘違いしちゃだめだよ!」

リルムは言葉を詰まらせている一方で、スバキは段々と涙を流し始めた。そして、彼女は、次の台詞を言いながらその場から離れて行った。

「ば……バカァァァァァ!!!」

衝撃的な光景を見た為、スバキはこのように叫びながら廊下を走り去る。

「誤解だよスバキ!ち……違うんだ!」

呼び止めようとしてももう遅い。アレンとレイが見せた光景はスバキをどこか、ショックに追い遣ったのであった。

(さ、最悪だ……)

スバキには逃げられ、リルムにも誤解を与えてしまってショックを隠しきれないレイ。一方のアレンもココットに同性愛者疑惑を掛けられてしまい、レイと同様の心境だったという。

 

 

 

それから一週間が経過した。それは、国連による新生連邦への総攻撃まであと一週間しかないことを意味していた。新生連邦軍は各地に戦力を分散させつつ本部の守りを固めている。だがデウス残党が侵攻してきた時と比べて新生連邦の守りは手薄になっていた。

不利になりつつある新生連邦軍。その中で、エファン・ドゥーリアの新たな手駒となった、特殊強化モデルである男であるダウーラが問題を起こしていた。

それは新生連邦本部から離れた、海岸沿いの道路で起こった。人気が少なく、比較的静かな場所であるそこに、一台の車に乗っていた二人の男が凄まじいスピードでそこを通り過ぎようとしていた。しかし男達の目線の先にダウーラが立っていたので慌ててブレーキを踏み、車は辛うじて止まる。そして二人の男はすぐに車を降り、その場にいたダウーラの胸倉を掴んだ。

「何突っ立ってんだよあァ?」

「こいつ、頭おかしんじゃねーの?殺されてえのお前?」

髪を立たせていて目つきも悪い男長身の男と、筋肉質の男がダウーラに対して怒っていた。長身の男はナイフをダウーラの首元に近付け、脅しているようだった。

「許して欲しかったら金出せよ。じゃねえと痛い目見るぜ?」

長身の男は笑いながら言った。しかし次の瞬間――

 

ドゴッ

 

何かを殴るような鈍い音がした。その音がした瞬間、長身の男は倒れていた。見ると、顔面を思い切り殴られており。歯が欠けていた。

「少しはイライラを晴らさしてくれるんだろうな?」

ダウーラが言う。しかし長身の男はすぐに立ち上がり、ダウーラをナイフで刺そうとする。しかしダウーラは男の手を掴み、ナイフを奪っては今度は顔面に蹴りを食らわせた。

「ははははは……殴ってる間は頭ン中がすっきりするんだァ……。けど……足りねえよ。」

「て……てめえ……」

「イライラするんだよ、お前……」

そう言って、ダウーラは奪ったナイフを倒れた男の下腿に思い切り突き刺した。激しい悲鳴と、溢れ出る血液が同時に出現する。

「ぎ……やぁぁぁぁぁ!!!!!」

筋肉質の男はダウーラの凶行に怯えていた。ナイフで下腿を刺された男を見捨てて逃げようとするが、ダウーラは男の行動を見逃さなかった。ギロリと逃げようとする男を睨んだ後、走って追いかけては男の後頭部を殴った。あまりの痛さに倒れる男。そして、男は頭を抱えてダウーラに命乞いをしている。

「す……すみませんでしたぁ……だから……許してぇ……!」

ブルブルと振るえる男を見ても、ダウーラは笑みを絶やさない。

その時、ダウーラの眼に錆びた鉄パイプが映った。彼はそれを見て拾い、不気味な笑みを浮かべつつ命乞いをする男の元へ鉄パイプを持って現れた。

「ハハハ……イライラを、解消させてくれるんだろうな?」

「な……何でもします……!だ……だから……!」

男はダウーラの姿を見ていない。だから、彼が鉄パイプで自分を殴ろうとしている事に気付いていないのだ。懸命に命乞いをする男に対し、ダウーラは言う。

「何でもするのか、ハハハ、そうか!何でもするんだよなァ!?」

そう言った直後、ダウーラは男の後頭部に目がけて鉄パイプを振り下ろした。

 

ドゴッ

 

骨に直撃したような鈍い音が響き、それと同時に男は悲鳴を上げた。

「ぎ……やぁぁぁぁぁぁぁ――」

ダウーラは返り血を浴びた。しかし彼は笑顔のまま男の後頭部を鉄パイプで殴り続ける。それも、頭蓋骨が割れて原形を留めていない脳が飛び出ても構うことなく――

やがて、男は死んだ。鉄パイプで何度も頭を叩かれたのだから無理もなかった。ダウーラは〝イライラ〟が解消された様子で満足そうな表情を浮かべていた。

その際、人の気配を察知したダウーラはすぐに後ろを振り向く。そこには、独特の雰囲気を持ち、狂気に満ちたダウーラですら跪かせる男……エファン・ドゥーリアがそこにいた。

「おぉ……お前か。」

「何をしている。またか……野放しにしているとこれだ。何度人を殺せば気が済む?」

エファンの言うように、事ある毎にダウーラは人殺しをしているのだ。これは彼が乗りたがっているMSに乗る事が出来ないと言う苛立ちから来ていた。常に苛立ちを抱えているダウーラは暴力を振るうことで少しでも苛立ちを解消していたのである。こうした衝動は、彼が元死刑囚であり、罪なきエレメンタルスクールの児童を無慈悲に機関銃で殺害した事から由来するのかも知れない。

「だったら戦わせろよ……イライラするんだよ……戦わないとな……」

「そうやって民間人を殺害しているのか。」

「暴力をしていないと、落ち着かねぇからな……」

エファンとダウーラのやり取りが行われている間、下腿を刺された男は残された力を振り絞ってそこから逃げ出そうとした。が、それをダウーラに見られてしまった。

ダウーラはニヤリと笑みを浮かべた後で鉄パイプを逃げようとする男に向けて振りかざそうとしていた。が、それはエファンに止められる。というのも、エファンが目を見開いたことによってダウーラが頭を抱え始めたからであった。

「ち……邪魔しやがって……ぇぇぇ!!!ガアアアアアアア!!!」

逃げようとする男から見れば、何が何だか分からない様子だった。呆然とするその男に対し、エファンはダウーラを苦しめている目つきで男に対して言った。

「早く去れ。この男に殺されたくなかったらな。」

「ひっ……け……けど……あ、足が……」

「ほぅ、そうか。」

男の言う通り、ダウーラによって下腿が刺されている。だから思うように動く事が出来ないのである。エファンはこの男が下腿を刺されている事を、今知った。

「……面倒だな。まあいい……」

そう言って、エファンは目を閉じた。それと同時にダウーラは身動きが取れるようになる。それと同時に、再びこの男は鉄パイプを持って逃げようとする男に襲い掛かったのだ。今度はエファンの制止が入る事もなく――

 

グシャア

 

下腿を刺されて身動きが取れなかった男はダウーラに頭部を何度も何度も叩かれて死に絶えた。彼が所持していた鉄パイプには鮮血と、一部肉片が付いていた。撲殺された男の遺体は天を仰いでおり、頭部から多量の血を流している。

この壮絶な光景を見ていたエファンは、ダウーラを責める様子は無かった。

「まさか何もせず、許してくれるなんてな。俺の気持ちが分かってくれたのか?」

と聞いた後――

「教養無き人間の末路など、こんなものだ。」

エファンが言った。そして、ダウーラは鉄パイプを持ったまま、空を仰ぎ、口を大きく開けて両手を広げて大声で笑った。

狂気に満ちた男と、この男の狂気に満ちた行為を許したアドバンスドタイプの男。両者は二人の民間人の死体のそばでただ呆然と立ち尽くすだけだった。一方は笑い、もう一方は無表情のままダウーラを見ていた。

 

その後時間が流れて夜になり、ダウーラを連れ戻したエファンは仲間の軍人と共に食事に出掛けた。と言うのもこの日エファンは数少ない休日だったため、彼は貴重な休み時間をそれなりに有意義に過ごそうと考えていたのである。この時、普段はいるクラリスの姿が無かった。だがダウーラは側にいた。というのも、この男の方がクラリスよりも遥かに危なく、休日とはいえ監視しておく必要があると判断した為である。だから昼間の海岸線でエファンはダウーラと共にいたのだ。最も、この時は目を離していた時にダウーラが問題行動を起こしたのだが。

今、エファンとダウーラは黒いタキシードに身を包んでいた。その姿は以前にジャンヌの側近として偽っていた時の姿とよく似ている。一方でダウーラは着慣れない服装に苛立ちを覚えていた。

会食を行っている軍人達はエファンと同僚で、階級の高い者が多い。だがその中でもエファンは一際若い存在だった。階級の高い者達同士の食事の中で、ダウーラの存在は場違いと言えた。しかしこの男を放っておけば面倒な事になりかねないので、監視する事にしているのである。

食事中。皆が眼前に出てきたステーキをナイフとフォークを使って丁寧な食事をしている中で、ダウーラは信じられないような食い方をしていた。ナイフやフォークは一切使わず、ステーキを手掴みで、大きく口を開けて噛み千切ったのである。その姿は野獣という表現以外に思い当たるものがない。周りの軍人たちは唖然とこの男のステーキを食らう姿を見ていた。遺憾に感じたエファンは舌打ちをしてダウーラに言う。

「やれやれ、食事の仕方も学べないようだな。ダウーラ、何のつもりだ?」

「わざとやってんだよ……お前が戦わせてくれねえからイライラが募ってるんだ!」

この男の汚い食い方に呆れるエファン。ダウーラはそんなことなど構うことなく野獣の如くステーキを食らい続ける。

それから少しして、ムール貝の入ったパスタが彼等の前に出された。すると、ダウーラは嬉しそうな表情でフォークを使って皿を持ち上げ、それらを一気に口の中へ入れた。中に入れられた物の中にはムール貝が貝殻のまままるごと入っており、あろうことかダウーラはそれらを噛み砕きながら満足そうに食べていた。

「んまァい……」

ボリボリと気味の悪い音が聞こえてくる。周りの軍人たちはこの男のあまりの悪食にさすがに怒りを隠せない様子だった。

「ドゥーリア少佐。何故このような男をここに連れてきたのか?私は理解に苦しむな。」

「この男は野放しに出来ない。私の監視が必要なのだ。このような男に見えるがシミュレーションの結果は並のパイロットを遥かに凌駕する存在だ。さすがは特殊強化モデルと言ったところか。」

「特殊強化モデルだと!?」

ダウーラが特殊強化モデルだと知って周りの軍人達は驚きを隠せない様子だった。品の無い男だとは知っていたが、まさか特殊強化モデルだとは思わなかったのである。

「パイロットとしては優秀とのこと。だが問題は本人の性格……これで一応“成功”との事だが、私にはとてもそうは見えない。基盤に死刑囚とあるのだ。人間的な欠落が認められるのだろうな。まあ、確かに優秀なのだが実戦に一度も出した事がないのが残念な点だが、大いに活躍してくれることだろう。期待はしても良いと見える。」

ダウーラはその言葉を発したエファンに対して言った。その際、口に含んでいたムール貝の断片をフッと皿へ吐き出す。

「優秀って褒めてくれるのなら戦わせろよ……またイライラが募ってきてるんだよ……」

「ある意味、一種の病気なのかも知れないな。そんなに苛立ちが募るなど……」

「俺は戦わないとイライラが募って死にそうなんだぁ……まあ、分からんだろうな。お前には……」

「生まれ持っての反社会的行動をする人間……か。ある意味観察していて面白いかも知れん」

ダウーラの苛立ちに対してエファンは冷淡にあしらう。もしエファン以外の人間にこのような台詞を言われたらダウーラは怒って言った人間を殴ろうとするのだが、エファンに対してはしない。それはエファンの力の恐ろしさをよく知っているからである。

「……チッ……」

と、舌打ちだけをする、ダウーラ。

(人間性の欠如と呼べる人間だが、それでも軍は利用する。倫理観の欠如のある人間と、そうでない人間というのはこれ程に差があるのだな……妙な構図と言うべきか。)

一人、考え込むエファン。彼が何故これ程に人間に興味を持っているのかは不明だ。そして、この一連の光景に対し、この二人以外の人間は皆唖然としていた。

 

 

 

セイントバード、シュネルギアは早朝に平和国連盟本部の前に着いた。この時総攻撃まで一日しか時間がなく、明日決戦であるので皆気を抜けない様子でいた。本部では多数の国連士官など、指揮官の立場にある人間達が数多く集まり、将軍であるウィレス・レイド・アースが今回の作戦を説明していた。

「敵の数は圧倒的だ。しかし我々は確実に負けると言う訳ではない。寧ろ、勝機は十分ある。当然、正面から全軍が攻めていけば返り討ちに遭うのは分かり切っている。今回の作戦は敵戦力を全て投入させるのではなく、陽動部隊を前線に派遣し、敵戦力を徐々に削っていく作戦を行う。新生連邦の本部を覆い囲むような形で戦力を投入し、敵部隊を少しずつでも殲滅させていく。この戦いの勝算は高くない。我が軍に比べ、新生連邦軍のMSやMAのバリエーションは圧倒的で、一歩間違えれば返り討ちに遭い兼ねない。危険な作戦であるが、成功すれば新生連邦による脅威を世界から消す事が出来る。これ以上新生連邦による支配を続けさせない為にも、我々が動いていく必要があるのだ。」

この時、多くの人間が拍手を送った。だが、それは本当に心からの拍手と言えるだろうか。ギルス・パリシムによる、武力によって開拓される平和。それを心から支持する人間は、

この中で何人いるだろうか。無論その中にいたエリィとジャンヌは俯きながら黙り込み、複雑な表情を浮かべていた。

その時、エリィの中に一つの疑問が浮かび上がった。それは非戦闘員の存在である。セイントバードにはリルムやエレンやメナンといった非戦闘員がいる。彼女等を巻き込んで戦争を行うのは明らかにおかしいと思ったのだ。

その時、作戦会議を終えて、士官達は部屋から去る準備をしていた。それはウィレスも同様だ。そして彼女はウィレスにこの事を尋ねる為に彼女の元へ近付いた。しかし――

「おいおい、一般人だろあんた?将軍に会わせる訳には行かないな。」

「えっ!?」

エリィの前に、一人の男が立ち塞がった。その男は国連の士官で、名前はモルド・ディンクスといった。身長が高く、顎部分が二つに割れているのが特徴の男である。肌の色は褐色で、神は短く、その髪の色は赤色である。襟元のバッジを見てこの男の階級は少佐だと分かった。

しかしこの男のせいでウィレスは部屋から去ってしまい、聞くチャンスを逃してしまった。その際、ウィレスはジャンヌを呼び出し、共に部屋から去っていく姿を見た。エリィは疑

問に思ったが、それよりも、彼女にとって今は非戦闘員のことについて聞く事が大切だった。

せめて、非戦闘員は匿う事は出来ないか?本格的な戦争に巻き込まれる以上、非戦闘員を艦内に置いておくわけにはいかない。以前のダーウィンでの戦いではセイントバードが出撃する必要は無かったが、今回はセイントバード自らが出撃をする必要がある。それならば非戦闘員を艦内に残しておく事は非常にリスクが高い。いつ墜とされるか分からないからだ。

だからこそ話がしたかったのだが、この男の言うように、国連の将軍であるウィレスに会う事は普通の人間では許されない。エリィは元々地球連邦軍所属であったが、今ではMS乗りの乗る戦艦の艦長を務める、言わば〝一般人〟の扱いをされている為、ウィレスに会う事が許されないのである。以前は会う事が出来たというのに。

「話は知ってるよ。セイントバードっていう戦艦の艦長でしょ?しかしこんなピチピチの若い美女があの強力なガンダムを持っているMS乗りの艦長だとはねー。漫画の話じゃないんだからさ……。けど良い女だよね~。で、何か用だったのか?」

話を聞く限り、あまり良い印象を受けないこの男。しかし今の彼女はどうしても非戦闘員を降ろしてもらいたいという願望が大きかった。この男を通じてウィレスに聞き入れてもらおうと考えたエリィは、仕方なしに男と話をする。

「私達セイントバードチームはMS乗りで、クルーの中には非戦闘員もいます。それは皆、子供や女性ばかりです。そこで、セイントバードが戦闘に参加する件ですが、どうか、せめて非戦闘員を平和国連盟の施設に預けてもらう事は出来ないでしょうか。あと、恐れ入りますけど、この事をウィレス将軍に伝える事は出来ないですか。」

それは、彼女の懸命な願いだった。しかしモルドは彼女の言葉を一蹴に否定する言葉を放つのだ。

「嫌だね。」

「え――」

衝撃を受けた。拒否されたのだ。非戦闘員を戦争へ行く艦内に置いておく事は非常に危険であるのに、この男……いや、正確には国連はそれを断った。当然ながら、エリィは理由を聞く。

「どうしてですか!?戦闘中だけでいいんです!どうか……お願いします!地下シェルターの中とかでいいんです!」

エリィは頭を下げる。だがモルドは溜息を吐いて喋り始めた。

「まー……なんていうのかな……あんたらはそもそも戦争を生き残る前提でいる訳?」

「そ、それは一体……?」

「その考えが甘いのよ。もし、非戦闘員を預けたとして、あんたらが生き残ればそれはそれで良いかも知れない。けどもしあんたらが死んだらどうするの?預けられた子供は何?孤児になるだけじゃないの?その子供達は宛が無くなるんだぜ?それともあれか?飢えた男共に女の子を差し出すってのかい?」

冗談交じりで言っているのだろうが、今のエリィからはこの男の言葉は不愉快に聞こえた。

「仮に死んだとしても!平和国連盟は、この子達の故郷に帰してあげるといった事はしてくれないんですか……」

エリィは俯きつつも言った。非戦闘員は戦争には関係がない。だからこそ、戦闘が終わればその時は非戦闘員を故郷まで送ってあげるといった程度のことぐらいして欲しいと彼女は考えていた。しかし――

「MS乗りなんて連中を預けるなんて事は出来る訳ないだろう。それぐらい、あんたらが責任もって守ってやれって話だ。つーか孤児になるぐらいなら一緒に死んだ方がマシじゃないのかな?ま、どの道多分将軍に言っても無駄だろうな。あんたらは優秀か知らないけど特別扱いなんてしてらんないの。」

「……死んだ方がましって……」

ここでもエリィは衝撃を受けた。余りに軽すぎる国連士官の言葉。そこへ追い打ちを掛けるようにモルドは言う。

「まあ、少数の為に動くのが世の中じゃないって事さ。それに今まで数多くの戦闘をこなしててさ、今まで墜とされなかったんだろ?だったら大丈夫だって。簡単に死なないでしょ。何せ新生連邦のヒエラクス級なんだからさ。凄いよなホントさあ……」

完全に甘く見られていた。この男に何を話しても無駄だと判断し、別の士官を当たろうとしたエリィは、〝失礼します〟とモルドに一言喋って去っていった。

 

結局エリィは他の士官にも数人聞いたが、いずれもモルドと同じような意見ばかりを述べた為、無駄だと判断した。戦争へ行くと言うのに、非戦闘員を匿う事もしてくれない国連の存在に、エリィは憤りを感じていた。

(何なの……国連って……平和国連盟って……こんなの酷過ぎる……今まで生き残れたんだから大丈夫って……その考えの意味が分からない……ウィレスさん、貴方の所属している組織は非戦闘員の命を安く見ている組織という事なの……?)

歩きながらエリィは考えていた。しかし戦わなければならない現実は刻一刻と迫っている。平和国が非戦闘員を匿わない以上、セイントバード内で保護をするしか出来ない。

今度の戦闘は今までにない程に過酷なものになるのは想定で来た。それ故に、尚更不安であったのだ。

 

 その後エリィから事情を聞いたネルソンとウィリアは平和国連盟の非戦闘員への対応についての憤りを感じていた。戦闘の強制をしておいて、その上で非戦闘員の管理はセイントバードが担わなければならないと言う、理不尽な状況。次の戦闘は壮絶なものになるのは明確。なのに、非戦闘員の保護を行わないという異常な措置。これに納得出来る人間がいるだろうか、いや、居る筈がない。

「平和国連盟は驕り高ぶっている印象を持つな。新生連邦の弱体化に乗じての侵攻だが、この扱いは適切とは呼べん。罪なき人間を巻き込んで何が平和だ……」

普段は冷静なネルソンも、これには憤りを感じている。それはウィリアにも言える事だ。

「戦場になると分かっている所に役に立たない民間人を前線に投入するようなものよ。どういった根拠があるのか知りたいわね。」

「それは分からないです……」

エリィは難色を示している。セイントバードには非戦闘員が多い。料理を行うプレーン達もそうだが、リルムやエレン、ウィリアやミルフは紛れもなく非戦闘員だ。なのに彼女達を避難させないと言うこの異常さはただ、理不尽に思う事しか出来ない。

「憶測ではあるが、我々を囮に使う気という事も考えられるか。」

ふと、ネルソンが言った。

「囮?」

「セイントバードは国連にとってあくまでも協力関係に過ぎない。新生連邦の本部攻略をする為ならば手段を選んでられんと言う事だろう。」

それをネルソンは暗い表情で言う。万が一そうであるのならば、それはあってはならない事だ。

「そんな……ウィレスさんがそんな事を考えるなんて……」

将軍であるウィレスは今度の作戦の最高責任者だ。だがそのように扱われているとすれば、彼女はウィレスに裏切られたと言う事になる。

「あの、国連の将軍と君は知人関係だろう?以前に話もしていた。直接話をする事は出来ないものなのか?」

「それが叶わなかったんです。MS乗りだから……って。他の軍人に阻まれて。」

「なんと言う事だ……」

ウィレスとの直接の交渉も出来ないまま、彼女達は明日の決戦を迎えなければならない。非戦闘員の安全も保証出来ない状況で、彼女達が出来る事。それは、生き残る事である。

「私達は確かにMS乗りです。ですけど、だからって命を一括りにしているのは間違いだと思います。こんな、理不尽が罷り通って良い筈がないわ……」

エリィが言った後、ウィリアも言った。

「尚の事、出来る事はしないとダメ……か。本当なら安全な場所にミルフを預けたかったけれど、やっぱり軍の扱いというのは残酷ね。」

自分達がMS乗りという存在であるが故の扱いの悪さを、今痛感した。例えウィレスと知人関係であろうとそれが叶わぬという現実に、どうすれば良いか分からないでいたのだ。

「幸いミルフ・ブラマンジュの容体は回復しているが…戦場の光景はフラッシュバックを引き起こしかねない。最悪の状況だな……」

こればかりはネルソンも頭に手を当てた。ただ、はぁ、と溜息を吐く。

 セイントバードチームは理不尽な状況に置かれる事になった。戦闘の強制及び非戦闘員の安全の保証はないという状況。そうとなれば、国連に所属しているとはいえ、頼れるのは己自身という事になる。

 明日からの激戦を生き抜くには、今まで以上に気を引き締めていかなければならないのだ。

「大尉。もし、もしもですよ。セイントバードが仮に沈む事になっても、私はこの戦艦と共にした日々を忘れません。最後まで、艦長としての責務を果たしますからね。」

エリィが突如言い出した。その言葉が何を意味しているのかは不明だが、これに対し、ネルソンは静かに口を開く。

「……無理はするなよ。」

と。

今回の作戦は明日の十時に行われるという。新生連邦本部の様子を事前に調べておき、そこからどのような攻撃が行われるか、それらを推測する国連の情報部が、ステルス迷彩搭載型であり、偵察型のヴァントを使って既に発進していた。

その間、明日戦いに巻き込まれる者達はそれぞれの時間を過ごしていた。だがいつまでもそれぞれの時間を過ごしている場合ではない。それぞれの艦を指定された場所に配置し、待機しておく必要があるのだ。

セイントバードチームも例外ではない。彼等も指定された位置に艦を移動させていた。戦争をしにいくにも関わらず、非戦闘員を乗せなければならない状態で。この時、何故かスバキはセイントバードを降ろされていた。彼女は今国連本部にアインスガンダムと共に残されている。これもすべて国連の司令部の判断によるものであるという。

 

 

 

この一方で、アレンは明日に迫った決戦に対し、静かに空を見ていた。明日が新生連邦との決戦にも関わらず、皮肉にも夜空は星が輝き、美しさを見せる。戦いの前、いつも彼の側にいるのは決まってジャンヌだった。しかし今回彼の側にいたのは恋人であるココットである。

「アレン、休まなくていいの……?」

「休みたいけど……眠れないんだ。明日の事を考えるとね。」

明日は新生連邦との決戦。今まで何度も新生連邦と戦うことがあったが、明日の決戦で新生連邦と決着が着く。だがそれを決めたのは国連の代表であるギルス・パリシムである。 

 新生連邦と決着が着けば、地球圏の戦争は一段落はする可能性が高い。それは確かに、これまでの長い戦いに一応の形とはいえ終止符を打つ事になる。不本意な形ではあるのだが。

「それにしても……さ、ジャンヌの言っていた作戦、あれはウィレスさんが考えたものらしいけど……」

「なんか、凄いよね……ウィレスさん達、いつのまにそんなものを作ってたのかって感じだよね……」

彼等はジャンヌから“何か”を言われていたらしい。恐らく今回の作戦に関する事なのであろう。

「……もし……さ、これで本当に戦いが終わったなら……もう、新生連邦とは戦わなくて良いのかな。」

ふと、ココットは呟いた。アレンはその言葉に反応して喋る。

「多分。だけど……仮に新生連邦を倒しても……まだ宇宙に敵はいる。」

「デウス帝国残党軍……ね。まだまだ、戦争は終わらないのかな……」

「いや……正直この先どうなるのかも気になるところだ。新生連邦軍との戦いも完全に決着が着く訳でもない。レヴィーが生き残り、宇宙へ逃げれば宇宙の新生連邦軍を率いてくるだろう。地球での新生連邦の戦力はなくなるけど、宇宙は戦闘宙域に変貌する可能性が高い。」

「そんな、じゃあ結局……」

「戦いはまだ終わらないって事……かも。」

アレンは溜息を吐いた。その後、二人の間に暫く沈黙が続く。その間、両者はこれからどうなっていくのかを考えていた。出来る事なら戦いとは無縁でいたい。しかしまだ戦いは終わる気配がない……ココットが不安を感じていた時、アレンは言った。

「……今は、明日の事に集中するしかないよ。強引に参加をさせられてはいるけど、今は従って戦うしかない。ココット、今日はもう寝よう。少しでも休まないと明日が大変だから。」

「う、うん……そうだね……お、おやすみ……」

不安気な表情のまま、ココットは部屋から去った。アレンも彼女と同様、不安を隠しきれずにいた。だが今は眠ることで自身を落ち着かせるしか出来ない……そう考えているアレンは側にあったベッドに横になり、静かに目を瞑った。

 

 

 

新生連邦本部に身を置いているエファンは夜空を睨みつけるように見ていた。側には煙草を吸うダウーラの姿があり、戦いたがっているこの男にとって喜ばしい話を始めた。

「喜べ、明日には初めてMSに乗れるぞ。思う存分戦うが良い。」

「それは嘘じゃないだろうな?」

「ああ。」

エファンは冷淡に言う。その時、ダウーラは彼に質問した。

「明日戦いが始まるのなら、何故ここの司令官にそれを言わない?一応ここの守りは万全だが、それでも言っておいた方が連中が対応し易いだろうが。」

確かに、エファンは国連の動きを知っているかのような台詞を述べている。だとすれば何故それを総司令に伝えないのか。ダウーラの持つ疑問に対してエファンは言う。

「言っても聞き入れる連中でないからな。私が明日の戦いを確信しているのは半ば、私の力のお陰と言ってもいい。しかし、そのような力を持つ筈がない連中が力を持つ人間の言う事を信じると思うか?所詮はオカルト。そんな話を信じていては埒が明かないものだ。だから私は言わないのだよ。まあ、奴らが攻めてきた時に新生連邦はどのような対処を行うかが見物ではあるが。何、ここの守りは万全だ。それに明日は私も出る。」

「成程なァ……ま、俺は戦えれば何でもいい。」

そう言って、ダウーラは一本の煙草をエファンに渡した。

「お前も、吸うか?」

「結構だ。煙草は吸わん。」

エファンは冷たくあしらった。ダウーラは舌打ちをするが、それでも機嫌が良さそうな表情を浮かべていた。だが、この男の場合は目つきが非常に悪く、喜んでいても不気味に見えてしまう。

「明日が楽しみだぁ~……あぁ、楽しみだぁ~……ハハハ……」

そう言ってダウーラは煙を吐くとそのまま美しい夜空を見上げ、不気味な笑みを浮かべた。

 




第七十六話、投了。
ここから新生連邦本部への攻略戦が始まります。
レイの思いとは裏腹、攻める戦いを強いられる状況で、彼は何を思うのか。


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第七十七話 新生連邦本部攻略戦

遂に新生連邦本部攻略戦が開始された。国連と新生連邦。地球上の二大勢力の激突。その戦いの、序曲。


 決戦の朝を迎えた。国連軍は既に戦艦の配備を終えており、いつでも新生連邦本部を攻める事が出来る状態になっていた。ウィレスも言っていたように、今回は新生連邦の戦力を一気に削るのではなく、徐々に削っていく作戦を行っていく。攻めてきた相手に対して新生連邦は本部の守りを薄めてまで前線まで攻めてくることはないと想定された為、こうした戦力を叩きつつ後退していく作戦である。これにより、確実に新生連邦の戦力を奪っていくことで、最終的な目的である新生連邦本部の陥落を成し遂げ、地球上に新生連邦の勢力を無くすことに繋がっていくとされている。

だがここで新生連邦の戦力を無くしても総司令が生き残っている限り、宇宙に残存している生連邦の部隊を率いる可能性がある。つまり、今回の作戦は本部の陥落と共に、総司令の確実に抹殺する事も目的であったのだ。

新生連邦総司令であるレヴィー・ダイルはガンダムナパームのパイロットである。その事実は、新生連邦内以外では実は余り知られていない。国連軍は本部を陥落させた後に総司令のいる部屋まで兵士を派遣し、殺害する事が目的である。だがガンダムナパームに乗っている限り、指令室にいる総司令を見つける事は不可能である。普通、軍の総司令といえる立場にある人間はMSに乗っていては戦場にて敵機に墜とされる可能性があり、危険ご伴う立場である。しかしレヴィー・ダイルはその技量の高さ故に、ガンダムナパームのパイロットを務めている。つまり彼にとっては指令室に居るよりも、MSのコクピット内が一番安全な場所であると言えるのだ。

今回の戦闘が始まっても総司令はガンダムナパームに乗って戦う。総司令の居ない本部を陥落させても、戦力は確かに削られるが新生連邦政府軍を動かす事に関しては総司令が存在する限り、その戦力が大多数を失わぬ限り、問題は無いと言えるのだ。

「ラスベガス周辺のモハーヴェ砂漠部隊は徹底した陽動を行え!それと、アインスガンダムのパイロットはやられぬように、出来るだけ前線で攻撃。それ以外の部隊も、陽動作戦に徹しろ。目的は敵戦力の確実な削減である。では、健闘を祈る。」

国連の将軍、ウィレス・レイド・アースが全てのパイロットや戦艦に対してこう言った。それは、今から始まる最大規模の新生連邦軍と国際平和連合軍の戦闘の始まりを意味していた。

 

国連軍の機体の大半はヴァントガンダムである。だが、中には新型機体の姿が見られた。

その機体の名は、ハイエッジと言う。

ハイエッジ。型式番号PFMS-B97。ヴァントガンダムの後継機種として開発されたMSである。そのカメラはガンダムタイプのようなデュアルアイではなく、バイザーセンサー式を採用している。先行の量産機であるヴァントよりも遥かに軽量で、機動性に富むMSである。国連の陽動部隊のハイエッジ部隊はカメラを輝かせ、滞在していた新生連邦の部隊に対し、一斉にビームライフルを射出した。

突然の強襲に出撃が遅れる新生連邦軍。新生連邦側もジョゼフやエグゼマーなどを投入するが、その戦力は著しく削られていた。

「強襲だと!?国連の勢力か!?」

「数は三十!しかしここは本部に近い場所です!普通に考えて奴等がたった三十機だけで本部を襲ってくるとは思えないのですが……」

「迎撃だ!奴等め、腰抜け同然の平和主義でも唱えてれば良かったものを!」

本部護衛部隊の司令官は懸命に指揮をし、国連軍に対して迎撃をするように兵士達に命令する。

 

 

 

最初の攻撃は成功した。本部の前線基地の戦力を削る事に成功した国連軍は一度後退する。そして次の部隊が出撃。この中にハイエッジの姿が多数見られた。そして先程と同様に強襲を行い、新生連邦の戦力を少しでも奪っていく。

この動きに疑問を抱いているのが、新生連邦総司令であるレヴィー・ダイルである。国連軍の怪しい動きに首を傾げていた。

「何かがある……本部の前線基地を突然攻撃するなんて。これは一体……」

その時、その側にいたソフィアが言った。

「レヴィー様、ドゥーリア少佐が……」

そう言われて、彼は後ろを振り向く。そこにはエファンとクラリスの姿があった。

「総司令。奴等の迎撃はお任せ下さい。我が隊を投入させます。」

「……分かりました、お願いします。」

するとエファン達はその場を去った。総司令の姿が見えなくなった場所で、クラリスが言う。

「少佐の仰せの通りでしたね。やはり国連軍は総攻撃を……」

「ああ、しかし思った以上に小規模な戦法だな。いや、本隊はもっと後ろにいると考えるべきか。奴等は陽動。確実に削ろうとしているのだろう。だがそれも無駄な事……」

「カーティウス……ですか?」

「それ以外にもいる。さて、クラリス。国連の陽動部隊の相手は奴等に任せ、我々は別の場所へ向かうか。」

「ハッ。」

そう言って二人はその場から消えた。エファンは既に国連の作戦を見抜いており、自身の部隊を派遣して陽動部隊を攻撃すると言った。しかし何故彼は陽動部隊の迎撃に参加しないのだろうか。それは、側近のクラリスにも分からないのである。

 

 

エファンの部隊が加勢に入った事により、国連軍の戦力は押され気味になっていた。と言うのも、この中にはエファンが開発に関わった、新型MSであるカーティウスが二機、そして特殊強化モデルのダウーラが乗るアーヴァインが一機、存在していた為である。いずれも強力な性能を誇り、国連軍を圧倒していく。

特に、カーティウスは二機共に大型のプラズマカノンを所持しており、今その照準が国連のティアマット級に向けられていた。二機のカーティウスはフェイスマスクをし、照準を正確に狙う。

 

ドオオオオオオオオオオオ

 

高出力のプラズマカノンをティアマット級に向けて射出。するとこれらはいとも簡単に撃墜された。この事態に慌てる国連の兵士達。そこへダウーラの乗るアーヴァインが大型ビームライフルを持って迫ってきていた。

「ハハハ……待ってたんだよこういうのをなァ!」

大型ビームライフルを連射させ、次々と国連のMSを墜としていくアーヴァイン。ハイエッジ達は背部の可動式ビームキャノンをアーヴァインに撃つが、バリアーフィールドジェネレーターによってこれらは弾かれる。

「待った甲斐が、あったもんだな。」

そう言った後、アーヴァインはビームサーベルを展開し、近くにいたヴァントガンダムのコクピットを切り裂いた。ハイエッジはその機動性の為か、アーヴァインの攻撃を避ける事が出来た。

国連にとって脅威はアーヴァインだけではない。二機のカーティウスも彼等に猛威を振るっていた。カーティウスの足底部はクローになっている。その独自の機動性を生かしてハイエッジに追い付いてはクローを展開して挟み、そこからビームを放出した。零距離からのビーム砲撃をまともに受けたハイエッジは破壊される。

更に、もう一機のカーティウスはガンダムタイプと同様のツインアイを輝かせ、プラズマカノンにも変形する大型ビームランチャーを連射し、ヴァントガンダムやハイエッジを破壊していく。

「敵の新型機か……!な、なんて性能なんだ……!」

「敵戦力を削るのが今回の目的だ!無駄な犠牲を出す必要は無い!無理だと分かれば撤退をしろ!」

「りょ、りょうか……うわああああ!!!」

国連の兵士がその場から離れようとした時、アーヴァインが迫ってきていた。その兵士の乗るヴァントガンダムのコクピットを鷲掴みし、ハンドビームキャノンを連射してそれを破壊した。

「逃げるなよ、せっかく戦ってるのに……イライラするだろうがッ……!」

エファン・ドゥーリアが開発したこれらのMSに苦戦する国連軍。彼等は、新生連邦本部の猛威に圧倒されているように思われた。

 

 

 

しかし、超大型戦艦であるアッサラーム内に存在している作戦本部は引き続き部隊を派遣するように命令していた。エファンの開発したMS部隊による前線を強行突破し、その先にいるMS部隊の数を減らす為の作戦に出たのだ。無論、それはリスクが大きい。

敵戦力を確実に減らしていくのが今回の作戦である為、戦力を投入しなければ敵戦力を削る事は不可能である。従って、リスクを背負ってでも戦力を投入する必要があるのだ。

作戦本部は戦力投入を命じた。それを命じたのは将軍であるウィレスである。だが彼女は、また別の作戦を考えている様子だった。

その頃、アレンはブライティスガンダムのコクピット内で待機していた。まだ出撃許可が下りていない為である。これも、ウィレスの命令によるものであった。コクピット内で彼が待機していると、ジャンヌがコクピット内のウインドウに映っていた。彼女がアレンにメッセージを伝える為に、ブリッジから無線で連絡をしてきたのである。

「アレン、聞いてはいると思いますが出撃は許可が下りるまで決して行ってはなりません。」

「ああ、分かってるよ。〝あれ〟の出撃もしていないからね。」

「ええ……そうですね、では、気を付けて下さい。」

そう言ってジャンヌからの連絡は切れた。〝あれ〟とは、彼等の中でしか分からないキーワードであり、それが明らかになるのはこの戦争がもう少し進んでからになるであろう。アレンは、その時が来るまでブライティスのコクピット内でじっと待機を続けるのであった。

 

 

 

増援の存在により、国連軍はドゥーリア隊の猛威を潜り抜ける事がどうにか出来た。その先には新生連邦軍の量産機体が多数配備されており、これらを確実に破壊していく。増援の中のハイエッジは三機小隊で、背部に装備されている上下の可動式ビームキャノンをこれらが一斉展開すると、新生連邦のジョゼフやエグゼマーはこの攻撃をまともに受けて破壊された。しかしその直後に新生連邦側の新型機であるグランシェがビームマシンガンでこの小隊の内の一機を撃ち抜くなど、この戦いは熾烈を極めた。

戦力は削ってはいる。しかし、その分の犠牲が大きい。敵は予想以上にMSのバリエーションが多い上に、高性能MSが多いのだ。その最もたる例がカーティウスと、ダウーラの乗るアーヴァインである。カーティウスには強化モデルのパイロットが乗っている為、シンギュラルタイプ並の反応速度で対応するため、並の人間が太刀打ちする事は非常に難しい。

「そろそろ雑魚狩りも飽きたな……ガンダムタイプはいないのか?」

アーヴァインが倒しているのは量産機体であるヴァントガンダムである。ガンダムと冠する名前であるが、機体性能はツヴァイやブライティスと比較しても圧倒的に劣る能力であり、この男の言う〝雑魚〟同様なのである。

その一方で二体のカーティウスがビームランチャーを腰部にマウントし、一方が両肩部から拡散メガビーム砲を放出し、もう一方はビームサーベルを側腰部から抜いてハイエッジに対して接近戦を試みる。

追い込まれたハイエッジはビームサーベルでカーティウスとビーム刃同士の打ち合いを行うが、カーティウスの方がバーニアの出力が大きく、ハイエッジは明らかに押されていた。

「墜ちろ!雑魚が!」

「だ、ダメだ!強すぎる……!」

激しく火花を散らすビーム粒子同士の激闘の結果、圧倒的な出力差でハイエッジは敗北した。ビームサーベルは弾かれ、カーティウスはそのままハイエッジの胴体を切り裂いた。ハイエッジは爆発し、破壊された。撃破した際、カーティウスはツインアイを赤く輝かせた。

拡散ビーム砲を放ったカーティウスは、二機のヴァントガンダムにダメージを与えていた。だがこの攻撃によるダメージを受けたはずの一機のハイエッジはビームシールドで防いでいた。この直後に背部の可動式ビームキャノンを放出するが、カーティウスは前腕部を差し出してこの攻撃を弾いた。バリアーフィールドジェネレーターである。

「馬鹿な!?奴等一体何機バリアーフィールドジェネレーターを搭載している機体を所持してるんだぁ!?」

その焦りが命取りとなった。ビームランチャーを構えていたカーティウスにそのハイエッジは撃ち抜かれ、撃墜されたのだ。

だがこれらは全て陽動部隊に過ぎない。この三機が奮闘している間も国連軍は多数の戦力を投入して新生連邦のMSを撃墜していく。そして、ある程度撃破したら離脱していく……この繰り返しで確実に戦力を削っているのだ。

だが、エファンの作り出したMS以外にも強力な機体は存在する。その例がグランシェである。グランシェ一機を破壊するのに、四機のMSが犠牲になっているのだ。この戦闘域にはグランシェは三機いる。幸い全て撃墜されているが、その分の犠牲が大きかった。

 

 

 

戦闘が始まって二時間が経過。確実に削っていく国連に対し、戦力を少しずつ投入していく新生連邦。ここまでは国連の思惑通りにシナリオが進んでいた。そして、ウィレスは次なる作戦を指揮する。

「セイントバード、シュネルギアの用意だ!いよいよ本格的に攻撃を開始する!!」

遂にセイントバードとシュネルギアという、主力のガンダムタイプが搭載されている戦艦が動く。これは国連が本気を出すと言う証拠であった。しかし、一人の国連兵士がウィレスに言った。

「しかし将軍、セイントバードはロサンゼルス沖にて待機の筈では?」

「黙って見ていろ。」

ウィレスの言葉に、兵士は黙った。しかし、兵士の言う通りセイントバードはロサンゼルスの沖で待機している筈である。何故ウィレスはセイントバードと言う言葉を発したのか。アッサラームのブリッジにいた者は皆疑問に思っていた。

 

 

 

国連の本隊とは別働隊として動いている、モハーヴェ砂漠上空にて。国連の本隊が動き出したかのように、今までの増援よりも明らかに多くのティアマット級の姿が見られ、それらの中にセイントバードとシュネルギアの姿があった。これらから多数のMS部隊が出撃した。

モハーヴェ砂漠では、スバキの乗ったアインスガンダムが砂漠仕様に換装して出撃していた。命令通りに彼女は行動を開始する。

「アインスのこの換装は私が乗るのは初めてだよな……」

 

キシィン

 

アインスはカメラアイを輝かせ、ビームランチャーを構えた。その時、アインスのレーダーに三つの熱源反応が確認された。敵MSである。

これらはアインスに向けてバズーカを放ってきた。急いで回避し、スバキはビームランチャーで狙いを絞り、撃った。幸いにもこの攻撃が命中し、敵機体は破壊された。だが敵の攻撃はまだ続く。残った二つの熱源からのバズーカ攻撃が再びアインスを襲った。これらを急いで避け、ビームランチャーで狙うのだが今度は回避された。

「隠れて攻撃ばっかりして!こうなったら近付いてやる!」

そう言ってアインスはバックパックからビームサーベルラックを抜き、ビーム刃を展開して熱源に迫った。ブースターの出力を上げ、熱源に近付く。やがてスバキの視界に映ったその熱源の正体は、ディザートディーストだった。

「砂漠仕様のディーストかよ!こんな奴ッ!」

アインスはブースターの出力を上げる。ディザートディーストは慌ててビームサーベルを構えるが時は既に遅く、胴体を切り裂かれてディザートディーストは破壊された。

「後、一機!」

そのままビームランチャーを構え、照準を合わせる。ウインドウに〝Lock on〟と表示されると、引き金を引いた。ビームランチャーの光が残り一機のディザートディーストを撃墜した。

 

その様子は新生連邦本部に映し出されていた。アインスガンダムの存在、そしてその背後に存在するセイントバードとシュネルギア、そして多数のティアマット級。間違いなく、総攻撃を掛けてきたと総司令であるレヴィー・ダイルは判断した。

だが更に気になったのは、シュネルギアの上にはブライティスガンダム、セイントバードの上にはツヴァイガンダムの姿があるということだった。しかし動く様子もなく、ただじっとしているだけである。総司令はこの存在に疑問を抱いていた。

 

 

 

総司令の居る部屋とは別の場所ではこれらの存在が確認された時、今まで新生連邦のMS部隊派遣の指揮を送っていたフーク・カズロブは苦渋の表情を浮かべていた。その側にはジーク・アルナスの姿があり、フークの指揮能力がどの程度のものかを見ていた。

「大佐。国連はどうやらここを制圧する気でいるようだな。どうする?貴官なら……」

「と、当然……MS部隊を発進させますよ……それも先程とは比べ物にならない数を!奴等を抹殺しなければ……ね。」

フークはヴァイダーガンダムを撃墜されたということで、自らの地位の危機的状況に立っていた。この男の上司であるジーク中将は彼に再び与えたチャンスという形でこの男にこの状況をどのように打開するかを見ていた。

そこへ、ダリア・ローゼントが部屋に入ってきた。ジークに対し、彼女は言う。

「ウイングイーグルの発進の許可を。敵に主力艦の姿が確認されました。我々もウイングイーグルで迎撃に当たります。」

「そうだな……許可をする。」

「ハッ。」

そしてダリアは敬礼してその場から去る。その直後にジークがフークに言った。

「大佐、そう言えばもう一隻ヒエラクス級があったな。」

「アームズクロウですね……最近製作されたヒエラクス級ですが……」

「その艦に貴官が乗り、指揮してみてはどうか。この場で指揮するよりはよいだろう。いつ陥落するか分からない場所にいるよりは……な。私も同乗する。」

「中将も、ですか……?」

フークは驚く表情を隠せなかった。それを見抜かれ、ジークは言う。

「何を驚くか。貴官の上官は私だ。ヴァイダーガンダム撃墜の件を忘れた訳ではあるまいな?貴官の指揮が我が軍を勝利に導くようなことであれば、以前の失敗を挽回出来るのだぞ?その上、私が同乗しているから嫌でも証人となる。」

「……ハッ……」

フークは小さな声で言った。やがて彼等はヒエラクス級の新造艦であるアームズクロウに搭乗し、迫る国連を迎撃する為に向かっていく。

 

 

 

ヒエラクス級戦艦であるウイングイーグルとアームズクロウが発進した。その内のアームズクロウ内部ではジークがフークに対して喋っていた。

「大佐、私の言っていた事が現実になったな。デウス帝国の侵攻……我ながら驚きだ。そのおかげで今や新生連邦は危機的状況にさらされている。」

「た、確かに……そうですね……」

「多くのMSのバリエーションを持ち、尚且つガンダムタイプにも恵まれたこの新生連邦が今や境地に追い遣られている。この国連の作戦が成功すれば新生連邦の地球の居場所は事実上無くなってしまう事だろう。それは大きな歴史の変化と言っても過言ではない。そう、貴官がダーウィンにて指揮をした作戦のように、現在の新生連邦はその強大な戦力故に油断をし切ってしまっていた。多数の機体にガンダムタイプが五機、そしてヴァイダーガンダムの存在といった完璧な部隊だったにも関わらずヴァイダーガンダムは破壊され、その結果国連に敗北した。何故か?それは貴官が最悪の事態を一切考えなかったからではないのかね、フーク・カズロブ大佐。」

フークは握り拳を作り、引き釣った表情を浮かべた。事実、彼は以前に指揮した部隊に対して自身を持ち過ぎていた。これ程の戦力が負ける筈がない……そう思っていた。だが現実は敗北。ヴァイダーは破壊され、リノアス・クリストルも失った。敗因の一部には、彼の絶対的な自信によるものがあったと考えられる。

「し、しかし……まさかあれほどの戦力が敗退するとは思えませんよ……自分でも驚くばかりです。」

「どうやら、私の忠告が甘かったようだな。〝指揮官は常に最悪の状況を想定して戦え〟。私は言ったはずだが……それを聞かなかったようだな。」

「……ク……」

図星だ。だからこそ、反論も何もできないのである。

「……結局、今の新生連邦の有様も油断によるものと考えられる……な。戦力を増強し過ぎた結果油断が生じ、それによって隙を見つけられた結果がこれだ。まあ、仮に本部を制圧されても総司令が生き残れば何の問題もないのだが……彼が宇宙の部隊と合流し、指揮すれば問題は無い。新生連邦にとって何よりも重要なのは総司令の存在だからな。」

ジークのその言葉に対して、フークは言う。

「総司令……ですか……あの……若過ぎる……」

「ん……そうだ。貴官は不満かね、レヴィー・ダイル……彼が総司令であることが。」

「……ええ、そうですね。正直に申し上げるとあの若い存在が新生連邦の総司令と言う事が信じられませんよ。普通は有り得ませんよ、こんな事は……ね。」

フークは総司令の存在を忌み嫌っている様子だった。大多数の者と同様、やはり彼の若さが気に食わない様子であった。

「だが彼がいるからこそ今の新生連邦があったことを忘れてはいけない。有能だよ。無能ならば新生連邦は新生連邦として成り立っていない。年齢など関係ないのだよ……実力が有れば、何でもな。」

「……私は中将こそが……総司令をされるべきだと私は思いますがね。」

今の総司令の存在にどうしても納得できないフークは、ジークこそが総司令にふさわしいと言い始めた。急に上官であるジークをおだて始めたフークの言葉が彼にとって疑問に感じられる。

「ほう、そう言うか。」

「中将は長い間連邦軍に在席されています。私はそれだけ長い間軍に在席されている中将こそが総司令に相応しいものだと考えます。」

「だが現実はあの若い青年が総司令だ。しかも有能な存在である。彼に従う事こそが、正しいのさ。今はな。さて、雑談はここまでだ。御手並みを見せてもらおうか、カズロブ大佐。」

フークはこの言葉に対して何も言い返すことなく、数秒口を閉ざした後でブリッジにいたクルー達に対し、命令した。

「アームズクロウ前進せよ!国連の部隊を叩く!MS部隊は展開せよ!」

アームズクロウのMSの中には、デスペナルティガンダムとバイラヴァーガンダムの姿も見られた。デスペナルティのパイロットであるニッカ・ドレイクは先の戦いで右腕を失っており、義手が付けられていた。今回の出撃までにある程度の訓練は受けており、MSを操縦するのに支障はない。一方のハーディもやる気は十分だった。

やがてアームズクロウからグランシェをはじめジョゼフ、エグゼマーが発進し、そして特殊強化モデル用のガンダムが二機発進した。いずれもがカメラアイを怪しく輝かせ、迎撃に移る。

「ころぉす……ブチころぉす!!!」

失った右腕の事を思い出し、ニッカは出撃前から激怒していた。歯を食い縛り、出撃後は敵機もいないのにビーム砲を連射するといった異常な行動を起こしている。

一方のハーディは久しぶりの戦闘でテンションが上がっていた。

「ヒィィィハァァァ!!!殺すぞォ!!!」

 

ビゴォン

 

アトミックはモノアイを輝かせ、最初の標的を狙った。目標を確認した瞬間、ビームランチャーを構えてそれを放出し、標的であったハイエッジは破壊される。

デスペナルティはヴァントガンダム二機に接近し、二重大鎌で胴体部を切断し、この二機を一度に破壊した。

「次は、どいつだぁ!?!?!?」

腕を奪われた事に対する憎悪が彼を動かしている。ただでさえ精神的に不安定な特殊強化モデルであるのに、憎悪に支配されている。最早、この男を止める事は出来ない。敵に対する殺意を露出させ、ニッカはデスペナルティで敵機を破壊し続ける。

しかし国連軍は国連軍なりに対処法も取っていた。ガンダムタイプが相手では国連側としても分が悪い。だからこそ、ガンダムタイプには近付かないように命令したのだ。戦力の削減が主な作戦の目的である。勝てるはずのない敵に攻めるよりは勝てる相手を攻める方が確実に勝率は上がる……将軍であるウィレスはこのように考えていた。

 

 

 

アインスに乗っているスバキは空中を見ていた。先程とは全く違う空の様子。そこには敵軍の数多くのMSが空中を駆けている姿が見られた。それだけではない。地上へ降下していくMSの姿も多数見られた。それらはいずれもモハーヴェ砂漠に降下していく。地上部隊が動き始めたのだ。

だが砂漠にいるのはスバキの乗るアインスと、地上用に改修されているヴァントガンダムが数機のみ。敵が多くなれば、いくらアインスとはいえこの先不利になる事は明確だった。

「増援か……くそう!……ハッ……!」

その時、レーダーに熱源反応が確認された。それはアインスの後部に存在しており、それはアインス目がけてビームライフルを発射した。素早くそれを避け、ビームランチャーを熱源に向けて発射した。しかしこれは避けられてしまう。

「この野郎ォ!」

敵機は陸戦型のディープシーだ。更にその後ろにはディザートディーストがモノアイを輝かせてアインスを見ていた。そして、バズーカを構えてアインスを狙う。

その攻撃は最初、スバキからは死角だった。だが彼女の頭の中で電流が流れた瞬間、その方向に頭部機関砲を発射。バズーカの弾は爆散した。もう一発撃とうとするディザートディーストだが、アインスがビームランチャーを撃ったため、この機体に二度目はなかった。ビームによって貫かれ、爆発してディザートディーストは散った。

「はぁ、はぁ……今は戦うしか……ていうかエリィ達は何をやってるんだよ!」

一人、セイントバードチームから離れ、モハーヴェ砂漠で戦いを強いられているスバキ。今はアインスガンダムの機体性能と己の力を頼りに戦うしか出来なかったのだ。

 その間にも破壊されていく、ヴァントガンダム。増援も来ない状況で、彼女は次第に追い込まれていく。敵の増援に対し、この場で対応しているのは彼女一人。何故、増援が来ないのか?

「クソッ!このままじゃジリ貧でやられるだけだ……なんで増援寄越さないんだよ!なんで……!」

彼女が戦闘を行う中で抱く、一つの疑問。何故増援が来ないのか。彼女一人が新生連邦と戦わなければならないのかという事である。

 

 

 

 その思惑には、国連の上層部が関係していた。セイントバードチームの中で、アインスに乗るスバキのみを砂漠の部隊に配属した理由。それは、ウィレスとは異なる国連上層部の采配によるものであったのだ。

「砂漠で善戦しているアインスガンダム。あれは元々新生連邦のMSなら、それを奴等は狙うだろう。」

「数機のヴァントガンダムをとりあえず配備しておいて、囮になって貰えばそれで良いでしょう。忌むべきガンダムタイプを排除出来るのならば、それもまた良し。時代はハイエッジだ。ガンダムにはご退場願おうか……」

「戦場では何が起きてもその真相等、分かる筈がありませんからな。」

「サイラックス社からの献金もある故に、旧式には退場してもらい、その上で性能評価も出来る。これはまさに、一石二鳥と言うやつですな!ハハハ……」

国連の上層部の会話。それは、アインスとヴァントを囮として新生連邦と交戦しろというものだった。つまり、使い捨ての駒として彼女は配備されていたのだ。

 アインスガンダムは新生連邦の機体。そして、彼等はヴァイダーガンダムの件等も相まって、ガンダムタイプを忌み嫌っている。その忌むべき象徴を使っている事に嫌気が差した人間達が国連の上層部の一部には居たという事になる。

「ハイエッジの実力さえ見せつけ、ガンダムタイプにはご退場願おう。今でこそアース将軍が指揮をしているからこそ“あの二機”は利用価値があるが、所詮奴等もガンダムタイプ……」

ガンダムタイプを忌み嫌い、それを使って攻撃をするという事に嫌気を差していたとされる国連の一部の上層部は、まさに己の都合でガンダムに乗る兵士達を使い捨てようとしているのだ。こうした戦争の中でも、それぞれの思惑が蠢いていたりする。人という存在の愚かさがここでも露呈しているのだ。

 ハイエッジ。国連軍の最新兵器。この機体がロールアウトされた背景の一つに、連邦軍独自の機体とされるガンダムタイプを模倣した機体を国連が使用している事に反対している者がいるという背景も存在しているのだ。

 当然、スバキはこの事を知らない。故に、彼女は戦い続けるのだ。

 

 

 

 砂漠での戦いではアインスが次第に圧されていく。新生連邦の機体の数が次第に増えていき、マドラ級から降り立っていくのだ。

 アインスはビームランチャーを構えてこれらに対抗しようとするが、そのままではエネルギー切れも避けられない。

「クソッ、もう粒子残量が!補給も来てないのかよ!?これじゃまるで捨て駒じゃないか……!」

それは事実なのだ。彼女は捨て駒として扱われているに過ぎない。彼女を助けようにも、セイントバードチームは遠い場所にいる。このままでは新生連邦に殺されてしまう。そして、国連の思惑にも――

 

ビゴォン

 

その時、目の前に陸戦型のディープシーの姿があった。彼女は、油断をしてしまっていた。敵機体はビームサーベルを構え、アインスに迫ろうとしている。

 対抗策としてこちらもビームサーベルを展開しようとする。しかし――

「しまった!粒子残量が!」

ビーム粒子の量が僅かだったのだ。その為、本来の出力を発揮出来ない。このままでは敵機体と打ち合いすら出来ない状態のまま、コクピットを焼かれてしまう可能性があった――

 

バシュウウウッ

 

その時、一筋の光が差し込んだ。別方向からのビーム粒子がディープシーの前腕部を貫いたのだ。

 その方向を見る、スバキ。そこに居たのは、国連の新型機体、ハイエッジだったのである。

「掴まれ!」

その時、パイロットからの声が聞こえた。スバキは僅かばかり困惑する様子を見せる。

「え……?」

だが、それが命取りだ。駆動系が生きていたディープシーは再びアインスを狙う。今度は、右手部に把持しているビームライフルを構えるのだ。

「チッ!」

 

ガシィン

 

すると、ハイエッジのパイロットは、そのままアインスの左手部マニピュレーターを把持するように機体を動かし、そのまま空中に持ち上げたのである。

 この行動は、この場からの脱出だ。補給も期待出来ない状況でこのまま敵に倒されてしまうよりは、生き延びるべきだという、パイロットによる咄嗟の対応だったのである。

「お前……」

助けられた。それは感謝しなければならない。だが、スバキの言葉に対し、パイロットは無言のままハイエッジを駆っている。この行動に、彼女はただ、困惑しつつも安心している様子だったのだ。彼女は国連の腐敗した一部の上層部の思惑通りにならず、生還する事に成功したのである。

 

 

 

新生連邦は国連の部隊に応じて先程以上の戦力を投入していた。国連と違い、新生連邦はMSのバリエーションの多さと数で勝っている。そのような戦力が集まれば国連の敗北は濃厚に思われたが、あくまでも敵戦力を確実に削るのが今回の国連側の主な目的である。一機ずつ、確実に敵機を破壊していく国連軍。だがその一方で新生連邦の新型機体であるグランシェをはじめ、エグゼマーやジョゼフが国連のヴァントガンダムやハイエッジを破壊していく。いくらハイエッジが新型だとは言え、数で攻められれば勝ち目など見える筈がない。更に新生連邦にはエファン・ドゥーリアの手駒と言える部隊や、特殊強化モデルの搭乗しているガンダムタイプまで存在しており、国連は徐々に押されていく。

「将軍!何故アレン・レインドは攻撃をしないのです!?シュネルギアの上にぼうっと立っているだけでは意味がないんです!それにあの白いMSも同様じゃないですか!」

「……そうだな……そろそろ動かさせるか。セイントバードとシュネルギアを起動させろ。ブライティスガンダムとツヴァイガンダムもだ!」

ウィレスの命令により、何故か立っているだけだったツヴァイとブライティスが起動した。それと同時にセイントバードとシュネルギアも起動する。

その場にいた士官はウィレスが切り札を発進させてくれた事により、少しだが落ち着いた。

 

セイントバードとシュネルギア。この二隻は今まで数多くの戦場を生き抜いたということで、新生連邦の間では有名な存在となっていた。その上、この二隻の周辺には切り札とも言えるガンダムタイプである、ツヴァイとブライティスが空を飛んでいる。遂に攻撃を開始したと判断した新生連邦はこれらを中心に攻撃を仕掛け始めた。

「遂に動き始めたか!各機に告ぐ!奴等さえ墜とせば国連の戦力は大幅に低下する!確実に仕留めろ!」

フークは指揮下のMSパイロット全員にこう言った。その様子を、ジークは静かに見ていた。

セイントバードは機関砲を使って弾幕を張り、敵を寄せ付けないようにしていた。それはシュネルギアも同様である。だがその状態で停止する様子もなく前進していくので、国連の兵士は疑問に思っていた。

「奴等は特攻をする気なのか!?」

「そんな馬鹿な!何を考えている!?」

無理もない。切り札である筈の戦艦が前線に向かっているのだ。多数の敵が待ち受けているのに、それは無謀と言う言葉で片付けられてしまう。

「よさないか!あんたらがやられたら国連の戦力が大幅に低下するんだよ!」

一人の兵士が言った。だがそれでも無視してセイントバードとシュネルギアは弾幕を張りつつ、ビーム砲を敵部隊に向けて撃ち続ける。

この兵士が言ったように、今回の国連の中ではセイントバードとシュネルギアは戦力の要となっている。今までの戦いを知っているからこそ、このような台詞が出てくるのである。

だがそうだと言われてもセイントバードとシュネルギアは無視をして前線に向かい続ける。それに合わせてツヴァイとブライティスも向かっていく。それは最早撃墜されに行くようなものだ。

 

 

 

この不可解なセイントバードとシュネルギアの行動に、フークは笑みを浮かべつつも疑問に抱いていた。明らかな自殺行為……国連はあくまでも軍属でないこの二隻を使い捨てにし、何か別の作戦を考えていると彼は考えていた。とにかく、迫ってくるのならば撃墜させるのみ。フークはこの二隻に集中砲火を浴びせるように命じた。

敵機のエースが迫ってきている……それさえ破壊すれば新生連邦にとって戦況は大きく有利となる。その為にも、兵士達は必死にセイントバードとシュネルギア、そしてその周辺に存在しているブライティスとツヴァイに攻撃を加えた。大型の的である戦艦二隻はビームライフルなどの攻撃を受け、艦の各所で爆発が起きていた。一方のツヴァイとブライティスはビームライフルを撃つが、この攻撃は敵MS部隊には当たらず、常に回避され続けている。

「こいつら……動きが変な気が……」

「気を付けろ!こちらが油断している隙にサイコミュ兵器を撃ってくるに違いない!とにかく破壊しろ!調子に乗らせるな!」

戦う兵士達からすれば、この二機は脅威だ。奇妙な動きをしているこの二機だが、余裕のない兵士達から見ればそれはわざとやっているようにも見える。油断をしたところでファンネルを展開する作戦を行っていると思っていた兵士達は、この二機を破壊しようと必死にビームライフルを撃った。

その時、一機のジョゼフのビームライフルがツヴァイのコクピット部に直撃した。その瞬間、ツヴァイは爆発を起こした。セイントバードチームのツヴァイガンダムが破壊されたのである。

「や……やったぞ!遂にあの白いガンダムを倒したんだ!出世出来るぞォォォ!!!」

ジョゼフに乗っていた兵士は大きく喜んだ。するとその直後に、ブライティスのコクピットがエグゼマーの大型ビームライフルによって撃ち抜かれた。こちらのパイロットも非常に嬉しそうな表情を浮かべていた。

「やった!アレン・レインドを倒したぞ!ざまあみやがれ!!!なんだ……大した事ないじゃねえか!噂程でもねえ……」

有頂天になるこの両者。その勢いで二隻の戦艦を破壊しようと、必死にビームライフルを撃ち始めた。

二隻の戦艦は主砲を発射し、数機のMSを破壊している。だがこのままでは撃墜されるのは時間の問題だった。新生連邦側からすれば、これ程嬉しい出来事は無いのだが、その奇怪な行動に疑問を抱く者がいるのは当然と言えた。

 

 

 

セイントバードとシュネルギアは多量のビームやミサイルを受けた為、遂に破壊された。墜落していくセイントバードとシュネルギア……この光景を見た新生連邦軍の兵士達は皆喜びに満ちていた。後は国連の量産機体を倒すだけ……そう思う者が殆どだった。ガンダムも倒し、主力戦艦も撃墜した。敵は最早いないも同然。ならば進軍しても問題は無いと判断した士官はマドラ級を前線に進めた。ヴァントガンダムやハイエッジを尽く殲滅させようと乗り出してきたのである。

新生連邦の士気は高まっていた。だが、その一方で本部では総司令であるレヴィー・ダイルがこの様子に疑問を抱いていた。

(……違う……あんな風にあっさりとアレンが……シュネルギアがやられるとは思えない……まさか……)

その時、総司令はスッと椅子から立ち上がった。そして部屋から出ようとする。その様子を見て、ソフィアが聞いた。

「レヴィー様……どこへ……?」

「ナパームに乗る。僕が出る必要がありそうだから。ソフィア、君は先に宇宙に上がっていて。ここも安全じゃなくなる可能性が出てきた。」

総司令はソフィアに宇宙へ上がるように命じた。だが、彼女は嫌がる様子を見せた。

「そ……そんな!私は……レヴィー様の為に……」

「気持ちは嬉しいけど……先に宇宙に上がって月のシン・ナンナ基地へ向かっていてくれ。大丈夫、もし勝てば連絡はする。だが、どの道負けても必ず月へ向かう。だから……」

総司令はそのまま部屋を去っていった。残されたソフィアはただ呆然と総司令の後姿を見ることしか出来なかった。

 

 

 

セイントバードとシュネルギア、そしてツヴァイガンダムとブライティスガンダムの破壊。これにより、新生連邦軍の勢いは増していった。本部周辺の基地から多数のMS部隊が出撃し、国連軍を圧倒していく。主力が減った今、最早成す術もない国連軍。アッサラーム内部では、ウィレスに対し、兵士が撤退をするように勧めた。しかしそれでもウィレスは下がろうとしない。寧ろ、これが好機だと言う。

「下がるな!攻撃を続けろ!勝機はある!」

「セイントバードもシュネルギアも失ったんですよ!しかも敵の攻撃が激しくなるばかりです!このままでは……」

「下がるなと言っている。これは命令だ。従え!」

「しかし……」

危機的状況に陥っているので、必死になる兵士。その兵士の表情を見たウィレスは突如立ち上がり、腕を水平に、前に出して言った。

「今だ!攻撃を開始せよ!!!」

ブリッジ内にいた兵士達はこれが何の合図かが分からなかった。しかし、それは数分後に明らかとなっていく。

 

 

 

この命令が伝えられたことにより、国連軍は更なる抵抗を開始した。押されつつある国連軍。敗北は濃厚に思われていた――

しかしその時だった。交戦するハイエッジ部隊と新生連邦のグランシェ率いるMS部隊に向けて一筋の緑色の太い、光線が描かれた。その瞬間、グランシェ隊はその半数を失う事になる。何があったのか分からない両者。モニターで確認すると、そこに映っていたのは――

「参りましょう。」

紛れもない、シュネルギアだった。シュネルギアのプラズマカノンが新生連邦のMS部隊に向けて放たれたのだ。このシュネルギアの存在には、戦場にいた誰もが目を疑った。先程シュネルギアは沈められた筈だ。しかし現にシュネルギアは存在している。周辺にはドラグネルアサルトといった、アステル家の専用量産型MSが護衛のように空中を舞い、ビームアサルトライフルを構えていた。中でも戦闘にはブライティスガンダムがいており、こちらも先程破壊された筈なのだが、ここに存在している。しかもこのブライティスはビームライフルではなく、新型の武装であるランチャーを所持していた。

「行けっ……!」

アレンの脳内に電流が流れる――

 

ピシュンッ

 

アレンがの声に呼応するように、ウイングに搭載されているブリッツファンネルと、両側腰部にあるブラスターファンネルが展開され、新生連邦の量産型MSを次々と破壊していった。倒された筈のエースの存在に、国連側は誰もが歓喜した。

 

 

 

アッサラーム内部では、兵士が口を開けて呆然としていた。倒された筈のシュネルギアが奮闘している?この時、セイントバードの姿は見られなかったが、それでも驚きを隠せない様子だった。

「な……何故……?」

呆然とする兵士に対し、ウィレスは答えた。

「急ピッチで作らせたデコイを使ったまでだ。それなりに良くは出来ていただろう?お前達が予め知っていてはいろいろとタイミングを合わせられなかったからな。」

「な……成程……!」

「正直囮の動きが明らかに変だったので怪しまれている可能性はあるが、敵軍は明らかに動揺している。」

「じゃ、じゃあ……セイントバードも……?」

「そういう事だな。問題はエリィ達だ。」

全ては囮だった。特攻したのは全て囮。つまり、セイントバードもツヴァイも本物は墜とされていない。墜とされたのはウィレスの言うように、デコイである。

 

 

 

予想外の出来事に、フーク・カズロブは握り拳を作り、歯を食い縛っていた。倒した筈の存在が囮。その事実が彼を怒らせた。しかしその後ろでジーク・アルナスが静かに言っている。

「またも油断からこのような事態になったな。学習をしないというのか……もっと怪しむべきなのだよ。戦っている側は必死かもしれないが……な。」

「……何故、デコイであることに気付かれていて御教えになられなかったのですか、中将。」

フークはやや怒っていたが、それでも敬意を忘れる様子もなく、ジークに尋ねる。

「確信がなかったからだ。怪しいとは思っていたがな。しかしこの艦の指導者は貴官だ。貴官の判断の甘さがこの事態を導いた。責任は貴官にある。」

「クッ……」

「確信の無い事を迂闊に伝える訳にもいくまい。仮に私がシンギュラルタイプだったとしてもそれを信じられるか?根拠がなく、ただの感覚を宛てにしているようでは指揮官としては失格だ。貴官は結局私に頼っている。そんな事ではダメだな。話にならない。もう、この艦は私が指揮をしても構わないのだぞ?」

フークはジークから見離されている様子だった。ジークの言っている、〝指揮官は常に最悪の状況を考えて行動しなければならない〟という言葉を散々無視した結果が現在の状態であり、フークの場合、それが裏目に出てしまった。この一連の失態を自業自得と思いつつも、納得の出来ない様子も見せていた。

「まだだ……まだ終わりませんよ。指揮官が私である以上、役目は果たさせてもらいます。」

「さて、その台詞も信用できるものかな。」

ジークのこの言葉にフークは怒りを覚えた。上官に見離されるという感覚を初めて味わったこの男は、次にどのような行動に出ようとするのだろうか。

 

 

 

ウィレスの命令を受けたセイントバードも攻撃を開始していた。セイントバードは作戦が開始して以来海中の中で待機しており、その間ティアマット級が発射した妨害電波装置によって位置を悟られないようにしていたのだ。

セイントバードの位置は新生連邦本部から西の沿岸にある。こちら側の戦力はほとんどなく、新生連邦の戦力は国連の本隊に向けられていた。国連軍が敵の戦力を僅かでも確実に潰すと言ったのは、セイントバードチームが本部を容易く攻撃し易くするために行ったものであった。これにより、手薄になった本部をセイントバードが叩き、新生連邦軍を倒す事が出来るとウィレスは考えていたのだ。そして今、セイントバードは新生連邦本部に向けて進んでいる。接近するMSは全て敵。守るものの為に戦うレイは、これらに対してビームライフルを撃ち、破壊していく。

「全ては考えられていたと言う訳か……通りで偽物のセイントバードとツヴァイが出た訳だ。」

ネルソンが感心した様子で言う。しかしその直後に、グランシェがビームマシンガンを構えて襲い掛かってきた。

「ちぃっ、新型か!」

モノアイを輝かせてハルッグに迫るグランシェ。彼を守ろうと、ツヴァイはビームライフルを構えるがもう一機のグランシェがそれの邪魔をする。シュート・シューターを展開してツヴァイを追尾し始めたのだ。この攻撃から逃げるツヴァイだが、いくら逃げても爆発する様子は無く、埒が明かないと判断したレイは、ツヴァイのビームディフェンスシールドを展開し、攻撃を防ぐ。

「はぁ……はぁ……!」

グランシェは次に、ビームケーブルを展開した。三本のケーブルはツヴァイを容赦なく襲う。反撃する為に拡散ビーム砲を展開するが、容易く避けられる。

「早い……今までの機体と明らかに違う……!」

ネルソンとレイは、新型機体のグランシェに苦しめられていた。更にそこへカーティウスに乗ったエファンが迫ってくる。このカーティウスの側には、クラリスの乗るグランシェとシーアの乗るグランシェがいた。カーティウスはカメラアイを輝かせてツヴァイに迫る。

その間、メガビームセイバーを腰部から抜いてグランシェに応戦するツヴァイ。接近戦を試みるが、軽々と回避されてしまい、ビームマシンガンを撃たれて装甲にダメージを負った。

「うぅっ!!」

 

ピキィィ、ピシュンッ

 

撃たれた直後にレイの頭の中で電流が流れ、それと同時にブリッツファンネルが展開された。無数のファンネルはレイを苦しめたグランシェを追撃する。グランシェはこのファンネルに対してシールドを構え、ビームキャノンを撃つが、ファンネルはこれを避け、ビーム刃を展開し、このシールドを破壊した。守る装備が無くなったグランシェはどうする事も出来ず、ビーム刃を展開したブリッツファンネルの餌食となり、破壊された。

苦戦した敵であるグランシェを倒したツヴァイだったが、その時、突如太い光線がツヴァイを襲った。間一髪回避に成功するが、その直後にビーム砲撃を受け、ツヴァイはダメージを負った。

「ああっ!」

一時的に動けなくなるツヴァイ。そこへカーティウスがビームサーベルを腰から抜いて切り刻もうと近付いてきた。焦って必死にレバーを引くレイ。だがツヴァイは動こうとしない。

「動いて……お願いだから!」

彼の気持ちに呼応するように、ツヴァイは幸いにも稼働し、カーティウスとビーム刃を交わう事で、機体を守る事が出来た。

「ほぅ……運がいいな。」

この時、レイはカーティウスから異様なプレッシャーを感じていた。恐怖に似た感覚と同時に、覚えのある感覚を、今、抱いている。

「うあっ……!?この声は……エファンさん……?」

以前、ダーウィンで殺し損ねた彼を、この戦場で改めて消す為にエファンは真っ先にレイを狙い始めたのである。

「先程お前がやられたように見えたが……やはりあれはデコイだったようだな。国連も古典的だが、なかなか金を賭けた作戦を行うものだな。只のデコイに本物の操縦者のOSを入れるとはな!」

この男の言うように、先発隊として特攻したツヴァイやブライティスの中には搭乗者のOSが仕組まれていた。違和感のある動きではあったが、それでもある程度の敵機の動きは回避していた。だがエファンは実際にこの囮の内部構造に携わった訳ではないのに仕組みを知っていた。レイは恐れつつもエファンの言葉に対して言葉を言った。

「どうして……そんな事を知ってるんですか……?」

「動きを見れば分かる!国連がお前達をここに配備させた事や、デコイを使っての新生連邦の戦力の分散等全て。私には分かる。だからここに来た。お前を始末する為になっ!」

 

バシュゥゥゥッ

 

そう言った直後に、男の駆るカーティウスは手掌部からハンドビームキャノンを発射した。攻撃を感じ取ったレイは急いでカーティウスから離れ、メガビームセイバーを機体の側腰部にマウントし、ビームライフルを連射する。

 

バイイイイイン

 

だがカーティウスはバリアーフィールドジェネレーターを展開してこの攻撃を全て防いだ。

「そ、そんな!バリアーフィールド!?」

「残念だったな……この機体を今までのMSと一緒にしてもらっては困る。お前の攻撃などお見通しだ。国連の作戦も含めて!」

「そんな……こんなの……勝てる訳が無い……」

レイは恐怖で埋め尽くされた。この男は人の考えている事が全て分かるという、人間の域を超えていると言っても過言ではない能力を持っているのだ。いくら避けようと行動しても考えが筒抜けな為、間違いなく行動がばれてしまう。その相手にどう対処すれば良いのか?レイは。混乱している。

「どうした?そんなに私が怖いのか……無理もないか……殺される恐怖を実感しているのだからな!」

プレッシャーが、レイを襲う。以前にも感じた、恐怖が再び。あの、ダーウィンの廃墟で彼を殺そうとした男の脅威。レイはそれに怯えた。そして、自分が普通と違う人間になりつつある事を、男は見抜いていた。

 今まで、謎の悪夢を見せていた諸悪の根源、エファン。彼の目的は力を持つ人間の抹殺。その内の一人であるレイも、当然ながら対象だ。

「こうして再び戦場で私と対峙する事が、お前を今度こそ死の運命に誘うよ!」

(死ぬ……僕は……ここで……嫌だ……!)

カーティウスは、肩部から拡散ビーム砲を展開しようとしていた――




第七十七話、投了。
国連の腐敗、そして作戦。
始まった激戦の中、デコイを用いて戦う国連。この戦いの果てとは――


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第七十八話 エファンの脅威

激戦は続く。その中で猛威を振るう、エファン・ドゥーリア。


 

バシュウウウウウ

 

その時、そこへハルッグがロングビームライフルでカーティウスを狙った。この攻撃を感じ取ったエファンはすぐに回避し、ハルッグの方向を見る。

「話は聞かせてもらった。只の人間ではないな、貴様……」

「セイントバードのパイロットか。オールドタイプには用は無いが……邪魔をするなら消させてもらう。」

「そうは行かんよ!」

ネルソンはハルッグの機動性を生かし、モノアイを輝かせた後に肩部に搭載されているミサイルをカーティウスに向けて発射した。だが、この攻撃は全て拡散ビーム砲によって破壊されてしまい、その上カーティウスはビームランチャーをハルッグに向けて発射した。この攻撃に対し、ハルッグは変形して回避する。この時ネルソンは、一度カーティウスから離れ、奇襲をかけようと考えていた。しかし奇襲をかける為にバーニアの出力を上げようとした時だった。

 

バシュウウウウウ

 

と、強大なビーム粒子がネルソンの眼前を通り過ぎた。急な攻撃に、機体を急激に変形させてブレーキをかけ、辛うじてビームの直撃を避けることには成功する。

間違いなくこの攻撃はカーティウスによるものだと判断したネルソンは、別の方法でカーティウスに攻撃を加えようと模索していた。しかしそこへ邪魔が入る。シーアの乗るグランシェがモノアイを輝かせ、ビームマシンガンを連射して襲い掛かってきたのだ。

「ちぃ……!」

「あの時の可変MSだ!出来ればコクピットを破壊して、機体だけ持ち帰りたいところだけど……」

「邪魔をするな!私はあのMSを……」

「悪いけど少佐には近付けさせないよ。俺を倒して見るんだね。〝出来れば〟だけど……さ。」

シーアのグランシェがビームケーブルを展開し、ハルッグに襲い掛かる。急な攻撃を仕掛けるグランシェの攻撃を間一髪避けるハルッグ。だが、グランシェがすぐにシールドから展開したシュート・シューターによるダメージを受けてしまった。

「ぐああっ!」

機体が揺れ、一時的にコントロールが不能になる。しかもそこへエファンのカーティウスがビームランチャーを構えて現れた。すぐにそれは発射され、ネルソンは最大の危機に瀕していた。

「万事休すか……」

 

バイイイイイン

 

だが、そこへ救いの光が現れる。ツヴァイだ。ツヴァイがバリアーフィールドを展開してこの攻撃を防いだ為、ネルソンは助かった。

「すまない、レイ!」

「ネルソンさんをやらせるわけには行きませんから!」

「それよりも早く終わらせる為にも本部に接近する必要がある!レイ、急げ!新型共は私が引き受ける!」

「え……でも……」

レイは戸惑った。ネルソンはレイに攻め込むように命令したのだ。

しかし、レイにそのような事が出来る筈がなかった。アレンにも言われたように、敵から仲間を守る為に今回の作戦に参加しているのだ。自ら攻めていって敵を倒す事は彼には出来なかった。

「何を躊躇うか!ここで躊躇って犠牲者が出れば、それこそ救われない!レイ、君は守りたい為に戦うんだろう!ならば守るべきものの為に攻めろ!」

ネルソンは懸命にレイに言った。しかしその間にも彼の機体は襲撃を受け続けている。

ネルソンが相手をしているのはどちらもエースパイロットだ。中でもエファンはアドバンスドタイプの能力を持つ、言うならば別次元の能力者だ。そのような強敵を相手にしている彼の姿を見て、レイは心動かされた。

正直、今回の戦いは不本意だ。だがここで新生連邦を制する事が出来れば、全てが救われるかも知れない。そして、元の生活に戻る事が出来るかも知れない。それならば戦おう。レイは決めた。そして、バーニアの出力を高め、一気に本部に近付いていく。

「それで良い……」

ネルソンは安寧の表情を浮かべた。しかし――

「見届けは済んだか?ならもう用は無いな。」

その直後に、エファンの乗るカーティウスはビームランチャーを構え、ハルッグに向けて発射した。独自の機動性でこの攻撃を回避するハルッグだが、シーアの乗るグランシェによる別方向からの攻撃が彼の邪魔をする。

「残念、おしまいだね……」

「クッ……!」

グランシェはシールドを構え、そこから高出力のビームキャノンを展開した。辛うじて回避するが、ビームによって機体が擦れてしまい、僅かにハルッグの装甲が溶けてしまった。

「このままではやられるのを待つだけ……不利だな。これでは……」

そう言った時だった。苦戦するセイントバードチームに、国連のMS隊が援護に駆けつけてきたのだ。ハイエッジやヴァントガンダムがビームライフルを持って新生連邦のMS部隊を倒していく。

「フン……邪魔が入ったな。」

見下すようにハイエッジ部隊を見るエファン。そのハイエッジ部隊の内の一機がビームサーベルを展開してカーティウスに迫った。これに対し、カーティウスもビームサーベルを展開し、打ち合いを行う。エファンから見て左側に見える、ハイエッジの存在。この機体に対し、カーティスは頭部のビームバルカンでハイエッジの装甲にダメージを与えた。しかしハイエッジは引く様子がない。

その時、エファンの乗るカーティウスが打ち合いを行っている最中に、ビームサーベルを持ったハルッグがカーティウスに切り掛かってきた。しかしカーティウスはすぐにもう片方のビームサーベルを展開して、ハルッグともビーム刃同士の打ち合いを行う。

「馬鹿な!?これ程早く対応出来るとは……!」

「残念だが私には全ての攻撃が分かる。無駄だ。」

「ただの相手ではないということか……せめて……その巨大なビームランチャーさえ破壊すれば!そのビームサーベルなど近接用の緊急用の武装に過ぎないだろうに!」

「さて、それはどうかな?」

すると、ハイエッジとハルッグとのビーム刃の打ち合いを行った状態のまま、カーティウスは腰にマウントしていたビームランチャーをエネルギーパックごと外し始めたのだ。予想外の行動に、ネルソンは戸惑った。

「馬鹿な……メインウェポンを自ら切り離しただと!?」

「このカーティウスを、只の長距離射撃武装用のMSだと思ってもらっては困るな!」

すると、ビームランチャーを海に捨てたことで身軽になったカーティウスは左脚部を稼働させ、ハイエッジの胴体を足底部のクローで鷲掴みにした後、そこからビームキャノンを展開した。零距離のビーム砲撃をまともに受けたカーティウスはそのまま撃破され、海に墜落した。

「足部にビーム砲だと!?」

この後すぐにハルッグに対し、に二つのビームサーベルラックを所持したカーティウスはもう片方のビームサーベルでハルッグを突き刺そうとする。

「引導を渡してやろう!」

「そうは行くか!」

急いでMAに変形するハルッグ。一度離れようと試みるが、身軽になったカーティウスの機動性は先程とは比べ物にならず、すぐに追いつかれてしまう。しかも手に持っていたビームサーベルラックはいつのまにか足底部のクローに挟んであり、そこからビーム刃が展開している状態になっていた。両手は自由になり、前腕部からビームキャノンを連射してハルッグに迫る。

このまま逃げ続けても埒が空かないと判断したネルソンは、ある程度逃げたところで再びMSに変形してビームサーベルを構えた。すると、カーティウスは足底部に挟んであるビームサーベルを振るい、再びビーム刃をぶつけた。

「なんてMSだ!?」

予想外の動きをするその機体に苦戦するネルソン。

「それだけではないのだよ!」

その時、カーティウスは足底部に挟んでいたサーベルラックを離した。それと同時に、素早い動きでもう片方のビームサーベルでハルッグと打ち合いを行い、その隙にハルッグの左肩部に足底部のクローを展開して掴み始めたのだ。

「しまった!」

「手遅れだなっ!」

次の瞬間、カーティウスの足底部からビームキャノンが展開された。先程のハイエッジが受けたものと同じ、零距離からのビーム砲撃はハルッグに防ぐことなど出来ず、この攻撃によってハルッグの左肩部は破壊されてしまった。

危機的状況に陥ったネルソン。だが幸いにもそこへ国連のMS隊が現れ、セイントバードチームの援護に駆けつけたのだ。

先程のハイエッジ部隊とはまた異なる部隊である。これはセイントバードにとっては幸運であり、セイントバードは国連の部隊がエファンの部隊と戦っている隙に新生連邦本部へと近付いていく。

「やれやれ、邪魔をする気か。」

「少佐、これぐらいなら大したこと有りませんね、私がなんとかしますよ。」

「いや、お前はあの、白いガンダムを追え。この連中を片付け次第私も向かう。あの可変機よりも白いガンダムの方が厄介だからな。」

「了解しました。」

エファンの命令に従うシーア。そしてエファンは単機で国連の部隊を相手にする気だった。国連は最新鋭機のハイエッジばかりを集めた部隊であるが、エファンはこれらを見るなり、余裕の笑みを浮かべた。

「さて……」

 

ギュオオオン

 

笑みを浮かべた瞬間、カーティウスのカメラアイが輝く。デュアルカメラアイはそれぞれ赤く輝き、獲物を仕留める準備に入っていた。

 

 

 

レイは本部の方向へ向かっていた。途中で接近する敵MSはジョゼフやエグゼマーばかりで、彼の技量で賄える相手ばかりだ。

本部までの距離が近づいてきた時、彼の乗るツヴァイは突如無数の実弾によって襲撃される。急いでビームディフェンスシールドを展開してこれらの攻撃を防ぐ。

防ぎ終えた時、彼の眼前に現れたのはグランシェだった。怪しく輝くモノアイを見た後、ツヴァイのモニターに一人の男の姿が映った。その男は、レイに憎しみを抱いている様子で言う。

「見つけたぞレイ!!!アユやリン……お袋の仇だ!!!今日こそ殺してやる!!!」

「クラリスさん!?」

実際、レイとクラリスが対峙するのは随分と期間が空いていた。元々この男に対するレイの印象はそれ程良いものではない。

久方ぶりに対峙するこの男の様子は以前に遭遇した時と比べて明らかに変化していた。まるで何かに取りつかれたような殺意を、レイは感じ取っていたのだ。

(この人……普通じゃない……前に感じなかった異常な殺意を感じる……)

「お前のせいでっ!アユやリンがっ!!お袋がぁぁぁぁぁっ!!!」

突如、怒り狂うクラリスは、グランシェのビームマシンガンを連射する。それらを全てバリアーフィールドで防いだかと思えば、次にビームケーブルを展開し、ツヴァイを貫く為に襲い掛かった。ビームケーブルから逃げるツヴァイ。だがその最中にクラリスの乗るグランシェはシールドのビームキャノンを展開し、それを放出した。慌ててバリアーフィールドジェネレーターを展開するが、背後からのビームケーブルがツヴァイに襲い掛かり、バックパックに装備されていたプラズマカノンの右側を破壊した。

「あぅぅ!」

機体が揺れる。レバーを引き、体勢を立て直すレイ。眼前には異常な殺意を持って襲い掛かってくるクラリスの乗るグランシェが立ち塞がっていた。

「おかしい!おかしいです!変ですよ……」

「黙れよ!お前が俺の全てを狂わせた!この殺人鬼め!罪のない姉妹やお袋まで殺しやがって……絶対に許さねえぞこのクズ野郎がよぉ!!!」

「罪のない姉妹?何の……事……ですか……?」

この男は何を言っている?理解が出来ない、レイ。

「とぼけんな人でなし野郎が!お前が殺したんだろうが!愛らしかった姉妹をな!姉は真面目で純粋……妹は生意気だがそれでも平和を祈ってたあの姉妹をお前は殺しやがって!!!」

「知りません!何かの間違いです!」

レイはそのような事をしない。する筈がない。だが、何回か前の戦闘でもしかしたら民間人を巻き込んでしまった可能性はあるかも知れない。

だがクラリスの怒りの矛先は明らかにおかしいと言えた。全く覚えのない事で怒るクラリス。今のレイからすれば、この男が何を言っているのかが分からない。

その上でこの男は、レイが母親を殺したと言っている。彼にはこの男の言いたい事が全く理解出来なかった。

「お前は絶対に殺す!この俺がどうなってもあいつらの敵は絶対にとってやる!!!」

「そんな!覚えのない事で勝手に僕を犯人に仕立てるなんて!そんな、そんなのって!」

「うるせえんだよ!命乞いか?そんなことしてもどの道お前を殺すだけなんだよ!」

 

ビゴォン

 

グランシェはモノアイを輝かせて腰部からビームサーベルラックを抜き、ビーム刃を展開した。これに対し、ツヴァイは回避運動を行うために行動する。やがてグランシェはツヴァイに近付き、切り刻もうとビームサーベルを振るった。間一髪で回避に成功するツヴァイだが、グランシェは至近距離で大型ビームマシンガンを構え、それを連射した。至近距離であった為、バリアーフィールドでは防ぎきれず、ツヴァイの装甲はダメージを受けた。

「くうっ……!」

「コクピットをもろに当てれば殺せたのにな……この野郎が!罪ない人間まで巻き込む外道が!死にやがれ!」

「変だ……本当にクラリスさんなの……?動きが……前と比べて明らかに……それに、あの人から妙な感覚が……」

グランシェの動きが、先程破壊したグランシェのものと、明らかに違っている事を認識したレイ。ツヴァイがバスタービームライフルや肩部の拡散ビーム砲を展開しても、まるでビーム砲が直撃する位置が分かっているかのような動きを、クラリスの乗るグランシェは行っているのだ。

「まさか、あの人はシンギュラルタイプだったって事?いや、違う……シンギュラルタイプだとしても……この感じは憎しみそのもの……まともな感覚じゃない……」

レイはクラリスから発する感覚を感じ取っていた。レイがこの男から感じるもの。それは有り余る彼に対する憎しみである。何故そこまで殺意を抱くのかが理解出来ない様子であったレイだが、この時に彼の中である推測が生まれた。

それは、クラリスはもしかすれば強化手術を受けた可能性があると言う事である。

「死にやがれ!一般人殺しの屑野郎がァ!!」

「僕は……何もしてません!!」

必死に弁解するが、聞く耳を持たない。今の彼はレイを殺すことしか考えていない様子だった。戸惑いつつも、このまま何もしないでいてはやられるだけ。彼も応戦する為に、バスタービームライフルを発射する。

だが、グランシェはシールドでこれを防ぎ、そのままビームキャノンを放出した。急いで左前腕部を差し出し、バリアーフィールドを展開して攻撃を防ぐ。

「何もしてないって言い切れるのかよぉ!散々人殺ししてきた外道が!!」

ひたすら罵声を浴びせるクラリス。しかしレイはそれに懸命に対抗する。

「確かに、僕は人殺しはしてきました……けど、何もしていない人を殺すなんて……そんな酷い事、した覚えありません!」

「黙れよ!!お前が殺したんだよ!とにかく、お前がな!!!」

無論、全く覚えのない事実であるのだが、この時レイは都市部などでの戦いを思い出した。もしかすれば、戦いに巻き込まれて自分が不本意にもクラリスの言う少女らや彼の母親を殺してしまい、それを見たクラリスが今になって怒っているのではないか。それを考えたのである。

となれば、言い逃れで済む話ではない。不本意とはいえ、一般人を殺している。クラリスはそれを言いたいのではないかと思った瞬間、ツヴァイの動きが先程よりも遅くなった。

「まさか……戦いに巻き込まれてその人達を僕が……殺してしまった?それを、僕は気付かなかったの……?」

レイは弱気になった。一般人を殺すと言った事は決して行いたくない出来事である。だが彼は殺害してしまったと勘違いを起こしてしまった為、ショックを受けた。

 

ギュルルルルッ

 

だが、そこへクラリスの乗るグランシェがビームケーブルを展開し、ツヴァイに襲い掛かる。自分の身を守らなければならないと判断したレイは急いでこの攻撃を回避した。

「弱気になりやがったか!けどな!お前は殺してるんだよ!ガキとはいえ許されないんだよ!」

ビームケーブルを展開した後に、シールドからシュート・シューターを展開する。追尾式となっているそれは、ツヴァイに追いつくまで追尾をやめない。そしてツヴァイがこの攻撃から逃げている間にもクラリスはレイに罵声を浴びせ続ける。

「お前のようなクソガキがそんな事してたらなぁ!話にもならねえんだよ!だからお前の罪を償わせてやる……ここで死にやがれ!ガキとはいえ容赦しねえっ!」

全てはクラリスがエファンによって思い込まされているだけ。レイは実際には何もしていない。だがここまで罵声を浴びせられているレイは、弱気になっていた。そんな彼に対して、容赦のない攻撃を加え続けるクラリス。

更にそこへ、シーアの乗るグランシェも増援に駆けつけてきたのだ。

「苦戦してるみたいですね中尉。俺も戦いますよ。」

シーアの言葉が聞こえた時、クラリスは苛立つ様子を見せた。

「てめえは引っ込んでろ!こいつは俺がやる!」

「戦争は協力でしょう?格ゲーとかじゃないんですから。それにしても……ようやく巡り合えたって感じだね。噂の白いガンダム!会いたかったよ!パイロットは誰かな……まずはチェックだ!」

そう言ってシーアはツヴァイとの回線を開く。そこにいたのは、少女のような顔つきをした少年の姿だった。以前に見覚えのある少年の姿を見て、シーアはニヤリと笑った。

「おや、前に会ったね君。まさか君が白いガンダムのパイロットだったとはね。」

「え……あ……この人は……!」

クラリスとの戦闘の最中、突如現れたシーア。レイは以前にデイテールに乗って戦っていた際、エグゼマーに乗っていたこの男と交戦している。だからこそ、見覚えがあったのだ。

「戦場じゃなかったら握手はしていたけどね!」

 

ドオオオオオオオオオッ

 

その時、シーアの乗るグランシェはシールドを構え、ビームキャノンを展開した。同時に、クラリスのグランシェもシールドを構えてビームキャノンを展開した。別々の方向から来るこれらの攻撃に対し、ツヴァイはそれぞれの方向にバリアーフィールドジェネレーターを展開してビームによる攻撃を防ぐ。

「おお!凄い!一斉に防いだよ!」

感心したのも束の間、次なる攻撃を行うためにビームケーブルを展開しようとした……その時である。国連のMS部隊が彼等に攻撃を加えてきたのだ。ハイエッジを隊長機とする小隊がグランシェ二機に攻撃を加え、それに苛立ちを覚えたクラリスが迎撃に乗り出した。

「邪魔すんなぁぁぁ!」

この介入により、クラリスはレイとの戦闘から一度離れた。敵は一人減ったが、それでももう一人、彼はシーアを相手にしなければならなかった。

「素晴らしいMSだね、やっぱり噂通りだ。で、それを操る君も凄い人間だってコトだよね。」

「前に戦った人……ですよね……」

恐る、恐る、尋ねた。するとシーアは静かに頷き、言葉を喋った。

「そう言えば名前、聞いてなかったね。前聞こうとしたら君、怒っちゃったからさ。」

「そんなの……だって……こんな戦場なんですよ……」

 

ブゥン

 

その時、シーアのグランシェは急にツヴァイに接近し、ビームマシンガンを一度腰部にマウントした後、右側腰部からビームサーベルを展開した。

咄嗟の攻撃に対しレイは素早く反応し、機体が傷つく事は無かった。だがグランシェはツヴァイを切り刻もうと、何度もビームサーベルを振るって来る。回避運動をして攻撃を避け、ツヴァイもメガビームセイバーを展開して打ち合いを行った。

「流石だ。やはり普通の人間じゃないと見た。シンギュラルタイプとかその辺の人間でしょ、君。」

「前と一緒だ……また不意打ちなんて……!」

「あー、馴れ合いしてるけど敵同士だってこと忘れないようにしないとダメだよ?どうしても君が名前を教えてくれないのなら、先に名乗っておこうかな?」

グランシェは後方に下がり、ビームサーベルのビーム刃を収納して腰部に収納した。そしてビームマシンガンを再び装備し、レイに言った。

「俺の名前はシーア・マックス。新生連邦軍少尉さ。」

「シーアさん……ですか……」

ツヴァイはビームライフルを構え、いつ襲われても良いように準備をした。その上で、レイは静かに自分の名を名乗る。

「僕は……レイ……レイ・キレスです。」

慎重な様子のレイ。対するシーアは余裕の笑みを浮かべている。

「……アハハハ!やっぱり、警戒する?ま、二度も不意打ちしてるからね。警戒は無理もないかって――」

シーアは最初、笑っていた。だが次第にその笑みは消えていく。いつしか、レイが名乗った名前を見て、目を凝らしているのだ。

「え……レイだって……?」

会話の最中、シーアは何かを思い出したような言動を発した。レイは警戒しつつも疑問に感じていた。

すると、グランシェはモノアイを輝かせてビームマシンガンを連射した。全てバリアーフィールドで防ぐツヴァイ。そしてビームライフルを発射するが、この攻撃はシールドで弾かれた。

「また、いきなり攻撃……!」

「油断はしてはいけないからね。それを教えてあげてるんだけど……君、気になるな。そうだ……出身を教えてくれないか?」

 

ギュルルルルル

 

そう言いながらグランシェはビームケーブルを展開し、ツヴァイに襲い掛かる。これに対してツヴァイはブリッツファンネルを展開し、グランシェに襲わせた。多数のビーム砲撃が、グランシェを襲う。グランシェはこれらをシールドで防ぐ。

シーアのグランシェがシールドでビーム砲撃を防いでいる時、新生連邦の味方部隊が援護に駆けつけてきた。エグゼマーが一機と、ジョゼフが四機である。いずれもがビームライフルでツヴァイを狙うが、全てバリアーフィールドで弾かれ、そしてまずジョゼフ四機が素早いブリッツファンネルの動きについていけず、避けきれなかった為に破壊された。

残されたエグゼマーは回避運動を行い、ミサイルで攻撃を行おうとするがそれらも全てツヴァイに搭載されている肩部の拡散ビーム砲で破壊されてしまう。

「死ね!貴様ァ!」

エグゼマーはMAに変形し、特攻をしようと試みていた。だがレイはこの動きに気付き、MAのエグゼマーと接触する寸前で回避し、ビームライフルを撃って撃ち墜とした。そして、彼は再びシーアとの対決を行う。

「凄い反応だね。あんな状況だったのにもう敵は全滅だ。さて、君の出身地はどこ?もしかすれば君は知っている人間かも知れないんだ。」

「僕の事を知ってる人……?」

グランシェとの戦いを繰り広げているレイだが、ここでシーアが興味深い台詞を発した。自分の事を知っている人間が、今戦っている人間であるということに興味を抱き、疑問に感じていた。

「シーアさん……貴方って……何者なんですか!?僕はカナダのモントリオール出身ですけど!」

そう言いながら、ビームライフルを連射するが、いずれも回避される。そして再びグランシェはビームサーベルを側腰部から展開し、ツヴァイに切り掛かった。

「モントリオール……ああ……良かった、完全に思い出したぞ!君を見た時から覚えがあったんだよ!その特徴的な少女みたいな顔つき!そして天才的な操作技術の持ち主……あの時は僕の方が実力は上だったけど、今じゃここまで立派に進化していたとは!凄い!これは何と言う神様のいたずら!?」

「な……何を言ってるんですか!」

ビーム刃同士の打ち合いの最中にシーアが語る台詞。この時シーアは異様に機嫌が良さそうだったが、レイから見ればこれ程不気味に思えて仕方がない。

「覚えてないかな!?俺は鮮明に覚えてるよ!いや、正確には思い出したって言うべきか!?いつだったか、モントリオールで行われたプチモビルスーツ大会!そこで俺は君と出会った!結構前だから忘れるのも無理は無いか!そしてプチモビ大会で優勝した俺はそのまま軍属になって、今ではようやく少尉!苦労したよ本当に!君は覚えてない!?当時の優勝者の名前!君は確か二位だった!俺は覚えてるよ!こんな少年が凄い腕前だったなぁって今でも鮮明に!」

興奮した様子で喋るシーア。だが彼が喋っていた言葉の中に会った、〝プチモビルスーツ大会〟のキーワードがレイの脳裏に浮かんだ。 

それにより、レイは完全に思い出した。今戦っている相手の事を。

レイがジュニアハイスクール二年生の時に、故郷であるモントリオールで開催されたプチモビルスーツ大会。その時に出会ったのがこの男、シーア・マックスなのだ。彼の言うように、結果はシーアが優勝し、レイは二位だった。

この時、全てを思い出したレイはその事実に戸惑っていた。今戦っているこの男こそが、当時プチモビルスーツ大会で一時的とはいえ仲良く会話していた男なのである。

「こんな、こんなのって……あのシーアさんが……新生連邦なんて……」

「これも、時の流れという奴さ。さっきも言ったが、あの後俺は新生連邦にスカウトされて軍属になった。そこから今に至ってずっと軍に所属してたって訳。君の場合はどうして今ここにいるのかは分からないけどね!とにかくこの偶然は奇跡的!うん、実に素晴らしい事だと思うよ!!」

この会話が行われている最中も、ツヴァイとグランシェは打ち合いを行っている。この会話が行われている最中に、グランシェはツヴァイの装甲を貫く為にビームケーブルを展開した。

「くぅっ!」

急な攻撃に一度ツヴァイは後退する。常にメガビームセイバーを所持した状態で、いつでも接近戦が出来るように心掛けていた。

「だけど……残念なのは時の流れが人を変えてしまうっていうこと。約一年も時間が流れれば嫌でも人間は変わるさ。君も、俺もね。君の場合はどんな事情があったかは知らないが、そんな機体を操るってことは相当な実力者に成長しているってことだよねぇ!!」

再びグランシェはビームケーブルを展開した。埒が明かないと判断したレイはビームケーブルの動きを読み、切り裂こうと考えていた。現在、真正面に向かって来るビームケーブル。そこから彼は左に回避し、そのままメガビームセイバーで切り裂く気でいた。

彼は思った通りにツヴァイを動かし、急いでグランシェのビームケーブルを切り裂いた。

「動きが読まれた……?君、やっぱり噂に聞く、シンギュラルタイプの力を宿しているっていうのかい!?」

驚いた様子でシーアは言った。だが、レイは目に涙を浮かべながら言う。

「いい加減にして下さい!僕は正直貴方と戦いたくないんです!!簡単に殺そうとしないで下さい!そうすると僕も戦わなくちゃダメになってしまうから……」

今は敵同士とはいえ、彼はシーアと戦いをしたくなかった。それも、全て事実を知ったからである。だがシーアはそんなレイに対して言った。

「さっきも言ったけどさ、時の流れは残酷なんだよ。まだ少年である君には理解が難しいかも知れないけどね。人間は時が流れると変わってしまうのさ。」

そう言って、シーアのグランシェはビームマシンガンを発射した。全てバリアーフィールドで防ぐ事が出来るのだが、この時レイはシーアに対する戦意が完全に失われていた。

戦いたくない。その気持ちで彼は一杯だった。だがシーアは容赦なく襲ってくる。シーアの攻撃を、レイはただ避け続けるだけだ。彼の事を思い出してからは、一切、攻撃を加える事は無くなった。

(逃げてばかり……か。いいよ、それならこっちにも考えはあるし。)

レイの行動に見兼ねたシーアは、一度その場から離れた。シーアがいなくなってくれたことで、レイは心底安心する。そして、代わりに迫ってくる新生連邦軍の量産機体に対してはビームライフルを構えて発射し、撃破する等の活躍を見せた。

「シーアさんがいないのなら、僕は……戦う!守るんだ……みんなを!クラリスさんは僕を一般人殺しと言ったけど……今は……今は……戦うんだ……!」

戦いたくない相手がいないことで、彼は安心して戦う。ツヴァイはカメラアイを輝かせ、先程ネルソンに言われたように彼は新生連邦本部へ向かっていく。一刻も早くこの戦いを終わらせる為に。

だがこの間も彼はクラリスに言われた事を胸に抱えていた。知らない内に一般人を殺害してしまった可能性があることを。それによってクラリスは怒り、今自分に殺意を抱いているのだと言う事を。

しかし、この戦場では一般人が巻き込まれるとすれば、セイントバード艦内にいる非戦闘員だけ。そうとなれば、彼はまだ安心して戦えた。

 

――――お前のようなクソガキがそんな事してたらなぁ!話にもならねえんだよ!―――

 

――――――――――――人間は時が流れると変わってしまうのさ――――――――――

 

先程の戦闘で様々な言葉を聞いたレイ。いずれも彼の心に迫ってくる言葉。だが今はそれを忘れなければならない。気にしていては必ず死に繋がるからである。だが、これらの言葉が彼に重く圧し掛かっているのは事実であり、レイは目から僅かに涙を浮かべていた。

 

 

 

ネルソンはエファンと激闘を繰り広げていた。だがエファンの搭乗するカーティウスは圧倒的な強さでネルソンを追い詰め、彼は次第に不利な状況へ陥っていくばかりである。

「なかなか粘るな。思ったよりはやるようだが……?」

「ちぃ……なんてパイロットだ……このままではやられるのが目に見えている……」

完全に動きを読まれている上、仮に避けたとしても、機動性の高いカーティウスは次なる攻撃を、予め用意していたかのように次々と繰り出してくるのだ。

(このパイロットは恐らくシンギュラルタイプか、いや、その上MSの技量も相当なものと見た。機体性能に身を任せていない戦い方をしているのが分かるが……)

「私はシンギュラルタイプではない。それらを遥かに上回る存在である、アドバンスドタイプだ!」

「なっ……何故私の考えてる事が!?」

ネルソンの思っていた事に対して言葉を発したエファン。ただの偶然とは思えない出来事に、彼はただ、驚くことしか出来なかった。

「考えている事はお見通しなのだよ。私には全てが分かる!」

「ちぃっ……私の攻撃が見透かされているように見えたのはその為なのか……!」

「さあな?」

そう言って、エファンはカーティウスのビームサーベルを展開させ、ハルッグを切り刻もうとした。回避運動を取ろうとするハルッグだが、そこへカーティウスが足底部のクローを展開し、ハルッグの右足部に食い込ませた。

「ぐっ!」

「さて、壊してやろう。」

クローからビーム砲が展開されようとしていた。当然、彼が抵抗をしないはずがない。慌ててこの攻撃に対してハルッグがもう片方の脚部でクローを蹴ると、幸いにもその反動でクローによる食い込みが緩んだ。その為、ハルッグは自由の身となり、右足部の破壊は避けられた。

「ほう、やるではないか……」

(この男の相手は危険だ……今の私に勝てる相手ではない……)

ネルソンがそう考えた時、エファンは言った。

「分かっているではないか。自分の力量を弁えると言う事はそれなりの実力者だと言う事だな。そうだとしても所詮オールドタイプであるお前が私に勝つ事等、不可能も同然だ。」

「やはり考えはお見通しか……ん……?」

その時、ネルソンはセイントバードの方向を見た。セイントバードが新生連邦のMSの攻撃を受けており、被弾している……それを見て彼はハルッグを変形させ、その場から離れた。そんなハルッグを追いかけようとするネルソンだが、そこへ国連のMSが攻撃を仕掛けてきた。

「全く、無謀にも挑んでくる機体が多い事だ。アーヴァインには近寄らぬ癖に新型には平気で近付くとはな。」

今までエファンの乗っていたアーヴァインは国連から恐怖の対象として見られている。以前に国連軍がアーステクノロジーを襲撃した際も、アーヴァインから離れるように攻撃を加える国連軍の姿を知っている為、それをこの男は哀れに感じていた。

「今お前達が戦っているMSこそ、当時アーヴァインに乗っていたパイロットであると思い知らせてやる必要があるな。」

そう言ってカーティウスを動かすエファン。  

まず、彼はヴァントガンダムを一機足底部のクローアームで確保する。一方は胴体を、もう一方は頭部を掴まれたヴァントは何もできない状態で、そのまま零距離からのビーム砲撃を浴びて破壊された。続いてビームライフルを連射するハイエッジに対しては両腕部に搭載されているビームキャノンと足底部のビーム砲を合わせて一斉に射撃を行った。ハイエッジは間一髪で回避するが、その直後にカーティウスは素早くハイエッジに近付き、背後からビームサーベルでコクピットを突き刺した。

この間僅か十秒。カーティウスの圧倒的な強さに同様を隠せない様子の国連兵士達はやや後退を始めた。

「な、なんてMSなんだ……」

「化け物だ……!」

逃げる国連兵士達。だがエファンはこれらを逃がす筈もなく、追撃を開始する。

 

 

 

新生連邦軍に対して攻撃を加え続けているアレン達はドゥーリア隊の強化モデル部隊と交戦していた。彼は強化モデル兵士の乗るカーティウス二機と、ダウーラの乗るアーヴァインと交戦していた。アレンの側にはアイリィがヴァントガンダムに乗って他の新生連邦のMSと交戦している。

以前よりも技量が上がっているアイリィは、敵のMSを苦戦しつつも確実に破壊していく。だがヴァントガンダムは既に左腕部を失っており、自身を守るシールドが無くなっていたので、彼女にとって状況は不利だった。

その一方でアレンはカーティウス二機と戦っていた。ブライティスのウイングを展開し、ビーム砲を展開するが、カーティウスのバリアーフィールドジェネレーターがこれらの攻撃を全て防ぐ。

「ここに来て、初めて手応えのある相手に出会えたなぁ!」

ダウーラはそう言ってアーヴァインの大型ビームライフルを連射する。ブライティスはそれらを全てバリアーフィールドで防ぐ。

だがその間にカーティウス二機が一斉にプラズマカノンを放出する為、すぐに回避しなければならなかった。

「ここにいる敵は全員強化モデルか……」

流石に、強化モデルの乗るMSを三機も相手にしなければならないのは彼にとって厳しいものがあった。これらに対しては一斉に片付ける方が良いと判断したアレンは、機体背部からブリッツファンネルを八基、腰部からブラスターファンネルを二基展開し、これらを強化モデルの乗るMSに対して襲わせた。

ファンネルに翻弄される強化モデル達。そして、アレンはこの隙に新型の兵器である、右手部マニピュレーターに搭載しているプラズマランチャーを構え、標的を絞り、それを発射させた。

 

ドバアアアアアアアアアッ

 

ファンネルの攻撃を懸命に回避していることに目を取られていたカーティウスのパイロットはこの攻撃に気付かなかった。よって、プラズマランチャーは直撃し、破壊された。

「グ……ああああああああああ!!!」

一機のカーティウスを破壊する事に成功。だがまだアーヴァインともう一機のカーティウスが残っている。その上他にも様々な敵MSが残っている為、状況は決して有利とは言えなかった。

プラズマランチャーを撃ち終えたブライティスに、アーヴァインがビームサーベルを所持し、迫って来た。急いで側腰部からビームセイバーを引き抜き、打ち合いを行う。

「最初にそのガンダムがやられたと思った時は心底がっかりしたが、ダミーで良かったぜ。じゃなきゃつまらないからな。」

「何を言っているんだ、こいつッ!」

ビームサーベルの出力はアーヴァインの方が大きい。その為、ブライティスのビームセイバーは弾かれてしまった。だが急いでプラズマランチャーを腰にマウントし、もう一本のビームセイバーを展開して、再び切り合いを行う。

「やっぱり戦いは良い!ゾクゾクする……今まで何も出来なかったのが嘘のようだ……」

「戦いを遊んでいるのか……このパイロット……?」

「お前も思わないのか?それだけエリートなら、戦いの楽しみを知ってると思うがな。」

ただ、戦いたいだけの男であるダウーラ。当然アレンはそんな気など無い。

「戦いに楽しみなんてあるものか!」

「そいつぁ残念だ……お前も楽しんで戦ったら……どれだけ楽しいのか分かるはずなのにな……」

「ふざけるな!」

「この快感が分からないのなら……とっとと消え失せろ……」

互いにビーム刃のスパークを弾かせている状態で、アーヴァインはフロントアーマーからビームキャノンを展開しようとしていた。それに気付いたアレンは急いで打ち合いを止め、その場から離れた。ビームキャノンは発射されたが何にも当たらず、ダウーラは苛立ちを覚えた。

「オイオイ、お楽しみはこれからだろうが。」

逃げたアレンに対し、コクピット内を思い切り握り拳を作って殴りつけた。歯を食いしばり、アレンの乗るブライティスガンダムを探し始める。

 

 

 

戦いが始まってから三時間が経過していた。激しい攻防を繰り広げる両軍。その間にも多くの艦やMSが破壊され、両者の損害は甚大なものとなっていた。

中でも新生連邦軍は、一進後退を続ける国連の戦略に踊らされており、確実に戦力を削られ続けている。新生連邦軍はMSのバリエーションなら国連よりも優れるのだが、それでも徐々に押され始めていた。その原因の一つにセイントバードとシュネルギアによる陽動作戦があったのだ。だがしかし、まだ新生連邦の本部施設には攻撃は加えられていない。

本部への攻撃を行うのはセイントバードを始めとする強襲部隊の役目であるのだが、この部隊が今エファンの率いる部隊によって足止めを食らっているのだ。

アッサラーム艦内にて。セイントバードの動きに対し、ウィレスは腕を組みつつもこのおかしな動きに疑問を抱いていた。

「おかしい……何故セイントバードは動かない……?」

「恐らく敵部隊に強力なMSの存在がいる模様……それに苦戦しているものとされます。」

「主となるMS部隊は我が陽動部隊に全て向かったのではないのか……ハッ……まさか……」

ウィレスはこの時、自分の失敗に気付いた。敵の中に頭の切れる存在がいると言う事を考慮していなかったのである。痛恨のミスであった。彼女が思い浮かぶ頭の切れる人物……それはただ一人を置いて他にいなかった。

「エファン・ドゥーリアか……」

「エファン・ドゥーリア……?」

「ああ、現在は新生連邦軍に所属している男でな。間違いない、奴ならば考えられる……この作戦を見抜く事等容易い……」

「ご存知なのですか?」

「頭が非常に切れる上に、MSパイロットとしても優秀……その男と戦っているのならば足止めを食らうのも無理は無い……クッ……不覚だった……奴は脅威だぞ……どうする、エリィ……」

エファンは強敵だ。以前、大西洋沖においても一対多数でその力を見せつけたエファン。その脅威は、ウィレス自身理解している。

(ギルス・パリシムのやり方の方針には私も逆らえない……あの男は軍部に権力を与えてはいるが結局はあの男が決定をしなければそれは承認されない……セイントバードに非戦闘員が居るのは分かっている。だが、私の力ではMS乗りを匿えない……エリィ、頼む、無事に生き残ってくれよ……)

セイントバードチームの非戦闘員の扱いの悪さの正体は、ギルスが関係していた。ウィレス自身はそれを匿いたい気持ちで居たのだが、ギルスがそうさせないのだ。そして、エリィに対して横柄な態度を見せた軍人であるモルド・ディンクスはギルスの息の掛った軍人であった為、不当な扱いを受けていたという事になる。こればかりはいくらウィレスとエリィが知人関係であれ、覆せない壁があったのだ。

 

 

 

アレンはアーヴァインから一時的に逃げ、再び攻撃を仕掛けようとプラズマランチャーを構えた。しかしその背後から熱源を感知したアレンは緊急回避を行う。回避を行った後、アレンが見た敵の影の正体は二機のガンダムタイプだった。ニッカとハーディがそれぞれ搭乗する、デスペナルティガンダムとアトミックガンダムである。再び厄介な敵と遭遇してしまい、アレンは焦りの色を隠せない。

「見つけたぜぇ!あの青羽のゲテモノガンダム!」

「今日こそ殺してやんよ!覚悟しろっての!!」

「クソッ!こんな時に限って!」

プラズマランチャーを腰にマウントし、腰部からビームセイバーラックを抜き、ビーム刃を展開して接近戦を試みた。それに対し、デスペナルティとアトミックは、それぞれ備え付けられているビームキャノンとビームランチャーで攻撃を加えていく。

それらの攻撃を回避しながら、ブライティスは二機に接近していき、まず、ブライティスはアトミックに対してビームセイバーを振り降ろした。しかし、それに対してアトミックはビームサーベルを展開し、攻撃を防ぐ。

「見えてんだよボケ!」

「フッ、どうかな……」

アレンは笑みを浮かべた……と同時に至近距離でブライティスはウイングを展開してビーム砲を一斉に発射させた。それにより、アトミックは機体を損傷させてしまう。

「行けっ!」

 

ピシュンッ

 

更にブリッツファンネルを展開し、これらをデスペナルティとアトミックに襲わせた。ビーム刃を展開し、突き刺す為にこの二機を追うブリッツファンネル。特殊強化モデルの乗るガンダムはどうにか回避運動を続ける。彼等は強化モデル故に、反射速度が優れている。だからこそ、ファンネルの動きに対して、オールドタイプよりも早く反応が可能なのだ。

「クソッタレ!こいつらなんとかなんねえのかよ!」

「邪魔すんじゃねえよこいつらぁ!!」

ファンネルは次々と二機を襲う。その間、ブライティスはその戦闘域から離れ、新生連邦本部へ直接攻撃を加えようと目論んでいた。

ブリッツファンネルが全基発射されている状態で、アレンの乗るブライティスは本部へと向かっている。その時、ジャンヌから連絡が入った。彼はすぐに回線を繋ぎ、内容を確認する。

「気を付けて下さい。いくら貴方とはいえ……本部の施設は何があるか分かりません。細心の注意を払って行動して下さい。」

「分かってる!」

「無事を祈ります……」

回線は消えた。ジャンヌの激励を受けたアレンはブライティスを下降させていき、新生連邦本部へ単機向かっていく。

しかしこれはウィレスの考えている作戦の中にはない出来事だった。つまり、これはジャンヌの独断なのである。アレンを単機で新生連邦本部へ潜入させ、セイントバードチームと合流することが目的なのだ。

一方のジャンヌ達は後方でシュネルギアを指揮しながら懸命に援護射撃を行う等、戦いを続けていた。彼女の側にはギアの姿もあった。

「この戦いは熾烈を極めるだろう。ジャンヌ嬢、気を付けて。」

「ええ……了解です。どうか、この戦いを一刻も早く終わらさなくては……」

ジャンヌは静かに呟いた。彼女は、この戦いが早く終わり、少ない犠牲者で済ませるようにしたいと願っていた。

だがその間もシュネルギアに新生連邦のMSが襲い掛かる。次に襲ってきたのは、プラズマランチャーを持つカーティウスだった。アレンがいない以上、この最新鋭機体を相手にするのは非常に厳しいものがあった。

「ジャンヌ様!補足されています!」

「弾幕を撃ちつつ回避運動を!」

「ダメ!ジャンヌさん!このままじゃ狙い打ちされる……!」

ココットが言った。その間にもカーティウスはツインアイを輝かせ、ビームランチャーを構えた。更に、ビームランチャーの砲身部が展開し、そこからエネルギーが集まっていき、プラズマランチャーを発射しようとしていた。

 

               バシュゥゥゥ

 

しかしそこへアイリィのヴァントガンダムがカーティスに対してビームライフルを放った。シュネルギアを守る為に、果敢にもカーティウスに挑んだのである。この事で、プラズマカノンはシュネルギアに向けられる事は無かったが、代わりにアイリィの命が危ぶまれた。

「アイリィさん!逃げて下さい!」

ジャンヌは叫んだ。このままではアイリィがカーティウスに殺されるのが目に見えているからだ。しかし、それでもアイリィは攻撃をやめない。

「や、やるんだ!私だってやるんだからー!」

そう言ってアイリィのヴァントガンダムはビームライフルを連射する。当然、カーティウスはこれらを全てバリアーフィールドジェネレーターを展開して防いだ。するとカーティウスは両脚の膝関節を前方に屈曲させ、足底部からビームキャノンを放出した。高出力のビームキャノンから攻撃を防ぐためにシールドを構える。

だがカーティウスのビームキャノンの出力はシールドで耐えられるものではなく、これを受けたヴァントガンダムは左腕部が消滅してしまった。しかし彼女は諦めない。逃げ出す気配もなかった。

「左腕が無くったって!人間じゃなくてMSなら大丈夫なんだよぉ!!!」

彼女の乗るヴァントガンダムは右腕部を使い、腰部からビームサーベルを抜いた。それも一つではない。二つである。右の手部マニピュレーターを駆使してこれらを連結させ、ナギナタ状にしてカーティウスに迫ったのである。

「やああああああああああっ!」

カーティウスと比較し、機体性能が遥かに劣るヴァントガンダムで攻撃を仕掛けるアイリィ。それはあまりに無謀としか言えず、ジャンヌは必死に制止するが彼女はやめようとはしない。ヴァントがカーティウスに迫っている間、カーティウスは様々なビーム砲撃をヴァントに向けて放出していた。

回避が間に合わないヴァントは、両脚部や頭部を破壊され、残るは胴体のみとなった。こうなってはカメラによる視覚は頼れない。直接コクピットからカーティウスを肉眼で捉え、強襲するしか出来ない状態になっていた。しかし、機体のほとんどを破壊されているヴァントガンダムでは思うように動く事が出来ず、このヴァントはカーティウスの良い的と化していた。

やがてカーティウスはビームランチャーを構えた。それはヴァントガンダムに向けて発射される。回避しようとしても、上手にコントロールを取る事が出来ない。このまま真正面に向けて進めばビームランチャーをまともに受け、彼女は死んでしまう。が、それでもアイリィは逃げる事をしなかった。

「アイリィさん!!どうして……」

ジャンヌが問いかける。それに対し、アイリィは言った。

「たまには……役に立てたいんです!私あんまり活躍とか出来ない人間だけど……けど!こんな時こそ普段お世話になってるシュネルギアのみんなの役に立ちたいんです!だから……無謀だって分かっててもいいんです!戦います!!」

そう言ってアイリィは更にヴァントを前進させた。あまりに無謀な行為だと誰もが思っていた。そして、前面にいるカーティウスのビームランチャーは間もなく発射されようとしていた……

(あ……私死ぬんだ……ここまで……なのかな……)

シュネルギアを守る為に行動した少女、アイリィ。だがその命は儚くも、散ろうとしていた――

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

その時、カーティウスに向けて、上空からビームライフルが数発撃ち込まれた。その方向には国連のハイエッジの姿があり、カーティウスに向けてひたすらビームライフルを撃っていたのだ。それに気付いた強化モデルのパイロットは標的をアイリィから上空のハイエッジに変え、ビームランチャーを発射した。これにより、上空のハイエッジは破壊される。

だがこれがアイリィにカーティウスを倒す機会を作ったのだ。上空に向けてビームランチャーを放った事で、油断していたカーティウスのパイロットはアイリィが迫ってきている姿を見て、すぐにビームランチャーを構えようとしたのだが、それは既に遅かった。

「はあああああっ!!」

ヴァントガンダムは決死の力で、連結したビームサーベルの上部分でカーティウスの胴体を切り刻み、そして下部分を駆使してカーティウスのコクピットを貫いた。この事でカーティスのパイロットは当然死亡し、それと同時にカーティウスは爆発した。彼女は敵機との圧倒的な性能差に翻弄されず、奇跡を起こしたのである。

「やっ……やった……!あっ……もうダメだ……脱出します!」

この時、ヴァントガンダムは新生連邦の別のMSのビームライフルによる攻撃を受け、エンジン部が破壊された。機体が限界だと感じたアイリィはすぐに脱出を開始。彼女は近くにいたアステル兵に拾われ、一命を取り留めたのだ。

新人兵士であるアイリィが起こした奇跡。これがジャンヌ達の士気を向上させることになる。

「私たちも……参りましょう。アイリィさんは果敢にも自分よりも強い敵に挑み、勝利を収めました。敵は強大です。しかし……勝てない相手ではありません。」

その言葉に対し、ブリッジ内のクルー全員が言った。

「了解!」

アイリィの活躍が、彼等をやる気にさせた。ただ、シュネルギアのクルーだけがやる気になった訳ではない。その周辺にいた、アステル兵達も彼女の活躍を見ており、彼等の士気も上がっていた。

 

 

 

ブライティスは単機で本部周辺の基地に攻撃を仕掛けていた。ブライティスの新工場にいたのは二機の陸戦型ディープシーであり、ビームライフルを撃ってブライティスを攻撃するが、いずれもこれらの攻撃を回避し、この二機の間を凄まじいスピードで通り過ぎる際、ブライティスは両手を使って横腰部からビームセイバーラック抜き、ビーム刃を展開し、一瞬の内にこの二機を破壊した。

他にも、ブライティスに迫ってくるMSは数多く存在する。そんな機体に対しては、先程デスペナルティとアトミックを牽制していたブリッツファンネルを展開して撃退する。

アレンの技量も相まって、圧倒的な力を見せつけるブライティス。やがてブライティスは新生連邦本部に繋がっているとされる施設内部へと潜入していく。

 

施設内部にも多数のMSは存在していた。侵入者であるブライティスに対し、攻撃を加えていくディーストやディープシー。しかしそんな機体ではブライティスの相手にもならず、簡単に破壊されてしまう。

だが、施設内に存在しているのはMSだけではなかった。迎撃用のミサイルシステムや、大型トーチカ等、多くの侵入者迎撃用の設備が整っていた。ミサイルシステムはブライティスを感知するや否や、一斉にミサイルを発射する。

無数のミサイルに囲まれたブライティスだったが、ファンネルを展開し、その上ウイングに装備されているビーム砲を一斉に展開する事でこれらのミサイルのほとんどを破壊する事が可能となった。一方の大型トーチカは、ブライティスに向けてビーム砲を撃つが、これらはバリアーフィールドで防ぐ。

バリアーフィールドがある為、行動に支障は無かったのだが、その先のエリアに進むにはトーチカを破壊する必要がある。何故なら、トーチカが行く手を遮っている為であるからだ。

そんなトーチカに対し、ブリッツファンネルを展開して攻撃する。しかし、ビームは全て弾かれてしまった。

「バリアーフィールド……?」

トーチカにはバリアーフィールドが施されていた。それを知ったアレンはブライティスにプラズマランチャーを装備させ、狙いを絞ってそれを発射した。

バリアーフィールドを貫通したことにより、トーチカは破壊された。それにより道が開け、その先をブライティスは進んでいく。

この施設が本部へと繋がっているに違いないと悟ったアレンは、臆することなく先へ進んでいく。長い一本道が続く上、この中には防衛機能が何一つもない。その事に対し、アレンは疑問に感じていた。

(何だ……ここが本部へ繋がっているとしたら、防衛機能が無いのは不自然だぞ……?どうなっているんだ……?)

彼がそんな風に思っていた時だった。突如、前方から熱源がブライティスへ向かって来る事に気付いたアレンは急いで左腕部を差し伸ばすことでバリアーフィールドを展開し、迫ってきた熱源を防ぐ事に成功した。急な攻撃に驚くアレン。そして、その攻撃を仕掛けてきた機体が彼の前に現れた。それはガンダムタイプで、以前に見覚えがあった。

「あの機体……まさか……!」

「随分とお久し振りですね。アレン。」

その機体に乗っているのは新生連邦総司令、レヴィー・ダイルである。つまり、アレンが今敵対しているMSはガンダムナパームである。

「レヴィー……」

「国連が本格的に攻撃を開始してきましたね。正直、驚きましたよ。現在デウス残党軍によって壊滅的なダメージを負っている新生連邦が宇宙へ部隊を派遣しており、地球での戦力は大幅に減少している時に攻撃ですからね。しかも戦力を確実に減らす陽動作戦を行っています。戦略としてはなかなかのものですね。」

そう言って、ナパームはビームサーベルを展開した。同じくブライティスもビームセイバーを抜いてビーム刃を展開する。

「最早……かつての平和主義を唱えていた国連の姿はそこにはありません。あるのは力で敵を倒そうとする、戦争の考えそのものを持った軍隊の存在のみ!」

「な……何が言いたいんだ!?」

「そんな組織に協力する貴方に絶望しているんだ、僕は!」

一本通路内の戦いが始まった。先に攻撃を仕掛けたのはナパームである。ナパームがビームサーベルで切り裂こうとすると、すかさずブライティスもビームセイバーで対抗し、拮抗し合っている。

「平和主義を唱えていた筈の平和国連盟は今やその影も形もなく、戦っている!貴方はそのような存在に対して何故、疑念を抱かなずに協力しているのですか!?」

総司令はアレンに何度か新生連邦に加入するように勧誘していた。しかしアレンは断った。そして、国連に協力している立場として、立ち塞がっている。

「俺だって、本当はこんな風な形で国連と協力なんてしたくないんだよ!」

互いの打ち合いが終わった後、両者は攻撃を止めた。

「それは、どう言う事ですか?」

先の攻撃とは一転、話し合いに応じようとする総司令。

「今の国連は手段を選んでいない!だから俺達やセイントバードを巻き込んで今回の戦争に臨んでいるんだ!それに逆らう事は死を意味する!俺だって不本意なんだよ!戦争なんてしたくない!だけど、今回の作戦で新生連邦の本部を制圧さえ出来れば、これ以上無駄な犠牲者を出さなくて済むんだ!」

「やはり、貴方は愚かですね。」

 

グォンッ

 

すると、ナパームはバーニアを展開し、ブライティスに急接近し、至近距離でシールドを構え、そこからビーム砲を展開した。急な攻撃に、ブライティスはバリアーフィールドを展開する間もなかった。

「レヴィー!どういう事だ!?」

「本当は戦いをしたくないが、仕方なしに戦うぐらいなら……命を賭けてでも拒絶するのが正しい選択肢ではあるとは思いますが。やはり、貴方も命は惜しいんですね。そう言った意味では貴方も人間です。」

不本意な戦いならば拒否すれば良いと言うのが総司令の意見だ。だが、アレンはこれを否定する。

「新生連邦がそれをするから俺は戦う!」

「違いますね。貴方がアドバンスドタイプであろうが、結局命が惜しいのです。だから、国連の命令に従う。それは生きたいという欲望を持った人間の正しい判断ですが、貴方は愚かでもあります。」

どのような意図があれど、実際に今の国連に協力している以上、それに対する説得力がなくなってしまう。それは、分かっていた。

「確かに命乞いに聞こえても無理は無い……けど、これは俺の意思でもあり、ジャンヌ達の意思でもある!俺が勝手に戦いを拒絶したらそれこそ皆が犠牲になる!だから今は国連に協力するしかないんだ!だけど俺はそんな国連のやり方に反対している。こんなのは間違っているから!」

「成程、だからあえて国連と戦う事を選びましたか。妥当ですね。しかし、無駄な犠牲者を出さなくて済むように……と言う割には、貴方は陽動作戦用のその機体のダミーを使って我が軍に攻撃してきましたね。それは立派な作戦ではありませんか。国連のやり方に反対している貴方は結局国連に協力しています。」

互いの意見がぶつかり合い、会話をする。かつての友人同士がこの場で再び戦闘を行っているのだ。

「アレン、貴方の言っている事は矛盾しています。そして、その根本は自分が生き残りたいという、生物の本能。所詮貴方の言葉は綺麗事だ。絶望しましたよアレン。」

総司令の言っている事は事実だ。国連は犠牲者を減らしたいと言っている割には、ダミーを利用した作戦を用いている。戦争に反対している筈のアレンが、こんな作戦に関与すること自体がおかしいと、総司令は言っていた。

「それで、その早期決戦をする為に僕を探す為にここまで来たと言う訳ですね。僕を殺し、新生連邦の支配を終わらせる為に。」

総司令を倒せば全てが終わるのは間違いない。

 だが、アレンはコクピットから声を出し、言った。

「……お前には頼みがある。話をしたい。俺は、出来るならばお前を殺すなんて事をしたくない。」

その言葉を聞き、総司令は動きを止めた。

「殺したくない……ですって?」

かつての友人からの言葉に耳を傾けた、総司令。

「レヴィーは今、新生連邦のトップだ!お前が望みさえすれば、世界は対立する必要なんてなくなる!国連は今、新生連邦を攻め落とそうとしている!お前さえ望めば、争う世界なんて作る必要はないんだよ!」

アレンは必死に、総司令に言った。彼は総司令を殺す気はないという。だからこそ、戦いを止めて欲しいと懇願しているのだ。

 だが今回は、国連が仕掛けた戦争だ。友人の言葉とはいえ、総司令がそれを素直に聞くとは思えない。

「成程、新生連邦に素直に負けを認めろと言う事ですね。貴方は友人としてそう、言っているのでしょう。」

総司令の言葉が静かに響いた。

「だとすれば貴方は何も分かっていない。本当の意味で愚か者と言えますよ。」

「何……!?」

言葉が届かないのか。かつての友人に対して言った言葉の筈なのに。

「以前に言った筈です。僕は止まる気はないと。当然ながら、貴方の言いなりになるつもりはありません。話し合いで解決するのなら戦争なんて起きていませんからね。」

アレンの説得も虚しかった。総司令は聞く耳を持たない。新生連邦は、一切手を引く気がないのだ。そして――

「エールゴーニオ発進!セーザム、四機発進!」

突如、総司令は言い出した。それと同時にこの施設が揺れ始めた。

「な……!?」

「この近くにMAが格納されていまして。国連軍はここを制圧するつもりでしょうが、そうは行きません。この施設は間もなく崩壊するでしょう。その前に脱出をしなければ。」

そう言った直後に、ナパームは基地の天井に向け、腹部からビームキャノンを展開した。この高熱によって開いた穴を利用し、バーニアの出力を展開し、外へ脱出を図ったのだ。

「レヴィー!」

結局、彼等は戦う運命なのか。その運命すらも受け入れなければならないのか。アレンは歯を食い縛り、ブライティスのバーニアを展開して、ナパームが開けた穴を通り、外へ出ていく。

 

 

 

外に出たアレン達。その直後に施設は脆くも崩れ去った。施設の周辺には、エールゴーニオが一機、セーザムが四機。計五機のMAが本部周辺を防衛するかのように出現していた。 

これらのMAの存在は、国連軍にとって厄介な存在となっている。そして、総司令に追い付いてきたアレンに対し、総司令は言った。

「僕は簡単には死にません。国連は僕を殺して本部を制圧するつもりでしょうが、僕はMSに乗る限り、倒れる事は無いでしょう。恐らく国連軍は僕がこのガンダムに乗っている事に気付かないでしょう。だからこそ、ここが一番安全なんですよ、僕にとっては。」

「その為に防衛用のMAを……」

「取っておきというやつです。さて、戦いましょうか。貴方が弱気なら僕にも勝ち目があります。貴方のガンダムとの戦闘データは見せてもらいました。どういった武装があるか、どのような攻撃が得意か?それらを全て把握しています。性能差では負けるかも知れません。しかし技量で僕は貴方を倒しますよ。」

再びナパームはビームサーベルを展開した。 

アレンはこの時、焦っていた。総司令であるレヴィー・ダイルが言っていた言葉に対して。

 

―――――――――――――所詮貴方の言葉は綺麗事だ―――――――――――――――

 

総司令に言われたこの言葉が重く圧し掛かった。国連の命令に従っている以上はこの事実はどのような言い訳も通じない。戦いが本当に嫌だというのならば、国連に従うと言う選択肢以外にもあった筈である。無論、その場合は命を落とす事になるが。

だが生き残ると決めた以上はこの戦いを終わらせる必要がある。アレンは戸惑いつつも、頭を振り、迷いを断ち切るように彼は再び総司令と激突する。

ナパームのビームサーベルと、ブライティスビームセイバーが打ち合いを行う。この時、ナパームは頭部機関砲を連射してブライティスのカメラアイを狙っていた。その為、急いでブライティスはナパームから離れる。

「新生連邦の総司令として、今ここでやられる訳には行かないんです。貴方が敵として阻むのなら、容赦なく貴方を倒します。僕は昔とは違う……今の僕が、本当の僕だから……」

「戦力を拡大し続けて……多くの人を犠牲にしてきた事に対して何も感じないのか!?」

「以前にも言いましたよね。今の国連や宇宙のデウス軍の様な脅威に対して軍備増強させ続けてきたんです。今がまさにその時ですよ!」

その時、ナパームはMAに変形した。そしてブライティスに急接近し、モノアイを輝かせたと同時に大型ナパームランチャーを一基、ブライティスに向けて発射する。間一髪でそれを回避するブライティス。反撃にウイングからビーム砲を展開した。だがこの攻撃も素早く回避されてしまう。

「やはり性能はそちらの方が上ですが、僕は負けません。分かりますよ。貴方は、本気で僕を殺す気が無い。その甘さ……それが命取りとなりますよ。」

「さっきも言った!お前とは殺し合いはしたくないって!」

「殺す気でなければ今の僕には勝てません!本気で来て下さい!」

「そんな事言ったって!」

ナパームはビームライフルとシールドビーム砲を展開し、それらを連射した。バリアーフィールドで防ぐブライティス。しかしMA形態であるナパームは脚部のクローを展開してブライティスを破壊しようとしていた。

「させないッ!」

間一髪、アレンはナパームの攻撃を回避する――その瞬間だった。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

ビームライフルによる一筋の光線がブライティスの眼前を横切ったのだ。

援軍が来たのかとモニターを確認する。そこには、ダウーラの乗ったアーヴァインの姿が確認できた。

「さっきの強化モデルか!」

「戦闘狂のパイロットですね。ドゥーリア少佐が目覚めさせた……」

静かに総司令は呟いた後、再びナパームは攻撃を開始する。

「ここだな、祭りの場所は!」

アーヴァインはビームライフルやフロントアーマービームキャノンを展開してそれらを全てブライティスに向けて放出する。ブライティスは前腕部にしかバリアーフィールドを搭載していない為、背部からビームライフルを撃たれても防ぐ手立てが無いのだ。

「おいおい、逃げてばかりじゃつまらんだろうが……戦えよ……おいっ!」

苛立ちを見せたダウーラは、執拗にブライティスを追う。

ビームライフルを撃った次は、バックパックの実弾キャノンでブライティスを狙う。それが発射され、ナパームと交戦していたブライティスはこの攻撃を受けてしまう。

「うああっ……!」

油断した。交戦中だった為、急な攻撃に対応できなかったのだ。機体が激しく揺れ、コントロールが効かない。

「それでも貴方はデウス動乱の英雄ですか。随分と腕が落ちましたね!」

「ま……けるかっ!!」

 

キシィン

 

ブライティスはカメラアイを輝かせ、ブリッツファンネルとブラスターファンネルを展開した。これらを一斉射撃し、近くにいた敵MSを攻撃する。アーヴァインはバリアーフィールドを持っているので防ぐ事が可能ではあるが、ナパームは防ぐ事が出来ない。よって、避けるしか出来ないのである。

「クッ……やはりファンネルは脅威か……」

乱れ撃たれるファンネルによるビームの嵐を、彼の技量を生かして回避する総司令。だが素早い動きのファンネルは容赦なく彼を襲った。ファンネルにより、危機は脱した。しかし戦いはまだ続いている。アレンに、気を抜く事は許されなかった。

 

 

 

総司令の命令により、防衛用のMAが合計五機出現した事により、国連軍は苦戦を強いられていた。如何なるビーム兵器を全方向から無効にし、ミサイルや巨大なビーム砲を持つクライシスと、無数のビーム砲や攻撃方法を持つエールゴーニオ。これらの存在は国連から見て脅威の一言でしかない。

セイントバードチームも必死だった。迫ってくる敵MSに対し、弾幕を張って寄せ付けないようにするセイントバード。しかしそこへ一機のグランシェがブリッジまで迫ってきており、ビームマシンガンを発射しようとしていた。

 

ガキィン

 

それを見ていたツヴァイはグランシェを蹴り飛ばした。本来ツヴァイは新生連邦本部へ向かっていたのだが、セイントバードが気になって一度戻ってきていたのだ。そしたら、偶然にも襲われているセイントバードの姿を目の当たりにし、レイは行動に出たのである。

「やはり戻ってきたね!レイ・キレス君!」

「シーアさん!?まさか僕と戦う為に!?」

「君が戦う理由が何となく分かったからね。守る為に戦っているんだろう?だったら守る対象を攻撃するまで。そうすれば嫌でも来るだろうから。」

「ふ……ふざけないで下さい!!!」

 

ピシュンッ

 

怒ったレイはファンネルを展開する。これらを全てグランシェに向かわせ、襲わせた。計十八基のファンネルは全てグランシェに向けられる。

「そうだ……その意気だよレイ君!それで良いんだ!戦うことっていうのはこういう事なんだからさ!」

そう言いながらグランシェはファンネルを回避している。やがてセイントバードから離れていき、とりあえずセイントバードは危機を脱した。レイはグランシェを追いかける。戦わせる為にセイントバードを狙ったこの男に対して怒りを感じていた為である。

 

 

 

セイントバード艦内では必死にエリィが命令を下していた。セイントバードは新生連邦の攻撃を受け続けていた為、ダメージは甚大な物となっていた。

「下手に攻撃を受け続けたら沈みます!艦内には非戦闘員もいますから……気を付けないとダメなのに……」

セイントバードの上ではトルクス達が防衛を行っている。SFSであるゾーリド・カスタムに乗っていないトルクスは艦の防衛を行い、ゾーリド・カスタムに乗っているトルクスは出撃してセイントバードの護衛を行っている。   

しかし、それでもセイントバードはダメージを受けていた。もし護衛が無ければ、セイントバードはもっと早く沈んでいたことだろう。

この時、彼等は幸いにも周りに敵がいない状態にあった。好機だと感じたエリィはセイントバードを前進させる。

「早くケリを付けた方がいいわ!その方が……無駄に戦わなくて済むから!スラッグ君、急いで艦を浮上させて!」

「分かってますよ!今、全力ですよ!」

スラッグは操縦桿を握り、艦全体を上昇させていく。

(この艦自体が囮になるとか、そう言う事は無かったのは不幸中の幸い……それもウィレスさんの采配なのかな……ケド、それでもそもそも艦内の非戦闘員を巻き込んで戦争してる戦艦なんておかしいわ……国連、どうかしてる……)

様々な感情を抱えつつ、エリィは握り拳を作った。だが、その時、インクが彼女に報告する。

「艦長!前方に同型艦一隻を確認!」

「えぇっ!?」

彼等の前に出現したもの。それはウイングイーグルだった。海からの攻撃に対しての援軍という形で現れたのである。ダリア・ローゼントの指揮するこの艦に、以前に地中海で沈められそうになった。強敵が迫ってきている。

しかし避ける事等出来る筈が無い。エリィは覚悟を決めた。

「……よし、大型ビームカノン発射スタンバイ!目標はあの戦艦です!早く沈めておかないと……あの戦艦は危険だから……」

「了解!スタンバイ!」

セイントバードの上部に巨大な砲身が出現した。これが大型ビームカノンであり、そのターゲットは前方にいるウイングイーグルである。

砲身にエネルギーが集められ、今にも発射されようとしていた――

 

「えりぃ!びーむくる!よけろ!!!」

そこへ、メナンがブリッジに入って来たのだ。突然の、メナンの言葉に騒然とするブリッジ内。

「え――?」

エリィはその言葉に反応した。その直後――

「艦長!上空から大型の熱源が急速にこちらに向かってきています!」

インクが言った。メナンの言葉は、正しかったのだ。

「緊急回避を!」

「回避し切れません!急過ぎます!!!」

突如上空から出現した、大型の熱源。メナンの言葉を聞き、すぐに反応するスラッグ。しかし急過ぎるこの砲撃を完全に回避する事は不可能であった――

 

ドバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ

 

凄まじい出力のビームがセイントバードを貫いた。幸い、メナンの助言もあり、ブリッジにそのビームは直撃しなかったが、艦の中央部分に穴が開き、メインエンジンが破壊され、艦内は激しく揺れ、航行に支障が生じる程のダメージを受けていた。

この光景を、周辺にいた誰もが見ていた。レイやネルソン、エファンやシーアにクラリス。そして、国連や新生連邦の兵士達。何があったのか?一体何者による砲撃なのか?ビームが放たれた方向を見上げると、太陽を背景に一機のMSの姿が確認できた。

それは漆黒の翼をまとい、両前腕部には二連装のビームキャノンが装備されている独特の形状をしたMS、デスゲイズの姿が確認された。

「あ……あれは……!?」

レイが言った。そして、デスゲイズのパイロットがこれらを見下しながら、ニヤリと笑みを浮かべ、口を開いた。

「俺、参上ォ!」

 

ビゴォン

 

デスゲイズのモノアイが輝く。コクピットにいたのはメイド・ヘヴンだった。この機体による砲撃がセイントバードを貫いたのである。そして、メイドはこの周辺で交戦している全てのMSのパイロットに対して言った。

「こんちはてめえらァ!てめーらが面白いドンパチやってるの見てオラ、わくわくしてきたぞ!!!ってことでさぁ、暇潰しに武力介入を開始させてもらうぜェーーーット!!!」

 

ギュルルルルルッ

 

その瞬間、有線式ビームサーベルが展開され、国連と新生連邦の機体六機を一瞬の内に破壊した。あまりに素早い動きだった為、その場にいた人間は誰も見極められなかった。

「フン、面白い奴が現れたな。」

エファンは笑みを浮かべ、メイドの元へ向かう。〝暇潰し〟に国連と新生連邦の戦争に介入するこの男。最悪の戦いが幕を開けようとしていた。




第七十八話、投了。
エファンの脅威に翻弄される一行。そして、戦場に出現したデスゲイズは何をしようと言うのか。


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第七十九話 セイントバード轟沈

乱入して来たデスゲイズは、セイントバードをビーム砲で撃ち抜く。戦場は更に混沌を極めつつあった――


 アレンと総司令が戦っている時、総司令に情報が伝えられた。突如出現したMSはセイントバードを破壊した後、六機のMSを一瞬の内に破壊したという情報である。それを聞いた総司令は、猛威を振るっているMSが出現したと言う場所へ向かう事にした。それを追いかけようとするアレン。だが、その背後にはアーヴァインがモノアイを輝かせ、背後からビームライフルを撃って邪魔をする。

「戦えよ!俺と……」

「邪魔をするな!」

「邪魔者扱いだと……舐めてるのか、お前……!」

アレンの一言で怒りを覚えたダウーラは握り拳を作り、コクピット内を思い切り殴った。そのボタンは実弾キャノンを発射するボタンであり、ダウーラの行動によってそれは発射されるが、ブライティスは素早く避け、そのままナパームの後を追いかける。

「つまらんな、逃げられると……」

そんなアーヴァインの後方では、国連のMSを次々と殲滅しているニッカとハーディの搭乗するガンダムの姿が見られた。この二人も突如現れた謎のMSの存在に気付いており、〝面白そう〟という理由で出現したとされるポイントへ向かっていく。

 

 

 

デスゲイズは猛威を振るっていた。国連、新生連邦関係無しに、無差別に有線式ビームサーベルを展開しては、次々とMSを破壊していく。

「そんなMSで大丈夫か?大丈夫だ、問題無い訳ねーよなァ!!尽く無双されてんモンなァ!俺にさァ!」

暴れ回るメイド。猛威を奮っている彼に対し、一機のMSが果敢にも挑んでいく。それは、クラリスの乗るグランシェだった。

「貴様ぁ!!!何のつもりだ!!!」

戦場を混乱させる存在として現れたメイドに、怒りを隠せないクラリス。そんな彼に対してメイドは馬鹿にするように言った。

「うっせえよデク人形!強化モデルのおもちゃがぬけぬけと抜かしてんじゃねーんだよォ!!!ハハー!!」

「俺が強化モデルだと分かるのか!?」

「おーよ!オカルトパワー持ってるからな!お前みたいなタイピカル強化モデルなんざ嫌でも分かンだよ!!!お前、なんか恨みを抱えてるみたいだなァ!!」

そう言って彼が不気味な笑みを浮かべた後、デスゲイズは両手を組み、両前腕部に備え付けられている二連装ビームキャノンを連射する。クラリスの乗るグランシェはこれらを全て大型シールドで防ぎ、お返しと言わんばかりに、シールドからビーム砲を展開した。しかしデスゲイズにはこの攻撃は一切通用しなかった。

「奴にもバリアーフィールドが!?」

「アホが!話にもならねえぜ!そんな雑魚MSで俺に喧嘩売るってのがアホもいいとこなんだよ!性能差も分かんねえの?MSに乗ってる軍人さんとしちゃあさァ、

それってどうよ?えぇ!?どうなのよォ!?」

 

ギュルルルルル

 

メイドがそう言った直後、デスゲイズは有線式ビームサーベルを展開し、六本全てをクラリスのグランシェに向かわせた。素早い動きはクラリスを的確にとらえ、貫こうとする。

「クソ!早い!?」

「てめえがッくたばるまで追いかけるのをやめないッ!!」

六本のビームサーベルはクラリスを襲う。彼がいくら逃げても、メイドのシンギュラルタイプ能力が追尾を容易にさせた。

しかしその時、別のMSがデスゲイズに攻撃を加えた。シーアの乗るグランシェである。

シュート・シューターでデスゲイズを狙ったのだが、それに気付いたメイドは有線を前腕部へ戻し、そこからMAに変形し、背部のガトリング砲でこれらを撃ち落とした。

「中尉をやらせるか!」

「シーアか!悪い!」

シーアの乗るグランシェがクラリスを助けたのだ。上官である彼を見捨てるわけにはいかないと判断したシーア。だが、相手は凶悪なMSに乗っている、凶悪なMSパイロットである。しかしMS見たさで動いている彼は、メイドのMSがどのようなMS何かに興味を抱いていた。

「仲間か……ハッ!」

「突然現れた時は驚いたけどさ……凄いMSに乗っているんだね……凄いや、そんなMS見た事が無い。」

「そうかい……ところで、俺の武器を見てくれ。こいつをどう思う?」

そう言って、デスゲイズは再びMSに変形した後、腹部からメガビームカノンを放出した。それに気付いたシーアは急いで回避運動を行う。この威力では、シールドを構えてもシールドが持たないと判断した為である。

「クッ……なかなか……」

「おいおい、そこは〝凄く……大きいです……〟だろうが!ノリ悪りぃなァオイィ!」

次に、デスゲイズは肩部からミサイルを発射した。更に有線式ビームサーベルを展開し、グランシェを襲う。グランシェはミサイルを回避し、ビームサーベルを展開して有線式ビームサーベルの線部を切り裂こうとするが、あまりに素早い動きを行うビームサーベルに、対応できなかった。

「まずい!これは冗談抜きで……!」

「ハハー!こいつぁ逃げられねえだろ!死ねボケェェェ!!」

ビームサーベルがシーアを襲う。だが素早い動きで迫ってくるこの攻撃に、グランシェの機動性が追い付かず、シーアは追い込まれてしまった。

しかし、その時。一筋のビームがデスゲイズを狙った。バリアーフィールドで防がれてしまうが、その攻撃のおかげでシーアは助かった。と言うのも、メイドの視線がグランシェでなく、ビームを撃った機体へと向けられた為である。

「ん?どこの馬の骨よ?俺に挑んでくる挑戦者は?」

ビームを撃っていたのはエファンの乗るカーティウスであった。デスゲイズに接近すると同時に、シーアに連絡する。

「なかなか手強そうだな。グランシェでは勝てない機体に見える。この機体は私が引き受ける。この場から去れ。」

「感謝します、少佐!」

間一髪助かったシーアは、エファンの言う通りその場から去った。デスゲイズが戦う次なる相手は、アドバンスドタイプの能力を持つエファン・ドゥーリアである。

暇潰しの為に戦場を荒らすメイドと、最強の力を持つエファンの対決が今始まろうとしていた。

「随分面白そうな機体に乗っているな。」

エファンがそう言った後、メイドが言う。

「てめーこそ随分格好良いMSに乗ってるじゃねえかァ。さっきの逃げ出したヘタレよりは強いんだろうな?」

エファンは笑みを浮かべた後、言葉を発する。

「ああ。お前よりも遥かにな」

その時、メイドは大笑いした。

「ハハハハハ!!!おーっほほほほ!!!ひーひっひひひひ!!!どーいうことだァ!?まるで意味が分からんぞ!」

だが彼はただ笑った訳ではない。その際に有線式ビームサーベルを展開してカーティウスに襲い掛かった。そしてMAに変形し、バックパックの先端部分からビーム砲を連射する。そして、左右の手形のマニピュレーターを組ませ、両前腕部の二連装ビームキャノンからもビームを発射し、これらのビームの雨と有線式ビームサーベルでカーティウスに襲い掛かった。

だが、ビーム兵器は全てカーティウスの前腕部に備え付けられているバリアーフィールドで防がれ、その上ビームサーベルも全て回避される。異常な動きをするカーティウスの姿に、いつの間にかメイドも笑みを消していた。

「どうやらビッグマウスはガチみてえだな。こいつぁ確かに強いかも知れねえなァ!」

強敵の存在に、メイドは歓喜していた。その時にエファンはメイドに対して言った。

「暇潰しに来たつもりだろうが、相手が悪いな。お前では私に勝つ事は不可能だ。」

「おいおい、なんでお前俺の考えてる事が分かったんだよ?透視能力持ち!?まさかのチート!?訳が分からないよ!そんな力があるなら、因果律そのものに対する反逆だぁ!ってなぁ!!!」

「フン……私はお前よりも上位の存在……アドバンスドタイプだ。お前の考えていることなど分かる。心が読めるからな。」

「ほぉ~!はっはははははは!面白ぇのなお前!ネタとしては面白ぇぞ!」

「ほぅ、気味悪く思わないのか?化け物だと思わないのか?」

「面白れェにきまってんじゃねーかよぉぉ!そんな漫画設定な野郎なんてさぁ!その設定、女の子だったら需要あったかも知れねぇケド男じゃあなァ!!!」

そう言ってデスゲイズは前腕部のビームキャノンをカーティウスに撃った。それを素早く回避したカーティウスはカメラアイを輝かせ、ビームサーベルを横腰部から抜いた。そして、デスゲイズに対して切り掛かる。

「ハハハ!俺に接近戦を持ちかけるのは自殺したいって言ってるようなもんじゃねえかよ!透視能力持ちの面白れェスーパーマンさんよォ!!!」

そう言って再び有線式ビームサーベルを六本展開し、カーティウスに襲い掛かる。その上、デスゲイズはデス・ランチャーを展開し、メイドはエファンの乗るカーティスを消滅させようと考えていた。

「往生しやがれェェェェェ!」

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

エネルギーが溜められ、デス・ランチャーは発射された。直撃すればカーティウスと言えど、機体の形状が保たれる筈が無い。

だが、エファンはこの攻撃が来るのを分かっていたかのように、すぐに回避し、バーニアの出力を挙げてデスゲイズに接近し、右脚足底部のクローアームをデスゲイズのウイングに食い込ませた。

「なっ、早えぇ!?」

「この程度か、残念だよ!」

すぐに足底部からビームが発射された。デスゲイズのウイングは融解し、破壊されてしまった。この後でデスゲイズはMS形態に変形する。

「ハハハハハ!お前手応えあるな!無双は難しいな!」

エファンの技量を認めたメイドは更なる攻撃を加えていく。だが、いずれもカーティウスはこれらを回避しては接近戦を試みる為に何度もビームサーベルで切り裂こうとしていた。

「てめえが俺の人殺しギネス記録を阻止することになる可能性があるかもな!なかなかやるじゃねえか!俺の人殺しギネス記録阻止ハッピーバースデー!ってかァ!?」

「お前の話に興味は無いな。」

「ハハー!興味ねーのかよ!お前の攻撃なんざ、もう、何も怖くねーのよォ!」

強敵の存在に、テンションが上がるメイド。だが一方でエファンは冷静な様子を保っていた。再び有線式ビームサーベルを展開するメイド。だが、この攻撃は最早カーティウスには通じない。彼がこの攻撃を展開するたびに、動きを見切っているエファンは回避運動を続ける。

「何度同じ攻撃をする気だ?無駄だと言う事が分からないのか。実力者かと思ったが残念だよ。ワンパターンな攻撃は話にならない。」

「ハハー!ワンパターンは嫌いかよ!」

すると、デスゲイズは突如攻撃を止めた。モノアイが消え、有線式ビームサーベルを展開したまま空中に浮いている。疑問に感じたエファンだったが、それに臆することなく接近し、再び右脚足底部のクローを今度は腹部に食い込ませた。

「フン、終わりだ。死ね。」

そして、足底部からビーム砲が発射されようとしていた。しかしその時であった。

 

ビゴォン

 

突如、デスゲイズはモノアイを輝かせたのだ。それと同時に、左右の二連装ビームキャノンがカーティウスの右脚部を撃ち抜いたのだ。バリアーフィールドが前腕部にしかないと言う事を利用しての戦法だった。

「ところがである!その時であった!俺はお前の攻撃を見切っていた!圧倒的残念!!」

カーティウスは右脚部を破壊された状態で一度後方へ下がった。急な攻撃にエファンはやや動揺している様子だった。

(ん……)

動揺しつつも、前腕部のビームキャノンを撃つ。だがそれはデスゲイズの全方位に備え付けられているバリアーフィールドジェネレーターが弾いた。

「てめえ明らかに焦ってんじゃねーかよォ!!」

デスゲイズはモノアイを輝かせ、再び有線式ビームサーベルを展開し、カーティウスに襲い掛かった。だがカーティウスはこれらを再び回避し続ける。カーティウスがこれらを回避している間、周辺にいたハイエッジやジョゼフが串刺しになり、破壊されていく。

「ところでお前、アドバンスドタイプなんよな?そんな実力で本気で戦う気あんのかよ?」

「……ああ、油断したが……な。まあ、本気だよ。私はな。なかなかやるじゃないか、思ったよりは……」

この言葉に対し、メイドは眉をぴくぴくと動かした。その次に彼は大声で言った。

「嘘だッ!!!分かんだよ……お前が嘘吐いてるぐらいなァ!ガチで戦えよ!つまんねーヤツ!!お前ってほんとバカ!!!」

「フン……気付いていたとは……少しはやるな。」

実際、エファンは手を抜いていた。メイドの罠にわざと掛かったのだ。メイドはこの男が罠に掛かった事で、言葉では喜んでいた彼だが、内心では疑問に感じていたのだ。

「やっぱわざとか!てめえ本気で戦争する気ねえだろ!!!」

「暇潰しで戦場に介入するような男だ。相当な実力者かどうか確認しただけだ。」

「こいつホンマアホ!なんか気取ってやがるし!!気取ってんじゃねーよクソッタレ!」

「黙れ。お前にとって戦争は遊びか?変態が……」

エファンの言葉に対し、メイドは言った。

「仮に変態だったとしても、変態と言う名の紳士だよ!」

そう言った直後に再びデスゲイズは動き出す。そして有線式ビームサーベルを展開しようとした――その時。

「ん……?」

メイドの眼に一機の白いMSの姿が映った。それはツヴァイガンダムであり、新生連邦本部に向かっている最中であった。それを見たメイドは舌を舐め回し、カーティウスへの攻撃を止め、機体をツヴァイの方向へ向かわせた。それは、標的をカーティウスからツヴァイへと変えた瞬間であった。

「どこへ行く気だ?」

「お前の相手は飽きた。それよりも面白い奴がいるんだよ!!!俺の為に死んでくれる気になったら、いつでも相手してやんぜ!じゃーね!ハハー!」

デスゲイズはMAに変形し、途中まで戦っていたカーティウスを放置し、ツヴァイの方向へ向かった。今、レイに危機が訪れようとしていた。

(あのクソガキ……生きてやがったか!久しぶりに面を拝ませてもらうぜぇ……!)

デスゲイズの後姿を見たエファンは、呆れた様子で言った。

「意味が分からないパイロットだが……フン、まあいい……」

そして、カーティウスは本部の方向へ向かう。危機的状況に陥っている新生連邦本部を守る為である。

 

 

 

メイドがクラリスやシーアやエファンと戦う前、レイは撃ち抜かれたセイントバードに近付いていた。その光景を目の当たりにしていたレイは急いでセイントバードへ向かう。その途中、襲って来るMSは全てビームライフルやブリッツファンネルを展開して破壊していく。そしてレイはエリィと連絡を取った。

「エリィさん!エリィさん!」

「な、なんとか大丈夫よ……レイ君」

「セイントバード、大丈夫なんですか……」

「さっき各部チェックした結果……メインエンジン大破。完璧に撃ち抜かれてる……これ以上の航行は不可能……もうダメ……セイントバードはもう沈みます……」

エリィの声は震えていた。と言うのも、彼女は涙を流していたのだ。突然放たれた一撃により、エンジンは完全に被弾し、航行が不可能な状態に陥ってしまっていたのである。

「じゃあ……もう脱出しないとダメじゃないですか!」

「そうね……そうしないとダメ……あのね……レイ君。」

「はい……?」

セイントバードが被弾した為、艦内は非常警報が鳴った状態が続いていた。その上艦が大きく揺れた為、エリィは怪我をしてしまっていた。頭から血を流しつつ、レイに対して言う。

「あの……ね……急いで……離れて……レイ君はレイ君に出来る事をして……」

「出来る事って……僕は何をすれば……」

「この戦いを早く終わらせる為に、新生連邦本部の施設へ……!貴方なら出来るわ……いい?戦いが終わればジャンヌさん達と合流して……今まで、ありがとうね、レイ君――」

そこで通信は切れた。レイは彼女が最後に残した台詞が気になって仕方が無かったのである。

「今までありがとうって……き、気のせいだよね……エリィさんが諦めるなんてことするハズが無い……そうだ、僕は……向かわなきゃ……!」

エリィが気掛かりだった。しかし、今は進む事しか出来ない。エリィに言われた通り、彼は新生連邦本部へ向かっていく。

 

ドオオオオオオオオオッ

 

レイが去った直後、セイントバードに大きな爆発が生じた。デスゲイズによって受けたダメージが更に拡大していく。MSデッキにいた整備士達は消火器を持って消火活動を行うが、メインエンジンが被弾しているのでこの行動も最早無意味であった。

「クソッタレが!なんてザマだよ!」

「セイントバードが沈むなんて!そんなの信じたくないっスよ!」

「俺だって信じたくない!けど……これは本気でやばそうだな……どうする、艦長……」

その時、エリィの声が艦内に響いた。インクのマイクを借り、艦長である彼女が自らクルーに対して言った。

「セイントバードはもう限界です……各員は速やかにMSデッキに集まり、脱出用の小型輸送機に搭乗して下さい!ミシェさん、後は任せます!小型フライヤーを戦場の真ん中に放り投げるのは正直危険ですが……ここにいて死ぬよりはいくらか生存する可能性はあります!だからお願い!みんな早く逃げて下さい!!!」

「エリィの声……」

ミシェは呆然とエリィの声を聞いた。セイントバードが墜ちる――それを確信した瞬間であった。その時、ミシェは拳を作り、そのまま震えた。

「ミシェさん……艦長の言う通りにしないと……!」

「あ……ああ……」

悔しそうだった。世話になった艦が沈むという事実が現実に襲い掛かってきている。それはクルーの皆が感じている事だった。

 

 

 

セイントバードのクルーは皆MSデッキへ集められた。脱出用の小型フライヤーへ乗る為である。非戦闘員であるリルムやエレン、メナン、ウィリア、そしてミルフがMSデッキに向けて走る。ガーストはプレーンの肩を借りながらMSデッキへ向かう。

「セイントバードが沈むのか……くそっ!俺が出撃出来たら良かったのに!」

「ガースト……でも無理はダメヨ……けど……こんなのって……」

「……今は脱出しかないか……クソ……」

ガースト達も悔しそうだった。今まで世話になった艦が沈むのだ。それも、高出力のビームを一撃浴びただけで。

今までセイントバードは幾度も危機的状況に遭っていた。しかし今回は致命的過ぎたのである。

「エレンさん、大丈夫……?」

リルムがエレンを気遣った。というのも、セイントバードがデスゲイズのビームを浴びた時、エレンはビームを浴びたすぐ側の部屋にいたのだ。凄まじい揺れを体感していたエレンは足ががくがくとしていて、思うように動けていない。

「だ、大丈夫……な……の……?あ……う……」

「し、しっかりして!」

リルムはエレンの肩を持ち、支えた。

皆逃げるのに必死だった。沈みゆくセイントバード。そこからの脱出が始まろうとしていた。

「うわ、なんかやばそうだな!」

「やばそうじゃなくって、本当にやばいのよ……」

「……」

ウィリアはメナンに言った。相変わらずのメナンの様子に、ウィリアは内心苛立ちを感じていた。だがそんなことで怒っている場合ではない。

その、彼女の側には無言のミルフの姿もあった。彼女等はとにかく逃げなければならない。ウィリアを始めとする非戦闘員達はMSデッキへ向かっていく。

 

 

 

これを伝え終えたエリィはスラッグとインクにも脱出するように言った。言われるままに二人は自動ドアの方向へ向かう。だが、エリィは動く気配がなかった。疑問に感じたスラッグは尋ねる。

「艦長、なんで逃げないんですか?」

「……」

エリィは黙ったままだ。何も答えようとはしない。そればかりか、自動ドアの方向を見ずに、モニターの方向を見ている。

「艦長も逃げて下さいよ!」

インクが叫ぶように言った。というのも、エリィはゆっくりと艦長席の前まで移動し、そのまま座り始めた為である。

「何やってんスか!それじゃあ死にますよ!!!」

スラッグが言った。それでもエリィは動く様子が無い。決して動かない気でいたのだ。

「艦長!早く逃げて下さいよ!何をしてるんですか!!」

必死にエリィを呼び掛けるスラッグとインク。しかしエリィは動かず、二人と顔を合わせないまま言った。

 

「私は……最期までここにいます。」

 

「!?」

衝撃の言葉だった。二人は耳を疑ったが、紛れもなくエリィの台詞である。彼女は死ぬ気でいるのだ。

「なっ……何を言って……!?」

「前方にいる同型艦をこのまま放置する訳には行きません。あの艦は間違いなくこちらを狙ってくる……この艦がもうダメだというのなら、この艦を犠牲にし、少しでも皆の生存率を上げる必要があると私は判断しました。」

二人はただ、剛直するばかり。エリィの言葉は何を意味するというのか。

「でもこの艦はまだコントロールは効きます。ゆっくりと崩壊をしてはいますが……そこで考えました。残された武装を使って同型艦を攻撃した後で、セイントバードをそれにぶつけます。それで少しでも皆のリスクは軽減されるでしょう。無論、それは皆が脱出した後の話……」

この言葉が示す事は、ただ一つ。エリィは自分だけがセイントバードに残り、セイントバードをウイングイーグルに衝突させようとしていたのだ。

驚愕の発言に戸惑うスラッグとインク。インクは動揺しつつも、両腕を思い切り広げてエリィに言う。

「訳の分からない事言わないで下さいよ!なんで艦長がそんな……特攻なんて!意味が分からないです!艦長がそんな事する必要ないですよ!!!」

インクは涙を流していた。必死な訴えだったのだ。しかしエリィは静かに首を横に振るだけだ。

「……艦長だからこそです。艦の責任者である以上、皆の安全を優先する必要がある。私だけが残り、あの艦に特攻してリスクを減らす。これが艦長である私の義務……だから、貴方達は逃げて。早く!」

 

ドオオオオオオオオオオオオオッ

 

その時、ブリッジが爆発した。燃え盛る炎がモニターを焼き尽くす。このモニターに今までどのような光景が映っていただろうか……戦闘中をはじめ、いかなる時もこの3人はブリッジにて待機していた。そんな思い出が今更になって蘇る。だがそれは儚きもの。今は炎がこの思い出の光景を燃やしているのである。

「いい加減にして下さいよ!!なんで……こんな……!!!」

スラッグの訴えがブリッジに響いた。その時、エリィは近くにあったボタンを押した。それは強制的に自動ドアを閉めるボタンで、それによりドア付近にいたインク達は閉じ込められた。

「え……?」

「貴方達は私と心中してくれるつもりなの?」

「し、心中って……」

インクが涙を浮かべながら言った。

「……責任者は私です。貴方達は早く逃げて下さい。今ドアを開けます……早く!」

そう言って再びエリィはボタンを押し、ドアを開いた。躊躇う二人。このまま逃げる事も出来るのだが、エリィを見捨てて逃げる等出来ずはずがない。その間にもブリッジは業火によって燃え盛っていく。

「早くしないと燃えてしまうわよ。それでもいいの?」

「あ……く……!」

インクは涙を流しながら、戸惑っていた。しかしその時、スラッグは俯きながらインクの腕を引っ張った。

「え……?」

「逃げるぞ……早く……!」

「でも……!」

「いいから逃げるんだよ!艦長!俺、忘れませんよ!あんたと過ごした毎日を!」

スラッグがインクをドアの向こう側に引っ張った直後、エリィはすぐに自動ドアを閉じた。それはスラッグの言葉をこれ以上聞きたくないと思った為であった。

「行った……か。あとはミシェさんの連絡を待つだけ……そして私は……」

そう言ってエリィは静かに溜息を吐いた。彼女の眼前には、燃え盛る炎が広がっていた。やがてモニターが焼け落ち、彼女の眼前には敵艦であるウイングイーグルの姿が確認できた。それを見てもエリィは動じる様子が無い。

「早く……みんな脱出して……」

彼女にとってセイントバードはクルーが思っている以上に特別な存在であると感じていた。戦後になって常に母艦として幾度の苦難を乗り越えてきた空中空母であるセイントバード。しかし、今それは儚くも崩れ落ちようとしている。

ならば、せめて自分自身の勤めを果たそう……彼女は思っていた。それは彼女が言うように、前方にいるウイングイーグルへの特攻である。しかしクルーが全員脱出していない以上、まだ特攻を行うことが出来ない。もしそれが終われば彼女は死を持ってウイングイーグルへ直接攻撃を行う気でいた。

今、エリィはどのような心境であるのか。もしかすれば恐れがあるのかも知れない。しかし艦長という立場を重く受け取っている彼女は、そこから逃げ出すこともせず、果敢にも燃え盛るブリッジに残ったのだ。

 

 

 

外は激戦が続いていた。セイントバードを撃ち抜いたデスゲイズは新生連邦と交戦しており、沈みつつあるセイントバードに攻撃を加える機体は幸いいなかった。新生連邦軍の誰もが攻撃するだけ無駄だと判断したのだろう。この一方で、ネルソンはセイントバードが沈んでいく様子を見ていた。すぐにでも駆けつけたかったが、彼を邪魔する機体がいた。新生連邦軍のグランシェである。ビームサーベルで鍔迫り合いを行い、モノアイで睨みつけるように敵機を見る。

「邪魔をするな!!!皆が脱出しているかが心配なのに……!」

母艦が墜落しそうなのだ。ここで邪魔をされる訳には行かなかった。しかしグランシェはネルソンの予想以上に強く、逃げるにも逃げられない。というのも、このままセイントバードまで逃げても必ずグランシェはネルソンを追いかけてくる。そしてセイントバードに危害を加えてくる可能性があったのだ。それを考えたネルソンは、このグランシェを倒さない限りセイントバードへ向かえなかったのである。

するとグランシェはビームケーブルを展開し、ハルッグに迫ってきた。これに対し、ハルッグは変形して一度その場から離れ、ロングビームライフルを連射した。だが全てグランシェのシールドで防がれ、更にグランシェはシールドからビームキャノンを放出した。緊急回避を行うネルソン。ここで彼はミサイルを展開した。だが、このミサイルに対してグランシェはビームマシンガンで撃ち落とそうとする。どうしても撃墜が出来ないグランシェ。その間にもセイントバードは刻一刻と墜ちていく。

「頼むから……邪魔をしないでくれ!!!」

叫ぶネルソン。だがネルソンの願いも空しく、グランシェは彼の思うようになってくれない。セイントバードを前にして、意外な壁が彼を襲ったのであった。

 

 

 

それから少し時間が経過した頃、レイは涙を流しながら新生連邦本部へ向かっていた。エリィの言葉が気になって離れなかったのだ。彼に迫ってくるMSがいたが、いずれもツヴァイのブリッツファンネルで破壊していく。本部に近付くにつれ、攻撃が激しくなる。更に現在新生連邦本部には防衛機能として計五機のMAが存在している。これらの内の一機であるセーザムがツヴァイに反応し、ミサイルシステムを展開する。無数のミサイルがレイを襲う。だがいずれも彼は避け、避け切れないものは拡散ビーム砲で破壊する。

「行け……!」

 

ピシュンッ

 

彼の脳裏に電流が流れた後、敵の数の多さを少しでも減らす為、彼はブリッツファンネルを展開した。計十八基のファンネルは周辺にいた全ての新生連邦のMSに向けて攻撃され、幸い全ての機体が一瞬の内に破壊された。

「本当はしたくない……けど、今はやるしかないんだ……!」

涙を流し、レイは進んでいく。戦いを終わらせる為に。

だがその時、三本の有線式ビームサーベルがツヴァイに襲い掛かった。レイの頭の中に電流が流れた瞬間、彼は反応してこれらの攻撃を回避する。

回避した後、レイは攻撃してきた機体の姿を確認した。それを見た時、レイは身体が震えた。無理もなかった。彼を一度殺しかけたMSが今眼前にいるのだから――

「そ、そんな……!」

レイは恐怖に襲われた。そのMSはデスゲイズ。パイロットはメイド・ヘヴンである。レイは以前に男と交戦し、敗北を味わった。その男が目の前に居るのだ。

「どうして……どうして……?」

「聞きてぇかあの時のクソガキ!まさかてめーが生きてたとは驚き桃の木だなァ!絶対俺が殺したと思ったんだけどなァ?こんなの絶対おかしいよなァ!?」

メイドは強制的にツヴァイの通信回線を開いていた。その為、レイの驚嘆とした表情がメイドに分かり易く、伝わっていた。

「う、嘘だ……!どうしてここに……!?」

「暇潰しなんだよ!糞連邦と国連が派手にドンパチやってやがんの!そしたらあの時のクソガキがここにいるもんだからびっくらこいた訳!ハハハハハ!悪運の強い奴!

ぶっ殺してやんぜェ!覚悟しなァ!!!」

 

ビゴォン

 

デスゲイズはモノアイを輝かせ、有線式ビームサーベルを展開した。ツヴァイはこれらを避けつつ新生連邦本部の方向へ向かう。しかし本部ではクライシスがツヴァイを狙っており、メガビームランチャーを放出した。突然の攻撃に、バリアーフィールドを展開する余裕が無かったツヴァイ。このままではツヴァイが破壊されてしまう――

しかしその時、デスゲイズがツヴァイの前に出たのだ。その瞬間、デスゲイズのバリアーフィールドが働いてビーは消滅してしまう。それと同時に有線式ビームサーベルの矛先をクライシスに向けた。機動性の低いクライシスは串刺しになり、そのまま破壊される。

「守って……くれた……?」

「か、勘違いしないでよね……別にあんたの為にやったんじゃねぇんだから……てめーなんか守る訳ねーだろうがアホがァ!!!」

 

ギュルルルルル

 

するとデスゲイズは再び有線式ビームサーベルをツヴァイに向けて放出した。今度は腹部のビーム砲も発射し、確実にツヴァイを追い詰める気だった。

「獲物を取られたら腹立つからウザいMAを破壊したんだよ……俺がそんな人間に見えるか?あぁ?どんだけ目が腐ってんの?だらしねぇな!?てめえなんかフルボッコにしてやんよ!!!」

「ク……こ、このぉ……!」

ツヴァイは反撃と言わんばかりに、ブリッツファンネルを展開する。展開されたファンネルは全てビーム刃が展開されており、メイドに迫る。だがデスゲイズはまるでそれらを見切ったように素早い動きで回避する。

「このぉ……!だってよ!ハハハー!てめえはガンダムよりはもっとでかくて暴走するロボットとか乗った方が似合うかも知れねーなァ!!!」

「……邪魔をしないで下さい!僕は……行かないとダメなのに!」

レイは怒った。早く向かわなければならない場所があるのに、その場所へ向かわせてくれないメイドの存在に。だがメイドはそんな彼の訴えなど構うことなく攻撃を続ける。

「アホだこいつ、キレてやがるぜ!そんな風にすぐキレるからな、目先の事しか考えられなくてさ、結局シンギュラルタイプの能力も生かせずにてめーの母艦が沈められんだろうが!!!もしもっと早く気付いていたら防げたかも知れねーのによォ!!!」

メイドの言葉はレイを更に怒らせた。思えばセイントバードを沈めたのはこの男が原因である。その上男は暇潰しというあまりに自分勝手な都合でセイントバードを襲い、沈めたのだ。多くの非戦闘員がいるセイントバードを。

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

許せない……レイは思った。その瞬間彼の眼の色は変色した。握り拳を作り、デスゲイズに対して襲い掛かる。

「……倒す……倒す!!」

レイはメイドに怒っていた。彼が怒る事により、以前と同じ状態になった。紅い眼に変色したレイはデスゲイズを睨んでいた。

彼が覚醒した事により、メイドは頭痛を訴えた。この男が力を持つ人間である為、レイがもたらした影響を受けているのである。

「チッ、頭いてぇーよー。頭痛薬ねーし最悪。あいつ、マジギレしやがったな……」

レイの覚醒に反応するメイド。だが、それでも慄く様子を見せず、男は挑発するように言う。

「つーかキャラ変わってんじゃねーか!!!おもしれェ……おもしれェぞ!!」

「うるさい!!!」

セイントバードが破壊された……思えば、それは一年以上前の出来事だった。

モントリオールでチェーニ姉妹のガンダムに襲われている所をセイントバードチームに助けてもらったのだ。以後、セイントバード艦内で過ごし続けていた。時には危機的な状況に陥る事もあったが、それでもセイントバードはずっと航行し続けた。レイにとっては最早第二の家のようなものだったのだ。

そのような大切な場所をメイドがいとも簡単に破壊してしまった。それが許せないのである。今まで過ごしてきた場所を破壊された彼の憎しみが、メイドに対して襲い掛かる。

「許せないんだ!!」

「うっせぇんだよ中二病のショタガキがァァァ!!!」

デスゲイズは、ミサイルを放出した。だがこの攻撃を軽やかに回避するツヴァイ。するとデスゲイズはMAに変形し、有線式ビームサーベルを展開した。複雑な動きでツヴァイに襲い掛かる、六本のビームサーベル。だがレイはこれらを既に見切っていた。 

それぞれのビームサーベルは緩慢に動いているように見え、回避を行うのは容易だ。その為か、レイはこのビームサーベルがツヴァイに向かってきた瞬間、ケーブルの部分を掴み始めた。それも一本ではない。迫ってきた有線を、全てを掴んだのである。本来これは不可能な事だが、今のレイには可能だった。敵の攻撃が遅く見えた為だ。

「う、うそーん!?」

メイドは仰天した。ツヴァイの驚愕の行動に驚きを隠せない。

「野郎ォ……けどなァ!あれがビームサーベルだけだと思ったら大間違いなんだよォ!!」

するとデスゲイズの有線式ビームサーベルはビーム刃を展開するのを止めた。それと同時に、残り三本の線はツヴァイの左腕部を固定し始めたのだ。その為、ツヴァイは身動きが取れなくなる。その時にデスゲイズが前腕部の二連装ビームキャノンを撃ち、ツヴァイはこれを防ぐために右手のバリアーフィールドを展開しなければならず、不本意にも掴んでいた三本の線を離してしまう。それがメイドの思う壷だった。

「アホが!話にもならねぇ!!!」

「え――」

解放された三本の線が今度はツヴァイの右腕部を固定した。これにより、両腕部が固定された形になり、ツヴァイは身動きが取れなくなった。

「う……」

「切り裂き突き刺しだけじゃねえんだよな。ガキの身体にこれは効くぞ~!ハハ~!!!」

 

バヂィィィッ

 

その時、線から電流が流れた。腕部を固定されていて身動きの取れないツヴァイは電流を浴び、当然中にいたレイもこれをもろに食らってしまう。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

電流を浴び、声を上げるレイ。それを見てメイドは笑いながら言った。

「いくらてめえがキレようとナニしようがッ!そんなんで俺に勝てる訳ねェんだよォ!!!」

ツヴァイは身動きが取れない。電流を浴びた為、機体を動かすプログラムが機能しなくなってしまっているのだ。レイは必死にレバーを引く。だが動かない。どうしても動いてくれないのだ。

その時、デスゲイズは腰部を変形し、デス・ランチャーを放出しようとしていた。プラズマ兵器であるこれをツヴァイが受ければ確実にツヴァイは破壊されてしまう。レイは必死にレバーを引くが、動く気配が無い。

「ぅぁ……う……動け……動け……!」

「無駄無駄ァ!今日こそ確実にぶっ殺してやんよ!」

モノアイを輝かせたデスゲイズはデス・ランチャーのエネルギーを吸収し始めた。このままではツヴァイは跡形もなく破壊されてしまう。だがいくらボタンやレバーを押してもツヴァイは反応してくれない。

「動け!動け!動いてよ!お願いだから早く!動けぇ!!!」

「その後それが覚醒して俺が食われるってオチはなしな……その前に跡形もなく消してやんよォ!!!今度こそ終わりだなガキ!!!敵も取れずに死ぬなんて情けねーな!

くたばれやァ!ティロ・フィナーレってなァ!」

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

エネルギーが最大まで吸収されたその瞬間、デスゲイズはデス・ランチャーを放出した。もう、間に合わない。ツヴァイはこのまま破壊されるしかないのだろうか。レイは眼前に迫る死の恐怖を恐れつつも、必死にレバーを動かした。それでもツヴァイは動いてくれない。最早これまでか――レイは死を悟ろうとした。

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

どこからともなく、プラズマ兵器がデス・ランチャーに向けて発射された。すると、デス・ランチャーは跡形もなく打ち消されていた。急な出来事にメイドは戸惑った。

「そんなぁ!?ティロ・フィナーレが!?みんな死ぬしかないじゃない!!……チッ」

プラズマ兵器が放たれた方向を見た。そこには、八枚のウイングを展開しているブライティスがカメラアイを輝かせ、プラズマランチャーを構えている姿が映っていた。ブライティスが発射したプラズマランチャーがデス・ランチャーを打ち消し、レイを救ったのである。

「ア……レンさん……?」

「大丈夫か、レイ!」

間一髪、レイは助かった。しかしデス・ランチャーのようなプラズマ兵器を別のプラズマ兵器で打ち消せた事にレイは疑問を抱いていた。この時、レイの眼の色は元に戻っていた。デスゲイズに電流を浴びせられたショックの為か、先程の真紅の眼をしたレイの姿はそこに居なかったのである。

「知ってたんですか?あの兵器の打ち消し方って……そんな方法があったんだ……」

本来プラズマ兵器は絶対に防ぐ事の出来ないものである。しかしアレンはこれを打ち消した。その事についてアレンはレイに言った。

「ああ一応前からね。実践したのは初めてだけどさ。プラズマ兵器はプラズマ兵器を打ち消す……現状ではプラズマ兵器を防ぐにはプラズマ兵器を用いるしかないって訳か……」

「そう……ですか……と、とにかく助かりました……ありがとうございます……」

レイが言った事に対してアレンが喋ろうとすると、メイドが邪魔をするようにブライティスに対して通信を開いた。

「アレン・レインドォ!!!てめえも居やがったかァ!!」

「メイド・ヘヴン!お前がどうしてここに?」

「暇潰しで来たんだよ!しかし……どうやら結構豪勢なメンツが揃ってるみたいじゃねーか!!!面白くなってきたなオイ!!こりゃ、満足出来そうだぜ……」

「ふざけるな!戦争を何だと思ってるんだ!」

アレンも怒った。だがメイドは挑発するように言う。

「戦争は遊びだよ!スコア競う遊び!!そして満足する為の遊び!!!サイコーじゃねぇか!こんだけ暴れ回れるなんてよォ!!!」

「そんなふざけた考えなんて……レイ……?」

この時、アレンはレイの様子がおかしい事に気付いていた。ツヴァイが動かない事に疑問を抱いたアレンはレイに尋ねる。

「レイ!動けないのか……?」

「あ……今は……ちょっと……あ、今動きました……」

その時、ツヴァイのプログラムは復興した。それに気付いたメイドは邪魔をする為に行動する。

「食らえや!ビリビリ!」

そう言って再びデスゲイズは電流を流そうとする。しかしそれを阻止したのはアレンだった。線を切り裂く為にプラズマランチャーを腰にマウントし、ビームサーベルを横腰部から抜いて切り裂こうとしたのだ。だがそれに気付いたメイドはすぐに、ケーブルを本体へ戻した。それと同時にツヴァイは自由の身になった。

「おぉう!これを切られるといろいろ不便なんだァ!」

「相当大事なものらしいな。」

「そりゃな!これがこいつの代名詞だからな!」

そう言って再びビーム刃を展開した有線式ビームサーベルを展開するメイド。その攻撃に対し、ブライティスは回避運動を行う。そしてその最中、アレンはレイに対して言った。

「レイ、奴を倒す為にファンネルを使ってくれ!一斉に射出するぞ!」

「え……あ……はい!」

ブライティスとツヴァイは同時にブリッツファンネルを射出する準備に入った。両者のカメラアイが輝いた瞬間、それらは展開される。

 

「行けッ……!」

 

ピシュンッ、ピシュンッ、ピシュンッ

 

二人がそう言った直後、一斉にブリッツファンネルが展開された。ブライティスからはブラスターファンネルも展開され、ツヴァイはミニファンネルも展開された。これらは全てビーム刃を展開し、デスゲイズに襲い掛かる。

「……チッ……流石にまずいか……?」

合計二十八基のファンネルはその標的をデスゲイズ一機に絞り込み、攻撃を行う。メイドはこのファンネルの数を見て一度後退していく。しかしファンネルはデスゲイズを追い続けた。

それと同時に、ブライティスとツヴァイもデスゲイズを追う。

 

デスゲイズの機動性に負けない素早さを見せつけるファンネル達は既にそれを追い詰めていた。そして躊躇することなくデスゲイズを突き刺そうと襲い掛かる。しかし、メイドはこの時ニヤリと笑みを浮かべた。

「ハハハ……追い詰められた狐はジャッカルよりも凶暴ってなァ!!!」

するとデスゲイズはMSに変形し、すぐに腹部からビームを放出した。セイントバードを破壊したそのビームは、迫ってきたブリッツファンネル十数基を全て消滅させる。

それらはいずれもツヴァイのブリッツファンネルとミニファンネルだった。そしてこれらの動きを見切っていたメイドはシンギュラルタイプの感を生かし、ファンネルの動きを予測し、その方向にビームキャノンを撃った。

するとそれは直撃し、ブライティスのブリッツファンネルが破壊された。

「てめー等の動きは既に見切った!だから無駄なんだよ無駄無駄ァ!ウリイイイー!!!」

「そんな……クソッ!」

追い詰めた筈が、完全に動きを読まれていた為に、ファンネルでは対処が出来なかった。アレンは悔しい思いを隠し切れず、コクピット内で拳を作り、それを思い切り振るって操縦桿付近に打ち付ける。悔しい気持ちをしていたのはアレンだけでなく、レイも同様だった。

「こんな……こんなのって……」

「てめえらが束に掛かって戦っても俺には勝てないってことだな!あーあ!」

爆笑し、二人を卑下するメイド。その時、デスゲイズに一筋のビームが放たれた。全方位にバリアーフィールドジェネレーターが張り巡らされているデスゲイズにその攻撃は通用しない。

「何奴?」

メイドが睨んだ方向には、特殊強化モデルの乗る二機のガンダムの姿があった。デスゲイズに向けてビームを放ったのはアトミックガンダムであり、ビームランチャーを構えてモノアイを輝かせていた。

「面白そうじゃん!いーじゃん!いーじゃん!」

「それに……あの白いのと青羽がいやがる……そうだ、あの白いのをぶっ殺してやろうぜ!!!シエルが殺されたんだろ?あいつに!」

「あ~、そうだなぁ!!!」

 

キシィン

 

デスペナルティがカメラアイを輝かせ、二重大鎌を構えてツヴァイの方向へ向かった。

二重大鎌でツヴァイを切り裂こうとするデスペナルティ。レイはどうにか回避するが、別方向からアトミックがビームランチャーを放出する。この二機の狙いはデスゲイズではなく、ツヴァイを狙っていた。以前のダーウィンでの戦いでシエル・ホーンドがツヴァイによって倒された事を根に持っていたのである。

「こんな時に!どうして!」

ツヴァイに迫ってくる二機のガンダム。その様子を見ていたメイドは大笑いをしていた。

「おいおいおい!ガンダムだらけじゃねえか!こりゃあ……ガンダム狩りには丁度いいよなァ!!!」

笑った後にデスゲイズは再び動く。ツヴァイと交戦している二機のガンダムに対して有線式ビームサーベルを展開し、襲わせた。急な攻撃にどうにか対処するデスペナルティとアトミック。

「あぁ~、悪いねぇ。あんたの相手はこの白い奴を殺してからしてやるよ!」

狂気的な笑いをするニッカに対し、メイドはニヤリと笑みを浮かべた。そして言う。

「残念……今やれや。」

明らかなメイドの挑発に乗る、二人。

「そうかよ!じゃあ……望み通りにしてやるぜぇ!!!」

そう言ってデスゲイズに挑んだのはアトミックだった。アトミックはビームサーベルを展開し、有線式ビームサーベルと鍔迫り合いを行う。その際にデスペナルティもデスゲイズへの攻撃に加わった。それはレイとアレンにとっては好機だった。新生連邦本部へ向かうのに足止めを食らっていたレイだったが、この二機が戦闘に介入する事でこの場所から逃げ出す事が出来るのである。

「レイ、行け!」

「はい!」

アレンに言われるまま、レイは本部へ向かう。少しでも早くこの戦いを終わらせる為に。一方のアレンはレイの手助けを行う為、本部を防衛しているMAに対して攻撃を開始した。

 

 

 

二機のガンダムと激闘を繰り広げているデスゲイズ。しかしメイドは余裕の表情を見せていた。

「まだあのガキとアレン・レインドの方が強いなァ!そんな弱っちいのはガンダムじゃねえ!ガンダムの顔をしてるだけの雑魚じゃねーか!」

「うっせえんだよクソ野郎が!ぶっ殺すぞてめえ!!!」

挑発されて怒るハーディ。それはニッカも同じで、両者はそれぞれ、ビームランチャーとウイングに収納されているメガビーム砲を展開して放出した。

しかしそれらは、デスゲイズのバリアーフィールドジェネレーターに弾かれてしまう。

「どうなってやがんだよあの野郎!!!意味分かんねえぞ!」

ハーディに代わり、デスゲイズに近付いたのはニッカの乗るデスペナルティだった。二重大鎌を構え、接近戦を試みたのである。

だが、その状態でデスゲイズに挑むのは自殺行為以外の何物でもなかったのである。

 

「逝けや」

 

メイドが放ったその一言。その直後、デスペナルティは有線式ビームサーベルによって串刺しになったのだ。最初の一本の時点でコクピットに直撃しており、残りのビームサーベルがデスペナルティの各所に直撃した。

 

「い……だい……いだ……ィ……ョ……ォ……タ……スケ……ェ……」

 

それがデスペナルティガンダムのパイロット、ニッカ・ドレイクの最期の言葉だった。コクピット内で夥しい量の血液を流していたニッカ。彼は最早助かる術すらなかった。ニッカが断末魔を言い終えた後に有線式ビームサーベルは全てデスゲイズへ戻っていく。その直後にデスペナルティは爆発を起こし、戦場に散ったのであった。

これにより、何度かセイントバードチームやアステル家と対峙していた三人の特殊強化モデル……残るはハーディ・クオレントの乗るアトミックのみになった。デスペナルティが散ったことで、メイドは大笑いをした。

「ぐふ……ぐふふふふ!ハハハハハ~!!!ガンダム狩り成功ォ!!!ったく、しかし汚ねぇ花火だなぁ。」

ニッカが殺されたことで、ハーディは怒りを隠せずにいた。シエルに続いてニッカが殺された――その怒りの矛先はデスゲイズである。

「何だ?俺とやろうってのか?結構結構!勝てる訳がないのに挑むのは勇気じゃなくて無謀ってなぁ!」

それに応じるメイド。アトミックはこの時MAに変形し、MA状態でしか使えない武装を全て使用してデスゲイズに襲い掛かる。

「てめええええええええええええええええええええええ!!!」

怒りにまかせて攻撃を行うハーディ。そんな彼に対して

「無駄なんだよ!当たんねーんだよボケナスがよォ!!!」

そう言って前腕部の二連装ビームキャノンを連射する。アトミックはこれを回避しつつ、メイドの言葉を無視して攻撃を続ける。

「殺す!ブチ殺す!!!」

アトミックはひたすらにウイングガトリングやヘビーマシンガン等を連射する。それに対してメイドは眉を潜め、握り拳を作って言った。

「当たんねーっつってんだろうが無視すんなやゴラァァァ!!!」

その瞬間、有線式ビームサーベルを展開したデスゲイズは素早い動きでMAのアトミックの胴体を切り落とした。苛立ちを覚えていたのだろうか、先程のように突き刺すことなく簡単にアトミックを破壊してしまった。アトミックは爆発を起こし、墜落していく。

「ハッ!……あ……けどあいつ生きてるな。コクピット壊してねーし……ま、いいんじゃないかな?さて、次はどいつを狩るか?正直誰でもいいんだけどな……あのガキ狙うとアレン・レインドが邪魔するし……」

二機のガンダムを破壊し終えたデスゲイズは次なる標的を探し始めた。

この男が戦場に介入した理由は暇潰し。彼の暇潰しの為に、多くの命が犠牲になった。しかしメイドはそれを罪に思う事は無い。何故ならば、彼自身が今まで数多くの人を殺害しており、自身の殺人ギネス記録を更新すると言う非道な発言をしているからである。

やがてデスゲイズはこの場から去った。次なる標的を破壊する為に、気まぐれな地獄の使者は動く。

 

 

 

メイドが二機のガンダムと交戦している時、レイは本部へ向かっていた。途中で彼を阻むMSを破壊しつつ、向かい続ける。

彼が新生連邦の本部へ向かい、占拠することでこの戦いは終わる。少年であるレイは混乱を極める戦場の中で、そのような大役を任されたのだ。本来ならば彼が行うものではない。 

しかし今、国連はツヴァイの力を宛てにしており、その為にセイントバードをロサンゼルス沖に待機させておいたのだ。そして戦力の要となるツヴァイに本部を占拠させ、国連が勝利を掴むというものだった。

レイはとにかく戦いを終わらせたかった。だからこそ、彼は必死に本部を目指したのだ。

「もうすぐなんだ……もうすぐで!」

本部周辺を護衛するMAはアレンが止めてくれている。だからか、ツヴァイは移動を行いやすかった。

だが、そこへ彼の邪魔をするMSが現れた。ダウーラの乗るアーヴァインである。突如アーヴァインはバックパックの実弾キャノンを撃つとこう言った。

「ガンダム!戦えよ、俺と……」

「そんな……こんな時に……!」

突如現れた敵にツヴァイは急停止する。更にアーヴァインはビームライフルを撃ってきた。これに対して左腕部を展開し、これを防いだ。

「おおっ……ハハハ!楽しませてくれそうだな!」

「邪魔しないで下さい!……いや、邪魔して当然か……」

確かに新生連邦の本部が狙われているのだから、その行為を邪魔するのは当たり前である。レイはこの機体を倒さないと先に進めないと判断し、アーヴァインと戦うことを決めた。

「散々邪魔者扱いだからな……やっと、まともに戦える……」

そう言ってダウーラが攻撃を仕掛けようとした時だった。周辺にいたジョゼフ三機がツヴァイに向けて前腕部グレネードを発射した。これを回避した後、ツヴァイがビームライフルを構え、発射しようとした時だった。この三機の内の一機がアーヴァインのフロントアーマービームキャノンで破壊されてしまったのである。

味方を攻撃し始めるアーヴァインの姿にレイは目を疑った。

「イライラするんだよ、せっかくガンダムと戦えると思ったのに……」

何故味方を破壊したのか……理解の出来ない様子のレイは通信回線を開き、ダウーラと会話を試みた。しかしそこにいた、恐ろしい目つきの男にレイは恐怖を覚えた。

「ど、どうして味方を……?」

「ん……?ハハハ……お前は女なのか?」

女ではないと、言いたかった。しかし今はそんな事を言っている場合ではない。味方を殺したこの男を倒さなければ先に進めないと分かっていたからだ。今のレイに余裕は無かった。

「……まあいい。何故殺したか?そりゃあ……俺の邪魔をしたからな。」

そう言って突然ビームライフルを撃つ。それに気付いたツヴァイもバスタービームライフルを撃った。これらのビームは打ち消し合い、消える。次にアーヴァインはビームサーベルを構えた。ツヴァイも同様にメガビームセイバーを構え、打ち合いを行う。

「面白いよなぁ!戦いってのは!」

「まさか……遊んでるんですか!?」

「さあ……?どうだろうなぁ!?」

レイはこの男から悪意を感じ取った。力を持つレイだからこそ分かる不気味な感覚である。相手が強化モデルであることが、この時に分かった。

(この人……普通じゃない……さっきのガンダムの人間と同じ……違う、さっきのパイロットよりも怖い……暗い感覚が……)

この男の発する得体の知れない感覚に、レイは怯えていた。ただ戦いを楽しんでいるだけの男……しかしレイから見れば不気味な男である事に変わりがない。

「もっと俺を楽しませろよ!強力な武器とかはないのか?」

「僕に命令してる……?」

「つまらないんだよ……ありきたりな武器ばかり使って!下らん……」

アーヴァインは一度ツヴァイから離れ、フロントアーマービームキャノンを撃つ。それと同時にビームライフルも撃ち、更には左前腕部からビームキャノンも撃つ。アーヴァインはビームの一斉射撃を行った。当然全てツヴァイはバリアーフィールドで防ぐ。しかしその直後にアーヴァインはツヴァイに接近し、ビームサーベルで切り掛かった。急な攻撃だった為、ビームディフェンスシールドを展開して攻撃を防ぐ。

「うぅっ……!」

「フン……」

ビームディフェンスシールドで防いでいた時、アーヴァインはフロントアーマービームキャノンを展開し、至近距離でそれを撃とうとしていたのだ。レイはそれに気付き、急いで右腕部を腹部に移動させてバリアーフィールドを展開する。この為ビームキャノンによる攻撃は防いだが、機体が激しく揺れた。

と、更にアーヴァインはバックパックの実弾キャノンを発射したのだ。この攻撃を至近距離で受けてしまったツヴァイはコントロール不能になり、海に落とされる。

「うぁ……!」

レイに激痛が走った。機体が揺れた衝撃により、彼は頭を打ったのである。

「足りない……まだ足りないぞ!」

アーヴァインは海へ落ちていくツヴァイを追いかけた。機能を失っているツヴァイに対し、アーヴァインはブースターを使っているので早く追いつく。そしてアーヴァインはツヴァイの左脚部を持った。その為、ツヴァイはアーヴァインによって逆さにぶら下がっている状態になった。

「ガンダムがその程度な筈が無いだろうが……!もっと楽しませろ!イラつく!」

「あ……ぁぅ……」

意外な攻撃に油断したレイは激痛に苦しんでいた。しかし戦いを望むダウーラは容赦なく罵声を浴びせ続ける。

「残念だな!ガンダムは雑魚だとは思わなかった……」

この時、ツヴァイのプログラムは復旧した。しかしレイ自身が苦しんでいる為、動くにも動けなかった。するとアーヴァインはビームライフルをコクピットに向け始めた。撃ち抜こうとしていたのである。

「消えろ……!」

やがてそれが発射される――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

突如鼓動音がダウーラに聞こえた。疑問を抱く彼は攻撃を中止する。その直後、ツヴァイのカメラアイが輝いたのだ。そして掴まれていないもう片方の脚部でアーヴァインの肩部を思い切り蹴り、アーヴァインから離れた。この時、レイの眼の色は先程と同様に紅に染まっていた。

「……」

「あ……頭がぁ……!なんだ……こいつは……!?」

レイは再び覚醒した。彼が覚醒する時にダウーラが感じた鼓動音……それはこの男のように、力を持つ者のみが聞こえるという特殊な物である。頭痛に苦しむダウーラ。その際にツヴァイは猛攻撃を開始する。

ツヴァイは先程メイドと戦った時に消耗してしまったブリッツファンネルの残りを展開した。ビーム刃を展開し、一斉にアーヴァインに襲い掛かる。

「ふざけやがって……!うらああああああああっ!」

対するアーヴァインはこれらの攻撃を回避しつつツヴァイに接近する。しかしファンネルはしつこくアーヴァインを追いかけ続ける。やがてファンネルがアーヴァインに迫った時、アーヴァインはファンネルの方向にビームライフルを撃った。それによりファンネルは破壊されるが、その直後にツヴァイがアーヴァインの肩部を掴み始めたのだ。更に両脚部はアーヴァインのリアアーマーを固定し、アーヴァインの身動きを完全に捉えた。

「何の真似だぁ……?」

「……!」

紅の眼のレイはその時にスイッチを押した。するとツヴァイのバックパックに搭載されている左側のプラズマカノンのみが起動した。そして、それはエネルギーを吸収し始めた。その間アーヴァインは抵抗を続けるが動く気配が無い。

「ちぃ……!イラつく!離せ!」

「……嫌……だ!!!」

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

次の瞬間、ツヴァイの左側のプラズマカノンが発射された。この攻撃によってアーヴァインの左肩部が破壊された。

「お前……!」

怒ったダウーラはビームライフル等の武装をツヴァイに向け、連射するが、ツヴァイはこれらを避け続け、メガビームセイバーを横腰部から抜いてアーヴァインに迫った。

「ハアアアアアアアアアアアア!!!」

両手部でビームセイバーラックを持ち、確実にアーヴァインのコクピットを切り刻もうとしていた。それに気付いたダウーラは急いで上昇を試みる。

しかし、その時にアーヴァインはフロントアーマーからリアアーマーにかけて切り裂かれた。この為、脚部は完全に破壊され、最早アーヴァインは達磨のような状態だった。これ以上の戦闘は危険だと判断したダウーラは苛立ちを覚えつつもその場から去ることを決めた。

「お前……覚えてろよ……イライラさせやがる……!!!あああああ!!!」

レイに対する憎しみを抱きながらダウーラは戦場から去った。その際、彼の眼は元に戻っていた。アーヴァインがいなくなった事を確認したレイは、そっと胸を撫で下ろす。

(良かった……倒したんだ……)

安寧の表情を浮かべた後に、再びレイは新生連邦本部を目指し、移動を開始したのであった。




第七十九話、投了。
セイントバードはデスゲイズの攻撃を受け、沈み行こうとしていた。
その中で、躊躇なく迫るメイドに怒るレイ。この戦いの行方は、一体……


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第八十話 戦禍の告白

戦争は終盤に向かっていた。その中で、ネルソンはセイントバードと運命を共にしようとするエリィを見つける――


 新生連邦と国連の激戦は終盤に向かっていた。既に太陽が沈みかけており、状況は国連が有利になっていた。ウィレスによる陽動作戦は成功したのだ。更にメイド・ヘヴンの介入によって無残にも主力の機体が破壊されていく。これらにより、次第に追い詰められていく新生連邦軍。

様々な者達が動く、この戦場の中で、シュネルギアは然程ダメージは受けていない。というのも、戦力が削られているので敵の数が然程多く無い為だ。ジャンヌ達は今回然程前線に出ていないのである。

国連が有利となっている今回の戦場。しかし一方で、セイントバードは滅びようとしている。メイドの乗るデスゲイズによって放たれた一撃は余りに重く、セイントバードは壊滅寸前であった。エリィは艦内のクルーに脱出するように命令した。ただ、自分以外を除いて……エリィは皆を守る為にセイントバードでウイングイーグルに攻撃し、動きを封じた所をこの艦で衝突させ、死ぬ気だったのだ。

その時、エリィにミシェから連絡が入った。急いで繋ぎ、ミシェの言葉を聞く。

「全員収納完了だ!エリィ、急いでくれ!もうそこにいる必要は無いぞ!」

「私は……残ります。皆さんは早く行って下さい。」

エリィの言葉にミシェは怒った。命を投げ出す気でいた彼女の行動が許せなかったのである。

「ふざけんな!さっきスラッグとインクから聞いたぞ!何故死ぬ!?死ぬ必要がお前にあるのか!?」

ミシェの言葉に対し、エリィは涙を流しながら言った。

「早く行って下さい!!このまま口論を続けてたら貴方達まで巻き込まれてしまう……そんなのは嫌なの……お願いです……早く……!」

「……ちぃ……!」

やむを得なかった。MSデッキも炎に焼かれており、壊滅寸前だった。一刻も早くここから逃げ出さなくては巻き添えを食らい、皆死んでしまう。ミシェは皆の命を優先する事にし、小型輸送機を発進させた。

だがその時、窮屈な輸送機内部でウィリアが叫んだ。

「ミルフがいない!?」

「なんだと!?けどもう時間が無いぞ!」

ウィリアが叫んだときには小型輸送機は発進していた。その直後にMSデッキは大きな爆発をした。もしあと一秒でも遅れていれば彼等は巻き添えを食らっていただろう。しかし気になるのはミルフである。もしここにいないとなれば、艦内に取り残されているかも知れない――ウィリアは心配になった。

「お、おい……あれって……!」

一人の整備士が指を指した。その方向を見る皆。その先にいたのは紛れもなくミルフだった。

 

「光だ……光がある……」

皆が脱出を図る中、ミルフはおぼつかない足取りで、何を思ったのか、MSデッキから飛び降りていたのだ。

 パラシュートも付いていない状態でこの高度から海へ飛び降りる事自体が自殺行為だが、ましてや、今は戦闘中。つまり、ビーム粒子が飛び交う状況である。

その直後、少女はビーム粒子による光を浴び、身体が消滅した。ウィリアが守ろうとしていた少女は、戦闘に巻き込まれてしまったのである。

「おい……マジ……かよ……!」

「信じられねえ……」

皆騒然とした。ミルフは輸送機に乗らず、MSデッキから海へ落ちた。

海上は現在国連と新生連邦が交戦している。それに巻き込まれるのは分かり切っている話であり、その海に飛び込むのは自殺と同義語である。何故彼女が輸送機に乗らなかったのか。それは、彼女が精神的な不安定を訴えており、その現実から逃げたいという心理的なプレッシャーがあった為だった。

「なん……で……?やっぱり……ショックが大きすぎたの……?」

ウィリアは大きなショックを受けた。懸命に精神的な恐怖を煽らないように優しく言葉を掛け続けただけに、突然のミルフの自殺は衝撃的なものだった。それも国連と新生連邦のMSが放ったビームライフルを浴びて消滅するというあまりに惨いものであった。

ミルフ・ブラマンジュ。氷河族に所属していた少女だったがメンバーがばらばらとなり、その中でグァン・ホーキーズによる惨い仕打ちを受けた。その後はネルソンに助けられたが、精神状態に問題を残したまま今に至っていた。彼女の精神状態はウィリアが思っている以上に深刻な状態だったのである。その結果、少女は自殺に至ったのだ――

「……もう、見るな……あの子の為にも、今は俺らが生き残るんだよ!そうだ、全員に伝えねえとな……!」

すると、ミシェはセイントバードチームのパイロット達全員に対して音声通信を行った。

「全機に告ぐ!小型輸送機が発進した!クルー全員が乗っている。陸に着く間だけで良い、俺らを守ってくれ!」

それに真っ先に気付いたのはネルソンだった。戦渦の中を小型輸送機が人間を乗せて移動していると言うのは余りに危険である。それを守る為、彼は交戦していたグランシェを撃破した後に輸送機の側へ向かう。それ以外にも、残されたトルクス達が輸送機を守る為に向かって行った。

 

 

 

陸へ向かう間、輸送機を護衛する為に活動するセイントバードチーム。ビームライフル等の砲撃に巻き込まれないように、輸送機を狙う機体を徹底的に撃破するようにする。輸送機が落とされれば全てが終わる。絶対に守らなくてはならないと、ネルソンは思っていた。

彼等が輸送機をビーム砲撃から守っている為、輸送機は現在無傷だ。輸送機内の皆は誰もが無事を祈り続けた。

(頼む……守ってくれよ……!!)

そこへ、一機のグランシェがモノアイを輝かせ、ビームマシンガンを構えて輸送機を狙い始めた。そのパイロットはシーアで、この輸送機がセイントバードのものであることを知っていたのである。

「こんな戦場に……悪いけど邪魔だから壊させてもらうよ。」

ビームマシンガンが発射されようとした時だった。ハルッグがグランシェにキックをお見舞いし、輸送機を守ったのである。突然の攻撃に戸惑うシーア。それに対し、ネルソンは言う。

「輸送機を狙うなどどうかしている!あれには罪のない人間が乗っているんだぞ!!」

「戦争の邪魔をしているのは立派な罪だよ。それを知らせてやろうとしたまでさ。」

「貴様!」

明らかに故意で輸送機を破壊しようとしているシーアが許せないネルソン。そしてハルッグはロングビームライフルを構え、グランシェを狙った。だがグランシェはシールドを展開してビームを防ぐ。そしてそのまま輸送機の方にビームキャノンを放出しようとしていた。

「やめろ!!」

ハルッグはMAに変形し、ビームヒールでシールドを切り裂いた。それによりシールドは爆発し、破壊される。

「まあ、当然か……守らないとダメだからね。けど俺はあれを破壊する。戦争の邪魔をしているんだ。当然でしょ。」

「させるか!」

セイントバードも気掛かりだが、今は輸送機を守ることが先決だ。シーアの乗るグランシェの猛攻に対抗しつつ、ネルソンは戦っていた。

するとその時。輸送機は急に速度を増した。そして徐々に下降していき、やがて戦闘域から離れた。その様子を見て安心するネルソン。その際、ミシェから連絡が入った。

「感謝するぞネルソン。だがお前にはやるべき事がある。」

「無事で何よりです、ミシェさん。ん?やるべき事……?」

「……セイントバードに艦長が居る。後は、分かるな?」

そう言った後にミシェは連絡を切った。セイントバードにエリィがいる……そう言い残して。それが意味するもの……つまり、輸送機にエリィは乗っていなかったという事である。

「馬鹿な!?あの人は何を考えているんだ!!」

焦るネルソン。急いでセイントバードの方向へ向かおうとした……しかし、それを邪魔したのはシーアだった。

「俺の相手をして貰おうかな!」

「邪魔をするなぁぁぁッ!!」

このまま振り切りたかったが、セイントバードにエリィがいると知った以上、この状態でセイントバードに近付けば確実に攻撃を加えられる。そうなればエリィの命はない。そう、判断したネルソンはシーアと交戦する事を決めた。

 

 

 

一人、セイントバード内に残されたエリィは全員の脱出を確認した後、行動を起こそうとしていた。炎で焼かれたブリッジ内で、ビームカノンを発射する為のレバーを引こうとしていたのだ。

エリィの眼に狂いは無かった。爆発の影響により、索敵能力を失っているブリッジだが、エリィは合間から見える、敵艦のウイングイーグルの距離や位置を確認した後に大型ビームカノンのレバーを引こうとしていた。

「お願い……当たって……!」

死を覚悟した彼女の最初の攻撃が始まる。思い切りレバーが引かれ、その後にセイントバード上部から砲身が出現し、ウイングイーグルに向けて大型のビームが発射されようとしていた。

無論、このような状態で大型ビームを発射すれば艦への衝撃も半端な物ではない。もしかすればこの一撃で艦が完全に崩壊する可能性だってあるのだ。しかし今は躊躇っていられない。エリィはこの一撃に賭けた。

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

大出力のビームは発射された。それと同時にセイントバードは更に爆発を起こした。奇跡的に完全に破壊される事は無かったが、最早攻撃を少しでも受けるだけでも危機的な状態に陥っていた。

 

「敵同型艦より熱源確認!」

「何!?あの状態でこちらに歯向かう気なのか!?回避は!?せめて撹乱膜の展開は!?」

「間に合いません!」

「馬鹿な……!?」

瀕死の状態のセイントバードが放ったビームカノンは、エリィの思惑通り、ウイングイーグルに直撃した。今回の砲撃以前より元々国連軍の攻撃を受けてダメージを受けていたウイングイーグルにとって致命傷となったのである。

しかし、その形状の崩壊には至らなかった。右舷の破壊に成功はしたが、狙いが甘かったのだ。

「右舷被弾!艦の制御困難!!」

「奴は、この艦を道連れにする気か……?」

この時、ダリアはセイントバードの執念とも呼べる行動に恐怖をしている様子だった。先の砲撃は、艦そのものの破壊こそしなかったが、それでも致命傷に至るには十分と呼べた。

 

 

ビームは直撃した。しかしウイングイーグルは破壊に至っていない。先のビームの発射によってセイントバードの被弾は更に進み、爆発は更に酷いものになっていた。既にインク達が脱出したドアにも炎が及んでおり、エリィは最早、逃げる事が出来ない状態だった。

しかしこのような状態になっても、エリィは冷静だった。死を覚悟しているからだろうか、炎に囲まれても彼女は恐れを抱かず、ウイングイーグルを見続けた。

「よし……敵艦の動きを封じた……後は……」

すると、エリィは今までスラッグが座っていた場所に座り、セイントバードをウイングイーグルの方向へ加速し始めたのだ。遂に彼女はセイントバードを犠牲にしてウイングイーグルを破壊しようとしていたのである。無論、セイントバードだけの損害で済む筈がない。エリィ・レイスという若い命をも引き換えにして、ウイングイーグルを破壊する気でいたのだった――

 

 

 

エリィが特攻を開始しようとしている最中、アレンはMAに攻撃を加えていた。彼が今攻撃を行っている対象はセーザムである。様々な実弾兵器に耐えられる装甲に、全方位に備え付けられているバリアーフィールドジェネレーター。防御面においてこのMAはほぼ完璧な存在であるのだが、唯一の弱点は、ビームサーベル等のビーム刃による攻撃である。近接戦闘を行われると対処する事が出来ず、成す術もなくセーザムは破壊されてしまうのである。近接戦闘と言う訳ではないが、過去にデスゲイズの有線式ビームサーベルによって破壊されているのが例の一つである。

セーザムは無数のミサイルを展開し、ブライティスに襲い掛かった。だがブライティスはブリッツファンネルを展開してビームを放出し、ミサイルを破壊していく。避けきれないものはビームシールドを展開して攻撃を防ぐ。

「やられるか!」

ブライティスは両横腰部のビームセイバーラックを抜き、連結させた。連結したビームセイバーを持ってセーザムへ接近していく。その時にセーザムは長い砲身からビームキャノンを発射しようとしていた。それに気付いたアレンは緊急回避を行う。その為、砲身からビームが発射されてもビームがブライティスに直撃する事は無かった。

そして接近に成功したブライティスは連結したビームセイバーを用いてセーザムを切り刻んだ。この為、セーザムは大きな爆発を起こし、破壊された。

これで残るMAは三機となった。だが残る三機は依然国連に対する脅威として立ち塞がっている。中でも巨大MAであるエールゴーニオはその豊富な武装を用いて国連の障壁となっている。

以前、アレンはエールゴーニオと言う名のMAを破壊した事があった。その為、今回も破壊を行う事は出来るだろうと思い、エールゴーニオの方向へ機体を向かわせた時だった。

接近する機影の姿を確認したアレンは急いでビームセイバーを分離させ、接近してきたMSと打ち合いを行った。接近してきたMSはカーティウスである。このカーティウスのパイロットはエファン・ドゥーリアだった。

「エファン・ドゥーリア……!」

「随分と久し振りではないかアレン・レインド。ダーウィンの時以来だな。しかし、こうして直接MS同士で戦うのはいつ以来だろうな!?」

エファンの乗るカーティウスはプラズマランチャーがマウントされていない。自ら切り離した為である。アレンは疑問を抱きつつもエファンと交戦を行う。

「ク……貴方は……危険過ぎる!」

「危険だと?笑わせるな!この世で力を持つ人間が溢れているこの現状の方が余程危険と言えるのではないか!?」

「どうして貴方は力を持つ人間を殺そうとする!?レイのような子供にまで手を出して!」

「それを知ってどうなると言うのだ!?」

「答えろ!!」

「答える義理はないな!」

打ち合いを行いながら、両者は喋った。その直後、エファンはわざと機体を後方に移動させ、その後で脚部を変形させ、足底部のクローでブライティスを捕まえようとした。

急いで回避運動に移るブライティス。間一髪、クローによる攻撃は避けられた。これが直撃すれば零距離からのビーム砲撃は避けられなかった為である。

「答えを知りたければその実力で私を倒してみるのだな!同じアドバンスドタイプ同士だ。ハンデも何もない筈だろう?」

挑発するようにエファンは言った。しかしこの時、アレンは考えていた。この敵をどのように倒せば良いのかを。

(実際、確かに同じアドバンスドタイプだけどハンデはある……MSを操縦する技量は圧倒的に相手の方が上……それを突破するには……)

「突破など不可能だ!あくまでもアドバンスドタイプという、力を持つ者同士と言う意味でハンデがないと言ったまで!仮にお前がオールドタイプだとすれば、その時点でハンデが生じるだろう!だが技量は別だ。それは各々の実力!さて……実力で私を倒す事が出来るか!?」

 

ギュオオオ

 

そう言ってカーティウスはカメラアイを輝かせた後に膝関節を前方に屈曲させ、足底部からビームキャノンを放出した。これらを全てバリアーフィールドで防ぐブライティスだが、ビームキャノンを撃ちつつカーティウスは近付いてくるため、これを避けつつ後退しなければならなかった。

(あのクローに掴まれたらバリアーフィールドを張る事は出来ない……零距離からのビームは確実にダメージを受ける……なら!)

逃げてばかりはいられない。アレンも攻撃を開始した。頭の中で電流が流れた後にブライティスはブリッツファンネルとブラスターファンネルを展開する。これらを一斉にカーティウスに対して襲わせた。

「行け!」

素早い動きでカーティウスを翻弄するブリッツファンネルとブラスターファンネル。これらはいずれもカーティウスにビーム砲撃を浴びせるのだが、全てカーティウスが展開したバリアーフィールドによって防がれてしまう。アレンはカーティウスにバリアーフィールドジェネレーターが搭載されている事を知らなかったのだ。

「そんな!?」

「甘いな」

戸惑うアレンに対し、カーティウスは素早い動きでブライティスに接近し、脚部のクローを展開する。そしてそれはブライティスの二枚のウイングを掴み、すぐにビームキャノンを発射した。これによりウイング二枚は消失してしまう。

「うぅぅ!」

機体が激しく揺れた。ウイングが二枚破壊された事で、二基のブリッツファンネルは宛てもなく彷徨うことになってしまった。

「なんて機動性だ……こんなの……!」

「その程度で私を倒す気だったか?残念だな」

エファンは笑みを浮かべる。一方のアレンはこの強敵に苦戦を強いられていた。アレンがエファンと戦うのはオペレーション・デモリッション・クリエイション以来である。搭乗機体の変化したエファンを相手に、アレンは策を考えていた。

 

 

 

 

ネルソンはシーアと激闘を繰り広げていた。補給を受けずに幾多のMSと交戦してきたネルソンにとって、エースであるシーアの相手をするのは限界があった。

「ちぃ……機体が思うように動かん……」

「機体のせいにしちゃうの?そこら辺は技量が大事になってくると思うけど?」

「黙れ!!」

ハルッグはビームサーベルを展開してシーアのグランシェと一度、打ち合いを行った。だが、ビーム刃が弾けたと同時に、ハルッグのビームサーベルの出力が低下していく。やがてビーム刃は完全になくなり、それに気付いたネルソンは急いで後方へ下がる。

「ちぃ……エネルギーがもう無いのか!?」

急いでロングビームライフルを構え、発射しようとするがこれもエネルギーが切れており、ビームを発射する事が出来ない。焦りを感じたネルソンはハルッグの肩部のミサイルを撃った後にMAに変形してそのままセイントバードへ向かった。彼がこうして戦っている間にもセイントバードは崩壊の一途を辿りつつあるのである。エネルギーが切れているのならば戦っている場合ではないと彼は判断し、その場から離れた。

当然シーアはハルッグを追いかける。決着が付いていないのに逃亡を図る等、おかしいと判断した為である。

「エネルギー切れで逃げるか!妥当だけど俺は納得しないよ!」

ハルッグを追跡する為にビームマシンガンを連射する。だがハルッグの機動性はグランシェよりも高い為、追い付く事が出来ない。ビームマシンガンを撃ってもハルッグに届かないのである。

ビームマシンガンが届かぬのならば、シールドに搭載されているシュート・シューターを発射するまで――そう思ってシーアはその武装を使おうとする。その時だった。

 

ズバァァァッ

 

シーアのグランシェのバックパックは何者かに切り刻まれた。やがてグランシェは爆発を起こし、身動きが取れなくなった。彼がモニターを確認すると、そこにはデスゲイズがモノアイを輝かせてシーアの方向を見ていた。

「クッ……邪魔が入ったの……?」

「メイド、おまえらころすます!」

するとデスゲイズは身動きの取れないグランシェに対し前腕部の二連装ビームキャノンを連射した。何も出来ないまま、グランシェは破壊され、シーアは急いでコクピットから脱出をした。

「逃げたか……ま、いーや……おっ?」

その時デスゲイズに攻撃を加える機体が現れた。クラリスの乗るグランシェである。先程のリベンジを行う為にメイドに攻撃を加え始めたのだ。

「貴様ァァァ!!!」

怒るクラリスに対し、メイドは笑みを浮かべて言った。

「いい加減しつけーんだよデク人形ォ!」

するとデスゲイズは有線式ビームサーベルを展開し、クラリスのグランシェに襲い掛かった。すぐに回避運動に移るグランシェ。どうにかビームサーベルによる攻撃を回避するのだが、その後でデスゲイズはMAに変形し、素早い動きでクラリスのグランシェに近付き、近付いたと同時に再びMSに変形した後にグランシェの機体腹部に向けて腕部を駆使して殴り始めたのだ。

「しまっ――!」

逃げるにも、この時デスゲイズはグランシェの肘関節と膝関節部に線を巻き付けており、身動きが取れない。抵抗も出来ず、グランシェはデスゲイズのサンドバッグと化してしまう。 

デスゲイズが三回グランシェの腹部を殴った後、殴った前腕部から二連装ビームキャノンを腹部に向けて発射した。至近距離だった為、防ぐ方法もなく、グランシェは破壊されてしまう。

「ク……こんな……こんな屈辱がァァ!!!」

クラリスはどうにか脱出したが、圧倒的なデスゲイズの力に太刀打ち出来なかった。彼の乗っていたグランシェはやがて海の藻屑になっていく。メイドはそれを見届けた後、先程ハルッグが向かって言った方向へ向かい始めた。

「さっき戦ってた奴……面白そうじゃねえか!」

悪魔は次なる標的をハルッグに決めた。エネルギーが既に切れているハルッグに危機が迫る。

 

 

 

やがてネルソンは沈みゆくセイントバードに追い付く事に成功した。焦るネルソンは急いでブリッジに通信を繋ぐ。

「艦長!聞こえているか、艦長!!」

ブリッジは燃え盛る炎に満ちていた。その中で一人の女性の姿を確認するネルソン。

「大……尉……?」

ブリッジ内は炎のせいでモニターが崩壊している。よって、ネルソンの映像は見えなかったが、声を聞く事は出来た。

「クルーは皆無事に脱出した。全員無事の筈だ。」

セイントバードのクルーは皆脱出した事を報告する。それを聞いてエリィは笑みを浮かべ、ネルソンに言った。

「それは……良かったです……これで安心して……」

「な、何を言っているんだ、艦長……?」

エリィが怪我をしているのがネルソンには分かった。頭部からは血が流れており、身体のダメージが大きい事がネルソンから見ても分かる。激痛に耐えながら何故滅びゆくセイントバードに彼女がいるのか……ネルソンは問う。

しかしその間もセイントバードは少しずつウイングイーグルに接近しつつある。ウイングイーグルもセイントバードのビーム砲をまともに受けたので身動きが取れない状態であった。

「私はこの艦の責任者です……私は……この艦と最期を共にします……」

エリィから聞こえてきた衝撃の言葉。ネルソンは耳を疑った。彼女は死ぬ気なのだ。ネルソンは当然ながら、反発をする。

「ふざけるな!何故貴方がここで死ぬ必要がある!?」

「責任者としての役目を果たすだけです……!大尉も離れて下さい!セイントバードは……もうすぐ敵のヒエラクス級に衝突します……」

「なんだと……!?」

エリィは次々と事実を語っていく。その言葉の一つ一つがネルソンに重く圧し掛かり、衝撃を与えた。

「そんな……馬鹿な……」

「全部、事実ですよ……私は死ぬ気です。この艦と共に、あの同型艦を破壊する為に。」

エリィが死ぬ。ネルソンはそれが考えられなかった。

デウス動乱後にエリィと出会い、やがてセイントバードチームを結成してからもずっと行動を続けてきた。エリィはセイントバードの艦長として努力し、ネルソン自身もMSパイロットとして、また、医者として過ごしてきた。

その間にレイを仲間に入れた後も行動を共にしてきた。サハラ砂漠で砂漠の狩人に襲われた時も、地中海に出て新生連邦軍にセイントバードを沈められそうになった時も、日本で過ごした時も。それから先、様々な場所へ行った時も、常に行動を共にしてきた両者。

二人は決して恋人同士だった訳ではない。しかし、セイントバードチーム結成には欠く事の出来ない存在である。ネルソンにとって、エリィの存在は居て当たり前なのである。

しかし、今彼女はセイントバードと共に消えようとしている。彼女と過ごした思い出が何もかも消えようとしている。それだけはあってはならない、絶対に阻止しなければならないとネルソンは思っていた。

だがどうやって止める?この滅びゆく聖鳥をどうやって止められるのか?敵艦であるウイングイーグルへ向かっているこのセイントバード。止める事はもう出来ない。そしてエリィはそのまま死ぬ気であった。艦の責任者という、ただそれだけの理由で。

「どうして貴方は……貴方は死ぬ必要がある!?滅ぶのならばこの艦だけでいい!」

「ダメなんです!私が艦を動かして、皆を守らないと!それは艦の責任者としての義務でもあります!」

「黙れ!義務だと……そんなものなど関係がない!大体、我々は軍属ではない!士官の中には艦と共に運命を共にする人間もいる。けれども貴方はそれを行う必要は一切ない!」

「あります!皆を守る為に私が犠牲になって……特攻をするんです!」

エリィは拒否する様子を見せない。滅びゆく艦と運命を共にしようとしている。

「それにね、大尉。私、艦長をして分かったんですよ。艦という存在の大切さが。それはもう……まるで自分の子供を持つような感覚なんです……だからセイントバードが何度か傷ついた時も私、実は結構傷付いてたんですよ?だけど皆の前でそんな姿を見せるなんて出来ないから……私、隠してたんです……」

「……戦艦は……あくまでも人間の作り出した兵器の一つなんだ……子供でも何でもないのだ……!」

ネルソンは拳を震わせながら言った。それと同時に、少しばかり、涙を流した。

だが、その間もセイントバードはウイングイーグルに接近していく。その距離は、先程にセイントバードがビーム砲を撃った時と比べ物にならない程に縮んでいた。

「ウィリアさんやミシェさんや大尉のおかげでセイントバードは動いてきました……多分みんなと出会わなかったらここに私は居なかったと思います。私にとってここは家とか家族とかと同じなんです!だから……だから……私は見守らなきゃならないんです……せめて……この艦と共に散るまで……」

「どうしてだ!そんな必要などない!気付いてくれ艦長!!」

ネルソンの決死の声も空しく、セイントバードはウイングイーグルへ近付いていく。

 

 

 

ウイングイーグルは迫り来るセイントバードの存在に焦りを感じていた。全く身動きが取れず、航行不可能なウイングイーグル。オペレーターは接近してくるセイントバードの存在に対してどうすれば良いか分からず、ただ報告しか出来なかった。

「敵ヒエラクス級、接近してきます!特攻をする気です!」

「ダメだ、このままじゃ……」

慌てるオペレーターや、兵士達。その時、艦長であるダリアは重い口を開いた。

「総員速やかに退艦!「急げ!早く逃げろ!!!全クルーに伝えろ!!!」

ダリアがそう命令した後、ブリッジクルーの中には逃げる人間の数も多数見られた。その際、オペレーターは言った。

「中佐も早く逃げる準備をされては……?もう艦は航行機能を持っていませんし、あれを撃墜できる武装もありません……」

ウイングイーグルは迫る国連を迎え撃ち過ぎた為、武装が無い状態だったのだ。その状態をセイントバードに撃たれ、この艦も今のセイントバードと同様に壊滅寸前だったのである。 

当然国連はウイングイーグルを狙って来る。だが、幸い新生連邦のMSがウイングイーグルを守る為、国連に撃墜される心配は無かった。MSを命令してセイントバードを撃墜する事も出来たが、周辺にいるトルクスがセイントバードを命懸けで守る為に攻撃を仕掛けてくる為、迂闊にセイントバードを狙わせることが出来なかったのだ。その為、ダリアはクルーに退艦命令を下したのだ。

そしてオペレーターはダリアに退艦するように言う。しかし、ダリアは次の台詞を言った。

「私は残る。この艦と共に運命をしよう。」

「な、何を言ってるんですか!?」

ブリッジにいた皆は動揺した。何故逃げないのか……疑問に感じたのである。そしてダリアはクルー全員に語り始めた。

「ウイングイーグルを始めとするヒエラクス級はな、私の父親が開発したものだったのだ。私は上層部にこの艦を与えられた。以来、この艦の指揮を務め続けている。どんな時も、ずっとこの艦と共に運命を共にしてきた。父親が作った大切な戦艦、それがヒエラクス級だ。だからこそこの艦を大切にしたいと思っている。もし死ぬのならばこの艦と共に散ろう。」

ダリアの父親はヒエラクス級を開発した人間である。その父親を、ダリアは尊敬しており、この艦が上層部に与えられた時は心から喜んだと言う。だからこそ、この艦が散る時は自分も運命を共にしなければならないと感じていたのだ。

それはエリィの思想と似ていた。思い入れがあるからこそ、運命を共にしたいと言う考えである。

「……お前達は何をやっている?死ぬならば私一人で死ぬぞ?早く、脱出をしろ!」

ダリアはブリッジにいた人間全員に対してそう言った。するとブリッジクルー達はダリアの前に立ち、彼女の手を掴み始めたのだ。

「私は……私達は……中佐と運命を共にしますっ!」

「な……お前達……!?」

ダリアの言葉に感銘を受けたブリッジクルーはダリアと運命を共にすると言い始めたのだ。だが彼女はあくまでも彼女の意思でここに残ると言っている。巻き添えを食らわせる訳には行かないと思い、ダリアは説得した。

「やめろ!死ぬのは私一人で良い!何故お前達まで死ぬ必要がある?」

「中佐と共に死にたいからですよ!ここにいる皆は全員そうです!」

ブリッジクルーの中にはダリアの退艦命令で逃げた人間がいる中で、あえて今ここに残っている人間達の存在……それは、ダリアと共に死ぬ覚悟が出来ている人間達であった。その数は十二人。皆、死ぬ気だったのだ。

「お前達……何故……?」

「艦を思って死ぬなんて普通の指揮官に出来る事じゃありません!そんな指揮官を放って逃げるなんて私には出来ません!」

「それに中佐の事を尊敬していますからね、我々は!」

皆が笑顔だった。ここに残っている人間に、恐怖で表情を歪ませている人間は誰一人としていない。

「……悔いは……無いんだな……?」

ダリアがその用に言った途端、十二人は一斉に言った。

「ありません、中佐!!」

「……了解した……」

共に死んでくれる十二人の兵士達。ダリアはこの時固い表情で彼等を見ていたが、内心では嬉しかった。強化モデルを製作や、罪なき人間を殺害する等の数々の悪行を行ってきた新生連邦という存在に嫌悪感を示していたダリアだったが、この部下達は自分と共に死んでくれる……慕ってくれる部下達の存在が今の彼女にとって支柱となっていたのだった。

 

 

 

ネルソンはエリィに説得を続けていた。だが一向にエリィは気持ちを変えようとしない。艦と運命を共にする……その事ばかり言っているのだ。

「やめろ……!何故……死ぬ必要がある!?」

「これは、私自身の覚悟なんです!艦長としての務めだから……大尉、もう離れて下さい……そしてこの戦いが終わったらみんなに伝えて下さい……私は最期まで艦を見届けたって……」

遺言を言い始めたエリィ。当然ネルソンはその言葉に反論する。

「何を言っている!?死ぬな!」

「早く離れて下さい!このままじゃ……」

その時、ブリッジは大爆発を起こした。その爆発により、炎は益々大きくなり、その上剝き出しの状態になっていたのだ。

「艦長……!クッ……!!!」

燃え盛るセイントバード。その上エリィの意思は相変わらず固く、ネルソンはどうすれば良いのか分からず、ただ困惑していた。

 

                 ズバァッ

 

その時、有線式ビームサーベルによる攻撃がハルッグを襲い掛かったのだ。その攻撃によってハルッグの左腕部は切り裂かれ、海に落ちた。

「さっきから何ほざいてんだボケがぁ!!!中に女がいるんだろ?戦場で必死こいて説得とかアホ丸出しなんだよォ!!」

メイドが邪魔をしてきたのだ。このタイミングで最悪の機体が現れた。

「ちぃ……こんな時に……!」

「早く逃げて下さい!このままじゃ大尉が殺されてしまいます!」

「逃げてたまるか!今私が逃げたら貴方は死ぬだろう!」

「私の為に、大尉が死なないで下さい!!」

エリィは涙を流して言った。そのやり取りを聞いていたメイドは笑いながら言う。

「ハハハハハ!茶番かよ!!!申し訳ないがクッソ寒いお涙頂戴物語はNGってなぁ!」

再びデスゲイズは有線式ビームサーベルを展開しようとした時だった。一機のトルクスがデスゲイズのバックパックを掴み始めたのだ。セイントバードとハルッグを破壊させまいと、しっかりと掴み、離さない。

「へぇ~、随分と慕われてるじゃねえか!?」

メイドの頭の中に電流が流れた――と同時に有線式ビームサーベルはバックパックを掴んでいるトルクスを串刺しにした。当然中のパイロットは息絶え、それと同時にトルクスは爆発した。これによりデスゲイズは自由となり、再びハルッグに襲い掛かる。

「くたばれやァ!!!」

デスゲイズが迫る……その時、別のトルクス二機が再びデスゲイズを掴み始めた。しかも今度は前腕部を掴んでいるので、有線式ビームサーベルを出す事は出来ない。

「チッ、うぜぇ……」

身動きの取れないデスゲイズ。一方で、ネルソンはこの二機のパイロットに対し、感謝の言葉を述べた。

「すまない……」

そう言った後に、再びネルソンはエリィに説得を試みる。

「……艦長、今のトルクス達の行動を見ただろう?貴方は貴方が思っている以上に信頼されているのだ……死なれては困る存在だと皆が言っているんだ!!」

「……だけど……そうであったとしても……私は……私は……」

困惑するエリィ。当然トルクスのパイロットはネルソンがしたいと思っていることを知っており、だからこそデスゲイズの邪魔をしたのである。しかしデスゲイズの圧倒的な力はトルクスに止められるものではない。前腕部を掴んでいても、デスゲイズは二連装ビームキャノンを撃ち、二機のトルクスの頭部を破壊した。しかしカメラが破壊されても、トルクスは離れる様子を見せない。

「離す……ものか……!」

「すげえ面白い展開だなァ!!!現実でこんな事が起こるなんてよォ!ネタにしては面白ぇぞ!ハッハッハッハ!」

メイドは笑っていたのだ。この緊迫した状況を、まるで漫画等の展開だと言い始めたのだ。その言葉に怒るトルクスのパイロット。しかしメイドの技量は圧倒的で、止めるにも止

められない。

「こうなったらハッキリ言わせてもらうぜ!そんなガラクタMSでは俺は絶対止めるのは無理よ!ムリムリムリムリかたつむりなんだよォ!!」

そう言って、デスゲイズは腕部を振るった。大型機体であるデスゲイズが腕部を振るう事により、掴み切れなかったトルクスはデスゲイズの腕部を離してしまう。それと同時に有線式ビームサーベルを展開し、二機のトルクスは破壊された。その様子を見たネルソンは涙を流し、エリィに言う。

「……今も貴方の……貴方の為に二人の尊い命が消えた!何故だ!どうして貴方は……貴方はどうして自分の事ばかり考えるんだ!!!」

「……でも……私は!」

「“私は”何だ!?貴方の為を想って死んだ人間がいるんだぞ!それだけ貴方は信頼されているし、好かれている!貴方がセイントバードの艦長として今まで活躍してきたことによって……艦の多くの人間が貴方を慕っているんだ!だから死なれたくない、死なないで欲しいと願っているんだ!何故!?どうして!?貴方はそんな人間の事を考えずに死のうとするんだ!何故……何故だ……どうしてなんだ……」

「う……うう……」

エリィも涙を流した。ネルソンは更にエリィに対して言葉を言い続ける。

「貴方は身勝手だ……貴方に死なれて困る人間がいると言うのに、それでも死のうとするんだ……貴方は最低だ……何故死のうとする!?ただ艦の責任者だから……そんな理由で死ぬなど……どうかしているぞ!」

「でも……私は……義務として……」

「義務など無い!」

両者が涙を流している間、セイントバードはもうすぐウイングイーグルに衝突しようとしていた。それを見たメイドは笑みを浮かべ、ネルソンのハルッグに対して有線式ビームサーベルを展開しようとした。

だがそれを別の機体が邪魔をした。他のトルクスである。それらがデスゲイズを止めている、その間にもネルソンは必死にエリィを説得しているのだ。

「そうだ……貴方は私の気持ちも考えずに勝手に死のうとする……最低な女性だ!そんな事が、許せる筈がないだろう……!」

「えっ……?」

ネルソンは、〝私の気持ち〟と言った。それが何を意味するのか……エリィははっきりと分かったのだ。

「私は……ずっと……ずっと……貴方の事が……

貴方の事が好きだったんだ!なのに何故!?何故私の気持ちに応えないまま死のうとする!?艦長…… いや、エリィ!!!

