魔獣使いと錬成師が合わされば世界最強 (マロニエ19号)
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トレーナーズ・ファイル① 中西誠司

登場人物紹介みたいな感じです。話が進むごとに内容は更新していきます。

ネタバレ注意です。

ここだけの情報も書いているので是非読んでみてください(読まなくても大丈夫なように書いていくつもりですが)。


中西誠司

 

年齢: 17歳

性別: 男

天職: 魔獣使い(ポケモントレーナー)

 

バトルスタイル: バランス重視、ポケモンの意思を尊重しつつ作戦立てて戦う

特技: ポケモンの世話や観察、お菓子作り(母の影響)

好きなもの: タルトタタン、外国文化、夢日記、歴史研究

苦手なもの: スケッチ、数学、物理

 

 

十歳の頃から見ている夢の影響でポケモンをこよなく愛する少年。元々動物が好きで小学校時代は飼育係もやっていた。ポケモンを育成することにおいては誰にも負けない。夢の内容だけでなく、技能『魔獣図鑑』や『意思疎通(魔獣)』のおかげでポケモンについて細かく理解出来る。

 

趣味の影響か、他者の考えの違いに対しても、ある程度は寛容で頭ごなしに否定するような真似はしない。しかし、考えに筋が通っていないと判断すると途端に否定的になり、わざと挑発的な言い方をしたりする。他にも約束を極力守るように心掛ける等、責任感が強い一面も併せ持つ。

 

興味のあることには造詣が深いのだが、興味の無いものに関してはどこまでも無関心。クラスメイトの大半の名前を覚えられないのもそのせい(興味の無いものに対して排他的なのはハジメも同じだが、誠司の場合はもっと酷い)。

 

意外にもお菓子作りが得意で召喚前はよくハジメに渡したりしており、結構好評だった(高校に入ってからは変な悪寒が走るようになったので表立って渡さなくなったが)。

 

 

 

手持ちのポケモン

基本的に六体は手元に残し、残りはトランクの中で過ごしてもらっている。定期的に手持ちの入れ替えを行なっている。

 

・ネマシュ♂→マシェード♂

誠司の最初のポケモン。控えめな性格。通常よりも小柄な個体。

ネマシュの時に城の中庭で怪我をして弱っている所を保護されたのが出逢いだった。それがキッカケで誠司に懐き、トータスに来て最初の相棒となった。

特性は“はっこう”でそれが原因で野生のポケモン達が寄ってくることもしばしば。実は中庭で怪我をしていたのもこの特性によって鳥ポケモンに見つかり、捕まってしまったからである。出逢ったばかりの頃はバトルは弱かったが、今では主力の一体として活躍している。奈落の底の最終ボスのサザンドラ戦で進化した。

 

・ミズゴロウ♂→ヌマクロー♂

勇敢な性格。奈落の底の一層目で出逢った。

元々はもっと上層の緩やかな川で暮らしていたのだが、急流に流されてしまい、奈落の底に流れ着いた。戻ることも出来ず仕方なく奈落で暮らしていた所、誠司達と出会い、付いて行くことを決めて仲間になった。人見知りをしないため他のポケモンともすぐに仲良くなれる。オスカー・オルクスの隠れ家で訓練を経てヌマクローに進化した。

ヒレはレーダーの役割を持っており、それを使って探索をしたりもする。

 

・イーブイ♂→ブースター♂

せっかちな性格。結構負けず嫌い。奈落の底の四十六層目で出逢った。元々タマゴの状態だったが、タマゴから孵って誠司達を見たため誠司に懐いて仲間になった。誠司のことを特に慕っている。手持ちの中では最年少。

フューレンの裏組織フリートホーフのボスから奪った炎の石を使ってブースターに進化した。特性は“もらいび”になり、炎攻撃を無効化出来るようになった。

 

・キュウコン♀

気まぐれな性格。オスカー・オルクスの隠れ家にあったトランクの中で出逢った。解放者オスカー・オルクスの相棒ポケモン。特性は“ひでり”。

 

・エリキテル♂→エレザード♂

意地っ張りな性格で意外と面倒見が良い。ライセン大峡谷で出逢った。身体能力が高い。しかし、生まれつき襟巻きの発電器官の放出部分に不具合があり、電気の発電は出来るが、放電は出来ない。そのため、エリキテル時は電気技が使えなかった。

ライセン大迷宮攻略後にミレディのソルロックから貰った太陽の石でエレザードに進化した。不具合も解消し、誠司やミレディの特訓の甲斐あって電気技が使えるようになった。

 

・チゴラス♂

やんちゃな性格。少し短気な所がある。ライセン大峡谷で出逢った。シアを追いかけ回していた所、誠司達とバトルして捕獲された。脚力が高いため身軽に動ける。

実は「弱いから」と実の親に見放されて捨てられたポケモンで、そのせいで当初は非常に荒れていた。強くなることに非常に意欲的。誠司達に出逢って少しずつではあるが、穏やかになっていった。

 

・ヘラクロス♂

のんきな性格。樹海で出逢った。樹液やスイカが大好物。普段はマイペースだが、食べることとなると性格が変わる。

 

・ヤレユータン♂

冷静な性格。樹海で出逢った。樹海のあちこちを渡り歩いていたため、樹海について詳しい。トランクのポケモンの世話を手伝って貰っている。本人もそれは満更ではないらしい。時々シアから料理を教わったりもしている。

 

・クレッフィ♂

素直な性格。ブルックの町で行き倒れていた所を保護されて仲間になった。錆だらけになっていたが、誠司に錆を落として貰ったことで懐いた。元々は遠くの鉱山に住んでいたのだが、遠くの世界を見たいと思い旅立った。特性は“いたずらごころ”で補助技を誰よりも早く出せる。そのため、ブルックの町に滞在していた時は決闘を挑んでくる相手を速攻で戦闘不能にしていた。

 

・チルット♂

のんきな性格。隊商の荷台の中で眠っていた所を捕獲された。居眠りが大好き。バトルには意外と乗り気で実力も高い。面白そうだから誠司の仲間になることを同意した。飛行要員としても活躍する。

 

・ガメノデス♂

のんきな性格。ガメノデスの群れのボス個体だったので実力は高い。清水に洗脳された状態で暴れまわっていたが、ウルの町での戦いで誠司に捕獲された。

 

・モグリュー♂

意地っ張りな性格。かなり好戦的。実力は高い。ボス個体ではないので洗脳されていなかったが、ボス個体のモグリューを戦闘不能にしたのを見て、誠司達の強さに惹かれて仲間になった。誠司の手持ちの中ではエレザードと仲が良い。

 

・シュバルゴ♀

勇敢な性格。清水に洗脳された状態で暴れまわっていたが、ウルの町での戦いで誠司に捕獲された。実力は高いが、少々不愛想。

 

・マーイーカ♂

色違いの個体で真面目な性格。フリートホーフに囚われていたポケモンの一体で、誠司達に助けられた恩から手持ちに加わった。実はエスパー属性の技に関わる重要な発光器官が生まれつき不完全なため、エスパー属性の技が一切使えない。それと色違いなのも相まって元々の群れでは除け者にされ、群れから抜けて彷徨っていた所、捕まってしまったという経緯がある。エスパー属性の技が使えない代わりに“かえんほうしゃ”など多彩な技を覚えている。

誠司はマーイーカの進化形がカラマネロであることを知っていたため、仲間にすることを迷ったが、このマーイーカとウルの町で戦ったカラマネロは違うと考え、仲間にすることを決めた。

 

・マホミル♀

人懐っこい性格。フリートホーフに囚われていたポケモンの一体で、誠司達に助けられて誠司に懐いて手持ちに加わった。実は誠司がずっと欲しいと思っていたポケモン。手持ちの中では数少ない同性のキュウコンを尊敬している。

 

・ヒンバス♂

穏やかな性格。フリートホーフに囚われていたポケモンの一体で、醜い見た目のため、廃棄される寸前だった。かなり弱っていたが、誠司達に助けられて治療を受けて懐き、仲間になった。誠司としてもかなり見込みがありそうだと判断して手持ちに加えた。

 

 

 

ー------ー-ー

離脱した手持ち

 

・クルミル♂

クリスタベルの顔面にも動じない程、図太い性格。樹海で出逢った。バトルは他の手持ちと比べて苦手。服等のファッションが大好き。クリスタベルに気に入られ、本人もクリスタベルに懐いたため譲渡した。

 

・ワンリキー♂

真面目な性格。ライセン大峡谷で出逢った。筋トレ中に縄張りを荒らされたと思って誠司達に襲い掛かり、返り討ちに捕獲された。身体能力が高い。誠司の手持ちになった理由は筋トレになると思ったから。

ライセン大迷宮での戦いで自信を喪失していた所にモットーから勧誘され、ワンリキー自信も満更ではなかったため譲渡した。

 

・ケンタロス♂

臆病な性格。花が好きな優しい子。奈落の底の四十六層目で出逢った。

ビビりなため、ケンタロスの群れから追い出された逸れ者。身体が大きく、体格は恵まれているのだが、性格が優しすぎた。誠司に懐いて仲間になった。四十六層のボスケンタロスとの戦いに勝利して以降は多少は自信が付いたらしい。

移動手段としても活躍している。特性は“いかりのつぼ”。

ウルの町防衛戦にてカラマネロと対戦中に毒状態にかかり、それが原因で亡くなった。彼の死は誠司達やポケモン達の心に暗い影を落とすことになった。

 

・チリーン♂

おっとりな性格。樹海で出逢った。鳴き声が綺麗で、相手を穏やかな気持ちにさせる。“かなしばり”で相手の動きを封じたりする等、搦手を駆使して戦う。ウルの町防衛戦でも味方の補助をメインに戦ったが、カラマネロの“じごくづき”で大ダメージを負ってしまい、離脱。フォスの好意により、現在は水妖精の宿にて宿の手伝いをしながら療養している。

 

・プラスル♀

・マイナン♀

うっかり屋な性格。バトルはあまり得意ではない。ザングースとハブネークの喧嘩を邪魔してしまい、追いかけ回されていた所を捕獲されて保護された。仲間を応援するのが好きで、ウルの町防衛線でもサポートに徹した。その後、フューレンの冒険者ギルドの職員達と仲良くなり、譲渡した。ちなみに、譲渡することに一番喜んだのはドット秘書長だった。




誠司のモデルのキャラは何人かいましたが、全部混ぜ合わせた結果、完全な別キャラになりました。

ちなみに誠司の名前の由来はハーブの一種のセージからです。ジムリーダーなどのポケモンのキャラって植物由来の名前なのでそれに倣って付けました。

まさか新作のポケモンSVに同名のキャラが出てくるとは思いもしませんでしたが……


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トレーナーズ・ファイル② 南雲ハジメ

ハジメさんの紹介です。色々と原作と違う所もあるのでご了承下さい。

ネタバレ注意です!


南雲ハジメ

 

年齢: 17歳

性別: 女

天職: 錬成師・魔獣使い(ポケモントレーナー)

 

バトルスタイル: 超攻撃重視、使えるものは何でも攻撃に活かす

特技: 物作り、射撃、絵を描くこと

好きなもの: アニメ・ゲーム・漫画全般、誠司の作るお菓子

苦手なもの: いじめっ子、自分の好きなものを侵害されること

 

中西誠司の親友。トータスに召喚されて奈落の底に落ちるまでは男として過ごしていた。

 

温厚で心優しい性格だけど、怒ると怖い。奈落での経験を経て、敵には容赦しなくなった。

 

オタク趣味の両親の影響もあってか、生粋のオタク気質。一度情熱を持ったら、どこまでも突き詰めて妥協を知らない。小学生時代は工作大会で何度か賞を取ったこともある。

 

小さい頃から男の子っぽい服装をするのが好きだった。小学生の時の夏祭りに浴衣を着て行った時に同級生から酷く馬鹿にされてしまい、女の子の服装をすることが怖くなってしまう。その時に両親に「自分の好きなことを貫いた方が良い」と言われて開き直るように男装するようになった。

 

そして、いつしか男として過ごすことが楽なことに気付いてしまい、中学・高校では事情を話して男として過ごすことを許可してもらった。学校は水泳の授業がなく、小学生時代の同級生がいない所を選んだ。

 

中学2年になった時に誠司と知り合い、親友になった。高校も同じ所に入り、友情は続いていたのだが、学校のマドンナの白崎香織に好かれたことで学校の嫌われ者になる。最初は迷惑が掛かると思って誠司とも距離を置こうとしたが、誠司がそれを拒否して親友でい続けてくれたため、いつしか誠司に異性として好意を持つようになる。

 

しかし、女らしさのない自分には魅力が無いと思っていたため告白する勇気は無かった。そのため、しばらくは親友として過ごす日々を送る。

 

そんな時にトータスに召喚され、オルクス大迷宮の訓練中に奈落に落ちてしまう。奈落で誠司と逸れてしまい、当てもなく彷徨っていた時にヒバニーと出逢った。

 

幸いにも人懐っこいヒバニーだったためすぐに仲良くなることが出来、一緒に奈落を探索することになった。途中、空腹に負けてしまい、近くにあったタブンネの死骸を食してしまい、身体が変化してしまう。それによって髪は白く、長くなり、身体つきも女らしくなった。その時に誠司と合流し、奈落を旅するうちに誠司への恋心も大きくなっていった。

 

オスカーの隠れ家で勇気を出して誠司に、自分が女であることを明かして告白した。その時は流石に告白までは受け入れてもらえなかったが本人としては満足な結果で終わる。ハジメは誠司に女として見てもらえるように頑張ることを誓った。

 

ユエとシアはハジメの恋心を見抜いており、応援している。ユエやシアから化粧を教わったり、身だしなみに気を遣うようになったことで中々の美人になっている。

 

 

手持ちのポケモン

 

・ヒバニー♂→ラビフット♂

ハジメの最初のポケモン。やんちゃで人懐っこい性格。蹴り技が得意。誠司のポケモン達とも仲が良い。ライセン大峡谷でシアを助けた時にラビフットに進化した。ラビフットになってからは少し落ち着いた性格になった。

 

・イーブイ♀

奈落の底46層でタマゴから孵った。誠司のイーブイとは双子。控えめな性格で花が好き。

 

・ダンバル→メタング

ライセン大峡谷で出逢った。腕白な性格で猪突猛進な所がある。突進しまくってダウンしていた所を助けられて仲間になった。ライセン大迷宮でミレディと交戦中にメタングに進化した。メタングに進化して以降は移動要員としても活躍している。

 

・グレッグル♀

ライセン大峡谷で出逢った。無邪気な性格。食べるのが大好き。お腹を空かせて彷徨っていたところ、シアの料理の匂いに釣られて一緒にご馳走になってそのまま仲間になった。特性は“きけんよち”で罠を見付けることが出来る。

ライセン大峡谷育ちなだけあって身体能力は高い。

 

・ブイゼル♀

ライセン大迷宮攻略後に出逢った。真面目な性格で面倒見の良い世話焼きタイプ。水脈を自由に泳いでいた時に流されて来た誠司を見て道案内をした。その後、ハジメの手持ちに加わった。

 

・ベロバー♂

清水に洗脳された状態で暴れまわっていた所を、ウルの町での戦いで捕獲した。気まぐれな性格で非常に悪戯好き。




ハジメを女の子にした経緯は

ありふれ二次創作での男オリ主のヒロインって殆どが雫だよなぁ……

雫以外にしよう

ハジメ×香織のケースが多いなぁ……

それならもういっそのこと、ハジメを女の子にしてメインヒロインにするか!

って感じです。その結果、完全なオリヒロと化しました。個人的に、ハーレムにはせず誠司にはハジメだけとくっつける予定です。


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トレーナーズ・ファイル③ ユエ、シア・ハウリア

ユエとシアについても紹介しておこうと思います。といっても、原作とそんなに変わらないので、軽くですが。手持ちのポケモンのこととかも纏めておきたいし。


ユエ

 

年齢:324歳

性別:女

天職:神子、魔獣使い(ポケモントレーナー)

 

バトルスタイル:攻撃をしてからその場を離れるヒット&アウェイ戦法が得意

特技:魔法全般、裁縫

 

ありふれ原作のメインヒロイン。奈落の底の五十階層にて三百年もの間、封印されていた。既に滅んだ吸血鬼族の女王であり、最後の生き残り。奈落の底を探索していた誠司とハジメによって解放され、その恩から仲間になった。「ユエ」という名前はハジメによって名付けられた。

 

原作と違って、姉妹のように仲が良いポケモン、シャンデラが一緒だったため、孤独感は特に感じていなかった。

 

 

手持ちのポケモン

 

・シャンデラ♀

ユエの一番のパートナー。控えめな性格。ユエを封印した叔父の魔法によって、彼女も不老不死になっている。長く生きてきたため、通常のシャンデラの倍近くの大きさをしている。

人やポケモンの魂が大好物。パートナーのユエは不死身なため、いくら魂を吸い取っても無くなることが無い。ユエや仲間に不埒な真似をしようとする相手にはモンスターボール越しから魂を吸い取って撃退している(流石に死なない程度であるが)。

ユエとは幼い頃からの付き合いなため、信頼関係は非常に高い。バトルは強く、ゴースト属性らしく出たり消えたりして相手を翻弄して戦うのが得意。

 

・モクロー♂

真面目な性格。奈落の底の樹海エリアで仲間になった。樹海エリアで主ポケモンのモジャンボに捕まっていた所をユエに助けられ、彼女に懐きゲットされた。夜行性なため、昼間は眠そうにしていることが多い。

モクローは一切の音を立てずに飛行することが出来るため、奇襲攻撃が得意。誠司のチルットと同様、空から偵察をすることもある。

 

・ラクライ♂

やんちゃな性格。ウルの町での戦いで捕獲された。元々はラクライの群れのリーダー格だった。リーダー格だっただけあって実力は高い。自分の洗脳を解いてくれたユエに恩義を感じ、自ら進んで仲間になった。

 

 

 

シア・ハウリア

 

年齢:16歳

性別:女

天職:占術師、魔獣使い(ポケモントレーナー)

 

バトルスタイル:パワーでガンガン攻めるタイプ

特技:怪力、家事全般

 

兎人族の少女。通常の亜人族は魔力を持たないのだが、シアは魔力を持って生まれた。そのため、忌み子として処刑されそうになっていた所を誠司達に助けられた。魔力を持ち、未来視という固有能力の他にも身体強化に特化している。

 

また、ポケモンとも心を通わせることが出来、ホルビーを始めとしたハウリアのポケモン達はシアに惹かれて集まった。その結果、ハウリアは大所帯になってしまい、シアの未来視だけでは隠し切れずにバレてしまった。

 

 

手持ちのポケモン

 

・ホルビー♀

素直な性格。シアとは幼い頃からの付き合いで姉妹のように育った。シアと違ってしっかりしている。

 

・ゴーゴート♂

意地っ張りな性格。元々はシアの母、モナのパートナーポケモン。モナの死後、ハウリア族から姿を消したのだが、遠くからこっそりと見守っていた。誠司のヤレユータンとは親友の間柄。シアの移動要員としても活躍している。

 

・デカヌチャン♀

勇敢な性格。ウルの町での戦いで仲間になった。小さい体に似合わず怪力の持ち主で、自分の背丈よりも巨大なハンマーを豪快に振り回す。誠司のシュバルゴ同様、群れはなく、単独で行動していた。




ユエとシアは原作と違って、主人公に恋愛感情は持っていません。どちらも大切なパートナーがいるので特に孤独感を感じていなかったので。


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異世界召喚~オルクス大迷宮
プロローグ 少年の見た夢


ありふれの二次創作に感化されて書いてみました。


ある誕生日の夜のことだ。その日十歳になったばかりの少年、中西誠司(なかにし せいじ)は夢を見た。それは自分と同じくらいの年齢の赤い帽子を被った少年が見たこともない生き物と一緒に様々な場所を旅するというものだ。少年はそんな生き物達を『ポケットモンスター』、縮めて『ポケモン』と呼んでいた。

 

ポケモン…………どこか不思議な言葉だった。ポケモンはモンスターボールと言う特殊なボールで生き物を収納して持ち運ぶことが出来、そのポケモン達と共に生きていく。そして、ポケモン達を育てたり戦ったりすることでお互いに成長を重ねていく。

 

最初はただの偶然かと思っていたが、何度も夢で見ると誠司は次第に夢を見ること自体が毎日の楽しみになり、ポケモンという存在にも心惹かれるようになっていった。ある日、誠司は自分のパソコンを使って夢で出てきた言葉を基にポケモンやモンスターボールという単語を入力してみた。

 

しかし、結果は非情なもので出て来たのは「ポケモン に関する情報は見つかりませんでした」の一言だった。勿論、モンスターボールも同様で夢で見たようなあの特徴的な形のものは一切見つからなかった。誠司は謎が増えたとがっかりした。

 

それからも誠司は夢を見続けた。しかも、不思議なことに夢の中の登場人物は1年ごとに交代していった。最初は赤い帽子を被った少年だったが、次は黄色と黒の帽子と少し変わった前髪が特徴の少年、その次は白の帽子に動きやすそうな服装をした少年………といった感じだ。そして、旅をする舞台も変わっていく。誠司が住んでいる場所に似た雰囲気の所もあれば、紅葉が綺麗な所、暑くて自然豊かな所など本当に様々だ。

 

誠司は自分の見た夢を基にそのポケモンを描いてみることにした。毎日夢を見ることで描かずにはいられなかった。しかし、描き上がったそれはとてもじゃないが、夢で見たものとは似ても似つかないクリーチャーだった。誠司は初めて自分の絵の才能の無さを深く呪った。彼は他の科目は得意でも図工だけは成績が悪かったのだ。モンスターボールだけは綺麗に描けたのは幸いだった。

 

それでも誠司は諦め切れなかった。こんな面白いものをそのまま忘れたくなかった。夢で見た内容を毎日、日記のように記録するようにしたのだ。一年も書いていくともう全ページ埋まってしまい、一冊の長編小説のようになった。

 

 

十歳から始めたこの習慣は誠司が中学生になってからも続いた。そして、その習慣がキッカケで初めて大親友とも呼べる人と出会ったのだ。それは中学二年のある日の放課後だった……… 誠司は夢で見た内容は毎朝早めに記録するようにしていた。しかし、その日はいつもより遅くに起きてしまい、遅刻こそしなかったが書く時間はなかった。だから人が少なくなる放課後まで書くのを我慢していたのだ。お陰で授業の内容がイマイチ身に入らなかった。待ちに待った放課後、夢で見た内容を書き終えた時だった。一人の同級生の男の子が誠司に話しかけて来たのだ。誠司は内心舌打ちした。ずっと居眠りしていたから大丈夫だと思ってたのにいつの間にか起きていたらしい。

 

「あれ? 中西君、その表紙の丸い模様って何?」

「……ん? これか? これは『モンスターボール』だ」

「モンスター……ボール?」

「ああ。俺にとってのシンボルみたいなもんだ」

「へぇ。変わった形だね。それで何を書いてるの?」

 

誠司は少年のその質問に一瞬だけ嫌な表情を浮かべて黙るが、やがてポツリと答えた。今までもこの習慣を誰かに教えたことはあったが、あまり良いことが無かったからだ。終いには変な奴扱いされたこともあった。どうせこの少年も同じだろうと思ったのだ。

 

「…………………………夢日記だな」

「夢……?」

「ああ。昔からやっててな。もう習慣なんだ」

「ねぇ、それ……少し読んでみても良い?」

 

少年からの思いがけない言葉に誠司は驚いた。

 

「え? 何でだ?」

「あ…… ごめん。いや、中西君が凄く目を輝かせて楽しそうに書いてたから何書いてるのかなぁって気になってさ。駄目……かな………?」

 

少年は少し遠慮がちに尋ねた。誠司はまだ書きかけのノートを少年に渡した。

 

「……まだ途中だが読んで良いぞ」

「え? 良いの?」

「ああ。俺の夢の内容が面白いかどうか感想くれよ」

「ありがとう!!」

 

そう言って少年はノートを開いて目を通す。ある程度文章は纏めてあるから支離滅裂では無いはずだ。何年もこの習慣を続けてきたおかげなのか、かなり文才が付いた。昔は大嫌いだった読書感想文も今じゃ苦じゃなくなった。

 

そしてしばらく経つと少年はノートをそっと閉じ誠司に尋ねた。どこか呆然とした様子だ。

 

「ねぇ…… これ、本当に中西君が見た夢の内容……なんだよね……?」

「ああ、そうだけど」

「これ凄いよ!! すごく面白い!! モンスターをボールに捕まえるってどうやったらそんな設定思い付くの!?」

 

少年は興奮した様子で矢継ぎ早に感想を言う。その様子に思わず誠司は呆気に取られた。

 

「え? え?」

「ねぇ、これ、今までのもある!? ノートには⑤って書いてあるから多分五冊目だよね。今までのも読んでみたい!!」

「いや、流石に………」

「お願い!!!」

「えーー………」

 

誠司は思わずその少年の勢いに押されて翌日に今まで書いた四冊も全て貸した。今までの……特に一冊目なんかはまだ書き始めたばかりだったから支離滅裂なんだけどと注意したが、少年はそれでも面白いと言ってくれた。そんなこんなで誠司はその少年、南雲ハジメと交流を持つようになった。

 

ハジメと交流をしていくうちに誠司は彼とは自分の趣味が合うことが分かっていった。実際、彼が貸してくれた漫画やゲームはすごく面白かった。しかも、ハジメは自分よりも遥かに絵が上手かった。自分の文章や下手なりに描いた絵から推測して、夢で見たまんまのピカチュウの絵を描いてくれた時など思わず深々と土下座をした程だ。された本人は滅茶苦茶動揺していたが。そんな風に誠司が喜んでくれたからかハジメはそれからもよくポケモンの絵や登場人物の絵を描いてくれた。

 

ハジメの趣味は両親の影響からだそうだ。まぁ誠司自身も母の影響でポケモンの他にお菓子作りも大好きなので分からんでもない。子供にとって両親の影響というものは大きいのだ。ハジメの両親とも仲良くなり、自分の夢日記を見せると興味を持ってくれた。そして、これは続けた方が良いとまで言ってくれた。誠司はそれが凄く嬉しかった。

 

そして、誠司はハジメという親友と一緒に中学時代を楽しく過ごし、同じ高校に進学した。




次回から原作の部分に入っていきます。


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異世界召喚

ここから原作に(出来るだけ)沿って行きます。是非お楽しみ下さい。


高校生活が始まって二年目が経ったある日、誠司はーーーいや誠司達は異世界へ召喚されることになるのである。それは月曜日、一週間という長く短い期間の始まりの日のことだった。学生も社会人も月曜日を憂鬱に思う者は多いだろう。

 

 

誠司はいつも通り、教室に入る。始業二十分前だ。早寝早起きを欠かさないため今まで遅刻をしたことがない。まだクラスメイトは数える程しかおらず、親しい友人がその中にいないため誠司に話しかける者もいない。誠司の方もそこまで興味が無いため黙って自分の席に着き、一昨日買ったばかりの小説を開く。もう三周目だが、ハジメが来るまで待つには良い暇潰しになる。

 

そうしてクラスに人の気配が増えていき、不快な声が聞こえて来た所で顔を上げた。ハジメが来たようだ。始業五分前だ。

 

「よぉキモオタ!」

 

嘲笑混じりに始まった言葉を皮切りに、悪口が次々に投げられる。親友ながら随分と嫌われてるもんだ。

 

キモオタと言うが、ハジメはそう言われるような見た目でも性格でもない。寧ろ平凡な雰囲気でオタクではあるが、そこまで人格に問題があるわけでもない。単純に妬み嫉みによるものだ。もっとも、それらをぶつけられている本人であるハジメは特に気にした様子もなく誠司のすぐ後ろの席に座った。誠司は振り返ってハジメに軽く挨拶をした。

 

「はよざーす、ハジメ」

「ああ。おはよう、誠司」

「お前、また徹夜か?」

「うん。父さんのゲーム、面白いからさ」

 

ハジメのお父さんはゲーム制作会社をやっていて、息子であるハジメもよく手伝っているらしい。誠司もその会社のゲームはいくつか持っている。ハマったこともあったので面白いのは確かである。だが、それを差し引いても……

 

「それにしても…… 徹夜でゲームに没頭する癖、少しは直した方が良いんじゃないか? 父親の会社のゲームで息子が過労死なんて笑えないぞ」

「あはは…… なかなか止められなくてね」

「……ったく。そんなんだからいつまで経ってもチビなんだよ」

 

毎日早寝早起きを欠かさず健康的な生活を送っているからか誠司の身長は百八十センチ近くある。運動神経も悪くないからかよく運動部に誘われることもある程だ。興味がないので全て丁重に断っているが。一方のハジメの身長は百六十五センチ行くか行かないかくらいで平均的な高校生男子にしては低い方だし華奢な感じだ。中学二年生の頃は二人とも同じくらいの身長だったのにエライ違いである。

 

「それは言わないでよ。ああ、そうだ。()()()()見せて。気になっててさ」

「はぁ…… ほらよ」

 

誠司はそう言うといつもの夢日記のノートをハジメに渡した。夢日記ももうかれこれ八冊目だ。今度はイギリスに近い所が舞台のようだ。ハジメはノートを開いて目を通す。

 

そんな誠司達に一人の女子が近付いて話し掛けて来た。

 

「おはよう。南雲君、中西君」

「ん? ああ、おはようさん、白崎」

「おはよう、白崎さん」

 

俺は普通に挨拶し、ハジメはノートを読みながら挨拶した。その様子にまたクラス、特に男連中が少し殺気立つ。ハジメがクラスで嫌われている大きい理由がコレだ。この白崎という女子、この学校では特に人気の高い女子の一人で、何故かは知らんがハジメによく話し掛けて来るのだ。まぁ、クラスの男子からすれば面白くないだろう。「イケメンだったり成績優秀な奴だったらまだ分かるが、こんなオタクがどうして白崎さんと……」という感じだ。因みに女子も同様に冷ややかでこちらの場合は嫉妬というより不真面目なハジメが白崎に迷惑をかけているように見えているのだろう。

 

また、誠司の方もハジメ程ではないが、クラスでの評判は微妙なところだ。ハジメと違って真面目に授業を受けている上に百八十センチ近くの体躯なため表立って悪くは言われないが、影では色々言っている奴らはいる。もっとも誠司はそれを一切気にしていないが。

 

そして、そのうち白崎の幼馴染とか言う人達もやって来た。彼ら(特にイケメン)がハジメに色々言っている。ハジメはノートを読むのに夢中でそこまで真面目に聞いていないが。やがて誠司の方にまで飛び火した。

 

「おい、中西。南雲の親友ならお前からも言ってくれ!」

 

イケメンが誠司に言ってきた。このイケメン、どうも誠司に対してもアタリがきつい。これは問題児のハジメと仲が良いのもあるが、誠司は一度剣道部の入部の誘いを断ったことがあった。そのせいかあまり快く思われていないようだ。誠司は面倒臭そうに溜息を吐くと、ハジメに声を掛けた。

 

「おい、ハジメ……」

「うん? どうしたの? 誠司」

 

読み終えたのかハジメがノートから顔を上げる。

 

「今日の二限は数学だからそれだけは起きててくれ」

「あー…… うん、良いよー」

「なら良し」

『いや良くないだろ(でしょ)!!』

 

周囲から総ツッコミが入った。

 

「俺は数学と物理が壊滅的に苦手だからな。ハジメが起きててくれないとお手上げなんだよ」

 

誠司は基本的に真面目に授業は受けるため成績は悪くないのだが、数学と物理だけは非常に苦手なのだ。ハジメのお陰で毎回赤点は回避しているが。

 

一方でハジメは居眠りばかりしている癖にどの科目も平均以上は取っている(コレも嫌われる理由なんだろうが)。暗記系の科目はともかく、数学や物理といった科目は公式の暗記だけでなくそれを活用する応用力も要るので暗記だけではどうにもならない。寝ないで真面目に授業を受ければ数学や物理に至っては学年トップは取れそうなもんである。なので誠司は数学と物理に限ってはハジメの力を借りている。その代わりに他の科目の重要そうな所は全て教えている。

 

イケメンが更に言い募ろうとするがその瞬間にチャイムが鳴り、渋々自分の席に戻って行った。他の幼馴染や白崎も戻って行く。白崎は少し残念そうな顔をしていたが。ちなみに約束通り、ハジメは二限の数学だけは起きてくれていた。

 

 

そしてお昼休み、誠司はパパッと教室から出て購買で菓子パンをいくつか買って教室に戻ると、ハジメはまた白崎達に絡まれていた。仕方がないのでさりげなく助け舟を出そうと声を掛けようとしたその時ーーーー

 

突然教室内に魔法陣のようなものが広がって光り輝いた。嫌な予感が走り咄嗟に動こうとするが、間に合わず眩い光が視界を覆い尽くす。誠司は落とした菓子パンのことは気に留めず思わず目を腕で庇い光を遮った。

 

そして、光が収まったところで腕を下ろして周囲を見渡すと誠司達がいるのはさっきまでの見慣れた教室ではなく、全く見覚えのない部屋だった。この部屋にいるのは誠司を含め召喚されたクラスメイト達とそれを取り囲む数十人の人達だった。彼らは全員見覚えのない格好をしている。

 

そのうちの一人である覇気のある老人が前に進み出てこう言い放った。

 

「ようこそ、トータスへ」と。

 

しかし、誠司はそれよりも部屋の壁画に描かれたものに目を奪われていた。その壁画に描かれていたものは白と紫の体色に大きなヒレ、真珠のような模様を持った生き物だった。誠司はそれに見覚えがあった。何年か前に見た夢に出ていたものだ。

 

 

 

「パル……キア…………」

 

誠司は小さくそう呟いた。




本格的にポケモンと関わっていくのは次回からになります。

ここからは本文に入れようと思っていたけど入れるスペースが無かったので泣く泣く没にしたシーンです(映画とかでよくある未公開シーンと思ってください)。供養として後書き用に書き換えて置いときます。



誠司もハジメもクラスでは浮いた存在である。しかしハジメはともかく、誠司としては言われっぱなし・やられっぱなしで終わらせるのは癪だった。なので、時々人をおちょくるようなことをする。大した内容でもないが、そのおちょくりにはハジメを巻き込むこともある。ハジメは正直あまり乗り気では無かったが、誠司から「どうせこれ以上下がる好感度もないだろ」と言われてしまい何も言えなかった。そのうちの一例がこれだ。

ある日の休み時間、誠司はハジメに話しかけた。

「ああ、そうだ。ハジメ、この間借りてたA()V()返すよ」
「え…… ああ、うん。どうだった?」
「もうサイコーだったよ。声も可愛いし」
「でしょ? 僕のお気に入りなんだ」

最初は少しぎこちなさがあったが、ハジメも上手く乗ってきた。

そんな誠司達に声を掛けて来る者がいた。真面目で正義感の強いイケメン様だ。近くには白崎やその親友とかもいる。その二人は顔が少し赤い。

「おい! 中西、南雲! お前ら学校に何てものを持って来ているんだ!」

そう怒鳴られるが、誠司は肩を竦めて言った。

「何ってAV(アニマルビデオ)なんだけど」
「……え?」

イケメンは驚いた表情を浮かべる。他の連中も同様だ。ハジメもDVDを見せた。パッケージには可愛らしい猫の写真がプリントされている。

「え? 天之河君、何を想像してたの?」
「もしかして()()()の方想像してたのか? うわー、やらしい」

そう言って誠司が揶揄うと、イケメンは顔を真っ赤にして学校にDVDを持って来るべきでないと言って来たが、その程度は別に高校生であればよくある事だ。大して効かない。ただの負け惜しみにしか聞こえなかった。

そんな感じで誠司の方も人を食ったような態度を取ることがあるのでクラスでの評判は良くないのである。


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ステータスと最初の相棒

他の作品ではポケモンを魔物と呼んでいるものが多いですが、本作品では魔獣と表記します。アルセウスの映画でもポケモンを魔獣と呼んでいるシーンがあって、そのイメージが強いので。


目の前にいる老人、イシュタル教皇というお偉いさんが言うには、この世界はトータスという名前でアルセウスという魔獣によって創られたそうだ。そして、アルセウスは手始めに二体の魔獣を生み出して、更に数多くの人間や魔獣も生み出していったらしい。

 

しかし、アルセウスはやがて狂い出し、多くの人間に危害を加えるようになった。そこで立ち上がったのが、エヒトという者らしい。エヒトはアルセウスが最初に生み出した魔獣の一体パルキアと共にアルセウスを打ち破った。そして、エヒトがアルセウスに代わってトータスの神として君臨するようになった………というのがトータスの歴史らしい。

 

まぁ、それは割とどうでも良いっちゃどうでも良いのだが、本題はここからだった。

 

どうもこの世界では人間族だけでなく魔人族という種族もいるらしく、今はその魔人族との戦いの真っ只中らしい。そして、現在魔人族側が有利な状態にあるらしく、人間族が危機に瀕しているためエヒトからの神託を得て誠司達を召喚したらしい。つまり、戦争に参加させるためにわざわざ関係ない世界から自分達を呼び出したということだ。誠司からすればふざけるなとしか思えなかった。おまけにタチの悪いことにこの世界の連中は戦うことを当然のように考えているようだ。

 

そして、それはクラスメイトも同じだったようだ。特に白崎の幼馴染のイケメンは何を血迷ったのか参戦を表明し、怖気付くクラスメイト達を鼓舞し始めたのだ。おまけに他の幼馴染達も同様にイケメンに乗ってしまったため、クラスの空気は完全にイケメンに流されていってしまった。一緒に召喚に巻き込まれた畑山先生の声も届かずに。だが、誠司は見逃さなかった。イシュタルがクラスメイト達の様子見てどこか満足そうにほくそ笑んでいるのを。ハジメも同様に気付いていたらしく、顔を顰めていた。

 

結局、流されるように誠司達は参戦を決意することになってしまった。そして、流されるようにイシュタルの先導に付いて行くことになった。途中で召喚されたこの国、ハイリヒ王国の王族達も紹介されたが、国王が挨拶にイシュタルの手にキスをしているのを見て誠司は目眩を覚えた。この国は宗教が権力を持っていることに気付いたからだ。宗教が権力を持っていて碌なことにならないのは地球の歴史でも証明されている。恐らく社会科教師の畑山先生もコレを薄々察していたから反対していたのではないだろうか。

 

翌日に戦うための術を教えていくことになったので、誠司はそのまま一人一人与えられているという部屋に入った。部屋には王城らしく、豪華な天蓋付きのベッドや大きめな机があった。

 

誠司はベッドに転がった。その時、扉を叩く音が聞こえた。扉を開けるとそこにはハジメがいた。

 

「どうしたんだ?」

「これ、返しとこうと思ってさ」

 

そう言ってハジメはノートを渡した。どうやら召喚された際に一緒に持って行ってしまっていたらしい。誠司は苦笑しながら受け取った。

 

「そうか。ありがとな」

 

だが、ハジメはどこか浮かない顔だ。どうやら他に言いたいことがあるらしい。仕方ないのでハジメを部屋に入れて話をすることにした。

 

「そういえば、さ。さっき、イシュタルさんがアルセウスやパルキアって言ってたけどアレってもしかして……」

「ん? ああ、多分この世界にはあの『ポケモン』がいる可能性があるな。まぁこの世界では魔獣と言うようだが」

「ええっ!? 本当に?」

「だって召喚場所にあった壁画も夢で見たパルキアの姿そっくりだったし、教皇が言ってた話のごく一部も夢で見た内容に近かったからな。これがただの偶然とは思えん」

「でも誠司の夢日記にエヒトの話なんて全然無かったけど……」

「ああ。だが、気を付けた方が良さそうだな。

 

 

この国………いやこの世界はあまり信用出来ない」

 

 

 

 

そして、翌日になり、この日から訓練と座学が始まるようになった。まずはクラスメイト達が城の敷地内の広場に集められた。全員動きやすい服装になっている。どうも誠司達、召喚者はトータスの人間よりもかなり力が強く、特別な力があるらしい。まずはそれを明らかにする必要があるそうで誠司達には銀色のプレートが配られた。そのプレートについてこの国に騎士団長であるメルド・ロギンスという男が説明を始めた。

 

メルド曰くこのプレートはステータスプレートというらしく、自身の能力やステータスを客観的に表示することが出来るというアーティファクトらしい。その説明を聞いて誠司は感心した。つまりこれがあれば自分にどんな才能があるのかが分かるということだ。日本でも欲しい程だ。また、この世界では身分証明書としても使用出来るものらしい。

 

プレートに自身の血を垂らして「ステータスオープン」と言うだけで良いらしい。クラスメイト達がやっているのを見て誠司も試してみると、プレートに文字が浮かび上がった。

 

 

==============================

 

中西誠司  17歳 男 レベル: 1

天職: 魔獣使い

 

筋力: 20

体力: 50

耐性: 20(魔獣攻撃時100)

敏捷: 35

魔力: 10

魔耐: 20(魔獣攻撃時100)

 

技能: 言語理解、魔獣攻撃耐性、魔獣図鑑、意思疎通(魔獣)

 

===============================

 

誠司は首を傾げた。

 

「魔獣使い? 要はポケモントレーナーになったってことか?」

 

他はどうなったのか気になった誠司はまず隣にいるハジメに声を掛けた。

 

「なぁ、ハジメ。お前のはどうだっ……」

 

ハジメの顔は引き攣っていた。何事かとハジメのステータスプレートを覗いて見るとその訳が分かった。

 

「おっと……」

 

ハジメのステータスは誠司より低かった。錬成師という天職が何かは知らないが。それが珍しい天職であることに賭けたい。

 

やがてメルドが順番にクラスメイトのステータスを確認して回って来た。ちなみに白崎は治癒師、あのイケメンは勇者だったらしい。ある意味ピッタリの配役だ。

 

そして、ハジメや誠司の番になった。メルドの話によればハジメの天職、錬成師はこの世界ではありふれた職業だったらしい。ハジメは打ちのめされた表情を浮かべて崩れ落ちる。いつもハジメを馬鹿にしてる奴らがここぞとばかりに嬉しそうに囃し立てる。誠司が軽く睨むとすぐ静かになったが。

 

次に誠司も自身のプレートをメルドに見せると、顔を強張らせた。何かマズかったのか。

 

「魔獣使い………か。うーーーむ………」

「え? 何か不都合でも?」

「うむ…… 我々が魔人族と戦っているのは知っているな?」

「ええ、昨日聞きました」

「その魔人族は最近魔獣を駆使して戦争を有利に進めている。だからな、つまり……」

 

メルドは言いにくそうにしているが、誠司は何となく察した。

 

「つまり、人間族の味方が魔獣を使っていると心象が悪すぎると?」

「……まぁ、そういうことになる………」

 

誠司もこればかりは流石に絶句した。それを聞いて調子を取り戻したのかさっきまで黙っていた奴らが誠司まで馬鹿にし始めた。

 

「なんだよ。結局こいつも役立たずってことじゃねえか!」

 

その言葉でドッと笑い声が上がった。

 

こうして誠司とハジメはクラスメイトの中で役に立たない無能の烙印を押される羽目になった。その後、畑山先生が何の慰めにもならないフォローをしてくれたが、そこは割愛する。

 

 

 

ステータスが明らかになってから数日後の夜、誠司は城の中を散策していた。首にタオルを巻き、普段着というラフな格好だ。道中、メイドが誠司を見てヒソヒソ話していたがスルーする。まさかこの世界でも遠巻きにされるとは思わなかった。数日の間、何度か訓練が行われ、レベルも少しは上がったが、他の者と比べて碌に結果が出せない状態だった。やはり魔獣使いとしての本領を発揮するには魔獣、いやポケモンの力は不可欠だ。だが、そのポケモンもここでは出逢うことが出来ない。誠司はどうしたものかと悩んでいた。

 

そして、誠司はフラッと中庭に入ると淡い光があるのを見つけた。何の気無しに近付いてみると、そこにはポケモンが倒れていた。かなり弱っているようだった。誠司はこのポケモンに見覚えがあった。

 

その時だった。

 

誠司の頭に何か情報が入り込むような特殊な感覚に襲われた。少し目眩がするが、誠司は目の前のポケモンが何なのか分かった。

 

「ネマシュ。はっこう魔獣。草・フェアリー属性。頭のカサはとても美味しく、食べられても一晩で再生する。暗い森で生息し光る胞子をばら撒いて敵を眠らせる」

 

誠司は思わず口を押さえる。スラスラと言葉が出た。脳内に情報が入って来たのだ。誠司はもしやと思いステータスプレートを取り出した。そして、技能の魔獣図鑑の部分を触れてみる。以前、メルドが技能の部分は触れればどんな効果があるか分かると言っていたのを思い出したのだ。

 

すると、こんな説明が現れた。

 

『効果: 魔獣についての能力・属性・特性・使用出来る技等の情報を細かく知ることが出来る』

 

「なるほどな…… 今のがこの技能の効果の一つってわけか」

 

誠司は倒れているネマシュを抱え上げる。

 

「まぁ、流石に放っておくわけにはいかないよな。放置してたら死ぬかもしれんし」

 

そう言って誠司は首に巻いていたタオルでネマシュを覆って周囲からは見えないようにすると、急いで自室に戻った。その間、人と会わなかったのは本当に幸いだった。ベッドにネマシュを置くとすぐにタオルを濡らしに部屋を出る。タオルを濡らして部屋に戻るとちょうどネマシュは目が覚めたようだ。

 

「マ……シュ………」

「安静にしてな。でもなんでこんな所にネマシュが……」

 

誠司が濡らしたタオルでネマシュの身体を拭いていると、あちこちに(ついば)まれたような傷があった。

 

「そうか……… 鳥ポケモンか何かに咥えらて運ばれていた所を空中から落とされたのか……」

「マシュ………」

 

どうやら正解らしい。中庭には低木もあったためそれがクッションになって助かったんだろう。運が良いのか悪いのか。

 

「ネマシュには何か回復技は無いのか……」

 

そう言うと、また情報が頭に入ってくる感覚に襲われた。魔獣図鑑の効果だ。頭の中に色々な技が浮かんでくる。“ねむりごな”、“エナジーボール”、“かふんだんご”……… そして今の状況に有効な技がその中にあった。

 

「これだ…… ネマシュ、俺に向かって“すいとる”だ!」

「マ……シュ………?」

 

ネマシュが戸惑ったような声を上げる。

 

「良いから使え! 俺の体力ならお前の技くらい耐えてやる! だから早く使え!」

「マ……マシュ!」

 

誠司の言葉に意を決したのかネマシュは赤い光線を誠司に浴びせた。光線を浴びると誠司は力が抜けていく感覚に襲われる。反対にネマシュの体は段々と元気になっていく。傷も塞がっていき、目にも生気が戻って来る。やがて、ネマシュは自力で起き上がれるくらいに回復した。

 

「マッシュ!」

「はは…… 良かった。元気になったな……おっと」

 

誠司はフラリと立ちくらみを起こし、膝を着いてしまう。ネマシュが心配そうに駆け寄った。誠司は笑いかけた。

 

「気にすんな。眠れば治る」

「マシュー。マシュマッシュ!」

「ん? どうした?」

 

その時、誠司はネマシュが何を言いたいのか分かったような気がした。何となくではなく、確信のようなものがあった。強い倦怠感のせいで今はステータスプレートを確認する気が起きないが、恐らく技能の一つ『意思疎通(魔獣)』によるものだろう。

 

「お前、もしかして…… 俺と一緒にいたいのか?」

「マシュ!」

「そうか…… なら、これからもよろしくな。ネマシュ」

「マッシュ!!」

 

 

こうして、誠司は最初の相棒、ネマシュをゲットした。




誠司の最初の相棒、ネマシュ登場です。控えめな男の子です。個人的に主人公には少しマイナー寄りのポケモンを使って欲しいと思っています。


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情報共有と訓練

翌日、体力も回復した誠司は自身のステータスプレートを取り出して技能の意思疎通(魔獣)を確認した。効果は以下の通りだった。

 

『効果: 魔獣と意思疎通を取ることが出来る。魔獣の気持ちを理解出来る』

 

 

「やっぱり。ネマシュの気持ちが分かったような気がしたのはこの技能の影響か」

「マシュ?」

 

ネマシュはコテンと体を傾ける。首を傾げているつもりのようだ。

 

「まぁ、良いか。さてと、この世界のことをもう少し詳しく知っていかないとな」

 

誠司はそう言うと、ネマシュと一緒に図書館へ向かおうと扉に手を掛ける。しかし、寸前で大事なことに気付いた。「このままネマシュを連れ歩いたらマズくね?」ということに。可愛らしい見た目で忘れがちだが、人間族にとって敵とも言える存在なのだ。そのままは非常にマズイだろう。

 

あれこれ考えた末、ネマシュは上着に付いている大きめのポケットに入っててもらうことになった。魔獣図鑑によると、通常のネマシュは二十センチほどの大きさらしいのだが、このネマシュは十五センチ程度と小柄だったためポケットにもすんなりと入ることが出来た。そして、ネマシュには勝手に出たりしないように色々教えておく。

 

図書館に入ると既にそこには先客がいた。ハジメだ。二人とも戦闘面では期待出来ない以上、何か知識面で力を得ようと考えていたのだ。それから誠司もハジメも何度も図書館に来ているのですっかり常連になっていた。司書もそういった姿勢を気に入っているのか割と好意的だ。

 

「やぁ、誠司」

「おーす。ハジメ」

 

ハジメもこの世界について勉強している最中だったようだ。誠司も手伝う。

 

数日の間、色々な本を読んで分かったことがあった。

 

エヒトがアルセウスを倒した後にはまだ続きがあったようだ。

 

どうやら、何千年も前に反逆者という人達がエヒトに戦いを挑んだらしい。彼らは敗れたらしいが、パルキアとは別の魔獣、ディアルガを連れ去ってしまったそうだ。そして、ディアルガは現在でも行方が分かっていない。

 

「なぁ、ハジメはこの話を信じるか?」

「反逆者の話? たしかにパルキアとは別の魔獣はどうなったんだろうとは思ってたけど……」

「まあな。それに……俺、あの教皇の言っていたことを全部信じられないんだ。まるでカルトーーーモゴッ」

「シー、シー、シー、シッ」

 

ハジメに口を塞がれる。ハジメは周囲を見渡して自分達以外に人がいないことを確認すると、手を離した。安心したように溜息も吐く。

 

「まったく、声が大きい。誰かに聞かれたらどうするの。僕達はただでさえ無能なんだからそんなこと聞かれたら消されかねないよ」

 

ハジメが誠司に注意する。確かに誰が聞いてるか分からない場所でそんなことを言っているのを教会関係者に聞かれれば消されかねない。一応、誠司もハジメも他のクラスメイト達同様に神の使徒ということにはなっているが無能には変わりない。消した所で戦力としては大した影響にはならないだろう。そして、消した後に残ったクラスメイト達にはハジメ達は逃げたとでも言っておけばどうとでも誤魔化せる。ハジメも誠司もクラスメイトから快く思われていないことも教会側にバレているので特に問題もなく誤魔化すことが出来るだろう。

 

「悪い…… 軽率だった」

「でも確かに妙なんだよね。どの本にも同じような内容が書いてある。それこそ王国以外の国、ヘルシャー帝国やアンカジ公国で書かれた本にも」

「ああ、どうもこの世界には宗派ってものが無いらしいな。普通はこんなことあり得ないと思うんだが……」

 

なんでも地球基準で考えるのもどうかと思うが、誠司が感じていた違和感はそこだ。普通、同じ宗教であっても人によって解釈が変わるものだ。それが代々続くことで宗派が生まれていく。地球でのキリスト教、仏教、イスラム教然りだ。だが、この世界では全ての国で同じ認識なのだ。気持ちが悪いくらいに。国によって多少の価値観の違いこそあるが、大まかな認識に違いがない。

 

「それに……どうもこの世界ではポケモンは悪として存在しているみたいだな」

 

誠司が一冊の本を広げる。そこにはポケモンの攻撃方法や弱点、そのポケモンの倒し方しか載っていなかった。その本にはネマシュについても載っていたが、相手を眠らせる胞子を撒き散らして攻撃して来る、毒の攻撃が有効としか書いていなかった。おまけにネマシュのスケッチも本物よりも大分凶悪そうに描かれている。

 

「他にももっと書くべきことがあるだろうに……」

 

どうやら反逆者達はポケモンを使って戦っていたらしい。おまけに人間族の仇敵である魔人族もポケモンを使っているのだ。ポケモンに対する認識が悪いままなのもある意味仕方ないのだ。特に教会の影響が強い場所ではそれが顕著のようだ。

 

「はぁ…… 歴史は勝者が作るってことなのかね………」

 

誠司は大きく溜息を吐いた。

 

それから2人はそれぞれ自分の技能の話に入った。

 

ハジメの方はまだ魔力量や技量が知識に追いついていない感じで、細かい操作は出来るようになってきてるらしい。上手く成長していけば色々な物が作れそうである。誠司もポケモンを一体仲間にしたことを明かした。それには流石のハジメも驚いたようだ。ポケットからネマシュを取り出すとハジメは慌てて周囲を見渡す。そして、誰もいないことを確認すると、ハジメはネマシュに優しく触れた。ネマシュもハジメのことを気に入ったのか気持ち良さそうだ。

 

「うわぁ。可愛い。この子、どうしたの?」

「昨日、怪我してた所を拾ってな。助けたら懐かれた」

「へぇ…… 昔から動物好きだもんね」

「まぁ、表立って連れ歩くことは出来ないからポケットに入れているが、中々良いもんだ」

「そっか…… ネマシュ、誠司のこと色々助けてあげてね」

「マシュー」

 

そして、誠司とハジメの訓練の時間になった。二人で本を片付けて、誠司はポケットにネマシュをしまう。ポケットから勝手に出ないように注意しておくことも忘れない。

 

 

訓練場に行くと既にそこには何人か人がいた。皆、誠司とハジメを見ながらヒソヒソと話している。相変わらずの感じの悪さだ。そんな時、誠司達に近付く集団が現れた。確か、軽戦士とか槍術師とかだったか……

 

「よぉ、無能ども。またやられに来たのか?」

「また俺達が鍛えてやるよ」

 

召喚前からハジメを目の敵にしている奴らだ。最近じゃ誠司にまでちょっかいを掛けて来るようになった。召喚前は百八十センチ程あった体躯のお陰で絡まれることも無かったが、ステータスが分かって怖くなくなったらしい。つくづく小物感丸出しの連中だ。

 

ハジメは顔を強張らせるが、誠司は呆れた表情だ。こっそり気付かれないようにポケットに手を突っ込み、中にいるネマシュにある合図を送った。誠司の反応が気に食わないのかリーダー格の軽戦士が突っかかって来る。

 

「おい、なんだよ。その顔は? 無能の癖に」

 

そう言って殴り掛かって来た。この瞬間を待ってた。誠司はわざと一発殴られると、すぐにポケットから手を出して、握っていたものを連中の顔にばら撒いた。

 

“ねむりごな”だ。朝、ポケットに入れる時にネマシュにはある指示を出して置いた。自分がポケットに手を入れて合図を送ったら“ねむりごな”を出すようにだ。

 

「な!?」

「うわ!」

「何だよ、コレ!?」

「ペッ、ペッ……!」

 

突然の反撃に驚いたのか軽戦士達には動揺が走る。咳き込んだりしているが、“ねむりごな”を全員しっかりと吸ってもらった。ちなみに、誠司は魔獣攻撃耐性があるため効果は薄いし、ハジメは予め後ろに下げておいた。なので、ねむりごなの被害は殆どない。やがて落ち着いたのか軽戦士が激昂する。

 

「中西、テメェ! いきなり何しやが……ん………だ………………」

 

ねむりごながやっと効いたのか軽戦士は強い睡魔に襲われて倒れてしまった。軽戦士の仲間達も同様に倒れる。周囲が騒がしくなる。

 

「中西! お前、檜山達に何をしたんだ!」

 

騒ぎを聞きつけたのか勇者達がやって来た。正直、相手するのは面倒臭いが誠司は素直に答える。

 

「何ってその日村が「檜山」……檜山が俺達に殴り掛かって来たから反撃しただけだぞ。自前で調合した眠り薬だからこいつらは命に別状はないぞ。ただ眠っているだけだから」

 

途中、名前を間違えるが、ハジメがすぐに訂正する。実際、殴られた痕もあるのでそれを見せる。反撃の理由としては問題ないだろう。だが、勇者は誠司の言葉にまだ納得がいかないのか更に言い募る。

 

「だが、いきなり薬をばら撒くなんて何を考えているんだ! 檜山達はお前達のために特訓してくれたんだろ?」

 

………こいつは何を言っているんだ? 勇者の隣の剣士も顔に手を当てて溜息を吐く。呆れてモノも言えないって感じだ。誠司も正直、同じ気持ちだった。ハジメも「何を言っているんだ?」と言いたげだ。

 

「これが特訓だって? 俺達に四人がかりでやるのがか? リンチの間違いだろ? というか、俺は無能なりに戦えるように模索している最中なんだよ。ハジメも同様にな。だからお前らも邪魔しないでくれよ。そこで寝ている奴らにもそう言っておけ。ハジメ、行こうぜ」

「う、うん…………」

「おい、待て! まだ話は……」

 

勇者がまだ何か言っているが、こういう手合いは無視するに限る。

 

訓練場の奥の方に向かう途中、ハジメが尋ねた。

 

「ねぇ。眠り薬だって言ってたけど、さっきの粉ってネマシュの技だよね?」

「ああ。“ねむりごな”だ。あれを吸うと眠気を誘うんだよ。あれでもう絡んで来なけりゃ良いんだが……」

「うーん、どうだろ…… あ、そうだ。さっきの大丈夫? 檜山君に殴られてたけど」

「ん? 別に大したことはないな。出来るだけダメージは減らしてたから」

「?」

 

召喚前、誠司が読んでいた漫画の中には敵に殴られる時に一歩後ろに下がってダメージを減らすシーンがあった。それは見切りというらしいのだが、今日までの間にあの軽戦士達に何度も絡まれていたのでそれを試す機会は結構あった。なので、さっき殴られたのもそこまでダメージにならないくらいにまで上手くやれるようになっていた。

 

そのことをハジメに伝えると、その見切りを教えてほしいと頼まれた。なので訓練の時間一杯、誠司は見切りのやり方をハジメに教えた。




見切りは昔、「怨み屋本舗」って漫画を読んだ時に知ったので入れてみました。足の速いオタクが使っていました。若干うろ覚えなので少し違うかもしれません。


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技の特訓 エナジーボール編

今回は少し短めです。


「そういえば、ネマシュって他にどんな技が使えるんだ……?」

 

夕方、誠司は魔獣図鑑の技能を使ってネマシュの技を調べた。前に確認はしたが、全部の技は見ていない。確か、攻撃技も使えたような気がするが……

 

調べた結果、ネマシュが現在使える攻撃技は、“すいとる”・“かふんだんご”・“おどろかす”・“エナジーボール”だけだった。まだまだ技の数は少ないが、成長していけばどんどん新しい技が覚えられるようになるだろう。少なくとも夢ではそうだったのだ。多分、こちらでも同じように出来るはずだ。

 

そして、誠司は今使える攻撃技の中でも特に強力そうな“エナジーボール”を確認することにした。夜、誠司とネマシュは訓練場に向かった。夜なので誰もいないが、念のため人が来ないように用心しながら奥の方に行く。身体が光るネマシュは灯りの代わりになる。便利なものだ。

 

訓練場の中でも特に人目の付かない場所に着くと訓練用の的を用意し、誠司は早速ネマシュに指示を出した。

 

「よーし。ネマシュ、“エナジーボール”だ!」

「マシュ! マーーーーシュッ!」

 

ネマシュは力を溜めて緑色に輝く球状のエネルギーを作り出す。それを発射する。

 

しかし、いざ発射された“エナジーボール”はフラフラと心許ない動きで彷徨った後、ポフンッという気の抜けた音ともに消滅してしまった。的から大きくズレた位置で。

 

誠司はその有り様を見てポリポリと頬を掻くと、溜息混じりに呟いた。

 

「……こりゃ、特訓が必要になるな」

 

 

それからネマシュにはもう二、三回程、“エナジーボール”を発射してもらった。すると、ネマシュの技の出し方に問題があるのが分かった。

 

それは技を出した時の動きだ。どうやらネマシュは技を出す際、“エナジーボール”のエネルギーに押されてしまうのかかなり不安定な体勢になってしまうようだ。これでは満足な方向に飛ばないだろう。なので、誠司がネマシュをしっかりと押さえ込んだ状態でもう一度技を出してもらう。すると、今度はちゃんと不安定な動きをせずに的に当たった。ネマシュは嬉しそうだ。

 

「よし。この体勢を忘れるなよ。もう一度“エナジーボール”だ!」

「マーーシュッ!」

 

もう一度“エナジーボール”を出させる。しかし今度は真っ直ぐ飛ぶものの、的から外れてしまう。

 

「マシュー?」

「あれ? おかしいな? 技を出す時の動きは変じゃなかったのに……」

 

誠司は首を傾げる。そして、一つの可能性を考えた。次はネマシュの顔を見ながらまた技の指示を出した。

 

 

すると、ネマシュの問題点がもう一つ見つかった。このネマシュ、どうやら技を出す直前に反射的に目をつぶってしまう癖があるようだった。

 

「……あのな、ネマシュ。技を出す時はちゃんと相手を見ないと………」

「マシュ……」

 

ネマシュは申し訳なさそうに声を上げる。無自覚だったようだ。誠司はどうするか考え込んだ。

 

「こうなったら、動かない的じゃなくて()()()の方が練習に良いのかもしれないな……」

 

そう呟くと、誠司は自分の身体を張ることにした。

 

「仕方ない…… ネマシュ。こうなったら、俺を的に“エナジーボール”を撃ってみろ」

「マシュ!?」

「俺があちこち逃げ回るから俺に当ててみるんだ。そうすれば、目を開けたまま出来るようになるはずだ。それに……どうせ、この先、ポケモンや人に当てなければいけない時が来る。今のうちに慣れておいた方が良いだろ」

「マ、マシュ……」

「良いからやるんだ。俺のことなら心配すんな。それじゃ、やるぞ」

 

そう言うと誠司は走り出した。ネマシュは少し悩んだ末に表情を引き締める(客観的に見るとそこまで変わらない顔だが)と何発か“エナジーボール”を放つ。最初はかすりもしなかったが、段々と誠司と距離が縮まってくる。

 

そしてーーーー

 

ドシュッ!