「!?」

精一杯の告白だった。ネルソンは今までエリィに対して抱いてきた精一杯の思いを今、伝えたのだ。

そして、彼の今の言葉がエリィを大きく動かした。動揺するエリィ。それに対し、ネルソンはハルッグの右腕部を動かし始めた。

「後ろに下がれ!」

「え……あ……はい……!」

言われるまま、エリィは後ろに下がる。その時、ハルッグはセイントバードのブリッジを破壊した。壁は完全に剝き出しになり、ハルッグのコクピット内のモニターからでもエリィの姿が確認出来る程だった。そして、ハルッグは右手を指し伸ばした。手はエリィの目の前にまで伸び、ネルソンは言う。

「早く……乗れ!」

「でも……!」

「いい加減にしろ!皆の……いや、私の気持ちを踏みにじる気かッ!!!」

その直後、天井から炎を纏った破片がエリィの頭上に落ちてきた。それに気付いた彼女は急いでハルッグの手に乗り移った。急いでハルッグは腕を引き、ブリッジを後にする。

その直後に、ブリッジは大爆発を起こした。ブリッジだけで無い。セイントバードそのものが最早原形を留めていない程に炎で燃え盛っていたのだ。

 

やがてセイントバードはウイングイーグルに衝突した。エリィは間一髪救出されたのである。しかしその一方で、ウイングイーグルの中にいるダリア・ローゼントはこの衝突に巻き込まれた……

「敵ヒエラクス級、接近……」

「……」

セイントバードと、ウイングイーグルこの巨艦二隻が衝突し、周囲は大爆発を起こした。やがてこの巨大な鳥達は海へ沈み、消えて行った。本来ならば運命を共にする筈のエリィは助かり、一方で運命を共にしたダリアはそのまま消えて行った。彼女を慕うクルー達と共に。

 セイントバードが見せた最後の勇姿。敵を巻き込んでの特攻。戦後、エリィ達を支えたこの戦艦は海の藻屑となった。多くのクルー達の、思い出を乗せて……

 

 

 

エリィは現在ハルッグの右手部マニピュレーターの中にいる。だがここにいては危険だと判断したネルソンは右腕部をコクピットに近付け、すぐにエリィをコクピット内に収納した。無事に彼女を救い出す事が出来たネルソンは静かに笑みを浮かべ、それに対してエリィも笑みを浮かべた。

「ありがとう……ございます……」

「……良かった。貴方が生きていて。私の気持ちには後で答えてくれ。今はこの場から去る。」

「……はい……」

ネルソンはハルッグをその場から離れる為に稼働し始めた……その時。メイドのデスゲイズが彼を追って来たのだ。

「往生させてやんよォォォ!えぇ、オイ!!!」

「チッ!奴か……!」

セイントバードを沈めた元凶であるメイドがネルソンを襲う。エネルギーが切れているハルッグでは太刀打ちなど出来る筈がなく、逃げることしか出来なかった。その為、急いでMAに変形しようとするハルッグ。だがその時だった。

「ハハ~!」

有線式ビームサーベルがハルッグの右脚部を切り裂いたのだ。この衝撃で機体は揺れ、ネルソンは頭を強く打った。

強敵相手に、彼はこのまま逃げる為に行動するかと思われたが、違った。セイントバードを破壊した元凶を目の前にして、ネルソンに怒りが込み上げてきたのである。

「邪魔を……するなぁぁぁぁぁ!!!」

この瞬間、反撃と言わんばかりにハルッグはデスゲイズの腹部を左脚部で思い切り蹴った。

「チッ!非リア充はお呼びでないってか!まーいいや!飽きたし!撤退するかー。」

彼の発言にあるように、メイドはハルッグに攻撃を加える事を諦める事にしたのである。そして、地獄の使者はこの戦闘宙域から姿を消した。その理由は、〝飽きたから〟という、あまりに自分勝手な理由だった。

散々暴れるだけ暴れ、多くの犠牲者を出した挙句に退散するという残虐さを見せつけたメイド。この場にいた全員が、あの機体は何故ここに現れたのかと疑問に思っていた。

 

 

 

戦闘は収束へと向かっていた。アレンとエファンは交戦し続けているが、その一方でレイは遂に本部に辿り着いたのだ。

そこで、本部の中でバスタービームライフルを構える。それはつまり、新生連邦政府の敗北を意味していた。それを確認した総司令、レヴィー・ダイルは俯きながら全軍に撤退命令を下す。

「全軍、撤退を。我々の、敗北です……」

総司令の宣言により、残されていた新生連邦の全軍が太平洋へ向かって行った。追撃を試みる者もいたが、それを制止する者もいた。

多くの艦やMS、そしてMAがその場から去っていく。その中にはエファン・ドゥーリアの姿も見られた。

「本部の陥落か。ある意味歴史の立会人になれたのかも知れんな。命令とあれば従おう。」

アレンにそう言って彼はその場から去っていく。だが本部の陥落という由々しき事態に対し、どこか、他人事のような印象を抱いているエファン。

やがて新生連邦軍は本部施設を破棄した。この瞬間、彼らが残された居場所は月基地のみとなった。つまり地球上は全ての国が国連の領土となったのである。

多くの犠牲者が出た今回の戦争。だが、結果的に国連は勝利を収める事が出来たのだ。

 

 

 

国連による新生連邦本部攻略戦はこうして幕を閉じた。セイントバードチームのクルーは皆、ロサンゼルス沖の小島に避難していた。というのも、ミシェの運転している輸送機がその小島が安全な場所だと判断した為である。既に太陽は姿を消し、空は満面の星空で満たされていた。

やがてツヴァイがその小島を見つけ、着陸した。コクピットからはレイが出てきて、セイントバードの皆と会った。

「レイ!」

リルムはレイに駆け寄った。無事が確認出来、喜びを感じている様子だ。

「レイ!無事で良かった……」

「れい!ぶじか?さすがだれい!」

「レイ君……」

エレン、メナン、ウィリアがレイの帰還を祝福した。他にも、ガーストやプレーンもレイを祝福している。

「お疲れ様、頑張ったな、レイ。」

「流石ネ、レイ!」

誰もが笑顔だった。セイントバードが無くなってしまったのは悲しい事だが、それでも、皆は生きられている喜びを実感していた。

「ただいま……」

レイは静かに口を開けた。最初は彼は笑顔だった。が、ふと、ここでエリィがここにいない事に気付く。エリィだけで無い。他の人間の姿も見当たらないのだ。

「……あれ、エリィさんは……?あと、ネルソンさんもいない……あと、スバキは?それに……あの子の姿も……」

「スバキはシュネルギアが回収したってさっきアレンから聞いた。けど……」

「……まさか……」

レイは心配になった。まさかエリィはセイントバードの爆発に巻き込まれてしまったのか……信じたくなかった。エリィが死んでしまう事等、彼には考えられなかった為である。

「まだ、帰ってきてないね。」

リルムがそう言った後、ウィリアは俯きながら言う。

「エリィとネルソンは分からない……けど……あの子……ミルフは……」

「まさか……戦闘に巻き込まれたんですか……」

「ええ……」

レイはミルフが死んだ事を悟った。悲しい事実がレイを襲う。

「それじゃあ……まさかあの二人も……?」

返ってこない両者。一体どこへ……?まさか死んだのか……レイは不安で一杯だった。

守る為に戦っているのに、もしこれで死んでいたら自分が今までしてきた事が無駄になる。それだけは避けたかった。ただでさえ、ミルフ・ブラマンジュという少女が死んだと言うのに、これ以上悲しい思いをしたくない……レイは思った。

 

ピキィィィ

 

その時、レイの頭の中で電流が流れた。それと同時に彼は少し笑みを浮かべた。

「エリィさんだ!エリィさんが!」

その声と同時に、皆空を見た。するとそこには左腕部を無くし、右脚部も無くなっているハルッグHMCの姿があった。しかし、ハルッグが居る。それは、ネルソンも生きていると言う意味だった。

「ネルソンさんもいます!無事だったんだ……二人とも!」

やがてハルッグは陸地に降り立った。それと同時にコクピットが開かれ、ネルソンとエリィの姿が現れる。この時、二人は手を繋いでいた。お互いに笑みを浮かべ、そのまま皆の方向へ歩いていく。

「艦長!大尉!」

整備士達とスラッグとインクは彼等の方向へ走った。無事だった二人の姿を見て皆が歓喜している。

「良かった……死んでない……!幽霊じゃない!!!」

インクはエリィの手を握った。涙を流しながらエリィと対面した。

「……ただいま……」

静かに笑みを浮かべるエリィ。その笑顔はスラッグ達を安心させた。

「良かったッス……俺……本気で……うぅっ……」

「スラッグが泣くなんて……相当な事だよ……うぅっ……」

スラッグとインクは涙を流した。エリィが生きていた……それが何よりの喜びだった。

その時、インクはエリィがネルソンと手を繋いでいる姿を目撃した。その瞬間、彼女の涙は止まる。

「あ……え!?も、もしかして!?」

「……フフ……バレちゃったね、大尉……じゃなくて、「ネルソン」。」

「そりゃあ……我々は手を繋いでるからな。エリィ。」

既にお互いの呼び名が名前に変わっている事に気付いたインクとスラッグは驚きを隠せない様子だった。それと同時に、周りに居た整備士達は残念そうな表情を浮かべていた。

「そんなぁ!大尉、酷い!」

「俺だって艦長への思いは大尉に負けないぐらいだったんスよ!?」

「みんなのアイドルを奪うなんて!酷すぎますよ!」

「大尉、やることえぐい……」

皆はネルソンに対して不満を言っていた。しかしそんな彼等を見てネルソンは笑った。

「まあ、こうなるとは思ったよ。エリィは人気だからな。」

「なんか……照れちゃうな。私〝ネルソン〟なんて今まで……呼んだ事、なかったから……」

「何、少しでも慣れて行けばいいさ……お、レイ。」

笑う二人の前に、レイの姿があった。レイは最初俯いていたが、やがて顔を上げ、笑顔になった。

「あ、あの!おめでとうございます……エリィさん、ネルソンさん!」

レイは二人が結ばれた事を祝福した。それを祝ったのはレイだけでない。リルムやエレン、ウィリア等、多くの人間が彼等を祝福したのだ。

「おめでとうございます!」

リルムが言った。

「お……おめでとうございます!」

エレンが言った。

「なんかしらんけどめでたいな!べっぴんねーちゃん!」

メナンが言った。

「エリィさんおめでとうございます!」

ガーストが言った。

「めでたいネ!」

プレーンが言った。

「フフ……仲が良いのね、二人共……」

ウィリアが言った。

このように、皆、まるで自分の事のように嬉しそうにこの二人を祝福した。セイントバードチームの中心となってきた両者。何度も敵に襲われたりする中で、懸命に指揮をし、クルー達を守って来た中心人物。その両者が結ばれるという、喜び。

「や、やだ……結婚した訳じゃないのに……」

皆の過剰とも言える盛大な祝い方に、エリィは照れていた。ネルソンも内心は照れていたが、あえて平静を装った。

そのような、ムードのセイントバードチームだが、その中で一人の男が煙草を吸いながら姿を現した。ミシェ・ジンバルドである。

「やったなネルソン。あの時……セイントバードが沈みそうになった時に告ったんだろ。男らしいじゃねえか。」

そう言ってフッと、煙草の煙を吐いた。

「知っていたんですか?ミシェさん……」

「ああ。お前の考えは大体分かる。ずっと好きだったんだろ。エリィの事が。」

そのような話を堂々と皆の前でするものだから、ネルソンとエリィは顔を赤めていた。皆の中には笑うものもいれば、怒る者もいた。だがそれは本気の怒りと言うわけでなく、建前上の怒りと言える。 

和やかなセイントバードチームの光景……それは戦闘の傷跡を気にさせないものだった。犠牲者は多く居た。それらに関しては皆悲しんでいる。だが、悲しい一方で、死ぬ筈だったエリィが生きていたなど、喜ばしい出来事があるのも事実である。

エリィとネルソンが付き合う事になった事実で皆が喜ぶ中、ウィリアはミシェの近くに行き、話し掛ける。

「良かったわね、長い間一緒にいた中で、ようやく結ばれたって感じかな。」

「まあな。まあ、実際にはネルソンが片思いってのもあったんだろうが……まあ元々あいつらはお互い恋人を戦争で亡くしている者同士だったからな。仲良く喋る事はあっても付き合う事は難しいだろうさ。こうして、お互いが付き合えているというのは、過去の悲しい出来事を自分の手で断ち切ったって意味でもある。それは成長してるって意味なんだよな。つまり、人間はいくつになっても成長が出来るってことなんだよ。身体の成長じゃなくて、心の成長な。」

「へぇ……語るのね。」

「ま……色々とあるんだよ。俺にも。……しかし、あいつらも結ばれたんだ。恐らく結婚を前提に付き合うだろうな。」

ミシェは再び煙草を吸い、そっと吐く。白い煙は夜空へと消えていく。

「さて……俺も独り身は飽きた。そろそろ相手を探し始めるか。」

「あら、それは昔の自分を捨てるって事?」

ウィリアが言った言葉に対し、ミシェは静かに呟く。

「まあ……そうであり、あいつを見て単純に独り身が正直寂しくなっただけだ。」

「ウフフ……」

ネルソンとエリィが付き合えた事を、心から祝福するミシェ。いつもは笑顔を余り見せないミシェも、二人の嬉しそうな表情を見て自然に笑顔になっていた。

 だが、この時ウィリアは内心で物悲し気な表情を浮かべていたのだった。

(ミルフ……)

側に居ると決めた筈の少女が、戦闘の光に包まれてしまった。それは彼女にとって大きな傷となったのである。精神的に追い詰められていたミルフは生きる事を放棄してしまった。彼女の守るべき存在は、完全に消えてしまったのであった。

 祝福されるべき事と、そうでない事が起きた状況。彼女の側でミシェは、安寧の表情を浮かべながら再び煙草を吸い、その煙は静かに空へ消えて行った。

 




第八十話、投了。
長かった戦争も今回で終わり。国連が勝利を収める形となりました。
そして、ネルソンはエリィへ想いを伝える事が出来ました。


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第八十一話 メイド・ヘヴン

今回は番外編。先の戦いの後の、戦闘狂の話。


 新生連邦が国連に敗北した直後の事。敗北した新生連邦の艦隊は太平洋へ逃亡。大部隊が太平洋を通過し、やがてハワイ諸島周辺まで辿り着いた時に事件は起こる。

〝飽きた〟という理由で新生連邦と国連の戦争の介入を止めたメイドは現在の新生連邦と同様に、太平洋を横断していた。が、機体の損傷は彼が思っている以上に激しく、思うようにデスゲイズは動いてくれなかったのだ。

「オイマジかよ!ざっけんじゃねーよ!こんなことでガタガタするようなこいつじゃねーだろうがよ!クソッ、動け、このポンコツが!動けってんだよ!」

デスゲイズのコクピット内で苛立つメイド。その時、彼はぽつんと浮かぶ小島を目撃する。まるで自分の為に用意されていたかのように存在するその小島を見て、彼は歓喜した。

「おほー、とりまあそこで凌ぐしかねぇか」

思うように動かないデスゲイズを少し休ませる為、彼は小島に降り立った。

しかしその後方でその様子を見ていた者がいた。新生連邦の艦隊の中の一部隊である。

「黒いMSは小島へ降り立った模様。これより追跡を開始します。」

「了解、用心しろ。」

マドラ級艦内で行われていたそのやり取り。彼等はデスゲイズを狙っていると思われるが、詳細は謎に包まれている。

その後三機のMSがマドラ級から出撃した。ディーストである。いずれもステルス迷彩を搭載しており、以前にアステル家を襲撃したものと同様の武装をしていた。

小島までの距離はここから近く、普段は飛行能力を持たないディーストでも着地する事が可能な距離だった為に、あえてSFSであるエンパワーは使用されなかった。ディーストはそのバーニアを駆使し、デスゲイズを追うのだ。

 

 

 

小島に降り立ったメイド。デスゲイズを浜辺に着陸させ、うんと欠伸をした後、砂浜で寝転がった。頭の後ろで手を組み、足を交差させ、そしてそこから空を見る。

夜空は星空に覆われており、爛々と輝きを放っている。それは人間の作った芸術とは異なる、自然が作り出した美しさであった。また、浜辺と言う事で、波を打つ音も彼にとって癒しとなっていた。メイドは波の音を聞き、その光景を見ながら独り言を呟き始める。

「こーしてぼんやり空見るのも中々オツでござ候……」

やがてメイドは静かに目を瞑る。暴れて疲れたのか、彼はここで眠る事にしたのだ。

夜空の元で一人、眠るメイド。彼が眠りについている最中、寝言で次の言葉を呟いた。

「……兄者……」

狂人のように暴れ狂うメイドから出た、〝兄〟という言葉。その言葉を吐く時、彼は静かに呟いた。何故ここで〝兄〟という言葉が出たのか……それは、彼の中に秘められている寂しさから来ているのかも知れない。

 

                 バンッ

 

だが、彼は長い間眠りに就くことは出来なかった。というのも、突如サーチライトの光が彼を照らしたからである。苛立った様子でメイドは目を覚まし、辺りを見回した。

「もう朝か?……早くね?」

すると、彼の眼前に二人の男が現れた。男は皆新生連邦兵で、いずれもが機関銃を持っており、それに気付いたメイドは手を上げる。

「武器を捨ててから手を上げてもらおうか!撃っても無駄だぞ!残りの一人はMSに乗っていてお前を直接殺す事が出来る!」

その時、二人の兵士の内の一人は手を上げた。直後にメイドの後方へ頭部機関砲が発射された。メイドに対する威嚇射撃である。この時、メイドはこの男達がやろうとしている事が嘘ではない事を悟った。

「糞連邦は俺を休ませてすらくれねーのな。疲れてんだよこっちはよぉー頼むよー。」

そう言いながらメイドは所持していた武器を全て出した。その後で一人の男がボディチェックを行う。メイドは下着を含む服を全て脱がされ、武器を隠し持っていないかを徹底的にチェックされた。

「勘弁してくれよ~。俺は実はノンケなんだよ~。そっちの気はネタでしか興味無いんだよ~。しかも寒いし最悪だよ~。つーか俺BLの受けキャラじゃねーんだよ~。攻めキャラとかもどうでもいいけどよ~。仮に相手が女だとしても俺裸にされるの気持ち悪ィんだよ~。つーかこれ絶対需要ねーだろ。需要と供給ちゃんと考えろやボケ!!この絵的に誰得だ?」

「黙れ!いちいちうるさい奴!殺されたいか!?」

「うっせぇなぁ。てめぇこそいっぺん、死んでみる?ハハハー!」

大笑いしながらメイドが言った後、彼はボディチェックを行う男に顔面を殴られた。仕返しをしようとするメイドだが、もう一人の男は機関銃を持っている為、抵抗が出来なかった。

「腐ってる癖に糞連邦の軍人は冗談が通じねぇから困るんだよな。ホントによォ」

表情を引きつらせ、ぐっと拳を握る。苛立ちが治まらない様子のメイドだったが、じっと我慢していた。

「持っている武器は以上のようだな……よし、連行する。抵抗すれば命は無いと思え。」

「へぇ。」

やるせ無い返事をするメイドに、兵士は怒る。

「この状況を分かっていないのかお前!」

「うっせーんだよ。抵抗してねーんだからさっさと連れてけやアホ。」

メイドの態度に怒る兵士。殴る構えを見せるが、もう一人の兵士がそれを止めた。

「もう殴るのは止めておけ。正直お前なんざすぐにでも殺したい所だが、お前には聞く事が山程あるからな。」

「何を聞くかは知らねえが、俺は気分屋なんだよな。」

「ほざいてろ。嫌でも喋らせてやる……」

これから何をされるか分からないと言うのに、メイドは余裕の表情を浮かべていた。まるでこれから行われる事を楽しむように、気楽だったのだ。兵士はこの男が何故ここまで笑っていられるのかが奇妙で仕方がなかった。それでも警戒しながらメイドを連行していく。

その後、メイドの身柄は新生連邦のホノルル基地に移された。デスゲイズは新生連邦に鹵獲される形となった。マスドライバー破壊の命令を受けているメイドに危機が迫る。

 

新生連邦は国連に敗北し、大艦隊を率いて太平洋横断を行っていた。その最中に戦場を混乱させた元凶であるデスゲイズを発見し、新生連邦はパイロットであるメイドごと身柄を拘束。やがてホノルル基地へと移送される。

その連絡を聞いた総司令のレヴィー・ダイルは、彼が乗っているアームズクロウをホノルル基地へ向かわせた。それに続くように、何故かエファン・ドゥーリア率いるドゥーリア隊もホノルルへ向かう。その他の部隊はフィリピンへ向かっていた。

フィリピンの地下深くには新生連邦軍のマスドライバー施設が存在しており、この大部隊は宇宙へ上がろうとしていたのであった。本部が制圧された今、各地に備え付けられているマスドライバー施設を使わなければ宇宙へ上がれなくなった彼等。新生連邦の敗北は、彼等に厳しい現実を見せていた。

 

 

 

やがて朝になった。メイドは一睡もしないまま監視され続け、やがてホノルル基地内でようやく服を与えられた。その服は彼が元々着用していた服であった。だが彼は現在まで厳重に見張られており、彼は身動き一つとる事が出来ない状態だった為、ストレスが溜まっていた。その上手錠をされている上、裸で過ごした為、彼は身体を震わせていた。

服は兵士が着せた。彼は手錠を付けている状態で過ごさなければならなかったのだ。それ程にメイドは徹底的に監視されているのだ。これも彼が国連と新生連邦の戦いで無駄に暴れ回った当然の結果とも言えた。

「あれか?赤ちゃんプレイってやつか?けど相手がこんな男じゃあなあ……せめててめぇら的には女だったらまだ価値はあったんじゃね?いやいや俺が女はないわー勘弁やでぇしかし」

「減らず口が……いい加減にしろよこの野郎が!!」

付き添いの兵士は遂に怒った。手錠をされて身動きの取れないメイドを、思い切り殴るのだ。

「あー、痛ってぇ!何すんでい!」

殴られた事に対し、メイドは兵士を蹴った。その瞬間、彼は捉えられ、最終的には足にまで錠がかけられることになった。こうなってはメイドは身動きの一つ取る事も出来ない。  

その為、メイドは椅子に乗せられた。ただの椅子ではない。下手な事をすれば電流が流れる仕掛けのある車椅子である。歩行の出来ないメイドは仕方なしにそれに座り、舌打ちをして兵士を睨んだ。

「あまり調子に乗ると電流が流れるぞ。」

「へー、徹底してるね~。」

「当たり前だ。お前のような奴を野放しにしては危険だからな……さて、お前には山程聞きたい事がある。」

そう言われた後で、メイドは椅子を押されながらとある部屋へ連れて行かれた。この時、彼は大きく欠伸をした。その様子から、これから自分が何をされるのかまるで分かっていないようだった。

 

 

 

それからメイドは薄汚い部屋へ連れて行かれる。そこに着くなり、彼はすぐにその部屋に遭った小さな椅子に座らされた。彼が座った時、突如壁からロープが出現し、メイドの腹部を覆った。これにより、彼は立ち上がる事すら許されなくなった。

手錠をされ、身動きを取る事の出来ないメイド。だがそんな状況に陥っても、この男は余裕の笑みを浮かべていた。メイドの周辺には六人の兵士が立っており、万が一この男が何かをしようとしても止める事が出来る状態になっていた。

それから部屋に一人の男が現れる。男の名前はディブナー・ローゼスと言った。冷酷な性格の持ち主であるこの男は今まで数多くの捕虜を拷問し、果ては死に追いやった危険な男であった。強面と呼べる顔つきをしており、そのインパクトは拷問される人間を恐怖に陥れる。

「ここまで徹底的にされるなんて、お前は相当な人間なんだな。俺はディブナー・ローゼス。ま、気楽に話を聞きな。ちなみにお前のEフォンは俺が持っている。さっきお前を連行していた兵士から渡された。」

不気味な程低い声で話すディブナーという男。だがメイドはその顔を見て、笑いながら言った。

「随分汚ねー面してやがるぜこいつ!こんな奴が俺を拷問する男な訳?最悪じゃねーか。絶対需要ねえわ……つーか俺、そんなキャラじゃねーし。つーかEフォン返せよ。」

「うるせえ。おい、こいつ黙らせろ。」

ディブナーは一人の兵士を睨み、その兵士にメイドの顔面を殴らせた。

 

ドゴッ

 

鈍い音が、部屋に響く。メイドは殴った兵士を睨むが、身動きが取れない為に抵抗が出来ない。

「よくそんな口が利けるな。お前の親の顔が見てえよ。」

メイドはそれを聞き、顔をしかめた。

「親だぁ?お前、親がロクな奴だと思うか?ゴミも良いとこだぜ、親ってのは!!!」

彼の過去に関係する話だ。だがその事情等知らないディブナーは、苛立ちを見せるばかりだ。

「何を言ってやがるんだこいつ?おい、ちょっとこいつおかしいんじゃねーのか?」

「てめぇがな!このアホ面顔面イカれ野郎ォ!ぶつぶつニキビのロクデナシフェイス!どう見ても突然現れた救世主に対して〝ひでぶ!〟とか〝あべし!〟〝うわらば!〟とか言いそうな顔してる悪人面!!!カスだ!カス以下だ!カス以下の以下だ!!」

ここまで馬鹿にされ、ディブナーはメイドの前に立ち、思い切り殴った。しかしメイドは口を減らす様子は無い。

「暴力か?暴力か?暴力はいいぞ~?ってか!?あァん、コラ?」

メイドの言葉に対し、怒ったディブナーは兵士に命令を下した。この時、メイドは自らの身に何が起こるのか分かっていない。

「……ちょっとこいつ黙らせろ。レバーを引け。ただし、息の根は止めるなよ。」

「ハッ……!」

言われるままに兵士は一つのレバーをゆっくりと引く。引いている最中、メイドは相変わらず笑ったまま喋り続けている。

「今から何かされるかと思うとなんかヌルヌルしてきた……あっ、間違えたドキドキしてきた……」

メイドが喋っていたその時、突如彼の座る椅子に強烈な電気が流れ始めたのである。

 

バヂィィィ

 

「ぽぽぽぽ……ポピー!?」

電流がメイドを襲う。身動きが取れない為、逃げるにも逃げられない。しかもディブナーはこれを止めさせる様子が無かった。

それが十五秒程続いた。やがて電流は止められ、メイドはさすがに喋らなくなった。ふるふると震え、口からは痛みを訴えている。ディブナーはメイドの顔を間近で見て笑みを浮かべた。

「ざまあみろ。何も出来ない癖に偉そうに口だけ抜かしやがって。しかしよく生きてたな。あんな電流食らって……」

「ゲホ……イラ……つくなこいつ……」

「その減らず口は一生治らねえみたいだな?」

再びディブナーは眉を顰める。その時、メイドはディブナーに言った。

「お前さ……俺に聞く事あるんじゃねーの……?」

「ああ……そうだったな。お前の糞食らえで生意気な口に対して俺の言う事を聞かせてやる必要があったから、少し面倒なことをしてしまった。」

それからディブナーは再び側にあった椅子に座り、メイドに質問した。

「お前……何者だ?」

「……ジャンヌ……アステル……。」

「名前答えろよ。なんでその名前を出すんだよ。」

「ちっ、うっせーな。……メイド・ヘヴン。」

電流を流されるのが苦痛に感じていたメイドは、ようやくまともな答えを返し始めた。しかし、それでも僅かだが、新生連邦に対して反抗している。

「メイド……どこかで聞いた事があるぞ?まあいい。お前、所属はどこだ?なんで武力介入を行う必要がある?」

「……無所属。理由は……ひつまぶし……あ……ちゃうわ……暇潰し。」

「真面目に答えろよ。また苦しみたいか?」

ディブナーは兵士にレバーを引く準備をするように命じた。その方向を睨むメイド。そして舌打ちを行い、再びディブナーの強面を見る。

「言っとくけどな……。ひつまぶしとジャンヌ・アステル以外は……実は真面目に答えてんだよ……!どこにも所属も何もしてねーし……暇潰しでさっきの戦争に加わったワケよ!」

電流を浴びせられた為か、言葉がかすむ。だが彼の言葉は明らかに不純そのものだ。

 

                  バァン

 

メイドがそう言った時、ディブナーは机を叩きつけた。〝暇潰し〟という理由で武力介入を行ったこの男が許せなかったのである。

「舐めてんのかてめぇ!暇潰しだと!?遊びで戦争やってるのか!何を考えてるんだお前はぁ!!大体無所属って……ホラ吹きやがって!てめえ何を考えてやがる!?」

ディブナーは怒りにまかせて再び殴ろうとする。しかし、メイドは笑いながらディブナーに言った。

「ハン……お前……顔面グロい割には……戦争を遊びとして捉えてる俺の考えを嫌うんだな……。意外と軍人としてはまともか~……?んなもんどうでもいいんだよ……。」

メイドは一度息を吸い、そして、再び声を出す。

「俺は戦争を遊びとしてんの。それだけ。お前なんかに偉そうに抜かされたくねーんだよボケがぁ!!!説教垂れてんじゃねーぞアホ!!!それにな!無所属っつったら無所属なんだよ!!!」

先程までの掠れ声はどこへ言ったのか。まるで身体が回復したかの如く、メイドは声を荒げた。

だがメイドがディブナーにそう言った直後、怒りを覚えたディブナーは再び電流を流された。メイドが反抗を続ける為、苛立っていたディブナーが兵士に命令させたのだ。

「んほぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!しゅ、しゅごいぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!しゅ、しゅごいのおおおおおおおおおおおおおお!!!で、で、でんきでいぐぅぅぅぅぅぅぅ!!!いぐのおォォォォ!!!」

それは本気で言っているのか、わざと言っているのはは分からない。ただ、彼は奇妙な絶叫を叫び続けた。それを不快に思う者が殆どで、ディブナー自身も彼の言葉に違和感を覚えていた。

それを先程とは違い、十五秒程度行う。やがて電流を止めると、メイドは苦渋に満ちた表情で荒い息を上げた。彼は、生きていたのだ。火傷こそはしているが、彼のコンディションの高さは尋常ではないと言える。

「うぉ……ぁ……はぁ~……クソが……むかつく……」

「お前から聞きたい事を聞いたら絶対に殺してやる。覚悟しとけ。……それにしてもお前、何故そんなに不真面目に答える?ちゃんとやらないと死ぬだけだぞ?何故情報を言わない?言えば楽になるのに。」

「俺は拷問ってのが大嫌いなんだァ……吐かなきゃ痛い思いさせる……そんなん嫌いなんだよ。つーかなんで俺がこんな目に遭ってんだよって感じ……うぜぇ……」

「減らず口が!!本気で殺すぞ!!」

ディブナーは更にメイドに対して電流を流すように命じた。彼は再び電流を流される。

「んほおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

何度も電流を浴びせられ、メイドの身体は限界を迎えていた。両眼は情報を向き、鼻からは鼻水が噴出し、口元は舌をだらしなく出している。〝アクメ顔〟と呼ばれる状態になっているメイド。彼は三度に渡る電流を浴びせ続けられ、最早声すら上げられない程に体力は削られ、無言のまま苦しみ続ける。

その拷問は二分程続いた。それが終わった時、メイドは一切、動かなくなった。意識を失ってしまったのである。

「生意気ばっかり言った結果だな。今のこいつに何を聞いても無駄だ。牢屋にぶち込んどけ。」

「ハッ……」

ディブナーの命令で、兵士達はメイドの身柄を牢屋へ移すことになった。あまりに多量の電流を浴び続けた為、意識を失ったメイド。辛うじて彼は生きてはいるが、心身共に危険な状態だった。

「徹底監視するようにな。檻に電流を流して、絶対に逃げられないように。このゴミ野郎には最悪な環境をプレゼントしてやる……」

ディブナーは動かないメイドに対し、睨みつけた。これから彼は劣悪な環境とされる檻の中で過ごさなければならない。更に、仮に彼は目が覚めても手足が動かせない状態である。どう考えても脱出不可能なこの状況で、彼は絶望の時間を過ごしていかなければならないのだった――

 

 

 

やがて朝を迎えた。メイドはようやく目を覚ました。メイドは檻のある方向を向いている状態で目を覚ます。眼前には檻が見えた。更に上方を見ると、監視カメラらしきものが天井に固定されている。そしてふと顔を下に向けると手と足が錠で縛られていた。三日前のままだったのだ。それを見て舌打ちを打った後、ゴロンと、身体を180°回転させて檻と反対側を見る。

そこにあったもの。それは大量の蝿が飛び回っている和式便所と、木製で出来ており、見た目からして腐敗している様子のベッドがあった。余りに不衛生と呼べる、その劣悪な環境に放り込まれてしまったのである。あまりの臭いに彼は錠で繋がれている手首を鼻まで持ちあげ、両手を使って鼻を摘まんだ。

「腹減った~……しかもくっさ。つーかなんだこの部屋!?絶対前にここに入ってた奴小便とかうんこ流してねーだろ……しかも手錠されてるし足も動かせないっていう……どんなプレイだよこれ。俺はSMにも興味無いし、こんなもん見ても誰も喜ばないから需要が無いのに何してくれてんだよここの連中。しかし臭い。臭過ぎる。こんな部屋の床で気ぃ失ってたんか俺?身体絶対臭いな。」

ぶつぶつと呟くメイド。

「うるさいぞ、貴様!!」

その時、彼は何者かに怒鳴られた。苛立ちながらその方向を見ると、そこには新生連邦の兵士が機関銃を構えて彼を見下している。

「うるせえな。やっと目が覚めたか。ったく、こんな臭い部屋に交代でお前みたいな屑を見なきゃならないなんてやってられないな……」

兵士がそう言って舌打ちした時、メイドは反発する。

「だったら掃除しとけやアホ!俺も臭ぇんだよボケナス!絶対うんこ小便流してないだろ!おかげで蝿は湧いてるしゴキブリも俺の目の前にいるし!しかも今俺の耳元飛んだぞゴキブリ!気持ち悪ぃんだよ!ファッキュー!ブチ殺すぞ!」

「あれだけ電流を浴びても減らず口だなお前!……俺は三日前のお前の話を聞いていた人間だ。お前、暇潰しで戦場に介入だと……ふざけるのも大概にしろよ……俺のダチがお前に殺されているんだよ!」

怒る兵士。だがメイドはそれを聞いて大笑いした。

「へ~そりゃ良かったじゃねえか。俺のギネス記録の為にお前のダチが協力してくれたんだろ?だったら感謝感謝よ。ハッハッハッハ!」

 

ダダダダダダダダダダダダダ

 

怒った兵士は機関銃を発射した。しかし彼はわざとメイドに当てず、威嚇射撃を行った。しかしメイドは驚く様子を見せない。

「クソ……お前だけは許せないが……聞く事はあるからな。上の判断無しにお前を射殺は出来ない……」

「おいおい、生かさず殺さずかよ。そんな趣味無いし。まー、俺がもし女だったら需要は多少あったかもなァ!お前もハァハァ出来る!そして相手を拘束してあんなことやこんなことが出来る!!俺が女ならお前の思うまま!!!すげえじゃないかぁ!つーかそれにしても男の生かさず殺さずなんて需要がないから困る。」

「何の話をしてやがる!ふざけやがって……」

「だから俺は不真面目に生きてるんだろーが。んでこーして不真面目に質問とかに答えてビリビリ食らったんだろうが。真面目な奴はこれだから困る。頭固くて柔軟性ゼロ。頑固じじいかっての。あれ、なんか脳が委縮するから考えの柔軟性がなくなってるらしィな!」

「ちぃ……減らず口のクソが……!」

苛立つ様子を見せる兵士。彼は機関銃を床に叩きつけ、怒りをぶつけた。

「で、電流SMは次いつやるん?どんな奴に見せても需要の無いSMをよォ!!!」

兵士の怒りを煽るようにメイドが言った。兵士は檻の近くにいるメイドを殴ろうとするが、その手をすぐに引っ込めた。と言うのも、檻には電流が流れており、感電してしまうと悟った為である。

「……ちぃ……」

「檻に電流でも流れてんのか?どんだけ俺は凶暴な野獣扱いなんだよ。口はうるせーかもしれねーけど、こんな状態で脱出なんか出来る訳ねぇだろ!」

確かにメイドは抵抗を一切していない。暴言を吐き続けているだけだ。その暴言を不愉快と思う兵士が勝手に暴行を加えているだけであり、彼から見ればここまで厳重に監禁されることが理不尽に思えたのである。

しかし彼は実際戦場を暴れに暴れた。それは今回に限った事ではない。デウス軍襲撃の際にも暴れに暴れた上、デスゲイズの初陣の際にも暴れた。彼は新生連邦に打撃を与えているのだ。そのような人物を警戒しないはずがない。

だからこそ新生連邦はメイドを徹底的に警戒し、牢屋に閉じ込める時も手足に錠を付け、檻にも電流を流す上、監視も付ける。何故ここまで徹底するのか。それは、彼が戦場を暴れに暴れた為であり、新生連邦からは要注意危険人物として見られていたからである。

「お前、今回の事以外にも暴れまくっているらしいな。一体何の為にそれらを行っているんだ?」

兵士は再び機関銃をメイドに向けて構え、聞いた。するとメイドは大笑いしながら答える。

「ははは!そんな頭で大丈夫か?電流SMしてないのに喋る訳ねーだろアホ!悔しかったら早く三日前の事やる準備しろや。その時に話すかもな!んで、俺はあの世行き……と。」

何故彼は死を恐れないのだろうか。拷問にかけられるのは最早分かり切っている話。そして用済みになったメイドは確実に殺される。それを分かっていて何故恐れないのか。兵士はこの時疑問で仕方がなかった。

 

                   コンッ

 

その時、兵士とメイドの耳に足音が聞こえた。その足音は段々と大きくなり、やがて足音を出していた正体が明らかになった。そこにいたのはエファン・ドゥーリアであった。捕らわれているメイドの姿を確認する為に、わざわざホノルル基地に訪れていたのである。兵士はエファンを見るなり敬礼した。そしてエファンは口を開ける。

「どけ。私はこの男と話がしたい。」

「はっ……しかし……」

「安心しろ。逃げる様子があるなら私が殺す。丁度、殺す必要のある男だからな……」

エファンは不気味に笑う。それに対し、兵士はうろたえながら言った。

「で、ですが少佐。あの男を処刑するには上層部のまだ許可が下りていませんよ?」

「私の話が聞けないのか?」

エファンは兵士を睨んだ。この時兵士はエファンによるプレッシャーを感じていた。恐ろしいプレッシャーを感じた兵士は慌てた様子でその場から去る。兵士が去る際、メイドは一言兵士に言った。

「超弱腰じゃねーか!ヘタレ!ロクでなしがよォ!そんなんでよく軍人出来んな!」

それを聞いた兵士は舌打ちだけをして部屋から去って行った。

 

やがて部屋の中はメイドとエファンの二人だけになる。力を持つ者同士の会話が始まろうとしていた。三日前には対峙した両者。しかし今は一方が身動きが一切取れない状態である。

「三日前に戦闘に介入した男がお前か……随分滑稽な姿だな。」

「お前……ああ、なかなか強かった野郎じゃねぇか。心の中を読めるんだろ?なんでお前みたいな奴がこんな糞敗北連邦にいるんだよ。」

呼び方を、“糞連邦”から“糞敗北連邦”へと変えた、メイド。

「私にも事情はある。お前にも事情があるようにな。」

それを聞いたメイドは微笑した。

「ハハハ……お前は聞かないのか?なんで暴れ回ったのか。ま、聞いたところで言う気はねーけどな。電流SMプレイしない限りは。んで、殺すんだろ?タチ悪いよなお前ら。」

この時、エファンはメイドの心を読んだ。そして、次の一言を口にする。

「兄……か。」

「!?」

今までは愚痴を延々と語っていたメイドだが、エファンの事一言が全てを止めた。

「お前には兄がいたのか。そして兄は前のデウス動乱で死んだ。本来ならばお前はそこで死ぬ筈だった。しかし、何故か生きていた。兄がいなくなり、どうでもよくなったお前は暴れるだけ暴れるようになった。今回の件のように。成程、兄がいない故の寂しさが今のお前を動かしていた……そんな、所か。」

エファンがそのように語った後、メイドは先程とは明らかに表情が変わっていた。険しく、真剣な目つきでエファンを見る。

「てめェ、また心を読みやがったな。」

「知っていたんだろう?私が心が読めると。それをしてやったまでだ。過去の出来事を掘り起こされるのは嫌なようだな。最初に会った時は訳の分からない男だと思ったが、成程……お前も所詮は“人間”だと言うことか。」

「チッ……嫌いだぜェ。俺はそんなシリアスなキャラクターじゃねーんだよ。もっと不真面目で馬鹿なキャラクターなんだよ。それをてめえは俺をシリアスキャラにしたがる。兄者が殺されたことで俺はやけになって生きてきた事を心の中で読んで……うぜえなお前……」

「事実なのだから仕方がないだろう。それに、もうそのキャラクターとやらは止めた方が良いのではないか?馬鹿馬鹿しい。」

「んだとォ……」

メイドは眉を潜めた。と同時に檻に向けて転がり、体当たりを行う。両手、両足が動けない状態のまま……

 

バヂィィィ

 

するとメイドは電流を浴び、その強烈な刺激を受けた後に、急いで元いた場所へ転がった。

「くっそ~……やっぱり電気かよォー」

「自らの過去を糧にして生きる事は大切だ。それを思い返す事で行動に移せるのだから。ただ、お前の場合は度が過ぎているな。」

「……それの何が悪いんだよ。」

舌打ちをしてメイドは言った。

「……お前は死を恐れない。大切だった兄が死んだから、別にいつ死んでも悔いはない。そうすれば兄に会えるかも知れないから……お前はその不愉快な喋り方とは裏腹、随分可愛らしい奴だな。」

エファンは微笑した。メイドはこれに対して怒るが、電流が流れている檻がある事実を知っているので何もしなかった。

「そうやっててめえに偉そうに言われるのがムカつく。そう言うてめえが一体何者なのかがよく分からねえのが尚更ムカつく。なんだよ。お前は交代の兵士じゃねーの?なんでこのクソ臭い部屋にいるわけ?蝿がプンプン、ゴキブリカサカサ。小便とうんこの奏でるハーモニーがたまらないこの腐り切った勘弁してほしい部屋になんでお前みたいな人間がいるんだよ。後、“シロアリ”とかいそうだよな。見るからにベッド腐り切ってるし。」

苛立つメイドは淡々と言葉を述べ続ける。それに対し、エファンは答える。

「聞きたいか?答えは一つ。お前のような強力な力を持つ人間と会話がしたかったから。それだけだ。本来なら私はお前を殺している。軍の命令で生かすようにしろと言っていようが関係ない。」

エファンは咳払いをして言った。そうやって喋っている間もずっとメイドを見下している。

「じゃあなんで殺さないんだよ。てめえさっき殺すとか抜かしてたじゃねえか。」

「お前に興味があるからだ。」

エファンが放った一言を聞いて、メイドは寒気を感じた。

「……オゥノウ。だからさ、需要が無いんだよォ!BLとかホモ系?俺はそんなキャラじゃねーのよ!キモい!キモ過ぎる!それともお前が俺の童貞奪う気かよ!?勘弁してくれよ!野郎のケツで童貞喪失とか……なんだこの悪趣味男はぁ!?」

延々と口から言葉を発するメイド。男の言動に対し、エファンは溜息を吐きながら言った。

「私は同性愛とかそう言う意味で言った訳ではない。お前のような、シンギュラルタイプの力を持つ人間がこのように落ちぶれている姿が興味深いと言っているんだ。」

エファンは笑っていた。メイドは更に引きつった表情を見せる。

「さっきから俺は、災難続きだぁ。」

力を持つ人間を殺すのはエファンの目的である。メイドはシンギュラルタイプであり、彼の対象となる存在である。だがエファンはメイドを殺さない。それはメイドが興味深いからであるからであった。メイドはふざけた言葉を言うが、この男への疑問は消えなかった。

「……そうだ、お前に渡すものがある。」

その時、エファンはポケットから何かを取り出した。その取り出したものは数枚のチューインガムだった。薄い板状になっているそれは、噛むことで味が広がり、やがて味が無くなれば紙に包んで捨てると言う、市販されているものである。

「ガム……?」

「安心しろ。毒は入っていない。柚子味だ。」

するとエファンは檻の近くに会ったスイッチを突然押し始めた。奇妙な行動をとるエファンを見て、メイドは首を傾げる。

「電流を消した。これで流れない。ガムを渡した後はまたスイッチを押すがな。」

「何だか知らねーけど、ガムくれるならもらうぞ?」

メイドはそう言って口を開けた。エファンは銀色の紙包みを取り、薄い板状のガムを檻越しにメイドの口元に持って行った。その距離がメイドの前歯を越えた瞬間、まるで犬のように彼はガムを噛んだ。クチャクチャと音を出しながら柚子の味を味わう。

「うんめぇ。サンキュー」

と、言った時、メイドはにんまりと大きな笑みを浮かべたのである。

「ハハハ!そう言う事か!!!お前、また心を読んだな!」

その時、彼は不可解な台詞を述べた。メイドと同様にエファンも笑みを浮かべる。

「後は好きにするが良い。ただし……お前を殺すのは戦場で……な。」

「……謎な野郎ォだな。お前、本気で糞敗北連邦に所属する気ねーだろ。」

「……さぁな。ちなみに知っていると思うがこの部屋には監視カメラが付いている。私が何故この行動をしたのかは、自分で判断する事だ。私がお前の“心”を読んだことを分かっているのならな。」

そう言ってエファンはその場を去った。この場を去る際、彼はスイッチを押し、檻に電流を流した。ガムを貰ってからのメイドの喜び具合は異常に見えた。何故ガムを得られた事でこれ程に喜ぶ必要があるのか。

三日間食事を食べていないメイドからすればガムの味も嬉しいのであろうが、それにしても異常である。エファンもまるでガムを与えることで彼が喜ぶのを知っていたかのような素振りを見せていた。

この時、メイドは監視カメラをチラと見る。それを見て、笑みを浮かべた。

(成程なァ……)

この一連の動作が意味するもの。それは何なのであろうか。そして、エファンは去り際に静かに笑みを浮かべていた。

(奴を生かしておけば色々と都合が良いからな。少しでも、余計な戦力を減らす為にもな。)

明らかにエファンはメイドの意図を読んでいる。それ故の、行動なのだろうか。

 

その後、メイドはエファンに貰ったガムを噛み続けた。三日振りの食事にしては物足りないが、それでも今の彼はこのガムが食べられる事自体が喜ばしいと言えた。

だが彼の場合、ガムを食べられる事だけが嬉しいのではない。ただガムを貰っただけで先程の様な喜び方をするのは異常に見えたからだ。

やがて二分程度が経過し、ある程度ガムを味わったメイドは、突然繋がれた両手首を自身の前髪付近まで持って行き、髪に触れた。その際、何やら小さなチップのようなものを掴んだ。

次に、再び両手首を口元に持って行き、舌を出す。この時、噛まれていたガムが姿を現す。そのガムに、先程髪から取った小さなチップを付着させる。この一連の動作が終わった後、メイドは口内にあるガムを思い切り噛んだ。

 

ガリッ

 

その際、チップが砕けた音と共に壊れる。

そのまま、メイドはガムをフッと檻に向けて吐き出した。ガムは檻に付着した。それを見たメイドは檻から離れるように身体をぐるりと回転させた。この時、メイドは不気味な笑みを浮かべていた。やがてその状態が二十秒程続いた時――

 

ドォン

 

突如、檻が爆発を起こしたのだ。それも大きな規模の爆発が。檻は粉々に砕かれ、人、一人が通れる穴が出来あがった。

「ヘヘヘ……威力あるじゃねえかコレ。」

メイドは実は爆弾を隠し持っていた。それも超小型のものを。彼は前髪に隠していたチップ型の爆弾をガムと結合させることで、爆発させたい標的を確実に破壊する為の粘着物質を作り上げた。

やがてそれを噛み砕く事で爆弾が発動し、爆弾付きのガムを吐き出して檻に引っ付けることで確実に檻を爆発させる事が出来た。持ち物チェックをされた時、髪の毛を触れられなかったのは彼にとって救いだった。

小型のチップ型の爆弾は威力が大きく、檻程度のものならば破壊する事等容易い。こうした事態の為に、メイドはこのような爆弾を隠し持っていたのである。

しかし今回、確実に爆弾を発動させるにはエファンの協力が必要だった。というのも、ガムのような粘着物質が彼には必要だった為である。一度全裸にされた彼は所持品を没収され、その上手足を錠で縛られているのでガムを噛む事等不可能な状態だったのだ。メイドの心を読み、ガムが必要だと知ったエファンはわざと所持していたガムをメイドに食べさせたのである。

だが、粘着物必要ということを知っていてガムを与えたと言う事は、それは彼を助けることを意味する。もし本当に助けるのならばそのような回りくどい方法をしない。檻を開け、直接手足の錠を外してやればそれで終わりだ。

だが、エファンはあえてメイドにガムを与えた。それには理由がある。監視カメラである。監視カメラはこの部屋の様子を映し出しており、エファンが露骨に助け出している映像が見つかれば、彼は軍を追われる身となる。それを防ぐためにエファンはメイドの心を読み、彼が脱出に必要なものであるガムを渡したのである。そうすれば監視カメラにはガムを渡すエファンの姿しか映らず、脱出の手引をしたという証拠にはならない。メイドはこの事を理解した上でガムを貰っていたのである。

しかし、何故このようなことまでしてエファンはメイドを助けたがるのか。それに関しては不明確である。

 

 

兵士は急いで部屋に入り、機関銃を構える。だが煙が激しい為に前方が見えない。慌てる兵士。その時、彼は何かに衝突し、倒れた。突然の出来事に戸惑う兵士。その、兵士の眼前には、牢屋に閉じ込められている筈のメイドの姿があった。仰臥位姿勢の兵士の上に、手足を錠で繋がれているメイドがいる。メイドは兵士を見下した様子で口を開いた。

「よぉ。」

「お、お前……!?」

「ちょっと気ぃ失ってろや」

 

ドゴッ

 

すると繋がれた両手を使い、兵士の顔面を何度も殴打した。身動きの取れない兵士は無抵抗のまま、血を吐き出して気絶する。兵士が気絶したのを確認したメイドは繋がれた両手を上手に動かして、錠の鍵を探した。

「お、あったあった!」

鍵を見つけたメイドはすぐに鍵を口に咥え、その状態で両手首にある錠の鍵穴を弄った。

ガキンと音がしたと同時に、手錠はあっさりと外れた。手が自由になれば、後は足を自由にするだけ。残りの鍵を使って足首を繋いでいる錠の鍵穴を弄り、やがて足首の錠は外れた。これにより、彼は完全に自由の身となる。

「さて……ここから俺のターンだなァ……」

身動きが取れるようになったメイドはまず、気絶している兵士の服を全て奪い、更には所持しているもの全てを奪った。そしてメイドは気絶している兵士の頭部に向け、機関銃を構える。

「バイバイ!」

 

ダダダダダダダダダダダダダダダ

 

その言葉と同時に機関銃は発射された。頭部は撃ち抜かれ、肉片が周辺に散らばった。機関銃を撃つことで、メイドは返り血を浴びた。この攻撃を受けた兵士の頭部は原形を留めていなかった。

そして彼は新生連邦兵の格好をして部屋を後にする。死んだこの兵士の代わりに。

 

部屋を後にするメイド。彼は顔を見られないように、視線を床に落としながら歩いていく。

しかし部屋を出て少ししてから別の兵士が閉じ込められている筈のメイドを監視する為に部屋に入った。その後その兵士が殺害されている兵士を目撃するのは言うまでもない。

やがて彼は先程部屋に入った兵士に呼び止められた。立ち止まるメイド。だがその時の彼の表情は何故か笑みを浮かべていた。

「待て、お前……さっき部屋にいたよな。それにメイド・ヘヴンの姿もない……お前、まさか……」

 

ジャキンッ

 

兵士は拳銃を構えた。拳銃を構える音が聞こえた時、変装しているメイドは振り向く。そこには、返り血をもろに浴びているメイドの姿があった。だがこの時もまだ視線を床に落としており、兵士と目を合わせていない。

「その血……やはり、貴様……!」

「おうよ……俺だよ糞敗北連邦ォ!!!」

 

ダダダダダダダダダダダダ

 

その瞬間、メイドは所持していた機関銃を兵士に対して撃った。それを受けた兵士はそのまま倒れ、大量の血を流した。それを確認したメイドは彼が最初に殺した兵士の服を脱ぎ、彼が本来着用していた服で行動を開始した。

基地内は警報が発令される。捉えていた筈のメイドが脱走をした為、それに対処する為数多くの兵士が脱走中のメイドの元へ向かう。彼は走りながら機関銃を躊躇い無く撃つ為、姿を現した兵士達は次々と倒された。

「ハハー!!!MSじゃなくても無双してやんよー!!!」

得意気になったメイドはテンションを上げ、更に走る。奪った機関銃を片手に持ちながら。

 

その様子を見ていたディブナーは驚きを隠せなかった。厳重だったはずの牢屋を脱出されたのだ。彼は焦った様子で兵士達にメイドを追うように命じる。

「急げ!あいつを絶対に逃がすな!もう拷問などする必要は無い!見つけ次第殺せ!」

「宜しいのですか!?」

「上への言い分はどうにでもなる!急げ!」

「了解!」

最初は拷問して様々な情報を聞き出す予定だった。だが脱走された以上、殺すしかない。ディブナーはこの時に飲んでいた空き缶を片手で潰し、怒りを露わにしていた。

「野郎ぉ……ぶっ殺してやる……!」

逃げるメイドを憎むディブナー。三日前に言いたい放題言われた今の彼は、本気でメイドを殺す気で居たのだ。

 

ディブナーが兵士を派遣している間にも、メイドは次々と.現れる兵士を殺害していた。しかし何人もの兵士を殺害している内に、機関銃の弾は切れた。それに気付いたメイドは機関銃を捨てる。 

その際、前方にいた二人の兵士に遭遇する。若干慌てるメイド。彼は一度引き返すことにしたが、そんな彼を兵士達は追いかける。

「待ちやがれ!」

兵士達はメイドに向けて拳銃を撃つ。だがジグザグに動くメイドに当てる事は出来なかった。やがてメイドは脱走中に殺害した兵士の死体のあるところまで戻ってきた。この時、メイドは兵士の死体を彼の前に来るように担ぎ、再び前進した。追いかけてきた兵士はメイドを撃つが、銃弾は死んだ兵士に直撃するばかりで肝心のメイドに当たらない。

「ふざけやがって!」

死体を担ぎながらメイドは走る。そして彼は拳銃を撃ち続けている兵士に対して突撃した。その反動で兵士は倒れる。倒れることで、兵士の手から拳銃が離れた。それを見ていた側にいたもう一人の兵士はメイドに対して拳銃を構えるが、メイドは素早く拳銃を構えた兵士の手首を掴み、銃口を倒れている兵士の頭部に向けた。

「や……やめろぉ……!」

拳銃を構えていた兵士は元々メイドを撃つつもりで拳銃の引き金を引いていた。だがメイドが手首を掴んで倒れている兵士の頭部に向けた為、銃弾はメイドではなく兵士の方向に発射される。

やがて弾は兵士の頭部に命中。血が噴水の如く噴き上がり、即死した。動揺する兵士。その隙にメイドは拳銃を奪い、彼は兵士の首を掴んだ。

「おいコラァ!お前良く見たら前に俺を殴った野郎ォじゃねーのォ?」

彼はその兵士が浜辺でメイドを殴った人間であることを覚えていた。それを思い出したメイドは思い切り兵士の首に爪を食い込ませる。

もがき苦しむ兵士。微かに声を上げて苦しみを訴えるが、メイドにそれは通用しなかった。

「お前何言ってんの?気を、確かに持てよォ~?」

そう言ってメイドはその兵士から奪った拳銃を兵士の頭に突き付け、躊躇うことなく銃弾を発射する。当然兵士は即死で、肉片が周辺に散らばる。その際、メイドは返り血を浴びた。

「狂気の世界の、始まりだぜぇ~?ハハ~!!!俺をコケにするからこうなんだよボケナスゥ!!!」

死んだ兵士に対して罵声を浴びせるメイド。だがその時、背後から足音が聞こえてきた。別の新生連邦兵が駆けつけて来たのだ。メイドは舌打ちを打つ。その時、彼の目に男子トイレの入り口が映った。急いでそこへ駆け込むメイド。だがその姿を背後からの兵士に見られており、見つかるのは時間の問題だった。

 

メイドはトイレの中に入り、最初の見張りの兵士から奪った煙草を吸い始めた。この絶望的な状況であるにも関わらず、メイドは何故か煙草を吸っている。しかも彼は笑みを浮かべていた。メイドはこの状況を遊んでいるのだ。

そして彼は外にいる兵士の声を聞いた。普通は隠れる動作を行うだろうが、メイドはそれをせず、寧ろ堂々とトイレの入り口の前に、煙草を吸いながら立っていた。

やがて兵士が扉を開け、拳銃を構える。そこには堂々と煙草を吹かしながら笑っているメイドの姿があった。兵士は躊躇い無く拳銃を撃とうとしたその時。

 

フッ

 

メイドは、突如加えていた煙草を兵士の顔面に向けて吐きだしたのである。熱さの余り動揺し、拳銃を落としてしまう兵士。するとメイドは握り拳を作り、大声で叫びながら兵士を殴った。

「うおらあああああアアアアアッッッ!!!」

顔面に煙草をぶつけられたことで動揺していた兵士はメイドの拳を顔面に思い切り受け、その衝撃で倒れてしまう。更にメイドは倒れた兵士を見下すように拳銃を構え始めた。

「や……やめろ……やめてくれ……!」

「なに~?聞こえんなぁ~?」

 

パァンッ

 

そう言ってメイドは引き金を引いた。先程の兵士のように頭部に撃つのではなく、腹部を撃った。もがき苦しむ兵士。それを見て得意げになったメイドは兵士の顎に銃口を突き付け、台詞を喋った。

「おい、お前、俺の名を言ってみろ!!」

「な……名前……ひ、ひぃ……!」

「ひぃ……じゃねーんだよ!メイドだよ!」

そう言って、彼は容赦なく引き金を引いた。銃弾は顎から頭頂部を貫通し、兵士は即死だった。

「あ、そうだぁ!」

この時、メイドは何かを思いついた。それと同時に突然死体の首に向けて拳銃を発砲した。銃弾が空になるまで撃った後、拳銃を捨て、代わりにその兵士が持っていた拳銃をポケットにしまい、メイドは兵士の首を思い切り引っ張る。すると首は千切れた。そして彼は死んだ兵士の頭部を抱え、そのまま走った。

何故メイドは脱出することを最優先しなければならない状況にも関わらず、そのような猟奇的な行動に及んだのかは分からない。ただ、彼はこの時不気味な笑みを浮かべていた。

首からは血が延々と滴るが、メイドは気にせずに走った。

 

長い廊下を抜けると階段が見えた。昇るか降りるか迷うメイド。その時彼に背後から兵士が襲い掛かる。メイドに向けて銃弾が放たれるが、彼の頭の中で電流が流れ、銃撃に対して先程の兵士の生首を盾にし、攻撃を防ぐ。それを見た兵士は動揺した。

「お……お前……こんな……こんな……!」

「おうおう、焦ってやんの。」

そう言ってメイドは生首を床に落とした。その首が床に触れようとした瞬間――

「ボールを、相手のゴールにシュゥゥゥゥゥゥゥゥー!」

と言ってメイドは生首を蹴り飛ばした。その蹴りは的確に動揺する兵士の手首に直撃し、兵士は拳銃を落とした。ゴロンと転がる生首を見て腰を抜かす兵士に対し、メイドは拳銃を持って近付く。

「超!エキサイティング!」

「に、人間じゃない……お前……!!!」

「は?誰に抜かしてんだてめーはァよぉ!」

そう言ってメイドは拳銃を構え、兵士の眉間を撃ち抜く。この兵士も即死し、大量の血液が噴水のように溢れ出た。それを確認したメイドは先程の階段の所へ戻る。

 

メイドは階段を下に降りた。下のフロアに辿り着くメイドだったが、そこには兵士が三、人待ち受けていた。三人の兵士の姿を見たメイドは躊躇うことなく拳銃を構え、銃弾を放つ。

内、一人が胸部に銃弾を浴び、そのまま倒れた。残った二人の兵士は所持してい機関銃をメイドに向けて発射するがメイドは素早い動きで移動し、二人の兵士の下腿部を的確に狙った。激痛を訴える兵士を見たメイドは、下を舐め回し、下腿部を抱える一人の兵士の前に立ち、頭部に向けて拳銃を発射した。

その兵士の死を確認した後に素早くメイドはもう一人の兵士の元へ向かう。その時、彼はすぐに殺さずに、兵士の眉間に銃口を突き付けて言った。

「お前、ディブナーって顔面ロクデナシ野郎はどこにいる?」

「ろ……ローゼス大尉は……こ、このフロアの一番奥にいる……!だから……助けてくれぇ!」

あろう事か上官の位置を喋り、命乞いをしたこの兵士。

「めんどい。」

 

パァンッ

 

メイドは兵士の眉間に銃弾を放った。これにより、三人の兵士は全滅した。ディブナーの位置を確認したメイドはディブナーを探す為に行動を開始する。

「逃げる前に俺のEフォンを返してもらわねーと俺も困るしな。」

幾多もの新生連邦兵を殺害しながら脱出するメイド。この男はMSでの戦闘だけでなく、生身でも圧倒的な強さを見せていた。

捕らわれていた際には一切抵抗する動作を見せなかったが、手足が自由になった途端、彼は暴れた。躊躇い無く兵士達を殺し、更には死んだ兵士の首を蹴り飛ばす等、脱出中とは思えない行動を取り出す。まるで彼は遊んでいるかのように次々と殺戮を繰り返した。それも、たった一人で。

 

その後もメイドは数人の兵士を殺害した。その間に彼はディブナーの居場所を聞き、やがて彼はディブナーのいる部屋の前に辿り着く。彼は兵士から奪っていた機関銃をドアに向けて撃ち、ドアを蹴り飛ばした。中にはディブナーがおり、彼は拳銃を構えてメイドを睨んでいた。

「出やがったな顔面イかれ糞野郎ォ!!!」

ディブナーに罵声を浴びせた直後だった。ディブナーは引き金を引き、メイドの顔面を狙った。だが彼はすぐに銃弾を避ける。だが銃弾は彼の頬を傷付け、そこから、鮮血が流れた。メイドはその血を腕で拭った後、機関銃を撃ちながら部屋の中へ侵入する。

「返せよ!俺のEフォンをよォ!俺の連絡先なんか知ってもてめーに需要ねーだろうがよォ!!!せめて俺が可愛い女の子だったら良かったのになァ!こんな童貞男の連絡先なんかいらねーだろォ!!」

「随分調子に乗りやがって。新生連邦を舐めすぎなんだよてめえは!!」

互いに怒る様子を見せる。が、メイドはどちらかと言うと、遊んでいるようにも見える。

「こんな糞敗北連邦なんか舐められて当たりめェだろうがァ!」

再びメイドは機関銃を発射する。この射撃により、設置されていた多数のモニターが割れた。

だがディブナーはこの時しゃがんでおり、機関銃をまともに受ける事は無かった。

「お前、これが返して欲しいのか?」

そう言ってディブナーはメイドのEフォンをポケットから僅かに見えるように見せた。それを見たメイドは舌打ちを打ち、左手を伸ばしてはEフォンを返すように、母指以外の四本の指をクイと前後に動かす。

それに応じるかのようにディブナーはEフォンを投げた――

 

パァンッ

 

その瞬間、ディブナーはEフォンに向けて発砲し始めた。それに気付いたメイドは自らの右腕でEフォンを守った。右腕を抱えるメイド。顔を引きつらせ、痛みを訴える。

「チィ……人の電話壊そうとして楽しいかよゴミ野郎!」

「まさかそれを庇うとは思わなかったなぁ!」

そう言ってディブナーは発砲を続けた。メイドはこれを避けつつ部屋を後にする。

 

部屋を出て、メイドはディブナーの方向を向きながら機関銃を撃ちつつ出口を探す。一方のディブナーは機関銃による攻撃を防ぐ為に廊下の途中にある曲がり角に隠れ続けた。やがてメイドの機関銃は弾切れになる。その際、メイドは機関銃を捨てて走り去った。ディブナーは逃げる彼の後を追い始めていく。

 

「くっそ~!あのニキビヅラやりやがったな!腕が痛ぇ!」

ディブナーが見えない場所に辿り着いたメイド。だがそこは窓ガラスが張られているだけで、行き止まりだった。逃げられそうな場所はない。そうして彼が戸惑っている時、ディブナーが拳銃を構えてメイドに接近してきた。

「これまでだな!袋の鼠だ。お前はもう死ぬしかない。ここまで俺を馬鹿にした人間を見たのは初めてだ。散々舐めた真似してくれやがって!」

メイドを追い詰めたのはディブナーだけではない。彼の背後には四人の新生連邦兵が拳銃を構えていた。逃げ場のないメイド。絶体絶命の状況であったが、彼は何故か笑っていた。

「カカカ……コココ……キキキ……」

「どうした?もう諦めて狂ったか?狂った振りしても無駄だぞ?お前はどうあがいても死ぬ運命にあるからな!」

「おいおいおいおい。そりゃ何の冗談だい?俺ァいつ死ぬっつった?」

「何を抜かしてやがる!構わねえ!撃ち殺せ!」

ディブナーの指示により、兵士達は全員一斉にメイドに向けて発砲しようとした――

 

バリイイイン

 

窓ガラスが、割れる音が聞こえた。それと同時に、メイドは窓ガラスから逃亡を謀ったのである。

「ば、バカな!?ここから落ちたら崖に落ちて死ぬだけだぞ!?」

ディブナーの言う通り、窓ガラスの先は崖である。ここから落ちれば最悪死は免れない。だが彼はそれを承知でここから落ちた。メイドが窓から落ちた後をディブナーらは見る。しかしそこには既にメイドの姿は無かった。恐らく海に落ちたんだろうと思うディブナーは崖の方向を見て呟いた。

「追い詰められて自ら死を選んだか……まあいい。あんな奴の為に無駄に犠牲者が出てしまった。また、奴のような人間が生まれぬ事をいのるしかない……」

ディブナーは、メイドは自殺したものだと判断し、崖を見て笑みを浮かべた。軍にとって要注意人物が死んだ事で彼は安心していた。それからディブナーと兵士達はその場を離れる。割られた窓ガラスをそのままにしておきながら。

 

 

 

それから十五分後。メイドが飛び降り自殺を謀ったと言う知らせは滞在していた総司令やエファンにも伝えられた。特に総司令は、三日前の本部での戦闘に介入してきた男が自殺したと言う話を聞いて疑問に感じていた。両者は基地のMSデッキにいており、会話を行っていた。エファンの側にはダウーラとクラリスとシーアの姿があったが誰も何も喋る様子は無かった。

「メイド・ヘヴン。私の憶測に違いが無ければその男はかつてのデウス動乱で兄と共にデウス軍のエースパイロットとして活躍した人間の筈。でも確かデウス動乱中に倒された筈では……」

総司令の言葉を聞いていたエファンは言った。

「その男は生きていたんですよ。私は先程話しました。なかなか面白い人間でしたよ。しかしまさか自殺とは……期待したんですけどね、あの男がもっと暴れる姿を見たかったんですが……残念ですよ。」

「……貴方は本気で言っているのですか。ドゥーリア少佐。」

総司令の言葉に対してエファンは言う。

「本気ですよ。あれ程面白い人間は世の中生きていてもなかなか巡り会えません。」

「けれどその男は先の戦闘で軍に甚大な被害を及ぼしています。そんな危険な人間を野放しにする訳にはいきませんよ。けれど死んだと言うのなら話は別です。」

総司令はメイドの存在を不愉快に感じている一方でエファンは愉快な存在だと言っている。確かに彼はメイドを助ける為にガムを渡したが、何故エファンは敵であるはずのメイドを助けたのかは未だに謎に包まれている。

総司令が言った言葉に対し、再びエファンは言った。今度は、静かに笑みを浮かべて。

「さあ、どうですかね。あの男が死ぬとは思えませんよ。強力な力を持っていますからね。シンギュラルタイプとして……いや、あの男の場合ならシンギュラルタイプじゃなくても十分に戦えるか……」

メイドの技量を褒め出すエファン。それに対して総司令は怒った様子で言った。

「ドゥーリア少佐!貴方はあの男を何も分かっていないのです!あの男がどれだけ危険か!だからそんな事が平気で言える――」

「だから何だというのですか」

エファンの目付きが変わった。明らかに総司令を睨んでいる。そして、総司令はこのエファンのプレッシャーに押されていた。先程までは流さなかった冷や汗を、今は流している。エファンによる恐ろしいプレッシャーを、今総司令は感じていた。

「私としてはですね、奴は生きていてくれていた方が良いんですよ。いろいろとね。まあ軍の総司令である貴方なら軍の脅威となる人間は死んだ方がいいと思うのが普通でしょう。失礼しましたね、私とした事がつい取り乱してしまった。失礼します。」

エファンはその場を去って行った。彼に続き、残った三人も去っていく。その場に残った総司令はエファンに与えられたプレッシャーが忘れられない様子で、去り行くエファンの後姿を、目を見開きながら見ていた。

(あの感覚……ドゥーリア少佐は普通じゃない……僕が……恐怖を感じている……?そんな事が……ある筈が……)

エファンによって与えられたプレッシャー。それは彼にとって恐怖そのものだった。しかし総司令は認めなかった。自分が恐怖を感じる訳には行かないと言い聞かせ、首を横に振った。

 

 

 

「……崖ばっかでやばいと思ったけど……思いの外何とかなるモンだなァ。やっぱ糞敗北連邦はダメじゃないかぁ!」

そう言って海に浮かんでいるのは、

崖に落ちて自殺と思われていたメイド・ヘヴンだった。窓ガラスを割って逃げたメイドだったが、彼を待っていたのは崖だった。岩が突き出ており、そこに落ちれば命はまず助からない。何としても海に落ちる必要のあったメイドは途中に生えていた木に掴まり、そこから海に入水するようにジャンプをし、彼は死ぬこと無く海に入水する事に成功したのである。

脱出に成功したメイドだったが、彼にはまだやるべき事があった。デスゲイズの奪還である。

「デスゲイズが解体されていたら話にもならねぇが……まあいいや。その代り糞連邦のMSを奪ってやろう。デスゲイズじゃなくても俺は何でも上手く扱えるからな……おぶえっ!」

海上で独り言を呟くメイドに波が押し寄せた。すぐにメイドは海面に出て首を振り、舌打ちを打った後、眼前に広がるホノルル基地を見て舌を舐め回す。

「……今度はこっちがやり返す番だよなァ……!」

彼は、再び行動を開始した。まず彼は近くの岸に上がり、兵士の動きを見ながら行動していく。

 

 

 

エファンらは自らの艦へ戻っている最中だった。その中でダウーラがエファンに対して言う。

「お前……分かるんだろう?あいつが生きている事が。」

〝あいつ〟とはメイドの事である。ダウーラの言葉に対し、エファンは言った。

「ああ。私には分かる。お前にも分かるようだな。だが……クラリスには分からないようだ。」

そう言ってクラリスの方向を見た。彼は静かに首を振る。

「俺には分かりません。少佐が仰っている意味が。」

「まだそこまでお前は強化モデルとしてのレベルが高くないと言う事だな。無理もない。ダウーラは特殊強化モデル。それに比べてお前はただの強化モデル。力の差は歴然だ。」

ダウーラは誇らしげにクラリスを見た。クラリスは舌打ちをしてダウーラを睨む。

だがこの中で一番会話についていけていないのがシーアであった。力を持たないオールドタイプである彼は、これが何の会話なのかが分からない。それに気付いたエファンがシーアに対して言った。

「無理もないだろう。オールドタイプであるお前には難しい話題だ。」

「ハッ……確かに……」

シーアにはこの会話が何であるのかが全く分からない。彼はただ困惑するばかりである。その時、ダウーラが突然口を開けた。

「あいつはイラつく……実際に戦った事は無いが、言葉がイラつかせる。あんなにイライラさせる奴は初めてだ……」

「まだ実戦経験も浅いのにそう言うか。確かに奴を不愉快に思う人間もいるだろうな。お前のように。」

すると、ダウーラは突然壁を蹴り始めた。それも一度ではない。何度も何度も蹴り、苛立ちを壁にぶつけていた。

「よせ。何をしているか。」

エファンの一言でダウーラは止まった。そしてダウーラは歯を食い縛り、両手に握り拳を

作りながらエファンを見た。

「もし……あいつがMSを奪ったなら……艦にあるMSに乗って殺っていいか?」

「……ああ。別に構わない。ただしアーヴァインは破壊されているぞ。」

「何でもいい。あいつは俺をイライラさせる。直接戦った事はないが、イラつく……!」

再びダウーラは壁を蹴った。だが何度も蹴る事は無く、一度だけで済んだ。ダウーラが壁を蹴った後、クラリスがエファンに言う。

「俺も出撃させて下さい。少なくとも、こいつと違って奴とは交戦しました。前の屈辱を晴らしたいのです。」

クラリスはエファンに懇願した。ダウーラと違い、自分は交戦した事もあり、馬鹿にされたことを許せないと思うクラリス。だが、エファンはクラリスに対して

「駄目だ。」

と言った。当然クラリスは反論する。

「何故!?どうしてですか!」

その言葉に、エファンは

「お前は強化されているとはいえ、まだ意思が働く。ダウーラは違う。戦わなければ何をするか分からない。ここは堪えろ。」

「し、しかし……」

「実力差は目に見えている。まともにやって前は負けたのだろう。今回は前のように生き延びられるか分からないぞ。それに仇を討つのではないのか。死んだ姉妹と母親の。」

エファンにそう言われた時、クラリスは黙り込んだ。俯き、自らの発した言葉に対して反省した。

「すみません、少佐……」

「あまり熱くはならん事だ。お前の仇はお前が討て。それまでに死んでは話にならない。」

「……了解……」

クラリスは静かにそう言った。ここで、シーアがエファンに質問をする。

「あの、少佐。今までの話はあくまでも推測なのでは……?」

シーアの言う通り、メイドがMSを奪うと言うのは推測の域でしかない。その話に対して苛立ちを覚えているダウーラやクラリスに助言を与えているエファンが奇妙に思えて仕方が無かったのである。だが、シーアの言葉に対してエファンは

「推測ではない。」

と言った。シーアは目を見開いた。

「何故、そう言い切れるのですか?」

力を持たない彼には理解の出来ない事だった。何故推測で無いと断言できるのか……力を持っているから?力を持っているからこそ推測で無いと言い切れるのか?シーアは余計に混乱した。

「今に分かる。もうすぐだ。」

 

              ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

その時だった。基地内に大音量で警報が鳴り響いたのである。それに気付いた兵士達は皆行動を開始していた。エファンはその様子を見て、妙な笑みを浮かべた。

「思ったより早かったな。急ぐぞ。」

そう言ってエファンは走り始めた。彼を追うようにクラリスとダウーラは走り出す。シーアは真相を聞けないまま、ただエファンに続いて走り始めた。

 

警報が鳴っていた頃、基地のMSデッキは混乱状態だった。と言うのも、死んだ筈のメイドが機関銃を構え、兵士達を次々と殺害していきながらデスゲイズを探していた為である。

「ヒーハー!!!死んだ筈の俺が呼ばれてないけど飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!!!」

そう言いながら機関銃を放つ。そのまま、デスゲイズを探す。兵士達も拳銃や機関銃を構えてメイドを攻撃するが、彼は素早い動きでこれらを避けていく。

「俺ってすげえじゃないかぁ!つーかこいつらの攻撃がカスみたいだぁ!」

彼は所々に存在するMSを盾にし、移動する時は常に機関銃を撃ち続けて移動する。これを繰り返すことで、MSデッキの奥に行く事が出来た。

「奥に逃げたぞ!今度こそ殺せ!」

「逃がすな!」

兵士達は必死だった。だがその必死の努力も空しく、次々とメイドによって殺害されていく。一方のメイドは銃弾を全く浴びずに行動していた。

 

やがて、彼はデスゲイズの置かれている場所に辿り着いた。彼にとって幸いな事に、デスゲイズは解体されていない。それどころか、彼が捕らえられる以前よりも大幅に修復されていたのである。この事は、メイドにとって幸運と言えた。

メイドはまず、デスゲイズの周辺にいた整備士を機関銃で皆殺しにした後、側にあった梯子に上り、そこからコクピットへ飛び移った。ハッチを開閉し、そのまま乗り込む。

「あのMSが奴に奪われたぞ!」

「各員MSに搭乗せよ!奴を絶対に逃がすな!」

メイドがデスゲイズに搭乗した事を確認した兵士達はそれぞれのMSに搭乗し、基地の中にも関わらずデスゲイズを止める為に移動を開始する。

だがそれらは既に遅かった。何故ならばもう、メイドがデスゲイズを起動させてしまったから。

「もう遅えんだよ糞敗北連邦ォ!!!」

 

ビゴォン

 

その時、デスゲイズのモノアイが輝いた。他の新生連邦のMSと比べて大型であるデスゲイズはそのまま基地を脱出する為に行動を開始する。

基地内MSデッキにも関わらず、兵士が乗るディーストやジョゼフがデスゲイズの腕部を掴んだ。だがそれは無駄な攻撃だった。

「大したことねぇなぁ~!!!しかし動きが良くなってやがる。糞にしてはちゃんと仕事してくれてるじゃねーか。」

そう言って基地内にも関わらず、有線式ビームサーベルを展開したのだ。これにより腕部を掴んでいたジョゼフとディーストは串刺しになり、破壊された。

そしてデスゲイズはブースターの出力を上げ、施設を破壊しながら外へ向かう。

 

 

 

基地の外に出たデスゲイズ。燦々と照る太陽をバックに基地を見下ろす。基地の中の兵士達から見れば、漆黒の悪魔が太陽をバックにシルエットを描いているように見えた。また、この機体はいつ敵が襲ってきても良いように有線式ビームサーベルを展開している為、このシルエットを見た兵士達は、デスゲイズが〝異形の物〟に見えるのである。

その時、基地からジョゼフやエグゼマーが出撃した。メイドを止める為である。だが、MSに乗ったメイドを止める事は彼等には出来なかった。

「ハハ~!鹵獲しようと思ってこいつを直してたんだろーが、こいつが簡単にお前らのものになる程世の中そんなに甘い訳ねぇだろォ!!!」

 

ギュルルルルル

 

そう言って、メイドはデスゲイズが予め展開していた有線式ビームサーベルを基地から出て来たMSに対して襲わせた。素早い動きに対応できないジョゼフやエグゼマーはすぐに串刺しになり、破壊される。いずれもコクピットを的確に狙っていた。

「い、一瞬で!?」

「駄目だ、もう手に負えない……」

兵士達の中には諦めの姿勢を見せる者もいた。それはデスゲイズの実力を認めている証でもあった。だがメイドはそんな兵士達に対しても容赦しない。3日とはいえ自分を苦しめた人間共を、彼は一切許す様子は無かった。

するとデスゲイズは、先程、メイドが窓ガラスを割って飛び降りた場所に移動する。そして、右腕部を思い切り上げ、その部分の施設を破壊しようとしていた。彼の目的……それは、ディブナーの抹殺だった。

電流を散々浴びせた上に、劣悪な環境である牢屋に閉じ込めた張本人であるディブナー。この男を殺さないと気が済まないメイドは、基地ごとディブナーを殺す気であった。

 

ガキィン

 

デスゲイズの腕が、振り下ろされた。これにより、施設の一部は崩壊する。瞬く間にその部分は瓦礫と化した。

その時、メイドが憎んでいる男であるディブナーが部屋から出てくる姿がメイドの眼に映った。それを見てメイドは握り拳を作り、手を震わせた。そして、コクピット内の音声が外に響くように音声の設定を行い、ディブナーに向けて喋り出す。

「オラァ!イカレ面野郎ォ!てめぇ、散々人を馬鹿にしてくれやがったな!!」

怒号を浴びせるメイド。それに対し、一方のディブナーはそれを見て手を上げている。先程メイドを馬鹿にしたような態度はどこへ行ったのか、すっかり弱腰になってしまっているのが彼の目から見ても分かった。

「今更手ェ上げても遅ェんだよォ!!!」

「な……やめろ――」

すると、デスゲイズはディブナーのいる方向に向けて右前腕部を差し出し、二連装ビームキャノンを連射した。この攻撃に巻き込まれたディブナーはビームによって蒸発した。

跡形もなくなったディブナーではあるが、気の済まないメイドは更なる攻撃を加える。

自分を悲惨な目に遭わせたこの施設に対し、報復と言わんばかりに腹部のビームカノンを発射し始めたのだ。これにより、ホノルル基地は壊滅的なダメージを負う事になる。高出力のビームは基地を縦断し、二つに割れる形となった。

「ワッハハハハ~!気分爽快MAX!さて、そろそろ消えるか……」

そう言ってデスゲイズをMAに変形させようとした時であった。

 

               バシュゥゥゥ

 

一筋のビーム粒子が、デスゲイズに襲い掛かった。しかし全方位にバリアーフィールドが展開されているデスゲイズにビーム兵器は一切通用しない。攻撃してきた機体を確認するメイド。そこにいたのはガンダムタイプであった。

「おほー、まさかの!ガンダムタイプかよ。」

舌を舐め回し、メイドはMAのデスゲイズを駆り、彼を攻撃したガンダムタイプと戦う。

メイドを攻撃したのは、総司令だった。総司令の乗るガンダムナパームが彼に勝負を挑むのだ。

「危険な人間め!」

怒りを露にする総司令。ナパームはバックパックの大型ナパームランチャーを一基発射し、デスゲイズに襲わせる。

しかしメイドにそのような攻撃は無意味だった。デスゲイズは有線式ビームサーベルを展開し、ナパームランチャーを三本の有線式ビームサーベルを使って串刺しにし、破壊した。 

その直後、ナパームはビームサーベルを展開し、デスゲイズに迫った。至近距離まで迫る総司令。だが、メイドはこの攻撃に対して有線式ビームサーベルで打ち合いを行った。

「どこぞの誰だか知らねェが!ガンダムに乗るからには強えぇんだろうなァ!?」

メイドは交戦しながらナパームに回線を開き、総司令に対して会話を試みた。

「私は負けるつもりは無い!総司令として!」

総司令がそう言った時、メイドは彼の顔を見て驚愕した。と言うのも、ガンダムナパームに乗っている総司令のことを知っていた為である。

「まさかの!デウス動乱の時のガキじゃねえか!!随分偉そうになりやがったんだなァ!!!今じゃ糞敗北連邦のボスかよォ!」

かつてのデウス動乱時、現在の総司令であるレヴィー・ダイルはアレン達と共に戦っていた。

総司令はかつて、専用のMSに乗ってデウス動乱を戦い抜いた。当時の総司令を知る人間はアレンの知り合いの中に多い。今は無きセイントバードの艦長であるエリィや、国連の将軍で、巨大戦艦、アッサラームの司令官であるウィレス。そして現在もアレンの恋人であるココットや、ガーストに、その恋人のプレーン、そして、ジャンヌ・アステル。これらの人間と共にレヴィー・ダイルはデウス動乱を戦ってきた。

その最中で彼は当時のメイドの兄であったフロード・ヘヴンとメイド・ヘヴンと交戦している。両者はアレンによって倒された筈であったが、何故かメイドは生きていたのである。

この場に於いて、両者はここホノルル基地上空にて、動乱以来の戦いを始めようとしていた。だがメイドの乗る機体は動乱時とは比較にならない程強い。ガンダムナパームと比較しても性能差は圧倒的である。しかし、総司令は諦める様子を見せなかった。必ず倒さなければならないと、総司令は考えた。

「貴方が軍の脅威となるのなら……私は!!!」

「勝てんの?俺に?立場が偉そうになったからってさァ!勝てると思ってんのかよ!?糞敗北連邦の分際でよォ!!!」

挑発するメイドに、それに対して戦う総司令。両者のビームサーベルが火花を散らしている時、デスゲイズは他のビーム刃を総司令のガンダムに向けて放出した。それに気付いた総司令は回避運動を行う。次々と襲い掛かる有線式ビームサーベルだが、総司令はこれらを回避しつつ、ビームサーベルを所持してデスゲイズに迫る。ガンダムナパームが対抗できる手段は、バックパックのナパームランチャーとビームサーベルしかない為、接近戦を試みる必要があった。

「うぷぷぷ……殺っちゃうよ?殺っちゃっても良いんスか?」

「何!?」

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

メイドのデスゲイズは腹部からビームカノンを放出した。それに気付いた総司令は回避運動を行う。しかし、彼がそれを回避した直後、有線式ビームサーベルがナパームの右脚部を貫いた。

「くぅ……!」

右脚部が破壊されたナパームだが、まだ戦う事は出来る。ナパームは簡易変形を行い、左脚部に搭載されているビームクローを展開してデスゲイズに襲い掛かった。

「そっちがMAなら、こっちもMAってなァ!目には目をォ!歯には歯をォ!!」

するとデスゲイズはMAに変形した。その状態で有線式ビームサーベルを展開し、MAのガンダムナパームに襲い掛かる。この時、メイドが総司令を追いかける形になっていた。総司令の機体はデスゲイズから逃げながら、隙を探している。

その時、三機のMSがホノルル基地上空に姿を現した。内二機はジョゼフで、残りの一機はエグゼマーである。エグゼマーはMAの状態でこの戦闘に介入する。一方のジョゼフはドゥーリア隊に配属されているもので、可動式メガキャノンをバックパックに装備していた。そしてこのエグゼマーのパイロットは、ダウーラだったのである。

「奴だな!イライラさせる野郎は!」

そう呟いたダウーラ。その直後、彼の乗るエグゼマーはミサイルを発射させる。それに気付いたメイドは、MA形態のまま、デスゲイズの前腕部の二連装ビームキャノンを駆使してミサイルを撃墜した。

「せっかくだから、俺はこいつらを使うぜ!」

そう言って、MA形態のデスゲイズは先端部からノーズビームキャノンを連射した。それだけではない。左右の前腕部に搭載されている二連装ビームキャノンも撃ち、これらの攻撃でエグゼマーに襲い掛かった。しかし、ダウーラの乗るエグゼマーはこれらを簡単に回避する。

「なんだその攻撃は?舐めてるのか?」

デスゲイズの回線を開き、ダウーラは挑発するようにメイドに言った。メイドはそれを聞いて舌打ちをする。

「てめェも人形か!糞敗北連邦は無駄に人形が多いな!!気味悪りぃんだよ!」

「なんだとぉ……?」

メイドに挑発されて怒るダウーラは、駆るエグゼマーを利用してデスゲイズにビームライフルを放出した。しかし、機体全体にバリアーフィールドが展開されているデスゲイズにビームは通用しない。

「効かねぇっつってんだろうが!アホがよォ!!」

「イライラするんだよ……お前の声を聞くとォ!!!」

「じゃあイライラして死ねやボケナス!!」

デスゲイズは、ダウーラの駆るエグゼマーに肩部に搭載されているミサイルを放出した。この攻撃に気付いたダウーラはビームライフルをミサイルに向けて発射し、ミサイルを撃ち落とす。

しかし、その瞬間にデスゲイズは有線式ビームサーベルのビーム刃を展開せずに、線だけをエグゼマーに絡ませた。そして、線から電流を流し、ダウーラに電気を浴びせた。

「うぐ……おぉ……ハハ……良い感じだ……」

「こ、こいつマジかよ!まさかのドM!?俺でもビリビリ嫌だったのに?」

「残念だったな……こっちは慣れてるんだよ……」

そう言って、ダウーラの乗るエグゼマーは、マニピュレーターを駆使し、デスゲイズの放った有線を引っ張り始めた。それにより、デスゲイズ本体は引っ張られる。それを見ていた総司令のガンダムナパームはビームサーベルを展開し、デスゲイズに切り掛かった。エグゼマーに全ての線を絡ませている為、有線式ビームサーベルが使えないデスゲイズ。メイドは仕方なしにエグゼマーを解放させ、このビームサーベルに対処する為に有線式ビームサーベルで拮抗をを行う。

「めんどくせえなァ!あいつはビリビリ浴びても喜ぶ超絶ドMだしてめぇは攻撃してくるわでウザい!」

「やはり強い……が、しかし!」

ナパームはデスゲイズの至近距離で、もう一基の大型ナパームランチャーを展開し始めた。あまりに至近距離の為、デスゲイズは回避運動を行う事が出来なかった。

「お、これはヤバいか!?」

冷や汗を掻くメイド。苦笑いを浮かべ、迫るナパームランチャーをただ見ていた。

 

             バシュウウウウウウウ

 

しかし、このナパームランチャーは次の瞬間、破壊される。と言うのも、ダウーラの乗るエグゼマーが破壊した為である。信じられない行動を行ったダウーラに対し、総司令は怒った。

「何のつもりだ!何故邪魔をする!?」

「あいつは俺が倒す。手出しはするんじゃない……。」

そう言って回線を切り、エグゼマーはデスゲイズに迫っていく。総司令は歯を食い縛り、エグゼマーを睨んでいた。

「何のつもりなんだ……!一体……!?」

ただ、獲物を取られたくないという理由で大型ナパームランチャーを破壊したダウーラ。その有り得ない行動に総司令は怒りを覚えていた。彼の動悸はただの自己満足。自分がデスゲイズを倒さないと気が済まないと言う、あまりに稚拙で理解の出来ないものである。

そして、ダウーラのエグゼマーはビームサーベルを展開し、デスゲイズに迫った。その姿を見た時、メイドはニヤリと笑った。

「お前、せっかくダメージ与えれそうになったのに邪魔したんだよなァ?それって俺を倒す余裕があるってことかよ?なぁ……どうなんか答えろや出来損ないのゴミクズ人形がよォォォ!!!」

デスゲイズを倒す気でいるダウーラに苛立ったメイドは大声でダウーラに対して叫んだ後に有線式ビームサーベルを全てエグゼマーに向かわせた。しかし、ダウーラは特殊強化モデルの能力を用いてこれらを回避し、次第にデスゲイズへ近付いていく。

「うらあああああ!!!」

叫ぶダウーラ。だが、それに対してメイドは怒りながら、デスゲイズの有線式ビームサーベルをコントロールし、エグゼマーに突き刺そうとする。

「嫌いだぜ!デク人形の癖に自信過剰な奴!マジムカつく!」

しかし、ダウーラのエグゼマーはこの攻撃を回避した後に、有線式ビームサーベルの線を切り裂いた。その為、ビーム刃部分は海に落ちていく。

「おいおい、初めて切られたぞ!やりやがったな!」

ダウーラが憎いメイドは、残りの有線式ビームサーベルをエグゼマーに全て向かわせた。逃げるエグゼマーだが、エグゼマーの機動性よりも遥かに素早い動きを見せる有線式ビームサーベルはこれに追い付き、やがて串刺しになった。

「あぁぁぁぁ!イライラする野郎だなぁ!!クソが!!!」

そう言ってダウーラはコクピットから脱出した。脱出した直後にエグゼマーは破壊される。その後、デスゲイズは可動式ビームキャノンをバックパックに装備している二機のジョ

ゼフに向けて有線式ビームサーベルを展開し、串刺しにして破壊した。これで、この戦場に

いるのは総司令の乗るガンダムナパームのみとなった。

「残ってんのはお前だけだなァ!今では糞敗北連邦のボスのクソガキ野郎!!」

「クッ……邪魔さえ入らなければ……!」

総司令の言うように、ダウーラによる邪魔が入らなければ彼はメイドを倒していた。しかしダウーラが邪魔をした為、今もメイドは生きている。そして総司令の脅威として立ち塞がっている。

デスゲイズは先程ジョゼフを破壊したように、有線式ビームサーベルを展開してナパームに襲わせる。これらの攻撃を確実に回避する総司令。素早い動きで迫るビームサーベルに対し、動きを読んでこれらを回避する。回避した後に線を切り裂こうとするが、先程のダウーラの乗るエグゼマーの時のようには行かなかった。

「オラオラどうした糞敗北連邦の総司令さんよォ!!そんなもんなのかよ!残念もいいとこだろがァ!!!いろんな国にいちゃもんつけてさァ!偉そうな態度散々とった結果がこれだからなァ!!!」

「戦いを遊戯にしかとらえていない貴方には言われたくない!私は勢力を拡大し、その勢力を広げ……そして戦力を増強し続けた!どのような脅威にも対抗できるように!」

「けど負けてんじゃねーか!!!MSの性能が滅茶苦茶劣ってる国連に負けてやがってさァ!何が戦力の増強だよボケナスゥ!軍事費の無駄!基地の金の無駄!そして資源の無駄!無駄!無駄!無駄遣い!所詮は糞敗北連邦だな!無駄ばっかが残るのに戦力増強とかアホらし過ぎるんだよォ!!!」

「黙れ!」

総司令の乗るナパームはデスゲイズに接近戦を試みる。というのも、デスゲイズに対抗する手段がビームサーベル等のビーム刃を用いる接近戦しかなかった為である。

「自殺する気かよぉ!?」

「僕は、死なない!」

ガンダムナパームはMAに変形し、デスゲイズへ接近する。それに対してデスゲイズは腹部のメガビームキャノンを展開する。しかしナパームはこれを回避。続いて前腕部の二連装ビームキャノンを連射するが、これらを回避する。

「戦う事……それを遊びとしている人間に私が負ける訳には!!!」

次の瞬間、ナパームの下腿前部に搭載されているビームクローが全て展開された。それらは真っ直ぐに向けられ、デスゲイズを突き刺そうとしていた。普通なら回避する動作を見せるはずだが、何故かメイドはそれをしなかった。

「遊び?ああ、遊びだよ俺の場合はなァ!何にも縛られないただの遊び!!!軍の所属、宗教、テロ、国の権威とか俺には一切関係ねぇ!俺は俺のやりたいようにやるだけ!!!戦って俺は無双を続けるだけ!!!どんな規制や法律があろうが俺には関係ない話!俺は暴れて暴れて、暴れまくるだけ!!!

たったそれだけの話だ!そして俺はもっともっと遊びまくって殺しまくって滅茶苦茶に派手に暴れ回って人殺しのギネス記録を更新し続けるだけなんだよォォォォォゥ!!!」

 

ギュルルルルルルルルル

 

デスゲイズの前腕部から有線式ビームサーベルが五本展開された。それらは特攻するガンダムナパームに迫る。回避動作を行うナパームだが、五本が一斉に素早い動きで襲ってくる為、これらを回避しつつデスゲイズに向かうのは非常に難しい事だった。

「オラァ!!」

五本の有線式ビームサーベルを展開した状態で、再びデスゲイズは腹部メガビームキャノンを発射する。それに気付いた総司令は素早く回避運動を取るのだが、それが仇となった。

「しまっ――」

ビームを回避する際に、有線式ビームサーベルが迫ってきたのだ。これらを回避する事が出来ず、ガンダムナパームは串刺しになってしまう。幸い、コクピットに直撃はしていなかった。だがもうナパームは持たない。限界を悟った総司令は脱出を図った。

「そんな……僕が負けるなんて……」

彼は急いでナパームから脱出した。その直後、ナパームは爆発を起こし、やがて海へ落ちていった。実力差なのか、機体性能の差なのかは定かではないが、彼はメイドに敗北した。

「ざまぁだな!イヤッホォォォォォゥ!!!」

メイドはそう言ってデスゲイズを変形させ、その場から去って行った。総司令はパラシュートを展開し、その後ろ姿をただ歯を食い縛って見ているだけだった。

全てはエファンが脱出の手助けを行った事で生じた一連の出来事である。しかし、監視カメラに映っているエファンは、〝メイドにガムを与えた〟姿が映っているだけであり、明確な手助けと呼べる行動は一切行っていない。つまりエファンは問われることは無いのだ。エファンの手助けによって脱走したメイドは次々と兵士を殺し、最終的にデスゲイズを奪い返した。そのデスゲイズで更に暴れ狂い、基地を半壊させた上に総司令のガンダムナパームを破壊した。彼は、生身でもMSでもその強さを見せつけたのである。

戦争を遊びとして考えている男。そのような、危険な男に敗北した総司令は、悔しい気持ちで満ちていた。

「クッ……」

やるせない思いが総司令に重く圧し掛かる。それは実力の差なのか、それとも敵のふざけている価値観に負けた悔しさなのか。それは彼にしか分からないのだ。

 




第八十一話、投了。
メイド・ヘヴンが暴れ回る話でした。


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偽りの平和を破る者達編
第八十二話 約束された安寧


戦いは終わった。そして、セイントバードはもうない。そうなれば、戦う必要もない。
しかし、彼等は途方に暮れる。どうすれば、良いのか――


 新生連邦本部攻略戦が終わってから三日が経過した。新生連邦政府軍と国際平和連合軍の全面戦闘。この戦いに勝利したのは後者であった。新生連邦の本部という戦場で、戦力差が圧倒的だったにも関わらず、この戦闘で勝利を迎える事ができた理由。それは、新生連邦の戦力を確実に削る戦法が要因だった。これにより、着実に新生連邦本部へ近付き、やがて本部は陥落した。

この事実は瞬く間に世界中に伝わる事になる。そして、世界は新生連邦の支配を受ける事はなくなる。それは、C.W歴以前より存在していた組織である地球連邦軍という名の勢力が敗れ、地球圏の実験が元々同じ組織内であった筈の平和国連盟に移るという、歴史的瞬間でもあった。まだ地球上には新生連邦の基地は点在しているが、それらが国連によって制圧されるのも時間の問題である。

平和国連盟の代表であるギルスはこの勝利に大いに喜んだ。その喜び具合は明らかに度が過ぎており、異常に見えた。

「遂にやった……これで始まる、私の時代が!遂に!!!」

自分の時代が始まると、部屋の中で叫ぶギルス。平和国の時代で無く、〝自分の時代〟と言うこの男は何を考えているのか。それはこの男の胸中にしか分からない。

その時、ギルスの部屋に一人の男が入ってきた。その男はギア・ジェッパーであった。ダーウィンの平和国の代表を務める彼が、ギルスの話を直接聞く為に、ロサンゼルスからニューヨークへ来たのである。彼はジャンヌにニューヨークへ行って欲しいと頼み、その結果、今に至る。

「お久し振りですねギルス・パリシム議長。随分と御機嫌な様子で。」

「豪州のギア・ジェッパー代表!そりゃそうだ!何せ新生連邦と言う害悪を倒す事が出来たからな!」

そう言ってギルスはギアを座らせ、紅茶を用意する。が、ギアはその紅茶を飲まずに、側にあったスプーンで紅茶を掻き混ぜてそのままテーブルに置く。

「おや、飲まないのか?」

「ええ、今は飲む気分ではないので。さて、少しお話をお伺いしたい事がありましてこちらに来た訳ですが。」

予め、ギアは戦争が終わった後、話をする為にニューヨークに伺うとギルスに言っていた。やがて国連は戦争に勝ち、上機嫌のギルスはこれを承諾し、現在に至る。

「そうだったか、で……その話はと言うと?」

ご機嫌な様子でギルスはギアに聞く。ギアは一度咳払いをした後に静かに口を開いた。

「新生連邦による支配がなくなった今、これからは平和国連盟がこの地球を統治する事になります。貴方の望む武力で新生連邦を地球から排除した今、貴方はこれからどのように世界を動かしていこうとお考えなのか……それを是非聞きたくて。」

「世界か。フフ、そりゃあ、争いの無い世界作りだろう。その為の、平和国連盟だ。争い無き世界を作る。それにはやはり武力の存在は欠く事の出来ないものだ。」

新生連邦に勝利した今も尚、武力の存在に拘っているギルス。

「今回の戦闘で歴史が大きく動いた!私は英雄として末代まで語り継がれる事だ!そう、平和はただ待つのではなく、武力を用いて勝ち取るものだ!でなければ今頃国連は新生連邦に攻撃され続けて、多くの犠牲者を出すだけなのだから!」

この言葉自体も所詮は空虚だ。実際に犠牲者を出した上で隠蔽工作をしているのは、現在の平和国連盟なのだから。

「……成程……そこまで貴方は武力による平和に拘るのですね。」

「そうでなければ平和は作られんよ!事実、新生連邦政府という平和にとっての敵を地球から排除しました。これにより、真の平和が訪れるだろう。争い無き、素晴らしい世界が!

私の世界が!今から!始まる!これは素晴らしい!実に素晴らしいではないか!!!」

興奮しているのか、大声で語ったギルス。と、自分の行動の愚かさに気付いたのか、一度咳払いをして再びギアと話す。

「ああ、私とした事が、取り乱してしまった。まあ、これで地球は新生連邦と言う脅威から救われた。ただ、それだけでは真の平和とは言えない。最近になって出現した、宇宙に居る忌むべき連中を倒す必要がある。」

「奴等……と言いますと?」

「デウス残党軍だ。それと宇宙に身を置くとされる新生連邦軍!奴等は許してはならない存在!徹底的に!徹底的に叩き潰す!そう!平和の脅威となる存在は消し去るのみだ!無論、これらの脅威以外の存在も例外ではない!もし、恒久和平の邪魔をする者が現れたのならば、それは平和の名の元に粛清する!」

平和の脅威は排除すると、そう語るギルス。ギアは彼の言葉を静かに頷きながら聞いていた。その時、彼はギルスが持っていた資料を手に持ち、拝見した。その動作に気付いたギルスはギアに言う。

その時、一連のギルスの言葉を聞いたギアは、スッと立ち上がった。それを見たギルスはギアに聞く。

「おや、どうされたかな?」

「いえ……私はこれで失礼させて頂きます。」

「ほぅ、結局紅茶には手つかずだったな。」

「今は飲む気分では無いので。失礼しました、議長。」

ギアはそう言って早々とギルスの部屋を後にした。彼が去った後、ギルスはギアに対して疑問に思いながらも、生まれ変わる世界を想像して笑い続けていたという。

 

ギルスの部屋から出たギアは静かに廊下を歩く。その時、彼はそっと溜息を吐き、静かに握り拳を作り、拳を震わせていた。

(心理が掴めた。結局は己の力を開示させたいだけ……あの男は所詮愚かな存在だと言うことか。)

ギルスの言葉を聞いて怒りが込み上げてきたギアは、その怒りを抑えつつ、平和国連盟本部を後にするのであった。

 

 

 

セイントバードを失ったセイントバードチームはシュネルギアに回収された。非戦闘員の中ではミルフ・ブラマンジュが死んでしまったが、それ以外は皆無事だったセイントバードチーム。そして何よりも、エリィが生きていた事がクルーにとっては喜ばしい事であった。

シュネルギアはニューヨークへ向かう為に移動を始める。ブリッジではジャンヌがエリィと会話をしていた。

「ご無事で何よりです。セイントバードが墜とされたという話を聞きましたので……」

「なんとか避難して……まあ……どうにか無事に逃げる事は出来ました……」

笑うエリィだが、その笑みは明らかに妙だった。苦笑いである。ジャンヌはそれが気になったが、あえて聞かなかった。

「……今回の戦いは、終わりましたね。」

ジャンヌが突然そう言う。

「そう……ですね。」

ジャンヌの言った事に対してエリィも答えた。

「……エリィさん、貴方達はこれからどうなされるのですか?」

ジャンヌは聞き辛そうな様子で言った。セイントバードを失った今、MS乗りとして活動するのは不可能である。戦いが終わった今、エリィをはじめ、セイントバードチームは果たしてどのように過ごすのか。ジャンヌとしては気にせずにはいられなかったのである。だがその質問をした時、ジャンヌが思った通り、エリィから笑顔が消えた。これからどうすれば良いか分からなくて困惑しているのである。

「セイントバードが……無くなって……確かに……これからどうやって過ごしていけばいいんだろうって……思いますよね……そうだ、自分達の家が無くなるなんて、考えてもいなかったから……」

セイントバードは彼女にとって家族のようなものだ。それはネルソンが滅びゆくセイントバードの中にいたエリィを救出しようとした時に彼女がネルソンに対して言った台詞である。その大切な存在を失った悲しみは大きく、彼女は放心状態だったのだ。

「……今は……話したくありませんか?」

エリィの気持ちを察したジャンヌは気を遣うように言った。するとエリィは静かに頷いた。

「……そうですか……あの、もし良ければ暫くここに居ても、大丈夫ですよ?」

「……ありがとう……ございます……」

エリィの声は礼を述べるのだが、同時に、静かに溜息を吐く。精神的なショックが大きい為か、ジャンヌの前で表情を隠す事すら、出来なくなっていたのである。

「ごめんなさい、ジャンヌさん……私、失礼します……」

そう言ってエリィはジャンヌに礼をした後にブリッジから去った。ジャンヌはその寂しげな後姿を見て、どこか物悲しい表情を浮かべていた。

 

 

 

ブリッジから出てきたエリィ。廊下で待っていたのはネルソンだった。

「やはりセイントバードが気になるか……」

「どうしても……ね。」

「気持ちは分かる。だがずっとそれを気にしてはいられないだろう。貴方が言ったように、セイントバードが家族だという気持ちは私にもある。」

セイントバードがないというショックを感じているのはエリィだけではない。ネルソンも同様なのだ。

「やれやれ……だな。トルクスは全滅。セイントバードが残した機体はアインスとツヴァイとハルッグのみ。しかもアインスはHPSを機能する事が出来ない。パーツは全てセイントバード内にあったからな……」

溜息を吐くネルソン。だがその時、エリィはふと、呟いた。

「……あれ、と言うか……今思ったんですけど、私達ってもう戦う理由は無いと思うけど……?」

ふと、エリィは思った。確かに、今回の戦いを終えた以上、セイントバードは戦闘を行う理由はない。全ては終わったのだ。もう国連や新生連邦に巻き込まれる心配は無い。今までセイントバードがあった時のように、過ごしていけばいい。ただ、〝母艦があれば〟の話だが。

「確かに、戦いを行う理由は無い。レイやスバキはもう、戦わなくていい。彼等は故郷に帰してあげても良い。全ては終わったのだからな。」

ネルソンの言う通り、全ては終わった。もう何にも縛られる事は無い。レイも戦う必要はない。彼が望むように、故郷であるモントリオールへ帰してあげる事も出来る。彼が言うように、全ては終わったのだから。

新生連邦が敗北した事で、世界情勢は大きく、変わっていく。平和国連盟が地球上の一番の勢力圏となった今、戦争に巻き込まれていく事は、無いのだ。

戦いが終わったのは良い。しかし、MS乗りとして行動は出来ない。結局どうすれば良いか分からないのだ。困惑する両者。エリィは俯き、ネルソンはエリィの肩に手をそっと置き、その状態で廊下を歩いていく。

 

 

 

スバキはシュネルギアの廊下にてレイと再会していた。モハーヴェ砂漠で一人戦っていた彼女は、久し振りにレイと会う。

 彼女自身先の戦いで国連の思惑も重なり、撃破されそうになったが一機のハイエッジに助け出されていた。

「レイ!大丈夫か?」

「スバキ……うん、大丈夫だよ……スバキも、良かった……」

「ああ……ホントにな……けど……お前、大丈夫か?なんか様子が変だぞ?」

「……うん……まあ……ね……」

スバキから見て、一目でレイの様子が変であるのが分かった。気になったスバキは尋ねようとする。

「何かあったのか?」

「いや……さっきの戦いで……色々とあったから……」

思えば、彼は先程の戦いで多くの出来事を経験した。クラリスに言われた、無意識に罪の無い一般人を殺していると言う事と、シーアが過去に会った事のある人間で、現在は敵同士であるという事と、セイントバードがもう無いと言う事……多くの出来事を経験したレイは元気が無かったのである。

 

――――お前のようなクソガキがそんな事してたらなぁ!話にもならねえんだよ!―――

 

――――――――――――人間は時が流れると変わってしまうのさ――――――――――

 

先の戦いで聞いた幾多もの台詞。これらがレイを苦しめる上、更に帰る場所がなくなったことが彼を悲しませていた。

その時、二人の前にエリィとネルソンが姿を現した。レイは二人に挨拶をし、エリィは作り笑顔でレイとスバキに話しかける。

「お疲れ様。スバキさんも頑張ったわね。」

「あ……ああ……ありがとう……」

スバキは嬉しそうな表情を浮かべた。その直後にエリィは言葉を発する。

「あのね……セイントバードはもう無いと言う事、スバキさんは知っているのかな?」

「なっ!?そうなのか!?」

彼女は知らなかったのだ。と言うのも、彼女が戦闘終了後に初めて会ったセイントバードクルーがレイだった上、レイはそのことをまだ言っていなかった為であった。

「そんな……嘘……?」

「本当なの……もう、ないの……」

スバキの表情は険しいものになった。母艦が消えたと言う事実は彼女に衝撃を与える。

「じゃ、じゃあさ……この先どうなるの?私も含めて、皆……」

「さあ……ね……私もそれで困っていた所だから……」

その場にいた全員が無言になった。セイントバードが無い事で、もう行動が出来ない。何よりも、これから先何をすれば良いか分からないのである。

「二人共、聞いて欲しい事があるの。もう私達は戦う必要は一切なくなりました。つまり、貴方達はもう、ここに居る必要はなくなったの。レイ君、貴方はもう新生連邦の脅威に怯える事なく故郷に帰る事が出来るわ。リルムさんと共にね。」

「え……そうなん……ですか……?」

レイは言った。それは彼にとって喜ばしい出来事であった。

しかし、彼は素直には喜べなかった。自分は故郷に帰れば良い。しかしエリィやネルソンはどうなるのか?そして、自分しか扱えないツヴァイガンダムはどうなるのか?

元々レイには故郷に帰りたいという感情はあった。先の戦闘前は、“攻める”戦いに困惑しつつも、戦闘中は懸命に戦った。だが今になって、実際に故郷に帰ることが出来るとは言え、他の人々はどうなるのかと言う感情が芽生えていたのだ。

「故郷……って言っても私は日本か。でもそうなったら一人暮らしだなぁ……」

スバキも同様で、彼女の場合は一人暮らしになってしまう。家族の居ないスバキからすれば、それは寂しい事であった。だがセイントバードはもう無い。帰る場所はもう、ないのである。

「その判断は二人に任せます。けれど、これだけはハッキリと言えます。貴方達はもう、戦わなくて良いの……」

そう言うエリィの表情は寂しげだった。自分自身も何も出来ないと言う空しさがその表情を作り出したのである。

「よく考えてね。故郷に戻るなら私がジャンヌさんに言って、レイ君ならカナダのモントリオールへ。スバキさんなら日本の東京へ送ってあげることは出来るから……そうだ、みんなにもこの事は伝えないと。」

そう言ってエリィとネルソンは奥へ行った。セイントバードチーム全員にこの事を伝える必要があったからだ。残されたレイとスバキはこの先どうすれば良いかを考え始めた。

「お前、どうするんだよ……?」

「……分からない、分からないよ……もう戦いは終わったんでしょ?ならもう……戦う必要が無いのなら……僕は戻ろうかとは考えてる。」

「……そっか。まあ、そしたら平和に過ごせるもんな。今デウス帝国がどーのこーのって世間で騒がれてるけど、そんなもん、地球に住んでる私達からしたら関係の無い話だし。」

スバキの言うように、彼らが一度故郷に帰り、元の生活に戻れば全ては自分にとって無関係な話となる。

今までは関わりのあった出来事も、これからは他人事。ニュースを見て世界情勢を見る程度の関心に終わってしまう。平和な生活が始まるのだ。そう思うとレイは故郷へ帰りたいと考え始めた。だがそうなるとツヴァイガンダムはもう用済みになる。ツヴァイはレイにしか扱えない機体であり、誰も扱えない以上は残しておく必要が無くなるのだ。それは少し気になったが、平和になるのならそれで良い。もう、戦って悲しむ必要は無い……レイには段々とその気持ちが大きくなっていた。

リルムと一緒に故郷に帰れば母親に会える。姉や妹にも会え、父親にも会える。そして平和国連盟が新生連邦に代わって組織を作っていくのならば、恐怖に縛られる心配も一切なくなる。よって、学校に行く事が出来るようになる。と言っても彼の場合はもうすぐ卒業だが。だが学校に行くことで友達にも会える。どうでも良い話も出来るし、冗談話も出来る。いつもの生活が出来るようになれば、それで良い。レイは想像を膨らませた。 

平和な日常……思えばその為に今まで戦ってきた。これからは平和な生活を送り、いつもの日常を送って行けば良い。ツヴァイガンダムなど別にどうでも良いではないか……彼はこう考えるようになっていた。もう、兵器とは無縁の生活を送れるのなら……帰ろう、故郷へ。レイの気持ちは決意へと変化しつつあった。

そうだ、もう戦いは終わった。新生連邦は敗北し、加勢した国連は勝利を迎えたのだ。もう戦う必要はない。攻める戦いはもう、しなくて良い。故郷に帰って、今まで通りの生活を送れば良い。ガンダムと共にした時間を忘れて、ジュニアハイスクールの生徒としての残りの時間を過ごせば良い。それで、良い筈だ。

しかしその時、彼は違和感を覚えた。本当にこれで良いのか?まだ、やるべき事があるのではないだろうか?レイは考える。しかしその〝やるべき事〟の正体が、何なのかは、分からなかった。

「……ちょっと……考えてみるよ。」

「そっか。私も……ちょっと考えてみようかな……」

と、レイは用意された部屋に戻ろうとした時――

「あのさ!」

スバキが、突如声を掛けた。

「どうしたの?」

反応する、レイ。それに対し、スバキは

「いや……何でもないや。ごめん。」

「うん?そうなんだ。」

スバキの声掛けが気になったが、レイはそのまま部屋に戻っていった。その後ろ姿を、スバキはただ、寂し気に見つめていたのであった。

 

 

 

この時、エリィもレイと同じ違和感を覚えていた。何かするべき事があるのでは……と、彼女の中で考えていた。セイントバードがあった時のような慈善行為や、MSのスクラップ等を売って生計を立てて行くのとは違う、もっと、本当にやるべき事。だがその〝やるべき事〟が何なのかが分からず、彼女は困惑するばかりである。

そもそも、今は母艦がない状態だ。どうすれば良いか分からないまま、恐らくチームは解散となるだろう。

もしも、このまま全クルー解散となればエリィはネルソンと暮らす事になるだろう。それは別に良かった。幸せでいられるのなら、それで。

だが彼女はそれに納得しなかったのだ。その違和感が何なのかは彼女自身、分かっていない。エリィはこの事についてネルソンに聞いてみた。

「ねえ、ネルソン。あの……私……本当にこのままでいいのかなって思うの。」

「このままで……とは?」

「何か……まだ何かやり残したことがある気がしてならないの。確かに戦いは終わって、セイントバードも失って……もうMS乗りとして活動できない以上は各自、もう各自で解散すれば良いとは思う。けどね、私は……何か……まだやるべき事があると思う。私達は軍人じゃないから、もう別に何もしなくても良いのは事実だけど……なんだろう、変な使命感があるって言うか……良く分からないっていうか……全てが解決していないっていうか……」

もう、自由に過ごせば良い筈なのに、彼女はレイと同様に、奇妙な違和感を覚えていた。彼女の場合は使命感である。この先、まだすべき事がある……だがそれが何なのかは分からない。それが気持ち悪くて、彼女は不快に感じていた。

「今は焦っても何も解決しない。とにかく皆に伝える必要がある。故郷へ帰るか、これからどうするかをな……」

「そうね……」

やがて再び両者は歩き始める。クルー全員に、これからどうするのかを聞く為に。

 

 

 

それから三日が経過した。シュネルギアはニューヨークに着いており、平和国連盟の本部前で待機している。本当ならば一日あればニューヨークへ行く事は可能なのだが、シュネルギアの修理やMSの整備が重なり、二日掛かった。そして三日目にニューヨークへ向けて出発し、現在はニューヨークに着いていた。この時、セイントバードチームの面々は未だに次の行動を取れない状態でいた。どうすれば良いか、困惑している状態である。

そして同日にギアはギルスと会い、話を聞いた。これから世界をどのように動かすのかを聞き、彼は内心で聞き呆れていたのだ。

 

 

 

平和国本部のあるニューヨークに着いていたセイントバードチームとアステル家の面々。相変わらず彼等はこれからどのように過ごせば良いか分からずに過ごしていた。そんな中で、レイは故郷へ戻る事を一人決意していた。今、彼はその事を恋人であるリルムに話している。

「ねえリルム。」

「何、レイ?」

リルムの部屋に入り、レイは静かに言った。

「もう……戦う必要は無くなったんだ。だからさ、一度戻らない?モントリオールに。」

「……え!?」

レイの言葉にリルムは驚く。その表情は笑顔で満ちていた。

「モントリオールに帰れるの!?本当に!?」

「うん、本当だよ。」

複雑な表情のレイとは違い、リルムは大いに喜んでいる様子だった。

「絶対に帰ろうよ!帰れるなら、私帰りたい!お母さんとかお父さんに会いたい!」

リルムは帰りたくて仕方がなかった様子だった。懐かしの故郷に帰る事が出来るという喜びがレイに直接伝わった。彼は、リルムの表情を見て笑顔を作る。

「お母さんに会える!お姉ちゃんにもお父さんにも!みんなには友達と避難してるって言っておいたから怒られる心配もないし!あ、ちゃんと伝えておかなきゃ!もうすぐ、帰るって!」

リルムが新生連邦によって拉致をされていて、アステル家に保護されていた時、リルムは友達と居るという言い訳をしていた。それにより暫く戻らないという風に伝えていた。

 現在、彼等の学校は休校状態だ。学校の事を言われる事は無い。そうした事もあり、リルムは両親に詮索される事はなかったのだ。

 これに対し、レイはどう言い訳をすれば良いかを考えなければならなかった。思えばあの時は余りに突然だった。それに、彼は一度故郷を離れている。最初にセイントバードチームに助け出された時だ。その時は父、ジュナスがどうにか話を合わせてくれたが、今回はどう在るべきなのか……素直に、言うべきか?どうするべきか。リルムと同様に、友人と避難をしていたというべきか。

 

 やがて両者は電話を掛けた。互いの母親に、もうすぐ帰ると伝えるのだ。新生連邦の敗北が世界中に伝わっている状況。これによって世界情勢が一段落すると思われた為、安心しているのが伝わったのだ。

 リルムは母親と電話が繋がり、喜びの声を上げていた。一方のレイは、母親に対して謝ろうとした時――

『レイは今まであの人と一緒に居たんでしょう?確か、ボランティアとして。だから連絡もあえてしなかったのよ。よく、無事だったわね、レイ。気をつけて帰ってきて……。』

思いの外、母、カレンは思いの外驚愕している様子を見せなかった。以前の事を経験しているからであろうか。

だが母のその言葉はレイを安心させた。父、ジュナスが予め手を回していたのだ。レイの事情を知る父親故に、こうした事に手を回してくれたのは本当に有り難かった。

(父さん、この事を見越してあんな事を言ってたのか……!)

それはダーウィンにて偶然にも父親と再会した時、レイに対して言った台詞がある。

 

―――――――母さんの事は心配するな、お前はお前の事をしたら良い―――――――

 

その台詞を思い出し、彼は感激している様子を見せていた。

やがて、二人共電話を切った。その際に二人は顔を見合わせ、笑顔を浮かべる。

「お母さん、泣いてた!」

「僕も……母さんが泣いてた!」

「やっぱりお母さんとレイのお母さんって……」

「似た者同士で仲良いよね!アハハ!」

このように、笑顔で会話をした事が二人にとって久し振りに感じられた。二人共故郷に帰る事が出来ると言う喜びで一杯だった。特にレイは、もう戦わなくて良いと言う安心感で一杯だった。これからは普通の生活を送る事が出来ると思うと笑顔が止まらない。

「けどレイがまさかあんなロボットに乗って戦ってるって知ったら、レイのお母さん絶対失神するだろうね!」

「うん……だって……漫画とかアニメの中の話みたいな事が現実に起こってるから……」

全てはアインスガンダムとの出会いから始まった事だった。アインスを成り行きで操ったレイは、チェーニ姉妹のガンダムと交戦して敗北し、連れ去られそうになったところをネルソンに助けられ、そこからセイントバードチームと行動を共にしてきた。

途中で彼の乗る機体はツヴァイガンダムへと変わり、それからも戦いは続いた。そしてダーウィンでの戦いや新生連邦本部攻略戦を経て、現在に至る。今まで何の変哲もないレイからすれば、この事実がまるで嘘のように思えた。だが全ては現実の出来事。今思えば、何も知らない人間に言っても信用されないような事ばかりだ。

そして幾多もの戦いの中でレイは力を身に付けて行った。自らが光るような経験もした。それに対し、怯えてこともあった。しかし、今となってはもう、どうでも良い事である。 

そもそも、その内容を別に何も喋る必要は無いのだし、彼が喋る事が無い限り、リルムもレイが特別な力を持つ人間であることは知らない。彼が口にしない限り、いつも通りの平穏な生活を送れるのだ。

 

――――力を持つという事は、生きていく上で莫大なリスクを背負うことになる―――

 

―――――――――お前は一生苦しみながら生き続ける事になるだろう――――――――

 

――――――――――――――――私が、居る限りはな―――――――――――――――

 

その時、レイはびくりと身体が反応した。以前にエファンが残した言葉を思い出した為である。

「レイ……?」

「あ……ううん、何でもないよ?」

何故急にあの男の言葉が蘇ったのかは定かではないが、今レイは突然の恐怖に襲われていた。

(なんで今になってあの人の言葉が……?もうこれからは戦いと関係の無い生活を送るのに……どうして……?)

背筋が凍る思いをしたレイ。突然思い出されたエファンの言葉は確かにレイを恐怖に陥れたが、彼はそれを気にしないようにした。何せもう自分には関係の無い話なのだ。普通に生活する彼が何を恐れる必要があるのか……レイは自分自身に言い聞かせ、自らの中で不安を消した。

「あ、あのさ……この事をエリィさんとかジャンヌさんに言った方がいいと思うんだ。だから一緒に行こうよ。」

レイはそっと手を差し伸べた。リルムはそれに対して笑顔で応じ、一回思い切り頷いた後、差し伸べられたレイの手を握って一緒に部屋を出た。両者は、故郷へ帰る事が出来る希望を胸に抱いており、互い笑みが絶えなかった。

 

 

 

それから二人は、まずエリィの元へ向かった。彼女はネルソンと共に部屋におり、ノックをして部屋に入る。許可を得た後、レイは早速エリィに事情を話した。

「……そう、やっぱり行くんだね。」

「はい……その……僕、今まで皆さんと過ごせて本当に良かったです。いろいろありましたけど、もう戦わなくて良いのなら……僕達は戻ります。」

レイの言葉遣いは明らかに気を遣っていた。それを見たネルソンは口を開ける。

「気を遣っているな、レイ。だが君は別に気を遣う必要はない。寧ろ今まで良くやってくれたと褒めたいぐらいだ。元々君は普通の学生だ。リルムさんもな。君達には君達で、これから生活がある。そのかけがえのない人生を大切に生きていって欲しい。」

ネルソンはこの時、笑顔だった。彼が笑顔で喋るのは珍しい事だった為、レイにとっては不自然に感じられた。

「ネルソンもこう言ってるしね!ジャンヌさんに言って、モントリオールまで送ってもらうようにするわ!二人共、本当にお疲れ様……」

エリィも笑顔だった。これから先の二人の幸せを願うように、静かに笑っていた。彼女の笑顔に応じるように、レイ達も笑顔で頷く。この時、エリィは自然にネルソンの事を名前で呼ぶ事が出来ていたのだ。

その時、レイに疑問が浮かんだ。自分達は故郷へ帰る。だがスバキやエレンはどうなるのか。彼等の事が気になったレイはエリィに聞いた。

「あの、他のみんなはどうするか聞いていますか?」

エリィは首を傾げた。

「さあ……私もまだ聞いていないの。みんなやっぱり悩んでいるみたい。まあ、私もなんだけどね。」

「あ……その……すみません、僕……自分達の事しか考えてなくて……」

レイは反省した。自分とリルムは故郷に帰れば良い。しかし残っているクルーはこれからどうすれば良いか分からないのだ。スバキは日本に母親もおらず、一人暮らしの生活を送る事になる。エレンも同様で、両親がいない。そしてエリィ達も母艦を失っており、これからどうすれば良いか分からないのだ。自分達のことしか考えていなかったレイは、自身を責めた。

「何やってるんだろう、僕……本当に馬鹿だ……」

「……レイ君は謝らなくていいんだよ、君が選択した答えなんだから、それをすれば良いだけ。リルムさんも……ね?」

「あ……はい!」

レイとリルムは頭を下げた。そして一言。

「今までありがとうございました!」

と言って、彼等は部屋を後にする。次に向かうのはジャンヌのいるブリッジだ。

 

 

 

レイ達はシュネルギアのブリッジに向かった。しかしそこにジャンヌの姿は無い。彼はオペレーターに話を聞いた。リルムは彼の隣で黙っているだけである。

「ジャンヌ様はまだ戻ってきていないみたいだな。用件があるなら伝えておこうか?」

「構いませんか?今忙しそうですけど……」

「今はそんなにだから良いんだよ。で、何よ。」

彼は用件を言う為に口を開こうとした……その時、ブリッジに入る為のドアが開いた。ジャンヌがブリッジに入ってきたのである。それに気付いたレイは頭を下げた。

「まあ、レイ。どうなされたのですか?」

相変わらずの美しい容姿をしているジャンヌに魅了され、レイは呆然とした。それに気付いたリルムはレイの肩をぽんと叩いた。我に返ったレイは用件を言う。

「……そうですか、お帰りになられるのですね。」

「はい……その、迷惑でなかったらいいんです。僕達を送ってもらいたいんです……」

正直、気が引けた。彼等にも都合がある。そんな都合を無視してお願いを言っているので、申し訳が無い気持ちだった。だがジャンヌは笑顔で、快く答えた。

「ええ、大丈夫ですよ。……ただ、シュネルギアごと……というのは正直厳しいですね。艦内にある輸送機を手配して、故郷へ送らせて頂きますわ。」

「あ、ありがとうございます!」

これで、故郷に帰る事が出来ると言う事が確実になった。喜ぶ両者。しかしその時、ジャンヌは口を開けた。

「ただ、そうなればもう、ツヴァイは不必要となりますね。あの機体は貴方にしか扱う事が出来ません。貴方は故郷へ帰ると言うのでしたら、私達はツヴァイを一度アステル家に戻す事になります。」

「あ……そっか……そうでしたね……」

レイが故郷に帰ると言う事は、もうツヴァイに乗る必要は無いと言う事と同意義だ。それは彼自身も分かっていた。だが改めて言われることで彼は少し戸惑った。しかし、もう戦いと関係の無い生活を送るのだから切り捨てる必要があると思い、彼は口を開けた。

「だ、大丈夫です!あと……その……今まで迷惑を掛けたりしましたけど、本当にありがとうございました!」

先程エリィにした時と同じように、二人は深く頭を下げた。ジャンヌはその姿を見て笑みを浮かべる。その時、レイは彼女に聞いた。

「あの、ジャンヌさんはこれからどうされるんですか?」

エリィ達は未だに困惑している状態であるが、ジャンヌはどのように行動するかは分からない。気になったレイは思い切って聞いてみたのである。

「私達はまだ戦うでしょう。確かに地球での争いは終わったと言えます。しかし、まだ宇宙があります。残った新生連邦軍の行方も気掛かりですし、何よりもデウス帝国の残党の存在もあります。そして、国連の存在も。私達は、やがてはそれらを全て解決する必要があると判断しました。この事はアレンも知っています。ですから、戦いはまだ終わっていません。セイントバードクルーの皆さんにはまだ、これからどうなさるのかを聞いてはいませんが、少なくともシュネルギアのクルーには意見は聞きました。」

ジャンヌが、改めてレイに伝える。

「全員、賛成との事ですわ。」

それを聞いたレイは戸惑った。今まで彼が意見を聞いた人間は皆、困惑していたのに対し、ジャンヌは意志が明確であったからだ。それも、まだ戦うと言う意思である。予想外の答えが返ってきて、彼は目を開閉する動作を、何度も繰り返した。

(どうして、そんなにはっきりと言えるんだろう……)

何故、彼女ははっきりと、“戦う”と断言したのであろうか。それが、レイは気になっていたのである。

「私達は、これからも戦う事を決めました。けれども貴方はもう戦う必要はありません。貴方が言ったのですから前言撤回をすることは恐らく無いとは思いますが、これから先、もし貴方は私達と共に戦う道を歩むのでしたら、これからは攻める戦いを強いられることになります。一応、警告はしておきました。けれども貴方はもう戦わないのでしたら、関係の無い話ですね。」

再びジャンヌは笑顔になった。だがこの笑顔がレイにとっては複雑に感じられた。

(戦う……必要……か。)

もし、戦うならば攻める戦いを強いられる。だがそれは〝戦う〟ならの話。もう戦う必要などないのだから、そのような事等、する必要はない。

「輸送機を発進出来るように言っておきます。忘れ物だけには気を付けて下さいね。」

「あ、はい……」

そう言われ、二人はブリッジを後にした。だがその時のレイの表情は明らかに笑顔では無かった。

戦いは終わった。その筈だ。だがそれはあくまで、〝彼にとって〟の戦いなのかもしれない。

 

―――――――――――――――戦いはまだ終わっていません――――――――――――

 

ジャンヌ達にとっての戦いは終わっていない。戦いの場は宇宙になる……そうジャンヌは言った。その言葉がどうしても離れないレイ。もう戦わなくて良い筈なのに、どうして彼は苦悩するのか。それは、彼自身が分からないのだ。

故郷へ戻る事が出来る喜びがある一方で、複雑な心境のレイ。廊下を歩いている際、レイとリルムは会話する事無く、彼はただ考え事をしているだけだった。

(もう終わったんだ……僕にとっては。僕にとっての戦いは……けどまだ本当に戦争は終わって無いんだよね……なんでだろう、僕はどうして悩んでいるんだろう……本当に僕には関係の無い事なんだ、僕だけじゃない、リルムや他の皆にも……)

沈黙し、考えるレイ。その時、彼にリルムは優しく話し掛けた。

「もう、良いんだよ?レイはもうあんなのに乗らなくていいんだよ。あんなのに乗ったらレイは人を殺しちゃうんでしょ?レイ自身がそんな事願ってないんだから良いんだよ。」

「……そうだよね、そう……だよね……?」

リルムはレイにしたアドバイスで、レイは少し安心出来た。これから先は戦いとは無関係の生活を送る事が出来る……しかしその一方で、本当にこれで良いのかという気持ちもあった。今のレイは、心の天秤が安定しない状態であった。

 

 

 

それから時間が経過した。その間、レイとリルムはセイントバードのクルーの皆に挨拶をして回った。今まで世話になったクルー達……かけがえのない仲間との分かれは寂しいものがあった。けれどもこれからは普通の暮らしをしていくと決めた以上、彼は後戻りをする気は無かった。

「そっか、行くんだ。けど……楽しかったよ。お前との思い出は一杯あるからな。また連絡しろよな。その時はいつでも飛んでいくから!リルムもレイと……仲良く……な。」

スバキが言った。

「レイには本当にお世話になったから……正直、分かれるのは寂しい。でもレイはレイで故郷に家族がいるのなら、まずは家族に会ってあげないとね……レイの事を大切に育ててきた家族なんだから、顔を見せてあげないとね。リルムさんもお元気で。仲良くなれて良かった……。」

エレンが言った。

「いやや!れいかえんな!りるむねーちゃんも帰っちゃ、やだー!!!」

相変わらず、我儘を言うメナン。

「貴方もこれから、ヒパック村に帰るんだからね?」

エリィがメナンを宥めながら、言った。

「おー、そーだった!おわかれやなー!」

相変わらず喜怒哀楽が激しいメナン。自身もヒパック村に帰り、家族の下で生活をするのだ。

 短い間とはいえ、戦場を経験したメナンだが、それは彼女にとって、何かしらの経験となるだろう。

「元気でね、レイ君、リルムさん。短い間だけど楽しかった。それと……レイ君は命の恩人だからね。色々とあったけれど、あの時は本当に嬉しかったから……」

ウィリアが言った。

「寂しくなるなぁ。けどさ、なんやかんやで命の恩人だよなレイは。」

「二人共元気でね!また会えたらいいよね!」

スラッグとインクが言った。

「そうか……行っちゃうのか。寂しいな。でもお前の都合だし仕方がないよな。」

「そうネ。私達も幸せでいるから、レイとリルムも幸せにネ!」

ガーストとプレーンが言った。

 

そして二人はもう一度、エリィとネルソンのいる部屋に向かい、挨拶をした。

「何だかレイ君と会った事がまるで昨日の事みたい……だけど早いね、もう一年以上前なんだよ。いろいろあったけど、本当に楽しかった。でもね、連絡はする予定だよ!また会えたら会いたいね!レイ君、リルムさん!」

「幾多の戦場を生き残ってきた経験は君にとってかけがえのない体験となっただろう。だがもうそれを忘れて、自分達の生活を楽しめばいい。本来君は戦うべき人間で無いのだ。君にとって全ては終わった。我々は我々で、これからを考えて行く。いろいろとあったが、君達と出会えた事は良い経験だよ。エリィと共に一生心に残るだろう。……今度こそ、これからは幸せな生活を送れ。」

エリィとネルソンが言った。その言葉を聞いて二人はお辞儀をし、部屋を去る。

 

 

 

そしてシュネルギアのMSデッキにて。彼は置かれていたツヴァイガンダムの姿を見て、Eフォンに内蔵されているカメラでその姿を撮った。もう二度と乗る事の無い自分の愛機。せめて最後に静止画として残したいと思ったのだ。

 

カシャ

 

カメラの音が鳴る。そして彼は画像を保存し、静かにEフォンを閉じた。そして二人は最後にミシェに挨拶をする。

「正直、お前は天才だと思ってたよ。あんなサイコミュ兵器を手足のように操るんだからな。けどもうそれはお前にとって関係の無い話。これからは自分の将来なりたい職業とかの為に生きて行ったらいいんだよ。これから先いろいろあるぞ。けどレイ、お前なら大丈夫じゃないかな。お前、悪運は強いから。そしてお嬢ちゃん。世界は広いってこと知っただろ?結構良い経験になると思うぜ?これってさ。……じゃあな。」

ミシェは静かに手を振った。そんな彼に対し、レイとリルムも静かに手を振る。この時、既に輸送機はいつでも発進できる状態であった。中にいたのはアステル兵である。

そして二人は輸送機に乗り込んでいく。他の、セイントバードチームの整備士達に手を振りながら――

 

 

ジャキンッ

 

 

だがその時。突如銃を構える音が聞こえた。それも一つではない。五つである。

その音に気付いたミシェ達は、音の方向を睨むように見た。そこには、国連の兵士の姿があった。計五人の兵士達はいずれもが銃を構え、内一人がレイに対して言った。

「レイ・キレス。勝手な行動は止めて貰おう。」

兵士の中の内の一人が言った。レイは両手を上げ、困惑した表情を浮かべていた。

「貴様のその力は今後我が軍にとって重要な戦力となる。今後展開されるであろう宇宙での戦闘においてもな。勝手な判断でここを去る事は許されない。これは、ギルス・パリシム議長の命令だ。来い。」

「そ……んな……」

国連軍の勝手な判断に、レイは憤りさえ感じた。当然、その場にいたミシェは猛反発する。

「お前らが何様かは知らない。けどな、レイは普通の民間人なんだよ。それをお前らは戦力だからってここに留まらせようってのか?軍人でも無い人間を?非戦闘員の避難さえさせなかったお前らが偉そうに……こいつらは無関係だ。軍人じゃない。だからここから消え失せろ――」

 

パァンッ

 

その時、一人の兵士がミシェの発言に対して威嚇射撃を行った。威嚇射撃である為、ミシェに銃弾は当たらないが、驚愕している様子だ。

「下手な言葉は言わない事だな。軍の命令には従ってもらう。降りろ、レイ・キレス。」

レイは戸惑う。だが、このままでは犠牲者が出る可能性がある。自分は国連の指示に従わなくてはならないのか……そう思った時、再びミシェは言った。

「何を迷ってるんだレイ!お前は早く輸送機に乗れ!こんな奴等の言う事なんて聞くな!」

「黙れと言った!」

 

パァンッ

 

その時、ミシェは一人の兵士に右肩を撃たれた。肩からは血が流れ、肩を押さえ、痛みをこらえている。

「ち……ぃ……!」

歯を食い縛るが、今のミシェには何も出来ない。国連の兵士がミシェを殺さなかったのはわざとだと思われる。

「我々は下手に、犠牲者を出す訳には行かない。早く手当てを受けろ。」

「てめえ……ら……!」

発砲しておいて、あくまでも高圧的な態度をとるこの兵士達が憎く感じられた。だが下手な事は出来ない。そうすれば自分はもちろん、他の人間にも危害が及ぶ可能性があるからだ。

「さあ、早く来い。お前はあのガンダムと共に宇宙で戦ってもらう。新生連邦の残党勢力及び、デウス帝国残党という脅威を排除する為にな。」

レイの側にいたリルムは震えていた。それを見たレイは握り拳を作り、言葉を発する。

「お……お断りします!!」

「ほぅ。」

 

パァンッ

 

そう言った時、レイの頬を兵士の撃った銃弾が傷付けた。静かに血が流れ、レイはそれを手に触れ、流血を確認する。

「残念だが断る事は許されない。貴様は大切な戦力だ。殺す事は許されない……だが、命令に従えない以上はこちらも相応の対応をさせてもらう。」

レイを戦力の一員としか見ていない兵士達。これが戦争を求める人間達の意見なのだ。レイはごく普通の民間人であるのに、それを許そうとしないのだ。

「少年とはいえ、その力を見過ごす訳にはいかないからな。可哀想だが、協力してもらう。」

「嫌だ!僕は……!」

レイはあくまでも拒み続ける。しかし、兵士達はそれを許さない。絶対に国連に所属させるように強要する。どうすれば良いか分からない状況……もうすぐ故郷へ帰る事が出来ると言う直前で起きた出来事は、レイとリルムを苦悩に追い遣る。

 

ドンッ

 

その時だった。一人の兵士は突如手首に激痛を訴えた。と、同時に銃を落とす。それを見て動揺する残りの兵士達。

「な、なん……ぐぁっ!」

その時、二人の兵士が倒れた。そして残る二人の兵士は頭部に銃を突きつけられている。これにより、兵士達は全員何も出来なくなった。そして、彼等の自由を奪っている人間こそ、ウィリアとアレンとエリィだったのである。

アレンは二人の兵士を気絶させ、エリィは一人の兵士の手首を拳銃で狙って銃を落とし、残る二人の兵士にはウィリアが頭部に銃を突き付けることで身動きを取れなくしている。

「レイ!早く行くんだ!国連に従う必要なんてない!お前は、お前のしたいように生きて行くんだ!」

「アレンさん……ありがとうございます!」

レイは頭を下げ、すぐに輸送機に乗り込んだ。

「レイ君を見送ろうとしたらこれだからね……平和国連盟と言う存在が一体何なのか、私、分からなくなっちゃった……」

「レイ君を“人”としてでなく、戦力としかみていない時点で国連とは縁を切りたいものだけど……私達はまだ何も出来ないのが辛いところ。せめて彼等だけでも幸せに生きて欲しいわ……なのに、こんな事をするんだから……」

やがて輸送機はシュネルギアのMSデッキから出発し、彼等は遂に故郷へ向かって行った。レイとリルムは懸命に手を振り、皆と別れを告げる。

 

この後クルー達は兵士から銃を奪い、身動きを取れないように、錠で両足を固定した。兵士達から話を聞くと、今後の国連の作戦にレイを強制参加させる予定だったという。無論、他のセイントバードクルーを切り捨てて。確かに彼の活躍は目を見張るものがあったが、そのような事を、彼が賛成するはずがない。だからこそ、クルーはレイを故郷へ届ける為に尽力したのだ。現在兵士達は手足の自由を奪われている為、上層部と連絡は取れない。だから、レイがこの先国連軍に連れ戻される可能性はまずないと思われた。

「一人の少年は全く戦いとは無関係の存在だ。それを利用するなどどうかしている。国連も随分と落ちぶれたものだな。」

ネルソンは一人の兵士に対して言った。苛立ちを見せる兵士だったが、身動きが取れないので何もできず、彼の言葉に対して

「役に立つ人間を利用するのはお前らも同じじゃないのか。あの少年を利用しているのはお前達も同じではないか。だから我々はその力をお前達と同様に利用する為に――」

と、兵士は言おうとしていたが兵士の言葉を遮るようにネルソンが再び口を開ける。

「我々は彼を利用していない。彼は自らの意思で今まで戦ってくれていた。だからこそ、我々も彼の望みを叶えてやる義務があるのだ。言わば信頼関係だ。レイがお前達国連軍に協力しないと言う事は、国連に信用が無いと言う事だな。」

「チッ……」

そう言われ、兵士は黙った。彼等はここから動くことはもう出来ない。だから、上層部にレイの存在を報告する事が出来ない。レイの将来の安全を確保する為、彼等は尽力を費やしたのである。

(元気でな……)

ネルソンはそう思い、再び兵士達を監視する為にMSデッキで見張っていた。




第八十二話、投了。
戦争が終わり、レイとリルムは故郷に戻る選択をした。
しかし国連が邪魔をしたという話。
国連の腐敗は極まっていますね……


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第八十三話 偽りの平和を破る者達

故郷に戻り、安寧の時間を過ごすレイとリルム。
だが、ギア・ジェッパーは世界に対し、ある宣言をする――


 レイとリルムをニューヨークから送り出してから時間が経過した。輸送機は遂に彼等の故郷であるモントリオールに辿り着く。見慣れた風景、懐かしの場所。二人は上空から見たその美しい光景に感動さえ覚えていた。

チェーニ姉妹によって拉致された彼等だったのだが、それから時間が経過した現在も彼等の故郷は大きな犠牲を払う事なく、その街の形を維持し続けていたのである。

やがて輸送機は小さな丘の上に降り立った。そこで二人を下ろし、運転していたアステル兵はそのまま去っていく。ここから、彼等実家はそう遠くない。

「いよいよ、母さん達に会えるんだ……」

「お父さんも、お母さん、元気かな?」

二人はそれぞれの家に向けて歩き始めた。期待を胸に秘め、笑顔で。

 

 

 

「ただいま!」

レイは懐かしの実家戻ってきて、思い切り扉を開けた。そこに居たのは、カレンの姿だった。互いに抱擁を交わし、再会を喜ぶ。

「おかえりなさい!大変な状況だったのに、よく無事だったわね……お父さんが居てくれていたからなのかしら?」

母親の様子は嬉しそうであり、それでいて、レイの姿を見て安心をしている様子だ。以前のように起こる様子を見せない。恐らく彼の存在が無事であると言う事をジュナスが言っていたからなのかも知れない。

「そ、そうだよ……うん。父さんが居てくれたから、無事だったよ。そんなに被害とかなかったから……」

父、ジュナスが話を合わせてくれたのだろうと思い、レイは話を誤魔化した。母親はそれに納得している様子だった為、偽りの話と看破される事は無かったのだ。

 最初レイが行方不明になった時は警察沙汰になったという。だが今回はそうでない。これも、ジュナスが話を通してくれていた事が幸いしたのである。実際、彼はダーウィンにて僅かな時間だが父親と会っていたのだが。

 それに、以前は学校を急に行かなくなったという事も影響していた。だが今は学校は休校中である。その間ならば学校に行かない状況とは言え然程何か言われる事は余りないと言える。

「リルムちゃんも友達と避難してたって。それで、戦争が落ち着いたって聞いたから、帰ってくるってヒーリが言ってたし。レイも、リルムちゃんに暫く会えてなかったんじゃない?」

それは違う。実際には共に行動していた。ただ、四ヶ月程度離れ離れであったのは間違いないが。

 だが事実を言う訳には行かないので、レイは

「うん、本当に……久し振りだよ。」

とだけ言った。

 

 

 

母親から何かを言われたり、疑われる様子は無かった。レイにとって、これは本当に幸いだったのだ。二度目の家出とも言える中で、ジュナスが上手く説明してくれた事が幸いしたのだ。

やがて、レイはそのままリビングへ向かう。そこには姉のリリアと妹のミィスがいた。二人の姿を見たレイは、その懐かしい姿を見て、思わず目を、何度も瞬きさせた。そして――

 

ギュッ

 

二人に対し、突然、手を握り始めた。先日までの戦場から一転、見慣れた環境に身を置いた事による感動。今まで一緒に居て、ごく普通に感じた日常は、かけがえのないものだった。下手をすれば死に直面する可能性のあった戦場とは違う、この環境を前に、レイは感動さえ、覚えていた。

「れ、レイ……?どうしたのかな……?」

「お兄ちゃんなんか変だよ?」

偶然にも二人がリビングに居る光景を見て、レイは更に感動している様子だった。

「お姉ちゃん!ミィス!会いたかった!会いたかったよ!」

と言って、更に握力を強めていくのだ。

 姉と妹、それぞれが五体満足で居る。自分が戦場に居て、大変な思いをしていた中、彼女達は戦争の被害に遭う事なく比較的平和な状況で過ごす事が出来ていたのだ。

 世界情勢が不安定になっていたが故に、休校になった。その間、レイは必死に戦っていた。ガンダムを駆り、セイントバードチームを守っていた。そして、新生連邦と平和国連盟の一大決戦を勝利し、それから故郷に戻る事が出来た。これは紛れもない、幸せな瞬間と言えたのだ。

「お兄ちゃんはお父さんと一緒に居たんだよね?お父さんはー?」

その時、ミィスが言った。それに対し、レイが答えた。

「と、父さんはまだ、仕事中なんだよ……」

「ふぅん」

と、どこかあっさりとした印象を持った。

「確かボランティアに行ってたんだっけ?こんな状況なのに、大変だったね。」

「うん……お姉ちゃんは?」

「私は四月から留学を再開していたけれど、途中で新生連邦の宣戦布告を受けてすぐに戻る事になったの。だから、八月からこっちに戻ってきてる状況なの。」

(だから、お姉ちゃんはオーストラリアにいなかったんだ……)

オーストラリアでの心配は、徒労に終わった。良い意味での、徒労である。

「それよりレイは大丈夫だったの?」

「あ……うん、大丈夫。父さんが、居てくれたから。」

明らかな、嘘。だが今は誤魔化す他にない。この家に居る三人には、本当の事を話す訳には行かなかったのだ。

「お姉ちゃんは留学が中止になってからはどうしていたの?」

「私はずっと勉強していたよ。あ、でも先日の戦争で国連が勝ったって言ってたから、もしかしたらもう少ししたら留学も再開になるかも。ホント、大変だったなぁ。半年ぐらいなるもんね、新生連邦が攻撃を開始してから。」

チェーニ姉妹に拉致されたのも半年前だったのだ。それから新生連邦がオペレーション・デモリッション・クリエイションを行い、国連へ総攻撃をした。そこから今回の戦争は始まった。不安定になっていた世界情勢だったが、先日の戦いで一段落はしたと言えるのだ。

「ミィスは?」

「ずっとお家で勉強してたー」

ミィスの通うエレメンタルスクールも休校になっており、家に居るしか出来ない状況。そうとなれば、する事と言えば勉強か、Eフォンを見たりする程度しかする事がなくなる。

「あ、でもたまに友達に会ってたよ。」

「そう、なんだ……」

友達。その響きすらも懐かしく聞こえる。レイは友人に会う事なく、戦場でガンダムに乗って戦っていたのだから。

(そうだ、父さんに連絡を取ろう。)

ふと、レイにその考えが浮かんだ。スムーズに家に帰る事が出来たのは父、ジュナスのお陰なのである。

 

 

自分の部屋に戻ってきたレイ。何も変わっていない自分の部屋を見て感動を覚えた彼は、まずベッドに横たわった。部屋の匂い、外見……全てが以前のままだった。こうしてベッドで横になっていると、本当に今までの出来事は現実だったのかと、彼は疑いたくなった。

「はぁ……お姉ちゃんはずっと勉強してるんだな……僕はその間……戦ってたんだ……嘘みたいだな、これって……本当に嘘みたい……今までの事は夢じゃないんだろうか……僕が戦ってた事なんて……全部……ただの長い夢なのかも…………」

幾多の出来事がありすぎた為か、レイはこのギャップに翻弄されていた。だが、今は自分の部屋がある。ビーム粒子やビーム刃に攻撃され、死にかけるといった事も経験しなくて良い。

 それは幸せな事だ。今まで二度も故郷を離れ、セイントバードと共に行動していたレイからすれば今が幸せな時。先日まで戦争をしていたとは、思えない。故郷があって、家族が居て、部屋がある。その上でリルムも居る。自分は、なんと恵まれているのだろうと思った。

「そうだ、父さんに電話をしないと……」

去年の八月に突然いなくなった事に対する母親への言い訳をどうすべきか迷っていた時に、父親がフォローしてくれた。父は自分の状況を知っている。それも考慮してくれたのだろう。

 

ピピピピピッ

 

レイは、Eフォンを画面モードに設定して父と話をする。

 幸い、回線はすぐに繋がった。恐らく世界情勢が一時的とは言え落ち着いた事がきっかけだろう。画面越しに見える父の姿。ダーウィンで再会したより、どこか、疲れているようにも見えた。

『レイ。元気か。』

「父さん。今、家に帰ってきたよ。」

そう言った後、ジュナスは言った。

『どうやら色々と終わったみたいだな。無事で何よりだ。』

ジュナスは安寧の表情を見せている。それを見たレイも、安心している様子だった。

「その……母さんに話をしてくれてありがとう。僕、父さんのところにボランティアに行ってるって事になっていたんだよね?」

それを聞き、ジュナスは静かに頷いた。

『そうだ。俺が言った方が母さんも下手なヒステリーを起こさなくて良いと思ってさ。お前が無事に帰って来てくれたのは本当にありがたい。もし死んでたらどう言い訳したら良いか分からなかったからな。』

それは、息子を想うが故だったのだ。レイの状況を理解しているジュナスだからこそ出来た事。母、カレンには勿論だが、リリア、ミィスにも秘密の事。家族内で、父親しか知らない秘密。それが、レイが戦場でガンダムに乗って戦っていたという事である。

『その様子だと、“しなければならない事”をやったみたいだな。』

ジュナスは画面越しで笑顔を浮かべる。それに対し、レイは

「うん……」

とだけ、答えた。

(本当に、しなければならない事は終わったんだろうか。なんか、引っ掛かるような気はするけど……)

心の中で迷っているレイ。

『じゃあ、ゆっくり休んだら良い。家に居るなら、ぐっすり寝るんだ。学校も休校状態のままなんだろう?』

確かに、そうだ。今は休校。故にカレンから大きく咎められる事は無かった。いつ再開になるかは不明だが、今は安息の地となっている自室で休みたいという感情が、レイの中にあった。

『じゃあな、俺は仕事があるから。』

と言って、映像は消えた。恐らく僅かな時間を見つけてレイと話をしてくれたのだろう。

 とにかく、父とも連絡は取れた。そして、戦いは終わって家に居る。これが、どれ程の幸せなのだろうか。それと同時に、彼の仕事は相当忙しいのだろうと、レイは感じ取った。

 と、安心した瞬間、レイに突如、強烈な眠気が襲って来た。今までが緊迫した状況が続き過ぎたが故に、心から安心出来る環境に身を置いた為か、そこで安らぎを求めるのは本能なのだろうか――

「眠……い……」

そう言って、レイはそのままベッドに移動し、仰臥位姿勢のまま、パタリと瞼が閉じられていったのだった――

 

 

 

リルムも家族と再会していた。まず彼女は母親であるヒーリと抱き合い、続いて父親のマークとも抱き合う。家族と再会できた喜びは彼女にとっては非常に大きく、涙が延々と零れた。しかしその場所に、姉のヒューナの姿はなかった。

「あらあら、そんなに泣かなくても……いろいろあったんでしょ?」

「うん……だけどこれからはみんな一緒に暮らしていけるんだ……それが私、とっても嬉しいの……」

「何はともあれ無事で何より。友達も無事だったのかい?」

「……うん。」

父親であるマークが言った。彼は企業勤務をしており、新生連邦と国連による衝突があった世界情勢下でも、勤務をしていたという。

 そして、リルムは嘘を言った。本当は友達と一緒に避難などしていない。彼女はチェーニ姉妹によって誘拐され、それからアステル家に保護され、今に至る。氷河族によって命の危険に陥った事もあった。だがそうした経験を経て、今に至る。

 日常の中で命の危険を感じる事が無かった少女は、非日常の中で命の危険を感じた。故に、

リルムは感動のあまり、オーバーなリアクションで、再び両親に抱き付いたのだ。

「そんなに嬉しそうにするなんて。それだったら家に居れば良かったのに。」

家に居たかった。だが現実がそうさせなかった。彼女は拉致されたのだから。この時の母、ヒーリの言葉がどこか、冷めて聞こえたのは気のせいなのだろうか。

「……あれ、お姉ちゃんは?」

そこに、ヒューナがいないことに気付くリルム。するとヒーリの表情が曇り始め、冷淡に

「部屋にいるんじゃない?」

と言った。しかしリルムはその時のヒーリの表情を見ておらず、喜びながら階段を上がっていったのだ。

 

その後、リルムはヒューナの部屋に入る前にまず自分の部屋を確認する為に部屋に入った。そこには懐かしい机や本棚や、飾ってあるぬいぐるみを見ていたリルム。

全てが懐かしく見える。ここを離れる前はごく普通の日常の一部だったいずれの光景が、輝かしく見えるのだ。もう、危険な場所に身を置く必要のない喜び。リルムは、それを今、噛み締めていた。

その時、姉のヒューナがスナック菓子を食べながら、彼女の部屋に入ってきたのだ。

「あ、おかえりリルム!あんた、連絡も寄こさないでさぁ。友達と避難してたとか言ってたよねぇ?」

 

と、ヒューナの姿を見た時――

 

ギュッ

 

と、リルムはヒューナを抱き締めたのだ。生きて姉の姿を見ることが出来て、感動しているのである。

「ちょ、止めてよ!いきなり抱き付かれるなんて。」

戸惑うヒューナだが、リルムは止める様子を見せない。

「お姉ちゃん、久し振りだぁ……良かった……」

まさか彼女は拉致されてからMSの戦闘に巻き込まれると言った事に遭遇するなど、説明できる筈がなかった。あの、アステル家に匿って貰ったり、ジャンヌ・アステルの率いる戦艦に保護されたり、反社会勢力に人質に取られたりしたといった事等、尚の事言える筈がなかった。

正直、怖い思いもした。故に、目の前に居る姉の存在もどこか、愛おしく見えるのだ。

「あんたいつの間にそんなにベタベタするようになったのよ。」

と、この時にヒューナはどこか突き放すようにリルムに言った。

「あ、ごめん……」

高揚していたリルムは急いでヒューナから離れた。家族に会えた喜びが、余りに大きいが故に感情をコントロール出来ないで、居たのだ。

「ん?ちょっと待てよ。てことは、あんたレイとも全然会ってないんじゃないの?」

リルムとレイが交際している事を知っているヒューナは、突如茶化すように言ってきたのだ。

「う、うん……一応……ね。」

当然ながら、違う。レイと一緒に故郷に帰って来たのだから。

「へぇ、じゃあさー」

 

スッ

 

その時、ヒューナがリルムに急に近づいた。この時、リルムの背後にはベッドがある状態だ。押し倒されたような格好をする、リルム。ヒューナはどこか、色気を使っているかのような目付きをしている。

「レイに随分会ってないんだったら、尚の事会ってあげなきゃ。そして、会えてなかった分うんとサービスしてあげなきゃね。心も、身体も。もう、あんたらも良い年なんだし。」

まるで揶揄うようにリルムに言う、ヒューナ。

「ちょ……も……もう!お姉ちゃん!!」

そう言われ、リルムは顔を赤めた。十五歳という少女である彼女からすれば、ヒューナの台詞は非常に恥ずかしいものだったのである。

「別にレイとは……そんな……そこまでの関係じゃないもん……」

確かに、レイとは一緒に居る時間は多かった。だがそこから何か進展した訳ではない。彼等は恋人同士ではあるが、抱擁はあれど、その先の接吻行為自体も経験が無かったのである。

「え!?じゃあ避難する前にエッチすらしなかった訳!?うわ、有り得ない。あんた聖人君子か何か?」

「そんな事してないよ!!」

再びリルムは顔を赤め、思わず声を荒げた。

実際、非日常の環境で共に居る事があった両者ではあったが、その先の進展が無いリルムとレイの関係。そもそも両者は交際に発展した筈なのに、その先の“行為”をしていない。その事に、ヒューナは呆れている様子だった。

「あんたさぁ、レイと幼馴染で尚且つ付き合ってるんでしょ?だったら尚更気を遣う必要なんてないのに。もっと積極的に行かなきゃダメよ。何もしないでよく半年も避難生活出来たものね。ホント。」

次々と出るヒューナからの言葉。リルムはどうする事もなく、ただ首を振って誤魔化すだけだった。

 実際は交際期間が長ければ先に進むべきなのだろうかと、リルムは思う。だが相手はレイ。幼馴染だ。その先の関係に行く事は、彼女自身考えられなかったのである。

「にしても、残念なカップル同士だねぇ。もっと幸せを享受すべきなのにさ……」

と、言いながらヒューナはどこか寂しげに、Eフォンを触り始めた。その姿だけ見れば年頃の少女に見える。彼女は十七歳のティーンエイジャーであり、ハイスクールの生徒。恋に関しては敏感になる年頃だ。

 だがこの時見せた表情は、一体何を示していたのか。それは、リルムには分からなかったのである。

 

 

 

やがて、彼等にとって、何気ない日常が再び始まった。それは、今までの出来事が嘘のようだった。家族と話し、一緒に食事をし、リビングに置かれているテレビを見る等、セイントバードに乗る以前の生活をしているレイやリルム。このような当たり前の日常生活ですら、彼等にとっては嬉しく感じられた。その為か、両者は笑顔が止まらない。幸せに満ちた生活が再び始まろうとしていた。

レイ実家に帰ってきてから二日が経過した時、レイのEフォンに一通のメッセージが届いていた。

「え!?」

そこに記載されている内容、それは、学校の再開の知らせだったのである。

 それは、まさかの内容だった。ある意味タイミングが良いと言っても過言ではないと言えたのだ。世界情勢が一段落した事を受け、学校側が開校に踏み切ったという訳である。

このメッセージを受け、レイは喜大いに喜んだ。学校に行く事が嬉しくてたまらないのだ。無理もない。彼はずっと戦いばかりしてきた。そんな生活を離れて学校に行く生活を送れると言う喜びが大きかったのである。もう今までにあったことを忘れよう……これからは学校に行く毎日を過ごしていこう……レイはそう思っていた。

「母さん、明日から学校に行く!今、連絡があったから!」

と喜ぶ様子のレイに対し、カレンは言った。

「あら、ようやくね。けど、もうすぐ卒業でしょ?今回の場合って、受験とかどうなるのかしら。そもそも、レイは卒業したら何をする予定なの?」

「……あぁ!」

彼は、肝心な事を忘れていた。レイはジュニアハイスクール三年生である。つまり彼は今年で卒業なのだ。卒業をする事は出来るが、彼はこの先の進路の事を何も考えていなかったのである。

「しまった……そうだった……どうしよう……」

これまでは自身が生き残る事と、仲間を守る事ばかりを考えて生きてきた。だが舞台が故郷となれば彼が考えなければならない事は大きく変貌する。それは彼の進路についてである。 

レイがこれからするべき事。それは、自分自身の将来について考える事である。

「学校がいくら休校になったからって……まさか、ずっとボランティアに夢中で勉強してなかったんじゃ!?」

図星である。それは無理もない話だ。勉強以前に、生きるか死ぬかの状況で戦い続けていたのだから。だがそんなことを母親に言える筈もなく、レイは静かに頷いた。

 カレンはそっと溜息を吐いた。勉強が大切な時期であるにも関わらず、それを怠ってしまっていたレイに呆れていたのである。

「じゃあさ、もし良かったら私みたいに一度留学する?海外で自分のしたい事について学んで、その勉強するのも良いかもよ?」

「でもお姉ちゃんが留学してるのに、これ以上父さん達に負担なんて掛けられないよ。」

留学は金が掛かる。確かに海外に行って価値観を広げるという事もまた、一つの選択肢ではあるが、レイは家庭の金銭事情について気にしていたのだ。と言っても、この半年間に彼自身、多くの国に移動した経験を持っているが。

「レイ、もし留学したいなら助成金を国から借りたら良いのよ。そして、大人になって稼げるようになったら返すようにするの。リリアもそうでしょ?」

リリアは父親と同様、戦場ジャーナリストになる為にオーストラリアへ留学している。その為には母親が言ったように、留学するのに費用が不足している場合は国から教育助成金を借りる必要がある。そして、自身が働く事が出来るようにならば、それを少しずつでも良いので返していく必要があるのだ。

「留学……か。でも、僕は何をしたいかまだ分かってないし……」

レイの場合はリリアと違い、明確な目標は無かった。だからこそ、何を勉強すれば良いか分からず困惑していたのである。

 平和な環境に身を置いた場合、将来の方向性を決めて行かなければならない。勉学をするか、それとも労働するか。それが明確にならない場合、路頭に迷う事になる為だ。

(僕のしたい事……しなければならない事……)

ふと、レイはジャンヌが言っていた言葉を思い出したのだ。

 

―――――――――――――――戦いはまだ終わっていません――――――――――――

 

それは、何なのだろう。戦いは終わった筈なのに、何故ジャンヌの言葉が思い出されるのか。

「そう言えばさ、レイはMSとかに興味あったよね?」

リリアが少し考え、閃いたように言う。それを聞き、レイは思い出したように反応する。

「うん、そうだけど……」

レイはMSに興味がある。それはMSカタログを毎月購入し、友人と語り合う程。プラモデルを集める事も好きな少年だ。しかし彼の場合はただの興味だけではなく、実際に何度もMSに乗って戦い、そして敵を倒し、パイロットを殺している。

「いっそ頑張ってさ、MSのパイロットとか?それはそれで、格好良いかも!それか整備士とか!でもどっちも、相当勉強しないと難しそうだし……ただ、MSの事が詳しいだけじゃレイには厳しいかな?」

実際は既にMSを乗りこなせており、MS乗りのチームの中核を成して来ている。それが災いし、新生連邦に勧誘される事もあった――と、言える筈もなく、

「うん……」

とだけ、言った。

 

 

 

それからリビングにて、BGM代わりにテレビをつけながら四 人は何気ない会話を続けていた。皆笑顔で楽しそうに会話を続けている。

「あれって臭いよねー」

「うん、臭くってさー」

「そうそう、でねー」

レイにはこの光景が輝いて見えていた。帰ってきて二日が経過した今日でさえ、まだ綺麗に見える。だからか、彼の表情は常に笑顔だった。別にこの場においては笑顔であることは普通ではあるのだが。

しかし、妹のミィスは彼が異様に笑顔である事に少し疑問を抱いている様子だった。

 そして、テレビの映像の中には平和国連盟が勝利を、した旨の情報が流れている。その中の映像には、あろう事かデウス動乱の英雄、アレン・レインドの話題も上がっていたのだ。それだけでない。アステル家の事についても触れられている。

 その内容というのは、『かつての地球連邦軍のエースパイロットが悪き組織と化した新生連邦政府打倒の為に平和国連盟に協力し、見事に打倒した』という、内容だったのだ。

 紛れもないプロパガンダ。この様子に、レイはどこか、不快感を見せていた。

(こんなの、アレンさんを利用しているだけだ……)

平和国連盟は、実際には強制的にセインドバードチーやアステル家を戦闘に参加させた。そうした事実は一切報道されていないのである。

 

しかし、状況が変わったのは次の瞬間だった。

『番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。只今より、豪州地区の平和国連盟の一部代表である、ギア・ジェッパー代表が全世界に向けて演説を行うとの事です。現場では世界中のマスコミが集まっており、ジェッパー氏に注目が集まっています。では、ニューヨーク、平和国連盟本部前から、中継をお伝えします。』

テレビから流れたニュースキャスターが喋ったその言葉にレイは反応した。彼は会話を止め、テレビを凝視し始めた。

何せ、数日前に会っているギア・ジェッパーがテレビに出ているのだ。彼にとって、他人事とは思えなかったのである。

 

 

 

全世界のマスコミやメディアが集まる中で、ギアは静かに、演説を開始した。豪州地区の一部代表でしかない彼が世界中のメディアを集めてまでも言いたい事とは、一体何なのか。各メディアは彼の言葉に注目している。

平和国の一部代表が演説を行うと言う事で、この広場には厳重な警備が張り巡らされており、誰もが立ち入り不可能な状態となっていたのである。

「各メディアを通じて報道して頂き、ありがたく存じます。私はギア・ジェッパー。平和国連盟、豪州地区の一部代表を務める者です。たかが一部代表が何を……と思われている皆様もおられるかも知れません。しかし、本日はまず、皆さんに聞いて頂きたいものがあり、この場での演説をさせて頂こうと考えております。それは、こちらの映像です。」

そう言って彼が取りだしたもの……それは一つの、端末だったのである。彼はその再生スイッチを押し、流した。

 

 そこに写っていたのは、ギルス・パリシムと彼の姿だった。戦闘後に行われた両者のやり取り。ギアがギルスの居る部屋に行き、話をした時、彼は密かに、カメラを用意していたのである。

 そして、そこに映る映像の中に、ギルスの言葉が一つ、存在した。

 

『私の世界が!今から!始まる!これは素晴らしい!実に素晴らしいではないか!!!』

 

平和国連盟の最高議長と呼べる人物が漏らしたこの言葉を聞き、世間はどのように感じたであろうか。大半の人間が、“何を言っているのだ”と疑ったに違いないだろう。

 これこそが、ギアの目的。ギルス・パリシムの愚かな発言を世に知ら絞める事こそが、目的だったのだ。

「この映像は紛れもない、事実です。現在の平和国連盟最高議長、ギルス・パリシム氏は、自らがこの世界を動かすものだと妄言し、そしてこの世界をこれから自らの世界にしていくと断言しているのです!これが一体何を示すかお分かりでしょうか?」

中継映像を撮っていたメディア関係者達はざわついた。ギアによって語られる真実。それはギルスが世界を我がものにしようとしているエゴそのものだった為である。

「ギルス・パリシム代表は世界の平和という、一見健全であるこの言葉を利用し、正確には己の世界と言う、エゴでこれからの世界を作り出そうとしているのです!!!」

マスコミ達は再び騒然とした。ギルスが自ら放った、“私の世界”という言葉を、あろうことか彼自身が世界に対してリークしたのだ。公になれば、当然ながら疑惑の目は平和国連盟に向けられる事になる。

「ギルス・パリシム議長の思う理想の世界。それは、平和という、響きの良い言葉を利用した自分勝手な世界……世界を我が物にしようとしている人間の世界です。新生連邦政府軍が力を失った今、これからの世界はこのギルス・パリシム氏率いる平和国連盟によって未来が作られていきます。ですが、その世界の実態はギルス・パリシム氏の独善の世界と言わんばかりの世界と言っても過言ではないでしょう。現に、先の国連軍による新生連邦軍への攻撃は、実際は強制されたものであり、ギルス・パリシムが独自の権限を用いて行った作戦だったのです!」

隠蔽されている事実を、堂々と公表していくギア。この言葉に再び、メディアは驚愕していく。

「実際、この作戦に反対した者達は彼が放った刺客によって制裁を受けております。彼に対抗しようとする者は平和と言う名の弾圧を受け、抹殺される事でしょう。彼の前の議長である、チャール・ポレク氏はギルス・パリシム氏とは反対で平和主義を唱える人物でした。だからこそ、新生連邦から幾多の攻撃を受け、反撃をする事はあっても一切の攻める攻撃を行わなかったのです。しかし、チャール・ポレク氏が謎の死を遂げ、その後に、当時副議長であったギルス・パリシム氏が議長に上がり、今の“武力による平和”を勝ち取らんとする平和国連盟を築き上げたのです。ですがその実態は、平和国連盟を私物化しているに過ぎないのです!彼は、武力によって平和ではなく、己の世界を勝ち取ったのです。つまりは、ギルス・パリシム氏は野心家!世界を我が物にしようとしているだけの、エゴの塊でしかありません!そして、彼はこれからも平和国連盟に巣食い続け、世界を操らんと暗躍していく事でしょう!“平和”の名の下に!!」

マスコミによる、カメラのフラッシュがギアを包む。無論この様子は世界中に放映されており、レイの家族もこれを見ていた。

「……平和の為に戦い、散って行った者達は〝ギルス・パリシム氏の世界〟の為に戦ったと言う事になるのです。チャール・ポレク氏の思想から一転、武力による平和を勝ち取った結果がただの個人のエゴ。これは、許されない事実です。死んでいった兵士達も浮かばれません。そしてこれからかけがえのない生活を送って行く事になる世界中の皆も彼によって被害を受ける事になるでしょう!何故ならば……これからの世界は平和な世界ではなく、〝彼の世界〟となるのですから!!!」

ギアはマイクにはっきりとその言葉を言った。それを聞き、マスコミは再びざわつく。

「自身の世界の為に戦力増強を行い、刃向かう者や異論を唱える者を排除するこの人物こそ、平和にとってどれ程の脅威か分かりません!平和と言う言葉を利用した弾圧は、決して許されては行けないのです!」

ギアは各国の記者が所持しているカメラのフラッシュに包まれていた。今の平和国議長であるギルスに対する明らかな挑戦……各国のメディアはギアの演説をこのように捉えていた。無論、それは彼自身が承知の上であるのだが。

 

 

 

この演説を映像で見ていたギルスは歯を食い縛り、テーブルを思い切り叩いていた。映像に映っているギアを思い切り睨み、込み上げてくる怒りを拳を作って表現している。

「ふ……ふざけるなぁ!!!何様のつもりだ!!!あの男……警戒しておくべきだった……あの時に……」

怒り狂うギルス。そこへ彼の側近が部屋に入ってきた。

「議長!あれは一体……?」

今まで彼の側近として勤めていた男も、音声再生機から流れたギルスの言葉に疑問を抱いている様子だった。側近の姿を見た時、ギルスは平静を装って口を開く。

「……あれはギア・ジェッパーの捏造、似非、出鱈目だ!映像の加工等いくらでも出来るからな!まさかあの男が国連を裏切ろうとは……信じていただけに残念だ!

「し、しかし私にはどうしても議長本人の映像であるように見えますが……」

それを聞いた時、ギルスは激怒した。

「あれは私ではない!!!私は平和を誰よりも愛している!奴は武力による平和を認めたくないだけなのだ……確かに強引かもしれないが、武力行使の結果、新生連邦と言う脅威を地球から追い出すことに成功したではないか!平和は確実に近付いているのだ!それをあの男は今更になってでっち上げなど……」

側近は焦っている様子だった。困惑している側近は

「……ハッ……」

と一言言って部屋を後にした。それを見た後、ギルスは歯を食い縛り、汗を流しながら引き続きギアが映っている映像を見る。

 

 

 

平和国連盟本部前にて。ギアは引き続き演説を続けていた。彼の演説はギルスの批判から、話題が移ろうとしていた。

「さて、ギルス・パリシム議長の批判はこれぐらいにしましょう。私はただ、批判を言う為にこの場所を設けた訳ではありません。真実として皆に知ってもらいたい一心でギルス・パリシム氏の批判を言わせて頂きましたが。」

ギアは一呼吸を行い、次の話をする為に静かに口を開く。その様子を各国メディアの記者が息を殺して注目していた。

「元々、私はギルス・パリシム氏がこのような失言をしなくとも、このような演説を行うつもりでいました。何故ならば、彼は常に〝武力による平和〟を訴え続けているからです。

確かに、彼の思想によって、その力を得た国連軍は、新生連邦政府軍に勝利しました。ですがこれからの世界はどうあるべきでしょうか。このまま武力による平和の考えを続けていては、ただでさえ戦闘によって被害に遭ってきた一般民衆が更なる被害に遭い兼ねません。」

更に、ギアは息を飲み、言い続ける。

「更に、特記すべき情報が一つ。この資料をご覧下さい!」

ギアは、紙媒体である、資料を見せた。それは、戦場になった箇所での犠牲者のリストを上げたものである。

 それは、国連軍が攻撃を仕掛けた事によって犠牲となった人々の情報が記載されていた。だが、そこに記載されている情報は報告されている内容よりも明らかに多く、そこに記載されている内容は、実際の犠牲者は平和国連盟から発表されている内容の約十倍は報告されているというのだ。

「これは平和国連盟の情報機関を通じ、私の下に情報提供してくれた内容となります。この情報によれば、平和国連盟が公表している戦闘の犠牲者の数は明らかに隠蔽されているという事になります!」

犠牲者の隠蔽は新生連邦軍が行ってきた事だ。徹底的な情報の遮断行為は新生連邦が今まで行ってきた事だ。故に、正確な数字が上がる事は無かった。証拠がなかったからだ。

「そして、実際の映像もあります。これは、ある知人が撮った映像となります。」

と、更にギアは端末を再び付ける。その様子に、メディアが着目しているのだ。

 そこに映るのは、国連兵が民間人を迫害し、そして、民間人に対して銃撃を行っているという残酷な光景だ。新生連邦軍が行っているような、治安維持の下に行っているという訳ではない。国連兵が、戦争に反対する民間人を撃ち殺している。これは、明らかにされていなかった情報である。

「平和を勝ち取ろうとする思念の元に戦っている者達が、一般市民の犠牲者の数を誤魔化し、あまつさえ、このような暴挙に出る必要があるでしょうか。私にはとても考えられない。無意味な死を遂げた一般市民の事を一切考えず、その事実を隠蔽工作をし、己の都合の良いように動く今の平和国連盟の存在は、あってはならないものだと考えます!これでは新生連邦政府が実権を握っていた時と何ら変わりがない。何も変わらないのです。ギルス・パリシムは反発する人間に対して弾圧を行い、そして、それらを隠蔽し、情報を隠してきました!これは最早、最早第二の新生連邦政府と言っても過言ではありません!!!」

ギアは思い切りテーブルを叩いた。最初に行ったギルスへの批判はあくまでも彼のエゴに対する話であり、今、話しているのは武力による平和が如何に危険かを訴えるものである。

そして彼はそっと息を吸い、静かに口を開けた。ギアは一度咳をし、その場にいた各メディアを見た後に口を開けた。

「以上が、ギルス・パリシム氏の暴挙とも呼べる事実です。彼が最高議長に変わってから、戦争による犠牲者は増え続けていました。それだけでない。罪なき民間人をも虐殺し、それらを隠蔽するという愚業は決して許されるべき事ではありません。」

明らかになる事実は各人を驚愕させていく。SNS上でもこの事が話題になり、世界中の人間があらゆるコメントを残していた。それに衝撃を受ける者、嘘だという者等。

 こうした情報は憶測が飛ぶ事が多い。この演説に対して疑問を抱く者も居るだろう。その上でギルスを批判する者も居るだろう。だがギルスが平和国連盟の最高議長でいる以上、これに異議申し立てを出来るのは、それ相応の力を持った人間に他ならないのだ。

 ギアは一部代表であり、立場はギルスよりも下になる。だが、平和国連盟に所属している彼が声を上げるという事は、ある意味、革命の狼煙を上げているようなものなのだ。

「新生連邦政府は今まで数多くの隠蔽工作を行い、罪なき人々の犠牲の下成り立ってきました。平和国連盟は本来、こうした新生連邦政府の監視を行う機関の筈。なのに今となってはそれがギルス・パリシムによって私物化され、平和国連盟の立場の下、新生連邦政府と全く同じ事をしようとしている。最早、このような世界はあってはならない。」

ギアはそっと呼吸を整える。演説は体力を使う。大衆に対して宣言をしなければならないからだ。それも、今回は世界中が彼を見ている。より、緊張が増すと言えるだろう。

「かつてのデウス動乱から六年余りが経過しました。先の大戦で地球の総人口の半数が死に絶えたあの惨劇。なのに、歴史は繰り返されようとしていいます。国連が勝利した新生連邦政府は脅威のいない世界の中で軍備増強を行い、その中でも多くの犠牲者が出ました。そして、犠牲者の隠蔽工作は最早語る必要性がないと言える程。私はあの、アルメジャン紛争の後、平和国調査団(Peace Survey Team)のリーダーとして派遣された経験があります。そこで知った新生連邦の非道。それからのロンドンの蹂躙行為。当然、許される事はないでしょう。同じ地球に住む人間が、同郷の人間を蹂躙する事等、あってはならない事なのです!ましてや、それを隠蔽する事はあってはならない!」

ギアの力強い演説に、皆が取り込まれていく。デウス動乱後に起きた残酷な事件を、一つ、一つ述べていくのだ。

「しかし新生連邦はその力を失った。国連が勝利を手にした為です。だが、その一方で平和国連盟は多くの民間人を犠牲にしています。デウス動乱後、当時の地球連邦から独立した国際平和機関という、監視をする立場の組織。それなのに、己にとって不都合な事実を公にしない上、そのトップに君臨する人間である、最高議長、ギルス・パリシムは組織を私物化しようとし、己の都合の良い世界を作り出そうとしている!皆が平和の為に活動している、その状況を余所に、私利私欲の為に、彼は動いていたという訳です!これではいつまでも平和が訪れる訳がない!世界中が疲弊している中で、こうした事があって良い筈がないのです!」

新生連邦、平和国連盟を批判した上でギアは語る。今の平和国連盟が新生連邦と同じ穴の狢である事を、大衆に伝えているのだ。そして――

「そして、こうした世界情勢を見て、私はある、決意を下しました。それは、新生連邦及び平和国連盟に縛られない世界。だがその為には世界中の人々の協力も必要となります。この世界を本格的に変えていく為に、真の平和の実現をする為に!

ですが、その為には“力”が必要になります。その事を皆様に理解して貰った上で、一つの軍隊の設立をこの場で宣言させて頂きます。

その名は、FPB!今、この軍隊の設立をここに宣言します!!!」

 

FPB。それはFalse Peace Breakersの略であり、偽りの平和を壊す者達という意である。ギアは、この、国連から派生した、FPB軍の創設をこの場で宣言したのである。その言

葉に各メディアは先程のギアの発言に、平和国連盟の隠蔽工作の件以上に、驚きを隠せない

様子だった。無論、驚いているのは各メディアだけではない。今この中継を見ているレイの

家族は勿論だが、世界中の人間達が驚愕していたのである。

 

 

 

やがて演説は終了した。この直後、世界中は新たなる軍隊、FPBの設立宣言という話題で持ち切りになった。動画サイト、SNS、果てはメディア各社が一斉にこの話題を扱った。

ギアの演説が終了した直後、レイはただ、呆然としていた。そして彼は悟る。〝また戦争が始まる〟と。

「戦争はまだ終わってないって事?」

「FPBだか何だか知らないけど、余計な事しなくて良いのに。こんなのが長引かれたら食糧も高騰してて生活が大変なのよ。迷惑よ、本当。」

「うーん、留学再開もまだ掛かりそうだなぁ。」

「学校再開して大丈夫なの?」

「さあ、それは学校の判断じゃない?」

と、家族はそれぞれの意見を言っていた。

 だが、これらの意見は全て、対岸の火事とも言える意見だ。世が大変な状況では日常生活に影響は受けるが、直接的な被害を受けるとすれば、実際に攻撃され、被害を受けた時のみ。それ以外では所詮他人事なのである。だから日常生活上の悩みを呟く事が出来るのだ。

だがレイだけは違う。彼にとって、これは対岸の火事に思えなかった。レイは、先の攻略戦を経て、もう戦わなくていいとはいえ、現実の戦争は終わっていない事実がある。それは、彼を悩ませる事になる。

(そんな……待って、もしかして、あの時ジャンヌさんが言ってた、“戦う”って……!?)

この時、彼の中でジャンヌの言っていた言葉が思い出された。

 

―――――――――――――――戦いはまだ終わっていません――――――――――――

 

彼の中で繰り返される言葉。そして、ギアの演説は彼女が言ったその台詞を現実のものとした。

 ジャンヌは、平和国連盟の隠蔽工作等を知っていたという事になる。そうでなければ、シュネルギアを去る際の、あの時のはっきりとした彼女の意思は説明が付かない。

(だからなんだ、あの時のジャンヌさんの言葉は……だから、あれだけはっきりと喋る事が出来るんだ……)

恐らく、ジャンヌはギアが創設した軍である、FPBに参加するだろう。それはつまり、アステル家が国連を離れるという事を意味していたのである。

(……だけど、僕にはもう関係のない話なんだ……もう……)

レイは一度、テレビから目を離し、彼は自分に言い聞かせるように思った。いくらギアが新たなる軍隊を設立したところで、もう自分には関係ない。もし彼とジャンヌ達が関係があると言うのなら、家族と共にこの場に居ないからだ。自分は軍属でも何でもないのだから、気にする必要などない。

この不快な気分を変えたいと思ったレイは、一度風呂に入る為に母親に言った。

「母さん、ちょっとお風呂に入ってくる。」

ギアが設立した軍隊、FPB。だがもうそれはレイには一切関係の無い事の筈だ。なのに、何故それが気になるのかは、彼自身にも分からない事であった。

 

 

 

シュネルギアのブリッジにて、ギアの演説の映像を見ていたジャンヌ達。ギアが宣言した、FPBと言う名の軍隊設立に対し、彼等はそれぞれ、言葉を発していた。

「遂に、宣言したね。これで俺達は本当に平和の為に独立し、戦うことが出来る。」

「ええ……あの方には感謝をしなければなりません。あの時、ジェッパー氏が平和国連盟の真実について話をして下さったから、私達は決意をする事が出来ましたもの。」

何故、彼女達が新生連邦本部攻略戦後も戦う道を選んだのか。それには、理由があった。

 あの戦いの後、ギアはギルスを訪れ、演説の際に使用した映像を密かに撮影した。その上でとある、ジャーナリストからの匿名の写真が彼等に送られた。その上でのデータ分析。こうした条件が全て重なり、ギルス・パリシムが議長を務める平和国連盟と言う存在が疑惑の存在へと変貌するのにそう時間を要さなかったのだ。

 レイが故郷に戻る際に、ジャンヌが戦う事を決意したのは、既に平和国連盟が偽りの平和を作り出そうとしている事を、知っていた為である。ギアが明かした情報は、元々疑惑の存在であった平和国連盟及び国連軍への決定的な決別に繋がった為であった。

 この事は、シュネルギアのクルーにしか知られていない。セイントバードチームに伝わったのは、ギアの演説が明らかになってからだ。

「私達はジェッパー氏の言葉を信じ、FPBの戦力として戦います。彼は現在の国連の真実を世界に知らせて下さりました。それに応える為にも……私達は立ち上がらなければなりません。」

「そうだね……俺達はそれで構わない。けれど、エリィさん達は……」

「……そうですわね。彼女達はこれからどうするのか。ただ、先の戦闘での国連への不審や、ジェッパー氏の演説は、彼女達を動かす“動機”としては充分であると考えますわ。」

「出来れば、協力して欲しいとは思うけれど……でも、無理強いは出来ない。エリィさん達にも生活はあるだろう。レイみたいに。」

「そして、FPBとして戦うという事は、国連以外にも新生連邦や宇宙に居るデウス残党軍とも戦って行く事になります。それがFPBという組織なのですから。」

この様子から、ジャンヌはギアに詳細を聞いている様子だった。だがこれも、真の平和を作り出す為の行動。今回の軍の設立は、その第一歩に過ぎないのだ。

 

ピピピピピ

 

その時だった。ジャンヌのEフォンから着信音が鳴った。彼女はそれに対応し、すぐに会話に応じた。相手は彼女の父、ジンクだったのだ。

『久し振りだな、ジャンヌ。』

「お父様!」

久し振りに聞く、彼女の父の声。威厳のある声はジャンヌを喜ばせた。

『先程のギアの演説は見ていたか。』

「はい!」

ジャンヌははっきりと答える。

『そうか。それならば話は早い。かつてのデウス帝国にMSを提供していたように、私はFPBをバックアップするつもりだ。ジャンヌ、お前はもう、決めたのだろう?ギアの演説を見て、自らの意思を決めたのだろう?』

そう言われ、彼女ははっきりと答える。

「ええ、お父様。私達はFPBとして、これからの戦いに参加する予定です。ただ、お父様にも伺いたい事があります。」

ジャンヌは決意を胸に秘めた様子で、言った。

『お父様は、FPBの事をご存知だったのですか?』

ジャンヌからの、純粋な疑問だ。ギアが宣言したFPB。それに合わせるかのようにジンクはジャンヌに電話をした。全ては、彼等が打ち合わせていた通りに段取りが進んでいるのだ。

『お前達が新生連邦本部攻略戦を平和国連盟に強いられる時から既に動いていた。多くの者が協力してくれたよ。そして、今に至った。ジャンヌ達には敢えて伝えんかった。新生連邦との戦いの後でこの組織の設立を宣言する気で居たからな。お前達の邪魔をする訳には行かなかったから。我々は表には出られん。故に、お前達の存在が頼りとなる。』

「お父様……そうだったのですね……」

ジャンヌはEフォンでジンクと会話をしながら周りの人間の目を見ていた。誰もが彼女に注目しており、真剣な眼差しで静かに頷いている。

『ただ、これからの戦いはより険しいものになる事は間違いないと言えるだろう。その為にも、我々は全力でバックアップをするつもりだ。』

ジンクの頼もしい言葉が聞けた。彼等なりのフォローも入る。そうとなれば、FPBとして戦う事は、頼もしい援助が受けられるという事だ。

『ただ、今後の戦場は宇宙になると思われる。国連とも、新生連邦とも、デウス残党軍とも今後は戦って行かなければならない。』

「ええ……それは承知の上ですわ。」

国連を離れるという事は、それ以外の勢力とも戦って行く事になる。最大で、四大勢力とも戦って行く事になるのだ。だがそれには明らかに戦力が不足しているのが現状だ。

「ただ、まず、全ての話を進めるには、ギアと合流してからだ。だが、気を付けろ。ギアは確実に国連の刺客から命を狙われるだろう。FPBの代表であるギアが暗殺されては話にならない。絶対に護衛を付けるようにしろ。」

「ええ、分かりました。」

『頼んだぞ、ジャンヌ。』

そう言って、ジンクとの会話は終わった。ジャンヌはEフォンを彼女が所持していたバッグの中に入れ、ブリッジにいた全員に言った。

「各員、ギア・ジェッパー氏を保護します。各員は護衛の為に準備を。アレン、ブライティスに乗って待機をして下さい。先の演説を受け、国連軍がジェッパー氏に何らかの刺客を差し向ける可能性は、極めて高いと考えられます。」

あの演説の後だ。間違いなくギアは狙われる可能性がある。そう判断したジャンヌは、まずギアをシュネルギアへ向かわせる為に護衛を行うことを決めた。

現在の平和国連盟の再興議長であるギルスに対して宣戦布告をしたギア。当然ギルスからは反逆者として見られるのは当たり前である。それは彼にとって危険な事だ。だが彼をここで失う事があっては全てが無に帰してしまう。FPBという軍隊を正式に活動させるためにも、ギアを護衛することは非常に重要な意味を持っているのである。

彼等はジャンヌの言う通りに行動を開始した。無論、その中にエリィ達の姿がある筈がなかった。何故ならば、彼女達はまだ何をすれば良いか分からずに困っていた為である。

 

 

 

その一方でレイは寝床に就こうとしていた。自分はもう、戦争と関係の無い生活を送って行く。ジャンヌ達はジャンヌ達、自分は自分……そう割り切る為に早く眠り、今日の演説の事を忘れようとしていたのだ。

(もう関係の無い事なんだ……もう……)

だが、どうしても彼は忘れられなかった。関係無いはずなのに、何故?どうして?訳が分からないままレイは無理矢理目を瞑った。そして何も考えないようにする。だが、それでも目が冴えてしまう

「どうしてなんだろう……どうして……?」

困惑するレイ。何故これ程気にしてしまうのか……彼自身もそれは分からない。

そうして気にしている時に、彼はふと、部屋に飾っている時計を見た。短い針が二の数字を指しており、それを見たレイは慌てて眠ろうと再び目を瞑る。何せ、明日は久し振りの学校なのだ。これ以上夜更かしをして寝坊する訳には行かないと思い、必死に眠る為に何も考えないように努力した。

しかし、この日の夜は結局まともに眠る事が出来なかったのである。

 

 

ピピピピピピピピピピピピピピピピピピ

 

 

翌朝、Eフォンの目覚まし時計機能の音で目を覚ましたレイは、目を擦りながらベッドから起き、寒さに震えながら、学校へ行く為の学生服に着替えた。

久し振りに着る黒い学生服。その姿を鏡で見たレイは、非常に嬉しそうだった。

「本当に久し振りだなぁ、これ着るの。ああ、ダメだ、眠気が……」

昨晩はまともに眠る事が出来ていなかった為、レイに眠気が襲っていた。その為彼は大きく欠伸をし、その後で鞄を持って階段を降り、リビングへ向かう。

それから朝食を済ませ、学校へ行く準備をし、家を出た。本来ならば当たり前のその光景。だがレイにとっては新鮮に感じられた。彼は、〝元の生活に戻った〟と感動を噛み締めていた。そう思ったレイは、改めて昨日の出来事等忘れるようにしようと決意したのである。

登校途中で見られる、何気ない道、変わらない道。全てがレイにとって懐かしく、新鮮に感じられた。これから電車に乗って学校まで向かう。そのような事等最近までは想像すら出来ない事だったのだ。この時、彼は睡魔に襲われながらも嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

それから、彼は久し振りとも呼べる、ベレーナジュニアハイスクールに辿り着く。そこには見慣れた生徒達の姿が多数見られた。学校に通う生徒の姿、そしてそれらと共に校門を潜る喜び。レイはこの当たり前の日常が嬉しくてたまらなかった。

すぐに彼は教室へ向かった。懐かしの教室に入り、自分の席に座る。そして、レイの友人であるモークに挨拶をした。

「モーク!」

「お、レイじゃん!久し振りだな!」

久し振りに出会ったクラスメイト。そして――

「レイ!」

「リルム!」

共に故郷であるモントリオールから離れ、様々な光景を見て来た幼馴染であり、恋人であるリルムも教室にいた。彼女の制服姿を見るのは随分と久し振りであり、レイは可愛らしいリルムの制服姿を見て笑顔になっていた。

「なんか……本当に久し振りだね、みんな……リルムって制服そんなに似合ってたっけ……?」

何気ない一言だったが、それがリルムを少し怒らせた。

「も……もう!失礼ね!そういうレイだって学ラン久し振りじゃない?」

「お前等、久し振りの筈なのに相変わらず仲が良いよなぁ。あれだ、絶対会ってただろ?密会してーそれからーな!」

「もう、モーク……!」

レイとリルムとモークの会話が始まった。このような会話を最後にしたのはもういつの話だっただろうか。普段なら在り来たりの会話内容であるのだが、今回の場合はレイにとって嬉しくて仕方がない。それはリルムにとっても同じである。

 

その後、担任教師のリアン・マーキュリーが教室に入ってきて、ホームルームを行った。久し振りに見る先生の姿、そしてクラスメイト。この光景を見て、本当に元の生活に戻ってきたのだと確信するレイ。と言ってももうすぐ卒業であるのだが。とは言え、卒業までの残り少ない時間を大切にしなければならないと、レイは感じていた。

 

「久し振り~」

「でさ~」

「うんうん!」

「元気だった?」

「超暇だったんですけど~」

ホームルームが終わり、しばらくクラスメイトたちは雑談を続けていた。それから、全校生徒が集合する為に全員は体育館に集められた。

体育館での話は学校長が、学校を再開することに関する説明を行っただけであった。その間話が面倒だと感じていた生徒達はざわざわと話をする。幾度か先生から注意はあったが、それを聞く人間等、皆無に等しいと言えた。

やがて話は終わり、一同はそれぞれの教室へと向かう。皆が教室へ向かっている最中。人混みの中で、レイはリルムと会い、その際、彼女は言った。

「ねえ、レイ。」

「どうしたの?」

「手、繋ごっか?」

突然彼女の口から出たその言葉。レイは顔を赤くし、動揺する。

「え……え!?ど、どうして?」

「いいから!ほら!」

そう言ってリルムは無理矢理彼の手を繋いだ。レイは顔を赤くしつつも、嬉しそうな表情を浮かべている。

「うー……なんか恥ずかしいな……」

「……もう……私達、付き合ってるんだから、別にこれぐらい良いでしょ。」

人混みの中で行われたこの動作。リルムがこのような大胆な行動に出る理由は一つ。姉に言われた事を気にしていたからだ。

 

――――――――――――――もっと積極的に行かなきゃだめよ―――――――――――

 

姉が言っていたこの言葉が頭から離れず、少し大胆に行こうと思っていた彼女が起こした行動である。この後二人は人混みの中で、両者の手を離すことは無かった。生徒の中の何人かはこれを羨ましそうに見ている者もいたが、声を上げて出す事は無かった。

 そもそも彼等は非日常の中で時間を共にした者同士だ。なのに、そこから進展がない状態が続いていたのである。リルムは、その中で勇気を出して、行動を起こしたのだった。

 それは、幼馴染という期間が長すぎたが故なのか。人はその期間が長ければ、いくら恋人同士にステージが移行しても、払拭しきれないものなのか。レイとリルムがその関係を作っているだけなのかも知れない。

だが、この仲の良い二人を遠くで見ている人間がいた。三人の不良男子生徒、ミラース、シアス、スーである。彼等はレイが二年の時に同じクラスだったが、三年になって滅多に学校に姿を見せなくなった。やがて世界情勢が不安定になり、休校となった。

そして登校日である今日、偶然にも学校に現れた。その際、レイとリルムが仲良く歩いている姿を見て、どういう訳か、苛立ちを覚えていた。

「うざ。あんななよなよしてる奴とエリアスがくっついてんのかよ。」

ミラースが煙草を吹かしながら言う。その側には煙草の残骸が側に落ちていた。

 嗜好品としてこの時代にも残る煙草だが、当然ながら未成年に悪影響を及ぼす事に変わり無い。それでも彼は恐らく、それを吸っていたのだろう。

「あいつら幼馴染らしーぜ。そこから発展したとか。うわー俺ですらいねーのにあいつにいるとかマジかー負けたわー」

「つーかキレスってキモいぐらい女顔じゃね?なんであんなのが女と手を繋いでる訳?しかもエリアスと。」

シアス、スーがガムを噛みながら言う。すると、ミラースが煙草の吸殻を床に落とし、靴で踏みつけた後で笑みを浮かべた。

「あのさ、あいつが本当に女を持つにふさわしいか試そうぜ!」

ミラースは突如指関節をポキポキと鳴らし始めた。それを見てシアスとスーが笑う。

「お、いいねー、面白そー!女を持つに相応しいか力比べだな!」

「いいなそれ!俺なんか、前に惚れた奴いて、告ったのはいいけど見事に振りやがってさ。で、後で現れた男がヒョロヒョロの弱そうな奴でさ、かなり腹立って殴ったんだけどさ、それから別れてやんの!やっぱり殴りの強いヤツが勝つんだよ!」

レイに、危機が訪れようとしていた。自分よりも弱そうな人間が女の子と仲良く手を繋いでいるという、ただそれだけの余りに低俗な理由でレイに暴行を加えると言い出したこの三人。

無論レイはそんな事等知る筈がない。何も知らず、ただ笑顔でリルムと話をしているだけである。

「けど三人じゃ少なくね集団リンチで制裁を加えてぇな?」

「ゲノンさんらに来てもらおーぜ。」

「来たら六人かよ。放課後さ、体育館裏で六人相手して倒せたら一人前ってことで!」

「ま、勝てる訳ねーけどさ!!ゲノンさんこういうの好きだし、どーせあの人暇だから学校来るだろ。」

ゲノンと言うのは、この生徒達の、一つ上の年齢の男である。ベレーナジュニアハイスクールの卒業生で、現在はバイクに乗って様々な場所で問題を起こしている暴走族のリーダーを務めている。性格は極めて悪質で、面白そうならば何でもするという人間であり、ミラースとシアスとスーとは同じく不良生徒と言うことで、ゲノンの在学中はよく外で問題を起こしていた。

彼らが言っている、合計六人というのは、ゲノンの仲間が二人来るという意味である。というのも、ゲノンも今のミラース達と同じように三人で問題を起こしていたからだ。

そして三人はレイとリルムが教室に入る姿を見て、不気味な笑みを浮かべた。無論レイはこの事を知らない。この事実とは裏腹、彼は幸せそうな表情を浮かべていた。

 

 

 

放課後、レイとリルムは一緒に帰っていた。もし不良達に危機が訪れていたのならば、彼は今頃体育館裏に呼び出されていた筈だ。しかし何故かレイはリルムと帰っている。と言うのも、ゲノン達は今日、用事があって来られないというのだ。レイに対する暴力が実現するのは明日になるという。本日の危機は免れたが、明日、彼に危機が訪れるという事実が彼に襲い掛かる事になる。

それからレイはリルムと分かれ、駅へ向かう。その最中、街頭にあったテレビに演説するギアの姿が映っていたので、立ち止まってそれを見た。 

暫くするとテレビに映っているギアの姿は消え、先程まで流れていたギアの演説に対して、コメンテーター達がそれぞれ自分の意見を述べ始めた。レイが見ていたのは、ワイドショー番組だったのである。

『これは新手のテロの宣言ですよ。平和国連盟から派生した、れっきとしたテロです。面倒な事をしてくれましたね。せっかく、世界は平和になりつつあるというのに。』

『けれどもあの映像が事実ならばそれこそ問題であるような。ギルス・パリシム議長が組織を私物化しているのが事実なのなら、それこそ問題ですよ!?』

『しかし、テロを黙認していては平和にとってどれ程の脅威か分かりませんよ!?』

コメンテーター達が繰り広げる論争。レイはこれを見て、表情に笑顔が消えた。

新しく始まろうとしている戦争、その戦場に自分がいないと言う事、レイはそれらの事に困惑していた。

やがて彼はそのまま帰路に着こうとしていた、その時。

『ここで、臨時ニュースが入りました。平和国連盟代表のギルス・パリシム最高議長が、平和国連盟本部にて緊急演説を行うとの事です。』

ギルス・パリシムが演説を行う。それを聞いていた時のレイの目はテレビに釘付けだった。

 

 

 

ギルスが演説を行う場所。それは、昨日ギアが演説を行っていた場所と、同じ場所であった。

やがてギルスは、メディア各社に対し、静かに語り出す。

「平和国連盟加盟国の皆様。昨日の件に関して記憶に新しいでしょう。ですが、私はこの場で宣言します。あれこそ、偽物の映像記録であると!!」

大声で語るギルス。その様子を、世界中のメディアは注目していた。

「ギア・ジェッパー氏は私に対し、あろう事か公の場においてフェイクニュースをでっち上げました。その上でFPBだとかいう軍の設立まで宣言をしました。これは最早、明らかなるテロリズムの躍起以外の何者でもありません!」

ギルスが反論をするのは至極当然だ。だが、彼が組織を私物化していると発言した映像は既に世界中に出回ってしまっている。これに対する疑問を抱くのは、大衆である。

「平和国連盟が地球上に於いて実権を握っている今、それに対して不穏分子が出現するのは分かりきっていた事!それに、私はジェッパーが嘘、偽りの動画を作っていたという証拠を持っている!今から、この放送を見て頂きたい。これが真実であるという事を!」

次の瞬間、ギルスの背後に巨大なスクリーンに動画が映し出された。

監視カメラの視点で映されているその動画に映っているもの。それは、ギアがコンピュータを操作し、動画の編集を行っている様子が映し出されていた。その映像は、昨日ギアが世界中に流した、ギルスの台詞が入っているものである。そして、このギアの近くにはギルスの容姿と、酷似している一人の男の姿が映っていた。

この映像が示すもの。それは、フェイク映像。ギルスは自らの影武者を利用し、その上で映像の再編集を行わせたのだ。完全なる隠蔽工作。本来事実とする昨日の動画を打ち消さんとするこの偽りの真相の動画は、各メディアに衝撃を与える事になる。

「この動画を見て頂ければ一目瞭然です。これが、ギア・ジェッパーの行った妨害行為の全貌です!最早語る必要もないでしょう。FPBなどという軍隊を樹立し、宣戦布告を行ったつもりでしょうが、あろうことか、嘘、偽りの動画を世界に広め、平和国連盟の脅威に自らなった!これが如何に愚かな行為か、彼は何も分かっていない!そして、彼が演説内で言った写真、情報も全ては出鱈目!似非!それらを堂々と公然の場で出せるなど、盗人猛々しいとはまさにこの事です!!」

ギアの流した動画や、写真、データは、全てはギアが作り替えたものだったと言う事。それはギルスの偽りなのだが、現在平和国連盟の最高議長となっている人間の立場ではその情報すらも、真実に塗り替える事が出来る。そして、ギルスの語った言葉がメディアを通じて世界中に知られれば、当然ギアを見る世間の目は厳しいものとなる。

 

 

 

 演説が終わった時、レイは、モニター越しのギルスの存在をそっと睨むように見た。彼の言葉は恐らく嘘だと、直感で感じ取った。

 レイは国連に強制的に戦わされた立場の人間である。そして、その存在に疑問を抱いている。ギルスの言葉が似非に聞こえて当然と言えた。

「この人……明らかに嘘を吐いてる。僕達はこの人に強制的に参戦させられたんだ。なのに、こんな事を言ってる……」

彼の中で、苛立ちを覚えていたのは間違いなかった。だが、今のレイには関係のない事。その為、ただ憤りを感じる事しか、出来なかったのである。

 

 

 

この演説が行われる数時間前。シュネルギアのクルー達は、国連に対して宣戦布告をしたも同然のギアをシュネルギア艦内まで護衛する事に成功していた。もし彼等がギアの護衛を行わなければ、国連の兵士がギアを暗殺する可能性があったのだ。

ギアは演説の後、平和国本部の一室で過ごしており、出ていく機会を伺っていたのである。下手に出れば殺される可能性がある状況だった為、彼は昨日の内に平和国本部から脱出する事が出来なかったのだ。そして今日になり、連絡を取ったシュネルギアのクルーがギアの脱出に協力し、今に至る。その際、彼は変装をし、周囲の様子を見て、脱出したのである。

シュネルギアのブリッジにて。ギアはその場にいた全員に対して言う。その中には、シュネルギアのクルーは勿論だが、セイントバードチームの面々の姿もあった。

「皆の行動に心から感謝するよ。あの場で堂々と軍隊設立の宣言をしたんだ、命も狙われる可能性があるだろう。それを見越して行動してくれた事はありがたい事だ。」

「いえ……貴方が居なければこの先、路頭に迷う事になるでしょうから。貴方は非常に大切な御方です。今後の世界の、代表になる必要がありますから。」

「そうだね……その為にも今の間違った国連を正す必要がある。ちなみに戦力に関しては心配しないでくれ。手配は既にしている。だから今の状況からFPBが不利になるという事は無い筈だ。昨日の演説より、世界中で動きがあった。ギルス・パリシムを見限る人間も見られるという。」

シュネルギアのクルーはこの事を大いに喜んだ。  

FPBの創設により、戦争は続く。しかしギアが世界中にギルス・パリシムの思惑を知らしめた為、シュネルギアクルーは国連の為に戦う事に疑念を抱いていた。その矢先にギアが新たなる軍隊の設立を宣言した。彼等に迷いは無い。FPBという新たなる軍隊となり、戦って行くのだ。

しかし、その中で未だに迷っている者達があった。セイントバードチームのクルーである。彼等はこの先どうすれば良いか分からず、ただ焦るばかりであった。戦うべきなのか。別にもう戦わなくて良いのか。エリィは、静かに考えていた。

ただ一つ言えるのは、ギルス・パリシムが私利私欲で平和国連盟を我が物にしようとしているという事実があるという事である。

 

 

 

だがその時だった。先程レイが見ていた、ギルスの演説が放送されたのは。ギルスの口から出る、嘘、出鱈目に、動画や、捏造されたデータ。この様子が映し出された時、ブリッジ内は騒然としていた。嘘を平気で放送しているこの男に対し、ギアは憤りを感じていた。その表情は先程と明らかに違っており、彼は握り拳を作って怒りを露にした。

「ギルス・パリシムめ、やはり面子を守る為に反論して来たか。あんな嘘丸出しの偽りの動画を流す等、どうかしている……」

だがいくらギルスの流した動画が嘘だと言っても、世間はどちらが事実なのか分からない状態である。ギルスを信じる者もいれば、ギアを信じる者もいる。だがしかし、新たなる軍隊の設立をし、国連に宣戦布告をしたギアを支持する者は、世間一般では余りに少なく、FPBを支持する人間というのは、余りに少ないと言えるのだ。

「いくら真実を述べた所で、結局は権力を持つ者が独善の為に動けばそう簡単には大衆を動かす事は難しいと言う事ですわね……」

ギアの言葉が正しいとは言え、権力者の前では戯言に聞こえてしまうのも無理はない。ギルス・パリシムは嘘を言っているとは言え、それを純粋に信じる人間というのは余りに少ない。世間一般では、ギア・ジェッパーの言葉が似非に聞こえてしまうのだ。

真実を言ってもこのように掻き消されるという、この現状に、クルー内の誰もが憤りを感じていた。

 

「……なんなの……これ……?」

その時、エリィが口を開き、喋り出した。ブリッジ内にいた全員が彼女の方向を見る。

「……これが平和国連盟の議長なんですか?私達、彼に戦いを強制されたんですよ?非戦闘員だって保護してもらえなかったんですよ?その上でジェッパー氏が昨日訴えた事に対してこんな嘘の演説をするんですか……?」

エリィの手は震えている。今までにない程に、怒りを感じている。強制的な戦いを強いられ、その上で今の演説は全てが偽り。ギアの演説こそが、真実なのだ。

「あの議長が出している映像も文も、全部嘘ですよね!?あれは偽物の人間を使用しているんですよね!?」

モニター越しにそれを解析する事は難しい。あくまでも疑惑に過ぎない。だが戦いを強制されたという事実は、エリィを怒らせるのに十分な効果を持っている。

嘘、偽り……それを平然と世界に公開するという行為を行った平和国。エリィはこれが許せなかったのだ。ギア同様、怒りを露にするエリィ。その側にいたネルソンも口を開けて言った。

「同意だな……正直、不愉快極まりない。平気で世界に対して嘘を吐くとはな。それも、全く悪びれる事なく、堂々としている。」

平和国連盟の最高議長という絶対的なポジションの人間故に、堂々と嘘を吐けるのだろう。それを理解しているが故に、怒りを感じている、ネルソン。

「ネルソンもそう思う?そうよね……あんなの、どうかしてるわ……」

彼等が喋った言葉……それはブリッジ内にいた、他のセイントバードチームのクルーにも影響を与えていく。彼等にもギルスの、偽りの演説が許せないと言う考えが生まれていたのだ。

「酷過ぎるぜ……」

「あれが平和国のやる事かよ……」

「艦長や大尉の言う通りだぜ」

様々な言葉がセイントバードチームのクルーから聞こえた。

権力者やその立場の人間というのはそのプライド故に自らの過ち、嘘を否定しない。客観的な嘘でも、その立場の人間であるが故に驕り高ぶる。それが平和国連盟の最高議長というのだから、この歪んだ世界は簡単には変えられないのかも知れない。

 だからこそ、立ち上がらなければならないのだろう。その人が過ちを犯しているのなら、それを変える力は必要だ。その時、エリィは突如歩き出した。そのまま、ギアの側に近付き、そっと息を吸い、声を出す――

「決めました!私、戦います!真実の為に!こんな嘘に負けたくない、真実が消される世界で過ごしたくない!だったら私は戦う!」

大声で言われたものだから、ギアは最初、戸惑った。しかしエリィの言葉を聞き、彼は自らの怒りを抑え、彼女に対して言った。

「それはつまり、FPBの一員として戦ってくれるという事かい?」

エリィの決意の言葉を聞き、ギアは目を何度か瞬きさせたのである。

「はい。私、こんなの嫌です、認めたくない……私はMS乗りです。ですから、正直、貴方方と釣り合わないところも多いとは思います。元々MS乗りはこのような事態とは関係なく動いている人達が多いですから……ですけど、今回の件はあまりに酷いと思いました。その為、私もFPBの一員として戦いたいと本気で思いました。」

確かに、今までセイントバードチームはMS乗りとして幾多の国を旅してきた。彼等は、母艦を拠点として元々は慈善行動や、MSのスクラップ、部品を売ったりして生計を立てる、ただ、それだけだった。艦長であるエリィがそのようにセイントバードを動かしてきたのだ。

しかし今のエリィは違う。世界に真実を知ってもらおうとしていた。それはつまり、本当の平和の為に戦いたいという事だった。

 だがこの言葉に対し、ギアは言った。

「……少し、冷静になった方が良いかも知れない。戦力となってくれる事は非常にありがたい事だ。しかし……君達はMS乗り。別に私達に付き合う必要はない。よく考えて欲し――」

「感情で言ってません!私は本気です!」

ギアが台詞を言い終えようとした時にエリィは再び大声で言った。

彼女の意志は固かった。世界に向けて平気で嘘を吐く平和国連盟の最高議長、ギルス・パリシムが許せない。彼女は握り拳を作った。

「……後悔は、しないかい?」

「協力出来る立場にいる以上、私は行動したいと思っています。こんな嘘が流れる世界なんて、嫌なんです。真実は行動で示さないと……だから私は戦います!」

エリィがギアに言った時、ネルソンも静かに口を開ける。

「エリィ、どうして一人だけで戦おうとするのだ?」

「え……?」

ネルソンの方を見る、エリィ。

「今、君は〝私は戦います〟と言った。〝私達〟ではない事に私は疑問を抱いた。」

「それは……これは私の意志で……」

彼女はネルソンに言われ、思っていた事を述べる。しかし次に、ネルソンが言った。

「何故私を入れてくれない?私も君と同じ考えだと言うのに。」

「え……!?」

エリィは驚いていた。戦いに参加するのは自分だけで良い……そう思っていたから、まさかネルソンが協力してくれるとは思わなかったのだ。その為、彼女は少し申し訳が無い気持ちになった。

「ご、ごめんなさい……私、自分の事ばっかりで……前の戦いの時だって……」

エリィはネルソンが自分に気持ちを伝えてくれた事を思い出し、彼に謝った。それに対し、ネルソンは少し笑みを浮かべて言った。

「謝るべき相手は私だけでは無いぞ。周りを良く見て見るんだな。」

そう言われ、エリィは辺りを見る。そこには、エリィと同様に、決意を固めたセイントバードチームのクルー達がそれぞれ胸中の思いを語っていた。無論、いずれもが彼等の意志であり、エリィはそれに驚きを隠せないでいた。

「変ですよね……こんなの!考えは艦長と同じですよ!俺も戦います!FPBとして!」

「艦長は一人で何でも決めないで!俺達がいるじゃないですか!」

「パイロットじゃないけど……整備士として最後まで付き合いますよ、艦長!」

「今までずっと一緒だったじゃないですか!そんな俺達を信用して下さいよ!あんた一人人じゃないんスから!」

セイントバードチームのクルー達が次々と語る。その光景を見て、エリィは笑顔を浮かべた。

「みんな……けど……良いの?本当に?」

彼女の言葉に対し、その場にいた全員が、

「もちッスよ!」

と言った。それを聞き、エリィは笑顔になった。

「ありがとう……まさか、こんなに協力してくれる人がいるなんて思わなかった……」

「当然じゃないっスか!」

自分には仲間がいると、改めて認識させられた瞬間だった。エリィは信頼されている。信頼されているが故に、彼女に付いて行く人がいる。彼女は心底喜んだ。

しかしその一方で、やはり不安な事があった。それは、本当に全員が戦う事を決めたのかと言う事である。

「一つ、聞きたい事があるの。」

そっとエリィが口を開けた時、セイントバードチームのクルー全員が黙った。

「この中で、故郷へ帰りたい人がいたら申し出て下さい。これは決して強制ではありません。レイ君だってそうです。彼も故郷へ帰りました。貴方達の中にも、そんな人がいれば必ず申し出て。戦いたくないのに戦わせるのは、嫌だから……」

エリィは念を押すように確認した。だがセイントバードチームの面々は全員拒む様子は無い。皆、戦う気でいたのであった。それを見て、エリィは

「後悔しないで下さい。私達は、戦います。FPBとして。」

と、言った時――

「エリィ、スバキやエレン達はどうなる?彼女達もレイと同じ歳の少女だぞ。」

と、ネルソンが言った。

実際、今この場にはスバキやエレン、ガーストやプレーンといった人間がいない。彼等の意見も後に聞く必要があったのだ。彼女はとにかく、無理を強いたくない。共に戦ってくれる事は心強いが、それでもまるで強制参加のような形になるのは宜しくないと思っていた。

「後で彼女達に聞くわ。今は私達が戦う事を決めただけだから……」

エリィは笑顔で答える。と、そこへミシェが彼女に言った。

「俺も協力はする。けど協力するにしても問題が一つあるぞ。俺達はどういう扱いになるんだ?今まではセイントバードがあったからこそ、お前は艦長としてやっていけた。けど今はそれがない。」

「あ……そっか……そうだった……」

彼女はミシェに言われ、肝心な事を思い出した。母艦が無いのだ。

エリィの場合、今までセイントバードの艦長を務めてきただけに、母艦が無いという事……それはつまり、何をすればよいか分からないと言う事だった。ネルソンはハルッグのパイロットを、ミシェは整備士をすれば良いかも知れない。しかし、エリィは何をすれば良いか分からないのだ。セイントバードが沈んだ為、新たなる母艦と言えるものがない。それによりエリィは困惑する。

その時、ギアがそっと口を開けた。

「〝既に手配はしている〟先程、私はそう言ったよ。」

「……え?」

首を傾げるエリィ。何を言っているのだろうかと言わんばかりの、彼女の姿を見てギアは微笑しながら言った。

「言葉通りの意味で捉えて欲しい。君達がFPBとして戦ってくれると言った以上は我々も協力は惜しまない。強力な戦艦を用意させてもらうよ。それは、アステル家の地下に収納してある。」

まるで、全てが用意されていたかのような展開だ。この言葉に驚愕しているのは、エリィだけでない。ジャンヌも、この話に驚いていたのだ。

「お父様は、いつの間に……」

「隠していてすまないとは思っていた。実は、この事はジャンヌ嬢には秘密だったんだよ。来るべき時の為に、ジンクと極秘裏で進めていた。それが、今になったと言う訳さ。」

ギアはウインクをして、言った。

「あ、ありがとうございます!!!」

エリィは笑顔になった。ギアは既に新たなる戦艦を用意しようとしてくれていたのだ。そうとなれば話が早い。エリィは再び艦長として活動できる事を喜んでいた。

「良かったじゃないか、エリィ。戦艦があるのは頼もしい事だ。」

ネルソンがエリィの肩に手をおいた。エリィは嬉しさの余り、ネルソンにもたれ、そのまま目を閉じた。

「良かった……これで、皆を纏められる……艦長として責務を果たせそう……」

新たなる母艦の存在を約束されたエリィは有頂天だった。セイントバードを失った悲しみは大きかったが、それでも新たなる母艦が手に入ると言う事で、彼女を、一層やる気にさせていく。

「さて、まずはFPBの旗艦をシュネルギアとさせてもらう。これは、ジンクにも確認済みだ。宜しいかな。」

その言葉に対し、ジャンヌは

「ええ、喜んで。」

と笑顔で答えた。この瞬間、FPBの旗艦はシュネルギアに決定したのだ。

「尚、FPBは軍隊と言っても、元々軍属で無い君達に無理矢理階級を与えると言う事はしたくない。君達は従来通りのままでいて欲しい。協力してくれる元国連軍の者には階級毎に呼ばせてもらうようにするから、安心して活動して欲しい。」

国連から独立した軍として存在しているFPB。当然ながら問題はある。正式な軍という扱いではない為、正規軍からすればテロリストのような扱いとなってしまう。平和国連盟側からすれば非公式の存在になってしまう為である。

 しかし所属を変えたとしても、その階級を変動する事をしてはいけないし、それによって格差を産んではいけないと考えているギアは、有志の人間を尊重する姿勢を取ったのだ。

FPBは設立したばかりの組織。故に、皆が平等なのだ。

「さて、今後だが、間違いなく国連はFPBに対して攻撃を加えてくるに違いない。今後はそれを警戒していく必要がある。その上で、出来るだけこの場を急いで離れ、アステル家に向かう事を提案しよう。」

ギアの言う通り、彼がシュネルギアにいる限り確実にシュネルギアは国連の攻撃を受ける。彼等はすぐにでも宇宙に向かいたい気持ちだったが、まずはアステル家の地下にあると

される、新型戦艦を取りに行かなければならない為、宇宙へ出る事は出来ないのだ。その上、

彼の手配もまだ完全とは言い切れない。

今の彼等は国連に狙われる立場にある。故に、行動は慎重にならざるを得ないのである。

 

 

 

この後、エリィはブリッジに居なかった人間に対し、一人、一人にこれからどうするかを聞いた。スバキ、エレン、ガースト、プレーン、ウィリア。いずれも、この先FPBとして戦う必要のない人間ばかりである。エリィは真剣な表情で、彼等に聞いた。

その結果、皆が彼女についていくと言ったのだ。エレンとスバキは似たような理由で、助けてもらい、その恩返しがしたい為だという。これに対し、エリィは

「そんなことなんていいのよ?貴方達には本当にしたい事があると思うの、だから……」

と言うが、両者はそれでも共に戦いたいと言った。 

スバキの場合はパイロットとして戦えるが、エレンの場合はパイロットとして戦う事は出来ない。彼女の場合は、料理や洗濯といった日常生活の事で協力したいというものだった。

「でも、戦艦の中にいる以上はいつ破壊されてもおかしくない。最悪な状況を言うと、全滅してしまう危険だってある。それでもいいの?」

「はい!どの道、私はここにいるしかないです。なら、せめて出来る事をしていきます!」

エレンは躊躇うことなく言った。彼女の目に迷いは無いと判断したエリィは、エレンもFPBの一員と決めた。そして、スバキが言う。

「なんか……中途半端な気がするんだ。レイとリルムには家族がいるから、家族と一緒に幸せな生活を送ればいいと思う。けど私には家族はいない。幸せな生活は送れない。だけどさ、こんな私でもやれることがあるんなら、やりたいと思う。艦長、お願いだ。戦わせてほしい。」

「……覚悟は出来てる?これからは名義上は軍の所属になるよ?つまり、今までみたいに巻き込まれる戦いじゃなくて、戦いを仕掛ける事もある……つまり、戦争になっていくのよ?」

「……ああ。それに、国連の連中のやり方、納得出来ないしな。」

スバキは承諾した。これで、彼女はスバキの意志を確認する事が出来た。

残るはガーストとプレーンである。ガーストは自身の身体が完治すれば戦えると言うので、是非、自分もFPBの一員として戦いたいと言う。プレーンはそのガーストについて行くだけ。その結果、彼らもFPBの一員として戦う事を決めた。

後はウィリアだ。彼女は元々バンディットである。無理にFPBとして戦わせる理由がないのだ。と言うのも、ウィリアの場合はあくまでも保護していただけに過ぎないからだ。

元々はミルフの保護の為にセイントバードと同行していたが、肝心の彼女が自死を遂げてしまった為、もう、ウィリアがここにいる必要はないと言えた。

「貴方達が軍として加わるというのなら、私はもう、必要のない存在ね。私は軍人じゃないただのバンディット。軍属じゃないもの。」

ウィリアは笑顔で答える。ここに来て、ウィリアはエリィ達を別れる事を決意したのだ。

「じゃあ、ここでお別れですか?」

と、エリィが言った時――

「今からこの戦艦はアステル家に向かうのよね。そうね、せめてその全貌を見せて貰ってからお別れをしようかしら。知りたがる私としては絶好の機会。無論、公表なんてしないわ。個人の思い出として、残しておくつもりだもの。」

アレンと酒を酌み交わした時に知りたがっていたアステル家の秘密。今、彼女はそれを知る事が出来る場に居たのだ。

 そもそも彼女がアステル家の戦艦である、シュネルギア内に居る事自体が幸運と言える立場と言える。これも、エリィ達がジャンヌと繋がりがある為に叶うことが出来る事なのだ。

「アステル家の事を口外しないとお約束出来るのでしたら、歓迎ですわ。」

と、ウィリアの前にジャンヌが現れた。世界的歌手である彼女を目の前にし、ウィリアは、どこか緊張している様子だった。

 年齢は彼女の方が上であるが、目の前にアステル家の令嬢が居るという事実は、ただ、彼女を驚愕させるのだ。

「ありがとう……それにしても、エリィ達がこんな世界的歌手と知人関係なんて、縁って本当に不思議な物ね。」

そっと髪を掻き撫で、ウィリアは言った。

 彼女自身、多くの人間を失った。弟を始め、恋仲に落ちたギィルや、友人のニーア、そしてミルフ。今のこの時間は、彼女にとってはほんの一時の、安らぎの時間と言えたのである。

 

 

 

 その後、シュネルギアはアステル家に向かった。その中で、多くの情報を分析する必要があった。

 と言うのも、宇宙に上がる為にはマスドライバー施設が必要となる。この施設は、新生連邦と国連がそれぞれ、本部のあるアメリカを始め、大陸の各所に合計八施設が存在している。FPBは、アステル家の地下にある新造戦艦を受け取った後にマスドライバーで宇宙に上がる必要があるのだ。MS程度を宇宙に上げる方法は各基地で実践されているが、戦艦クラスの質量を宇宙に上げるには、この、マスドライバーの存在が必要不可欠なのである。だがこの時、彼はマスドライバー施設の残骸の画像を目の当たりにしていたのである。

 それは、新生連邦軍や国連が所有していた筈のマスドライバー施設が何者かによって破壊されている姿だった。人類の宝とも言えるその施設が破壊する事は、いくら戦争状態の新生連邦と平和国連盟であれ、あってはならない事である。

「ジャンヌ嬢、厄介な事になった。世界中にあるマスドライバー施設の内、既に四施設が破壊されている。八施設の内、四つだ。半分も破壊されているのだ。」

それは衝撃の言葉と言わざるを得ない。何故、このような事が生じるのか。一体、何者がそのような事をしているというのか。

「FPB設立と同時に確保していたマスドライバー施設が、何者かに既に破壊されているという知らせを聞いた。幸い、FPBの先行部隊が既に宇宙に上がってはいる。だから、後は旗艦であるシュネルギアが宇宙に上がる必要があるというのに……」

FPBの設立後、国連から反旗を翻していた別働隊は既に確保していたマスドライバーを利用し、宇宙に上がっていたのだ。残るは中心となる彼等が宇宙に上がるのみなのである。

「何者かが、妨害している可能性が高いという事ですね。」

「恐らくは。我々の行動を察知した国連が先回りしている可能性もある……だが、国連も宇宙に物資や戦力を送り出さなければならないだろう。となれば、それはおかしい話になる。」

一つ言えるのは、これらのマスドライバー施設は新生連邦所属のものと、国連所属のものの、それぞれ二つずつが破壊されているという事だ。つまり、どちらかの所属している者が暗躍しているとは、考えにくいのだ。

「そもそもマスドライバーの破壊は条約で禁止されている筈。それを平気で行う者が居る等……」

この事に憤りを感じるギア。それも当然の事だ。

地球の人類が宇宙へ行く為の唯一の方法であるマスドライバー。それはデウスや新生連邦や国連等の勢力に関わらず、人類共通の宝として長く存在していた。しかし、それを容

易く破壊する者がいるという事実だ。憤りを感じるのは、当然である。

だが、憤りを感じたとしても、現実問題マスドライバーは破壊されている。残る四施設の内、確実に一つを確保し、一刻も早く宇宙に上がる必要があるのだ。

「もしかすれば、その、新造戦艦を受け取っている間にもマスドライバーは何者かに攻撃を受ける可能性が考えられますわね。」

考えたくもない事だが、可能性は十分に有り得る。もしそうなった場合、目も当てられないのだ。

「そうだ、良い考えがある。」

その時、ギアは突如言い出した。そのまま考える素振りを見せ、口を開く。

「このシュネルギアと、もう一隻の新造戦艦を使い、アステル家に着いてから二手に分かれるのはどうだろうか。マスドライバーが破壊されつつある現状を見れば、出来るだけ早く、我々が動く必要があるだろう。」

「シュネルギアはFPBの旗艦。つまり、中心だ。我々が早く動かなければならないのは当然だ。故に、出来るだけ急がなければならない。」

「そうですわね……」

ジャンヌは、静かに言った。破壊されているマスドライバーの存在は無視出来る筈がない。一体誰が、何の為にそれを行うのか。FPBの戦力を宇宙に集めるには、早くマスドライバーを見つけなければならないのだ。

 

 

 

 やがて、シュネルギアはアステル家に着いた。その間、幸いなことに国連軍からの攻撃を受ける事なく、この地に降りることが出来たのだ。新生連邦軍の脅威が無い現状で、移動する事は以前よりも容易となっていた。だがその間にも世界中で戦闘は行われている。

 国連に反旗を翻したFPBの一部の人間達が行動を起こし、戦闘を行っている。だが国連軍は既に最新鋭の機体であるハイエッジを用いている為、FPBが確保出来た機体では太刀打ちが難しいという現状もあったのだ。

 やがて、シュネルギアを降りようと、皆が準備をしていた時――

 

パァンッ

 

余りに突然の出来事だった。突如銃声が聞こえて来たかと思えば、いつの間にかブリッジは瞬く間に顔つきの悪い男達に占拠された。その間に何人かの人が殺されている。

 一体、何が起きた?何故、このような参事になっている?誰もが目を疑っていた時――

「へぇ!結構可愛い子多いからな。オペレーターとか……まあ、中でも一番の収穫はジャンヌ・アステルだけど!!」

そこに居たのは、黒いハット帽子を被り、左目を眼帯で覆い、左腕を包帯で巻かれている一人の、銀髪の男の姿だった。その男こそ、ダーウィン郊外でウィリア達とカーチェイスを行い、その上でニーアを惨殺した凶悪な男、グァン・ホーキーズだったのである。

「な……貴方は……あぅ!?」

名前を呼ばれ、動揺している最中にグァンはジャンヌの肩を持ち、強引に引っ張って首を腕で締める動作を見せた。苦しむジャンヌに対し、グァンは笑顔で言う。この時、銃を構えようとする者も居たが、グァンは右目を大きく見開き、八重歯が目立つその歯をクルー達に見せたのだ。

「俺はグァン・ホーキーズ。御覧の通り、お前らから見て悪い奴だからな!」

騒ぎを聞き付けたウィリアは、ブリッジに姿を現す。そして、そこにいたグァンの姿を見て唖然とした。

「グァン!?」

ダーウィン郊外でグァンはツヴァイのビームセイバーを受け、コクピットが爆発し、それに巻き込まれた筈だ。なのに、生きている。この最低最悪な男は生きていて、その上でジャンヌの首を絞めているのだ。

「ウィリア!ウィリアじゃないか!まさかここで会えるとはな!俺達はやっぱり赤い糸で結ばれてるからなー!!」

舌を舐めまわすグァン。この男の仕草に、ウィリアは怒りを見せていた。

「何故、死んだ筈の貴方がここに!?」

怒鳴るウィリアだが、それを軽くあしらう、グァン。

「トリックってやつさ!けど生憎、今はお前には興味ないんだよ!俺が今、興味あるのはジャンヌ・アステルだからな!」

ウィリアは銃を構えた――その時、グァンはジャンヌの頭部に銃を付き付ける。

「おっと!あの世界的歌手であり、スポーツマンであり、挙句の果てには戦艦の艦長を務める、ルックスも文句なしのこの完璧ジャンヌ・アステルを人質にとってんだぜぇ?下手すりゃ撃つぞ?ヒャハハハハ!」

狂気の笑い声を浮かべるグァン。だが、それを許せないでいる存在が、もう一人。

「ハッタリは通用しないぞ!脅しなんて分かる!」

アレンがグァンに対して叫ぶように言った時、ウィリアがアレンに対して言った。

「ダメよアレン!あの男は本気でジャンヌ・アステルを殺す!躊躇いなく、あの男は間違いなく……」

ウィリアの言葉を聞いたアレンは黙ってしまった。ジャンヌの命が掛かっていると思うと、何も出来ない。

「流石ウィリアだ。俺の事を良く知ってくれてる。」

「当然よ……貴方が危険な人間だと言う事は身を持って知っているから……」

目の前で友人をMSを用い、惨殺したこの男ならばジャンヌを殺す事も躊躇わないだろう。迂闊なことは出来ないで居たのだ。

この時、ウィリアの汗が頬を伝って流れていた。冷酷な男を前に、緊張していたのである。

「貴方は、いつの間にここに……?まさか、ニューヨークにいる時から!?」

グァン率いる氷河族のメンバーが、いつの間にか。シュネルギアに潜入していた。それも、他のメンバーに悟られる事なく、静かに過ごしていたのである。

「今回の標的はあのアステル家のお嬢様だから下準備はバッチリしないと行けないからな!あの演説で世間が大混乱状態って時に狙うのが俺等な訳だよ!ヒャハハハ!」

下劣な男は、ニューヨークの時から既にシュネルギアに侵入していたと言う。その際の演説による混乱に乗じ、ジャンヌを誘拐する為に行動を開始したと言う訳なのだ。

「さぁて、ちょっとジャンヌお嬢様には“ある物”を見て欲しいからな!」

その時、グァンはポケットから何かを取り出し始めた。この間も男はジャンヌの頭に銃を突きつけている。疑問を抱く、ジャンヌ。

「これ舐めろ」

その時、グァンはジャンヌに小さな飴の様なものを見せた後に、すぐに口に含ませた。抵抗出来ないまま、ジャンヌはそれを口に含んでしまう。そして、その飴を舐めた瞬間――

「あ……」

彼女の瞼が、瞬間的に閉じられた。ジャンヌは突然迫った眠気に襲われてしまったのである。

「ジャンヌ!?」

アレンがジャンヌの元へ近付こうとするが、グァンは、眠るジャンヌの頭部を付き付ける。

「オイオイ!下手すりゃ撃つぞって言ってるからな!?せっかく厄介事を抑える為に飴舐めさせたのに。」

「クソ……」

ジャンヌが人質に取られている為、身動きが取れないクルー達。

突如出現したグァンにより、この場は一転して絶望的な状況に陥った。緊迫する空気……その中で、ギアはグァンに言った。

「君は何が目的だ?どうしてジャンヌ嬢を狙う?」

だが、グァンは聞く耳を持つ様子を見せない。

「うっせえよ!」

 

パァンッ

 

ギアが喋った瞬間、あろう事か、グァンは銃を彼の腕を目がけて銃を撃ったのだ。それはギアの右上腕に直撃し、彼は激痛を訴えた。

「う……くぅ……!」

「お前!」

ギアが撃たれた事で、アレンがグァンに対して銃を構える。怒る様子を見せるアレン。しかしギアはそれを止めさせた。

「やめ……ろ!ジャンヌ嬢が人質に取られているんだぞ……!」

「し、しかし……!」

「彼女は今後FPBが活動するに当たって重要な人物だ!下手な真似は、出来ない……!」

痛みをこらえ、腕を押さえながら彼は喋る。アレンは銃を構えるのを止めた。これを見ていたグァンは、再び白い歯を見せつけるように口元を広げ、言った。

「よくご理解してらっしゃるね!さっすが平和国連盟を裏切った代表の人!あの放送はテレビで見てたぜ!その後であれがデマって議長さんに言われてたけどな!ざまぁ!ま、俺はあんたよりもジャンヌ・アステルが目的なんだよ!じゃあな!あ、あと理由だっけ?それは言えないな!企業じゃないけど企業秘密ってやつさ!結構〝重要な事〟なんで、宜しく!!」

そう言って、グァンは深い眠りに落ちたジャンヌを抱えてその場を去った。グァンの周りには強面の男達が銃を構えている。ジャンヌを人質に取られている為、彼等は何も出来ない。 何も出来ないが為に、グァン達の逃走を許してしまった。

 その後、グァンはMS、ファドゥーム三機と合流。内一機にジャンヌを乗せ、そのまま連れて行ったのであった。

これから新造戦艦を受け取り、そこからマスドライバーを使って宇宙へ向かおうとした際の突然の悲劇。FPBの要の一つであるジャンヌが、突然グァン・ホーキーズによって拉致されてしまったのだ。何をするにも躊躇いをせず、冷酷で残虐な男に、ジャンヌが連れ去られてしまったのだ。

そもそも何故グァンはジャンヌを狙う必要があったのか?それは今の段階では誰も理解出来ていないのであった。誰もが悔しがるこの状況で、アレンは一人、疑問に感じている事があった。

(あの男、ジャンヌが光を放つ事を知っている……?まさか……?)

この時、アレンは先程グァンが言っていた言葉を思い出した。

 

――――――――――せっかく厄介事を抑える為に飴舐めさせたのに――――――――

 

アレンやジャンヌのようなアドバンスドタイプは、危機的状況に陥れば、碧色の光、イズゥムルートを放つことで相手の戦意を奪い、気絶させることで自らの身体を守る。しかしグァンはまるでそれを知っていたかのようにジャンヌに睡眠薬入りの飴を舐めさせた。グァンはジャンヌがアドバンスドタイプである事を知っているのか?アレンは一人、疑問に感じていたのであった。

 




第八十三話、投了。

新たなる勢力、FPB発足。しかしその後でジャンヌは氷河族に拉致されてしまう――
そして、新たに出現した組織を見て、レイは――


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第八十四話 明かされる、過去

自らが何をすべきか悩むレイ。その中でも学生生活を送る彼。
しかし、自らに起きた出来事は更に彼を苦悩に追い遣る。
そして――


 ジャンヌがグァンに連れ去られる前の事。月が煌々と照らす夜になった頃。心境が不安定なレイはこの時、思い切ってエリィに電話をする事にした。今頃エリィ達は何をしているのか?あれからどうなったのかを、聞きたいと思っていた為である。

 ジャンヌは戦う事を決めていた。彼女の言っていた、戦いは終わっていないという言葉がどうしても気になっていたレイ。本来ならばもう、彼には関係ない事の筈なのに、どうして他人事のように思えないのか。彼自身、それが不思議で仕方がなかったのである。

レイはエリィのEフォンに電話を掛けた。レイが電話を掛けて数秒後、すぐに彼にとって聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。

『あ、もしもしレイ君?久し振りだね!と言っても数日振りだけど。』

「あ、あの、エリィさんに聞きたい事があるんですけど……」

『何かな?』

どこか愛らしく、それでいて色香のあるエリィの声が、レイの耳に伝わっていく。

「その……エリィさん達はこれからどうするか、決めましたか?」

単刀直入に聞いた。回りくどく聞いては彼女に迷惑だと思った為だ。

『うん、決めたよ!私達、ジャンヌさん達と戦う事に決めたんだよ!』

「え――」

レイは耳を疑った。エリィ達は、今後は戦う事を決めたというのだ。それを聞いたレイはもう一度聞き返す。

「あの、戦うってどういう事ですか……?」

『そりゃあ、ジャンヌさん達と戦うんだよ。レイ君、あの演説を見てなかったかな?ギア・ジェッパー代表の演説!あれが私達を勇気付けてくれて、それから行われたギルス・パリシムの演説で決意したの。あの偽りの演説は放っておけない……そんな気がして。』

エリィの決意を聞き、レイは内心、焦りを感じていた。もう、関係のない筈なのに。何故だろう。何故、レイはこのように焦る気持ちを抱いているというのだろうか。

『勿論、戦うって言ってるのは私だけじゃないわ。セイントバードチームの皆が同意してくれた。もちろん私は故郷へ帰る人がいるかを聞いたけど、誰も帰らないって言ったの!民間人の筈のエレンさんも協力してくれるって言ってたし、スバキさんも戦うって言ってたし……とにかく、みんな協力するって言ってたわ。』

「そ……そうですか……」

レイは一人、置いて行かれた感覚に陥った。エリィ達はジャンヌと共に戦う事を決意していた一方で、自分とリルムは故郷に帰って学園生活を送っている。エリィ達は戦うと決意したのに、自分は平穏な生活……彼にはそれが辛く感じられたのだ。

 以前にもそれを感じた事がある。だが、その時はここまで大きく考える事は無かった。その時は、日常を謳歌したいと考えていたからだ。

だがチェーニ姉妹がリルムを連れ去り、彼に戦う事を強いた為にその日常は一時的に終わりを告げた。

 今、日常に戻っているレイ。その時はリルムを助けたい気持ちが強く、ただ、その為に動いた。しかし今はそのような脅威もない状況だ。しかし彼は、今自分が置かれた状況に対して、いつしか違和感を覚えていたのである。本当にこれで終わりなのか?これから本当に、何気ない日常を送って行けば良いのだろうか?セイントバードチームのクルー達は、皆が戦う事を決意したと言うのに?

『レイ君は何も気にする必要なんてないよ?レイ君はレイ君の生活があるし、ほら、それに元々レイ君は軍人でも何でもないんだから。』まるで宥めるように、エリィが言う。彼女なりにレイに気を遣っているのだろうか。

『そもそもこれは私達の意思であって、レイ君には関係の無い話だよ。レイ君は、レイ君で将来がある。だったらそれを選べば良いじゃな――』

「関係無くないですよ!」

思わずレイは大声で反論してしまった。エリィはそれを聞いて黙ってしまう。レイは急いで謝る。

「あ……すみません、つい……」

『……ううん、私も言い方が悪かったね……そうだよね、関係ない訳ないよね。あれだけ頑張って戦ってくれたのに、関係無いなんて……』

今度はエリィが謝った。そして、両者の間に少しの間沈黙が続いた。

それ一分間。そして、その数分間の沈黙を打ち破ったのは、レイだった。

「あの……エリィさん。」

『どうしたの?』

「もし、もしも……ですよ?僕がまた、戦うと言ったら、どう思いますか?」

エリィはその言葉を聞いて少し黙った。自分が言った事に対して考えているのだろう……レイはそう思い、エリィからの返答を待った。

そして数分後。エリィは静かに言葉を開けた。

『……レイ君、貴方が私達と共に戦う事で、必ず失うものがあると思うの。それは何かを考えて欲しい。』

「失う……ものですか……?」

『うん。それは自分で考えて。それにね、レイ君。私、思うんだけど、貴方は周りが戦う決意をしたから、〝あ、それだったら自分はこんなことをしてる場合じゃない、自分も戦わなきゃ〟って考えてない?レイ君が〝戦う〟って言った時にそう思った。』

エリィの言葉は当たっていた。事実、レイは自分だけが平穏な生活を過ごして良いのかという焦りから、決めた訳ではないとはいえ、〝戦う〟という言葉を発してしまったのである。

「それは……」

『やっぱりね。レイ君は周りの意見に振り回されているだけなんだよ。だからそんな言葉が出てきちゃう。それはレイ君の悪い部分もあるよ。レイ君は慌てる必要なんてない。自分自身の意思を持てばいい。君が選んだ事なんだから。それにさっきも言ったでしょ。強制じゃないって。』

「でも……僕だけがこんなのって……やっぱり何か、おかしいですよ……僕は戦っていたんですよ?なのにそんな僕がこんな生活してていいのかな……」

自分以外の皆が戦う事を決意した事に不安になるレイ。そんな彼に、エリィは

『良いよ』

と冷淡に答えた。

『だってレイ君が決めた事なんだから。何度も言うけど、強制なんてないの。もし強制ならレイ君達が輸送機に乗る時誰も阻止しなかったと思う。』

「そう言えば……」

確かに、クルー全体がこれから先戦わなければならないという状態になっていたのならば、シュネルギアのMSデッキから輸送機でモントリオールへ向かう前に止められる筈である。

それ以前に彼が〝帰りたい〟と言い出した時点で却下されるに決まっている。しかしエリィ達はそれをせず、寧ろ快く見送った。その時はクルーの皆が迷っていたというのもあるが、それでも彼等はレイ達の幸せを願っていたのだ。エリィは皆が戦う事を決意したとはいえ、レイを一切責めていない。レイはレイのやりたいようにやれば良いと言うだけだ。

『多分レイ君はあの演説を見て私に電話を掛けて来たんだろうけど、レイ君は気にする必要は無いよ?貴方はこれからの事を考えて生きればいい。私達は私達で戦うから……ね?』

笑いながら聞こえるその言葉が、レイの耳を通して行く。まるで、ただトンネル内を空気のみが伝うように、どこか虚しく。

『それにさっきレイ君は言ったけど、別に戦っていたから同じように戦わなくてはならないって事は無いんだよ。現にエレンさん達だって共についていくって言ってるしね。自分で決めたからには引き返して迷う事なんてしなくて良いんだから。』

果たしてそうなのだろうか。とても、そうとは思えない。

『あ、ごめんね集合時間だから……じゃあね、もう切るから。』

「あ、待って下さ――」

レイが慌てて引き止めようとしたが、エリィは電話を切ってしまった。戦うと言う決意をしたエリィ達の事で、レイは申し訳のない気持ちになっていた。エリィは別に強制ではないと言うが、それでも彼は戸惑っていた。今彼がここにいる事は本当に良いのか……彼は考え、迷う。

 

――――――――――レイ君は周りの意見に振り回されているだけなんだよ――――――

 

――――――――――――それはレイ君の悪いところでもあるよ―――――――――――

 

―――――自分が決めたからには引き返して迷う事なんてしなくて良いんだから――――

 

エリィが言っていた言葉が脳裏に過る。別に強制で無いのだから、戦う必要は一切ない。しかし何故だろうか。何故自分はこれ程に迷っているのか。昨日のギアの演説や、ギルスの演説の時から彼の迷いは絶えなかった。

(分からない……分からないよ……僕は本当に、これで良いのかな……)

約束された平穏な生活。それを送って行く事が罪にさえ感じるようになっていた。エリィは優しい言葉を彼に掛けるが、それでも迷いは拭えない。

困惑したレイは迷いを振り切るように首を振り、明日学校へ行く準備をし、ベッドに寝転がり、布団を被って目を瞑る事にした。だが昨日同様、またしても眠れそうになかった。

(人を殺すことはもうしたくない……)

一つ、考える。

(だけど、皆はこうして僕が寝ている間にも戦っている。)

二つ、考える。

(けど戦う事は人を殺す事……それは嫌だ。)

(でも……皆は戦っている。)

三つ、考えた。

様々な思いがレイに過る。それらはレイを迷わせる。戦いをしなければならないという思いと、戦いをしたくないと言う思い。彼の中でこの二つの思いが衝突し合っていた。エリィが言っていた様々な言葉が何度も再生される。

やがて、彼はその状態で一晩を過ごした。無論翌日、彼が眠気眼で登校したのは言うまでもない。

 

 

 

翌日。眠気に耐えつつ学校へ登校してきたレイ。教室に入ればいつも通りリルムとモークが迎えてくれた。席に座り、何気ない会話をする三人。彼等と会話をしている間は、レイは自然に笑顔でいられた。大切なのはやはり友達の存在……彼はリルムとモークがいるという事が嬉しくて仕方がなかった。

「お前、なんかやたらニヤニヤしてるよな。」

「あ……え、そ、そんなことないよ!?」

「モークの言う通りだよ?なんか良い事でもあったの?」

「ううん……特に何もないよ?」

レイは、彼自身が思っている以上に表情に出易い。それ故に、違和感を覚えた二人に聞かれた。レイは平然を装うが、それも無駄な事と言えた。

「よっ」

仲良く喋る三人に、突然一人の男子生徒が姿を現した。レイが三年生になって仲良くなった友人であるトラン・オセイドである。レイは彼の姿を見て満面の笑みを浮かべた。

 最初、彼に対してはどこか近寄りがたい印象を受けていたレイだが、三年生になり、学校の屋上で彼と会話をして以来、仲良くなった者同士だ。

「トラン!ああ、昨日は喋ってなかったね……同じクラスなのに。ごめんね……」

レイは謝る。

「別にいいよ。てかさ、なんかお前、少し顔立ちが良くなったか?なんか四月に見た時よりも凛々しくなってる気がする。」

幾多の戦場を生き残った戦士であるレイ。それを悟られた気分になったレイは少し元気がなくなった。

「そう……かな……」

俯くレイ。それを見て、モークがトランに言った。

「こいつが凛々しい?それはないよなー。こいつ、相変わらずの女顔でなよなよしてるし、凛々しいってことはねーんじゃないか?」

「それは……人に寄るんじゃないか?俺はそう思っただけで。」

「ふーん。」

レイについて雑談をする二人。彼はその会話を無言で聞いていた。

「レイ?どうかした?」

彼の様子に気付いたリルムは心配そうに聞く。レイは静かに頷き、

「大丈夫だよ」

と言った。だが彼は無表情だ。それがリルムから見て、変に思えて仕方がなかった。

 

それから担任教師のリアンが来るまで、四人は雑談を行っていた。休校中に何をしていたか、どこかに出掛けたかなど……だがその話はリルムとレイにとっては正直に話せない分、辛い話である。リルムは苦笑いしながら作話で誤魔化すが、レイは何を喋れば良いか分からない様子だった。彼はとりあえず

「勉強していたよ」

と言うのだが、そのような話では盛り上がる筈もなかった。

 

 

 

それから時間が流れ、昼休みになった。リルムはレイと一緒に昼飯を食べないかと誘う。恋人の誘いに喜んで乗るレイ。そして両者は教室から出て外で昼食を摂る事にした。

二人が昼食を食べる場所に選んだのは、屋外で、人気の少ない庭だった。この時期は冷え込むので、あまり人が来ないのだ。だが人気が少ない為に、二人の時間が過ごせると考えたリルムは、あえてこの場所にレイを呼んだのだ。

「朝のモークとトランの会話だけどね、入り辛かったね……」

「う、うん……」

「だって私達がまさか戦艦の中に居たなんて……言える訳ないよね……」

「言っても信じてもらえないと思うけどね。でも、やっぱり話を誤魔化さなきゃならないって言うのは、辛いとは思う。」

購買部で買ったサンドイッチを一口、口に含み、咀嚼した後に、喉に流す。

「ねえ、リルム。」

「うん?」

リルムはレイの言葉に耳を貸す。

「僕がもしね、また、戦うって言ったら……どうする?」

レイの言葉はリルムの食事のペースを止めた。先程までの笑顔が消え、明らかに困惑しているのがレイにも分かった。

「ど、どうするって……そんな話、しないでよ!もう関係の無い話なんだから……ね?」

「そっか……そうだよね!」

レイは笑顔になった。彼の笑顔を見てリルムは再び笑顔になる。レイは彼女の答えを聞きたかっただけなのだ。何せ地元では彼の行動を唯一知る人間がリルムなのである。だからこそ、彼女にだけしかこの話が出来なかったのだ。

やがて、二人だけの食事は終わった。すぐに彼等はこの場から去り、教室へ戻る。その途中、レイはトイレに行く為、リルムと一度分かれた。

 

それから彼がトイレを済ませ、出てきた――その時。

 

                   ガッ

 

レイは突然両腕を何者かに掴まれたのだ。突然の出来事に戸惑うレイ。身動きが取れず、抵抗しようにも出来ない。

「え……?」

「よぉヘタレ野郎。イッチョ前にエリアスとランチなんか楽しみやがってさ。」

そう言ったのはミラースである。続いて彼の両腕の自由を奪っているシアスが言った。

「今から体育館の裏に来いよ。逃げたら殺すからな。」

「ゲノンさん待ちくたびれてんぜー。早くしようぜーぇ。」

「そんな……なんで……なんで……?」

突如、三人の不良生徒に絡まれたレイ。しかも絡まれたのはレイが二年生の時に同じクラスだったミラース、シアス、スーの三人である。三年生になって面識など無かったレイだが、何故今更になって彼に絡んできたのかがレイには理解が出来なかった。

 

 

 

レイは三人の不良生徒に連行される形で体育館裏まで連れて行かれた。彼を待っていたのは、ゲノン・ナバードという男だった。金色の長髪で、長身の男であり、目つきは細く、鋭い。そして煙草を吸っている。この男はこのジュニアハイスクールの卒業生なのだが、何故かこの場所にいたのだ。

レイの目の前にいる存在……それは彼自身の生活上ではまず、出会う事がないような強面の人間ばかりだった。まず、それ程面識の無い三人の不良生徒と、彼が初めて見るゲノン・ナバードと彼の友人と思われる二人の男。計六人がレイを睨んでいる。無論、レイは彼等に喧嘩を売るような行為は一切していない。彼はここに自分がいる理由が全く理解出来なかった。

「おめーら、こいつぅ?ヘタレなのに~、イッチョ前に彼女と手つないでるって野郎はぁ?」

独特の喋り方をするゲノン。そんな彼に対し、シアスが言う。

「そうだよ、こいつ。なんか見てて腹立ったから連れて来たんだよ。」

レイは、ふるふると震えている。これから何をされるか分からない恐怖が彼を襲っていた。

すると、ゲノンはレイの眼前に近付いてきた。じっと彼の顔を見、そして口内に溜めていた煙草の煙を思い切り彼の顔に吹きかける。

「!?ケホッケホッ……ぅ……」

突然の出来事に、彼は息苦しさを訴えた。口を手で押さえ、必死に咳をする。それを見たゲノンは大笑いをした。

「なんだよ~、こいつ可愛いじゃん!顔が女の子みてーなのな!あのさ、ボこるんじゃなくていっそ犯さねぇか?ぶっちゃけさー、俺さぁ、両刀だからさぁ、別に犯してもいいと思う訳よォ。女顔ならかんげーよ?ブサメンだったらボこるでいいけどさぁ……」

突如訳の分からない事を言い出したゲノンに、周りは引いている様子だった。レイの震えは一層激しくなり、恐怖が更に募る。

「なんつって」

 

ドゴッ

 

「うぁっ!?」

その時、ゲノンは思い切りレイの腹部を蹴った。レイの目は見開かれ、更に蹴られた衝撃で彼は仰向けに倒れてしまった。

 初対面の人間を殴るという凶行を行った、ゲノン。この時点で、この男には良心と言うものが欠如しているのが分かる。信じられない様子で、レイは驚愕したと同時に、痛みに苦しんだ。

「う……くぅ……」

何故自分がこのような仕打ちを受けなければならいのか?レイはただ、困惑するばかりだ。

「そんな弱腰じゃ大事なか~のじょ守れないよ~?俺ら六人倒せるぐらいの実力を見せろよっ!!!」

そう言いながら、ゲノンは仰臥位で倒れるレイを、横腹部から蹴り飛ばしたのだ。

「うあぁっ!」

痛さの余り、喘ぎ声を上げる。これに対しても、ゲノンは痛がる彼の姿を見てにんまりと笑顔を浮かべた。

「ぞくぞくすんね、こーいうの。」

「うわ、初対面にも容赦ないなんてさすがゲノンさん!鬼畜~!」

ミラースがゲノンに対し、彼を持ち上げるように言った。それを聞いて上機嫌になったゲノンはレイの髪を引っ張り、顔を見る。

「立てよオラぁ!そんなんで彼女が守れんのかぁ?」

「う……うぅ……」

痛みのあまり、苦しそうな表情を浮かべるレイ。そんな彼に対し、シアスは突然自らの肘を無防備な彼の背中に向け、体重を掛けて圧し掛かった。シアスの体重がかかっている肘をまともに背中で受けたレイは、更なる喘ぎ声を上げる。

「あぁぁ!」

倒れるにも、ゲノンが髪を引っ張っているので倒れられない。彼は突然のこの出来事が理解出来ないまま、ただ、理不尽な暴力を受け続けていた。

 これは私刑だ。それも、レイには何の罪もない。彼等がレイとリルムが一緒にいる所が気に入らないという、余りに身勝手で悪質な私刑。このような行為が許される筈等、ない。だが現実はそれが行われているのだ。

「ヘタレの癖に女なんか連れてるからこーなんだよばーか。」

スーが見下しながら言った。するとゲノンがミラース、シアス、スーの三人に対して言う。

「ところでさ、こいつの彼女、どんな感じよ?」

「結構可愛いっスよ。何人か告ってるの見た事ありますよー。」

「じゃあそいつを俺のモンにしよっかぁ?俺の雌奴隷に調教してやんぜぇ?」

彼等の台詞を聞き、リルムにも被害が及ぶと思ったレイ。それだけはあってはならない。いっそ、自分はどうなっても良い。だがリルムに危険が及んでは駄目だ。

そう思った彼は、握り拳を作り、髪を引っ張っていたゲノンの手を無理矢理引き離したのだ。それに伴い、彼は果敢にも立ち上がる。

「リルムには……手を出さないで……」

リルムは守りたい……その思いがレイを支える。 

だが、周りに彼を助けてくれる人間はいない。彼は六人を相手にしなければならないのだ。この状況では、彼に勝ち目など無い。

「やんのか?面白そ~。」

ゲノンは指を鳴らし、拳を作ってレイに襲い掛かった。レイはこれを避けるが、ミラースが彼の膝を蹴った為、バランスを崩してしまった。

「あうっ!?」

尻餅をついてしまったレイ。立ち上がろうとするのだが、その瞬間にゲノンが彼の頭を手で押すので、立ち上がる事が出来なかった。

「少しは勇気あるんだなー。でも弱すぎなんだよお前」

そう言った後に、ゲノンはレイの頬を思い切り殴った。激痛を訴えるレイ。殴られた顔を右手で押さえ、喘ぐ。

「うあ……ぁぁ……」

彼は口から血を流していた。殴られた際に思い切り口内を噛んでしまったのだろう。

だがこの時、レイは自らの血液に違和感を覚えていた。甘いのだ。思えば、この台詞を言っていたのはジャンヌである。彼はダーウィンでのジャンヌの台詞を思い出した。

 

―――――――――――――――甘い……ですわ―――――――――――――――――

 

この台詞は、レイがフォリアに暗殺されようとしているところをアレンとジャンヌが助けに入り、レイに起きた奇妙な現象の正体を探る為にジャンヌが彼の指に針を刺し、味を確認したことに由来する。ゲノンに殴られたことで、口腔内で出血をしたレイは今、この不思議な甘さを感じていた。

(本当に甘い……どうして……)

彼は自らの血を口に含んだのは今回の出来事が初めてである。痛みを訴えつつも彼は疑問に感じていた。

「それじゃあ俺達がお前の彼女奪っちゃうぜぇ~。男だったら立てよ。」

そう言って再びゲノンがレイの髪を掴んだ。周りの人間はそれを見てニヤニヤと笑うばかり。レイは間近に迫るゲノンの顔を見て、呼吸を荒げた。

「嫌……だ……やめ……て……」

途切れ途切れに、彼は止めて欲しいと訴える。だがゲノンはそれを聞いて笑うだけだ。

「オラァ、生意気何だよォ!」

 

ドゴッ

 

今度、ゲノンが当てたのはレイの鳩尾部分だった。そこはもろに受けては呼吸さえ苦しくなる場所だ。躊躇のない男の暴力が、レイに迫ったのだ。

「あァァァァ!?!?!?」

叫ぶ、レイ。胸部を抑え、ただ、悶えるばかり。この痛みは尋常とは言えない。

「なんか、本気でムカついてきたわ!こいつマジで殺すぐらいシめてぇよ。」

この時、ゲノンの目つきが明らかにおかしい。目は血走っており、得体の知れない怒りの感情が彼を支配していた。その時の、彼の左肘関節部には何やら、注射痕があった。

「ゲノンさん、それ、もしかして――」

不良生徒の一人である、スーが言った。

「先輩がくれたんだよォ。これキメたら頭がスーッってなってなぁ!けどむしゃくしゃもするんだよォ。だからこいつ、マジでシめようと思ってんのさ!」

と、言い出すゲノンは、あろう事か側にあった金属バットを取り出したのである。明らかにこれは常軌を逸している。この場に於ける、何の罪もないレイに対する仕打ちとは思えない。

「こいつの頭がスコーンって割れる所見てぇ奴いるだろォ!?」

異常だ。特殊麻薬を注射したが故に正常な判断が出来なくなっている。氷河族が作り出した麻薬は、彼のような人間にまで出回ってしまっているのだ。

「やべえ、今のゲノンさんはまともじゃねぇ……薬をキめて来てたのか?」

明らかに恐ろしい雰囲気のこの男を前に恐れ慄く、ミラース、シアス、スーの三人。この三人ですら恐怖しているのだ。

 だが、ゲノンは本気だ。今日、会ったばかりの少年に対し、暴力を振るい、その上でバットを持ち、彼の頭に向け、本気でバットを振ろうとしている。もしこれが直撃すれば、どうなる事だろう。即死するだろうか。意識を失うだろうか。それは、分からない。

 ただ、レイはこの状況に対して恐怖を抱いている。普通でない目の前の男。誰も止めようとしない状況で、彼に危機が及ぶ――

「嫌……だ……嫌だ……も……う……やめてぇ!」

 

―――――――――――――――――――ドクン――――――――――――――――――

 

その時だ。レイの中で鼓動音が聞こえたと同時に、彼の身体が突如、碧色の光を放ったのだ。 

その光は周囲にいた不良生徒を巻き込み、彼等は光を浴びて、頭を抱え始めた。以前にフォリアに襲われた時と同じ光を今、彼は放ったのである。 

やがて彼等は徐々に戦意を失っていく。光をまともに受け、動きが次第に遅くなっていく。

「うおおおお!?」

「なんだよこれぇ!?」

苦しさの余り、この場にいていられないと思ったミラース、シアス、スーの三人はこの場から去ろうとしたが、突然彼等は気を失った。

「えぇぇぇ!?嘘ぉ……」

無論、ゲノンやゲノンの友人二人も、気を失った。只一人、この場で呼吸を荒げているレイを除き、全員が倒れている光景を見てレイは唖然としていた。そして、以前に自分の身に起きた現象を思い出す。

「はぁ……はぁ……これって……まさか……あの時の……?」

間一髪、彼は助かった。しかしそれと同時に自分自身が怖くなった。不良達を退けた光。それは以前にフォリアの気力を奪った光である。それは、つまり彼の力に宿ると思われるアドバンスドタイプの力が発動したということだ。レイはこれを否定するが、この時、エファンが言っていた言葉が思い出された。

 

―――――――レイ・キレスは突然変異のアドバンスドタイプと言うべきか――――――

 

突然変異と言う言葉が再び蘇る。倒れる不良達の中で、レイは一人、恐怖していた。自分自身の、信じられない力に対して。

(違う……僕は……僕は……突然変異なんかじゃないんだ!!!)

レイは頭を思い切り横に振った。そして彼は頭を抱えつつその場から去っていく。彼の中では恐怖で一杯だったが、実は彼は以前よりも光を放った時の負担が減っているのだ。フォリアに襲われた時は彼自身も気を失う程のものだった。

だが二度目の今回はレイ自身が頭痛を感じる程度に負担が減少されていた。しかし、今のレイにそのような事を考える余裕等無かったのである。ただ、今回の出来事によってレイの中で〝突然変異〟という言葉が蘇ってしまったのである。

 

 

 

自らの力に恐怖するレイ。彼は走りながら教室に戻る途中、一人の少女と遭遇する。イーシャ・ヘレンだ。トランの恋人であり、尚且つリルムと同じ生徒会である彼女は、急いでいるレイの姿を見て声を掛けた。が、彼が近付いてくると同時にイーシャの表情は変化していった。

「キレス君大丈夫!?怪我してるよ!?」

「え……あ……だ、大丈夫……転んだだけだから……」

不良生徒に殴られたと言いたくない。彼は自らの力に恐怖していたのだから。だがイーシャはレイの手を掴み、心配そうな表情で言う。

「ダーメ。そのまま行くよりは保健室に行きなよ。みんな心配するよ?」

「だ、大丈夫だよ……これぐらい平気だから……」

そう言うレイだが、明らかに表情が曇っている。見兼ねたイーシャは彼を強引に保健室へ連れて行った。強引に連れて行かれたレイだが、別に抵抗する事も無く、イーシャに従った。

 

保健室にて先生に怪我をした部分をガーゼで張ってもらう等をして、レイは応急処置を受けた。しかし彼の表情は相変わらず曇っている。自らの力が恐ろしかったのだ。当然、レイは保健室の先生にもこの事は言っていない。言っても理解されないだろうと思っていたからだ。

「レイ……あれ、どうしたの?大丈夫……?」

その後、彼が教室へ帰るとリルムが心配そうにレイを見た。頬に付けられたガーゼ、そして彼の元気の無い表情。明らかに何かがあったように見えるのが丸分かりだった。しかしそれでもレイは平然を装う。

「大丈夫だよ、ただ、ちょっと転んだだけだから……」

「転んだだけにしちゃ遅すぎじゃね?てかお前トイレに行ってたんだろ?」

「う、うん……」

彼は言いたくなかった。自分が不良生徒に絡まれた事、そして自らの身体が輝いた事を。

レイはやがて自分の席に着き、そのまま腕を机の上に乗せ、そこへ頭を乗せて眠り始めた。今はリルムやモークと会話をしたくないのだろう。

「レイ、どうしたんだろう?」

「さー?転んで誰かに見られたのが恥ずかしいんじゃねーの?」

モークは笑いながら言うが、その一方でレイは悩んでいた。彼はこの悩みを少しでも忘れたいと思う余り、一度、眠りに就いたのである。そのレイの様子を、リルムはただ心配そうに見ていた。

 

 

 

不良達に絡まれ、死の危険を感じたレイは自ら光り輝き、その身を守った。だがその事がレイを更に苦しめる事になっていく。自分が何者なのかが分からない恐怖が、再び。

 学校が終わった後、帰路についたレイ。それから落ち込みつつも家の事を終えている内に、時計の針は進み、気が付けば夜の時間になっていた。それに伴ってレイはベッドで眠っている。しかし――

「う……う……あ……あ……あああ……!!」

悪夢にうなされるレイ。自分が突然変異だと言う恐怖に怯えている彼は、苦しそうな表情を浮かべていた。彼の喘ぎ声は大きく、部屋中に響いた。

やがてレイは目を覚ます。その時、彼は激しく呼吸をしていた。呼気と吸気により、レイの肺に酸素と二酸化炭素が素早く循環していく。深呼吸する暇など、無い。

「はぁっ……!なんで……あんな夢なんか……」

彼の観ていた夢……それは自分自身が得体の知れない物体へと変形していくと言う、恐ろしい夢だった。呼吸を整えようとするが、息は激しさを増すばかりである。

 エファンによって殺される夢は、あれから見ていない。だが彼自身が得体の知れない、未知なる存在になっているような妙な夢は、レイ自身を恐怖に陥れるのに十分な効力を秘めていると言えた。

 

                  コンッ

 

その時、彼の部屋のドアをノックする音が聞こえた。レイの身体はビクリと反応し、そっとドアの方向を見る。

やがてドアは静かに開かれ、そこにいたのは姉であるリリアだった。

「レイ……大丈夫?外にも声漏れてたから心配になって……どうしたの?」

レイが見ていた悪夢によって彼は大きな喘ぎ声を上げていた。その声を姉に聞かれていたのである。彼は顔を赤め、静かに首を左右に振った。

「だ、大丈夫だよ……僕は、平気……」

「そう?無理しないでね。風邪でも引いてるのかと思ってた。」

「風邪は……だ、大丈夫だよ……おやすみ、お姉ちゃん……」

リリアは手を振り、部屋を去る。この時レイの荒い呼吸は静まっていた。しかし彼の悩みは尽きていない。昼間の出来事がレイを苦しめていたのだ。しかし、一度目を覚ませば同じ夢は見ないだろう……別にエファン・ドゥーリアの力がある訳ではないのだから……彼はそう思い、再び静かに眼を閉じる。

幸い彼は朝まで悪夢を見ることなく眠る事は出来た。だが、昨日の昼に起きた出来事は紛れもない事実である。その事だけが翌日朝に起きたレイを悩ませる。

彼は以前にジャンヌに励まされた事があった。ふと、彼はその時に彼女から聞いた言葉を思い出す。

 

―――――――――――普通の人間と言うのは存在しないのです―――――――――――

 

―――――――――貴方も他の人と同様、個性を持つ〝人〟なのですから―――――――

 

ジャンヌに言われた言葉が蘇る。悩み、恐れるレイを一時的とはいえ落ち着かせた優しい言葉は今のレイの動揺を僅かに和らげた。しかし――

 

―――――――レイ・キレスは突然変異のアドバンスドタイプと言うべきか――――――

 

再びエファンの言葉が蘇った。今、レイは自身が何者かが分からないまま困惑している状態である。彼は頭を抱え、悩み始めた。

(僕は……一体何者なの?分からない、分からないよ……)

ジャンヌに励まされた時は一時的とはいえ悩まなかった。しかし、今レイは悩んでいる。自身の存在に。自分は果して何者なのか、一体どういう存在なのか。突然変異なのか、それともアドバンスドタイプ?シンギュラルタイプ?絡まる彼の思い。レイは気狂いそうになった。以前は自分の立ち位置に悩んでいた彼だが、今は自分の存在が分からない事で悩んでいる。自らが碧色の光を放った事により、以前抱えていた悩みが大きく覆る事となったのだ。

その時、レイは時計を見た。彼が起きてから既に三十分経過しているのを見て、彼は急いで学校へ行く支度をし、リビングへ下りる。

 

リビングにて。そこには朝食を笑顔で食べるミィスとリリアの姿があった。そして母親のカレンが起きて来たレイの姿を見て冷蔵庫から牛乳のパックを取り出し、グラスに牛乳を注ぐ。

「おはよう。随分遅いのね。遅刻するわよ?」

「だ、大丈夫だよ……」

明らかに元気の無いレイ。だが可憐は眠いのと勘違いし、何も聞かなかった。それからレイはテーブルに置かれている食パンやゆで卵を食す。それからカレンはレイの向かいの位置にある椅子に座り、子供達と同様に朝食を食べ始めた。その時、レイは口を開けた。

「母さん……」

「ん?」

母親は食パンを食べながら首を傾げた。

「あのね、母さんは、“光る人間”っていると思う?」

彼は勇気を出して母親に聞いてみたのだ。もう自分だけで悩むのは嫌だと思ったレイの判断がそうさせた。

「突然、何を言い出すの?」

「良いから!答えて欲しいんだ……」

レイの突然の質問に対し、カレンは考えながら答える。

「ん~……分からないわね、正直……いないんじゃない?光る人間なんて。なんでレイが突然そんな事を言うかはよく分からないけどね。」

「そっ……か。」

やはり、彼が思った通りの答えが返ってきた。光る人間などいるはずがない。一般人の考える、当たり前の考えだ。当然母親はそのように答えるのは明白である。

実際は目の前にいる息子がその〝光る人間〟であるのだが、母親はそれに気付く様子が無い。当たり前なのだが、それがレイにとっては辛いものだった。

「どうしてそんな事を突然言うの?よく分からないな……」

「人は光らないんだよ?お兄ちゃん、どうしたの?」

姉と妹がレイに対して言う。自分に起きた出来事を信じてもらえないことが、レイにとって正直辛かった。せめて少しでも興味を持ってくれたなら少しでも傷は和らいだかも知れないのに……彼はそんな事を考えていた。だが現実では誰も彼の事は知らない……それを分かっていた彼は首をそっと横に振り、言った。

「ううん、ごめん、何でもないんだ。ごちそう様……行って来るね……。」

そう言って彼は鞄を持ち、歯磨きを済ませた後にそのまま家を出た。

 

 

学校にて。皆がわいわいと騒ぐ教室。だがただ一人元気の無い少年が一人いた。レイは黙々と教室に入り、静かに自分の席に着いた。そして一人、ただ俯く。

「レイ……どうしたの?昨日から元気ないよ……?」

リルムは心配そうにレイに声を掛ける。その側で、モークは笑いながら、

「眠たいんじゃねーの?寝かせてやればいいじゃん。」

と言った。彼はあまりレイの事を気にしていない様子だったのだ。だが恋人と言う立場であるリルムからすれば、彼の明らかにおかしい様子が気になる。

「気分悪いなら先生に言った方がいいよ?無理しないでね?」

「……うん」

静かに彼は返事を返した。

 

 

それから一限目が終わり、レイは手を洗う為にトイレ前の洗面所向かった。そこには二人の男子生徒がいたが彼等はレイの姿を見た時に突如ひそひそと話をし始めたのである。レイは首を傾げるがそのまま手を洗い、教室へ戻ろうとする。

「あいつ、身体が光るんだって」

「それって嘘じゃねーの?」

「証人がいるらしいけどさー」

「ミラース達だろ?嘘くせー」

彼の後ろでひそひそと話声が聞こえる。それはレイには聞こえない程度の音量だったが、実際はこの男子生徒は彼の話をしていた。だがこの時のレイには後ろで男子生徒が話している会話は分からなかった。彼等の事は気にせず、彼はそのまま教室へ向かう。

だが、レイが教室へ向かっている時、レイはある少年と遭遇する。その少年はイース・ハドラス。サッカー部のキャプテンだったこの少年は、以前付き合っていたミアーとは違う少女の頭をぽんぽんと、優しく叩きながら一緒に歩いている。イースはレイにとって苦手とする人間だ。だから、彼はあまりイースと会う事は快く思っていなかった。レイは目を逸らそうとしたがそれよりも先にイースはレイと目を合わせ、彼に話しかける。

「おい、不登校野郎じゃねーか。何してんだこんなとこで?」

「い、いや……別に……」

今の彼は元気がない。そのような時に、彼自身が苦手と思う人間に出会った事で、彼はより一層不快な思いをした。気分が落ち込む時に苦手な人物に出会うのは、より辛い感情を抱かせる。それがレイにとって、辛いのだ。

早くこの場をやり過ごしたいと思うレイ。彼はイースと目を合わせないようにし、そのまま歩き、教室へ向かおうとする。

しかし次の瞬間、イースはレイに対して言った。

 

「そういやお前、人間じゃないんだってな」

 

この言葉でレイは止まった。そしてイースは引き続き語る。この時、レイは思わず振り返ってしまったのだ。

「噂になってるぜー。お前が突然光り出したって。ミラース達から聞いたんだけどさ……〝あいつは実は人間じゃねーよ!〟って大げさに言ってたけど……ま、お前が宇宙人でも何でもどーでもいいけど。」

そう言ってイース達は去る。彼が去る時、隣にいる少女と雑談を行っていた。

「絶対嘘だよー」

「人間が光るかってーの」

「そんなのいる訳無いじゃん」

「つーか、いたらこえーし」

これらの言葉は、全てレイに突き刺さった。そして洗面所でレイを見てひそひそと話している男子生徒に対する疑問が全て解けた。皆、自分の噂をしていたのだ。その真実を知った時、彼は震えた。そして、自分自身が一層恐ろしくなった。

(嫌だ……嫌だ……!)

昨日不良生徒に絡まれたレイは光を放った。その出来事を不良生徒達が他の生徒に喋ってしまい、噂が広まってしまったのである。だが大半の生徒はそんな事等嘘に決まっていると気に留めていない様子だったが、噂にされていると言う事実や、そんな人間等存在する筈がないという話はレイを苦しめた。何故ならば、彼自身が存在する筈がないと言われている人間なのだから。そして更にレイを苦悩させたのはイースが放った一言――

 

――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――

 

この言葉で、レイは余計に苦しみを味わう事になった。自分自身が何者なのかが分からない上、人間扱いされていないということ等。幾多の悩みが重なり、レイの震えは止まらない。

 

 

自分の望まぬ力を持った為に、彼は周りから奇妙な人間扱いをされてしまう。レイにはそれが恐ろしく感じられた。教室に返ってきた彼は、教室を出る前よりも明らかに落ち込んでおり、リルムは、彼を心配した。

「大丈夫?今日は帰った方がいいんじゃないかな……?」

「大丈夫……なんともないよ……」

俯きながらレイは言う。今の彼は自らの存在が分からない事に大きく苦悩しているのだ。

その時、一人の男子生徒がレイを揶揄うように突然言った。

「噂で聞いたんだけどさ―、こいつ身体が光るらしいよ!凄くない?なんでこんな話が広まってるのかは知らねーけど!」

何も分からないこの男子生徒の言葉がレイを更に苦しめる。この生徒に対し、リルムは反論した。

「意味分からない事言わないでよ!そんな訳無いでしょ!」

「んなもん知るかよ。噂なんだから俺だって知らねえよ!」

その男子生徒は笑いながら自分の席へ戻って行った。だが残されたリルムはこの事を快く思うはずがない。

「レイ、もしかして変な噂を流されてるから落ち込んでるんじゃ……」

心配そうにレイに喋るリルム。その時、レイは静かに口を開けた。

「分からないよ……僕……」

「え?」

「もう、分からないよ……」

最初は小さかったが、やがて彼女の耳で聞き取れるぐらい彼の声の音量は上がった。リルムは彼の話を聞こうとする。

しかしそこへ別の男子生徒が彼にちょっかいを出す為にレイの机の前に現れた。彼等は普段レイとあまり面識の無い生徒達だが、このような噂が流れたりすると本人に対してからかいながら話を伺うと言う、嫌らしい性格であった。

「なあキレス。お前身体光るんだろ?光らしてみろよ!」

「ホタルじゃねーから無理だろ!だけど噂になってんだぜ?本当に出来るなら光らせてよ!見てみてーし!」

不良生徒のせいで瞬く間に広まった奇妙な噂。それが瞬く間にクラスメイトにも伝わり、彼に対するからかいが始まった。レイはその言葉を真に受け、困惑する。

「つーかキモくね?人間が光る訳ないじゃん。」

「お前、実はホタルの生まれ変わりか何かかよ?ハハハハハ!」

容赦の無い罵声。だが今のレイはそんな罵声に対して何も反論する事が出来ない。俯き、ただ悩むだけ……〝やめて欲しい〟という言葉も言えず、ただ苦悩するばかりである。

「ちょっと!やめてよ!レイが可哀想だよ……そんな訳無いに決まってるのに!大体レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ?そんなデマやめてよ!」

「知るかよ!なんか知らないけど広まってんだよ!」

「その真相を探る為にキレスに聞いてんだよ!」

口論になるリルムとその男子生徒達。リルムはレイを守っているつもりなのだが、彼女の先程言った言葉も彼を傷つけている事等、知る筈が無かった。

 

――――――レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ―――――――

 

実際、レイは身体が光る人間だ。だが誰もがそれを疑ってやまない。リルムはレイと共に戦艦の中で過ごしていたとはいえ、彼の、本当の真実を知らないのだ。だから、このような台詞を言ったのである。誰にも理解されない自分自身の事……それが彼にとって辛くてたまらないのである。それは、幼馴染であり、尚且つ恋人であり、その上で時間を共にした筈の、リルムでさえも……

 

「お前ら、もうやめとけよ。」

その時、一人の男子生徒が果敢にもレイを揶揄う二人の男子生徒に対して言った。背が高く、寡黙な少年であるトランである。

「レイ、滅茶苦茶落ち込んでる。こいつこんなに落ち込んだの見たことねーよ。お前ら度が過ぎてんだよ。あんま揶揄うんじゃねぇ。見てて気分が悪いからどっか行け。」

トランはこの男子生徒達を睨むように言った。トランの言葉に対し、舌打ちを打ちつつも、男子生徒達は自分達の席へ戻って行った。

「大丈夫か?お前、昨日から確かに元気が無いな。」

「……大丈夫だよ……別に……」

レイはそう答えるが、表情が明らかに暗かった。

「ありがとう、オセイド君……なんだかずっとレイ落ち込んでて。」

リルムはトランに感謝の言葉を伝えた。

「レイ、何か悩んでるなら言えよ。てかどこのどいつか知らねーけど変な噂流してさ……そりゃ気分も悪くなるよな。」

「うん……まあ……ね。ありがとう……」

妙な噂もそうだが、何よりも自分自身が何者なのかが分からないと言う事、そしていくら、冗談交じりとはいえ、人間扱いされていないと言う事がレイを苦しめている要因だ。トランは彼を気遣ってくれたが、それでもレイの心は晴れる様子が無かった。

(僕は……何者なの?)

彼はそのような事を考えている。一体自分が何者なのか……本当に人間なのか?彼は混乱するばかりである。以前抱えていた疑問が、更に増長し、膨張していったのだ。

 

 

 

放課後を終え、帰り道にて。自分自身が何者かが分からないレイは歩きながら自分自身について考えていた。しかし答え等出る筈もなく、時間は過ぎるだけだ。

全ては昨日からだった。不良生徒に絡まれ、危機的状況に陥った時にレイの身体は輝いた。それが今日になって噂となってレイに襲い掛かる。そして中でも彼に衝撃を与えたのはイースの台詞だ。

 

――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――

 

ただでさえ自身が何者かが分からない状態で、この言葉を言われたレイ。この台詞がレイを更に傷付け、そして男性生徒の台詞も追い打ちをかけるようにレイを苦しめた。何よりも、彼に一番近しい存在である筈のリルムでさえも、彼を傷付ける台詞を放っていた事に苦悩していた。

 自分は、信じて貰えないのだろうか。あれだけ非日常を経験した仲である筈のリルムだというのに、彼の事を信じて貰えないのだろうか。どう、すれば良いか分からなかったのである。

 

――――――レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ―――――――

 

そのような人間など存在する筈が無い。それが世間一般で言う“当たり前”の出来事である。だがレイは身体が光ったのだ。それが原因で噂になっている。だが彼はそれを信じてもらえず、仮に信じたとしても非人間という扱い。母親もそのような人間はいないと言っており、益々、彼は苦しむ事になっていく。

今の彼の事を本当に理解してくれる人間は、彼の周りには居ないのだ。同類かも知れない。ジャンヌも、アレンも、今、彼の周囲には居ない。近しい筈の存在であるリルムも、レイの事を信じない。いや、仮に真実を伝えたところでどのように反応するのだろうか。それが、分からないのだ。

もしかすれば、以前彼がガンダムのパイロットである事を明かした時のように一度距離を置かれるかも知れない。そもそも、信じて貰えるとは思えない。では、一体どうすれば良いというのだろうか――

(もう……嫌だよ……僕は……普通の人間で居たい……)

 

 

 

「君はまさか……レイ・キレス君かい?」

悩みながら駅前に着いた時、彼は一人の男に声を掛けられた。顔立ちは凛々しく、目つきが鋭く、顎から髭を生やしているその男を見て

「は、はい……」

と言った。だが彼はその男を全く知らない。何故この男がレイの事を知っているのか……彼には理解できる筈が無かった。

(……この人……何だろう、妙な感じがする……)

レイは男を見て違和感を覚えていた次の瞬間、突如男は大声で喜び始めた。

「ようやく会えた!!!君の力は強力だから!

その力を宛てに探したんだ!そしたらやっと君を見つけた!!!……ん?君は女の子だったかなぁ……随分愛らしい顔立ちだけど……」

レイを見つけて異様に喜ぶその男。その上で、またしても少女に間違えられたレイはそっと溜息を吐き、言った。

「……僕は男です。すみませんけど、僕はその……男の人と付き合うとかそういうのは興味はありませんから。どうして貴方が僕の事を知っているかは、分かりませんけど……」

そう言って彼は改札へ向かおうとする。男を素通りしようとしていたのだ。

だが彼が改札へ向かう途中、男は言葉を口にする。

 

「自分の中にある凄まじい力の真相……それを知りたくないのかな。」

 

その言葉に、レイはピクリと反応した。凄まじい力の真相?男は何か、知っているのか?誰にも話していない筈のレイ自身に秘められた力の事を?ならば、この男は何者だ?気になったレイは、慌てて男の方向を見て、男に近付く。

「どうして……そんな事を知ってるんですか……貴方とは初対面の筈なのに……」

驚くのも無理は無い。男は彼が力を持っている事を見抜いたのだから。

「勘……というのは嘘だ。私も力を持っているからね。君の事はよく知っている。今、君自身が悩んでいるという事も。」

「力って……貴方はもしかして、シンギュラルタイプですか?」

力を持つ者ということは、必然的にシンギュラルタイプかアドバンスドタイプという事に限定される。だが、この男がアドバンスドタイプであることは考えられにくいと考えたレイは、彼をシンギュラルタイプだと断定した。しかし、男は首を横に振り、口を開いた。

「ノー。私はアドバンスドタイプだ。」

「え……?」

レイは耳を疑った。彼の事を知るこの男はアドバンスドタイプだと言うのだ。信じられない。いや、

信じられる筈がない。

彼の知るアドバンスドタイプはアレンとジャンヌとエファン意外に知らない。アドバン

ススドタイプに関する情報を、レイは殆ど持ち合わせていない。謎が多い存在であるが故に、不明な点も多い存在。目の前に居る男は、その存在の内の一つだというのだ。

「シンギュラルタイプというと、噂程度には情報は流れるがアドバンスドタイプとなれば話が変わる。アドバンスドタイプという言葉は、全く知られていない。それだけ世間に未だに浸透していないんだよ。まさに、世間一般でら嘘か誠かすら分からない、都市伝説レベルの存在だ。」

何気なく喋る男だが、レイはそもそもこの男の情報等、全く知らない。驚愕していたレイは我に返り、男に聞いた。

「それよりも……貴方は誰なんですか?貴方が仮にアドバンスドタイプだからって……僕の事を知っているとは限らないじゃないですか……」

彼の言う通りだ。この男がエファン・ドゥーリアのように心を読み取る能力を持たない限りはレイの名前を知る筈がない。

だが男はレイの名前をはっきりと言った。その上レイが力で悩んでいる事も見抜いた。この男は何者なのか……まさかエファンのように心を読む人間なのか……レイはそう思っていた。

「……どうしても知りたいのなら、私の家まで来なさい。ここから近い場所にある。」

突然の男の勧誘に困惑するレイ。普通に見れば、明らかに不審者の言動。だが男はアドバンスドタイプと言った。この事は、レイの印象を大きく変える事となる。

「もし、君自身の事に対し、“どうでも”良いと言うのならば、そのまま改札を通れば良い。まあ、悩んでいた自分の事を知る事が出来るチャンスなのに、それをみすみす捨てる事をするとは思えないが。」

男の言葉にまるで洗脳されるかの如く、レイは自然な足取りで、改札前で踵を踏み返した。

この得体の知れない男は何かを知っている。彼の中にある第六感がそう告げる。不審者の印象を持つ男だが、レイの知りたがっている力の事を知ると言われ、レイは関心を抱いてしまったのである。

 

 

 

駅前から十分程度歩いた場所。そこは閑静な住宅街だった。その中で、一件だけ異様に大きな家がある。外見は三階建てで、外壁は白い。豪邸とも言えるその家が男の家だという。レイは男の家の中へ入って行く。

つい先程出会ったばかりの男の家に入るという異常な状況。だが今のレイは、知的好奇心が勝っていた。玄関にはシャンデリアが飾られており、壁には、何者かの肖像画が装飾されている。その、綺麗な玄関を通り抜け、やがてレイは大きなリビングへ招かれた。人が五、六人は座る事が出来そうなソファーが並ぶその場所で、男の指示通りに、彼は静かに腰を下ろす。この時、男は茶を用意し、レイの前に置いた後に、隣に座った。この時、レイは一口だけ茶を口に含み、喉を通した。

「私は医学博士であり、尚且つ産婦人科医を始め、数多の分野の医師をやっているからね。故に金は一杯ある。その為、こうした家を建てられたという訳だ。後は足りないとすれば一緒に暮らす配偶者ぐらいかな。」

男は微笑しながら言った。その際、だがレイはその話に対し一切、笑う事無く、真剣な表情で言った。

「教えて下さい。貴方は誰なんですか。どうして僕の事を知ってるんですか。」

今のレイに男の身の回りの話を聞く余裕はない。男が何者なのか、何故アドバンスドタイプを知っているのか。それが、ただ気になるばかりだ。

「私の名前は、ダリオン・イブルークと言う。私自身がアドバンスドタイプであり、アドバンスドタイプの研究も行っている者だ。」

男の名前はダリオンと言った。そして、その研究を行っているのだという。

「アドバンスドタイプの、研究ですか……?」

レイの言葉に対し、ダリオンは言った。

「未知なる存在、アドバンスドタイプ。その実態の多くはシンギュラルタイプ以上に謎に包まれている存在とされる。私は自身の起源や、それに類似した力を持つ存在を調べたいと、ずっと思っていた。故の研究だ。」

その数が少ないという事もあり、膨大な人類の数からアドバンスドタイプと呼ばれる人種を探す等、そのような事は殆ど不可能に近いと思われる事だった。

「そう言えば去年ぐらいだったか、アドバンスドタイプと噂されている人間の身柄を確保して欲しいと裏家業の組織にも依頼を掛けたことがあるぐらいなんだよ。最も、それは失敗したケドね。ハハハ!」

笑っているこの男だが、行動自体は残酷な事をしている。“身柄”の確保と言う時点で、人と言う存在を、“物”扱いしているようにも見える。

この、自称アドバンスドタイプというその男は何故レイの事を知っているのか。彼は次にどうして自分の事を知っているのかを聞く。

「そもそも、ダリオンさんは、どうして僕の事を知っているんですか?もしかして、昔に僕と一度会った事ありますか?」

ダリオンは一度息を吸い、語る。

「あるよ」

「え――」

レイの目は見開かれた。だが彼はダリオンと会った記憶など無い。相手はあるのかも知れないが、彼自身はいくら考えてもダリオンという男の事が思い出されなかった。

「……ごめんなさい、僕、貴方の事が思い出せなくて……」

相手が一方的にレイの事を知っていたとならば、レイにとっては申し訳の無い話となる。だが次にダリオンが言う台詞はレイに衝撃を与えるものとなる。

「無理もないさ、私と君が会った時。それは君が生まれてから間もない頃だったのだからね。」

「!?」

レイの眼は、更に大きく見開かれた。

「今、何て……?」

「君の母親、カレン・キレスが君を生んだ時……その時に君と出会った。これはどういう意味か分かるかな?」

ダリオンの質問の意味はレイに理解出来た。ダリオンは最初に自身の職業を、産婦人科を始めとする医師だと述べた。つまり、ダリオン・イブルークはレイの母親であるカレン・キレスの出産に携わった医者であると言う事なのだ。

「産婦人科の先生……ですよね……?で……でも!ダリオンさんは今まで何人も出産する所を見て来たんでしょう?それなのにどうして、僕だけを覚えているんですか?」

確かにレイにとって気になる話である。ダリオンが産婦人科医ならば、今まで何人もの人間の出産場面を見て来た筈だ。その中で何故レイだけを覚えているのかが理解出来ない。

ダリオンは彼の質問に答える為に口を開ける。その際、ダリオンは何故か意味深な笑みを浮かべていた。

「それはね、君自身の身体のあらゆる細胞内に含まれている、ミトコンドリア内に存在しているディヴァインセルを含んでいる、紛れもないアドバンスドタイプである為だからなのだよ。」

「……え……?」

彼はレイがアドバンスドタイプであると断言した。この瞬間、以前にエファンが言っていた言葉が彼の中で蘇ってくる。押し殺していた筈の感情が、再び。

 

―――お前は、夢を見るに値する、アドバンスドタイプの血が流れている人間だよ―――

 

アドバンスドタイプ、ディヴァインセル等の単語はエファンから聞かされたものだ。それらが意味をするもの。それは、レイが紛れもないアドバンスドタイプであるという事だ。

「恐らく、今、君は悩んでいるのだろう。君は自分が何者なのかが分からない事に。だからはっきりと言ってあげた。君が紛れもない、“アドバンスドタイプ”であると。」

無論レイにその現実を受け入れられる筈がない。突然断言されても彼は困惑するだけだ。

「知らないか?まあ……やはり無理もないか。君が赤ん坊の頃だったんだ、仕方がないさ。」

「僕が赤ちゃんの時……一体それって、どういう事なんですか……?」

彼の出産に携わった男が目の前に居る。その事も妙な事ではあるが、何よりもこの男が何故、レイがアドバンスドタイプであるという事を知っているというのか。それそのものが、理解が出来ない。

「少しばかり、ヒントをあげよう。ディヴァインセルと呼ばれる物質はね、本来ならば純粋なアドバンスドタイプの力を生まれ持って生まれない限り、それを体内に宿す事は出来ない。“普通”ならば血液成分や細胞の移植術を試みても、他者の身体に入り込んだディヴァインセルは自然消滅をしてしまうからね。それは君も同様だった。君は元々生まれた時は、純粋な“人間”だったのだから。」

この言葉が示すものを聞き、レイの身体は妙な寒気を感じていた。寒さから来るものではない、嫌な予感が過った瞬間に感じる、身体が一瞬だが冷えたように感じる瞬間。その正体は一体何者なのかは分からない。ただ、目の前の男の言葉に嫌な予感を感じているのは間違いないと言えた。それと同時に、彼は“ある”仮説を構築していた。自分でも、不思議な感覚だった。自分自身に関係しているが故に、それを行う事が出来るのだろうか。

 そして、受け入れ難い現実が迫ってきている可能性を、彼は非常に恐れた。しかしこれは避けて通れないかも知れない道。自分自身の本当の正体を知る機会になるかも知れない。エファンに言われた、彼自身の中にある、アドバンスドタイプの血や、ディヴァインセル。もし自分の仮説が正しければ……レイは恐怖に満ちながらも、ダリオンに聞く。

「ダリオンさん、貴方が僕をアドバンスドタイプと断言する理由……それは、僕が生まれた時にアドバンスドタイプの細胞の、ディヴァインセルを貴方が僕の体内に移植して、それが成功したから……違いますか……?僕の予想が正しかったら、ディヴァインセルが身体にあるから、だから、僕はアドバンスドタイプとして覚醒したって言えるんじゃ……?」

この仮説を、レイは何故説明出来るのだろう。自分でも認めたくない現象を、何故ここまで話すことが出来るのだろうか――

 

パチパチ

 

その瞬間、ダリオンは笑みを浮かべ、大きな拍手をし始めたのだ。

「その通りだ!素晴らしい!君は自分を理解しようとしているね!そうだとも!全ては君が言った通りだ!」

レイの言っていた事は的中した。しかしそれはレイにとって嬉しい事である筈がない。何故ならば、本当に突然変異で出現したアドバンスドタイプと言える事が、この男によって確定してしまった事になる為である。

やがてダリオンは静かに語り出す。レイがディヴァインセルの成分を身体に宿す事になった経緯を。

「君の言う通り、君が生まれ間もない時に、ディヴァインセルの細胞移植実験の被験者となった。正確には私が君の両親に内緒で実験を試みたのだがね。」

内緒でそのような事をするなど、言語道断だ。あってはならない。だがこの男は己が好奇心を満たす為の研究の為に他者を利用しているに過ぎない。

「私自身、医者として働く傍らで自らの力の事について研究をずっと行ってきたのさ。医学博士としてね。最初は自らの細胞を用いて研究を行ったが、それだけでは分からぬ事も多かった……その為、“あらゆる”場所に行って研究材料を確保したりしたものだよ。」

自らの研究の事を語る、ダリオン。

「だが研究を進める内に、その中で分かった事が、我々アドバンスドタイプの細胞内にディヴァインセルと呼ばれる物質が含まれているという事だ。これは、私が名付けたものになる。君がその言葉を知ったのは、恐らく何らかのきっかけがあったからなのだろう。」

この男はアドバンスドタイプに関する論文を出したことがある。その内容は、余りに残酷な内容であり、公には知れ渡っていないものだ。だがこの研究により、いくつか分かった事があるのもまた、事実なのである。

「アドバンスドタイプは遺伝するという可能性があるという事も、私が研究して分かった事だ。だが、君の両親の血液データを拝見したがいずれもディヴァインセルを含んでいなかった。つまり、君は“本来”ならばアドバンスドタイプとして生まれる事は一切ない存在という訳なのだよ。」

「そんな……!」

ここで明らかになった事実。それは、ダリオンは産婦人科医として血液データを採集した際に、彼の両親のデータを保管していたという事。それによれば、彼の両親は二人共普通の血液の持ち主であるという事である。そして、生化学検査の情報も、全てが普通の人間であるという事。

アドバンスドタイプの力が遺伝するのならば、レイの両親のどちらかがアドバンスドタイプであるという事になる。だがそうでない。両親は純粋に、オールドタイプと呼べるのだ。

「私は君以外にも、今までに様々な人間にディヴァインセルを、移植する実験を行ってきた。だがいずれもが移植した身体の中でディヴァインセルが自然消滅してしまった。高齢者や中年男性女性、ユニバーシティの生徒やティーンエイジャー……あらゆる人間を被験者としてきた。だがいずれもディヴァインセルは身体内で残る事は無かった……」

レイは困惑したまま、ダリオンと顔を合わせずに俯くだけだ。レイのその姿を見るダリオンだが、引き続き語り続ける。

「そこでね、私は赤ん坊の存在に着目した。生まれたばかりの赤ん坊は免疫機能の発達が不十分だ。故に、ディヴァインセルを受け入れるかも知れないと判断し、実験を行った。それが無理ならば受精卵の時点でその細胞の移植をも考えていたがね。」

つまり、段階的にその移植実験を試みていた事になる。公にならないように、彼の自己満足の範囲で。男は医者の立場を利用し、己の欲の為に実験を行っていたという事になる。

「私がこの時被験者に選んだのは君を含む七人の赤ん坊。いずれも両親に内緒で実験を行わせてもらった。そして、結果は出た。やはりディヴァインセルは身体内で消滅……失敗に思われた。だが……奇跡は起こったのだ!」

それは、自分の存在の事なのだろう――と、思った時、レイは目を思い切り瞑り、耳を塞いだ。もう聞きたくない、止めて欲しい――そう言いたいのだろうが、彼は口に出すことなく震えている。

その時のレイを見て、ダリオンは耳を塞ごうとするレイの両手を引っ張った。

「聞きたくないのか!?自分で言ったのだろう!私が君にディヴァインセルを入れたのだ……と!そして君は知る機会を得た!自分の過去を!真実を!!それをよく知る私がせっかく言ってやっているのに!何を否定している?ここに来たのは何の為だ!?自分の事を知りたいからではないのかね!?」

その筈だ。だが、レイはダリオンの言葉を恐れている。自分が突然変異の存在である事を確定してしまったが故に、レイの心は不安定になっていったのだった。

「嫌だ……もう……嫌なんです!!!」

レイは涙を流していた。しかし、それでもダリオンは語るのをやめない。

「せめて最後まで聞きなさい。きみはいくつだったか……そうだ、君は確か十五年前に生まれたから十五歳か。その歳にもなれば、事実を受け入れる事に慣れなければならない……君の両親には迷惑をかけたが、君は今普通に過ごせている。穏やかに、平和に……な。じゃなかったら君は十五年も生きていない筈だ。」

そう言ってダリオンは続きを語る。

「先程の続きだ……奇跡と言うのは……君の事と、もう一人の少女の事だ!!実験に関与した七人の被験者の中で、レイ・キレス君ともう一人の少女はディヴァインセルを体内に宿したまま存在しているのだ!つまり、人工的にアドバンスドタイプが生み出された歴史的瞬間なのだ!!!そう!君は私によって人工的にアドバンスドタイプとなった!もう一人の少女は、行方を知らないが、もう一人の少女も人工的にアドバンスドタイプとなる事が出来た!!」

狂喜するダリオンとは対照的に、苦悩するレイ。彼は確かにアドバンスドタイプではあるが、人工的に作り出されたアドバンスドタイプだと、ダリオンは語る。それこそ、エファンが以前に言っていた事と一致していたのだ。

 

―――――――レイ・キレスは突然変異のアドバンスドタイプと言うべきか――――――

 

繰り返されるエファンの言葉が、再びレイの心を蝕んでいく。

「本来ならば君ともう一人の少女を私が預かりたかったのだが、やはり、残念ながらそうは行かない。私は仕方なしにそれぞれの両親に身柄を渡したんだ。もう一人の少女はそれきり行方が分からなくなってしまったがね……」

ダリオンの言う、もう一人の少女と言うのはエファンがレイを殺害しようとする前に殺した少女のことだ。レイ自身も少女の死体は見ており、その上その少女自体もエファンが見せた夢の中に何度も出てきた。だから彼は知っているのだ。名前は知らない少女の事を。

「だからこそ、私は君だけが頼りだった!私はね、赤子だった君に何度も会いに行きたいと願ったよ!人工的にアドバンスドタイプの力を宿した君が、どのように成長しているのかが気になったからね!!」

それはエゴだ。己が知的好奇心を満たす為の研究はエゴでしかない。身勝手極まりないこの男の言葉は邪悪そのものだ。

「だが残念ながら、それは叶う事が無かった。君と言う存在を生み出してからも、私は研究を続けたが、やはり人工的にアドバンスドタイプの力を宿す事が出来たのは君と、そのもう一人の少女以外の何者でもないのだ!」

彼とその少女は奇跡の存在だと語る、ダリオン。暴走する知的好奇心の果てに生まれた存在。それが、レイだというのだ。

「それから十五年後だ!今に至るんだ!今!君は、この地に住んでいた!奇遇にも君をアドバンスドタイプに変えた人間と再会したと言う訳だ!」

明かされる事実。レイは人工的に力を宿したという衝撃は彼を翻弄していく。

「だが不思議な事がある……一体君はこの間に何をした?どうして君はこれ程までに強大な力を秘めているのだ?私でも感知できる程に強大だぞ、君の力は!」

ここで男は疑問を抱いた。レイはアドバンスドタイプの力を宿している。だが、彼はこの十五年の間に、自身が知らぬ間に力を増大させていったのだ。

「これは仮説だが……君は“死”に直結する出来事を何度も経験しているな。アドバンスドタイプは死に近い状況に陥った時、本能のままに力を発揮するという話もある。それがイズゥムルート。碧色の光……そして、君自身にもそれが発現したとすれば……」

この男は、レイにイズゥムルートが発現した事を語り始めた。一切この事は伝えていない筈。なのに、何故ダリオンはそれを分かるというのだろうか。

「そんな、どうして……?」

困惑するレイに対し、ダリオンが言った。

「そうか!君はMSのパイロットをしてきた!その中で何度か臨死体験を経験した!それらが増幅されていった結果、君は力を得ることが出来たという訳か!これは仮説だが、恐らくその可能性が高いと言えるだろう!!どう言った経緯でそれをしているのかまでは不明だが、パイロットの経験!それが君の力を本格的に目覚めさせたのは間違いないだろう!」

ダリオンは、彼が語っていない過去についても語り始めた。MSのパイロットを務めていた話等、一切していない。だがダリオンはそれを見透かしたかの如く、話をしたのである。つまり、ダリオンは過去を読む事が出来る人間と言えるのだ。

「どうして、それを……?」

「私も力を持つ人間の端くれだ。多少ではあるが過去を読むことが出来るのだよ。この力故のお陰。私にとってこれは素晴らしい力だ!」

男は過去を読めるという。そのような人間は、レイが出会ってきた中でたった一人。エファン・ドゥーリアのみ。そして、今目の前に居るダリオンが二人目という事になる。

だが、ダリオンはエファン程過去を詮索する事は出来ない。何故ならばレイがパイロットになった経緯を知らないからだ。しかしそれでもレイは焦りを覚えていた。何も喋っていないのに自分の事を当てられる事が、驚くと同時に怖かったのだ。

「君は、そんなに自分の力が怖いかね?さっきから君が見せる表情は常に恐怖に満ちている。」

今のレイは、明かされていく事実が恐怖に見えて仕方が無かった。その恐怖故に、レイは耳を塞ごうとする。ダリオンの語る現実を受け入れたくない為に。

 レイの表情は恐怖に満ちている。自らの真実を聞いて、ただ、絶望している。ごく普通に育ち、普通の人間として生きることが出来た筈のレイの身体を変えたのは、紛れもなくこの、男である。

 

ガシッ

 

レイが耳を塞いでいると、ダリオンが無理矢理彼の手を掴み、彼の自由を奪った。華奢なレイは男の力にも抵抗出来ず、彼の横暴を許してしまう。

「そうやって真実を認めない行動をとるのが私には理解が出来ない!じゃあ何故ここに来た?あのまま改札を通れば良かったんじゃないのか?来たのならきちんと真実は受け入れるべきだ!」

「もう……嫌だ……こんなの……もう聞きたくないんです……!」

嫌がるレイ。だがダリオンは語り続ける。彼が苦しむ一方で、嬉しそうな表情を浮かべながら。

「君は何を嫌がっているのかは知らない!だが、君の存在は非常に素晴らしい存在なのだ!君は私が知る限り、世界で……いや、宇宙で唯一の、人工的に作られたアドバンスドタイプのレイ・キレス君!これは歴史的な快挙だ!私がアドバンスドタイプという存在が少しでも世間に知られるように、努力してきた、賜物だ!どういう理由かは分からないが、君がディヴァインセルを受け入れなければこんな事は無かった!その上君からは凄まじく強い力を感じる!!君は私の理想……いや、それ以上に素晴らしい形で君が現れた事が嬉しくて堪らないのだよ!ディヴァインセルを体内に宿した事……それは君が素晴らしい功績を残してくれたと言う事だ!!まさに奇跡……いや、素晴らしい突然変異と言えよう!」

ダリオンは〝突然変異〟と言った。レイの前でその言葉は禁句である。何故ならば、今のレイはそれを、一番気にしている為だ。

「う……ぁぁ……」

散々彼は特別な存在だと言われ続けている。その中でも、彼は突然変異という言われ方をするのが何よりも嫌だった。彼は頭を抱えて首を横に振った。そして、その言葉がレイを更に混乱させる事になる。

「嫌だ……僕は普通で居たい……普通の人間で居たい!なのに、どうして!?それだけじゃない!全てがおかしい!記憶が無くなる事だってある!自分でも分からなくなることがある!あれは、何!?僕は何者!?化け物なの!?僕はもう、そんな人間になりたくない!僕は普通の人間だ……!普通の人間で居たいと思っているのに!どうして!?

嫌だ!もうやめて……やめてぇ!!!」

必死に首を振り、否定する。この時、レイは錯乱状態になっていた。この時のレイは、事実を否定する余りに、アドバンスドタイプが突然変異と言う認識をしてしまったのだ。困惑し、頭を抱えるレイ。その彼に対し、ダリオンが言った。

「残念だがレイ・キレス君……君は真実に向き合わなくてはならない。その素晴らしい力は大きく役立つ存在だ。アドバンスドタイプの可能性を広げる事になる、素晴らしい存在なんだよ!」

「嫌だ……そんなの、嫌だ!」

アドバンスドタイプの事等、レイには関係ない事だ。当然、レイは拒否をする。だがそれでも、ダリオンは語り続けるのだ。

「そもそも君や私を含めた、アドバンスドタイプと呼ばれる人間はね、世間では全く理解されていない。その事が、私は悲しい。アドバンスドタイプは確かに存在しているのに誰も認めてくれない。皆が〝そんな人間がいる筈がない〟と言うばかり。私はそれが悔しい……世間は何故アドバンスドタイプを認めてくれないのか!?それが悔しくて仕方がないのだ……君もアドバンスドタイプだ、そうは思わないかね?」

レイをアドバンスドタイプに仕立てた人間が何を言うのか。彼のエゴでレイは力を付けた。

 確かに彼はその力に助けられた事もあった。だが望まぬ力を持った所で、レイには関係ない。男のエゴがレイを更に苦悩させていく――

 

――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――

 

――――――レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ―――――――

 

―――――――――――つーかキモくね?人間が光る訳ないじゃん――――――――――

 

――――――――――――レイ・キレスは突然変異と言うべきか―――――――――――

 

「違う!僕は突然変異じゃない!アドバンスドタイプなんて、望んでいない!どうして貴方は……僕にこんな力を与えたんですか!?嫌だ、僕はこんなのを望んでいない!」

彼はもう、戦闘とは関係ない生活を送っていく予定だった。それなのに、望まぬ形でレイは自らの力を覚醒させてしまった。不良生徒に殴られた事により、生命の危機を感じたが故に生じた光は、レイを苦悩に追い遣る。

「君に、良い事を教えてあげよう、アドバンスドタイプとはどのような存在かを。」

苦悩するレイに対し、ダリオンが口を横に広げ、笑みを浮かべた。

「アドバンスドタイプが……どんな存在か……ですか……?」

ダリオンの口から、アドバンスドタイプの事について語られ始める。レイは静かに、男の方に視線を合わせていく――

「アドバンスドタイプとは、現在から百四十年前以上から存在すると言われている存在とされている。その辺りは私も詳しい事は知らない。物心ついた頃から私はアドバンスドタイプとして生きていた。自身の力が気になり、医学博士として、医師として生きてきた中で、自身の研究を続けてきた結果分かった事がある。」

この辺りはアレンやジャンヌですら知らなかった事だ。それを、ダリオンは淡々と語っているのだ。

「研究を進めていく内に、私は多くの事を知る事が出来た!常人よりも自己再生能力に優れると言う事、空間認識能力がオールドタイプやシンギュラルタイプよりも遥かに優れていると言う事、そして……危機的状況に陥れば自らが碧色の光を放つという事が明らかになったのだよ!」

「!」

レイはその言葉に大きく反応した。それが、彼をアドバンスドタイプだと確定させた何よりも大きな言葉だった。

「光を放つって……やっぱり……アドバンスドタイプだから……ですか……?」

「そうだ!さっき君が混乱状態に陥っていた時に〝光る〟という言葉を発したのはそれを経験したからか!成程ねぇ!やはり、君は最高だよ!紛れもなく、君はアドバンスドタイプだ!」

ダリオンは感心した様子で言った。しかしレイにとって、それは只事では済まされない事実である。自分がアドバンスドタイプであるという事は、彼にはあまりに衝撃が大き過ぎた。 

彼がアドバンスドタイプである事に対して喜ぶダリオン。しかし一方でレイはその真実に苦悩している。

「さて、そうとなれば、君は自身が輝く事以外にも、他にも何らかの現象を自身が経験している筈だ。例えば自治能力に優れていたり、血液が甘かったり、更には危機的状況が訪れた時に生じる、碧色の光を発する現象……これはイズゥムルートと呼ばれている。また、これ以外にも何らかの異常現象が見られるはずだ。私の予想が正しければ、君はイズゥムルートを発する事や、それ以外のどれかの力を君は一度発揮している筈だ!間違いない!!」

ダリオンの言葉は全て的中していた。身体が輝く事は勿論、自治能力に優れている、血液が甘い等、レイに該当する事を全て言い当てた。それらは全てアドバンスドタイプの能力。 

それを知ったレイの表情は青褪めていた。それと同時に、レイは過去にあった様々な自らの身体に起きた異変を思い出し始める。

セイントバードチームに助け出される前からも、レイは傷の治りが異様に早かった。それからセイントバードチームと共に行動するようになってからも怪我を何度かしたが、いずれも常人以上に早く傷が癒えている。無論、彼にとって奇妙な出来事はこれだけでない。ダーウィンにて明らかになった、彼の血液の甘さ。

そして、彼が戦闘中に危機的状況や怒りに満ちた時に発動する、レイ独特の力。眼が真紅に染まり、躊躇なく敵を倒す。倒した後はその間の記憶が無く、ただ敵を倒した手応えだけを感じて終わる……このように、様々な奇怪な現象もあったが、最近になり、彼は自らの身体が輝くと言う、明らかに常人から見れば異常な身体の現象に遭遇した。

レイは自らに起こった現象全てを思い出していく。これらは全てアドバンスドタイプの力によるものだ。そして、その力を人工的に与えたのは彼の眼前にいる男、ダリオンである事。それを悟った時、彼は自分自身に恐怖した。再び震えが始まり、頭を抱え始める。

(全部気のせいなんかじゃなかったんだ……そんな……まさかこんな事だったなんて……“作り出された”アドバンスドタイプだから……おかしなことが起こるんだ……しかも……全部あの人が言っていた事と一緒だ……何もかもが……)

エファンの言葉が、再び思い出されていく――

 

―――――――――――――今までに奇妙な症状はなかったか――――――――――――

 

(嘘だ……!)

 

――――――例えば身体の傷が癒えるのが常人よりも優れている……とか――――――

 

(嘘だ……!!)

 

――――――――――――――――血液が甘いとか―――――――――――――――――

 

(嘘だ……!!!)

 

―――――――――――そして……身体が輝く……とか―――――――――――――

 

(嘘だ!!!!)

 

ダリオンが語るアドバンスドタイプの現象は、全てエファン・ドゥーリアが言っていた事とダリオンの言っていた事がそのまま当て嵌っている。以前にダーウィンでエファンの言っていた事は紛れもない事実だったのだ。

ダリオンによって体内にディヴァインセルが移植され、それが何故か彼の身体の中に残留し、そのディヴァインセルの力と今のレイ自身の力が合わさった結果、彼はアドバンスドタイプとして、彼自身が知らない間に進化を遂げていたのだ。

無論、何度もダリオンが言うように、彼は純粋なアドバンスドタイプでは無い。だがダリオンによるディヴァインセルの移植という出来事のせいで、レイ自身に様々な異常現象が起こっているのだ。常人よりも遥かに優れた自治能力、自らに危機が訪れた時に輝く奇妙な現象など……全てが真実だと言う事をレイは認めたくなかった。エファンに言われた時ですら否定したのだ。彼は否定する事で自分自身を保てたのだ。それはジャンヌやアレンの声掛けの影響もあったのだが、今の彼に、それは届かない。

ダリオンの台詞が彼の全てを壊していく。否定したかった、事実。それはレイにとって余りに辛く、悲しいものだった。

 

「……一つ……聞かせてもらって……いいですか……?」

その時、レイが一つの疑問を抱いた。

「ダリオン……さんは……どうして……アドバンスドタイプを……作ろうと思ったんですか……」

多くの事実を知り過ぎて、精神的に限界を迎えていたレイだが、その中で気になった事を、辛うじて聞き出す。途切れ途切れに言葉を喋り、ダリオンに聞くレイ。

「それには二つの理由がある。一つは、世間にアドバンスドタイプという存在を認めてもらう為。そしてもう一つ……それはアドバンスドタイプという人種を増やしていこうと考えているからだ。」

「増や……す……?どうして……?」

「私はアドバンスドタイプという人種の素晴らしさをよく知っている。だからこそ、これからの人類は進化していく必要があると判断した。だが現在地球圏に存在しているアドバンスドタイプの数はあまりに少ない……都市伝説レベルと言える程に!だからこそ、人工的にアドバンスドタイプになれる人間がどうしても欲しかったのだ。それを現実にしてくれたのが、レイ・キレス君……君と言う訳だ。」

その時、ダリオンはニヤリと笑みを浮かべた。レイはそれを見て、頭を抱えながら静かに首を傾げる。

「所で、もし君が更に成長し、子を産む事になった場合……君の子孫はアドバンスドタイプの力を持っている可能性は十二分に有り得る。アドバンスドタイプの力は遺伝するからね。」

“子孫”の話が出た。それを聞き、少し、レイはピクリと反応した。

「そこで君に頼みがある。君の遺伝子を提供してもらいたい。」

「そ、それって……?」

レイの顔が、恐怖に満ちていく。この状況での“遺伝子”と言う言葉。それが示すものは、一つ。

「簡単な話、君の精子を提供してくれればいい。今回君をここへ呼んだ最大の目的はそれだ。君の精子を冷凍保存し、様々な女性の子宮内の卵子と結合し、やがてその子供はアドバンスドタイプの力を持った子供が生まれるだろう!それが成功例となれば、君はまさに、人工的に生み出されたアドバンスドタイプのアダムというべき存在なのだ!」

冗談ではない。何故自分がそのような存在の始祖とも呼べる人間にならなければならない?レイは当然反対する。頭を横に振り、懸命に否定する。

 だが、男はそうはさせなかった。怯えるレイに迫る。レイは急いでこの場から離れようとした――

(え……?力が、入らない……?それに、ダメだ……眠い……?)

レイの意識が、いつしか朦朧としているのに気付いたのはその時だった。一体何が起きたというのか。レイは今の自分自身に迫る状況に対し、身体が全く動いていない。

「効いて来たね、お休み――」

ダリオンの魔の手が、レイに迫る――

 

 

 

 あれから時間が経過した。今、レイは家に居た。あの後何をされたのか。それは、思い出したくもない事だろう。自身の真相を知ってしまったレイは、ただ、苦悩するばかり。

 彼はアドバンスドタイプ。それも、人工的に作られた、突然変異の存在。それも、アドバンスドタイプを広めようとする、ある一人の男のエゴによって生み出された存在。それが、レイだ。

 故郷に戻って来てから経験した出来事はレイを苦しめた。逃れられない現実、自身の真実。人を超えていた存在。望まぬ力を得た少年は、何を思うのか。

(僕は作られたアドバンスドタイプ……本当は有り得ない存在……突然変異……おかしな人間……存在してはいけない人間……気味の悪い人間……望んでない力を与えられて……それのせいで僕は人間じゃなくなる……あ……そっか……僕は人間じゃないんだ……普通は有り得ない存在だから人間じゃないんだ……じゃあ……僕は何?人間じゃなかったら何なの?分からないよ……何もかも……分からない……)

全てを知った今の彼を支える存在は、誰もいない。ただ、レイは絶望するのみ。

仮にレイがアドバンスドタイプと言って、誰が信じてくれるだろうか。都市伝説かも知れない存在にされ、一般人と思われないような身体にされていたレイ。自ら望んだ“普通”とはかけ離れた人間と化した、レイ。

思えばMSに乗り、戦場を駆け抜けた時点で普通ではなかったのだろう。だがあの時でも仲間はいた。守る為に戦ってきた。それで、生き抜いてきた。多くの出会いや別れを経験した。

しかし今は違う。彼はもう、戦場に身を置いていない。約束された筈の安寧の中を生きている筈だ。そして、アドバンスドタイプの力はこれからの安寧の生活には不必要な力だ。なのに、何故この力を与えられた?望んでも居ない、力を。

人と違うという事に対し、レイは臆病になる。自らが人でなくなるような感覚は彼を蝕む。いつしか、レイの中で人の定義が分からなくなっていったのだ。

(アレンさんやジャンヌさんは生まれてからずっとアドバンスドタイプなんだ……けど僕は……突然変異のアドバンスドタイプ……僕と同じ存在なんて……いないんだ……)

彼の知るアドバンスドタイプである、アレンとジャンヌは生まれもって、純粋なアドバンスドタイプとして過ごしてきた。だがレイは違う。彼は人工的にアドバンスドタイプにさせられた。それが、アレン達やレイとの決定的な違いである。ダリオンは彼が最初の人工のアドバンスドタイプであると言った。彼と同じ人間は、今現在この世界に誰もいないのだ。そのような孤独に襲われたレイ。

 この話をしたところで、誰が信じるだろうか。都市伝説レベルの話を、誰が心から信じるだろうか。

(……もう、どうでもいい……)

家の中ですら、安らぐとは思えない。それもその筈。家族がレイの“真実”を知らないのだから。いった所でそれを信じる者はいるだろうか。いや、居ない。居る筈がない。

 

――――――――――正直……いないんじゃない?光る人間なんて―――――――――

 

今朝、母親が言っていた台詞。その台詞は、今となっては彼の存在そのものを否定している台詞であると同意義である。彼は光る人間。それを否定される事は、その存在意義を失っているようなものだ。

 どうすれば良い?これから何を思って生きれば良い?レイの日常の中に、レイの本当の事を知る人間は居ない。得体の知れない、望んでいない力を得てしまった少年は、ただ、絶望に浸るしか出来なかったのだ――

 




第八十四話、投了。
明らかになった彼の過去。人工的に発生した、突然変異のアドバンスドタイプである事を知り、レイは苦悩していく。


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第八十五話 家族との確執

自らの真実は家族との確執を生んでいく。
安心できる環境である筈だった家族と、次第に溝が深まっていく――


(誰も……僕を理解してくれない……誰も……僕なんかを……)

夜。レイは自分の部屋で一人、ベッドの上で三角座りをして静かに溜息を吐いた。ダリオンから真相を聞かされたレイは、何もかもが嫌に感じてしまっていたのである。考える事は全てネガティブになり、会いたかった筈の家族ですら、今のレイにとって嫌悪の対象であった。

 

 

―――――――――――正直……いないんじゃない?光る人間なんて――――――――

 

―――――――――どうしてそんな事を突然言うの?よく分からないな――――――――

 

―――――――――人は光らないんだよ?お兄ちゃん、どうしたの――――――――――

 

家族がレイに対して言った言葉が彼に突き刺さる。存在する筈の無い人間。人類で初めて、ディヴァインセルを移植によって宿し、それを受け入れた存在。それが、レイ。

そもそもアドバンスドタイプという人種自体が知られていない存在であり、家族のような意見を発するのが一般的だった。それ故に、レイは深く傷付いていたのだ。増してや彼は人工的に生じたアドバンスドタイプ。ジャンヌやアレンの様な、純粋に生まれた時からアドバンスドタイプと言う訳ではない。その事実も彼にとって苦悩でしかなかった。

所謂インターネット上やSNS上でもこうした情報は一切記載されていない。そうした事実が、より一層レイを苦悩に追い遣る。

(もしこの事を言ったらどうなるの?絶対に信じてもらえない……結局、僕は信じてもらえないんだ……突然変異の存在だなんて……)

家族に自分を分かってもらえない辛さ……そして、学校では自分が奇妙な人間として扱われている現実……両者がレイを苦しめる。しかし、彼を苦しめているのはそれだけでは無

かった。

 

――――力を持つということは、生きていく上で莫大なリスクを背負うことになる―――

 

―――――――――お前は一生苦しみながら生き続ける事になるだろう――――――――

 

――――――――――――――――私が、いる限りはな―――――――――――――――

 

エファンの台詞である。この男の放った一言がレイを更なる絶望へ追い詰めた。

(なんで……どうして僕が……僕が……?)

エファンの目的……それは力を持つ人間の抹殺である。アドバンスドタイプである以上、レイも自動的に彼の標的となる。力を持つことで、命まで狙われるという理不尽な状況。このようになってしまったのも、全てはダリオン・イブルークという、一人の男の仕業なのである。

(嫌だ……もう、僕はここにいたくない……誰とも会いたくない……もう、嫌だ……)

全てが嫌に思えた。大切な家族も、自分の事を理解してくれないものだと判断してしまったレイは涙を流しながら思っていた。

 

――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――

 

――――――レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ―――――――

 

リルムやイースの言った台詞も思い出された。落ち込んでいる彼からすれば、両者の台詞は悪意のあるものにしか聞こえない。イースの台詞は悪意であるが、リルムは別に悪意で言ったものではない。しかし自分の存在が認められないということが、彼にとって辛くて堪らない。

 

                    スッ

 

すると、レイは突然その場から立ち上がった。そして彼は机の上にあった小さな赤い肩掛け鞄に荷物を入れ始めた。

レイは何も喋らず、無表情のまま荷物を入れる。荷物の中にはハンカチやティッシュといった日用品等が入っていた。

それから一通り荷物を入れ終えると、次にレイは机の中に収納している自分の金を全て持ち始めた。それらを全て財布の中に入れ、彼は静かに部屋を後にした。

 

 

 

それから、更に数日が経過した。今、レイは街を彷徨っている。彼は家に帰っていなかったのだ。自身の事で悩み過ぎており、どうすれば良いか分からないでいたレイはただ、宛てなく彷徨っていた。

この間、レイは学校にも行っていない。全てがどうでも良くなっていたレイは、ただ、彷徨うばかりだ。

今、彼は夜の繁華街を歩いていた。そこは彼の実家から数キロ程度離れている場所で、彼の住む場所と比較して人通りが多く、様々な娯楽施設があった。彼は彷徨っている内に、このような場所に来てしまったのである。

何の為にこのような行動をしているのか、レイ自身分からない。恐らく、自棄になっているのだろう。自身の真実を知ってしまったが故の、絶望だ。

「お嬢ちゃん服に興味無い?」

「そこのお兄さん!店来ない?可愛い子がいっぱいいるよ!」

「お嬢ちゃん一人?あのさ――」

彼が歩くたび、客寄せの人間が彼に声を掛ける。それらの中には、彼を少女と見る者や少年と見る者と分かれていた。しかし声を掛けた殆どの人間はレイを少女と間違える。酷い時は妖しげな店のスカウトまでされる始末だ。最悪なケースは援助交際を求められる事もあった。

だが、レイは全てこれらを無視した。強引に手を引っ張られる事もあったが、睨んでやる事で相手は舌打ちをしつつもそのまま去っていった。何もかもがどうでも良いと感じているレイにとって、これらの勧誘等眼中になかったのである。

(この人達は……なんで笑ってるの?どうしてそんな顔をしているの?どうして楽しそうなの?あ……そっか……僕は突然変異だから笑えないんだ……僕は……僕は……突然変異だから……人間じゃないから……僕は……ぼ……く……は……)

いつしか、彼は河原で座っていた。繁華街を抜け、人通りが少ない場所に出たレイは河原で腰を下ろし、ぼうっと流れる川を眺めていた。そして、今まで言われた言葉を何度も思い出していく。その際、レイの眼から涙が頬を伝い、流れた。

 

 

―――――――――――正直……いないんじゃない?光る人間なんて――――――――

 

―――――――――どうしてそんな事を突然言うの?よく分からないな――――――――

 

―――――――――人は光らないんだよ?お兄ちゃん、どうしたの――――――――――

 

――――力を持つということは、生きていく上で莫大なリスクを背負うことになる―――

 

―――――――――お前は一生苦しみながら生き続ける事になるだろう――――――――

 

――――――――――――――――私が、いる限りはな―――――――――――――――

 

――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――

 

――――――レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ―――――――

 

―――――――レイ・キレスは突然変異のアドバンスドタイプと言うべきか――――――

 

―――――――――――つーかキモくね?人間が光る訳ないじゃん――――――――――

 

――――――――お前、実はホタルの生まれ変わりか何かかよ?ハハハハハ――――――

 

 

彼に対して発せられた多くの言葉。普通の人間なら有り得ない現象。それが有り得てしまうのが彼。それも、彼の場合は一人の男によって与えられた能力である。

アドバンスドタイプと呼ばれる人種の細胞内のミトコンドリア内に備わっている物質、ディヴァインセル。これを他者の体内に入れる事で被験体はアドバンスドタイプの力を得られるかと言う実験の被験者として、レイは新生児の時にダリオンによって移植をされた。

本来ならばディヴァインセルは被験体の内部で消滅してしまうとされるものなのだが、何故かレイの身体は移植によるディヴァインセルを受け入れてしまい、彼はアドバンスドタイプとして育ってしまった。普通ならば有り得ない事が自分に起こったという現実。そして、信じてもらえない辛さと見られた所で人間扱いされない絶望。様々な感情が、今のレイを作り上げていた。無気力で、何もかもがどうでも良くなったレイ。だからこそ、彼は大切である筈の家族の元から離れたのだ。

 

コツンッ

 

突如、レイの頭を誰かが叩いた。レイはすぐに反応し、後ろを見る。

「レイだ。何やってんの?」

「あ……ヒューナ姉さん……」

彼を小突いたのはリルムの姉であるヒューナだった。何故か、彼女も夜の繁華街を歩いており、その際にレイの姿を見て駆け寄ったのだ。

「久しぶりにレイの顔見るけど……なんで泣いてんの?」

「別に、何でもないよ……」

そっけない態度をとるレイ。その様子を見たヒューナは苛立ち、言った。

「何よあんた!いきなりその態度は何!?」

「もう……どうでもいいんだ……何もかも……」

そう言ってレイは再び涙を流す。その姿を見たヒューナは怒りを見せず、一旦咳払いをして彼の側に寄り、謝った。

「ご、ごめん……ちょっと怒鳴っちゃった……てか……どうしたのよ?何かあったの?もしかして、リルムにフられた?」

「……」

レイは首を横に振るだけで何も答えない。

「……隣、座るね。」

レイは無言のまま静かに頷く。それを見たヒューナはそのまま彼の隣に座った。

「何で泣いてるのよ?妹にフられた訳じゃなかったら何?」

「何でもない……」

レイはヒューナの顔を見ず、前方を見るだけ。しかも返答もそっけないものだから、彼女は再び苛立ちを覚えた。涙の訳を言わないレイに、ヒューナは握り拳を作り、レイの襟元を掴み、そのまま持ち上げた。

「何よあんた!ちゃんと理由ぐらい話しなさいよ!」

急な言動。だが、レイはそれに対して反応する事すら、しない。ただ、視線を川の方に向けるばかり。

「姉さんには何も関係ないんだ……だから放っておいて欲しい……」

そう言われ、ヒューナは更に怒った。

「私に関係ない?関係ないかもね!けどね、私が隣に座っていいって聞いたらあんた頷いたでしょ!!それってあんた何か話を聞いて欲しいってコトじゃないの!?」

「そんなことないよ……どうせ僕なんて……僕なんて……僕……なんて……」

再びレイは涙を流した。それを見たヒューナは手を離した。レイは涙を拭おうと腕で目を擦ろうとする。しかしその時、ヒューナは彼の頭を撫でた。

「正直に言ったら良いんだよ……昔からよく悩みを聞いてあげたじゃない。なんで泣いてるのか、全部話してよ。悩んでる事、全部。」

「……言っても……」

「え?」

「言っても……どうせ信じてもらえ……ない……から……」

彼の涙は止まらない。ヒューナに怒鳴られたことで、一層溜まっていた感情が溢れ出る。それはヒューナを恐怖の対象として見ている訳ではない。

人と接する事で、一人では解放できなかった感情が溢れてしまったのだ。だから彼は涙を止める事が出来なかった。止まらない涙は頬を伝い、そのまま草の上に落ちる。

「あのさ、まだ何も喋ってないのに勝手に自分で判断するのはおかしくない?それは全部言ってから私が判断する事でしょ。信じられないとかそういうのは。」

ヒューナの意見は正しかった。何も言わなければ何も伝わらない。彼は最初からダメだと決めつけてしまっている。だが、それでもレイは口を開けなかった。

「どうしちゃったのよ……昔はよく悩みがあったら相談に来てたじゃない。なんで相談してくれないの?そりゃあんた、十五歳だから複雑な悩みぐらい抱えてると思うけどさ、それでも相談ぐらいしてよ。溜め込むの、毒だよ。」

言っても信じてもらえる筈がない悩み。それは、自分がアドバンスドタイプであるという事。そのせいで言っても信じてもらえない上、自分がアドバンスドタイプの力によって身体が光ったとしても、彼は非難されるだけ。自分の居場所はどこにもない。自分は本当に人間なのかも分からない。彼の場合、自分自身の居場所や自分の存在する意味が分からなくて困惑している。そして、何故か自身の身体が受け入れたディヴァインセル。それはつまり、自分が突然変異だという事。その上そのような人間は自分以外に世界中にいない。同じ境遇の人間がいないという不安も持っていた。

多くの悩みを抱えているレイ。しかし、それは彼にしか分からない事ばかりだ。ヒューナがいくら幼い時から相談に乗ってくれるからと言っても、今回の悩みばかりは言うにも言えなかった。

悩みを打ち明けるにも、全てを打ち明けると何を言っているのかが分からないだろうと判断したレイはその悩みの内の一つをヒューナに聞いてみる事にした。それは、以前母親に質問をしたものと同じ質問だった。

「姉さんに、聞きたい事があるんだ……」

「なぁに?」

ようやく口を開いてくれたレイの姿を見て、ヒューナはどこか、嬉しそうだった。

「姉さんは、身体が光る人間って……いると思う……?」

彼にとって精一杯の質問だった。彼は質問をした時、思った。〝間違いなく変な人間に思われているだろう〟と。しかし彼の場合は直接〝自分がアドバンスドタイプである〟などとは言えない。

この質問をした時、ヒューナは少し首を傾げた。レイはそれを見て俯き、溜息を吐いた。

「……多分、そういう人だっていると思う。」

その答えがヒューナの口から出た時、レイは自分の耳を疑った。

「え……?」

思わずレイは声を出した。その声がヒューナに聞こえた時、ヒューナは笑顔で言った。

「驚く事じゃないんじゃない?だってさ、SNSとか、メディアとか見てたら普通じゃありえない人間っているじゃない?透視とかテレパシーとか……そんなのがいるんだから、別にそんなに驚かないと思うな。」

ヒューナの言葉に、レイは信じられない様子だった。どうして驚かず、変に思わないのか。彼の言う、〝光る人間〟がいるのが分かり切っていると言わんばかりにヒューナは驚く様子を見せていない。彼の事を変に思う様子もない。

「変だと思わないの……?おかしい質問だと思わないの……?」

レイは念を押すように確認した。しかし、それでもヒューナは笑顔のままだった。

「だから?って感じかな。まあ、もしそんな人がいれば〝凄い!〟とは思う。けどさ、人間って常識じゃ考えられない事だって出来ちゃう人も世の中には一杯いるんだよ。科学とか物理法則とかそんなの無視して、普通じゃありえないってことも出来る。それが嘘かどうかは分からないけど、凄いじゃない。テレパシーとか透視が良い例だよ。」

レイは呆然としていた。何故ここまでヒューナは冷静に語れるのか。外見こそ活発で明るく、お洒落や恋愛を楽しむ年頃のハイスクールの生徒であるのだが、それに反して彼の言った言葉に対して何も動じないのが、レイにとって不思議でならなかった。

しかし彼は不思議に感じると同時に、少しずつ本音を喋りたいと感じ始めた。少しずつ、少しずつで良い。理解してくれる人がいるのならば、少しずつでも……

そう思った時、レイは次に自分自身に関する事を聞いた。と言っても、核心を突くような質問ではないが。

「じゃあね……血を舐めた時、その血が甘かったり、異様に病気や怪我の治りが早い人っていると思う?」

彼の口から出た、質問。それに対し、ヒューナは答える。

「ん……それはどういったものかに寄るわね。そりゃ、人間はそれぞれよ。極端に傷の治りが早い人だっているでしょ?」

「そっか……」

彼は少しばかり安心した様子を見せた。もしかすれば、本当の事を言っても大丈夫なのかも知れない……と、少しだが思っていた。

だが、次の瞬間。ヒューナは彼の考えを見透かしたような台詞を言った。

「……あんた、私に聞いて欲しい事をはっきりと言ったらいいじゃない。」

「あ……う……?」

「分かるのよ、露骨に何かが言いたいのがね。昔からの付き合いでしょ?それぐらい分かるのよ、私。」

彼の考えはヒューナには筒抜けだったようだった。こうなれば、彼は喋るしかない……そう思い、レイは勇気を出して口を開いた。

相手は幼い頃からよく悩みを聞いてくれた、自分の恋人の姉。レイの姉であるリリアも優しいのだが、リルムの姉であるヒューナは悩む彼を導く逞しさを持っている。そんな彼女ならば今の自分の悩みを信じてくれるかもしれないと思い、レイは思い切って言った。

 

「……」

レイから発せられた言葉はヒューナを驚かせた。何せ、彼は〝自分は普通の人間で無い、自分は別の人間によって作られたアドバンスドタイプと呼ばれる存在だ〟と、自分の悩んでいる事を、一切改変することなく直接ヒューナに伝えたからだ。彼女は言葉を失い、何を言えば良いか分からない様子だった。

一方のレイも、再び俯き始めた。〝やはりダメだ……〟〝誰も自分の事なんて分かってくれない……〟悲しげな思いが再び彼に過る。

「……フ……ウフ……フフ……アハハハハハ!!!何それー!!!すっごいじゃない!」

「え……!?」

急に笑い出すヒューナに、レイの目は見開かれた。

「あんた、実はとんでもなく凄い人間だって事でしょ?それ、凄い!それは悩むべき事じゃなくて、寧ろ誇りに思う事じゃない?自分は普通じゃない!普通のつまらない人間じゃない!って……」

その言葉にレイは傷付いた。彼は〝普通でない〟ということを気にしていただけに、ヒューナの言葉はレイにとって重く圧し掛かる。

「あ……ごめん、そっか……それが嫌なんだよね……私、馬鹿だ……悩み聞いてあげてるのに悩みを植え付けてる……」

「ううん……姉さんは悪くないよ……ごめん、けど……けどね……こんな身体にされちゃったんだよ……僕は……普通でいたかったんだよ……?普通に生活して、普通に学校に行って、普通に家族と話して……普通に……恋愛して……でもこんな力のせいで……これのせいで!これの……せいで……僕は……僕は……」

再びレイは涙を流した。現実を受け入れる事が出来ない彼にとって、アドバンスドタイプである事は何よりも辛い事なのだった。彼は力など最初から望んでいない。だからこそ……彼は傷付いているのだ。

 

パシィッ

 

「……!」

その時、ヒューナはレイの頬を思い切り平手で叩いた。突然の出来事にレイは茂みに転び、頬を押さえてヒューナの顔を見る。しかし、彼女の顔は怒ってはいなかった。

「痛かった?」

「え……あ……うん……?」

するとヒューナはしゃがみ込み、レイの頭を撫で始めた。

「うん……大丈夫だよ、あんたは痛かったんだよね?私の平手食らって。つまり痛覚はちゃんとしてる。他にもさ……ご飯とか食べて〝美味しい〟と感じたり手を繋いで〝暖かい〟と感じたりすること、あるでしょ?」

「うん……あるよ……?」

レイは訳が分からないままヒューナの質問に答える。それに対し、ヒューナは引き続き言った。

「他にもさ……〝困ってる人を助けたい〟とかこんな風に悩んでる時に〝どうしよう〟とか思う事ってあるでしょ?」

「うん……ある……」

ヒューナの質問に答え続けるレイ。すると、ヒューナは一度息を吸い、静かに言った。

「それ、あんたが〝普通〟の人間である何よりの証拠じゃないの?」

「え……」

「もしあんたがアドバンスドタイプとかなんだかよく分からない存在で、さっきの質問に対して〝何も感じない〟とか言ったら、私はさすがに疑った。けどあんたは普通の答えをした。普通の人間だったらさ、食べ物食べて〝おいしい〟って思えるし、叩かれたら〝痛い〟って思うし、怒られたりしたら〝悲しい〟とか〝むかつく〟とか思うでしょ。あんたは全てにおいて正常であり、普通の人間だよ。間違いなく……いや、自信を持って言えるよ。」

ヒューナは彼の反応を見ていた。その反応を見て、彼が本当に普通でないのかを見たかったのだ。その結果、彼はありふれた、普通の反応をした。それを見て彼女は彼を〝普通〟の人間だと、判断したのだ。

「そう……なの……?僕は……光るんだよ?血も甘いし、怪我や病気が治るのも普通じゃ考えられないぐらい早いし……明らかにおかしいよ、こんなのって……」

「けど心は人間でしょ。それは関係ないよ。……何となく分かったよ、あんたの悩みが何なのかが。あんたはそんな能力によって差別されるって事を恐れてるだけだね。」

「差別……」

彼は常人には考えられない力を秘めている。その為、差別されるという恐怖を抱いているのだ。現に、彼は学校で冷たい言葉を言われている。

 

――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――

 

イース・ハドラスの言ったこの台詞は明らかにレイを苦しめるものだ。この他にもレイは多くの台詞を吐かれている。それが嫌でたまらないレイ。だからこそ彼は恐れる。差別されるという事を。

「別に人に対して迷惑を掛けた訳でもないのに人を差別するのってさ、私、最低だと思うんだ。ああいうの、許せないと思う。だからさ、私は全然気にしないよ。だってレイはレイじゃない。昔からのあんただよ。私はそれを知れて安心した。」

「僕は……僕のままだと思う……?」

「うん。あんたはあんただよ。例えあんたが本当に身体が光る所を見ようが、全然私は動じないし、気にしない。だってあんたは私の知ってるレイだから。」

この時、レイは少し救われた気分になった。自分には理解者がいるということを知った彼は静かに目を閉じる。そして、先程言われた台詞を思い出す。

 

―例えあんたが本当に身体が光るところを見ようが、全然私は動じないし、気にしない―

 

――――――――――――――あんたは私の知ってるレイだから―――――――――――

 

この台詞は、絶望に暮れるレイを助ける機会となるのか、それは分からない。ただ、彼の中で僅かな希望として心の中に残る事は間違いなかった。リルムの姉が言った優しい言葉。この時、レイは正直に話して良かったと心底思うのだった。

「あのさ、話変わるけど……あんたここ数日家に帰ってないんでしょ。」

「え……どうして知ってるの……?」

「リルムが言ってるの。学校にも来てないし、家に言ってもずっと帰ってないってさ。全く、家族に迷惑掛けるのだけはやめときなよ。そりゃ、悩むのは分かるけどさ……」

「けど……こんな状態で家になんて……帰れない……」

思えば彼は独断で家出をし、学校にも行かず途方に暮れていた。Eフォンには何件もの着信履歴やメッセージが届いていたが、いずれも彼は無視をしていた。

全ては自分の都合、自分勝手な都合……それ故に、彼は家に帰る事に躊躇いを感じていた。この状態で家族に顔向けが出来るだろうか……と、彼は悩んでいた。

「……今、直接帰るのは嫌?」

「……うん……」

「じゃあさ、遊ぼうか?」

「……え?」

ヒューナの口から聞かれた言葉にレイは驚いた。彼は時間をEフォンで確認する。時間は午後の九時だった。その時間に何をして遊ぶというのか……レイは躊躇いながら言う。

「こんな時間だよ?何をして遊ぶの……?」

「決まってるでしょ。ゲーセンとかよ!気分が憂鬱なら、パっと遊べばいいの!本当は今日は早く帰る予定だったけど、いいや。さ、行こうよ!せっかくだから!」

「でも、こんな時間は危ないよ!」

「私はこんな時間に遊ぶのは馴れっ子なの!さ、行くよ!悩み事を打ち明けられて、さっきより精神的にマシになったでしょ!!だからこそ遊んでスカッとするんだよ!」

「ちょ……ちょっと……!」

ゲームセンターへ連れて行こうとするヒューナに、レイは戸惑いを感じていた。しかしこの行為は彼女なりの精一杯の励ましなのだ。落ち込む彼の悩みを聞いたうえで、少しでもレイを元気付けようとするヒューナ。レイは彼女の行動に再び励まされた。彼女がゲームセンターへ連れて行くというのは、自分を励ましてくれている事だと分かっていたからだ。

だが根本的な解決にはなっていない。彼はまだ多くの悩みを抱えている。しかしそれらが少しでも和らぐのなら、今はヒューナと共に行動しよう……彼は思っていた。

 

 

 

ある、一軒のバーにて。そこにはレイの母親であるカレンと、リルムの母親であるヒーリが久しぶりに晩酌を交わしていたのだ。家出をしたレイの事を心配するカレンと、その話を聞くヒーリ。昔から仲の良いこの二人はカウンターの席にて、それぞれの酒の入ったグラスをカンッと響かせた後に、お互い静かに酒を一口飲んだ。カレンはカクテルを、ヒーリはテキーラを飲んでいた。

「こうやって飲みに行くのも久しぶりだよねー。ずっと家事とかで忙しかったからさ……」

「ホントにそれ。いつ以来?ユニバーシティの頃以来じゃない?」

「多分そうかもねー。」

仲の良い二人は昔にあった事を語り始めた。両者共笑顔で、久しぶりに自分の時間が取れた事に満足している様子だった。

だが話が進んでいくと、両者は自分の子供について話を始めた。その話題になった時、両者は先程までの笑顔を消した。

「今日飲みに行こうって行ったのはね……子供の事について聞いて欲しかったからなんだよね……はぁ、私……母親失格なのかな。」

カレンがカクテルを一口飲んだ時、静かにそう言った。

「なんでそういう事言うの?三人も子供生んで、立派に育ててるのに。」

「いや、みんな良い子なのよ……良い子だけど……一番気になるのはレイなの……。」

カレンはレイの事について話し始めた。若干酒に酔っている様子があったとはいえ、彼女の表情は真剣そのものだった。

「ずっと前からレイが何で悩んでるか全く分からないのよ……あの子、本当に最近家出ばかりでさ……一昨年の十二月から二月の間も家出してて……ずっと、心配だったのに……警察にも捜索願出して……けどそれでも見つからなかった。でも二月に突然帰って来たのよ。」

「ああ、前に言ってたやつね……二ヶ月も家出って確かに普通じゃないね。」

「確かに普通じゃないのよ……特にあの子の場合はね……でもね、二月になって少しして帰って来た時、あの子凄く嬉しそうな顔をしてたの。やっぱり寂しかったのかなぁって。それは良かったんだけどさ……で、どこに行ってたのかって聞いたら全然答えてくれなくて……私も深追いはしなかったけど、それでも……ね。」

カレンは、カクテルを再び口に含み、静かに飲んだ。それを見たヒーリは言う。

「レイ君とかリルムのような年代の子はね、親が知らない間に大人になってしまったりすることもあるのよ……知らない間に、親には言えない秘密を持ってたりとか……ね。」

「秘密……かぁ。秘密があるなら、あの二人が付き合ってるって堂々と言わないと思うけどさぁ……幼馴染で恋人同士ってのも綺麗だと思うけど、それ以上の隠し事をあの子がしてるとは思えないんだけど……」

「さあ?案外とんでもない隠し事をしてるかもね?」

ヒーリはグラスに入っていたテキーラを飲み干した後で言った。

「どんな隠し事だと思う?」

「さあ?それは本人にしか分からない事だからね。というか、あの大変だった時にリルムは友達と避難しているって言ってた割には帰って来た時、異様に喜んでたのよ。」

「うちもそれ。レイもね、うちの人とボランティアに行くって言って……色々あったみたいだけど、それで異様に喜んでいたのよ。妙と言うか、なんていうか。ま、無事に帰ってきたから良いかと思えば再び家出してるの。連絡も寄こさないし。けど前の事もあるからどうしたら良いか分からなくて。もう、何なのかなぁって……」

カレンはカクテルを飲み干し、バーテンダーにもう一杯酒を貰う為に注文した。その間ヒーリと会話を続ける。

「帰ってきたら凄く喜ぶ癖に……だったら家出なんて最初からするなって話よ……」

「まあまあ……あの子も内心では親に反抗したい気持ちがあるんじゃないのかな?だから、適当な事を言って、本当は違う事をしているのかも知れないなぁって。リルムもそうかも知れないと思ってるし……ただ露骨に親を毛嫌いしないだけで。……一方でヒューナは露骨に反抗してくるけどね。いつも帰りは夜遅いし。ま、何言っても無駄だって分かってるから、今は放っておいてるの。」

「うーん、私としてはね、溜め込まないで何でもいいから相談して欲しいのよ。あ、そうそう……レイが最近家出をする前、あの子凄く元気が無かったの……何かあったのかしら?」

「リルムとの間に何かあったのかもね……年頃の少年少女は傷つきやすくて繊細、ガラスの心を持ってるから……ジュニアハイスクールぐらいの子供はもっと悪い事をして、怒られて、そして大人になって、あ、あの時恥ずかしい事をしたなって思い返すのがいいのよ。私も昔よく怒られたっけなぁ。」

ヒーリがそう言った時にもう一杯目のカクテルが用意された。バーテンダーに礼を言った後、再びそれを一杯口に含んだ。

「ヒーリはなんやかんやで悪い事してたもんねー……ヒューナちゃんはあんたのそこら辺が似たのかも。」

その話題が出た時、ヒーリは表情をしかめた。だがこの時の表情はカレンには見えていない。と、言うのも、彼女は酒に酔ってしまい、相手の表情を見る余裕がなくなっていたからである。

ヒーリはカレンに言われた言葉に対して表情をしかめた後に、口を開けて言った。

「まあ……昔はよく悪い事はやったもんねー。」

「私が止めなさいって言っても全然止めないんだもん。ほんと何やってんだかー」

それから二人は酒を口に含みつつも会話を続けた。両者にとって懐かしい話や、辛かった話、そして子供話等、共通する話をし続ける。

だがその話をしている時、カレンがふと、口を開けた。

「あのさ……レイが家出した前に、一つ気になる事を聞いてきたのよ、あの子。」

「それは何?」

「確か……〝光る人間っていると思う?〟って聞いてきたの。よく分からなかったけど、それを聞いた時のあの子、全然元気が無かったの。なんであんな事を突然聞き出すのかが分からなくて。はあ、こんなことが分からない私って母親としてダメなのかなぁぁぁ~。」

そう言って再び酒を口に含む。これで六杯目だ。ヒーリから見て、カレンの顔が赤色に染まっているのが分かる。

「ちょっと飲み過ぎじゃない?ペース控えなよ……」

「うっさいわね……どうせ私なんて子供の事も考えられないダメ主婦ですよー!」

「そんなんで家に帰ったらあんたの子供が悲しむよ?」

「だぁい丈夫よ!今家はリリアがミィスの面倒を見てくれてるしぃ……ほら、飲も飲も!」

半ば自棄酒になってしまっているカレン。それは自分の息子を心配する余りのストレスから来ているものだった。酒に溺れ、自分自身を酔わせることで辛い現実から少しでも離れたいという気持ちが彼女にはあったのである。

「はぁ……なんなのよ……あの子……意味分からない……カクッ」

残り一口の酒を飲もうとした時、カレンは眠り始めた。それを見たヒーリは溜息を吐き、店に金を払った後で、酔ったカレンを負ぶる形で店を後にした。

 

 

 

レイはヒューナと遊んでいた。夜のゲームセンターは若者が集まり、それぞれ会話やゲームを楽しんでいる。その中に混じって、彼等は様々なゲームを楽しみ、満喫している。しかしレイはあまり楽しそうでは無かった。

今彼等が遊んでいるゲームは、銃を持って液晶画面に出てくる、立体映像の怪物を撃つというシンプルなゲームだった。そのゲームでレイが失敗してしまった為、ゲームオーバーとなってしまった。旧世代にあるゲームではあるが、こうしたレトロゲームというのは一定の需要がある。故に、設置されているのだ。

「あーあ、もう少しでラスボスだったのに……ってか……全然楽しそうじゃなさそうね。」

「え……いや……そんなこと……ないよ……?」

「じゃあなんでそんなに悲しそうなのよ、嘘吐き。」

「……」

レイは黙ることしか出来なかった。ヒューナの言っている事は図星だったからである。結局彼はゲームをしていても気持ちを紛らわす事が出来なかったのである。ヒューナは自分の事を人間として扱ってくれるのは良いのだが、それ以外の人間の事を考えると彼は気分が憂鬱になった。このまま再び学校に行っても、自分の事を理解してくれる人間なんていない……彼はそう考えていたのだ。

「……あのね、世の中別にあんたみたいな力を持ってない人間でも受け入れられない人間って山程いるのよ?人間ってさ、いくら人に悪さとかしなくても何故か好き嫌いが生まれるものなのよ。それは全ての人に言える事なの。どんだけ〝人は平等だ〟とか言ってる人だって、自分に対して嫌な事を言う人間には嫌悪感を抱いてるもんなの。漫画みたいなそんな綺麗な人間はいないよ。それ、空想だから。」

「う……ん……分かってるけど……」

批判される事を恐れているレイ。今の彼は先程ヒューナが励ました時より前の状態の、絶望に暮れていた時よりは落ち込んではいない。しかし将来を考えると不安で仕方がない様子だった。

「あんたまさか全ての人に好かれたいって思ってる?だとしたらそれは100%不可能だよ。どんなに出来る人間や出来ない人間がいたって、ある人には評価されるし、ある人には批判される。それが人間ってものだから。だからそんなんでいちいち傷ついてなんてられないよ。まあ、自分が傷つく例に関しては自分を嫌う、憎む、裏切る人間の場合はその対象にもよるけどね……。」

最後の部分のみ、ヒューナは物悲しそうに喋った。

「そ、そう言う訳じゃないよ……だけど……僕の存在を知ってくれる、理解してくれる人なんて……いないんだ……いないんだよ……アドバンスドタイプって存在なんて普通じゃ考えられない存在なんだ……」

彼の発言はどれもネガティブなものばかりだった。そのような暗い発現しか出来ないレイに、ヒューナは握り拳を作り、怒鳴ろうとする。

「けどね……ヒューナ姉さんはこんな僕でも明るく、優しく接してくれる……姉さんは僕が仮に人間の形をしてなくても優しく接してくれるの?」

レイの言葉にヒューナは怒鳴るのを止めた。同時に、彼女の握り拳は解かれる。

「……だってさ、あんたはあんたじゃない。もう、なんか同じ台詞ばっかり言ってる気がする。」

そしてヒューナは黙ってしまった。レイは掛ける言葉が見つからず、どうすれば良いか分からずに困惑する。

二人は先程までやっていたガンシューティングゲームの前で呆然と立っていた。その間も、大勢の人間が二人の後ろを通り過ぎる。

しばらく時間が経過した頃、その沈黙を破ったのはヒューナの方だった。

「ねえ、帰ろうか。」

「うん……」

そのやり取りの後、二人はゲームセンターを出る事になった。

 

ヒューナにとってはレイを励ますために誘ったゲームセンターだったが、結局彼女はレイを励ます事が出来なかった。帰り道、ヒューナは落ち込むレイに聞く。

「あんたこの後どうするの。帰るの?」

「……うん、一応帰るつもり……」

「そっか」

味気ない会話をする両者。会話が続かないまま時間は経っていく。二人が向かっているのは、駅である。

やがてあまり会話を交わさないまま二人は駅に着いたその時。突如、ヒューナが口を開いたのだ。

「明日、土曜日だから学校も休みだよね。」

「え……あ……うん……」

「あのさ、明日の夜、うちに来なよ。」

「……え……?」

突如ヒューナから誘われたレイ。落ち込む姿は何処へ行ったのか、彼の表情は驚きに満ちていた。

「明日ね、両親は旅行に行くし、妹も友達の家に泊まるって。だから明日私一人なの。絶対に来なさいよ。」

「う……うん。」

レイは半ば強引にヒューナに誘われた。明日の夜にリルムの家……それも、リルムのいない家に行くことになった彼は、ただ、静かに頷いた。

「じゃあ明日!」

それから二人は分かれた。この時、時刻は夜の十一時を過ぎていた。帰りの電車の中で、レイは静かに、溜息を吐いた。

 

 

 

「ただいまぁ……」

レイが家に向かっている最中、先にカレンが帰ってきた。カレンは玄関からリビングへ向かい、椅子に座った。そして顔を横にし、口から出る涎をテーブルに垂らす。そのように泥酔している母親の姿を見たリリアは引きつった表情で言った。

「おかえり……って……お母さん飲み過ぎだよ……うわ、酒臭い……」

「あ~……ごめぇん……ミィスは寝た?」

「うん、さっき……ね。」

「……あの子帰ってきたァ?」

「……まだだよ。」

「……そ。」

母親は冷淡にそう言った。そして握り拳を作り、それをテーブルに思い切り叩いた。その衝撃で、テーブルに置かれていたグラスのコップが凛と、心地の良い音を鳴らす。

「っざっけんじゃないわよ……本当になんなの……」

「や、止めてよ!お母さんったら……」

レイの所在が分からない……それによって酒を飲み、泥酔して怒りを露にするその様子から、彼女は母親のストレスを感じ取る事が出来た。

「何度も何度も家出ばっかりしてさぁ……あの子いつからワルになったわけぇ!?猫被ってんじゃないっつぅの……!!!」

「ミィスが寝てるからあんまり騒がないでよ……」

乱れた様子の母親に困惑するリリア。彼女がこのような乱暴な口調になるのはレイのせいであるのだろうが、それでもリリアはこんな母親の姿を見たくは無かった。母親は普段は穏やかな性格なだけに、普段と違う身近な人間の姿を見てしまう事は不快な事なのである。

「ねぇリリア……あいついつ帰ってくると思う?」

レイに対する怒りを込めて、彼の事を〝あいつ〟と呼ぶ母親。リリアは視線を泳がせ、戸惑いながら言った。

「え……と……分からないよ……」

「……ですよねぇ~。ホント何なのって感じ……イライラするわ全く!!!」

その怒りを再びテーブルにぶつけた。母親の怒りを伝えるように、グラスが再び綺麗な音を立てた。取り乱している母親の姿を見てリリアは止めた。

「お母さん!ミィスが起きちゃう!」

「どうせ子供なんて身勝手極まりないのよ!……大切に育ててたのに……家出なんかしやがってぇ!!!あ~!!!」

またしてもテーブルを叩こうとするので、リリアが無理矢理止めた。酒に酔って怒る母親。リリアはこの状況が早く終わって欲しいと願うばかりである。

「止めてってば……」

そう言っても母親の乱れは止まらない。レイへの苛立ちが彼女を更に怒りに持っていく。

 

ガチャ

 

その時、静かに玄関の扉が開かれるのをリリアは聞いた。合鍵を持っていたレイが家に帰って来たのである。レイの姿を見る為にリリアは急いで玄関へ向かう。

「……ごめん……お姉ちゃん……」

帰って来て、早速レイはリリアに謝った。彼の姿を見て、リリアは叱ろうと口を開けようとする。

しかしその時、先程までリビングにいた母親が玄関に姿を現したのだ。彼女の目はレイを見ており、表情はいつになく険しかった。レイはそんな母親の姿を見て再び謝る。

「母さん……ごめ……」

しかし、レイが謝ろうとした時――

 

パシィ

 

母親は思い切り彼の頬を引っ叩いた。ヒリヒリと、彼の頬に痛みが頬に伝わった。

「っ……」

「……何してたのよ。今まで……!」

「……」

「何してたって……聞いてんのよ!!!」

 

パシィ

 

再び母親はレイの頬を引っ叩く。が、それでもレイは何も喋らない。家出していたなどと言えば怒らせてしまうと思ったからだ。家出していたのは紛れもない事実なのだが、それを直接言う事に彼は躊躇っていたのだ。

「ごめんなさい……本当に……」

「誰も謝れなんて言ってないのよ……何をしてたのかを聞いてるのよ!!」

怒鳴る母親。それに次ぐようにリリアもレイに言う。

「なんで家出なんてしたの?レイ、答えてよ。何度も家出してるんでしょ?」

何かを答えなければ……と思うレイだったが、それでもレイは何も言わなかった。言っても信じてもらえないばかりか、余計に怒らせてしまうと思った為である。

「なんで黙るのよ……何?そんなにこの家が嫌な訳!?」

母親は酔っているという事もあってか、レイに対しての怒りが露骨に伝わってくる。母親は握り拳を作り、手を震わせることで怒っていることをアピールしているようにも見えた。

「悩み事が……あったから……」

これ以上黙る訳には行かないと思ったレイは思い口を開けた。今回の家出は、確かに彼自身の悩み事が原因である。しかし、それを言及されると彼は何も言えなくなる。自分自身がアドバンスドタイプであるからといった事等、母親達の前で言える筈がない。

「じゃあなんでそれをずっと抱え込むんだよ!!!相談ぐらいしなさいよ!!!勝手に家出ばっかりしてさぁ!家族でしょ!?それとも何!?あんたは家族の事が嫌で家出したとか!?」

「ち、違う……違うんだ……!」

彼は〝違う〟と言った。だが母親の言っている事はある意味正しい。家出の一つの理由が、彼は家族に自分の力の事を信じてもらえない、理解してもらえないと思った為なのだから。

「……もういいわ……私疲れた。もう寝る……帰って来たならそれでいいや……知らない……もうどーでも良くなっちゃった……」

母親は怒るどころか、遂に呆れてしまい、千鳥足でリビングへ戻って行った。玄関にて残されたレイとリリアは静かに目を合わせる。

「お母さん、酔ってるの。ヒーリおばさんと飲みに行ってたんだって。」

「うん……なんとなく分かってたよ。でも僕が心配を掛けたのは事実だから……怒られても仕方がないよ。」

そう言って俯くレイ。そんな彼に、リリアが言った。

「レイ、教えてよ。どうして家出をしたの?今回じゃなくて、前も家出したそうじゃない。私が留学してる間もそうだし……お母さん、ずっと心配してたのよ。心配し過ぎて疲れてるぐらい……」

レイが一回目に家からいなくなったのは丁度リリアがオーストラリアで留学をしている時だった。それは一昨年の十二月で、その時はチェーニ姉妹がアインスガンダムを回収するために町を襲撃しようとしていた時だったのである。その時の戦いでレイは敗れ、捉えられそうになったところをセイントバードチームが助け、結果、彼はセイントバードチームと共に同行する事になったのだ。

しかし、それは家族からすれば信じられない事だった。一緒に過ごしていた家族の一員が突然消えるのだから、無理もないと言える。その情報は留学中だったリリアにも、戦場ジャーナリストとして働く父親にも伝わっていた。全て、母親が話した為である。

「ねえ、黙ってないで何か言いなよ。」

そういうリリアに対し、レイは黙ることしか出来ない。一方のレイは、何を言えば良いか分からなくて困惑していた。

「私、レイが分からない。元気が無いのは分かってたけど、それを何も言わないし……数か月も家出する程深刻な悩みって、よっぽど何かあったと思う。それに、レイの性格からして反抗して家出ってことは無いと思う。ねえ、どうして黙ったままなの?どうして……」

何度も聞いてくる姉のリリア。相変わらずレイは何を言えば良いか分からず、ただ黙るだけ。

「そうやって、ずっと黙る気なの?どうして何も言ってくれないの?ねえ、何か言わないと何も分からない事ぐらい分かるでしょ?」

言ったところで無駄だと分かっているからこそ、レイは何も言えなかったのだ。自分がMSに乗って戦っていた事や、自分がアドバンスドタイプであることなど誰が信じるだろうか。 

リルム以外の友人はもちろん、家族に言っても信じてもらえるはずがない。何せ彼がここモントリオールで過ごしていた環境は今まで戦闘があった痕跡も何もない、穏やかで平和な場所だったからだ。デウス動乱時には避難勧告が出されたが、それでもここが戦場になる事はなかった。

非常時を経験していない環境の人間達に、自分の事を伝え、信じる者が居ようか。一番近しい存在である筈の家族に真実を打ち明けられないという事は、何よりも辛い事なのだ。

「ごめん……お姉ちゃん……!」

その時、レイは自分の部屋へ戻るために駆け足で階段を上がって行った。止めようとするリリアだったが、その時には既に彼は階段を上がっている最中だった。結局何故彼は家出したのか分からないまま、リリアは静かに俯くのであった。

ヒューナに言われ、一度家に帰って来たレイだったが、何故家出したのかを家族に問われ、その質問に対して答える事が出来ないレイ。家族も悩んでいたが、彼もその事で悩んでいた。この時、レイと家族の間に溝が出来てしまったのであった。

 




第八十五話、投了。
悩む中で、彼はリルムの姉、ヒューナ・エリアスに悩みを打ち明けるが――


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第八十六話 スバキの戦い

SIDE:FPB。マスドライバーを巡る戦い。


 ジャンヌをグァンによって連れ去られてしまったFPBのクルー達。グァン達氷河族はジャンヌを連れ去った後、誰も殺さずにシュネルギアを去って行ったのである。ギアの怪我は幸い大きなものでは無かったが、それでも彼等は今後行動していくのに大切な人物を失ってしまった。

目の前で連れ去られた光景を見て、連れ去られた直後のブリッジには喪失感が漂っていた。しかしそれから時間が経過した為、そのような喪失感は消えており、今後はどのように行動していくべきかを皆で話し合っていた。

「まさかこんな事が起こるとは思わなかった……ジャンヌ嬢は重要な存在だけに、今回の件は非常に厄介だ。今すぐにでもあの男を追いたいが、どこにいるか見当が付かない……」

ギアがブリッジにクルーを集め、再び話している。彼は撃たれた後、すぐにネルソンによって手術が行われた為、現在も無事に過ごす事が出来ている。

「あの、FPBの仲間がもう宇宙に上がり始めているんですよね?シュネルギアが旗艦なら、一刻も早く宇宙へ上がる必要があるとは思いますけど……でも、今はそれどころじゃないですよね……ジャンヌさんが連れ去られて……しかも行方も分からない状態……」

エリィが言った。俯いた状態で、ジャンヌの安否を心配している。彼女の言うように、ジャンヌの行方が分からない事が今の問題だ。FPBに欠くことの出来ない人間が連れされる事は本来あってはならない事だ。

しかしそれが現実に起きてしまった。最悪の事態と、この場にいただれもがそう思っていた時――

「……この方向だと恐らく、ノルウェーに向かっているわね。」

その時、ウィリアが口を開けた。その言葉にブリッジ内の全員がウィリアを注目する。

「ウィリアさん……それって……?」

「ジャンヌ・アステルの居場所よ。この、光っている点が、現在彼女が捕らわれている場所。」

そう言って、ウィリアは小型の機械を渡した。

そこに映っていたもの。そこには、点滅する光と大西洋の図が描かれていた。それが何を意味するのかを、エリィは理解したのだ。

「これって……やっぱり……!?」

「せめて、私に出来る事をしないとね。」

ウィリアは笑顔で答えた。それに対し、エリィも笑顔で答える。そして、彼女はギアに言った。

「ジェッパー代表!ジャンヌさんの場所、分かります!ウィリアさんのお陰ですよ!!」

何故このような事が起きたのか。それは、以前グァンがダーウィン郊外にて倒された際に拾った小型の機械のお陰であったのだ。

「でも、どうして分かったんですか?」

エリィの質問に対し、ウィリアは答えた。

「あの男とは最悪な関係ではあれど、知人でね。奴は氷河族のボスの直轄の存在なの。この機械は、組織のメンバーの証である、印に反応している。ボスに服従する人間が忠誠の証とも言える、印を無くすなんて事、すると思う?」

印の話は、エリィの耳にも入っていた。だがその実態に関しては詳細を知らない。

 ウィリアはグァンの習性を利用したのだ。印は忌むべき存在として存在してはいるが、忠誠の証としても成り立っている。つまり、ボスに忠実なグァンは印を無くすような事はしないという事だ。それが、裏目に出たのである。

彼女の行動に対し、クルーの全員がウィリアを称えた。〝ありがとう〟〝よくやった〟〝凄い〟など、ウィリアを褒める言葉が羅列されていく。

「凄いな、君は、まるでスパイじゃないか。ジャンヌ嬢の場所が分かるだけでも救出できる可能性が大きく上がる。ウィリア・ラーゲン……君の事は知ってるよ、貴方が有名なバンディットだと言う事はね。本当に感謝している。」

自分の仕事が、このような形で役立つとは思いもしなかった。このままFPBから離れると思われた矢先に生じた出来事は、ウィリアに仕事を与えたのである。

「私は私の仕事をしただけですから。まさか平和国連盟の一部代表に名を知られて光栄ですわ。」

そう言うウィリアは少し嬉しそうな表情だった。皆の役に立てたという、喜びを、実感している。

「今は、代表でも何でもないけれどね。強いて言えば反乱軍のトップと言うべきか。さて、ジャンヌ嬢の居場所が分かった今、救出する為の部隊を作る必要がある。だが、一つ問題があるんだ。」

ギアのいう、〝問題〟とは何か。クルーは全員彼の言葉に耳を傾ける。

「実は、三日後に私はFPBの同胞と合流する予定になっていた。それから行動するつもりだったのだが、皆の知っているように、このような事件が起こってしまった。シュネルギアがFPBの旗艦であることは同胞にも伝えている。つまり、三日後には私は宇宙に上がる必要がある。もし私が三日後に宇宙に上がって来なければ、先に宇宙へ上がっている同胞は混乱してしまう事になる……それは出来るだけ避けたい事だ。」

ギアの同胞であるFPBの別の部隊は先に宇宙へ上がる為にマスドライバー施設に向かっている最中だ。本来ならば他の人間と同様に、宇宙へ上がる予定だったのだが、グァンによるジャンヌ誘拐の為に、この予定が狂わされた。しかしギアは三日後に合流すると同胞に言っていたのだ。

「そこで……頼みがある。シュネルギアを貸して欲しい。旗艦であるシュネルギアが宇宙に上がれば、同胞は安心する。私が乗っていると思っているからだ。」

FPBの指導者として、彼は絶対に生き延びなければならない上、宇宙で指揮を執る必要がある。同胞を困惑させる訳には行かないと判断したギアの決意だった。今はシュネルギアの艦長であるジャンヌがいない為、彼の代わりに答えたのはアレンだった。

「……分かりました。俺達はジャンヌを助ける為に行動します。ウィリアさん、ノルウェーにジャンヌがいるんですよね?」

「ええ……方角からして間違いないわ。」

ウィリアが小型の機械を見ながら言った。

「感謝する……必ず、ジャンヌ嬢を救出して欲しい……私はその間、先に宇宙へ上がっているよ。エリィさん、私の言った新型艦の場所は兵士に伝えている。その新型艦を使って、ジャンヌ嬢のいる場所まで向かい、救出して、マスドライバーを使って宇宙へ向かい、そこで合流して欲しい。かなり無茶を言うが、出来るかな?」

とにかく、ジャンヌを助け出さない事には全てが始まらない。エリィは少し俯き、緊張した様子で言った。

「……分かりました、絶対にジャンヌさんを救い出します。」

新型艦の艦長に抜擢されたエリィは、ジャンヌを救出する為に行動する。そして、アレンも同様だった。

「では、これから我々は二手に分かれる。宇宙へ向かう者はシュネルギアに残り、ジャンヌ嬢救出へ向かう者は地下にある新造戦艦に向かって欲しい。」

ギアの言うように、この先は二手に分かれる事になる。ギアの場合は宇宙へ向かう為のマスドライバー探しだが、エリィの場合はジャンヌを救う為の作戦であり、その後でマスドライバーを使って宇宙にいるシュネルギアと合流すると言うものだ。全てはグァンによって狂わされた計画。これらを絶対に成功させたいと思うFPBの決意は固かった。

シュネルギアに残る人間は、殆どが元国連の兵士達だった。しかしその中には例外もいた。スバキである。

「FPBで戦う事になった以上はどんな人間が居るとか見ておきたいってのがあるから。ごめん、エリィ。だから私、アインスでシュネルギアを守るよ。例え、国連が攻めてきてもな。」

それはスバキ自身の意志だった。彼女の意志もまた、固いものだったのだ。

「じゃあ、宇宙でまたね……」

エリィは静かに手を振った。エリィだけで無い。セイントバードチームのクルーの殆どがスバキを見送る為に手を振ったのだ。

「……よし、必ず助け出さないとね、ジャンヌさんを!」

残ったクルーは、アステル兵やセイントバードのクルーばかりであった。彼等はエリィの指揮する新型艦に搭乗し、ジャンヌの救出の為に奮闘する。

 

 

 

やがて時間が経ち、シュネルギアは国連の様子を伺いながらマスドライバー施設を目指して発進して行った。その際、“ある”MSを搭載し、移動したのである。

この時、ジンクの指示もあり、艦に搭載されていたツヴァイガンダムはアステル家に預けられた。レイが搭乗しないツヴァイは、機体のみがあっても使用出来ないだけだ。この際、機体のプログラムを書き換える事でバイオメトリクス認証も初期状態に戻る。そうなれば、ツヴァイは誰かが使うことが出来るだろう。切り札とも呼べる機体であるが故に、簡単に解体をするような事はしないのだった。

 

その後、エリィ達はジンク・アステルに誘導されていた。初めて見る、アステル家の当主であるジンク。その威厳は大きなものであり、堂々とした振る舞いは、エリィを緊張させるのだ。

「ギアからは聞いている。ジャンヌを助け出してくれるのだろう?」

愛娘を誘拐され、落ち着かぬ様子のジンク。ここで頼れるのは新生連邦本部攻略戦で戦った者達だ。

 正規軍とは呼べないメンバーではあるが、今までの戦いを生き残ってきた彼等。今、ジンクは彼等に頼るしかないのだ。

「はい、その為にも、建造されているとされる戦艦が必要となりました。」

とエリィが言った後、ジンクは静かに足音を立て、彼等を地下へと案内していく。

 地下への階段は長い。その間、多くの兵器の姿が移動する彼等の目に映った。当主であるジンク自らが案内するという事は、最新鋭の戦艦というのは相当厳重な場所に置かれているのだろうと、彼等は思っていた。

 

 やがて地下に降り立ち、ジンクは明かりを付けるように兵士に言った。

 

バチンッ

 

爛々と輝く光を受け、誰もが一度視界を遮った。やがて光に慣れてきたと同時に、皆がその方向を見る。

 そこに映っていたのは、戦艦の姿だ。幅は推定50メートル、奥行きは300メートル、高さは150メートル程度はあろう、その戦艦。特徴としては両翼に銀色のウイングのような形状をしている、装置が見られている。

「機動戦艦……名は、アルバトスだ。」

「アルバトス……これが私達の新しい戦艦……」

エリィは眼前にある新たなる戦艦の姿に対し、溜息を吐いていた。セイントバードを失った彼女にとっては、このアルバトスが非常に輝いて見えたのである。

「今は時間が惜しい。早速、機体の搬入を行い、そしてジャンヌを救ってくれ。場所も分かっていると、ギアから聞いている。」

ジンクの言うように、今は時間が惜しい。急いで宇宙に上がらなければならない状況で、グァンによる襲撃を受け、ジャンヌが誘拐されたのだ。早く救出し、助けなければならない。その為にも、一刻も早く発進する必要があるのだ。

新たなる母艦、アルバトス。それはセイントバードと大きく形状が異なっている。艦体は銀色に輝いており、ブリッジの下部には巨大な砲門が見える。それは何か強力な砲撃を行う為の物なのだと、エリィは思っていた。

 

その後すぐにアルバトスへ、搬入作業が始まった。既に存在している機体であるハルッグ、ブライティスを始め、シュネルギアにも搭載された機体が搬入された。

機体名、アステリア。型式番号、ASMS−07。アステル家が開発したMSであり、デウス動乱後になってから閉鎖されていた工場を再開し、その結果作られたMSである。アステル家が制作していたガンダムタイプをベースに作られた少数量産型MSである。擬似ガンダムと呼べる頭部形状をしており、その上で機体各部にスラスターを搭載している。大気圏内でも使用は可能だが、今後の戦場を意識しており、宇宙空間での戦闘の想定をしているMSであり、宇宙においてその真価を発揮する。

このアステリアを八機搭載し、アルバトスの戦力補充は完了したのだ。

 

アルバトスのブリッジ内にて。それは、セイントバードのものとは比較にならない程に広いと言えた。セイントバードの時はスラッグとインクが操舵士と通信士を務めていたが、今回の場合はFPBという軍隊の所属になる為、多くの人間がこの場所にいる必要があったのだ。

これに対し、エリィは困惑していた。今まではインクとスラッグの二人だけに命令を下していたものだから、これ程多くの人間に対して指示を下していかないといけないと言う事に戸惑いを感じているのだ。

元々セインドバードは新生連邦のヒエラクス級を奪ったものになるが、人員不足を補う為に、独自の方法で改造し、最小限の人間のみでコントロール出来るように改造されていたのだ。それ故にセインドバード単体では的に襲われた時に対応が難しかったが、人員不足でも対処は出来ていた。

 だが、今回は違う。この場において入ると考えられるオペレーターの数は十二人。操舵士は一名。操舵士を務めるのはスラッグだろう。だが通信士に関しては、インクだけでない。その数は、合計十二名。それ程の人間を指揮する事等、エリィ自身、今まで経験がないのだ。

(私に出来るの……?こんな大人数に対して指揮なんか……)

不安に陥るエリィ。だがそこへアステル兵達がエリィの元に集まった。

「ジャンヌ様を助け出すまでは、貴方の指示に従います。どうか、ご安心を。」

そう言って兵士達はそれぞれの席に座っていく。その中にはスラッグとインクの姿もあった。

「すげぇ!!何もかも新品じゃねーか!こんな戦艦を操れるの、マジですげえぞ!?」

スラッグは感激していた。何せ今まで操った戦艦は、セイントバードしかない。彼が驚愕するのも、至極当然と言えた。

「操舵はあんたしかいないんだからね!オペレーターは――」

そう言った後で、インクはちらと横を見る。そこにはココットの姿があり、彼女は笑顔で頷いた。それに対してインクも苦笑いで頷き返す。

「へぇ、あんな可愛い子がシュネルギアのオペレーターだなんて……」

「優秀って話だぜ?お前も負けんなよ!」

スラッグが笑いながらインクに言う。インクはスラッグに対して怒る。その光景を見た兵士達は笑っていた。

この時、エリィは妙に安心していた。ブリッジに人数が多いからと言って心配する必要は無い……そう思っていたのだ。普段見慣れた人間が居るという事は、エリィ自身を安心させる効果を持つ。

「エリィさん、アルバトスはいつでも発進できる状態です!」

ココットが言った。そしてインクやスラッグもエリィに対して言う。

「いつもの調子でお願いしますよ、艦長!」

「マニュアルは一通り読んだけど、感覚はセイントバードと似てるな……なんとかなりそうか!よし、お願いします、艦長!」

彼等に言われ、エリィは一度眼を瞑り、すぐに目を開けた。その時のエリィの表情は笑顔だった。

「上部ハッチオープン!」

「各ブロック、異常なし!」

地下と地上の境界線であるハッチが開かれ、アルバトスは地上から見える状態となった。

「……よし……セイントバー……あ、いや……違った……

アルバトス、発進!!!」

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

エリィの掛け声とともに、アルバトスが浮上する。やがて地下から地上に出て、そのまま空を飛ぶ。これが、エリィにとって新しい戦艦の最初の出撃となった。目的はジャンヌの救出。彼等は宇宙に出てギアと合流する為にも一刻も早く、彼女を救出する必要があった。

当然国連による追撃もあるだろう。だが彼等はそれに負けていられない。この戦いの向こうある、真の平和を勝ち取る為にも、今はジャンヌを助け出さなければならないのだ。

 

 

 

新生連邦軍の、ホノルル基地から脱出したメイドは、とある小島にデスゲイズを止めて漫画を読んでいた。基地で様々な事があった為、彼の身体は疲れていた。その表情で漫画を読むメイド。

 

                ピピピピピピピ

 

その時、デスゲイズのモニターに通信が入った。その音に気付いたメイドは通信の回線を開く。そこにいたのは、アルメスだった。

「お久しぶりですメイド様。今私はアポカリプスからそちらに通信を行っています。まず、貴方に注意しておきたい事がありまして、通信させて頂きました。」

アルメスの表情は険しかった。だがメイドはそんな彼の表情を気にすることなく、漫画を読み続ける。

「なんでゲソ?」

「……新生連邦と国連が全面戦争したのをご存じのはずですが。」

「知ってるでゲソ。俺も参加したでゲソ。結構楽しかったでゲソ。」

(何だこの喋り方は……)

メイドの奇妙な喋り方に苛立ちを隠せないアルメス。しかし、彼は一度咳払いをして再び喋り始めた。

「メイド様。少しは行動を自重していただきたいのです。貴方の今の目的は世界中のマスドライバーの破壊の筈ですが……」

アルメスは、〝マスドライバー〟という部分だけ弱々しく言った。

「んなもんいつでも出来るじゃなイカ。俺はやりたいようにやるんでゲソ。んなことでいちいち通信してくるなでゲソ。……あれ、なんでお前俺の行動知ってるんでゲソ?」

そう言って彼は漫画を読むのをやめ、モニターに映っているアルメスを見た。

「以前にお伝えしましたよ。位置情報を共有させて頂いてます……とね。」

デスゲイズを授かる際、アルメスが言った言葉を、メイドは思い出していたのだ。

「あー、そう言えば。」

「貴方の身勝手な行動の結果、貴方は新生連邦に捉えられましたね。それによってデスゲイズの機体データも恐らく新生連邦に伝わった可能性があります。これがどういうことかお分かりですか。」

「こいつを基に糞連邦が新しいMSが作られるかも知れないってことでゲソね。」

その言葉に対し、アルメスは冷静に、且つ、どこか怒りを見せている様子で言った。

「それによって我が軍が不利になることも有り得るのです。貴方自身も下手をすれば殺されたかも知れないのですよ。確かに貴方は傭兵ですが、余りにも勝手が過ぎます。少しでも良い、自重して下さい。」

元々、メイドに依頼をしたのはアルメスだ。だが、メイドのあまりに身勝手極まりない行動に黙っていられないと判断したアルメスはメイドに対して注意した。しかし、メイドはそれに対して

「あー、そりゃ確かにまずいかもでゲソ。けど俺は最初に言ったでゲソ。〝寄り道するかもしれねぇ〟って。今まさにそれ。あ、それかお前あれでゲソ?まさかわざわざ通信したのは注意する為とか言って、実はマスドライバーが壊されるのが惜しくなったから止めろって俺に抜かしてるでゲソ?それだったらお前を今から殺しに行こうじゃなイカ。」

メイドの奇妙な喋り方と、身勝手すぎる行動に内心、戸惑うアルメス。この時、彼はメイドに対して怒るどころか呆れてしまっていた。ここまで自分勝手な男は見た事が無い……彼はそう感じていたのである。

「それに仮に糞連邦がデスゲイズみたいなMSを出したところで俺の技量に勝る奴がいるとは思えないでゲソ。だからお前は心配しないで黙らなイカ?」

余りに勝手な行動をするメイド。この様子を見て、怒りを感じたのか、アルメスは再び口を開く。

「……もし、これ以上身勝手な行動を行われるのでしたら、報酬金を減らさせて頂きますので、そのつもりで。」

ここで出た言葉はメイドの表情を豹変させることになる。

「てめぇ、何抜かしてやがるでゲソ!?」

報酬金を減らされると言う言葉を聞き、メイドの眼が見開かれた。それと同時に彼はコクピット内を思い切り殴り、怒りを露にする。

「正直、貴方の勝手な行動は我々にとって迷惑でしかないのです。出来れば目的を早く達成し、こちらも報酬金を用意して貴方がそれを受け取る……その形が一番理想なのです。ですが貴方は寄り道ばかりして目的を果たそうとしません。貴方は今、仮とはいえデウス帝国の所属です。勝手な真似ばかりされては困るんですよ。傭兵も軍の一部です。それをお忘れなく。まあ、貴方が自由行動をして報酬額を減らして、それで貴方が満足ならばそれでも良いとは思いますが。」

メイドは握り拳を作り、歯を食い縛った。明らかに悔しそうな表情を浮かべているが、怒り切れずにいる。アルメスの意見も最もだと判断したからだ。

「てめえらの都合で報酬金減らされて満足するめイカ!!!チッ……分かったでゲソ。仕事すればいいんでゲソね。ったく、自由行動もこれでおしまいかでゲソ。これだから規制は嫌いでゲソ。」

メイドは何度も舌打ちし、アルメスに敵意を見せる。しかしアルメスは彼の表情を見ても一切表情を変化させる事は無かった。

「我々としても、出来るだけ早くお願いしたいと思っています。今、続々と新生連邦や国連の部隊が宇宙へ上がって来ているのです。まだ少数ですが、その数が増えられては厄介ですからね。」

マスドライバーの破壊をさせることに今でも躊躇っている様子のアルメスに対し、メイドは言った。

「てめえはそうやって躊躇ってるくせに俺の自由行動は規制するんでゲソね。そうそう、規制で思いだしたゲソ。お前、知ってるでゲソ?昔、漫画とかアニメの技術が優れていた国があったでゲソ。それによって楽しめてた国だったでゲソが……ある時、その国のアホが、〝漫画やアニメは、表現次第では健全な青少年の育成に問題が生じる〟とか抜かして、これらを規制しまくったそうでゲソ。その結果、最終的にその国の文明がどんどんと廃れ、青少年が健全に育つどころか治安は悪化、無法地帯が増えて滅茶苦茶な事になったそうでゲソ。つまり、何も理解できてないクズが適当に規制とか抜かすと、後でろくでもないことになるってことでゲソ。てめーも迂闊な事は抜かさない方が良いってことでゲソ。」

自由行動を規制される事がそれ程に不満なのか、メイドは語った。それを呆れた様子で聞くアルメス。

「……とにかく、貴方の情報は我々に送られてくると言う事です。貴方が奇妙な行動を起こせば、報酬額は減ると言う事をお忘れなく。」

「結局何言っても無駄ってことでゲソか。てめぇは面倒臭いでゲソね。ファックでゲソ!」

「失礼します。」

そう言ってアルメスは通信を切った。これ以上メイドに付き合い切れないと判断した為である。アルメスと話す時のメイドは常に奇妙な語尾を付け、まるで馬鹿にしているような口調をしていた。そんな彼に嫌気が差したのだろうか、アルメスは通信を切る際に溜息を吐いていた。

「クソタレ!ん?まてよ……あいつ、まさかこいつに発信機を仕込んでるんじゃなイカ!?だとしたら……クソ、プライベートもクソもないってことでゲソ……あ、イカん、口癖になってしもーてるやん……で……ゲソ……」

苛立つ様子を見せるメイド。仕方なしに、彼はデスゲイズを起動させる為にレバーを引く。それにより、デスゲイズのモノアイは妖しく輝き、そして起動した。空中に浮いた後、すぐにMAに変形し、その場から去っていく。

「チッしゃーねぇ、そろそろ本気出そうじゃなイカ!!!」

相変わらず奇妙な言葉を喋りながらメイドはその場を後にする。彼は、これからマスドライバーを本格的に破壊して行くつもりだ。それはつまり、これから宇宙へ上がろうとするFPBにとって、脅威が増えるという事であった。

 

 

 

ギアを乗せたシュネルギアは、ユーラシア北部にある都市である、ノリリスクへ向かっていた。シュネルギアはアルバトスよりも先に宇宙に上がり、先に宇宙に上がった同士と合流する必要があった為、彼等はマスドライバーを探していた。

先発隊の情報によると、ノリリスクにマスドライバーが残っているという。その情報を宛にし、シュネルギアはその地に向かっていたのであった。

艦内の居住ブロックにて。自ら志願してシュネルギアに乗ったとはいえ、スバキは少し寂しそうな表情を浮かべていた。何せ周りは年上の兵士達ばかりで、自分だけが十五歳と言う、余りにも若い少女だった為である。彼女は与えられた部屋で、ベッドの上で横たわっているしか出来なかった。

(やっぱり、皆と居た方が良かったかな……)

少し弱気になるスバキ。後悔が彼女を襲っていた。

 

ウィィィィィィィン

 

その時、ドアが開く音がスバキの耳に聞こえた。スバキは急いで部屋の入口のドアの前に向かい、ドアを開ける。そこにいたのは、一人の若い男だった。

「よっ。君でしょ?アインスガンダムのパイロットの女の子。」

「……お前は?」

「俺は元国連のパイロット、名前はファージ・ネイヴァン。以後、宜しくな!」

男の名前はファージと言った。現在はFPBのMSパイロットを務めているこの男は、どこか浮ついている印象を持つ、男だった。その印象に対して不快感を抱いた為か、スバキはこの男をあまり快く思っていなかった。

「十五歳でMSに乗って戦うなんて凄いよねぇ。それに、ここに入ったのも自分の意志なんだろ?そりゃ大したもんだよね。」

「何だよお前。人の部屋に勝手に入ってくんな。」

警戒する様子のスバキ。だが、男はそれでも会話を止めない。

「そういや君、名前はなんてーの?」

余りに馴れ馴れしい様子のこの男に対し、スバキは苛立ちを覚え始めた。

「スバキ・シンドウだ!大体、なんでお前そんなに馴れ馴れしいんだよ!むかつく!」

そう言ってギロリとファージを睨むスバキ。しかしファージはそんな彼女の動作を馬鹿にするように言った。

「馴れ馴れしいって言うかー、あの時助けたの、俺なんだけどなぁー。」

「え……!?」

何を言っているのか?何の話をファージはしているのか。

「モハーヴェ砂漠で君がやられそうになったトコロを、俺のハイエッジが助けたろ。」

ここで明らかになる事実。それは、先の新生連邦本部攻略戦に於いて、ファージが彼女を助けた人間の正体だったのだ。

「あれ、俺の独断。国連の上の奴ら、あそこにヴァントを含めたガンダムタイプだけを残せって指示があってさ。けど放って置ける訳ないから、俺が君を助けたってワケ。」

「何だと……!?」

明らかになる事実に、スバキは困惑した。あの時の戦闘は、補給も無かった。まるで囮になって死ねと言わんばかりの違和感を覚えていたのは間違いないが、それは事実だった。

 その事に、彼女はショックを受ける。そして、改めてFPBに加入した事は間違いではなかったと思うのだった。

「やっぱり、国連って……!」

事実を聞き、怒るスバキ。当然の反応と言えるだろう。

「だから、俺も抜けてFPBに居る。ギルス・パリシムの所で働くのはもうウンザリってワケ。あんな腐ってる所にいるのはゴメンだね。」

ファージの話は、理解は出来る。それによって、事実も知れた。それは良い。

「……色々とどうも。けど、私は馴れ馴れしいのは嫌いだ。」

一応の感謝を述べるスバキ。しかし、ファージに対する警戒は止めないままだ。やはり、彼の馴れ馴れしい態度が気に食わない様子なのかも知れない。

「おいおい、助けたのにそんな態度はよくないぜ?馴れ馴れしいも何も、君にそんな事言う権利、あるぅ?」

「ッ!」

確かに、助けられた。それは良い事だ。しかし余りに横柄な態度を取っているような印象を覚えたファージに対し、スバキは自らの拳を作り、顔面に向けて殴ろうとした――

 

ガシッ

 

しかしファージは彼女の手を片手で掴み、彼女の身動きを取れなくした。

「おぅ、怖い。なんだよ、女の子が暴力は感心しないなー。」

そう言ってファージはスバキの手を離す。その瞬間、まるで躊躇なく、ファージは奥に入っていき、スバキの部屋にあったベッドに、堂々と腰掛ける。明らかに、手慣れだ。

「な……お前、何勝手に椅子に座ってんだよ!」

「何言ってんの。仲間から離れて寂しいクセに。そりゃ独りぼっちじゃ寂しいもんな。」

見透かしたような台詞を吐くファージ。

「べ……別に寂しくない……」

と、拒否する発言をするスバキではあるが、彼の言っている事は図星だ。自分で決めた事とはいえ、知り合いも一人もいないこの環境で過ごすのは正直彼女にとっては辛いものがあったのだ。そして、恐らく寂しいだろうと考えたファージは彼女に気軽に話しかけて来たという訳である。

「まあ、せっかくこうして同じ所属になったんだ。仲良くしようぜ?」

と、改めて握手を求めてくるファージ。彼女の事を、明らかに恐れていない。

「嫌だ。お前、なんか胡散臭い。助けてくれたのは感謝しているよ。けど、それを理由に馴れ馴れしくされる覚えはない。そんな男は、嫌いだ……。」

この時、スバキはマサアキ・アルトの事を思い出していた。

 シンギュラルタイプであるスバキを利用し、金銭による融資と引き換えに彼女を束縛した男。母親を我が物にし、彼女に絶望を与えた男、マサアキ。そして、最期はレイに倒された、男。

目の前に居るファージは、彼女を助けた事を理由に接してきている。それが、まるで何か腹に一物を抱えているように見えてしまったのだ。故に、彼の振る舞いは、マサアキを思い出させる。それが堪らなく、不快に感じられるのだ。

「え?俺、胡散臭く見えんの?まあ無理ないか。まー、実際プライベートじゃナンパしまくってるし。最初にいきなり声を掛けるってのは確かに胡散臭いかもなぁ。でも、成功確率は八割越え!今じゃプライベートで八人の恋人がいるんだよ。バリエーション豊かな可愛い子達が俺の恋人達って訳。ああ、でも別にお嬢ちゃんをここで襲う気は一切ないよ。俺は下心無しで君と接した――」

笑いながら自分の女好きを語るファージ。しかし先程のスバキの台詞の直後だったため、余りにタイミングが悪過ぎた。

「うっさい!出て行けよ!女をたぶらかす、軽い男も大嫌いだぁ!」

そう言ってスバキは側にあったプラスチックのコップをファージの顔面に目がけて投げた。それに気付いたファージはすぐに避け、若干慌てた様子で言う。

「いや、そんなに怒らなくても……俺はただ君が寂しそうだったから、喋ろうとしてるだけなのに……」

突然怒る様子を見せられて困惑しているファージ。が、スバキは変わらず、怒りを見せている。

「それが余計なんだよ!別に寂しくもないし!とっとと出て行け!このバカ!」

ファージに対し、何故か異様に向きになるスバキ。ここまで怒られては流石に引かざるを得ないと判断したファージはすぐにその場から去った。

ファージが部屋から出て言った後、スバキはベッドの上で再び横たわった。

「女をたぶらかす男なんて論外だ!最低だ……本当、最低……」

ファージが去った後、何故かスバキはどこか寂しげな表情を浮かべていた。ファージのような、浮ついている男を毛嫌いする理由は、彼女自身の感情に寄るものだろう。

(何だよ……訳が分からないし……少し……怒り過ぎた気はするけど……)

突然部屋に入って来てはスバキと会話をしようとするファージが彼女は気に食わなかった。だが、彼女は少し反省していた。いくらなんでも怒り過ぎたと。

結局彼女はそのままぼうっとしているだけだった。本当はあの男が構ってくれた事が自分に嬉しかったのかも知れない。

だが彼女は男を冷たくあしらった。その真相は、彼女自身も分からなかったのである。

 

 

 

シュネルギアのブリッジではギアは艦長席に座っていた。だがあくまでもシュネルギアを指揮しているのは元国連の士官である。FPBの代表ということで、士官はギアを艦長席に座らせていたのだ。

(一時間前に入った情報ではノリリスクにマスドライバー施設がまだ存在しているという情報があった。早くしなければ……)

そう思うギアだったが、落ち着かない様子で艦長席に座り、ブリッジ内を見回していた。その時、士官がギアに対して言った。

「代表、間もなくノリリスクです。」

「了解。艦長、出来るだけ急ぐようにして欲しい。国連も我々を追っているだろうからね。」

ノリリスク。そこは、旧世紀ではニッケルの生産が盛んであった都市であった場所である。しかし閉鎖都市となり、都市へ入るには許可が必要になってしまった場所でもある。

現在はそんなものはなく、新生連邦軍の施設がある都市となってしまっている。最も、敗北してしまった新生連邦は大半が宇宙へ行ってしまった為、現在では国連のものとなってしまっているが。

かつて新生連邦軍がここに存在していたマスドライバーを利用して宇宙へ上がっていた。そして、今まさにギア達はここのマスドライバーを利用して宇宙へ上がろうとしていたのである。

(とりあえずは宇宙に上がれるか……しかし、一体誰が人類の宝とも呼べるマスドライバーを……?)

ノリリスクを目前にして疑問を抱くギア。何故マスドライバーを破壊する者が居ると言うのか。国連の仕業だとしても、このマスドライバーがなければ国連自体が宇宙に上がる事が出来ずに終わるだけである。尚、それは新生連邦も同様である。

 

 

 

やがて彼等がノリリスクに辿り着いた時だった。そこで彼等は、情報とはかけ離れた光景を目にしたのであった。

「な……!?」

「これは……」

「一時間前……一時間前にはまだマスドライバーは存在しているという情報があった!それが……一時間後にこの有り様なんて……」

シュネルギアのブリッジ内は騒然としていた。何せ、彼等の見た光景は情報と大きく異なっている光景だったのだから、無理もなかった。

ギア達は、眼前にある焼けたノリリスクを見てしまったのである。焼き尽くされ、獄炎が燃え盛る町にかつての面影はどこにもない。当然マスドライバーも破壊されており、これにより、宇宙への道が途絶えてしまったのだ。

「一時間の間に何があった……何故このような事が……」

呆然と焼けた都市を見るギア。だがその時、オペレーターが言った。

「前方に熱源を確認!MSクラスのものです!」

「熱源……?」

ギアはオペレーターの言葉に反応した。そして、更にオペレーターは言う。

「数は一……!?」

「一機だと!?」

ブリッジ内は騒然とした。一機のMSがその場にいたという事に。まさか、このMSが都市を焼き尽くしたというのか……焦りを隠せないギアとクルー達。しかし、たまたま居合わせただけという可能性も否定できない。ギアは士官はオペレーターにモニターを拡大するように命じた。クルーは士官の言う通りに行動し、モニターが拡大される。

 

そこに映っていたもの……それは、漆黒のMSが一機。悪魔を思わせるウイングが見えており、両腕部を水平に伸ばし、長い線のようなものを展開している。右腕部には三本、左腕部には二本の線が見えた。そして頭部のある部分は、妖しげに、赤いモノアイがまるでシュネルギアを睨むように輝いていた。

やがてそのシルエットは線の様なものを前腕部に収納し始めた。全ての線がこのMSの前腕部に収納されていく。まるで、一仕事を終えたかのように。

「あのMSは……」

「前の戦いで姿を見せ、破壊の限りを尽くしたMSだ……!」

「まさか、あいつがマスドライバーを破壊したってのか!?たった一機で……!?」

クルーはそのMSを見て恐怖を感じていた。モニターに映っている漆黒のそのMSこそ、メイド・ヘヴンの乗る、凶悪なMSであるデスゲイズだったからである。

「たった一機……たった一機でノリリスクの都市を、そして、マスドライバーを……全てを破壊したのか!?」

クルーの会話を聞いていたギアは立ち上がり、オペレーターに尋ねる。

「代表、お言葉ですが、あのMSなら可能ですよ。パイロットも、相当な危険人物らしいですからね。」

「こんな……こんな事が……」

眼前に存在する漆黒のMSの事をギアは知らない。だが先の戦いで破壊の限りを尽くしたという情報は若干入っていた。まさかこのような場所でその機体と鉢合わせになるとは思ってもみなかったのだ。

「引き返すしかないのか……ここは……」

「あの機体と交戦するのは非常に危険です。別の場所を探す方が賢明かと思われます。どうされますか、代表。」

デスゲイズの強さを理解している士官はギアに引き返す事を勧める。ギアはそれに対し、静かに頷き、引き返す判断を下した、その時。

「艦長!あの機体から通信が入って来ています!」

「何……!?受信しろ……」

デスゲイズからの通信にクルーは騒然とする。慎重な様子でオペレーターは通信回線を開いた時――

「ハハー!ジャンヌ・アステルゥ!てめーら何でここにいんだ……え?……なんか違う……おっさんが……え、どういうことなの?」

デスゲイズのパイロットであるメイドはシュネルギアの存在を確認した時、中にジャンヌがいると思って通信回線を開いたのだ。だがそこにいたギアの存在に、目が見開かれた。

(この人間が……マスドライバーを破壊した機体のパイロットか……)

ギアは汗を流し、唾を飲んだ。先の戦闘でも圧倒的な強さを見せ、都市ごとマスドライバーを破壊したこのMSを前に慎重な姿勢を見せる。

「つーか……よく見たらギア・ジェッパーもいるじゃねーか。なんか国連に対して喧嘩売ったそうじゃねぇの!その代表様がなんで、ジャンヌ・アステルの戦艦に乗ってんだよォ?」

乱雑なメイドの質問に対し、士官が口を開けようとするが、それよりも先にギアが口を開けた。

「我々は宇宙へ上がる為にマスドライバーを探している。宇宙で待っている同胞に会う為だ。私もそちらに一つ聞きたい事がある。」

メイドはニヤリと笑った後で言った。

「なんだァ?」

「……何故、マスドライバーを破壊したのか。貴方なのだろう、マスドライバーを破壊したのは……」

相手は危険な存在である。それは分かっていた。だが、相手から通信を開いてきたのならば、せめて得られる情報だけでも得たいと判断したギアはメイドに聞いた。

すると、メイドは見下したような表情をギア達に見せた。

「正解その通り!あの逆アーチを破壊したの、それはまぎれもなくヤツ……じゃない、俺さ!」

隠す様子もなく、堂々とマスドライバー破壊を宣言したメイド。この時、ギアに怒りが込み上げてくるのだが、下手に刺激をすれば敵がどのような行動に及ぶか分からない。従って、彼は慎重な姿勢を崩さなかった。

「何故破壊をしたのか、答えてもらいたい……」

それを聞き、再びメイドはギア達を見下した表情をした。

「だってよォ、金が欲しかったんだもん!金がよォ!!!」

「金!?どういう事だ!?」

メイドの〝金〟という言葉が気になり、ギアは聞いた。だがメイドはそれに対して答える様子は無い。

「んなもん教えるかよボケが!こっちもいろいろ大変なんだよ!死活問題!だから金稼いでる訳!まあ、死活って言う程でもねーけど!」

その時、ギアは考えた。もしかすれば、世界中のマスドライバーが次々と破壊されているのはこの男のせいではないのだろうか……と。彼は握り拳を一度作り、静かにそれを広げて再びメイドに尋ねた。

「今、世界中でマスドライバーが破壊されている情報が入って来ている。この件について、何か心当たりはあるか……教えて欲しい。」

ギアは唾を飲んだ。そしてメイドの答えを待つ。

「お……見事!」

「……という事は……」

「そう!ほとんど俺!俺の仕業!マスドライバーを破壊する事で喜ぶ奴がいるからそれに協力してるだけ!誰かは言えない!ただそれだけなんだよォ!イェアアアアアア!!!」

一人、はしゃぐメイド。それとは裏腹、ギアはメイドに対して怒りを露にした。

「ふざけている……何故だ……どうして……平気でそんな行為が出来る……?あれは人類の宝なのだぞ?宇宙へ行く事が出来るようになったのはマスドライバーの存在の恩恵があったこそなんだ……それを何故平気で破壊できる?何とも思わないのか……?」

ギアの台詞はアルメスの台詞と似ていた。それが機に食わなかったメイドは不満げな様子で言った。

「てめーもあいつと同じ眷属みてぇな事を言うのなァ!何が人類の宝だよ!そーいうのな、うぜぇんだよ!!!勝手にどっかのアホが抜かして、それが独り歩きしてさ、勝手に人類の宝とか抜かしてやがんの!言っといてやるよ眼鏡代表!人間如きが作ったモンになァ、宝も糞もねーんだよ!!!」

 

グォンッ

 

その時、メイドはデスゲイズの左右の手部マニピュレーターを組ませ、その状態から両前腕部に備え付けられている、二連装ビームキャノンをシュネルギアに向けて発射させた。急激な攻撃に対し、士官が命令を下す。しかし攻撃が余りに急過ぎる為、間に合う筈がなかった。

「回避運動!」

「ダメです!間に合いません!」

攻撃は受けてしまったが、ブリッジには当たらなかった。艦内は激しく揺れ、クルー達は皆困惑した。

「ぐぅ……ぅ……逆上させてしまったか……」

「代表の責任ではありませんよ。やはりあの男、どうかしている……しかし敵は非常に危険です。今まで数多くのMS、艦をあの機体のみで撃墜していますからね……まさに、ワンマンアーミーと言ったところでしょうか……そんな相手に、まともな機体がない今の我々が勝てるとは思えません。引き返す事が賢明です……MS部隊を展開し、艦を守らせましょう。」

「何もしないよりはマシではあるね……無駄な犠牲は出したくない。あくまでもあの機体を引き付けるようにパイロット達に言って欲しい。」

「了解です。」

そして士官は艦内に警報を鳴らすようにクルーに命令した。これにより、数分後にMS部隊が展開されてシュネルギアの護衛が行われる。それによってこの辺りからの脱出を考えたのだ。それまでの間はシュネルギアに搭載されている武装でメイドを相手にしなければならなかった。

 

シュネルギアはMSが発進するまでの数分間、艦に搭載されている様々な武装で応戦する。だがこれらの攻撃を、尽くデスゲイズは回避する。

「ハハー!当たんねぇなァ!せっかくだからこのまま沈めちまうのもアリやけど、まぁ~焦らすか!イェア!ファック!」

次の瞬間、デスゲイズはMAに変形した。だがその状態になってもメイドはデスゲイズの主武装である有線式ビームサーベルを展開しない。それを展開しては簡単に沈めてしまうと判断したメイドはまるで遊ぶように、ガトリングをシュネルギアに向けて放った。先程のビームキャノン程の威力が無い為、艦全体のダメージは、大したものではなかった。

「遊んでいるのか……?」

「分かりません、引き続き攻撃を加えます。」

「油断はするな、奴は何をしてくるか分からないからな。」

士官は懸命に指揮を執る。その側で、ギアは必死に考えていた。

(ここを仮に逃げたとして……どこへ行けばいい?情報を待つしかないのは正直厳しい。恐らくシュネルギアは大ダメージを負う可能性が高い……その状態で万が一国連に襲われたら……クッ、これは急がなければならない……)

焦りを見せるギア。早く宇宙にいる同胞と合流する為にもシュネルギアは生き残らなくてはならない。その為には、ここで無駄な犠牲者やダメージを負ってはいられないのである。

しかし相手は凶悪なMSに乗っているメイド。無事で済むとは思えない。ギアはそれを覚悟しなければならなかった。

 

 

 

シュネルギアが戦っている時、艦内では警報が鳴っていた。パイロット達には出撃命令が下っており、スバキも他のパイロット達のように急いでMSデッキへ向かう。

「スバキだっけ?お嬢ちゃん、あのガンダムに乗ってるんだろ?改めて実力、見せてもらおうじゃないの。」

スバキが急いでいる時、その側でファージが笑顔で話し掛けて来た。しかしそれに対してスバキは苛立った様子で言った。

「うるさい!黙ってろバカ!」

「非常時ぐらい、心を開いてくれよな、全く……」

「お前なんかに心なんか開くか!このチャラ男!」

相変わらず、スバキはファージを警戒している様子だ。故に、言葉が強くなる。苛立ちさえ覚える。

その証拠に、スバキはファージよりも早く走り、一目散にMSデッキへ向かっていたのである。

(チャラ男……ねぇ。ホントに嫌だったら無視する癖に、ちゃんと対応してくれる辺りが可愛らしいじゃないの。)

ファージは別に傷ついている様子では無かった。寧ろ、乱雑とはいえ対応してくれたスバキに対して嬉しく思っていたのである。

「あー、俺は予備のパイロットとしているから、絶対に、死ぬなよ。」

と、ファージが見送った時――

「死ぬかよ!」

と、まるで投げ捨てるように言った。

 

 

 

数分後、シュネルギアの甲板からMS数機が発進された。ヴァントガンダムが数機と、アインスガンダムが一機。合計、五機が出撃したのだ。

だが、アインスの別の装備はセインドバード墜落と共に消えてしまっており、今のアインスは普段の姿で戦わなければならない状態だったのだ。

 幸い、シュネルギア内には予備のゾーリドが備わってはいたが、旧式のものであり、戦闘の役に立つとは思えないのだ。

 

キシィン

 

アインスはカメラアイを輝かせ、敵の居る場所へ向かう。その際、通信がシュネルギアから入ってきた。

「今回はこの場からの離脱の為の迎撃を行って欲しい。敵は一機だが、敵MSは下手をすればこちらの部隊が全滅させられる可能性もある強敵だ。シュネルギア内で、大気圏内で使えるMSはその五機のみだ。決して無理をするな。」

士官からの通信だった。スバキはすぐに敵MSの姿を確認する。

「あれは――」

見覚えがあった。以前にセイントバードに単機で襲って来て、レイに重傷を負わせた漆黒のMS……彼女はそれを見た瞬間、レイがそのMSの攻撃によって串刺しにされたシーンが彼女の中で蘇った。

(危険だ……倒さなきゃ……あいつは、絶対に!)

レイとセイントバードチームを一時的にとはいえ、分かれさせた元凶が今回の敵。そして、彼女は直接見ている訳ではないが、セイントバードを撃墜した諸悪の根源。その存在が、目の前にいる。

スバキにとっては、敵がいくら強かろうが関係が無かった。彼女はデスゲイズを破壊する気でいたのである。

「奴のビームサーベルに気を付けて各機は分散しろ!シュネルギアをやらせてはいけない!」

ヴァントガンダム隊の、隊長らしき人物から通信が入った。しかしスバキはそれを無視し、デスゲイズに攻撃を仕掛けていく。

「この野郎ォ!!」

 

バシュウウウ、バシュウウウ

 

ビームライフルを連射するアインス。しかしデスゲイズは機体全体をバリアーフィールドジェネレーターで覆われている為、ビーム兵器は一切通用しない。

「ほふぅ、ザコモビガンダム擬きの中に一機だけまともな奴がいるじゃねーか……およ?あれ、見たことあんぞ?」

迫って来るアインスに対し、モノアイを輝かせてデスゲイズが攻撃に出た。早速有線式ビームサーベルを展開し、アインスに襲い掛かる。

その時、スバキの頭の中で電流が流れた。これらの線を間一髪で避け、アインスはビームサーベルを展開して線を切り裂こうとする。

「線を切られたらいろいろ面倒なんだよォ!実際一回切られてるし……お?」

その時、デスゲイズは四方八方からヴァントガンダムの脚部ミサイルによる集中砲火を浴びようとしていた。スバキが交戦している間に他のヴァントガンダムのパイロット達がミサイルを浴びせようとしていたのである。無数のミサイルがデスゲイズに迫る。もしこれらが直撃すればデスゲイズに大きな傷を残す事が出来る。

「いぇあっはっはっはっはっは!!!」

 

ギュルルルルル

 

その時、有線式ビームサーベルが再び展開され、デスゲイズは周囲のミサイルをこれで全て切り落とした。一斉にミサイルは爆発し、FPBの兵士達は唖然としていた。

「馬鹿な……!?」

「や、奴は化物か!」

兵士達の声はメイドに聞こえていた。それを聞いたメイドはニヤリと奇妙な笑みを浮かべている。

「じょ、冗談じゃねぇ!こんな奴に勝てるか!勝てる訳がねえ……!」

一人の兵士がそう言った直後、その場から逃げ出した。デスゲイズのあまりの強さに臆してしまったのである。敵前逃亡をしてしまったその兵士。しかしそれをメイドが見逃すはずが無かった。

「そう言う行動をなァ!!!死亡フラグっつーんだよボケナスゥゥゥ!!!」

 

ギュルルルルル

 

逃げるヴァントガンダムに対し、有線式ビームサーベルで襲わせるデスゲイズ。それは瞬く間にヴァントのコクピットを貫き、破壊された。

「どんどんフラグを立ててってくれや雑魚共!!そしたら俺が期待を裏切らねーように展開を広げてやっから安心して死ね!イェアアアアアアアアアアアアッ!!!」

上機嫌なメイドに対し、スバキは怒りを露にしていた。彼女の場合、敵の強さよりも敵の性格の悪さが気に食わなかった様子である。

「このやろおおおおおお!!!」

再びアインスはビームサーベルを展開し、デスゲイズに迫ろうとする。

「勇気ある行動じゃねーか前に見た糞アマガキ!けどなァ、昔から言われてるけどなァ、勇気と無謀は紙一重なんだよォ!」

 

ビゴォン

 

次の瞬間、デスゲイズのモノアイが輝いた。それと同時に有線式ビームサーベル五基が全てアインスに向けられる。

「逃げろ!!!」

「死ぬぞ!!!」

ヴァントのパイロット達が皆スバキに対して言う。五本のビームサーベルをまともに食らえば死ぬのは分かっていた。しかし、それでもスバキはこれらの攻撃を避けつつデスゲイズに向かう。

「お前を倒さなきゃ皆が困るんだよ!私が倒してやる!どんな手段を使ってでも!」

レイが眼前でデスゲイズに倒される光景を見て、本能的にデスゲイズが危険な存在であると認知しているスバキ。それ故に、彼女はこの機体を倒さなければ危険であると思い込んでしまっていた。彼女は今、感情が高まってしまっている状態である。勝ち目のない戦いであるのは分かっていた。だがスバキは止まらない。

「やあああああああっ!!!」

アインスはデスゲイズを破壊する為に特攻する。それに対し、デスゲイズは五基の有線式ビームサーベルを、まるで自らの使い魔を送り込まんとせんと、アインスに仕向けた。

触手の如くうねるそれらの攻撃に集中する。迫る有線は展開し、ビーム刃を繰り広げる。この時、スバキはその攻撃に集中した。ビーム刃全体に視野を向け、どう、迫るのか?どう、来るのか?彼女の前頭葉が活性化される。もし集中力を失えば、それは死を意味する。

やがてアインスは行動を開始。いずれの攻撃を回避していくのだ。スバキの中にあるシンギュラルタイプの力が、これらの攻撃の回避へと導いたのだろう。全てのビームサーベルによる攻撃を回避し、デスゲイズに接近したのである。

メイドのコクピットには、ビームサーベルを構えたアインスの姿が間近で映っていた。だがそれでも彼は余裕の笑みを見せた。

「てめぇみたいなアマガキがどんな手段を使ってでも俺を倒す?ハッ!良い事教えてやんよ!奇跡も、魔法も、ねぇんだよ!!死ねボケ!」

その時、デスゲイズの肩部からミサイルが展開された。至近距離だった為、回避する手段がなかったアインスは、急いでシールドを構えてミサイルによる攻撃を防ごうとする。

しかし、それがメイドの思う壷だった。

「だから言ったろうがァ!奇跡も、魔法も、ねぇんだってな。」

「はっ――!?」

「もろたァ!!!」

シールドを構え、ミサイルによる攻撃を受けている時に彼女は気付いた。自分自身が大きな隙を作っているという事を。

五本のビーム刃はアインスの方向に向けて一斉に攻撃を開始した。このままでは彼女は串刺しにされてしまう。

(しまっ――)

絶望的な状況で彼女は目を瞑った。殺されるのを覚悟して――

 

ズバァァッ

 

スバキは静かに、目を開ける。そこはアインスのコクピット内だった。自分が生きている事に驚くスバキ。一体、何があったのか……?モニターをすぐに確認する。

彼女の目には、デスゲイズの有線式ビームサーベルがコクピットに刺さる寸前の場所で止まっている様子が確認出来た。それだけでは何が起きたのかが把握できない。

しかし次の瞬間、メイドの声がコクピットに伝わってきた。

「くっそ〜、新型のザコモビか?なかなか勇気ある行動をしやがるぜぇ〜!」

デスゲイズはモノアイを輝かせ、見下すように下方を見た。その目線の先には一機の新型MSである、アステリアの姿があった。

 アステル家の最新鋭のMS、アステリア。大気圏内での戦いには不適な機体ではあるが、今は緊急時。手段を選んで居られない状況なのだ。スラスター各部を展開し、大気圏内でありながらもそれらを駆使してデスゲイズに接近し、ビームセイバーを展開した。

この攻撃が幸いし、デスゲイズの脚部をビーム刃で切り裂いていたのだ。メイドはアインスへの攻撃に集中した為に、脚部に隙が生まれ、そこを一機のアステリアが、果敢にもデスゲイズに攻撃を加えたのである。

しかし脚部を破壊した所でデスゲイズには何の支障も出ない。意味が無いのだ。

「クソ!やばいと思ったから臨時で出撃したけど使いにくい!」

と、コクピット内で言うのはファージだ。彼が、アステリアを操っていたのである。

「お前!?」

本来ならば宇宙用のMSを大気圏内で操るのは無理がある。僅かな稼働時間しか与えられていない状況で、ファージはスバキを救う為に動いたのだ。

「随分と動きがウスノロじゃねぇかそいつァよォ!」

アインスの危機に対して残された機体を駆使して戦うファージだが、アステリアは稼働させ辛い。大気圏ではその性能を十分に発揮出来ないのだ。

「クソッ!」

そう言って、ファージはアステリアの武装である、ロングレンジビームライフルを放つ。

「馬鹿!そいつにビームは効かないんだぞ!?」

と、警告するスバキ。しかし――

 

バイイイイイイイン

 

案の定、ビームは弾かれる。機体全体に張り巡らされたバリアーフィールドがそうさせるのだ。

この直後、デスゲイズは有線式ビームサーベルを展開した。それを見たファージは回避運動を行うが、ビームサーベルは非常に素早い動きで襲い掛かる。

「無駄な事やって楽しいかー!?オラァ!」

それに対し、すぐにアステリアで反応するファージ。各部に搭載されているスラスターを駆使し、この容赦のない攻撃を切り抜けようとする。

「少しでも気を抜いたらお陀仏だ……クソッ!なんなんだよあの線はッ!?」

ファージは焦りを感じている。当然だ。新型機とはいえ、それが環境として適応している訳ではない。故に、十分なコントロールが行えていない。

「愚かなコトだぁ!なんか知らんけど、雑魚が俺に関わると、命を無くすぞぅ!」

調子に乗るメイド。だが、この言葉もFPBのメンバーは聞いていない。

「全機撤退しろ!俺が引き付ける!」

あろう事か、この時、ファージがこの状況を指揮し始めたのである。予想外の事に、驚愕するパイロット達。

「ネイヴァン中尉か!?何故それに乗っている!?それを大気圏内で扱うのは死ぬようなものだぞ!」

一人のヴァントガンダムのパイロットが言った。その人間こそ、先の戦闘で隊長を務めていた人間であった。

 アステリアの情報は伝わっている。それが宇宙用の機体である事も、勿論。その中でファージはスバキを守る為に動いたのだ。

「機体を遊ばせていられないだろ!下手すりゃ全滅だ!それにあんな子供が戦ってるのに予備パイロットのまま居られるか!」

「勝手な行動は許されんぞ!」

「どの道正規軍じゃないんだから、規則もクソもあるかって話だ!」

ファージは勝手な男だ。国連時代も上官は手を焼いていたと言う。ただ、実力はあった。大気圏内で扱いにくい新型機体を駆り出し、それを用いて攻撃を行ったのだから。

(あのビームサーベル、徐々に出力が弱まっている……?)

その時、ファージはデスゲイズの攻撃の中で、ビーム刃の出力が下がっているのを見逃さなかった。この時、彼はなぜかそっと笑みを浮かべ、隊長の男に対して言ったのだ。

「全機撤退を早く伝えろ!俺が囮になる!」

あろう事か、ファージは撤退するように指示をしたのだ。無論、反論する隊長の男。

「無茶を言うな!」

「この機体ならどうにかなるかも知れねぇんだよ!早く!」

一体何をもってそのように言うのかは分からなかった。だが、デスゲイズの猛威により、下手をすれば全滅させられる可能性がある――

 

ギュルルルルル

 

その時、ビーム刃が一機のヴァントガンダムに迫った。急な攻撃の為、回避が遅れた。

 やがてその機体はコクピットを貫かれ、撃破された。宇宙に行く前に、戦力を減らされる事はあってならない。だがこの機体をどうにかしなければ、太刀打ちが出来ない。

「言っただろ!早くしねぇと全滅だ!」

それを受け、隊長の男は歯を食い縛った。敵の機体は強力だ。故に、今のままでは勝ち目がないのである。

「ネイヴァン中尉、死ぬなよ……!」

隊長の男は、ファージに敬礼をした後、撤退命令を下した。

それを受け、他のヴァントガンダム達も撤退を始める。ファージが囮となる事で、彼等は撤退に集中できるのだ。

 しかし、それらの中で一機、反対する者が居た。スバキである。

「お嬢ちゃん!何やってんだ!?」

「あいつは私が倒すんだよ!」

皆が撤退したと思っていたが、まさかスバキがデスゲイズに対して抗おうとしているのを見て、ファージは危機感を抱いていた。このままでは危険だ――と。彼は悟り、急ぎ、アステリアのバックパックに搭載されているフレキシブルビームキャノンを二基、展開した。それから放たれるビーム砲の出力は戦艦の副装砲に匹敵する火力を持つ。

 

ドバアアアアアアアアアッ

 

だが、当然ながらデスゲイズにビームは通用しない。バリアーフィールドが、ビームを全て弾くのだ。

「無駄やーゆうねん!無駄無駄無駄ァ!」

そう言った後に、再び有線式ビームサーベルが展開される。不可測な動きをする、その兵器を相手に、ファージは戦うのだ。

「くそっ!」

だがファージはデスゲイズに向けてビームを放ち続けた。迫るビーム刃。これに対する、アステリア。

 不利な状況の中で、ビーム粒子が空中を飛び交う。全てがデスゲイズに向けられるが、バリアーフィールドがそれらを無力化する。

「お前!無駄な事するなよ!」

スバキが叫ぶ。しかし――

「無駄じゃねぇから、やってるんだよ!」

「全部弾かれてるだろうが!」

危機的状況にも関わらず、両者は喧嘩をしている。その間に迫る、デスゲイズの触手は躊躇がない。

「クソォ!」

自棄になったのか、アインスもビームライフルを構え、デスゲイズに向けて攻撃を始めた。信じられない光景だった。無意味と分かっていながらも攻撃を行う。これに、何があると言うのか。

「弾かれてんじゃねェかよ!!」

と、メイドは余裕の笑みを浮かべていた時――

 

ドォォッ

 

「おぶえっ!?」

メイドにとって信じられない事が起きた。あろう事か、デスゲイズの機体にビームが直撃したのである。それは、アインスとアステリアが同時に放ったビーム砲撃だ。バリアーフィールドで守られている筈の機体なのだが、何故か、攻撃が通用したのである。

「しもた!エネルギーが切れてやがる……こいつは、そろそろ撤退しねぇとなぁ。」

メイドの言葉と同時に、デスゲイズは先程まで展開していた有線を全て前腕部に格納し、そのままMAに変形した。やがて漆黒の怪鳥の姿をしたそれは、役目を果たしたかのごとく、颯爽と姿を消したのであったが……

「逃がすかよ!」

それを追おうとする、スバキ。ビームライフルを両手部マニピュレーターで構える。フォアグリップを把持し、狙いを定めようとするが――

 

ガキィン

 

それを、アステリアが止めた。ファージが攻撃を中断させたのだ。

「お前!何のつもりだ!?」

「追撃するな!逃げただけでも良いんだよ!撃墜が目的じゃない!助かったならそれで良いんだよ!」

「クソ……!」

視界から去って行くデスゲイズを見て、スバキはコクピット内で、握り拳を作り、側方にあるモニターに対して思いきり殴りつけたのだ。

「とにかく、帰還するぞ。無事で何よりだぜホント。」

ファージはスバキを助けた。彼女の無謀な行為が死に繋がると考え、残されていた機体を駆使し、デスゲイズと戦ったのだ。

 そのままアステリアとアインスはシュネルギアに帰還。漆黒の脅威は去ったものの、シュネルギアにも被害が出る結果となってしまった。

 

 

 

シュネルギアのブリッジ内は予期せぬ敵の襲来に動揺を隠し切れずにいた。デスゲイズにより、彼等の宇宙への進路は潰えた。その上シュネルギアに襲い掛かり、貴重な戦力が失われた。これらの事だけでも大きいのに、更にギアにとって許せない出来事があった。

それは、焼かれたノリリスクである。彼はブリッジ内で無残に焼かれたノリリスクの町のことについて、現在シュネルギアの艦長を務めている士官に対して語り始めた。

「ごく普通に生活を送っていた人々が惨殺されるということはあってはならない事だ。今回の襲撃で貴重な兵士を失った上、マスドライバーが破壊された為に、別のマスドライバーを探さなくてはならなくなってしまった。しかし私は一番許せないのは罪なき人が殺されるという事だよ……それはあってはならないんだ……」

ギアは歯を食い縛り、視線を床に向けた。

「あの時……新生連邦がロンドンを襲撃した時もそう。その時でも一般市民が大量に殺された。今回でも、あのMSに乗っていた人間がどういう意図でマスドライバーの破壊という暴挙に出たかは知らない。しかしあの男はただマスドライバーを破壊しただけでなく、その周辺にいた人々を巻き添えにしてる……これは許されるべきではない……」

怒りを隠せないギア。それを聞いていた士官は静かに口を開く。

「許せない事であるのは間違いありません。ですが……今は我々が宇宙へ行く道を探す必要があります。一般市民の尊い犠牲が気になるのは分かりますが……」

宥めるように士官は言う。ギアはその言葉に耳を傾け、口元を自らの指で覆った。

「……すまない、少し動揺していた。ダメだな、こんな情けない人間がFPBの指導者では……」

犠牲になった一般市民の事を考えるとどうしても感情的になってしまう、ギア。市民を思う事は大切だが、それを感情的に表に出してしまう事はあってはならない。ギアはそれを知っていても、止める事が出来なかったのである。

「今は、別の場所を探すしかないか……」

そして、彼は静かに士官に指示を与えた。残されているマスドライバー施設へ向かうようにと。

だが状況は険しい。メイドによってマスドライバーの破壊活動が行われているこの状況で、彼等はもしかすれば既に破壊されているかも知れないマスドライバー施設の宛てを探さなければならないのだから。しかも、メイドは更に破壊活動を加速化させようとしている。一刻も早く彼等はマスドライバー施設を発見し、宇宙へ上がる必要があるのだった。

 

 

 

 シュネルギアのMSデッキにて、無事帰還したアインスとアステリア。それらから降りる、スバキとファージ。先の戦闘でデスゲイズを逃したことに対して悔しい表情を浮かべるスバキに対し、ファージが宥めていた。

「果敢と言うか、無謀と言うか。よくあの状況で生き残れたよな。」

そう言うファージに対し、スバキも言った。

「……お前こそ、囮になってよく生きてたよな、あれは宇宙用の機体なんだろ?なんであんな機体で……しかも、ビームを撃ちまくったんだ?効かない相手だったのに……」

彼女の言うように、デスゲイズのバリアーフィールドはビーム粒子を完全に無効化する。なのに、それを分かっていてあえて攻撃を仕掛けたファージに対し、疑問を抱いていたのだ。

「あいつはマスドライバーを破壊したりしてて、恐らくビーム粒子を消費したんだろうさ。バリアーフィールドジェネレーターはビーム粒子残量が空に近付けばその効果を失う。バリアーフィールドが張られている際もビーム粒子量は目減りするからな。」

と、ファージは先の戦場での話をし始めたのだ。スバキは首を傾げ、聞いている。

「奴のビームサーベルの出力が落ちているのを見た時、ゴリ押しすれば効果を失わせられると思ったんだよ。そしたら、案の定って訳だ。アステリアってあの機体が強力なビーム砲を備えていて助かったって訳だ。俺も運が良いなぁ、ホント。」

ファージは浮ついている印象を持つ男だが、戦況を見極める事に関しては人一倍優れていた。それ故に彼は囮を買って出て、デスゲイズと交戦したのである。彼の目論見は当たっていた。それ故にデスゲイズは撤退をしたのだ。

「と言うか!お嬢ちゃんはあのMSになんか特別な感情とかあるのかよ?なんであんな無謀な追撃をしようとした訳?命は大切にだろ!」

と、ここでファージはスバキに対して説教するように言った。一回り上の年齢の男に対し、スバキは苛立っている様子だった。

「うるさい!お前には関係ないんだよ!」

「おいおい、俺に怒る理由が分かんねえな。」

子供のスバキに対し、大人の対応をする、ファージ。ここに、大人と子供の差が目に見えて明らかになっていた。

「倒したかったんだよ!!あいつは絶対に!」

急にスバキは怒鳴った。その声に、MSデッキ内に居た者皆が反応したのである。

「あいつを倒さなきゃ……救われないんだ……色々と……」

何故、これ程にデスゲイズを倒す事に拘るのか?気になった様子のファージだが、恐らく彼女は答えないだろうと思い、あえて理由を聞くような事をせず、言葉を発した。

「無謀なのは感心しないぜ。死に行くようなもんだ。さっきの奴は確かに強い。強過ぎる。でもさ、世の中には勝てない相手だっている事を知った方がいいぜ。君がなんであいつを倒す事に拘っていたのかは分からないけどさ。下手な事をすりゃ、死ぬ。死んだら何もかも終わりだぜ?」

何故彼は初対面であるはずのスバキをここまで優しく言うのだろう。彼女は既に疑問を抱いていた。そして、ここで彼女はファージに質問を試みた。

「……お前、なんでそんなに優しいんだよ……チャラ男の癖に……」

「……さあな。やっぱり君が可愛いからじゃないの?」

と、笑いながらファージは言う。

「サイテーだな、お前。結局見た目重視の男かよ。べ、別に私は自分を可愛いとか……美人だとか……思ってないけどさ……」

いつしかスバキはファージと会話をするようになっていた。突然部屋に入ってきたこの男を警戒していたスバキだったが、戦闘で彼女を守ったり、挙句の果てには皆を撤退させるために囮になる等、様々な活躍を見せたファージを認めたのだろう。しかし彼が彼女を心配する理由は外見重視だという事を知り、彼女はファージを〝軽くて嫌な男〟と認識してしまった。

「別に動機が何であれ、いいんじゃない?俺は俺のやりたいように生きる。仲間は大切だし、せっかく今の腐り切った平和国連盟に対して立ち上がる組織が出来たんだ。それに全力で協力する事も大切だと思って……さ。ま、相変わらず可愛い子には目がないんだけど。」

「言っておくけどな、お前とは歳が離れ過ぎてる。お前、言っておくけどお前みたいな歳の人間が私に声を掛けるのは事案だぞ?一歩間違えたら犯罪者だからな。」

棘のある言葉でファージを追い込むスバキ。この時、どこか彼女の表情は少しだが柔らかくなっているようにも見えた。

「それは大丈夫だって。俺は君に手を出す気は無いしさ。」

「フン、どうだか……」

相変わらず冷たい態度を取るスバキ。しかしファージはそれらを含めてスバキに優しく接している。それは彼の言うように、本当にスバキの外見が良いから接しているのかは定かではないが、今の彼女は戦闘前の寂しさを感じていなかった。

しかし一方で彼女はデスゲイズを倒せなかった悔しさに満ちていた。セイントバードを破壊した張本人であり、レイを瀕死に追い遣った存在。それが、スバキにとっては許せないで居たのである。

「ただ、一つ分かった事はある。」

「ん?」

スバキの言葉に傾聴する、ファージ。

「お前は胡散臭いって言った事は撤回した方が良いのかなって思った。」

その言葉を聞いた時、ファージに笑みが零れた。鋭い表情を浮かべていた少女が、少しでも心を開いた瞬間と、言えた。

「やっぱり可愛いじゃないの。」

と、握手を求めようとするファージだが――

「うるさいんだよ!別にお前の事を許した訳じゃないからな!」

そう言って、スバキはファージの握手を跳ね除けたのだ。そして、そのまま彼と視線を合わせる事なく去って行く。ツンとした態度を取る、スバキ。しかしファージはそれを見て、先程と違い、笑みを浮かべていたのだった。

 

 その後、シュネルギアはノリリスクを後にし、別地点のマスドライバー施設の捜索に当たった。幸い、欧州地区、イベリア半島にあるジブラルタルにあるマスドライバーは無事だという報告が入り、一行はそこを目指す事になったのである。大きな回り道をしてしまったが、無事、宇宙へのルートを確保することが出来たのは、彼等にとって不幸中の幸いと言えたのであった。

 だがマスドライバーの破壊はメイドによって行われつつある。今はビーム粒子残量が空のデスゲイズだが、いつ、補充され、再び牙を剥くのかは定かではない。




第八十六話、投了。
スバキはファージと名乗る男に助けられた事を知るが、彼の馴れ馴れしい態度にどこか許せないでいた。しかし、ファージは身を挺してデスゲイズを撃退。
これには彼女も関心を抱いた。


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第八十七話 初体験

レイの初体験。

※性描写注意。


 モントリオールは土曜日になった。この日の夜、レイはヒューナの家に行く事になっている。

 

―――――――――――――――――絶対に来なさいよ―――――――――――――――

 

昨日、ヒューナに言われた事が思い出された。だが、彼は夜に出て行く事が気まずくて仕方が無かった。

無理もない。何せ昨晩に母親に怒られたばかりなのだ。夜に出て行けば、〝また家出〟と認識されるに決まっている。

母親だけで無い。姉であるリリアにもそのように認識されるだろう。彼にとってそれが辛かった。只でさえ家族とは気まずい関係のレイなのに、ヒューナの誘いはこの状況下ではあまりにタイミングが悪すぎたのである。

「どうしよう……断ろうかな……でも……」

そう呟いた時、彼のEフォンが小刻みに震えた。それを確認する為、レイはEフォンを手にし、メッセージ確認する。

送り主はヒューナだった。彼女から届いたメッセージを見て、レイは一言ずつ呟く。

「突然行けなくなったとか言わないでよ。私は楽しみにしているんだから……か。でも……行きにくいよ……何が何だか分からないよ……もう……」

多くの事で悩みを抱えているレイ。自身の力の事、学校での自分の評価、そして家族との溝……かけがえのないものを失いそうな感覚に至ったレイはベッドの上で横になり、呆然と天井を眺めていた。

(僕はこれからどうすれば良いの?)

様々な思いがレイを襲う。それらに翻弄され、彼は無気力になっていた。

結局は自分の力のせい……彼はそう考えていた。では自分にこの力を与えたのは?それはダリオン・イブルークである。彼自身が苦悩する事になったのは、全てはダリオンのエゴによるもの。だが今のレイはダリオンを憎む気力すら湧かなかった。

 

呆然と天井を見つめ続けている最中、ふと窓を見ると日差しの姿はどこにもなく、辺り一帯は暗闇に満ちていた。それと同時に彼はEフォンを見て時間を確認する。

「……もう、こんな時間なんだ……」

彼は部屋に籠りきりで食事を一回も摂っていない。空腹に気が付いたレイは部屋を出ようとドアの取手を持とうとした時、ふと何かを思い出したように立ち止った。

「誰も呼びに来ない……そっか……今日一日誰も部屋に来ていないんだ……」

ここで彼は家族との溝を再確認した。いつもならば誰かが部屋に入ってくるはず。なのに、誰も呼びに来ない。それは紛れもなく家族との溝が原因である。

恐らく、今頃自分を除く三人はリビングで食事をしている頃だろう。その中でこっそりと自分一人がリビングに行く等、出来る筈等無かった。仮に行っても気まずいだけである。それを悟ったレイは再び部屋に籠る事にした。しかしそこでも彼は大切な事に気付く。

「姉さんの所へは……いつ、行けば良いのかな……」

ヒューナと約束した、今日の夜に家に行く事。しかしこの状況で抜け出すのはあまりに厳しい。そもそも夜といっても具体的な時間の指定が無い。困惑したレイはヒューナに電話を掛けようか迷う。

3分程ベッドの上のEフォンを呆然と眺め、やがて彼は決心したかのようにそれを手に取り、ヒューナに電話をした。

『もしもし?』

すぐに彼女は電話に出た。

「あ、あの……姉さん?あの……ね、その……いつそっちに行ったら良いのかなって……」

明らかに緊張しているレイ。その、レイとは対照的に、欠伸をしながらヒューナは言った。

『え?あー、いつでもいいよ?今一人だし。何なら、今来てくれてもいいよ?』

「い、今って……そんな……」

『夜中の方がリスク高くない?じゃあ今でしょ?』

「で、でも……」

出るに出られない。何せ玄関へ行くには確実にリビングを通らなくてはいけない。リビングを通るという事は、家族と遭遇するという事だ。今のレイにとってこれ程辛い事は無い。

『じゃあ、待ってるから。とにかく来てよ。』

ヒューナが電話を切った。通話を終えた時、レイは溜息を吐く。

「どうすればいいんだろう……出られないよ……」

家族と会いたくない気持ちがレイを支配する。かけがえのない、大切な存在である筈なのに、何故これ程苦しく、鬱陶しく、不快な存在に感じてしまうのか……レイ自身、それが嫌で仕方が無かった。家族は嫌いではない。今まで平和に過ごしてきたグループの一員。何故そのグループと共に行動するのに気まずい思いをしなければならないのかが苦しくてたまらなかった。

 

更に夜も更けて来た頃。その時には既に彼がヒューナと電話をしてから二時間が経過していた。恐らく彼以外の家族は全員食事を済ませたことだろう。そんな状態でも、彼を呼びに行く人間は誰もいなかった。

(どうして……呼んでくれないの……?)

決して彼は家族から直接勘当された訳ではない。しかし、食事の時間になっても何も言ってこないという事実が彼をネガティブな方向へ想像させる。もう自分は家族の一員と思われていないのではないか……など、不安が彼を襲う。

「行かなきゃ行けない……けど……行けない……」

出掛けるにも、確実に家族の目に触れるのは間違いない。その時に確実に冷ややかな目線を感じるのは間違いない……どうすれば良いか分からない彼は一人苦悩した。

思い切ってヒューナに相談しようかと考えたが、あえて彼は止めた。このような事で彼女に迷惑を掛けたくないと思ったからだ。

「もう少し……もう少しだけ待ってみよう……」

まだミィスやリリアは眠っていない。あと二時間程様子を見ようと、彼は思った。今の時刻は午後の十時。あと二時間経ち、翌日になれば家族の全員が眠っているかも知れない。それならばこっそりと出掛けられる。別にヒューナはいつでも良いと言っていたので、彼はその言葉に甘える事にした。

決心した様子でレイはヒューナにメッセージを送る。〝二時間後に出発する〟とだけ送り、レイは静かに息を吐く。

(もし……この状態がずっと続いたら……どうなるんだろう……もう母さんに家族と思ってもらえなくなったら……そんなの、嫌だ……絶対に嫌だ……!)

家族に声を掛けてもらえないという辛さを痛感したレイは、この状況を一層恐れ始めた。彼の様な年のティーンエイジャーは大半の人間が反抗期を迎え、親に反発する事が多い。しかし彼には反抗期などなかった。家族を大切にし、何よりも自分の帰る場所であると認識しているのである。

元々母親を大切に思っているレイは、性格からして親に反抗するような人間ではない。増してやレイは普通のジュニアハイスクールの生徒と違い、多くの戦場でMSに乗って様々な敵と戦い、生き延びてきた。それ故に命の大切さや人の繋がりを理解している為か、親に反抗するという事は一切なかったのである。

セイントバードにいた時はクルーの皆が家族代わりだった。皆彼にとって良い人達であり、その人達を守る為にレイは戦ってきた。自分を認識してくれる、居場所を与えてくれる、心地の良い場所。それは家族や大切な仲間である。レイは、様々な戦いを経験して人との絆の大切さを、身をもって学んでいた。

無論、それは良い意味だけではない。敵となった人間を殺す時の切なさや怒りや、殺されかける時の恐怖など、人間を恐れる場面もいくつかあった。それでもレイはこれらを乗り越えて来た。

だが今になって彼は自分自身の力が原因で本来ならば幸せに過ごす場所である筈の学校や家族と深い溝が出来てしまった。謝っても相手は〝何故〟と理由を求めてくる為、答えるにも答えられない。その為に溝は簡単には埋まらない。

大切にしたいと思っているのにそれをさせて貰えない溝の存在がレイにとって憎く感じられた。だがそれをどうしようも出来ない彼は、部屋に籠って俯くことしか出来ないのであった。

 

 

 

やがて、二時間が経過した。彼はその間空腹に悩まされながらベッドに横になり、眠りに着いていた。レイはEフォンの機能の中にある、目覚まし時計機能の音によって目を覚ました。それと同時に彼はEフォンを手に持ち、着信履歴を確認する。五件、着信履歴があった。いずれもヒューナからの着信である。それに気付いたレイは急いでヒューナに電話を掛けた。ヒューナは呆れた様子で電話に出て、彼に早く来るように言った後、一方的に切ってきた。流石にこれ以上待たせる訳には行かないと思ったレイは、出掛ける準備をする。

 

                 ギィィ

 

静かに彼は部屋のドアを開け、階段を下りて行く。出来れば家族に見られたくない。レイは慎重に階段を降り、玄関を目指していく。

やがてリビングに着いた。案の定、誰もいない。何故かレイは静かに、息を吐いた。

(どうして家族が居ない事を安心するんだろう……意味が分からない……)

彼の言う通り、おかしい話である。これでは家族を嫌っているようであった。そのように思えてしまう自分が嫌で仕方が無かった。

 

                  ガタッ

 

その時、レイの背後に足音が聞こえた。慌ててレイは後ろを向く。そこにいたのは母親のカレンだった。

「母さん……?」

母親が起きていた事に驚くレイ。そして、カレンはレイに対して冷たく言った。

「あんたまた家出?いいわよ、帰って来なくてもいい。どっか行ってしまえばいいわ。家族に猫被るなんて信じられない。意味が分からない……」

そう言って母親は寝室へ向かった。当然、レイはこの台詞を聞いて傷つかないはずが無かった。別に家出をする訳ではない……元々ヒューナの家に行く予定だっただけ……それがただ、夜中になっただけ……しかしそんな事情など知る筈がないカレンはレイに対して冷たく言った。勘当を言い渡された訳ではない。しかし、レイにはそれがまるで親子の縁を切るような台詞に聞こえたのだ。

「……ごめん……なさい……」

レイは涙を流した。家族に見離された――そのような気がして。

出来れば家を出たくなかった。けれどもヒューナとの約束を破る訳には行かない。渋々、レイは家を出る事にしたのである。

 

 

 

夜道は人通りが少ない。その中を、ニット帽子を被ったレイが寂しげに歩く。目的地はヒューナの家。そこは彼の恋人であるリルムの家である。吐く息が白く、夜空に消える。外はうすらと雪が降っていた。そんな中を彼はゆっくりと歩く。

やがて三十分程経過し、レイはヒューナの家の前に着いた。今彼女は一人だと言っていたので、彼はインターホンを押す。すると、すぐにヒューナが姿を現した。この時、彼女はTシャツに短いスカートという、どこか奇抜なファッションでレイと会話をしていた。

「本当に遅かったわね……何してたのよ?」

「だ……だって……外に出るの……気まずかったから……」

家族との溝が外出に抵抗を与えた。その事をヒューナに伝えると、彼女は静かにレイに対して家に入るように言った。

 

家の中は温かい。暖房による温もりが家中全体に浸透している。その為、レイは玄関から温かさを感じていた。外は非常に冷え込んだ為、彼にとってこの温もりは有難いものと言えた。

「おじゃまします……」

「家には私しかいないからそんなこと言わなくていいよ。さ、私の部屋に来なよ。」

ヒューナはそう言って笑顔で階段を上がる。レイも彼女の後ろを追い、階段を上がっていく。

階段を上がっている最中、レイはふと上を見る。

「あ……わわ……」

次の瞬間、慌てて目を逸らした。というのも、ヒューナの白い下着が視界に入っていたからだ。見てはいけないと思い、レイは顔を赤めて見ないふりをする。

「どうかした?」

「え……!?いや……なんでも……」

誤魔化すレイだが、ヒューナは顔を赤めるレイを見て察した様子で言った。

「ふーん、嘘吐け。どーせ私のパンツを見てたんでしょ。いいよ、別に。見える物は仕方無いし。」

「あ……え……!?」

普通なら恥じらうべきである筈なのに、ヒューナは全く躊躇わずに堂々としている。レイにはこれが不思議に思えて仕方が無かった。

(そう言えばエリィさんも下着姿を見られてもあんまり恥ずかしく思ってなかったような……なんでだろう……?)

ヒューナの堂々とした様子はエリィにも言えた。以前に彼がエリィの部屋に入った時、彼女は別に恥じらう様子もなく下着姿でレイと喋っていた。レイにはこれがどうしても理解が出来ない。普通そういった姿を見てしまうと女性は恥じるものだと思っていた為、ヒューナやエリィのように堂々としていられるのが疑問で仕方が無かったのだ。

そう思っている内にレイはヒューナの部屋に着いた。部屋に着いた時、彼女は堂々と股を広げ、くつろぎ始めた。ヒューナの下着が丸見えだったため、レイはそれを見て顔を赤く染めた。その状態のまま、呆然と立ち尽くす。

「ん?どうしたのよ?」

「あの……その……恥ずかしくないの……?その格好……」

年頃の少年であるレイの立場からすれば、ヒューナの格好を見て目のやり場に困ってしまう。その彼とは裏腹、全然恥じる様子の無いヒューナは言った。

「え?全然恥ずかしくないよ?ていうか、男だから女だからとか私は気にしないし。」

単にヒューナがそのような羞恥心を持ち合わせていないだけなのだろうか……と、レイは思った。

 

グゥゥゥ

 

突如レイの腹の虫が鳴り響いた。思えば彼は朝昼晩何も食べていない。それ故に尋常でない程の空腹感を感じていたのだ。

「あれ、もしかしてご飯食べて来てないの!?」

「うん……いろいろあって……」

家族との溝がそうさせた……それが真実である。レイが溜息を吐いた時、ヒューナはスッと立ち上がり、彼に部屋にいるように言った。レイはただ、呆然とヒューナの後姿を見つめるだけであった。

 

それから五分後。ヒューナはクリームシチューを乗せたトレイを持って部屋に入ってきた。湯気が立っており、外見からして温かそうであることが分かる。彼女は腹を空かせたレイの為に、わざわざシチューを持って来たのだ。

「あ……ありがとう……」

「今日の晩自分で作ったやつだよ。余った奴全部集めたから、ガッツリ食べなよ。」

ヒューナは笑顔で言った。それに甘えるように、レイはトレイの上に乗っていたスプーンを持ち、シチューを食べ始めた。

「美味しい……姉さん料理こんなに上手く作れるんだ……」

「まあ、ぼちぼちと料理は作ってたからね。」

何故か威張るヒューナ。それを見て、レイは笑顔でシチューを食べ続けた。この時のヒューナの表情もどこか、嬉しそうだった。

 

更に十分後、彼はシチューを完食した。完食した時、レイは静かに溜息を吐く。

「おいしかったよ、ありがとう!……あのね、聞きたい事があるんだけど……」

シチューを食べたからか、少しばかり喋る気になれたレイはヒューナに質問を始めた。

「今日、どうして僕を呼んだの?」

「そりゃ……あんたを慰めてあげる為に決まってるでしょ。だから昨日から元気付けようとしたんじゃない。それでもあんた、全然元気出してくれなかったけど。」

「うん……姉さんが励ましたり、僕を認めてくれたのは嬉しいけど……結局この力のせいで家族とも溝が出来て……誰にも相談出来ない事が辛くて……もう、何が何だか分からなくて……!」

急にレイは涙を流し始めた。家族との溝がやはり大き過ぎたのだろう。しかしそれを認めてくれたヒューナの優しさに改めて感情が高まったレイは、涙を押さえる事が出来なかった。

「ほらほら、泣かないの。人間、誰だって辛い事とかあるんだからさ、何でも言えばいいんだよ。私に相談してくれたの、嬉しいと思ってるし。ただ……家族との溝が出来たのは悲しいな……だってあんたの所のお母さん本当に良い人だから、あんたと溝が出来たって聞かされると正直……他人事って感じがしないのよ。」

「姉さん……」

「そんな中で呼び出したのは悪かったかも……。でも、それでも来てくれたんだ。感謝しないとね、ホントにさ。」

〝感謝〟。その言葉にレイは疑問を抱く。何故自分がヒューナに感謝されなければならないのかが分からない。寧ろ感謝するのはこちらの方なのに――

 

ゴクッ

 

レイがそのように疑問に感じていた時、突如ヒューナは机の上にあった缶を手に持ち、それを開けて飲み始めた。ジュースを飲んだのかと思ったレイだったが、ラベルを見て彼は目を疑った。

「お……酒!?姉さん駄目だよ!未成年なんだよ!?」

レイは止めようとしたが、ヒューナはそれでも酒を飲んだ。やがて半分程度飲んだところで一度缶と口を離した。

「いいのよ、別に……未成年であろうとさぁ、お酒なんてどんな歳でも飲むんだから。ほら、あんたも飲みなよ。」

「い、いいよ……僕は……」

以前彼はプレーンによって口移しで酒を飲まされた事があった。その際に頭が呆然としていく感覚を思い出したレイは必死に酒を断る。彼は理解していたのだ自分が酒に弱い事を。今ヒューナが飲んでいる酒は、アルコール度数は少ない。しかしそれでもレイは酒が苦手だったのだ。

「何よ、真面目ぶっちゃって……ま、いいか。いきなり酔われても困るし。……あ、そうだ。そういやあんたシャワー……どうせ浴びてないよね。ご飯もまだだって言ってたし。」

突如シャワーの話に変わり、レイは少し動揺した。

「あ……うん……シャワー、使わせてもらっていいのかな……?」

食事も貰った上、シャワーを浴びて良いのか……レイは少しだけ申し訳の無い気持ちになった。

「全然いいよ」

ヒューナは冷淡に答える。レイはそれを聞いて

「ありがとう、浴びてくるね。」

と言って彼は部屋を出ようとした。その時、ヒューナがレイを呼び止める。

何事かと思い、レイは振り返る。

「あのさ、体中の汚れを落として、よぉーく洗ってね。耳の穴とか、臍の穴とか、尻の穴とか……もうありとあらゆる穴とか汚れやすいトコ全部洗って。」

「あ……え……?う、うん……?」

ヒューナの表情は笑っている様子もなく、険しかった。徹底的に身体を洗うようにレイに言ったのだが、その真意は定かではない。何故そこまで彼に綺麗に身体を洗うように言うのか……この時のレイに理解が出来る筈が無かった。

 

 

 

三十分後。レイは持参して来たパジャマに着替えてヒューナの部屋に戻ってきた。その時、彼は机上にある六つの空き缶を見て動揺した。

「ちょっと!飲み過ぎじゃないの!?それ!!」

落ち込んでいた筈のレイですら、その光景に突っ込みを入れずにはいられないのだった。

「大丈夫、そんなにアルコール強い酒じゃないから私酔ってはないよ?あっはっは!」

未成年にも関わらず、缶六本分の酒を飲んだヒューナ。彼女は全然酔っていないとは言うが、その顔色は赤くなっていた。その上下品な笑い声を上げている。服装は先程よりも露出度が上がり、胸の谷間が見えていた。レイはそれを見て唾を飲み込んだ。胸の谷間に目が行きがちだったが、ヒューナの台詞を聞くと、口調も平常時と比較して僅かに呂律が回っていない。それが心配になったレイはヒューナに尋ねる。

「大丈夫……?凄く顔が赤いよ……」

「あ、やっぱり……?けどいいや……お酒が少しでも入らないとさ、言いたい事喋れないっていうかさ――」

急に、ヒューナは視線を下ろした。酒を飲んだが故に、テンションの上がり下がりが激しくなったのだろうかと思うレイだったが、次のヒューナの言葉を聞いて彼の表情は固まる。

 

「私ね、一回さ、墜ろしたコト、あるんだよ。」

 

「……え……?」

何かの間違いだと思いたかった。聞き間違いでもう一度聞き直したかった。けれどもはっきりと聞き取れてしまった。彼女の言葉から出た、〝墜ろす〟という言葉。相談相手になってくれた相手から出た衝撃の言葉であった。

「墜ろすって……嘘……それって……赤ちゃんの事……?」

ヒューナは静かに話す。

「あんた、知ってるかな。去年にね、アムンが死んだ事。」

「え……!?」

アムン・ディース。レイと初めて会ったのは一昨年の十二月。とあるアニメ関係のイベントでレイを女子生徒の制服を着せた人間。その後日本で再会し、ガーストと知人関係である事が分かった、少女。

 レイからすればそこまで印象に残っている人間ではない。だが、ヒューナにとっては大切な友人だったのだ。その彼女はダッゲインMk-Ⅱに殺された。その事を、今知ったのである。

「あの人が死んだって……どういう……?」

「事故……らしいんだけどね。アムンのお母さんから聞いてさ……」

その真実に、レイの眼が見開かれる。開いた口も塞がらない。レイは日本にいた筈なのに、今になってその事に、気付いたのだから無理もなかった。

(あの人、日本で会って……それから……そんな、そんなのって……!)

だが、何故だろう。驚愕こそはするが、涙が流れない。それは、アムン・ディースと言う少女をそこまで知らない為なのだろうか。

「まさか、アムンが死ぬなんて思わなかったしさ……そっからヤケクソになってさ。SNSとかで知り合った人と適当に関係を持ってさ、その結果がこれ。ちなみにその人とはもう連絡もつかない。電話しても繋がらない……」

妊娠に関しては、恐らく交際相手との肉体関係が原因であろうと考えられたが、レイにとって衝撃が強すぎた。彼はただ、動揺するばかり。

 アムンの死も去る事ながら、やはり先のヒューナの台詞がレイの中で繰り返されていく。

 

――――――――――――私ね、一回さ、墜ろしたコト、あるんだよ―――――――――

 

その言葉が頭から離れない。突然過ぎる出来事にレイは言葉を失う。

「当たり前か……そりゃ動揺するわね……幼馴染の姉がまさかのカミングアウトだもん。ちなみにこれ、親もリルムも知らない話なんだよ。」

「ど、どうやって赤ちゃんを墜ろすなんて……」

明らかに、動揺している。

「親に迷惑かけらんないから、色々と……ね。ま、元々親とは口なんて利かないんだけどね。……草食系のあんたにはちょっと刺激が強い話かも知れないけど、相手が強引にナマでヤりたいって言って来て……それが後の祭り。見事に私は妊娠が発覚したってワケ……」

そう言ってヒューナは静かに溜息を吐く。

「私の処女を奪われて、妊娠発覚したにも関わらず連絡取れなくなって、どうすりゃ良いか分かんなくなって、とりあえずお金が必要だから、それからはヤケクソ。あの親に金云々なんて言えないから、私は学校も殆ど行かずにバイトしたり、それだけでも足りないから、最終的には身体を売るしか無かった訳だから……」

ヒューナは涙を零した。頼れる相談相手であるはずのヒューナが涙を零す事は滅多になかった。

幼馴染の姉という立場のヒューナ。だが、レイは彼女の泣き顔を初めて見たような気がしていた。いつも見せるヒューナの表情は、全てが明るく、そしてどこか、意地悪な所もある。だがそれは彼女なりの優しさも含まれていた。

「どうしてそこまでするの……?ヒーリおばさんとかに相談すれば良かったんじゃ……?姉さんは“嫌”というけどさ……」

レイの言葉に対し、ヒューナは涙を流しながら言う。

「あんた、馬鹿だね!こんな事相談したら絶対親に勘当されるよ!それにさ、私はさ、誰からも愛されてないんだよ。親は勿論だし、親友だったアムンも死んだ。アムンは私の心の拠り所だったんだよ。」

驚愕の事実だ。仲良さそうにしているのは分かっていたが、ヒューナがアムンをこれ程頼っていたとは思わなかったのである。

「だから自棄になった。んで、誰にも相談できない状況になった。妹である筈のリルムにもね。そこからどんどん汚れた。世の中もこんなだしね。いつ戦争が終わるかも分からない。もー、どうでも良くなるよ、こんなの……」

と、酒を飲みながら語り続ける。それと同時に涙も流れる。

「……元々、さ……親は私を見捨ててるんだ……。あの扱いの悪さはね……まるで本当の親子じゃないみたいな感じ……もしかしたらさ……私と親って……親子じゃないのかもね……うぅん……そんな気がする……ぅ……ぅ……」

悲しむあまり、ヒューナはそのような事を言い出した。流石にそれは言い過ぎだーーと、レイは思い、それを言葉にした。

「そんな事……ないよ……姉さんと、おばさん達は絶対に親子だよ……」

ヒューナは涙を拭い、言った。

「ぅん……ありがとうね……そう言ってくれて……でもさ……分かんないんだよ……そんな話を……聞いた気がするから……」

〝自分が本当の娘ではない〟と言い出すヒューナに、レイは何も言えなかった。それ程に彼女は親子の愛に飢えていたのかと思うと、彼自身悲しくなった。

「嫌だよ……嫌われてても親は親なんだよ……これが知られたら自分を養ってすらもらえなくなる……親にまで見捨てられて……もしリルムにも見捨てられたら……もう私どうしたらいいか分からないよ……私の居場所がなくなっちゃう……」

再び泣きだすヒューナを見て、彼は何も言う事が出来なかった。迂闊な言葉を言えば更に傷付ける可能性もあったからだ。彼はただ静かに黙り、俯くしか出来ない。

(姉さんは追い込まれてたんだ……友達だったアムンさんも死んで……誰にも相談できないまま、ただ、一人……)

ヒューナの一面を知った、レイ。彼女もまた、他者に言えない悩みを抱えている者だったのである。レイが故郷に居ない間、ヒューナは多くの経験をしてきた。いずれも、親に言えない事だ。その親すらも、ヒューナに対して冷たいのだ。関心を持っていないと言える。まるで、それは本当の親でないようだ。

「あのさ、あんたをなんで今日呼んだか分かる……?」

泣きながらヒューナは言ってきた。

「え……」

「それはね、あんたも悩んでいるのを見たからなんだよ?身近な人間だからこそ、悩んでいる姿を見て……私も同じように悩んでて……それでお互いに悩みを共有しようと思って誘ったんだ……だから誰も今日はいない。あんたしか真実を知らない。これで良いんだよ……これで……ね……」

互いに理解して貰えないと思われる悩みを共有した者同士故の、言葉だ。

「私ってさ、最低だよね……理由が別のコトとはいえ、悩んでいる人間を見つけてそれで気を紛らわそうとしてるんだ……あんたが悩んでいるのを見てさ、正直安心したの。内容は違えど、悩んでいるのは私だけじゃないって思えるのが正直嬉しかった。最低だよね……私。良いよ、軽蔑してくれて……」

レイは彼女の言葉を聞き、一切不快に感じる事は無かった。彼は首を横に振り、静かに口を開ける。

「そんな事ないよ……辛かったんだよね……姉さんも。僕と一緒だよ。姉さんに悩みを打ち明けて理解してくれた時は、僕も嬉しかったから。僕も、まだ悩んでいるけど、理解者が居るって事は、本当に嬉しい事だから……」

悩みを抱える者同士が一緒の部屋に居て、そこで互いの悩みを打ち明け、やがて共有し合う。レイ自身も彼女が悩みを打ち明けてくれて嬉しいと感じていた。

「あんたってさ、優しいんだね……ホントに……昔からそうだ。優し過ぎるよ、ホントに……」

「ううん、僕は優しくなんてない……家族にも本当の事を言わないし、皆が頑張っている中で何もしないだけ……そんな人間なんだよ、僕なんて……それに、ただ姉さんがカミングアウトをした事に対して何も言えない……どうしようもないんだよ?僕なんか……どうせ……」

段々と表情が曇っていくレイに対し、ヒューナは涙を拭って言った。

「そんな事はない!」

急に声を張ってヒューナが声を出した為、レイはびくりと驚く。

「話を聞いて、別にアドバイスなんてなくていいんだ。悩みを抱えているって意味で同じ境遇の人間が一緒にいて、それを聞いてくれるだけでも気持ちは少しだけでも晴れるものなんだよ。だからね、レイがここに居てくれる事は本当に、嬉しい事なんだよ?」

誰にも相談できない事をレイにのみ伝えたヒューナ。とにかく喋る事が出来るという事が彼女にとって、僅かとはいえ癒しになったのである。

「本当ならさ、あんたの人生の先輩で居続けなきゃならなのに……やっぱり私は駄目だね……ホント……駄目な子だよ……」

「ううん、姉さんは駄目なんかじゃないよ……寧ろ、それを言ってくれた事に僕は感謝してる。言わないと何も分からない事だから……僕の悩みも、姉さんの悩みも……」

レイは笑顔で言った。彼自身はこの状況でどのような表情を浮かべればよいかは分からない。けれど、少しでも相手が安心出来ればと思って彼は笑顔を浮かべたのである。

 

チュッ

 

「っ……!?」

その時だった。レイが口唇に軟らかく、甘い感触を感じ取ったのは。突然の出来事に何が起こったのかが分からなかった。やがて彼は実感する。接吻を交わしているその相手は、リルムの姉であるヒューナであると。

「プハッ……姉……さん……?あうっ……!?」

彼女は酒を飲んでいた為、彼女の口内に残っていた僅かなアルコールが彼の喉を通り、それがレイの脳を刺激する。大した刺激ではないが、それでも彼は少しぼうっとしていた。

気が付けば彼はヒューナに押し倒される形となっていた。両手首を押さえられ、身動きが取れない。

「急にされて驚いた?多分、ファーストキスかな?けどさ、こういう経験は経験者と先にやっておくと、後々リルムとヤる時に喜ばせられるよ?」

「な、何を言ってるの……?」

ヒューナは妖しくも美しい目でレイの身体を舐めるように見た後、言った。

「ねえ……する?」

「……え……?」

それが何を意味するのか、この時のレイには全く理解が出来なかった。ヒューナが言い出した短い言葉。しかしこの状況でそのような台詞を吐くということは、如何わしい行為をするのではないか……と彼は考えた。

だが相手はあくまでも幼馴染の姉である。そんな事になるなど有り得る筈がない……彼はそう思いながら言った。

「するって……何を……?」

「決まってるでしょ。男と女が一緒になってする行為……多分、あんたにとっての初体験……」

「んぁ……ッ!?」

そう言って再びヒューナはレイの唇に自身の唇を重ねた。今度は先程と違い、舌を使い、互いに激しい接吻を交わす。レイはされるがままの状態になり、またしても身動きが取れない。

以前にも彼は同様の状況を経験した事がある。それはオーストラリアのダーウィンにて、フォリアに襲われた時であった。その際に経験した、その際の、熱く激しい口付けは彼の脳裏に熱く焼き付いている。今、彼は再び熱い接吻を交わしていた。相手はヒューナ・エリアス。彼の恋人であるリルムの姉である。

(駄目だ……この感じ……気持ち良い……)

口内に感じる妙な心地良さと、ヒューナから感じる色香が、レイを包む。舌が絡む度に、レイの顔は赤く染まっていく。それが数十秒程続き、両者は唇を離す。唾液が糸を引き、互いに息を荒げていた。

その時、ヒューナが笑顔でレイに手を差し伸べた。

「ベッド、来なよ。」

「え……えぇ……?」

彼はこの状況が現実か、夢かが全く分からなかった。混乱しているのである。そもそもこうした場面に立ち会う機会等、彼が生まれてから一度も無かった。彼女がレイに望んでいるのは、間違いなく性的なものであろう。

 レイは日本で、マサアキ・アルトと奇妙な行為を経験したことはあったが、それはただの触り合いといった行動であり、本格的な行為には至らなかったのである。

しかし今、彼は異性との性の初体験を迎えようとしていた。だが彼は動揺している。急にヒューナに誘われ、それに応じるべきなのか……少年であるレイには一切分からない事であった。

「早く……ホラ……」

悩むレイを余所に、ヒューナは自らの服を脱ぎ始めた。下着姿になり、まるでレイを誘惑せんとばかりに股を広げ、ベッドに来るように指を数回屈曲させた。

「で……でも……僕……」

「エッチに興味あるんでしょ?それともリルムがいるから出来ないとか?」

性行為。レイの場合、本来は恋人同士が行うものだと彼は認識しており、まさかその恋人の姉に誘惑されるとは思いもしなかった。彼自身はヒューナの誘惑に対して興味津津である。だがこれで良いのかと言う思いがレイの中に過った。

戸惑うレイに対し、ヒューナはスッと立ち上がり、口唇を覆われて呆然としているレイの元に寄り、彼の首元を撫でた。

「うぁぅっ……」

「相手が誰であれ、人間だったら一度は行う行為なんだよ?人間ってか動物全般か。それを躊躇う必要なんてない。貞操観念があるならそれを捨ててしまえばいい。決して悪い事じゃない、だからさ……ね?」

何故だろうか、彼にはこの時のヒューナが普段以上に美しく見えた。程良く膨れた胸をわざと揺らし、レイを誘惑する。胸だけではない、愛らしくもどこか大人びている表情、綺麗な首元、美しいボディライン、そしてすらりと伸びた綺麗な脚。その全てがレイにとって魅力的で刺激的だった。その上で、彼女の綺麗な顔が間近にあるものだから一層彼は意識をしてしまう。

「だ、ダメだよ……そんなの……ダメ……だって姉さんなんだよ……僕が昔から知ってる姉さんが相手なんて……」

「何も知らない人間よりは良いでしょ?それにさっきから言ってるじゃない、特別なコトじゃない、人間、生まれてきたら必ず一度はする事だってさ。」

レイは眼を何度も瞬きさせる。その際にヒューナは彼の身体を静かに、優しく触れ始めた。首筋を優しく触れ、そこから胸部へ這わせるように指を動かす。その際、彼はびくりと身体を震わせた。

「は……ぁ……」

「はぁ……可愛いな、レイ。昔から顔はホントに女の子みたいだから尚更……」

「い、言わないで……」

身体を触れてもレイは一切抵抗する様子は無い。ヒューナはそれに対して言った。

「身体触られても嫌がらないなんて……やっぱり興味あるんでしょ。そうだよね。気持ち良くなりたいもんね。ねえ、気持ち良くなりたいでしょ?」

「う……んぅ……」

ヒューナの言った事が正しいように感じていたレイは静かに、首を縦に下ろす。彼の行動を確認したヒューナはレイの首元に口付けをした。レイも彼女の行動に対し、両手を彼女の肩に回す。それは、レイが行為をする事を認めた瞬間だった。

 

 

 

両者は一つのベッドに横になり、互いの服の脱がせ合いを始めた。ヒューナは既に服を脱いでいて下着のみになっている為、彼女が一方的にレイのパジャマを脱がせていく。

やがて彼は上半身が裸のまま、下着姿になった。その状態のまま二人は更に熱い接吻を交わしていく。その状態のまま、ヒューナはレイの乳頭部や股間部に手をやり、優しく撫でる。それに反応するレイはぴくりと震えた。

「あ……ふぁぁっ……」

吐息が溢れる。妙な心地良さと、ヒューナの妖艶な息遣いがレイの身体に伝わって行く。

「ねえ、レイ……」

「え……?」

「こうしてさ、身体を触り合ったりするとさ……安心しない?悩み事とか忘れられそうにならないかな……?」

「……分からない……よ……こんな状態で……そんなこと言われても……考えられない……よ……ぁ……」

「それで良いよ……悩み事なんか忘れさせてあげる。お互いに忘れてさ、それで気持ち良くなれたらそれで良い……ごめんね、私なりの解決法……今日あんたをここに呼んだ本当の目的がこれ……ただの悩みの共有じゃない、エッチすることで忘れることが目的だから……」

レイの身体の各所に触れながらヒューナは喋り続ける。中でも股間部を重点的に撫でる事で彼の荒い息遣いを耳にし、それを聞いて彼女は行為を更に強めて行く。

「はぁぁ……ぁぁ……!ぁ……ん……」

快感とも言える感覚に対し、レイは僅かに声を上げた。甘い声を上げるレイの表情は苦しくも嬉しそうだった。

「私の身体、好きにして良いよ……だから、もっと触って……私も触るから……」

「姉……さん……あっ……ぁぁぁっ……」

やがてヒューナはレイの下着を脱がした。レイもヒューナの下着を脱がし、互いが全裸になる。

彼は酷く興奮している様子で、その様子を見ていたヒューナは笑みを浮かべた後、再び接吻を始めた。激しく、絡め合う舌が両者を更に興奮状態にさせていく。

やがてヒューナがリードする形で、両者は激しい行為を始めた。秘部の愛撫や身体の触れ合いや舐め合い。異性とのこうした経験の、その全てがレイにとって初めての経験。

「は……ぁ……!ふあああっ……!」

快感に飲まれるレイは少女の様な声を上げた。その声に対してヒューナが反応し、愛撫を強めていく。

「ん……ン……」

「んぁ……ふぅ……ンぁっ……!」

レイの象徴を咥えるヒューナ。一方のレイは指を咥え、ただ、びくびくと体を震わせ、声を上げる事しか出来ない。されるがままのレイ。その上でヒューナは彼の乳頭にも舌を這わせ、手で象徴を優しく触れ、彼を快感に導く。彼は迫る快楽に対し、敷かれているシーツを握りしめて身体の震えを抑える事しか出来ない。

「ふ……ぁぁぁッ……」

 

 

それから、二人は重なり合った。レイにとっては人生で初めての出来事、初体験。性器同士を結合させ、その際に全身に伝わる感触は相当な刺激であり、レイの象徴をはじめ、身体全体を包む。痙攣するかの如き身体の震えは今まで感じた事がない。

「ぁぅ……!ぁぁぁっ……凄い……よぉ……」

「そう……そのまま……良いよ……可愛い……」

レイは身体を震わせながら一心不乱に腰を振る。ヒューナは彼を導くようにレイの身体に抱き付いた。

初めて味わう異性の身体。その相手は自分が幼い時からよく知る、幼馴染の姉。その相手に誘われた時は複雑な心境だった。しかし飲まれていったレイはいつの間にかその姉と交わっていた。 

それは、今までレイが感じた事のない快楽。決して自慰行為では味わえない女の身体。本来ならば恋人同士で行う淫らな行為。自分にとってはまだまだ先の出来事だと思っていた事を今、している。ヒューナに誘われたからした……言い訳かもしれない。だが彼が〝行為〟をしているのは紛れもない事実であった。

 異性との初体験を迎える時、人はどのような心境を抱くのだろうか。性行為を行う事が出来たと、喜ぶのか。それとも、ただ、無我夢中で終えるのか。

 人によってはそれが恐怖となるかも知れない。好意を抱いていない者に抱かれた時に人は恐怖を感じる為だ。

 レイの場合はどうだろうか。躊躇いもあるかも知れないが、今はその快楽の波に抗えず、従うしか出来ないのであった。

「あ……ん……ふぅ……ふぁぁっ……」

「いいよ……もっと動かして……悩みなんて忘れれば良いんだからさぁ……」

ヒューナは耳元でレイに囁く。それが刺激となったのか、レイは更に腰振りを強めた。無我夢中で、ただ自分が気持良くなる為に、ひたすら。

その家にはヒューナとレイ以外誰もいない。誰も居ない為か、両者は恥じらう事なく、互いに嬌声を、本能のまま声を上げ続けた。初めて知った快楽の余り、レイは息を大きく荒げ、淫らな声を上げる。一方のヒューナは、レイの動きに対して声を上げた。 

その声もまた、レイを興奮させていく。彼は、ただ、無我夢中でヒューナの乳房を口に含んだり、舐めたりした。こうした行動も、本能がそうさせると言うのだろうか。まるで赤子のように、それらを求めて行く。

「あっ……あっ……」

「んふっ……イイ……」

レイとの行為の最中、彼女は一心不乱に腰を振るレイの臀部に手を回し、握るように掴んだ。それと同時に彼女の眼前にあったレイの耳を優しく噛む。そのせいか、レイは腰の動きを止めた。ヒューナは行為をしているレイに対して悪戯をしたのである。

「くあぁっ……あっ……ふっ……ぅン……」

「イイよ……声……可愛い……続けて……レイ……」

「ん……う……ん……」

ヒューナはレイの耳朶部を舐める。その状態のまま、レイは再び腰を振り始めた。全てが初めての出来事であるレイにとって、彼女の小さな悪戯は刺激的だったのだ。

(凄……い……気持ち良くて……何も……考え……られない……)

快感の余りに彼は目を細め、息を荒げながら腰を振り続けた。

やがてしばらく腰を振っていると、レイの身体が大きく震えた。秘部に対して感じる、快感。それはレイに淫らな声を上げさせる。

「姉……さん……あぅ……あっ……あっ……だ……ダメッ……イ……イきそ……んっ……イ……クッ……あっ……あっ……ふ……ふぁっ……!」

「んうッ……!」

レイは果てた。果てる際、彼は天井を仰ぎ、身体をびくびくと震わせた。

やがて己の欲望を放った後、彼は荒い息を上げてそのままベッドに顔を埋める。ヒューナはレイの首筋を撫で、静かに耳元で囁いた。

「……気持ち良かった?」

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

快楽の余り、レイは言葉を失っていた。初めての行為、初めての異性、そして、初めての行為によるオルガズム。今、レイは様々な初体験を同時に味わい終えたのだった。レイは呼吸を荒げ、落ち着くまで少しの時間が掛かった。その様子を見ていたヒューナは微笑し、優しくレイの頭を撫でる。

 

行為の後、二人はベッドの上で裸のままシーツを被り、横になっていた。レイは呆然と天井を眺める。先程の行為は本当の出来事だったのだろうか……?彼はそのような疑問を抱いた。

「何、ぼーっとしてるの?」

呆然としている時にヒューナが声を掛けて来た。その声に気付いたレイは彼女の方向を見る。

「フフッ、そんなに良かった?初めてのエッチ。」

「あ……うん……凄かった……」

「悩み、忘れられたでしょ?ヤッてる最中は。」

「え……?うん……だって……夢中だったから……」

「そう、それでいいんだよ。それで……」

 

チュッ

 

ヒューナは笑みを浮かべ、レイの額にそっと口付けをした。

「複雑な心境だ……やっぱり……」

「何を今更言ってんのさ。」

「だって……未だに信じられないよ。姉さんが……その……相手なんて……」

行為を終えた後、レイは困惑していた。自分の初体験の相手が幼馴染であり、恋人であるヒューナである事に。しかし彼はただ、先程の行為で得られた快感を噛み締めていた。出来るならもう一度先程の行為をしたい……という欲望が彼の中に現れていた。しかし自分から申し出るのも気が引ける。

それから少しの間、二人は何も喋らなかった。レイはヒューナと顔を合わさず、彼女と反対側を向いたまま考え事をしている。一方のヒューナはレイの後姿をそっと見ていた。気まずい事を言ってしまったと思うレイはヒューナと顔を合わせる事を苦痛に感じ、視線をヒューナで無く、反対側の彼女の部屋の壁にやっていた。

その時、ヒューナがコツンと自分のEフォンでレイの後頭部を小突いた。

「……え?」

慌ててレイは彼女の顔を見る。するとヒューナは笑顔で自分のEフォンの画面を見せた。

「フフ、じゃーん、これ誰だ?」

その画面に映っている物の姿を見た時、レイは顔を赤くしたと同時に眼を大きく開かせた。

「え……ええっ!?な……なんで……!?」

「さぁ、何ででしょう?」

そこに映っていたもの。それはレイの女装した姿であった。彼は今から約三ヶ月程前にシャルア・ジェインによって女装をさせられた事がある。その際にシャルアに写真を取られたのだが、まさかその写真がヒューナのEフォンに保存されている筈がない……そうレイは思っていた。

しかしそこに映っていた写真の彼の衣裳はその時に着ていた衣裳そのものであった。そして、何故ヒューナがシャルアが撮影したであろう写真をEフォンに保存しているのかが分からない。何故?どうして?レイの顔はみるみる内に赤く染まっていく。

「前にノルウェーのある村に旅行に行った時にさ、現地にいた一人の女の子と友達になったんだ。一つ下の女の子。けど私以上にしっかり者。名前は確か……シャルア!」

「シャルア……やっぱり……あの人だ……」

聞き覚えのある名前が幼馴染の姉の口から出て来た。それは彼も良く知るノルウェーのヒパック村に住むシャルア・ジェインに違いなかった。この時、レイはシャルアとの思い出が蘇る。しかしそれらは決して彼にとって良いものばかりと言う訳ではない。

「あんたも知り合いみたいね。当たり前か。だからこんな写真送って来るんだもんね。……ああ、成程、これで写真の謎が解けたわ。」

「謎……?」

顔を赤く染めたままレイはヒューナに聞く。

「なんでシャルアが住んでいる所にレイがいたのかって話よ。ずっと疑問に思ってた。でもあんたの話を聞いて納得。だって旅してたんでしょ。言ってたじゃん、あの河川敷の時。」

「う、うん……そうだけど……」

レイはヒューナに全てを打ち明けていた。故に、彼女はそれを知っている。レイが故郷を離れていた事も、全て。この事は、リルムにも内緒にしているのだ。人に言えない秘密を、彼は知人に少しずつ話していたのである。

「その途中であの子のいる場所に行ったって可能性があるね。」

「まあ……そう……かな……」

実際は彼がメイドの駆るデスゲイズによって墜落させられたところをジェルヴァチームによって助けられ、そこにいたのがシャルアであった為、旅をしている最中に寄った訳ではない。ともあれ、別にそこを修正する必要はないと判断したレイはヒューナの話を聞く。

「にしてもさ、あんた本当に違和感ないね。前も女装させたけど、女の子の格好がこんなに似合うなんてさ。」

「あ、あの時は本当に嫌だったんだからね!?」

「あの時はってことは、今では別に良かったって思ってるんだ?」

「ち、違う!!」

レイは顔を赤め、首を横に振る。彼に持って女装とは、自らのアイデンティティを否定されるような事なのだろうか。どうしても、それを否定する、レイ。

だがその時、恥じらうレイをヒューナは微笑し、その後でレイに急接近し、彼に抱き付いたのだ。

「あのさ、また、シたくない?」

「え!?そ、それは……」

 

チュッ

 

そう言った直後、ヒューナはレイと接吻を交わした。戸惑うレイを誘惑するヒューナ。一方のレイはただ、彼女のペースに乗せられるだけであった。最早、この場はヒューナによって主導権を握られているも同然だ。

 そのまま、ヒューナはレイの首筋に舌を這わす。官能的とも呼べる動きはレイを捉え、離さない。

「んぅっ……!やめてよ……ゾクゾクする……」

「ん?なんで?」

「だって……恥ずかしい……ふぁぁっ……!」

「フフ、そう言ってる割にはまた勃ってる……」

嫌がる素振りを見せるが、それとは裏腹、レイはどこか喜びのような矯声を上げている。それがまさに、少女のようだ。これもまた、矛盾というのだろうか。

 その上で彼の象徴は反応している。それが本能なのだろうか。本能に、人は抗えないのだろう。眠気を感じれば欠伸を出すように、空腹になれば胃が鳴るように、そして、性欲があれば象徴が反応するように。

「レイを、私が独り占めしてる……私だから、あんたを満たしてあげられるんだ……良いよ、もっと、声出して……!」

ヒューナはレイがぴくりと反応する部分を、優しく、且つ、艶やかに触れる。

「あッ……!あぁ……!」

ヒューナの柔そうで過激な行為はレイを更に興奮させ、淫らな声を上げさせる。二人しかいないこの空間で、レイという少年を一人、独占する。彼女の行為は止まらない。誰にも、止められないのだ。

「ねえ、シようよ。もっと、シたい……」

 

 

その後、両者共に激しい行為を続けた。レイは無我夢中で息を荒げた。ヒューナは僅かに声を洩らしながらレイをリードする。二人しかいない空間で、互いには求め合った。 

悩める両者が至った結果……それが性行為。本来ならば生殖行為である筈のそれは、今の両者にとってはただ、慰める為に快感を得る行為でしかなかった。

 多くの体位変換をし、レイはあらゆる姿勢でヒューナを犯した。自らの欲を放たんと、彼女の身体にしがみ付き、彼女を求めた。騎乗位、後背位等、あらゆる姿勢で性行為を行い、己が快楽の為にただ、波打つかの如く、本能のままに、互いに腰を振り続けたのである。

「あぅ……くぁぁっ……」

「イイ……よ……レイ……凄く……可愛くて……逞しい……」

「イ……クぅ……ふぁっ……!」

その度に、何度も果てる。脈打つ象徴はヒューナの体内に欲望の塊を放って行くのだ。レイのオルガズムをヒューナの身体が優しく受け入れ、その度に彼を優しく包んでいく。

 

 

 

更に時間が経過した。現在、時刻は午前の四時。彼等はその時間まで行為を続けていたのだ。立て続けに行為を行った為か、両者ともに疲れが見え始めていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「もうやめとく?流石に疲れたでしょ……?」

「うん……」

この時、二人は手を繋いだ。互いに一人でいたくないという願望がこのような行動を起こしたのかは定かではない。

「なんかさ、慰められた。」

「……そうなの……?」

「お互いにすっきりしたんじゃない?」

ヒューナは両手を組み、その上に自身の頭を乗せながら言った。

「……僕、決めた。」

「何を?」

レイは眼を瞬かせ、口を開く。

「自分の事、母さん達に言う。信じてもらえないとか関係ない。事実を知ってもらわないと何もかもが分からないと思うから。」

レイは決意をした。自分自身の力のことを全て打ち明けるつもりでいた。

しかし余りに現実離れしている事を言っても信じてもらえるのかが不安である。増してや家族との関係は今、最悪だ。変人扱いされてもおかしくはないのである。

「……良いんじゃない?だってさ、何事も言わなきゃ何も伝わらない。どんな事であれ、伝えるべき。現実離れしてるかも知れないけど、あんたの所なら聞いてくれると思うし。事実なら知ってもらうべきだよ。別に知られたからって死ぬ訳じゃないでしょ。」

「そうだけど……」

「だったら伝えればいいんだよ。それで家族との溝が埋まるならそれでいい。あんたは優しい子なんだから、家族に言えばきっと信じてもらえるよ。私と違うんだから。」

ヒューナの言葉にレイは少し俯く。

「あんたは自分の事を考えればいいんだよ。さ、もう寝ようか。明日……家に帰り辛いかも知れないけど、事実を言わなきゃ何も始まらないしね!」

「うん……」

レイは眼を瞑り、静かに眠り始めた。彼が目を瞑ったのを確認した後、ヒューナも静かに目を瞑る。しかしこの時、ヒューナは静かに涙を浮かべていたのだ。その様子は目を瞑り、眠ろうとしているレイに分かる筈がなく……

「もうおしまいだな……何もかも……」

彼女は静かに、そう呟いた。

 




第八十七話、投了。


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第八十八話 ジャンヌ救出作戦

FPBはジャンヌを救出する為にクレーディトメカニクス社に向かっていた。
そこで待ち構える敵を倒していき、彼女を救う為に行動して行く――


 とある、薄暗い部屋にて。そこには若く、美しい容姿の女性がベッドの上で静かに眠っていた。やがて女性が目を覚ますと、彼女は部屋の様子を見回し、様子を伺った。

一見すれば小奇麗な印象を持つその部屋。どうやら彼女は、柔らかいベッドに眠らされていたようだ。部屋を見渡すと、中央には大型の液晶のモニターが備わっている。それ以外は清潔感のある、その部屋。

「う……ん……あ……ここ……は……?」

彼女が目を覚ました時、突如照明が部屋を照らした。そこは清潔な部屋で、彼女の眠っていたベッドも綺麗に整えられていた。

しかし彼女は突然の眩しい照明に対し、自身の腕で目元を覆った。その状態が数秒程続いた時、彼女の耳に一人の男の声が聞こえてきた。

「お目覚めですか?ジャンヌ・アステル嬢。」

その部屋で眠っていたのはグァンによって攫われたジャンヌだった。やがて部屋の照明に慣れてきて、腕を目元から外す。

 そこに映った存在。その存在に、ジャンヌは驚愕した様子で言った。

「貴方は……?」

見知らぬ男の存在に対し、ジャンヌは疑問を抱く。その直後に男は台詞を口にした。

 その男は、自動式の車椅子に乗っている。左フットレストの僅かな隙間に妙な突起がある、特徴的な形状をしている車椅子。そこで座位姿勢を取っている男がそこには居た。年齢は推定、四十代だろうか。浅黒い肌が目立つ、その男。見覚えのない存在に対し、ジャンヌは警戒心を捨てる事なく、じっと男を見ている。

「貴方は、足が不自由なのですか?」

事情を知らないジャンヌは男について聞いた。すると――

「全ては戦争のせいです。戦争があったから、私はこんな有様なのです。下腹部から下肢は完全脱失状態。けれど、それは扱う人間の仕業でもあると思っています。」

一体何を言っているのかが理解出来ない。この男は一体何者なのか。

「貴方は何者なのですか。」

ジャンヌは聞いた。目の前のこの男は何者かを。明らかに何かがあると、本能的に察したのだ。

「私は本来なら姿を見せる事はしません。ただ、アステル家……いえ、アステル・システムズの令嬢である貴方は特別です。我々にとって必要な人間ですからね。」

車椅子に座り、静かに語るこの男は一体何者なのか。一つ言えるのは、恐らく何らかの強大な影響力を持つ人間である可能性は高いという事だ。

 アステル・システムズ。アステル家の中にある軍事企業。それがアステル家の正式名称。だが“アステル家”という正式名称が有名になり過ぎたが故に、通称で呼ばれる事が多くなって行ったのである。この正式名称を言う者は、殆ど存在していないのが現状だ。

「私の名は、エレグ。エレグ・スウィードです。」

エレグ・スウィード。それは反社会組織、氷河族を操るボスと呼ばれる人間だ。表舞台に決して出ず、組織内の人間達にも顔を見せていないこの男が、今、ジャンヌの前に現れている。

 自身の事は勿論、情報の徹底を行なってきた筈のこの男は、何故ジャンヌの前に姿を見せたというのだろうか。

「エレグ・スウィード……?」

聞き覚えのない、その名前に戸惑うジャンヌ。

「直接こうして対面したので、貴方には隠す必要はありませんが、私は“ある”組織の元締とも呼べる人間です。この姿は“本当”に私に対して信用や、忠誠を誓っている人間にしか見せないのですよ。」

丁寧な印象を持つ一方、どこか影を見せているようにも見えるこの男。言葉の一つ一つが、不吉な印象を持つ。

「エレグ……貴方は何者なのですか。」

自身の置かれた状況を整理する為に、まずジャンヌは男の事を聞き出そうとした。

「言いませんでしたか?“ある”組織の元締だと。」

「組織……?」

「そう、貴方も一度は世話になっている筈の存在です。」

組織と言われ、思い当たる存在を思い返すジャンヌ。彼女が世話になった組織。それは恐らく、悪い意味を表すだろう。

 それには思い当たる節があった。恐らく、それは――

「氷河族……ですか?」

それは、以前にエファンがセントマリア号襲撃に使った存在達だ。上流家庭の人間達に恨みを持つ者達が集まり、あの凄惨な事件を引き起こした反社会組織である。エファンと結託し、罪なき人間達が巻き込まれ、大勢が死んでいったあの事件で動いていた人間達の黒幕と呼べる男。それが、エレグ・スウィードだ。

「その通りです。」

男は悪びれる様子を見せず、言った。

 男からは、特別な力を感じない。だが、どこか得体の知れない、黒いものをジャンヌは感じていた。底知れぬ闇という言葉が相応しいと呼ぶべきか。丁寧な印象の裏に、男が抱える闇とは一体、何か。

「では、貴方が私をここに連れて来たという訳ですか。」

小奇麗な印象を持つ部屋。だがそこは何処なのかは分からない。周囲を見渡し、ジャンヌは疑問を抱くだけ。この部屋は一体何処?

「何を言っていますか?私はこの身体です。ただ、命令を下しただけですよ。実行者に対してね。」

その実行犯というのは、グァン・ホーキーズの事だ。男がジャンヌに飴を口に含ませ、眠らせたのである。

「貴方はアステル家の令嬢だから、丁重なおもてなしをする必要があると思ってこの綺麗な部屋に貴方を寝かせておいたのです。特別待遇と言うやつです。でなければ私の顔を見た時点で貴方は消していますよ。」

「消す……?貴方は氷河族と言う組織の元締ですわね。それはどう言う意味ですか。」

ジャンヌの疑問に、エレグは答えた。

「組織の都合というやつです。氷河族は戦後に存在が大きくなり過ぎた。その構成員の数は推定十万人以上を上回る。私ですら把握出来ていない構成員も居る程に大規模になり過ぎた。」

この時、エレグは悲観しているようで、自らの力を誇示している様子だった。氷河族と呼ばれる組織の強大さを、見せつけんと、ジャンヌに話したのである。

「これ程巨大な組織となれば、ボスである私の座を奪おうとする人間もいつかは現れ、その資産を狙う者も出現するのも必然。故に、本当に“信用”に足る者を身近に置き、それ以外は全て顔を見せなかった。その上でこの不自由な身体です。悪質な人間がこれを見ればすぐに殺せると判断するでしょうね。」

男が語る、“信用”とは、彼にとっては顔を見せる事が出来る相手の事を指すようだ。

「私は御覧の通り、車椅子が無ければ生活が出来ない。就寝時はベッドへ移乗するのにもこの両手を始めとした、上半身の機能全てを駆使しなければならない。下半身の重さを代償する事は、私にとっては必要不可欠なのです。そして、一人で生活が出来ない事も知っている。故に、付き人の存在も必要です。人工知能の発達が止まった世界では人の存在は、必要不可欠……」

と言った時、エレグは車椅子の左側にある、ボタンを押した。

 

ガチャッ

 

すると、すぐに、一人の人間が部屋に現れた。その人間の性別は女だ。何故か、メイド服を着ている女。エレグの趣味なのかは不明だが、この奇麗な部屋に似合っているような、清楚な印象を持つ、女性だった。

「ボス。要件は。」

「客人に対して茶を用意してくれ。」

「了解。」

と言って、その女性は去って行った。

「……彼女は一体……?」

この光景を見たジャンヌが、ふと、疑問を抱いた。

「私が信用する人間ですよ。だから顔を見せられる。基本的には自分一人の力で生活はしていますが、やはり出来る事には限界がある。食事も機械よりは人の手で作らせた方が良いのですよ。」

恐らく、女性は使用人と呼べる人間だろう。それが出来るのも、エレグと言う人間の力の影響力が大きいのかも知れない。

「彼女にはここに住み込みで働いて貰っています。基本的に勤務は交代制。七人がここに住んでいる。皆女性だ。そして、皆にそれ相応の金額を渡している。無論、口外する事があれば刺客に殺させるが彼女達は絶対服従。私には逆らいません。」

その資金力は人を操っているのだろうか。圧倒的な金の力で自らの不自由な身体に対し、何らかのケアをして貰っている、エレグ。

「この身体故に不自由も多いのが現状ですよ。下腹部から両足の感覚も、全く感じない。そして、私は専属の医者に定期的に診て貰っている。その人間もまた、私が信用する人間だ。」

男にとって、“信用”と言う言葉は重要に思われた。何故ならば、先程からその言葉ばかりを口から発している為である。

「現代の医学では半身不随になった人間であれ、Cメタル製の機械の挿入を脊髄に挿入し、神経パルスの電導を促通するか、両下肢そのものの再生技術を行えば貴方程の資金力があれば治せるのではないですか?旧世紀ではコストの問題などもあり、そのような人間は居たとされておりますが、この時代に半身不随の人間の存在は、殆ど聞いた事がありませんわ。」

この時代は、医学の発達により、人は例えエレグのような脊髄損傷の完全損傷等が生じたとしてもそれを再生させる技術を得ていた。それも、コストも大きく掛かる事なく解決していったとされている。再生術さえ受ければこの男の半身不随は治せるのではないかと、ジャンヌは言ったのだ。

「私なりの拘りですよ。」

「拘り……?」

男はすうと、吸気を行った。後、そっと呼気を行う。

「私はね、人間という“形”に拘っているのです。人の形は非常に合理的に作られている。大脳からの伝達で人は動き、あらゆる行動を行う。そして、身体の一部が欠損しても、何らかの代償手段を用いて生活が可能となる。何らかの形であれ、“人”という形は残るのです。例え、生活が不便になろうとも。外部からの干渉は受けない。ありのままを受け入れているのですよ。」

人間の形?そこに拘る必要性とは、一体何か。

「私はね、例えば外科的手段を用いて人の形状が壊れる事は、私は好まない。いくら、外見が人の形をしているとはいえ……だ。ならば車椅子上の生活でも喜んで受け入れよう。その代わりにこの頭脳を用いて組織を操れば良いと、考えたのです。これが、私がこの生活に拘る理由ですよ。」

つまり、男は敢えてこの生活を選んでいるというのだ。人間は希望があれば、歩く事が出来なくなった場合、何らかの手段を用いてでも移動する方法を考えるだろう。だが男はそれを捨て、“形”に拘ったのだ。人と言う存在の形。これが、男のある種の信念や拘りなのだろう。

「自ら甘んじて、ハンディキャップを背負うという事なのですか……?その足が歩く事が可能になる技術が既にあるというのに……?」

ジャンヌはこの男に、どのような感情を抱けば良いか、分からないでいた。理解が出来ないと、考えたのである。

「ハンディキャップという解釈もあれば、人の形を残しているという解釈も出来る。私はそのままの生活を望んでいるに過ぎないのです。」

そう言った際、先程の女性が部屋に入って来た。そして、二人分の茶を用意し、会釈をした後に去って行った。

「さて、私の話はこのぐらいにしましょう。この場に貴方をお連れしたのには、勿論理由があります。」

この時、エレグは不気味な笑みを浮かべ、ジャンヌを見る。彼女はエレグの喋り方に違和感を覚えていた。

「ジャンヌ・アステル。我々と協力し、現在の国連に対するその、戦力を提供して頂きたい。」

「戦力を提供……?」

エレグの言葉に彼女は耳を疑う。ジャンヌはこの男の言っている事が理解出来なかったのだ。戦力?一体この男は何を言っているのか?

「何を仰っているのですか、貴方は……?」

「言葉通りです。かつてのデウス動乱でデウス帝国に戦力を提供していたアステル家の技術力は軍事兵器としての評価も高い。そして、先の新生連邦軍への攻撃にも国連側として加勢し、そこからFPBという組織に分裂しても尚、その組織の戦力提供を行っているアステル家。素晴らしい存在だ。それを放置など、私には出来ない。それこそ、まさに信用するべき存在。絶対的な力の一部と言えます。」

アステル家の力を利用するという男の意図が読めない。氷河族のボスと呼ばれるこの男の狙いが、分からない。

「アステル家は、今はFPBと協力関係にありますわ。貴方の目的は分かりませんが、FPB以外に協力する気はありません。」

ジャンヌは断言する。アステル家の技術は得体の知れない組織の為に使われるものではない――と。

「そもそも、貴方は今の世界情勢をご存知ですか?新生連邦が国連によって敗北した今、新生連邦による地球圏の支配は無くなり、今は国連が支配をしている状態です。しかし今の国連のやり方は偽りの平和そのものです。その為、私達は立ち上がりました。FPBとして。」

今度はジャンヌがエレグに、まるで説教をするように口を開いた。アステル家の存在を安売り等、する筈がない。だが――

「その、今までの功績があるが故に、我々としてはアステル家の技術力は欲しいのです。“信用”出来る存在だから。」

何をもってアステル家に対して信用と言う言葉を語るのか。男の見えない野望は何なのか。

「賢明な貴方にだからこそ語りますが、元々氷河族は信用無しでは成り立たない組織でしてね。それ故に、会社の名前も“クレーディト”と名付けたのです。クレーディト・メカニクス社。それがこの地にある会社の名前……そして、氷河族の本拠地。」

「!」

この場が何処かが分かった瞬間だった。この場所こそ、氷河族の本拠地と呼べる場所であり、クレーディト・メカニクス社の本拠地だったのだ。

 

ガチャッ

 

その時、一人の男が銃を持って侵入してきた。黒いハットを被った、長髪の銀髪が特徴的な男、グァン・ホーキーズである。エレグの丁寧な印象とは違い、好戦的な男が、ジャンヌの前に現れたのである。

「やっぱりジャンヌ・アステルは綺麗だねぇ。凛々しさと美しさを兼ね備えている上にそのプロポーション!おまけに世界が注目する歌姫であって、テニスプレイヤー。更には新しいFPBなんて軍隊のお手伝いまでしちゃうんだからさー大変!おぞましいんだよな、あんたは!まるで黒い!容姿端麗だが心の奥では腹黒さを抱えている麗しい令嬢ォ!」

グァンは白い歯を見せ、銃を持ち、ジャンヌに近付いた。得体の知れない男の存在に、ジャンヌは本能的に危機感を抱いている様子だった。

「この男が貴方を連れ去った人間ですよ。ジャンヌ・アステル。よく出来た部下でね、躊躇という言葉を知らない。これ程命令を忠実に聞く、優秀な人間は世界中を見てもそうはいない。私が最も信用する人間の一人だ。」

グァンがこの場に居るという事は、エレグが信用に値するという事だ。よりによって、この危険な男が、エレグが信用するという人間。命令とあれば、平気で同じ組織の人間であれ、残酷に殺害する男。それも、惨殺を行うのだ。

「ボスにはデウス動乱の時に助けて頂いた恩がありましてね。ボスの命令ならば喜んで聞きますよォ。そゆ訳で、アステルのお嬢様ァ!ボスの言う事を素直に聞かないとその綺麗な顔がズタボロになる可能性があるからな!」

舌を舐め回すグァン。対照的に、ジャンヌの汗は頬を伝っている。先程の状況と一転、緊迫した状況に包まれた。

「……エレグ・スウィード。これは脅迫のつもりですか。」

グァンの脅しにも屈する事無く、ジャンヌはエレグを睨み、口を開く。

「脅迫ではありませんよ。一種のパフォーマンスです。私……いや、俺の趣味だよ。この男の言うように、素直になった方が良い。氷河族に逆らう事はお勧めしないな。ジャンヌ・アステル。」

エレグの口調は先程までの口調とは一転し、まるで人を見下しているかのような口調に変貌した。自称も〝私〟ではなく、〝俺〟に変わっている。

 

ジャキンッ

 

その時、ジャンヌの首元に銃口が突き付けられた。グァンが突き付けたのである。行動が予測出来ない男は、彼女の人質に取り、冷静な判断が出来ない状況で話を進めようとする。

「下手な事を言えば銃弾が首を貫く。当然、簡単に殺すような真似はしないがアステル家として、取るべき行動はあると思うのだがね。」

何故エレグはアステル家を取り込もうとしているのかが分からない。それ故に、ジャンヌはグァンに脅されている状況であれ、否定をするのだ。

「例え貴方が私に対して暴力や拷問行為をしたとしても、私は貴方方の要求に応じるつもりはありません。私達は、一刻も早く平和の為に立ち上がる必要があるのです。ここを出して下さい。私には行かなければならない場所があります。」

グァンに銃を突きつけられてもジャンヌは強気の姿勢を見せる。今、自分はここにいるべき人間ではない――それを訴えたのだ。

だがエレグはそれを許さない。彼女の言葉を聞いた後でエレグは言う。

「平和の為……か。デウス動乱時にデウス帝国に対して戦力を提供し、戦火を拡大させていたアステル家……いや、アステル・システムズの小娘が何を今更偉そうに。それによっていくつの命が失われただろうな。かつてのデウス動乱で戦果を拡大させた分際で、何を偉そうに語るか。」

「それは……」

エレグの言葉はジャンヌを弱気にさせた。アステル家は軍事兵器を提供している一族。それによって戦禍を広げる事に一役買ったのは、紛れもない事実だ。故にアステル家の存在を恨む人間がいるのも、事実。

 

――――――――――――――アステル家は呪われた一族よ―――――――――――――

 

――――――――――――ジャンヌ・アステル、お前のせいだ――――――――――――

 

セントマリア号上での彼女に浴びせられた言葉が、思い出されてしまう。心無い言葉はジャンヌを包み、ジャンヌ自身を苦悩に追い遣っていく。

「平和、平和と言いながらその存在が矛盾している、アステル家の存在。それによって先の戦争では多くの人間が犠牲になった。恨まれるのも至極当然。アステル家の当主であるジンク・アステル。そして平和を勝ち取りたいなどと寝言を言って、己の立場を理解していないその娘のジャンヌ・アステル。表向きでは世界的な歌手であるお前は確かに才色兼備だが、その裏ではお前達が作り出した兵器によって血塗られているという訳だ。」

全て正論であり、彼女は反論する事が出来なかった。銃口を突き付けられた状態で、ジャンヌは寝かされていたベッドの上で俯き、握り拳を作った。

「アステル家にはお前達が製造した兵器によって死んで行った者達の怨念が漂っている。まあ、それは過去の出来事だ。今さら悔いを改める事は出来ない。だからこそ、その力を使って俺は氷河族と共に地球圏を支配しようと言っているんだよ。呪われた一族なら、呪われたままで良い。そのような過去を持っていながら、いつまでも奇麗事を述べられると思うなよ、ジャンヌ・アステル。」

エレグは世界の事情を知る男であり、アステル家の内部事情も知っている。情報流出を許さないアステル家だが、この男の前ではそれは無意味だ。多くの情報を、持ち合わせているのである。

「……それでも……私達は貴方方に戦力を提供する事は致しません!今はFPBとして、国連や新生連邦、そしてデウス帝国の残党軍と戦う必要があるのです!」

あくまでも自分達はFPBとして、戦うと言い張るジャンヌ。だが今の彼女の表情は、明らかに弱気だ。それを見て、エレグは微笑した。

「呪われた一族が何を言おうが説得力の欠片が無い。ならばFPBとやらに力を提供せず、我々氷河族に提供した方が良い。新生連邦や国連やデウス帝国は勝手に宇宙で戦わせておけばいい。我々は宇宙へ進出した新生連邦と国連の戦力の少なさを狙って行動を起こそうとしている。アステル家という、貴重な戦力を利用してな。それで奴らが三つ巴となってそれぞれの戦力を潰している間、我ら氷河族が地球圏を支配するに相応しい存在となる。俺はこの時をずっと待っていたのだ。だからこそ、協力して欲しいと思っている。」

この時を待っていたと言うエレグだが、男の目的が今一つはっきりとしない。この男の目的は、一体?

「でもジャンヌお嬢様はぜぇんぜぇんボスの言う事を聞こうとしない!でも、ちゃんと策は用意してるんだよ、ボスは!」

「グァン、“あれ”を見せろ。」

「了解です、ボス。」

その時、エレグはグァンに、命令を下した。

 

カチッ

 

すると、突如部屋の中央にあったモニターに、ある、画面が映し出されたのだ。

「え……?」

そこに映っていたのは、彼女の父親であるジンク・アステルだった。何故彼女の父親がそのスクリーンに映っているのかは定かではない。

「お父様が……どうして……」

ジャンヌの父、ジンク。彼がモニターに、何故映っているというのか。一体、これは何を示しているのか。

「お前を人質に取る方法は大きいが、それ以上に父親を脅すのもありだと考えた。アステル家の戦力はFPBとやらに集中している今、アステル家の警備は手薄であると判断した。案の定、そうだったな。」

「ちなみに、撮影してるのは俺の可愛い部下なんだぜ、お嬢様ァ!!」

「そして、“いつでも”ジンク・アステルを暗殺する事が出来るという事だ。」

「いつの間にそのような事が……まさか……?」

何故、ジンクが人質に取られている状況なのか。

 それは、シュネルギアがアステル家に向かっている最中にグァンの手下とグァンが襲撃してきた時の事だ。その時にジャンヌは連れ去られたのだが、その混乱に乗じ、彼の手下がシュネルギア内に残っていた。そして、混乱に乗じてアステル家に侵入したという事なのである。

つまり、彼等は彼女と、彼女の父親であるジンクも人質にとったと言いたいのだ。アステル家の中核を成す彼らを脅迫し、自分達の都合の良いように利用する彼らのやり方。結局は彼女自身に、エレグの要求に応じさせる為に首を縦に振る様に仕向けた出来事だったのだ。

「こんな……事……」

ジャンヌは絶望した。自らの父親が人質に取られているとは、思いもしなかった為である。

「ジャンヌ・アステル。お前に残された選択肢は一つしかない。FPB等という、余計に世界を混乱させる勢力に戦力を提供するぐらいならば混乱に乗じて地球圏を統一する方が良いだろう。俺はずっと、この機会を待っていたのだからな。」

「この機会……?貴方の目的は……一体……?」

語られていく、エレグの目的。それは、氷河族と言う反社会勢力の目的でもある。それは一体、何か――

「地球圏の支配だ。それも表向きでない、影から支配する。その為に今まで組織を動かしてきたのだから。」

今、男の野望が語られた。氷河族の真の目的。それは、地球圏の支配をするという大いなる野望だったのである。

「あの忌むべきデウス動乱が終結した。だが俺はこの身体になった。そこから俺は表舞台から姿を消し、元々のクレーディト社を更に大きくするべく、会社とは別に、氷河族を設立した。力を得る為には金銭が絶対必要だ。その為に多くの人間を利用し、組織を拡大させた。」

語られていく、氷河族の経緯。それは全て、マターリャが言っていた事と同じだった。

「戦後の混乱は組織を拡大させるのに好都合だった。俺に忠誠を誓う者を中心に組織を作っていった。忠誠を誓う者には相応の権力や安寧を与えた。一方でメンバーの中で連帯責任と言う取り決めを作った。そうする事で歯向かう者を減らしたからな。」

語られる組織の全貌。ジャンヌに対してこれらを語るのは、アステル家を氷河族に協力させるが為なのか。

「やがてある事件が起きる。アルメジャン紛争だ。ある、一部のメンバーが日本のフォン・ヤマグチの暗殺をし、それに乗じて各地のテロ組織、武装勢力に兵器を売っていった。」

「あの、片鋏のMS……」

兵器事情に詳しいジャンヌはすぐに反応した。MS、ファドゥーム。クレーディト社で開発されたMSだ。この機体を売る為、世界各地に兵器を製造したのである。

「ところで、同じく兵器製造に携わっているお前に問いたいのだが、MSの存在が何故人間の形状に拘って作られたのか……それに対する答えが未だに理解されていないのだよ。不思議だと思わないか?」

突然の話題にジャンヌは戸惑った。MSの形状の話?この場に於いて何故そのような発言が出るのだろうか。

「分かりませんわ。MS自体がそもそも、百五十年以上前に作られたファースト・ガンダムを祖として存在しているのです。何故MSの形が人でなければならないのかなど、分かりません。」

実際、この世界観でのMSの歴史の中で何故人間の形をしているという理由は、どの文献にも記載されていない。人の形に拘るエレグ。この疑問に答えられないジャンヌに対し、どこか、呆れている表情を浮かべていた。

「俺はね、人間という存在がプリミティブな感情のままに戦争を行う存在を体現した姿がMSであると考えているよ。だがそれ以外にも人間の筋骨格に酷似したヒューマニアフレームやその機能は全てが人間と同等に見えるような存在に思えた。MSに拘るのは、俺自身がこの身体である中で、人間の分身と言わんばかりのMSの存在に力を入れたいと言う希望もあるのかも知れないな。」

組織のボスとしてのMSに対する想いをジャンヌに語っていく、エレグ。

「そして、その人間は神の分身という話も神話ではよく聞く話だ。つまり、MSと言うのは原点としては、神そのものを模して作り出された存在と言っても過言ではないのかも知れないな。最も、俺達氷河族や、お達達アステル家も兵器として利益を上げる事しか考えていないがな。それぞれの、目的は別として。」

兵器を提供する者同士の話し合い。一方は強大な組織のボス。もう片方は製造している一貴族の令嬢。互いの価値観はそれぞれ異なる。

 先の話の中に、エレグの人間に対する、ある種の拘りが見えたようにも見えた。だが今はそれを考察している状況では、ない。

「話を戻そうか。やがて世界は冷戦状態になった。その間に各地で起きたテロや内乱は俺達にとって好都合と言えた。そして新生連邦は宣戦布告をし、やがては平和国連盟も最高議長が変わり、世界は戦争状態に突入した。軍事兵器を送り出す事は、更なる利益の加速に繋がる。その上での人間の欲に直結するもの……人身、麻薬、表向きには犯罪と呼ばれる行為。だがこれらは戦争の混乱で有耶無耶にされた。俺にとって、余りに好都合な世界が、作り出されていったという訳だ。」

この混乱は氷河族に莫大な利益を齎すのに十分だった。戦争行為により、利益を得て、最終的に地球圏を支配するのが、この男の目的だったのである。

「全ては人間が居るが故に成り立つという事。人でなければ人を統一できないのと同じ。だから俺は人に拘った。その結果が氷河族をここまで強大にした。絶対的な信用があるが故に、組織は大きくなれた。そして、次のステップに入った。」

「それが、アステル家を協力させるという事なのですね……。」

ジャンヌは唾を飲み、エレグを見た。

「まず、この国の支配者となり、その勢力を少しずつ拡大させていく。その為の一歩として、アステル家には貢献してもらう予定だ。邪魔な新生連邦、平和国連盟が混乱状況に陥っている今こそが、理想の状況なのだから。」

裏社会の全てを知る男、エレグ・スウィードにとって新生連邦や国連の存在は邪魔者でしかなかったのだ。表向きではクレーディト・メカニクス社を立ち上げ、その裏では氷河族を組織し、一部の組織を表面的に活動させて混乱を起こし続けていた。

そして新生連邦と国連が全面戦争をし、新生連邦が敗れた今は彼にとって絶好の機会であり、そこから更なる戦力を増強するにはアステル家の戦力が必要であると判断し、彼はこのように強引な手段に踏み切ったのである。

弱気になるジャンヌに対し、エレグは堂々とした振る舞いを見せる。まるでそれは、自身が身体の不自由な人間のように見えないのだ。

「貴方の中の何が……地球圏を支配するという野望にまで至らせるのですか。」

不利な状況の中で、ジャンヌは僅かばかり、聞いた。

「残念だがお前が俺達に協力すると誓約するまでは語る事は出来ないな。」

「そのような条件ならば、貴方の野望の本質について知りたいとは思いません。」

ジャンヌがそう言った時、グァンは銃を彼女の首元に更に近づけた。

「あんまり強がったら引き金引いてしまうかもな?なぁ、頼むよ~。ジャンヌ・アステルなんて美人を血まみれグロテスクにするのはちょっと気が引けるんだよ~。」

「……」

気味の悪い言葉を並べるグァンの言葉を聞き、ジャンヌは黙る。

「こいつは俺が許可をしない限り、お前に銃を撃つ事はない。だが許可をすれば即座にお前を撃つだろう。純粋無垢であり、絶対的な男だからな、こいつは。」

エファンがそう言った時、グァンが笑いながら言った。

「ハッハッハ!ジャンヌ嬢を殺す時は一撃で殺さないと!なんたってアドバンスドタイプですからねぇ!ボス!」

「あ……貴方はアドバンスドタイプをご存じなのですか……?」

グァンはアドバンスドタイプの存在を知っていた。世間一般では知られておらず、知る人ぞ知る存在と認識されているアドバンスドタイプを、何故この男が知っているのかに、ジャンヌは疑問を抱く。

「グァンは俺が教えたから知っているな。そして俺はよく知っている。俺はアドバンスドタイプをはじめ、どんな事情の人間も分かる。ジャンヌ・アステルがアドバンスドタイプの能力を持っている事もな。」

「裏社会の黒幕だから全てを知る……?貴方の話が分かりませんわ……」

アドバンスドタイプの事を知っているという両者。その事に彼女は驚いていた。

「アドバンスドタイプは死にそうになれば輝いて戦意を喪失させて気を失わせるっていうトンデモ人間らしいからな、あんたをさらう時は飴ちゃんが大いに役立ったってワケ。」

「飴……?」

グァンは全てを知った上で行動に及んだのだ。彼女の力はエレグから聞かされていたものであり、彼は自身のリスクを管理する為に特殊な飴を舐めさせて彼女を昏睡状態に至らせたのである。

「だから強気な態度を見せても無駄だ。我々はアドバンスドタイプを知っている。その弱点も全て。ジャンヌ・アステル。さあ、早く協力を。新たな世界の一ページを 我々と共に開いていこう。」

そう言ってエレグは手を差し出す。ジャンヌは首を振るが、それをするとグァンがニヤニヤと笑いながら銃で彼女の首を突き付ける。

「まあ、あんたを殺さなくたってあの厳ついあんたの親父を殺せば良いだけだしな!さあ、あんたの命を掛けるか親父の命を掛けるか!」

彼女が死ぬか、ジンクが死ぬかの二者一択のこの状況。しかしジャンヌにとって、これは選択肢など無い状況だったのだ。結局はエレグに戦力を提供し、彼の不明な野望の為に尽力をしろという要求を飲まなければならない。今はこのような時ではない時に訪れた最悪の状況。ジャンヌは首を縦にも横にも振らず、ただ俯くだけ。

(ダメ……ですわ……この状況は……ですが今は私もお父様も失う訳には行きません……今はただ、耐えるだけ……私は……絶対に首を縦に振るような事はあってはならないのですから……)

エレグと組む事を強いられている状況で、彼女はただ、黙って男からの威圧に耐えるしか出来なかった。どうにかしてこの絶望的な状況を抜ける必要があったが、今の彼女にその術は考え付かなかった。

自身がアドバンスドタイプである事、そしてそれの対処法を熟知されているこの男達を相手に、彼女はどうすれば良いか困惑を続けるばかりであった。

 

 

 

雪上にて。そこでは激戦が繰り広げられていた。ジャンヌを救出する為にグァンを追ってきたFPBと、氷河族の量産機体であるファドゥームによる戦い。しかし、戦力差は圧倒的だった。

 氷河族の機体はファドゥームのみ。しかしFPBはブライティスや改修されたハルッグ等といった優秀なMSが揃っており、その上パイロットの腕も精鋭揃いのFPBに、氷河族は成す術もなく、ただ、倒されていく。特にアレンの駆るブライティスは無頼の強さを誇っていた。

「行けっ……!」

 

ピシュンッ

 

アレンがそう言った時、ブライティスの背部に格納されているブリッツファンネル八基が全て展開され、雪上のファドゥーム八機を全て一撃で葬り去った。その間にアルバトスはジャンヌのいるとされる場所まで移動していく。

アルバトスブリッジ内にて。そこで、エリィはウィリアが指示した位置にアルバトスを動かすようにスラッグに指示した。

「見えてきたわね。……あれが、ジャンヌ・アステルがいるとされている場所……」

低空飛行で移動していたアルバトスは巨大な建造物を発見した。そこにあったのは,

全長3キロメートルはあろうかという巨大な円の形をしたシェルターの入り口のようなものがあった。

その周辺には工場が多数並んでおり、その周辺にはファドゥームが大量に配備されている。

「グァン……あの男は危険だわ……」

危険な男であるグァン。彼が厄介なのは、只の快楽殺人者ではないという点である。実際、彼はジャンヌの正体を知っていた。だからこそ危害を加える事なく彼女を昏睡状態にしたのである。

「この非常時にジャンヌさんを……と、とにかく助け出さないと!」

エリィが言った。そして、アルバトスを円形の形をした建造物の上まで移動させる。

その間にもファドゥームが、建造物を守らんとする為にアルバトスへ迫る。

 

 

 

「やらせるか!!!」

雪上の戦闘域にて。ネルソンの乗るハルッグがロングビームライフルを構え、ファドゥームを狙い撃ちした。

「くっ、糞がァァ!!!」

ファドゥームのパイロットは断末魔を上げ、その直後に機体が爆発した。ファドゥームに搭乗している人間は皆氷河族であり、彼らはこの場所守るミッションを受けている。それはボス、エレグの命令であり、その上で彼等はこの場所に自分達のボスがいる事を知らないで戦っていた。

 そして、この場所こそ、戦後に多数の武装勢力やテロリストに兵器を送り出してきたクレーディト・メカニクス社の本社だったのである。

「……熱源?」

その時、別方向から熱源を確認したネルソン。識別コードを確認するが、それは、ファドゥームでない事が分かった。

 やがて接近するその熱源の正体は、MSだった。それはジョゼフタイプの機体だ。新生連邦の残党部隊がこの戦闘に介入してきたのかと思われたが、何やら様子がおかしい。

「何だ、あの機体は……?」

確認しようと、ハルッグを変形させ、移動する、ネルソン。

 やがて接近し、その機体を確認する。ジョゼフではあるが、頭部には特徴的なゴーグルが備わっているのが見えた。そして、そのジョゼフは彼等対して攻撃を加える様子がない。

「そこの機体、大丈夫か?」

恐らく新生連邦のMSでないと判断したネルソンは、戦闘中ではあったものの、ジョゼフに対して声を掛けた。すると――

「その声、もしかしてセイントバードの男の人ですか?」

一人の少女の声が聞こえた。この状況にも関わらず、明るい印象を持つ少女の声だ。この間、ハルッグは迫るファドゥームに攻撃を加えながらジョゼフに迫っている。

「女の子か?下がれ!」

警告をするネルソン。しかし、パイロットの少女は言った。

「実はー、帰る場所を見失っちゃって……」

「何!?チッ……!」

少女の言葉にやや、苛立ちを覚えたネルソンだが、今は敵の攻撃を凌ぐしかない。だが敵機体は迫るばかりだ。どう、対処をすべきか。

 だからといってこの少女の乗る機体を放っては置けない。このままでは敵に攻撃されるのは目に見えている為だ。

 

ガキィン

 

すると、ハルッグはジョゼフの手部マニピュレーターを掴み始めた。やがて、そのまま引き込むように、機体の肘関節を動かしていく。

「一度その機体を艦に運ぶ!セイントバードの事情を知る辺り、敵でないと見た!」

「ありがとうございます!」

敵機体の攻撃が続く中、ハルッグはそのまま変形し、ジョゼフを機体上部に乗せた状態で移動し、アルバトスに戻って行った。

 この間、ブライティスがファドゥームの迎撃を行なっており、機体から展開されているファンネルが、雨除けの如く敵からの攻撃を守っているのだ。

 

 

 

 その後、アルバトスに迫った敵勢力は全て撃破に成功した。迎撃に出たパイロット達は一度アルバトスへと帰還する。艦は建造物の上に一度停止し、周囲に敵機体が居ないか、警戒をした状態で周囲を確認している。護衛のMSであるヴァントガンダムを数機配備した状態で、アルバトスは待機している。

 その中で、ネルソンが助け出したジョゼフのパイロットがコクピットから姿を見せた。その姿を見た時、ネルソンは驚愕した様子だった。

「ヒパック村の少女か……?」

彼女は、ヒパック村で短期間ではあるが交流をした少女だったのである。名は、シャルア・ジェインだった。

 この時、MSデッキにはエリィが姿を見せていた。互いに知人同士である彼女達は、予想外の再会に驚愕していた。

「シャルア・ジェインさん?どうしてここに?」

シャルアは、頭を抱え、言った。

「いやぁ、実はジェルヴァとはぐれてしまって……でも、まさかこんな所でセイントバードの人と再会出来るなんて偶然だなぁー!」

確かに、偶然だ。この再会も本来ならば喜ばしい事なのだろう。

 だが、アルバトスはそれどころではない。ジャンヌを助け出す為に、急がなくてはならない状態だったのだ。その中で、シャルアはふと、思った事を聞いた。

「あれ……セイントバードはそういえばどうしたんですか?」

この疑問に対し、エリィは答える。

「色々とあったのよ……本当に、色々とね。」

どこか、焦燥に駆られている様子のエリィを見て、シャルアは触れては行けない話題だと察した様子だった。

 幸い、シャルアは理解力のある人間だ。レイに対しては“奴隷”と罵るが、それ以外に関しては物事を察したりする少女である。

「シャルア・ジェイン。君が無事なのは何よりだが……今は少しばかり、それどころではないのだ。」

今の状況を話し始めたネルソン。それを聞き、シャルアは

「あの、敵が居なくなったのならあたし、ここを、去りますよ?あのジョゼフは別にダメージも負ってないですし。それに、早くキャプテンに合流しないと怒られちゃいますし。」

「すまないな……」

せっかく再会出来たのならば、何らかの交流をしたいと思っていた彼等。だが、今のアルバトスはそれどころではない。MSデッキ内全体から漂う焦燥感はシャルアにとって、場違いの環境に追い遣ってしまっていたのである。

 やがてネルソン達はここを去った。ブリッジに向かい、話をしなければならないと思っていた為だ。それを見たシャルアも、ジョゼフに乗り、近くにいる整備士に声を掛け、この場から離れようとした時――

「大変な状況になったなぁ。でも誰かがジャンヌ様を助けないと行けないし……」

「仮に助け出せたとしても戦力も心配だよな。あのレイって女の子みたいな子供が乗ってたガンダムもアステル家にある状態だしさ。」

「FPB発足してから災難続きというかねぇ。」

整備士達の何気ない雑談が、シャルアに聞こえた。その言葉に対し、シャルアは聞き耳を立てて居たのだ。

(ジャンヌって……ジャンヌ・アステルの事?それにレイはここに居ないんだ……なんか、本当に色々と事情を抱えてるみたい。あたしはお邪魔みたいだね。)

と、密かに思いながら、彼女はジョゼフに乗り込み、そのまま機体を発進させたのだ。幸い機体は無傷と言えた為、特別に整備をする必要なく、移動が出来たのだった。

 

 

 

その後、クルー達はブリッジにて次の行動の手段を話し合っていた。エリィやネルソン、アレンといったメンバーをはじめ、皆が話をしている。

 グァンが居るであろう場所に接近する事は出来た。恐らくその近くにジャンヌが居る筈だと皆が考える中、潜入するにはどうすれば良いかを考えなければならない。

「恐らくこの中にジャンヌさんがいることは明確です。大勢で救出に向かう事が理想ですが、何があるか分からない以上、出来るだけ少数で行動する事が理想であると考えます。」

エリィはクルーに対して言った。彼女の言うように、この建造物にはどのような罠が仕掛けられているかが不明な為、多くの人間を動員するのは危険である。その為、少数で行動する事が望ましいが、問題は誰を救出要員とするかである。

「じゃあ、私が必ず行かなきゃね。」

最初に名乗り出たのは、ウィリアだった。

「さっきの戦闘の間に、グァンに付いていた印の情報を元に、施設内の構造は把握出来ているわ。

後はジャンヌ・アステルを救出するだけね。」

「凄い……そんな情報まで分かるんだ……」

彼女が囚われている施設の情報までも把握しているウィリアを見て、呆然とするエリィ。その上で彼女は名乗り出たのだ。

「そして、ジャンヌ・アステルが囚われている施設の名は、クレーディト・メカニクス社なのよ。」

マターリャから得た情報を統合させ、ジャンヌが連れ去られた場所を改めて確認すると、そこはクレーディト社である事が判明した。

「どうして、その会社にジャンヌさんが……?」

疑問を抱くエリィに対し、ウィリアが答えた。

「色々と事情があるのでしょうね。とにかく、ジャンヌ・アステルを連れ去ったグァン・ホーキーズは危険人物だわ。あの男は何をするか分からない。だったら、少しでも手筈を知っている人間の方が良いでしょう?」

「でも、大丈夫なんですか?」

エリィはウィリアを心配しているが、彼女はエリィの心配とは対照的に、冷静な様子だった。

「平気よ。私に任せて。」

このように語る、ウィリアの厚意に皆が感謝していた。恐らく彼女が居なければジャンヌの救出は不可能だったのかも知れない。

「さて、流石に私一人では心細いわ。他に誰がジャンヌ・アステルの救出に向かうのかしら。」

一人で救出に行くのは、当然ながらリスクが伴う。そうとなれば、誰かが同伴しなければならない。敵の居る場所の潜入に適した人間はこの中に居るとすれば、誰か。

 

「俺が行きます」

 

そう言って手を上げたのは、アレンだった。だが彼が名乗り出た時、ネルソンが反対した。

「待て、アレン、君は今後の戦力の要となり得る。何があるか分からない場所で危険な目に遭わせる訳には行かない。ならば私が行った方が良い。」

「いえ……俺だからこそ行くべきなんです。俺はジャンヌと同じ力を持っています。その力で彼女のいる場所まで移動して、救出に向かいます。」

ジャンヌはアドバンスドタイプ。その力を持つ者同士であるが故に、アレンが参加する事は望ましいとされる。

「それに、俺だってバンディットですからね。ウィリアさんに色々と教えて貰った間柄ですから。」

バンディット。戦後に設立したとされる存在。その稼業をしていたアレンは、今回の救出作戦で久し振りにバンディットとして活動する事を選んだのだ。

「そう言えば君はバンディットだったな。その上で、力を持つ者特有の感覚か。そこまで言うのなら、行った方がいいかも知れない。その代わり、絶対に生きて帰って来てくれ。」

「勿論ですよ、必ず帰ります。ジャンヌと、ウィリアさんと一緒に。」

アレンの意思は固い。ジャンヌが連れ去られた事は彼にとって屈辱であったからだ。必ず彼女を取り返し、帰還する事をネルソンの前で誓った。

「宜しくね、アレン。」

これで二人が決まった。しかし二人だけでは救出には少な過ぎる。誰が他に行くべきか、クルーは考える。

「じゃあ、私が行きましょうか?」

次に名乗り出たのはエリィである。彼女は以前にスバキの救出の為に新生連邦の基地に潜入した事があった。

だが、彼女が名乗り出た時、ネルソンが猛反対した。

「待て!エリィにはアルバトスの艦長という役割がある。だからここで待機して貰いたい。」

焦るようにネルソンがそう言うと、エリィは笑みを浮かべて言った。

「もしかして、私に死んでもらいたくないから、心配してくれてるの?」

「……ああ、それもあるが……とにかく、君は待機していた方がいい。どうしても誰かが行かなければならないのなら、私が行く。」

「貴方に行かれても……困るわ……」

エリィとネルソンは互いを譲ろうとしない。その光景に、スラッグが呆れた様子で言った。

「あのね、こんな事俺が言うのもあれっスけどね、夫婦喧嘩は、今、するべき事じゃないでしょうが……」

その言葉を聞いた二人は黙る。その中で、アレンが更に言った。

「エリィさんもネルソンさんも待機されていた方が良いと思いますよ。最悪、俺とウィリアさんでなんとかします。」

その言葉に対し、エリィが言った。

「二人だけで救出なんて……駄目よ、危険過ぎるわ!」

ジャンヌが囚われている施設には何が待ち受けているのか分からない。その施設に、たった二人で潜入するという事。それは非常にリスクが高い。エリィは二人を心配するが、彼女の心配に対し、ウィリアが言った。

「心配ないわエリィ。私達は只の人間ではないわよ。私は情報分野に特化したバンディット。そしてアレン自身もバンディット。そして、聞いた話、ジャンヌ・アステルと同様の力を持つとされる人間だそうじゃない。私達が居れば恐れるものなんてない。クレーディト社の内部の情報も分かってるしね。あくまでも、目的はジャンヌ・アステルの救助だし。ね、アレン。」

ウィリアはアレンの顔を見た後に、ウインクをした。

「……ええ。大丈夫。必ず帰りますよ、エリィさん。」

心配するエリィを余所に、自信に満ちている両者。彼らの言葉を聞いて、ネルソンは言った。

「頼むぞ、二人共。」

「ええ……任せて。」

結局、アレンとウィリアの二人がジャンヌ救出へ向かうことになった。

アレンとウィリア。彼等が、今後のFPBの命運を握ると言っても過言ではないと言えた。

「行ってきます。」

アレンがそう言った後、ウィリアとアレンはブリッジを後にした――

 

タッ

 

その直後、突如ココットが席を立ち、アレン達の後を追うようにブリッジを後にした。

「ちょっと!どこへ行くの!?ココットさん!?」

エリィがそう言うと、ココットは慌てた様子で

「ごめんなさい、ちょっとトイレです!」

と言って慌ててブリッジを去る。誰もがその様子を不審に思ったが、誰も、彼女の行動を止めようとはしなかったのだった。

 

 

 

廊下にて、アレンとウィリアが歩いていると、後方からココットが走ってきた。

 

ギュッ

 

やがて、彼女はアレンに抱き付く。突然の行為にアレンは戸惑いを隠せない様子だ。

「ど、どうしたの、ココット……」

「アレン、お願い……私も連れて行って!一緒に……」

「な……え……!?」

一体、何を言っているのか?突然のココットの発言にアレンとウィリアは度肝を抜かれた。これから向かう場所は明らかに危険な場所だ。

そのような場所に対人戦闘の経験の無いココットを連れていく等、危険極まりない。

「何を言っているんだ!?危険過ぎるぞ!君は中に戻ってろ!」

とは言うが、ココットは引く様子を見せない。本気で、アレンと一緒に行こうとしているのだ。

「だって……だって……!アレンばっかり戦ってばかりで!私だって……アレンの為に戦いたい!私はずっとオペレーターばっかりやってて……でもアレンは戦場で命がけで戦ってる……そして今度はジャンヌさんを助ける為に生身で危険なところに行くなんて……それなのに、何も出来ないなんて、もう嫌なの!」

ココット・メルリーゼは、現在こそシュネルギアのオペレーターとして活動しているが、元々は民間人である。アレンと出会ったのはデウス動乱の最中で、その間も彼が所属していた第十三特殊部隊の艦に保護されているだけであり、彼女自身はアレンに守ってばかりの立場であった。

戦後になってアレンと再会した彼女だったが、彼と適度に交流しながら、日本で仕事をし、過ごしてきた。やがて彼女の中にあった強い信念は彼女を突き動かしていき、今となってはシュネルギアのオペレーターとして活動する事となる。

しかし彼女にとって、それだけでは不満だったのだ。命がけで身を投じているアレンに対し、自分は何もしていないと感じたココットは、今回は自分も連れて行ってほしいとアレンに懇願したのだ。

「アレンは私を女だからって甘やかしていない!?確かに私は女だよ!でもね……大切な人が戦場でずっと戦っている姿を見て平気でいられる筈がないんだよ……」

ココットは僅かに涙を浮かべながら言った。これ程に自分を思っていたという事を知り、彼は視線は下向けた。

「……ごめん、ココットはそう考えててくれたんだ……俺、君に最近何もしてあげられてないな……」

謝るアレンだが、ココットは首を横に振った。

「……うん、それもあるかも……でも、それだけじゃないからね。」

ココットの意思は強い。しかし、傍にいたウィリアは水を差すように言った。

「ココット・メルリーゼさん、ハッキリと言っておくわ。貴方が行っても足手纏いになるだけよ。実戦経験も皆無な貴方がこれから行く場所に行けば容赦なく殺されるのがオチ。私達だってどうなるか分からないのに、貴方なんて行くだけ犬死よ。」

突き放すように、ウィリアは言う。しかしーー

「でも……アレンの弾避けにはなれますよ!」

ウィリアに対してココットが反発した――

 

パシィ

 

その瞬間、アレンはココットの頬を叩いた。

「っ……?」

「ココット……まさか弾避けの為に俺達に付いていこうと考えたのか?だとしたら俺が許さない。居て欲しい人間がここにいるって事を分かってよ。俺は必ず帰るから、ココットはここにいて。」

「う……うう……私、また何もしてあげられないの……アレンの為に……」

彼女は自分の無力さを嘆いていた。ジャンヌやウィリアは力を持っている。それはアレンの為に役立つ力だ。しかしココットにはそのような力は持っていない。あるとすれば、シンギュラルタイプとしての力だ。彼女はただアレンの恋人であるという、立ち場以外に、何も彼の役に立てない事が苦痛で仕方がなかったのである。

以前にもココットはこの事で悩んだ事があった。その際アレンは彼女に対し、〝居てくれるだけで良い〟と言ったが、彼女はそれに納得が出来なかったのである。

「……じゃあ、見送って欲しい。俺達を。」

「え……?」

「俺達はMSデッキからこの施設の中に行って、ジャンヌを救い出す。ココットはデッキまで見送ってくれたらいいよ。うん……それだけでも俺はいい。俺はココットに危険な事は望まないから。危険な事をして欲しくないから……」

見送ってくれるだけでいいというアレンの言葉を聞き、ココットは静かに首を縦に振る。

「うん……」

「少し厳しい事を言ったけど、全部貴方の為でもあるの。それを分かって。」

ウィリアは笑みを浮かべて言った。それに対してもココットは静かに首を縦に振った。

「じゃあ、艦の入り口まで……」

 

 

 

やがて、三人は入り口に着いた。そこにいたミシェはアレンとウィリアに対して言った。

「絶対に生きて帰って来いよ。ここで死なれたら何の為のFPBだって話だからな。」

「はい……必ず。」

「ええ、必ず。」

ジャンヌを救出するという、その目的の為に動く彼等。間も無く、ジャンヌを救出する為の作戦が始まろうとしていた。

「アレン、ウィリアさん……帰ってきてね。」

ココットも二人に対して言った。

「勿論。必ず帰るから。」

 

チュッ

 

「……!」

アレンはココットの口唇に向け、接吻を交わした。突然の出来事だった為、ココットは顔を赤めていた。まさか、公然の前でその行為をされるとは思わなかった為である。

「オイオイ、見せ付けてくれるじゃねえか。そのまま殺されたらいいのに。」

「え……!?」

アレンはミシェの言葉に反応した。たが、ミシェは笑いながら言った。

「冗談だよ、必ず帰ってこい。」

「は、はい……」

「ウィリアもな。」

「ええ。」

大勢の整備士達に見送られながら、二人は入り口を降り、クレーディト社の内部へ向かっていく。

この先、彼らを何が待ち受けるのかは分からない。しかし彼等はジャンヌを救出する決意を胸に秘めていた。危険に立ち向かう二人を、ココットは静かに見守るだけである。

 

――――俺はココットに危険な事は望まないから。危険な事をして欲しくないから―――

 

アレンが言ったその言葉を信じ、ココットは二人の姿が見えなくなるまで見送り続けた――

 

バッ

 

しかし、二人がジャンヌ救出に向かった直後、甲板を凄まじい光が覆った。一瞬の出来事だった為、何が起きたのか、その場にいた誰もが理解出来ていなかった。

「なんだ!?眩しくて……見えない……!?」

突如発生した謎の光は整備士達の視界を奪う。彼等は目を閉じると同時に腕で目を覆う事で眩しさを抑えた。視界を奪われた彼等は眩しさを抑える事で必死だったため、身動きを取る事が出来なかった。

やがて光が無くなった頃、クルーは徐々に目を開けていった。彼等の視界が戻り、元の甲板の光景が見えた時、クルー全員が首をキョロキョロと傾げた。

皆、何があったのかと疑問に思うばかり。その中で、一人のクルーが異変に気付いた。

「あれ……さっきの子はどこ行った!?」

それはココットの事だった。先程までアレンとウィリアを見送っていた筈の彼女の姿がそこになかったのである。突然の出来事に、整備士達は躊躇った。

「なんだ……なんでいなくなった……?おい、お譲ちゃーん!!!」

そう叫ぶのはミシェである。しかしミシェがいくら叫んでも、ココットの声が聞こえる事はなかったのであった。

 

 

 

入口を降りた両者はまず、クレーディト社の入り口を探した。しかし直径3キロメートルはあろう、建造物の入り口を探すとなると、並みの人間たった二人では到底難しい話だ。しかし、それを可能にしたのがウィリアである。

「ここね、形状からして間違いないわ。」

アルバトスから降りてすぐの場所に、その入り口はあった。そこは倉庫のようになっており、扉が一つ備え付けられている。しかし、その扉を解くにはパスワードが必要だった。

ドアの横にはウィリアの掌程の大きさの機械があり、そこには零から九の数字がタッチパネル式で並べられていた。当然彼等はそれが何のパスワードかを知らない。アレンは戸惑ったが、ウィリアは微笑して言った。

「大丈夫、任せて。」

「え……?」

するとウィリアは持っていたポーチから黒い、機械のような物体を取り出した。彼女はそれをタッチパネルの上に被せるように置く。すると、ピッと音が鳴り、扉が自動的に開いた。

「えっ!?何をしたんですか?」

「どんなパスワードも私の前では無駄だということね。さ、気にしないで行きましょう。時間がないのなら尚更よ。」

そう言ってウィリアは走って、開いた扉の先へ向かって行った。それに続くように、アレンも扉の先へ向かって行く。

 

 

 

開いた扉の先には、すぐに階段が見えた。その階段を下る最中、ウィリアはアレンに言った。

「ジャンヌ・アステルを救出する前に貴方に謝っておくわね。ごめんなさい。」

「な、何ですかいきなり……」

ウィリアの急な謝罪にアレンは戸惑う。

「私が真っ先に救出の為に名乗り出た本当の目的を、貴方にだけ教えてあげるわ。同じバンディットの好としてね。」

階段を下りる音が、響く。その間に、アレンはウィリアの口から開かれる、彼女の〝目的〟を聞く事となった。

「正直に言うとね、ジャンヌ・アステルが攫われた事はね、私にとって願ってもいないチャンスだったのよ。」

「チャンスって……!?そんな言い方は……」

これからの作戦にジャンヌが必要となるのに、ウィリアの言い方は彼にとって非道なものに聞こえた。ウィリアは非難される事を覚悟で、引き続き喋る。

「だから最初に言ったでしょ、謝っておくってね。この後の言葉を聞いて、もし、貴方が私に殺意を覚えたのなら相手になってあげる。」

ウィリアはアレンの顔を睨むように見た。その冷徹な視線を感じたアレンは立ち止まる。

「……話して下さい。」

アレンは唾をごくりと飲んだ。それを見たウィリアは喋る為に再び口を開けた。

「彼女が攫われた時、あの男はなんて言ったか覚えている?」

「え……確か企業秘密がなんとかって……」

「いいえ、〝結構重要な事〟と言ったのよ。それがどういう事か……説明してあげる。」

アレンの眼に視線を向け、ウィリアは話す。グァンの事について。

「あの男は氷河族のボスである存在に仕えている人間なの。その男がここ、クレーディト本社にジャンヌ・アステルを連れ去った。そして、ジャンヌ・アステルはかつてのデウス動乱でデウス帝国に戦力提供を行っていた、アステル家の令嬢。氷河族とこの会社は元々は一つの会社。これが、示す事は分かる?」

語られる氷河族や、クレーディト社の事情。何故ウィリアがこれ程情報を知っているのかも気になる所だ。アレンにとっては、その意図は分からない。氷河族がジャンヌにどう、関係しているというのか。」

「いえ、分からないです。ただ、もしかすればアステル家が兵器の製造を行っていたという事から、何か関係しているとは思えますが。」

「まあ、大凡そんな所かしら。」

ウィリアは髪を掻き撫でてから言った。

「氷河族はね、元々クレーディト社から派生した組織なの。そして、ここはクレーディトの本社。」

クレーディト社と氷河族が関係しているという事実。これが示す事は、ただ、一つ。

「氷河族の本拠地って事ですか……ここが!?」

「ええ、そういう事になるわね。そして、ここには恐らく、氷河族のボスが居る場所と思われる。」

疑惑が渦巻いている会社、クレーディト・メカニクス社。ここが、氷河族のボスがいる、氷河族の本拠地であるとを、全く知らなかったアレン。その事に驚愕する彼とは対照的に、ウィリアは冷静な様子だった。

「でも、ジャンヌを攫ったあの男と氷河族のボスが関係する事が、貴方にとって何のチャンスですか。」

アレンは聞いた。その直後、彼女ははっと息を飲む。多少動揺する素振りを見せたが、やがて少しずつ口を開けた。

「私怨よ。」

ウィリアの言葉を聞き、アレンは戸惑った。

「私怨って……」

「クレーディト・メカニクスの社長であるノード・ベルンを裏で操っていた氷河族のボスである、エレグ・スウィードは私の敵。あの男は絶対に許せない。私の大切な物を奪った諸悪の根源。ジャンヌ・アステルが拉致されたのはこの場所というわけ。まさか、ここで奴と決着を付ける事が出来るなんて夢にも思わなかったわ。」

彼女は、クレーディト社の社長であるノード・ベルンに嵌められ、自分の弟を殺された過去を持っている。それ以来、彼女は氷河族と言う組織に対し、復讐する為に生きてきた。ノード・ベルンは以前、メイドと共にオークション会場近隣にて殺害をし、彼女はそこで倒れた。

本来彼女はそこで死ぬ筈だったのだが、倒れていた彼女を救出したのがレイとエリィであり、その結果現在まで生き延びる事が出来ていた。

「まさか、グァンがあそこに現われてくれたのは私にとって好都合だった。奴があの場で現れた時に私が貴方に、下手な事を言わないように言ったのは、仮にあそこでジャンヌ・アステルを殺されてしまってはせっかくのチャンスが無くなってしまうと思ったからなのよ。」

「そうなん……ですか……?」

「ええ、本当の事よ。そして私はあの男が組織の“印”を付けている事を見抜き、奴が持っていた発信機で情報を登録した。これで奴の後を追跡し、私が潜入し、エレグの場所を探して奴を殺す……これが私の本当の目的。後はジャンヌ・アステルがどうなろうが正直知った事ではないわ。私は私の目的が達成出来ればそれでいい。そういう女なのよ、私はね……」

自分の思いを伝えたウィリアは満足げに笑っていた。それは彼女がアレンに対して自分を偽る事無く、本心で自身の目的を語る事が出来た事を嬉しく感じていた事による笑みだった。

「ウィリアさん……貴方って……」

「最低な女だって思ったでしょう?ええ、思ってくれて構わない。実際、私の私怨で今まで多くの人を犠牲にしてきたから……時間を共にする内に、心惹かれた人も……ね。ケド、仕方が無かったのよ。」

自分の事を曝け出し、まるでアレンを挑発するかのように喋り続けるウィリア。更に彼女はアレンに対して言った。

「私は皆を利用していた。そう……今までだって人を利用して生きてきたわ……全ては敵討の為に。自分勝手で自己中心的な女なのよ、どう?許せないと、思ったかしら、アレン。」

アレンは握り拳を作り、手を震わせた。しかし、その手は静かに開き、彼は喋った。

「ウィリアさんは今までそうして生きてきたかも知れません。でも知っていますよ。リルムさんが連れ去られた時も助けに行ったんですよね。他人を利用する事しか考えていない人間がそんな事をするとは思えないですよ。」

「あ、あれは……」

ニーアと共に夜のダーウィンの道を車で救出に向かった時だ。結果的にニーアは殺されてしまったが、リルムとミルフを救出する事には成功した。但し、そのミルフは精神崩壊を起こし、戦禍の中で光に包まれてしまったが。

「それに貴方がそう思っていようと、結果的にジャンヌを救出する為に行動してくれているじゃないですか。動機が何であれ、これは俺達にとって有益なんです。それと、聞きたい事があります。どうしてそんな別に黙っていてもいい事をわざわざ俺に言ったんですか?」

アレンからの質問を聞き、ウィリアは答える。

「万が一の時、私を捨ててでもジャンヌ・アステルを連れてここを脱出して欲しいからよ。貴方は今後、世界の為に必要になるんでしょう?ならば彼女を救出して、とっとと逃げた方が良い。でも私はこの先、貴方達の行動に必要のない女。でも貴方は優しいから、私が危機的状況に陥ってでも私を助けるかも知れない。」

アレンの事を知るウィリア。それは、バンディットとしての師弟関係故に知ったのだろう。彼女がアレンをバンディットに育てた。故に彼の事は理解しているのである。

「そりゃそうですよ。ウィリアさんを見捨てるなんて出来る筈が――」

彼の言葉を、ウィリアが遮った。

「だから駄目なのよ。私なんか放って置かなければならないわ。自分のエゴでここまで来た私をね。私の事を、自分勝手な最低な人間と認識してもらえれば、貴方はジャンヌ・アステル救出に集中出来る。そう、考えたから言ったのよ。」

彼女は自ら本音を曝した理由は、アレンを裏切りたかったからなのだ。どのような事があっても、自分を捨てて逃げてもらえるように、あえて本音を言った。

 しかしそれはアレンの優しさを返って助長させてしまうものだったのである。

「ウィリアさんは甘いですね。必要、不必要なんて関係ないです。誰にも死んで欲しくないんです。貴方は本当に自分の敵討が目的だったとしても、そんな事がどうしたって話です。」

この時、ウィリアの中である言葉が思い出された。

 

――――――――――――ウィリアさんだって居て欲しいんです―――――――――――

 

レイがウィリアに対して言った言葉である。それを思い出した彼女は表情を曇らせた。同じような台詞をアレンにも言われ、複雑な心境に駆られたからだ。

しかし数秒後、彼女は目を見開き、突然行動を開始した。

「……そんな事無いわっ!」

 

ジャキンッ

 

ウィリアはアレンの喉元に銃を突き付けた。急な動きだった為、彼は彼女の動きを認知する事が出来ず、接近を許してしまった。

「なっ、何を……?」

「逆のパターンもあるって事、貴方は考えてなかったわね。」

「それはどういう意味ですか……?」

「貴方が殺されそうになって、私は目的を果たした場合……すぐにここから逃げるわ。貴方を置き去りにしてね。私は平気でそうするつもりよ。私は貴方みたいに優しくない。何故ならば、自分勝手な女だから。勿論、ジャンヌ・アステルもね。」

ウィリアはアレンの目を見て不気味に笑った。

「前から思っていたけれど、貴方は優し過ぎる……一度経験しておくべきよ。その優しさが自分を……いえ、自分達を窮地に追い遣ることをね。」

そう言ってウィリアは彼に銃を突き付けるのを止め、それを大腿のポケットに収納した。

「でも今は協力するわ。でも忘れないで。この先、何があっても私は自分の事だけを考えて行動すると言う事を……」

「……はい、肝に銘じておきます。」

「じゃあ、行きましょうか。」

そう言って両者は再び階段を下りていく。アレンは内心、彼女がそのような事をする筈がないと、疑う事を一切しなかった。彼女こそが優しい人間である……そう感じていたからだ。

(私は戦争を引き起こすきっかけを作り出してしまった……これは、そのせめてもの償いでもあるのよ……アレン。)

 

 

 

クレーディト社の中では激戦が続いた。しかしそのたびに彼等は襲い来る敵を倒していき、ジャンヌが囚われているとされる場所まで進んでいく。

グァンの印の情報を頼りに深部へ進んでいく両者。どのような仕掛けがあるかは、彼女が完全に把握しており、あとは侵入者を撃退する為に配備されている敵を倒して進んでいくだけだった。

ジャンヌが囚われている部屋にて。現在部屋にいるのはエレグとグァンとジャンヌだけであるが、そこへ新しく一人の男が入ってきた。

「おお、久し振りじゃないか、元気にしていたか?」

「ご無沙汰しておりますよ、スウィードさん。数少ない私の〝友〟ですからね、貴方は。」

「そ……んな……!?」

新しく部屋に入ってきた男の正体……それはエファン・ドゥーリアだったのだ。新生連邦が先の戦いで敗れ、宇宙へ逃げているはずなのに彼は何故かこの場所にいたのだ。会話の内容から、エレグとエファンは友人である事が分かるが、彼女にとってそれはどうでも良い事だ。問題は、この状況に更に厄介な人間が現れたという事である。

「……おや、随分とお久し振りですね。ジャンヌ様。」

彼女を挑発するようにエファンは言った。今、彼女は船上のパーティ以来、会わなかったエファンと再会した事となる。母親を殺害し、セントマリア号のパーティ会場を無残な光景に変えた忌むべき敵が目の間に居るのだ。無論、それは彼女にとって喜ぶべきものではない。

「エファン・ドゥーリア……何故貴方がここに……?」

「個人的な事情でここに来たまでですよ。ジャンヌ様。」

彼女の側近であった頃の振りをするエファンの言動に対し、不愉快に感じたジャンヌは彼を睨みながら言った。

「……その喋り方を止めて下さい。不愉快です。」

そう言った後、エファンはニヤリと笑みを浮かべた。

「だろうな。船上では散々な目に遭わされているのだ、当たり前と言えば当たり前だ。」

と、エファンは言う。が、この場に於いて気になるのはエレグとエファンが何故一緒に居るのかと言う事だ。アドバンスドタイプの男と氷河族のボスが一緒に居る状況。ジャンヌにはこれが理解出来なかった。

「エファン、ジャンヌ・アステルとは知人なのか?」

「大切な関係ですよ。一年程行動を共にしておりました、より、理解し合っている関係というべきでしょうか。」

嫌味を含むような言い方をしたエファン。ジャンヌを裏切ったのはこの男であるのに、それをあろう事か、堂々と振る舞っているのだ。その言葉を聞き、ジャンヌは睨むようにエファンを見た。

「貴方とエレグ・スウィードはどう言った関係なのですか。」

当然の疑問だ。これに対し、エファンは答えた。

「彼の独自の価値観、解釈は私に感銘を与えた。脊髄の完全損傷に対し、治癒する技術が既に有るにも関わらず自らの意志を貫き、半身不随となっても人の形に拘っている彼の考え方は人としての素晴らしさに関心を抱いたものだ。そこに共感し、私達は友人関係になった。」

明かされる二人の事情。エファンはエレグの思想に共感し、氷河族のボスと呼べる存在と友情を築いたというのだ。

「エファンは友として様々な行動をしてくれた。例えば空を飛ぶMS乗りの艦への攻撃や、MS乗りの排除を依頼した時も関しても喜んで行動してくれたな。」

「カイロ郊外の事ですね。そんな事もありましたね。あの空飛ぶ戦艦や砂漠の狩人とか言うMS乗りを攻撃したのも、懐かしい出来事ですね。」

空飛ぶ戦艦。それは、セイントバードの事だ。セイントバードを攻撃したのは、エファンの乗るアーヴァインだったのである。そして、砂漠の狩人の部下であるMS乗り達を攻撃したのもこの男だったのだ。

「あの時はアーヴァインの性能を試す良い機会ではありましたよ。あの機体が上手く稼働出来たのはスウィードさんのお陰でもある。」

砂漠の狩人のメンバー達が殺された理由は、アーヴァインの性能を試すという理由だったのだ。その結果、アスーカルは仲間を全て失い、路頭に迷う事となったのである。

「エファンの開発したMSのバックアップに回れるのは嬉しい限りだよ。これでも軍事企業の端くれだからな。技術的な部分には関心がある。お前なら、夢を見せてくれるかも知れんな……究極のMSの存在を。」

エレグが語る、究極のMS。それは、何を示すと言うのか。

「全面的にアーステクノロジーが協力してくれていますよ。その上でクレーディト社の協力も必要です。これらの技術が結集したとき、“あの機体”は完成します。」

「そうだな、あれは私の夢でもある……」

ジャンヌとグァンがいる前で互いに語り合うエファンとエレグ。何について語っているのかが、全く分からない。恐らくMSの事なのだろうが、真相は不明だ。

「さて、スウィードさん。どうやら外は大変なことになっているようですが。」

「ん……?それはどういう意味だ?」

エレグが口元に手を運び、言った。

「ジャンヌ・アステルを救出する為に、ここに侵入者が来ています。」

「侵入者……?」

エレグはそれを聞かされ、少し驚いた様子だった。

「何!?まさかFPBって奴等かよ!?クソ……にしてもなんで分かったんだ?」

エレグの側に居たグァンが眉を潜めながら言った。

(侵入者……?誰なのでしょうか……)

この会話を聞いていたジャンヌは当然ながら疑問を抱いた。

「原因はお前だよ。グァン・ホーキーズ。お前に存在している、“印”を宛にして来たのだよ、奴等はな。」

印の存在。それを知るのはこの場ではエレグとグァンだけだ。なのに、その情報を、グァンの表情一目見てエファンは理解したのである。

「……マジか……糞がぁぁぁッ!ボスゥ!申し訳ないですわあああああ!」

そう言ってグァンは、自らの印が付けられている右肩部に対し、所持していたナイフを持って、自ら傷付け始めたのだ。まるでそれは、以前にゼオンが氷河族で無い証明をする為の如き行為と言えた。

 血塗れになるナイフの存在と、飛び散る肉片。ジャンヌはこの光景を見て目を覆った。しかしその動作とは対照的に、グァンの表情は怒りに満ちている。彼にとって自らの位置を知られる事は、余程許せなかったのだろう。

普段は奇妙な程笑うこの男も、今回ばかりは焦っていた。会社に入れるのは限られた人間だけ。それ以外の侵入はエレグが絶対に許さない。彼はエレグに殺されるのではないかと思っていた。

「やはり大したものだエファン。印の存在に気付くとは。」

「何、単純に観察をしただけですよ。」

観察をしただけで発信機の存在を見破るこの男の異常さをグァンは疑問に抱いた。それが気に食わなかったのか、男は握り拳を作ってエファンに聞く。

「あんた、何モンだ?」

「エファン・ドゥーリアだ。お前の事は知っているぞ、グァン・ホーキーズ。思っていたより若いな。」

そう言って、エファンはまるで睨むようにグァンを見た。この時、グァンはエファンから感じる妙なプレッシャーに、緊張感を抱いていたのだ。

(こ、こいつ……なんかやべぇぞ……普通じゃない……なんだ、この感じは……?喧嘩を売るべきじゃねえ……こんな奴始めてみたぞ……)

グァンも感じ取った、エファンのプレッシャー。並みならぬ不安を覚えたグァンはこれ以上何も言わず、そのまま黙ってしまう。

(人間とは思えぬ外道をこのような所で見るとはな)

エファンは静かに、思ったと同時に、エレグを見て言った。

「それにしても良かったですね、私が来て侵入者の情報を知る事が出来て。さて、スウィードさんにして貰うお願いの代わりに、私もちょっとしたお土産を持ってきました。喜んで貰えるかは分かりませんがね。」

 

スッ

 

その時、エファンは、エレグ達から見て死角から何かを取り出すような動作を見せた。その後、彼等に一人の少女の姿が映った。

「ココットさん!?」

そう叫ぶのはジャンヌだった。エファンは、何故かココットをこの場所に連れて来ていたのだ。ココットは目を瞑っており、意識を失っている。何をされたかは、外見では判別できなかった。外傷が見られなかった為である。

「ほぅ、こりゃまた強引な事をするな。所で、何故その少女を?」

「もうすぐ分かりますよ。これから面白いものが見られます。確実にね。」

エファンは不気味に笑った。

「どうしてココットさんが……何故……」

アルバトス艦内居た筈のココットが何故ここに居るのか。ジャンヌはそもそも今、アルバトスが彼女を救出する為に動いている事を知らない。

「何が……どうなっているのですか……これは一体……?」

ジャンヌから見れば、理解の出来ない点が多過ぎる。何故かここにエファンがいる事、ココットがエファンによってこの場所に連れて来られたという事。全てが彼女にとって理解の出来ない事ばかりである。

 

ピキィィィ

 

その時、彼女の頭の中で電流が流れた。と同時に、ジャンヌの脳裏にある人間のイメージが浮かんだのだ。

(この感じは……アレン……!?アレンがここに来ている……?侵入者はアレン……?)

ジャンヌは悟ったのだ。アレンがここに来ている事を。自分を助ける為に、彼が来ている――ジャンヌはそう感じ取った。

「フン、近付いて来たか。」

そう呟いたのはエファンだった。この男もアレンの存在を感じ取ったのである。

「良かったな、ジャンヌ・アステル。お前を助ける人間が来てくれて。まあ、私には都合が良いだけの存在だが。」

エファンは微笑し、ジャンヌを見下すように見た。その一連の会話を聞いていたグァンは、彼等が何の話をしているかが分からない様子だった。

「オッカルト~。これがアドバンスドタイプの力ってやつですかい、ボス?」

「恐らくな。オールドタイプの俺達には分からない話だろうな。まあ、二人の会話から察するに、救出に来ている人間にアレン・レインドがいることが分かる。」

「マジですか?あの、アレン・レインドがねぇ……。」

感心する様子を見せるグァン。その時、エレグはエファンに対して言った。

「エファン・ドゥーリア。アレン・レインドが来て嬉しそうな顔をしているな。何か企んでいるのか?〝都合が良い〟という言葉がどうも気になるのでな。」

先程のアドバンスドタイプ同士の会話を聞いていたエレグ。その会話内容から、エファンはアレンを招いて〝何か〟をしようとしていた事が分かった。

「何、マスドライバーを貸して頂く際のちょっとしたお礼ですよ。貴方のような権力者に対して金銭の提供というのでは、貴方自身もつまらない筈。ならば、少し面白い人間劇を見せてあげようと思いましてね。」

この時、エファンは意味深な言葉を連続して語った。一つは、〝マスドライバー〟の話。もう一つは、〝人間劇〟。これらの言葉が意味するものは、何かは把握出来ている者はエファンとエレグぐらいであろうと予想された。無論、エファンの言う〝人間劇〟が何なのかは彼にしか分からない。

「んー、そうだな、それを見せてもらえたらマスドライバーを展開させてみるか。」

(マスドライバー……?)

ジャンヌはエレグの言葉に疑問を持った。軍事施設にしかないマスドライバーをこの男が持っていると言うのかと、彼女は思う。それについてエレグに聞きたかったが、この状況で変な質問は出来ないと、彼女は感じた。

「フフ、感謝します。……さて、楽しみだな。ジャンヌ・アステル。」

エレグと会話する時とジャンヌと会話をする時とでは表情に差があった。彼女と喋る際には不気味に笑い、エレグと会話をする時はほとんど表情を見せる様子が無かった。

「エファンが楽しみを作ってくれるそうだ。グァン、お前は侵入者を殺せる準備をして……」

エレグがグァンにそのように指示をした時、エファンは言った。

「待って下さい。指示を出すならばこうして欲しい。侵入者は二人いる。その内のアレン・レインドは殺さないように。もう一人の人間は殺してくれて構いません。グァン・ホーキーズ。そのようにしろ。」

エファンは侵入者の数も把握していた。そしてグァンに指示を出す。グァンは快く引き受けはしなかったが、エファンから発せられる奇妙なプレッシャーに負けて

「……ああ。」

と言って外へ出て行った。ここで命令を拒む事は、エレグの命令を否定する事と同意義となる為である。グァンは侵入者を抹殺する気でいたが、そう言われては迂闊に殺す事など出来る筈がない。

「何故、アレン・レインドを殺してはいけないのだ?」

「殺してしまうと人間劇が見られなくなりますからね、楽しみを奪ってしまってはつまらない。」

エファンは再び不気味な笑みを浮かべた。

(アレンが生きることで起こる人間劇……何を言っているのか……)

「何、今に分かる。ジャンヌ・アステル……」

そう言ってエファンはジャンヌの顔を見た。

「っ……」

心を読まれたジャンヌ。この時、エレグはエファンが何故ジャンヌの顔を見て話したのかが理解出来なかった。

 エレグとグァンによって軟禁されている部屋に、追い打ちを掛けるように現れたエファン。更にエファンはココットを気絶させてこの場所に放置した。奇妙な出来事が相次いではいるが、冷静さを忘れてはいけないとジャンヌは自身に言い聞かせた。

 

 

 

順調に会社の内部へ侵入していくアレン達。ウィリアの所持している機械の反応も強くなってきており、ジャンヌが近くにいることが分かる。もうすぐジャンヌを救い出せる……とう思った時だった――

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダ

 

機関銃を乱射する音が聞こえた。それに気付いた両者は近くにあった柱に身を潜めた。

そこから様子を見る両者。少し柱から顔を覗かせた時、そこに映っていた人間を見て驚嘆した。

「グァン……厄介な奴が……」

グァンがそこにいたのだ。先程の銃の乱射は彼の気まぐれによるものだった。とはいえ、一番警戒すべき人間がそこにいるという事実は変わりない。

「あれの相手はしてられないわ。陽動用の手榴弾を投げる……」

そう言ってウィリアは上着の内ポケットから手榴弾を取り出し、糸を噛み切り、グァンとは正反対の方向へ投げた。

 

ドオオオオオオオ

 

 その直後に爆発が起こり、グァンはその方向へ走る。その隙に両者は奥へ進み、ジャンヌの居る部屋まで走っていく――




第八十八話、投了。
明らかになった氷河族のボス、エレグの正体。
彼の真意、目的は今の混沌としている状況を更に混沌とさせるものだった――


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第八十九話 悲哀

囚われたココット。そして、アレン達は救出に向かう。

しかし――


 手榴弾による爆発はジャンヌ達が囚われている部屋にも聞こえてきた。何事かと疑問を抱いたエレグ。その爆発の音により、意識を失っていたココットは目を覚ました。

「う……ん……?」

彼女が目を覚ますと、その隣にジャンヌがいた。そして辺りを見回す。何が起こったのかが分からないまま、ココットは動揺していた。

「あ……え……!?ジャンヌさん!?」

「目が覚めたのですね、ココットさん。」

「ていうか……私……なんでここに……?あ、手が動かない……縛られてるの……?」

「紐で結ばれていますわね、解いてあげますわ。」

そう言ってジャンヌがココットの手首に結ばれている紐を解こうとするとエレグが言った。

「何をやっている?勝手な真似をするなど――」

その時、エファンがエレグの言葉を遮って言った。

「解かせてあげて下さい。寧ろ、自由にさせてあげた方がいい。その為に、“わざと”すぐに解ける紐にしたんですよ。是非、貴方に見せたい“人間劇”の為にもね。」

エレグはこの時、エファンの思考が理解出来なかった。一体何を言っているのかと、疑問を抱くエレグ。

「まあ、それは楽しみにとっておこうか……」

エレグは静かに、言った。

「……さて、私は外の様子でも見てきましょう。何があったかを確認してきます。」

「そうか……分かった。」

そう言ってエファンは部屋を去った。部屋に残されたのはエレグとジャンヌとココットのみとなった。

「はい、解けましたわ。」

エレグが見逃した為、ココットの手首に縛られていた紐は解かれた。これにより、彼女は身体が自由となる。

「あ、ありがとう……。さて、脱出しないとね。」

「いえ……そうも行きませんの……」

「え、どうして!?」

説明をすれば長くなると思ったのか、ジャンヌはあえて説明しようとしなかった。しかしココットは疑問を持つばかり。彼女からすれば、何故出来る事をしないのかが理解出来なかったのだ。

「そこの女性には関係のない話だ。なあ、ジャンヌ・アステル嬢。」

氷河族とアステル家が協力関係になる事を望んでいるエレグ。ジャンヌは拒み続けるが、下手に拒めば彼女の父親に被害が及ぶ。彼女は〝はい〟とも〝いいえ〟とも言えない状況に追い遣られていたのだ。だから彼女は沈黙を続けるしかなかった。下手な回答は出来ないと判断したからだ。

 

バンッ

 

その時だった。その部屋にアレンとウィリアが現れたのは。両者は銃を持ち、エレグに向けた。

「ジャンヌ、無事か!?……えっ、どうしてココットが!?」

「アレン!来てくれたんだね!」

「アレン……よく無事で……」

ジャンヌが囚われているのは分かる。しかし何故ココットまでもが囚われているのかが理解出来なかった。

「……この男が……まさか……!?」

ウィリアは男の姿を見て衝撃を受けた。グァンを陽動に掛ける事に成功し、そのままジャンヌが囚われている部屋に来た思えば、そこに居たのは車椅子姿の男。

 だが男の振る舞い、その雰囲気等から物々しい印象を受ける、ウィリア。やがて彼女は察する。この男が、氷河族のボスである、エレグ・スウィードであると。

「ウィリア・ラーゲン。組織の人間でありながら印を付けていなかった人間だな。よくもまあここまで独自の力で辿り着いたものだ。」

組織の部下とも呼べる人間に姿を見られた事は本来ならば消さなければならない。だが、エレグは異様に冷静な様子を見せていたのである。この時、ウィリアはアレンに指示を出す。

「二人を連れて早く逃げなさい!こいつは私が!」

「は、はい!」

そう言って、アレンはジャンヌとココットに立つように言った。ウィリアの言う通り、それから彼等は部屋から脱出する。その時、アレンはウィリアに言った。

「戻って来て下さいね……必ず!」

アレンはそう言い残した後で、三人はその場を後にした。 

この時、この場に残されたのはエレグとウィリアのみとなった。氷河族のボスと、組織の一メンバーである彼女との対立。

彼女にとって、ここまでの道のりは非常に長いものと言えた。弟がノード・ベルンに嵌められ、組織に殺害された事から彼女の復讐劇は始まった。氷河族のメンバーとして、バンディットとして情報収集をしていき、多くの人間と交流して来た。その中でノード・ベルンの殺害に成功したのは良かったが、これを機にグァンという名のパニッシャーを呼び覚ます事になる。

だがその中でボスの存在が最も忌むべき存在だと考えていた彼女は、失った仲間の分まで、いつしか仇を取ろうと考えていたのである。

「間違いない……こいつがエレグ・スウィード……!」

氷河族という巨大な闇の組織を率いて来た組織の長、元締、首魁と呼べる存在が目の前にいる。その男は足が不自由な男。そして、自ら希望して車椅子の生活を行っているという、男である。

「ゲーンも氷河族を知った事で制裁を受ける事になった……そして、貴方が部下を使って抹殺した……その部下の一人がノード・ベルン。そして、それらを全て操っていた存在、エレグ・スウィード!今まで多くの人間を利用して来た罪!ここで償ってもらうわ!!」

氷河族のボス、エレグが居る。戦争を引き起こす引き金を引き、多くの人間を利用し、私利私欲の為に巨万の富を築いた男、エレグ・スウィード。この男の存在は、ウィリアにとって諸悪の根源と言っても過言ではない。

「復讐の為に組織に入ったという訳だな、ウィリア・ラーゲン。お前のような存在が一番組織に害を与える存在だ!!」

 

ダダダダダダダダダダダダダ

 

すると、エレグの車椅子の左フットレストの側方部より、突如銃弾が連射された。機関銃のようになっているそれは、彼を守る為に存在している護衛用の、搭載式の自動銃だったのである。

それに対してウィリアはすぐに反応した。急いでベッドの下に隠れ、様子を伺う。ベッドの固さが幸いし、ウィリア自身にダメージを負う事が無かったのである。

(まさか車椅子に機関銃を仕込んでいるなんて……!)

氷河族のボスと呼べる人間は、敵に対する用意も周到だ。油断をすれば全身に穴を空けられる事だろう。

「ウィリア・ラーゲン。お前は大人しく俺の下で働いていりゃ良かったんだよ。弟の敵討ちか知らんが、大人しく私情を挟まず、お前のその、情報判断能力を活かして組織の為に貢献すれば相応の地位を与え、穏やかで幸せな人生を歩めたのにな。ノード・ベルンの殺害と言った、余計な事をするから寿命を縮めるのさ。“周りの人間”も巻き込んでな。」

それは死んだギィルや他のメンバー達の事を指していた。グァンによって殺されたメンバー。全てはウィリアの招いた出来事だ。

「お前は……!」

だが、全ては目の前に居る諸悪の根源が招いた出来事だ。彼女自身の復讐劇を終わらせる為には、目の前に居る悪意の源を倒さなければならない。

戦争による影響を受け、脊髄損傷になっていたとしてもこの男が組織を動かしていた。その目的は、自らのエゴの為。その為に組織内の人間すら犠牲にし、更に世界を混乱に陥れたこの男は、間違いなく許されざる存在ではない。

 今、ウィリアは怒りに感情を支配されている。いつもの冷静な彼女の姿はいない。目の前にいる男が全ての根源と知った時、抑圧されていた感情をコントロールする事は難しいのだ。その証拠に、ベッドに隠れながらも声を震わせている。

「余計な情報を知り、下手な感情を抱くか!バンディットとして、動いた結果多くの情報を拾い、その牙を俺に向けたという訳か!ウィリア・ラーゲン!」

煽るエレグ。これに対し、ウィリアは声を荒げ、言った。

「お前を殺すのはゲーンの為だけじゃない!私の友や仲間を、グァン・ホーキーズを使って殺させていた癖に!お前が動かしていた組織の中で、多くの人間が犠牲者になった!諸悪の根源よ!お前は!!!」

「余計な事を知って、愚かな人間だな!」

車椅子上と言うハンディキャップを背負っているにも関わらず、堂々とした振る舞いをしているエレグ。この男の余裕は、やはり信用している人間が居るが故に成り立つのか。それとも巨万の富を築き、国を作り出そうとする器量から来る余裕だというのか。

「知って何が悪い!?その真実を知らないで、何も罪のなく死んで行った人間だっているのに!自らの秘密を隠す為にそれに近付いた人間を、部下を使って殺してきたお前の存在!許される筈がない!!」

この男が組織した氷河族。それにより、多くの犠牲者が出たのは事実である。氷河族による犯罪行為によって殺された民間人、そして組織内でも、情報を知ろうとする人間の殺害、そして、アルン・ティーンズがリーダーを務める一部組織が連帯責任という理由での抹殺。全ては、この男が根源であった。

「私がお前に対して憎しみを抱き、殺す気でいるのは皆に対する弔いよ!!特に、ゲーンの!確かに私は自分勝手に生きてきた!そうなったのもお前に人生を狂わされたからなのよ!!!」

「自ら事業、組織を興してすらいない、それに追従して便乗するだけの寄生虫が偉そうに!」

ベッドに隠れながらも、エレグの言葉に耳を傾け、怒りを感じているウィリアは口唇を震わせながらも、喋る。その怒りの口調は留まる事を知らない。

「弟を殺されて、復讐の為に組織に入って……多くの人間を利用して……やがて一人の男に辿り着いて……更にその復讐の為に私は人を利用して……その人が殺されて……それでも私は復讐の為に生きて……結果的に多くの犠牲者が出た……全部、お前のせいだわ!」

“その人”と言うのは、ギィルの事を示していた。ノード・ベルン殺害の為に協力をしていたギィルは、彼女に協力する過程でノードに殺害された。この悲劇も、エレグが全て引き起こした弊害であると彼女は言いたいのだ。

「それは自分の非を他人に対して八つ当たりしてるだけにしか聞こえんなぁ?」

八つ当たりと言う言葉は厳密には違う。諸悪の根源は間違いなく、この男である事に変わりはない。

「私は情報を常に得て来た!バンディットとして!多くの情報を得て、お前に辿り着いた!そして、今まさにそれを成す時だわ!」

ベッドに隠れながらも怒りを隠さないウィリア。感情だけが吐露している状態だ。それは、彼女にとって危険極まりない状態と言える。

 だがエレグは近付く事なく、まるでウィリアを迎え入れるかの如く、次に発する言葉は衝撃を与える事になる。

「情報に拘るお前に耳寄り情報だ。”バンディット”という立場の時点でお前は俺の手の内に踊らされていたに過ぎないんだよ。」

「え……!?」

デウス動乱後、ある人物が運営するSNSのサイトから始まったとされる、裏家業である存在、バンディット。バンディットに登録している人間は様々な仕事を請け負う。探偵業や殺し屋と言った職業を始め、様々な稼業を行ってきた。

 この男が言う、〝手の内で踊らされていた〟とはどういう事なのか、それは今からこの男の口より明かされる。

「バンディットは戦後、氷河族結成の後に俺がSNS上で事業として始めたものだ。」

「何ですって……!?」

バンディットと氷河族には共通点があった。それは、元締を知ろうとすると何らかの形で制裁を加えられるという事だった。つまり、その元締が同一人物であるならばその説明が付きやすいという事だ。

「そう。全ては俺が元締と言う訳だ。氷河族の傍ら副業でバンディットを行う人間も居たが、皆いずれもが元締が同じと知らずに行動しているよ。そしてその真実に近付いた者は皆が消される。俺の信用する人間、パニッシャーによってな!」

結局、ウィリアは二重の意味で男に踊らされていたという事が今、明らかとなった。氷河族とバンディット。同じ元締。故にそれを知ろうとした者は消される。徹底した秘密主義。自らが信用する人間しか受け入れないこの男の掌に踊らされた事実は、ウィリアを更なる怒りに駆り立てた。

「エゴの極み……どれだけ人を犠牲にすれば気が済むの……?」

手が、震える。怒りを抑えられない、ウィリア。今にも彼女はエレグに向けて銃を構えたくて、仕方がない。いっそこの銃を男に向け、放つ事が出来ればどれ程、楽か。

 しかしエレグの車椅子には機関銃が仕込まれている。下手をすれば撃ち抜かれるのが目に見えているのだ。

「お前を始め、情報を知りたがる人間と言うのはな、その秘密を明かされたくないと願う人間からすれば迷惑極まった存在だよ。奴等はその情報を餌にしてネット上等に拡散させ、広めようとする。新生連邦の情報、平和国連盟の情報……それらは情報部によって隠蔽されてこそいるが、それでもジャーナリストと言った存在が何らかの形で明かすよ。何故だと思う?」

人間や組織には必ず、“秘密”がある。それ故に人は生きている。

 だがその秘密は明らかになっては行けないものも、中にはある。それが公になった時、個人、組織に悪影響を及ぼすものもあるのだ。それを守秘する為に、新生連邦や平和国連盟には情報部が存在している。組織にとって都合の悪い情報の隠蔽を徹底し、世界を管理している者達だ。

 だがその秘密はFPBを設立したギア・ジェッパーによって暴露されたのだ。世界中に明かされた事実に対して怒る平和国連盟と国連軍。その怒りの矛先は、FPBに向けられている。戦いの部隊が宇宙に移行していく中、FPBに寝返った元国連軍に対する報復は、今も続いているのである。

「それが、どうしたと言うの!?」

今、その状況でそのような話をして何になる?忌むべき敵が居る状況で、そのような話等聞く耳を持つ筈がない。その中でも、エレグは静かに語り続ける。まるで、ウィリアのような存在に対し、呆れて果てているように。

「大半の意見として挙がるのが、諸悪の根源を突き止めた事による英雄的感覚に酔い知れるか、あるいは情報を突き止めた事に寄る下らない金を得るかだ。ジャーナリストやお前のような存在と言うのはな、所詮は隙間産業モドキの事しかしない連中ばかりだ。お前自身は真相を突き止めた気になっているかも知れんが、結局どいつもこいつもエゴそのもの。お前は俺の事を憎んでいるかも知れんが、所詮は同じ穴の狢!」

あざ笑うエレグの声が響く。歯を食い縛り、ウィリアは口唇と、手を震わせているのだ。

「確か、お前の弟は金を得る為に氷河族の情報を知りたいと、偽りの情報に嵌められたとか言ってたな。あれも所詮は金銭を得る為のエゴに過ぎんのだよ。金銭を得る理由がどうであれな。」

金銭を得るのにはそれぞれの事情がある。遊び金の欲しさ、学ぶ金の欲しさ、生活費等様々だ。だがそれに引っ掛かれば、そこに待ち受けるのは死、そのもの。それが氷河族と言う名の組織なのだ。

「そしてその遺体はビジネスに利用させてもらったよ。人の身体はその存在そのものがあらゆる需要を持つ。こうして世の中は回っていく。これ以外にも、各地で起きていた紛争やテロ行為等の幇助は大きなビジネスとなり得る。国同士の戦争や組織同士の抗争に於いてもそれを幇助する事されすれば莫大なビジネスチャンスとなる。そして、現代のMS事業の存在は大きな利益を組織にも、会社にも、もたらしたという訳だ!」

あらゆる手段を用いて金銭を得た男、エレグ。その目的は世界を裏から操るという事。裏社会の絶対的な支配者となる事が、男の最終目的。

 この男が氷河族を通じて行ってきた非人道行為や戦争幇助行為は数知れない。例を挙げるならば、ある一つの国家が氷河族に金を出す事で、その国家が侵略しようと考えている国に対して様々な策を練る。そして、その為に彼が組織した人間を派遣し、侵略しようとしている国を混乱に陥れ、侵略し易い状況にするといった行為も今までして来た。

又、侵略とは異なるが、アルメジャン紛争を起こすきっかけとなった、フォン・ヤマグチの暗殺を引き起こす根源となったのは、紛れもない、この男である。彼が首相を務める日本は新生連邦にとっても、平和国連盟にとっても経済的な面で重要な拠点となっており、互いに表面化では協力関係を築かざるを得ない状態だった。その中を、アルン率いるメンバーがフォンを暗殺し、世界情勢を不安定に陥れたのだ。

デウス動乱後の、世界の裏で隠された多くの事件。その大半に関係しているのは、間違いなくこの男が作り出した組織である、氷河族が関係していると言えたのだった。

「よくも、よくもゲーンを!!!」

弟を侮辱したエルグの言葉に対し、遂にウィリアの怒りが限界を超えた。煽るエレグの口調が不安定だった彼女の感情を爆発させるのに十分な着火剤の役割を果たしていたと言えたのだ。

 やがて、ウィリアは銃をエレグの眉間に構えた。姿を見せ、すぐにでも決着を付けようと試みた時――

 

パァンッ

 

「あああああああああああっ!!!」

ウィリアの右大腿部が、突如撃ち抜かれた。激痛を訴える彼女は立っていられず、床に座る形を取らざるを得なかった。その勢いは凄まじく、銃弾を浴びた箇所からは血が、溢れ出る。

 痛い。尋常とは言えない痛みが、彼女に伝わっていく。予想外の疼痛は、予測された疼痛よりもより過敏になっているように感じられた。筋性の痛み?骨性の痛み?それらを恐らく凌駕するような激痛がウィリアを襲うのだ。

「良いタイミングだグァン。流石だな。」

「いやぁ、ギリギリでしたね。申し訳ありません、ボス。てかウィリア!お前わざわざ会いに来てくれたのか!嬉しいなぁ!」

彼女を撃ったのはグァンだった。激痛に苦しむウィリアはグァンを睨むように見る。

「グァン……っうあああ……!」

「大したもんだなウィリア!こんな場所にまで来ちゃうんだから!でもそれももう終わり!俺はお前よりボスの方が大切だからな!」

 最悪の状況だ。よりによってエレグの救援に駆け付けたのがパニッシャーであるグァンだったのだ。残酷な男がこの場に現れ、ウィリアは危機に陥ってしまう。

やがて、グァンがウィリアの頭部に銃を構えたその時――

「まだ撃つなよ。こいつは自力で俺に辿り着いた。せめてもの情けをかけてやろうと思ってな。」

エレグの言葉が男の凶行を止めた。

「了解です、ボス。」

と言って、グァンは銃をポケットにしまう。それと同時に、車椅子に乗りながらも堂々とした振る舞いを見せるエレグは、血を流し、身動きが取れないウィリアに対して言った。

「動機がどうであれ、バンディットとして、氷河族とバンディットを掛け持ち、組織の為に貢献した事は間違いない。ならばせめて俺の思惑を知ってから死ぬのも悪くないだろうに。」

「思……わ……く……?」

激痛の為、言葉をまともに発する事が出来ないウィリア。そしてエレグは自分の口から野望の事を語り始めた。

 それは、ジャンヌに対しても言ったように、地球圏の支配をするという事が彼の目的。その第一歩として、まずは今支配下に置いているこの北欧、ノルウェーの地を支配し、勢力を拡大していく。その第一歩として、アステル家に脅迫する形で協力させ、その力を付けて行くという事がこの男の目的だ。

 多くの出来事に翻弄されながらもウィリアはエレグ・スウィードという人間に辿り着いた。その褒美として、エレグは情けを掛けるかの如く、彼女に情報を与えたのだ。

 全てが、繋がっていく。戦後になり弟を嵌められ、殺されたあの時から、今に至るまで、全てが。ウィリアは全てを知り、そして、改めてエレグに対して怒りを見せていた。

「だから……お前は……ジャンヌ・アステルを……うぁぁっ……!」

反抗しようにも、激痛が彼女を襲う。言葉も、途切れ途切れになっていく。

「グァンから聞いていたよ。お前もジャンヌ・アステルの居る戦艦に同伴していたという事はな。」

車椅子上で、右大腿部から血を流して倒れているウィリアを見下すエレグ。その側には、忠誠を誓っている危険な男であるグァン・ホーキーズ。危険な男二人が、彼女を見つめている。

「……ふざけている……!自分自身がただ、支配者となって権力を掴みたいだけ……そんなエゴの塊……そんな人間が世界の権力を握るなんて……!」

「俺は大真面目だ。だから戦後、俺はこの頭を使って常に部下を使い、動かしてきた。クレーディト社だけでなく、氷河族やバンディットを操り、そして今に至る!!」

その時、エレグはグァンの方に視線をやった。と同時に、グァンは静かに頷き、笑みを浮かべ、笑みを浮かべ、ウィリアに対し――

 

パァンッ

 

「あああああ!!!」

今度は、グァンは彼女の左肩を撃ち抜いた。再び襲う激痛は、ウィリア自身を苦しめていく。

「惚れた女を撃っちまうなんて俺ァなんて幸せな男なんだぁぁぁー!勃っちまうよォー……」

狂気の男、グァンの股間部は怒張している。相手が痛みに悶え、苦しむ姿を心から笑っている危険な男は、相手を傷つける事で喜びを感じる。その喜びは自らの象徴に現れている。歪んでいる象徴と言わざるを得ない。この男は、紛れもなく危険だ。

「お前の弟を殺した時も苦しそうな声上げてたからな!両腕を全てチョンパしてよォ、肉を焼いて骨を骨粉にしてよォ、そこからライブ映像配信!最後はコンクリに埋めて窒息死ィ!ヒャハハハハハ!」

「な……に……?」

明らかになった事実がもう一つ。ウィリアの弟、ゲーン・ラーゲンを直接殺害したのは、グァン・ホーキーズである事が明らかになったのであった。

 彼女に送られた謎の映像。そこに映ったゲーンの死の瞬間。それを撮影していたのはこの男である。グァンは、自らの悦楽の為にグァンを殺し、そしてその遺体はビジネスに利用されたのだ。

「その姉が今度はボスを殺そうとしてやがるって話だモンな!恨む相手を間違えてんじゃねぇか!?ウィリア!お前が本当に恨むべきなのはな、ノードの社長さんでもボスでもねぇ!俺だったのよォ!ヒャハハハハハ!」

疼痛の閾値が下がっている状況で、痛み刺激が全身に伝わる中、ゲーンを殺害した真犯人の事を聞かされたウィリア。この復讐劇の黒幕の一人が、彼女を撃った男という訳だ。

 悔しい気持ちが、再び。以前ノードと対峙した時に感じた感覚なのだろうか。その際も銃を撃たれ、意識を失い掛けた。だがメイドが来てくれて、結果的にノードを殺すことが出来た。だが、それで全ては終わった訳ではなかった。本当の黒幕は、この部屋に居る二人。そして、本当に倒すべき敵は、ただ、一人。

「……やはり……お前は殺すわ……エレグ・スウィード!!!」

彼女が選んだのは、実行犯ではない。諸悪の根源であるエレグだ。今の彼女の中にある想いは、ゲーンだけに留まっていなかった。多くの人間達を巻き込み、そして殺されていった諸悪の根源を倒さなければならない。一番倒すべきなのは、車椅子に座している、目の前の男だ。

 ウィリアは痛みに悶えながらも、懸命に動く。銃を構え、エレグを狙い撃たんと、迫る。この男は倒さなければ。諸悪の根源である、この男を。全ての決着を今、着ける為に――

 

ダダダダダダダダダダダダダ

 

「ぅぁ――」

ウィリアの銃弾が放つ前に、車椅子に搭載されている自動銃の方が弾丸の発射が僅かに早かった。そして、弾の数も段違いだ。

 容赦のない弾はウィリアを襲う。避け切れないその数は無慈悲にも彼女の腹部に迫って行った。無情な弾丸を浴びたウィリア。

 やがて、そのまま地面に倒れてしまう。数多の血液がエレグの居るこの部屋を汚していく。まるで、諸悪の根源であるこの男の喉元を喰らいつくように。

「お見事です、ボス。」

グァンが、静かな拍手を送った。自らを殺そうとする存在に対し、打ち勝った事に対しての賞賛だろう。

「弱さが露呈したな。怒りに任せればいくら冷静に分析出来る人間であれ、我を忘れてしまう。悲しいものだ。」

と、言いながら目の前で倒れているウィリアの姿を見て、どこか憐れむ様子を見せたエレグ。

「あーあ、ウィリア。今のお前は血生臭いグロテスクな得体の知れないクリーチャーだよ。人間ってのはどんなに綺麗だったとしても撃たれたら血まみれになるんだから怖ぇよなー。俺の恋心が冷めちまうからな。糞が。」

好きな人間である筈のウィリアに対し、罵声を浴びせるグァン。彼女への愛情より、ボスへの忠誠心が勝り、ウィリアに対して暴言を吐く。この男には、本当の愛情というものはないのだろう。ただ君主の為に己のままに、悦楽に生きる危険極まりない男、それがグァン・ホーキーズなのだ。

「さて、俺はエファンの所へ行く。グァン、お前は他の侵入者が居ないかどうかを確認しに行ってくれ。……その前に“マスドライバー”を起動させておく必要がある。あいつはあいつなりに新生連邦内で暗躍しているという話だからな……万が一、俺に何かあったとしても、エファンを宇宙に逃す為にな。」

マスドライバーの起動。今から、この男はそれを行おうとしている。一体、何の為に?

ウィリアが倒れ、動けなくなった姿を見届けた時、エレグは部屋にある、一つのスイッチを押した――

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

その時、部屋が大きく揺れ始めた。その部屋だけではない。この施設全体が揺れている。一体何が起きているのか、それは今、クレーディト社から脱出しているアレン達には分からない事だった。

 

 

 

地上ではクレーディト社そのものが半分に割れ、中からマスドライバー施設が出現していた。突然の出来事に、アルバトスのクルー達は驚愕していた。

全長推定3キロメートルはあろう、その施設。レール長だけでも2キロ以上はある。レールの途中からは大気圏離脱の為に角度が急に近い角度を作り出し、物質を放り投げるように存在しているその施設。人類が宇宙に進出する為に必要不可欠なその存在はこの地に於いて異様な存在感を放っていた。

この間、氷河族の構成員がファドゥームを駆り、アルバトスに攻撃を仕掛けている。左腕部の鋏部分からはビーム粒子を展開し、攻撃を加える。迎撃に向かうのはハルッグやヴァントガンダムと言った機体だ。

「マスドライバー……?一体、どういう事だ……?」

戦闘中、その異様な光景にネルソンは、ただ疑問を抱くだけ。その間に迫るファドゥームを撃墜しながら、アルバトスを守る。中ではどうなっているのか?ジャンヌは無事に助け出す事が出来ているのか、気にしながら。

 

 

 

 アレン達は地上へ向けて脱出している最中だった。先程の揺れを感じたアレン達は驚くが、揺れが収まったと同時に再び地上へ向けて走り出す。しかし――

「力を持つ者が三人も、地上へ向けて脱出しようとするか……面白い光景だな、アレン・レインド。」

「エファン・ドゥーリア……!」

彼等の前にエファンが現れた。アレンはエファンの事を、脱出の最中にジャンヌから聞いていた為それ程驚きはしなかったが、実際にこの男が眼前に出現するとプレッシャーを感じ始めた。

「この人……怖い……何なの……この感じ……」

ココットが、エファンに対して怯えている。男の放つプレッシャーがそうさせるのだろうか。

「大丈夫、俺が守るから……」

怯えるココットを庇うようにして、彼女の前に立つアレン。

「ほぅ、勇敢なものだ。自分が犠牲になる気で来るとは。」

「どうしてここに貴方がいる!?」

「個人的な理由だ。彼とは友人なのでな。答えるまでもない。」

「個人的な理由なら俺達は関係ないだろう!そこを通せ!」

アレンがそう言って一歩前に進もうとした時――

 

パァンッ

 

エファンは所持していた銃を、彼の足元に向けて放った。銃声が周囲に反響し、聴覚に対する鋭い刺激となっている。

「どうして撃つ必要がある!?関係が無い筈だ!」

「何を言っている。私的な理由があるのでな。お前達のようなシンギュラルタイプ、アドバンスドタイプの抹殺。これが私の目的という事を忘れた訳ではあるまいな!?」

「なっ……!」

エファンは残虐な表情を浮かべ、ほくそ笑む。

「力を持つ人間は邪魔な存在……ここに三人もそれが集まる事は私にとって有益な事だ。何よりもジャンヌ・アステルがこの場にいる事は非常にありがたい事だ。」

エファンは再び銃を構え、アレンの頭部に銃口を向けた。

「まずは一番厄介なお前を殺さなくてはな。“あの時”のように、今回は焦らさない。確実に葬ってやろう。」

そう言ってエファンは引き金を右示指で触れていく。

 

ピキィィィ

 

アレンの脳内で電流が流れた。銃弾の軌跡が、見えるようだ。彼はそれを見た後、エファンの放つ弾丸を回避する事に成功していた。

すぐに彼はエファンの手から銃を離そうと、彼の銃に目掛けて銃弾を放つ。幸いにもそれは直撃し、エファンの所持していた銃が弾かれ、床に落ちた。

「痛み……か」

その衝撃はエファンの右手に直に伝わる。痛みがこの男を襲う。

それが好機と判断したアレンは、ココットとジャンヌに対し、急いで逃げるように促した。激痛に悶えるエファンを後にし、脱出する三人。しかし……

「私は両利きの人間なのだよ、アレン・レインド!」

そう言った直後、エファンは左手に、既に予備の銃を持っていたのだ。やがてそれは、すぐにアレンに目掛けて発砲した。弾丸が発射された位置は非常に正確で、それは確実にアレンの頭部を狙っている。

「あっ……!?」

銃弾が迫ってきているのに気付いた時には既に遅かった。彼が振り向いて、避けようとするにも銃弾は早過ぎるのだ。アレンは目を瞑り、直撃を覚悟した――

「ダメぇぇぇぇぇ!!!」

 

ドサッ

 

アレンが目を瞑った時、その声が聞こえた。と同時に何かが倒れる、鈍い音が聞こえた。そして彼が目を開けると、そこには……

「ココット!?」

胸から血を流して倒れているココットの姿があった。彼女はアレンを庇い、自らが銃弾の犠牲になったのである。

自らを守ってくれたココットに感謝するアレン。それと同時にエファンに対して怒りが込み上げてきた。

「目を伏せろ!」

と、同時に、アレンは所持していた閃光弾エファンの方向に投げた。やがて激しい光が辺りを包み、エファンの目をくらませた。その間に、三人は別の場所へ逃げる事を選択したのだ。

「エファン、どうやら逃げられたようだな、残念だ。」

そう言うのはエファンの後ろから現れたエレグである。

「いや、こんなものは子供騙しに過ぎませんよ。私には位置が分かる。せっかく貴方に人間劇を見てもらいたいのに、こんな所で失敗はしませんよ。」

「では、俺はお前について来たらいいのか?」

「そうですね、それが確実ですね。」

エファンは笑みを浮かべ、三人を探し始めた。この男達の気味の悪い笑みは、何を示すというのか。

 

 

 

 先の場所から逃げてきた三人。そこは、倉庫らしき場所だった。アレンは怪我をしたココットを負ぶってそこまで走った。ココットの脈拍は更に上がっていき、呼吸も激しさを増していく。その中で、激痛に悶える。

「はぁ……はぁ……」

「ココット……どうして……」

「だって……アレンが死んじゃうの……嫌だから……でも……アレンと……あの、ウィリアさんが……ここに行く前に……言ってた事……実現できたね……アレンの弾避けになれた……」

「何を言ってるんだ!大体、ココットがどうしてここに居るのかも分からない!それでどうして君が傷を負わなきゃ駄目なんだよ!?」

全てはエファンが仕組んだ事なのだが、ココット自身もそれは分かっていない。だが彼女は痛みと戦いながらも笑みを浮かべ、涙を流した。

「でも……アレンが死んじゃうかも知れないって不安に思った時にね……さいつの間にか意識を失ってた……。でもね……それって、今思えば悪い事じゃなかったのか持って思うんだ……」

「もう……喋らないで……血が……出続けてる……」

両者は涙を浮かべる。アレンは悲しみの涙、一方のココットはアレンを守れたと言う嬉しさと、死んでしまうかも知れないと言う悲しさが入れ混じった涙を流しているのだった。

「アレン……ジャンヌさん……私を……置いて逃げて……ね……どうせ……もう私は助からないから……」

胸を撃たれ、一歩も動く事が出来ないココット。彼女は置いて逃げろと言うが、そのような酷な真似を、アレンに出来る筈がない。

「何を言ってるんだ!?死ぬなんて意味が分からない!なんでココットがこんな目に遭わなきゃならないんだ!!滅茶苦茶だ……」

「そうですわ!ココットさんも一緒に……」

アレンとジャンヌが説得するが、ココットは諦めた様子で言う。

「致命傷だって……自分で分かるから……。それにね……私……やっとアレンの役に立てたって思うから……」

「役に立ったって……意味が分からない!」

「居るだけの……女なんて……嫌だったから……どうしても……役に立ちたかったから……」

「言っただろ!君がいてくれるだけでいいって!それで幸せなんだって!!」

アレンの必死の言葉も、今のココットには全て嬉しく感じられた。自分のしたい事が出来たという事で、彼女は笑顔になり、アレンと話す。

「そう言ってくれて嬉しい……でもね……私も……アレンを……守れて良かった……でもね……やっぱり残念だなぁ……」

ココットは涙を流しながら、優しくアレンを見つめた。

「あのね……私は……アレンがね、誰よりも……大好きだから……」

「え……?」

段々と彼女の目が細くなっていく。そして――

 

 

「アレンの……素敵なお嫁さんに……なりたかったな……」

 

 

それがココットの最期の言葉だった。その後彼女の目は完全に閉じられ、安らかに息を引き取ったのである。

「嘘……だ……嘘だ……嘘だろ……これ……」

「ココット……さん……お願いです!息をして下さい!う……うぁぁ……どうして……どうして貴方がぁぁ!?」

デウス動乱内でアレンとココットは出会った。戦いが続く内に互いに惹かれ合い、そして戦後になって彼等は再開し、行動を共にし続けてきた。アレンにとって彼女はかけがえのない、支えとなっていた人間だったのだ。

 ココット・メルリーゼ……フランス、パリ出身の女性。身長はアレンよりやや低く、顔つきは愛らしく、目も大きい。茶色の髪色は肩まで掛かっているのが特徴的だ。性格は大人しく、目立ちたがりという訳ではないが、他者に対し、意見を言う時は言う、しっかりとしている一面も持っていた。

そして、何よりもアレンと同様、優しい人間でもあった。優しい人間同士が惹かれ合い、付き合うまでに至り、両者は何度も愛し合った。今、アレンの中で彼女との様々な思い出が蘇る。それと同時に、彼女がアレンに対して残した台詞が、次々と思い出されていく――

 

―――――――――――――アレンの事ずっと思っていたい―――――――――――――

 

―――――――――――――役に立つ為に私も行動したいの―――――――――――――

 

―――――――――――――私も、サポートするからね―――――――――――――――

 

――――――――――――――アレンの事が、とても愛しいの――――――――――――

 

―――――――――――私だって……アレンの事誰よりも心配なんだよ―――――――

 

――――――――――私……アレンの役に……立ってるのかな――――――――――

 

―――――――――――――アレンが死んじゃうの……嫌だから――――――――――

 

―――――――――――やっとアレンの役に立てたって思うから―――――――――――

 

 

 

――――――――――アレンの……素敵なお嫁さんに……なりたかったな―――――――――

 

 

「嘘だぁぁぁ!!!目を開けてよ!ココット!なんで!どうして死ななきゃならないんだよ!一番戦争と無縁の君がどうして!なんで死ななきゃならないんだ!!!うぅ……ああああああああああああああああああ!!!」

最愛の人物の死はアレンを絶望の淵に追い遣る。だが彼がいくら嘘だと言っても、ココットは決して目を開ける事はなかった。 

ココットの最期の死に顔は見る者をどこか、優しい気持ちにさせるような、笑顔だった。

しかし、アレンとジャンヌにとってはその笑顔を見ても、悲しみしか抱かない。もう、決して動く事はない彼女。それでもアレンは、彼女の遺体を抱き締めた。そして涙を流し、悲しみに暮れた。

「ココットさんが……こんな……事……うぅっ……うぅっ……」

「うわあああ……あああ……」

涙を流す両者。二人は、もう動かないココットの遺体の前で、涙を流し続けていた。

 アレンにとっては最愛の人として、ジャンヌとしては友人として、戦後の世界を共に行動してきた。まさかこのような形で彼女の人生が終える事になるなど、誰が予想出来ようか。余りに突然過ぎる出来事は、彼等を現実から遠ざけた。現実感のない感覚を、味わっている二人は目の前で動かないココットの遺体を見て、涙を流すしか出来ない――

 

パァンッ

 

その時だった。一回の銃弾の音が聞こえたのは。その銃弾は、死んだココットの遺体の側頭部を撃ち抜いた。まるで、追い討ちを掛けるかのように……。

涙を流していたアレンはその方向を見る。そこにはココットを殺した張本人、エファンの姿があった。

「シンギュラルタイプの人間の感覚が完全に潰えた。呆気なかったな。」

そう言って、エファンは更に銃口をココットの遺体に向けた。だが、この間にもアレンは手を離す事はない。彼女を殺した張本人であるエファンに対し、眼を濡らし、睨む。

「アレン・レインド。そのように感情を剝き出しにする男がガンダムに乗って戦うとはな。愚かの極みというべきか。所詮失われたのは一つの命。まあ、お前にとってはそれがどんなものかは、大方予想は付くが。」

エファンは平然としていた。最愛の人の遺体に追い討ちを掛ける為に頭部を撃ち抜き、余計に惨い姿へ変えるこの男……眼前でココットの遺体を傷つけられたアレンの怒りが収まる筈がない。

しかしエファンは彼の怒りを余所に、語り続ける。

「命の価値は人それぞれだ。この女も、お前にとって赤の他人ならば何も感じなかっただろうにな。だが、それが、人と言う存在だ。今回起きたのは、只の悲劇。悲哀。お前にとってのな。ただ、この出来事は私には、必要な事ではあるがな――」

「うるさい黙れぇ!!!」

エファンの言葉を遮り、遂に、アレンは悲しみを超え、怒った。怒りを露にしたアレンは銃を構え、エファンに向けて銃を連射した。しかし、エファンは何度も銃弾を浴びているのにも関わらず、たじろぐ様子を、全く見せない。

「お前が!お前が、ココットを!!!ココットをぉぉぉ!!!」

目の前でココットの遺体に銃弾を放たれては、彼が怒らない筈がない。ジャンヌもエファンの行動に怒りを感じており、アレンを止める事はしなかった。

しかしいくら彼が銃を撃っても、エファンは倒れない。というのも、忌むべきこの男は全身に防弾仕様のアーマーを着用しているからだった。

やがてアレンは銃弾が空になるまで銃を撃ち続け、銃の弾が切れてしまった。

「やはり、怒りは人を狂わせるな。死んだ女も哀れだな。力さえ持たなければこのような末路を迎えずに済んだのにな。」

煽るように発言するエファン。しかし、この言葉がアレンの怒りを更に引き出させていく。

「お前の勝手な考えで、なんでココットが殺されなきゃならない!?勝手な理屈ばかり述べて!ココットを殺して良い事に繋がる筈がないだろうがぁ!!!」

許せない。最愛の人を殺され、その遺体の頭部を更に撃ち抜くという追い討ち。ここまでされ、アレンは怒る以外に選択肢がある筈がない。この男は、倒さなければ。絶対に、確実に。

「良いものを見せてくれた。これがお前の言っていた、人間劇か、エファン・ドゥーリア。」

その時、更にその場に現れたのはエレグだ。ココットの死によるアレンの発狂が、エファンの言う、〝人間劇〟だったのである。先の光景を見て感心している様子のエレグに対し、エファンは言った。

「愛する者との死別……こうした人間関係というのは、非常に考えさせられますね。人間とは、本当に興味深い存在。私が貴方に関心を抱いたのは、私と価値観が似ているからなのかも知れない。」

「互いに良き友であれた事は光栄だよ。エファン。人間の存在を考える者同士故にな。」

この悲惨な状況にも関わらず奇妙な友情を語るエファンとエレグ。この異常さが、どこか恐怖にさえ感じられるのだ。それも、エファンがココットを殺害した張本人であるのにも関わらず、まるで第三者の視点からの如き口調で語っているのだ。

「さて、私としても美しい光景を見せる事が出来て満足です。それでは、この男にもう用はない。消えて貰おう。」

 

ジャキンッ

 

そしてエファンは銃を構えた。怒り狂っているアレンはこの男の構える銃が見えていない。ジャンヌはアレンを止めようとするが、エファンを殺そうとするアレンに聞こえる筈がなかった――

 

パァンッ

 

エファンが銃を発砲する前に、更に後方で銃声が鳴った。その銃声が聞こえた直後、エファンの左手は血を流していた。

「ん……?」

彼を撃ったのはアレンではない。銃弾は切れていた為、彼にはエファンを撃てない。では、誰だ。

エファンが視線を送る先に居たのは、赤い血で染まってしまっているウィリアだった。腹部に機関銃弾の雨を浴びたにも関わらず、彼女は生きていた。右足を引きずるように動きながら、動きながら、ウィリアは銃を構えており、アレンに言った。

「アレン……逃げ……なさい……早く……!」

「ウィリアさん!?」

重傷のウィリアだが、彼女はその状態にも関わらず、二人に対して言った。

「早く!ココットさんの分も貴方達は生きなさい!ここで無駄死にする気なの!?貴方達は必要なんでしょう!!!今後の為にっ!!!」

血に塗れているのウィリアを見て、思わず彼は目を逸らした。ジャンヌはアレンに急いで脱出するように言う。

 この時、せめてココットの遺体を回収したいと思っていたアレンだったが、今はそのような余裕等ない。頭部と胸部が赤く染まったココットの遺体をここに残し、彼等はやむを得ず脱出する事を決意したのだった。

「ほぅ、邪魔をしてくれたな女……お前からは何も感じない。所詮はオールドタイプか……フン……」

左手から流れる血を見て、苛立つ様子を見せるエファン。一方のウィリアはもう、いつ倒れてもおかしくない程の血液を全身から流している。まさに、瀕死の状態だった。

「だが、お前に構ってなどいられるか……奴等を逃す訳には行かんのでな……!」

そう言ってエファンはこの場から去った。 

だがこの時、ウィリアは追撃の為に銃を撃たなかった。何故ならば、彼女の本命が眼前にいた為である。

「事前に着込んでいた防弾アーマーが役に立った……わね……さて……お前だけは殺すわ……エレグ……」

ほぼ全身を撃たれても彼女が立てた理由……それは防弾アーマーによるものだった。それでも痛みを感じる事に変わりは無いのだが、全く立てない程の怪我と言う訳ではなかったのである。彼女の執念が、そうさせるのだろう。

「やれやれ、死に損ないが!」

車椅子上というハンディを背負いながらも怪我一つしていないエレグと、全身から血を流しているウィリア。だが痛みが伴っている分、ウィリアの方が不利である。幸いとすれば、グァンのような危険人物がこの場にいないという事だろうか。

「……これで決める……お前を殺すわ……!」

そう言って、ウィリアが取り出した“もの”。手掌で覆えるようなサイズのそれを持ち出し、ウィリアは残る力を振り絞り、動き出す。

「ボロボロな身体でご苦労な事だ!」

彼女自身の意識は薄れている。その中で、目の前の闇を倒さんと、行動する。彼女の全力の行動が、今行われようとしている。

 

パァンッ、パァンッ

 

ウィリアはエレグの車椅子に対して銃を連射したのだ。その車輪を止める事が出来れば、エレグの動きを止められると考えたのだろう。

 

キィンッ

 

だが、それは徒労に終わった。男の車椅子は対銃弾処置を施されており、並の攻撃を受けない。足止めを行おうにも、無意味なのだ。

 ならばとエレグの胴体に向けて銃を放つ。この時、二発。車椅子を駆使し、咄嗟に回避運動を取る、エレグ。男にとって車椅子は足同然。動きを行う等、容易いのだ。

「終わりだ!」

エレグの攻撃が行われる。車椅子に搭載している機関銃が放たれる。

 

カチッ

 

「何ぃ!?」

何故?何故、機関銃が発射されない?撃ったとすればウィリアを狙った時だけ。弾は十分にあった筈。エレグはこの時、初めて焦りの色を見せた。

そして、この焦りこそ、ウィリアにとって絶好の好機と言えたのだ。精一杯の力を振り絞り、痛みに耐え、エレグに接近していく。右手に持っている、“もの”をエレグに対して投げた。

それは、車椅子に当たった時、粘着物質が展開された。やがて装着したそれは、赤色ランプの点滅を開始したのである。それと同時にウィリアは出来るだけエレグから距離を置こうと、全力で走り去ろうとしていた。

「お前の、負けよ……一発の銃弾が機関銃の機能を壊した……そして、それももうすぐ機能する……車椅子を足にしていた事が……仇となったわね……」

「お……前……まさか……!?や……めろ……!!!」

エレグにとって嫌な予感が過ぎった。間違いない、これは危険なものだ。本能でそれを感じ取った。反社会組織、氷河族のボスである男の第六感がそう告げている。離れなければ、死ぬ――と。

 だが、逃げられない。半身不随であるエレグは車椅子を捨てるという選択を出来ないのだ。車椅子から離れるのに時間を要す。瞬間的に動ければ良いのだが、きちんとした手順を踏むのに常人の何倍もの時間を要す。

 普段の生活ならばそれで良かった。だが今は敵と交戦している非常時。非常時に、基本動作に時間を要す事、それはつまり――

 

ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

死を、意味するのだ。ウィリアによって装着したものの正体は、爆弾であった。

その火力は凄まじく、距離を置いた筈のウィリアですら爆風によって身体が飛ぶ程だ。 そして、この爆弾を間近で受けていたエレグの身体はどうなったのか。当然ながら、バラバラになっていた。彼の肉片が倉庫内に飛び散り、赤色に染まっていた。車椅子自体の構造は対弾構造になっており、爆弾の影響を受けなかったのだが、彼の身体があった部分は赤い肉塊のみが残っている状態だったのである。

 氷河族の首魁、エレグ・スウィードはこの瞬間、ウィリアによって倒されたのだ。皮肉にも、男の生活を支える車椅子は無傷であったのに対し、肝心の男の姿は原型を留めていない。

人の姿に拘った男は人を操り、巨大な組織を作り出した。しかしその一方で多くの人間を不幸にし続けた。多くの人間の不幸の果てが莫大な資産を築き上げた。男の野望は国を作り、やがて世界を裏から支配する事だった。その大いなる野望は、復讐者であったウィリア・ラーゲンによって阻止されたのであった。

「やった……遂にやった……あいつを……倒したんだ……はは……あはは……」

忌むべき敵、エレグ・スウィードをこの手で殺害したウィリア。彼女は満足そうに天井を見上げ、これまでにエレグによって犠牲になってきた者達を思い出し、涙を流した。

「敵……討ったよ……ゲーン、ギィル……もう、これで思い残すことはないよ……」

戦後発足した反社会組織の元締めであり、黒幕である男は死んだ。この瞬間、氷河族と言う組織やバンディットは機能を失う事になるが、その情報が広がる事は当分先となるだろう。

 

パァンッ

 

次の瞬間、天井を見上げて笑っていたウィリアを銃弾が襲った。その銃弾は側頭部から脳を貫いており、彼女は頭から血を流して倒れ、意識が、次第に失われていく。

 彼女を撃ったのはグァンだった。エレグが殺された事で怒りを感じたグァンは、躊躇う事無く、ウィリアに対して銃弾を浴びせたのである。

 

(あぁ……私、死んじゃうんだ……レイ君、ごめんなさい……駄目だった、私……)

 

消えていく意識の中で、最期にレイが言った言葉を思い出す、ウィリア。

 

――――――――――――ウィリアさんだって居て欲しいんです―――――――――――

 

だが、その言葉が叶う事はなかったのだった。

ウィリア・ラーゲン。弟を殺され、その仇を討つ為に氷河族に加わった女。あらゆる情報を集め、ギィル・オカザキと結託してノード・ベルンの殺害に成功。だがその事が機となり、連帯責任としてアルン達がグァンに追われ、やがて殺されていった。その中でも、彼女は生き続けた。せめて、恩人たちの為に……と。

 しかしその最期はあまりに呆気のないものだった。一度は死んでもおかしくないと思われた彼女。だが、レイが彼女を助けた。そこから氷河族に追われているメンバー達の事を知り、再び氷河族を倒さなければならないと思った彼女は、その機会を待った。 

やがてセイントバードチームはFPBに加わり、その際に連れ去られたジャンヌの救出の為に動いた。氷河族と言う組織そのものへの復讐を果たす為に。

 しかし彼女は決戦の地、クレーディト社内において、今、エレグ直属のパニッシャーであるグァン・ホーキーズによってその命を終える事になったのである。彼女の弟を直接殺した男は、今度はその姉にも手を掛けたのだ。

「死に損ないの赤グロ糞虫がボスを殺しやがった!ボスぅ!ボスゥゥゥゥゥ!!!」

その言葉に、ウィリアに対する愛情は一切無い。躊躇なく彼女を殺めた狂気の男の台詞だけだ。

「糞がぁぁぁぁぁ!どいつも、こいつもォォォォォ!!!気持ち悪い姿見せてんじゃねぇよォォォォォ!!!」

苛立った男はあろう事か、この部屋に存在している遺体に向け、所持していた銃を連射し始めたのである。何発も、何発も。

ココットの遺体や、ウィリアの遺体、そして、エレグの肉片。自暴自棄とも言える行動だ。原型を留めている遺体に対しては、頭部は勿論、腹部や下腿部等も延々と撃ち続けた。

最早、この行動そのものが異常だ。すでに死んでいる遺体に対して容赦なく銃弾を撃つこの男の奇行。それが、グァン・ホーキーズという男なのだ。

「ハー、ハー、糞がっ!糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞ォ!」

銃弾が放たれ、倉庫内に金属音があらゆる箇所に響く。無意味な行動は更にエスカレートしていく。

やがて、弾は切れた。その間も引き金を引き続ける、グァン。狂気の行動は、止まらない。

男の崇拝する存在は死んだ。それがこの男を狂気に駆り立てる。元々狂っている男は更に暴れ、非合理的な無意味な行動を取っている。何の為に?己が満足する為に?