 

「ぐぅ……」

 

遂に“エナジーボール”が初めて誠司の背中に命中した。誠司がすぐに振り返ってネマシュの顔を見るとしっかりと目を開けていた。技を受けた痛みよりも嬉しさの方が勝った。ネマシュがすぐに心配そうに駆け寄った。

 

「マシュマーシュ?」

「ああ、大丈夫だよ。言っただろ? 心配無いって」

「マシュ!」

「ちゃんと目を開けて出来るようになったな。この感覚を忘れるなよ。ネマシュ、最後にもう一発だけ出来るか?」

「マシュ!」

「よし。それなら……あの的に向かって“エナジーボール”だ!」

「マシュ! マーーーーシュッ!!」

 

発射された“エナジーボール”はしっかりと真っ直ぐに的に命中した。今度は誰の手も借りずに。

 

技を成功させたネマシュはピョンピョンと跳ねている。非常に嬉しそうだ。誠司の方も達成感と誇らしさで胸が一杯だった。

 

 

翌日、ハジメにこの話をした所、無茶しすぎだと怒られた。




この作品ではポケモンの覚えられる技の数に限りはありません。あると少し面倒なので……

こういった技の特訓の話は今後、閑話みたいな感じで時々入れていくと思います。人とポケモンの絆回になりそうなので。


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オルクス大迷宮での出来事

「遠征………ね…………」

「マシュ?」

 

誠司は憂鬱そうに溜息を吐いた。

 

今日の訓練後、メルドから実戦訓練の一環として明日からオルクス大迷宮の遠征へ行くことが発表された。

 

オルクス大迷宮と言うのは、全百階層で構成されていると言われている大迷宮で階層が深くなるにつれて強力なポケモンが出現するらしい。にも関わらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練の場として非常に人気がある。実戦経験を積むのに最適だからだ。メルドの話によるとその遠征はクラスメイト全員が参加することになっているらしく、その中には当然誠司やハジメも含まれている。

 

正直に言うと、誠司としてはあまり気乗りがしなかった。相棒のネマシュは大迷宮のポケモン相手に戦えるようには思えなかった。そして、何より自分の手で大好きなポケモンを傷付けたり、場合によっては殺さなければならないのがたまらなく嫌だった。しかし、参加しないとただでさえ悪い立場が更に悪くなることは目に見えていた。それに、一度神の使徒として戦うことを決めたのなら無能であっても無能なりにやっていく責任はあると思っていた。例えズルズル流されるような形で選択したとしてもだ。

 

「まぁ、なるようになるか……ね」

「マシュー……」

 

誠司とネマシュはベッドで横になると、現実逃避するように目を閉じた。

 

 

 

次の日、誠司達はメルド率いる騎士団員数名と共にオルクス大迷宮の近くにある宿場町ホルアドに向かうことになった。オルクス大迷宮は新兵の訓練によく利用するらしく、ホルアドには王国直営の宿屋がある。誠司達はそこに宿泊することになっている。オルクス大迷宮に本格的に挑戦するのは明日からだ。

 

誠司はハジメと同室になった。誠司はベッドで横になっているのに対して、ハジメは図書館から借りて来た「魔獣図鑑」という本を読んでいた。ネマシュは誠司と一緒にベッドで横になっている。「数日一緒に過ごしてすっかり似てきたもんだ」とハジメは苦笑していた。ふと誠司がハジメに尋ねる。

 

「なぁ、ハジメ。お前、明日の訓練が怖いか?」

「え? 何? いきなり」

「いや…… ハジメはどう思ってんのかなーって思ってさ」

「まぁ、うん…… 正直、怖いかな……… だから気を紛らわせるためにこうして本を読んでるんだし」

「まぁ、それもそうか…… 他の奴らも同じ感じなんだろうか……」

「珍しいね。誠司がクラスメイトのことを気に掛けるなんてさ。いつもは全く興味を持たなくて名前すら覚えられない癖に」

「俺だってたまにはナイーブになることもあんだよ」

 

その時、扉を叩く音が聞こえた。今はもう深夜に当たる時間だ。誠司もハジメも警戒心を露にするが、続く声で警戒を解いた。白崎の声だったからだ。

 

誠司はベッドの上でウトウトしているネマシュを急いで壁に掛けてある自分の上着のポケットに仕舞い込み、ハジメはそれを確認すると扉を開けた。そこには白崎がいた。どうやらハジメと話したいことがあるらしい。なので、誠司は空気を読んで部屋を出ることにした。男女の逢瀬を邪魔する趣味は誠司には無い。ハジメは少し複雑そうな顔をしていたが。

 

もしかして白崎はハジメのことが好きなんだろうか? そういえば、召喚前にも何度かハジメのことで質問されたことがあった。最初は何かハジメの弱みでも握るつもりかと思って警戒していたが、どうも少し違ったようなので多少は態度を軟化させたが。当時は色々な奴と仲良くなろうとしている感じなのかと思っていた。

 

誠司は色々とそんなことを考えながら静かに散歩をする。そのため、憎悪に満ちた表情で誠司とハジメがいた部屋を睨み付けている人物に気付くことが出来なかった。

 

 

 

そして翌日、誠司達はオルクス大迷宮に潜っていた。ハジメに昨晩白崎と何を話していたのか聞いたが結局教えてくれなかった。ネマシュはポケットの中でぐっすり眠っていたため聞いていなかったらしい。少し気になるが、「まぁ良いか」と気持ちを切り替える。ハジメもその様子に少し安心したような表情を浮かべ、すぐに気を引き締める。

 

勇者達は前方の方でポケモンと戦っている。誠司とハジメは後ろの方で皆に付いて行くような形だ。時折、護衛役とも言える騎士達が弱ったポケモン(ラッタやコラッタ)を誠司やハジメの方に弾いてくれる。ポケモンを直接殺さないといけないのは嫌だが、ずっとポツンと見ているだけというのも精神的にきついので有り難かった。

 

誠司はラッタに心の中で謝罪しつつもネマシュのねむりごなをばら撒いて動きを鈍らせてトドメを刺し、ハジメは錬成を使って身動きを取れない状態にして確実にトドメを刺していく。近くで見ていた騎士達は感心したような表情を向けていた。だけどやっぱりポケモンを殺さないといけないというのは気分が悪かった。

 

訓練はしばらく続き、白崎が何か壁に埋まっている鉱石を見つけた。メルドがその鉱石の説明をする。どうやら、それはグランツ鉱石という宝石として使われるものらしい。しかし、何を思ったのか軽戦士がそれを取ろうとしたのだ。

 

「団長! トラップです!」

 

騎士の1人がメルドに警告を飛ばすがもう手遅れだった。軽戦士が鉱石が触れた瞬間、魔法陣が広がり部屋全体を覆ってしまった。メルドは急いで撤退を指示するが間に合わなかった。

 

そして、誠司達は次の瞬間には巨大な石造りの橋の上に転移してしまっていた。橋の下には何もなくただ暗闇が広がっている。もしも落ちたりすればそのまま御陀仏だろう。そして、考える間もなく、橋の両端にそれぞれポケモンが現れた。

 

一方は五十体はいるであろうガラガラの群れ。太い骨を得意げに振り回している。そして、もう一方には、通常よりも遥かに体が大きく目の血走ったバッフロンがいた。

 

 

 

 

その後のことは少し記憶が曖昧である。正確には怒涛の展開の連続だった上に夢中でやっていたためよく覚えていないのだ。

 

まず、パニックになったクラスメイト達はバッフロンはおろかガラガラにさえ殺されそうになっていた。だからこの状況を打開するために誠司やハジメがまず自分達の能力を使って囮になることを提案したのだ。その間に体制を立て直せばこの窮地を脱することが出来ると信じて。

 

不運なことにこのバッフロンは”そうしょく“という特性のせいで草属性の技が一切効かず、”ねむりごな“でも眠らなかった。だが、注意を逸らすくらいは出来る。ネマシュは他に”まもる“を使うことも出来たし誠司自身に魔獣攻撃耐性もあったため、多少の攻撃を防ぐくらいは出来たのだ。ハジメも錬成で足を封じるくらいは出来た。

 

メルドは渋ったものの、他に良い方法が浮かばなかったためその作戦に乗った。そして、その作戦通りに誠司が注意を逸らす。バッフロンは怒り狂って誠司に攻撃を仕掛けるが、誠司はネマシュに“まもる”を指示する。ポケットの中であってもちゃんと発動するようでしっかりと守ってくれた。その間にハジメが足を封じていく。ハジメが錬成し終えたのを確認すると誠司はハジメを連れて急いでその場から離脱する。

 

離脱を確認したメルドはすぐに遠距離で攻撃出来る者達に指示を送る。数多くの多種多様な魔法攻撃を放ってバッフロンを攻撃する中、火球という1つの魔法が急に軌道を変えて誠司とハジメの方に向かって飛んできたのだ。自分達を狙って撃ったことは明らかだった。

 

誠司は急いで躱そうとするが間に合わなかった。直撃して足元がフラついてしまう。それを見たハジメはすぐに誠司の手を引いて急いでクラスメイトの元へ向かおうとする。しかし、もう手遅れだった。攻撃を受けたバッフロンが最後の抵抗に()()攻撃を放ったのだ。それは今の誠司達にとっては不運とも言える技、”じだんだ“だった。さっきまで散々技を防いでいたため威力が倍になったこの攻撃は、ただでさえダメージが蓄積されてヒビが入っていた石橋に更に大きな亀裂を走らせる。

 

そして、石橋は完全に崩壊した。バッフロンはもちろん、誠司もハジメも近くにあったものも全て奈落の底の闇の中に吸い込まれていく。バッフロンの最後の攻撃によって誠司もハジメも道連れにされてしまったのだ。クラスメイト達や騎士達が絶望に満ちた表情でこちらを見ている。何か叫んでいるようだが、橋の崩れる音のせいか何も聞こえなかった。

 

誠司はふと天井を見上げる。誠司は落ちる際、仰向けの体勢を取った。せめて、ポケットにいるネマシュが少しでも助かるように。

 

 

誠司は静かに目を閉じた。まるで全てを諦めたかのように。脳裏にふと家族の顔が浮かんだ。




はい、誠司もハジメも奈落に落ちました。もう少し詳しく書こうと思ったのですが、個人的に奈落に落ちて以降を早く書きたかったので大分あっさりした感じになってしまいました…… すみません。


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奈落、そして新たな仲間

「……………シュ。…………シュシュ。…………マシュシュ!」

「う………うーーーーーん………」

 

誠司が薄らと目を開けると目の前には涙目になっているネマシュがいた。

 

「マシュシュ!」

ネマシュが飛び付き右肩に顔を埋める。肩越しからネマシュの嗚咽も少し聞こえてくる。随分と心配させたみたいだ。誠司はしばらくそのままにして頭を優しく撫でてやる。

 

 

ネマシュがひとしきり泣いて落ち着いた頃、誠司はネマシュに尋ねた。

 

「それにしても…… 随分な高さから落ちたはずなんだが…… 一体どうやって助かったんだ?」

「マシュ! マシュマー、マシュシュマシュ!」

 

ネマシュが身振りを混じえつつ説明する。どうやら、奈落に落ちた際にネマシュがギリギリの所で”まもる“を発動させたらしい。誠司はネマシュの頭を撫でながらお礼を言う。

 

「そうか…… ありがとう、助かったよ」

「マシュー。マ、マシュマッシュ……」

 

ネマシュが少し気まずそうに下に視線を向ける。ネマシュにつられて誠司も顔を動かして視線を下に向ける。そういえば、妙に下が柔らかかったような………

 

そこにはバッフロンがいた。もちろん、既に屍だったが。石の床に叩きつけられて内臓は破裂し、骨が変な方向から飛び出ていた。血が今も尚ドクドクと流れている。かなりショッキングな絵面だった。誠司達が落ちたのはバッフロンの背中部分だった。飛び出た骨が身体に突き刺さらなかったのは本当に幸いだった。服にも血は付いていない。

 

誠司は思わず起き上がった。その途端に身体全体に強烈な痛みが走る。無傷で済んだ訳ではなかったようだ。まぁ、五体満足で助かっただけ良いだろう。だが、まずはそんなことより………

 

誠司は急いでバッフロンから降りると、すぐに近くの岩に向かって嘔吐する。ネマシュは心配そうな顔をしている。

 

「はぁ…… 牛肉とか当分食べられなくなりそう…… 夢に出て来ないと良いんだが……… つまり、俺はネマシュの”まもる“とあのバッフロンがクッションになったことで助かったって訳か……」

「マシュ」

「そうか………」

 

しばらく誠司はバッフロンの屍を見ないようにしていると、ふと大事なことを思い出した。

 

「……そうだ…… ハジメ! ハジメはどうなったんだ!?」

 

誠司は自分達が落ちた周囲を見渡す。しかし、ハジメの姿はない。もしやと最悪の予想をする。

 

そう、バッフロンの下敷きになってしまったのではないかという予想だ。誠司は夢中でバッフロンを動かそうとする。しかし、百キロ以上はあるバッフロンの死骸を動かすのは容易ではない。せいぜい数センチ動かすのが精一杯だった。吐きそうになるのを必死に堪えながらバッフロンの死骸を数秒だけ持ち上げたりもした。恐らく火事場の馬鹿力というやつだろう。誠司がほんの少しだけ持ち上げた隙にネマシュに素早く確認を取ってもらったりしてやっとハジメはバッフロンの下敷きになっていないことが分かった。この時ほど安心したことは無かったと思う。

 

安心したと同時にまた吐き気がこみ上げて来たので急いで岩に戻った。嘔吐し終えると、誠司は考え始めた。

 

「それじゃ、ハジメは一体どこに……? 俺は運が良かったけどもしかしたらハジメはもう………」

 

もしかしたらもう既にハジメは別の場所で死んでいるのかもしれないという恐怖が襲う。その時、足元に何かが寄りかかる気配がした。振り返ると、ネマシュが誠司に寄り添っていた。

 

「マーシュ……」

「ネマシュ…… ありがとう。たしかに色々怖がってちゃ先に進めないよな。それにもしも死んでいるのならせめて何か遺品だけでも拾ってやらなきゃな………」

 

誠司はネマシュを抱き上げる。そして、振り返ると誠司は目を疑った。

 

なんとバッフロンの死骸が綺麗さっぱり無くなっていたのだ。バッフロンはちゃんと死んでいたので自分で動くはずはないし、何かがバッフロンの体を持って行ったような形跡も無い。消えたとしか思えなかった。

 

「どうなってんだ………」

「マシュ………」

 

誠司はまるで狐につままれたような気分だった。ネマシュも同様だったのか呆然としていた。

 

 

 

それからしばらく誠司達はマッピングしながら歩き続けた。途中グラエナの群れに遭遇し追いかけ回されたり、ギガイアスに襲われたりもしたが、なんとか生きていた。しかし、妙な違和感があった。やけにポケモンに見つかるのだ。鼻が効きそうなグラエナとかならまだ分かるがギガイアスには明らかに鼻はない。音も出ないようにずっと注意を払っていた。

 

念のため自分のステータスプレートを確認するが、特に問題は無かった。まさかと思い、魔獣図鑑の技能を使ってネマシュをもっと詳しく調べてみた。すると、原因が分かった。

 

このネマシュの特性は”はっこう“というものだった。この特性は他のポケモンを引き寄せる効果があるらしい。道理でポケモン達によく襲われるわけだ。

 

「だからか………」

「マシュ……」

 

誠司は脱力した。ネマシュが申し訳なさそうにする。それに気付いた誠司はすぐにネマシュを励ました。

 

「そんな顔するな。お前には助けられている所も多いんだから」

 

一応原因が分かったのだ。まだ対策は取れる。

 

それから一層、誠司達は警戒を強めて進むことになった。幸い、ネマシュもポケモンだ。相手を無力化させる技は使える。襲われそうになったら片っ端から”ねむりごな“を使って眠らせていった。途中、相手を混乱させる”あやしいひかり“という技も新しく覚えた。

 

 

 

「こんな所に川があるのか……」

 

誠司達は水の流れる音が聞こえたのでその音がする方向に向かった所、川があった。ひとまず助かった。歩き通しで喉がカラカラだったからだ。誠司は川の水をすくうと口に入れた。すごく美味しかった。ネマシュも水を飲む。喉を潤したことで今度はお腹が鳴った。

 

「そういえば、何も食ってないもんな……」

 

誠司が思わずそう呟く。近くは岩ばかりで食べるものなんて無い。すると、ネマシュが近寄って来て頭のカサを見せてきた。

 

「ん? 何だ?」

 

その時、誠司は以前知ったネマシュの説明を思い出した。

 

「そうだ…… ネマシュの頭のカサって食べられるんだよな…… 確か食べられても一晩で再生するんだっけか?」

「マシュ」

「そうか…… それなら………」

 

誠司は恐る恐るネマシュの頭のカサを少しちぎり、口に放り込んだ。碌に味付けもされていないが、悪くない。ちゃんと調理出来ればきっと凄く美味しかっただろう。次にネマシュはかふんだんごを作り、それを誠司に渡した。誠司は試しにかじってみる。コレは美味くも不味くもない味、無だった。だが、こんな時に贅沢など言ってられない。

 

そんな時、川から何か声が聞こえてきた。

 

「ゴロゴロ」

 

青い何かが顔を出した。青い体にオレンジ色の頬、つぶらな瞳をした可愛らしい子だった。

 

「ん? 確かこいつは……」

 

すると、またいつものように頭の中に情報が入って来る。今まで何度もやられてきたせいかもう慣れたものだ。

 

「……そうだ。ミズゴロウだ。確か水属性の子だったな」

 

ミズゴロウは川から上がると、誠司やネマシュに興味があるのか近寄って来た。さっきまでのポケモン達と違って随分人懐っこい子のようだ。

 

「ゴーロゴロ?」

「ん? ああ。俺達はここに迷い込んだんだ。出口知らないか?」

 

ミズゴロウが尋ねる。慣れてきたのか技能がだいぶ強化されてきたのかポケモンが何を言っているのか大体分かるようになってきていた。

 

「ゴロ…… ゴロゴロ………」

 

ミズゴロウは首を横に振る。知らないらしい。どうやらこのミズゴロウ、元々は上の階層で暮らしていたらしいのだが、川に流されてここまで流れ着いてしまったらしい。そして、戻ることも出来なかったので以来ここでひっそりと暮らしているそうだ。

 

「そうか…… まぁそんなこともあるわな」

「マシュマシュ」

「じゃあ、俺達はそろそろ行くよ。住処でお昼休憩して悪かったな」

 

そう言って誠司はネマシュと一緒に出発した。しかし……………

 

「マシュマー」

「ああ。なんかあのミズゴロウ、俺達に付いて来てるな」

 

何故かミズゴロウも誠司達の後を付いて来たのだ。誠司達が振り返るとすぐに岩陰に隠れ、前を向いて歩き始めるとミズゴロウもこっそり付いて来る。流石に鬱陶しくなってきたので誠司がミズゴロウに尋ねた。

 

「おい、どうしたんだ? ずっと俺達に付いて来て……」

「ゴロ。ゴロゴロッ!」

「……! もしかしてお前、俺達と一緒に行きたいのか?」

「ゴロ!」

「そうか…… それなら一緒に行くか。少しでも戦力があった方が良いしな。ネマシュはどう思う?」

「マシュ!」

 

誠司が尋ねるとネマシュも頷いた。ネマシュも賛成のようだ。誠司はミズゴロウに呼び掛けた。

 

「来いよ、ミズゴロウ!」

「ゴロ! ゴロロッ!」

 

ミズゴロウは嬉しそうに誠司に駆け寄った。

 

 

こうして、奈落に落ちたものの早速新しいポケモンを仲間にすることが出来た誠司であった。




誠司の二体目、ミズゴロウゲットです。次回にハジメと再会します。


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変貌した親友

ハジメと再会です。色々原作と大幅に変わってしまう所が出て来ます。


ミズゴロウを仲間に加えた誠司はハジメを探すため、階層の出口を探すために奔走することになった。

 

「しっかし…… ハジメはいないのか………?」

「マシュ」

「ゴロ?」

 

ミズゴロウはハジメを知らないため首を傾げる。なので誠司はハジメのことを簡単に説明した。すると、ミズゴロウはすごい情報を知っていた。

 

「ゴロ? ゴロロゴロ」

「……え? 随分前に俺と似たような姿をした奴を川の近くで見た?」

 

身振り手振りでミズゴロウが言うには誠司達が来る随分前に川の方で誰かが倒れていたそうだ。そして起き上がり、どこかへ行ってしまったのだそう。随分怯えた感じだったと言う。

 

「それってもしかして……… おい、そいつが倒れていた所ってどこだ!? 案内してくれ!!」

 

 

ミズゴロウの案内でその場所に行ってみたところ、そこは浅く、流れが比較的緩やかな所だった。また、近くには魔法陣の跡が残っていた。間違いなく人間の仕業である。

 

「ここをしばらく散策してみるか……」

 

誠司達はその場所を中心にあちこちを探し回る。だが、時間もある程度経っているためか先程の魔法陣以外に有力な手掛かりは見つけられずにいた。

 

「ぐぅあああっ。ひぃぐがあぁぁ!! あがぁぁぁぁ!!」

 

そんな時だった。聞くに耐えない絶叫が響き渡った。聞くだけでこちらの正気度が削られるような苦痛に満ちたものだった。だが、その声は誠司にとって聞き覚えのあるものだった。ネマシュも気付いたのか顔を強張らせる。

 

「………!? ハジメか!? 行くぞ、お前ら!」

 

誠司達は急いでその声がする方へ駆け出した。途中、誠司と同様に声に誘われたのか他のポケモンに遭遇することがあったが、ネマシュが手早く“ねむりごな”で眠らせる。しかし、走っても走っても距離があるのかなかなか声のする方に辿り着けない。

 

(無事でいてくれ……)

 

走りながら誠司はただひたすらに祈ることしか出来なかった。

 

そして、やっとのことで駆け付けた時、そこには誠司の親友であるハジメがいた。だが、誠司が知っているハジメの姿とは色々と異なっていた。

 

まず目に付くのは髪だ。髪の色は黒から白へと変色しており、相当なストレスによるものだということが一目で分かる。更に髪が伸びていた。もう肩にまで届くくらいの長さだ。

次に顔や腕には薄らと赤黒い線が数本走っている。最後に身体だった。身長はそこまで大きく変化こそしていないものの身体全体に筋肉が付き、無駄な筋肉はなく引き締まっている印象を与える。

 

親友である誠司ですら一瞬、目の前の人物が本当にハジメなのか疑ってしまう程だった。もっとも顔の造形や雰囲気は全く変わっていないのですぐ分かったが。

 

ハジメも誠司達のことに気が付いたのか苦しみで顔を歪ませながらも一瞬、目を見開く。

 

「ぐぅがあぁぁ…… せ……い…………じ…………………」

 

ハジメは息も絶え絶えになりつつも、やがて激痛が治ったのか最後に誠司の名前を呟いて倒れ込んだ。誠司が慌ててハジメを受け止めて支えた。その時、胸の部分に弾力を感じた。だが、すぐに気のせいだと思うことにしてハジメを横にして目が覚めるまで安静にさせる。どうやらただ気絶しているだけのようだ。すかさず誠司はネマシュとミズゴロウに指示を出した。

 

「ネマシュはポケモンが襲って来たら“ねむりごな”で眠らせてくれ。ミズゴロウはヒレで空気の流れを感じ取って警戒を頼む」

 

ミズゴロウのことは先程、魔獣図鑑で分かった。ヒ二レで水や空気の流れを感じ取ることが出来るそうなのでそれを利用させてもらう。誠司の指示に二体とも頷くと、言われた通りに周囲を警戒し始める。

 

冷静になった誠司は改めて周囲を見渡すと、ハジメがいた所にはポケモンの死骸があった。ピンク色のポケモンだった。タブンネである。

 

「ヒ、ヒバ……」

 

その時、一体のポケモンが寄って来た。ネマシュとミズゴロウが咄嗟に攻撃の体制を取るが、誠司が制する。ドタバタしてて忘れていたが、さっきからハジメの近くにいた子だ。敵意も全く感じられなかった。ただハジメを心配していることだけは分かった。

 

誠司はこのポケモンに見覚えがあった。高二になってから夢で出て来たポケモンだ。確か名前は……

 

「ヒバニー……か」

 

 

 

「う……うーーーん………」

「ヒバ!」

 

しばらくすると、ハジメが目を覚ました。それに気が付いたヒバニーがハジメに駆け寄り、抱きつく。誠司がハジメに声を掛ける。

 

「よぉ。大丈夫か?」

「大丈夫……じゃない…… 誠司………だよね?」

「ああ。ハジメの親友、中西誠司だ。もっと俺達しか知らないことを色々言おうか?」

「ううん、良い。良かった………生きてて………」

「それはこっちの台詞だ。あちこち探し回る羽目になった」

「あははは……」

 

誠司の言葉にハジメが苦笑する。ハジメはなんとか起き上がり、近くの壁にもたれ掛かった。そして、今までに何があったのかを話し始めた。

 

奈落に落ちた時に滝のように流れる水に流されたらしく無傷だったこと、川から出てすぐにヒバニーと出会い仲良くなったこと、それからヒバニーと一緒にあちこちを散策したこと、色々なポケモンに追いかけられたこと、そして空腹に勝てず丁度近くにあったタブンネの死骸を食べたこと。どうやら誠司と違うところでは随分と冒険をしていたようだ。

 

「だが、ポケモンの肉はごく一部を除いて猛毒のはずだが…… どうして死なずに済んだんだ?」

 

ポケモンの肉というものは基本猛毒である。ネマシュのような例外も中にはあるが、それはほんの一部である。食べた者は無残な状態で死ぬと言われている。

 

ハジメは指で示した。誠司も目を向けると、そこにはバスケットボール程の大きさの石があった。石からは水が滲み出ていた。

 

「あの水にはものすごく強い回復効果があってね…… ポケモンの肉を食べつつあれを流し込んだんだ」

 

ハジメが言うにはあの石は元々はタブンネの死骸から少し先の洞窟の中にあったらしい。洞窟を探っているとその石があったそうだ。それを飲むと疲れ等も回復したらしい。それでもしかしたらという賭けもあってあのタブンネの肉を喰らったようだ。

 

「なるほどな。まぁ、とりあえずは……だ」

「痛っ!」

 

誠司はハジメにデコピンを食らわせた。割と本気で。

 

「ったく。心配掛けんなよ。俺がどんだけお前のことを必死に探したと思ってんだ。死んでたらどうしようと何度思ったことか………」

「う、うん…… ごめん。僕もずっと君を探してたから気持ちは分かるよ。それで……誠司の方はどうだったの?」

 

今度は誠司がハジメに話す番だった。誠司はハジメに奈落に落ちてからのことを聞かせた。ネマシュの頭のカサやかふんだんごで飢えを凌いだと聞いた時は不満そうな顔をしていたが。

 

そして、ハジメに新しく仲間になったミズゴロウを紹介した。ハジメは優しくミズゴロウを撫でる。ミズゴロウも顔をすり合わせる。どうやらミズゴロウもハジメを気に入ったようだ。ちなみにネマシュとヒバニーは向こうで戯れあっていた。いつの間にかすっかり仲良しになっていた。

 

 

「それはそうと、ステータスとかどうなったんだ?」

「あ……そう言えば……」

 

ハジメは懐からステータスプレートを取り出した。

 

(あれ? やっぱり心なしか胸の部分に膨らみがあるような……)

 

誠司はそう違和感を感じていた。その時「うわっ! 何これ?」という声が聞こえたので誠司もハジメのステータスプレートを覗き込む。すると、ステータスが色々と様変わりしていることが分かった。

 

レベルや各ステータスが軒並み上昇しており、いくつか技能も増えていた。増えた技能には『胃酸強化』や『魔力操作』、『癒しの心』という見たことのない技能があった。

 

「この癒しの心ってのは?」

「えっと……なになに……… 『相手を治癒させることが出来る』だって」

「つまり……回復魔法みたいなのが使えるってことか……?」

「うーーん…… どうだろ………」

 

試しにネマシュにその技能を使ってもらうことにした。すると、ネマシュの頭のカサがみるみるうちに再生し、元気が出たようにぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねている。

 

「すごいな。つまり今のハジメは錬成師であり治癒師でもあるってわけか」

「うん、それにこの水があったら下の階層でも十分やっていけそうだね」

「そうだな。それに俺達にはポケモン(コイツら)もいる」

 

誠司とハジメはお互いに相手を見やるとニヤリと笑った。

 

 

ここから誠司とハジメの()()()大迷宮攻略が始まる。




ハジメの相棒はヒバニーです。ありふれ短編集の一つにハジメが奈落で1匹の蹴りウサギを相棒にして共に旅に出る(という夢を見た)お話があったのでハジメの相棒はウサギ系のポケモンと決めていました。ヒバニーって蹴り技を色々使えるのでピッタリだし。

原作と違い、ハジメはタブンネを食べたことで回復魔法が使えるようになってしまいました。タブンネの力を色々取り込んだことで身体の回復力も高くなっています。また、レベルが爆上がりしたことでステータスも根こそぎ跳ね上がりました(タブンネは経験値の量が多い)。


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オルクス大迷宮攻略

今回は割とダイジェスト寄りになっています。


誠司とハジメは早速この階層の出口を探すが、下へ通じる階段こそあったものの結局上階に通じる道は見つからなかった。ハジメの錬成で上に穴を開けるということも考えたが、一定の範囲からは錬成が出来なくなるらしい。どうやらそういったルールの抜け穴は想定済みのようだ。ばっちり対策が取られている。

 

「仕方ない。ここを降りていくしか道は無さそうだな」

「そうだね。まぁ何が相手でも簡単にやられるつもりは無いけど」

「へぇ…… 随分強気になったな」

「強気というか腹を括ってるだけだよ。さぁ、早く行こう。もうこの階層に用はないし」

「だな…… 行くぞ、皆」

 

誠司の言葉にポケモン達も頷いた。彼らも誠司達と同じ気持ちのようだ。誠司達は階段を降りて行く。

 

階段は遥か上にある上層と違って整備が全くされておらず凹凸の坂道という表現が正しい感じだ。だが、不思議なことに階段の横には何故か凹凸の無い坂があった。まるでスロープ付きの階段のようだ。上層ではそんなものは無かったのに。

 

ミズゴロウやヒバニーはそっちの方が歩きやすいのか坂の方を歩いている。ネマシュはいつも通り上着のポケットに入ってもらっている。ネマシュもこっちの方が安心するようだ。

 

そして、階段を降り終えるとそこには真っ暗な空間が広がっていた。誠司達が知る今までの階層にはある程度の光源があったが、この階層にはそういったものが一切無いのだ。誠司はポケットからネマシュを取り出す。ネマシュは特性もあって明かりにはもってこいである。肩に乗ってもらって周囲を照らしてもらう。ハジメが少し心配そうに尋ねる。

 

「でも大丈夫かな? 暗闇で明かりなんて命取りな気がするけど……」

「仕方ないだろ。こんな真っ暗闇のまま行く方が命取りだ。だが、最大限の注意はしておかないとな」

 

その時、何かが這い寄る気配を感じた。しかも複数だ。気配に真っ先に気が付いたヒバニーが近くの小石を蹴った。すると、その気配の犯人は小石の方に集まって行った。その隙にハジメが攻撃を仕掛ける。

 

「錬成!」

 

錬成によって動きを封じることに成功したようだ。ネマシュの明かりで正体を確認する。黒と紫のトカゲのようなポケモンが複数地面に足を取られてもがいていた。そのうちの一体は体が大きい。

 

「コイツらは……」

 

頭に情報が入ってくる。ヤトウモリとそのボス、エンニュートだった。エンニュートは口から毒ガスを吐き出そうとする。急いでネマシュに指示を出した。こんな場所で毒ガスなんて出されたらおしまいだ。

 

「皆、目をつぶってろ! ネマシュ、”あやしいひかり“だ!」

「マーシュッ!!」

「ミズゴロウは”みずでっぽう“!」

「ゴーロッ!!」

 

ネマシュとミズゴロウの攻撃でエンニュート達は目を回して気絶した。その隙に誠司達は急いで駆け出した。

 

誠司達はネマシュのカサや”かふんだんご“、神水(ハジメは最初ポーションと呼んでいたが今ではこの名前で呼ぶようになっている)で腹を満たす。ネマシュは倒したポケモンに”すいとる“で体力を吸い取って回復している。全員分に分けているため正直満腹にはならないが、何も食べないよりはマシだ。ポケモンの肉を食う手もあるが、誠司もハジメもやりたくは無かった。誠司としてはポケモンを食べることに気は引けたし、ハジメとしてもステータス強化や能力獲得のメリットがあったとしてもあんな苦しい思いはもう御免だった。

 

この時からハジメは何か武器を作れないか模索するようになった。先程の階層でいくつかの鉱石を持って来ていたのでそれを試していく。鉱石が尽きれば、その階層の鉱石を使って試すの繰り返しだ。誠司が気になって何を作っているのか尋ねたことはあったが、結局教えてくれなかった。ただ、完成したら見せると言うだけだった。

 

 

誠司達は更に奥へと突き進んで行く。沼地の階層では悪臭の霧(可燃性でないのが不幸中の幸いだった)で覆われた場所でガマゲロゲとガーメイルと死闘を繰り広げることになった。ガマゲロゲの攻撃は強力だが、隙も大きいのでネマシュの“すいとる”や“エナジーボール”で何とか倒すことが出来た。

 

そして、新しく“メガドレイン”を覚えたのは大きかった。一方でガーメイルはハジメとヒバニーが倒した。あちらも新しく“ブレイズキック”という技を覚えたらしくハジメとヒバニーは大喜びだった。

 

 

他にも辺り一面砂で覆われた階層ではフカマルの群れと戦うことになったりもした。暑い気候の中、辺り一面砂だらけなので歩くだけで体力を持っていかれる。その上、砂の中からいきなりフカマルが飛び掛かって来るため気が休まることはない。

 

ヒバニーでは相性が悪い上にフカマル達の特性は“さめはだ”という触るとダメージを受けるものだったため、ミズゴロウとネマシュが主に戦った。ミズゴロウは小さい見た目によらず意外と技の威力が高いので心強い。途中、フカマルの進化系であるガバイトが襲って来たりもした。素早く動くため苦戦したが、ネマシュが新しく“キノコのほうし”を覚えて眠らせることが出来た。その隙に階段を降りて脱出した。

 

どうやらこの“キノコのほうし”という技は吸い込むことで効果を発揮する”ねむりごな“と違って、胞子に触れるだけで相手を眠らせることが可能なようだ。誠司も試しに胞子に触ってみたら強い眠気に襲われた。ネマシュがどんどん強くなっており、本人もそれを分かって来ているのか自信満々だ。

 

 

そしてまたある階層では密林地帯だった。ものすごく蒸し暑く、今までの階層の中でも特に不快な場所だった。階層の中をある程度進むとその不快な程の蒸し暑さの原因が分かった。マルヤクデとオニシズクモがいたからだ。しかも、どちらも通常のものよりも遥かにサイズが大きい。これには流石の誠司も恐怖を感じた程だった。ハジメなんかは鳥肌が立っていた。

 

どうやらこの二体、滅茶苦茶仲が険悪らしく誠司達そっちのけで喧嘩をしている。例えばマルヤクデが炎技を使おうとすればオニシズクモが水技を使い、オニシズクモが“あまごい”で雨を降らせればマルヤクデが“にほんばれ”で晴れさせるといった具合だ。

 

そうやってお互いに足を引っ張り合うことでこの非常に蒸し暑い環境を作り出しているようだ。まぁ、そんな調子なのでデカい図体とは裏腹にあっさり戦闘不能にすることは出来た。連携の大切さがよく分かる戦いだった。

 

だが、この蒸し暑さはこの密林にとっては良かったらしく、木の実が大量に実っている木があちこちにあった。この事実は誠司達にとって不快さを吹き飛ばすには十分だった。なにせ久しぶりのまともな食料だ。寧ろこの階層が一番良い所なのではないかと思ってしまった程だ。皆、夢中になって木の実に齧り付いた。

 

誠司とハジメ、ポケモン達は奈落に落ちてから初めて満腹という感覚を味わうことが出来た。そして、しばらく経って誠司達はいくつか木の実を持ち、名残惜しさを感じつつも次の階層の階段を降りて行った。

 

 

ちなみに、ハジメは長い髪が鬱陶しかったのかこの階層に生えていたツタを千切って髪を結んでいた。よく似合っていて一瞬だがハジメが男であることを忘れそうになったのは秘密だ。暑さで頭がやられたのだと思いたい。




昨日、ポケモンSVの新情報が出てきて今からもう楽しみになってます。第9世代のポケモンを出したいけどまだ細かい設定とか分からんからなぁ……


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臆病なケンタロスと双子のイーブイ

今回でユエが出て来ると思った人も多いかもしれませんが、残念、まだ出ません。次回から出てきます。


次に誠司達が来たのは草原が広がる階層だった。気候も丁度良いくらいだ。なんとものどかな場所だった。

 

「へぇ。ずっと地獄みたいな環境の階層ばっかりだったけどこんな所もあったんだな」

「ホントだ。なんか意外……」

 

ここが大迷宮でなければ呑気に昼寝でも洒落込んでいたかもしれない。しかし、ドドドドッと言う音がのどかな雰囲気をぶち壊す。二人は後ろをゆっくり振り返る。

 

「……………」

「……………」

「……まぁ、こうなるわな」

「だね。そんなに甘くないか」

「よし。それじゃあ………」

「逃げるぞ!!」「逃げよう!!」

 

誠司とハジメはそれぞれ自分のポケモンを抱えて同時に走った。その少し後ろには雄牛のようなポケモンの群れが走っている。ケンタロスだ。ケンタロス達は誠司達を縄張りに入った敵だと認識しているようだ。そういえば、この辺りは他のポケモンが全然見当たらない。

 

なんとかケンタロス達を撒くと、誠司とハジメは座り込む。誠司は額の汗を拭う。

 

「くそ…… あんなにケンタロス達がいると厄介だな……」

「うん。あの数を相手は流石にキツい…… 姿を隠しつつ進むしか無さそうだね。少なくともケンタロス達の縄張りを抜けるまでは」

「ああ。そうだな」

 

誠司達は用心しながら、木の影や茂みに隠れたりして進むことにした。そのせいで思うようには進まないが、また追い回されるよりはマシだ。数が多い時はネマシュの“キノコのほうし”で眠らせたりする。そして、やっとのことでケンタロス達の縄張りらしき所を抜けることが出来た。

 

「やっと抜けられた………」

「ああ。助かった……」

 

木の近くでハジメは緊張の糸が切れたのか座り込み、誠司も釣られて座り込んだ。疲労がどっと来たらしく眠くなってくる。何が起こるか分からない大迷宮で眠りこけたらどうなるか分からない。だが、瞼はどんどん重くなっていく。隣のハジメやヒバニーは既にスヤスヤと眠っている。ネマシュやミズゴロウもだ。こんな時に眠気を助長する気持ちの良い日差しや風が憎く思える。誠司も睡魔には勝てずに目を閉じた。

 

 

それからどれくらい時間が経っただろうか。誠司は荒い鼻息の音で目が覚めた。そして、目の前には今まで見たものよりもずっと体の大きいケンタロスがそこにはいた。

 

「う、うわああぁぁぁっ!!」

「ブモオォォォ!!」

 

お互い後ろに下がる。その声で他の皆も目を覚ました。

 

「うーん……誠司、どうしたの……ってケンタロス!? なんでここに!?」

「マシュ!」「ゴロ!」「ヒバ!」

 

ポケモン達もすぐに攻撃体制に入る。しかし、当のケンタロスは………

 

「モオオォォーー……」

 

ジリジリと後ろに下がっている。完全に逃げ腰だった。そして、すぐに逃げ出してしまった。残された誠司達はポカンとしていた。

 

「なんだったの、アレ……」

「ケンタロスにも色々な奴がいるみたいだな」

 

どうやらあのケンタロスは他のと比べると随分と臆病な性格のようだ。せっかく体が大きくて体格も恵まれているのに勿体ないと思う誠司だった。

 

 

それからしばらく誠司達は次の階層へ続く階段を探して探索をしていると、五つの丸い物体を発見した。物体にはオレンジの斑点がまだらにある。

 

「ほぉ、コレは珍しいな。ポケモンのタマゴだ」

「ポケモンの? 何のポケモン?」

「それはまだ分からないな。生まれてからじゃないと」

「へぇ…… 親はいないのかな?」

「多分近くにいるんだろ。あまり近づきすぎない方が良い」

「そうだね。親が怒って襲ってくるかもしれないし」

 

地球でも鳥の雛が巣から落ちていたら迂闊に触らない方が良い。それはこの世界でも同じことだろう。誠司達はタマゴを遠くから眺めながらその場を離れた。そして、マッピングを続けた。

 

「うーん………あそこは行き止まりだったね」

「ああ、次は向こうを探してみるか。………ん?」

 

マッピングを終えてもと来た道を戻る最中、騒がしいのに気付いた。何やら喧嘩のようだ。しかも、あのタマゴがあった場所だ。何かあったのか確認するためにそこに向かうと、ポケモン達のバトルが始まっていた。いや、バトルというよりも一方的なものだった。

 

一方は紫色の体をした蛇のようなポケモン、アーボだ。それも三体もいる。毒のある牙で容赦なく噛みつこうとする。そして、もう一方はなんと先程の臆病なケンタロスだった。ケンタロスは後ろのものに気を取られて思うように戦えない状態だったようだ。まるで何かを必死に守ろうとしているようだ。まともに動けないケンタロスをアーボ達が攻撃を仕掛ける。ケンタロスは遂に足がよろめいてしまう。

 

仕方ないので誠司達も加勢することにした。ポケモン達の攻撃で追い払う。すぐにケンタロスの様子を確認すると傷は多いものの毒を受けたりはしていなかった。

 

「ブモォォ……」

「しかし、危なかったな。お前は一体何を守ってたんだ?」

 

ケンタロスは体をどかした。そこには先程のポケモンのタマゴがあった。しかし、先程は五つもあったのに今はたった二つしか無かった。その事実にハジメは少しショックを受けた表情を浮かべる。誠司も顔を顰める。

 

「そうか…… 残りの三つはもう………」

 

そういえば、心なしか先程のアーボ達は太っていて動きも若干鈍かったような気がする。つまりそういうことだろう。自然の摂理とは言え、悲しいことである。

 

「お前はこのタマゴの親だったのか?」

 

誠司が尋ねるとケンタロスは首を横に振った。どうやらこのケンタロス、タマゴがアーボに食べられている所を目撃しタマゴを助けようとしてあのような状態になっていたようだ。

 

「なんて言うか…… お前、随分優しい奴なんだな。見ず知らずのタマゴのためにここまで体を張れるなんて」

「うん…… 凄いよ。ごめんね、さっきは攻撃しようとして」

 

ハジメがケンタロスに謝罪する。ヒバニーやミズゴロウ、ネマシュも同じ気持ちらしく、同様に謝罪した。その時、タマゴが大きく揺れ動き、光を放ち始めた。

 

「うわ! 何が起きてるの!?」

「コレは…… タマゴが孵ろうとしてるんだな」

「そうなの!? うわ、どんどん光が強く………」

 

二つのタマゴが殆ど同時に割れて中から茶色と薄茶色の体毛に長めの耳、首周りの白い毛が特徴の可愛らしいポケモンが二体飛び出して来た。二体とも同じ姿をしているが、それぞれ尻尾の先の模様が少し違う。

 

「「イブ!」」

「うわぁ…… 可愛い!! これは……」

「ああ、コイツらは…………イーブイだ」

 

誠司もよく知っているポケモンだ。散々夢でも色々な場面で出てきた。可愛いので誠司も割とすぐに名前を覚えた。

 

「だけどまさか…… こんな所でイーブイに会えるとは思わなかったな」

 

誠司は思わずそう呟いた。

 

 

そして、また誠司達はマッピングを再開した。しかし………

 

「………それでなんでお前らも付いて来てるんだよ……」

 

誠司達の後ろに何故か当然のようにケンタロスと双子のイーブイが付いてきているのだ。どうもあの三体から懐かれてしまったらしい。ハジメが笑いながら言う。

 

「なんか、僕達の旅も段々賑やかになってきたね」

「俺とハジメ以外はもれなく人外だけどな」

 

 

それからマッピングを続け、ようやく次の階層への階段らしきものを見つけた。だが、素直に通してはくれないらしい。ドドドドッという足音が聞こえてきたからだ。どうやら、ここもケンタロスの群れの縄張りに当たる場所らしい。誠司達はあっという間にケンタロスの群れに囲まれてしまった。

 

突如、群れのボスに当たるケンタロスが前に進み出た。そして、誠司達と一緒にいるケンタロスを見ると烈火の如く怒り狂った。その様子にケンタロスはすっかり怯えてしまっている。ボスが言うにはあのケンタロスは元々はそこの群れの一員だったのだが、あまりにも臆病な性格のため群れから追放されてしまったらしい。その追放された者が縄張りに入って来たのだ。怒り狂うのも無理はない。

 

ボスのケンタロスは誠司達に攻撃を仕掛けて来た。まるで、ここを通り抜けたければ俺を倒してみせろと言わんばかりだ。

 

「仕方ない。あの階段を抜けるためだ! 戦うぞ!」

「うん!」

 

ポケモン達も戦う気満々だ。イーブイ達も張り切っている。

 

「ちょっと待て。お前らは駄目だ。まだ早い。そこでケンタロスと一緒に大人しくしててくれ」

 

誠司が急いでイーブイ達を抱き上げるとケンタロスに引き渡した。ケンタロスも戦いたくないらしい。まぁ、無理もない。なので強要はしなかった。イーブイ達は不満げな顔をしている。だが、生まれたばかりの子がまともにあのボスのケンタロスに太刀打ち出来る訳がない。

 

「よし! ネマシュは“エナジーボール”、ミズゴロウは“いわくだき”だ!」

「マシュ!」「ゴロ!」

「ヒバニーは“にどげり”!」

「ヒバ!」

 

ポケモン達がボスのケンタロスに同時に攻撃を仕掛ける。だが、あまり効いていないようだ。ミズゴロウやヒバニーの攻撃は効果抜群のはずなのに。ボスのケンタロスは“とっしん”でネマシュ達を吹き飛ばした。なんとか倒れずに済んだが、ダメージはデカい。

 

「くそ…… ここまで強いとはな……」

「どうしよう…… まだアレは完成していないし……

 

その時、2つの影が前に現れた。

 

「イーブ!」「ブイブイ!」

「な!? イーブイ! よせ! お前らじゃ……」

 

誠司の制止も聞かずにイーブイ達はボスのケンタロスに“たいあたり”をする。だが、当然全くダメージが無い。寧ろボスのケンタロスの怒りを買っただけのようだ。イーブイを振り払うと、二体に向けて大技をぶつけようとして来た。“すてみタックル”だ。まだ生まれたてのイーブイ達がこんな技を受ければひとたまりもない。誠司は急いでネマシュに指示を出した。

 

「まずい! ネマシュ、“まもる”だ!」

「マシュマ!」

 

ネマシュが急いでイーブイ達の前に出て“まもる”を展開した。しかし、“すてみタックル”の威力が高すぎて“まもる”で防ぎ切ることが出来なかった。結果、ネマシュとイーブイ達は吹っ飛ばされてしまった。咄嗟に誠司とハジメがなんとか受け止めて事なきを得る。

 

その時、後ろから凄まじい怒りの声が上がった。後ろを見ると、先程まで怯えていたはずのケンタロスが初めて激しい怒りの表情を見せていた。

 

 

ケンタロスは怒っていた。ボスのケンタロスに……だけではない。まだ生まれたばかりのイーブイ達ですら勇気を出して戦おうとしたのに何も出来ず震えることしか出来ない無力な自分に怒りを感じたのだ。

 

自分は臆病な性格だ。そのせいで群れの仲間からいつも馬鹿にされていた。そして、最後には群れからも追い出された。ケンタロスはそんな自分が嫌だった。だが………

 

「お前、随分優しい奴なんだな」

 

先程、自分を認めてくれる者がいた。その者達が、自分が守ろうとしたイーブイ達が戦っているのだ。自分も勇気を出さないでどうする。ボスは強いし怖い。だが、ここで立ち向かわないとずっと後悔し続けるだろう。ケンタロスは勇気を振り絞って雄叫びを上げた。

 

 

ケンタロスがボスに向かって“とっしん”をした。しかし、ボスにはあまり効いていない。ボスが攻撃を仕掛けて来た。誠司が指示を出す。

 

「ケンタロス! 躱すんだ!」

 

ケンタロスは誠司の指示に従ってすぐに躱すが、ボスがまた攻撃に入った。今度は命中してしまい、ケンタロスはよろめく。しかも急所のようだ。

 

「負けるな、ケンタロス! “リベンジ”だ!」

「ブモオオォォ!!」

 

ケンタロスは渾身の“リベンジ”をボスにぶつける。ダメージが大きいようでフラフラとよろめく。この時、誠司は気付いていなかったが、このケンタロスの特性は“いかりのつぼ”という急所に当たると攻撃力が最大まで上がるものだった。そのため大ダメージを与えることが出来たのだ。ボスは再び攻撃を仕掛けようとするが、そうは問屋が下さない。

 

「させるか…… ケンタロス、“10まんばりき”!」

 

ケンタロスは持てる全ての力でボスを吹っ飛ばした。ボスは気絶してしまった。周囲はざわめいたが、戦いを挑む者はいない。やがて、気絶したボスを連れて群れは去って行った。

 

戦いを終えたケンタロスは力が抜けたのか座り込んだ。誠司もハジメもケンタロスがここまで強かったことに驚いた。ネマシュ達も同様のようだ。イーブイ達は目をキラキラさせていたが。誠司はケンタロスに近寄り、声を掛けた。

 

「お疲れ様。ケンタロス」

「モオォォォ……」

「凄かったぞ。なぁ…… お前さえ良かったら俺達と一緒に来てくれないか?」

「モォ?」

「ああ。俺達はこの大迷宮を降り続けているんだ。色々と強い奴がいる。でも俺達は行かないといけないんだ。だからお前の力を貸して欲しい。無理にとは言わないが、協力してくれると俺達も嬉しい」

 

誠司がそう頼むとケンタロスは頷いた。どうやらOKのようだ。というかまだ仲間じゃなかったことに少しショックを覚えているようだった。なんか申し訳ない………

 

もちろん、イーブイ達も仲間に加わった。オスのイーブイは誠司の、メスのイーブイはハジメの仲間になった。ネマシュやミズゴロウ、ヒバニーは仲間が一気に増えて嬉しそうだ。




誠司はケンタロスとイーブイ♂、ハジメはイーブイ♀をゲットしました。


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パンドラの箱

やっとユエ登場です。


ケンタロスと双子のイーブイを仲間に加えて、誠司達は更に階層を突き進んで行く。誠司とハジメ、ポケモン達はケンタロスに乗って爆走して行った。流石に重すぎないか心配したが、大柄な上に力も強く、“かいりき”という技も覚えていたため特に問題が無かった。そうやって二階層程突破して誠司達は奈落に落ちてから通算五十層目に到達した。

 

ここまで来てハジメが違和感を覚えた。今までバタバタしていたので忘れていたが、とてもおかしいことに気が付いたのだ。

 

「あれ? あの時バッフロンがいた階層ってメルドさんが言うには六十五階層じゃなかったっけ? そこから落ちてからもう五十階層も続いてるっておかしくない?」

 

誠司は奈落の底に落ちてから自分達が何階層分降りたのか数えていなかったが、ハジメはきちんと数えていたらしい。誠司はそう言われると確かにと頷いた。

 

「そういえば、俺達が落ちたあそこの階層には下に続く階段はあったが、あれだけ探し回ったのに上への階段は見つからなかったしな。もしかしたら……」

「……うん。多分オルクス大迷宮には百層よりまだ先があったんだろうね。それこそ更に百層くらいは」

「マジかよ。気が滅入るな」

 

そんな感じで軽口を叩きながらマッピングを行った。この階層にはポケモンは殆どいないのですぐに下へと続く階段を見つけることが出来た。しかし、そのまま階段を降りることが出来なかった。

 

何故なら……………

 

この階層には大きな扉があったからだ。高さが三メートル程の荘厳な装飾が付いた両開きの扉だ。この扉から何か不気味な気配がある。それが何なのか誠司達は分からずにいた。あの扉に入るべきか否か。何度も議論を重ねた結果、あの扉を調べることになった。どんな希望か絶望が入っているのか…… さながらパンドラの箱である。

 

だが、その扉には守っている存在があった。

 

「あれは………ゴビットだな。それも2体も」

 

ゴビット達は扉の前に佇んでいる。だが、全く動く気配がない。何かの彫刻だろうか。

 

誠司達は警戒しつつも扉の前まで歩く。だが、ゴビット達に動く気配はない。

 

扉には術式が施されているようだ。しかし、誠司もハジメもこの術式に見覚えがなかった。

 

「なぁ、ハジメ。コレ……錬成で行けるか?」

「分からない。でもやってみよう」

 

ハジメが試しに錬成の魔力を流すが、赤黒い電流が走ってハジメの手を弾き飛ばした。

 

「ったぁ!」

「大丈夫か?」

「うん。でもこれは……錬成じゃ無理だよ」

「そうか………ん?」

 

誠司がそう言うと、不意に何か気配を感じた。嫌な予感がしたので振り返って見ると先程まで全く動いていなかったゴビット達が動き出したのだ。恐らく侵入者が何かしら扉を開けようとすると動き出す仕組みだったのだろう。

 

「どうする、誠司?」

「やるしかないだろ。行くぞ、皆!」

 

誠司達はゴビットと戦った。進化前のポケモンと言えど侮れずかなり強い。だが、最終的には力の差が分かったのか大人しくなった。そして、それぞれ誠司達に赤黒い球体を二つ渡した。球体を渡すとゴビット達はどこかへ去ってしまった。

 

誠司達は扉にある窪みにそれを嵌め込むと扉に魔法陣が広がっていく。どうやら扉が開けられるようになったようだ。誠司達は少し扉を開けて中を確認する。

 

すると、部屋に明かりが灯り、徐々に明るくなっていく。部屋の内部は大理石で出来ていてまるで神殿か何かかと思うような造りだ。そして、部屋の上には大きなシャンデリアがあった。青い炎が幻想的である。

 

やがて、奥から何か人の声が聞こえた。掠れているものの女の声だった。

 

「……だれ?」

 

奥をよく見てみると、巨大な立方体の形をした石があり、そこから声が聞こえるようだ。ハジメが扉を固定し始めた。誠司もそれに倣う。声の正体は気になるが、入っていきなりホラー映画のようにバタンと閉められると困るからだ。

 

扉を固定し終えると、誠司達はやっと部屋に入った。立方体には人が入っていた。その人は金色の髪に紅い瞳をした美しい少女だった。彼女は上半身から下と両手がその立方体の中に埋まっているらしく身動きが取れないようだ。

 

少女は弱々しい声でゆっくり顔を上げる。しかし誠司達、いや少し上のものを見て顔を青くした。

 

「シャンデラ、駄目!」

 

誠司達は咄嗟に上を見上げた。そこには大きなシャンデリアが青い炎を揺らめかせながら少女の前を立ち塞がったのだ。

 

「シャシャシャシャーーン!」

「こいつは……シャンデラか」

「どうやら、この部屋の番人みたいだね」

「ああ…… 俺はこのシャンデラを相手する。ハジメはあの子を。色々聞きたいこともある」

「分かった!」

 

誠司はネマシュ、ミズゴロウ、ケンタロス、イーブイと共にシャンデラと戦うことになった。ハジメはその隙に少女の下に向かう。少女は必死にシャンデラに呼びかける。

 

「シャンデラ! やめて! 私の声が聞こえないの!?」

 

ハジメは急いで錬成で少女を拘束している立方体を破壊しようとする。だが、なかなか壊せない。その時、ハジメのイーブイがハジメに触れた。すると、力がみなぎって来る感覚がした。イーブイの技、“てだすけ”だ。もう1度試すと、だいぶ魔力を持っていかれたもののなんとか立方体を破壊することに成功した。少女は解放されるとすぐにシャンデラの下へ向かう。

 

「シャンデラ! お願い! 私の話を聞いて!!」

 

その様子に流石の誠司もハジメも違和感を覚えた。シャンデラをよく見ると目が赤く光っている。正気を失っているようだ。なので作戦を変更することにした。誠司はネマシュに指示を出す。

 

「ネマシュ、“キノコのほうし”!」

 

ネマシュは胞子をシャンデラにばら撒いた。すると、シャンデラは眠ってしまった。これでしばらくは大丈夫だろう。

 

少女はその様子を見て安心したらしくへたり込んだ。そして、誠司にお礼を言った。

 

「……ありがとう。シャンデラを傷つけないでくれて」

 

 

それから誠司達はその少女から話を聞いた。どうやら、彼女は吸血鬼らしく先祖返りの影響で特殊な能力を持っているそうだ。その特殊な能力と言うのは不死身で魔力を直接扱えるというものらしく、それだけで随分と異質なことが分かる。下手すれば勇者よりもチートな存在だ。そこでハジメがあることに気が付く。

 

「………あれ? 吸血鬼族ってもう随分昔に……」

 

つまり、彼女が最後の生き残りということだろう。少女は少しだけ俯いた。

 

そして、彼女は国のために自身の力を使って来たのだが、ある時に叔父を始めとした家臣達の裏切りに合い、封印されてしまった。それから長い時間封印されており、話し相手はあそこで眠っているシャンデラしかいなかったのだそう。なのでそこまで寂しくなかったらしいが。

 

なんとも波瀾万丈な境遇だ。誠司もハジメも少女に同情的な視線を向ける。そんな時、ゆらりと大きな影が現れた。シャンデラだ。目を覚ましたようだ。思わず戦闘体制を取るが、何か様子がおかしい。先程と違い、目は赤くないし攻撃もしてこない。

 

「……この子は私が小さい頃から一緒にいる。妹みたいなもの。おじ様が魔法で番人にした。それでこの子も不死身になった」

「……マジかよ。ゴースト属性に寿命とかあるのか分からないけど」

「じゃあ、もう番人としての役割は無くなって正気に戻ったってこと?」

 

そうハジメが尋ねると少女もシャンデラも頷いた。どうやら先程、誠司達を襲ったのは番人としての役割によるものでシャンデラ自身の意思では無かったようだ。

 

「……そういえば、あなた達は誰?」

 

今度は少女が尋ねた。そういえば、自己紹介がまだだった。

 

「ああ、悪い。名乗るのを忘れてた。俺は誠司。中西誠司だ。それでこっちは……」

「僕はハジメ。南雲ハジメです。君は?」

 

ハジメが尋ねると、少女は首を横に振った。

 

「……名前は……言いたくない。前の名前は……いらない。あなた達が付けて欲しい」

「は!? うーん…… 俺はこういうのはなぁ……… ハジメ、お願い出来ないか?」

「えー…… そうだなぁ…… 名前かぁ………」

 

後ろでシャンデラが炎を揺らめかせている。ポチとか変な名前を付けたりなんかしたら燃やされそうだ。少し考えてハジメは彼女の髪や目からある単語が浮かんだ。

 

「…………ユエ」

「ユエ?」

「うん。僕達の故郷の言葉で『月』って意味なんだ。君の髪や目を見て浮かんだんだ」

 

ハジメの提案に少女は何度かユエという言葉を繰り返し小さく呟くと、目を輝かせた。気に入ってくれたようだ。

 

「……んっ。今日から私はユエ。ハジメ、ありがとう」

「うん」

「ユエか…… 良い名前だな。でも取り敢えず……だ」

「?」

 

誠司は自身の上着を脱ぐとユエに渡す。ネマシュはポケットから出ると誠司の肩に乗る。

 

「コレを着てくれ。正直、男二人にとって目のやり場に困るから」

「………」

 

誠司の言葉でユエは顔を赤くしていそいそと上着を着る。しかし、すぐに違和感を覚えた。

 

「……ん? 男二人……?」

 

ユエがそう呟くとハジメがどこか慌てた様子でユエに耳打ちした。するとユエは少し不思議そうな顔をするが、少し納得したように頷いた。誠司が尋ねた。

 

「おい…… 何を話してたんだ?」

「ううん。なんでもない!」

「……ん。なんでもない」

「?」

 

誠司は訳が分からなかったが、まぁ良いかと気を取り直す。

 

ユエとシャンデラはこれから行くところも無いため、誠司達と一緒に付いて行くことになった。誠司とハジメはユエと握手を交わす。シャンデラもネマシュやミズゴロウ達と仲良くなっている。

 

「それじゃあ、次の階層に行くぞ」

 

誠司達はユエとシャンデラという新しい仲間を加えて出発する。この階層にあったパンドラの箱は思わぬ仲間が入っていたようだ。




ユエの相棒はシャンデラです。最初はドラピオンにするつもりでしたが、色々と今後の展開的にシャンデラの方が都合が良かったのでシャンデラにしました。


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樹海での戦い

誠司達は再び大迷宮攻略を再開した。その途中に誠司とハジメは自分達の境遇を話した。ユエに教えてほしいとせがまれたからだ。誠司とハジメがあらかた話し終えると、すすり泣く声が聞こえて来た。二人が振り返るとユエがハラハラと涙を流していた。隣のシャンデラも涙目である。その様子に2人は思わずギョッとする。

 

「お、おい…… いきなりどうしたんだよ?」

「……ぐす……誠司……ハジメ………つらい………」

 

どうやら二人のために泣いているらしい。ハジメは苦笑いを浮かべてユエの頭を撫でる。

 

「気にしないで。正直言って、もうクラスメイトのことはどうでも良いんだ。復讐とかそんなことにこだわっていても何にもならないし。それよりも生きてこの迷宮を出ることに集中しないとね」

「ハジメの言う通りだ。生きてなきゃ何にもならんからな」

「……んっ」

 

ハジメと誠司がそう言うとユエは納得してくれたようだ。その直後、2人はユエに吸血された。ずっと封印されていたので血を吸いたくて堪らなかったらしい。吸血鬼は血を少しでも吸えば魔力や空腹感を回復することが可能なのだそう。幸い、こっちまで吸血鬼になることはないので献血するようなものと思えば特に問題はない。誠司とハジメ、どちらの血も美味しいらしく気に入られた。

 

ユエ曰く誠司の血は温かくホッとするような味、ハジメの血は栄養満点のスープのような味とのことだ。吸血鬼特有の感覚なので誠司達には一生分からないだろう。ちなみにシャンデラは人やポケモンの魂・生命エネルギーを餌にしているのだが、基本的にユエの生命エネルギーを吸収しているそうだ。ユエは不死身なので魔力さえあれば好きなだけ吸い取れるのだ。

 

つまり、どちらも誠司達が食べる食料はそこまで必要ないということだ。ただでさえ食料が少ない今はすごくありがたかった。そのことを遠慮がちに伝えるとユエ達も納得してくれた。

 

 

 

そんなやりとりをしつつ誠司達は大迷宮攻略を進めて行った。ユエとシャンデラが加わって以降は比較的順調に進んで行った。誠司やハジメのポケモン達のレベルも上がっているのもあるが、ユエの魔法が強力で凄まじい活躍を見せたのが大きい。相棒のシャンデラもゴースト属性らしいトリッキーな動きでユエをサポートしている。数百年という付き合いの長さは伊達ではない。

 

相変わらずハジメは空いた時間を利用して鉱石から何かを錬成して作っているようだが、何を作っているのかは全く分からない。だが、段々とコツが掴めて来ているらしく、完成も近そうだ。いったい何が出来るのか……

 

 

次に誠司達が降り立った階層は樹海だった。高い木々が鬱蒼と茂っていて空気も湿っぽさがある。以前の密林地帯と違って大して暑くないのが救いだった。ここでも木の実が色々生えているらしく、誠司達は嬉しそうに木の実に齧り付いた。

 

その時だった。種のようなものが上から降って来た。ネマシュがまもるを発動させて防ぐ。誠司が慌てて上に視線を向けると、大きな影がいた。その影は攻撃を外したのを見るとすぐにツルのようなもので枝を器用に掴んで去って行ってしまった。

 

「なんだったんだ?」

「分からない。でも……」

「……用心した方が良い」

 

それから誠司は用心しつつも先を急ぐことにした。

 

「それにしても…… あのポケモンは一体なんだったんだ……」

「……そういえば、誠司もハジメも魔獣のことをポケモンと呼んでるけど何で?」

 

そこで誠司は召喚前からポケモンの知識があり、その知識でのポケモンとこの世界の魔獣と存在が同じだと説明した。そのためこの世界では魔獣と呼ばれているが、自分やハジメはポケモンと呼んでいるとも。ユエは最初驚いたが、異世界から召喚されたというしそういうものかと考え直し納得した。たしかに、魔獣と呼ぶよりはポケモンと呼んだ方が親しみが湧く。シャンデラも同様の気持ちのようだ。

 

 

そして、樹海を抜けようとしたその時、誠司達の前に先程の大きな影が現れた。その影の正体はモジャンボだった。この樹海の環境が良いのか体のツルが伸びに伸びまくっていて原型を留めていない。そのツルの先には色々な物を巻き付けているようだった。モジャンボは腕を伸ばして誠司達に攻撃を仕掛けて来た。どうやら、この樹海から逃がすつもりは無いらしい。

 

「仕方ない。戦うしかないか……」

「ああ。モジャンボは草属性だ。炎系の技はよく効くはずだ」

「……それなら任せて。緋槍!」

 

ユエが炎の魔法を放つ。名前の通り、炎を槍状にした魔法のようだ。ユエが魔法を放つと同時にシャンデラも炎技を放った。激しい青い炎の塊だ。魔獣図鑑によると“れんごく”という技らしい。だが、モジャンボは木々を伝って身軽に躱してしまう。

 

モジャンボは今度は大小様々な岩を虚空から作り出してそれを無差別に降り注ぐ。“げんしのちから”だ。ユエやシャンデラは思わず身を守ろうとする。その時ーーーー

 

「ネマシュ、イーブイは“まもる”! ケンタロスはミズゴロウを投げ飛ばしてミズゴロウはあの岩に“いわくだき”!」

「マシュ!」「イブ!」

 

まずネマシュとイーブイが全員を防御する。先に降ってきた比較的小さめの岩は“まもる”で防ぐことは出来た。次にケンタロスは自分の角でミズゴロウを勢いよく投げ飛ばした。ミズゴロウはまだ落下途中の大きな岩に向かって“いわくだき”を放つ。それによって大岩は亀裂が走り、粉々に砕け散った。

 

「ジャジャン!?」

 

これには思わずモジャンボも面食らったようで激しく動揺した。なにせ、あの技はモジャンボにとって切り札とも言える技だったからだ。しかし、動揺のせいで自分に向かって来る存在に気付くのが遅れてしまった。

 

ヒバニーだ。モジャンボは木の上を自在に移動出来るが、ヒバニーの跳躍力も負けていない。あっという間に枝を足場にしてモジャンボがいる所まで到達する。それを確認するとハジメが指示を出した。

 

「よーし、ヒバニー! “ブレイズキック”!」

「ヒバッ!!」

 

ヒバニーは燃える足をモジャンボの顔面に叩きこむ。それによってモジャンボはバランスを崩し、木から落下した。地面に叩きつけられたモジャンボは何とか立ち上がる。どうやら全身のツルがクッションになったようだ。だが、かなりのダメージになったようで足取りがおぼつかない。

 

モジャンボも不利を悟ったのか途端に周囲にいた他のポケモン達の体をツルで拘束し始めた。どのポケモン達も逃げ出そうと必死にもがくが、抜け出せない。そのうち、ポケモン達が苦しみ始めた。誠司はあのモジャンボが何をしているのかを理解した。

 

「あの技は……“メガドレイン”か! おい! アイツ、回復してるぞ!」

 

それを聞くとハジメはすぐにヒバニーとイーブイに指示を出す。ユエとシャンデラも炎技を繰り出した。だが、モジャンボはツタで拘束したポケモン達を盾のようにし始めた。

 

それを見た誠司は顔を顰める。

 

(くそっ! あのモジャンボ、随分頭が回るみたいだな。どうすれば………)

 

このままではモジャンボの体力が完全に回復されかねない。そうなればさっきの大ダメージも水の泡だ。どうしようか考えている時、突然大きな爆発音が轟いた。慌ててその音がした方向に目を向けると、誠司は自分の目を疑った。

 

その音の正体はハジメだった。いや、正確にはハジメが手に持っていたものだった。ハジメの手には大型の拳銃が握られていた。どこか不恰好な形をしているが、威力はかなりのものなようだ。モジャンボの太いツタが千切れ、解放されたポケモンは慌ててその場から逃げ出していた。ハジメは続いて五回程、発砲してポケモン達を次々に解放していった。

 

捕らえられたポケモンが残り一体になった時、モジャンボは自暴自棄(ヤケ)になったのか半狂乱で襲いかかって来た。だが、そうなってしまえばもう敵では無かった。ユエとシャンデラがそれぞれ炎技を放ち、モジャンボをKOさせた。モジャンボが倒れたことでツタが緩んだのか最後のポケモンが解放された。そのポケモンはユエの所に行くと元気よく鳴いた。懐かれたようだ。

 

「モフゥ!」

「ほぉ…… どうやらユエに随分懐いているみたいだな、そのモクローは」

「みたいだね。まぁ、命の恩人だしね」

「……そうなの? それなら……一緒に来る?」

「シャシャン?」

「モフッ!」

 

モクローはユエに飛び込んだ。こうして、ユエはモクローをゲットした。ユエは優しくモクローの頭を撫でる。モクローも気持ち良さそうだ。

 

 

「まぁ………それよりも………だ」

 

誠司がハジメに詰め寄った。

 

「何なんだよ、その武器は!? お前、銃を作ったのか!?」

「え? う、うん……… 随分時間が掛かったけどなんとか出来上がったんだ」

「お前、マジで凄いな! こんな物まで作れるなんて…… あれ? もしかして錬成師ってある意味最強の職業なんじゃないか?」

「ほ、褒め過ぎだよ……… これでもまだまだの出来なんだから。弾とかももっと必要だし」

 

誠司から手放しに褒められてハジメは謙遜しつつもまんざらでも無い様子だ。ユエも先程の銃の威力を目の当たりにしているので素直に褒める。

 

「………ん。ハジメ、すごい」

「ユエ…… うん。ありがとう」

 

その時、ふとポケモン達の気配を感じた。またモジャンボが復活したのかと警戒するが、違った。目の前には先程ハジメが助けたポケモン達がいた。先程はモジャンボから解放されてすぐに逃げ出したが、また戻って来たようだ。そして。ポケモン達は口々にお礼の言葉を言って去って行った。どうやら、ハジメにお礼を言うためだけに戻って来たようだ。

 

誠司はハジメの背中を叩く。ハジメもどこか嬉しそうだった。




ユエ、モクローゲットです。これで誠司、ハジメ、ユエにそれぞれ御三家のポケモンが仲間になりました。世代はバラバラですが。次回でオルクス大迷宮の最終ボスと決戦です。

また、原作でのハジメの相棒ドンナーもここで登場です。階層を攻略しながら作ったので登場が遅く、性能も原作より若干低いです(纏雷が使えないため)。


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最奥の悪竜

ユエがモクローを仲間にし、ハジメが銃を完成させてから随分経った。誠司達は着実に迷宮を攻略していき、遂に誠司達が最初にいた階層から百階層目になるところまで来た。今はその一歩手前の階層で各々の調整をしているところだ。さっさと突破したいところではあるが、流石にそれは楽観が過ぎるというものだ。また何か驚くような事態が起こるとも限らない。用心しておくに越したことは無いだろう。

 

ハジメはヒバニーとイーブイに技の練習をさせており、本人も狙撃の腕を磨いている。また、以前見せた銃の改良も進めているようで頼もしい限りだ。ハジメ自身この銃にかなり愛着が湧いているようで名前を付けたがっていた。誠司は「黒ちゃん」という名前を挙げていたが即却下された。ハジメ曰く某芸人を連想するとのことだ。最終的にこの銃の名前はドイツ語で雷鳴の意味を持つ「ドンナー」に決まった。随分厨二心をくすぐる名前だ。

 

一方でユエの方もシャンデラと一緒にモクローの稽古を付けていた。モクローは迷宮攻略を通じてある程度の実力は付いてきているもののまだまだ未熟だ。モクロー本人もそれを自覚しているのか積極的にユエ達のシゴキに食らいついている。

 

誠司もポケモン達と一緒に技の特訓や連携を教えていた。それによって、ネマシュとミズゴロウは新しい技を覚えることが出来た。ケンタロスとイーブイは新しい技こそ覚えなかったものの、動きは間違いなく向上していた。全員モチベーションも高いので上達も速いのだ。そのため誠司としても教えがいがあった。特に最初の相棒としてやってきたネマシュに対しては「ここまで強くなって……」という感動さえ覚えた。その時、誠司は気付かなかった。ネマシュの体が一瞬ではあったが、光り輝いたことに。もっともネマシュの体はいつもほんのり発光しているので分かりづらいのだが。

 

 

こうして全ての準備を整えた誠司達は階下へと続く階段を降りて行った。

 

階段を降り終えると、目の前には無数の柱に支えられた広大な空間が広がっていた。その柱は一本一本大きく全てに彫刻が施されていて、奥へ進ませるような配置になっている。地面も荒れた所が一切無い。どこか荘厳さすら感じる程だ。

 

誠司達はその光景に見惚れつつも奥の方へ進む。やがて大きな扉が見えてきた。その扉には柱よりも遥かに複雑かつ美しい彫刻が彫られている。この扉の先がこの大迷宮のゴール地点であることは容易に想像がついた。早速開けようとするが、扉はピクリとも動かない。

 

その時、中央に三十メートルはあるであろう魔法陣が出現したのだ。何かとんでもないものが現れることだけは分かる。

 

「っ、これは……」

「ああ。何か来るぞ。それこそ今までの奴らより遥かにヤバい奴が………」

 

誠司の予想通り、魔法陣からは巨大な黒い三つの首を持ったポケモンが現れた。サザンドラだ。三つの頭は誠司達を視界に捉えると咆哮を上げた。

 

「「「グルルラァァァ!!!!」」」

 

「どうやらコイツを倒さない限り……」

「うん。先には進めないね」

「……やるしかない」

 

誠司達は身構えるとサザンドラの三つの頭は口を大きく開いた。そして、三つの口から同時に“かえんほうしゃ”を放った。挨拶代わりのようだ。誠司達はその場を同時に回避する。そして、それぞれ三つに分断して反撃を開始した。ハジメは右、ユエは左、そして、誠司は中央の頭を攻めていく。三つの頭はそれぞれ別の技を使うことが出来るようで、かなり手強い。中央の頭は龍の形をした光線、“りゅうのはどう”を口から発射する。だが、ネマシュが前に飛び出て攻撃を受け止めた。ネマシュはフェアリー属性でもあるのでドラゴン技は効かないのだ。それを理解したのかサザンドラ(中央)は炎の技を放とうとする。

 

誠司は急いでポケモン達に指示を出す。サザンドラは悪・ドラゴン属性だ。幸い、ポケモン達にはそれぞれもってこいの技を覚えている。

 

「ネマシュ、“マジカルシャイン”。ミズゴロウ、“こごえるかぜ”」

 

誠司の指示を聞くと、ネマシュは体を眩く輝かせ、ミズゴロウは尻尾を使って冷たい風を引き起こす。先程新しく覚えた技だが、どちらもサザンドラに有効な技だ。サザンドラ(中央)は攻撃を受けると大きくのけぞった。中央の頭が生命線なのか他のサザンドラの頭も一瞬動きが止まった。その隙にハジメはヒバニーとイーブイに“にどげり”を指示した。効果は抜群で目を回して動かなくなった。ユエの方もモクローやシャンデラが頭を撹乱させつつユエの氷の魔法を使って攻撃して倒す。

 

しかし、中央の頭はまだしぶとい。大ダメージを受けたもののまだ倒れない。逆に怒らせる結果になってしまった。サザンドラの中央の頭は気絶した二つの頭を無理矢理起こすと、ある技を放った。先程までの攻撃とは訳が違う、強力な技だ。

 

サザンドラは“はかいこうせん”を中央の頭から、残りの二つの頭は“りゅうのはどう”と“かえんほうしゃ”を放った。それぞれ別方向に向けて撃っているため、躱すのが難しい。

 

誠司はネマシュとイーブイに“まもる”を指示するが、完全に防ぎ切ることは出来ず、全員吹き飛ばされてしまい、ハジメやユエ、一部のポケモン達は気絶してしまっていた。

 

地面に倒れつつ、誠司は呻いた。

 

「くっそぉ…… これほどとはな………」

「マシュ……」

 

ネマシュの声が聞こえ、そっちに目を向けるとネマシュはまだ立っていた。目はまだ諦めていない。いや、ネマシュだけではない。他のポケモン達もだ。全員、目は諦めていない。誠司の指示を待っていた。

 

(ネマシュ…… 皆……… くそっ! ポケモン達はまだ諦めていないのに俺が諦めてどうすんだ!)