その際、男が見たのはウィリアの遺体だった。血化粧によって赤く彩られている、麗しかった女性。もう、それは決して動く事はない。見開かれたその眼は何を見ているのだろうか。

「ウィリア〜本当にお前は残念だったよなぁ〜。せめて、お前だけは後で綺麗に洗って持って帰ってやるからな〜。ボスは身体が飛んでいっちまったしなぁ〜。」

と、言った後。突如グァンはウィリアの遺体を、突然背負いはじめた。この男の意図は全く不明な上、掴めない。男の目的は一体?ただ、この男は間違いなく狂気に包まれている。でなければ、このような行動などする筈がないのだ。

 これから男は何をするのか、それは分からない。血生臭い死体だらけの部屋からウィリアの死体だけを運び出すグァンは、ただ、行動するばかりなのだった。

 

 

 

 アレンとジャンヌはクレーディト社から脱出した。亡きココットを置いていき、そのまま両者は走っていく。しかし、後方からはエファンが迫ってきていた。左手から血を流しながら、二人を殺さんと、男は迫っていく。

「逃さんぞ。」

不敵の笑みを浮かべるエファン。このまま両者に接近するかと思われたが――

 

グォンッ

 

そこへ、一機のヴァントガンダムが立ち塞がった。ジャンヌの存在を確認したFPBの兵士がエファンの邪魔をせんと、立ち塞がったのである。

「ジャンヌ様!ご無事で!ここは私が食い止めます!」

兵士の声を聞いた両者は彼の存在に感謝しつつ、移動する。

今、FPBと氷河族の構成員が戦闘している。だがFPBの攻撃が功を成し、敵戦力は最早風前の灯火とも言える状態と言えたのだ。

「やれやれ、面倒だな。仕方がない、あの二人はまたの機会にしよう。マスドライバーを使い、先に軍と合流をするか。」

目の前にいるヴァントガンダムを見て、諦める様子のエファン。その間も、ヴァントガンダムは、そのデュアルアイでエファンの方を睨んでいる。ジャンヌに迫った敵と、認識しているのだ。

「その前に、その“やる気”を損なって貰わねばな。」

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

その時、エファンから碧色の光が放たれた。本来ならば生命を守る為の光である、イズゥムルートが発現したのである。この男は意図的にその力を発動させる事が出来る。その対象は、目の前で自らを睨み付けているヴァントガンダムだったのだ。

パイロットは次第にその気力を失っていく。碧色の光は人の戦意を失わせる効果がある。エファンは、それを意図的に操る事が出来るのだった。

 この後、エファンはそのまま自らが操縦してきた輸送機に移動。その間、クレーディト社が戦闘に巻き込まれる事は、なかったのである。そして、先にマスドライバーを使い、大気圏を離脱したのであった。

 

 

 

 雪降る環境の中、アルバトスへ向かっているアレンとジャンヌ。だが、アレンの表情は険しいままだ。無理もない。目の前で最愛の人を殺され、彼は意気消沈しているのだ。どうすれば良いか、分からないでいるのだ。

(アレン……)

側にいるジャンヌは本来ならば救出の対象だ。だが、予期せぬ出来事が起きた。それこそ、ココットの死である。更に、バンディットの師とも呼べる存在のウィリアも殺されている。

 ウィリアが戻ってこない様子から、恐らく彼女はもう、殺されたのだろうと察するアレン。彼は今、二重の意味で苦悩を味わっているのだった。

 ジャンヌは助かった。その代わりに最愛の人と恩師と呼べる存在を失ったアレン。彼の表情から、笑顔が消えた。もう、どのように他者と接すれば良いか分からないで居たのである。

 

その後、彼等はアルバトスへ戻った。ジャンヌの存在を確認したミシェ達が、MSデッキにて祝福しようとするが、両者の様子のおかしさに気付く、特に、アレンの表情は明らかに険しく、ただ事ではないのは皆が察している様子だった。

「と、とにかくブリッジへ向かいましょうぜ、ジャンヌ嬢。」

と、ミシェが気を利かすように言った。

「ええ、分かりましたわ。」

ジャンヌは、今は落ち込んでいる場合ではない事は分かっていた。しかしココット・メルリーゼの死は彼等に大きな衝撃を与えたのである。だが、ジャンヌの心境はまだ、揺れているばかり。

アレンに至っては、平然を装うとすらしていない。彼の異様な雰囲気に、整備士達は誰もがアレンから離れた。

「エファン・ドゥーリア……!!!許さない……殺してやる……あいつだけは……!」

エファンに対する憎しみに満ちているアレン。〝殺してやる〟という言葉自体彼から聞かれる言葉ではなかった為に、その怒りがどれ程なのかが、誰にも分かった。

(やばそうだな、ありゃ……)

傍に居たミシェは一人、静かに思った。

 

 

 

ジャンヌがブリッジに戻って来て、クルーは歓喜していた。しかしジャンヌの表情は険しく、それを見たクルー達は黙ってしまう。明らかに、クレーディト社内で何かがあったという事は、彼女の表情から伺えるのだ。

 

ピピピピピピピピピピピピ

 

その時、アルバトスのブリッジに通信が入った。回線を開くと、そこにいたのはギア・ジェッパーだった。彼の指揮するシュネルギアはデスゲイズの強襲に遭ったが、幸いにも彼等は宇宙へ向かう事が出来たのである。

「無事のようだね、ジャンヌ嬢。救出作戦は成功とみて良いのかな。」

ギアの言葉に対し、ジャンヌは平静を装い、答えた。

「ええ。皆様には本当に感謝をしています。ですが、今は時間も惜しい状況です。」

彼女の中にはココットの死の衝撃が残っている。しかし今はそれを悲しんでいる場合ではないと思っていたジャンヌ。

「ジャンヌ嬢が救われて良かったのだが……今、世界中で厄介な事が起きている。宇宙へ行く為のマスドライバーがある男によって次々と破壊されている。早く活動しなければマスドライバーが壊滅させられてしまう可能性がある。出来れば急いで欲しい。そして、宇宙で再び合流しよう。」

「分かりましたわ。」

それからすぐに、ギアの通信が切れた。ギアの言う事は大切な事だ。故に、すぐに動かなければならない。

「皆さん、急ぎましょう。あのマスドライバーは恐らく使える筈ですわ。」

ジャンヌが言っている。だが彼女の心境は立ち直ることが出来ていない。だがそれでも、シュネルギアの艦長である彼女は、動かなければならないのだ。

 

ウィィィン

 

その時、ブリッジのドアが開いた。アレンが入って来たのである。その瞬間、誰もが彼が入ってきたドアに着目した。

 アレンの目は怒りに満ちていた。それはココットを殺したエファンに対する憎悪であろう。だが彼の表情は平静を保とうと、努力をしていたのだ。しかし、彼から発せられる異様な怒りや悲しみに満ちた感情は、隠し切れるものとは言えなかったのだ。

「アレン君……何か、あったの?」

エリィがアレンに声を掛けようとした時――

「ココットが、殺されました。」

「え――」

その一言は、ブリッジ内のクルーに大きな衝撃を与えた。何を言っているのかと、疑問を抱く者も、中には居た。

「そんな……嘘……」

エリィは口元を覆い、ショックを隠し切れない様子だった。

「本当です。この目で、見ました。」

この時、誰もがアレンが感情を押し殺しているのは分かっていた。ココットという、最愛の人を殺された憎しみ。皆が、アレンからそれを感じ取っていたのだ。

「正直こんな事になるなんて……思ってませんでしたよ。ココットだけじゃない、ウィリアさんも戻らない……恐らくは……」

「まさか、彼女も死んだのか……?」

ネルソンがアレンに聞いた。

「はい……」

「……」

アレン達はウィリアの死を直接見た訳ではない。だが、一向に戻ってくる気配のない彼女の様子から、殺された可能性が高い事を察した。

それを受け入れたくないと思ったネルソンは、念の為彼女に連絡を取ろうとEフォンで電話を掛ける。しかし――

「繋がらんな……何度掛けても無駄だ……認めたくなかったのだが……クッ……」

「ウィリアさんまで……こんな……」

エリィ達を動かすきっかけとなったウィリアが死んだという事実は、彼等を余計に悲しませる事になる。

バンディットとして戦後、活躍をし、アルン・ティーンズの率いる氷河族にも所属しなが

ら活動を続けた彼女。様々な人間に影響を及ぼした彼女はグァンによって殺された。しかし、実際に直接殺された様子を見た者はこの中にはいない。

「……馬鹿野郎が……」

ブリッジ内に居たミシェは歯を食い縛り、俯きながら静かに言った。

「ミシェさん、仕方が無いです……こうなる事も予想出来またよ。だから、覚悟はしておく必要があった。動揺する気持ちは、痛い程分かります。」

ネルソンはミシェを慰めるも、本人も暗い表情だった。

「エリィさん、早く宇宙へ上がりましょう。ギア・ジェッパー氏を待たせては駄目ですよ。」

その時、アレンが言った。彼の発言は明らかにエリィに対して宇宙へ急かさせるものだった。

この時、エリィはアレンからプレッシャーを感じていた。怒りに満ちているアレンの発言はどこか恐ろしく、そして悲しかった。一刻も早く宇宙へ行き、ココットを殺した男……エファンを殺したい一心で、エリィに宇宙へ行くように勧める。

 だがクルー達も心の整理が出来ていない状況だ。それなのに早く進めるのは無理があるという者だ。

「アレン、落ち着かないか。慌てる気持ちは分かる。しかしクルーの事も考えろ。いきなりここにいたクルーが二名も死んだ。誰だって動揺する。気持ちの整理を付ける事は大切だ。だから――」

ネルソンがアレンに対して説得をしようとした時――

「あいつを殺さないと駄目なんですよ!!!エファン・ドゥーリア!あいつだけは絶対に許しちゃ行けないんですよ!!!奴は先に宇宙に上がった!奴を殺さなくては!!!」

今までのアレンからは考えられない発言が、彼の口から出た。この言葉を聞いたネルソンは黙ってしまう。

「……すいません……俺とした事が……クッ……」

「……厄介な状況だな……ジャンヌ・アステル嬢を救出したかと思ったら……こんな出来事が起こるのだからな……」

 

ピピピピピピピピピピピピ

 

アレンとネルソンが会話をしている最中、再び通信が入った。それを受信するインク。そこでモニターに映し出された映像には、ジンク・アステルが映っていたのだ。

「ジャンヌ、無事のようだな。ギアから聞いている。ご苦労だったな。」

ジンクは氷河族の人質となっている状況だった。だが、この場でジャンヌ達とモニターを繋げることが出来るという事は、彼は無事だったという事が明らかとなったのだ。

「それと、氷河族の人間が敷地内に居るという情報が入ってな。警備兵が捕らえた。心配はもう、不要だ。」

「お父様……」

肉親の存在は彼女を安心させた。今のジャンヌにとって、ジンクのその厳かな顔貌は心の支えとなっている。

 ジャンヌにとって近しい存在であった、ターナとココット。この両者は、あろう事か同一犯によって殺害された。その犯人は、かつて側近だった男、エファン・ドゥーリア。母の死を経験したジャンヌ。その上での友人までもが殺されるという、絶望的な状況を経験した彼女。だが今は、それに対して悲しんでいられない。今は一刻も早く宇宙に上がり、ギア達と合流しなければならないのだ。

「ジャンヌ、様々な事があったとは思う。だが今は立ち止まっている場合ではない。お前は行かなければならない。検討を、祈っている……」

モニターが切れた。ジンクからの言葉は比較的淡々としている内容ではあったのだが、今のジャンヌには大きく揺さぶられる言葉と言えた。

 ジンクの存在はジャンヌの支えの一つとなっている。母、ターナを失い、一度は絶望の淵に追い遣られたジャンヌだったが、その際にも彼女は戦う為に行動した。今回の悲劇も悲しきものである事に変わりは無いのだが、進まなければならないのは、事実。ならば進もう。宇宙へ――

「皆さん、アレンの言うように、私達はここで立ち止まる訳には行きません。参りましょう、宇宙へ。エリィさん、指示を。」

悲しみを内に秘め、ジャンヌが言った。その際の表情は、険しい。

一方のエリィも、落ち込んでいられないと思い、密かに溢れ出そうになっていた涙を指で拭い、クルーに対して指示を出した。

「アルバトス、マスドライバーに装着!」

「了解!」

今は宇宙へ向かわなくては行けないという、その使命感が彼等を動かした。いや、動かなければならなかったのだ。

 

 

 やがて、遂にアルバトスはマスドライバーへ向かう。皮肉にもジャンヌを連れ去り、結果的に二人の命を奪ったエレグが残したマスドライバーで宇宙へ上がる準備をするアルバトス。クルー達は複雑な心境の中、混迷の宇宙へ向かう。

「全員パイロットスーツは着用しているな?」

一人のクルーが確認の為に言った。それは整備士やパイロットだけでなく、エレン等の一般人にも確認をとっている。

「マスドライバーのレールに接続、確認!」

「アルバトス、いつでも発進出来ます!」

「よし……アルバトス、宇宙へ!」

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

アルバトスはマスドライバーのレールの上を高速で移動し、そのまま宇宙に向けて移動した。ジャンヌを取り戻した彼等はギアと合流すべく、新たなる戦いの地、宇宙へ向かった。この、雪が深々と降り積もる地に、ココット・メルリーゼ、ウィリア・ラーゲンという犠牲者を残して。

 

 

 

 アルバトスが宇宙へ向かった後、グァンがウィリアの遺体を担いで地上に現れた。その直後、グァンは遺体を放り投げるように雪上に置いた。目が見開かれた遺体は、痛々しく赤く彩られている。その為、グァン自身の衣装も赤く染まっていたのだった。

「クソ重てぇ。人間って筋肉が働かないと重いからなー。うーん、マグロ拾いって大変そうだなぁー。給料は良いらしいけど。」

そのような言葉を気楽に言うグァン。この台詞から、この男が如何に下劣な存在であるかが分かる。

 

ギュオオオオオ

 

その時、グァンの耳にバーニアの音が聞こえてきた。それと同時に風が靡く。何事かと思い、その方向を見るグァンの目に映ったもの、それは――

「MS?なんでこんなとこに?にしてもなんだこいつ、見たことねーなこれ。」

MSだった。ファドゥームと比較すると一回り大きな機体であるその機体は全身が黒く輝いていた。やがてコクピットから一人のパイロットが姿を現す。

「マスドライバーみーっけ。でも誰も居なさそうだからちょっち休憩ー……ん?」

独特の口調で喋るパイロット……それはメイド・ヘヴンだった。つまり、グァンが見たこのMSはデスゲイズと言う事になる。

 彼はグァンの姿を見た。同時にグァンもメイドの姿を見る。彼は、グァンにじいと見られる事に対して不快感を抱いていた。

(何あいつガン見してんの?気持ち悪い。訴訟。)

メイドはグァンを無視し、そのままコクピットから降りる。それを見ていたグァンは、ウィリアの遺体を雪上に乱暴に置き始めた。遺体内にあった血が白い雪を赤く彩り、惨い光景を作り出している。

 

パァンッ

 

その時、グァンはメイドに向けて発砲した。その弾はメイドには当たらなかったが、撃たれたことによってメイドは苛立っている様子を見せた。

「お前、何なんよ。何も知らん奴に殺される覚え、ねーんだけど?」

「てめぇは知らなくても良いからな。今は亡きボスにお前を殺す事、任されてるからな!」

と、今度はメイドがグァンの銃に目掛けて発砲した。的確な射撃で、グァンの手にあった銃は雪の上に落ちた。

「うぐっ……!」

突然の衝撃にグァンはやや、動揺している様子だった。

「ボスっつーのは氷河族のボスか?奴さん死んだンかよ。」

事情を知らないメイドはグァンの言葉から、エレグが死んだ事を知った。本来ならばこうした内容は極秘なのだが、ボスを殺された動揺から、男はつい、口を開いてしまったのである。

「てめぇ!軽々と死んだとか抜かしてんじゃねぇぞ!」

怒るグァン。だがそれに対し、眉を潜め、メイドは言った。

「つーか名前名乗れや。クッソだせぇハット帽なんか被りやがってよォ。」

メイドの言葉に軽く苛立ちを覚えつつも、グァンは言った。

「グァン・ホーキーズだ!お前、メイド・ヘヴンだろ!同じ氷河族のパニッシャーだろ!?だから撃ってやったんだぜ!あと、お前はアルンの所の所属だったよなぁ!?」

グァンはエレグから得た情報を全て把握している。この男のリサーチ力は相当なもので、それ程にボス、エレグを信用している事が分かる。

「俺はとっくにこんな組織辞めたんだよなぁ。てめぇ、何過去の情報言ってんの?」

メイドが言った後、グァンが笑みを浮かべ、言った。

「過去もクソもないからな!お前等殺すようにボスから命令されてたからな!この際だ、亡きボスの意思は継ぐ!ついでに殺してやるからな!」

そう言って、グァンは予備の銃を構えてメイドに向けて撃とうとした時だった――

 

パァンッ

 

先にメイドがグァンに対して発砲した。しかしグァンは倒れる様子を見せない。防弾アーマーを着用していたである。

「無駄!死ねメイド・ヘヴン!」

グァンが銃を構え、発砲しようとした時――

「はい、ストーップ。」

「は?」

急にメイドに言われ、グァンは銃の手を止めた。

「お前の後ろの赤い死体、何の死体?教えて、エロい人!」

「は?意味分かんねーけど……俺が殺した、女の死体だよ。それが何か?」

「誰の?」

メイドは淡々と述べた。

「お前の仲間だよ!ウィリア・ラーゲン!こいつを殺してやったのさ!こいつぁ元々凄い美人だった癖にさぁ、今じゃ赤い血まみれの糞虫だぜぇ!?でもしっかり洗えばまだ“使える”から、利用させて貰うからな!」

この言葉の意図は不明だが、明らかに何か不吉な事に使われるのは間違いない。既にこの世に居ない、“人間だった”存在を邪険に扱おうとしているこの男は明らかに常軌を逸している。

「てめぇのところのメンバーは殆ど殺させて貰ったからな!ヒャハハハハハ!」

エレグから命じられている、アルン・ティーンズ率いる氷河族のメンバーの抹殺。彼はそれを、あらゆる手段を用いて殺してきた。その中には無抵抗な人間や、何も出来ずに死んだ者もいる。多少抵抗した人間もいたが、叶わずに殺される事もあった。

「つーかウィリアの奴生きてたのかよ?」

メイドからすれば驚愕の事実だ。オスロのオークション会場で彼女の死を見届けた筈。実はウィリアが生きていたという事を、彼は今、知ったのだ。

「生きてたも何も、さっき俺が殺してやったけどな!今やこいつぁグロ糞虫!でも洗えば利用出来る!」

“利用”。その言葉の意図は不明だが、メイドの眉が僅かに動いたのが、この時確認出来た。

「へぇ、お前そういう趣味があんのかよ。つーかてめー、あの組織に所属していた奴を殺したって言うけどさ、子供とかいたろー?あいつらも殺したのか?」

グァンは大笑いをし、上を向きながら言った。

「あーっはっは!そうだぜ!何せ、ボスが命令したんだ!特にミルフっていうメスガキは結構楽しめたぜ?麻薬漬けにして、犯しまくってやったからな!精神崩壊してよォ!楽しかったよなぁー!ヒャハハハハハ!」

アルン・ティーンズ率いる氷河族のメンバーの抹殺を目的とはいえ、余りに外道な行動を行うグァン。そして、それを堂々と語るのだ。まるで自らの反人道行為を武勇伝であるかの如く。

 高笑いするグァン。しかしメイドはそれを見た時、突如彼以上に大声で言い出した。その際、目を見開かせ、口元を大きく開け、グァンを見下すように言った。

 

「俺さぁ、お前みたいな外道超大好きぃ!」

 

「は……?」

戸惑う様子のグァン。だが構う事なく、引き続きメイドは語る。

「だってさぁ、外道には感情込めて遠慮なく殺せるモンなぁ?人間感情込めて人殺しした時の爽快感は尋常じゃねぇんだぜェェェェェ!?ハッハッハー!」

「チッ、ざけんなよ!」

 

パァンッ

 

次の瞬間、グァンは先にメイド目掛けて銃を放ったが、彼はすぐに回避した。そして、メイドは銃をグァンの眉間に向けて発砲した。それを察知したグァンは素早く避け、メイドに向けて銃を向けようとした時、メイドは持参していたクローワイヤーをコクピットに向けて発射した。そして、彼はデスゲイズのコクピットに乗り込む。

「逃げる気かよ!」

グァンがコクピットに向けて発砲しようとした時、メイドが素早くグァンの右腕に向けて発砲した。その銃弾はグァンに直撃する。腕からは血が流れるが、致命傷には至っていない。

「ぐっ……チィッ!あんな奴に!MS探してあいつとバトルしねぇと……」

慌ててグァンはMSのあるとされる格納庫まで走り去ろうとした――その時だった。

 

ビゴォン

 

デスゲイズのモノアイが怪しく輝く音が聞こえた。その音を聞いたグァンは振り向く。

「嘘……ちょっ、早過ぎ……」

デスゲイズはグァンに向けて二連装ビームキャノンを放とうとしていたのだ。それを見て、慌てたグァンは偶然にも傍に落ちていた拡声器を拾い、メイドに対して言った。

「ちょっと待て!さ、流石に人間相手にMSはねーだろ!?ここは正々堂々とMSで戦わねーか?なあ、ちょっとぐらい待ってくれよ!」

すると、メイドはグァンに対して言った。

「3分間待ってやる!」

そう言って、デスゲイズを動かさなかった。グァンはその隙にファドゥームを探す為に、近くにあるとされる格納庫へ向かっていく。

(馬鹿が!まさか言う事を聞くとはな!どんだけアホなんだよあいつ!噂程でもない!どんな機体であれコクピットを狙えば殺せる!丁度いい、MS戦は久しぶりだからな、覚悟しやがれメイド・ヘヴン!)

得意気な顔でグァンは格納庫へ向かって走った――

 

ドォンッ

 

「!?」

突如、グァンの右大腿部に穴が開き、夥しい量の血液が溢れ出た。突然の出来事に、彼は倒れてしまう。

何が起きたのかと、デスゲイズのいる方向を確認するグァン。

「マジ……!?クソッタレ……!」

そこには、スナイパーライフルを持ったメイドの姿があった。彼はコクピットハッチを開け、グァンの右大腿部を狙い撃ちしていたのだ。

「外道狩りは楽しいよなぁー!?それに、俺は兄者と違ってよく嘘を吐く!残念でした!」

そう言って、再びメイドはライフルのスコープを覗き――

 

ドォンッ

 

またしてもメイドはグァンを狙い撃った。今度は左大腿部だ。この調子で、身動きの取れなくなったグァンをメイドは容赦なくスナイパーライフルで撃つ。だが、彼は決して頭部を撃たない。まるで急所をわざと外しているかのように。

「クッ……ソ……あんな……野郎に……!」

雪上を這いつくばり、辛うじて動く左手で体を動かそうとするグァン。メイドの所持していたスナイパーライフルで撃ち抜かれ、身動きが取れないで居たのだ。

 

ゴォォ

 

 しかしその時だった。グァンの周辺を黒い影が覆ったのは。それはデスゲイズが飛び立った影であり、その異変に気付いたグァンは空を見た。

「ひぃっ!?や、止めろ……止めろォー!!!」

彼が見たもの……それは怪しく赤く輝くデスゲイズのモノアイだった。そして――

 

バシュゥッ

バシュゥッ

バシュゥッ

 

「うわああああああああああああぁぁぁ……」

 

デスゲイズは前腕部の二連装ビームキャノンをグァン目掛けて発射した。一発だけではない。何発も、何発も撃ったのだ。当然グァンは最初の一撃でビーム砲撃を浴び、その時点でグァンは蒸発して即死なのだがメイドは止めようとはしない。

「事前に粒子を補給しといて良かったぜェ。にしても、なんか足んねえよな。」

 

ギュルルルルル

 

更にデスゲイズは有線式ビームサーベルをグァンのいた場所に目掛けて展開した。全てその位置に直撃した事を確認すると、次は留めと言わんばかりに腹部のビームカノンを放出しようとしていた。エネルギーが吸収され、デスゲイズは腹部ビームカノンをグァンがいた場所に目掛けて放出した。

その出力は凄まじく、周辺の雪が一瞬で融解してしまい、そこは荒れ地となり果ててしまった。やがてグァンは跡形もなくなった。しかしそれと同様に、ウィリアの遺体も跡形もなくなってしまった。

「ウィリアー、今度こそ、成仏しなよ。なんかつまんなかった。仕事しよ。」

デスゲイズを使い、殺人鬼グァン・ホーキーズを跡形もなく消し去ったメイド。しかしその時彼は笑っていなかった。ただ、彼は静かに溜息を吐いた。

 グァン・ホーキーズ。ノード・ベルンが殺された後にエレグ直属のパニッシャーとしてアルン率いるメンバーの殺害に乗り出した、残虐な男。メンバーを始め、多くの人間を巻き込んだこの男の最期は、デスゲイズによって徹底的に叩きのめされるという末路を迎えたのだった。

 次に、デスゲイズの次のターゲットを見る。それはエレグが独自に作り出していたマスドライバーである。デスゲイズはモノアイを輝かせ、その破壊活動を開始したのだった――

 

 その後氷河族という組織は、ボス、エレグ・スウィードが死去した事により、事実上の崩壊を始めていく事になる。反社会勢力として存在してきており、戦後の世界で急速に勢力を拡大し、その影響力を高めていた存在、氷河族。それは裏社会に生きる人々のある種の希望であり、戦後の世界に於ける恐怖の象徴であった。それが今、崩壊した。トップに君臨する人間が死亡する事により、その組織と言うのは成り立たなくなる。これは、事実上、数多くの武装勢力に戦力増強を促してきた、クレーディト・メカニクス社の崩壊を意味しているのだった。

 




第八十九話、投了。
アレンに降りかかった悲劇。多くの犠牲を払いながらも、FPBは宇宙へ向かう。混迷の状況を、変えていく為にも……
そして、氷河族は事実上崩壊を迎える事になりました。一つの勢力との決着が、今回着きました。


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第九十話 変化する関係

SIDE:レイ。
彼の悩みは無くなったかに思えた。しかし――


 レイは、ヒューナと一夜を過ごした後、明け方に自宅に帰って来ていた。彼はインターホンを押し、そこに映ったカレンの姿を見て言う。

「ただいま……」

今のレイにとっては勇気のいる言葉だ。だが、それに対して、

「何しに帰って来たの」

母親の言葉は冷たい。その言葉がレイの心に突き刺さる。が、それでも彼は真実を知ってもらいたい一心で言った。

「母さん達に聞いて欲しい事があるんだ。」

「え?」

突然のレイの言葉に母親は首を傾げた。そして母親は彼を家に入れ、リビングへ行く。

 

 リビングでは家族全員が集まっていた。長女のリリア、次女のミィス、そして母親のカレン。キレス家の女性陣に囲まれたレイは、最初は俯いていたが、やがてレイは静かに口を開けた。

「わざわざ家族を集めて、何が言いたいの。」

カレンは冷たく言う。リリアはその言葉を聞き、レイを心配そうに見つめた。

「僕の事について言っておきたいと思う。僕はもう、家族に何も隠すつもりもないから。」

レイは心に決めていた。もう隠さない、隠す必要はない……そう心に決め、レイは深呼吸をした後にそっと口を開ける。

「……僕は……普通の人間じゃない。アドバンスドタイプっていう、特別な人間なんだよ。」

その言葉を発するのにどれ程の勇気が必要であっただろうか。アレンやジャンヌの言葉もあったのだが、何よりも彼と関係をもったヒューナ・エリアスの言葉が、レイに勇気を与え、家族と向き合う決意をさせたのである。

彼が言葉を発した後、その場が静まり返った。そして、誰もがレイの発言に対して耳を疑った。レイはこの空気が嫌だった。間違いなく、信じてもらえていないのだろう……と、思った為だ。

「多分、何を言っているのか分からないと思ってるでしょ。うん……無理もないよ。でも、ちゃんと聞いて欲しい。それと、今まであった事も、全部包み隠さず言うよ。」

自分から言った以上は、最後まで言うべきだと思い、レイは自分自身にあった出来事を語った。

 一昨年の十二月にMSであるアインスガンダムに初めて乗った事、そしてそこからセイントバードと同行してガンダムに乗って戦っていたという事、一度帰って来た後も再びセイントバードと同行したという事……そして、自分自身の力の詳細を、包み隠さず言った。

 彼からそのような言葉が出る度に、カレンは頭を抱えた。その隣にいるリリアはそのような母親の姿を見て青ざめていた。ミィスも、レイの言葉が信じられない様子だった。

「……以上が、僕の全て。決して、この家が嫌だから家出をしていた訳じゃないんだ。信じられないだろうけど、全部本当の事なんだよ。僕を信じて欲しい。今まで隠していたのは悪いと思ってる。でも……もう言わなきゃ駄目だって、思ったから言ったんだ。」

レイは内心不安を感じていた。あまりに非現実的な話を続けて、変な人間だと思われないか……と、思っていた。

 だがその不安が現実のものとなってしまう。

「ごめん、レイ……私、精神病院に貴方を連れて行った方がいいかしら……どうして……なんで……どうしたのよ……何があったのよ!!!なんで頭おかしくなっちゃったのよ!?」

カレンはそう言ってリビングから去った。信じてもらえなかった悲壮感と、母親から見放されたような絶望感が同時にレイに突き刺さった。

「……そんな……」

真実を述べたのに、それを否定されたレイの顔は、青ざめていた。そしてテーブルに顔を伏せ、頭を抱えた。

「嘘だ……こんなの……嘘だ……!」

彼は混乱状態だった。よりにもよって母親に信じてもらえないという感覚が、レイを苦悩へと追い遣った。

「……!」

その時、レイの目には台所の包丁が映った。それを見たレイは立ち上がり、その包丁を取ろうとする。レイは自分自身を傷付け、せめて自分がアドバンスドタイプである事を母親の前で証明しようとしていたのだ。

 最早その行動そのものが異常だ。それを見て、本能的に危機感を抱いた一人の少女が、動く。

「やめてぇ!!!」

姉のリリアがレイの行動を止めたのだ。

「何をするの!?まさかお母さんを殺す気!?」

「違う!せめてぼくが普通の人間じゃない事を証明するんだ!その為には母さんに僕の血を舐めてもらうしかないんだ!!!嫌でも分からせなきゃ……僕は本当の事を言ったのに信じてくれないなんて!!!」

リリアの静止を振りほどこうとするレイだったが、リリアは彼を離さない。

「そんなもの見たってお母さんが余計に狂っちゃうだけよ!!!私、レイを信じるから!落ち着いてよレイ!!!」

「嫌だ!母さんが信じてくれないなんておかしいよ!信じられないかもって念を押して!覚悟の上で話したのに!なんで……なんで……なんで母さんは僕を信じてくれないの!?」

自分が辿った経緯を信じない母親に対し、レイは様々な感情を抱えていた。信じてくれないという母親への憎悪と、どうしても信じて欲しいという母親への愛情。そして自分を否定されたという絶望。レイは気が狂いそうだった。母親が彼を否定するという事は、自分自身を否定されているようでならなかったからである。

 レイは錯乱している。正常な判断が出来ない。故の行動だ。明らかに異常であり、恐ろしい状況が目の前で繰り広げられている。彼自身も、恐らく分かっていないのだろう。

「いい加減にしてよ、レイ!!!」

大声でリリアがそう言った時、レイはリリアの表情をじっと見た。そして、リリアは悩むレイを静かに抱き締める。

「お姉ちゃん……?」

「私、レイを信じるから……お母さんは少し混乱してるだけなんだよ……だからあんなこと言っちゃっただけ……きっとそうだよ。だから少し経てば現実を受け入れると思う。だって、一番辛い思いをしたのはレイだけだから……」

「でも……僕……」

やはり母親に否定された事実が辛いのか、レイは目に涙を浮かべた。

「辛かったんだね……怖かったよね……だってMSなんて……あんなものに乗って戦ってたんだよね……それを否定されるって……理不尽だよね……」

MS……それは軍が所持する兵器。この世界における戦争の象徴。軍以外にもMS乗りが所持する兵器として、世界中に存在している。だがレイ達の家族のように、戦争とは無縁で平和な生活をしている人間からすれば無縁の話。そのような兵器にレイはこの一年程搭乗し、戦っていた。全ては自分や、仲間を守る為に。

 ごく普通の日常生活を歩む筈だった少年は、成り行きで乗ったアインスガンダムという名のMSという存在によってその道を閉ざされた。今でこそ彼は元の生活に戻っているが、その戦いの中で覚醒した自身の力が彼を更なる非日常へと追い込む。そして、事実を述べて母親に拒絶される絶望感が、安寧の場所に居る筈の彼を、更なる非日常へと追い遣ったのだ。帰って来てから様々な思いが入り乱れ、レイは狂いそうになっていた。

 しかしリリアはレイを信用した。それは、レイにとって救いだった。

「信じてくれるの……?」

「うん。だってさ、レイが出鱈目な事言う訳ないじゃない。レイは昔から優しい子だって、みんな知ってるんだから。証拠がどーのとかって、聞かないよ。信じてるから。ね、ミィス。」

一連の光景を見て恐怖のあまりに泣いていたミィスにリリアは話を振った。ミィスは最初動揺していたが、姉の言葉を聞き、静かに、

「……うん……」

と頷く。

「レイは大事な家族だよ。どんな人間だろうが、今までにどんな生活を送ってきたかなんて関係ない。」

「姉さんは……優しいな……僕、こんなに優しい人達に囲まれて生きてきたんだね……」

レイは涙を拭い、言った。ヒューナの時もそうだったが、彼女はレイを信じた。リルムは自分の力の事は知らないが、一緒にセイントバードの中で行動していた事を知ってくれている。自分の事を知ってくれているという事実が、辛うじて彼を支えたのだ。

「でもお母さんが立ち直るには少しばかり時間は掛かると思う……でも、レイはいつも通りに過ごせば良いんだから、気にする必要はないよ。何かあれば私がフォローするからね。」

「うん、ありがとう……駄目だな、僕は……これでも僕、以前までMSに乗って戦ってたんだよ?なんだか……情けない……こんなんで……」

「そんなの、関係ないんじゃない?」

「なんか僕、女の人にばっかり頼ってる……」

「気にしなくていいよ。誰だって悩む時は悩むし。悩みは相談して、解決すればいい。溜め込んでたら自分を追い込んじゃうよ。」

「そうなのかな……」

レイは事実を伝えた。その結果母親はショックを受けてしまい、レイに罵声を浴びせたが、リリアはレイの言葉を信じた。それが今の彼には何よりも嬉しかった。自分を受け入れてくれる人間が居る……それだけでもレイは救われた気分になった。

 しかし、レイは自分の身体の事を完全には受け入れられていなかった。その為、下手に彼を特別扱いするような台詞を発するとレイの精神状態が不安に陥る可能性がある。真実を知ったリリアやミィスは、レイにそのような気を遣ってこれからは接する必要があるのであった。

 

 

 

 翌日。レイは学校へ行く決意をしていた。この様子から、少しずつ前向きになる事が出来ている事が分かる。

(……ご飯、今日もない……朝からお腹が空くなんて……)

母親であるカレンはレイの発した言葉がショックだったのか、昨日の晩から料理を作っていなかった。その様子を見る度に、レイの心は傷付いた。

「お母さんは私が言っておくから、レイは学校に行って、普通に過ごせばいいんだよ。じゃあ、行ってらっしゃい。」

リリアは笑顔で玄関に立ち、彼を見送る準備をしようとしていた。

「うん……行ってくる。」

レイは作り笑顔でリリアに返した。久しぶりに学校へ通う気になれたレイだったが、内心では不安な部分もあった。自分の事を〝光る人間〟だと馬鹿にする人間がいないかが不安だったのだ。いくら彼が力を持つ人間であり、強い力を秘めているといってもそれはあくまでMSに乗った時の話。日常生活においてはこのような力は必要が無い為、仮に人に罵声を浴びせられたりしても何も抵抗する事等、出来なかったのだ。

 

 

 

 ベレーナジュニアハイスクール内にて。レイは不安げな表情で教室に入る。

(見られてる……やっぱり僕……でも……!)

急に休んだかと思ったら、急に姿を見せたレイは生徒達からの注目の的だった。彼の姿を見て、ひそひそと話をする者達の姿もあった。その姿がレイの目に映り、彼は傷ついたが、それでも自分の席に着き、持参してきた鞄の中身から筆記用具を取り出す。

その様子を見たモークが、レイに挨拶をした。

「レイ!お前なにやってたんだよー!」

久しぶりに見るモークの姿を見て、レイは作り笑いをして言った。自分に挨拶をしてくれる人間に対して無愛想な態度を取る訳にはいかないという、レイなりの心遣いだった。

「あ、おはよう……ちょっと色々とあってね。でももう大丈夫だよ。」

そうは言うが、彼はまだ大丈夫ではなかった。しかし無理をして平然を装った。

「そう言えばリルムは?」

「まだ来てない。てか、いつもより遅ぇなあいつ。」

そう言ってモークは腕時計をちらと見た。いつもなら来ている時間に来ないリルム。風邪でも引いたのか……と、レイは思った。

 だがその時だった。レイがリルムの姿を見たのは。レイはリルムが彼の前を通り過ぎようとした時に挨拶をしようとする―――

「おはよ――」

「……」

すると、リルムは彼を思い切り無視をした。明らかに聞こえている声でレイは言ったのにも関わらず、リルムは素通りをしていたのである。

「あれ……リルム……?」

明らかに彼女の様子がおかしい事が、レイに分かった。一方で、モークには普通に挨拶をしている。心配してくれていた時にメッセージを送らなかったのがいけなかったのか?原因は不明だが、とにかくレイはリルムの様子が気掛かりだった。

(どうして?メッセージのせいかな……だったら後で謝らないと……)

今のリルムはどうにも声が掛け辛い。レイは様子を見て、今は声を掛けない事にした。

 

 今の時期は殆ど自習時間が多い。自習と言っても、教師が監督をしているので自由に行動できる訳ではなかった。クラスメイトのほとんどが今後の進路に向けて勉強をしている者が多い中、レイはリルムの事が気がかりでならず、勉強に集中できていない。ただでさえ母親との溝が埋まっていないのに、新たな悩みを抱えてしまったレイは、大きな溜息を吐いた。

 彼はちらとリルムを見る。彼女は教科書を開き、黙々と勉強をしていた。席の前にいる女子生徒に勉強に関して不明な点を聞きながら問題を解いている。彼はそのように行動しているリルムを、ただ見る事しか出来なかった。

 

 それから時間が経過し、昼休みの時間になり、皆が食堂へ行き出す頃、レイはリルムの元へ行った。自分の勘違いに違いない……と、自分に言い聞かせてリルムに対して口を開いた。

「あのさ、リルム……怒ってる?」

「……」

レイが喋っているにも関わらず、リルムは無言だった。明らかに怒っているのが分かった。

「その……メッセージの事で怒ってるのかな?ごめん、ちょっと事情があったんだ……でも、もう大丈夫。大丈夫だから……」

「……」

すると、リルムは黙ったまま立ち上がり、そのまま彼女の友人と食堂へ向かってしまった。何で怒っているのかが全く分からず、レイは困惑するばかりであった。

「お、お前やらかしたか?あーあ、何やってんだよ。メッセージを送ったのに返さねえからだぞ。」

モークが冷やかすように言った。しかしレイにはその声は届いていない。

(なんで……どうしてリルムは怒ってるの……?)

レイに心当たりがあるとすれば、彼が悩んでいた時に送って来たメッセージに対して返信をしなかった事ぐらいである。しかしそれに対しては彼は既に謝っているのだが、それが未だに許せないのか、他に別の要因があるのか?彼は模索し続けたが、心当たりがなかった。

 結局その昼はモークとトランで昼食を済ませる事にした。モークとトランが会話をする中、レイは何も喋る事が出来ていない。

「受験だりぃな」

「でもハイスクールには行っておくべきだと思うぞ。」

「でもよー……」

その会話に入る事無く、レイは黙々と購買部で購入したサンドイッチを食べていた。

 

 昼休みが終わり、午後も自習時間だった。その時間が終わった後、やがて放課後となった。その間、レイは一度もリルムと会話を交わしていない。彼女といることが、気まずく感じるようになってしまったのだ。何故レイを無視するのか、理由も聞けず、レイはただ、困惑するばかりである。

 レイは図書館内で勉強をしようと残っていた。そして彼が勉強をしようとした時、勉強に必要な筆記用具を教室に忘れた事を思い出して、急いで教室へ戻った。

 

 走って教室に戻ってきたレイ。既に皆帰宅しており、誰も居ないように思われたその教室に、リルムが一人、居た。彼女は日直で、最後まで残っていたのである。その事を知らなかったレイは、今、会う事が気まずいリルムと鉢合わせしてしまったのである。

 以前は彼女と会う事に何の戸惑いも感じなかったレイ。しかし今、彼女に会う事は彼に戸惑いしか与えなかった。

だが、教室には二人だけ。これはつまり、彼女から何故自分を避けているのかを聞き出すチャンスである。レイは彼女と縁を戻したいという一心で、再び彼女に声を掛けた。

「リルム……」

「……」

またしてもリルムは黙る。だが、そんな彼女の沈黙にめげずにレイは言う。

「どうして僕を避けるの?何か言ってくれないと分からないよ!僕が知らない間にリルムに悪い事をしたのなら謝る!だから理由を言ってよ!」

レイは必死にリルムに懇願した。が、それでもリルムは語ろうとしない。寧ろ冷たい目でレイを見るだけだ。

「そんな態度をされたら僕はリルムにどう接したらいいか分からないよ……」

「ねえ。」

リルムは突如口を開いた。レイは口を閉じ、リルムの言葉に耳を傾ける――

 

「気持ち良かった?」

 

「え――」

リルムの口から出たその言葉は、レイを動揺させるのに十分過ぎる効果を秘めていた。

「お姉ちゃんとして、気持ち良かった?」

「な……何を……言ってるの……?」

リルムの言葉がレイにとって恐ろしく感じられた。ヒューナとの行為の話を突然し始めたリルム。彼女が、何故その話をしたのかが分からない。

「あんなに喘いでたもんね。びくびくって身体を震わせてさ、お姉ちゃんにリードされて、女の子みたいな声出して……凄く良かったんだね。割と具体的に言えてるでしょ。だってさ、頭に焼き付いて離れないんだよ。あの場面が私の中でね。」

「なんで……どうして……」

ヒューナとの行為の事を何故リルムが知っているのかが、レイには分からなかった。まさかヒューナがリルムにばらしたのか?疑うレイだったが、リルムから発せられる言葉はヒューナから聞いたような台詞ではなかった。まるでその場を覗いていたような、妙な臨場感があった。

「必死に腰を動かして、お姉ちゃんにしがみついて……いやらしいね。」

「やめてよ!」

リルムからそのような言葉を聞きたくないと思う余り、レイは頭を抱えた。そして頭を横に振り、否定するように言った。

「違う……違うんだ……」

「何が違うの?本当の事じゃない。」

「なんでリルムが……そんな事……」

彼は、リルムが行為の話をする事に対し、恥ずかしさを感じていた。だが何よりも驚愕したのは、何故彼女がその事を知っているかである。彼女の口から発せられる台詞は、明らかにヒューナの口から語られたものではない。行為を見たかのような口ぶりである。

「なんで知ってるか、教えて欲しい?」

レイの返事を待つ事なく、リルムは言った。

「見てたからだよ。二人のしてるトコ。」

「見てたって……?」

リルムの言葉にレイの表情は曇っていく。

「お姉ちゃんから聞いてたんじゃない?その日はお父さんもお母さんも私もいない日だって。でもね、その日友達が用事があって、夜中に帰ってくる事になったの。お姉ちゃんは寝てるだろうと思って連絡も入れずに帰ってきたらさ……まさかね、二人がそんな事をしてたなんて……ちなみにあの部屋のドア、実は僅かに開いてたんだよ。そして私は覗いて、その最中のお姉ちゃんと目が合った。レイは何も知らないでずっと喘いでたけどね。」

「そ……ん……な……」

レイの視界が白く染まっていくようだった。ショックのあまり、気が動転していたのである。

「ショックだったよ。まさかレイがお姉ちゃんとしてるんだもん。びっくりした。それと同時に裏切られた気持ちになった。これがよくメディアのバラエティ番組とかで見る、浮気なのかな?でも、その浮気相手が私のお姉ちゃんってのにもびっくりしたけどね。」

「違う……違うんだ……あれは……」

必死に首を横に振り、リルムの言葉を否定しようとするレイ。だが彼がした事は全て事実である。その彼の動作に対してリルムは怒った。

「何が違うのよ!!!」

激昂するリルムこれ程彼女が怒ったのは、初めてだ。幼馴染である彼らだが、このような怒号は聞いた事がない。

「違うんだ!あれは……姉さんから誘われて……」

「誘われたからして良いっていうの!?あんな光景見せ付けられてさ、私、気が狂いそうだった!今でも夢じゃないかって思うぐらいなんだよ!でも夢じゃない!こんなのおかしいよ!いつも見ているお姉ちゃんとレイがそんな事している光景見せられてね、頭から離れないんだよ!?それにこんな恥ずかしい事お父さんにもお母さんにも相談出来る訳が無い!!昨日にお姉ちゃんに全部聞いた!それでお姉ちゃんが憎く感じた……」

彼女はヒューナから既に事情を聞いていた。彼女は動揺するレイに対し、その時の事を話そうとしていた。

 

 

 

 それはレイとヒューナが行為をした日の昼の出来事だった。既に夜中に目を合わせていたリルムとヒューナ。リルムはそれがショックで部屋に籠っていたが、ヒューナは彼女の部屋に入り、口を開けた。

「見てたね、リルム。」

「……」

「まさかあんた、夜中に帰ってくるなんて思わなかった。」

「……」

「多分、凄くびっくりしたんじゃない?私がレイとシてる所見たんだもんね。」

「……」

リルムは黙り続けた。ショックで混乱している中で姉が堂々と彼との行為について語り出すからである。

「何か、言いたい事はないの?」

悪びれる様子も見せないヒューナの言葉を聞き、リルムは苛立ちを見せた。そして彼女はすっと立ち上がり、ヒューナに言った。

「なんで……レイと……あんな事……」

ショックのあまり声を張って出す事が出来なかったリルム。その声はどうにかヒューナには伝わっていた。

「あんたがレイと距離を縮めようとしないから私が食った。ただそれだけ。」

「なんで悪いと思わないの?お姉ちゃん、分かってる筈でしょ……私がレイと付き合ってるって……」

 幼馴染であり、恋人であるレイを、よりにもよって姉に寝取られたリルム。対するヒューナは冷淡な態度でリルムと接した。

「私はあいつをリードしてあげただけ。年上としてね。それがたまたまあいつとのエッチって話。別に問題はないと思うけど。」

「そんな訳、ないじゃない!」

そう言ってリルムはヒューナに詰め寄った。しかしヒューナは悪びれる様子もなく、冷淡に語り出す。

「あんた、私とレイがエッチした事に対してショック受けてるだけでしょ。でもね、エッチは人間とか、動物だったら絶対する当たり前の行為なの。特に人間以外の動物なんて単に子孫を残す為にしている行為だし、相手なんて選んでいない。それを特別なコトと勘違いしているのがおかしいのよ。」

「何を言ってるの……?」

ヒューナの言葉が理解できないリルム。だが彼女の事を構わず、ヒューナは語り続ける。

「そもそもね、動物は人間みたいに愛情とかそんなもの関係なくして子孫を残してるのよ。例えば野生のゾウ。オス同士がメスを争い合って、勝ったオスがメスとセックスして子孫を残す。これが生き物の世界の掟であり、当たり前の事。」

ヒューナが語り続ける間、リルムは青ざめた表情でヒューナから一歩下がった。

「人間にだって同じ事が言える。自分の子孫を残す為に、例え付き合っていた男女がいたとしてもそれを奪って、セックスをする事だって出来る。そして奪われた男か女は去る。でもさ、人間って感情があるでしょ。それが恨みとか、憎みっていう我儘を引き起こすの。普通さ、寝取られたら逆上するわよね。あんたみたいに。」

この時、リルムの怒りは絶頂を迎えようとしていた。レイを寝取った事を悪びれる様子もなく、淡々と恋人を奪う理由を語るヒューナが、姉といえ許せなく感じていた。

「人間特有の感情があるから怒ったり悲しんだりする……だから私はあんたに教えてあげたのよ。レイと付き合ってる癖にうじうじと何も手を出そうとしないあんたに、奪われる事の辛さ、絶望感をね。これであんたは一つ学習した訳だ。感謝してもらいたいものね。」

冷やかな目でリルムを見るヒューナ。しかし両者の目が会った時、リルムは激怒した。

「滅茶苦茶言わないでよ!!!」

その声は部屋中に響いた。怒りが治まらないリルムは涙を流しつつ、ヒューナに言った。

「積極的に行かなかったからって……それがレイとやって良い理由になる訳ないじゃない!お姉ちゃんの考えがおかしいよ!自分だって好きな人奪われたら嫌な癖に!!それを平気でやってのけるなんてどうかしてる!!!それにお姉ちゃんねぇ!なんで平気でレイと出来るのよ!?昔からの好で出来るなんて信じられないよ!」

その言葉に対してヒューナは冷淡に言った。

「あいつが物凄く悩んでたから。だから慰めてあげた。」

「慰めた!?それってただ単にお姉ちゃんが理由を付けてるだけじゃない!!」

一方的に怒鳴るリルム。一方で、ヒューナは握り拳を作っていた。そして――

「じゃああんたはあいつの悩みを聞いてあげようとしたの!?」

「え……?」

ヒューナが怒鳴ると、リルムは黙ってしまった。

「あいつ、相当悩んでた。家族とも溝が出来て、どうすれば良いかも分からないぐらい悩んでた。なのにね、あんたは何もしてあげてないでしょ!?どうせメッセージで〝どうしたの?〟とかぐらいしか送ってないんでしょ!?よくそんなので彼女が務まるね!?あいつの本当の気持ちも知らないで、自分が単純に心配すれば自分は優しい人間だって自惚れてるだけじゃないの!?あいつの事何も知らない癖に!聞いてあげようと努力もしない癖に!私を泥棒猫扱いしないでよ!!!」

ヒューナは怒鳴った後、と荒い呼吸を上げた。仲の良かった姉妹が、一人の少年を巡って口論している……その光景は余りに混沌としていて、その上悲しみに満ちていた。

「聞こうとした!でも……レイは語ってくれなかった!」

「そこから更に追求したの!?してないでしょ!?出来る訳ないもんね!あんたら昔からどっちも草食系だからね!強引に聞くなんて手段に及べる訳が無いんだよ!結局は自分が傷付きたくないから!」

勇気を出し、その想いを伝えたとして、その次のステップに移行するにはまたしても勇気が必要となる。レイとリルム関係は既に出来上がっている関係だ。幼馴染という、かけがえのない関係。

 互いにその関係が壊れる事は恐れていた。故に、互いにその先に進めなかった。接吻や性行為といった事に至る事が無かったのである。

「だから、あいつの悩みを聞いてあげられたのは私。そう、私しかいないのよ。だからあいつは私が誘えばそれに乗った。そして、交わった。幼い頃に見てた筈のあいつの成長した裸や、“アレ”も、あんたより先に見たってワケ。そして、あいつの“モノ”を舐めたり、咥えたり、そして入れてやった。あんたが何もしないから、あいつの、よがった顔だって見た。女の子みたいな喘ぎ声も聞いた。聞いたことのない、あいつの乱れた声を、あんたよりも先に聞いてやった。あんた達が今後絶対に経験しないであろう事を、私が先にしてやったの。」

自分と姉の差を見せつけられたようで、リルムは悔しくてたまらなかった。ここまで言われ、ただ、怒りに震えるリルム。

「そんなの、最低だよお姉ちゃん!」

 

ガッ

 

それを聞いたヒューナは、突如リルムの首を掴み始めた。両手で彼女の首を絞め、歯を食い縛る。ただ、怒りに身をまかせながら……。

「あ……ぁ……」

一方のリルムは首を絞められるという状況に追い遣られ、苦しんでいた。彼女は抵抗しようとしたが、苦しさの余り抵抗が出来なかった。

 やがてヒューナはリルムの首を離す。その際、リルムは激しい呼吸を行った。

「はぁ……はぁ……」

「それを口にするな。次口出したらもっと首絞めるよ。下手したら殺しちゃうかも。」

ヒューナの言葉に寒気が走るリルムだったが、彼女も負けていられない。恋人を奪われた悔しさが、弱い彼女を強気にさせる。しかし――

「何……よ……お姉ちゃんが……レイに手を出すから……悪いのに……悪……いのにぃ……!」

ヒューナが原因である筈なのに、何故か自分が責められたことを理不尽だと感じるリルム。ここまでされ、リルムは泣いてしまった。

「……不思議よね……」

急に冷静になったヒューナは、リルムに言った。

「あんたにとっては幼馴染で、私からすればか弱い弟分だったレイがさ……今じゃあいつをお互いに一人の男として見てる。時間が流れるってのは本当に残酷だね。あんたは私にレイを取られて、それを浮気と判断し、一方で私はレイを食った……成長って本当に怖いな。純粋な心を何もかも無くしてく。身体は成長していくら綺麗になっても、心は年を重ねる度に腐ってく。ホント、嫌だよね……」

そう言うヒューナの表情はどこか哀しげだった。リルムはその表情を見て違和感を覚えたが、自分にされた仕打ちを忘れる事等出来る筈がなく――

「何を言ってるの!?原因を作ったのはお姉ちゃんじゃない……全然謝る様子も見せないでさ……」

リルムは泣きながらヒューナに言った。その際、大粒の涙が床に染み込んだ。

「リルム……」

すると、突如ヒューナが口を開き、リルムに言った。

「あんたはさ……幸せに生きて行きなよ。」

「え……?」

突然姉から発せられた優しい言葉に耳を疑うリルム。何故急に優しく彼女にヒューナがそのような言葉を発したのかが、この時の彼女には理解出来なかった。

「あんたは幸せに生きる権利がある。ごめんね、苛立ったとはいえ首絞めは流石にやり過ぎた……かな。」

そう言って、ヒューナはリルムの部屋から去って行った。リルムは、理解の出来ない姉の態度にただ困惑するばかりであった。

 レイとの行為の事で謝ったのではなく、首を絞めた事に対して謝ったヒューナ。その事が彼女を余計に悲しませた。複雑な心境の中、リルムは涙を流しながら言った。

「こうなったのって……レイのせいなの……?レイが……うぅっ……レイが……?」

ヒューナの言動が理解出来なかったリルムはレイを憎むようになっていた。いくら誘惑されたからと言って、それに応じてしまうレイが許せなく感じていたのだ。彼女がレイを無視し続けたのはヒューナとの口論が原因だった。姉が許せないと思う気持ちと、その中で見せた優しさや、姉の誘惑に乗ってしまったレイを憎む思い。このような感情が渦巻き、この時リルムは壊れそうになっていた。

 翌日なってもその事を吹っ切れる事無く、リルムは姉と一切会話をせずに学校へ向かったのである。

 

 

 

 リルムはこの出来事をレイに伝えた。その事がレイを更に追い詰める事になる。

「レイとお姉ちゃんが抱き合うきっかけになったのってさ……レイが私に自分の事をちゃんと言わなかったからだと思うんだ。ねぇ、なんでちゃんと言ってくれなかったの?お互い戦艦の中で過ごした事は知ってるのにさ、自分の悩みを何も言おうとしないなんてどうかしてる。」

自分がアドバンスドタイプである事実を言っても、信じてもらえる筈がないと決めつけていた事が災いし、結果的にリルムを傷つけることに繋がってしまった事を彼は公開した。結局自分の思い込みが招いた種であると感じたレイは手で顔を覆った。

 

 

――――――レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ―――――――

 

この時、リルムの言った言葉が繰り返されていく。彼女の放った、レイを庇う筈の言葉が一層、彼を苦しめる事になっていたのだった。

(そんな……全部僕が招いた種なの?僕が悩んでたから……姉さんが僕を誘って……あんな事をして……でもそれがリルムを傷つけて……でも事実を言ったら母さんが傷付いて……分からないよ……僕のせいでこんな事になったの……?嫌だよ……もう……嫌だ……)

全ては自分の力が招いた種なのかと、レイはそう感じていた。アドバンスドタイプである事等誰も信じてくれる筈がないという、一方的な決め付けが、リルムを傷付けた。 

しかしその事実を言えば、今度は母親が傷付いた。自分の存在が人を不幸にしてしまったと思ったレイは錯乱状態に陥ってしまっていた。

「……私達、おしまいだね。もういいよ。恋人どころか友達としてもレイとはいられない。お姉ちゃんの誘惑に乗って簡単にする人間なんか信用できない。じゃあね、レイ。」

そう言ってリルムは去った。レイは教室に一人取り残されてしまった。大切な恋人であったリルムから告げられた分かれ。それは恋人としての分かれではなく、人間としての分かれであった。もうリルムと仲を戻す事が出来ない現実が、レイを追い詰めた。

 この時、彼はこの場面をどこかで思い出していた。悲しみに暮れる中で、彼は感じた事のあるデジャヴを思い返していく――

 

――――――――――――――――じゃあね、レイ―――――――――――――――――

 

それは、彼がホルステブロで意識を失った時。その時だ。今の彼女はその時と同じ表情をしている。これも、予言の夢?それとも一体、何か……

 だが、今の彼はそれを疑問に思う事はなかった。それどころでは、無かった為である。

 彼は故郷に帰って来て以来、悩みが絶えなかった。最初は自分だけが平和に過ごして良いのかという、妙な使命感が彼を襲っていたが、やがて自分の中に秘められた力の事で悩むようになり、その真実を聞かされて絶望し、苦悩する。誰にも言えない苦しさを抱えたまま過ごしている際にヒューナが彼に話し掛け、その事を告げたら彼女は彼の悩みを聞いてくれた。だが、その後で両者は抱き合ってしまい、更に悪い事にそれがリルムに見られていた。そして彼は家族に事実を話すが、その事実を知った母親は混乱してしまっている。

かけがえのない、大切な日常が自分のせいで壊れて行く――その恐怖を感じたレイはどうする事も出来ず、涙を流した。そして、この事は夢から現実として、再び今になって現れたのだった――

(僕は……僕は……何もかもを壊してるの……?僕のせいで……こんな事に……?)

一人、泣いていても誰も気付かない。彼の場合は、失恋という名の淡い思い出で済むような悲しみではなかった。自分の存在が多くの人を不幸にしてしまったという罪悪感で一杯だったのだ。

 

 

 

 この日、この時期にしては平年以上に気温が高い日だった。その為なのか、雲行きが怪しい夕方の時間帯。レイは一人帰り道を歩いて行った。しかし彼は歩いている間もリルムの言葉を次々と思い出していた。

 

――――――――――――誘われたから、していいっていうの――――――――――――

 

―――――――――――――私、気が狂いそうだった――――――――――――――――

 

―――――――――自分の悩みを何も言おうとしないなんてどうかしてる―――――――

 

――――――――――――――――じゃあね、レイ―――――――――――――――――

 

(どうして……こんな事に……どうして……?)

リルムから言われた言葉が鮮明に蘇る。仲の良かった両者を引き裂いた悲劇。その原因は自分のせいであると、自分を責めるレイ。だが時は既に遅い。もうリルムは自分の声を聞いてくれないだろう。何を言っても、無駄だろう……彼はリルムの事を諦めたかった。

しかし、どうしても諦められなかった。諦めようとすると、リルムと過ごした数々の日々が思い出される為である。

リルム・エリアス。大人しいが愛らしく、優しい少女。かつてレイの幼馴染であり恋人にまで関係を広げた両者は今、その関係を終わろうとしている。失恋なんて生易しいものでは済まない、それ以上の深い絶望に落とされた気分のレイ。彼の場合はリルムと縁を切られた事だけが失意の原因ではない。自分の力の事により、リルムとヒューナの関係まで悪化させ、おまけに自分の母親まで混乱させてしまった。言えば信じてくれる人間は中にはいたが、あまりに少な過ぎるのである。

レイの目は虚ろで、まるで死んだようだった。その状態のまま、彼は帰路へ着く。せめて、自分を認めてくれるリリアやミィスのいる家へ帰ることで、少しでも自分の心が癒されるのならそれも良い……と、彼は思っていた。

 

 少し歩き、駅前にて。彼はここでもリルムの事を思い出していた。どうしても彼女の事が忘れられないレイは、いつも彼女が帰る方向を茫然と見つめていた。

(リルムの家……せめて……最後に一回ぐらい……)

まだ彼女と完全に決別出来ていないレイ。リルムが別れを告げてきたのなら、せめてそれを少しでも受け入れられるように心掛けようと、レイは考えていた。そして彼はゆっくりと、静かに彼女の家がある方向へと歩き出していく。

 

ザアアッ

 

その時、急激な雨が降り始めた。傘を持っていなかったレイは走って雨宿りの出来る場所まで一人走った。

 少し走り、雨宿りの出来る屋根のある場所まで辿り着いた。一向に止む気配のない雨。その雨を見てレイは静かに溜息を吐いた。

「おい……マジかよ……」

「可愛らしいお嬢ちゃんなのになあ……なんてことだよ……」

その時、レイの耳に中年男性二名の声が聞こえてきた。その人達は傘を差して小走りでリルムの家のある道に向けて走っていた。疑問に感じるレイだったが、この雨の中を傘なしで行く訳には行かず、せめて小雨になるのを待ってから行こうと考えていた。

 

 やがて五分程度時間が流れて小雨になった。それを確認したレイは早歩きでリルムの家のある方向へ向かう。

(何か、あったんだろうか……)

先程の人達のいる方向へ向かうレイ。その方向は、リルムの家がある方向だった。

 少しばかり彼は早歩きをすると、リルムの家の前に着いた。だが様子が明らかにおかしい。と言うのも、周辺にいる人の数が非常に多かったからだ。まるで何かに注目しているかのように。

 レイはその人の波をかぎ分け、皆が注目する物を見た。それは、レイを更なる窮地へ追い遣る、おぞましい光景だった。

(あれって……姉さん!?)

彼が見たもの……それは、ヒューナ・エリアスだった。彼女は家の前で頭から血を流し、伏臥位姿勢で倒れていたのだ。そして、彼女は動く様子を見せない。今、ヒューナは駆けつけてきた救急隊員によって運ばれようとしていた。ヒューナの元へ駆け寄ろうにも〝keep out〟と書かれたバリケードが邪魔をし、入る事が出来ない。

「姉さん、姉さん!!どうしたの!?ねえ!」

レイがそのバリケードを抜けようとすると、救急隊員が彼を止めた。

「止めろ。死体に近付いて何をする気だ?」

「!?」

救急隊員の台詞の中に、〝死体〟があった。それが何を意味するのか、レイは把握できた。認めたくない事実が、更に彼を追い詰めることになる。

「死体って……何を言ってるんですか……?」

レイがそう言っている間に、救急隊員達はヒューナの身体を遺体袋へと収納した。そしてそれは救急車に収納されることになる。

「君はこの子の知り合いか何か?」

「……はい……」

レイは静かに首を縦に振った。

「即死……だそうだ。」

この時、レイの中でその言葉が何度も反復するように響き渡った。

 

――――――――――――――――即死……だそうだ―――――――――――――――

 

「嘘……」

これ以上聞きたくないと思った。しかしここで聞くのを止めては何の話かが分からなくなると思ったレイは、救急隊員に聞いた。

「彼女が飛び降りる姿を見た人がいてな、止めるにも止められなかった。頭から打って、即死。可哀想にな……こんなに若い子が自殺なんてな……」

「嘘……だよね……姉さんが自殺って……?」

レイが幼い時から面倒を見てくれたヒューナ・エリアスが投身自殺をした。只でさえリルムとの別れや周りを不幸にしてしまった事で自分を追い込まれていたレイに重なる不幸……しかも、今度は取り返しのつかない状況と言えた。先日までは悩みを抱えていたとはいえ、自分と一緒に過ごしていたヒューナの突然の死……それも、自殺である。つまり、彼女はそれ程までに追い込まれていたという事になる。

「う……あ……あ……あ……あ……」

度重なる不幸が彼を絶望へと追い遣り、レイは気が動転していた。戦場から生き残り、普通の生活が待っているはずだったレイを襲ういくつもの不幸は彼を狂わせていく。

「あ……り……リルムは!?リルムは!?こんな状況で黙ってる訳がない!!!」

その時、急にレイはリルムを探し始めた。姉が死んだのに、黙っている筈がない――と、彼はリルムの家のドアの前に向かい、必死にインターホンを押した。何度も、何度も。

普通の状態のレイならば、そのような行動は一切しなかっただろう。だが今のレイは必死だった。何も考える余裕が無いレイは、別れを告げた筈の、リルムの家のインターホンをとにかく押し続けた。

「姉さんが死んだのに!?なんでリルムはいないの!?ねえ!!!」

彼はひたすらリルムを呼び続けた。姉が死んでいるのに彼女がいない事に、疑問を抱いていたレイは我を忘れ、必死にインターホンを鳴らし続けた。

「帰ってよ」

その時、リルムの声が聞こえた。それに反応したレイは、モニターに映るリルムに対して言った。彼女は涙を流しながらレイと会話した。

「なんで外に出ないの!?姉さんが……姉さんが!!!」

もうあんたの顔も見たくないのよ!お姉ちゃんが死んでる事ぐらい知ってるのよ!お願いだからもう構わないで!!二度と近付かないでぇぇぇぇぇッ!!!

そして、モニターの画面が消えた。ヒューナが死んだのに、彼女は家に出ようとしない。それはショックだったのか、単純にヒューナを見捨てたのかは分からない。ただ、レイの傷は深まるばかりであった。冷たい雨が彼の髪を濡らし、それらは滴となって落ちて行く。

「こ……んな……こ……と……」

その後レイはずっと放心状態のままその場にいた。その間にも、ヒューナの死を見届けた民衆達は無情にも帰って行った。彼に声を掛ける者はおらず、寧ろレイの事を不気味に思う人間が多かったのである。

全ては悪夢のようだ。だが、これは自らが引き起こしたというのか。自らの存在が分からなくなったが故の結末だとでも言うのだろうか。今のレイには、何も分からない。何も、考えられない。




第九十話、投了。

リルムとの関係、ヒューナとの関係。そして、家族との関係。全てが変わっていく。あらゆる変化はレイの心を蝕み、苦しめていく。

※今年の投稿はこれでおしまいです。続きは年明け1月4日から。よろしくお願いします。


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第九十一話 コズミック・バトル

宇宙に上がったFPBはそれぞれの機体の改修を進めて行く。
そして、迫って来る敵勢力にも対抗していく。宇宙での戦いが、始まる。


 月面基地シン・ナンナにて。無数の新生連邦軍の基地が存在しているその場所は新生連邦軍の宇宙部隊の要となっている場所である。

地球上での国連との対決に敗れた新生連邦軍の部隊の大部分がこの基地に終結しており、それぞれの戦艦やMSが、補給を受けていたのだ。

 その時、月面が大きく割れようとしていた。と言っても、何らかの衝撃によって月が割れるという意味ではない。月面の表面が割れ、中から何か巨大な物が姿を現そうとしていたのである。

「最早手段を選んでいられません。エレシュキガルを起動させて下さい。」

「宜しいのですか?」

「ええ。構いません。国連、デウス残党……それらを迎え撃つにはこれが要となるでしょう。デウス動乱後から制作し続けていた機動要塞エレシュキガル。今、それを出す時です。」

そう言うのは新生連邦総司令、レヴィー・ダイルだった。国連に敗北し、宇宙へ追い遣られた新生連邦軍は今、新たなる兵器を出現させようとしていたのである。

隣に居たのは先のデウス残党軍の強襲を受け、壊滅的な打撃を受けたシン・ナンナの司令官、フェイク・バリスタだ。基地の陥落は辛うじて免れたものの、危機的状況であることに変わりはない。

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

月面の表面が割れ、そこから巨大な要塞が出現した。

 機動要塞エレシュキガル。それは新生連邦がデウス動乱終結後から制作し続けていた、正八角形の形状をした決戦兵器である。この要塞から放たれる主砲は周辺のコロニーの崩壊はもちろん、仮に地球に向けられればその衝撃だけでこの世界の約1/3の人口を消滅させ、更に二次災害などが加われば目も当てられない程の犠牲者が出る程の超大型機動要塞。それが、新生連邦軍の切り札である、この、エレシュキガルなのである。

 新生連邦が切り札であるこの兵器を出した。それは、新たなる戦いが始まる事を意味していた。

 

 

 地球から離れた場所にて。FPBは宇宙に上がる事に成功して、既にこの時、ギアが先に宇宙へ上がっており、先行部隊と合流し、戦力の補充を行っていた。やがてその後でジャンヌ達はギアと合流。この日は、あの惨劇から三日が経過した日だった。

ここに来るまでに、彼等は尊い仲間が殺されている。特にアレンは、最愛の人であるココットを惨殺された。彼は人と会う時はその悲しみを隠すようにしているが、部屋で一人になるとココットが死ぬ際に言った言葉を思い出し、涙を流す。

 

――――――――――アレンの……素敵なお嫁さんに……なりたかったな―――――――――

 

「ココット……」

自分を守る為に犠牲になったココットの事が忘れられないアレン。彼にとっては戦後以来の久しぶりの宇宙空間だったが、その懐かしさを感じる暇等、今のアレンにはなかった。

 今、アレンはシュネルギアに戻っている。ギアと合流を果たした為、アルバトスに居る必要が無い為である。

『アレン、MSデッキに来て下さい。メンテナンスをお願いします。』

「あ……ああ……分かった。」

彼の部屋に通信が入った。ジャンヌがMSデッキから彼を呼び出していたのだ。その際の彼女の口調は普段通りではあったものの、表情はどこか冷たく、悲しげであった。

 

 MSデッキにて。整備士達がパイロット達の乗るMSの整備をしている中、アレンが姿を見せた。アレン以外の他のパイロット達は自分の機体のチェックをしていた。その中にはガーストの姿もあった。彼の傷は、完治こそしていなかったが、既に身体を動かす事が出来る程に回復していた為、彼もMSデッキに来ていたのである。ガーストの場合、所属はアルバトスにな筈だったが、アレンの事が心配だった彼はシュネルギアに来ていたのだ。

「アレン。その……大丈夫か?」

今の彼の心境を知っているガーストだったが、彼はあえてアレンに声を掛けた。

「平気。それより俺もMSのチェックを行わないと。いつ敵が来るか分からないから。」

「そ、そうだな……」

あまりに淡白な会話内容に、ガーストは困惑した。普段のアレンならばもう少し話に乗るのだが、今の彼は話に乗ろうとしない。

「ガースト」

その時、ガーストに声を掛ける人間があった。ジャンヌである。FPBの為に整備士として各々の機体の整備をしている彼女はガーストに声を掛けた。

「ジャンヌか。なんか、随分久しぶりな気もするなぁ。」

「ええ、そうですわね。それよりも、今はアレンにはあまり触れないであげて下さい。」

ガーストがアレンに接する事は決して悪い事ではないのだが、恋人がいるガーストが傷心のアレンを慰める事はまるで何かの嫌がらせのようにも捉えられるかも知れないと彼女は判断し、ジャンヌはガーストに伝えたのだ。

「今会話を終わった所だから……それにあいつがあの様子じゃこっちも喋る気起きないし。」

「そうですか。それは良かったです。」

異様に冷淡なジャンヌに、ガーストは違和感を覚えた。明らかに、表情を隠しているように見える。

「それよりも、貴方は自身のMSは破壊されたとお聞きしましたが。」

以前のダーウィンでの戦闘で彼のMSであるエスディアは破壊された。その際に重症を負ったガーストだが、辛うじて一命を取り留めた。しかし今の彼にMSはない。

「今はないな。だからせめてチームの一員として役立てるように、メカニックに専念でもしようかなって思ってるんだよ……出来れば戦場に出て戦いたかったけどな。」

搭乗する機体が無い以上は何も出来ない。彼は諦めた様子でそっと溜息を吐いた。

「ガースト、貴方に授けたい機体があります。」

「え?」

ジャンヌがMSの話をすると、ガーストは食いついたように言った。

「FPB設立の際にギア・ジェッパー代表がある程度確保していたMSである、ハイエッジです。国連軍の最新鋭機体で、ヴァントガンダムに代わって国連に配備されつつある機体ですが、それらを数機確保する事が出来ました。」

ハイエッジ。それは国連の最新鋭MSである。初陣は新生連邦本部攻略戦で登場し、ヴァントガンダムに代わって大きく活躍した機体である。ガーストはその機体の事を詳しく分かっていない。

その最新鋭機に乗らないかとジャンヌに言われ、ガーストは言った。

「どんな機体か見たい。ここにはないのか?」

「ここにはありません。アルバトスへ行く必要があります。」

「じゃあ行く。案内してくれるか。」

「ええ。」

その後、ガーストはアルバトスへ戻る為に、一度宇宙空間に出た。パイロットスーツのバックパックに備え付けられているウイング型バーニアをコントロールし、両者はアルバトスのMSデッキへ向かう。

 

 アルバトスのMSデッキにて。ガーストはそこで国連のMSであるハイエッジの姿を見た。

 現在ハイエッジはギルスがFPBに対して機体を譲渡しない様にしている為、FPBに回って来たハイエッジの数は限りなく少ない。従って、FPBの主力量産型機体はヴァントガンダムと、アステリアということになる。

 このMSを見た後、ガーストは言った。

「良い機体だとは思う。でもこのままじゃ国連が襲ってきた時にこれに乗って戦うと味方に間違えられるかもしれない。というか、色そのものを変えた方が良いんじゃないか?」

「ええ、勿論です。特にガースト。貴方が望むのなら貴方専用のカラーリングに仕立て上げる事も出来ますが、いかがされますか?」

ジャンヌに聞かれ、ガーストは少し考えた様子を見せて言った。

「……ああ、頼む。」

彼に与えられた新しいMSである、ハイエッジ。彼はこの機体をどのように乗りこなすのであろうか。

「お、お前ここにいたのか。元デウスのエースさん。」

その時、パイロットスーツを着たミシェが彼等の所へやって来た。

「ミシェさん……ですよね。そういやあんまり喋ってないような……」

ミシェとガーストは然程会話をしていない。シンが殺された時にチームに加わったミシェだが、その後のセイントバードに様々な事が起こり過ぎたのである。故に、クルー同士の交流というのは少なくなっていったのだった。

「そうだな。この際覚えといてくれ。ミシェ・ジンバルドだ。」

と言って、改まった様子で彼等は握手を交わした。

「それと、ジャンヌ・アステル嬢。どうしてここに?」

ジャンヌはシュネルギアの艦長を務めるべき人間である筈なのに、彼女がここに居るという事に対してミシェは疑問を抱く。

「MS整備士の免許は私も持っていますの。貴方のお話は伺っておりますわ、ミシェ・ジンバルドさん。」

ジャンヌに名を覚えて貰っているという事は、ミシェにとって光栄だ。自然な笑みを浮かべる、ミシェ。

「世界的歌手に名前を覚えて貰えるのは光栄だねぇ。嬉しい限りだ。」

そう言ってミシェは手を差し伸べた。それを見たジャンヌは笑みを浮かべ、ミシェと握手を交わす。この時、ガースとは自分とジャンヌとでは対応に差があると言う事を痛感したガーストであった。

「で……だ。実はジャンヌ嬢の話を少し聞いていたんだが、あのMSにお前が乗るのか?」

「はい、エスディアが壊された以上はもう新しい機体に乗るしかないと思いまして。」

「そうか。」

ミシェは手を腰に当てながら言った。

「ミシェさん。その事なのですが、彼専用のカラーリングにしようと思いまして。お願いがあるのですが、手伝って頂けないでしょうか。」

カラーリング変更の為に、ジャンヌはミシェに懇願した。相手は世界的歌手という事もあり、彼は快く引き受けた。

「勿論可能だが、ちなみにお前のイメージカラーって何色だ?」

イメージカラーと言うのはパイロットにとっては非常に重要なものになる。機体への愛着や拘りがあればそのイメージカラー=本人という認識を、持って貰える為だ。所謂パーソナルカラーとも呼べるそれは、パイロットにとっては欠く事の出来ない存在と言えるのである。

「エスディアと同じ色にして貰えたら幸いです。紺碧色ですね。」

ガーストの機体はデウス動乱時から紺碧色のカラーリングの機体を駆っていた。彼はエースパイロットであるが故に、パーソナルカラーを与えられていた。シュアーに与えられたエスディアのカラーも紺碧色であり、まさに、ガーストをイメージするカラーリングと言えたのだ。

「分かった、そうするか。さて、作業にかかるか。人手が必要になるな。」

そう言って、ミシェはガーストのハイエッジを塗装する為に他の整備士達を呼ぼうとした。

「塗装以外にも、使えそうなパーツは確保させて頂いております。FPBの一員となった以上は様々な勢力と戦って行かなければなりません。出来るだけ、戦力の強化をお願いします。」

「了解だ、その辺りはうちの艦長とかパイロット達と相談していく予定だ。幸い、今のところは周囲に敵はいない様子だしな。というか……ジャンヌ嬢が助言をくれなくても既にこっちはMSの強化に手を付け始めているよ。」

「そうですか。それを聞き、安心しましたわ。」

アステル家とセイントバードチームが手を組み、FPBという組織となって戦争の終結の為に戦う。今は想定されるであろう激戦に対して機体の強化を行う必要があった。

 ミシェはジャンヌに対し、既にMSの強化を始めていると言った。それを聞いた彼女は首を傾げる。

「おぉっ!これがアインスなのか!?……わぁっ……!」

その時、MSデッキに一人の少女が姿を見せた。そこにいたのはスバキである。彼女は生まれて初めて宇宙に上がり、今自分のMSであるアインスガンダムを見に来たのだが、慣れない無重力に困惑していた。

「おいおい、大丈夫かよ。」

ミシェがスバキを支えた。スバキは彼に対して礼を言う。

「ありがとう。宇宙は初めてだから、慣れなくてさ……それよりさ、アインスの印象、随分と変わったなぁ!」

そう言われ、その場にいた全員がアインスガンダムの姿を見た。

 そこにあったもの。それはアインスガンダムの特徴であった紺色ではなく、真っ白に染まったMSであった。宇宙戦を意識して制作されたアインスガンダムのコズミックカスタム。良く見ればその顔貌はアインスガンダムのものである事が分かるのだが、何せ色合いが変わってしまっている為、全く違う機体の印象を受けた。この場にいたミシェとスバキ以外の人間は、この機体を全く別の機体だと勘違いをしていたのだ。

(アインスガンダムを、この方が改修したという事ですのね。それも、僅かな期間に……)

と、ジャンヌは静かに、白系統のカラーリングに変更していたアインスの姿を見て、関心を抱いている様子だった。

「俺は二十代の頃に一度だが宇宙にいたことがあってな、宇宙空間ではどんな機体が良いのかってのを考えていた事があった。元々こいつを強化しようとは考えていて、宇宙でギア・ジェッパーと合流した際に、即、改修した。ジャンヌ嬢、事後報告になって申し訳ないが、余ってるパーツとかデブリとかを勝手に使わせてもらったが、構わないよな?」

ミシェはジャンヌに言った。彼女は快く、大きく首を縦に振った。

「ええ!」

ジャンヌは笑った。ココットが死んで以来、ジャンヌが笑ったのは久しぶりである。皆が彼女の険しい表情ばかりを見ていた為、その場は少し和んだ様子だった。

「さて、このアインスは宇宙戦用だからな。勿論武装も全然違ってくる。宇宙では地球と違って戦い方も何もかも変ってくる。お前がガキの頃とかに多分見たかも知れない、宇宙戦争が現実になるんだからな。」

「宇宙戦争……か。そっか……駄目だ、私には想像も出来ない……」

現在に至るまで地球で暮らしていたスバキにとって、宇宙は何もかもが新鮮で、斬新だった。宇宙に上がることなどこの先無いものだと思っていた彼女は、外の暗黒の空間を見て最初は感動していたという。

 そして何よりも、無重力と言う未知の感覚に違和感を覚えていた。今までに感じた事のない、身体がふわりと浮く感覚。スバキ自身はこの感覚に慣れておらず、身体のコントロールが出来ない事が多々あった。

「武装の説明をするぞ。まずはこの拡散ビーム砲だが――」

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

その時、艦内で警報音が鳴った。セイントバードのものと異なる音が、艦全体に響く。

「熱源多数確認!所属、国連軍です!各パイロットは搭乗機にて待機して下さい!」

インクの声が響き、それを聞いたパイロット達はそれぞれのMSに搭乗し始めた。シュネルギアとアルバトスの存在に気付いた国連軍が攻撃を仕掛けてきたのである。

「武装の説明する暇もないってか!スバキ!ぶっつけ本番だがお前ならやれるだろう!」

そう言って、ミシェはスバキの背中を思い切り押した。デッキ内は無重力状態だった為、身体のコントロールが出来なかった彼女は、宙に浮きながら慌てた様子で両腕をバタバタと振った。

「わわっ……わあー!」

慌てつつも、スバキは白く変貌を遂げたアインスのコクピットに掴まり、そこからコクピットのハッチを開け、中に入った。

「国連軍、攻撃開始!各機出撃お願いします!」

その言葉を聞いたと同時に、全員が出撃を開始した。ガーストの機体であるハイエッジは塗装を行われていない為、フレンドリーファイアに気を付けなければならない。

「識別コードは書き換えておきますから!」

と、ガーストはハイエッジ内で言った。

 戦後以来、地球上でMS乗りとして戦い続けてきた今は無きセイントバードチームにとって、この宇宙戦は初めてのものとなる。宇宙の存在を久方ぶりと思う者もいれば、スバキのように宇宙空間そのものが初めてと思う人間もいた。

「私はシュネルギアに急いで戻ります。健闘を祈ります。」

「了解だ。」

そう言ってジャンヌは笑顔を作り、そのまま去って行った。ミシェはその姿を見届けた後、他の整備士達に対して言った。

「俺達も仕事をするぞ。大破した機体が帰ってきたら即座に修理だ。」

「了解!」

元セイントバードチームの整備士達も気合が入っていた。初めての宇宙戦に、興奮する者が多かった為である。

 

 

 

 今回の戦闘では国連が先に仕掛けてきた。機体はいずれもがハイエッジで、ヴァントガンダムの姿は見当たらない。最新鋭機体でFPBを仕留めようという魂胆なのだろうか。

「うわ……わっ!?」

FPBの各機が警戒態勢で居る中で、スバキの乗るアインスは姿勢を落ち着かせられずにいた。初めての宇宙空間での戦闘である為、彼女は操作に困惑していたのだ。

「来るぞ。迎撃しろ。」

そう言うのはネルソンだった。彼自身も宇宙戦は戦後以来ではあるが、余り動揺している様子ではなかった。過去の経験や感覚が冷静さを作り出していると言うのだろうか。

彼が指示しているのはガーストやスバキ達といった元セイントバードチームのメンバーである。と言っても、トルクスのパイロット達は既に居ない状況だった為、彼が指揮しているメンバーは限られてしまう。その上、正規の軍人でない彼が元国連のFPBの兵士達に対して命令を下す事など出来ない。

 やがて国連のハイエッジ達が一斉にバックパックと、腰部のビームキャノンを展開し始めた。高出力のビームがFPBに迫る。

しかしそのビーム粒子の光を回避し、接近する機体の姿があった。アレンの駆るブライティスである。

「……!」

ブライティスはその華麗な動きで国連のハイエッジの背後に移動し、そのままビームライフルをコクピットに突き付け、破壊した。続き、ウイングを展開し、多方向にビーム砲を撃ち、これらをハイエッジ達に向ける。

「クソッ!アステル家のあのガンダム!反逆者のテロリストと共に行動するか!」

国連の兵士がそう言った直後、ネルソンのハルッグがロングビームライフルでその兵士が乗っていたハイエッジを撃ち墜とした。

「アレンにばかり活躍はさせん。」

ネルソンはそう言った後、ハルッグを変形させて敵陣に向かう。それを見た二機のハイエッジはハルッグの方向へ追う。

 

 スバキはと言うと、まともに白いアインスを動かす事が出来ずに困惑していた。慣れない宇宙空間での戦いは、彼女を危機的状況へ追い遣る。

「もらった!国連の裏切り者が!」

その時、一機のハイエッジが彼女の元へ現れた。ビームライフルを構え、コクピットを撃ち抜こうとしていた。

「や、ヤバい……!!このやろぉ!」

自棄になったスバキはレバーを引き、ハイエッジに向かって体当たりを行った。急な攻撃に対し、ハイエッジは素早く回避を行い、再びビームライフルを構えようとした時――

 

                 ドオオオオオ

 

「ぐ……わあああ!」

彼女が目を瞑っている間に、ハイエッジは破壊されていた。そして目を開けると、レーダーに映らないハイエッジの姿に彼女は違和感を覚えた。

「あ……れ……?いつの間に!?」

この時アインスガンダムが使用した武装は、新武装であるシールド型拡散メガビーム砲だった。その武装は実体のシールドの上から張るようにビームシールドとしても運用が可能な上、シールド内部にある砲門を展開させれば拡散ビーム砲としての機能を兼ね備えている。出力は高く、アインスガンダムの新たなる強力な武装として宇宙に上がった際に、臨時でミシェが開発した。とは言え、その完成度は非常に高い。

「あのおっさん、大したもんじゃないか!やってやる!」

偶然とはいえ、敵機体を倒す事が出来たスバキは少し調子に乗り、敵のいる宙域へアインスを動かした。

 

 ガーストは数年越しの宇宙空間での戦闘で若干ながら苦戦している様子だった。というのも、ダーウィンでの戦闘以来彼は一度もMSに乗っていない。増してや久しい宇宙での戦闘という事もあり、調子を出し辛い様子だった。更には今彼が乗っている機体も、今まで乗って来たエスディアとは異なる機体であり、戸惑いが見られるのも無理は無かった。

「宇宙戦のブランクとか言い訳にしたくはないけど……やっぱり言い訳にしたくなるぐらい思ったよりキツい……でも相手と俺の機体が同じなら……実力を見せてやらないとな!」

ハイエッジにはどのような武装が搭載されているかは分かっていない。その為、全く同じ機体である敵のハイエッジの武装を見て、見様見真似で彼はハイエッジの武装を遣って行こうと考えていた。

「え、ライフルがマシンガンに変わったのか!?」

その時、敵のハイエッジが持っていたビームライフルの出力がライフル特有の収束型ではなく、いつの間にかマシンガンのような散弾型に変更されていた。その状態のまま、ガーストの乗るハイエッジに向けて発射される。それを見たガーストは、ハイエッジの左腕に搭載されているビームシールドを展開し、自機を守る。

「どうやって武装を変えるんだ……ってそんな事気にしている場合じゃないか!」

ガーストは操縦桿を引き、ハイエッジのビームサーベルラックをマニピュレーターを駆使し、腰部から抜いた後に国連のハイエッジに迫って行った。それを見た国連のハイエッジもビームサーベルラックを抜き、ビームサーベルを展開。やがて両者は打ち合いを行った。

「クソッ、やっぱり相手の方が慣れてる……」

 

               ピキィィィ

 

その時、ガーストの頭の中で電流が流れた。それと同時に、敵機体が次にどのような行動をするのかというヴィジョンが、彼の頭の中で浮かんだ。

「ヤバい……避けないと……!」

彼の頭の中に浮かんだヴィジョンは、ハイエッジ同士がビームサーベルによる打ち合いの最中に敵のハイエッジが腰部からビームキャノンを発射するというものだった。そうなってしまっては自分のハイエッジは破壊されてしまう……ガーストはそう思い、相手よりも先に腰部のビームキャノンを展開し、敵機体に向けて射出した。

「読まれた!?こいつ、シンギュラルタイプか!?」

そのビームは敵のハイエッジの左脚部を直撃した。それを確認したガーストはそのハイエッジに向けてビームライフルを連射し、胸部を撃ち抜いた。

ガーストに対して成す術もなく、国連のハイエッジは太刀打ち出来ずに破壊された。破壊した際、ガーストの乗るハイエッジのカメラアイは、宇宙空間の暗闇を背景に静かに輝いていた。

「……感覚は掴めて来たか……久し振りだもんな、宇宙は。」

同型機との戦闘でどうにか勝利を収めた彼だったが、戦闘はまだ続いている。彼の乗るハイエッジはブレードスラスターの出力を上げてその場を後にした。

 

 

 

 宇宙に上がってから初めて戦うFPBと国連。FPBは宇宙慣れしていないパイロットも多かった為、国連の機体に圧倒される人間も多数いた。

今アステル家の機体であるアステリアに乗って戦っているアステル兵もまた、国連のハイエッジに苦戦を強いられている者の一人である。

「くそっ!なんて早さだ!」

一機のアステリアがロングレンジビームライフルをハイエッジに向けて連射するが、ハイエッジはいずれも素早い動きで回避をする。そして、脚部からミサイルを展開してアステリアに迫る。

 

                 バシュゥゥゥ

 

と、そこへ一機のヴァントガンダムがビームライフルを撃ち、ミサイルを全て撃ち落とした。元国連で、今はFPBとして協力している兵士である。

「大丈夫か!?」

「すまん、助かる!」

その光景を見た国連の兵士は怒った様子でそのヴァントガンダムに対してビームマシンガンを連射した。ヴァントに乗るFPBの兵士はシールドを構え、ビームサーベルラックを抜いてハイエッジに切り掛かる。

「新生連邦がいなくなって国連が地球圏を統一しようとする時に新たな軍隊の設立など!」

「ギルス・パリシム議長は嘘を吐いている!騙されているんだお前達は!」

元国連であり、現在はFPBの兵士と国連の兵士が対立し、戦っている。国連の兵士はギルスが嘘を吐いている事など知らず、ギアが嘘を吐き、世界を混乱させている存在だと言い張る。

「ギア・ジェッパーは新たな戦争を生み出した権化だ!それに従う裏切り者など!」

「ギルス・パリシムの私利私欲の下に戦う事が本当の平和とは思えない!」

「新生連邦を宇宙へ追い遣る事が出来たのはあの方の武力による平和を行使した賜物だ!」

「違う!ギルス・パリシムは自分にとって都合の良い世界を作ろうとしているだけだ!」

性能差は歴然であるが、両者の乗るヴァントガンダムとハイエッジは激戦を繰り広げている。互いにビーム刃同士の打ち合いで、一歩も引く様子を見せない。

「貰った!」

その時、ハイエッジのパイロットが腰部と背部のビームキャノンを一斉にヴァントガンダムに向け、発車しようとしていた。それに気付いたFPBの兵士は一度その場所から離れようとするが、既に彼はハイエッジに狙われており、危機的状況だった。

「ん……熱源……?」

 

    ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

「うわあああああああああああ!」

その時、突如出現した凄まじい出力のプラズマ砲撃が彼等の機体を跡形もなく消し去った。

あまりに高出力のそれが破壊したのはヴァントガンダムとハイエッジだけでない。他にも国連の宇宙戦艦であるリューチェ級がこの謎の一撃によって一瞬で崩壊したのだ。あまりに突然の出来事に、その場にいた人々は困惑する。

「なんだ……?」

茫然と、熱源が発射された方向を見るFPBと国連のパイロット達。その先に見えたもの。それは、月だった。

 

 

 

月周辺の小惑星型基地にて。そこは新生連邦の月面基地シン・ナンナから派生して出来た軍事基地である。

 基地周辺に新生連邦軍のMSであるディーストやジョゼフが並ぶ中で、一機、超大型MAの姿があった。その機体は横幅に広く、中央部には大型の砲門が存在している。頭部と思われる部分にはモノアイタイプのカメラが搭載されており、そのMAの異様さと不気味さをアピールしていた。

「プラズマカノンの試射、完了。」

「出力、試射後の冷却機能に異常なし。」

兵士達がそのMAの武装に関するチェックを行い、ある人物に対して報告をしていた。

「感想としては凄まじいの、一言だな。それにしても、いつの間にこのようなMAを開発されたんだ、ドゥーリア少佐は……」

兵士達はエファンに対して感嘆の声を上げていた。その超大型MAを制作したのは、その男だったからである。

「開発に時間を掛けたMAだからな。簡単に壊れて貰っては困る。その火力を見せしめる事が出来たのは大きな一歩だよ。」

軍事基地内の管制塔にて、エファンが腕を組み、そのMAのプラズマカノンの試射を見ていた。この男はクレーディト社内のマスドライバーを使い、宇宙に上がった後にこの基地に移動し、ここにいる兵士達と合流をしていたのである。

エファンはニヤリと笑みを浮かべ、その後で彼は通信を行った。

「どうだ、その機体は。使い勝手は良いと思うがな。」

エファンはある人物と会話をしていた。その人物は、そのMAのパイロットである事がエファンの台詞から分かった。

「今のはプラズマカノンの試射ですが、他の武装がこのデカブツをフォローしてくれるのなら頼もしい限りです。この機体を俺に与えて下さり、ありがとうございます。」

「何、使えるものはどんどん使ってもらわなければ困るからな、クラリス。」

そのMAに乗っていたのは、クラリス・デイルだった。彼はエファンにMAのパイロットを任命されていたのだ。

「ハッ、有効活用できるように尽力します。」

「任せるぞ。ディブロック。それがその機体の名前だ。」

ディブロック。型式番号、EMA-01X。エファン・ドゥーリアが開発した超大型MAで、横幅だけで300メートル以上はある機動兵器である。そのパイロットに、クラリスは選ばれたのだ。エファンが何故クラリスをディブロックに乗せたのか、その理由は不明である。

「横幅300メートル以上という大きさを誇る機体だ。普通に考えれば格好の的だがこの機体は全身にバリアーフィールドを張り巡らせているからな、ビーム粒子が存在する限り、ビームは一切通用しない。」

「自分も、この機体で早く実戦を経験したいと思っております。」

「良い心意気だ。」

そう言ってエファンはクラリスとの通信を切断した。そして、再び彼はディブロックのある方向を見て思う。

(エレシュキガルが動いた……か。これで目的にまた一歩近付く。良い傾向だ。流れは私にある。)

エファンは静かに笑みを浮かべ、腕を組んだ。周りの兵士達は彼が笑みを浮かべている事など知る由もなかった。

 

 

 

 月方面からのプラズマカノンの存在を見ていた国連とFPBは、一時的に戦いを中断していた。しかし、国連軍のハイエッジの突然のビーム砲撃により、再び戦いが始まった。

 だが、FPBの方が機体のバリエーションが多い上に高性能機体も数多く存在している分、この戦況はFPBが制しつつあったのだ。

敵の戦力が多数存在する宙域にて。そこには単機でブリッツファンネルを展開するブライティスの姿があった。八基のファンネルはそれぞれハイエッジのコクピットを的確に狙い、周辺にいた八機ハイエッジを瞬く間に、撃破した。

 淡々と、まるで作業をこなすように次々と国連軍の機体を破壊していくブライティス。ハイエッジ達の撃墜を確認したアレンは、次にリューチェ級の破壊へ向かう為、ファンネルを展開したまま移動し始めた。その様子を見ていたガーストはアレンの行動に疑問を抱く。

「あいつ……なんかおかしいぞ……?」

躊躇う様子もなく、あっさりと敵を倒していくアレンの姿が奇妙に思えて仕方がなかった。ガーストはアレンの後を追うようにハイエッジのブレードスラスターの出力を上げ、移動した。

 

 

 

 アルバトス周辺ではハイエッジによる猛攻を食い止める為に、スバキ達が奮戦していた。宇宙用に強化されたアインスガンダムは新武装であるシールド型拡散ビーム砲を展開し、ハイエッジに向けて発射した。高出力のそれは直撃しただけでハイエッジの腕部や脚部を破壊した。だが敵はまだ破壊されていない。

 その時、ハイエッジがビームサーベルを展開してアインスに迫って来た。それに気付いたスバキは素早く反応し、アインスのカメラアイを輝かせる。

「やらせるかぁぁ!」

その時、アインスが持っていた拡散ビーム砲の砲門が閉じられた――と同時に、シールドの先端部分にビーム粒子が集まり、エネルギーが形成されていった。

 

ブイイイイインッ

 

やがてそれは巨大なビームピッカーへと変貌し、ハイエッジに向けて突き刺した。突き刺した瞬間、ハイエッジは爆発した。彼女は自分の力で新兵器を発見し、実用に至ったのである。

「凄い……今までのアインスと比べ物にならない……」

機動性も上昇し、尚且つ武装も強化されたアインスガンダムのコズミックカスタム。宇宙戦そのものが初めてだったスバキだが、この機体に乗って戦う内に彼女本来の調子が戻って来た様子だった。

 そこへ二機のハイエッジが迫って来ていた。熱源に反応する、スバキ。いずれもビームライフルを連射し、アインスに迫る。アインスはビームシールドを展開してこれらの攻撃を全て防御する。

「ビームはもうアインスに効かないんだよ!食らえぇ!」

そう言ってスバキはアインスのビームライフルを構えるように動かし、発射した。そのビームライフルは一回のスイッチで三連射する事が出来るようにカスタマイズされていた。この攻撃に対し、ハイエッジ二機はビームシールドを展開してビームライフルを弾く。

「やあああああ!!」

その瞬間、再びアインスはビームピッカーを展開し、ハイエッジに迫っていた。急激な攻撃に戸惑うハイエッジ二機は回避運動を試みたが、既に遅かった。

 

                 ズバァァァ

 

二機のハイエッジは折り重なるようにビームピッカーの餌食となり、破壊された。ハイエッジの撃墜を確認したスバキは、周囲に迫るハイエッジがいないかを確認する為、レーダーを確認した。

「これなら負けない!負けてたまるかよ!」

宇宙に上がる前にデスゲイズに敗れそうになったスバキは、その屈辱から強くなりたいと思っていた。宇宙用にカスタマイズされたこのアインスガンダムは彼女の願いに応えた事になる。

 そして、新生連邦本部攻略戦に於いて彼女を消耗させて殺そうとした国連に対する復讐も、成す事が出来たと言えるのだ。

「はぁ……これなら……もしかしたらあいつを守れるかも知れない!レイ……今頃平和に暮らしてるのかな……?」

呼吸を荒げながら、彼女はレイの事を思い始めた。彼が故郷へ帰った事は、実は彼女には大きな衝撃だったのだ。今、ここに居ないレイの事を想いながら、スバキは国連軍と戦っているのである。

 

 

 

国連のリューチェ級に接近するブライティス。彼はその周辺にいるハイエッジに対し、ブリッツファンネルを展開して強襲させる。そのファンネルの動きについて来られない国連の兵士は我武者羅にビーム砲を連射するが、ビーム砲はファンネルに当たらない。ファンネルから放たれるビームはハイエッジを狙うが、いずれもハイエッジのビームシールドによって弾かれる。

八基のファンネルに翻弄されるハイエッジ達は、これらの破壊をする為に攻撃していた。

だがアレンの目的はハイエッジの殲滅ではない。リューチェ級の破壊である。

「ガンダムタイプ、こちらに接近中!」

「仮にも同志だったんだぞ!?それにあのガンダムが簡単に人を殺すなど!?」

リューチェ級のブリッジ内は騒然としていた。ブライティスが展開したファンネルを、護衛に回っていたハイエッジ達が相手をしている間に、ブライティスの突破を許してしまったのだ。

 やがてブライティスがブリッジの前に辿りついた時、リューチェ級の士官がアレンに対して通信回線を開いた。

「や、やめないか!アステル家のガンダムだろう!私はよく知っているぞ!」

命乞い同然のその行為。しかし――

「すみませんが、今は“敵同士”ですので」

アレンがそう言った直後、ブライティスはビームライフルを構え、躊躇いなくブリッジを撃ち抜いた。中にいた人間は全員死亡。更にブライティスはウイングを展開してビーム砲を斉射。それによってリューチェ級は完全に破壊された。それと同時にブリッツファンネルがブライティスへ戻って行く。

 ブリッツファンネルはハイエッジの陽動の為に展開し、彼は淡々と本命であるリューチェ級を撃墜したのだ。FPBとしては敵である国連軍を倒す事は正しい事ではある。しかし、今までのアレンでは考えられない戦法だった。この戦法にいち早く疑問を抱いたのはガーストである。彼はアレンに対して通信回線を開いた。

「おい、アレン!」

「ガーストか。」

アレンは無表情でガーストの回線に対応した。

「なんか……変だぞ……戦い方って言うか……全てが!」

「何が。」

「ダーウィンでのお前の戦い方と明らかに違うんだよ!淡々とファンネル動かして敵破壊して終わりって……何かが違う!」

アレンにはガーストが何を言いたいのかが分からなかった。ガーストは、アレンの余りに冷淡な戦略に疑問を抱いただけなのだが、それに対してアレンは言った。

「効率の良い戦法を取る方が被害も最小限に済む。俺はそれを実行しているだけ。ガースト、お前は俺が躊躇いなくあの戦艦を墜としたことに対して異議を唱えたいだけなのか。」

「そう言う訳じゃない!でも……違うんだよ!お前らしくない!」

「俺らしく?何を言っている。」

アレンの言葉は正しかった。戦争をするならば、味方が勝利する為に尽力するのが普通である。それに対し、ガーストは彼の戦い方をおかしいと言ったのだ。」

「戦争に〝らしさ〟なんて必要?俺はそうは思わない。戦争は命の奪い合いなんだ。ただそれだけ。」

「確かにそうだけど!そうだけど……お前……いくらなんでも変わり過ぎだろ……」

「話はそれだけ?悪いけど集中しているから。じゃあ。」

そう言ってアレンはガーストの回線を切り、その場を去った。一方のガーストはアレンの冷淡な口調に疑問を抱いていた。

「あいつ……やっぱりココットが死んでから変わって……」

今のアレンは、まるで流れ作業のようにただ目の前に迫る敵を倒す事だけを考えていた。

それは今までの彼の戦闘スタイルでは考えられないものだった。ガーストの言うように、ココット・メルリーゼの死が今のアレンに大きく影響しているのだろう。

 

 

 

 エリィが指揮をするアルバトスに三機のハイエッジが迫って来ていた。新造艦のアルバトスの武装の全てを把握出来ていないエリィだが、幸いクルー達は武装を理解しており、それ等に対して指示を与える事が出来た。

「艦長!熱源三機急速に接近中!」

「弾幕を張って!アルバトスに近付けないで!MS部隊を護衛に回すように!」

「了解!」

セイントバードの時と違い、ブリッジにいるのはインクとスラッグだけではなかった。元国連兵の人間の姿が多数見られ、いずれもエリィの指示に従っている。

 正規の軍人である元国連兵達がMS乗りであるエリィの指示に従うのには訳があった。ギアが彼女を艦長に選抜した為である。FPBの代表であるギアが選んだ以上は、それに従う必要がある為、彼等は従っている。その上エリィの指揮は的確で、その指示の上手さにFPBの兵士は感心している様子だった。

「5時方向からミサイル多数、来ます!」

「迎撃用にこちらもミサイルを発射されますか?」

「多数のミサイルに対してならばビームで砲撃した方が良いです!何か、高出力のビーム砲はありますか?」

「大型主砲、あります!」

「それらをミサイルの方向に向けて発射!!」

「了解!」

彼女の指示により、アルバトスから主砲が発射された。この指示により、アルバトスに迫って来ていたミサイルは全て消滅。だがその隙に三機のハイエッジの侵入を許してしまった。

「熱源三!更に接近!」

「弾幕は!?」

「張っていますが突破されています!」

「厄介ね……」

そのハイエッジのパイロットは優秀なのか、アルバトスが発射する弾幕を軽々と潜り抜け、ブリッジに向けて行動しようとしていた。

「……スラッグ君、アルバトスを下方に移動させて。」

「え、下にですか!?」

急なエリィの指示に戸惑うスラッグだったが、エリィの表情は真剣そのものだ。彼女の言葉を聞いたスラッグは、指示通りにアルバトスを下方へ移動させる。

 アルバトスを下方に移動したアルバトス。当然ハイエッジはアルバトスのブリッジに向けて下方へ移動する。

「ブリッジの前面に向けて主砲展開!一気に叩くわ!」

エリィは迫ってくるハイエッジ三機を倒そうとしていたのだ。彼女が艦を下方に移動させたのは、主砲による狙いを的確にするためであった。

やがて主砲が発射され、この3機の内の2機が主砲をまともに受け、破壊された。残るは一機。だが、その一機もネルソンの駆るハルッグと交戦し、やがて破壊された。

「大した指揮ですね。流石代表が見込んだだけの事はある。」

一人のFPBの兵士が言った。

「ありがとう、でも気は抜けません。戦闘が終わるまでは。」

兵士の言葉を流しながらエリィは真剣な眼差しでモニターを見ていた。いつ、どのような敵が迫ってくるかわからない。彼女は常に警戒していた。

「ルックスも良くて、しかも指揮もしっかりしている。こりゃ人気も出る訳だ。艦の士気も上がる。このチームが今まで生き残れた理由の一つかもな。」

一人の兵士が隣の兵士に対して言葉を洩らした。その言葉はエリィには聞こえておらず、彼女は常に真剣な表情で前方のモニターを見ていた。

 

 

 

 この宙域で戦っているFPBの勢力の中に、アイリィ・トゥールとファージ・ネイヴァンが居た。両者共に与えられている機体はアステリアであり、アステル家の最新鋭機体である。

 デスゲイズがユーラシア北部のノリリスクにあったマスドライバーを破壊し、シュネルギアを強襲した時にファージはアステリアを駆った。だが、この時は大気圏内という事もあり、十分な実力を発揮出来ないでいた。だが今は宇宙空間である。アステリアにとっては本来の力を発揮できる環境と言えた。

「食らえよ!」

ファージの駆るアステリアはフレキシブルビームキャノンを展開。ロングレンジビームライフルと組み合わせ、その火力を見せ付ける。

 ハイエッジは機動性に長けている機体だ。だがアステリアも引けを取らない。互いにその性能を生かし、この宙域で戦う。

 ファージは旧連邦軍出身という事もあり、宇宙戦も慣れている。かつてのデウス動乱でも戦い抜いた男だ。新型機体であるアステリアの操作も彼にとっては知れているのだ。

 一方のアイリィは、初の宇宙戦闘だった。ヴァイダーガンダム侵攻時に初陣を飾っていた彼女に与えられた最新鋭機体は、乗りこなすのに時間を要していた。

「あわわわ……シミュレーションはしていたのにぃ!実戦辛い!」

新生連邦本部攻略戦でヴァントガンダムでカーティウスを破壊するという偉業を達成アイリィ。しかし不慣れな宇宙戦である上、今回の敵はかつての同胞とも呼べる、国連軍なのだ。様々な感情が彼女を覆うのである。

「国連と戦うなんて、したくないのにぃ!」

戦いの中で困惑しているアイリィ。だが、その間にもハイエッジは迫り来る。

「そうだ!話せば分かるんだ!」

その時、彼女はアステリアの武装を突如解除し始めたのである。戦場でその行動に及ぶ事は、愚業でしかない。だが敵がかつての同胞である以上、躊躇いが見られるのは当然と言える。」

「話を聞いてくださーい!私、戦う気ないんです!」

彼女の駆るアステリアは両腕を広げ、迫る国連兵に対して言った。しかし――

「ふざけているのか!貴様ぁ!」

当然とも言える反応が返ってきた。と、同時にハイエッジはビーム砲撃を放つ。敵側は躊躇がない。だが、それも当然の事。

 FPBは反乱軍であり、テロリストのような存在だ。それを黙認するような事は、国連が許す筈がないのである。

「ギルス・パリシムって、あの人がおかしいんですよ!あの人は自分の事しか考えていない人なのに!」

偽りの平和を掲げる存在、ギルス・パリシム。FPBはそれを打開する為に存在している。そこに立ち塞がる国連軍は当然敵勢力。しかし、かつての同胞を傷つける事はアイリィとしては避けたい。何故ならば、ギルスの下で戦っている兵士達自身に、罪は無い為である。

「楯突くならば倒すだけだ!国連に抵抗するテロリストが!!」

「テロリストだなんて……!」

この間にも敵のハイエッジはビーム砲撃を行う。それを守る為に、ビームシールドを展開して機体を守る、アステリア。

「テロリストなんかじゃない!私は武器だって持ってないのに!」

いくらアイリィが言おうが、相手には伝わらない。国連の兵士は戦う気でいる。FPBという敵勢力を叩く為に――

「はっ……」

だが、奇麗事は通用しない。目の前に迫ったハイエッジはビームサーベルを展開し、アステリアに攻撃を仕掛けようとしていた。いくら強力な武装や性能の持ち主であれ、パイロットに戦意が無ければそれは只の的に過ぎないのだ。

(やられる――!?)

アイリィが目を閉じる。説得は、無駄なのか?ここで死ぬのか?

 

ズバァァァ

 

だが、破壊されたのはビームサーベルを展開していたハイエッジだった。突然のビーム刃による攻撃を受け、ハイエッジの胴体はコクピットごと、破壊されたのである。

 アイリィは助かった。彼女を助けた存在。それは、アレンだったのである。

「アレンさん……?」

ブライティスがカメラアイを輝かせ、その場を鮮やかに去る。だが、その後ろ姿はどこか寂しげで、ただ、淡々と任務をこなしているように、アイリィには見えたのだった。

 それから暫くして、国連軍の戦艦であるリューチェ級から黄色の信号弾が発射される。それと同時に、宙域に展開していたハイエッジ全てがスラスターを展開し、撤退して行ったのだ。

 

 

 

「国連軍、撤退していきます!」

その時、インクがレーダーを見て言った。そこには、撤退していくハイエッジの型式番号が描かれており、アルバトスやシュネルギアから離れていくのが確認できた。それと同時に、ブリッジ内の緊迫とした空気は和らいだ。

「ふぅー……なんとか勝てたみたい……」

そう言って、溜息を吐くエリィ。宇宙での指揮は初めてだったため、彼女は真剣に艦の状況を見極めて指揮を執っていた。その努力が実ったのか、アルバトスの被害は最小限に留められたのである。

「大したものですよ。それだけ的確な指揮が出来る腕がありながら軍属じゃないなんてもったいないぐらいだ。」

一人のFPBの兵士が立ち上がり、エリィを褒め称えた。その兵士は、先程彼女を褒めていた兵士であり、戦闘が終わって改めて彼女を褒めたのだ。

「ありがとうございます!あ、あの……先程は冷たい態度を取ってすいませんでした。何せ、戦闘中でしたもので……」

「いやいや、こちらが悪いんですよ。気になさらずに。これならば安心して貴方に艦長を任せられますね。これからも宜しく頼みますよ。」

「ええ、ありがとうございます!」

エリィは笑顔で言った。その表情と先程の険しく真剣な表情ではあまりに差が激しかった為、兵士は違和感を覚えた。

 戦闘は終了した。FPBと国連の衝突。それに生き残る事が出来た者と、死んだ者がそれぞれ居た。元々同胞とも呼べる者同士の戦いは、互いに複雑な感情を抱く結果となったのだった。その中で、アレンは流れ作業の如く、同胞とも呼べた国連軍を狩っていた。この事が、FPBのメンバーからすればどこか、恐怖に感じられたのだった。

ガーストが問いかけたように、今までの彼の戦術とは違う、的確に敵を殲滅させることを考えただけのような奇妙な戦術。それは、ココットの死が彼にそうさせているのかも知れない。

 

 

 

 この戦いが終わり、一日が経過した。その間、幸いにもFPBは敵勢力と交戦する事なく過ごす事が出来ている。

 この時、ミシェは一人、シュネルギアに来ていた。昨日の戦闘で猛威を振るったブライティスガンダムを確認しようと、MSデッキに移動し、確認していたのである。既にこの頃にはガーストのハイエッジの改修は完了しており、色も彼のパーソナルカラーである紺碧色に塗り替えられていた。その上で、新たな武装も搭載されたという。

「これがあいつのガンダムタイプか。新生連邦と交戦していた時から気になってはいたが、なんていうか、何処か特殊な印象を受けるっていうか。」

整備士であるミシェはMSに関心を持つ。中でもガンダムタイプには特に目がない。ガンダムと言う存在は、整備士の間ではある種、神格化されている部分もある。例えるならば民間に流通しない高級車を、自動車整備士が憧れるようなものだろうか。

「あら、ミシェさん。」

そこへ、彼に声を掛ける人物がいた。パイロットスーツ越しでも麗しい印象を崩さない女性が一人。ジャンヌである。

「ああ、これはどうも。まさかジャンヌ嬢に声を掛けて貰えるたぁ光栄だ。」

ベテランの整備士であるミシェだが、ジャンヌ・アステルのような人間に声を掛けて貰える事に内心、喜びを感じている。そして、名前を覚えて貰っている事に対しても喜んでいるのだ。

「ブライティスに興味がおありなのですか?」

ジャンヌが、聞いた。

「興味っていうか。前からこのガンダムタイプは気になっていた。あのデウス動乱の英雄が乗っている機体ってだけで興味はあるし、この機体自体もどこか、普通のMSとは明らかに異なるものを持っているような気がしてな。整備士としちゃ、こうした機体を弄りたい気持ちがあるものだぜ。」

ミシェは腕を組み、言った。彼はセイントバードチームの機体の改修等はしてはいるが、アステル家の機体に携わった事は無かったのである。

「改めて見ると、アステル家の技術は相当なものだねぇ。今まで旧式の機体しか殆ど見ていなかったからこそ、よく分かる。流石デウス帝国に戦力を提供していただけの事はあると言うべきか。」

ジャンク屋を営んでいたが故に、物珍しい機体に目がない様子のミシェ。それを聞き、ジャンヌは口を開いた。

「ミシェさん。昨日、アインスガンダムの改修を短期間であそこまでされておりましたね。武装もパーツを利用して大きく改修し、その上でカラーリングまで変更されておりましたね。」

「ん?ああ、そうだが?」

この時のジャンヌの視線が、ミシェには気になった。明らかに何かがあると、思ったのだろう。

「実はその事でお願いがあるのです。ブライティスを、改修したいと考えておりますの。」

「このガンダムの改修……?」

まさか、ジャンヌのような人間に依頼をされるとは思わなかった。故に、彼は驚愕している様子だったのだ。

「今後、FPBは様々な戦いを強いられる事になるでしょう。その為には少しでも戦力を増強しなければなりません。アレンはFPBの要とも呼べる人間です。彼のガンダムを少しでも強くしたいと考えております。」

そう考えるのは自然な事と言えるだろう。中核を成す存在の機体を強化しようと考えるのは、当然だ。

「貴方は短期間でアインスガンダムの改修を成功させました。貴方の腕を見込んで、是非、お願いしたいのです。ブライティスの改修を。」

ミシェからすれば、頼られる事は有難いという言葉以外に見付からない程に喜ばしい事と、言えた。人間は何かを頼られる時、その力を普段以上に発揮するものなのだろう。増して、それが世界的歌手であり、絶世の美女と呼べる存在が言うのならば尚の事だ。

「そんな大きな仕事を任して貰えるのなら、俺は喜んでやるぜ、ジャンヌ嬢。で、具体的にはどのようなプランを考えている感じなのか、教えて貰えるか?」

「ええ。実は――」

MS整備士の免許を持っているジャンヌ。それ故に、両者の会話はスムーズに成り立つ。彼等の間で話は進み、ブライティスガンダムの改修プランは、少しずつ進んでいく事になる。

少しして、話は終わった。今後、ブライティスは強化改造を施されていく事になる。だがこの時、ジャンヌは一つ、不安を抱いていたのだった。

(ブライティスの強化が行われるのは良い事です。しかし、今のアレンの状況が続く事はあってはなりません。あの戦い方が続いた時、何かの拍子に彼の感情が爆発する可能性が考えられるのならば、それは絶対に避けなければ……。)

それは、ブライティスのシステムの事を指していた。クリスタルシステム。ブライティスに搭載されている機体そのもののポテンシャルを上げるシステムだ。デウス動乱時にアレンが乗っていたクリスタルガンダムに搭載されていたシステムをアステル家が抽出し、それをそのまま、ブライティスに使用している。

 システムを左右する存在。それは、“感情”だ。感情に左右されてしまう事はあってはならない。それ故に、アレンには絶対的な平静が求められる。その心の支えとして存在していたのが、ココットだった。

 だがココットを失ったアレンは、今、何が心の支えとなるのだろうか。先の戦闘で彼は淡々と、国連の機体を確実に撃破して行ったのだが、それも恐らく、感情を押し殺している結果と言えるだろう。

 ジャンヌはこの時、アレンの感情が何処まで抑制出来るのかについて、一抹の不安を抱いていたのであった。

 




第九十一話、投了。
FPBの、宇宙での戦いが始まりました。

あけましておめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いします。


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第九十二話 父の言葉

レイのターン。多くの事が重なり、心が壊れつつあったレイだったが――


 ヒューナが自殺してから二日が経過した。その間、レイは学校へ行かなくなった。学校だけでない。家すら出なくなってしまったのだ。ヒューナが自殺してから二日が経過してもレイはベッド端座位で頭を抱え、ここ数日で彼に起きた悲劇を思い返していた。

 自分が光る人間である事で、人間扱いをされなかった事、自分が人類で初めての人工のアドバンスドタイプである事、それを理解する者はいないと絶望した事、自分の事を家族に言うと、母親に拒絶された事、ヒューナとの行為をリルムに見られ、彼女に縁を切られた事、更にそのヒューナが自殺した事。これらが全てレイに降り掛かった悲劇である。

(全部僕のせい……僕のせいでヒューナ姉さんも死んだ……リルムを不幸にしてしまった……僕が力の事を話さないから……みんなを不幸にしてしまった……でも母さんは僕が正直に話しても認めない……じゃあ僕は何?どうすればいいの?どうやって生きればいいの?いろんな人を不幸に巻き込んで、 何をすればいいの?罪滅ぼし?何?何をするの?怖い……自分が怖い……怖い……怖い……コワイ……コワイ……嫌だ……嫌だ……嫌だ……イヤ……ダ……)

約束された筈の、かけがえのない日常はどこへ行ってしまったのか。彼が望む日常とはかけ離れ、絶望の窮地に立たされているレイ。彼は部屋から一切出ず、姉のリリアやミィスは彼を心配するが、声もまともに掛ける事が出来ていない。

この二日間でヒューナの自殺が地域中に伝えられ、リリアはこの時にレイの幼馴染の姉が死んだ事を把握したのである。その事がショックなのだろうと彼女は思っていたが、彼のダメージはそれ以上のものだった。

「レイ……」

彼の部屋の前で、リリアはそっと溜息を吐いた。

「お兄ちゃん、全然部屋から出て来ない……」

ミィスも心配そうにレイの部屋の前に立った。

「ヒューナさんが死んだ事がよっぽどショックだったのかも……可哀想に……」

状況を理解できていないミィスは、この事に対して黙る事しか出来なかった。

 ヒューナの一件はキレス家にも衝撃を与えた。何せ母親同士で仲の良い人間の姉が死んだのだ。この家にとってヒューナの自殺は他人事では済まされないのである。

「お母さんのショックは少しはマシになったけど、未だにレイを信用していないし……自分の子供を疑ってる場合じゃないのにね……」

彼が話した時よりも、レイの母親の精神状態は安定してきていた。しかしレイを認める様子は一切見せなかった。彼の発言を嘘や、でたらめだと断定しているからである。それが信じられないカレンは、レイの存在を無視しようとしていた。

 

 

 

 自分自身は認めたくない存在であり、自分を慰めてくれた姉は自殺し、母親には拒絶され、幼馴染を不幸に陥れる――レイはこれらを思い出した時、更なる絶望へ追い遣られた。

 

――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――

 

―――――――――――つーかキモくね?人間が光る訳ないじゃん――――――――――

 

――――――――お前、実はホタルの生まれ変わりか何かかよ?ハハハハハ――――――

 

――――――――――――君の存在は非常に素晴らしいんだよ――――――――――――

 

――――――宇宙で唯一の、人工的に作られたアドバンスドタイプということだ――――

 

――――――――――まさに奇跡……いや、突然変異と言えよう――――――――――

 

――――――――――――私ね、一回さ、墜ろしたことあるんだよ――――――――――

 

―――――――――――――――私達、おしまいだね――――――――――――――――

 

――――――――――――もうあんたの顔も見たくないのよ―――――――――――――

 

ここ数日で彼に発せられた多くの台詞はレイを困惑させ、絶望、苦悩へと追い遣って行く。

そこに、かつてセイントバードチームの中核として戦い抜いた少年の姿はない。そこにあるのは度重なる不幸によって狂ってしまった少年の姿があった。

 

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ

僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい

ボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイ

ボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイボクノセイ

姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ姉さんが死んだ

ネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダネエサンガシンダ)

 

狂ったレイを慰める者は誰もいない。リリアも彼の部屋の前でただ心配そうに見守るだけ。母親はレイの事を拒絶しているのか、声を掛けようともしなかった。

 

 

 

それから更に一日が経過し、ヒューナの告別式が行われた。だが、そこにレイの姿はなかった。彼女の死を、今も受け入れられないのだろう。

 魅力的な容姿を持ち、尚且つ社交的に見えたヒューナの死。この状況に対してリルムも涙を流すのだが、彼女は複雑な心境でいた。というのも、レイとの行為を見てしまい、それが許せないでいる筈なのに生前に喧嘩をした際にヒューナが放った台詞が忘れられなかったからだ。

 

―――――――――――――あんたは幸せに生きる権利がある――――――――――――

 

ヒューナがリルムに対して最期に発した言葉がその言葉だった。それはその時に悔しがったリルムを思っての台詞だったのかも知れない。

(分からないよ……お姉ちゃんは憎むべき筈なのに……でもやっぱり楽しい思い出が蘇ってきて……憎むに憎めないよ……)

幼い頃から一緒だったヒューナとリルム。いくらヒューナがレイに手を出したとはいえ、それ以外では妹を思いやる優しい姉だったヒューナ。それを考えると、今は亡き彼女を完全に悪者と決め付ける事が出来なかった。

(レイとはもう縁を切るって言ったし……でも……こんなの悲し過ぎるよ……)

リルムもリルムで、レイに対して吐いた暴言を少し後悔していた。だがもう後には引けない。決めた以上は、彼女も覚悟しなければならないと思っていたのだ。様々な思いを胸に抱くリルム。

 その際、彼女は両親の姿を見た。いくらあまり仲が良くなかったとはいえ、実の娘が自殺したのだから泣いている筈と、思っていた。しかし――

(なんで……?なんでお母さんとお父さんは無表情なの……?)

彼女の両親は涙を一滴も流していなかったのだ。それが、リルムにとって信じられなかった。

 

やがて告別式が行われた後、エリアス家にて。リルムは涙を流さなかった両親に対して疑問を投げかけた。彼女自身、レイと同様にこの数日間、苦悩していた為、両親とはまともに口を利いていないのだ。

「ねえ、なんでお母さん達は悲しくないの?お姉ちゃんが死んだんだよ?告別式の時ぐらい泣いても良いじゃない……」

全く涙を流さない両親を疑問に感じたリルム。それに対し、彼女の母親であるヒーリは言った。

「あの子は反抗的過ぎたのよ。昔から、ずっと。一切言う事も聞かずに自分勝手に生きて、勝手に行動し続けて……だから放置した。もう何を言っても無駄なんだって思ったから。」

「反抗期なんて誰にだってあるでしょ……なんで……」

「そう言えばリルムには言ってなかったかしらね。あの子にもだけど……」

ヒーリは冷たい目線をリルムに送った。それを感じたリルムは冷や汗を掻く。

 

「あの子……ヒューナ・エリアスは養子なのよ。」

 

「え――?」

ヒーリが言った台詞は衝撃的なものだった。リルムにとっては実の姉であるはずのヒューナが、実は養子であるという事。彼女の表情は青ざめていった。

「嘘……」

「嘘じゃないのよ。この事は死んだあの子にも言ってないけどね、リルムが生まれる前にね、私の友達から頼まれたの。恩人とも言える人だったから、その人の頼みは断りたくなかった。でもその人は病気を持っていてね……その治療の為にお金をどんどん使っていって……やっと生まれた子供を養うお金が無かったのよ。養子施設に預ける事お金すらなかったその人の代わりに、私が養子になるって引き受けた。」

今までリルムやヒューナにも黙っていた事実を述べて行くヒーリ。この時、リルムは当たり前だった日常が更に壊されていくと感じ取っていた。

「名前もなかったその子に、私はヒューナって名付けた。それから二年後に貴方が生まれた。それは良かったんだけどね。余りに反抗的なヒューナと、大人しくて真面目なリルム。これの差を見て、正直苛立ったのよ。自分で引き受けるとは言ったけど、あそこまで反抗的で自分勝手な人間が実の子じゃないって考えたらイライラしてね。それであの子をずっと放置した。そして口も利かなくなった。」

「じゃあ……お姉ちゃんとお母さんが仲が悪かった理由って……」

「そう、あの子は養子なのに反抗的な態度を取られる事に腹が立ったからなの。それは行けないってことは分かってた。でもあの子の身勝手さには耐えられなかったのよ……」

〝身勝手〟とヒューナを罵るヒーリ。だが、リルムにはそれだけで親子の仲が嫌悪になるという事が信じられなかった。確かにヒューナは身勝手な性格で、夜遊びも激しく、家に帰って来ない時も多々あった。よく、警察に迷惑を掛ける事もあった。

だがヒューナはそれと同時に優しさも持っていた。よくリルムの世話をしたり、レイの相談相手になるといった事もしてきた。そうした面々を見てきたリルムだからこそ、ヒューナがそのような傍若無人な人間であると考えたくなかったのだ。

ヒューナが死ぬ前はレイとの行為が許せなく感じていたが、今までの彼女の人生の中でヒューナを憎む場面はその時しかなく、それ以外では本当に仲の良い姉として、ヒューナはリルムの中で記憶されているのだ。

そして、彼女はヒューナを庇うような台詞を発した。

「それでもお母さんは間違ってるよ!今までお姉ちゃんが養子だって言わなかったのも変だし……それに養子だからって自分の子供を放っておくなんておかしいよ!それはお姉ちゃんが養子であろうと関係ないよ!!!」

「本当に、リルムは優しいわね……ねえ、貴方。」

ヒーリに話を振られ、父親であるマークは重い口を開けた。

「リルム、今まで黙っていたのは本当にすまないと思う。大人って言うのは残酷なんだよ……いくら母さんの恩人の子供とはいえ、所詮は他人の子。それが身勝手で、自己中心的な行動をされると育て親としてはね、手を付けられなくなる。放置したくなるんだ。」

「じゃあさ、お父さんは私がもしお姉ちゃんみたいに身勝手な事したらさ……放置するの?」

「多分、しないだろう。何せリルムは実の娘だから……」

その言葉に衝撃を受けたリルム。血の繋がっていないとはいえ、実の子同然に育ってきたヒューナを簡単に否定する父親の発言が信じられなかったのだ。

「もしかしてお姉ちゃんが死んだのって……まさか……お姉ちゃんは自分の事を養子だって知ってたからなの……?」

「さあ……でも本人の前では言った覚えはない。言えば傷つくのは明確だったから。それを聞いてしまった可能性はあるけれど……」

マークの言葉に、リルムは怒った。

「お姉ちゃんに養子だって黙ってて!?それでお姉ちゃんがちょっと自分勝手な事をしたからって見捨てるって!?何も知らされないで冷たくされるなんて辛すぎるよ!遺書とかがないからお姉ちゃんがどうして死んだのは分かんない!でもね!もしかしたら知ってたかも知れない!自分が養子だった事!!前にお姉ちゃん言ってた……〝親には嫌われてる〟って……!それって自分が養子って知ってて、その上で自分勝手な事をしてるから嫌われてるって分かってたからお姉ちゃんはそれに嫌気が差したのかも知れない!この家に自分の居場所がなくなる事を恐れてたのかも知れない!!家族に見捨てられたら誰だって嫌になるよ……どんな理由であってもね、それで簡単に嫌いになるなんておかしいよ!!!

結局お姉ちゃんが死んだのって、お父さんとお母さんのせいじゃない!!!」

リルムは大声で、泣きながら言った。それに対し、マークが言う。

「すまなかった……まさかヒューナは自殺するまで追い込まれていたとは思わなかったんだ……養子とはいえ、自分の娘の面倒が見れていないなんて……」

「養子って言わないで!もしかしてそれを聞いたお姉ちゃんが追い込まれたのかも知れないじゃない!もう嫌だ……お父さんもお母さんも信じられないよ!!!」

そう言ってリルムは自分の部屋に向かって走って行った。ヒューナが自殺した原因かも知れないという事の一つが、両親による、ヒューナは実は養子という事実の隠蔽である事が明らかになったからだ。養子とはいえ、ただ性格にやや難癖があるだけでそれを完全に放置し、食事等、必要最低限の面倒しか見ず、ヒューナの事を理解しようとしない両親の態度にリルムは愛想を着かせようとしていた。

 

 リルムは一人、部屋に籠っている。全てが明らかになり、彼女はもう、何もかもが分からない状態だ。憎むべき筈だった姉は本当の姉でないという事実や、両親の事。もう、何も信じられない。

 では、今までの出来事は何だったというのか。学校での生活や、故郷を離れ、アステル家で過ごした日々や、セイントバードでレイと過ごした事等。いずれも間違いない生活。実際にあった、生活。このような出来事を経験したのは、レイの存在故だ。

 だが彼女はレイを拒絶してしまった。レイの事を信じられないのは、分かっている。だが、何故レイの事ばかりが思い出されるのだろう。両親が信じられない状況で、レイの事だけが浮かぶ。姉に寝取られた筈なのに、何故……

(もう、何も分からない……何も信じられないのに……どうしてもレイが出て来る……どうして……)

それは、幼馴染と言う関係だからなのかも知れない。この縁は一体、何なのか。裏切られた筈なのに、何故レイの事ばかりが浮かぶのか。もしかすれば、自分は誰かにすがりたいと思っているのか。この分からない心境を、どう解釈すれば良い?

 リルムはただ、部屋のベッドに敷いていた布団に籠り、窓を見ず、そのまま過ごしていたのだった――

 

 

 

レイは相変わらず学校へ行こうとしない。何をすれば良いかも分からず、ずっと部屋に籠ったまま行動しようとしない。全てがどうでも良くなった彼は、呆然と自分の死について考え始めた。

(死ねばこんな辛い思い、しなくていいんだよね……そうだよね……僕がいるから迷惑が掛かるんだ……そうだ……死ねばいいんだ……僕が……)

自分の存在がヒューナやリルムを不幸にしたと思っているレイは、自殺を考えた。不幸にした人へのせめてもの罪滅ぼしのつもりだろう。

(迷惑のかからない所で……ひっそりと……死にたい……)

自殺願望を抱いてしまっていたレイは、ふと、部屋を見渡す。だが自分の部屋に簡単に自殺に繋がるような道具などなかった。凶器があるとすれば、机の中にあるカッターナイフぐらいである。

レイは実際にそれを手に取り、それを震えながら自身の頸動脈付近に近付けた――――

「!」

その時、レイは以前に似たような死に方をした人間の事を思い出した。

ゼオン・ニーマード。レイはその少年の事を思い出したのだ。彼と共に過ごした時間は長いといえるものではない。しかし、セイントバードのクルーを死なせてしまった責任を感じたゼオンは自らの命を絶った。その際の衝撃的で残酷な光景はレイに大きなトラウマを残した。

「ダメ……だ……あんな死に方……駄目だ……僕はどうすれば良いのか……分からない……分からないよ……」

レイはポロポロと涙を流し、その際にカッターナイフを床に離した。ガンという音が部屋に響いた。

(生きていても仕方が無いのに……死にたくても死ぬのが怖いなんて……だったら……殺されたい……殺されたいよ……)

段々と自分を追い込んでいくレイ。これまでに起きた様々な出来事は自分の責任だと感じ始め、その“ケジメ”をつけたくても出来ないレイ。やり切れず、空しい気持ちが彼を包む。

 

                    ドンッ

 

その時だった。彼の部屋のドアを鈍い音でノックする音が聞こえたのは。だが彼はそれに対して応対する気になれない。気を遣ってくれる事は有難いのだが、家族であれ、自分には気を遣ってくれる人間に会う資格が無いと彼は感じていたのだ。

 しかしレイがそうやって落ち込んでいる時、ドアの向こうで大声が聞こえたのである。

「返事してよ!お父さんが病院に運ばれたって連絡があったのに!!!」

「え――!?」

大声を出したのはリリアだった。彼女の言葉の中にある、〝お父さん〟という言葉が彼の中で何度も共鳴した。そして、普通なら開かれる筈のないドアを、レイが自ら開いた。

「お姉ちゃん……!?」

家の中にいたにも関わらず、久しぶりの再会だった。だがリリアはレイを見ても嬉しさを感じる様子もなく、険しい表情でレイに言う。

「お父さんが撃たれて……今、病院って!」

「そんな!?父さんが!?」

父親、ジュナスが病院に運ばれたという電話が、キレス家に伝えられたのだ。それを知りレイは衝撃を受けた。更なる不幸が彼を襲う。

「父さんまで……こんな……!」

「お母さんが家族全員で会いに行くって言ってるから!引き籠ってる場合じゃないよレイ!準備して!飛行機でオスロまでいくから!」

「オスロ……!?」

ジュナスが撃たれた場所はオスロだという。そこで彼は現在手術を受けているというのだ。

 度重なる悲劇の中で、次は父親が撃たれたという悲報。もしこれで致命傷を負い、向こうに着いた頃に死んだとなれば彼はもう平常心を保てないだろう。レイにとって父、ジュナスは今までの出来事を理解してくれている数少ない理解者だ。母親は今までの経緯を話し、気が動転しているが、父親は事情を知っている。もし父親が死んでしまっては、彼を理解してくれる人間が今度こそいなくなってしまうと、レイは焦った。そして、何よりも父親は大切な家族である。死なれては駄目だ……と、レイは思った。

「もうみんな準備してるから!急いで!」

「あ……うん……」

急な出来事だった為レイは困惑したが、父親の安否が心配である為、彼も準備を始める。学校へはレイが電話で〝しばらく休む〟と伝えた。今まで無断欠席をしていた彼からの急な電話に、担任のリアンは驚いていたという。

 

 

 

 やがて四人はモントリオール国際空港に着いた。そして彼等はオスロ行きの飛行機へ乗り込み、すぐにカナダを後にした。

 機内ではミィス以外、誰も口を開けなかった。レイは飛行機の中で静かに俯き、ただ父親の心配をするばかりである。自分の事を理解してくれ、尚且つかけがえのない家族である父親ジュナス。どのような理由で撃たれたのかは分からない。とにかく、無事であって欲しいと、レイは願った。

 家族同士の会話は皆無だった。まるで、それぞれが赤の他人のような静けさだった。ジュナスの為に家族で飛行機に乗り、外国へ行くとはいえ、普通は家族で父親に関する話題が出るものだが、今のキレス家にそのような話題が出る筈がなかった。

 

 

 

 更に時間は流れ、一家はオスロの国際空港に着いた。レイ以外の三人はオスロは初めてだったが、ここへ来た目的はジュナスの見舞いである。普段来る事のない海外の場所に感動している場合ではなかった。

「レイ、オスロには……来た事あるんだ……?」

「うん……」

空港に着いた時、レイとリリアは短い会話を交わした。しかしそれ以後彼等が会話を交わす事は無かった。彼等は一刻も早く父親に会う必要があった為である。

「お父さん一命は取り留めたみたい……」

「えっ……!?」

その時、カレンが言った。先程カレンのEフォンに看護士から電話が掛かって来て、無事が確認できたという。

父親、ジュナスの生存が確認出来たのはレイにとって数少ない救いだった。今までに不幸が重なり過ぎていた為に、彼は心底安心していたのだ。無論、安心したのはレイだけではない。リリアやミィスもだ。リリアはレイとミィスの肩を持ち、涙を流しながら言った。その中でレイは涙を流さず、少しだけ笑みを浮かべていた。

「良かったね……二人共……お父さん無事だって……」

「う……ん……」

「良かったぁ!お父さん無事だった!……でもお母さん、喜んでない。」

ミィスが母親、カレンの様子を見て言った。確かに、カレンはジュナスの生存が確認できたにも関わらず、嬉しそうな表情を浮かべるどころか、表情を一切変えなかった。

「と、とりあえずお父さんに会いに行こう!久しぶりだからきっと喜ぶよ!きっと……」

リリアがこの沈黙を破り、レイとミィスに言った。母親が冷たい態度を取るものだから、彼女は長女である自分がしっかりしなければと思い、どうにか沈黙を作らずにいようと考えていたのだ。

 それから四人はタクシーに乗り込んだ。ジュナスが入院しているとされている病院はこの場所から約十キロメートル離れている為、移動する必要があったのだ。ジュナスが無事で会ったのにも関わらず、あまり会話を交わす様子のない家族は、ジュナスが入院している郊外の病院へ向かった。

 

 その後家族は病院に着いた。受付に行き、ジュナスがどこの病室にいるのかを聞いた。聞いた後にエレベーターに乗り、ジュナスのいる病室へ向かった。そして――

「お父さん!」

ジュナスの姿を見て涙を流したのはリリアだった。真っ先に彼女はジュナスの下に駆け寄り、手を握った。

「久しぶりだな、リリア。元気だったか?」

「うん……うん!心配したんだからね!本当に……」

「嬉しいな……良い娘を持ったと思うよ。」

見た所、ジュナスはそれ程大きな怪我をしていない様に見えた。だがそれは服を着ているからであり、彼は腹部を何者かに撃たれたのだ。その為、腹部に包帯が巻かれている。

「久しぶりの家族全員集合か。」

「お父さーん!」

次にジュナスに駆け寄ったのはミィスだった。ミィスは嬉しそうな表情で、一方のジュナスも優しい笑顔でミィスを迎えた。

「心配掛けたな。でも大丈夫、心配ないからね。」

そう言ってジュナスはミィスの頭を優しく撫でた。

「やあ母さん。」

次にジュナスが名前を呼んだのはカレンだった。その声に反応したカレンはジュナスの傍に移動する。

「心配掛けたね。変わった事は無かった?」

「変わった事……か。」

カレンはレイをちらと見た。母親の視線を感じたレイは、まるで避けるように視線を逸らした。

「いや……特にないわよ。みんな変わりなく、平凡に……貴方も大変だったでしょう?ニュースでやってたけど、戦争中でジャーナリストなんて……」

「まあ、仕事だからね。危険は承知。こっちとしても迂闊だったよ。まさか後ろから撃たれるとは思わなかったから。」

「でも無事なら良かった……」

「家族でわざわざ来てくれるのは予想外だったから嬉しいよ。」

「そう……」

この時、カレンは自分の娘や息子に見せなかった表情、笑顔を見せた。久しぶりに見る母親の笑顔に、リリアとミィスは安心した様子を見せた。だがレイはそれを見ても笑えない。

「レイ。」

「あっ……はい……!」

急に名前を呼ばれ、レイはジュナスの傍に来た。

「……なんだろうな、少し見ない内に逞しくなったというか……そんな気がする。」

実際は、ダーウィンにて僅かな時間だが会っていた彼等。だがその時よりも、レイの姿はどこか、逞しく見えたのかも知れない。

同様の台詞を友人のトランにも言われたレイだったが、それを喜ぶ事は、今の彼には出来ない。

「そんな事ないよ……僕なんて……僕なんて……」

生きていた父親。それは本来ならば喜ぶべき事。しかし……今のレイはそれを素直に喜べない。ここに至るまでに彼に降りかかった不幸が多過ぎたのだ。

「そうだ。せっかく会えたのに悪いけど、三人は少し廊下で待っててくれないか?」

突如、ジュナスはカレン、リリア、ミィスの三人を廊下へ行くように言った。当然カレンは何故かと聞いたが、それに対してジュナスは

「レイと少し話がしたい。何、男同士の話ってやつさ。」

と言った。首を傾げながらも、カレンは娘二人と共に病室の前の廊下に移動した。

 

 二人が廊下に移動したのを確認したジュナスは、レイの顔を見て言った。

「どうやら上手く話を合わせてくれたみたいだな、レイ。俺と一緒にボランティアに参加してたって。」

ジュナスは、ウインクをしてレイを見る。だがレイの表情はどこか、虚ろである。

「その事だけど、もう、家族に隠す必要はなくなったから……」

「え?どういう事だ?まさか、皆に言ったのか?」

当然の質問。これに対し、レイは静かに頷いた。

 数秒間、時間が空いた感覚に包まれた、レイ。父からの言葉が無い事に、どこか不安を抱いているのだろう。

「ま、まあ恐らく事情があったんだろうな。」

と、まるではぐらかすようにジュナスが口を開いた。

「うん、まあ……ね。」

ジュナスは、それ以上聞こうとしなかった。何かがあるのだろうと、悟った為である。

「それより父さんは、どうして入院を……?」

レイは聞いた。父親が入院していると知れば、心配になるのは当然だ。

「俺の場合は“秘密”を知り過ぎたから、その制裁を受けたのさ。」

「秘密?」

それは何を意味するのか、この時のレイには理解が出来なかったのだ。

「平和国連盟の裏事情って奴さ。先日にFPBって新しい組織が樹立しただろ?その中でギア・ジェッパーが隠蔽工作云々の話があっただろ?」

「うん……」

「あれの情報提供をしたの、俺なんだよ。」

「え――」

その事実を知り、レイは衝撃を受けた。つまり、FPBの創設には、ジュナスの存在も関係していたという事になるのだ。

「父さんが……」

「そう。国連が新生連邦の基地に一斉に攻撃を開始する時があった時に、異様な動きをする国連について調査を行っていたんだ。その結果が、隠蔽工作。新生連邦政府軍が行っている事と全く同じことをしていたって訳。それが、バレたんだろうな。恐らく俺を撃ったのは平和国連盟に所属するスパイか何かだろう。」

驚愕の事実を知るレイ。FPBは、アステル家やセイントバードチームが集まっている。そして、真の平和を勝ち取る為に戦っているという。

「じゃあ、あの時オーストラリアの基地にいたのって……?」

「まあ、情報収集の途中だったってところかな。それらを全て集めてるところだったんだよ。」

ダーウィンでレイと出会った事の詳細が、明らかになった。ジュナスは今回のFPB設立の為に、水面下で動いていたのだ。

「今回の件で俺は死にかけたけど、幸い、ジャーナリスト仲間がここに運んでくれた。そこで俺は九死に一生を得たって訳。運が良かったというべきか。」

その真実はレイに衝撃を与えた。平和国連盟が真相を伝えようとするジュナスに刺客を送り込んでいたという事実は、ただ、ショックだったのである。

「なあ、レイ。お前の話も聞きたいんだよ。俺以外の家族にも打ち明けたんだろ?お前が戦っていた事を。という事は、お前はもう、自分の戦いは終わったのか?」

「戦い……」

キレス家の中で、唯一以前からのレイの事情を知るジュナス。ジュナスに言われ、彼は思い出した。元々レイは皆が宇宙で戦おうとしている時に、自分だけが故郷でのんびりと過ごして良いのかという、使命感に駆られていた。そこから様々な不幸がレイを襲ったが、今ジュナスに〝自分の戦い〟と言われ、それを思い出したのだ。

「戦いが終わったからここに居るのか?それとも一時的に帰って来ているだけなのか?」

レイは迷った。自分にはもしかすればするべき事があるのかも知れない。だが多くの不幸がそれを妨げる。レイは死にたいという衝動に駆られていたからだ。

「僕はね、分からない……分からないんだ……父さん……あのね……僕……ね……う……ぁ……ぅ……ぅぅ……父……さんに……ね……相……談が……あ……ぅぅぁぁぁぁ……」

突然、レイの目から涙がこみ上げ得てきた。彼が引き籠ってから堪えてきた分の涙が父親の優しい表情の前で一度に溢れ出してしまったのである。それを見てただ事ではないと判断したジュナスはレイの肩を持ち、聞いた。

「どうした?戦いの事なのか?」

「ちが……くて……ね……僕……どうやって……生きていけば……良い……か……分からなくなって……」

ジュナスがレイの泣き顔を見たのは、ジュナス自身、彼が幼い時以来だった。女々しく、弱弱しいレイ。涙を流す場面も何度かある。だが今回の涙は明らかに何かが違うと、ジュナスは判断し、レイの話を聞く姿勢になった。

「……何でも良い、話してみろ。」

そう言われ、レイはジュナスに全てを打ち明けた。既に彼はジュナス以外の家族には自分の事を話している。しかしそれを言った結果、母親に拒絶された。その時の恐怖がレイに過ったが、話して信じてくれる人間も中にいた。その最も足る例がヒューナである。彼はそれを信じつつ、ジュナスにこれまであった経緯や、自分の力の事等、全てを話した。

 レイは父であるジュナスに出来事を話す際、不安を感じる事は無かった。数日前にレイが家族に全てを明かす以前から、ジュナスはレイが戦っている事を知っている。だからか、彼はあまり躊躇う様子もなく話し続けた。レイの話に対し、ジュナスは相槌を打ち続け、レイの話を真剣に聞き続けた。

 やがてレイの話が終わった時、ジュナスは口を開けた。

「アドバンスドタイプ……か。」

レイが話す内容の中にあったワード、アドバンスドタイプ。シンギュラルタイプという言葉は世間で広まっている一方で、大半の人間が聞いた事のないその言葉。レイは本来ならばアドバンスドタイプであることはあり得ないのだが、ダリオンの実験によって彼は偶然にもアドバンスドタイプの力を身体に宿らせてしまっていた。

「信じられる筈がないよね……何言ってるか分からないよね……でもね……本当なんだ……全部本当の事……父さんは僕がMSに乗って戦ってた事を知ってくれてるから……もしかしたら……信じてくれるのかなって思って……」

ジュナスは黙った。と言うのも、彼自身混乱しているのである。自分の息子は涙を流す程に困惑している、アドバンスドタイプという存在。しかし彼はシンギュラルタイプぐらいしか、力を持つ人種というのを知らない。今までに聞いた事のない、全てが謎に包まれているその力が自分の息子に備わっている。常識では考えられない状況。だからと言って、レイを責める事は一切しようとしなかった。話の中で、レイは母親にその事を話し、拒絶された事を知っている為である。

「生まれた時に勝手に行われていた実験の結果、レイはその力を得たという事か?」

「そう……らしくて……でも僕は……それが嫌で……だって突然変異なんだよ!?常識ではありえない事が僕の中で起きてるって事が……怖い……」

それが原因で、彼はヒューナと交わり、それをリルムに見られ、挙句の果てにはヒューナは投身自殺をした。その諸悪の根源はレイの中に備わっている、突然変異のアドバンスドタイプとしての力だという。

「その、アドバンスドタイプを増やすという自分の欲を満たす為に、産婦人科医という立場を利用して……そして実験を行った……結果レイは力を得たという事か。」

「……」

これ以上喋りたくなかったのか、レイは黙った。

「よく、話してくれた。ありがとう、レイ。」

「え……じゃあ……信じてくれるの……?」

レイの悲しげな表情は消え、その表情は驚きへと変化した。父親は信じてくれたと思うレイだったが、その直後にジュナスは言った。

「ただ……これはあくまでも親子間の信頼関係の話だ。問題はそれが本当にそうなのかと言う事だ。レイ、お前の言っている事は正しいとは信じたい。でもそれを決定付ける証拠が欲しいとは思う。」

「そ……そうだよね……普通はそうなるよね……」

アドバンスドタイプという存在が、如何に知られていないかと言う事を思い知らされた瞬間だった。父親のジュナスにすら、〝証拠が欲しい〟と言われてしまう現実が、彼を苦悩へと追い遣る。

「すまないな、レイ。その、アドバンスドタイプについては分かっていない事が多過ぎる。」

知られていない現実がレイを孤独へ追い遣る。今思えば、ヒューナはこの事をあえて言わず、レイを無理やり信じていた可能性があった。そう思うと彼は余計に孤独を感じた。

「しかし、これだけは言わせてくれ。お前は嘘吐きではない。」

「嘘吐きじゃない……?」

「ああそうだ。普通泣いてまで嘘を吐くのは演技力の凄い俳優か、詐欺師か……そんな所だ。しかしレイ、お前は別にそれらを目指している訳じゃないだろう。」

ジュナスの言葉は優しくも厳しいものだった。だがそれが今のレイに深く響いた。

「しかしな、それは家族間での話。お前が外に出て、例えば学校や、今まで一緒に戦ってきた戦艦の中では、お前はもしかすれば家族とは違う一面を見せているのかも知れない。それは、もしかすれば嘘ばかり吐く、信頼のない人間として、家族以外の人間に接しているのかも知れない。残念ながら俺にはそれは分からないよ。レイを生み、なかなか一緒に居られなかったりする中で、時間を一緒にして来たのは事実だけど、自分の息子の全てを知っている訳ではないからな。」

ジュナスはレイの事について語っていく。怪我をしている彼だが、その表情は、どこか明るい。

「家族の中のレイ、学校の中のレイ、部活動の中のレイ、そして戦艦の中のレイ。それぞれ、色々なコミュニティに所属するレイがいる。その全てを把握する人間など、居る筈がない。どんな人間であれ、自分の事で精一杯だからな。それは親であってもそうだ。けどな、コミュニティによってレイがどのような人間であるかをイメージする事は出来る。それはコミュニティに所属する人間に聞いて、レイはどのような立場の人間で、どのような性格であるかを聞けば良い。それだけで大まかにレイは他の場所ではどのように人間関係を築いているのかを知る事が出来る。」

ジュナスの話を、レイは真剣な表情で聞いていた。対するジュナスはそっと笑みを浮かべ、続きを語る。

「勿論、コミュニティは人間関係によって成り立っている。当然、コミュニティの中の人間はレイの事について嘘を言うことだって出来る。レイと言う人間は優しい人間なのかも知れないが、一部の人間がお前を快く思わなくて、適当に悪い噂を流し、お前と言う人間性を下げてしまう事だって出来る。俺の所属しているジャーナル会社でもそう人間関係がゴタゴタしててややこしい。みんな仲良くなんて漫画の世界みたいなお花畑なんて、絶対無理。結局人間は表面上の付き合いだけで、本音は嫌いかも知れない。コミュニティってのはそういうものさ。」

「そういうもの……?」

「だからさ、その事実を話して信じようが、信じまいがそれは人に決められると言う事。まあ、信じるにしても最終的には根拠が必要になるんだけどな。」

ジュナスは後頭部で手を組み、天井を仰ぎながら言った。

「信頼する、信頼しないを決めるのは自分じゃない。第三者を含めた多くの人間の意見や知見だ。主観的、客観的って言葉があるように、その情報とか言葉に信憑性があるのかを確認しなきゃならなかったりする。それが、評価ってものさ。そうした意見が多ければ多い程、人間ってのは信頼されていく。」

そっと呼吸を行い、ジュナスは引き続き語っていく。

「しかし人間って言うのは厄介でね、いくら高評価と言われている人間であれ、一部から悪い評価を受けてしまえばそれが崩れてしまう事もある。それそのものが、評価した人間のバイアスってやつなんだけどさ。これが厄介でね。さっきも言ったが、みんな仲良くなんて漫画の世界のような事は無い。何故なら、人によって自分への印象、評価は変わるから。まあ、自分にとって悪い評価を、如何に減らせるかは自分の普段の行動に掛かっているって言う事だ。良い人柄なら信頼もされるし、悪い人柄なら信頼なんてされない。レイ、お前は俺から見て昔から良い人柄で育ってきた。親である俺から見ればそう見える。そして、俺はお前の言葉を信じる。いや、信じたい。」

常識的に考えてあり得ない事、信じられない事を言う事を、レイは今まで躊躇っていた。それを正直に話して、見捨てられる事もあったが、ジュナスはレイを信じたいと言った。レイにとって、自分を信じてくれる人間がいると言う事が嬉しかった。

 ヒューナと言う、数少ない自分を信じてくれる人間の死を最近迎え、窮地に追い遣られていたレイ。このジュナスの台詞は僅かにも、レイに光を与えたのだ。

 

―――――――――――俺はお前の言葉を信じる。いや、信じたい――――――――――

 

「父さん……」

レイが少し笑みを浮かべた時、ジュナスが言った。

「……でも忘れるな。俺は親だからお前を信じている訳じゃない。レイ、お前から見れば親だって他人だ。俺は親と言う立場でお前を信じるとともに、他人と言う立場からもお前を信じている。言っておくが、この件に関して、俺はお前の親だからといって妥協する気は一切ない。」

あくまでも自分はレイを親と言う目線で評価をしないと断言するジュナス。レイはこの時、少しジュナスに突き離された気分になった。彼は親離れを強要しているようにも、感じられた。

「所で、お前は俺をどう思う?」

「え……?」

唐突な質問だった。レイはどのように答えれば良いか分からず、ただ困惑する。

「どんな人間に思うかと聞いているのさ。答えてくれよ。無論、親じゃなく、他人として。」

「そんな、父さんを他人扱いなんて……」

レイにジュナスを他人扱いする事など出来るはずがなかった。自宅にいる事はあまり無かったが、それでも彼はレイにとって大切な親である。レイは戸惑った。

「答えられないか。」

「無理だよ、父さんを他人扱いなんて……」

「それは俺を信用しているからなのか?」

「信用……?」

ジュナスは少し笑みを浮かべて言った。

「親って一文字はな、かけがえのない、大切なものに使われる一文字だ。〝親友〟とか〝親愛〟とか……俺を他人としてどうしても見られないっていうのは、俺をそれだけ大切に見てくれているっていうことなんだろう?」

「え……あ……それは……」

確かにジュナスは親だ。かけがえのない、大切な存在だ。しかしそれをいきなり言われると、彼は何を言えば良いか分からなくなった。

「優しいな、レイ。本当にお前は優しい人間だ。所で、お前は戦場でどのような気持ちで戦ってきた?それを聞かせてくれ。」

突然ジュナスはレイに聞いた。彼がセイントバードで戦ってきた事について聞きたいと言うのだ。聞かれたからには答えなければならないと思い、レイは言った。

「……守る為に戦った。僕の仲間を守る為に、僕は戦い続けてきた。」

「……そうか。」

ジュナスは静かに、呟いた。

「守り続ける事……それがお前が戦い抜いてきた理由なのか。」

「うん……でも僕は結局成り行きで戦ってばっかりで……その中で僕は信頼できる人を守りたい、助けたいって一心で、戦い続けてきた。それと同時に自分も守りたいと思って戦い続けた。」

「優しさが守りたいと言う気持ちに繋がって、戦う力になったのか……成程な。」

ジュナスは数回首を縦に振った。レイは何故MSに乗って戦っていた事について聞いてきたのかを、聞いた。

「……どうしてその事を?」

「家族以外でのお前はどのような人間だったかを聞く為だよ。大体分かった。お前は余所でも優しい人間って事だな。」

「え……それだけで!?」

「守る為に戦うってのは、その守る対象が自分が大切に思っている人達だからこそ、守りたいと思うから、そのような戦い方をする。そして敵を倒す……いや、殺すのか。」

その時、ジュナスはレイの目を見た。レイはそれに対し、目を逸らした。

「前にも聞いた事だぞ?何故目を逸らした?実際MSに乗って戦うと言う事は相手を殺す必要があるだろう。」

以前彼が一度故郷に帰って来た時に、ジュナスは聞いていたのだ。敵を“倒した”という事を。

 

――――――――――――それで、敵を倒したりしてきたんだろう――――――――――

 

その時は、レイは頷いていたが、改めて“殺した”と言われ、彼は動揺する。

 確かに彼は敵を殺してきた。だが全ては守る為に。意図的に敵を殺したいと思って殺している訳ではないのだ。“倒した”と“殺した”とでは言葉の意味が大きく変わってくる。

「それともお前は不殺をし続けていたのか?それは無理だろう。戦場での不殺は一番味方にもリスクが伴う。強敵がいたとして、あえて殺さなかったらその強敵が再び目の前に現れて窮地に陥る事もあるからな。」

「……敵が襲って来るのに……相手を倒さなきゃ皆を守れないし、自分も守れない……」

敵が襲ってくるから、自分は敵を倒す。自分から攻める事はしない。そして味方を守る。それが彼の戦闘スタイルだ。だがそれと同時に、敵の機体に乗っているパイロットを殺しているのもまた、事実なのであった。

「レイ。確かに人殺しは良くないな。詳細を聞かないでいるとすれば、お前は倫理的に問題のある行動をしている。それは時と場合に寄るんだよ。一概にそれらを、全て悪とは決めつけられないとは思う。」

何故だろう、何故、この時の父の言葉が優しく聞こえるのだろうか。人殺しをしているという事実がある息子を目の前にして、父は優しいのが妙に思えたのだ。

「でも……やっぱり僕……嫌だよね……人殺し……してるんだもんね……今思えば母さんが僕を拒絶するのって……やっぱり人殺しをしてるから……なのかな。」

「それは違うな。母さんは単純にお前の身に起きた事が信じられなくて動転しているだけだ。その辺りは俺が後で上手く説明しておいてやる。だからお前は心配も何もしなくていい。自分の力の事もそうだ。アドバンスドタイプは確かに未知なる存在だが、お前と言う存在が変わった訳じゃないだろう。」

その時、レイの目が見開かれた。同じような言葉を、前に聞いた気がしたからだ。

「その様子だと既に誰かに言われた事がありそうだな。それでもお前は自分を否定し続けるのか?そして俺がこう言った後で、〝父さんには僕の気持ちなんて分からないんだ〟とか言うのか?」

全てを見透かされた気分だった。自分と同じ立場の人間でないと自分の気持ちなど分かるはずがないと言いたいレイだったが、ジュナスはそれを言わせなかった。

「戦場にも出て、生き残って来た人間の台詞とは思えないな。甘え過ぎだそれは。お前は凄い人間で、スペシャルな人間なら、尚更、力になる。戦場でも十分に戦い抜けるだろう。その力も相まって、お前は生き残れたんだ。そして今俺の前にいる。もしお前が、俺とか母さんとかリリアとかミィスのような何の力も持たない凡人だったら、もしかすればすぐに死んでいたかも知れない。親の立場からすれば、それは悲しいよ。何の連絡もなく、突然戦場で死んだなんて聞いたらそれこそショックで、お前を否定するだろうな。でも、お前には力があるんだ。だったらそれを利用してやろうと思わないのか?自分に秘められた未知なる力があるのに、どうしてそれを使わない?自慢するぐらいで良いんだよ。〝俺にはこんな力が秘めているんだぞ!〟ってさ。格好良いじゃないか。まるで漫画みたいでさ。」

ジュナスは笑いながら話を続けた。自分が悩んでいる事に対し、父親と言う立場もあってか、臆することなく語り続ける。

「そりゃ、現実にあり得ないから否定する人間だっている。でもそれは人間関係においても同じだと思わないか?」

「人間関係において……?」

「力を持つって言えば、それを〝凄い!〟と思う人もいれば、〝何を言ってるんだよこいつ〟って思う人間もいる。人の捉え方は多彩なんだよ。それは人間関係にだって同じ事が言える。いくら人気者って言われている人も、全ての人に好かれているとは限らない。一部の人間には妬まれているかもしれない。そして、大多数に嫌われている人間も、その全てに嫌われている訳じゃない。数少ない仲間がきっと……いや、必ずいる。大事なのは、それを見つけられるかどうかさ。」

「でも……やっぱりアドバンスドタイプなんて常識じゃ考えられないよ……それに僕だけなんだよ!?世界でたった一人の突然変異なんて……!アドバンスドタイプの中でも、あり得ない存在が僕で……それが原因で色々な人を不幸にして……全部僕が悪いのに……僕が……」

ジュナスがいくら語っても、やはりレイはアドバンスドタイプという存在に躊躇いを持っている。ジュナスは溜息を吐き、再び口を開けた。

「……この際さ、言っておこうか。」

「え……?」

「俺はな、実は過去に、人殺しをしたんだよ。」

突然のジュナスの発言だった。レイは茫然とし、何度も目を開閉させた。

「え……父さんが……?」

「正確には正当防衛。でもさ、殺した事に変わりは無いんだよ。今でも俺は夢に見るよ。その度に、自分はとんでもないことをしてしまったんだ――って思う。」

自分の父親に限ってそのような事をするなど、考えられない――レイは思った。でもそれは、父親の立場からも言える。息子であるレイが人殺しをするなど、考えられない――これらは言わばイコール。同じ意味と言えた。

 しかし、父親が人殺しをしたと言う経緯がレイには分からない。彼は聞いた。

「どうして……そんなことを……?」

「今から六年ぐらい前だっけか……」

そしてジュナスは過去の話を始めた。それは彼がヒパック村に取材にやって来た時の話である。そこに住む人たちと交流する内に、突如現れたMS乗りに襲われ、多くの犠牲者が出ながらも彼等は一命を取り留めたが、まだ生きていた敵のMS乗りがそこに住む人間を発砲しようとした為、その人間を守る為にジュナスがやむを得ず引き金を引いてしまった事。それが彼の中で忘れられないトラウマとなっていたのだ。

 ジュナスが守ろうとした人間。それは、ゼル・アスト・ジェイフォードであり、レイとも以前交流があった人間だ。彼を守る為に、ジュナスはやむを得ず敵のMS乗りを射殺したのである。

(父さんのあの時の表情の正体って……これの事だったんだ……)

以前一度ジュナスがモントリオールの家に帰って来ていた時にレイに対して言った台詞の真相が、ここで明らかとなったのである。

 

 

――――――――――――――本当に、大変だったな――――――――――――――――

 

 

「本当は黙っておきたかったんだけどな。レイの話を聞いて、語っている内にお前にだけ喋りたくなったんだよ。幻滅したか?人殺しの父親を持って。」

「げ、幻滅なんて!父さんが撃ってなきゃその人は殺されていたんでしょ!?だったら、撃つ方が良いに決まってる!」

レイは懸命にジュナスを擁護するような発言をした。ジュナスは少し笑顔を浮かべ、

「ありがとう、少しだけ楽になったよ。自分の息子とはいえ、自分の事を言えるってのは良いもんだな。溜めておくのは正直、毒だからな……」

ゼルを救うには彼が銃の引き金を引くしかなかった。しかし人殺しをした事に変わりは無い。ジュナスはその事を家族に黙り続けていた。それにより、家族と縁を切られる事を恐れていたからだ。だがレイがMSに乗って敵のパイロットを殺しているという話を聞き、同情してしまったのか、彼は喋ったのである。

「お前は……認めてくれたんだよな、俺が人殺しをした事。」

ジュナスは念を押すように言った。

「あ……うん……でも……それは当然だと思う……正当防衛なんだから……」

「それで、お前は俺を特別扱いするか?」

突然のジュナスの質問に対し、レイは慌てながら答えた。

「と、特別扱いって……それは……?」

「人殺し野郎って、心の中で軽蔑するか、今までと変わりなく接してくれるか。どっちだ。」

「僕は……父さんを大切に思ってるから……今までと変わりなく接したい。」

レイがそう言った時、ジュナスは静かに笑った。

「ハハ、そうか……レイ、言っておくがお前と俺の立場、実は一緒だったんだぞ。」

「立場が一緒……それはどういう意味なの?」

ジュナスはそっと息を吐き、口を開く。

「お前がアドバンスドタイプという特別な人間であり、尚且つ生きる為に人を殺めて来た事と、俺は人殺しと言う特別な人間だと言う事だ。つまり、自分が特殊な人間だからって悩む事と、人殺しだからって悩む事は同じって事。まあ、圧倒的に俺の方が世間的な印象は最悪なんだけどな。まだお前のアドバンスドタイプの方が可愛いぐらいだ。」

人殺しと、力を持つ者というのは同じ事だと、ジュナスは言った。レイにはそれを同じように考える事が出来ず、ただ、困惑するだけだった。

「俺が言いたいのはな、特別な力で悩む事も、特別な力を持ってなくて、人に言えない事で悩む事も同じって言いたいのさ。そして、それは人によって捉え方が異なる。」

「同じ……?」

「人は誰もが人に言えない秘密を持っている。いくら優しそうな人とか、頼られている人にだって、言えない秘密ってのはある。言えない秘密を持っている人間なんていやしない。それがばれるのは恥ずかしいと言うのもあるし、自分自身のプライド、面子が潰れてしまう事を恐れるから、人は秘密を持ち、隠し通したがる。レイ、お前だってその力の事以外にも親に秘密にしている事があるだろう?分かりやすい例えを言うなら、エロい本を隠し持ってるとか。」

それを言われ、レイは顔を赤めた。実の親にそのような事を言われるのは恥ずかしかったからだ。

「それは……」

「図星だな。まあそんな感じなんだよ。人が誰もが持つ秘密って言うのはさ。」

ジュナスはレイの悩みは人の悩みと同様のものであると言いたかったのだ。そうすることで、レイの抱えている悩みを解消してあげようと考えていたのである。

「でもな、お前がいくらアドバンスドタイプであろうが、エロい本を隠し持っていようが、それは別にお前自身の面子、社会的な立場を崩すものではないんじゃないか?その上で戦場で仲間を守る為に戦っているという事に対して、社会的な立場が崩れるとは思えないけどな。」

ジュナスは険しい目をして言った。

「でも……僕は突然変異の存在なんだよ!?本来有り得ない、アドバンスドタイプなんだよ!?それで、人だって殺してる……」

レイは、再びネガティブな発言をする。だがこれに対し――

「それで、お前は拒絶されたのか?」

と、ジュナスが声を掛けた。

「え……?」

「戦場に出て、敵を倒して、それで無事に帰って来て、そこにいた仲間はお前を拒絶したのか?しないだろう。当たり前だ。自分達に襲い掛かる敵を倒した仲間を何故拒絶するんだ?」

「あ……」

この時、レイは今まで多くの人に賞賛された事を思い出した。セイントバードチームではエリィやネルソン、それ以外でも多くの人に賞賛された。敵を倒すことで、自分の功績が認められたからだ。

(確かに……僕が敵を倒せばそれを褒めてくれる人はいた。そのやり方を否定される事もあった……エリィさんとかネルソンさんとかアレンさんとかジャンヌさんとか……でも……やっぱり違う……今は戦場じゃないんだ……家族がいるんだ……)

彼は戦場と日常生活は違うと、区別した。その為か、ジュナスの言葉を聞いても困惑するばかりだった。

「でも今は場所が違う。家族とか友達とか、そんな戦争が関係のない場所にいる。そんな中でMSに乗って戦って相手を殺したとかなんて、変な話だし、何よりも恐ろしいよ!」

ここ数日で悲しみが続いたレイの悩み、苦しみは、簡単に拭えるものではなかった。予想以上に深いレイの悩みに対し、ジュナスは頭を横に振った。

「MSに乗って戦ってた事とか……アドバンスドタイプの事で母さんは僕を拒絶した……やっぱり駄目なんだ!日常と戦場は違うんだよ!僕は日常で平和に過ごしたかっただけなんだ!でも……成り行きでMSに乗っていたとはいえ、守る為とは言え人を殺して……いつしか、こんな日常とかけ離れた力を持って……もう、訳が分からない!どうすれば良いの……僕はもう、死んだ方が良いの……?こんな人間なんて、居ない方が良いの……?」

困惑するレイ。が、それに対してジュナスは言った。

 

「そんな事で迷った挙句死を選ぶぐらいなら、自分の責任を全うしてから死ねば良い。」

 

この台詞が、レイに衝撃を与えた。父親とは思えない台詞のようにも感じられた。

「俺は戦場ジャーナリストだ。戦場を潜り抜け、そこで起きている現実を撮影していくのが仕事。それが当たり前なんだ。責任を全うしているんだよ。でも戦場ジャーナリストは常に生死を彷徨う事が多い。戦場で仕事するんだ。無理もないさ。でもな、俺がそれに臆して何もしなかったらお前達はどうなる?飯を食べて行けないだろう。俺が稼いだ金があるからこそ、家族を養っていけるんだ。母さんもそれを承知だから、俺を止めないのさ。止めていたら仕事が出来ないからな。」

自身の仕事の話をしているジュナス。それこそが、彼の言う“責任の全う”なのだろう。

「レイ、お前は恵まれた生活の中のジュニアハイスクールの生徒。世界中の紛争地で少年兵でもないお前がそんな人間が戦場に出ていると言うのはおかしい話かも知れない。でもお前はそれを当たり前に生きてきたんだろう?俺が戦場の撮影をし、事実を伝える事が当たり前のように、お前もMSに乗って戦う事が当たり前だったんだろう?そして、それがお前自身のすべき事だったんだろう?どうしてそこまで深く考える?甘えているだけだ。甘えている人間が被害妄想を膨らまし、自分が被害者だと可哀想なフリをしているだけだ。世の中にはな、もっと悩んでいる人間がいる。お前の悩みは贅沢なんだよ。」

父親から言われた台詞はレイを突き刺した。彼は父親から突き離された気分になった。それは全て自分がネガティブな台詞を連呼するからなのかと、彼は悩む。

「家族にも友達にも恵まれた環境で育った人間が、おまけにMSに乗って、その仲間の中でもお前は恵まれた環境にいるからそんな贅沢な悩みが出来る。そして、贅沢な悩みはやがて安直な“死”を選ぼうとする。」

贅沢な悩みという言葉がレイを苦悩に追い遣る。自分の力がリルム達を不幸に陥れた事も贅沢な事なのかと、困惑するレイ。そんな彼に対してジュナスが再び口を開いた。

「多分……いや、間違いない。もしかして、お前はその仲間達と戦いたいんじゃないのか?」

突然発されたジュナスの言葉に、レイはまたもや困惑した。

「な……え……そ……れは……」

思えば最初に彼が悩んだのは、自分だけが故郷でのんびりと生きていいのかという事だった。ジュナスにそう言われ、レイは目を逸らした。

「さっきからMSに乗っていた話とかをするからさ、本当にそれが嫌ならその話、普通はあんまりしないんじゃないか。」

「普通は……あんまり……」

「未練があるんだろう。まだやらなきゃならない事がある……お前はそんな顔をしてる。でもそれは間違っていない。自分の本当にするべき事の中で、お前は多くの贅沢な悩みを抱え過ぎなんだ。さっきも言っただろ。自分の責任を全うしてから死ねば良いと。」

ジュナスに言われ、レイは自分自身を見つめ直した。

 本当は、自分は何をしたいのだろうか、何に悩む必要があるのか。アドバンスドタイプを否定されるなら、それらを認めてくれる環境に行けば良いのではないかと、彼は思い始めていた。そこが、自分の居場所。そして、すべき場所。責任を全う出来る場所なのかも知れない。

「僕は……僕は……」

「今いる日常で悩み続けるのならば、いっそここから離れ、自分がしなきゃならない所へ行く方が今のお前には良いんじゃないのか。お前が仮にそこへ向かっても、俺は止めない。母さんやリリアやミィス達にも事情は説明する。」

「でも……それって死ぬかも知れないって事だよ……父さんは良いの……?」

「まあ、ごく普通の、平和に過ごしてきた家族の親なら反対だろうな、うちみたいな。十五歳の子供に戦争行かせるなんて常識じゃ考えられない事だ。でもな、俺だって戦場を駆け巡ってる。戦ってる訳じゃないが、常に命掛けだ。油断をすればビームに巻き込まれて死んでしまう可能性だって十分にある。だからってさ、さっきも言ったけどそれにビビってちゃ家族が困るんだよ。だから俺は続けている。ま、俺がしたいってのもあるんだけどな。ちょっと強引かもしれないが、俺という、戦場を巡って命がけで仕事をしている前例がキレス家にはある。お前だって自分のやるべき事があるのなら、それを片付けるのもアリなんじゃないか。それこそ、責任の全うってやつだとは思うけどな。それで死ぬのなら、その時だ。」

ジュナスとレイとでは境遇が違う。彼は仕事で戦場にいる。一方のレイはただの成り行き。レイが抱いている使命感も、仕事ではなく、自分の勝手な考えだ。

父親はそれを許可している。このまま故郷にいて、ただ単に悩み続けるのならば自分の、“本当に”するべき事をする為に離れるべきかと、彼は考え始めていた。

「レイ。お前の名前の由来……それは、“光”なんだよ。」

「光……?」

突如、ジュナスが言った。彼の名前の、“由来”を。

 それは、光。何かを照らす、光。何かを、導く光。レイ。それは光の意味。彼の名前の由来。今まで語られなかった彼の名前の由来を、父親が語った。

「お前自身が光なんだ。そして、お前は恐らく、多くの人間を良い形に導いて来た筈なんだ。それはお前と言う光が人を照らしたからなんだよ。俺には、分かる。お前がこれまで経験してきたことが、人を紡いでいて、光となって導いているのを。」

その言葉が、レイを照らしていく。彼の今までの経験が、蘇る。

 セイントバードでの出来事や、様々な地域に行き、そこで出会った人々との出来事等。全てが思い出されていく。多くの経験をしたレイだが、それと同時に彼は多くの人を救った。

 ジュナスの言うように、それが純粋な“光”として導いたというのなら……それは、彼にとって誇るべき事ではないのか?

「そして、お前は今、次に進むべき道を歩もうとしている。自らが光になり、次の場所に行く為の準備。お前自身が分かっている筈だろう?」

彼の名前の由来、光。それはレイ自身。父の言葉が、レイを更に照らしていく――

「お前を動かすのは俺じゃない。母さんでもない。お前自身だ。今自分が本当に何をするべきか、自分で考えて、自分で決めろ。今のお前にはそれ以上に大切な事があるのかも知れない。それが、責任の全うなのなら、果たすべきだ。」

「……」

ジュナスに言われ、レイは視線を真っ直ぐに向け、そこで握り拳をそっと作った――

 

ズドオオオオオ

 

親子が会話をしているその時だった。彼等の耳に、激しい爆発音が聞こえてきた。何事かと二人は窓を見る。

そこに映っていたのは、国連軍のMS、ヴァントガンダムが何者かに破壊されている姿だった。そしてその向こうには三機のMSがそれぞれ、モノアイを輝かせて町を暴れている。

「何だ?」

「MS!?何で!?」

急な出来事に、彼等は動揺していた。

「何なの!?」

と、病室にカレン達が入って来た。そして、窓の外に映っている四機のMSの姿を見て、恐怖した。

「な……何あれ……何であれがあるのよ……?」

「軍隊さんのロボット?」

リリアとミィスが外の光景を見て言った。突如出現した謎のMSの姿に、一家は騒然としている。

「まさかこの辺りでテロか何か?だとすればかなり厄介だぞ……」

ジュナスの言うように、現在ここではテロリストによる暴動が起きていた。新生連邦と国連の決戦の後の混乱に乗じて、この都市、オスロに対する反政府組織のテロリストが動き出してはMSに乗って暴動を起こしていたのだ。

 外の光景では、治安維持用に配備されていたヴァントガンダムが交戦しているが、テロリストの技量が高いのか、簡単に破壊されていた。オスロ内の国連軍機体はヴァントガンダムだけでなく、新生連邦から鹵獲したディーストも混じっていた。元々オスロは新生連邦と平和国の両方の勢力が入り混じっていた国であり、新生連邦と国連の決戦があった後で、オスロは平和国連盟の所属となり、その際に残っていた新生連邦の機体を有効活用しようと、ディーストが配備されていたのである。

 現在テロリストと交戦しているのはオスロ政府だ。国連から機体を譲り受け、戦ってこそいるが、パイロットは実戦慣れしていない兵士ばかりで、まるで相手になっていない。

「多分あっちのディーストはオスロ政府の機体だと思うが……なんだ、何であんなに弱いんだ?」

政府の機体が一方的にテロリストに蹂躙されているという、異様な光景にジュナスは疑問を抱く。それ程にテロリストの機体が強力なのかと思われたが、テロリストの機体はいずれもがファドゥームであり、それ程強力とは言い難いものばかりであった。それ以外にも、ジョゼフやディーストといった機体も使い、暴動を起こしている。

 

バシュゥゥゥ

 

と、テロリストの別のMSが病院の方向にビーム粒子を発射した。幸いジュナスのいる病棟に直撃はしなかったが、それでも他の病棟が破壊された。粒子の熱が、建造物を溶かすのに十分な火力を持っていたのである。

「無差別破壊だと!なんて奴等だ!?」

「怖いよぉ……」

「そんな……こんな所であんなのに巻き込まれるなんて……」

キレス家は全員恐怖に怯えていた。だが、レイは一人何故か冷静だった。MSが襲ってくると言う光景はもう、彼にとっては慣れている光景だった為である。そして、彼は恐怖ではなく、そのテロリストに対して怒りを感じていた。

「皆さん、早く避難して下さい!」

そう言うのは病院内のスタッフだ。それを聞いて、病院スタッフの誘導の下、病室に居た人間達は杖を突いたり、点滴のついたキャスターを移動させながら病室から出ようとする。又、車椅子の介助が必要な者はスタッフが側に付き、避難を行ったのだ。

「っ!」

その時、レイは突如走った。彼が真っ先に病室を後にしたのである。逃げる為に一目散に出たのかは、キレス家の人間にも分からなかった。

「お兄ちゃん……?」

「レイ……?」

「あの子……?」

娘達二人と、母親がレイの行動に疑問を持った。

(あいつ、まさか……)

一方でジュナスはレイが何故真っ先に病室を出たのか、感付いている様子だった。

 

 

 

 レイは走って病院を出た。避難中の患者に何度もぶつかりそうになりながら、彼はエントランスを抜け、病院の正門を出る。正門のある本棟の東側にある病棟は先程のテロリストによるビーム砲撃を受けて破壊され、燃えていた。その光景を余所に、レイは走り続けた。

(このままじゃみんなが殺される……そんなの、嫌だ……!嫌だから……!)

家族が殺される事にレイは恐怖を抱いていたのだ。家族だけでない、何の罪もない一般人達や、病院にいる患者達がテロリストに殺されるという恐怖。それだけは防がなければならないと思ったレイは、迷わずに走った。本来ならば治安維持はオスロ側の役割だが、肝心となっている政府側がテロリストに対し、弱過ぎたのだ。その為、テロリストに容赦なく破壊されている。

「あれは……!」

その時、彼は倒れているディーストの姿を見つけた。そのディーストは右肩部を破壊されてはいたが、それ以外はビームライフルをはじめ、大して損傷していなかった。どうやら倒れた際に中のパイロットが脱出したらしく、コクピットも開いたままだ。

(家族を守る為だ……!僕が、光なら……!)

テロリストの猛攻に対し、レイはMSに乗ろうとしていたのだ。やがてレイはそのディーストのコクピットに入り、起動させた。

 父の言葉を信じ、彼は動く。自らの名前の由来、“光”を信じ。

 

ビゴォン

 

モノアイが輝き、静かにディーストは立ち上がる。久しぶりのコクピット。それも彼が今まで乗っていたガンダムではなく、新生連邦の機体であるディースト。しかし迷ってはいられない。彼はテロリストを撃退する為、動き出した。

 

 

 

 政府とテロリストの猛攻は熾烈を極めた。しかし、政府であろう立場の存在がテロリストに簡単に倒されている姿はあまりに情けなく、避難をする人達を不安にするばかりであった。

「弱過ぎるんだよ糞政府がァ!!!」

一人のテロリストの駆るファドゥームが、オスロ政府側のヴァントガンダムを、バズーカで撃ち抜き、破壊した。やがてそのパイロットは病院の方向を見て、ニヤリと笑みを浮かべた。

「のうのうと糞政府の言いなりになってきた糞市民共……気に食わねぇよなぁ?俺達がどれだけ今の政府に対して反対運動をしてきたと思ってやがるんだよォ!何も知らないで平和ボケしたクソッタレの凡人共が!むかつくんだよ!!!」

テロリストの目的。それは、オスロ政府に対する反逆だった。新生連邦と平和国連盟という二大勢力に支配されていた事に対し、オスロ政府はまともな対応をせず、ただ、両陣営の言いなりとなっていた事が不満だった事が引き金となり、今回の暴動を起こしたのだ。彼等は自分達が正義だと言い張り、その正義に対して何も賞賛をせず、普通に過ごしてきた市民が気に食わないのだと言う。

やがてファドゥームの有線式クローに搭載されているビーム砲が、レイの家族のいる病院へ向けられようとしていた。そしてそれが放たれる―――

 

ズバァァァッ

 

その時、一機のディーストが優先クローをビームサーベルで切り裂き、更にそこから頭部をビームライフルで撃ち抜いた。カメラアイが無くなり、視界を奪われたファドゥームはそのまま破壊される。爆風の中で、そのディーストのモノアイが輝いた。

「やらせるもんか……父さん……母さん……お姉ちゃん……ミィスを!」

ディーストにはレイが乗っていた。彼は家族を守る為、戦いに身を投じたのである。

その様子を見ていた残りのテロリスト達は一斉にレイの乗るディーストの方向を見た。そして一斉にビームライフルや、ビーム砲を撃つ。彼は病院にビームが行かない様に、そこから少し移動し、シールドでこれらを防いだ。

 しかしディーストのシールドではこれらのビームの出力に耐えられなかった。その為、限界を迎えたシールドを破棄し、彼はビームライフルで反撃に出た。敵に向けて連射をするのだが、いずれも回避されてしまう。

「クッ……!」

シールドが破壊された為、身を守るものが無くなったレイのディースト。病院に敵の攻撃が行かない様にする必要があった為、彼は近くの建物を使ってビーム砲撃を凌ぐことにした。

しかし、その間も容赦なくテロリストはビームライフルやビーム砲を連射してくる。このまま建物に隠れていても埒が空かないと判断したレイはディーストを敵のいる場所へ向かわせた。ディーストはビームサーベルを構え、迫る。

「やああああっ!」

迫るレイのディースト。それに対し、躊躇う様子もなくテロリストの機体はビームを放出してきた。しかし彼はこれらを間一髪で回避し、敵に迫る。レイの標的は、敵のディーストだった。素早い動きで敵のビームライフルを切り裂き、そのままコクピットを貫通した。次に頭部機関砲で傍にいたファドゥームの頭部に攻撃をし、モノアイを破壊する。その直後にビームライフルで撃ち抜いた。僅かな時間でレイは二機のテロリストのMSを撃退したのである。

 

 

 

病院の外に避難していたキレス一家はそのディーストを見ていた。テロリストの機体を破壊するレイの乗るディーストの動きに、皆唖然としている。

「あのロボットは味方なのかなぁ?」

「分からないけど……なんか動きが凄い……」

無論、家族はそのディーストにレイが乗っている事を知らない。ただ一人を除いて。

(……まさか……な?いや……でも……あるいは……しかし、あいつだったとしてもあの動きは……)

ジュナスはレイがそのディーストに乗っているのではないかと疑っていた。だが余りに俊敏な動きをし、テロリストを次々と倒していく姿に疑問を抱く。レイはここまで強いのか……と。

 

 しかしその時だった。レイの乗るディーストの左肩部が敵機体のビームサーベルによる攻撃を受け、切り落とされたのだ。その勢いで、二機のテロリストの機体の攻撃を許してしまう。急いでレイの乗るディーストはビームサーベルを構え、迫る敵のファドゥームのコクピットを狙い、振るった。その際にファドゥームの胸部にダメージを与えるが、機体に支障はない。

「このっ、鬱陶しいんだよ!!!」

ファドゥームはバズーカを周囲に連射し始めたのだ。当然周囲には逃げる人々の姿もあった。それらに対して平気で攻撃するこのファドゥームのパイロットに、レイは怒りを覚えた。

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

レイの眼が深紅に染まった。平気で町の人を襲うテロリストが許せないと感じたのだ。彼の動きは先程までの物とは比較にならないぐらいに素早くなり、そのファドゥームに対して頭部機関砲をひたすらに連射する。半円を描くように移動しながらその攻撃を続けた後に、ビームライフルを連射し、両腕を破壊。そして彼はビームサーベルを再び構えてコクピットを切り裂いた。

「う……おあああああああああああっ!」

ファドゥームは爆散した。直後にレイの眼の色は、元の青色に戻る。

「はぁっ……はぁっ……」

先程までの行動は記憶にない。あるのは、敵を倒したと言う感触だけ。

 

           ゴゥンッ

 

その時、レイの耳にMSの駆動音が聞こえた。彼の目の前にはジョゼフがビームサーベルを構え、モノアイを輝かせて襲って来ている。レイが覚醒し終えた直後の隙をテロリストに突かれたのだ。

「あっ――」

彼は抵抗する為にビームサーベルの出力を上げて打ち合いを行おうと、ビーム刃を展開した。この時、激しいスパークが周囲の雪を溶かす。危険な光景ではあるが、キレス家はこの戦いを目の当たりにしていた。そして、ジュナスは一人、この中にレイが乗って戦っている事を見抜いていた。

「うぁっ!?」

だが、敵は一機だけではなかったのだ。今度は別方向から迫っていたジョゼフが、ビーム刃を展開して迫っていたのである。打ち合いを行っている状況を見た、ジョゼフがレイに迫って来ていた。危機的状況が、レイに迫る。

やがて、敵のジョゼフのビームサーベルが彼のディーストのコクピットを水平に切り裂く――

 




第九十二話、投了。
レイを救ったのは、父、ジュナスの言葉でした。レイの悩みを聞き、受け入れ、解釈して彼はレイに言葉を伝えました。
そして、レイは本当にするべき事を見つけていく――


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第九十三話 再会の時

九十二話の続き。テロリストにやられそうになる瞬間、レイを救ったのはーー


 

 

バシュゥゥゥ

 

ビームライフルが発射される音が聞こえた――と思われたが、それでもレイは目を瞑っていた。目を開ければそこはコクピットの中ではなく、恐らく別の場所にいるだろうと、思っていた。

 何故ならば、レイは死を悟っていた為だ。ビーム刃同士の打ち合いの際にもう一機の出来が迫って来ていた。逃げ切れる筈がない状況で、一瞬の死が彼を待ち受けていると、本能的に悟っていたのだ。

 しかし妙だった。急に風通りが良くなっただけで、彼は何も痛みを感じていない。レイは静かにと目を開ける。すると、彼はコクピットの内部がむき出しのそこに座っていたのだ。何が起きたのかが把握できないレイは、周囲を見渡す。モニターはまだ生きていた。

彼が見た光景。それは、謎のMSの一団がテロリストの機体を次々と撃破している光景だった。機体こそディーストやジョゼフといった新生連邦の機体だったが、いずれもカメラアイであるモノアイの部分にゴーグルが付けられていた。

「あれ……あれって……まさか……!?」

レイはそのゴーグルを知っている様子だった。彼のディーストは大破している上、武装も全て破壊されており、戦う力を持っていない。やむを得ず、レイはディーストを動かしながらそこから離れることにした。

 

 ゴーグルを付けているMS達は次々とテロリストの機体を破壊していき、やがてそれらを全て撤退させた。一方のレイは大破したディーストを動かしながら、家族がいる病院の方向へ向かう。

(あの人達は……何だったんだろう?)

レイは考えながらディーストを動かした。九死に一生を得たレイ。もし、そのゴーグルを装着した人間達が居なければ、レイは殺されていただろう。

 それからディーストは家族の前で膝立ち状態になり、彼はコクピットを開けた。家族はその光景に驚愕し、ミィスは泣き喚いていた。それを宥めるリリア。ごくりと唾を飲むジュナス。恐怖するカレン。それぞれがコクピットから出てくるレイの姿を見た時、誰もが目を疑った。

「え……」

「お兄ちゃん……?」

「う……そ……!?」

「……」

家族はそれぞれ別々のリアクションを取った。共通している事は、誰もがMSからレイが出てきた事に驚いていたのだ。

 レイはわざと、家族の前までディーストを動かし、そこから出て見せたのだ。自分が嘘吐きで無い事を証明する為に。

「多分……いや、絶対驚いたと思う。だって、僕がこんなものに乗って戦ってるんだもん。」

レイは淡々と述べた。真実であると、伝えたかったのだ。この時、レイは険しい表情で家族を見る。

「レイ……やっぱり……本当なんだね……本当に……ロボットに乗って……」

「どうしても……信じられないのなら……やっぱり見せるしかないと思って……戦った。みんなを守りたかったから……」

レイがそう言った直後、カレンは地面に膝をつき、頭を抱えながら言った。

「あ……あ……え……あ……な、なんなのこれ……わ、訳が分からない……わ……えっ……なんで……どうして……なんでレイが……嘘……でしょ……う……そ……あ……ははは……私、どうかしちゃったんだ……あああ、もう駄目だ……もーうだーめだー」

レイの言葉が出鱈目だと信じたかったと思う母親だが、現実を見てしまった以上、それを認める必要がある。しかし彼女はそれすらも認めない。気が動転してしまっているのだ。

この時、自分の妻の、気が動転した姿を見て、ジュナスは激怒した。杖をつきながら、カレンの頬を思い切り揺さぶった。

「いい加減にしないか!母親が自分の息子に対してそんな態度を取るな!」

ジュナスの行動で我に返ったカレンだったが、彼の行動に対して逆上したのである。

「何……なんで怒るのよ……自分の息子があんなのに乗ってて!なんで平気でいられるワケ!?貴方おかしいわよ!貴方だけじゃない!ミィスもリリアも!そしてレイ!おかしいわよ!どうかしてるわ、こんなの!!!」

混乱する母親の姿に、レイはショックを受ける。自分がMSに乗っているのは事実なのに、それを認めようとしないカレン。ジュナスはそんな母親叱咤するが、それでもカレンはレイを認めない。

「……レイ。お前、強いんだな。」

「そんな事ないよ。でも、このままみんなが死ぬのを見るのは嫌だったから……僕も戦いたかった……死に掛けたけど、でも……助かったみたい。」

彼を助けたのは見覚えのある、特徴的なゴーグルを装着したMS達。しかしレイはそれを思い出せないでいた。

「おーい!!」

その時だった。彼等の耳に少女の声が聞こえた。それはMSに搭載されているスピーカーを介して聞こえてきた。レイは声が聞こえた方向を見る。そこにいたのは、ジョゼフだった。ディープシーはレイの方向を見ていた。

「え……もしかして……!?」

レイは思い出したようにジョゼフの方向へ走った。その、レイの行動に対し、家族は誰も止めようとはしなかった。

 

 彼は少し走り、やがて止まった。それと同時にジョゼフの動きも止まる。やがてジョゼフのコクピットが開かれ、その中にいたのは――

「シャルアさん!?」

ジョゼフには笑顔で手を振るシャルアの姿があった。一時期世話になっていた時、散々にレイをからかっていた彼女の姿を見て、レイを助けたMS達の正体を思い出したのである。それは、ジェルヴァチームだった。

「まさか!!あんたがここにいるなんてね!てか、さっきあんた戦ってたでしょ!?」

「あ……え……な、なんで……?」

戸惑うレイ。その間に、シャルアはジョゼフから降りて来て、レイの元に走って来た。その勢いに負け、レイは逃げ出そうとするが、シャルアが大声で

「逃げんなバーカ!」

と言い、レイに向けて全力で走る。

「うわあああああ!!!」

そして、レイはシャルアに思い切り抱き締められた。約二ヶ月と、それ程時間が流れていないのだが、レイにとっては随分と久しぶりに感じたチーム……それが、ジェルヴァチームだったのだ。

「く、苦しい……です……」

レイはシャルアの肩を何度も叩き、苦しさを訴えた。それに気付いたシャルアは慌ててレイを離す。

「はぁ……はぁ……」

「あー、ごめんね、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃって!」

レイはシャルアの胸に締め付けられ、レイは激しく呼吸をした。

「てかさ、なんであんたここに居るの?」

シャルアは首を傾げ、レイに聞く。

「実は――」

レイはここ、ノルウェーに来た理由を彼女に説明した。父親のジュナスが何者かに撃たれて入院した為に、家族でここまで飛行機でやって来た事。それを説明すると、シャルアは軽く数回頷きながら言った。

「うんうん、成程ね。それでテロリストの連中が攻撃しているのを見て、守ろうとして戦ってたという訳だ。あいつら、まるで、ヒパック村を襲ってきた新生連邦みたいな事をしてるの見て、苛立ったわ。」

武装勢力や軍が医療機関を攻撃するのは倫理的な問題も去る事ながら、国際条約で禁止されている。しかしこうした勢力というのは、条約違反を平気で行い、見境なく攻撃を加えてくる事が多いのである。

「後さ、聞きたい事があるんだけど、どうして一度セイントバードのメンバーと分かれたの?」

「……え?」

言っても居ないのに、何故彼女からその言葉が出て来たのか。一体どういう事なのかが理解出来ない様子のレイ。

「どうしてそれを知っているんですか?」

「あー、実はね、先日にセイントバードチームの人に会ったのよ。」

「え?どういう事ですか!?」

レイの質問に対し、シャルアは自身が経験した事を話す。

 クレーディト社前での氷河族とFPBの戦いの際、ジェルヴァからはぐれたシャルアはネルソンの駆るハルッグに救助され、すぐにアルバトスから去り、今に至るという事。その際は本当に僅かな時間ではあったが、エリィ達と会った話を彼にしたのである。

「そうだったんですね……偶然だったんだ……」

シャルアがセイントバードのメンバーと会っていた。その事実はレイを驚愕させる。

 偶然が偶然を呼んでいる状況。まるで、運命が彼等を鉢合わせたかのような出来事と、言えた。

「あー、そうそう。そう言えばさ、あの時整備士の人が言ってたのをちらと聞いたケド、なんか、ジャンヌ・アステルの事で色々とあったみたい。そして、あんたの話もしてたなぁ。なんだっけ、確かあんたのガンダムがアステル家にあるとかなんとかって言ってたような。」

「え……!?」

その言葉はレイに衝撃を与えた。シャルアの言葉が真実ならば、彼の乗っていたガンダム、ツヴァイは今、アステル家に存在している事になる。

「それ、詳しく教えてくれませんか!?」

と、レイは思わずシャルアに詰め寄ったのだ。

「びっくりした、それ以上は知らないわよ!あたしだって聞いたぐらいしか分からないし……でも、なんかあんた随分とそれに興味津々な様子ね。」

シャルアの言葉にもあるように、レイは今、ツヴァイの存在が気になっている様子だった。彼の愛機として存在していたMSは、今、アステル家に存在している。もしそれがあれば、もしかすればエリィ達と共に戦う事が出来るかも知れないと、レイは考えていたのである。

この時、レイは父親に言われた事を思い出した。

 

―そんな事で迷った挙句死を選ぶぐらいなら、自分の責任を全うしてから死ねば良い―

 

―――――――――――――――お前自身が光なんだ―――――――――――――――

 

―――――――お前を動かすのは俺じゃない。母さんでもない。お前自身だ――――――

 

――――――今自分が本当に何をするべきか、自分で考えて、自分で決めろ――――――

 

――――――――――それが、責任の全うなのなら、果たすべきだ。―――――――――

 

ツヴァイガンダムの所在が明らかになった。それは、レイを分岐点に立たせる事と同意義となった。彼は今の日常に苦しんでいる。一度そこから離れ、自分がしなければならないと思っている事を遂行するべきか、今の日常に戻り、受験をし、ハイスクールへ行く為に勉強をするか。

「あのさ、あんたまさか、悩んでる?ガンダムに乗るべきか……とかそんな感じの悩みを抱えてるの?」

「え……それは……」

図星だった。ツヴァイがあれば新生連邦と戦う事が出来る。新生連邦だけでない。他の勢力とも戦う事になる。エリィ達と、再び戦い、この戦争の行く末を見守れる。だがそれは再び非日常へ自分の身を投じる事になる。命がけの戦争と言う非日常へ。

 しかし今の日常はレイにとって幸せとは言い難いものだった。リルムには絶縁され、ヒューナは自殺し、母親には口を利いてもらえない状況。その上で、怪我をしていた父親の言っていた言葉。その上で絡み合う、ガンダムに乗ってエリィ達と戦うと言う事が、日常と非日常の狭間に置かれるレイの選択肢の幅を狭めた。

そして今、彼はシャルアの言葉により、ツヴァイガンダムの存在を意識するようになっていた。

「おい、レイ!」

その時、そこへ現れたのはレイの父親であるジュナスだった。彼は杖を付き、撃たれた場所を押さえながら、歩いてきたのだ。

「父さん……」

「いきなりなんか声が聞こえてお前が走るから何事かと思ってな。ん……?」

レイと話している時、ジュナスはふとシャルアの顔を見た。

(見覚えがある……この子、どこかで……?)

ジュナスはシャルアに何かを感じていた。初めて会った気がしない、違和感。一方のシャルアも、ジュナスに同様の違和感を覚えていた。

(この人……前に会ったような……?)

互いにじっと見つめる両者。レイはそれを見て首を傾げる。それが十秒程続いた時……

「あっ!」

両者は思い出したように互いに指を指し合った。

「思い出した!確か……シャルアさん……だったか。」

「こっちも思い出した!確か……ジュナス・キレスさん!村に来てくれたジャーナリストの人!」

ヒパック村でのエピソードが繋がっていく。彼等は過去に出会っている。そして、レイはヒパック村に訪れ、その話を知っている。

 今、キレス親子を知るシャルアが、目の前に居る二人に出会ったという事になる。

「そう。覚えてくれて光栄だな。ジュナス・キレス。レイの父親さ。ん?レイ、どういう事だ?もしかして、知り合いなのか?シャルアさんと。」

「うん。確か二ヶ月ぐらい前に会ったんだ。」

レイがヒパック村に来たことを、ここで知る事になる。全くの偶然。そして、目の前に居る少女がその村に居た少女という事も、偶然だ。ある意味、奇跡的と言える出来事が続く。

「そうなのか……にしても、随分綺麗になったなぁ。四年前は結構愛らしい感じの女の子って印象だったんだけどね。」

ジュナスに〝綺麗〟と言われ、シャルアは少し照れた。

「い、いやぁ!そんな事ないですよォ!キャハッ!」

そう言いながら彼女は何故かレイをバンバンと平手で叩き始めた。突然の彼女からの攻撃にレイは痛みを訴える。

「い、痛い!や、止めて下さい!」

「ハッ、ああ!ごめんごめん!うわぁ、しかもレイのお父さんの前でこんな事しちゃうなんて!ごめんなさい、ジュナスさん!」

と、シャルアは頭を下げて謝った。

「いや、別に良いんだけどさ……」

と、ジュナスが頭を少し掻いていた時だった。

「ねえ……父さん。」

突然レイは真剣な表情でジュナスを見て言った。

「どうした。」

「さっき父さんは言ってたよね。“自分の責任を全うしてから死ねば良い”って。」

この台詞を聞き、ジュナスはレイが何をしようとしていると悟った。そして、口を開く。

「決めたのか。自分がしたい事……いや、しなきゃならない事。」

「……うん。決めた。」

レイは険しい表情で言った。

「僕は戦う。この戦争の行く末を見て行きたい。僕は、自分に出来る事をしたい。」

迷いに迷った結果、レイは戦いを選んだ。それは今の日常から逃げると言う事でもあった。それはレイの本心の一つでもあったが、やはりエリィ達と共に戦わなければならないと言う使命感が彼を行動に移させたのだ。

「……そっか。戦うんだ。レイ。」

傍にいたシャルアが口を開いた。

「あのガンダムの事言って、あんた悩んでたもんね。んで、戦う事を決めた――と。」

「はい……。」

レイが返事をした時、ジュナスが言った。

「そうか……行くんだな。分かった。でも、行くにしてもどうやって自分の機体を取りに行くんだ?宛てがある訳でもないだろう?」

「それは……」

確かに戦いに身を投じるとは言ったが、レイは肝心な事を忘れていた。アステル家に関係する人間が身近に居ないのだ。エリィに連絡を取る事が出来れば良いのだが、シャルアの証言があるだけであり、今、彼等がどこにいるかなど分かる筈がない。仮に分かった所で、わざわざ自分を迎えてもらうなど虫が良過ぎる。そして、もし彼等が宇宙に行っていたのならレイは動くに動けない。

「大丈夫ですよ。うちの艦長に言っておきますから!それでアステル家に向けてジェルヴァを動かすぐらいなら多分やってくれるわよ。」

「え……!?それ、本当ですか……!?」

レイは目を輝かせた。ジェルヴァが協力して彼の為に行動してくれると言うのだ。何という、僥倖と言うべきだろうか。

「あんたがそれを望むのなら、艦長に言ってあげる。で、どうするの?行くの?」

シャルアがレイに聞いてきた。ジェルヴァチームが協力してくれるのなら、彼はそれに対して言葉に甘えたいと思っていた。

「はい!」

「じゃあ準備しよっか。あ、その前に……ジュナスさんがあんたに言いたい事あるらしいよ。」

シャルアとの会話の様子をジュナスは見ていた。ジュナスはレイに対し、口を開く。

「宛が見つかったなら行ってきな。この先どんな事があるかは分からない。でも、お前が望んだ道だ。どんな危機的状況に陥ようとも、決して弱音は吐くな。自分が決めた道に、どのような困難があってもそれを受け入れる覚悟は必要になる。それこそが、“責任の全う”だ。」

「……うん。」

レイは静かに頷く。

「それと……お前は大切な家族だ。絶対に生き残って、必ず帰ってこい。家族五人がまた揃う日を楽しみにしているよ。暫くのお別れだな。」

「でも……さよならは言わないよ。絶対に帰ってくるから……」

「言うようになったな。それに表情も少し明るくなった。やっぱり、今のお前にはするべき事があると言う事だな。戦うと言う事が。それと、母さんにはお前の事を説明しておく。今、母さんは混乱している。常識では考えられない事が立て続けに起きているからな。でもお前は気にする必要はない。頑張れ、レイ。」

「……行ってくるよ、父さん。僕は、“光”だから。」

そして、両者は握手を交わした。ジュナスは優しく微笑み、レイも笑顔を見せた。

「ジュナスさん、レイは責任を持って預かります。だから心配しないで下さい。」

「……ああ、お願いするよ。レイ、行って来い。」

「うん!」

それからジュナスはゆっくりと去って行った。その場にはレイとシャルアの二名のみが残った。

「良いお父さん持ったじゃない。あんた。」

「はい……本当に、優しい父さんだと思います……」

「じゃ、行こうか。奴隷。」

(父さんが去った瞬間に奴隷って……)

レイは苦笑いを浮かべ、シャルアに連れられてジェルヴァへ向かう事になった。

 彼はこれからアステル家へ向かい、ツヴァイガンダムに乗る為に行動する。しかし問題があった。エリィが今どこにいるのかが分からないと言う事、そして仮にエリィが宇宙にいた場合、アステル家に入る為の宛てが無いと言う事。彼にとって都合が悪い事に、現在エリィは宇宙にいる。Eフォンは宇宙と交信することは、出来なくもないが、可能性は限りなく低い。無論、今のレイにはその事など知る由もなかった。何故ならエリィ達が宇宙で戦っている間、彼は悲しみに満ちていたのだから。

 

 

 

 やがて時間が経過し、レイはシャルアと共にジェルヴァに向かう事となった。その間にシャルアはジェルヴァの艦長であるゲイルにレイの事を連絡した。

そして彼等がジョゼフと共にジェルヴァのMSデッキに入ると同時に、他のジェルヴァチームのMSが帰還してきた。彼はシャルアに誘導され、艦長であるゲイル・ゼノイア・バーダの元へ向かう。ゲイルとはシャルア同様、約二ヶ月振りの再会だった。

「お~!なんだか懐かしいような……そうでもないようなー……とにかく、素晴らしいゲストが来たね!シンギュラルタイプのレイ・キレス君じゃないか!」

レイの姿を見るなり、異様に彼の顔に近付き、感激するゲイルにレイは苦笑いを浮かべた。

「お久しぶりです……ゲイルさん。なんて言うか……相変わらずっていうか……」

「いやぁ、俺としても君にまた会えるなんて思わなかったよー!なんか運命感じるな!あ!決して俺はゲイとかじゃないからね!そこ、勘違いしないでよ。」

「そ、それは分かってますよ……」

レイはまたしても苦笑いを浮かべた。

「まさかまた会えるなんて思わなかったなー!相変わらずなんていうかー、可愛いなー!レイ君~!」

彼の姿を見て手を振るのはニア・エグドナだった。その側には彼女と仲の良いクリア・ミーティの姿もあった。

「あ……え……と……どうも……」

「ニア、自重しな。」

クリアはニアの耳元で囁いた。

「あ、あー!ごめんね!でも可愛いってのはホントだから!」

フォローのつもりだろうが、彼女の台詞はレイを困らせるだけだった。

「久しぶり、レイ。生きてて良かった。」

クリアがレイに対し、笑みを見せた。普段、クルーの前では無表情の彼女。だがレイを前にすると、笑顔を見せるクリア。この珍しい光景に、その場にいたクルー達は違和感を覚えていた。

「あのクリアが笑うなんてー……レイ君やっぱり君、凄いよー!皆を笑顔にさせる天才だね!」

するとニアがレイの側に寄り、肩を思い切り揺さぶり始めた。レイはこれに対して何をすれば良いか分からず、ただ、されるがままだった。

「こら、止めろ。」

そこへゲイルがニアを止めに入る。彼女はゲイルに注意され、自分の行動を自重した。

「ニア、自分の部屋に戻って。」

クリアがそう言うと

「そんな!それはあんまりだよー!」

ニアが困った表情を浮かべてクリアに言う。この一連のニアの動作を見て、レイは溜息を吐いた。

(相変わらずっていうか……前にお世話になった時と変わらないんだなぁ……ここって……)

相変わらず個性的なメンバーが揃うジェルヴァチーム。彼自身、またしてもここに世話になるとは思っていなかったのだ。

「やあ、レイ君ね。実際に喋るのは初めてかな?」

声を掛けられ、レイはその方向を振り向く。次にレイの事を呼んだのは、ジェルヴァのオペレーターを務めるイヤー・メゾッソだった。彼女はレイの事を知ってはいたが、一度も会話をした事が無かったのだ。

「えっと……確か……イヤー……さんですよね。」

「おー、よく名前覚えてくれてる!良かったぁ!」

イヤーは彼に名前を覚えてもらっている事で、歓喜していた。レイはそれに対して首を傾げた。

「随分レイ君はうちの女性クルーにモてるね。」

「あ……いえ……そ、そうなんですかね……?」

個性的なメンバーが集まるジェルヴァチームの皆との再会はレイにとっては嬉しい事でもあり、複雑でもあった。彼の今の心境では彼等の明るい空気に交わる事は彼自身、辛かったのだ。自分の存在がこの明るい空気を壊してしまう様だった為である。

「あの……ゲイルさん、聞きたい事があるんですが……」

周りのクルーが浮かれる中、レイはゲイルに聞く。

「ん?どうした?」

「ジェルヴァは確かヒパック村周辺を移動しているはずですよね?どうしてオスロにまで移動してきたんですか?」

ヒパック村は首都オスロよりも遥かに北に位置する場所にある小さな田舎の村である。具体的にはオスロから約400キロメートル離れている。それ程の場所から彼等はここ、オスロまでやって来たのだ。何故その長距離を陸上戦艦で必要があるのか、レイは疑問を抱く。

「君は知らないかな?新生連邦軍が国連に負けた話。」

「いえ、知っていますけど……」

「それだよ。新生連邦が本部を占拠されただろ。それで敗退してさ、遂に脅威が去ったって事で、村はその時はお祭り騒ぎだったよ。んで、ジェルヴァチームこれからどうするかって話になった結果、旅立つって事になってさ。MS乗りとして、世界中を駆け巡るって事になったのさ!」

ヒパック村を支配していた新生連邦の脅威が去った今、彼等は世界中をMS乗りとして旅をしていた最中だったのである。その中で、彼等はオスロに向かい、そこで暴れていたテロリストを撃退したという訳である。

「そういう事だね。まあ、俺があの村からいなくなれば氷河族の連中もあの村に寄りつかなくなるし、それにみんな俺に付いて来てくれている。ありがたいね、仲間ってのは。まあ、その間にシャルアがはぐれちゃったんだけどね。そこでエリィさん達と会ったって言うもんだからびっくりだよねぇ。」

「はは……あの時はすみませーん。」

シャルアが苦笑いを浮かべ、言った。

「そうだったんですね……」

ジェルヴァチームの現状を知り、レイは安心した様子だった。彼はそっと胸を撫で下ろし、静かに溜息を吐く。

「心配してくれてたのかい?」

「え!?ええ……やっぱり一度お世話になってますから。」

「嬉しいねぇ。そう言われるとやっぱり人間って存在に感謝したくなるよ。いや、ホントに!」

ゲイルの言葉に対し、レイは少し考えた。 

彼は今、人間に翻弄されている。彼をよく見てくれる人間もいれば、彼を恐怖の対象として見る人間もいる。ここの人間は自分を迎えてくれるが、全ての人がここにいる人間のように暖かな人間という訳ではない。彼はそれをよく知っている。ゲイルはここのクルーを大切な仲間と思っている。周囲の雰囲気と一人合わないレイですらも、ゲイルにとっては、今は仲間なのだ。

「本当に、なんだか申し訳がないです……僕なんかを乗せてくれるっていうのが……なんていうのか……その……」

「なんか、元気無さそうだねレイ君。」

周りのテンションとの差が激しいレイ。それは、彼自身が家族との暫くの別れをしたが、まだそれに対する心の整理が付いていない為である。

「ごめんなさい、色々と有りすぎて……やっぱり迷惑……ですか?」

以前に会った時と、明らかに暗い言動が目立つレイ。それが気になって仕方がないゲイルは、レイの肩に左腕をそっと置いた。

「まさか、迷惑じゃないよ。旅の最中なのに。旅の友は多い方が良いだろう?」

「旅の、友……。」

この時、レイはゲイルが以前に言っていた事を思い出した。

 

――――いっそ、このメンバーで旅にでも出たいなぁとは思ったりするけどねぇ――――

 

(あの時の言葉は、実現したって事なのかな。)

旅。それは、ゲイルが望んでいた事だった。だが世界情勢が不安定な状況で迂闊な旅は出来なかった。しかし今、新生連邦と言う脅威が無い世界であり、尚且つ氷河族の攻撃も減少している状況は、彼等を旅立たせる機会となっていたのであった。

「俺さ、思うんだよ。世界を巡り、様々な場所を散策する旅。これって人生に似てると思ってさ。俺はそれに対して凄く興味を持ってるんだよ。」

「興味ですか?」

ゲイルは、突如自身を含めたジェルヴァチームが世界各地を巡る旅をする動機について語りだした。その時の様子は異様とも言える程に生き生きとしており、目を大きく輝かさせているのだ。

「旅をして、目的の物が見つかったりすれば当然嬉しいだろう。でも、それが簡単に見つかるとは限らない。さっきも言ったけどこれって人生と似通ってるんだと思うんだ。」

「人生と……似通ってる?」

「人生ってさ、なかなか自分の上手く行かない事が多いじゃない?けどさ、だからこそ刺激にもなるし、良い思い出にもなる。思うように行かない事も結局は自分の中の思い出ってこと。それが楽しくて、俺達は旅をするんだ。どんな困難が待ち受けているかも含んで、これから先に何が起ころうともそれを楽しむ気で、ワクワクしながらさ。退屈ってつまらないじゃないか。だからこそ、嬉しい事や悲しい事を含む刺激を求めるんだよ。それが成長に繋がる……って思うんだよね。」

彼は人生に於ける困難を刺激と捉えた。それは紛れもなく、心の捉え方だ。普通ならばネガティブに考えるこの言葉を、ゲイルはポジティブに捉えているのだ。

「まあ、要するに気にするなって事さ。俺達は迷惑に思ってない。寧ろ感謝しているよ。以前は君がいなかったらこの艦はやられてたかもしれないし。」

「感謝……」

ここに来て、レイを褒める言葉が羅列される。それは純粋にレイの壊れかけた心に響き、少しずつ修復されようとしていた。

「ゲイルさん……僕、少しですけど……元気が出たような気がします。」

これを聞き、ゲイルは笑顔になった。

「おっ、いいね。その意気だよ!よし、じゃあ以前にジェルヴァを守ってくれた恩返しと行こう!イヤー、全員帰還してる?」

突然、ゲイルはイヤーに対して言った。イヤーはMSデッキの状況をカメラで確認した後に、

「はい、全員無事です!」

と言った。

「よし、じゃあアステル家のあるローマへ行こうか。ジェルヴァ、最大船速で南下して行くぞー!」

そう言ってゲイルが手を天井に向けて差し出すと、彼に合わせてブリッジにいたクルー達は

「オー!!!」

と言った。

「ちなみに最大船速で南下すればシミュレーションなら二日ぐらいあればでローマに着くよ。トラブルとかなければの話だけど。」

(意外と速いんだなぁ、陸上戦艦って。)

彼等といると、レイは自分の悩みが馬鹿らしく感じられた。それ程にジェルヴァのクルーは明るく、そして楽しいのだ。ここにいても悪い気はしない……と、レイは感じていた。

「そうだレイ君。着くまでの間、部屋を用意させて貰うよ。シャルア、案内して。俺はここで指揮を執るから。宜しく。」

「あ、はーい!行くわよ!」

「あ……ちょっと……!」

シャルアはそう言ってレイの手をぐいと引っ張り、彼を部屋へと案内する。相変わらず強引なシャルアの行動に、レイは戸惑っていた。

 

 

 

 シャルアに案内され、レイは部屋に着いた。その部屋は彼にとって見覚えがあった。何故ならば、彼がジェルヴァチームに助けてもらった際に目を覚ました場所だったからだ。ビジネスホテルのような造りの、セミダブルサイズのベッドが置かれている、覚えのある、清潔感のある、部屋。

「さ、ここよ。前と一緒でしょ。覚えてるでしょ。」

「あ、はい。」

二ヶ月振りに入る、ジェルヴァの居住部屋。と言っても今は少しの間世話になるだけである。

彼がデスゲイズによって瀕死の状態になった時に助けてもらった際もこの部屋であり、これから約二日間世話になる場所もこの部屋である。レイはこの部屋に何らかの縁を感じていた。レイは首をキョロキョロと部屋を見渡していた。

「でも……前にここに来たのって二ヶ月前なんですよね――」

 

                   ドサッ

 

その時、レイはシャルアによって押し倒され、ベッドの上に仰臥位の状態になり、一方のシャルアはレイを覆う形となった。彼女はレイの手首をしっかりと掴み、離さない。まるで、少女が少女を掴んでいるような構図になっている。

「あ……え……?」

「ねぇ奴隷。この部屋、誰の部屋だと思う?」

「な、何を言ってるんですか……?」

急な出来事に、レイは戸惑った。シャルアは怪しい笑みを浮かべながらレイに対して言う。

「ここ、実はあたしの部屋なの。最近移動したんだ。」

「え……あ……え……!?」

レイは動揺したまま、言葉が出ない。何故シャルアはここを自分の部屋だと言うのか、そしてその部屋に何故自分が案内されたのか。彼は混乱していた。

「混乱してる?今日から二日程はここでルームシェアするのよ。あんたとあたしで」

「え……えええっ……!?」

これが意味する事……それは、彼はシャルアと約二日間程この部屋で一緒に寝るという事だった。この事実に、レイは戸惑いを隠し切れない。

 まさか、彼女とルームシェアをすることになる等予想すらしなかった事だ。実際、シャルアとレイは短時間とは言え同じ浴室で過ごした事のある関係。故に、レイはより、困惑している。

それと同時に、レイは疑問を抱いた。ここがシャルアの部屋ならば、何故ゲイルは彼にこの部屋を提供したのかが、理解に苦しむ。

「じゃあ、どうしてゲイルさんは僕にこの部屋を……?」

「だってあたし、艦長に言ってないもん。良かったねー、奴隷。あんたドMだから朝からあたしに弄られるわね!嬉しいでしょー!」

何故このような事になってしまったのか、家族から離れた途端にシャルアと部屋を共有する羽目になってしまったレイ。

シャルアは別に嫌いと言う訳ではないが、彼女の奔放で、自分を玩具のように扱う所が、彼は苦手だったのだ。

「じゃ、そう言う事だから宜しくね、奴隷!」

そう言いながらシャルアはウインクをし、レイの手を離す。何故彼女はレイを押し倒したのかは不明だが、とにかく彼は解放された。

「あ、そうそう。ここに居る以上はオナニー禁止だから。こんな美人が同室者だから欲情しちゃう気持ちはまぁ~、分からんでもないけどしたら追い出すから。」

「しませんよ!そんな事ッ!」

レイは顔を赤め、シャルアから視線を外した。シャルアはにやにやと笑うが、レイは恥ずかしくて堪らなかった。

「アハハッ照れてやんの!むっつりスケベ!あ、ちなみにベッドはここのみだから!もし嫌ならあんたが床で寝る!ルールはあたし!逆らえば追い出す!奴隷は奴隷らしく振る舞え!アハハハハハ!」

どういう訳かシャルアと部屋を共有する羽目になったレイ。相変わらずシャルアは彼の事を奴隷扱いし、それに対してレイは彼女に逆らう事が出来ず、レイはただ俯くばかりであった。

 

 

 

 それから時間が経過した。部屋にいる間、レイはシャルアに弄ばれ続ける。最早、この場に於いては、彼はシャルアの玩具も同然と言えた。

「あんたと言えば、女装だよねー!前の衣装以外にも色々あるのよ!さあ、着なさい!」

「嫌ですよ!そんなの!」

「はいはい、ツベコベ言わない!服脱いで!ズボンも!下着も全部!」

用意されている服は赤色のゴシックロリータの服だ。屈強な男性が着れば明らかに違和感のある代物ではあるが、レイの場合は違う。それらも違和感なく似合ってしまうのだ。

 シャルアが支配する部屋では彼女の命令は絶対。故に逆らえない。レイは目の前にあるその服を静かに手に取り、シャルアが見ている前で着替えさせられる。上着、下着も全て彼女が見ている前で着替えさせられるのだ。

 下着は黒のショーツ。どこか大人の色香が漂うそれの存在に、レイはただ、困惑するばかり。

「あ、ちなみに下着はあたしの貸してあげてるから!感謝しなさいよね!フツーは下着ドロボーとかが勝手に女の子の下着盗むけど、今回はあたし公認!サイコーでしょ!ねえ!」

「ふぇぇっ!?こんなの、僕が変態みたいじゃないですかぁ!」

「今更何言ってんのさ!!これだけ女装が似合う逸材なんていないんだから!」

(最悪だ……)

レイは最早されるがままだ。力を持つ存在であるレイであれ、シャルアのこの勢いには敵わないのである。

 

 やがてレイはゴシックロリータファッションに着替えた。着替えた後でシャルアによって髪飾りを付けられ、彼女はその、少女と何ら変わりのない格好にただ、感嘆の声を上げるばかり。

「やーん、やっぱり可愛い!やっぱりあんたサイコー!絶対SNSアップしたら“いいね”たくさん付くわ!この子実は男です!みたいな!?」

「そんな……それはやめて下さい!」

「はいはい、ツベコベ言わないの。」

そのまま写真を撮られ続けた。Eフォンのカメラ機能のシャッター音が部屋の中でただ、響く。その様子は、まるでモデルの撮影会のようだ。しかし彼の場合はモデルのように堂々とした振る舞いなど出来ない。自らが否定している女装姿を延々と撮られるというのはある種の屈辱である。それを延々とされているのだ。苦痛以外の何者でもない。

 

ウィィィィン

 

その時、入り口のドアが開いた。二人しかいないこの環境の中を何者かが入って来たのだ。それも一人ではない。二人である。

「シャルアー、来たよー」

「あれ……その子は……?」

そこにいた二人は、ニアとクリアだった。赤髪と青髪の対照的な髪色が印象的な二人が何故、この部屋を訪れたのか。

 更に悪い事に、今レイはシャルアによって女装させられている最中だ。これはレイにとっては最悪のタイミングと言っても過言ではない。

「えっ!?どうして……?」

明らかに狼狽するレイ。それに対して笑顔でいるシャルア。

「二人共タイミングバッチリよー!見て見て!こいつのファッションショー!女顔の男の子が女装して写真撮られてる構図!この見る者を魅了するルックス!おまけに下着も女物を履くという徹底ぶり!」

シャルアが高らかに言った後で、彼女はレイの着ていたゴシックロリータのスカートをふわりと捲り上げる。顕になる、黒い下着。そこに映る姿は違和感ない、少女のようなレイの姿だ。愛らしい衣装と身に纏っている下着のアンバランスさが、どこか対称的で艶やかな印象を抱くようだ。

「はわわっ!?」

感嘆の声を上げるレイと違い、ニアとクリアは興味津々の様子だ。

「すごーい!レイ君本当に女の子そのもの!前、写真見せてもらったけどこれは改めて凄い!凄すぎるよー!!!」

「レイ、可愛い……本当に、男の子?」

「や……あ……恥ずかしい……」

レイはただ、顔を覆う事しか出来ない。レイにとってこの時間は紛れもない屈辱の時間なのだから。

「何恥ずかしがってんのよ!良いじゃない、ドン引きされてないんだから!絶賛されてるのよ?もっと誇りに思いなさいよね!」

「誇りなんかじゃないですよ……うぅ……」

シャルアにだけ見られるのならばまだしも、よりにもよってクルーのメンバーにその姿……更に、下着を着けている所まで見られるという始末。言い表せない恥の感情がレイを包んでいく。

「あ、ちなみに下着はあたしの貸してあげてんの!凄くない?ねぇ!」

「えぇっ!?何を言ってるんですか!?」

あろう事か余計な事まで喋り出す始末。シャルアの下着を身に付けている。それだけ聞けば明らかにレイが変質者に思われても仕方がないのだ。

「えー、シャルアとレイってもう、そこまで関係進んでたの!?パンツを共有するぐらいに!?ズルい!」

「不衛生……だけどレイを独占……シャルア、ズルい……」

しかし二人の反応は予想外のものであり、この反応に対しても彼は驚愕していた。

「こいつのファッションショーの為なら手段は選ばないのよー!はっはっはー!さて、二人共リクエストはある??レイが何でも着こなしちゃうからね!」

更には彼の衣装に対するリクエストを募る始末。それを見て、考え込む二人。

「えーと、じゃあ〜」

「うーん、悩む……」

ニアとクリアの反応はまるで漫画のキャラクターのように見える。レイの女装姿を見たいが為に考える素振りを見せる、ニアとクリア。

 何故自分はこのような状況に置かれているのだろうか。最早されるがまま。衣装はまだしもシャルアの下着を着けさせられている状況。普通に考えれば変態と罵られても文句を言えない。なのに彼はそれをさせられ、更にはその姿を肯定されている。最早、滅茶苦茶としか言い様がない。

(なんだ……これ……)

恥と困惑が混じる。感情が暴走しているようだ。そして目の前には美少女三人。その中にいる、一人の女顔の少年。この構図が彼にとって謎としか言いようがないのだ。

 

「じゃあ、メイド服!」

「ナース」

「婦警さん!」

「セーラー服」

ニアとクリアがレイに着てもらう服をリクエストし、レイはそのままシャルアの命令通りに服を着る。そしてそれらの写真を彼女達は撮る。この謎の構図は何故か続く。

「うーん、完璧な程に似合ってて可愛いんだけど、どれも鉄板ネタねー。ありきたり。」

この様子に飽きている様子のシャルアが呟いた。

「シャルアさん……あの……」

その中でレイが言葉を発した。

「なんでこんなにコスプレ用の衣装を持ってるんですか!?普通持たないですよね!?メイド服とかなんて!?」

「あー。コレは趣味!けどまさかここまでこれらを着こなす男の子が現れるなんて思わなかったケドねぇー!アハハ!」

シャルアの新たな一面を見たレイ。恐らく彼女は自分でこれらの衣装を着て楽しんでいたのだろう。これも、彼女のナルシズム故に繋がる趣味なのかも知れない。

「シャルア。」

その中で、クリアが声を掛けてきた。

「その……黒猫のフードはどうかな……?」

彼女が指を指しているのは床に置かれている、黒色の猫耳が付いたフードだった。下半身部分は丈の短いスカートであり、脚を露出させる。レイは少年だが、女性と大差のない美脚をしており、この格好に関しても違和感がないと呼べるだろう。

更に特徴的なのは両手が隠れる様なオーバーサイズの袖となっているのが特徴的だ。所謂“萌袖”のような形状をしている。

明らかに日常で着る事はないような、衣装。強いて言えば部屋着で着るぐらいだろうか。

「あー、コレはありかも!クリア、ナイス!レイ、着替えなさい。」

「えぇ……そんな……」

否定するレイだが、シャルアの目力が服従させようとする。逆らえないその無言の圧力は、レイを屈服させるのに十分な力を秘めているのだ。

 

 結局レイはその衣装を見に纏う事になった。猫の耳を模したフードに、萌え袖、そして丈の短いスカート。明らかにアニメのキャラクターが身に纏う様なその衣装。

 それがレイには似合ってしまう。この衣装をシャルアが持っているという事にも驚愕だが、自らの姿が何故これ程違和感なく目に映ってしまうというのかも気になるところであった。部屋の中にある全身鏡に映る自分の姿に恥じらいを感じつつもそれを見てしまうのはある種の矛盾と呼べるものか。

「はぅぅ……」

レイの反応。恥じらう少女の様子だ。しかし――

「可愛い〜!!!」

三人が一斉に言った。黄色い声援というものか。だが、これもレイにとってはアイデンティティの否定に他ならない。

「ねー!なんかこのままお持ち帰りしたいぐらい!ねー、何か喋ってよ、レイ君!今の君は猫だから、言葉は一つだよね!?」

テンションを上げる、ニア。それに対し、ただ、躊躇うレイ。

「うん……何か、言ってみて。本当に、可愛い……」

いつもはニアの行動を止める筈のクリアまでもが彼の容姿に感銘を受けている。無表情でいる事の多い彼女が、僅かばかり笑みを浮かべている。

「さあ、何を言えば良いか!?分かるわよね!」

とどめと言わんばかりのシャルアの台詞。そして――

 

「にゃおぉん……」

 

恥を忍び、声を出す。高らかな声だが、どこか掠れている様な声。

 それを見たシャルアが顔を顰める。ずいと近付き、レイを睨む。

「は?声、小さ。もっと大きな声で!」

「にゃあああ……」

「もっと!!」

「にゃあ!」

「まだまだ!」

「にゃあああ!」

「もう一声!」

にゃおおおおん!!!

自分は猫。自分は猫とただ、心の中で言い聞かせて精一杯声を上げた。もう、どうにでもなれ――

「可愛いよー!レイ君!!」

この様子に感銘を受けたニアがレイに抱き付き始めた。愛らしい表情を浮かべ、レイの頬を自らの頬ですりすりと触れている。

「ムッ……」

今度はこの様子に対抗しようとクリアが動いた。レイの被っている猫耳フードの上から静かに撫で始めた。

 何だ、この状況は。一体何が起きているのか。これはどういう事なのか。レイはされるがままで、困惑するばかり。

「な、なんですかこれはぁ!?」

「フフ、あんたやっぱり気に入られちゃったね。良かったじゃない。ハーレム築いちゃってる。美女三人に囲まれてチヤホヤ。フフ、あたしが作り出したかった空間の一つよー!」

「えぇ……!?」

これもシャルアの思惑だというのか。となれば、この女は一体何がしたいのかが理解出来ない。完全にレイを玩具扱いしている。

「ホントシャルアとレイ君の関係はズルいなぁ!進み過ぎだよぉ!」

「シャルアだけ、ズルい……私だって、こんなに可愛いレイを独り占めしたいのに……」

「クリアもライバルだね!負けないよぉ!」

「ムッ……」

互いに友人関係である筈のニアとクリア。なのにレイを巡って見えない火花を飛ばしている。それを見て、シャルアはただ笑うばかり。

「あーはははは!最高!はい、写真撮るわね!」

 

パシャッ

 

シャルアは更に、この状況をEフォンで撮影したのだ。黒猫のフードを被る、萌袖姿の少女のような少年を、二人の少女が取り合っているという妙な構図。これがシャルアの目的と言うのか?

「SNSに上げちゃって!シャルア!」

「駄目、シャルア、SNSに上げるのは……」

ニアとクリアの互いの意見が分かれた。そして、この中で一番困惑しているのは、レイ本人なのである。

(滅茶苦茶だよ……)

困惑する中、眼前の鏡に映る自らのその姿にどこかやるせない表情を浮かべるだけの、レイ。ジェルヴァに世話になる事で、まさか自分がこのような目に遭うとは予想だにしなかったのだった。




第九十三話、投了。
ジェルヴァチームとの再会、そして女装シーン再び。
今までの状況と大きく変わる環境にレイは困惑しつつも安らぎを覚えていた。


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第九十四話 国連強襲

ジェルヴァ内での様々な出来事は傷心だったレイを戸惑わせつつも、癒していく。
しかしそこへ迫るのは、国連軍だったーー


 

「あー、楽しかった!シャルア、レイ君を襲っちゃ駄目だよ!」

「襲ったら、許さないから……」

互いにそう言った後に、やがてニアとクリアは部屋を後にした。束の間の時間を堪能した二人。シャルアはご満悦な様子だが、レイの表情は明らかに疲れている。

「あ、そうそう。今日はずっとその恰好ね!」

「そんな!どうしてですか!?」

「あんたの姿をあたしが独占したいから。逆らうなら追い出すからね、ド・レ・イ!」

一方的なファッションショーは終わった筈なのに、シャルアはまだ黒猫フードの姿で居る事を強要する。余りに理不尽だ。

 しかしこの場はシャルアの方が立場が強い。故に、レイは逆らえないままだったのだ……

「さぁて、片付けしようか!服畳んでよ!あたし、SNSチェックするから!」

「そんな!」

彼女の発言は一方的だ。やはりこの女はサディスティックな性格をしている。明らかに、レイを弄ぶことに対して愉悦を抱いているのだ。

 

 彼女が用意した服を畳む、レイ。恰好だけ見れば明らかに浮いている。一人の少女の命令で黒猫の恰好をした少年が何故このような手伝いをさせられていると言うのか。

 思えば、ここに来るまでのレイは死を選ぶかも知れない程に追い込まれていた。しかし父親の言葉を聞いてからレイは動き出し、そして、自らの役目を果たす為に今、アステル家に向かっている。ここに来て、今までの辛いとされた生活は大きく変わった。個性的なジェルヴァチームのメンバーに、いつしかレイは元気づけられていたのかも知れない。最も、その方法は明らかにずれていると言えるのだが……

 服を畳んでいる時、レイはふと思い出した。この艦には他にも人間がいる。医者であるホシェル・ゼオードと、パイロットであるゼル・アスト・ジェイフォード。特にレイはゼルの存在が気になった為、シャルアに聞いた。

「あの……」

「何?」

「その……ゼルさんは元気にしていますか?」

ゼル。レイに暴言を吐いた少年。彼の発言が今は亡きゼオンを傷つける事になった。そして、レイはゼルに謝罪を求めた。結果、ゼルは謝罪した。それから彼はどうなったのか。レイは、個人的に気になっていたのである。

「あいつは相変わらずよ。基本誰とも喋らない。クルーとも全然喋らないし、何が何だかって感じ。」

話を聞く限り、ゼルは出会った時と然程変わっている様子ではないようだ。それを聞き、レイは何とも言えない表情を浮かべていた。

「メナンはどうしていますか?」

別の話題を振ろうと、レイはメナンの事について聞いた。セイントバードにいつの間にか居た幼女は、今はヒパック村に居ると思い、聞いたのだ。

「実家に居てるわよ。元気でやってる。ってか何!?全然あんたさ、あたしの事について聞いてくれないじゃない!なんかむかつく!服を畳むの終わったらトイレ掃除!」

「え……ええっ!?」

「何?逆らうの?そのカッコのまま廊下で寝たい?」

突然の、理不尽なシャルアの仕打ちにレイは困惑した。だが、彼はシャルアには逆らう事が出来なかったのである。彼女に逆らえば自分の部屋がなくなり、本当に廊下で寝ることになる可能性があった為、レイは我慢した。

 

 

 

 この日、結局レイはシャルア、ニア、クリアの三人によってただ、弄ばれているだけだった。彼女達によって行われたレイの女装のファッションショー。中でも彼女達が一番気に入っていたのは黒猫のフードを被ったレイの姿であったという。

 やがて時間は夜になった。しかし、彼は時間が経過しても衣装を変える事を許されないまま今に至るのである。困惑している彼の姿を、シャルアはただ、白い歯を見せて笑うばかりだ。

 この間もレイは就寝の準備をしていた。これも、彼女の命令によるものである。この時、どうせ自分はベッドに寝られないのだろうと思ったレイは、ベッドに二つあった枕の内一つを床に置き、そこで眠る準備を進めていた。

(これがあと二日続くって思うと……うぅ……辛いなぁ……)

レイは溜息を吐いた。ジェルヴァチームが自分に協力してくれている事は有難い。しかし、シャルアが彼の邪魔ばかりをするので、疲労が溜まっていた。ツヴァイガンダムを入手した後はエリィと合流し、戦う事になると言うのにこの調子では先が思いやられる……と、レイは感じていた。その心境とは裏腹に、レイの衣装は全く合っていない程に愛らしいのがこの場に不相応と言えた。

 その時、洗面所の自動ドアが開いた。シャルアが歯磨きを終えたのである。彼女は髪を掻きながらレイの下へ寄り、言った。

「あんた何してんの?」

「え……あ……その……シャルアさんがベッドで寝るのかなって思いまして……」

次に彼女が言う台詞は分かっている。どうせ、〝御苦労〟とか〝奴隷は立場を弁えてる〟といった台詞が飛んでくるのだろうと、彼は思った。

「枕、ベッドに置きな。一緒のベッドで寝るよ。」

「え!?」

予想外の台詞だった。まさか一緒のベッドで寝ることになる等、思いもしなかったからだ。それはそれで問題があった。シャルアはレイを馬鹿にはしているが、性別は女である。増して、レイと一つしか年齢も変わらない上、彼等はティーンエイジャーなのだ。その二人が一つのベッドを共有する事に、レイは躊躇いを覚えた。

「寝るなら寝る。ほら、早く横になりな。」

「あ……えと……はい……」

言われるがまま、レイはベッドに寝転がる。直後に、シャルアも彼と同様に寝転がった。そしてすぐに部屋の証明を消し、両者は一つのベッドの上で眠る形となった。レイは恥ずかしいのか、シャルアの顔を見ずに、壁側に顔を向けていた。

 その後少し時間が経った。彼が横になっている間にシャルアは悪戯をするかと思ったが、何もしないまま彼女は目を瞑っている。最初レイは警戒をしていたが、その警戒心も徐々に解いて行き、彼も眼を少しずつ閉じていく。

 

 やがてレイが眠ってから二時間が経過した時、彼は目を覚ました。やはり一人の少女が後ろで眠っていると言う事から、どうしてもシャルアを意識してしまい、眠れないのだった。

(眠れない……眠い筈なのに、眠れないなんて……)

ちらと、レイは後ろを見る。そこにいたのは愛らしい寝息を立てて熟睡するシャルアの姿だった。彼を揶揄っていた時は憎らしく感じていたシャルアだが、眠っている時の顔は彼にとって愛らしく感じられた。

(シャルアさんって……なんだろう、やっぱり綺麗な人なんだ……僕、こんな綺麗な人と寝ているんだ……あ……でも……ヒューナ姉さんと……寝たんだった……そうだ……僕は……)

シャルアを見て、急にレイはヒューナの事を思い出した。

 今は亡き、リルムの姉であるヒューナ・エリアス。レイの幼い頃から彼の面倒を見てくれた彼女。最近までは彼の悩みに対して相談していた彼女。しかし、レイとヒューナは一線を越えてしまい、激しく求め合った。その事があってから数日後にヒューナは自殺。リルムとは縁を切られ、彼は大きく傷付いた。

 思えばシャルアもヒューナと仲の良い友人関係である事を、ここに来て思い出したレイ。恐らくシャルアはヒューナが死んだ事を知らないだろう。しかし彼はよく知っている。死んでいる姿をこの目で、はっきりと見たのだから。

(あの光景を見て……リルムにも嫌われて……これ以上地元にいるのが嫌だから、僕は逃げ出して今に至るのかも知れない。でも……今は自分の事をしなきゃ……この先、どんな事があっても……)

レイの決意は固まりつつある。彼はツヴァイを受け取り、エリィ達がいるとされる戦場へ戻る。今はジェルヴァチームの中で過ごしているが、彼等と分かれる事になればその先は一人でエリィ達のいる場所へ向かわなければならない。そうなれば宛てが無い以上、地道に探す事になる。

レイは考え事をしている最中に身体を窓側に向けた。その状態のまま、静かに目を瞑る。

「奴隷、起きてんでしょ。」

「え?」

シャルアの声が聞こえた。彼女は先程レイが窓側に身体を向けた時に目を覚ましたのだ。

「こっち向きなさいよ。」

そう言ってシャルアは強引にレイと顔を合わせるように、彼の身体を回転させた。

「わっ……」

シャルアとレイの顔が非常に近い。これ程近くで彼女を見た事が無かった為、レイは顔を赤めた。

「ねえ、キス出来そうじゃない?この距離。」

「あ……え……?」

「いっそ、キス、しちゃおっか?」

「そ……それは……」

あと数センチメートル程度顔を近づければ彼女の唇に届く距離だった。だがレイはそれに対して躊躇する。

「それとも、特別にオナニーする?あたしの前で。」

「えぇっ!?」

「あたしの下着付けてて正直コーフンしてるんでしょ?さっきはダメって言ったけど、気が変わった。別に良いわよ、特別サービス。」

そう言ってシャルアは胸元をちらとレイに見せる。眼のやり場に困るレイ。そんな彼を翻弄するかのように、シャルアは笑みを浮かべ、突如来ていたパジャマを脱ぎ始めた。

 やがて下着姿になるシャルア。黒い下着を身に纏っている彼女のその姿は絵になるようだった。愛らしい顔付きとスタイルの良さが合い重なり、レイは余計に困惑する。

「な……なんで脱ぐんですか……?」

「いや、だからサービス。嬉しいでしょ。流石に裸はちょっとあれだから下着で。ね、どう、興奮する?フフ、これならオカズに困らないでしょ……。」

ここまで自らを強調する人間は見た事がない。しかし彼女のプロポーションは間違いなく、目を引くものがある。故にレイは恥の感情を抱きつつも彼女の姿を見ているのだ。

 明らかな誘惑は更に続く。その上での艶めかしいシャルアの声色がどこか色香を漂わせている。まるで、以前にレイを誘惑していたかのような声。

「フフ、もしかして大きくしてるんじゃないの?もしあれだったら、その下着の上から触ってあげたって良いんだよ……?」

ぐいと胸を強調するシャルア。赤面する、レイ。

「え……?」

すると、彼女はレイの耳元で、そっと囁く。

 

「イジって、あげるから……きっと、気持ち良いよ……」

 

と、言ってレイの耳垂をそっと口唇で触れる。その動きが僅かにレイの呼吸をあらげさせるのだ。

「は……ぁぁ……」

こそばゆい感覚がレイを包む。完全に、シャルアのペースに乗せられている。

 まさか。シャルアにそのような行為をされるのか?しかしシャルアの表情はどこか真剣そのものだ。駄目だ……と、言いたいところだが、止まらない。内心で期待しているのか?彼女によって自らの秘部を翻弄される事を……?

 

「バーカ。嘘よ。」

 

と言った後、突如レイの口を塞ぎ始めた。急な出来事に、レイの眼は見開かれる。

「ンンっ……?」

「フフ、あんたってホントいじめがいあるわね。まさか手でされるの、本気で期待してたのかな?」

彼女の演技が再び炸裂した。そうだ。この女は以前もレイを誘惑して突き放した。同じ事をしたのだ。

「触る訳ないじゃん!そんなの!あはははは!」

この事に対し、レイは彼女に対して赤面した事を後悔した。情けない……とさえ、思った。

「ッ……!」

苛立ったレイは再び身体を窓側に回転させた。シャルアは頬を膨らませ、顔を向けるように言うが彼は応じない。

「はぁ、まあいいわ。」

〝追い出す〟と言うのかと思ったが、意外にも彼女は素直に諦めた。そして、レイに対して言う。

「あのね、奴隷。あんたあと二日したらここを離れちゃうんでしょ。」

「え……?あ、はい。」

変な質問が来るのかと思っていた為、レイは彼女に対して瞠目した。

「あの……さ。もし良かったらで良いの。」

「……?」

シャルアは一旦言葉を溜め、深呼吸をするように言葉を発した。

「ジェルヴァチームでやっていかない?」

「え……?」

まさか、彼女がジェルヴァのMS乗りとしてレイをスカウトするとは思ってもみなかった。彼にはするべきことがある為、当然ここに居続ける訳にはいかない。しかし彼は簡単に断る事が出来なかった。

「あんた強いしさ、その腕でMS乗りとしてやって行くのもアリじゃない?あんたが探しているガンダムで、あんたの仲間と共に戦うのも……勿論アリだけど。」

そう言うシャルアの声は、どこか寂しそうだった。レイは彼女に対し、再び身体を回転させて口を開く。

「……そう言ってくれると嬉しいです。でも、僕はやるべきことがあって。だからジェルヴァの皆さんと協力するのは出来ません。ここの人達は個性的で、凄く明るくて……逆に僕みたいな人間がこんな所に居ていいのかなって思えるぐらいなんですよ。」

「それはどういう意味よ。昼間に艦長が良い事言ってくれたのに……あんた、まだ自分を卑下してるの?それにあの二人にもモテモテだし。」

ヒューナが死んだのも、リルムがレイを拒絶したのも、自分が撒いた種だと思っているレイ。だからこそ、彼は明るく振る舞われると困惑したのだ。もしかすれば、自分は人を嫌な気分にさせてしまうのではないかと言う不安が彼にはあった。

「ヒューナ・エリアスを知っています?」

レイはシャルアにヒューナの事について聞いた。

「え、なんでヒューナちゃんの事、あんたが知ってるの!?」

「僕の幼馴染のお姉さんで……とても良い人だったんです。でも……」

黙っておきたかった。しかし彼は感情に任せ、つい口を開いてしまった。ヒューナが死んだ事を。それを知ったシャルアの表情を青ざめる。

「嘘……でしょ……あの子が……?」

「……はい……ご、ごめんなさい……僕……黙っておきたかったんですけど……姉さんの……友達が……何も知らないで……死んだなんて……悲し過ぎる……から……」

ヒューナの死体を見ていたレイはその光景を思い出してしまい、涙を流す。自分でも抑えられない感情が溢れ出てしまい、彼は悲しくなった。

 束の間、両者に沈黙が続く。二人の少年少女がいるこの環境で、誰も喋る事なく時間が流れている。その間も、レイは啜り泣きをするばかり。

だが、沈黙に耐えられなくなったシャルアは眉間に皺を寄せ、彼の頭部をコツンと小突いた。

「え……?」

「泣くな。」

「は……え……?」

小突かれた上に、強い言葉。予想外の彼女の行動にレイは泣きながらも躊躇う。そして、シャルアは彼の目元に手を触れ、涙を拭った。

「あんた、泣けばヒューナちゃんが報われるとでも思って泣いてるの?」

「そんな訳……ないですよ……」

半ば強引に涙を止められ、レイは困惑していた。恐らく自分の表情は情けない表情をしているだろう……そう思ったレイは両手で口と鼻を覆い、目をぱちぱちとさせた。

「ヒューナちゃんがどんな理由で死んだのかは分かんないよ。それだけ悩んでいたって事だしね。だから自殺した。あんたはそこで泣いたんでしょ。なら、もう良いじゃない。今さら思い出して泣いてどうすんのよ。泣いたらあの子が天国から帰ってくるとか?そんな典型的な感動モノのストーリーみたいな事、あり得る訳ないわよ。」

「……!」

シャルアの言葉は正論だった。だが、レイにはどうしてもそれが認められなかった。彼女と違い、レイはヒューナとは深い付き合いがある。だからこそ、簡単に割り切る事が出来ないのだ。

 どうしても涙を抑えられないレイはシャルアに見られない様に顔を後ろに向けた。直後にレイは口を開く。

「……ごめんなさい、シャルアさん……寝かせて貰って……良いですか?う……うぅ……」

「……いいわよ。でも明日は、チャイナ服着せるからね。」

今のレイにシャルアの言葉は通じない。無惨な光景を見て、それが焼き付いて離れない。それらも自分が引き起こしたものだと思っているレイは、尚更涙を堪えられない。一度は自殺も考えたが、痛みの恐怖が彼を傷つけ、自殺させる事を躊躇わせる。

 

 やがて三十分が経過した。その頃になればレイは泣き止み、眠りに入ろうとしていた。だがそれまでの間、彼は延々と泣き続けていたのだ。つまり、まだ起きていると言う事である。

「泣き止んだ?」

シャルアが静かに声を掛けた。レイは彼女に対し、

「はい……」

と答える。

「長過ぎよ。いつまで泣き続けてんだか……眠れないのよ、隣で泣かれてると声が聞こえてきてさ。うるさいったらありゃしない。」

「ごめんなさい……」

いつまでも泣いていられない事は分かっていた。だがレイは泣いてしまった。シャルアは同情する様子を見せず、彼の泣く様子を疎ましく感じていた。彼はそれを申し訳が無いと思うが、涙は止まらない。先程になってようやく泣き止んだが、そこから彼は自分の行為を反省し始めた。

 自分ばかりが不幸だと思うから、周りを不幸にしてしまったのではと、感じていたのだ。自分がアドバンスドタイプという、奇妙な人間だからという理由で悩み続け、結果的にそれが他の人間を不幸に追い遣った……レイはこの時そう思い続けていた。

 

                    ギュッ

 

「……!?」

その時、レイは抱き付かれた。無論、彼を抱き付いているのは後ろで眠っているはずのシャルアである。最初は驚いたが、抱き着かれるという事で何故かレイは安心していた。シャルアから伝わる、人間と言う暖かい温もり。それがどうしてか、今の彼には心地良かった。何故急に抱き付いたのか?疑問はあったが、レイはあえて聞かなかった。

「相変わらず良い身体してるじゃない、奴隷。」

「シャルア……さん……あの……?」

シャルアの言葉にレイは動揺した。この言葉を聞き、レイは彼女が何故抱き付いたのかを聞いた。

「どうして……抱いてるんですか……?」

「あんたを慰めてあげようかなって。」

「慰める……?」

「身体、引っ付くと暖かいでしょ。人間だからね、恒温動物だからね。そりゃ暖かい。そして何故か安心する。どう?安心するでしょ?」

「安心……します……」

「もう泣かない?」

「もう、泣き疲れました……」

「そう……ならいいの。」

この時、レイはシャルアが優しい人間であるのだと感じた。自分を心配し、身体を抱いてくれるシャルア。普通ならば彼は緊張する所だが、今は抱かれることでリラックスできた。彼女なりの自分に対する気遣いなのだろうと、レイは感じていた。

「ねえ、少し、このままで居させて……」

「……?」

シャルアは急に寂しそうな声で言った。レイは返答し、シャルアは彼を先ほどよりも強く抱き締め続ける。

「そ、そんなに抱き付かなくても……僕は大丈夫ですから……」

「バカ……あたしが嫌なのよ。」

「え?」

「あんたっていう遊び相手がいなくなったらさ……寂しいもん。だからこうさせて。せっかくまた会えたのに二日後にはどっか行っちゃうって……短か過ぎるわよ……」

そう言って、シャルアは更に強くレイを抱き締めた。彼女はレイの存在がいなくなる事に寂しさを感じている。今まで彼に対して悪戯をしていたのも、愛情表現の一つなのだ。

「シャルアさん……」

「勘違いしないでよね……あんたの事好きとかじゃないの。寂しいだけ……ただ、それだけなのよ……」

「……はい……」

彼はシャルアを受け入れる。自分を悪戯の対象にするのは寂しさを紛らわせる彼女なりの愛情表現なのだ……と、感じたからだ。そう思う事で、レイは更に安心した。そして、両者はその体勢のまま眠り就くのであった。

 

 

 

それから二日が経過した。相変わらずシャルアに弄ばれるレイだったが、初日程気にしている様子ではなかった。この二日間に彼はクルーと接する事を許可してもらい、様々な人と会話をした。相変わらず個性豊かなジェルヴァのクルーの言動はレイを悲しみから忘れさせてくれるようだった。

現在、ジェルヴァはイタリアに入った。ローマまでは約一時間程で着くという。そろそろ行かなければならないと言う事で、レイは荷物をまとめる作業をしていた。

「行っちゃうのね。」

シャルアはベッドに端坐位姿勢で居ながら、俯いて言った。

「はい……短い間でしたけど、ありがとうございます。」

レイは静かに、お辞儀をする。様々な事があったとは言え、イタリアまで送ってくれた事に関しては感謝以外の何者でもないのだ。

「……寂しいな、やっぱり。」

するとシャルアはスッと立ち上がり、彼の目の前に立った。そして――

 

チュッ

 

「っ……!?」

シャルアはレイに対し、接吻を交わした。一瞬だったが、レイは彼女の唇の感触を感じていた。

「あ……の……?」

「愛情表現なんかじゃないんだから……コミュニケーションなんだから……」

シャルアは顔を赤め、視線を逸らした。いつもレイを挑発し、レイを辱める立場である筈の彼女が顔を赤める事は今までになかった為、レイは複雑な心境だった。

「行っちゃうのなら……さ。約束して欲しいコトがあるのよ。」

シャルアは息を飲み、静かに口を開く。

「絶対に生き残ってさ、戦いが終わったらジェルヴァに遊びに来てよね。絶対に死なないでよ……奴隷……そう!奴隷!あんたはあたしの一生の奴隷なんだからね!!!死んだら許さないんだから!!!」

この先、何が待っているのかは分からない。恐らくは壮絶な戦いが待っている可能性が高いだろう。生き残る可能性は当然低くなる。ジェルヴァの中よりも更に危険な場所……戦場。死ぬ可能性が高いからこそ、シャルアは生き残って欲しいと言った。レイは静かに頷き、笑顔で言う。

「戦いが終わればジェルヴァにも寄らせて頂きます……短い間ですけど、お世話になりました。」

 一度は自死さえ選択肢に入れていたレイ。だが生き延びて欲しいと言う声も聞けた。彼の父親であるジュナスや、シャルアといった人間達。彼等はレイに生きて帰って来て欲しいと言った。様々な人間に励まされ、レイは数日前とは大きく心境が変化していた。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

突如艦内が騒がしくなった。この二日間は何事もなかったジェルヴァだったが、ここに来て警報が鳴り響く。

「敵!?マジなの!?」

「ここで……?」

ジェルヴァに敵が迫っていた……予想外の事態に混乱する彼等。その際にイヤーの声が艦内に響いた。

「MS接近中!ライブラリにデータはありません!」

ジェルヴァが戦った事のない敵。その正体が気になったレイは部屋を出ようとする。

「待って!戦う気?」

「はい!ここまで乗せて貰って、何もしない訳に行きませんから!」

「そう……死ぬんじゃないわよ、奴隷。」

「はい!」

レイは去った。彼に続くように、シャルアもMSデッキへ向かう。

 

 

 

 ジェルヴァのブリッジでは未確認の熱源の存在に警戒していた。イヤーが情報を解析するも、彼等が遭遇したMSのデータに、今回出現したMSはいない。今回確認された熱源の数は十二である。

「敵はMS乗りじゃないのか……?どこの所属だ?」

「識別パターン確認!国連軍です!新型機体を投入して来ています!」

敵は国連だった。機体は新型であるハイエッジである。何故ジェルヴァに国連軍が襲ってきているのかは定かではないが、ゲイルは疑問を抱きつつも冷静に対応する。

「国連が敵?俺達何か悪さをしたか?話がしたい。回線を繋げて。」

「はい!」

言われるまま、イヤーは国連に対して回線を繋いだ。敵には母艦らしき姿は見当たらず、MS数機でジェルヴァに接近していた。その為、回線の繋がる相手はハイエッジのパイロットと言う事になる。

「こちらはジェルヴァチーム代表、ゲイル・ゼノイア・バーダ。国連軍が我々に何の用か。」

ゲイルの質問に対し、リーダー機体に乗っているパイロットが答えた。

「我々は地球上に残っている、国連の脅威となり得る勢力に対する治安維持行為を行っている。貴様等はその標的になっただけだ。悪いがその戦艦を残し、クルーには去って貰う。」

新生連邦軍が地球上にいない今、国連は地球上の治安維持活動を行っていた。それは如何なる脅威も国連が排除するという、従来の国連では考えられないような暴挙だった。全てはギルスの命令である。

FPBが発足した今、ギルスは地球上に残った脅威となり得る勢力の弾圧をするように、地球在住の部隊に命令を下したのである。

「〝国連〟の脅威ですか。〝地球の平和〟の脅威ではなく?」

「ああ、そうだ。命令に従えない場合は力ずくでもその艦を破壊する。クルーはその間に去るんだな。そうすれば殺しはしない。あくまでも脅威となり得る力を奪うだけだ。」

ハイエッジ部隊の隊長機に乗ったパイロットが言った。ゲイルはそれに対して何故かにやりと笑い、そしてゲイルはジェルヴァチームのパイロットを含む、全てのクルーに対して通信回線を開いた。

「えー、皆さん。国連軍の御方達から連絡です。〝国連〟の為に我々ジェルヴァチームは解散しなければならないそうです。反対する人は手を上げて。ここは多数決で決めよう。この様子は国連の御方達にも見られているよ。」

ゲイルの様子は現在MSデッキにいてMSに乗って戦おうとしているレイにも見えた。戸惑うレイ。だが、彼以外のMSデッキにいる人間はそれぞれが笑い、一斉に右の親指を立て、サムズアップを行ったかと思うと、素早くそれを回転させた。いわゆる〝ブーイング〟のポーズを行ったジェルヴァチームのクルー。ゲイルはその様子を見て国連のパイロットに言った。

「そう言う事です。うちの面子は解散する気はゼロって事で。お引き取り願いましょうか。」

「チッ!野良犬共が!」

すると国連軍は強硬手段に出た。ハイエッジはジェルヴァに向けて一斉にビームライフルを射出し始めたのだ。それらの攻撃が確認された瞬間、ジェルヴァのカタパルトからMSが一斉に展開される。国連のやり方に反対するジェルヴァチームと、厄介者を排除しようとする国連。彼等の戦いが今、始まろうとしていた。

 レイはジョゼフに乗っていた。以前にジェルヴァチームと共に戦った時もそれに乗っていた。彼は自分の為に動いてくれたジェルヴァの仲間達を守る為、戦いに臨む。

 

 

 

 国連の機体はヴァントガンダム以上の高性能機体であり、新生連邦の機体を流用しているジェルヴァチームからすれば機体性能で劣っていた。しかし彼等は逃げる事は無かった。自分達が逃げればジェルヴァがやられてしまうからだ。

「いつから国連は偉そうになったってんだよー!!!」

一人の、ディーストに乗るジェルヴァチームのパイロットが叫んだ。ビームライフルを連射し、ハイエッジを狙うが、ハイエッジは機動性の高さを駆使してこれらを回避し、腰部のビームキャノンを展開した。その砲撃に直撃したディーストは、瞬く間に破壊されてしまう。

 仲間の仇を討たんと、他の機体がハイエッジを狙うが、照準が合わない。相手が早過ぎるのだ。

「つえぇ!?」

「諦めるな!」

「でもよー!」

「死にてえのか!?」

ハイエッジと言う名の機体に苦戦するジェルヴァチームのパイロット達。その中にはニアやクリアの姿があった。

「クリアー、敵が早過ぎるよぉ……」

「機体性能は圧倒的……でも、倒せない訳じゃない。」

そう言ってクリアの乗る陸戦型のディープシーはハイエッジに狙いを定め、ガトリングを撃つ。しかしこれらは全て回避された。苛立ちを見せたクリア。彼女の駆るディープシーは、ビームサーベルラックをバックパックから抜き、ハイエッジに迫った。無論、機動性に圧倒的に劣るディープシーがハイエッジに勝る筈がない。

そこで、ディープシーは脚部ミサイルを同時に展開しながらハイエッジに迫る。無論、ミサイルに対してハイエッジはビームライフルを発射し、破壊する。その爆風に紛れ、クリアの乗るディープシーは一気にハイエッジに迫った。

「貰った……!」

ディープシーはモノアイを輝かせ、ビームサーベルをハイエッジのコクピットに突き刺した。そしてハイエッジは破壊される。その時、別のハイエッジが彼女の乗るディープシーに迫って来た。それに対して、ディープシーはガトリングを再び装備し、連射する。

「こんなのに当たらない……!」

「クリア!大丈夫!?」

「私は平気。ニアは自分の敵に集中して。」

そう言って、クリアは戦いを止めない。迫るハイエッジに対してビームライフルを連射し続ける。その時、ハイエッジはビームセイバーを腰から装備し、ディープシーに切り掛かろうとしてきた。

「っ!」

その動きを見切り、回避運動するディープシー。そして、ショルダースパイクを使ってハイエッジに直撃を行った。この攻撃により、ハイエッジは地上へ叩きつけられる。

「勝った。」

 

                  ダダダダダダダダダダ

 

ディープシーはコクピットに目掛け、ガトリングを放ち、ハイエッジは破壊される。その一連の動きを見ていたニアはクリアに言った。

「すごーい!すごーい!流石クリア!!!」

「まあね……」

と、笑顔でクリアはニアに返した――

 

                 ズバァァァァァ

 

しかし直後の出来事だった。敵機の接近する警告音を聞いてから二秒後――クリアの乗るディープシーは、別のハイエッジのビームサーベルに貫かれたのである。それはコクピットも貫通しており、通信回線を開いていたニアは、その際のクリアの残酷な姿を見てしまっていた。

「ク……リア……?」

 

「ア……が――」

 

クリアはビーム刃によって半身が溶けている状態だった。その様子を見たニア。直後にディープシーは爆発を起こす。もがき苦しんだまま、ハイエッジによって殺されたクリア。親友の無惨な最期に、ニアは衝撃を隠せないでいた。

「い……や……い……やぁ……!嫌ァァァァァー!!!」

ニアの乗るディーストはその場から撤退しようとしていた。殺されるという恐怖が、彼女を支配していたのである。だがハイエッジはそれを見逃さない。

「逃げる気か!自分達が喧嘩を売った癖に!大人しく指示に従えば誰も死なずに済んだものを!」

「嫌……嫌……クリアー!!!なんで……なんでぇ!?」

クリアの最期の姿が頭から離れない。親友の死が、彼女を戦場から遠退かせた。だがハイエッジは容赦なく、ニアの乗るディーストを襲う。

 そして、ハイエッジの四門のビームキャノンがディーストに向けられようとした時――

 

                バシュゥゥゥ

 

一筋のビームがハイエッジのコクピットを直撃し、それを破壊した。破壊したのはジョゼフである。そのジョゼフに乗っているのは、レイだった。

「はぁ……だ、大丈夫ですか!?」

レイはディーストに通信回線を開いた。そこに映っていたのは、恐怖のあまり錯乱しているニアの姿だった。

「れ……イ……く……ん……く……クリア……が……と……けちゃって……あ……アアアアアアア!!!!!」

「クリアさんが……殺されたんですか……?」

「ち!違う!!!クリア!クリアが溶けたァァァァァ!!!」

言葉が混乱しているニア。レイはその表情を見て、歯を食い縛った。悔しく感じていたのだ。守らなければならないのに、守る事が出来なかったと――

 しかし、そこへ別の通信が入った。ニアは気が動転しつつも、回線を開く。

「馬鹿野郎が!パニクるぐらいなら撤退しろ!そんなんじゃ犬死するだけだぞお前!」

「ぜ……る……?」

気が動転しているニアに通信を送ったのは、ゼルだった。狂った様子のニアを見て、彼は苛立ち、会話を試みたのである。

「戦うってのは誰かが死んでもおかしくないってことだろうが!人一人死んだぐらいでぎゃあぎゃあ喚くなんてさ!お前は今まで生半端な覚悟で戦ってたのかよ!とっとと下がれ!今のお前がいても役立たずの的になるだけだろうが!!!」

「でも……!み……んな……みんな溶けちゃうんだよ!?敵の方が強過ぎる!ビーム受けて溶けて!クリアのあんなの見て……」

「クリアがどうした!?俺だって仲間が殺されたりした場面を何度も見てきたんだよ!今さら甘ったれんな!!!とにかく下がれってんだよ!お前も死にてえのかよ!?」

だが会話の最中にハイエッジは迫る。ゼルの駆るジョゼフはモノアイを輝かせてハイエッジにビームライフルを連射した。だが、全て、ハイエッジに搭載されているビームシールドに防がれてしまう。

「ニアさん……ゼルさんの言う通りだと思います……余所者の僕が言うのも変な話ですけど……今のニアさんが戦場にいるのは危険です……」

「レイ……君……?」

「一度艦に戻った方がいいです!このままじゃニアさんまで殺されてしまいます!」

レイに説得され、ニアは混乱しつつも、一度ジェルヴァへ逃げる事を決めた。

「う……ん……ごめんね……クリア……私……何も出来なくて……」

クリアが殺された衝撃が彼女を混乱させた。親友ともいえた存在が惨殺された為、ニアの中でそれが大きなトラウマとなったのである。

「ニアさん……」

レイはニアを心配したが、その間にもハイエッジは容赦なく迫る。機動性の高いハイエッジとジョゼフでは、ハイエッジに分があった。ハイエッジはビームライフルを連射し、レイの駆るジョゼフに当てようとする。

「クッ……!守らなきゃ……ダメなのに……!」

国連のMSであるハイエッジ。それは以前の新生連邦本部攻略戦で味方機体として戦った機体である。しかし、今は彼等にとって敵。敵に回して分かる、厄介な機動性の高さ。ジョゼフ自体も高性能な機体ではあるが、性能の差は圧倒的だ。レイは己の技量を信じ、ハイエッジに対してビームライフルを連射するが、狙いが定まらない。

 その時、ハイエッジがビームセイバーを抜いて急接近をして来た。急いで自分もビームサーベルを抜き、対応する。間一髪レイは切り刻まれる事無く、ハイエッジと打ち合いを行った。

「所詮はジョゼフ等敵じゃないんだよ!野良犬MS乗り風情め!」

しかしハイエッジはその出力を生かしてレイの乗るジョゼフを地面へと叩きつけようとする。それに反応したレイは急いでハイエッジを蹴り飛ばした。そして頭部機関砲で相手を牽制する。

「このおっ!」

ジョゼフはハイエッジに急接近し、そのまま相手のコクピットを切り裂いた。

「が……ぐぁぁ!」

クリアが殺された時のように、そのハイエッジのパイロットもジョゼフのビームサーベルによって身体が溶け、死んだ。直後にハイエッジは爆発を起こした。

「はぁ……駄目だ……こんなんじゃ……守れない……」

ジョゼフでは皆を守る事が出来ないと言うレイ。彼はジョゼフを乗りこなせてはいるが、やはり機体性能の差がハイエッジを相手にする上では障壁となっていた。

「あっ!!!」

レイはジェルヴァチームのMSのディーストがハイエッジの放つビームライフルによって破壊されようとしていた。中のパイロットは命乞いをするが、その声など聞こえる筈もなく、ハイエッジは無情にもビームライフルを放出しようとしていた。

 

「クソタレの国連が!」

その時、ゼルの乗ったジョゼフが残っているハイエッジに対して攻撃を加え始めた。彼の乗るジョゼフに対してハイエッジはビームキャノンを一斉に展開し、放出する。無論これを受けてしまえばジョゼフは破壊される。それだけは避けなければならない事を分かっていたゼルは急いでそれを避ける。そして空かさずビームライフルを構え、ハイエッジのコクピットを狙い、破壊した。

「あれは、ゼルさんの機体だ……僕も、戦わなきゃ……守らなきゃ!」

 

ビゴォン

 

その時、ジョゼフのモノアイが輝いた。そして、彼は次のターゲットに対して狙いを定め、ビームライフルを連射した。しかし、いずれも回避されてしまう。

「当たらない……こんなのっって!?」

レイは焦っていた。だが焦れば焦る程、相手に攻撃は当たらない。必死にビームライフルを連射していたその時……

 

ピピピピピッ

 

自機に接近する熱源の音に反応したレイは、すぐに動こうとするが、そこにいたのはビームキャノンを一斉に展開しているハイエッジの姿があった。このまま発射されれば彼はハイエッジによって殺される事になる。

「あ――!」

自分の油断により、接近を許してしまったレイ。このまま殺されるのは時間の問題だと思った。

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

レイの眼が深紅に染まった……と同時に、ジョゼフは素早くそのハイエッジの背後に回り込み、ビームサーベルを使ってビームキャノンを切り裂く。そして、バーニアに頭部機関砲を撃ち込み、損傷を与えた後でビームライフルを撃ち、破壊した。

「はぁ、はぁ……」

相変わらず、先程の記憶は覚えていない。あるのは、敵を倒したという手応えだけ。危機的状況に陥ることで生じるこの現象は、彼自身明確に分かっていない。ただ言えるのは、彼がアドバンスドタイプである為にこの特殊な力が発動するのだろうという事である。

彼が息を荒げている時、ジェルヴァから通信が入った。彼は急いで回線を開くと、モニターに映っていたのはゲイルであった。

「レイ君、目的地であるアステル家には大分近付いている。そのジョゼフならばここから数分移動すればアステル家に着く筈だ。」

「え……それって……!?」

「そう、俺達を無視して君の行くべき場所へ行くんだ。気にする必要なんてない。元々君の為に協力しているんだ。君は気にせず、そのジョゼフを使って早く行くんだ。」

急に、ゲイルは現在の戦闘中域から離脱し、アステル家へ向かえと言い始めたのだ。それですんなりと言ってしまえば、それこそ恩を仇で返すようなものだ。そう感じていたレイは首を横に振った。

「嫌です!これだけお世話になって……僕の為に人も死んで……そんな状況で僕だけ逃げるなんて出来る訳が無いです!!!」

「じゃあもし一緒についてくるのなら、俺達はアステル家から離れるぞ!多分一生近付かないだろうな!」

「え……?」

ゲイルの言葉に耳を疑ったレイ。彼はどうすればよいか、分からないでいた。ここで見捨てて一人だけ逃げる事等、レイには出来るはずがなかった。

「今回の相手は分が悪過ぎる!俺達はこれ以上南下をしていられないんだ!頃合いを見つけて俺達は撤退する!ここから離れて、安全な場所まで避難する!でもそれに付いて行ったら君はどうなる?君の目的が達成出来ないだろ!自分の目的があるのなら、早くアステル家へ向かうんだ!俺達に構うな!」

「でも……でも!」

困惑するレイ。だがその間にも国連のハイエッジは彼に襲い掛かる。突然の襲撃を受け、レイは回避運動を行った。そのハイエッジに対してレイの駆るジョゼフはビームライフルを撃つが、すぐに回避されてしまう。

 

ゴゥンッ

 

その時、ジェルヴァのブリッジに向けてビームキャノンを発射しようとするハイエッジが現れた。予想以上の国連の機体に苦戦するジェルヴァチームは、ジェルヴァへの接近を許してしまったのだ。

「熱源確認!狙われています!」

「緊急回避!」

「間に合いません!」

ハイエッジはカメラアイを輝かせ、高出力のビームキャノンを今にも発射しようとしていた。

「無敵のジェルヴァチームもここで終わりかよ……!?」

ブリッジにいたメンバーは全員が目を瞑った。〝殺される〟と、誰もが思った。

 

ガキィン

 

しかし、ジェルヴァのブリッジは破壊される事は無かった。何故ならば、一機のジョゼフがハイエッジに対して体当たりを行った為であった。

「助かった……?」

「でもあのジョゼフは……?」

その一機のジョゼフがジェルヴァを救った。だが、性能差は圧倒的。そのジョゼフがハイエッジに勝てる見込みは無かった。

 その時、ジョゼフのパイロットからジェルヴァのブリッジに通信が送られてきた。

「早く逃げろ!!!たかがMS乗りが正規軍に勝てる訳がないだろうが!」

「ゼル……なのか!?」

暴言だが、ゲイルに対して逃げるように忠告したのはゼルだった。ゼルは自らの意思で、ジェルヴァを破壊しようとしたハイエッジを破壊しようとしていたのだ。

「全員をとっとと撤退させろ!国連相手に挑発しやがって!無駄な犠牲者出してんじゃねえぞボケが!!!」

「ゼル……ありがとう……」

「とっととやれよ!キャプテン!!!」

ゼルはそう言って、体当たりしたハイエッジに対して思い切り蹴り飛ばした。そしてビームライフルを連射し、ハイエッジのコクピットを撃ち抜く。それが終わった後、ジェルヴァに迫る別のハイエッジに対してビームサーベルを構え、迫る。

 だが、ハイエッジは既にビームキャノンを構えていた。やがてビーム刃発射され、ゼルの乗るジョゼフの両腕が破壊された。

「チィィッ!!!」

しかしそれでもゼルのジョゼフは攻める事を止めない。両腕を無くした状態で、ゼルはそのハイエッジに対し、特攻を仕掛けようとしていたのだ。

「ゼル!やめろ!!!」

「おらああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

ジェルヴァを襲う敵に対し、命を掛ける気でいたゼル。ゲイルはそれを制止しようとするも、ゼルは聞く耳を持たない。

「特攻する気か!?」

国連の兵士は特攻をしようとするゼルに対し、ひたすらビームライフルを撃つが、ゼルはこれらを回避しながら、バーニアを最大出力にし、ハイエッジに向かう。

「仲間を……これ以上殺させてたまるかってんだよ!クソッタレの軍人野郎共がァァァ!!!」

 

ドォォォッ

 

ゼルのジョゼフは、ハイエッジに激突した後に爆発した。その衝撃により、ハイエッジも破壊される。同時にジョゼフも破壊された。

「ゼ……ル……?」

ブリッジにいたゲイルは衝撃を隠せないでいた。ジェルヴァチームの中でも寡黙で、尚且つ性格の悪かったゼルだったが、彼はジェルヴァチームを大切に思っていたのだ。その為に、自身を犠牲にして特攻を行ったのである。

「……ジェルヴァチーム全員に伝達。今から撤退を開始する。全速でこの戦闘域から離脱する。……レイ君。」

全員に通信を送った後、ゲイルはレイに対して言った。

「ゼルが死んだよ。」

「え……ゼルさんが!?」

衝撃だった。先程話したゼルが死んだというのだ。次々と知っている人が死んでいく光景に、レイは混乱していた。

「俺達はここから離脱する。レイ君、君はどうする?やる事があるのは分かっているが。」

敢えてゲイルは聞いた。彼がするべき事は、アステル家に行き、ツヴァイガンダムを受け取ることだ。レイはジェルヴァに行きたかった。世話になり、尚且つ死んでしまった人々を、ジェルヴァのクルーと共に黙祷したかった。だが今の状況がそれをさせない。彼には、アステル家へ向かう道しか残されていなかったのだ。

「僕は……行きます……」

「そう……それで良い……行け!レイ君……」

「……はい……」

そして、レイの乗るジョゼフはその場から全力で去って行った。モニターで、ゲイルをはじめとするジェルヴァのクルーはその様子を見送る。

「行ったか……総員、退避!!!急げ!これ以上犠牲者を増やすな!!!」

「了解!!!」

クルーは皆、涙を流しながら行動を開始した。ジェルヴァはスラスターの出力を上げ、この戦闘域から離脱しようとしていた。ジェルヴァに続き、撤退していくジェルヴァチームのMS乗り達。国連の部隊の中に、それを追撃するように追う者がいたが、隊長機がそれを止めた。

「我々の力を見せ付けてやっただけだ。深追いはするな。」

「了解です。確かに、MS乗り如きに全力を出す必要はありませんからね。」

ジェルヴァチームとの戦闘に勝利した国連軍。一方で、敗北したジェルヴァチームは無惨な姿を、国連に曝す羽目となった。

 

 

 

ジェルヴァの艦内では、シャルアが涙を流していた。ゲイルからクリアの死とゼルの死、そして様々なパイロットの死を聞かされたからである。

「あいつ……死んだの……」

「ああ……特攻した。それと、レイ君はここから去ったよ。恐らくアステル家に向かってるだろう。」

「……あいつは……あいつは絶対に……死なないですよね……?」

ゼルの死に、混乱するシャルア。彼女は、せめてレイには生きていて欲しいと、強く願っていた。

「信じるしかないさ。でもあの子の道はあの子が決める。俺達には何も出来ないさ。」

「……」

彼女は静かに、泣いた。

 ジェルヴァチームに降りかかった、予想外の悲劇。次々と死んでいったパイロット達。国連という脅威に敗北した彼等は今、国連のいない場所まで逃げる事しか出来なかったのだった。




第九十四話、投了。

国連によって無惨にも殺されていくメンバー。それに対して怒りを覚える、レイ。


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第九十五話 決意の宇宙へ

ジェルヴァチームのメンバーの死を見て、レイはアステル家に向かう。
そこで彼はジンクと対峙するーー


 レイはジョゼフを駆り、戦闘中域から離れ、アステル家へ向かっていた。ジョゼフを操っている間、彼は涙を流していた。

「ゼルさん……クリアさん……僕……は……」

ジェルヴァチームのクルーの死は、世話になったレイにとって悲しみ以外の何物でもなかった。だが、ここで悲しんでいる場合ではなかった。ゲイルは彼に、アステル家へ行くように言ったのだ。全てはツヴァイガンダムを受け取り、再び戦場へ戻る為。ジェルヴァチームの努力を無駄にしない為にも、彼は今、全力でジョゼフを駆っていた。

 

ピピピピピッ

 

その時、レーダーに二つの熱源が映った。彼はバックモニターを映す。そこにいたのは、ジョゼフに対して追撃を行う国連の機体が、二機いたのだ。先程の国連の隊長機の命令を無視して、彼のジョゼフを追うハイエッジのパイロットが居たのである。

「追撃……!?」

今は国連を相手にしている場合ではない。彼はジョゼフのバーニアの出力を更に高め、全力で振り切ろうとしていた。だが、後方からはハイエッジのビームキャノンが彼に迫る。

それが直撃コースだった為、レイは急いでジョゼフのシールドを展開し、ビームを防ごうとするが、出力が高過ぎたためか、ジョゼフの左腕のシールドは破壊されてしまい、機体は激しく揺れた。

「あああああッ!」

その隙にハイエッジは更に迫り、カメラアイを輝かせた。それが見えた時、レイは急いで回避を試みる。だが、もう一機のハイエッジがそれを許さなかった。

 

ガキィン

 

そのハイエッジはレイの乗るジョゼフを思い切り地面に向けて蹴り飛ばした。その衝撃で、コントロールを失うジョゼフ。モノアイの輝きは失われ、レイ自身も頭部から出血をしていた。激痛の余り、レイは目を開ける事が出来ない。

「う……うぅ……こ……んな……」

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

次の瞬間、レイの眼が見開かれた。それと同時に、レイの眼は深紅に満ちた。そして彼はジョゼフの操縦桿を思い切り引き、体制を立て直した後にハイエッジに迫った。

「なっ!?早い!?」

「はああああああああああ!!!」

ジョゼフのモノアイが輝いた――と同時に、ジョゼフはビームサーベルを構え、ハイエッジのコクピットを突き刺した。これにより、ハイエッジのパイロットは即死し、機体は爆発した。

「あと一機……!」

レイのジョゼフは残ったハイエッジに対して接近し、頭部を鷲掴みし始めた。そして頭部を破壊し、次にハイエッジの腹部を何度も、何度も殴り始めた。

「ぐぅっ……ぐぅぅっ……さっきまでと……違う……ぞ……!?」

「ハアアア……」

まるで憎しみを込めているかのように、彼はひたすらハイエッジの腹部を殴り続けた。だがハイエッジも延々とやられ続けている訳ではない。ハイエッジもビームサーベルをすぐに構え、ジョゼフの両脚部を切り刻んだ。だが、ジョゼフはそれでもハイエッジを襲う。

 

「クリアさんを……ゼルさんを……返してよ!!!」

 

深紅の眼をしたレイは叫んだ。まるでそれは、ジェルヴァのクルーだったクリアやゼルを殺された恨み、憎しみを叫んでいるようだった。深紅の眼のレイは叫ぶ事は、今までなかった。しかし、今、初めて彼は叫んだのだ。そして―――

 

グチャッ

 

ジョゼフは手部マニピュレーターを使い、ハイエッジのコクピットを貫き、中にいたパイロットを潰したのである。ジョゼフの手部はパイロットの血が付着している。

 この手応えを感じた瞬間、レイの眼は元の綺麗な青い眼に戻った。

「はぁ……はぁ……倒……した……の……いつの間に……?」

やはり、先程の記憶は無い。彼にのみ生じる、特有の現象。彼が疑似的なアドバンスドタイプである事と何か関係があるのかもしれないが、それはレイにも分からない事だった。

ハイエッジ二機を撃墜したレイはそのままアステル家へ向かおうとした。しかし、ジョゼフの様子が明らかにおかしい。先程無理をさせ過ぎた為に、異常を来していたのだ。

「ダメだ……思うように動いてくれない……」

バーニアの出力を上げようとするも、機体が言う事を聞かない。真っ直ぐに移動するにも、上手にコントロールが出来ない。

「ダメだ……このままじゃ……」

このままジョゼフを動かしていては、いずれは墜落する。彼は脱出用のパラシュート等を持っておらず、墜落する事は死を意味する。早くジョゼフから脱出する必要があったのだが、このままでは脱出する事が出来ない。

「そこのMS、聞こえるか。」

突如、レイの耳に男性の声が聞こえた。どこからか、通信が彼の乗るジョゼフに入って来たのである。

「貴方は……?」

「私はアステル家に仕える者だ。アステル家周辺にて戦闘が確認された為、調査の為にここに来た。」

やがてレイの乗るジョゼフに、アステル家のMSであるドラグネスアサルトが近付いてきた。アステル家の人間が来てくれたという事は、彼にとって非常に幸運な出来事であった。

「あの……お願いがあるんです!アステル家の人なんですよね!」

「あ……ああ……?」

必死な様子のレイの姿を見て、アステル兵士は首を傾げた。

「本当に突然で申し訳が無いんですが……僕を……アステル家まで連れて行ってもらえないでしょうか……?このままじゃこのジョゼフは爆発して……」

そう言った直後、ジョゼフの肩部が爆発を起こした。その衝撃で、レイは揺れた。

「うあぅっ!」

「お、おい!大丈夫か……?」

「お、お願いです……早く……!」

「し、しかしな……」

アステル兵は困惑していた。戦闘が確認された場所に行けば、そこにいたのは一人の少年が乗った、半壊状態のジョゼフの姿があり、少年はアステル家を求めている。何が原因でこのようになったのかは、兵士には分かる筈が無かった。

 しかし、ジョゼフは間違いなく壊れようとしている。中の少年をこのまま見殺しにする訳には行かないと思った兵士はドラグネスアサルトのコクピットを開いた。そして、腕部をジョゼフのコクピットに差し伸べ、言う。

「早く乗れ!」

「あ……ありがとうございます!」

レイは急いでコクピットを開き、ジョゼフから脱出する。その直後―――

 

ドゴオオオオオ

 

ジョゼフは激しい爆発を起こし、そのまま落ちて行った。兵士はそれを見て、唖然とした。

「助けて、正解だったようだな……」

兵士にはこの状況が分からなかったが、レイは助かった。そして彼はドラグネスアサルトのコクピットに入り、少しの間兵士と時間を共にする事となる。

 

「一応助けはした。でもな、俺はお前を疑っている。」

コクピット内で、兵士が放った台詞だった。レイは一応保護はされ、現在は目的地であるアステル家へ向かっている最中である。その間の出来事だった。

「え……?」

「お前みたいな女の子がMSに乗ってあの状況……アステル家に刃向うテロリストの一員か何かか?」

そう言って、兵士はギロリとレイの顔を睨むように見た。

「ち……違います!それに僕は男です……僕がアステル家に行きたい理由は――」

レイは手早く理由を言う必要があると思い、これまでの経緯をあえて話さずに兵士に言った。

「ツヴァイガンダムに……再び乗る為です。」

「つ、ツヴァイガンダムって……お前、ツヴァイガンダムって名前を知っているのか!?再び乗るってお前、どういう事だよ?」

兵士の表情は驚きへと変貌した。保護した少年がツヴァイガンダムの事を知っている。それが、兵士にとって意外な事だった為である。

 そして、レイはツヴァイガンダムを一度手放す事となった理由を説明した。一度故郷に帰ったが、自分のするべき事をする必要があると考え、今はツヴァイガンダムに乗って皆と戦いたいと言ったレイ。だが、兵士は言う。

「確かあの機体はバイオメトリックスが搭載されているって聞いたな。ああ、それでお前専用の機体って訳か。んで、さっきジョゼフに乗っていたお前がツヴァイガンダムに乗る為にわざわざ来たって訳だ。」

「はい……!」

どうやら兵士は彼の話を信じたようだった。ツヴァイガンダムはこれまで様々な戦場で活躍していた為、そのパイロットである彼を信じたいと思ったのである。

「でもな、あの機体、お前専用じゃなくなるんだよ。」

「……え……?」

兵士が口にした台詞は、レイにとって衝撃的なものだった。ツヴァイがレイ専用の機体でなくなる……それは、一体何を示しているのだろうか、今のレイに分かるはずが無かった。

「あれはアステル家が改修して、ブリッツファンネルを更に強化させ、それで宇宙で戦っているFPBに送り届けられる予定になっている。だから一度アステル家が改修したんだよ。」

「そんな……でも!それなら尚更僕が乗ります!僕がツヴァイに乗って、皆を助けるんです!」

兵士は最初、反対しようと思っていた。だが彼がツヴァイガンダムを知っている事と、ジョゼフに乗っていたという事実から、もしかすれば彼は信じられるのではないかと思い、兵士は口を開けた。

「じゃあ、一度行ってみるか。お前がもし〝本物〟のツヴァイガンダムのパイロットなら、FPBの戦力として是非戦って欲しい所だからな。」

「ありがとうございます!!!」

彼にとって、ツヴァイガンダムを知っているという事実が役立った。それが無ければ、彼はこのまま門前払いで帰らされていた事だろう。

 遂に、レイはツヴァイガンダムが格納されているというアステル家に辿りつく事が出来た。それまでに多くの犠牲者が出たが、長い道のりの果てに、彼は戦う為の力を再び得る事が出来ようとしていたのである。

 

 

 

 やがてレイはアステル兵によってアステル家に辿り着く。本来ならば外部の人間は一切中に入れてはいけないアステル家だが、レイがツヴァイガンダムのパイロットであると言う事で、兵士が領主であるジンクに連絡し、許可を得たのである。

だが地面に降り立った際、彼は早速入念なボディチェックをされた。銃や刀など、殺傷能力のあるものを所持しているのかを確認する事で、彼が嘘を吐いているのではないかを確認する為である。もし殺傷能力を持つ武器を持っていて、〝アステル家に行きたい〟と言う事は、ジンクを殺害すると疑われても仕方が無い。彼がチェックを受けたのはこのような武器のチェックだけではなかった。手や、口腔内や、臓器の中……それ等の中に何か危険物を持ち込んでいないか等、入念なチェックは更に続く。

 やがてチェックは終わり、彼は何も所持していない事が確認出来た。だがそれだけではまだ信用されない。

「武器は無い事は確認した。だが、まだお前を信用していない。簡単にここに入れると思うな。」

「そんな……」

ここに来ればツヴァイに乗る事が出来る……と考えたレイだったが、その考えが甘かった。実際、ジャンヌやアレンといった人間なしでここに来た事自体がそもそも奇跡的なのだ。本来彼は迎撃されてもおかしくない立場にある。何故ならば、この場にジャンヌやアレン等の人間との繋がりを見せる証拠が無いのだから。

「随分と騒がしいようだな。」

落ち込むレイの前に、一人の威厳のある男が姿を現した。その姿を見た瞬間、兵士は敬礼をする。そして、男はレイの姿を見た。

「騒がしい原因はお前か。」

「あ……あの……貴方は……?」

兵士の様子を見るからに、間違いなくこの男はアステル家の中でも偉い人間に当たる存在だろうと、考えた。

「何者だと思うか。」

「あ……その……分かりません……」

偉い人間である事は分かる。だが、名前が分からない以上、レイに判断する事は出来なかった。

「ジンク・アステル。」

「アステル……あ……じゃあ……貴方が……ジャンヌさんの……そして……」

この男がアステル家の領主であると知った時、レイに緊張が走った。唾を飲み、冷や汗を掻く。自分は、偉大な人間を前にしているのだと、彼は認識した。

「話は聞いている。お前がツヴァイガンダムに搭乗していた人間だそうだな。名前は?」

「僕は……レイ。レイ・キレスです。」

レイは冷や汗を掻き、緊張した様子で言った。

「レイ・キレスか。先程一応ここに入る許可は入れたが……残念だがお前がツヴァイガンダムに乗っていたという証拠がない以上、簡単にここを通す訳には行かない。」

(そんな……)

ツヴァイガンダムに乗っていたという証拠……それは、今の彼には思いつかなかった。証拠が無い以上、彼が再びツヴァイに乗る事は難しい。

(証拠……)

彼の中で、〝証拠〟というキーワードが浮かび上がった。それと同時に、レイは何かを閃いた様子を見せた。そして、レイは口を開く。

「証拠ならあります!」

「ん?」

レイの言葉に、ジンクは反応した。

「ツヴァイは僕専用のMSでした。過去に搭乗した記録を調べれば、恐らく僕のデータが出ると思います!それに、貴方がジャンヌさんのお父さんなら、ジャンヌさんと連絡をとって下さい!それで僕の事が分かれば、それだけでも十分な証拠になります!」

「お前!口の利き方に気をつけないか!」

側にいた兵士が怒った。だが、それをジンクは止めた。

「そうだな。確かに搭乗者記録は調べようと思えば調べられるし、ジャンヌにお前の事を話し、それを知っているのならば紛れもなくお前がツヴァイガンダムのパイロットだ。元々ツヴァイはバイオメトリックスが搭載されているから、お前のデータが出れば確実だろうな。その為にはお前の身体の一部。例えば、髪の毛根が必要となる。」

「じゃ……じゃあ……!」

「調査ぐらいならしてやろう。あの機体は改修後、誰でも搭乗する事が出来るようにしてジャンヌらのいるFPBに送ろうと元々考えていた。そこへパイロットであるとされるお前が来た。もし出た情報がお前を示すものならば、乗り、戦え。」

「……はい!」

まだ彼がツヴァイに乗る事が出来ると確定した訳ではない。しかし、希望は見えた。これでレイが乗っていたと言う証拠が見つかれば、彼は晴れて、再びツヴァイガンダムに乗り込む事が出来るのだ。レイは自分の髪の毛根をジンクに差し出し、検証してもらう事となった。

 

 それから少し時間が経過し、ツヴァイガンダムから搭乗者のデータが出た。結果、レイが搭乗していると言う明確な証拠が出た。念の為に、ジンクはジャンヌに連絡を取った。ジャンヌはレイの事を聞き、驚いた様子だったという。

 この一連の流れにより、レイはツヴァイガンダムのパイロットである事が証明された。レイはそれを知り、一安心する。

「付いて来い。」

そう言ったのはジンクだった。レイは言われるままに彼に付いて行く。

 

 

 

 ツヴァイガンダムが格納されているという格納庫までジンク本人が案内をしてくれる事となった。案内をするのはジンクだけではない。ジンクを守る護衛の兵士もいた。ジンクの身に何かが起きない様に護衛を付けるその姿に、レイは茫然とした。とは言えひとまず、ツヴァイに搭乗する事が出来ることが確定した為、レイは安心してジンクについて行く。

(思えば……僕は凄い人と一緒にいるんだよね……)

ジンク・アステルは世界的な貴族であるアステル家の領主である。普通の人間が彼に会う事は出来ない。だがレイはツヴァイガンダムのパイロットであると言う事でジンクと共に歩く事が出来る。それだけ自分の課せられた使命は大きいものなのであろうかとレイは考えた。

「レイ・キレス……だったか。お前に、二つ聞きたい事がある。」

「あ……はい……?」

急にジンクは立ち止まり、レイに話し掛けた。

「まず、何故ジャンヌと行動を共にしなかった。行動をしていれば、わざわざアステル家に訪れるような面倒な事をしなくて良かったものを。」

ジンクの質問は、今までツヴァイを乗っている事実がレイにあるのならば当然出てくる質問だった。今までツヴァイガンダムを乗っていたのに、何故FPB設立時になってツヴァイを手放す事となったのか。当然レイには事情があるが、それはジンクの知る所ではない。

「僕は元々一般人なんです。でも、色々な事があり過ぎました。自分の日常生活と、自分がするべき事を比較して、自分がするべき事を選びました。正直、自分勝手な話だと思います。でも……僕はするべき事をする為に、ここに来ました。」

「そうか。」

ジンクはレイにこれ以上聞こうとしなかった。悩んだ結果、自分の意思でここに来たと言う事を聞き、彼は次の質問に移った。

「二つ目の質問だ。お前は本当に後悔は無いのだな?」

「後悔……」

自分のするべき事をする為に、約束された筈の日常生活を自ら断ち切ったレイ。無論その日常から逃げ出したいと言う目的もあったが、今の彼の場合は、自分のするべき事を実行する為に、戦場へ戻る事を決意していた。

「後悔は、ありません。ツヴァイガンダムで、ジャンヌさんとか、皆を守れるのなら。僕は、自分の持てる力を発揮したいです。」

レイは答えた。すると、ジンクは彼の眼をじっと見始めた。まるで威圧を掛けられているようで、レイは緊張した。彼が緊張している間も、ジンクはレイの眼を見続ける。そして――

「随分と若いのに、意思はそれなりにしっかりしているように見える。しかし一方でまだまだ優柔不断な所や甘えが見られるようにも見える。しかし、お前がツヴァイガンダムに乗って戦い抜いていたのならば、その実力を存分に発揮するが良い。」

「……はい。」

そして、レイはそのままツヴァイが格納されている場所までジンクに案内される事となった。彼はツヴァイの下へ辿り着く間、緊張し続けていた。ジンクという、普通の人間が合う事が出来ない人間を目の前にしている事、そして、護衛の存在が今のレイにプレッシャーを与えていたのである。

 

                   ガチャンッ

 

 やがてツヴァイが格納されている、格納庫に辿り着いた。そこに辿り着くなり、ジンクはすっと手を上げる。すると格納庫全体の照明が点いた。

「ツヴァイだ……」

レイは思わず言葉を洩らした。地球上での新生連邦との決戦まで乗っていたMS、ツヴァイガンダムが目の前にある……そして彼は今からエリィ達の所へその機体で向かい、共に戦う……そう思うと、レイは一層緊張した。

「……あれ……ファンネルが……大きくなってる……?」

レイはツヴァイガンダムを見て疑問を抱いた。以前見た時と違い、背部のブリッツファンネル六基が僅かだが大型になっているのが分かった。それに以前と違い、ファンネルに黒い一本線の模様が描かれている。

「気付いたか。まあ、パイロットならば気付くだろう。数日前にジャンヌ達から回収し、大幅に強化したのが今のツヴァイガンダムだ。先程も言ったが、あの機体は本来ならばデータを抹消してジャンヌ達の下に届けられる予定だったが、お前が乗るのならば、お前が乗り、扱え。」

ジンクが言うには、今のツヴァイガンダムは以前よりも遥かに強化されているという。

「大幅に強化ですか……。」

「ブリッツファンネルを重点的に強化した。……ああ、そうか。」

突如、ジンクはレイの姿を見た。急にジンクに見られたレイは、静かに首を傾げる。

「お前はシンギュラルタイプだな。でなければファンネルは扱えまい。」

「え……あ……はい……」

本当は、シンギュラルタイプでないと言いたかったが、話がややこしくなると判断したレイは、この場ではそれを肯定した。

「強化したツヴァイのブリッツファンネルは性能が非常に強力な分、使い手を選ぶ。シンギュラルタイプの中でも非常に強い力を持つ者でなければ扱う事は恐らく難しいだろうな。」

ジンクの言葉にレイは不安を抱いた。只でさえツヴァイに乗る事は久しぶりであるというのに、ましてや強化されたファンネルを扱うとなると、彼自身にも扱えるかは分からない。 

そのファンネルがどの程度の強さを秘めているのかは分からないが、ジンクにそのような事を言われてはレイ自身が不安になるだけである。

 

―――君こそが世界で……いや、宇宙で唯一の、人工的に作られたアドバンスドタイプということだ――

 

その時、レイは思い出したくない台詞を思い出してしまった。レイを人工的なアドバンスドタイプに仕立て上げた人間であるダリオン・イブルークの台詞……以前のレイならばそれは頭を抱えるべき事だっただろう。しかし、今のレイはその言葉に嫌悪感を抱きつつも、静かに口を開いた。

「アドバンスドタイプなら……どうですか。」

先程シンギュラルタイプであると言ったばかりのレイだが、今度は“アドバンスドタイプ”について聞いた。

「アドバンスドタイプ……?ああ、ジャンヌから聞いたか。ジャンヌはアドバンスドタイプだ。今は亡き、私の妻の血を引いたんだろう。アドバンスドタイプの力は遺伝するというからな。で、何故突然アドバンスドタイプの話をした?」

レイは目を一度閉じ、そっと深呼吸した後で言った。

「アドバンスドタイプの力なら、その強化されたツヴァイが扱えるのかと、思いまして。」

「……まあ、可能だろうな。……正直、私もアドバンスドタイプの事は全く分かっていない。自分の娘がアドバンスドタイプであるという事しか、私には分からんよ。あれは謎が未知数だからな。」

自分の娘がアドバンスドタイプであるにもかかわらず、ジンクにもアドバンスドタイプの事は分からなかった。ただ、アドバンスドタイプが凄まじい力を秘めている人間であるという事しか、彼にも分からなかった。

「……信じて貰えないかも知れませんが……実は僕も、アドバンスドタイプなんです。」

ジンクは耳を疑った様子で言った。

「今、何と?」

「僕はアドバンスドタイプなんです。ジャンヌさん達みたいな、純粋なアドバンスドタイプではなくて……なんていうのか……人工的に作られたっていうのか……」

レイは自分の口から、自身の事を語った。それは、レイが自分をアドバンスドタイプであると認めた瞬間であった。以前の彼は間違いなく、否定していた事実。だがその否定したかった事実を、彼自身の口から発したのである。それは間違いなく、彼自身の成長を意味していた。

「人工的に作られたアドバンスドタイプ……だと……お前が!?」

「信じてもらえないのは分かっています。でも……僕はアドバンスドタイプなんです。多分、世界で初めての……人工的に出来たアドバンスドタイプ……それが僕なんです。」

何故、レイは自分からアドバンスドタイプである事を認めたのか。それには、彼に発せられた台詞が関係していた。

 

――――世の中にはな、もっと悩んでいる人間がいる。お前の悩みは贅沢なんだよ―――

 

―――――――お前は恵まれた環境にいるからそんな贅沢な悩みが出来る―――――――

 

―例えあんたが本当に身体が光るところを見ようが、全然私は動じないし、気にしない―

 

――――――――――――――あんたは私の知ってるレイだから―――――――――――

 

レイの父親であるジュナスと、ヒューナの台詞だ。彼がここに来る前に彼に発せられた台詞が、今になってレイの中で蘇り、自分自身の悩みは甘えだと、自分に言い聞かせたのだ。それがレイをアドバンスドタイプであると認めさせたきっかけだった。自分がアドバンスドタイプであっても、認めてくれる人間がいる。レイはそれを信じ、自分からアドバンスドタイプである事を認めたのである。

「本気で言っているのか、お前は……?」

「……はい。」

レイは決意に満ちた表情で言った。

「どういう由来かは分からないが、お前はアドバンスドタイプである……と?」

「……はい。」

唐突に〝自分がアドバンスドタイプである〟と言われて、誰が信じるだろうか。普通は疑う。疑って当然だ。ジンクは咳払いをし、言った。

「悪いが、根拠が無さ過ぎる。しかし今はお前を調べる時間が無い。とにかく、お前が今のツヴァイのファンネルを扱える事を信じるぞ。」

レイの言葉に疑問を抱くが、証拠が無い以上は何も出来ない。今はとにかくツヴァイをジャンヌらの元へ送る必要があると考えたジンクは、レイを急かすように言った。

「あの、所でジャンヌさんはどこにおられるか、分かりますか?」

これから合流するにも、彼女等の場所がどこにいるのかを把握する必要があった。レイはジンクに聞く。そして、ジンクは答える。

「宇宙だ。ポイントC-3宙域だったか……月面に近い位置にいる。そこにシュネルギアと新型の戦艦が合流していると聞いている。」

「分かりました……え……!?あれ……宇宙……ですか……?」

レイは耳を疑った。まさか、ジャンヌらがいる場所が宇宙だとは思いもしなかった為である。

「ああ。宇宙に上がった事はあるか?」

「いえ……初めてです……」

合流する先が、自身が上がった事すらない宇宙空間である事に、レイは戸惑いを覚えた。

レイにとっての宇宙は、無縁の場所であると感じていたからだ。地球で育ち、今まで何気ない日常生活を送って来たレイにとって宇宙は遠い存在である。しかし、ジンクの台詞により、今から彼は宇宙へ行かなければならない事となった。

(そんな、いきなり宇宙なんて……!上がった事すらないのに!どうしよう……)

躊躇うレイだが、宇宙へ上がらなければ皆と合流が出来ない。しかし宇宙は彼自身初めての空間だ。何が起こるか分からない。レイの中で、一気に不安が高まった。

「宇宙には始めて……か。無重力空間は地球とは全く異なる。MSの操作も、地球とは大きく異なる。それだけは留意しておけ。後は感覚だ。己の力を信じろ。」

「は、はい……!」

宇宙へ行かなければならないのなら、今は行くしかない。不安はあったが、レイは覚悟を決めている。ここで下がる訳には行かなかった。

(……あれ?どうやって宇宙へ行くんだろう?)