 

誠司は頬を両手で強く叩いた。そして、痛む身体に鞭打ってなんとか立ち上がる。

 

「よし! 俺達はまだまだ諦めねえ! 一気に逆転するぞ!」

「ゴロ!」 「ブモォ!」 「イーブ!」 「マッシュー!!」

 

その瞬間、ネマシュの体が光り輝いた。マジカルシャインの時の光とは違う。光の中でネマシュの体は段々と変化を遂げていく。小さかった体や頭のカサは大きくなり、長い両腕が生えていった。やがて光が収まると、そこには違うポケモンが立っていた。魔獣図鑑の技能によりそのポケモンの情報が頭に入ってくる。

 

「マシェード………」

 

誠司がそう呟くと、マシェードは振り返ってサムズアップする。ポケモン達も呆然とした表情を浮かべていた。

 

サザンドラも一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに攻撃体制を取ろうとする。だが、思うように動けずにいた。“はかいこうせん”の反動によるものだ。しかも、先程までのダメージも尾を引いている。その隙を逃がさず、誠司はマシェードに指示を出した。

 

「よし! マシェード! 進化したお前の強さを見せてやれ! “ムーンフォース”!」

「マシェッ!」

 

マシェードは新しく習得した技、“ムーンフォース”をサザンドラに放った。効果抜群の技を受けたサザンドラは大きく唸り声を上げて倒れた。

 

サザンドラが倒れた音でハジメとユエも目を覚ましたらしい。ヒバニーやシャンデラに支えられながら誠司の方に近付いて来た。

 

「倒せた……の?」

「ああ。なんとかな……」

「……でもあの扉、まだ開いてない……」

 

ユエがそう言って扉の方を示す。誠司もハジメも視線を向けると、確かに扉には何も変化が見られない。

 

「ということはもしかして……」

「他にも何か条件が………」

 

その時、後ろから恐ろしい気配を感じた。ポケモン達の悲鳴も聞こえた。慌てて振り返ると、そこには今倒したはずのサザンドラが起き上がっていた。かなりの深手を負ってはいるものの、強さはまだ健在だった。いや、深手だからこそ強くなっていると言うべきか…… 起き上がり際にミズゴロウ、イーブイ、ケンタロスを気絶に追い込んでいる。誠司の手持ちで残っているのはマシェードだけだった。だが、そのマシェードもかなりの大ダメージを負っている。

 

「嘘……だろ………」

「まだやれるって言うの………」

「………しぶとすぎる……」

 

もう流石に厳しい。誠司達の顔に絶望の表情が浮かんだ。

 

そして、ハジメは意を決したように銃を取り出し、前に進み出る。それに気付いた誠司は思わず止めた。

 

「お、おい待て…… それでどうするつもりだ……」

「決まってるでしょ。早くアイツにトドメを刺さないと」

「だ、だけど……アイツはポケモンだぞ……… なにも殺さなくたって………」

 

誠司自身、自分が間違ったことを言っていることは分かっていた。だが、正直、ポケモンを殺したくなかった。殺されるのも見たくなかった。今までだって相手のポケモンを気絶に留める程度で済ませてここまで到達することが出来たのだ。今回も気絶させれば良いんじゃないかという淡い期待があった。そんな誠司にハジメが怒鳴る。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 今やらないと、僕達も……ポケモン達もアイツに殺されるんだぞ!!」

「っハジメ、後ろ!」

 

ユエの切迫詰まった声でハジメが前を向くと、そこには右側のサザンドラの口が迫っていた。いつの間に間合いを詰められていたようだ。ハジメは一瞬、時間が何もかもゆっくりになった気がした。その時ーーー

 

「ハジメっ!!」

 

声と共に後ろからドンという衝撃が走りハジメは突き飛ばされた。その時に頭を打ち、少しだけ切ってしまう。

 

ハジメが急いで振り返ると、そこには肘から先の左腕が無くなり、本来左腕があった場所からドクトクと血が流れている誠司の姿があった。誠司は苦悶の表情を浮かべ、周囲が見えていなかった。そこに今度は左側のサザンドラの頭が追い討ちのように“かえんほうしゃ”を誠司に放つ。ハジメは危ないと叫ぼうとするが、声が出なかった。そして、そのまま顔の左部分に直撃してしまい、誠司は倒れ込んでしまった。一拍遅れてユエやポケモン達が急いで誠司の元に向かった。半狂乱で誠司を呼びかける声がこの階層に響く。

 

ハジメもすぐに誠司の元に行って彼の安否を確認したかったが、まずはやるべきことがある。ハジメは尚も暴れ回るサザンドラに殺意を向けると、サザンドラの心臓部分に照準を合わせて銃の引き金を引いた。サザンドラは心臓を撃ち抜かれたことで再び地面に倒れ伏した。そして、念のため三つの頭全てに銃を撃ち抜くことも忘れない。それによって、この階層のボスであるサザンドラは完全に絶命した。




ネマシュが進化しました。進化のタイミングはポケモン次第になります。アニポケでも明らかに進化するだろってポケモンが進化しなかったりするので。

誠司が重傷を負いました。彼がどうなったかは次回分かります。


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解放者の隠れ家(前編)

長くなりそうなので分けます。色々と入れたい設定があるので……


誠司は身体全体が何か暖かく柔らかいものに包まれているのを感じた。随分と懐かしさを覚える感覚だ。これは多分、いや間違いなくベッドの感覚だ。その事実に気が付くと、意識が覚醒した。こんな大迷宮にベッドなどあるはずが無いからだ。

 

身体をゆっくりと起こすと、ふと違和感を覚えた。左腕を動かそうにも激痛が走って動かせないのだ。それに視界も半分暗い。右手で自身の身体に触れてみるとあちこち包帯で巻かれていることが分かった。そして、左腕は肘から先が無くなっていた。それを理解した時、ようやく思い出した。

 

「………そうだ。俺はあの時…………」

 

その時、人の気配を感じた。ハジメやユエ、ポケモン達も皆いた。ポケモン達は包帯が巻かれてはいるものの元気そうだ。

 

「……誠司! よかった。気が付いたんだ…」

「………よかった」

 

ハジメ達は誠司が目を覚ましたのを見て安心した表情を浮かべていた。マシェードやミズゴロウ、ケンタロス、イーブイは嬉しそうに誠司の元へ駆け寄った。誠司は右腕で優しく頭を撫でる。

 

ハジメの話によると、どうやらここは反逆者の隠れ家らしい。サザンドラを殺した後、大怪我で気絶した誠司をここまで運び込んで治療してくれたそうだ。回復魔法や神水を使ったけど左腕の欠損や顔の火傷までは完治させることは出来なかったのだそう。ハジメからそれを申し訳なく言われるが、申し訳なく思っていたのは誠司の方だった。誠司はベッドから降りると、ハジメ達に深く、深く土下座した。左腕がないためぎこちなさがあるが。

 

「すまなかった!! 俺のせいで皆を危険な目に合わせてしまって…… 本当に申し訳ない……!」

「ちょ、ちょっと、誠司! いきなりどうしたの!?」

「俺がちゃんとサザンドラを倒し切れなかった上にトドメを刺すのを躊躇ったせいで……」

「何言ってるの! 皆の中で一番重傷なのは誠司なんだよ! それに……誠司だけが悪い訳じゃないよ」

「………私達にもまだ甘さがあった。私達も悪い」

 

しばらくお互いに謝罪をし合ってなんとか落ち着いた頃、誠司はハジメとユエに反逆者の隠れ家を案内させてもらった。ポケモン達はベッドの所で待機してもらうことにした。

 

 

「これが……反逆者の住処なのか?」

「うん。今の僕でもまだここまでは無理だよ」

「……ん。すごい」

 

地下深くだというのに人工の太陽が登っている。夜になると月も出るらしく、時間設定にも余念がない。近くには川や畑もあった。川には魚も泳いでおり、畑には野菜も育てられている。この広さならやろうと思えば家畜も育てられるだろう。ここで一生暮らしていけそうな環境だ。

 

色々な場所を案内してもらい、最後にベッドのあった場所と隣接する形で建っている建築物に入った。三階建ての大きな家のようだ。この建物にはまだハジメもユエも入っていないらしい。なので、中に何があるのかよく分かっていないそうだ。

 

注意しながら階を上がって確認していく。一階はリビングや台所といったいわゆる生活空間、大きな大浴場もあった。それを見た誠司やハジメは目を輝かせた。二階は書斎や工房らしき部屋があるが、鍵が掛かっているのか入れない。そして、三階には大きな部屋が一つだけあった。

 

この部屋には他の部屋と違う雰囲気を感じた。まず床には大きく複雑な模様の魔法陣が刻まれており、その魔法陣の奥には椅子に座った状態で白骨化した骸があった。黒い上質なローブを羽織っている。

 

恐る恐る、その魔法陣に足を踏み入れてみる。すると、目の前に黒衣の青年が現れた。目の前の骸骨と同じ服装をしていることから、あの骸骨の生前の姿なのだろう。よく見てみると、青年の身体は半透明で実体が無いように見える。青年は口を開いた。

 

『試練を乗り越えよく辿り着いた。私の名前はオスカー・オルクス。この迷宮を作った者だ。反逆者と言えば分かるかな?』

 

どうやら、この青年がオルクス大迷宮を作った張本人のようだ。もっとも記録映像のようで会話は出来ないが。それでも誠司達は驚いた。そこから更に驚愕の内容が語られた。それは城で読んだ歴史書や教会の者から聞いた言葉とは全く異なる内容だった。

 

このトータスはアルセウスによって作られた。しかし、ある時エヒトはアルセウスの眷属であり空間を司る魔獣パルキアを洗脳し、それに怒ったアルセウスを狂った神と称して、アルセウスの力を全て奪ったのだそう。力を奪われたアルセウスはどうなったかは分からないが、エヒトは洗脳したパルキアと奪ったアルセウスの力を使って神として君臨するようになった。

 

それから長い年月が経ってからオスカー達反逆者もとい解放者達はその真実を知り、自身の相棒の魔獣達やもう一体の眷属ディアルガと共に神代魔法を駆使してエヒトと戦いを挑んだ。

 

しかし、パルキアは見たことのない姿となって解放者達を圧倒した。しかも敵はパルキアだけではなかった。エヒトの側には何か不気味な影のような魔獣もおり、解放者達は殆ど手も足も出せないまま敗れた。

 

なんとかエヒトにディアルガを奪われずに済んだが、自分達は魔獣を使って人々に害を為す反逆者に仕立て挙げられてしまい、最終的に残ったのは僅か七人となってしまった。やむを得ずディアルガを何処かに封印すると、解放者達はバラバラに迷宮を作っていつかエヒトを倒してパルキアを解放する者が現れるのを待つことになった。試練を用意してそれを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日かエヒトを倒してくれることを願いながら。

 

オスカーは穏やかに微笑むと話を続けた。

 

『君達がこの話を信じるかどうかは分からない。だけど、誰がどう言おうとこれが真実だ。我々が何のために立ち上がったのか。君には知ってもらいたい。……君に私の力を授ける。どのように使うかは君の自由だが、悪しき心を満たすためには使わないで欲しい。でもその前に………君にはこれを渡しておこう。このオルクス大迷宮を攻略した者だけが持つことを許される、攻略の証。ベテランシンボルだ。是非受け取って欲しい』

 

オスカーは懐から小さめの金色のメダルのようなものを取り出した。中央には十字に円が重なったシンプルな模様が彫られている。それに呼応するかのように虚空から同様のメダルが三つ誠司、ハジメ、ユエの前に現れた。誠司達はおずおずと目の前に浮かぶそれを受け取る。

 

すると、頭の中に何か情報が書き込まれて行くような感覚がした。誠司は魔獣図鑑の技能のせいで既に慣れていたが、ハジメとユエはそうでないため少し苦しげな声が聞こえる。情報によると、どうやら生成魔法という、鉱石に魔法なんかを付与してアーティファクトを生成出来る神代魔法のようだ。つまり、錬成師向けの魔法だ。

 

オスカーは少し笑うと最後にこう締めくくった。

 

『これで私からの話は以上だ。最後まで聞いてくれてありがとう。この建物には書斎がある。そこには私が考案したアーティファクトが沢山あるから是非これからに役立てて欲しい。あと、あそこには私の()()もいる。君が正しい心の持ち主であれば、きっと君の力になってくれるはずだ。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを』

 

そう言うと、オスカーの姿は消えた。

 

誠司達はしばらく立ち尽くしていた。ハジメが尋ねる。

 

「ねぇ、なんか随分とんでもない話を聞いちゃったけど……」

「そうだな…… だが、今のが全部本当の話なのかどうか、現時点じゃ判断材料が少なすぎる。あのオスカーって男が嘘を言っている可能性もなきにしもあらずだし。でも教会の言うことに疑いが出たのもまた事実だ。こればっかりは実際にそのエヒトとやらに会ってみないと分からないだろうな」

「………ん。どうするの?」

「さあな。まずは書斎に行ってみよう。そこでなら他にも何か分かるかもしれない」

 

誠司がそう言うと、ハジメもユエも頷いて部屋を後にした。




攻略の証、ベテランシンボルです。最初はジェネレーションバッジって名前でしたが、紆余曲折を経て今の名前にしました。見た目はアニポケのフロンティアシンボルみたいな感じだと思って欲しいです。

原作では攻略の証は指輪とかペンダントとかですが、ジムバッジみたいな感じにしたいなぁと思いこの形にしました。

申し訳ありませんが、次回の投稿は8/11になります。


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解放者の隠れ家(中編)

遅くなってすみません。


オスカーの部屋を後にした誠司達は二階の書斎に入った。どうやら、このベテランシンボルというメダルが鍵代わりになっているらしく、メダルの模様を合わせるとガチャリという音がした後扉を開けることが出来た。

 

扉を開けて中に入ると書斎は長い時間、人が入っていないはずなのに特に埃っぽさが無かった。そういった魔法でも掛けられているのだろうか。あちこち本棚に囲まれた造りになっているが、中央の大きな机の上には茶色の中型サイズのトランクが置かれていた。そのトランクの横には二枚の紙が置かれている。その紙によると、このトランクはポケモン達の住居として保護・育成が出来るように作られた魔法のトランクなのだそう。二枚目の紙には詳しい機能が書かれており、目を通していくと誠司に戦慄が走った。隣で同じように目を通していたハジメも顔を引き攣らせる。

 

「すごい…… こんなの国宝級のアーティファクトじゃないか………」

「……ああ。取り敢えず、どんなものか見てみよう」

 

そう言うと誠司はトランクを開ける。すると、トランクの中には階段が続いていた。恐る恐る、誠司はトランクに足を入れて階段を降りて行く。ハジメやユエも誠司に続く。階段は一段一段大きめに作られているため降りやすい。そして、階段を降り切ると、誠司達は自分の目を疑った。

 

そこには様々な環境の空間が広がっていた。暖かい気候の草原地帯や砂塵舞う砂漠地帯、雪が降り積もる氷雪地帯など多種多様なエリアがあり、色々なポケモンが生活出来るようになっている。ハジメやユエはどこか興奮した様子で先に他のエリアを見に行ってしまった。残された誠司は近くを詳しく散策することにした。少し歩くとビニールハウスのようなものがあり、そこには多種多様な木の実や薬草が栽培されているのを見つけた。また、ビニールハウスの横には小さな小屋のような建物があった。この小屋もベテランシンボルが鍵代わりになっており、それを使って開けると誠司にとっては見慣れたものが机の上に置かれていた。

 

「これは……… モンスターボール………なのか………?」

 

誠司が夢の中で何度も何度も見た球体がそこにはあった。しかし、目の前のそれは夢で見たものよりも数倍は大きく、何かコードのようなもので繋がっている。球体の中には何か影のようなものが見え、何かポケモンが入っているようだった。おそらく、先程オスカーが言っていた相棒とやらがその中にいるのだろう。

 

誠司が恐る恐る、球体の開閉スイッチらしき部分を押してみる。すると………

 

ドガシャーーーン!!!

 

誠司は衝撃と共に小屋から吹き飛ばされた。噴き上がる白い煙の中に薄らと何か影のようなものが見える。

 

「コーーーーンッ!!」

 

影は鳴き声と共に煙の中をゆっくりと進み出て、正体を現した。その正体は金色の毛並みを持ち、九本の尻尾が特徴的なポケモン、キュウコンだった。ここが何処なのか少し混乱しているようだった。周囲を忙しなく見渡している。誠司がキュウコンに尋ねる。

 

「お前は………キュウコンか…… もしかして、お前がオスカー・オルクスの相棒か?」

「ッ!……コン!」

 

キュウコンはオスカーの名を聞くと一目散に走り出した。それと入れ違いにハジメとユエが来た。

 

「誠司! さっきすごい爆発音が聞こえたけど……」

「……今何かが通り過ぎた」

「……ああ。実はな………」

 

誠司は今起きたことをハジメ達に説明した。

 

「それなら早くそのキュウコンの跡を追いかけよう」

 

ハジメがそう言って誠司達はキュウコンの跡を追うことになった。キュウコンは既にトランクから抜けて書斎から出て行った後のようだった。幸い、キュウコンの足跡が続いていたため追いかけるのは難しくなかった。

 

所々続いているキュウコンの足跡を辿ると、キュウコンは先程の魔法陣がある部屋にいた。キュウコンは座り込んでいた。キュウコンが見つめる先には既に白骨化したオスカーの亡骸があった。目には薄らと涙を浮かべている。

 

誠司達は何て言えば良いか分からなかった。キュウコンはしばらくそうしていると、チラリと後ろを振り返って誠司達を見つめた。キュウコンは少し寂しそうに鳴くと、誠司の下に近付いて来た。

 

「コン………」

「キュウコン……」

 

誠司はキュウコンを撫でようとするが、振り払われた。先程までの悲しそうな顔から一転して挑戦的な顔になった。まるで「自分を使いたいのならそれに相応しい実力を見せてみろ」と言いたげだ。そのままキュウコンは何も言わず部屋から出て行ってしまった。

 

誠司達が再びキュウコンを追いかけたところ、今度は建物の外にある開けた場所にいた。野球が出来そうなくらいの広さであちこちには焼け焦げた跡があった。訓練場みたいな場所のようだ。

 

どうやら、キュウコンの力を借りるには自分達の実力を示す必要があるみたいだ。当然と言えば当然である。誠司達は一旦ベッドルームにいるポケモン達の下へ向かった。そして事情を簡単に説明すると、マシェード達は我先にキュウコンと戦いたがった。しかし、怪我している者も多い。ましてや戦う相手は解放者の相棒ポケモンだ。そんな怪我をしているポケモンを出してもあのキュウコンには勝てないだろう。なので、怪我が一番少なかったケンタロスを選んだ。キュウコンは炎属性。ケンタロスは地面属性の技も使えるので不利という訳ではない。

 

誠司はケンタロスを連れてキュウコンの下へ向かった。ハジメ達やポケモン達もゾロゾロとついて行く。キュウコンもポケモン達を見て一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに平静を取り戻す。

 

キュウコンは戦闘態勢を取った。キュウコンの周囲には青白い火の玉のようなものが浮かんでいる。キュウコンが一声鳴くと、日差しが強くなっていく。そんなキュウコンを見てケンタロスも気合十分なのか前足で地面を何度も引っ掻く。誠司はケンタロスに指示を出した。

 

「よし。ケンタロス、“10まんばりき”だ!」

 

ケンタロスは渾身の力でキュウコンに突進をかます。キュウコンは特に避ける素振りもなく受け止めた。どうやらこちらの力を見極めるためのようだ。キュウコンは複数の“おにび”を発動させて四方八方に放つ。ケンタロスはそれを素早く躱す。すると今度は“かえんほうしゃ”を放ってくる。

 

そうやってバトルを続けて行くと、誠司はどこかキュウコンの気持ちのようなものが伝わってきた。相棒のオスカーへの深い信頼や彼を失った哀しみ、相棒に代わって彼の無念を晴らしたいという気持ちがこれでもかと伝わってくるのだ。

 

やがてケンタロスは息が上がり、立っているのがやっとという状態になってしまった。一方でキュウコンは特に目立ったダメージはない。ケンタロスはまだ諦めていない様子だが勝負ありだ。誠司はケンタロスを止めた。これ以上やっても、ケンタロスが無駄に傷付くだけだ。ハジメやユエ、他のポケモン達は驚いた様子だ。

 

誠司がケンタロスを労っていると、キュウコンが近付いて来た。キュウコンは一声鳴くと、誠司の腰の方に自分の頭を擦り合わせた。この様子から誠司達を認めてくれたようだ。

 

誠司が一緒に来てくれないかと尋ねるとキュウコンはしっかりと誠司の目を見て頷いた。誠司は喜び、キュウコンの頭を撫でようとしたらそれは拒否されてしまった。キュウコンにとって頭を撫でるのは駄目らしい。

 

どうやらまだ完全に懐いている訳ではないようだ。こればかりは時間を掛けて歩み寄っていくしかなさそうである。




オスカー・オルクスのトランク: ポケモン達を保護するための住居の役割を持つ。ポケモン世界で言うパソコンみたいなもの。七人の解放者達の力の結晶とも言えるアーティファクト。
空間魔法によってトランク内に非常に広い空間を作り、その中で生成魔法や変性魔法によって様々な環境を作り、重力魔法によってトランクがどんな動きをしても中には影響を受けず、再生魔法によって攻撃を受けても即座に再生し、魂縛魔法によって入った者に安心感を与え、昇華魔法によってそれら全ての魔法を極限まで昇華させ、最後に生成魔法でトランクに付与した。
元ネタはファンタビの主人公ニュートのトランク。他にも色々な機能がありますが、それは後で明かして行く予定です。

モンスターボール: オスカーが設計・開発したアーティファクト。相棒のキュウコンを長い年月が経っても生かすことが出来るように作った。所謂コールドスリープ装置である。しかし、晩年に作ったものなため不完全な部分も多い。一回きりなため一度ボールから出してしまうと壊れてしまう。

オスカーの相棒キュウコンが仲間になりました。しかし、オルクス大迷宮自体が他6つの大迷宮を攻略した人向けの大迷宮のためキュウコンは完全に誠司達に従う訳ではありません。バッジが足りないと高レベルのポケモンが言うことを聞かないのと同じ感じです。


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解放者の隠れ家(後編)

夏バテで数日ダウンしてました。次回でオルクス大迷宮編が終わりになりそう。


キュウコンを仲間に加え、誠司達は再び書斎に向かった。トランクを先に調べたのでまだ他のことは調べずじまいだったからだ。キュウコンは他のポケモン達と交流を深めて貰うことにした。ポケモンのことはポケモン同士の方がスムーズに行くだろう。

 

そして、書斎をもう少し詳しく調べると、様々な設計図が見つかった。そのうちの一つにこの住居の施設設計図らしきものがあり、それによると三階の大きな魔法陣は地上へと繋がる出口の役割を担っているそうだ。ベテランシンボルを持っていないと発動しないらしい。これを知った時、誠司とハジメは歓喜の声が上がった。やっと奈落の底から出られることが分かったのだ。喜ばない方が無理だ。ユエも嬉しそうである。

 

更に設計図を調べていくと、他にも興味深いものがあった。特殊な人工魔石の設計図だ。その魔石は強力なポケモンの幻を作り出すことが出来るものらしく、殆どの階層のボスとして設置しているのだそう。幻といっても普通のポケモンよりもずっと強いだけで殆ど実物に近い。倒されたりして死ぬと跡形もなく消滅する。そして、消滅から一定時間を過ぎると復活するのだそう。設計図によると魔石自体が破壊されない限り何度でも復活することが可能だということも分かった。奈落に落ちた時に死んだはずのバッフロンが消えていたのもそういうことで、後で復活していたのである。そして、最後の階層のサザンドラも他のボスポケモンと同様に魔石によるものなので殺しても復活することが可能だ。つまり、殺すことに躊躇う必要は全く無かったのだ。そのことで誠司は心の中でますます罪悪感を募らせた。

 

また、モンスターボールの設計図もあった。どうやら、その設計図は晩年に作られたものでまだ改善の余地が沢山あるようだ。オスカー自身、設計の改善点を挙げているし、ハジメも設計段階での穴をいくつか見つけている。材料のぼんぐりや鉱石はトランクで大量にあるので改良は出来そうである。

 

 

 

 

工房にも入ってみると、様々な鉱石や作業道具が所狭しと保管されており、王国の錬成師が見たら卒倒しそうな場所だった。ハジメも目を輝かせている。今にも色々作りそうな感じだ。

 

 

そんなこんなでもう日も暮れて来たので、一旦ベッドルームに戻ってポケモン達にはトランクの中に入ってもらうことにした。ポケモン達も最初はトランクに驚いたものの、中に入ると、それぞれのエリアに喜んで入って行った。

 

マシェードやキュウコン、ケンタロスは草原のエリア、ミズゴロウは湿地のエリア、イーブイは森のエリアといった感じだ。他のポケモン達も同じようにそれぞれ適したエリアで過ごしている。

 

今後の方針は次の日決めることにする。今はまず休もうということで決まった。

 

 

「………はーー」

 

誠司はお湯を掬って肩にかける。オスカーが作った風呂は非常に高性能だ。天井は満天の星空が写し出されて幻想的な上に数十個はある蛇口からはそれぞれ違う効能のお湯が出る仕組みだ。しかも、蛇口を捻ればすぐに満タンになる。なので、それぞれ違う効能のお湯を楽しむことが出来る。誠司は火傷に効く効能のお湯を使っている。顔の左側の火傷はかなり酷く神水やハジメの回復魔法でもなかなか治らない。なので少しは効くかなという感じで使っている。気休めかもしれないが傷が癒えるような感覚もあって気持ちが良い。

 

「まさか、こんなところで温泉を楽しめるとは思ってなかったな……」

 

誠司は思わず感傷に浸った。

 

そんな時、ヒタヒタと足音が聞こえて来た。誰だ? 音がした方向に目を向けようとすると、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「お邪魔しても大丈夫?」

「なんだ、ハジメか…… 良いぞ」

 

ハジメの声だ。警戒を緩めた誠司は何の気無しに答える。

 

ちゃぷんという音と共に横にハジメが入ってきた。ハジメと話そうと顔を向けると、固まった。ハジメは結んでいた長い白髪を下ろし、首や肩を隠している。それだけでもかなり女の子っぽいのに更に下を見てみると、バスタオルで隠されていたが、明らかな胸の膨らみがあった。今までは服越しだったので無意識に気のせいだと思っていたが、もう気のせいではなかった。

 

南雲ハジメは女だったのだ。

 

一緒に奈落に落ちてからそれなりに経つが全く気付かなかった。思わず凝視する誠司にハジメが苦笑しながら言った。

 

「もう、誠司。ジロジロ見過ぎ」

「……ああ。悪い。えっと……その……… いつから女になってたんだ? もしかして奈落でタブンネを食べた時からか?」

 

ポケモンを食べて性転換するなんてことあるのだろうか……? だが、現に髪が長くなったり、体格が変わったりしていたしあり得るのかもしれない。確かにタブンネは女の子っぽいポケモンではあるが…… 誠司がアレコレそんなことを考えているとハジメが答えた。

 

「う~ん、この際だから言うけどね。途中から女になった訳じゃないよ」

「それは………つまり、元から女だったと?」

「うん。僕は女だよ。ずっと隠しててごめんね」

 

ハジメはそう言うが、誠司は混乱しっぱなしだった。無理もない。だが、色々と思い返してみると確かに不自然なことも色々あったような気がする。

 

例えば、体育の着替えの時とかもいつの間にかもう着替えてるなんてことはしょっちゅうだった。それはトータスに来てからもそうだった。一緒に着替えるなんてことは今まで無かった。中学や高校では水泳の授業とかもないから水着に着替えることもない。それに何回かハジメのステータスプレートを見たことはあったがいつも性別の欄は指で隠されていたような………一

 

一つ思い出すと色々なことを芋づる式に思い出していき、確信へと変わっていく。最終的にはハジメの言葉を信じざるを得なくなっていった。誠司は手を顔に当てて呻いた。

 

「………マジかよ。胸とかも無かったし声も低かったから今まで全然気付かなかった……」

「あははは…… それはある意味僕にとっては幸運だったかもね」

「だけど何でまた……… ハジメの親御さんがそういうことを強制するような人には思えんが」

 

誠司は何度かハジメの両親と会ったことがあるので二人の為人(ひととなり)はある程度分かっている。ハジメの両親が自分の娘を男として育てるような真似はするとは思えなかった。まぁ、漫画やゲームのネタになるって目を輝かせるような気はするが。

 

「ううん。父さんや母さんは関係ないよ。これは僕自身が好きで選んだことだから」

 

そう言ってハジメは自分の過去を語り出した。

 

小さい頃から男の子の格好をするのが好きだったこと、小学生の頃によくそれでクラスメイトから揶揄われたこと、いっそ男として過ごす方が楽であることに気が付いてしまったこと、そして中学・高校に上がってからは男として生活するようになったこと(小学生時代の知り合いがいない中学校や高校を選んで、学校には予め事情を伝えて理解を貰っていた)…………

 

そして、誠司と出会い彼と親友になってからは日に日に罪悪感のようなものが強くなっていった。親友を騙しているような感覚だ。いつかは本当のことを明かしたいが拒絶されるのではないかという恐怖。それはトータスに来てからも変わらなかった。寧ろ酷くなっていった程だ。それから奈落に落ちて空腹に負けてタブンネの肉を食べて変化した時、自分の身体が女そのものになっていた。今なら秘密を打ち明けられるかもしれない。そう思って誠司に打ち明けたのだ。

 

「………以上が、僕の全てだよ。それで、その……僕のこと………どう思う?」

 

ハジメはそう言うと、誠司の顔をジッと見た。不安そうな顔を浮かべているが、誠司の答えは最初から決まっていた。誠司は天井を見上げて少し深呼吸をして口をゆっくりと開いた。

 

「……そりゃハジメが女だったことには驚きはしたがな。だけどそれで拒絶なんかしねえよ。男だろうが、女だろうがハジメはハジメだ」

「………! そっか……そっかぁ……… 良かった……」

 

ハジメはその言葉に心から安堵したのかお湯に口の部分まで浸かった。そのはずみで一瞬バスタオルが捲れ上がりそうになるが、咄嗟に押さえた。それに気付かず誠司は言葉を続けた。

 

「ハジメは俺の大事な親友だよ。今も、これからも……な」

「……親友かぁ………」

 

その言葉にハジメは少し残念そうに言った。誠司は怪訝そうに尋ねる。

 

「どうした?」

「……僕としては()()()()が良いんだけどね……」

「え? それって…… けど……」

「ううん。分かってる。流石にそこまでは受け入れられないのは分かってる」

 

いきなり自分が女だと打ち明けてそれで好きだと愛の告白を受けても困惑するだけだ。今は自分が女だと受け入れてくれただけ十分だった。ハジメはそう思いながら自身の髪をかき上げた。すると、額に少し大きめの傷があるのが見えた。

 

「……! なぁ、その傷……」

「え? ああ、これ? 転んだ時に付いた傷だよ」

「………もしかしてあの時の傷か?」

 

その傷はサザンドラとの戦いの時、誠司がハジメを庇って突き飛ばした際に付けた傷だった。それが分かった時、誠司の顔は少し暗くなった。ハジメが女だと分かってますます罪悪感が湧いたのだ。それに気付いたハジメは誠司の頭にチョップをかます。

 

「いてっ!」

「もう…… さっき誠司が謝って僕やユエ、ポケモン達は許した。それで良いじゃん。さっきも言ったけど誠司の方が重傷なんだからね。もっと自分の方を心配しなよ。それに……顔に傷を付けたからその責任を取って……なんて僕は嫌だし」

「そ、そうか。悪い」

「僕は誠司が好きだよ。もちろん恋愛的な意味でね。だから傷とかそんなこと関係なく、これから僕のことを好きになってほしい」

「だけど、俺……左腕無くなったし、顔も酷い火傷を負ってるぞ。それでも良いのか?」

「何言ってるの。そんなんで嫌いになるわけないでしょ。腕なんかは僕が新しい腕を作ってあげる。とびきり高性能な奴をね。それに、美形は3日で飽きるって言うけどその顔なら一生飽きなさそうだし」

 

ハジメが朗らかに笑った。それに釣られて誠司も笑みを浮かべた。

 

風呂場に笑い声が響いた。

 

ちなみにユエはベッドでグースカ寝ていた。




はい、ハジメ君は実はハジメちゃんでした。女の子でハジメって名前は変かなって思いましたが、調べてみたらそういったキャラは色々いたのでそのまま通しました。

次回で誠司達の今後の方針などを明らかにします。

ハジメが誠司を好きになったキッカケ等は後々書こうと思います。


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準備、そして新たな旅立ち

ハジメから衝撃の告白をされた(ちなみにユエは最初からハジメが女であることを知っていた)次の朝、朝食を食べ終えて一息ついた頃、誠司はハジメやユエ、ポケモン達に対して真剣な顔つきで口を開いた。

 

「よし。皆、落ち着いたな。それで、今後の方針についてなんだが……」

 

その言葉にハジメもユエも顔を引き締めた。昨日は怒涛の展開の連続で話す機会がなかったが、いつまでもここにダラダラと留まっているわけにはいかない。

 

「まずは俺自身の方針を言っておく。俺は外に出て他の大迷宮を攻略していくつもりだ」

 

誠司の言葉に二人は目を見開いた。大迷宮のきつさはこのオルクス大迷宮で嫌と言う程思い知っていた。それなのにまた別の大迷宮に向かうというのだ。まさに自殺行為である。

 

「昨日、俺はキュウコンの気持ちを知ってな。正直、キュウコンの力になってやりたいと思ってる。それに、俺はポケモンが大好きだ。エヒトとかいう奴が本当にパルキアやアルセウスを利用してポケモン達を迫害してるのなら俺はそれをなんとかしたい。そのためには大迷宮を攻略するのが一番の近道だと考えている」

 

誠司の言葉にハジメもユエも静かに聞いていた。ポケモン達、特にキュウコンは誠司の言葉に心から嬉しく思っていた。

 

「……それでだ。ハジメ、ユエ、ポケモン達(お前ら)はどうしたい?」

「「え?」」

 

誠司にそう言われて全員、一瞬戸惑った。てっきり自分達も同行すると思っていたからだ。それを察したのか誠司が答えた。

 

「これはあくまで俺個人がやろうと思っていることだ。ハジメ達にそれを強制させるつもりはない。ポケモン達も同じだ。本当なら同調圧力とか働かないように一人一人に聞きたいところだが、時間も惜しいからな。今ここで聞く。皆はどうしたい?」

 

ハジメ達は少し黙る。ポケモン達も中には不安そうに顔を見合わせる者もいる。誠司は一つ大事なことを思い出すと追加した。

 

「ああ、そうだ。パルキアを助けることはハジメにとってもメリットがあると思うぞ」

「………え?」

「パルキアは空間を司り、支配するポケモンだ。つまり、そのパルキアを解放して力を借りることが出来れば……」

「元の世界に帰ることが出来るかもしれない……ってこと?」

「そうだ。お前が今でも地球に帰りたいと思っているのなら十分メリットがあると思うぞ」

 

誠司のその言葉にハジメは少し呆れた表情を浮かべた。「ずるいなぁ」と言いたげだ。そして、ユエやポケモン達の顔を見るとやがて決心した顔つきで答えた。

 

「誠司、その旅に僕も付き合うよ」

「ん、私も付き合う」

「……良いのか? 俺が言うのもなんだが、命がいくつあっても足りない危険な旅になると思うぞ」

「まあね。それはもちろん分かってる。僕は早く生きて地球に帰りたい。そのためには誠司の言う通り、パルキアの力を借りるのが現時点で一番の方法だと思う。それに……誠司が戦いたいと思っているのなら僕は力になりたいと思ってる。生成魔法は皆の中では僕が一番使いこなせているし、力になれれば誠司も助かると思う。だから遠慮なく頼って」

「……私も。誠司やハジメには恩がある。それにシャンデラやモクローとこれからも一緒に暮らしていくには今の世の中を変えていく必要がある。だから、私自身、あなた達の力になりたい。私は全魔法に適正があるから大迷宮攻略の力になれると思う」

『グオオォォォォ!!』

 

ハジメとユエの言葉に呼応するようにポケモン達も全員、吠えた。どうやら、辞退する者はいないらしい。全員、自分の選択に迷いの無いやる気に満ちた目をしていた。あの時、トータスに来て参戦を決意した時のように周囲の空気に流されて選んだ者はどこにもいない。

 

「………………」

 

誠司は思わず黙り込んだ。正直、自分とキュウコンだけでもやり遂げるつもりだった。だが皆、自分の意思で付いてきてくれるというのだ。その事実に少し誠司の目が潤んだ。誠司は口を開いた。

 

「分かった。皆がそこまで言った以上、俺も腹を括る。皆の力を貸してくれ!」

「了解!」

「ん、任せて!」

「よし。……だが、すぐ出発する訳じゃない。大迷宮攻略は危険極まりないものだ。これから挑んで行くからには俺達もポケモン達も入念に準備をしておく必要がある。それに昨日の設計図とかからも分かる通り、オスカー・オルクスは非常に優秀な技術者だ。彼から学べるものは数多い。武器やアーティファクトも充実させた方が良いだろう。ハジメはそれも並行してお願いしたい。皆、それで良いか?」

「ん、私は大丈夫」

「僕も大丈夫。あっと驚かせる物を沢山作るよ!」

 

こうして誠司達は目的が定まり、このオスカーの隠れ家を拠点に装備の充実と鍛錬に集中したのだった。

 

 

それからあっという間なもので奈落の底で二ヶ月という長くも短い濃い時間を過ごした。それぞれ入念に準備を行い、大迷宮攻略に備えた。

 

現在、誠司は()()の調整をしていた。誠司の左腕部分には黒く輝く人工の義手が付けられていた。誠司が十五メートル程前にある的に目を向けて義手を構えると、義手に内蔵された魔法陣が反応して変形を開始した。手の部分を引っ込めて代わりに現れたのは少し直径が大きめの口を持った銃だった。銃はバシュンッという音を立てて一つの赤い球体を発射した。その球体は真っ直ぐ飛んで的に命中した。すかさず誠司は義手を変形して手の形に戻すと的に向けて手をかざした。今度は義手の中の別の魔法陣が光って磁石のように球体は義手に向かって吸い寄せられて行った。

 

「……よし」

 

誠司は満足そうに頷くと、ハジメが話しかけて来た。

 

「どう? 僕の作った腕は? リクエスト通りに作ってみたけど」

「ああ。完璧だ。魔法陣を介するから少し動作が遅いのと銃に装填出来る球の数に限りがあるのが難点だけど、期待以上だよ」

「あはは…… まぁ、そればっかりはまだね……」

「気にするな。今のところは問題ないしな」

 

 

この二ヶ月でハジメはこの義手を始め、様々な新装備を生み出した。その新装備についていくつか紹介しよう。

 

例えば、モンスターボールだ。元々はオスカー・オルクスが設計していたものだったが、改善点が多い代物だった。なので、ハジメが何度も改良を重ねたことで誠司が夢で見たものに近いモンスターボールが出来上がった。設計図にあったものの小型化・軽量化に成功し、更にポケモンの意識を保った状態でモンスターボールに入ってもらうことに成功したのだ。義手にもこのモンスターボールが複数個装填されており、銃弾の代わりに発射することで遠くにいるポケモンに当てることが出来る。

 

出来上がったそれを手に取って誠司は思わず感動した。夢にまで見たそれを使うことが出来るのだから。そして、三人は自分のポケモン達にモンスターボールに入ってもらうことにした。誠司はマシェードを始めとした自分のポケモン達に話をした。

 

「皆、これから先の旅ではお前らを怖がる連中が多い。俺達にはあのトランクがあるが、皆をトランクに出し入れするには手間も時間も掛かってしまう。だから、これから一緒に旅するためにこのモンスターボールに入って欲しい。大丈夫、これはお前らを閉じ込める檻じゃない」

 

それを聞いてポケモン達は皆、ほぼ同時に頷いた。誠司、ハジメ、ユエはボールをポケモン達に近づけてボタンを当てると、光に包まれてボールに吸い込まれていった。そして、数回揺れると、ポンッと言う音とともに蒸気を出した。

 

「よし。皆、これからよろしくな!」

「良かった。これで成功だね」

「……ん、変な感じ。でも悪くない」

 

モンスターボール達が揺れ動いた。まるで誠司達の言葉に頷いているようだった。

 

 

他にもハジメは魔力駆動四輪も製造した。移動手段ならポケモン達もいるのだが、大人数で長距離を移動することがあるのならあった方が便利だろうと考えて製造したそうだ。これには流石の誠司も目を点にしていた。剣と魔法の異世界にとても似つかわしくないハマータイプの軍用車両が目の前にあったのだから。

 

何から何までこだわって作った代物らしく、耐久性が抜群、しかも魔力で走行するため燃料は不要、冷暖房も完備しているという。取り付けられている魔石や操縦者の魔力で動くため、そこまで複雑な構造はしていないと言うが、それでもある程度車の構造を理解していないと出来ないことだ。そのことをハジメに言うと、本人曰く「オタクに出来ないことはない」とのことだ。

 

ある意味、1番与えてはいけない人物にこの天職を与えた感じがしてならない。

 

他にも色々な武器やアーティファクトが出来上がった。それらは全て「宝物庫」というアーティファクトに保管されている。これは元々オスカーが保管していたアーティファクトで指輪の形をしている。指輪に魔力を流し込むことで別の空間を創り出し、物を保管しておくことが可能な代物だ。さながらドラ○もんの四次元ポケットみたいなものである。

 

そして、ハジメは自分である程度は戦えるようになりたいとドンナーと新しく作った拳銃(シュラークという名前らしい)の二丁を使って銃技を磨いていった。誠司も銃を一丁作って貰い、ハジメから教えてもらっているが、ハジメのようにはいかない。なので、銃はあくまで護身用に使うことにした。

 

誠司はポケモン達を鍛えることに専念した。ハジメは銃技の上達や装備の開発で忙しかったためポケモン達の世話は誠司に任せてしまうことも多々あったが、忙しくてもハジメなりに愛情をしっかりと与えていたためヒバニーもイーブイも不貞腐れることは無かった。

 

 

そして、ポケモン達に色々な技を仕込み、訓練を重ねていったことでその成果が表れた。ミズゴロウが進化したのだ。

 

ヌマクローに進化して逞しくなった姿を見た時、誠司は感激した。進化にしろ新しい技を覚えるにしろポケモンが成長するのを間近で見るのは本当に楽しい。もっと多くの人にその楽しさを知って貰いたいと思うようになった。

 

ヌマクローは進化したことで新しく“マッドショット”という技も覚えた。地面属性も追加されたことによる影響だろう。他のポケモン達も新しい技をいくつか覚え、その技の精度や威力も上げていった。

 

また、誠司はハジメやユエにポケモンバトルを教えたりもした。簡単に言えばポケモンの技の組み合わせ等だ。ただ闇雲に攻撃をするのではなく、ポケモンの技を組み合わせて戦うやり方を教えたのだ。夢で見たポケモンバトルでもそうやってバトルをする者は多かったのでそれを参考にした。

 

ポケモンバトルの模擬戦でもハジメもユエも最初は不慣れで誠司に勝てない様子だったが、最終的には誠司と少しは接戦出来るくらいには成長した。魔獣使い(言い方が何か気に食わないので以降はポケモントレーナーと名乗ることにする)の誠司としてはまだまだ負けられない。

 

 

そんなこんなで準備を終えて誠司達はいよいよ奈落を出る日を迎えた。新たな出発ということで三人とも服装を一新している。

 

誠司は白いシャツに黒いズボン、シャツには緑色のネクタイを締めている。その上には白衣を羽織っている。緑色のネクタイには少し変わった遺伝子のような模様の七色に輝くアクセサリーが付いている。オスカーの工房にあった特殊な石でそれに惹かれた誠司がハジメに加工をお願いしたのだ。また、顔の火傷が酷いため、顔にはまだ包帯が巻かれている。完治にはまだ時間が掛かるようだ。ハジメからは志々○真実みたいだと言われた。誠司は「この顔の方が人の本性がよく分かる」と言って特に気にしていない。ハジメやユエ、ポケモン達が受け入れてくれていることも大きい。

 

ハジメも黒い上着に白のシャツ、誠司のアクセサリーと同じ石をペンダント状に加工したものを首にかけている。下は黒のズボンを履いている。スカートにしないのかと尋ねた所、ハジメ曰く「スカートは恥ずかしいし落ち着かない」とのことだ。少しもったいない気もするが仕方ない。また、長い髪をしっかりと結び、ユエから化粧を教えて貰ったおかげなのか、なかなかの美人になっている。

 

そして、ユエは見た目とは裏腹に大人っぽい服装をしている。ある意味年相応というべきか。フリルがあしらわれた純白のドレスシャツに、フリルがあしらわれた黒のミニスカート、その上には白のロングコートを羽織っている。頭のリボンには誠司やハジメが付けているのと同じ石のアクセサリーが付いている。

 

これらの服装はユエがデザイン、製作してくれたものだ。王女であるユエにこんな才能があるのは意外だった。オスカーの部屋には沢山の服があったためそれらを作り直したのだ。何故か男一人で暮らしていたはずなのに大量のメイド服も見つかったが。オスカーはそれを着る趣味でもあったのだろうか……

 

ちなみに、攻略の証であるベテランシンボルはそれぞれ白衣や上着の裏側に着けている。シンボルの裏にはよく見ると小さい針のようなものがあり、それで服に留めることが出来たので身に付けることにしたのだ。

 

 

出発前、誠司達はある場所に来ていた。キュウコンを除くポケモン達はモンスターボールにしまい、ボールは腰のベルトに付けている。磁石のようにくっついているためすぐに外れてしまうことはない。誠司の片手にはオスカーのトランクも持っている。ポケモンの住処には最適だし、モンスターボールの材料もあるので貰うことにしたのだ。オスカーの相棒キュウコンも誠司がトランクを持って行くことに文句は無いようだった。

 

その場所には形の整った石がポツンと置いてあった。そして、その石にはこう記されている。

 

『解放者オスカー・オルクス、ここに眠る』と。この石はオスカーの墓標である。石の下にはオスカーの骸が眠っている。

 

誠司は合掌した。それにハジメやユエも倣って手を合わせる。三人ともオスカーには感謝の念があった。キュウコンは墓に向かって深く頭を下げる。

 

「………よし。行くぞ」

「……うん」

「……ん」

 

三人は建物内の地上への移動用魔法陣へ向かった。キュウコンは一度振り返り、もう一度頭を下げると、三人を追いかけて行った。

 

 

三人は魔法陣の前に立っていた。既にキュウコンはモンスターボールに戻してある。誠司は改めてハジメとユエに告げた。

 

「ハジメ、ユエ。改めて言うが、ここからの俺達の旅は命がいくつあっても足りないヤバイ旅になる。覚悟は良いな?」

「ん、今更……」

「うん。覚悟は出来てるよ。教会や国、あの狂ったエヒトとかいう神もどきと敵対するかもしれないんでしょ? そう言う誠司の方こそ大丈夫? オスカー達のように敗れるかもしれないよ。それでもやる?」

 

ハジメが挑発的に言った。誠司を心配しての言葉ではない。わざと誠司を試す言葉だ。それが分かっているため誠司もフンと鼻を鳴らした。

 

「俺達は負けねえよ……… ポケモン達(こいつら)がいる限りな!!」

「そうか…… それなら行こう」

「んっ。どんな奴が相手でも私達なら負けない」

 

三人は頷くと、ほぼ同時に魔法陣に足を踏み入れた。すると、魔法陣は光り輝いて三人を包み込んだ。




誠司の義手はアニポケのシトロイドみたいな感じです。腕が銃に変形してモンスターボールを発射するのはカッコいいなぁと思い、取り入れました。

誠司とハジメのイメージを作成しました。

中西誠司のイメージはこんな感じです。

【挿絵表示】


やわらかめのネコヤギ
https://picrew.me/image_maker/197705


ちなみにこの作品の南雲ハジメのイメージはこんな感じです。

【挿絵表示】


テイク式女キャラメイカー
https://picrew.me/image_maker/407340

最初は誠司同様、やわらかめのネコヤギで作成していたんですが、微妙にイメージと違ったので別のキャラメイカーで作成しました。


次回から不定期更新になります。ご了承ください。(既に数話前から不定期になってしまっていましたが……)


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技の特訓 でんこうせっか編

奈落を出た後の話の前に入れて置こうと思い、この話を入れました。誠司とイーブイの絡みが少なめな気がしたので……


これは誠司達が奈落を出発する数日前のこと………

 

誠司はイーブイに何か新しい技を習得してもらおうと特訓をしている最中だった。ついでにハジメのイーブイも一緒だ。ハジメは新しいアーティファクトの構想が浮かんだらしく、今は工房で作業中だ。なので、ハジメのイーブイにも特訓をすることになった。ちなみにユエはシャンデラやモクローと一緒に新しい服を作っている。

 

どちらのイーブイも覚えている技は“たいあたり”や“てだすけ”、“スピードスター”といった技で今ひとつなものが多い。味方の技の威力を上げる”てだすけ“はまだしも、もう少し相手を撹乱させられるような技が欲しい。

 

そのため、誠司はイーブイ達に素早さを上げる訓練を行うことにした。そこから何か新しい技が閃くかもしれないからだ。そう説明すると、二体とも元気よく返事をした。どうやら、どちらも文句は無いようだ。

 

生まれたばかりの頃はどちらも大して性格に差は無かったが、今では性格も分かれてきている。

 

誠司のイーブイはオスらしく、せっかちな性格で好奇心旺盛な子だ。反対にハジメのイーブイはメスらしく、控えめな性格のようで花が大好きな子である。

 

同じイーブイでもこうも性格に差があると面白いものだ。誠司はどうしようか少し考え込むと良いアイデアが浮かんだ。イーブイ達にここで待つように指示をして早速、訓練の準備を始めた。

 

そして約二十分後、誠司が戻って来るとイーブイ達は待ちくたびれたのか仲良く眠ってしまっていた。誠司はイーブイ達を起こすと訓練の内容を説明した。

 

訓練の内容は簡単に言えば競争だ。オスカーの隠れ家と畑の周りを一周し、先にゴール出来た方はご褒美をあげるというものだ。コースには色々な障害物を置いてあるのでそれを上手く躱さないといけない。誠司も近道を通って様子を確認するので余程のことは起こらないだろう。

 

もしかすると「これが訓練なのか?」と言う者もいるだろうが、訓練というのはある程度は遊びの要素も入れておかないとモチベーションが続かない。ましてやこのイーブイ達は誠司やハジメ、ユエのポケモン達の中で最年少だ。まだまだ幼い。

 

説明を聞いたイーブイ達は早く走りたくてウズウズしているようだ。特に誠司のイーブイはジリジリとフライングしそうな勢いだ。誠司はその様子に苦笑しながら注意した。

 

「こらこら。ズルは駄目だぞ。準備はいいか? よーい、スタート!」

 

誠司の合図で二体のイーブイは元気に駆け出した。どちらも同じくらいの速さだが、誠司のイーブイの方が若干速い。イーブイ達はひょいひょいと身軽に障害物を乗り越えていく。そして、最後の、そして最大の障害が立ちはだかった。

 

「マクロ!」

「マッシェ!」

 

ヌマクローとマシェードだ。この二体には競争の妨害を頼んでいた。イーブイ達は一瞬動きが止まった。その隙をこの二体は見逃さない。

 

ヌマクローは“みずでっぽう”や“マッドショット”(もちろんある程度は手加減してもらっている)を、マシェードは”キノコのほうし“を連続で繰り出した。

 

「イブ!?」 「イーブ!?」

 

イーブイ達は必死に避けるが、二体の連続攻撃は止むことがない。その様子を少し離れた場所から見ていた誠司がイーブイ達に激励の言葉を掛ける。

 

「イーブイ! チャンスは必ずある! そのチャンスを掴み取れ!」

 

誠司の言葉を聞いたイーブイ達はお互いに顔を見合わせた。そして、同時に頷くと一気に駆け出した。

 

だが、ヌマクローもマシェードも簡単には行かせない。的確に狙いを定めて技を放とうとする。すると、イーブイ達の体がブレた。これにはヌマクローもマシェードも、誠司も戸惑った。

 

次にはイーブイ達は少し離れた場所にいた。そしてまたすぐに別の場所へ。凄い速さで移動するので攻撃が全然当たらないのだ。誠司は魔獣図鑑の技能で分析した。

 

「そうか…… イーブイ達は新しく“でんこうせっか”を覚えたのか……」

 

そうしている間にもイーブイ達はヌマクローとマシェードの間をすり抜けて行ってしまった。見事、最後の障害を突破したのだ。これにはヌマクローやマシェードは思わず悔しそうな顔を浮かべる。誠司は苦笑しながら二体を労うと、先回りしてゴール地点で一緒に待つことにした。

 

 

ゴール地点。イーブイ達は熾烈なデッドヒートを繰り広げていた。

 

「イブイブ!」 「イーブブ!」

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                

イーブイ達は走るのに夢中で周りが見えていない。殆ど同時にゴールした。そして、抱きしめてやろうと身構えていた誠司に思い切り突っ込むことになった。これには思わず誠司もグエッと呻き声を上げて倒れて込んでしまった。

 

ヌマクローとマシェードが慌てて駆け寄った。どうやら誠司は大丈夫そうだった。嬉しそうにイーブイを撫でている。

 

「よしよし。良くやったぞ、イーブイ達。新しく“でんこうせっか”が使えるようになったな。マシェードとヌマクローも妨害役、サンキューな」

 

誠司がマシェードとヌマクローの二体に改めてお礼を言うと照れくさそうに頭を掻いた。

 

こうしてイーブイ達は新しく“でんこうせっか”を覚えた。ちなみに、イーブイ達の希望するご褒美は頭を撫でてもらうことだった。散々やってもらっただろうに。




次回からあのウサギ娘が登場します。


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ライセン大峡谷~ライセン大迷宮
外へ、二匹のウサギ


誠司達が魔法陣を通って抜けた先は………洞窟だった。

 

そのまま地上に繋がっていると思っていた誠司とハジメはガッカリしたが、ユエの「隠れ家である以上隠されていて当然」という説明で納得した。たしかに隠れ家に繋がる通路など隠していて当たり前だ。もしも敵がそこで待ち伏せしていたら一網打尽にされてしまうだろう。いつの間にか浮かれていてその前提を忘れてしまっていたようだ。

 

気を取り直して洞窟内を進むと、道中トラップはあったものの白衣や上着の裏に着けていたベテランシンボルに反応して解除されていく。そのため、迷うことなく先に進むことが出来た。

 

そして、ようやく光が見えてきた。魔力などではなく、本物の太陽の光だった。どうやら出口のようだ。三人は目を合わせて互いにニッと笑みを浮かべると同時に光のする方向に駆け出した。もちろん最低限の警戒も忘れずに。

 

そして、三人は光に飛び込み、待望の地上に出た。

 

ライセン大峡谷。

 

そこは地上の人間にとっては地獄とも言える場所だった。断崖で覆われたこの地は魔法が殆ど使えず、強力で凶悪なポケモン達が多く生息するからだ。そのため、ここは処刑場としても使われている程である。そして、大迷宮の一つがあるとされる場所でもある。誠司達が出たのはこのライセン大峡谷の谷底に位置する洞窟の入り口だった。

 

地上と言うには深く、険しい場所ではあるが、地上には違いない。頭上には太陽の光が降り注ぎ、風は大地の匂いと共に吹き荒れる。

 

それらが改めて誠司達に地上に戻って来たという実感を与える。

 

「やっと…… 戻って……きたんだね………」

「んっ………」

「ああ…… 本物の太陽の光とか…… いつぶりだ………」

 

三人とも久しぶりの地上に感動していた。ハジメやユエなんかは嬉しさのあまり、今にも叫び出しそうだった。

 

誠司もそうしたい気持ちはあったが、まだ完全に気を抜くわけにはいかない。

 

「ハジメ、ユエ。嬉しいのは分かるが、ここには手強いポケモンが沢山いるんだ。あんま油断するなよ」

 

誠司がそう注意すると、二人はハッとした表情で周囲を見渡した。しかし、周囲にはまだポケモンの姿はない。それに二人はひとまず安堵した。

 

「……誠司。ここにはどんなポケモンがいると思う?」

「ん? そうだな…… こう岩ばかりのゴツゴツした場所なら岩・地面属性のポケモンは間違いなくいるだろうな。あとは飛行属性のポケモンもいそうだ……」

「意外と色々いるんだね……」

「まぁ、そこら辺の石や岩に注意すれば大丈夫だろ。ああ、あとここには恐らく……」

 

恐らく、いやほぼ間違いなく大迷宮の入り口がこのライセン大峡谷のどこかにあるはずだ。だが、少なくともこの大峡谷全体が大迷宮ということは無いだろう。単純にオルクス大迷宮と近すぎるからだ。ライセンを攻略すればすぐにオルクスに行けてしまう。あるとしたら分かりにくい場所にあると考えるのが妥当だ。

 

誠司がそのように自分の考えを述べると二人も同意した。

 

「同感だね。いきなり2つの大迷宮を連続で攻略は流石にないだろうし」

「……折角攻略したらすぐに別の大迷宮の中とか鬼畜すぎる」

 

流石ハジメとユエだ。すぐに納得してくれた。

 

「ああ。だから先に進もう。いつまでもここにいても仕方ないし。次の大迷宮の入り口を探しつつな」

「そうだね。それだったらさ…… 樹海側に進んだ方が良いかも」

「……? ……なぜ樹海側?」

「たしかライセン大峡谷は西に砂漠が、東に樹海が広がっていたと思う。峡谷を抜けていきなり砂漠横断はキツいよ。樹海側なら町にも近いだろうし」

「ん。……確かに」

「なるほどな。それなら樹海側に進むとするか」

 

誠司はそう言うと、モンスターボールからケンタロスを出した。ユエも同様にボールからシャンデラを出す。ハジメはまだ移動用のポケモンを持っていないため誠司と一緒にケンタロスに乗せてもらう。ユエはシャンデラにしがみ付く形で乗り込んでいる。

 

そして、ケンタロスとシャンデラは三人を乗せて大峡谷を突き進んで行く。ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖である。そのため、脇道は殆どなく、真っ直ぐ進めばそのまま樹海に辿り着くことが出来る。

 

道中、ポケモンが誠司達に襲い掛かって来たりもしたが、疾走するケンタロスやシャンデラにビビって逃げ出す者が多かった。中には怯むことなく襲い掛かって来た骨のあるポケモンも二体ほどいたが、誠司がどちらも捕獲した。捕まえたのはワンリキー、エリキテルである。大迷宮攻略のために使える戦力は多い方が良いと思ったからだ。

 

そんな調子でしばらく走っていると、ハジメが何かを見つけた。誠司に言って止めてもらうと、ハジメは駆け出した。ハジメが見つけたのは青みがかった金属質のポケモンだった。鉄アレイのような見た目をしており、赤い一つ目と三本の爪が特徴的である。だが、そのポケモンはどうやら弱っているようだった。本来は浮遊出来るはずなのに浮遊する元気も無いようだ。

 

誠司がそのポケモンを見ると、頭に情報が入って来た。

 

「ダンバルか…… 随分と弱っているようだが……」

「……ダン……バ………」

 

ハジメが手元にある神水を使ってダンバルを回復させた。ハジメのその行いに誠司もユエも特に止めず見守る。傷ついたポケモンをそのまま放っておくのは寝覚めが悪かったからだ。神水を飲んでダンバルは元気になったのか嬉しそうにハジメの周りをフヨフヨと浮いている。

 

「ダンバ、ダンバ!」

「良かった。元気になったみたい」

「ああ。しかも、どうやら懐かれたみたいだな。折角だし仲間にしたらどうだ?」

「……ん。それが良いと思う」

「そうだね。ねえ、ダンバル。良かったら僕と一緒に来ない?」

「ダンバ!」

 

ハジメがモンスターボールを差し出すと、ダンバルは躊躇なくボタンを押してボールに入った。これでハジメも新しいポケモンを仲間にした。

 

ハジメがボールを見つめて満足そうに頷いたその時、悲鳴が聞こえて来た。それから少し遅れてポケモンの咆哮と足音も聞こえて来る。

 

一体何だ?

 

誠司、ハジメ、ユエ、ケンタロス、シャンデラが思わずその音がする方向に顔を向けた。そこには青みがかった白髪のウサ耳少女と灰色のウサギポケモンがティラノサウルスのようなポケモンに追いかけられている光景だった。追いかけているポケモンはウサ耳少女より小柄だが、随分怒っているようだ。見境ない感じだ。

 

「ひいやああぁぁ! 助けて下さいぃぃぃぃ!」

「ホビホッビィィ!」

 

ユエが誠司に尋ねた。

 

「......誠司、あのウサ耳と一緒にいるのは?」

「あれはホルビーだな。耳で穴を掘れるんだ」

「……じゃあ、あの追いかけているのは?」

「あれはチゴラスだ。顎の力が強力で噛みつかれたらタダじゃ済まないな」

「のんびり解説してないで助けて下さいいぃぃぃ!!」

 

ウサ耳少女が半べそをかきながらツッコんだ。

 

「でも、何で兎人族がこんな所にいるんだろ? ここが住処なのかな?」

「……ん? て言うか、こっちに向かって来てる……?」

 

それはつまり、チゴラスまでこっちに向かって来ているということだ。その事実に気付いた三人は思わず叫んだ。

 

「「「こ、こっちに来るなあぁぁぁ!!」」」

「そんなこと言わずに助けて下さーーい!!」

 

急いでポケモンに乗り込んで逃げようとするが、チゴラスは目の前にいる誠司達も敵と見なしたのか周囲の岩を尻尾で弾き飛ばして来た。幸いにも攻撃は当たらなかったが、もう戦いは避けられないだろう。

 

「……さっきみたいにモンスターボールで捕まえてみたら……?」

 

ユエがそう提案するが、誠司は首を横に振った。

 

「いや、あそこまで興奮してたら簡単には捕まらないぞ。仕方ない…… ポケモンを出して応戦するぞ!」

「分かった!」

「ん! 了解!」

 

3人ともモンスターボールを取り出すと、それぞれポケモン達を出した。誠司はヌマクロー、ハジメはヒバニー、ユエはモクローだ。

 

新たに現れたポケモン達にウサ耳少女は悲鳴を上げた。

 

「え、え……? な、何で魔獣が!? どこから!? あなた達は何者なんですかぁ!?」

 

 

あまりの展開に狼狽しているウサ耳少女をよそに誠司達は自分のポケモン達に指示を出した。ウサ耳少女に事情を説明するよりもチゴラスを何とかする方が先だからだ。そのため、悲鳴混じりの困惑の声が峡谷に虚しく響いた。




ウサ耳少女、シアのパートナーポケモンはホルビーです。

個人的にシアのイメージポケモンはホルビーだったので相棒にしました。最終的にゴツくなるのもそっくりだし。

あと、誠司はこれから色々なポケモンをゲットしていきます。魔法のトランクもあるので気兼ねなく。


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ウサ耳少女、シア

誠司達はウサ耳少女を助けるために成り行きでチゴラスと戦うことになった。誠司はチゴラスの属性を確認すると、ヌマクローに指示を出した。

 

「チゴラスは岩・ドラゴン属性か。それなら…… “マッドショット”だ!」

「……マ、マクロゥ……」

 

ここで誠司は異変に気が付いた。ヌマクローが“マッドショット”を発動させようとするが、なかなか発動しないのだ。いつもは瞬時に発動させられるのに。

 

周囲を見てみると、ハジメのヒバニーもユエのモクローも技を発動させるのに手こずっているようだった。ハジメが誠司に呼びかけた。

 

「誠司! ライセン大峡谷は魔法が使えないんだ! 多分ポケモンの技も使えないみたい!」

 

ハジメのその言葉で大事なことを思い出した。ここ、ライセン大峡谷は魔力が分散されてしまい、魔法を使うことが困難な場所なことに。恐らく、ポケモンの技も同じことなのだろう。

 

チゴラスは技を出すのに手こずっているポケモン達に向かって大きなキバを剥き出しにして襲い掛かって来た。“かみくだく”だ。咄嗟にポケモン達は躱したが、チゴラスは近くの岩をいとも容易く噛み砕いてしまった。

 

(チゴラスは技が使えるのか…… 厄介だな。……いや、待てよ。もしかすると……)

 

その時、誠司の頭にある仮定が浮かんだ。試しにヌマクローに別の指示を出した。

 

「ヌマクロー、“いわくだき”だ!」

「ッ! マクロ!」

 

今度はヌマクローはすぐに技を発動させることが出来た。チゴラスは抜群技を受けたことで一瞬怯んだ。誠司はすかさずハジメやユエに怒鳴った。

 

「ハジメ、ユエ! 物理技だ! 物理技を指示するんだ!」

「っ分かった! ヒバニー、“にどげり”!」

「……モクロー、“つつく”!」

 

ヒバニーとモクローも今度はすぐに技を出すことが出来た。三体の攻撃を受けてチゴラスは倒れてしまった。それを見た誠司はすぐにモンスターボールを投げる。ボールはチゴラスに当たると、光を出してチゴラスをボールの中に取り込んだ。そして、少し揺れ動いて蒸気を出した。チゴラスの捕獲、成功である。

 

なんとか状況が落ち着いた。ハジメが誠司に尋ねた。

 

「でもどうしてヒバニー達は急に技が出せたんだろう?」

「多分技の種類だろうな」

「……技の種類……?」

「ああ。ポケモンの使える技には物理技・特殊技・変化技の3種類に分かれているんだ。“マッドショット”みたいな特殊技や“キノコのほうし”みたいな変化技は多分魔法と同じ扱いって感じなんだろうな」

「なるほどね。じゃあここでは物理技しか使えないってこと?」

「……魔法とかが全く使えない訳じゃない。でも魔力が分解されるから一割くらいの威力になる」

 

魔法が使えないと自分がお荷物になると思ったのかユエが少しムキになって反論する。

 

「まぁ、それだと殆ど使えないも同義だがな……」

 

誠司が苦笑しながらそう言った。その時、ヒバニーの体に異変が起こった。光に包まれたのだ。

 

「ッ!? ヒバ!?」

「え、ヒバニーどうしたの!?」

「落ち着け、ハジメ。これは……進化だ」

 

光が収まり、そこに居たのは落ち着いた表情のウサギポケモンだ。誠司は魔獣図鑑の技能で目の前のポケモンを確認した。

 

「ラビフットだ。良かったな、ハジメ」

「ん、おめでとう……」

「ラビ……フット……」

 

ハジメが呆然とした様子で呟くと、ラビフットは落ち着いた様子で手を軽く上げた。その様子に思わず苦笑してしまう。

 

「そうかぁ…… 進化したかぁ…… おめでとう、ラビフット……」

「……ラビ」

 

進化したことでクールな性格に変わったようだ。しかし、長い耳は赤くなっており、進化したことに物凄く喜んでいることは明らかだった。そこがまた可愛く感じる。周囲がお祝いムードに包まれる中、それを破る声が響いた。

 

「あのぅ…… すいません! 私達のこと忘れていませんかね!?」

「ホビホッビ!」

 

………完全に忘れていた。

 

 

誠司達はケンタロスとシャンデラ以外のポケモン達をボールにしまうとウサ耳少女とホルビーの方に向き直った。突然、ポケモン達の姿が消えて目を白黒させていたが、ウサ耳少女はお礼を言った。

 

「ええと…… 改めまして危ないところを助けて頂いてありがとうございました。私はシア。シア・ハウリアと言います。それでこの子はパートナーのホルビーです」

「ホッビ!」

「そうか…… まぁ助かって良かったな。それじゃ」

「それじゃ元気でね」

「んっ。お達者で」

 

誠司達はそう言って爽やかに立ち去ろうとしたが、シアに食い止められてしまった。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! お願いです! 取り敢えず、私の家族も助けて下さい!!」

「ホビホビ!」

 

シアとホルビーは誠司の足にしがみ付いて離れようとしない。おまけに図々しいお願いまでしてくる始末。

 

何が取り敢えずだ。誠司がそうツッコんで離そうとするが、全然離れない。ハジメとユエもシアとホルビーを引き剥がそうとするが、一体どこからそんな力があるのか全然離れない。

 

「にがじまぜんよおぉぉぉ!! 家族を助けてくれるまで絶対はなじまぜん!!」

 

シアの余りにも必死の形相に流石の誠司達も折れた。仕方なく、本当に仕方なく話を聞いてみることにした。

 

 

シアの話を纏めると、なかなか波瀾万丈な生い立ちのようだ。

 

シア達、兎人族は元々ハルツィナ樹海で百数十人規模の集落を作ってひっそりと生活暮らしていた。兎らしく、聴覚や気配察知に優れているので隠密行動が得意らしいのだが、それ以外の身体的スペックが他の亜人族より劣っているため格下と見られがちなのだそう。おまけに温厚で争いを嫌う種族なことも拍車を掛けていた。それもあってか、横との繋がりが強く、家族の情は亜人族の中では一、二を争うほどに深い。

 

また、容姿端麗なため、ヘルシャー帝国などでは愛玩奴隷にされることも珍しくないらしい。ハイリヒ王国の王都では、亜人族そのものを蔑視していたため奴隷は見なかったが。

 

たしかにこのシアという少女を見ていれば容姿端麗というのも納得出来る。さっきまで顔を汚していたが、よくよく見れば顔は整っているしスタイルも良い。

 

話を戻すが、シア達ハウリア族も他の兎人族と同様、樹海深部にある国、「フェアベルゲン」で生活していた。しかし、シアが亜人族には本来持たないはずの魔力を持って産まれたことで大きく変わってしまった。魔力を持ち、「未来視」と言う固有魔法も使えるシアは本来は忌み子として処刑されるはずだった。だが、ハウリア族の者達はそれが出来ず、シアを隠して育てた。兎人族には「一族みな家族」という考えがあったからだ。

 

匿われながらも周りから愛情を受けて育ったシアはある日、ホルビーと出会った。その時、シアにはもう一つ特殊な能力があることが分かった。彼女はポケモンを手懐けることが出来るのだ。

 

亜人族では人間族同様、ポケモン達は魔獣として恐れられていた。だが、シアと触れ合ったポケモン達は決して他者を攻撃しようとしなかった。そうやってハウリア族はいつの間にか、シアだけでなく色々なポケモンを匿うことになった。

 

当然、匿う相手が増えていけば、バレるのは時間の問題だった。とうとうシアやポケモン達の存在はバレてしまい、ハウリア族はフェアベルゲンから追放されてしまった(シアの未来視を使っても隠し通すのはもう限界だったらしい)。

 

そして、悪いことは続くもので樹海から出ると帝国の兵士達に見つかってしまった。若い男達は仲間、特に女子供を逃がそうと戦ったが、温厚な種族の一般人と兵士では戦闘経験の差は歴然。あっという間に捕らえられてしまった。

 

帝国兵から逃げるためにここライセン大峡谷に逃げ込んだが、襲い掛かるポケモン達によって他の者達と逸れてしまった。ここの峡谷のポケモン達は特別気性が荒いのか中々手懐けることが出来ない。そうこうしているうちにチゴラスの尻尾を誤って踏んでしまい、怒り狂ったチゴラスから逃げ回っていたらしい。

 

 

シアの話を聞いて誠司はハジメやユエと顔を見合わせた。確かに辛い思いをしたのだろうし、同情がない訳ではない。だが、可哀想だからというだけで見知らぬ他人を助けるかと言われるとそうではない。誠司達の雰囲気を察したのかシアは必死に頼み込んだ。ホルビーも同様だ。

 

「お願いします! 私の家族を助けてください!」

「ホビ!」

 

誠司がどうしたもんかと頭を悩ませていると、ハジメが言った。

 

「ねぇ、誠司。助けてあげても良いんじゃないかな?」

「ん、問題ないと思う」

「えっ!? い、良いんですか!?」

 

シアが驚く。これには誠司も驚いた。ハジメが続けた。

 

「でも条件があるよ。僕達にもやることがあるからね。何の対価も無しに助ける訳じゃない。元々はハルツィナ樹海にいたのならそこの道案内をしてもらう」

「……その代わりに命は助ける。あなたの家族も」

 

ハジメとユエの言葉で誠司もようやく二人の真意が分かった。ハルツィナ樹海は大迷宮があるとされている場所だ。だが、あそこは濃い霧で亜人族でないと迷うと言われている。ハウリア族にその道案内をさせるつもりなのだ。

 

「……そういうことか。お前もそれで良いか?」

 

誠司がシアに尋ねる。シアの先程までショボンと垂れていたウサ耳は今では嬉しさのあまりかピン!としっかり立っている。隣のホルビーも同様だ。実に感情表現が分かりやすい。

 

「も、文句なんてありません! ありがとうございます! うぅ〜、よがっだぁ〜、本当によがっだぁ〜…… あ、それでお三人のことは何て呼べば……」

「俺は中西誠司。誠司で構わん」

「僕は南雲ハジメ。ハジメで良いよ」

「………ユエ」

「えっと…… 誠司さん、ハジメさん、ユエちゃんですね」

「ホビホッビ!」

「………さんを付けろ。残念ウサギ」

「ふぇ!?」

 

シアが余計なことを言ったせいで一瞬剣呑な空気になりかける。ユエが吸血鬼族で自分より遥かに年上であることを知って、シアが流れるように土下座したことで何とか場は収まったが。だが、ユエはジト目をシアのある部分に向けていた。

 

こうして誠司達の旅に更に一人と一体、同行者が加わることとなった。ケンタロスに乗り込もうとしている時、ハジメが誠司に言った。

 

「樹海の道案内役も必要だけど……何より、ポケモンを大切にする人を見捨てたくないしね」

「ハジメ…… ああ、そうだな」

 

誠司はニヤリと笑った。




以下は入れようかなと思ってたけど諦めたシーンです。

ユエ「……私の方がずっと年上。だから呼び方も包容力のある大人の女性に相応しい呼び方をすると良い」
シア「えーと…… そうですね…… じゃあ、ユエママ」
ユエ「マッ……」
誠司・ハジメ「ぶはっ……」


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帝国兵と初めての〇〇

ちょっと長くなりました。


ケンタロスとシャンデラは再び大峡谷を疾走していた。シアとホルビーはシャンデラに乗せてもらっている。しばらく走っていると、シアの家族はすぐに見つかった。ライセン大峡谷は基本、一本道なため兎人族の集団など見つけやすかったのだ。

 

しかし、彼らは絶賛危機に見舞われていた。金属質の鳥のようなポケモンの大群に襲われていたのだ。

 

「あ、あそこです! 見えました! あそこに父様達が!」

「あれは……エアームドだな。それもあんなに」

「見たところ鋼属性みたい…… それなら炎が有効だよね…… ラビフット、君の出番だよ!」

 

ハジメがエアームドの属性を分析すると、すかさずモンスターボールを投げてラビフットを出した。実際、エアームドは鋼属性なためこの判断は間違っていない。

 

兎人族達はいきなりポケモンが現れたことに驚きが隠せない。そんな兎人族の様子などお構い無しにハジメはラビフットに指示を出した。

 

「“ブレイズキック”!」

「ラビ!」

 

ラビフットは足に炎を纏うと、周囲の岩壁を利用して勢いよく飛び上がる。エアームド達は空を飛んでいるが、そんなものはラビフットの跳躍力とこのライセン大峡谷にある岩壁の高低差では意味を成さない。あっという間にエアームド達のいる場所まで飛び上がると何体かのエアームドに“ブレイズキック”をお見舞いした。

 

それに恐れをなしたのかエアームドの大群は逃げ出してしまった。

 

「す、すごい………」

 

初老の兎人族が唖然としていると、シアが彼の元に駆け寄る。

 

「父様! みんな!」

「「「「「シア!?」」」」」

 

どうやら彼はシアの父親らしく、シアと逸れてから彼女を必死に探していたらしい。他のハウリアの者達もシアが見つかって本当に嬉しそうだ。ひとしきり互いの無事を喜ぶとシアの父親らしい兎人族が誠司達の方に向き直った。肩には赤い毛虫のようなポケモン、ケムッソが乗っている。他にもハウリアの者達の隣には様々なポケモンがいる。ポケモン達を大切にしているというのはどうやら本当のようだ。

 

「誠司殿、ハジメ殿、ユエ殿で宜しいか? 私はカム・ハウリアと申します。娘のシアと我々を助けて頂き、なんとお礼を言えば良いか。シアの父として、そしてハウリアの族長として深く感謝致します」

 

そう言うと、カムと名乗ったハウリアの族長は深々と頭を下げた。後ろには同様に頭を下げる兎人族の者達がいる。

 

「まぁ、礼は受け取っておきます。しかし、我々としても樹海の案内ということが条件ですので……」

「ええ。シアから聞いています。我らとしても異論はありません」

 

誠司がそう言うと、カム達もその条件で問題は無いらしい。彼らとしても下手な正義感によるものよりもギブアンドテイクの関係の方が安心なのだろう。少なくともちゃんと約束を守れば裏切られることもないのだから。

 

「でも……その前にハウリアとポケモン達の治療はしておいて方が良さそうだね」

 

ハジメの言葉通り、カムを始めとしたハウリアの者達は傷だらけだ。きっと、先程のエアームドだけでなく色々と大変な目にも遭ったのだろう。彼らが連れているポケモン達もかなり弱っている。このまま進めば間違いなく支障をきたすことになるだろう。誠司も頷いた。

 

「確かにな。だが、ここじゃ魔法は殆ど使えないぞ」

「大丈夫だよ。僕達には神水があるんだし」

 

ハジメは宝物庫から数十本の神水の小瓶を取り出した。それをハウリアの者達やポケモン達に渡していく。実はオスカーの隠れ家に着いた時点で既に奈落で拾った結晶からは神水が出なくなっていたのだが、オスカーのトランク内には様々な環境の他にも神水と同じ効果を持つ水が湧き出る泉があった。そのおかげで今、誠司達の手元には有り余るレベルの量の神水がある。ちなみに、神水が出なくなった結晶はハジメの手で加工されてペンダントや誠司のネクタイのアクセサリー等の材料の一つになっている。愛着もあったしそのまま捨てるのは惜しかったからだ。

 

誠司は神水の小瓶を一本貰うと、モンスターボールからチゴラスを出した。先程まで追いかけられていたシアはそれを見て悲鳴を上げるが、チゴラスは彼女を見向きもしない。先程の攻撃が効いたのかもう怒る元気も無いようだ。

 

「チゴラス、これを飲め。元気が出るぞ」

 

そう言って誠司はチゴラスの口に神水を流し込んだ。すると、チゴラスは元気が出たのか咆哮を上げる。

 

「グオオォォォォ!!」

「ひいぃっ!!」

 

シアがまたしても悲鳴を上げる。やはり散々追いかけられたトラウマは相当なんだろう。ホルビーも同様だ。すっかり怯えてシアの後ろに隠れてしまっている。誠司がシアに呆れた様子で声を掛けた。

 

「おい。散々追い回されて怖がるのは分かるが、このチゴラスに一言謝るべきじゃないのか? 元はと言えばコイツの尻尾を踏んだのが原因なんだろ?」

「そ、そうですね…… あの……ごめんなさい、チゴラス。尻尾を踏んでしまって」

「ホビー……」

「………グオウ」

 

チゴラスももう怒っていないようで素直にシア達の謝罪を受け入れた。それに安心したシアとホルビーがカム達の方に行ったのを確認すると、誠司は他のモンスターボールを取り出して別のポケモンを出した。

 

「さてと…… 一つやっておかないといけないことがあったな。……よし。出てこい、お前ら!」

「リキッ!」

「エリッ!」

 

出て来たのはワンリキーとエリキテル。どちらもこのライセン大峡谷で捕獲したポケモン達だ。誠司はこの三体に呼び掛けた。

 

「なぁ、お前ら。俺達はある目的のために旅をしているんだ。その目的のためには俺達はこれからもっと強くならないといけない。だからお前らの力を借りたいんだが……お前らはどうしたい? これはあくまでも俺達の都合だからな。お前らに強要する気はない。ここで暮らしたいのなら今ここで逃がすが」

 

ワンリキー達はお互いに顔を見合わせた。そして、ほぼ同時に頷くと吼えた。

 

「リキッ!」 「エリッ!」 「グオォォ!」

 

どうやら三体とも誠司の手持ちとして付いて行く気のようだ。誠司はそれを確認し満足そうに頷くと、三体をボールに戻した。

 

誠司がこの行動を取ったのには理由がある。ポケモン達の意思を尊重するためだ。捕獲したからにはそのままポケモン達の気持ちを無視して使うことも出来るが、それでは強くなれない。どんなにバトルの素質があっても、肝心の戦うポケモンの意思を無視していたら強さには繋がらないからだ。自分の意思で選択したことであれば、例えその選択が苦難を伴うものであってもまだ踏ん張れるだろう。だが、そうでなければそのポケモンを潰すことに繋がってしまう。それはあってはならない。

 

だからこそ、誠司はワンリキー達に旅に付いて来るのか確認したのだ。

 

 

 

それから一通り、ハウリアとポケモン達を回復させると、カムはハジメに感謝の言葉を述べた。

 

「ハジメ殿。重ね重ね、ありがとうございます。助けて頂いただけでなく治療まで……」

「いえ。樹海の案内をしてもらうためにしたことなので……」

 

そんなこんなで先を進んで行くと、ライセン大峡谷から脱出出来る場所であり、ハウリアの者達曰く帝国兵が居座っているという出口の階段まで辿り着いた。そこを登れば無事にライセン大峡谷から脱出出来たと言えるだろう。

 

「さてと…… ここに帝国兵とやらが居座っているんだったか?」

「はい。でも諦めて帰っている可能性もありますけど……」

「いたら面倒だが、まぁどっちでも良いさ。行くぞ」

 

そう言って誠司が先を進もうとすると、シアに待ったを掛けられた。

 

「ま、待ってください!」

「……何だ?」

「もし、もしも帝国兵がいたら………誠司さんとハジメさんはどうするんですか?」

 

シアの質問はいわば確認だった。帝国兵からハウリアを守るということは人間族と、同族と敵対することと同義だ。それでも本当に良いのかと言っているのだ。シアの言葉に他のハウリアの者達も神妙な顔を向けている。小さな子供達は分かっていないようだが。一方でユエは二人の答えが分かっているのか何も言わない。

 

誠司とハジメは顔を見合わせると、ほぼ同時に言った。

 

「「それがどうかしたの(か)?」」

「え?」

「別に敵であるなら排除する、例え相手が人間でもね。それだけだよ」

「それに…… 兵士ってのは死ぬのも仕事の内だ。奴らも殺される覚悟くらいあるだろ。話がそれだけなら早く進むぞ」

 

シアはその言葉に戸惑いつつも、自分達を守ってくれると再確認したのかこれ以上止めてくることも聞いてくることもなく、誠司達と同じように歩き出した。カム達、ハウリアの者達もそれに続く。

 

 

そして案の定、階段を登った先には三十人程の集団がいた。武装していることから帝国兵であることは間違いない。野営跡や馬車があることから本当にここでハウリアを待ち伏せしていたのだろう。

 

帝国兵達は誠司達を奴隷商か何かだと勘違いしているようでハウリアの引渡しを要求してきた。それを断ると今度は恫喝をし始めた。更にはハジメやユエまでお前の目の前で犯してやると言ってくる始末だ。顔に包帯を巻いている誠司を怪我人で弱いと勘違いしているのか随分強気だ。

 

誠司は深い溜息を吐く。出来れば平和的解決が良かったのだが、それは望めなさそうだ。ハジメが誠司に言った。

 

「誠司。悪いけどコイツらは僕がやるよ」

「良いのか?」

「うん。(これ)の性能も試したいし」

「ああ!? 何だテメェら!? まだ状況が分からねえのかよ! お前らは震えて許しをこっーーー」

 

想像した通りに誠司とハジメが怯えないことに苛立ったのか小隊長と思われる男が怒鳴るが、乾いた銃声の音と共に頭が爆散したことで強制的に永遠に口を閉じさせられることになった。頭の無くなった身体はそのまま後ろへ糸の切れた操り人形のように倒れた。

 

何が起きたのか分からない兵士達は更に五人ほどハジメの銃によって次々と頭が弾け飛んだ。それによってようやく我に返ったのか武器をハジメに構え始めた。人格面はともかく流石は帝国兵と言うべきか、なかなかの即時性だ。

 

しかし、そんな彼らでもハジメの敵ではないようで、どんどん帝国兵は殺されていき、三十人程いた部隊はあっという間に一人だけになってしまった。

 

「やっぱり、人間相手なら十分過ぎる威力だね」

 

最後の兵士は身体を震わせて怯えた目をハジメに向けていた。ハジメは銃を向けてじっくりと近寄る。今の兵士の目にはハジメが鎌を持った死神にしか見えなかった。

 

「ひぃ、く、来るなぁ! い、嫌だ。し、死にたくない!」

 

ハジメは銃口を兵士の頭に突き付ける。兵士は必死で命乞いする。ハジメはそんな声など最初から聞くつもりがないのか引き金を引こうとする。だが、それを誠司が止めた。

 

「………どういうつもり、誠司?」

「いや、こいつにはちょっと聞きたいことがあるからな」

 

誠司がハジメから銃を下ろさせる。すると兵士は今度は誠司に命乞いを始めた。

 

「た、頼む! 殺さないでくれ! なんでも教えるから、頼む!」

「そうか…… なら他の兎人族がどうなったのか教えてもらおうか。結構な数がいたらしいが」

「……は、話せば殺さないか?」

「……お前、条件を付けられる立場じゃないだろ。別にどうしても知りたい訳でもないしな」

「は、話す! 話すから…… 多分全員移送済みだと思う。人数を絞ったから……」

 

「人数を絞った」ということは老人など役に立たない者は殺したということだろう。その兵士の言葉で意味を察したのかハウリアの者達は悲痛な表情を浮かべた。

 

「そうか…… ならもう良い」

 

誠司は自身の銃を取り出して兵士の頭に突き付けた。兵士の顔が絶望で歪み、再び命乞いを始めた。

 

「待て! 待ってくれ! 死にたくない! 死にたくない!」

「……見苦しい。仮にも兵士なら………潔く散れ」

「い、嫌だ! 他にも何でも話す! 話しますから! 帝国のでも何でも! だからーーー」

 

だが、兵士の必死の命乞いへの答えは一発の銃弾だった。

 

ハウリアの者達は息を呑み、その瞳には若干の恐怖が宿っていた。それはシアも同様でおずおずと誠司達に尋ねた。

 

「こ、殺しちゃったんですか……?」

「安心しろ。ちゃんと息の根を止めておいた」

「うん。これでもう二度と追って来ることは出来ないね」

 

平然と言い放つ誠司達にシア達はドン引きした。誠司は構わず帝国兵の死体を一瞥した。

 

「さてと…… この死んじまった奴らだが……」

「……あ、埋めるのでしたら私達も手伝いますが……」

「違う違う。金目のものと食い物を貰うんだよ」

 

そう言って誠司は帝国兵の死体を物色し始めた。どれも頭を吹き飛ばしているだけなので、胴体は比較的綺麗な方だ。だが、流石にこの行動はハウリアだけでなくハジメやユエも少し引いていた。やってることが完全に追い剥ぎだからだ。

 

「……なんだよ? 貰えるものは貰っとかないと損だろ」

 

誠司は少し不満げに言った。ハジメやユエも仕方なくではあるが追い剥ぎを手伝っていると、シアが再び尋ねてきた。

 

「あの…… さっきの人は別に殺さなくても良かったんじゃないですか……?」

 

その言葉に誠司もハジメも「はぁ?」という呆れを多分に含んだ視線をシアに向ける。シアもその視線に思わず「うっ」と唸る。自分でも都合の良いことを言っている自覚はあるのだ。だが、つい言わずにはいられなかった。誠司やハジメの代わりにユエが反論した。

 

「……一度剣を抜いておいて相手の方が強いと分かった途端に見逃してもらおうとか都合が良すぎ」

「そ、それは………」

「……そもそも守られているだけのあなた達がそんな目を向けること自体がお門違い」

「…………」

 

どうやらユエは静かに怒っていたようだ。ただ守られている者の分際で、自分達を守ってくれた誠司達に対して負の感情を持つことなど許さないと言いたげである。実際その通りではあるのでハウリアの者達もバツが悪そうな顔だ。

 

「誠司殿、ハジメ殿、申し訳ない。別にあなた方に含むところがある訳ではないのです。ただ我らはこういうことに慣れていないので驚いただけで……本当に申し訳ない」

「誠司さん、ハジメさん。すみません……」

 

カムとシアが代表して謝罪した。もっとも謝罪されている当の本人は2人とも特に気にしていないため、ただ手をヒラヒラと振るだけだった。

 

帝国兵から使えそうなものを殆ど貰い終えると、残った死体はユエの風魔法で吹き飛ばして谷底に落とした(ライセン大峡谷を抜けたので魔法が使える)。後には血溜まりだけが残った。貰った(奪った?)ものは全て宝物庫にしまっている。

 

だが、峡谷を抜けたとは言え、樹海へは徒歩で半日は掛かる。そこで帝国兵が使っていた数台の馬車と馬を使うことにした。時間短縮にもなるからだ。

 

また、ハウリアが連れているポケモン達は全員、誠司とハジメから渡されたモンスターボールに入ってもらうことになった。一部の者達は狭いボールに閉じ込めるのは可哀想だと反対していたが、シアが最初にホルビーをモンスターボールに入れた。ホルビーも最初は恐る恐るだったが、問題は無かったらしく簡単に受け入れてくれた。ポケモン達に害が無いことが分かるとハウリアのポケモン達は全員ボールの中に入ることになった。

 

そして、人数分乗れるので誠司達も馬車に乗ることにした。誠司達を乗せて全力疾走したケンタロスやシャンデラも少し疲れていたため休ませた方が良いと判断したからだ。

 

「誠司殿。本当にありがとうございます。このモンスターボール……でしたかな? これのおかげでポケモン達もコソコソと隠れずに済みました」

「いえ。こうした方が良いと判断したまでですから」

 

移動中の馬車の中でカムから何度もお礼を言われた。いつの間にか魔獣からポケモンと呼び方が変わっている。カム達としてもそっちの呼び方が気に入ったのか既にハウリア族ではポケモンという言葉が定着しつつあった。

 

そんな風にカムと話していると誠司はふと隣に座っているハジメの様子が少しおかしいことに気が付いた。窓の外をボーッと眺めて心ここにあらずって感じだ。よく見ると顔色も少し悪い。

 

「おい、ハジメ。大丈夫か?」

「……え? 何が?」

「初めて人を殺したんだ。参ってないか?」

「え? まさか。大丈夫だよ」

「ほぉ…… そう言う割には手が震えてるみたいだが」

「え?」

 

ハジメが自分の手を見ると少し震えていた。大丈夫そうに振る舞ってはいるもののやはり精神的に何か来るものがあったのだろう。正当防衛とは言え命を奪ったことによる罪悪感、自分が自分でなくなってしまったかのような感覚、そして、人殺しになってしまった自分が地球に帰ってもこれからやっていけるのかという恐怖。それらが無意識のうちにハジメの心に重くのしかかっていたようだ。だが、それはハジメだけではない。

 

「そう言う誠司も手が震えているけど」

「……ああ。今頃になって来たみたいだな」

「……やっぱり、キツいものだね」

「まあな。だが、この世界にいる限り、遅かれ早かれ()()を体験することになるんだ。初体験があの性根の腐った兵士共だったのはある意味良かったよ。罪悪感があまり湧かないからな。もしも殺した相手が何の罪も無い只の一般人だったらもっと地獄だぞ」

「あははは……」

 

ハジメが苦笑いを浮かべる。ハジメの正面に座っていたユエがふと尋ねた。

 

「……そういえば、どうしても2人ともポケモンを使わなかったの?」

 

ポケモンを使えばわざわざ自分の手を汚さなくても帝国兵など簡単に始末することは出来ただろう。何故それをしなかったのか。もっとも何て答えるかは大体予想はつくが。

 

「え? そんなの………」 「決まってんだろ」

「「ポケモンを人殺しの道具にしたくなかったからだ(よ)」」

 

誠司とハジメは同時に答えた。ユエも分かっていたのか頷いた。

 

「………それで大丈夫?」

「うん。今後はそんなこと言ってられないしね。出来ないと大事なものを失うんだから」

「ハジメの言う通りだ。大事なものを守るためなら俺は修羅でも何でもなってやる」

 

あれだけ容赦なく惨殺した二人が、実はどちらも初めて人を殺したという事実にシアは驚きを隠せなかった。同じく馬車内にいたカムや数人の兎人族達も同様だったようで思わず二人を凝視している。

 

「あ、あの! 三人のことを良ければ詳しく教えてくれませんか?」

「え? 何でいきなり?」

「単純に知りたくなったんです。だから教えてください。お願いします!」

 

シアに頭を下げられて三人は顔を見合わせた。周囲を見ると、カム達も同様に気になっているようだ。仕方ないので三人は色々と自分達のことを話すことにした。どうせ暇だし、誰かに話すことで少しは気を紛らわせることが出来るかもしれないと思ったからだ。

 

そして、揺れる馬車の中で三人はこれまでの経緯を語り始めた。




原作だと帝国兵を殺した後、ハジメは平然としていますが、本作のハジメでは少し精神的に来てる感じにしました。半分魔王化している感じです。


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ハルツィナ樹海へ

「ううっ…… ぐすっ…… ひどい、ひどずぎまずぅ……… 」

 

三人の話を聞いた結果、シアは号泣した。滂沱の涙を流しながら「誠司さん達に比べたら私はなんて恵まれて……」とか「私は甘ちゃんですぅ」とか呟いている。さりげなく隣のユエのコートで顔を拭こうとしてきたのでユエが嫌そうな顔で自分のハンカチを手渡す。少なくとも自分の服を使われるよりはマシだと判断したのだろう。

 

そして、泣いているのはシアだけではなかった。隣から変な音が聞こえてきたので見てみると、他のハウリア達も泣いていたのだ。シアのように号泣こそしていないが、自分の顔を押さえたり肩を震わせて嗚咽していた。それを見てハジメが困ったような顔をする。

 

「ねぇ、以前ユエに話した時もそうだったけど僕達の境遇ってそんなに泣かれるようなことなのかな……?」

「そうですよ! いきなり見知った人から裏切られて奈落?に落とされたんですから! 私なんか全然です!」

「………確かに。なんか思い出したら腹が立ってきたな。俺達を奈落に落とした奴が誰なのか分かったら、今度はそいつを奈落に落としてやろうぜ」

「ん、手伝う」

「やりましょう、やりましょう!」

「……いや、やらなくて良いから!」

 

誠司が物騒な提案をすると、ユエとシアが乗ってきた。それを慌ててハジメが止める。ハジメとしてはわざわざ面倒な勇者達と関わりたくなかったからだ。その直後、「ん?」と怪訝な顔を浮かべる。それは誠司やユエも同様だった。

 

「……なんかさりげなく俺達の仲間みたいな雰囲気を出していないか、お前?」

「えっ!? 違………いえいえそんなことはないですよ〜」

「……今、『え!? 違うんですか?」って言いそうになった。図太ウサギ」

「図太…… な、なんて冷たい目で見るんですか……… というかちゃんと名前で呼んで下さいよぉ」

 

何気に誠司達から一度も名前で呼ばれていないのを気にしていたようだ。いつの間にかシアはユエからいじられるポジションになりかけている。ハジメがシアに言い聞かせるように言った。

 

「あのね…… 僕達の旅の目的は七大迷宮の攻略なんだ。さっき話した奈落と同じ、化け物揃いの地獄のような場所のね。力が無いと生き残れない。もしもそんな所に僕達と一緒に行っても瞬殺されるのがオチだよ」

 

ハジメのその言葉を聞いてシアはシュンとする。冷たいようだが、実際その通りだ。そして、今のシアには力だけでなくもう一つ決定的なものが欠けている。それを自覚しない限りは無理だろう。

 

カム達は何か言いたげにしていたが、誠司達は気付かないフリをした。シアは黙っていたが、何か考え込むように難しい表情をしていた。

 

 

それから数時間程経ち、遂に一行はハルツィナ樹海と平原の境界に到着した。樹海の外から見た限りだとただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度でも中に入ると深い霧と同じように無数に立ち並ぶ木々によって簡単に方向を見失ってしまうらしい。しかも、この霧はただの霧ではないみたいで鳥ポケモンが使える技、きりばらいでも晴らすことは出来ないそうだ。

 

「誠司殿、ハジメ殿、ユエ殿。どうか我々から離れないようにお願いします。我々はお尋ね者でもありますから」

「ええ、分かっています。それに俺達は人間族、見つかると厄介なことになるのは目に見えていますし」

 

カムは頷くと、誠司達はハウリアに囲まれる形で進んで行く。これは誠司達が逸れないようにするための配慮だ。

 

誠司達はひとまずハルツィナ樹海の深部にある巨大な一本樹、「大樹ウーア・アルト」に向かうことになった。亜人族の間では神聖な場所として滅多な者は近寄ることがないらしい。なので、ルート次第では誰にも見つからずに辿り着くことが出来るだろう。

 

なぜそこに向かうことになったのかというと、ハジメがおそらく大迷宮の入口が樹海のどこかにあるのではないかと言ったからだ。たしかに、仮に樹海そのものが大迷宮だとしたら危険すぎて亜人などとても住めるような環境ではない。それならライセン大峡谷のようにどこかに大迷宮の入口が隠されていると考える方が自然である。そして、入口として考えられる場所がその大樹というわけである。

 

道中、ポケモンに襲われる場面に何度か遭遇したが、全て誠司がモンスターボールで捕獲して事なきを得ている。ポケモンを使って倒さなかったのは下手に戦闘を起こすと、別の亜人族に見つかる危険を考えてのことだ。クルミルやチリーン、ヘラクロスを捕獲したが、強さから見てもやはり大迷宮のポケモンとは思えない。ハジメの推測通り、樹海そのものが大迷宮という訳ではないようだ。ちなみに、色々なポケモンを簡単に捕まえる様子を見て数人の子供達からはキラキラした目で見られるようになっていった。それには思わず誠司も苦笑いだった。

 

それからしばらく進んでいると、今までにない無数の気配に囲まれて誠司達は歩みを止めざるを得なくなった。数や殺気、連携の精度などポケモン達でないのは明らかだ。カム達は警戒の表情を浮かべ、シアは顔を青褪め、誠司達は面倒なことになったと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

誠司達の前に現れたのは虎の亜人の集団だった。数十人はいる。全員、誠司達やハウリアに対して敵意を剥き出しにしている。

 

カムが弁明を図ろうとすると、その前に虎の亜人の視線がシアを捉えた。

 

「白い髪の兎人族……だと? そうか……貴様ら、報告にあったハウリア族だな。長年、同胞を騙し続け、忌み子や魔獣を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとはっ。もはや弁明の余地などない! これは立派な反逆罪だ! 全員この場で処刑する! 総員かかれっ!」

 

隊長格の虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下すと、部下達が一斉に剣を抜き、襲い掛かって来た。ハウリアは碌に動こうとしない。いや、動けないのだろう。誠司は溜息を一つ吐いて前に進み出ると、二つのモンスターボールを同時に投げた。そして、指示を出す。

 

「マシェード、イーブイ、“まもる”だ」

「マシェッ!」

「イーブッ!」

『なっ!?』

 

虎の亜人達の攻撃はマシェードとイーブイによって完全に防がれる。剣の何本かは折れて、折れた剣身は近くの樹に突き刺さった。突如現れたマシェードとイーブイを見た部下達の間に動揺が走る。

 

「魔獣だと!?」

「……ということは魔人族か!?」

「だが、魔人族の肌や耳もしていないし魔法で攻撃もしていない。奴らならすぐに魔法で攻撃してくるはずだ!」

「人間が魔獣を従わせているということか!? 有り得ん!」

 

虎の亜人達が半ばパニックになる中、誠司が口を開いた。

 

「攻撃してくるのであればこちらも容赦はしないが、俺達は別に奴隷狩りとかそういうのが目的じゃない。退けばわざわざ追いはしないぞ」

 

誠司の言葉を聞き、虎の亜人は考えた。

 

(何者だ……あの少年は。あの魔獣はおそらくこの樹海の魔獣よりずっと強い。そんなものを従えているのならばフェアベルゲンを滅ぼすことも容易いはず…… それをしていないということは…… まさか本当にこの者達は我々に敵意が無いのか……?)

 

この隊長は亜人族の国フェアベルゲンの警備隊長を務めている。だから、フェアベルゲンを守るためであれば命を落とす覚悟は出来ている。だが、部下を無駄死にさせる訳にはいかない。なので質問を投げかけた。端的ではあるが、返答次第では身命を賭して戦う覚悟を込めた質問を。

 

「一つ聞きたい…… 何が目的だ?」

「樹海の深部、大樹ウーア・アルトへ向かうためだ」

「大樹……だと? 一体なぜ?」

「大迷宮攻略のため。ハウリアはその案内役だ」

「大迷宮攻略? 何を言っている? この樹海そのものが大迷宮のはず。一度でも踏み入れれば亜人以外は二度と帰ることの出来ない天然の迷宮だ」

「いや、それはないな」

「……どういう意味だ?」

 

隊長が訝しげに問い返した。その問いは誠司の代わりにハジメが答えた。

 

「大迷宮は解放者達の試練だからだよ。亜人族は簡単に深部に行けるんでしょ? 亜人族だけが進めるんじゃ試練にならない。だから、樹海自体が大迷宮というのはおかしいんだよ」

 

ハジメの答えに隊長は困惑を隠せなかった。聞き覚えのない単語ばかりだったからだ。普段なら戯言と斬って捨てていたかもしれないが、目の前の人間達が嘘を吐いているようには見えなかったし、何より彼らが嘘を吐く理由もない。

 

もし彼らの言葉が真実であれば、さっさと目的を達成して立ち去って貰った方が良いだろう。隊長はすぐにそう判断した。だが、一介の警備隊長の判断でこのような存在を野放しにすることは出来ない。なので、隊長は誠司達にある提案をした。

 

「お前達が国や同胞に危害を加える気がないのなら大樹に行くのは構わないと、私はそう判断する。しかし、これは私の独断で決められることではない。伝令を送り本国に指示を仰ぐ。お前達の話も長老方なら何か知っているかもしれないしな。お前達に本当に含むところが無いのであればこの場で待機してもらいたい」

 

部下達の間に動揺が走った。随分と異例の判断だったようだ。一方で誠司とハジメは隊長の柔軟で理性的な判断に内心、感心していた。なので、自然と丁寧な口調になった。

 

「うん、分かりました」

「俺も異存はありませんね。その長老方には最低でも『大迷宮攻略』と『解放者』という言葉は忘れずに伝えておいて頂ければ」

「ザム! 聞こえていたな! いまの会話を余さず長老方に伝えろ! 誇張はするな!」

「了解!」

 

声と共に気配が一つ遠ざかっていくのを感じた。

 

部下の一人を伝令に向かわせて、自分達は誠司達を監視するために隊長は視線を戻した。すると、先程までは気付かなかったが誠司、ハジメ、ユエの腰のベルトには複数のモンスターボールが付いているのを見つけた。しかもよく見ると、ハウリアの者達の手にもモンスターボールがあった。

 

(嘘だろ…… 魔獣はあいつらだけではなかったのか…… そういえば、ハウリアは魔獣も匿っていたんだったな。……ちょっと待て。もしも戦闘になっていれば我々は大勢の魔獣と戦うことになっていたのか………)

 

隊長は改めて自分の判断が英断だったと内心、冷汗をかく。それから一時間程、誠司達は一定の緊張感を保ったまま、この場で待機することになった。



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フェアベルゲン

ふと複数の気配が近寄って来るのが分かった。途端に周囲の緊張感が強くなるのを感じる。

 

霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。その中でも彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせるも、その肉体は苛め抜いたかのように鍛えられた痕が確かにあり、全身から溢れ出る気配オーラは他の亜人族とは隔絶している。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。特徴的な尖った耳から森人族(いわゆるエルフ)のようだ。おそらく、いや間違いなく彼がその長老なのだろう。

 

「ふむ。お前さん達が問題の人間族かね? 名は何という?」

「僕はハジメ。南雲ハジメです。それでこっちはユエ。そして、こっちは……」

「誠司。中西誠司です。そう言うあなたは?」

「おお、名乗り忘れていたな。私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は既に聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。『解放者』とは何処で知った?」

「オルクス大迷宮の奈落の底、オスカー・オルクスの隠れ家です」

 

オスカー・オルクスという名にアルフレリックはごく僅かにではあるが反応した。誠司達は知らないことだが、解放者という単語やその内の一人がオスカー・オルクスであることはアルフレリックを含めた長老達やその側近達しか知らないからだ。そのため、アルフレリックは情報を外部に漏らした者がいる可能性を考えて更に誠司に質問を掘り下げる。

 

「ふむ。奈落というのは聞いたことがないが……何か証明出来るものはあるか?」

「それでしたらこれを……」

 

誠司は白衣の裏に着けていたベテランシンボルを外してアルフレリックに手渡した。ハジメも宝物庫から奈落の底で見つけた魔石をいくつか手渡す。証拠は多い方が良いと判断したからだ。

 

「なっ!? こんな純度の魔石は今まで見たことがないぞ!」

 

先程の虎の亜人の隊長(名はギルと言うらしい)が奈落の底での高純度の魔石を見て思わず驚嘆の声を上げる。アルフレリックも片眉を上げつつも内心驚嘆の声を出す。しかし、次にベテランシンボルを見た瞬間、彼は目を見開いてはっきりと驚愕を顕にした。ハジメやユエにも目を向けると二人は上着をめくってベテランシンボルを見せる。どうやら証明はこれで十分のようだ。アルフレリックは気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いて、重々しく口を開く。

 

「なるほど…… 確かにお前さん達はオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……良かろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリア族も一緒にな」

 

この言葉には周囲から驚愕の声が上がった。ギル達亜人族も抗議の声を上げる。今までフェアベルゲンに人間を招いたことなど無いのだから納得がいかないのも当然である。そして、納得いかないのは誠司達も同じだった。

 

「待ってください。俺達はあくまで大迷宮攻略が目的であってあなた方の国に行くことではありません。問題ないのであればそのまま大樹に向かわせて欲しいのですが」

「いや、それは無理な話だぞ」

「何……?」

 

邪魔をするのかと目を鋭くするが、当のアルフレリックはどこか困惑した様子で答えた。

 

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのはおよそ十日後だ。……亜人族なら、というよりも大樹付近に住んでいる兎人族ならば誰でも知っていることのはずだが……」

「「「………………は?」」」

 

衝撃の事実を聞かされた誠司・ハジメ・ユエは思わずポカンとした表情を浮かべ、間の抜けた声を上げる。そしてカムに視線を向けると、視線を向けられた本人は「あっ」とまさに今思い出したという表情をしていた。カム以外のハウリアの者達も気まずそうな表情をしている。

 

三人の顔に青筋が浮かぶ。ハジメやユエに至っては瞳からハイライトが消えている。

 

「ねぇカムさん、どういうこと?」

「……騙したの?」

「いっ、いえ! 騙したわけではなくて、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……周期のことは意識してなかったといいますか……」

 

カムがハジメとユエに迫られてしどろもどろに言い訳をしているのをよそに誠司は他のハウリアの者達に視線を向ける。

 

「それで……お前達は?」

「いやっ、私は父様が自信満々に請け負ったのでてっきり、ちょうど周期だと思って…… つまり父様が全部悪いですぅ!」

「そ、そうですよ。僕達も『あれ? おかしいな?』とは思ってましたけど族長が何か自信たっぷりだったから僕達の勘違いかと……」

「族長やたら張り切ってたし……」

「なっ! お前達、私を裏切るのか!?」

 

思いがけない娘達の裏切りにカムは思わず叫んだ。誠司達の視線は段々と冷たくなっていく。

 

「お前達、それでも家族か!? これはあれだ…………そう! 連帯責任。連帯責任だ! 誠司殿! どうか罰は私だけでなく全員でお願いします!」

「なっ!? 父様、汚いですよぉ! 自分だけ罰を受けるのが怖いから私達まで道連れにするなんてぇ!」

「族長! 私達を巻き込まないで下さい!」

「バカモン! 道中の誠司殿やハジメ殿の容赦の無さは見ただろう! 私一人で罰を受けるなんて絶対に嫌だ!」

「あんたそれでも族長ですか!」

 

ギャーギャーと醜い内輪揉めが始まった。兎人族は亜人族一、家族の情が深い種族のはずなのだが、今では見苦しくお互いに罪を擦りつけ合っている。

 

誠司もハジメも疲れたように溜息を吐く。もう面倒臭くなってきたのだ。彼らのお望み通り、誠司とハジメ以外の者に罰を与えることにした。

 

「「……ユエ、お願い」」

「…………ん」

 

誠司とハジメに頼まれたユエが前に進み出て右手を揚げる。ハウリアはそれに一向に気付かずまだ喧嘩をしている。そんなハウリアにユエは薄く笑って静かに呟いた。

 

「……嵐帝」

『…………えっ? アッーーー!!!』

 

ハウリアが気付いた時にはもう遅かった。天高くウサ耳達は宙を舞い、樹海には悲鳴が響き渡った。

 

アルフレリックやギルといった周囲の亜人族は目の前で同胞がやられたというのに誠司達に対して敵意はない。むしろハウリアに向かって呆れた表情を浮かべている。それがハウリアの残念さを如実に物語っていた。

 

 

「……それで今は大樹に行けないことは分かりました。しかし、わざわざあなた方の国に行かなくても十日程度であれば我々とハウリアの分の食料は十分保ちますよ。それに……いくらあなたが長老とは言え、人間や裏切り者を国に招いたりすれば、あなたの立場が危うくなるのでは?」

 

ユエのお仕置きを終えてある程度落ち着いた頃、誠司がアルフレリックにそう尋ねた。アルフレリックは苦笑しながら答える。

 

「心配はいらん。お前さん達は客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 

つまり、掟に従っての行動なので問題は無いとのことだ。そう言われると、誠司も他の亜人達も納得せざるを得なかった。

 

「……分かりました。しかし、俺達三人はあなた方の国の文化や礼節に疎い。なので、知らず知らずのうちにあなた方にとって不快な行動を取ってしまうかもしれませんよ」

「構わんよ。それは私も承知している。同胞に危害を加えようとしなければ問題はない」

「あの……念の為に聞きますが、罠の可能性は?」

 

ハジメがそう尋ねる。ある意味無礼とも言える質問に他の亜人達から少し怒りの声が上がるが、アルフレリックがそれらを片手で制してはっきりとした口調で答えた。

 

「亜人族の、そして我が森人族の誇りに掛けてそれは無いと断言する。だから安心して良い」

「そうですか。その言葉が嘘でないことを願います」

 

こうして、誠司達とハウリアはフェアベルゲンに向かうことに決まった。

 

 

ギル達の先導で誠司達は濃霧の中を突き進んで行く。既に一時間程度歩いているのだがまだそれらしき場所は見えない。どうやら先程の伝令は相当な駿足だったようだ。

 

そうしてしばらく歩いていると、霧が晴れた場所に到着した。晴れたというよりは霧が退いていると言った方が正しい。一本道だけ霧が無い状態でまるでトンネルのようだ。よく見てみると周囲には拳大の大きさの結晶が青い光を放ちながら地面に半分ほど埋まっている。そこを境界線に霧の侵入を防いでいるようだ。

 

アルフレリック曰くその結晶は『フェアドレン水晶』というものらしく、それを用いてフェアベルゲンに霧や野生のポケモン達が来ないようにしているそうだ。たしかに住んでいる場所まで霧で覆われていれば気が滅入る。よっぽど霧が鬱陶しかったのか街に霧がないことを知ってユエは少し嬉しそうだ。

 

更に進むと、巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合うことでアーチを作っており、其処に十メートルはある木製の扉が鎮座している。周りの樹も三十メートルはありそうでまさしく亜人の国の防壁に相応しいと言える。

 

ギルが合図を送ると扉がゆっくりと開き始めた。見張りの亜人族もいたが、長老のアルフレリックがいるためか何も言ってこない。もしもアルフレリックがいなかったらここでも何か一悶着あったかもしれない。だからこそアルフレリックが出向いたのだろう。

 

扉が開くとその先はもう別世界だった。無数の巨大な樹々の住居が立ち並び、極太の蔓や枝が階段や空中回廊の役割を果たしている。自然と調和した街というのはこういうものを言うのだろう。

 

誠司・ハジメ・ユエは思わず立ち止まって見入ってしまっていた。その様子を見てアルフレリックやハウリアといった亜人達はどこか得意そうだ。なんとか彼らに促されて誠司達はアルフレリックが用意した会場に向かった。その会場は普段、長老達が会議をするために使う巨木らしい。もう少し街の中をゆっくり観て回りたかったが、仕方ない。また、道中で誠司達に様々な視線が突き刺さるが、あまり気持ちの良いものではなかった。

 

 

「……なるほど。試練に神代魔法、この世界を創った魔獣にその魔獣の力を奪った偽物の神か……」

 

現在、誠司達はアルフレリックと向かい合って話をしていた。内容はオスカー・オルクスの隠れ家で知ったことや自分達の目的等だ。アルフレリックは神の話を聞いても特に動揺はなかった。どうやら、亜人族は人間族と魔人族両方から迫害されている影響で神への信仰心等はないらしい。精々、あるのは自然への感謝くらいだそうだ。

 

「……それにしても、魔獣の力を借りるとは随分と酔狂な話だな」

「世界を越える……なんてことは簡単なことではないでしょう。下手すれば一生かけても出来ないかもしれない。でも、ポケモン達の力を借りればそれが可能になるかもしれない。俺はそう考えています」

「ふむ……ポケモンか……ハウリア達もそう呼んでいたが、どうして魔獣をそのように呼ぶ?」

「俺達が勝手にそう呼んでいるだけですよ。ポケットに入るモンスター、ポケットモンスター。それを縮めてポケモン。魔獣よりもこっちの方が愛着も湧きますし」

 

誠司が手元のモンスターボールを弄りながら答える。アルフレリックも髭を弄りつつ更に質問した。

 

「……なるほどな。だが、どうしてそこまでポケモンにこだわる? 人間族なら人間族同士で団結すれば良いのではないか?」

「いや、それじゃ駄目なんです。……俺はポケモンが大好きだ。ここにいるハジメやユエもね。だけどこの世界じゃポケモンはただ怖い存在としか思われていない。それが堪らなくもどかしい。俺はね……見たいんですよ。全く違うもの同士が手を取り合ったその先にどんな景色があるのかを…………!」

「………………」

 

アルフレリックは黙る。そして、考え込む。

 

(この者、随分と良い目をしている。魔獣、いやポケモン達を心から愛していることが分かる。それにこの者ならいつか実現出来るのではないかと思わせる何かがある。現にハウリアはポケモンと共存している。我々もいつかは変わらねばならないのかもしれないな…………)

 

「……お前さんの気持ちは分かった。そこまで言うのなら私も生きているうちに見てみたいものだ。その景色とやらを」

「アルフレリックさん…………」

 

そこから話が更に進み、誠司達はフェアベルゲンには大迷宮攻略者は誰であれ敵対しないこと、そして、気に入った者であれば望む場所へ連れて行ってあげることといった口伝があることを知った。アルフレリックが誠司達を招いた理由は分かった。だが、それを知っているのはほんの一握り。しかも、それを知っていても全員が守るとは限らないことも聞かされた。

 

その時、階下が騒がしくなった。そして、大きく階段を踏み鳴らす足音が複数聞こえて来る。何事かと思わず全員顔を見合わせていると、部屋に大柄の熊の亜人族が入って来た。それに続いて虎の亜人族や狐の亜人族、背中に翼の生えた亜人族やドワーフらしき亜人族まで入って来た。全員、誠司達やアルフレリックに鋭い視線を向けている。熊の亜人族が怒りを必死に抑えた様子で話しかける。

 

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた? あの兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

やはり人間は亜人族にとって不倶戴天の敵のようだ。おまけに忌み子やそれを庇った一族まで連れて来たことに熊の亜人族だけでなく他の亜人達もアルフレリックを強く睨んでいる。だが、睨まれているアルフレリックはどこ吹く風だ。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だ!そんなもの眉唾物ではないか!フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老ならば口伝には従え。掟とはそういうものだろう。我ら長老の座にある者が掟を軽視してどうする」

「ならば、こんな人間族の小僧どもが資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

 

あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられない様子で誠司達を睨み付けている。どうやらこの場にいる亜人達はアルフレリックと同じ当代の長老達らしい。だが、同じ長老と言えど口伝に対する考え方は違うようだ。もっとも森人族は平均寿命が二百年くらいなので他の亜人族と価値観が違うのも無理もないのだが。

 

そんな訳でアルフレリックを除く長老衆はこの場に人間族や罪人がいることに我慢ならないらしい。この場所が長老衆の会議場なのも更に拍車を掛けているのだろう。彼らには神聖な場所を穢されているように感じているのかもしれない。

 

「……ならば、今、この場で試してやろう!」

 

いきり立った熊の亜人が突如、誠司に向かって突進した。あまりに突然のことで周囲は反応できていない。アルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いている。

 

そして、一瞬で間合いを詰め、身長二メートル半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が、誠司に向かって振り下ろされた。

 

亜人の中でも、熊人族は特に耐久力と腕力に優れた種族だ。その豪腕は、一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば他と一線を画す破壊力を持っている。常人が食らえば肉塊に早変わりだ。この場のいた亜人族達は皆一様に誠司が肉塊になる姿を幻視した。

 

だが、誠司やハジメ、ユエは全く動じていない。この程度のスピードは奈落の底のポケモン達で散々見てきたし、放っている殺気も最下層で戦ったサザンドラと比べたら足元にも及ばない。

 

誠司はすかさずトランクを持ち上げて盾のように防御する。熊人族の渾身の一撃を受けたトランクは赤黒いスパークを放って輝き始めた。

 

「何っ!?」

 

攻撃をした熊の亜人はもちろん、他の亜人達もこの光景に目を疑った。

 

オスカー・オルクスのトランクは特殊なもので攻略者以外の者は触れると電気ショックを受けたかのように弾かれてしまう。実際、シアも道中、トランクを触ろうとして弾かれた。ちなみに長時間、強く触ろうとすると魔力の拒絶も強くなっていく。それこそ命に関わるレベルに。

 

そして、この機能は敵の攻撃を防ぐ盾としても役立つ。ポケモンの技の“カウンター”のように敵の攻撃を強力な衝撃波として弾き返すことも出来るのだ。

 

なので次の瞬間、熊の亜人は強い衝撃と共に吹っ飛ばされた。ちなみにトランクを持っている側の人間には衝撃も反動もない。食らうのは攻撃をしてきた者だけだ。

 

「ぐっ、ぐわああぁぁぁぁ!」

「ジ、ジン! ぐえっ」

 

吹っ飛ばされた熊の亜人は不運にも階段の近くに立っていたドワーフのような亜人を巻き込み、仲良く階段を転げ落ちて行った。下からシア達の悲鳴が聞こえる。

 

この場にいた誰もが言葉を失い、硬直していた。ハジメやユエも同様だった。そして、誠司も…………

 

「おっと……」

 

トランクの予想以上の威力に呆然としていた。




誠司もハジメも目上の者や尊敬出来る者に対してはちゃんと敬語で話します。

そして、多数に及ぶオスカーのトランクの機能の一つ、盾機能です。ちなみに攻撃を受けてもトランクの中は何の影響も受けません。


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質問に答えるのは年長者の務め

独自解釈や設定があります。ご了承下さい。また長くなりました…… 原作読んでいて思ったことを入れまくってしまったので……


その後、アルフレリックの執り成しによって改めて長老衆と話をすることになった。

 

誠司によって吹っ飛ばされた熊人族の長老とそれに巻き込まれた土人族の長老は医療施設に運ばれた。ジンという熊人族の長老は自分の攻撃を跳ね返されたことの衝撃と階段から転げ落ちたことで大怪我を負ったものの命に別状は無い。二〜三週間程度で治るそうだ。

 

だが、土人族の長老(名前はグゼ)はジンよりも重傷だった。何せ二メートル半はある巨体に押し潰される形で階段を転げ落ちたのだ。本来は完治にはジンよりも遥かに時間が掛かるとされていたが、流石に悪いと思った誠司がグゼに対して渡した神水が功を奏した。今ではある程度回復しているとのことだ。

 

ちなみにジンには神水は渡していない。自分を殺そうとして来た相手に神水を渡してやるほど誠司もお人好しではない。

 

現在、当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、そして森人族のアルフレリックが、誠司と向かい合って座っていた。誠司の傍らにはハジメ、ユエとカム、シアが座り、その後ろにハウリア族が固まって座っている。カムやシアの頬は腫れており、誠司達の所に来る直前にジンに殴られたらしい。ジンに神水を渡さなかったのはそれもあった。

 

長老衆の表情は、アルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。まぁ、それも無理もない。戦闘力では一,二を争う程の手練であるジンが文字通り手も足も出ずにあしらわれたのだから。

 

「それで……あなた方はどうしますか? 俺としては大迷宮攻略が出来ればそれで良いんですが。亜人族としての意思は統一して頂かないといざという時に困るのはあなた方では……?」

 

誠司の言葉にゼルが苦虫を噛み潰したような表情で呻く。他の長老達も同様の表情だ。

 

「こちらの仲間を二人も怪我させておいて第一声がそれか…… それで我々が友好的になれるとでも思うのか?」

 

ゼルの言い方にハジメはカチンとした表情で言い返す。

 

「……は? 先に殺意を向けて攻撃してきたのも、それで自滅したのもあの熊の長老でしょ? 巻き込まれた土人族の長老さんにはちゃんと神水を渡して治したし。文句を言われる筋合いは無いと思うけど」

「なっ! だが……!」

 

ゼルはまだ引き下がろうとするが、誠司もウンザリした様子で言う。

 

「勘違いしないで貰いたいな。被害者は俺達とあのグゼという長老であって、加害者はジンとかいう熊人族の死に損ないだけだ。それとも何か? この国では理不尽に暴力を振るわれそうになったら笑顔でそれを受けるのが礼儀なのか?」

「はぁ……ゼル、そのくらいにしておけ。彼の言い分は正論だし、グゼを助けたのも彼だ。文句を言う筋合いはない。それと誠司殿……この国ではそんな物騒な礼儀は無いので安心して欲しい」

「……それは良かった」

 

アルフレリックに嗜められたゼルは渋々といった様子で黙り込む。

 

「確かに、彼らは紋章の一つを所持しているし、あのジンの殺気や攻撃を受けても全く物怖じしない度胸。僕は、彼らを口伝の資格者と認めるよ。他の皆はどうだい?」

 

狐人族の長老ルアは糸のように細めた目で誠司達を順に見ると、他の長老達に同意を求める。翼人族のマオ、虎人族のゼルも思うところはありつつも同意を示した。代表としてアルフレリックが誠司達に伝える。

 

「中西誠司。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さん達を口伝の資格者として認める。故に、お前さん達とは敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。……しかし……」

「絶対じゃない……と?」

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回ジンの種族、グゼの種族の怒りは抑えきれない可能性が高い。あいつらは人望があったからな……」

「……それで俺達にどうして欲しいんですか?」

「お前さん達を襲った者達を殺さないで欲しい」

「それはつまり……殺意を向けてくる相手に手加減しろと?」

「そうだ。お前さん達の実力なら可能だろう?」

「不可能ではありませんが、それは無理な相談です。敵との殺し合いである以上、下手な手加減や躊躇は自分や仲間を危険に晒します。俺は奈落の底でそれを嫌という程、思い知りました」

 

そう言って誠司は顔に巻かれた包帯をずらして火傷の跡を見せる。何処かから息を呑む声が聞こえた。アルフレリックも一瞬、目を見開くが、彼も引かなかった。

 

「お前さんの言いたいことは分かる。だが、長老として、この国の大事な同胞達を見殺しには出来んのだ」

「それならあなた方長老衆が必死に止めるべきです。その上で制止を振り切った者達が悲惨な末路を辿っても彼らの自己責任では?」

 

両者の意見はお互い平行線だった。アルフレリックとしても同胞を死なせたくなかったし、誠司としても絶対に守れない約束はしたくなかった。そこでゼルが口を挟む。

 

「ならば、我々は大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな」

 

その言葉に、誠司達は訝しそうな表情をした。もとより、案内はハウリア族に任せるつもりでいたのでフェアベルゲンの者の手を借りるつもりはなかった。そのことは彼等も知っているはずである。だが、ゼルの次の言葉で彼の真意が明らかになった。

 

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔獣の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

 

ゼルの言葉に、シアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めたような表情をしている。この期に及んで、誰もシアを責めないのだから情の深さは折紙付きだ。

 

「長老様方! どうか、どうか一族だけはご寛恕を! どうか!」

「シア! 止めなさい! 皆、覚悟は出来ている。お前には何の落ち度もないのだ。そんな家族を見捨ててまで生きたいとは思わない。ハウリア族の皆で何度も何度も話し合って決めたことなのだ。お前が気に病む必要はない」

「でも、父様!」

 

土下座しながら必死に寛恕を請うシアだったが、ゼルの言葉に容赦はなかった。

 

「既に決定したことだ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ忌み子の追放だけで済んだかもしれんのにな」

 

ワッと泣き出すシア。それをカム達は優しく慰めた。長老会議で決定したというのは本当なのだろう。アルフレリックを含む他の長老達も何も言わなかった。

 

「そういうわけだ。これで、貴様が大樹に行く方法は途絶えたわけだが? どうする? 運良くたどり着く可能性に賭けてみるか?」

 

それが嫌なら、こちらの要求を飲めと言外に伝えてくるゼル。アルフレリック以外の他の長老衆も異論はないようだ。アルフレリックは脅すようなやり方を取るゼルに眉間に皺を寄せて鋭い視線を向けていたが。ハジメもユエも顔を顰める。そして、誠司は…………

 

「うーーん…………やっぱり分からん」

 

首を傾げて何かを考えていた。ゼルを始めとした長老達は怪訝な顔をする。やっぱり何か分からないことがあるのか誠司がゼルに尋ねた。

 

「あの〜、恐縮ですが、一つ質問しても良いですか?」

「……何だ?」

「シア・ハウリアを忌み子とする理由っていうのは何ですか?」

「はっ、何を言うかと思えば。決まっているだろう、そこの忌み子は魔力を持ち、魔獣と同様の力を持っているのだ。それに奴は魔獣を手懐けることが出来る。魔獣は敵だ。処刑するのは当然だろう」

 

ゼルが自信満々にそう言うが、誠司はその言葉に益々謎が深まった。

 

「いや、だから……そんな便()()()()を捨てる理由を教えて欲しいのですが」

「なっ……! 便利……だと?」

 

誠司の言葉にゼルはギョッとした表情を浮かべる。それはシアを含めた周囲の亜人族も同様だった。

 

「だってそうでしょう。魔力を持っているということは通常の兎人族とは違うことが出来るということ。それに彼女の固有魔法は『未来視』というものだ。上手く使えば自然災害や外敵の襲来を予知して対策を取ることも出来るでしょう。現にハウリアはその能力を使って、長い間隠し通してましたしね。そして、最後に魔獣を手懐けられるのであれば、それで魔獣の被害を減らし、手懐けた魔獣をフェアベルゲンの戦力に使うことも可能なはずでは?」

 

誠司が淡々と指折り数えながらシアの使い道を挙げていくと、ゼルの顔色は面白いくらいに変わっていく。それはハウリアも同様で、特にシアは自分の力に困惑しているようだった。

 

「それで……改めて聞きますけど、そういったメリットを捨ててまでシア・ハウリアを忌み子として切り捨てる理由は何ですか?」

「そ、それは掟で……」

「だからその掟が出来た理由を教えて欲しいんです。その掟が出来た当時の時代背景や出来事でも構いません。是非、部外者の俺に教えて頂けませんか?」

「い、いや……それは……」

 

ゼルはしどろもどろに言う。先程までの勢いはもう無い。終いにはアルフレリックに視線で助けを求める有様だった。ルアやマオも掟の理由を今更ながらに必死に考えているようだった。

 

その様子にアルフレリックは溜息を吐く。そして、彼らに助け舟を出そうと口を開くが、ハジメとユエに牽制された。

 

「確かにそれは気になるね。僕も聞きたいです。特に……()()()()()()()()()()()()()()ゼルさんの口から」

「……ん。私も気になる。教えて欲しい」

「あ、あ、あ…………」

 

逃げ道を失ったゼルはもう何も言えなかった。そんなゼルに誠司は冷たい視線を向けると今度はルアとマオに視線を向けた。

 

「……ではルアさん、マオさん。二人は当然分かりますよね?」

「「…………」」

 

二人とも何も言えなかった。いつの頃からか掟の内容をそういうものだと考え、深くは考えなくなっていたのだ。その事実に誠司は思わず呆れた表情を浮かべた。

 

「つまり……あなた方、長老衆はただ『掟だから』と思考停止して黙々と従っていたということですか? まるで()()のように」

『っ…………!』

 

その言葉に長老達の顔には怒りの表情が浮かんだ。アルフレリックでさえも鋭い視線を向けている。亜人族にとっては最低の侮辱だからだ。

 

「キサマ……我々を愚弄する気か……?」

 

ゼルが唸るように問いかけた。もう人を殺しそうな勢いである。だが、誠司は平然としている。

 

「滅相な。俺はこの国や掟、亜人族そのものを馬鹿になどしていませんよ。長い歴史の中でこのフェアベルゲンという国を支え続けた先人達が遺した掟を、ただ上辺だけ読んで全部理解したつもりになっているアンタらクソ老害どもを馬鹿にしているんです」

「ぐっ、ぐっ、ぐううぅぅぅ……」

 

ゼルは悔しさの余り歯軋りをする。しかし、一方でルアやマオは俯いている。己を恥じているようだった。

 

「……確かに長老である以上、この国の掟については奥の奥まで知っておかないといけなかった…… 僕達はいつの間にか傲慢になっていたようだね……」

「お恥ずかしい限りです。返す言葉がないですね…… 首をくくりたい気分です。もっとも翼人族なのでノーダメージですが」

 

ルアはともかく、マオはドサクサに紛れて独特の翼人族ジョークをかましている。本当に恥じているのだろうか……

 

アルフレリックがどこか疲れた表情で誠司達に尋ねた。

 

「誠司殿達はどうしてそこまでハウリア族にこだわる? 案内役が代わるだけであれば誰でも良いはずだが?」

「契約なので。ハウリアの身の安全の保証と引き換えに樹海を案内してもらうと。まだ樹海の案内が成されていない以上、その契約はまだ続いています」

「だが、ハウリア族の処刑は一度会議で決定した以上、それは絶対だ。覆すことは出来ん」

「その決定に正当性がありますか? 少なくとも長老衆の半数は掟を理解しきれておらず、部外者である俺の質問に答えられない有り様。この様子じゃ、あの熊野郎やグゼさんもちゃんと答えられるかどうか怪しいもんだ。そんな者達が下した決定でハウリアは死ぬんですよ?」

 

誠司とアルフレリックはしばらく睨み合う。やがて、アルフレリックは深々と溜息を吐き、ある提案をした。

 

「ならば、ハウリア族はお前さん達の奴隷ということにするのはどうだ? フェアベルゲンの掟では樹海の外に出て帰って来なかった者、奴隷として捕まったことが確定した者は死んだ者として扱っている。後追いを防ぐためにな。……既に死亡した者達を処刑は出来まい」

「なっ! アルフレリック、それは……」

 

屁理屈とも言える結論にゼルは抗議の声を上げる。

 

「ゼル。分かっているだろう。この者達は引かん。ハウリア族を問答無用で処刑すれば確実に敵対することになるだろう」

「しかし、それでは示しがつかん! 悪しき前例の成立や長老会議の威信失墜に繋がりかねない!」

「……お前さんがそれを言うのかね? 先程の誠司殿の質問に答えることが出来なかった時点で威信も何もあったものではないと思うが?」

「ぐっ……! それは……!」

 

ゼルはまだどこか納得しきれていないようだった。埒があかないと思った誠司はハジメとユエに小声であることを頼んだ。二人はそれを聞くと「任せて」と言うように頷いた。

 

「あのー、言い忘れていましたけど、忌み子を見逃すことについては今更だと思いますよ?」

 

ハジメの言葉に長老衆が怪訝な顔を浮かべる。ハジメはおもむろに右腕の袖を捲って魔力の直接操作を行った。すると、皮膚の内側に赤い線が薄らと浮かび上がる。そして、『癒しの心』でシアやカムの腫れた頬を治してやる。ユエも同様に右手から直接炎を出した。

 

その光景に長老衆はハジメやユエのその異様さに目を見開いた。詠唱も魔法陣も無しに魔法を発動させたことに驚愕をあらわにする。驚いているのはハウリアも同じだった。特にシアの驚きの度合いが大きい。目を大きく見開き、口元を手で覆っている。「私と同じ……」という声も聞こえた。

 

「見ての通り、僕もユエも魔力の直接操作が出来るし固有魔法も使えます。つまり、あなた方の言う化け物ってことです。でも掟に従うなら、僕達も見逃さないといけない。一人見逃すくらい今更だと思いますが……」

 

更なる事実にしばらく硬直していた長老衆だったが、先に硬直の溶けたアルフレリックが今日何度目か分からない、特大の溜息を吐きながら長老会議の決定を告げる。今日だけで大分歳を取ったのではないかと思う程だ。

 

「はぁ………… ではハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に資格者であり、同じく忌み子である南雲ハジメ、ユエの身内とする。そして、ハウリア族は中西誠司の奴隷とする。また、資格者三人には敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、彼らの一行に手を出した場合は全て自己責任とする……以上だ。これで問題はないか?」

 

アルフレリックが振り返って他の長老に視線を向ける。もう反論する気力もないようだった。そして、誠司達の方にも視線を向ける。誠司達も文句は無かったので黙って頷いた。

 

こうしてハウリアの処分が決まり、誠司達はそのままフェアベルゲンを出ることになった。誠司はアルフレリックと最後に一つ話をしたいと頼み、アルフレリックから了承を貰うと、ハジメやユエは先にフェアベルゲンの門の所まで行ってもらうことにした。二人が未だ茫然としているハウリアを連れて部屋を出る。長老達もどこか意気消沈した様子で部屋を出て行く。

 

部屋には誠司とアルフレリックの二人だけになった。

 

「……さて。話とは一体何かね?」

「いえ。簡単な質問です。貴方は知っているようでしたので。結局、魔力持ちの亜人族を忌み子として処刑する掟は何故出来たんですか?」

「……どうしてそれを聞くのかね? もうハウリア族は処刑されずに済んだというのに」

「いや、これはただの興味です。そもそも、魔力を持たないのが常識であるはずの亜人族の掟の中に『魔力を持った子供が産まれた場合』の掟があるなんて妙な話ですし。過去にも似たような事例があったと考える方が自然でしょう」

「ふむ……中々鋭いな。確かに誠司殿の言う通り、過去に亜人族の中で魔力を持った者が現れたことがあった……」

 

アルフレリックの話によると、随分昔、亜人族の中に魔力を持った魔力持ちが現れた。その者もシアと同様に固有魔法が使え、ポケモンを手懐けることが出来た。フェアベルゲンは魔力持ちの力を借りて発展していった。しかし、人々に褒め称えられていくうちに魔力持ちは段々と傲慢になっていき、身勝手な蛮行が増えていった。遂には国を乗っ取ろうと画策、民衆を扇動し、手懐けたポケモン達を使って反乱を起こした。フェアベルゲンの中で起きた内乱は数年続いた。その内乱によって多くの犠牲者を出し、国の再建には時間が掛かった。当事者である魔力持ちは処刑された。それ以降、フェアベルゲンには魔力を持った子供が産まれたら忌み子として処刑するという掟が生まれたのだ。

 

「……というのがこの掟が出来た理由だ」

「……なるほど。理解しました。話してくださり感謝します」

 

そう言って誠司は席を立ち、出口へ向かった。知りたかったことを知れたのでもうこの国に用はない。その時、アルフレリックに呼び止められた。

 

「ちょっと待ってくれ。私からも一つ質問しても良いかな?」

「……? 何でしょう?」

「もしも、先程の質問に対してゼル達が今のように答えられていればどうした?」

「……出来る限り、ハウリアの擁護はしたでしょうが、族長のカム・ハウリアの処罰だけはどうにもならなかったかもしれませんね」

「……ほぅ。それはまたどうしてかね?」

 

興味深そうに尋ねるアルフレリックに誠司は少し面倒そうにしつつも答えた。

 

()というのは個よりも集団の利益を優先する者……少なくとも俺はそう考えています。だが彼は個を優先し、一族を危険に晒した。実際、犠牲者も多く出ましたしね。他にも色々やり方はあったのに悪手を取り続けた結果、このような事態を招いた。冷たいようですが自業自得としか言いようがない」

「…………」

「まぁしかし……ハウリアが掟を破ったのは事実ですが、その掟に基づいて罪人を処罰する立場の長老達が掟について理解が不十分なのはもってのほかですよ」

「耳が痛いな……だが、ゼルやルア、マオは今からでも改めて掟について一から学び直すだろう。部外者の若者にあそこまで言われたんだ。彼らも言われっぱなしで済ませるような者達ではない。次はこういうことにはならないと思うぞ」

 

アルフレリックがそう言ってニヤリと笑うと、誠司も笑みを浮かべた。そして、誠司は最後にアルフレリックに頭を下げてお礼を言った。

 

「今回はありがとうございました。理性的な判断をして頂き感謝します。その代わりと言っては何ですが、今後、我々を攻撃して来た亜人族達に対しては極力、相手の無力化を心がけることを約束します。しかし、殺し合いである以上、絶対に殺さないという確約は出来ません。そして、そのような事態が起こらないことを願います」

 

そう言うと誠司は部屋を出て階段を降りて行く。一人残されたアルフレリックは小さく呟いた。

 

 

「はぁ……末恐ろしい男だ。優しさや義理人情を見せつつも、時に冷徹さや容赦の無さ、狡猾さも見せる。……敵に回したくないものだな」




ゼルさんを少し悪く書きすぎたかな? だけど、原作読んでもあまり良い印象が持てなかったので……

今のところ、ポケモンらしさがありませんが、次回からポケモンらしさが出てくるかなと思います。


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覚悟(ハウリアの場合)

ハウリアの処刑を免れ、フェアベルゲンを出て行くことになった誠司達は大樹の近くに仮の拠点を作って過ごすことになった。ハジメがこっそりフェアドレン鉱石の一部を貰っていたこともあって、拠点の中はフェアベルゲン程ではないにしろ霧は大分少なくなっていた。

 

そこで誠司はハウリアに自分の手持ちのポケモン達を使って、戦い方やポケモンバトルの指導をしていた。使用しているポケモンはワンリキー、エリキテル、チゴラス、クルミル、チリーン、ヘラクロスの六体。奈落の底を出てから仲間になったポケモン達ばかりだ。折角なので彼らのトレーニングも兼ねている。ヌマクローやマシェードといった残りのポケモン達はトランクの中に入って貰っている。

 

これからはポケモン達を定期的に入れ替えていくことにした。基本的に6体は手元に、残りは全てトランクの中に入っていて貰う方針だ。ちなみに手元に残すのが6体なのは夢での影響だ。多すぎても少なすぎても困るので良い塩梅だと思う。

 

たった十日で大樹までの霧は晴れて、ハウリアとの契約は切れる。つまり、誠司達にとって助けてやる義理が無くなるということだ。そうなれば、そのまま人間族や亜人族にやられて全滅の可能性が高い。なので、ハウリア全員の希望で彼らに戦う術を教えているのだが……

 

「ピギィッ!」

「おお! ケムッソ、大丈夫か!? しっかりするんだ!」

「ああワンリキー、ごめんなさい! こうするしかないんです!」

「リ……リキ?」

「ナゾノクサ、痛いところはないか!?」

「……ナゾ」

 

なにぶん、面倒臭い。ポケモンがちょっとのダメージを受けただけでこの世の終わりのような悲鳴を上げ、逆にちょっとダメージを与えれば過剰に謝って来る。更には大したダメージを負っていないはずなのに一定時間経ったら痛い所が無いかいちいち確認してくる始末。訓練相手をしているワンリキー達は困惑しっぱなしだった。何せ攻撃も全然痛くない上に相手からはしつこいくらいに謝られるのだ。無理もない。

 

しかも、タチの悪いことにハウリアのポケモン達も同じだった。長い間、温厚で平和的なハウリアという名のぬるま湯に浸かっていたせいか、のほほんとした子が多く、ポケモンなのに碌に技も当てられない、手加減しているかのような動きをするといった始末だ。

 

彼らにやる気があるのは分かる。だが、このヤドンよりも遅いペースだと十日どころか十年かかっても難しそうだ。

 

 

なので、誠司は訓練の趣向を変えることにした。二日目から誠司はポケモン達との訓練の難易度を跳ね上げた。肉体的なものだけでなく、精神的に追い詰めるようなものも多くし、そして何より連帯責任として一人でも、一体でもしくじれば全員に罰として訓練を重くする方式を取ったのだ。

 

当然、急に方針を変えられたハウリアは困惑したが、有無を言わさぬ誠司の様子に口を噤む。彼らも必死に付いて行くが、誠司の課した訓練は彼らにとっては地獄とも言えるものだった。

 

訓練を始めて四日目にもなると、心が折れる者達も出てきた。もうどうにでもしてくれと誰もが疲弊し切った様子だった。ハウリアのポケモン達も同様で疲れが溜まっている。ハウリアのポケモン程ではないが、誠司のポケモン達でもやはり訓練が過酷なのか、疲れが目立ち始めて来た。

 

誠司はそんなカム達ハウリアに冷たい視線を向けながら、抑揚の無い声で問う。

 

「もうやめたいのか? 俺は別にそれでも構わないぞ」

 

誠司の言葉にカム達の顔に困惑と安堵の表情が浮かんだ。だが次の誠司の言葉に彼らの表情は固まった。

 

「ああ、お前達は本当によく頑張った。最弱の種族なのによくここまで耐えたものだよ。だから、シアを見捨てても誰も責めないさ。俺も、ハジメも、ユエも、そしてシアもな」

「シ、シア……? 見捨て……?」

 

「何故ここでシアの名前が出てくるんだ?」と困惑するハウリア達に誠司は現実を突き付けた。

 

「あいつは普通の兎人族じゃない。今、ハジメやユエが鍛えているが、もっともっと強くなれる素質がある。そしたらきっと、あいつはお前らの元を去るだろうな。家族の迷惑が掛からないようにって」

「っ、それは……」

「言っておくが、俺達は保護するつもりはない。今のあいつには決定的なものが欠けている。それを自覚しない限りは頼まれても連れて行く気はない。あいつがお前らの元を去ってもお前らはそれを引き留めることも追うことも出来ない。シア・ハウリアという少女がお前らの元を去ったが最後、もう彼女に帰る場所はないんだよ」

 

その瞬間、カムの、いやハウリア達の目の色が変わる。それはポケモン達も同じだった。心が折れて死にかけていた目に再び光が宿り始める。それはまるで、怒りという名の燃料を焚べた炎のような輝きだ。

 

「口が過ぎますぞ、誠司殿。私達がシアと共に樹海を出たことをお忘れか?」

「そして、彼女の心に傷だけを作り、全員処刑されかけたな」

「っ、それは……」

「弱かったことで蹂躙された。シアの存在、そしてあんたの身勝手のお陰でな」

「身勝手……?」

「そうだ。長というのは個よりも集団の利益を優先する者のことを言う。あんたは族長として集団(ハウリア)の安全を取るべきだった。だが、あんたは(シア)を優先してしまった。その結果がこれなんじゃないのか?」

「………………」

 

冷酷とも言える誠司の言葉にカムは口を噤む。他のハウリア達も反論出来なかった。ポケモン達も心配そうに寄り添っている。やがてカムは絞り出すような声で言葉を紡いだ。

 

「……モナは、私の妻は……元々身体が弱かった。シアを産んで十年程経って病気でこの世を去った……」

 

ハウリア達もその人物の顔が浮かんだのか一様に悲しげな顔をする。誠司も黙って聞いている。

 

「シアは……モナの忘れ形見だ。そのシアを見捨てることが……族長として正しいことだと誠司殿は言うんですか!?」

「そうだ」

 

カムの心からの叫びに対しても誠司は一蹴する。

 

「シアを匿うことは父親として正しくても、一族を束ねる族長の立場としては間違いだ」

「こ、この……」

「そもそもシアを死なせたくないのなら、早いうちに長老衆に言うべきだった。前に言ったようなシアの有用性を証明出来れば、あの頭の固い老害どもも頷かざるを得ないだろう。損得勘定の出来ない連中じゃないしな。あとは族長の座を別の者に譲ってあんたとシアの二人だけで逃げる……なんて方法もあったぞ。シアも父親一人だけなら、ある程度守り通せただろうしな」

「な、な……」

「結局、あんたらは弱かったせいで今に至るんだ」

「私達はっ」

「兎人族だからというのは理由にならないぞ。そもそも俺が言っている弱さは肉体的なものだけじゃない。おつむの弱さや性格の弱さもだ。それらはいくらでも強くなれるのにも関わらず……」

 

カムを始めとしたハウリア達は黙っていたが、全員気弱で温和な種族とは思えない程に顔を憤怒で歪ませていた。歯を食いしばり、全員誠司を強く睨み付けている。

 

「弱かろうと何だろうと家族を守りたいから、覚悟を決めたんじゃないのか? それを苦痛で諦めるのか? ……ああ、良いとも。俺は所詮は他人だからな。お前らがどうなろうと他人事でしかない。シアのことは忘れてひっそりと息を潜めて生きるが良いさ!」

「そ、そんなこと出来る訳が……」

「ああ。それとも言い訳が欲しいのか? 『自分達は努力して頑張ったんだ。でも無理だった。シアよ、私達を恨まないでくれ』って言い訳が」

「……黙れ」

「それなら良かったじゃないか。本当の努力なんて他人には分からないんだ。たとえ実の娘でもな。心折れるまで頑張ったんならシアも責めないだろうよ。しかもその厄介者が自分から消えてくれるのなら、お前らにとってはラッキーチャチャチャだ。さぁ、喜びな……」

「黙れと言ったぞぉ! ケムッソ、“どくばり”だ!!」

「ピギイィィ!」

 

カムは怒りのままにケムッソに指示を出した。ケムッソはお尻から鋭い針を誠司に向けて発射した。最初の頃と違い、その針は真っ直ぐ飛んで誠司の顔のすぐ横を掠めて後ろの樹に突き刺さった。それは当たらなかったものの、初めて敵意の籠った攻撃だった。

 

「馬鹿にするな! シアは私の子だ! 私達の家族だ! 忘れることなど出来るものか! 一人になどさせるものかああぁぁぁ!!」

 

カムの心からの叫びに呼応するかのように一人、また一人と立ち上がっていく。瞳に気概と怒りを強く宿して。傍らのポケモン達も先程までとは比べ物にならない気迫だ。

 

「お前達! このガキに教えてやれ! 我らハウリアは絶対に家族を見捨てないことを! こんな訓練など何でもないと! シアに、家族にっ、縁を切らせるなぁっ!」

『おおおおぉぉぉぉーーっ!!』

 

ハウリアの雄叫びが樹海に響き渡る。

 

「このまま訓練を続けるのか?」

「当然だ! 地獄でも何でも持ってこい! 全て乗り越えて、その生意気な口を2度と叩けないようにしてやるっ!」

「ほぉ? もう泣き言は聞かないぞ。それでもやるんだな?」

「そうだ! 何度も言わせるな!」

「……上等だ。ならばまずは……走れる所まで走って貰おうか? 2時間以内に俺や俺のポケモン達から逃げ切ってみせろ!!」

『望むところだ!!!』

 

一同にハウリアとポケモン達は去って行く。それから一拍おいて誠司はワンリキー達に指示を出すとハウリアを追いかけ始めた。

 

この日からハウリアの()()()訓練が始まった。




ハウリアの訓練はWeb版のトータス旅行記の内容を参考にしました。次回はシアの訓練の方に入ります。


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覚悟(シアの場合)

少し短くなりました。でも、割と内容は深く出来たかな?って思います。


訓練を始めて九日目、離れた場所でシアも訓練をしていた。相手はハジメとユエの二人だ。二人とも魔力操作が使えるのでシアに教えることにしたのだ。そして、ホルビーもハジメとユエのポケモン達と戦っている。ハジメはダンバルを、ユエはモクローを使っている。

 

誠司のやり方と違って、ポケモンバトルというよりもルール無用の乱戦に近い。ポケモン達に指示を出しながら、自分自身も戦わないといけないのだから。

 

ドパンッ、ドパンッ、ドパンッ!