ふと、レイは思った。ツヴァイガンダム単体で、宇宙へ上がる事など出来るのだろうか――と。

普通、宇宙へ向けて大気圏離脱を行う為にはマスドライバー等の設備が必要となる。地

球上の戦艦が宇宙に向けて発進するときは、必ずマスドライバーを使う必要がある。そし

て、大気圏離脱の際の熱にやられないように、何らかの形で機体を保護しなければならな

い。

「宇宙へ行く方法が分からない……と思っているようだな。安心するがいい。ツヴァイにはMS用のロケットブースターを装着させる。」

「ロケットブースター……ですか?」

「今からそれを行う所だ。少し待っていろ。」

どうやら、ジンクが言うにはMS用のロケットブースターがあるらしく、それを使って今

からレイは大気圏離脱を行い、宇宙へ行くのだという。彼はツヴァイの脚部とロケットブ

ースターがドッキングするのを待つ為、レイは一度その場から離れる事となった。

 

30分後、改めてレイは格納庫に戻って来た。そこには、ロケットブースターが脚部に装

着されているツヴァイガンダムの姿があった。そしてそれはロケット台に装着されており、準備が完了していた。

「凄い……これを使って宇宙へ……?」

大型のロケットブースターの姿を見て、溜息を吐くレイ。その際、側にいたジンクがレイに対して言った。

「本当ならば大型シャトルに格納して宇宙へ上げる予定だったが、お前が乗るのならば

丁度試したい機能がある。あのファンネルを展開し、ビームのバリアーを作り、大気圏を離脱するのだ。

「……え!?最初からシャトルに乗せた方が良いんじゃ……?」

レイの言う通り言う事は正しかった。リスクを考えるのならば、どう考えても大型シャトルにツヴァイを格納させた方が良い。しかしジンクはあえてそれをしなかった。

「強化されたツヴァイのファンネルの力を試すいい機会だと思ったからだ。良いか、高

度75キロメートルの時点でファンネルを展開しろ。己の意思で、ツヴァイ全体を包むようにファンネルを動かせ。それで大気圏離脱が出来る筈だ。」

核心がある訳でもないのに、始めて扱う、強化されたファンネルの使用を強いられるレイ。この時、レイは更に不安を抱いた。

「嫌ならば降りても良いのだぞ。」

「……行きます。」

だがここで下がる訳にもいかない。レイはジンクの言葉を信じ、ツヴァイに乗り込む事

を決めた。高度75キロメートルでファンネルを展開という、その言葉だけを信じ、レイはごくりと唾を飲む。

「ああ、当たり前の事だが宇宙へ行くならばパイロットスーツの着用は絶対だ。増して

や、今回は大気圏離脱をする。少しばかりリスクが大きくなるから、特殊タイプのスー

ツを着てもらう。これで大気圏離脱時のお前の身体への負担は軽減される。」

そう言ってジンクは側近にパイロットスーツを持って来させた。

レイ自身、パイロットスーツには数回着用した事はある。だが宇宙に行くにあたって特殊なパイロットスーツを着用したのは初めてだ。その衣装は、古来の宇宙飛行士の宇宙服を想定させた。

やがてレイはそれを着用し、ツヴァイに乗り込む。バイオメトリクス認証を行い、網膜スキャンがレイの眼を照合する。

 

Scanning your eyes.

 

(宇宙に上がるんだ……これから……初めての……宇宙……)

いよいよ、レイは宇宙へ上がる。生まれて初めての宇宙。しかし、彼にとっての宇宙は

只の憧れだけではない。これから起こると考えられる、大規模な宇宙戦争。レイはその

渦中に向かい、仲間と共に戦うのである。

 

complete.

 

緑色のモニターが映し出された。この画面が表示されたという事は、ツヴァイは彼が動かすことが出来るという事になる。

 

ピピピピピッ

 

その時、ジンクから通信が入った。

「気をつけろ。ツヴァイの新型のファンネルは非常に強力だ。使いこなせるかは不安だが、とにかく、己の力を信じろ。後は健闘を祈る。」

自分の為にここまで準備をしてくれたジンクに感謝の言葉を述べ、レイはいよいよここから去ろうとしていた。

 新生連邦との全面戦争が終わってから時間が経ち、その間にレイは様々な悩みを抱えてきた。それらの悩みをどうにか抑え込む事が出来たレイは、仲間と共に戦う為に宇宙へ向かう。その先に何が待ち受けていようとも。

 

ドオオオオオオオオ

 

やがて格納庫の天井にある自動開閉シャッターが開かれ、太陽の光が地下の格納庫を照らした。それと同時にロケットのエンジンに火が灯され、そして――

 

ゴオオオオオオオオオオオオ

 

エンジンの轟音が、辺りに響く。やがてツヴァイガンダムと連結したロケットはアステル家の格納庫から離れれて行く――

 宇宙に上がるレイ。生まれて初めての宇宙だ。そこで何が待ち受けるのかは分からない。だが彼はこの先の世界を見る為に、行動に移した。自らの意思で、次の場所へ移ろうと決めたのだ。その決意は今までの物と比にならない。成り行きの世界とは違う、自分の意思の世界だ。

ここまで来た以上、彼は覚悟を決めなければならない。その覚悟が決まった時、レイの眼は開かれた。

 

 

 やがて、高度が75キロメートルに差し掛かった頃、レイは一度目を閉じ、意識を集中させた。

(高度75キロメートル……そこで……ファンネルだ……行け……!)

 

ピキィィィ

 

レイの脳内で電流が流れた……と同時に、ツヴァイの背部に搭載されているブリッツファンネルが一気に展開され、更にミニファンネルも展開され、計十八基のファンネルがツヴァイの周辺を包んだ。

「今だ!」

 

ピシュンッ、ピシュンッ、ピシュンッ

 

レイが叫ぶと同時に、ファンネルは突如ビームの共鳴を開始した。近くにいたファンネル同士がビームバリアーを作り出し、やがてそれは同じように広がって行く。一度作り出されたビームバリアーは、更に別のビームバリアーと共鳴を果たし、やがて最終的には巨大なビームバリアーへと成長を遂げたのである。

その大きさは推定5キロメートルに及ぶ。超大型のビームバリアーが、この時点で完成されていたのだ。

「すご……い……これが……ツヴァイの……力なの……?」

レイは自分の目を疑った。今までのツヴァイにはなかった新たなる力。それはファンネル同士がビーム粒子の共鳴をする、ビームリゾネートジェネレーターによるものだった。ファンネル内部に存在しているビームリゾネートジェネレーターが、別のリゾネートジェネレーターと共鳴し、ビーム粒子の展開力を広げていたのである。その数はブリッツファンネルが六基、ミニファンネルが銃に基、合計十八基のファンネルに及んだ。それらが一斉に共鳴した為、巨大なビームバリアーを展開する事が出来たのである。

 今、ツヴァイはそのまま大気圏を離脱しようとしていた。この時、ロケットブースター

は自動的に分離を開始した。そして――

 

 

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

 

ツヴァイガンダムは大気圏離脱に成功した。十八基のファンネル達が、ツヴァイの機体を守ってくれたのだ。

 この時、レイは無重力を感じていた。少しばかり放心状態になるレイ。思った以上に瞬く間の出来事であった為、レイは少し戸惑っていた。

「はぁ……はぁ……う……宇宙だ……凄い……これが……宇宙……」

レイは想像していた以上に、宇宙空間が何もない空間である事に驚いていたと同時に、その〝無〟とも言える何とも言えない空間を見てはっと息を飲んだ。それはどこか恐ろしく、そして、どこか神秘的だったのだ。

 ふと、レイは背後を見た。レイの眼に映っていたもの。それは、先程まで地に足を着いていたであろう、地球であった。レイは宇宙から地球を見た事など、今まで一度もなかった。暗闇である宇宙空間の中で、青く、美しいその惑星の輝きは、レイを感動させた。

(僕がいた世界ですら広いと感じていたけど……宇宙は凄い……僕がいた世界が、小さく感じる……地球は青かったって台詞があるけど……本当に、青い……綺麗で……この星にいっぱい人が住んでいるんだ……)

始めての無重力、初めての宇宙、初めての宇宙から見た地球。これらを感じて、レイは自分自身が如何に小さい人間であるかを認識した。この時、レイは静かに目を瞑っていた。無事に大気圏離脱が出来た事による安心が、彼をそうさせたのだ。

 

 

 

 彼が地球の姿を見て感動している頃、レイの乗るツヴァイの姿を補足した二隻の戦艦の姿があった。いずれも新生連邦軍の所属のヴィッシュ級巡洋艦であり、彼等は宇宙空間に位置機だけで存在しているツヴァイの存在に疑問を抱いていた。

「あれは……ガンダムタイプでしょうか?」

「あれには見覚えがある。国連との戦いで投入されていた強力なガンダムタイプだ。」

「あれがたった一機ということは、あれを破壊するか鹵獲するか。それによって戦況が変わるかも知れないですね。」

ヴィッシュ級の指揮官と艦長がブリッジ内で会話をしていた。その時、指揮官の男がニヤリと笑みを浮かべ、艦長に言った。

「よし、鹵獲だ。早速MSを出せ。最初に三機、そこから後続でMS隊を出す。」

「しかし、危険ではないですか?」

艦長の男が動揺しながら言った。

「あのガンダムは強力な力を秘めている。それを我が軍の物に出来れば我らが有利になるだろう。増してや、ガンダムは本来連邦軍の専売特許だ。それを奴に思い知らせてやれ。」

何故か強気のその指揮官。艦長はこの男の言葉に対し、静かに頷いた。

「最初の三機は陽動だ。後続の機体は各機捕獲用のビームネットを装備!奴が隙を見せた瞬間を狙え!」

指揮官が戦艦の中にいたクルーに命令した。それを聞いたパイロット達は出撃準備を始める。

そして、ヴィッシュ級のカタパルトからは陽動用の三機のMSが出撃した。指揮官機としてグランシェ、後続の機体としてジョゼフがモノアイを輝かせ、ツヴァイに迫る。

 

ピピピピピ

 

レイはツヴァイのレーダーに表示された熱源反応を知らせる音で目を開けた。レイはモニターを確認し、ツヴァイに敵機体が迫っている事を悟り、急いで操縦桿を引いた。

「あ……あれ……!?」

慣れない宇宙空間であるのか、思うようにコントロールが効かない。真っ直ぐに動いている筈が、何故かジグザグに動いてしまっている。武装を構える事は今まで通り可能なのだが、この状態では敵に接近する事が出来ない。

 焦るレイ。しかしその間にも、敵は迫って来る。グランシェはモノアイを輝かせ、ビームケーブルを展開し、ツヴァイに迫った。

「クッ!宇宙に来た瞬間に敵と戦うなんて!」

慣れない宇宙空間の上、早速登場した新生連邦軍。しかしここでやられる訳には行かない。レイは一刻も早くエリィ達と合流しなければならないのだから。

「なんだこいつ、動きが……」

「どういうつもりかは知らんが!」

二機のジョゼフはビームライフルを構え、連射する。グランシェは左腕部のシールドから、シュート・シューターを展開し、ツヴァイに迫った。

「ううっ!」

ビームライフルはバリアーフィールドによって防ぐ事が出来た。しかし、実弾兵器であるシュート・シューターの砲撃を避ける事は出来なかった。若干のダメージを受けるツヴァイ。それと同時に、レイは操縦桿を引き、ツヴァイのバーニアの出力を高めた。

「こんなところでやられるもんか……!僕はやらなきゃならない事をするんだ!」

 

ピキィィィ

 

再びレイの脳内に電流が流れ、ブリッツファンネルが展開された。宇宙空間でのそれらの動きは、大気圏内でのファンネルの動きと違い、動きが素早く、そして扱い易く感じられた。

 ビームリゾネートジェネレーターを搭載しているファンネルによるビーム砲撃は、非常に強力な性能を誇っていた。この高出力のビームにより、二機のジョゼフは瞬く間に破壊される。

「なんだと!?クソッ!」

残された隊長機のグランシェはビームマシンガンを連射した。だが、いずれもバリアーフィールドを展開しているツヴァイのブリッツファンネル、ミニファンネルによって無効化された。

「そこだっ……!」

再びレイはファンネルを動かした。そしてそれらは一斉にグランシェの元に迫る。逃げるクランシェ。レイはそれを見て追撃は止めようと思っていた。しかし――

「甘いな!」

グランシェはビームサーベルを腰から抜き、ツヴァイに対して接近戦を試み始めたのだ。移動する事は慣れていないレイ。このままではグランシェによって切り裂かれてしまう危険性がある。

「僕だって!」

その時、ツヴァイのカメラアイが輝き、右腰部に搭載されているメガビームセイバーを展開し、グランシェと打ち合いを始めたのだ。

「あえて下手糞を演じたか!ガンダム!」

グランシェは新生連邦の機体の中でも優秀な機体であり、いくらツヴァイとはいえ簡単に倒す事が出来なかった。外見は大型機体ではあるが、機動性が高い。ツヴァイがファンネルを射出しても、素早い動きで回避されていく。

「当たらない……!?」

ビームリゾネートジェネレーターを搭載しているブリッツファンネルだが、グランシェはこれらのビーム砲撃を全て回避し、ツヴァイに対してビームマシンガンで攻撃をする。ツヴァイは左腕部を差し出してバリアーフィールドを展開し、ビームマシンガンによる攻撃を防いだ。

「え……!?」

この時、ツヴァイのレーダーに別の熱源反応が映った。それを確認した後、レイは前方を見る。そこにはビームマシンガンを構えるグランシェの後方より、モノアイを輝かせたMS部隊が迫って来ているのが確認出来た。敵はたった三機だけではない事を把握したレイは、この状況を打開する必要があると考えた。

(このままここに居る訳にもいかない……早く……早くエリィさん達に……!)

宇宙に来てすぐに新生連邦と戦闘になったレイ。ただでさえ宇宙という、彼にとって異質な空間で不利な戦闘を強いられているのに、敵は数多い。その上機体はいくらバーニアの出力を上げても思うように動いてくれない。

 しかし、幸いな事にファンネルの動きは大気圏内よりも動きが機敏で、彼にとって扱い易いと言えた。この状況を打開できる武器。この時、レイはそれがブリッツファンネルであると確信した。

(ファンネルの動きは地球にいた時よりも機敏だ……なら、ここを突破するには!)

 

キシィン

 

彼がそう考えた直後、ツヴァイのカメラアイは輝き、そのまま敵のいる部隊へ直進し始めた。

「自ら引っ掛かりに来るのか!?手間が省けるな!」

そう言うのは、ビームネットを装備した後続のジョゼフやディーストに乗るパイロットである。彼等はツヴァイを捕獲する為のビームネットを展開する装置を持っており、展開されるとビームネットが展開し、掛かった機体はネットから流れる電流によって機体の制御が困難となる仕組みとなっている。

 飛んで火にいる夏の虫……今のツヴァイガンダムの行動を、その場にいた新生連邦兵は誰もがそう判断していた。

 

「行け……」

 

静かにレイはそう呟き、ブリッツファンネルを一斉に展開した。それらはツヴァイの周囲を取り囲んだ後、リゾネートジェネレーターにより、ビーム粒子の共鳴が生じ、巨大なビームサーベルの形状となって一斉にディーストやジョゼフに襲い掛かった。ツヴァイガンダムに搭載されているブリッツファンネルには、二基のミニファンネルが搭載されている。つまり、合計三基のファンネルが粒子の共鳴によってビーム刃の出力を上げ、新生連邦のMSを切り刻もうとしていたのだ。

 その、出力は大気圏内で居た時よりも段違いだ。ビーム刃のサイズも大気圏内と比較しても比にならない。如何に大気圏内での戦いではビーム粒子が減衰していたのかが伺えた。

「なっ!?」

気がついた時にはもう遅かった。ビームネット発生装置を持ったディーストは次々とファンネルによって切り裂かれ、破壊されていった。焦りを感じた他の兵士はファンネルに対してビームライフルやビームマシンガンを一斉に発射する。だがそれらは全て弾かれてしまう。

「効かないだと!?ファンネルにもバリアーフィールドが張られているのか!?」

以前のツヴァイのブリッツファンネルにはバリアーフィールドジェネレーターが搭載されていなかった。以前のツヴァイが展開できるバリアーフィールドは両側の前腕部のみで、そこに存在するバリアーがビームライフル等のビーム兵器からの攻撃を防いでいた。しかし、今はブリッツファンネルにもバリアーが搭載されており、防御面においては大幅に上がったと言える。

 ビーム兵器を一切受け付けないブリッツファンネル達。それらは仕返しをせんばかりに、高出力のビームを放出し、ビーム砲撃をした新生連邦のMSを倒していく。

「これじゃ打つ手が……」

「接近戦に持ち込めば良い!」

「ダメだ!接近戦に持ち込んでもあのファンネルが邪魔をしてくる!」

「あいつは化け物かよ!?」

「冗談じゃねえぞオイ!?」

新生連邦の兵士達が困惑する中、レイは飛翔体を巧みに操り、前進していく。段々と宇宙空間での操縦に慣れてきたレイ。それは彼自身のMSを操る才能の高さが、短期間での慣れの速さに影響しているのかも知れない。

 ツヴァイのブリッツファンネルは六基。その取り巻きのミニファンネルは二基。計十八基のファンネルが存在している。レイはこれらのファンネルの内、半数をバリアーフィールド

用に展開し、もう半数は敵が迫って来た時の砲撃用として展開し、そのまま前進する。

 

 

 ツヴァイの姿を確認したヴィッシュ級巡洋艦二隻は、ツヴァイに向けて一斉射撃を開始した。

「ガンダム、こちらに接近してきます!」

「突破されたのか!?単機でMS部隊を突破など……クッ!捕獲などと考えているのは間違いのようだな!奴を墜とせ!これ以上突破を許すな!ここで我々が食い止めるんだァ!」

指揮官は懸命に指揮を執り、ヴィッシュ級に搭載されている武装を全て展開して攻撃していく。しかし主砲のビームはツヴァイに直撃してもバリアーフィールドで防がれる。ならばと言わんばかりにミサイルも撃ち尽くす勢いでツヴァイを狙うが、ツヴァイの周辺を回っているブリッツファンネル達がミサイルを、ビームの共鳴によって出力の上がったビーム砲撃を行い、ヴィッシュ級から放たれたミサイルは全て消失した。

「ミサイル、全滅です!」

「馬鹿な!?」

「敵機、尚も接近!」

「ビームも効かない、ミサイルも効かない……じゃあ何で奴を止められるというのだ!?」

「わ、我が艦の武装では……恐らく止める事は――」

「ふ、ふざけるなァァ!!!」

困惑し、焦りを表情に見せる指揮官。その間にもツヴァイは更にヴィッシュ級に接近する。そして――

「ごめんなさい……でも……僕は……行かなきゃダメだから……」

そうレイが呟いた後、ブリッジと擦れ違う際にメガビームセイバーを腰から抜き、ブリッジを切り裂いた。

 

                    ズバァ

 

「無敵なのかあああああああああああアアアアア――!?」

ブリッジでは指揮官の断末魔が響いたと同時にヴィッシュ級のブリッジは破壊され、その後ツヴァイのファンネルが放ったビームが艦を撃ち抜き、破壊された。それは二隻共に同様である。レイは前進しながらファンネルを展開し、殆どをその力で新生連邦のMSを撃破したのである。

「エリィさん達が居る場所……探さなきゃ……」

瞬く間にヴィッシュ級宇宙巡洋艦二隻を撃墜したツヴァイ。ブリッツファンネルに搭載されたリゾネートジェネレーターは、彼が想像していた以上の猛威を奮ったのである。やがてブリッツファンネルは元の場所へ戻って行き、ツヴァイはそのまま宇宙空間へ消えて行った。

 

 

 

 この時、アルバトスとシュネルギアをはじめとしたFPBは新生連邦軍と交戦していた。宇宙に上がった後に最初に国連軍と交戦し、勝利を収めたFPB。それから数日が経過した頃に、新生連邦の大型MAの存在が明らかとなった為、これを叩く作戦に出ていた。

そのMAの名前はディブロック。先のFPBと国連との戦いで砲撃を行った機体である。

「まさか新生連邦はあんな巨大MAを隠し持っていたなんてね……」

ギアが言った。その側にいたジャンヌは、ディブロックの姿を見て口を開く。

「あれを放置しておく事は危険です。先日の砲撃は恐らくあのMAから放たれたものでしょう。」

「戦力は地球での本拠地を叩いた時に削げたと思っていたが……考えが甘かったようだ。伊達に戦力増強を行っていないか、レヴィー・ダイル……」

ヴァイダーガンダムを叩いた後で、ロサンゼルスに位置する新生連邦総司令部を占拠した国連軍。これにより、地球での戦力は大きく失われ、宇宙へ脱出する事を強いられた新生連邦だったが、彼等は宇宙にも巨大な兵器を隠し持っていたのである。その内の一つがディブロックであった。

「各MSに伝達。巨大MAの射線上には絶対に近付かないで下さい。現在は動く様子を見せていませんが、いつ起動するのかは定かではありません。」

ジャンヌはFPBの戦士達全員に伝達した。その後静かに艦長席に座り、シュネルギアを前進させる。

 

 

 

ジャンヌの言葉を聞き、FPBの戦士達は新生連邦と戦い始めた。超大型MA、ディブロックは危険な兵器であり、それを破壊する事が今回の作戦の目的だ。

「俺の新しいMSのデビュー戦か……果たして、どうなるやら。」

ガーストが言った。彼の乗る機体は、ハイエッジカスタムである。国連が所持するハイエッジと違い、カメラアイはモノアイタイプを採用し、両肩には有線式のビームニードルが装備されている。カラーリングは、エスディアと同じ紺碧色系統のカラーを採用。完全に彼オリジナルのMSとして生まれ変わった。又、ビームライフルも元々の切り替え式ではなく、ライフルに固定。戦況に応じた戦闘は難しくなったが、その代わり高出力のビームライフルを撃つ事が可能となった。

「やっぱりデウス出身の俺にはモノアイMSがしっくり来るか……っ、敵か!」

ハイエッジカスタムの初陣であるガースト。彼が前方に移動していると、後方から熱源を探知。振り返ると、ハイエッジカスタムに迫って来ていたのはジョゼフが二機とエグゼマーが二機であった。

「いきなりだな……行けっ!」

 

ピキィィィ

 

ガーストの脳内で電流が流れたと同時に、ハイエッジカスタムの両肩に搭載されている有線式ビームニードルを展開し、新生連邦のMSに向けて襲い掛かった。それらは瞬く間にジョゼフ二機のコクピットを貫き、撃墜した。

「ナルホドね、こんな感じね。」

得意げになるガースト。更に彼の乗るハイエッジカスタムは高出力のビームライフルでエグゼマーを撃ち抜く。その一撃で、エグゼマーは破壊された。そして残り一機のエグゼマーに対してはビームサーベルで切り裂き、破壊した。

「軽い、軽い」

得意気になるガースト。彼は新たなる機体を操り、敵を倒す事が出来て満足している様子だった。

しかし、彼の前にブライティスガンダムが高速で過った。アレンが前に現れたのである。ブライティスはブリッツファンネルを八基展開し、一瞬の内に新生連邦のMSを破壊したのである。

「あいつ……またあの戦い方……」

ブライティスは容赦なく、新生連邦のMSを撃墜していく。ブライティスに迫るMSの姿もあったが、いずれもブライティスのブリッツファンネルの標的にされ、撃墜されている。

(今のあいつに話さない方が良いか)

ブライティスが敵を倒していることは、FPBにとって有利な出来事である。しかしガーストは、彼の友人であるが故に、それを誇りに思う事が出来なかったのだ。寧ろ、違和感しか残らなかった。

 

 

 

「やあああっ!」

同じ宙域の別の場所で、アインスガンダムを操っているのはスバキである。白く塗り替えられたアインスガンダムは強力な拡散ビーム砲を装備し、新生連邦のMSに立ち向かう。

彼女の前に、二機のディーストが出現した。いずれもビームライフルでアインスを狙うが、アインスは新武装である拡散ビーム砲を展開し、牽制する。そして接近戦を持ちかける為にディーストに接近し、擦れ違う際にビームサーベルを展開し、ディーストのコクピットを切り裂いた。

「よしっ!」

有頂天になるスバキ。だが、その様子を一機のジョゼフが狙っていた。前腕部のグレネードランチャーを発射し、アインスに襲い掛かる。死角からの攻撃だった為、レーダーに映る熱源を感知するまでスバキは気付かなかったのだ。

「敵!?早過ぎるッ!?」

急いで回避を試みるが、グレネードランチャーのスピードは彼女の想定以上に速い。このままではやられると判断したスバキは、本来であれば拡散ビーム砲である、ビームシールドを展開して、ミサイルを防ごうとしていた。

 

                 バシュゥゥゥ

 

その時、彼女の目の前でビーム粒子に寄る放物線が放たれた。静かに、目を開けるスバキ。そこにあったのはアステリアだった。そして、中にいるパイロットの台詞を聞き、彼女は驚く。

「よぅ、間一髪だったな。」

「お前……えっと、確か……」

「ファージだよ。ファージ・ネイヴァン。若いんだから名前ぐらい忘れないでくれよな。」

「あ……ああ……あのチャラ男か……」

スバキらが宇宙へ上がる前、デスゲイズとの死闘の際に果敢にも立ち向かった、お調子者の男、ファージ。彼は宇宙に上がってから本格的にアルバトスやシュネルギアを母艦とした部隊の人間として戦う事になったのである。

「良い機体なんだからさ、簡単に傷付けんなよ!俺だってやられる気はないけどな!」

ファージはそう言った後で通信を切り、敵のいる場所へ向かって行った。スバキはその後ろ姿を見て、唖然としていた。

 

 

 

 新生連邦の月周辺の小惑星基地内にて。そこにいたエファンはディブロックに乗るパイロットに対して連絡を取った。

「そろそろ動け。その巨大MAの実力、奴等に見せてやれ。」

「了解です、ドゥーリア少佐。」

ディブロックに乗っていたのはクラリスだった。だが、約300メートルはあろうこのMAを一人の人間が操る事等、本来ならば不可能に等しい。しかしクラリスはこのMAを一度操った。以前はプラズマカノンの試射だったが、今回は実戦である。

「クラリス・デイル、ディブロック、行きます。」

 

ビゴォォォン

 

彼がそう言った直後、モノアイが輝く音が鳴り響き、ディブロックはその巨体を戦場に向けて発進した。

(さて、どこまでやれるか見物ではあるな。)

エファンは指令室で静かに、そして不気味に笑みを浮かべた。

「おい、何故俺を出さない!?」

そう言うのは、エファンの側にいたダウーラだった。彼はエファンに出撃の許可を与えられず、苛立ちを募らせていた。

「あのMAが少しでも苦戦をしているようならば出撃すると良い。」

「あのなぁ……俺は高みの見物に宇宙に来たんじゃねえぞ?イライラするんだよ……」

そう言って、ダウーラは壁を思い切り蹴った。それでも、エファンは動じる様子を見せず、ダウーラに言う。

「お前が今回搭乗するMSはグランシェだ。それに乗れ。」

「じゃあ早く乗せろ!!!」

「無理だ。簡単に戦力を失う訳には行かんからな。」

「ちぃ……!」

ダウーラは歯を噛み締め、悔しさを露にしたが、エファンに刃向う事は一切しなかった。彼は、エファンの恐ろしさをよく知っているからである。

(何も知らない人間に対しては容赦なく襲い掛かるこの男……しかし私には口だけは偉そうだが一切行動を起こさない。気は短くハタ迷惑に感じるが、自分より強い人間の事は理解しているな。最初は異常な人間だと思ったが、そう言った意味ではこの男は特殊強化モデルの中では成功の部類に入るのかも知れないな。)

エファンはダウーラの様子を見てそう思った。その間にも、ダウーラはエファンを睨んでいるが、それでも彼はダウーラを攻撃する事は一切しなかった。

 

 

 

 エファンらが指令室で会話をしている頃、クラリスはディブロックを操り、FPBに迫る。

「動きだしたのか!?このMA!」

ディブロックの動く姿を見て焦りを覚えるFPBの兵士達。彼等の乗る機体はヴァントガンダムが大半を占めており、まともな武装を持った機体が少なかった。

 ディブロックに向けてビームライフルを撃つ彼等だが、ディブロックには機体全体にバリアーフィールドジェネレーターが張り巡らされており、ビームは一切通用しなかった。

「効かねえんだよっ!」

その時、ディブロックから無数のブリッツファンネルが展開された。それと同時に、大量のミサイルが一斉に展開され、ヴァントガンダム達に襲い掛かった。

「う、うわああああああああ!!!」

無数のミサイルは熱源としてレーダーに映るも回避が間に合わず、ヴァントガンダムは次々と破壊されていった。無論ミサイルだけがディブロックの脅威ではない。五十基もの大型ブリッツファンネルから放たれる高出力のビームも脅威の一つだった。

「消してやる……!」

そう言うのは、ディブロックを操縦するクラリスだった。強化されている彼はエファンの操り人形となり、迫るFPBのMSを破壊していく。

 その時、ディブロックのモノアイが輝き、それと同時に巨大なクローアームが二本出現した。直径にして20から30メートルはあろう、その巨大なクローは、前方に居たヴァントガンダムに対して襲い掛かり、掴まれた機体は爆散した。

「化け物め!ビームが一切通用しないなんて!」

FPBの兵士達は焦っていた。ビームが無駄ならばミサイルを撃つしかないと判断した、ヴァントガンダムに乗る兵士は脚部のミサイルを展開し、ディブロックに向けて集中砲火を浴びせようとした。しかし――

「小賢しいんだよ!全部消し去ってやる!」

そう言って、ディブロックに乗るクラリスは再びファンネルを展開し、ミサイルに向けてビームを放ち、それらを破壊していった。その場にいたヴァントガンダムは一度交代する為にディブロックから背を向けたが、その瞬間にファンネルから放たれるビームによって破壊された。

 

 ディブロックの出現により、状況が不利になりつつあったFPB。アレンはその存在を脅威に感じたのか、ディブロックに向けてブライティスを向かわせようとする。しかし、彼の邪魔をするのが他の新生連邦の機体だ。ジョゼフやディーストなどといった機体がブライティスに接近し、ビームライフル等の攻撃を仕掛けてくる。

「邪魔だ……っ!」

これらの機体を一気に殲滅しようと考えたアレンは再びブリッツファンネルを展開し、接近する全てのMSに対してビームを撃ち、撃墜した――

 

     ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

「!?」

突如、巨大なプラズマキャノンがブライティスの前に迫って来た。今のブライティスにはこれを防ぐ術は無い。アレンは急いでこの攻撃を回避し、再びディブロックへ向かおうとするのだが、今度はディブロックから放たれる無数の飛翔体が邪魔をする。

「クッ……!」

あまりの数の多さに、流石のアレンも苦戦を強いられた。回避するだけでは限界だと感じたのか、バリアーフィールドを展開しながら彼は後退していく。

「クソッ、こんな奴に……!」

多量の兵器を搭載しているディブロック。中でもファンネルの数が圧倒的に多く、ブライティス自身の装備だけでこの巨大MAに挑むのは無謀とも言えた。

 離れていても高出力のプラズマキャノンやクローアーム等の武器で攻撃してくる上に、近付こうにも無数のミサイルやファンネルといった武器が迫ってくる。様々な距離に対応しているこのMAは、今のFPBにとって最大の難関とも言えた。

 

 

 超大型MAの存在を脅威に感じているのがアルバトスやシュネルギアである。今、これらの戦艦は新生連邦の宇宙戦艦であるヴィッシュ級との戦艦同士の戦いを繰り広げていた。ヴィッシュ級は大型ミサイルをこれらの戦艦に向けて発射する。一方でこれらに対し、ジャンヌはエリィと連絡を取って話し合っていた。

「エリィさん、敵艦のミサイル攻撃の後にミサイルを発射して下さい。私達もそれに乗じて相手の艦を叩きます。」

「了解です!」

ジャンヌの提案により、ミサイルによる迎撃を行う事になったアルバトスとシュネルギア。彼女等の乗る戦艦はこのミサイルに対して対空レーザー砲で迎撃し、次にジャンヌが提案した、ミサイルによる砲撃をヴィッシュ級に向けて実施した。二艦による多量のミサイルがヴィッシュ級に向けられ、これらに対してレーザー砲を撃つのだが、これらの攻撃だけで二艦のミサイル砲撃を防ぎきる事が出来ず、ヴィッシュ級は撃墜された。

「よし!」

ガッツポーズを小さく決めるエリィ。しかしそこへ新生連邦のグランシェがブリッジに姿を表した。モノアイを輝かせ、ビームマシンガンを向ける。

「しまっ――」

油断した――と思うエリィ。彼女は思わず、目を瞑った。

 

                 ガキィィィ

 

「!?」

「やらせるかぁ!!!」

アルバトスのブリッジに向けてビームマシンガンを構えていたグランシェに対し、アインスガンダムが突撃してこれを妨害した。急な攻撃に動揺するグランシェのパイロット。それに対し、アインスはビームライフルを連射した。しかしグランシェはビームシールドを展開してこれらを防ぎ、ビームケーブルを展開し、アインスに襲い掛かった。

「そんなモンに当たるか!!」

スバキはビームケーブルに対し、ビームサーベルを展開して切り裂こうとしていた。だが彼女が思っていた以上に、グランシェのビームケーブルの動きが早かった為、見極める事が出来なかった。その為、ビームケーブルはアインスの右脚部を損傷させる。

「ぐぅぅっ!」

調子に乗り過ぎた……と思うスバキ。しかし、グランシェは容赦なくアインスに襲い掛かる。今度はビームサーベルを展開し、接近戦を試みた。それに対し、スバキは

「まさかの接近戦か!でもそう簡単にはいかないんだよ!」

スバキは一度口周辺を舌で舐め、敵の行動を見た。グランシェはビームサーベルを持って今にも切り掛かろうとする。しかしスバキはこれを見ても逃げ出す様子を見せず、寧ろそれを狙っていたかのように悠然としていた。

「よし!」

そしてグランシェがアインスに大幅に接近してきた時、アインスはシールド型拡散メガビーム砲をビームピッカーとして展開し、グランシェを突き刺そうとしていた。しかし、グランシェはそれに気付いたのか、急いでシールドを構え、そのまま高出力のビームをアインスに向けて発射したのだ。

「う、うわああ!?」

急な攻撃に対し、シールドを展開するアインス。どうにかこの攻撃を凌いだが、反動があまりに大きく、少しの間機体が動かなくなった。

「く……うう……」

戦場で機体が動かなくなることほど危険な事は無い。彼女が反動によって苦しんでいる間にも、グランシェは彼女を殺そうと迫って来ているのだ。

「……!?ミサイル!?大量に!?」

その時、ディブロックから大量のミサイルが一斉に展開された。この周辺にいるFPBに向けて一斉に射撃を行ったのだろう。その数、実に二百五十基。一つ一つを迎撃していては埒が明かない数である。

 

「ジャンヌ様!大量のミサイルが一斉にこちらに向かってきています!」

「迎撃を!」

ディブロックから放たれる無数のミサイルはFPBを殲滅させる為に向けられている。当然抵抗するFPB。それらのMSはビームライフルで応戦するが、それでも撃ち落とせる数は限られてくる。戦艦の場合は主砲などを使い、ミサイルを迎撃していくも、更なるミサイルがディブロックから発射される為、埒が空かない。

「あのMAにはプラズマカノンがある筈なのに……何故一気に勝負を決めないのでしょうか?」

この時、ジャンヌは疑問に感じていた。こちらを狙うのならば明らかにプラズマカノンを撃てば勝負がつく。しかしディブロックはミサイルばかりを撃ち、プラズマカノンを撃たない。そのミサイルに対し、FPBはひたすら迎撃ばかりを行う。

「消耗を狙っている可能性があるかも知れないね。」

「消耗……ですか。」

「ひたすら迎撃をさせ、エネルギーを枯渇させた後で一気に勝負を決めてくる可能性があるかも知れない。」

ギアが言った。彼の読みが正しければ、ミサイルの為に主砲のビーム粒子を使う訳には行かなくなる。焦りを感じ始めたジャンヌは、このミサイルを迎撃する方法を考え始める。

(こちらの武器が消耗するように相手が仕向けているのだとしたら……厄介ですわね……)

彼女が考えている間にも、ミサイルはこちらに迫ってくる。だからと言って迎撃し続けていてはそれこそ相手の思う壺。彼女は、ただひたすら考えた。この状況の突破口を。

「ジャンヌ様!大型の熱源を確認!」

「熱源……ですか?」

シュネルギアのレーダーに、一つの熱源が映った。そして、そこから大型の熱源が確認された。

 

     ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

一瞬の出来事と言えた。無数のミサイルを、一瞬で一筋のビームが消し去ったのだ。レーダーに映った熱源によるものなのだろうが、この時何が起きたのか、ジャンヌ達は把握出来ないでいたのだ。

「ミサイルが一瞬で……あ……あれは……?」

「ま……さか……?」

ウインドウに映る、機の白いMS……無論、その姿はシュネルギアからのみ見えるものではない。この宙域にいる者皆が、その白いMSの姿を見ていた。

「嘘……あれって……」

アルバトス内のエリィが言った。

「誰が乗ってるんだ?」

ガーストが言った。

「あれ、まさか……いや、そんな……?」

スバキが言った。

「一体誰が……まさか……?」

ネルソンが言った。

この場にいた誰もが驚愕したMS。その機体はブリッツファンネル同士を共鳴させ、高出力のビームを放ち、数え切れない程のミサイルを一瞬で、全て撃墜したのである。

 

「あのMS……まさか……あいつなのか……!?」

ディブロックのパイロットのクラリスはその機体を見て苛立ちを見せていた。出血しそうな程に手指関節を屈曲させ、その機体に対して怒りを露にした。

「レイ……!あいつ……!!」

クラリスがその機体を見て、レイと名前を挙げた。つまり、ディブロックが放ったミサイルを全て撃墜したのはレイのおかげと言う事になる。

 今、この場に改修されたツヴァイガンダムが増援に駆け付けた。中にいるのはレイ・キレスである。ディブロックという名の巨大MAによって支配されたこの戦場に、白い光が介入するのであった。




第九十五話、投了。
宇宙に上がったレイ。新たに授けられたツヴァイはファンネル同士を共鳴させ、ビーム粒子の出力を増大させる、リゾネートジェネレーターを搭載している、ツヴァイガンダムだった。


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第九十六話 宇宙のレイ

宇宙に上がり、FPBと新生連邦軍が衝突する宙域に介入するレイ。
巨大MA、ディブロックとの死闘が始まる。


 FPBと新生連邦が戦闘を行っている頃。国連の一部の部隊がある行動を起こそうとしていた。彼等はギルス・パリシムのやり方に反対している者達であり、国連を抜け出し、FPBとして戦って行こうと考えていたのだ。

「貴官は以前にギア・ジェッパーが言っていた言葉を覚えているか?」

それは国連軍の戦艦であるリューチェ級宇宙巡洋艦のブリッジ内で繰り広げられた。艦長の男と、モニター越しの指揮官の男が国連のやり方に対して不満を抱いている様子だった。

「ギルス・パリシムによる独裁……ですか。」

「あの演説の後、ギルス・パリシム議長は否定した。しかし……俺はどこかあの議長の言動が引っ掛かると思った。貴官はどう思う。」

「正直、あのギルス・パリシム議長には以前から疑問はありました。もしギア・ジェッパーの言葉が本当ならば、これは大変な事ですよ。国連を我が物にしようとする野心家。そのような存在が現在の平和国連盟のトップにいるという事は非常に危険な事ですからね。」

「そうか。なら、どうする。」

指揮官は艦長の男に判断を求めた。

「……我々はFPBの元へ、向かいます。」

「それが良いと、貴官は判断したか。俺と意見が一致したな。まあ、あそこにはアレン・レインドやジャンヌ・アステルといった人間がいる。若いながらに多くの戦場を生き残って来ており、国連に何度も協力してきた者達だ。ギルス・パリシム議長が怪しいと思うなら、抜け出すのもありではないかと俺は考える。」

「……意見が一致した事は良いと考えますが、この先我々はどうすれば良いでしょうか。」

指揮官の男は一旦目を瞑り、考える動作を見せた後、艦長の男に言った。

「艦隊を編成し、国連軍事基地から抜け出せ。追撃があればそれに応じるようにする必要がある。貴官らが先にFPBに合流し、俺も後から合流する。成功すれば連絡を寄越すように。」

「ハッ。」

この時、彼等はFPBに入隊する事を決心した。国連を裏切り、FPBと共に混迷の戦場を戦い抜こうと決めたのだ。

「では、手配を済ませる必要がありますね。」

「ああ、そこは頼んだ。健闘を祈るぞ。」

それから艦長の男は周辺のリューチェ級三隻に、これからFPBへ向かうという事を伝えた。それらに対して反対する者はほぼ皆無と言っていい程いなかった。彼等はFPBに寝返り、共に戦って行こうと決心を決めていたのである。

 

 だがある、宇宙空間にて。ある隕石の裏側に、一機の黒いMSが存在していた。その機体のパイロットはインカムを耳に当て、その動作をしながら周辺に敵機体がいないかを確認している。

「ハッハッハッハッハ……成程なァ……こいつァ結構、カオスゥな展開が期待出来ちゃーうかもしんねーなぁ!」

何故そのパイロットは笑ったのかは定かではない。彼はその隕石裏でインカムを耳に当てた状態で、待機していた。そのパイロットは何を考えてこのような行動を起こしたのか?

 

 

 

ツヴァイガンダムが戦場に出現し、ディブロックから放たれたミサイルを一瞬の内に葬り去った。その際ツヴァイはカメラアイを輝かせ、ディブロックの方を見る。

その時、ツヴァイのモニターに回線が入った。レイは回線を開き、そこにいた人物に対して応答する。

「こちらはエリィ・レイス。貴方、やっぱりレイ君なのね!」

「お久しぶりです、エリィさん。来ちゃいました……。」

新生連邦本部攻略戦の後、一度は仲間と分かれたレイ。しかし彼は様々な体験をした後に、エリィと再会する事となったのである。

「……でもごめん、今は再会を喜んでいる場合じゃないのよ。」

「分かってます。僕も、戦います!」

「戦いが終わればまた、話をしましょうか。」

そしてエリィとの会話は終わり、レイは再びこの戦闘中域で戦う為に行動を始める。ツヴァイが放ったブリッツファンネルは常にツヴァイの周囲を漂っており、いつでも本体であるツヴァイをビーム砲撃から守る準備が出来ていた。

 

 ツヴァイの姿を見たスバキの表情は笑顔だった。先程までの険しい表情はどこへいったのだろうか、そのまま彼女の駆るアインスはビームサーベルを展開し、先程戦っていたグランシェに対して攻撃を仕掛ける。

「あいつが戻って来たんだ!どういう理由かは分かんないけど!こっちもやる気が上がって来た!!」

アインスのビームサーベルに対し、グランシェもビームサーベルを展開して打ち合いを行う。この時、グランシェはビームケーブルも展開し、アインスに襲い掛かる。

「しまっ……!」

急な攻撃だった為、対処が遅れたスバキ。急いで回避を試みるが、ビームケーブルのスピードは彼女が予想する以上に早い。

「クッ……!」

ビームケーブルはアインスのコクピット目掛けて迫ってくる。だが今のスバキではこれを回避する事は難しかった。

 

                  バシュゥゥゥゥゥ

 

そこへ一筋の光の粒子が通過した。ビームライフルがビームケーブルを貫いたのだ。光線が放たれた先を見る。そこにいたのはネルソンの駆るハルッグであった。

「大丈夫か、スバキ。」

「あ……ああ……なんとか……」

ネルソンの援助により、再びスバキは戦う態勢を作る事が出来た。今度はグランシェの至近距離まで接近し、肩部に搭載されているミサイルを展開する作戦に出た。

「うおっ……!」

至近距離で展開されたミサイルに、グランシェは対処が出来なかった。その為、ダメージをまともに受ける。だが外部装甲が丈夫だった為、大きなダメージは受けていない様子だった。

 しかしグランシェのパイロットは油断していた。急なミサイル攻撃で動揺したのだ。その隙をスバキに突かれてしまい、シールドから展開される拡散ビーム砲の至近距離での砲撃を許してしまったのだ。

「う……わあああ!」

零距離ともいえる距離でそれらを放たれ、グランシェは破壊された。どうにか強敵を倒したスバキは、ネルソンに無線で連絡を取る。

「ありがとう、あんたがいなきゃ死んでいた。」

「無理はするなよ。」

「負けられないよ、あいつも帰って来てるんだ……こんな所で!」

レイがいる……それだけで彼女はやる気を出している。彼女は次の敵機を撃墜する為、アインスのバーニアの出力を上げ、この場から移動した。

「しかし……何故レイが……?」

残されたネルソンはディーストを撃墜しながら、この場に現れたツヴァイの存在に疑問を抱いていた。以前に分かれた筈のレイがこの場にいる……これは一体どういう事なのか、彼は戦闘に集中しつつも考えていた。

 

 レイの駆るツヴァイガンダムはカメラアイを輝かせ、アルバトスに迫って来ているエグゼマーの小隊に向け、ビームライフルを連射し始めた。高出力のそれらをまともに浴びたエグゼマーは一撃で破壊される。急な攻撃に気付いたその小隊のエグゼマーは、標的をツヴァイに変えた。

「ガンダムかっ!」

エグゼマーはビームライフルを撃つのだが、ツヴァイはブリッツファンネルを展開してバリアーを作り出す。それにより、ビームは弾かれた。ビームが弾かれたのを確認したレイは、そのエグゼマー部隊に対してファンネルから放たれるビームで攻撃した。 

その結果、一瞬でエグゼマー部隊は壊滅。ツヴァイは圧倒的な力を見せ付けていた。

「レイなんだろ!?」

その時、レイのコクピットに聞き覚えのある声が聞こえてきた。通信回線を開くと、そこにはガーストの顔が映っている。

「久しぶりじゃないか!まさかお前がここにいるなんて……」

「お久しぶりです、ガーストさん!怪我は治ったんですね!」

以前、ダーウィンでの戦いで重傷を負ったガースト。それから一度も彼はMSに乗っていなかったが、宇宙戦より、再び戦場で戦う事になったのである。レイは元気なガーストの姿を見て、一安心していた。

「機体も変わったんだよ!お前が来てくれりゃ、状況は変わる!なんでここにいるかは知らないけど、今はとにかく敵を倒すぞ!」

「はい……!」

そして通信は切れた。その直後にツヴァイはバーニアの出力を上げ、ブリッツファンネルを全て輪状に展開する。

「エリィさん達は僕が守る……!」

その時、彼の頭の中で電流が流れた。と同時に、全てのブリッツファンネルがエネルギー共鳴を開始した。

やがてエネルギーが十分に充填され――

 

「行けっ……!」

 

レイがそう言った直後――

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

計十八基のブリッツファンネル全てがエネルギーの共鳴を行い、そこから高出力のビームが放たれた。その出力は戦艦の主砲レベルなど、容易く上回るレベルのものである。それ程に凄まじいビームが、前方にいたMS部隊に対して放たれたのだ。

 

「大型の熱源感知!こちらに向かってきます!」

「何!?各機、分散しろ!」

MS部隊の指揮者がそう言うものの、高出力のビームのスピードにMSの機動性が追い付かず、ビームに巻き込まれて消滅するMSが多数存在した。

「うわああああ!」

無数に広がる断末魔は宇宙に木霊し、散って行った。ツヴァイが放ったその一撃は新生連邦の戦力を大きく削ぐものとなったのである。

「凄い……あれにあんな武器あったか……?」

その様子を遠方で見ていたガーストは、ただ唖然としていた。明らかに今までのツヴァイガンダムとは違う。あれ程強力な武装は持っていなかった筈だ……と彼は思っていた。

 

 

 ブリッツファンネル同士のエネルギーが共鳴する事で放たれた、膨大なビーム粒子。この砲撃を見ていたエファンは先程まで浮かべていた笑みを消した。

「ん……敵も随分と大胆な攻撃をするな……どこからの攻撃だ?」

「そ、それが……MS単機による攻撃の模様です!」

「ほぅ、単機であれ程のビーム砲撃……か。」

一瞬でMSの部隊を壊滅に追い遣った謎のビーム。その正体が気になったエファンはモニターを確認した。そして、そこに映っていた一機の白いMSと、周辺に存在しているファンネルの姿を見て彼はニヤリと笑った。

「成程な、ファンネルの形状が変わっている。あれは粒子そのものを共鳴させているシステムのようだな……それにしても、久し振りに見るな……レイ・キレス。」

彼は一目見て、ツヴァイガンダムが強化されている事を見抜いた。それが出来た理由としては、彼自身がMSの開発に携わっている人間故の洞察力なのかも知れない。

 その時、エファンは一度眼を瞑り、数秒程経った後で再び眼を開けた。すると、急に口を開け、

「状況が変わった。ダウーラ。行け。」

それまで出撃の許可を出さなかったエファンだったが、ツヴァイガンダムの存在を見て急にダウーラに出撃許可を与えた。予期せぬ出来事にダウーラは最初動揺するが、次第に彼は満面の笑みを浮かべ、言った。

「おぉ……マジか……そいつぁありがたい……」

床に胡坐を掻いて座っていたダウーラは早速立ち上がり、その場から出ようとするが、エファンに止められる。

「だが条件がある」

「んだぁッ!?イラつくなァ!」

上機嫌で MSに乗ろうとしていた所を止められた為、ダウーラは睨むようにエファンを見た。

「お前が以前戦った白いガンダムタイプ。奴とのみ戦え。そして機体を破壊されないようにして生き残れ。必ず生き残って帰ってこい。それさえ守れば後は好きに戦え。もし守れなければ、どうなるか分かっているだろうな。」

ダウーラに好きに戦わせてやる代わりに、戦う相手は一人に絞るようにエファンは言った。

「ターゲットはあれのみ……か。悪くない。俺は強い機体と戦いたかったからな。白いガンダムは俺に屈辱を与えた……いいだろう、その条件で戦わせて貰うぜ。」

その直後にダウーラは走り去るように部屋から姿を消した。それを見送ったエファンは腕を組み、ドアの方向を見て考えていた。

(ダウーラがあのガンダムタイプと戦い、生き残ることで戦闘データを持ち帰る。そしてそのデータはあの機体に流用出来るからな。私が行けば早いのだが、奴が戦いたいという以上はそれを利用する他にない。所詮奴は使い捨てだ。私に害は一切ない。)

エファンはダウーラの心理を理解した上で彼に出撃許可を出したのだ。ダウーラは戦いたがっていたがエファンはそれを許さなかった。しかしツヴァイが新武装を持って現れた事で、その戦闘データを得る必要があると判断し、丁度戦いたがっていたダウーラを利用し、戦場へ送り込んだのである。上手くいけばデータが得られ、仮に失敗しても次回以降に入手すれば良いと、彼は考えていた。

「さて、運良く行けば儲けものだがな。」

エファンは、静かに呟いた。

 

 その後、ダウーラが整備士達を押しのけて、グランシェに乗り込み、勝手に出撃をした。

「行くぜェ……ガンダムゥ!」

 

ビゴォン

 

久しぶりの戦闘に、心を躍らせるダウーラ。彼の駆るグランシェはカメラアイが輝き、そしてカタパルトから発進した。彼はグランシェを駆るのは始めてであったが、一切躊躇う様子を見せず、テンションを上げた状態でFPBとの交戦に入ろうとしていた。

 

 

 

ダウーラが迫って来ているとは知らず、レイは懸命に新生連邦軍と戦い続ける。ファンネルを展開した状態のままこの戦闘中域に接近する敵MSに備えていた。

 その際にレイは見覚えのある機体を目撃する。それはアレンの駆るブライティスガンダムであった。今、ブライティスはブリッツファンネルを展開し、新生連邦のディーストやエグゼマーを尽く破壊していた。それだけでない。ブライティスのウイングから展開されるビーム砲を連射し、迫る敵機体にビームを浴びせ、接近戦を持ちかけてくる機体がいればそれに対してビームセイバーを展開し、あろうことかそれを敵機体目掛けて投げ出した。ビームセイバーを受けた敵機体であるジョゼフはダメージを負いながらも腕部グレネードでブライティスに応戦するが、それも無駄な抵抗であった。ブライティスはビームライフルをジョゼフの頭部に目掛けて撃ち、一撃で破壊したのである。

 その時、レイはアレンに対して通信を入れた。アレンは回線を開き、応じる。

「アレンさん……お久しぶりです!」

再び会う事となった両者。一度は対立した事もあったが、現在は共闘している。以前はレイがアレンを嫌っていたのだが、今は違う。レイは自分から通信回線を開く辺り、アレンに対して好意を示しているのだろう。

 しかし今のアレンはレイと再会した所で、喜ぶ事等、出来ない。彼はそれ以前に大きな悲しみを背負って戦っている為だ。

「レイか。どうしてここに。」

レイはアレンの異常を喋り方で判断した。明らかに喋り方や振る舞いが違う。この時レイは彼の事を不気味に感じた。

「あ……の……えっと……」

「戦闘中だから話しかけるな。気が散る。」

そう言ってアレンはレイからの通信を切った。冷たくあしらわれたレイ。自分の事を嫌っているのか?とレイは考えたが、その際に主砲クラスのビームがツヴァイに目掛けて放たれた。急いでブリッツファンネルを展開してバリアーフィールドを展開してビームを防ぎ、主砲を撃った相手を確認する。それはヴィッシュ級宇宙巡洋艦二隻だった。

(どうしてアレンさんがあんな態度をとるかは分からないけど……今は戦いに集中しなきゃ……)

アレンの妙な態度に違和感を覚えつつもレイは戦いに集中しようと意識した。彼はヴィッシュ級巡洋艦に対してファンネルを展開し、そこからビーム砲撃を行おうとした――

 

               ピピピピピッ

 

レーダーにツヴァイに接近する熱源の反応があった。そして眼前のカメラを見ると、青いMSが接近してきているのが見えた。それはモノアイを輝かせ、ビームケーブルを展開した状態でツヴァイに向かって来ている。

「クッ!」

その青いMS、グランシェはビームケーブルをツヴァイに目掛けて放出した。レイはビームディフェンスシールドを展開するようにツヴァイを操作し、この攻撃を防ぐ。だが次にグランシェはビームサーベルを展開して襲って来た。

「会いたかったぜ、白いガンダム!」

パイロットはダウーラだった。エファンの命令により出撃しているダウーラはツヴァイガンダムのみにターゲットを絞り、攻撃を加えている。

突然のグランシェの猛攻に戸惑うレイ。だがその間にもダウーラはツヴァイに対して攻撃を仕掛け続けている。グランシェはシールドからシュート・シューターを展開してツヴァイに襲わせていた。これらの攻撃は全てビームディフェンスシールドで弾くツヴァイ。

「前はよくもやってくれやがったな……だが今回はそうは行かねえぞ!」

機体性能はアーヴァインに若干劣るグランシェだが、ダウーラはそれを難なく乗りこなす。そして、この男から感じる奇妙な感覚をレイは感じていた。闘志のみをむき出しにし、ただ単に自分と戦う事だけを楽しむこの男の感覚はレイにとって気味が悪いだけだった。

「この感じ……前に感じた事ある……同じ人なの……?」

「楽しませろよ、ガンダム……!」

そう言ってダウーラはツヴァイに接近し、ビームサーベルを展開しようとした。

「熱源……あっ……!」

グランシェ以外に出現した熱源の存在を探知したレイは、急いでこの場から離れる。レイが離れてから数秒後に、ディブロックの巨大なクローアームがグランシェのいる場所に迫って来ていたのだ。

「逃すか、レイ!!!お袋とアユとリンの仇!!!」

相変わらず、レイが母親とギリシャで出会った少女達の敵であると思い込んでいるクラリス。正確には思い込まされているのだが。

「早い……!」

ディブロックから放たれる巨大なクローアームはツヴァイを容赦なく襲う。そして、そこへダウーラの駆るグランシェも迫る。一方が巨大なMA相手である為、レイは苦戦を強いられた。

「これで……!」

このままクローアームから逃げ続けていられないと判断したレイはブリッツファンネルをツヴァイの前面に展開し、先程のように一斉にビームを展開した。高出力のビーム砲が放たれた時、ディブロックのクローアームは跡形もなく消え去った。

「なんだ、あいつ……あんな武器があったか……!?」

以前のツヴァイと大きく違う、強力な武装。それはブリッツファンネルに新たに搭載された、リゾネートジェネレーターによるブリッツファンネルの強化によって齎されたものだった。予想外のツヴァイの戦法に驚愕するクラリスだが、彼の乗るMA、ディブロックはその脅威を遥かに上回る巨大MAに搭乗して戦っている。

「お前がいくら機体を強化していようが、ディブロックの方がパワーが上なんだよ!」

その直後にディブロックから無数のブリッツファンネルが一斉に展開された。そしてそれらは一斉にツヴァイの元へ向かう。無論、その途中に存在しているFPBの機体も巻き込むのだが、彼の狙いはツヴァイガンダムだ。大量のファンネルが、一斉にツヴァイに襲い掛かる。

 しかしその時。クラリスに通信が入った。エファンからのものである。

「こんな時に少佐が!?クソッ!」

宿敵であるレイを前に〝ツイていない〟と感じるクラリス。苛立った様子で彼はエファンとの回線を開いた。

「お前、何をしているか。あの機体には攻撃は加えるな。ダウーラのグランシェが今交戦中の筈。お前は手出しする必要はない。」

エファンはクラリスにツヴァイに手出しをするなと言ってきたのだ。それに対し、クラリスは

「何を言っているんですか!敵がいるんですよ!倒すのは当たり前の筈です!」

と反抗した。すると、エファンは笑みを浮かべて言う。

「所詮お前は私怨で戦っている存在だ。お前の倒すべき敵は確かにいる。だがそれに対して頭が一杯になっていてはやられる可能性も考慮せねばならん。それを忘れるなよ、クラリス・デイル。」

エファンは彼を怒るどころか、アドバイスを送った。その上でツヴァイと交戦をするなと言ったのである。

「以前からのお前の弱点だ。頭に血が昇るあまりに冷静さを失い、そしてやられる。今までそれで何度やられて来た?いくらディブロックが優秀であろうが、弱点を突かれればそれまで。今は、お前は敵の艦を狙え。邪魔をする者に対して容赦なく排除する事を考えろ。」

あくまでもダウーラにツヴァイと戦わせる事を推奨するエファン。その目的の意図が読めないまま、クラリスは仕方なしにツヴァイ以外の機体に対してブリッツファンネルを襲わせた。

(少佐が命令するならば仕方が無い……)

目の前にいるレイをみすみす見逃さなくてはならない事に不満を抱いたが、上司であるエファンに逆らう事は出来ないため、仕方なしにレイ以外のFPBのMSを狙い始めるクラリス。彼の駆るディブロックは多数のミサイルを展開し、再びFPBのMS部隊に襲い掛かる。

「ハハッハハハ!デカブツに邪魔をされなくて済むのは俺にとって幸運だな!」

エファンとクラリスの会話を聞いていたダウーラは嬉しそうにツヴァイに攻撃を加えていく。パイロットの技量もあってか、このグランシェがレイにとって強敵に感じられた。

「このっ!」

ツヴァイはバスタービームライフルをグランシェに放つのだが、いずれも軽々と回避されてしまう。

「死にな、ガンダム……!」

見下すようにツヴァイを見た後でダウーラの駆るグランシェはビームケーブルを再び展開する。それだけでなく、シュート・シューターやシールドに内蔵されているビーム砲等、あらゆる武装を駆使してツヴァイに攻撃をした。

「相手が違うんだ……だから当てにくいのかな……?うっ……!」

ダウーラから発せられるプレッシャーがレイを苦しめた。グランシェの性能も重なり、予期せぬ相手に苦戦するレイ。

 

                 ギュルルルル

 

その時、二本の有線に繋がれたビームの針がグランシェに目掛けて放たれた。ダウーラは急いでこれらを回避する。

「邪魔が入ったか!」

ダウーラがモニターで接近する熱源を確認すると、そこにいたのはハイエッジカスタムだった。それも、普通のカラーではない。エスディアと同様の、紺碧色のカラーリングだ。そしてその機体のパイロットはレイに対して通信を開く。

「大丈夫かレイ!?」

「あ、ありがとうございます、ガーストさん……」

味方……それもガーストが助けに来てくれたことでレイは安心する。だが一方でダウーラは余計な邪魔をされたことで苛立ちを感じていた。

「お前ェ……」

邪魔をしてきたガーストのハイエッジカスタムに対し、ビームマシンガンを構えようとするダウーラのグランシェ。しかし彼はこの時にエファンの台詞を思い出した。

 

――――――――お前が以前戦った白いガンダムタイプ……奴とのみ戦え――――――

 

「チッ……」

彼はハイエッジカスタムに攻撃を加えたかったが、エファンの命令がある以上、勝手な行動は許されないと感じていた彼は攻撃対象を引き続きツヴァイのみに絞った。

「わっ……!?」

その時、ディブロックから放たれたミサイルが一斉にハイエッジカスタム目掛けて飛んできた。焦りを感じたガーストはこれらに対して背部のビーム砲を展開するが、この数が余りに多過ぎる為、ビーム砲だけでは対処が出来なかった。

「クソッ、地味にホーミングタイプかよ……!」

更に厄介なのは、このミサイルが追尾式であるという事である。この為、ミサイルを撃墜しない限りは延々と追尾され続ける事になる。

「悪いレイ、一度離れる!」

そう言ってガーストはレイとの通信を切った。その直後にグランシェがビームサーベルを構え、ツヴァイに切り掛かる為、レイはそれに対して応戦した。

「ハハハハ!あいつも仕事するじゃねえか……これで心置きなく戦えるな……」

「あの巨大な機体のせいで……」

互いの機体が打ち合いを行う。レイと戦う事が出来て、ダウーラは不気味な笑顔を見せていた。一方のレイは予想外の強敵に苦戦していた。

「……行けっ……!」

打ち合いを行う中で、ツヴァイはブリッツファンネルを展開した。それらの標的を全てグランシェに向け、一斉射撃を行う。

「チッ……」

流石にファンネル相手では不利だと感じたダウーラは一度ツヴァイから離れた。そして、迫りくるファンネルに対してビームシールドを展開し、攻撃を防ぐ。その次にビームシールドから高出力のビームを放出し、ファンネルを撃破しようと試みるが、ツヴァイのファンネルは今、それぞれがバリアーフィールドジェネレーターを搭載しており、ビーム兵器は一切通用しない。

「何っ!?」

予想外の出来事に困惑するダウーラ。いくらビームシールドからビームを放っても、ブリッツファンネルはバリアーフィールドによって守られるばかり。

「やあああああああああ!」

更にそこへスバキの駆るアインスがシールドからビームピッカーを展開してグラン背に襲い掛かっていた。それに気付いたダウーラはビームケーブルを展開してアインスを追い払う。

「レイ、大丈夫かよ!」

スバキは嬉しそうにレイに回線を開いた。

「スバキ!あれ、その機体は……?」

「分からないのか!?アインスガンダムだよ!カスタムしたんだ!」

「えっ……それ、アインスなの!?」

かつてレイが搭乗していたアインスガンダムのあまりの変貌ぶりに驚くレイ。何せ、紺色だったアインスガンダムが白く彩られていたものだから、彼が驚くのも無理はないと言えた。

「ああ!火力も武装も前とダンチだよ!それよりも、お前がまさか帰ってくるなんて!ホントに驚いたよ!」

レイの存在に対し、大いに喜ぶスバキ。それはこの状況も去る事ながら、彼女の中にある好意がより、そうさせるのだろうか。

「まあ……色々とあったんだけどね……」

通信で会話を交わす両者だったが、その邪魔をするかの如く、ダウーラの駆るグランシェが二人に襲い掛かった。更に別のジョゼフの小隊がアインスとツヴァイに向かって来ている。

「あいつには悪いがな、俺をイラつかせる奴はお仕置きしておかないとなァ。」

そう言って、ダウーラはエファンの命令を無視し、アインスに向けてビームマシンガンを連射した。それと同時に別のジョゼフ小隊も腕部グレネードを展開して両者に襲い掛かる。

「ごめん、今は話している場合じゃないや!じゃあな!死ぬなよ!」

そして通信は途切れ、白いアインスはその場から去って行った。その後を、ダウーラの駆るグランシェが追う。

「スバキ!」

アインスの後方からビームマシンガンを連射するグランシェを見た後でツヴァイはブリッツファンネルを展開し、ビームマシンガンからアインスを守った。

「チッ……」

攻撃を防がれたことで、ダウーラは更に苛立ちを見せた。いくらビームマシンガンを連射してもブリッツファンネルに搭載されているバリアーフィールドジェネレーターがビームを防ぐ。

「スバキ、無事で居て……」

アインスがグランシェから逃げるのを見送ったレイは、ディブロックがいる方向へ向かう。FPBが苦戦している元凶であるその巨大MAに少しでもダメージを与える事が出来れば勝機が見えてくるだろうと考えた為だ。

だがこの行動には問題がある。それは彼の独断であるという事だ。ディブロックへ向かおうとするレイに対し、ネルソンが通信を入れた。

「レイ、何処へ行く?」

「ネルソンさん!」

再び会えたネルソンに感激するレイ。一方のネルソンはレイの行動に対して疑問を抱いていた。

「君が何故ここに居るのかは分からない。そして、今はそれを聞いている場合でもない。それよりも……今から単機であの巨大MAと戦う気なのか。」

「あれを倒せば勝機があるのなら、僕が行きます!」

「単機では勝機は無い!あの無数のミサイルやサイコミュ兵器はその機体だけで太刀打ち出来るものではないぞ!」

ディブロックによる一連の攻撃を見ていたネルソンは、ツヴァイガンダム単機で戦いを挑むのは余りにも無謀であると感じていたのである。

「でも……あれを倒さなきゃ皆がやられます!」

「なら、私もついて行こう。」

「え……!?」

ネルソンはてっきり自分に対して〝引き返せ〟と言うと思ったレイだったが、意外にもネルソンはレイについて行くと言った。

「止め……ないんですか……?」

予想外の言動にレイはネルソンに一旦確認した。だがそれでもネルソンは

「ついて行くと言った。」

と言う。

「一人では危険だからな。私もついて行く。機体性能だけならばツヴァイガンダムの方が優秀だ。私はあのMAの周辺兵器であるサイコミュ兵器やミサイルなどの相手をする。レイ、君は本体を叩け。」

「……はい!」

巨大MA、ディブロックは無数の兵器を搭載している。それ故にFPBの他のMSは近付かない。アレンの駆るブライティスもディブロックを攻撃しようとするが、無数のファンネルやミサイルがそれを妨げる。

「行くぞ、レイ。」

そして、ハルッグとツヴァイの二機はディブロックへ向かった。その時、それを察したかのようにディブロックから無数のミサイルが展開される。ミサイルに対し、ハルッグはロングビームライフルを撃ち、応戦する。一方のツヴァイはブリッツファンネルを展開し、それらから高出力のビームを放ち、ミサイルを消滅させた。

「数が多いッ……レイ、ビームの無駄撃ちはするなよ。粒子残量はどうだ?」

ツヴァイはここに来るまでに補給を行わず、大気圏離脱や戦闘を行って来た。故に、粒子の残量は減っている可能性があるのだが――

「まだ半分あります!」

幸いだった。半分も残っていれば戦闘を戦い抜ける可能性は十分考えられる。

「その半分もここで使い切る可能性があるという事だ。このミサイルの数は尋常ではない。その上他のMSもここに来ると考えると、エネルギーの消費には十分に気を付けろ。その為に私がついて来ている。君がどのようにしてここまで来たのかは分からないが、エネルギーは限度がある事を忘れるな。」

「はい!」

ハルッグとツヴァイはディブロックが存在している方向へ向かう。その間もディブロックからは無数のミサイルが発射され、更にそこへエグゼマー三機が彼等に迫っていた。

「ちぃっ!」

ハルッグのロングビームライフルはそのエグゼマー三機を狙っていた。照準を絞り、ハルッグはビームライフルを放つ。その砲撃により、三機の内の一機はコクピットを直撃し、破壊された。残りの二機はMAに変形してハルッグに迫る。それらはミサイルを展開し、ハルッグを追い詰めようとする。

「ネルソンさん!」

「心配するな、やられんよ。」

ネルソンは余裕の表情を浮かべてハルッグをMAに変形させ、二機のエグゼマーの陽動を行った。ハルッグに追いつこうとするエグゼマーだが、機動性が圧倒的に高いハルッグに、エグゼマーでは追いつけなかった。

 

               ギュルルルルルルルルル

 

その時、ツヴァイのレーダーに熱源が感知された。後方に存在している。すぐにレイは振り向き、熱源の正体を確認する。そこにあったのは、ディブロックの巨大なクローアームであった。その巨大なクローはツヴァイの全高をゆうに超え、今にもツヴァイを潰そうとしていた。

「!?」

それに反応したレイは急いでツヴァイのバーニアの出力を上げ、間一髪クローアームから脱出した。

「危なかった……もう少し反応が遅かったら潰されていたかも……」

安心するレイだったが、その瞬間にディブロックのブリッツファンネルがツヴァイに襲い掛かる。これらの攻撃に対し、バリアーフィールドを展開してビームを防ぐ。

「攻撃が激しい……これじゃ埒が空かない……!」

大型のクローアームに、ブリッツファンネル。そして無数のミサイル。ディブロックから放たれる無数の兵器がレイに襲い掛かる。無論、襲われているのはレイだけでない。ネルソンや他のFPBのMSも、ディブロックの兵器による攻撃に苦戦していた。

「あの機体から感じる……何だろう、覚えのある感じだ……」

『なかなかしぶといなレイ!だがこいつの前ではそんなモンは無意味だ!』

「クラリスさん!?」

彼の頭の中にクラリスの声が聞こえてきた。ディブロックのコクピットからレイに対し、クラリスが語りかけているのだ。

(僕の……頭の中に語りかけて来る……?それに〝こいつの前〟って……じゃああの機体に乗っているのは……)

『そうだよ、俺だ!今日こそお前を……』

クラリスは拳を握り、眉間に皺を寄せて言う。

『お前を殺してやるんだよ、レイィィィ!!!』

その時、ディブロックからプラズマカノンが発射された。そのターゲットは無論ツヴァイである。大型の熱源に気付いたレイは急いでそこから離れる。

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 ディブロックによるプラズマカノンの出力は凄まじいものがあった。ツヴァイはこの攻撃を回避するも、直線上にいたMS部隊はこの一撃で壊滅した。

「外したか!しかし他の武器で攻撃すればいいだけの事!ガンダム如きにディブロックが勝てる訳がねえんだ!」

「クラリスさんがファンネルを操ってるなんて!?どうなっているの……?」

疑問を抱くレイだったが、その時にディブロックのブリッツファンネルがツヴァイに対して襲い掛かった。ツヴァイだけでない。離れた場所で戦っているネルソンの乗るハルッグにも迫る。その上新生連邦のジョゼフやディーストまでも迫ってくる。ビームはブリッツファンネルに搭載されているバリアーフィールドジェネレーターで防ぐ事は可能だ。しかし使用出来るファンネルの数が減ってしまう。

「これが駄目なら突き刺してやる!」

「あっ――!?」

ディブロックに搭載されているブリッツファンネルがビーム刃を展開し、一斉にツヴァイに迫った。ビーム刃を防ぐ事はツヴァイには出来ない。バリアーフィールドで防ぐ事が出来るのは放出されたビームのみである為だ。

 

                バシュゥゥゥ

 

そこへ、FPBの他のMSが増援に駆け付けた。ヴァントガンダムが三機、ディブロックに搭載されているブリッツファンネルに向けて発射し、何機かを破壊した。そして、更にそこへアレンの乗るブライティスも駆け付けた。

「アレンさん……!」

アレンのブライティスはカメラアイを輝かせた後、一斉にブリッツファンネルを展開。それらをディブロックのそれと同様の形状にし、それぞれを突き刺した。

「アレンさん、ありがとうございま――」

駆けつけてくれたアレンに対して感謝するレイ。しかしアレンはすぐに通信を切った。一瞬映った彼の表情は暗く、悲しげだった。

(やっぱり聞いてくれない……)

助けてくれたのはありがたかった。しかし、アレンの奇妙な態度にレイは感謝をし切れず、複雑な心境だった。

「どいつもこいつも邪魔ばっかりしやがってぇぇぇ!!!」

怒ったクラリスはディブロックから再びミサイルを展開した。それと同時に先程のクローアームも展開し、ツヴァイに襲い掛かる。そのクローアームは高出力のビームサーベルを展開し、振り回す。

「ダメだ!あんなの受けたら……」

ディブロックの展開するビームサーベルを止める術はない。ただ当たらないように回避する必要がある。高出力のビームサーベル相手では仮に打ち合いを行っても出力で負ける。レイはこの巨大なビームサーベルに触れないように、ディブロックに少しずつ近付いて行く。

「行け……!!」

ツヴァイはブリッツファンネルを展開し、ディブロックから放たれるブリッツファンネルからのビームを防ぎながら更に前進する。

「ちぃっ!素早い野郎め!」

ツヴァイに攻撃が当たらない事で苛立ちを隠せないクラリスは、再び多数のミサイルを展開した。ミサイルはいずれもホーミング式で、ツヴァイに当たるまで追尾を続ける。それに加え、クローアームから展開されているビームサーベルを振り回し、ツヴァイを切り刻もうとする。

 狙いをツヴァイのみに絞ったディブロック。無数の兵器が一斉にツヴァイに襲い掛かる。

「せめて、ミサイルだけでも……!」

ツヴァイはブリッツファンネルを機体の前面に展開し、一斉に高出力のビームを放ち、ミサイルを撃ち落とした。だがその瞬間に、後方からディブロックのブリッツファンネルがビーム刃を展開し、ツヴァイの左脚部を串刺した。

「ああっ!」

衝撃がレイに伝わる。この時、少しの油断が命取りになる事を身体で感じ取った。

(このまま逃げ続けていたらいつかやられる……早くあれを倒さなきゃ……でも……近付けない……)

ネルソンは現在別の機体と交戦中である。他のパイロットも他の新生連邦の機体と交戦中だ。この状況を打開できるのは己のみ……レイは、そう判断した。

 

                 バシュゥゥゥッ

 

その時、前面から高出力のビームがツヴァイに目掛けて放たれた為、ツヴァイはブリッツファンネルを展開してビームを防いだ。それと同時にディブロックからプラズマカノンが発射される。それを間一髪回避した後、レイは最初にビームを撃った熱源の存在を確認する。

「宇宙戦艦……!」

レイを狙ったのは新生連邦の戦艦、ヴィッシュ級だ。更にそこからMS部隊が展開し、ツヴァイに襲い掛かる。

高速でツヴァイに接近する機体。それは、エグゼマーだった。エグゼマーはMAで急接近し、ツヴァイの眼前でMSに変形してビームサーベルを展開し、切り裂こうとしていた。

「やあっ!」

しかしそれよりも早くツヴァイは動いた。メガビームセイバーを展開し、エグゼマーの胴体を切り裂いた。

 

エグゼマーが破壊された頃、それを搭載していたヴィッシュ級のブリッジ内ではツヴァイを仕留める為に艦長が指示を与えていた。

「エグゼマー一機……いえ、三機が撃墜されました!」

「あの機体は侮れんぞ!ディブロックをやらせない為にも撃て!ビームが効かないのならミサイル発射だ!ミサイルによる弾幕で奴を蹴散らせ!ディブロックのミサイルも合わせればあの機体を沈められるだろう!」

「了解、ミサイル発射!」

ヴィッシュ級からミサイルが発射された。それと同時にジョゼフ等のMS部隊がグレネードを撃ち、ツヴァイに目掛けて集中砲火を試みる。脅威であると知っているが故に、新生連邦はツヴァイのみにターゲットを絞り、攻撃を行う。

「エネルギーはまだ……あるのなら……!」

これ程のミサイルは回避しきれない。ならば、ブリッツファンネルから高出力のビームを再び放ち、ミサイルを破壊するまで――そう考えたレイは、早速決行した。

「行け……!」

 

ピシュンッ、ピシュンッ、ピシュンッ

 

ブリッツファンネルを全基、前面に再び展開した後に高出力のビームを発射した。それらはジョゼフやヴィッシュ級のブリッジをも貫き、消滅させる。

「敵ガンダムタイプより熱源が!」

「何だと!?」

「回避、間に合いません!」

「ここまでか――」

高出力のビームを受け、バリアーフィールド等のビーム耐性を持たない機体がそれに耐えられる筈もなく、ヴィッシュ級は撃沈した。同時に無数のミサイルの数も減らす事が出来た。少しでもディブロックに近付く為、レイはツヴァイのバーニアの出力を上げ、そこへ向かう。

 

 

 

 ダウーラとスバキは交戦を続けていた。特殊強化モデルであるダウーラの技量はスバキを遥かに上回っており、スバキは苦戦を強いられていた。

「動きが早過ぎる!ただでさえやっと宇宙に慣れてきたばっかりだってのに!」

そうは言っても相手はスバキに対し、容赦をする筈が無い。何故ならば敵だからだ。

「弱いな……ガンダムの癖にな!」

機体性能は優秀なアインスガンダム。だが、スバキは宇宙戦にようやく慣れたばかり。一方のダウーラも宇宙戦は初めてなのだが、特殊強化モデルである事が、初めての環境でもすぐに適応させた。

「やあああ!」

アインスガンダムはシールド型拡散メガビーム砲を展開し、それをグランシェに向け、発射した。だがグランシェのビームシールドがそれを防ぎ、今度はシールドからビーム砲を放出。スバキはそれをシールドで防いだ。

「随分便利なシールドを持ってるな、そいつぁ!」

そのシールドのビームの出力を一点に絞り、ビームピッカーとして機能させ、アインスはグランシェに向けて突撃する。

「!」

様々な機能を持つシールドに、ダウーラは動揺した。回避を行う際、後方へ移動したのだがその際に左腕部をピッカーによってダメージを受けた。

「やってくれたな……ハハッ、戦いはこうでないとな!!」

アインスによる急な攻撃はダウーラを高揚させた。相手が強ければ強いほど、この男は喜ぶのである。

「なんだよこいつ……まるで楽しんでるみたいに動き回って!」

スバキも感付いていた。この男は楽しんでいる、殺し合いをしているという自覚が無いという事に。それが彼女を苛立たせ、更なる攻撃を行う。

「クソッ!」

シールドを使った攻撃ばかりでなく、ビームライフルを連射したり、ミサイルを展開してグランシェに攻撃する。だがグランシェはそれらを見切っているように動き、シールドで防ぎながらビームケーブルでアインスに襲い掛かった。

「しまっ……!」

ビームケーブルを防ぐ手段がなかったアインスは、その攻撃をまともに受けてしまった。

「うあああ!クソッ……このままじゃ……」

先程の一撃でアインスのコクピットに穴が空いた。そこから覗き込むようにグランシェのモノアイが輝く。

「おぉ、女か。ハッ、女が戦場に出るの、悪くないな!」

そう言ってグランシェのビームマシンガンをコクピットに突き付けようとした時、アインスはマシンガンを握り、それをへし折った。

「何!?」

意外な行動に驚くダウーラ。そして、アインスはそこからビームサーベルを抜き、ダウーラの両肩部を切り刻んだ。おかえしと言わんばかりにビームケーブルを展開し、抵抗するグランシェ。それらをビームサーベルで切り払い、スバキは更に向かう。

「でやああああ!」

武装が大きく削がれたグランシェ。ダウーラは何か武装を探そうとしていた時――

 

                 ピピピピピッ

 

通信が入った。エファンからである。

「撤退しろ。武装もないのに戦う気か。」

「まだ武装はある!俺に戦わせろォ!」

元々ツヴァイとのみ戦えという命令を完全に無視していたダウーラ。エファンは顔をしかめ、ダウーラに言った。

「お前は私の命令も聞けない存在だという事だな。ならそこで朽ち果てるが良いが。」

「チッ……ここで死んでは戦えなくなる……それは避けたいからな……お前の命令に従う。撤退だ!」

「どの道後でお仕置きは避けれないぞ。」

「糞がァァァ!!!」

敵を目の前にし、ダウーラはコクピット内部を思い切り殴った。直後にグランシェのバーニアの出力を上げ、アインスガンダムの元から去って行った。

「なんだよ、逃げたのか……?けどさ!」

逃げるグランシェに対し、スバキは追跡を行う為にアインスのバーニアの出力を上げようとした。

「おい!」

そこへ声を掛けたのはガーストだ。彼が彼女に声を掛け、止めさせた。

「何だよ!?逃げるだろ!」

「深追いして他の敵にやられたらどうするんだよ!罠って事もあるだろう!」

「……クソッ……」

ガーストの言葉を受け入れ、スバキはダウーラの追撃を止めた。そして、別の機体と戦う為にその場所から離れた。

「あいつ……無事かな?」

「あいつって?」

「レイだよ!」

「多分、大丈夫だと思うぜ。」

ガーストの憶測がスバキを不安に陥れた。居ても立ってもいられない衝動に駆られたスバキはMA、ディブロックの方向へ向かう。

「おい!」

スバキの勝手な行動に手を焼くガースト。彼は舌打ちをしながらハイエッジカスタムを操り、移動する。

 

 

 

ツヴァイはディブロックと死闘を繰り広げていた。ディブロックの付近まで接近する事が出来たツヴァイはビームライフルを連射するが、機体全体がバリアーフィールドジェネレーターに覆われており、ビームによる攻撃が一切通用しない。

「ビームが効かない……!なら、これで!」

ブリッツファンネルにビーム刃を展開させ、ディブロックのコクピットに向けさせた。その間もディブロックからはミサイルやファンネルが迫ってくるが、レイはこれらを回避し続ける。

 やがてディブロックのコクピット部分にファンネルが直撃し、ダメージを与える事が出来た。

「倒した……?クラリスさんは……?」

 

                バシュゥゥゥゥゥ

 

「えっ!?」

その時、コクピットから一筋のビーム粒子が発射された。コクピットにビーム兵器が内蔵されている等、考えにくい。

(コクピットからビーム!?どういう事なんだろう……?)

レイがそのように考えていた時、再びディブロックのブリッツファンネルがツヴァイに迫る。

(クラリスさんは生きている!?)

先程コクピットにファンネルを直撃させた筈なのに、何故攻撃が続けられるのか……レイは迷いながら攻撃を回避し続けた。

「あ――!」

ディブロックの攻撃を避け続けている中で、レイは後方からのファンネルに気付かなかった。彼は回避に集中をしているつもりだったのが、その攻撃だけは認知する事が出来なかったのだ。

 

                ドォォォォッ

 

「うぁっ!」

後方にバリアーフィールドを展開出来ていなかったツヴァイはバーニアを直撃してしまった。その為、ツヴァイの動きが鈍くなってしまう。その間にもディブロックからのミサイルやファンネルがツヴァイに襲い掛かる。このままではツヴァイは破壊されてしまう。絶命の危機がレイに訪れようとしていた。

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

レイの眼が、深紅に染まった。彼特有の現象が再び発動したのだ。

 これに伴い、周辺で戦っていた力を持つ人間達――シンギュラルタイプやアドバンスドタイプ達はそれぞれ頭痛を訴え始めた。その為か、ディブロックが放つファンネルの動きが鈍くなった。

 これを好機に感じたレイは、ブリッツファンネルを一斉に展開し、ビーム刃を展開してディブロックのブリッツファンネルを切り裂いた。これまでの戦闘でツヴァイのブリッツファンネルは一度も破壊されていなかった為、合計十八基のファンネルはディブロックに対して容赦ない攻撃を繰り出す事が出来た。ビーム刃により、ディブロックの機体が切り刻まれていく。

「……!」

そして、ツヴァイは機体前面に十八基のブリッツファンネルを並べ、更に肩部の拡散ビーム砲やバスタービームライフル、そして収束型ブラスタープラズマカノンを一斉に展開した。それらをディブロックのコクピットに目掛け、今から放たれようとしていた。そして――

 

     ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

ツヴァイが展開した武装全てがディブロックに向けて発射された。バスタービームライフルに肩部拡散ビーム砲、腕部ビームキャノン、ブリッツファンネルからの高出力のビーム、そして収束型ブラスタープラズマカノン。これらを一斉に発射したツヴァイ。それらは全てディブロックのコクピットに向けて放たれる。

 やがてそれらはコクピットに直撃したのだが、その時にコクピットから何やらMSらしき影が姿を見せた。やがてそれはモノアイを輝かせ、ツヴァイに対して高出力のビームを放った後で下半身を変形させ、ディブロックを捨ててこの宙域から撤退したのだ。

 ビームはブリッツファンネルによって防ぐ事が出来た。ディブロックから出てきたMSの姿を見て、レイの眼は元通りに戻った。そして彼は、大規模な爆発を起こすディブロックの姿を見て、はっと息を飲んだ。

「倒した……の……?」

ディブロックは間違いなく倒された。この光景を見て、新生連邦の艦隊は撤退を開始した。新生連邦軍の切り札とも言える巨大MA、ディブロックが破れたという事で、彼等は一度撤退を余儀なくされたのである。

 結果、今回の戦闘はFPBが勝利を収めた。ディブロックという超大型MAを撃墜したレイの功績であるのだが、彼はそれよりもディブロックから出たMSの事が気になっていた。

「クラリスさんは……やっぱりまだ生きているんだ……でもMAからMSなんて……」

倒した敵機体の情報が分かっておらず、ただ、呆然とするレイ。

 

                  ピピピピピッ

 

その時、ツヴァイのコクピットに通信が入った。ネルソンからである。

「レイ、良くやったな。まさかあれを倒せるとは思っていなかったよ。」

「ネルソンさん……」

「一度艦に戻るぞ。今はセイントバードではないが、新たな艦、アルバトスへ君を招待しよう。そこで事情を聴かせて貰う。」

「あ……はい。」

敵を倒した……という実感が湧かないレイ。それはディブロックから出たMSの事もあるが、それよりもクラリスがファンネルを使い、自分の頭の中に語りかけてくるという事が彼にとって奇妙でならなかったのだ。以前クラリスと交戦した際に違和感を覚えていたレイだったが、今回の戦闘ではそれが更に顕著に認められた。

 レイはクラリスが強化モデルと化している事を知らない。それ故に、彼の疑問は膨らむばかりであった。だが今は、久し振りに会う元セイントバードのクルー達に会える事を喜ぶべきだと思い、その疑問は自分の中で留めておこうと思っていた。

 

 

 

 その後レイはアルバトスのMSデッキに辿り着いた。始めて見るその光景に、少しだけ目が眩みそうになる。しかしそこにいたミシェの姿を見て、少しばかり安心する。

 この時、クルー達の中にはレイを歓迎する様子を見せる者もいたが、中には彼の存在に疑問を抱き続ける者もいた。無理もない。本来ならば元に戻って日常生活を送っている筈の少年が何故かこの場所にいるのだから。レイはツヴァイを降りた後、ネルソンに誘導され、アルバトスのブリッジへ向かう。

「おい、あの子供って……」

「帰ったんじゃなかったのか……?わざわざこんな所に来たってのか……?」

レイの姿を見て、ひそひそと話しだすクルー達。彼は終始俯きながらネルソンについて行く。その間、ネルソンはレイにあまり言葉を掛ける事はしなかった。

 廊下を移動中、ネルソンが右端に備え付けられているレバーを握りながら移動しているのを見て、同様にレバーを持ちながら移動をすると、彼もネルソンと同様に移動する事が出来た。それ、そのものが初めてで、それが何かが分からないレイにはその存在に驚くばかりである。

「宇宙では重力がない。故に、廊下等を移動する際は備え付けのレバーを持ちながら移動する事。そうすれば身体が勝手に移動してくれる。」

「は、はい。わ、とと……」

慣れない動作にレイはただ、躊躇いを抱くだけだった。

 

 やがてブリッジに辿り着く。そこにいたのはエリィとスラッグとインクの他に、FPBの兵士達が多数いた。その光景に対して違和感を覚えつつも、エリィを見て笑顔を見せる。

「改めまして。レイ君。凄いよ、まさか宇宙まで来るなんて思いもしなかった。」

「はい!色々とありましたけど……やっぱり戦う事に決めました。なんて言うのかな……オチオチしていられないというか……」

ここに来るまでに様々な出来事があったレイだったが、それらを掻い潜って今ここにいる。彼は戦う事を決めた。今のレイの志は、非常に固い。

「レイ君、聞きたい事があるの。」

「何でしょう?」

「貴方、家族の方にはなんて言ってるの?やっぱり、誤魔化しているの?」

エリィの言葉に対し、レイは答える。

「いえ……正直に話しました。もう隠し事はしたくないと思いましたから。僕は、僕のやらなきゃいけない事をしないと、駄目だって思いました。」

クルーは唖然とした。今までごく普通に育ってきた人間が唐突にMSに乗って戦うという事を知れば、誰もが困惑するに決まっている。彼はそれを家族に告げたというのだから、驚くのも無理はなかった。

「それ程までして、覚悟を決めてここへ来たのね?」

「はい。」

レイははっきりと首を縦に振った。

「レイ、正直に言わせて貰って良いか。」

そこへネルソンが口を挟んだ。彼は咳払いをした後、レイを睨むようにして口を開けた。

「これから先、我々は戦争をする。その為に皆ここにいる。この場にいる者達はFPBという組織の名の下に行動を共にしている者達だ。何かに強制されているのではない。自分達の意思で行動しているのだ。君は、本当にここに自分の意思で来たのか?〝皆が戦っているから自分だけ何もしない訳には行かない〟という、考えで来たのではないだろうな?」

ネルソンから放たれた言葉は、彼が故郷に帰って来た際にずっと考えていた事だった。それに関しては一度エリィに電話をして話をしている。

「ち……違います。」

「本当か。」

「はい。」

と、レイが答えた時――

 

                 ウィィィィン

 

ブリッジのドアが開く音が聞こえた。それと同時に、パイロットスーツ姿のジャンヌがブリッジに入って来たのである。彼女はレイがこの宙域に来たという事で、何故ここに来たのかを確認する為にやって来たのだ。ジャンヌと共に、ギア・ジェッパーもこの場にいる。

「ジャンヌさん……」

「レイ。お久しぶりですね。」

そう言うジャンヌの表情は険しかった。まるで、レイという存在に対して疑問を抱いているかのように。

「先の戦いでの援護、感謝します。ですが、何故、ここへ戻って来たのですか。以前に貴方に問うたと思います。〝これからは攻める戦いを強いられる事になります〟と。それを覚悟でここに来たという解釈をさせて頂いて宜しいでしょうか。」

彼女の言う通りである。以前に、確かにジャンヌはレイに対してそう言った。これからの戦いは今までのレイの戦闘スタイルが一切通用しなくなる戦いであるという事。念を押したのにも関わらず、レイはここに居る。つまり、レイはそれらを覚悟の上で戦いに臨むという事になる。

 しかしレイはすぐに返答が出来なかった。ジャンヌに険しい顔をされているからではない。まだ、自分の中に流されているのではないかという考えがあったからであり、〝攻める戦い〟という言葉が彼の中で引っ掛かったからだ。

「既にご存じだとは思いますが、私達はFPBという組織を立ち上げ、平和国連盟に対してに宣戦布告をしています。FPBは偽りの平和を破る者達という意味です。私達は偽りの平和を作り出しているとされる現在の平和国連盟のやり方を反対する為に存在しているのです。無論、新生連邦や今後現れるかもしれない、デウス帝国残党軍とも戦う覚悟でいます。確かに、戦力は多い方が良いのです。ですが貴方は兵士でも何でもない、民間人。自分から戦争に行く必要は一切ないのです。でも貴方はここに来た。それは相手を一方的に殺し、そして一方的に撃たれる可能性がある。その覚悟があったからこそ、ここに戻って来たのですね?」

「は……はい。」

レイはコクリと頷く。だがジャンヌは彼の意思を認めなかった。

「では何故動揺する必要があるのでしょうか。貴方の中で、まだ覚悟が定まっていないからではないでしょうか。」

「それは……」

ジャンヌに言葉で責められ、表現を表出出来ないレイ。しかし彼が戸惑っているのは紛れもない事実だった。

「私達は戦争をする為に宇宙に居ます。戦争では多くの犠牲者が必ず伴う事になります。つまり、私達は死を覚悟した上で今の混迷の世界を変えて行こうと考えています。少なくとも、FPBの兵士達は皆がその覚悟で臨んでいます。」

「戦争を……する為に……」

レイは俯いた。覚悟は決まっている――決まっている筈だったのに、それを表出出来ない自分がここにいる。それは、まだ完全に覚悟を決められていない何よりの証拠だった。

〝戦争〟という言葉がどうしても引っ掛かるのだ。死は既に覚悟は出来ている。しかし意図的に殺し合うという行為が、レイを躊躇わせた。

「その様子では貴方は戦争をするという事に動揺されている様子ですわね。確かに、貴方達はMS乗りとして戦って来て、戦争をした訳ではないでしょう。ですがこれからは戦争に私達は身を投じて行く事になります。貴方が本当にそれを望まないのならば今からでも遅くはありません。シャトルを出して地球に戻り、故郷に帰る事は可能です。それをするか否かは貴方次第です。死は覚悟出来ても戦争は出来ないという、生半端な覚悟でFPBにいる事は許される事ではありませんわ。」

「生半端な覚悟って……そんな……」

ジャンヌの言葉がレイの心に突き刺さる。何故自分は覚悟を決められていないのか、そんな自分が情けなく感じた。

「ああ、成程。ツヴァイガンダムパイロットが君か。君なりの理由があって、ここに戻ってきた訳だね。先の戦闘を見る限り、技量は非常に高いと考えられるが、迷いは戦場では禁物だ。ジャンヌ嬢の言うように、よく考えた方が良い。君は民間人なのだろう?ならば、普通の生活をしても良いのだ。ここにいる皆は誰も止めないし、恨みもしない。」

ギアが言った。結局、覚悟のない人間はここにいてはいけないという事を言われ続け、彼は悩んだ。

 故郷で起きた様々な悲劇。自分自身が疑似のアドバンスドタイプであるということを知ってしまったという事、それによって家族を困惑させてしまった事、更には幼馴染であり、恋人であったリルムとの別れやその姉、ヒューナとの死別。これらを乗り越えてここに居る筈だ のレイだったが、まだ迷いを拭いきれないでいる。それが彼自身、悔しくて溜まらない。自分は一度死さえ考えた。しかし、結局死なないで今に至る。それは彼を励ます人間がいたからであり、自分自身が皆と共に戦いたいと思っているからだ。

 今までは戦争に巻き込まれ、それに対して自分やクルーの皆を守る為に戦い、相手を殺してきた。しかしこれからはどのような理由であれ相手を殺していかなければならない。つまり、以前彼がアレンを批判していた事と同様の事をしなければならなくなるという事である。

 しかし彼はもうこれ以上迷いたくない、悲しい思いをしたくない、覚悟を決め、前に進みたい。今、自分の出来る事、するべき事はただ一つ。FPBの一員として戦い抜く事……ならば、それをしなければならない。例え理不尽な理由で相手を殺す事になったとしても。  

レイはぐっと拳を作り、そっと息を吸って言った。

「僕は……FPBとして、戦います!覚悟は決めました!もう逃げません!今逃げても僕には何も残らないから!僕には力がある!なら、せめて自分に出来る事をしたい……僕はそう思ったんです!これが、僕の意思です!!!」

レイは自分の意思を伝えた。もう自分にはここから先に進むしかない、自分のするべき事はFPBの一員として戦い抜く事……その意思を、懸命にジャンヌに伝えた。

「……それが貴方の意思なのですね、レイ。」

「はい!」

躊躇う様子を一切見せず、ジャンヌの眼を見て今度ははっきりと言った。

「分かりました。貴方の意思、確認させて頂きました。レイ、貴方は今からFPBの兵士としてこの戦争を戦い抜かなければなりません。今からは戦場から逃げる、自分勝手な行動等は一切許されません。組織の一員であるという自覚を持って行動して下さい。」

「僕はもう決めました。逃げも隠れもしません。もう……決めた事なんです。」

これからは誰かを守る為に戦うのではなく、真の平和を勝ち取る為の戦い。例え犠牲者が多数出ても、最終的には勝利しなければならない。彼はFPBのクルーとして、宇宙での激戦に身を投じる事となった。

「では……ようこそ、FPBへ。」

すると、ジャンヌは急に笑顔になった。それは彼を戦う意思のある者であると認めた証だった。

「貴方の意思を確認する事は出来ました。そして、私は貴方がここに来ようとする事になったきっかけは、敢えて聞きません。様々な事情を抱えて来られたのならば、その意志を汲み取るだけです。」

ここに来るまでの経緯を聞く必要はないと、ジャンヌは判断した。彼が戦う意思を見せたのならば、その意志だけを汲み取れば良いと、考えた為だ。

 戦う理由や経緯は知っておくべき場合もあれば、そうでない時もある。レイの場合はそれを知らない方が良いとジャンヌは考えた。それは、アドバンスドタイプの事も関係していたからなのかも知れない。

その直後、ジャンヌはエリィの方を見て言った。

「エリィさん、私はシュネルギアに戻らせて頂きます。何かが決まり次第、連絡させて頂きますわ。」

「あ、はい!」

そう言って、ジャンヌが去ろうとした時――

「レイ、これを受け取って下さい。皆と何かあった時に連絡が取れるEフォンのアップデートです。落ち着いた時で良いですので、後で装着して下さいね。」

そう言って、ジャンヌはレイに特殊な機械を渡した。黒縁に覆われた、Eフォンより一回り大きなその機械。彼女が言うには、それをEフォンに装着すれば地球と宇宙と交信が出来る程に通信範囲が広がるものだという。それは、軍関係者が本来地球との交信用に作り出した特殊な機械であり、一般では流通していないものだ。

「あ、ありがとうございます。」

その直後、ジャンヌは笑みを浮かべた。

その後ジャンヌはギアと共にブリッジを後にした。と同時にレイは一気に力が抜け、無重力に身を任せて身体を浮かせた……と同時に、自分が浮いているという事に驚いていた。

「……あ……わ!?浮いてる!?」

「無重力だからな。というか、さっきの移動の際も身体は浮いていたぞ。」

ネルソンが微笑しながら言った。

「話を戻すが、ジャンヌ嬢に言いたい事を全て言われてしまったが……まあいい。レイ、覚悟を決めたからには頑張れよ。これからの戦いは自分の悩みや考えと無関係に熾烈を極める事になるだろうが、それでも弱音を吐く事は許されないぞ。」

「は、はい……わわっ……」

無重力という環境に慣れていないレイはこの感覚に違和感を覚えた。それを見て、その場にいた者達はどっと笑った。

 

 

 

 少し時間が経ち、彼は自分の部屋の場所を案内してもらう為にエリィに誘導された。始めてみる艦内。その廊下はセイントバードと比較にならない程綺麗で、清潔感があった。

「地球と宇宙は全然違うでしょう?私は元々宇宙育ちだから久し振りって感じで済むけど、貴方はずっと地球で育ってきたから……この感覚が変に感じるのも無理はないと思うよ。」

「確かに……凄い違和感があります。これが無重力なんですね……宇宙に初めて来た時も、身体がふわって浮く感じはしました。でも改めてコクピットから降りてみると変な感じ……」

「艦内はGを調整出来るの。調整次第では重力の設定を地球と同様にする事も出来るけど、移動の際を考えると今のGが丁度良いのよ。レバーを掴むだけでこんな風に移動できるからね。」

宇宙慣れしているエリィに対し、全く慣れていないレイ。この宇宙慣れしている感じが、レイにとって不思議でならなかった。

「でも、長い間地球にいたから宇宙にいると不健康になるってイメージが強いのよ。まあ、当然だね。元々、人間は地球で過ごすように身体が出来ているから。」

と、エリィが話をしているその時――

「レイ!本当にレイなのね!?わああああ!」

と、彼に声を掛ける、美しい容姿の人間がいた。エレン・ニーマードである。

「え、エレンさん!?」

と慌てるレイに、エレンが向かう。が、彼女も宇宙は始めてだった為、身体のコントロールが上手く出来ず、レイにぶつかってしまう。

「わっ……!」

「備え付けのレバー握って、エレンさん!」

と、エリィが優しく声を掛けた。

「は、はい!」

パッと、エレンは慌ててレバーを掴む。

「大丈夫?気を付けてね!地球とここじゃ、違うから。じゃあ、またね。」

エリィは笑顔で手を振りながら廊下を移動して行った。しかし、この時、エリィは一つ、疑問を抱いていたのだ。

(なんだろう、エレンさん異様にレイ君を見て喜んでいたな。何か、あるのかな。)

と、静かに疑問を抱くエリィ。しかしそれは本人達の話だ。自分が介入する事など、ない。

やがて、そのままエリィは去って行った。その後、ここにはレイとエレンの二人が残された。

「……レイ、地球から来たのね……ここまで、遥々と。」

「う、うん……色々とあって。エレンさんも、まさかここに居るなんて……」

「私も、皆と一緒に居たいって思ってたから。少しでも皆の役に立てたいと思ってたから。」

すると、エレンは少し恥じらう様子を見せながら言った。

「あのね……私、レイに会いたかったの。だからここに戻って来たって聞いた時、私嬉しかったの!」

「あ……そ、そうなんだ!あ、ありがとう……」

〝会いたかった〟と、自分の気持ちをストレートにぶつけるエレンに、レイは内心彼女の事に対して戸惑いつつ、礼を言う。

「ねえ、レイ。ここじゃ人が通るし、レイの部屋に行っていい?」

と、エレンが首を傾げながら突然言うと、レイは目のやり場に困った様子で

「あ……え……どうして?」

異様に積極的なエレンにレイも彼女と同様に首を傾げながら言った。

「レイと少し、話がしたくて……」

「話?」

「ええ!」

まるで主人に懐く犬のような眼差しでレイを見つめるエレン。何故これ程までに彼女がレイに対して話をしたいと言い出すのか、彼は分からないまま、先程エリィが言っていた部屋に、“二人”で入る事にした。

 

 

 部屋の中はセイントバードの固執と大きく異なり、広く、そして部屋全体が銀色に染まっていた。まるで、SF映画等のワンシーンに使われている様な部屋。レイはそのような印象を受けた。この部屋に来たことで、レイは改めて今、自分が宇宙にいるのだという事を感じ取った。

「凄い部屋でしょ?私の部屋はスバキと兼用なんだけど、それでも地球生まれからしたら本当にSF映画って感じ!」

「うん……本当に凄いや……」

部屋の内装に感心するレイ。しばらく茫然と眺めていると、エレンがレイの背中をぽんと叩き、その際にレイは我に返った。

「そんなに凄い?」

「あ……ごめん、ぼうっとしちゃって……」

「気持ちは凄く分かる。レイ、とりあえず座ろうか。」

「うん。」

エレンの提案で、二人は入り口から前方にあったベッドに腰掛ける事にした。腰掛けた後、両者は深呼吸を行う。レイは先程貰った機械をEフォンに装着。この時、Eフォンの電波アイコンが圏外から変わった。

その直後に、口を開けたのはエレンの方だった。

「私ね……もうレイに会えないと思ってた。でもまさかレイがここに戻るなんて夢にも思わなかったの!何回も言ってるけど……それ程に嬉しい事だからね!?」

嬉しそうに喋るエレン。まるで自分の気持ちをストレートに伝える、純真無垢な少女のように。レイとであった当初はあまり笑う事が無かった少女が、今は満面の笑顔を見せている。それはセイントバードクルーとの交流を経てなのか、それともレイにのみ笑顔を見せているのかは定かではない。

(エレンさん……もしかして、僕に興味があるのかな?でも……僕はどのように振る舞ったら良いか分からない……)

その時に、彼はリルムに言われた言葉を思い出した。

 

―――――――――――――――もうあんたの顔も見たくないのよ――――――――――

 

―――――――――――――――お願いだからもう構わないで――――――――――――

 

――――――――――――――――二度と近付かないで―――――――――――――――

 

リルムから発せられた数々の言葉。その言葉がレイに思い出され、脳裏に過る。

 悲しませる気など一切なかった。自分の正体を知って欲しくなかった。その結果がリルムとの別れや、ヒューナの死等の悲劇へと繋がった。リルムの事は忘れたいとさえ思っていた。だが、簡単に忘れる事は出来なかった。

「どうかしたの?」

リルムの言葉が思い出され、悲しむレイはエレンの存在を忘れてしまっていた。彼女の言葉で我に返ったレイは、首を横に振りながら言う。

「あー……ううん、なんでもないよ?」

「そう?……なんだかレイ、眠たそう。疲れているの?もしかして、無理しているの?」

彼は地球から宇宙に上がる間に様々な出来事があり、その間一切休息を取っていない。それ故に彼は眠気に満ちていた。

「う……ん……無理はしてる……のかな?ここに来るまでにいろいろな事があったから……」

「あっ、そっか……ごめん、休みたいよね?ベッドで横になる?」

エレンに言われ、レイはベッドに腰掛けている状態から仰臥位姿勢になり、天井を向ける姿勢になった。その間、エレンはレイを看病するかのようにレイの顔を見つめている。

「なんか……そんなに見つめられるとちょっと恥ずかしいな……」

「ご、ごめん!つい見過ぎちゃった……」

そう言いながらエレンはレイの目線を逸らした。

「私……迷惑ね……だってレイ、凄く疲れているのに部屋に入って……」

「そんなに気にしなくていいよ。でも……確かに眠たいとは思う……」

レイの眼は徐々に瞑られようとしていた。仰臥位になったことで、眠気が一気に感じられたのである。

「あの……レイ、正直に言って良い……かしら?」

急にエレンの口が開き、彼女は言った。

「?」

この後、10秒程度の時間が流れた。エレンはその間、顔を赤めていた。レイは〝もしかして〟と思いつつも、その間一切発言をしなかった。

 そして、彼女は喉に唾を通した後、言った。

「私、レイの事が……好きなの……なんていうか……男の人として……だからレイがここに戻って来たって聞いて、嬉しかったの。ずっと、気になっていたから……」

「あ……ちょ、ちょっと……待って……」

エレンはレイに告白した。レイは目をキョロキョロとさせ、目のやり場に困っている。好意はあるのではないかとは考えていたが、エレンがまさか告白をするとは思ってもいなかった。

「あ……ごめん……レイにはリルムが居たよね?でも……レイには本当にお世話になっているし、助けて貰ったし……優しいし……そこに魅力を感じたって言うか……なんて言うのか……ごめんなさい、無理なのは分かっているの!でも、私、自分の気持ちに嘘を吐きたくないって思ってるから……」

今、彼はリルムと分かれている。それも悲しい分かれ方だ。そのような中でエレンに告白され、レイは迷った。自分を大切に思ってくれるという事は、彼にとって嬉しい事だ。だが、今のレイにはそれに対してどう応えれば良いかが分からなかった。

「な、何言ってるんだろうね……わ……私……部屋、出るから!ごめん、今はゆっくり休んで!」

エレンはすっと立ち上がり、顔を赤めたまま部屋から出て行った。残されたレイは、ただ、呆然と目をパチパチとさせているだけだった。

「いきなり……告白って……え……!?僕は、どうすれば……?」

リルムと分かれたばかりにレイにとって、今エレンの想いを受け入れるべきか、彼は舞台を宇宙に移して、またしても悩む事となったのである。

 

 

 

 先程の戦いを終えたアレンはシュネルギアの更衣室にてパイロットスーツを脱いでいる途中だった。ココットが殺されて以来、一度も笑う事無く、表情を露にしないまま過ごしている彼。以前と異なり、一切他者と関わろうともしなくなった。

 

                   ポンッ

 

普段着に着替えようと上半身裸のアレンの背中を何者かが叩いた。その方向へ振り替えるアレン。

 そこにいたのはスバキにちょっかいをかけてきた男性パイロットであるファージ・ネイヴァンだった。悲しみに暮れるアレンに対し、気さくに声を掛けてきたのだ。

「よっ、伝説のパイロットのアレン・レインドさん。」

「……貴方は?」

「俺は元国連だった男で、今はFPBのファージ・ネイヴァン。気軽にファージって言ってくれて構わないぜ。歳はあんたよりも上だが、実力はあんたの方が圧倒的に上だからな。呼び捨てしてくれても構わない。」

ファージは笑顔で言ったが、アレンは無表情のまま更衣動作を続けた。

「おいおい、しかと?」

「すみません、今はちょっと人と話す気になれなくて。」

「おーおー、会話でのコミュニケーションは人間のみの特権なのにそれをしないのは駄目だぜ?俺はあんたが素晴らしいパイロットって聞いてるから、憧れをもって接してるのにそんな対応されちゃーなー……」

ファージは苦笑いを浮かべていた。そんな彼の様子を余所に、アレンは普段着に着替え終えてから部屋を出ようとした。

「お、おいおい!それは流石にひでえよ!」

「ですからすいません、今は……話す気が起きないんです。」

そう言って、アレンは更衣室から去って行った。ファージは頭を掻き、彼が去って行ったドアを茫然と眺めているだけだった。

 

 

 

 更衣室から出てきたアレン。その目は虚ろで、生気が感じられないように見えた。

「アレン」

彼の眼前にはジャンヌの姿があった。レイの覚悟を確認した後、彼女はアルバトスからシュネルギアに移動してきたのだ。

「ジャンヌ……」

彼女の姿を見た後、ジャンヌは、アレンの方に近付き、話し掛けた。

「貴方に問います。先程までの戦闘中の中で、貴方は何を思ってブライティスに乗り、戦っているのですか。」

「何を思うって……?」

「怒りですか?悲しみですか?それとも、機械のようにただ相手を殺し続けているのですか。」

ジャンヌの言葉に、アレンは彼女から目を背けるだけ。

「何が言いたい?」

「今の貴方がブライティスに乗るのは危険であると言いたいのです。」

「危険?何が?あれは俺の機体だ。俺は今、与えられた任務をこなしているだけ。特別な感情なんて――」

「本当に?」

ジャンヌは睨むようにアレンを見た。温和なジャンヌからは想像も出来ない、険しく、恐ろしい表情にアレンは黙る。

「戦場において、感情に翻弄されるままに戦う事は兵士として相応しくありません。それによって死のリスクが上がる為です。今の貴方のように感情を殺して戦場に出る事は兵士としては正しい選択です。ですが、今の貴方は無理をして感情を殺しているだけに思えます。」

ジャンヌの言葉は続く。その間、アレンは静かに握り拳を作っていた。

「自身の感情を無意識下でコントロールせず、意識が下で感情を殺していると言う事。それはいつか、感情を爆発させてしまう可能性が高い為、私は危険だと判断したのです。」

「だから、何なのさ……?」

ジャンヌの言葉に苛立ちを見せるアレン。アレンのそのような姿を見ても、ジャンヌは臆することなく語り続ける。

「ブライティスに乗る上で感情を爆発させる事は、貴方の生命を脅かす可能性が高い……それを伝えたかっただけですわ。貴方も分かっている筈です。ブライティスに搭載されているクリスタルシステムは、機体の性能を極限まで引き出すと同時に、感情によってそのシステムはコントロールされていると……」

クリスタルシステムは搭乗者の感情とシンクロしており、その中でも怒りの感情に過剰に反応する仕組みになっている。搭乗者が過剰な怒りを感じる事でシステムが搭乗者の脳血流量や自律神経の流れを読み取り、それによって機体にも変化が見られるという仕組みである。実際、デウス動乱時に投入されたクリスタルガンダムにもこのシステムが搭載されており、圧倒的な力を見せつけた記録がある。

しかしこのシステムは非常に強力な反面、搭乗者の命にも関わる危険なシステムでもある。というのも、システムそのものが搭乗者の血流量を過剰に促す為、搭乗者の循環器系統に凄まじい負担が掛かる。それだけでなく、普通の怒りとは比較にならない程の怒りをシステムが促す為に、怒り過ぎて搭乗者が精神崩壊を起こしてしまう危険性も備わっている。その為、全てにおいてオールドタイプやシンギュラルタイプを凌駕する存在であるアドバンスドタイプがこのシステムを扱うのに相応しいものだとされ、クリスタルシステムはデウス動乱時のクリスタルガンダムとこの機体以外では実用化に至っていない。開発した地球連邦軍ですら、このシステムのデータは抹消しており、日の目を見る事がないとされてきた。

だが、アステル家はこれを回収し、ブライティスに応用させたのだ。もし、クリスタルシステムが発動すれば凄まじい力を発揮するが、基本的には発動する事は余程の戦況で無い限りは厳禁とされており、基本的にブライティスに搭乗する時は、パイロットは自身の感情のコントロールが大切になってくるのである。

アレンはデウス動乱時にクリスタルシステムが生命を脅かす存在である事を知っている。それは、ジャンヌも同様だ。

「今、貴方と言う戦力を失う訳には行きません。それはFPBに多大な損害を与える事になる為です。クリスタルシステムに飲み込まれれば生命の保証はありません。」

警告するジャンヌ。だが、アレンは黙ったままだ。

「アレン。今アルバトスとシュネルギアが向かっている資源衛星にて、貴方のガンダムを強化しようと考えています。今後の戦闘では熾烈を極めていく事が予想される為です。ですが、今の貴方が例え強化されたブライティスに乗る事になったとしても、それは危険以外の何者でもありません。」

以前にミシェと話していた事だ。アレンのガンダム、ブライティスの強化。今後の戦闘で戦い抜く為の強化だ。

「私からのお願いです。ブライティスの強化が終わり、尚且つ貴方自身の感情が落ち着くまではあの機体に乗る事を避けて下さい。ただ、それがいつになるのかは分かりません。その為、万が一戦闘になった場合は、暫くは貴方にアステリアを用意させて頂きま――」

今の心理状態のアレンにブライティスを乗る事はリスクが高いと判断したジャンヌは彼に気を遣うように、アステリアに乗るように提案をした。それを、アレンの言葉が遮った。

「ジャンヌは分かっている筈だろう!俺が無心を演じなきゃダメな理由を!!!」

アレンの大声に、ジャンヌは黙った。

「クリスタルシステムの事はとっくに知ってる!あれが感情に左右されるって事も!でも今までは俺にはココットが居た!彼女が居たから俺の心の支えになっていた!ブライティスの機能が維持できたのも、俺の精神が保てていたのも彼女が居たくれたからだ!でも殺された……そりゃ、別の機体を用意すればリスクの問題は解決するかも知れない!でも今後戦闘は激しくなっていくのに俺がブライティス以外の機体に乗った所で本当に戦力になるのか!?」

アレンの支えとなっていた人が死んだ。だからこそ、宇宙に出てからの彼は感情を押し殺し、ブライティスの機能の維持の為に戦う事が出来た。今、彼はジャンヌに言われえて自分の中の感情を爆発させた。今だからこそ良かったが、もしこれがブライティスのコクピット内ならば取り返しのつかないことになっていたと考えられる。

「でも……それで貴方が死ぬという事になれば!」

「どの道変わらない!安全を考えて機体をアステリアに変えて、その性能を下げるか、リスクを考慮して高い機体性能を持つブライティスで戦おうが!」

ジャンヌは迷っていた。最愛の人の死を目の当たりにし、彼が困惑しているのは分かっていた為だ。ジャンヌ自身もその経験をしている。母、ターナの死の経験。だが彼女はそれを乗り越えた。そして、ココットの死も今は気にしていられない。シュネルギアの艦長として、指揮をしていなければならない為である。

 だが今、ココットを失い、心の拠り所がないアレンが無暗にブライティスに乗るのは、危険なのは間違いないのだ。

「悪いけど俺はどんな状況になろうともブライティスを降りる気はない。仮に怒りを感じて、生命の危険に陥ろうと……」

すると、アレンは何故か微笑しながら言った。

「今の俺はさ、心の支えも何もない、ただ敵を殺すだけの兵士なんだよ……ごめん、ジャンヌに当たってしまった……駄目だな、もっと感情をコントロールできないと……いっそ、感情なんて無くなれば良いのにね。そうすれば楽になれる……辛く、悲しむ必要なんてない……こんなのがあるから、ただ苦しいだけだ……まるで、リノアスってあの子と真逆の事を言ってるな、俺は……」

ヴァイダーガンダムの呪縛に囚われ、人の形すら保つ事を許されなかった少女、リノアス・クリストル。彼等は戦闘の中で何度か会話をした。その中でリノアスは感情を取り戻し、最期には解放された。

自らがそのように語る事で、少し冷静さを取り戻すアレンだったが、以前のような優しさは見られない。全てを諦めたかのように振る舞うアレン。それに対してジャンヌは言った。

「アレン……では……」

「……?」

「私が……貴方の支えになる事は駄目なのでしょうか……」

彼女は、今自分に出来る事はアレンの支えになってあげる事だけだと感じていた。その為、思い切って彼の自分の想いを伝えたのだがアレンは

「ジャンヌが俺の?……ジャンヌの事は好きだ。でもそう言う、愛情という意味の好きと言う訳じゃない。仲間として好きなんだ。それにさ……今の俺にはさっきのジャンヌの言葉がこれ以上俺が暴走しない様にする抑止剤のように聞こえて仕方が無いんだよ。」

彼女は実際アレンの事を想っている。しかしその想いは今のアレンには伝わらなかった。寂しげにアレンを見つめるジャンヌ。

「そんな……私は……貴方の事を本当に……」

「……本当に……?」

 

ガッ

 

ジャンヌの言葉はアレンを激昂させる。次の瞬間、アレンはジャンヌの肩を思い切り掴み、壁に両肩を押さえつけ、彼女の顔に自分の顔をぐいと近づけた。

「アレン……何を……?」

「俺の事を本当に想ってるってことはさ……俺の事を慰めてくれるってことなのか!?」

ジャンヌの心遣いが、アレンを一層荒れさせた。

 

チュッ

 

彼は強引にジャンヌの唇に接吻をし、その間にも彼はジャンヌの肩を押さえつけた。心地良くない、ただ空しさだけが残る行為を、彼等は行っていた。

「ん……んぅ……」

「……」

五秒程して彼等の唇は離れた。アレンはじっとジャンヌの顔を睨むように見ている。

「想っているのなら……受け入れてくれるんだろ!?俺を!こんな俺をさ!大切な人を失って、ただ無心に人殺しをし続ける俺を!!こんな生きる価値もないような人間を想ってくれるんだろ!慰めてくれるんだろ!!!じゃあ慰めてくれよ……抱き締めて……身体だけでも良い!!癒してくれよ!頼むから!!」

自棄になるアレン。蓄積していた感情をジャンヌに向けて爆発させる。それは彼女が親しい存在だからこそ怒りをぶつけているのだが、ジャンヌにとってそれは悲しみでしかない。

 アレンの言葉に最初は困惑するジャンヌだったが、彼女は覚悟を決めた様子で言った。

「……構いませんわ。アレン、貴方が私の身体を求めているのなら、私は受け入れましょう。それで貴方の心が少しでも癒されるのなら……救われるのならば……私は貴方に身体を預けます。」

ジャンヌは本気だった。アレンに身体を委ねても構わない。それによって彼が精神的に癒されるのならば、それを受け入れるべきだ――と、考えていた。

 しかしアレンは彼女の言葉を聞いて涙を流した。ジャンヌの両肩を離し、壁に向けて思い切り拳を叩きつける。

「……ごめん……ごめんよ……ジャンヌ……俺は……最低な屑だよ……自分の事しか見えてなくて……ジャンヌを道具のように見ていた……あんな事……してしまうなんてさ……」

「アレン……」

接吻の事を謝るアレン。それだけでない。彼女の身体だけを求めてしまった事も全て謝った。彼はこの時、改めて自分がおかしくなっているのだ……と感じてしまった。

「俺はもう行くよ……ジャンヌ、君は引き続きFPBを導いて。ブライティスの改修も任せる。けど、その間、俺は命令通りに動いて、MSにも乗る。与えられた命令ならこなす。だから……」

アレンは視線を隠すようにし、この場を去った。ジャンヌは胸元でぎゅっと指を握り、彼の悲しげな背中を見送った。

 最愛の人、ココットを失ったアレン。今、彼は誰とも交流をせず、黙々と戦い続けている。何故ならば、他者と交流すれば自分の中の感情が爆発し、その人を傷つけてしまうから――彼はそれを分かっていたのだ。だからこそ、誰とも接しようとしなかったのである。ジャンヌには怒りを爆発させたが、ジャンヌはそれを許した。アレンが苦しみ、悲しんでいる事を理解している為であった。

 

 

 

 エファンは作戦から帰還したクラリスとダウーラに対し、〝お仕置き〟を行っていた。それは服を脱がせた状態で、失神する寸前の出力の電流を全身に浴びせ、苦しめさせるというものだった。

「ぐああああああああああああ!!!」

「う……ぐううううううううう!!!」

両者が苦しむ中、エファンはニヤリと笑っていた。側にいたシーアは身体を震わせている。

 少し時間が経過して、二人は解放された。しかし身体を動かす事は、両者には出来なかった。

「よく、平気で命令無視を出来たものだな。反抗期のティーンエイジャーのつもりか?」

「も……申し訳ありません……少佐……」

クラリスはよろよろと、身体を動かしながら言った。

「糞……がぁ……」

一方のダウーラは反省する様子を見せず、エファンを睨みつけている。

「まあ、機体のデータを持ち帰って来た事は評価しよう。それだけでもお前達を出撃させた価値はある。」

「少佐……お言葉ですが、機体のデータを入手して何に使用される予定なのですか?」

シーアが言った。彼はエファンの目的を一切知らない。だからこそ、彼は聞いたのだ。

「機体のデータの使い道は山程あるだろう。特にあの白いガンダム。あれは以前よりも明らかに強くなっている。その理由となるデータを分析し、今後の戦闘の参考にする。それが目的だが?」

「ハッ、了解しました。」

シーアは敬礼した。

(これで私の機体は完成型に近付いた……しかし、もう少し調整は必要か)

エファンは何かの機体を作っている様子だった。電流を浴びて苦しむ両者を見て彼は再び笑みを浮かべた。シーアはエファンの表情を見て不気味に感じていた。

(この人、MSに関しては天才的で尊敬は出来るけれど、こういうところは悪趣味だな……僕は人の痛がる姿を見て喜ぶ気にはなれない……正直、気味が悪い……)

「そうか、シーア。」

「!?」

エファンはシーアの心の中を見抜いた。この時、彼はエファンが透視能力を持っている事を思い出し、後悔した。

「しょ、少佐、申し訳ございません!」

「何を謝る必要がある?普通人間の心の中は読めない。しかし私は読める。いや、読めてしまうと言うべきか。人間の心が読めると言うのは便利であり、非常に不便だ。少なくとも人間関係を築いて行こうとする人間が持つべき能力ではない。相手の本音が見えてしまい、それが自らに対する負の感情を抱いていると知った時、人間というのはその人間と関係を持ちたくなくなるものだからな。」

「いえ、決してそのようなつもりではありませんが……」

人間の心が読めてしまうエファン。彼の言うように、人間関係を築いて行く必要がある場合において彼の能力は厄介この上ない。人の心が読めると言う事は、相手の本心を知ってしまうと言う事だ。それを知ってしまう事で、例えば建前では友人だと思っている相手が実は嫌っていたという事も知る事が出来るようになってしまう。そうなってしまっては人間関係を構築する事に障害が生じてしまう。

「何かを考え、それを表出せずに心の中で隠し通す事は人の特権だ。だから私はそれに対しては何も文句は言わない。例え、それが私を誹謗中傷する内容であろうがな。」

「はあ……」

果たして、それは寛容であるといえるのかと、シーアは思っていた。無論、その考えもエファンには筒抜けであり、彼はエファンと行動を共にする際は迂闊に失言をするどころか、考えを思う事すら難しいものとなってしまった。

 

 

 その後、エファンはMSデッキにて自らの機体を眺めていた。従来の機体よりも一回り程度大型の、漆黒の機体。これがエファンの機体というのか。

 手部は他の機体よりも肥大化している。特徴的なブレードアンテナにデュアルアイ。それだけを見ればガンダムタイプのようにも見えるが、特徴的な口径部の突起が見られない。恐らく別物なのかも知れない。

 彼はやがてコクピットの中に入り、所持していた情報端末を接続し、情報を見る。それはダウーラがツヴァイと交戦した際に持ち帰った情報だ。そこに記載されているのはツヴァイガンダムの情報。新たにビーム粒子を共鳴させる機能が追加された、ブリッツファンネルの情報がそこに記されている。

「あのガンダムのサイコミュ兵器に搭載されているのはビーム粒子の共鳴、共振。これを応用させれば、理論上は“永久機関”を作り出す事も可能という事か……人間は兵器に於いてはこれ程に有益なテクノロジーを生み出す。それが人を殺める存在という、矛盾……だが、これは私の目的の為にも利用価値がある……」

彼の言葉は全てが意味深長だ。彼は端末を眺め、その頭脳を回転させていく。

「元来MSを運用するに当たってはビーム粒子の貯蔵タンクの存在が必須とされてきているが、もし戦場に飛び交うビーム粒子を再利用出来るのならばこれは有意義と呼べるか……なかなか、興味深い。」

戦場に散るビーム粒子。それらは貯蔵タンクから熱エネルギーとして生み出されるものだ。そして、放たれたビーム粒子は戦場に散り、地球上ならば大気に、宇宙ならば宇宙空間に留まる。それらの濃度が濃くなれば、Eフォンの回線などに障害を齎す。

 だがそれが再利用出来るとすれば?もしそうならば、MSはビーム粒子切れを起こす事はなくなる。エファンが語るのは、その事だ。

 従来のMSではそれらは不可能とされた。だが、今回ツヴァイに実装されたリゾネートジェネレーターはビーム粒子自体を共鳴させ、そしてその出力を高める効果を持つ。この共鳴する機能を応用させる事が出来るのなら……と、エファンは一人、考えていたのだ。

「私の機体の完成は、もう間も無く……か。スウィードさん、貴方が果たしたかった夢は間も無く、叶うよ。」

コクピットの中で、彼は静かに呟いた。

 




第九十六話、投了。
舞台は遂に宇宙へ。ここから物語は一本になって進んでいきます。


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第九十七話 狡猾な罠

新生連邦を撃退したFPB。そこへFPBに接触しようとする国連の戦艦が迫るのだが――


 新生連邦の月面のシン・ナンナ基地にて。そこにいた総司令はディブロックが破壊された件に関する報告を受け、それを、ただ聞いているだけだった。

「そうですか……それで、ディブロックを所持していた部隊の司令官の名前は?」

「エファン・ドゥーリア少佐です。」

兵士がそれを告げた後、総司令の表情に曇りが見えた。

「……分かりました。報告ありがとうございます。私は部屋に戻ります。」

「ハッ。」

兵士は敬礼した後、この場から去って行った。それから総司令は自分の部屋に戻っていく。

 

 部屋に戻り、椅子に座ってそっと溜息を吐く総司令。その側には、彼を見守るソフィア・ブレンクスがいた。

「お帰りなさいませ、レヴィー様。」

「……ソフィア、戦況はやはり不利になりつつあるようだ。」

「そうですか……」

「となれば、切り札となるエレシュキガルをどう使うか……それに掛かっている。」

月から出現した機動要塞、エレシュキガル。彼は、それが新生連邦を勝利へ導く切り札であると言っているが、その要塞に何が搭載されているのかは定かではない。

「そして、ドゥーリア少佐が僕に託してくれたMS……これが鍵になるか。」

総司令は部屋のコンピュータを起動させ、あるMSの詳細データを眺めた。

 機体名、ガンダムオラトリオ。型式番号、EMX-04XG。エファン・ドゥーリアが総司令の為に用意したMSである。以前にエファンは彼に〝MSを渡す〟と言っていたが、それが今になって約束が果たされたのだ。

 エファンが開発したMSの中で唯一のガンダムタイプである、オラトリオ。聖譚曲という意味を持つこの機体は高機動に特化したMSであり、劣勢に追い遣られている新生連邦にとっての強力な助人となり得るMSと、言えた。

「この状況を見越して、彼が僕に高スペックのガンダムタイプを渡してくれた事はありがたい事だ。彼のその心境は不明な所も多いが、実際にこの機体が使えるのならば、使うまで。僕の、新たなる力と言うべきか。」

この時、総司令はエファンの思惑に疑問を抱きながらも、自身に与えられた新たなる力の存在に喜びを感じている様子だった。

 デスゲイズと交戦した時に彼の愛機、ナパームは破壊された。この先熾烈を極めていくかも知れない戦況で、新たなる機体を得られる事は、彼にとって幸福と言えるのである。

「更にエレシュキガルのサイコミュ・ルーラシステムの運用さえ出来れば新生連邦は負け知らずとなるだろう。本部決戦では敗北を味わったが、今度ばかりは負ける訳には行かない……」

そう言う、彼の表情に余裕など無かった。迫る敵を倒さなければならない。新生連邦の安定の為に、敵勢力の排除をしていく。国連、デウス、そしてFPB。これらの勢力を叩き、勝利を揺らがぬものとしたいと彼は考えていたのだ。

彼が言っていた言葉の中に、“サイコミュ・ルーラシステム”という言葉があった。それは、エレシュキガルに搭載されている、MSに乗らないでブリッツファンネルといったサイコミュ兵器を扱うシステムの事である。その試作版は彼等が現在いる月面基地のシン・ナンナにあるという。

「だが、問題がある。サイコミュ・ルーラシステムを扱える存在は、誰か……より、各個たるものにしたいと思うが故に、迷うところも多い。」

と、言いながら彼はソフィアの方を見た。純真無垢な彼の側近。今まで彼を裏切る事なく、従順とも言える態度で接して来た彼女を、何故か見ていた。

「レヴィー様は……」

その時、ソフィアは口を開いた。

「私を、その役目にしたいとお考えですか?」

「役目……?」

それは何を示すのか。否、答えは分かっていた。

 サイコミュ・ルーラシステムを“誰”が操るのかで悩んでいる事に対する、答えだ。彼にとってその答えが目の前に居る少女、ソフィア・ブレンクスなのである。

「ソフィアが、サイコミュ・ルーラシステムを操る……か。」

この時、総司令はその様子を想像した。

総司令が新型ガンダムに乗り、戦う一方で、彼女はサイコミュ・ルーラシステムを操り、彼の援護をする。ソフィアがそれを操れば、そうした仕組みが出来上がる事になる。そして、それが確実な形を築くことが出来れば、新生連邦の攻防はより強固となるのだ。

「レヴィー様は今、苦しまれています。ですが、私は今こそ、貴方のお役に立ちたいと考えています。貴方は私を助けて下さいました、あの日から、いつかは役に立つ日が来て欲しいと、考えていました。」

語る、ソフィア。その言葉に、総司令は耳を傾けていく。

「あの時です。あの時、貴方が助けて下さったからこそ、私は今、ここに居ます。でなければ、ただの道具として使い捨てられ、死んでいたでしょう。」

ソフィアが口にした、〝道具として使い捨てられ、死んでいた〟という言葉。彼女は戦後になって総司令、レヴィー・ダイルと共に行動している。それ以前では彼女は何をして生きてきたのか。

 

 

 

 それはデウス動乱が終戦する前の事だった。当時、コロニーで生まれ育ったソフィアは強力なシンギュラルタイプ能力の持ち主であり、それを当時の地球連邦軍が目を付け、サイコミュに関係する様々な人体実験を行った。生まれつき両親も親戚もいなく、孤独だった彼女が仮に死んでも誰も困らないと判断され、彼女はサイコミュの新兵器が開発される度に実験に駆り出された。〝ソフィア・ブレンクス〟という名前も、当時の研究機関の人間が名付けたものであり、その本名自体は一切不明なのだ。過去の経歴も抹消されている。

 だが、ソフィアはサイコミュの実験以外にも、強力なシンギュラルタイプの持ち主と言う事で、研究者に盥回しにされ、脳を弄られる事も多々あった。研究者の中には自身の興味本位から、彼女と性的接触を試みた者もいた。他にも血液の採取、筋線維の切除、挙句の果てには彼女を強力な兵士として変貌させようと、彼女を強化モデルにする計画も存在していた。

 無論、彼女は人間である。人間である彼女がこれらの人体実験に対して何も思わないはずが無い。実験の度に激痛や精神的な苦しみと戦い続け、生きてきたのだ。その中でソフィアは死を選ぼうとした事すらあった。

(私を心配してくれる人なんていない……だからみんな酷い事をする……嫌だ……嫌だよ……もう……死にたい……)

普通の少女として過ごす事が出来ない絶望が、彼女を包んだ。

 それからデウス動乱が終結した頃、勝利を収めた地球連邦軍内の、ある研究施設はソフィアを強化モデルに改造する計画を企てていた。それを拒否するソフィア。しかし研究者達はそれを許さない。

「親もいない、身内もいないお前に何を拒否する権利があるか!」

「保護者とか、そういった人間がいると簡単には行きませんからね。人間を使った実験と言うのは大変だ。それにもし公になれば倫理委員会が黙っていませんよ。」

「そういう組織がいるから人類は変わる事が出来んのだ!私は、そう思うのだがね。もっと孤児や、宛ての無い人間が増えれば良い。そうすれば我々がそれらを使って実験をし、後世に名を残せるのだ。」

人を、人と思わない言動。当時のソフィアはそれを聞いて感情を既に失っていた。このような人間達がいる場所に、いつまでいなければならないのか。死ぬにも、自分で死ぬ為の道具すら与えられない、彼女を待っていたのは人体実験の日々……ただ、それだけだ。

 だがある時、彼女の姿を見たレヴィー・ダイルが研究者達に対して激怒した。自分達の研究の成果を残す為だけに残虐な人体実験を繰り返していた事が明らかとなり、その者達は総司令の名の下に処刑された。

「大丈夫かな?凄く酷い目に……遭っていたんだね……」

「貴方は……?」

「私……いや、今は僕でいい。レヴィー・ダイル。地球連邦軍総司令、レヴィー・ダイルだ。」

「わ、私は……そ……ソフィア・ブレンクス……」

「ソフィア……か。君はもう自由だ。酷い目に遭う必要はもうないんだ。」

「でも……私には帰る場所なんて……ないです……」

「帰る場所が無い……?」

「両親は生まれてからいなくて……それからずっと……研究施設で……」

辛い経験を語るソフィアに、総司令は涙を流した。そして、彼は彼女に言った。

「君には親のように、信頼出来る人間が必要だろう。恐らく君は人間そのものに対して恐怖を抱いていると思う。僕を信じてみてくれないか?僕の側にいるだけでいい。特別な事は何もしなくて良い……だから……」

「お側に……居るだけ……」

総司令はソフィアに声を掛けた。しかし、人間に酷い目に遭わされ続けた彼女ならば、普通ならば彼を拒絶するのも無理はない。

 しかし総司令はソフィアを研究施設から助け出した。研究員達を消してくれた。彼ならば信じられるかも知れない。しかし、本当に信じて良いのか?だが自分に帰る場所はない……なら、彼を信じるしかない……ソフィアは考え抜いた末、総司令、レヴィー・ダイルと行動を共にする事を決意したのである。

 

 

 

 月日は流れ、今もソフィアは側近として総司令の側にいる。今となっては、彼女は総司令にとって欠く事の出来ない存在となっていたのである。

「あの時貴方が私を助けてくれたから、今の私はこうして貴方の側にいる事が出来て……でも、結局私はあれから、ただ貴方のお側に居るだけ……何も、貴方の役に立てた事が無い……それが、辛くて……」

自分を卑下するソフィアに対し、総司令は言った。

「君の存在は、新生連邦総司令を務める僕の支えになっている。僕自身は立場故に、批判をされる事も多い。でも、僕はそうしたプレッシャーの中で勢力を拡大し続けてきた。軍備増強も続けてきた。そして、連邦の脅威となる存在は排除してきた……しかし現在ではこの有様だ……戦況は連邦が不利になりつつある……それを、本来ならばどうにかしなければならない筈なのに……僕はこの状況を正直、恐れている……君にだけだよ、本心を見せる事が出来るのは。」

若き総司令は苦悩を抱えていた。今まで、軍備増強を優先事項とし、仮に反政府活動が盛んになろうとも、構う事無く軍備増強を続けて来た新生連邦軍。その組織を率いてきた総司令、レヴィー・ダイル。そのような存在である彼も、若者なのだ。若い為に、必要以上に何かを実行するのに恐れを抱き、苦悩する。

 彼が研究施設から助け出した少女であるソフィアは、いつしか総司令にとって欠く事の出来ない存在となっていた。彼女がいるからこそ、彼は心を保つ事が出来るのである。

「だからこそ、私は貴方の役に立つ事がしたいのです。ただ居るだけではなく、実際にお役に立ちたいと、思っています……」

ソフィアの決意。今まで総司令に従順であった彼女は、自らの意思で彼の為に、“何か”をしたいと訴えたのだ。

 ソフィアは、一度彼は撃たれそうになった時に自らの身を挺して守った事もあった。その際も、彼はソフィアを心配した。例え、周囲の人間からどのように呼ばれようとも、彼女の事を大切に思っていたのである。

「だから、サイコミュ・ルーラシステムを使いたいと言うのか?」

「私は、“ただ居る”だけの存在でなく、貴方の役に立てる存在になりたい……それが私の願いです。」

どうしても総司令の役に立ちたいと言うソフィア。総司令、レヴィー・ダイルは腕を組み、彼女の言葉を聞き続ける。

「私は自分の力が嫌いでした……ただ研究の為に使われる自分の力が……でも、貴方のお役に立てるのなら……この力は必要なんだって……思うんです……」

「どうしても、僕の為に?」

「はい。」

ソフィアは動揺する様子を見せない。本気で、総司令の為に役立ちたいと考えているのだ。

「分かった。なら、君の力を頼らせて貰いたい。サイコミュ・ルーラシステムを使って、僕を守ってくれ。ただし……自分で限界を感じたらすぐに止める事だ。」

「はい、レヴィー様。」

本当ならば彼女を巻き込みたくないと思っていた総司令は、遂に彼女を戦争に巻き込んだ。今まで側近として存在していたソフィアは、遂にこの戦争に関与する存在となって行くのである。

だが、当の本人は満足げな様子だった。自分も戦いに参加出来るという事。ソフィアは、それが嬉しくて思わず笑顔を零した。

「じゃあ期待しているよ。ソフィア。今から、僕はオラトリオの機動実験を行う。君はシン・ナンナにあるサイコミュ・ルーラシステムを使い、僕の援護をしてくれ。」

総司令とソフィアは共に部屋を後にし、総司令はガンダムオラトリオに、ソフィアはサイコミュ・ルーラシステムのある部屋へそれぞれ向かって行った。

 

 

 

「システム、オールクリーン、行けます。」

「各部、駆動系異常なし、」

「了解、ガンダムオラトリオ、起動する。」

 

キシィン

 

新型ガンダムライプ、オラトリオのカメラアイのカラーは水色である。その色に輝いた後に、オラトリオはシン・ナンナ基地のカタパルトから発射された。

「成程、スピードはナパームを遥かに凌駕している……」

総司令はオラトリオの機体を一度くるりと、360°回転させた。続いて足部のペダルを踏み、バーニアの出力を更に上げる。

「まだ1/3なのにナパームの最大可動を上回った?凄い、機動性は圧倒的だ……」

オラトリオの機動性に驚愕する総司令。次に、彼は武装を試す事にした。まず、二つの実体ブレードを展開し、それらを変形させてビームサブマシンガンを作り出した。次に総司令は目標物であるダミーバルーンが五つある空間に接近し、ビームサブマシンガンを連射した。オラトリオがそれらを発射しながら空間を通過した後、バルーンは全て割られていた。

「早い……確かに、早い。それに貫通力も凄い……彼はこんな機体を何故僕に渡したのだろうか……」

性能、機動性……全てにおいて申し分ない性能を発揮するオラトリオ。呆然とする総司令だったが、彼はすぐに我に返り、ソフィアに対して通信を送った。

「サイコミュ・ルーラシステムを試してみて、ソフィア。」

「はい……」

通信を受けたソフィアは一度目を瞑った。そして三秒後、彼女は開眼する。

 すると、月面基地からファンネルらしき、飛翔体が多数発射される。その数七十基。いずれも正確な動きで、目標であるダミーバルーンを一斉にビームで撃ち抜き、破壊した。

「凄い……」

監視塔でオラトリオの機動実験の観測をしていた人間達が、ファンネルの動きを見て驚愕していた。

「あれだけのファンネルをああも簡単に操れるだと……?」

「サイコミュ・ルーラシステムを操っていたのって、確か……」

「いつも総司令の側にいる、女の子……だよな?」

「何者なんだ、あの子は……?」

ファンネルを操っているのはソフィアだ。観測者達はソフィアが強力なシンギュラルタイプ能力を持っているという事を、この時初めて知った。

 

 

 

 ガンダムオラトリオとサイコミュ・ルーラシステムの機動実験は終了した。総司令はソフィアのいる部屋へ急いで向かい、彼女の容体を確認する。

「ソフィア、大丈夫?」

「はい……大丈夫ですわ、レヴィー様。」

そこには笑顔で総司令を迎えるソフィアの姿があった。総司令はそれを見て静かに笑った。

「そうか、無事ならそれで良い。どうやら、使いこなせるらしい。この結果から、サイコミュ・ルーラシステムは君に預けても大丈夫だろう。これでどのような勢力が迫って来ても、君がシステムを操り、守ってくれれば良い。」

「はい……」

ソフィアは静かに笑った。システムによる脳への負担が懸念されたが、彼が予想していたよりもソフィアの容体に異常は見られなかった為、安心していたのだ。

「レヴィー様は、これからどうなされるのですか?」

「バンドレッドに乗り込み、艦隊を率いる。一刻も早く戦争を終わらせる為に攻め入る必要があるから。」

バンドレッドは新生連邦軍宇宙軍の旗艦といえる、超大型機動戦艦である。その大きさはヴィッシュ級の約三倍に匹敵し、MS搭載数も非常に多い。武装面も充実しており、旗艦を名乗るに相応しいスペックとなっている。

「私も……お供させて頂いて……」

「駄目だ。」

総司令はソフィアを止めた。

「君はエレシュキガルに向かって欲しい。実際のサイコミュ・ルーラシステムを操り、それで迎撃出来るようにして欲しい。無論、その際は自分の身体状況を把握しておく事だ。無理をして情報処理が追い付かずに脳が損傷する事になれば大変な事になる。」

「……分かりました。」

総司令の言葉には絶対服従するソフィア。彼は、彼女がMSに乗らなくとも戦える事を知り、シャトルにて一度ソフィアをエレシュキガルに向かわせた後で、総司令はバンドレッドに向かう事となった。

(彼女の力は、利用出来る……)

この時、総司令は何故か、やや、虚ろな表情でソフィアのその力の事を思っていた。ソフィアはサイコミュ・ルーラシステムを操る事が出来る唯一の希望と言える存在。それが実現した瞬間、総司令は喜びと共に、どこか躊躇いを感じていた。

 

 

 

 丸一日が経過した。正八角形の形状をした機動要塞、エレシュキガルの周辺にはバンドレッドを中心とした新生連邦の大艦隊が出来上がっている。現在、新生連邦はシン・ナンナ基地から多くの戦力をこの、エレシュキガル周辺に集めており、まさに、戦力の中核を成している状況と言えた。バンドレッドのブリッジには総司令と、ジーク・アルナスがいた。

「エレシュキガルの武器を使われるつもりなのですか。」

ジークは総司令に言った。

「ええ。ですが、あれはあくまでも最終手段。この要塞は新生連邦軍が形勢逆転する為の切り札です。切り札を簡単に使う訳には行かないでしょう。」

「そうですか、総司令がそう考えるのであれば、我々はそれに従うのみです。」

「艦の指揮はアルナス司令にお任せします。デウス動乱時代からの貴方の活躍を見込んでの事です。もし、私に何かあった時は、軍の指導権は貴方に移るようにしていますので。」

「ハッ。」

ジークは総司令に敬礼をした。総司令は司令官用の席に座り、オペレーターに周辺に熱源が無いかの確認を行う。

「この周辺に勢力は?」

「現在の所、以上はありません。」

「了解、索敵を続けて下さい。」

総司令は険しい表情で、窓に映る黒く、怪しくも美しい空間を眺めていた。今後、この戦争は熾烈を極めるものとなる。もっと、戦力が欲しいと、彼は、静かに思っていた。

 

 

 

 バンドレッドの艦隊の中の、ある一隻のヴィッシュ級の一室にて。そこにはダーウィンでの戦闘後、デウス残党軍が姿を見せた事により、宇宙部隊に派遣されたチェーニ姉妹の姿があった。彼女等は互いに下着姿で部屋の中を過ごしている。

 宇宙という環境に於いても二人は重力下でいた時とスタンスを変えない。ある種の拘りと言うべきか。

「宇宙に来てからあんまり大した敵と戦ってないからなんか萎えちゃうね、お姉様。」

「ええ、そうね。せめて、あの子が来てくれれば……なんて思うわ。」

「お姉様ったらあの子の事ばっかり話すんだから……私、嫉妬しちゃう!」

ぷいとリンセが頬を膨らませてそっぽ向いた。するとフォリアは椅子から立ち上がり、クスッと笑いながらベッドに腰掛けるリンセの側に寄った。

「フフ……」

「あ……お姉様?」

 

バサッ

 

すると、フォリアはリンセを覆いかぶさるように彼女を押し倒した。突然の出来事に、リンセは動揺する。

「あらあら、嬉しいんじゃないの?貴方マゾだからこういうのは喜ぶと思うんだけど。」

「もう……そう言うのはあんまり言わないでよぉ……お姉様……」

リンセは赤面していた。自分が好意を抱いている姉に押し倒されているからだ。

「でも……嫌いじゃない……」

「でしょうね」

「けどお姉様はあの子の事ばっかり……嫉妬しちゃう。」

フォリアはリンセに愛情を持っている一方、レイに対しても愛情を抱いている。そして、その愛情は歪んでおり、最終的に彼を殺めようとしているのだ。

「レイはね、男としての魅力があるの。でもリンセは妹として、そして女としても魅力がある。私はどちらも選ばない。ただ、好きなモノに対して私が好きに振る舞っているだけ。」

意味深な発言をするフォリア。そのまま、まるで挑発するようにリンセを見る、フォリア。

(あぁ、その見下すような目……もっと見下して欲しい!そして、出来れば私に暴力を振るってほしい!お姉様……)

リンセはマゾヒストだ。姉のフォリアに攻められたいと懇願している。愛らしい顔に似合わず、考える事が俗に言う、〝変態〟である。

 リンセは潤んだ目でフォリアを見つめる。一方のフォリアはまるで獲物を捉えた鷹の様な眼でリンセをじっと見る。

「……それにしても、戦闘がないわね。」

と、急にフォリアはリンセの手を離し、ベッドに腰掛けた。リンセは突然の出来事に困惑し、不満げな表情を見せた。

「ええ、そんな……」

「何がそんな……なの?」

「あ……ううん、何でもないわ、お姉様!」

「そう、何でもないのなら良いの。それよりも総司令の彼が艦隊を形成して3日……未だに戦闘が無いのが少し気になるわね。」

彼女等は戦闘によって、それぞれのガンダムに搭乗する事が出来ない事に不満を抱いていた。中でもフォリアは特に苛立っている。しかし、彼女以上に不満を抱えているのはリンセだ。

(生殺しとか、お姉様……もう!あ……でも……それはそれで良いのかも……いやーん、お姉様~!)

リンセは両手を頬に置き、赤面させて首を横に思い切り振った。フォリアはそんなリンセの姿を見て、微笑した。

「ねえ、リンセ。」

「え?」

「この先、絶対に死なない事、約束出来るかしら?」

突如、フォリアは言い出した。突然の言葉にリンセは多少困惑するが、彼女が言いたい事を察知したリンセは閃いたような顔して、

「ええ!」

と、笑顔で答えた。

(そう……これからの戦闘は厳しくなるでしょう。死ぬ確率だってグッと上がるんだから……こんな所で死なず、しっかりとお金を稼いで、これからも二人で暮らしたいものね。あわよくば、あの子も欲しいけれど……でも、その為には貴方に死んで欲しくないの。私の大好きなものは残しておきたいのだから。絶対に。)

この女の好きの基準が定かではない。リンセの事に対しても好意を抱いている反面、レイにも好意を抱いている。いずれもが、歪んでいる、恋。

 彼女達は相思相愛の関係だ。しかし他人とも言えるレイは違う。それでも、フォリアはレイの事を我が物にしようとしているのだ。

 

 

 

 

 時間が経ち、FPBの旗艦であるシュネルギアとアルバトスは破棄された資源衛星に向かっていた。宇宙に出てから修理をしていなかった船体の整備をし、次なる戦いに備える為である。

やがて資源衛星に着いた二隻の艦。そこで、艦の修理やMSの修理が行われ始める。そして、その資源衛星内の資源物資を調達し、ジャンヌやミシェはブライティスの強化作業に取り掛かろうとしていたのだった。

 その中、アルバトスの艦内の一室にて。そこはレイの部屋だった。彼は艦が資源衛星に着くまで眠り続けていたのである。

「ん……寝過ぎた……かな……?」

目を覚ましたレイ。彼の眼に映ったのは全体が銀色に染まった部屋だ。慣れない部屋だった為、彼は目を何度もぱちぱちと動かした。

「あ、そうか……ここ、セイントバードじゃないんだった……」

慣れない艦内にいるレイ。部屋に違和感を覚えたと同時に、自分は戦争をする為の兵士の一員である事を思い出した。

(そうだ……僕はもう、後戻りは出来ない。前に進まなきゃ駄目なんだ……)

日常生活から戦場へ、自らの意思で投じたレイ。これから先は何が起こってもおかしくない状況が続くと考えられる……そう思うと彼はそれが怖く感じられた。

(と言うか……昨日のエレンさんの告白……あんなのいきなり言われても……)

覚悟を決めたレイの前に、昨日エレンが告白をしてきた。自分の気持ちを伝え、去って行ったエレンだったが、彼は彼で苦悩していた。確かに彼女は魅力的だ。優しく、最近は笑顔を見せる。その笑顔も素敵である。リルムと分かれたばかりのレイだが、彼はリルムの存在を振り切れないでいる。

「返事、するべきなのかな……いや、駄目だ、余計な事、今は考えないようにしなきゃ……顔、洗おう……」

変に考え込んでしまうと苦しめるだけだと考えるレイは洗面所へ向かい、一度顔を洗う事にした。

 バシャバシャと音を立てて洗顔し終え、レイは服を着替えて部屋から出るのだが、この時に彼は気付く。

「あ……僕、この艦の事全然分からないじゃないか!」

エリィに案内されたのは自分の部屋の場所だけ。それ以外に何があるのか、来たばかりのレイにはさっぱり分からなかった。誰か知り合いが来てくれれば良いのだが、あいにく、すぐには誰も来そうになかった。

「参ったな……これじゃあここに居るしかないや……」

溜息を吐き、仕方なしに部屋に戻ろうとする――

「わあ!レイ!!」

「え……?うわわっ!」

急にレイは抱き締められた。そして彼の顔は二つの柔らかい物体に包まれ、もがく。

少し苦しんだ後、レイは急いで呼吸をした。

「ぷはっ……あ……え……ぷ、プレーンさん!?」

彼を抱き締めた人間の正体は、プレーンだった。彼女はガースト共に廊下を歩いている際にレイの姿を見て、彼に抱きついてきたのだ。

「ホントに宇宙にきたカ!レイ!」

「お前幸せだなー。プレーン、胸でかいから顔もうずまるよなー。」

ガーストは笑いながら言った。

「お、お久しぶりです……ていうか……その……離して……もらえませんか……?胸……当たってます……」

「何言ってるカ!当ててるに決まってるネ!」

そう言って、プレーンは更に抱き締めてきた。その時のレイの表情を見て、ガーストはプレーンを止めた。

「おい、マジで苦しそうだから止めてやれ。」

「え!?ガーストがそう言うなら……仕方ないネ。」

ガーストに言われ、プレーンはレイを離した。と同時に、レイは咳をする。

「戦闘以外で会うのは確かに久しぶりだな、レイ。でもなんでこんな所に来たんだよ?」

「その……話すと少し長くなっちゃうんですけど……」

確かに、長くなる。ここに来るまでの経緯が数秒や数分で語れるような内容でないからだ。ガーストはそれを察し、笑いながら言った。

「ああ、察せってことね。ぜんぜんOK!誰にだって理由はある。気にするなって事ね。でもここに来た以上は、当然覚悟は出来てるんだろ。」

急にガーストの表情が険しくなった。レイは少し驚くが、彼も表情を険しくし、コクリと頷く。

「ならいいんだよ。遊び半分で来られちゃ困るからな。プレーン、お前の事だよ。」

「な……何言うカ!私はガーストの為に……」

「俺の為じゃなく、みんなの為に働けって前からずっとずっとずーっと言ってるんだけど?」

「あ……そう……ネ……」

最愛のガーストに言われ、落ち込むプレーン。レイは苦笑いを浮かべていた。

(変わらないなぁ、この人達も……)

ジャンヌに、覚悟を決めてFPBとして戦えと言われて、彼は今までの環境と違う事を覚悟しなければならないものと思っていた為、こうした場面に出会えるとは思っていなかった為、少し安心していた。

「ああ、そうそう。今この艦は整備中なんだよ。自分の機体の整備の為にMSデッキに向かう途中なんだけど……お前、ここの事知ってたっけ?」

幸いだった。レイはこの艦の事を全く知らなかった為、ガーストについて行けばMSデッキに行く事が出来るならば、彼について行けば少しは艦の事が分かるようになるかも知れないとレイは思っていた。

「いえ……全く知らないです。」

「おー、そっか。じゃあ一緒に行こう。てか、さっき放送流れてたの知らなかったのか?」

「え!?そうだったんですか!?」

実は彼が眠っている間、資源衛星に艦が着いた事を知らせる放送が入っていたのだが、眠っていたレイにそれが聞こえる筈が無かった。

「ごめんなさい、僕、眠ってて……」

「じゃあ丁度良いや。一緒に来いよ。」

「はい!」

その後三人はアルバトスのMSデッキへ向かう事になった。無論、目的はそれぞれの機体の整備の為である。プレーンがついて行くのは、ガーストがMSデッキへ行く為である。

 

 

 

 移動途中、レイはアルバトスの窓から資源衛星の様子を見ていた。この時、彼はこの資源衛星を見て、既視感を抱いている様子だった。

(確か……昔見ていたカタログにこの写真があったような……そうだ、思い出した!Cメタル戦争の戦場になったってされている場所だ!)

現代から60から70年程前。当時の地球連邦とデウス帝国の資源戦争である第二次クリスタルウォー。その資源を争う形で両者が対立し、地球連邦軍が勝利を収めた。この資源衛星は、現代では地球連邦軍の管轄から離れている為にFPBが入港出来るのだが、当時は地球連邦がCメタルの資源を得る為にデウス軍と熾烈な争いをしていたのだという。レイは、ある意味歴史的な場所に立ち会うことが出来て、内心喜びを感じていたのだった。

 

 やがて彼等はMSデッキに辿り着いた。MSデッキに着いた際に、三人はヘルメットをかぶった。既に多くの整備士達がMSの整備を始めており、彼等はそれらの手伝いをする為に移動しようとした時だった。

「お前なあ!!!」

「うわああ!!」

急にレイは胸倉を掴まれた。急な出来事だった為、何が起きたのか把握できなかったレイだったが、よく見ると彼の胸倉を掴んでいるのはスバキだった。

「私に挨拶なしってどういう事だよ馬鹿!」

「な、なんだ……スバキか……」

顔を見て、レイは安心した。だがスバキは明らかに怒っている。

「昨日の戦いで援護してやったの私だぞ!それなのに挨拶もなしってどういうつもりなんだよ!!」

「そんなに怒らないでよ!その……僕だって疲れてたんだ……」

「そんなもん、関係あるかよ!」

怒るスバキに、呆れるレイ。まさか宇宙に来てまで彼女に言われる事になるとは思いもしなかったのであった。

「おぉっ、君可愛いねー。お嬢ちゃんの友達か?」

その時、レイの後ろから何者かが声を掛けた。慌ててレイは声の方を振り向き、反応する。

「あの……?」

「ああ、失礼。俺はファージ・ネイヴァン。元国連のパイロット。今はFPBで頑張ってるけど。てか、昨日の戦いで滅茶苦茶凄いガンダムが猛威を振るっていたけど、ここにそのパイロットがいるって言うから来てみたらまさかの可愛い女の子って……なんか女の子のパイロット、多くね?」

一人、だらだらと語るファージ。彼は本来シュネルギアにいるはずなのだが、ツヴァイガンダムのパイロットに会いたい一心でアルバトスに来たのだ。そこで彼はツヴァイのパイロットであるレイに会うのだが、レイは相変わらず、初対面で少女に間違えられていたのである。

「レイは男だぞ!てかなんでここにいるんだよ!」

と、スバキがファージに言った。

「おぉ、お嬢ちゃんじゃん。いたんだな――って男!?はぁ!?この子が?」

「そうだよ!お前ほんと見た目しか見ないんだな!」

ファージとスバキが互いに知り合いのような会話をしているので、レイは首を傾げる。その直後に彼はまたしても少女に間違えられた事に対して溜息を吐いた。

「マジでこの子男なのか?嘘吐け――」

 

さわっ

 

「ひゃううう!?」

するとファージはあろうことか、レイの股間を素手でまさぐり始めたのだ。突然の出来事に動揺するレイ。周囲にいた人間は顔を赤めているが、ファージは気にする様子を見せない。そして彼はレイの股間部にある、〝違和感〟を覚えた直後、青ざめた表情を浮かべて一歩後ろに下がった。

「オイオイマジかよ!?お前男かよ!うげえええ……」

女垂らしのファージだが、レイが男だと確認した瞬間に気分を悪くした。一方のレイは股間を触られて不快な表情を浮かべていた。

「お前!!何、セクハラやってんだよ!?」

「男だって言われたら普通はシンボルがあるかを確認するもんだろ!しかしマジで男だとは……うう、マジかよ……」

自己嫌悪に陥るファージに、それを責めるスバキ。レイをはじめ、スバキ以外の人間はこの状況を把握出来ないでいた。その中で、レイはファージに聞いた。

「あの、貴方は……?」

「あー……俺か。」

レイが男だと分かった瞬間のファージの態度は、余りに冷たい。

「ファージ・ネイヴァン。悪いね、お前は凄いパイロットかも知れないけど男じゃあな……アレン・レインドのような凄腕のパイロットなら声を掛けるんだけどこいつじゃ……」

(酷い……)

レイは少し傷付いた。だが、冷静になって考えれば男であると認めてもらったと考えると、これに傷付くのはおかしいと感じた。

「ま、顔確認できただけいいやー。俺は戻るわ。んじゃ、お嬢ちゃん。バイバーイ。」

そう言ってファージは手を振りながらこの場から去って行った。

「なんだあいつ?」

ガーストが言った。

「元国連の男だってさ。チャラ男で見た目しか見ない男。最低なヤツだよ。」

ファージの事はこの中ではスバキがよく知っている。それ故にファージの事を語る事が出来る。あくまでも、スバキから見たファージの印象のみだが。

「ふぅん、まあいいけど……さて、整備……あれ?」

と、ガーストが自分の機体の整備を手伝おうとした時だった。彼の眼先に、シュネルギアにいる筈のアレンの姿があった。

「アレンさんじゃないですか、あの人?」

「あ、ああ……だけどなんであいつここにいるんだよ?」

「僕、あの人に話がしたかったんです!でもなんで昨日の戦闘中にあんな態度をとったのか……」

昨日の戦闘中、レイに対して明らかに冷たい態度を見せたアレン。当然彼にはアレンがあのような態度をとる理由など分かる筈が無い。

 アレンに話し掛けようと、ふわりと身体を浮かせ、彼の方向へ向かおうとした時――

「やめろ。」

と、ガーストがレイの腕を掴んだ。

「え……?」

「あいつ、ちょっとな……今、傷付いてるから話し掛けない方が良い。」

「傷付いているって……?」

「……ここに来るまでにあいつにも……俺達にも色々な事件があったんだよ。聞かされて無かったかな?」

「あ……はい。」

レイと同様、アルバトスのクルーにも多くの悲しい出来事があった。ジャンヌが誘拐された事による救出作戦の際に失われた、ウィリアとアレンの最愛の人、ココットの命。特に、アレンにとってはココットの死が今に大きく響いているのである。

 レイは今、これらの出来事をガーストから聞かされた。聞き終えたと同時にレイは顔を青ざめた。

「そんな……ウィリアさんが……ココットさんも……?」

レイとココットは大きく絡んだ事は無い。しかし、優しそうな人という印象は持っていた。そして、アレンの最愛の人であると言う事も。

ウィリアの死もレイにとって衝撃だった。オスロで奇跡的に助かった筈の彼女が、ジャンヌを救出する際に命を落とすなど、予想も出来なかったからだ。

「特にあいつは今も苦しんでる。宇宙に来てから、あいつの戦い方、地球の時と全然違うんだよ。容赦なく、まるで機械みたいに人を殺している。あいつらしくないし、良くないと思っているんだけど……全然聞かなくて。今は話し掛けないようにしてるんだよ。」

「そうだったんですか……」

「だからお前も声を掛けるな。向こうから掛けてくるようになったら、その時は笑顔で迎えてやってくれ。あいつも、悪気があってあんな態度をとってる訳じゃないってことだ。」

ガーストとアレンはデウス動乱を共に過ごした戦友である。ガーストは元々デウス軍だったが、最終的には旧地球連邦軍だったアレンと共闘した過去を持つ。その為、アレンの事を気遣ってやれるのだ。

「お前にも色々あったように、俺達にも色々あったんだ。俺はその時、何も出来なかったのが悔しいけどな……」

ジャンヌ救出の際、ガーストはまだ怪我が完治していない時だった。結果的に尊い犠牲者が出てしまった事を、彼は悔んでいる。

「……今は過去ばっかり見ても仕方が無い。覚悟を決めてここに来たんだ。いつまでも暗い思いでいたんじゃ、どうしようもない。さ、仕事、仕事。お前はツヴァイガンダムの整備、手伝えよ。」

「あ……はい……」

ガーストは開き直ったように、自分の機体であるハイエッジカスタムの整備を始めたのだが、レイは開き直る事がなかなか出来なかった。それと同時に、自分だけが辛い思いをしている訳ではないと言う事を、ガーストによって知らされたのである。

 

 

 

 資源衛星に着いてから更に一日が経過した。大勢の人間が艦の修理やMSの整備をした為、僅か一日でこれらが完了したのである。この為、いつでもシュネルギアとアルバトスは艦を出す事が出来る状態であるのだが、敵がどこに潜んでいるのかが分からない以上、迂闊に外に出る訳には行かない。現在は資源衛星の中で待機をしている。

 この間、ジャンヌが以前ミシェと話していた、ブライティスの強化作業が進んでいる最中だった。アレンがアルバトスのMSデッキに居たのは、彼自身の気を紛らわせる為だったのだ。ココットの死を目の当たりにし、少しでも動く事でそれから気を紛らわさなければならないと考えていたアレン。自らの機体の強化がされるという事で、今はジャンヌ達にそれらを任せている途中だったのである。

 シュネルギアのMSデッキにて。ミシェを始めとした整備した達がブライティスの改修作業に励んでいる。それらと共に唯一の女性として整備に励むジャンヌ。この時、既にブライティスにはプラズマ粒子貯蔵タンクが内蔵されていた。つまり、今のブライティスはツヴァイと同様にビーム粒子とプラズマ粒子を同時内蔵している状態となっている。

 やがて完成した新たなるブライティス。正式名称、ブライティスガンダムリィンフォース。主に八枚あったウイング部に対して全面改修を行っており、今までは外部パーツで賄われていたプラズマ兵器を内蔵した事に寄り、総合的な火力向上が図られた機体である。 

元々ウイングにはビーム砲が内蔵していたが、プラズマ兵器特化になる事により、廃止される事となった。最大の特徴として、八枚のウイングの肥大化が行われている。これにより、より多様な攻撃を行う事が出来るようになったのだ。

「お前等、お疲れ様だな。随分格好良くなったじゃねぇか。」

一仕事を終えたミシェ。彼は満足げな様子で、他の整備士達の肩を組んでいた。

(思いの外、早くブライティスの強化は終えました。ですが、問題はアレンです。今の彼がこの機体を乗ったとして、万が一怒りに支配される事があれば……)

ジャンヌが恐れる、感情の暴走。それはブライティスに搭載されているクリスタルシステムの存在が関与している。アレンの精神はココットが居た事で保たれていたが、彼女が死んだ今、その精神は不安定と言っても過言ではないのだ。

 

 

 

 更に時間が経過した。彼等は資源衛星で物資の調達を終えた。次なる目的地は月面に近いコロニーの一つである、Cコロニー10群の一つのコロニー、アバドンコロニーだ。

「ここ数日はこの宙域でどこかの勢力が交戦したという記録はありませんわね。」

「どの勢力も随分と大人しいね、今は出方を伺っているのか?」

「分かりません。今がどの勢力も様子を伺っている状態ならば、私達はアバドンコロニーに向かうべきであると思います。そこに居る知人に連絡を取り、更なるFPBの戦力増強を図りたいと考えています。」

「賢明だね。」

アバドンコロニー。そこはデウス動乱以前から中立を貫いているコロニーの一つであり、ジャンヌの知人も呼べる人間が代表を務めている場所だった。今は力が必要な時と言う事もあり、事前に連絡を取り、入港してもらえるように彼女は言っている。

ジャンヌはブリッジのオペレーターに、艦の発進の合図を命じた。これらはアルバトスにも伝わり、二隻のクルー達は資源衛星から離れようとしていた。

 

 二隻の艦は資源衛星から離れた。彼等の目的はアバドンコロニーである。現在の所は、敵勢力が周辺にいるという情報は無い。しかし――

「ジャンヌ様!通信が入っています!これは国連軍からです!」

「繋げて下さい。」

国連から通信が入っている。これは一体何を示すのか、ジャンヌは戦闘の可能性も考慮しつつ、回線を開くように命じた。

「FPBの諸君、私は国連軍所属のローランド・アルマイヤーと申す者です。現在、我が艦隊はそちらに向かっています。と言うのも、我々の目的はFPBと共に戦って行きたいと思っている為です。」

回線に映ったのは国連の艦の艦長らしき姿だった。顎に髭が生えており、目元が鋭い。左目にはスカーが見られる。

「こちらはFPBのジャンヌ・アステルです。その言葉を聞く限りでは、私達に協力をして下さるという事ですか?」

「そうです。にわかに信じがたいかも知れない。だが我々はギルス・パリシム議長の言葉を信じていない。今からそちらに信号弾を発射します。これで信じて貰える筈です。」

それは、相手に降伏し、相手の傘下に入るという合図だった。無論、それを他の国連の艦隊が見ていれば間違いなく標的にされる。その信号弾を発射すると言う事は、裏切り者と同意義であるからだ。それを覚悟の上で信号弾を発射すると、ローランドと名乗る国連の男は言っているのだ。

 

パンッ

 

信号弾は発射された。彼の意思が、本物であると言う事がFPBに伝わった。

「裏切り者だと間違えられてもおかしくないのに、あの信号弾を撃つと言う事は。彼等は本気と見たね。」

「そう捉えても問題ないでしょう。分かりました。貴官の意思、受け取りました。FPBの戦力が増える事は現在の私達にとっても心強い事です。ご協力、感謝致しますわ。」

ジャンヌは頭を下げた。仲間が増えるという事。それは、今のFPBにとってこれ以上に無い、有難い事であった。と同時に、ギルス・パリシムのやり方に反対する人間がいるという事実を知る事が出来、ジャンヌは内心、喜びを感じていた。

「では、そちらにハイエッジを派遣します。その者に誓約書を預けています。我々もすぐにそちらに向かいます。」

ローランドからの通信が切れた。今回、FPBの傘下に加わるのはローランド率いる国連の宇宙艦隊、宇宙戦艦リューチェ級が三隻である。リューチェ級自体はFPBにも存在しているが、カラーリングは国連軍と差別化する為に灰色系統の色を使用している。国連軍のリューチェ級はカーキ色系統のものを使用している。

「これで戦力が増えてくれれば戦いは有利に進められるかも知れないね、ジャンヌ嬢」

「ええ、上手く行けば……良いのですが。」

ジャンヌは何故か不安げな表情を浮かべていた。あまりに話が上手い……彼女はそれを不審に思っていたのだ。

 

 

 

 やがてハイエッジがシュネルギアのMSデッキに着いた。そこに待ち構えているのはFPBの兵士達である。彼等は銃を持ち、ハイエッジから降りてくるパイロットに向けて構えている。

「いやいや、そんなに厳重な出迎えをするとは思いませんでしたよ。すみません、これが誓約書です。」

と、ハイエッジから出てきたパイロットの男はヘルメットも取らずに、密封された封を兵士に私、兵士はその封を破り、紙を確認した。

「な……何だこれは!?」

そこに書かれていたもの……それは、〝fuck you〟という、まるで殴り書いたような雑で稚拙な字が書かれていた――

 

パァン

 

次の瞬間、その紙を持っていた兵士のヘルメットが赤く染まった。何者かによって撃たれたのである。続いて隣にいた兵士も撃たれる。

「な……貴様!?」

銃を撃ったのは、ハイエッジに乗っていた国連の兵士だ。何がどうなっているのか、FPBの兵士達や整備士達には理解が出来なかった。

「騙しやがったのか、てめぇ!!!」

怒った兵士はパイロットに対し、銃を連射した。しかし、そのパイロットの身のこなしが素早く、瞬く間に返り討ちに遭う。

「いやぁ、大した事ないですねぇ。しかし笑えますねぇ、仲間に撃たれる覚悟であんな信号弾を撃ったのに結局それは嘘!この一件でFPBにとっての国連の信頼はガタ落ち!悔しいでしょうねぇ!ハハハハハ!」

すると、パイロットは素早い動きでブライティスの方向へ向かい始めた。FPBの兵士達はパイロットに向けて銃を発射するが、まるで見透かされているかのように攻撃が当たらない。

「なんだあいつは!?」

「クソッ、何を考えてやがる!?」

いくら兵士が銃を撃ってもそのパイロットに当たらないまま、パイロットは、強化されたばかりのブライティスのコクピットの中へ入っていく。

 

 

 ローランド達はシュネルギアに向かっていた。だが彼等はシュネルギアに対し、戦闘の意思は一切無かった。主砲などの砲門も開かず、黙々とシュネルギアに向かう。彼等が国連を離れる意思は固いものがあった。

 ならばシュネルギアに先行して向かったパイロットは何者なのであるか。ローランドは今、シュネルギアのMSデッキで起きている事を知らない。

「艦長、FPBの艦、シュネルギアからMSが発進されました。これは……アレン・レインドの機体だと思われます!」

「どう言う事だ?向こうからこちらに?分からんが……挨拶か何かかも知れないな。アレン・レインドならば信用出来る。」

アレンは国連では有名な人間だ。現在こそは対立しているが、その前まではシュネルギアは国連に協力していた。中でもアレンはエースパイロットとして、これまでの戦いに貢献している。ローランド達が信用するのも無理はなかった。

「MSを展開し、出迎える準備だ。」

「ハッ。」

ローランドの命令で、リューチェ級から三機のハイエッジが発進された。いずれもアレンが乗っていると思われるハイエッジを出迎える為に存在している。

「こちら、ハイエッジ二番機……アレン・レインドが乗っていると思われるガンダムタイプはこちらに向かって来ています。」

「よし、近付け。」

隊長機から発せられた命令で、残りの二機のハイエッジがブライティスの元へ向かう。

 やがてブライティスとハイエッジの距離が近付いてきた時だった。

 

ズバァァァァァ

 

「なっ!?」

「嘘だ!?」

隊長機以外の、二機のハイエッジが一瞬でコクピットを切り刻まれた。ブライティスはすれ違い際にビームセイバーを展開していたのだ。

「ハイエッジ二機、撃破されました!」

「何だと!?何を考えている!?」

ローランドは焦っていた。何故ならば、絶対に攻撃しないであろうブライティスがハイエッジ二機を攻撃したのだから。

 残されたハイエッジ――つまり、隊長機はブライティスに通信を開いた。何かの間違いだ……そう思いたかった為だ。

「お……おい、何をやって……!?」

すると、その時……回線から聞こえてきたのは甲高い奇声だった。

「クケケケケケ……うぇーあっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはァーー!!!

そこにいたのは鋭い目付きをし、不気味に笑う男、メイド・ヘヴンの姿があった。

彼はブライティスガンダムを強奪し、国連軍に攻撃を仕掛けてきたのである。

「な……お前は……!?」

「シェアッ!」

ハイエッジはビームライフルによる攻撃を受け、一撃で破壊された。

「ハハハハハハハハ!こーいう信頼ガタ落ち作戦、嫌いじゃないわ!ってなァ!こっちは貢献してやってんだ!ありがたく思えよデウス軍さんよォ!!!ハーッハハハハハ!」

ブライティスの強行に対し、リューチェ級から次々と発進されるハイエッジ部隊。ブライティスガンダムに乗ったメイドを倒す為、彼等は一斉に攻撃を開始した。

「撃て!やはり奴等は国連そのものを憎んでいるんだ!だから我々を信頼しなかった……!クソッ!!!」

ローランドはブライティスのパイロットがアレンであると思い込んでいる。裏切られた、騙されたと言う思いが、彼を怒らせた。

「ガンダムは生まれて初めて乗るし、おまけにこいつぁアレン・レインドの青羽だからちと抵抗があるが……まーいいやー!ぶっ殺す!ガンダムでも無双してやんぜェ!

平和の押し売り宗教野郎共がよォォォォッ!」

メイドによって奪われたブライティスは国連相手に容赦なく攻撃を仕掛ける。ブライティスの武装は以前に交戦した際に把握しているメイド。その為、簡単に様々な武器を扱う事が出来た。

「羽根の形がちぃと変わっている気がするが、まあいいやぁー!」

それは強化されたばかりのブライティスであるが為だ。だがメイドは気にする様子無く、国連に対して攻撃を加えていく。

「うォらァ!」

二機のハイエッジに対し、ビームライフルを放ち、葬り去る。ハイエッジはブライティスに対してビームキャノンを一斉に展開して放つが、前腕部に搭載されているバリアーフィールドジェネレーターにより、無効化される。

「てめぇらは最初から負け犬ムードだっつぅんだよ!!!」

「クソッ、動きが読めねぇ!?」

「強い!!!」

ビームライフルの連射を行うブライティス。それらはビームシールドで弾かれるのだが、素早い動きでハイエッジに接近し、ビームセイバーでコクピットを切り刻んだ。その際、別のハイエッジが再びビームキャノンを展開し、今度は背後からブライティスを狙う。

 

ピキィィィ

 

 この時、メイドの頭の中に電流が流れ、ビームキャノンを間一髪回避した。そして一度機体を上昇させ、メイドは叫ぶ。

 

行けよやァァァッッッッッ!!!!!ファンネルェェェェェッッッッッッッッ!!!!!

 

ピシュンッ

 

彼の叫び声と同時に、ブリッツファンネルが八基、ブラスターファンネルが二基、一斉に展開されてハイエッジに襲い掛かった。

「早い!」

「あ、当たらねえ!!!」

国連兵達はハイエッジで迎撃をするのだが、ブリッツファンネルの動きが素早過ぎる為か、全く当たらない。ファンネルから放たれるビームに、返り討ちに遭うばかりである。

そして抵抗むなしく、その場にいたハイエッジはブリッツファンネルの攻撃に敗れる事になる。

「うえっはっはっはっはっはっは!!!乗ってみると良いなぁ、ガンダムゥ!」

「クソがぁぁ!」

残っていたハイエッジからビームキャノンが展開される。それはブライティスに直撃するコースだったが、ブライティスは手部を差し伸べ、バリアーフィールドジェネレーターでビーム砲撃を無効化する。

「クソッ!あれは直撃コースだったはずなのに!」

ビームが効かないのならば、接近戦に持ち込むしかない……そう考えたハイエッジのパイロット。しかしそれはメイドの前では無意味だった。

「雑魚が突っ込んでくんじゃねーよ!!!このダボがァァァー!!!」

ブライティスから放たれるブリッツファンネルの攻撃を受け、ハイエッジは破壊された。

「う、撃て!!!」

ローランドは三隻に対しても、ブライティスを撃墜するように命じた。三隻のリューチェ級からはミサイルやメガビーム砲等が一斉に展開される。

「なぁにこれぇ。んなモン無駄に決まってんじゃねーか!」

と、ブライティスはカメラアイを輝かせ、リューチェ級のブリッジに接近し、ビームライフルを連射した。

「う……おあああああ!!!」

ブリッジにいた人間はライフルの熱により、消滅した。

「ハーハハハハ!!!……ん?」

上機嫌なメイドだったが、二つの熱源を感知した。それは高速で接近し、ブライティスへ向かって来ている。レイの駆るツヴァイと、ガーストの駆るハイエッジカスタムだ。やがてブライティスに接近したツヴァイは、メガビームセイバーを展開した。それに対し、ブライティスもビームセイバーを展開して打ち合いを行う。

「アレンさん!何をやってるんですか!?」

レイは叫んだ。いくら彼が悲しみに暮れているとはいえ、明らかに常軌を逸している。

「はーひふーへほー!ごめんなァ!ちょっとお金が欲しくなって目がくらんじゃったのよォー!!!」

ブライティスのコクピットからの音声を聞いた時、彼の表情は青ざめる。

「違う……アレンさんじゃない!この人は……」

「よぉ、シンギュラルタイプのクソガキ!」

メイドはレイの姿をモニターで確認し、ニヤリと笑って言った。彼はレイがアドバンスドタイプである事を、一切知らない。その為、シンギュラルタイプであると思い込んでいるのだ。

「セイントバードを壊したあの人……!」

「ちょいと事情があってな!お前等の友好関係を壊させて貰ったんだよォ!!!あいつらは俺がアレン・レインドだと思い込んでやがる!でも俺が暴れたからあいつら、お前らの事を完全に敵と見做したぜェ!やったぜ。」

「そんな……そんなのって!」

動揺するレイに対し、ブライティスはウイングからビームを展開した。急いでバリアーフィールドを展開して攻撃を防ぐレイだったが、次にブライティスはビームセイバーを展開して迫って来た。

「今日こそ殺してやるぜェ!女顔のショタ野郎ォ!」

(この人って……!)

再び両者は打ち合いを行う。その時、ハイエッジカスタムはビームニードルを展開してレイの援護を行った。

「チッ!俺のデスゲイズのばったもん兵器作ってんじゃねーぞダボがァァ!!!」

とはいえ、ビームニードルを防ぐ手段はない。メイドは一度ブライティスを後方に移動させた。

「ファンネルェェェ!!!」

再びブリッツファンネルが展開される。これらの攻撃を回避するガーストとレイ。次にガーストのハイエッジカスタムはビームセイバーを抜いてブライティスに接近する。

「メイド・ヘヴンだろ、お前!!!」

「そうだよ!!!」

「あいつが暴れる訳が無いと思いつつ、確認する為に発進したらこれかよ!何の目的でこんな事を!?」

メイドは、笑いながら言った。

「ははー!んなもん仲間割れの状況を作って別の軍が漁夫の利を得る為に決まってるじゃねェか!!!」

ブライティスのビームセイバーとハイエッジカスタムのビームサーベルが鍔打ち合いを行い、ビーム粒子の光が周囲に輝く。

「軍人でもないお前がそんな事やる意味あるのかよ!!!」

「俺は今じゃ派遣社員みたいなもんでさァ!金の為に決まってんだろうがぼけェェェェェ!!!」

「ふざけんな!更に世界が歪んで行こうとしているのに金儲けの為にそんな事するなんて!!!」

かつて同じデウス帝国の下で戦った両者だが、その時から価値観の相違等で反撥する事はあった。戦後になり、生きていたメイドと、それまで穏便に過ごしていたガーストが、今、対立し、戦っている。

「何しょォもねェ事語ってんだよ!ガースト・ピュアスさんよぉ!!!」

「黙れ!」

打ち合いがしばらく続いた時、ツヴァイがブリッツファンネルを展開して援護に入った。

「ハッ、上等ォ……」

ツヴァイのファンネルとブライティスのファンネルが、それぞれビーム刃を展開して打ち合いを行う。

「どっちのファンネルが強いかなぁ~?ハハハハハ!!!」

調子に乗るメイド。するとハイエッジのビームセイバーを切り払い、ブライティスはビームセイバーを展開しながら次にツヴァイに向かい始めた。

(駄目だ、アレンさんの機体に傷を付ける訳には!)

いくら奪われているとはいえ、メイドが乗っているのはアレンの機体である。出来れば傷を付けずに取り返したい。

「!」

 

ズバァァァ

 

次の瞬間、ツヴァイの右前腕部が切り落とされた。アレンの機体だから攻撃が出来ないと油断した瞬間の出来事だった。

「あぁっ!?」

「ダボがァ!機体に傷をつけねぇように考えただろてめぇ!!」

メイドにはレイの考えが筒抜けだった。それを不覚に感じるレイ。そこへ便乗するように、国連のハイエッジが二機、ツヴァイに迫った。高出力のビームキャノンを一斉に展開するハイエッジ。ツヴァイはこれらを間一髪回避し、反撃しようと肩部の拡散ビーム砲を発射しようとする――が、その時に彼はガーストに止められた。

「止めろ!俺達が国連を攻撃したら意味が無い!」

「あ……そっか……」

国連に攻撃を仕掛けたのはメイドだ。しかし、彼等は最初交渉の為にアレンが出撃したものだと思っていた。しかし異変に気付いた彼等はジャンヌの命令によってそれぞれの機体に搭乗し、発進した。アレンが暴走しているのかと思われたが、実際はメイドがブライティスを操り、国連に損害を与えていたのである。

 当然、彼等は国連を攻撃する事は許されない。国連はあくまでもFPBに協力しようとしているのだから。今回討つべき敵はメイドだ。しかしメイドはブライティスに乗っている。アレンの機体を傷付ける訳には行かない。

「つーか自分の機体奪われてるくせに何やってんだあいつぁよぉ!?」

確かに、この場にアレンがいないのはおかしい。ブライティスのパイロットである彼が、機体を奪われているのにも関わらず出撃していない事に、ガーストとレイの両者は疑問を抱いた。

「二人に告げます。もし回収が不可能ならばブライティスガンダムを破壊して下さい。これ以上彼等に被害を与える訳には行きません。」

「待てよ、アレンはどうなんだよ!?あいつそもそも何をやってるん――」

ガーストの反発を、ジャンヌが止めた。

「アレンは艦内で待機中です。早くブライティスを止めて下さい。」

ジャンヌの言葉が気になったが、今はメイドを止めなければならない。ブライティスの破壊を命令されているのならば、それを実行するまでである。

「なんだ……ガンダム同士で戦っている?あのガンダムは奴等にとって味方じゃないのか?」

「構うな!どうせ奴等の罠に決まっている!ここまで我々をコケにしてただで済むと思うなよFPB!」

ブライティスのパイロットをアレンだと思い込んでいる国連の兵士達はハイエッジを駆り、二機に向かってビームキャノンを展開した。

「クソッ!こっちの事情も知らないであいつら平気で攻撃してきやがる!」

ブライティスガンダムに乗ったメイドだけでなく、敵視してくる国連とも戦わなければならない2人。しかも国連には一切攻撃を加えられない。

「ガーストさん、僕が説得してみます!」

「ちょっ、おい!!」

この状況を打開する為には言葉しかない……と思うレイ。ガーストにメイドの相手を任せて、彼は二人の兵士に対して通信回線を開いた。

 

「待って下さい!僕達は貴方達と戦う気はないんです!」

「何だ……?ガキ……?ふざけんな!あのガンダムと所属が同じなら、我々にとって敵に決まっている!」

「本当に敵対する意思は無いんです!」

「俺等の仲間がお前等に殺されてるんだよ!絶対に許さねえぞ、FPB!!!」

レイがいくら言っても、ハイエッジのパイロットには通じなかった。罵声を浴びせられ、更に攻撃を加えられる始末である。ビーム系統の武装はバリアーフィールドジェネレーターで防ぐ事が可能であるが、彼は何を言えば信じて貰えるのかを、懸命に模索していた。

 

 ガーストとメイドは交戦を続ける。機体性能はブライティスガンダムの方が圧倒的に高いが、ガーストは持ち前の技量でメイドと戦う。

「おいおい、お前その雑魚に慣れてんじゃねえのかよ!?こちとらガンダムトーシローだぜぇ!?全然手応えないんですけどォー!?」

ガンダムに乗ったばかりのメイドだが、ほとんど乗りこなせていた。その男の適応能力は非常に高い。ガーストは自身のハイエッジカスタムから有線式ビームニードルを展開し、それと同時に腕部ミサイルランチャーをブライティス目掛けて撃った。

「舐めてんのかよ!?ああ!?」

だがいずれもブライティスに回避される。次にブライティスはビームライフルを連射した後でブリッツファンネルを展開し、ハイエッジカスタムに迫った。

「無駄に高ぇ機動性如きが偉そうにしてんじゃねェよ!!!」

メイドは舌で唇周辺を一周させ、攻撃を展開する。これらの攻撃を回避していくガーストだが、ブリッツファンネルの一つがハイエッジカスタムの上部のビームキャノンを破壊した。

「うぅっ!やってくれるな!兄と一緒じゃ何も出来ない弱虫じゃないみたいだなお前!」

「……あ?」

ガーストの言葉がメイドを怒らせた。普段は滅茶苦茶な行動をし、戦場を荒らし、気まぐれに生きている彼が唯一尊敬している存在である兄の事を侮辱されたからだ。

「それで兄が前の大戦で死んで!今じゃヤケクソになって暴れまわるしか能の無い野郎なんかに負けたくないんだよこっちは!大体お前の兄だって強くない癖にさぁ!!」

「てめーは俺を怒らせたなオイ」

メイドの逆鱗に触れたガースト。が、これが彼の狙いだったのだ。少しでもメイドを逆上させ、冷静さを失わせて隙をつくり、ブライティスを破壊しようと考えていたのである。

(いいぞ、怒れ!そうすりゃあいつだって……幸いだったな、あいつと同じ軍の所属だったからこそ言える事だからな……)

彼はあまり人を怒らせる事を好まないが、この状況ではメイドを倒す為には手段を選んでいられない。例え、彼の逆鱗に触れる事があったとしても。

「あー、やっぱ駄目だわ俺。短気は死ねとか言ってるくせに自分が短気じゃあー、まだまだだなぁー……オォン、駄目だ

てめぇはぶち殺すけどなァ!雑魚の分際で侮辱しか言えねぇクッソ情けねえ屑がよォ!!!」

メイドが怒った。ガーストはそれを好機に感じ取った――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

その時だった。ブライティスの外見に異常が見られた。機体の色がみるみる赤く染まっていく。コクピット内ではメイドが歯をむき出しにし、ガーストに対して敵意を露にしている。

「なんだよ……どうなってるんだ……?うぁっ!?」

今までブライティスには見られなかった異変に、ガーストは戸惑う。その様子を共に見ていたレイも違和感を覚えていた。

「この感じ……気持ち悪い……」

メイドの乗るブライティスから発せられる感覚に、力を持つ両者は混乱している。

「グギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ……」

怒るメイド。それに呼応するかのようにブライティスに変化が見られる。何が起きているのか、この場にいる全員が理解出来なかった。

 

ピピピピピピピ

 

ガーストのレーダーに熱源が多数確認された。ガーストだけでない。レイも熱源を感知している。

「熱源多数!?これって……?」

「増援なの!?」

突如現れた熱源の正体を確認する為、両者は後方を向く。すると、そこにはバディウス改級宇宙巡洋艦が五隻、そしてデウス帝国のMSが多数、この宙域に現れたのだ。

「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ……んお?ああ、来たかあいつら!」

すると、ブライティスの機体の変色が止まった。と同時にメイドの怒りも急激に冷めた。

「今だっ!」

この瞬間が狙い目だと感じたガーストは、ブライティスの背部に回り込み、蹴りによる攻撃を行った。この攻撃が直撃した事により、ブライティスのコクピット内は激しく揺れた。

「うぐぇぁ!糞が!まーいいや!こんな青羽別にいらねぇし!そろそろ撤退するかよ!」

そう言ってメイドはブライティスのコクピットをこじ開け、そのまま脱出した。この時ガーストのハイエッジカスタムはビームサーベルを展開し、ブライティスを攻撃しようとしていたが、レイが止めた。

「ガーストさん!」

国連のハイエッジから攻撃を受けつつレイはガーストと回線で喋る。

「あの人、逃げました!ブライティスは破壊しなくても大丈夫ですよ!」

「逃げたのか……?さっきの現象もよく分からなかったけど……まあいい、レイ、国連とあの艦隊を引き寄せておけるか!?」

彼はブライティスをシュネルギアに回収をさせようと考えていたのだ。その間、レイが引き寄せて攻撃しないように囮になってもらうように作戦を指示したのである。

「はい!」

レイは快く引き受けた。彼の返事を確認したガーストは有線式ビームニードルを、ビーム刃を展開せずにブライティスに引っ掛け、それをそのままシュネルギアに戻していく。レイは、国連と迫りくるデウス残党軍の陽動の為に、少しの間敵の攻撃を引き付ける。

「どこの部隊だろう?でも今は敵に集中しなきゃ……」

国連相手には一切攻撃をせず、その上で彼にとっては謎の勢力であるデウス帝国残党軍を相手にするという状況。少しの間とはいえ、彼は苦戦していた。

 

 ツヴァイが戦闘を行っている間、メイドはデウス残党軍の一機のゴルモンテMk-Ⅱに回収された。

「ボーナスは弾めよデウス帝国さんよォ!こちとら有益な情報を流して、混乱させてやったんだからなァ!」

「貴方のおかげで現在の勢力構図が把握出来ました。ご協力、誠に感謝致します。」

デウス帝国残党軍は新生連邦軍以外の現在の勢力図を把握出来ていなかった。それらの事情を知るメイドはデウス残党に情報を提供し、その上で、国連の一部艦隊がFPBの傘下に入る情報を得ていたメイドはこれらの信頼関係を壊す為、暗躍していたのである。ローランド率いるリューチェ級から発進したハイエッジには、既にメイドが搭乗していた。つまり、彼は予めリューチェ級の内部に潜入していたのである。

(しっかしなんだあの青羽?さっきのせいか、妙に胸が痛くてたまんねぇぜ。気味が悪ぃモンに乗ってたんだなァ俺も、アレン・レインドも)

メイドが引き起こした、ブライティスの異変。それは今まで見られなかった異変であり、この機体に何が起きているのか……それを知る者は、この場にはいなかった。

 

 

 

 シュネルギアのブリッジでは、突如現れたデウス帝国残党軍の存在を感知していた。ジャンヌとギアは目を疑う様子で、これらを見ていた。

「デウス帝国残党軍がここに……」

「すぐにMSを展開して下さい!これはまさか、彼等によって仕組まれた罠……?」

ジャンヌは察した。今回の出来事は恐らく、デウス残党が仕組んだ事ではないのかと。しかし今は困惑している場合ではない。現れたデウス残党軍に対し、迎撃する為にFPBのMS部隊が出撃する。

「……貴方の機体は無事、返ってきましたわ、アレン。」

そう言うジャンヌの側にはアレンがいた。彼が出撃出来なかったのは、彼女の側にアレンがいたからだ。

「今回は君の言う通りに動いた。でも次はどうなるか分からない。勝手な事はしないで欲しい。」

アレンはいつになく冷淡に語る。それに対し、ジャンヌは

「やはり、“今”の貴方をブライティスに乗せる訳には行きません。これは艦長としての命令ですわ。」

数日前に両者はブライティスの事で話をしており、ジャンヌは止めるように言ったがアレンは引き続き乗ると言っていた。彼は、強化したばかりのブライティスをメイドに強奪されてしまったのだが、然程気にしている様子ではない。寧ろ、虚ろな表情のまま、視線を下に向けるばかり。

「……」

今回ブライティスが奪われた事に関してアレンを出撃させなかったのは、彼の心境を考慮しての事だった。今のアレンでは奪われたブライティスと戦うのは相性が悪いと、彼女は判断した為である。

 

 すぐにFPBのMSが展開された。その中にはハルッグやアインスといった機体も存在している。

攻撃してくるデウス残党軍に対し、迎撃するFPB。更に国連からも攻撃を受けるが、国連は国連でデウス残党軍から攻撃を受けている。

 現在三つ巴の状態である三勢力。その中でも戦力を尽く削ぎ落された国連は一番不利だった。

「我々には……もう残された道は……ない……」

ローランドはもう後戻りできない。信号弾を撃った以上は、国連を裏切る事と同意義であるからだ。彼は、死ぬまで戦い抜くしか出来なかったのである。

 

                 ドオオオオオオッ

 

ローランドの指揮するリューチェ級に一機のゴルモンテMk-Ⅱがモノアイを輝かせ、ビームバズーカを発射した。回避も手遅れで、ローランドは光に巻き込まれて散った。

「ここで潰えるか、我が命……」

最期にローランドはそう言い残し、宇宙に散って行った。これにより、国連軍の艦は一隻のみとなった。

「まさか、ここにデウス軍が現れるとはな……」

そう言うのは、ハルッグを駆るネルソンである。デウス動乱時にデウス帝国の兵士として活動していたネルソンは、今、その亡霊とも言える残党軍と戦っている。かつての同胞を討つという複雑な心境の中、ネルソンはデウス残党軍に戦いを挑む。

 迫ってくる機体はディエルMk-ⅡやゴルモンテMk-Ⅱといった、デウス動乱時代に使用されていた機体の後継機ばかりだ。機体性能はハルッグの方が上である。MAに変形したハルッグはロングビームライフルを連射し、これらの機体を撃破していく。それに続くように、スバキの乗るアインスが攻撃をした。

「こいつらぁぁ!」

拡散ビームがディエルMk-Ⅱを殲滅する。これを脅威に感じたディエルMk-Ⅱは大型ビームディエルマシンガンを連射。更に、シュート・シューターを展開してアインスに迫るが、アインスはこれらを回避しつつディエルMk-Ⅱに対し、ビームサーベルで胴体を切り裂く。これにより、調子付いたスバキは更にデウス帝国残党軍に接近し、バディウス改級へ攻撃を仕掛け始めた。

 

バシュゥゥゥ

 

その時、アインスガンダムにハイエッジのビームライフルが襲い掛かる。国連の残りの部隊がFPBやデウス残党に攻撃を仕掛けてきたのだ。

「クソッ、あいつらは倒しちゃダメって言われてる……でも攻撃はして来るなんて!」

FPBの事情など知るはずのない国連は、FPBを憎しみの対象にし、容赦のない攻撃を仕掛けてくる。

「お前らだけは絶対に許さねえぞ!!!絶対皆殺しにしてや――」

FPBを倒す――ただ、それだけしか考えていなかったそのハイエッジのパイロットはディエルMk-Ⅱのビームサーベルでコクピットを刺され、破壊された。その後、睨むようにアインスを見るディエルMk-Ⅱ。そこへハルッグはMSに変形し、ビームヒールを展開して踵落としの要領でディエルMk-Ⅱを頭部から一刀両断にした。

 

激戦を繰り広げるFPBとデウス残党と国連。その様子を、バディウス改級の中に居た一人の男が見ていた。男の名は、アルメス・ラグナ。デウス帝国残党の特殊部隊、〝インベーションユニット〟の司令官である。今、FPBと国連が戦っているデウス残党軍こそ、アルメスが率いるインベーションユニットなのである。

「あの可変機体の動き、どこかで……」

艦長席にて、ハルッグの存在に目を付けたアルメス。じいっとそれを見つめ、よく観察する。

(間違いない……奴だ。しかし何故こんな所に奴が……)

彼はハルッグのパイロットを見抜いた。つまり、ネルソンの事を知っているという事である。現在もデウスの為に戦うアルメスと、デウスを抜け、戦後はMS乗りとして活動し、現在はFPBの一員として戦うネルソン。両者がこの場で再会する事となったのである。

「……攻撃を一度中止させろ。」

「は!?」

アルメスの急な命令に、ブリッジ内は騒然とした。

「聞こえなかったのか、全艦、全MSに対して告げろ。攻撃を一度中止させろと。」

「はっ……ハッ!」

オペレーターはアルメスの命令通り、インベーションユニットの全ての艦と、MSに対して攻撃を中止するように指示した。

 

 

「攻撃が止んだ?」

そう言うのはシュネルギアのブリッジにいるギアである。デウス残党の攻撃が止み、FPBも同時に攻撃を中断する。そこへ割り込もうとする国連はデウス残党が全て破壊した。

「ジャンヌ様、デウス残党軍の艦から通信が入っております!」

「……繋げて下さい。」

敵艦からの通信回線。彼女はモニターを鋭く見つめた。

「こちらはデウス帝国軍――」

アルメスはジャンヌの顔を見た瞬間、何かを思い出したかのような表情を浮かべた。ジャンヌも同様に、アルメスを見て思い出したように言う。

「おお、これはまさか……ジャンヌ様がなぜこのような所に?」

「貴方は……デウス帝国の……」

「ええ、お久しぶりですジャンヌ・アステル様。覚えて下さって光栄です、アルメス・ラグナです。戦前は貴方の御父上であるジンク様には大変お世話になりましたよ。今も御父上はお元気なのでしょうか。」

「……ええ。」

アルメスはアステル家に世話になった事があった。その事もあってか、彼はジャンヌに対して敬意を払っている。言葉遣いも丁寧であり、威厳が感じられない。

「ああ、そうです。ジャンヌ様。是非、貴方をはじめ、貴方の率いる勢力のクルーと話がしたいのです。確か、FPBと言いましたか。現在国際平和連合軍と呼ばれる勢力から分離した勢力であると聞いておりますよ。」

それらの情報は全てメイドが話した事だ。だからこそ、アルメスは現在の地球圏の情勢を知っているのである。ジャンヌは彼を警戒した。かつてアステル家はデウス帝国の傘下にあった貴族であり、世話になった人間も多数存在する。だが今はアステル家はデウスとは一切関係なく、独自の道を歩んでいる。何かあるのではないかと思う、ジャンヌ。

「そちらの勢力には元デウス軍の人間も居る筈です。是非、お会いしてお話がしたい。」

更に、元デウス軍人がいることも見透かされている。彼女は迷ったが、ここで断れば何をされるか分からない。罠である事を考慮しつつ、彼女は

「ええ、分かりました。貴方との会談を望みます。」

と、言った。

「ありがたき幸せ……」

そう言ってアルメスからの回線が切れた。

「ジャンヌ嬢、本当に大丈夫なのか?罠の可能性も十分に考えられるが……」

「このまま断り、攻撃を加えられ続けるよりは、会談に応じた方が良いと判断しました。ギア・ジェッパー代表、貴方には兵士によるボディガードをお願いします。仮に相手が貴方を狙ってきた場合、FPBは何の為に国連から独立したのかが分からなくなってしまいますから。」

「勿論、そうさせて貰うよ。まさかデウス帝国の残党がこちらに会談を求めてくるとは思いもしなかったね。」

やれやれ、といった様子でギアは溜息を吐いた。一方のジャンヌは、かつての同胞とも呼べる人間を相手に慎重な姿勢を見せていた。

 

 

 

 その後、デウス残党軍のバディウス改級がシュネルギアに近付き、そこからアルメスがシュネルギアに移動した。デウス残党軍側はアルメスの他に数名の兵士を連れ、シュネルギアのブリッジに移動してきたのである。

 ブリッジにはジャンヌをはじめ、アルバトスの艦長のエリィや、ギア、元デウス軍のネルソン、ガースト、アレンがこの場にいた。ネルソンやガーストが呼び出されたのは、アルメスの指示によるものである。ネルソンはアルメスの顔を見て、睨むように視線を送った。

「改めましてジャンヌ様。お久しぶりでございます。随分とお美しくなられましたね。」

「貴方のご用件をお伺いさせて頂きたいのですが。」

アルメスの言葉を無視し、ジャンヌは単刀直入に聞いてきた。彼の事を警戒しているのである。

「是非、我がデウスと共に協定を結ぶ事をお願いして頂きたいと思いまして。」

「協定とは。」

「デウス帝国軍と協定を結び、貴方方が敵対する勢力を共に相手にしないかという事です。ここには元デウス帝国の者がいる。貴方を含めて三名。」

かつてのデウス帝国所属者がいるからこそ、自分達と協力して欲しいという内容の協定を結ぼうとしてきたアルメス。それに対し、ジャンヌは言った。

「私達は今、デウス帝国とは関係のない独自の道を歩んでいます。戦後になって、私達は中立を貫いてきました。その意思は今も変わりません。」

「それはつまり、協定を結んで頂けないと言う事ですか。」

「ええ。」

ジャンヌははっきりと答えた。その次にネルソンがアルメスに対して言う。

「お久しぶりですアルメス・ラグナ指令。今も貴方が顕在だと知った時、正直驚きましたよ。」

「久しぶりだな、アルビュース元大尉と言うべきか。」

「今でもまだ……デウスの為に戦われているのですか。」

「無論だ。私はデウス帝国に忠誠を誓っている。ジャンヌ様。貴方を含めたアステル家も、元々はデウス帝国の傘下だった筈の御方です。デウス帝国の復興の為に協力して頂く事は出来ないでしょうか。私達と協定を結べば、敵勢力が一つ減る事になり、戦争は今後有利に運んで行く事でしょう。もう少し、考えを直して頂けないでしょうか。」

デウス残党の目的は、あくまでもデウス帝国の復興である。その為にFPBと協定を結ぶ事を今回望んできた。だがFPBの目的は、国連のギルス・パリシムに変わる新たな平和主義を作り出す事である。デウス残党の目的とは全く関係が無い。彼女等は、デウス帝国と共に戦う気など、一切無かった。

「それに、お前達はどうなのだ?デウス帝国に全てを注げた筈のお前達がデウス帝国と敵対すると言う事はあってはならない筈。ガースト・ピュアスにネルソン・アルビュース。」

次にアルメスは二人に着目した。元デウス帝国のパイロットである両者。二人共困惑をしており、特にガーストは何を言えば良いか分からないでいた。動揺するガースト。一方のネルソンは冷静に答えた。

「ラグナ指令……いや、ラグナさん。私は確かにデウス帝国に忠誠を誓っていました。それは紛れもない事実です。」

「では、今もその信念は変わっていないのか?」

確認のようにアルメスは聞いた。

「残念ですがね、私は考えを変えました。デウス帝国が敗北したあの時。かつての恋人も亡くし、私は何の為に生きていけばよいのか分からないでいました。しかし、戦後になって地球上でMS乗りとして活動して、新しい仲間達が生まれたのです。今の私は、その仲間や、大切な人と共に行動しています。」

そう言いながら、ネルソンはエリィの顔を見た。

「つまりはそう言う事です、ラグナさん。デウス帝国軍が存在していたと言う事自体にも驚きましたが、私はデウスの為に復興を捧げる気にはなれません。」

「……ガースト・ピュアスは。」

ネルソンが駄目だと分かれば、次にガーストに聞いてきた。だが彼は、デウス帝国の亡霊ともいえる存在が眼前にいる事に、落ち着く様子を見せない。

「正直……驚いてるよ。死んだ筈のあんたがこんな所に居るんだからな!!」

先の大戦で死んだと思われていた筈の人間が生きていたという事実は、ガーストを驚愕させる。この様子から、ネルソンと同様、アルメスとガーストも上司と部下の関係であった事が伺える。

「ガースト、ラグナさんとは関係があるのか?」

「少しの間ですけど……ね。」

緊迫した状況に包まれる、艦内。その中でアルメスは口を開いた。

「デウスは滅びないさ。その復興をしようとする意思がある限りは!お前は恐らく協力しようとはしないだろう。何故ならデウス動乱末期で連邦に寝返ったのだ。だが私は敢えてお前に聞いた。デウスに生まれた者、故にそれに未練があるかも知れんと判断したからな。」

「例えデウスが生き残ってたとしてもな!俺達は俺達の意思があるんだよ!デウス帝国の為に戦うなんてもうしねえんだ!ジャンヌが最初に言っただろ!」

彼の言う通り、FPBの意思は固かった。今さらデウス帝国の残党が現れた所で、彼等はそれに賛同する筈など、無い。

「貴方との再会がこのような形になってしまい、残念に思います。戦前ならば貴方程の指揮官は尊敬に値したものですが。」

アルメスとネルソン。彼等はデウス動乱時では上司と部下のような関係だった。当時エースパイロットであったネルソンは、アルメスの下で高い戦果を上げ、活躍していたのである。

 そして、ガーストも同様だ。ネルソン程長く在籍していたわけではないが、ガーストもアルメスの下で戦った過去を持つ。

「ふむ……残念ですジャンヌ様。貴方にはもうデウス帝国の意思などないと言う事なのですね。」

アルメスは兵士達に対して、ここから去るように命じた。彼は協定が結ばれないと知り、潔く去っていくつもりだ。

「一つ、御伺いしたい事がございます。」

「……何でしょうか。」

「メイド・ヘヴンと今のデウス帝国とはどのような関係なのか、正直にお答えして頂いて宜しいでしょうか。」

ジャンヌの質問に対し、アルメスは首を横に振って答える。次に、そっと息を吸い込んで――

「我が軍と協定を結ぼうとしない者にそれを答える義理は無い!」

と、大声で言った。急に態度を変えたアルメス。協定が結ばれないと知り、ジャンヌを尊敬の眼差しで見る事を止めたのである。

「さようならだジャンヌ・アステル。今回は去るが次会う時、我等は敵同士だ。覚悟をして貰おう。」

睨むように、終始ジャンヌを見続けながらアルメスは去って行った。これは、彼女を完全に敵であると認識した何よりの証であった。

 

 

 

 それからデウス軍は去って行った。今回、この後戦闘が起こる事は無かった。ブリッジに残された者同士で会話をする中で、ガーストは腕を組みながらジャンヌに聞いた。

「ジャンヌ。メイドが気になったのかよ。」

ジャンヌは険しい表情で言う。

「ええ。彼の行動をギア・ジェッパー氏から御伺いしていましたから。彼は以前から全世界中のマスドライバー施設を破壊すると言う工作を行っていたと聞いています。」

「それと、デウス軍か関係してるってのか?」

「ええ。恐らくですが、彼等は新生連邦軍や国連が宇宙へ戦力を送る事が出来ないようにメイド・ヘヴンを使い、破壊工作を行っていたのではないか……と考えられます。」

するとガーストの方向へ近付いて来て、彼女は言った。

「ガースト。貴方がレイと共にブライティスガンダムを奪った人間と交戦しましたね。そのパイロットは。」

「あー……奴……メイド・ヘヴンだ。ハッ!?」

ガーストは気付いた様子だった。ジャンヌは驚く様子を見せず、寧ろ〝やはり〟といった様子で引き続き話す。

「ありがとうございます。これで疑問から確信へ変わりましたわ。」

「確信?」

誰もが疑問を抱く中、ジャンヌは口を開く。

「メイド・ヘヴンは今、デウス帝国残党軍の傭兵をしていると言う事です。彼は傭兵をしている中で残党軍に有利な状況を作り出し続けてきました。マスドライバーの破壊、そして今回のFPBと国連の信頼関係の破綻も彼。つまりデウス帝国残党軍が関与しているとみて、間違いありません。先程のアルメス・ラグナもその中に関与していると見て良いでしょう。」

ブリッジにいた全員が騒然とし始める中、ジャンヌはまた喋る。彼女が喋る時、全員が静かになる。

「今回に関しては、恐らく何らかの方法で国連軍がこちらに協定を結ぶ情報を知っていたメイド・ヘヴンがデウス帝国残党軍に情報を提供し、報酬を貰う代わりに私達の信頼関係の破綻を狙ったものと考えられますわ。」

「それは、どのような方法だと思う、ジャンヌ嬢。」

ギアが言った。

「方法としては、事前に国連の艦に潜入していたメイドは予めハイエッジに乗り込んでおき、ローランド艦長がシュネルギアに向かうように指示した際に発進し、そして私達と合流した際にブライティスを奪い、結果、国連と私達の信頼関係を破綻させた。こう、考えられますわね。」

それを聞いたネルソンがジャンヌに対し、言った。

「馬鹿な……私の所属していたデウスはもう、無いというのか……!?マスドライバーの破壊に、この作戦……確かに地球連邦と敵対こそしていれど、人類の宝と呼べる存在は破壊するような指示を与えているなど……!」

かつて所属していたデウス帝国はそのような組織ではなかったと言いたいネルソン。ジャンヌの言葉は推測に過ぎないのだが、どの道メイドを使ってマスドライバーの破壊や、今回の事態を引き起こした以上、これが今のデウス残党軍の意思なのだろう。

「ネルソン・アルビュースさん。今の彼等は当時の彼等とは違います。どのような手段を使ってでも、デウス復興に全力を注ぐ……汚いと言われる作戦であれ、今の彼等ならば平気で成し遂げるでしょう。それは彼等に余裕がないからと考えられます。」

ネルソンはブリッジ内の壁を思い切り殴った。

「失望した……このような仕打ち……かつて帝国の為に戦っていた私は何だったのだ!?」

「ネルソン、落ち着いて!」

エリィが彼を止める。すると、ネルソンは少しばかり冷静になった。

「……すまないエリィ。だが私は今のデウスに対して怒っていると同時に失望している。許せないとさえ思う。」

かつての上司と呼べる人間の、手段を選ばない行動に、やるせない思いをするネルソン。

 

                   スッ

 

「今の貴方はデウスとは関係ないんだから、気にしちゃ駄目よ。」

と、エリィがネルソンの手を握り、じっと彼の目を見つめた。

「ね?」

静かに首を横に傾け、笑顔で言うエリィ。ネルソンはそれを見て静かに笑い、下を向いた。

「……そうだな……冷静にならなくてはいかんな……今の私……いや、ここに居る皆はFPBだ。デウス帝国でも何でもない!」

ネルソンの言葉はブリッジ内を勇気付けた。彼等は自分達の目的の為、戦い抜く必要がある。そして彼の言葉に合わせるように、ジャンヌが口を開けた。

「そうです。戦力は削がれる事になっても、私達は諦めません。この世界を変える為に……!」

彼等の意思は固い。デウス帝国残党や国連の信頼関係の破綻があろうとも、彼等は前に進む。今の彼等には前に進む事しか出来ないのだ。

 だが、この状況で一人無言を貫く人間がいた。アレンである。最愛の人、ココットを無くして以来彼は一切笑わず、無言で過ごしていた。

 

 

 

 デウス残党とFPBの交渉が決裂になって少し経過した頃。デウス残党軍のバディウス改級のブリッジにて、アルメスとメイドが会話をしていた。

「な?無駄だろーが?あいつらはもう絶対にデウスと手を組む気はねぇんだよ。絶対無理だって俺ぁ分かってたけどな!?もう一度言う!絶対無理!大事なことだから二回言ってやったぜ!」

冷やかすようにアルメスを言葉責めするメイド。それに対してアルメスは怒りの表情を見せていた。

「貴官は戦前もどうせ金か何かの為だけにデウスと戦っていたのだろうが……!奴等め……デウスにかつて所属しておきながら……許さんぞ……絶対に……!」

デウス帝国の為に命を投げる覚悟でいるアルメスにとって、デウス出身の人間が協力しないと言う事に怒りを見せていた。FPBはアルメスによって標的にされてしまっていた。

「おうそれ以上キれるのやめろや。何がデウスよ?気軽にやれやボケが。○○の為に!とか抜かして戦争するの、宗教みたいで一番気色悪ぃんだよダボがァ!!!俺みてぇに〝金の為に!〟とかならいいけど、自分の為じゃねーのにそれに命掛けてんの、アホ丸出し!」

冷やかすメイド。アルメスの怒りは、頂点に達した。

「貴様に何が分かる!?私は代々デウス帝国に仕えてきたのだ!ここでデウス帝国の復興を成す為に、私は全力を尽くす必要があるのだ!!」

今までは丁寧な言葉でメイドと接していたが、怒るアルメスはそれすらもしない。メイドを完全に見下した言い方で接した。これに対し、メイドは怒るかと思われたが、意外な事に笑い始めた。

「ハー!よく言うぜ悪党の癖によォ!その為なら手段も選らばねぇんだルォ?増して、俺みたいなヤツ雇ってんだ……悪党って自覚はあんだろ!?」

「我々はいかなる手段を用いてもやり遂げなければならない大義があるのですよ……」

「ハハー、大義となぁ?」

「……失礼。」

あくまでもこの事態を楽観視するメイド。アルメスと、メイドでは価値観が全く異なった。アルメスの怒りは更に加速するが、これ以上客将とも言えるメイドに対して失言を零す訳にも行かず、彼はブリッジから去る事にした。

「完全にデウス狂いじゃねぇかあの男よォ……ハハハハハ!」

必死になる姿のアルメスを見て大いに笑うメイド。その姿を、周りの兵士達は不快に思いながら見ていた。

 




第九十七話、投了。
メイド・ヘヴンがガンダムを駆り、ファンネルを展開して信用を失わせる作戦を行うという話。ここでデウス軍の狡猾な罠が明らかになりました。


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第九十八話 激突宙域

FPB、新生連邦、デウス残党軍の三つ巴の戦いが始まる。
この戦いの中で、エファンは“究極のMS”を展開させていく――


 メイド・ヘヴンによる、国連とFPBの交渉決裂から三日が経過した。この一件を受け、国連軍は自軍の中に裏切り者がいないかを、徹底的に調べ上げていた。

「まさか、ギア・ジェッパーの言葉に感化されて私を信じないと言う愚か者がいると言う事に驚きを隠せないな。アース将軍、貴官はどう思う?」

ギルスは今、アッサラームのブリッジ内に居た。全長1キロメートル以上はある超大型戦艦の艦長を務めるウィレス・レイド・アース将軍と共に、ブリッジにいる。

 今、国連軍はアッサラームを中心とした艦隊を形成していた。アッサラーム以外にはリューチェ級が数多く存在しており、更にハイエッジや少数のヴァントガンダムも展開している。

「私には何とも言えません。我々は国連の士官として、果たすべき役割を果たす。ただ、それだけです。」

「そう!この先平和な世界を作り出すには脅威を排除する必要がある!徹底的に攻め入り、そして敵を倒していくのだ!」

ギルスは熱烈に語るが、それに対してウィレスは冷静な様子だった。

「お言葉ですが代表。少し宜しいでしょうか。」

「ん?どうした将軍?」

突如ウィレスはギルスに聞いた。

「決して貴方を疑う訳ではありませんが、御伺いしておきたい事があります。貴方はこの世界をただ、自分の物にしたい――と言う訳ではありませんね?」

念を押すように、ウィレスは聞く。だが、ギルスは無表情でフン、と気味の悪い笑みを浮かべた。

「私は常に世界の事を考えている。今の混沌とした世界を救うには平和が必要だ。平和を作り出すには武力行使で、脅威を排除し、そして我々平和国が中心となるべきなのだ。」

「……分かりました。」

先程と言っている事があまり変わっていないギルスだが、ウィレスは彼の真意を確認する事が出来た。しかし彼女の目はギルスを睨んでいるようだった。まるで、心から彼を信頼していないように。

「さて、平和国を裏切り、ギア・ジェッパーなどという不届き者に寝返るなどと言う馬鹿げた考えを持つ人間は現在、いないだろうな?もしいれば即座に殺せ。平和を作り出そうとする者が裏切り等、あってはならない事だからな。」

「……ええ、そうですね……」

と、ウィレスは静かに答える。

「平和の脅威は新生連邦だけでなく、勝手に分裂したFPBとやらの勢力にデウス帝国残党軍……これは大規模な戦争が予想される。しかし勝たなくてはならない!平和を掴み取るには、必ず勝つ!それはこのアッサラームをはじめとした国連の大艦隊が成し遂げるだろう!」

と、独りで、大声で語るギルス。ブリッジにいた人間達は拍手をする者もいたが、あまり乗り気でない人間も数名いた。ウィレスは無表情のまま、ぱちぱちと拍手をした。

 ギルスは〝平和〟という言葉を連呼しているが、実際は世界を我が物にしたいと考えている、エゴの塊である。ギアにその事をばらされてはいるが、彼は卑怯な手を使い、この出来事を隠蔽したのだ。その事実を知る者はこの場にはいない。皆、ギルスは平和の為に武力行使をしていると信じているのだ。つまり、この場にいる者は皆ギルスにとって捨て駒に過ぎない。勿論、アッサラームの艦長として平和国の為に戦うウィレスでさえも。

 

 

 

 シュネルギアとアルバトスはアバドンコロニーにて戦力増強の為の補給物資の調達を終えたばかりであった。先日に起きたメイドによる国連とFPBの交渉決裂により、戦力の増強が不可能になってしまった以上、彼等は不足している戦力を駆使して戦う必要があるのである。

 アバドンコロニー内で得られたもの。それは、輸送艦と、外部パーツの艦サイズに装着する大型バーニア程度だった。だが今の彼等にそれが何の役に立つのかは、分からない。

 この時、ジャンヌやギアは新生連邦や国連、そしてデウス残党軍の動きを入念に確認していた。これらの勢力の動きを確認し、そこから強襲するか、様子を見るか、判断をする必要があったのだ。

「ジャンヌ様、国連軍、新生連邦軍共にそれぞれの旗艦を中心とした大艦隊を編成している模様です。」

「そうですか、分かりました。」

両者は前面衝突をしようとしているのか、それは定かではない。ただ一つ言える事は、いくらアバドンコロニーで戦力が整ったとはいえこれ程の艦隊を相手にするのは今のFPBの戦力では厳しいものがあった。

 実際、FPBの戦力といえるのは数少ないリューチェ級が数隻とシュネルギアとアルバトスだけである。戦力は新生連邦や国連の方が圧倒的に上だ。今、彼等がこの艦隊を相手に勝てるとは、とても考えにくい。

「どうするんだい、国連か新生連邦に喧嘩を売るにはあの規模はあまりに無謀だと思われるが……」

「ええ、そうですわね……」

メイドの襲撃さえなければ彼等は新たな戦力を加え、多少なりとも戦えるだけの数は揃っていただろう。しかし現実は残酷である。メイドによる一件でFPBに心を預けようとしていた国連の兵士はFPBを目の敵にし、国連の兵士として戦う事を決意しているのだ。これ以上国連から戦力を引き抜くのは無理だと考えられる。

「ところで……デウス帝国の動きはどうですか。」

ジャンヌが兵士に聞いた。艦隊が形成されているのは国連と新生連邦だが、デウス残党軍の姿が見られない事に、彼女は疑問を抱いた。

「いえ……確認、出来ていません。」

「そうですか。」

国連と新生連邦と言う、強大な勢力が艦隊を編成している中、何故か姿を現さないデウス残党軍。恐らく何かを狙っているのだろうが、その狙いが何なのかは定かではない。

「恐らく、国連と新生連邦の両者が戦い、疲弊している所を攻撃してくる可能性が考えられるね。その為にどこかで待機している可能性が考えられる。」

「……分かりません……デウス軍が一体何を考えているのか……」

先の出来事により、デウス残党軍を一切信用していないFPB。彼等は次回以降、確実に敵勢力として襲ってくる。FPBはこれらに対しても対抗できる手段や戦力を増やす必要があるのだが、今現在、彼等の戦力は乏しいと言えた。

「ジャンヌ様!凄まじい熱源を探知!これは現在月面に向かっています!」

「熱源ですか!?」

オペレーターの兵士が確認したもの……それは戦艦以上に巨大な熱源だった。それをすぐにモニターで確認するオペレーター。

「これは……」

そこに映っていたもの……それは、デウス残党軍が拠点としている小惑星、アポカリプスだった。その小惑星はデウス動乱後、長らく現在の新生連邦の目に触れることなく存在していたが、デウス残党軍が以前に新生連邦の月面基地、シン・ナンナを攻撃した際に世間に公になって以来、デウス残党は攻撃的な姿勢を見せるようになった。アポカリプスが動き出したと言う事は、新生連邦に対して決戦を挑もうとしているのかもしれない。

「小惑星から多数の艦艇を確認!これはいずれもデウス軍のバディウス級の改修型と考えられます!」

「つまり、あれはデウス残党軍の拠点と考えられますわね……」

「彼等は決着を付ける気なのか?」

シュネルギアのブリッジにいた誰もが困惑していた。移動を始めた小惑星、アポカリプス。その目的地は新生連邦軍の月面基地、シン・ナンナである。以前にもシン・ナンナに侵攻した彼等だったが、今回は完全に制圧しようと目論んでいるのである。

「気になるのはこの状況で国連が動いていないと言う事ですね。あの小惑星が向かう先は新生連邦の月面基地、シン・ナンナ……国連が動く理由がありません。」

「今度は新生連邦とデウス残党の戦いになりそうだな……」

ギアは眼鏡をちらと動かし、言った。

「私達も今は様子を見た方が良いのかも知れませんわね。迂闊に動いては両軍の戦いに巻き込まれるだけですわ。」

ジャンヌは状況を見極める事にした。現在、新生連邦とデウス残党軍の衝突が始まろうとしている。これに首を突っ込む必要はないと、彼女は判断していた。

 

 

 

 ジャンヌらが新生連邦とデウス残党の様子を見ている頃、アルバトス艦内をレイは移動していた。新造艦の構造を把握していなかった彼は時間があるうちに把握しておこうと判断し、一人艦内を移動していたのだ。

「レイ!」

彼が移動していると、少女の声が聞こえた。それはエレンの声であった。それに気付いたレイは振り返り、エレンを見る。

「あ……エレンさん。」

「良かった……会えて。この前も戦闘だったからレイ、疲れてると思って声を掛けなかったんだけど……やっぱり気になって。」

「あ……前の事……だよね。」

エレンは彼の気持ちを確認する為にレイを呼び止めたのだ。彼女が彼に声を掛ける理由はそれ以外にないとレイは分かっていた。

「多分、駄目なのは分かってるの。でも……確認したかったから……忙しいのにごめん、我儘な事、言って。」

エレンに告白された事は、彼自身正直嬉しい。しかしレイは素直に喜べない。というのも、リルムとの出来事があったからである。リルムに一方的に別れを言われ、衝撃を受けるレイ。今はその傷も少しずつ癒えつつあるのだが、まだ彼はリルムの事を断ち切れないでいたのだ。

「エレンさん、実は――」

思い切ってレイはエレンに自分に起きた出来事を話す事にした。地元で起きた一連の出来事。エレンはそれらを聞き、彼がリルムと別れた事を知った。

「そうだったのね……」

「エレンさんの気持ちはとても嬉しい。でも……ごめん、僕はまだ気持ちの整理が出来なくて……少し、待ってて欲しいんだ。」

どうしてもリルムが忘れられないレイは、いわゆる〝保留〟という形でエレン伝えた。それに対し、エレンは

「分かった。もし答えを言ってくれるなら教えて欲しい。出来るだけ近い内に……」

「えっ、それって……」

レイが首を傾げたその時だった。

 

                   ギュッ

 

「え……!?」

レイはエレンに抱き締められた。優しく、それでいて強く、彼女は抱き締めた。

「ごめん……でも……本当に早く答えが欲しいの……だってレイ、戦争して死ぬかも知れないから……それに私も……それが怖くて……」

彼女が自分の思いを伝えたのは、いつ死んでもおかしくない状況にいることを自覚していたからである。だからこそ彼に想いを伝え、答えを急かした。

「……ごめん……出来るだけ早く気持ちを整理するから……」

「お願い……私はレイのどんな答えでも受け止めるから……」

「ありがとう……」

そう言ってエレンは抱き締めるのを止め、そのまま去って行った。レイは彼女の後姿を少し見つめた後、この場から去る。

「……」

そして、この一連の様子を見ていた人影の姿がこの場所にあった。人影は彼等の抱擁を見届けた後、静かに去って行った。

 

 

 

 デウス残党軍はアポカリプスを動かし、新生連邦の月面基地に向かっている最中だった。アポカリプスの中に搭載されている無数のバディウス改級宇宙巡洋艦。その中に、デウス残党の旗艦であるアシュタル艦の姿があった。

「勇敢なるデウスの兵士達よ、今こそ連邦軍に引導を渡す時が来た!奴等の攻撃の要とされる月面基地を叩き、連邦軍に壊滅的な打撃を与えるのだ!デウスに栄光の輝きを!」

そう言うのはアシュタル艦を指揮するナジェラ・メリクリファーである。現在のデウス国王である彼はデウス残党軍の艦隊を率い、月面に対して攻撃を加えようとしていた。

その中で、インベーションユニットは別の行動を取っていた。指揮をするアルメスは新生連邦を狙うのでなく、FPBを狙っていたのだ。

「次の戦いは連邦軍との壮絶な決戦となる。そうとなればデウス軍も只では済まないだろう。ならば……せめてジャンヌ・アステル等を巻き込み、奴等の戦力も削ぎ落す必要がある!行け!」

彼等は先の件でFPBとの交渉が滅裂になった後から根に持っていたのかは定かではないが、脅威となり得ると判断したアルメスは新生連邦とデウス残党軍との戦いにFPBを巻き込もうと作戦を練っていたのだ。その為に彼が率いるインベーションユニットはMSを展開し、FPBが現在いるアバドンコロニーに向かっていた。

「おーおー、あいつらに喧嘩売るんかよ。まあ、あいつの策略は間違っちゃいねえかもねぇ。じゃあ、いつ攻撃するか?」

 

ビゴォン

 

その中に、メイドの姿があった。彼はデスゲイズを駆り、そのモノアイを輝かせながら接近していく。

「今でしょォ!」

メイドは唇を舌で舐め回し、シュネルギアへ向かって行く。無論、メイド以外のインベーションユニットに所属するゴルモンテMk-Ⅱや、ディエルMk-Ⅱ等の機体も同様に。

 

 

 

「ジャンヌ様!デウス軍のMSがシュネルギア並びにアルバトスに接近中です!」

「そんな……何故……」

予想外の出来事に、ジャンヌは困惑していた。新生連邦軍とデウス残党軍の戦争だと思い込んでいた彼女だったが、デウス残党軍がこちらに攻撃を仕掛けてくるなど思いもしなかったからだ。

「デウス軍、侮れないか……どうする、ジャンヌ嬢?」

側にいたギアが静かに語った。

「……MS部隊を展開して下さい。迫ってくるならば、迎撃するしかありません。」

彼女は各MSパイロットに出撃命令を下した。今、デウス残党軍とFPBの戦いが始まろうとしている。

「ブライティスガンダム、出撃!」

「!?」

MSの発進命令を下した直後、アステル兵が言った。真っ先にアレンの機体が発進したと言う情報に、ジャンヌの目が見開かれた。

(アレンは……まさか……!?)

彼女はアレンに対し、ブライティスに乗るなと命じている。しかしブライティスが真っ先に出撃した。恐らく、それに彼が乗っている可能性は高い。

 強化されたブライティスは強力な兵器を身に付けた。だが、より万全な状態となるには、搭乗者の感情が重要な因子となる。

(アレン、どうか……せめて感情だけは押さえて……)

ジャンヌは静かに両手をギュッと組み合わせ、祈り始めた。彼女は恐れているのだ。アレンの命が失われるリスクがある事に。もし彼女の言うように、アレンの感情が爆発すれば、ブライティスに何が起こるか分からない。彼の命を奪う出来事が生じる危険性も考えられる。それが何かは今の段階では分からない。

 

 アルバトス艦内でもエリィが発進命令を下していた。アルバトス艦内に警報が発令され、戦闘準備に取り掛かっていた。

「総員第一種戦闘配備!」

「第一種戦闘配備!繰り返します、総員第一種戦闘配備――」

エリィの声に合わせるようにインクが各員に対して伝達している。他のクルー達の表情は真剣そのものであった。

「全く、勝手にこっちに来た癖に断った瞬間態度変えて攻撃を仕掛けてくるのかよ!デウスって戦時もこんな性悪かよ!大尉も大変だっただろうな!」

急なデウス軍の強襲に苛立ちを隠せないスラッグは言った。

「分からないけど今は戦うしかないわ!今はどんな勢力であれ、敵なら……」

エリィは艦長席に座り、静かに前方を見た。スラッグやインク以外の国連兵達は彼女の命令に従う為にいずれもがモニターの前で待機していた。

 

 

 

 デウス残党軍とFPBの戦いが始まった。既にデウス残党軍はシュネルギアとアルバトスの両艦に接近してきている。これらに対して迎撃をするFPB。

「ハハー!」

接近するデウス軍の中にいるデスゲイズ。それは急に右前腕部に搭載されている有線式ビームサーベルを、ビーム刃を出さずに、そのまま上方に展開した。謎の行動に動揺するFPBの兵士。ヴァントガンダム達はその間にビームライフルやミサイルで攻撃を仕掛けるが、ビームはデスゲイズには通用しない。ミサイルも、器用にメイドは回避し続ける。その間、デスゲイズから展開されたケーブルはあろうことか、隕石にアンカーを刺すように刺した後、ヴァントガンダムに向けて攻撃をし始めた。

 

ギュルルルルルッ

 

「な、なんだ!?」

早過ぎる隕石による質量攻撃に対処出来なかった兵士達は、瞬く間に三機が撃破された。

「必殺メテオストライクゥ!遊ぶならアイデアって大事だしな!ん!?」

隕石を使った攻撃を行った後、熱源を感知したメイドはデスゲイズのモノアイを輝かせ、前腕部のビームキャノンを構えた。

「貴様、見ているな!」

その言葉と同時に謎のポーズを構えたメイドは、同時にビームキャノンを撃つ。砲口の先にあったのはスバキの駆るアインスガンダムだ。アインスはビームシールドを展開してこの攻撃を防ぎ、そのままビームピッカーを展開してデスゲイズに迫る。

「あいつ!セイントバードを攻撃した奴!絶対倒してやる!!」

意気込んでデスゲイズに向かうスバキ。だがデスゲイズには隕石攻撃がある。それだけではない。左前腕部の有線式ビームサーベルは右と違い、自由に動かせる。その為、デスゲイズはそれらを展開した。

「アホが!死に来てんじゃねぇぞガンダムさんよぉ!」

有線式ビームサーベルと隕石が一斉にアインスに襲い掛かる。それでも、アインスはバーニアをフルに稼働させてデスゲイズに向かって行く。

 

                 バシュゥゥゥゥゥ

 

「なっ!?」

「オォウ?」

そこへ一筋の光線がアインスとデスゲイズの間を通り抜ける。眼前のビームに動揺するスバキ。彼女はすぐに光線が放たれた方向を見て、何による砲撃なのかを確認した。

ビームを放ったのはハルッグだった。ネルソンはスバキの無謀に見える攻撃を見て、ロングビームライフルを撃つ事で無理矢理彼女を止めたのだ。

「何のつもりだよ!私を殺す気かよ!?」

「君こそ何のつもりだ!あの機体に単体で勝てると思っているのか!」

「倒さなきゃ駄目なんだよあいつは!」

デスゲイズに対し、執念を燃やすスバキ。一方でデスゲイズの強さをよく理解しているネルソンはスバキを止める。戦わせるのは危険だと判断したからだ。

「喧嘩してんじゃねぇぞオイ!」

乱入してきたネルソンを含め、再び有線式ビームサーベルを展開して攻撃を仕掛ける。それと同時に隕石攻撃も行う。

「隕石だと!?何だこの攻撃は!?」

にわかに信じられない攻撃方法に、ネルソンは驚愕した。どうにかしなければならないと思っていたネルソンは急いで回避をし、スバキにここから離れるように指示する。

「スバキ、君は別の機体を相手にしろ。この機体相手では分が悪い。」

「じゃああんたが戦うのかよ!?それこそ無茶じゃねえか!」

「……すまないが今は口喧嘩をしている場合じゃない!」

口論を繰り広げる両者に、容赦なくデスゲイズが迫る。デスゲイズはミサイルやビームキャノンを連射し、彼等を攻撃する。それらを回避し、ハルッグはロングビームライフルでデスゲイズを狙うが、機体全体を覆うバリアーフィールドジェネレーターに弾かれた。

「馬鹿な、狙ったのは機体の後面だぞ!後面にもバリアーフィールドが張られているのか!?」

戸惑うネルソンに、メイドが語りかけてきた。

「ビームなんざぁ無駄なんだよ無駄無駄!」

「ちぃっ!」

「お前、アルメスの部下だったんだろォ?」

「メイド・ヘヴン……!」

彼等は一度新生連邦本部攻略戦の際に対峙していたが、その時は両者共にどのような人間かをよく分かっていなかった。しかし先のデウス残党軍によるFPBへの交渉を経て、メイドはネルソンの事を知ったのである。

「あぁ~、それにお前あれだな!戦争中に女に告白した奴だ!それが元デウスかよ!ネルソン・アルビュースさんよぉ!!!」

メイドはネルソンと交戦し、地球での出来事を思い出した。エリィがセイントバードと共に散ろうとした時に彼はエリィに自分の思いを告げた際、そこへ介入してきたのがメイドである。

「あの時のアホみてぇな行動がネタとして見てて面白かったぜ!クッソ寒い茶番、提供感謝すんぜぇ!ネタとしては最高だなぁ!」

「貴様の為にセイントバードのメンバーの多くが失われたんだぞ!」

彼がエリィを説得する際、メイドは執拗に邪魔をした。その際に多くのアステリアやヴァントガンダムが、犠牲になっている。

「うっせえよ!それって戦闘中に茶番してる奴が抜かす台詞かコラァ!?」

「黙れ!」

ハルッグは肩部からミサイルを発射し、デスゲイズに向ける。だがデスゲイズはケーブルで繋いだ隕石を盾にし、ミサイルから機体を守った。

「ガラ空きィ!」

その時、ハルッグの後方から再び隕石が迫って来ていた。デスゲイズはミサイル砲撃を受けた際に左前腕部からのケーブルを別の隕石に接続し、それをハルッグに襲わせていたのである。

「うぐっ!?」

間一髪回避するネルソンだが、そこへデスゲイズが腹部からビームカノンを発射した。急過ぎる攻撃にネルソンは対処出来ず、右腕部が消滅した。その為、ロングビームライフルが使えなくなる。

「なんて卑劣な攻撃だ……!」

攻撃の手段を減らされたネルソンはデスゲイズの卑劣な攻撃に苦戦を強いられている。この状況は不利だと感じた彼は、どうするべきかを模索していた。

「卑劣だと?ふざけんじゃねーよ!?てめぇは正々堂々とした戦いなんてあると思ってんのかァ?」

「……あぁ……そうだったな……今は戦争。どんな手段を用いてでも敵を倒す必要がある場所……」

「ハハハー!分かってんじゃねえか!どんな手段を使ってでも勝ちゃあいい!そう!どんな手をつかおうが……最終的に……勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」

次の瞬間、デスゲイズのモノアイが輝き、同時に有線式ビームサーベルがハルッグに迫る。

「ちぃっ!」

デスゲイズの相手をするのは危険だと判断したネルソンは一度ハルッグを変形させ、その場から離れようとする。しかしデスゲイズは追い打ちを掛けるように、ハルッグを攻撃し続ける。

「どうしたものか……奴の性能は私が思っている以上に高い……」

ハルッグに合わせるように、デスゲイズもMAに変形した。その際、隕石からケーブルを分離させ、ハルッグを追い始める。

「逃げてんじゃねえぞリア充ネルソンさんよォ!ハハー!」

負傷したハルッグを追い続けるメイド。しかし、彼が狙っているのはネルソンだけでない。レーダーを感知した機体に対し、有線式ビームサーベルを展開して攻撃しているのだ。その中にはアステリアに搭乗しているアイリィの姿もあった。FPBの一員となった彼女だが、現在まで目立った戦果を上げられないでいた。その中で、今彼女はデスゲイズに狙われている。

「あわわわ……や、やばいー!」

回避運動を行うにも、有線式ビームサーベルの動きは彼女の想定を上回っており、逃げ切れない。

「ヘハハハハハ!!死ね!死ね!死ね死ね死ね死ね死んじまえ!黄色い豚めをやっつけろー!!!イエッハッハッハッハ!!!」

怪鳥の強靭な爪がアイリィに迫る。このままでは彼女は殺されてしまう――

 

                 バヂィィィィ

 

すると、彼女の眼前で別のヴァントガンダムが有線式ビームサーベルによる攻撃を受けていた。それらは幸いコクピットには直撃していない為、パイロットは生きている。しかし突然の出来事に何が起こったのかが判断出来ないアイリィはキョトンとしていた。やがて彼女に回線が入った。それはファージによるものだった。

「ぼさっとしてんな!せっかく可愛い顔してんのに簡単に死ぬんじゃないぜ!」

「あぅぅ……ご、ごめんなさーい……あ……でももうその機体じゃ……」

ファージの心配をしたアイリィ。それに対し、ファージは

「一度帰還して別の機体を用意してくるから心配いらないぜ。それより生き残る事を考えろ!終わったら是非会おうぜ!」

と言った。

「は、はーい!」

アイリィの返事を聞いたファージは、アステリアを駆り、シュネルギアへと帰還していく。これを見て、アイリィのアステリアはデスゲイズから離れ、別のデウス残党軍の機体と交戦を開始した。

 

 

 

 インベーションユニットはシュネルギアとアルバトスにビーム砲撃を行っていた。この時、彼等はある〝違和感〟を覚えていた。というのも、この砲撃は明らかに戦艦を狙う気が無いのである。

(妙ね……普通狙うなら堂々と船体に狙いを絞るはず。なのに何故?まるでどこかに私達を誘導しているみたい……デウス軍は何を考えているの……?)

アルバトス内で、エリィは疑問を抱いた。デウス残党軍の謎の砲撃に疑問を抱きつつも、回避する為に艦を前進させるように命じた。その際、後方へビーム砲を撃てるようにも指示している。

「エリィさん、大丈夫ですか。」

そこへジャンヌから通信が入った。エリィはそれに対し、

「はい。」

と頷く。

「敵の砲撃に違和感を覚えませんか?まるで……どこかに私達を誘導しているような……」

「それ、私も思っていました。でも何なのかは……」

両者が会話をしている時、艦が揺れた。デウス残党軍のMSが船体に砲撃を行ったのである。

「ぐぅっ……!」

「エリィさん、一度回線を切ります。また後程……」

ジャンヌからの回線が切れた。彼女はデウス残党軍の攻撃に違和感を抱きつつも、この攻撃を回避する為に行動して行くしかなかった。

 

 

 

 FPBがインベーションユニットと交戦する中、デウス残党軍の本隊はアポカリプスと共に、新生連邦の月面基地シン・ナンナの攻略に向けて進軍していた。デウス軍はディエルMk-ⅡやゴルモンテMk-Ⅱといった機体を惜しみなく投入し、新生連邦軍にダメージを与え続ける。シン・ナンナの司令官である、フェイク・バリスタはデウス残党軍に対し、艦隊を展開させるよう、指示をしていた。

 その中で、新生連邦軍の旗艦であるバンドレッドから一機の機体が発進されようとしていた。それに乗っているのは総司令である。彼はカタパルト内からバンドレッドを指揮するジーク・アルナスに対して言った。

「後は頼みます。私もオラトリオで出ます。」

「了解です、ご武運をお祈りします。」

「了解、ガンダムオラトリオ、出撃。」

総司令のガンダム、オラトリオが発進された。先日のテスト時とは違い、今回はバックパックが搭載されている。オラトリオは発進して瞬く間に戦闘宙域まで移動した。機動性の高さが売りとも言える機体であり、並みの機体ではその機動性についていけないのだ。

「まさかデウス残党軍が攻撃を仕掛けてくるとは……」

デウス軍の動きにやや焦りを感じつつも、これらに対して冷静に対処する。オラトリオは主武装であるビームサブマシンガンを展開し、ディエルMk-ⅡやゴルモンテMk-Ⅱに攻撃。ディエルMk-Ⅱはこれに負けじとビームディエルマシンガンをオラトリオに向け、更にシュート・シューターといった武器を展開。

だがそれらはオラトリオのビームサブマシンガンの前では無意味だった。高出力のそれに、ディエルMk-Ⅱは瞬く間に破壊される。次に、接近戦を挑んできた機体に対してビームサブマシンガンを変形させ、ビームセイバーを展開。高出力のそれは一瞬の内に相手機体のコクピットを切り裂いた。

「っ!」

そこへゴルモンテMk-Ⅱ四機が一斉にオラトリオに向けてビームバズーカを発射しようとしていた。

「死ね、ガンダム――」

ビームバズーカの引き金が引かれようとした時、ゴルモンテは謎の飛翔物体によるビーム砲撃を受け、いずれもが同時に破壊された。

「な、なんだ!?」

オラトリオが攻撃した訳ではない。明らかにどこからか別の攻撃――デウス兵達は謎の攻撃に周囲を見回すが、何処から放たれているのかは分からない。

「助かる、ソフィア。」

その中で、総司令はインカムを通じて側近であるソフィアに言った。

「私は……貴方のお役に立つことが出来ているでしょうか?」

「十分だ。」

ソフィアは今、サイコミュ・ルーラシステムを使い、無数のファンネルを自在にコントロールしていたのだ。それらは全て、エレシュキガルから放たれており、広範囲に渡ってファンネルによる攻撃が可能である。彼女のシンギュラルタイプとしての潜在能力は普通のシンギュラルタイプを遥かに凌駕するもので、その力を使い、新生連邦軍のサポートをしていたのである。

「ソフィア、僕の為に戦うのではない。新生連邦軍の為に戦って欲しい。それを分かって。」

「え?あ……はい……レヴィー様……」

ソフィアは何故か少し悲しげに返答した。彼女のサポートもあり、総司令をはじめ、新生連邦軍は強固な守りを手に入れていた。機体性能が優秀なものが多数を占める新生連邦と数で圧倒しようとするデウス残党軍。戦前から続く両者が対峙し、今、激戦が繰り広げられようとしていた。

 

 その中で、ある一隻のヴィッシュ級艦内にて。そこにいたのはエファン・ドゥーリアだ。彼はシーア・マックスのみ同伴を許可し、クラリスやダウーラには出撃命令を出さなかった。以前の戦いでの〝罰〟の為である。

 彼等は今MSデッキのカタパルト内で会話をしていた。シーアはカーティウスに搭乗しており、エファンは新型のMSに搭乗していた。

「僕にカーティウスを与えて頂いてありがとうございます、少佐。」

「私の新型機体も八割程完成したからな、丁度試験運用をしてみようと思った所だ。お前の実績を見込んでその機体を渡した。上手く扱えるかは分からんが、期待している。」

「ハッ、全力を尽くします。この素晴らしい機体……どのような性能なのか、楽しみですよ。」

シーアは敬礼をした後、カーティウスのカメラアイを輝かせ、発進した。それに次ぐようにエファンもその新型MSを動かす。

「エレシュキガル内のサイコミュ・ルーラシステムによって防衛機能を増したか……随分憎い道具を使ってくれるな、総司令レヴィー・ダイル……」

シンギュラルタイプ等の、力を持つ人間の抹殺を図るこの男はソフィアの存在も抹殺しなければならない対象であると感じていた。

「何にせよ、今はこの機体がどれ程活躍出来るかの実験がしたい。さあ、数ある機体のデータを寄せ集め、“永久機関”を実装した私の最高傑作……どこまでやれるか。」

エファンは静かに笑い、操縦桿を握る。

「エファン・ドゥーリア、カタストゥリア出撃する。」

 

               ゴギュオゥゥゥゥゥン

 

ガンダムタイプのようなデュアルアイの輝きと共に、彼が開発した新型MS、カタストゥリアが発進した。

機体名、カタストゥリア。型式番号EMX-05X。エファンが独自に開発したMSの一つ。全身が漆黒に包まれているMSで、バックパックには大型のブリッツファンネルが多数存在している。機体のサイズもガンダムタイプと比べて遥かに大型である。エファンが最高傑作と呼ぶその機体。この戦場でどのような活躍を見せるのだろうか。

 カタストゥリアとカーティウスがほぼ同時に出撃する中で、カーティウスは先行し、ビームランチャーをデウス残党軍に向けて発射していく。

「良い機体だ!これがドゥーリア少佐の……素晴らしいよ!軍の配属になってから今までに乗った機体の中で一番良い!」

カーティウスの性能に感激するシーア。そしてふと、彼がカタストゥリアの方向を見た瞬間、彼は驚愕していた。

「あぁ……!?」

両機が出撃して数秒が経過した時だろうか、シーアの周辺に広がるのはディエルMk-ⅡやゴルモンテMk-Ⅱの残骸だ。そして、その中央にはカタストゥリアが紫色のツインアイを輝かせている。

カタストゥリアはバックパックのブリッツファンネルを展開し終えた後、元の場所へ戻って行った。その数は大小合わせて二十四機。彼はその二十四基のファンネルを使い、デウス残党軍に攻撃を仕掛けていたのだ。そして瞬く間に二十四機のMSと、戦艦三隻の撃墜に成功。カタストゥリアは、その凄まじい性能をデウス残党軍に見せ付けたのである。

「凄い……これが少佐の機体の力……」

シーアはこの光景を見て恐れ慄いた。最早、一瞬とも呼べる出来事だ。これ程に素早くMSを破壊する事など、従来の機体では恐らく不可能だろう。しかし、エファンの駆るカタストゥリアはそれを成した。完全に、使いこなしている。

「ビーム粒子のアブソーバー機能も問題はないな。この機体の完成は近付いたと言えるか。」

更に、カタストゥリアが展開したブリッツファンネルは周辺にあるビーム粒子を吸収し、それを我が物にしているのだ。これこそが、エファンの言っていた永久機関なのだろう。従来の期待では成せなかった事を、この機体は実現したのだ。

「だが、これでもまだ完成度は八割……まあ、戦闘に関してはこの状態でも十分にこなす事は可能だが……まあいい。行くか。」

先の出来事を受け、焦る様子を見せるデウス兵達はこの漆黒のMSに恐れつつも、ビームバズーカ等を使って攻撃する。

「う、撃て!なんだあのMSは!?」

ビームはカタストゥリアに、確かに直撃している。が、カタストゥリアはデスゲイズと同様に、機体全体にバリアーフィールドジェネレーターを搭載している。よって、ビーム砲撃などは一切通用しないのだ。

 

グォンッ

 

その時、カタストゥリアの両手部の指間腔からビーム刃が展開され、そこからケーブルが展開された。それらはビームクローとして、ゴルモンテMk-Ⅱに迫っている。

「なんだあれは!?」

ディエルMk-Ⅱはその武器にビームディエルマシンガンを連射するものの、バリアーフィールドによって弾かれる。そして、ビームクローはディエルMk-Ⅱのコクピットを一撃で貫いた。

「つまらん。まるで相手にならないではないか。まあ良い。」

見下すように、ディエルMk-Ⅱの爆発を見るエファン。そこへシーアの乗るカーティウスが彼の元へ接近してきた。

「少佐、これらは全て少佐が?」

「ああ、そうだ。所詮は戦力の寄せ集め。我々が負ける筈が無い。シーア、戦え。思う存分な。」

「ハッ、了解です。」

エファンの命令により、シーアは回線を切り引き続きデウス軍に対して攻撃を行う。

「戦争において相手が弱い事に越した事はないが、こうも歯応えが無いのもな。行き過ぎた技術の集大成は人を退屈にさせるものなのかも知れん。」

デウス軍の量産機体では成す術もない、圧倒的な性能を持ったMSであるカタストゥリア。謎に包まれているこの機体だが、強力な機体であることは間違いないと言えた。

 

 

 

 バンドレッド艦内ではジークが指揮をしている。彼が標的にしているのは、デウス軍の旗艦であるアシュタル艦だ。

「ビームキャノンをあの艦に砲撃。急げ。」

やられる前にやる。ジークは真っ先にアシュタル艦を撃沈しようと目論んでいた。

「あれが連邦の旗艦か。随分巨大な戦艦であるが……」

「皇帝陛下、如何なされますか。」

アシュタル艦を指揮しているのはナジェラ・メリクリファーだ。デウス帝国の皇帝である彼は前線に出て戦争をしている。彼が指揮をするアシュタル艦も新生連邦の旗艦であるバンドレッドを標的にしていた。つまり、今、両軍の旗艦同士の戦いが始まろうとしていた。

「ビーム砲で牽制せよ。MS部隊を我が艦の周辺に置く事を忘れるな。」

「了解。」

両艦は互いにビーム砲で牽制し合い、砲撃を行う。互いのビームは掠るように艦の表面を通り過ぎる。そして、両艦共に周辺にはMS部隊が展開していた。

「早めにケリを付けた方が良いかも知れんな。デウスの旗艦とされる、あの艦を沈めれば脅威は一つ減る事になる。」

ジークは、早めにデウス残党のアシュタル艦を沈めようと目論んでいた。国連やFPBといった勢力がいる以上、デウス残党相手にこれ以上時間を掛けていられないと判断し、彼はバンドレッドのメガプラズマカノンをアシュタル艦に向けて発射するように命令していた。

「連邦の旗艦か。ならばプラズマカノンを撃て。一撃で沈めてやる。」

デウス皇帝、ナジェラもジークと同様、アシュタル艦に搭載されている大型プラズマカノンを発射するように命令した。その命令に従うデウス兵達。

 今、両軍の旗艦同士がそれぞれの必殺技とも言える武装で攻撃をしようとしていた。

バンドレッドとアシュタル艦のプラズマのエネルギーが吸収されて行く。そして――

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

両軍のプラズマカノンが同時に発射された。この壮絶な光景に両軍の兵士は一時的に戦いを止めていた。

 

バヂイイイイイイイイイイイイイッ

 

それぞれのプラズマカノンは互いにぶつかり合い、そして弾けて消えた。プラズマ兵器は同程度の出力で互いに衝突すれば打ち消される。バリアーフィールドで防ぐ事が出来ないこの兵器を防ぐ唯一の手段がこの方法である為、プラズマ兵器は重宝されるのだ。

「相殺したか」

ジークが言った。

「次のチャージまでどれぐらい掛かりそうか!?」

デウス皇帝、ナジェラが言った。

「約十五分は時間を要します!」

「ならば一度後退しろ。準備が整い次第奴等に攻撃を仕掛けるのだ。」

ナジェラの命令により、アシュタル艦は後退していく。その間、艦の護衛の為にゴルモンテMk-Ⅱが数十機、アシュタル艦の周辺をそれぞれがビームバズーカを構えて並んでいた。

 

 

 

 新生連邦とデウス残党軍の戦いが行われている中、FPBはインベーションユニットによる強襲を受けていた。バディウス改級はシュネルギアとアルバトスに対してビームを撃つが、まるで当てる気が無い。まるで、どこかへ誘導しているような砲撃。エリィを始め、ジャンヌもそのように考えていた。

「ジャンヌ様!新生連邦軍のMS部隊がこちらに接近中!」

「やはり彼等の狙いはそうでしたか。」

彼女等は後方からのインベーションユニットによるビーム砲撃を避け続けた結果、新生連邦軍とデウス残党軍の艦隊戦に巻き込まれてしまった。インベーションユニットはこれが目的だったのだ。両軍の戦闘にFPBを巻き込み、三つ巴の戦いにして戦力を削ごうとする。それが、アルメス・ラグナの狙いであった。

「連邦がジャンヌ・アステルの艦に攻撃を仕掛けたようだ。いいぞ、奴等を巻き添えにする事が目的だから成功だ。」

アルメスは勝ち誇ったような顔をして、新生連邦に襲われるシュネルギアを見ていた。そして引き続きMSを展開してFPBを攻撃するように指示を下した。

 

 

 

「新生連邦が……なんで!?」

デウス残党と戦っていた筈なのにFPBに襲ってくる新生連邦軍に、レイは困惑した。しかしこちらに迫ってくるのならば倒すしかない。ツヴァイはブリッツファンネルを展開し、ファンネル同士を近付けて高出力のビームを発射し、接近してきたジョゼフ三機を破壊した。

 

                 ギュルルルルルッ

 

レイは後方から何者かに攻撃を加えられていると感じ取り、急いでそれらを回避する。その攻撃は、デスゲイズの有線式ビームサーベルだった。

「やっぱ戦うなら雑魚同然のオールドタイプよりシンギュラルタイプ以上の人間だよなぁ!ドーモ。クソガキ=サン。メイド・ヘヴンです。」

「あの機体は!」

漆黒のMS、デスゲイズ。パイロットは当然メイド・ヘヴンだ。狂気に満ちたパイロットに、強力なMS。まさに鬼に金棒といった強敵がレイの前に再び姿を現す。

「思えばよォ、お前らみたいな地球でプータローしてた奴等がこんな所まで来るってのが驚きだぜぇ?まー、それは俺も一緒か!」

彼の言う〝プータロー〟というのはMS乗りの事である。レイはこの男を相手に緊張し、激しく息を洩らしていた。

(この人は強い……言葉とかは変だけど、前もアレンさんのガンダムを奪ってそれを乗りこなしていた。実力も相当ある……)

今まで何度も苦汁を舐めさせられてきた強敵、メイド・ヘヴン。彼の為に、レイは一度生死を彷徨い、ジェルヴァチームに保護された。その後も何度か対峙したが、機体性能とメイドの技量が相まって、その度に苦戦を強いられてきた。

「クソガキ、殺すべし、慈悲はない!死ね!!!」

その直後、有線式ビームサーベルがレイに襲い掛かる。くねくねと、触手のようなそれは様々な方向へ展開し、レイを追い詰めて行く。

 

ドオオオオッ

 

そこへ、二機のMSが姿を見せた。それらはあろう事が、ガンダムタイプであった。

「アハハハハ!」

「フフフ……」

レイとメイドが交戦する中、チェーニ姉妹が現れた。それぞれヴェーチェルガンダム、エクルヴィスガンダムに搭乗し、レイの前に襲い掛かる。

「あのガンダム……フォリアさんにリンセさん……!」

咄嗟にツヴァイはブリッツファンネルを全基展開した。彼の前に強敵が三機もいる為、レイは気構えていたのだ。

「チッ、ガンダムが二機も来やがったか。めんどくせぇよなァ~」

チェーニ姉妹を相手に苛立つメイドは有線式ビームサーベルの矛先を姉妹のガンダムに向けた。これらの攻撃を素早く回避する姉妹。

 

                バシュゥゥゥッ

 

そこへ、ビームライフルを発射したブライティスが現れた。それはデスゲイズのバリアーフィールドによって弾かれるが、メイドはブライティスを見て喜び始めた。

「おぉ、アレン・レインドの青羽ガンダム!こいつぁいい!」

歓喜するメイドは標的をアレンのみに変えた。アレンはそのまま別の場所に移動する。彼の動きに合わせるように、メイドはアレンを追った。

「どこかへ行ったみたいね。フフ、レイ……やっとじっくり相手が出来る。」

「久し振りだねー、あの子、いっぱいいたぶってあげるんだから!」

姉妹にとってメイドは邪魔以外の何物でもない。彼女等の目的はレイと交戦する事なのだから。

 早速彼女等は攻撃に出たヴェーチェルはビームウィップを、エクルヴィスはデストロイウェブを展開し、ツヴァイに襲い掛かる。

「攻撃!」

彼女等の攻撃に対し、頭の中で電流が流れるのを感じたレイは攻撃を先読みし、これらの攻撃を全て回避する。この時にツヴァイのコクピット内に彼女等から回線が入った。

「随分久しぶりじゃない、レイ。また貴方に会えて私は嬉しいわ。」

「なんだか凛々しくなった気がするようなしないような~でも、やっぱり顔は可愛いね!」

「フォリアさん、リンセさん……」

レイを今までセイントバードチームと行動する原因を作った張本人ともいえる彼女等。彼と彼女等の因縁は深い。

「宇宙にまで来て会うなんて、何かしらの運命を感じるわね。やはり私達の小指は赤い糸で結ばれているのかもね。ウフフ……」

「キミとは本当に長いよねー。こんな所でも会うなんてさッ!」

エクルヴィスはメガビームカノンをツヴァイに向けて撃つ。しかしツヴァイの展開していたブリッツファンネルがそれを無効にした。

「何をやっているのよリンセ。ビームはあの機体には通用しないでしょう?」

フォリアは最初にツヴァイと交戦した事を忘れていない。その際に苦汁を飲まされた事も、全て覚えている。故の、アドバイスだ。

「ああー、そうだった!ごめんなさい、お姉様ッ!!!」

フォリアに謝った直後、エクルヴィスはカメラアイを輝かせ、腰部の隠し腕を展開してツヴァイに迫った。レイはそれらを対処する為にブリッツファンネルを向かわせるが、サイコミュ感知システムを搭載しているエクルヴィスはこれらの攻撃を軽々と回避し、やがてツヴァイに最接近し、隠し腕でツヴァイの腕部を掴んだ。

「しまった!?」

「ファンネルとかの兵器はあんまり当たる気がしないんだよー!」

無邪気に笑うリンセ。そこへヴェーチェルが対艦サーベルを展開し、ツヴァイに迫る。

「フフ、真っ二つ。」

両腕部を封じられているツヴァイはこの攻撃に対して抗う事が出来ない。何もしなければ、対艦サーベルの餌食となってしまうだろう。

 

バシュゥゥゥ

 

「チッ……!」

ツヴァイのブリッツファンネルの存在を感知し、フォリアは攻撃を回避した。だが回避しつつも相手が迫ってくるので、ファンネルは時間稼ぎにしか過ぎない。

「フフ、ファンネルは当たらないわ。時間稼ぎのつもりかしら?」

「時間稼ぎ……確かに……!」

レイは狙っていたようにツヴァイのプラズマカノンを展開させた。両腕部は身動きが取れないのだが、プラズマカノンは可動させる事が可能だったのだ。

「させないよ!」

プラズマカノンによる砲撃が展開されようとした時、エクルヴィスはヴェーチェルにプラズマカノンが当たらないように腕部を使って砲身の角度を変えようとしていた。

「ああっ!?」

リンセの行動により、プラズマカノンは発射された際にヴェーチェルに直撃しなかった。プラズマカノンが発射されたのを見届けた後、ヴェーチェルは再び攻撃を加える為に動き出す。

「よくやったわリンセ。さて、今度こそ!」

と、対艦サーベルがツヴァイの前で振り下ろされようとした時だった。

「やばっ……!」

ブリッツファンネルの矛先がエクルヴィスに向けられた。このままツヴァイを掴んでいてはファンネルがリンセを襲う。危険を感じたリンセは急いでツヴァイから離れ、デストロイウェブを放つ。しかし、ファンネルから放たれる高出力のビームはデストロイウェブを消滅させた。

「危なかったー……」

リンセは助かった。しかし、ツヴァイの腕部を離した事により、レイは身動きが取れるようになった。

「やはりファンネルが厄介ね。しかも前に戦った時よりも強くなっている……?」

フォリアはファンネルの動きや攻撃を見て違和感を覚えていた。ファンネル同士が連携し、それらが合わされば高出力のビームを撃つ事が出来る。以前に戦った時はそれらは無かった。彼女は、ツヴァイが強化されている事をこの時に見抜いたのだ。

(何にせよ、当たらなければ意味が無い!レイ、たっぷりと可愛がってあげる……そして今度こそ殺してあげる!!!)