ハジメがドンナーをシアに向けて三発、発砲する。通常弾ではなく非致死性のゴム弾なので死にはしないが、当たれば痛い。ユエは炎、氷、雷など多彩な魔法を駆使してシアに放つ。

 

シアは必死に走り回って回避しようとするが、全て避け切れない。少しずつ傷が出来、呻き声を上げる。しかし、シアの目は光を失っていない。かなりハードな訓練なのに根を上げない。大したものだとハジメもユエも内心では感心していた。

 

「……どうしてそこまでして戦うの?」

 

ユエが思わず尋ねた。シアは傷だらけになりながらも胸を張って答えた。

 

「決まっています。私もあなた達と一緒に行きたいからですぅ!」

「ホビホッビ!」

 

シアの言葉にホルビーも声を上げる。ハジメは冷めた目を向けている。

 

「それで、()()()()()()は決まったの? 前は答えられなかったけど」

 

ハジメが皮肉混じりに尋ねた。

 

ーーーーーーーーーー

訓練を始めたばかりの頃、シアはハジメとユエに自分達も旅に同行させて欲しいと頼んでいた。シアはハジメとユエという生まれて初めて出会った『同類』に理屈を超えた仲間意識を感じていたからだ。おまけに二人とも同性だったのも大きかった。なので、二人の傍にいたい、彼女達のことをもっと知りたいと思ったのだ。

 

だが、その二人からすればシアの要望は「ふざけるな」としか言いようが無かった。その怒りようにシアはもちろん、彼女のポケモン達も少し怯えるほどだった。

 

まず、ユエにはシアと違って自分を愛してくれる家族など居なかった。それこそ、自分の命を賭けてでも愛してくれる家族は。しかも、ユエは三百年以上生きてきたが、今までそんな同類には出会うことは無かった。だが、シアはたった十六年程度で出会った。そんな恵まれた者に対してユエは嫉妬というか複雑な感情を持っていた。

 

一方でハジメは二人と違って生まれつきこうなった訳ではない。奈落の底で飢えに耐え切れずタブンネの肉を食べたことでこうなったのだから。だが、タブンネの肉を食べたのは生きるため……もっと言えば、生きてまた家族に会うためだった。

 

境遇は違えど、二人が共通して感じたのは、「あんなに良い家族がいるのに彼らを裏切るようなマネするんじゃねえよ、クソウサギ!!」だった。

 

そして、シアが家族に迷惑を掛けたくないために、最初から家族の元を離れるつもりだったことも二人は見抜いていた。シアがやろうとしていることは家族の意に反する、ある意味裏切りとも言える行為だ。その裏切り行為に自分達を巻き込もうとしていることに二人は激しい怒りを感じていた。

 

だから、ハジメは問いかけた。シア・ハウリアとして一体何をしたいのか。ただ自分達とお友達になりたいのならわざわざ旅に付いて来る必要などないし、そんな消極的な理由で何の覚悟も無しに自分達の旅に寄生されても迷惑だとも。

 

その時のシアは何も答えることが出来なかった。

ーーーーーーーーーー

 

シアは少しの間、目を閉じる。何か自分自身と会話しているようだ。そして、ゆっくりと目を開く。

 

「……はい。私は家族やポケモン達とこれからもずっと笑っていける未来を見たい。ハジメさんやユエさんとももっともっと、仲良くなりたい。そして、ポケモンのことを色々と知りたい……それから、えーーと……」

「……それで、君の覚悟は決まったの?」

「はい! 何度もホルビーとも話し合って決めました。命がいくつあっても足りない旅なことは分かっています!」

「それだけじゃないよ」

「……え?」

「僕達の言っている覚悟っていうのは命を賭ける覚悟だけじゃないよ。言ってみれば……『嫌われる覚悟』かな?」

「嫌われる……覚悟……?」

「そう。知っての通り、ポケモン達はこの世界では魔獣として恐れられ、嫌われてる。そんな世界を相手に僕達は旅しているんだ。ポケモン達と一緒にね。だから当然、色々な人から嫌われるかもしれないし、恐れられるかもしれないし、憎まれるかもしれない。しかも君は亜人族だから余計にね。それでも僕達と一緒に行きたいの?」

 

ハジメがジッとシアの目を見ながら尋ねた。ユエも何も言わないが同じ気持ちだった。

 

 

シアは自分の腕が少し震えていることが分かった。今までも自分の家族以外からは自分は色々な目で見られた。同じ亜人族からは恐れや憎しみが込められたものも多くあった。それがもう一度、自分に向けられる。嫌だ、怖い……そう思わずにはいられなかった。

 

その時、クイクイと服を引っ張られるような感覚が走った。思わず下を見るとそこにはホルビーがいた。ホルビーはシアを見ている。心配そうな顔だ。それを見てシアは思い出した。

 

いつもそうだった。小さい頃から一緒に育ってきたホルビーはシアにとって自慢のパートナーだった。悲しいことがあっても明るくいることが出来たのも彼女のお陰だった。今も昔も、そして未来(これから)もホルビーと一緒なら大丈夫。未来視を使わなくてもそれは分かる。だから、シアは意を決して答えた。

 

「行きたいです。今、あなた達の旅に付いて行かなかったら一生後悔する。それだけは分かります! それに……迫害があっても乗り越えて見せます、ホルビーと一緒に!」

シアの言葉に、ようやくハジメは笑みを見せた。この訓練が始まってから初めてシアに向けた表情だった。ユエも少しだけ口元が緩んでいる。

 

「それなら、それを僕達に証明して。今日と明日で」

「ん。でも、私達も手加減はしない。根性を見せて」

「はいっ! 望むところですぅ!」

「ホビホッビ!」

 

シアとホルビーの最後の訓練が始まった。

 

「ダンバル、連続で“とっしん”!」

「ダンバ!」

「ホルビー、躱してください!」

「ホビッ!」

「……モクロー、“このは”」

「モフモッフゥ!」

「ホビビー!」

「ああっ、ホルビー!」

 

ドパンッ!

 

「はきゅんっ!」

「よそ見している暇は無いよ」

「んっ! あなたの相手は私達」

「そうでした! 絶対にあなた達に勝ってやるですぅ!」

 

内容は今までの訓練よりも遥かに過酷とも言えるものだったが、全員どこか楽しげな表情を浮かべていた。不思議なことに、シアやホルビーはまだ終わりたくないとすら思えてしまう程だった。そして、それはハジメ達も同じだった。

 

 

こうして、十日間の濃い訓練が終了した。結果は言うまでもない。

 

また、十日間、遠くでシアの訓練をジッと眺めているポケモンがいたのだが、当の本人達は気付かなかった。




15:00に投稿予定にするつもりが間違えて投稿しちゃった……マーイーカ


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新たな仲間

誠司とハウリアの訓練も終わりに差し掛かっていた。訓練最終日の朝、誠司はハウリアとポケモン達を一箇所に集めた。普段と違う様子にハウリアはお互いに顔を見合わせている。カムが代表して尋ねた。

 

「誠司殿。今日は何をするんです?」

「いや何、今日はお前らに最後のレッスンをしようと思ってな」

「……最後のレッスン……ですか?」

「そうだ。最後に成長したお前らとポケモン達の力を見せて貰おうと思ってな」

 

そう言って誠司は腰にあるモンスターボール五個を取り出すと、ポケモンを出した。出て来たのはマシェード、ヌマクロー、ケンタロス、イーブイ、キュウコンの五体、昨日までの六体とは一線を画すポケモン達だ。全員堂々とした表情を浮かべている。実はハウリアの訓練と並行してトランク内で彼らの訓練も行なっていた。だから、実力は以前よりも上がっているし、新しい技も習得した。

 

カム達はゴクリと唾を飲む。

 

「こいつらは昨日までの奴らとはレベルが違うぞ。昨日までの訓練を経てお前らは間違いなく強くなった。それは俺が保証する。だがな……世の中、上には上がいる。今回はそいつを教えてやる」

 

誠司の挑発的な言葉に全体の空気は殺気立つ。

 

「……後悔しますよ」

「させてみろ」

 

その時、ハウリア側の二体のポケモンが同時に動いた。ポッポとホーホーだ。ポッポは“すなかけ”で目眩しをし、ホーホーが“エアスラッシュ”で攻撃をする。このホーホーの特性は“するどいめ”というもので、命中率が下がらない。そのため、的確に誠司のポケモン達に向かって“エアスラッシュ”が飛んで来る。悪くない連携だ。

 

「イーブイは“まもる”。ヌマクローは“こごえるかぜ”だ!」

 

イーブイが“まもる”で“エアスラッシュ”を防御すると、すかさずヌマクローが“こごえるかぜ”を放つ。ポッポとホーホーに当たると、少し動きが鈍くなる。

 

「くっ! それなら……これでどうだ!」

 

カムの言葉と同時に三体のポケモン、バタフリーとビビヨンとアブリーとハウリア達が死角から現れた。ハウリア達が指示を出す。

 

「「「“しびれごな”!」」」

「マシェード、頼む」

「マッシェ!」

 

マシェードが前に進み出ると、“しびれごな”を大部分を吸収してしまう。草属性のポケモンに粉系の技は効かないのだ。多少の吸い残しはあるが、そこまでの脅威ではない。続いてキュウコンが虫属性にとって弱点である炎技を放とうとする。だが、それを予測していたのかカムはニヤリと笑う。

 

「掛かりましたな」

「っ!? キュウコン待て!」

 

カムの言葉に違和感を覚えた誠司が止めようとするが、もう遅い。キュウコンが“かえんほうしゃ”を放とうとすると、宙を舞っていた粉が反応して爆発を起こした。突然のことだったため、近くにいたマシェードも少なからずダメージを負った。キュウコンもダメージを負っている。大ダメージという程ではないが、明らかにハウリアの策に嵌まったダメージだ。

 

「ちっ…… “()()()()”か。色が似ていて気付かなかった」

「ええ。元々は炎魔法を使う敵や炎属性のポケモン対策に考えていた作戦でしたが、上手くいきました」

「ああ。良い手だった。だが……」

 

誠司の言葉が終わる前にマシェードが腕を伸ばしてバタフリー達を絡め取る。

 

「“ギガドレイン”!」

 

マシェードがバタフリー達から体力を吸い取っていく。バタフリー達は必死に踠くが、抜け出せない。虫属性のポケモン達に草属性の“ギガドレイン”は効果は薄い。しかし、三体もいれば充分、体力の回復が出来る。

 

カム達が悔しそうな顔をするのをよそにケンタロスが突進していく。これでハウリアのポケモン達を蹴散らす。それをハウリアのポケモン達が反撃する。

 

 

そんなこんなでハウリアと戦い、彼らの思いもよらない策に掛かる場面も何度かあったが、最終的には誠司の圧勝に終わった。ハウリアもポケモン達も倒れ込んでいるが、誠司のポケモン達は立っていた。

 

誠司はポケモン達を神水で回復させると改めて反省会を行った。

 

「これで俺の勝ちだな」

「ええ。我々の完敗です」

 

カム達はひと目見て、誠司のポケモン達が強いことは見抜いていた。だからこそ連携を駆使して勝とうとしたのだが、それも通用しなかった。まだまだ自分達が未熟であることを思い知らされる。悔しさから拳を握り締める。

 

「さてと……俺が今回、この訓練をした理由が分かるか?」

「それは……我々がまだまだ未熟であることを自覚させるため……ですか?」

「それだけじゃないな。今回の訓練は戦う理由を忘れないようにするためもあった」

「戦う……理由……?」

 

誠司の言葉にハウリア達全員が首を傾げた。シアの家族として帰る場所を守り切るため。今度は誰も失うことなく。全員がそういう認識で共通していた。

 

「お前らが戦うのは家族を守るためだったはずだ。その過程で敵を撃退することもあるだろうな。最悪、敵を殺すこともあるだろう」

「……」

「そうなった時、お前らが暴走する懸念があった。今までお前らを虐げて来た連中に報復出来る時、それに愉悦を感じる可能性が高かった。そうなれば、お前らは完全な外道に成り果てる。それこそお前らを襲った奴らのようにな」

『っ!?』

 

ハウリアは言葉を失った。

 

その仮定は確かにあり得ることだったからだ。このまま自分達が強いことが分かれば、間違いなく今まで自分達を虐げた者達に報復するだろう。それが正しいことだと言って。

 

「そうなったら、お前らにとって大切な家族であるポケモン達を道具のように扱うのが目に見えてた」

「それは……」

「分かっていると思うが、ポケモンは戦うための道具じゃない。パートナーだ。それを絶対に忘れるな。あと……お前らが外道になったらシアが悲しむ」

『……』

「家族を守るために強くなったのに、その家族を悲しませるようなことになったら本末転倒だぞ。自分達が何故戦うのか、本当に守りたいものだけは決して忘れるな」

「ご忠告……感謝します」

 

誠司が少しだけ悲しげな表情を浮かべる。

 

「それに……信頼関係っていうのは崩れるのは一瞬だ。家族を悲しませるだけでなく、ポケモンとの信頼も失い兼ねない。お前らはポケモン達とこれだけ良い関係を築いているんだ。彼らを裏切るようなことはするな」

『っ、はいっ!』

 

今回の一件でハウリア族は誠司に対して高い忠誠心を誓うことになった。

 

 

ハウリアが自主トレを始めて、しばらくすると、シア達が戻って来た。三人とも大分打ち解けているようだ。誠司としては女同士で組ませた方が良いだろうと思っていたが、正解だったみたいだ。誠司が片手を上げて声を掛けた。

 

「よぉ、三人共。お疲れ。訓練はどうだった?」

「はいっ! おかげさまで私もホルビーも前よりもっと強くなれたと思います!」

「ホビホッビ!」

「へぇ…… ハジメ、ユエ、どうだったんだ? 実際は」

「かなりの素質の持ち主だよ。それに、幼い頃からの付き合いなのもあって、ホルビーとの連携も凄い」

「んっ。魔法は特に身体強化に特化している。正直、化け物レベル。鍛えればもっと強くなれる」

 

ハジメとユエの掛け値なしの評価にシアは少し驚いた表情を浮かべた後、照れ臭そうにしている。その時、ハジメがシアをひじで小突いた。何か言うことがあるだろって様子で。それを思い出したのかシアが顔を引き締める。

 

何だと誠司が訝しむ中、シアは誠司に向かって頭を下げた。ホルビーも同様に頭を下げる。

 

「誠司さん。私をあなた達の旅に連れて行ってください。お願いします!」

「ホッビ!」

 

シアの頼みに誠司はあまり動揺していない様子だった。まるでそうなることを予測していたかのように。だから誠司は冷静に尋ねた。

 

「それはどうしてまた? 強くなっているなら一族の迷惑にもならんだろうし。わざわざ俺達と一緒に行きたい理由は何だ?」

「それは……」

 

まさしく訓練中にハジメがシアに尋ねた質問と同じようなものだった。だからシアは意を決して正直に答える。

 

「私は……最初は……ただ自分と同じハジメさんやユエさんに勝手に親近感を持って旅に付いて行きたいと思っていました…… でも、今は違います。この世界のことやポケモン達のことをもっと色々と知りたい。友達と一緒に過ごしたい」

「だがな。俺達の旅は……」

「困難があることは承知の上です。命が幾つあっても足りない危険な旅なのは分かっています。それに……色々な人から嫌われることも」

 

シアのその言葉に誠司は目を見開いた。それは誠司が懸念していたことだったからだ。思わずハジメに目を向ける。彼女は小さく頷いた。シアが話を続ける。

 

「今でもまだ怖いです。でも私自身、出来ることをしないまま諦めたくないんです!」

「……本気なんだな?」

「はい」

「家族には話したのか?」

「いえ、それは……まだです。でも皆からなんと言われようと私は……」

「……だそうだ。どう思う、皆?」

「……ふへ?」

 

遮られた誠司の言葉に思わず変な声を上げるシア。すると、あちこちの樹の影からハウリア達が現れた。カムを含め、ハウリア全員、勢揃いだ。シアが驚きのあまり、目を白黒させる。

 

「えっ、父様、皆、いつからそこに……」

「いや何、シアが帰って来てすぐだが」

「ってことは最初からじゃないですかぁ! 誠司さんも気付いていたのなら言ってくださいよぉ!」

「まぁ、良いじゃない。手間が省けたんだから」

 

ハジメが笑いながら言った。ハジメやユエも驚いた様子は無いため、最初から気付いていたけど黙っていたようだ。シアもそのことに気付いたのかハジメ達にジト目を向ける。

 

カムも笑っていたが、すぐにシアに向けて真剣な表情を浮かべる。こういう時、やっぱりシアの父親なんだなぁと実感する。つられてシアも真面目な顔になった。

 

「シア、誠司殿達と旅に同行するのは本気なのか?」

「はい。私はまだ知らないことが多いです。新しい世界に踏み出したいんです。勝手なことを言っているのは分かっています。それでも……」

「良いぞ」

「……えっ?」

「お前自身が本気で付いて行きたいのなら私達も止めるつもりはない。我々は家族なんだ。家族がやりたいと思っていることを応援しないでどうする」

 

カムの言葉に他のハウリア達も頷いている。全員カムと同じ気持ちのようだ。

 

「ぐすっ…… どおざまぁ…… 皆ぁ……」

 

家族の温かい言葉にシアはボロボロと大粒の涙を流している。そんなシアに優しい笑みを浮かべつつ、カムが誠司達に向き直った。そして、頭を下げる。

 

「誠司殿、ハジメ殿、ユエ殿。どうか娘をお願いします。シアは少しそそっかしい所もありますが、一生懸命で家族思いな良い子です。必ずあなた方の助けになると思います」

 

誠司は大きく溜息を吐いた。父親にここまで言われたら断れない。

 

チラリとハジメやユエに目を向けると、二人もシアを連れて行くことに賛成のようだ。それに……シアがちゃんと()()()()()()()を補うことが出来たことも先程の会話で分かった。もうシアを断る理由が誠司には無かった。

 

誠司はシアに歩み寄り、右手を差し出した。

 

「これからよろしくな、シア」

「ぐずっ、はいっ! よろしくお願いします!」

 

まだ泣きべそをかいているシアとしっかりと握手を交わした。

 

こうして、誠司達は新たにシア・ハウリアとホルビーが仲間に加わることになった。




次回でハルツィナ樹海編が終わると思います。ハウリアの戦闘もある予定です。


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ハウリアの初陣

ハルツィナ樹海編、あともう1話続きそうです。ごめんなさい……

ありふれのアニメ3期の制作が決定して楽しみです。でも放送されるのはまた3年後くらいなのかな……?


「誠司殿」

 

そう言って誠司の元にやって来たのはパルという兎人族の少年だ。花を大切にするなど、まだまだ年相応の幼さはあるが、ポケモントレーナーとしての素質が高いと訓練中、誠司が特に目を掛けていた者の一人だ。相棒はエレキッドでハウリアの中で唯一の電気属性使いでもある。以前は「誠司お兄ちゃん」と呼んでいたが、今では他の皆と同様、「誠司殿」と呼ぶようになった。

 

「どうした、パル?」

「先程、大樹付近へのルートに熊人族と土人族の集団がたむろしているのを発見しました。全員武装しており、我々への待ち伏せかと」

 

その報告を聞いて誠司達は顔を顰めた。パルの言う通り、間違いなく報復のための待ち伏せだろう。しかも、大樹付近で待ち伏せすることで目標を目の前にして叩き潰そうという考えのようだ。アルフレリックの懸念が当たった形になった。ハジメもパルに尋ねた。

 

「それで、何人くらいだったの?」

「ざっと十五人程度です」

「十五人? 随分少ないね。もう少しいるかと思ったけど」

「多分、熊人族や土人族の中でもかなりの過激派なんだろう。そういった奴らには何を言っても無駄だろうしなぁ……」

「誠司殿、ここは我々に任せて頂けませんか?」

 

カムが誠司に頼んだ。

 

「良いのか?」

「はい。我々としても生まれ変わったことを奴らに見せ付ける良き機会です。それに、我々がやった方が今後、亜人族の報復もかなり少なくなるでしょう」

「なるほどな。それじゃ任せるよ。だが、一つ条件がある。殺さずに全員生け捕りにすることだ。アルフレリックさんとそのように約束しているし、それに何より……連中にとっては、格下だと思っていた奴らに捕虜にされる方が遥かに屈辱だろうしな」

「承知しました。よし! 行くぞ、お前達!」

『おおー!!』

 

カムの合図と共にハウリアは一人、また一人と姿を消していく。誠司達もパルの報告にあった場所へ向かうことにした。

 

 

 

「レギン殿、戦闘準備整いました」

「ああ、ご苦労」

 

その頃、パルの報告通り、熊人族や土人族の集団が大樹付近で待機していた。

 

レギン・バントンは熊人族最大の一族バントン族の次期族長とされている実力者だ。また、現バントン族族長兼長老、ジン・バントンの右腕的存在でもあり、彼に対して心酔のような感情を抱いていた。

 

だからこそ、ジンが一人の人間によって怪我を負わされたという話を最初は信じることが出来なかった。レギンや彼と同様にジンを強く慕う者達は何があったのかを長老達に詰め寄り、事情を聞いた。そして、全てを聞いたレギンは長老衆の忠告(特にアルフレリックが強く止めていた)を無視して、熊人族や土人族に事実を伝えて報復へと乗り出すことにした。

 

しかし、長老衆や他の一族、そして同じ一族でも客観的に物事を見ることの出来る者達の説得で全ての熊人族を駆り立てることは出来なかったが、熊人族と土人族で合わせて十五人程集めることが出来た。この集まった者達はジンやグゼを特に慕っていた若者達だ。レギンの提案にすぐ賛同してくれた。

 

少々人数は少ないが、卑怯な手を使った人間や弱い兎人族程度であれば何の問題もないだろう。

 

「どうせ奴らは卑怯な手を使ったに決まっている。だからこうして万全に構えていれば、我々が負ける理由はない!」

 

レギンの言葉に周囲から笑いが起こる。完全に自身の強さを過信した油断からの笑いだった。だからこそ、彼らは樹の影に潜むウサ耳達に気付かなかった。パルが小さい声で相棒のエレキッドに指示を出す。

 

「エレキッド、“でんじは”!」

「ビビッ!」

 

樹の影から放つエレキッドの攻撃によってまずレギンが身体の自由を封じられた。

 

「な、何っ!? ぐあっ!」

 

レギンは身体の痺れで立つことも出来ず、膝を突く。彼の仲間の間に動揺が走った。

 

「レギン殿!」

「くそっ! どこから攻撃が……」

 

熊人族や土人族が武器を構えようとするが、その隙を逃がさずにハウリアが次の攻撃に入った。

 

コフーライとアゴジムシとレドームシ、ビードルが四方から糸を吐いて数人の熊人族や土人族を拘束していく。

 

「何だ!? 糸!?」

「構わん、引きちぎれ!」

 

力の強い熊人族達が力づくで引きちぎろうとするが中々千切れない。アゴジムシの粘着質な糸を下に様々な糸が巻き付けているので力が発揮できないのだ。

 

次にポッポとホーホーのコンビが攻撃をする。先程、誠司のポケモン達に見せた手を使った。“すなかけ”で舞い上がる砂によって目を眩ませ、“エアスラッシュ”で急所を突いていくことで大ダメージを与える。致命傷というわけではないが、強力だ。怯んだところをなす術もなく拘束されてしまった。

 

そして、別の所ではナゾノクサやバタフリー達が“しびれごな”で熊人族達を痺れさせていく。痺れで動けない熊人族達はあっという間に拘束されてしまう。

 

そして、残ったのはレギン一人になってしまった。ハウリアとポケモン達の連携に何も出来ないまま拘束されていく部下達を目の当たりにして、レギンは現実を拒否するように首を横に振った。

 

「そんな馬鹿なっ! くそっ! 兎人族は戦いを忌避するものではないのかっ!」

「我々は家族のために変わらなければならない。それに気付いたまでだ」

「なっ! カム・ハウリア……!」

 

痺れる身体で何とか声のする方に振り向くと、そこにはカムが立っていた。傍らにはケムッソから進化したドクケイルがバサバサと翅をはためかせている。レギンは憎悪の表情を浮かべて、これでもかとカムを睨み付ける。

 

「貴様ぁ……卑怯な手を……!」

「戦場に卑怯という言葉はない。それに……先に卑怯な手を使ったのは貴様らではないのか? ドクケイル、頼む」

「ドッケ!」

 

ドクケイルは翅から毒の粉を撒き散らしてレギンに振りかけた。ドクケイルの鱗粉をまともに浴びれば大の男でも体調を崩す。レギンの顔色は悪くなっていく。すぐにドクケイルは糸を吐いてレギンも拘束した。

 

こうして熊人族と土人族の集団はハウリアとポケモン達によって簡単に無力化させられた。

 

 

「さてと……念のため聞くが、お前らは一体何でここにいたんだ?」

 

しばらくして、カム達の元に辿り着いた誠司が糸に縛られたレギン達に尋問した。ドクケイルの鱗粉の影響で顔色が悪いままだが、レギンは誠司をこれでもかと睨み付けている。

 

「ふんっ! 貴様が族長やグゼ殿に怪我を負わせたからだろうが! しかも、卑怯な手を使ってな! だから報復に来たまでだ!」

 

レギンの逆恨みとしか言いようのない言葉にハジメ達やハウリア達は殺気立つが、誠司が片手で制す。こんな奴と議論するのは時間の無駄だ。

 

「ほう……それで? そっちの土人族の奴らは? 熊人族より随分数が少ないみたいだが」

 

捕らえた集団は熊人族十人なのに対して土人族は僅か五人しかいない。土人族の一人が忌々しそうに答えた。

 

「貴様がジン殿を怪我させたことでグゼ殿まで大怪我を負ったのだ。貴様のせいでグゼ殿はあんな怪我を……」

「ああ。確かにあんたの所の長老はそこの熊公共の長老が起こした暴走の巻き添えで怪我を負った。だから、俺はお詫びとして回復薬を渡したんだ。なのに、この仕打ちか? 随分恩知らずの種族のようだな、土人族ってのは」

「ぐっ……」

 

土人族の一人が呻いた。自分を止めようとした同じ一族の者達の言葉とまさに同じだったからだ。

 

ちなみに、土人族の多くは誠司達にそこまで悪感情は持っていない。長老衆からグゼの怪我はジンの巻き添えだったことは聞かされていたし、グゼの治療のために神水を渡して治療してくれたのもあったからだ。だからこそ、レギンの言葉に賛同して報復に向かおうとする若者達を止めようとしたのだが、結局止めることは出来なかった。

 

「ああ、それとな。折角だから良いことを教えてやるよ。本当ならお前らをそのまま殺しても良かったんだがな。アルフレリックさんから頼まれたんだよ。お前らみたいな暴走する輩が出て来ても殺さないでくれって」

「なっ……!」

 

レギンが驚いたような声を上げる。他の者達も同様だ。誠司は嘲るように笑った。

 

「良かったじゃないか。お前らは長老のお陰で命が助かるんだ。お前らが軽視した長老様のおかげでな」

「なっ! 違うっ! 我々は長老を軽視してなど……」

「してなかったら、こんな真似してないだろ。長老衆の言葉を無視したのは他でもないお前らなんだから。なぁ、殺そうと思ってた相手に情けを掛けられる気分ってのはどんな気分なんだ? 教えてくれよ」

「ぐぬううっ! くそっ、くそぉぉぉっ!」

 

誠司の嘲りの言葉にレギンは怒りと屈辱から声を荒げるが、もうどうにもならない。他の者達も反応は様々で、項垂れる者やレギンと同様に誠司を睨み付ける者もいる。

 

その後、誠司はハウリア数人に彼らをフェアベルゲンまで連行するように頼んだ。そして、長老衆に伝言も頼んだ。「貸し一つ」と。

 

その時のレギン達の顔は見ものだった。自分達がフェアベルゲンの弱みになってしまったことにようやく気付いたようだ。それからの彼らはトボトボと大人しくハウリアに連行されて行った。

 

フェアベルゲンに帰った後の彼らは一生日陰者扱いになる可能性も高いだろう。だが、理不尽な逆恨みで命を狙ったのだから自業自得だ。殺されなかっただけ有難いと思って欲しいものである。

 

邪魔者がいなくなった誠司達はハウリアの案内のもと、今度こそ大樹の元へ向かった。




原作と違って熊人族達の数が少なかったですが、誠司達がジンに対して過剰に反撃をしなかったのが理由です。報復に来たのは「ジンの攻撃を防御しなければジンやグゼが怪我をせずに済んだ」と考えている連中で、完全な逆恨みです。

次回で大樹に到着、そして新たなポケモンが仲間になると思います。


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大樹と賢者

誠司達はハウリアの案内の元、ようやく大樹に辿り着いた。しかし、目の前には予想外の光景が広がっていた。

 

「……なぁ、これが大樹なのか?」

「ん……枯れてる」

「他の樹々は生い茂っているのに……」

 

三人は大樹について、他の樹々とは比べ物にならない、壮麗で威容に満ちた姿を想像していた。しかし、目の前にあった大樹は大きさこそ立派ではあるが、枯れているのである。周囲の樹々は青々とした葉を生い茂らせているのに大樹だけ枯れ木となっているのも更に異質さを際立たせている。

 

カムが言うには、この大樹はフェアベルゲン建国以前から存在しているらしい。枯れているにも関わらず、朽ちることもない。変わらずこの姿のままで、周囲の霧も相まっていつの頃からか神聖視されるようになったそうだ。

 

それを聞くと、この大樹が唯の枯れ木でないことは明らかだ。誠司は興味を持った。もう少し知ろうと誠司達が大樹の根元まで歩み寄ってみると、石版を見つけた。

 

石版には七角形とその頂点に七つの模様が刻まれていた。そして、そのうちの一つはオルクス大迷宮のベテランシンボルに刻まれているものとそっくりだった。恐らく他の模様は他の攻略の証の模様なのだろう。

 

石版をもう少し詳しく調べてみると裏側に窪みがあったため、試しにベテランシンボルと同じ模様の窪みにベテランシンボルを入れてみた。すると、石版が淡く輝き出した。

 

その異変に何事かと周囲を見張っていたハウリア達も集まって来た。全員でしばらく輝く石版を見ていると、次第に光が収まり、代わりに文字が浮かび上がる。浮かび上がった文字はこのように書かれていた。

 

ーーー四つの証

ーーー再生の力

ーーー紡がれた絆の道標

ーーー全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう

 

「四つの証……もしかしてベテランシンボルみたいなものを四つってことか?」

「……再生の力……私?」

「いや。多分、神代魔法の中に再生に関する魔法があるんじゃないかな。それが使えないといけない……みたいな?」

「うーん…… 紡がれた絆というのは……恐らく亜人族に連れて来て貰わないと、ここには辿り着けないってことじゃないですか? 亜人族に案内してもらうなんて基本は有り得ませんから」 

「なるほどな……ん? それってつまり……」

「うん。ここの攻略はしばらくお預けってことになるね……」

 

ハジメの言葉に誠司もユエも残念そうな顔を浮かべる。

 

だが、他に三つの大迷宮の攻略が必要な以上、ここは切り替えていくしかない。まぁ、亜人族の部分は解決しているので、そこは良かったと思うことにした。

 

誠司達はハウリアに自分達は一旦、樹海を出て他の大迷宮を攻略してから再び樹海に向かうことを伝えた。そして、それまでの間、この大樹付近で待機・警護してもらうことをお願いした。

 

カム達は快諾してくれた。そして少しの間、シアと別れの挨拶をしてからカム達は樹々の影に消えて行った。その姿に誠司は忍者のようだなと内心思った。鍛錬も欠かさないと言っていたので、再会した時には今よりも遥かに強くなっているだろう。

 

シアは家族の別れに少し名残惜しそうにしていたが、やがて気持ちを切り替えたのかキリッとした顔になった。少し歩いていると、シアが尋ねて来た。

 

「そういえば、皆さんは次はどこに向かうんですか? やっぱりグリューエン大火山ですか?」

「いや、次はライセン大峡谷に行こうと思ってる。あそこにも大迷宮があると言われているからな。ハジメやユエはそれに異論はないな?」

「うん。どうせ大火山に行くのならライセンを通りながらの方が良いし」

「んっ。通り道」

「そうですか。……あれ? ところで皆さん、樹海の出口って分かってます?」

「……え? シアが分かっているんじゃないの?」

「いや、私はずっと匿われて育てられましたから樹海の出口とか分かりませんよ。前に出た時は父様達に連れられてでしたし……」

「……ちょっと待って。ということは私達……」

 

四人は立ち止まった。周囲を見渡すが、同じような樹が立ち並ぶだけで何も目印になるものがない。しかも喋りながらだったためどうやって来たのか分からない。

 

試しに樹海で捕獲したポケモン、クルミル、チリーン、ヘラクロスに樹海の案内をお願いしてみたが、駄目だった。どうもこの樹海にはそれぞれの生息域があるらしく、ポケモン達は基本そこから出ないため、樹海の出口は分からないらしい。

 

完全に詰んだ状態である。誠司達の顔に絶望が浮かぶ。そんな時、誠司達の元に二体のポケモンが現れた。

 

一体は白の体毛に紫色のマントのようなものを羽織ったオランウータンのようなポケモン、そして、もう一体は緑色のヤギのようなポケモンだ。シアはヤギのポケモンに見覚えがあったようで目を見開いた。モンスターボールから勝手にホルビーが現れ、彼女も驚きの表情を浮かべている。

 

「あなたは……ゴーゴート……何でここに……?」

「え? 知ってるの?」

「……はい。元々は母の相棒だったんですが、母が亡くなってからは姿を消してしまって……」

「……そんなゴーゴートがどうしてここに……?」

 

ユエの疑問にゴーゴートは一声、鳴き声を上げる。すると、ゴーゴートと一緒にいたポケモン、ヤレユータンが前に進み出る。

 

ヤレユータンは誠司に近寄ると、片膝を突いて頭を下げた。そのポーズはまるで騎士が王に忠誠を誓う仕草そのまんまであった。だが、された当の本人は訳が分からなかった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ヤレユータン、何をいきなり……」

「ヤレ、ヤレ、ユー」

「……え? ずっと見ていた?」

 

ヤレユータンが言うには誠司達が樹海に入ってからの行動をずっと監視していたらしい。それはゴーゴートも同じであった。その事実に四人は驚愕した。

 

どうやら、ゴーゴートは相棒であり、シアの母であるモナが亡くなったことで一度はハウリアの元を去ったものの、彼は遠くからシア達を見守っていたらしい。しかしある日、突然ハウリアが居なくなってしまい、慌てて元から付き合いのあったヤレユータンと一緒に樹海中を探し回っていたのだが、ハウリアが誠司達を連れて樹海に戻って来たのを見た。当然、誠司達に警戒したゴーゴートとヤレユータンは気付かれないように彼らを監視することにした。

 

それから何日もの間、二体は彼らを監視していると誠司達は悪い人間でないことが分かった。厳しい訓練を課したりして、ハウリアやポケモンが強くなっていくのを見てヤレユータンは感激した。人間とポケモンが協力すれば、ポケモンは更に力を発揮することが分かったのだ。いつの間にか、ヤレユータンは自分も誠司の元で強くなりたいと思うようになった。自分の力を誠司の元で奮いたい。だからこそ彼に頼み込みに来たのだ。

 

「……なるほどな。それで俺の仲間のなりたいって訳か」

「ヤレユー」

「まぁ、俺としては大歓迎だよ。戦力が増えるのは俺としても有り難いからな。それなら……一緒に行こう」

 

そう言うと誠司は空のモンスターボールを取り出してヤレユータンに向けた。ヤレユータンはワクワクした面持ちでボタンを押し、光に包まれてボールに吸い込まれていった。ボールは一回揺れると、ポフンと音を立てた。捕獲成功だ。

 

それを見たゴーゴートもシアの腰に下げているモンスターボールを突いた。シアは困惑する。

 

「え、え? もしかしてゴーゴートも一緒に行きたいんですか?」

「多分そうじゃないかな? ずっとシアを見守ってくれてたんだし、頼もしい仲間になると思うよ」

「んっ。仲間は多い方が良い」

「……はいっ! そうですね! ゴーゴート、一緒に来てくれますか?」

「ゴーッ!」

「決まりです! ハジメさん、私に空のモンスターボールをください」

「はいよ」

「それじゃ、ゴーゴート! これからもよろしくお願いします!」

 

シアはモンスターボールをゴーゴートに軽く当てた。ゴーゴートはボールに吸い込まれて、晴れてシアの手持ちになった。

 

「やったね、二人とも! 幸先が良いよ!」

「んっ。それに……」

「ああ。樹海に出るのも解決したな」

「ですね。助かりました!」

「……て言うか、シアが樹海の出口が分からないって最初から言っていれば良かったんだよ」

「はうっ……すみません……」

 

ハジメのツッコミにシアはウサ耳をションボリさせて謝罪するが、三人は笑って許した。心に余裕が出来たのが大きかった。

 

それから、誠司達はヤレユータンとゴーゴートの案内の元、無事に樹海を抜けることが出来た。




誠司はヤレユータンを、シアはゴーゴートをゲットです。最初の予定ではヤレユータンだけゲットする予定でしたが、シアに移動用のポケモンを持たせる必要があったのでこの展開にしました。

ハジメの移動用ポケモンはもうゲットしているので心配ありません。後は進化するだけです。


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技の特訓 アイアンテール編

時はハウリアの訓練をしていた頃まで遡る。

 

誠司はハウリアにハードな訓練を課すと同時に、自身のポケモン達の訓練も並行して行っていた。樹海にて、誠司はエリキテルに指示を出した。誠司の隣にはイーブイもいる。イーブイはワクワクした表情を浮かべていた。

 

「よし。エリキテル、あの岩に“アイアンテール”だ!」

「エリィッ!」

 

エリキテルは一瞬で距離を詰め、尻尾を金属のように硬化させて目の前の岩を破壊する。エリキテルよりも大きい岩は簡単に砕け散った。

 

「イブーッ!」

 

イーブイは目をキラキラさせて感心している。エリキテルは少し得意そうに頰を掻く。誠司も内心、感心していた。

 

中々の威力だ。それに、動きも素早い。今の手持ちの中では一、二を争う程だ。

 

エリキテルに限らず、ライセン大峡谷で捕獲したポケモン達はどの子も身体能力が高かった。あの環境では特殊攻撃技が殆ど使えない分、物理技、つまり身体能力の高さがものを言うからだろう。

 

しかし、このエリキテルに関しては捕獲してからずっと疑問があった。魔獣図鑑によると、エリキテルは襟巻きの発電器官で太陽光から電気を作り、電気技を出すことが出来るそうなのだが、何故かこのエリキテルは電気技が一切使えないのだ。それに、エリキテルは本来は砂漠とかで生息しているはずだ。なのに、近くのグリューエン大砂漠ではなくライセン大峡谷で暮らしていたのかも分からなかった。

 

エリキテルは必死に抵抗していたが、一度よく調べてみた。すると、このエリキテルは先天的に発電器官の放出口が未発達であることが分かった。発電は問題なく出来ても放電することが出来ないのだ。恐らく、砂漠ではなく大峡谷で暮らしていたのも関係があるのだろう。

 

こういった生まれつきの障害は進化したりすることで解消することがある。夢情報によると、エリキテルはエレザードというポケモンに進化出来るのだが、そのためには太陽の石という物が必要だったはずだ。逆に言えば、これが見つかるまでは電気技は使えないと思った方が良いだろう。

 

もっともエリキテルは素早さが高いため、今はそこを伸ばしていけば良い。

 

今回、誠司はイーブイに新しい技を覚えて貰おうと考えていた。

 

イーブイは色々な属性の進化系を持ったポケモンだ。どんな属性のポケモンに進化するかはまだ分からない。石を見つけてそれを使って進化するかもしれないし、懐いて進化するかもしれないし、環境によって進化するかもしれない。

 

違う属性の技を今のうちに覚えておけば、バトルでも汎用性が広がって戦いやすくなる。このイーブイはまだまだ未熟だ。もっと多彩な技を使えるようになって欲しい。そう思った誠司はエリキテルに頼んだ。彼も快くOKしてくれた。

 

それでエリキテルがイーブイに教えることになった技が“アイアンテール”だ。

 

エリキテルはイーブイに自分の尻尾を振って見せて、技のレクチャーをする。イーブイも真似して尻尾を振るが、それを見たエリキテルは駄目だと言いたげだ。その様子に誠司は考え込んだ。

 

「うーむ…… “アイアンテール”を使えるようになるにはまずは尻尾を鍛えることが必要になりそうだな」

 

それからはイーブイの尻尾のトレーニングを始めた。ハウリアの特訓の合間にもトランクの中でイーブイは尻尾に重りを付けた状態で走り込みをしたり、尻尾を器用に使いこなせるようにヌマクローやマシェードに木の実をいくつか軽く投げてもらってそれらを尻尾に当てる練習をしたりと様々だ。誠司も時間が空いたら彼のトレーニングを手伝う。

 

イーブイは“アイアンテール”を覚えるために一生懸命だ。イーブイの姿勢に心を打たれたのか、エリキテルも何だかんだで付き合ってくれている。彼もハウリアの訓練で疲れているはずなのに……だ。

 

そういった努力のお陰なのか、()()は意外にもすぐ現れた。ハウリアの訓練を開始して五日目、“アイアンテール”の特訓から三日目の出来事だった。イーブイの尻尾が光り輝き、岩を少しだけ削ることに成功したのだ。それを見たエリキテルは少し嬉しそうだった。

 

それから何度か練習を重ね、イーブイの尻尾は段々と器用になっていった。

 

 

そして、遂に…………

 

「イーブイ、“アイアンテール”だ」

「イブイッ」

 

イーブイは尻尾を硬化させて、目の前のポケモン(相手)に叩き付けた。

 

「ヤナッ!」

「ああ、ヤナップ!」

 

ヤナップのパートナーであるハウリアの男性が悲鳴を上げた。技を受けたヤナップは目を回している。

 

時は、ハウリアの集団と『最後の訓練』として誠司がヌマクローやマシェードといった奈落の底での仲間達を使って乱戦を繰り広げていた頃まで進む。

 

イーブイは技を完成させて得意げな表情だ。誠司も静かに頷いた。

 

「よし! 遂に完成したな、イーブイ! この感じだ。この感じを忘れるなよ!」

「イーブイッ!」

「よし。どんどん来るぞ! まだハウリアの最後の訓練は終わっていないんだ。バテるなよ」

「イブイブッ!」

 

イーブイはすぐに視線を他のハウリアのポケモン達に戻し、集中した。

 

イーブイは凄く嬉しかった。自分が着実に強くなっていることが。誠司が自分を褒めてくれることが。もっともっと強くなって、早く一人前になりたい。誠司と一緒に上へ駆け上がって行きたい。

 

イーブイの中にはそういった強い想いがあった。ヌマクローやマシェード、ケンタロス、キュウコンはイーブイのそんな想いを理解し、頼もしく感じていた。そして、イーブイに負けられないとも。

 

イーブイがこれから、誠司の主力の一体として活躍していくのもそう遠くない未来である。




誠司のイーブイが何に進化するのかは実はもう決めています。進化するのはまだずっと先なので、是非お楽しみに。


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ブルックの町(前編)

長くなりそうなので分けました。


樹海を抜けた誠司達はライセン大峡谷に戻る前に一度、近くにある町、ブルックに寄ることにした。食料や道具、服等を新しく揃えておきたかったし、今後のために樹海やら何やらで集めておいたものも換金しておきたい。

 

町に向かう直前にハジメが何かに気が付いたのか宝物庫から()()()()を取り出した。黒く光るそれを見たシアは顔を引き攣らせた。

 

「あ、あの〜、ハジメさん? その首輪は一体……?」

「え? 見ての通り首輪だよ。町に入る前にこれをシアに着けておかないと。大丈夫、奴隷用のものと違って拘束する力は無いから」

「じょ、冗談ですよね? いくらハジメさんでもそんな真似……」

「……」

「……ぐすん」

 

真顔のハジメを見て冗談ではないと分かったシアは涙ぐむ。まぁ、シアの気持ちも分からんでもない。仲間扱いではなく奴隷扱いされたのだ。ショックも大きいだろう。だが、誠司もユエも今後のことを考えたらハジメの考えに賛成だった。なので、二人ともフォローを入れる。

 

「はぁ…… あのな、シア。奴隷でもない亜人族、それも愛玩用として名高い兎人族のお前が普通に町中をうろついてみろ。速攻で人攫いやら何やらに捕まるぞ。そうなったらお前を助けるために色々と東奔西走しないといけない。その手間を考えたらハジメのやり方は正しいんだ」

「ん。それに……意外と似合うかもしれない」

「ユエさん……フォローになってませんよ、それ」

 

3人が何とかシアを説得し、納得してもらった頃にはブルックの町の門が見えてきた。

 

門に辿り着くと、門の脇にある小屋から武装した男が出て来た。格好からして兵士というより冒険者のようだ。冒険者風の男は誠司達を呼び止めた。門番は誠司の顔をチラチラ見ながら尋ねる。包帯巻きの誠司を警戒しているようだ。

 

「止まってくれ。ステータスプレートと荷物の確認を。あと、町に来た目的は?」

「旅の途中でな。食料や日用品の補給だよ」

 

そう言って誠司とハジメは自身のステータスプレートを渡した。門番はふーんと相槌を打ちながらステータスプレートを見ると、目を瞬かせた。慌てて誠司とハジメの顔を交互に向ける。

 

「驚いたな……二人ともかなりのステータスだ。見た目と違ってあんたら、凄いんだな」

「一言余計だよ」

 

二人ともこの世界ではかなりのステータスになっていた。どのステータスも三桁後半で、冒険者なら上位に入る程の強さだ。誠司としては天職の「魔獣使い」という部分をツッコまれるかと不安に思っていたが、そんなことはなかった。ハジメの言葉に門番は謝った。

 

「悪い悪い。それで、そっちの二人は……」

「えっと……こっちの子は無くしてしまって…… それでこっちの兎人族の子は……分かるでしょ?」

 

ハジメのその言葉だけで門番は納得したようで、なるほどと頷いてステータスプレートを二人に返す。

 

「しっかし、羨ましいな、お前。白髪の美人さんだけでなく金髪のかわい子ちゃんにレアな髪色の兎人族までいるなんてよ。もしかして、結構な金持ちとかだったり?」

「ノーコメントだ」

 

門番の羨望と嫉妬の混じった質問に誠司はにべもなく返す。次に荷物検査が始まり、ハジメやユエの手荷物、誠司の持っているトランクを確認することになった。

 

以前、誠司にトランクの中身が異空間になっていることを見せてもらったことのあるシアは焦るが、ハジメとユエが抑えた。トランクを持っている誠司も特に慌てた様子はない。誠司は門番に気付かれないようにそっと、トランクの開閉スイッチ近くのダイヤルを回した。そして、トランクを開けて中身を門番に見せる。

 

トランクの中には服や本といった日用品が詰まっていた。それを見たシアは目を白黒させた。チラチラと忙しなく誠司を見るが、ハジメがシアの脇を肘で小突いて落ち着かせる。門番はシア達の様子に気付かず、中身を一通り確認した。そして、異常が無いことが分かると門番は頷いた。

 

「よし、問題は無いな。通っていいぞ」

「ああ、どうも。あ、そうだ。素材の換金場所ってどこか知っているか?」

「うん? それなら、中央の道を真っ直ぐ歩けば冒険者ギルドがある。店の場所はあそこで聞いた方が良い。滅茶苦茶見やすい町の地図もくれるしな」

「へぇ…… 良いことを聞いたよ。ありがとう」

「情報ありがとね。寄ってみるよ」

 

誠司とハジメがお礼を言うと、四人は門をくぐり、ブルックの町に入って行った。以前行ったホルアドの町程ではないが、露店も結構出ており、呼び込みの声や値引き交渉の喧騒が聞こえてくる。

 

町に入ってからシアがチラチラと誠司のトランクを見てくる。最初はスルーしていたが、段々と鬱陶しくなってきたのか誠司が尋ねた。

 

「さっきからどうしたんだ? 人のトランクをジロジロと」

「だって、前にトランクを見せてくれた時は階段みたいなのが続いてて降りたら色々な空間が広がっていたじゃないですか。それなのに一体どうして……」

「そりゃこのトランクにはカモフラージュ機能があるからね」

 

誠司の代わりにハジメが答えた。シアはよく分からないのか頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

「カモ……フラージュ?」

「そう。このトランクには中身を誤魔化せる機能もあるんだよ。それこそ普通のトランクのようにな。さっきみたいに荷物検査されることを想定してオスカー・オルクスが取り付けたらしい」

「ん……私達はそれを知っていたから特に慌てていなかった」

「ああ、なるほど。そういう……というか、それならそうと先に言ってくださいよぉ!」

 

シアがうがーっと怒りの声を上げるが、三人はスルーした。道中、シアを見て彼女を手に入れようとする輩もいたが、首に着いている首輪を見て舌打ちして去って行く。その様子を見てハジメがシアに耳打ちした。

 

「ね? 着けておいて良かったでしょ?」

「うう…… なんか複雑です……」

 

 

 

そんなこんなで四人は冒険者ギルドに辿り着いた。ギルド内はある程度掃除がされていて清潔感があった。飲食スペースもあるらしく、冒険者らしき集団が食事を取ったり雑談したりしている。ギルドに入って来た誠司達を見て、嫉妬や羨望の視線を向けられはするが、酒を飲んでいないからか絡んで来る者はいなかった。

 

正面のカウンターには恰幅の良いオバチャンが立っていた。ここは若くて美人な受付嬢がテンプレなのかもしれないが、誠司としては正直有難かった。オバチャンはニコニコと人好きのする笑みを浮かべている。

 

「残念だったね、美人の受付じゃなくて。がっかりしたかい?」

「いやいや、まさか。母親みたいな安心感がありますね」

「あははは。中々お世辞が上手いね。さて、改めて。冒険者ギルド、ブルック支部へようこそ。ご用件は何かしら?」

「ああ。素材の買取をお願いします。何しろお金が無いので」

「何だい? もしかして文無しかい? こんな可愛い子三人もいるのに何やってんだい」

 

オバチャンは誠司に説教する。だが、不思議と嫌な感じはしなかった。食事処からは「あー、あいつも説教されたかー」という声が聞こえた。こういうことはしょっちゅうなようで、ギルドが綺麗だったり冒険者達が大人しいのもどうやらこの人のお陰のようだ。説教された誠司は苦笑いを浮かべた。

 

「いやぁ……面目無いですね」

「仕方ないね……折角だったら冒険者登録をしておくかい? 冒険者になれば買取も一割増しで売れるし、ギルド提携の宿や店も割引してもらえるよ」

「そうなんですか……」

 

誠司はチラリとハジメを見た。ハジメも異論は無いようで頷いた。

 

「それじゃお願いします」

「了解。だけど、登録には千ルタ必要だから、それは買取価格から差し引かせて貰うよ」

 

ルタというのはこの世界トータスにおける共通の通貨だ。様々な色の種類がある。また、驚いたことに貨幣価値は日本と同じである。非常に分かりやすくて良い。

 

誠司とハジメはステータスプレートを渡すと、オバチャンは何かしらの手続きをして返却した。返却されたステータスプレートには冒険者とランクの欄が追加されていた。ランクはまだ新入りなので最低ランクの青だ。

 

「冒険者なら頑張って上を目指しなよ。ああ、それと……買取はあたしに見せてくれれば良い。査定資格も持っているからね」

 

そう言われてハジメは宝物庫から手持ちのポーチに移しておいた素材を取り出して並べていく。

 

その品々を見てオバチャンは驚愕の表情を浮かべる。

 

「こ、これは!」

 

オバチャンは恐る恐る手に取り、入念に確認する。

 

「とんでもないものを持ってきたね。『ふっかつそう』や『かおるキノコ』なんかもある。しかも、どれも鮮度が非常に良い。樹海産のものだね?」

「ええ、そうです」

 

予め、樹海のものを適当に見繕っていて正解だったようだ。誠司としては奈落の底で手に入れた鉱石類も出そうとも考えていたが、間違いなく大騒ぎになるだろうし、何より鉱石類はハジメが使いたいと思っていたので却下されたのだ。

 

「これなら手続き料を差し引いても余裕で生活出来るくらいにお釣りが来るよ。でも良いのかい? こんなに見事な代物、中央ならもっと高く売れるだろうけど」

「いや、それで十分です」

「うん、今お金が欲しいですし」

 

オバチャンからお金を受け取った。かなりの金額だ。そこでハジメが思い出したようにオバチャンに尋ねた。

 

「あ、そうだ。門番の人にこの町の地図を貰えると聞いたんですが……」

「ああ、ちょっと待っといで…… あった、これだよ。オススメの店や宿なんかも書いてあるから参考にしなさいな」

 

そう言われて手渡された地図は非常に精巧で、尚且つ情報は簡潔で分かりやすい。地球の観光地のパンフレットのような感じだ。門番も滅茶苦茶見やすいとは言っていたが、予想以上だった。これだけのクオリティなら十分お金を取れそうなレベルだ。今度は誠司達が驚きの表情を浮かべる。

 

「嘘だろ……これほどのものが無料なのか……?」

「ああ、構わないよ。あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持っているあたしからしたら、これくらい落書きみたいなもんだよ」

「これが落書きって……本当に何者なんだろ、この人……?」

 

ハジメが戦慄混じりに呟く。口には出さなかったが、誠司やユエやシアも同じ気持ちだった。

 

誠司達がお礼を言ってギルドを出ると、オバチャンは面白そうな様子でポツリと呟いた。

 

「ふむ。色々な意味で面白そうな連中だね。将来、有望だ」

 

ギルドを出た頃にはもう夕方になっていた。そこで、誠司達は宿屋に泊まることにした。ガイドブックのような地図を見て、四人は「マサカの宿」という宿屋に泊まることに決めた。食事も美味しいらしいし、何より風呂に入れるのが魅力的だったからだ。

 

宿に着いて中に入ってカウンターへ向かうと、十五歳くらいの少女が元気よく挨拶しながら現れた。

 

「いらっしゃいませ! マサカの宿へようこそ! 本日はお泊まりですか? それともお食事だけですか?」

「宿泊で頼む。あと、この地図を見て来たんだが、記載されている通りで間違いないか?」

 

誠司が見せた地図を見て、合点がいったように少女は頷いた。

 

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

 

((あのオバチャン、キャサリンって名前だったのか……))

 

予想外の名前に誠司とハジメが少し遠い目をしたが、少女の質問に何とか答えた。

 

「えっと……一泊でお願いします。あと、食事と風呂もお願いしたいです」

「はい。お風呂は十五分、百ルタです。今のところこの時間帯が空いていますが……」

 

少し話し合った結果、誠司は一時間、ハジメ達女性陣は二時間使うことにした。少女からは驚かれたものの、しっかりと時間帯表に書き込んでいく。そして、少女が好奇心が混じった表情で尋ねた。

 

「あと、本日は二人部屋と三人部屋が空いていますが、どうされますか?」

「二人部屋と三人部屋、男女別で一部屋ずつお願いします」

「……畏まりました」

 

誠司の答えに少女は少しがっかりしたような表情を浮かべるが、スルーする。誠司は部屋の鍵を二つ受け取ると、一つをハジメに渡した。

 

「じゃあ、夕飯の時間にね」

「ああ、俺はそれまでポケモン達(こいつら)の面倒を見ないといけないからな。時間が来たら教えてくれ」

「うん、分かった」

 

そう言って誠司とハジメ達は別れて部屋に入る。部屋は隣同士だった。

 

部屋に入ると早速、誠司はトランクの中に入ってポケモン達の食事を用意して夕食までの間、時間を潰した。食事の用意はヤレユータンも手伝ってくれたので本当に助かった。




トランクの機能の一つ、カモフラージュ機能です。ファンタビの主人公ニュートが持っているトランクのように中身を切り替えて誤魔化せます。空間魔法というより魂縛魔法による効果です。

ちなみにシアがトランクの中身を知っているのは、本編では書いていませんが、特訓前に食料集めでシア達をトランクの中に案内したことがあったからです。トランクの中を知って、シア達ハウリアは物凄く驚いていました。


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ブルックの町(後編)

翌朝、誠司達が朝食を取っていると、周囲から変な目を向けられていた。主にハジメ、ユエ、シアの三人に。ハジメが怪訝そうな様子で誠司に尋ねた。

 

「ねぇ、誠司。さっきから色々な人に変な目で見られるんだけど……」

「そりゃあ、昨晩、お前らの部屋から変な喘ぎ声が聞こえてたからな。『昨晩はお楽しみでしたね』って思われているんじゃないか?」

 

誠司の呆れを多分に含んだ言葉でハジメは思い当たることがあるのか呻いた。ユエがシアの頭部を見て呟いた。

 

「……お風呂上がりのシアの耳がモフモフなのが悪い」

「ええっ、私のせいなんですか?」

 

どうやら、風呂上がりにシアのウサ耳が凄いモフモフだったらしく、夜通し、触っていたそうだ。その時に気持ち良さそうな声も聞こえていたため、見事に周りから勘違いされたのだ。誠司としては自業自得だし、何より自分も触りたかったため彼女達に助け舟を出そうと思わなかった。

 

昼にチェックアウトする予定だったが、早めにチェックアウトして買い物に出ることにした。少女は顔を真っ赤にして受付をしていた。

 

宿を出て四人は早速、服屋に行くことにした。シアの現在の服装は樹海にいた時のまま、露出度が高めの民族衣装だ。流石にこれから旅をしていくにはあまり相応しくないのでもう少し旅に向いた服装に変える必要がある。それに、誠司達もスペアの服は何着か欲しかった。誠司としてはジャージみたいなもっと動きやすい服装が欲しいと思っていた。トランクの中でポケモン達を鍛えるのに適したものが。

 

道中、ハジメやシアが楽しそうに話している中、誠司は一つのモンスターボールを取り出して弄っていた。どこか悩んでいる様子だった。それに気付いたユエが尋ねた。

 

「誠司……どうしたの?」

「ん? ああ、このクルミルのことを考えていたんだよ」

 

誠司がモンスターボールをユエに見せる。ボールの中にいるクルミルはスヤスヤと眠っていた。ユエが怪訝な顔をした。見たところ、クルミルにおかしい所が見当たらなかったからだ。

 

「……クルミル?」

「ああ。どうもこの子、バトルが苦手みたいでな。どうしたものか……」

「……逃がさないの?」

「樹海から離れているし、人間に慣れすぎているからな。それに一回捕まえておいて、その後に捨てるというのも無責任だし」

「ん……誠司、優しい」

 

そんな話をしながら、誠司達はとある冒険者向きの店に足を運んだ。あのオバチャンもといキャサリンさんがオススメしているだけあって、品揃えも品質も文句無しの良店だった。ただ…………

 

「あら〜ん、いらっしゃい? 可愛い子達ねぇん。来てくれて、お姉さん嬉しいぃわぁん。た〜ぷりサービスしちゃうわよん」

 

何というか色々と凄い化け物が奥から現れた。

 

身長二メートルはある体躯に、全身を筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。

 

動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立てながら、両手を頬の隣で組み、くねくねと動いている。服装は・・・いや、言うべきではないだろう。少なくとも、ゴン太の腕と足、そして腹筋が丸見えの服装とだけ言っておこう。例えるのなら、マッシブーンが露出度の高いフリフリドレスを着ているようなものだった。

 

誠司達は絶句する。そんな中、ユエが思わず呟いてしまった。

 

「……人間?」

 

次の瞬間、化け物が怒りの咆哮を上げた。

 

「だぁ〜れが、ルージュラの大群も速攻で逃げ出す、見ただけで正気度がマイナスまで突入するような化け物だゴラァァアア!!」

「ご、ごめんなさい……」

 

野太い声で怒鳴られたユエが涙目になりながら謝罪する。誠司もハジメも冷や汗をかきながら後ずさる。シアに至ってはへたり込んでしまった。下半身が少し冷たくなっている。

 