レイに対する愛情や憎悪が混在するフォリア。不安定な感情を抱きつつ、彼女はこの宇宙でレイと戦うのであった。

 

 

 

アレンとメイドは交戦していた。メイドの駆るデスゲイズは脅威だが、アレンは顔色一つ変えずにこの強敵と戦っている。

「いつものてめぇと違うじゃねえか!まるで機械と戦ってるみてぇだぜ!?」

メイドも気付いていた。彼の動きの違いに。

「父さんを殺したお前は今はどうでも良い……正直邪魔なだけだ。」

「おーおー、言うじゃねえの。」

デスゲイズはMA形態の状態で有線式ビームサーベルを展開し、ブライティスに襲わせる。だが、ブライティスはこれらの攻撃を全て回避し、ブリッツファンネルを展開してそれらをデスゲイズに向ける。

「見えてんだよなぁ、全部なぁ!なぁ!?」

ブリッツファンネルはメイドに全て回避される。シンギュラルタイプである彼はサイコミュ兵器を見分ける事が簡単に出来たのだ。

「俺のター――」

 

          ドオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

彼が台詞を言おうとした時、突如熱源がレーダーに探知された。その熱源の正体はプラズマ兵器であり、それに反応したメイドは急いで回避し、攻撃源を確認する。しかし、そこには何もなかった。

「今のはプラズマ兵器だろぉ?なんだ今のは?」

 

                ブゥゥゥゥン

 

次に、メイドはビーム刃が展開されるのを見た。レーダーに映ったそれを確認した時、急いで回避運動を行うがデスゲイズの右翼部が切り裂かれ、破壊された。

「見えない攻撃か?ほほぅ、こいつぁ新しい。」

突然の謎の攻撃にメイドは焦るどころか、笑っていた。と同時に、彼の脳内で電流が流れる。

「見えてんだよ!シンギュラルタイプクオリティぱねぇぜ!」

彼は何もないと思われる場所に二連装ビームキャノンを発射した。すると、そこにあった機体はビームシールドを展開し、ビームを防いだのである。

「……新型のガンダムタイプか。」

アレンが言った。メイドも突如出現したガンダムの存在に笑顔を絶やさない。

「糞敗北連邦はまーだガンダムを作る技術があったんですかねぇ?んなもんに金使う暇があればもっとさぁ、貧しい国に金を渡すぐらいの措置ぐらいしろや糞敗北連邦がよォ!」

デスゲイズは再び有線式ビームサーベルを展開。それと同時にデス・ランチャーも展開し、そのガンダムを狙う。

 

                   シュンッ

 

「アイエエエ!?」

その時だった。ガンダムが消えたのだ。笑顔だったメイドは流石に笑顔を作らなくなり、何が起きたのかを必死に判断している。

「消えるガンダムかよ……あぁ、ステルスか。こいつぁ面白ぇな!」

デスゲイズのモノアイが輝き、メイドは一度目を閉じた。そして、再び彼の脳内に電流が流れる。

「後ろォ!」

後方に向けて有線式ビームサーベルを六本全て向かわせる。しかしそれと同時にデスゲイズの左翼部が〝何か〟によって切り裂かれた。

「消える上に早いガンダムかよ、ハハー、新しいねぇ!良いねぇ!」

アレンとメイドの戦いに乱入するように現れた謎の消えるガンダム。メイドはそれに対して楽しそうに戦うが、アレンはこの攻撃が何なのかを見極めていた。

「……!」

その時、アレンの脳内で電流が流れ、急いでビームセイバーを腰部から抜刀し、それと同時に、ブライティスは後方を向く。

 

                 バヂィィィィィ

 

ブライティスは姿を現した新型のガンダムとビーム刃同士が弾き合っていた。彼は素早く反応する事で、新型ガンダムが展開したビーム刃による攻撃を防ぐ事が出来たのである。

「やはり大したものです、アレン。」

「レヴィー……」

新型ガンダムに乗っていたのは新生連邦軍総司令、レヴィー・ダイルだった。つまり、彼の機体はガンダムオラトリオと言う事になる。

「この機体は僕の新たな力だ。勝負だ、アレン!」

そう言った後、オラトリオは姿を消した。オラトリオに搭載されているステルス迷彩が機能したのだ。

「今はお前と戦う気はない……」

そう言った後、アレンは操縦桿を握り、思い切り引いた。するとブライティスのバーニアの出力が上がり、その宙域から去る。彼は新生連邦軍の艦隊の中心に単機で向かおうとしていたのだ。

「逃げる気……?ソフィア!」

総司令はソフィアに連絡した。そして、彼は命令する。

「あのガンダムタイプに向けてファンネルを展開!あの機体を撃墜する!」

「はい……」

ソフィアは通信で一言言った後、通信を遮断した。そして、オラトリオは機体を変形させた。

 MAに変形したオラトリオは爆撃機のようなシルエットを描く。そして、先端部はモノアイが輝き、バーニアの出力を最大稼働させ、ブライティスを追う。それらはいずれもステルス迷彩が機体全体を覆っている時だった。

「アレン・レインドに総司令の糞ガキと、豪勢な面子と戦えるのはいいねー、ちょーイイ感ジぃー」

デスゲイズのモノアイが輝き、メイドも又、ブライティスの後を追うようにデスゲイズのバーニアの出力を上げた。

 

 アレンが総指令やメイドと交戦している中、レイもチェーニ姉妹と交戦していた。二対一の戦いはレイにとって不利だったが、彼はファンネルを駆使して彼女等と戦っている。

「ファンネルは全て回避出来るのよ!さあ、そろそろ貴方の体力が持たないんじゃないかしら?」

「はぁ……はぁ……」

フォリアの言うように、レイの体力も限界に近かった。容赦のない彼女達の連携攻撃に、回避するだけで精一杯だったのだ。ファンネルを使うにも彼自身が疲労している為、上手くファンネルを操る事が出来ない。身体の疲労はサイコミュに大きく影響するのだ。

「あ……貴方達は……」

突如、レイは口を開き、彼女達に話し始めた。

「何故戦いを続けるんですか……?気になったんです、貴方達とはずっと戦ってきたから……ここまで来て、どんな目的で戦っているのか……」

彼はFPBの一員として戦う事を決めたからこそ、今宇宙にいる。だが彼女等はどういう意思で戦っているのかが、彼は気になったのだ。

「突然何を言うかと思えば……そんなもの、決まっているわ。お金の為よ。」

「お金ですって……?」

レイはFPBの一員として、この先の世界の行く末を見届け、そして平和を取り戻す為に戦っている。しかしフォリアは金の為だと行った。その意見はリンセも同様である。

「そーだよー!お金を貰うのが私達の目的!」

リンセはエクルヴィスを駆使し、肩部の追尾式ミサイルを展開し、ツヴァイに襲わせる。ツヴァイはこれらを回避した後、バスタービームライフルを構えて、撃つ。エクルヴィスはビームシールドでこれを防いだ。

「お金を貰う。その目的で戦う事の何が行けないのかしら?」

「だって……戦争なんですよ!?デウス動乱がやっと終わって、やっと平和が訪れようとしてた時に戦争して……沢山の人が死んで……みんな、命を掛けて戦ってるんです!なのにお金を貰う為だけに戦うって……そんなの、おかしいです!平和を願って戦う人だっているんですよ!」

この戦場に出ている以上、皆それぞれの理由があって戦っているのだろう。だがその目的として、金が絡むと言う事がどうしても今のレイに理解が出来なかったのだ。

「綺麗事ばかり言う子ね……良いわ、良い事を教えてあげる……戦争だってビジネス。会社で働くサラリーマンや病院で働く医療従事者と何ら変わらない、ビジネスなのよ。」

「ビジネス……?」

フォリアは語り始めた。金という存在の価値について。

「貴方は金の為に戦う事を汚く思っているかも知れない。でもね、戦争をして兵士として戦う事も立派な収入なのよ。私達姉妹はお金を稼ぐ手段がMSに乗って戦うことしか出来ない!だからこうして人を殺して軍から金をもらい、自分達の生活をする!」

「人殺しをしなくたって、お金を稼ぐ方法なんていくらでもあります!」

「世の中の仕組みを全然知らない坊やに言われる台詞ではないわね!!」

ヴェーチェルはビームウィップをツヴァイに向けて展開した。ツヴァイはメガビームセイバーでそれとビーム刃同士の打ち合いを行う。

「本気でお金に困った事のない君にね!言われる筋合いはないんだよー!!!」

リンセはエクルヴィスのビームサーベルを展開した後に、ツヴァイに襲い掛かる。

「じゃあ世界がどうなっても良いっていうんですか!」

エクルヴィスのビームサーベルに対しても、ツヴァイはメガビームセイバーで迫り合いを行った。

「そうだよ!」

姉妹は声を揃えて言った。

「私達にとっては生まれ育った地球がどうなろうと、滅ぼうが結局知った事ではないの!結局はお金を稼いで、住む場所さえあればそれで良い!何でもそうよ!世の中はお金があるからこそ回っている!どんな綺麗事を言っても、お金には変えられない!貴方にその大切さが理解出来て!?無理でしょうね!貴方には絶対に無理だと思うわ!」

「無理って……そんなの……」

ヴェーチェルはビームウィップの出力を弱め、言った。

「私達姉妹はずっと貧しい生活ばっかり送って来たから!周りに虐げられながら苦労して生きてきたのよ!!」

フォリアは攻撃を止めた。それと同時にリンセも攻撃を止める。レイは彼女等の行動に違和感を覚えたが、フォリアの言葉に静かに耳を傾ける事にした。

「貧乏で無一文の人間がね、暮らしていくにはどうしてもお金が必要だった。でもそれは一切ない!貧しい上に幼かった私達を雇う人間なんて皆無だった!居たとしても、酷い人間ばかり……労働に似合わない金額を支給する、禄でもない人間ばかり!」

「みんな悪い奴!生まれてからおかーさんもおとーさんも知らない!そして貧乏だから、学校にも行けない!」

明かされるチェーニ姉妹の過去。彼女等は貧乏な生活を送って来たのだ。その過去を、今レイに対して語り始める。

「大切な家族もいて、その中で育てて貰った貴方には絶対に分かりえない苦しみを私達は乗り越えてここにいる!幸い、MSの操縦能力が秀でていた事が奇跡的だった!」

「それを雇ってくれた人がいたんだよ!私達は十歳でMSに乗って傭兵として戦っていたんだよ!お金を稼ぐ為に!」

「十歳で!?」

レイが始めてMSに乗った時よりも四歳も若い。

十歳。それは物事の善悪を完全に判断しきれない年頃である。その年に、彼女等は兵士として戦っていたのだ。正式な軍隊で無く、傭兵として。

「それでも貰える給料は僅かだった!理由は少女だったから!」

「幼いからって給料は天引き!意味が分かんないのよ!」

「それでも耐えてきた!時には死に掛ける事もあった!

「そして生き延びてお金を貰って来た!私達にとってお金だけが生き甲斐だったんだよ!」

貧しい姉妹に残されていたMSの操縦という才能。MSを操縦する事において天才的な能力を見せたのはレイも同様だ。しかし彼の場合は恵まれた環境だった為、その力を発揮する必要は本来ならばなかったのである。

 幼い姉妹は傭兵として十歳と言う若さでありながら各地を転々としていた。命を落としそうになった事もあった。だが彼女達は一切MSを操る事を止めなかった。それを止めてしまえば、金を稼ぐ手段が無くなってしまう為。姉妹は、理不尽な戦闘もこなし、金を得続けたのだ。

「所が私達を絶望の淵に落した出来事があったの……それはデウス動乱の終局!」

「デウス動乱が終わる事が……絶望……?」

レイには、その言葉の意味が分からなかった。

「傭兵にとって戦争が終わる事はね、金を得られなくなる事と同意義なのよ。」

「だから私達は身体を売ってお金を稼ぎ続けたんだよー!ホントに痛くて辛かったんだからさ!!!」

彼女等の言うように、傭兵として戦ってきた人間にとって戦争は絶好の稼ぎ場と言えた。だがその戦争が終わってしまえば傭兵に存在価値はなくなる。世界のどこかで紛争が起きれば傭兵の出番はあるだろう。

しかし戦後になって地球連邦軍が軍備増強に寄る紛争の弾圧を行うものだから、傭兵の出番は殆ど皆無だったのだ。テロ組織の所属や武装勢力を転々とする方法もあったが、彼女達はそれを良しと思わなかった。その為、彼女達は金を稼ぐ手段を失った。リンセの言うように、自身を売ることでどうにか食い繋ぐ事が出来たのだが、それも限界があった。

「女であり、若かった事が唯一の救いだった。もし私達が男ならば飢え死にしていたかも知れない……そう、死ぬような思いで戦後を生きてきたのよ、私達はね!戦争を望まない人間がいる……平和主義を延々と唱えている人間ってのはそうした人間を知らない奴等ばかり!私達が新生連邦軍の兵士となったのも、平和国のその鬱陶しさ極まりない平和主義とやらに苛立ったからでもあるのよ!入隊した当初は戦争が起こるなんて予想もしなかったけれども、国連と戦争が起きたのは非常にラッキーなのよ、私達にとっては!」

戦争はあってはならないもの。誰一人、幸せになれない。皆が平和でありたいと強く願う。しかし彼女等は違った。平和である事が彼女達にとって真の〝平和〟でないのである。戦後、戦争が起きない時期は彼女等にとって苦しみ以外の何者でもなかったのだ。

「今、私達は充実している!自分の求められた才能を活かしてお金が得られると言う喜びがそこにあるから!」

「私達の操縦技術を見込んで、氷河族がガンダムを提供してくれたのが不幸中の幸いだった!それを経て私達は新生連邦に晴れて入隊できたものね!」

明かされる事実。彼女達のガンダムは何処で作られたのか。その正体は、クレーディト社製のガンダムタイプであったことが明かされたのだ。

「君みたいに、〝平和の為に戦う!〟とか綺麗事言っている人間には一切分からないだろうね!」

「世の中は大半の意見が正義とされる。けどそれは私達にとっては余りに理不尽だわ。覚えていて欲しいものね。私達みたいな人間もいるという事を!」

チェーニ姉妹が戦う理由を知ったレイ。それは金の為。金を得て、生活をする為である。

「給料を受け取って、そして休日に好きな服を買ったり、買い物したり、趣味に使う!お金を稼ぐ手段が何であれ、結局は得る事が出来れば何でもいいんだよ!大事なのはお金そのものなんだからね!」

「さあ……お話は終わり。引き続き、戦いましょう、レイ!」

「!」

ヴェーチェルガンダムは手甲からビームシールドを展開した。これらはビームブレードとしてツヴァイに襲い掛かる。ビームブレードを振るい、ツヴァイに迫るヴェーチェル。ツヴァイはこれに対してメガビームセイバーで応戦する。

「そっちにばっか集中してたらダメだよ!」

「あっ……!」

エクルヴィスのカメラアイが輝く。リンセはニヤリと笑い、両掌部からデストロイウェブをツヴァイ目掛けて展開した。

「あああああああああ!」

姉のフォリアの攻撃に夢中になっていた彼はリンセの攻撃に対し、反応が遅れた。ツヴァイはデストロイウェブの餌食となり、電流を流され、機能を停止してしまう。

「フフ、いよいよ終わり――」

 

バシュゥゥゥゥゥッ

 

そこへ一筋のビームがヴェーチェルに向けて発射される。ビームシールドでそれを防いだヴェーチェル。ビームの先を見ると、そこにいたのはMA形態のハルッグの姿だった。

「ネルソン……さん……」

「大丈夫か、レイ!」

デスゲイズに右腕部を破壊されているハルッグだが、戦闘の続行に支障はなかった。彼はMA形態を駆使する事で、機動性で敵を翻弄する戦い方をする事にしたのだ。

「あの機体は……あれも随分しつこいわね。」

「何度も邪魔してくれたおじ様!今日こそ殺しちゃうんだから!」

エクルヴィスのカメラアイが輝く。そして、デストロイウェブをハルッグに向けて発射した。更に、メガビームカノンを連射し、ハルッグに意地でも当てようとする。

「当たらんな、そんな攻撃など!」

ハルッグはビームヒールを展開し、エクルヴィスに接近して切り裂こうと試みた。

「MAに対してクモの巣なんて、虫を捉えてるみたいだねー!」

デストロイウェブが再び放たれた。ハルッグはこれらを回避しつつ、エクルヴィスに迫る。

「リンセには近付かせない!」

ハルッグの邪魔をする為に、ヴェーチェルがビームブレードで切り刻もうと、ハルッグに迫って来た。

「ちぃっ、ガンダムめ!」

急にヴェーチェルが現れた為、回避せざるを得ないネルソン。急激に回避をするハルッグだが、ヴェーチェルはメガランチャーでハルッグを狙い撃ちする。だが、それはツヴァイのブリッツファンネルによって防がれた。

「ネルソンさん!」

「二対二ならば勝機はあるだろう。レイ、気を付けろ。」

「はい!」

チェーニ姉妹対レイとネルソン。二対二の戦いが繰り広げられている。金の為に戦うチェーニ姉妹と、平和を勝ち取る為に戦うレイ達。それぞれの戦争に対する価値観をぶつけ、両者は激突する。

 

 

 

 新生連邦政府軍とデウス帝国残党軍とFPBの激戦は続く。現在の所、この戦況を制しているのは新生連邦である。一方でデウス残党は徐々に戦力を失い始めていた。何せ総司令の駆るガンダムを始め、エファンの乗るカタストゥリア、チェーニ姉妹のガンダム等。優秀な機体が集まっている上、エレシュキガルからのサイコミュ・ルーラシステムがデウス残党軍に襲い掛かる為、進軍する事が出来ないでいたのだ。

 しかし新生連邦はFPBの存在にも気付き始め、そちらに戦力を投入するようになってきていた。その為、徐々にFPBの戦力も失われ始めてきている。このまま戦況が長引けばFPBが敗北してしまう可能性も十分高い。全てはデウス残党軍のインベーションユニットによる陰謀であるのだ。

 その中で、アレンは総司令と交戦をしていた。ブライティス以上の機動性を誇るオラトリオはブライティスにすぐに追いつき、攻撃を加え続ける。いずれの攻撃も彼は回避し、ブリッツファンネルを展開するがオラトリオには当たらない。

「どうしましたアレン?何故貴方は僕を殺そうとしないのです?貴方の実力はこんなものではない筈だ!」

「……お前とは戦う気はない。」

「っ!ソフィア!」

彼がソフィアの名前を上げた瞬間、サイコミュ・ルーラシステムによるファンネルがアレンに迫って来た。ファンネルはビーム刃を展開し、アレンに襲い掛かる。しかし彼はこれらを軽やかに回避する。

「今までの僕と同じだと思わない事ですね!」

「邪魔をするな……!」

このファンネルに対し、ブライティスはブラスターファンネルからのビームを砲撃し、撃破する。しかしいくら撃破しても湧いてくるこの攻撃を相手にしていては埒が空かない。

「邪魔?その台詞を貴方が言うのですか?今まで新生連邦の邪魔をして来た貴方が僕を邪魔者扱いするなんて、おかしな話ですね。」

オラトリオのバックパックが分離され、姿を消した。そしてオラトリオはビームサブマシンガンをブライティスに向けて撃つ。無論、これらはブライティスの前腕部に備え付けられているバリアーフィールドジェネレーターにより防がれる。

「国連から独立し、戦火を広げるだけの組織に所属して……貴方は何がしたいのですか?」

総司令はアレンに聞く。だが、アレンは彼の質問に答えようとしない。その間にも無数のファンネルがアレンに襲い掛かる。

「本当に貴方は平和を願っているのですか。新たな勢力を作り、戦争をしている貴方が!」

「黙れ」

「ただ、貴方は戦争をしたいだけではないのですか!?」

「黙れ……」

「アレン、貴方は只の戦闘狂にしか見えません。もう、昔の貴方で無いのならば僕が――」

「黙れって言ってるだろう!!」

今まで感情を殺していたアレンは大声を出し、総司令を威嚇する。少し動揺した総司令だが、彼は再びソフィアにファンネルを向かわせるように指示し、アレンに襲わせる。

「何故、貴方は……」

「お前は邪魔なんだ!俺の前に現れるな!」

感情を露にして彼は言葉を発する。その間も、ファンネルによるビーム砲撃を回避し続けていた。

 

              ドオオオオオオオオオオオッ

 

その時、プラズマ砲がブライティスに向けて発射された。アレンの脳内に電流が流れ、これを回避する。その攻撃はオラトリオのバックパックが分離し、姿を現したものだった。

「邪魔とは言わせませんよ、アレン。今の貴方は、只命令のままに動く機械人形のようです。戦い方や言動に生気が感じられません。何故、そのように変わってしまったのですか。新生連邦本部の時の戦いの時までの貴方はどこへ行ってしまったのですか。」

アレンと交戦しながら総司令は尋ねる。

「まるで、何か大切な物を失ったようだ。今の貴方は。」

「……!」

今の総司令の言葉がアレンを動揺させ、そして困惑させた。一連の言動や動きを見て、総司令は今のアレンに違和感を覚えていたのは何か大切な物を失ったのではないかと、読んだ。

「不快だ……!」

自身の心を読まれる事が、自分の憎むべき男であるエファンのように感じたアレンは、総司令に攻撃を仕掛け始めた。

「分かり易いですね!何を失ったのかは分かりませんが、これでまともに貴方と戦える!さあアレン、僕に力を見せて下さい!!」

アレンを挑発する総司令に、その挑発に乗るアレン。激怒と言う訳ではないが、アレンの感情は非常に不安定であった。もし、彼を刺激する何らかの出来事があればその感情は爆発してしまいそうな程に。

 新生連邦軍とデウス残党軍の攻防戦が続く中、かつての仲間同士であった新生連邦総司令、レヴィー・ダイルとアレン・レインドが激突する。総司令の機体はエファンによって与えられた新たなるガンダムタイプ。機動性でブライティスをかく乱し、更にステルス迷彩によってトリッキーな攻撃を仕掛けてくる。

 オラトリオは両膝関節部を屈曲させ、ビームブレードを両手部で把持し、下半身のみMAのように変形してブライティスに迫る。

「オラトリオは撃たれ弱いですが、機動性でカバーが出来ます。貴方のガンダムを今日こそ撃墜します!」

オラトリオが動いた。それと同時にブライティスもビームセイバーを腰部から抜き、切り払う。

「反応が早いですね!」

「レヴィー、今のお前は不快以外の何者でもない!あの男のように俺の心の中を覗いたような言葉を言ったから!」

許せない存在のように、自分の心をまるで読まれたかのように台詞を発したものだからアレンは総司令を不快だと判断していたのだ。

「怒りで我を忘れるなんて!まるでデウス動乱時の貴方のようだ!何を失ったのかは分かりませんが、それに囚われていては自分の身を滅ぼすだけ!」

オラトリオはテールユニットに存在している追尾ミサイルを展開し、ブライティスに襲わせる。それと同時に、膝関節を屈曲して出来た砲門からビーム砲を撃った。

「クッ……」

ブライティスは手部を差し出す事で、バリアーフィールドを展開し、ビーム砲撃を防いだ。

「さあ、力を見せて下さい!本来の貴方の力が僕は見たい!」

「うるさい!!」

ブライティスはブリッツファンネルを展開し、オラトリオに向かわせる。だがこれらのブリッツファンネルはサイコミュ・ルーラシステムによるファンネルによって破壊される。

「無駄です、この無数のファンネルは貴方のファンネルを全て防ぐ。」

「く……そ……!」

オラトリオと、無数のファンネルによる連係プレーに成す術もないアレン。彼の焦りと怒りは総司令に対しては空回りするばかりであった。

 

               ギュルルルルルルル

 

「やっと追い付いたぜェ!雑魚狩りしてたら遅れちった!お前等まとめて覚悟しな!」

更にこの場にデスゲイズも出現した。八基のブリッツファンネルを失ったアレンではこの状況、分が余りにも悪い。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

更にそこへ無数の黒いブリッツファンネルがアレンを始め、デスゲイズにも襲い掛かった。ビーム砲やビーム刃が入り乱れるが、ブライティスとデスゲイズはいずれもこれらを回避した。そして彼等は黒いブリッツファンネルが元の場所へ戻って行く様子を確認する。

 

ゴギュオゥゥゥゥゥン

 

「うわぁ……、なんだこれは……。たまげたなあ」

「あの機体……新型か……?」

アレンとメイドと総指令が見る、先程黒いブリッツファンネルを放ったMS……それはツインアイを怪しく輝かせ、まるで見下すように彼等の機体を見つめているようだった。並みのMSよりも大型の手部に、機体の全高、そして漆黒のシルエットに独特の形状。この機体こそ、エファン・ドゥーリアが駆る新型MS、カタストゥリアだったのだ。

「アレン・レインドにメイド・ヘヴン……それに総司令か。力を持つ者が一気に集まったな。この状況、私にとって非常に好都合だ。」

「この声……エファン・ドゥーリア!?」

「あぁ、あいつかよ。随分大層なモンに乗ってるじゃねえかァ?」

アレンは分かった。自分の憎むべき敵が、漆黒の新型MSに乗っていると言う事に。

「アレン・レインド。あの時は仕留め損なったが、今度こそ引導を渡してくれる。力を持つ者は死ぬべきなのだ。」

次の瞬間、カタストゥリアは指間腔のビームクローを展開して手部をケーブルで飛ばし、ブライティスに迫った。

「エファン・ドゥーリアッッ!!!」

最愛の人を殺した男を前に、彼は戦う。ココット・メルリーゼの仇を討つ為に。

 

 

 

 エファンとアレンが接触する少し前。チェーニ姉妹と交戦していたレイはネルソンと共に戦う。彼等が戦っている時、そこへスバキが乱入してきた。強敵であるチェーニ姉妹に対し、シールドに内蔵されている拡散ビームを展開する。

「あの機体!邪魔をする気!?」

この攻撃をビームシールドで防ぐ姉妹。その直後にアインスはシールドにエネルギーを集中させ、ビームピッカーとして姉妹に襲い掛かった。

「フン、そんな攻撃に私がやられると思って?」

「殺してあげるよ乱入してきたガンダムさん!」

エクルヴィスは再びデストロイウェブを放とうとした―――

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

「きゃあ!?」

「何……?」

突然の高出力のプラズマ砲の存在に、この場にいた人間達は誰もが驚愕した。先程放たれたプラズマ砲はアインスを狙っていたが、スバキは間一髪この攻撃を回避する事に成功している。

 プラズマ砲を放ったMSは高速で接近し、ビームセイバーを装備してツヴァイガンダムに接近してきた。

「わっ!?」

急激な攻撃に対し、後方に移動する事で回避する。

「やあ……レイ君。」

レイの名を呼んだその男はシーア・マックスだ。つまり、機体はカーティウスである。

「シーアさん……!」

過去に出会った事のある両者は、今は敵同士。シーアがレイの事をレイがシーアの事に気付いたのは国連による新生連邦本部攻略戦の最中である。モントリオールでのプチモビルスーツ大会で出会った両者は今、敵同士として殺し合いをしている。一方はジャンヌに与えられたガンダムタイプ。もう一方はエファンに与えられた強力なMSである。

「なんで……どうして……シーアさん……また……戦うんですか……?」

「躊躇わないでよ。俺達は敵同士だ。」

カーティウスはフェイスゴーグルを解除し、ビームランチャーを構え始めた。

「過去は過去。今は今だ。」

シーアはクスリと笑う。レイはシーアの存在に、明らかに動揺していた。

「面倒ね。私達の邪魔をしに来ているようにしか見えないわ、貴方。」

カーティウスにフォリアが回線を開いた。

「すいませんが、俺は貴方方の邪魔は一切したつもりはありません。」

彼が言葉を発した直後、カーティウスから高出力のビームが展開される。直線状にいたツヴァイはバリアーフィールドを展開して攻撃を防いだ。しかしツヴァイは反撃をしない。

「レイ、何をしてるんだよ!」

茫然と立ち尽くすツヴァイ。敵がいるのに何もしないレイに見兼ねたスバキが、アインスを駆ってビームライフルを連射した。本来のカーティウスならば前腕部を差し出してバリアーフィールドジェネレーターを撃つ事が可能であるのだが、今は両手が大型ビームランチャーによって塞がっており、回避するしか手段はない。

「あのガンダム……アインスガンダムをカスタムしたものみたいだけど……」

シーアは色が異なり、武装も変化したアインスガンダムの姿を見て一瞬で判断した。スバキの乗る機体がアインスガンダムであると。

「武装が随分変わっている……少し興味があるね。」

シーアはふぅん、といった様子でアインスを眺めた後、狙うようにビームランチャーを連射し始めた。スバキはこれを回避しながら拡散メガビーム砲で応戦するが、カーティウスはバリアーフィールドを展開してこれを防いだ。

「くっそ!どいつもこいつもビーム無効にし過ぎなんだよ!」

アインスの場合、主力兵器である拡散メガビーム砲が通用しない以上、上手く使うとすればシールドにビーム粒子のエネルギーを貯蓄し、ビームピッカーとして使用するしかない。幸いビームピッカーにはビームシールドとしての機能が備わっている為、ビームライフル程度の砲撃ならば防ぐ事が可能である。

「パイロットは男勝りの女の子みたいだ。面白い……!」

シーアは微笑した後、高出力のビームランチャーをアインスに向けて発射する。

「こんなもの……!」

ビームピッカーとしての役割を担うシールドを構えるアインスだったが、スバキが想像している以上にカーティウスのビームランチャーの出力は強大なものだった。たちまちシールドは貫通し、アインスガンダムの左腕部が消失したのだ。

「ああああっ!」

機体に揺られ、翻弄されるスバキ。そこへ新生連邦軍のグランシェ小隊が迫ってくるなど、彼女にとって分が悪い状況が続く。

 グランシェ小隊はグランシェ一機にジョゼフ二機で形成されている。いずれもアインスガンダムを狙っており、一斉に攻撃をする。

「させない!」

レイはツヴァイを駆り、ブリッツファンネルを展開してこれらに対処する。これによってジョゼフ二機は一瞬の内に破壊されるがグランシェはその機動性を生かし、回避する。そしてアインスから目標を変更し、ハルッグに向かってきた。グランシェはビームセイバーを装備し、迫る。ハルッグも左腕部を駆使し、ビームサーベルを展開して対抗した。

「成程、私達も負けていられないわね。」

「え……ええ!お姉様!」

一連の様子を見ていたチェーニ姉妹は再び戦い始める。新生連邦軍と元セイントバードチーム。強敵が集う敵軍に、元セイントバードチームのメンバーは苦戦を強いられていた。

 

 

 時間が流れ、エファンとアレンが対峙した頃。この場には総指令とメイドの機体の姿もある。その中でエファンが狙うのは当然敵軍に所属するメイドとアレンである。一方のアレンはエファンのみにターゲットを絞る。バスタービームライフルをカタストゥリアに向けて撃つが、ビームは弾かれた。

「バリアーフィールドか……!」

「今までお前は何を見てきたのだ?私が駆り、お前と交戦した機体には全てがバリアーフィールドを搭載していただろう。」

「黙れ!!」

冷静さを失うアレンは我武者羅にエファンに攻撃を加えるが、ビームライフルではエファンに通用しない。本来ならば彼がエファンに対抗できる武装は両腰部にあるブラスターファンネルのみだ。ブリッツファンネルは先程、カタストゥリアによって全て破壊されてしまった為である。

「お前の機体では私の機体に傷を付ける事すら出来んよ。頼みのファンネルは全て破壊してやったからな。」

アレンを見下すエファン。だが、彼のガンダムは強化されている。今まで使っていなかったプラズマ兵器が、ある。

 だが照準が定まらない。カタストゥリアの動きは素早い上、無数のファンネルが躊躇なく迫る。ウイングを展開し、攻撃しようにも上手く狙いが定まらないのだ。

「ハッハッハッハ!面白いなお前!デスゲイズと同じじゃんお前!じゃあこいつぁ効く訳だ?」

カタストゥリアの機能を見て喜んだメイドはエファンに対して攻撃を仕掛け始めた。有線式ビームサーベルを一気に展開し、カタストゥリアに迫る。

「弱いな」

デスゲイズに対し、カタストゥリアはブリッツファンネルを一斉に展開した。合計二十四基もの飛翔体は一斉にビーム刃を展開し、デスゲイズに襲い掛かる。

「うひょう、これマジ!?」

「さあ、どうするかメイド・ヘヴン……総司令、この場は私に任せて下さい。貴方はデウス残党軍の相手を。」

「……ええ、お気遣い感謝します。」

総司令は回線を切り、オラトリオをその宙域から離した。これにより、この場にはカタストゥリアとデスゲイズとブライティスガンダムの三機が残される。

カタストゥリアとデスゲイズが交戦する中、アレンはカタストゥリアにのみ標的を絞る。彼はブラスターファンネルを展開し、エファンを殺そうと攻撃を試みる。

 今、エファンを殺す為にアレンとメイドが望まぬ形で共闘している。無論、彼等は協力している訳ではない。

「アレン・レインドも攻撃を始めたか。武装だけを見れば奴が貧弱。まずは奴を倒すか。」

エファンはアレンに狙いを絞り始めた。カタストゥリアはファンネルを十二基に分散させ、更に手部から指間腔ビームクローを展開し、それらをブライティスに向かわせる。有線でそれらを飛ばし、ブライティスを襲う。

「クッ……」

数の多い攻撃に苦戦するアレン。ブリッツファンネルは大型が二基、小型が十基存在している。ブライティスはバスタービームライフルを連射するが、ファンネルにはバリアーフィールドジェネレーターが展開されており、ビームが効かない。

「無駄だ、この機体の武装全てにバリアーフィールドが備わっている。ビーム兵器は一切通用しない。」

「ハハー!」

ビームが効かないカタストゥリアに、容赦のない攻撃を続けるデスゲイズ。ブライティスは一度後退するのだが、彼等はアレンを逃がさない。漆黒のMS二機が、アレンに迫る。その間彼の表情は焦燥感に満ちているに見えたが、この時も彼は無表情だ。感情を押し殺しているようにも見える。

(成程、感情を殺しているのか)

(……!)

その時、エファンはアレンの脳内に語りかけてきた。

(その理由は自分の心の拠り所としていた人間が殺されたから。自分自身を押し殺し、他者と関わりを持たないでいようとした。全ては自分の大切とされる人間が死んだが故。)

アレンの心を読み、語るエファン。アレンの表情に変化が見られた。

「お前……!」

アレンの表情は怒りに満ちた。彼の最愛の人、ココットを殺したのはエファンだ。その男を目の前にし、更にココットを殺された事を他人事のように語るエファンに、彼は怒った。

その間にもデスゲイズとカタストゥリアはアレンに攻撃を仕掛けてくる。

「私に殺されたその女は私の目的の一つとして役に立ったよ。力を持つ者は全てを消さなければならない。如何なる人間であろうともな……」

「役に……立った……だと……?」

「ああ、役に立った。人間は死んで始めて役に立つ事もあると言う事だ。彼女は〝役に立てた〟と言ったな?それはお前の役に立てたのかも知れないが、私の為にも役立ったと言う事だ。一人の犠牲によって役立つのなら、死んだ彼女も浮かばれただろう。」

淡々と語るエファン。一方のアレンは歯を食い縛り、先程よりも更に怒りを剝き出しにしていた。

「許せないか。アレン・レインド。感情を剝き出しにし、私と戦う気でいるのなら掛かって来い。」

この言葉を放った後、カタストゥリアはブリッツファンネルをブライティスに向かわせる。これらを回避し、ブライティスはカタストゥリアに接近する。

「感情に翻弄されるか。所詮、たった一人の、無駄に力を持った人間如きが死んだからといってそれに固執する雑魚に、私は負ける気はしないがな。」

「!!!!!」

〝たった一人の、無駄に力を持った人間〟と発したエファン。その言葉が、アレンの怒りを更に引き出すのに十分だった。この時、アレンの怒りは最高潮に達していた。それと同時にブライティスの動きが停止した。カメラアイの輝きが失われ、一切動こうとしない。

「なんだ?急に止まりやがったぜこいつぅ!!!」

ブライティスの機能停止を好機に感じたメイドは有線式ビームサーベルをブライティスのコクピットに向け、展開した。このままではアレンは有線式ビームサーベルによる攻撃を受け、絶命してしまう。その距離がMS一機分程度にまで差しかかっても、アレンはまだ動こうとはしなかった。

 

デスゲイズが迫って来ている間、アレンは何を考えているのだろうか。恐らく、エファン・ドゥーリアに対する怒りだろう。最愛の人、ココット・メルリーゼを目の前で殺され、現在まで戦場では感情を殺し続けてきた。しかしエファンの姿を見た途端に彼の表情は変化を見せ、そしてエファンは捨て台詞を放った。

 

―――――――――――たった一人の、無駄に力を持った人間如き――――――――――

 

それと同時に、アレンに思い出されたココットの最期の台詞。

 

――――――――――アレンの……素敵なお嫁さんに……なりたかったな―――――――――

 

最愛の人を殺し、更にそれを侮辱したエファン。これらのビジョンが彼の中で広げられた時、それは起きた。

 

シュンッ

 

ブライティスが姿を消した。明らかに先程までデスゲイズが狙っていた筈なのに、急に姿を消したのだ。

 そのような現象が起きる事など、果たして有り得るだろうか?MSが消える?それも、撃破された訳でもなく、突然?何が一体、どうなっていると言うのか?

「ファッ!?どこ行きやがった!?」

急激にデスゲイズを停止させ、辺りを見回すメイド。しかし、どこにもブライティスの姿は見当たらない。

「おいおい、手品か……?って上?」

ブライティスは上方に位置している事が分かった。モニターでその姿を確認するメイド。が、しかし。明らかにブライティスの様子がおかしい事に彼は気付いた。

 今、ブライティスガンダムは機体全体が深紅に染まっている。それは以前にメイドがブライティスガンダムを奪った際にも同様の現象が生じたが、今回はその時以上に機体色が紅く変貌していたのだ。

 

 

 

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

 

 

うわあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 




第九十八話、投了。
エファンの言葉を聞き、アレンの怒りが限界を超えたのか。


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第九十九話 禁断の覚醒

暴走は止まらない。ブライティスガンダムはその機体の色を深紅に染め上げ、そしてあらゆるものを破壊する。誰にも、止められない覚醒。アレンの怒りが宇宙に響く。


 大きな叫び声を上げたアレン。彼の声と同時にブライティスは変形――いや、変身を始めた。青く美しかったウイングの形状が変化し、それは、宗教画に描かれているかのような悪魔のようなグロテスクなシルエットを描いた。その上で更に肩部や胸部、腰部や脚部も変化していく。ブラスターファンネルを収納しているサイドアーマーは後方に移動した。

この時、実体式ビームシールドは強制的に外された。そして最後はフェイスである。ガンダムタイプ特有のフェイスは元々の黄色のカラーから、深紅に染まり、口径部はまるで牙が生えたようなシルエットに変貌した。

 こうして外見が大きく変化したブライティスガンダム。その姿は以前の美しい姿からは想像も出来ない、醜く、恐ろしい姿である。パイロットのアレンはまるで野獣の如き唸り声を上げていた。

 

 

 

グゥ……グルゥゥゥ……

 

 

 

深紅に染まったブライティスガンダム。それはこの機体に搭載されていたクリスタルシステムがアレンの怒りの感情に呼応し、その姿を表したものである。まさに、禁断の力が今解き放たれたのだ。

 

 異常な熱源を探知していたシュネルギア。そして、モニターに映るブライティスの変わり果てた姿を見てジャンヌは口元を覆い、衝撃を隠せないでいた。

「ああ……ああ……なんて……なんて事……」

「ジャンヌ……様……?」

「……全機体、撤退して下さい……早く……!」

「……?」

ジャンヌはFPBの機体全てに撤退命令を下したのだが、アステル兵やギアは何故そのような判断をジャンヌがしたのか分からないでいた。

 

 深紅に染まったブライティスを前に驚くメイド。そして、少し離れた場所にいた総司令。驚愕したのは彼等だけではない。新生連邦軍やデウス残党軍、そしてFPBの兵士達が皆、ブライティスの方向を見ていたのだ。

「確かに強力なプレッシャーを感じるが……」

エファンは恐れる様子を見せずに手部マニピュレーターをケーブルで飛ばし、ブライティスのコクピットに向かわせる。

 

                 シュンッ

 

「ん……消えた?」

確かに、ブライティスがいた場所にエファンは攻撃をした。しかしその攻撃は当たらなかった。それ所か、一瞬で消えたように感じられたのだ。

 

                 ガキィンッ

 

「ぐぅ……!?」

突如、カタストゥリアの眼前にブライティスが現れ、機体を蹴り始めた。そして再び消え、今度はデスゲイズの近くに出現する。

「瞬間移動だとォ!?なんだありゃあ!?」

攻撃を仕掛けようとするメイド。だが、先にブライティスが深紅に染まったカメラアイを輝かせ、手部のクローをデスゲイズに突き刺した。これにより腹部メガビームカノンが発射できなくなってしまう。

「やべぇよやべぇよ……勝てない相手に無謀に挑む程俺はアホじゃねーから撤退!これはやばい!マジでやばい!過激な程にッ!」

そう言って、デスゲイズはMAに変形してこの宙域から姿を消した。いつもは勝気でいるメイドが一目散に逃げ出した……つまり、それ程に今のブライティスは〝危険な〟存在であるのだ。

 

 

 

グゥ……グルルゥ……グガァッ

 

 

 

深紅に染まった目で、次はカタストゥリアを見つめるアレン。最愛の人、ココットを殺された憎しみは消えない。今の彼は怒りに任せ、行動している。自分の意思など、最早存在しなかった。

「新型か!?」

「分からん、油断はするな!」

そこへグランシェが二機、ブライティスに近付く。見慣れない機体にそれを新型機体だと判断するグランシェのパイロット二名。アレンの視界にそれらが入った時、彼等は瞬時にブライティスの〝餌〟となっていた。

「が……あ……!?」

瞬の出来事だった。ブライティスは瞬間移動をしたような機動性でグランシェ二機の背後に回り、クローのようにウイングを展開し、二機共に粉砕したのだ。普段のブライティスガンダムでは見慣れない、奇妙な攻撃。それが今のブライティスには可能である。

「何が起きた?一体奴の機体に何が起きている!?」

普段は常に余裕の表情を浮かべるエファンも、今回の出来事に対しては明らかに動揺していた。カタストゥリアのブリッツファンネル全てをブライティスに向け、一斉にビーム砲撃を行うが、ブライティスは機体全体にバリアーフィールドを張り巡らしており、ビームが通用しない。

普段のブライティスは前腕部にバリアーフィールドジェネレーターが搭載している為、後方部からのビーム砲撃はダメージを受ける。だが何故か今のブライティスは機体全体にバリアーフィールドが張っている。つまり、ブライティスをビーム砲撃で攻撃する事は不可能である。

「奴の機体はどうなっていると言うのだ!?」

エファンは動揺した瞬間、ブライティスは彼の眼前に出現し、変形したウイングのクローを展開してカタストゥリアを掴もうとする。急いで回避運動を行うカタストゥリアだが、左腕部をクローによって掴まれ、そして破壊された。

「侮り過ぎたか……!?」

エファンは潔く負けを認め、この宙域から離脱した。

異形の姿に変化したブライティス。瞬間移動をしているかのような機動性に、野蛮とも言える武装。彼の怒りは留まる事を知らなかった。アレンは本来エファンを殺す事が目的だったが、覚醒した今、ただ破壊をし続ける化身へと変貌を遂げてしまったのだ。

 カタストゥリアは撤退する為にバーニアの出力を上げた。一方のブライティスは進行上に存在していたヴィッシュ級の姿を捉えた瞬間、攻撃を加え始めた。ヴィッシュ級は応戦する為にメガビーム砲を撃つが、今のブライティスにビームは通用する筈が無く、ブライティスはウイングを展開し、それらを右上部、右下部、左上部、左下部で結合し、そこからエネルギーを吸収した後でプラズマ砲を放った。

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

この一撃により、ヴィッシュ級は一撃で沈んだ。次にブライティスはその周辺にいたエグゼマーの頭部を掴み、砕いた。更にコクピットをクローで貫く。彼の狙いは最早エファンでない。アレンは、ただ暴走しているだけだった。

「お、おい!何やってるんだよ……!」

彼を止める為、FPBの兵士達がヴァントガンダム三機を駆って接近したその時だった。

 

              ドオオオオオオオオオオオッ

 

ウイング型のクローが変形し、そこからプラズマ砲が展開された。この一撃で三機のヴァントガンダムは一瞬で破壊されてしまう。

「わあああああああああ!」

あろうことか、味方であるFPBの機体をも破壊したアレン。彼は最早、敵味方の判別すら出来ないでいたのだ。

 

 暴走するブライティスガンダム。この光景を見たFPBの兵士達は全員がシュネルギアやアルバトスに撤退していた。この中の一人にガーストの姿があった。彼の駆るハイエッジカスタムはシュネルギアに近付き、ジャンヌに対して回線を開いた。

「おいジャンヌ!どうなってるんだ!?あいつの機体がおかしいんだよ!」

敵味方関係なく破壊を続けるアレンの姿に疑問を抱きつつも危機感を抱くガーストはジャンヌに尋ねる。が、ジャンヌは視線を下に向けたままであった。

「おい、何か知ってるのかよ!?」

ブライティスガンダムの事情など知るはずのないガーストは必死になってジャンヌに聞こうとしていた。彼の説得もあってか、ジャンヌは静かに口を開けた。

「もう……止められません……」

「は?」

「アレンはもう止まりません……破壊を続けるだけ……クリスタルシステムがアレンに反応してしまいました……彼を止める手段はもう、ありません……」

呆然と立ち尽くすジャンヌ。ガーストからすれば、何が何なのか分からない。アレンは何故無差別攻撃をするようになったのだろうか。

「止める手段が無い!?そもそも何がどうなってやがるんだよ!?」

「僕にも教えて下さい!」

そこへレイのツヴァイもジャンヌに事情を聞く為に回線を開いた。彼はチェーニ姉妹やシーア達がいた宙域で戦闘を続けていたのだが、その間にブライティスが暴走している姿を見て、その上で撤退命令を聞いた為に急いでそこから離れてきたのだ。

「アレンさんはどうなっているんですか!なんで……こんな……」

レイは必死にジャンヌに問う。そして、ジャンヌは語った。

「クリスタルシステムが……アレンに呼応しました……本来ならばあってはならない事なのです……」

「何言ってやがるんだ!そもそもクリスタルシステムってなんだ!?」

ガースト達は知らなかった。ブライティスガンダムに搭載されている、〝クリスタルシステム〟について。

「本来ならば機体のポテンシャルを上げる為に搭載したのがクリスタルシステムです……しかしその代償としてパイロットの感情のコントロールが大切でした……パイロットの感情が爆発した時、クリスタルシステムはそれに呼応し、パイロットの感情のままにシステムは発動してしまいます……」

「つまり……今、アレンさんは怒っているんですか……」

「そう言う事ですわ……もう……止められません……怒り狂ったアレンを止める事はもう……そして彼は……」

再びジャンヌは両手で自身の顔を覆う。取り返しのつかない事をしたと猛省する彼女だが、眼前で暴れ狂うブライティスの姿はその間にも無差別攻撃を続ける。

「あいつはどうなるんだ!?あいつは助かるのかよ!?」

ガーストはアレンが助かって欲しいと切に願っていた。しかし、ジャンヌの言葉が彼に重く突き刺さる。

「助かる見込みはありません……あれが止まる時、すなわちそれはパイロットが死ぬ時……」

〝死〟とジャンヌの口から語られた時、ガーストは思い切りモニターを殴った。そして、その怒りをジャンヌにぶつけたのだ。

「ふざけんなよ!じゃあなんで最初からそんな危険なシステムを採用しやがったんだ!?」

「嘘……ですよね……アレンさんが死ぬ……?」

このまま暴れ狂えばアレンは死ぬ。ガーストとレイはジャンヌに対し、詰め寄った。

「クリスタルシステムは機体の性能を極限まで高めるシステムです……私はアレンを信じてあえてこのシステムをブライティスガンダムに採用しました……ココットさんが死ぬまではあの機体は異常を来すことはありませんでした……しかし、今それは破られました……システムは搭乗者の意識とコンタクトし、怒りの感情の赴くままに、暴れ狂うでしょう……」

危険を承知で、あえてクリスタルシステムを搭載したというジャンヌ。それを聞き、ガーストはジャンヌに対して怒りを露にした。

「機体の性能を引き出す為にあいつを犠牲にしたってのかよ!ふざけんなジャンヌ!」

「違いますわ……!」

「何が違うんだよ!?そんなの、人体実験そのものじゃねえか!暴走させて、敵の殲滅を図ろうって魂胆か!?あいつの命を犠牲してよ!!!」

否定するジャンヌだが、ガーストから見ればジャンヌはアレン殺しに見えて仕方が無かった。アレンが暴走し、死ぬ事を認めたくないガースト。その時、レイがジャンヌに聞いた。

「説得には応じませんか?」

「恐らく……無駄でしょう……あのシステムを止める事はただの説得では――」

悲観するジャンヌに対し、レイが言った。

「恐らくって言いましたよね!?なら、やってみる価値はあります!」

レイはアレンを説得すると言い出した。無論、それが如何に危険な行為であるかは言うまでもない。下手をすれば怒り狂ったアレンに瞬殺されるだけだ。

アレンの暴走。普段ならばテンションを上げて攻撃を仕掛けてくる筈のメイドや、冷静沈着なエファンですら逃げ出す程なのだから、これは相当の出来事である。

「待って下さい!危険です!引き返して下さ――」

ジャンヌがそう言ったにも関わらず、レイはジャンヌとの回線を途中で切断し、ツヴァイはバーニアの出力を上げ、暴走するアレンの元へ向かって行った。そして、彼に続くようにガーストのハイエッジカスタムもバーニアの出力を上げ、向かった。無差別に、敵味方関係なく攻撃を加える今のアレンが危険なのは承知だった。だが放っておけば死ぬと言われて、放っておく訳にはいかない……レイはそう考えたのだ。その考えに、ガーストは暗黙ながらも了解していた。だからこそレイに付いて行ったのである。

「駄目ですわ……このままではガーストやレイも……」

自分のせいで犠牲者が増えるかもしれないと、ジャンヌは困惑していた。が、アレンの暴走は止まらない。彼等がこのようなやりとりをしている間も、アレンは数多くのMSや戦艦を撃墜させていたのである。

 

 

 

 アレンの暴走は止まらない。戦場で一人暴れ狂うブライティスの姿を確認した新生連邦軍とデウス残党軍は共にアレンに向けて集中砲火を浴びせるが、脅威の機動性でこれらを全て回避し、攻撃してきた対象全てをウイングから展開されるプラズマ砲撃で一掃した。

「アレン……一体何が……」

暴走するブライティスを見て、総司令は何も出来なかった。ビーム兵器は一切通用せず、プラズマ兵器も回避し、今の彼を攻撃した機体は全てが撃墜されている。

 

 

 

グルァァァ……

 

 

 

その時、ブライティスのカメラアイがオラトリオを捉えた……と同時に、ブライティスはオラトリオの前まで瞬間移動をしたように出現した。変わり果てた凶悪な面構えをしたブライティスが、オラトリオに迫る。

「早い……!?」

オラトリオは急いでバックパックの大型プラズマカノンを展開しようとするが、ブライティスはクローでこれを破壊した。使い物にならなくなったそれを、総司令はやむなく切り捨てるが、次にブライティスはウイングのクローを展開し、オラトリオのコクピットを掴もうとした。

(レヴィー様!)

総司令の危機を探知したソフィアが、サイコミュ・ルーラシステムを使い、ファンネルでブライティスの妨害をする。しかしそれ等の攻撃は一つ一つ見極められ、彼に迫った三十基のファンネルは全てが撃破される。この間に総司令は退避する事に成功した。

「大丈夫でしたか、レヴィー様?」

通信でソフィアは総司令に言った。

「あ……うん……すまない……」

「貴方が無事ならば、何より……です……」

「今は撤退する。彼の暴走が止まらない限り、この場は危険だ……」

総司令は悔しそうに、拳を握ってこの宙域から離脱する事にした。

(今のアレンは狂っている……駄目だ……勝てる気がしない……)

無差別攻撃を続けるアレンに成す術のない総司令は、ここで命を散らす訳には行かないと判断し、全機体に撤退命令を出した。この命令を受けた新生連邦の艦隊はエレシュキガル方面へと向かって行く。

 

 

 

グギャアアアアアアアアアアアゥゥゥゥゥ!

 

 

 

暴れ狂うアレンは撤退していく新生連邦の艦隊に攻撃を仕掛ける。ヴィッシュ級を見つけてはプラズマ砲撃で一瞬の内に十隻を沈めた。その中には形状のみが残った艦の姿もあり、ブライティスは一度そこに降り立った。この時、ブライティスは高這い姿勢を見せ、ウイングを広げ、紅いカメラアイを輝かせて次の獲物を狙う為に動きだそうとしていた。その際のシルエットはまさに〝悪魔〟と呼べるもので、この宙域にいた誰もが恐怖していた。

 

 

 

グギャァ……

 

 

 

次にブライティスが狙いを定めたもの……それは、コロニーだった。彼は人が暮らしているコロニーを攻撃しようとしていたのだ。

 やがてブライティスは瞬間移動するようにこの場から去り、眼前に悠然と存在する民間コロニーを攻撃しようとしていた。

「いかん!奴はコロニーを攻撃しようとしている!止めろ!何としても!!!」

この光景を見ていたデウス残党軍はアレンを止める為にMS部隊を向かわせた。ゴルモンテMk-ⅡやディエルMk-Ⅱ等がブライティスを止める為に奮闘するものの、ブライティスによる素早い攻撃でいずれもが撃破された。その間、彼等は裂けるという動作すら許されなかった。MS部隊を撃破した後、ブライティスはそのままコロニーへと向かう。

 

 月面近くに存在する民間コロニー。C10コロニー群の末端に位置するそのコロニーは作成者の名前に因み、アンダルコロニーと名付けられていた。民間コロニーであるそこの住人はデウス動乱後は何事もなく平和に過ごしていた。暴走し、怒り狂ったブライティスガンダムが来るまでは。

 

                 ガキィィィッ

 

あろうことか、ブライティスはコロニーの外壁に対してクロー攻撃を仕掛け始めた。何度も何度も爪でひっかくように、コロニーの外壁を攻撃する。コロニーの外壁が空いてしまえば、空気が宇宙へ漏れてしまう。そうなればそこに住む住人は皆生活が出来なくなってしまう。つまり、何の罪もない人々が死んでしまう事になる。

「アレン!」

彼がコロニーに穴を開けようとしている時、ガーストの駆るハイエッジカスタムが有線式ビームニードルを肩部から射出し、ブライティスに迫った。だがこの攻撃も、瞬間移動をしたかのような機動性により回避された。

「お前!何考えてやがる!正気に戻れよ!コロニーに穴を開けるなんてイカれてるぞ!」

「アレンさん、目を覚まして下さい!」

ガーストとレイはブライティスに回線を繋ぐのだが、アレンは全くそれに応じない。それどころか、彼等の静止を無視してコロニーの外壁に引き続き攻撃を加え始めた。

「なんで聞かねえんだよ!このままじゃ人が死んじまうだろうが!」

「コロニーを攻撃なんて……何を考えてるんですか!」

必死の説得も空しく、アレンはコロニーの外壁に攻撃をし続ける。やがて彼はクローだけでは破壊でいないと感じたのか、ウイングを展開し、プラズマ砲撃をコロニーに向けようとしていた――時。

そこへブライティスに対して蜘蛛の巣状のネットが張られた。デストロイウェブだ。チェーニ姉妹がこの場に駆けつけてきたのである。

「これを狩れば更にお給料アップかも!」

「気を付けてリンセ。情報によればあのエファン・ドゥーリアが撤退したそうな。」

「そんなの関係ないよ!蜘蛛の巣ならあれも身動きが取れな――」

次の瞬間、リンセは目を疑う光景を見る。デストロイウェブはブライティスガンダムに確かに張られ、電流も流れたのだ。しかしそこにブライティスガンダムの姿は無かったのである。

「え――」

リンセがこの光景に疑問を抱いた時、彼女は背後に熱源の反応を探知した。急いで振り向くと、モニターには深紅のカメラアイを輝かせ、フェイス部に存在している冷却システムがまるで息を吐くように機能した。

「ちょっ……ちょっと!?」

急いでエクルヴィスはビームカノンを展開するが、バリアーフィールドによって弾かれる。その直後にブライティスはクローを展開してエクルヴィスのバックパックを引き裂いた。この攻撃に脅威を感じたリンセは、デストロイウェブを連射しながら後方へ逃げる。これらは全て回避され、ブライティスはエクルヴィスに近付いて行く。

「リンセ!逃げて!」

完全に標的を絞ったブライティス。レイ達はこのアレンを止める為、同行するがその圧倒的な機動性に、追いつく事も出来ない。説得をしようにも彼は止まらない。聞く耳を持たない。残された手段は、彼の暴走が止まるのを待つだけだった。

「嫌……嫌だよ……怖いよ……!助けて……!」

何を攻撃してもブライティスには当たらない上、効かない。その恐怖で一杯になったリンセはひたすら逃げ続ける。が、今のブライティスの機動性はエクルヴィスを遥かに凌駕し、瞬く間にエクルヴィスに追いついた。

 

 

 

ウガアアアアアアアアアアアアアア

 

 

 

ガキィン

 

ブライティスはウイングのクローでエクルヴィスガンダムを鷲掴みにし始めた。この攻撃により、エクルヴィスは一切身動きが取れない。

「リンセっ!!!」

フォリアの叫びも空しく、ブライティスのウイングクローはエクルヴィスを潰そうとしていた。懸命にレバーを引き、逃げようとするリンセ。しかし動かない。動く事が出来ない。

「嫌……嫌ぁ!!助けて!お姉様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「助ける!助けるわ!!」

涙を流し、フォリアに助けを訴えるリンセ。フォリアはブライティスに対してビームウィップを展開し、攻撃しようとしたその時――

 

                  グシャッ

 

ブライティスのウイングクローはエクルヴィスを破砕した。それはコクピットも貫き、中にいたリンセはこの攻撃を受けて身体が二つに切断された。胴体が切断され、そこからは血液が溢れ出た。

 

「お姉……様……好……き……あ……い……し……て……」

 

リンセは自身の力を振り絞り、最期の言葉をフォリアに対して言った。この直後、エクルヴィスは大爆発を起こした。この爆発をバックに、ブライティスは紅いカメラアイを輝かせ、ウイングを広げる。その姿は、まさに〝悪魔〟そのものだった。

「リン……セ……?」

エクルヴィスの爆発を見て、目を疑うフォリア。あまりに惨いこの光景を、フォリアをはじめ、レイやガーストも見ていた。

「酷い……」

「……おいアレン!いい加減にしやがれ!!!」

残酷にリンセを殺したブライティス。パイロットであるアレンに対し、ガーストは再び説得を試みるがそれも無駄だった。ブライティスは即座にガーストの眼前に出現し、クローで攻撃してきた。

「ぐあっ!」

味方をも容赦なく攻撃するブライティス。レイもアレンを止めるため、ブリッツファンネルを展開するのだがブライティスには通用しなかった。

「嘘……嘘よね……リンセ……リンセ……リンセ……リンセ……

リンセーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

リンセが死んだ……信じられない光景を目の当たりにし、フォリアは絶叫した。

 幼い頃から共に過ごしてきた妹のリンセ。物心ついた頃から両親はいず、互いに貧しい生活を送って来た両者。その中でMSを操縦する才能に恵まれた彼女等は、数多くの戦場を生き残り、金を得てきた。現在彼女等が新生連邦に所属するのも全ては金の為である。チェーニ姉妹の実力は優秀と言えるものだった。それ故に彼女等は新生連邦内でMSの指揮を任される程にまで出世していた。

そして何よりも、彼女達の存在こそがレイを戦いに駆り出させた張本人なのである。モントリオールでアインスガンダムの奪還の為に彼女達が襲撃してこなければ、レイはこの壮大な旅を経ての戦争に巻き込まれる事は無かったのだ。

今、その姉妹の妹が死んだ。それもクローによって挟まれ、切断されると言う惨い形で。

「クッ……うううううううう……!」

悔しい……反撃したい……殺したい……数々の感情が今フォリアに渦巻く。自棄になり、ブライティスに攻撃を加えたかった。だが彼女は一度止まった。このまま攻撃をしても無惨に殺されるだけ……そう判断した彼女はこの宙域から離脱する事を決意した。妹であるリンセを殺したアレンに対し、何も出来ない……フォリアは、ただ悔しくて仕方が無かったのだ。

 

 

 

グギャウウウウウ!!!

 

 

 

フォリアの悔しさ等構う事無く、アレンは怒り狂い続けていた。それを止める為にレイは説得をするが、全く彼は応じようとしない。ならば力づくで止めるまで……と、ツヴァイはプラズマカノンを展開し、発射したのだがブライティスに回避され、反撃と言わんばかりにウイングクローから展開されるプラズマ砲による攻撃を受ける。

「うああっ!」

この一撃でツヴァイの左腕部が消失した。全く説得に応じないアレン。レイは、何をすればよいかを必死に模索する。

「おい、撤退するぞ。」

そこへガーストがレイに対して回線を開く。ガーストはアレンの説得を諦めたかのようにレイに言ったのだ。

「え……でも!アレンさんが……」

「あいつは止まらない……もう、聞こえないんだよ俺達の声が!このままここにいても殺されるだけだぞ!今のあいつは見境なく殺しに掛かって来る!急いで逃げるぞ!」

そう言い、ハイエッジカスタムはツヴァイの右前腕部を掴んで逃げる姿勢に入った。

「そんな……こんなのって……」

「諦めるしかないんだよ……俺だって悔しいけど……!」

結局アレンを救い出す事が出来ない……失望感が彼等を覆った。そして、その間にもアレンは暴走を続ける。彼を止める者がいなくなり、ブライティスはウイングを展開し、傷つけたコロニーの外壁に高出力のプラズマ砲を発射した。それらは外壁を撃ち抜き、僅かな穴が空いたのである。これにより、コロニー内部の空気が宇宙へ漏れ出す事になる。

 

「風が……!?」

「なんだ、これは……?」

コロニー内部の住人はこの異常に気付いていた。誰もが異常に気付いたその直後――

 

                 ガキィン

 

深紅のカメラアイを輝かせ、ブライティスガンダムが外壁をクローでこじ開け始めたのだ。それにより、更に穴は広がり、空気の漏れが加速していく。そして――

 

            ドオオオオオオオオオオオオオオッ

 

ブライティスはウイングの形状を変化させ、プラズマ砲を二門作り出して発射した。この一撃により、コロニー内にいた何百万人もの人間が犠牲となったのだ。

 崩壊していくコロニー。それは、たった一機のMSによる凶行だったのである。やがてコロニーは激しい爆発を起こし、形状が変化していった。コロニーの破壊を終えたブライティスは次なる標的を探す為にウイングを展開し、飛び立っていく。

 

 

 

グギャアア!ギャウウウ!!

 

 

 

ブライティスの次の標的はデウス残党軍の艦隊だった。怒り狂うアレンに対し、バディウス改級は一斉にビームを発射するが、バリアーフィールドジェネレーターがこれらを防いだ。 

そして、バディウス改のブリッジを手部のクローで破壊していく。ブライティス一機で、デウス残党軍の戦艦やMSを撃墜するブライティス。

 

 

 

グガアアアアアアアアアアアアッ!!!!!

 

 

 

突如、アレンは大声で叫び出した。するとブライティスは小型の隕石に着地し、ウイングを展開した。やがてブライティスはその形状を変化させていく。機体を傾斜させ、ウイングはまるで巨大な怪物の口の様な形状を作り出し、ブライティスの肩部に接続した。手部や足部も変形し、ブライティスは恐竜の様なフォルムを描いた。

ウイングは怪物の口の様に変形しているブライティス。その口部からエネルギーが吸収されていく。それも、先程までプラズマ砲を撃ち続けていた時よりも遥かに膨大なエネルギーをブライティスは吸収していた。

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

ブライティスのウイング部から凄まじいプラズマ砲が展開された。その矛先はデウス残党軍の要塞、アポカリプスである。

「アポカリプス、直撃コースです!」

「なんて事だ!?」

アシュタル艦内で皇帝ナジェラと兵士がこの一撃に驚愕していた。単体のMSから発射された、凄まじい破壊力を秘めているプラズマカノンは一瞬の内にアポカリプスを半壊させたのである。

 

 ブライティスが展開したプラズマ砲はアポカリプスを破壊しただけに留まらない。その射線上には新生連邦の月面基地、シン・ナンナの姿もあったのだ。そこの司令官であるフェイクはエレシュキガルと通信回線を開き、連絡を取り合っている最中であった。

「司令!大型の熱源が――」

「な、何ィ――」

瞬く間の出来事だった。一瞬の内に、シン・ナンナ基地の、指令室はブライティスが放ったプラズマカノンによって破壊されたのであった。

 

 

 

 この光景はこの戦闘宙域にいた皆が見ていた。そして誰もが震撼し、恐怖した。暴走したアレンが起こしたこれらの行動は皆に恐怖の対象として脳裏に焼き付いていた。

 

ぐ……ギ……ぎ……ぃ……あ……あ……!?」

 

その時だった。ブライティスに再び異変が見られた。深紅に染まっていたカメラアイは元のグリーンに戻り、フェイスの形状も元に戻り、各部変形していた部分が元に戻って行った。つまり、ブライティスの暴走はこの時に終わりを迎えたのだ。

「俺……は……何を……」

怒り狂っていたアレンは正気に戻っていた。先程までは獣のような雄叫びを上げ続けていた彼だが、今はいつもの彼だ。だが、彼自身先程まで暴れ狂っていたという意思が無い。

「ガハッ!?」

突如、アレンは咳込んだ。と同時に、彼は吐血したのだ。それも一度ではない。何度も咳をしたのだ。

「ゲホッ、ゲホッ……ゲホッ……うぐぁっ……血……が……止まらな……イ……」

それが続いてヘルメットのガラス部が紅に染まり、視界が遮られた。

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

「!?」

アレンの心臓が一度、激しく収縮した。が、この一度の収縮の後、彼の心臓は活動を停止した。アレンはレバーを静かに離し、身体の力が抜けているのを感じていた。

(ココ……ット……)

薄れていく意識の中で彼が最後に発した台詞は、最愛の人、ココットの名前だった。そして――

「……」

アレンの目は閉じられた。意識も消失し、彼は一切動かなくなったのだ。この間、新生連邦軍もデウス残党軍も既に撤退を済ませていた。これ以上暴れ狂われてはいけないと判断した為である。

 

 

 

ブライティスが機能を停止してから三分後。動かなくなったブライティスを見てレイ達は疑問を抱いていた。一体何が起きたのか、アレンはどうなったのか?それを確認する必要があると判断したレイはガーストに提案する。

「止まりました……?」

「分からない。動きだして暴れる可能性もあるけど……」

「様子、見てみますか?」

「そうだな……」

暴れている訳ではない。しかし、何が起きるか分からない。もしかすれば突然起きだし、彼等を襲ってくるかもしれない。だが放っておくわけにもいかない。彼等は困惑しながらも、ブライティスがいる場所に向かい始めた。

 

 ツヴァイとハイエッジカスタムの二機はブライティスの元に辿り着いた。しかし彼等が近付いてもブライティスは一切動かない。ただ、宇宙を漂っているだけである。

「大丈夫……でしょうか?」

「分からない。でも、一度回線開いてみるか。」

ガーストはアレンとコンタクトを取る為に回線を開いた。そして、彼はそこに映ったアレンの姿を見て目を疑う事になる。

「!?」

「あ……アレンさんが……浮いてる……?」

無重力により、身体の力が全て抜け切ってしまったかのように浮いているアレンの姿がそこにあった。まるで死んでいるかのようなその光景に、両者は恐怖した。

「な……中に入るぞ!」

慌てるガーストだが、アレンの生死を確認する為にブライティスのコクピット内に入る事にした。だが内側からコクピットはロックされている為、外部から直接コクピットに攻撃して開ける事にしたのである。

 

 コクピット内にて。そこには無重力によった身体を浮かせ、一切動かないアレンの姿があった。ガーストはアレンを揺す振り、起こすが全く反応が無い。

「おい、起きろよアレン!」

「起きて下さい、アレンさん!」

彼等が懸命に声を掛けても、アレンは起きない。

「クソッ!レイ、そこにあるシャッターを降ろせ!!」

「あ……はい!」

ブライティスをはじめ、MSのコクピットを傷つけられた時用にシャッターが存在している。それは宇宙空間にパイロットが放り出されないようにする為の物だ。レイはガーストに言われるまま、シャッターを下ろした。そして、ガーストはアレンのヘルメットを外す。

「ヘルメットが血まみれ……!?」

「どうなってるんだよ!?」

冷静でないガーストはアレンの安否を確認する為に懸命にアレンを揺さ振る。

「おい、起きろよアレン……何やってんだよ……」

心配になるガースト。だがアレンは起きない。無理に目を開けるが、起きる様子を見せなかった。

「あの……心臓は……動いていますか……?」

レイは声を震わせながらガーストに聞いた。生きていて欲しい……無事でいて欲しいと、レイは願っている。

「静かに……しておけよ……?」

そう言って、ガーストは手袋を外し、アレンの頸動脈部に静かに触れた。もし彼が生きているのなら、脈拍が触知出来るはずである。

(動け……動いてくれよ……)

心の底からアレンの安否を願うガースト。その指は震えており、上手く頸動脈を触知出来ないでいた。それでも彼はアレンの無事を願いながら頸動脈に触れる為に指を動かす。そして――

「脈が……ない……!?」

「えっ……」

頸動脈に触れても彼は脈拍を感知出来なかった。ガーストの台詞に、レイの目が見開かれ、ショックを隠せないでいた。

「そんな……何かの間違いの筈です!」

そう言い、レイは自分自身でアレンの頸動脈の拍動を確認する為に手袋を外した。そしてガーストと同様に、彼も脈拍を触知しようとする。しかし――

「動いてない……?」

「マジ……かよ……アレン……死んだのかよ……」

「そ……ん……な……嘘……だ……」

両者は力が抜けた。その間も、アレンの身体は静かにコクピット内で浮遊していた。

 エファンによって怒りを誘発されたアレンはブライティスに搭載された禁断のシステム、クリスタルシステムを覚醒させてしまった。それにより、新生連邦とデウス残党、そして味方勢力である筈のFPBにも攻撃を加えるという、無差別攻撃を行ってしまう。挙句の果てには民間のコロニーをも破壊してしまったのだ。

今回の暴走によりアレンが破壊した戦艦の数は三十五隻。MSの数は百三十機。そしてコロニー一つにデウス残党軍の拠点となっている小惑星アポカリプスを半壊。アレンは心臓が停止するまでに、新生連邦やデウス残党に甚大な被害を齎したのである。止められなかったアレンの暴走。彼は暴走の対価として、動かなくなってしまったのである。

「起きて下さい……ねぇ……起きて下さいよ……アレンさんッ!!!」

いくらレイが叫ぼうが、アレンは起きない。

「馬鹿野郎……なんで……なんで死ぬんだよ……ふざけんなよお前ぇ!!!」

ガーストも泣いていた。デウス動乱時からの戦友がここで動かなくなったという衝撃と悲しみが、彼を包んだ。

 デウス残党軍によるシン・ナンナ基地攻略戦から始まった今回の戦いは最終的にはアレンの死によって幕を閉じた。この戦いにより両軍は甚大な損害を被る事になり、しばらく戦闘が出来ない程にまで傷付いた。その大半は、アレンによる暴走であった。アレン・レインドの死に涙をしたのは、現在レイとガーストの二名のみである。この後、彼を悲しむ人間は増えるだろう。

デウス動乱の英雄と呼ばれたアレン・レインド。彼は恋人が殺された事による復讐によって生じたシステムの暴走に巻き込まれ、一切動かなくなった。

 




第九十九話、投了。

※次回から三日に一日の更新になります。


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火星編
第百話 火星への道のり


瀕死状態のアレン。彼を救うにはどうすれば良いのか……
その中で、ある、一人の男がFPBに訪問して来た――


「ン……う……こ……こは……?」

クリスタルシステムの影響で怒り狂い、その結果心臓が完全に停止したアレン。彼は今、見知らぬ空間にいた。そこでは自分は裸の姿で、周りは白い光に満ちている。その上自分は宙に浮いていた。そして、彼の周囲にはまるでアルバムのように一枚絵として、ココットとの思い出が回っていた。

「死んだ……ああ、死んだんだ……これが死なのか。変な感じ……ココットも……こんな感じで死んだのかな……」

自分はもうこの世にいないものだと確信するアレン。彼は動く事も出来ず、ただ白い光の中で宙に浮き続けている。

「でも……苦しくない……寧ろ、心地良い……変な感じだ……」

そこが死後の世界なのかは定かではない。しかし、アレンはこの空間に対して疑問を抱く気になれなかった。

『アレン』

呆然とするアレンを呼ぶ声が突如聞こえてきた。

「声……?」

声に反応し、呼ばれた方向を見る。そこにはココットの姿があった。それは幻影かも知れない。彼の見間違いかも知れない。だが、声は紛れもなくココットの物だった。

『やっと……会えたね。』

「ココットなのか……?」

ココットは死んだ筈だ。何故彼にはココットの声が聞こえるのか。自分が死んでいるから彼女が会いに来たのか、それともただの幻覚か。それは、全く分からない。

『会いたかったよ。アレンが来てくれて私、嬉しい……』

ココットは笑顔を見せ、アレンに近付いてきた。そして、彼を静かに抱き締める。しかし彼は彼女に抱き締められている感覚を感じなかった。最愛の人が側にいるはずなのに、彼は違和感を覚えていたのだ。

「俺も会いたかった……けど……妙なんだよ。」

『妙?何が?』

「どうして俺はココットに抱き締められても君の肌を感じられないのか……俺は、死んだからなのか……?」

この違和感の謎を知る為、彼はココットに訪ねた。

『さあ……どうだろう?でも、今はアレンが私を感じられなくても、アレンの顔を見れるだけで良い。それだけで……ね。』

「……そっか……」

違和感は残る。だがココットは笑っていた。生きていた時のような笑顔を彼に見せた。それだけでもアレンは満足だった。彼もココットに対して笑みを浮かべ、静かに、そっと抱き締めた。例え、ココットを肌で感じる事が出来ないとしても。

 

 

 

「心臓が機能していない……生命維持装置を使うしかないか……」

ネルソンはアレンの緊急手術を行っていた。ガーストとレイはブライティスガンダムを改修した後、コクピットにいたアレンの容体をネルソンに見てもらい、緊急手術を要すると判断したネルソンは彼の治療を行っていたのである。最新鋭の医療設備が備わっているアルバトスで、ネルソンはアレンを手術していた。そこで彼はアレンの心臓が機能を停止している事を知る。

 アレンの心臓は機能していない。だが、その形は残っていた。実はこの事は、奇跡的だったのだ。本来クリスタルシステムによって暴走すれば多大な不可を心臓に与える事になり、下手をすれば心臓が破裂してしまう危険性があった。だが彼の心臓は破れていない。ただ、機能を停止しているだけだ。そうとなれば、心臓を移植すれば助かる可能性はある。しかし移植用の心臓などアルバトスに備わっている筈がない。仮に存在していたとしても彼は普通の人間でない、アドバンスドタイプである。それに適合する心臓等、あるとは考えにくいのだ。

 手術はアレンの心臓に生命維持装置を埋め込む事で、どうにか彼は生き残る事は出来た。しかし一切彼は目を覚まさない。心臓や肺は動いているのだが、意識を取り戻す様子は見せない。予断を許さない状況が続く。

 今、手術室前にはアルバトスとシュネルギアの殆どのクルーが集まっていた。ネルソンは手術室から出てきて、真っ先に彼の容体を聞いたのはガーストだった。

「ネルソンさん、アレンは!?」

必死になるガーストに対し、ネルソンは静かに答えた。

「……心臓は機能停止していた。今は生命維持装置を処方しているから心臓は動いている。しかし今の段階で目を覚ます可能性はない。」

「それって……どういう事ですか……?」

ガーストの側に居たレイは心配そうに言った。

「生命維持装置は名前の通り、あくまでも当人の生命を維持する事を目的とする。ちなみに生命が維持されると言うのは、脈拍が見られる等、例え意識が無くとも生体機能が活動していればそれは〝生きている〟と見做す事が出来る。極端な話、今のアレンは植物人間のようなものだ。」

「そんな……」

彼は確かに生きている。が、目を覚まさない。つまり、アレンとは意思疎通が一切出来ない。厳密に言えば、アレンは生命維持装置によって〝生かされている〟と言うべきだろうか。

「あのガンダムに搭載されていたシステムの暴走が相当響いたのだろう、そもそもどういう形であれ、彼が生きているという事自体が奇跡だ。」

ネルソンがそう言った直後、ジャンヌが彼に詰め寄って来た。

「アレンは……生きているのですね!?目を覚ます可能性はあるのですね!?」

今まで、これ程感情を零しているジャンヌの姿を見た者は誰もいない。それ程に、彼女はアレンの容体を気にしていたのである。

「落ち着いて頂きたい、ジャンヌ嬢。皆が心配しているのだ。」

「あ……私とした事が……で、でも!」

焦るジャンヌ。ネルソンは辛そうに答えた。

「ジャンヌ嬢をはじめ、皆に聞いて欲しいのだが……今アレンの心臓に処方している生命維持装置は限界がある。持って十日といった所か。」

これを聞き、ジャンヌは衝撃を受けた。

「そんな!?では十日経てば……」

「アレン・レインドは目を覚ます事無く、確実な“死”を迎える。その間に彼の心臓に代わる、循環器があれば良いが、そんな都合の良い物が現れるとは考えにくい……」

ネルソンは俯きながら言った。結局、今は目を覚ます事は無いが生きているが、もしこのまま十日間が経てば本当にアレンは死んでしまう。

「アレンは……死んでしまうのですか……そして、たった十日間しかアレンは生きられないと言うのですか……!」

「ああ……残念だが……」

「……なんて事……」

ジャンヌはその場で崩れた。彼女は両手で顔を覆い、涙を流した。その時、側にいたガーストがジャンヌに詰め寄る。

「ジャンヌ!お前があんなシステムの搭載したガンダムにアレンを乗せなきゃこんな事にはならなかったんだぞ!」

彼は怒っていた。ジャンヌがクリスタルシステムという、危険なシステムを搭載したブライティスに乗せた事が許せないでいたのだ。

「やめろ、ガースト。」

詰め寄るガーストを止めたのはネルソンだった。

「今更起きた事を咎めても仕方がない。問題は、この十日間でアレンを救う方法を考える事だ……」

このままではアレンは何もせずに死んでしまう。それだけは避けたい。だが彼の死を避ける方法など、考えられる筈がない。何せ、代用出来る心臓が無いのだ。彼を助け出す方法など、今の段階では全く無いと言えた。

「ネルソン、本当に無理なのか。」

そう言うのはミシェだった。彼は腕を組み、医者であるネルソンに聞く。

「今のアレンの心臓は疲弊しきっている。あの暴走事故によって負荷を掛け過ぎたんだ。破裂すれば彼は即死だっただろうが、形が残っているだけ運が良い。まさに、アドバンスドタイプが起こした奇跡と呼ぶべきか。だが、心臓の移植が出来れば良いがそのようなサンプルがあるとは考えにくい……」

「やっぱりアレン君はこのまま眠り続けたままなの……?」

次に喋ったのはエリィである。彼女がネルソンに言っても、彼はミシェの時と同じように対応した。

「心臓の移植には問題点が多過ぎる。倫理的な問題は勿論だが、特にアレンの場合は普通の人間と異なる。心臓を移植すれば、適合出来ずに身体内の免疫機能が心臓に対して攻撃をし、最悪の場合、彼がショック死する可能性も考えられる。アドバンスドタイプの循環器の機能が我々と比較してどれ程の耐久性を持っているかは不明だが、どの道危険な賭けになる事は変わりないだろう。」

「そんな……貴方でも助けられないなんて……」

「すまないエリィ。こちらとしても、出来るだけの事はしたつもりだ……」

いくら優秀な医者であるネルソンでも、今のアレンを救い出すのは無理があった。彼を救うにはアドバンスドタイプの心臓を移植するしかない。アドバンスドタイプの心臓はジャンヌがいる。しかし彼女の心臓を摘出すれば、当然ジャンヌが死んでしまう。

彼等は結局、何も出来ないのだ。しかし何も出来ないからと言って、放っておけばアレンは確実に死を迎える。そのタイムリミットは十日。十日間の間に、彼等は最善の策を思いつかなければならなかったのである。

 

 

 

 新生連邦軍の機動要塞、エレシュキガル内部にて。先の戦いにて大きな損害を受けた新生連邦軍の艦隊はエレシュキガル内に収納され、戦力の補充が行われていた。彼等が特に損害を受けたのは、アレンによる暴走が大きなウェイトを占めていた。

 アレンの暴走により、月面基地であったシン・ナンナは陥落。これにより、新生連邦の残す主要な基地と呼べる施設は、エレシュキガルと、月面の数十程度の小規模な基地のみであった。

「アレン……貴方を狂わせたのは何なのか……あの行動……とても正気とは思えない……明らかに、動乱の時の暴走よりも規模が違い過ぎる……」

指令室では総司令が、エレシュキガルから見える月面の表面を見ながら呟いている。圧倒的なアレンの力を目の当たりにし、彼はそれに恐怖していたのだ。

「だが、僕にはエレシュキガルがある。ソフィアも居る。このような事で負ける事は無い筈だ……」

現在、彼の側近であるソフィアは眠っている状態だ。サイコミュ・ルーラシステムを用いた結果、疲労が蓄積し、彼女は今眠っている。だが幸いなのは、脳に支障がないという事だ。

 

                   コンッ

 

その時、総司令の部屋のドアをノックする音が聞こえた。総司令は音を確認すると入るように言う。やがてドアの音が聞こえると、そこにいたのはフーク・カズロブだった。

「総司令、失礼します。先程エレシュキガルに合流致しまして、総司令にご挨拶に伺わせて頂きました。」

フークは地球での新生連邦本部攻略戦後、数少ない地球上での新生連邦軍の戦力として戦っていた。しかし宇宙での新生連邦軍が押されていると言う情報を聞き付け、急遽彼は宇宙に上がり、エレシュキガルと合流する事になったのである。

「御苦労です。今は少しでも戦力が欲しい状況。貴官の活躍、期待しています。」

「ハッ。」

フークは敬礼をした後、部屋を去った。その直後、総司令は溜息を吐く。

「アレン……もし貴方が次に戦場に出る事があれば、その時は僕が必ず仕留める……貴方は危険な存在……僕はそう判断したから……」

最早、後に引けない状況の総司令。地球では国連に敗北し、宇宙でも損害を被った。現在は戦力を回復させる為にエレシュキガルを利用しているが、ここもいつ落されるかは分からない。

彼は連邦こそが地球の中心に存在しなければならない存在だと思っている。それは今までの歴史でもそうで、長年地球の中心戦力は連邦軍だった。しかし、この戦いで連邦が破れる事があれば、連邦軍という存在は解体され、連邦に代わる存在が地球圏の支配をする形となる。総司令は、それを避けたいと感じていたのだ。

 

 

 フークが通路を歩いていると、彼はフォリアの姿を見た。妹であるリンセを先程の戦いで亡くしたフォリア。彼女は喪失感に満ちており、涙を流す事もなく、ただ虚ろに通路を歩いていた。やがてフォリアはフークの姿を見て敬礼をする。この時、フークはフォリアの異常をすぐに感じ取った。

「随分久しぶりではないか、フォリア・チェーニ。」

「カズロブ大佐……お久しぶりです。」

フォリアの声は小さい。リンセが死んだ衝撃が、今の彼女の声の大きさに現れたのである。」

「そう言えば妹の姿が見えないが?部屋にいるのか?」

何も知らないフークはフォリアにそれを聞いた。フォリアは何も知らないとはいえ、無責任にも死んだ妹の話をするフークに怒りを覚えたが、ぐっと堪え、言った。

「殺されましたわ、暴れ狂うガンダムに……」

「ああ、噂は聞いていた。どうやら敵のガンダムタイプに強大な力を持った機体がいたらしい。奴等も随分厄介な兵器を隠し持っていたようだ。」

「ええ……そうですわね。」

「優秀な人間だけに、惜しい人間を無くしたものだ。フォリア・チェーニ。貴官は死なないようにな。戦力をこれ以上減らす事はこれ以上あってはならん事だからな。」

「ええ……」

あくまでも、〝戦力の一部〟としか見なしていないフーク。最愛の、今まで離れた事が無かった妹の死さえも、それは戦力の一部としか見られていない事にフォリアは更に怒りを増した。だがここで怒ってもリンセが変わってくる訳ではない。悔しさと悲しさを押し殺し、フォリアは自分の部屋に戻る。

 

 

自室にて。フォリアはリンセの写真を見て一人涙を流し、その直後に膝から崩れた。

「私を……一人にしないでよ……リンセ……一人ぼっちにしないでよ……」

彼女はリンセ・チェーニと言う、幼い事から共に過ごしてきた妹をアレンに殺された。言わば、リンセはフォリアにとって心の支えと言える存在だ。

 

――――――――お姉……様……好……き……あ……い……し……て……―――――――

 

リンセがアレンに殺される際に言った台詞。彼女が如何にフォリアを心底から好きでいたかが分かる台詞である。

 フォリアはリンセと共に過ごした日々を思い出していた。が、思い出す度に今は亡きリンセの事ばかりが蘇り、彼女は虚無感に包まれていた。

「私はもう……生きていても仕方が無い……お金なんて……あっても……あっても……ん……?」

絶望に暮れる彼女の目が見開かれたのは自身の机に飾っている、レイの映っている写真が入ったスタンドを見た時だった。すぐに彼女は写真入りのスタンドを手に取る。すると、彼女は先程まで浮かべていた悲しげな表情を変え、急に笑い始めたのだ。

「クク……そう……そうだったわ……リンセが死んだショックが大き過ぎて忘れてた……私には居るじゃない……この子が……」

涙を流していた彼女だったが、一転し、突然笑みを浮かべ出すフォリア。彼女は部屋の中で一人、スタンドを持ちながら笑い続けている。その光景は明らかに異常だった。

「絶望はしないわ……だって……だってね……私にはこの子が居てくれる……この子が私の支えとなってくれる……そう……そうよね……だって……レイは私を満たしてくれるんだものっ!」

いつしか、フォリアはレイを歪んだ愛情の対象として見ていた。彼と交戦を重ねるに続けレイに対して奇妙な愛情表現をしていたフォリアだが、リンセが死んだことで、彼女の歪んだ愛情は更に増長される事になる。

「アハハハ……会いたいわ……会って……その目、鼻、口、耳、顔、首、身体、腕、足、性器……全てを私のモノにしたい……リンセがいないのなら、あの子を支えにすればいいのよ……クク、私って天才だわ……」

最早正気の沙汰ではない。レイに対し、歪んだ愛情を見せるフォリア。

 

バリィィィン

 

するとフォリアは突然握り拳を作り、スタンドの表面を覆っていたガラスを素手で割った。当然、彼女の拳には多量の血液が付着するが、それでも構わない。フォリアは、只ひたすら写真を殴り続けた。今の彼女に、痛み等関係ないのだ。

「レイを愛したい!レイが恐怖に満ちる顔が見たい!レイを犯したい!レイを苦しめたい!レイを抱きしめたい!レイを虐めたい!レイを八つ裂きにしたい!レイを殴りたい!レイを自分の物にしたい!!!ああ……ああ……あああああ!!!狂ってるわ!私、今狂ってる!ハハハハハハハハハハ!!!」

愛情や妬み、憎しみや独占欲等、あらゆる感情が混在しているフォリアはありったけの想いをスタンドに対して殴り続けた。

 その行為が一分程続くとフォリアは腕を止めた。そして、中の写真を取り出し、思い切り握る。粗い呼吸をしている彼女。それでも、レイに対する歪んだ愛情は消えていない。

「はぁ……はぁ……そうよね……リンセがいなくたってね……レイがいてくれればいいの……くっ……あはは……ははははは……ハハハハ……そぅ……ハハ……ハハハ……

あーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

狂気。今、その言葉が一番似合う女、フォリア・チェーニ。彼女はレイの写真を殴るだけ殴り、手が血まみれに、そして痛みを感じても動じる様子を見せない。ただ、笑い続ける。リンセを失った悲しみを補充する為に、レイを我が物にしようとする彼女。だが、その愛情表現が常軌を逸していた。単に心の支えが欲しいと願う彼女は、この出来事を機に、次第に狂い始めていくのであった。

 

 

 

 シュネルギアに戻ったジャンヌは一人悲しみに暮れていた。彼女は自分の部屋に籠り、静かに涙を流している。クリスタルシステムの暴走によって戦場を混乱させ、その挙句に心臓の機能を停止したアレン。その責任は自分にあると、彼女は感じていたのだ。

「私は……大切な人を再び亡くしてしまう事になる……これからどうすれば……」

彼女は数々の人間が死ぬ所を見てきた。デウス動乱時では彼女の婚約者であったアーク・レヴンや、母のターナ・アステル。そして、ココット・メルリーゼ。いずれも、彼女にとって大切な人である。そして今回、アレンが犠牲になった。

 

―――お前があんなシステムの搭載したガンダムにアレンを乗せなきゃこんな事には――

 

先程のガーストの言葉が過る。彼女はココットを失った後のアレンに対し、何故ブライティスの運用を止められなかったのかを後悔し始めていた。

「十日で助かる可能性……そのようなものがあるとは……」

ネルソンが言っていた、〝十日間〟。それがアレンの命のタイムリミットだ。その間に今のアレンの心臓に代わる心臓を見つけ出さなくてはならない。そのようなものがこの場に存在するとは考えにくい。そして何よりも今は戦争中。この先世界がどうなるか分からない状況で、復活する可能性が限りなくゼロに近いアレン一人に対して時間を割く訳にもいかないのだ。それは分かっていた。自分のせいでこのような形になった事も分かっていた。

だが、それでも彼女は可能性を信じたいと思っていた。

「……そうですわ……もし、私の心臓を差し出してアレンが助かるのなら……私もアドバンスドタイプならば、適合するかも知れません……」

彼女は自分の心臓を差し出せばアレンを救えるのではないかと考え始めていた。無論それは皆が反対するだろう。しかし彼を行動不能に陥れてしまった罪を考えると、彼女はそれを償う形で心臓を提供すれば良いのではないかと考えていた。

 

ピピピピピ

 

「ジャンヌ様、失礼します。」

しかしその時、彼女に通信が入った。悲しみに暮れる彼女は先程浮かべていた表情を隠し、その通信を確認する。それは、ジャンヌ宛てにオペレーターが伝えたものだった。

「先程救難信号をキャッチしました。」

「救難信号ですか……?」

「はい。どこの所属かは不明ですが、機体はデウス帝国のMS、ディエルタイプです。どうされますか、ジャンヌ様。」

謎の救難信号を確認したというシュネルギア。ジャンヌはオペレーターに判断を迫られている。そして彼女はオペレーターに言った。

「その機体をシュネルギアに収納して下さい。後でデッキへ向かいますわ。」

戦闘があると言う訳ではないが、今は悲しんでいられない。戦争中であるのだからと、ジャンヌは考え、着替えを済ませて部屋を出て、ブリッジへ向かう事にした。

 

 

 

 シュネルギアのMSデッキでは先程彼等が救出したディエルMk-Ⅱが収納されていた。ディエルの周辺には多くのFPBの兵士が集まっており、いずれもが銃を構えている。以前にハイエッジがシュネルギアに来た時、中からメイドが出てきて兵士を殺した事もあり、厳重に対応している。不審な動きが見られれば即座に中にいる人間を撃つ準備をしている。

 やがてディエルからは一人の人間が姿を表した。その人間はヘルメットを着用したまま両手を上げる。

「いやぁ、助かりました……にしても、随分となんていうか。厳しいお出迎えと言うか……確かに、怪しいと思われるのは分かりますケドね……」

男性特有の低い声をしているその人間。この事から、この人間の性別が男である事が分かった。そしてその男に対し、警戒を強めるFPBの兵士達。

「ああ、ちなみに私は武器を持っていませんよ。ほれ、ボディチェックをお願いします。」

そう言って、ディエルMk-Ⅱに乗っていた中の人間はFPB兵士にボディチェックをさせた。その人間の言うように、武器は入っていない。助けてもらったにも関わらず態度が横柄であるこの人間。この時、この場にいた誰もがこの人間を良く、思っていなかった。

「この方が救難信号を出していたディエルに搭乗されていた方ですか……」

そこへジャンヌが現れた。彼女が現れた途端、兵士達は銃を一斉に降ろした。

(この方から妙な感じが……)

ジャンヌはこの男から奇妙な感覚を感じていた。力のある人間が持つ、相手を感じる事が出来る力。ジャンヌはこの男からその感覚を感じ取っていたのである。

「恐らく貴方も感じ取りましたでしょう、ジャンヌ・アステル嬢。」

男は笑みを浮かべた後、静かに言った。ジャンヌと〝同じ力〟を持つらしいこの男。最初、ジャンヌはこの男が何を言っているのかが分からなかった。

「何故貴方は私の名前を御存じなのでしょうか。」

「貴方は非常に有名な御方。デウス帝国においても、地球上においても……去年までは歌手活動をされていたと聞きます。貴方のような著名人を、今や知らない人間を探す方が難しいぐらいですよ。」

「……ではこちらがお伺いさせて頂いても宜しいでしょうか。貴方は何者なのですか。」

自分の中に生じている違和感を拭う意味も込めて、彼女は男に聞いた。〝妙な感覚〟がするこの男。ジャンヌはこの男が奇妙に思えて仕方がない。

「貴方と同じ人種……そう言えば分かりやすいでしょうかね。」

「では……貴方はまさかアドバンスドタイプとでも言うのですか?」

地球圏で数少ない存在であるアドバンスドタイプ。この男は自称アドバンスドタイプだと言うが、何者なのかはジャンヌ自身に心当たりが無かった。

「そうですよ。」

そう言って男はヘルメットを取った。そこにいたのは、顎鬚を生やし、鋭い目つきをした男。男の顔を見た時、ジャンヌの目が見開かれる。

「貴方は……まさか……ダリオン・イブルーク……ですか……?」

その名は、ジャンヌにとって覚えがあった。以前にアドバンスドタイプについての研究について調べていた時に、デウス帝国出身の彼の名を、知っていたのだ。

 常軌を逸した研究を行った、ある種のマッド・サイエンティストとも呼べる男。その男によって、アドバンスドタイプの秘密が分かって来た事は事実だが、まさかこの場にその張本人が姿を現すとは、思わなかったのである。

「名前を存じ上げて頂けているとは……光栄ですな、ジャンヌ嬢。」

レイをアドバンスドタイプに仕立て上げた張本人とも言える男。しかし彼は以前に地球にいた。地球でレイに事実を明かした。その男が何故、今宇宙にいるのだろうか。

「実は、ディエルに乗っていた所を彷徨ってしまいまして。救出は大変感謝しております。それもジャンヌ嬢に救出して頂けるなど、とてもありがたき幸せ――」

「本当に?」

ダリオンの言葉を、ジャンヌの言葉が遮った。

「貴方は本当に彷徨っていたのですか?まず、地球にいる筈の貴方がここにいるという事自体が妙なのですが。確認したいのですが、貴方は今、デウス帝国に所属されていますか?」

ダリオンに対して質問をするジャンヌ。明らかに怪しいと感じた彼女は以前に起きたメイドの一件もあり、慎重になっていた。

「もし、そうだと言ったら?」

ダリオンは確認するように言った。

「もし貴方がデウス軍なのだとしたら、申し訳ありませんが貴方を受け入れる事は出来ません。」

彼女ははっきりと言った。その背景には、メイドの件も去る事ながら、論文で把握していたダリオンの人間性を把握している事も関係していたのである。

すると、ダリオンは急に笑い始める。その光景に、周囲の兵士達は困惑していた。

「ほぅ、受け入れる事が出来ない……まあ、確かに私はデウス軍に所属をしていますが……ジャンヌ嬢、貴方のようなお方にお会い出来てこのような言葉を吐くのは恐縮ではありますが、今、貴方にそのような事を言っている余裕は御有りなのでしょうかね。」

「それは……どう言う意味でしょうか。」

ジャンヌの目はいつになく険しい。それとは対照的に余裕の表情を浮かべるダリオン。まるで、彼女の心境を理解しているように。

「アレン・レインドの命が風前の灯の状況で、私を受け入れないと言う事は彼が生き返るチャンスをみすみす逃すと言う事ですよ。」

「!?」

ダリオンが放った言葉にジャンヌは耳を疑う。ジャンヌだけでない。周辺にいたFPBの兵士達も明らかに動揺していた。男は今アレンの身に起きている事を理解していた。恐らく、それはアドバンスドタイプの力によるものなのだろう。

「今、アレン・レインドは、意識は無いが心臓は動いている。それを感じる事が出来ます。アドバンスドタイプという、同胞とも呼べる人間の存在です。その同胞が置かれている状況などを知る事など私には容易い。」

「貴方には分かるのですか!?アレンの今の状態が……?」

実際に見てもいないのにアレンの置かれた状況を言い当てるダリオンの姿を見て、ジャンヌの目が一変した。先程までは見下すような目付きだったのが、今は違う。

「ええ、分かりますよ。何せ私はアドバンスドタイプの存在、心境を感知出来ますからね。」

以前にレイが自身の力で悩んでいる時も、ダリオンは彼の悩みを見抜き、そして真実を告げた。今、ダリオンがジャンヌに対して述べている事。それは紛れもない事実である。

「……貴方がアドバンスドタイプの心境などを見抜く力を持つと言う事は理解できました。ですが、疑問が残りますわ。」

彼女が気になったのは、ダリオンが言った、〝生き返るチャンス〟についてある。

「分かっていますよ。アレン・レインドが〝助かる〟とはどういうことなのかですね。」

「ええ。アレンの心臓は停止しており、生命維持装置で生かされている状況です。彼の心臓を移植すれば生き残る可能性はあると、手術を行った者は仰せられていましたが。」

すると、ダリオンは突如両腕を広げた。奇妙な行動に周囲にいた兵士達は首を傾げる者もいた。

「一度、その姿を見せて貰いたいですな!」

「え……?」

何を言い出すのか……ジャンヌはそう思った。

「ああ、私はこれでも〝表向き〟は医師でしてね。何、医学的知識ならばいくらでもあります。アレン・レインドを手術した医師ならば分からなくとも、私には分かることだってあるのですよ。」

ダリオンは彼を助け出せると言った。しかし、本当にそれを信用して良いのか。ダリオンはデウス軍の人間である事は先程自身が言っていた事より、明らかである。信じて良いのだろうかと、彼女は迷った。

「ジャンヌ様、この男の言葉は信用に欠けます。我々は拒むべきと判断します!」

そう言うのはFPBの兵士達。だがジャンヌは

「アルバトスへ彼を案内します。」

と、ダリオンを信じる事にしたのである。兵士達はジャンヌを止めようとしたが、彼女は止めない。

「もし、貴方が不穏な動きを見せれば……その時は覚悟をして頂きます。そのつもりで。」

「了解です。」

ダリオンは臆する様子も見せず、ジャンヌに対して首を縦に振る。そして、彼女はアレンがいるアルバトスへと案内するのであった。その間、護衛の兵士が数人彼女に同行する。何か行動を起こすかも知れないこの男を放置するわけには行かない為であった。

 

 

 少し時間が経ち、両者はアルバトスへ辿り着く。そして、ジャンヌはアレンがいる医務室に彼を案内した。この時、ダリオンはネルソンと鉢合わせをする。そして、ネルソンはジャンヌを止めた。

「ジャンヌ嬢、その男は何者か。アレンに会わせる気か?」

「ええ……この方が仰るには、今のアレンを見ればその治療法が分かるかも知れない……と言われました。それが本当かは定かではありませんが。」

ネルソンは彼女の言葉を聞き、表情を一変させる。

「何を言っている!?今の我々ではアレンを救う手段など――」

「見てみなければ分からんでしょう。そうやって簡単に諦めてしまう事が、アレン・レインドを救う可能性を狭めていると何故分からない?」

ネルソンの言葉をダリオンが遮る。その表情には、余裕が見られた。

「大体貴様は何者だ!?」

「私はダリオン・イブルーク。今は君と話をしている場合ではないので失礼します。ジャンヌ嬢、宜しくお願いします。」

「……ええ……」

そう言ってジャンヌは静かにダリオンを案内する。ネルソンは止めようとするが、それをFPBの兵士に止められた。

「待て!私は医者だぞ!貴方に何が分かる!?」

「私も医師免許は持っているよ。そして、君よりアレン・レインドの事が理解の出来る立場の人間でもある。」

と、ダリオンが言った。

「何だと……」

ダリオンの一言で、ネルソンは静かになった。彼からすれば、ダリオンが言っていた言葉は何を言いたいのかが、全く理解が出来なかった。

 

                ウィィィィィン

 

 そして、ダリオンはアレンが眠っている部屋に着く。アレンは人工呼吸器で酸素を供給されている状態で、心臓部には生命維持装置が接続されている。ダリオンはそれを一目見た瞬間、ニヤリと笑った。

「ああ、これならば治せますね。」

ジャンヌの表情が一変した。〝治せる〟と、この男はそう言った。無論、何の根拠も無しにそのような台詞を言うとは考えにくい。

「それは、本当なのですか!?嘘ではありませんね!?」

「私は嘘を言いませんよ。ただ、治すには条件がありますが。」

「条件……?」

この男が言う、〝条件〟とは何を示すのか。

「その前に……先程の男が手術をしたのですか、ジャンヌ嬢。」

唐突な質問に、ジャンヌは少し躊躇う様子を見せるがすぐに返答した。

「ええ、彼が手術をしました。そしてあのように生命維持装置を処方したと言います。」

ダリオンはそれを聞き、数回、首を縦に振る。

「まあ……確かに妥当な手術ではありますね。何せ代わりの心臓など普通は存在しないのですから。しかしこのままでは確実に死んでしまう。」

「そうです……ですから私達はどうすればよいか、検討をしているのですわ……」

ジャンヌは自分の心臓を差し出そうとさえ考えていた。しかしそれをすれば反対する者多数を占め、結局アレンは動かないままで終わってしまう。この場所で、アレンに適合した心臓を探す事など、不可能と言えた。だが先程ダリオンは〝治せる〟と言った。それは何を示すのか。

「さて、話を戻しましょうか。先程、私は〝条件がある〟と言いました。」

「その条件とは……?」

ジャンヌは早くそれが知りたくて仕方がない。ダリオンはそれに応えるように、言った。

「火星に行き、そこに人工の心臓が置かれている施設があります。その心臓を持ち帰り、移植手術を行えばアレン・レインドが目を覚ます可能性があります。」

「火星……ですか……?」

火星……男はそう言った。火星と言う単語がこの男から出るとは、予想外だった。

「ええ、火星です。そこにとある施設があります。そこに行けば、アドバンスドタイプの心臓を保管している場所があり、そこで手に入れて移植をすれば……」

この言葉には疑問点が多過ぎる。まず、火星と言う単語が現実的でない。新生連邦や国連、そしてデウス残党が戦争をしている状況で火星まで行く余裕などあるとは言いにくい。次に、そこにアドバンスドタイプの心臓があるという話も妙だ。何故、ダリオンはその事を知っているのか……ジャンヌはそれを聞いた。

「貴方の言葉には疑問が多すぎますわ。そもそも……まるで貴方は火星の事を知っているかのような言い方をされますわね。これは一体……?」

「実際、知っているんですよ。私は火星の事をね。ああ、そうだ。クルーの皆さんを集めて下さい。貴方の独断で勝手に決めるとクルーの皆さんがお怒りになる可能性が高いですからね。皆さんで決め、よく討論されて考えた方が良いですよ。」

「……」

何故ダリオンは敵である筈のFPBに対して協力的なのか。何故火星の事を知っているのか?全てが謎に包まれているこの男。疑問は残るが、今は手段を選んでいられないと感じていたジャンヌはこの男を信じ、シュネルギアとアルバトスのクルー達を、アルバトスに一度集める事にしたのである。

 

 やがてジャンヌによる召集により、クルーが集められた。アルバトスのブリッジに集められたFPBのクルー達はダリオンの姿を、睨みつけるように見ていた。その中にはFPBの代表であるギアの姿もあった。

(あ……あの人……嘘……なんで……ここに……?)

クルーの中にいたレイはダリオンの姿を見て寒気を覚えた。自分をアドバンスドタイプに仕立て上げた張本人が、まさかこのような場所にいるなど想像もしなかったからだ。一方のダリオンはレイの目をちらと見た後、まるで見下すように目線を合わせた。この目線が、レイにとって不快でならなかった。

「お忙しい中御集り頂き光栄です。私はダリオン・イブルーク。先程は助けて頂いてありがとうございます。」

ダリオンは最初に頭を下げた。だが、その行動もどこか怪しげに見える。

「ジャンヌ嬢、先程話をした時から気にはなっていたのだが……その男は何者だ?」

ネルソンがジャンヌに言った。

「彼が言うには……私と同じ力を持つ、アドバンスドタイプだと仰るのですが……」

「そうです。私はアドバンスドタイプです。」

ダリオンは自信ありげに言った。

「アドバンスドタイプ……アレンと同じか。」

ネルソンは腕を組みながら言った。しかし、彼はこの男を疑っていた。本当にアドバンスドタイプなのか……と、彼は感じていた。

世間的には知られていない未知なる人種、アドバンスドタイプ。ジャンヌやアレンやエファン、そして今はレイがこれに該当する。シンギュラルタイプを遥かに凌駕する力を持つこの人種。今、ジャンヌらと同じ力を持つとされる男がクルー達の前にいたのである。

「先程ジャンヌ嬢にも話をさせて頂いたのですが、アレン・レインドの意識を回復する方法はあります。それは、火星に行く事です。」

ダリオンの一言で皆が騒然とした。何を言い出すかと思えば、火星と言う、普通ならば天体学者やその関係の番組ぐらいしか聞く事が無い言葉。ネルソンは耳を疑った。

「火星だと……?」

「はい、火星です。」

「何を言っているんだ……」

ネルソンは彼の言う事を心から受け付けなかった。そもそも、〝火星〟という言葉自体、突拍子なく出てきた言葉である。何を言っているんだ……ネルソンを始め、クルーのほとんどがこの疑問を抱いていた。

「火星と言うのも出鱈目で言っていません。きちんと根拠があって言っているのです。」

そう言ってダリオンは小型のチップをコンピュータに入れ、そこから画像を展開した。

そこに映っていたのは、火星の光景だった。地球で言う、砂漠のような砂が無限に広がる光景が広がっているウインドウが映っている。

「更に……見てもらいたいものが。」

ダリオンは写真を切り替える。彼が映した写真には、薄暗い施設の中に、心臓や胃といった内臓類が、カプセル内に入っている水の中に浸されている光景だった。

「何だと!?火星にこんな施設があるというのか!?」

ネルソンが驚愕すると、ダリオンはそれを黙らせるかのように話を進めた。

「この映像自体はP.C歴に変わる前の、古い映像になりますが、今もあると推測されますよ。そしてこの写真は人工心臓です。火星にはこのような装置があります。そして、この心臓こそが、アレン・レインドの移植に必要不可欠な存在なのです。」

そう言った後、ダリオンは更にしたり顔を見せる。だが、ネルソンは疑う姿勢を崩さない。彼等はこの写真が、合成写真ではないかと疑い始めた。 

「人工心臓……?」

「この心臓はアドバンスドタイプの心臓です。簡単な話、これをアレン・レインドに移植できれば彼は恐らく、蘇る事が出来るでしょう。」

ダリオンから次々と出る言葉は彼等を混乱させる。まず、火星という言葉。それが奇妙で仕方がない。次に、謎の施設に心臓。ダリオン・イブルークという男が一体何を言いたいのかが、理解出来なかった。疑問を抱いたエリィはダリオンに尋ねる。

「すいません……正直、混乱しているんですけど、少し聞いても良いですか?」

「……どうぞ。」

ダリオンは静かに言った。

「いくつか疑問があります。まず、貴方は何者ですか。火星とアドバンスドタイプは何の関係があるのですか。そして、その写真も気になります。本物ですか?」

火星。それはこの時代の人類でも未知なる場所として認知されている星。と言うのも、地球はデウス帝国と長きに渡って戦争を繰り広げてきた。その間、地球の人類は火星に無人探査船を向かわせたりするなどをして探査を行ってきた。

その間に地球人類は火星の大地に足を踏む事には成功しているが、開拓は一切進んでいない。これらの理由としてはデウス軍に対する戦力増強を地球側が優先していたからであると考えられ、火星への探索はあまり行われていない事が考えられる。だがこれも憶測とされており、実態は謎が多い。

「一つ一つお答えします。私はダリオン・イブルーク。ああ、貴方達にはまだお伝えしていませんでしたね。先程ジャンヌ嬢にはお伝えしましたが、私はデウス帝国の所属の者でして、医師免許及び医学博士として活動させて貰っている手前、〝産婦人科医〟として稼業させて頂いております。」

ダリオンはデウス軍の所属だったという事を聞き、騒然とするクルー。その中にいたレイはこの時、ダリオンがデウス軍の所属だと言う事を初めて知った。

(この人……あの時はそんな事何も喋っていなかったのに……それに火星って……どう言う事……?この人は何を言っているの?)

以前にレイに対して真実を告げた時に語らなかった事を、今語るダリオン。レイはこの男が一体何がしたいのかが、全く理解出来なかった。

そしてクルーを余所に、ダリオンはエリィの質問に対しての答えを言い続けた。

「次にアドバンスドタイプの話でしたね。それが火星と何の関係があるかと言う事ですね?」

アドバンスドタイプに関しては謎が多い。ダリオンが以前にレイに言った事以外にも、数多くの謎が残されている。今、ダリオンからはその謎の内の一つが明らかにされようとしていたのだ。

「火星とアドバンスドタイプには、密接な関係があるんですよ。私は実際に火星に行き、この目で見た。先程の写真が何よりの証拠です。写真の件ですが、あれは紛れもない本物ですよ。エリィ・レイスさん。」

エリィは自分の名前を名乗った訳でもないのに自分の名前を言い当てたダリオンに対して驚愕した表情を見せた。

「え……どうして貴方は私の名前を……?」

「私はアドバンスドタイプ。ジャンヌ嬢と同じ力を持つ者です。多少ですが、貴方の様なシンギュラルタイプ等の、力を持つ人間の事が分かります。最も、貴方は私がここに来た時から妙な感覚を感じられていたと思いますがね。」

ダリオンが姿を見せてからアドバンスドタイプと名乗って以来、シンギュラルタイプであるエリィやガーストはこの男が姿を見せた時から違和感を覚えている様子だった。力を持つ人間にしか分からない妙な感覚。それを、この場にいる力を持つ人間達は感じ取っていた。

「確かに、貴方を見た時から違和感はありました……」

エリィが言った。

「そうなのか、エリィ?」

「うん……この人からはずっと感じてた。力を持つ人間だって……」

エリィの言葉を聞き、ネルソンはダリオンがアドバンスドタイプである事を信じた。彼自身はオールドタイプであるが故に、エリィの言葉を信じるしか出来ない。

「さて、話を戻しましょう。先程も言いましたが火星とアドバンスドタイプには密接な関係があります。私は研究をしていく中で、その事実を知る事が出来ました。」

「その事実とは、何でしょうか。」

ジャンヌが疑問を投げ掛ける。ダリオンが言うように、火星とアドバンスドタイプは何の関係があるのだろうか。

「アドバンスドタイプの正体……それは、火星で作られた人種であると言う事です。」

この言葉に再びクルーは騒然とした。中でも、レイが一番驚いている様子だった。

(火星で作られたって……アドバンスドタイプが!?何の事を言っているの!?)

アドバンスドタイプとは未知なる存在……そう言われ続けてきた。遥か過去から存在する人種であるアドバンスドタイプだが、未だに謎に包まれている。だが、ダリオンはその正体を知っていた。彼が言うには、アドバンスドタイプは火星で作られた存在であると言うのだ。

「一体、どう言う事だ!?」

「ああ、残念ですがこれ以上はお教えできません。知りたければ私の言葉を信じる事です。」

ネルソンの言葉をダリオンが掻き消す。ダリオンは、まるでこれ以上秘密がばれる訳には行かないと言った様子だった。皆が続きを聞きたがるその中で、ミシェが口を開き、渋い声で言った。

「おい、待てよ。それってつまり火星に行くって事なのか?」

「そうですよ。それ以外にありますか?」

誰もが〝嘘〟と思っていた。何せ、〝火星〟という単語自体、彼等は日常で口にする事が無いからである。余りに、唐突過ぎるのだ。

「貴方方には迷う時間がありますか?アレン・レインドを助ける方法が無い現在、助ける手段を知っている私にしか可能性は残っていないと思うのですが。」

ダリオンの言う事は正しい。だが、それは彼が本当の事を言っていればの話だが。

「このまま何もしなければアレンは死を迎えるのを待つだけです……今は僅かな可能性に掛けるべきだと思うのですが……」

「……ネルソン、ジャンヌさんが言うように、私は……少ない可能性に掛けるべきだと思ってるの。何もしないとアレン君はこのまま……」

ジャンヌとエリィはダリオンを信じる様子だった。無理もない。このまま時間だけが過ぎればアレンは死を迎える。それを避けたい一心だったからだ。だがネルソンは反対を続ける。

「貴方が言っている事が本当なのかが分からない……大体、火星に行くには距離がありすぎる。アレンはあと十日で死を迎えるんだぞ?」

慌てた様子のネルソンの言うように、地球圏から火星はあまりに距離があり過ぎる。実際、火星に関する研究は公にはあまり行われていない。従って、どれ程の速さで火星まで行く事が出来るのかが見当がつかない。彼等は、火星までの距離は非常に遠いものであると認識していたのだ。

「火星は遠い……確かに、遠いです。しかしそれは貴方方の思い込みだとしたら?」

「思い込み……?それって、どう言う意味ですか?」

エリィが首を傾げながら言う。それと同時に、ダリオンは一度咳をして言った。

「私が提供する小型高速艦に乗れば、火星まで行く事は四日あれば可能です。」

ダリオンが言うには、彼が用意した戦艦に乗れば火星に行く事が四日で行く事が出来ると言う。しかし、それを信じる人間等、この時点で居る筈が無かった。

「火星までたった四日たぁ随分都合がいいじゃねえか。んで、そこにあるとされる人工心臓を取って返って来て、奴の心臓に移植すればミッションは完了って訳かよ。話が旨過ぎるんだよ、お前。」

ミシェは腕を組み、ダリオンを睨んだ。

「お言葉ですがね、既に人類は火星へ短時間で行く手段を見つけているのですよ。」

堂々と語るダリオンだが、ミシェは疑う姿勢を崩さない。

「嘘を吐くんじゃねえ。そうやって簡単に俺達を騙せると思ってんのか?」

ミシェはダリオンに対し怒りを露にしていた。というのも、以前にデウス軍に国連軍との協力を妨害され、結果的に対立を深めてしまう状況を作り出されてしまったからである。突然〝火星〟という言葉を発した辺りから胡散臭さが漂っており、その上デウス帝国の人間と言う事が、彼等の疑惑を助長させた。

「どのように捉えるかは貴方方次第。正直な事を言いますが、ジャンヌ嬢やエリィ・レイスさんの言う通り、今は信じるべきだとは思いますがね。どうなされますか、貴方方は?」

選択肢を与えるダリオン。そして、ダリオンを信じようとするジャンヌにエリィ。ネルソンは迷った。もし、これが嘘ならばFPBに何が起きるかが分からない。新生連邦やデウス残党、そして国連軍との決着を前に戦力を削がれる事は絶対に避けたい……そう思ったネルソンは、静かに口を開いた。

「貴方がもし、この事に関して嘘を言い、我々を陥れようとするのならばそれは大変な事だ。アレンは貴重な戦力であり、仲間だ。助けたい。だがもし貴方が嘘を言ったのなら、被害はアレンだけに留まらない。我々に及ぶ。」

ネルソンの言うように、もしダリオンが嘘を言ったのならば間違いなく被害が及ぶのはアレン以外のFPBのメンバーである。

「どう思われますか、ジェッパー氏。最終的に決断をされるのは貴方です。私達は、あくまでも討論をしているに過ぎません。」

ジャンヌがギアに対して言った。ダリオン・イブルークという男を信じるべきか、信じるべきでないか……ギアはこれらの会話を聞いていた中で、迷っていた。本当にこの男を信じるべきか、否か。

 ただ一つ言える事は、彼等が討論を続けている間もアレンの命は刻一刻と失われつつあると言う事だ。早急に答えを出さなければならないこの状況で、ギアは重い口を開けた。

「ダリオン・イブルーク、貴方を信じざるを得ないだろう。アレン・レインドを助け出す唯一の手段を知っている貴方を。」

FPBの代表の台詞はダリオンを喜ばせる。彼の言葉により、反対する意見も相殺された。

「おぉ!ようやく重い腰を上げて下さいましたか!!素晴らしい!」

「ジェッパー代表!罠の可能性を考慮されるべきでは……」

「ネルソン・アルビュース。今は手段を選んでいる場合ではないと思うのだが?」

ネルソンは代表であるギアに対しても意見をした。だが、ギアはネルソンの意見を退けた。

「決定……ということで宜しいでしょうか?」

「そうだ。」

この瞬間、彼等はダリオンを信じる事を決定する事となった。無論、この男が本当の事を言っているかは定かではない。だが可能性がある以上、このままチャンスを逃す訳には行かないという考えを、ギアは推し進めたのだ。

「了解しました。尚、小型高速艦はもうこの周辺に来ています。モニターで確認して頂きたい。」

ダリオンの言うように、エリィはアルバトスのモニターを見た。そこには、彼の言う通り、戦艦一隻が存在していた。

「……代表が意見を出されたのならば仕方が無い……」

しぶしぶ、ネルソンはギアの意見に従う事にした。デウス帝国の男を信用するのはどうしても納得が出来なかったが、決定してしまった以上、今はこの男を信じるしかない。

「では、我々をその艦に誘導してもらおう。本当にその艦でしか急いで火星に行く事が出来ないのならね。」

ダリオンの意向により、クルーは火星へ行く事になった。新生連邦軍と国連とデウス帝国残党軍との戦いが残っている状況で火星に行くというのは奇妙に感じられたが、アレンを助ける為には手段を選んでいられない。

 しかしダリオンはニヤリと笑った後、急に声を上げて言った。

「誰が高速艦に乗ってもらう人間はここのクルー全員と仰いましたかな?」

その言葉に、誰もが耳を疑った。急なダリオンの発言はクルー達を驚愕させ、困惑させた。

「何だと!?」

ネルソンが咄嗟に反応する。

「小型高速艦に乗ってもらうのは私が指名した人間のみとなっています。残念ですが、名前を呼ばれなかった人間には乗ってもらう訳には行かないのですよ。」

ダリオンは特定の人物にのみ艦に乗ってもらうと言い出した。当然、それに対して了承する人間などいる筈がなかった。

「お前……この期に及んで何を抜かしてやがる!?ふざけんじゃねえぞデウス野郎!」

怒りを爆発させたミシェがダリオンの胸倉を掴んだ。が、その行動をギアが止める。

「ジンバルドさん、止さないか!差別用語はしてはいけない!」

「……チッ!」

“デウス野郎”それは地球側のデウスに対する侮辱語である。デウス動乱時に特に用いられるようになった言葉であり、地球からデウスを憎む人間がこのような言葉を使う事が多いとされている。ミシェは時に過激な発言をする事がある。それは、彼自身もデウス動乱時にデウス軍によって被害に遭った経験を持つ為だ。

ギアの言葉でミシェはダリオンのパイロットスーツを離した。胸倉を掴まれている際も、ダリオンの表情に焦りは見られず、余裕そうな表情を浮かべていた。

「私は確かに小型高速艦に乗れば四日で火星に行く事が可能とは仰いました。ですがね、誰も全員を乗せるなど一言も言っていませんよ。勝手な解釈をされたのは貴方だ!己の行動を恥じるべきですよ!それともあれですか、アレン・レインドを助けなくてよいのですか?私には出来るのですよ?止める事が!」

ダリオンはミシェを馬鹿にした発言を続けた。これに対し、ミシェは何も言えない。今、ダリオンはアレンを助ける事が出来る唯一の存在。ここで刃向う訳には行かなかったのだ。

 いつしか高圧的な態度を取るようになったダリオン。だがこれに関して、誰もダリオンに文句を言う事が出来なかったのである。

「さて、今から言う人間のみ、高速艦に乗って頂きましょうか。まずはジャンヌ・アステル嬢。そして、レイ・キレス君!」

「!?」

ジャンヌとレイがダリオンに呼ばれた。クルー達は騒然とする。何故、レイが呼ばれたのか。

「何を言っている?何故その二人なんだ!?」

「理由は簡単。両者がアドバンスドタイプだからです。アレン・レインドはこの艦の生命維持装置から離す事が出来ない。つまり、今動く事が出来るアドバンスドタイプはジャンヌ嬢とレイ君のみ。」

「貴様、何が目的だ!?大体何故レイがアドバンスドタイプである事を!?」

「私の中に、彼から感じる力が嫌という程伝わってくるからですよ。」

クルー達は知る由もない。ダリオンが、レイをアドバンスドタイプに仕立て上げた張本人であると言う事を。少し前のレイならばこの光景を見て絶望に追い遣られていただろう。だが、今のレイはダリオンをしっかりと見る事が出来ていた。それはつまり、彼自身アドバンスドタイプという力を受け入れ始めている事を意味している。

「正直……僕は貴方がここにいるという事に驚いています、ダリオンさん。」

彼の目はいつになく険しい。それは自分と言う存在を力を持つ者……それも、既存のオールドタイプと呼ばれる人種を遥かに凌駕する存在、アドバンスドタイプに仕立てた元凶とも言える人間が眼前にいる為であった。

「以前と随分違うね。前は私が話す度に耳を塞いでいた小動物の様な君が、今はしっかりと私と向き合おうとしている。素晴らしいよ、成長したね。流石は私が作り出したアドバンスドタイプだ!」

ダリオンの言葉がブリッジ中に響いた。〝作り出したアドバンスドタイプ〟という言葉は、クルー達に衝撃を与える。

「何ですって……?」

「どう言う事……」

「何だと!?どう言う事だ、レイ!?」

ジャンヌ、エリィ、ネルソンがそれぞれ言った。レイがダリオンによって作り出されたアドバンスドタイプ……正確には、レイが赤子の時にダリオンの実験によってアドバンスドタイプとなってしまったのだが、実質それは作り出されたという事と同意義であった。

「この件に関しては話せば非常に長くなります。それよりも今はゆっくりとしている時間は無いのでは?早く、高速艦に二人を案内しなければ。」

作られたアドバンスドタイプと言う事は、クルーにとって当然気になる事だ。だが今はアレンの救出が最優先事項である。アレンは高速艦に身柄を移したくても、アルバトスの医務室から運び出す事は出来ない。つまり、高速艦に頼るしかなかったのだ。その高速艦に乗り込む事が出来るのも、アドバンスドタイプであるジャンヌとレイのみなのである。

「ダリオンさん。僕は貴方に言いたい事があります。」

レイは拳を作り、唾を飲み込み、口を開ける。ダリオンはその様子を、まるで楽しんでいるかのように見ていた。

「貴方はどう考えても、FPBの人達を騙しているようにしか見えないんです。僕は貴方を信じられない……いや、信じたくありません!」

精一杯、レイは言った。前に彼に対して真実を明かし、苦悩させた仕返しと言わんばかりに。

 だが、ダリオンはレイの言葉を聞いた後、最初に微笑し、次に大声で笑い始めた。

「ハハハハハハハ!どういう経緯で自信を付けたかは知らないが、まるで以前の仕返しのように言ってくれるじゃないか。ひ弱な君ではないと言う事が分かった。それは良いだろう。信じる、信じないは自由だ。だがはっきりと言わせて貰おう。

私は君に事実を言ったが、決して嘘を言った覚えはないのだよ!!!」

声を張り、ダリオンは言った。レイはこれに対して何も反論出来ず、黙ってしまう。だが、彼は心の中でダリオンを否定し続けた。しかし今は自分が行かなければアレンを救う事が出来ない。例え、それが罠であったとしても。彼は悔しい思いを抱きながら、ダリオンの言うように小型高速艦へジャンヌと共に乗り込む事になったのである。

 

 

 

 やがて小型高速艦はアルバトスに近付き、ジャンヌとレイの二名はそれに乗り込む事になった。残りのクルーは彼等を見送る形でアルバトスに在籍する事になった。

 たった二人で火星に行き、人工心臓を取りに行く事になった現状。残された者達は何をすれば良いか、分からないでいた。

「何故あの男がアドバンスドタイプであるあの二人を選んだのかが気になる所だが……」

「私達には二人の帰りを待つしか出来ないのかな……」

ネルソンとエリィは不安げに、去りゆく高速艦の後姿を見ていた。艦はやがて、すぐに姿を見せなくなった。ダリオンが言った名前の通り、高速艦は高速で移動する事が出来る艦である事がこの時、皆に分かった。

「エリィ・レイス君、頼みがある。」

そう言うのはギアだった。突然の、FPBの代表からの頼みにエリィは

「はい?」

と、少しばかり驚きながら言った。

「私は一度シュネルギアに戻り、FPBの残りの艦隊を率いる。君はアルバトスを操り、あの艦を追い掛けて欲しい。」

「え!?」

エリィには、ギアの言っている言葉が理解出来なかった。追い掛けるという事――それはつまり、火星まで行けと言う事だ。ダリオンが乗っている高速艦ならば火星に行けるかもしれない。だがアルバトスで火星に行くなど、無理だ――と、彼女はそう思っていたのだ。

「それって、火星に行くって事ですか!?」

「そう。ただし、戦力は少し減らす形になるけどね。君が率いていたMS乗りのクルー達の機体のみを残して、残りの戦力をシュネルギアに移す。」

「でも!火星ですよ!?何日も掛かってしまいます!第一、エンジンが持つかどうか……」

火星に行くには距離がありすぎる。当然その間にエンジンが切れる可能性も高い。しかしギアはそれを否定した。

「アバドンコロニーで、“ある”物資を手に入れた。それは補助のブースターとも呼べる装置でね、それを装着して行けば、理論上はアルバトスを最大出力で可動させ続ければあの艦とは、一日の差で火星に行く事が出来るという計算データが出たという報告があった。」

「え……そうなのですか!?」

 先の戦闘の前に、アバドンコロニー内で手に入れた物資がここで役に立つ瞬間だったそれをアルバトスに装着し、火星に向けて行けば五日で行く事が出来るとギアは言った。それに対して彼女はただ、驚くばかりである。

この艦の艦長になってまだ経験は浅い。それ故に、彼女に艦を提供したギアの方が艦に詳しいのである。

「アルバトスは貴重な戦力の一つ。だから最低限の戦力は残しつつ、火星に向かって貰いたい。出来るかな、エリィ・レイス君。」

ギアの提案に対し、エリィは笑顔で

「ええ、分かりました!」

と言った。

「しかし……いくら外部パーツを使うとはいえ、どうしてアルバトスにそんな航行能力が?」

ふと、エリィは疑問を抱く。そもそも既存の艦に火星に数日で行く事が可能な程航行能力があるとは考えにくいと、考えていたのだ。

「ジンクの所にある資料を拝見させてもらった事があってね。元々火星に短時間で行く研究はわれていたそうだ。あの外部パーツは、その名残だろう。そしてアルバトスは戦力の増強と共に、航行能力にも特化している艦でもある。今回、偶然にもそれらが一致したという訳さ。故に火星に行くならば、この艦が相応しい。」

「知らなかったです……そんな事が……」

明らかになる事実。まさか、そのような事があるなど、エリィには知る由もなかったのだ。

航行能力に特化しているとはいえ、火星に数日……それも五日で行く事が出来る程にスピードが出る艦だとは知らなかったエリィは、ギアの言葉に関心を抱くばかりだった。

アルバトスを凄いと感心するエリィだが、一方のネルソンは納得できない様子だった。

「お言葉ですが……アルバトスが外部パーツと合わせてそれ程の航行能力を持っているのならば、何故先程ダリオンという男が艦を用意する前にアルバトスの航行能力について述べられなかったのか……それが気になります。あの男の話を聞き、短期間で火星に行くことが出来ると知ったならばこの艦だけでも火星に行く事は出来たでしょう?」

航行能力を知っているのならば、わざわざダリオンの用意した艦に二人を乗せる必要などない。

しかし、ギアは今この事実を告げた。これでは、ジャンヌとレイを無駄に危険な目に遭わせてしまっている可能性があったのだ。あの艦で何が行われているかは定かではない。信用の出来ない男の艦で、今両者は何をされているのか。ネルソンはそれが不安だったのだ。

 それに、この艦が航行すればすぐに人工心臓を持ち帰り、艦内でアレンの移植手術が出来る。タイムリミットとされる十日まで間に合う形となる。ダリオンからの情報のみを聞き、最初からこの艦で航行すれば良かったのでは――と、ネルソンは思っていた。

「仮にそうだとして、ダリオン・イブルーク抜きに肝心の人工心臓や、その施設の位置が分かったかな?火星までは確かに理論上五日で行ける。しかし、そこから先人工心臓のある場所が分からなければそこでタイムロスが生じ、結果的にアレン・レインドを救出する事が出来なくなる。」

「ではあの男をこの艦に乗せれば……!武力を使ってでも……!」

「それをあの男は間違いなく拒むだろう。何せレイ・キレス君とジャンヌ・アステル嬢のみを自身の高速艦に乗せるように誘導した男だ。我々に火星に関する知識がない以上、どのような形であれあの男の要求を飲まざるを得ない。」

ギアの言葉に押されるかのように、ネルソンは言葉を失っていった。

「それに彼はデウスの人間と言った。以前に苦汁を飲まされているだろう?何をしてくるか分からない。仮にアルバトスにあの男を乗せたとしてもし嘘を言われたら?その時点で十日を無駄にしてしまう可能性も高いし、最悪クルー達を巻き込む事態になりかねない可能性もある。何せ、相手は敵対しているデウス帝国の人間だからね。アルバトスと共に火星にあるとされる人工心臓の場所を良心で教えに来るとはとても考えにくい。更に、敵対しているパイロットを助けるという形にもなり、向こう側にもメリットが無い。まあ、本当の可能性もあるだろうが限りなくゼロに近いと考えていいだろう。」

それを聞き、ネルソンは悔しそうに、握り拳を作った。

「ク……どの道……あの男がいなければアレンを救う事は出来ない……か……」

「二人の安否は気になるが、あの男が用意したという高速艦の後を追い、火星に必ず行くかを見た方が確実だろう。やや面倒なやり方ではあるが、私は、これが今の我々に出来る最善策ではないかと考える。」

火星の事情を知っているのはあの場ではダリオンしかいない。いくらアルバトスに航行機能があるとはいえ、結果的に知識がなければアレンを助け出す事は出来ないのだ。無論、我武者羅に探して人工心臓を見つける事が出来れば良い。だが何も知らない火星という大地を踏んだ所で、それが特定出来るなど考えられない。

「今我々に出来るのは、あの艦を追い掛け、二人の無事を祈り、そして人工心臓を持ち帰って手術をする事だ。その為にアルバトスは必須となる。エリィ・レイス君。君に任せた。アルバトスが敵に察知されないように、くれぐれも気を付けて。追跡している事が発覚すればあの二人が何をされるか分からないから。」

ギアはエリィに敬礼をした。それに対し、エリィは

「はい!」

と、敬礼を返した。

「では早速準備に掛かろう。ゆっくりとしている時間は無い。」

そう言った後、ギアは隣接するシュネルギアに戻って行った。

 

 この後、アルバトス内に搭載されていたヴァントガンダムは全てシュネルギアに移される事となる。現在、アルバトス内に残っている機体はハルッグHMC、ガースト専用ハイエッジカスタム、アインスガンダムコズミックカスタム、ツヴァイガンダムRBFカスタムのみとなった。

現在、アルバトスに残っているのは元セイントバードチームのメンバーばかりとなったのである。ブリッジにはインクとスラッグにFPBの兵士達。MSデッキにはミシェをはじめとした元セイントバードチームのメカマン。居住区にはエレン・ニーマードとプレーン・ミーンがいる。医務室には生死を彷徨うアレン・レインド。後はパイロットであるネルソン・アルビュース、スバキ・シンドウ、ガースト・ピュアス。そして、艦長はエリィ・レイス。この構成で、今から彼等は未知なる大地、火星へと旅立つ。全てはアレンの命を救う為であり、ジャンヌとレイの二人に危害が及ばないかを確認する為であった。

 やがてアルバトスはエンジンをフル稼働させ、火星方面に向かって行く。ギアはシュネルギアに移り、機体も四機を残してシュネルギアに格納された。モニター越しにギアをはじめとするFPBのクルーは、静かに敬礼をした。これに対し、エリィ達も敬礼を返し、去って行った。

 

 

 

 高速艦の中に案内されたレイとジャンヌ。ダリオンに案内され、両者は艦内の居住ブロックの廊下を移動している。彼等は艦に入る前に、荷物のチェックをされた。危険物が入っていないかの確認である。

 やがてダリオンはある一つの部屋に二人を案内した。その部屋は奥行きが広く、そして部屋の奥が暗かった。

「こちらにお二人には入って頂きます。」

部屋の手前側はソファーやテーブル、そしてベッド等が揃えられている。奥はどうなっているのかは分からないが、手前の環境だけでも十分に暮らしていける程に、豪華な仕様となっていた。まるで、この部屋がホテルの一室であるかのように。

「ああ、この部屋のGは地球上の物と変わらないように設定してありますので、パイロットスーツはここでお脱ぎになって下さい。ロッカーはこちら。」

この部屋には男性用のロッカーと、女性用のロッカーがあった。ダリオンはレイとジャンヌをそれぞれの部屋に誘導し、パイロットスーツを格納させ、用意していた服に着せた。

 やがてロッカーから部屋に戻って来た両者。レイは地球にいた時と同じような服装を、ジャンヌは煌びやかな黒いワンピースを着用していた。

(何だろう、この部屋……入った時から変な感じが……)

レイは思った。ダリオンの物とは違う、奇妙な感覚。それは何なのかは定かではない。ただ、その感覚は彼自身感じた事があった。

「貴方も感じますか、レイ。」

「え……それって……?」

「奇妙な感覚です。私は感じます。どこか覚えのある、恐ろしい感覚……」

レイが感じ取っていた感覚は、ジャンヌも感じ取っている様子だった。どうやら、彼の気のせいではなかったようである。

「良い湯加減だった。」

その時、奥から男の声が聞こえてきた。彼等は一斉に奥を見る。やがて姿が見えた時、両者は驚愕した。

「え!?」

「まさか……そんな!」

二人は驚いたが、ダリオンは驚かない。寧ろ、笑みを浮かべた。

「おや、これは……ジャンヌ様ではありませんか。」

レイとジャンヌの前に姿を現したのは、上半身裸の姿でバスタオルで髪を拭っているエファン・ドゥーリアの姿だった。

「エファン・ドゥーリア……!」

先程から感じていた違和感……それは、エファンによるものだったのだ。レイはこの男の姿を見た瞬間、冷や汗を掻く。エファンから放たれる強烈なプレッシャーが、彼を襲ったのだ。

 その時、エファンはギロリとレイを見た。すると、エファンは微笑する。

「そして……レイ・キレスか。随分久しぶりではないか。」

「……!」

エファンから放たれるプレッシャーに対し、レイは口を開ける事が出来ない。それはこの男に対する恐怖なのかは彼自身分からない。ただ、レイは圧倒されていた。エファン・ドゥーリアという男に。

「ダリオン・イブルーク。これはどう言う事ですか!?」

ジャンヌがダリオンに聞く。まさか、エファンがこの艦にいるなど思いもしなかったからだ。

 二人にとっての敵、エファン・ドゥーリア。レイに悪夢を見せ続け、ジャンヌは母親をこの男に殺された。更に、エファンはアレンの恋人であるココットも殺害している。忌むべき敵が、今、彼等の眼前にいた。

「私はこの艦にアドバンスドタイプの力を持つ人間に乗って頂いているのですよ。それは彼……エファン・ドゥーリアも例外ではありません。彼もアドバンスドタイプの力を持つ存在。だから私が交渉して、この艦に乗って頂く事にしました。」

「でも!エファンと人工心臓は何の関係もありませんわ!貴方はアレンを助ける為に協力して下さっているのでは――」

ジャンヌの言葉をダリオンが遮る。その時の表情は先程までの表情と大きく異なり、まるで見下すようにジャンヌを見ていた。

「言いましたよ、ええ言いました。私は嘘を言っていません。でも、そこにエファン・ドゥーリア氏がいるとは言っていませんね。これは言う必要が無いと思ってあえて言っていないのです。何故かは……まあ、ご想像にお任せしますよ、ジャンヌ嬢。」

ダリオンはエファンと彼等が敵対している事を知っていて、あえて何も言わなかったのだ。つまり、この艦はダリオンによって、アドバンスドタイプの力を持つ者ばかりが集められたという事になる。

「そんな……だってこの人は――」

レイがダリオンに言おうとした時、エファンが言う。

「力を持つ人間を殺そうとする人なんですよー」

「え……!?」

レイの思っていた言葉を、エファンは先に言った。

「そうでしたわね。貴方は心が読めるのでしたわね。」

ジャンヌの言葉に、エファンは

「そうだ。私の生まれつきの能力だ。」

と言った。

「素晴らしい……!エファン・ドゥーリア氏!貴方は心を読めるのですか!アドバンスドタイプという人種は謎がまだ多い中で、貴方の様なアドバンスドタイプがいるなんて!素晴らしい!感動的だ!」

エファンの力を目の当たりにし、異様に興奮するダリオン。それを見てレイはダリオンに言った。

「この人をここに呼ぶなんて!この人は僕達みたいな力を持っている人を殺そうとしているんですよ!?」

普通、レイは人を咎めるような事は言わない。だが今回、レイはそれを言った。それは彼に対し、何度も悪夢を見せ続け、死の恐怖を見せ続けた事に対する精一杯の反抗だったのかも知れない。

「ああ……それには及ばない。何故ならば君達もこの艦に入る時に行った、危険物の確認を彼にも行っているからね。彼は軍人であるが故か、武器をたくさん持っていてびっくりしたよ。」

武器は既にダリオンが預かっていた。つまり、この艦にいる以上、エファンが何らかの形で反抗しない限りは殺される危険性は少ない事だと、レイは感じた。

 その時、エファンは上の服を着ずに、ソファーにスッと座った。

「力を持つ者……それもアドバンスドタイプが集まるのも、珍しい光景だな。一人は純粋なアドバンスドタイプとは言えないようだが、まあいい。」

それはレイの事を示していた。レイは内心傷をついたが、それを表情に表すまいと、懸命に堪える。

「ダリオン、貴方にお聞きしたい事が多数あります。」

ジャンヌはダリオンの方を見て、険しい表情で言った。

「まず……貴方は私達以外の、何故アドバンスドタイプの力を持つ者をこの部屋に集めたのですか。それと、先程仰っていたレイの事も気になります。貴方は一体……?」

ジャンヌはダリオンと面識はあったが、ダリオンという男がどういった存在なのかは把握出来ていない。

「申し訳ありませんが、今語る訳には行きませんね。それは火星に着いてからお話しさせて頂きましょう。」

「何故……?」

「全ては火星に行けば分かる事です。そして、アドバンスドタイプという存在の素晴らしさに気付いて頂く事になります。レイ君、君はアドバンスドタイプをもっと好きになるだろう。火星に行けばね!!」

アルバトスでも言っていた、火星とアドバンスドタイプの関係。それらをダリオンは全て知っている様子だ。だが、それを今語らない。火星に着いてから語ると言うのだ。

 ダリオンの目的が分からず、困惑するジャンヌ。彼女の心境に関わらず、ダリオンは突如言い出した。

「それと……貴方方にお願いがあります。今から火星に着くまでの間、貴方方にはこの部屋で共に過ごして頂きます!!」

「え……!?」

レイとジャンヌは共に驚いた。一方、エファンは何も喋らなかった。一体何を言っているのか……二人は耳を疑う。

「何を、言ってるんですか……?」

レイの言葉に対し、ダリオンは笑いながら返した。

「聞こえなかったのかな、レイ・キレス君。君達三人に、ここで過ごしてもらうと言ったんだよ。ただし、外出は許されない。脱走されては困るからね!!」

何故か、ダリオンは三人をこの場に閉じ込めようとしていたのだ。当然レイとジャンヌはそれに反発するが、エファンは全く動揺する様子を見せない。

「貴方の目的が分かりません!ダリオン、貴方は何の為に私達を……?」

「ジャンヌ嬢、いくら貴方とは言え、何度も同じ事を言わせないで頂きたい。貴方方三人には共に過ごして頂く!もし、万が一脱走をしようものならば相応のペナルティが待っている事をお忘れなく!」

急に彼等を閉じ込めると言い出したダリオン。ジャンヌの言葉も響かず、ダリオンは部屋の鍵を外から掛け、去って行ってしまった。

「そんな……急に閉じ込められるなんて……」

「……いえ、でも結局は火星に行く必要があるのならそれでも構いません。例えこの部屋に暫く過ごす事になったとしても。」

閉じ込められる事は不本意だった。しかし、結果的に火星に向かい、人工心臓を取りに行くという目的は果たそうとしている。ダリオンの目的が気がかりではあるが、今は彼の言うように、部屋で過ごすしかなかった。

 

 

 部屋に残された三人である、ジャンヌとレイとエファン。もし、彼等が何も知らない人間同士だったならばこの三人の内、誰かが何かしらの話をするだろう。そこで生まれた会話の中で、趣味や職業、社会的立場等を語る事があるかも知れない。

しかし彼等は違う。見知った者達だ。その中でもエファンは、ジャンヌとレイに対する敵として存在している。見知った者とはいえ、この三人が仲良く喋る事があるとは考えられなかった。

 続く沈黙。それは、エファン・ドゥーリアという男の存在が大きく影響していた。ジャンヌとレイのみだったならば、FPBの者同士という関係上、何かしらの会話はあるかもしれない。だが、この男一人の存在により、誰も口を開く事が出来なかったのだ。

「人間が三人もいて、誰一人も言葉を発しないのも妙なものだな。呉越同舟というやつか。」

この沈黙を破ったのはエファンだった。この言葉に対し、レイとジャンヌは黙り続けている。

「人間は言葉を発する事で初めて会話が成立し、そこから関係を深める。つまり言葉を発しなければ何も始まらないし、何も生み出さない。今まで人類が築いてきた文明も、何もかもな。言葉とは、改めて考えると不思議なものだな。」

急に、言葉について語り出すエファン。彼はレイ達と喋りたいのか分からないが、この言葉が彼等には奇妙に思えて仕方がない。

「私はお前達を殺す事をするつもりはない。それ以前に出来ないからな。いや……この手でお前達の首を絞める事はしようとすれば出来るが……」

冗談のつもりで言ったのだろうが、今までのエファンの行為を目の当たりにして来た彼等から見れば、その言葉が冗談に聞こえなかった。ジャンヌは、彼の目を睨むように見た。レイは何も喋らず、ただ無口を貫いている。

「人間は自身が苦手、又は嫌う存在を本能的に否定するものだ。自信が嫌に感じる相手を、自分の中で存在を消し、亡き者にする。人とはそういうものだ。心の中から私を否定しているお前達の、その黙り込むという行為は正しいと言える。」

エファンを拒絶する両者。だがエファンは人の心を読む事が出来る為、彼等の思っている事はエファンに筒抜けだった。

「何故、貴方はそのように達観した物の言い方が出来るのかが私には分かりません。」

ジャンヌが口を開けた。先程からのエファンの言葉に怒りを感じていたのだろうか、エファンを鋭く睨んでから言った。

「さあ、何故だろうかな。知りたいか?」

挑発するように言葉を発するエファン。ジャンヌはこの男の言葉に対し、喋る。

「貴方が行った愚業は決して許されるものではありません。この戦争に直接関係のない人間を殺した貴方は……絶対に……!」

それは、彼女の母親やココットの事を指していた。〝力を持つ〟人間だから、戦争に関係ない彼女達が殺された。ジャンヌにとって、この男は敵以外の何者でもない。自分の側近を偽り、多くの犠牲者を出してきたこの男を、彼女は許さなかった。

「人前ではしとやか、麗しいとされている令嬢が感情を剝き出しにするというのも、滑稽なものだな。人間は感情が高まり、怒りに翻弄されると冷静な判断が出来なくなる。そして下手な争いを生む。そしてその争いは、自分達が今まで築き上げてきた文明すらも壊す……」

この男の言いたい事が分からないと感じたレイは、咄嗟に聞いた。

「何を言っているんですか……貴方は……?」

「気になったかレイ・キレス。ちなみに私はそのままの事を言ったに過ぎんのだがな。」

エファンは視線をレイの方向にやった。この瞬間、レイは違和感を覚える。エファンに見られると同時に、謎の緊張感が彼を襲ったのだ。男から発せられる特有のプレッシャーが、レイを恐怖に陥れる。

(今の感じ……何……!?頭に何かが入ってくる感じ……気持ち悪い……!)

それは、今までエファンと遭遇した時に感じた事のある感覚だった。まるで脳内で虫が蠢くような奇妙な感覚。今、再びレイはそれを感じてしまっていたのだ。

「これはお前と私の力の差を見せているに過ぎない。私が純粋なアドバンスドタイプである事に対し、お前は突然変異のアドバンスドタイプ。ダリオン・イブルーク……奴は厄介な存在だ。お前などという、平凡な人間をアドバンスドタイプに仕立て上げるのだからな。」

心を読まれた時、レイはぴくりと体を反応させる。

「大丈夫ですか、レイ。」

「は……い……なんとか……」

エファンから感じる、強力なプレッシャーはレイを押し潰すようだった。この男が存在しているだけで違和感を覚えるレイ。その異常と呼べる感覚は、まるで脳内を掻き回されているようだった。

「どうやらジャンヌ・アステルには私が放つプレッシャーを大きく感じ取っていないらしい。レイ・キレスが違和感を覚えているのに……これが突然変異と、純粋なアドバンスドタイプとの差か。」

このエファンの言葉を聞き、ジャンヌは疑問を抱いた。ダリオンが言っていた、〝作り出されたアドバンスドタイプ〟。そしてエファンも、彼が突然変異のアドバンスドタイプである事を知っている。だが、ジャンヌはこの事を知らなかった。

「レイ、貴方にお伺いしたい事があります。ダリオンが言っていた事と、今エファンが言っている事は酷似しています。作り出されたアドバンスドタイプと、突然変異のアドバンスドタイプ。これは、どういう事ですか?」

ジャンヌの質問は、ダリオンによって事実を知らされた時のレイならば頭を抱え、拒絶する程の絶望に彼を追い遣っただろう。しかし、今のレイはそれを受け入れなければならないと思っている。しかし、自分から口を開くのはどうしても抵抗があった。

 宇宙に上がって来た時、ジャンヌは敢えて彼の事情を聞かなかった。だが事情を聞かなかったが故に、レイが突然変異のアドバンスドタイプという事実を知らないで居たのである。

「自分で喋るのが嫌なのなら、私が説明してやろう。」

その時、エファンが口を挟んだのだ。レイの事情を知るこの男。ジャンヌは再び鋭い目つきで男を見た。

「レイ・キレスはダリオン・イブルークの計画である、アドバンスドタイプ量産計画によって生み出された、世界初のオールドタイプからアドバンスドタイプへと変貌を遂げた人間だ。突然変異と言う言い方も面倒だな。アドバンスドタイプに近い存在……ニア・アドバンスドタイプ(Near Advanced Type)。つまりはアドバンスドタイプに近い存在と言うべきか。」

「レイが……!?」

ジャンヌの表情が一変する。それに対し、レイは無言で黙り込んでいた。

 この後、エファンはレイに起きた出来事を語り続けた。それらは、ダリオンがレイに語った内容と何一つ相違無かった。事実を知ったジャンヌはレイの方を見て、言った。

「レイ……貴方は……」

「はい……間違いありません。エファンさんが言っている事は、全て合っています。」

レイは、ジャンヌに面と向き合って言った。以前ならば、耳を塞いで否定しただろう。しかし、今の彼はその事実を認めている。

「ですが、何故エファンはレイの事を知っているのですか。貴方はレイと何の関係が?」

エファンに、ジャンヌが聞いた。

「私は人の過去を見る事が出来る。ただ、それを言っただけだ。」

エファンから語られる、独自の能力。彼は並みの人間では考えられないような能力を数多く持っている。人の過去を見る事が出来る事、人の心を読む事が出来る事等。

「貴方は、一体何者なのですか。アドバンスドタイプであり、私達を裏切り、新生連邦に所属し、私達の様なアドバンスドタイプやシンギュラルタイプを殺そうとする目的以外、貴方が何者であるのかが全く分かりません。」

彼等は何度かエファンと顔を合わせる機会があった。しかし、その素状は全く分からない。謎に包まれている男、エファン・ドゥーリア。今ジャンヌとレイはこの謎に包まれた男

と部屋を共にしている。最初は憎むべき存在であるこの男と関わりを持ちたくないと思っ

ていたジャンヌだったが、レイに起きた過去の事実を明確に話し出すこの男の奇妙な能力

を目の当たりにし、疑問が湧き、そして聞いた。

「私に興味を抱いたか。地球上では世界的な歌手として、そして有能なテニスプレイヤー……その他諸々の功績を残したジャンヌ嬢に興味を持ってもらえるのは光栄な事だ。」

「誤魔化す気ですかエファン。」

エファンの冗談のような言葉に対し、ジャンヌは真剣に言った。するとエファンは姿勢を前屈みにし、ジャンヌの顔を見て、その艶やかな口を開く。

「私が何者なのか……それは、ダリオンの言うように、火星に行けば全てが明らかとなる。全てがな……」

「貴方もダリオンと同様……知っているのですね、火星とアドバンスドタイプの事を……」

「そう解釈して貰って構わない。」

エファンは、ただ不気味に笑った。

「ところで、レイ・キレス。宇宙空間はどうだ?慣れれば心地良いものだろう?」

急に、エファンはレイに話を振った。唐突の出来事だった為、レイは最初困惑する。

「え……?」

「本当ならば故郷で過ごす筈だったお前はそこで様々な出来事を経験し、結果的にここに来る事になった。ダリオンによって事実を告げられてから苦悩し、そのなかで幼馴染であり、恋人である人間の姉に慰められ、そしてその姉は死に……絶望的な状況だった自分を導いてくれた父親の言葉を聞き入れ、今お前はここにいるのだろう?最初は違和感のあった宇宙も、今では慣れたのだろうと聞きたかったのだ。」

エファンは再びレイの過去を読んだ。直接会ってもいないのに全てを透視するエファン。話してもいない事を見透かされ、レイは不愉快な気分になった。

「貴方は……こんな……こんな事をして……!この他にも僕に悪夢を見せるなんて……!」

レイに、悪夢を見せ続けた男であるエファン。その怒りが、今になって込み上げてきた。この男は、人に悪夢を見せる事も出来ると言う事に対し、ジャンヌは疑問を抱く。

(悪夢……?)

その〝悪夢〟とは何なのかが、彼女には分からなかったのだ。

「フン、嫌だろうな。悪夢を見せられ、その上過去を読まれるのは。だが私も望んでこの力を付けた訳ではない。生まれつきだ。生まれつき私はこの力を手にしていた。」

自身の事について話すエファン。レイは彼の力について、疑問を抱く。

「貴方はアドバンスドタイプ……なんですよね……ジャンヌさんはこんな力、持っていません……貴方だけがどうして……」

エファン・ドゥーリアのみが授かった、特別な能力。何故同じアドバンスドタイプでありながらジャンヌにはこの力がなくて、エファンにはその力があるのだろうか。

「先程も言ったがこれらは全て火星で明らかになる事だ。今答える必要はない。」

「知っていて、どうして!?」

エファン特有の奇妙な能力を見せ付けられ、レイはただ、動揺するばかり。必死にエファンから情報を聞こうとするが、エファンは口を開けない。

その時、エファンはレイを睨み始めた。それと同時に、彼は金縛りにあったかのように身動きが取れなくなる。

「あぅっ……!?」

エファンから放たれる強力なプレッシャーに、レイは翻弄される。まるで脳が拘束されているかのような感覚に陥っていた。今の彼は手を動かす事も、首を動かす事も出来ない。

「レイ、大丈夫ですか!?」

ジャンヌが心配するも、レイは身動きを取る事が出来ない。

「私の力はお前達のような力を持つ人間相手には特に役に立つ。この力……まるで、私の中でプログラムされているかのようだな。」

そう言ってエファンは瞼を閉じた。すると、レイは身動きが取れるようになった。

「あ……動いた!?どうして……?」

突然の出来事に、レイはただ困惑するばかりである。

 またしてもエファンの奇妙な力を目の当たりにした両者。何故この男はこれ程の力を持っているのだろうか。

「質問するばかりのお前が煩わしく感じたのでな、動きを止めさせてもらった。何度も言うが全ては火星に行けば分かる事だ。お前達が変な模索をする必要はない。」

エファンから放たれる、強力なプレッシャー。この男の奇妙な能力の正体は一体何なのだろうか。

「それよりも、火星に着くまではトークでもしようではないか。人間はコミュニケーションを言葉で行う生物。ならばそれを利用しない手段はない。無言でこのまま過ごしていても、互いに退屈するだけだろう。」

あくまでも自分の事を語ろうとしないエファン。その状況でエファンはレイとジャンヌに対し、会話をしようとせがむ。当然、両者はこの男を警戒する。ジャンヌにとっては母親やココットを殺した張本人、レイにとっては自身を殺そうとした張本人。そのような人間共に時間を過ごさなければならないと言う事ですら彼等にとっては苦痛であるのに、増してこの男は正体を明かそうとしない。得体の知れない男、エファン・ドゥーリア。彼等がこの男の正体を知るのは、火星に着くとされる四日後であった。

 




第百話、投了。
ダリオン・イブルークの思惑に寄り火星に向かう事になったレイ達。そこで待ち受けるものとは――


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第百一話 エレシュキガルの一撃

アルバトスはジャンヌ達を追う為に火星へ向かう。
その一方で新生連邦軍の機動要塞エレシュキガルが国連の艦隊に向けて光を放つ――


 アルバトスはジャンヌ達が乗っている高速艦に続き、火星に向かっていた。その間、艦内は深刻なムードかと思われたが、違った。エリィの提案で火星に着くまでは皆がリラックス出来る空間を作ろうと、居住区の一室にある大部屋でパーティーを行う事にしたのだ。このまま何もせずに、緊張した空気が漂う状態が続くのは精神的に良くないと、エリィが判断したのである。

 アレンが息を吹き返さない状況で、尚且つジャンヌ達が何をされているか分からないこの状況でこうしたパーティーをするのはあまり良くないと思うものも少なからずいたが、概ねこのパーティーは好評だった。戦い続きでリラックスが出来ていないクルー達にとってこの気分転換は良いものとなった。

「宇宙に来て随分と酒を飲んでいなかったから、これは良いかも知れねえな。」

と、言うのはミシェである。精神的な疲労を感じていたミシェは酒を飲みながら静かに溜息を吐いた。

「エリィ、君らしい提案ではあると思う。しかし……やはり不謹慎な気がしてならない。」

そう言うのはネルソンだ。彼はこのパーティーに反対している人間の一人だったのだ。

「ネルソン。確かに不謹慎かも知れない。でも、これ以上皆の疲労が続くのを見ていられないと思ったの!ほら、貴方もお酒飲んで!私も飲むからね!」

「ま、待て!エリィ!君が飲むのは……!」

ネルソンはエリィを静止した。というのも、エリィの酒癖の悪さを理解していたからである。しかし時は既に遅かった。エリィは日頃の鬱憤を晴らすが如く、ビールを一気に飲んだ。そして彼女は豹変した。自分から来ている服を脱ぎ、ブラジャー姿のままネルソンに迫る。

「うふふふふ~さぁ~大尉~!飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで!飲んでっ!」

「や、やめないか!」

豹変したエリィ。いつしかネルソンに対する呼び方も彼がエリィに告白する以前に戻ってしまっていた。

「あーいいっすねー……あの二人……」

「ほんと、大尉は幸せ者ですよー」

「末永く爆発して下さいよ大尉!」

そう言うのは、元セイントバードチームの整備士達である。ネルソンを冷やかすように、彼等は酔いながらも2人を祝福した。

「随分、仲が宜しい事で……ハッ……」

その様子をミシェは静かに酒を飲みながら見ていた。彼は笑顔だったのだが、どこか寂しげな表情を見せた。

「ウィリア……せめてお前が生きていたらこの酒も旨かっただろうにな……」

ミシェはウィリア・ラーゲンの事を思っていた。彼女の死を悲しむミシェ。そんな彼女の事を思いながら、ミシェは静かに酒を飲む。

「ミシェさん」

そこへ声を掛けてきたのはガーストだった。彼はプレーンと共にカシスオレンジを片手にミシェに声を掛けたのである。

「カシスオレンジかよ……ガキ臭いモン飲んでるんじゃねえよ……」

「まだ、そんなに強い酒は飲めないんですよ。ただ、こいつには控えさせるようにしてますけど。酒癖、凄く悪いから。」

〝こいつ〟とはプレーンの事だ。エリィと同様、酒癖の悪いプレーン。以前日本で寄ったあまりに口に含んだ酒をレイの口に移した事があった。それ程に彼女は酒癖が悪いのだ。

「ミシェとちゃんと喋るの、始めてかもネ!」

「そーだな。あんまり面識なかったからな。でも飯が上手いのはよく知ってるぜ、お嬢ちゃん。」

プレーンはセイントバードでは食事や家事を任されており、彼女が作った料理はクルー達に非常に評判が良かった。最初はガーストの為ばかりに食事を作っていたプレーンだが、ガーストが教えたことで、ようやくクルー達に対して食事を作る事を覚えた様子だった。

「今日の料理も私の手作り!どんどん食べるネ!ガーストももっと食べるネ!」

「あ、ああ……そうだな……」

ぐいぐいと腕を引っ張られ、仕方が無くガーストはプレーンの料理を食べながら、カクテルを飲む。この様子を見て、ミシェは言った。

「ガースト。恋人がいるって、幸せか?」

「え……?あ……まあ。」

急な質問に困惑するガースト。彼は分からないまま、ミシェの質問に答えた。

「そうか……ま、幸せにしろや。戦場で、絶対に死ぬなよ。増してや不倫なんて馬鹿な事……絶対にするんじゃねえぞ……」

と、ミシェはぽろぽろと突如涙を流し始めた。ガーストはそれに対し、気を遣うように言う。

「あの……大丈夫ですか……?」

彼がそう言った時、ミシェはブンと大きく腕を振った。まるで、ガーストを拒絶するかのように。

「うるせえ!お前はもうどっか行ってろ!クソッタレ!!」

酒に酔っているのかは定かではなかったが、ミシェの様子がおかしいのが彼にも分かった。

仕方なしにガーストはプレーンと共にミシェから離れる。酒を飲んでいるから感情的になったのだろう……と、彼は思っていた。

「ふざ……けやがって……」

自棄酒と言わんばかりに酒を飲み続けるミシェ。今の彼の様子を見て、近付こうとする者はこの場に誰もいなかった。

 

 ミシェの側から離れたガーストとプレーンは、部屋の端にて会話をしていた。

「何カ!ミシェ、いきなり怒るなんて感じ悪いネ!」

突然怒り出したミシェに怒りを露にするプレーン。一方のガーストは、ミシェの様子を見て少し溜息を吐く。

「馬鹿だったな……今の俺にミシェさんと喋る資格なんてないのにさ。」

「え、どういう事カ?」

プレーンは首を傾げた。

「少しは察せよな、お前。それと、空気も読めよ。」

「ン……?」

ガースト達は恋人同士である。好きな者同士が一緒にいる光景を、現在好きな人がいなくて、寂しげに酒を飲んでいるミシェに見せるのはまずいと判断したガーストはミシェと距離を置く事にしたのだ。

「それより……あいつ……本当に目を覚ますかな……?」

「アレンのコト……カ……?」

「そう。十日後にあいつは死んでしまうんだ。もたもたしてはいられない。だから、レイとジャンヌに頼るしか今は……」

ガーストはアレンの事を非常に心配していた。一時期は険悪な関係になっていた両者だが、現在はその仲も戻っていた。しかしココットが死んでからガーストはアレンとまともに会話をしていない。そして、アレンは暴走して現在に至る。アレンがこのような状態になっても、ガーストは彼の事を心配し続ける。それ程に、彼等の絆は固いのである。

戦友の危篤状態に、落ち着かないガースト。そんな状態のガーストに対し、〝大丈夫〟と声を掛け、ガーストを励まし続けるプレーン。ガーストは、いくらアレンを心配しても何も起きない事は分かっていた。

「俺が行きたかった……でも……俺は所詮シンギュラルタイプ。せめて、アドバンスドタイプだったらなら……」

アレンを心配するあまり、自分が高速艦に乗り込めたらと、〝もしも〟の話を始めたガースト。それを思っても無駄なのは分かっていた。分かっていたのだが、どうしても不安だったのだ。

 

 大部屋で大人達が酒を飲み、緊張が和らいでいる頃。エレンは食事を食べていたその時、スバキがエレンの眼前に現れた。この時、エレンにはスバキの表情が曇り掛かって見えた。

「隣、良いか?」

「あ……うん。」

そう言ってスバキはエレンの隣に座った。その際、スバキはエレンに対し、何かを言いたそうな表情を浮かべていた。

「あのさ」

「え?」

スバキはこのまま言葉を続けずに、少し間を空けた。何故か、緊張しているのだ。何か言い辛そうにしているのかは分かるが、エレンにはスバキが自分に何を伝えたいのかが分からない。

「どうしたの、スバキ?」

「あのさ!」

数秒間沈黙が続いたものだから、エレンが先に口を開けた……と同時に、スバキも口を開けた。

「あ、ごめん……言って。」

「あ、ああ……」

言葉が同時に被った為、少し気まずい思いをするスバキ。この時、スバキは頭を掻き、そして言葉を発した。

「私さ……見てたんだよな。実は……」

「何を?」

「エレンがさ、レイに……抱き締めてたから、それを。」

アレンが暴走する前、エレンはレイを抱き締めた。この様子を、スバキは見ていたのである。スバキは

「見てたのね……」

「前も見たから、同じだろ。それで、お前から抱き付いたんだろ………」

両者は一度沈黙した。その間、互いにジュースを飲む等をしていたが、それらが美味しく感じられる事は無かった。

「やっぱり、気持ちは変わらないんだな。」

その言葉に対し、エレンは首を、縦に頷いた。

「実は……さ、私も……なんだよ。」

「うん、それは知ってた。」

「知ってた?」

意外そうな表情を浮かべる、スバキ。

「だって、前に話した時にそんな感じしてたから。」

エレンはスバキの心境を察していた様子だった。

彼女は以前から、レイに好意を抱いていたのだが恋人であったリルムの存在もあり、何も言えずにいた。諦めようと何度も努力をしたが、それでも彼女は諦め切れていない。

「ほら、あいつってさ……男って感じじゃないし、頼りない所はあるけど……優しいんだよ。人を思いやれる所があるし、助けようと思ったら絶対に助ける。それに、皆を守る為に全力になる。あいつのそんな所に惚れたのかな。」

「優しい所かぁ。うん、私もそこに惚れたのかな……」

「あいつ、モテモテじゃねーか。ホントにさ……」

本当は自分のものにしたいと思う、スバキ。だがエレンは彼に恋人が居る事を分かった上で行動を起こせる。スバキにない勇気を持っている、エレン。この事に、彼女は動揺を隠し切れていない。

「てか、あいつリルムって彼女がいるじゃねえか。なんでまた……」

スバキはあくまでも遠くで見ていただけの為、レイの真相を知らない。今、彼がリルムと仲の良い関係ではないと言う事を。

「それは……実は……」

エレンは静かに口を開け、真相を話した。

真相を聞いたスバキは衝撃を隠せない様子だった。レイとリルムが仲の悪い状況……つまり、これはスバキにとって絶好のチャンスだったのだ。しかしそれをエレンに先越されてしまった。スバキはそれがショックで、ならなかったのである。エレンは、スバキの心境を知っていた。それ故に、正直に話したのだ。事実を知らない状態で、ただ、一途な想いを寄せるだけなのは見ていられないと、思う彼女なりの配慮だった。

やがて、再び両者は沈黙する。互いにレイが好きなのは知っている。問題は、リルムの事情を知った上でエレンが先にレイに想いを打ち明けたという事なのだ。スバキからすれば、どういう風に会話をすれば良いかが分からなくなってしまったのだ。

二人共、似たような境遇という事もあり、仲は良い。だが今回、レイを巡って両者は対立してしまう事になるように思われたが、違った。

「聞きたいのだけれど、スバキはいつから?」

エレンが先に口を開け、沈黙を破った。

「いつって?」

「いつからレイの事好きだったの?」

「あぁ……あれは……私が新生連邦のサイコミュ兵器の試験の時……だったかな。全てが嫌になってた時に助けに来てくれた時……あの時から……かな。で、結局今に至るまで告白出来てないんだよ……情けないよなぁ……私。なにやってんだか。」

スバキは両手を後頭部で組み、溜息を吐いた。

「これでもアピールはしてたんだぜ。でもさ、あいつ草食なのか鈍感なのか知らないけど結局リルムに行って……最初はショックだったけど、結局あいつは好きな人がいたって訳だしさ。文句なんて言える立場じゃねーよ。」

そう言いながら、スバキは眼前にあるサラダをそっと一口食べる。トマトの特有の酸味が口内を刺激した。

「ま、未練はあると言えばあるかな……」

「そうなんだ……私以上にレイの事を想ってたのね……」

エレンは眼前に置かれているフライドチキンを口元に運び、一口齧った。さくさくとした衣と肉の食感が、彼女の口内を支配した。

「私ね、答えが聞きたかったの。」

「答え?」

エレンは少し俯きながら、悲しげに話す。

「私はレイに告白した。でも、レイはまだ気持ちの整理が出来ていないって言った。だから、出来るだけ早く答えが欲しいって言ったの。でも……今レイは連れて行かれて……」

答えを聞いていないままレイは火星に行ってしまった。アルバトスも火星に向かってはいるが、高速艦の方がスピードが圧倒的に速い。この先、何が起こるのかが分からない事を考えると、最悪レイが死んでしまっている可能性も考えられる為、エレンは不安で仕方が無かったのである。

「答え聞いてなくてもさ、想いは伝えたんだろ?だったらいいじゃねーか。」

すると、スバキは突如椅子から立ち上がった。

「私なんかと違ってエレンは勇気あるし、それは良い事だと思う。あいつが付き合っているのにも関わらずそれ、普通出来ねーよ。」

と、スバキは笑顔で答えた。

「悪い、少しトイレ行ってくる」

「え?ええ……」

レイに告白をしたエレンと、リルムの存在を考慮してその想いを伝えられていないスバキ。彼女は笑顔を作っていたが、その笑顔もどこか寂しげだったのだ。

 

 トイレに着いたスバキは洗面所の鏡を見る。そして、自分の姿を確認したその時、手を震わせながら静かに涙を流した。

「何やってんだ私は……ホント……なんでこんなチャンス、逃すんだよ……好きだって……そう言えば良かったのにさ……なんで……」

好きだった少年は、別の少女に先に告白された。その答えはまだ聞いていないとはいえ、先を越されたのは事実。少年に想いを伝えられないまま、スバキはただ涙を流す。レイは、リルムと付き合っている……そうとばかり思っていた。だから彼女は手を出さなかった。しかしエレンはレイが付き合っていると思い込んでいた上でレイに告白した。それが、悔しくてたまらないのだ。自分に出来なかった事をされた……ただ、それが悔しいスバキ。

 けれども後悔してももう遅い。レイは今高速艦の中。エレンは先に告白し、自分は何も出来ていない。

「情けないってレベルじゃ……ねーよ……クソッ……クソォ……!」

何も出来なかった悔しさ、エレンに先を越された悲しさが今、スバキを包む。何故何もしなかったのか。何故、勇気を出して告白出来なかったのか……彼女は、ただ一人涙を流した。

 

 

 

 丸一日が経過した。アルバトスとダリオンの提供した高速艦が火星に向かっている頃、国連軍はアッサラームを中心に艦隊を形成し、戦力を削がれていた新生連邦軍に対し、総攻撃を行おうとしていたのである。先の新生連邦とデウス残党軍との戦闘を見て、甚大な被害を被った新生連邦。そこを叩くという、今回の国連軍の作戦。彼等の目標は、新生連邦の要塞であるエレシュキガルである。国連軍はMS、ハイエッジを大量展開した。いずれもビームライフルやビームキャノンを展開し、一斉に攻撃を行う準備を行っていた。

「今こそが好機!新生連邦軍を殲滅し、勝利すれば地球圏の脅威は一つ去る!その為には今攻撃をするしかない!FPBやデウス軍などいくらでも倒そうと思えば倒せる!数で圧倒すれば良い!」

そう言うのはアッサラームのブリッジ内で指揮官席に座るギルスだった。彼は軍人ではない。しかし、艦長であるウィレスを差し置いて国連軍全体に命令を下している。最早、彼の命令こそが軍の命令と相違無いと言えた。

無数のリューチェ級から発進されるハイエッジ。そしてアッサラームからもハイエッジが出撃する。MSのバリエーションは新生連邦軍程無いとはいえ、国連軍はその数で圧倒しようとしていたのだ。

「目標、新生連邦要塞!全艦一斉射撃だ!」

そう言うのはアッサラームの艦長、ウィレス・レイド・アースだ。彼女はギルスの命令のまま、全艦に命令を下し、一斉射撃を行おうとしていた。

「てええええッ!!!」

彼女の声と同時に、ハイエッジとリューチェ級からビームが一斉に展開された。それらはエレシュキガルと、周辺にいる艦隊に向け、一斉に襲い掛かる。高出力のビーム群が要塞、エレシュキガルに向けられる。これらを全て受けてしまえば、エレシュキガルは壊滅的なダメージを受けると思われた。

 

 

 

 エレシュキガル内の指令室ではレヴィー・ダイル総司令が苦い表情を浮かべて国連による攻撃を見ていた。その傍らにはソフィア・ブレンクスの姿もある。

 先の戦闘でサイコミュ・ルーラシステムを用いた彼女の実力を確認した総司令は、安寧の表情を浮かべている。彼女は疲労回復の為に先程まで眠っていたのだが、目を覚まし、今に至る。

「ソフィア、君は本当によくやってくれている。先の戦闘でも十分な活躍が出来ていた。サイコミュ・ルーラシステムは君に託して間違いなさそうだ。」

先程の戦闘でサイコミュ・ルーラシステムを使用していたソフィア。ゆうに七十基を上回るブリッツファンネルを、一人の脳波コントロールのみで操るという離れ業を成し遂げたソフィア。彼女のその強さを、改めて再確認した総司令は彼女の存在を、より意識するようになっていた。

「レヴィー様の、お役に立てて光栄です……ですが、この要塞は今……」

国連に艦隊を展開され、不安を抱くソフィア。心配する彼女の表情とは裏腹、彼はそんな彼女を宥めるかのように、優しく言った。

「大丈夫だソフィア。この要塞はビームでは絶対に墜ちない。今に分かる。」

実際、このエレシュキガルの存在は公になっていない。それ故に、新生連邦内でもこの要塞の存在や構造を知る人間は限られている。何せ、デウス動乱中に本来ならば投入される予定だった機動要塞なのだが、その巨大さの為か建設が間に合わず、戦後になっても総司令の意向で建設が続けられ、完成した。この要塞にはどのような武装があるのかは、新生連邦内でも知る人間は少ない。と言うのも、総司令の言うようにこの要塞は切り札である為である。公にしてしまうと、スパイ等がいた場合に構造を知られてしまう危険性が高い為であった。

 

 そして国連が放ったビーム群により周辺の新生連邦軍の艦艇は撃沈され、ビームの勢いがエレシュキガルに迫る。

「勝ったな!」

そう言うのは、ギルス・パリシムだった。これだけのビームを浴びて損傷を受けない筈がない――そう思っていたのだ。

 

バイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン

 

この時、国連軍の誰もが目を疑った。エレシュキガルはこれ程のビームを浴びても傷一つつかなかったのだ。と言うのも、この要塞全体にバリアーフィールドジェネレーターが展開されていた為である。総司令が余裕の表情を浮かべたのは、この為であった。

「全ビーム、消滅!あの要塞にはバリアーフィールドジェネレーターが展開されている模様!」

「何だと!?」

予想外の出来事に対し、動揺するギルス。対照的に、その傍にいたウィレスは冷静な様子だった。

 

 ハイエッジやリューチェ級、そしてアッサラームによるビームの一斉射撃はエレシュキガルには通用しなかった。指令室にいた総司令はビームを撃ち終えた国連の艦隊を見て、笑みを浮かべている。

「エレシュキガルにビームは一切通用しない。さて、反撃だ。」

「艦隊を発進させるのですか?」

エレシュキガルにはいくつもの艦艇が要塞内に収納されている。ソフィアはこれらを展開させるのだと思っていたが、総司令は彼女の言葉に対して言った。

「いや……MSだ。待機しておいたMS部隊を一斉に展開し、敵の艦隊に攻撃する。」

指令室にいたのはこの二人だけでない。エレシュキガルの運用を行う為、何人もの人間がこの場所にいたのだ。

 そして総司令は右腕を上げ、その腕を前に差し出した。

「MS部隊、一斉発進!」

 

               ビゴオオオオオオオオオン

 

総司令、レヴィー・ダイルの声と共に、エレシュキガル内のカタパルトから大量のMSが出撃した。ディースト、ジョゼフ、エグゼマー、グランシェ。これらのMSが一斉に武器を構える。グランシェはビームマシンガンを、ディースト、ジョゼフ、エグゼマーはそれぞれビームライフルを構える。それ以外にも、グランシェの中にはシールドに内蔵されているシールドメガビームキャノンを構えている。

 いずれもがモノアイを輝かせ、国連の艦隊に対して武器を向ける。そして――

 

 ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

一斉に各々の武器からビーム等が発射され、それ等は全て国連の艦隊に直撃する。突然の新生連邦軍のMSによる一斉射撃。何の情報も得ていなかった国連軍は予想外の攻撃に、回避する隙すらなく、これらの攻撃をまともに受けてしまう。

「クソッ、こんな攻撃をするなんてな!」

「撃て!撃て!!!」

MSの攻撃に対し、反撃と言わんばかりに国連軍もビームを撃ち返す。新生連邦軍のMSが一斉に攻撃してきた程度では、彼等は怯む様子を見せなかった。

 

 新生連邦のMS部隊と国連軍の艦隊による戦闘が行われている中、総司令は新生連邦のMSや国連軍のMSや戦艦が破壊されて行く様子を、ただ静かに見ていた。

「頃合いか……。」

すると、総司令は静かに口を開く。彼の言葉と同時に、ソフィアは彼の顔を見つめ

た。

「レヴィー様、〝あれ〟を……?」

「そう、〝あれ〟を使う。その為にエレシュキガルを出したのだから。本当は使う予定ではなかったけれど、これ以上の戦力に余裕はない。彼等を黙らせる為にも、使わなければならない。」

彼等の言う、〝あれ〟とは何なのか。この二人の言葉を聞いても、動じる様子を見せない指令室の人間達。彼等はエレシュキガルに備わっているとされる〝あれ〟の事を知っている様子だった。

「実際に撃つのは今回が初めてです。試射と言う事で、最大出力の20%程度で展開して下さい。」

「了解しました、総司令。」

総司令は指令室にいた人間達に命令を下した。彼の命令を受け、彼等は一斉にコンピュータの操作を始めた。

 それと同時に、エレシュキガルは正八角形の形状を変形させていた。指令室がある上部と、MS発進用のカタパルトが搭載されている下部が分かれ、そこから巨大な砲門が姿を現したのである。

 その砲門だけでも直径、推定7キロメートルはあった。あまりに巨大なその姿に、国連軍は皆警戒する姿勢を見せる。

「なんだあれは!?」

「気を付けろ、何かをする気だぞ!」

「構わん、撃て!」

巨大な砲門に対し、国連軍は一斉にビームを展開する。だが砲門にもバリアーフィールドが張られており、ビーム兵器が通用しない。

 

 この様子を指令室から見下ろしていた総司令。彼は無表情のまま、無謀な国連軍の攻撃を見ていた。

「エネルギー充填完了!」

「発射です。彼等を殲滅します。」

彼がそう言った後、指令室にいた人間達は一斉にレバーを引いた。その後で、総司令は中央にあるグリップを握り、思い切り引く。

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

総司令がグリップを引いた時、砲門から緑色をした粒子が広がり始めた。やがてそれらはエレシュキガルの砲門全体に広がって行く。明らかに、何かを発射しようとしていたのだ。

それを見て回避行動をとるように命じる者や、そのまま攻撃を加え続ける者等、様々な人間がいた。

 国連軍が得体の知れない兵器に対して攻撃を加えたり、回避行動をとっている中、それは放たれる。

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

その砲門から、凄まじい勢いで光線が発射されたのだ。プラズマ粒子で出来ているそれは瞬く間に国連の艦隊を飲み込んでいく。そして、飲み込まれたリューチェ級やハイエッジは消滅し、跡形も無くなった。

「いいい今の一撃で我が軍の1/3の艦が消滅!!被害、尚も増大!」

「なんだと!?」

アッサラームのブリッジ内ではギルスが血相を変えていた。何せ、機動要塞だと思われたエレシュキガルから凄まじい、高出力のプラズマ粒子の砲撃が国連の艦隊を瞬く間に消滅させたのだ。アッサラームはこの砲撃の射程から外れていた為、当たる事は無かったのだが、艦隊は壊滅的な被害を受けている。

「全艦、後退せよ!一度退け!!」

ウィレスは国連の全艦にそう告げた。が、ギルスがそれに対して言った。

「何を言っているか!あれを叩かなければまたしても撃たれるぞ!新生連邦め、あんな野蛮なものを開発していたなんて!」

「議長は味方を犬死させたいのですか。」

と、ウィレスはギルスを睨むように見て言った。

「このままあの未知なる兵器に攻撃しても埒が空きません。一度後退した後に分析をするべきだと、私は判断したのです。」

「……クッ!」

ギルスはそれ以上何も語らなかった。今はウィレスの言葉を聞き入れなければならないと、男は思った為だ。

 

 エレシュキガルに搭載されていた、巨大な兵器。それは瞬く間に国連軍に甚大な被害をもたらした。これを見て退散していく国連軍。その様子を、総司令は指令室から見ていた。

「たった20%の出力で……デウス動乱時のコロニーカノンに匹敵するパワーとは。僕が予想していた以上にエレシュキガルは恐ろしい切り札だ。」

「これが……20%……」

彼の言うように、エレシュキガルから放たれた砲撃は最大出力の20%で発射された。それだけでも国連の艦隊に被害を与える事が出来たのだ。もしこれが100%ならば、どれ程の出力だったのだろうか……と、彼は少し考え、溜息を吐いた。

「ソフィア、もし、このネェルガルキャノンが地球に向けられたらどうなると思う?それも、100%の出力で。」

総司令からの突然の質問に、ソフィアは動揺した。

「レヴィー様、それは……?」

「答えられないかな。僕もだ。僕も、想像出来ない。もしかすれば、地球上の地表を削り取ってしまうかも知れない。いや……あるいはそれ以上か。やろうと思えばそれだって出来てしまう。」

エレシュキガルに搭載されている兵器、ネェルガルキャノン。それは彼自身も想像していなかった威力であり、その破壊力に関心を抱くと同時に、それを恐れた。

「エレシュキガルは地球という、何十億年の歴史を持つ惑星の存在を消し去ることが出来るかも知れない程の強大な力を秘めている。僕は連邦による地球圏の統一を目指し過ぎたが為に、結果的にその統一するべき地球そのものを破壊してしまうかも知れない兵器を作り出してしまった……」

彼の言葉を、ソフィアは黙って聞いている。

「ソフィア、君は僕に失望した?」

「え……?そんな……何を……」

急に話を振られ、ソフィアは明らかに動揺していた。彼女の答えを聞く間もなく、総司令は口を開く。

「デウス帝国や地球連邦反乱軍。こうした地球への脅威に対抗する為に僕は今まで新生連邦軍の勢力を拡大してきた。その究極とも言えるのがこのエレシュキガル。しかしこれはあくまでも切り札として使う予定であり、本来なら使うつもりではなかった。でもこの状況に追い遣られてしまった。だから使わざるを得ない。ただ、あくまでも抑止力としてね。」

エレシュキガルはあくまでも抑止力と言い放つ総司令。戦争や紛争行為、そして敵勢力への脅迫的存在として存在している。それはまさに、旧世紀の国防の為の核装備と同様だ。発射されれば全てが滅ぶ、まさに戦略兵器。その破壊力はコロニーカノンを凌駕している。

「そして、万が一あれを攻略されれば新生連邦に後はない。僕達はこう見えても追い詰められているのだから。」

総司令はソフィアに語り続ける。彼女は彼の言葉に対し、何も言わず、ただ静かに聞くだけ。

「それにしても、要塞の切り札とも言えるネェルガルキャノンは僕が想像していた以上の破壊力を秘めた兵器だった。僕自身、驚いているんだ。こんな兵器を作り出してしまった事に。人間は技術が発達していき、世界を滅ぼす力も得てしまった。切り札とは言え、このような兵器を作るように指示を出した僕は最も危険な人物だと言えるだろう。ソフィア、君は僕を軽蔑する権利がある。人類が宇宙に進出する基盤を作り出した母なる星を裏切り、焼き尽くし、破壊さえ出来てしまう兵器を作り出すように指示をした僕をね。」

エレシュキガルはデウス動乱初期から月面内部で密かに建造が進められていた。それは以前の地球連邦総司令、ダディー・ダイルが計画していたものだ。だが戦争が難航して建造は思うように進まず、結果的にデウス動乱は終結し、エレシュキガルの建造は中止になるかと思われたが、レヴィー・ダイルはこれを進めるように指示を出した。戦後になった連邦軍に敵はおらず、建造のスピードはデウス動乱中とは比較にならない程進んでいった。

 そしてエレシュキガルは完成した。だがあくまでも切り札として温存する形をとる事にした総司令はこの要塞をそのまま月面内部に隠す事にしたのである。

「レヴィー様は、この兵器で地球を攻撃する事をお考えなのですか……?」

ソフィアがそう言った。地球を破壊する事が出来るかも知れないと言った、彼の真意を確かめる為だ。

「まさか。何故地球を攻撃する必要がある?この兵器はあくまでも宇宙にいるデウス軍等の脅威に対して迎撃をする為に建造したものだから、そのような事はしない。あれは抑止力だ。そして、戒めの象徴でもある。」

「そうですか、レヴィー様……」

彼の言葉を聞き、まるで安心したようにソフィアは目を瞑り、そっと胸を撫で下ろす。

「僕としてはネェルガルキャノンは多用したくはない。だが新生連邦に刃向う勢力が存在するのならば、僕は容赦しない。」

「私も、レヴィー様の為にお役に立てるように尽力を尽くします……」

彼女の言葉を聞き、総司令は少しばかり俯いた。

「念の為に聞くが、サイコミュ・ルーラシステムは……ソフィアの身体に負担になっていないか?」

ソフィアが総司令の役に立ちたいと言うものだから、彼は先の戦闘で使用されたサイコミュ・ルーラシステムの事について彼女から聞いたのである。多量のブリッツファンネルを操る為、身体への負担も相当なものであると想像できた為、心配になった総司令がソフィアに聞いたのだ。

「大丈夫です……少し、疲れる事はありますけど……」

「……なら、良いんだ。」

総司令は彼女の肩を静かに叩いた。一度目を閉じ、次に目が見開かれ、彼女に言う。

「軍の為にも君の存在は、必要だ。」

そう、優しく彼は声を掛けた。そう言って彼は指令室から姿を消した。ソフィアは、総司令の後姿を見て悲しげな顔をしていた。

(軍の為……私は……軍の為に……?)

ソフィアは総司令、レヴィー・ダイルの為に尽くしたいと思っている。だが、総司令はソフィアを軍の為に役立てと言わんばかりの台詞を発した。この台詞が、ソフィアを困惑させ、苦悩させた。

(私は……違う……私はレヴィー様の為に……)

彼女はあくまでもレヴィー・ダイルの為に戦い、そして役に立ちたいだけ。ソフィアにとって、新生連邦よりも総司令の存在の方が大切なのだ。今、後がないこの状況で自分が総司令に対して言葉を発する事は間違いである事は分かっていた。分かってはいるのだが、どうしても納得が出来ない。

自分は、ただ総司令の為に役立ちたいだけなのに……軍の総司令を務める男を想う少女は、彼が残した言葉をどのように解釈すれば良いか分からず、困惑していた。

 




第百一話、投了。
ガンダムシリーズあるあるの、決戦兵器の牙が向けられた回でした。
戦略兵器の存在はいつの時代も圧倒的ですね……


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第百二話 アドバンスドタイプ

アドバンスドタイプ。その起源は謎に包まれている特別な人種。
多くの人間を翻弄した特別な力。それは一体何なのか。
全ては、火星にある“システム”が物語っている。


 二日が経過した。その間、新生連邦、国連、デウス残党、FPBのいずれもが戦闘を行っていない。それには、各勢力の理由があった。国連は新生連邦によるエレシュキガルの砲撃による被害を受けた為、その体勢を直す必要があった為であり、デウス残党はブライティスガンダムによって破壊されたアポカリプス以外からの戦力の召集。そして新生連邦も来る戦争の為に艦隊を形成する必要があった為である。

 その一方で、高速艦は遂に火星に辿り着いたのである。地表はその名前が差す、〝火〟の如く赤く染まっている、軍神マルスと呼べる星。無論、レイとジャンヌは火星など来た事がある筈がない。始めてみるこの赤い大地。地球とは異なり、荒れ地のようなこの大地に向け、高速艦は大気圏突入を行った。

 やがて高速艦は深紅の大地に降り立つ。レイはこの大地を見て、驚愕していた。今彼が置かれている状況は正直、未知なる大地に踏み入れて素直に喜んでいる状況とは言えない。彼のすぐ側には敵と言える男、エファン・ドゥーリアがいる。しかし、レイは写真でしか見た事が無いこの荒れ地の光景を見て、心底感動していた。

(凄い……本当に……ここが火星なんだ……)

生まれてきて宇宙に出た事が無かったレイ。その彼が、数日前に宇宙に初めて出た。そして今、彼は火星にいる。地球以外の惑星に行く事になるなど、彼自身予想すらしていなかった事だ。今の彼の心境は、純粋な少年そのものだった。

「今置かれている状況に対し、随分と気楽なものだな、レイ・キレス。」

「……!」

火星という辺境の地に降り立った事に対して感動しているレイをあざ笑うかのようにエファンが言った。男はレイの心を読み、鼻で笑ったのだ。

「まあ……お前はすぐにこの大地から離れたいと思うようになるだろう。ジャンヌ・アステル、お前も同様にな。」

エファンは、ジャンヌに対しても馬鹿にするような口調で言った。

「ええ、そうですわね。貴方の言う通りですわ。アドバンスドタイプの心臓が手に入れば、この地に用は無い訳ですから。」

「呑気に火星探索をする余裕はないと言う訳か。まあ、当然だろうな。」

彼等の会話内容から、この四日間で三人が親交を深めた様子は感じられない。レイとジャンヌはエファンに対して敵対する姿勢を崩す事は無かったのである。

 

ウィィィィン

 

その時、ダリオンが部屋の中に入ってきた。まるで、この状況を楽しんでいたかのように、彼の表情は笑みに満ちていた。その表情が、レイにとって奇妙に思えて仕方が無かった。

「ようやく辿り着きましたよ、火星へ。この星に来れば貴方方は真実を知る事が出来ます。それは、とても素晴らしい事ですよ!」

「真実……?」

何が真実なのか、この星に来て一体何が分かると言うのか。あくまでも目的はアレンの為に人工心臓を持ち帰ること。真実等、レイとジャンヌにとってはどうでも良い事なのだ。

「私達はその真実を聞く為にここに来たのではありません。アレンの為に、心臓を持ち帰る事……それが目的です。」

「貴方達の目的は……確かにそうですね。」

「?」

意味深な発言をするダリオン。その側にいたエファンは腕を組みながら微笑している。

「まあ、ここで談義をしていても仕方がありません。さあ、行きましょう。四日も何もしなければ体も鈍るでしょうからね。特に、レイ・キレス君のような若い少年ならば外に出て活発に動きたい年頃だろうからね。」

からかうようにダリオンは言う。レイはこの言葉に苛立ちを覚えた。

 それから三人はダリオンに連れられるように、彼の後ろをついて行く。それはあまりに異様な光景であった。十五歳の女顔の少年に、世界的に有名なアステル家の令嬢、そして新生連邦のエファン・ドゥーリア。これらの、立場の全く異なる人間達が、ダリオン・イブルークと言う名の男の後ろをついて行く。彼等に共通しているのは、アドバンスドタイプという事だけだ。何故ダリオンがアドバンスドタイプばかりを集め、火星に誘導したのか。それは彼によって、明らかとなっていく。

 

 

 

 やがて高速艦は火星の大地に着陸した。四人はパイロットスーツを着用し、火星の大地に降り立つ。レイはこの大地に降りた時、予想外の身体の軽さに驚いていた。というのも、火星は地球に比べて重力が小さい事が起因している為である。

 ダリオンに誘われて少し歩くと、巨大な施設が見えてきた。これを見たジャンヌとレイは目を疑った。何せ、謎が多いとされている火星にこのような施設がある事等、あり得ないと考えていたからだ。四日前にダリオンは施設の内部の映像を見せた。今彼等が見ている施設は、その外見という事になる。この施設を建造できるのは人間しかいない。あるいは、人間と同等の知能を持った異星人か。

「本当にあった……火星にこんな建物が……」

「これは……この中に、四日前に言っていた人工心臓が……」

両者は驚く。しかしエファンはこれを見ても何の反応も示さない。

「おや、エファン・ドゥーリア。貴方はこの施設をまるで知っているかのようですね。」

「どうだろうな。」

ダリオンが聞いても、エファンは微笑するだけ。明らかに何かを知っている様子なのだが、何も語ろうとしない。

「お二人は大変驚かれている様子ですね。では、この中に行きましょう。」

いよいよ、施設の内部に入って行く。そこでジャンヌ達は人工心臓を持ち帰り、早くアレンを救い出す必要があった。焦りの色を隠せないジャンヌ。レイも、アレンを助け出そうと必死になっている。そして、それをあざ笑うエファンとダリオン。対照的な彼等が、施設に入り、人工心臓が置かれているとされる部屋に向かう。

 

 

 施設の中。それは、人工的に作られたとしか思えないような造りだった。今彼等が歩いているのは昔に誰かが作り出したような廊下である。この時、ジャンヌは思った。ここには過去に何者かが来て、この施設を作り出しているのだと。しかし何の為にこの施設を作り出したのか。それは、分からない。

 過去に火星で一体何があったのか。何故このような人工的な施設があるのか。ジャンヌとレイに、疑問ばかりが浮かんだ。

(人工的に作り出された施設が火星に存在している事自体が奇妙な話。そして、ダリオンはこの施設を知っている……彼は一体何を知っているのでしょうか。)

「今からそれを知る事が出来る。気にしなくてもな。」

ジャンヌが考えていた事を、エファンが口に出して言った。それを不快に感じたジャンヌは

「人の心を読み、それを口に出す……エファン、貴方にはデリカシーが無いようですね。」

「私とて心を読みたくて読んでいるのではない。人が思っている事が、自分で意識せずとも勝手に感じ取る。ただ、それだけだ。」

ジャンヌは、これ以上語らないようにしようと思った。この先に行けば、ダリオンが言いたい事も分かるだろうし、何よりも人工心臓もあるだろう。エファン・ドゥーリアは憎い存在ではあるが、今はこの男よりもアレンの命。エファンの挑発に乗る訳には行かないと、彼女は思っていた。

 

 

 それから更に奥へ彼等は向かう。そこには廊下の中でいくつも存在した扉とは明らかに違う大きさの扉が設置されている。ダリオンはそこのパスワードを知っているらしく、そのロックを解除すると、大きな扉は自動的に開かれる。

 扉をくぐり、中に入る四人。その部屋は大部屋だった。恐らく、施設の中央部であろうその部屋。そして、部屋の中央には、水に浸っている巨大なカプセルのような物体があった。

「これって……?」

レイはその巨大な物体に目を奪われる。よく見ると、その中央には脳らしきものが浮いているのが分かった。そして、脳には無数のケーブルが接続されている。それを見て彼はびくりと体を震わせた。

巨大なカプセルに入っている脳だけでない。この部屋にはいくつものカプセルがある。それ等の中に、ダリオンが言っていた人工心臓等の臓器が収納されている。この大部屋は、アルバトスの艦内でダリオンが見せた、モニターに映っていた映像と全く同じだったのだ。

「巨大なカプセルに、脳……?ここは一体……?」

何も知らないジャンヌはこの部屋の事に疑問を抱いた。

 

                  ガシャンッ

 

その時だ。大部屋を繋ぐ扉が勢いよく閉じられたのだ。その音を聞き、振り返る三人。しかしダリオンは口を開いた。

「その扉を開けるには私の持つこのスイッチを押さなければなりませんよ。」

「ダリオン、これはどう言う事ですか。私達をどうするつもりなのですか。」

まるで三人を閉じ込めるかのように大扉を閉じたダリオン。彼は何故か笑みを浮かべており、そして腕を組んで語り出した。

「貴方方に、お伝えしたい事がありましてね。アドバンスドタイプの真実についてですよ。」

ダリオンの言葉に対し、レイは

「そんなの、どうでも良いです!はやく心臓を……」

「どうでも良い……だと?」

急にダリオンの口調が変わる。だがレイは屈しない。アレンを救い出す為、必死に心臓の場所へ行くように言うが……

「偉大なるアドバンスドタイプ全ての母とも言える存在の前でどうでも良いとは……

言って良い事と悪い事の区別も出来ないか!?」

「母……?」

ダリオンの言葉の中にある、〝母〟という言葉にジャンヌは反応した。何を言っているのか当然理解出来る筈が無く、彼女は聞いた。

「母……貴方は今、そう言いましたか?それはどういう意味ですか。」

ジャンヌの質問に、ダリオンは答える。だがその時の表情は先程までの紳士的な表情とは一転変わり、顔が引き吊っており、気が動転している様な狂気とも言える表情をジャンヌに見せた。

「どういう意味も何もッ!この脳こそがッ!我等アドバンスドタイプの母!EVEシステムの中枢そのものなのだからな!」

二人は、この男が何を言っているのかが全く分からない。“EVEシステム”という単語を発したダリオン。彼はこの時、自分自身の口調があまりに下品なものであると判断した為か一度咳をし、話を進める。

「失礼。レイ君があまりに失礼な事を言うものだからつい感情が高ぶってしまった。私とあろうものが情けない限りだ。」

「アドバンスドタイプの母って……どう言う意味ですか!?」

妙な発言をするダリオンに対し、レイは聞く。しかしダリオンは彼を馬鹿にするかのような口ぶりで

「おやぁ~?先程偉大なる〝母〟であるEVEを〝どうでも良い〟と言ったのは誰かな?レイ・キレス君、君ではないのか?何故どうでも良い存在に対して疑問を抱く?」

と言った。

「そんな事、言われて気にならない筈がないですよ!」

レイは負けじと反抗した……と同時に、ジャンヌが口を開く。彼女も、先程のダリオンの言葉が気になったのだ。

「ダリオン、EVEシステムについて教えて下さい。それがアドバンスドタイプの母というのは、どう言う意味ですか。」

ジャンヌの言葉に、ダリオンはニヤリと笑う。

「良いですよ。まあ……言葉の通りなのですがね。このカプセルの中に入っている脳……そしてそれに繋がれている無数のケーブル、そしてこの部屋……全てを含めて、これらをEVEシステムと言います!そしてこれこそが、今までアドバンスドタイプを生み出してきた、我等アドバンスドタイプの偉大なる母なのです!」

ダリオンは高らかに言葉を発した。が、この言葉だけではこの男の言う、EVEシステムとは何かが分からない。ただ、それが〝アドバンスドタイプの母〟としか言っていない。何が言いたいのかが、全く分からないのだ。

「貴方の言っている事は説明になっていません。EVEシステムが、アドバンスドタイプの母という事がどう言う意味なのかを、教えて下さい。」

何度もダリオンに対して問うジャンヌ。男は彼女の台詞を聞き、一度溜息を吐き、言った。

「答えましょう。簡単に言えばこれが真実ですよ。アドバンスドタイプのね。」

「この機械が、アドバンスドタイプの真実と言うのですか?」

具体的に答えようとしないダリオン。この男は〝EVEシステム〟〝アドバンスドタイプの母〟といった言葉ばかりを発すばかりで、更にはそれがアドバンスドタイプの真実という発言をした。これにより、レイとジャンヌは更に混乱する事になる。

「分かりにくいですかね、ジャンヌ嬢。では教えましょう。アドバンスドタイプの真実……EVEシステムの事について!!」

ようやく、ダリオンは謎の装置、EVEシステムについて語り始める。この奇妙な機械は何を示しているのか?それはダリオンの口から語られる事となる。

「そもそもアドバンスドタイプは遥か昔……約百四十年前から謎に包まれている存在として突如地球圏に出現しました。その能力は貴方方が実際に体験した通り。」

アドバンスドタイプには常人とは思えない能力が数多く備わっている。シンギュラルタイプを遥かに凌駕する空間認識能力、独自の血中成分、ディヴァインセルによる血液の甘み、自己再生能力、そしてレイが最も悩んだイズゥムルートと呼ばれる碧色の光。

特にイズゥムルートは光を見た人間の脳に反応し、その人間の攻撃的本能に過剰に反応し、相手の戦意を喪失させる。

この光が輝く条件としては、アドバンスドタイプである本人の生命の危険や、過度なストレスに襲われた状況等が該当するとされているのだが、そのメカニズムは現在も分かっていない。

 アドバンスドタイプはこれらの能力を持っており、オールドタイプと呼ばれる一般の人間と比較して寿命も長いと考えられる。常人よりも生き延びる為の機能が数多く備わっているからだ。特に自己修復能力はオールドタイプの数十倍と言われており、全ての病気、怪我に対して自己を修復する力がアドバンスドタイプには備わっている。

「では何故このような素晴らしい力を持った人間が生まれたのか。その人間はどこから現れたのか……その答えこそ、このEVEシステムにあります!いや……答えそのものと言うべきか!」

そう言って、ダリオンはEVEシステムと呼ばれる、カプセルの中に浸っている脳を指差した。これに対し、ジャンヌは信じられないといった様子で、ダリオンに言う。

「その……カプセルの中の水に浸っている脳がアドバンスドタイプを作り出したと言うのですか?」

明らかに動揺しているジャンヌ。ダリオンは彼女に対し、自慢げに言った。

「そうですとも!EVEシステム……それはかつてアドバンスドタイプという、オールドタイプやシンギュラルタイプを遥かに凌駕した人類を作りだした偉大なる母とも言えるシステム!この装置こそが、EVE……つまりは私達、アドバンスドタイプの母だと言う事!」

「それってつまり、この機械が人間を作ったって事ですか!?」

普通、機械が人間を作るなど誰が想像するだろうか。だがダリオンの言葉は明らかにその旨のニュアンスを汲んでいた。この為、レイは恐る恐る聞いたのだ。

「そうだとも!まさにその通り!EVEは人間を生み出した!より優れた人種、アドバンスドタイプを!」

レイの眼は見開かれたままだった。機械が人間を作り出すなど、常識では考えられない……そう思っていたからだ。

「本当の……事なのですか……?」

それを知らないジャンヌも、ただ、驚愕するばかりだ。しかし、その傍でエファンは無言で、ただ黙るだけ。

「そうですとも。今からもっと具体的なEVEシステムについて教えてあげましょう!貴方方はここに来たからには、真実を知る権利がある!いや、そもそもそれが目的で我々は火星まで遥々と来たのだから!!」

ダリオンは更に高揚を続け、いつしかその気持ちの高ぶりは最高潮に達していた。彼はこの装置、EVEシステムをまるで崇拝しているかのように尊敬している。この事について語れる事が、今の彼にとって何よりの至福だったのだ。

「今から約百四十年程前、ある人間達が極秘にこの未開の地、火星に到着し、この施設を作り出した。今の人類……すなわち一般人とされるオールドタイプ、空間認識能力に優れたシンギュラルタイプを遥かに凌駕した人類、アドバンスドタイプを作り出す為に!」

「何故、そのような事をする必要があったのですか?」

火星に来てまで当時の人類がアドバンスドタイプを作り出したという真実。当然ジャンヌは疑問を抱く。アドバンスドタイプを作る理由が分からないからだ。

「勿論私は調べましたよジャンヌ嬢。そして答えを見つけた。その結果、一層興味を持った……」

次の瞬間、ダリオンはそっと息を飲み、大声で高らかに叫ぶように言った。

「アドバンスドタイプッ!それはかつてのデウス帝国が更なる戦力増強の目的で作り出そうとされた、進化した人類の事だったのだッ!!!」

ダリオンが語った衝撃の言葉。それはアドバンスドタイプがデウス帝国の戦力増強の目的で作り出された存在だと言う事だ。力を持ちつつも、アドバンスドタイプと言う存在を分かっていなかった彼等は、ダリオンの言葉によって事実を知る事となる。

 しかし、そのような事など簡単に認められる筈が無かった。ジャンヌはダリオンに対し、反論する。

「貴方の言葉は本当なのですか?私は、信じられません……アドバンスドタイプが、その為に作られていたなど……」

「そ……そうですよ!それに……機械が人間を作り出すなんて無茶苦茶です!」

レイとジャンヌはそれぞれダリオンに対して言った。そもそもこの機械がアドバンスドタイプを作り出したと言う事など信じられない上、目的がデウス帝国の戦力の為など、明らかになる真実に対し、彼等は混乱していたのだ。

 そこへ水を差すかのように、エファンは口を開いた。

「ジャンヌ・アステル。レイ・キレス。ダリオン・イブルークの言っている事は全て正しい。お前達がいくら疑問を抱こうと、無駄だ。事実なのだからな。」

「貴方は何故……そう言い切る事が出来るのですか?」

混乱する中で、ジャンヌはエファンに言った。

「何度も言わせるな。私は心が読める。つまりダリオン・イブルークの心の中を読み、それが真実である事を分かっているから伝えている。ただ、それだけだ。」

このエファンの言葉を聞き、ダリオンは笑いながら言った。

「いくら私が事実を述べても、貴方だけが動揺する様子を見せない理由がよく分かりますね!心を読まれると言うのは不思議な気分ですが……まあ、良いでしょう!」

驚愕の事実を前に、動揺するばかりの二人。それらとは対照的な、エファンとダリオン。

「私は嘘を吐かないのにも関わらず、アドバンスドタイプという、世間一般で認められない存在の為に嘘吐き扱いされる事があります。しかし貴方がいてくれるだけで、私の言葉は本物の言葉と認識されるでしょう!エファン・ドゥーリア!貴方には感謝しますよ!」

ダリオンは、エファンの力を利用しようとしていた。と言うのも、エファンの相手の心を読む能力があれば、ダリオンの言葉を信用しないというジャンヌとレイの言葉を相殺出来ると考えた為である。

「デウス軍がアドバンスドタイプを生み出すきっかけとなったのは、人類史上初の宇宙戦争、クリスタルウォーがきっかけでした!それは地球連邦軍のやり方に疑問を抱いた宇宙の民であるデウス帝国が侵攻をした大規模な戦争だった!これは貴方方も歴史で学んでいる筈。」

現在の年号はP.C。これは六年前に終局を迎えたデウス動乱の終盤で今は亡きチャール・ポレクが当時の年号であったC.Wに対し、これ以上戦争を続けることに意味があるのか?と異議を唱えた為に、年号が変わった。

 P.Cの以前の年号であるC.W。この年号になったのも、百五十年以上前から存在している当時のデウス帝国軍が地球連邦に攻撃を仕掛けてきた為であった。年号がC.Wに変化するきっかけとなった当時の戦争名、クリスタルウォー。この戦争によりデウス帝国は地球連邦軍に敗北する事になったのだが、この後でデウス軍は地球連邦に対して再び戦争を起こそうと考えていた、その中で当時のデウス軍は極秘裏に、あるプロジェクトを実施しようとしていた。それこそがダリオンの言う、EVEシステムによるアドバンスドタイプの生産であった。

「当時デウス帝国を圧倒的な力でねじ伏せた、史上初のMSである、ファースト・ガンダムと呼ばれる存在!そのパイロットはシンギュラルタイプだったという説がある!それに対抗する為にデウスは強力な力を持つ人間を作り出す必要があった!」

C.Wに年号が移る前に起きた戦争、クリスタルウォーに投入された史上初のMS、ガンダム。現在では多数存在するガンダムタイプと区別をする為、ファースト・ガンダムと呼ばれているそれは、当時は圧倒的な力を持つ機体として戦場に君臨していた。そのパイロットはホワイト・デーモンという名前が付けられており、シンギュラルタイプである説が濃厚だった。しかし当時の出来事が記載されているデータ等は現在、確認されておらず、不明慮な事実となっている。

「当時のデウスはファースト・ガンダムとそのパイロットを大いに恐れた!だからこそデウスはこれらに対抗出来る強力な人間を作り出す必要があると判断しました!それこそがアドバンスドタイプ!アドバンスドタイプはシンギュラルタイプを超える存在を目指して造られた、進化した人類なのです!」

語られる事実。その言葉を遮るように、ジャンヌは言った。

「強力な人間を作り出す必要があるという事は分かりました。ですが、何故このような辺境の地にそれらを作り出す装置を置く必要があったのですか。」

彼女の言葉に対し、ダリオンは言う。

「それらは今から語ります!静粛にしていて下さい、ジャンヌ嬢!」

「ええ……」

まるでダリオンに叱りつけられるようだった。ジャンヌは黙り、ダリオンの言葉を再び聞く。

「当然、この地に何故シンギュラルタイプを超える、強力な人間を作り出す必要があったのか、私は調べました!そしてこの施設に残されている資料を見た結果、この施設はデウス軍の中でも極秘に作り出されたものなのです!地球圏にこのような装置を作り出してしまっては地球連邦に発見されて叩かれてしまうのは目に見えていると考えた当時のデウス軍はこの辺境の地、火星にEVEシステムを作る事を決意したのです!」

地球連邦打倒の為に、シンギュラルタイプを遥かに凌駕する人間を作り出すプロジェクトを提案していたデウス軍。当時の彼等は地球圏ではなく、火星に巨大な装置を作った。それがEVEシステムである。

「そしてここからが肝心ですよ?EVEシステムはね、只の機械ではなかったのです。このカプセルの中の脳が全てを表していると言えるでしょう。ジャンヌ嬢、察しの良い貴方ならば答えられる筈です。是非、答えて頂きたい!」

突如ジャンヌに答えを求め始めたダリオン。普通の人間ならば何を答えれば良いか分からず、困惑する所だろう。

だが、ジャンヌは答える。彼の言葉が意味するもの……キーワードは、〝脳〟。ダリオンから与えられたヒントはそれのみ。しかしジャンヌにははっきりと分かった。これが意味する物は何なのかを。

「EVEシステムは……意思を持つ機械と言う事ですか?」

そう答えた時、ダリオンは手を数回叩き、大きく叫んだ。

「その通りです!!!偉大なるEVEは、MSのように人間の思うままに

操り、動く機械ではない!自分で考え、自分で行動する、それも人工知能を遥かに超えた意思を持つ機械……それがEVEなのです!」

彼の言うように、EVEシステムはかつて、意思を持つ機械として火星のこの場で機能していた。意思を持つ機械と言うと、普通ならば自律回路や人工知能を想い浮かべる人が多い。これらも自分の判断で行動している為、意思を持っているようなものだからだ。

「人工知能とは違うというのですか?」

「勿論!人工知能のような、所詮プログラムされた思考回路とは訳が違います。何故ならば、EVEシステムはプログラムなどされていない、完全に人間と同じ意思を持った機械なのだから!!」

人間と同じ、意思を持った機械……それがEVEシステム。この時点でも多くの疑問がジャンヌとレイには浮かんだのだが、ダリオンはそれに構う事無く語り続ける。

「強力な人類、アドバンスドタイプを作り出すには普通の人間には決して不可能だった……しかし!デウス帝国の領土内で、奇跡的な遺伝子を持つ人間が生まれた!その人間の性別は、女性!生憎名前のデータは不詳だが、その女性には遺伝子の構造が常人とは少し違っていた!そして、違った遺伝子構造が生み出したモノ……それこそが、我々アドバンスドタイプの血液内に存在する、アドバンスドタイプの源とも言える物質、ディヴァインセルだと判明したのです!」

「そんな事って!じゃあその人は生まれつき僕達の様なアドバンスドタイプの力を突然持っていたって事ですか!?」

レイはダリオンに言った。

「いや……決してそういう訳ではないのだよ。ディヴァインセルは確かに宿ってはいたが、その女性は我々のような力を持っていなかった。あくまでも彼女はシンギュラルタイプだったのだ。しかし……ディヴァインセルを調べて行く内に、それは素晴らしい能力を秘めている事が判明した!」

それは彼が残した研究である。自身の身内を犠牲にして得た、研究だ。

「それこそが、私達の持つ、力……」

現在に生きるアドバンスドタイプ達の血液中に流れる成分、ディヴァインセル。それは過去に突然変異で発生した一人の女性が体内に宿していたものだった。だが彼女は現在のアドバンスドタイプ達の様な力をもっていない。では何故、今の彼等はディヴァインセルによる恩恵を受ける事が出来ているのだろうか。

「その女性はディヴァインセルを身体に宿していながら、その力を発揮出来なかった……しかしデウス軍はディヴァインセルの構造を把握した上でそのDNAを書き替えました!しかし問題が生じたのですよ……これ程素晴らしい力を備えているディヴァインセルだったのですが、それをいくら普通の人間に細胞移植をしてもディヴァインセルはその人間の体内で消滅してしまう!」

〝消滅〟という部分を誇張したダリオン。それを聞き、レイはダリオンから少し顔を逸らす。何故ならば、彼はディヴァインセルを細胞移植されてそれを受け入れる事が出来た特別な人間だから。

「そこでデウス軍は火星にこのEVEを長い期間掛けて極秘に建造し、ディヴァインセルを宿した女性の意識をあの脳に移したのです!あの脳は彼女の脳と人工的に作り出した脳を合体させたもの!故にディヴァインセルは存在しています!これが、EVEが意思を持つ機械と言われる所以なのですよ!」

女性の意識が機械に移され、あろう事か人工的に作り出した脳と、本人の脳が合体するという、明らかに人道に反している行為を行っていた当時のデウス軍。その事実に驚愕する、レイとジャンヌ。

「こんな事が……人間の意識を機械に移すなんて……」

「酷い……そのような事が過去に行われていたなんて……」

このような残酷な行為は過去のデウス帝国に留まらない。新生連邦軍もリノアスの脳のみを摘出し、ヴァイダーガンダムのコアとしていた事もある。人は兵器を操る為や戦力増強の為には人という概念さえも捨てる事を強いられる事があるのだ。余りに、酷い仕打ちと言えた。

「全て事実だよレイ君。私は一切嘘を吐いていない。これらの事実も火星の資料に記載されていた事だからね。」

明らかになる事実に更に戸惑う両者。その中で、レイはある疑問を抱く。

「でも……脳だけ移植した所でどうやって人間を作り出すんですか!?」

レイの疑問に、ダリオンはしたり顔を浮かべて語る。

「最もな疑問だよ、レイ君。確かに脳だけで人間は作れない。しかし人の脳は身体の随意的な運動の司令塔として機能している。あのEVEシステムを象徴する脳は無数のケーブルに接続されている。これがどういう意味か分かるかな?」

「え……それって……?」

レイが動揺していると、ダリオンは静かに笑った後、言った。

「答えは簡単!あの脳が指令を出し、この施設にある、既存の人間から採取した精子と卵子を結合させ、生まれた人間をカプセルに保存して育てる!これこそがEVEの仕組みだ!君が知りたがっていた、機械が人間を作ると言う仕組みが今、明らかになったと言う訳だ!!」

EVEシステムがアドバンスドタイプを作り出す仕組みというのは、EVEシステムの脳がその意思で施設内にある採取した精子と卵子を結合させるというものだった。やがて作られた人間はEVEシステムによって管理される。意思を持つ機械、EVEシステムは人間を作り、育てる事も出来るのだ。

「しかし問題が発生した。EVEが人間を育てるには十五年の月日を要したから!つまり、EVEは十五年かけて自身が作り出したアドバンスドタイプを育てなければならなかったのです!」

「十五年も時間を掛けて、アドバンスドタイプを作り出していたのですか!?」

ジャンヌは驚きながら言った。

「そうですよ。その間、死ぬ人間は多く存在しました。いくら採取した精子と卵子を結合させても、上手く生き伸びる事が出来るのはほんの一握り。だから死んだ人間の臓器等はEVEが保存していたのです。あの並んでいるカプセルの中にある、無数の臓器!それは全てアドバンスドタイプとして育てられる筈だった人間達のものなのですよ!」

と、ダリオンはEVEシステムの裏側に存在するカプセルに指を差した。そこには無数のカプセルが存在し、中には心臓や脳等の臓器が多数存在していた。

「じゃあ僕達がアレンさんの為に持ち帰ろうとしているのって……ここで死んだアドバンスドタイプの人間の心臓って事ですか!?」

「いや、正確には違う。死んだアドバンスドタイプは大体が十歳から十四歳とされている。アレン・レインドの心臓には適合しない!あの心臓は全て、死んだアドバンスドタイプのものをEVEが自ら加工したものなのだよ。」

ダリオンが言った後で、ジャンヌは疑問を抱き、口を開いた。

「何の為にそのような事を?」

「それは十五歳になって地球圏に成長したアドバンスドタイプを飛ばし、万が一そのアドバンスドタイプが何らかの事故や身体の欠損が生じた時の為に、EVEが用意していたものなのです!素晴らしき母親の愛情!これらは全てEVEシステム一人で行った事!偉大なその存在!この脳こそが我等アドバンスドタイプの全ての母!!」

ダリオンの話の中の、地球圏に成長したアドバンスドタイプを飛ばすという言葉が気になったレイは聞いた。

「地球圏にアドバンスドタイプを飛ばすって……どういう事ですか!?」

この疑問に対してダリオンが答えようとした時、代わりに口を開いたのはエファンであった。

「答えてやろう。十五歳に成長したアドバンスドタイプはEVEが用意した移動用のカプセルに入れられ、地球圏まで宇宙空間を飛ばされる。そして地球圏で見つかったカプセルは当時のデウス帝国の人間によって回収され、教育を受け、アドバンスドタイプとして立派な兵士に生まれ変わる……これが、デウス帝国によるアドバンスドタイププロジェクトの全容だ。」

ダリオンはエファンの方を見て茫然とした。まるで、彼がその流れを体験してきたかのような、あまりに自然なトーク。エファンは腕を組み、静かに笑っている。

「エファン・ドゥーリア。何故、貴方がそれをご存じ――」

「すぐに分かるさ。すぐにな。」

ダリオンの言葉を、エファンは遮った。

「しかしそんな非効率なやり方で兵士を増やすなど……宇宙には何があるか分かりません。隕石に衝突し、それで命を落とす危険性だって……」

「そうだ。だからこの計画はそもそも破綻している。十五年という長過ぎる歳月を待たなければならない事や、それまでに死ぬ人間の数が多過ぎる事。更に十五歳を迎えて地球圏まで飛ばされてもその間に命を落とす者も数多く存在した。まあ、奇跡的に生き延びて子孫を残すに至る人間もいるがな。」

「それが、私達だというのですか……」

「その通りだ。アドバンスドタイプの力は遺伝する。お前の母、ターナ・アステルもアドバンスドタイプだっただろう?」

殺された母の話をされ、ジャンヌの表情が険しくなる。増して、語っているのがその仇だ。それを前にして、ジャンヌは穏やかな表情を浮かべられる筈が無かった。

「ダリオン・イブルーク。お前もアドバンスドタイプの父か母を持っていた筈だ。」

「それは私もよくご存じですよ。アドバンスドタイプは遺伝するとされています。私はそのルーツを知る為に研究を続け、そしてそれらを知る事が出来た!貴方はよくご存じの様ですが、まさか貴方もアドバンスドタイプについて調べられたのですか?」

「さあな」

ダリオンの言葉に対し、エファンは冷たくあしらう。まるで、何かを隠している様子だったが、エファンは一切口にしようとはしない。

「続きを語らないのか、ダリオン・イブルーク。少し水を差してしまったが、お前の言っている事は全て真実。語ってやれ。」

「言われなくとも……」

まるでエファンに脅されているかのようだった。ジャンヌとレイは何も知らないが故に、ダリオンの言葉に驚愕するばかりだがエファンは何も感じていない。まるでそれらを分かっているかのように振る舞うだけだ。

「結局、アドバンスドタイプのプロジェクトは失敗に終わりました。その結果、火星に残されたEVEは何も知らず、ただずっとアドバンスドタイプを作り続けていたのです。十五歳を迎えたアドバンスドタイプを地球圏に送り出し続ける。悲し過ぎる、意思を持った機械。それがEVEシステムなのですよ……」

デウス帝国が見限ったのにもかかわらず、EVEは機能し続けていたのだ。デウス帝国の戦力増強の目的を信じ続け、彼女はアドバンスドタイプを作り続けた。多くの我が子とも言える人間が死んでいく中で、悲しみに暮れながら。

「そんな事が……過去にあったなんて……」

機械とはいえ、意思を持つEVEシステムはデウスの繁栄の事だけを信じ、ただアドバンスドタイプを作り続けた。その中で生き延びた人間がごく僅かだったとしても……

「じゃあ、EVEシステムは今も生きているんですか!?」

レイが聞いた。それに対し、ダリオンは俯いて答える。

「……生憎だが、EVEはもう動かない。既にその機能を停止しているのだ。」

「もう動かないって……死んでるって事ですか!?意思を持ってるとは言え、機械の身体なのに!?」

「それは私も分からないのだよ……アドバンスドタイプの事で興味を持ち、過去に私が火星に行ったと思えば、彼女は既に機能を失っていた。幸い、カプセルに浸っている臓器はフレッシュな状態だが、結局彼女の死の真相は分からずじまいという訳だ。」

ダリオンは首を横に数回振りながら言った。それも、残念そうな表情で。

 

――アドバンスドタイプの正体……それは、火星で作られた人種であると言う事です――

 

四日前にダリオンが言っていた事。それはEVEシステムの事だったのだ。全てが明らかになった今、レイはただ、唖然とするばかりである。機械がアドバンスドタイプという人間を作り、そして地球圏に向けてカプセルに入れて射出していたという事実。これが全てのアドバンスドタイプの始まりなのである。

今までの常識が覆されていく。レイは、そのような気分に陥った。そもそも機械がその意思でアドバンスドタイプという人間を作るなど、常軌を逸している。生物クローンの技術により、未受精卵を用いた核移植や受精卵を用いて元の生物個体と同じ遺伝情報を持つ生物を作り出す事が出来る事は、レイも知っていた。だがそれらから人を作り出すと言う事は倫理的禁忌とされており、そうした技術そのものを扱う事も、禁忌とされている。

しかしあくまでも、これらは人が居るからこそ成り立つものであるとされている。男女が性交渉、或いは互いの精子、卵子を使う事で成り立つ仕組みだ。

EVEシステムは自らの意思で作り出した精子と卵子を結合し、アドバンスドタイプと呼ばれる、“人間”を育てるに至ったというのか。人工的にそのような事が出来ると言うのか。明らかになる謎がある上で、疑問に残る謎もある。ただ一つ言えるのは、アドバンスドタイプは作り出され、デウス帝国の戦力になる存在だったと言う事である。

「真実は分かりました。でも、私達にはやらなければならない事があります。EVEシステムが残した人工心臓。それを持ち帰り、早くアレンの元へ行かなければならな――」

 

パァンッ

 

ジャンヌの足元を、銃弾が突き刺さった。どこから撃たれたものかを確認するジャンヌ。やがてダリオンの方向を見ると、彼が銃を持っているのが分かった。

「ダリオン。これはどう言う事ですか。」

「言いませんでしたかな?EVEシステムの目的はデウス帝国の戦力を増強する兵士、アドバンスドタイプを作り出すこと。しかし今EVEは機能を停止している。つまり、もうアドバンスドタイプを作り出す事は出来ないと言う事!ならば既存のアドバンスドタイプである貴方方に協力してもらうしかもう道は残されていないのですよ!」

「そんな、それってつまり……!」

「そう、貴方方には協力してもらいますよ。機能を停止した悲しき偉大なる母、EVEシステムの意思を継いでもらいます!そう、全てはデウス帝国の為に!デウスに栄光の輝きを!!!」

余りに強引な展開に、レイは言葉を無くしていた。ここにアドバンスドタイプの人間達を誘ったのも、全てはデウス帝国の繁栄の為。ダリオンの目的は、最初からそれが目的だったのである。

「あの時アドバンスドタイプが素晴らしいとかどうのって言っていたのって……それと、アドバンスドタイプを増やして……それで認めて貰おうって……あれは嘘だったんですか!?」

レイを自らの屋敷に招いた時の話だ。その際の男の言葉が、レイに思い出されていく。

「ああ、あの時の話か。あれは本当だよ。私はアドバンスドタイプを認めて欲しい存在と思っている。だからこそ数が必要な訳だ。だから君から精子を採取した。そして如何にそれが素晴らしい事かを君に説明した。まあ、それらの目的の全てはEVEシステムの本来の目的である、デウス帝国の戦力増強の為とは一言も発しなかったが!」

「そんな事の為にあんな事をしたんですね!?これじゃあ騙しているのと変わらない!」

レイが自身の力で悩んでおり、それに対してダリオンが真相を話した時の事。彼はダリオンを酷く憎んでいたが、今回の件で一層許せないと感じていた。目的の為に他者を不幸に陥れるこの男。ダリオン・イブルークの為に、レイの家族を始め、彼に関係する人間を不幸にしてしまった。

レイは、これ程に怒りを感じた事が無かった。全ては彼の目的……即ちデウス帝国の戦力増強という目的の為に、自分が利用されていたと言う事。それを知り、レイは憤りを感じている。

「許せない……そんな目的の為に……僕にディヴァインセルを移植して、それで僕をアドバンスドタイプにしたんですね!?」

「全てはそれに繋がるね。まあ、真実を知った所で君は偶発的に生まれ、人工的に作り出されたアドバンスドタイプである事に代わりは無いのだが!?ハハハ!どの道君達にはデウス帝国の為に役立ってもらう!その為にここに君達を呼んだのだからね!」

ダリオンはジャンヌとレイをおびき寄せる為にここに呼び出した。彼等の目的であるアレンの救出など、ダリオンにとっては全く考えてもいない事だったのだ。彼はあくまでもデウス帝国の為にアドバンスドタイプを集めただけに過ぎない。それは彼等の意思、目的など関係がなかった。

 真実は明らかになった。しかし、その代わりに彼等はデウスの為に戦う事を強いられる形となった。しかし今、抵抗できる手段は何もない。それはレイも、ジャンヌも同様だ。

この中で武器を持っているのはダリオンのみ。逆らえばダリオンに撃たれる危険性がある。とは言え、何もしない訳にも行く筈がない。彼等は一刻も早く、アレンの為に人工心臓を回収する必要があったからだ。

「さぁ、デウス帝国再興の為に尽力しよう!無念にも機能を失った母、EVEシステムの意思を我らが受け継ぐのだ!ハハハハハ!」

狂気とも言える笑い声を上げるダリオン。この男に対し、何も出来ないレイとジャンヌ。このままアレンの死を待ち、自分達はこの男の思うままに動く駒となってしまうのだろうか――と、彼等は考えていた。

 

「EVEの意思。それはデウス帝国の戦力増強。ダリオン・イブルーク。お前は本当にそう考えているのか?」

すると、エファンが突如口を開いた。腕を組み、睨むようにダリオンを見る。

「突然何を言いますか、エファン・ドゥーリア。」

「お前はEVEシステムの事を本当に知っているのかと聞いているのだが?」

明らかにダリオンに対して敵意をむき出しにしているエファン。その様子に、ダリオンは多少冷や汗を掻いた。

「知っているも何も!EVEはデウス帝国の為に作られた、意思を持つ機械!私はその意志を継ぐ為に皆さんに集まって貰ったのです!貴方こそ何を仰るか!それは事実でないと言いたいのか!?」

エファンはダリオンに対して言った。

「そう、確かにEVEの目的はあくまでもデウス帝国の為の戦力増強。それによるアドバンスドタイプを作り出す事。それが目的。しかしお前は知らない。EVEがその機能を停止した理由を。」

アドバンスドタイプの事について調べたダリオンですら分からなかった、EVEシステムの機能停止の理由。それをエファンはまるで知っているかのような口ぶりで言っている。この男はダリオンの話を聞いている間も、まるで内容を理解しているかのように終始黙っていた。時折口を挟む事があったが、基本的にはジャンヌ達と違い、動揺する様子を見せていない。

「ずっと気になってはいました。貴方が何故アドバンスドタイプの事をこれ程に知っているのか、EVEの事を知っているのか!?貴方も私と同様、資料を調べたというのですか!?」

ダリオンは必死になって、エファンに対して言った。

「違うな、私の場合それを調べる必要すらない。」

「それは、どういう意味だ……?」

彼の表情は険しくなった。対照的に、エファンは相変わらず腕を組み、ダリオンを睨みつけるように視線を送りながら語る。

「せっかくだ。EVEの事について教えてやろう。」

エファンは目の前にあるEVEシステムの方をちらと見た後で、口を開いた。

「EVEがその機能を停止したのには理由がある。一つはこれ以上自分の子供とも言えるアドバンスドタイプ達が死ぬのを見たく無かった事。そしてもう一つは、子供であるアドバンスドタイプ達が仮に地球圏に着いた所で戦争の道具として利用される現実に耐えられなくなった事。これらが関係している。」

エファンから語られる、EVEシステム機能停止の真相。何故この男がその事を知っているのか?それを知る者は、この場にいない。

「EVEは意思を持っている。それはつまり、人間と同様の思想回路を持っているという事。それ故に悲しみや憤りを感じる事もある。感情を持つ機械、それがEVE。EVEは絶望したのだ。人類が様々な文明を築き上げる一方で、互いに戦争をしてその数を減らし続ける愚かな人類にな。」

「それらとEVEが機能を停止した事に何の関係があると言うのだ!?」

ダリオンの言葉がエファンに浴びせられるが、エファンは構う様子を見せずにダリオンを睨み続ける。

「早い話が、EVEはデウスの為にアドバンスドタイプを作る気等全く無かったと言う事だ。」

「何……!?」

ダリオンの表情が苦渋に満ちている。それを見てエファンは追い打ちを掛けるように、じっと彼を睨みながら話を続ける。

「彼女は火星で最初はデウス帝国の為を信じ、アドバンスドタイプを作り続けた。しかし余りに多くのアドバンスドタイプが十五歳を迎える前に死に絶える現実。更に、十五歳になったとしても地球圏で生き延びているとは思えない過酷な状況。自分の子供が死んでいく現状を見続けなければならないEVEは悲しみに暮れながらもデウス帝国の為に尽力していた……」

エファンから語られる言葉に、三人は耳を傾けた。

「しかしある時に彼女は気付いた。このままアドバンスドタイプを作り続けても、結局は戦争の道具に使われるだけ。人間同士、無駄な争いの道具に使われるだけ……と。元はと言えばシンギュラルタイプの存在に対して対抗する為に力を持つ人間を生み出そうとしたのが始まり。結局は人間は力を持つ為に争いを続けるのだ……と。何故自分は悲しい思いをしてアドバンスドタイプを作らなければならないのだ――と。」

エファンは溜息を吐き、引き続き語る。

「そしてその結果、彼女はアドバンスドタイプを作る事を止めた。ある、一人のアドバンスドタイプを生み出し、地球圏に送り込んだ後で彼女は自らの命を断った。自らの意思で、カプセル内に施設内にあった毒を充満させた。これにより彼女は機能を停止した。EVEが機能を停止したのには、こうした経緯があったと言う訳だ。」

何故エファンはダリオンが知らなかった事を知っているのか。その真相は果たして本当なのか?出鱈目ではないのだろうか?と、ダリオンは思っていた。

「な、何を根拠にそのような事を!?滅茶苦茶だ!憶測も大概にして頂きたいものだ!EVEはデウス帝国の為に尽力した!ただそれだけ!だからこそアドバンスドタイプの母であるEVEを崇拝する私はデウス帝国の再興の為にアドバンスドタイプである貴方方を――」

「黙れ、殺すぞ」

その時、エファンの強烈なプレッシャーがダリオンに向けられる。冷徹で、尚且つ残忍なエファンの目つきがダリオンを捉えて離さない。

「だ……大体……貴方はEVEの何を知っている……!?」

プレッシャーを与えられながらもダリオンは口を動かす。これに対し、エファンはそっと息を吐き、口を開いた。

「私がEVEの何を知っているかだと?フン……私だからこそ、分かるのだ。何故?それはな……私がEVEの意思を直接引き継ぐ、EVEによって作り出された、最後のアドバンスドタイプだからだ!!!」

エファンの言葉を聞き、ダリオンは目を見開き、口をゆっくりと開いた後で

「なぁぁァァァんだとぉぉォォォ!?」

と、大声で叫ぶように言った。

「なんですって……!?」

「作り出されたアドバンスドタイプって……?」

これを聞き、驚愕する二人だが、それ以上にダリオンは混乱していた。

「な、何を馬鹿な!?根拠が無い!その発言こそ出鱈目!滅茶苦茶だ!嘘、偽り!私を動揺させるつもりなのだろうが、そんな事私に通用すると思っているのか……!?」

「嘘ではない。真実だ。私こそがEVEによって作られ、尚且つ気に病むEVEの意思を受け継いだアドバンスドタイプだ。今私の年齢は二十八。つまり、地球圏に私が現れたのは十三年前。つまりはデウス動乱の最中にされた事になるな。」

ダリオンの顔は、最早先程までの笑みが見えない。明らかになるエファンの正体を知り、その正体を認めまいと必死に否定するばかりだ。

「仮に貴方が造られたアドバンスドタイプとしよう……しかしその意思を継いだというのが、意味が分からないな!何故EVEはそのような真似をする必要があった!?貴方の誇大妄想には聞いて呆れるな!」

EVEシステムを崇拝しているが故に、この事実を否定したがっているダリオンだが、エファンはそんな彼の心境を読まず、腕を組んで語り続ける。

「誇大妄想だと?EVEがどのような心境でアドバンスドタイプを作り出していたかも分からんお前が何を偉そうに語るか。デウス帝国の為にと信じ続け、多くの我が子とも言えるアドバンスドタイプ達を犠牲にしながらも懸命に育て上げ、そして地球圏に送り込む。その行為を続けさせられる事が、彼女にとってどれ程辛かったか!全ては、戦争に於いて優位に立とうとする人間のエゴが招いた事だ!」

熱弁するエファン。この言葉を聞き、ダリオンは更に動揺した。

「で……出鱈目だ……!滅茶苦茶ばかり言って!」

強がるが、彼の表情は明らかに焦っている。エファンがEVEの全てを知ると自負する為、疑わずにはいられないのだ。

「ならばお前達の真実について教えてやろうか。EVEによって直接作り出された、私がな。」

エファンは口を開く。そして、“真実”を語る。今から彼が語る事とは、一体……?

 

「ダリオン・イブルーク。お前の先祖であるミューノ・シェバスは優秀な女性パイロットだった。最も、活躍したのは当時の地球連邦軍の兵としてだが。そこから引退した彼女は男と結婚した。その名前はバイン・イブルーク。この名前に聞き覚えは?」

「ななな……何だと……!?」

自分の先祖の名前を言い当てられたダリオン。最初は動揺するが少し冷静になり、彼は言う。

「ふ、フン!どうせ私の心を読んだのだろう?知っているぞ!」

「心を読んだ所でミューノ・シェバスがどのような人間かが分かると思うか?彼女はEVEによって作り出されたアドバンスドタイプの一人。私はEVEの意思を継いでいる。どのようなアドバンスドタイプが存在したのかなど、私には全てが分かる。」

エファンの言葉に、動揺を隠せないダリオン。

「そしてお前はいつしかデウス帝国の発展に注ぐ為、アドバンスドタイプについての研究を行った。アドバンスドタイプの持つ、自然治癒力についての研究やアドバンスドタイプの遺伝の研究。自らの家族を犠牲にしてまで得た知識。デウスの発展の為の異常な研究。お前のそのエゴによって両親祖父母が殺されるというのは余りに酷な話だな、ダリオン・イブルーク。」

以前、ジャンヌがアレンに見せた論文の話をしているエファン。ダリオンの行った異常な研究を語られ、彼は握り拳を作っている。

「前に言ってた研究って……ダリオンさん、そんな事を……!?」

衝撃の事実にレイも驚愕する。ダリオンという男の狂気を、エファンから聞かされた事で、目の前にいる男がより、恐ろしく、その上で忌むべき存在であると、レイは認識したのだ。

その後、エファンはジャンヌの目をちらと見る。そして、口を開く。

「ジャンヌ・アステル。アステル家のその真相についても教えてやろう。」

「アステル家の、真相……?」

一体何を言っているのか……といった様子でジャンヌはエファンの顔を見る。

「アステル家は代々様々な兵器を製造している一族です。名をアステル・システムズに変えたのはデウス動乱時ではありますが、そもそもの歴史は百年以上にも及びます。貴方の言う、真相とは?」

「その歴史の中で、アステル家の先祖は実は元々あった一族の名から突然変わった存在である事をお前は知っていたか?」

「え……?」

エファンが語った言葉で、ジャンヌは凍りついたように口の動きを止めた。アステル家が突然変わった存在と語るエファン。それは何の事を言っているのかが気になったレイが口を開く。

「アステル家が突然変わった存在って……?」

するとエファンはすっと息を飲み、静かに口を開けた。

「元々、アステル家の前にはセミナード家という貴族が存在していた。セミナード家は代々世界中の兵器を扱う一族として敬われ、時には恐れられた。しかし、ある日にディヴァイン・アステルという男がセミナード家に仕える振りをして次々と暗躍し、やがてセミナード家を完全に支配した。それ以後、アステル家という名前で現在も武器やMSを作り出す存在として世に名を轟かせている。ディヴァイン・アステルはやがて隠蔽工作を行い、かつてその名を轟かせていたセミナード家は黒歴史と化した。そこからアステル家の歴史は始まったのだ。」

エファンの言う、ディヴァイン・アステルとはEVEシステムが作り出した男性のアドバンスドタイプである。つまり、ジャンヌはディヴァイン・アステルの子孫と言う事になる。元々存在していた有名貴族であるセミナード家が彼の暗躍により、アステル家へとその名を変えた。

「嘘……でしょう……?」

ジャンヌの目に変化が訪れた。見開かれたままで、呆然としているようにも見える。だが彼女は実際にショックを受けているのは間違いなかった。

「事実だ」

ショックを受けるジャンヌに、無惨にもエファンは言った。それを聞き、ジャンヌはただ、口元を手で覆う事しか出来なかった。

「所詮、アステル家はディヴァイン・アステルによる暗躍によって成り立った一族に過ぎない。その男がいなければジャンヌ・アステル。お前がこの世に生まれる事はなかった。まあ、先祖代々から続くと信じていたその一族の正体はまさか火星から来たアドバンスドタイプによるものだとは予想もしなかっただろうが。」

思えば、自分がアドバンスドタイプであると言う事も全てが謎の状態で今まで彼女は現在まで過ごしてきた。その正体は、火星で造られた人間。その上暗躍によってセミナード家という一族を葬り去ったという事実がある、所詮成りすましの一族に過ぎないと言う事実が彼女に重く圧し掛かる。

「そのような事は……お父様も、お母様も言っていませんでしたわ……」

「当然だ。二人共、知らなかったからな。歴史の捏造は時間が経てばいくらでも出来るからな。」

堂々した様子で、エファンは語る。やはり、この男は全てを知っているというのだろうか。

「元々セミナード家は今のアステル家のような一族構成ではなかった。家族を平等に愛し、親族を大切に思い遣ることが出来た一族だった。しかしディヴァイン・アステルはそのカリスマ性や力を用いてセミナード家を乗っ取り、いつしかアステル家として君臨する事となった。その歴史は、闇に葬られている。だから、この家にそのような資料が見つからない。当の昔に改竄されているからな。」

エファンは事実を語り続ける。それを、信じられない様子で聞く、ジャンヌ。

「ジャンヌ・アステル。何故アステル家がたった一人の子供しか設ける事を許されないのか分かるか?」

ジャンヌへの質問。これも、彼女を戸惑い、躊躇わせるのに十分な効果を秘めていた。そして、その真実はレイを驚愕させることになる。

「答えたくはないだろう。ならば答えてやろう。人間、特に兄弟の数が多ければ多い程、その分一族の座を争いが起きる事を予見したディヴァイン・アステルがそのような方針に決めた為だ。」

エファンは全てを知っている。アステル家のルーツも、全て。彼女が知らなかった事も、全て知っている。

 彼女には兄弟、姉妹がいない。その理由や所以がまさか、忌むべき筈のこの男から語られる。その衝撃が、ジャンヌに降りかかるのだ。

「ディヴァイン・アステルは野心家の人間だ。その結果が今に至る。ジャンヌ・アステルのあらゆる計算された行動は、全てはディヴァイン・アステルからある意味引き継いだものと呼べるのかも知れんな。」

彼女は確かに、利用するものを利用して来た。レイも、その内の一人だ。だがその中で、彼女なりに罪を感じて来た部分はあった。故に、レイに謝罪をしている。

 だがその起源がまさか、すり替えられた一族によるものだという事に、彼女は戸惑い、躊躇っている。ジャンヌは視線を落とし、ふと、口を開いた。

「思えば、ターナお母様がアドバンスドタイプで……ジンクお父様がオールドタイプである事……その事に疑問はありました……もし、アドバンスドタイプの血を引く存在ならば、お母様が領主になり得る筈……つまりお父様は、祖父祖母によって決められた許嫁という事だったのですね……」

事実を知り、悲しみに暮れるジャンヌに対し、レイが言った。

「気になったんですけど……アドバンスドタイプが遺伝するのなら、ジンクさんはアドバンスドタイプの筈です!領主って普通、親族である男の人が引き継ぐものじゃ……?」

レイの疑問に対し、ジャンヌは言った。

「アステル家は違います……必ず一人の子のみを生み、それが男ならばそのまま領主として迎え、女ならば血縁者や親が決めた人間を許嫁として結婚させ、その御方を領主として迎える……エファンの言うように、これが代々受け継がれてきたアステル家の掟なのですわ……」

アステル家には子を多く生まず、常に一人の子のみを生む伝統がある。生まれた人間が男ならば領主となり、女ならば別の場所から領主となる男を連れてくる事が決まっている。

厳格な父、ジンクはアステルの血を受け継ぐ人間ではない。それはジャンヌも分かっていた。だが彼女の祖先の事等、分かる筈が無かった。真実がジャンヌを追い込み、苦悩させる。

「私にも、既に婚約者はおりました。ですがその方は先のデウス動乱で……」

「戦死……されたんですか……?」

「優しい方でした。ただ……その方もアドバンスドタイプという偶然があったのです。」

ジャンヌが言っているのは、アーク・レヴンの事だった。幼馴染であり、既に親が決めていた結婚相手であるアークであったが、優しい少年であった彼を、ジャンヌは好きだった。 しかしアークはデウス動乱終盤で当時のアレンと死闘を繰り広げ、その命を散らした。

 ダリオンとジャンヌの先祖の話を詳細に語るエファン。これらの話を聞き、ダリオンは錯乱し、ジャンヌは困惑した。それらも全て、エファンがEVEの意思を継いでいるから分かる事なのだ。この事を目の当たりにし、レイは何も言う事が出来ない。

「アーク・レヴンか。直接話した事は無いが、デウス軍のエースとして活躍していたレヴン家の人間だと言う事は聞いている。戦争で死んだのならば別に構わないがな。奴もアドバンスドタイプならば死ななければならない存在だからな。」

エファンの言葉に、ジャンヌは反応した。睨むようにジャンヌは目をエファンに向ける。

「以前から気になっていました……貴方はそうやって力を持つ人間……シンギュラルタイプやアドバンスドタイプを殺す事を目的としてきましたね。それでターナお母様やココットさんを殺した……」

怒りを込めた彼女の言葉だが、エファンは全く動じる様子を見せない。

「貴方がEVEシステムの生まれ変わりのような存在だという事は分かりました。ですがこれらの一連の行動に何の意味があるのでしょうか。意味も無く力を持つ者を殺しているのだとすれば、それは最も許されるべき行動ではありません。意味があったとしても……ですが。」

今まで謎だった、エファンの行動である力を持つ者の抹殺。彼は今までそれを他者に語った事は無い。今、ジャンヌはエファンの言葉である、〝力を持つ存在ならば死ななければならない〟という言葉に、不快ながらも非常に興味を示していた。

「シンギュラルタイプやアドバンスドタイプ等、力を持つ人間が戦争において潤滑油の役割をしてきていた事を知っているか?」

エファンの言葉が、全員の耳に入る。何を言っているのか……と疑問を抱いた様子で、全員が静かに聞く。

「クリスタルウォーと呼ばれる戦争が過去にあった時もそこで活躍したガンダムと呼ばれるMSのパイロットはシンギュラルタイプと噂されていた。それに伴い、デウス帝国はシンギュラルタイプを超える存在を作り出そうとしてEVEを火星に設置し、結果失敗に終わっている。だが現在も戦争にはシンギュラルタイプ、強化モデル等の存在が投入され、人類同士の争いを更に加速させている。人類は力を持つ存在により、それらを利用する事で戦禍を拡大させている。かつてのデウス動乱が終結するのに十年の年月を費やしたのは、こうした力を持つ人間の存在があったからこそ。」

エファンの言葉を聞く中で、ジャンヌは気になった点ある。この男は、まるで力を持つ人間を憎んでいるかのような言動。それが気になったのだ。

「EVEはその現実を悲しんだ。我が子同然のアドバンスドタイプを生み出しては次々に死んでいくという、その悲劇が起きたのも、結局はシンギュラルタイプと呼ばれる人類を越えようとした人間の欲の果て。失敗に終わったEVEの計画はEVEに告げられる事無くデウスの本国ではなかった事にされている現実。それに絶望したのだ。」

語り続けるエファン。この言葉が、彼の行動の真理を表している可能性が高いと、ジャンヌは察していた。

「結局は戦争の為。人類同士の争いの為に自分の子達が送り出される現実に、EVEは悲しんだ。全ては力を持つ人間がいる為に、それを利用しようとした人間が戦争を引き起こしている。戦争の道具となったシンギュラルタイプ、人工的に生み出された強化モデルはオールドタイプを凌駕する存在として、戦争では重宝した。それ等はデウス動乱でも活躍し、所属する組織に貢献した。結局、力を持つ存在は戦争を拡大させているだけ。愚かしい事だ……と、彼女は悟った。」

「馬鹿な……デウスの為に貢献するのがEVEの筈だ!そんな事を考えている筈など!」

ダリオンは再びエファンを否定する。だがエファンはダリオンを睨み、歯を食い縛った。この行動にプレッシャーを感じたダリオンは言葉を発するのを止める。

「まだ私がEVEの生まれ変わりであり、意思を継いでいると理解していないのか。せっかくだ。ならば私が生まれた経緯をお前達に教えてやろう。」

今から語られる、エファン・ドゥーリアという名の男の生誕の秘密。今まで謎に包まれていたこの男のベールが剥がれる瞬間……それが、今なのだ。

「力を持つ人間の存在に絶望するEVEはある事を考えていた。力を持つが故に自惚れ、戦争の一員となっている力を持つ存在全てを消し去る必要があると彼女は言った。そこでEVEは一人のアドバンスドタイプを作り出した。そのアドバンスドタイプ以外の力を持つ存在は必要なくなるように、自身を含めた力を持つ人間を亡きものにし、火星から身動きが取れない自分の代わりに動いて行動出来るアドバンスドタイプを……」

「まさか……それが……エファンさん……?」

レイが言った。エファンは少し笑みを浮かべ、再び語る。

「そう……EVEは自身が生み出した最後のアドバンスドタイプとして私を作り出した!その中に、自分の思考・意思全てを私の中に入れ、最後にして今までのアドバンスドタイプとは格が違う、私と言う存在を生み出したのだ!!」

それを聞いた誰もが驚愕した。エファンは只のアドバンスドタイプではなく、EVEが今の人類を支配する為に作り出した、普通のアドバンスドタイプとは違う、更に特別な力を持つアドバンスドタイプであると言う事に。

「では、以前に貴方が“母親”と言っていた存在と言うのは……」

嫌な予感が、ジャンヌに過った。

「そう、EVEの事だ。彼女は素晴らしい母親だった。私に生き方を教えてくれた存在だったよ。」

再び、セントマリア号内での言葉が思い出される。

 

―――――――――私に生き方を教えてくれた、存在だったもので―――――――――

 

まさか、その存在がかつて人間だった存在である、EVEシステムであった事等、予想も出来なかったが。

「そのEVEが産んだ存在が、貴方という訳ですか……」

「そうだ」

エファンは、腕を組み、言った。

「……貴方の力は確かに凄いものですわ……人の心を読み、そして相手に異常なプレッシャーを与える事も出来ます。」

「僕に悪夢を見せる事が出来るのも……」

「過去を見る事が出来るのも……!?」

三人の疑問に、一斉にエファンは答える。

「そう、私がEVEによって生み出された、最後のアドバンスドタイプだからだ。」

常軌を逸した力を持つエファンが何故これ程の力を使えるのかには、理由があった。 

それは、彼がEVEシステムの意思を直接引き継いでいる存在であった為であった。EVEシステムは戦争を続け、力を持つ人間を道具にする人類に絶望し、これらを統率できる存在が必要であると判断し、彼女は自分の代わりに動く事が出来る人間を作った。これがエファン・ドゥーリアである。

 今まで彼が力を持つ者を尽く葬って来たのには理由があった。それは、EVEシステムの意向の為だったのである。

「やがて私はEVEによって地球圏に向けてカプセルを発射された。争いを続ける人類を止める為に、私を地球へ行かせたのだ。その直後だっただろうな。EVEが自身で絶命したのは……」

全てはエファンの為。EVEは自らの命を落としたのは、エファンにその目的を託したからなのであった。

「地球圏にやってきた私は当時の地球連邦軍に拾われた。そして、そこで奴等に力を見せ付けてやったよ。それから私はMSのパイロットとして地球連邦軍に貢献してきた。その間も力を持つ人間共を抹殺し続けてきたがな……!」

全てはEVEシステムの意思……ジャンヌの母親であるターナやココットが死んだのも、それ以外にも、多くの力を持つ人間が殺されてきたのも、EVEシステムが彼にそうするように仕向けた事だったのだ。そして、EVEシステムの意思はエファンの中で生き続けている。だからこそ、彼は今いるアドバンスドタイプ達の諸事情を理解出来ているのだ。

「滅茶苦茶です!こんなの!じゃあ貴方がアドバンスドタイプなのはおかしい事じゃないんですか!貴方だってEVEシステムが言っていた、力を持つ人間なのに!?」

レイの言葉は、エファンには全く響いていない。彼は冷淡に対処した。

「オールドタイプはミラクルに弱い。奴等がシンギュラルタイプや強化モデルなどを戦争で利用するようになったのも自分達以上の力を秘めており、尚且つ戦争において価値が見出されたからだ。当然ながらその力は強力で、尚且つ尋常でない能力を戦争中に見せてきた。その結果、シンギュラルタイプより強力な人類を作り出そうとする当時のデウス帝国のプロジェクトさえも作られた。最も、それは失敗に終わり、結果的に私が生まれた訳だ。そしてEVEの意志を継ぎ、多くの力を持つ存在を抹殺してきた!」

「そんなの!自分以外の力を持つ人間が死んで良いって理由にならないです!大体生き残ったアドバンスドタイプの子孫を殺そうとするなんて!」

レイはエファンに反発するが、彼は動じる様子を一切見せない。それどころか、彼は突如高らかに笑いだし、両手を広げた。

「それがどうした?EVEはそんなものなど関係ないと言っていた。」

「そんな……」

納得がいかない様子で、レイは落胆した。アドバンスドタイプを生み出したEVEシステムは戦争を引き起こそうとする人類に絶望し、戦争の潤滑油となっているシンギュラルタイプなどを葬り去るという決断をしたという事が、信じられないのだ。

「戦争に関してはな、本来人間を使わずとも、ただ、戦争をするだけならばもっと効率の良い方法があった。それは人工知能を極限まで発達させることだ。そうすることで無人兵器を開発し、それらが破壊し合えば人類は直接血を流す必要などなく戦争が出来た。これによって人間は無駄な犠牲者を出すことなく、文明を築き上げる更なる可能性を見出すことが出来たかも知れない。」

「貴方は一体何を言い出すのですか……?」

“戦争”の話をするエファンに対し、ジャンヌが聞いた。

「だが兵器としての人工知能は発展せずに終え、それから未来に出現したMSは有人兵器として今現在至る!行き過ぎた人工知能の発展は最終的に作り出した親である筈の人間を滅ぼす可能性があった!それを恐れた昔の人間はあえて人工知能を最小限の技術に留めた!」

人工知能の発展は最終的に既存の人類の脅威になると判断された結果がこの世界を作り出している。故に人は滅ぶ事なく存在しており、宇宙進出も可能になっていった。

 しかし、人という存在がいる以上、逃れられないものがある。それが、戦争だ。

「だが、人類は今も変わらず戦争という名の殺し合いを続けている!しかも!時代が変わって新たなる人種が出現してからはそれらを利用して殺し合いをしている!シンギュラルタイプと呼ばれる人間の優れた部分を利用して戦争をする人類!このような事が許されていい筈がない!人工知能の発達による滅びを避けた人類は力を持つ人間をも利用し、相も変わらず戦争をしている!意志を持つ機械であるEVEが生み出したアドバンスドタイプはそれらに巻き込まれ、死んでいった!全てはクリスタルウォーに於ける、シンギュラルタイプという存在がいたが為に起きた悲劇!オールドタイプを凌駕する、力を持つ人間は人工知能に代わる争いの道具でしかない!その為に人類はそれらを戦力として利用し、又、力を持つ者はその自身の力に自惚れる!自分にしかない絶対的な力……それはやがて他者を巻き込み、その力を誇示する!これが戦争!クリスタルウォー時代より今まで起きてきた戦争の実態だ!!EVEはその犠牲となったのだ!!!」

エファンが力を持つシンギュラルタイプ、強化モデル、アドバンスドタイプを殺す真意が分かった。全てはEVEシステムの意思を受け継ぎ、力を持つ者の無い世界を作り、人類同士の戦争を無くす。これが、彼の大いなる野望だったのだ。現在こそ新生連邦に所属している彼だが、軍の事などどうでも良い。全てはEVEシステムの為……それが、彼なのだ。

「そしてEVEの遺志を継ぎ、私は力ある者を抹殺し、やがて人類を一つにする!今後、人間同士による愚かなる戦争が二度と起きないようにする為にな……」

誰もが彼の言葉を聞き、言葉を失った。EVEシステムの生まれ変わりとも言えるエファン。彼の野望の真実は今この場にいる力を持つ人間達ですら考えられない、壮大で残酷なものなのであった。

(人類を一つに……?)

突如出てきたエファンの言葉。ジャンヌはこの言葉に疑問を抱き、エファンに質問をしようとした――

 

ジャキンッ

 

その時、ダリオンがエファンに向けて銃を構えた。EVEシステムの目的が力を持つ人間の抹殺だと聞かされ、それに危機感を抱いた為であった。

「何のつもりか、ダリオン・イブルーク。」

「決まっている!貴様を殺すのだ!EVEの意思を継いだと寝言を抜かしている貴様を!いくら力を持つとはいえ、人を殺す武器を持たない貴方など所詮只の人間同然だ!」

気が狂ったように、エファンを殺そうとするダリオン。その、銃を持つ手は震えていた。しかしそれでも、しっかりとエファンの眉間を狙ってその引き金を引こうとしていた。

「ダリオンさん止めて下さ――」

 

パァンッ

 

レイが止めようとしたのも束の間、ダリオンは銃を発砲した。高速で銃弾はエファンの眉間に向けて放たれ、撃ち抜かれようとしていた。

 

キィンッ

 

「!?」

彼等の目の前で信じられない事が起きた。と言うのも、エファンの前に鋼鉄の板が姿を現したからだ。それはダリオンが放った銃弾を受け止め、エファンの身代わりとなった。

「な……ななななんだ……これは……!?」

「見ての通り、鋼鉄の板だ。これが私を守った。」

「あり得ないだろう!?そんな事普通!貴様を守る為にその鉄板が動いたと言うのか!?」

ダリオンの表情は歪んでいるようにも見えた。眼前で起こる、奇想天外な出来事が彼を混乱させていた。

「いや、有り得るとも。なら、撃ってみるか?もう一度。」

「馬鹿にするなぁ!」

自暴自棄になるダリオン。それを見てあざ笑うエファン。

 

パァンッ

 

ダリオンは再びエファンに向けて発砲する――

 

キィンッ

 

が、再び鋼鉄の板が地面から姿を見せ、エファンを守った。通常では考えられないこの現象の仕組みは一体何なのか?ジャンヌは考えた。

 ダリオンはこの一連の出来事に、我を失っていた。銃弾を撃ってもエファンには一切通用しない。何故ならば、彼を鋼鉄の板が守る為である。まるで何らかの能力を司っているように見えるエファン。しかし、普通人間が何かを召還するなど常識的には考えられない事だ。あり得るとすれば、それは漫画の世界だけ。

 しかしエファンは眼前でその信じられない能力を見せ付けた。何故、彼は鋼鉄の板を作り出す事が出来るのか……

「何のトリックだ……エファン・ドゥーリア!?」

苦渋に満ちているダリオンの表情。常識では考えられぬような現実を見せ付けられ、最早彼は我を保つことで精一杯な程精神的に追い詰められていた。

「普通の人間ならば気になる所だろう、私が起こしたこの出来事……せっかくだ、今からそのトリックの全貌を教えてやろう。」

すると、エファンはそっと手を差し出し、EVEシステムが浸っているカプセルにその手を当てた。彼はカプセルに映る自分の姿を見て、何故か笑みを浮かべている。

「私はEVEの意思を継いでいると言っただろう。これがどう言う事か分かるか?」

「わ、分からない!それが何の関係があるというのだ!?」

「EVEの仕組みはお前もよく知っている筈だろう、ダリオン・イブルーク。」

〝EVEの仕組み〟という言葉を聞き、ダリオンは思い出したかのように目を見開いた。

「ま……待て……まさか……まさか……そんな馬鹿な事がァ!?」

「お前の考えている事は正しいぞ、ダリオン・イブルーク。そう、私はEVEの意思を引き継いでいる。つまり、EVEのしていた出来事は全て出来ると言う事だ。この意味、分かるな?」

エファンの言葉を聞き、ダリオンは銃を手から落し、腰を抜かした。そして、怯える様子でエファンを見ながら後方に後退りしている。

「あああ……あや……操れると言うのか……!?この施設にあるあらゆる〝モノ〟を!?」

EVEシステムは施設のあらゆる物を自身の意思で動かす事が出来る。施設そのものが、彼女にとって手であり、足と同様なのだ。そしてエファンはそのEVEシステムの意思を継いでいる。つまり、EVEシステムと同様に、この施設を思いのままに操る事が出来るのだ。

 それを知ったジャンヌ達はダリオン程では無いにしても、動揺を隠せていない。

「この施設はつまり、貴方にとって手足同然と言う事ですか……?」

「こんな……こんなのって……」

恐れるようにエファンを見る両者。彼はそんな彼女等を見下すように、笑う。

「そうだ!私はずっと隠していた!ダリオン・イブルークがEVEの事を語ってくれるから面倒な台詞は言わなくて済む!奴はEVEを崇拝しているつもりだろうが、彼女の本質や考えまでは読み取れなかったようだ!何故ならば、EVEの本質や考えこそが、私の考えとイコール!私の事を知らなければならなかったという事だ!」

エファンの行動により、今まででは考えられない事が今、起きている。不可解過ぎるとも言えるこの現象に、レイは恐怖した。 

EVEシステムの意思を継いだにしても、ただ思考を巡らせるだけでだけで施設内の設備を動かす事が出来る人間など、この世に存在するとは思えないと、彼は思っていたからだ。

「以前私に見せていた、アーヴァインを己の意思のままに操る事が出来ると言うのは、この事も関係していると言うのですか……?」

セントマリア号上でエファンが見せた芸当。それはアーヴァインを己の意志のみで操り、アレンとジャンヌに攻撃を加えた事だ。

 今、エファンが目の前で行っている事は、形式は違えど、殆ど同様の内容と言えたのだ。

「人の脳波による意思のコントロールはあらゆる物を操る事に繋がる。その力が強ければ、強い程力を増すのだよ。次に面白いものを見せてやろう。」

エファンがまるで見せびらかすかの如く、視線を別方向へやった時――

 

キイイイイイ

 

エファンの視線の先の方から、バーニアの音が聞こえてきた。その音は段々と大きくなっていく。レイとジャンヌは音が聞こえる方向を見る。

 

ビゴォン

 

彼等がバーニアの方向を見たその時。MSのカメラアイが起動する際に生じる音が、今聞こえてきた。何事かと思い上を見るレイとジャンヌ。

 そこにあったのは、紛れもないMSだった。頭部は全体が漆黒になっており、モノアイだけが可動している。今まで見た事が無いMSが突如姿を現したのだ。

「なんで……なんでMSが!?」

「これは……まさか貴方が!?」

ジャンヌは聞く。すると、エファンは静かに言った。

「MS型EVEシステム無人防衛システム。通称、火星の魔物……」

「火星の魔物だとぉぉぉ!?」

出現したMSの存在に、ダリオンは驚愕した。その様子は、明らかにそれを知っている様であった。

EVEシステムの無人の防衛システムとして造られたこのMS。エファンはこのMSを火星の魔物と呼んでいる。右手には大型のビームマシンガン、両肩にはミサイルポッドらしき形状のものがある。そしてこのMSは無人で動いているのだ。だが何故今このMSが動き出しているのかは分かる者がいる筈が無かった。

「EVEが活動していた頃、火星には多くの調査団が立ち寄ったとされているがそれらは尽く帰らぬ存在となり果てている……その中で、私が過去に施設の記録を調べていた時に載っていたコードネーム、マーズ・モンスター……まさか!?」

ダリオンの言うように、過去に火星を調査する船団が訪れてきた事があったが、それらは全て謎の失踪を遂げている。EVEシステムが機能を停止してからダリオンが調べた資料の中に、〝マーズ・モンスター〟と呼ばれるキーワードが存在していた。

 それが思い出された時、ダリオンはエファンに対して言った。

「まさか……マーズ・モンスターと言うのは……貴様の言う、火星の魔物の事なのか!?」

それを聞いたエファンは、ニヤリと笑った。

「そうだ」

そう言った後、エファンは一度眼を閉じる。次に、再び眼を開く。この時、彼の眼の色は深紅に染まっていた。先程と違う眼の色をしているエファン。その色は、まるでレイが死や怒りを感じた時に発する未知なる力に酷似している――

 

ビゴォン

 

それと同時に、再びMSはモノアイを輝かせた。明らかに、エファンの様子に合わせてMSは動きを見せている。異様な光景を見せ付けられたレイ。

「実際に操縦しないで、MSを操っているって言うんですか!?」

「そうだ……!私はEVEの意思を継ぐ者。EVEの関連のものならば、私がこの場にいる限り、全ては私の手足となる!それは設備もそうであり、MSもそうである!この火星の魔物も、私が操っている!!かつての人類が開発しようとした意志を持つ人工知能などではなく、従順な機械人形だから、このMSは私の意のままだ!」

「このような事が……」

「あの時のような事を……!」

ジャンヌはセント・マリア号でアーヴァインを脳波で操っているエファンを知っている。それと同様の事を、今目の前で行っている。やはりこの男は普通ではない。脳波コントロールのみでMSを操るという、常軌を逸脱した力。それを見せつけんと、男は火星の魔物を操るのだ。

「あ……はははははははははは……ひ……ひひぃ……!私が……悪ぅございましたァ……あああ……貴方こそがEVE!偉大なるEVEでございますぅ!」

腰を抜かしていたダリオンが突如声を上げた。そして、何故か先程まで敵対していたエファンに忠誠を尽くすかのような台詞を発したのである。

「貴方様がそのように考えておられたなど、想像しておりませんでしたァ!誠に申し訳ありませんん!!偉大なるEVE!我等アドバンスドタイプの母よ!私は貴方に絶対服従をします!何でもいたしますゥ!!」

先程までの、ダリオンの姿はもうそこにはない。そこにあるのはエファンにただ尻尾を振る愚か者の姿だった。

「今、何でもすると言ったな。」

「はいいいい!何でも致します!!!」

すっかりエファンをEVEシステムの意思を継ぐ者と認識したダリオンは、彼に忠誠を尽くす気でいた。

 しかしダリオンの言葉を聞いた後、エファンはニヤリと笑い、こう言った。

「なら、命令しよう。死ね。」

「死ねと!嬉しき言葉……!死ね……は?」

自棄なのか、それとも高揚しているのかは定かではないが、ダリオンは最初にエファンの言葉を喜んで聞き入れようとしたが、再認識をすると、その言葉が如何に異常かが分かった。エファンは、ダリオンに〝死ね〟と命令したのである。

「ななななな!何を仰るか!私は貴方に忠誠を尽くすと決めたのです!そのような命令以外ならば私がぁ!!」

「お前はEVEの真意を知っただろう?EVEは全ての力を持つ者が死滅する事を望んでいる。EVEに忠誠を尽くすならば、その命を捧げろ。」

力を持つ人間の死を望んでいるEVEシステム。エファンは火星の魔物と呼ばれるMS型の機械を操り、ダリオンを踏み潰そうとしていた。それに対し、ダリオンは急いで走り、物陰に隠れた。火星の魔物による、鈍い足音が部屋全体に響いた。

「このままじゃ僕達も……!」

「確かに、危険ですわ。しかし……」

そう言って、ジャンヌはちらと人工心臓が収められているカプセルの方向を見た。今の状況は自分達の命を落としかねない状況である。だが、ここで自分達だけが逃げる訳には行かない。彼女等の目的は、あくまでも人工心臓の回収なのだから。

「逆に考えましょうレイ。エファンがこの状況を作り出したことで、アレンを助ける事が出来る可能性が上がったと。」

「でも!危険じゃないですか!?」

「今は少しでも上がった可能性に掛けるしかありません!」

両者が話を交わしている間も、火星の魔物は両者を潰そうとする。モノアイを輝かせ、所持しているビームマシンガンを構えた。

 

ビビビビビッ

 

するとビームマシンガンを火星の魔物は放った。人間相手にMSを使い、殺そうとするエファン。明らかに躊躇う様子が無いこの行動にレイは騒然とした。

(え……?)

ビームマシンガンによる砲撃により、人工心臓が収納されているカプセルが転がり落ちているのが見えた。予期もせぬ僥倖に、レイは無我夢中で走りだした。

 全てはアレンを救う為。意識を失っているアレンを助け出し、息を吹き返して欲しい――その一心で、彼はカプセルに向かって走る。

 

ビゴォン

 

が、その様子を運悪くも火星の魔物は見ていた。モノアイが怪しく輝き、レイの方向を見ている。そして、火星の魔物はレイに向けてビームマシンガンを構えた。

「お待ちなさい!!!」

と、大声で叫ぶのはジャンヌだった。彼女は手を大きく広げ、火星の魔物の前に姿を見せる。彼女は囮になる気だったのだ。火星の魔物のモノアイはジャンヌの方向を見つめ、ターゲットをジャンヌに絞った。

「レイ、貴方は急いでカプセルを!」

「はい!」

ジャンヌが自らの身体を差し出し、命を掛けている。この姿に感銘を受けたレイは無我夢中でカプセルを取りに行った。ジャンヌのこの行動によりレイはカプセルを取る事が出来た。

 一方で身を張るジャンヌに対し、エファンは躊躇う様子を見せず、火星の魔物のビームマシンガンを向ける。

「っ……!」

一切の躊躇いがないエファン。目的の為ならば手段を選ばない冷徹な男。彼はジャンヌを撃とうとする際も、不気味な笑みを浮かべていたのだ。

「死ね」

冷たい言葉がジャンヌに浴びせられた時、それは放たれた――

 

ビビビビビビビッ

 

「やあああああああああああ!」

ビームマシンガンが放たれたその時、レイはカプセルを持ったまま、エファンに向かって猛スピードで走り始めた。そして、エファンに向かって思い切り体当たりを行ったのである。体当たりを受けたエファンはよろめいた後、身体をそのまま床に倒した。

「チィッ……!」

この行動により、火星の魔物のビームマシンガンはジャンヌに直撃する事は無かった。レイの行動によってジャンヌの命は守られたのである。

「随分と味な真似をしてくれるな、レイ・キレスッ!」

普段は怒る姿を見せないエファンがレイに対して怒りを見せた。レイの腹に対して思い切り蹴りを喰らわせ、レイは喘ぎ声を上げた。

「あう……ああっ……!」

「レイ!」

「人工的に突然適応した、ニア・アドバンスドタイプめ……!お前の中に、EVEが居る事が憎くすら感じるよ!」

怒るエファンは更にレイの腹部を踏み続ける。踏まれる度、レイは苦痛にまみれた表情を浮かべ、もがき苦しむ。

「ああっ……あっ……くあぁっ!」

腹を蹴られている間、レイはカプセルを抱え続けていた。絶対にこれを離したくないという思いが彼をそうさせた。

 だがその傍ら、彼は一つの疑問を抱く。エファンが咄嗟に言った、言葉だ。

 

―――――――――――お前の中に、EVEが居る事が憎くすら感じるよ――――――――

 

苦しむ中で、レイは考える。この男は、何を言っているというのか――

「フン……」

だが突如、エファンは急に彼の腹を蹴るのをやめ、この部屋から逃げ出そうとしているダリオンの姿を見たのである。ジャンヌ達が火星の魔物に襲われている間、これを好機に感じていたダリオンは部屋から逃げ出そうとしていたのである。

「ダリオン・イブルーク。仲間に連絡をしているつもりだろうが、無駄だぞ。」

「なんだと……!?」

この時、ダリオンは連絡する為に軍事用Eフォンを高速艦のクルーに対して掛けようとしていたのだ。しかしエファンの言葉により、ダリオンは動揺する。

「ハッタリのつもりだろうが!連絡を取ってやる!」

そう言ってダリオンは連絡を取ろうとするが、聞こえてくるのはノイズだけ。何度掛け直しても、聞こえてくるのはノイズのみ。

「馬鹿な……こんな馬鹿な!?奴等は何をやっている!?」

連絡が繋がらず、焦るダリオン。信じられない様子のダリオンを見て、エファンは言った。

「証拠を見せてやろう!」

エファンはすっと手を差し出す。それに応じて、火星の魔物はモノアイを輝かせて壁にビームマシンガンを連射した。破壊される外壁。それと同時に、外の荒れた大地が姿を現す。

「EVEの施設を貴方自らの手で壊すなど!何をお考えか!?」

「EVEの意思は私の意思だ。それより外を見ろ。」

エファンの言葉により、ダリオンは外を見る。

 そこに映っていたのは、変わり果てた高速艦の姿だった。爆炎によって炎上し、激しい炎が艦全体を包み込んでいる。そして、その周辺にはレイ達を襲った火星の魔物が五機、存在していた。恐らくこれらが高速艦を破壊したのだろう。

ここで明らかになる事実。火星の魔物は、量産された機体だったのである。

「あれが……あんなに沢山いたなんて!?」

倒れながら、外の火星の魔物の姿を見て絶句するレイ。彼の表情は蒼褪めていた。

「っ!」

この時、ジャンヌが動いた。レイの側に向かって走ったのである。この間、エファンが彼女に攻撃を加える事は無かった。

「ばばば馬鹿な……こんな馬鹿な!?」

ジャンヌが行動している間、ダリオンは自分の艦が火星の魔物によって破壊されている光景を見て、絶望していた。

 

ガキィンッ

 

「ひっ!?」

炎上する高速艦を見て恐怖するダリオンの背後に、エファンが最初に操っていた火星の魔物が姿を現す。腰を抜かし、まともに動く事が出来ないダリオンはその恐ろしい姿を見て、首を横に振る事しか出来なかった。

「来るな……来るな……来るな!!!」

「EVEの望み、それは力を持つ者の抹殺。例えそれがEVEの生み出したアドバンスドタイプの子孫であろうとも、関係の無い事だ。」

エファンが笑ったと同時に、火星の魔物はモノアイを輝かせ、ダリオンを踏み潰そうとする為に右脚部を上げる。そして、それは徐々にダリオンに向かって行く。これに踏まれれば、確実に彼は圧死してしまう。

 

ドクン

 

死を察したのか、彼の身体は突如、輝いた。これはまごう事なき、イズゥムルートの光。そして、生への本能。

 光を放てば敵は動きを止め、戦意を喪失する。そして撤退していく。自らの命の安全は保障される。最も、それは相手が人間であればの話だが。

 彼の周りにいるのはアドバンスドタイプばかり。故に、イズゥムルートの影響を受けない。それだけでない。今回彼を殺そうとしている相手の正体は、無人兵器。故に、光の影響を受けない。つまり、彼の本能の光の存在は、無意味。

 

「わわわわわ……やめろ!私はEVEの為に……今まで……尽力を……ひぎゃああああああ……」

 

ズンッ

 

鈍い足音が響いた――と同時に、火星の魔物はダリオンを踏み潰した。当然、ダリオンは即死。あらゆる体液が飛び散り、その一辺は残酷な光景と化していた。火星の魔物の脚部にも、ダリオンの遺体の体液が付着している。

「EVEの為と言うのならばその命を差し出せと言っただろう。」

ダリオン・イブルーク。アドバンスドタイプに関する研究に尽力を尽くした人間であり、デウス帝国に忠誠を誓っていた人間でもあり、EVEシステムを崇拝している人間でもあった男。アドバンスドタイプを将来的に増やしていき、やがてそれらはデウス帝国の戦力として考えていた。その一環でレイにディヴァインセルを移植した結果、彼がアドバンスドタイプとしての力を得た為に彼から精子を採取。これを契機にアドバンスドタイプの人口を増やしていこうと考えていた。

 そして今、彼はエファンが操るMS型の防衛システムである火星の魔物によって踏み潰された。エファンはEVEシステムの意思を受け継いでいる男。最早これは、ダリオンはEVEに殺された事と同然だった。レイを不幸に陥れた元凶であり、彼等に真実を話した男は呆気の無く、惨たらしい最期を迎えたのである。

「うっ……」

「こんなの……うぅっ……」

この、恐ろしい一連の光景を見ていたレイとジャンヌ。一刻も早く逃げ出さなければ自分達もダリオンと同じ末路を迎えてしまう。幸いなのは、エファンが自ら壊した施設の壁。そこからならば逃げ出す事が出来る。

「レイ……立てますか?」

今は逃げなければならないと考えたジャンヌは彼に手を差し伸べる。蹴られた痛みが響くが、それを堪え、レイも手を差し伸べ、起き上がった。

「あれを見てここから逃げる気になっただろうが、どうやって逃げる?」

エファンの言うように、逃げ道は塞がれていた。というのも、彼は火星の魔物を操ってダリオンの高速艦を破壊していた為である。

「あ……!そうだ……破壊されてるんだった……」

「そんな……」

起き上ったレイは咄嗟に絶望した。それはジャンヌも同様だった。頼みの綱であった高速艦がないという絶望。つまり、彼等はここから脱出出来ない。これではアレンを助け出すどころか、自分達も助かる望みが断たれたも同然だ。仮にこの施設から脱出出来たとしても、火星から脱出する事は難しいだろう。

「私達は……もう何も出来ないと言うのですか……」

今、この施設は完全にエファン・ドゥーリアに支配されている。彼の意思により、思うままにMSや施設内の装置を操る事が出来る。あらゆる仕掛けがレイとジャンヌに襲い掛かるだろう。これらの状況を潜り抜ける方法……ジャンヌは懸命に考えた。が、浮かばない。

「真実を知った上で、EVEの為に死ねる事を光栄に思え。」

エファンの冷徹な言葉が聞こえてきた後、火星の魔物のモノアイがレイの方を見た。そして、ビームマシンガンを構える。マシンガンを構える際の鈍い機械音が、恐怖を助長させた――

 




第百二話、投了。
アドバンスドタイプの真実。それは、かつてのデウス帝国によって力を持つ存在を作り出そうとしたアドバンスドタイプ・プロジェクトによって作り出された始祖の存在、EVEシステムが大きく関わっていたという事実。
そして、エファン・ドゥーリアの正体がここで明らかに。
彼の存在=EVEという事実。そして、圧倒的な力はレイ達を苦しめていく――


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第百三話 火星の魔物

火星の魔物。コードネーム、マーズモンスター。EVEシステムを護衛する目的でEVEが作り出した無人のMSが、牙を剥く。


 

バシュゥゥゥッ

 

その時、高速艦を破壊した五機の火星の魔物の内、三機が突如爆発を起こした。上空からのビーム射撃により、撃破されたのだ。突然の攻撃に、施設内にいた三人は何が起きたのかを確認する為に上空を見る。

「ハルッグ!てことは、ネルソンさんが!?」

レイは笑顔になった。火星からの脱出手段が断たれた……と絶望していた時だった為、ハルッグの存在はレイとジャンヌにとって大きな希望となったのである。

「アインスガンダム……!」

次にジャンヌの目に映ったのはスバキの駆る、アインスガンダムのコズミックカスタムだ。残りの火星の魔物を破壊する為に、ビームライフルを連射して撃墜する。

 

ガキィン

 

「大丈夫か、レイ、ジャンヌ!」

と、施設の壁を破壊して現れたのはガーストの乗るハイエッジカスタムだ。次々と現れる救いの光に、彼等は救われた気分になった。

「ガーストさん!!」

ガーストまで現れた事で、この危機的状況は一変する。ハイエッジカスタムは腕部を差し伸べ、ジャンヌとレイを抱える形になった後、この場から去ろうとする。

 この時、ガーストは複雑な心境だった。無理もない。ブライティスに搭載されているクリスタルシステムの危険性を知った上でアレンは戦った。その結果が今だ。ジャンヌの事に対して懐疑的になるのは当然。

 だが、今はそれに躊躇っている場合ではない。彼女はあくまでも要人。個人の都合など捨てなければならない。彼は割り切り、行動をするのだ。

「……簡単に逃げられると思うなよ。」

予期せぬ乱入者にエファンは顔色を変えた。 

やがて、彼の目は再び深紅に染まった。

 

ビゴォン

 

すると、施設のあらゆる場所から火星の魔物が大量に姿を見せ始めたのだ。その数三十機。いずれもがハルッグとハイエッジカスタムに向けてバーニアの出力を上げ、襲い掛かろうとしていた。

 

 

アルバトスはEVEシステムの施設から少し離れた場所で待機していた。様子を見る為に彼等はハルッグ、ハイエッジカスタム、アインスに向かわせたのである。その結果、レイ達がいる事が分かった事で救出を開始する事になったのだ。

 しかしブリッジ内のレーダーに映っている熱源の数が明らかに多いのに気付いたインクはエリィに相談する。

「艦長、熱源三十!尚も増加!」

「火星にこれ程の戦力が!?どこの所属!?」

「所属不明!アンノウンです!」

火星の魔物の事など知る由もないエリィ達は、当然困惑する。その間も、火星の魔物はネルソン達に襲い掛かるのだった。

 

 

火星の魔物と激闘を繰り広げる三機。内、ハイエッジカスタムはアルバトスに向かう為にバーニアの出力を上げ、施設から離れようとしていたが、火星の魔物はミサイルを容赦なく連射する。

しかも、これらはホーミングミサイルである為、ハイエッジカスタムに当たるまで追うのを止める事は無い。

「エリィさん!弾幕張って下さい!ミサイルの迎撃は今は無理だ!」

ガーストが言った。レイとジャンヌを抱えている状態で、武器を使う訳には行かないと判断した為である。

「了解!」

と、エリィが答える。それと同時に、アルバトスから対空レーザー砲が一斉に展開された。ハイエッジカスタムはアルバトスの側部を高速で移動し、後方から迫るホーミングミサイルを対空レーザー砲で撃墜させようと考えていたのだ。

 そして、ガーストの考えは当たった。対空レーザー砲がミサイルを全て撃墜したのである。

「よし!これで後はこいつらをMSデッキに……」

このまま彼等を助け出せば火星でのアルバトスの任務は完了する。そして、アレンを助けられる……と、思っていた。

 

ブゥン

 

「うわ!?」

ガーストが油断していた矢先、別の火星の魔物がビームソードを展開して襲い掛かって来た。急いでこの攻撃を回避するガーストだが、それと同時に手部にいたレイとジャンヌは激しく揺れた。

「待ち伏せ!?」

「わあああ!」

「きゃあっ……!」

三人がそれぞれ、突然の出来事に対して動揺した。もし先程のビームソードが手部に直撃すればジャンヌとレイは即死だっただろう。そうなれば、ここまで来た意味が全くなくなってしまう。

「なっ……後方に熱源!?」

更に悪い事に、ハイエッジカスタムの後方に別の熱源がレーダーに映った。それはミサイルを展開し、ハイエッジカスタムに襲い掛かる。間違いなく、火星の魔物だった。

 前方からはビームソードを展開している火星の魔物、後方からはミサイルを展開している火星の魔物。急に出現したこれらに対し、ガーストは対処法を考える。

「こいつら一体何者だよ!?」

手部が塞がっている為、ビームライフルやビームセイバーは使えない。ビームキャノンを使う手段もあったが、前方に撃てばその出力でジャンヌ達が吹き飛ばされる可能性もある。そこで、彼が考えたのは両肩部に存在する有線式ビームニードルを使う事だ。

「行けっ……!」

 

ピキィィィ

 

彼の頭の中で電流が流れた――と同時に、それらは展開され、二機の火星の魔物を狙う。いずれもが火星の魔物の腹部に直撃し、そのまま切り裂き、撃破した。

だがその直後、別の場所から現れた火星の魔物がハイエッジカスタムを狙った。次々と現れるこの機体に、彼は動揺していた。

「なんだよこいつら!?どこの所属だ!?」

所属不明の奇妙なMS。それらは火星の魔物とエファンは言っていた。EVEシステムは大量の火星の魔物を長年の間に製造していたのである。

 

 ネルソン達も次々と姿を見せる火星の魔物に苦戦していた。突如姿を見せ、無数に出現するこれら。機体性能自体は然程ではあるが、数が多い為、それに苦労している。

「一体これは何だ!?どこの所属のMSだと言うのだ!?」

一斉に撃ち込まれるミサイルやビームマシンガン。これらの攻撃を回避しつつ、ロングビームライフルで次々と火星の魔物を撃ち墜としていくハルッグ。

「くそっ!!!」

スバキも、火星の魔物に対して攻撃を行っていた。ビームライフルで連射を行い、迫りくる火星の魔物を攻撃する。だが数の多さで相手に圧倒されそうになる。というのも、アインスがビームライフルで攻撃している間に、後方から火星の魔物がビームソードを展開し、襲い掛かってくる事があるからだ。

「でやああ!!」

スバキはアインスを駆使し、後方から迫って来ていた火星の魔物に対し、シールド型拡散メガビーム砲を展開した。すぐに対処した為、火星の魔物による攻撃を受ける事無く、敵機体を撃破する事に成功した。

「これを相手していては埒が空かない……」

ネルソンが操縦桿を握りながら言った。

次々と出現する火星の魔物。彼等にとって、これらが何者かという情報は一切分からない。その為、今は迫り来るこれらを対処していく以外に道が開けないのだ。

アインスガンダムとハルッグの周囲を覆い尽くす形で、火星の魔物がそれぞれモノアイを輝かせ、それぞれがミサイルやビームマシンガンを放つ。その数五十。ダリオンの高速艦を破壊した時は五機。そこから更に、火星の魔物は増えていたのである。つまり、EVEシステムはMS型の防衛システムを大量に制作していたという事になる。

「突っ込んでやるぅぅ!!」

彼女がそう言ったと同時にアインスガンダムのカメラアイが輝く。そして、シールド型拡散メガビーム砲にエネルギーを前方一点に集中させ、ビームピッカーを作り、そのまま前方にいる火星の魔物に対してバーニアの出力を高め、迫って行く。その間火星の魔物はミサイルを展開するが、スバキはこれらを回避しつつ火星の魔物に迫り、ビームピッカーで火星の魔物の腹部を突き刺した。

「何を考えている、スバキ!?」

無茶とも言える行動にネルソンが止めようとする。が、もう時は既に遅い。

「このままァッ!!!」

この状態のまま、アインスは更にバーニアの出力を高め、前方に存在する火星の魔物を巻き込む。この攻撃により、三機の火星の魔物がビームピッカーによって串刺しとなり、爆破した。

 まるで自棄と言わんばかりの戦法。この間に後方から攻撃される可能性を、彼女は今考えていなかったのだ。

「お前等なんかにぃぃ!!」

何故彼女がこのような戦法を取るのかは定かではない。敵が現れた事に対して攻撃を続けるばかり。その光景は、アレン程ではないとはいえまるで感情に任せ、暴走しているようだった。

「スバキ!後方を見ろ!」

「!」

ネルソンの一言でスバキは気付く。後方に、火星の魔物がビームソードを構えて接近してきている事を。

「このやろぉぉぉぉぉ!!!」

これに対し、ビームピッカーを火星の魔物に突き刺した状態で、すぐにバックパックのビームサーベルラックを抜き、円を描くようにビームサーベルを振るう。これにより、背後にいた火星の魔物の胴体は切断された。

 その時にネルソンから無線が入る。それは当然、彼からの叱責だ。

「こんな所で死ぬ気か!少しは状況をよく見ろ!」

「だって!あいつがいるんだ!あいつがやばい状況なのに!あいつを助け出したいのに!」

ネルソンが言っても、スバキの耳には届かない。レイが危機に陥っているという事実に対し、彼女は奮闘するばかり。

「レイとジャンヌ嬢は今ガーストが救出している!戦力は我々しかいない!あのMSを撃退していく必要があるが、君のやり方は自滅を招く!」

スバキに対して指摘をするネルソン。だが――

「うるさいんだよ!!!」

と、反抗する。更なる叱責をしようとしていたネルソンだが、彼の背後にも火星の魔物が迫っている。ビームマシンガンを構え、それを連射してハルッグを攻撃する。

「ちぃっ!敵は当然ながら待ってくれる筈などないか!」

未知なる敵、火星の魔物。その正体を知らないままネルソンは戦う。無数のミサイルにビームマシンガン。更には接近戦としてビームソードがある。遠距離にはミサイルを、中距離にはビームマシンガンを、近距離にはビームソードを使い分ける火星の魔物。あらゆる距離に対応した武装を持つこの機械。弱点の距離がない以上、考えて相手をしなければならない。その上この機械は無数に存在している。それが、非常に厄介と言えたのだ。

 

ガーストの駆るハイエッジカスタムはレイとジャンヌを抱えた状態のまま、火星の魔物と激闘を繰り広げている。次々と、まるで湧いて出るかのように出現する火星の魔物。アルバトスまであと少しの距離の所で、彼は邪魔をされていた。

ハイエッジカスタムに搭載されているビームニードルが火星の魔物を迎撃するが、この攻撃だけで、大量に存在する火星の魔物を相手にするのは無謀とも言えた。

「せめてビームキャノンが使えたらいいのに!こいつら!」

ハイエッジカスタムのビームキャノンは強力な武装である。だが、これは強力故に、レイとジャンヌを吹き飛ばしてしまう恐れがあった。その為に彼はビームキャノンを封印しながら戦っているのである。

 

                ビビビビビッ

 

火星の魔物がハイエッジカスタムに向けてビームマシンガンを放つ。一機だけで無い。その数十五機が一斉に放ってきたのだ。レイとジャンヌを守りつつ、彼は戦わなければならなかった。

「ク……駄目だ……数が多すぎ……」

その数に圧倒されそうになるガースト。アルバトスに向かう邪魔をするこれらをどうすれば良いか、彼は考える。

だが火星の魔物は彼に考える余裕など与える筈が無かった。ハイエッジカスタムやアルバトスに向け、ミサイルやビームマシンガンを放つ。人間が乗っていない火星の魔物に、慈悲も何もない。エファンの意思によって操られ、ただ攻撃を続けるのだった。

「ガースト君!」

その時、ガーストの駆るハイエッジカスタムに無線で連絡が入った。エリィからである。

「エリィさん!何ですか!?」

「プラズマカノンであの大群を殲滅するわ!その隙にアルバトスに!」

エリィは、アルバトスに搭載されている兵器である、大型プラズマカノンを展開しようとしていた。先日に新生連邦軍が展開したネェルガルキャノン程の威力はないにしろ、原理は全く同じその兵器。それが放たれれば、数多くの火星の魔物を殲滅出来る。その分莫大なエネルギーを消費するが、今この状況を切り抜けるにはそれしかないと、エリィは思っていたのだ。

「ガースト君の機体がアルバトスに収納すればネルソンとスバキさんに連絡してここから脱出するわ!これ以上あのMSの群れを相手にする理由は無いから!」

エリィの言葉を聞き、ガーストは右手の親指を立て、言った。

「全く持って、その通りですね!」

「よし、じゃあ作戦決行!」

と、エリィは敬礼をした後でハイエッジカスタムに対する無線を切った。

 この直後、エリィは左腕をバッと差し出し、ブリッジ内のクルーに対して言った。

「プラズマカノン、準備スタンバイ!お願いします!」

「え、あれはまだ発射した事無いのでは……?」

アルバトスのプラズマカノンはまだ展開すらしたことがない。しかし、艦長のエリィはそれを展開するように命じた。困惑するクルー達。その中で、エリィが言った。

「これは試射を踏まえての攻撃です!この状況を打開する策としてこれを採用します!」

「りょ、了解!」

エリィの命令に従うクルー達。彼等が一斉にコンピュータを操作した直後、アルバトスの艦首部分から巨大な砲門が出現した。それは角度を変え、下方に向けられる。照準は火星の魔物の大群。これらを一掃する事で、ガーストはアルバトスに帰還する事が出来る。邪魔をする者がいなくなるからだ。

 しかしこれを撃つ際、ガーストのハイエッジカスタムは離れなくてはいけない。何故なら、プラズマカノンの発射による風圧がハイエッジカスタムの手部にいるジャンヌとレイを吹き飛ばしてしまう可能性があったからだ。その為、一度ガーストはアルバトスから離れる事になった。

事情を知らない二人は、ガーストが何故このような行動を取るのかが分からないでいた。

「え……どうして離れていくんだろう……?」

「ガーストには何か考えがあるのかも知れませんわね。今、私達には何も出来ません。彼に委ねるしか……」

「ガーストさんを、信じる……」

火星の魔物の猛攻により、アルバトスに接近できないハイエッジカスタム。そして、アルバトスは高出力のプラズマカノンの試射を兼ね、火星の魔物の大群に向けて発射しようとしている。その間もガーストのハイエッジカスタムに火星の魔物がミサイルを展開して迫る。これらの攻撃をビームニードルを展開する事で撃破し、プラズマカノンの発射まで時間を稼いでいた。

 

「エネルギー充填完了!」

「発射、いつでもいけます!」

プラズマカノンは、今まさに発射されようとしていた。ブリッジ内のこれらの声を聞いた後に、エリィは目をしっかりと開け、大きく口を開き、言った。

「発射ぁ!!!」

彼女の声と共に、アルバトスの艦首にある砲口にエネルギーが救出される。そして――

 

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

 

プラズマカノンが、火星の大地に向けて放たれる。その先にいるのは火星の魔物の大群だ。この一撃により、直線上にいた火星の魔物はほぼ全てが消滅。これにより、ガーストの邪魔をする火星の魔物はいなくなった。

 それを見計らったガーストは一気にアルバトスに近付く。そして、ハイエッジカスタムの手部にいたレイはアルバトスのプラズマカノンを見て、ただ唖然としていた。

「凄い……あのMSが大量に……」

そのようなレイとは対照的に、ジャンヌは笑顔だった。その笑顔は、無事に帰還する事が出来る、嬉しさによるものである。

「エリィさんに感謝をしなければなりませんわね。あの砲撃がなければガーストはアルバトスに接近する事が出来なかったでしょう。恐らくは……」

彼女の言葉を聞き、レイははっと思いついたような表情を浮かべた。

「ああ!だから一度離れたんですね!僕達を考慮してくれて……!」

「ええ……あれ程の出力を持つ兵器を使うのです。その風圧は恐らく、相当なものと推測されます。」

ハイエッジカスタムの手部で、両者は胸を撫で下ろす。

 

 そしてガーストは火星の魔物に邪魔をされる事無くアルバトスへ近付いた。その間、火星の魔物が邪魔をする様子はない。彼は無事、ジャンヌ達をMSデッキまで送り届ける事が出来たのだ。ハイエッジカスタムの収納が確認された後、エリィは急いでネルソンとスバキに連絡を取る。二人の救出が確認出来たことで、彼等はこれ以上火星の魔物と戦う必要が無くなった。ネルソンの駆るハルッグはすぐに変形し、スバキに対して戻るように言った。だが――

「うらぁぁ!」

スバキは聞く耳を持たない。アインスのシールド型拡散メガビーム砲を所構わず火星の魔物に対して撃ち続ける。ネルソンは彼女に必死に声を掛けるも、スバキの耳には届かない。

「チッ……手段は選んでいられないか……!」

今はこの場所からの脱出する事を考えるしかない……そう考えたネルソンは、ハルッグをアインスの方向に向かわせる……と同時に、ロングビームライフルを突如アインスに向けて発射し始めたのだ。

「なっ!?」

迫る一筋の熱源に反応したスバキは、すぐに避ける。幸いそれはアインスに直接向けられたものではなく、あくまでも威嚇射撃だった。

「お前!何考えて!?」

「君が無意味に暴れると言うのなら、私も容赦しない。今は一刻を争う状況なのに。君はその邪魔をしている者と見做し、更に攻撃を加える。撤退するか、そのまま無意味にこの大群の相手をするか、選べ。」

スバキは操縦桿を思い切り握った。確かに、自分は自棄ともいえる行動を起こしている。それは、許されるべき事ではない。しかし彼女は混乱している。それはエレンがレイに先に告白をしたから。自分が先に告白すれば良かったのに、先を越されてしまったから。自分から行動を起こさなかったから……その悔しさが、今の彼女を動かしていたのだ。

 だからこそ、彼女は攻撃を続けていた。しかしネルソンに強制的に止められることで、彼女は動きを止めたのだ。

「撤退……するよ……クゥゥッ!」

自棄になり、暴れたい気持ちが大きい。しかしそれをすれば自分が味方に墜とされてしまう可能性がある。それを考え、スバキは操縦桿を思い切り握り、アインスのバーニアを展開してこの場から去った。その間も火星の魔物からの妨害があったが、アルバトスのプラズマカノンによって大半を殲滅した為、数の多さで妨害される事は無い。

 

 

 

 やがて全機体がアルバトスに収納されたのを確認したエリィはすぐに火星から離れるように指示。艦後部のバーニアが出力を上げ、紅に染まる大地を後にした。広大に荒れ地が広がるこの地を、誰もが振り返る事は無かった。

 アルバトスは火星ではマスドライバーを使わずとも大気圏を離脱する事が出来た。と言うのも、火星は地球に比べて重力が小さい。その比率は凡そ1/3とされている。それ故に、マスドライバーといった装置を使わずともアルバトスのバーニアの出力のみで、火星の大気圏の離脱を行う事が出来るである。

 その時、無数の火星の魔物は一斉にモノアイの輝きを失い、それぞれが動かなくなった。しかしアルバトスは既に火星から逃げた後。戦ったネルソン達はこの光景に気付く筈がない。

 

 

 

「……逃げられたか……」

施設内で長時間火星の魔物を支配していたエファンの瞳の虹彩部が元の色である、ブラウンに戻っていた。それと同時に、彼は頭を抱えた。

「チッ……流石に機体を脳波だけで大量に操るのは負担が大きいか……」

EVEシステムの意思を継いでいる彼は火星の魔物を操り、ネルソン、スバキ、ガーストを苦しめた。

しかし彼はあくまでもEVEシステムの意思を継いでいるだけ。脳の大きさはオリジナルのEVEシステム程大きくない。従って、無数の火星の魔物を操るのに脳に負担が掛かり過ぎるのだ。その為、彼は頭を痛めた。火星の魔物を操るという情報処理に限界があった為だ。

「……来たか。」

彼がEVEシステムの中枢の前で腕を組みながら、崩壊した天井を見た。最初は火星の空がエファンの目に映っていたが、やがてそこへ一機のMSが近付いてきた。新生連邦のMSであるディーストが、この場に現れたのだ。

「ご無事ですか、少佐!」

ディーストに乗っていたのはクラリスだった。エファンがこの場所にいる事を知っていた彼はディーストを駆り、エファンを迎えに来たのだ。

 クラリスの駆るディーストは、一隻のヴィッシュ級から発進されたものだった。このヴィッシュ級はアルバトスと同様、外部パーツを装着している。故に、高速移動が可能となっているのだ。

「お前達を呼んでおいて正解だったな。まあ、こうなる事を想定した上だったのだが……唯一、ジャンヌ・アステルとレイ・キレスを逃がしたのは誠に残念ではあるが。」

エファンはダリオンに呼ばれた時、クラリス等に火星に来るように事前に伝えていたのだ。この男は最初からダリオンとジャンヌとレイをこの火星の地で殺す気でいた。 

結果、ダリオンだけがエファンによって殺されたがジャンヌとレイは生き残った。彼にとってそれが誤算だったが、本人は然程悔しさを感じていない。寧ろ、自身の母とも言える存在に会えた事もあってか、喜びを感じていたのだ。

 

 それから、ディーストの手部に乗ったエファンはそのままヴィッシュ級に乗り込んだ。ブリッジに戻って来たエファンを、クルーの誰もが歓迎した。それ程に彼は支持されているという事である。

「ご無事で何よりです、少佐!」

「少佐は新生連邦の要ですから、もし何かがあったと思うと……」

これらの台詞を聞き、エファンは笑みを浮かべながら艦長席に座り、口を開く。

「ここに来て、自分のやるべき事の再確認が出来た。さて、戻るか。本隊に合流しなければな。艦を発進しろ。」

エファンは笑みを浮かべ、言った。この言葉を聞いた操舵士は艦のバーニアの出力を最大出力で展開した。これにより、ヴィッシュ級は火星の大気圏を離脱していく。

 その間、エファンは静かに考え事をしていた。

(もし私が実力も何もない人間ならば見捨てられていただろう。人は自分の弱点を棚に上げ、相手の短所、弱みを見つける事に関して優れる存在が多い。そしてそれを批判し、愉悦に浸る。しかし長所が目立つ人間ならば話は別だ。それは尊敬され、称えられるであろう。今の私がまさにそれだ。しかしその人間の数が多ければ多い程面倒になりかねない。)

火星にあったEVEシステムの施設での出来事を経て、彼は自分自身の目的を再確認していたのである。今、彼がするべき事。それはシンギュラルタイプ、アドバンスドタイプ等の力を持つ人間の抹殺。  

しかし今の彼はそれらとは別の事を考えていた。今彼が考えているのは〝人類の数〟についてである。

(人類を支配する。その為には今の新生連邦にある要塞エレシュキガル。これを利用すれば……)

と、エファンは再び笑みを浮かべた。周りから見てこの光景は奇妙に見えてしまう。その為、心配をした兵士が声を掛けた。

「少佐、どうかされましたか?」

「特に。何も。」

兵士に対し、睨むようにエファンは言った。それに恐怖を抱いた兵士はエファンから目を逸らした。

 EVEシステムの意思を継ぐアドバンスドタイプである男、エファン・ドゥーリア。火星に来てその目的を再確認した彼は、再び新生連邦の本隊と合流する。地球圏に帰還して来て、この男は次なる行動を取ろうと計画を企てていたのである。

 

 

 

 一連の出来事があった後。アルバトスは火星から大きく離れ、地球圏に向けて航行をしていた。この間にネルソンはレイから人工心臓を受け取り、緊急で手術を行った。 

しかし心臓の移植手術という事もあり、長時間を要した。火星の魔物のとの戦闘で疲弊しきっていたネルソンだったが、一刻を争う事態に、休息等取っていられない。

 手術室の前にて、レイとジャンヌとガーストはアレンの無事を祈りながら、会話をしていた。会話の内容は、エファン・ドゥーリアについてである。

「レイ、あの時エファンが話していた言葉を覚えていますか?」

「え……何の事ですか……あの時はあの人が機械から作り出されたってことしか分からなくて……」

無理も無かった。レイはエファンの正体を知り、ただ困惑し続けていたのだ。その中での台詞を覚える等、彼にとって難しいものだった。

「あの時……エファンはこう言いました。〝人類を一つにする〟と。」

「え?そんな事……言ってた……ような……」

レイはかすかに覚えているようだった。困惑する中でエファンが述べた台詞。ジャンヌに言われ、レイは思い出そうとしていた。

 

――――――――――――――やがて人類を一つにする―――――――――――――――

 

「あ……」

「思い出しましたか、レイ。」

「はい……」

エファンの台詞を思い出したレイ。これについて、ジャンヌは口を開いた。

「火星で明らかになった事。それは、エファン・ドゥーリアがEVEシステムの意思を継ぐ者として存在している、最後のアドバンスドタイプであるという事。そしてその目的は私達のような力を持つ者の抹殺。その中でもう一つ気になった台詞があります。」

レイは、目を何度か瞬きさせながら、言った。

「それが、人類を一つにするっていう……」

「そうですわ。この台詞により、彼の目的が一層分からなくなりました……」

力を持つ人間の抹殺と、人類を一つにする。これらが関連する事は何なのか?明らかになった事実と、新たに出現した疑問。エファン・ドゥーリアという男の真の目的が分からない彼等。

 以前にもエファンは“人類の頂点”という単語をスルース・ディアンに対して話していた。しかし、それらを加味してもエファンの目的は謎のままだ。

 

―――――――――――お前の中に、EVEが居る事が憎くすら感じるよ――――――――

 

そして、彼がカプセルを抱えている時に男が発したこの言葉の意味とは、一体……?

「でも……エファンさんは今火星にいます。もう、僕達の前に現れる事は多分、ないと思います……」

疑問を抱きつつも、あの男の事を忘れたいと思うレイは、まるで男を否定するかのように話題を変えた。

「そうであって、欲しいですわね……」

彼等は、エファンは火星に残り、そのまま居続けているものだと思い込んでいたのだ。彼等は知らなかった。エファンが火星を既に後にしている事を。つまり、ジャンヌの願望は儚くも消えてしまう事となる。

「今はアレンの無事を祈りましょう……私達に出来るのは、それだけですわ……」

「はい……」

謎は残った。しかし、彼等は無事に人工心臓を届ける事が出来、ネルソンも手術をする事が出来た。本来の目的を果たせたのだから、結果的には何の問題も無かった。

(火星で……何が起こったんだろうな……)

その隣で静かにレイとジャンヌの会話を聞いていたガーストは、両者の間に口を挟む事無く、ただ黙っていた。彼もアレンの無事を祈っており、目を覚ます事を切に願っていたのである。

 

ウィィィィン

 

その時、手術室から白衣のネルソンが姿を見せた。手術用のマスクを着用し、先程まで手術をしていたと言う風格が現れている。

「ネルソンさ――」

「アレンは!?アレンは無事なんですか!?」

レイが聞こうとした時、ガーストが真っ先にネルソンの元に走り、聞いた。

「心臓は適合した。時期、目を覚ますだろう……」

と、ネルソンは急に眠気に襲われた。その為、身体のバランスを崩し、その場で倒れ込む。ガーストは彼の身体を支え、倒れるのを防いだ。

「すまない……少し……休ませてくれ……あと……いきなり彼の部屋に押しかけるな……驚かせるのは病み上がりの本人の負担になる……」

「本当に、お疲れ様でした……」

ガーストはそう言ってネルソンの肩を持ち、彼を寝かせる為にこの場から移動した。残ったレイとジャンヌは一刻も早くアレンに会いたい気持ちがあったが、ネルソンの言葉に従い、一度この場から離れる事になった。

 

 

 

「ココット……俺は……このままでも幸せだ……」

心臓の移植に成功したアレン。しかし彼は意識を回復していない。今彼の精神は別の場所にあった。彼が意識を失ってからいる、白い光に包まれた空間に彼の意識は有り続けていた。そこでアレンはココットを抱き締め続けている。ただ、彼女の、人間としての温もりを感じないまま。

『アレン』

すると、ココットは抱き締めるアレンの手を掴み、離した。急な出来事に動揺するアレン。

「ココット……いきなりどうしたんだ……?」

『ごめんね、アレン。貴方にはまだやるべき事が残ってる。だからアレンとこれ以上抱き合う事は出来ない。温もりを感じなかったのはその為なんだよ。』

「な……突然何を言ってるんだ!?」

ココットの突然の言葉に動揺するアレン。そんな彼の心境とは別に、ココットは笑顔で彼を見つめていた。

『もしアレンが本当に死んでいたなら感じられたかも知れない。でもね、アレンは生きているよ。だって、みんなが頑張ってくれたから。アレンを助け出す為に、一生懸命。』

「何の話を?俺は死んだ筈なんだ……それでココットに会えた!それでいい……俺には、ココットさえいれば……」

白い光の世界の中で、アレンはココットの事だけを考え続けていた。彼女が死んで以来、感情を押し殺し続けたアレン。だがエファンの言葉によって彼は怒り狂い、その結果意識を失った。そして生死を彷徨う結果となった。そこで出会った、ココット・メルリーゼ。彼は自分が死んだから、死んだはずのココットに出会う事が出来たのだと思っていた。

『それは違うよ、アレン。』

「違うって、何が!?」

『私ばかりに囚われ過ぎているんだよ。それで暴走しちゃったんだよね。』

全てを知っているかのような口ぶり。ココットの言葉を聞き、アレンは彼女から目を逸らした。

『アレンが私の事を想ってくれるのは本当に嬉しいよ。でも、それだけかな?アレンの優しさや心強さは、私にしか見せないの?』

「それは、どう言う意味……?」

次々と語るココット。最愛の人間によって語られる言葉は、アレンの心を動かす。

『アレンを想ってくれる人は沢山いるよ?それは私だけじゃない。ジャンヌさんとか、ガースト君とか……皆、アレンの事を心配してる。でも今のアレンは私の事だけ考えてる。それに、固執し過ぎている。』

「それは……でも、ココットは俺の支えだったから!」

あくまでもココットは自分の支えだと言い張るアレン。それを聞き、ココットの表情は険しいものになった。

『それでいつまでもここに居るつもりなの?心配してくれている、その上命懸けで助けてくれているみんなを無視して?そのつもりならいくら私を抱き締めても何も感じないよ。ただ、空しいだけだよ。』

ココットの言葉はアレンに突き刺さる。まるで、付き離されたような感覚……今のアレンは、そのような感情に支配されている。

「空しい……?そんな事……」

『アレン、温もりを感じないで人を抱き締めてどうなるの?暖かさを感じないままこんな事をしても……辛いし、悲しいだけ。』

ココットが死んでから、彼は誰にも心を開いていない。ジャンヌに少しだけ本音を漏らしたぐらいだ。それ以外では、多くの人間に対して冷たくあしらってきた。

 全ては彼女が死んだから。最愛の人間がいなくなったから。しかし、今彼はその最愛の人間に諭されている。自分に囚われるのはやめろ……彼女は、そう言っているのだ。

『私も自分の事しか考えてなかった。アレンに好かれたい、役に立ちたいって気持ちで一杯だったんだ。だって、アレンは私にとって、かけがえの無い、支えだったから。なくてはならない存在。それがアレンだったから。』

彼女は真意を話す。自分もアレンを頼りにしていたと言う事を。

『でも、違うんだよ。本当に大切なのはたった一人の人間を支えにする事じゃない。生きていく中での、多くの人達……その人達と関係を築いて行って、それを支えにする。仲間の存在が大切だから……』

「仲間の存在……?」

ココットから語られる、〝仲間〟の言葉。彼女はアレンに、その大切さを語っている。

『人間ってね、生きている内に色々な人に出会うよね。その中で私はアレンを好きになった。好きになって、添い遂げたいと思う人間とは長い付き合いになると思う。けどね、それだけが人間じゃないよ。他にも、沢山の友達とか仲間がいてこそ、人間っているんだと思う。ねえアレン。アレンの人間関係は私だけなのかな?』

「俺の……人間関係……?」

自分自身の事を振り返るアレン。デウス動乱以前は地球連邦軍の一部体の人間として活躍し、デウス動乱の英雄とまで言われる程の戦績を上げた。戦後はワートン・ディアラによって救出され、それからエリィと一時的に行動。やがてジャンヌと出会う。それから日本でココットと運命の再会を果たし、以降は平和の為にジャンヌらと戦い続けた。

 そこで彼が思い出したのは、ジャンヌ達という、かけがえの無い仲間の存在だった。

『この空間にアレンが来た時はね、最初は嬉しかった。でも今は違う。アレンはまだやらなきゃならない事があるよ。アレンを想ってくれる、仲間達と一緒にね。』

アレンの仲間……それはジャンヌにはじまり、ガーストにレイ、エリィやネルソン等……これらの人間達が彼の周りにはいる。彼等はかけがえの無い、大切な仲間だ。

「俺には……仲間が……いる……」

『アレンの心の支えは私だけじゃないよ。アレン自身は気付いていないだろうけど、皆はアレンの為に命を掛けて助け出そうとしていたんだよ。』

この空間にいるココットは、ジャンヌとレイが火星に行き、そこで人工心臓を手に入れた事を知っていた。それを聞き、アレンは驚愕する。

「皆が……助けて……くれたのか……俺を……?」

『アレンを助けた理由……それは、大事な仲間だから。みんなアレンの事を想ってるし、支えにしているんだよ。アレンが私を支えにしてくれているようにね。』

ココットは笑顔で言った。それに対しアレンはただ、困惑する。最愛の人間から語られる言葉の一つ一つがアレンに突き刺さった。ココットはアレンを突き放した訳ではない。今はここにいるべきではないと彼に説得しているのだ。

「俺は……どうすれば……」

彼の言葉に、ココットは笑顔で答えた。

『ここから出れば良いんだよ。今のアレンならそれが出来る筈だから。貴方にはまだ、しなければならない事があるから……生きて“役目”を果たさないと行けないから……』

「え……出るって……あ……あれ……?」

その時、自分の身体が光に包まれていくのを感じたアレンはそれに驚愕した。それを見ても、ココットはただ優しく笑い続けるだけ。

『頑張って……アレン。私はいつでも側にいるから……』

「ココット!!」

アレンの言葉がその空間に響いた――その時だった。

 突如視界が暗くなったのだ。何も見えず、暗闇だけが広がる。ココットの優しい笑みはそこにはない。どこまでも続く暗闇……今、彼はそこにいた。

「暗闇……見えない……ココットは……どこ……」

光の空間から突如暗闇に切り替わった事で、アレンは不安に襲われた。どこなのか分からない場所で、彼は困惑し、苦悩している。

「っ……この感じは……?」

すると、目に違和感を覚え始めた。だがその違和感は決して不快なものではない。まるで、彼を迎い入れるような優しさがあったのだ。そして、その違和感は強烈な刺激となって、アレンを迎えたのである。

 

 

 

「光……が……ここは……?」

違和感を覚えていたアレンは、光眩しい部屋で、手術着のまま横たわっていた。薄く開いていた瞼がやがて見開かれ、パチパチと瞳を瞬きし、やがて見開く。

「薬とかが置いてる……それに俺は……点滴をしてる……?ここは、医務室なのか……?」

周囲に置かれている医療道具を見て、彼は今、自分がいる場所を把握した。紛れもなく、そこは医務室と言えた。

「身体が……重い……」

点滴をしている上、数日間意識がなかったアレンにとって身体を動かす事は並みの人間以上に厳しいものがあった。今はただ、安静にしていよう……と、彼は思っていた。

 

ウィィィィン

 

その時、医務室の入り口の自動ドアが開かれる。そこから入って来たのは、彼を手術しなネルソンだった。医務室内の監視カメラで様子を見ていたネルソンは、アレンが起きたのを確認し、部屋に入って来たのである。

「目を覚ましたな、アレン。」

「あ……ね、ネルソンさん……」

「君に会いたがっている人間は沢山いるが、いきなり押しかけるのは止めるように言っている。具合を確かめる為に私が先に入って来た。」

ネルソンの存在を確認したアレンは、ここが自分の知っている場所である事を再確認した。自分が知る人間がいる事が、これ程に安心に繋がると言う事をアレンは実感していた。

「君はずっと生死を彷徨っていた。というのも、君の心臓は疲弊しきっていたからだ。そして、そのまま放置していれば君は死んでいた。」

「死んでいた……俺が……」

ネルソンの言葉を聞き、アレンはココットがいた白い空間を思い出す。「だがジャンヌ嬢やレイが君の為に適合できる人工心臓を探しに、火星まで向かったのだ。様々な困難があったが、無事に人工心臓を取り戻し、私が手術を行い、君はこうして目を覚ました。正直、こんなに早く目を覚ますとは思わなかったが。」

一連の出来事を語るネルソン。この言葉を聞き、アレンは白く光る世界の中でココットが言っていた台詞を思い出した。

 

――――――――皆はアレンの為に命を掛けて助け出そうとしていたんだよ――――――

 

「それって……俺の為に皆が……?というか、火星って……?」

「火星に関しては詳しい話はジャンヌ嬢とレイから聞くと良い。早い話が、君を助ける為に皆が尽力した。その結果、君は目を覚ました。そう言う事だ。」

自分の感情が暴走した為に彼は意識を失い、生死を彷徨った。その際に彼が見た白い光の空間は、現実から意識が失われた事により見せられた幻だったのかも知れない。だが、そこで彼がココットと話を交わしたのは事実だ。だからこそ、彼はココットの言葉を思い出す事が出来た。

(ココットのあの台詞……あれはこの事を言っていたんだ……ココット……俺の為に……死んでからも……伝えてくれてたなんて……)

亡き人間である筈のココットから伝えられた言葉を思い出し、アレンは涙を流した。そして、自分が如何に自分勝手で愚かな行動を起こしたのかを反省した。

「ありがとう……ございます……皆が……頑張ってくれて……俺を……」

「君は自分が思っている以上に慕われている。それを忘れないで欲しい。」

ネルソンの言葉がアレンの涙を加速させた。ココットの事ばかりを考え、それをただ心の支えとしていたアレンだったが、この一連の出来事により、彼の考えは変わろうとしていた。

「……さて、そろそろ身体も起きてきただろう。入っていいぞ。」

と、ネルソンが口を開いたその時――

 

ウィィィィン

 

再び、ドアの開く音がした――とアレンが感じた時、彼はジャンヌの姿を見た。彼の眼に映ったジャンヌの顔は、彼が暴走する以前に見せた悲しげな表情と大きく異なり、優しい表情だった。

 そして、ジャンヌはアレンに対し、言った。

「アレン!!!」

そう言って、ジャンヌはアレンの両手を思い切り握った。その手を自身の頬に当て、彼の体温を感じ取った。

「ああ、アレン……本当に、良かった……」

ジャンヌは涙を流した。その涙は彼の手に伝わり、アレンはジャンヌの涙の暖かさを手から感じ取っていた。

「ジャンヌ……」

「よく、ご無事で……本当に、どうなるかと……思っていましたから……」

ジャンヌは涙を流しながら笑みを浮かべた。この優しい笑みに対し、アレンを笑み返す。

「ジャンヌ……俺の為に、頑張ってくれたって……ネルソンさんから聞いたよ……

それと……レイも……俺の為に……」

「ええ……」

ジャンヌがぎゅっとアレンの手を握り締め続ける。まるで、もう離れたくないと言わんばかりに彼の手を、しっかりと。

「アレンさん!」

と、次にレイが姿を見せ、アレンの元に駆けつけた。レイと同時に、ガーストやエリィ、そしてミシェがアレンの前に姿を見せた。

「心配掛けやがってお前!」

ガーストがアレンの頭をポンと叩いた。デウス動乱からの戦友である彼等。その絆は非常に固く、強靭であった。

「ガースト。ごめん、迷惑を掛けたね……」

「その言葉遣い!良かった、お前アレンだ!宇宙に上がってからのお前はお前じゃないみたいだったから!」

ココットが死んでから感情を殺していたアレンはクルー達に冷たい対応をしていた。だが今のアレンにその時の冷たい感情はない。以前のように、優しい感情を、この時のクルー達は感じ取っていたのである。

「アレンさん!僕……本当に……良かったって……思ってますから……」

「レイ……」

次に声を掛けたのはレイである。

アレンとレイ。この両者が出会ったのはセイントバードがエジプトのアレキサンドリアに停泊していた時。そこで不思議な感覚に誘われるように街中を歩いている時に襲われていたレイをアレンが助けた事がきっかけだった。

以後、彼等は一時的に共に行動し、そして別行動を取って行く。その最中、アレンの行動に疑問を抱いたレイはアレンを敵視するようになっていた。次第に両者の溝は深くなって行き、敵対するまでに至った。だがダーウィンでの決戦を経て、両者の溝は埋まっていく。それから現在に至り、彼等は協力する関係になっていたのである。

「せっかく、わざわざ宇宙に上がって来たのに……冷たくあしらって……苦労してきたのに……ごめんな……レイ。」

「良いんです!アレンさんが無事なら……それで!」

レイは、動くアレンの姿を見て感激していた。下手をすれば死んでいた可能性のある人間が生きている姿を見るのはレイにとって嬉しくてたまらない。と言うのも、彼はリルムの姉であるヒューナの死を目の当たりにしており、そのショックも相まってか、アレンが生きている事に一層の感銘を受けていたのである。

「頑張ってくれたんだって……聞いてるよ。ジャンヌと一緒に。」

「はい!命懸けだったんですからね!」

レイもジャンヌと同様に涙を流した。人の為に涙を流し、喜ぶ事が出来るレイ。彼の優しさは、目覚めたばかりのアレンを安心させた。

「アレン君……良かったよ、本当に……」

次にアレンに声を掛けたのはエリィだ。彼女とアレンの付き合いは長い。彼等はデウス動乱時に共に戦った。そして戦後になり、再会した。

「俺……迷惑掛けて……ごめんなさい……」

アレンはエリィの顔を見て、謝る。エリィは首を横に振り、言った。

「ううん、いいんだよ。もし許していなかったら、皆こうしてこの部屋に来ないでしょ?皆がここにいるって事は、アレン君を許しているってことだからね。」

「俺を……許す……」

アレンがそう言葉を発した後、ジャンヌは涙を拭う。そして、アレンの顔を見て言った。

「そうですわ。貴方を心配して、皆がここに集まったのです……貴方の為に、皆が……」

アレンの中で、ジャンヌの言葉が響いた。自分は一人ではない。仲間がいてくれる。自分の感情の暴走によって戦場を混乱させたにも関わらず、皆がこうして温かく迎えてくれる。彼はこの時、自分が余りに身勝手である事を再認識させられた。ココットが死んだ。それによって自分は感情を殺し続けた。その為に自分は周りに迷惑を掛けた。それでも慕ってくれる皆の優しさに、彼は支えられた。そして感じたのである。自分は、一人ではないのだと。

(ココット……俺は……皆と一緒に生きる……もう、怒らない。悲しみもしない……だから……)

彼は、心の中でこの場にいないココットに誓った。もしかすれば、どこかで見守ってくれているのではないか……と、彼は思っていたのだ。

「さて、アレン。血圧、脈拍、呼吸状態に特に大きな問題は認めないが、君は暫く安静にしていた方が良い。アルバトスは今地球圏に向かっている。そこでシュネルギアと合流し、今後の予定を決めていくつもりだ――」

と、ネルソンが言った時だった。

「艦長、急いでブリッジに戻って来て下さい!ジェッパー代表から連絡が入っています!」

突如、インクの声が医務室に流れた。〝急いで〟と言葉があった為、エリィはその場から走って去っていく。と、同時にジャンヌもエリィに着いて行くようにこの部屋から去っていく。

「アレン、また後程……」

そう言いながら彼女は去って行った。アレンが生きていたと言う感動も束の間、何が起きているのだろうか――と、この場にいた者達は疑問を感じていた。

 

 

 

 地球圏に近付いて来た事で、アルバトスはシュネルギアにいたギアからの連絡を受け取る事が出来た。火星と地球圏は距離が有り過ぎる。故に、連絡を取る手段など、無いと言えたのだ。

「ご無事で何よりです、代表。」

と、エリィが回線を開いた。ウインドウにはギアの姿が映っている。

「その様子だとアレン・レインドの救出には成功したみたいだね。」

「はい!」

と、エリィははっきりと声を出して言った。

「それは良かった……のだが、こちらも大変な状況になっている。以前から出現していた新生連邦軍の機動要塞が数日前に国連の大艦隊に壊滅的なダメージを与えた。機動要塞に搭載されていた巨大な主砲が展開されたのだ。」

「え……それって!?」

新生連邦の機動要塞、エレシュキガル。それが国連に牙を剥いたのだ。正確には、国連がエレシュキガルに攻撃を加えようとした所を新生連邦が返り討ちにしたに過ぎないのだが。それでも、新生連邦が艦隊を壊滅させる事が出来る程の兵器を所持している事に変わりない。

 エリィが困惑している時、彼女の後ろにいたジャンヌが代わりに応答した。

「あの要塞が、国連に砲撃を……?」

「無事だったか、ジャンヌ嬢。先程エリィ艦長に言ったが、新生連邦はとんでもない要塞を持っているようだ。恐らく、あれが彼等の切り札……放っておけば壊滅的な被害を受ける可能性がある。あの要塞は放って置く訳には行かない。私はそう思う。」

エレシュキガルの真の姿に恐怖を抱いたのは国連だけではない。周辺にいたデウス帝国残党軍を始め、FPBもこの兵器を脅威だと感じていたのだ。

「それに、もっと悪い知らせだ。この要塞の主砲を脅威に感じたのだろうか、国連とデウス残党軍がその要塞の周辺に艦隊を展開している。恐らく、彼等はその要塞を攻撃する気でいるだろう。」

「そんな……」

アレンが生きていたことで安心し切っていたジャンヌにとって、これは凶報だった。新生連邦の要塞により、新たなる戦争が勃発しようとしていたのである。そして、この要塞は国連の艦隊に、一度壊滅的なダメージを与えている。この戦争が勃発すれば、国連やデウス残党は下手をすれば壊滅してしまう可能性があった。つまり、甚大な被害が出る可能性があったのである。

「だから一刻も早く合流する必要がある。出来るだけ急いで戻って来て欲しい。あの要塞は危険だ。だが今のシュネルギアだけではどうしようもない……」

「ええ、分かりました。」

「合流ポイントの座標を送る。そこで合流しよう。」

そしてギアからの連絡が切れた。その直後、ギアが言っていたように、合流地点のポインタがレーダーに点滅している。この場所から遥かに離れている場所だが、アルバトスの航行能力からして、決して行けない距離ではない。

「私達が火星に行っている間にそんな事が起こっていたなんて……」

「もし……これらの勢力が一斉に衝突する事となり、勝者が決まるまで殺し合う事となれば……それは最終決戦が始まると言う事になりますわ……」

「最終決戦!?」

新生連邦の切り札であるエレシュキガルに対し、国連とデウス残党が艦隊を展開するという事態……ジャンヌの言うように、これは最終決戦と言っても過言では無かった。エレシュキガルを失えば新生連邦は敗北濃厚となる。一方で、ネェルガルキャノンを駆使すれば国連やデウス残党を蹴散らす事も出来る。

「エリィさん、急いでアルバトスとシュネルギアを合流する必要がありますわ。今は時間が一秒でも惜しいです。」

ジャンヌはエリィに艦を急がせるように指令を下すように言った。言われるまま、エリィは操舵士のスラッグにアルバトスの後方バーニアの出力を更に上げるように指示した。

「……一度、皆さんを集めましょう。ジェッパー氏と合流する前に、この事を伝えなければ。」

「そうですね……もし、ジャンヌさんの言うように最終決戦が始まるのなら……私達も急がなきゃならないから……」

ジャンヌの提案により、アレン以外のアルバトス内にいるクルー達が全員ブリッジに集められる事となった。アレンはまだ病み上がりだ。その為、無理に動かす訳には行かなかったのである。それに、ジャンヌは彼をもうブライティスに乗せる気は無かった。アレンにはもうMSに乗って欲しくない……そう思っていたからだ。

 

 

 

 やがてクルー達が集められた。ジャンヌがブリッジの中央に立ち、彼等に説明を行う。

「先程、ギア・ジェッパー代表から連絡がありました。新生連邦の要塞が、国連の艦隊を壊滅させたという事、そして……その要塞を攻略しようと国連、デウス残党軍が艦隊を展開しているという事……」

「なんだと……!?」

ネルソンが口を開いた。

「つまり、新生連邦と国連とデウス残党が戦争するってことか!?」

ガーストがジャンヌに言った。ジャンヌは静かに、首を縦に振った。

「それも……恐らくは今までの比にならない規模の戦争となるでしょう。あの要塞が新生連邦の切り札とすれば、あれを失えば新生連邦は事実上の敗北と見なしても良いでしょう。ですが、一方で国連は一度要塞からの主砲によって艦隊が壊滅的な被害を受けています。次に主砲を受ければ国連が敗北する可能性が高いですわ。」

互いに負けられない戦争が始まるのだろうと、ガーストは思った。が、彼はこの時疑問も述べた。

「じゃあ……さ、デウスはどうなってるんだ?あいつらも要塞を攻略する気なのかよ?」

「恐らく、新生連邦と国連の潰し合いの所を、狙ってくる可能性がありますわね……」

新生連邦は短期決戦の目的でエレシュキガルを投入し、国連はそれを破壊して新生連邦との決着、そしてデウス残党はこれらに対する漁夫の利を得ようとしている。

「そんな事が起きたら……壮絶な事になりますよ……こんな戦争が起ころうとしてるなんて……」

レイの表情の雲行きが怪しい。その状態の彼に対し、ジャンヌが言った。

「だから私達は急がなければならないのです。全ては、新生連邦の要塞が元凶だと考えます。あの要塞の為に、三大勢力が衝突しようとしているのですから。」

エレシュキガルがあるから、戦争が起こる。この機動要塞を巡り、様々な勢力が動いている。ジャンヌが言っていた、〝最終決戦〟。その開戦の時は、近い。

「詳しい事はシュネルギアと合流してから……と、ジェッパー代表は仰せれておりました――」

と、ジャンヌが言葉を言い終えようとした時だった。

「ジャンヌ様、後方に熱源確認!戦艦クラスの物と思われます!」

「戦艦……?」

アルバトスの後方に戦艦があると、FPBの兵士が言った。しかしその直後。

 

                 プチュンッ

 

突如、ブリッジのモニターに映像が映し出された。どこからかの無線の許可を得た訳でもない。それはあまりに突然だった。

 皆がモニターの方に注目する。そして、そこに映っていた人物の姿を見て驚愕した。

「え……!?」

「そんな……!」

レイとジャンヌが驚愕する、その人物。そこに映っていたのは、火星に残されているはずのエファンの姿だった。特徴的な赤毛のロングヘアーに、鋭い目つき。整った顔つき。それ等を見て、エファン・ドゥーリアであると確信した。

「無事に脱出できたようだな。ジャンヌ・アステルにレイ・キレス。そしてそこにいる全員。」

悠然とした様子で、まるで挑発するかのように回線を強制的に開いてきたエファン。この男の顔が映った瞬間、アルバトスのブリッジ内は緊迫した空気に包まれる。

エファンがいるヴィッシュ級は、アルバトスの後方に存在していた。アルバトスを見つけたエファンは、アルバトスに対して回線を開き、顔を出したのである。

「エファン……貴方は火星に残っていた筈では?」

ジャンヌの表情は、再び険しいものになる。彼女の険しい顔とは対照的に、エファンは腕を組み、余裕の笑みを浮かべている。

「残念だがお前達が思っている以上に私は慕われているようなのでな。私の部下が来てくれた。火星に、わざわざ。」

不気味とも言える彼の声色。それを聞き、ガーストはジャンヌに聞いた。

「なあ、ジャンヌ。こいつが……まさか、エファン・ドゥーリアって奴か?」

「ええ……彼です。アレンを暴走させた張本人。そして、ココットさんを殺した人間でもあります。」

憎しみを込めてジャンヌはエファンを否定した。彼女らしからぬ、他者を否定するような言動が目立った。

「こいつが!」

それを聞き、ガーストは握り拳を作る。アレンを一時的とはいえ瀕死に陥れた張本人がモニター越しにいるという事実。そう思うと、ガーストはこの男を殴りたい衝動に駆られた。彼はエファンの事をよく知らない。実際に交戦したこともない。しかしジャンヌやアレンが口にしていた事もあり、名前だけを知っていたのである。

「随分と人聞きの悪い事を言うなジャンヌ様。私はあくまでも力を持つ人間を抹殺しているに過ぎない。その目的は既に知っているだろう?」

〝ジャンヌ様〟という台詞も、彼の悪ふざけなのだろう。それが彼女を更に不快な思いにさせた。彼女だけでない。アルバトスのクルー達もこの男の台詞を不快に感じている。

「ジャンヌさん、私に代わって下さい。」

「え……?ええ……」

この艦の艦長である彼女が、ジャンヌの代わりにエファンに対し、喋ろうとしていた。それは責任者としての使命感がそうさせたのかも知れない。この男の存在によりクルー達の雰囲気が悪くなっていると察したエリィは、ただちにこの男との無線を切りたいと感じていた。しかしそれと同時に不安も感じていた。何故ならば、自分の言動によってこの男が攻撃を仕掛けてくる可能性もあったからだ。現在アルバトスに搭載されているのはハルッグとハイエッジカスタムとアインスガンダムとツヴァイガンダムのみ。ツヴァイガンダムは強力な機体であるのだが相手の戦力が見えない以上、下手な事を言ってしまうのは危険だと感じていた。

(下手をすれば攻撃をされるかも知れない……急がなければならない状況なのに、こんなのって……)

エリィは冷や汗を掻く。言葉を、必死に選択していたのだ。だが……

「エリィ・レイスか。私はお前達の艦に攻撃をする気は一切ない。」

「え!?」

エリィは知らなかった。エファンが、人の心を読む事が出来る人間である事を。彼等は、一度ダーウィンで有った事がある。しかしその時はエファンの圧倒的なプレッシャーに、ただエリィが翻弄されていただけだった。

 しかし今はあくまでもモニター越し。エリィは当時のこの男のプレッシャーを僅かに感じつつも、必死に口を開け、言った。

「だったら伺います!貴方がこの艦に回線を開いた理由は何ですか?只の冷やかしでしたら、こちらから通信を遮断させて頂きます!私達は今から急がなければならないんです!」

それを聞き、エファンは微笑しながら言った。

「簡単だ。いわゆる生存報告というやつだ。恐らくジャンヌ・アステルとレイ・キレスは私が火星に取り残されて安心しているだろうと思ったから、わざわざ伝えてやったまで。私が火星から出たと言う事をな。」

「その為に、わざわざ通信を……」

エファンがアルバトスに通信を入れた理由が、私情であることにエリィは困惑した。只の報告の為に新生連邦の艦が連絡を寄越してきたのだ。普通、そのような事で連絡を入れる指揮官など普通は存在しない。だがエファンはそれを行ったのである。

「ああ、あと急がなければならないと言う事だが、それは我々も一緒なのでな。お前達と交戦している余裕はない。まあ、そちらがこちらに攻撃を仕掛けるのならば話は変わるが。」

無論、交戦などしている余裕はない。エレシュキガル周辺で大規模な戦闘が起こるかも知れないのだ。それを放っておく訳にはいかなかった。

「私達は戦闘の意思はありません。このまま、行かせてもらいます。」

「そうか、懸命な判断だ。このような場所で争い合っていても仕方が無いと言うのは互いに分かっているという事だな。それぞれ目的がある。ならば、互いにその目的に尽力しなければならないだろうからな。」

エファンがそう言った直後、回線が切れた。結局火星から自分は戻って来たという事を伝える為だけに連絡を寄越してきたエファン。何故わざわざそのような事をするのか……それは、エファンが彼等にプレッシャーを与える為だ。EVEシステムの意思を継ぐ存在である彼がいることを知れば、それは強烈なプレッシャーになり得る。エファンはそれを分かった上でアルバトスに回線を繋いだのである。

「……今は急ぎましょう!全力前進!」

エリィはとにかく、艦を目標地点に向かわせる事を急いだ。それはエレシュキガルに向かう為であり、又、後方のヴィッシュ級からの万が一の攻撃から逃れる為でもあった。

 アルバトスのクルー達は動揺している。その中で、ジャンヌはエファンの言っていた〝目的〟に疑問を抱いていた。彼の目的は力を持つ人種の抹殺。ならばここで力を持つ人種が集まるアルバトスを沈める為に攻撃を加えてきてもおかしくない筈だと、思っていたのだ。

(彼には別の目的がある……それは人類の支配者になる事……?)

火星で語っていた、エファンの目的。ジャンヌはこの言葉がずっと気になっていたのだ。力を持つ人間の抹殺と人類の支配者になる事。これらが共通する事とは何なのか。見えぬエファンの野望に、彼女は一人、疑問を抱いていた。

 

 

 

 アルバトスとの通信を終えたエファンは悠然と艦長席で座っていた。彼の言っていた言葉を聞いていたクラリスは、エファンに疑問をぶつけた。

「少佐!こちらには戦力があります!どうして攻撃をしないのですか!?」

「今はエレシュキガルに向かう事が先決だと判断した為だ。それに、奴等もどの道エレシュキガルに向かう事になる。あの要塞がどれ程危険なものであるかを分かっているからな。」

「しかし!今攻撃を仕掛けた方が!」

反論するクラリスに、エファンは鋭い目線を送り、言った。

「黙れ。お前は私の命令が聞けなくなったのか?」

と言われ、クラリスは一歩引き、黙る。

「強化されてから絶対命令遵守だったお前が反論するとは珍しいが……不快だな。強化モデルの分際で。」

「も、申し訳ございません……」

クラリスは、これ以上エファンに対して意見をする事は無かった。エファンも悠然とした様子で腕を組み、彼が乗っているヴィッシュ級がエレシュキガルに近付くのをただ待っていた。

「始まる……か。最終決戦が。まあ、私にとっても絶好の機会……」

エファンは静かにそう語る。力を持つ人間の抹殺だけでなく、人類の支配を考えているエファン。彼の野望が、エレシュキガルによって実現出来るかも知れないという。それが何を示すのかは、定かでは無かった。

 ギアによって知らされた、エレシュキガルの主砲の存在と、それを止めようとする国連とデウス帝国残党による艦隊の展開。アルバトスがFPB本隊と合流する時。それは、これらの三大勢力とFPBを合わせた、四つ巴の大戦争が始まる事を意味していたのであった。

 




第百三話、投了。
これで火星編はおしまい。

次回からは最終章となります。


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最終決戦編
第百四話 動き出す各陣営


エレシュキガルを巡り、集うそれぞれの陣営の話。


 機動要塞エレシュキガル。新生連邦総司令レヴィー・ダイルが現在の新生連邦の状況が非常に不利である事を判断した為に月面を割って出現させた超大型の要塞である。出現した時は周辺の勢力から警戒をされつつも、これが新生連邦の宇宙での総司令部となるのだろうといった程度の認識をされてきた。

 しかし国連軍が艦隊を率いて総攻撃を仕掛けた時にそれは牙を剥く。要塞が大きく展開され、巨大な主砲、ネェルガルキャノンが20%の出力で発射された。この砲撃により、国連軍の艦隊は1/3は壊滅。国連軍は撤退を余儀なくされたのだ。この主砲の事実は国連だけでなく、デウス帝国残党やFPBにも衝撃を与えた。防御面では要塞の全てにバリアーフィールドジェネレーターが張り巡らされていてビーム兵器は一切通用しない。その上での巨大な主砲である。

 今、この要塞を巡って各勢力による最終決戦が始まろうとしていた。既に国連軍は体勢を整えて艦隊を再び形成。一方のデウス残党軍もアポカリプスを破壊されながらも残存勢力を集め、エレシュキガルのある宙域に艦隊を集結させている。

 これらが存在している中、エファン・ドゥーリアがエレシュキガルに帰還した。アルバトスに〝生存報告〟と名の打った挑発をしてから半日後の出来事である。

「既に国連・デウス残党が周辺に部隊を展開しているようだな。」

と、エファンが兵士に対して言った。彼は今、エレシュキガル内のMSデッキにいたのである。

「ハッ、その模様です。ですがまだ攻撃を仕掛ける様子は見られません。」

「成程、分かった。……で、私の機体は?」

彼は話題を変え、自分の機体であるカタストゥリアについて聞いた。

「それならば別室にございます。普通のMSと一緒では、あの機体を完成させるのは無理ですから。」

「だろうな。あの機体は最高傑作だ。普通のMSではない。」

その後、エファンはカタストゥリアが置かれている部屋に兵士と共に向かった。その間、シーアやクラリス、ダウーラはこの場に残される事となる。

 

カタストゥリアが置かれている部屋は普通の部屋とは違う。薄暗く、広い。そして機体の後面部に極太の黒いケーブルが幾重にも繋がっている。

「少佐ぁ!!」

と、エファンに声を掛けたのは女性整備士だった。その声に反応し、エファンは振り返る。

「ん……?ああ、確か……」

彼は以前にその女性に会った事がある。名前はヘリン・マディック。地球で新生連邦軍の整備長を務めていたのだが、現在の新生連邦の戦況の悪化により、宇宙に召集された。そこで彼女はカタストゥリアの開発に着手していたのである。

「覚えていますか!?覚えていられたら凄く光栄なんですけど!」

(確か……ああ、ヘリン・マディックだったか。)

会った事を忘れかけていたエファンは彼女の心を読み、名前を思い出す。そして、作り笑いを浮かべて話した。

「少佐の機体、完成しました!名前は……カタストゥリアですね!こんな機体、今まで見た事がありません!凄いっていうか……なんていうか……次元が違うっていうか!」

そう言った後、完成したカタストゥリアを見た。漆黒のフォルムに、尖った手部の爪部。そして背部の合計二十四基のブリッツファンネルに、新たに備え付けられた六つの砲門。この六つの砲門が、今回追加で設備された武装である。

 デウス残党が攻撃を仕掛けてきた際にカタストゥリアは出撃したが、その際は80%の状態だった。今回の完成により100%のカタストゥリアが誕生したという事になる。

「ブリッツファンネルのリゾネートエンジン、少佐が即席で考えられたものなんですよね!どうやってこんな物を作り出せたのかが不思議でなりません!」

カタストゥリアのブリッツファンネルには、ツヴァイガンダムと同様にビームリゾネートジェネレーターが搭載されている。だが、それはあくまでもツヴァイと交戦したダウーラが持ち帰ったデータを参考にして作ったものであり、その原理は全てエファンの脳内で考えられている。つまり、オリジナルのビームリゾネートジェネレーターとは異なる技術で、カタストゥリアのビームリゾネートジェネレーターが作られているという事である。

 極め付けはそれらを応用させ、宙域のビーム粒子を吸収し、再利用するというリゾネートアブソーバージェネレーターを独自に開発したと言う事だ。従来ならば不可能とされた技術を、男は成した。

「簡単な話だ。相手の機体の特色、特徴のデータを持ち帰り、それに似た手段を選べばいくらでも代用は出来る。カタストゥリアは様々な機体の戦闘データを基に作成した。だからこそ、私の最高傑作とも言える機体だ。」

あらゆる機体のデータを参考に作り上げたMS、カタストゥリア。エファンはこの機体を最高傑作と言う。これは最早人間を超越していると言っても過言ではないのだ。

それを聞き、ヘリンは感激していた。自分が憧れを抱くエファンの機体の開発に着手できたことが、嬉しくて堪らないのである。

「私!幸せです!ドゥーリア少佐の最高傑作の開発に携わる事が出来て!」

「そうか、まあ……良かったな。」

ヘリンは以前にエファンに会って以来、彼を憧れの対象として見ていた。だからこそ、今エファンの機体であるカタストゥリアが完成した姿を見て、非常に嬉しく思っていたのだ。

「それにしても少佐のような、力を持つ人って……本当に凄いですよね!」

憧れの眼差しでエファンを見るヘリンだったが、それとは裏腹、エファンは彼女の言葉を聞いて不快な思いをした。静かに舌打ちをした後で、彼はヘリンを睨むように見る。

「本当に凄いと思うか?戦争においてその争いの潤滑油として成り立っている力を持つ人間の存在が?」

「え……え……?」

「人間はデウス動乱をはじめ、戦争を繰り返してばかりか更にはそれをエスカレートさせている。その最もたる存在である力を持つ存在……不快だな。そのような存在を神聖視するのは。」

エファンに言われ、困惑するヘリン。彼女はただ自分の言葉を言っただけなのに、それを不快に捉えられてしまったのだ。しかしエファンの野望・目的等知る筈が無い彼女にとって、この言葉が何を意味するか等、理解できる筈が無かった。

「少し、取り乱してしまったな。私とあろうものが、情けない。」

と、突如彼は先程までの感情を訂正するかのように一度咳払いをした。それを見てか、ヘリンはそっと胸を撫で下ろす。

(気のせい……か。良かった……少佐に嫌われたかと思った……)

彼女はそう思った。しかし、その心境も全てエファンに筒抜けだ。

「安堵したようだな、ヘリン・マディック」

「ええ、少佐の怒った顔……とっても怖かったですから……」

シュンとするヘリンだが、エファンは逆にこれを面白く思っていた。この時、彼はヘリンを心の中でどのような人間であるかを見極めた。

(分かりやすい人間だな。このような従順な人間……この女の存在はある意味貴重と言えるのかも知れない。それにオールドタイプだ。殺す必要はないか……あくまでも力を持つ存在を崇拝しているだけ。ならば……)

そう思い、エファンはヘリンに突如近付いた。

「へっ?」

「君は、分かりやすい人間だな。分かりやすい人間は嫌いではない……」

 

                  チュッ

 

すると、エファンはヘリンに口付けをしたのである。一瞬だったが、彼女は憧れの存在であったエファンに口付けをしてもらい、嬉しさを体現した。

(あ……わわわわわわわわわっ!わああああああああ!!!ううううう嘘!わ、私……)

心の中で動揺するヘリンは、ただ茫然としていた。それに対し、エファンは静かに笑う。

(こういう人間は面白い。少し、遊んでみるのも悪くは無いか。)

彼はヘリンの心境を読み、わざとキスをしたのだ。エファンに憧れを抱いているヘリンはそれに対して大いに喜ぶ。一方のエファンはその喜ぶ姿を見て、ただ馬鹿にしていたのである。

 

ウィィィィン

 

その時、カタストゥリアが置かれているこの部屋に二人の人間が入って来た。一人は新生連邦総司令、レヴィー・ダイル。もう一人は側近であるソフィア・ブレンクスである。

「ここに居ましたか、ドゥーリア少佐。」

「ああ、これは総司令。いずれご挨拶に伺おうと思っていた所ですよ。」

総司令の表情は険しい。一方のエファンはまるで見下しているように総司令を見ていた。

「この要塞の事は伺っていますよ。国連の艦隊に大打撃を与えたとか――」

エファンの言葉を総司令の言葉が遮る。

「貴方は今まで何処に行っていたのですか。それを教えて下さい。エレシュキガルへの召集命令が下っていた筈です。」

「それを知ってどうするのですか。」

総司令の言葉に対し、エファンは全く躊躇う様子が無い。

「余りの貴方の身勝手な行動に対し、警告をしているのです。これ以上の勝手は許されません。これ以上勝手な行動が続くのであれば私の権限で貴方を軍法会議にかけさせてもらいます。」

総司令はエファンの存在に対し、憤りと恐怖を感じ続けてきた。しかし、今回彼が火星に行った件で彼の憤りは更に加速し、エファンを軍法会議にかけるとまで言い出したのである。

 総司令は事情を知らない。だが今までの報告の無い身勝手な行動から、また何かをしているに違いないと、考えていた。

「ほぅ、それは恐ろしいですね。じゃあ事情は説明せねばなりませんね。」

だがエファンの態度は相変わらず大胆不敵だ。この様子が、総司令にとって奇妙で仕方がない。

「私は火星に行っていたのですよ。ある、デウス帝国の男に誘われて。でも明らかに何かがあると分かっていたので、合流できるように味方を事前に呼んでいて、それでエレシュキガルに合流出来なかったのです。」

「火星に!?」

総司令はエファンを疑った。出鱈目を喋っているのではないだろうか、またしても適当な事を言っているのだと思っていた。

「今までも散々命令違反や身勝手な行動をしていて今度は何を言い出すかと思えば火星だと、思われていますね、間違いない。いや、絶対です。」

「また、心を読みましたか……」

以前に心を読まれた総司令。今回の件ではあまり驚く様子は無かったが、それでもこの男に違和感を覚えている。

「以前にもお伝えしましたが、正確には〝心が見えてしまう〟のが正しいかと。嫌でも他者の心の声が聞こえてくるんですよ。私の場合は。」

「ならば今戦力が集結しなければならない事も分かっていて、火星に行ったという事ですね。これは立派な命令違反。軍法会議にかけられても文句は言えませんね。」

今までの命令違反に関しては、エファンの功績を見て見送られてきた。だが今回の非常時の召集にも関わらず命令違反を行ったエファンに対し、総司令はこの男の身勝手をこれ以上許してはいけないものと判断した。

「私がいなければこの戦争に勝てる可能性は大きく下がるとしても、軍法会議に掛けられるおつもりですか?」

と、エファンは相変わらず強気だった。命令違反によって軍法会議にかけられる事は禁固刑が大半だがこの男の場合は死刑になる可能性も十分に考えられた。というのも、一度ばかりか何度も命令違反を繰り返してきたからである。そして勝手に戦闘をし、部隊を動かした。当然ながらそれは本来、あってはならない事なのだ。

「貴方の実力は十分に知っています。ですがそれと命令違反は関係の無い話です。貴方のその愚業は許されるものではありません。貴方は軍属なのにそれをご存じで無いと仰るおつもりですか。」

総司令の言葉に対し、エファンは全く動じる様子が無かった。

「質問を質問で返すようで申し訳がないのですが、総司令、貴方はそんな事を言っている場合なのですかな。」

動じないどころか、今度は自分という存在に絶対的な自信を持って接してきた。要するに、自分は優秀な人材だからこの切羽詰まった状況で禁固刑や死刑にして戦闘に参加させないでいる場合なのかと、エファンは言っているのだ。

「私はあくまでも次回以降に命令違反をすれば軍法会議にかけると言っているに過ぎません。この期に及んで貴方は何を言っているのですか。」

「今は貴方自身、一人でも戦力が欲しい状況の筈。それなのに私を禁固刑等にして戦闘に参加させない等と言うのは、この戦争は負け戦になるのは明確。私の実績を見て下さい。少なくとも新生連邦に打撃を与えるような真似はした覚えはありませんが。」

それは聞きとり方によっては命乞い、自己保守にも聞きとれる。何故ならば、自分の実績を見て今回の罪状を無効にして欲しいと言っているからだ。幸い、今回の事が直接軍法会議にかけられる訳ではないのだが、それでもエファンは自分を正当化しようとしている。

 しかし、エファンの場合は命乞いや自己保守ではない。あくまでも、総司令に提案をしているのだ。

「この場での貴方の言い分は自己保守にしか聞こえませんが。」

と、総司令が言った時、エファンは側近のソフィアの方を見始めた。ソフィアは突如感じたエファンからの目線を不穏に思っていた。

「成程……な。」

「突然何を言っているのですか。」

疑問を抱く総司令。すると、突如笑い始めた。

「クク……貴方の言葉とは打って変わって側近のソフィア嬢の心境は愛らしい。面白いと思ったのですよ。」

「面白い?どう言う意味ですか。」

ソフィアは表情を暗くした。エファンに心を読まれ、それを暴露されている感覚が不快に感じたのである。

「この男は信用出来ないがー今、本当にそう言っている場合なのだろうかーレヴィー様はどんな人間であれ、貴重な戦力を大切にする必要があると思うー何故なら全てはレヴィー様の為ー」

棒読みで、ソフィアの心境を静かに語ったエファン。全てを読まれたソフィアは明らかに動揺し、両手で自身の顔を覆った。

「あ……ぅぅ……!?」

「側近のソフィア嬢に随分と愛されているようですな総司令。彼女の為にも私を利用する必要はあるのでは?」

彼等の心境を読んだエファンはそれを馬鹿にするかのように微笑した。総司令は内心で怒るが、彼はそれを表面に出さない。しかしその怒りもエファンに筒抜けだ。憤りを感じる総司令は、この男に対して不信感を抱く。

 すると、彼は思いついたように言った。

「……では、貴方が本当に信用に足る人間であるかどうかをテストさせて頂きます。」

「ほぅ、テストですか。それは興味深い。」

総司令が言った、〝テスト〟。それは何を意味するのか、エファンは既に分かっていた。

「何をするかは心を読める貴方なら分かっている筈です。」

「フフ、そうですね。カタストゥリアを使い、周辺にいる勢力が攻撃を仕掛けてきたのならば真っ先に返り討ちにしろ……そう仰せになられるのですね。」

この時、総司令は再び苛立ちを感じていた。心を読まれているのは分かっているが、それでも総司令はエファンのこの力が不気味でならないのである。

「そうです。全ては私が思っていた事。貴方が本当に忠実に命令をこなすのかを見せて頂きます。」

「ご期待にお応えしましょう、総司令。」

そう言って、エファンは敬礼をした。しかしこの敬礼もエファンにとっては形だけに過ぎない。

「それにしても……この要塞の主砲、圧倒的ではありませんか、総司令。」

突如、エファンはエレシュキガルの事を口にした。それと同時に、総司令は明らかな動揺を見せる。

「たった20%の出力で国連の艦隊を壊滅させたと伺っております。これがもし100%の出力で放たれていれば、果たしてどうなった事でしょうね。」

エファンは明らかに総司令に対して挑発的だ。これには総司令も黙って見過ごすわけにはいかないと思い、口を開く。

「私の心境を読んだ上でそう言いますか。ドゥーリア少佐。」

「そうですよ。」

総司令はネェルガルキャノンを出来れば使用したくないと思っている。彼が想像する以上の破壊力を秘めているそれは、もし地球に向けてしまえば地球そのものを破壊してしまうかもしれない。そのような要塞を扱う事。つまり、彼自身の手によって地球に住む人々を滅ぼす事が出来るという事だ。それを総司令は恐ろしく感じていた。

一方のエファンは総司令の心を読み、あえて挑発するようにして言ったのである。何故彼がそのような態度を取るのかは定かではない。

「……貴方は……あまりにデリカシーが無さ過ぎる……!良いですか、貴方には命令を下しました。これが聞けなければ軍法会議にかけさせて頂きます。では。」

不快に感じた総司令はエファンに命令だけを与え、ソフィアと共にカタストゥリアが置かれているこの部屋から去った。その後ろ姿を見て、エファンは静かに笑っていた。

(余裕がない人間というのは、感情が溢れ出る。失敗したくないという焦り、不安。総司令、レヴィー・ダイル……今のお前に未来はあるかな?)

 

 

それから少し時間が経過した。総司令とソフィアはエレシュキガルの指令室にいた。エファンの事が気がかりであった総司令だが、今は来る国連やデウス残党軍、そしてFPBとの対決に備えなければならない。二人しかいないこの部屋で、彼は一度深呼吸をする。それは決戦に対する緊張を少しでも和らげるために実施しているのだろうか。総司令はソフィアだけをこの部屋に呼び、休憩している。

「すぅ……」

と、彼は一呼吸を置き、ソファに座る。その隣にはソフィアの姿が。

「決戦……ですね、レヴィー様。」

「……うん」

既に、エレシュキガルの周辺に国連とデウス残党軍が艦隊を展開している事は知っていた。本来ならば慌てて迎撃態勢を取らなければならない所だったが、何故か総司令は冷静な様子でじっと窓に映る宇宙空間を見る。こんな状況だからこそ、冷静でいなければならない……と、彼は思っていたのだ。

「新生連邦が国連に敗北するという、歴史的にはあり得てはならない出来事が起きた今、この戦いは決して負けられないものとなる。要となるのはこのエレシュキガル……これを死守する事が新生連邦の目的。これが破壊されれば、新生連邦は負けと同義だ。」

「月面基地は……?」

「月面の戦力も宇宙に出てからのデウス残党軍や国連の戦闘で消耗しきっている。頼れるのはやはりこのエレシュキガルだけ。」

「そんな……」

ソフィアは、まだ余裕があるものだとばかり思っていた。しかし彼女が思っている以上に、現在新生連邦は余裕が無い。追い込まれているのだ。

「だからこそ、負けられないんだよ。ソフィア。僕はこの戦争に勝たなければならない。この要塞の主砲を使い、敵の勢力を壊滅させてでも。その結果多くの命を奪う事になっても。連邦軍は地球になくてはならない存在だから。」

追い込まれている総司令、レヴィー・ダイル。これ以上の失敗は許されない。総司令という立場である以上、大敗する事があれば責任は全て自分に行く。彼の場合はその責任を取ることが怖いのではない。今まで祖父や歴代の総司令達が築いてきた、地球上における絶対的な勢力である連邦軍の存在が亡き存在となってしまうことを、彼は恐れていたのだ。

「レヴィー様……私も、サイコミュ・ルーラシステムで貴方に貢献したいです……」

以前デウス帝国残党軍と戦闘を行った際に用いられた、大量のブリッツファンネルのみを

動かすシステム。これにより、デウス残党軍は苦戦を強いられる結果となった。しかし、あまりの情報量を処理するが故にソフィア自身の脳を損傷しかねないというリスクもあるこの兵器。これにより、彼女は一度意識を失っている。

「ソフィア、無理強いはしない。前は意識を失った程度で済んだが、もし連続してあれを使えば君自身どうなるか分からない。」

彼女の身体を労り、心配する総司令。しかし、ソフィアはいつになく険しい顔をし、言う。

「大丈夫です……!私は貴方の為に!」

自身の身体がたとえ犠牲になろうとも総司令、レヴィー・ダイルに貢献する意思を貫こうとするソフィア。その姿は一途で健気にも見えるが、総司令からすれば出来ればそれは控えて欲しい事でもあった。彼にとって、彼女は存在するだけでも支えとなっている。

「正直……」

「はい……?」

突如、総司令は口を開いた。ソフィアは首を傾げる。

「君の力は是非使いたいと思っている。戦況が戦況だ。手段も選べない状況まで追い込まれて来ている。」

ソフィアをそのように認識したくないと思う総司令だが現実、彼はソフィアの存在を大いに使用したい気でいた。だがそれは彼女の身体に危険が及ぶ事と同意義。何が起こってもおかしくないのだ。

 だが健気なソフィアはそれでも彼に忠誠を誓う。全ては総司令の為に。

「私は貴方に全てを捧げたいです……!貴方の為なら、私は!」

「ソフィア、君の意思は確かか?」

かつてなく険しい表情で、総司令を見るソフィア。彼女は、彼の為に命を投げ出す気でいたのである。

「レヴィー様……私は貴方に以前お伝えしました。貴方が居なければ今私はここにいなかった……と。デウス動乱後、私は貴方の側にいて……でも何も出来ず……それが嫌でした……でも、もう私は……私は貴方の為に!!」

それはデウス残党軍が新生連邦に攻撃を仕掛ける前……ガンダムオラトリオと、サイコミュ・ルーラシステムの試験運用の前に彼女が言った言葉だった。過去に、強力なシンギュラルタイプとして、研究機関に盥回しにされており、そこを総司令に助けてもらった。以後、彼女は総司令の側にいる。総司令の為に役に立ちたいと思う彼女は、遂にサイコミュ・ルーラシステムを操ることで総司令の役に立てた。しかしその代償として彼女は気を失った。だが、それでも彼女はサイコミュ・ルーラシステムを恐れていない。

 彼女の強い意志を感じた総司令は、静かに口を開く。

「そうか……分かった。なら、君の力を頼らせて貰う。」

彼の言葉を聞いた時、ソフィアは笑顔になった。

「ありがとうございます……!」

「礼を言いたいのは僕の方だ。これで、新生連邦軍は少しでも戦える。戦力が一人でも多く欲しい状況だから……」

彼の言葉から、今が余裕の無い状況である事が分かる。僅かでも良い、戦力が欲しい。戦争に勝つ為に……代々続く連邦軍が敗れる事はあってはならないというプレッシャー。総司令はそれに押し潰されつつあった。その中で、ソフィアという存在は数少ない、貴重な戦力の一旦となっている。これは彼にとって非常にありがたい事であった。

「……すまない、ソフィア。少し部屋を出てくれないか。今は……一人になりたい。」

突如、彼は一人になりたいと言った。恐らく彼は相当緊張しており、今は一人で少し考えたいのだろうと、彼の心境を察したソフィアは静かに首を縦に振り、部屋から去る。

 

 側近、ソフィアが部屋から去った後、総司令は眼前に映る宇宙空間と、ガラス越しに映る自分の姿を見てそっと呟く。

「もう後戻りは出来ない……アレン、もし次の戦争に貴方が戻ってくるのならば、今度こそ決着を付ける……全ては新生連邦の為。歴史が覆される事は、あってはならない事なのだから……」

先のデウス残党軍との戦いで覚醒したアレンを脅威に感じていた総司令。この言葉を発する彼に、アレンをかつてのデウス動乱時の仲間だという認識はない。最早総司令にとってアレンは、連邦軍存続の脅威でしかない。

 脅威となる存在はアレンだけではない。国連、デウス帝国残党、そしてFPBが一斉に迫ってくる。彼等は彼等同士で対立し合うだろう。だが、新生連邦の敵である事に変わりはない。

「僕の失態で連邦軍が敗退し、地球圏の中心で無くなる事はあってはならない事……いかなる脅威を乗り越えていくには、何でも利用する……そう、何でも……」

彼は、〝何でも〟という部分を強調した。その言葉に何が秘められているかは定かではない。

「ソフィア、君を道具として使う事を許してくれ……」

側近ソフィアの前では打ち明けなかった言葉。それは、彼女を道具として扱うというものだった。それをもしソフィアが聞けば、当然ショックを受けるだろう。彼女を外に出したのには、こうした理由があったからなのだ。

 自分自身、それらは最低の行為である事は分かっている。分かっているからこそ、総司令は一人、悩まなくてはならないのだ。今まで軍に関する本音を打ち明けてきたソフィアにすら言えない事。彼は、今まで彼女が受けてきた仕打ちと同じ様な事をしようとしているのだ。彼女を苦しめ続けた実験ではなく、兵器として。

 

 

 ソフィアは廊下で待機していた。普段は常に総司令の側にいる彼女だが、総司令が一人になりたいと言う為、彼の為に部屋の外にいたのである。

 今、彼が辛い心境である事を察していたソフィアは少しでも総司令の為に役立ちたいとばかり考えていた。

(レヴィー様は今、苦しんでいる……戦争があるからレヴィー様が苦しむ……それさえ無くなればレヴィー様は苦しまなくて済む……)

自分が戦場に出て、総司令に貢献できる事を喜ぶソフィア。自分が道具として使われているとは知らず、純粋に彼の為に役立つ事を望む彼女。献身的な総司令への想いは儚く、空しいものがあった。いくら彼女が望んでも、結ばれる事の無い関係。どのような形であれ、総司令に貢献する事が彼女の幸せなのかは、分からない。

「ほぅ、総司令の側近のソフィア・ブレンクス嬢ではありませんか。」

「!」

急に、彼女は声を掛けられた。声の主は、先程総司令と会話をしていたエファンであった。

「珍しいですね。貴方が一人でここにいるのは……」

ソフィアの表情が一気に険しくなる。彼女にとって、この男は最も警戒するべき存在。何をしようとしているのか、何が目的で自分に近付いたのか……ソフィアは様子を伺う。

「分かりますよ、貴方が私に警戒しているのが。それも本能的に、私を恐れているのが分かる。」

心を読めるエファンは口を開き、ソフィアに言う。それに対し、ソフィアは

「何が……目的……ですか……?」

恐る恐る、口を開いた。ソフィアが総司令以外に口を開く事は、極めて珍しい事だった。

基本的にソフィアは単独で行動する事は無い。基本的に総司令の側にいる。例外だったのは以前に彼女が一度スナイパーによって撃たれた時と、サイコミュ・ルーラシステムを使用していた時。前者は救急隊によって運ばれた為、後者は総司令、レヴィー・ダイルの為に身を呈して稼働させ、総司令から離れていた。

 だがそれ以外では常に彼女は総司令と共にいた。その為、基本的に彼以外と接する事は無かったのである。今が彼女にとって、〝非常〟なのだ。

「目的?今偶然貴方に遭っただけでそのような扱いをされるとは……残念ですね。」

「違う……貴方は偶然ここに来て居ない……!」

彼女がそう答えるのには理由があった。何故ならば、ソフィア自身もシンギュラルタイプ。禍々しい力を持つエファンの存在を感知する事は容易であった。彼女は、エファンがここにわざわざ来たという事を分かっていたのである。

「貴方も総司令と同じ、シンギュラルタイプの力を持っているのならば私の事に気付くのは当たり前ですね。うっかりしていましたよ、ハハハ……」

彼女には分かっていた。〝うっかり〟で済ます筈がない、必ずこの男が自分に接してきたのには何か理由があるに違いない……と。

「……」

ソフィアは黙った。今は想い人である総司令の指示を待てば良い……ここにいれば良い、この男は無視すれば良いと、思っていた。

「新生連邦軍内で話題となっている、総司令の側近の謎の少女。その少女はあろうことか新生連邦総司令、レヴィー・ダイルに好意を抱いている……総司令以外の誰とも喋らず、コミュニケーションを図らない少女……貴方が心を開くのは総司令だけ。だから誰とも喋らない。どのような環境に置かれても。」

執拗に心の中を読むエファン。それに耐えるソフィア。

「私はその固く閉ざした心に強引に入って来ている時点で総司令に言われたように、確かにデリカシーの無い人間だ。だが今回、貴方に良い事を教えてあげようと思いましてね。」

心を読み、それを語るエファンはソフィアにとって不快以外の何者でもない。しかし、それでも黙り続ける。この男と会話をする気になれないからだ。

「貴方は総司令に愛情に近い……いや、同義とも言える忠誠を誓っている。しかし総司令の方はどうでしょうかね。」

「え……?」

思わず彼女は口を開いた。

「要するに、貴方の心境と総司令の心境は余りに違い過ぎると言いたいのですよ。」

「レヴィー様と……私の……?」

最早、黙ろうとしている彼女の姿など無い。そこにあるのはエファンの言葉に翻弄され、動揺する少女の姿だ。

「貴方は総司令を想っている。実に人間らしい、恋愛感情……それを抱いています。」

そう言われ、ソフィアは顔を赤めた。事実なのであるが、それを口にされると恥ずかしさが浮かぶ。

「しかし総司令の心境は貴方の心境とは全く違う。彼は今、連邦軍の事ばかりを考えている。そして……かけがえの無い存在である筈の側近である貴方を道具として利用しようとしていますよ。」

「私を……利用……!?」

エファンの言葉に、ソフィアは動揺を隠せない。一体何を言っているのかと、問いたい衝動に駆られた。

「先程も言ったように、総司令は連邦軍の存続の事しか考えていません。これが何を示すか……それは、如何なるものも利用してでも勝利を掴むと言う事です。そう、如何なるものを利用してでも。」

〝如何なるもの〟という部分を強調し、ソフィアを困惑させるエファン。苦渋に満ちていく彼女の表情。そして、エファンはそこへ追い込むかのように言う。

「確かに以前の彼ならば貴方に愛情や信頼を感じていたでしょうね。だが今、新生連邦そのものが存続の危機。果たして貴方を想っている暇はあるでしょうかね。人間は心に余裕がある時、他者を想う余裕が出来る。だから愛情が生まれ、その人間を尊重します。その最も足る例が恋愛、そして結婚等。ですが心に余裕がなくなれば……当然、自身の保身の事しか考えられなくなる。」

人間に考え得る心境を語るエファン。ソフィアは、そのような事信じたくないと言わんばかりに、首を横に振る。振り続ける。

「新生連邦の存続の危機……負ければその存在は歴史から消える。これはあってはならない事……ならば、勝たなければならない。自分を信頼してきた人間さえも利用してね。」

そう言ってエファンは少しずつソフィアに歩み寄って来た。彼女はドアの前いる。横は壁。逃げるにも逃げられない。この男の言葉が恐怖に聞こえてくる。

「でも大丈夫、少しは安心して下さい。総司令は貴方の事を多少は気の毒に思われていますよ。多少はね。しかしそれはあくまでも自己満足に過ぎない。とりあえず冷徹に他者を使い捨て、道具のように利用するよりは少しでも申し訳ないという風に振る舞えば相手も分かってくれるだろう……自分の罪も少なくなるだろう……と思えば良い。これで自己解決だ。他者を利用すると言う根本は同じなのだが……」

ソフィアは逃げる術もないまま、エファンの接近を許してしまう。ぐいと顔を近づけ、彼はソフィアの両肩を持った。

「よく、常に心に余裕を持てと言いますが……それは人間、個人個人が社会で貢献出来るようになる為に必要だからです。余裕の無い人間が社会に出たら、果たして社会でやっていけるでしょうか?行ける筈がない。他者を気遣う事が出来ない、自分の事しか見えない人間が社会に出ては干されるのは目に見えている。そして、それが組織のピラミッドの上に立つという事は、組織の崩壊さえ招きかねない。今の総司令はまさに、〝余裕の無い人間〟そのものです。それが総司令をやっているというのだから、恐ろしいものだ。」

「嘘……レヴィー様は……そんな事……違う……レヴィー様は……レヴィー様は……!レヴィー様は……!!」

彼女は必死に否定する。だが、エファンは追い打ちを掛けるかのように言葉を放つ。

「信じる、信じないは自由ですよ。ただ一つ言える事は……私は人の心を読む事が出来ると言う事、ただそれだけです。」

そう言って、エファンは彼女から離れた。絶対的に総司令を信頼していた彼女。それが裏切られたかのような表情を今、彼女は浮かべている。頭を抱え、床に顔を向け、首を振る。

 この男の言葉で、彼女の総司令に対する信頼が揺らごうとしていたのだ。

「まあ、私の言葉はあくまでも参考にして下さい。ただ、心を読める人間の言葉は……絶対的な信憑性があると思いますが。フフ……」

不敵な笑みを浮かべ、エファンはその場から去る。総司令を信頼し、愛情さえ抱いていたソフィアを残したまま。

「違う……違う……!レヴィー様は……レヴィー様は……!」

常に総司令の事を考え続け、側にいたソフィア。全ては彼の為。彼さえ良ければ、自分はどうなっても良いと言う献身の心はあった。しかし、それはあくまでも総司令に愛されたいと言う彼女の本望も併せ持っていたのだ。

 一方で、彼の心境は違う。彼女はただ利用される存在。そう思われている事が、彼女には辛くて堪らない。自分は総司令に好意を抱いている。しかし総司令の方は?自分は只の駒?戦力の一つなのだろうか?人間としては見られていないのか?結局、彼は自分を利用してきた研究者達と同じ考えであるのか?様々な疑念が彼女の中で渦巻いていた。エファンの放った言葉の一つ一つが、ソフィアを苦悩させていく。

 

 

 

 艦隊を展開しているデウス帝国残党軍。その中で、アルメス・ラグナが率いる特殊部隊、インベーションユニットは本隊とは別に離れている場所で艦を展開していた。

 インベーションユニットに所属するバディウス改級は五隻。これらに所属する機体は肩部に特別なマーキングが施されている。そして、これらの中にメイド・ヘヴンの駆るデスゲイズの姿もあった。つまり、メイドはインベーションユニットに所属しているという事になる。あくまでも、〝傭兵〟という形で。

 ある、バディウス改級のブリッジ内にて。その中にはメイドとアルメスがいた。アルメスはこの決戦で全てが決まると言わんばかりに緊張している一方で、メイドは前方に存在するエレシュキガルを見て、にやにやと笑みを浮かべていた。

「こーいう、いかにも最終決戦がはじまるって感じは昔から嫌いじゃねーわ。」

彼はこの状況に期待を膨らませていた。デウス動乱時も、デウス軍のコロニーカノンを巡る最終決戦を経験しているメイド。彼は当時の状況と今を照らし合わせていた。

「お前も思い出すんじゃね?デウス動乱を経験してるなら尚更。」

「ええ……思い出しますよ。当時をね。」

当時の地球連邦軍に負けた事を思い出したアルメスは、エレシュキガルを険しい表情で見ていた。

「しっかしあの要塞がまさか巨大な主砲になってたってのには驚いたぜ。まるで当時のデウスのコロニーカノンそのものじゃねーか。」

メイドは艦長席に、我が物顔で座り、後頭部で手を組み、寝そべる。その様子に疑問を抱く兵士がいたが、彼に逆らう事は危険であると知っている兵士はあえて黙った。

「戦後になっててきとーに生きてたけどさぁ、またこーしてデウスの傭兵として戦えるんならある意味本望だよなー。」

「しかし、ここに所属している以上は貴方の勝手でデウス軍が損害を被ることがあってはなりません。それだけは絶対にお忘れなく。」

アルメスは、最早メイドに呆れる様子を見せない。彼の身勝手な言動に対し、以前は何らかの反応を見せたアルメス。彼がそれを見せる余裕が無いと言う事……それはつまり、メイドの存在に気を遣っている場合ではないという事である。

「まぁー、任せろや。ワイがデウスの連中に損害を与えないようにすりゃいいだけの話やろ。んなもんチョチョイのチョイやでしかし!」

深刻な表情を浮かべるアルメスとは違い、能天気に身構えるメイド。来る最終決戦に対しても緊張する様子を見せず、寧ろそれを楽しむ勢いだ。

「にしてもさー、あの中二病要塞使い物にならんくなってんねー。アレン・レインドのガンダムが暴走してあのザマよ。」

メイドはアポカリプスの話を始めた。デウス残党軍の小惑星型要塞であったアポカリプス。しかしそれはアレンの駆るブライティスガンダムによって破壊された。現在展開している艦隊は、そのアポカリプス跡から脱出した艦隊が宇宙に漂っているだけであり、彼等には帰るべき場所は無い。彼等は最早、戦争をするしかないのである。そしてその果てに掴むべきは勝利。この戦争に勝つことで、彼等は地球圏に大きく前進し、デウス帝国による支配を望んでいる。

「最早、後には引けません。この一戦は極めて重要なものとなるでしょうね。」

「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな」

「……何を言っているのですか?」

メイドの言葉に疑問を抱いたアルメス。これに対し、メイドは言う。

「お前と俺じゃ価値観が違うってこったよ。俺はのんびりまったり!」

能天気に構えるメイドと、それとは対照的に真剣な眼差しで宇宙空間を見つめるアルメス。この両者の対比を、艦のクルーは見ていた。そして、それを恐怖に感じる者もいた。

「ま、俺は戦争さえ出来ればなんでもええんやで。早く暴れたいぜ、デスゲイズでさぁ!」

メイドは笑みを浮かべ、ぐっと拳を作る。最早彼はある種の戦闘狂とも言えた。

「貴方は何故、それ程までに戦いを求めるのですか。」

突如アルメスが口を開ける。最初は金の為にデウス軍の傭兵になっていたメイドだが、いつしか彼は戦いばかりを求めている。

 これに対し、メイドは笑いながら言った。

「あれよ、人間刺激が必要だろ?生きててさー、何もないのは流石につまらんでしょ。つまりそーいうことな?だからギャンブルとかスポーツとかゲームとかがあるんじゃねーの?適度な刺激。んで、俺にはその中でMSに乗って暴れ回るという選択肢があったからそれをやってるだけにすぎねーんだよ。金はお前等がくれるからやりたいほーだいだしな。

もし俺からMSの技術を奪ったら俺はクッソつまらん、将来を約束されねぇクズニートか最低でもフリーターライフを送ってたかも知れねぇなぁ?」

彼には、彼なりの価値観はあるのだろう。しかしアルメスにそれが理解出来るとは思えない。

「だからリアルが充実しない奴は実体のいねぇ、いわゆるネット上の名無し人間か偽りネームの野郎共と架空の狩りとかに出掛けてさ、リアルが充実してる野郎はとーぜん、ちゃんと存在しているダチとかと遊びに行くんだろ?何もしねー、ただボー然と過ごすってのはな、結局妄想ばっかりしかしなくなるから暇でしゃーねー訳よ。」

「そうですか。」

と、アルメスはメイドを切り捨てるかのように冷たくあしらった。それを見たメイドは軽く舌を打つ。

「ラグナ中佐、皇帝からの無線が入っております!」

そこへ、アルメス宛てに無線が入って来た。すぐに、彼は繋ぐように命令する。

 

プチュンッ

 

モニターの起動音が聞こえたと同時に、姿を見せたデウス皇帝、ナジェラ・メリクリファーに対し、アルメスは敬礼をする。その姿を見たナジェラは、口を開いた。

「アルメス、準備は整っているか。」

「ハッ、皇帝陛下。我が部隊の準備は完了しております。」

「そうか。今回の戦い、負けは許されない。要塞アポカリプスを失った今、我々はこの戦争に勝ち、地球圏に再びデウスの栄光を取り戻さなければならない。ここに集っているのが、デウス軍の全勢力だ。」

「全勢力……」

それを聞き、アルメスは改めて決心を固めた。もう余力など無い。デウス動乱が集結してから要塞アポカリプス内で着実に戦力を広め続けたデウス軍。だがそのアポカリプスは先の戦闘でアレンによって破壊されてしまった。帰る場所が無いデウス残党軍。この戦いは、彼等にとって熾烈を極めるものとなるだろう。

「おーぅ、皇帝陛下じゃあーりませんか。これはこれはどうも」

敬意を示すアルメスとは違い、艦長席に寝そべった状態で皇帝、ナジェラに話すメイド。アルメスはこの姿に憤りを隠せず、彼を睨んだ。しかし、その顔はメイドには見えていない。

「メイド・ヘヴン……振る舞いはデウスの兵士としてあるべき姿とは言い難いが、その実力は紛れもないもの。この戦争では貴様に大いに期待している。この戦争でデウスが勝利すれば、莫大な報酬をやろう。」

「へぇぇ、そいつぁ、嬉しいですなぁ。人生金がなきゃ何も出来ませんからねぇ。俺は傭兵の立場でデウスに貢献して、それで金貰って好きなように生きれたらそれでええ訳ですからねェ?戦後ロクに生きてない人間からしたら、やっぱ刺激がねーとつまんねー訳ですわ。」

デウス動乱時に兄であるフロード・ヘヴンを亡くしたメイド。彼が唯一信頼していた人間である兄が死んだ事により、戦後彼は宛てもなく彷徨っていた。その中で彼はアルン・ティーンズが率いていた氷河族に興味本位で加入。しかし組織の一員として動く事はあまりせず、自作したMS、グラントロールを使ってやりたい放題暴れる。やがてグラントロールは破壊されるものの、デスゲイズを手に入れてからはグラントロールを操っていた時以上に暴れ回る。実際、セイントバードを沈めたのもこの男であり、更に国連の一部部隊とFPBの協定を破綻させたのもこの男である。

 今まで多くの人間を殺し、そして金を得てきたメイド・ヘヴン。兄を亡くした彼はただ、自分のやりたいように生きているだけ。今回の戦闘に参加するのもデウスの為などでは当然なく、単純に金が欲しい事と、デスゲイズに乗って暴れ回りたい……ただ、それだけなのだ。

「刺激……貴様は刺激が欲しい為に戦うのか。」

「そーゆーことですねぇ。」

メイドの言葉に、何故か関心を示す皇帝ナジェラ。デウス帝国の皇帝という立場の人間相手にも全く態度を改めないこの男を、ブリッジ内の全員が凝視している。強いて変えている部分があるとすれば、申し分ない程度の語尾の丁寧語ぐらいだろうか。

「まぁ、仕事はしますわ皇帝陛下!MSに乗って、破壊するというストレス解消にもなるし金も貰えるという楽な仕事!こういうのも一種のビジネスッスねー。やっぱ。」

「……まあ、期待している。」

そう言って皇帝ナジェラはプツンと回線を切った。アルメスは非常識極まりないこの男に対して怒りを剝き出しにしていた。

「メイド様。貴方に言いたい事があります。」

「ンゴ?」

アルメスはそっと口を開き、言った。

「いくら貴方が傭兵という立場とはいえ、相手は皇帝陛下。デウス軍を統一される御方。貴方の非常識の度合いには心底呆れましたよ。正直、殺したいほどにね!」

この時、アルメスの怒りが零れた。言葉からして、メイドに対する殺意が溢れ出ている。

「本音爆発しやがったなこいつ。爆発していいのはリア充だけなんだけどなぁ?まーいいや。仮にここで銃を発砲する真似してみろや。そん時はさぁ、ぜってー殺す!ぶっ殺す!!何が何でも殺す!!!」

メイドは大声を出したものの、表情自体は怒りに満ちていなかった。そして、次に続けて言葉を発する。

「まあ、せいぜいデウスがオワコンにならねーようにこっちも頑張るからさぁ……あんまりそういう殺意は見せるもんじゃねぇよ。はっきり言って不快極まりねェんだよ。」

メイドはアルメスに舌打ちをする。それに対し、アルメスは言った。

「全ては……デウスの再興の為です。貴方は刺激の為に戦場に出るようですが、許される場面と許されない場面を使い分けて頂きたい。増してや、皇帝にあの態度は許されるものではありませんよ。」

「こっちは金と刺激さえ貰えりゃなんでもいいんだよ。それに俺の立場は傭兵だぜぇ?デウスの皇帝を崇める宗教に入った覚えはねーなァ!」

皇帝ナジェラの前で無礼な態度を見せるメイドに怒るアルメス。一方のメイドは怒るアルメスに対して苛立ちを見せる。デウスの為に尽力するアルメスは手段を選んでいられない状況にあり、不安と知りながらも実力が伴っているメイドをあえて雇った。

「それにてめぇ等は手段も何も選べる状況じゃねーんじゃねーのか?だから俺みたいな悪党を雇ったんだろうがよ。デウスの思想とかどうでもよくて、単純に敵を攻撃すりゃいいわけでさー。いちいち思想がどーのこーのって……申し訳ないが面倒くせぇのはNG。」

「それは認めますよ。」

アルメスは額を少し掻きながら言った。

「何せ、〝余裕〟がありませんからね。」

その言葉は、メイドへの冷やかしのようにも取れる。その言葉の意味を察したメイドは軽く舌打ちをし、アルメスを睨みつけた。

「やっぱ人間心に余裕がないとなぁ!余裕が無いからどんなに優しい奴とかでも落ちぶれちゃーう。そー、崇高なデウス帝国様も俺みたいな暇潰し野郎ォを雇わなけりゃやってられない状況とかなぁ!」

アルメスは、自分の行動を見つめ直した。メイドを雇ったのは元々戦力補充の為。しかしメイドが余りに皇帝ナジェラに対して無礼を働く余り、彼を憎むべき存在だと認識してしまう。最初は彼にデウスの戦力を期待していたが、いつしか彼はそれよりも皇帝への忠誠を優先するようになっていた。アルメスはデウス帝国に代々仕えている家系の末裔。現状の戦況が悪化するに連れ、彼自身メイドの言葉に対する余裕が無くなってしまっていたのであった。

「余裕が無いから俺を雇うとか言っちゃってる割にはさァ、ちゃっかりデスゲイズみてーな高性能なMSくれてるじゃねェか。んで、俺の提案した友情消滅計画の案にも乗ってるし!その上で俺に対してキレるってどーよ?まさに矛盾!矛と盾!前にも言っただろーが。〝悪党の癖によ〟ってさぁ!俺の案に乗る時点でてめぇも俺と同類!暇潰し野郎と同類にされたかねぇから皇帝って言葉で逃げてるだけ!ならいっそ、んなもん捨てろって話なんだよなぁ。」

メイドの言葉を聞き、アルメスは静かに、心の中で語った。

(何にせよ、勝てばいい……手段など選べない……奴と同じというのが気になるが……しかし我が軍に当時のコロニーカノンのような兵器が無い以上、数で押すしかない……)

アルメスの心境は新生連邦総司令、レヴィー・ダイルと酷似していた。総司令の場合はソフィアを利用して、一方のアルメスは無礼を働くメイドを利用。何が何でも勝つというその姿勢は、最早新生連邦もデウス残党軍も大して変わらないと言えた。

 

 

 

 国連の旗艦であるアッサラームブリッジにて。そこにいたのは数多くの国連兵と、艦長席に座るウィレス・レイド・アース。そしてその隣にある司令官席に座るギルス・パリシムの姿があった。国連軍は先のエレシュキガルによる砲撃を受け、損害を被ったばかりである。

 戦力は削がれたが、現在国連の戦力はいつでもエレシュキガルに攻撃を仕掛ける事が出来る状態にまで回復していた。先程に比べると戦力の差はあるものの、新生連邦と比べれば数で勝る国連軍にとって、今の戦力でも十分と言えた。

「あの要塞による不意打ちには度肝を抜かれたが……しかし!あれにさえ気を付けてしまえば怖いものは無い!戦いは数!ならば、数で押せば良い!将軍、そうだろう?」

ギルスは強気だった。したり顔で、将軍であるウィレスを見る。

「確かに数は多い……新型MSである筈のハイエッジ……これが我が軍のほぼ全ての戦力を占めていると言う事に、驚きを隠せない。私自身も想像していた以上の国連の戦力に、驚いている。」

将軍である彼女は最高司令官の立場だ。しかし、彼女ですらハイエッジの配備数を把握出来ていなかったのだ。彼女が想像していた以上に、国連軍はハイエッジによる戦力の増強を行っていたと言う事になる。

「何にせよ、この一戦で歴史は変わる!連邦による腐った政治は終わり、新たに平和国による政治が始まる!そして世界は平和へと繋がる!」

自信ありげにギルスは言った。これを聞いていた国連兵達は皆誰もが黙っている。

「議長……ところで。」

ウィレスが、口を開く。睨むようにギルスはウィレスの姿を見た。

「この戦争に勝利したとして、貴方は平和国連盟の議長を続けられるのでしょうか。」

「……はぁ?何を言っているのだアース将軍?」

国連が勝利すれば、連邦に代わり、平和国が政治を行う事になる。当然、その中心となるのはギルスの筈である。が、ウィレスはあえてギルスに聞いた。

「私が議長を続けるに決まっているだろう?当然の事だ!」

「まあ、そうでしょうね。」

ウィレスは溜息を吐く。彼女の言葉に苛立ったギルスは再びウィレスを睨み、言った。

「アース将軍、貴方は私を信頼していないのか?武力による平和を勝ち取ると言う信念を貫く私を……まさか、貴方も武力による平和を否定しているのではないだろうな!?」

「まさか、そんな事は。私は平和国連盟のやり方にただ従うだけです。何故ならば国連軍は平和国の指示によって動く組織なのだから。」

ウィレスは冷静な様子で答える。これに対し、ギルスは明らかに冷静でなかった。

「そそっ、そうだな!ああ、安心した!ともかく!この戦いに勝利を収めれば平和国が政治を行う時代が来る!新しい時代の幕開けとなる!」

後が無い新生連邦軍とデウス残党軍と比べると、力押しをすれば勝てると過信する平和国連盟の議長であるギルス。国連にはこの戦争に勝てると言う見込みがあると言うのだろうか。

 自信ありげにしたり顔をするギルス。すると、ウィレスはそれを見て言った。

「議長、確認したいのですがこの戦争に勝利した暁には〝平和な世界〟が待っているのですね?」

「当然だ!その為には国連が勝利しなければならない!皆が幸せになれる、平和な世界を作る為にも!」

ギルスの言葉は一見、綺麗な言葉に聞こえる。しかし彼はギアによって曝されているのだ。平和な世界などではなく、〝ギルスの世界〟を作り出そうとしているという事を。その為か、この場にいるクルー達の中にはギルスを疑う人間も少なくなかった。この為か、彼の言葉は汚く捉える事も出来た。本音を隠した建前の言葉。それが今の彼から語られた、〝平和な世界〟である。

「皆が幸せになれる、平和な世界……素晴らしい響きですね。言葉だけを聞けば濁りの欠片もない。純粋潔白な言葉です。」

ウィレスはそれを感情を込めずに言った。言葉の抑揚がない為、ギルスはウィレスの言葉を疑っている。もしかすれば、彼女は自分を疑っているのではないか……と。

「私は、ただ議長の意向に従うだけです。その為にアッサラームは国連の旗艦として存在しており、私はその艦長を務めております。」

この時も、ウィレスは表情一つ変えずに言う。ギルスは彼女のその言葉が気になって仕方がない。見透かされているのか、それとも彼女のスタイルを貫いているだけなのか、それは定かではない。

「何にせよ、命令には従います。国連に逆らう存在は武力を持って排除する。それが貴方の意向ならば、私はそれを聞き入れ、指揮を執るまでです。」

「それならば良いのだ!世界を平和に導く為、国連は今から最後の戦場へ向かう!国連以外の勢力など、存在してはならないのだから!」

ウィレスは一貫して冷静さを保っている。ギルスにとってそれは不気味に感じていたが、アッサラームにいる以上、この場にいれば何も心配は無いと彼は思っていた。

「議長、これだけは言わせて下さい。」

突如ウィレスが言った。

「もし、平和国に対する脅威が現れるならば、如何なる手段を用いてでも私は敵を駆逐します。貴方のいう、〝平和な世界〟を作り上げる為ならば。」

「素晴らしい言葉!将軍の言う事はやはり違う!さあ、狙うとすればあの要塞の後方部!主砲を前にしては駆逐されるのが目に見えているからな!」

ウィレスの言葉に一喜一憂するギルス。が、それに対してウィレスは再び口を開く。

「申し訳ありませんが、艦の配置や攻撃手段等を考えるのは私の仕事です。議長はお静かにして頂きたい。」

ウィレスの言葉がギルスに突き刺さる。が、それは当たり前の話。彼は少し冷静になり、冷や汗を掻きながら言った。

「そうだったな……。失礼した。」

そうは言うものの、ギルスはウィレスに対して疑念を抱いている。自分の事を見透かされているのではないかという不安……ギルスはそれをウィレスから感じていた。もしウィレスに彼の野望の全貌が明らかになれば、自分はどのような立場に置かれるか分からない。

 平和を信じて行動してきた国連兵達。しかし彼等は所詮、ギルス・パリシムの先兵に過ぎない。ギアによって一度は公になろうとしていた事実だが、彼は隠蔽工作を図り、結果的に国連軍は勢力を維持している。それも、全て彼が平和国の議長と言う立場であるが為に、可能な事なのである。

 

 

 

 新生連邦軍、デウス残党軍、国連軍の各勢力が最終決戦を前に緊張態勢に入っている頃、火星から戻って来たアルバトスは旗艦であるシュネルギアと合流を果たしていた。無事に合流出来た事を喜びたい所だったが、今はそれどころではない。新生連邦の要塞、エレシュキガルが牙を剥き、国連の艦隊に大打撃を与えたという事と、今から新生連邦と国連とデウス残党軍の三大勢力が衝突しようとしている事……彼は、アルバトスに移動し、そのブリッジ内にてエレシュキガルについてジャンヌ達に話をしようとしていた。

「状況は良いとは言えない。モニターで見れば分かるが……」

そう言って、ギアは艦隊の様子が映し出されているモニターを展開するように国連のオペレーターに対して言った。彼の命令を聞き、オペレーターはモニターを開く。

「現状がこれだ。新生連邦のヴィッシュ級宇宙巡洋艦に国連のリューチェ級宇宙巡洋艦、そしてデウス残党のバディウスの改修型の級宇宙巡洋艦……これらが無数に展開されている。そしてこれらの中心に存在しているのが新生連邦軍の宇宙要塞だ。エレシュキガルと名付けられている。」

「エレシュキガル……シュメール神話に登場する闇の女神の名前ですわね。」

ジャンヌが言った後、エリィが言った。

「なんでまた、そんな名前を付けたんでしょうかね?」

「さあ。全ては総司令レヴィー・ダイルの思惑があるのだとは考えるが……それよりも、この兵器は非常に強力だ。情報によれば、要塞全体にバリアーフィールドジェネレーターが張り巡らされていると聞く。そして圧倒的な火力を誇る主砲。攻守共に完璧なこの要塞、放置しておけばどうなるか分からない。」

険しい表情でモニターを見るギア。新生連邦の要塞、エレシュキガルの周辺に展開しているのは新生連邦の艦隊。そして、それらを攻略しようと迫る国連とデウス残党軍。これらの勢力が衝突すれば、壮絶な死闘になるのは目に見えていた。

「この状況……この三大勢力が潰し合ってくれれば、私達は無理に戦わなくてもいいような……」

エリィの言葉に、ギアが突っ込んだ。

「いや、それは無理だ。我々の部隊には強力な機体が多く残っている。それらを所持している勢力を野放しにする程彼等も馬鹿ではない。確実に攻められるよ。結局はFPBもこの争いに巻き込まれるだろう。」

「四つ巴の戦いになるのですね……」

新生連邦軍、国連軍、デウス残党軍、そしてFPB。戦争をする気でいる彼等と、戦争をしなければならない状況に陥っているFPB。衝突が避けられないのならば、せめて被害が出ないように工夫をする必要がある……ギアは、そう考えていたのだ。

「戦いが避けられない……しかし、被害は最小限に食い止めたい。そこで、私は考えた。今回の作戦を。」

と、ギアが話を切り出した。一体何を言っているのだろうかと言った様子で、エリィはギアを見る。

「エレシュキガル攻略……これが、FPBの最終ミッションだ。」

「あの要塞の攻略!?」

エリィは驚愕した。何せ、全体がバリアーフィールドに覆われており、その上高出力の主砲を持つその要塞の攻略など、被害を減らすどころか下手をすれば増えてしまう可能性が十分に考えられたからだ。

「そんなの……滅茶苦茶過ぎませんか!?だってあの要塞は……」

エリィがギアの提案に疑問を抱き、口を挟もうとした時、ギアが言った。

「新生連邦軍の要であり、攻守共に完璧な要塞。そう言いたいのだろう?エリィ・レイス君。」

「え……ええ……」

「だからこそだ。だからこそ……あの要塞は攻略しなければならない。何せあれは完璧な要塞だからこそね。」

エリィは、ギアの言葉に困惑を続けている。しかし一方のジャンヌは彼の思惑を呼んでいる様子で言った。

「貴方の仰る意味、よく分かりますわ。ジェッパー代表。」

「ジャンヌ嬢は察しが良い。そう、エリィ・レイス君にも分かりやすく説明すると、全ての勢力はエレシュキガルを攻略する目的で侵攻しようとしている。当然、エレシュキガルを守る為に新生連邦軍は戦力を展開するだろう。その間、別の勢力はエレシュキガルの攻撃を続ける。そこを狙うのさ。」

ギアは、他勢力による攻撃によって戦力を消耗した所を、FPBがエレシュキガルに攻撃を加えると言う作戦でいこうと話していたのだ。いわゆる漁夫の利作戦であるが、FPBのクルーが確実に生還する可能性を考慮するのならば、他勢力の力を借りなければならない……彼はそう考えていたのだ。

「こんな戦いは早急に終わらせなければならない。各勢力があの要塞を攻略する為に集結しているのなら、集結する要因となっているあの要塞を攻略する必要がある。あれを制圧する事が出来れば戦況は大きく変わるだろう。あの要塞の攻略はただでさえ他勢力と比べて圧倒的に乏しいFPBの戦力を埋める、最大のチャンスでもあるからね。」

新生連邦以外の勢力はエレシュキガルを危険な存在として認識しており、これを攻略しなければ被害が及ぶ為、早急に破壊しようと戦力を展開している。しかしギアは、これを制圧しようと考えていた。そうすれば要塞を操り、他の戦力に対して有利に戦う事が出来ると、考えている。

「一度、召集をかけますか?」

ジャンヌの言葉に対し、ギアは言った。

「そうだね……ここで決定してしまっては私の独断になる。皆の意見が重要だ。あくまでも、私は案を出したに過ぎないから。」

「貴方なら、そう仰せになられると思っておりましたわ、ジェッパー代表。」

彼の言うように、これは一つの案に過ぎない。他にも方法はあるのかも知れない。だからこそ、一度メンバーを集める必要があった。

 だが、そうしている間にも他の勢力が今すぐにでも戦争を勃発させる可能性がある事……それが、ギアの内心を焦りで満たしているのもまた、事実である。出来る事ならば今すぐにでも準備をし、出撃態勢を整えたいと感じるギアであった。

 

 

 その後、ジャンヌはすぐにパイロット達をブリッジに集めた。この中にアレンの姿は無い。彼にこれ以上戦って欲しくないと言う彼女の考慮によるものである。

「火星までの長旅、本当にご苦労だった。しかし今はそれを祝福している時間は無い。先日話したように、各勢力が新生連邦の要塞、エレシュキガルに総戦力を集結しつつある。これはつまり、各勢力がエレシュキガルを攻略する気でいるという事を意味している。要するに、各勢力にとっての決戦という事だ。」

ギアは中央に立ち、その側にジャンヌがいる構図で皆がギアの話を聞いている。彼の言葉を聞き、ネルソンが口を開けた。

「決戦という事は、今度の戦いがそれぞれにとって最後になるということでしょうか。」

「そうだね。決戦……それも、各勢力の総戦力をぶつけ合う最終決戦が始まると睨んでも良い。」

ギアは一度息を飲み、再び言葉を発する。

「そして……我々FPBにとっても、次の作戦がラストミッションとなる。その中で、私は一つの作戦を提案した。それは、あの要塞、エレシュキガルを攻略し、要塞を奪う事。それによって我々の戦力を増強し、形勢逆転を狙う事……」

「あの要塞を!?」

ガーストが声を上げ、言った。信じられないと言った様子でギアに反発するように言った。

「本気であれを攻略する気なんですか?というか、そもそも俺達がこれ以上介入する必要って……?」

ギアの側にいたジャンヌが語り出す。

「ガースト、これは避けられない戦いなのです。FPBという組織である以上、私達に攻撃を仕掛けてくる勢力は必ず存在します。ですから、ただ新生連邦と国連とデウス残党軍の三つ巴を傍観するという訳には行かないのです。」

FPBは元々現在の、武力による平和を勝ち取ろうとする国連軍のやり方に反対する者達でギア・ジェッパーを中心に集まった組織であり、軍である。国連以外にもすでにその存在は認知されており、彼等は最早無視の出来ない勢力として存在しているのだ。

「私の下に集まってくれた同士達には感謝をしている。だがそれと同時に、君達は他の勢力にとっても見過ごせない存在となっている。それは、君達も覚悟している筈だ。我々は君達が以前にいた、MS乗りのような存在ではなく、軍である。」

ギアは鋭い目つきでガーストを見て、言った。

「戦う必要は、ありますわ。私達がFPBである限り。」

「あ……」

ガーストは自分の考えが甘い事に気付いた。国連、新生連邦、デウス残党軍のいずれの勢力もFPBに攻撃を仕掛けてきたという事を。特に、アレンが暴走した時の戦闘はデウス残党軍のインベーションユニットが新生連邦軍と戦わせるように誘導してきたのだ。いくらFPBの総戦力が他勢力と比べて遥かに劣るとはいえ、戦いは避けられないのである。

「まあ、私は反対意見もある事を見込んだ上で言っているよ。傍観者になれないのならば、やる事は一つ。あれを奪うしかない。」

ギアが語り終えた後、今度は再びネルソンが言った。

「何故、あの要塞を奪う必要があるのですか。下手をすれば無駄死にするだけの可能性もゼロではありません。」

ネルソンの言葉に対して、ギアは一度目を瞑って言った。

「君がそう言うのも無理はない。何せ相手は国連の艦隊を壊滅状態まで追い込んだ主砲を持つ、未知の要塞。しかし今回の戦場で各勢力があれに集結している……つまり、あの要塞はそれ程に重要なものであるという事だ。あれを我々が奪う事が出来れば、大きく戦況を覆す事が出来るかも知れない。私はそう考えた。」

ギアの提案した作戦に対し、ネルソンは無謀に感じていた。国連軍の艦隊に大打撃を与えた要塞を、国連軍よりも数で劣るFPBが攻略をするなど無理も良い所だ……と思っていた。

「無論、我々だけであの要塞を攻略するのは無理だろう。だからこそ他の勢力を利用する。彼等もエレシュキガルを狙うのなら、彼等の様子を伺い、隙をついて一点突破を狙う。これを見てもらいたい。」

そう言って、ギアはモニターを展開し、現在の勢力状況を簡易的に表示したものを皆に見せる。それを使い、今回の作戦の説明を始めた。

「現在、我々がいるのは要塞から東……つまりEフィールドの位置。そして国連軍は南西の位置のSWフィールド、デウス残党軍は西のWフィールド。我々とはほとんど正反対の位置に彼等はいる。しかし一方の彼等の位置は近い。だが国連とデウス軍は戦闘を行っていない。それ程にエレシュキガルを警戒していると見て良いだろう。」

「そして、この二勢力が攻撃を行っている最中を狙うと言う訳ですか。」

「そうだ。しかしその為には当然新生連邦軍の防衛網をどうにかしなければならない。その為には少しでも時間を置く必要がある。戦闘が始まってからしばらくした後、その時に出撃する。それが君達にとっての最後の出撃だ。」

出来るだけ被害を最小限に食い止めた上での作戦を提案するギア。三つ巴の戦いを行っている最中を狙うのは、味方にも多大な損害を与えないで済む可能性はある。

 だがもし真っ先にこちらが狙われれば、それだけで死の危険性が増す。そのリスクを考えたガーストは意見した。

「もし、こっちが狙われたらどうするんですか!?それじゃあ提案した作戦が全て水の泡になる……」

ガーストの意見に対し、ギアが静かに言う。

「いや、全てではない。可能性は減るが、ゼロにはならない。」

ギアが喋り終えた後、次に口を開いたのはジャンヌである。

「いずれにせよ、私達は戦わなければならないのです。私達がここに集まっている理由……それはこの戦争に勝利し、争いの無い世界を作る事です。それも、今のギルス議長のやり方とは違うやり方で。その為にはこの戦争に勝ち残る必要はあります。あくまでも、FPBとして。只の傍観者としてこの戦いを見るだけでは、意味が無いのです。このような戦いは今回で最後にしなければなりません。」

ジャンヌは、FPBとして戦い抜く事こそ意味があると言っている。彼女自身戦争に対しては反対であるがこの戦争で全てが終わるのならば、それもやむを得ないと思っているのだ。

(最後の戦い……これで全てが終わるの?もし、生き残って……そこから僕はどうなるのかな……いや、今は考えないでおこう……とにかく、次の戦いが最後になるんだ……気を引き締めなきゃ……)

ブリッジにいるクルー達の中で、レイは一人考えていた。この戦いが終われば、全てが終わる。だがその後はどうなる?普通の生活に戻る事が出来るのか?そもそも、生きて帰る事が出来るのかも分からない。死ぬかも知れない。だが自分はそれをも覚悟の上で宇宙に来た。この戦いを終わらせ、見届ける為に。

 

                ウィィィィィン

 

彼等が作戦について話し合っている時、突如ドアが開かれた。一斉に彼等がその方向を見る。

「アレン!?」

そこにいたのはアレンだった。先日まで寝たきり状態だった彼は身体を少しよろめかせ、部屋に入って来た。

 ジャンヌの意向により、アレンのみブリッジに集まる頃を知らせなかったFPBのクルー達。しかし異変を感付いたアレンは自力で部屋から出て、ブリッジまで移動してきたのである。

「明らかに……大事な話をしているみたいだ。戦争中の筈なのにここ数日間戦闘がないから違和感はあった。それにさっきから周りが静かだった。だから歩いてブリッジに来たら……こうなっていたって訳か。」

恐らく。いや、間違いなく彼女が自分に何も伝えないように配慮したのだろうと思い、彼はジャンヌを見た。ジャンヌはアレンを見て、言葉を発する。

「どうして貴方が……貴方は……」

「もう戦うなって言いたいのか?ジャンヌ。」

見透かされた気分になったジャンヌ。だがそれは事実だ。彼女は、アレンにもう戦って欲しくない。このまま、全てが終わるまで部屋にいて欲しいと思っていた。

「ジェッパー代表。この状況を見る限り、次の戦いの作戦を皆で話し合っている所のようですね。」

次に、睨むようにギアを見るアレン。その目を見て、ジャンヌはアレンに言った。

「貴方はまさか……次の戦闘に参加する気でいるのですか――」

ジャンヌの言葉を、アレンは遮る。

「やっぱりか。君は俺に戦って欲しくないんだね。ジャンヌ。」

「当然ですわ……あのような事があって……」

ジャンヌは思い出してしまった。先の戦闘でブライティスが暴走してしまった光景を。ココットが死に、それを煽られた為に暴走し、彼は生死を彷徨った。

 もうそのような事態になって欲しくないという一心で彼女はアレンに何も伝えなかった。だがアレンに、彼女の気持ちは伝わらなかったようだ。

 

タッ

 

すると、レイが大勢の中から姿を見せ、アレンの前に立った。アレンとレイ。両者が互いの顔を見た後、レイは

「もう、止めて下さい!」

「……!」

レイの一言でアレンは黙る。その時の彼の表情は、驚愕以外の何者でもない。まさか、レイにこのような事を言われるとは思わなかったのだ。

「ジャンヌさんがアレンさんを戦わせたくないの、僕はよく分かります……だって……あんな風に暴走して……動かなくなって……死ぬしかないって思ってたのに……でも助かったんです……火星に行く事で心臓を手に入れて!じゃなかったらアレンさんは死んでたんですよ!?皆、心配してたんです……アレンさんを助ける為に皆尽力したのに……なのにまた戦うって……それじゃあ僕達のやって来た事って……意味が……無いじゃないですか……」

レイの目には涙が浮かんでいる。アレンを思い、彼は涙を流していた。それを見たアレンは、生死を彷徨っていた時に聞いたココットの言葉を思い出した。

 

――――――――大切なのはたった一人の人間を支えにする事じゃない――――――――

 

――――――――沢山の友達とか仲間がいてこそ、人間っているんだと思う――――――

 

――――――――――アレンはまだやらなきゃならない事があるよ――――――――――

 

―――――――――――アレンを想ってくれる、仲間達と一緒にね――――――――――

 

「そっか……そうだった……仲間として、見てくれてるから……俺の為に、泣いてくれるんだな……レイ。」

アレンは笑みを浮かべた。そして、レイの頭をそっと撫でる。自分の為に命を掛けて救ってくれたレイ。

無論レイだけではない。他にも、様々な仲間達がアレンを想っている。だから自分を助けてくれた。そして、ジャンヌは自分にもう戦わせないように言った……彼はその事を理解した。

「アレンさんを助けようってなったのは……アレンさんがいなくなることで戦力が減るとか、そういう話じゃないんです。純粋に、仲間だから……僕はその一心で助けたいと思っていたんです!僕だけじゃないです。ジャンヌさんとか、エリィさんとかネルソンさんも……皆、そうなんです!」

仲間という、かけがえのない存在。彼はそれを再認識させられた。ココットが死んでから、彼は自分の感情を押し殺してきた。そして彼は共に戦う仲間に対し、冷たくあしらってきた。

 しかし今、彼は仲間の存在を再確認している。自分を想ってくれる人が、側にいる。彼は今まで自分の行動が余りに勝手過ぎた事を深く後悔した。

「みんな、本当に優しいんだ……俺は自分勝手過ぎたのかも知れない。」

アレンは静かに目を瞑る。この様子を見て、皆がアレンはもう戦わないのだろうと

思っていた。その為か、クルー達に自然な笑みが零れる。

「……でも、やらなきゃならない事は果たしたい。」

その言葉にレイは固まる。この人は何を言っているのか……と、彼は思った。

「ごめん、レイ。お前が心配してくれるのは嬉しいけど、ここにいる以上、俺も戦力だ。だから……」

「まさか、戦うって……言うんですか!?話、聞いてましたか!?皆が心配してるんですよ!?」

当然、彼はそう答える。これ程もう戦うなと皆にも言われているにも関わらず、アレンは戦うと言っているからだ。

「分かってる!分かってるんだよ……けど……聞いてくれ。」

レイが心配するのを余所に、アレンは語る。自身の気持ちと、しなければならない役目について。

「もう俺に戦って欲しくないって、思ってくれるのはとても嬉しい。けど……それじゃあこの艦に俺がいる意味ってあるのか?別に存在意義を示す訳ではないけど、俺自身、MSに乗って戦う事が出来る人間だ。そんな人間がただ、これから戦いに行くFPBのお荷物になる訳にはいかないだろう?」

自分は戦力。だから戦わなければならない。彼はそれを自覚しているからこそ、語る。

「今は一人でも多くの戦力が欲しい状況なのに、何もしないというのはおかしい話だと思う。心配してくれるのはありがたいけど、今はそれがまかり通る状況じゃないんだろう?状況を見て分かるよ。」

戦いが始まろうとしている状況を察したアレンは自分が戦わなければならない事について話し続ける。アレンの強い意志を感じているレイは、彼の言葉に何も言えない。

(死ぬかも知れない状況で戦うって決めるのって……それって僕も同じだ……僕もあの生活に戻れなくなる事を覚悟してここに来たのに、アレンさんを止める権利ってあるんだろうか?)

死んで欲しくないから戦わないで欲しいというのは短絡的過ぎるのかと、レイは考えるようになっていた。この場にいる以上、どんな人間だって死ぬ可能性は十分にある。当然、仲間は誰にも死んで欲しくない。アレンの意思を聞き、自分がもう戦わないで欲しいと言うのは勝手なのではないだろうかと、彼は考えていた。

 ではジャンヌはどうだろうか。彼女は少なくともアレンにもう戦って欲しくないと言っている。ブライティスガンダムの暴走という、あの恐ろしい光景が今でも思い出されてしまうからだ。レイは彼の言葉を聞いて一歩下がった。が、ジャンヌは下がる様子を見せない。まだ、アレンに戦って欲しくない様子だった。

「アレン、貴方に問います。貴方は戦いたいと思っているのですか。それとも、戦わなければならないと思っているのですか。分かっているとは思いますがこの二つは全く違う意味を成します。」

戦う意思を見せるアレンに、ジャンヌが問う。彼は戦いたいのか、それとも戦わなければならないと持っているのか。所謂、したいという意思と、しなければならないという義務の違いである。

「戦わなければならない……かな。」

と、アレンは答えた。

「今度の戦いは、貴方は戦わなくても良いのです。それなのに戦わなければならないと貴方自身が決める理由は何ですか。貴方は、本当は戦いたいと思っているのではないのですか。」

ジャンヌはアレンに詰め寄り、問う。彼は何故戦わなくても良い戦争に参加しようとするのかを。それは、彼女が本心から彼の事を心配しているが故であった。

「ジャンヌ嬢、割り込むようで申し訳ないのだが、少しアレンに聞きたい事がある。」

そう言ったのはネルソンだった。彼の言うように、ジャンヌの話を割ってアレンに質問をした。

「君が戦う意思を固めたのは分かった。そこで気になる事がある。何の機体に乗って戦う気だ?」

「機体……」

ネルソンが気になったのはアレンが戦う事になった時の機体だ。この台詞から、彼はアレンが戦闘に参加する事に批判的ではない事が伺える。ただし、条件付きとして。

「私は正直、戦力として君が加わる事に賛成だ。少しでも多くの戦力が欲しいこの状況で、君の様なエースがいる事は心強い。が、問題は機体だ。以前のあのガンダムに乗ると言うのならば話は別だ。あれは味方にも甚大な被害を及ぼす可能性がある。」

ブライティスは以前に暴走した際、味方のMSをも破壊した事がある。ネルソンはそれを考慮した上でMSについて発言したのだ。

「ジャンヌ、あのMS、まだあるんじゃないだろうな……?」

ガーストがジャンヌに聞いた。その際、三秒程の間が生まれる。すぐにジャンヌが答えないその様子を見て、ガーストは怒りを露にした。

「おい……どう言う事だよ!あんな危険なものなんで処分しなかっ――」

「危険じゃない!」

ガーストの怒りをアレンが遮った。彼に〝危険なもの〟と言われ、それを否定したのだ。

「お前……あれが危険じゃないって何を言ってるんだよ!?お前の命を蝕むかも知れないのに!」

当然、その質問になる。何せブライティスは戦場を混乱させた上に味方をも巻き込んだ機体。そして、彼自身を瀕死の状態に陥れた機体でもある。それらを兼ねている機体が危険でない等、ある筈が無いのだ。

「あのMS……ブライティスガンダムは俺が感情をコントロール出来なかったが為にあんな結果を招いただけに過ぎない。だったら……俺が感情をコントロールすればいい!今までだってそう!俺が冷静にあの機体を操っていたから、皆に迷惑を掛ける事が無かった!俺は今までと違う。もう、迷惑を掛ける事は無い!」

懸命に皆に訴えかけるアレン。しかし実際にブライティスは一度暴走をしている。その光景を目の当たりにしているクルー達。いくらアレンが必死に訴えても、それを簡単に信じる人間がいるとは考えにくい。

「アレン、君はあれに乗る気でいると言うのなら私は断固反対させて貰う。君の為ではない、ここにいる皆の為に反対する。」

ネルソンはアレンがブライティスに乗る事に反対する。それに対し、アレンは何も言わなかった。反対される事は分かっていたからである。

 だが彼は迷っていた。自分はブライティスに乗り、FPBの一員として最後の決戦に挑みたい。しかし一度ブライティスが暴走したという前例が彼の意思を阻害する。ネルソンはあくまでも味方に損害が及ぶ可能性があると言う事を考慮してアレンがブライティスに乗る事を反対している。それを心配する事は決して間違いではない。

「君があの機体以外のMSに乗るのならば話は別だ。私は構わないと思う。」

腕を組み、ネルソンは言った。

「僕も……それに賛成です。アレンさんが感じている、戦わなきゃならないっていう意思の強さははっきりと分かります……だから僕は貴方を止めません。けど、やっぱりあれに乗るのは危険ですよ!」

レイは、最初は彼にもう戦って欲しくないと言った。今はその意見を変え、今度は別のMSに乗って戦うならば良いと言っている。アレンの戦いに対する強い意志を受け、彼はそれに影響されたのである。

「ジャンヌさん、その……クリスタルシステムだけを外す事って出来ないんですか!?せめてそれさえ出来れば……」

ブライティスに反対する理由がクリスタルシステムによる暴走が原因であるとするならば、それさえ外す事が出来ればブライティスに乗る事が出来る……と考えていたレイ。

 だが、ジャンヌの次の言葉がレイに重く突き刺さる。

「残念ですが不可能ですわ……クリスタルシステムの運用目的の為にブライティスは存在しています。クリスタルシステムの中に、ブライティスの動力が組み込まれていると言っても過言ではありません……」

「そんな……じゃあ結局暴走する危険があるって事じゃないですか!」

レイの希望は断たれた。クリスタルシステムとブライティスは一心同体。切って離せるようなものではないのである。

「その心配はないよ。俺はもう、ココットに囚われない。以前に俺が暴走してしまったのは、俺の弱さが原因だ。」

アレンは言う。もう、決して暴走しないと。その表情に揺らぎはない。

 しかしその言葉を簡単に信用する者がいるだろうか。一度でも前例を出してしまった以上、その信頼を取り戻すのは難しい。今、クルー達はアレンの言葉を疑っている。本当に暴走しないのか、アレンの感情が宛になるのか……等。

「アレン、君の決意の固さは伝わる。しかしそれを信用出来るかが問題だ。」

ネルソンが言った。この場で、誰もが思っていた事を。

「人間は口だけなら何でも言える。当然、嘘もだ。現実ではあり得ない事も口でなら言える。君の場合は信用だ。一度起こしてしまっている現象に対し、それを修正するだけの技量が君にはあるか。」

アレンは少し黙った。やはりとはいえ、簡単に自分を信じて貰える筈がないと言う事が彼に重く圧し掛かる。

 だが、ここで彼は引き下がる訳にはいかなかった。ブライティス以外の機体に乗っては、自分の役割が果たせないと思っているアレン。彼は口を開き、ネルソンに言った。

「もし……俺が感情に殺されて、結果的に前の様な形でブライティスが暴走してしまうようならば……爆弾を設置し、爆発させて下さい。ジャンヌ、それは出来るね?」

「え……?」

ジャンヌは困惑していた。要するに、暴れ狂う前に殺せと言うのだ。確かに、暴走を止める手段として爆弾を内蔵しておけば、万が一暴走しようとした際でも爆発させ、機体を消滅させることで周りに被害が及ばない。だがアレンは、それをしても構わないと言っているのである。

「爆弾……か。成程、悪くはない。」

「代表!本気で言っているんですか!?」

ガーストが、ギアの言葉に異議を唱える。まるで人が死んでも良いと言わんばかりの言い方に対してガーストは怒っているのだ。

「ガースト、怒るなよ。実際これしか方法はない。FPBの戦力の一つとして役立つ方法。それは、俺がブライティスに乗って戦うという事だけだ。最終決戦である以上、自分の出来るベストを尽くしたい。」

しかしそれは暴走というリスクも伴う。だからこそ、ブライティスに爆弾を設置し、暴走したならばそれを爆発させて自分を殺せと言うのだ。

「ジャンヌ、それは出来るよね。」

「……はい。」

決戦までもう時間がない。ジャンヌは静かに頷き、言った。ガーストは納得行かない様子だったが、クリスタルシステムが外せない以上、彼が暴走という危険を伴ってブライティスで戦うにはこれしかなかった。

 爆弾を設置するという事は決定した。が、一つ問題がここで生じた。

「しかし……万が一ブライティスガンダムが暴走した時、あのMSを止めることが出来るのは誰だ?」

ネルソンが聞く。爆弾を爆発させるには誰かがそのスイッチを押さなければならない。つまり、アレンの命を握る者が必要になる。

「私がその役目を担おう。」

「代表が?」

名乗り出たのはギアだった。クルー達は一斉にギアの方を見る。

「理由は簡単だ。私が一番アレン・レインドと多く接していない。皆の場合は彼と共に過ごした時間が長過ぎる。いくら戦場では感情が邪魔とされているとはいえ、君達が彼を殺すのは流石に気の毒だろう。だから私が責任を持って爆弾のスイッチを預かろう。」

アレンはこれを聞いた時、安心した様子を見せた。ギアにならば自分の命を委ねられると、思ったのだろう。

「お前、本気で……」

「代表の言葉には一理がある。それとも、お前が爆弾のスイッチを押すか?」

ガーストは、これ以上何も言わなかった。アレンは全く動じていない。暴走する事は、即ち死であるという事を悟っていたからだ。

「心配してくれるの、ありがたいよ。レイもな。」

アレンはレイを見て言った。先程からアレンの事を見ているのに気付いていたのだ。

「アレンさん……」

「心配しなくていい。要するに暴走さえしなければいいんだ。後は俺自身の問題だから。」

アレンは笑顔を作る。しかし、それは明らかに無理をしている笑顔だった。それはレイにもはっきりと分かったのである。

「これで決定かな、アレン・レインド。」

ギアの言葉がアレンの耳に聞こえた時、アレンはすっと息を飲んで言った。

「はい。」

「では解散だ。ああ、各員には自由行動を許す……という事で。」

この言葉を最後に、クルー達はそれぞれの部屋に戻っていった。エレシュキガルに向かうまでの短い時間を過ごすように、ギアが配慮したのである。

 

 

 

 エレシュキガル内部にて。その一部のハッチが開かれた後、ある一機のMSが姿を見せた。それこそが、エファン・ドゥーリアの駆るカタストゥリアである。

 完成したそれは新たに六門の巨大な砲身をバックパックに背負っていた。

「ルイーナシステムは今回が試射となります。確認ですが、チェックはなされなくて宜しかったのでしょうか。」

チェックの心配をする兵士。だがエファンは一度兵士の目をちらと見て、言った。

「問題ない」

「は……?」

「問題ないと言った」

と言ってそのままエファンは回線を切断した。

「さて、いよいよか……今回の試射はどのように飾ってくれるのだろうな、カタストゥリアよ。」

 

ゴギュオゥゥゥゥゥン

 

カタストゥリアの紫色のカメラアイが輝いた。それと同時に、エファンは笑みを浮かべ、言った。

「エファン・ドゥーリア、カタストゥリア出撃する。」

エファンは操縦桿を思い切り引き、カタストゥリアを出撃させた。それと同時に六つの砲門が翼のように展開される。後部のバーニアも光を放ち、機体に付いていく。この時、カタストゥリアにはケーブルが備え付けられていた。その為に行動に制限が生じるのだが、それは今から行うカタストゥリアの行動に支障を来すものではない。

 

 

 エファンの見る先には国連とデウス軍残党の艦隊の姿があった。それぞれがエレシュキガルの出方を伺っており、様子を見ている。これらを見渡し、彼は静かに言った。

「この光景を見る度に思うな、人類は増え過ぎた……と。」

エファンはフンと笑みを作った……と、同時にカタストゥリアは両上肢部を広げ、両手指部を屈曲させる。同時に六つの砲門が一つ一つ前方に向けて展開され、艦隊を狙う。

「まるで、祝砲だな。」

この言葉が何を示すのかは定かではない。彼の奇妙な言葉と同時にカタストゥリアのカメラアイが再び輝き、六門の砲門にエネルギーが集まっていく。そして――

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

砲門からはプラズマ粒子による砲撃が展開された。高出力のそれは容赦なく国連とデウスの艦隊に襲い掛かる。

 

「敵要塞より高熱源反応感知!これは……!」

「何だと!?まさか奴等はまたあのビームもどきを……?急いで回避を――」

「間に合いません!」

「馬鹿、な――」

それがある国連のリューチェ級のクルー達の最期の会話となった。カタストゥリアから放たれた光は瞬く間にこれらの艦隊を飲み込み、滅ぼしていく。

 光は彼等を回避させる余裕を与えない。国連の旗艦、アッサラームはこの砲撃を辛うじて回避することに成功していた。そして、アッサラーム艦内ではギルスが明らかに動揺した顔で言った。

「なんだあの光は!?奴等、またしてもあの主砲を……?」

「いえ……これは……間違いありません、熱源を確認した結果、MSによるものと判明!」

「馬鹿な!?あの要塞ならまだしも、ただのMSがあんなものを発射出来る筈がない!」

カタストゥリアの存在を前にしてその表情が苦渋に歪んでいくギルス。しかしそのような彼とは対照的に、冷静さを失っていないのは艦長であるウィレス•レイド•アースであった。

「追い込んだつもりになり過ぎていた……ということですね、議長。」

「奴等、隠し球をどれ程隠し持っているというのだ!?」

「被害は我が軍のみに及びません。近隣で展開していたデウス残党軍艦隊にも被害は出ているそうです。」

「クッ……こうなってはもはや手段は選んでいられない!全軍に伝えるのだ!あの要塞へ総攻撃をかける!これ以上奴等を付け上がらせるわけにはいかない!」

ギルスは全軍に、エレシュキガルに攻撃を仕向けるように命じた。軍人でない彼はウィレスを通じて命令するように言った。

「そう言えば艦長。鹵獲したガンダムタイプがこの艦に搭載されていたな。あれは使えるのか?」

「すぐに発進させましょう。」

〝鹵獲したガンダム〟という単語を出したギルス。その言葉は何を意味するのかは定かではない。

「利用出来るものはなんでも利用しなければな!そう、勝つ為に!」

彼のその言葉に対し、ウィレスは睨むように言った。

「議長。貴方は軍人ではない。この艦の艦長は私という事をお忘れなく。私が指示をしますから、議長は少し自重して頂きたいですね。」

カタストゥリアによる砲撃が行われる前に言われた言葉を、再び言われたギルス。まるで学習能力がないかのような扱いを受けたギルスは、彼女が自分の顔を見ていない事を良い事に、明らかに悔しげな表情を浮かべていた。

 

 

 

 カタストゥリアによる砲撃はデウス残党軍にも被害を及ぼしていた。彼等の間ではエレシュキガルの主砲が発射されたのかと思われたがそれは違い、解析をすると一機のMSからそれらが発射されたことを明らかにした。

「ラグナ中佐、熱源はMSによるものと判明しました!」

「たった一機のMSが、これ程の破壊力を見せるものなのか……?」

アルメス・ラグナが率いるインベーションユニットはその砲撃から免れており、艦にも損傷は確認できなかった。

「おい、見せろや。」

メイドはオペレーターを無理やり退かせ、モニターを確認する。そこに映っていたのはカタストゥリアだった。彼は見覚えのあるその機体を見て、笑顔を見せた。だがその笑顔は本心からの笑いではない。驚愕するものを見て、ただ唖然とする中で自然に出来た笑みである。

「おう……こいつァ……予想以上にやばそうだなァ。」

今までのメイドならば楽しそうにこれらを傍観するのだが、今回は明らかに違う。ルイーナシステムMk-Ⅱによる砲撃を目の当たりにし、カタストゥリアというMSが如何に危険であるかを本能的に察している様子だった。

「……分かるのですか、あのMSが。」

アルメスは冷ややかな目でメイドを見た。

「一回戦ったことがあるけどさァ、あの時よりやばいぞ、ありゃ。あんな兵器なかったからな。」

メイドはモニターを確認した後、オペレーターの頭を思い切りバンと叩いた。痛がるオペレーターを他所に、彼は口を横に広げながら歯を見せ、言った。

「戦じゃァ!戦の用意をするぞぉぉぉ!!」

と、急に自身で気分を盛り上げたメイド。唐突な出来事にブリッジ内は唖然とするばかりだ。

 やがてブリッジから去ろうとするメイド。この際、彼はアルメスの耳元まで近付き、囁いた。

「アレにはマジで気ぃ付けた方がいいぜ、お前。」

とだけ言い残し、彼はデスゲイズを稼働させるためにブリッジを去って行った。

「……忠告のつもりか?あの男は。」

メイドがいないブリッジで、アルメスは静かに言った。

「我々には、分かりません。」

「……そうか。まあ、あの男の好きにさせれば良い。我々は我々の戦いをすれば良いのだ。」

かつてのデウス帝国を壊滅に追い遣った地球連邦軍。それらは新生連邦政府と名を改めて現在彼等デウス残党軍の前に立ち塞がる。アルメスのような、デウス帝国に忠誠を誓う者からすればエレシュキガルのような要塞は脅威以外の何者でもないのであった。

 彼は覚悟を決めた様子で、前方を見る。そこに映るのは、新生連邦の要塞、エレシュキガルだ。

「全軍、出撃せよ!一気に畳みかけるのだ!」

アルメスの合図と共にデウス軍のMSであるディエルMk-ⅡやゴルモンテMk-Ⅱが一斉に出撃する。いずれもがモノアイを輝かせ、要塞を狙う為に武器を持ち、それぞれのバーニアの出力を上げて要塞に接近していく。

 

 

 

 国連軍とデウス残党軍のMSが一斉に展開され、それに対抗するように新生連邦軍もエレシュキガルから次々とMSを展開した。カタストゥリアの一撃が、この最終決戦を呼び寄せたのだ。

「これがドゥーリア少佐が開発したMSの、真の力か。フフ、彼には脱帽するよ。まさかこれ程の力を持つ機体を開発していたとは。」

エレシュキガルの司令室内にて、総司令が言った。傍には表情が曇っているソフィアの姿もあった。

「彼の事はずっと疑っていた……しかし、あのカタストゥリアは本当に強力だ。戦況を変える力があれにはある。素晴らしいよ、ドゥーリア少佐……」

「レヴィー様……?」

エファンの事を良く思っていなかった総司令。だが彼の表情は、今明らかに笑っている。その笑みの意味は、ソフィアにとってよく分かる。余裕がない状況だからこその、エファンが開発したカタストゥリアという希望に対する笑み。エファンがこの場にいない時に笑っている彼は、心の底からエファンに対して信頼を寄せているという事となる。

 

―――――――――――総司令は連邦軍の存続の事しか考えていません――――――――

 

エファンの言葉がソフィアの中で耳鳴りの如く繰り返される。認めたくない事実が、彼女を襲う。

 

―――――――――――――――如何なるものを利用してでも――――――――――――

 

(違う……レヴィー様は……!)

余裕が無い総司令と、その総司令を想い続けるソフィア。彼女は総司令を心から想っていた。だが今は違う。エファンの言葉により、その想いが少しずつ、揺らぎ始めていたのである。

 

 

カタストゥリアに乗って一つの仕事を終えたエファン・ドゥーリアは要塞へ帰還した。ルイーナシステムMk-Ⅱを放ったことにより、プラズマ粒子貯蔵タンク内の粒子が底を突いた為である。

「少佐!その、おかえりなさい……!」

彼を迎え入れたのはヘリン・マディックだった。エファンに対して恋心を抱いている彼女はカタストゥリアの前に現れ、真っ先にエファンの帰還を祝福した。

「少しだけ休む。」

カタストゥリアから降りたエファンはヘリンに対して笑顔を作った後、そのまま栄養ドリンクを待っていた兵士から受け取り、それを口に含みながらこの場から去る。その姿を、ヘリンは憧れの眼差しでじぃっと見つめていた。

 

ウィィィィン

 

エファンはとある部屋に入った。その部屋にいたのはシーアだ。シーアは最初に誰が来たのかを確認した上でドアのロックを解除し、エファンを招き入れたのである。

「少佐自らが私の部屋を来られるのは少し驚きました。いつもは自分から少佐の部屋に行っていたものですから。」

「部下の部屋に入ることはあまりないからな。それにもうすぐ決戦だ。心境を確認しておきたいと思ってな。」

「心境……ですか。」

そう言われ、シーアは少し考える仕草を見せた。右の示指を屈曲させ、口元に当てる。

「緊張……ですか?」

「そうは見えんがな。今もプラモデルを組み立てている男が何を言うか。」

「これは気を紛らわしているに過ぎません。僕は緊張するとじっとしている人間ではありませんから。」

「成程、人それぞれの気の紛らわせ方という訳か。」

エファンはちらとプラモデルを見て、再びシーアの目を見る。

「完成はするのか?」

「ええ。あと頭のパーツを付けるだけですから。」

そう言いながらシーアは完成しようとしているプラモデルの頭部を、胴体に繋げようとしていた。

 

カチッ

 

頭部パーツと胴体パーツが接続した音が、部屋に響く。彼が作っていたプラモデルが今、完成したのだ。

「ようやく出来ましたよ。最近出撃ばっかりで作れてなかったから、決戦前に出来て良かったです。」

と、満足そうに完成したそれを見て語るシーア。その表情は、戦場にいる時とは違う。あどけない子供のような表情。自身が趣味に没頭している時に見せる表情だ。普段滅多にその表情を見せないシーアは、今エファンの前で見せた。

(自分の好きになるものに夢中になる時の顔……それが、今のお前の顔という訳か。)

腕を組んでその様子を見ていたエファンはシーアの笑顔を、表情一つ変えずに見ていた。その目はまるで未来を見通しているかのようであり、シーアを憐れんでいるようにも見えた。

「しかし、少佐、あのMSの勇姿、この目に焼き付けましたよ。本当に素晴らしいですね、あのMSは!何せ単機で艦隊を壊滅させるなんて!」

シーアはプラモデルに触れながら言った。この時彼はエファンの目を見ていない。

「カタストゥリアの新型兵器を使っただけに過ぎない。あれは試射だ。」

「自分は生きている内にあのようなMSに出会えたことに本当に感謝ですよ。少佐は本当に素晴らしいお方だと、僕は考えていますよ。」

そういうシーアの目線はやはりプラモデルだ。一切エファンの事を見ていない。まるで、無関心であるかのように。言葉だけはやたらと褒めるのだが、全くエファンを見ないのだ。

「成程、お前は夢中になるものがありながらも人間を尊重する性格のようだ。」

普通ならば無礼な態度と貶されてもおかしくないシーアの行動だが、エファンは彼の心を読み、シーアを許すような言葉を言った。

「はは、やっぱり少佐は本当に凄いですね。本当に、完璧超人みたいだ。」

ようやく、シーアはエファンの目を見て話した。

「お前から見ればそうかも知れんな……さて、他の所に行く。ゆっくりしておけ。」

と、エファンはシーアの部屋を後にした。シーアの心境を確認した彼は、次に強化モデルであるクラリスの所へ向かったのだ。突如部屋を後にしたエファンを見送った後、彼は再び完成したプラモデルを見つめてはそれを動かし始めた。

 

 

 その後、クラリスとダウーラの部屋に訪れたエファンは彼等の心境を確認し、部屋を後にする。最終決戦が間近に迫っている為の、彼なりの気遣いなのだろう。

 やがて部下全員の部屋を確認した後、エファンは一人、廊下を歩いていた。やがて廊下の分岐部に差し掛かる所で、ガラス越しに宇宙空間を見た。既にエレシュキガルに迫ってきている国連やデウス残党軍。自分の引いた引き金で迫ってきている彼等。

「戦争を続け、その築いてきた文明を自ら滅ぼす……全く、人間は数が多いと厄介なものだな。」

一人その光景を見て溜息を吐くエファン。彼自身、それは悲しんでいるようであり、同時にこれからの戦いに対して喜んでいるようでもあった。

人間という存在に対し、時には見下し、時には関心を向ける男、エファン・ドゥーリア。今の彼の眼には何が映るというのだろうか。それは、彼自身にしか分からない。分かる筈がないのだ。

 

 

 エレシュキガルの外では国連軍とデウス残党軍が新生連邦に対して攻撃を行おうとしていた。これらの勢力に対して戦力を展開する新生連邦軍。要塞からは無数のMSが展開され、これらを迎え撃つ。ディエルやジョゼフ、エグゼマーやグランシェといったMSが一斉に展開され、各々の武器で迎え撃つ。

「なんだ、あのMSは……?ガンダムタイプ!?」

ある、ジョゼフのパイロットが小隊の仲間に対して無線で伝えた。

「いや、あの機体は……間違いない、新生連邦のガンダムだ……!」

彼等が目にしているのは新生連邦軍のガンダムである、アトミックガンダムだ。それは以前国連が決行した新生連邦本部攻略戦の際にデスゲイズによって破壊された筈のMS。しかし、その機体が何故か新生連邦の前に現れていたのだ。それも、国連のハイエッジに混じりながら。

「キキキキ……はははははははははははははははははは!!!」

「なっ……こいつッ!!」

パイロットはハーディ・クオレントだ。しかし彼は以前のように喋る事はなかった。ただ、奇声を上げながらジョゼフに襲い掛かる。

「新生連邦のMSを使ってでも勝ちたいってかよ!」

敵となったアトミックガンダムを見て怒りを覚えた兵士は、アトミックガンダムに襲い掛かろうとしていた。しかし、アトミックガンダムはMA形態に変形した後にバーニアの出力を上げてはモノアイを輝かせ、ビームランチャーを撃つ。パイロットのハーディの言動からは想定できないほど正確な射撃が、二機のジョゼフを狙った。内一機のジョゼフに攻撃が当たるも、シールドで防御する。

「馬鹿な!?」

シールドで防いだと思った瞬間、至近距離まで近づいていたアトミックは再びMSに変形し、ビームサーベルでコクピットを切り裂いた。この一撃で、ジョゼフは破壊される。敵討ちと言わんばかりにもう一機のジョゼフが放つビームライフルがアトミックを襲うも、これを回避。すぐにビームランチャーでそのジョゼフを撃破した。

「ハハハハハハハ!」

高らかに笑うハーディ。彼は次なる獲物を探す為、アトミックガンダムをMAに変形させてこの場から去る。

 彼の機体は新生連邦本部攻略戦でメイドに破壊された後、勝利した国連に鹵獲され、パイロットもそのまま強化された。以前よりも強化されたことにより、完全に言葉を失ってしまったが、その代わり戦闘マシーンとしての有能性は格段に上昇していた。武力による平和を勝ち取る為ならば手段を選ばない。現在の国連の代表、ギルス・パリシムのやり方が、ここにきて著明に見られるようになったのである。

 




第百四話、投了。
それぞれの陣営が最終決戦に向け、動き出していく。


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第百五話 決戦を前に

先に戦闘を開始した新生連邦、国連、デウス残党。そこに向かう、FPB。
それぞれの人間達の決戦前の、一場面。


 新生連邦、国連、デウス残党の三つ巴の戦いが始まった。その一方で、最後の出撃を開始しようとしているFPB。クルー達は残された時間を、それぞれ過ごしている。恋人共に過ごす者、友人と過ごす者、家族に連絡を取る者……様々な行動をとる、FPBのクルー達。

 その中で整備士達は動く。それぞれの機体の最終調整。ある、整備士同士の会話。

「あのバーサーカーのガンダム、次の戦闘でも使うってのか!?」

「お上の人達が決めたらしいぜ。正直、耳を疑ったケドな」

そう言いながらアステリアの整備を行う、整備士。

「ガンダムっつったら伝説のMSってイメージだけどよォ。ぶっ飛んだ人間が乗ってるイメージしかねぇよホント。」

「新生連邦の連中もガンダム、ガンダムだもんな。それでうちの羽根付きガンダムも滅茶苦茶暴れまくったしなァ」

ガンダムタイプというイメージはMSに携わる者なら誰もがある種の尊敬の眼差しで見る機体だ。しかしこの一連の状況でそのイメージは、覆りつつある。

 新生連邦軍が強さの象徴の為にガンダムタイプを増産した事や、国連ですら量産型のガンダムタイプを開発した事、そしてアステル家。更には先のブライティスの暴走。こうした事に寄り、“ガンダム”という伝説的な機体の印象と言うのは大きく覆ってしまったのが現状なのだ。

「逆に考えりゃ、まともな人間じゃガンダムなんて機体は扱えねぇって事なんだろうよ」

「ああ、そりゃ言えてるかもな。」

「何にしても。次で決戦だしなぁ。俺達に出来る事をするだけだ。」

愚痴のような話を言いつつ、整備士達は作業に取り掛かる。何せ、四つ巴の決戦が間近に迫っているのだから。

 

 

 

 アルバトスのとある一室にて。そこにいたのはソファに寄り添うエリィとネルソンだった。最終決戦を前に互いに傍にいたいと考えている両者。エリィは不安げな表情を作っていたが、ネルソンはそのような表情は作らなかった。

「決戦だね……」

エリィが、口を開く、その表情は相変わらず不安に満ちている。

「ああ……」

「……怖く、ない?」

エリィは聞いた。無表情であるネルソン。彼は決戦を前にして何も感じていないのか?それが気になった為である。

「……怖いさ。正直、な。震えるほどに。死をこれほどまでに直に感じたことがないよ。」

「本当に?私にはそう見えないな。」

エリィはネルソンの顔をじぃっと見る。

「私は昔から顔には出さないからな。」

「そうだったね……」

互いに、顔を合わせることはない。ただ、両者共に傍にいる。それだけ。

「いつもの戦いよりも激しさが増すのは間違いないだろう。当然その分死ぬ可能性はうんと上がる。だが心配はいらない。今までもそうだ。新生連邦本部攻略戦や宇宙に出てからも混戦はあった。しかし何度も我々は生き延びてきた。今回も同じようにすればいい……同じように……な。」

そう言うネルソンの手は、震えていた。表情では隠し切れない恐怖心が、エリィに伝わったのだ。

「エリィ、お願いがある。もし、この戦争を生き延びることが出来たら……その……けっ――」

エリィは次に彼が言おうとした台詞に、機敏に反応した。顔を見合わせ、ネルソンの口を手で塞ぐ。

「駄目、それ以上言わないで。」

「ん……何故……?」

「ネルソンの言いたいことは分かるよ?でもね……それを言っちゃうと、なんだかもうネルソンガ戻ってこないような気がして。それが嫌なの。もう、あんな思いは二度としたくないから……」

過去に恋人を戦争で亡くしたエリィ。それはネルソンも同じだ。彼が望む事、それはエリィと添い遂げる事。だがその想いを言葉として伝える事を、彼女は否定する。何故ならば、彼女はデウス動乱時を思い出したからだ。

 彼女の恋人だったディーン・アドル。しかし彼はデウス動乱の終盤で戦死した。当時の悲しみを乗り越えて今がある。

 だがそれはネルソンも同じ。ネルソンもシュリィ・アバンスという恋人を前大戦で亡くしている。しかし彼もかつての恋人を引きずり続けているわけではなく、エリィ・レイスという新たな恋人を見つけ、今に至る。

「我々は似た者同士だな。」

「……そうだね……」

そう言い合う彼ら。その時の彼等の顔の距離は近い。そして――

 

チュッ

 

互いの唇が重なる。戦後になり、共に行動してきた彼等だが恋人関係になることはなかった。だが彼女を想い続けていたネルソンの決死の告白が実になり、今彼等は接吻を行っている。

 やがて唇は離れる。その間、三十秒程。

「初めて……だね、ネルソン。」

「君とは……な。」

「出来れば続きもしたいけれど……」

「残念だが、今はそんな時間はない。」

「そうだね……」

エリィの方からネルソンを求める言葉を発する。それは彼を完全な恋人と認めた何よりの証だった。

「エリィ、一つ言っておきたいことがある。」

エリィはネルソンの言葉を、唾を飲んで聞いた。

「君が死ぬということは、クルー全員が死ぬということだ。今更かもしれないが、そちらの方が被害は大きい。仮に私が死んでも戦力が一つ減るだけだが――」

エリィの目が見開かれる。そして――

 

パシッ

 

「んっ……!?」

「馬鹿ァ……!本当に、馬鹿……!」

エリィはネルソンの頬を引っ叩いた。それも、力一杯。

「なんでよ……なんで貴方はそういう事をこんな時に言うの……?そんな理論的な事、分かってるわ!そんなこと言わないでよ!」

ネルソンは察した。そして、自分の言葉を反省した。口付けをし、互いに離れるものかと先程話したばかりなのに、死んだ後の話をしたから。互いに恋人を過去に失い、苦しみや悲しみは分かっている筈なのに……彼はエリィに対して禁句とも言える言葉を発したのだ。

「すまなかった……君の気持ちを考えられていなかった……」

「馬鹿……」

エリィは涙を流していた。そんな彼女に対し、ネルソンは困惑しながら、静かに彼女を抱き締めた。

 

少しの時間が経ち、口を開いたのはネルソンの方だった

「エリィ、……必ず戻る。未来の事はその後でも話せるだろう。」

「信じてるから……もう、最悪なことは考えたくない……!」

エリィも時間が少し経って彼の事を許したのだろう。この後再び両者は抱き合い、そして接吻を交わしたのである。

 

 

 

シュネルギア内にて。決戦を迎えていたアレンはパイロットスーツに着替える為に更衣室にいた。着ていた服を脱ぎ、やがてスーツを身に纏う。彼はこの後決戦の時を迎えるまで自分の部屋に待機していようとしていた。誰とも接触せず、一人で。

(俺には皆が居てくれている……もう、迷惑を掛けたくない……誰にも心配されたくない……)

一人、静かにそう思うアレン。彼は決意を胸に秘めて、更衣室から出ようとした。

「アレン」

「ジャンヌ!?」

自動ドアを開いた時、ジャンヌがそこにいた。彼がここにいることを、まるで分かっていたかのように。

「どうしてここに君が――」

「アレン、質問をさせて下さい。」

ジャンヌはアレンの言葉を遮る。

「何故、貴方は同じ事を繰り返そうとしているのですか?皆に助けられた感謝の気持ちを、今の貴方ならば持っていると考えていたのですが。」

彼女の表情に優しさはない。その表情と共に今のアレンにその言葉が突き刺さる。

「もう俺は感情を爆発させたくない……だから!」

「その行動が返って感情を爆発させる可能性を上げるということをどうして学ばないのですか。」

確かにそうだ。ココットが死んでからアレンは他者との交流を避けていた。誰に対しても冷たく接していた。しかしそれが結果的にブライティスガンダムの暴走に繋がり、彼は生死を彷徨うことになった。

彼は、似たような過ちを犯そうとしている……ジャンヌはそう考えて、アレンと接触を図ったのだ。

「貴方はここまで学習しない人だとは思いませんでしたわ。これでは今度の戦場でもココットさんが死んだ事を思い出し、やがて暴走する事が目に見えています。そうなれば貴方は死ぬだけ。今回はジェッパー代表がスイッチを押して下さりますから、味方への被害は最小限に済みます。」

ジャンヌが発した言葉は、いつもの優しさが感じられない。アレンを心配するのではなく、彼を攻める言葉ばかり。それの苛立ちを少し感じたアレンは

「そんな言い方があるか!?俺はみんなの事を思ってあえてやっていたんだ!そこまで言われる筋合いはない!」

「本当に?」

ジャンヌの言葉が再び。この言葉は今まで何度もアレンを黙らせてきた。だが今回、彼女に苛立ちを感じていたアレンはすぐに反論した。

「ああ、本当だ!もう、俺はあんな過ちはしないって心に決めていて――」

「よくも、そのような嘘が言えますわね、アレン。」

ジャンヌのがアレンの言葉を遮った。

「嘘だって……?」

「今貴方が私に対して向けている感情は何ですか?貴方がもうしまいと心に誓った感情の爆発……つまり、怒りではないのですか?」

「俺が怒っているって……!?そんな事はない!」

そう言うアレンだったが、明らかに彼女に見せているのは怒りの感情だった。しかし彼女にそれを言われて動揺する余り、彼は自分でもどのような表情を見せているのかが分からなくなっていたのである。

「ええ、貴方は怒っていますわ。私に対して、間違いなく。殺意は感じられないとはいえ、貴方は怒りを見せています。しかしその怒りは殺意に変わる事も、可能性は無いとは言い切れません。」

「え……それって……?」

アレンの感情が、急に変わった。表情が固まり、ジャンヌの方をじっと見るだけだ。

「私が貴方に言いたいことを察して頂ければ……私はとても嬉しいのですが……アレン。」

「今、俺を怒らせて……戦闘時に冷静でいろって……そういう事だね?」

「ええ……そうですわ。」

ジャンヌの意図を察したアレン。それが理解出来た時、アレンは笑顔になる。自然に溢れる笑顔。それが今の彼の表情だ。

「君は俺の事をそこまで考えて……それに比べたら俺は駄目だな……ただ、迷惑を掛けたくないと思うばかり考えてた。」

アレンは、頭を少し掻きながら言った。

「人は人といるだけでも迷惑を掛けるものなのです。無意識とはいえ、確実に……。しかし迷惑を掛けあう中で、互いを想い合う事が大切なのです。貴方はFPBの戦力です。しかし戦力の前に、人間です。その為、いくら戦争で感情を押し殺さなくてはいけないとはいえ、それが剥き出しになってしまうと危険なのは言うまでもありません。」

「そうだ……そのコントロールこそが大切……分かっているんだ……分かっているのに……」

アレンは肩を落とした。情けないとさえ、思った。その時に見えたジャンヌの笑顔が、余計に彼を惨めな思いにさせた。仲間を思って交流を避けた事が、それが迷惑になるという事。

 悩むアレン。そんな彼に対し、ジャンヌは言った。

「でも、ここで迷いがなくなればこれからの決戦に挑むことが出来るのではないですか?感情を吐き出すことで、貴方はこれからの戦いに集中出来ます。」

「……ああ、そうだね……おかげで目が覚めたよ。」

ジャンヌは彼が感情に囚われるのを恐れた。それは、自身の中にあるアレンに対する、

〝ある〟感情がそうさせていたからであった。

 彼がもしエファンと対峙し、万が一エファンに会う事で感情を高められてしまい、再びブライティスが暴走する事があってはならないと考えた彼女の思い。彼女の中のアレンに対する思い。その気持ちが彼女の口から発せられようとしていた。

「アレン」

と、同時にジャンヌはアレンに近づき、ギュッと胸を抱き締める。突然の行動に、動揺するアレン。

「ジャンヌ……?」

「貴方が最後の出撃をする前に、はっきりと言わせて下さい……」

最終決戦により、この先何が起こるか分からない現状。だからこそ、精一杯の想いを相手に伝える。

「私は……貴方の事が好きです。仲間としても……そして、異性としても。」

そこにいたのは世界的な歌手であり、整備士であり、シュネルギアの艦長を務めるジャンヌ・アステルの姿ではなく、一人の女性としてのジャンヌ・アステルの姿だった。

「それって……つまり……?」

「告白……と捉えて頂ければ私は嬉しいですわ。アレン。」

決戦を前に、ジャンヌは抱いていた想いを伝えた。が、アレンはそれに対して何が起こったのか、理解が出来ないでいた。無理もない。あのジャンヌ・アステルが自分に対して告白をしているのだから。

「い、いきなり過ぎないか?大体君にはアークが――」

アレンの言葉を、彼女は遮った。

「アークはもう、この世にいません。しかしアレン。貴方は今ここに居ます。そして私は貴方と行動を共にし続け、貴方を想い続けていました。貴方の中に大切な人が居た事も、勿論知っています。」

彼女の告白は、自分を試しているのか……と彼は思った。何せわざわざ出撃前に彼を煽る言葉を聞かせ、怒りを放つように誘導したのだから。そして今回彼女が告白をしたのは彼の中にいるココットと決別出来るのかを確認する為ではないのか……と、アレンは思っていた。そして彼は思っていた事を口にする。それは確認の為でもあり、自分に対する真意を確かめる為でもあった。

「成程、また試しているんだね?俺を。」

「試す?」

「俺の中にまだココットを想う気持ちがあるかどうか。そして、それが今度の決戦の妨げになっていないか……その為に俺にそんな事を言ったんだろう?」

間違いないだろうと、彼は思った。

「いえ、違います。」

「え……?」

ジャンヌは彼が予想していた事を否定した。それも躊躇うことなく、はっきりと。

「違うって事は……それって……?」

「そのままの……意味です。」

アレンは耳を疑った。本気で、彼女は自分に対して想いを伝えているのだ。彼女の言動や表情、声のトーン等、ジャンヌの言葉を何度も彼の中でリフレインするアレンだが、やはり彼女の言葉は本気にしか聞こえてこない。

「貴方が戸惑うのは分かっていました。しかしこの戸惑いは怒りに変わる事はないと思い、今ここで貴方に想いを伝えました。アレン、貴方が好きです。無論、貴方はこの告白を拒否する権利もあります。受け入れられないは思います。それは分かった上で私は――」

アレンはジャンヌの言葉を遮った。

「ジャンヌ、君が……」

アレンの右手が一度強く拳を作る。そして、それは静かに広げられる。

「君が今まで頑張ってきたことは俺がよく知っている。だからこそ、ここまで来られた。悲しい事も沢山あった。その傍にいたのは、君……」

「思えばデウス動乱時から、私達は互いに悲しみを共有していましたね……アレン。」

「それと同時に、喜びも共有した。」

悲しみというのは互いの大切な人を亡くした時。ジャンヌの場合は母親のターナ・アステル。アレンの場合はココット・メルリーゼ。喜びというのはアレンが瀕死の状態から生還した事。戦後になり、両者は一緒にいる時間が多かった。その時間を経て、両者は互いに様々な場面を共に共有する事が多くなりつつあった。ジャンヌは、この中で彼に惹かれていったのだろう。

 だが彼はココットの存在が忘れられないでいた。どうしても、自分の支えとしていてくれていたココットのあの壮絶な死が、頭から離れない。ジャンヌの想いを受け取る資格は自分にはない……と、思っていた。

 

―――――――――――――アレンの人間関係は私だけなのかな―――――――――――

 

―――――――――――――アレンの心の支えは私だけじゃないよ――――――――――

 

彼が生死を彷徨っていた時に、ココットに言われた言葉を思い出した。自分にばかり囚われるなという、彼女の言葉。あの時の彼女は本物なのかは定かではない。しかし、言葉に暖かさを感じたアレンはココットのその言葉を胸に、静かにジャンヌに対して口を開ける。

「ココットがさ、言ってくれた言葉があるんだ。」

「ココットさんが?」

「俺の人間関係は私だけなのかってさ。」

ジャンヌは少し、笑みを浮かべる。

「フフ……良い言葉ですわね、固執する事を無くさせる、素晴らしい言葉だと思いますわ。」

「やっぱり、そういう意味だよね。」

ココットの言葉の意味を察したアレンとジャンヌ。そして、アレンはジャンヌに対して言った。彼女の想いに対する自分の答えを。

「ジャンヌ、俺は……君の気持ちに、応えたいと思う。」

「アレン……!」

ジャンヌは彼に抱き付いた。彼から答えを聞くことが出来た彼女の顔は喜びに満ちていた。アレンも、抱き付くジャンヌの髪を少し撫でる。

「けれども今は次の戦いだ。まずは、それに生き残らなければ何も始まらない。」

「必ず、戻って下さいね……」

「……ああ。」

即答はしなかった。彼がジャンヌに対して答えを言うまで約3秒。その間に彼が考えた事……それは生き残るか死ぬか、暴れ狂うか狂わないか、約束を守るか守れないかといった、心の中の不安が僅かに残っていた。

だが、彼女が声を掛ける時よりもアレンの表情は穏やかになっていた。ジャンヌの言葉が、彼を支えたのだ。

「必ず、戻る。」

そう言って、アレンはパイロットスーツのまま部屋を出た。ジャンヌの顔を、あえて見ずに。

 しかし部屋を出ていく時のアレンの横顔に対し、ジャンヌは視線を落としていたのだった。

(この戦いの後も、しなければならない事は多々、あります。その為にも……今は……)

その言葉は何を意味するのだろうか。それは、分からない。

 そして、彼女もアレンと同じように部屋を出ていき、シュネルギアのブリッジに向かうのだった。

 

 

 

 アルバトスのブリッジ内では各員が決戦に向けて備えている。その中で、セイントバードのクルーであるスラッグとインクもまた、いつになく緊張していた。普段、何もない時は彼等は他愛のない会話をする事が多い。が、今は違うのだ。

「あのさ……お前さ。」

スラッグが、マニュアルを見ているインクに対して言った。いつもならば携帯ゲームをしている彼女が、今はミスが起きないようにと、念入りにマニュアルの確認をしているのだ。

「何よ」

冷たく、インクは言った。

「この戦いが終わったらさ、何するよ?」

彼なりに、緊張を解したかったのだろう。今よりも未来の事を語ろうと、スラッグはインクに対して言った。

「さあ、分かんないなー。オペレーターずっとやってきたからナレーターとかの仕事就くかなー。でもあれ専門の学校とか出ないと駄目だっけー、どうしようかなー。でも私二十三だしなー。」

言葉だけはいつもの彼女の言葉だ。だが、行動はいつもの彼女の〝それ〟ではない。マニュアルを見て、まるでスラッグの言葉を跳ね除けるかのよう。それを見たスラッグは不安になり、更に言葉を掛ける。

「おい、目見て話ぐらいしてくれよな……」

その姿のインクがどことなく恐ろしかったのだろう。いつもの調子で彼女と喋る事が出来ないスラッグの言葉の語尾が聞こえなくなる。

「あんたさ」

と、インクの動きが止まる。それと同時に言葉が出た。

「その言葉、本気で言ってるのかって思った。」

「え?」

「正気なのかって言いたいのよ。」

スッと、彼女はスラッグの目を見ていった。明らかに怒っている。冗談を言い合う仲である筈の彼等。しかし明らかに今は違う。インクはスラッグを、怒っているのだ。

「おい、何を言ってんだよ……」

「こっちが言いたいわよ。なんでいきなり未来の事言う訳?普通に考えて今があっての未来でしょ?今後の事なんて分かる訳ないじゃない。だから今生き残る為にマニュアル読んでるの。なんでそんな事も分かんないかなぁ?あんたは!」

「こ、こっちはなぁ!少しでもリラックスしてもらおうと思っ――」

次の、インクの言葉がスラッグを黙らせる。

「リラックス出来る訳ないじゃん。生きるか死ぬかが掛かってんのよ。多分あんたぐらいじゃないの?いつもと同じ感覚でいてるのってさ。」

インクの言葉に、スラッグも黙ってはいられなかった。言いたい放題言われ、彼もインクに怒りを見せた。

「ふざけんなよ!俺だって緊張してるんだよ!自分ばっかり緊張してますよ~ってオーラ漂わせやがって!こっちは気を遣って聞いたのにその言い方はねぇだろ!」

理不尽な思いをしたスラッグ。それに対し、インクも感情を漏らした。

「馬鹿じゃないの?時と場合を選べって話よ本当にッ!」

 

バッ

 

怒り声を上げたと同時に、彼女は〝何か〟をスラッグに投げた。それは彼の顔にふわりと命中する。現在ここは宇宙である為、重力が地球よりも軽い為、スラッグは痛みを感じなかった。

「んだよ――」

睨むように彼はインクが当てた物を見る。彼の手に握られていたのは、黒いパッケージのガムだった。怒っていたスラッグの表情は次第に冷めていき、驚きに変わる。

「これって……?」

すぐにスラッグはインクを見る。が、相変わらずインクはマニュアルを見続けるだけだ。

しかしその中でインクはスラッグに対し、言葉を言った。

「戦闘中に眠られたら私達が終わりだから。ガム常に噛んどいてよね。」

「お前……」

言葉は悪くとも、インクなりにスラッグに気を遣っていたのだ。その気配りを察したスラッグは自然に笑みが零れた。そしてガムを握りポケットにしまう。

 が、彼はこれを彼女なりの好意と受け止めていた。そしてスラッグは嬉しさの勢いのまま、インクに声をかけた。

「インク!あのさ!俺さ……実はずっとお前の事が――」

「戦争の前にそういう話はいらないっての」

冷たいインクの言葉がスラッグの中で響き渡った。想いを拒絶された感覚が、先程まで笑顔だった彼を襲う。スラッグ自身は、インクに拒絶されて笑顔のまま、表情が凍り付いてしまっているようだった。

 

 

 

 アルバトス内の一室にて。既にパイロットスーツに着替えていたガーストは栄養ドリンクを片手にそれをぐいと一口飲んでいた。デウス動乱時……十歳の頃からMSに乗って戦っているガースト。現在彼は二十歳。デウス動乱後四年程のブランクがあるとはいえ、彼がエースパイロットであることに変わりない。デウス動乱後、彼が乗っていた機体はエスディア。だがそのエスディアは破壊され、現在彼が乗るのは国連の量産機体であるハイエッジの彼仕様のカスタム機体である。幾多の戦場を駆け抜けたガースト。しかしエースである筈の彼ですら、今回の最終決戦を前に緊張しているのである。

 武者震いが止まらないガースト。その傍らには、彼と共にデウス動乱時から時間を共にしてきたプレーンの姿があった。

「ガーストは、必ず帰って来るネ?」

今まで出撃した時も、彼は生きて帰ってきた。今回も今までと同じように任務をこなし、帰って来るだろう……プレーンは笑顔で彼に聞いた。

「プレーン、悪いけど流石に分からない。」

プレーンの表情が、冷めていく。

「どうしてカ……?」

「この際だ、言っとく。FPBに俺達が入ってからそうなんだけどさ、戦争しているんだよ。俺達は。日本で一緒に住んでた時みたいに当たり前のように二人一緒に過ごせる訳とは限らないんだよ。戦争は誰かがいつ死んでもおかしくない。そして、それを一々悲しんでいられない。」

いつにないガーストの言葉。今まで彼の口からこのような言葉は出たことがない。プレーンは心配そうな顔をして言った。

「そんな事いうの、止めるネ……不安を煽るの、止めて欲し――」

「現実はドラマじゃねぇんだ!分かれよプレーン!」

心配するプレーンに、ガーストが怒った。だがその怒りは、どこか悲しく、そしてどこか切ない。ガースト一途で過ごしてきたプレーンだが、彼の声が何処となく悲しみに満ちていたのがよく分かった。

「誰かが死んで、それを悲しむ時間なんて戦争にはない。死んだらその時。俺はデウス動乱時からずっとそれを経験して来てるんだよ。お前だってデウス動乱の時から一緒なんだから、分かる筈だろ!」

「それは分かるネ!けど……だからこそ……ガーストには死んで欲しくないって凄く思うから……」

いつになく悲しげな二人。最終決戦が迫る中、ガーストは死ぬかも知れないプレッシャーに追い詰められていた。

 デウス動乱の最中に知り合った彼等。やがて結ばれ、結婚した彼等。セイントバードチームのクルーとして過ごしてきた彼等。そして迎えるは、最終決戦。彼等が会話出来るのは出撃するまでの、ごく僅かな間。

「プレーン、頼みたいことがある。」

「……何カ?」

涙目になるプレーンに対して、ガーストは静かに肩を置いた。

「抱き締めていいか?」

そう言う、ガーストの顔は笑顔でない。寧ろ、プレーン同様に涙を今にも浮かべそうな顔をしている。

「……はいな……」

プレーンは承諾した。彼女の愛らしい顔が縦に振られるのを確認したガーストは、プレーンの両脇の間を自身の腕を通し、ぐっと抱き締めた。それは非常に強い抱擁だ。だがプレーンは痛がる様子を一切見せない。寧ろ、顔は喜んでいる。

「ガーストが私を求めてくれる……」

「求めるに決まってるだろ……時間もないんだ、プレーンを肌で感じるには今この時間しかない……ずっと一緒にいられるか分からないんだ……」

互いに距離を狭め、抱き合う。互いの吐息、肌の温もり、頬の柔らかさ。それらを今、噛み締める。そして彼等は接吻をし、離れたくないという気持ちを互いに見せた。

 やがて接吻が終わった後、ガーストはプレーンの目をじっと見て、言った。

「MSに乗って……ビームが直撃すればその瞬間死ぬ。一瞬だ。その間に何も言い残す事なんて出来ない。だからここで言わせてくれ。」

今まで一緒にいるのが当たり前だった彼等。よくアプローチを掛けてきたのはプレーンの方だ。が、今回はガーストの方からプレーンに言葉を発した。改まった様子で、ガーストはプレーンに対し、言った。

「お前が好きだ、だから俺は死にたくない。」

もし、いつものプレーンならばその言葉を聞いてどのように反応するだろうか。恐らく抱き付いたりするなど、何かしらのアクションが生じるだろう。

 だが彼の渾身の言葉を聞いたプレーンは、目元が潤い、そして膝から崩れた。それを見たガーストは同じようにしゃがみ込み、彼女を抱き締める。

「なんで……泣いてるんだよ。いつもなら抱き付いてくれる癖に。いつもと、逆パターンじゃん。」

「わ……分かんないネ……私……嬉しいのか、悲しいのか……」

ガーストの言葉は何を意味しているのか、彼女にはそれが分からなかったのだ。好意を抱く人に好きと言われ、彼女は嬉しさを感じる筈なのに、この場に於ける〝好き〟は彼女にとって不安でしかないのである。

 ガーストはプレーンの耳元に近付いた。ゆっくりと口を開け、静かに言う。

「お前は何も考えなくていい。変な心配もしなくていい。俺達には未来がある。子供だって作らなきゃならないだろ?」

ガーストは、今言った言葉をプレーンにどうしても印象付けたいと考えていた。ただ、普通に言葉を交わすだけでは駄目だ……と考えた彼は、プレーンの耳を見て閃き、あえて彼女の耳元で囁いた。

 するとどうだろうか。プレーンの表情からは不安が去るように笑顔になった。ガーストの咄嗟の閃きが、彼女の不安を取り除いたのである。

「ありがとうネ、ガースト……」

「俺は絶対に戻るから。何も心配するな。何も考えなくていい。」

ガースト自身も迷わない。迷っていては彼女を不安にさせるだけ。だから彼は前に進む。迫る最終決戦を前に、必ず嫁ともいえるプレーンの元に戻ると、心に誓ったのだった。

 

 

 

それぞれが決戦に備えている中で、レイはただ一人、自分の部屋にいた。彼は既にパイロットスーツに着替え終えており、外見だけはいつ出撃になっても問題ないようにしていた。ただ、それと中身が伴っていなかった。というのも、彼は戦争が終わった後の事を考えていたからである。

(最後の戦い……でもこれが終わったらどうなるんだろう?世界はどうなっていくのだろう?地球はどんな人が導いていくようになるんだろう?何よりも……僕自身がどうなっているのかが分からない……)

今の事ではなく先の事を考えるレイ。彼は自分の意志でこの戦いへの参加を望んだ。当然、戦いが熾烈を極めるのは彼自身承知している事。そして――

 

―――――――――――お前の中に、EVEが居る事が憎くすら感じるよ――――――――

 

火星でエファンが言っていた言葉が、思い出される。この言葉の意味が分からない。

 彼の中にあるのはディヴァインセルの筈。本来ならば取り込まれる筈の無かったディヴァインセルをレイの身体は受け入れ、そして彼はアドバンスドタイプへと覚醒した。最も、それは純粋な力という訳ではないが……

(僕の中のEVE……それって、何なのだろう……)

エファンの言葉が気になる。自分はアドバンスドタイプ。それも、本来ならば受け入れる筈のないディヴァインセルを何故か取り込んでいる存在。故にエファンは言う。ニア・アドバンスドタイプと。

(けど、今はそれよりも戦う事だ。)

これからどうなるのか、分からない。だから、考えても仕方がない。今は、迫る最後の戦いに集中するのみだ。

(僕は、僕に出来る事をするだけだ。誰かを守る……僕にとって大切な人を誰も殺させない。エリィさんも、ネルソンさんも、スバキも、ガーストさんも、ジャンヌさんも、エレンさんも、ミシェさんも、ジャンヌさんも、アレンさんも……!)

レイは握り拳を作った。今度の戦争により、多くの命が奪われる事だろう。

自分の知る人間も死ぬかも知れない。彼は自分の意志で宇宙に上がり、この最終決戦まで生き延びてきた。レイは誰かを守る為に戦うと、自分に言い聞かせ続けた。自分に託されたツヴァイガンダムで、味方を守る。そして戦争を終わらせる。自分に出来る事はそれしかないと、彼は考えていた。

レイの決心は固い。今までの彼は流れに身を任せているところもあった。その中でやるべき事をしていたが、様々な意見を言われたりした。

だが、今は違う。ここまで来たのは全て自分の意志であり、自己責任だ。だからこそ、腹を括らなければならないと、感じていた。この時の彼の意志は、以前までの弱かった意思とは違う。何事にも動じない、屈強な意志。その強さを感じられるようだ。

 

ピピピピピ

 

レイのEフォンに着信があったのは、レイがベッドの上から床の方を真剣な目つきで見つめている時だった。音に反応したレイは、すぐにEフォンの鳴る方向に近付き、確認する。

「え……リルム……?」

表示されている名前を見て目を疑うレイ。そこには彼の事を拒絶した筈のリルムからの連絡だったのだ。レイは示指を使い、スッと画面を右方向に移動させた。すると、スクリーンが前方に浮かび上がる。

そこに映っているのは見慣れた少女の姿。紛れもない、リルム・エリアスの姿だったのだ。今になり、何故リルムが顔を見せたのかは分からない。レイの中には怖さがあった。宇宙に上がる前に彼女に拒絶され、それ以降連絡を一切取っていない。彼女は恐らく今も傷ついているに違いない――と、感じた。

だが傷ついているのならば何故今になって自分に連絡を寄越してきたのか。それだけが気になり、レイは先に口を開いた。

「久しぶりだね。」

実際はそれ程長い時が流れた訳ではない。しかし宇宙に上がるまでに様々な事が例にはあったため、普段の時間よりも遥かに長く感じていたのである。

「レイ……元気?」

リルムが喋った。やはりレイにとっては久しぶりに感じる彼女の声。顔立ちに合った愛らしい声。しかし彼女の声のトーンは高くない。

「うん、なんとか。それよりどうして急に連絡を?」

その事に疑問を持つのは当然だ。リルムは彼の質問に対して答えた。

「レイが懐かしく感じてね……顔と声が聞きたかったの。」

「え?」

何を言っているのだろう、と彼は思った。しかし、彼の心は彼女の言葉を拒否しなかった。寧ろ、得体の知れない心地良さすら感じていた。

「レイには本当に悪い事しちゃったよね……私、どうしてもレイに謝りたくて……それも兼ねてるんだよ。今連絡とってるのは。」

「そうなんだ……僕の方こそ……ごめん。」

「レイは何も悪くないよ……というかね、レイがちゃんと回線に応じてくれたのが嬉しいんだ、私。」

その言葉に、レイは嬉しさを感じる。もう二度と会えない、顔も見られないと思っていたからこその嬉しさ、喜び。最終決戦を前にリルムの顔が見られることが、今の彼にとっては至福だった。

「ねぇ、レイ。今どこにいるの?」

リルムはこの時レイを見ず、じぃっと後方の部屋を見た。明らかにレイの部屋でないと一目で分かった為、彼女からこのような質問が来た。

「今……僕は宇宙にいるんだ。」

「え……?」

リルムは言葉を失う。まさかレイが、自分の予想もしない言葉を言うなど思いもしなかったからだ。

〝宇宙〟という言葉。今まで地球で過ごしてきたリルムからすれば、まずありえない言葉。それを、レイが言ったという事に戸惑いを隠せない。

「そ、それは冗談だよね!もう、レイ!私を驚かそうとしたって分かってるんだ――」

「冗談じゃないよ!」

レイがリルムの言葉を遮る。大人しく、それでいて優しい性格のレイがはっきりと言った。今、自分がいる場所に関して、嘘を吐いていないという事を。

「い、いくらなんでも……そんなことある訳ない!Eフォンは宇宙と交信出来ないよ!何の冗談――」

「あるよ」

またしても言った。その時のレイの顔はどこか凛々しく、迷いを感じさせなかった。

「嘘……じゃあ本当にレイは今宇宙にいるの?」

まさか、信じられないといった様子でリルムは言う。彼の言葉が嘘にしか聞こえない。だがレイの表情はどうだろうか、真剣な眼差しをしている。冗談を言うならば普通は表情が柔らかくなる筈だ。増して、レイの正確ならばこのような冗談を言うなどありえない。

 紛れもなく彼の言葉は本当なのだ……と、リルムは察したのだ。

「本当……なんだね。びっくりしたけど……」

「うん。Eフォンをアップデートしてもらった。だから地球にいるリルムとこうやって連絡が出来るんだよ。」

Eフォン越しとはいえ、表情ははっきりと見える。レイの決意に満ちた表情が。

「ねえ、どうしてレイは……」

やや、聞こえにくかったリルムの言葉。彼女の言葉は霞んでいくようだった。

「レイは……戦うの?」

霞んでいくようだった彼女の言葉は、聞き取れる声量に戻った。リルムの言葉を聞いたレイは、静かに縦に頷く。

「なんで戦うの?もう、戦わなくたって良いじゃない……」

レイを心配する想いから、リルムはその言葉を言った。レイはこれまでに戦い続けた。そして生き残ってきた。しかし、もう彼は本来戦う必要などないのだ。

「僕は自分のやらなければならない事をしないと思ってるから!」

はっきりと、言った。しかしリルムは言い続ける。

「何を!?今後の進路を決める事じゃないの!?私達がやらなきゃならない事は、進学とか、就職とか、留学とか色々と進路を考える事でしょ――」

「僕は……」

レイが、リルムの言葉を遮る。

「僕は今まで戦って、どうにか生き延びてきた。リルムも一緒だったからそれは分かるよね?けれども一緒にモントリオールに帰った頃かな。その中で僕は自分に力があるという事を自覚したんだ。けれど、とても不安だった。自分じゃないような感覚に陥った。だから一度、学校にも行かなかった……」

 

―そんな事で迷った挙句死を選ぶぐらいなら、自分の責任を全うしてから死ねば良い―

 

―――――――――――――――お前自身が光なんだ―――――――――――――――

 

――――――――お前を動かすのは俺じゃない。母さんでもない。お前自身だ―――――

 

自分の事をリルムに語る内に、父であるジュナスが言っていた言葉を思い出した。

 

――――――――今自分が本当に何をするべきか、それは自分で決めろ――――――――

 

――――――――今のお前にはそれ以上に大切な事があるのかも知れない―――――――

 

――――――――――それが、責任の全うなのなら、果たすべきだ。―――――――――

 

ジュナスの言葉が、昨日の事のように思い出されていく。それが自信となり、レイは更に語る。

「アドバンスドタイプって、アレンさんとかジャンヌさんが持ってる力……それが僕にも備わっているんだよ。信じられないかも知れないけど、これは本当の事だ。」

「レイ……?」

思った通りの反応だった。リルムは明らかに困惑している。

「母さんにも言ったんだ。けれど母さんは僕の事を否定した。もう、どうすれば良いか分からなかった。でも父さんは僕の言葉を受け入れた。ヒューナ姉さんも受け入れてくれたよ。でも僕は迷ったまま、行かなきゃならない所へ向かっていた。」

「それが宇宙なの……?」

リルムはこの時多くの疑問を抱いていた。しかし彼女はレイの話を聞こうと、耳を傾け、話を聞いた。元々リルムはレイに対し、謝りたかった。そのレイが自分の事を言っているのである。レイの言葉を聞く内に、最初は否定していた彼女なりに、レイを理解しようと一生懸命になっていた。

「うん、そうだよ。そこには僕が共に戦った人達がいる。」

かつてのセイントバードチーム、現在はFPB。レイは彼等と共に行動している。少し見ない間に、レイは大きな行動を起こしていたのだ。無論、それらは迷いながらも自身の道を歩んだレイの行動の結果である。

「リルム、今から言う事を落ち着いて聞いて欲しいんだ。」

レイの眼はリルムをじぃっと見る。綺麗なその蒼い眼はリルムを吸い寄せるかのようだ。

「僕はね、これからその人達と戦争をするんだ」

「戦争って……!」

レイは今まで戦闘に巻き込まれていた。その中で、彼はアインスガンダム、ツヴァイガンダムといったMSを駆り、戦い抜いてきた。だが彼にはいずれも戦争をしているという自覚など、ある筈がなかった。

 幼馴染だからこそ分かるレイの性格。レイは昔から内気で、しかしその中でも好奇心は旺盛な所があった。ジュニアハイスクールに進学した頃のレイは目上の人には礼儀正しく接し、優しさもあったレイ。その彼が〝戦争〟というキーワードを口にすること等、従来ではありえない事なのだ。

「多分、反対すると思う。当然だよ。死ぬかも知れないんだから。」

本当に、今自分が喋っているのはレイなのか……と、リルムは感じていた。

「ねえ、どうしてそんな事を平気で言えるの……?」

そう言われ、レイの視線は下方向を向いた。

「平気な訳ない……どうなるかなんて僕自身にも分からない……」

「怖いんだよね……そりゃそうだよ!受験勉強は失敗しても死ぬ訳じゃない!でも戦争は……死ぬんだよ!そんなの怖くない訳がない!」

リルムの息は、はぁはぁ、と息切れしていた。それだけレイの事を懸命に想っていたのだ。

「リルムはさ、心配してくれてるんだよね。」

「心配に決まっているでしょ!当たり前……当たり前……だよぉ……うぅ……うわぁぁぁぁぁ……」

いつしか涙を流すリルム。彼女自身、姉を失っている。その上その姉は実の姉でないという事を両親から告げられている。悲しい現実を体験しているリルム。彼女はもう、自分の知る人間が消えてしまうのを、見ていられないのだ。

「……ごめん、リルム……でも、僕はもう決めたんだ……」

レイ自身、心配してくれる人がいるからこそ、辛い気持ちだった。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

艦内警報が鳴り響いた。それが鳴るという事は、艦内の人間は戦闘配備をしなければならないという事だ。MSのパイロットは、MSデッキへの招集が今、かけられたのだ。

「ごめん、行かなきゃ――」

「待って!」

レイがEフォンのコール機能を切断しようとした時にリルムが言った。レイはこれに反応し、涙を流すリルムの目を見た。

「必ず……必ず戻って!絶対だから……絶対に……戻って来て……元の生活に、戻って来てね!必ずだよ――」

 

ツーツー

 

回線が切れた。恐らく外で戦闘が始まっている事によるビーム粒子により、回線が途切れたのだろう。最後にあったリルムの訴え……それは、レイの頭の中に強く、焼き付いた。

「戻るよ。必ず、戻るから……その為にも僕は……!」

リルムからの連絡により、決意を胸にしたレイは戦場へ赴く為、部屋を後にした。自動ドアが開かれ、MSデッキへと向かっていく。

 

 

 FPBの各員は最終決戦の地、エレシュキガルへ向けてそれぞれの時間を過ごした。やがて時間は経ち、最後の戦いが始まる。各員は全て持ち場についていた。

 全てのシステムのチェックが完了し、FPBの中核を担う艦であるシュネルギアとアルバトスは今まさに発進しようとしていたのである。

「行きましょう、シュネルギア……」

シュネルギア内のジャンヌが言った。

「負けられないですよ、アルバトス……」

ジャンヌとほぼ同時に、アルバトス内のエリィが言った。

「発進!!!」

両者がその言葉を発した後、一斉に二隻の艦が動き出した。最終決戦の地、エレシュキガルに向けて。

 

 エレシュキガルを巡り、各勢力はMSを展開していた。各MSがビームを撃ち、破壊される機体もあれば、それらを避け、反撃する機体もいた。接近戦を心掛ける機体もあった。しかし隙を見せれば瞬く間にビーム砲撃を受けて破壊される。

 戦いはこの繰り返し。セイントバードチーム及びアステル家の両陣営が今まで経験してきた事、それは敵も同じだ。しかし今回ばかりは各陣営全てが必死になっていた。必死になってそれぞれの敵と戦っていたのだ。

 やがて戦闘宙域までアルバトスとシュネルギアは近付いた。そこで両艦のカタパルトが展開され、内部に存在しているMSが次々と発進していった。それぞれの艦から、アステリアやヴァントガンダムに、一部鹵獲したハイエッジ等。

 各々のMSが展開する中、ネルソンの乗るハルッグがカタパルトにセットされた。

「信じてるから、必ず……」

「死なないさ、私は必ず生き延びる。どんな姿になっても、必ずな。」

艦長であるエリィは心配そうに言った。ネルソンはその不安を覆うかのように、優しくエリィに対して声掛けした。

「ネルソン・アルビュース、ハルッグ出るぞ。」

まずハルッグが出撃した。MA形態のまま、素早い動きで戦闘宙域に出る。

「負けられないんだ……絶対に負けられるかぁ!」

次にカタパルトにセットされたのはアインスガンダムである。パイロットはスバキである。レイの事を考えて情緒不安定だった彼女だが、決戦に対する意気込みは強かった。

「スバキ・シンドウ、アインスガンダム出る!」

アインスガンダムのカメラアイが輝いた。それと同時にカタパルトから射出される。白い色をしたそれはハルッグに続くように戦場へ向かって行った。

「いつになく緊張してきたな、でもやるしかない!今まで生き延びてきたように!」

次にカタパルトに運ばれたのはガーストの乗るハイエッジカスタムである。彼のパーソナルカラーである群青色のそれはモノアイを輝かせ、彼を奮い立たせた。

「ガースト・ピュアス、ハイエッジカスタム行きます!」

先に向かったハルッグ、アインスと同様にハイエッジカスタムも戦場へ出た。

 

 同じ頃、シュネルギア内のMSも次々と出撃していた。その中に、アステリアに乗っているファージ・ネイヴァンの姿もあった。

「ファージ・ネイヴァン、アステリア、行きますよっと!」

脚部スラスターから推進剤が展開され、勢い良く、発進される。そのまま彼は颯爽と戦場へ向かって行った。

「最後なんだぁ……気合い注入!よし、頑張ります!」

次にカタパルトに運ばれたのはアイリィ・トゥールの乗るアステリアである。今まで運良く生き延びてきたアイリィ。彼女にとっての最終決戦が今、始まる。

「アイリィ・トゥール、アステリア行きまぁーす!」

アイリィは操縦桿を思い切り引き、アステリアを発進させた。相変わらず不安定な軌道を見せるが、彼女も戦場へ向かって行った。

「アレン、貴方の検討を祈ります。必ず戻って来て下さいね……」

「……ああ、大丈夫。俺はみんなに迷惑を掛け続けた。これ以上掛ける訳にはいかない。絶対に……!」

「……貴方を信じます。」

ジャンヌとアレンの会話。アレンの事を想っていたジャンヌ。そして、自分の為に行動を起こしてくれたと感謝するアレン。彼はジャンヌの言葉を胸に抱き、決戦に挑む。禁断のシステム、クリスタルシステムが搭載されているブライティスガンダムに乗って。

 先の戦いで暴走し、敵味方関係なく破壊の限りを尽くしたブライティスガンダム。やはりその存在を脅威に感じる味方も決していない訳ではなかった。だが彼は自分がそうなった時、ギア・ジェッパーにスイッチを押してもらって機体を破壊するように予め話を受けている。彼はそれを覚悟した上で、決戦の地へ向かう。

「アレン・レインド。」

ギアから通信が入り、彼は静かに答えた。

「……分かっています。もしもの時は、お願いします。」

「分かった。健闘を祈る。」

通信はすぐ切れた。アレン自身も唾を飲み込み、一度目を閉じ、そして目を開ける。

「アレン・レインド、ブライティスガンダム、行きます!」

ブライティスガンダムのカメラアイが輝く。そして、その美しい青い翼を展開してカタパルトから発進した。

 

 そして、最後に出撃する事になったのはレイである。アルバトスのカタパルトに運ばれ、ツヴァイガンダムは発進準備態勢に入った。

(最後の戦い……いよいよ、始まる……なんだろう、妙に落ち着いている?僕自身が、こんなに落ち着くなんて……)

レイは何故か妙に落ち着いていた。何故かは自分でも分からない。パイロットスーツの中でする呼吸は激しくなく、脈拍も上がっていない。彼自身、不思議な感覚に包まれているようだった。

(リルムが応援してくれたから?そうか……それなのかな……もしかして。)

決戦の前に彼はリルムと話していた。一度は彼を拒絶した筈のリルムに、応援してもらった。それは今の彼にとって励みになっていたのだ。

 

―――――――必ず……必ず戻って!絶対だから……絶対に……戻って来て――――

 

時間がない中でリルムと話せた。それだけでも、レイにとっては嬉しい事だったのだ。

 そしてレイは静かに、その澄んだ美しい青い眼を見開いた。すぅと深呼吸をし、一度握り拳を作ってコクピット内の操縦桿を握る。汗は、出ていない。ただ、決戦の地へ行くだけ。レイは、そう思っていた。

「レイ・キレス、ツヴァイガンダム、行きます!!!」

 

キシィン

 

ツヴァイのカメラアイが輝き、そしてカタパルトから発射された。最初に計十八基のブリッツファンネルがツヴァイの周辺を展開し、そのままエレシュキガル戦闘宙域に向かって行く。やがてそれらは共鳴し、大規模なバリアーフィールドジェネレーターとなり、あらゆるビーム兵器を無効にするものになった――

 




第百五話、投了。
決戦を前に、それぞれの心境を描きました。


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第百六話 四つ巴の最終決戦

それぞれの陣営の戦いが始まった。エレシュキガルを巡り、命の奪い合いが繰り広げられていく――



 各勢力がエレシュキガルに集結していく。国連、デウス残党、そしてFPB。エレシュキガルを死守せんとする新生連邦を含めた、四つ巴の戦いが始まった。

 多くのMSがビームを撃ち合い、破壊されていく。瞬く間に散る命。今までの戦場でも見られた光景ではあったが、この決戦においてその数は今までの比にならなかったのだ。

 とある国連軍のリューチェ級艦内にて。ハイエッジを展開し、新生連邦へ攻撃を仕掛ける彼等。

「なんとしてもあれを止めるのだ!決して怯むなよ!」

「艦長!当艦下方より熱源察知!急速に近付いてきます!」

「なんだと!?」

焦った時にはもう遅かった。熱源の正体はMSだ。そのMSは巨大なクローでブリッジを貫き、更に腕部のクローで艦全体を破壊した。艦の下部から突き破り、出てきたそのMSこそ、クラリス・デイルがエファンに与えられたMS、ディブロスであった。ディブロックのコアユニットであるそれは、従来のMSよりもはるかに大きく、そして武装も多数搭載されている。

「よくもっ!」

ハイエッジがディブロスに攻撃する。が、ディブロスは脚部のクラッシャークローを展開し、ハイエッジの胴体を掴み、そのまま潰した。パイロットは当然圧死。更に、ディブロスの脅威はそれだけでない。

「行けよ!」

 

ピシュンッ

 

ディブロスのシールドに搭載されている小型のブリッツファンネルが更に展開され、近くにいたハイエッジを蹴散らす。そして近付くMSには腕部のクラッシャーアームで頭部を鷲掴みにし、内蔵されているビームで射撃した。

 その圧倒的な火力で他を寄せ付けないディブロス。そのパイロットは、エファンによって身体を強化されたクラリス・デイルであった。

 

 

 更に別の場所にて。展開する数機のハイエッジを、プラズマ粒子の砲撃が葬り去った。巨大なプラズマカノンを持つMS、カーティウスがこれらを襲ったのだ。カメラアイを輝かせ、迫るハイエッジを迎え撃つ。

「やっぱり良い機体だ。負ける気がしない。しかしこればかり相手をするのはどうにも満足できないな……」

パイロットは先の戦いでも同機に搭乗していたシーア・マックス。彼は完全に与えられたカーティウスを乗りこなしているようだった。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

カーティウスにビームライフルの雨が迫る。しかし、カーティウスは前腕部を差し出すことにより、ビームを無効化する。

「こいつ、なんなんだ!?」

ハイエッジのパイロットは明らかな動揺を見せる。しかし戦場でそれを見せる事は直接死に繋がる。

ドオオオオオッ

 

三又に展開されたビームがこのハイエッジを狙い撃った。油断したが故に生じた悲劇である。

「とりあえず……エレシュキガルに近付けるなってことだからね。行かせはしないよ。」

舌をぺろりと舐め、シーアはカーティウスを駆る。巨大なプラズカノンを所持し、迫る敵を撃ちながら。

 

 

 クラリス、シーアが国連と交戦している別の宙域にて。そこにはリューチェ級二十隻が一同に集っていた。エレシュキガルに向かう国連の艦隊である。

 ところがこの艦隊の前に一機のMSが表れた。漆黒のMSであるその機体はこの艦隊を前にし、まるで見下しているかのようにカメラアイを輝かせた。

「あ、あの機体は……!?」

「さっき強力な砲撃をしたMSじゃないのか……?」

国連兵達は恐れていた。無理もなかった。何せ、彼等の前にいる機体。それは先程ルイーナシステムMk-Ⅱを使い、国連、デウス残党の両艦隊に甚大な被害をもたらしたMS、カタストゥリアだったのだから。プラズマ粒子の補充が完了したカタストゥリアはすぐに出撃し、戦闘宙域に現れた。

 

ブイイイイイン

 

やがてカタストゥリアは右指間腔からビーム刃を展開した。そして手部は有線で伸びていく。更に、その手部周辺にカタストゥリアが展開したブリッツファンネルが展開された。

 すると、ビーム刃はみるみる内に巨大化していく。まるで互いに共鳴し合うかのように。

「な……これは……?」

「で、でかい……」

兵士達が驚いている内に、ビーム刃は更に巨大化した。

やがてその大きさはカタストゥリアの何十倍もの大きさとなり、機体の指間腔から出ていたビーム刃はブリッツファンネルによる共鳴により、まるで巨大な手が現れたかのような印象だった。宙域を待っている細かなビーム粒子を、ファンネルが吸収し、それを自らの力にしているのだ。

「蟻潰しだな、まるで」

エファンがそう呟いた直後、カタストゥリアは巨大なビーム刃を振り下ろした。戦艦の四、五隻サイズどころか、推定幅約1000キロメートルを軽く覆えそうな大きさであるその兵器は、触れるもの全てを破壊した。高出力のビーム刃であるそれはハイエッジのビームシールドも難なく突破し、破壊し尽くした。理論上ビーム粒子が存在する限り無限に広がり、地球上と違って大気圏内の減衰率を受けないこの兵器は、純粋に脅威以外の何者でもないのだ。

「グァアアアアアアアア!」

国連の兵士達の断末魔が聞こえた。しかし、その声が聞こえたのも僅か一秒にも満たない。まさに、一瞬の出来事だった。その一振りが、艦隊二十隻を一撃で沈めたのだ。そのようなことが、たった一機のMSによって成されたのだ。

最早これは単体で行える殺戮行為だ。ビームクローとブリッツファンネルが引き起こしたビーム粒子の共鳴は、一機のMSが行える力を遥かに凌駕している。そして、この機体が持つビーム粒子の永久機関は兵器としてのエネルギー問題を解決している。

従来のMSを遥かに凌駕する強力な性能を持つ機体、カタストゥリア。それに乗るのはEVEシステムの遺志を継ぐ男、エファン・ドゥーリア。鬼に金棒という諺を遥かに超えたこの組み合わせは、国連、デウス残党、FPBそれぞれの脅威の中で最大級の脅威となり得ると考えられた。

 

 

 

 新生連邦を除く三大勢力はそれぞれエレシュキガルに向かう。そして新生連邦はこれを守る為にMSを展開し、死守する。

 飛び交うビームによる粒子の光。その一瞬の光が、一人一人の命を奪っていく。互いのMSがビームを撃ち合い、撃破しては、撃破されるという、その繰り返し。

やがてそれにより、少しずつ各戦力の機体は減っていく。一部のMSを除いて。

「迫ってきているぞ、散開しろ!」

ネルソンが他のパイロットに命令した。それを聞くのは、ガーストとレイであった。

「はい!」

両者はネルソンの命令通りにそれぞれ分かれた。するとそこへ三機のMSが接近してきた。

「国連かよ!」

国連のMS、ハイエッジが迫って来ていた。同じ機体に搭乗するガーストはこれらを認識した後、ビームニードルを展開し、攻撃した。

 素早い動きでビームニードルを避けるハイエッジ。それらは切り替え式ビームライフルを連射し、ガーストに迫る。

「やらせない!」

そこへツヴァイガンダムがガーストのハイエッジを守る為にバリアーフィールドを展開し、ビームを防いだ。次にブリッツファンネルを展開し、三機のハイエッジを瞬く間に撃破した。

「悪い、レイ。」

「いえ……っ!?」

笑みを浮かべたレイだったが、その直後――

 

ギュルルルルルッ

 

六本のケーブルがツヴァイに迫ってきた。レイはこれらを感知した時、急いで避けた。

 有線式ビームサーベルを全て避けたレイ。この特徴的な攻撃をしてくる機体に、彼は覚えがあった。彼だけでない。傍にいたガーストも知っていた。

「早速面倒な奴が相手か……」

そっと、ガーストは溜息を吐いて言った。

「デスゲイズ……あの人だ……」

レイの前にいる、漆黒のMS。デスゲイズ。彼はその機体に一度敗れ、瀕死の重傷を負わされた。翼のようなバックパックの存在もあってか、ツヴァイガンダム以上にそれは大きく見えた。

「にゃんぱすー」

無線を介して発したメイドの奇妙な挨拶。何故か彼は右腕を上げ、面倒くさそうに言った。

「メイド・ヘヴン……」

ごくりと唾を飲み、レイの目つきが変わる。早速強敵を前にし、緊張が走った。

「さんをつけろよデコ助野郎ォォォ!!!」

デスゲイズのモノアイが怪しく輝く。獲物を見つけ、攻撃する為に。再び有線式ビームサーベルを六基展開し、全てをツヴァイに対して向けた。

「何度もこんなっ!」

同じ攻撃パターンだ……と思っていた。メイドはそれを見てにやりと笑う。触手のように迫るそれらの攻撃を避け、同時にメガビームセイバーを展開し、切り裂こうと考えていた。

「あっ……!」

しかしそこへ別のMSも迫っていた。ディエルMk-Ⅱである。デスゲイズの援護に来たのだ。ビームマシンガンを連射し、ツヴァイに襲い掛かる。

 これらの攻撃が重なり、ツヴァイは攻撃を繰り出すのが難しい状況に追い込まれた。デスゲイズの攻撃も避けなければならず、更にはディエルMk-Ⅱの攻撃も防がなければならない。

「これで!」

しかしツヴァイにはブリッツファンネルが十八基ある。これらを全て展開し、ディエルMk-Ⅱをまずは撃ち落とした。次に三基のファンネルをそれぞれ近付け、先端部から巨大なビーム刃を展開した。それをデスゲイズに向かわせる。この攻撃に気付いたメイドはすぐに攻撃を止め、避ける事に専念した。

「ハハー、たーのしー!ハッハッハッハッハッハッハ!!!」

高らかに笑うメイド。一方で笑う余裕など一切無いレイ。デスゲイズを狙う為に攻撃し続けるが、外見からは予想できない機動性に翻弄され、苦戦する。

 更に追い打ちをかけるように、ディエルMk-Ⅱが五機、この宙域に迫る。

「レイ、こいつらは俺に任せろ!」

と、ガーストがこれらの迎撃に向かった。レイはデスゲイズとの戦いに集中することになった。

「貴方みたいなふざけてる人が!なんでこんな所に!」

以前はメイドの事を恐れていたレイ。が、度重なる挑発のような奇声にいつしか怒りを覚えるようになっていた。メイドの気まぐれ、遊び感覚でセイントバードを破壊した時をはじめ、幾度となく彼等に立ち塞がったメイド・ヘヴン。その男を許せないと、レイは感じていた。

「じゃあおふざけやってる俺を倒してみろや!正義のヒーローさんよォ!」

逆上させる台詞を放った。デスゲイズのモノアイは輝き、今度はミサイルが発射される。

これらをブリッツファンネルのビームで砲撃し、迎撃する。

 その直後、デスゲイズがツヴァイの前まで急速に接近してきた。そして、今まで見せなかった戦法をとる。

 

ギュルルルルルッ

 

有線式ビームサーベルの長さを短くし、ツヴァイガンダムとあえてビーム刃による打ち合いを行おうと考えていたのだ。すぐにツヴァイはメガビームセイバーを展開し、打ち合いを行う。

「良い事教えてやんぜクソガキ!俺みたいな悪役ってのは大人じゃねえと出来ねぇのよ!」

「何を……!?」

「てめぇみたいなガキは自分が正しいとかしか思わねぇ!正義のヒーロー全般に言えるけどどいつもこいつもアホしかいねぇのよォ!」

デスゲイズの有線式ビームサーベルが連結していく。そして、ビームサーベルの出力が上がって行く。

「てめぇドラマとかアニメで悪役って大抵大人で策士の連中だろ?そりゃそうだぜ。奴らは経験を積んでるからな!経験があるからこそ悪役を演じる事が出来んのよ!何の経験もなく、純粋無垢な奴は悪い大人に育てられた悪役になるが……それは悪役なんかじゃねェ!ただの操り人形!てめぇもその一人みたいなもんだぜクソガキィ!」

「黙って下さい!」

ツヴァイのメガビームセイバーも出力を上げ、デスゲイズに対抗する。

「てめぇが何の為に戦ってるかは大体分かんぜ……戦争を止めるとか、そーいう正義のヒーローもどきの台詞を吐くって予想がハッキリできんだねェェェ!」

「違う!僕は皆を守る為に!僕に出来る事をする為に!」

レイの懸命な言葉がメイドに伝わる。が、メイドは彼の言葉をあざ笑った。

「結局似てんだよォ!正義のヒーローもどきの台詞とさァ!」

デスゲイズはビームサーベルを全て一度戻し、ツヴァイの胴体部を思い切り蹴りだした。その反動により、機体が大きく揺れる。

「うぅ!」

「どいつもこいつも頭固いアホばかりだぜェ!いい年してアイドルの追っかけして、ライブ会場に毎回顔出して、〝この子は処女だー処女だからこんな可愛い笑顔が出来るんだーああ、最高だー〟って抜かしてるキモオタと何ら変わんねェ!!!固定概念!〝こうでなけりゃならない!〟そんなのばっかだろ?アホ野郎!」

レイを罵るメイド。それに負けじと、レイも反撃する。

「貴方は遊びで人殺しをしてる!そんな人間と比べたら僕の方がまだまともだ!」

「おうおう言うようになったじゃねーの女顔のガキ!今まで子犬みてぇに怯えてただけだったのに!」

デスゲイズは再び有線式ビームサーベルを展開し、ツヴァイに迫る。その後、MAに変形し、デス・ランチャーを高出力で展開。ツヴァイはこれを間一髪回避する。

「人殺しながら金稼ぐ!んで遊びの繰り返し!それがクズの生き方ってことは一つの生き方しか知らねェてめぇみたいなガキに言われんでも分かってんだよアホが!」

「戦場で人を殺すのは当たり前……それは分かってる……けど貴方はそれに対する弔いとか、そんなものを一切感じない!悪意そのものしか感じない!」

「だから俺は悪役っつってんだろ!だから大人なんだよ!頭固いキモオタとか宗教とかてめぇみたいなヒーローもどきと違ってなァァ!」

メイドとレイの激論が続く。ツヴァイとデスゲイズ、互いに攻撃を加えながら。

「んで、頭固い正義のヒーローもどきは信頼している奴等とかに裏切られた時に掌を返す!さっき言ったキモオタは勝手に信じていたアイドルを叩き出し!信仰していた対象に対しては殺意を持ってそいつを抹消しようとする!結局それじゃあ悪役と変わんねーじゃえーかって話だぜ女顔のガキぃぃぃ!!!」

有線式ビームサーベルが次々に迫る中、ツヴァイはこれらを辛うじて回避し続ける。

「お前の信じているお上の連中が仮にお前を裏切るようなことしたらお前はどーいう行動に出るだろうなァ?もしそうなら見てみたーい!君は掌返しを平気でするフレンズなんだね多分なァ!」

「そんなのっ!!!」

 

ギュルルルルル

 

そこへ、ガーストのハイエッジカスタムが援護に入った。ビームニードルでデスゲイズに攻撃をし、二人の間に入る。

「他の奴を片付けた!レイ、援護する!」

「ガーストさん!ありがとうございます……」

レイはどこかしら、疲れているような表情を見せた。メイドの口論と攻撃を避け続けた弊害だろうか。

「ガースト・ピュアス!てめぇ前は兄者を侮辱しやがって!」

メイドの標的は今度はガーストに移った。ビームの防御をする術がないハイエッジカスタム。それを知っていたメイドはデスゲイズの前腕部の連装ビームキャノンを連射し、迫る。

 これらを避けるガースト。その間、レイはデスゲイズに攻撃を仕掛けようとするが――

「増援!?」

「こいつを守ってんのかこいつら!?」

「残念だなぁお前ら!俺はデウスの要なんでなァ!!!」

最終決戦という事もあり、デウス残党軍がメイドを守る為に行動している。デスゲイズを守る為、多くのディエルMk-Ⅱがビームマシンガンやシュート・シューターを展開し、二機に迫る。数の多さに苦戦する彼等。他の部隊も交戦中の為、今は自分達だけでこの状況を打開する術を見付けるしかなかった。

 

 

 アインスガンダムに乗って新生連邦と交戦しているスバキ。強力なビーム兵器を多数内蔵しているアインスで、一機ずつ確実に敵を減らしていく。

「はぁぁぁぁぁっ!」

接近してくる機体に対してはビームサーベルで迎撃、砲撃の相手にはシールド型拡散メガビーム砲を展開して攻撃する。

 

ピキィィィ

 

「この感じ……!前にも!?」

彼女の脳内で電流が流れた。自分に近い感覚を感じ取ったスバキはその方向を見る。

 そこにいたのはアーヴァインだった。かつてエファンが搭乗していたMSであり、現在は特殊強化モデル、ダウーラ・ダギオンの駆るMSである。

「ハハハ……こいつぁ良い……あの時のガンダムがいる……!」

「前に戦った奴……あいつか!」

スバキはアーヴァインを見るなり、迎撃態勢に入った。一回り大型のMSであるアーヴァインに対し、攻撃を仕掛ける。

 アインスガンダムはビームライフルを連射し、攻撃を加える。それを前腕部のバリアーフィールドジェネレーターでアーヴァインは防ぎ、アインスに対してメガビームライフルを放った。これに対し、アインスはシールドを構え、防いだ。次にビームサーベルを構え、両者は互いにビーム刃を展開し、鬩ぎ合う。

「ハッハッハッハッハ!俺は今最高にテンションが上がっている!この上無くな!ハハハ!」

「機体のでかさで圧倒される……?ク……!こんなのに……負けるかァァ!」

負けじとバーニアの出力を発揮させてアーヴァインに向かうスバキ。

「この位置……いい感じだな……!」

と、アーヴァインは実弾キャノンをアインスに向けて放ち始めた。すかさず、それに反応し、アインスは回避する。続いてフロントアーマーからビームキャノンを連射。アインスを破壊せんと、攻撃をし続ける。

「こんなのにっ!」

高出力のビームをシールドで防ぐ。全体にビームシールドを張り巡らした為、攻撃を防ぐ事が出来た。だが攻撃は止まる気配がない。シールドを一瞬でも外せばビームが直撃し、アインスガンダムは破壊されてしまうだろう。

(なんだよこいつの攻撃……!ゴリ押しとか……そんなもの超えてる……!)

「前は途中で終わったが!今度はいつまでも攻撃しておいてやるからなお前!フハハハハハハハハハ!」

狂人の如く、アインスに攻撃を加えるダウーラ。ビームキャノン以外にもメガビームライフルでアインスを攻め続ける。

「……く……クソォォォ!」

どうしても隙を見つけ、攻撃を加えたいスバキ。だがアーヴァインは無数のビーム砲撃でスバキを襲い続けた。まるで、先日の戦いの鬱憤を晴らすかの如く。

「ゴリ押しするんなら……ゴリ押しだァァァァ!」

その時、スバキはバーニアの操縦桿を思い切り引いた。たちまちアインスガンダムはシールドを構えたままその出力を上げ、アーヴァインに近付いていく。

「おい……死ぬ気か?」

「死なば諸共だァァァァァ!」

無数のビーム砲撃を、ビームシールドのみで防ぐアインス。危機を察知したダウーラはすぐに攻撃を中断し、一度後方へ下がった。しかし――

 

バシュゥゥゥゥ

 

今度は国連の部隊がダウーラに迫っていた。三機のハイエッジがアーヴァインを狙い、攻撃する。

「糞共がァ!うらぁぁぁぁぁ!」

 

バシュゥゥゥゥ

バシュゥゥゥゥ

バシュゥゥゥゥ

 

 

メガビームライフルを連射し、で三機の内のハイエッジの一機を狙い、それはコクピットを貫いて破壊された。特殊強化モデルゆえの思考展開がこのように機動性の高いMSをも破壊したのである。

「……ハッ!?」

国連軍の乱入。それはスバキとの戦いにおいて邪魔以外の何者でもなかったのだ。ハイエッジとの交戦でアインスの接近を許していたアーヴァイン。アインスのシールドはビームピッカーへと形を変化させており、そのまま胸部を狙っていた。

慌ててビームサーベルを構えるアーヴァイン。だがビーム刃が展開されようとした時だった。

 

ズバァァァァァ

 

ビームピッカーによる一撃が炸裂。アーヴァインのコクピットにそれは直撃したのである。アインスは、アーヴァインに致命傷を与える事に成功したのであった。

 

「あ……ぐがぁ……があああああッッッ!!!」

 

叫び声か雄叫びか分からぬ断末魔。それが、ダウーラ・ダギオンのこの世で最期の台詞となった。特殊強化モデルの完成型としてエファンの僕と化したダウーラ。完成型の特殊強化モデルであったものの、戦闘狂という性格において問題がある特殊強化モデルとしてリリースされ、今現在スバキと交戦した結果、彼は特殊強化モデルという人生に幕を下ろす形となった。

 やがてアーヴァインは爆発を起し、この宙域に散った。スバキは苦境から、国連の横槍のお陰で強敵を打ち取ることに成功したのだ。

「はぁ……はぁ……チィィッ!」

しかしスバキの目はダウーラと交戦した時となんら変わらっていない。何せ、今襲ってきているのは国連軍だからである。アインスガンダムを撃墜せんと、ハイエッジは猛攻を続ける。

 

 

 

レイはメイドと交戦を続けていた。ガーストも加勢し、メイドと交戦をするが、デスゲイズを守らんとばかりに、周囲のディエルMk-Ⅱがビームマシンガンで攻撃を仕掛けてくる。

「数が多い……!」

「一度引くべきか……?」

余裕がなくなる彼等。しかし、そんな彼等を他所に、デスゲイズは容赦なく攻撃を加え続けた。有線式ビームサーベルは触手のようにうねり、レイ、ガーストの両者に迫る。

「死んじゃうよー?オラオラー!」

「くぅ……!」

間一髪避けるツヴァイ。コクピットまであと50センチ程という、際どい所までビームサーベルは迫っており、下手をすれば死は免れなかった。

「レイ!クソ、流石ヤバい野郎だ……攻撃に躊躇いがない……!」

「まるで、ゲームをしているプレイヤーみたいな攻撃だ……」

人殺しに悦楽を覚える男、メイド・ヘヴン。その異常性はその攻撃に著明に表れていた。

 デスゲイズの攻撃は有線式ビームサーベルだけでない。それらを展開した状態のままデスゲイズはMAに変形し、プラズマ粒子を使用した砲撃で、二機に襲い掛かる。

 

ドオオオオオッ

 

出力は抑えられているものの、機体を破壊するには十分な破壊力を持つ、デス・ランチャーを、有線式ビームサーベルを展開したまま放出するという芸当を見せるメイド。そして、更にデスゲイズはそのビームサーベルを近くの隕石に突き刺し、質量による攻撃をも行うのだった。

 

ガキィン

 

と、当たったのは近くにいたハイエッジだ。デウス残党軍と交戦しようとしていた国連兵が、デスゲイズの攻撃の餌食となった。

「悪趣味な上に器用な攻撃ばっかりしやがって!メイド・ヘヴン!」

辛うじてデスゲイズの攻撃を避けるガースト。デスゲイズ一機の攻撃パターンが多すぎて、迂闊に攻撃を仕掛ける事がままならない。

「どうにかして隙を見つけなきゃ……」

 

ピピピピピピッ

 

その時だった。ツヴァイガンダムのコクピットのレーダーに、一つの反応が高速で近づいてくるのを、レイは確認した。無論それはレイだけでない。その場にいた者皆が反応したのだ。

 

ドオオオオオオッ

 

その時だった。急に強大な熱源が放たれたのは。高出力のそれは、近くにいたディエルMk-ⅡやゴルモンテMk-Ⅱを巻き込み、破壊した。そしてその熱源は更に加速し、やがてレイの前に現れる――

「このガンダム……!」

レイは見たもの、それは真紅の翼を生やした禍々しいガンダムタイプのMS、ヴェーチェルガンダムであった。

「あ……ははは……ハハハハハハハ……

あーっはっはっはっはっはっははははははははははははは!!!」

突如狂気の声を上げるのは、パイロットのフォリアだった。

「会いたかった!会いたかったのォ!レイ!あああああ!とっても会いたかった!」

そう言った時、ヴェーチェルはカメラアイを輝かせた。真紅に染まったカメラアイはまるで獲物を捉えたかの如く、ツヴァイを見る。そして、対艦サーベルを構え、素早い機動性で翻弄し、迫る。

「貴方のぉぉ!貴方の身体が欲しぃぃぃぃぃぃ!!!」

「くぁっ!?」

急な攻撃に躊躇うレイ。そこへ有線式ビームサーベルがヴェーチェルに向けて放たれるのだが、前腕部のビームブレイドでそれらを弾く。

「邪魔なのよォォ!こんな触手モドキじゃ私の想いは打ち砕けないぃぃ!!!」

言葉が明らかにおかしいフォリア。その様子を見て、メイドも違和感を覚えた。

「こいつ明らかにやべーやつじゃねぇか!一旦下がるしかねぇな……」

すると、デスゲイズはMAに変形し、有線式ビームサーベルを全て元に戻し、この場から去った。ヴェーチェルガンダムの奇行を見て、一度様子を見る為に撤退したのだ。

「邪魔は消えたわぁぁぁ!レイィ!愛してるの!愛してるのよぉぉぉ!」

「フォリアさん……!おかしい……おかしいです!」

対艦サーベルをこれでもかと言わんばかりに振り回すヴェーチェル。ツヴァイはメガビームセイバーを展開し、これに応じる。だが出力は対艦サーベルの方が圧倒的に上。近距離では明らかに不利である。

「貴方がぁぁぁぁぁ!貴方が私を狂わせたの!あはははは!狂ってるわ私!貴方に!」

「この人……!」

コクピット越しで分かる、彼女の異常性。以前から彼女はレイに対して異常な愛情を見せる場面はあったが、今回は明らかにその上を行っている。

「貴方が欲しぃのォ!その可愛らしい顔!綺麗な髪!澄んだ眼!柔らかい唇!しなやかな手足!柔なようでたくましいお尻!そして男の象徴、ペニス!!!全て!全てなの!貴方の全てが欲しいのぉぉぉぉぉ!全力で抱き締めて!そして殺してあげるぅぅ!!!」

対艦サーベルで切り刻もうとする戦法なのか……と彼は考え、隙を見て離れる手段を考えたのだが、彼の予想は大きく外れる事となる。

 

シュンッ

 

「えっ!?」

すると、ヴェーチェルは対艦サーベルを一度収納し、今度は両前腕部のビームブレイドを展開し、再びツヴァイに襲い掛かった。

「お願いレイぃぃぃ!死んで頂戴!そして私も、私も死ぬの!」

「狂ってる……狂ってますよ!フォリアさん!」

「そうなのぉ!私は狂ってる!狂ってるのぉぉぉ!アーッハハハハハ!可愛いレイ!私を罵倒して!その可愛くて綺麗な声で私を罵倒するのよぉぉぉぉぉぉ!」

もはや、言葉に一貫性がない。唯一の肉親を失った彼女はレイに対してその愛を注ごうとしていた。しかしその愛は明らかに歪んでおり、レイ自身も脅威に感じていた。

「貴方しかいないの!もう私には貴方しかいないぃぃ!リンセが死んで私には貴方しかいないィィィィィ!」

 

ガキィィィン

 

と、レイは油断をしてしまったのか、ヴェーチェルガンダムに付け入る隙を与えてしまった。

 やがて、ヴェーチェルガンダムはツヴァイガンダムを思い切り抱き締める形で胴体に前腕を絡ませるような恰好をとる。そして、そのままバーニアの出力を上げて近くの小惑星まで向かった。

「こ、このっ!」

急な行動で、躊躇うレイ。ブリッツファンネルを使おうにも、ヴェーチェルにバックパックも抑えられている為、展開が出来ない。

 

 やがて近くの小惑星に二機は到着する。ヴェーチェルは両翼でツヴァイを覆うような恰好をとり、フォリアは口を開けた。

「コクピットを開けなさい……レイ!早く!」

「嫌……です!」

「何故ェ!?」

「普通は……開けませんよ!」

「どうしてもぉ!?」

 

ガキィン

 

「あうううううッ!」

レイの悲鳴がコクピット内に響いた。というのも、ヴェーチェルがツヴァイのコクピットを思い切り蹴った為である。頑丈な設計であるため、物理的に簡単に破壊はされなかったがその衝撃でレイは腹部に痛みを感じた。

 

ウィィィィン

 

「あ……しまっ――」

その衝撃で、不幸にもツヴァイのコクピットは開かれてしまった。当然フォリアはそれを見逃すはずもなく――

 

クイッ

 

パイロットスーツを着ていた彼女はすぐにツヴァイのコクピットに乗り込んだ。そしてすぐに彼女はコクピットを閉じる。

密室の中、密着する両者。フォリアはレイの首を絞めんとばかりに、両手の力を強めた。

「あの時もこんな感じだったわねぇぇぇ!ダーウィンでぇぇぇぇ!」

「あ……くぁぁぁ……!」

相手の侵入を許してしまったレイ。その上彼女は直に殺そうとしてくる。その力は明らかに普通ではなかった。

 何とかしなければ自分が殺される。この戦場で、ここで死ぬ訳には行かないと考えたレイは少しずつ薄れゆく意識の中、対処法を考えた。

「こうして貴方の首を絞めて!苦しんでもがく姿はとても可愛くて可愛くて!最高なのよ貴方は!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!もう、ばらばらにしてあげるんだからァァァァァァ!」

と、フォリアは持参していたコンバットナイフをレイの首に向けて振りかざそうとした時だった――

 

パァンッ

パァンッ

パァンッ

 

「ァ――」

 

フォリアのヘルメットは真紅に染まった。やがて彼女の目は上を向き、口を開いたまま動かなくなる。レイに対して行われていた首を絞める為の腕の力も抜けていき、やがてぐったりと動かなくなった。

「はぁ……こうしか……なかったんだ……」

彼は、初めて銃で人を殺した。その感触は、MSで敵を倒した時とは比べ物にならないぐらい、奇妙で、不快な感触だった。その相手こそ、彼を今までMS乗りとして駆り立てた張本人、チェーニ姉妹の姉、フォリア・チェーニだった。

 そして、何も動かなくなったヴェーチェルガンダムを、レイはツヴァイを駆り、メガビームセイバーで切り刻んだのだ。そのまま爆発するヴェーチェルガンダム。ここに、長きに渡る両者の因縁が幕を閉じたのである。最期は、ただ狂っただけのフォリア。自身を守る為にレイは、彼女を銃殺した。そうしなければ自分が殺されていたからだ。

 

 

 

 チェーニ姉妹の上官にあたる、フーク・カズロブはフォリアの駆っていたヴェーチェルガンダムの反応が消えたことに気付いた。彼は今までの失敗の蓄積により、戦艦ですらもリューチェ級という、新生連邦の量産型戦艦の艦長を任される程度の評価を受けてしまっていた。

「ヴェーチェルガンダムの反応が消えた……?チ、妹が死んだから様子がおかしいとは思っていたが、こうもあっさりと死ぬとは不甲斐ない奴等だ。」

やはり、部下を冷徹に切り捨てるフーク。彼の言動に対し、反感を抱く人間も多い。

「さて、我々はこのままエレシュキガルに向けて後退だ。主力がやられた以上、防衛に徹するとしよう。」

部下を切り捨て、独自の判断で艦をエレシュキガルに向かわせるフーク。しかし、苦もない様子の彼とは違い、周りの士官や操舵士、オペレーター等の表情はそれとは大きく対照的だったのだ。

「か、艦長……!」

「なんだ……え――」

そこにいたのはアレンの駆る、ブライティスガンダムだった。ビームライフルの銃口をリューチェ級のブリッジに向け、そして躊躇いもなくビームを放ったのだ。

「うおおおおおおおおっ!!!」

呆気なく、フーク・カズロブという男は宇宙の藻屑となり果てた。

今までリノアス・クリストルを巨大兵器に乗せ、事ある毎に彼女を強化し続け、戦闘兵器として使い続けた男、フーク・カズロブ。信頼する人間は使えないと判断すれば容易に切り捨て、常に自己保身ばかり考えていた男。部下の信頼など得られずはずがないこの男の、あまりに惨めな最期だった。

アレンは別に、この艦を指揮していたのがフーク・カズロブだったからビームを撃ったわけではない。撃たなければ撃たれる戦場であったが為、彼は躊躇いなく引き金を引いたのだ。

ただ、その中身が偶然にも、本来心優しい少女を破壊兵器に変えた男だったという事だけであったのだ。

 

 

 ツヴァイのコクピット内にて。そこにはパイロットのレイと、彼が殺した、フォリア・チェーニの遺体があった。自らの手でフォリアを殺害したレイ。今までのレイならばこの状況に悲しむ所だっただろうが、今の彼は不思議と、人を殺してしまったという罪悪感を抱かない。彼自身、何も感じなくなっている自分自身が怖いという感情はあった。しかし、今はそれらを考える余裕など、無いのであった。

「この人……いや、この人達とは色々な事があったけれど……せめて……」

妹のリンセは暴走したブライティスの翼に切り裂かれ、死んだ。それにより狂った姉、フォリアは愛おしいと言っていたレイの手により、殺された。ある意味、レイの人生を大きく変えた姉妹。彼女たちの存在が無ければ、彼はここに立っていなかったのかも知れない。

 

ウィィィィン

 

と、彼はコクピットを開いた。そして、両手に抱えていたフォリア・チェーニの遺体をそのまま宇宙に放った。

 何も喋らず、ただひたすらにレイを求めたフォリアだった〝モノ〟は、物の数分もしない内にレイの前から姿を消した。この時、レイは何の感情も抱く様子を見せなかった。

「……行こう、ここで立ち止まっていられない……」

そう言って、レイは再びツヴァイガンダムを起動させようとした―

 

バシュゥゥゥ

 

と、レーダーに映る三機の機影。デウス軍のディエルMk-Ⅱがビームディエルマシンガンでツヴァイに襲い掛かる。連携すれば勝機があると思ったのだろう。それぞれが特殊な軌道を描き、攻撃を加え続けていた。

 急いでビームディフェンスシールドで防ぐレイ。しかし多方向からのビームは防ぎきれない為、ブリッツファンネルを展開してバリアーフィールドを展開し、防いだ。

「デウスの敵、ガンダム!堕ちろ――」

戦争は彼に死者を弔う時間すら与えない。油断をすればやられる環境で、彼はデウス残党の攻撃に対し、レイは反撃を加えようとしていた。

 

ドォォォォォッ

 

そこへ無数のビーム砲撃が一斉にディエルMk-Ⅱを消滅させた。レイは急いで識別信号を確認。だがそれは味方の物でないと分かった時、彼の表情は険しくなる。

「このMS……間違いない……」

レイは確信した。一瞬で三機のディエルMk-Ⅱを撃破したMSのパイロットの存在を。直接見なくても分かる、異常なプレッシャー。それは彼が力を持つ人間であるが故に分かる、異常な重圧。その重圧が、今レイに襲い掛かろうとしている。

「生き残っていたか、レイ・キレス……」

怪しげに輝くカメラアイ。その眼はツヴァイを怪しく捉え、離さない。

漆黒のMS、カタストゥリア。単体で国連、デウス残党の艦隊に打撃を与えた驚異のMS。ツヴァイを見つけたと同時にそれは牙を剥いた。両指間腔のビームクローをすぐに展開し、有線で繋がれた手部をツヴァイに向かわせる。レイはバスタービームライフルで応戦するも、バリアーフィールドで守られているそれにダメージは通らない。

「ならっ!」

再びツヴァイはブリッツファンネルを展開し、カタストゥリアに向かわせた。ビーム刃を展開し、破壊しようと攻撃する。

「フフ……」

だが余裕を見せるエファン。レイは違和感を覚えた。

「ファンネル!?」

すると、カタストゥリアもブリッツファンネルを展開し、ツヴァイの物と同様、ビーム刃を展開した。そして、あろうことかそれらを使い、わざと打ち合いを行い始めたのだ。

「力比べという訳だ。サイコミュ兵器を使う者同士の。忌むべき、ニア・アドバンスドタイプであるレイ・キレスよ!」

ツヴァイと、カタストゥリアのブリッツファンネル。両者のパワーの差は歴然だ。次第にツヴァイはパワーに押され、ファンネルが負けそうになる。

「くぅぅっ!」

このままでは負けると判断したレイは、一度ファンネルを回収した。そして、接近戦を試みようとメガビームセイバーを展開する。

「戦争に於いて力を持つ存在は潤滑油でしかない!それを分かっているのか!レイ・キレス!!!」

荒げる口調でレイを恫喝するエファン。しかし、レイも負けじと反論する。

「違う!ただ力を持ったからと言って貴方に殺される理由なんてない!それが戦争を肥大化させるとか、そんな理由なんて貴方が勝手に決め付けているだけだ!!」

「違うな!事実だ!シンギュラルタイプ、アドバンスドタイプが居たからこそ、人間は自らの文明の発展を遮るような愚かな真似!戦争を拡大してきたことは歴史が何より証明している!」

「そう言って戦争に加担している貴方がそれを言うなんて!戦争を望んでいない人が喜んで戦争に加わるもんか!貴方は戦争を楽しんでいる!戦争を楽しんで人を殺して……人が死んでいくのを心から喜んでいる!だから……」

それは、先程のファンネルの打ち合いを意味していた。

「だから……さっきみたいな馬鹿にしたような攻撃が出来るんでしょう!?本気で殺す気なら徹底的に僕を殺す筈なのに!今までだって……今までだってそうだ……!」

彼はエファンに対し感情を露にした。今まで彼により、悪夢を見せ続けられたこと、死の恐怖を植え付けられたこと。しかし今は彼に恐怖などない。あるのはエファンに対する怒りのみ。

「小さかった頃の僕を殺すことだって出来たんだ!力を持つ人間が貴方の言う、〝脅威〟であるなら!でも違う!貴方はあえて僕を殺さなかった!それは僕の成長を待つという、試すような事をしたからだ!あんな、何度も悪夢を見せるような事をして!」

悪夢に対する怒りを、エファンにぶつける。レイの、精一杯の反論だ。

今までのレイならばエファンを見ただけでプレッシャーに襲われ、恐怖していただろう。しかし、彼は今、エファンに怒りをぶつけている。許せないとさえ、感じているのだ。

「貴方は結局、人を馬鹿にしているだけだ!自分が特別にEVEシステムによって生み出された、優秀な存在だから!だから見下して、馬鹿にしている!馬鹿にしていなきゃこんな事が出来るもんか!」

だがレイの言葉を聞いた瞬間、突如エファンの駆るカタストゥリアはビームクローの出力を弱めた。

「……お前は、大きな勘違いをしているな。」

「勘違い……?」

やがてカタストゥリアは棒立ちのような状態になった。不気味さを感じる今のエファンの行動に、レイ自身は怒りを失い、緊張が走る。

「私は優秀だからそれ以外の人間を見下している?違うな、私は人類を尊重しているのだよ。」

まさかと思われた、エファンから出た言葉。今まで戦争に加担し、力を持つ人間を殺す事を目的に暗躍していた男から出た衝撃の言葉。当然ながら、レイは困惑する。

「人類は四百万年前以上の祖先、アウストラロピテクスの時代から様々な美しい文化、文明を作り上げてきた。いずれもが本当に、息を飲むような芸術達だった。時を超えて文明が開かれ、国が作られ、社会が生まれていった。その中で人類は多くの物を作り出していった……」

そのように、人類について語るエファンは、今までに無い程に高揚しているように見えた。

「人同士から生まれた人類はその生涯の中で様々な事を学び、歴史を学んでいく。ある人は新しい流行を作り、そこから様々な芸術が生み出される。そして、より良い芸術、文化が生まれ続け、人は発展していった。その究極の形がコロニー。増えた人間を宇宙という環境で適応するために生まれたモノ……」

「何を言って……」

エファンの言葉はレイを惑わせる。かつて無い程に高揚するエファン。まるで、自分の夢を語る純真無垢な少年のように。

「地球以外に住む環境を変え、新たな新天地で暮らしていき、平穏な日々を送る筈だった人類……しかし人は愚かであった。結局、有史以来の争いは避けられないモノなのか……戦争は人類の遺産を悉く破壊していき、ついには文明をも滅ぼしかねない兵器を作り出してしまった。それは通称叡智の炎と呼ばれるものだ……」

今度はネガティブな発言が目立つようになった。

「それって、核兵器……ですか?」

「そうだ。旧世紀の時点で人は世界を、自分達を滅ぼす術を既に持っていた。しかしそれでも人は滅びなかった。やがて争いの兵器はMSという形となり、今、こうして我々が対峙する形となったという訳だ。」

人の作り出した文化、文明に希望を抱く一方、戦争という負の面に絶望を抱くエファン。今まで自分の事を語らなかった男が、この戦いの中で初めて自身の本音を語ったのだ。

「数多の人はそれぞれの人生を生きている。そして、それらは一人ずつ“何か”を生み出してきた。芸術や建造物……人や動物を治療する事……大衆に対し自身の訴え、音楽、そして映画を見せ、感動を与える事。そこに加えるものが経済。それらが全て組み合わされ、人という生き物は社会性をもって成り立ってきた。人類はそうやって発展してきたのだ。」

エファン・ドゥーリアという男は本気で人を好きなのだろうか。語っている時の彼の顔は明らかに意気揚々としていて、純粋に嬉しさを感じているようだった。

(違和感がある……この人が嬉しさを感じているなんて……)

レイは気味が悪いと感じた。エファンから感じられるプレッシャーと裏腹、語っている内容のポジティブな様子に対して。

「人の普段見られない表情を見られるのは貴重だぞ、レイ・キレス。増して、敵同士である我々がそのような会話を戦場でするなど普通ではありえない事だ。何故だろうな?お前は殺さなければならない存在の筈なのに、何故私は高揚しているのだろうな!?やはり、お前は特別なのだな!レイ・キレス!」

(駄目だ、この人のペースに飲まれては行けない……!)

レイは危険を察知した。このままではエファンに飲まれてしまう。この男の話を今、まともに聞こうとする事……それは死に直結すると感じたのだ。

「ほぅ、懸命だな」

レイの思考を見抜いたエファンはすぐにカタストゥリアの左右の指間腔からビームクローを展開し、ツヴァイガンダムに襲い掛かった。レイもこれに対し、メガビームセイバーを展開し、攻撃を仕掛ける。

「お前も以前より成長しているという事か。やはり、お前は……!」

「最初から僕を殺そうとしている人の言葉なんかに耳を傾けてたまるもんか!!」

「その通りだな。事実だ。お前自身がオールドタイプでさえいれば良かったものを!」

力を持つ人間、シンギュラルタイプ、アドバンスドタイプを優先的に抹殺せんと暗躍してきたエファン。この戦場においてもそれは変わらず、彼は力を持つ特別な人間を殺めんとせんと、カタストゥリアの漆黒の巨体を動かす。

「そして、人は戦争の道具を使って古来より戦争を続けてきた!戦争は人にとって一番あってはならない愚かな行為!!増して、只の民間人であった筈のお前がこうして戦っているのだから!」

「貴方がそうさせたんでしょう!僕に悪夢を見せて……何度も夢で殺して!」

エファンの見せた、悪夢。それはレイに恐怖を与え続けた。だがそれも、今は彼の怒りを引き出すのに十分と言えた。

「やはりお前は面白い存在だよ!出来る事なら話をしていたい気さえある!だが、それに関心を抱いていては私の目的は果たせない!!力を持つ存在は放置してはいけない!やはり、シンギュラルタイプ、アドバンスドタイプ等はこの世界に存在しては行けない……新たなる戦争の引き金となる存在だ!」

今度はエファンからは激しい憎悪の言葉が浮かんできた。どこか、矛盾している様子の男の言葉。

しかし、そう言い放ちながらも、カタストゥリアはブリッツファンネルを十基、ツヴァイガンダムに向けて攻撃する。

「こんなのっ!!!」

レイはこれらの攻撃に対して反応した。ブリッツファンネルから放たれるビームはツヴァイのファンネルに搭載しているバリアーフィールドが弾いてくれる。その為、彼は大きく焦る様子を見せないで対応出来た。

 

「レイ!!!」

と、そこへ駆け付けたのはブライティスガンダムだ。アレンがレイとエファンの気配を感じ、この戦闘宙域に介入したのだ。

 そして、ブライティスは一斉にブリッツファンネルとブラスターファンネルを展開。カタストゥリアに直接攻撃を与えようとするが、バリアーフィールドで弾かれてしまう。

「クッ!」

ダメージが与えられない事にやや苛立ちを見せるアレン。そしてエファンはアレンの姿を見て、ニヤリと笑みを浮かべた。

「ここにもう一人アドバンスドタイプが来た。これ程私にとって都合の良い状況はない。」

力を持つ人間を殺す為に暗躍するエファン。しかし相手はアレンとレイ。いずれもガンダムタイプに乗っている。普通の状況ならば強敵が現れたと感じる場面であろうが、エファンにとってそれは違ったのだ。

「アレンさん!」

「こいつは一人では危険だ!協力して倒すぞ!」

「は、はい!」

アレンは自分からレイに協力を要請した。宇宙に上がった時にレイがアレンに声を掛けた時との違いがここで現れたのだ。

「戦争の象徴、ガンダムタイプが二機……か。」

すると、カタストゥリアは再び指間腔ビームクローを展開した。それだけではない。ブリッツファンネルも展開し、ビームクローは共鳴するかのように肥大化し、巨大な爪へと変貌を遂げた。

「来るっ!」

すぐにこの攻撃を感知したアレンはこれを回避。レイも同様に回避する。

「ビームが効かないんじゃ……接近するしか……!」

カタストゥリアの堅牢な装甲に、全身に搭載されているバリアーフィールド。ビームライフル等の砲撃は一切通用しないこのMSを倒すには、直接的な打撃を与えるか、ビーム刃による熱量の攻撃しかない。レイはどうにかして、この魔物とも呼べるMSに立ち向かうべく挑む。

 しかしレイのその行動を、アレンが止めた。

「やめろ!死ぬだけだ!ブリッツファンネルを使ってビームを刃にすれば……!」

「そうか!それなら……!」

アレンの提案にレイは乗った。そして両者は眼を閉じ、再びブリッツファンネルを展開した。

 ツヴァイの十八基とブライティスの十基のファンネル。合計二十八基。これに対するカタストゥリアのブリッツファンネルは合計二十四基。数では勝っているが、それらがどのような動きをするかは全く読めない。

 

バヂィィィィィィィィッ

 

それぞれのブリッツファンネルがビーム刃を展開し、弾け合う。ビーム刃の出力は互角といったところか。しかしファンネルのサイズによっては出力に圧倒的な差がある。

「戦争の象徴、ガンダムタイプめ!」

そう言った後、エファンはレイを標的とし、有線式の手部を展開。そしてツヴァイガンダムの後方に回り込んだ。そこからビームキャノンを展開する。ツヴァイには全体にバリアーフィールドを無いことを分かった上での攻撃だ。

「後ろから!」

モニターに映る前からレイはこの攻撃に反応し、避ける。高出力のそれをバリアーフィールド無しで防ぐことは出来ない。直撃は死を意味する。

「ほう、流石は力を持つ存在……」

エファンは余裕の笑みを見せる。そして、次のターゲットはアレンだ。

「クッ!」

ブライティスはビームライフルをカタストゥリアの分離した手部に向けて放つ。しかし手部にも展開されているバリアーフィールドジェネレーターはビーム攻撃など一切受け付けない。

「やはりあのケーブルを切断するしか……!」

カタストゥリアの猛攻を少しでも防ぐ為、ケーブルに対して攻撃を仕掛けようとするアレン。

 

ピピピピピッ

 

「高速で迫る機体……?」

その宙域に、二機のMSが迫っていた。いずれも機動性は高い。

 

ドオオオオオッ

 

更に、ブライティスに向けて高出力のビームが展開された。急いで回避を行うアレン。

 

ガキィン

 

もう一機のMSは実体のクローを展開した。それは、レイの駆るツヴァイに向けて襲い掛かる。

 レイはこの攻撃を回避。それと同時に一度ファンネルを機体に戻した。この二機の出現により、カタストゥリアのブリッツファンネルによる攻撃が止まった為である。

「このMSは……」

「こいつは……」

アレンとレイ。それぞれに襲い掛かったMS。それは彼等が互いに知る者同士だった。

「ほう、これは……」

まるでこのタイミングを待っていたかのように、エファンは去った。そして、ツヴァイとブライティスに追い掛けさせる暇もなく、この宙域に現れた二機のパイロットが語った。

「見つけましたよ、アレン」

「遂に見つけたぞレイィィィ!」

ガンダムオラトリオのパイロット、新生連邦総司令、レヴィー・ダイル。ディブロスのパイロット、クラリス・デイル。いずれもがエファンが開発したMSを駆り、アレンとレイの両者の前に立ち塞がった。そして、それぞれに対して容赦のない攻撃を繰り広げ、戦力は分散させられてしまった。

 

 

 

まず、レイはクラリスと戦う事となった。エファンが開発したMSであるディブロス。それは通常のMSと比較しても巨大であり、その上武装も豊富である。

「お前が!お前さえいなければ!!!お前が俺の全てを奪った!絶対許さねぇ!!!」

ディブロスはクローからビームを延々と放出する。その上、小型のファンネルを展開し、ツヴァイを追い込む。

「クラリスさん!貴方は勘違いしています!!」

「何をほざきやがる!?黙れ黙れ黙れェェェ!」

まるで錯乱している様子のクラリス。強化されたが故に、感情のコントロールが出来なくなっているのだろうか。

(駄目だ、もうこの人は以前のクラリスさんじゃない……こんなに、ファンネルを使いこなしている時点で、恐らく……)

レイは悲しくなった。これもまた、戦争が引き起こした悲劇なのだろうか。両者は度々衝突はしていたがクラリスはレイに対し、これ程の憎悪を向けることは無かった。レイ自身、謂れのない憎悪だ。

 激しい攻撃がレイを襲う。エファン・ドゥーリアが開発したディブロスは圧倒的な武装数でレイを翻弄する。両腕部のクローからのビームや小型のミサイル、シールドに搭載されているビーム、そして腹部のプラズマカノン。数多の兵器がツヴァイに襲い掛かる。回避し切れないビームはバリアーフィールドで防ぐ。しかしプラズマ兵器は防ぐことが出来ない。

「ダ……メだ……激しすぎる……!」

「このままくたばっちまえ!そしてアユやリン!お袋に詫びて死ね!」

「その人達は……僕は知らない……!」

当然レイからすればアユ・ヒースト、リン・ヒースト等知らない。だがクラリスは彼女らの命を奪ったのはレイだと言って聞かない。

 完全に暴走しているクラリス。全く関係のないレイに対し、その怒りをただ、ぶつけるだけ。そこに理由はない。クラリスは、レイを憎んでいる。それだけなのだ。

 

ドオオオオオッ

 

そこへ一筋のビームが介入した。そこにあったのはアインスガンダムが構えているシールドだ。そのシールドから拡散ビームが展開されたのだ。アインスガンダムということは、パイロットはスバキだ。スバキが助太刀に来たのだ。

「スバキ!」

「大丈夫か、レイ!?援護するぞ――」

危機的状況だったレイをスバキが助けようとした時だった。

 

ガキィィィン

 

「うあああああああ!」

ディブロスはアインスガンダムを見抜いていたのか、脚部の大型クローをアインスの腹部にめり込ませたのだ。それにより、身動きが一切取れなくなるスバキ。

「スバキ!!」

レイはスバキを助け出そうとした時だった。ディブロスのクローに対してバスタービームライフルを構える。だが、クラリスはレイに対し、言った。

「この際だ!お前に見せ付けてやる!俺が味わった苦しみを!!このガンダムのパイロットを目の前で砕いてやるんだよぉ!」

そう言いながら、ディブロスのクローの出力を徐々に高める。アインスのコクピットはクローにより、徐々にそのスペースを無くしていく。隙間が無くなる事。それはつまり、スバキの圧死を意味する。

「やめて下さい!」

レイは決死の思いでクラリスに言った。だがクラリスは一切容赦する様子を見せない。

「黙りやがれ!あいつらやお袋は何も言わずに死んだんだぞ!俺の目の前でお前に殺された!お前も味わえ!俺の苦しみ!悲しみを!!!」

「あ……ぐぁ……ぁ……」

スバキの命は風前の灯だ。声にならない声を出し、苦しい声を出し続ける。

「レ……イ……」

「スバキ……?」

スバキは辛うじて腕を動かし、レイに対して回線を開いた。モニター越しに、レイと会話をするスバキ。

 そこにいたのは口から血液を吐き、パイロットスーツが自身の血液にまみれてしまっていたスバキの姿だ。ディブロスのクローがスバキの肢体を貫いていた。

「そんな……スバキ!スバキ!!」

レイの声が響く。そして、その反応を楽しむかのようにディブロスのクローの出力を徐々に高めるクラリス。

「あ……ああああああ……!グ……ア……レ……イ……」

その声は少しずつ小さくなる。あまりに惨い光景を見せつけられるレイ。

「もう……やめて……やめてぇ……!止めて下さい……!」

レイは涙を流した。彼をこのような場所に身を差し出すきっかけとなった存在である筈のクラリスに懇願したのだ。スバキを苦しませないで欲しいと、精一杯の願いだった。

「き……聞いて……わ……た……し……レイの……こ……と……」

 

グシャッ

 

レイの目の前が真っ赤に染まった。“スバキだったモノ”はその原型を留めることなく、鉄爪によって崩壊した。そしてモニターにノイズが生じ、映らなくなった。

 アインスガンダムはスバキと共に、死んだのだ。クラリス・デイルによる躊躇いもない攻撃によって。

「お前に見せたかったんだよォ!これが死ぬって事だ!お前が俺に見せた!!!」

「あ……あ……あ……」

レイは錯乱した……と、同時に、彼は震えた。心の奥が、抉られたような感触に陥った。

 スバキ・シンドウ。日本で傷付いていたレイを助け、同時に彼女もレイに助けられた。そこからセイントバードチームと同行し、多くの敵と戦った。それと同時に絆を深め合った。

 スバキはレイに恋をしていた。しかしレイに対して不器用に接していた。その結果、レイにリルムという恋人が出来た。それは彼女にとって悲劇だった。それでもスバキは一緒に時を過ごしたリルムに嫉妬することは無かった。寧ろ、優しく接した。友達として。

 彼女自身、母親を亡くしている。そのような過去があるにも関わらず、他者に対しては積極的に仲良くなろうとしていた。そこがスバキの魅力でもあった。しかし恋に関しては不器用だった。結局スバキは最期の時までレイに率直な思いを伝える事が出来なかった。ディブロスに潰される間際に、スバキは精一杯の気持ちをレイに伝えたのだ。

 

 

「スバキ……?」

『レイ……』

スバキが死んだ時。いつの間にか、彼らは白い光に満ちた空間にいた。戦場であるにも関わらず、そこは時間が止まっているようだった。

 互いに裸の姿で、対話をしている。すでにいないはずのスバキが、レイの前にいる。精神世界のようなものだろうか。彼自身、これは初めて味わう感触だった。

『ここなら思いっきりお前に打ち明けられるな。最期にお前に言いたかったんだ。好きだって事をさ。』

「スバキ……嫌だよ……死ぬなんて嫌だ!」

ディブロスに潰された一瞬しか分からなかったレイにとって、今の現状は受け入れられるはずがなかった。

『何甘えたこと言ってんのさ。私は死んだ。けど、最期に想いを伝えられた。それでいい。』

「ありがとう……本当に、ありがとう……けど……!」

何も出来ずに死んでいくスバキ。この精神世界で、レイへの想いをようやく伝えられたスバキの表情は、現実のスバキと違い、美しい笑顔だった。

「お前は生きるんだ……リルムが待ってるんだろ?必ず生きて、そして……」

スバキの姿は光の粒子となり、やがて消えていった。レイはこの世界で何も出来ないまま、ただ、涙を流すしかできなかった。

 

 

 

スバキを葬った後、再びレイに襲い掛かるクラリス。ディブロスのクローがツヴァイに迫った。

「今度はお前だレイィィィ!!」

クラリスの怒りの声がレイに聞こえてきた。その声に対し、レイの中の内なる“何か”が蠢いた。

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

レイの眼は、深紅に染まった。その眼の先に映るのは、ディブロスだ。

 

ズバァァァ

 

その時だ。ツヴァイはメガビームセイバーをクローに突き刺した。一撃でそれは破壊され、跡形もなくなった。

「早い……?それになんだこの感じは……?」

レイに対して怒りを見せていたクラリス。しかし今はどうだろうか。先程と状況が一転した。レイから発せられる異常なプレッシャー。クラリスは怒りを失い、今度は焦る様子を見せた。

(こいつから発せられる感覚はなんだ……?俺がこいつを恐れてるだと……?)

クラリスは、レイに対し始めて恐怖を感じた。今までの戦闘に於いても感じなかった、怒り。

レイは何も言葉を発していないが、異常な怒りがクラリスを包む。

「く、糞がァァァ!」

ディブロスは複数のビームをツヴァイに向けた。クローから発するビーム、ファンネルから

展開されるビーム。これら、全てがツヴァイに向けられる。

 だが、ツヴァイは一切避けようとしない。寧ろ、防ぐ気でいた。ツヴァイは両手を展開し、ビーム砲撃を全て受け止めた。ディブロスのブリッツファンネルによるビーム刃も、ツヴァイがブリッツファンネルを展開する事で阻止出来た。圧倒的火力を見せるMS、ディブロスの弱点。それはカタストゥリアと違い、バリアーフィールドを展開することが出来ない事だった。

「な……ク、クソ……!」

まるで刃が立たないと感じたクラリスは一度その場から撤退する為、ディブロスを後退しようとしたのだが……

「何だと……?」

「……!!!」

静かに、クラリスに対して怒りを込めるレイ。いつしか、彼の駆るツヴァイはブリッツファンネル計十八基をまるで螺旋状に展開し、やがてそれら一つ一つがビーム刃を展開。全てが共鳴した。

 それは巨大な円錐型を描いた。超大型の、ビームピッカーである。

「ふ、ふざけんな……!こんな……兵器が……!?」

ブリッツファンネル同士の共鳴による攻撃。そして、レイ自身の怒りがその出力を更に上げる。そのサイズは戦艦クラスに匹敵する。これ程大型のビーム刃を避ける事はまず出来ないと考えたクラリスは、更に機動を上げ、逃げる。しかしツヴァイはそれを追いかける。

「スバキは死んだ……あんな死に方をした!!!」

深紅の眼をしたレイは、泣いていた。怒りに震えるレイは、全力でディブロスを消すまいと、螺旋を描いたブリッツファンネルをディブロスに向かわせる。

「死ななきゃならないのは……お前だ!!!」

逃げるディブロスに、追うツヴァイ。だがディブロスの機動性ではツヴァイに追いつくのは時間の問題だった。大型のビームピッカーを防ぐ術など、クラリスにあろうはずが無かった。

「ぐ……あああああああ!!!」

やがてその巨大なビーム刃はディブロスの胴体を背部から貫いた。ビーム刃の光に包まれるディブロス。光の中で、その形状を崩壊させていく――

 

「俺は……何を――」

 

それが、クラリス・デイルの断末魔だった。その時の彼の表情は、憎しみに満ちておらず、まるで以前のクラリスのようだった。

 クラリス・デイル。新生連邦軍中尉。レイとの因縁が深い男。レイがこの戦場に駆るきっかけとなった男。レイとは幾度も交戦してきたが、それぞれが憎しみ合う事はなかった。戦場で出てきた敵同士。それだけの存在であった。その筈だったのだが……

 クラリスは変わってしまった。きっかけは母親の死、そして、彼を慕う姉妹、アユ・ヒーストとリン・ヒーストの死。それにより、彼はエファンに唆され、強化モデルとなった。力を得た彼は代わりに感情のコントロールが出来ない戦闘マシーンへと変貌した。更に、エファンによって記憶を改変され、レイが自分の大切な人を殺したという記憶にすり替えられた。

 結果、彼は敵と思い込んでいたレイの仲間であるスバキ・シンドウを惨い方法で殺し、レイの怒りを買った。その結果、彼はレイに殺される末路を迎えた。

 敵同士ではあったが、憎しみ合う事のなかった者同士の結末はあまりに救いがないものと言えた。大切な人達を殺されたと思い込んでしまったクラリスと、実際に仲間だった人を殺されたレイ。互いに怒り合い、結果はレイが勝利を収めた。

 死の間際、クラリスは何を思ったのだろう。誰も思う人がいない彼を、誰が悲しむのだろう。分からないまま、この戦争は続く。

 

 

 

 アレンは総司令、レヴィー・ダイルと交戦していた。デウス動乱時代は仲間同士だった彼等。今回の戦争では幾度も対立し、戦ってきた。

 アレンはブライティスガンダム、レヴィーはガンダムオラトリオ。それぞれのガンダムタイプが激突し、交戦する。

「レヴィー!」

「ようやく会えましたね、アレン!!」

オラトリオの水色のデュアルアイが輝く。そして、アレンのブライティスガンダムに襲い掛かる。大型の実体ブレードに搭載されているビーム刃を展開し、迫る。

「こんな戦争を続けて何の意味がある!?」

ブライティスもビームセイバーを展開。互いに打ち合いを行った。

「以前の貴方に戻りましたね、アレン!」

まるで嬉しそうな表情を浮かべる総司令。が、当然アレンの方はそのつもりはない。

「俺は、お前を止めなきゃならない!こんな戦争を起こしたお前を!」

「デウス動乱後、地球に脅威を作り出してはいけない……僕は戦後、その思い一筋だった!今の新生連邦軍は、僕が作り出した軍だ!地球にデウス帝国のような脅威を、二度と作らないように!!」

「その結果がこの戦争だ!こんな戦争が続いて……意味がないんだよ!レヴィー!!」

脅威を作らない為に、異常なまでに軍の増強を続けた総司令。しかし皮肉にも、今、この場では四大勢力が殺し合い続けている。新生連邦の切り札ともいえる兵器、エレシュキガルを巡り。

「終いにはあの兵器だ!デウス動乱時のデウス軍と同じ事をして何になる!!」

「エレシュキガルは抑止力ですよ。僕だってあれを使うことはないと思っていました。しかし世界情勢は変わってしまった。国連のトップは変わり、武力行使を行うようになった。更にデウスの残党軍まで迫ってきた。そして、国連から分裂した、貴方が所属する組織、FPB!このような混沌とした状況は、打開する必要がある!」

オラトリオのスラスターの出力が上がった。ブライティスとビーム刃同士の衝突をしながらその出力で圧倒する。

 機動性の高さが特徴的なガンダムオラトリオ。この打ち合いを行いながらも、ビーム機関砲をブライティスに向け、放つ。近距離兵器だ。

「その為なら僕は何でもします。どのような犠牲が伴おうとも……ソフィア!!!」

すると総司令は突如側近、ソフィア・ブレンクスの名を叫んだ。

そして数秒後、無数の飛翔体がエレシュキガル方面から迫ってきたのだ。

「以前の兵器か!」

アレンの脳内に電流が走る。無数のブリッツファンネルがブライティスを破壊せんと、迫る。

「貴方の敵は僕だけでない!僕のガンダムオラトリオと、エレシュキガルのサイコミュ・ルーラシステムだ!」

「誰が操っているかは知らないが……こんなものなんかに!!」

サイコミュ・ルーラシステムのブリッツファンネルに対し、ビームライフルを連射し、破壊する。一つ一つはバリアーフィールドが張られていない為、破壊するのは容易い。しかし問題は数だ。その数が多すぎるのだ。

「無駄ですよ。それでは僕達を止めることは出来ない!」

ブライティスのブリッツファンネルがガンダムオラトリオを捉える。それに対し、ソフィアが放ったブリッツファンネルが守る。オラトリオはバックパックを一度分離し、大型プラズマカノンを放った。

「なんて、火力の嵐だ……」

以前の総司令とは明らかに違う。彼自身が追い込まれているが故に、その戦力は圧倒的だ。

 アレンの敵は総司令だけでない。その背後にいるエレシュキガル……ソフィア・ブレンクスもだ。厄介なのは、ソフィアはサイコミュ・ルーラシステムにより、遠隔操作でファンネルを操っているだけ。その膨大な、圧倒的な情報量はソフィアの脳に負担を与える。

 

「レヴィー様は私が……!」

エレシュキガル内部にて。ソフィアの頭には無数の装置が装着されていた。いずれもが長いケーブルで繋がっており、それはエレシュキガル全体に及んでいる。

 この、巨体のサイコミュを操っているのは彼女只一人だ。ただし、無数の装置が共鳴し合っている為、実際の彼女の負担は大きくはない。だが長時間稼働していると脳の損傷は避けられない。その為、事前に彼女は総司令より適宜休むよう通達されている。

『只の兵器に成り下がってまでそれを動かすとは愚かしい事だ』

「!?」

ソフィアの脳内に、謎の声が響いた。気味の悪い感触が、彼女を襲う。

『兵器として生きることが貴方の望みなのかならばお笑いだな』

再び声が聞こえた。そして、この声には聞き覚えがあった。

「あの男の人……間違いない、あの……人……あああ……あああ!!!」

その男とは、エファンの事だ。エレシュキガルの外部より、エファンがソフィアに声を掛けたのだ。自身が兵器として利用されていると、囁いた。

 

 ソフィアは動揺していた。それと同時に、アレンに向けて攻撃されているブリッツファンネルの勢いも弱まった。

「ファンネルの動きが……?チャンスか!」

それを機に、アレンの反撃が始まった。ファンネルは只の鉄塊と化し、いとも簡単に破壊することが出来た。だがその数は多い。そうとなれば、敵を絞る方が早い。アレンはブライティスのバーニアの出力を上げ、オラトリオに迫った。

「ソフィア!何故止まる!?動けソフィア!!」

焦る総司令。動かないソフィア。その間にもアレンはオラトリオに迫り、ブリッツファンネルを展開。一斉射撃を行った。

「ちぃっ!何故……!」

ブライティスによる砲撃を避ける総司令。バックパックを分離し、ブライティスの後方に向けた。そのままバックパックは宇宙空間と同じ色に染まり、獲物に近づいていく。

「レヴィー!!」

ブライティスはビームセイバーを展開。そして、オラトリオを捉えたと思われた。

 

ドオオオオオッ

 

オラトリオのバックパックからのプラズマ砲がブライティスの脚部を直撃。破壊されてしまった。

「クッ!」

「アレン、僕は負けていない!例えファンネルが役に立たなかろうが僕はやれる!貴方を倒して見せる!!」

互いに強力な武装を持つ、ブライティスとオラトリオ。幾度と交戦してきた両者。その性能はほぼ、互角だった。

 

『約に立たない……違う……!役に立てて見せる……!私は!!!』

 

「今の声は……?」

「ソフィア……?」

両者に聞こえた、少女の声。それは紛れもなく、ソフィア・ブレンクスの声だ。

 アレンは初めて聞く声。何故この声が今聞こえたのかは分からない。無線回路でもない、互いの脳内に聞こえる、声だ。

「どうしたんだ、ソフィア!」

『私は役立たずじゃない!私は……レヴィー様の為に!レヴィー様の……!!!』

「そう……そうだ!君は戦うべきだ!この戦争に勝つ為に!!」

ソフィアに語り掛ける総司令。だが、アレンはこの言葉を聞いて激高した。

「レヴィー!まさかお前は……女の子を利用しているのか……?」

アレンの脳裏に浮かんだのは、ダーウィンにて彼が倒したヴァイダーガンダムのパイロット、リノアス・クリストルである。彼女も新生連邦の特殊強化モデルとして、只の兵器として利用されて死んだ。それを思い出したアレンは、このファンネル攻撃の裏にもしかすれば一人の少女がいるのではないかと考えたのだ。

「利用?違いますね!彼女は自分の意志で僕の命令に従っています!彼女の力は強大ですよ。エレシュキガルの戦力に彼女のシンギュラルタイプとしての力!まさに、鬼に金棒とはこの事です!」

高らかに語る総司令。その言葉が、アレンを更に怒りに駆り立てる。無論、怒りは極限には至らない。至ってしまえば、ブライティスの暴走……そして、暴走をすればギアによって爆弾を発動されてしまう。

「お前……本気で言ってるのか……!?」

「勿論ですよ。地球には軍が必要です。そして、最高の戦力も必要です。僕は絶対に勝ち、再び地球を統一します。その為にはどのような手段を用いてでも!!」

ガンダムオラトリオは再びプラズマカノンをブライティスに向け、砲撃を放とうとした時だった。

『レヴィー様の為に……私は!』

更に、エレシュキガルからのブリッツファンネルの攻撃が再開する。これらの攻撃を避け、一つ一つ、確実に撃破するアレン。

「お前はもう、おかしくなっている!お前の為に多くの人間が死んでいるんだぞ!」

「それは貴方も同じ事だ!先の戦いでの貴方の凶行でどれ程の犠牲者が出たか!アレン、貴方が僕を止めるというなら僕が貴方を今度こそ殺して止める!!」

『そして私もレヴィー様と共に!!』

総司令に呼応し、ソフィアの声も聞こえた―と同時に展開される、無数のファンネルによる攻撃。

先程の攻撃の中に聞こえた、ソフィアの声。アレンはその声に対し、答えた。

「ソフィアって言うんだろ?もうこんな事は止めるんだ!レヴィーは君を道具にしか見ていない!」

ガンダムオラトリオとエレシュキガルからのブリッツファンネルの猛撃を回避しながら呼びかけるアレン。しかし、アレンの声など届くはずがなく。

『私はレヴィー様の為に戦う!!』

最早妄信的なソフィア。こうなってしまっては、誰の声も届かない。

そしてこの状況こそ、総司令にとって都合が良かった。

「連邦の敵である貴方は徹底的に排除する!消えるがいい!アレン!!」

「ハッ!?」

ガンダムオラトリオのグリーンのカメラアイがブライティスを捉えた。巨大な実体ブレードをブライティスのコクピットに突き付け、今まさに攻撃を仕掛けようとしていた。

 

『いつまでも愚かだな……あの男はもうお前を何とも思っていないというのにな!』

 

その時だ。ソフィアとは違う、別の声が聞こえてきた。アレンと総司令。両者にとって聞き覚えのある、男の声。それはアレンにとっての紛れもない“敵”であり、総司令、レヴィー・ダイルも信用していない男―

「エファン・ドゥーリアの声か!」

「何故貴方が……?」

介入するエファン。しかしこの宙域にはいない。まるで、遠くからテレパシーでも送っているかのようだ。

『レヴィー・ダイル総司令。貴方のような余裕のない、連邦の総司令は滑稽ですよ。組織の頂点に立つ存在が暴走している事は崩壊の始まりに過ぎないのだから!!!』

「貴方はどこで何をしているのですか!?今は戦闘中で――」

『もっと周りを見るべきでは?その言葉は今の貴方にも当て嵌る……!』

「なっ……!?」

総司令が振り向いた時、アレンのブライティスがビームライフルを構えていた。その距離はわずか5メートル程。バリアーフィールドを持たないオラトリオでは防げない距離だ。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

高出力のそれは放たれる。これに対し、オラトリオは肘部のビームディフェンスシールドを展開して防いだ。

「アレン……!」

ビームディフェンスシールドを解除した瞬間にオラトリオは肘部からビームケーブルを展開した。秘策ともいえる武装であったが、アレンを倒す為に手段を選ばない総司令。

「ちぃっ!」

間一髪避けるアレン。近距離という事もあり、頭部機関砲と胸部マシンキャノンで牽制する。

「アレン!!!」

「レヴィーッッッ!!!」

そして両者は再び対峙する。互いの剣を抜き、打ち合いが展開される。

「僕はこの戦争に勝つ……!勝つべくして!どんな手段を使ってでも!ソフィア!」

またしても、ソフィアのブリッツファンネルを要請する総司令。

 しかし今回、ブリッツファンネルが即座に飛んでくることは無かった。異変を感じた総司令。その間にもアレンは攻撃を仕掛ける。

「ソフィア!?返事をしろ!」

『ウゥ……あああああ……』

「クッ……どうなって……?」

焦る総司令。先程まで飛んできたファンネルは一斉に展開を止めた。

『遂に愛する側近、ソフィア・ブレンクスに遂に愛想を尽かされたようですな。』

エファンの声が総司令の脳内に響く。あざ笑うかのようなその声は総司令を怒りに駆り立てる。

「このタイミングで何を煽っているのですか!?ならば貴方が攻撃をすればいい!!」

『私は傍観者として見ていますよ。愚かな総司令、レヴィー・ダイル……!』

「黙れぇぇぇ!」

総司令はソフィア・ブレンクスの心配はしなかった。寧ろ、エファンに攻撃指示を出した。この行為が、エレシュキガル内にいるソフィアを更に苦しめることになる。それと同時にエファンの声も聞こえなくなった。恐らく、干渉しなくなったのだろう。

『レヴィー様……私は貴方の為に……あああ……アァァァァァ!』

完全に自分を捨てたと判断したソフィアはファンネルによる攻撃を止めた。頭を抱え、苦しむソフィア。

 だが、総司令はソフィアの事を気にも留めない。ただ、目の前の敵であるアレンと、彼を煽るエファン。最早、彼は戦争の事しか考えていない。この戦争で勝利し、地球圏を収める事しか考えない。

「レヴィー!!」

ビームサーベルを展開し、ブライティスがオラトリオに迫る。空かさず打ち合いを行う両機体。

「お前からは只の焦りしか感じない!そんなに連邦の勝利が大事か!その先に何がある!?」

「貴方には分からないでしょう!組織の上に立ち、束ねるという事が!僕は絶対に勝たなければならない!ドゥーリア少佐もソフィアも宛にならないのなら、僕の力で制するしかない!!」

最早彼は戦争の妄執に取り憑かれているようなものだ。アレンには総司令の焦りが痛い程に伝わっていた。

それは、かつてのデウス動乱で戦った者だから分かる事なのかは分からない。いつしかアレンの言葉は総司令に対する抑制さえ感じられる。

「ソフィアという女の子が何者かは俺には分からないが、お前はその子を裏切っている!その上で危険なあの男の力を頼っている!それがどれ程危険なことか!?分かれよ!レヴィー!」

やがて互いのビーム刃による打ち合いが解除された時、総司令は再び攻撃を仕掛けようとした時だ。

 

カチッ

 

「エネルギーの使い過ぎか……?一度後退しなければ……!」

ガンダムオラトリオのエネルギーは枯渇した。その推進力だけを頼りに、この宙域から離れる。

「レヴィー……」

勝利の為に最早手段を選んでいない総司令、レヴィー・ダイル。暴走する彼を止めなければ、この戦争は終わらない。アレンは、この戦争で彼を倒さなければならない――と、強く誓ったのだった。

 

 

エレシュキガルのSフィールド周辺にて。このフィールドでは国連軍の中心部隊が展開されていた。国連軍の主力機はハイエッジであり、この、ハイエッジが新生連邦軍に攻撃を加えている。

ここSフィールドに、FPB旗艦、アルバトスが奮闘していた。無数のミサイルを展開し、国連の戦艦、リューチェ級宇宙巡洋艦と交戦している。

「エレシュキガルに対して攻撃さえすれば良いのに、国連軍が邪魔をしてくる……!」

「クソッタレ!」

インクとスラッグが歯痒い気持ちで話す。国連軍の数が多すぎるのだ。

「な……これは……艦長!超大型の熱源を感知しました!」

突如、モニターに大型の熱源が発生した。

「アッサラーム……!」

「まさか国連の旗艦がお相手とは……ねぇ……」

アルバトスのブリッジは戦慄した。国連軍との激戦を勝ち抜く中、彼らが対峙したのは国連軍の旗艦、アッサラームだ。

 アッサラーム。国連の特殊部隊、最高部隊の旗艦。そして、国連軍全体の旗艦でもある。この超弩級戦艦を指揮するのは、ウィレス・レイド・アース。エリィ・レイスのかつての上司である。

「ウィレスさん、全力で叩き潰す気ね……」

アルバトス内は緊迫した空気に包まれる。国連の旗艦を相手に戦わなければならない現実。全てはエリィの指揮に掛かっている。彼女の判断ミスは、クルー達の死を意味する。

「艦長、どうしますか……?」

スラッグがエリィに聞く。正面にいるアッサラーム。まともに相手しては勝てる相手ではない。この強大な敵を倒すには死角からの攻撃が必要だ。

「……話がしたいわね……」

エリィから出た言葉。それはアッサラームの艦長であるウィレスとの対話だった。

動揺するブリッジ内。最初、それを止める者もいた。

 しかし、実際はエリィとウィレスは過去に共に戦ったことがある者同士である。平和世紀になっても何度か交流をしていた両者。FPBという、国連から独立し、反旗を翻した立場である為、話し合いが通じる可能性は低いかもしれない。しかし、まともに戦っては太刀打ちが出来ない相手である。エリィにとって、これは賭けだった。少しでも相手が彼女に話を向けてくれることを祈る為の、賭け。

 

 

「将軍、敵艦、アルバトスより通信が入っています!」

オペレーターがウィレスに繋ぐ。

「アース将軍、確かアルバトスの艦長はかつてのデウス動乱で共に戦った仲間と聞くが?」

隣の席のギルスが確認をするように聞いた。

「……ええ、そうですね。」

「どうする気だ?」

「聞き入れますよ。アッサラームはいつでもあの艦を潰すことが出来ます。」

そう言い、オペレーターに回線を繋ぐよう指示を出した。

ブリッジにモニターが映し出される。そこに現れたのはエリィの顔だった。

「ウィレスさん、ご無沙汰しています。新生連邦の本部攻略戦以来ですね。」

一度、両者は対立している。以前はエリィが説得したのにも関わらず、新生連邦の戦艦と言う理由で砲撃を受ける羽目になり、アッサラームに攻撃を仕掛けられ、ただ、逃げるしか出来ない状況だったのだ。後に新生連邦本部攻略戦で共闘をしたものの、結局彼女と会話をする事は出来なかったのだ。

 そして現在。エリィは所属をFPBへと変え、その状態でのウィレスとの対立となった。

「国連の敵として立ち塞がったか、エリィ。」

ウィレスの低く、それでいて女性らしさを残した声がエリィに伝わる。

「ウィレスさん、私は貴方と戦いたくない!」

懸命なエリィの声がモニター越しに響いた。

「何故だ。そんな甘い言葉を何故ここで吐く?」

かつての上司、恩人。だからこそなのか、エリィは今前にしているウィレスを見て、心を痛めつつも、懸命に言葉を発した。

「デウス動乱が終わってから私は連邦を辞めて、仲間を集めてMS乗りとして活動していた……貴方とは全然違う生き方をしてきました……」

「……」

ウィレスは、静かに聞き続ける。

「ウィレスさんが国連の将軍になったと聞いた時は、私は凄く喜びましたよ。尊敬する人がどんどん偉くなっていって、凄く誇りでした。私も、頑張ろうって思えたんです。

戦後になって再開した時に攻撃されたのは、正直ショックだった……けど……けどね……それでも私は貴方の事を尊敬していたんですよ!」

感情のままに、思いを伝える。戦場では本来ありえない光景だった。

「ウィレスさん、私、聞きたいことがあるんです。貴方は今、本当に自分の意志で戦っていますか?」

今度はエリィがウィレスに聞いた。ウィレスの“意思”についてである。

「この場にいて、アッサラームの指揮者としてここにいる。これは私の意志以外の何者でもない。」

冷徹な言葉が放たれる。

「エリィ、お前は甘すぎる。アッサラームとその艦では性能に圧倒的な差がある。勝ち目がないと見込んだ上でのその命乞いか!?」

「違う!命乞いなんかじゃありません!」

「じゃあ何だ!?」

「私は、ウィレスさんと戦いたくないだけです!それに、今の国連の為に戦う理由なんてないはずです!!」

ギルス・パリシムが指導者となっている今の平和国連盟。そしてそれに所属する国連。それは従来の平和主義と逸脱する考え、行動である。自ら侵攻をし、軍事力を持って制する国連のあり方。それがおかしい事であるが故にFPBという組織が生まれた。

 エリィは、今の国連のあり方への不満と共に、ウィレスに国連に居て欲しくないという思いもあって、話し合いを行ったのだ。

「残念だがお前のその言葉等聞く気は毛頭ない。目の前の敵は排除するまで。各砲門開け、前方の敵艦へ攻撃準備だ。」

そしてモニターは切られた。同時にアッサラームの各武装が展開される。それは分かり合う気がないという何よりの証明だった。

「なんで……こんな……」

話し合いに応じる気すらないウィレスに悲しみを抱くエリィ。

「艦長、まずいですよ……このままじゃハチの巣ですよ!」

「一度後退して!後退しながら砲撃準備!各MSはアルバトスの援護を!」

結局、話し合いは出来ないまま両艦の牙が向いてしまった。

 

アッサラームの砲撃がアルバトスに向けられる。アルバトスは後退しながらアッサラームに向け、砲撃をする。主砲、副砲、ミサイル……数多の武装が宇宙を閃光の如く彩った。

「流石、アース将軍!相手がかつての仲間であろうと追い込む姿勢は最高部隊の将軍に相応しい!立派なものだ……」

圧倒的な物量でアルバトスを攻める中、ギルスはウィレスを褒めた。しかしウィレスはその言葉を一切聞かず、無表情のまま砲撃の指示を続けた。

「その冷徹さこそ戦場においては必須!国連の反乱分子など所詮敵ではない!このまま殲滅してくれる!」

ウィレスとは対照的に、残虐な笑みを浮かべるギルス。同じ空間を共にする両者の明らかな違いがこの場で目立ったのだ。

 




第百六話、投了。
命の奪い合いが行われる中、アルバトスはアッサラームと交戦するという状況に追い込まれてしまう――


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第百七話 散華

命のやり取りは続く。そして――


 アッサラームから放たれたビーム砲が数発、アルバトスに命中した。艦は大きく揺れ、側部は被弾した。

「左舷エンジン被弾!」

「火力がダンチすぎんだよ!」

「消火急いで!」

ブリッジからクルーに指示が出る。この砲撃で怪我人も出ている。容赦のないアッサラームの砲撃が、アルバトスクルーを襲う。

 

ピピピピピッ

 

と、そこへ通信が入った。識別信号は味方のものだ。回線を開くと、そこにはハルッグの姿があった。

「ネルソン!」

「大丈夫かエリィ、援護する!」

ハルッグはMA形態のままアルバトスへ向かい、援護に駆け付けようとした――

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

「なっ――」

一筋の光がハルッグに向けて放たれた。ビームライフルだ。それも高出力の。

すぐに回避するが、また二、三発、ハルッグに向けて放たれる。

「ちぃっ!」

MSへと変形し、周囲を見るハルッグ。そして、レーダーに映るその機体を確認した。

「ディエルMk-Ⅱ!?カラーが青?ワンオフ機か?」

通常のディエルMk-Ⅱはカラーがグリーンだ。しかしネルソンが遭遇した機体はブルーのものである。その上、武装も通常機と異なっていた。

ディエルMk-Ⅱという事は、デウス残党軍である。専用機に乗るパイロットがこの宙域に現れたという事になる。

「デウスに栄光の輝きを!!!」

声を荒げ、戦場に現れたのはアルメス・ラグナだ。そして、更にそれに続くようにデウスの艦、バディウス改級の巡洋艦が三隻迫っていた。デウスの精鋭部隊、インベーションユニットがこの宙域に出現したのだ。

 大型のビームマシンガンを連射し、迫るディエルMk-Ⅱ。他にもゴルモンテMk-Ⅱがビームバズーカを連射し、容赦のない攻撃を続ける。

「邪魔はさせんよ!!」

この宙域に出現した脅威を倒さんと、ネルソンはデウス軍に攻撃を仕掛ける。ハルッグのロングビームライフルはいずれもディエルMk-Ⅱに直撃し、撃破していく。

 

「デウスの艦にも砲撃を仕掛けろ!邪魔をさせるな!」

アッサラームはアルバトス以外にも、バディウス改にも砲撃を向ける。無数のミサイルが一斉に迫った。それと同時に、アッサラーム所属のハイエッジが数機、迎撃に向かった。

 混戦状況の戦場。FPB、国連、デウス残党の三勢力が入り混じる戦場。いずれもが敵であり、殺すべき相手。その兵士達は、ただ己の信じる道のみを信じ、戦い続けている。デウス残党軍はデウスの栄光の為に、国連は平和の為。FPBは、真の平和の為。

 しかし、今回デウス残党軍が仕掛けた相手が悪かった。国連の旗艦の戦力は圧倒的であり、三隻のバディウス改の内、二隻が沈められた。その上、ネルソンが次々とデウスのMSを殲滅していく。

「エリィ、聞こえるか!?すぐに合流するからそれまで持ちこたえられるか!」

「え……ええ!ネルソン、どうか無事で……」

「すぐに向かう!」

敵を撃破しながら、エリィと回線で話した。愛する者が待つ母艦を沈める訳にはいかんと、奮闘を続けるネルソン。

 

ビゴォン

 

そこへ、先程ネルソンを狙った青いディエルMk-Ⅱがレーダーに映った。通常のディエルMk-Ⅱと違い、大型のビームライフルを所持していた。怪しげに輝くモノアイが、ハルッグを睨む。

「ネルソン・アルビュースだな!」

「アルメス・ラグナか!」

アルメスはハルッグの動きを見てネルソンがパイロットであると見抜いた。かつての上官、アルメス・ラグナがこの戦場で敵として立ち塞がる。しかし、今のアルメスはネルソンにとっては只の邪魔者でしかない。ここで早くアルメスを倒し、急いでアルバトスに合流する必要があるからだ。

「デウスに戻る気がないと知ってからは貴様の事等気にも留める気はない!」

「私もだよッ!!」

先に仕掛けたのはハルッグだ。しかしその青いディエルMk-Ⅱは明らかに動きが違う。ビームライフルの砲撃も素早く回避され、すれ違う際にシュート・シューターをハルッグに向けて放つ。

「ちぃっ!」

今度はショルダービーム砲六門を一斉に放った。が、この砲撃も回避される。

「デウス帝国の裏切り者には死を!」

再びシュート・シューターをシールドから放つディエルMk-Ⅱ。至近距離であったため、急いでショルダービーム砲六門を放ち、破壊した―

 

ブゥゥゥゥン

 

その時だ。ビームサーベルを持ったディエルMk-Ⅱが至近距離まで迫ってきたのである。危険を感じたネルソンはハルッグを急いでMAに変形し、距離を置こうとした時だった――

 

ガキィィィン

 

ディエルMk-Ⅱのマニピュレーターがハルッグの背部を掴んだ。逃さんと、強い力で引き寄せてくる。

「くぅぅぅ!」

「デウス帝国の裏切り者には死をォォォ!」

逃げられない状況。ディエルMk-Ⅱはビームサーベルをハルッグのコクピットに突き刺そうとした――

 が、ハルッグはビームヒールを展開し、打ち合いを行った。

「お前にはもう未来はない!デウスを敵に回した時点でその罪は重い!死ね!ネルソン・アルビュース!」

「私は……死ねないッ!私には愛する人がいる!その人がいる場所に帰る義務がある!貴様を倒し、そこに向かわなければならないのだ!」

「世迷い事を抜かせェェェ!」

愛する人、エリィの元に戻る為、その障壁となっているアルメスを倒さなければならないネルソン。だがアルメスはその邪魔をし、ネルソンの抹殺を図る。デウスの裏切り者と見なしたアルメスの猛攻は凄まじい。

 激しいビーム刃同士の打ち合いが続く。少しでも出力を緩めれば、機体に傷が付くのは避けられない。

「デウスの再興の為に私は生きてきたッ!全てはデウス帝国の為に!あらゆる手段を使ってでも勝たなければならないのだ!貴様のような裏切り者等始末してくれる!!!」

「貴様はデウスの呪縛に囚われているだけだ!そんなものに何の価値があるというのだ!」

「デウスは死なんよ!神の国デウス!地球連邦の腐った連中は粛清され、新たなる時代をデウスが作り上げる!その為にはこの戦争に勝たなければならんのだ!!」

「デウスの亡霊め……!」

ビーム刃が激しく輝きを放つ中で両者の叫びが轟く。かつてデウス帝国に所属し、今は新たな未来を歩もうとするネルソンと、未だにデウス帝国に縛られているアルメス。かつての上司と部下の関係は、今や敵同士。過去の思想と、未来の思想のぶつかり合いと言えた。

 

バヂィィィィッ

 

その時、ビーム刃が弾けた。と、先に攻撃を仕掛けたのはハルッグだった。

 ハルッグのビームサーベルが展開され、ディエルMk-Ⅱに向けられた――

 

バシュゥゥゥゥ

 

咄嗟に、ディエルMk-Ⅱがビームライフルを放った。その攻撃を見抜き、回避した直後――

「ぐあああああああああああッ!!!」

素早い動きで、ビームサーベルをハルッグのコクピットに突き刺していた。その勢いで、ハルッグの左上腕部を破壊した。

「う……ぐああ……」

激痛に苦しむネルソン。無理もなかった。

何故なら彼の左腕では、もう消滅していたからだ。

「間一髪避けたか!次は無いぞ!!」

しかし今は戦場。痛みに悶える事すら許されない。ビーム刃によって溶かされた左腕。本当ならば右手で押さえたい程に激痛である。だが、彼は右手の操縦桿を離す事は無かった。

「私は……死なない……!絶対に死ぬ訳には……いか……ないッッッ!!!」

ネルソンはハルッグの操縦桿を思いきり引き込んだ。

 

ビゴォン

 

ハルッグのモノアイが、ネルソンの声に反応したかのように輝く。せめて、目の前の敵を必ず倒さんと、獲物を捕らえ、迫る。

 ロングビームライフルを槍状に変え、ディエルMk-Ⅱに迫る。しかし、この攻撃もすぐに回避される。

「そんな攻撃などッ!」

そして、ハルッグに向けてビームライフルを放とうとした時だった――

 

ズバァァァァァ

 

ロングビームライフルを捨てたハルッグが、すぐにビームサーベルを構え、間髪を入れずにディエルMk-Ⅱのコクピットを切り裂いたのだ。

 

「デウスに……栄光の……光……を……」

 

ハルッグのビーム刃を受けたアルメスは、その光に飲み込まれ、この世界から姿を消した。ネルソンは、左腕という大きな犠牲と引き換えに、アルメス・ラグナを倒す事に成功した。

「はぁ……はぁ……ぐぅぅぅ!」

失った左腕。激痛が彼を襲う。コクピットの隙間からは宇宙空間が見えている。ハルッグはほとんど機能を失っていた。もう、戦闘能力は皆無に等しかった。

「私は死ぬ訳には……行かない……クゥ……!」

戦闘機能を失ったハルッグに、左腕を失ったネルソン。この状況はどう見ても絶望的としか言いようがなかった。助けを求めるにも、ここは戦場。下手な信号を打つことは、敵にも居場所を教えることになる。そうなれば、自身の死にも繋がる。

「……ダメか……エリィ……私はもう……ここまでか……」

ネルソンの意識が、少しずつ薄れていく。いつ爆発してもおかしくないハルッグの中で、激痛に耐えるネルソン。呼吸は次第に荒くなっていき、もう、考える事すら出来ないでいた。

 

ネルソン・アルビュース。デウス動乱にてデウス軍のエースパイロットとして活躍していた彼はその戦いの中でシュリィという名の恋人を失った。

時は流れ、平和世紀になり、彼はエリィ・レイスと出会った。MS乗りとして行動していき、やがてセイントバードチームとして行動していく。その時からだろうか、エリィの事を意識するようになったのは。

彼がエリィに対して想いを伝えたのは国連による新生連邦本部攻略戦の時。セイントバードが炎に包まれ、朽ち果てようとした時。エリィが艦と共に命を共にしようとした光景を見て、想いを伝えた。結果、彼等は互いに愛し合う関係となった。

 ネルソンとエリィ。両者共に、デウス動乱時に恋人を失った者同士。その彼等が現在は惹かれあい、添い遂げようとしていた。だがこの四つ巴の戦いが彼らに大きな試練を与えた。

 今、エリィは国連の旗艦、アッサラームと戦っている。一方のネルソンは、アルメス・ラグナによって致命傷を負う羽目になった。辛うじて敵を退けたネルソンだが、その代償はあまりにも大きい。

「感覚もなくなってきたな……ぼうっとするな……これが……死……か……」

やがて痛みの感覚もなくなってきた彼は、自身の死を受け入れる準備を始めていた。

 

「……さん――」

「……ん……」

「ネル……さん――」

「……?」

「ネルソンさん――」

 

その時、かすかに音声が聞こえた。聞き覚えのある声。若い、男性の声だ。

朦朧とする意識の中、彼は耳を立てる。そして、目を少しずつ開ける。

「ネルソンさん!無事ですか!?」

そこにいたのは、ガーストだった。ダメージを受けていたハルッグの残骸を見て、すぐに反応したのだ。

「ガースト……か……」

「左手が……クッ……!」

戦闘の犠牲の象徴を見てしまったガーストはただ、歯を食いしばるしかなかった。やがて彼の駆るハイエッジカスタムはハルッグのコクピットに近づき、声を掛ける。

「こっちに来られますか?ハイエッジのコクピットに!」

「……どうやら、助かったのか……私は……?」

「助かったんですよ、ネルソンさん……」

「そうか……すまないな……ガースト……」

残っている意識を辛うじて奮い立たせ、動き出す。同時に、左腕の痛みが再び感じるようになった。

「ぐぅ……!」

「大丈夫ですか!?」

「ああ……何とか……」

ネルソンはハルッグのコクピットを開け、ハイエッジカスタムの右腕に乗り移る。ガーストは、そのままネルソンをコクピットに回収した。

 

「大丈夫……じゃなさそうですね……」

「君が来てくれなければ、私は死んでいただろう。まだ死ぬなという事なんだろうな……」

「そうですね……エリィさんにも会わないと行けないでしょ?」

「フ……そうだな……」

「ハルッグはもう駄目ですね……せめて、アルバトスに送りますよ。」

ガーストから“アルバトス”という単語を聞き、ネルソンの目は大きく見開かれた。

「……あ……あぁ……!ガースト、すまない!急いで戻れるか……!?」

「あ……え!?」

急に声を荒げたネルソンを見て、ガーストは驚いた。

「今、アルバトスがアッサラームに襲われている!まともに相手しては勝ち目がない相手だ!急いで戻って援護してくれ!頼む!」

「え!?そんな!急ぎますよ!」

「出来るだけ、早くな……!ぐぅぅ!」

声を荒げようとすると、ネルソンの左腕が疼く。消滅した左腕。何の処置もしていない状態でこの中にいる為、痛みが抑えられない。

 ネルソンの言う通り、急いでアルバトスへ向かおうとするガースト。ハイエッジのスラスターの出力を上げ、この宙域から離脱しようとした時だった。

 

ドォォォォォォォォォッ

 

一筋の光線がハイエッジカスタムの前を通過した。それと同時に、ハルッグの残骸が破壊された。

 デウス動乱後のネルソンの愛機。それが今、瞬く間に爆炎に包まれたのだ。

「何だ!?」

ガーストが反応した直後、更にミサイルが迫ってきた。避け切れない為、ビーム砲を展開してミサイルを撃破する。

「新生連邦の核持ちガンダムか……!」

「クソッ!このタイミングかよっ!」

眼前に現れたのはアトミックガンダムだ。

「キキキキキキキ……カカカカカカカカカカカ……!」

アトミックガンダムのパイロット、ハーディ・クオレントは奇妙な笑みを浮かべる。目には無数の毛細血管が映り、明らかに“異常”と言える表情をしていた。

「今はアルバトスに向かう事を優先します!」

「それが正しい!頼む、ガースト!」

ネルソンの身体の状態や、アルバトスがピンチの状況を考慮し、ガーストは急いでハイエッジをアルバトスに向かわせる。しかし、アトミックはこれを追いかける。

 国連の刺客として迫るアトミック。MA形態に変形し、ハイエッジカスタムに迫る。

そこへ、新生連邦のディースト、ジョゼフが現れた。各二機ずつ、合計四機。増援に囲まれたハイエッジカスタム。

「こんな奴らの相手をしてる場合じゃ―」

すると、この四機は次々とに姿を消した。アトミックのビームランチャーによって撃ち抜かれた為である。この光景に、驚きを隠せないでいたガーストとネルソン。最初、誤射かと思われたが違う。的確な射撃で、これらを破壊したのだ。

「こいつ!味方を狙っている!?」

「訳が……分からないな……どういう意図だ……?」

「ク、とにかく今は逃げるしか……!」

この時彼等は知る由もなかった。アトミックガンダムは国連の所属になっていたことを。目の前で起きたことに対する混乱はあったが、この場に留まる方が危険だ。今は早くアルバトスに合流する必要があった。

 

 

 

 アルバトスはアッサラームの猛攻から逃れつつ、様子を見ていた。デウス残党軍の介入があったが為に、彼等はどうにか、追い込みをかけられずに済んでいる。

 しかしこのままアッサラームを敵に回していてはまず、勝ち目がない。対抗できる数少ない武装とすれば、艦下部に搭載されているプラズマカノンぐらいか。

「大尉は大丈夫なんスかね……全然戻ってくる気配がないですけど……」

「とにかくMSを集めなきゃ……ウィレスさんは全力で潰そうとしている……援護がないとまず勝てないわ、あの戦艦には……」

先の攻撃で分かった、ウィレスの本気。それを感じ取ったからこそ、エリィは恐ろしさを感じている。そして、彼女の中にあった淡い期待も消えつつある。

「艦長!援軍です!シュネルギアが来てくれました!」

「ジャンヌさんが!?良かった……!」

不幸中の幸いだった。この宙域にシュネルギアと合流することが出来た。シュネルギアはこの戦いが始まるまで新生連邦の艦隊と戦い続け、どうにか生き延びていた。

「エリィさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫……とは言えないですね……見ての通り、アッサラームに襲われてます。」

状況は不利であることに変わりはないが、シュネルギアという頼もしい味方が加わったことはエリィにとって非常に大きい。

「シュネルギアはアルバトスを援護して下さい。ミサイル、展開。二時方向へ移動しつつビーム砲を発射。」

ジャンヌの指示通り、シュネルギアはミサイルを発射し、その上で両翼のビーム砲を放つ。

これらの砲撃はアッサラームから展開されるハイエッジに直撃。破壊されていく。

「MSの数が多すぎて……」

「怯む暇はありません。砲撃に集中して下さい。少しでもアッサラームの戦力を削ぐことを優先します。エリィさん、行けますか!?」

「あ、はい!行けます!」

シュネルギアとアルバトスはほぼ同時攻撃の形でミサイル、ビームを展開した。これらの砲撃はアッサラームに対する牽制には十分と言えた。

「艦が増えたところでアッサラームの敵ではない!砲撃を怠るな!ハイエッジ隊もビームキャノン一斉展開!てーッ!」

二対一の状況であったがウィレスも負けていない。アッサラームはその物量を活かし、無数のビーム、ミサイルを放ち続ける。

 それに続くハイエッジ。しかし、ビームキャノンを展開している最中の事だった。

 

ズバァァァァァッ

 

そのハイエッジを切り裂く一機のMSが。アステリアだ。パイロットは、ファージ・ネイヴァン。混戦の中を辛うじて生き延びていた彼は、母艦の危機に気づき、急いで戻ってきたのだ。

「随分やばい事になってんな!FPBと国連とのぶつかり合いかよ!」

そう言いながら、ファージはFPBの艦に対して砲撃しているハイエッジを攻撃したのだ。そして、更にロングレンジビームライフルを連射し、攻撃をする。

 国連のハイエッジとは比べ物にならない猛撃で、一機ずつ、確実にハイエッジを破壊していく。僅かではあるが、FPBの脅威を一機ずつ破壊していく。

 

バシュゥゥゥゥッ

 

別方向からビームライフルの光が。放たれた光の先にいたのはツヴァイガンダムだ。

「アルバトスが襲われてる……!早く戻らなきゃ……!」

先程クラリスとの交戦を終え、この宙域に戻ってきたレイ。今はアルバトスを守る為、彼は動く。

「女顔の少年か!無事で何より!」

ツヴァイの存在に気付いたファージは回線を繋ぐ。

「ファージさん……ですね……」

「名前も覚えてくれて結構!とりあえず母艦を守ろうぜ!あのデカブツ戦艦に襲われてるって話だからな……」

迫るアッサラームと、国連のMS。ツヴァイはブリッツファンネルを再び展開し、これらのMSに対して一斉に砲撃した。国連のハイエッジは次々と破壊されていく。

「なあ、レイ。あのお嬢ちゃんと仲が良かったんだろ?無事ならいいけどな……」

“お嬢ちゃん”とはスバキの事だ。ファージの言葉を聞いたレイは、俯く。レイの表情を見たファージは表情を変え、その心境を察した。

「チ……クソ……」

スバキが生前に数回程度だが交流をしていたファージ。無事でいて欲しいと願ってはいたが、その願いは叶わなかった。スバキはクラリスに殺され、そのクラリスも、レイに殺された。戦争が引き起こした幾つもの命のやり取り。この場にいる彼等も、それは例外でない。

 

ピピピピピッ

 

「ん!?別のMSが来てるだと!?」

「他のMSよりも速い機体……?」

その時、レーダーに一つの熱源反応を感知した。その熱源はアルバトスの方向へ向かっている。それを阻止しなければならないと思い、ファージのアステリアは向かった。

 

 この宙域に現れたMSは、アトミックガンダムだった。アトミックはガーストのハイエッジカスタムを追ってここまで来たのである。アトミックの狙いは、FPBの艦だ。MA形態のままビームランチャーを連射し、砲撃を行う。

「アルバトスには合流出来そうだな……!こいつはここで倒す!」

ハイエッジカスタムは逃げる姿勢を止め、ビームニードルを展開した。それらはアトミックガンダムに向けて放たれるが、それに反応したハーディはすぐに回避行動をとった。

「キキキカカカ!」

言葉を発しない存在に成り果てたハーディだが、その的確な判断は残存していた。それは、今は無きデスペナルティ、バイラヴァーにも搭載されていたFLCシステムによる恩恵と言えた。

「待て……ガースト……様子がおかしい……まさか……!?」

「え!?」

その時だ。アトミックはMS形態に変形した。と同時に、胸のハッチを開く。

 それが意味するもの……それは、核ミサイルの発射だ。しかも、ここは戦場の真ん中。ここで核ミサイルを撃つという事は、甚大な被害が及びかねない。

「チッ、させるかよ!!」

ファージは先行し、核ミサイルを撃ち落とそうと、ビームライフルを連射する。

しかし、それはあまりに危険な行為だった。

「ファージさん!待って!あのガンダムは――」

レイがファージを止めようとした時だった――

 

ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ

 

遅かった。大規模で、丸く、赤い光が激しく輝いた。この凄まじい爆発は敵味方関係なく巻き込む。国連側のハイエッジ、FPB側のMS達も被害が及ぶ。そして、近隣にいた新生連邦のMSも爆発に巻き込まれたのだ。

眼前に迫る赤い光。それはツヴァイガンダムも飲み込もうとしていた。急いで逃げなければいけないのは分かっていた。だが、身体が動かない。動いてくれないのだ。

 

ガキィン

 

すると、ファージのアステリアがツヴァイを蹴った。その反動で赤い光の爆風から逃れることが出来た。

 しかし、その代わりにファージが犠牲となる事になる。

「絶対生き残れよ……ナ……お嬢ちゃんに会ってくるぜ……」

アトミックガンダムの情報が入っていなかったが故のファージの敗北。最期はレイを爆風から退ける代わりに自身が爆風に巻き込まれた。無論彼の身体一つ残らず、この世から去ったのだ。

「ファージさん……!」

短い付き合いであったが、レイの中で、ファージ・ネイヴァンという男の存在が確かに刻まれた。身を挺して自分を助けてくれた事は、忘れることは無いだろう。

 

 

アトミックガンダムが核ミサイルを使ったことにより、甚大な被害を出した国連軍。アッサラーム艦内ではギルスが、舌打ちを打っていた。

「こんな所で核ミサイルを使うとはな……あれはエレシュキガル攻略の際に利用できた兵器だというのに。所詮は新生連邦の強化モデルか。」

アトミックガンダムの核ミサイルの情報はギルスにも伝わっていた。それが強大な破壊力を秘める機体という事も。だからこそ、核ミサイルはこのような場所で使いたくなかったとギルスは言った。

「元々は新生連邦のMSとパイロットです。情報によればあれは核ミサイルの発射を理性でコントロールする為の試験用の機体であり、そのパイロットだったとか。」

「何にしても戦力であることに変わりはない!戦力は多い方が良い!さあ艦長!ドンドン攻めていこう!」

ギルスは笑みを浮かべる。ウィレスはその笑顔を見ることなく、前方に映るアルバトスとシュネルギアに攻撃をするよう、指示をした。

 

 

 ファージ・ネイヴァンを失ったFPB。だが悲しみに暮れている余裕はない。その間も国連軍は砲撃を続けていたからだ。

 この時、レイはガーストと合流していた。ガーストはレイに対し、指示を出す。

「レイ、俺はアルバトスに戻る。ネルソンさんが怪我をしているからな。」

「ネルソンさんが、中にいるんですか!?じゃあ、ハルッグは……?」

レイは事情を知らないままこの宙域にいた為、ハルッグが破壊されたことなど知る由もなかったのだ。それと同時に、モニターが開く。ガーストが気を利かせ、回線を繋げたのだ。

「ネルソンさん!え……腕が……」

戦争が引き起こした悲劇はここにも影響した。スバキをはじめ、既に彼の知る人達は多くの人が犠牲になっている。ネルソンは生きてこそいたが、その代償に左腕を失った。

「レイ……見ての通りだ……ガーストに運んでもらう。君はどうにか持ちこたえてくれ……アルバトスを……エリィを守ってほしい……」

レイの口からは言葉が出ようとしていた――が、止めた。そして、静かに頷いた。

「……頼む、レイ。」

そう言ってモニターは切れた。ガーストは、すぐにハイエッジカスタムをアルバトスに向かわせた。一方のレイは目の前にいるアトミックガンダムと戦う事を選んだ。

 

 

 

 国連とFPBの攻防が続く。物量は国連が圧倒的に上だ。その上、国連の旗艦であるアッサラームは鉄壁の要塞。並の兵器では通用しない。攻撃し合っていては消耗戦になるだけだ。

「弾幕を張って下さい。その後ミサイルで広範囲に射撃を!」

「アッサラームにプラズマカノンを展開して!」

アルバトスは最強の兵器であるプラズマカノンを向けた。

「敵艦にプラズマカノンを展開しろ!」

互いの戦艦の最強武装が向かい合う。両艦にエネルギーが蓄積され、やがて放たれた。

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

互いのプラズマ砲が衝突し合うが、アッサラームのプラズマカノンの方が威力が上だ。

プラズマ兵器をやり過ごすにはそれ以上の威力のプラズマ兵器をぶつけるか、回避するしかない。アルバトスのプラズマ兵器は相殺され、アッサラームのプラズマ兵器がアルバトスに向けられた。

「回避を!!!」

「了解!!!」

大出力のプラズマ兵器がアルバトスの右翼を通過する。その破壊力は凄まじく、後方のFPBの艦隊を巻き添えにし、破壊した。

(ダメ……やはりアルバトスじゃアッサラームには勝てないの……?)