「分かってくれれば良いのよぉん。ごめんなさいねぇん、ちょっと大声出しちゃったわん」

 

ユエが咄嗟に謝罪したことで化け物は再び笑顔になって接客に勤しむ。その切り替えが逆に怖い。

 

誠司とハジメが化け物に服を買いに来た旨を伝えた。ユエとシアはブルブル震えて説明にならなかったからだ。化け物は納得すると、「ゆっくりしていってねん」と言って、そのまま奥に入って行った。

 

それから誠司達は店内を散策し、服を探した。最初はシアの見立てで服装を選ばせていたが、シアの見立ては最悪だった。「行軍でもするのか」と言いたくなる女子力無視の服装ばかり選ぶため、段々と面倒臭くなった誠司達は先程の化け物改めこの店の店長であるクリスタベルにシアの見立てをお願いした。

 

クリスタベルは快く了承すると、シアを米俵のように担ぐと店の奥に消えて行ってしまった。その時のシアの目は売られていく仔牛のような目だった。

 

結果的にクリスタベルの見立ては見事の一言だった。シアだけでなく、誠司やハジメやユエのスペアの服装も良いのを選んでくれた。

 

誠司達は代金を払うと、クリスタベルにお礼を言った。その頃には店長の笑顔も愛嬌があるように感じたのは彼女(?)の人徳だろう。その時、誠司の腰に下げていたモンスターボールが光り、中からクルミルが現れた。

 

「クルルゥ!」

「ちょっ!? お前、勝手に!」

 

誠司が慌ててクルミルをボールに戻そうとするが、クルミルはひょいひょいと身を躱す。クルミルは店内に展示されている服をキラキラした目で眺めていた。

 

「あらぁ? あらあらあらあらぁ……」

それを見たクリスタベルはブルブルと肩を震わせていた。顔は見えないが、どうやら怒っているようだ。いきなり店の中に魔獣が現れたのだ。誠司の手によって。怒るのも無理はない。誠司は急いで謝罪しようとした。

 

「クリスタベルさん、申し訳……」

「なんて……なんて……

 

 

なんて可愛らしいのかしらぁ!!」

「「「「…………え?」」」」

 

予想外の反応に誠司達は目を点にして呆けた声を上げた。クルミルはクリスタベルのインパクトのある顔にも全く動じていない。それどころか近付いて笑顔を浮かべている。そのクルミルの様子にクリスタベルは嬉しそうに頬を緩める。

 

「本当に可愛いわねぇん。ここまで人に懐いている魔獣って凄く珍しいわん。大事に育てているのねぇ」

「は、はぁ……」

 

誠司は困惑した声を出す。ハジメが尋ねた。

 

「あの……魔獣が怖くないんですか?」

「うーん……お姉さんはね、実は昔、冒険者をやっていたのよん。その時に魔獣に命を助けられたこともあったわん。だからあまり悪感情が無いのよぉ」

「そ、そうなんですか……」

 

世の中、色々な人がいるということか。クルミルが初対面でここまで懐いているのも何かそういうものを感じ取ったからなのかもしれない。誠司はクリスタベルにお願いした。

 

「それなら……あの……クリスタベルさん。もし良ければ、このクルミルを貰ってくれませんか?」

「あらん、それはまたどうして?」

「このクルミル、戦うことが苦手みたいで……それにあなたやこの店のことを結構気に入っているようですし……」

 

そう言ってクルミルに目を向けると、彼は店内の服を楽しそうに眺めている。どうやら服とかの類いが大好きなようだ。元々、葉っぱの服を着るポケモンなのでそういうのに興味があるのだろう。

 

そんなクルミルを見てクリスタベルも気に入ったのか二つ返事でOKしてくれた。クルミルは誠司を見て少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。そんなクルミルの気持ちを察したのか誠司はしゃがんで優しくクルミルの頭を撫でる。

 

「大丈夫だよ、クルミル。お前がやりたいことや好きなことに正直に選んでくれれば良い。俺もクルミルの選択を尊重する。この人は会ったばかりだけど、お前のことを大切に育ててくれる。そう思える人だ。だから……お前はどうしたい?」

 

誠司の問いにクルミルは少し考える素振りを見せるが、やがて意を決したのかクリスタベルの元に近付いた。それを見た誠司は頷くと彼のモンスターボールをクリスタベルに渡した。モンスターボールの使い方を教えるとクリスタベルは驚きの表情を浮かべていた。

 

誠司達はクルミルに別れを告げつつ店を後にした。クリスタベルに抱き上げられたクルミルは丸い手を元気にブンブンと振っている。その後、クルミルはクリスタベルの最高のパートナーとして店を盛り立てていくことになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

誠司は別に買いたいものがあるのでハジメ達と一旦別れることになった。昼頃に、ライセン大峡谷の方で待ち合わせをすると、誠司はハジメ達と反対方向へ歩き出した。

 

そして、誠司は町を散策しつつ道具屋に入った。前から趣味であるお菓子作り用の道具や材料が欲しいと思っていたからだ。トランクの中にはポケモンを育てるための道具は一式揃っている。ポケモンフーズを作るための道具もあるのだが、お菓子作り用の道具は無い。

 

ハジメに頼めば道具くらい、作って貰えそうなものだが、こういうのは店で直接買うのが面白い。そう誠司は考えていた。それに、女子三人の買い物に付き合わされたら精神的に疲れそうだった。

 

道具屋でお菓子作りに使えそうな道具を探していると、ふとあるポケモンの姿が頭に浮かんだ。

 

(そういえば……高二になってから見る夢で出てきたあのポケモン……この世界では全然見かけないな……居たら絶対に仲間にしたいんだが……)

 

実は、誠司にはこの世界に来てからずっと欲しいと思っているポケモンがいた。残念ながら、まだその子と出会えていないが……

 

使えそうな道具を購入して店を出ると、今度は材料を探しに向かった。その途中、路地裏から何か声のようなものが聞こえてきた。どこか弱っている感じの声だった。誠司は少し怪訝な顔を浮かべつつも路地裏に入って行った。

 

 

その頃、ハジメとユエとシアの三人は仲良く雑談に花を咲かせながら色々な店を回っていた。そしていつしか、話題はこの場にいない誠司のことになった。

 

「そういえば、誠司さんはどうしたんですかねぇ? 何か買いたい物があったみたいでしたけど」

「多分、お菓子作り用の道具とか材料とか買いに行ったんじゃないかな?」

「へ? お菓子作り……ですか?」

 

ハジメの口から出た意外な言葉にシアが思わず呆けた声を上げる。ユエも少し意外そうな表情だ。そんな二人にハジメは可笑しそうに言った。

 

「あはは……意外でしょ。誠司って意外と甘党でね。お菓子作りが趣味なんだよ。前に何回か作ってくれたことがあったけど凄く美味しかったし」

「へぇ……意外」

「意外ですねぇ。見た目が少し怖い誠司さんにそんな可愛い趣味が…… あれ? でも道具くらいだったらハジメさんが作れば良いんじゃ……」

「うーん…… 作れなくはないだろうけど、僕はそういうの詳しくないし。それに……」

「それに?」

「こういうのって直接、お店で見たり買ったりしたいんじゃないかな? 誠司のことだから」

 

流石、付き合いが長いだけのことはあってか、ハジメは的確に誠司の気持ちを見抜いていた。シアもユエも感心したように頷いた。

 

「流石、ハジメさん。やっぱり好きな人のことだから何でも分かるんですね」

「うん。そうだ……って、え? え? 何!?」

 

ハジメはシアの何気ない言葉につい頷きそうになるが、思わず動揺して聞き返してしまう。顔も少し赤くなる。それを見てユエも追撃した。

 

「……バレバレ。友達なら分かって当然」

「そうですよ。結構分かりやすかったですよ」

「そ、そうだったの?」

「……大丈夫。私達、ハジメのこと応援してる」

「私もです。それに、これでも私は一族の恋のお手伝いもしてたんですよ! 大船に乗った気でいてください!」

「……シア、それフラグ」

「ユエ、シア……」

 

2人の友達の言葉にハジメは胸が熱くなるような感覚がした。

 

そこから3人はハジメが何で誠司のことを好きになったのかという話題に移った。ハジメは最初、照れくさくて話したがらなかったが、ユエとシアに押されてようやく口を開いた。その時、声を掛けられた。

 

「なぁ。あんたら、ハジメちゃんとユエちゃんとシアちゃんで合ってるよな?」

「え? 合ってるけど……」

「……何の用?」

 

いつの間にか、三人は数十人の男達に囲まれていた。大半が冒険者風の男だが、中にはどこかの店の店員らしき男もいる。

 

男達はお互いに頷くと、覚悟を決めた目でそれぞれを見つめる。そして、男達は前に進み出て、ハジメかユエかシアの前に出てこう言った。

 

『ハジメちゃん、俺と付き合って下さい!』

『ユエちゃん、俺と付き合って下さい!』

『シアちゃん、俺の奴隷になれ!』

 

まぁ、そういうことである。シアだけ口説き文句が違うのはシアが亜人族であり、奴隷だと思われているからだろう。

 

そんな集団告白を受けた三人の答えは……

 

「お断りします」

「……断る」

「ごめんなさい、無理です」

 

拒否だった。まぁ、当然と言えば当然である。ハジメには誠司という想い人がいるし、ユエやシアにはそういった相手はいないが、ほぼ初対面でしかも集団で告白してくるような女々しい連中に靡く理由は皆無だ。

 

まさに眼中にないという態度に男達は呻き、何人かはガックリと崩れ落ちて四つん這い状態になっていた。しかし、世の中、諦めの悪い奴はいるものである。ましてや、ユエやシアの美貌は他を隔絶するレベルだし、ハジメもユエから化粧を教わったり、身嗜みに気を使うようになったお陰で中々の美人になっている。そんな三人を相手に暴走するのは仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

 

「なら……なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」

 

暴走男の雄叫びに他の連中の目も光を宿し、三人を取り囲んでジリジリと迫っていく。そして、最初に声を掛けて来た男がユエに飛び掛かろうとした。ユエは魔法を、ハジメはドンナーを構えようとしたその時ーーーー

 

男は突然倒れてしまった。いや、その男だけではない。ハジメ達を囲んでいた男達も一瞬、立ちくらみがしたかのように身体が揺れたと思ったら、バタリと一斉に卒倒してしまったのだ。全員、白目を剥いており、辛うじて息があった。かなり弱っているが、生きてはいるようだ。まるで覇○色の覇気を浴びたかのような光景だ。

 

当の本人達はキョトンとしていた。

 

「え? 何? 一体、どうしたんだろ?」

「ん……分からない」

「何が何だか分かりませんが、早く逃げた方が良さそうですね」

 

シアの言葉にハジメもユエも頷いて急いでこの場を離れた。その場に残された男達の山はこの後、救護施設に運ばれて数日は寝込むことになった。後に被害に遭った男達はこのように語っている。

 

「あの時、自分の命が燃やされたような感覚がした」……と。




クルミルが離脱しました。このように、ゲットしたポケモンを譲渡していく流れは今後もやっていこうと思っています。次回からライセン大迷宮攻略に入っていきます。

ちなみに誠司が欲しいと思っているポケモンはあのケーキポケモンです。出て来るのはもう少し後になります。

あと、ユエとシアは誠司に対して、仲間としての信頼やポケモントレーナーとして尊敬の念はありますが、恋愛感情はありません。ポケモンと一緒に過ごして孤独では無かったのと誠司の顔が火傷で包帯巻きなのが理由です。


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ライセン大迷宮への入口

ありふれの13巻が既に書店で売っていたので購入して読みました。ネタバレになるので詳しくは書けませんが、WEB版ではあっさり書かれていた部分が加筆されていて読み応えバッチリでした。WEB版とはまた少し違ったラストも非常に良かったです!

あと、最後の登場人物紹介で本編では書かれなかったクラスメイトの名前や天職が明らかになったので極力取り入れていきたいですね。


昼頃、ブルックの町を出たハジメ達はライセン大峡谷付近で誠司と合流した。誠司の傍らには何か銀色の鍵ホルダーのようなポケモンがフヨフヨと浮かんでいる。随分と懐いているようだ。それを見てシアが尋ねた。

 

「あれ? 誠司さん、どうしたんですか、そのポケモン?」

「ん? ああ、こいつはクレッフィってポケモンだ。買い物途中に行き倒れていたのを見付けてな。錆だらけになっていたんだが、錆を全部落としてやってたら凄い懐かれたんだ」

「クレッフィーッ!」

「へぇ…… 買い物ってもしかしてお菓子作り用の道具とかですか?」

 

シアがそう言うと誠司は意外そうに目を見開いた。

 

「よく知ってるな。誰から……って、ハジメから聞いたのか」

 

誠司がハジメに視線を向けると、ハジメは少し気まずそうに頷いた。

 

「うん、言ったのは僕だけど……もしかして、言ったらまずかった?」

「いや、別に言われたところで困る趣味でもないしな」

「良かったぁ。それで、道具や材料は買えたの?」

「ああ、使えそうなのがいくつかあったよ。これなら何か簡単なお菓子くらいは作れるよ。……まぁ、錆取り剤やらで思わぬ出費があったけど」

「それは良かったじゃん。折角だし今度、何か作ってよ。久しぶりに誠司の作ったお菓子食べてみたいし」

「……ん。私も誠司の作るお菓子食べてみたい」

「私もですぅ! 是非作って欲しいです!」

「クレフィィ!」

「お前ら……」

 

三人と一体にお願いされ、誠司は了承した。元々何か作りたいとは思っていたので、楽しみにしてくれるのなら作り甲斐があるってものだ。

 

そして、話題はハジメ達の方に移った。ハジメ達は町で食料や薬やらを買い、途中で集団告白に巻き込まれて、断ったら逆上した男達が襲い掛かろうとしたが、突然倒れた話をした。誠司は集団告白の件ではドン引きした表情を浮かべ、最後に男達が倒れた件を聞いた所で何か考え込む仕草を取った。それに気付いたハジメが尋ねた。

 

「ねぇ、誠司。どうして男達が突然倒れたのか分かる?」

「うーん…… 俺は現場を見てないからな。詳しくは分からんが、恐らく…… なぁ、ユエ。ちょっとシャンデラを出してくれないか?」

「ん? シャンデラ? 良いけど……」

 

突然シャンデラの名前が出て怪訝そうな顔をするが、ユエは素直にボールからシャンデラを出した。だが、出て来たシャンデラはいつもと少し様子が違っていた。

 

シャンデラの炎がいつもよりも大きくなっていたのだ。シャンデラもどこか満足そうな様子だ。ハジメ達三人は思わず絶句する。シャンデラを見て誠司の疑念は確信に変わった。

 

「……やっぱりな。多分、その男達の魂を大量に吸い取ったんだろ。それこそ倒れるくらいにな」

 

ボールの中でもポケモンは意識を保っていられるので、恐らくボール越しから魂を吸い取って燃やしていたんだろう。誠司がそう言うと、ユエが呆れた表情を浮かべてシャンデラを叱ろうとした。だが、ハジメが止めた。

 

「まぁまぁ。助かったんだから良いじゃない。シャンデラも無闇に人の魂を吸い取る訳じゃないんだし」

「そうですよ。助けてくれたんですから」

「……む。分かった。シャンデラ、ありがとう。でも、無闇に人の魂を吸っちゃ駄目。吸い取って欲しい時は私が合図する」

「シャシャーン!」

「……合図をすれば良いのか……」

 

誠司が呆れたように呟いた。そして、お互い一通り話したいことを話し、謎も解けたのでライセン大迷宮を本格的に探すことにした。誠司やシアもケンタロスやゴーゴートを出して各々乗り込み、ライセン大峡谷を駆けて行く。

 

 

ライセン大峡谷の中を駆け回ってかれこれ三日が経過した。洞窟等があれば調べようと注意深く観察しているのだが、一向に見付からない。ポケモンが襲い掛かって来ることもあるが、手持ちのポケモン達が威嚇すれば簡単に逃げ出すので最近じゃ襲い掛かって来るポケモンも少なくなった。

 

その日も収穫無しで日が暮れ始めた。いつも通り、ハジメが作った野営テントで夜を過ごす。今、シアが夕食を作っている所だ。テントは生成魔法で作られたもので多機能な上に過ごしやすい。しかも、ポケモン達に見つかりにくいように作られているので安心して夜を過ごすことが出来る。

 

「はぁ……やっぱりライセンのどこかにあるってだけじゃ大雑把すぎるよね……」

「まぁ、他の大迷宮を攻略すれば何か分かるのかもしれんが……」

「……ここ正直嫌い」

「そりゃあ、ユエにとっては好ましくない場所だもんね」

 

ハジメ、誠司、ユエが愚痴を溢していると、シアが鍋を持ってやって来た。

 

「皆さん、ご飯が出来ましたよ!」

 

美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。今日の夕飯はトマトシチューだ。鶏肉(トータスにはポケモンだけでなく普通の動物もいる)や各種野菜をトマトベースのスープで煮込んでいる。

 

誠司達は美味しそうに料理を食べる。シアも美味しそうに自分の作った料理を食べてくれるので嬉しそうだ。ポケモン達の食事は既に誠司が全員分、用意していたので、心置きなく食べられる。

 

「シアの料理は美味いな」

「ホント。シアがいなかったらどうなってたか……」

「シア、本当に料理上手」

「えへへ〜。お代わりは沢山ありますからね」

「グェ~ッ」

「「「「え?」」」」

 

聞き覚えのない声に誠司達は思わず声のした方に振り返った。

 

そこには青い身体の目つきの悪いポケモン、グレッグルが美味しそうにトマトシチューを平らげていた。しかも、ご丁寧にスープ皿を戸棚から取り出して。

 

誠司達は一瞬、ポケモンを出して追い出そうかと思ったが、このグレッグルに敵意は見られなかった。どうやら、お腹が空いていたところに良い匂いがテントからしたので勝手に入って来たらしい。勝手に入るのはどうかと思うのだが、グレッグルが無邪気な笑顔を浮かべるのですっかり毒気を抜かれてしまった。

 

結果的にグレッグルはハジメの手持ちになることに決まった。こんな形で仲間になるのは意外だったが、戦力が増えるのは有り難い。グレッグルはお腹一杯食べると、モンスターボールの中で満足そうに眠ってしまった。

 

グレッグルが仲間になるというハプニングがあった夕食が無事に終わり、その余韻に浸りながら雑談をしていると、誠司は何か思い出したかのようにトランクを開けて中に入って行った。どうしたんだろうと訝しげな顔をするハジメ達。

 

しばらくして、誠司はトランクから出て来た。手には複数のカップケーキを乗せたトレーを持っている。カップケーキはピンク色や黄色、薄緑色と色とりどりで目にも楽しく、それぞれ違う木の実が可愛らしくトッピングされている。カップケーキはトッピングの木の実に合わせて少し味も変えている。誠司が少し照れくさそうに言った。

 

「昨日から試作してたんだ。材料が少なかったからこれくらいしか作れないが、まぁ食べてみてくれ」

 

ハジメ達は嬉しそうにカップケーキを手に取った。そして、それを一口齧る。

 

「……うん! 美味しいよ。やっぱり誠司のお菓子は美味しいね」

「……ん! これ、ほんのり甘酸っぱくてクセになる」

「美味しいです! こういうのって良いですねぇ」

 

3人とも好評だった。誠司は嬉しそうに黄色のカップケーキを齧った。オボンの実の甘さがカップケーキを上手く引き立てている。久しぶりに作ったが、腕は鈍っていないようで安心した。地球には無い食材も色々使ったが、やはりお菓子作りは楽しい。それを再確認出来たのは誠司にとって大きな収穫だった。

 

そんなこんなで皆で楽しく駄弁っていると、就寝時間になった。野営の時は交代で見張りをすることにしている。ハジメが作ったテントは高性能だが、無敵ではない。危機的状況に備えて見張りをすることにしたのだ。それでも寝袋はフカフカで寝心地は非常に良いため、特に問題は無い。

 

スキンシップも兼ねてハジメとグレッグルが一緒に見張りをしていると、テントからシアが出て来た。少しモジモジしている。

 

「シア。どうしたの?」

「グェッ」

「えっと…… ちょっとお花を摘みに」

「谷底に花はないと思うけど?」

「ハ・ジ・メ・さ〜ん!」

 

デリカシーの無い発言にシアはキッとハジメを睨み付ける。ハジメは意味が分かっているので苦笑いしながら謝罪した。

 

「ごめんごめん、良い花があると良いね」

「はいですぅ! ではちょっと行ってきます」

 

そう言ってシアはそそくさと後にする。グレッグルは呑気に手を振っている。

 

しばらくして…………

 

「ハ、ハジメさ〜ん! 皆さ〜ん! 大変ですぅ! ちょっとこっちに来てくださぁ〜い!」

 

と夜中なのに馬鹿でかい大声でハジメや誠司達を呼ぶシア。その大声でテントから誠司とユエも飛び出した。二人とも「折角眠っていたのに……」と不機嫌な顔だ。

 

誠司達がシアの声がした方に向かうと、そこには巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れており、その間に人が入れるような隙間が空いている場所があった。シアはその隙間の前でブンブンと腕を振っている。その表情は「信じられないものを見た!」というような興奮で一杯だ。

 

「こっち、こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」

「分かったから少し落ち着け。頭に響く」

「……うるさい」

「まぁまぁ二人とも…… それで、シアは何を見付けたの?」

「ふっふーん! 付いて来れば分かります!」

 

はしゃいだ様子のシアに案内されて、岩の隙間に入る誠司達。その空間は意外と広く、中程まで進むとシアが得意そうな表情で壁の一部に指差した。

 

「これを見てくださいっ!」

 

そう言われて三人はその指先をたどって視線を転じると、そこには岩壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の看板があった。その看板には妙に女の子らしい丸っこい文字でこのように彫られていた。

 

『おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪ 命のポロリもあるよ♡』

他の岩壁をよく見ると、『か〜ら〜の~? 入口は内緒!』だの『ここからが本当の大迷宮! なんちって!』とも刻まれている。三人とも呆然と地獄の谷底には似つかわしくない看板を見つめている。

 

「「「…………」」」

「あれ? どうしたんですか? 大迷宮の入口ですよ! 偶然見付けちゃいまして。いや~、本当にあったんですねぇ、大迷宮って」

 

能天気なシアの声が空間に響いた。ようやく三人は硬直が解けたようで何とも言えない表情を浮かべてながら、お互い顔を見合わせる。

 

「……同じ大迷宮でも何でこんなにチャラいの?」

「……なぁ、ユエ。これ、本当に大迷宮だと思うか?」

「……『ミレディ』の名前がある。多分間違いない」

「やっぱりそこだよね…… それに、文章のセンスが古いままなのも本物っぽいよね」

「ああ、攻略者が来なさすぎて……か」

「ん!」

 

ミレディが聞いていたら地味に心に突き刺さりそうな台詞である。シアが振り返って尋ねた。

 

「それで……皆さんどうします?」

「俺としては今は勘弁かな」

「同感。明日準備を整えてから行こうよ」

「……んっ! 今はゆっくり休むべき」

 

こうして四人は翌日に大迷宮攻略をすることに決めた。




ハジメさん、グレッグルをゲットです。無邪気な性格の女の子です。

次回からライセン大迷宮に入ります。グレッグルが大活躍します。


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ライセン大迷宮

ちょっと入れたいネタがあったので入れた結果、原作と少し違う感じの大迷宮になってしまいました。でもまぁ……あの解放者ならやりかねんような仕掛けばかりですが……


翌朝、誠司はトランクの中にいた。ライセン大迷宮の入口を発見したことを報告するためと、その大迷宮の攻略で使う手持ちを選ぶためだ。どのポケモン達も自分を選んでくれと言いたげな様子で誠司を見つめている。誠司は予め考えていたメンバーを発表した。

 

「よし。今からメンバーを選ぶぞ。今回の大迷宮では特殊攻撃は殆ど使えないだろうからな。物理攻撃を得意としていて小回りが効く者達を選んだ」

 

そう前置きを言いながら、誠司は名前を呼ぶ。ワンリキー、チゴラス、エリキテル、ヘラクロス、ヌマクロー……どれも物理攻撃が得意なポケモンばかりだ。ヌマクローもいわくだきが使えるし、腕力も強いので心強い。名前を呼ばれたポケモン達は元気良く返事をする。

 

「そして、最後は……「コンッ!」……ん?」

 

誠司が最後の名前を呼ぼうとした時、待ったが掛かった。キュウコンだ。誠司は怪訝な顔をした。

 

「どうしたんだ、キュウコン? もしかしてお前が行きたいのか?」

「コンコン!」

「だがなぁ……俺はお前じゃなくて別の奴を考えていたんだが……」

「コン!」

「いや、でも……」

「コンッ!」

 

誠司は渋るが、キュウコンは一歩も引かない。いつも冷静なキュウコンとは思えない姿に他のポケモン達もどうしたものかと顔を見合わせる。正直、自分を選んで欲しいという気持ちはどのポケモンにもあった。だが、それを上回る必死さが今のキュウコンにはあった。

 

誠司もそれは分かったため、若干困惑しながらもキュウコンを手持ちに加えることに決めた。そして、他のポケモン達はトランクの中で留守番してもらうことになった。

 

選ばれなかったポケモン達は最初は少し残念そうにしたものの、すぐに気を取り直して選ばれたポケモン達を応援してくれた。ヤレユータン達に食事は各自、自分で用意するように頼むと、誠司はキュウコン達をモンスターボールに戻してトランクから出て行った。

 

トランクから出ると、ハジメ達は既にテントを片付けて終わっていた。

 

「悪いな、片付けをやらせてしまって」

「ううん、大丈夫。それで、どのメンバーで行くのか決まったの?」

「ああ。多少の変更はあったが、こいつらなら問題無いだろう」

「……んっ。良かった。それじゃ、出発する?」

 

ユエの言葉に3人はそれぞれ頷き、昨晩看板を見付けた所へ向かうことにした。

 

「さてと…… ここに大迷宮の入口があるはずなんだが……」

「変ですねぇ……奥は行き止まりですし……」

 

シアは入口を探そうと辺りをキョロキョロ見渡したり、奥の壁をペシペシと叩く。その様子を見て、ハジメが「不用意に動き回らないで」と言おうとしたが遅かった。シアの触った岩壁が突如グルンッと回転し、シアはそのまま壁の向こうへ消えてしまったからだ。「ふきゃっ!」という間抜けな声と一緒に。さながら忍者屋敷の仕掛け扉のようだ。

 

誠司達は一度顔を見合わせると、深い溜息を吐く。この溜息はシアの短慮さに対してか、それともライセン大迷宮の残念さに対してか、どちらかは分からない。案外、両方なのかもしれない。誠司達は回転扉に手を掛けて中に入る。

 

中に入ると、誠司達は圧倒されていた。ゴツゴツした岩壁の中とは思えないくらいに綺麗に整備されており、壁には複数のランタンが設置されているため明るい。先に入ったシアはほえーっと見惚れていた。その時、壁に取り付けられていた白地に目元に赤と青のラインが入った仮面が野太い声で話し掛けて来た。作り物のようだが、口元の造形がヤケにリアルで流暢に動く。

 

『Welcome to the 大迷宮! ここは恐怖とスリル、驚きがいっぱいの悪夢の迷宮。世界最高峰の仕掛けが君達を待ち構える! 果たして君達は生きて帰ることが出来るか!?』

「「「「…………」」」」

 

誠司達は思わず呆れた目を仮面に向ける。この仮面のせいで危険な大迷宮が一気に遊園地のアトラクションに見えてしまう。仮面はしばらく経つと、また同じ文言を繰り返す。それがまたアトラクション感を出していた。

 

「ねぇ、何のアトラクションなの、これ……」

「ん……この仮面、何のためにあるの?」

「さぁな……お客のテンションを盛り上げるためじゃないか?」

「攻略者をお客って……」

「……要らぬ気遣い」

「あのう…… 大迷宮ってこんな感じなんですか?」

 

大迷宮攻略は今回が初めてのシアが困惑した様子で質問する。その質問に三人は目を剥いて反論した。

 

「「「いや、ここだけだから!!」」」

 

誠司達は何とか気を取り直して先を進むことにする。そんな矢先、またしてもシアがドジをやらかした。床にある仕掛けを踏んでしまったのだ。ガコンッという音が響く。

 

すると、頭上から何かが降り注いで来た。降り注いで来た()()の正体が分かると、女性陣は悲鳴を上げた。

 

それは蝉の死骸だった。ハジメ達は半狂乱になりながら、身体に付いた蝉の死骸をはたき落とす。地球でも夏の終わりに、道端で蝉の死骸が落ちていることはよくあるが、それが大量に空から降ってくれば誰でも嫌だろう。女性陣はもとより誠司も気持ち悪い。

 

蝉の死骸を全てはたき落として何とか全員が落ち着いた頃、それを見計らってか壁の石版に文字が浮かぶ。

 

『ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? 暗くて狭い迷宮の中でも季節を感じて貰いたくて、ミレディちゃんからのせめてものプレゼントだよ〜 まさに……蝉時雨だねぇ。情緒があるねぇ。プギャー』

「「「「…………」」」」

 

四人の顔にビキっと青筋が浮かぶ。ハジメがポツリと呟いた。

 

「ミレディ・ライセンは解放者云々関係なく、人類の敵で間違いないよね」

 

ハジメの言葉に他の三人は大きく頷いた。

 

 

それから、何度か罠に掛かったりしながらも先を進んでいると、ハジメが気付かずに床の仕掛けを踏みそうになった。その時、ボールからグレッグルが飛び出して間一髪で助けられた。

 

「こんな所にあったなんて……危なかった。ありがとう、グレッグル」

「グェッ!」

 

グレッグルは床や壁にある仕掛けを示した。どうやら、グレッグルは罠を感知することが出来るようだ。それを見て誠司もあることに気付いた。

 

「そうか。このグレッグルの特性は“きけんよち”か。それで罠とかが分かるのか」

「でも……どうして今の今まで教えてくれなかったんです?」

「グェー……」

 

シアがもっともな疑問を投げかけると、グレッグルは気まずそうに鳴く。グレッグルが言うには、“きけんよち”が発動するのは本当に命に関わるような危機に対してらしく、ハジメが踏もうとした罠は致死生の非常に危険なものだったらしい。それを知ってハジメは顔を引き攣らせる。逆に言えば、それ以外の罠では感知するのが難しいようで、ボールから今まで出なかったのもそのためのようだ。

 

しかし、それでも十分有難いので、グレッグルの力を借りて攻略を進めることにした。途中、何度かスタート地点に戻されたり、タライやらトリモチ、白い変な臭いの液体のぶっかけといった嫌がらせとしか思えない罠にやられたりしたものの、少しずつ先を進んで行く。

 

 

そして、いつの間にか攻略を開始してから数日が経過していた。宝物庫には食料も潤沢にあるので餓死の心配はない。グレッグルのお陰で致死性の罠は確実に回避し、罠もいくつか見付けてくれたので何とか怪我なく進むことが出来ている。

 

それなのに、攻略にこれほど時間が掛かっているのは迷宮のルートが一定時間で変わってしまうことが原因だった。そのため、マッピングしても意味を成さず、彷徨い続けていたのだ。おまけにミレディのウザい文で精神を削られていく。最初のうちは心の内をミレディ・ライセンへの怒りで満たしていたが、段々と「もうどうでもいいやぁ〜」みたいな投げやりな心境の境地にまで至っていた。

 

誠司はマッピングが無駄だと分かってからは諦めて一切していなかったのだが、ハジメはマメにマッピングを続けていたらしい。すると、ハジメ曰く迷宮構造の変化には一定のパターンがあるそうだ。

 

その情報を基に先を進むと、初めて見る部屋に辿り着いた。右の壁に二体、左の壁に一体の合計三体の騎士甲冑が立っている。そして、部屋の奥には祭壇のような場所があり、奥の壁に荘厳な扉があった。周囲を見渡してハジメは顔を顰めた。

 

「いかにもな扉だけど……それよりも、あの甲冑達に嫌な予感がするのは僕だけ?」

「……大丈夫。お約束は守られる」

「それって襲われるってことじゃないですか。全然大丈夫じゃないですよ!」

 

ハジメ達がそんなことを言っている中、誠司はジッと甲冑を眺めていた。それに気付いたハジメが尋ねる。

 

「あれ? 誠司、どうしたの?」

「いや…… あの甲冑達、何で持っている武器がそれぞれ違うのか少し気になってな」

 

誠司の言葉通り、ハジメ達も甲冑達をよく見ると、確かに装備している武器がそれぞれ異なっていた。片手剣のみだったり、片手剣二本だったり、剣と盾を持っていたりと様々だ。

 

「確かに気になるけど、急いで行った方が良いよ。また何か変な仕掛けがあるかもだし」

 

ハジメの言葉に誠司以外は全員、頷いた。誠司も若干気になりつつもハジメの言葉に異論は無い。誠司達は先を急ぐことにした。しかし、誠司は心の中の違和感を拭えずにいた。思い出せそうで思い出せない、そんなモヤモヤだ。

 

(何だ? この違和感……夢にもあんな感じのポケモンがいたような…… 確か、名前は……)

 

突如、ガシャガシャと金属の擦れ合う音が部屋中に響いた。嫌な予感がして誠司達は振り返ると、壁にいたはずの甲冑達が同時に動き出している光景が映った。その様にハジメは苦笑した。

 

「やっぱりお約束通り動き出したかぁ…… こうなったらやるしかないよね」

 

ハジメの声で全員、モンスターボールを構える。その時、誠司はようやく甲冑達の正体に気付いた。試しに甲冑の剣達に向かって魔獣図鑑を発動させると、やはり正解だった。

 

「皆、甲冑じゃなくて持っている剣を狙うんだ! あいつらは……ヒトツキ、ニダンギル、ギルガルドだ!!」

「「「キイィィィン!!」」」

 

誠司の言葉に正解と言うように三体が金属音のような鳴き声を上げる。シアが驚きの声を上げた。

 

「ええっ!? あれがポケモンなんですか?」

「正確には、甲冑達が持っている剣や盾がポケモンなんだ。多分霊力か何かで甲冑を動かしているんだろうな」

「ん……厄介」

「でも……やるしかないみたいだね」

 

誠司達はモンスターボールからそれぞれポケモンを出した。




次回で皆大好きな、あの解放者が登場します。


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真打ち ミレディ・ライセン登場!

「はぁはぁ……」

「結構手強かったね……」

「……しぶとい」

「もう甲冑なんて見たくないですよぉ……」

 

肩で息をする誠司達とポケモン達の前にはバラバラになった甲冑達と目を回しているヒトツキ達がいた。

 

鋼・ゴースト属性のヒトツキ達に思わぬ苦戦を強いられたのだ。誠司の持つポケモン達は格闘属性やノーマル属性と相性が不利な上に、相性が有利なポケモンもここでは特殊攻撃が使えない。おまけにヒトツキ達が繰り出す剣技や連携は王国の騎士以上に洗練されており、ラビフットの“ブレイズキック”やヌマクローが新たに覚えた技“じならし”が無ければ本当にどうなっていたことか……

 

落ち着いた誠司達は扉を開けて先を進んだ。またヒトツキ達が目を覚ましたら堪らないからだ。長い階段を抜けて次に誠司達が入った場所は摩訶不思議な空間が広がっていた。

 

直径2キロメートルはあるであろう球状の空間に様々な大きさ・形のブロックが不規則に移動しながら浮遊している。完全に重力を無視した感じだが、誠司達にはしっかりと重力を感じている。天井には無数の星が光っており、なかなか幻想的な空間である。

 

「ここがゴール……なのか?」

「どうだろ? ひとまずは、あの中央のブロックまで移動してみようよ。何か分かるかもしれない」

 

ハジメの言葉に従い、誠司達はあちこち浮かんでいるブロックを伝って部屋の中央にある非常に大きいブロックへ移動した。

 

ブロックの上には何も無かった。その時、何処からかギューンッとジェット機が飛んでいるかのような音がしたかと思うと、目の前に巨大なゴーレム騎士が現れた。全身甲冑なのは先程のヒトツキ達が操っていたものと同じだが、大きさは桁違いだ。

 

「嘘だろ……」

「うわぁ……」

「……すごく……大きい」

「お、親玉って感じですね」

 

それぞれ異なる感想を呟く誠司達。ユエの発言が若干危うい気がするが、ギリギリ許容範囲だろう。

 

巨大ゴーレムと誠司達は少しの間、睨み合う。時間はほんの五秒程度だったが、誠司達には永遠の時間のように感じられた。少しでも動けば即座に殺し合いが始まる。

 

そんな予感をさせるほどに張り詰めた空気を破ったのは……

 

「ん〜、絶好調!」

 

某緑色の怪人映画を連想させる、巨大ゴーレムの発言だった。ゴーレムなのに渾身のドヤ顔を幻視してしまう。

 

「「「「…………」」」」

「やっほ〜。はじめまして〜。皆のアイドル、ミレディ・ライセンちゃんだよぉ〜」

 

思わずポカンと口を開ける誠司達に巨大ゴーレム、もといミレディ・ライセンが陽気に挨拶する。だが、それでも硬直したままの四人にミレディは不機嫌そうな声を出した。声質は間違いなく女性のものだ。

 

「あのねぇ〜。 挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ。全く、これだから最近の若者は……もっと常識的になりたまえよ」

 

実にイラッとする話し方で、しかも肩を竦める仕草までしてきた。まるで「やれやれだぜ」と言いたげだ。それを見て普通にイラッとする誠司達。道中、散々見てきたウザさ満点の文を彷彿させる。ハジメ達は頭痛を堪えるように額を抑えた。気持ちは分かる。取り敢えず、代表して誠司が答えた。

 

「ああ。挨拶を返さなくてすまなかったな。なにぶん、既に死んでいるはずの人間がゴーレムになっている状況に驚いたものでね。それで……あんたは結局何者なんだ?」

「ん〜? ミレディさんは初めからゴーレムさんですよぉ〜。 何を以て人間だなんて……」

「惚けなくて結構だ。オスカー・オルクスの手記にもミレディ・ライセンは人間として書かれていたぞ。一体どういうことだ?」

「ん? オスカー? もしかして君達はオーちゃんの迷宮の攻略者なの?」

「ああ、オーちゃんことオスカーの大迷宮なら攻略したよ。オルクス大迷宮とここは近いからな。そして、あんたが本当にミレディ・ライセンなら……このトランクとコイ「コンッ!」……このキュウコンに見覚えがあるんじゃないのか?」

 

誠司の言葉を待たずにモンスターボールからキュウコンが飛び出した。ミレディはいきなりポケモンが現れたことに驚愕するが、キュウコンを見ると驚愕と歓喜が織り交ぜになった声を上げた。

 

「そんな、まさか……キュウコン!? 久しぶり! また……また会えるなんて……!」

「コーンッ」

「それに……おおっ! しかもそのトランクは! 間違いなくオーちゃんのだねぇ。私達の神代魔法を総動員して作り上げた最高傑作だ!」

 

ミレディは歓喜の声を上げている。先程から若干声に嬉しさが含んでいたのは見抜いていたが、もうその嬉しさを隠そうともしない。キュウコンもどこか嬉しそうだ。その様子を見て、誠司はなるほどと呟いた。チラリと後ろを振り返るとハジメ達も確信したようだ。

 

「……なるほど。どうやら、あんたは本当にミレディ・ライセンのようだな。キュウコンがあんなにこの大迷宮攻略に参加したがっていた理由がやっと分かったよ」

 

キュウコンは知っていたのだ。この大迷宮にミレディ・ライセン本人がいることを。誠司の言葉にミレディは得意そうに笑った。

 

「ふふんっ。やっと分かってくれたかぁ。では改めて……私はミレディ・ライセン! ゴーレムの不思議は神代魔法で全て解決! 詳しく知りたければ、見事私達を倒してみよ! って感じかな」

「ええっ? あのヒトツキ達が試練じゃないんですか?」

 

シアが思わず声を上げた。ただでさえ、ヒトツキ達も手強かったのにその上、また戦わされるなんて……と言いたげだ。そんなシアにミレディは可笑そうに笑いながら言った。

 

「あっはっは! そんな訳ないでしょ、ウサギちゃん。あのヒトツキ達はいわば前座! 本番は私達だよぉ。さぁ、私達に打ち勝ってみなさい!」

「そんなぁ……」

「結局、ゴーレムなのは謎のままなんだね……」

 

シアはがっかりしたような声を上げ、うんざりしたようにハジメが呟いた。その時、ハジメはあることに気が付いた。それは誠司達も同じだった。

 

「あれ? ちょっと待って。()()……?」

「そだよー。オーちゃんやあなた達と同様に私にもいるんだよぉ。頼りになる最高の相棒達が!」

 

ミレディの言葉に合わせて二体のポケモン達が姿を現した。太陽と月の形をした岩石のようなポケモンだった。

 

「私の相棒、ソルロックとルナトーンだよ!」

「ソルルゥ!」「ルナァァン!」

 

誠司達はモンスターボールを構える。その時、ミレディが思い出したようにニヤついた声音で話し掛けてきた。

 

「ああ、そうだぁ。大事なことを忘れる所だったよぉ。ーーーーこっちからも質問しても良いかな?」

 

最後の言葉だけ、いきなり声音が変わった。今までの軽薄な雰囲気が鳴りを潜める。その雰囲気の変化に一瞬、誠司達は驚いた。ミレディは構わず問い掛ける。

 

「あなた達の目的は何? 何のために神代魔法を求めるの?」

 

嘘偽りは許さないという意思が込められた声音で問うミレディ。傍らのソルロックやルナトーンも同様だ。もしかすると、こちらが素なのかもしれない。

 

よく考えてみれば、何百年、何千年もこの大迷宮にいるなんて常人なら耐えられない。いくら相棒のポケモンがいたとしても。本当の彼女は凄まじい忍耐や意志、責任感を持った人物なのかもしれない。四人の中で特にユエはミレディに共感以上の感情を感じたのか、先程までとは違う眼差しを向けている。誠司もミレディ・ゴーレムの眼光を真っ直ぐに見返しながら、自分の考えを正直に答えた。

 

「俺やハジメは解放者の言うイカれた神もどきによって無理やりこの世界に連れて来られたんだ。だから故郷に帰りたいのが目的の一つだ。エヒトが操っているとかいう、パルキアは空間を支配する力を持っているというのを知った。だから、エヒトからパルキアを解放すれば、その力で元の世界に帰れるかもしれないと思ったんだ。オスカーの話が本当ならな」

「……」

「それに……俺達はオスカーの隠れ家で封印されていたキュウコンを解放した時、見たんだよ。オスカー(相棒)の亡骸の前で項垂れて涙を流すキュウコンの姿をな。それだけでオスカーとキュウコンがどんな関係だったのかは分かる。キュウコンのためにも力を貸したいと思ったんだ」

「……つまり、そこのキュウコンのためでもあるってこと? ただの魔獣のために?」

「魔獣じゃない。俺達はコイツらを『ポケットモンスター』、縮めて『ポケモン』って呼んでる。俺達はポケモンが大好きなんだ。理由はそれで十分だ。最初に言った通り、俺達にもメリットはあるしな」

「…………そっか」

 

ミレディは一言そう言うと、何かに納得したように呟いた。傍らに浮かぶソルロックとルナトーンも特に表情に変化は無いが、どこか嬉しそうに見える。

 

「ん〜、そっかそっか。ポケモンかぁ〜。いいね、それ。魔獣なんかよりずっと親しみが沸くよ。よし! ならば戦争だ! 見事、私達に打ち勝ってみよ!」

「結局、戦うことになるのか……」

「さぁ、君達は真打ち、ミレディ・ライセンと相棒のポケモン達に勝てるかな!?」

 

誠司達はモンスターボールからポケモンを出した。

 

こうして解放者ミレディ・ライセンと誠司達の戦いが幕を開ける。




ミレディみたいなキャラは色々なネタの台詞が言えるのでやりやすいです。


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VSミレディ(第一幕)

モンスターボールから出したポケモン達は、誠司はワンリキー、ハジメはイーブイ、ユエはシャンデラ、シアはホルビーだ。それぞれポケモンを一体ずつ出して戦うのには理由がある。

 

全てのポケモン達を一度に出して戦えばその分、戦力は増えるだろう。しかし、手持ちのポケモンが多ければ多い程、意識が分散されてしまって危険だ。

 

ましてやここは何が起こるか分からない大迷宮。意識の分散はポケモン達にとっても自分にとっても命取りになる。誠司達は奈落の底でのサザンドラ戦でそれを学んだ。

 

「よーし! まずは第一幕だよ! 名付けるなら……そうだねぇ……『太陽と月の輪舞曲(ロンド)』と言った所かな? ソルロック、ルナトーン! 出番だよ!」

 

そう言ってミレディは大きく距離を取る。まずは誠司達の実力を確認するために傍観するつもりのようだ。そうはさせじと誠司はワンリキーに指示を出す。

 

「傍観の隙なんて与えるかよ! ワンリキー、あのゴーレムに“バレットパンチ”!」

「リキィッ!」

 

ワンリキーは持ち前の身体能力を活かして空中に浮遊するブロックを渡って行く。そして、拳を硬化させて素早く“バレットパンチ”を放とうとするが、ワンリキーの前にソルロックが現れた。

 

「ノンノン! 甘いね! “しねんのずつき”!」

「ソルルゥ!」

 

ソルロックがワンリキーに念の籠もった頭突きを食らわせる。

 

「リ、リキィッ!」

「しまった……! ワンリキー!」

 

技をモロに受けたワンリキーは吹っ飛ばされ、近くのブロックに激突する。誠司は急いでブロックを渡ってワンリキーを確認した。目を回して気絶している。

 

(くそっ! エスパー技は効果抜群だからな。油断した……)

 

誠司はひとまずワンリキーが生きていることに安堵するが、自分の判断ミスに歯噛みする。急いでワンリキーをモンスターボールに戻し、ハジメ達を確認すると、ハジメ達はルナトーンを相手していた。

 

「イーブイ、“でんこうせっか”!」

「イーーブッ!」

 

イーブイは素早い動きでルナトーンの真上まで移動し、そのスピードを活かして体当たりを仕掛けようとするが……

 

「そうはさせないよ! ルナトーン、“サイコキネシス”!」

「ルナナッ!」

「イブッ!?」

 

ルナトーンが目から青白い光線を放ち、イーブイを捕らえる。この光景にハジメだけでなく、誠司達も目を疑った。ルナトーンはそのままイーブイを振り回して近くのブロックにぶつける。

 

「イ……ブ……」

 

イーブイは目を回して気絶してしまった。ハジメは急いでイーブイの元に駆け寄り、悲痛な顔を浮かべる。そして、一言謝ってイーブイをモンスターボールに戻した。誠司が思わずミレディに怒鳴った。

 

「おい、ミレディ! どうなってるんだ! このライセン大迷宮、いやライセン大峡谷ではポケモン達の特殊技や変化技は殆ど使えない筈だぞ! 何でルナトーンは使えるんだ!?」

 

誠司の問いにミレディはフフンと愉快そうに笑った。

 

「あはははっ! これは説明しなければならないねぇ! よし! 説明しよう!」

 

ミレディはどこかで聞いたことのある台詞を吐いて、芳ばしいポーズを取る。それにイラッとする誠司達。そんな誠司達に構わず、ミレディは得意げに解説する。

 

「確かにここ、ライセン大迷宮はライセン大峡谷に位置するから、その影響で魔法やそれに近い特殊技は殆ど使えない。でもね……例外があるんだよ」

「……例外だと?」

「そう。飛行属性だったり空中を浮かぶポケモンなんかにはその影響を全く受けないのだ! そして私の相棒、ソルロックとルナトーンの特性は“ふゆう”! 空中を自在に浮かぶこの子達には全く影響が無いのだよ!!」

 

それを聞いて誠司達は絶句した。つまり、誠司達にのみ不利な状況下ということだ。数はこちらが有利ではあるが、戦い辛くなっている。

 

足場は空中に浮かぶブロックだけなため、自然と動きが制限される。それに対してソルロックやルナトーンは浮かんでいる分、自在に動くことが出来て技の制限も無い。それに、飛行属性のポケモンが大峡谷の影響を受けないと言っても、相手は岩属性を持つポケモン達だ。簡単に返り討ちにされてしまうだろう。

 

誠司は内心、舌を巻いていた。ミレディ・ライセン、ふざけた態度ばかり取っているが、彼女は紛れもなく実力者だ。自分のポケモン達を徹底的に活かして戦っている。

 

その時、シャンデラがルナトーンの影から現れた。ルナトーンが気付いた時にはもう遅かった。

 

「……シャンデラ、“はいよるいちげき”!」

「シャシャン!」

「ルナッ!」

 

奇襲を受けたルナトーンは思わず怯んでしまう。その隙にシャンデラが更に攻撃を重ねようとするが、突如ルナトーンの姿が消えてソルロックが現れた。これにはユエもシャンデラも驚く。

 

「なっ!? 何でソルロックが……」

「味方の位置を入れ換える技、“サイドチェンジ”だよ! さぁソルロック、“ロックブラスト”!」

「ソールッルッルッ!」

 

ソルロックは連続で岩の塊を発射する。ユエがすかさず躱すように指示を出すも、全部は防ぎ切れずに何発か食らってしまう。

 

「……シャ、シャン……」

 

ソルロックがトドメを刺そうとした瞬間、今度は別方向からホルビーが飛び掛かる。シアが指示を出す。

 

「ホルビー、“いわくだき”ですぅ!」

「ホッビ!」

 

しかし、ホルビーの身体は途中で止まってしまった。先程のイーブイを倒した時と同じ青白い光線に包まれていた。光線を辿ると、ルナトーンがいた。元々ソルロックがいた位置から的確にホルビーを捕らえていた。

 

「ルーナッ!」

「よーし。ルナトーン、そのまま投げ飛ばしちゃって!」

「ルナァァン!」

「ホ、ホビィィィ!」

「ああ、ホルビー!」

 

ホルビーはルナトーンの“サイコキネシス”によって近くを浮遊するブロックに投げ飛ばされてしまった。戦闘不能にはなっていないが、かなりのダメージだ。

 

この時点で誠司達のポケモン達は大ダメージを負ったり戦闘不能になったりしているのに対して、ミレディのポケモン達は殆どダメージが無い。各々の戦闘能力もだが、2体の連携がかなりのものだ。ミレディは離れた場所でガンガン煽る。

 

「あれあれ〜? どうしたのかなぁ〜? このままじゃ神代魔法も攻略の証もあげられないよぉ〜?」

 

ミレディの煽りにイラッとする誠司だが、なんとか冷静さを取り戻す。今のままでは確実に負ける。だからこそ、誠司はミレディにあることを叫んだ。

 

「ミレディ! 作戦ターイム!!」

「認める!」

 

ダメ元で言ってみたのだが、意外と通じるものだ。誠司は急いで、唖然とするハジメ達に呼び掛けて一つのブロックの上に集まってもらった。ハジメ達は少し呆れた表情を浮かべつつも誠司の元に集まる。その間、ミレディとソルロックとルナトーンは少し距離を置いて、傍観の姿勢を取る。攻撃の素振りは一切無い。本当に作戦タイムを認めてくれているようだ。

 

「ねぇ、それで……どうする、誠司? このままじゃ勝ち目が無いよ」

「ん…… ミレディ、性格はともかく……かなりの実力者。特に連携がすごい」

「このままじゃジリ貧です……」

「ああ。だからこそ、相手の連携を崩す必要がある。俺が立てた作戦はこうだ……」

 

誠司は作戦をハジメ達に教える。先程まではバラバラに攻撃していたが、今度はお互いに息を合わせて戦う必要がある。作戦を共有した四人は強く頷き合った。モンスターボールの中にいるポケモン達もボール越しに頷く。

 

「「「「よし!!」」」」

 

ユエとシアはシャンデラとホルビーをボールに戻す。そして、4人はそれぞれ新たに別のポケモンを出した。誠司はヘラクロス、ハジメはグレッグル、ユエはモクロー、シアはゴーゴートだ。

 

「ほほう? 作戦タイムは終わったかい? じゃあ、どんな作戦か見せてもらおうじゃないの!」

 

ミレディがそう言うとソルロックとルナトーンが攻撃の体制に入った。誠司達はお互いを見て頷く。

 

「作戦通り行くぞ、シア! ヘラクロス、ルナトーンに“メガホーン”だ!」

「ヘラクロッ!」

「分かりました! ゴーゴート、ソルロックに“ウッドホーン”ですぅ!」

「ゴーッ!」

 

ヘラクロスとゴーゴートが同時に攻撃を仕掛けに向かう。ブロックごとの距離はそれなりにあるが、翅を持つヘラクロスと強靭な脚力を持つゴーゴートに不可能は無い。どちらの攻撃も真っ直ぐ、ソルロックとルナトーンに向かう。だが、ミレディは余裕の表情だ。

 

「ふふん、無駄だよ! ルナトーン、サイドチェ「“ねこだまし”!」……え?」

「ッ! ル、ルナ?」

 

グレッグルはルナトーンの目前で強く手を叩いてルナトーンを一瞬怯ませた。そして、怯ませると即座にルナトーンの後ろに張り付いて動けないように抑え込む。それによってルナトーンは殆ど無防備の状態でヘラクロスの“メガホーン”をモロに食らってしまう。

 

「ラクロゥッ!」

「ルナアアァァ!」

 

ルナトーンもミレディも気付いていなかったが、既にグレッグルはルナトーンの真下まで接近していた。グレッグルもワンリキーやエリキテルと同様、ライセン大峡谷で育ったポケモンだ。つまり、身体能力は非常に高いのだ。ルナトーンに気付かれないように近付くなどグレッグルにとって朝飯前だった。

 

そして、相手に気付かれずに移動出来るポケモンはもう一体いる。モクローだ。モクローは音を立てずに相手の懐に潜り込むことが出来るポケモンである。それによってソルロックの死角に潜んでいた。ユエは静かにモクローに指示を出す。ルナトーンに気を取られていてミレディが気付いた時にはもう遅かった。

 

「確か飛行属性のモクローは特殊技を使える…… モクロー、“エナジーボール”」

「モフゥ!」

「なっ!? ソルロック、後ろ後ろ!」

「ッ! ソルゥ?」

 

ミレディの切羽詰まった声に危機感を抱いたソルロックが慌てて振り返ったその瞬間、モクローの“エナジーボール”が顔を直撃する。そして、一拍遅れてゴーゴートの“ウッドホーン”がソルロックに命中する。

 

「ソルウゥゥゥ!」

 

効果抜群の攻撃を受けた二体は仲良く吹っ飛ばされて近くのブロックに激突する。それを見た誠司とハジメ、ユエとシアはそれぞれハイタッチをする。これには流石のミレディも驚愕する。

 

「くぅっ……まさかここまでやるとはね…… よし! ここまで来たら私も本気の本気でやっちゃうよ!」

 

ミレディがそう言うと、上空の天井の星々が光り輝き始めた。




独自設定ですが、ミレディは演劇好きという感じにしています。原作でも意外と演技派だったりするので。なので演劇風の用語を結構出します。

誠司達もポケモントレーナーとしてはまだまだ未熟です。こういう大迷宮攻略等を通して成長させていこうと思います。


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VSミレディ(第二幕)

天井にある無数の星々は輝きが強くなったかと思うと、突然部屋全体が激しく揺れる。低い地鳴りのような音が響き、天井の星々の輝きが増す。

 

何事かと表情を強ばらせる誠司達。その直後、それは起こった。

 

ズガーーンッ!!

 

轟音と共に、空中を浮遊するブロックの一つに()()が落ちて来た。誠司達はそれを確認する。

 

どうやら、天井の星々の正体はブロックの残骸だったものらしい。しかし、残骸と言えど、数百キロはありそうな岩の塊だ。当たればタダでは済まないだろう。現に衝突したブロックには亀裂が入ってしまっている。

 

しかも、それが無数に天井にあるのだ。誠司達の顔に戦慄が浮かぶ。

 

「おいおい……まさか……」

「ふっふっふ……そのまさかだよん。ここからは急転直下の第二幕! 『星降る夜』をご堪能あれぇ!」

 

ミレディがそう言うと、吹っ飛ばされたはずのソルロックとルナトーンが現れた。2体は同時に壁のようなものを自分やミレディに何重にも展開していく。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

次の瞬間、凄まじい轟音を立てながら、大量の星々(ブロックの残骸)が自由落下して誠司達に降り注ぐ。ハジメはすぐに宝物庫からある物を取り出した。それは十二連式の回転弾倉が取り付けられた長方形型のロケット&ミサイルランチャーだった。威力はドンナー・シュラークよりずっと高いが、弾を作るのに時間が掛かる上にまだ試作段階の武器だ。

 

「まだまだ試作段階だったんだけど…… 頼むよ、『オルカン』!」

 

そう言ってハジメは引き金を引く。ハジメが叫んだ。

 

「皆、耳を塞いで!」

 

誠司達は初めて見る異様な兵器に目を見張るものの、言われた通りに耳を塞ぐ。

 

次の瞬間、バシュウウ!という打ち上げ花火のような音と共に、複数のロケット弾が発射され、巨大な爆発を起こしながら上空の星々を消し飛ばしていく。

 

だが、全て破壊出来た訳ではない。まだ大量の星々が落下して来る。

 

誠司はモンスターボールから他のポケモン達を出していく。元々ボールから出ていたヘラクロスと新たに出したヌマクロー、チゴラス、エリキテルに指示を出す。

 

「皆、上空のブロックを壊してくれ!」

 

誠司の簡潔な指示にポケモン 達は頷いた。それを見てハジメやユエ、シアもブロックを砕けるポケモン達を出して同様に指示を出す。

 

ポケモン達は自分の持てる力で上空に降り注ぐブロックを次々と破壊していく。それを見て愉快そうに笑うミレディ。

 

「ウヒャヒャ、凄いねぇ。頑張れ頑張れ」

 

ミレディ達にもブロックの星が降り注いでいるのだが、余裕の表情だ。それというのも、ミレディ・ゴーレムの体の装甲にはアザンチウム鉱石をふんだんに使っているからだ。

 

アザンチウム鉱石とは世界最高硬度と靭性を誇る鉱石だ。それを装甲として装備して防御している。そのため、ポケモンの技でもちょっとやそっとでは倒せない。しかも、ソルロックとルナトーンによって“リフレクター”を貼ってもらっているのでブロックの雨など怖くもなんともないのだ。

 

ポケモンの技でブロックを壊しているが、段々とポケモン達も限界になっていく。やがて、ポケモン達は一体、また一体と力が尽きて倒れていった。ハジメもドンナーやシュラークでブロックを撃ち抜いたり、シアが身体強化で近くのブロックを投げ飛ばして破壊したりしているのだが、降り注ぐブロックの数は増えていくばかりだ。

 

追い詰められそうになったその時、ラビフットが地面に手を付いてある技を発動させた。それを見てハジメは怪訝な顔を浮かべる。

 

「ラビフット! どうしたの?」

「ラッビッ……ビィィィ!!」

 

その瞬間、全体が光に包まれたと同時に、誠司達もポケモン達も限界が来たのかブロックの星々に呑み込まれてしまった。

 

それを見てミレディは僅かな落胆と共に天井の星々にかけていた“落下”を解いた。誠司達が乗っていたブロックはあちこちに亀裂が走り、今にも崩れそうだ。落下の解除がもう少し遅れればブロックは粉々に崩れて、誠司達を呑み込んだブロックの山は奈落の底に落ちていただろう。ミレディは落胆混じりに呟いた。傍らのソルロックとルナトーンはどこか元気が無い。

 

「う〜ん…… やっぱり無理だったかぁ〜」

「ソルルゥ……」

「え? やりすぎだって? でもねぇ〜、これくらいは何とか出来ないと、あのクソ野郎共には勝てないし……」

「ルナアン?」

「まぁ、確かに見込みはあったんだけど……ホント惜しいなぁ。仕方ない。せめてもの情けだ。死体を捜して供養してあげるかぁ」

 

そう呟きながら、誠司達の死体を捜すためにブロックの山に近付くミレディ達。その時ーーーー

 

「「「「ぶはあぁっ!!」」」」

「あいえええっ!?」

 

なんと誠司達がブロックの山から現れたのだ。血が出たりしているが、命に別状は無いようだ。ポケモン達も同様にブロックの山から這い出て来る。これには流石のミレディ達も驚愕しており、ゴーレムでなかったらギャグ漫画のように目玉を飛び出していただろう。

 

しかし、次の瞬間、誠司達が乗っているブロックに限界が来たのか崩れてしまい、誠司達はそのまま奈落の底へ落下しそうになる。

 

「「「「う、うわああぁぁっ……あれ?」」」」

 

ソルロックとルナトーンが間一髪で“サイコキネシス”で誠司達を捕らえると、別の無傷だったブロックへ移動させる。誠司達の無事を確認したミレディが思わず疑問の声を上げる。だが、分からないのは誠司達も同じだった。

 

「それで……あなた達、どうやって助かったの?」

「俺もよくは分からないが、ブロックに呑み込まれる直前にラビフットが何かしていたような……」

 

そう言って誠司がラビフットを見ると、当のラビフットは目を回して気絶していた。その時、ミレディはあることに気が付いた。

 

自分の体の、装甲が着いていない部分に無数の凹みが出来ていることを。よく見ると、ソルロックとルナトーンも元気が無いし、技にどこかキレが無かった。

 

まさかと思い、確認してみると無かった。自分達に貼ったはずの“リフレクター”が。

 

「えっ、えっ、えっ? 何で無いの? “リフレクター”、ちゃんと貼ってたはずなのに……」

 

誠司達の身体に何か壁みたいなのが光った。それを見てミレディは何が起きたのか理解した。そして、愉快そうに笑う。

 

「ああ……なるほど……そういうことか…… ぷっ! あははは!」

「あれ? どうしたんだろ、ミレディ……」

「おかしくなっちゃいましたねぇ」

「……ボケた?」

「失礼な! あのねぇ、君達はそのラビフットに助けられたんだよぉ」

「え? どういうこと?」

「ブロックに呑み込まれる直前にラビフットが使った技はねぇ……“コートチェンジ”って技なんだよ」

 

ミレディのその言葉を聞いて誠司は有り得ないと言いたげに首を横に振る。

 

「いやいや……“コートチェンジ”って確か、ラビフットの進化系のエースバーンしか使えない技のはずだぞ。何でラビフットが……」

「ん〜、それは……」

「あのー、誠司さん。“コートチェンジ”ってどんな技なんですか?」

 

誠司とミレディの話に付いていけないシアが質問する。ハジメやユエも同様のようだ。頭上にハテナマークが浮かんでいるのが見える。シアの質問にミレディが答えた。

 

「“コートチェンジ”ってのはねぇ……自分と相手の場の状態を入れ換える技なんだよぉ〜。私達は“リフレクター”を貼っていたから、その効果が入れ換わって君達に“リフレクター”が付与された状態になったってこと。だからブロックの雨にも君達は生き残れたってわけ」

「ああ……なるほど……」

「ん……凄い技」

「だがな……この“コートチェンジ”って技はラビフットの進化系のエースバーンってポケモンにしか使えないはずなんだよ」

 

誠司は不思議そうにラビフットを見つめる。ハジメはラビフットを心配そうに抱き抱えていた。そこでミレディが考察を入れる。

 

「う〜ん……多分だけど、火事場の馬鹿力ってヤツじゃないの? “コートチェンジ”って場の状態を入れ換えるとんでもない技だからまだ身体が成長し切っていないラビフットが使うと身体に強い負担が掛かっちゃうんだ。しかも、ここは変化技を使うにも体力を大きく消費しちゃうし。仲間を助けるために随分と無理して技を出したみたいだね。凄く感動的だよぉ〜」

 

恐らく、ミレディの言っていることが正しいのだろう。誠司達もポケモン達も感謝と敬意の籠もった視線を気絶中のラビフットに向ける。ハジメはラビフットをボールに戻した。ちゃんと労いの言葉を忘れずに。

 

「さーてさて。予想外の展開だったけど君達にはもう残りの手持ちはいないんじゃない? ここまでやれたのならもう十分合格ラインなんだけどねぇ〜」

 

誠司はハジメ達にどうするか視線で尋ねる。ハジメ達やポケモン達の目に諦めの色は無い。そして、それは誠司も同じだった。

 

「冗談! あんたを超えて俺達は先を進ませてもらう!」

「ふっふーん! そう言うと思ったよ! その意気やよし! これより第三幕! 終幕の開始だよぉ!」




最初はラビフットがエースバーンに進化して“コートチェンジ”を覚える……みたいな流れを考えていましたが、進化するのが早すぎて違和感があったため、この流れにしました。余計違和感が強くなった気が……マーイーカ。

咄嗟に使った感じなので技を覚えたって訳ではありません。


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VSミレディ(終幕)

長かったミレディ戦もようやく終わります。最後の戦いだけじゃ短かったので隠れ家の話も入れたら少し長くなりました。


誠司達に残った手持ちのポケモンも残り少ない。誠司はヌマクローとキュウコン、ハジメはダンバル、ユエはシャンデラ、シアはホルビーしか残っていない。しかも、どの子もダメージを受けている。

 

ここは長期戦になれば不利だ。一気に片をつけるしかない。各々、ポケモン達に指示を出す。

 

「ヌマクロー、“いわくだき”! キュウコンは“ニトロチャージ”!」

「ダンバル、“とっしん”!」

「……シャンデラ、“はいよるいちげき”!」

「ホルビー、“おうふくビンタ”ですぅ!」

 

ポケモン達の攻撃にソルロックとルナトーンがミレディの前に立ち塞がる。ミレディも相棒達に指示を出す。

 

「ルナトーンは“まもる”!」

 

ルナトーンがバリアのようなものを展開して、ヌマクロー達の攻撃を完璧に防ぎ切る。そして、攻撃を防がれて一瞬、無防備状態になったヌマクロー達をミレディは逃しはしない。

 

「ソルロック、“ジャイロボール”!」

「ソルソルゥ!」

 

ソルロックは自分の体を高速回転させて不規則な動きでヌマクロー達に接近して、彼らを巻き込み、吹き飛ばしていく。

 

誠司達はポケモン達の元に駆け寄る。だが、もう既に全員、満身創痍の状態だ。ミレディが得意そうに高笑いする。

 

「ふはははは! ガッツは素晴らしいけどね、それだけじゃあ、大迷宮攻略は出来ないよ! さぁ、ソルロック、ルナトーン! とっておきの大技行くよ!」

「ソルゥ!」

「ルナァ!」

 

ソルロックとルナトーンは頷くと、途端にこの場の空気が変わる。

 

ルナトーンが何か力を溜め始める。そして、隣のソルロックがルナトーンにパワーを分け与えているようだ。その様子を見て誠司とハジメは顔を顰める。ソルロックの使う技に見覚えがあったからだ。

 

「嘘でしょ……?」

「くそっ! “てだすけ”で威力を上げての大技かよ。マジで俺達を殺す気か、ミレディの奴……」

 

誠司達は急いでこの場を離れようとするが、誠司達の方も身体が限界だった。そして、技の準備が整ったのか、ミレディが淡々とした様子で言った。

 

「それじゃあ行くよ。私の相棒達の必殺技、“メテオビーム”発射!!」

「ルナアアァァァッ!!」

 

ルナトーンが金色の光線を発射する。

 

その時、ハジメが抱えていたダンバルがハジメの元を離れて突進したのだ。ハジメは慌ててダンバルを止めようとする。

 

「なっ!? 待って、ダンバル! 早まっちゃ駄目!!」

 

だが、ダンバルは止まらない。メテオビームはダンバルに命中し、突進するダンバルを跳ね返そうとする。

 

このままでは危険だ。

 

ハジメだけでなく、誠司達も必死で戻るように言うが、ダンバルは止まらなかった。

 

ダンバルは悔しかった。自分が“とっしん”しか使えないことに。グレッグルやラビフットは活躍しているのに、自分は肝心の所では役に立たない。それが堪らなく悔しかったのだ。それに、先程からずっと何か体の奥底から力が湧き上がって来るような、新しい()()が目覚めそうな感覚がしていた。

 

そして、その何かは唐突に訪れた。メテオビームを食らっているダンバルの体が光り輝き始めたのだ。これには誠司達だけでなく、ミレディ達の方も驚いた。

 

そして、その光はルナトーン達の最大出力の“メテオビーム”を弾き飛ばす。光が収まって、そこにいたのは円盤のような体にダンバルのような腕を二本持ったポケモンだった。

 

「嘘……進化した……」

「凄え…… あれは……メタングだな」

「ん……なんかカッコいい」

「こんな時に進化してくれるなんて……」

 

ミレディも呆気に取られてはいたが、すぐに気を取り直す。

 

「ふふん、進化したのは良いけど、私の相棒達はそう簡単には倒せないよ!」

ソルロックとルナトーンがメタングの前に立ちはだかる。その時、誠司は魔獣図鑑でメタングを確認すると、ニヤリと笑った。ハジメに耳打ちする。

 

「ハジメ、メタングにこの技を指示するんだ」

 

誠司に耳打ちされたハジメもニヤリと笑みを浮かべて、「了解」と頷く。

 

「よーし、メタング! 強くなった君の力を見せてやるんだ! “メタルクロー”!!」

「メッタ!!」

 

メタングは一瞬でソルロックとルナトーンに近付くと、渾身の“メタルクロー”をお見舞いする。ソルロックとルナトーンはダメージに怯むが、メタングは逃がさない。二本の腕で二体をガシッと捕まえると、勢いよくミレディの方にぶん投げた。

 

「えっ? ちょっとまっ……ぐぅっ!」

 

自分の身体にソルロックとルナトーンがぶつかり、思わずよろめくミレディ。だが、それだけでは終わらせない。

 

「メタング! もう一つ新技いくよ! “コメットパンチ”!」

「メタン!!」

 

メタングは自分の腕を前に出すと、凄いスピードでパンチをお見舞いする。その時、ソルロックとルナトーンの体が光った。それを見てミレディは慌てる。

 

「ああっ! しまった! ちょっと待って! 今それをやったら……」

 

ドガーーンッ!!