圧倒的な力で迫るアッサラームに成す術がない状況。彼女は、心底絶望した。どうすればこの状況を抜け出せるのか――懸命に考える。幸いなのは、この宙域をレイが守ってくれているという事ぐらいか。レイがいなければこの宙域を守る機体は限りなく限られてしまう。

 

ピピピピピッ

 

「艦長、通信が!ガースト機からです!」

アルバトスに着艦したガーストからの通信だ。エリィは回線を繋ぎ、モニターを開く。

「エリィ、無事か!?」

声を出したのはネルソンだ。エリィは彼の無事を見て安心した。

 

 しかしその安心はすぐに絶望へ変わった。左腕を無くしたネルソンの姿を見て、口を両手で覆ったのだ。

「ネルソン……貴方……腕……が……あ……ああ……」

ブリッジ内は陰鬱な雰囲気に包まれる。スラッグとインクの両者も変わり果てたネルソンの姿を見て、落胆した。

「何を悲しんでいる……私は君の無事が見れた。それだけで良い……私はもう戦えない。あとはガーストに任せる。すまないな……役立たずで……」

と同時にモニターが切れた。

 辛うじてネルソンは生きていた。しかし変わり果てた姿だった為、エリィは心底動揺した。

(こんな事はもうあってはならない……やっぱり止めなきゃ……!)

戦争では五体満足で生きている事が奇跡的と言える。ネルソンも、本来ならば死んでいてもおかしくない状況だったがガーストによって救われた。

 エリィは動揺している。しかし、ネルソンは生きている。今はそれを嬉しく思わなければならない。彼女が動揺している間も、一つ一つの命が亡くなっている。そう思った時、エリィはある決断をしたのだ。

「インク、アッサラームに回線を。」

「え……?なんで……?」

「いいから!」

エリィは命令した。再びウィリアとの話し合いを試みようというのだ。

 

「ウィレスさん!やっぱりこんなのは間違ってます!」

突然のアルバトスからの回線を受け取ったウィレス。彼女は一度アルバトスの砲撃を止めるよう、命令した。

「どういうつもりだ?命乞いのつもりか!?」

「違います!ウィレスさん、もう一度話を聞いて下さい!!」

エリィはウィレスに再び話し合いを試みようとした。この、砲撃が始まっている最中に。無論、この場にいた誰もがエリィを止めようとした。スラッグ、インク共にエリィを止めようとするが、彼女は止めない。懸命に、ウィレスに自身の想いを伝えようとしていた。

「こんな意味のない戦いなんてする必要がないんです!貴方は腐敗した国連の指揮官として戦って何も感じないんですか!?私は悔しくて堪らないです!その、側にいる人が放った偽りの言葉!貴方はそれに従うんですか!?貴方のような偉大な軍人が、どうして……こんな腐敗した国連に所属をしているんですか!?」

エリィの目からは涙が溢れていた。止まらない、涙。恩師であるウィレスを想うが故の、涙。

「偽りの平和なんて私にはいらない!真の平和の為に私はMS乗りを捨て、今ここにいる!貴方は偽りの平和と共に戦っている!そんな事をしても貴方自身何にもならない!」

対するウィレスは歯を食い縛り、黙っている。握り拳を作り、エリィを睨むように見ていた。

「偽りの平和があるなら、私達は戦う!どれだけ多くの血が流れても!それでも偽りの平和に味方をするのなら、ウィレスさん!私は覚悟を決めて敵になります!貴方を全力で倒します!!!」

エリィの声は渇いていた。はぁはぁ、と途切れる声。掠れる声。それ程にエリィは声を出していたのだ。

「真の平和の為だと!?笑わせる!お前達の存在が今の平和国の敵だ!ギア・ジェッパーの演説に踊らされた愚かな人間め!アース将軍!敵は宣戦布告をした!なら、全力で叩き潰せば良い!」

ギルス・パリシムは握り拳を作り、テーブルを叩く。それに応じるかのように、ウィレスはアルバトスに対し、砲撃命令を下した。

「目標敵艦!砲撃用意!」

ビーム砲をアルバトスに向け、一斉展開した。アルバトスとの距離は近い。このまま一斉砲撃を受ければ、アルバトスは破壊されてしまうだろう。避けるにも間に合わない距離だ。絶望の状況がエリィ達を襲った。

「これでFPBの戦力を削れる!私の敵が消える!終わりだFPBの戦艦め!ハハハハハ!」

ギルスは高らかに笑った。勝利を確信した男の、奇妙な笑み。

「これで私の時代が近付く!残る敵は新生連邦とデウス残党!敵性戦力は排除だ!

私の時代の邪魔をする者は排除だァ!!!!!」

 

「砲撃を止めろ!」

「!?」

ギルスは一瞬、何が起きたか分からない様子だった。ウィレスが命令したアルバトスへの一斉砲撃を止めたのは、辛うじて理解できている様子だった。

「そして、エレシュキガルの宙域にいる全ての軍へ回線を繋げ!!」

「アース将軍、何を……?」

ギルスの疑問に答える事もなく、ウィレスは回線を繋げた。そして、彼女は全軍に対して次の発言をするのである。

「全軍、攻撃を中止せよ!!!」

あろうことか、ウィレスは全国連軍に対して戦闘の中断を指示したのである。あまりに突然の事に、国連は勿論、FPB、新生連邦、デウス残党軍が驚いた。やがて、この言葉を聞いた全てのパイロットは、一時的に攻撃を停止したのである。

「ここ、アッサラームに平和への逆賊が出現した!名は、ギルス・パリシム!平和国連盟最高議長である!!!」

ウィレスは全軍に対して回線を繋いで叫んだ言葉は、ギルスを敵と見なす発言だった。あまりに突然の事で、ブリッジ内は勿論、国連軍の兵士達は耳を傾けた。

「あ……アース将軍……何の冗談かな?貴官が何を言っているのか私にはサッパリなのだが?」

ギルスは目を何度もパチパチとさせ、何が起きたのかを把握しようとしていた。その額からは冷や汗が浮き出ており、ただ、動揺していた。

「ギルス・パリシムは平和国連盟の最高議長でありながら、自己の欲の為だけに組織を私物化しようとしている!先の発言にある、“私の時代”という単語が何よりの証拠である!」

前代未聞のその様子は、モニター越しにエリィ達にも伝わっていた。エリィはすぐにFPBに攻撃を停止するよう要請。その状況に違和感を覚えた新生連邦、デウス残党軍も各々が攻撃を停止するように指示した。

ウィレスの発言により、この場にいた全軍の攻撃が一時的とはいえ、停止したのである。

「議長、私はこの戦争が始まる前に貴方に言いました。もし、平和国に対する脅威が現れるならば、如何なる手段を用いてでも私は敵を駆逐します……と。それが、今だと判断しました。」

「平和国に対する脅威が……私だと……?何を言っている!?気でも触れたか!?私は平和国連盟最高議長なんだぞ!?」

あくまでも自分が最高議長である事を誇示するギルス。しかし、ウィレスは言い続ける。

「議長、貴方は言いました。“皆が幸せになれる、平和な世界”と。その世界の果てが、貴方の世界という解釈で、宜しいですね?」

「な……んだ……と……!?」

そう、ギルスは自身の発言で墓穴を掘ったに過ぎない。彼の発言が引き金で、FPBが創設された。しかし、それは彼自身によって隠蔽され、現在の、国連とFPBが対立する状況を作り出した。その時のギルスの発言を疑問に思う人間は居ただろうが、それを確信にする証拠がなかった。隠蔽された為だ。

 だが今のギルスは愚かにも、自ら墓穴を掘った。自軍の脅威となっている敵艦を排除できるという最高潮のタイミングで、彼は本性を現してしまったのだ。これ程に滑稽で愚かな事は果たしてあり得るだろうか。

「平和国連盟の規定した平和条約にはこのような事項があります。“如何なる時でも私利私欲の為の平和行使はあってはならない”と。独善な考えの平和は独裁者のそれと変わりません。政治家は勿論、数多の民衆の意見を反映していき、法律は決定されます。貴方の今の発言は明らかにそれらとは逸脱している。その独善的な発言。まさに、平和を望む人類に対する、“人類の癌”と言っても過言ではない!!」

「人類の……癌だと……!?」

ギルスの表情は苦悶に満ちていた。自らの墓穴の結果、受ける屈辱。彼は今、ウィレスに対する憎しみを向けていた。

 

その様子は、アルバトス艦内は勿論、シュネルギア艦内にも映し出されていた。全クルーが見守る中、ギアは一人、内心で笑みを浮かべていた。

(こうも簡単にボロが出るとは……ギルス・パリシムは所詮小物だったという事だ。あとはあのアッサラームがどう出るか……我々にとって状況は、有利に傾くか?)

ギルスは気分が高揚した時にその本性を現すのはギアは知っていた。まさか、このような形で彼の本性が暴露されることは想定外だったが。それでも、FPBにとっては状況が変わりつつあるのには間違いなかった。

 

 

騒然とするアッサラーム艦内。ウィレスの一連の言葉に対し、ギルスは

「軍のトップが私に歯向かう事はあってはならない事だ!私はギルス・パリシム……平和国連盟の最高議長だぞ!国連は私の一存で成り立っている組織だ!アース将軍、貴官は所詮は軍属!軍属の貴官は私に逆らう事はあってはならないのだよ!!」

錯乱するギルスは両手で頭を抱え、歯を食い縛り、言った。

「確かに国連は平和国連盟の所属する軍です。しかし勘違いしないで頂きたいのは、この艦の責任者は私だという事ですよ、議長。」

「何をする気だ……貴官は……」

自身の野望を暴露され、目の前にいるウィレスを恨む様子のギルス。

「アッサラーム全クルー、並び国連全軍へ通達。我々はこれより平和の敵であるギルス・パリシムから離反する。合流先は、FPB。元国連の人間達が集まる場所。そこへ合流しろ。」

あろうことか、ウィレスは全軍に対し、国連を離反しろという命を下した。これは事実上の国連の敗北を意味する。それは彼女の権限によって成り立つものだった。

「き……きききききききききき……貴様ァァァァァ!!!」

後がなかったギルスは、遂に発狂。しかしウィレスはそれに構うことなく、全軍へ伝える。

「平和の逆賊がいる以上、国連がギルス・パリシムの為に戦う必要は一切必要ない。我々はFPBと合流し、エレシュキガルを止める任務がある。さあ、行け!お前達もここを離れろ!」

アッサラームクルーは困惑するばかり。そこへ、ギルスが言う。

「こいつの命令はとち狂っている!!!私は議長だぞ!?国連の上に平和国連盟があるんだぞ!?その議長が私なんだぞ!?どちらの立場が上か分かるだろう!?お前達は当然、議長の命令に従うだろう!」

ウィレスとギルスの意見が分かれた。騒然とする艦内。しかし、ある一人のクルーが声を上げた。

「アース将軍、貴方の命に従います!」

その言葉に続くように、他のクルー達も発言した。

「私も!」

「そうか、なら行け!ここに残るのはギルス・パリシムと私だけで良い!」

ここで、人望の差が明らかになった。ギルスを疑問に思う人間達がどれ程多かったことか。今回のウィレスの言葉で明らかになったのである。

 

パァンッ

 

だが、一人のクルーが突如凶弾によって倒れた。銃弾を放ったのは、あろうことか、ギルス・パリシムだったのだ。

「平和国への反乱は許さんぞ……軍は私の指示通りに動けば良いのだよ!この女の命令に従う者は殺すぞ!」

錯乱したギルスは銃を構え、クルーを脅す。もはやその光景は議長の姿ではなく、只のハイジャック犯と変わらなかった。

「逆賊め!!!」

と、ウィレスがギルスの腕を抑え付けた。

「貴様ぁ!!」

「全クルーは退避!国連軍はFPBへ合流!アッサラームは国連の戒めとして残す……」

それがウィレスの意志だ。ギルスという平和の敵をこの艦に残し、アッサラームのみを敵に仕向けるというのが、ウィレスの目的だった。

 やがてクルーは皆アッサラームから脱出。残ったのはギルスとウィレスのみとなった。

「こんな事をして只で済むと思ってるのか……ウィレス・レイド・アース!!!」

「只で済む?そんな訳がないでしょうね。私も貴方に加担した存在。ならば責任は果たす必要がある!平和への逆賊として、貴方と共に沈む責務がある!」

彼女の目的は、平和の敵を作り出すこと。この場にいるギルスをはじめ、今まで偽りの平和を作り出してきたギルスに加担していたのは自分。だから、その責任を果たさなければならないという、ウィレスの目的。

 だから、彼女は国連軍全体に命令した。残る敵はギルスと自分だけで、良いようにする為に。実際、アッサラームクルーの中でギルスに心酔する者は誰一人としていなかった。ギルスの人望のなさが、ここに現れたといえる。

 ウィレスの発言を機に、国連軍は事実上の崩壊を始めた。いや、正確にはFPBと統合を果たしたと言うべきか。これにより、この戦争の流れは大きく変わっていくこととなる。

 

パァンッ

 

「グッ……!?」

ウィレスの肩を激痛が襲った。ギルスが、彼女の肩に対して発砲したのである。

「私を愚弄するからこんな目に遭う!ただでやられる気はないぞ……アッサラームは私が動かす!せめてさっきのアルバトスは沈めてやる……!」

と、ギルスは中央のコンピュータを触り始めた。

「何のつもり……だ……ギルス・パリシム……!」

「そこで見ているがいい!アッサラームは私の城として利用してやる!もし邪魔をするのならば今度は殺すぞ!ウィレス・レイド・アース!」

肩の負傷が酷い。思うように動けないウィレス。彼女はギルスの行動を、許してしまう形となったのだ。

 

 アッサラームから多数のミサイルが発射される。これは、全てギルスが操っている為だ。FPBだけでない、あらゆる方向にミサイル砲撃が行われたのだ。

「狂乱したか、ギルス・パリシム。」

「アース将軍とギルス・パリシム議長が対立している……という事でしょうか。」

「あそこから放たれるミサイルは恐らく、あの男が操っている。中で何が起きているかは分からないけどね。一方の、アース将軍がどうなっているのかが気になるが……」

中の様子は分からない。ただ、狂ったようにミサイルを放ち続けるアッサラームは、先程までの明確な射撃を出来ないでいた。最早それは、只の壊れた要塞でしかなかった。

「もしこちらに照準が向けば……ジャンヌ嬢。君はどう指揮を執る?」

「出来れば、ブリッジに当てないようには砲撃命令を行いたいところですが……」

アッサラーム内にウィレスとギルスがいる状況では、彼等も攻撃に躊躇いが生じる。

 何度かウィレスとは交流しており、窮地を救ってもらったこともあった。いわば恩人である彼女を撃つことは、とてもではないが出来ないのだった。

 

「ハハハハハ!まだまだ弾薬はある!クルーがいなくても私が操る!私の世界を作り出してやる……このアッサラームなら出来る!」

狂乱するギルスはあらゆる方向へミサイル、ビーム砲を放つ。その巨体故、エネルギー源並びに弾薬は多数搭載されており、容赦のない砲撃を繰り返す。

(このままこの男の勝手を許す訳には……)

肩を手で覆い、痛みに耐えるウィレス。その手を止めなければならないと、彼女は考えた。

(奴は最早平和の敵……私の手で……)

そう言って、彼女は取り出したのは銃だ。遂に、ウィレスはギルスに対して牙を向けることになったのである。

「貴様ァ!」

 

パァンッ

 

異変に気付いたギルスは再びウィリアの方に目掛けて銃を放った。今度は右腹部。多量の出血をするウィレス。

「ぐぅ……ぅ……」

「さあ……次はさっきの艦だ……今度こそ沈めてやる……!」

次にギルスが標的にしたのは、アルバトスだ。ギルスはコンピュータを操作し、再びプラズマカノンを展開し始めた。

「させるか……!」

が、しかし。ウィレスはそれを身を挺して止めた。上半身を使い、ギルスの腕を覆いかぶさる。それと同時にアルバトスへ回線を繋げた。

 

 

 回線を受けたアルバトス。インクはすぐに傍受し、エリィに繋ぐ。

「エリィ、聞こえるか……?」

「ウィレスさん……?その姿……?」

先程と変わり果てたウィレスの姿に驚愕するエリィ。この戦争により、彼女にとっての、大切な人達の変わり果てた姿を二度も見ることになった。そして、その姿を見てギルス・パリシムに撃たれたという事がすぐに認識できた。

「アッサラームを……撃て……ギルス・パリシムの横暴を……これ以上許す事は出来ない……」

モニター越しに、出血しながらエリィに指示をするウィレス。エリィは涙を流し、答えた。

「出来ませんッ!そんな事……なんでウィレスさんが……こんな……」

デウス動乱時に、ウィレスに救出してもらった過去があるエリィ。その時にウィレスについていくような形で旧地球連邦軍へ入隊した。

 戦後になり、彼女らはバラバラになった。ウィレスは国連軍に入隊し、今では将軍を務める程に。エリィはMS乗りとして世界を駆けていた。

 戦後になり、両者は再会した。だがその時はエリィ達は国連の捕虜のような扱いを受けていた。立場の違いはエリィを傷付けていたのである。

 再び会う機会があるとされたが、それは新生連邦本部攻略戦の時だ。その際、エリィはウィレスに会う事が出来ず、また、セイントバードのクルーの扱いの理不尽さに対し、平和国連盟への不審を募らせてしまう事になった。

 ようやく会話が出来たと思えば、そこは戦場。増して、エリィは国連から独立した、言わばテロリストのような存在であるFPBの所属。両者は結局、互いに共闘する事なくこの状況を迎えてしまったのだ。

「平和に対する脅威は消えるべきだ……私も含めて!エリィ!早く撃て!」

「邪魔をするな!貴様ァァァ!!!」

ギルスはウィレスの後頭部を銃で殴りつける。その衝撃の余り、彼女は床にひれ伏す形となってしまった。

 ただでさえ出血多量だったウィレス。追い打ちをかけるように容赦のない暴力を受けた彼女はそのまま動かなくなった。

「ウィレスさん!」

モニター越しで、自身の恩人が惨い事をされているにも関わらず、何も出来ない悲しみと、やり場のない怒りに駆られたエリィ。

 やがてモニターはギルスによって消され、そのギルスは、コンピュータを使い、もう一度プラズマカノンを展開し始める。

「……撃つしかない……アッサラームを……撃つッ!」

エリィは、覚悟を決めた。自身の手でウィレスを、そしてギルスを葬ろうと、決意したのだ。

「プラズマカノン展開!目標、アッサラーム……」

「艦長……」

エリィの心境を察したスラッグは静かにスイッチを押す。アルバトス下部のプラズマカノンが展開され、もう一度アッサラームを狙い始めた。

「ハハハハハ!私の時代を邪魔するなら消えてなくなれェェェ!」

一方のギルスもスイッチを押す。アッサラームからプラズマカノンが展開され、エネルギーが蓄積される。

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

まずは、アルバトスのプラズマカノンが放たれた。しかしアッサラームに直撃する前に、アッサラームもプラズマカノンを放つ。出力はアッサラームの方が圧倒的に上。このままでは相殺されるどころか、返り討ちにある。そうなればアルバトスは宇宙の藻屑と成り果てる――

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

アルバトスの後方から、もう一隻の艦がプラズマカノンを放った。シュネルギアだ。ジャンヌが機転を利かし、砲撃を指示したのである。

 二つの閃光が戦場を駆け巡る。アルバトスとシュネルギアの放った閃光。これらはやがて一つになり、大出力のアッサラームのプラズマカノンを打ち破ったのだ。そして――

 

(そうだ……それでいい……エリィ……生きろ……)

 

「なにぃぃぃ!?う、うわああああああああ!!!」

二隻の、合わさったプラズマカノンの出力に負けたアッサラーム。その閃光はブリッジを突き破り、その巨体を貫いたのである。あまりに愚かなギルスの断末魔。それに対し、ウィレスの表情は、どこか、安らかだった。ギルス・パリシムの愚業を間近で見続け、それに苦しんだが故の、彼女の安らかな表情だったのだろうか。

 

 

 

アルバトスは勝利を収めた。国連の旗艦、アッサラームのブリッジは崩壊。鉄の要塞だったその艦は跡だけが残った。

 これにより、FPBにとって状況は有利になっていく。国連軍が次々と合流を開始。先程まで敵対していた両者は味方として闘っていくことになる。戦況は、大きく変わっていった。先程まで四つ巴だった戦場は実質三つ巴に。新生連邦、デウス残党、FPBの三勢力が渦巻きあう状況となったのだ。

「ウィレス……さん……」

エリィはただ、悲しんでいた。自らの手で恩人を殺めてしまった事。それがあまりにも、悲しくてやるせない。しかし今は戦場。まだ敵勢力が残っている状況。涙を流す暇など、無かった。

「熱源接近!」

インクが喋る。それと同時に出現したのはアトミックガンダム。アッサラームの混乱の最中、レイがアトミックガンダムと交戦していたのだ。

 アトミックガンダムは、あと一つ核ミサイルを搭載している。核ミサイルを残しているこのMSを迂闊に破壊すれば、大爆発は免れない。そこを考え、レイは周囲を見ながら交戦していたのである。

「キキキキキ……ククククク……」

しかし迂闊だった。そのアトミックガンダムはアルバトスのブリッジに向けてビームランチャーを構えている。接近を許してしまったのだ。

 

ズバァァァッ

 

しかし、それを防いだのはガーストのハイエッジカスタムだ。ネルソンをアルバトスに送り届けた後、すぐに再出撃をしたガースト。ハイエッジカスタムのビームニードルを使い、アトミックガンダムの肩部を突き刺す。

「お前の相手は俺だ!」

「ガーストさん!」

「こいつは俺に任せろ!もう、倒しても構わないからな!」

「気を付けて下さい……」

「こんな奴に殺されるかよ!」

そう言ってハイエッジカスタムはビームニードルをアトミックの肩部に突き刺した状態のまま、アッサラームの跡まで引き付けた。

 

 ハイエッジカスタムはアッサラーム跡のMSデッキ内に辿り着く。それに引き寄せられるアトミック。ビームニードルのアンカーは強力で、何度も逃げようと試みるが、ガーストはそれを逃さなかった。

「カカカカカ!」

言葉をしゃべらないハーディ。しかしその行動は対照的に至って計算されていた。MSデッキ内の電子機器に対してマシンガン、ビームキャノン、ミサイル等の武装を一斉展開し、爆発を起こした。

 やがて爆風が巻き起こり、ハイエッジカスタム内のモニターは爆風で敵機体が視覚で見れなくなる。

「ビームサーベルで来る気か!」

ガーストの頭の中で電流が流れる。そして、ビームサーベルを展開した。

 彼の読み通り、アトミックガンダムはビームサーベルを展開。両機体は打り合いを行う。ビーム粒子が散り、弾けている。

「こんな奴に……負けられるかよッ!!!」

先に打ち合いを止めたのはガーストの方だ。そして、ビーム砲を一斉に展開する。だが間一髪のところを回避され、次にアトミックは胸部ハッチを展開した。

「核ミサイル……!」

ハーディはガーストを抹殺する気でいた。しかも、打ち合いをした直後の距離だ。今爆発すれば確実に死が待っている。

「逃走経路を図りながら奴を破壊するしかねぇ……ハイエッジ、付き合えよ!」

周囲を探り、僅かな隙間を見つけ、ハイエッジカスタムはスラスターを全力で展開した。それと同時に、核ミサイルは発射される。

 ハイエッジカスタムは、そのミサイルに対し、ビームライフルを連射したのだ。

 

ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ

 

核爆発による強大な爆発がアッサラーム跡の中で起きた。赤い光はMSデッキを壊滅させる。ガーストは、アトミックガンダムが核ミサイルの爆発で破壊されるように仕向けたのだ。

「ぎ……ゃ……ぁ……」

ハーディ・クオレントの断末魔はあまりに小さいものだった。瞬く間に核ミサイルの爆発に飲まれたアトミックガンダム。この瞬間、新生連邦が開発したFLCシステムを搭載しているガンダムタイプは全て破壊された事となる。その最期は、国連に利用され、その挙句、自らの切り札に巻き込まれるというあまりに呆気のない最期であった。

 これと同時に、アッサラーム跡は宇宙の残骸と成り果てる。“平和”という意味の巨大戦艦は平和とは対となる存在である“核”の爆風に巻き込まれたのである。

「……間一髪……か。」

ガーストは生きていた。しかしハイエッジカスタムもダメージは負っていた。スラスターは無理をさせすぎた影響か、半分が破損している。このまま戦場にいては狙い撃ちにされると判断したガーストは、一度アルバトスへ帰還する事にした。

 

 

 

 国連の崩壊に伴い、戦局は大きく変わる。次々とFPBへ投降する国連軍。ウィレスの意志を継ぐ彼らは、すぐにFPBの戦力として加わる事となる。

 FPBに戦力が加わっていく。状況はFPBにとって、少しずつ有利に傾いていく。元々は新生連邦、国連、デウス残党の三大勢力が叩き合う中をエレシュキガル攻略をするという目的だったが、予想外の出来事により、国連の旗艦は陥落。

 この状況を快く思わなかったのが新生連邦軍だ。総司令、レヴィー・ダイルはエレシュキガル内にて指示を出した。ガンダムオラトリオのエネルギー供給の最中、国連の突然の全軍停止を見て、新生連邦が不利に働くと判断した彼は、暴挙に出る。

「ネェルガルキャノンを再充填開始!50%の出力で!戦力の削減を図ります!」

彼の指示通り、ネェルガルキャノンのエネルギーが少しずつ蓄積されていく。

「充填完了!」

「発射!」

指令室にいた人間達は一斉にレバーを引き。総司令は中央にあるグリップを握り、思い切り引いた。

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

一度放たれたネェルガルキャノンが、再び放たれた。今度は以前の比にならない威力で、新生連邦に敵対する戦力へ向けられる。

 

「ジャンヌ様!シュネルギアより強大な熱源を感知しました!これは……」

「全艦、射線上から離れて下さい!」

危険を予知したジャンヌはFPBの艦隊に指令を出し、ネェルガルキャノンの射線から離れるよう指示をする。エレシュキガルは国連の艦隊が集まる方向に砲身を向けており、その、7キロメートルに渡る砲門をいつの間にか向けていたのである。

 FPBの艦隊は大打撃を受ける。それと同時に、デウス残党軍の艦隊も。緑色をした閃光は多くの命を吸収していく。数多の艦隊や人を殲滅するその兵器は最早、人類にとって驚異的な存在と言えた。

「国連が陥落したかと思えばこれか……厄介な要塞だよ、あれは。」

「一刻も早くあれは攻略しなければなりません。」

合流した戦力の大半を失ったFPB。一方の新生連邦の艦隊は健在だ。デウス動乱後に戦力増強を志したレヴィー・ダイルの底力を、彼らは目の当たりにすることになった。

「あの要塞の動力部に近付く事さえ出来れば……」

「近づいても、新生連邦の艦隊が張り巡らされています。」

ジャンヌの言葉に対し、ギアは目線を下に向ける。

「ここはデウス残党軍を利用するしかないか……」

「ですが、デウス残党軍も打撃を受けています。立ち直るのに時間を要するでしょう。」

「エレシュキガルの一番近くにいる機体は?」

「ツヴァイガンダムです。」

「彼に頼るしかないか。」

アトミックガンダムとの戦いの後、宙域を離れていたツヴァイはエレシュキガルの近くまで接近していた。エレシュキガルによる砲撃は全ての戦力にとって脅威となる。それを止める為にも、ここで一番近くにいるレイに希望を託すしかなかったのだ。

「レイ、聞こえますか。」

ジャンヌはレイに回線を繋いだ。

「ジャンヌさん?」

「エレシュキガルの入り口に向かうことは出来ますか?あの砲撃を止めなければ、全てが終わります。あれを止めることを優先して下さい。」

「はい……止めます!絶対に!」

ジャンヌの言葉がレイに響く。レイ自身も先程の恐ろしい閃光を見ていた。全てを包む、破壊の光。あれは撃たせてはならないと、レイ自身も直感で感じていた。

(あんな恐ろしい兵器を使わせちゃ駄目だ……あれは人を……全てを壊す光だ!止めなきゃ、僕が!)

多くの人の命を一瞬で奪う光。そのような兵器など、平和世紀と呼ばれる現代では絶対にあってはならない。今こそエレシュキガルは止めなければならない――と、レイは感じていた。そして、ツヴァイのスラスターを展開し、エレシュキガルへ近づいていく。

 

 ツヴァイはエレシュキガルを止めんと、向かっていく。一方の新生連邦軍はそれを止める為に戦力を展開する。ディースト、ジョゼフ、エグゼマー、グランシェ。これらのMSは一斉に武装を展開するが、ツヴァイガンダムは全て破壊する。共鳴したブリッツファンネルは高出力のビームを展開し、全てを葬る。以前のレイならばまずしなかったであろう、“攻める”戦い。だが今は、攻めなければならない。そうしなければ、多くの人の命が奪われる可能性があるからだ。今のレイは、“守る”為に、“攻める”のだ。

「熱源!?」

そこへ、一筋の熱源反応があった。熱源から避けるレイ。その際、大出力のプラズマカノンがツヴァイの真横を通り過ぎたのだ。

 この砲撃を避けた後、レイはモニターを見る。そこにいたのは、エファン・ドゥーリアが開発したMSである、カーティウスだった。

「やあ、レイ・キレス君。」

颯爽と出現した機体に乗るその青年。彼の声には覚えがあった。

「その声は……シーアさん?」

「そうだよ。シーア・マックスだよ。」

眼前に現れたMS、カーティウス。そのパイロットは、過去にレイと共にモントリオールのプチモビルスーツ大会にともに出場していた青年、シーア・マックス。レイは、出来ればこの男と交戦をしたくない。過去の事があるからだ。

「そこを退いて下さい!あの要塞をなんとかしないと……」

闘いたくない意思を見せるレイはシーアに訴え掛ける。

「それは君の意志かな?それとも上の命令?」

「何を言ってるんですか……?」

妙な言葉でレイを翻弄するシーア。

「いや、ちょっとね。レイ君の気持ちが気になったんだよ。俺は今は軍属で、軍の命令に従って行動している。だから、エレシュキガルを守らなきゃならないんだ。」

冷淡な言葉でレイに言うシーア。表情は常に一定で、思考を読むことが出来ない男、シーア・マックス。レイはシーアの質問に対し、答える。

「僕は……僕の意志で動いてます!」

「へぇ、それは立派だね。」

彼の言葉には抑揚がない。まるで、関心を持っていない様子だ。

「それよりもそこを退いて下さい!あの光を見た筈ですよ!シーアさん!あんなものを放っておくわけにはいかないんです!あれは全てを破壊します!そんなの……あってはならないんです!」

ネェルガルキャノンの閃光は全てを葬る。当然恐ろしい兵器だ。最早人類が扱うにも持て余す兵器と言っても過言ではない。

「退く訳ないじゃない。さっきも言ったけど、俺はここの護衛を任されてるの。軍の人間として。敵である君をみすみす通すなんて、そんなことしたら命令違反になるじゃん。」

シーアは正論を言う。が、レイはエレシュキガルの危険性を伝える。

「あんな、簡単に多くの人を殺す兵器を守るのがシーアさんの役目なんて、そんなのおかしい……おかしいです!シーアさんこそ、自分の意志でそこにいるんですか?あれが危険だって分かっていて、それでも?」

懸命にレイは伝える。シーアとの付き合いはそう、長いものではない。彼の故郷、モントリオールでのプチモビルスーツ大会で僅かな時間の中で趣味の話をした程度。

 時は流れ、両者は敵同士となった。幾度か交戦し、そして今ここエレシュキガルで最終決戦を迎える。互いの戦う動機を確かめ合う両者。しかし、その差は余りにも大きいものがあった。

「危険だとは思ってるよ。重々承知。けどね、俺は新生連邦軍の所属なんだ。君みたいな子供じゃ、分からない事情があるんだよ。」

「それは何ですか?その、事情って……?」

シーアは無表情のまま、語る。

「生活、趣味、これからの人生の為に必要なモノ……それはお金。俺は生活費や趣味、それら諸々の為に軍に所属し、任務を果たしてるってワケ。」

「そんな……そんな事情で!?」

目の前の恐るべき兵器を守る理由が、“金”という発言をしたシーア。あまりにシンプルな理由に、レイはただ、驚愕する。

「レイ君。君は子供だからエレシュキガルを止めなきゃいけない、だから俺に退いてくれなんて奇麗な言葉が言える。そうだよねー、俺の所属している新生連邦のお偉いさんがこんな恐ろしいもの開発してるんだもん。誰だってドン引きするよね。」

「だって……お金って……そんなの……」

「けど生きていく上で必要じゃない。お金。俺は君の生活背景云々は詳しくは知らないけど、君だって人の子として育ってきただろう。その為に両親はお金を稼いで、生活費を稼いできた訳だ。その上で君は趣味を持っている。当然趣味をするにもお金は必要だ。俺、プラモデルは大好きだからね。」

シーアの言葉は冷たく感じられる。だが、それらは全て正論だ。しかしこの場においてこの台詞はレイにとって明らかに“異質”だった、

 以前にも、金を動機に戦い続ける者達がいた。チェーニ姉妹だ。彼女らは元々貧しい生活を強いられてきた者達だ。では、今目の前にいるシーアはどうなのか。レイは聞く。

「シーアさんも昔は苦労されたんですか?ずっと……苦しんでいたんですか……?」

「え、全然普通だよ。」

シーアの返答はあっさりとしたものだった。

「別に俺は貧しい家庭に育ってもないし、金持ちの家庭で育ったわけでもない。本当に普通に育ったよ。別にデウス動乱に参加したわけでもない。本当に普通。工業学校を出て、作業用MSの操縦のバイトをしていたらなんか楽しくなってさ。」

(じゃあ、僕と同じなの……だったら、どうして……)

レイも、ごく普通の家庭で育てられた。今敵対しているシーアも、ごく普通の家庭で育ってきたという。では何故、このような意識の差が生まれるのだろうか。

「MSに興味が湧く内にプラモデルとかを沢山買うようになってさ。けどそれじゃ生活が成り立たない。この腕を活かせないかなーって思ってたら君と出会ったあの大会があったワケ。」

「そこから新生連邦にスカウトされて……?」

「うん、あれは本当に良かったよ。才能のお陰であの連邦軍にスカウトしてもらえるんだもん。お金はしっかりと貰えるようになったし、何よりも今は優秀な人の下で働けてるからね。」

“優秀な人”という言葉を聞いてレイは違和感を覚える。

「エファン・ドゥーリア。俺はあの人の部下だ。」

「エファンさんの!?」

思わず発してしまったレイ。シーアは、にやりと笑みを浮かべた。

「どうやらご存知みたいだね。有名な人だし無理もないか。あの人は凄いよ。心を見透かされてる事を言われることはあるけど、それよりも、今までに見たことのないMSの開発も出来るし、腕前も見せてくれる。それにあの人もMSの事が詳しいから、話していても飽きない。」

互いにMSに乗っていない状況ならば、この会話もそれ程違和感のないものだっただろう。増して、エレシュキガルという大量破壊兵器を目の前にしなければ、この場より平和な場所。例えばカフェテラス等でこのような会話が出来たのなら、恐らく平和的な話が出来たのだろう。

 だが、今は違う。互いにMSに乗っている。そもそもMSに乗って世間話自体がおかしい話なのだ。

「ドゥーリア少佐は部下をよく見ているよ。傍に居てても思う。俺は崇拝するとかそういう感情って好きじゃないんだけど、あの人の下ならば働き続けてても良いって思えるんだ。良い上司の下で仕事が出来るのはとても幸せな事なんだよ?だから俺は命令を守ってるんだ。軍の命令を、しっかりと。」

シーアから見たエファンは憧れの象徴だ。だが、対照的にレイから見たエファンは危険の象徴。何度も命を奪われかけた。その上、多くの人間を不幸にしてきた、敵だ。

「ま、要するに俺は生活と趣味の為でもあるし、MSに乗って操縦して撃ったりして自分の才能が発揮出来るこの環境がとても合ってて幸せって事。有休消化も出来るし、しっかりと身体もリフレッシュできる。だから好きなプラモデルも作れる。尊敬できる上司もいる。実力さえあればホワイト企業だよ?新生連邦って。レイ君も才能があるんだから、改めて軍に入ればそれなりの待遇もされただろうにね。」

金。それは生きていく上で必要不可欠な存在。人々はその多くの時間を金に換える為に労働をしている。金がなければ人は生活も出来ない。シーアの言う、趣味活動さえも出来ない。

 だがエレシュキガルを前にして平然と、まるで他人事のように“自分の生活”の話が出来るシーアが異様に思えたレイ。以前に出会った彼と違うのかとさえ、思えてきたのだ。

「今は明らかに普通じゃないですよね?それでもそんな話が出来るなんて!シーアさん、おかしいです!」

「俺から見たらただ働きで“使命感”の為だけに戦ってる君の方が異質に見えてしまうな。」

シーアは、“大人”だ。だがそれはあまりに“大人”でありすぎる。大量破壊兵器を前にしても自身の生活、趣味などの話を延々とできるシーア。それは普通に、生活しているだけならば何ら違和感のない言葉だが、この戦場では異質だ。

 一方のレイは、“子供”だ。レイはかつて自分を“子供”扱いされるのが嫌いだった。それは、彼自身が“大人”を理解できていなかったから。様々な経験を経てここにいるレイは、しなければならない事の為に、戦う。

「だから、君に退いてくれって言われて、“ハイハイ、退きますよ”なんて言えないんだよ。」

「どうしても……退かないのなら……!」

レイは躊躇ったが、今はエレシュキガルに行かなければならない。シーアがその障害となるのならば倒さなければならない。ツヴァイはメガビームセイバーを展開し、カーティウスと戦う姿勢を見せた。

「当然、そうなるよね。」

シーアは舌をペロリと舐め、カーティウスも腰部からビームセイバーを展開した。デュアルアイは桃色に輝き、ツヴァイに迫る。

 

バヂィィィッ

 

 やがて両者は打ち合いを行った。ビームセイバーの出力はツヴァイの方が上。しかし、シーアの場合、それは技量でカバーをすることが出来た。

「言っとくけれど俺から振り切ろうなんて考えは無理だからね!」

レイの考えは見透かされていた。隙を見つけてエレシュキガルへ向かおうと考えていたのが、彼の作戦だったのだが、シーアは分かっていたのだ。

「なら!」

レイの頭の中に電流が流れる。ツヴァイガンダムはそれに呼応し、ブリッツファンネルを十八基全て展開した。そして、それらを一斉に展開してカーティウスを砲撃する。

「ビーム砲撃……なら!」

ファンネルの砲撃に気付いたシーアはビームセイバーの展開を止め、両手部を差し出す形をとる。その構えにより、拡散されたビーム砲は全て防がれた。カーティウスのバリアーフィールドジェネレーターだ。

 空かさず、カーティウスは腰部に搭載していた大型プラズマカノンを展開し、低出力ではあるものの、ツヴァイに向けて放つ。

 熱源を察知したレイはこの砲撃を回避。だが、カーティウスは更にプラズマカノンの砲身を収束させ、ビームランチャーを連射。避けきれないと感じたレイはツヴァイの左前腕部を差し出し、バリアーフィールドジェネレーターで防いだ。

「もういっちょ。」

これもシーアの計算の内だったのか、再びプラズマカノンを低出力で展開。レイは、これもビーム兵器だと錯覚してしまい、再び左前腕部を差し出す形をとった。

「あああっ!?」

不覚だった。この砲撃を受け、ツヴァイの左前腕部は消失。ビームディフェンスシールドも破壊されてしまったのだ。

「確かカーティウスはそのツヴァイガンダムを基に作ったって少佐が言っていた。ある程度武装が似通っているところもあるってことだね。」

シーアはMSをよく観察している。何度かツヴァイと交戦した時も、彼はその全ての動きを観察していた。だからこそ、先程のような不意打ちをすることが出来たのだ。

(やっぱりこの人は強い……けど、この人からは特別な力を感じない……純粋な強さだ。)

シーアは力を持たない人間だ。しかしその技量はレイをも凌ぐ。純粋な強さがレイを襲う。

「ならっ!」

レイは次の一手を打つ。今度はブリッツファンネルからビーム刃を展開し、それら全てをカーティウスに向け、放つ。

「撃って、狙えって事か!」

次にカーティウスはプラズマカノンを展開。ビーム兵器でなく、あえてプラズマ兵器を撃ったのだ。

(見破られてる!?)

今のツヴァイガンダムのブリッツファンネルにはバリアーフィールドジェネレーターが展開されている。RBFカスタムとなっているツヴァイガンダムのブリッツファンネルはビーム射撃を弾く効果がある。が、シーアはこのファンネルに対し、プラズマ兵器が有効であることを見抜いていたのだ。

 発射されるプラズマ兵器。この一撃で、ブリッツファンネル四基が破壊される。

「ビンゴだね。しかしビームが通じないサイコミュ兵器ってのは厄介だ。プラズマ兵器は大切に扱おう。」

バリアーフィールドジェネレーターを唯一貫通する兵器、プラズマ兵器。バリアーフィールドジェネレーターを持つMSの弱点と言えるそれだが、エネルギー消費も激しい。広範囲への砲撃が出来ないカーティウスは、武装面ではツヴァイと比較してハンデがあると言える。

(隙を見つけて、距離を離そう……シーアさんは強いけど、あの要塞を止めることを優先しなきゃ……)

レイはシーアとの交戦を極力避けたかった。そこには様々な思惑もあるのだが、何よりも優先するべきなのは目の前に広がるエレシュキガルを止める事。何らかの武装を使い、カーティウスの動きを止めなければと、考えていた。

(これなら……!)

その時、レイは閃いた。本来ならば、ここで使いたくない兵器、収束型ブラスタープラズマカノンを使う作戦だった。その破壊力を駆使し、シーアの目を欺く戦法を取るのだ。

 ツヴァイのカメラアイが輝く。それと同時に、背部の砲身が前面に展開され、二門のそれはカーティウスに向けて放たれた。

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

「まさか、そんなっ!」

急な砲撃に困惑するシーア。急いで避けるが、左腕を掠れてしまい、破壊されてしまった。

 そして、その隙にツヴァイはエレシュキガルへと向かったのである。

「レイ君、逃げられると思わない事だ。」

シーアの目つきが変わる。カーティウスはプラズマカノンを展開、それも最大出力で放出使用していた。狙いをツヴァイガンダム一機に絞り、狙い撃った。

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 

「後方から!?こんな、短時間で!?」

怯ませたはずなのに、すぐにプラズマカノンを放ったカーティウス。シーアが上手くコントロールをし、狙い撃ったのだ。

 幸い、この砲撃を回避する事は出来た。しかし、その隙にツヴァイはカーティウスを、至近距離まで接近を許してしまう事になる。

「隙アリだ!」

カーティウスのディアルアイが輝く。ビームセイバーを展開し、一気にツヴァイへ迫った。

「クッ……!」

空かさずツヴァイもメガビームセイバーで応戦。再び両機体は鍔迫り合いを行う。

 が、今度はカーティウスが攻めた。両足部のクローを展開し、至近距離からのビーム砲撃を行ったのだ。

「ううっ!」

ツヴァイガンダムの両大腿部にダメージを負う。トリッキーな攻撃を続けるカーティウスに、レイは苦戦していた。

「カーティウスは零距離でもその強さを発揮するんだよ。砲撃用武装ばかりじゃないってコトだ。」

「こんな……こんなのに!」

振り払おうとするツヴァイ。しかしカーティウスは攻撃を止めない。

「ああ、楽しいよレイ君!俺、凄くやりがいを感じてる!仕事する上でこれだけやりがいを感じて仕事できるなんて俺は幸せ者だ!」

「シーアさんはただ、楽しんでるだけだ!この状況でそんなのはおかしいです!」

「おかしくなんてないよ!俺は正常だ!MSに乗っての戦い、そして互いのMSの駆け引き!武装の見極め!これこそがMS戦の真理!」

両者は戦っている内に、シーアは気分が高揚していた。この気分の高揚は非常に危険であり、レイにとっては命を奪われる危険さえ感じていた。

「それに俺が勝てばあの人も喜んでくれるしね!少佐の傍で更にやりがいのある仕事をしたい!そして、MSをもっと知るんだよ!その為にも君にはここで死んでもらうからね!レイ君!!」

死。よりにもよって、かつて仲良く話していた人間によってもたらされたその恐ろしい言葉。レイはより一層、意識をした。

 

―――――――――――――君にはここで死んでもらうからね――――――――――――

 

シーアの言葉がリフレインされる。“死”という、言葉が、何度も。

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

レイは覚醒した。死を意識したからか、彼の眼は深紅に染まる。それと同時に、レイ自身の身体が輝きだした。イズゥムルートによる輝きである。

「ぐうう!?何だ、気力が……なんで、こんなの!?」

シーアはMSの観察は得意であり、機転を利かした攻撃を得意とする。しかし、彼はパイロットの特性等を見ることに対しては不得手だった。レイがアドバンスドタイプの力を持っているという事は、彼は知らなかった。それ故の、信じ難い光景。

「レイ君……君は何者なんだよ!?シンギュラルタイプってやつなのか……?これが……」

“シンギュラルタイプ”という言葉は比較的有名だ。戦争などの非日常の経験や、死に直面した経験のある人間が何らかの形で覚醒する事があるというのが通説とされている、シンギュラルタイプの存在。レイはシンギュラルタイプではなく、それらを凌駕するアドバンスドタイプの力を持つ存在ではあるが。

シーアはこの時、初めてレイに恐怖を抱いた。自分を困惑させる力を持つレイの存在。今までにない奇妙な感覚。シーアは、冷や汗を搔いていた。

「た……例え君がシンギュラルタイプだったとしても!俺は!」

明らかに先程よりも焦りが見られるシーア。その証拠に、彼は一度ツヴァイから距離を置く事にしたのだ。

 彼の場合、碧色の光を浴びても完全に戦意が失われていない。もしかすれば、それは個別性によるものかも知れない。通常の人間とは異なる特性、ある種の特異体質の持ち主だからこそ、完全に戦意を失われていないのかも知れない。

 しかしこの光による影響を受けてしまっていたシーアは、ツヴァイのブリッツファンネルが後方から射撃を行った事に、一瞬判断が遅れてしまった。

「武器がっ!クソッ!」

腰部にマウントしていた唯一の射撃武装が破壊された。これで、カーティウスの武装は本体に内蔵している兵器のみとなる。

「武装が減れば機動性も上がるんだよ!」

と、カーティウスは足部を変形させ、ビーム砲撃を行った。それに反応したレイはツヴァイの右前腕部を差し出し、バリアーフィールドジェネレーターを展開。ビームを無効化する。

「近付いたっ!」

接近戦を試みたシーア。足部のクローにビームセイバーを二つ装備し、ツヴァイへ迫る。

近接戦闘になる為、まずツヴァイは牽制用にメガマシンキャノンをカーティウスに撃つが、カーティウスの装甲ではダメージを与えられない。

「今度こそ……貰うよ!」

足部クローに装備しているビームセイバーで、ツヴァイガンダムに攻撃を仕掛けようとした時――

 

ズバァァァァァ

 

二基のブリッツファンネルが、ビーム刃を展開し、カーティウスの脚部を破壊。更に、ツヴァイはメガビームセイバーでカーティウスの両肩部の切断も成功した。

 そして、全てのブリッツファンネルを展開し、その砲門をカーティウスの本体へ向ける。達磨状態になったカーティウスは、もう、何も出来なかった。

「ハッ……!」

この時、レイの眼が元に戻る。気が付いた時、勝敗は決したようなものだった。

何故ならば、カーティウスの周りをブリッツファンネルと、コクピットの前をツヴァイのメガビームセイバーが展開されていたからだ。

 

「はは、完敗だ。一瞬の隙を突かれたね。達磨になっちゃ何も出来ない。」

シーアは、笑いながら両手を上げた。

「機体云々よりさ、君自身の強さに俺は負けちゃったな。あーあ、あの変な力みたいなやつは反則だよね。」

やれやれ、と言った様子でシーアは語り続ける。

 しかし、ツヴァイは全てのブリッツファンネルを元の基部に戻した。同時にメガビームセイバーの展開も止める。

「あれ、殺さないの?敵だよ?俺。」

シーアの問いにレイは答える。

「嫌です……シーアさんを殺したくない……」

レイは、涙を浮かべた。堪えていた思いが、溢れ出てきたのだ。

「だって……シーアさんは軍の命令でこれを守ってただけでしょ……今、その機体は僕が壊した……もう、無駄に殺すとか、そんな事する必要なんてないですよ!」

 敵同士だった両者。しかし、僅かな時間でも同じ趣味を通して語り合ったことのある両者。それを思い出していたレイは、シーアを殺すという選択肢を取らなかった。

「生きていれば、またプラモデルだって作れますよ……ここで負けたって、生きていたら……だから僕はシーアさんを殺さない。シーアさんには趣味を楽しんで欲しいんです。僅かでもあの時喋った時間は楽しかったから……」

モントリオールのプチモビルスーツ大会での一時でしか出会わなかった彼等。その時の思い出が今、鮮明に蘇る。

「甘いね、レイ君。そんなのでよく今まで戦い抜けられたね。」

シーアは下を向きながら、静かに口を開いた。

「戦場において敵を前にしての逃亡ってさ、普通は死刑なんだよね。君という敵を前にして、みすみす生き残っても結局俺はいずれ軍に捕まって殺されるんだよ。」

「シーアさん、何を言ってるんですか……?」

シーアの言葉がレイに突き刺さる。

「君に負けた時点で俺に未来はもうないって事さ。プラモデルも作る事さえもう許されないって訳よ。」

 

カチッ

 

そう言ってシーアはスイッチを押した。その瞬間、カーティウスのモニターにタイマーが表示される。“10”と記載されているそれは一体それは何を示すのか。

「君は俺に勝った。なら、その先に行く権利がある。行くなら行けばいいよ、エレシュキガルに。」

「シーアさん、さっきから何を言ってるんですか!?」

シーアの言葉の理解が出来ないレイ。シーアは、静かに笑いながら言った。

「カーティウスはもう間もなく爆発する。敗者の末路ってやつさ。」

「え……なんでそんな……そんな事する必要なんて!」

「だから言ってるじゃん。敗者は死ぬしかない。それが戦争なんだよ。俺の未来はもう決まった。だから、潔く死ぬ。もう間もなく爆発するよ。じゃあね、レイ君。幸運を祈ってるよ。」

それと同時に、カーティウスはツヴァイの後方へとバーニアを展開し、移動した。まるでそれは、爆発にツヴァイを巻き込まないようにする為の配慮にも見えた。

「シーアさんッ!」

彼の気持ちに呼応するかのようにツヴァイも右前腕部を伸ばした。が、既にカーティウスは彼の視界から届かない場所に居たのだ。

 

そして、カーティウス“だったもの”は瞬く間に光を放った。爆発し、宇宙の藻屑と成り果てたのである。

 

「こんな状況じゃなかったらさ……もっと……仲良くしたかったなぁ……」

 

それが、シーア・マックスの最期の台詞となったのだった。

 辛うじてシーア・マックスの駆るカーティウスを撃破したレイ。だがレイは悲しみに暮れていた。本当に、シーアは死ぬ必要があったのだろうか……と、ただ、思い続けた。

「僕は……僕は……行かなきゃならない……みんなの為にも……シーアさんの為にも……」

シーアが最期に放った言葉を思い出すレイ。

 

―――――――――君は俺に勝った。なら、その先に行く権利がある―――――――――

 

―――――――――――――じゃあね、レイ君。幸運を祈ってるよ――――――――――

 

シーア・マックスは死んだ。戦争の犠牲者となったのだ。レイは、改めてこの戦争を早く終わらせなければならないと、決意を固めた。悲しみを糧にし、レイはツヴァイを駆り、エレシュキガルに突入を開始したのであった。

 平和世紀と呼ばれたこの時代ですら、人々は戦争をし、命のやり取りをしている。この戦争の結末は、どのような形を迎えるのか。地球圏の勢力が揃った最後の戦いは、まだ終わりそうにない。

 




第百七話、投了。
ギルス・パリシムは馬脚を現して倒され、そしてレイはシーアとの決着を着けた――


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第百八話 EVEの因子

エレシュキガルに突入するアレンとレイ。そこで繰り広げられる戦い。そして、真実とは――


 エレシュキガルを巡る四つ巴の激しい戦闘は混迷を極めていた。この戦いで多くの命が失われた。新生連邦、国連、デウス残党、FPBのそれぞれの勢力に所属した人々は、一つ、また一つ命を落としていく。

 その最中、国連の最高部隊の将軍であるウィレス・レイド・アースがギルス・パリシムを平和の逆賊と名指し、全軍にFPBに合流するように命令した。その結果、ギルスの逆鱗に触れ、重傷を負う羽目に。しかしウィレスはエリィに対し、アッサラームを撃つよう指示。結果、アッサラームはアルバトスとシュネルギアの連携により壊滅。ウィレスと共に、平和の敵であったギルス・パリシムは消え去った。

 その結果、現在は三つ巴の戦いになった戦場。しかしこれに危機感を抱いたのが新生連邦総司令、レヴィー・ダイル。彼はエレシュキガルのネェルガルキャノンを展開し、国連、デウス残党軍に対して発射。大打撃を与える結果となった。

 この危険な要塞は一刻も早く攻略しなければならないと判断したギア・ジェッパーはジャンヌを通じてツヴァイガンダムへ、エレシュキガルに向かうよう指示。が、そこへ立ち塞がるのはシーア・マックスが駆るカーティウスだった。

 激戦の末、レイは勝利を掴む。そして、シーアは自らの死を選んだ。悲しむ間もなく、レイはエレシュキガルへ向かうのであった。

 

 

 レイがエレシュキガルへ向かっている最中。新生連邦の旗艦、バンドレッド率いる艦隊がFPB艦隊の前に立ち塞がる。ジーク・アルナスが指揮するこの巨大戦艦はFPBの脅威として立ち塞がったのだ。

「一斉射撃を開始せよ!何人たりともこのエレシュキガルに近づけるな!」

ジークが指揮をした直後、艦隊は一斉にビーム砲撃を行う。

「こちらも負けてられないね、ジャンヌ嬢。」

「ええ、シュネルギアも応戦して下さい。」

シュネルギアのビーム砲が展開される。更に、それに続くようにリューチェ級宇宙巡洋艦がビーム砲撃する。この撃ち合いで新生連邦、FPB両勢力の艦は次々と撃沈されていく。

 

 後方で待機しているデウス残党軍の旗艦、アシュタル艦は新生連邦、FPBの艦隊の激突を静観していた。先のネェルガルキャノンの砲撃で大打撃を受けているデウス残党軍。国王の乗るこの艦が前進するのは、危険だと判断した為である。

「この状況は、不利か……」

デウス皇帝、ナジェラ・メリクリファーが静かに言った。

「あの要塞を攻略しない限りは我々に勝ち目はあるとは思えません……」

デウス残党軍は以前に新生連邦の月面基地、シン・ナンナに対して奇襲を掛けることに

成功している。が、奥の手ともいえる新生連邦の兵器、エレシュキガルが予想外の破壊力を持っていた為、迂闊に前線に出ることが出来なかったのだ。

「あの男はどうしている?」

“あの男”とは、メイド・ヘヴンの事だ。

「相変わらず、暴れまわっております。聞けば連邦の戦艦を既に三十隻は撃墜しているとか。」

鬼神の如きメイドの強さ。それを聞いたナジェラは

「恐ろしい男だな。やはり今はあの男がデウスの要か……」

デウス残党軍の傭兵として活動しているメイド。彼の駆るデスゲイズの凄まじいスペックは彼自身の破壊衝動と相まって、圧倒的な強さをこの戦場で発揮していたのだ。

「あの要塞の陥落を待つ必要があるかも知れんな。」

「あの男に託されるのですか?」

現状、デウス残党軍の主な戦力は数十隻のバディウスの改修型の巡洋艦とデスゲイズぐらいが主な戦力である。インベーションユニットの司令官であるアルメス・ラグナはネルソンとの激戦で戦死しており、その戦力も多くはなかった。貴重な戦力を、デウス軍としては展開する訳には行かなかったのである。

 

 両艦隊の撃ち合いが終わった後の事だった。

「中将!こちらに接近する熱源あり!」

「何!?接近を許したのか!?」

高速で接近する一機のMA。それは怪鳥の姿をしており、高速で接近していたのだ。

 やがてそのMAはMSに変形。獲物を捉えたかの如く、モノアイを輝かせた。

「大物ゲットォォォォォ!!!」

デスゲイズはそのまま腹部からメガビームカノンをバンドレッドのブリッジに放出。瞬く間にブリッジ内の人間達は光に包まれた。

「うぉぁぁぁぁぁ……」

新生連邦の旗艦、バンドレッドが破壊された。指揮官であるジーク・アルナスもデスゲイズの砲撃によって消え去ったのである。これにより、新生連邦軍の事実上の二番手とされる人物の存在が消え失せた。

「っしゃああああ!ボーナスもっと弾めよデウスさんよォォォォォ!!!」

戦いを楽しんでいるメイド。彼にとって、この戦場はこの上ない娯楽会場と言えたのである。

 

 

 エレシュキガルへ向かうレイ。その最中、彼は後方から迫る熱源を察知。識別信号は味方のものだ。

「レイ、大丈夫か?」

「アレンさん!」

ツヴァイに並ぶように、アレンのブライティスが並んだ。彼もこの激戦を戦い抜け、今レイと合流したのである。

「今エレシュキガルに行けるのは俺達しかいない。あの砲台のコアを破壊すれば、脅威は止まる。ツヴァイの左腕がやられているけど大丈夫か?」

「はい、なんとか……ファンネルも四基破壊されちゃいましたけど、まだやれます!」

「無理はするなよ、何かあれば俺がフォローするから。」

要塞内にはどれ程の戦力が備わっているのかは分からない。その戦力を、たった2機で突入するという状況は明らかに不利だ。しかしエレシュキガルは脅威の存在。この存在を止めなければ、勝利はないのだ。

 

ピキィィィ

 

「来る!?」

アレンとレイの両者の頭の中に電流が流れた。それと同時に、エレシュキガルから無数のブリッツファンネルが迫ってきたのだ。ソフィアによるサイコミュ・ルーラシステムであった。

「どこからの攻撃何ですか!?」

回避しながら、ツヴァイはバスタービームライフルで一基ずつ、確実に撃ち墜としていく。

「恐らくあの要塞からだ!レヴィーめ、まだこんな事をさせて……!」

アレンはこの攻撃が一人の少女によるものという事を分かっていた。だからこそ、余計に怒りを覚えていたのである。

「一斉に墜として中にいくしか……!」

アレンの頭に電流が流れた。そして、ブリッツファンネルとブラスターファンネルを一斉に展開。ビームを乱れ撃ちしたのだ。

 この砲撃により、ブリッツファンネルは破壊された。数が減ったことが機会となり、ツヴァイとブライティスは改めて、エレシュキガル内部へ突入したのである。

 

 

 エレシュキガル内部に突入したツヴァイとブライティス。中に武装はなく、通路を進んでいく両機体。目指すはネェルガルキャノンのコアユニットだ。そこを破壊すれば、ネェルガルキャノンの脅威は止まる。そうなればFPBに勝機はある。

 道中、新生連邦のMSが彼らの行く手を阻む。ディースト、ジョゼフ等のMSがビームライフルを構え、狙い撃つ。しかしこれらの機体ではツヴァイ、ブライティスに歯が立つはずがなかった。

「アレンさん、何か感じませんか?」

移動している最中、レイが言った。彼は、妙な感覚を覚えていたのだ。

「……ああ。レイの言いたいことは分かるよ。ずっと感じる、妙な感覚……悲しい感じだ。これは一体……?」

力を持つ者同士が感じる、“違和感”。そして、その感覚は同じ方向から感じていた。

「まずはそこに行ってみるか。何か、手掛かりが掴めるかも知れない……」

「はい。」

広大なエレシュキガル内を闇雲に移動してもどこにコアユニットがあるのかは分からない。両者が互いに感じる、“違和感”の正体を探る為、まずは移動を試みた。

 

 移動している最中も新生連邦のMSは迫ってくる。エグゼマー、グランシェといったMSが両者を襲う。しかし、ブリッツファンネルといったサイコミュ兵器がこれらを破る。

 しばらく移動していると、MSの格納庫らしき場所に辿り着く。彼等が感じる、“違和感”はMSでは入りきらない場所にあった。

 やがて二人はMSを降り、その先へ向かう。白兵戦も考えられた為、銃を持ち、移動する。途中、兵士が銃撃をしてくる事もあったが、アレンがそれを察知し、銃で迎撃。レイはその後ろを付いていく。

「この部屋か……?」

「僕も感じます。何だろう、この感じは……」

とある、一つの部屋に辿り着いたアレンとレイ。両者は静かに頷いた後、自動ドアを開いた。

 

 部屋の中は誰も居なかった。薄暗い部屋だ。太いケーブルらしき線が幾多に分かれている。何かのコントロール室のようなものか……と、アレンは感じていた。

「アレンさん……あれって……?」

「あれは……?」

目の前に広がる光景。それは、ある一人の少女が特殊な機械を頭部に付けられ、座っている光景。その周りにあるのは、幾多ものケーブル。そして、ケーブルは時折奇妙な光を発している。

「うぅ……!」

少女は声を上げた。僅かだが、苦しそうな声を上げる。

「とにかく、あの人を助けないと!」

そう言って、レイが走った時だった。

 

パァンッ

 

レイの足元を、銃弾が刺さる。急いで振り向くと、そこに居たのは新生連邦総司令、レヴィー・ダイルだったのだ。

「ソフィアには指一本触れさせませんよ。アレン。それにレイ・キレス。」

「レヴィー……」

先程宇宙で交戦していたアレンと総司令が、今度はエレシュキガルのある部屋にて対峙した。総司令は銃を構え、静かに狙う。

(この人が新生連邦総司令、レヴィー・ダイル……こんな端正な顔立ちの人が、どうして……)

レイは総司令と戦場で何度か交戦したり、会話する事はあった。が、彼が実際に生身で対面するのは初めてだった。この時、レイは総司令から感じる妙な焦りを感じていた。総司令の表情は無表情だが、その裏に感じる感情。これは、何を示すのかは分からなかった。

「彼女はエレシュキガルの要になっています。何をする気かは分かりませんが、邪魔はさせません。」

総司令は、銃を充填し始めた。

「あの子は何者なんだ?お前、一体何を考えている?」

総司令とアレンが交戦した時、声が聞こえた。総司令を呼ぶ、声。アレンはその声を聞いていた。だからこそ、彼はソフィアの事を分かっていたのだ。

「新生連邦の勝利です。その為に、エレシュキガルがある。そして、ソフィアの存在も……ソフィア、敵艦隊へサイコミュ・ルーラシステムを!」

総司令はソフィアに声掛けする。すると、頭部の特殊な機械が光を放つ。

「レヴィー、これは何なんだ?サイコミュ・ルーラシステムだと……?」

エレシュキガルを防衛する為の、ブリッツファンネルを稼働させる為の兵器、サイコミュ・ルーラシステム。そのコアユニットと化しているソフィア。

「まさか……まさかお前っ!」

アレンは察した。間違いなく、ソフィアは利用されていると。この時、彼は既視感を覚えた。

 以前に彼が交戦した、リノアス・クリストルである。ヴァイダーガンダムに乗って破壊の限りを尽くした少女。だがそれは、特殊強化モデルという悲しい事実があり、彼女もまた、新生連邦の高官に利用されていただけに過ぎなかったのだ。

 アレンはそれを思い出した時、怒りを感じたのだ。

「ふざけるな!!!お前、それでも人間かよ……何がお前をそこまでさせるんだよ!!!」

新生連邦の勝利の為にソフィアを利用する総司令。その為に使われるサイコミュ・ルーラシステム。

「これにより、無数のブリッツファンネルが展開されます。エレシュキガルの守りは完璧ですよ。この完璧な守りなのに、まさか侵入されるとは、思いませんでしたが。」

一人の少女が、機械と同化しているような形。それによるサイコミュ兵器の稼働。それは明らかに異質で、奇妙な光景だ。レイも違和感を覚えて仕方がない。やがて彼もアレンと同じように、怒りの感情が込み上げてきた。

「なんで……どうしてこんなことが出来るんですか……人間の扱いなんかじゃないですよ……こんな事、どうして平気で出来るんですか!?」

精一杯の怒り。が、総司令はそれをあざ笑うかのように言った。

「勘違いをしないで欲しい。彼女は自分の意志でそこに居るんですよ。新生連邦の勝利の為に。ねえ、ソフィア!」

総司令の声掛けに、サイコミュ・ルーラシステムを装着しているソフィアは、静かに頷いた。

「一度動きを停止した時は慌てましたが、鎮静剤を処方すれば再び稼働できました。やはり、彼女は素晴らしいシンギュラルタイプ。強化モデルの力を借りなくとも、純粋な力でこの要塞は保たれる!その力は絶対です!エレシュキガルはやらせない……絶対に!!」

「自分の意志とか関係なく、そもそもこんな機械に座らせる事自体がおかしいですよ!貴方の事を慕ってたんだと思いますよ、その人は……けど……けどね、それでこんなことをさせて、心が痛まないんですか!?人間の心は無いんですか!?勝つ為とか言ってますけど、貴方はその為に人間を捨ててますよ!!!」

レイの怒りの声が響く。が、総司令はそれをあざ笑うかのように言った。

「僕は今までの地球連邦軍の甘さ、愚かさが昨今のデウス軍のような地球の脅威を作り出したと考えています。先のデウス動乱では辛うじて連邦軍が勝利を収めました。しかし、地球圏にはいつ、何時その脅威が現れるか分かりません。その為には軍備を徹底的に増強しなければなりません。彼女もその為に戦ってくれている。」

総司令の言葉は冷たい。あくまでも、ソフィアは自分の意志で戦っているという事を強調している。

「今すぐこの機械を外して下さい!こんな酷いこと、許される筈が――」

と、レイが言った時だ。ある、一人の男の声が聞こえた。アレンでも総司令でもない、一人の男の声。

「その機械を外す事は許されない。でしょう?総司令。」

その男はエファン・ドゥーリアだった。銃を持ち、アレンとレイに向けている。

 エファンが部屋に入ったことにより、アレンとレイの両者は奇妙な感覚に陥る。

「エファン・ドゥーリア……!」

アレンにとって忌むべき敵が現れた。最愛の人を殺した男。パイロットスーツ越しとは言え、その鋭い目で両者を見る。

「彼女にはそこに居て貰う必要がある。」

「そうだ少佐!しかし貴方はどうしてここに?カタストゥリアは?」

総司令にとっては心強い存在であるエファン。が、何故ここにいるのかは分からない。カタストゥリアで交戦しているとばかり思っていた為、疑問を抱く。

「ソフィア・ブレンクスはそこで、その体力、精神が尽きるまで。つまりは死ぬまで動くことは許されない。新生連邦が勝利を収めるまで、サイコミュ・ルーラシステムは稼働をし続ける。違いますか、総司令?」

エファンは総司令に聞いた。この時、彼は何も喋ろうとしなかった。ソフィアの前で、何も話すことが出来なかったのだ。

「し……ぬ……?私は……?死ぬまで……?」

その時、機械に接続されていたソフィアが反応をした。その表情は次第に苦しく、やがて呼吸が早くなっていく。

「レヴィー……様……私は……役に立ててます……よね……?死ぬまで……なんて……?」

ソフィアは健気な少女だ。総司令の側近として傍にいた。その想いは恋に近い物があった。そして、添い遂げたいという気持ちさえあったのだ。

 だが、“死”という言葉を聞いた時に彼女の表情は一変する。エファンの冷酷な言葉にも反応しない総司令にも、彼女は違和感を覚えていた。

「レヴィー様……なんで……答えないんですか……私は……うう、私は……」

その言葉とともに、ケーブルが再び光を放つ。恐らく、外ではブリッツファンネルが荒ぶるように動き回っているのだろう。サイコミュ・ルーラシステムにより彼女の感情や意志が、そのまま外のブリッツファンネルの動きと連動しているのだ。

「レヴィー……はやく外せよ!彼女はお前の事をこれだけ想っているんだろう!?お前に人間の心があるなら、こんな酷い事をする必要なんてない!これでも彼女の意志でこの機械と繋がっているって言えるのか!?」

愛するココットを失ったからこそ、アレンの言葉は重い。総司令はこの言葉を聞き、歯を食い縛った。

「彼女の意志は新生連邦の為の意志だ!その為なら彼女は死ぬ事さえ厭わない!!!」

この台詞は、長い間傍にいたソフィアを裏切る言葉となる。エファンによって妙な煽り文句を言われ、冷静さを失っていた総司令。その中で出た言葉が、この、冷たい言葉だった。

「違う……私は……レヴィー様の為に……ああ……あああああ!」

困惑するソフィア。頭を左右に振り、苦しみ続ける。それに対しても、総司令は

「ソフィア!鎮静剤を飲むんだ!」

と、あくまでも彼女の事を想わない言葉を放つ。そして、鎮静剤を彼女の口に入れようとした時だった。

 

ガシッ

 

その手を掴んだのはアレンだ。彼は今、怒っている。これで明らかになったのは、総司令がソフィアの事を戦争の道具にしか見ていないという事だ。最終決戦の前にエファンがソフィアに耳打ちしていた言葉が現実となったのである。

「お前はもう、人間ですらなくなったか!」

「放して下さい!彼女は困惑している!だから鎮静剤を!」

「そのまま戦わせ続けるのかよ!彼女を!お前の事を想い続ける彼女は、お前に裏切られたんだぞ!!こんな悲しい事があってたまるか!」

「……戯言を!」

そう言ってアレンの手を振り払った。

「今は戦争です。貴方のそんな戯言など、聞く価値にもない!この状況下で己個人の感情で動くもの等必要ありませんよ!」

再び、総司令はソフィアの口に鎮静剤を含ませる。彼女は何も言わず、静かに飲み込んだ。

 完全に、総司令の道具と化したソフィア。総司令の事を慕っているという事実があるにも関わらず冷徹な様子で見下す総司令。アレンとレイは、この男の異常性に怒りを覚える。

「感情のコントロールが出来ない点ではソフィアは強化モデルよりも劣っている。“好意”等という下らない感情がサイコミュ・ルーラシステムの邪魔をするなど。いっそ彼女を強化するべきだったかー」

「ドゥーリア少佐……!?貴方、心を……?」

突然、エファンは総司令の心を読んだ。そして、あろうことかわざと口に出したのである。

「ぐううう……ぐう……あああああああああああああ!!!」

鎮静剤を処方したにも関わらず、ソフィアは更に苦しみ始めた。総司令の本心が、エファンを通して聞こえる。余裕のない総司令の冷酷な言葉は、彼女を更に追い詰めたのだ。

「どうやら限界も近いようですよ、総司令。いっそ違う人間を用意しますか?強化モデルは確か何人かエレシュキガル内に居たはずですが。」

まるで、煽るかのように総司令に声を掛けるエファン。

「いや、まだですよ!ソフィアはまだやれる……ソフィア!頑張れ!!」

今更のエール等、彼女に聞こえるはずがない。最愛の人間だった存在に裏切られるような言葉を聞かされたのだから。

「嫌……嫌……レヴィー様……レヴィーさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

その時、激しい光が機械を覆った。その直後だろうか。ソフィアは、ぐったりと動かなくなる。

「ソフィア!?」

俯いた状態のまま、動かないソフィア。特殊な機械を装着された状態のままだった。

「……脈がない……?馬鹿な!動け、ソフィア!この状況でどうして!?

この、重要な局面でこんな……この、役立たずが!!!

総司令、レヴィー・ダイルの為に自らサイコミュ・ルーラシステムを装着し、エレシュキガルを守っていたソフィア・ブレンクス。しかし実際は彼に戦争の道具としてしか見做されておらず、アレンとレイが潜入した際にも、ソフィアが聞こえているにも関わらず戦争の道具としての発言をし、最終的にはエファンによって心の内を暴露された。

結果、サイコミュ・ルーラシステムによって疲弊していたソフィアの精神は完全に崩壊。慕い、愛していた存在に裏切られた衝撃は計り知れないものだったのだ。

 そして、最終的に浴びせられた言葉は、“役立たず”。ソフィアの最期は、これ程までに悲しく、儚いものだった。

「サイコミュ・ルーラシステムはもう駄目か……クソッ!」

ソフィアが死に、防衛機能を失ったエレシュキガル。総司令は、次の行動に移る為、その部屋から去ろうとする。

「待て!レヴィー!」

アレンは、総司令を追い掛ける。だがその際、レイはエファンの方を見ていた。

「レイ・キレス。私に何の用かな?」

エファンから放たれるプレッシャー。それに緊張を感じつつも、レイは負けずに対応した。

「どうして、あんな事を言う必要があったんですか。あの人が酷い事を思っていたとしても、あれを言う必要なんてないです!貴方の目的は、一体何ですか……これじゃあ仲間を殺しているようなものですよ!」

今までのレイならばそのような発言はエファンに出来なかっただろう。が、今のレイはエファンに言葉を発することが出来る。それは、彼自身の成長があったからだ。

「それをお前に言って何になる?アレン・レインドが行くぞ。追い掛けなくて良いのか?」

「行きますよ。けど、貴方こそ僕をここで殺すんじゃないんですか?生身の僕を。」

以前ならば殺される恐怖に怯えていたレイだったが、今は違う。寧ろ、自分が死ぬ事も覚悟しているような口ぶりだ。

「お前はいつでも殺せる。ここで殺す必要はない。」

と言った時、レイが握り拳を作り、言った。

「僕は、貴方の本当の目的が知りたいです。何の為にこんな事をしているのか。同じ“アドバンスドタイプ”として。貴方の事が知りたい。それが僕の事にも繋がるかも知れないと、思うから……」

それは何を示すのか。彼はこの時、エファンが以前に言った言葉を思い出しながら言ったのだ。

 

―――――――――――お前の中に、EVEが居る事が憎くすら感じるよ――――――――

 

この言葉の真意が、知りたい。それは何を示すというのか――

 

ドオオッ

 

爆発の音が、聞こえた。恐らくこの場でエファンと会話をしている余裕は、ない。ならば急がなければならない。エファンとの会話をする事が出来ないまま、レイはこの場から、去って行く。

(すぐに分かるさ。もうすぐにな……)

この男が見せるこの言葉の真意は、果たして何を示すというのか。

(その前に、まとめて相手をしてやろう)

 

 

アレンは総司令、レヴィー・ダイルを探した。しかし、彼は見失ってしまう。やがて後ろからレイと合流した。総司令を見失った今、彼等はどうすれば良いか、迷う。

「今は脱出するしかないです。エファンさんにも見られた以上、ここに長居していても僕等が危ないです……」

レイはアレンに提案した。

「あの砲台のコントローラーがせめて見つかれば状況は変わったのに……」

元々エレシュキガルへ突入したのはネェルガルキャノンを止める為だった。しかし、彼等は違和感を覚え、その違和感の元へ向かった結果、ソフィア・ブレンクスが特殊な機械でサイコミュ・ルーラシステムを操っている光景を目の当たりにしただけだ。しかし彼女は精神的なショックを受け、死を迎えた。何も得られるものがないまま、彼等は一度エレシュキガルを脱出する事になる。

 

 銃を構える兵士達からどうにか逃げるアレンとレイ。そして、ツヴァイとブライティスがある格納庫まで戻ることが出来た。結局、彼等がエレシュキガル内で得られた情報は、サイコミュ・ルーラシステムが停止したという事だけだった。

各々のコクピットに乗り込み、エレシュキガルから離れる両者。しかし――

「熱源!?」

「速い!?」

一機のMSが、ツヴァイとブライティスに迫っていた。漆黒のMS、カタストゥリアである。エファン・ドゥーリアが生身の二人を見送った後、すぐに追い掛けてきたのだ。

「侵入者を片付けるには丁度良い。さあ、仕留めよう。ガンダムタイプを。」

 

ゴギュオゥゥゥゥゥン

 

カタストゥリアのデュアルアイが怪しげに輝く。指型のマニピュレーターを屈曲させ、

獲物を狩る為に、迫る。

 

指令室に逃げていた総司令はエファンに対して通信回線を開いていた。エファンの事を主力として扱っている総司令。最早、彼にとってエファンは頼れる戦力以外の何者でもなかったのだ。

「ドゥーリア少佐、彼等を追い掛けて下さい、私も後から追い掛けます!ネェルガルキャノンは次の充填を開始して下さい!サイコミュ・ルーラシステムがない今、あの砲撃で国連を……デウスを殲滅します。」

エファンは静かに頷き、対応した。彼に声を掛けた後、総司令はすぐに指令室から去る。彼の愛機、ガンダムオラトリオに搭乗する為だった。そのついでに彼は、再びあの恐るべき兵器、ネェルガルキャノンの展開を命じたのだ。

 

 カタストゥリアはブリッツファンネルを全て展開。一基ずつ、確実にガンダムタイプ達を襲う。エレシュキガル内を逃げるアレンとレイ。狭い環境の中、カタストゥリアのブリッツファンネルがビーム刃を展開し、迫る。

「この狭い要塞の中じゃ不利だ!一度宇宙空間へ逃げないと!」

容赦のない攻撃が迫る。辛うじて回避を続けるブライティス。

「逃がすな……と総司令から言われているのでなッ!」

カタストゥリアはブリッツファンネルを展開し、逃げる両機へ迫る。

 やがて逃げている時、ある、一つのスイッチを見つけた。迷わずアレンはそこへビームライフルを放つ。すると、扉が閉じられた。緊急時のシャッターとなっていたのだ。

「よし、今の内に!」

アレンはレイを誘導する。が、しかし――

 

ズバァァァァァァッ

 

あろうことか、そこにはシャッターをこじ開けようとするカタストゥリアの姿があった。自身の手関節マニピュレーターを使い、ググッとこじ開けようとする。そして、更に指間腔ビームクローを展開し、熱源を使ってシャッターを破壊したのだ。

「なんて奴だ……!」

「逃がさんぞ。お前達……」

恐るべき執念とも言えた、エファン・ドゥーリアのMS、カタストゥリア。オールレンジ攻撃も可能なそのMSは、彼等にとって脅威でしかなかったのだ。

 

 そのまま逃げ続けていると、ある広間に辿り着く。そこは出口がない、空間だった。所謂行き止まりである。元の場所へ戻ろうとすれば、カタストゥリアがいる。カタストゥリアを搔い潜って逃げることは困難に等しい。

「さあ、どうする?袋の鼠というやつだ。」

漆黒の大型MSに追い込まれたツヴァイとブライティス。カタストゥリアは合計二十四基ものブリッツファンネルを展開し、一斉に展開する準備をしている。

「破壊するしか……!」

ツヴァイはブリッツファンネルを全基展開し、やがてそれらを共鳴させ、高出力のビームを展開した。

 

バイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン

 

 しかし、それらのビームは全て弾かれてしまう。エレシュキガルのバリアーフィールドジェネレーターがそれらを無効化したのだ。

「ビームが弾かれる!?」

壁を破壊して逃げる事も出来ない。後方に迫るのはカタストゥリア。二機にとって、危機的状況が訪れる。

「まとめて相手をしてやろう、アレン・レインド、レイ・キレス!」

 

ゴギュオゥゥゥゥゥン

 

カタストゥリアのデュアルアイが輝き、それと同時に両前腕部からケーブルが展開。手部が伸びた。そしてブリッツファンネルは十二基ずつ手部の周辺に展開される。両手部に付いている指関節を全て外転させ、指間腔のビームクローを展開。と、同時にブリッツファンネルとビーム刃が共鳴した。

 カタストゥリアは、両手部のみが肥大化しているシルエットを描き、そのままガンダム達へ襲い掛かる。

 撃ち落とさんと、ビームライフルで連射するガンダム達だが、バリアーフィールドジェネレーターを展開しているそれらに砲撃は通じない。これを破壊するにはビームサーベルによるビーム刃か、プラズマ兵器しかなかったのだ。

「そう来るなら!」

それに対抗する為に、ツヴァイはメガビームセイバーを展開した。更にブリッツファンネルを展開し、メガビームセイバーと共鳴。やがてそれは巨大なビーム刃を形成する。

 巨大なビームセイバーとビームクロー。今、この状況を打開するにはレイが頼りだった。

巨大なそれらはやがて打ち合いを行う。カタストゥリアの片手部はツヴァイと鍔迫り合いを行い、もう片腕はブライティスを追いかける。

「面白い芸当だな、レイ・キレス!しかし一方のアレン・レインドはこれが出来ないようだな!」

確かに、ブライティスのブリッツファンネルには共鳴する機能は備わっていない。巨大なビーム刃の形成は不可能だ。

「レイ、俺が逃げ道を作る!もう少し踏ん張ってくれ!」

「は、はい!」

アレンはそう言って、カタストゥリアの手から逃げる。ツヴァイは巨大なビーム刃を形成したまま、拮抗する。

「戦争は人を変えてしまうようだな、レイ・キレス!このような状況下でなければそのような武器等使う事は無かっただろうに!!」

ビーム刃同士の拮抗の中で、エファンが言った。

「僕は戦争を終わらせる為に武器を使ってるに過ぎません!!」

レイも、負けずに言葉を発する。

「やはり力を持つ存在は戦争の潤滑油!滅ぶべき存在だな!」

「違う!その考えは間違っている!!」

エファンの言葉に、レイが反論する。

「では何が違うというのだ?ニア・アドバンスドタイプの力を持つお前は今、こうして私とMSに乗って戦っている!平和な日常を送る事が出来た筈のお前が!」

レイは自身の意志ではないにしろ、アドバンスドタイプの力を身につけた。彼は一度はそれを拒絶した。しかし、この力が今となっては助けとなっている。この力のお陰で今まで生き残ってこられたと言っても過言ではない。

 しかし、一方で彼は特殊な環境で育ってきた訳ではない。ごく普通の、平凡な環境を育ってきた。力を身に付けながらも、学校へ行き、部活動をし、家族、友達と何気ない会話をするといった日常を送ってきた。この状況下は、運命の悪戯と言っても過言ではない。

 対するエファンの言葉。それは力を持つ存在、シンギュラルタイプ、アドバンスドタイプは戦争を更に加速させる存在だという言葉。この時代における力を持つ存在の出現は、宇宙に進出した戦争が関係しているとされているが、謎も多い。一つ言えるのは、今までの争いで必ずと言っていい程力を持つ人間が活躍をしてきたという事だ。これもまた、事実である。

「僕だって無暗に戦いたい訳じゃない!貴方が僕を殺そうというなら、僕は守る為に戦っています!」

「それは当然だ!自身の命が危うい時、人はその身を守る。それが自然の摂理だからな!」

巨大なビーム刃同士は拮抗し合っている。しかし、ツヴァイの方のビーム刃は連戦の影響もあってか、少しずつ勢いが減りつつあった。

「僕は貴方の、本当の目的が知りたい!力を持つ人達を殺し続けて、その先に何があるんです!?前に言ってた言葉とどう関係があるんですか!?それに、EVEの事って……!?」

エファンが言った、台詞。それらが彼の中で思い出されていく――

 

――――――今後、人間同士による愚かなる戦争が起きないようにする為―――――――

 

―――――――――――お前の中に、EVEが居る事が憎くすら感じるよ――――――――

 

拮抗し合う巨大なビーム刃同士。その中で、彼等は会話をする。戦いの中での会話。これが、力を持つ者同士のコミュニケーションとでもいうのか。

「良い機会だ、答えてやろう!戦争という愚かな行為を繰り返す人類が、もう、二度と戦争が起きないようにする為に、潤滑油と化している力を持つ者を抹殺する為に、私は動いているのだ!」

まず、一つ目の質問の答え。だがレイはこれに対し――

「それだけじゃない筈だ!それ以上の目的を感じるんです!貴方から!」

納得していない様子だ。やはりこの男は何かを隠しているに違いない。

「それを知ってどうなる!?その目的を知ったところでお前に何の関係があると言うのだ!?」

エファンの強い口調に合わせるように、ビームクローの出力は増していく。次第に、ツヴァイのビーム刃は弱体化していく。

「貴方の思考には、僕にも関係がある……そんな気がするんです!だから!」

強力な攻撃に対し、抵抗するツヴァイ。その中で、エファンは口を大きく開き、笑った。まるでそれは、彼の言葉に対して呼応しているかのようだ。

「成程な!やはり、お前の中にはEVEが居る!EVEから引き継いだ純粋な細胞が私と呼応しているというのか!?」

「それは……どういう……!?」

すると、カタストゥリアのビームクローの出力が弱まった。これと同時に、ツヴァイの共鳴していたビームセイバーの出力も弱まる。まるでそれは、エファンがレイに対して話をしようとせんとする、対応だ。

「ダリオン・イブルークがお前に移植したディヴァインセルこそ、奴が火星に調査した際に持ち帰った、オリジナルのEVEに宿っていたディヴァインセルそのものだからだよ!」

「オリジナルの、EVE……!?」

エファンの言葉により、疑問が解けて行った。彼に移植されたディヴァインセルの正体。それは、火星にあったEVEのものを移植したものだと言う事だ。エファンは、これを知っていた。それ故に彼に悪夢を見せていたのだ。

「お前が私の悪夢を受け入れる事が出来たのも、お前の中にある、純粋なEVEのディヴァインセルが反応していたからだ!そしてお前は多くの体験をし、アドバンスドタイプへと覚醒した!その過程でお前が感じた現象は、全てがそこに由来する!自分特有の現象ではない、あらゆる現象がな!!!」

全てが、繋がっていく。レイが幾度か生命の危機や怒りに満ちた時に陥った、深紅の眼に染まる現象の事等の真実。それはエファン・ドゥーリア自身も発現出来る、力。

 それを引き起こせるのは、何故か。答えは、レイの身体の細胞内にはEVEシステム由来のディヴァインセルが備わっている為なのだ。

「ヤツがEVEの元に訪れたのはお前の生まれる一年前!デウス動乱が始まろうとしていた時だ!そしてその頃は、丁度EVEがその機能を停止した頃だ!故に火星の魔物はシステムとして部外者を攻撃する事なく、奴がEVEを調査することが出来た!そこで持ち出したのが、EVE本来のディヴァインセル!それを赤子のお前に移植した結果が、今のお前となったという事だ!」

本当に明かされた事実。ダリオンが語らなかった彼の起源。それが、今エファンによって語られた。

この事を知り、レイはどう思うだろうか。ショックを受けただろうか。

 違う。今の彼はそのような事で悩む事は無い。確実に力を付け、覚醒しつつある彼は、エファンから語られる真実に慄く様子は、全くないのだ。

「それで……例え、僕の中にEVEが居ようとも……!そんなの、関係ない!戦争を終わらせる為に今僕は戦っています!貴方みたいに人を殺す為に戦っている訳じゃない!」

と、言った時、再びメガビームセイバーからビーム刃を展開。ブリッツファンネルがこれに呼応し、粒子を集め、再び巨大なビーム刃を形成した。

「ほぅ、真実を知って苦悩していたあの時のお前はどこへいった?EVEのディヴァインセルがお前自身をそのような強靭な意志に変えたとでも言うのか……?」

この時、僅かばかりエファンは疑問を抱いていた。だが、レイは構う事なくエファンに迫る。

「貴方だって戦争を起きないようにする為に戦っているって言うのなら、こんな事をする必要なんてある筈がない!!」

懸命な攻撃を行う。しかしこれに対し、カタストゥリアはビームクローを展開し、メガビームセイバーに迫る。

 再び、互いのビーム刃が拮抗し合う。だが、力はカタストゥリアの方が上だ。

「しかし、お前がEVEの力を宿していようと関係ないな!私には私の目的がある!力を持つ人間をなくし、戦争の潤滑油を無くす!これは私の第一歩だ!邪魔はさせんよ!」

(第一歩……?)

レイは矛盾を抱えて戦っている。穏やかな日常を過ごせた彼が、エファンの言うようにEVE由来の力を持ち、最終的には自らの意志で戦っている。エファンからすればそれは戦争の潤滑油と批判出来るもの。しかし、レイにとっては戦争を終らせる為の力。互いの意見がぶつかり合い、戦う。

 その中で感じた疑問。エファンの目的とは、一体?

 

 

 

アレンは迫る巨大なビームクローに対抗できる手段が無い為、逃げるしか出来なかった。その間に逃げ道を探そうと、模索する。

(そうだ、ブライティスは強化されている!今こそそれを使う時だ!)

今のブライティスガンダムにはプラズマ粒子を貯蔵するタンクがある。それが内蔵されているならば、ウイングを上手く使い、プラズマ砲撃を行うことが出来る。

 以前その攻撃を行ったのは機体が暴走した時だった。だが、今のアレンの精神状態は、安定している。ならば、その攻撃も安心して行える筈だ。

「行けるか!?」

 

ガキィンッ

 

すると、ブライティスの両翼が展開される。以前暴走した時のようなフォルムに変形した。相変わらず禍々しい印象を受けるデザインではあるが、色素が変化するといった変化は見られない。

「行けっ……!」

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

ウイングからプラズマが放出。それはエレシュキガルの壁を突き破った。眼前に宇宙空間が映し出され、アレンはレイに対して言う。

「レイ、逃げられるぞ!今は逃げるんだ!」

「は、はい!」

ツヴァイの展開した巨大なビーム刃は出力を弱めつつあった為、良いタイミングと言えた。宇宙空間へ脱出する為、二機は急いで空いた空間へ移動した。

「逃すか。」

すると、カタストゥリアは全てのブリッツファンネルを収納した。次に、背部の六門の砲台を前方に展開する。戦闘開始時に国連に対して打撃を与えた、ルイーナシステムMk-Ⅱである。最大出力で打てば艦隊への打撃を与えられる兵器であるが、その出力の調整は可能である。

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

前を飛ぶ二機のガンダムに向けてそれらを放った。艦隊へ向ける程の出力ではなかったが、それでもMSを殲滅するには十分な破壊力だ。

それはエレシュキガルの外壁に穴を開けた。更に、逃げた二機を迎撃せんと、向かう。

「ん……?」

その時、エファンはある一機のMSが迫っているのを目視した。それを見た時、彼は何故か、静かに笑みを浮かべるのだった。そして、二機のガンダムを追いかけるのを中止するのであった。

 

 エレシュキガルを脱出したアレンとレイ。周辺に敵機体はいない。二人は一呼吸を置き、そっと深呼吸をする。この時、アレンはレイに対して言った。

「レイ、一度帰還するんだ。さっきので大分エネルギーを消耗した筈。補給が必要だろう。」

「はい……あの、アレンさん。」

レイは、先程の戦いでエファンから感じた事を伝えた。

「エファンさんが言っていた言葉で気になる言葉が、いくつかあります。」

静寂な様子の宙域にて、レイがツヴァイを介して言った。

「まず、僕はEVEシステムのディヴァインセルを引き継いでいる存在という事が、分かりました。あの人が、言ってました。」

やはり冷静だ。今までのレイとは思えない程に落ち着いている台詞だ。

「お前はそれを知って、怖くないのか……?」

以前の、怯えている様子のレイを知るからこそ、今のレイの言動に驚愕しているアレン。

「今更、変わらないですよ。元々僕はディヴァインセルを移植されたアドバンスドタイプだから……それが何由来であろうと、そんなの変わりません。」

以前の、恐怖に怯えていたレイは何処に言ったというのか?これは成長と呼ぶべきなのか。それとも……

「それと、もう一つあります。僕達のような力を持つ人間をなくし、戦争の潤滑油を無くすことが第一歩って。」

「……どういう事だ?あの男に、その先の目的があるということか?」

「それは……分かりません。けど、あの人は何か良からぬ事を考えているのは間違いないと思います。」

エファン・ドゥーリアは紛れもない、“敵”だ。EVEシステムの意志を継ぐ彼の目的は、戦争の潤滑油と化している力を持つ存在の抹殺と言っていた。しかし、本当にそれだけなのか。それ以上の目的があるのではないか……と、レイは感じたのだ。

「前に火星に行った時、あの人は自分がEVEシステムを受け継ぐ存在と言ってました。それに則って動いていると言っていました。でも、やっぱり目的がしっくり来ないんです。やっぱり、何か大きな目的があってこの戦場にいるんじゃないか……と、僕は思ってます。」

「それがどれ程危険なものかは分からないけど、今は気に留めておくぐらいが良いのかも知れないな……」

エファン・ドゥーリアの野望は分からない。しかし、今は戦争中。アレンにとっても忌むべき敵ではあるが、今は戦争を終わらせる為、戦う。

 

ピキィィィ

 

「……この感覚は!?」

その時、アレンは近くに敵が迫る感覚を覚えた。が、レーダーにそれは映らない。

「レイ、近くに敵がいる!」

彼がそう言った直後だった――

 

ドオオオオッ

 

高出力のプラズマ砲撃が、二機を襲ったのだ。その時、一瞬だけだがその姿を見せた。総司令、レヴィー・ダイルの駆る、ガンダムオラトリオが急襲してきたのである。

「レヴィーが来た!あのMSはステルス迷彩で姿を隠せる機体だ!レイ、急いで補給を受けろ!こいつは俺が……!」

「は、はい!」

ツヴァイはシーアとの戦いから続く連戦で、このまま戦っては破壊される危険性もあった。その為、一度レイは母艦へ帰還する事とした。アレンは引き続き、この場に残り、迫る敵と戦う事にしたのだった――

 




第百八話、投了。
レイにはEVEシステム由来のディヴァインセルが備わっている事が明らかになりました。
そして、ソフィアの死に際して彼女を罵倒したレヴィー・ダイル……


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第百九話 剣(アレン)

アレンの敵。レヴィー・ダイルとメイド・ヘヴンとの決着。


 レイが去った後、MA形態の爆撃機のようなシルエットを描くオラトリオがアレンに接近してきた。総司令、レヴィー・ダイルがこの戦場に再び出現したのである。

「アレン!今度こそ、決着をつけます!」

オラトリオはMSに変形。グリーンのデュアルアイが輝く。

「レヴィー、もうお前は倒す!俺がお前を止める!!」

総司令自ら戦線復帰をし、アレンを倒さんと迫る。

ガンダムオラトリオは強敵だ。数多の武装が備わっているMSであり、その上圧倒的な機動性を誇る。更には先程のように、ステルス迷彩を搭載している。攻撃の際のみ姿を見せるという厄介なMSだ。

 すると、オラトリオは後面腰部に搭載されているテールユニットバックパックホーミングミサイルシステムで、二十基のミサイルを一斉展開。全てをブライティスに向けて放つ。やがてそれを切り捨て、バックパックを分離。それをステルス迷彩で姿を消した。

 ブライティスはこれらのミサイルに対してウイングビームキャノンで一斉展開し、破壊。しかしこの隙を突くように、オラトリオは近接戦闘を試みる。

 オラトリオの武装にある、大型実体ブレードでブライティスに迫る。それに反応したアレンは、ブライティスのビームセイバーで拮抗した。

「お前は最早、平和の敵そのものだ……だったら、俺が、この手で……!」

「貴方にはやられない!ソフィアがいなくなっても、僕は戦い抜く!」

デウス動乱後になって、彼等は対立を続けていた。はじめはセイントバード追撃の際に、総司令がガンダムナパームに乗って、アレンと戦った。その後は何度か会う事もあったが、一度もかつての、“仲間”として会話をすることは無かった。かつてのデウス動乱では仲間同士だった者達の悲しき戦いの末路。それは、どのような形を見せるのか。

「見えないところからの攻撃……!」

分離したバックパックからプラズマカノンが展開。一瞬だけ姿を見せる。それに気づいたブライティスはすぐに回避運動を行う。だが、回避した直後、オラトリオは機体本体に内蔵されている武装を一斉展開した。実体ブレードを変形させたビームマシンガン、膝部のニービームキャノン、そして、ビーム機関砲に、マシンキャノン。比較的近距離でそれらの砲撃を一斉に受けそうになったアレンは、すぐにバリアーフィールドジェネレーターを展開した。

どうにか攻撃を防ぐ。が、今度はオラトリオのバックパックが再びビーム砲撃を行う。

 有人機と無人機の連携。これが、ガンダムオラトリオと言うMSだ。総司令、レヴィー・ダイルは全力でアレンを叩く気でいる。

(機動性も圧倒的……これが、あいつの本気……!)

オラトリオとは何度か交戦をした。しかし、これ程強いオラトリオは初めてだ。次第に彼は追い込まれていく。

(いや、待て……何故あそこまで動き続ける必要がある?あのMS、もしかして装甲は脆いのか?だとすれば……!)

すると、アレンは一度ブライティスの動きを止めた。急な行動に疑問を抱く総司令。怪しいと感じた彼は、ブライティスと距離を保ち、様子を伺う。

(その間にバックパックで仕留めれば……!)

オラトリオのバックパックは総司令の意志で動く。サイコミュによる動きだ。彼は本体の攻撃を行いつつ、サイコミュでバックパックを操っていたのだ。総司令もシンギュラルタイプ。その空間認識能力は非常に高い。

(そこっ……!)

総司令の眼が見開かれる。と同時に、バックパックから高出力のプラズマカノンが展開されようとしていた。

「それだっ!」

 

ピキィィィ

 

アレンの頭の中で電流が流れる。まるで、見切ったかのように。

 

バシュゥゥゥゥゥ

 

バックパックはブライティスの放ったビーム粒子により、破壊されてしまったのだ。一撃で破壊される程の装甲。これが、ガンダムオラトリオの弱点であった。

「なっ……クッ、こんな……!」

武装のほとんどを担っていたバックパックが破壊された。そうなれば、残るはオラトリオ本体のみ。その機動性を活かし、再びブライティスへ迫る。

「行けっ!」

 

ピシュンッ

 

アレンはブライティスのブリッツファンネルを一斉に展開。両側腰部のブラスターファンネルも展開。合計十基全てがブライティスの周りに展開されている状態となった。

「ファンネル、サイコミュの代名詞……けれど、僕には当たらない!」

オラトリオの弱点、それは装甲の薄さ。ブリッツファンネルから放たれるビーム砲でも数発当たれば致命傷となりかねない。が、彼はこれらを避け、アレンに直接攻撃を仕掛けようと考えていたのだ。

(アレン、今度こそ決着を!)

総司令は一度深呼吸をし、そっと、吐く。それと同時に彼は行動を開始。ステルス迷彩で姿を消し、十基のファンネルの中を移動し始めたのだ。

(来る……どこから……?砲撃は難しいのなら、来るとすれば近接武器……)

アレンも思考を探る。総司令の攻撃手段は、どのようなものかを、考えながら。

 オラトリオが姿を消し、数秒が経過。アレンはアドバンスドタイプの力で、気配を感じることは出来る。しかし、肝心の機体の居場所が分からない為、正確な射撃が出来ないでいたのだ。

「ハッ……!」

再び、アレンの頭の中に電流が流れた。そして――

「アレンッ!!!」

アレンの読み通り、実体ブレードで迫る総司令。すぐにブリッツファンネルを一斉展開するが、総司令もその攻撃を読んでいたのか、ビームシールドで防御しながら近づく。その上機動性も伴い、攻撃が当たらない。

 

バヂィィィィィ

 

実体ブレードが、ブライティスの実体式ビームシールドに直撃。展開する間もなく、それは破壊された。

「レヴィーッ!!!」

アレンは姿を見せたオラトリオにすぐにファンネル砲撃を行った。この砲撃が二発程直撃し、オラトリオは脚部を被弾した。

「うあああっ!く……こんな……!」

動きを読まれたのか、油断をした総司令。しかし武装はまだ生きている。彼は、アレンを倒す為に動く。

「まだ、僕はやれる……新生連邦の勝利の為に!」

すると、総司令は操縦桿を思いきり引き、ブライティスへ急接近する。そして前腕部のビームケーブルをブライティスに向けて展開し、両上腕部に向けて攻撃を行った。

「しまった……!」

「アレン、今度こそ決着です!さあ!」

アレンも不意打ちを受けた。オラトリオの武装により、身動きが取れなくなったのだ。

 

 

 だが、オラトリオは突如、カメラアイの輝きを失った。それだけでない。いくら操縦桿を引いてみたり、スイッチを押しても全く反応しなくなったのだ。

「何!?そんな、馬鹿な!」

ケーブルはブライティスの両上腕部に展開されたまま。動くことが出来ない。何度も、操縦桿を引いても、動かないのだ。

「どうしてだ!?どうして!この局面で!何故!まさか……ドゥーリア少佐……」

何が起きたかは分からない。ただ、一つ総司令が疑ったのは、このMSがエファン・ドゥーリアが開発したものだという事だった。確かに圧倒的な性能を持つガンダムオラトリオ。しかし、エファンは力を持つ者の抹殺を目論む存在。総司令はその存在を何度か怪しく思う事はあった。今、新生連邦が窮地に立っている状況ではエファンを疑うような事をすることは無かったのだが。

「動け、オラトリオ!アレンはもうすぐ倒せる!そうすれば新生連邦の勝利は――」

「レヴィー、もうやめろ……」

動かなくなったオラトリオを見て、攻撃をするのかと思われたが、違った。アレンは攻撃せず、寧ろコクピットから話しかけたのだ。

「何故それが止まったのかは分からない。もしかすれば、俺を罠に嵌める為なのかも知れない。」

総司令は、アレンの言葉に耳を傾けつつも、操縦桿を何度も引く。しかし、一向に動く気配がなかった。

「……なら、貴方にとってこれはチャンスですね……オラトリオを破壊する、絶好の……」

アレンは総司令を許していない。それ故に、彼は撃墜される覚悟をした。

「それを破壊なんてしない。レヴィー、話が、出来るか?」

総司令にとって、予想外の言葉がアレンの口から発された。“話”がしたいというアレン。

「話ですって……?何故この状況で!」

警戒をする総司令。だが、アレンは静かに喋る。

「お前が行った事は許される事じゃない。お前の起こした行動で多くの人が死んだ。この戦闘だけじゃない。新生連邦の存在によって平和だったはずの世界は狂って行った。」

「今更許しを請う気はありませんよ。僕はもう、後戻りは出来ない!貴方が何を言ったところで!」

「その結果、もうお前には何も残っていない。」

アレンの言葉が総司令に突き刺さった。

「違うか?お前は新生連邦樹立に伴って大切な物を失い続けた。かつての仲間や、お前を信頼していた人達。お前が軍事力の強化を掲げた結果が、“今”なんだよ。」

「説教のつもりですか!僕はもう、何にもなれない!貴方と戦うだけだ!そして決着をつけて……」

そこでオラトリオの操縦桿を握るも、やがて握るのを彼は止めた。そして、静かにそれを離した。

「つけて……それで……新生連邦は勝利を……勝利……を……」

「その先に何がある?」

先程まで殺し合った両者。しかし、今、アレンは優しくも厳しい言葉で総司令に話しかけている。

「何もない。その果てに未来なんてないんだよ。新生連邦は多くの人間を不幸にし過ぎた。そんな組織に未来なんてあるはずがない。お前はそんな、何もない未来の為に生きてどうする?何に繋がる?」

「僕に……未来はない……?何もない……の……?」

彼は頭を抱え、苦悩する。アレンの言葉が重く圧し掛かる。

「繋がらない未来を見て、どうなる?お前はそんな未来に生きて、何がしたい?そんな、明確なものもないまま戦って……何になる?俺も色々なものを失った。でも、仲間がいる。信じてくれる仲間が。けど、お前には何がある?」

アレンと総司令の違い。それは背負う物の重さと、人の繋がり。彼等はデウス動乱時は確かに“仲間”だった。戦友とも呼べる存在だった。しかし時が経ち、デウス帝国に勝利した地球連邦軍は新生連邦へ名を改め、軍備増強を行っていった。その中で、総司令は多くのものを失った。かつての仲間、人々。そして得たものは、利権や利用をしようとする邪な感情を持つ人間達ばかり。いつしか彼はその力に飲まれていった。新生連邦の勝利と言う、未来のないものに囚われていたのだ。

 結果、戦後の彼を慕う唯一の存在であるソフィア・ブレンクスでさえも無下に扱うようになってしまった。その結果が彼女の精神崩壊。そして死。後がない彼は、エファン・ドゥーリアという怪しげな存在さえも頼らざるを得なくなってしまった。

「俺は、お前を止めたかった。お前を殺したくない。かつての仲間だからだし、何よりもお前さえ考えを改めてくれればこんな争いなんて起こらずに済む。」

総司令は、何も言わなかった。ただ、アレンの言葉を静かに聞くばかりだった。

「なぁ、レヴィー。先のない未来に向かってどうするんだよ。誰も得をしない。誰も救われない世界が待っているだけなんだよ……もう、止めよう。もう俺達が戦う必要なんてないんだ。過去は変えられない。けど、未来は変えられる。レヴィー、もうその機体から降りるんだ。これ以上戦う必要なんてない。そうなれば、あの要塞だって必要なくなる。」

アレンはエレシュキガルの方を見て言った。確かに、総司令がエレシュキガルの存在の破棄を認めれば、この戦いは事実上、終わりを迎える。エレシュキガルを巡る攻防が無くなるからだ。

「ダメだ……ダメなんだよ、アレン。僕にそんな優しい言葉を掛けないでくれ……」

「レヴィー……?」

総司令は苦悩した。今まで行ってきたことが、今になって彼の頭にフラッシュバックされてきたからである。

「僕はたくさんの人を殺してきた……新生連邦の総司令として。けど、それで世界が動くのなら、それで良かった……戦力増強の為ならばあらゆる手を尽くした……MSの大量生産、強化モデル用のMSの試験、虐殺、そして国連、デウス残党軍との戦争……そして、これらに勝利をしなければならないという心境。けれど、貴方の言うように、僕は人との繋がりをなくしていた……いつしか、僕の周りには人はいなくなった。そうだ、僕は……ソフィアをも手駒に扱ってしまっていた……僕は……彼女に……取り返しのつかない事を言ってしまったんだ……」

新生連邦軍の総司令として在り続けた彼。そんな彼を唯一支えたのが、ソフィア・ブレンクス。だが戦況が不利になっていくに連れ、彼女を兵器の一つとして見做し、彼女に対する冷たい言葉を掛けた彼。もう、後戻りが出来ない。彼女に対する罪。

 彼は、涙を浮かべた。総司令として冷徹であり続けた彼が流す涙。それは、彼自身が今までの愚業を思い出したが故に生じた涙だった。

「アレン……僕はどうすれば良い……?もう、僕は……」

取り返しの効かないところまで来てしまった、彼の罪。どうすれば良いか分からない彼は、かつての戦友であるアレンに聞いた。

「こんな戦争を終わらせるんだ。今なら、まだ間に合う。お前ならそれが出来る……だから……」

アレンは、優しく言った。

「戦争を……終わらせる……そうだね……もう、終わらせよう……。この戦いの先に未来はない。なら、停戦協定を結べば―」

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

ガンダムオラトリオが“在った”場所に、強大なビーム砲撃が襲い掛かった。その時だ。アレンの目の前から、総司令、レヴィー・ダイルの姿が消え失せたのは。

それは、瞬く間の出来事だった。新生連邦総司令、レヴィー・ダイルはそのビーム砲撃に巻き込まれ、その姿を現世から消したのである。

「れ……レヴィィィィィー!!!!!」

このような悲劇があって良い物か。何故、レヴィー・ダイルは突然死ななければならなかったのか。何が彼を襲ったのか。突然の出来事はアレンを困惑させた。

 やがて、アレンはビーム砲撃が行われた方向を見る。そこにいたのは、漆黒のMS、エファン・ドゥーリアが駆るMS、カタストゥリアだった。カタストゥリアの指間腔ビームキャノンが、ガンダムオラトリオを跡形もなく消し去り、レヴィー・ダイルをも消滅させたのだ。

「ガンダムオラトリオには致命的な弱点がある。それは、オーバーロードを起こすという事。薄い装甲の代わりに得た機動性。しかしそれらは余りに推進力を使いすぎる。その結果、冷却機能を強制的に働かせる必要がある。パイロットがいくら優秀であろうと、機体の特性としてそのようなデメリットがある……レヴィー・ダイルには伝えていなかったが。」

エファンは、それを分かった上で総司令にオラトリオを渡したのだ。このような状態になる可能性を、見込んだ上で。

「まさか欠陥のあるMSを送り込むなど普通は考えないだろう。そこがレヴィー・ダイルの甘さ……所詮奴は総司令の器ではなかったという事か。」

腕を組むエファン。そこへ、ビームセイバーを展開したブライティスが、迫った。

「何故だ!何故殺した!?自分の所の総司令だった人間を!!何故!?」

やがてカタストゥリアはビームクローを展開し、ブライティスと打ち合いを行う。

「言わなかったか?奴も力を持つ存在だからだ!それに、大切な事だからだよ。今後の行動の為にもな……」

(今後の行動……?)

エファンの語る言葉に疑問を抱くアレン。

「今、お前の相手をしている時間はない。お前は後で消すつもりだ。」

そういった後、指間腔ビームキャノンを放出して、カタストゥリアはこの宙域から離れた。

「何だ、奴は一体、何を考えている……?」

自らの手で総司令、レヴィー・ダイルを殺害したエファン。この男の次なる目的が、始まろうとしていたのである。

 

 

 エレシュキガルに接近するカタストゥリア。そして、エファンは新生連邦全軍に対し、次の言葉を述べるのだった。

「全軍に通達。レヴィー・ダイル新生連邦軍総司令は、たった今、敵に討たれた。」

あろうことか、エファンは新生連邦全軍に対して総司令、レヴィー・ダイルの戦死を伝えたのだ。無論、彼に留めを刺したのはエファン本人である。

「私は最期まで総司令と共に戦っていたが、敵機体の不意打ちに遭い、名誉の戦死を遂げられた。だが、これで敗北ではない。私は総司令から伝言を引き継いでいる。」

エファンは、一度笑みを浮かべ、言葉を放った。

「“ネェルガルキャノンの照準を、艦隊ではなく、地球の、平和国連盟本部へ向けろ”と。総司令は短期決戦を望まれている。もう一度言う。“ネェルガルキャノンの照準を、艦隊ではなく、地球の、平和国連盟本部へ向けろ”だ。」

この言葉を聞いた、エレシュキガル内部のクルー達や、新生連邦の全兵士は困惑した。

まさか、ネェルガルキャノンを地球に向けるという指示が出るなど、思ってもみなかったからだ。

 

「おい、これは本気か……?」

「しかし、それが総司令の指示だとしたら……」

「いや、脅しで使うつもりかも知れないだろう?実際に地球にあんなものを撃ったらどうなるか分からんぞ……?」

「脅しも何も、もうネェルガルキャノンの充填は始まっていますよ!」

「じゃあ、本気なのか……?」

「総司令自らが、先程命令されましたからね……まさか、戦死されるとは思わなかったけど。」

ネェルガルキャノンはその膨大なエネルギーを溜めた状態のまま砲身を変えることが出来る。兵士達は困惑する様子を見せたが、恐らくこれも総司令の策略なのだろうと思い、エファンの言葉に従ったのだ。

やがて、先程まで国連、デウスの艦隊へ向けていたネェルガルキャノンの砲身は地球に向けられた。それは無論、エファンの思惑通りだ。この戦争における彼の本当の目的が、徐々に明らかにされようとしていたのであった。

 

 

 総司令、レヴィー・ダイルとの死闘を終えたアレン。彼はエファンを見失い、一度補給に戻る為、母艦であるシュネルギアへ帰還していた。アレンはその際に、ネェルガルキャノンの砲身が地球へ向けられたことを知る。一方のレイも、アルバトス艦内にてツヴァイの応急処置を行っている。予備パーツやファンネルの追加を終え、いつでも出撃できる状態にあった。

 シュネルギアのブリッジにて。エレシュキガルの砲身が地球に向けられたのを確認したギアは、目を疑った様子だった。

「どういう事だ!?あの兵器の矛先が変わった?」

「間違いありません!」

低出力であっても、艦隊を壊滅させることが出来る恐ろしい兵器、エレシュキガルのネェルガルキャノン。この砲身が地球へ向くという事が、どういう事か……ギアには、理解が出来るようで、出来なかった。

「何故あれが地球に向く?レヴィー・ダイルは何を考えている……?」

冷静である筈のギアの表情は険しかった。まさか、自らの地球を撃つ気なのか……と、さえ、考えた。

「いえ、それはないと思いますわ。ジェッパー代表。そのような事をしても、彼等自身に何の得もありません。寧ろ、損害を広げるだけですわ。」

「じゃああれは何だ……?脅しなのか?我々に対する……」

ブリッジ内は騒然としていた。何の目的があってのネェルガルキャノンの矛先の変更なのか。それは、この時誰も分かる筈がなかったのである。

 

 その様子はアルバトス内でも確認できた。何の目的があって砲身を地球に向けたのか……謎が深まるばかりである。

「分からない……なんで、地球にあんなものを向けたの?」

「脅しっスかね?さっきまでピュンピュン跳ねていたファンネルみたいな兵器も飛ばなくなりましたし、徐々にあの要塞も力を失ってきてるような気はしてましたけど。」

「そんな卑怯な手をあの新生連邦がするとは思えないけどね……何だろう、嫌な予感はするけど……」

ごくり、とエリィは唾を飲む。気味の悪い行動に、この場にいた誰もが驚くばかりだ。

 

 この様子は後方で待機をしていたデウス残党軍の旗艦、アシュタル艦からも見ることが出来た。皇帝、ナジェラは地球に向けられたネェルガルキャノンの姿を見て、首を傾げる。

「どういう事だ、あの兵器を地球に向ける……?」

「分かりません。まさか、あれを地球に撃つ気では……?」

「それでは自らの星を破壊するも同然だぞ?そんな事をするメリットが連邦の連中にあるとは思えんが……」

やはり、信じられない様子だ。新生連邦が起こしたこの、謎の行動に、この戦場にいた誰もが疑問を抱く。

 

 

 各勢力が疑問に抱く中。シュネルギアのMSデッキ内部にて、アレンはネェルガルキャノンについて、疑問を抱いていた。

(どういう事だ?レヴィーはエファンに殺された……なのに、何故エレシュキガルの砲撃が地球に向ける必要がある?一体、何がどうなっている?新生連邦内部に誰か、他に支配している人間がいるのか?)

コクピット内部にて、アレンは考えていた。レヴィー・ダイルが事前に指示をしていたのも考え辛い。目的が不明の、ネェルガルキャノンの照準変更。これは何を示すのか……

「いや……待てよ……これは……」

その時、何かを閃いたかのようにアレンの眼が見開かれた。それと同時に、彼はコクピットから姿を現し、そのままシュネルギアのブリッジへ向かったのである。

 

シュネルギアブリッジ内で、ジャンヌはエレシュキガルに対して通信を試みた。ネェルガルキャノンが地球に向けられたその真意を確認する為である。

「こちらはFPBのジャンヌ・アステルです。そちらの行動の真意を問います。何の為の行動なのか、教えて頂く事は出来ますか。」

ジャンヌは総司令、レヴィー・ダイルに対してその言葉を発した。しかし、エレシュキガルから反応がない。それだけじゃない、誰からの反応もないのだ。

「おかしいね、どういう事だ?」

「妙ですわね。何故反応がないのか、気になりますわ。」

新生連邦軍の戦力が一斉に集まっているはずの要塞、エレシュキガルからの通信の返信がないという奇妙な状況。この時彼等はその真実に気付かないでいた。

 

ウイイイイイイイン

 

その時、アレンがブリッジ内に入ってきた。

「ジャンヌ、聞いてくれ!」

「アレン!?」

ブリッジ内に入ってきたアレンは、ジャンヌに言った。

「レヴィー・ダイルは戦死した。エファン・ドゥーリアに殺害された。」

この言葉はクルー達に衝撃を与える。新生連邦の総司令が死んだという情報。そして、その犯人がエファン・ドゥーリアであるという事。

「それは、一体どういう事ですか?」

「分からない。ただ、一つ言えるのは、奴がレヴィーを殺害した後であの兵器は照準を地球へ向けた。」

アレンから語られる情報に対し、ジャンヌは右手を自身の口唇の前に持っていき、思考を巡らせ、考えた。

「レヴィー・ダイルが戦死する前に、既に地球へ向けるように指示をしていた可能性は考えられませんか。」

ジャンヌはその真剣な眼をアレンに向けた。

「それはない。あいつは……戦う事を止めようとしていたから。最期に俺はあいつと話した。あの様子から、あいつがエレシュキガルの砲門を地球に向けるなんて事をするとは思えない。」

「これはもしや……エファン・ドゥーリアが関係している可能性は考えられますか。」

アレンは、静かに頷き、言った。

「可能性は高いだろうね。エファンがレヴィーを殺害して、そこから新生連邦に何かしらの言葉を伝えている可能性だって考えられる。」

エレシュキガル内での一連のやり取りを見ていたアレンは、レヴィー・ダイルが亡くなってからエファンが何かをするだろうという可能性が高いと考えていた。

 

――――――――――――――やがて人類を一つにする―――――――――――――――

 

火星にてエファンが言った言葉。その言葉が今になって、ジャンヌの中で思い出される。

 地球に向けられた、エレシュキガルのネェルガルキャノン、そしてエファンの意味深な言葉。これらがジャンヌの中で整理され、ある、一つの仮説が生まれた。

「もし、彼の最大の目的が人類を一つにするというものだとすれば……アレン、そうなれば一刻の猶予もありません。」

「ジャンヌ?それは一体どういうこと?」

ジャンヌは、彼が昏睡状態にある時に火星であった事を話した。明かされたエファンの出生と、その目的。その中で一つだけ明らかにならなかった、意味深な言葉。

 意味深な言葉はそれだけでない。エレシュキガル内でレイがエファンと交戦していた時も、別の言葉をレイから聞いていた。

 

――――――――――――戦争の潤滑油をなくすことが第一歩――――――――――――

 

それだけでない。エファン自身もアレンに対して言った言葉がある。

 

―――――――――――――――今後の行動の為にもな―――――――――――――――

 

「あの男が言っていた、今後の行動って言葉とか、第一歩という言葉。」

「それに、人類を一つにするという、意味深な言葉。」

それらが合わさった時、ある一つの仮説が生まれた。

 

 

それは、地球にいる人々に向けてネェルガルキャノンを放つという事だった。

 

 

「エファン・ドゥーリアの人類を一つにするという言葉は何を示すのかは分かりません。しかし、彼が意図的にこの状況を生み出したことを仮定すれば、ネェルガルキャノンの目的は地球。そして、地球に住む人達に向けるという事になります。」

「もし、それが現実になれば……取り返しのつかない事になるとか、そんな話じゃなくなるぞ!」

レヴィー・ダイル亡き新生連邦がネェルガルキャノンの砲身を地球へ向けるという事はまず、ありえない。恐らくレヴィー・ダイルを殺害したエファンによる陰謀。

 それらの話を聞いたギアは言った。

「これは、一刻も早くエレシュキガルを止めなければならないね……」

この仮説に根拠はない。だが、万が一地球にネェルガルキャノンが向けられれば、その瞬間に地球に住む人々は大半が死滅する結果となる。もし、この状況をエファン・ドゥーリアが望んでいるとすれば、それは非常に危険な事である。

 

 

 やがてジャンヌはFPBの全軍に対して回線を開いた。そこには、先程まで国連として敵対していた勢力もいる。彼等は旗艦アッサラームが失われ、ウィレスの意向を継ぎ、FPBと合流していたのだ。

「全軍に告ぎます。一刻も早く、私達はエレシュキガルの攻略をする必要があります。あの砲身が地球へ向けられました。これは、最悪の場合、地球に住む人々に向けられる可能性があり得ます。そのような事は、決してあってはなりません。これは可能性でありたいと信じておりますが、もし、地球に向けてあの光が放たれるのが事実であるのならば……

最早、これは戦争ではありません。地球を……いえ、人々を救う為の、最後の任務です。」

確証はない。が、万が一ネェルガルキャノンが地球へ向き、その光を放つことがあれば、それは人々の生活の崩壊を意味する。それと同時に、地球上に住む大半の人々や生物が死滅する事になる。

「最後の、戦い……」

「あれを止めないと、下手したら地球がやばいって訳か……」

アルバトス艦内でもジャンヌの言葉は、聞こえていた。最初は“脅し”と認識していた彼等だが、実際に地球にそれが撃たれると考えると、恐ろしいという話どころではない。

 

レイもジャンヌの言葉を聞いた。“地球が危ない”という、まるでSF映画でよく聞くような言葉。まさかその言葉をジャンヌの口から聞くことになるとは、思いもしなかったのだ。

しかし現実、ネェルガルキャノンは地球へ砲身を向けている。それは紛れもない事実。破滅の光がもし地表に向けられたら、どうなるのか。彼の故郷、モントリオールは?そこに住む人々は?それだけではない。今まであってきた人々は勿論、世界中の様々な場所で暮らす人々。それぞれの生活、それぞれの時。これらが一瞬の内になくなる可能性が、今、現実に起こり得ようとしていたのである。

「そんな……こんな事って……絶対あっちゃ駄目だ……地球が撃たれる?そんな、映画のような事……なんで、こんな……こんな事が現実に……?」

レイはツヴァイのコクピット内で頭を抱える。彼のように、今まで平凡な生活を送ってきた人間が、いざ実際に地球の危機と言う、非現実的な場面に出くわした時。混乱し、錯乱するのは無理もなかった。

 当然ながら、脅しであってくれればそれは良い。しかしその可能性も分からない。レイは、ただ、困惑するばかりだ。

 

 ジャンヌの言葉が全軍に伝えられた直後、通信が入った。アルバトス内にて待機中の、ツヴァイガンダムからである。

「ジャンヌさん、今のって……そんな……そんな事、あり得るんですか!?」

レイは明らかに錯乱している。呼吸が早くなり、震えが止まらない。

「可能性の話ではありますわ。ですが……レイ、貴方は以前エファン・ドゥーリアの言葉を聞きましたね?」

火星でのエファンの言葉、“人類を一つにする”という、言葉。その言葉と今回の出来事が示すものは分からない。しかし、今のエレシュキガルの権限がエファンによって成り立っているとすれば、危険である可能性は十分に考えられる。

「まさか、それに関係があるんですか……?」

「断定は出来ません。けれども、一刻も早く止めなければならないのは間違いないでしょう。」

「……そう……ですか……それなら……それなら……」

と、レイは回線を切った。それと同時にレイの眼が大きく見開かれる。それはまるで、覚悟を決めた様子だった。

 

 ツヴァイガンダムのコクピット内は静かだ。その中で聞こえるのは、レイの呼吸音のみ。すぅ、と、はぁ、という吸気と呼気。それは、覚悟を決めたレイの、真剣な呼吸。

 ここに来るまでに、本当に様々な出来事があった。平凡なジュニアハイスクールの生徒だったレイはアインスガンダムと出会い、成り行きで搭乗。そこからセイントバードチームの面々と行動していく。何度か故郷、モントリオールで、親元で生活をしていたりもしたが、その内にツヴァイガンダムへと搭乗機を変え、それに伴うように、世界情勢は不安定になっていく。幾つもの戦場を生き残ったレイ。そして地球上の決戦で生き延びた彼は再び故郷へ。

 しかしそこでレイは迷う。その迷いの結果、宇宙での戦場に赴くことになった。そして、迎えた最終決戦。その最後の任務が、地球を救うというものだった。

 彼自身、これまでの行動を振り返った時、最後の最後で地球を救うという壮大なミッションに立ち向かうという状況に陥っており、困惑、錯乱さえした。しかし、目の前に見える蒼く、美しい星、地球。これが今、危機に陥っている可能性があるという現実。ならば、向かわなければならない。戦争をするのではなく、地球を守るという、任務を遂行する為に。

 そして、一連の出来事の中でレイは真実を知っていった。自らの体内にある、ディヴァインセル。ダリオンが移植したその物質の正体は、EVEシステム由来のもの。彼が火星に調査に行った時に持ち帰り、それをレイに移植したもの。

 しかしもう、それを恐れない。恐れている場合ではない。真相を知ったとしても、彼は動くのみ。最後の戦いの為に、ただ、行動あるのみなのだから……

「各機、発進準備を!」

インクの声が、聞こえる。それと同時に、レイにエリィから通信が入った。

「レイ君、これが本当の、最後のミッションです。絶対に生き残ってね。地球に住む、家族さんの為にも……ね。」

エリィの言葉は今のレイにとって励みだ。レイの青い眼はすっと、前のエレシュキガルを見ている。その後で

「はい!」

と答えた。そして――

「レイ・キレス、ツヴァイガンダム、行きます!」

今、アルバトスからツヴァイガンダムが、最後の出撃を行った。戦争をしに行くのではなく、地球を守る為に。

 

 エレシュキガルに向け、一斉にFPBのMSが展開される。ハイエッジやヴァントガンダムといったMS。それに対抗するのは新生連邦のMSだ。残存戦力のディースト、ジョゼフといったMSが迎撃する。

 新生連邦の兵士達は、ネェルガルキャノンが地球へ向けられている本当の目的を知らない。その状態で、今、FPBと戦っている。真実を知らないまま、命を落としている人間もいるのだ。

『アレン、レイ。お伝えしておきたいことがあります。』

ツヴァイとブライティスに向け、ジャンヌが通信で伝える。

『エファン・ドゥーリアには気を付けて下さい。もし、彼が今回の件に携わっているとしたら……それは、最早恐ろしいという話では済みません。』

「了解。ジャンヌ。気を付けて行くよ。」

この時、ブライティスはビームライフルではなく、ハイパープラズマランチャーを装備していた。バリアーフィールドジェネレーターを搭載している兵器にも対応できるようにする為である。

「はい……けど、まずはあれを止めなきゃ……」

ツヴァイのブリッツファンネルと、左前腕は修復されていた。応急処置ではあるが、戦闘に支障はない。

 前方から新生連邦のMS部隊が展開される。グランシェを筆頭に、ジョゼフ等のMSがビームライフルを構え、発射する。いずれも、エレシュキガルの実情を知らない兵士達ばかりだ。

(出来ればこの人達を攻撃したくない……だって、今はあの要塞をなんとかする必要があるから!)

状況が変わった以上、新生連邦の兵士を攻撃する必要はない。しかし新生連邦のMSの数は多い為、どうにかこの状況を逃げる必要がある。

 そこへ、ガーストのハイエッジカスタムがビームニードルを展開し、ジョゼフ二機の胴体部を貫いた。

「一刻も早く行かなきゃならないんだろ!ガンダムの方が火力もあるからな!俺は援護に回る!アレン、レイ!お前らで行ってくれ!」

「ガースト……ありがとう。」

「ありがとうございます!」

フォローに回るガーストに感謝をする両者。少しでもエレシュキガルに近づき、ネェルガルキャノンを止める為、彼等は向かう。

 

ギュルルルルルッ

 

六本のケーブルが、二機のガンダム目掛けて展開された。見覚えのある兵器だ。この宙域に、メイド・ヘヴンの駆るデスゲイズが出現した。

 戦闘狂ともいえる男、メイド。エレシュキガルを止めなければ地球が危険な状況にも関わらず、この男はMSを破壊し続ける。

「メイド・ヘヴン!このタイミングで!」

アレンはメイドの存在を感じた。彼の脳は、メイドの悪意を感じていた。

「こにゃにゃちわ~ハーハハハハハハ!!!」

台詞とは裏腹、デスゲイズのビームキャノンが展開され、周囲のMSは破壊されていく。躊躇いもない攻撃。この男を象徴する、危険な攻撃が展開される。

「レイ、こいつは俺が引き受ける!先に行くんだ!!」

「はい!」

メイドの狙いはアレンかレイだった。そこで、アレンがメイドと戦う事を決めたのだ。レイはそのまま、エレシュキガルへ向けて移動する。

 

 

その頃、エレシュキガルの前でカタストゥリアが紫色のデュアルアイを輝かせ、前方に広がる艦隊を見ている。やがてカタストゥリアは六門のルイーナシステムMk-Ⅱを全て展開。開戦時に放ったその兵器を再び解き放とうとしていたのだ。

「悲願が達成されようとしているのに邪魔などさせんよ。消え失せろ。」

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

六門のそれらは、FPBの艦隊に向けて放たれる。一射目と同様、その凄まじい破壊力でリューチェ級巡洋艦が次々と破壊される。

 対艦隊迎撃システムという名は、その名の通り艦隊に対して圧倒的な破壊力を示す。ネェルガルキャノン程ではないが、たった一機のMSで艦隊を壊滅させる力があるカタストゥリア。エファン・ドゥーリアという男が作り上げた究極のMS。恐らく、この男との戦闘は避けられないだろう。この男を倒さない限り、エレシュキガルは止められないのだろうか。

 

 

 アレンとメイドの攻防が始まった。有線式ビームサーベルを展開するデスゲイズ。それを避けるブライティス。触手のようなそれらはブライティスを捉えんと、襲い掛かる。

「エレシュキガルを見なかったのか!地球に向けられているんだぞ!あれが撃たれたら地球に住む人達が死ぬんだぞ!それを分かってて邪魔するのか!」

アレンは激高した。地球の命運がかかっている時に遊び半分でこの戦場を暴れているこの男。恐らく、この男はそのような事よりも戦場で暴れる事を選ぶだろう。

「邪魔も何もよォ!こんな楽しい遊びを楽しむなってのかよォ! 冗談じゃねぇぞこのやろォォォー!!!」

相変わらず奇妙な言葉で返すメイド。

「ふざけてる場合か!本気で地球が攻撃されるかも知れないんだぞ!」

アレンは怒っている。止めなければならない要塞を前に、“遊び”で戦場を駆るメイド。両者の心境の違いが、より著明に出ていた。

「あのぶっといのが地球に向けられてんのは知ってんだよなぁ!けどな、俺には何にも関係ない訳でよォ!」

「関係ないだと!?」

ブライティスはブリッツファンネルを展開。一方のデスゲイズはMAに変形し、デス・ランチャーを低出力で展開した。ブライティスは急いでこの砲撃を回避する。

「地球が攻撃されようとさァ!コロニーがあるじゃねぇか!何の為に宇宙に進出したって話なんだよなァ!オイ!!!」

まるで他人事だ。この男は、事の重大さが全く理解出来ていない。

「どうしてお前はそんな平気でいられる!?地球が攻撃されたら何の罪もない人達が死ぬんだぞ!お前のその行為は何にも繋がらない!邪魔をしているだけだ!」

アレンの言葉を聞いたメイドは怒る様子を見せた。

「はぁ?うっせぇうっせぇうっせぇわ!正義のヒーローみてぇなクッソくっさい台詞吐いてんじゃねェよ!!!」

有線式ビームサーベルが、ブライティスに迫る。辛うじて回避しつつ、ハイパープラズマランチャーでデスゲイズを狙い撃つアレン。しかしこの砲撃も回避される。やがて有線式ビームサーベルは、一度デスゲイズ本体の下に戻っていった。

「こんな状況で正義も悪もあるか!メイド・ヘヴン!」

「関係ねぇんだよな!俺にはよォ!しっかし糞敗北連邦もアホすぎ!追い詰められたら自殺かよ!かまってちゃんのメンヘラ連邦って名前にでも改変してろやってなァ!」

再び展開される有線式ビームサーベル。だが、今回はいつもの攻撃だけじゃない。三本のケーブルがまるで絡み合うように繋がり、やがてビーム刃の出力を強めた。巨大な二本のビームサーベルが、出現したのだ。

「名付けてハイパービームサーベル!アレン・レインドォ!くたばれや!」

迫りくる巨大なビームサーベル。本数は少ないが、その出力は強大だ。ブライティスのビームセイバーだけで防ぎきれるような代物ではない。

 この攻撃に対抗する為、ブリッツファンネルは全てをビーム刃に変え、デスゲイズに一斉に迫る。機体の全領域にバリアーフィールドジェネレーターが展開されている為、砲撃ではまず攻撃が通らない為だ。

「ンなもんぶっ壊してやんぜェ!」

有線式ビームサーベルは、八基のブリッツファンネルの内、四基を一度に破壊した。強大な出力を誇るそれは、更に勢いが衰えることなく、ブライティスを攻撃する。それだけではない。ビームサーベルは周囲にいたハイエッジ、ヴァントガンダムにも攻撃を行い、同時に五機が一斉に破壊された。

(この状況でこいつを放置するのは危険すぎる!こいつは、ここで倒さなきゃならない!)

アレンは、メイドを完全に“敵”と見做した。今まで、何度か交戦してきた彼等。しかし、地球に危機が及んでいる今の状況ですら“遊び”としか見ていない人間、メイド・ヘヴン。今のアレンに躊躇いはない。目の前で殺戮を楽しむこの男を、必ず倒さなければならない……と、誓ったのだった。

「アレンさん!援護します!」

その戦闘宙域に、一機のMSが。アステリアだ。パイロットはアイリィ・トゥール。四つ巴の戦況を今まで生きてきた彼女は、アレンがメイドと交戦しているのを見て、駆け付けてきたのだ。

「アイリィ!?危険だ!やられるぞ!」

今回の敵は相手が悪すぎる。メイド・ヘヴンという凶悪なパイロットと、そのMS、デスゲイズ。まず、機体性能の時点で量産機体であるアステリアでは勝ち目があるとは到底言えなかった。

「雑魚モビが一機戦場に~!ぶっ壊してやんぜェ!」

デスゲイズのモノアイが輝く。狙いを付けたのはアイリィのアステリアだ。

 先程五機のヴァントガンダム、ハイエッジを破壊した有線式ビームサーベルが、アイリィのアステリアに迫る。

「あわわわわ!」

急いで回避をするアイリィ。辛うじて回避を行うが、今度はそれらが再び三つに分けられ、波状攻撃を行ってきた。触手のようにそれらを展開し、串刺しにせんと、迫る。

「そんなの!やばいってぇ!」

アイリィはこれらの攻撃も回避し続ける。アレンはそれを見て、ビームセイバーを展開。デスゲイズの攻撃がヴァントガンダムに向いている隙を突き、ケーブルに攻撃を加える。

「コソコソやってんじゃねぇよ!アレン・レインドォォォ!!!」

勘付かれたアレン。モノアイを輝かせたデスゲイズが別方向の有線式ビームサーベルをブライティスに向け、展開した。三つに合体した有線式ビームサーベルは再び三つに分離し、迫った。

「アレンさん!!!」

アイリィのアステリアが、ビームシールドを構え、ブライティスの前に浮いている。アレンを守る為に。

「死ねやァァァァァ!」

 

ズバァァァ

 

アイリィのアステリアはそのシールドごと、串刺しにされた。三本の有線式ビームサーベルは胴体、顔面部の、計三箇所を突き破った。

 アステリアはそのまま爆発。身を挺してアレンのブライティスを守り、散ったのだ。

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

その時だ。アレンは目の前で起きたこの惨状に対し、無意識的に反応した。その際、彼の眼は深紅に変色した。

 それは、今までならばレイとエファンのみに見られた筈の現象。しかし今、彼にもそれは発現している。力を持つ存在を圧倒し、苦しめ、苦悩させるその未知なる現象が、何故アレンにも発現したのか。

「ぐえええ!?なんやこいつ!?まるであのショタガキのような……!?」

メイドもこれには焦りを感じている。この現象が生じるのは、何故……?

 もしかすれば、EVEの心臓が関係しているのか。EVEの力が引き起こされたが故に深紅の眼に染まる現象が生じるのならば、これに対する説明がつく。彼の入れ替わった心臓が、この現象を引き起こしているのだとすれば……

「メイド・ヘヴンッ!!!」

アレンは怒りを感じている。しかし、その怒りは以前にブライティスを暴走させた怒りではない。自分を守ろうとしたアイリィ・トゥールのアステリアを目の前で破壊された事に対する怒り。それは、以前アレンが経験した、ココット・メルリーゼがエファンに無残に殺された時とは訳が違う。

 それ故にブライティスガンダムのクリスタルシステムが暴走することは無かった。しかし、感情によって機体のポテンシャルを高めるこのMSは、先程より機動力を上げた。それは、今の現象と相性が余りにも良すぎた。暴走とは違う。理想の覚醒の形と呼べるのかも、知れない。

「ぐええ……コイツ、さっきよりスピードが上がってやがる!?」

快楽のまま戦場を暴れていたメイドが、明らかに焦りを感じている。今まで見せなかったアレンの力に翻弄されているのだ。

「ああ、てめぇもオカルトパワーを発動したって訳かよ!おもれェぞアレン・レインドォ!!!」

が、メイドはすぐに落ち着きを取り戻した。戦闘狂故の対応力なのか。

「お前の遊びは最早地球にとっての害悪でしかない!!!」

ブライティスはデスゲイズを翻弄し、狙いを絞り、プラズマランチャーを構え、狙い撃った。

「プラズマかよォ!」

メイドの頭の中で電流が流れる。その兵器がプラズマ兵器であることを見抜いたメイドは、すぐに回避運動に移った。

 しかし、デスゲイズはその体躯の大きさが仇となる。左翼部にプラズマ兵器は直撃し、ダメージを受けた。

「糞がッ!ビームが効かねェからってそう来やがるか!」

再び有線式ビームサーベルを六基全て展開。そして、これらをあろうことか、全て合体させる。先程メイドが“ハイパービームサーベル”といった物よりも遥かに大型のビーム刃が展開される。デスゲイズの両手部型マニピュレーターは連結しており、前腕部の行動は制限されるも、その巨大なビームサーベルは、敵MSを殲滅するのに十分な破壊力と言えた。

「めェん!つきィ!!どォォォォォ!!!」

ケーブルが伸び、それに伴ってブライティスに目掛け、ビーム刃が迫る。直撃すれば間違いなく破壊は避けられない、凶悪な兵器だ。それは、デスゲイズの有線式ビームサーベルの特性を最大限活かした武装と言えた。

「一か八かで行くしかない……!」

極太のそれはアレンに避ける余裕を与えない。迫るビーム刃。アレンは、賭けに出た。

再びプラズマランチャーを構え、ビーム刃に対して砲撃を放つ。それも高出力で。

 不幸中の幸いだった。ビーム刃に向けて撃ったプラズマランチャーはその形に穴を開けた。ブライティスは、ビーム刃による直撃を回避できた。

「だからどうだというのだ?それで撃ち抜いて避けたからどうだというのだって話なんだよねェ!!!」

大出力のビーム刃の攻撃を掻い潜ったアレンだが、有線式ビームサーベルはそれらを分割し、ビーム刃の出力を突如解除した。そして、そのままブライティスの両上腕部、両下腿部に合計六本のケーブルが巻き付けられた。

 やがて電流が流される。以前、レイも受けた電流攻撃だ。

「うあああああ!く……う……!」

不意打ちと言えた攻撃。メイドが繰り出す奇抜な攻撃は、どれも厄介と言えた。

「んでから切り刻むまでよォ!!!」

ケーブルはビーム刃を再び展開し、先程巻き付いていた部分に対して展開する。この攻撃を受ければ、ブライティスは非常に不利になりかねない。

 

ズバァァァァァァァ

 

しかし、先に攻撃を仕掛けたのはブライティスの方だった。ブリッツファンネルのビーム刃が巻き付いていたケーブルを、全て切り刻んだのだ。デスゲイズのアイデンティティと呼べる武装の撃破に成功したアレン。一方のメイドは舌打ちをし、苛立つ様子を見せる。

「やらかした……クッソがァ!」

近接武器を無くしたデスゲイズ。これをチャンスと判断したアレンは近接戦闘を試みた。

ビームセイバーを展開し、迫るブライティス。デスゲイズの至近距離まで追い詰めた時――

 

ガキィン

 

デスゲイズは手部マニピュレーターを駆使し、ブライティスの前腕部を止めた。この時、互いが取っ組み合っているような構図になる。この衝撃でビームセイバーはブライティスのマニピュレーターから離れてしまった。

「思えばよォ、てめぇとの因縁はデウス動乱以来だよなァ、アレン・レインドォ!」

「戦後になってお前が生きているなんて思わなかったよ、メイド・ヘヴン!」

「兄者を殺しやがってよォ!この際敵討ちが出来るのなら一石二鳥なんだよねェ!」

「お前こそ!俺の父さんを殺した癖に!」

この両者は、デウス動乱時に互いに肉親を殺されている同士だ。その彼等が、今、地球の危機と言う状況を前に戦っている。

「けど、今はそんな事を互いに言っている場合じゃないんだよ!地球が危ないって状況なのに……お前のその行為はただの殺戮行為だ!兄の為の行動とか、そんなもんじゃないんだよ!」

アレンの方がメイドを父親の敵として闘っているわけではない。戦っている場合ではないという状況にも関わらず、殺戮をしているこの男が危険だから、倒さなければならないと思い、戦うのだ。

「てめぇのせいで兄者がいなくなっちまってよォ!こうなってんのはてめェのせいでもあんだぜ!?俺をこんなヤケクソ人生にさせてんのはてめぇの責任でもあんだぞ!そういう事言えんのかよてめェ!!」

鬱屈しているメイドの言い分。彼の場合は、暴れる為の言い訳にアレンを利用しているだけだ。

「状況が分かっていないで、ただ暴れまわる人間は、今この場において必要な訳がない!俺はお前を倒す!父さんの敵を討つ為じゃない!地球の脅威として!」

ブライティスガンダムに乗っているアレンが暴走するほどの極限の怒りを感じない理由。それは、彼が今為すべきことを理解して動いているからだ。

 一方のメイドは状況が分かっていない。只の傭兵である彼は今までも散々戦場を暴れまわり、多くの犠牲者を出してきたメイド。その目的は、己の悦楽。彼等では、その背負っている物の重さが雲泥の差があったのだ。

「てめぇだって戦争で散々人殺ししまくってるじゃねェかよォ。そーいうのが一番むかつくし腹立つんだよォ……

正義のヒーロー気取って臭い台詞吐いてる偽善野郎さんよォ!」

両機の押し合いが、加速する。取っ組み合いは更に激しさを増す。

「兄者を侮辱するだけじゃなく、俺の生き方まで否定しやがるてめェは只じゃすませられねぇよなぁ!」

「俺はお前の兄に対する感情は何もない!お前自身を倒さなきゃならないから、動いているだけだ!」

「クソ野郎がァァァ!」

最早、メイドに会話は通じない。彼は今アレンに対する怒りを感じている。兄、フロード・ヘヴンをアレンに殺された事。その怒りが今のメイドを覆っていた。

「あの時の十五のガキにまた殺されかけるかよ……今度は俺がてめェのタマを貰う番だぜおらァァァァァ!」

 

ズバァァァァァァァ

 

「うぼああああああああ!!!」

今度は、両側腰部のブラスターファンネルのビーム刃がデスゲイズのウイングを完全に貫いた。それだけでない。怪鳥のシルエットを描く上で必要なバックパックも破壊する。それだけでない。残りのブリッツファンネルが両脚部、股関節部を直撃し、破壊したのだ。

 これにより、デスゲイズはMA形態に変形する事が出来なくなった。残りのパーツは、上半身、両上腕、両前腕、頭部のみ。

「ぐ……ぎ……て……めえ……!!!」

メイドがここまで追い込まれているのは初めてだ。アレンの想いの強さが、この状況を作り出していると言える。

「殺ス……殺ス……殺ス……殺ス……殺す!!!!!」

その時、デスゲイズの腹部が輝きを放った。腹部メガビームカノンを、目の前にいるブライティスに向けて放とうとしていたのだ。

「させるかァァァァァ!!!」

 

ガキィンッ

 

腹部メガビームカノンが展開される前に、デスゲイズの右前腕部を振りほどいたブライティス。そして、所持していたプラズマランチャーを、腹部に対して向けたのだ。

「行けぇぇぇぇぇ!!!」

「オラァァァァァ!!!」

互いの咆哮が、この宙域に響く――

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

デスゲイズは腹部メガビームカノンを放った。が、同時にブライティスガンダムも、プラズマランチャーをデスゲイズの腹部に向けて放った。ブライティスはこの砲撃を受け、下半身部が消失。

 一方のデスゲイズは、胴体が完全に貫かれた形となったのだ。

 

「兄……者……ァ」

 

メイド・ヘヴンのヘルメットは割れており、頭部からは多量の血液が。意識が朦朧とする中、彼は、兄を呼んだ。手を差し伸べるメイド。しかし間もなく、彼は力尽く。この時、彼は一瞬だが兄の姿を見たような感覚に陥っていたという。

 そして、デスゲイズは爆発を起こした。ブライティスは、辛うじてこの死神を倒すことが出来たのであった。

 メイド・ヘヴン。デウス動乱時はデウス軍の傭兵として兄、フロード・ヘヴンと共に暗躍していた男。この時にクリスタルガンダムに乗っていたアレンと交戦。倒されたかに思えたが、生きていたこの男。

 P.C歴となった現在も生きていたメイドは、氷河族等の組織に入りつつも好きなように戦場を荒らし回ったり、活動資金を稼ぐ為に傭兵として活動していた。最終的にはデウス帝国の残党軍に傭兵として雇われ、強力なMSであるデスゲイズを授かり、より戦場を荒らしまわる事や、多くの犠牲者を出すことにその生きがいを覚えていた。しかし兄を失ったこの男の行動理念は、“自暴自棄”以外に思い付かないだろう。

 凶悪な男であったメイド・ヘヴン。今、ここにアレンによってその生涯に終止符が打たれたのだ。

 

「はぁ……やったのか……けど……これじゃ戦えないな……」

デスゲイズを撃破した代償は大きい。ブライティスガンダムの下半身は消し飛んでおり、ファンネルもあと四基しかない。ウイングも損傷している。プラズマランチャーはまだ使えないことは無かったが、今の状況でエレシュキガルへ向かうのは無理があった。

この時、アレンの眼は元の色に戻っていた。敵を倒したという確かな事実が、彼の中で残っていたのだった。

「時間がない、このままでもエレシュキガルに突入するしか……!」

ブライティスの機体は半壊しているが、地球が危機的状況に陥っている。このまま、戦いに参加するのは危険ではあるが、背に腹は代えられない。アレンは、そのままエレシュキガルへ向かった。デスゲイズが強襲してきた際に分かれた、レイの心配をしながら。

(レイ、無事ならば良いけど……)

 




第百九話、投了。

※次回は最終話となります。2月28日投稿予定。


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最終話 光(レイ)

 アレンがメイドと交戦していた頃。レイは、ツヴァイガンダムを駆り、エレシュキガルとは違う方向へ向かっていた。

 一見すれば目的からずれている行動をしているレイ。しかし、彼には明確な目的があった。

それは、この状況を作り出したかも知れない男である、エファン・ドゥーリアを探す事だった。先程のルイーナシステムMk-Ⅱによる砲撃を見ていたレイ。その攻撃が、カタストゥリアから発されている事も分かっており、カタストゥリアを見つけ、エファンを止めなければならないと、レイは考えていたのだ。

 

『自分からこちらに来るとは。探す手間が省けるな』

 

レイの頭の中に、声が聞こえた。エファン・ドゥーリアの声である。

 

『そして、お前が私を探し出そうとしている、その目的も分かっている。』

 

レイの心を読んだエファン。

「……僕は、貴方に聞きたい事があります。」

ツヴァイは一度機体を止めた。そして、どこかで声を掛けているエファンに対し、話す。

 

「エレシュキガルのキャノンを地球に向けるように指示したのはエファンさんですか?」

レイが聞く。その二、三秒後にエファンが答えた。

『そうだ』

「あれを地球に発射するのは本当ですか?」

『そうだ』

この瞬間、レイの疑問は確信へと変わる。そして、レイは憤りを感じた。

「どうして……どうしてそんな事を!」

やはり、ネェルガルキャノンが地球に向けられ、そこから地球を撃つのは事実であった。

当然、そうなれば止めなければならない。

 しかし、レイはまず、エファンがそのような凶行に至った理由が知りたかったのだ。今までエファンは何か別の目的があって行動しているのは分かっていた。その、”真の目的”が何なのか……分からない。その目的が分からないのでは、相手と話す事も出来ない。

「人類と言う存在に、敬意を示しているからこそ、これを行うのだ。」

 

ゴギュオゥゥゥゥゥン

 

熱源反応を感知したと同時に、ツヴァイから見て十二時上方向に、カタストゥリアが紫のデュアルアイを輝かせていた。両指関節部を外転させ、まるでツヴァイを睨みつけるように立ち塞がる。

「貴方の言葉から、人を想うなんて言葉が出ること自体が信じられない……僕は貴方から感じるのは、悪意しかない!」

「“敵意”というのはその人間の思い込みによって生じる事だってあるのだ。お前から見た私は“悪意”を感じるのだろう。しかし私は他者から見れば、より良い存在に見られる事もある。何故か分かるか?」

「何故って……」

対立する両者の言葉。レイは、エファンにただ、翻弄されるばかり。

「答えは単純だ。人により、その接し方を変えるだけだ。それだけで人はその人間に対する印象を変える。それだけ。私の場合、お前に対しては悪意を見せるように、わざとしている。」

この男の言葉を、レイは理解できなかった。何故そのような事をする必要があるのかも分からない。

「敵意を見せるようにわざと……?そんな事をして、何の意味が!」

「お前の生存確率を減らす為だ。私に対する憎しみを抱く事。それは、お前自身の闘争本能を剥き出しにする。そうすればお前は感情のままに戦うだろう。感情のままに戦う人間は、脆く、弱いからな。」

エファンの言葉を聞き、レイは彼が以前に発した一つの言葉を思い出す。

 

――――――――――力を持つ者は、消さなければならないからな――――――――――

 

「力を持つ人に対して……その悪意を見せているという事……?」

「言っただろう。力を持つ存在は戦争における潤滑油。戦争をより拡大させる存在だ。それが、シンギュラルタイプ、強化モデル、アドバンスドタイプと言った存在。」

「そうとは限らない筈です!貴方は勝手に判断しているだけだ!」

「違うな。お前はシンギュラルタイプといった存在がどのように生まれたかを知らないからそのような事が言える。」

「違う……?」

エファンは達観した様子で、“シンギュラルタイプ”について語りだした。

「元々この世界にはそのような存在は存在していなかったとされている。しかし人々が宇宙に進出し、それからデウス帝国との長きに渡る戦争が始まった。宇宙に進出し、最初のデウス帝国との戦いが起きた。その後辺りか。シンギュラルタイプと呼ばれる存在がこの世界に出現するようになったのは。」

何故これ程までに彼は詳しいのかは分からない。まるで、今まで明かされなかった過去を語っているようだ。

「シンギュラルタイプは宇宙戦争における“突然変異”という説が今でも濃厚だ。しかしそれは違う。きちんと、理由があるのだ。戦争が活性化していくに連れ、人々はビーム兵器を開発した。そこで用いられるのが、ビーム粒子。これが大いに関係しているとされている。」

「そんな、粒子が関係しているってどういう……?」

「今の戦争は全てに於いてビーム兵器が主流だろう。それは、過去にデウス帝国と地球連邦軍がビーム粒子を兵器に転用したことがきっかけ。そして、人は極限状況に陥る事が多くなった。戦争という、愚業を繰り返すが故に。」

この時、レイは何かを察した様子だった。

「気付いたか?そう、戦争とは人々が死に一番近い状況、非日常。お前のように死と隣り合わせでない日常を生きてきた人間ではまず経験をしない出来事。その状況では脳が本能のままに生存を求める。そして、これと戦場を飛び交うビーム粒子……これらが一定の確率で、大脳の領域を広げるとされる。この奇跡が連続した状況……それが、シンギュラルタイプと呼ばれる存在が増えていったきっかけなのだよ。」

シンギュラルタイプは特殊な人類と呼ばれる存在だ。しかし、その多くは謎に包まれている。エファンは、この正体が極限状態で活性化した大脳領域を広げた存在であるというのだ。

 戦争と言う極限状況を、“生き残る”為に、大脳領域が広がった人類。そして、そこへビーム粒子と言う兵器が混ざり合い、一定の確率で発生する存在、それが、シンギュラルタイプ。

(じゃあ……今まで出会ったシンギュラルタイプの人達って……)

この時、レイは今まで出会った人々の事を思い出した。

彼が出会ったシンギュラルタイプと言われている人達……エリィ・レイス、スバキ・シンドウ、ガースト・ピュアス、ココット・メルリーゼ、マサアキ・アルト、メイド・ヘヴン、メナス・ジェイン、メナン・ジェイン、レヴィー・ダイル、ソフィア・ブレンクス。これらの共通点は、皆戦争の中で、一度極限状況を経験しているというものだった。

「シンギュラルタイプの覚醒する確率は低い。ある意味、奇跡と呼べるものなのかもしれない。しかしシンギュラルタイプと言われている人間達は戦争の中で目覚め、そして戦争を生き残る為に生き残ってきた者ばかり。」

(そんな事が……それが、シンギュラルタイプだなんて……)

無論、この世界にはシンギュラルタイプと呼ばれる存在はまだ居るだろう。しかし、その数自体は希少なのだ。

 かつてのデウス帝国はこの存在に着目し、一人の女性を火星に移動させ、シンギュラルタイプを上回る存在を作り、戦力増強の目的で作り出そうとEVEシステムを作り出した。それがアドバンスドタイププロジェクト。しかしこの計画は頓挫し、失敗に終わった。その中で、EVEシステムは最後のアドバンスドタイプ、エファン・ドゥーリアを生み出した。そして、今に至るという訳であった。

「これで分かっただろう?力を持つ存在の歴史を。全ては戦争があったが故に生まれたもの。人々が争い合い、その中で進化を促されたのがシンギュラルタイプ。そして、その力に自惚れた者、そして利用する者……いずれにしても、こうした存在はまた、新たなる戦争を生み出す!事実、シンギュラルタイプの力に感化された者達は疑似シンギュラルタイプと呼べる強化モデルの制作、果てはアドバンスドタイプ……私自身を生み出した!」

宇宙にその生活圏を移住させた人々が、戦争を起こし、ビーム兵器が発達していく上で出現したとされる、特殊な人類、シンギュラルタイプ。そして、その力に魅了された人々は、より優れた人類を作る為に、人工的に力を持つ存在を作ろうと試みた。結果が、アドバンスドタイプ、強化モデル。エファンが言うように、全ては、戦争が引き起こした副産物である。

「……だからって……それで関係ない人達まで抹殺なんて間違ってます!それに、貴方が行おうとしている事は力を持っている人達だけを巻き込むとか、そんな話じゃない事をしています!あれを地球に向けて、発射なんて……そんなこと、あっちゃダメなんです!」

「必要なのだよ。人が新しい文明を築く上でな!」

エファンの眼が、見開かれた。その時、レイは冷や汗を掻く。エファンから発されるプレッシャーを、感じていたのだ。

「戦争を続ける人類。しかし人類は一方で美しい建造物、文化、文明を築いてきた。私は一度世界中を旅していた時があった。世界各地の世界遺産、建造物、それぞれの国の文化、地域の伝統的な催し物、名物、アニメ、特撮、ドラマ、医療、エンターテインメント、社会活動、そしてその背景。それらに歴史があり、古い時代……そう、祖先とされるアウストラロピテクスの時代から代々伝わってきた歴史。その進化系が、この宇宙移民の際に作られたCコロニー。人類の文明の集大成ともいえるこの存在。宇宙にまで生活圏を移すことが成功したという歴史は私にとって非常に興味深いものがあった。」

戦争の愚かさと、人の素晴らしさという、一見矛盾を抱えた発言をするエファン。

「だが人は増え過ぎた。そして戦争が起きてしまった。戦争自体は旧世紀より今まで何度も行われてきた。戦争が起きては平和になり、また戦争が起きる。小規模な内乱、テロリズム等は旧世紀からずっと続いているが、そのせいで失われた命も計り知れない!人工知能の発達を抑制した結果、人口が増え続け、地球より、増えた人々を宇宙に進出することが出来てから百五十年以上の時間が経過した今の時代においても、このような戦争は続いている!人の数が多ければ多い程、様々な意見もあり、思想もある。だがそれが対立し、価値観を押し付け合う時や、それが正義と感じた時に戦争が起きる。互いを悪と見做した上で、戦い合う!そして築かれた文明は滅ぶ事もあった!戦争と言う、人間が起こした愚かな過ちのせいでな!」

レイがエファンから感じるのは、戦争に対する憎悪だ。だが彼自身も戦争の幇助とされる、MSの開発、制作を行っている。これもまた、矛盾だ。

「貴方は戦争を憎んでいて、それでMSに乗って戦っている……それも矛盾じゃないんですか?それって、おかしい事じゃないんですか?」

「ああ、おかしいな。このような兵器は存在などしては行けないのだ。だが私の計画の為には、必要悪だ。だから、利用できるものは利用する。そう、何でも……全ては、人類を統一する為に!」

エファンの言う、“人類の統一”という言葉は何を意味するのか……レイは、それが気になっていた。

「それに力を持つ存在は私一人で良い。比較的数が存在する、力を持つ存在はオールドタイプから見れば只の嫉妬の象徴になるだけ。奇跡的な力を持つ人間は、私一人だけで良い!そして、私が人類を統一し、新たなる歴史を築き上げていく!新たなる歴史はやがて新たなる文明、文化を生み出していく!それこそが、私の目的だ!」

この時レイはエファンが言った言葉を、一つ一つ整理した。

 まず、エファンは力を持つシンギュラルタイプ、強化モデル、アドバンスドタイプの抹殺を図っている。その上で、力を持つ存在は自分自身のみで良いと言っている。その一方で、人間を尊重している。しかし、人類が行う愚かな行為である戦争という行為を忌み嫌っている。そして、人類を統一するという目的。その上でのネェルガルキャノンの地球への砲撃。

 これらが統合された時、レイは答えを見つけた。エファン・ドゥーリアと言う男がこれから行う、真の目的の答えを。

 

「地球に住んでいる、人間の数を減らす為。それがあの要塞の砲門を地球に向けた、本当の目的……?」

 

レイの言葉に対し、エファンは突如、高らかに笑いだした。

「クク……フフ……ハハハハハ!伊達にEVEの力を引き継いだ、ニア・アドバンスドタイプではないようだ!いや、アドバンスドタイプEVEと呼ぶべきか?私を含めてな!」

男の放った言葉の中で、新たな造語が生まれた。アドバンスドタイプEVE。EVEシステムから引き継いだディヴァインセルを体内に宿す人間と、別の存在を区別する為にエファンが用いた言葉だ。

「そして、その察しの良さ!確実に覚醒しつつあるな、レイ・キレス!」

褒められても、別に喜びなど感じる筈がない。レイの言うように、エファンの最終目的が人類の減少だとすれば、これは、最早一刻の猶予もない。

「こんな事今すぐ止めないと!せめて中の人に伝えないと!この人の勝手で地球が攻撃されるなんて――」

 

ドバアアアアアアアアア

 

ツヴァイがエレシュキガルに向かおうとした時、カタストゥリアの指間腔ビームキャノンが展開される。高出力のそれは、ツヴァイの眼前を通り過ぎた。

「エレシュキガル内部の兵士を説得しようと試みたか?愚かだな。とうに死んでいるというのにな!」

「そんな……どうして!その人達は力を持っている人じゃない筈です!どうしてそんな!」

「余計な事にならないよう、必要な犠牲だ。これからの事を思えばな。これでもうエレシュキガルを内部から止めることは出来ない。あとは地球に発射されるのを待つだけ。さて、それまでの時間稼ぎ、相手をしてやろう、アドバンスドタイプEVE!」

遂にエファンがレイに牙を向く。先程まで自身の思想について語っていたエファン。男の真の目的にレイが気付いたのを機に、彼を抹殺せんと、襲い掛かる。

 まず、カタストゥリアは指間腔のビームキャノンを連射。その後手部をケーブルで伸ばし、ビーム刃を形成。ツヴァイを切り裂かんと、迫る。

 

ピキィィィ

 

レイの脳内で電流が走る。ブリッツファンネルが展開され、ツヴァイの本体を覆った。それらはビームバリアーの形状を取り、カタストゥリアの攻撃を弾く。

「大した芸当だ。やはり力を持つお前は殺さなくては行けないな。レイ・キレス!」

エファンの強烈なプレッシャーが迫る。今までのレイならばこれに飲まれていただろう。だが、彼は今為すべきことを成そうとしている。それは、地球に住む人々を救う事。目の前にいるこの男を、止めなければならないという事。

「シンギュラルタイプであろうと、アドバンスドタイプであろうと関係ない!僕は、僕なんだ!僕は認めない!そんな貴方の勝手な野望なんて!」

次に、ツヴァイのブリッツファンネルは共鳴し、ビームピッカーの形状を作り出す。円錐状のそれは合計六基展開。ブリッツファンネルと、ミニファンネルがそれぞれ共鳴し、カタストゥリアに迫った。

「私が、ネェルガルキャノンが撃たれた後の、地球上の生き残った人類を導く!その為に力を持つ存在は消す!ただ、それだけだ!」

カタストゥリアも四基の大型ブリッツファンネルを展開し、それに付着している小型ブリッツファンネルと共鳴。四つのビーム刃が展開され、ツヴァイに迫る。

「例え普通の人と違う力を持っていたって……人は人なんです!心も意思もあって、会話も出来て、普通に生活を送っていける……ただ違うのは特別な力を持っているだけ!それだけなのに!それだけなのに!どうしてこんな!」

互いのブリッツファンネルが衝突し合う。ビーム刃の光が、宇宙を照らす。その直後、カタストゥリアはビームクローでツヴァイに迫る。ツヴァイはこれに対し、ビームセイバーで弾く。

「力を持つ存在は戦争の潤滑油だ!力に自惚れ、余計に力を誇示しようとする!そして争いを求める!だからこそ私自身が人類の頂点に立ち、力を持つシンギュラルタイプ、アドバンスドタイプ、強化モデルを始末した上で支配する!そして人類の数を減らす!やがては力を持つ存在は私のみとなり、残された人類を導く!お前はその為の犠牲になってもらう!」

「貴方の言っている事はおかしいです!そんな理由で大勢の人を殺して良い筈がない!」

「この長い歴史の中で、シンギュラルタイプをはじめとした人類は自身の力にどれだけ溺れてきたか!覚醒した力を持つ人間は自身の力を誇示し、そして更なる争いの火種を生み出す!!事実、アドバンスドタイプもまた戦力として作成された力を持つ人間の一つ!それに絶望したEVEは私に全てを託したのだ!私はEVEの遺志を継ぎ!力を持つ者を抹殺し!そして人類の絶対数を減らし!その中で生き残った強者を支配する!」

「皆、それぞれ色々な事情があって生きているんだ!そんな、一人一人の考えを無視した世界なんて!たった一人の人間に支配される世界なんて、おかしいです!」

「それが人類をより質の良い存在へと進化させる方法なのだ!一人の支配者に導かれ、人はそれに従い、文明を築く!それこそが愚かと言われ続けてきた人類が再生していく為の道なのだ!だからその最初の段階として力を持つ存在の末梢!そして人類そのものの数の減少!!!それにより世界はより良い状況を生み出す!今はそれらの第一歩に過ぎない!!!権力を持つ者は混乱を利用して何十年もの時間を掛けて支配をしやすい基盤を作り上げてきた!私はこれから時間を掛けてそれを作る!」

激しく打ち合う、ビーム刃。両者の対立。エファンが語る想いと、それを否定するレイ。エファンの壮大な野望は、全てを滅ぼすことに繋がりかねない。だから、レイは戦う。自分も含め、それらを守る為に。

「僕は貴方の邪魔をします!貴方を止めないと、みんなが死んでしまうから!父さんも、母さんも、リリアお姉ちゃんも、ミィスも、リルムも、みんなも!貴方の勝手でそんな事、あって良い筈がない!」

「平凡な日常だけを生き、因果によって力を得たからといってつい最近になって戦争に参加しただけの存在が何を言う!やはり力は付いてきているようだが私には及ばないな!レイ・キレス!EVEの力を持つ、紛い物のアドバンスドタイプEVE!!」

あくまでも、人工的に生み出されたアドバンスドタイプとしてレイを見ているエファン。しかし、彼はそれでも戦う。最早、そこには“突然変異”と言われて傷を付いていた彼の姿はない。彼の精神は、間違いなく成長している。これまでの経験が、そうさせるのか。

「紛い物でも偽物でもなんでも良い!僕は僕だ!貴方の方がよっぽど危険だ!止めなきゃ……絶対に!!」

打ち合いが解除された。が、同時にブリッツファンネルとビームクローを共鳴させ、エレシュキガル内でツヴァイとブライティスを襲ったような、巨大なクローを作り出した。

「どの道もう時間は残されていないがな!間もなくネェルガルキャノンは発射される!それにより、人類は新たな一歩を踏み出せる!」

巨大なクローは一斉にツヴァイに迫った。危機を感じたレイは、ブリッツファンネル全てを展開し、バスタービームライフルを腰部にマウントし、側腰部からメガビームセイバーを二つ展開。そしてそれを連結させ、カタストゥリアのようにブリッツファンネルを共鳴させる。すると、巨大なビーム刃が出現。まるで長刀のような、巨大なエネルギーが出現した。

 やがてこれらのエネルギーが衝突し合う。カタストゥリアの肥大化したビームクローは、ツヴァイの巨大なビームセイバーを抑えるかのような構図になった。

「貴方は人を想う気持ちだってある筈なんだ……それだけ人が作った文化とかについて、語ることが出来るんだから……なのに、なのにどうして!!」

「これは結論だ!次に生きていく人類が、新たなる文明、文化を築き上げていく為の!エレシュキガルの存在はそれらを成す、手っ取り早い兵器だ!レヴィー・ダイルは役に立ってくれたよ。私の目的の為にな!」

「人を想いやれる人間とは思えない……そんなの、ただの自己満足だ!貴方に人を語る資格はないですよ!」

「人は試行錯誤して生きていく!年月を重ね、世界情勢や環境が変わっていきながらも、己の考えや価値観も変化していく!様々な価値観はその時のものだ!私の場合はその結果だ!」

「だからってその結果だけで地球にあんなものを向けて良い理由になんてなりません!貴方の勝手だけで成り立つ世界なんて長く持つ筈がない!」

「人を待ち続けた結果が戦争の繰り返しだ!美しい文明、文化を破壊してきたのが同じ人間による戦争だ!それを繰り返してきた愚かな人間はその数を減らし、新たなる指導者に導かれる必要がある!戦争を引き起こすもの、その潤滑油となる存在は全て滅ぶべき存在だ!だから、数を減らす!力を持つ存在を含めてな!!」

カタストゥリアは肥大化していたビームクローを一度展開するのを止める。そして、そのままブリッツファンネルを共鳴させ、大出力のビーム砲撃を行った。

「そんなの!!」

ツヴァイも急いでブリッツファンネルを展開し、ビームバリアーを作る。バリアーフィールドジェネレーターとビームバリアーが重なり、その砲撃を防ぐ事が出来た。

 しかしカタストゥリアの激しい攻撃は続く。合計二十四基のブリッツファンネルはツヴァイに向けてビームを発射し続ける。レイはこれらを見極め、回避しながら隙を見つける。

「ダメだ、一度場所を変えないと……!」

このままではカタストゥリアの猛攻に押されてしまうと判断したレイ。この時、彼はエレシュキガルの内部への突入を試みた。出入口を見つけたからである。

「逃すか。」

エファンはすぐにそれを追う様子を見せた。

 

 エレシュキガル要塞内部にて。両機体が通っているそこは通路であり、狭い空間だ。ブリッツファンネルが展開し続けられる空間ではない。その為、両機体は全ての武装を機体に戻し、移動していた。

 やがてツヴァイとカタストゥリアは対面する形をとった。ツヴァイは胸部のメガマシンキャノンを展開。同時に、カタストゥリアもマシンキャノンを展開する。

 狭い空間である為、互いに使える武装は制限される。その空間の中で、実弾の撃ち合いが、繰り広げられた。

「私はお前を殺した上で人類を導くよ。力を持つ存在は私以外に必要ないからな!」

「僕は死なない!貴方を止める為に戦う!そして帰るんだ!地球に!!その為にも!」

「全てが叶うと思うなよ!戦場という非日常は何が起こっても自己責任だからな!!五体満足で帰る事が出来るというその願望こそが甘えそのものだ!!」

日常と、非日常を行き来してきたレイ。この一年と少しの出来事は、レイにとって壮大な体験となった。この体験があったからこそ、今こうしてエファンと戦うことが出来るのだろう。戦場と言う非日常を経て、レイは次第にその才能や能力を開花させていく。その才能により、今は亡き新生連邦総司令であるレヴィー・ダイルからもスカウトされることもあった。

 彼の戦う動機はいつも、“守る為”だ。しかしエレシュキガルが地球に向けられている現状では、エレシュキガルから“地球を守る為”に、“攻める”戦いをしている。

「朝起きれば母親の作った朝食があり、学校があり、部活動があり、夜の寝床がある、そのような日常を送ってきたお前がこのような場所で私と殺し合いをしているというのも面白いな、レイ・キレス!」

戦いながらレイの過去を見たエファン。まるで挑発するかのようなエファンの台詞。レイはこれに対し

「貴方を止めなきゃそんな毎日だって迎えられなくなる!だから貴方を止めるんだ!」

と、反論した。

「日常を守る為に私と戦うか!面白い!」

日常の存在は、多くの人間が血肉を削った中で作られる。起床し、朝食を食べ、通勤、通学をし、就学、就業を行い、昼食を食べ、帰宅し、夕食を食べ、眠る。この一連の流れが出来るのは、日常生活を守る人間がいる事により、成り立っている。

 もし、エファンを止められなかった場合、その世界は成り立たなくなる。それだけは避けなければならない。地球圏に於ける日常を守るには、レイが戦うしかないのだ。ごく普通の日常を手に入れるには、エファンという最大の敵を倒さなければならないのだ。

 今まで、レイはいつも、守る為に戦ってきた。セイントバードチームを守る為、自分を助けてくれた人を守る為……今、彼は日常を守る為に戦っている。この、壮大な戦いの果て。それが、今の彼の最後の目的と言えるのだ。

 

 

やがて通路を抜けた先。そこで、カタストゥリアはすぐに六門のルイーナシステムMk-Ⅱを展開した。最大出力ではないが、高出力のそれは不意打ちとしてはあまりに強力だった。

「プラズマ兵器……!」

レイの頭の中で電流が流れる。すぐに、ツヴァイもブラスタープラズマカノンを展開し、迎撃する。

 しかしその出力の差は歴然だ。瞬く間にツヴァイのプラズマカノンは溶かされてしまったのだ。使い物にならなくなり、デッドウェイトとなったそれを、レイは急いで解除した。

「くぅ……!」

そうなれば、避けるしかない。機体の損傷はあれど、動力に問題はなかった。

 カタストゥリアのルイーナシステムMk-Ⅱは一度艦隊に向けて最大出力で放出しており、この攻撃により、エネルギー残量が空となった。従って、デッドウェイトとなってしまう為、この砲門を全て解除したのだ。

「互いにプラズマ兵器は使えないな。」

強力な兵器を無くした両者。しかし武装はまだ、ある。目の前にいる強大な敵を倒す手段を、レイは考える。

 この状況で先に仕掛けたのはレイだ。メガビームセイバーを展開し、正面からカタストゥリアに迫る。

「ほう。」

それに反応したエファンのカタストゥリアはビームクローを展開し、それを有線で飛ばす。

「行けっ……!」

次の瞬間、ツヴァイのブリッツファンネルがカタストゥリアの後面にビームを放った。しかし、ビームは弾かれる。バリアーフィールドジェネレーターによるものだ。

「そんな……!」

「分かっていたよ。お前の攻撃など!だから応じてやった。それだけだ!!」

レイの思考を読んだエファン。カタストゥリアに全面に展開されているバリアーフィールドジェネーターの存在にレイが気付いていないと踏んで、あえて正面からビームクローを展開したのだ。

 状況はレイにとって不利だ。機体性能もカタストゥリアの方が上。火力、機動性、装甲、防御面、全てにおいてカタストゥリアが勝っている。増して、パイロットも特殊だ。人の思考が読める上、力を持っている。空間認識力も常人を遥かに凌駕している存在。レイにとって、紛れもなく最大の敵……それが、エファン・ドゥーリアとカタストゥリアだった。

「普通でいたいとあり続けた少年、レイ・キレス。皮肉なものだな!お前の意志とは裏腹、お前自身は普通の人間とかけ離れていき、やがてはアドバンスドタイプEVEへと完全に覚醒した!お前は最早普通の人間でない!力を持つ存在になってしまったが故に私に殺される運命を辿るなど!」

エファンはまた、レイの過去を読んだ。

 レイはあくまでも、“普通”でいたい少年だ。だが彼の運命は皮肉にも、“普通”とはかけ離れた経験、やがては人間ですら“普通”とは言えない人種となった。その事は一度彼自身を自殺させるにまで追い遣ったのだが、彼を奮い立たせたのは父親の存在だ。

「僕は普通じゃないかも知れない!けど、それを認めてくれる人がいる!特別な経験、特別な人間であっても、人である事に変わりはないんです!」

「その結果が力を持つ人間とは皮肉だな!戦争の潤滑油となり得る存在、呪われた人類、シンギュラルタイプ、強化モデル、アドバンスドタイプ!それらは人類が新たな一歩を踏み出す上での阻害因子だ!」

「それらを排除して自分だけが生き残って何になるんですか!貴方の存在は遥かに人よりも優れているかも知れない!けど!たった一人で残った人を指導なんて無理ですよ!」

その時、カタストゥリアのブリッツファンネルが再び二十四基展開され、一斉にツヴァイに向けられた。これらをバリアーフィールドジェネレーターで守りながら、カタストゥリアに近づく。

「エファンさんが本当に人を愛してるのなら、こんな方法じゃなくても人の為に出来ることはある筈です!」

まるで説得するかのようにレイはエファンに言った。しかし、エファンはレイの言葉に耳を向けようとしない。

「だからこそその数を減らすのだ!人は数の多さを管理する為に人種を分け、国、その中の地方自治体を作り、そこで管理するように仕組みを作った!しかし結果、国の中での内乱やテロ、挙句の果てには戦争!そして宇宙に居住地を広げたかと思えばデウス帝国と言う国家と地球の戦争!繰り返す愚かな行為!その度に破壊される築き上げられた文明、文化!宇宙戦争で生まれた力を持つ存在は更に争いを生み出す火種になる!」

カタストゥリアのブリッツファンネルによる猛攻は留まる事を知らない。ツヴァイのブリッツファンネル自体にバリアーフィールドジェネレーターが張り巡らされていることが救いではあったが、このままでは防戦一方だ。

 両機体の致命的な違いは、バリアーフィールドジェネレーターの範囲による。ツヴァイは機体本体としては両前腕部のみに搭載している。しかし、カタストゥリアはデスゲイズと同様、機体全体にそれらが覆われているのだ。つまり、ツヴァイの場合はブリッツファンネルを展開して攻撃をした時、油断をすれば本体を攻撃される可能性がある。そうなれば、撃墜される危険性が増す。

「その争いの火種は止めなければならない!そして、ネェルガルキャノンがそれを遂行する!!」

「エファンさんは人を知った気になってるだけです!勝手に自分の中で解釈して、その価値観を押し付けているだけです!そんなの人を愛しているなんて言いません!本当の人の繋がりを知らない人がそんな事を言うなんて!」

レイは二十四基のブリッツファンネルの猛撃に耐えながら、懸命に語る。

「人の繋がり!確かに必要なものだ!人類はたった一人で繁栄しなかった!親子との会話、やりとり、そして友人を含む他者とのコミュニケーション!それらを経て人は繋がりを覚え、互いに助け合う!人を知って、人は発展して行った!いつしか人は近所付き合い程度のネットワークのみならず、その範囲を至る所でも交流が出来るようになっていった!顔を知らぬ人間との交流も気軽に出来るようになり、それらとも友人関係を結ぶことも容易になっていった!人の縁とは、不思議なものだ!」

二十四基のブリッツファンネルによるビーム砲撃。それらから機体を守るレイ。やがてそれらは砲撃ではなく、ビーム刃に変化し、ツヴァイに迫った。

 ビーム刃が一斉に迫っていては、まずツヴァイに勝ち目がない。これらを防ぐ為にツヴァイのブリッツファンネルも十八基全てビーム刃を展開。しかし、六基は抵抗できない。その分が、本体に迫る。

 メガビームセイバーを二つ展開し、これらと打ち合いを行う。数の多さで翻弄されるレイ。不利な状況が、続いていた。

(ダメだ……このままじゃ歯が立たない……どうすれば……)

レイは集中力をいつになく増し、この無数のブリッツファンネルに抵抗している。少しでも油断をすれば命はない。

「随分大変そうだなレイ・キレス!自身の命が迫る時程人はその集中力を増す!そして、更に脳を活性化させる!その境地を迎えた時……面白いものを見られるぞ!」

「何を……」

その時だ。突如、エファンは全てのブリッツファンネルを全て本体に戻した。突然の出来事にレイは目を何度も瞬きさせる。

 何故、このような真似をしたのか。エファンは本気で殺す気なのかも分からない。この男はレイに対して何をしたいのかも、分からないのだ。

「人が行うコミュニケーションの境地……せっかくだ、お前にも見せてやろう。」

「コミュニケーションの、境地……?」

エファンが放つプレッシャーは、いつしか光のようにも見えた。レイは、この光に包まれる感覚に陥る。しかし、彼はこの感覚に対し、恐怖ではなく、何故か“暖かさ”を感じていた。

 

 

 

 光に包まれたレイ。目を開けると、そこは先程までの戦闘空間ではなく、全く違う空間にいた。そして、そこは見覚えがあった。

(ここは……あの夢の場所……)

レイがエファンによって見せられていた悪夢の場所だ。何故、突然この場所に自身の身体があるのかは分からない。妙な感覚に、レイは陥っていた。

「気が付いたか。」

そして、目の前にはエファン・ドゥーリアの姿があった。パイロットスーツでなく、私服姿。いつも夢で、レイを殺す時の姿。一方のレイも、何故か学生服を着ていた。夢の中の服装と、全く一緒だったのだ。

「どうしてここにいるのか……といった様子だな。レイ・キレス。」

「今は夢を見ている訳じゃない……けど、どうして?」

不気味な感覚に陥ったレイ。一体何がどうなっているのか、彼自身分からないのだ。

「ここは所謂精神世界のようなものだ。先程の戦いで互いにその意識を肥大化させ、その結果、この空間で会うことが出来た。」

「精神世界……?そんな、そんな事なんて……」

信じられない様子のレイ。だが、彼は現実問題、エファンと喋っている。先程まで敵対していたはずの、エファンと。機体を介して互いに会話をしていた両者。しかし今は、まるで2メートル程度は離れているような感覚で会話をしている。本来初めての感覚である筈なのだが、レイにとってこれは初めての感覚でなかった。

(この感じ、どこかで……)

レイはふと、思い出した。スバキが死んだ時の感覚だ。エファンが作り出したこの場所は、あの時の悲しくも暖かな空間に似ていた。

「これこそが、人が行うコミュニケーションの境地。目の前にいる人間とのコミュニケーションが全てではない。人を超えた存在故に介入の出来る場所……と言うべきか。」

エファンが作り出したこの場所。夢を見せることが出来るこの男だからこそ、出来る事であるのかは分からない。ただ、彼は、この場所が“人を超えた存在故に介入できる場所”と言った。それは、力を持つ存在の事を示すのだろうか。

「人の脳は未だに全貌が解明されていない。多くの人間はその脳の機能を全て覚醒出来ずにその生涯を終える。例えば他者と会話をする時は大脳からの意志伝達、言葉、声等を使って言葉を発する。しかし言葉が通じない場合は人の場合は情報媒体……古くは紙や、電子媒体等を使って相手に意志を伝える。動物の場合は触るなど、直接的な介入によってコミュニケーションを図る。」

「それは分かります。Eフォンとかがその役割を果たすっていうのは。けど、ここは分からない……」

「ここは常人では踏み込めない場所だからだ。常人の域を超えている我々は、その意志の強さにより、こうした場所での対話も出来る。やがてその意志は夢と言う形となり、具現化する。それがお前の見続けた悪夢の正体。」

「貴方が悪夢を見せることが出来るって言うのは……僕の中にEVEのディヴァインセルが流れているからと言う訳じゃないのですか?」

「その因子は大きい。しかし、それ以外にもお前と言う人間だからこそ、出来るところもある。だからお前とこの空間を“共有”出来るのだ。最も、ここは現実にあった場所だがな……」

エファンの言う場所は、ダーウィンの廃墟の事だ。彼はそこを起点とし、レイに悪夢を見せ続けていた。その結果、現実となった。

「だがお前に見せていた悪夢は別の形でも現れたりしたようだ。それもまた、お前の中のEVEのディヴァインセルがお前に見せている力なのかもな。」

「別の形……?」

と言われ、レイはある夢を思い出す。

 

――――――――――――――――じゃあね、レイ―――――――――――――――――

 

リルムに言われた言葉。それもまた、現実のものとなった。

 しかしその通りになる事は結果的になかった。何故ならば、最終決戦の前に両者は会話を交わしたから。仲違いによる永遠の別れになる事なく、今に至る。

「お前の行動がそれを回避したと言うべきか。お前の中の信念がそうさせるのかは分からんが、やはりお前の力は並み存在を凌駕していると言うべきか。それが意志となって現れたのかも知れないな……」

全てを知るエファンは彼の事について語る。彼が見ていた悪夢は全て、予言通りになりつつも、その通りの顛末を迎える事は無い。その解釈は、眼前に居る男が行っている。

 それは事実かは分からない。だが、レイには以前以上に信念を宿している状態であるのは間違いないだろう。それが、意思の強さなのか。

「そんな事が……分からない、分からないです……」

当然の反応。だが、エファンは語り続ける。

「意志の強さが増幅すれば、それは死者とも対話する事にも繋がる。無論、それは常人には辿り着けない世界。この世界の常識ではまず考えられないとされる事。科学的根拠等存在しない世界。だからオールドタイプからは“オカルト”と一蹴にされるモノだ。古来から存在する霊媒師などと言った存在は、ある意味先駆者と言うべきか……」

レイ自身、幽霊などといった話は今までお伽話や映画、フィクションなどで聞く程度でしか感じたことの無いものだった。しかし、エファンはそれを語っている。それらは、意思の可能性によって対話さえも出来るものだという。

(もしかして……スバキと話すコトが出来たのは、もしかしてこの力があったから……)

レイはズハキの事を思い出した。クラリスによって殺されたスバキ。彼女は最期にレイにその想いを伝え、この世から去った。

「それもまた、意思の力だ。お前のように力を持つ者が望みさえすれば、死者との対話も出来るという訳だ。」

エファンは心を読んだ。しかし、レイもう、驚く様子を見せなかった。

「言霊という単語がある。言葉には魂が宿ると言われている。言葉はその発した人間の気持ちと共に現れる。一方、電子媒体や紙媒体でもそれらは文章となって現れる。そこに個人があれば、それは形のある、“言葉”となる……」

コミュニケーション、言葉について語るエファン。人が成り立つ上で欠くことの出来ない存在、言葉。彼は人を大切にしている。それ故に発した言葉なのだろうか。

「言葉は人を安心させる事もあり、人を殺める事もある。暴力や兵器とは違うが、扱いを間違えればこれ程脅威になるモノはないだろうな。よく、口は災いの元という言葉があるだろう。人はその発した言葉や文の解釈の仕方により、争いが生じる事もある。そして、その発した人間を徹底的に弾圧せんと、歪んだ正義感を持った者がその者を弾圧する。それも、完膚なきまでに。その結果待っているのはその者の死……歪んだ正義の結果、特定の人間に誹謗中傷され、心なき言葉を浴びせられ、死を選ぶ人間の存在。言葉とは、これ程恐ろしい物なのだ。」

「聞いた事があります。それで死人が出たっていう……」

レイ自身も日常生活の中で覚えのある出来事だ。Eフォンというデバイスにより、多くの人間と簡単に繋がる事が出来る時代。それによる、言葉の選択。顔が見えないが故の、容赦のない言葉。

「だが、言葉をはじめとするコミュニケーションは同時に人類の発展の為に必要な存在だ。そして欲望。人はそれらを実現する為に欲望と言う活動源、並びにコミュニケーションの力を発展させてきた。最も基盤となるのは人の三大欲求とされる食欲、睡眠欲、性欲。それらが満たされていくと、高次的な欲求……欲望を持つようになっていった。その欲望の果てが、文化、文明、芸術だ。それぞれの国の文化、文明はその国らしさを作り、芸術は音楽、ダンス等で心を躍らせる。それらは全て、欲望とコミュニケーションが合わさった結果生じたものだ。だからこそ、私は人を愛している。人は美しいものを生み出す力を持っている。それらは社会生活を送る上での多くの人々の助けとなっていった。」

この空間においてもエファンは人の事について語る。今回の戦闘でエファンが語った、“人を愛している”という言葉は紛れもないものであると、レイは感じていた。やはり彼は喜んでいる。人を語る事に、嬉しさを感じているのだ。

(この人から感じる暖かさは、やっぱり本物だ。でも……そんな人が、こんな恐ろしいコトをするなんて考えられない……)

先程までの、レイを殺そうとするエファンとは違う一面を見た。レイはこれに対し、不思議な感覚に陥る。

「やがて文化が発展していくに連れて、人々はあるモノを、求めるようになっていった。」

「あるモノ……?」

エファンは、先程の喜びの表情を変えた。

「“情報”だ。それは今までも、そしてこれからの時代においても重要な存在。それがなければ人は更なる発展を出来なかっただろう。」

いつの時代も人は“情報”を求めてきた。特に近代においてそれらは非常に大切な要素となる。エファンの言うコミュニケーション、欲望、そしてその先にある情報……

「しかしこの情報と言うのは量が増えれば増える程その真偽が不明となっていく。偽りの情報を悪ふざけと言わんばかりに発信する者、そして真実を伝えようとする者。それらを見極めようとする者。それらはネットワークの発達した時代などに置いても常に必須とされてきた。情報における弱者は金銭の損失や健康被害等、犠牲者となっていった。無論、それは人類が愚かな戦争をする上でも言える話だがな。」

情報は平穏な日常においても、死と隣り合わせの非日常である戦争においても必需品だ。正確な情報は人を豊かにする。しかし誤った情報は人を不幸にし、最悪死に至る事さえある。

「デウス帝国と地球連邦の戦争で情報は必需品だ。それ故に戦争は発展していった。死の商人と呼ばれる軍事産業の発達もしていった。その結果、多くの築き上げられた文明、文化は滅びゆく運命を辿っていったがな。」

エファンにとって、戦争は忌むべきものだ。人の生み出した美しい芸術、文化の一方で、戦争と言う愚行による、それらの崩壊。彼にとってそれは耐えられない物だったのだ。

「その、戦争の中で生まれた兵器、MSが人の形をしていると言うのはある種の芸術なのかも知れん。人のプリミティヴな感情の一つである、闘争本能の果ての姿。私の友人がよく話していたよ。彼の言っていたその台詞は、私にとって関心を抱くに値する台詞だ……」

エレグの事だ。エレグは人の存在に拘っていた。その事に、エファンはどこか、喜びを感じている様子だ。

「やがてその戦争の結果、人間の中でシンギュラルタイプといった人種を生み、戦局を泥沼化させ、現在にも至るのはもう語っただろう。」

この中でも、彼は力を持つ存在を許さない姿勢を見せる。ならば、何故彼はレイとこの場所で対話をしようとしているのか。

「しかし不思議なものだ。EVEのディヴァインセルを取り込んだアドバンスドタイプの突然変異であるお前とここで、まるで互いに喫茶店等で茶でも飲みながら話すように会話をするのも不思議だろう?」

「それが、“コミュニケーション”と言いたいんですか?」

レイの疑問に、エファンは笑いながら答えた。

「ハハハハハ!そう!そうだな!それこそがコミュニケーションだ。私はお前に殺意や敵意を向けている。お前はそれをずっとプレッシャーに感じ、ただ子犬のように怯えていた。だが今はこの場で対等に話している。それはお前自身が成長しているが故なのかも知れない。それもまた、コミュニケーションだ。面白いだろう?この場所ではそれだって出来るのだ。お前自身も経験の中で人を超えた。その結果がここでの会話という訳だ。」

エファンはこの会話を楽しんでいる。本来殺す対象であるはずのレイと。レイからすれば、何故これ程までにエファンが自分と会話をしようとしているのかが、全く分からなかった。

「僕は……貴方がやっぱり分かりません。僕を殺そうとしておきながら、こんな、不思議な場所で貴方は楽しそうに話をしている。そこに僕は暖かさを感じてます。でも、貴方の本当の目的は……」

「増えすぎた地球の人類を減らす事だ。その上で私は残された人類を導く。」

やはり、レイには分からない。そのような人間が、ここで自分と話をする理由が。

「矛盾だな。そう、これは矛盾だ。抹殺しなければならない人間とこのように長い会話を楽しむというのも、また、矛盾。人は矛盾を抱えながら生きていく。私も人智を超えた存在ではあるが、所詮は“人”という事だ。」

エファンが矛盾しているのは分かり切っていた。人を愛しているにも関わらず、人の数を減らすという事。レイは力を持つが故に抹殺しなければならないはずなのに、レイとの会話を楽しんでいるという、矛盾。

「お前も同じ矛盾を抱えているだろう?戦争に於いて。」

レイの矛盾とは、“守る為に戦う”というものだ。何かを守る為に、相手を殺す。レイはMSに乗り、今まで多くの人間を殺してきた。しかし、その上で日常生活を送っている。これもまた、エファンからすれば矛盾と言えた。

「僕も……矛盾している……」

「人は存在そのものが矛盾している。だからこそ、愛おしい。だからこそ、醜い。」

人の存在が矛盾という言葉。それは誰にも当てはまる事だろう。いくら彼等がオールドタイプと呼ばれる人々を遥かに凌駕する力を持っている人間であれ、結局は“人”なのだ。

「エファンさん、僕は思うんです。貴方のその力、可能性をどうしてもっと人の発展に活かすことが出来ないんですか!こんな空間で僕と話していて、笑っている貴方は今まで見たことがない……そこに、僕は暖かさを感じました!けど貴方の目的は人の数を減らす事なんて……貴方には心があるハズなんです!なのに、どうしてこんな選択をしてしまったんですか!」

レイの言葉に、エファンは答える。

「それが“結論”だからだ。私の中の、結論。その上で力を持つ存在を抹殺する。」

「その力を持っている人達だって、こうやって話し合う事だって出来る筈なのに!どうして!」

「戦争における潤滑油として働いている者ばかりだからだ!そのような存在に語り掛ける必要はあるか!」

「じゃあ僕は!?僕だって今までMSに乗って戦ってきました!どうして僕だけこんな場所に?」

それに対し、エファンが何故か優しそうな表情で浮かべた。それは、レイが最初に男に会った時の彼の表情に似ているように見えた。

「もしかすれば、戦争とは全く縁がない生活を送っていたお前が突然変異とはいえ、EVE由来の力を持った事対し、内心では興味を持った結果なのかも知れないな。“人を愛する”私が感じた。」

エファンのその言葉に、レイは疑問を抱く。

“人を愛する”とは、一体……?

「それってどういう意味ですか……まるでエファンさんの中にもう一人いるような言い方だけれど……」

「言っただろう。私は元々EVEシステムの意志を継いだと。だがその上で、私自身が生きていく内に、人の存在を愛おしく感じるようになった。これが私の中にある矛盾。戦争を引き起こす存在と化している人間の排除と、人を愛するという、相反する感情が私の中で常にあるのだよ。特に、お前に関してはな……」

エファンは元々はEVEシステムによって生み出された最後のアドバンスドタイプ。彼は最初、その遺志を継いでいた。

 しかし彼が地球圏に生活を移した後、彼は数多の“人”の文化に触れた。結果、彼の中で相反する感情同士が存在するようになったのである。

 それらがエファンの中で合わさった結果が、今回の計画という訳だ。彼は超越した力を持つ存在であるが、所詮は人間であり、様々な感情を持っている。それが人格を作っているのかは定かではない。

「人という生き物はな、興味のある存在には何らかの感情を抱くものだ。敬服・崇拝・称賛・娯楽・焦慮・畏敬・当感・飽き・冷静・困惑・渇望・嫌悪・苦しみ・共感・夢中・嫉妬・興奮・恐怖・痛恨・快楽・喜び・懐旧・情緒・悲観・好感・性欲・同情・満足。そしてそれらが相反したり、重なる事で無限大の感情をみせる。興味、関心のある存在にはそれ相応の態度を見せ、それが忌み嫌う存在であれ、相応の態度をとる。逆に興味のない対象に感情は湧かないだろう。それもまた、コミュニケーションであり、それが人という生き物だ。」

入り混じり合う感情。人という存在に対する嫌悪や愛情。それらが数多く混ざった結果の行動だと、エファンは語る。

しかしレイには納得が出来る筈がなかった。これ程に人を語る人間が、人を支配する為に人の存在の減少を考えるなど。

「お前と話していて色々と楽しかったよ。そろそろ戻るか。お前を殺し、人類を導く為に……」

「エファンさん――!」

レイが叫ぶ間もなく、その世界は光に包まれた。

エファン・ドゥーリアという危険だった筈の男が見せた世界。そこに、レイは入ることが出来た。そこで、彼の真意を理解する事が出来た。だからこそ、レイは困惑する。彼の結論が、“人の数を減らす”という事に対して。

 

 

 

 気が付けば、レイはツヴァイのコクピットの中にいた。先程の精神世界から戻ってきたレイ。そして、目の前にはカタストゥリアに乗っているエファンの姿が。

「お前とのコミュニケーションは終わりだ、レイ・キレス!」

先程までの暖かい感覚のエファンの姿はない。全力でレイを殺そうとする、恐ろしいエファンの姿がそこにはあった。

 

ゴギュオゥゥゥゥゥン

 

カタストゥリアのカメラアイが、輝く。それはまるで、ツヴァイという獲物を目の前にして、それを仕留める肉食動物のような眼光に見えた。

「貴方が……僕に向かうなら!僕だって貴方に向かいます!」

それに呼応するかのように、ツヴァイのカメラアイも輝いた。

 やがて互いにブリッツファンネルを一斉に展開。それらを共鳴させ、巨大なビーム刃を形成。両者はまたしても、衝突し合った。

「機体性能もその実力も私よりも劣るお前が立ち向かうというのは無謀以外何者でもない!」

「それでも!貴方を止めないと地球に住む人達が!」

「私を仮に止めたところでネェルガルキャノンはもう間もなく発射される!そうなれば最早この戦いに勝敗はない!!」

互いのビーム刃が激しくぶつかり合う。ツヴァイはメガビームセイバーを、カタストゥリアは指間腔ビームクローを、互いに展開し、戦っている。だが、出力の差は歴然だ。

「次は何をする!?何で私を攻める!?何をしようが私には筒抜けだ!お前の思考は全て分かっているからな!」

そう言いながら、カタストゥリアは大型ブリッツファンネルを二基、そこに随伴している小型ブリッツファンネルを十基、合計十二基を展開。それらを共鳴させ、大型のビーム刃を作りだした。ビームエネルギーの集合体はバリアーフィールドジェネレーターでは防ぐ事が出来ない。ツヴァイも反撃せんとばかりに、ブリッツファンネル半数を展開し、カタストゥリアと同様にブリッツファンネル同士を共鳴させ、ビーム刃を作る。

 ツヴァイとカタストゥリアが刃を交えている中で、それぞれの僕と言えるブリッツファンネルが分身の如く戦っている。白い刃と黒い刃。それぞれの刃が交わる。

「それでしか防げない!だから防戦一方だ!お前のパターンはワンパターン同然だな!」

圧倒するエファン。全力でレイを殺さんと、迫りくる。

「負けない……負けられない……!僕は絶対に負けない!」

そう言って、ツヴァイはメガマシンキャノンを展開。それすらも読んでいたエファンは一度距離を置く。それにより距離を取ることが出来たツヴァイは、一度この場から離れることを決めたのだ。

 先程エファンが放ったルイーナシステムMk-Ⅱは、外壁に穴を開けていた。そこからレイは一度逃げることを決めたのである。

「場所を変えるか、それも結構だな!レイ・キレス!」

カタストゥリアのカメラアイが再び輝く。ツヴァイを追う為、要塞外に出たのだ。

 

 

 レイとエファンが死闘を繰り広げている中。エレシュキガルのNフィールドではFPBが激戦を広げていた。新生連邦のMSは、ネェルガルキャノンが地球へ放たれる本当の理由を知らないまま、攻撃を続けている。表向きは平和国連盟本部へ向けることによる短期決戦。しかし最大出力で撃てば地球上の生命の大半が死滅する。新生連邦の兵士達はその先の事も分からないまま、戦っている、無知で愚かな兵士ばかりだ。

「エレシュキガルの砲身より膨大な熱源感知!」

「やはり……!」

ジャンヌは察した。やはりエレシュキガルは地球を狙っていた。脅しではなく、本気で。

 FPBの戦力はエレシュキガルに向かってはいるが、果たしてこのまま待っていて間に合うのだろうか。いや、分からない。もし間に合わなければ、地球は撃たれる。最早一刻の猶予もない。ジャンヌは、ある決断を下した。

「シュネルギア、最大船速。目標、エレシュキガル砲身、ネェルガルキャノン。」

「接近する気かい?ジャンヌ嬢。」

ギアは聞く。

「あれを破壊します。でなければ、地球は……」

「……そうだね。」

ギアはジャンヌの判断に従った。そして、彼女は他の艦にもエレシュキガルへ接近するよう、指示を出した。無論、それはアルバトスにも伝わる。

「エリィさん、よく聞いて下さい。もう、時間は残されていません。間もなくエレシュキガルは地球に向け、その光を放ちます。そうなれば世界は終焉を迎え、大地は崩壊します。それはあってはならない事……」

ジャンヌの言葉に、エリィも答える。

「分かっています。ジャンヌさん、アルバトスも向かいます!」

「では……行きましょう。」

「はい!」

FPBの旗艦である二隻が、エレシュキガルへ迫る。その脅威を破壊する為に。

 

 

 

 エレシュキガルの内部ではネェルガルキャノンのコントロールルームを、ガーストとアレンが探していた。アレンは先のメイドとの交戦で中破したブライティスを駆り、向かっている。

「早く……早くしないと……!」

一刻の猶予もない。とにかく、コントロールルームを探さなければならない。だが、その場所が見つからない。

「アレン、この扉は?」

すると、ガーストはとある一枚の扉を見つけた。それを見た時、アレンはすぐに残されたブリッツファンネルをビーム刃に変え、破壊した。

 そこに出現したのは、巨大な動力部らしき機械。周辺にケーブルが無数に張り巡らされ、中央には赤いコアらしき物体がある。

「今までの部屋にこんな場所は無かった……もしかしたら、これがコントロールルーム?」

「何にしても、これを破壊すれば!」

ガーストのハイエッジカスタムはその赤いコアに対し、可動式のビームキャノンを一斉展開した。

 

バイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン

 

しかしエレシュキガル全面に張り巡らされているバリアーフィールドジェネレーターがそれの邪魔をしたのだ。

「ビームが効かないのかよ!」

「ガースト、俺に考えがある。」

すると、アレンはブライティスが持っていたプラズマランチャーをハイエッジカスタムに渡したのだ。そして、そのままブライティスを赤いコア部に向かわせた。

「アレン、何を!?」

「これを破壊するには強力なエネルギーが必要だ!内部からプラズマ砲撃を一斉に行う!ブライティスの翼からプラズマを一斉に撃てば……」

「けど、そんなことしたらお前も持たないぞ!」

それは、危険な賭けと言えた。中破しているブライティス。辛うじて両翼は存在している。一度ブライティスはエレシュキガルから脱出する際に両翼からプラズマカノンを展開したことがあった。その時でも大きなダメージを負ったのに、今度それを行うという事は、リスク以外何物でもなかったのだ。

「もしもの時は、頼む。」

アレンは、静かにガーストに敬礼をした。彼の強い意志を感じたガーストは、静かに頷く。

「まさに、一か八か……!」

「頼む、ブライティスの最後の仕事だ!持ってくれ……ブライティス!」

ブライティスはそのカメラアイを輝かせた。そして、最後の砲撃を赤いコアに向けて発しようとしていた。

少しずつ、緑色のプラズマ粒子が蓄積されていく。アレンは、全てのエネルギーをこのコアに対してぶつける気でいた。

「ガースト、合図と同時に撃つんだ!全力で!絶対に!!!」

「ああ!」

そして、ハイエッジカスタムもプラズマランチャーを構え、コアに向けてエネルギーを蓄積し始めた――

「行けぇぇぇぇぇ!!!」

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

強力なプラズマ兵器が一斉に展開された。凄まじい出力のそれらはコアを撃ち砕いた。

 しかしその代償は大きい。ブライティスガンダムの形状は崩壊していた。コクピットの中にいたアレンは爆発に巻き込まれた―かに思われた。

「アレンッ!!」

間一髪、ハイエッジカスタムが左手部マニピュレーターを駆使し、アレンの身柄を掴んでいた。そして、その爆風に巻き込まれない為に、その機動性を活かし、部屋から去った。

 

 

 アレン達がプラズマカノンを放った場所は、見事にエレシュキガルの砲身のコアの部分だった。激しい爆発が発生し、その爆発に連動するかのようにエレシュキガルの各場所が爆発を起こしていく。

 これだけ見れば、ネェルガルキャノンを防ぐことが出来たように見える。しかし―

 

「エレシュキガルにて爆発確認!しかし……熱源は以前変化ありません!」

「もう、臨界点だというのですか!?」

「恐らく……!」

最悪のシナリオだった。ネェルガルキャノンはもう、発射寸前のところまでその熱源を迎えていたのだ。現に砲口部は怪しげな輝きを放っており、そこからもうすぐ、光が発射されようとしていた。

「アレン達の努力は、無駄だったというのですか!そんなの……!いえ、もう手段は選んでいられません!プラズマカノンを展開して下さい!」

もう、手段は選んでいられない。エレシュキガルに向けて船速していたシュネルギアと、アルバトスはそれぞれプラズマカノンを展開。狙いはエレシュキガルの砲身だ。

 臨界点に達している光の位置をずらし、せめて地球に直撃するのを防ぐ。それが、彼女達の目的だった。

「シュネルギア!」

「アルバトス!」

「プラズマカノンを展開!発射!!!」

ビームを弾くエレシュキガル。それを止めるには、プラズマカノンしかない。そして、その砲身を地球に向ける訳には行かない。今まさに破滅の光が発射されようとしているネェルガルキャノンを止める為、両艦は一斉にその最強の武装で砲撃を行う。

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

強大なエネルギーはエレシュキガル砲身に直撃した。しかし、皮肉なことにそれが崩壊する様子を見せない。火力が足りないのか?それは分からない。ただ、今は全力を出すしかなかった。

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

すると、後方から別のプラズマカノンが放出された。まるで、それは二隻に協力しているかのようにも見えた。やがてそのプラズマカノンはシュネルギアとアルバトスと合流し、巨大な一筋の光を描いた。

 この勢いがあった為か、ネェルガルキャノンの砲身は、僅かに地球への直撃コースを外し――

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

奇跡的だった。なんと、ネェルガルキャノンは発射されてしまったのだが地球にその光が向くことは無く経過した。最大出力のネェルガルキャノンは地球の衛星軌道上を逸れ、そのまま宇宙空間の彼方へ消えていったのだ。

「まさか……デウス軍が助けてくれた……?」

エリィは呆然とする。もし、二隻のみのプラズマカノンでは確実にネェルガルキャノンを止めることは出来なかった為だ。今、まさに奇跡と言える出来事が起きたのである。

「あの砲撃の元は、デウス軍のアシュタル艦……ですか?」

「まさか、彼等が協力をするとは思わなかったね……」

ネェルガルキャノンの二回目の発射の際、危険を察知したデウス残党軍は後方にて待機をしていた。しかし彼等はネェルガルキャノンが地球に向けられたのを機に動き出していたのだ。地球が破壊されるかも知れない状況。それは決してあってはならない。地球連邦は長年にわたる敵勢力ではあるが、母なる大地である地球に罪はない。それを決めたのは、皇帝、ナジェラ・メリクリファー自身だったのだ。

「ジャンヌ様、アシュタル艦より通信です。」

「回線を開いてください。」

後方にいたアシュタル艦から通信が入った。そこには皇帝ナジェラの姿があった。

「諸君らの行動に感謝をする。地球が撃たれる状況は我々としても避けなければならなかったからな。」

「いえ、こちらこそ感謝を致します。貴方方の行動がなければ、今頃地球はあの光に包まれていたでしょう。」

互いに感謝の意を述べる。そこに、戦争の意志があるとはとても思えなかった。

「この戦い、最早互いの戦力が争い合う必要はあるとは思えない。連邦軍が自らの星を攻撃するという愚行に出た以上、我々はそれを守る使命がある。どうだろう、もうこの不毛な戦いは終わらせはしないか。あの要塞さえなければ我々はもう、戦う必要などないのではないかと考えるのだ。」

皇帝、ナジェラはFPBに対し、停戦協定を申し込んだのだ。無論、FPB側もこれに応じた。

「……それは我々も同じ考えです。」

「我々は、もう戦う必要はない。戦わなくて良い……」

「……そうですね……ようやく、終わるのですね……戦いが。」

この瞬間、FPBとデウス帝国残党軍に停戦協定が確立した。これにより、残る勢力は新生連邦軍のみとなる。しかしネェルガルキャノンの機能を失ったエレシュキガルに、最早要塞としての機能は残されていないに等しかった。

 多くの犠牲者を生み出したこの四つ巴の戦いは終盤に差し掛かっていた。その中で、国連は自ら解体し、やがてはデウス残党軍とFPBが停戦協定を結ぶ結果となった。残る新生連邦軍は、残党勢力が僅かに抵抗しているが、その戦力が減っていくのも時間の問題と言えた。

(アレンは無事でしょうか、レイは……?)

ジャンヌは、一人彼等の無事を祈る。アレンの駆るブライティスはその形状を崩壊している。一方のレイの駆るツヴァイは、今も尚、エファンの駆るカタストゥリアと交戦を続けているからだ。今回FPBとデウス残党軍の連携により、ネェルガルキャノンの猛威は去った。しかし、戦いはまだ終わっていないのだ。

 

 

エレシュキガル外壁にて。死闘を繰り広げるツヴァイガンダムとカタストゥリア。互いのブリッツファンネルが展開され、両者はそれらからビーム砲撃やビーム刃を展開し、放つ。

 その最中だった。エファンがネェルガルキャノンが大爆発を起こしているのを目視したのは。

「ネェルガルキャノンがやられたのか……あと一歩の所を……!」

今までにない苦悶の表情を浮かべたエファン。握り拳を作り、そのままツヴァイを睨むように見た。

(あれが燃えてる……?じゃあ、あれは皆が止めてくれたの……?)

遠くで赤々と爆発を起こしているネェルガルキャノンを見て、レイは安心した。つまり、もう地球にあの光が向けられることは無い。阻止する事が、出来たと確認したのだ。

「良かった……本当に……」

レイの表情は安堵に満ちていた。自然と出た笑み。目元も心なしか、先程までの死闘と比べて優しく見える。皆のお陰で地球を救うことが出来たのだと、落ち着く様子を見せる。

 しかし彼は今、カタストゥリアと戦っている。最大、最強の敵が目の前にいる状況で、安心する事はまだ、出来ない。

「お前は良かっただろうな!私の計画は台無しだがなッ!!」

いつになく、怒る様子を見せたエファン。彼の最大の目的であった人類の統一が失敗した為である。

「だがまだエレシュキガルそのものがある!それを地球へ落とす事さえせめて出来れば私の計画は継続可能だ!」

彼が語るように、エファンの野望の炎は、まだ潰えていない。ネェルガルキャノンによる地球への砲撃の失敗があっても、今度はエレシュキガルそのものを地球に落とすという計画を企んでいたのだ。

「そんな事はさせない!貴方はもう戦う必要なんてない筈です!計画が失敗したのなら!」

レイは叫んだ。しかし、エファンの耳に届くはずがなく

「私はEVEの使命を果たすだけだ!彼女によって生み出された、最後のアドバンスドタイプEVEとしての使命!それが私の使命だ!」

「エファンさんの意志はないんですか!人を愛する意志があるならこんな事をするなんて考えられない!!」

レイは懸命に制止しようとした。しかしこの一言がエファンの逆鱗に触れたのだった。

「何度も言わせるなよレイ・キレスッ!!!」

カタストゥリアの右手部のビームクローが展開される。そして、その周辺にブリッツファンネル二十四基全てが展開される。やがてそれらは共鳴を開始。みるみる内にビーム刃は巨大化していき、その大きさはカタストゥリアの何倍もの大きさに変貌を遂げる。

 その巨大な手で、怒りのままにカタストゥリアはツヴァイを攻める。この攻撃を受ければツヴァイはひとたまりもない。しかし、逃げ切る事も出来ない。

「僕だって何度も言います!貴方のやっている事は無意味な事なんですよ!!」

「私の中で出た結論だ!!邪魔は絶対にさせんよ!!!」

「そんな自分勝手で人をまとめようなんて!!!」

レイはこの巨大な手から逃げきれないと感じたのか、ツヴァイのブリッツファンネルを全て展開。そして、右腰部からメガビームセイバーの出力を上げる。それらを共鳴させ、やがて、巨大なビームセイバーが完成した。この戦いの中で何度か行った事ではあるが十八基のブリッツファンネルを全て使うのは今回が初めてであった。

 巨大なビームクローと、巨大なビームセイバー。それらが激しい打ち合いを行う。まるでそれは、互いの信念の衝突し合いのようにも見えた。

 しかし、ビーム粒子を半永久的に補充可能なブリッツファンネルを持つ以上、出力はカタストゥリアの方が圧倒的に上だ。レイにとって不利な状況であるのに変わりはない。今は拮抗し合っている巨大なビーム刃同士。それがいつまで続くかは分からないのだ。

「地球はもう守られたんだ!なのに、どうしてまだこんな事を続けるんですか!意味のないコトを続けて何になるんですか!人を想うことさえ間違えなければ、僕達がこうやって戦う必要だってないのに!!」

「EVEの使命だからだよ!!!そして人を想った結果だ!!!その為ならば計画は続行する!!!このような小物の台詞は吐きたくなかったが、最早手段は選ばん!!!」

「貴方の意志がEVEの意志なのなら、僕の中にもEVEはいます!どうしても、どうしてもそれを続けるのなら!」

カタストゥリアの巨大なビームクローが徐々にツヴァイを圧倒していく。少しずつ、ビームセイバーの出力も落ちていくようにも見えた。

 しかし、これはレイの作戦だった。あえて出力を弱め、ブリッツファンネルをツヴァイの周辺に展開し、今度はツヴァイの前面にブリッツファンネルを展開して全面のみにビームバリアーを展開したのである。

「やはり覚醒しているな、レイ・キレス!どこまでその力が伸び続けるのかに興味が湧くよ!」

レイの心を読んだエファン。すると、巨大なビームクローを展開するのを止め、カタストゥリアのブリッツファンネルもツヴァイと同様、前面にビームバリアーを展開した。互いに突撃のし合いを試みたのである。

「相手も同じ攻撃!?」

「お前の誘いに乗ってやろうというのだ!!!」

両機体は、互いにブリッツファンネルを共鳴させ、まるでそれぞれビームのオーラを纏っているかのように機体を近づける。強力なエネルギー体と化したツヴァイとカタストゥリア。

 

ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン

 

それらはやがて衝突した。この時、両機体ともにダメージを負う。ツヴァイは左前腕部を、カタストゥリアは右前腕部を損傷した。

「ほぅ、カタストゥリアに傷を付けるとはな……大したものだよ。レイ・キレス!」

エファンはレイを褒めた。

「うあ……ああ……」

しかし一方のレイは身体にもダメージを負った。額から血を流し、青いな眼に血が付着した。

「どうやらダメージはお前の方が上のようだ!死ぬ時が来たな!レイ・キレス!!」

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

エファンが放った、“死”という言葉にレイは反応した。彼の目は深紅に染まる。そして、それと同時に碧色の光、イズゥムルートを放つ。

 この光は何を示すのか。今までは彼を苦悩に追い遣った筈の光が、今は彼を守る、純粋な光として機能している。それは彼自身の本格的な覚醒を示しているというのか。全てを受け入れ、自らの力を我が物に、しているというのだろうか――

「死期が訪れた時に生じる生への執着!その本能!!私もそれに応じてやろう!!私も生きて、為すべき事を為さなければならんからな!!!」

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

エファンもレイと同じ現象を発した。深紅の眼に染まる現象。互いにその状態になっている。これも、EVEシステム由来によるディヴァインセルが引き起こした力とでも言うのか。

 そして、エファンもイズゥムルートの光を放った。互いに光を放つ状況。もし、この周辺にアドバンスドタイプ以外の人間が居れば、たちまちその戦意を失う事だろう。

 力を持つ存在同士が干渉し合い、光を放っている。まるでそれは、互いの信念のぶつかり合い。それが具現化したようだ。一方は人工的に生み出されたアドバンスドタイプEVEである、レイ。もう片方は最強のアドバンスドタイプEVEとして生み出された存在、エファン。

「最早これは生きるか死ぬかの戦い!!勝者を決める戦いだ!!」

「違う!!貴方を止める戦いだ!!」

互いの信念が衝突する。それは最早、人智を超えた戦い。互いに常人の域を超え、死闘が再び始まる。先の光は、まるでオーラのように互いを包んでいる。

 先の攻撃でブリッツファンネルの数も互いに減少していた。ツヴァイは残り九基。一方のカタストゥリアは残り十五基。六基のハンデがある状況。やはり、現状はレイが不利と言えた。

「行け……!」

先に攻撃を仕掛けたのは、レイの方だった。ブリッツファンネル九基を全て展開し、それと同時に機体を接近させる。そのままメガマシンキャノンを連射し、牽制した。

 マシンキャノンの実弾はカタストゥリアのブリッツファンネルに当て、これにより三基が一度に破壊される。しかし、それでも三基のハンデがある。

「機体性能だけでなく、敵に対する距離感も私の方が上回っている!どこからでもお前を狩る事は容易い!」

そう言って、カタストゥリアは左手部のマニピュレーターをケーブルで展開した。有線下による、コントロールが可能な上での攻撃はカタストゥリアに有利だ。一方のツヴァイにはそのような、腕部を飛ばすといった機能がない。

 有線で繋がれたビームクローがツヴァイに迫る。そして、ツヴァイはこれに対してマシンキャノンを展開しながら、ブリッツファンネルを六基使い、それらを共鳴。再び打ち合いを行った。

「狙えるっ……!」

レイにとって好機が訪れた。ケーブルで展開されているビームクローとブリッツファンネルのビーム刃が打ち合いを行なっている最中。それは、ケーブルをメガビームセイバーで切り裂くことが出来るという好機。

 すぐに、ツヴァイはメガビームセイバーを展開し、カタストゥリアのケーブルを切り裂いたのだ。

「よし、これで……」

 

ズバアアアアアアアアアッ

 

「ああう!?」

突然の出来事だった。カタストゥリアの手部マニピュレーターを繋いでいるケーブルを切断したかと思った時。そのマニピュレーターが再び動き出し、ツヴァイの本体に向けてビームを放ったのだ。直撃ではなかったが、機体は大きく揺れ、レイ自身もダメージを受けた。

「なんで!?あれはもう使えない筈なのに!?」

動揺する深紅の眼のレイ。そこへ、エファンが高らかに笑いながら言った。

「愚か!愚か愚か愚か!愚の骨頂!!!ブラフだよ!ケーブルはあくまでも正確なコントロールをする為の道具に過ぎん!カタストゥリアの手部はケーブルがなくとも機能する!サイコミュがそれを成すからな!!」

カタストゥリアの手部のマニピュレーターは指間腔からビームキャノンやビームクローを展開することが可能だ。また、前腕部と有線のケーブルで繋がっており、遠距離攻撃を行う事も可能だ。そして、今回ツヴァイがケーブルを切り裂いたのは良かったのだが、それはエファンの言うように、ブラフだったのだ。ケーブルが切断されれば、コントロールは多少し辛さが生じるが、それでもエファンの脳波コントロールでこの兵器を操る事は容易い。

 つまり、ケーブルを切断しても指間腔ビームキャノン、ビームクローの脅威に何の変化もなかったのである。

「お前のお陰だよ!これで更に距離も増やす事が出来るようになったからな!」

と、カタストゥリアの左手部を無線のまま展開するエファン。その間、ブリッツファンネルの猛攻がレイを襲う。強力なビームの嵐。ツヴァイを守るのは右前腕部のバリアーフィールドジェネレーターと、自身の残り九基のブリッツファンネルのみ。

猛攻に耐えながら、再び防戦一方の状況に陥ったレイ。攻撃を加えようにも隙が見つからない。

「駄目だ、狙えない……こんなのって……!」

カタストゥリア本体をはじめ、その追随するブリッツファンネルや手部マニピュレーターも、全てバリアーフィールドジェネレーターが搭載されている。つまり、この機体を突破するにはビーム砲撃は不可能だ。となれば、ビーム刃で攻撃するしかない。

 しかし僅かな隙を見つけて攻撃できる状況でない。猛威を振るうエファン。レイを本気で殺めようとしているのだ。

 

ピキィィィ

 

レイの頭の中に電流が流れた――

 

ズゥン

 

と、レイの目の前に突如巨大な剣のような武器が出現した。それはカタストゥリアの手部マニピュレーターに装備されており、ツヴァイに容赦なく迫った。

すぐにメガビームセイバーを展開してこの武器に対応。レイはカタストゥリアのブリッツファンネルの猛攻を受けながらこの剣と打ち合いを行なった。

「剣!?なんでこんな!?」

「ガンダムオラトリオの実体ブレードだ!戦場では利用出来るものは利用しなければな!」

空間を漂流していたオラトリオの実体ブレードを回収し、それを利用してレイに襲い掛かったのだ。

ツヴァイはメガビームセイバーを展開し,この実体剣に抗している傍ら、カタストゥリアの左手部のみが打ち合いを行うという状況。当然、機体を自由に動かせるカタストゥリアは有利であった。

 

ガキィン

 

「あああっ!」

カタストゥリアはツヴァイに対し蹴りの攻撃を行なった。本体への直接的なダメージ。その上で迫る、十二基のブリッツファンネル。

「逃げられんぞ!レイ・キレス!!」

遠隔操作をする左手部マニピュレーターと、同じく遠隔操作でコントロールされているブリッツファンネル。エファンのアドバンスドタイプとしての技量、力が結集したからこそ為せる業。その上相手の心を読み、相手の行動パターンの把握も出来る。

 この最強とも言える敵とレイは戦っている。油断をすれば待っているのは死。しかし、彼自身死ぬ訳にはいかない。しかしツヴァイは今、先程の蹴りの攻撃によりエレシュキガル外壁に食い込む形となった。ダメージも大きい状況。レイに危機が迫る。しかし、彼は動けない。気を失っていた為だ。

 その上でオラトリオの実体ブレードを持った手部はカタストゥリアに戻る。そして、そのまま倒れているツヴァイに迫った。紫のカメラアイは、獲物を追い詰めたように睨みつけた。

「気を失っているのか。しかし、案外呆気ないものだな。お前を殺し、その上で私の計画は続ける。人生の終焉だ。十五年とは人の年齢にしては随分短い生涯だな。心配せずとも家族は弔ってくれるだろうよ。お前は愛されて育った。それ故に。」

実体ブレードはツヴァイのコクピットに突き刺されようとしている――

 

グォンッ

 

すると、ツヴァイもカタストゥリアの脚部に蹴りを与えた。それを受けたカタストゥリアはすぐにツヴァイと距離を取る。

「ほぅ……」

レイは間一髪で意識を取り戻したのだ。その為、エファンは彼の思考を読むことが出来なかった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

レイの眼は、まだ深紅に染まっていた。

「死に損ないめッッッ!!!」

次にカタストゥリアは再びブリッツファンネルを全て共鳴させ、大出力のビームを放った。無論、これを直撃すればツヴァイの崩壊は避けられない。

 これに対し、ツヴァイは右前腕部を差し出した。この為、ビームを弾くことに成功するのだが、代わりに機体が激しく揺れる。

「くう……ううう……!」

耐えるレイだが、当然エファンがこの隙を逃す筈がない。オラトリオの実体ブレードで切り裂こうとする。

「!!!」

レイの眼が、見開かれた。すると、ツヴァイはメガビームセイバーでその実体ブレードを切り裂いたのだ。破壊されたそれを見て、カタストゥリアは廃棄した。

「こんなの!!」

ツヴァイのカメラアイが輝く。そして、残っているブリッツファンネル全てを展開し、カタストゥリアに向けて砲撃を行った。先程の逆の攻撃だ。

最大出力のブリッツファンネルと共鳴した砲撃。しかし、カタストゥリアにはバリアーフィールドジェネレーターが機体全体に覆われている。そのままの砲撃は、無意味である。

「読みは分かるぞ!なら、来るがいい!お前のやりたいようにやれば良いぞ!」

レイの心を読んだエファンだが、ブリッツファンネルの一斉砲撃を避ける様子を見せなかった。防ぎ切れると確信したのだろう。

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 

大出力のビームがカタストゥリアに放たれる。しかし、カタストゥリアにビームが当たることは無い。バリアーフィールドジェネレーターにより、弾かれるからだ。

「機体は多少揺れるが……造作もない!!」

レイの行動を読んだエファンは焦る様子を見せない。カタストゥリアのコントロールは一時的に動けなくなるが、行動に支障はなかった――

 

ガキィィィン

 

「グッ!?」

エファンが初めて油断をした。というのも、ツヴァイが行った行動は意外なものだったからだ。

 それは、腰部にマウントしていたバスタービームライフルを構えたと同時に、銃口部を右手部で握り、そのままカタストゥリアに殴るという戦法を取った為である。レイは以前から奇抜な戦法を取る事が多々あった。今回、それが実施されたという訳だ。

 これが直撃したカタストゥリア。その結果、胴体部にダメージを負う結果となった。

「チッ、装置がやられたか!だがこの程度ではな……やられんよ!!!」

この一撃がカタストゥリアにダメージを与えた。宙域に漂うビーム粒子を取り込む為の装置が、ツヴァイによって破壊されたのだ。

 その後、再び互いのブリッツファンネルが一斉に展開し合う。再びそれらを共鳴させ、弾け合う。だが、ツヴァイのブリッツファンネルのビーム刃は出力が落ちてきていた。エネルギーを使い過ぎたのだろう。一方のカタストゥリアの方はまだ、エネルギーが残っていた。

 そしてブリッツファンネルは共鳴を停止。それぞれ一基ずつビーム刃を展開し、敵機体に向け一迫っていく。

 この衝突のし合いでブリッツファンネルは互いに潰し合った。残るブリッツファンネルの数は、カタストゥリアが二基、ツヴァイも二基だ。それぞれ小型のブリッツファンネルのみが残された状態となった。

 互いの機体の損傷は激しい。圧倒的だったカタストゥリアも、次第に追い込まれている状況だ。しかし、一方のツヴァイも最早限界だった。エネルギー残量も僅か。ビームを放つエネルギーはほぼ空に等しい。残る頼りは、ブリッツファンネル内に存在するビーム粒子ぐらいだ。

「お前との戦いもいよいよ終盤のようだな……なかなかに楽しいものだが、私には使命がある!そろそろ引導を渡す時が来たな!レイ・キレス!」

「僕は死なない!貴方を絶対に倒す……みんなの為にも!!!」

互いの信念がぶつかり合う。残された武器を駆使し、両機体が再び衝突する――

 

 先に仕掛けたのはカタストゥリアだ。バーニアの出力を最大にし、一気に間合いを詰める。同時にビームクローを展開。そして、前腕部から意識的に切り離した。一方のツヴァイは二基のブリッツファンネルを使い、守りに入る。だが、それを邪魔しようと、カタストゥリアのブリッツファンネルが迫った。

「貰った!!」

と、カタストゥリアのブリッツファンネルがツヴァイのブリッツファンネルを襲う。一基はこれにより撃破される。残すツヴァイのブリッツファンネルは一基のみ。しかし――

「掴んだ!」

ツヴァイはカタストゥリアのブリッツファンネルを掴んだのだ。右手部のみを使い、それをビーム刃として扱い、カタストゥリアのブリッツファンネルを一基破壊。そして、掴んでいたブリッツファンネルも、エレシュキガルの外壁に叩きつけたのだった。この時の衝撃で、カタストゥリアのコクピットの外壁にダメージが生じ、コクピットは丸見えの状態になった。

「味な真似を!!!」

「これでもうファンネルはありません!僕が倒す!貴方を!」

「サイコミュ兵器など手段に過ぎないのだよ!!」

「それは違う!!」

と、ツヴァイのブリッツファンネル一基がカタストゥリアに向けられた。エファンはそれに気づき、急いでビームクローで破壊を試みる。これにより、ツヴァイのブリッツファンネルも破壊された。この時、ツヴァイのコクピットもカタストゥリアと同様、丸見えの状態になる。

「はあああああああああ!!!」

「来るか!!!」

 

ガキィィィィィン

 

今度は、両機体共に頭部を自機体のマニピュレーターで殴りつけるという行動に出た。これにより、互いのカメラアイに損傷。モニターが正常に映らなくなった。

 こうなっては、もはや小細工なしの純粋なぶつかり合いだ。それも、互いにカメラアイが使えない。目視のみの戦い。互いに中破している機体同士の、決戦が始まる。

「早々にケリを付けよう。人を超えた存在同士の決着!その終着点が今、ここに!」

漆黒のカタストゥリアが、左手部を握り、ツヴァイに向ける。

「僕も貴方も人を超えているかも知れない……けど、僕達は人なんだ!人である以上、それ以上の考え方になんてなれる筈がないんだ!!!」

「人は神になれんよ!だからこそ最も優れた存在が導くのだ!!!」

「最も優れた存在は貴方が決める事じゃない!!!」

「私が決めるのだよ!全てに於いて優れている私の存在!常人、オールドタイプから見れば奇跡と呼べる存在!それが私だ!人はミラクルに弱い!だからこそひれ伏す!それが人という存在だ!!!」

「奇跡に弱いとかそんなの関係なく、中身は人間なんだ!僕達は人以上になれないんだ!」

互いの機体のバーニアが一斉に展開される。中破している両機体が、衝突し合う。

 カタストゥリアはビームクローを、ツヴァイはメガビームセイバーを装備している。恐らく、残されたエネルギー全てを込めているだろう。この一撃で、決着がつく――

 

 

 

「人を超えた存在は人を導く!!!」

 

「人を超えていても人は人だ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

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……

 

……

 

……






















3月1日0時に結末、更新しました。


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最終話 光(レイ) その2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツヴァイガンダムは、カタストゥリアを破った。メガビームセイバーはその出力が終わる直前でカタストゥリアのコクピットを貫き、切り裂く事に成功。一方のカタストゥリアはビームクローをツヴァイのコクピットに突き刺してはいた……が、辛うじてレイに致命傷を与えるには至らなかったのだ。

 エファン・ドゥーリアという名の、アドバンスドタイプ。彼は、レイ・キレスという光によって敗れたのである。

 

 

「光が……見えた……」

 

 

エファンの最期の台詞。それを喋った時、彼は何故か、幸せそうな表情を浮かべていたのだという。

 

 エファン・ドゥーリア。デウス帝国のアドバンスドタイププロジェクトによって火星で作成されたEVEシステムが作り出した最後のアドバンスドタイプ。彼はEVEシステムの意志である、力を持つが故に自惚れ、戦争の一因となっている力を持つ存在全てを消し去る必要があるという意思を引き継ぎ、それを決行していった。多くの力を持つ存在であるシンギュラルタイプ、アドバンスドタイプを抹殺していったエファン。

 だが一方で、エファンは人間を愛する感情を抱いていた。人が生み出した文明、文化は今後も残していかなければならないものだという、相反する感情が彼の中にはあった。

 力を持つ存在の抹殺と、人を愛するという、矛盾している感情。それらがエファン・ドゥーリアの中には常に存在していた。その結果、彼が下した結論は、力を持つ存在を抹殺した上で人のその数そのものを減らすというものだった。そして、生き残った人類を統一し、指導者となるというのがエファン・ドゥーリアの目的だったのだ。これはEVEシステムの意志を超えたものだったのである。

 しかしその野望も今潰えた。彼の最大の目的であったネェルガルキャノンの地球への発射も失敗に終わり、彼自身も今、レイという光によって破れ去った。皮肉にも、そのレイの中にも、彼と同じEVEの力が備わっている。境遇が違うとはいえ、彼は同じ力を持つ人間によって倒されたのだ。

 

 

 

「倒した……倒したんだ……あぁ……これ……で……」

レイは、静かに眼を閉じた。極限の疲労状態だった彼は、まるで眠りにつくかのように安らかな表情を浮かべる。もう、戦わなくて良いという安寧が、彼を包み込むようだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからどれぐらいの時が経ったのだろう。エファン・ドゥーリアという最大の敵を倒したレイはその意識を失い、ツヴァイのコクピットの中に閉じ込められた状況だった。アレンもネェルガルキャノンの動力部のコアを撃ち抜き、そこからガーストのハイエッジカスタムに救出されたが、どうなったかは分からない。

 

「……ン……んう……ん……あ……え……」

 

視界がぼんやりと広がっていく。最初は何が映ったのかは分からなかったが、最初に見えたのは自分の手。包帯に巻かれた、自分の手。そして次に映ったのは病室らしき白い部屋。そして、すぐに腹部に鋭痛が走ったのを感じた。

 

「あ……れ……ここ……は……僕は……生きてる……?」

 

その部屋に居たのは、レイだった。彼は何者かに助け出され、そしてこの部屋で寝かされていた。

 しかし、どれ程眠っていたのかは全く分からない。そして、レイは自分の姿を再確認する。

右肩から右手にかけて包帯が巻かれている。また、腹部にも包帯が巻かれている。足には傷がなかった。彼は五体満足だった。

 

「あれからどうなったんだろう……あの戦いが終わって……ダメだ、全然思い出せない……」

 

無理もなかった。意識を失っていたのだから。しかし、レイは今何が何やら分からない状態だった。

 

ウィィィィン

 

すると、足元にあった自動ドアが開かれた。そこに居たのは――

 

「あ……ああ……みんなだ……みんなが……いる……」

 

セイントバードチームのメンバー達だった。エリィをはじめ、ネルソン、ガースト、プレーン、エレン、ミシェ、インク、スラッグ。これまでの長い旅を共にしてきた仲間達が、レイを迎えてくれたのである。

 

「おかえりなさい、レイ君。」

 

エリィは優しい声でレイを暖かく迎え入れた。それを見て、レイの青い眼からは涙が頬を伝っていた。

 

 

 

「……ただいま……!」

 

 

 

 










































ここまでの拝読、本当にありがとうございました。

エピローグは近日中に公開予定です。


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エピローグ

エピローグ

 

 

 エレシュキガルを巡る戦いは幕を閉じた。四つ巴から始まった戦争は国連の敗走により三つ巴に、そして、この戦いを経てFPBとデウス残党軍は終戦協定を結び、新生連邦軍はやがて敗退した。

 総司令亡き新生連邦軍はその後に解体され、組織として存在は無くなった。結局連邦軍は地球圏の統一を為すことが出来ないまま、終焉を迎えたのである。後に平和戦争と呼ばれるこの戦争は多くの犠牲者を出したのだが、それと同時に今後の世界を大きく変えるきっかけとなった。

あれから一年の時が流れた。P.C0008年。新生連邦が崩壊した後の世界では、代わりに地球の国々は、元々地球連邦政府内の一組織であった平和国連盟によって統一されていく事になる。ギルス・パリシム亡き今、新たに設立された、新平和国連盟の最高議長にギア・ジェッパーが就任。彼により、武装撤廃宣言が行われた。それは許可なきMSにおける兵器や重火器類を条約の下、使用を禁止するというものであり、これにより、MSは兵器としての価値を大きく失う事になる。MSは、これからは運送用や農耕用等、人々のインフラや生活に欠くことの出来ないものとしての配備が進んでいく事となったのである。

そして、ギア・ジェッパーがデウス帝国皇帝、ナジェラ・メリクリファーと対談。こうして、新平和国連盟とデウス帝国の間に恒久和平条約が結ばれた。百五十年以上に及ぶ地球圏とデウス帝国の争いは平和という形で終焉を迎える事となったのであった。

表向きには平和になった地球と宇宙。だが、完全な恒久和平へはまだ遠いものだった。大規模な戦争は無くなれど、小規模な小競り合い等は未だに続いていたのである。こうした背景もあり、完全な平和に導くまでにはまだ、時間を要した。

その中で、新平和国連盟とデウス帝国の共同の管理の下、一つの組織が設立された。平和維持隊と呼ばれる部隊である。立場としては新生連邦政府発足後の新生連邦軍と何ら変わらぬものではあるが、この組織の大きな違いというのは、新平和国連盟並びにデウス帝国直属の部隊と言う事である。この存在は未だに存在している小規模の内乱やテロリストの鎮圧の為にある。

だがギアは大きな戦争がなくなった時代であれど、こうした武装組織が存在しなければならないという現実に、日々、苦悩していったという。

 兵器は平和の敵である。だが一方で、抑止力としての役目もある。人々の平和な日常というのは、こうした矛盾した存在によって成り立っていると言っても過言ではない。

 日常を作り出している文明、文化。それらと相反する存在、戦争。これらの存在は表裏一体であり、そして、日常を築き上げていく為には多くの人間の努力が必要となる。人々の秩序を守る為には、与えられた力の正しい行使が、日常を支える鍵となる。

 この戦いでレイは、日常を守る事が出来た。ごく普通の日常を過ごし、その上で普通でありたいと思った少年は、日常を守る為に地球を守り、仲間と共に、それらを救ったのだ。

 

 

 

では、あの戦いの後、各人々はどうなったのだろうか?

 

 

 

 エリィ・レイスはネルソン・アルビュースと無事、結婚。ネルソンは左腕を失っていたが、上肢の義肢を作り、そのリハビリも終え、現在は医者の資格の再取得の為の準備を進めているという。その間、エリィはMS乗り時代や非営利の復興作業を行ってきた経験を活かし、ジャンクパーツを扱う商店を開始。ネットワーク販売等を行い、少しずつだが生計を立てて言っているという。

 

 最終決戦時まで同行していたエレン・ニーマードは住み込みという形でエリィ達の下で販売業の手伝いをしている。つまり、家族同然の生活をしていた。弟であるゼオンを失い、また、友人であったスバキも戦争で失い、失意の底に落ちていた彼女だったが、今は優しい夫婦の手伝いをすることが出来、幸せそうに過ごしていた。しかし、あの戦いの後想いを伝えたレイから丁重に交際は断られたという。しかし、レイに交際を断られても、連絡は続いているという。友人として、交流を続けているのだ。

 

 ガースト・ピュアスとプレーン・ミーンは日本に戻り、再び暮らし始めた。そこで、改めてプレーンはプレーン・ピュアスと姓を変えた。本当に平和を迎えた時代で夫婦となった彼等は第一子の出産を間近に控えていた。ガーストは平和戦争以前と同様に、シュアー・ラヴィーノの経営するジャンク屋で働き続けていた。プレーンはそのようなガーストを支える専業主婦として、幸せに生活をしている。目前に迫る、第一子を心待ちにしながら。

 

 インクとスラッグはそれぞれの故郷に帰った。スラッグが最終決戦時に伝えたインクへの想いは、残念ながら届かなかったようだ。しかし、インクとは相変わらず仲の良い様子で、時折酒を飲みに行く間柄ではあったという。

 

 ミシェはオスロに戻り、ジャンク業を続けている。相変わらず女性には恵まれない様子だったが、仲間達と仕事をする彼は幸せそうな表情を浮かべていたという。そんな彼の楽しみは、週に一回仲間達と酒を飲み、朝まで過去の女の話をする事だった。

 

セイントバードチームの面々以外にも、この戦争を戦い終えた人達がいる。

 

 アレン・レインド。かつてのデウス動乱で地球連邦軍として活躍をしたデウス動乱の英雄。彼は今回の平和戦争に於いてもブライティスガンダムを駆り、ネェルガルキャノンが地球に発射されるのを阻止する事に成功している。あの戦いの後、彼は一命を取り留めていたのだ。そして一年後。彼はジャンヌ・アステルと共に過ごす事になる。

最愛の人間であるココット・メルリーゼをエファン・ドゥーリアによって殺された彼。しかしその傍らジャンヌにより助けられた場面も多かった。

 だがその一方で彼はココットの死を引き金にしてブライティスに搭載されていたクリスタルシステムを発動させてしまった。その結果、凄惨な光景を生み出してしまった。

 今、彼は生きている。生きてこそいるが、その十字架は消える事は無い。彼が今両腕を無くしてしまっているのは恐らくその代償なのかも知れない。

 怒りに狂い、罪なき人間を巻き込んだ事実は消えない。彼はその事を胸に秘めつつも、今後の世界を見ていくつもりなのだ。

「世界は平和になっていった。けど、まだまだやるべきことはある。ギア議長が頑張ってはくれているけど、俺達に出来ることはしっかりと、やっていかないといけない……。」

アレンは、ジャンヌに言った。

「俺は大きな罪を犯している。恐らくもう、天国に居るであろうココットに会わせる顔もないだろう。けど、それでも構わない。それ相応に罪は償っていくつもりだ……」

「先の戦いで、余りにも多くの惨劇が生まれました。貴方一人の責任ではありません。私にも責任があります。これからの人生は、デウス動乱から平和戦争に至るまでに無くなられた多くの人々の贖罪の為に生きて行ければと、思います……」

「俺達に出来る事をしていければと、思う……」

「ええ……」

互いに恋人をかつて失った者同士がこうして引き合う結果となったのは因果なのかも知れない。だがその代償は、余りにも重い。

 彼等は平和の為に戦う傍ら、多くの罪を背負っている。ブライティスガンダムに搭載されているクリスタルシステムは恐らくその象徴と呼べるだろう。

 力を発揮する傍ら搭乗者の感情によって暴走する事さえあるそのシステムは、平和の為に扱うには余りに規格外な存在と呼べたのだった……

「俺達に出来る事は余りに少ないかも知れない。けど、俺は十字架を背負うよ。」

「それに私は付き添います。出来る事をして行きたいと、思いますわ……」

アレンとジャンヌ。平和の為に動いていた彼等の果ては余りに物悲しいと呼べる。それは彼等が背負った罪を贖罪しなければならないという今後の生活が関わっていると言えるだろう。

 彼等は互いに結ばれた。しかしそれは幸福と呼べるのかは分からない。互いに最愛の人間を失った者同士。そして、ジャンヌはアレンを暴走させてしまった事に対する罪悪感を、彼に対して感じているのだった……

「ジャンヌ、君が何か罪を感じる必要はない。俺は、出来る事をやっていくつもりだ。」

「アレン……」

戦争が起こした悲劇は多くの人間の運命を変えた。アレンも、本来ならばココットと添い遂げられたかもしれない。だが歪んだ世界が生み出した思惑は彼を絶望の淵に陥れ、そして彼は極限の怒りを感じ、あらゆるものを壊滅させた。

 一方のジャンヌも平和の為に行動をした結果、裏切りに遭い、それが彼女を行動するきっかけになっていった。その中で彼女はレイを利用する形を取り、そして一度は憎まれた。やがて互いに共闘していく事になったのだが、一方でブライティスに禁断のシステムであるクリスタルシステムを採用。平和の為に危険を冒すという矛盾行為を起こし、その結果彼を暴走させてしまった。

 平和戦争が終わっても彼等にはしなければならない事が山程ある。恐らく、彼等はこの先の世界で真の平和の為に戦い続ける事となるだろう。それは生涯に渡る贖罪と呼べるのかも知れない。

 

 

 

では、レイの故郷、モントリオールでの面々はどうなったのだろうか。

 

 

 

 レイの友人達はハイスクールに進学をした。それぞれの将来の夢の為に、学びたい事について学んでいるという。中には家計の為に働く者もいたという。

 

 リルム・エリアス。レイの幼馴染。姉のヒューナ・エリアスが自殺をし、更にヒューナは血の繋がった姉でないという事実は彼女を苦境に追い込んだ。それから平和戦争が終わるまでは両親と共に生活はしていたというが、口数はほとんど利かなかったという。

 ベレーナジュニアハイスクールを卒業した彼女は親元を離れた。レイと共に経験した事を思い出していた彼女は、今まで全く縁のなかったMS工学の道を歩みだしたのだ。

 親元から離れ、新しい環境で過ごすリルム。しかし最初は癖の強い男子生徒が大半を占めるクラスで馴染むのに苦労したという。

 が、彼女に奇跡的とも呼べる出来事があったのだ。先の最終決戦でヴァントガンダムに駆り、デスゲイズに倒されたはずのアイリィ・トゥールが転校してきたのだ。彼女は国連が解体したことを機に軍を止め、退職金を使ってMS工学を学ぼうと決意。そこで奇跡的にリルムと再会したのであった。

「アイリィさん!!」

「リルム!!この学校に居てたんだねー!」

「信じられない!まさか……こんな!嬉しい、私……本当に……」

これまで様々な経験をしてきたリルムにとって、シュネルギア内で仲が良かったアイリィと一緒に学ぶことが出来るのは何よりの幸せだったのだ。

「退職金が出てね、そこでMSの事学ぼうと思ったらさー、まさかリルムがここにいるなんてね!」

「うん、うん!!」

リルムは、リルムなりに幸せを噛み締めている。アイリィはリルムよりも年齢が二つ上であったがクラスは一緒だ。彼女の過去の情報はクラスメイトには知らされていない。軍属であり、MSに乗って戦っていたという事実は隠しており、表向きでは二浪した生徒という名目でハイスクールに通っているのだ。

 

 レイの家族達は相変わらずモントリオールで生活をしている。ジュナスは大規模な戦争がなくなったことでジャーナリストとしての仕事は減ってきていたが、現在でも小規模の国の内乱等はある為、それらのジャーナリストとしての活躍をしている。しかし、以前よりも家に帰る事が多くなったという。

カレンはレイの事をようやく受け入れることが出来ていた様子だった。レイがアドバンスドタイプという事実は最初、困惑する事実ではあったが、ジュナスの説得も甲斐あり、カレンはレイを改めて自分の自慢の息子として受け入れたのであった。だが、帰ってきていない息子の心配はしている状態である。

 

 

 

 レイ・キレス。ごく普通の学生生活を送っていた彼はある出来事をきっかけに壮絶な体験をしていくことになった。やがて最終的にはエレシュキガルを巡る攻防戦にも参加し、最強の敵であったエファン・ドゥーリアを破り、間接的とはいえ地球を救った英雄だ。そして、何よりも常人を超えた存在でもあった。ごく普通の少年だったレイ・キレスは最終的にはEVEシステム由来のディヴァインセルを受け入れた、アドバンスドタイプEVEとして人を超えた存在へと覚醒し、この戦争を生き抜いた。

 あの戦いの後、一命を取り留めたレイは、自分のすべき事を胸に秘めていた。それから、彼は実家に戻る事なく過ごしていたのだ。

 と言うのも、彼は日常を守る存在として、戦争の後、多くの事を学んで行きたいと考えていた。彼はそのまま実家に戻る事なく、ある場所にて語学留学を行う事を決めていたのだ。

だが、何故語学留学をしようと決意したのか。それは、レイには多くの人の為に役立ちたいという意思があったからだ。彼は語学留学をしている内に、やがて医療人への道を歩もうと決意した。その大きなきっかけは、最終決戦におけるエファンの言っていた人を愛する事が大きく関係していた。

自身が人を救う人間になり、多くの人と交流したいという意思が、今のレイにあったのだ。そして、その人達の日常を守る支えとなりたい。それが、今の彼の想いだ。

 今、彼は留学をしている。しかし彼が語学留学をする前に、平和維持隊への勧誘があった。しかしレイはこれを拒否。レイはMSに乗る事を、二度としまいと誓っていたのである。もう、何かを守る為に人を殺める事をしたくないと、考えていた為だ。

 ごく普通の生活を送ってきた彼は、貴重な経験をし続けた。仲間を守る為に敵を殺し続けたレイ。しかし彼自身は元々優しい少年だ。それでいて、普通の生活を送りたいと人一倍願っている少年でもある。彼が最終決戦で語った言葉である、“人を超えていても人は人”という言葉。それは彼自身を指しているとっても過言ではなかった。

 人を超えた存在、アドバンスドタイプ。レイは最初、この力を拒否した。そして、苦悩し続けた。だが今、彼はこの力を受け入れた上で新しい未来を歩もうとしている。アドバンスドタイプEVEとしての力が、二度と戦争等の非日常で使われない事を祈りながら、彼は医療人を目指す為の語学留学をする事に至ったのだ。

 

 オーストラリア、ダーウィン。かつて新生連邦軍がヴァイダーガンダムを駆り、市街を廃墟にした街。現在は復興が進んでおり、レイが今、いる場所。彼は今アパートで独り暮らしをしている。そしてそこは、エファンが悪夢を見せた場所でもあった。

 今のレイには多くの人の日常を少しでも救いたいという気持ちがあった。その為には、自分自身がもっと知識を磨き、人の日常の為に役立てる人間にならなければと考えていたのだ。

 彼はこの事を知人達に話していた。平和戦争で共にしたエリィをはじめとする仲間や、友人や幼馴染のリルム等。そして、かけがえの無いない家族にも。今でも彼等は交流を続けている。Eフォンによって、レイは皆と繋がる事が出来たのだ。

「レイは、元気にしてる?」

声の主はリルム・エリアスだ。アイリィ・トゥールという友人を経て、充実したハイスクール生活を送っているリルム。彼等は一度恋人同士という関係になっていたが、今では以前のような関係に戻っている。

「うん、大変だけど、楽しくやってるよ。」

「そっか、またモントリオールに戻ったら顔を見せに来てね!」

「そのつもりだよ!じゃあね。」

離れていても人は繋がっている。一度は関係が破綻しても、時間がそれを戻す事さえある。それは何がきっかけかは分からないが、人はこのようにして様々な人と交流し、社会生活を生きていくのだろう。

 

 

 

 とある朝。レイはアパートの一室にて目を覚ました。あれから一年の時が流れたレイの姿は成長しており、それでいて美しかった。うんと欠伸をした後、レイは静かに窓を開ける。

「気持ち良い……フフ、良い風だね……」

その日は爽やかな風が吹く日。そして、朝日が眩しく、それでいて気持ちの良い朝。

レイは窓を見て優しい笑みを浮かべた。眼は青く澄んでおり、金色の髪を靡かせた。

 彼の見る景色は青く澄んでいた。雲一つない、透き通った空。爽やかな風は彼自身を笑顔にしたのだった。

 思えばあの戦いは何だったのだろうとさえ、思う事がある。自らの中に力を宿し、それが火星にある、アドバンスドタイプの始祖と呼べる存在、EVEシステム由来の力。だがそれは、平和を謳歌するこれからのレイにとっては不必要な存在だ。あの時の力がこれからの生活でハンデになる事は、ない。彼はそれを理解した上で、生きていく。自らの身体の事での悩みなど、ない。それを認めた上で行動しているのだから。

 その後、レイは身嗜みを整え、移動用に購入したバイクに乗る為にまずはヘルメットを装着。その後でバイクに跨り、エンジンを掛けた。

 やがてバイクの起動音が鳴ったと同時に、レイはアパートの駐輪場からバイクを発進させた。ヘルメットから余る、煌びやかな金色の髪を靡かせ、彼は走り去ったのだ。

 P.C0008年。それぞれの新しい未来が歩み出す。皆、それぞれの未来を生きていく為に。

 

~fin.~

 



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あとがき

 思えばこの作品は非常に長い作品となってしまったなと、思います。

 元々は自分が中学2年生の終わり頃に、何気なく、日常とガンダムをミックスさせた作品を書きたいという、至極単純な思いからこの作品を執筆するに至った訳であります。

 

 

 

 正直、ここまで長編にする気はありませんでした。しかし色々と書きたいエピソードを書いて行った結果、このような大長編作品になってしまった次第であります。

 

 

 

 改めて思うと、自分はこれ程にガンダムと言う作品が好きだったんだなという風に思う訳です。所謂テレビシリーズの外伝や、アナザ―ガンダムの外伝とかそういう訳じゃなく、オリジナルのアナザーガンダム。世界観の構築を一から一人でしなければならないというのは、実は非常に大変なのです。恐らく余程好きでなければ出来ない事だと思います。

 

 

 

 この作品を書いていて思ったのは、ガンダムをはじめとしたリアルロボット作品って、多くの人が協力し合って初めてあの壮大な世界観を描けるのだなっていうのが思いました。勿論、監督の実力も伴う訳ではありますが。

 

 

 

 書いていて途中、無謀な事をしているのだなと思った事は何度もあります。設定の矛盾や地図の位置取りとか、移動距離は大体どれぐらいの時間が掛かるのかなーとか、ある程度のSF要素を入れたり。出来るだけリアルな部分はリアル(リアルロボットだし)でやるようにしていました。

 

 

 

 今回の舞台の大半は地球上という事もあり、現実の地図を参考にして、土地の周辺の地域や地形を見て、大体のイメージをしながら記載していきました。主にはグーグルアースとかを参考にした次第であります。ありがたく使用させて頂きました。

 

 

 

 まえがきでも書かせてもらった通り、今回の話のテーマとしては、主人公、レイ・キレスの日常と戦場の行き来の話を主軸に、人間とは何か、そして、人間の矛盾を中心に描かせて頂きました。だから、“ガンダム”と冠している二次創作作品にはなりますが、正直真新しい、斬新な設定とかは実はそこまでしておりません。

 

 

 

 登場している機体は既存の版権のMSを参考にさせて貰っているものばかりです。一部オリジナルな形状をしている(イメージ)機体もありますが、大抵は元ネタの所に記載しています。

 

 

 

 ビーム粒子とかは宇宙世紀ガンダムシリーズのミノフスキー粒子をベースにしていますし、それ以外の粒子はビーム粒子に対する対抗策という形で出しています。しかし、これらはあくまでも戦闘シーンで用いられる程度にしかないんです。基本的には主人公、レイ・キレスを主軸に置いた群像劇として見て貰えれば幸いです。

 

 

 

 話が進むにあたって、多くの勢力の話が突如出てきたりして、もしかしたら混乱してしまったかも知れません。でも、全ては一つの物語に繋がるという仕組みにしていきました。従って、主な勢力図だけでも主人公の所属する、セイントバードチーム、新生連邦軍、平和国連盟、アステル家、氷河族、デウス残党軍、その他勢力といった形で、結果的に多くの人間模様が描かれた作品となりました。故に、妙に複雑で長い物語となってしまったのは、筆者のまとめる能力のなさが露呈してしまったなぁと思う次第でございます。もしこのガンダム作品以外の次回作があるのならば今度はまとまった話を作って行ければと思います。そして、その中でも最後まで見て頂いた方に関しては本当に、感謝しかありません。

 

 

 

 実際、この作品を投稿するのはかなり迷っていました。というのも、元々この作品自体完成自体したのは2021年の初夏の頃で、それまでは中学2年生の頃からずっと書いていた作品の延長として執筆していたのですが、余りに長いストーリーとなってしまった事や、途中で様々な設定を盛り込んでしまったが為に物語の辻褄が合わない部分が出て来てしまったりして、そこから大幅な修正が必要になってしまった次第でございます。

 つまり、終盤の展開は殆ど修正を加えていなかったのですが、最終話とエピローグを書いた後に1話からテコ入れをし直すという、自分でも何をやっているんだと言わんばかりの事をし始めた訳です。

 

 

 

 何故この事をしたのかと言うと、昨今の新型コロナウイルスの存在が大きく関係しておりました。新型コロナウイルスに伴う外出制限や自粛。それに伴い在宅時間の延長。こうした事が重なり、自分に出来る事は何かと思った時、何かエンタメを作りたいという欲求が出て来たという訳です。

 

 

 

 その中で目を付けたのが、執筆途中だったこの作品でした。しかし中学2年生が書いた文章、それも文才の欠片もない人間が書いた文と言うのは残念ながらとても人様に見せられるような内容とは言えなかったのです。内容も辻褄が合ってなかったりして、その辺りは最終話の執筆後に仕事をしながらも隙間時間を見て趣味がてら修正、執筆していきました。

 

 

 やがて2022年の初夏。つまり1年掛けてこの話は全てが繋がり、ある程度の辻褄も合っていき、いつかは投稿してやろうと思い、新型コロナウイルス第七波に該当する7月頃に投稿を開始して行った次第でございます。

 幸いにも、拝見して貰っている数も増えていき、感想も頂く事がありました。こうした感想を頂けた時、自分は本当に小説を書いて良かったなと、思いました。

 

 

 

 恐らくガンダム小説を書くのなら、テレビシリーズの二次創作やそれに該当するキャラクターを出したりした方が確実に数字は延びるとは予想しておりました。しかし、自分は敢えて、独自の世界で作り出したガンダムという作品を投稿したかったという欲が強かったのです。

 

 

 

 当然ながら、容姿がどんなキャラクターなのか分かる筈がありません。イメージもないのに、どうやって話を見て行けと言うんだとなるのは分かっておりました。しかし、完全にオリジナルであるが故にそこに登場するキャラクター、MS等の兵器は読んで貰った方のイメージ通りに動くという体験をして貰いたいという気持ちもありました。

 

 

 

 しかし、自分の中ではイメージが出来ており、それ故にキャラクターに対して愛情を込めて執筆を続けることが出来ました。これ程の長編になりながらも最後まで続けることが出来たのは、やはりこの作品に出て来るキャラクター達が好きであるが故なのだと、思います。途中でネタが尽きそうになったりする事もありましたが、やはりそのキャラクターがどうなって欲しいのかと言う事を考えた時、小説執筆の為にキーボードを動かすことが出来たのはこの作品に対する情熱があったからなのだと、思います。

 

 

 

 これはあくまでも趣味活動ではありますが、この趣味によって多角的に物事を考えたりする事が出来るようになったり、仕事をする上でもキーボードの早打ちが出来るようになったりと、良い影響も多々、ありました。確かに利益にならない事ですし、自己満足の世界ではありますが、それでもこれは自分にとってしたかった事です。それが叶っただけでも、自分にとっては幸せ以外の何者でもありません。読んで下さる方や、感想を下さる方に関しては本当に感謝しかありません。物語を見て、どう感じたのか。どう疑問を抱いたのか。自分と違う、建設的な意見が聞くことが出来るというのはこれ程に有意義で、幸せな事なのだと考える事があります。これが対話で、コミュニケーションなのだなと、考えたりもします。だから感想には全て返信しておりました。嬉しいから、それだけです。

 もし機会があれば主要キャラクターの背景とかについて語る事も出来ればと思います。

 長くはなりましたが、本作品を拝見して頂き、誠にありがとうございました。

 

 

なだれすからー



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