 

「あああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

大きな爆発が起こった。何が起こったのか分からずに呆然とする誠司達。煙が晴れると、そこにはボロボロになったミレディ・ゴーレムの姿があった。手には気絶したソルロックとルナトーンがいる。

 

「いやぁ……忘れてたよぉ。ソルロックとルナトーンには少し変わった癖があってね。気絶すると”だいばくはつ“を起こしちゃうんだよぉ。気絶するなんてことが何千年もなかったからすっかり忘れてた」

「……それで俺達は合格ってことで良いのか?」

「うんうん! 文句無しの合格だよ! あなた達の勝ち! まさかソルロックとルナトーンを戦闘不能にして私の身体もこんなにボロボロにするなんてねぇ〜。驚き桃の木、山椒の木だよぉ〜」

「……何でそのネタ知ってるの?」

 

ハジメが思わずツッコむ。

 

その後、誠司達はミレディの案内で彼女の隠れ家まで移動することになった。キュウコン以外のポケモン達をモンスターボールにしまう。キュウコンはまだボールの外にいたいようだった。まぁ、かつての仲間が近くにいるのでその気持ちは分かるし、無理にボールに入れる必要は無かった。

 

そこに、誠司達の元に大きな浮遊ブロックが現れた。それに足を踏み入れると、自動でスィーーッと動き出す。

 

「わわっ、勝手に動き出しますよ、これ。便利ですねぇ」

「ふふん、でしょでしょ? 私なりのサービスだよん」

 

シアが驚きと感嘆の声を漏らすと、ミレディはそれに嬉しそうに答える。

 

それからしばらくして誠司達は浮遊ブロックによってミレディ・ライセンの隠れ家に到着した。ミレディは先にどこかへ消えてしまった。奥に入っててと言われたので言われるがままに先を進むとーーーー

 

「やっほ〜、さっきぶり〜。ミレディちゃんだよぉ〜」

 

ミレディ(小)が現れた。

 

ちっこいミレディ・ゴーレムは先程までの巨体と異なり、人間らしいデザインだ。華奢なボディに乳白色の長いローブを見に纏い、白い仮面を着けている。ニコちゃんマークだが、表情は自在に変えられるらしく、可愛らしくウインクをかましている。そして、いつの間にか元気になっているソルロックとルナトーンが元気にフヨフヨとミレディの側を浮かんでいる。

 

ソルロックとルナトーンだけでなく、奥からガシャガシャと三人の甲冑騎士達、もといヒトツキ、ニダンギル、ギルガルドもやって来た。思わず身構える誠司達だが、ミレディが慌てて止める。

 

「待った待った! 敵じゃないって! 幕が下りれば、次はカーテンコールだよ! 舞台とか見たことないのかい?」

 

そう言いながら、やれやれと大袈裟に溜息を吐くミレディにイラッと来る誠司達。だが、何とか心を落ち着かせる。

 

ミレディ達に案内されて、誠司達は部屋にある赤い大きな魔法陣の上に立つ。すると、頭に何かが書き込まれるような感覚が走る。誠司とハジメとユエは既に経験済みなため、無反応だが、シアは初体験なため、ビクンッと身体を跳ね、頭を抑える。

 

ものの数秒で刻み込みは終了し、魔法陣の光は消えた。ミレディは誠司達に近付いて、ある物をそれぞれ手渡していく。青いメダルのようなもので、ベテランシンボルと色違いだ。

 

「さてと……君達にはこれも渡しておかないとね。この大迷宮を攻略した証、マネージシンボルだよ! 大事にしてちょ!」

 

ミレディから渡された攻略の証、マネージシンボルは上下の楕円を一本の杭が貫いているようなデザインとなっている。誠司達はマネージシンボルを受け取ると、すぐに上着や白衣の裏に着ける。一方でシアは初めての攻略の証に感慨深そうに手の中で弄っている。段々と嬉しそうな笑みが溢れていく。

 

そんなシアを見る誠司達の眼差しはどこか優しい。道中、幾度もシアの身体強化には助けられた。最初は覚悟の足りない残念ウサギとも思っていたが、シアの成長には驚かされるばかりだ。

 

そして、誠司にとって、成長に驚かされたのはハジメも同じだった。最初はポケモンのことは何も分かっていない感じだったが、いつの間にか自分のポケモン達とあそこまで強い絆を結ぶに至っている。最後のミレディ戦では彼女のポケモン達がいなければここには立てていなかったかもしれない。

 

だからこそ、誠司は自然とハジメにも優しい眼差しを向ける。それに気付いたハジメは怪訝そうな顔で尋ねる。

 

「ん? どうしたの、誠司?」

「いや……何でもない」

 

ユエとシア、そしてミレディはどこか面白そうな様子でそれを見ている。

 

 

やがて、誠司達は今回の大迷宮攻略で得た神代魔法の話に移った。

 

「そういえば、ここの神代魔法って重力操作の魔法なんだね」

「ん……あそこの部屋が大量のブロックが浮いていたのもそのせい」

「そうだよ〜ん。ミレディちゃんの魔法は()()重力魔法さ。上手く使ってちょ〜だい。……って言いたいところだけど…… そこの金髪ちゃんは適性ばっちりだから修練すれば使いこなせるようになるだろうけど、他は適性がないねぇ〜。もうびっくりするレベルでないね!」

「うるさいなぁ。まぁ、そんな気はしてたからそこまで驚きは無いけど」

「まぁ、俺も魔力とかはあんまりだしな」

 

ハジメと誠司は特に気にしていなかったが、シアは打ちひしがれていた。折角苦労して神代魔法を手に入れたというのに、適性無しと断じられたのだ。無理もない。それを見てミレディが慌ててフォローする。

 

「ああ、いや……でもまぁ、体重の増減くらいは出来るから! 戦闘では使えると思うよ! ……多分」

 

ミレディはそうフォローするが、それでもデメリット感が凄まじい。体重を変えたりすれば、油断すると体型がやばいことになりそうである。ますます意気消沈するシア。

 

そんなシアを尻目にユエは何やら無言で自分の胸に魔法を当てていた。それを見てミレディは呆れた様子で声を掛ける。

 

「あの〜、金髪ちゃん? 重力魔法を使っても胸は大きくならないよ?」

「…………」

「いや、やめてよ。そんな目で見るの。大体、重力魔法で胸が大きくなるんだったら私だって……

 

その後、ユエがミレディの胸を引きちぎりそうになるのをシアが必死で抑えるも、今度はシアの胸が標的になるという事件が起こりかけたが、蛇足なのでそこは割愛する。

 

 

そんなこんなで、何とか神代魔法とマネージシンボルが手に入った誠司達にミレディは最後にあることを尋ねた。いつものふざけた雰囲気がまるで無い。

 

「ねぇ、包帯君。君達はポケモンと共に歩むそうだけど、きっと苦難に満ちた、苦しい道のりになると思うよ。それでも君はポケモン達と進むのかな?」

 

ミレディはジッと誠司の目を見て尋ねた。いつの間にかミレディのポケモン達も同じようにジッと見ている。最後の確認のようだ。だが、当の本人は平然としている。誠司は呆れたように溜息を吐く。

 

「あんた、馬鹿か?」

「なっ! 馬鹿だって!?」

「元々地上に道なんか無いんだよ。歩く人間が多ければ多いほど、それが道になる。つまり、あんたらの時と俺達の時じゃ、歩きやすさは全然違うんだよ」

「歩き……やすさ……?」

「確かにあんたらの時は辛く険しい道だったかもしれないが、俺達が進む時は安全で楽ちんな道になってるってことだ。あんたら(解放者)という前例のお陰でな」

「ふ〜ん……そっか。そっかぁ……」

 

ミレディはそう呟くと、どこか嬉しそうに顔を歪ませる。ソルロック達も嬉しそうだ。

 

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。もしも私がゴーレムじゃなかったら惚れてたかもね」

 

ミレディのその言葉にハジメはピクリと眉を動かす。だが、当の誠司は少し嫌そうな表情だ。

 

「数千年も生きているお婆ちゃんに惚れられてもな……」

「ムカッ! なんて失礼な! これでもゴーレムになる前は、誰もが見惚れる金髪碧眼の超絶美少女だったんだからね!」

「へ〜、そうなんだ……ってあれ? 金髪碧眼……だと?」

 

そう言いながら、何かに気が付いた誠司。ハジメも何かを思い出したように宝物庫からある物を取り出した。

 

古ぼけた一冊の手記をパラパラとめくり、一枚の写真を取り出した。誠司もその写真を見て頷く。近くにいるユエも同様だ。

 

なぁ、金髪碧眼ってまさかこれ……

うん……多分そういうことなんじゃないかな?

……ん、間違いないと思う

 

誠司とハジメとユエがコソコソと話をしていると、ミレディが首を傾げる。

 

「あれあれ〜? どうしたの? 三人とも?」

「いや……実はオスカーの手記にこんな写真が挟まってたんだが、もしかしてこれがミレディか?」

「ええ? オーちゃんったら、もしかして私の写真を肌身離さず持っていてくれたの? んもう! オーちゃんったら! いくらミレディちゃんが美少女だからって、そんな……」

 

それを聞いたミレディはどこか嬉しそうに写真を受け取り、写真を覗き込むと、ビシッと固まった。写真を持っている手がプルプルと震えている。

 

気になったソルロックやルナトーン、ヒトツキ達、そして、シアとキュウコンも写真を覗き込んだ。そこに映っていた写真は…………

 

 

恥ずかしそうな表情でメイド服を着ている若きミレディの隠し撮り写真だった。

 

写真を見たシアやヒトツキ達は思わず笑いを堪える。ソルロックとルナトーンとキュウコンは当時のことを知っているため、思わず呆れた表情を浮かべる。特にキュウコンは今は亡き相棒に向けて、呆れを多分に含んだ遠い目を向けていた。そして、ミレディは変わらず石のように固まっている。

 

「ぷふっ! ミレディさんにも可愛い時代があったんですね……」

 

シアのその言葉にミレディの羞恥心はピークに達したらしい。突如、ミレディは奇声を上げて写真を引き裂き始めた。

 

「ムキャアアアァァァ!! オーちゃんめぇぇ! なんてものを後世に残してくれてんだあぁぁぁ!!」

 

ミレディの絶叫が隠れ家中に響き渡った。




ミレディの黒歴史の写真は零のコミカライズ版の22話でのやつです。

また、攻略の証はそれぞれ色や刻まれた模様が異なります。

以下はミレディの相棒ポケモンについて簡単な解説です。

ソルロック
やんちゃな性格。攻撃も補助もこなせる万能型の実力者。ミレディの幼少期、ある人物の相棒だったポケモンで、彼女の死後にミレディの相棒となった。

ルナトーン
おっとりな性格。実はミレディの最初の相棒。ある人物からプレゼントされた。特殊攻撃が得意。補助もこなせるが、ソルロックよりは上手くない。


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誠司達、退場する

「あのねぇ……君達はいつまでここにいるつもりなのさ!?」

 

ミレディが怒鳴った。だが、怒鳴られている当の本人達はどこ吹く風だ。誠司のモンスターボールの中にいるキュウコンは申し訳無さそうな顔をしているが。

 

「ケチ臭いなぁ……俺達は次の大迷宮攻略に向けて準備やらポケモン達の鍛錬やらをしているんだぞ。別に良いじゃないか」

「いやね、準備自体が駄目と言っているわけじゃないんよ。でもね……何事にも限度があるの。今日でもう何日目だと思ってんの?」

「まだ三日目だろ?」

「もう三日目なんだよ! もう良い加減、帰って欲しいんだよ! 人の隠れ家を何で自分の家みたいにくつろいでんの!」

 

時が経つのは早いものでライセン大迷宮を攻略してからもう既に三日が経っているのだが、未だに誠司達はミレディの隠れ家にいた。ポケモン達の鍛錬や新しいアーティファクトの開発やらで色々やることがあったからだ。ちなみにユエやシアは別の部屋でグースカ寝ている。昨日はポケモンや魔法の特訓で遅くまでやっていたからだ。

 

ミレディの隠れ家で過ごして早三日だが、大きな収穫があった。ソルロックから貰った太陽の石でエリキテルを進化させることが出来たのだ。エレザードに進化したことで発電器官の不調も解消されて、ようやく電気技が使えるようになった。これでバトルの幅が広がるだろう。

 

プリプリと怒るミレディにハジメが宥める。

 

「まぁまぁ……ちゃんと大迷宮の修復の手伝いなんかもしたんだから、良いじゃない」

「いや……修復を手伝ってくれたのは本当に有り難いよ? でもねぇ、流石にそろそろ次の大迷宮に向かったらどうなの?」

「……だそうだけど、どうするの?」

 

ハジメが誠司に尋ねる。

 

ハジメはアーティファクトの開発の傍ら、ミレディの大迷宮修復を手伝ったりもしていた。その分、ミレディに気付かれないよう色々な鉱石類をこっそり失敬しているが。ミレディは大迷宮を修復してくれたハジメに対してほんの少し甘い。ハジメに尋ねられて、誠司は肩をすくめながら答える。

 

「そうは言ってもなぁ…… 今回の大迷宮攻略でまだまだ力不足なことを学んだからな。俺もトレーナーとしての力量とか色々な部分が未熟だ。他の大迷宮はここよりずっと難易度が高いだろうし。攻略するにしても、もう少し勉強してからにしたいんだ」

「確かに。樹海の大迷宮とかはここよりずっと難易度が高いだろうしね……」

 

誠司とハジメの会話を聞いてミレディは頭を抱えた。

 

(はぁ……やりすぎたなぁ…… 初めての攻略者だったから、嬉しくてつい張り切ったのが仇になった……)

 

仕方がないのでミレディは奥の手を使うことにした。ミレディは何処かに消えていった。そして、すぐに戻って来ると、誠司とハジメにあるものを渡す。水晶のようで青く光っており、水晶には不思議な模様が浮かんでいる。

 

「えっと……ミレディ、これは?」

「これは『メガストーン』だよ。君達、『キーストーン』を持っているんだからこれでもっと強くなれる」

「メガ……ストーン……?」

 

ハジメは聞き覚えのない単語に困惑するが、誠司は納得したように頷く。ネクタイに付いているアクセサリーを弄る。

 

「なるほどな…… なんか見覚えのある模様だと思ってたけどこれがキーストーンだったのか……ってことはメガシンカさせることが出来るってことか?」

「その通り。ちなみに包帯君が持っているのはラグラージナイト、白髪ちゃんの持っているのはメタグロスナイトだよん」

「ねぇ、誠司、ミレディ。メガシンカって何?」

 

ハジメは訳が分からずに誠司とミレディに尋ねる。

 

「ああ。メガシンカってのは特定のポケモン達にのみ使える一時的なパワーアップ現象のことだ」

「そうそう。普通の進化とはまた少し違ったものでね。ヌマクローの進化系のラグラージやメタングの進化系のメタグロスはメガシンカが出来るとされているの」

「え? そんな凄いものをくれるの?」

「まぁ、私が持っていても無用の長物だしね。というか、それをあげるからサッサと出て行って欲しいんだよ」

「そんなに出て行って欲しいのかよ」

「三日も人の隠れ家を自分の家のように占領されたら、誰だって出て行って欲しいと思うわ!!」

 

その大声にユエとシアもやって来た。眠そうな目を擦る。

 

「ふわぁ〜、どうしたんですか?」

「……うるさい。ゆっくり寝させて」

 

そんな二人の態度はミレディの怒りの炎にシンナーを大量に注ぐようなものだった。

 

「もう昼だわ! そして、ここはあんたらの家じゃなーい!!」

 

ミレディの絶叫が隠れ家中に響く。

 

 

しばらくして、少し冷静になったミレディはほとほと呆れたように誠司達に告げた。

 

「はぁ〜……初めての攻略者がこんなに図々しい奴らなんて……もう、いいや。本当は穏便に事を済ませたかったけど、君達を強制的に外に出すからねぇ! もう戻って来ないでね!」

 

そう言うとミレディは傍らに浮かぶルナトーンのサイコキネシスで空に浮かぶと天井にぶら下がっている紐を掴み、グイッと下に引っ張った。

 

「「「「??」」」」

 

一瞬、何をしているんだと首を傾げる誠司達だったが、攻略中に嫌と言うほど聞いたあの音が聞こえた。

 

ガコンッ!

 

「「「「!?」」」」

 

そう、トラップの作動音だ。その次の瞬間、轟音と共に四方の壁から大量の水が流れ込んできた。たちまち、部屋は激流で満たされた。そして、部屋の中央部分に大きな穴が開き、吸い込まれていく。

 

「なっ!? ミレディ、お前!」

「ちょっとミレディ! 人を汚物みたいに流すことないでしょ!」

「いや〜、君達がさっさと出て行ってくれたらこんな真似しないで済んだのに。私だって心苦しいんだよ」

「嘘つけ! 笑いながら言っても説得力ないぞ! 声が笑ってんだよ! ごぽっ……」

 

カナヅチな誠司は急いでモンスターボールからヌマクローを出す。ヌマクローに掴まるとホッと安堵の息を吐く。

 

「それじゃあね〜、残りの迷宮攻略頑張りなよぉ〜」

「ちょっ! 待っ! ごぽぽぅ……」

「ごぷっ……僕達はトイレの汚物かっ! この怨み晴らさでおくべきか!」

「ケホッ……許さない」

「いつか殺ってやるですぅ! ふがっ」

 

誠司達はそう捨て台詞を吐くが、なすすべもなく、激流に呑まれて穴に吸い込まれていった。誠司達が穴に流されると水はあっという間に引いて、穴も消えて元の部屋に戻った。先程までの喧騒が嘘のような静けさだ。

 

静かになった部屋を見渡し、ミレディはソルロック、ルナトーンと共に溜息を吐く。

 

「ふぅ〜、それにしても濃い連中だったねぇ〜。あそこまでの適応力があればどこでもやっていけそうだよ」

「ソルソルゥ」

「ルナアァン」

 

そんなことを言いながら、ミレディはローブのポケットから一枚の写真を取り出した。その写真にはミレディを含め、七人の解放者が映っている。写真の中の皆はどこか楽しそうだった。いつもは過去を懐かしむために見ていたが、今回は違う。

 

「でも本当に現れたんだね…… 私達の試練を乗り越えた者が…… あれからどれくらい経ったか分からないけど……」

 

嬉しそうに写真に語り掛けるミレディの声はいつの間にか震えていた。傍らのソルロックとルナトーンも目が潤んでいる。

 

「皆……ようやく、ようやく動き出したんだよ。それにね……攻略者の包帯君が言ってたんだ。『元々地上に道は無い。歩いた人が多ければ多いほどそれが道になるんだ』って」

 

ミレディの写真を持つ手は少し震える。声音には歓喜以外の感情が混ざっている。

 

「それを聞いて物凄く嬉しかった。私達が進んだ道は……確かに未来に……繋がってたってことが……分かってさ」

 

ニコちゃんマーク顔のゴーレムであるミレディに涙を流すことは出来ない。だが、それでもミレディは泣いていた。声が途切れ途切れになっているのが証拠だ。

 

「だから感謝してるし、彼らの今後に応援してる。だよね、ソルロック、ルナトーン?」

「ルナァ!」

「ソルゥ!」

 

ミレディとソルロックとルナトーンは笑い合った。

 

 

一方その頃、ミレディに流された誠司達は激流でトンネルのような空間を猛スピードで流されていた。誠司達が流されている場所は他の川や湖とも繋がっている地下水脈らしく、魚や水属性のポケモン達も泳いでいる。そのうちの一体のポケモンがハジメに近寄って来た。

 

オレンジ色のイタチのようなポケモン、ブイゼルだ。

 

誠司を乗せているヌマクローがブイゼルに出口の案内をお願いすると、ブイゼルは快く了承してくれた。そして、ブイゼルの案内で誠司達は出口を目指した。

 

その時、必死に息を止めながらヌマクローに掴まっている誠司はふと横を泳いでいるポケモンに視線を向ける。

 

そこには緑色の体に白いラインが入った魚型のポケモンが泳いでいた。魔獣図鑑で誠司の頭にそのポケモンの情報が入る。

 

(これがバスラオ……? 俺が知ってるのと少し違うような……)

 

誠司がバスラオを見ながらそんなことを考えていると、バスラオは自分を見つめる誠司に気付き顔を嫌そうに顰めた。そして、こう言った。

 

「チッ、何見てんだよ」

 

舌打ち付きだった。しかも驚くべきことに意思疎通の技能によるものではなく、人間の言葉だったのだ。

 

誠司は驚愕のあまり、水中でブフォア!と盛大に息を吐き出して気絶してしまった。幸い、ヌマクローを掴む手は離さなかったため、ヌマクローから離れることは無かったが。当のバスラオはそのままスイスイと激流の中を泳いで先へ行ってしまった。ヌマクローも誠司が意識を失っていることに気付かずにスイスイと泳いでいく。

 

 

「ブイブイッーーー!!」

「どぅわぁあああーー!!」

「んっーーーーー!!」

「うっひゃぁああーーー!!」

「マクロゥッーー!!」

「………………」

 

噴き上がる水の勢いのままに四人と二体が飛び出して、そのまま近くの泉に落下した。

 

「ゲホッ! ゴホッ! はぁ〜っ、酷い目にあった。あの木偶人形めぇ、いつか絶対に破壊してやる。誠司、ユエ、シア。無事?」

「ケホッコホッ……んっ、なんとか……」

「死ぬかと思いました……」

 

なんとか水面に上がってお互いに安否確認するハジメ達。しかし、誠司の声は返ってこない。

 

慌てて周囲を確認するハジメ達。すると、水面にうつ伏せで浮かんでいる誠司の姿を見つけた。トランクが浮き輪代わりになっているようで誠司は沈まずに済んだようだ。

 

「誠司!!」

 

ハジメ達は誠司をなんとか岸まで引っ張り上げて仰向けにさせる。寝かせた誠司は顔面蒼白で白目を剥いている。ヌマクローは半泣きで誠司の身体を揺さぶるが反応が無い。心臓の鼓動や脈を確認するが動いておらず、ハジメは顔を強ばらせる。

 

「マズい! ユエ、心肺蘇生を!」

「しん…え……なに……?」

「え〜と、だから、まずは気道を確保して……」

「???」

 

誠司の容態を見て心肺蘇生を試みようと近くのユエに指示を出すが、ユエは頭上にハテナマークを浮かべている。シアに至っては目を点にして固まっていた。

 

「ああ〜、もう!」

 

要領を得ない説明に自分でも苛立つハジメ。いつから誠司が意識を失っているかは分からないが、今は一刻を争う事態なのは確かだ。

 

ハジメは意を決して誠司に心肺蘇生を行った。所謂人工呼吸である。そうなると当然、“まうすとぅーまうす”になるわけで……

 

それを見たユエとシアは驚きの表情を浮かべ、「「あ……」」という声が漏れる。ヌマクローとブイゼルも驚きの表情だ。ハジメは極力、友人2人の視線を無視して心肺蘇生を繰り返した。

 

(ホントに。誠司とのキスがこんな形でなんて……)

 

ハジメが何度目かの人工呼吸を行うと、遂に誠司が水を吐き出した。水が気道に入らないように顔を横に向けてやる。

 

「ケホッ、カハッ……」

 

誠司は水を吐き出し、むせながら何とか起き上がる。ぼんやりした様子で周囲を見渡すと、目の前には顔を赤らめつつも、どこかホッとした表情のハジメがいた。

 

「はぁっ、はぁっ……助かったのか? 俺は……」

「うん。本当に危なかったんだからね。心配させて……」

「ハジメ…… ああ、悪い。助かったよ。ありがとう」

 

誠司はハジメにお礼を言う。ハジメは顔を赤くしてそっぽを向く。すると、ユエとシア、ヌマクローやブイゼルも近付いて来た。どこかニヤニヤした表情で。

 

「わっわっ、何!? 何ですか、この状況!? お外でキ、キスなんて……」

 

そこに聞き覚えのある声が聞こえてきた。声のした方に目を向けると、以前誠司達が泊まったマサカの宿の看板娘や、服屋でお世話になったクリスタベル店長、冒険者の男女がいた。

 

看板娘のソーナ・マサカは顔を真っ赤にして何か妄想しており、クリスタベルは肩に乗っているクルミルと一緒に誠司達に温かい目をしている。そして、男冒険者達は誠司に嫉妬の目を向け、女冒険者はそんな男連中に冷めた目を向けている。

 

誠司は冒険者やソーナを軽く無視してクリスタベルに近付いた。ソーナは「どうぞごゆっくり」と頓珍漢なことを言って踵を返そうとするが、クリスタベルが首根っこを掴む。

 

「えっと……お久しぶりです、クリスタベルさん。クルミルも元気そうだな。それにしても……どうしてここに?」

「私は元々服の素材の仕入れに来たのよん。このクルミルちゃんと一緒にね。ここのソーナちゃんや冒険者達はその帰りに一緒になったから同行してるのよ」

「クルルゥ」

 

肩に乗っているクルミルが元気そうに相槌を打つ。クリスタベルは愛おしそうにクルミルの頬を指で撫でる。譲渡してから随分と良い関係を築けているようだ。

 

「それにしても……驚いたわぁ〜ん。ちょっと休憩してたらいきなりあなた達が出てくるんだもの。しかもお熱い展開もあったしぃ〜ん」

「へ? お熱い……展開? どういうことだ?」

 

思わず聞き返す誠司にクリスタベルは「あらん?」と首を傾げる。

 

「もしかして覚えてないの? そこの白髪ちゃんが熱〜いキッスをして助けてくれたんじゃないのぉ。ロマンチックよねぇ、お姫様がキッスをして起こすなんて……」

「あの……クリスタベルさん、恥ずかしいからあまり言わないでください…… それに、あれはただの救命行為ですから……」

 

クリスタベルの言い方にハジメが顔を赤くして反論する。それを見て誠司もようやく事態を飲み込めた。すると、誠司も少し顔が赤くなる。救命行為とはいえ、キスには変わりはない。それを見て益々、クリスタベルの顔に笑みが広がった。

 

「あらあらあら……初々しいわねぇん。若いって良いわぁ」

「クルクルゥ」

 

 

それから、誠司達はクリスタベルの馬車に便乗させてもらうことにした。しかし、馬車の中の居心地は誠司にとって、あまり良くなかった。

 

ユエやシア、クリスタベルからはニヤニヤした目で見られるし、男冒険者達からは嫉妬の目を向けられるし、それに何より……ハジメと気まずい感じになってしまったからだ。

 

ブルックの町に着くまでこれが続くのか……

 

誠司は人知れず溜息を吐いた。




構想段階から書きたいと思っていたシーンが書けました。閑話を何話か書いて第2章は終わりになると思います。


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技の特訓 10まんボルト編

お待たせしてすみません! これから忙しくなるので結構不定期になると思います。ご了承下さい。

今回は前話で割愛したエリキテルの進化と電気技の習得をお送りします。


時はライセン大迷宮を攻略した時まで遡る。

 

誠司達はポケモンを回復させるアーティファクトの前に立っていた。

 

そのアーティファクトは大きめな岩で出来た棺のような形状で、ポケモンが入ると中に設置されている魔法陣が作動して強力な回復魔法がかけられてポケモン達が回復出来る仕組みらしい。ソルロックやルナトーン、ヒトツキ達が攻略後に元気な姿で現れたのはそういう訳だったらしい。

 

モンスターボール越しでも効果はあるようなので、誠司達はモンスターボールに入れた状態で棺に入れて回復してもらった。無事に全員回復して、元気になったポケモン達を確認して嬉しそうな表情を浮かべる誠司達。

 

そんな時、誠司にソルロックとルナトーンが近付いて来た。

 

「ソルソルゥ」

「ルナァーン」

「ん? 何だ……?」

 

ソルロックとルナトーンは“サイコキネシス”で自分の体からある石ころを浮遊させて取り出すと、それらを誠司に手渡す。その石は太陽の形をした石と透き通った黒い石だった。二つの石を見て誠司は思わず驚きの声を上げる。

 

「なっ!? もしかして太陽の石に月の石か!?」

「ソール」

「ルナナ」

「有り難いが……でも何でまたこんな貴重なものを?」

 

そんな誠司の問いに答えたのは二体の相棒であるミレディだった。

 

「うぅ〜む……どうやらソルロックもルナトーンも君を認めたみたいだねぇ。それで自分なりに報酬を渡したんだよ」

「そうなのか……」

 

誠司としては驚きだったが、正直な所有り難いので貰っておく。太陽の石はいつか手に入れて置きたいと思っていたからだ。月の石はハジメの宝物庫にしまってもらい、誠司は太陽の石を片手にエリキテルの元に近付いた。

 

エリキテルは誠司の手にある太陽の石をジイッと見つめている。エリキテルの前に太陽の石を置くと誠司は口を開く。

 

「エリキテル。お前も知っていると思うが、石での進化は普通の進化と違って、進化するかどうか選ぶことが出来る。お前はどうしたい? 進化するのはお前だからな。俺はお前の意思を尊重するつもりだ」

 

エリキテルはその言葉に思わず顔を上げる。誠司はエリキテルの顔をジッと見つめる。お互い何も言わない。

 

周囲の人やポケモン達はエリキテルがどんな判断をするのか気になっている様子だ。ただ一人、ミレディは昔を思い出しているのかどこか懐かしそうな様子だった。

 

少しの間、お互いを黙って見つめ合うエリキテルと誠司。そして、ようやくエリキテルは腹が決まったようで、目の前の太陽の石に迷わず触れた。

 

すると、エリキテルの体が光に包まれた。背は高くなり、尻尾は長く、首元には襟巻きのようなものが出来ていく。

 

光が収まると、そこには黄色と黒のエリマキトカゲのようなポケモンが立っていた。誠司が尋ねた。

 

「気分はどうだ、エレザード?」

「エザ!」

 

進化した気分は最高のようだ。エレザードは元気良く返事した。

 

 

エレザードに進化してからしばらく経つが、誠司達はまだミレディの隠れ家に滞在していた。誠司が進化したエレザードに電気技の特訓をしたいと言ったからだ。最初はミレディは渋っていたのだが、ハジメが大迷宮の修復を手伝うことになってなんとか了承してもらった。

 

「エレザード、“でんきショック”だ!」

「エェーーザァーー!」

 

エレザードは的に向かって電気を放出しようとするが、まともに放出出来ずにいた。

 

誠司は困ったように頬を掻く。

 

「うーん……どうなっているんだ? エレザードの体を調べたが、未発達だった放電器官は進化したことで解消されているし……」

「レザ……」

 

エレザードは必死に電気を出そうとするが、やっぱり上手くいかない。エレザード自身も分からないようで何度も襟巻きを広げて力を込める。だが、電気は出ない。

 

そんな時、誠司達の後ろから高笑いが聞こえて来た。

 

「あははは! 苦戦しているようだねぇ、チミ達ぃ」

 

誠司達が振り返ると、そこにはミニゴーレムのミレディとルナトーンがいた。

 

「なんだ、ミレディか。そっちの大迷宮の修復はどうだったんだ?」

「いやぁ〜、君の仲間の白髪ちゃん、凄いね。昔のオーちゃんに負けず劣らずの腕前だよぉ。この調子なら明日、いや今日中には修復が終わっちゃいそうだ」

 

ミレディが感心したように言う。

 

本来、大迷宮内では魔法は使えない。それはハジメの錬成魔法も例外ではない。しかし、宙に浮いていれば問題は無いため、ソルロックやルナトーンに乗っていれば修復作業が出来る。現在、ハジメはソルロックと一緒に大きく損傷したミレディ・ゴーレムの修理をしているそうだ。なので、暇になったミレディは誠司達の様子を見にやって来たのだ。

 

「しっかし……君んとこのエレザード、随分と電気技を使うのに手こずっているみたいじゃないの」

「まぁな……俺も電気属性のポケモンを育てるのは初めてだし、電気属性のポケモンも他にいないからな…… どうしたら良いのか分からなくて困っている所だ」

「なるほどねぇ……よし! 仕方ない! 折角だし、このミレディ先生が教えてしんぜよう!」

「ルナナァン!」

 

ミレディとルナトーンがそう言った。だが、誠司とエレザードは首を傾げる。

 

「教えるって……ルナトーンは電気属性じゃないぞ?」

「エザァ?」

「まぁまぁ、確かにルナトーンは電気属性じゃないけどね、でもこんな技が使えるんだよ。さぁルナトーン、見せてあげて! “チャージビーム”!」

「ルナァ!」

 

ミレディの指示と同時にルナトーンの体に青白いスパークが走り始める。そして、少し経ってからルナトーンは電気を勢いよく放出する。

 

放出された電気は真っ直ぐ的に向かって命中した。的は黒く焦げるが、的には何か特殊な魔法が掛かっているのかすぐに直っていく。

 

「このルナトーン、“チャージビーム”が使えるのか……」

「そだよ〜。教えてあげるからしっかり覚えてねん」

「ルナアン」

「エザエザッ!」

 

ミレディとルナトーンの言葉にエレザードは首を何度も縦に振って頷く。

 

 

それからエレザードはルナトーンと一緒に技の特訓を重ねる。ルナトーンは電気属性ではないが、教え方は的確なようで、少しずつ手応えを掴めていることはエレザードの顔を見れば明らかだ。

 

そんな2体を眺めながら、ミレディが誠司に言った。

 

「う〜ん、青春だねぇ。ルナトーンったら張り切っちゃってさ」

「……張り切る?」

「そっ! 実はね……ルナトーンの“チャージビーム”もある人の相棒に教えて貰って何とか覚えた技だったからさ……自分と重ねているんじゃないかな?」

「そうだったのか……」

「ポケモンにはね……無限の可能性があるんだ。その可能性を活かすも殺すも私達次第だよ。それは忘れないようにね」

 

いつもふざけたことばかり言うミレディとは思えないとても深い言葉だった。

 

「……言われるまでもないよ」

「そう、確かに言うまでも無かったかもね。今の君なら」

 

誠司がミレディとそんな会話をしていると、バチバチッという音と共に光った。エレザードが初めて電気を放出することに成功したのだ。

 

「エザ!? エザッ! エザエーザッ!」

 

エレザードは歓喜の余り、飛び跳ねている。ルナトーンはそんなエレザードを微笑ましそうに見ている。

 

「やったな、エレザード! 遂に電気を出せるようになったのか!」

「おめでとう〜! やったじゃない!」

「エザ!」

 

誠司やミレディがエレザードに声を掛けると、エレザードは嬉しそうに返事を返す。

 

それから、誠司達は放出する電気をコントロールする特訓を重ねていくうちにコツを掴んだのか、いくつかの電気技が使えるようになった。

 

誠司は最後にエレザードに技の指示を出す。“でんきショック”の代わりに覚えた技だ。正直、“でんきショック”より強力だ。

 

「よし、エレザード! あの的に向かって“10まんボルト”!!」

「エエェーーザアァーー!!」

 

エレザードは体中から強い電撃を放つ。電気は真っ直ぐ、的に向かい、的を黒く焦がした。

 

誠司はエレザードを見て先程のミレディの言葉を思い出していた。

 

(ポケモンの可能性は無限大……か。これを見てると本当にそうだよな。ポケモン達の力を引き出すには俺ももっと……もっと……)

 

誠司は新たな決意を心の中で固めつつあった。




前話でエリキテルの進化云々をあっさりさせていたので書きました。ちなみに、ユエやシアや他のポケモン達は別室でゆっくり休んでいます。


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閑話 ある少女の初恋

「うう……明日から誠司にどんな顔して会えば良いのか分からないよ……」

 

その夜、ブルックに帰還した誠司達はマサカの宿に再び泊まることになった。宿の一室では、ハジメがどんよりした表情で落ち込んでいた。同部屋のユエとシアがハジメを必死に慰めている。

 

「まぁまぁ、ハジメさん。逆に良かったんじゃないですか? これで一歩前進ですよ」

「ん……結果オーライ」

「そ、そうかなぁ……」

 

未だに落ち込んではいるが、二人の言葉に少しだけ気を取り直すハジメ。それを見てユエもシアもホッと安堵の息を洩らす。その時、シアが何か思い出したようにあっと声を上げる。

 

「そういえば、結局聞けず終いでしたけど、ハジメさんが誠司さんを好きになったキッカケって何だったんですか?」

 

ハジメは露骨に嫌そうな顔をする。

 

「ええ〜、また蒸し返すの、それ?」

「やっぱり気になりますもん。それに、どうして好きになったのかが分かれば、私達もアドバイスがしやすくなりますし」

「そんなこと言ってるけど、興味本位なのが丸分かりだよ」

「ん。興味からなのは否定出来ないけど、今後に役立つのも確か」

「ですです! さぁ! 観念して話してください!」

 

ユエとシアにジリジリと詰め寄られ、ハジメはお手上げだと言わんばかりに両手を挙げる。

 

「はぁ〜、分かったよ。話すよ。でも、そんなにドラマチックな話でもないんだけどね」

 

ハジメが溜息混じりにそう言うと、ユエとシアはワクワクした面持ちになる。それを見て苦笑いを浮かべるハジメ。

 

「そうだね……僕が誠司を意識するようになったのは大体1年くらい前かな……」

 

 

中学生の時にハジメはポケモンがキッカケで誠司と親友になった。その時はまだ異性として意識はしていなかった。自分は女ではあるものの、男として振る舞って生きていたため、異性への『興味』は無いに等しかった。

 

それは高校に入学してからもしばらくは変わらなかった。しかし、それが明確に変わったのはあの時からだろう。ハジメは確信を持って言える。

 

入学してすぐにクラスメイトであり、学校のマドンナ的存在である白崎香織が頻繁に自分に関わってくるようになったのだ。すると、ハジメはクラスどころか学校中で嫌われるようになった。自分に嫉妬や嫌悪の視線を向けられることは序の口で、酷い時には暴言を直接吐かれることもあった。

 

やがて、その悪感情はハジメと親友である誠司にまで向いていった。幸い、誠司は背も高く、授業態度も比較的真面目なためハジメ程では無いが、ハジメと仲が良いという理由から少しずつ距離を取られていた。

 

だから、ハジメは誠司と距離を取ろうと提案した。自分のせいで誠司まで嫌われて欲しく無かったからだ。

 

だが、誠司はただ不思議そうに首を傾げるだけだった。

 

「距離を取るって……何でわざわざそんなことをする必要があるんだ?」

「だって僕と一緒にいたら誠司まで嫌われ者に……」

 

誠司は大きく溜息を吐いた。

 

「あのな、ハジメ。俺はお前といると楽しいから一緒にいるんだ。他の誰かのためじゃない。俺自身のためだ。もしかして……お前は俺と一緒にいると楽しくないのか?」

「そ、そんなことない! 僕だって誠司といるのは楽しいよ! でも……」

「ハジメ」

 

誠司に名前を呼ばれて顔を上げると、誠司は呆れたように笑っていた。

 

「良いことを教えてやるよ。後ろ指を刺したり、自分を馬鹿にしたりする連中には何が一番効果的なのか」

 

誠司はそう言うと制服のポケットに手を突っ込む。そして、一つの小さなマフィンを取り出すと、それをハジメに手渡した。

 

「楽しめよ、ハジメ。人生楽しんだもん勝ちだ。俺達が楽しく生きていれば、俺達への悪口は嫉妬に、嘲笑は強がりになる。それが相手をどんどん格好悪くしていくんだよ」

「楽……しむ……?」

「そう。良く言うだろ。「幸せになることが1番の復讐」だって。さぁ、それを食えよ。俺特製のマフィンだ。甘くて美味しいぜ」

 

誠司に勧められてハジメはマフィンに巻かれていたビニールを剥がして一口かじった。ほどよい甘さが口いっぱいに広がる。ハジメの好みの味だった。

 

「美味しい……」

「だろ? これが楽しむことの第一歩だよ」

 

そう言いながら得意げに笑う誠司に釣られてハジメも思わず笑った。高校に入学してから初めて心から笑えたと思う。そして、今までと変わらず誠司はハジメの側にいてくれた。

 

その頃からだった。誠司の顔を見る度に少し胸が高鳴るような感覚がしていったのは。

 

最初は自分のその感情が分からずにいたが、ハジメはいつしか自覚していった。

 

自分が誠司のことを好きになっていると。

 

 

「へぇ〜、人生楽しんだもん勝ち……良いこと言いますね、誠司さん!」

「ん……良い話」

 

話を聞き終えたシアとユエが目をキラキラさせて言った。それを聞いてハジメは照れ臭そうに笑った。話し終えた頃にはもう寝る時間になっていたので三人ともベッドに入って寝ることにした。

 

それからしばらく経って、ユエとシアは既に夢の中だったが、ハジメはまだ起きていた。ハジメの脳裏にはあの出来事より後のことが次々に浮かび上がった。

 

 

誠司への恋心を自覚したハジメ。だが、自分のその気持ちを誠司に伝える勇気は彼女には無かった。まぁ、当然だ。今まで男として振る舞ってきたし、身体つきもお世辞にも魅力的とは言い難かったから。

 

幸か不幸か、胸はその年齢の女子にしては小さいし、声も低いし、女らしさは全く無いと言っても良いだろう。それで自分が女だと打ち明けても今の自分に彼が好かれる魅力は無いとハジメ自身、断言出来た。

 

だから、ハジメは自分の恋心を密かに封印することにした。誠司はもちろん、誰にも気付かれることが無いように。

 

それから、自分が恋心を自覚すると、香織が何故自分にいちいち関わって来るのかが理解出来た。困惑はしていたが、正直なところハジメは香織のことは嫌いでは無かった。彼女の行動に悪意は無かったし、好意を向けられていると理解出来たからだ。だが、彼女の好意が恋心によるものだと分かったハジメには罪悪感でいっぱいだった。

 

「ごめんなさい。実は僕は女なんです。だからあなたの気持ちには応えられません」と言うことが出来ず、ずっと隠し通す他なかったからだ。

 

 

そんなこんなで自分の想いを隠し続けて一年が過ぎ、誠司への恋心は大きくなっていった。それでも何とか気付かれることなく隠し通せたのは我ながら凄いと思う。学校の一部の腐女子が自分と誠司をカップリングして見ているのを知った時は心臓が止まりそうになったが。

 

それから異世界に飛ばされ、誠司共々奈落に落ちた。一人で奈落の底で目が覚めた時は絶望に押し潰されそうだった。ヒバニーに出逢っていなかったら間違いなく潰されていたと思う。

 

そして、ハジメは誠司を探してヒバニーと奈落を散策した。途中で野生のポケモンに何度か襲われたが、何とか逃げ切ることが出来た。だが、やがて限界が来た。

 

飢えに耐え切れず、ハジメは近くにあったタブンネの死骸を喰らったのだ。ポケモンの肉は一部を除いて人体には猛毒であることをすっかり忘れていた。偶々近くから湧き出ていた神水が無かったらどうなっていたことか。

 

だが、その愚行としか言えない行動は思わぬ副産物をハジメに与えた。魔力操作や回復の技能、そして、肉体の最適化だ。この肉体の最適化はハジメの身体を『女』にしてくれた。

 

髪は白く長くなり、肉付きも良くなり、胸も人並み以上になった。どっからどう見ても立派な女だ。ハジメの変化に、再会した誠司は薄ら察しているだろう。だが、「ハジメは男である」という認識が邪魔しているらしく気付けていない。

 

思いがけない形でハジメは自分の求めるモノを手に入れることが出来た。しかし、ハジメは未だに勇気が出せずにいた。やっぱり自分を受け入れてくれないんじゃないか。そんな思いがどうしてもあったからだ。それはポケモン達と共に奈落を探索している時も変わらなかった。

 

そんな状況が変わったのは奈落の底の最終ボス、サザンドラとの戦いでのことだ。誠司が死にかけたのだ。左腕は食われ、顔は大火傷を負ってしまい、意識は無くなっていた。

 

自分やユエの回復魔法や神水のお陰でなんとか一命を取り留めることは出来たが、腕の欠損は治らなかったし、顔の火傷もサザンドラの炎が特殊なのか神水を以ってしても完治には至らなかった。しかし、それがキッカケで誠司に告白することに繋がった。

 

誠司が死ぬかもしれない。その恐怖心が、拒絶されるかもしれないという恐怖心に打ち勝ったのだ。

 

ハジメは勇気を振り絞って誠司に自分が女であることを打ち明けることにした。思えば、人生の中で最も緊張した瞬間だったかもしれない。

 

 

そして、誠司は自分のことを受け入れてくれた。流石にまだ恋心までは無理だったが、ハジメとしては今はそれで十分だった。

 

それから奈落を出て実力を上げていく傍ら、ユエやシアから教わりながら女らしさも磨いていった。そのおかげかブルックの町ではナンパされるレベルにはなった。

 

そして、ライセン大迷宮攻略後に救命行為ではあるが、誠司とキスすることが出来た。これによって誠司もハジメのことを意識した様子だったし、シアの言う通り、一歩前進したのは確かだ。

 

(そうだよね……これは立派な前進だよね。よし……!)

 

ハジメは心の中でガッツポーズを取ると、ようやく眠りについた。




これなら十分惚れるかなと思います。

作者としては、恋愛感情というものは相手への信頼の延長にあるものだと考えています。原作の雫の場合が良い例です。まぁ、一目惚れなどの場合もあるので一概には言えませんが。


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ブルックの町~ウルの町
さらば、ブルックの町


今回から新章です!


大迷宮を無事に攻略した誠司達がブルックに戻ってから既に1週間が経過した。その間、誠司達は次の旅の準備を整えると同時に冒険者の仕事もこなしていた。

 

まだ青ランクの誠司達は薬草採取など簡単な依頼しか受けることが出来ない。それでも多少の金にはなるし、採取の途中で野生のポケモン達が襲って来ることがあるため、手持ちのポケモン達の良い訓練にもなる。なので積極的に依頼を受けていた。まぁ、折角冒険者になったのだから、冒険者らしいことをしてみたいという気持ちもなきにしもあらずだが。

 

今回も薬草採取を終えて帰る途中、野生のヤルキモノの群れが襲い掛かって来た。ヤルキモノは常に忙しなく動き回る非常に好戦的なポケモンだ。訓練の相手にはもってこいである。

 

誠司達は早速ポケモン達をモンスターボールから出す。誠司はケンタロス、ハジメはライセン大迷宮攻略後に仲間になったブイゼル、ユエはモクロー、シアはホルビーだ。

 

「ブイゼル、“アクアジェット”!」

「ブイブイッ!」

 

ハジメがブイゼルに指示を出すと、ブイゼルは体に水の柱を纏わせて一気に突っ込んで行く。数体のヤルキモノは躱しきれずに直撃してしまう。そこをユエとシア達が迎撃する。

 

「モクロー、“このは”」

「ホルビー、“マッドショット”です!」

 

モクローの“このは”とホルビーの“マッドショット”が炸裂し、ブイゼルの“アクアジェット”を受けていた数体のヤルキモノ達は堪らず目を回して倒れてしまう。それを見た残りのヤルキモノ達はより一層激しく怒り、攻撃を同時に仕掛けて来た。だが、冷静さを欠いた攻撃では誠司達には通じない。誠司はケンタロスに新しく覚えさせた技の指示を出す。

 

「ケンタロス、“ギガインパクト”」

「ブモオォォォ!!」

 

ケンタロスはオーラのようなものを纏い、突進する。その技をヤルキモノ達にぶつけた瞬間、大きな爆発が起こった。

 

ギガインパクトはノーマル属性の技の中では特に強力な技の一つだ。これをまともに受けて耐えられるポケモンはそうそういない。

 

やがて煙が晴れると、そこには無傷で立っているケンタロスと目を回して倒れているヤルキモノ達がいた。勝負ありだ。

 

「ブモオォォォ!!」

 

ケンタロスが勝利の雄叫びを上げた。バトルを終え、誠司達はポケモン達を労う。

 

「ご苦労だったな、ケンタロス」

「モォォ」

 

ケンタロスは嬉しそうに声を出す。誠司はケンタロスをボールに戻すと、ハジメに話し掛けた。

 

「ハジメもブイゼルと相性はバッチリみたいだな」

「うん、僕もブイゼルのことが段々分かってきたと思うよ」

「ブイブイッ!」

 

ハジメはブイゼルとハイタッチを交わす。依頼の途中のバトルではハジメは極力ブイゼルかグレッグルを使うようにしている。ハジメ曰く、この二体と早く息を合わせられるようにしたいからとのことだ。その成果はちゃんと出ているようで今では二体ともハジメとしっかりと心を合わせてバトルが出来ている。

 

ブルックに戻り、ギルドに入ると誠司達は真っ直ぐ受付のカウンターに向かった。ユエとシアは先にマサカの宿に帰っている。彼女達はステータスプレートを持っていないのでわざわざ依頼報告する必要もないからだ。カウンターにはいつも通り、オバチャ………キャサリンがいた。

 

「やぁ、戻ったね。それじゃ依頼のものを見せてくれるかい?」

「はい、これです」

 

キャサリンの言葉に従い、ハジメはポーチから依頼の薬草を取り出すとカウンターに置く。それから誠司とハジメは自分のステータスプレートもキャサリンに渡す。ステータスプレートを受け取ったキャサリンはカウンターに置かれた薬草を見て頷いた。

 

「………うん、依頼通りだね。薬草の状態も良い。よし、依頼完了だ。お疲れさん。これが報酬だよ」

 

そう言うと、キャサリンは数枚の硬貨を置く。青冒険者の依頼なので報酬は安い。だが、お金はあるに越したことはないので有り難く貰う。

 

キャサリンは誠司達のステータスプレートを見ると、ニンマリと笑った。「何だ?」と首を傾げる誠司達。

 

「おめでとう、二人とも。今回の依頼で君達の冒険者ランクは赤に昇格したよ。一週間、地道に依頼を重ねた甲斐があったね」

 

キャサリンはそう言って二人のステータスプレートを返却する。ステータスプレートの冒険者ランクの欄は青から赤に変わっていた。

 

赤ランクもまだ駆け出しの域ではあるが、昇格は嬉しいものである。誠司達はキャサリンに軽くお礼を言ってステータスプレートと報酬を受け取るとギルドを出た。昇格の話がされてから、心なしかギルド内がいつもよりざわついていた気がするが、スルーした。

 

「いやぁ〜、昇格かぁ。冒険者の中ではまだまだ下の方だが、やっぱり嬉しいものだな」

「そうだね。………って誠司、僕達は冒険者としてやっていくことが目的じゃないんだよ。そこら辺、忘れてないよね?」

「分かってるって。ポケモン達(こいつら)の訓練のためだってことは。そういえば、ハジメの方はどうなんだ? 何か作りたいアーティファクトがあるとか言っていたけど。完成したのか?」

「うん。少し手こずったけどやっと完成したよ。早く使ってみたいね」

「へぇ。そいつは楽しみ……」

 

そんな会話をしていると、屈強な冒険者風の男が誠司達の前に立ちはだかった。

 

「おい、お前! 俺とけ……「クレッフィ、“でんじは”」……ぐはぁ! し、しびれびれ………」

 

男は「決闘しろ」の“け”の部分から先を言うことが出来なかった。いつの間にか誠司が繰り出したクレッフィによって麻痺状態にされ、地面に崩れ落ちたからだ。その間、誠司達は歩みを止めることなく男の側を通り過ぎる。クレッフィをボールに戻しつつ、誠司はうんざりした様子で呟いた。

 

「………なんか、最近こういう輩が増えたな」

「うん、ユエやシアと付き合いたいから外堀を埋めるために誠司に挑んでるみたい。まぁ、『このハーレム野郎!』って僻みもあるんだろうけどさ」

「ハーレムって……俺はごめんだな、そういうの」

 

誠司の言葉にハジメは意外そうに目を丸くする。

 

「ええ? 男ならそういうの、憧れるもんじゃないの?」

「碌なことにならないのは歴史が証明してるからな。それに俺は伊◯誠になりたくないし」

 

女に滅多刺しにされて悲しみの向こうへ行くのはごめんだ。誠司がそう言うと、ハジメは苦笑した。

 

それから誠司とハジメはたわいのない会話をしながら、ユエとシアのいるマサカの宿へと向かった。ライセン大迷宮攻略後の騒動で最初は少しギクシャクしていた二人だったが、今では以前のようにお互い気安く話せるくらいに回復している。

 

 

マサカの宿に入ると、ユエとシアは先に食事を取っていた。シアが誠司達に気が付くと手を振って呼び掛ける。

 

「あっ! 誠司さ〜ん、ハジメさ〜ん、こっちですよ〜」

「ああ、ただいま……って、おいおい、俺達がギルドに行ってる間にもう飯を食ってるのかよ?」

 

誠司が少し呆れた様子で言うと、ハジメがまぁまぁと宥める。

 

「まぁ、良いじゃん。僕達もお腹が空いたし。ソーナちゃん、日替わりランチセットをお願い」

「はい! かしこまりました! 誠司さんも日替わりですか?」

「ああ。頼むよ。俺もお腹ペコペコだ」

「かしこまりました! 少々お待ちください!」

 

そう言ってソーナはパタパタと忙しそうに厨房へ走って行った。

 

食事を済ませ、部屋に戻った誠司達は今後の予定を話し合った。ある程度ポケモン達の修行は出来たし、ハジメも新しいアーティファクトを完成させたりと準備も大分整ったのでもうブルックを出ても良いだろう。

 

早速、誠司達は再びギルドに行くことにした。ギルドに入ってカウンターに向かうと、キャサリンは意外そうに言った。

 

「おや、またあんた達かい。どうしたんだい? 四人一緒で」

「ああ、さっき仲間と話し合ったところ、そろそろ良い機会なので明日には町を出ようと思いましてね。色々とお世話になったので一応挨拶をしておこうかと」

「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が来てから賑やかで良かったんだけどねぇ〜」

「賑やか過ぎですよ。踏んでくれ付き合ってくれとハァハァ言いながら付き纏うストーカーが居なかったらもっと良い町なんですけどねぇ」

 

誠司が苦々しい表情で愚痴を溢すように言った。ハジメ達も思い出したようにゲンナリした表情を浮かべる。そんな誠司達を見てキャサリンは苦笑いだ。

 

「町のもんが迷惑かけてごめんねぇ。でもまぁ、何だかんだで活気があるのは事実さね。町の九割がこうだと色々退屈しなくて良いんだけど」

「はぁ……嫌な活気だ」

「それで、次はどこに行くんだい?」

「そうだなぁ……この町からならフューレンに行こうかと。あそこは大陸一の商業都市らしいし」

「へぇ、そうかい。……あ、そうだ。それだったらこの依頼もついでに受けてみたらどうだい?」

 

キャサリンは何か思い出したように一枚の依頼書を取り出すと、誠司達に差し出した。依頼書を覗き込んで内容を確認する誠司達。内容はフューレンに向かう隊商の護衛のようで十五人程の護衛が必要らしい。ユエとシアは冒険者登録をしていないので、誠司とハジメの分でちょうどだ。ハジメが少し不安そうに尋ねた。

 

「えっと……連れの同伴は有りなんですか?」

「ああ、問題ないよ。大人数なら兎も角、荷物持ちやら奴隷を連れている冒険者も中にはいるくらいだしね。ましてやユエちゃんもシアちゃんも冒険者の仕事に付いていけるくらいの実力者のようだし。相手も断る道理はないさね」

「なるほど……」

 

キャサリンの言葉を聞いてハジメは少し考え込む仕草を取る。誠司達は声を掛ける。

 

「なぁ、ハジメ。俺は受けても良いと思うぞ」

「ん、急ぐ旅でもない」

「そうですねぇ〜。たまには他の冒険者方と一緒も良いかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウとか聞けるかもしれませんし」

 

ハジメは三人の意見を聞くと頷いた。

 

「それじゃお願いします」

「あいよ。それじゃ先方には話を通しておくから明日の朝一に正門前まで行っとくれ」

「了解です」

 

ハジメは依頼書を受け取ると、キャサリンは1通の手紙を誠司に渡した。疑問顔でそれを受け取る誠司。

 

「これは?」

「あんた達、色々と厄介なもの抱えていそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなもんだと思って受け取っておくれ。他の町でギルドと揉めた時はその手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

 

バッチリとウインクするキャサリンに困惑する誠司達。

 

「は、はぁ……? あなたって一体何者なんだ……?」

「おっと、詮索はなしだよ? 良い女に秘密はつきものさね」

「凄い気になりますけど……分かりましたよ。有り難く受け取ります」

「はっはっは、素直でよろしい! 色々あるだろうけど死なない程度に頑張りな!」

 

キャサリンからそんなエールを貰った誠司達はギルドを出た。




ポケモンの訓練がてら、毎日のように依頼を受けていたので誠司達のランクは青から赤になりました。


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護衛任務

アニポケで遂にサトシが優勝したのでテンション上がって書きました。

サトシの引退フラグが凄い。

このまま引退の方が綺麗だけど、寂しいなぁ……


オスカーのトランクの中は様々な環境の空間が広がっている。その種類は草原や水辺、森、火山地帯、氷雪地帯など多岐に渡る。その中の一つ、岩山地帯にはあるポケモンが住んでいた。

 

「リキッ、リキッ!」

 

ワンリキーだ。彼は目の前の大岩を相手に打ち込みの練習をしている。しかし最近、彼は悩んでいた。このモヤモヤを紛らわせるために一心不乱に鍛錬をしているのだが、中々上手くいかない。

 

ワンリキーが悩むようになったのは以前のライセン大迷宮でのバトルが原因だ。彼は生まれ故郷のライセン大峡谷ではそれなりに強いと自負していた。大迷宮でも勝てると思っていたが、現実は残酷だった。ミレディのソルロックに手も足も出ずに呆気なくやられてしまった。

 

今後も自分は戦えるのだろうか。そんな思いがワンリキーの心を蝕んでいた。もう何十発殴ったか分からず、一息吐く。その時、後ろから声が聞こえた。

 

「ここにいたのか」

 

ワンリキーは声がした方を振り返ると、そこには誠司が立っていた。

 

「探したよ。随分と熱心だな」

 

誠司が周囲を指で示す。周囲にはワンリキーの拳の跡がこれでもかと付いていた。誠司はモンスターボールをワンリキーに向けた。

 

「これから隊商の護衛任務でな。お前の力を借りたいんだ」

 

誠司の言葉にワンリキーは頷くと、モンスターボールの光を浴びてボールの中に入っていった。

 

「よし。これで全員だな」

 

誠司は頷くと、そのまま真っ直ぐトランクの出口へ向かった。腰のベルトには六つのモンスターボールが着いている。

 

 

 

「君達も護衛だね?」

「ええ、これが依頼書です」

 

翌朝、正門前にやって来た誠司達は隊商のまとめ役らしき人物に挨拶をし、依頼書を見せた。まとめ役の男は納得したように頷くと自己紹介を始めた。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この隊商のリーダーをしている。君達のことはキャサリンさんから聞いているよ。まだ赤に上がったばかりの駆け出しだが、優秀で期待の新人だとね。道中の護衛は期待させてもらうよ」

「ははは……これはプレッシャーだな。でもまぁ、報酬を貰う以上は半端な仕事をするつもりはありませんよ」

 

苦笑いを浮かべた誠司がそう言うとモットーは満足そうに頷いた。

 

「うむ。それは頼もしいな。それで、そちらのお嬢さん方は……」

「僕はハジメです。そして、こっちはユエとシアです」

 

モットーに話を振られ、ハジメも自己紹介をし、ユエとシアもペコリと頭を下げる。

 

その後、モットーからシアを売らないかと売買交渉の申し出があったが、誠司達はやんわりと断った。モットーはかなり引き下がったが、誠司達の意志が固いことが分かるとやっと引き下がった。

 

その時だ。

 

「うわっ! 何だこれ!?」

 

馬車の荷台の方から困惑した声が聞こえて来た。モットーは顔色を変えて声がした方に向かった。誠司達も顔を見合わせてモットーの後を追った。

 

「どうした!?」

「いや、それが……」

 

モットーが尋ねると商人の一人が震える手で示した。そこにはモコモコの綿毛のような羽を持った鳥ポケモンがスヤスヤと眠っていた。チルットだ。

 

「魔獣だ」

「何でこんな所に魔獣が?」

「追い払うか?」

 

護衛の冒険者達は各々武器を構える。だが、誠司がそれを制した。誠司はモンスターボールを一つ取り出すと、簡単にチルットをゲットした。

 

呆気なく事態が収拾して目を白黒させる商人や冒険者達。モットーからモンスターボールについて尋ねられ、誠司達は魔獣を捕まえることが出来る道具だと説明した。

 

説明を聞いたモットーは興味深そうにしていたが、商売として使えるかどうか決めあぐねているようだった。なので、モンスターボールを売ってくれという申し出は無かった。

 

旅をしてしばらくして、隊商は足止めを食らっていた。

 

「プラプラッ!」

「マイーッ!」

「ザングッ!」

「シャアァァ!」

 

目の前でプラスルとマイナンがザングースとハブネークに追いかけられていたからだ。プラスルとマイナンは傷だらけで必死に逃げ惑っている。その光景を見て誠司は首を傾げる。

 

「あれ? ザングースとハブネークって滅茶苦茶仲が悪いんじゃなかったっけ?」

「ああ、確かにあの二体の魔獣は滅茶苦茶仲が悪くてすぐ喧嘩をするけどな。喧嘩を邪魔されると何故か協力して邪魔した奴を徹底的に攻撃するんだよ」

 

誠司の疑問に他の冒険者が答えた。つまり、あのプラスルとマイナンはその喧嘩を邪魔したことで追い回されているのだ。随分迷惑な習性だ。

 

「可哀想だけど、これは放っておくしか……っておい、何やってんだ!?」

 

冒険者が誠司の方に向くとギョッとする。誠司が義手を銃に変形させ、コ◯ラがサイコ◯ンを撃つようなポーズを取っていたからだ。

 

「食べるためとかなら放っておこうかと思ったが、ただ痛めつけるのが目的なら助けても良いだろ」

「いや駄目だって! 助けたら今度はこっちが狙われるんだぞ!」

 

そんな冒険者の言葉を無視してバシュンッ、バシュンッと銃からモンスターボールを発射する。二つのモンスターボールはプラスルとマイナンに当たり、モンスターボールに吸い込まれていく。ザングースとハブネークは突然消えたプラスルとマイナンに驚いた様子で周囲を探し始めた。その隙に誠司は銃から義手に戻してモンスターボールを引き寄せて回収する。それを見たザングースとハブネークは誠司達を敵だと認識して襲い掛かった。

 

「ああっ! 来たー!! だから止めろって言ったんだぞ!」

 

冒険者や商人達は慌てふためく。誠司達に説明していた冒険者は誠司を責め立てるが、当の本人は涼しい顔だ。一つのモンスターボールを取り出すとすかさず投げた。

 

「チリーン、“いやしのすず”だ!」

「チリンッ! チ〜リ〜ン〜♪」

 

出て来たチリーンは楽しそうに歌を奏でる。すると、ザングースとハブネークはその音色を聞いてみるみるうちに大人しくなっていく。そして、歌が終わる頃には大人しく元来た方へ帰って行った。

 

「す、すげぇ……」

 

1人の冒険者の呟きが、その場にいた冒険者達や商人達の言葉を代弁していた。

 

 

 

そんなこんなでフューレンに着くまでの数日間、かなり平和だった。偶にポケモンの襲撃はあったものの、誠司達もポケモンを使ったりして次々と撃退していく。

 

ちなみにだが、誠司達はライセン大迷宮攻略後からポケモンを人前で出すことに躊躇いが無くなっていた。もちろんポケモンを出さずに済むならそれに越したことは無いが、ポケモンの力を借りれば簡単に解決出来るのならば隠す必要がないと考えるようになったからだ。これはクルミルを譲ったクリスタベルのようにポケモンに対して悪感情を持たない人間がいることが分かったのも大きい。

 

最初はポケモンやそれを使う誠司達に警戒心を隠そうともしなかった冒険者や商人達も旅が終盤になる頃にはポケモンに対する考えを改め始めていた。

 

「いやぁ〜、魔獣の力ってのは本当に便利なもんだな」

 

護衛隊のリーダー、ガリティマが感心したように呟いた。目の前にはワンリキーやヌマクローが自分よりも大きな荷物を荷台から軽々と降ろしている光景があった。ガリティマの言葉に他の冒険者達も同意した。

 

「ああ、魔獣って悪いやつばかりじゃないってのが今回の依頼でよく分かったぜ」

「私も魔獣を見る目が少しだけ変わったわ」

 

ガリティマ達のそんな言葉を聞いて誠司達は嬉しく思った。

 

 

「ありがとうございました。お陰で無事にフューレンに着くことが出来ました」

「いえいえ。これが仕事ですので」

 

フューレンに到着後、誠司達はモットーから改めてお礼を言われた。しかし、護衛隊は既に解散したのに誠司達だけ呼び止められたので、誠司達はモットーに「早く要件を言え」と無言の主張をぶつけている。モットーもそれを感じ取ったのか、単刀直入に言った。

 

「売買交渉のお願いで……」

「お断りします。出発前にも言いましたが、シアは……」

「いえ、その兎人族のことはもう結構です」

 

モットーからそう言われて、思わず頭上にハテナマークを浮かべる誠司達。そんな誠司達を見てモットーは苦笑しつつも本題に入った。

 

「実はあなたのワンリキーを我がモットー商会に譲って頂けませんか?」

「………………は? ワンリキーを?」

「リキ?」

 

思わぬ頼みに目を点にする誠司達。モットーは続けた。

 

「はい。ワンリキーの働きぶりを見て是非商会の手助けをして欲しいと思いまして。彼なら即戦力間違いなしです。もちろんお金は幾らでもお支払いします」

「でも魔獣を使って評判とか大丈夫なんですか? 商人は信頼が第一でしょう?」

 

誠司がそう尋ねると、モットーは笑って言った。

 

「流石に表立って手助けして頂くのは無理でしょう。でも魔獣の力を借りるなんて新しくて面白いこと、商売人としてやらずにはいられませんよ。それに信頼に人間も魔獣も関係ない……私はそう思いますね」

「……なるほど。あなたの考え方が少し分かった気がするな。さて、お前はどうしたい? ワンリキー」

 

モットーの人柄は今回の依頼である程度は分かっている。根っからの商人だが、人格に問題はない。ワンリキーを渡してもちゃんと大事に育ててくれるだろう。なので、誠司はワンリキー本人に決めてもらうことにした。

 

ワンリキーは少し迷った表情を浮かべる。交互に誠司とモットーの顔を見るが、やがて意を決したように大きく頷いた。

 

「リキリキッ!」

「そうか……分かった。それじゃあ、モットーさん。ワンリキーのことをよろしくお願いします」

 

そう言って誠司はワンリキーをモンスターボールに戻すと、それをモットーに手渡す。モットーは嬉しそうに顔を綻ばせるとお礼を言った。

 

「ありがとう。責任を持って大切にしますよ。それでお金の方は……」

「ああ、それなんですがお金を貰うのではなく、今後モットー商会で買い物をする際に割引にしてもらうというのでお願い出来ませんか?」

 

誠司はそう提案した。お金を貰ってワンリキーを譲ったとして、もし後でワンリキーを返すってなった時に返金だの何だのが発生したら面倒だからだ。それなら商会を利用する際に商品を割引にしてもらう方が良い。そう判断したのだ。モットーも誠司の考えを見抜いたのか、快くOKしてくれた。

 

こうして、誠司達は商会に入ることになったワンリキーと別れ、フューレンの町の中に入って行った。




誠司の腕のギミック、まともに使ったの初めてかも……

ザングースとハブネークが協力して攻撃する習性はポケスペで、この二体の決闘の邪魔をされたら協力して襲い掛かって来るシーンがあったのでそのように設定しました。独自設定です。


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支部長直々の依頼

今回は独自設定が幾つかあります。ご了承下さい。キリの良いところまで書いていたら少し長くなってしまいました。


「本当に君達は何もやっていないんですね?」

「ええ、だからやっていませんよ。さっきから何度もそう言っているじゃないですか」

 

フューレンに着いた誠司達は早速、ギルドで取り調べを受けていた。同じような質問を繰り返すギルド職員に対して、最初は穏便な対応を心がけていた誠司達も次第にうんざりしてきた。

 

 

何故このような事態になったのか。それは一時間前まで遡る。

 

モットーと別れてから誠司達は冒険者ギルド内にあるカフェに立ち寄っていた。そこにいる案内人の女性にオススメの宿の場所を尋ねていた所、デブ貴族に絡まれたのだ。

 

デブ貴族曰く、シアを差し出せだの、ユエやハジメは自分の妾に相応しいだの言い出して来たのだ。当然誠司は丁重にお断りしたのだが、デブ貴族は自分の命令が断られると思っていなかったのか今度は顔を真っ赤にして恫喝し始めた。自分の家の力を以てすれば貴様など簡単に潰せるだの聞くに耐えない暴言を吐いてくる。

 

なので黙らせることにした。ユエがシャンデラに指示してボール越しからデブ貴族の魂を吸い取ってもらったのだ。とはいえ、殺すのは流石にまずいので死ぬギリギリまでに留めてもらう。

 

そして、極限まで魂を吸い取られたデブ貴族はそのまま顔を真っ青にしてぶっ倒れてしまった。周囲にはデブ貴族が怒鳴っている最中に突然ぶっ倒れたように見えたようだ。

 

一瞬、何が起こったか分からず沈黙が流れるが、すぐに「坊ちゃん!?」という悲鳴で破られた。一人のがっしりした体格の大男がデブ貴族に向かって駆け出し、必死の形相でデブ貴族の身体を揺らしている。「坊ちゃんが死んだら俺の報酬はどうなるんだ」とか言っていることから、そのデブ貴族自身を心配しての行動ではないようだが。

 

その後、再び案内人に話し掛けていると、ギルド職員達に囲まれ現在に至るという訳だ。

 

彼らはデブ貴族が何の前触れも無くぶっ倒れたことで、誠司達が何かしたのではないかと疑っているようだ。まぁ、間違ってはいないのだが、誠司達は頑なに否定する。

 

そんな調子でお互いに拉致があかず、延々と問答をしていると一人の男性職員がやって来た。

 

「何事ですか? 随分騒がしいですが」

「ドット秘書長! 良いところに! 実は……」

 

ドットと呼ばれた男が他の職員から話を聞くと、誠司達に鋭い視線を向ける。随分頭の固そうな人がやって来たと誠司達は溜息を吐く。

 

 

「……事情は分かりました。案内人のリシーさんや周囲の証言からミン男爵が突然倒れたようですし、あなた方が何かした訳では無いようです。大勢の人の前で誰にも気付かれずにやるのは不可能に近いですしね」

 

意外にもドット秘書長は話の分かる人だった。人は見かけに寄らないものである。

 

「分かって貰えて良かった。あの男爵は随分不健康な生活をされていたようなので、恐らくそれが原因の病気か何かだと思いますが……」

 

誠司はついでにあの貴族が倒れたのは何かの病気ということにさせてもらった。あいにく、この世界には脳溢血や心筋梗塞といった生活習慣病の言葉は無い。なので説明が少し難しかったが、名前は無くともこの世界にもそういった病気は実在するらしい。ドットは少し考え込むと納得したように頷いた。

 

「ふむ……確かにそういう病があるのは私も聞いたことがあります。有り得ないことではないでしょう。しかし、何かトラブルが起きた際は双方に事情聴取を行うのがギルドの規則ですのでミン男爵が目覚め次第、そちらの話も一応聞いておかなければいけません。それまではフューレンに滞在して頂き、身分証明と連絡先は伺っておきたいのですが、構いませんよね?」

「ええ、構いませんよ。ああ、それと……念のために言っておきますが、相手が貴族だからと言って公平性の欠く判決はしないでくださいね」

「もちろんです」

 

誠司の言葉にドットは苦笑いを浮かべつつも強く頷いた。誠司とハジメは自身のステータスプレートをドットに手渡す。連絡先についてはハジメが提案した。

 

「あと連絡先についてなんですが、僕達は泊まる宿を探している途中だったのでギルドの方で融通して頂ければ、お互いに手間が省けるんですが」

「なるほど……確かにその方が効率が良さそうですね。えっと……赤ランクですか。そちらの方達のステータスプレートはどうしましたか?」

 

痛い所を突かれて誠司もハジメも一瞬だけ顔を顰めるが、すぐに誤魔化す。

 

「えっと……彼女達のは旅の途中で紛失してしまってね……再発行するにしても金銭的にキツイのでつい先送りに……」

 

もちろん、大嘘だ。現在、誠司やハジメのステータスプレートは神代魔法などの技能を手に入れてからは殆ど伏せるようにしている。ユエやシアの場合、ステータスプレートが無くとも並外れたステータスや技能になっているのは目に見えていたので今まで発行は避けてきたのだ。発行すれば必ず人に見られて大騒ぎになるからだ。

 

「しかし、身元は明確にしてもらわないと。記録をとっておき、君達が頻繁にギルド内で問題を起こすようなら、加害者・被害者のどちらかに関係なくブラックリストに載せることになりますからね。よければギルドで立て替えますが?」

 

どうやってもステータスプレートの発行は必要なようだ。面倒なことになり、どうしたものかと誠司とハジメは顔を見合わせていると、先程まで黙っていたユエが何か思い出したかのようにクイクイと二人の服の袖を引っ張る。

 

「……二人とも手紙は?」

「「……あ」」

 

ユエの言葉に二人はキャサリンから手紙を受け取っていたことを思い出した。誠司は懐から手紙を取り出すとそれをドットに提出する。どうなるかは分からないが、彼女の「少しは役に立つ」という言葉に賭けてみることにした。

 

「実はフューレンに来る前、別の町で知り合いのギルド職員から、困った時にこれをお偉いさんから渡すように言われたんですが。これが身分証明の代わりになりませんかね……?」

「……? 知り合いのギルド職員ですか? ……拝見します」

 

低ランクの赤とは言え、特にお金に困っている様子の無い誠司達が頑なにステータスプレートの発行を拒んでいるのにドットは疑問に感じているようだった。ドットは訝しげな様子で手紙の封を切り、中身を流し読みし始める。

 

すると、ギョッと目を見開き、目を皿のようにして繰り返し読み込んでいく。おそらく、手紙の真贋を見定めているのか。やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、誠司達に視線を戻した。

 

「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが…… この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせません。十分、十五分程度で済みます」

「……? ええ、それくらいなら」

「別室へは職員に案内させます。では、後ほど」

 

誠司達が応接室に案内されてからきっかり十分後、扉にノックの音が聞こえた。返事をすると、扉が開き、先程のドットと金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性が入って来た。

 

「初めまして。冒険者ギルド、フューレン支部支部長のイルワ・チャングだ。君達は誠司君、ハジメ君、ユエ君、シア君……でいいかな?」

 

簡潔な自己紹介の後、誠司達の名前の確認がてらに握手を求める支部長イルワ。誠司達の方も握手を返しながら返事をする。

 

「ええ、そうです。でも、俺達はともかく、ユエ達の名前はどこから…………ってさっきの手紙か」

「ご名答。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」

「トラブル体質……まぁ、あながち間違いではないな……」

「それで、イルワさん。僕達の身分証明はその手紙で大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない。先生が問題のある人物ではないと手紙に書いているし、あの人の人を見る目は確かだ。この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらう」

 

イルワの言葉にホッと胸を撫で下ろす誠司達。キャサリンのお陰で助かった。そこに、「先生」という言葉に疑問を覚えたシアが思わずおずおずと尋ねた。

 

「あの〜、キャサリンさんって何者なんですか?」

「ん? 聞いていないのかい? あの人は王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には今も頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時は、私達にとってマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。そしてその後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂だったから荒れたよ。ギルドどころか、王都全体で」

 

昔を懐かしむようなイルワの言葉に誠司達は驚きを露わにする。只者ではないと思っていたがこれ程とは。

 

「はえ〜、そんなにすごい人だったんですね〜」

「……キャサリンすごい」

「うわぁ、只者じゃないとは思ってたけど思いきり中枢の人だったとはね……」

「人に歴史あり……だな」

 

そんな風に口々に感想を溢すと、誠司達は身分証明が済んだのでお暇することにした。しかし、イルワが誠司達を呼び止める。

 

「少し待ってくれるかい?」

「……何ですか?」

 

嫌な予感がするが、呼び止められた以上、無視は出来ない。誠司達は振り返って返事をする。

 

「君達に依頼をお願いしたいのだが……」

「「お断りします」」

「まぁそう言わず、話だけでも聞いてくれないかな? ()()使()()の中西誠司君、南雲ハジメ君?」

 

『神の使徒』という単語が出た瞬間、ビリッと部屋全体に殺気が漂う。飄々とした様子のイルワと彼を強く睨み付ける誠司達。ドットはギョッとした表情で彼らを交互に目を向けている。その様子から察するにドットは何も知らないようだ。

 

「……どこでそれを?」

 

底冷えのする誠司の声にイルワは肩をすくめる。

 

「そんな怖い顔をしないでくれるかい? どこで……と言われてもこれは私の憶測でしか無いからね」

 

それを聞いて、誠司達はほんの少しだけ殺気を弱める。だが、変わらずイルワを睨んだままだ。イルワは話を続けた。

 

「数ヶ月前、神の使徒二人がオルクス大迷宮での訓練の途中で魔獣と一緒に奈落に落ちた。その神の使徒の天職は『魔獣使い』と『錬成師』だったと聞いているよ。丁度、君達の天職も同じだったね。それに……君達の名前はこの世界では珍しい。少なくとも……私は君達と同じような名前の人間は見たことも聞いたことも無いよ」

 

流石はキャサリンの教え子にして、若干三十代でこの大都市のギルド支部長を務めているだけのことはある。かなり頭の切れる人物のようだ。

 

そのまま惚け通しても良かったが、その後に教会関係に報告されたりでもしたら、そっちの方が面倒だ。そう考えた誠司達は嫌そうな顔をしつつも席に座り直した。それを見てイルワは満足げに頷く。

 

「聞いてくれるようだね、ありがとう」

「あなた、性格が悪いと言われませんか?」

「ふふっ、言われるかもね。それで依頼というのは……ドット君、依頼書を」

「は、はい……」

 

イルワに言われてドットはおずおずと一枚の依頼書を誠司達の前に差し出した。

 

イルワが言うには、最近、北の山脈地帯で魔獣の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼が出されたらしい。北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮にいる魔獣程ではないがそれなりに強力な魔獣が出没するので、高ランクの冒険者がこれを引き受けた。ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになったのだ。

 

この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。

 

「伯爵は家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど、手数は多い方がいいとギルドにも捜索願を出した。それがつい昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね。彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、現在この依頼を任せられる冒険者は皆、出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」

「だけど、俺達はまだ赤ランクですよ?」

「ん? ああ、そうか。君達は知らないかもしれないが、キャサリン先生の昇格の基準は結構厳しいんだよ」

 

イルワ曰く、ブルックでの冒険者の昇格基準はかなり厳しいことで有名らしい。

 

当然、低ランクの青から赤の場合と最高ランクの銀から金の場合では昇格難易度は天と地ほどの差があるが、それでも青から赤になるのは他の町と比べて難しい。逆に、昇格すれば仲間内から一目置かれるようになる。それに、冒険者になってから短期間でランク上げしたということは冒険者としての能力が非常に高いということである。

 

イルワに言われて思い返してみれば、元金ランクのクリスタベルを除いて、高ランク冒険者はブルックの町に居なかった。それにキャサリンから昇格の知らせを聞いた時、ギルド内がやけに騒がしかった。そういった点もイルワの話が本当なら辻褄が合う。それらを思い出して誠司もハジメも納得したように頷いた。

 

「君達の依頼実績はこちらでも確認させてもらったけど、どの依頼も結果は優良。さっきのユンケル商会のモットー氏の依頼も含めてね。正直驚いたよ。先生が昇格を認めたのも頷けるレベルだ。それに……ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」

「……ん? ちょっと待って下さい。ライセン大峡谷の下りはもしかして手紙に? だけどあの人にそんなことを話した覚えは……」

 

ハジメがそう言いながら、誠司の顔を見るが誠司も首を横に振る。次にユエとシアを見ると二人は揃って気まずげな顔をしている。

 

「えっと……つい話が弾みまして……てへ?」

「……悪いと思ってる。でも反省も後悔もしていない」

「はぁ……ユエ、シア…………」

 

思わず片手で顔を覆って溜息を吐くハジメ。それに苦笑いを浮かべつつイルワは話を再開した。

 

「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、出来る限り早く捜索したいと考えている。どうかな? 今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」

「そう言われてもな……俺達にも旅の目的地があるんです。ここは通り道だったから寄っただけであって、依頼を受けるためじゃない。正直、北の山脈地帯は回り道だ。なので依頼は断らせてもらいます」

 

そう言って誠司は断るが、イルワも引かない。今度は報酬の提示をする。

 

「もちろん報酬は弾ませて貰うよ。そこの依頼書にある通りの値段を支払おう」

 

イルワに言われて誠司達は依頼書の報酬金額に目を向けると、思わず目を見開いた。

 

そこには人捜しの依頼にしては破格の値段が記載されていた。ゼロを二つ程、付け間違えたのではないかと疑うレベルだ。それにイルワは報酬を付け足していく。

 

「それにランクの昇格も約束しよう。君達レベルの冒険者なら私の裁量で黒にしても良い」

「そりゃあ、金は有るに越したことは無いが、過ぎた金は身を滅ぼす。地位も同様ですよ」

「なるほど、正論だね……ならば今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな? フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、これでもギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」

「あの……どうしてそこまで必死なんですか? いくら貴族で友人の息子だからってこれは流石に……」

 

そんなハジメの疑問にイルワは初めて表情を崩した。その表情は後悔を多分に含んでいる。

 

「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね…… だが、残念ながら彼にその資質はなかった。だからこそ、強力な冒険者の傍でそこそこ危険な場所へ行って悟って欲しかった。自分に冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて…… だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」

 

イルワの独白を聞いて思わず顔を見合わせる誠司達。どうやらイルワと伯爵の繋がりは深いようだ。誠司は少し考え込んだ。

 

(魔獣の大発生……ね。ポケモンがそれほどいるのなら戦力強化には丁度良いか……)

 

そこまで考えた誠司はハジメ達に視線を向ける。彼女達も誠司の意見に従うというように頷いた。

 

「話は分かりました。受けましょう。しかし、報酬金額の他に二つ条件があります」

「条件……?」

「ええ。まず一つ目はユエとシアのステータスプレートを発行し、そこに表示された内容を絶対に口外しないこと。そして二つ目は、必要な時にあなたのコネをフル活用して俺達の要望に応えて便宜を図ること。この二つです」

 

今後、ユエとシアのステータスプレートが必要なのは確かだ。これからもこういったゴタゴタが起こっていちいち足止めされたら敵わない。ステータスプレートを発行し、その内容を口止めして貰えば安心して旅を続けられる。

 

キャサリンの手紙を身分証明書代わりに使うという方法があるが、それも心もとない。先程イルワの言っていたことを逆手に取れば、四、五割の支部長はキャサリンの教え子ではないからだ。今後を考えればステータスプレートとギルド支部長の便宜は非常に役に立つ。

 

「それは流石に……」

 

誠司の出す条件に難色を示すイルワ。無理もない。実質、フューレンのギルド支部長が一介の冒険者の手足になるようなものだ。責任ある立場として、おいそれと許容することは出来ない。誠司もそれは理解しているので説明する。

 

「もちろん、犯罪行為に加担するといったギルド支部長の肩書きを穢すようなことはしませんよ。俺達は遠くないうちに教会から目を付けられる可能性が高い。もしも指名手配された時に施設の利用とかが出来ればそれで問題ありませんよ」

「ふむ。指名手配は確実なのかい? まぁ、君達が神の使徒だったとすれば……有り得なくはないか。それで便宜……という訳か」

 

イルワはそう言うと、少し考え込む。ついでに誠司は付け足した。

 

「もしも、それらの条件を認めて貰えれば、報酬金額はこれだけで結構です」

 

誠司は机にあるペンを手に取ると、依頼書に書かれた金額の後ろのゼロを二つ二重線で消した。二桁消えたことで相場の報酬金額より若干安くなってしまったが、誠司の言った条件が認められれば、誠司達にとって遥かに価値がある。

 

「…………分かった。その条件で呑もう。だが、君達の要望を詳細に聞かせて貰い、その上で便宜を図るかどうかは私自身が判断する。そして、君達の要望は極力応えるが、犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えない。……これで良いかな?」

「十分です。報酬は依頼達成後に貰うとして、ウィル・クデタ本人及び彼の遺品を持って来れば良いんですよね?」

「ああ、それで構わないよ。どんな形であれウィルの痕跡を見つけてもらいたい……よろしく頼む」

 

そう言ってイルワは真剣な表情で頭を下げる。

 

「しかるべく」

「分かりました」

「んっ」

「はいっ」

 

誠司達はそれぞれ返事を返して書類にサインをして依頼の契約を交わした。その後、ドットから支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取る。

 

こうして、誠司達は湖畔の町、ウルを目指して応接室を後にする。




誠司達が貴族に対して暴力行為を振るっていないのでこのような展開になりました……

イルワの切れ物感が凄い……まぁ原作でもハジメが神の使徒だと勘づいていたし大丈夫でしょう。そもそもハジメとかの名前なんて異世界の人からしたら結構、違和感が有りそうだし勘付かれない方がおかしい。


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湖畔の町での意外な再会

愛ちゃん先生との再会になります。


ギルドを出た誠司達は早速、北の山脈地帯に向かうために町の出口へ向かうことにした。しかし、ここフューレンは大陸一の商業都市だ。とにかくだだっ広い。北の山脈地帯方面の出口に徒歩で向かうだけでも時間が掛かり過ぎる。

 

そこでタクシーの役割を持つ馬車を利用することにした。馬車の御者に北の山脈地帯方面の出口近くまで行くようにお願いすると四人は馬車に乗り込んだ。馬車の中で誠司達が各々休む中、シアはギルドの受付で貰ったウルの町のパンフレットを夢中になって読み耽っている。

 

「へぇ〜、ウルの町って観光の町としても有名なんですねぇ」

「おい、シア。観光に行くんじゃないんだぞ、俺達は」

「分かってますよ、誠司さん。私達の目的は人捜し……ですよね? でも目的地のことを知っておいて損はないじゃないですか」

「あはは、確かにね。それで、他にどんなことが書いてあるの?」

 

ハジメが笑いながらパンフレットの内容を尋ねると、シアは再びパンフレットに目を通す。

 

「えっと……ウルの町の近くにあるウルディア湖は大陸最大の湖で有名。そして、その豊かな水源のおかげで食材が豊富に揃っており、特にニルシッシルを始めとした米料理が非常に人気……」

「「今何て言った?」」

「ふへ?」

 

シアが顔を上げると、目の前にはいつになく真剣な表情の誠司とハジメがいた。今にも掴みかからん勢いで迫る二人にシアは困惑している。

 

「ど、どうしたんですか、二人とも……」

「ねぇ、もう一回読んでくれないかな?」

 

優しい口調だが、有無を言わさぬ様子のハジメに圧倒されて、シアはもう一度同じ所を音読した。

 

「は、はい……えっと……ウルディア湖は大陸最大の……」

「その後」

「えっと……豊かな水源のおかげで食材が豊富に……」

「その後だ」

「え、えっと……ニルシッシルを始めとした米料理……」

「「米料理!」」

 

二人は同時に叫んだ。二人の大声にシアはビクリと肩を震わす。しかし、誠司もハジメもそんなシアそっちのけで大喜びだ。隣に座っていたユエがシアの肩に手を置いて安心させると、誠司とハジメにジト目を向ける。

 

「……誠司、ハジメ。はしゃぎ過ぎ。シアが怖がってる。一体どうしたの?」

 

誠司とハジメはユエの言葉で幾分か冷静になった。バツが悪そうに理由を言った。

 

「え? ああ、ごめん、シア。つい興奮しちゃって。えっと米って僕達が住んでいた国の主食の食べ物でさ」

「こっちに来てから一回も食べたことが無かったからな。それがまた食べられると分かったらつい……な」

 

二人がそう言うと、シアは納得したように頷いた。

 

「ああ、なるほど。そうだったんですね。それだったら私も食べてみたいですねぇ。米料理」

「……ん。私も食べてみたい。誠司やハジメの故郷の味、興味ある」

 

シアとユエも微笑ましそうに笑った。

 

「あの〜、お客さん。着きましたよ」

御者がそう言いながら馬車の扉を叩く。いつの間にか目的地に着いたようだ。誠司達は馬車から降りて御者にお金を支払うと、町の出口に向かった。

 

出口を抜けると、広大な平原のど真ん中に北へ向けて真っ直ぐに延びる街道がある。街道と言っても、何度も踏みしめられたことで出来た道なので凸凹だ。あまり人は通っていないようで誠司達には好都合だった。

 

 

誠司達はモンスターボールを取り出そうとすると、ハジメが止めた。

 

「待って、皆。ポケモンよりこれを使った方が早いと思うよ」

 

そう言ってハジメは宝物庫からあるものを取り出した。

 

魔法陣の上から魔力駆動四輪『プリーゼ』が現れる。突如現れた初めて見る物体に目を白黒させるシア。誠司とユエはそういえば、そんなのあったなぁと思い出す。プリーゼは奈落の底のオスカーの隠れ家でお披露目して以降、使っていない。ハジメ曰くメンテナンスは欠かしていないのでちゃんと走れるとのことだ。

 

「そういや、ハジメは車を持ってたんだっけか? 確かに車の方がケンタロス達より速いか」

「……ん。それに北の山脈での調査でもシャンデラ達の力は必要。ここはポケモン達を温存させた方が良い」

 

二人は納得したように扉を開けると、誠司は助手席に、ユエは後ろの席に乗り込んだ。一方、シアは恐々とした様子で動けない。ハジメが不思議そうな顔で尋ねた。

 

「あれ? シア、どうしたの?」

「あ、あの、ハジメさん。この凶悪そうな乗り物は一体何なんですか……?」

「これは車って言って、大勢の人を速く運ぶことが出来る乗り物だよ。僕が作ったんだ」

「ハ、ハジメさんが……?」

「さぁ、早く乗って。すぐに出発すれば今日中にウルに着くと思う」

「わ、分かりました!」

 

そう言ってシアも恐る恐るだが、後ろの席に乗り込む。そして、ハジメも運転席に乗り込むと、プリーゼに魔力を流し込んだ。プリーゼからはエンジン音が響き始める。

 

その後、プリーゼは時速八十キロを超えるスピードで街道を疾走していく。その甲斐あって誠司達は日が沈む前にウルの町に到着することが出来た。そのウルの町で知り合いに会うことになるとはこの時の誠司達は思いもしなかった。

 

 

 

「はぁ、清水君、一体どこに行ってしまったんでしょう?」

 

誠司やクラスメイト達と同様に召喚された教師、畑山愛子はしょんぼりした様子でウルの町の表通りをトボトボと歩いていた。普段の快活な様子が鳴りを潜め、今は不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせている。ウルの町の間で広まっている『豊穣の女神』の二つ名にとても似合わない有様だ。

 

『作農師』の天職を持つ彼女は戦争に参加せず、農地開拓を行うために各地を転々としていた。その途中でオルクス大迷宮で誠司とハジメが死亡した知らせを聞いたときは酷くショックを受けた。その際、愛子以上に心に傷を負っているにも関わらず、生徒達に訓練への参加を促そうとする教会のやり方に抗議したのである。

 

そのおかげで生徒達の訓練への参加は志願制という形になり、誠司とハジメがいなくなった残りの生徒達は、主に三種類に分かれることになった。戦闘訓練に参加して経験を積む前衛組、戦いの恐怖から立ち直れず王宮に引き籠る居残り組、そして最後に、戦うのは怖いが何か自分達でも出来ることがしたいと愛子の護衛を買って出た愛ちゃん護衛隊という内訳だ。

 

そんな愛ちゃん護衛隊は男女合わせて七人いるのだが、その内の一人、清水幸利が突如行方不明になってしまったのだ。愛子達は農地開拓の傍ら、彼の捜索を行なっているが、依然行方は分からないままだ。

 

「愛子、あまり気を落とすな。まだ何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」

「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。自分でどこかに行った可能性だって高いんですよ。悪い方にばかり考えないでください」

 

元気のない愛子にそう声をかけたのは教会から派遣された愛子専属護衛隊隊長のデビット・ザーラーと生徒の園部優花だ。周りには他の護衛の騎士達や生徒達がいる。彼らも口々に愛子を気遣うような言葉をかけた。

 

 

守るはずだった生徒達に自分が慰められている。

 

それに気付いた愛子は、一度深呼吸するとペシッと両手で頬を叩き気持ちを立て直した。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて私達に出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です! お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

 無理しているのは丸分かりだが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をする。騎士達は、その様子を微笑ましげに眺めた。

 

カランッカランッと、そんな音を立てて愛子達は自分達が宿泊している宿の扉を開いた。ウルの町で一番の高級宿で、『水妖精の宿』という名前の宿だ。

 

この宿の一階部分はレストランとなっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられている。最初は高級な宿では落ち着かないと言っていた愛子や生徒達だったが、今ではすっかり慣れて、リラックス出来る空間になっていた。そして、この宿で食べる米料理は愛子達にとって毎日の楽しみになっていた。

 

全員が一番奥の専用となりつつあるVIP席に座り、その日の夕食に舌鼓を打つ。愛子達の席はカーテンで仕切られているため誰かの視線を感じることもない。

 

「ああ、相変わらず美味しいぃ~異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよ」

「まぁ、見た目はシチューなんだけどな……いや、ホワイトカレーってあったけ?」

「いや、それよりも天丼だろ? このタレとか絶品だぞ? 日本負けてんじゃない?」

「それは、玉井君がちゃんとした天丼食べたことないからでしょ? ホカ弁の天丼と比べちゃだめだよ」

「いや、チャーハンモドキ一択で。これやめられないよ」

 

故郷の料理に近い料理で一時の幸せを噛み締めている愛子達。そんな時、愛子達のもとへ、この宿のオーナーであるフォス・セルオが現れた。

 

「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」

「あ、オーナーさん。いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます」

「それはようございました」

 

畑山の言葉に、フォスは微笑みを浮かべながら会釈をする。しかし、その笑みを消して表情を申し訳なさそうに曇らせた。そんなフォスの様子に何事かと皆、食事の手を止めて彼に注目した。

 

「実は、大変申し訳ないのですが……香辛料を使った料理は今日限りとなります」

「えっ!? それって、もうこのニルシッシル(異世界版カレー)が食べれないってことですか?」

 

カレーが大好物の園部優花がショックを受けたように問い返した。

 

「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして……いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」

「あの……不穏っていうのは具体的には?」

「何でも魔獣の群れを見たとか……北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔獣がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔獣の群れを見たのだとか」

「それは、心配ですね……」

 

理由を知った愛子達が若干沈んだ様子で互いに顔を見合わせた。フォスは申し訳なさそうな表情をすると、場の雰囲気を盛り返すように明るい口調で話を続けた。

 

「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」

「どういうことですか?」

「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」

 

愛子たちはピンと来ないようだが、食事を共にしていたデビッド達護衛の騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げた。フューレンの支部長と言えばギルド全体でも最上級クラスの幹部職員である。その支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはずだ。同じ戦闘に通じる者としては好奇心をそそられるのである。騎士達の頭には、有名な『金』ランクの冒険者達がリストアップされていた。

 

愛子達が、デビッド達騎士のざわめきに不思議そうな顔をしていると、二階へ通じる階段の方から声が聞こえ始めた。一旦荷物を部屋に置いて来たようだ。それに反応したのはフォスだ。

 

「おや、噂をすれば。彼らですよ。騎士様、彼らは明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」

「そうか、分かった。しかし、随分と若い声だな。『金』にこんな若い者がいたか?」

 

デビッド達騎士は脳内でリストアップした有名な『金』クラスに、今聞こえているような若い声の持ち主がいないので、若干、困惑したように顔を見合わせた。

 

そうこうしている内に、会話が聞こえてきた。

 

「あのプリーゼって乗り物、すごいですねぇ。あっという間にウルの町に着いちゃいましたよ」

「そりゃそうだよ。僕のアーティファクトの中でも傑作の一つだもの」

「うぅ…………まだ気持ち悪い」

「おい、大丈夫かユエ。もう少し休んでからでも良かったんじゃないか?」

 

若い男女の集団のようだ。愛子達が聞いているとは知らずに彼らの会話は続く。

 

「……ハジメ、運転荒すぎる……」

「仕方ないじゃない。早く米料理食べたかったし……」

「お前な……まぁ、気持ちは分かるけど」

「あの、ハジメさん、誠司さん。二人とも本来の目的が何か忘れてないですよね? グルメツアーに来たわけじゃないですからね」

「「分かってるって」」

 

ハジメ、誠司。

 

少女達の言う名前に愛子の心臓は一瞬にして飛び上がる。それは園部優花を始めとした生徒達も同じだった。

 

「な、なぁ……さっきの声、聞き覚えなかったか?」

「う、うん……でもまさか……ね」

「いや、でもハジメとか誠司って……」

 

尋常ではない愛子や生徒達の様子にフォスや騎士達は一体何事だと顔を見合わせる。そうこうしているうちに声は段々と愛子達のテーブルから遠ざかっていく。それに気が付いた愛子は慌てて立ち上がって、転びそうになりながらもカーテンを引きちぎる勢いで開け放った。

 

シャァァァ!!

 

存外に大きく響いたカーテンの引かれる音にギョッとして立ち止まる四人の男女。驚いた様子で音のした方を振り返っており、愛子とばっちり目が合った。

 

「南雲君、中西君ですか……?」

「え………………先生?」

「あれ? 畑山先生だ」

 

愛子の目の前にいたのは、記憶の中にある彼らとは大きく異なった外見をした二人の生徒だった。



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誠司の逆鱗

南雲ハジメ。

 

彼、いや彼女は少し特殊な生徒だった。本来の性別は女であるのだが、学校では特例で男として過ごすことが学校側で通達されていた。

 

当然、愛子もそのことは聞かされており、教師としてハジメのことを目にかけていた。何か家庭の事情があるのではないかと疑って、ハジメのクラスの担任でもないのに、ハジメの両親を交えて三者面談をしたこともあった(もちろんハジメのクラスの担任の許可を得た上でだが)。

 

三者面談をしたことで、ハジメは両親の都合とかではなく、自分の意思で性別を偽っていることを知った。本人の口から聞くと愛子も何も言えなくなった。LGBTの問題に軽々しく口を出すべきことではないのは、流石の愛子も分かっているからだ。それ以降、愛子は彼女の意思を汲んで()として扱うことにした。

 

幸いなことに、ハジメには中学時代からの親友である中西誠司もおり、いつも楽しそうにつるんでいるのは見かけていた。そのため、心配は要らないと判断した。

 

そして、いつの頃からか愛子自身もハジメが女であることを忘れかけていた。

 

だからこそ、愛子は目の前にいる二人の人物に驚いていた。二人とも自分の記憶の中の人物と全く違っていたからだ。

 

中西誠司の方はまだ分かる。片腕は無くなり、顔の一部に包帯が巻かれてはいるものの、面影はしっかりあるので彼だと判別は出来る。

 

だが、南雲ハジメは完全に女の見た目になっていた。以前は華奢な少年という雰囲気だったが、今では髪も伸びてスタイルも良くなっている。ボーイッシュな服装をした少女といった感じだ。ハジメの場合に限っては、町ですれ違ったとしても気付けないかもしれない。

 

だが、先程、二人は自分のことを先生と呼んだ。それによって、愛子は目の前の二人が確かに自分の教え子達だと確信することが出来た。

 

 

「本当に中西君と南雲……君なんですね……良かった。2人とも生きていたんですね……」

「ええ。お久しぶりです、畑山先生」

「色々ありましたが、なんとか生き残っていますよ」

「良かった。本当に良かったです」

 

誠司とハジメは穏やかに挨拶を交わした。それによって、死んだと思われていた生徒の奇跡のような再会を実感したのか、涙目になる愛子。

 

その時、ゾロゾロと優花達やデビッド達も奥からやって来た。誠司やハジメの姿を見て、優花を始めとするクラスメイト達は信じられないという驚愕の表情を浮かべている。生きていたことや、外見が全然異なっていることに驚いているのだろう。ただ呆然と誠司達を見つめている。

 

そんなクラスメイト達をチラリと一瞥し、愛子への挨拶を終えると、誠司もハジメもそのまま近くのテーブル席に歩み寄って座席についた。それを見てユエもシアも倣う。シアはどこか困惑しながらであったが。

 

誠司とハジメの突然の行動にキョトンとする愛子。誠司やハジメは、周囲のことなど知らんとばかりにメニュー表を広げている。

 

「ええと、誠司さん、ハジメさん。良いんですか? お知り合いですよね? 多分ですけど……元の世界の……」

「ん? ああ、別に先生達とは同郷ってだけで特に関係はないからな。ここでバッタリ会ったのには驚いたけど、ただそれだけだし」

「まさか依頼を受けてこの町に来たら先生達に会うんだもの。世間は狭いよね。びっくりだよ」

「全くだ。まぁ、そんなことより早く晩飯にしようや。腹ペコでぶっ倒れそうだ」

「う〜ん……文字だけじゃ流石にどんな料理か分からないな……」

 

ハジメはメニュー表を眺めるが、メニュー表には文字しか無く、どんな料理なのか分からない。そんなハジメにユエはある提案をした。

 

「……だったらオススメを頼んだら?」

「あっ、グッドアイデアだね。それと折角だし、パンフレットにも書いてあったニルシッシルっていうのも頼もうよ」

「そうですね。じゃあ、ニルシッシルは四人で分け合って、あとは全員オススメって形で行きましょう! すみませ〜ん、注文お願いしまぁ〜す」

 

四人で和気あいあいと会話をしていると、そこで待ったがかかる。愛子だ。「先生、怒っています!」と分かりやすい表情でテーブルをペシリと叩く。

 

「二人とも、まだ先生との話は終わっていませんよ。何、物凄く自然に注文しているんですか」

 

周囲の生徒達や騎士達も同意見なのか頷いている。そんな愛子達に誠司とハジメは互いに顔を見合わせて溜息を吐いた。二人は諭すように言った。

 

「畑山先生、俺達はフューレンからノンストップで、飲まず食わずでここまで来たもんですから腹ペコなんですよ」

「だから食事くらい、ゆっくり摂らせてもらえませんか?」

 

そんな二人を見て愛子も少しだけ頭を冷やしたようで、一度深呼吸をして平静を取り戻した。

 

「分かりました。でも色々聞きたいことがあるので、質問はさせてもらいますよ?」

「まぁ、それは食事をしながらでも」

 

そして、他の客の目もあるからとVIP席に移動された誠司達。そこで、誠司達は今日限りのオススメメニューであるニルシッシルを夢中で頬張りつつも愛子達からの質問に答えていく。若干の嘘を交えつつだが。

 

Q. この二人の女性は誰なのか?

A. ユエとシア。奈落に落ちてから現在に至るまでに出会った仲間。

 

Q. 橋から落ちた後、どうしたのか?

A. 誠司は一緒に落ちたバッフロンがクッションに、ハジメは途中で流れていた水源に引っ掛かったので奇跡的に助かった。それから合流してサバイバルして何とか乗り切った。

 

Q. 中西の顔の包帯や腕は何なのか?

A. 魔獣との戦いでやられた。

 

Q. 南雲の髪が白いのは何故か?

A. 特殊な魔法薬の副作用。

 

Q. 何故すぐに戻らなかったのか?

A. 奈落を出たらライセン大峡谷だった。大峡谷から抜け出したらブルックの町に着いて、そこで冒険者の仕事をしながらお金を稼いでフューレン、ウルへやって来た。

 

そんな風に答えていると、クラスメイトの男子の一人、玉井淳史が尋ねた。

 

「な、なぁ、南雲。何か髪も長いし、胸もその……随分と女みたいな雰囲気になってるけど一体何があったんだ?」

 

それは他のクラスメイト達も同様のことを思っていたらしく、黙ってハジメの答えを待つ。騎士達も死んだ生徒は二人とも男だと聞いていたので、淳史の言葉に大きく頷いている。事情を知っている愛子は少し気まずげな表情を浮かべるが、当のハジメはケロリとした表情で言った。

 

「そりゃあ、僕は元々女だからね。ずっと隠していたけど」

『………………はぁ!!?』

 

ハジメの衝撃のカミングアウトにこの場にいたほぼ全員が絶叫した。全員、思わず愛子の顔を見るも、彼女の表情からそれが本当であることを悟ったのだろう。各々驚愕を露わにする。

 

淳史達男子陣は「まさか!」というように愕然とし、ハジメの顔を見る。一瞬だけ彼らの顔が赤くなるが、すぐに申し訳無さそうに俯いた。女子達も男子達と同じくらいの驚きようだった。だが、優花だけは驚きだけでなく、何故か酷くショックを受けたような表情をしていた。

 

衝撃の事実に放心している生徒達をよそに、愛子は改めて誠司達に尋ねた。

 

「それで……中西君達は戻って来るつもりはありませんか?」

「いや、あいにくだが、戻る気はないですね。こちらにも旅の目的があるので。それは決して魔人族と戦うことではない」

「そう……ですか…… あの、その目的って……」

「それも秘密で」

「あうぅ……」

 

しょんぼりする愛子に一人の騎士が怒りの声を上げる。愛子を特に慕う騎士の1人、デビッドだ。

 

「おい、お前ら! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」

 

誠司もハジメもチラリとデビッドを一瞥すると、溜息を吐く。

 

「基本的に真面目に答えていただろうが。こちらにも答えたくないものはあるんでね」

「それに食事中だよ。少しは行儀良くしたらどうなの?」

 

そんな2人の態度にデビッドは顔を真っ赤にし、今度はシアに矛先を向けた。

 

「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

 

デビッドはシアに向かって差別意識剥き出しの暴言を吐いた。よく見ると、他の騎士達も同様の目でシアを見ている。教会の思想にどっぷり浸かった連中なため無理もないのだが、あんまりと言えばあんまりな物言いに愛子は思わず注意をしようとする。

 

しかし、暴言をぶつけられた当の本人(シア)は普通に食事をしていた。時折嫌そうな顔で騎士達を見るが、特に気にした様子もない。そのため、誠司達も何も言わない。

 

そんなシアの態度が気に食わないのかデビッドは更にヒートアップしていく。元々短期でプライドの高い彼が、自分達よりも下の亜人族に無視されているのが我慢ならないようだ。

 

「おい! 聞いているのか!? 獣風情が俺を無視するとは随分良い度胸だ。ふん、どうやらその醜い耳は飾りのようだな。穢らわしい耳を切り落とすついでに地獄へ落としてやろうか!?」

 

そう言ってデビッドは腰の剣に手をかける。それを見て、愛子達や騎士達はデビッドを止めようとするが、彼には聞こえていないらしく、剣を僅かに引き抜いた。だが、彼の剣がそれ以上抜けることはなかった。

 

「な!? 一体どうなっているんだ! 剣が……抜けない!」

 

デビッドは剣を抜こうとするが抜けず、それどころか、身体もまともに動くことが出来ない。そんな時、騎士の一人がテーブル席を見て驚愕の声を上げた。それに釣られて愛子達も見ると、目を大きく見開いた。

 

誠司の傍らには魔獣が浮かんでいたからだ。

 

「ま、魔獣!?」

「何でここに!?」

「た、倒さないと……」

 

生徒達や騎士達は思わず武器を構えるが、誠司はそんな彼らに目もくれず、傍らにフヨフヨと浮かんでいるチリーンに声を掛けた。

 

「ご苦労だったな、チリーン。ナイス“かなしばり”だ」

「チリン、チリン」

『え?』

 

親しげに魔獣と話す誠司に困惑する愛子達。しかし、生徒の一人があることを思い出す。

 

「そういや、中西って魔獣使いだったな……」

 

魔獣使いという言葉を聞いて身動きが取れないデビッドが誠司を強く睨み付けて、再び暴言を吐いた。

 

「ほぅ? お前が魔獣使いだと? 穢らわしい天職持ちがまさかお前だったとはな。驚きだ」

「穢らわしい?」

「ああ、そうだ。魔獣など、人の世には不要な存在。凶悪で人には害にしかならない奴らだ! そんな穢らわしいものを使う者など虫唾がはしーーーー」

 

バキャンッ!!

 

デビッドの言葉は大きな破裂音で遮られた。思わず全員が音のした方に視線を向ける。その破裂音の正体は誠司が義手でグラスを握り潰した音だった。義手からはグラスの中に入っていた水がポタポタとこぼれ落ちている。

 

誠司は薄らと笑ってみせた。しかし、口元と違って目は一切笑っておらず、恐ろしいほどに怒りに満ちた笑みだった。その笑みに込められた怒りは相当なもので、この場にいた者達はその圧に呑み込まれそうになる。ハジメやユエ、シアですら背筋に冷たいものが走る。

 

誠司は穏やかな様子で口を開いた。

 

「はぁ、価値観の相違は仕方ないにしても……仲間を傷付けられそうになった上にここまで侮辱を受けて、黙っている理由はないよな。もう良い。恐縮だけど、ポケモン達(こいつら)にとって害にしかならない、その汚い口を閉じて貰えないか? 出来れば……永遠にね」

 

誠司の怒りを直接受けているデビッドは何も答えることが出来ずにガクガクと震えている。だが、その目に宿る誠司達への敵愾心は消えていない。それに気付いた誠司はつまらなそうに舌打ちすると、傍らに浮かぶチリーンに指示を出した。

 

「チリーン、悪いんだけど、こいつを片してくれる? 顔も見たくないから」

「チリチリンッ」

 

チリーンは頷くと、目を青白く光らせる。すると、デビッドの身体は青白い光に包まれた。チリーンの“ねんりき”だ。

 

「なっ!? おい! 何をする気だ! 止めさせろ!」

「チーリーンッ!」

「う、うわあぁぁぁぁ!!」

 

デビッドはそのままチリーンによって吹き飛ばされ、他の騎士達を巻き込んで背後の壁に叩き付けられる。デビッドを含めた騎士達は白目を剥いてズルズルと崩れ落ちる。

 

「あの、何かありましたか?」

 

そこで、大きな音を聞きつけて何事かと、フォスがカーテンを開けて飛び込んで来た。そして、目の前の惨状に目を丸くして硬直する。

 

それから誠司達は食事を再開するが、口を挟んでくる邪魔者はいなかった。




誠司はブチ切れると、静かに怒るタイプです。


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深夜の会話

何か、キリの良い所まで書こうとするとどうしても長くなってしまう……


誠司がニルシッシルの最後の一口を食べ終え、スプーンを皿の上に置く。ハジメやユエやシアも食べ終えたらしく、ナプキンで口を拭ったり、満足そうにお腹を摩ったりしている。

 

そんな誠司達を見て愛子は再び話しかけて来た。

 

「あの……中西君達は本当に戻って来ないつもりなんですか?」

「ええ、そのつもりは無いですね。元々この町に来たのも仕事の都合で来たからであって、依頼を終えたらそのまま出て行きます」

「僕も誠司と同じ意見です」

「どうして……」

 

愛子は悲しげに誠司達を見やり、理由を尋ねようとするが、誠司達がそれより早く席を立つ。愛子は引き止めようとするが、誠司達は無視して二階の階段へ向かった。その時、ハジメは何かを思い出したように、立ち止まって愛子達の方に振り返った。

 

考えを改めてくれるのかと一瞬だけ期待するが、その期待はハジメの質問で打ち砕かれる。

 

「そういえば聞き忘れてた…… ところで、あの時の魔法は結局誰の魔法だったんですか?」

「え……?」

 

愛子は何を聞かれているのか分からないという表情だ。

 

「だから、あの時……僕達が奈落に落ちる原因になった魔法は誰が放ったんですか?」

『っ!?』

 

ハジメの言葉に愛子の顔が強張る。クラスメイト達も同様で、顔色が悪くなる。

 

「え、えっと……一部の魔法が制御を離れて誤爆したと……」

「それで、結局、誰の、魔法だったんですか?」

「そ、それは……その……」

 

愛子の要領を得ない回答にハジメは改めて強調しながら質問を繰り返す。だが、相変わらず要領を得た回答は返ってこず、ただ言い淀むだけだった。

 

今度はクラスメイト達に視線を向ける。ハジメと目が合った優花達は気まずそうに目を逸らす。それだけで自分達が奈落に落ちた後、どのようなことがあったのか何となく察した。

 

正直、自分達が奈落に落ちたのは事故だということにされているのは、イルワとの会話やクラスメイト達の反応から察しがついていた。本当は明らかに自分達を狙って攻撃してきたのだが、まぁ今は別に良い。仲間に裏切られて攻撃されたとあっては醜聞どころの話ではないだろうから。多少、話が改変されていても驚きはしない。

 

ただ、誰の魔法が誤爆したのかくらいは、既に調べがついているものだとばかり思っていた。しかし、実際はそれすらもされておらず、事故ということでなぁなぁにされていたという現実。呆れた話である。それでよく戻って来いと言えたものだ。

 

誠司と顔を見合わせて、ハジメは大きく溜息を吐いた。本日、何度目かの溜息である。ハジメはもう何も言う気が起きないらしく、代わりに誠司が口を開く。

 

「はぁ……それを聞いて、ますます戻ろうと思わなくなりました。もうあなた方と会うことはないと思いますが……それでは」

「ま、待ってください! やっぱり中西君達は皆を恨んでいるんですか?」

 

愛子がまた頓珍漢なことを聞いてくるので、誠司は内心面倒に思いながらも懇切丁寧に答えることにした。

 

「恨むも何も、当然の反応だと思いますよ。だって、味方を巻き込んで攻撃するような危険人物がいる所に戻りたくありませんから」

「危険……人物……?」

「仮にパニックに陥っていたとしても、非常事態に味方を誤射するような者を野放しにしている所に誰が戻るんですか? それにしても……他のクラスメイト達も凄いな。そんな危険人物が後ろにいたら自分もやられるかもしれないのに背中を預けられるんだから。俺なら怖くて絶対に無理だな」

 

呆れを多分に含んだ誠司の言葉にハッとした表情で青ざめる愛子達。

 

確かにそうだ。もしも誤射した人物が前線組や愛ちゃん護衛隊の誰かだとしたら、また誰か犠牲になる者が出るかもしれない。そういった事態を防ぐために、誰が誤射したのかは特定しておくべきだった。本当に生徒の安全を考えているのなら。

 

それを今更ながらに気付かされたのだ。何も言えなくなる愛子達に、誠司達はもう何も言わずに二階への階段を上がって行く。愛子達の間には何とも言えない重い空気が流れる。

 

 

 

誠司達は部屋に入り、明日に備えて早めに休むことにした。誠司は1人部屋、ハジメ達女性陣は3人部屋だ。部屋に入り、ベッドに腰掛けたハジメはシアに尋ねた。

 

「シア、大丈夫? あの腐れ騎士に色々言われてたけど」

「え? はい、大丈夫です! 元々()()は出来てましたから」

 

あの時、シアがデビッド達を無視出来ていたのは、誠司達の仲間に加わる前に嫌われる覚悟が出来ていたからだ。なので、悪意ある言葉を掛けられても受け流すことが出来た。しかし、シアの顔色はどこか優れない。

 

「でも……やっぱりキツいものですね。嫌われ、憎まれるというのは。ブルックの町ではそんなことが無かったのも大きかったんでしょうけど……」

「シア……」

 

そんなシアに何て言えば分からないハジメ。その時、ユエがシアに抱きついた。ついでにウサ耳もモフモフする。

 

「ふあっ!? ユ、ユエさん!?」

「……シアのウサ耳はウッサウサで可愛い」

「ユエさん……そうでしょうか?」

「んっ!」

「そうだよ、シア」

 

ハジメもシアのウサ耳に触れる。その触り心地の良さに思わず笑みが溢れる。

 

「僕もシアのウサ耳は可愛くて好きだよ。何なら誠司も時々触りたそうにウズウズしてるしね。セクハラになるからって自制してるけど」

「ん……誠司にも触らせてあげたら?」

「誠司さんも…… そうですね。偶になら触らせてあげても良いかもしれませんね」

「あはは、誠司が聞いたら喜びそうだよ」

「……そうなったら遠慮なく触ってくるかも」

 

三人は楽しそうに部屋で会話に花を咲かせる。

 

 

 

そんなハジメ達をよそに、隣の部屋で誠司は明日に使うポケモン達を予めモンスターボールにしまって用意をしていた。明日は早朝から宿を出る予定なので、余計な時間はなるべく省いておきたい。ポケモン達も事情を聞くと快くボールに入ることを了承してくれた。

 

今回、誠司が選んだポケモンは、移動用のケンタロス、空から探すためのチルット、レーダーの役割のヒレを持つヌマクロー、自分達とは違った視点で物を見ることが出来るヤレユータン、そして野生のポケモン達に襲われた際に相手を無力化出来るマシェードとチリーン…………この六体である。

 

彼らをモンスターボールにしまい、腰のベルトに装着するとトランクを出る。途中ポケモン達の食事を用意したり、体調のチェックもしていたため、トランクを出た頃にはもう深夜になっていた。捕獲したポケモンの数もかなり多くなってきたのでそれだけお世話も大変である。だが、不思議と誠司はそれほど苦に感じていなかった。

 

トランクから戻り、ベッドに腰掛けて一息吐く。そんな時、扉を叩く音が聞こえてきた。扉を開けるとハジメが立っていた。

 

「ねぇ、誠司。ちょっと先生の所に行かない?」

 

思いがけないハジメの言葉に目を丸くする誠司。

 

「畑山先生に? それはまた何でだ?」

「うん、先生には僕達の旅の目的とか今まで知った情報を開示して良いと思うんだ」

「……?」

「僕達が旅を続ける上で、どうしても目立つ存在になるのは間違いないよね? そうなると教会やエヒトとかいう狂った神が何かしら干渉をしてくる可能性が高い。場合によってはクラスメイトとかを差し向けて来るかもしれない……」

「ああ、そういうこと……」

 

ようやく誠司もハジメの言いたいことを理解したらしく、大きく頷く。

 

「つまり、畑山先生に教会を信じ過ぎるなって警告する訳か。確かに畑山先生達も教会の犬共が近くにいる以上、いつ教会の思想に染まるか分かったもんじゃない。それに畑山先生の言葉ならクラスメイト達も従うだろうしな」

「どれだけ効果があるか分からないけど、まぁ僕達が言うよりずっと効果はあると思うよ」

「だが、畑山先生は信じるかねぇ…… 俺達ですら半信半疑だってのに」

 

実のところ、誠司達は解放者の話を完全には信じていない。オスカーやミレディが嘘を吐いているようには思えなかったが、彼らにとって都合の良いことだけを言っている可能性もある。当事者の証言だけでは客観的とは言い難い。

 

もちろん、ミレディにもその旨は伝えている。完全に信じるかどうかは他の大迷宮を攻略してから判断するとも。ミレディの方も自分の話を聞いただけで信じて貰えるとは思っていないようで、それで十分だと言われた。彼女曰く、人の話を鵜呑みにして簡単に信じ込むような人間の方が逆に信用ならないとのことだ。

 

そんな誠司の懸念にハジメも少し考え込むような仕草を取る。

 

「う〜ん、先生のことだから大丈夫だと思うよ。先生の行動原理はいつも生徒のことばかりだからね。僕達の話を嘘だと決めつけて一方的に斬り捨てることはしないと思う。それに、話をするのもあくまで教会を警戒させるのが目的だし」

「まぁ、ハジメがそう言うなら…… それなら早く行こう」

 

誠司は部屋を出て扉に鍵を掛けると、さっさと愛子が泊まっている部屋に向かった。

 

 

 

その頃、愛子は部屋で一人、ソファに腰掛けて考えごとをしていた。情報があまりにも多すぎて考えは一向に纏まらない。火の入っていない暖炉をただひたすらに見つめ、先程の出来事を振り返る。

 

大切な教え子が生きていたことは知った時を思い出して頬を緩めるも、その後の彼らのつれない態度を思い出して眉を顰める。しかし、彼らが自分達に不信感を抱くのも無理はないと考え直して、小さく溜息を吐く。そして、誠司達の周りにいた少女達を思い出し、信頼出来る仲間を得たのだと再び頬を緩めた。

 

その時、自分以外誰もいないはずの部屋の中から声を掛けられた。

 

「何を百面相しているんですか、先生?」

「っ!?」

 

愛子はギョッとして声がした方へ振り向く。振り向いた先には、入口の扉にもたれながら立っている誠司とハジメの姿があった。驚愕のあまり舌がもつれながらも何とか言葉を発する愛子。

 

「な、中西君? それに南雲……君も。な、何でここが……それにどうやって……」

「食事の席の際に畑山先生達、部屋の鍵を机の上に置きっぱなしにしてたでしょ。いくつかあった鍵に書かれた番号の部屋の中から一人部屋を探したらすぐに分かりましたよ。それにどうやってと言われても……普通にドアから入りましたとしか言えませんね」

「えっ、でも鍵が……」

「丁度優秀な錬成師がいるんでね。合鍵を作って開けて貰いました」

 

誠司がそう言うと、ハジメは得意そうに笑みを浮かべた。愛子はしばらく呆然とするも、すぐに眉を顰めて咎める表情になった。

 

「二人とも、こんな時間に、しかも女性の部屋にノックもなくいきなり侵入とは感心しませんよ。わざわざ合鍵まで作って……一体、どうしたんですか?」

 

愛子のお叱りを受け流し、2人とも素直に謝ると来訪の目的を告げた。

 

「そこは確かに非常識でしたね。すみません。少しだけ気が変わりましてね。先生と少し話をしようと思いまして。出来れば生徒やら騎士やら邪魔者がいない状況で」

「え……話ですか……?」

 

もしかして本当は戻って来るつもりなのかと期待に目を輝かせる愛子。だが、ハジメは苦笑しつつその期待を否定する。

 

「いや、さっきも言った通り、戻るつもりはありませんから。今からする話は、あくまでも先生なら冷静に受け止められるだろうと思ったから話します。どう判断するかは先生に任せます」

「念のために言っておきますが、俺達もこの話は半信半疑だということをご了承ください」

 

そのように前置きを置いて、誠司とハジメは今までの旅で知った情報や自分達の旅の目的を話し始めた。

 

 

 

どれくらい時間が経ったか分からないが、この世界の話を話し終えた誠司達。愛子は呆然としており、どう受け止めていいか分からないようだ。情報を咀嚼し、自らの考えを持つに至るには、まだ時間が掛かりそうである。

 

「以上が僕達が奈落に落ちてから知ったことですね。これを知ってどうするかは先生に任せます」

「戯言と斬り捨てるか、真実と考えて行動するか、それは畑山先生次第です」

「あ、あの……二人はもしかしてその狂った神を何とかしようと旅を……?」

「それはこれから次第ですね」

「ああ、さっきも言った通り、俺達も半信半疑の内容なんでね。まだ確信は出来ませんが……少なくとも、地球に帰るためにパルキアの力が必要なのは確かです」

 

誠司とハジメの言葉から、あまりにもスケールの大きい話を聞いて思わずこめかみを押さえる愛子。少し話題を逸らすように尋ねた。

 

「そのアテはあるんですか?」

「もちろん。大迷宮が鍵になるでしょう。興味があるのならオルクスでもどこでも探索しても良いかもしれませんね。もっとも、彼らが攻略に乗り出しても早死にするでしょうけど」

 

誠司が先程のクラスメイト達を思い出しながらそう言った。そんな時、愛子が何か思い出したかのように、ある生徒のことを伝えた。

 

「白崎さんは諦めていませんでしたよ」

「「……」」

「他のクラスメイト達はあなた達が死んだと言っても、彼女だけは諦めていませんでした。自分の目で確認するまで、あなた達の生存を信じると。今も、オルクス大迷宮で戦っています。天之河君達は純粋に実戦訓練として潜っているようですが、彼女だけは君を探すことが目的のようです」

「……白崎さんは無事ですか?」

 

ハジメが愛子に尋ねた。愛子は彼女がハジメと親しかったことを思い出して、にこやかに答えた。

 

「ああ、南雲……君は白崎さんと仲が良かったですもんね。順調に実力を伸ばして攻略を進めているそうです」

「う~ん……そういうわけじゃないんですが…… 良ければ伝えておいて貰えませんか? 迷宮では魔獣だけじゃなくて後ろの仲間にも警戒しておけと」

「え? それは……」

 

先程、誠司とハジメに言われたことを思い出して、顔を曇らせる愛子。確かに誤爆した人物が誰か分からない以上、警戒は必要かもしれない。だが、彼らはもう何か月も攻略を進めていて、その間に事故は一度も起こっていない。だから彼らに限っては問題ないかもしれない。そう考え始めていた。

 

そんな愛子の気持ちを正確に読み取ったハジメは容赦なく残酷な事実を突き付けた。本当なら黙っていても特に問題は無かった事実を。

 

「もうこの際だから言っておきますけど……僕達が落ちた原因になった魔法は誤爆じゃありませんよ。明らかに僕達を狙って誘導された魔弾でしたから」

「え? 誘導? 狙って?」

 

言っている意味が分からず、思わず聞き返す愛子。分かりたくないのかもしれない。今度は誠司が愛子に告げた。

 

「つまり、俺達はクラスメイトの誰かに殺されかけたってことです」

「っ!?」

 

愛子は顔面を蒼白にして硬直する。

 

「僕達が狙われた原因は白崎さんとの関係くらいしか浮かばなかったので。嫉妬で人を殺そうとするような人間なら今後、何をしでかすか分からない。しっかり忠告した方が良いですよ」

 

ハジメがそう言うと、誠司と一緒に部屋を出た。部屋に一人残された愛子は思わず寒気を感じ、両腕で自身の身体を抱きしめた。

 

大切な生徒が仲間を殺そうとしたかもしれない。それも、死の瀬戸際で背中を狙うという卑劣な手段で。生徒が何より大切な愛子にはとても受け入れ難い話だ。だが、否定すればハジメの言葉も理由もなく否定することになる。生徒を信じたい心がせめぎ合う。

 

愛子の悩みはますます深くなり、普段以上に眠れぬ夜を過ごすことになった。

 

 

 

部屋を出て誠司は少し不快そうな表情で、愛子のいる部屋と両隣の部屋を睨み付けた。正確にはその部屋にいる者達に対してだ。それに気付いたハジメが尋ねた。

 

「どうしたの、誠司?」

「いや……あいつら、確か畑山先生の護衛とか言ってたが、所詮は口だけだったんだなって思ってな」

 

ハジメも誠司の言葉の意味に気付いたようで、冷めた声で言った。

 

「仕方ないんじゃない? つい数か月前まで普通の高校生だったんだから。まぁ、僕達もだけど」

「ふん、呆れた奴らだ」

 

二人はそれぞれ違う部屋に入るとすぐにベッドで眠りについた。




誠司達は解放者達の話は半信半疑です。まぁ、解放者達の言葉だけでどう信じろという話ではありますし……


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捜索任務開始!

夜明け頃。人々がまだ寝静まっている時間帯、誠司達は宿の受付でチェックアウトを済ませていた。

 

事前に早朝から出発することを伝えていたとは言え、極めて早い時間でありながら、オーナーのフォスは嫌な顔一つせずに応対してくれている。フォスは誠司達から部屋の鍵を受け取ると、四つの包みをそれぞれに渡した。

 

「これは?」

「握り飯です。移動しながらでも食べられますので、よろしければ朝食にどうぞ」

 

そう言ってフォスは優しく微笑んだ。流石は高級宿、粋な心遣いに胸が熱くなる。誠司達は素直にお礼を言った。

 

「そうか……じゃあ、有難く頂きます」

「本当にありがとうございます」

「ん……嬉しい」

「ありがとうございます!」

 

四人が嬉しそうにお礼を言うと、フォスは少し申しなさそうに笑った。そんな彼を見て頭にハテナマークを浮かべる誠司達。

 

「いえいえ、昨晩は当宿のお客様があなた方にご迷惑をお掛けしたそうなのでお詫びですよ。不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」

 

フォスはそう言うと、誠司達、特にシアに向かって頭を下げる。それを見たシアは慌てて頭を上げるように言う。

 

「わわっ! オーナーさん、頭を上げてください! 私は別に気にしてませんから」

「そうですよ。あなたが謝る必要はないですよ」

 

ハジメも思わずそう言うと、フォスは頭を上げた。誠司とユエも口を開いた。

 

「オーナーさん、それなら次に俺達が来る時に美味しい米料理をお願いします」

「ん……昨日のニルシッシル、本当に美味しかった。また食べたい」

「お客様……」

 

誠司達の温かい言葉に、フォスはようやくいつも通りの笑顔を浮かべた。

 

「では、一刻も早くあなた方に北山脈の問題を解決して貰わねばいけませんね」

「ああ、金を貰う以上、手を抜く訳にはいかないので。それでは行ってきます」

 

そう言って、誠司達は宿の出口に向かって行った。

 

「行ってらっしゃいませ」

 

背後のフォスの言葉に右手を軽く上げて応えると、誠司達は扉を開けて宿を後にした。

 

 

 

宿を出てしばらく歩く誠司達。道中、フォスから貰った握り飯を頬張りながら北門へ向かう。そこから北の山脈に続く街道が延びているのだ。

 

人捜しの仕事である以上、出来る限り急いで捜索を行わなければならない。遅れれば遅れるだけ、生存率は下がっていくからだ。

 

幸い、本日の天気は快晴。捜索日和だ。

 

表通りを北に突き進み、やがて北門が見えてきた。その時、誠司達の足が止まる。北門の側に複数の人がたむろしているのが見えたからだ。

 

愛子とクラスメイト達の計七人だ。誠司は面倒な奴らがいると小さく溜息を吐いた。ハジメ達も半眼になっている。

 

「で……何か俺達に用ですか、畑山先生?」

 

誠司が尋ねる。一瞬、気圧されたようにビクッとする愛子だったが、すぐに毅然とした態度を取って誠司達に向き直る。少し離れた場所で何やら話し込んでいた優花達も誠司達に気が付いて、愛子の傍に寄って来た。

 

「私達も同行します。行方不明者の捜索なら人数は多い方が良いです。だから……」

「お断りします」

「な、何故ですか?」

「まぁ、色々理由はありますが、一番の理由はあなた達が同行しても仕事の邪魔にしかならないからですね」

 

誠司ははっきりと断りを入れる。普段の誠司であればもう少しオブラートに包んで断るのだが、今回は包み切れなかった。こっちは人命が掛かっているのだ。ボランティア感覚で来られても、はっきり言って迷惑でしかない。

 

愛子達の後ろに馬が数頭いるのが見えた。恐らく愛子達が用意したのだろう。「彼女達に乗馬が出来るのか?」と一瞬思う誠司達だが、そこはどうでも良いのでスルーする。

 

「お前らが来ても足手まといだ」と言われて、思わずカチンとくるクラスメイト達。そのうちの一人、園部優花が食ってかかる。

 

「ちょっと、そんな言い方は無いでしょ。中西達が私達のことを気に食わないのは分かるけど、愛ちゃん先生にまで当たらないでよ。それに、どうやって山脈まで行く気なのよ? 走って行くつもり?」

 

誠司達に移動手段が見当たらないので、自分達と会いたくないから適当にそう言っていると勘違いしているようだ。誠司達は無言でモンスターボールを取り出すと、各々ポケモンを出す。

 

「ブモオオォォォ!」

「メッタ!」

「シャシャン!」

「ゴーッ!」

 

突然、目の前に現れたケンタロス、メタング、シャンデラ、ゴーゴートにクラスメイト達から悲鳴が上がる。

 

「きゃああっ!?」

「ま、魔獣!」

「何でいきなり!? どっから出てきたの!?」

 

ポケモン達は魔獣として恐れられている存在だ。そんなものがいきなり現れればこうなるのは必然である。分かってはいたことだが、あまり気持ちの良いものではない。

 

「俺達は魔獣、いやポケモン達と一緒に旅をしているんだ」

「今回の仕事もこの子達の力を借りるつもりだったしね」

「ん……本当に頼もしい仲間」

「だから、ポケモン達のことが怖いなら来ない方が良いと思いますよ。私達としてもこの子達を怖がった状態で一緒にいられても困るので……」

 

誠司達はそう言うと、自分のポケモンに乗り込む。いざ出発しようとした瞬間、愛子から待ったを掛けられた。

 

 

愛子が言うには、生徒の一人、清水が数日前から行方不明になっているらしく、色々と情報を集めているがまだ情報が上がっていない。しかし、北の山脈地帯ではまだ情報収集を行なっていない。事件にしろ自発的失踪にしろ、まさか北の山脈地帯に行くとは考えられなかったので当然ではある。なので、これを機に自ら赴いて、ハジメ達の捜索対象を探しながら清水の手がかりもないかも調べようと思ったのである。

 

ちなみに優花達がいるのは偶然で、愛子だけに行かせるわけにはいかないと半ば強引に付いて来たようだ。騎士達は誠司達といるとまた厄介事になるとして、置手紙を残して留守番を指示しておいたらしい。まぁ、賢明な判断である。

 

「無理なことを言っているのは分かっていますが、お願いします。私達を同行させてください」

「だけど畑山先生、その……清水?って奴を探すだけならわざわざ同行する必要はないのでは? 何故そこまで?」

「それは……」

 

愛子は誠司とハジメに身を寄せて理由を告げた。愛子の顔をよく見れば化粧で隠れてはいるが、目元に隈がある。昨晩、殆ど眠れなかったのだろう。

 

「昨日南雲……君が言っていたことを先生として詳しく知る必要があるからです。移動時間や捜索の合間で良いので、お願いします」

 

愛子の目に強い決意の光があるのが見える。誠司はハジメにジト目を向けた。昨夜の最後の言葉は失敗だったな……と。ハジメも気まずそうに「ごめん」と口の動きだけで誠司に詫びる。

 

「ねぇ、誠司。連れて行こう」

「ハジメ、本気か?」

「仕方ないよ。このまま教会とかに捜索依頼を出されたらそっちの方が遥かに面倒だし」

「……確かにな。だが、畑山先生への説明はハジメがしてくれよ」

「分かってるって」

「中西君、南雲……君! ありがとうござ……「ただし条件が二つある」……条件ですか?」

 

愛子の感謝の言葉を遮ると、誠司は愛子や周囲のクラスメイト達を見渡した。

 

「一つ目の条件は、俺達がこれからやることを教会に口外しないことだ。別に犯罪行為をするわけではないが、バレれば異端審問だの何だの面倒ごとになるのは目に見えているからな」

 

一つ目の条件に愛子達は素直に頷く。確かに魔獣を使っていればそうなる可能性はあるからだ。

 

「そして二つ目は、自分の身は自分で守ることだ。無理言って俺達に同行するんだ。何かあっても、自分の身くらい自分で守れ。まぁ、仮にも畑山先生の護衛を任されてるくらいだから、その心配はないだろうがな」

 

誠司の言葉に、クラスメイト達の顔が強張る。だが、誠司は気付かないフリをした。条件を伝え終えた誠司はハジメに あるものを出すように言うと、モンスターボールを取り出した。

 

「戻れ、ケンタロス」

 

誠司はケンタロスをモンスターボールに戻した。ハジメ達もそれに倣う。愛子達は大きなポケモンが出たり消えたりする光景を見て、目を丸くしている。

 

ハジメは宝物庫から『魔力駆動四輪』プリーゼを取り出した。車という異世界にはとても似つかわしくないものが現れたことにはっきりと驚きを隠せない愛子達。ユエは昨日のこともあって少しげんなりとした表情を浮かべている。シアはそんなユエを励ましている。

 

「嘘だろ……」

「車まで……」

「車とかどうやって手に入れたの……?」

 

そんなクラスメイトの驚きの声を無視して、「全員は中に入らないから何人かは荷台に乗って」と言ってハジメは先に運転席に乗り込む。

 

 

こうして誠司達は愛子やクラスメイト達を同行させて北の山脈へ向かうこととなった。



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北の山脈へ

山脈地帯へ続く道を魔力駆動四輪プリーゼが爆走している。しかし、昨日程のスピードは出さずに比較的安全運転で進んでいるため、車内も荷台も特に揺れはない。

 

運転席にはハジメが座り、隣の助手席には愛子が座っている。愛子がハジメの隣なのは例の話をするためだ。愛子としては他の生徒に聞かれたくないらしく、直ぐ傍で話せるようにしたかったらしい。

 

後部座席にはユエとシア、優花達クラスメイトの女子陣が座っている。シアはクラスメイトの女子の菅原妙子、宮崎奈々の二人からキラキラした目で質問攻めに遭っていた。優花は興味のない様子で窓の景色を眺めているが、聞き耳を立てているのが丸分かりである。そのため、シアは居心地が悪そうだ。時々、窓際の席でウトウトと呑気に船を漕いでいるユエを恨みがましく睨んでいる。

 

ユエは出発した途端、速攻で眠ってしまったので、シアにしわ寄せが来たのだ。もっとも、仮にユエが起きていたとしても、変わらずシアにばかり質問が飛んでいただろう。ユエは美人すぎてどこか近寄りがたい雰囲気があるからだ。

 

一方で誠司はクラスメイトの男子陣と一緒に荷台で過ごしていた。普段は助手席に座っていたのだが、愛子がハジメと話をするために席を譲って欲しいと頼まれたのだ。誠司としても女しかいない空間の中で一人だけ男というのは精神的にきつかったため、特に不満はない。

 

誠司はのんびりとモンスターボールの手入れをしていた。荷台に一緒に乗っているクラスメイトの玉井淳史、相川昇、仁村明人はしばらくは三人で雑談をしていたが、誠司がしていることが気になるのか、チラチラと誠司が持っているものを見ている。そうして、やがて淳史が意を決したのかおずおずと聞いて来た。

 

「な、なぁ、中西。ずっと気になってたんだけど、そのボールって何だ?」

 

質問されると思っていなかった誠司は思わず手を止めて顔を上げる。

 

「……これか? これはモンスターボールって言ってな。ポケ……魔獣を捕まえることが出来るアーティファクトだ」

「そ、そんなアーティファクト見たことも聞いたこともないけど……」

「そりゃあ、ハジメが作ったものだからな」

「南雲が…… もしかしてこの車もそうなのか……?」

「そうだよ」

 

誠司の答えに愕然とした表情を浮かべ、周囲を見渡す淳史達。誠司達の会話は後部座席の女子陣も聞こえていたらしく、驚きの声が聞こえてくる。これがあの無能と呼ばれていた奴なのかと複雑な気持ちのようだ。もしも、仲間に戻ってくれればどれほど助けになるかと思わず口に出そうになるが、昨日や出発前に言われたことを思い出して口を噤む。

 

その時、気まずげに視線を逸らした昇は誠司の腰のベルトに複数のモンスターボールが付いていることに今更ながらに気が付いた。思わず顔を引きつらせる。

 

「なぁ、中西。どれくらい魔獣を持ってるんだ……?」

「ん? 今手元にいるのは六体だけだな」

「ろ、六!? そんなにいるのか!?」

 

本当はもっといるのだが、そこは説明が面倒なのでスルーする。トランクまで説明する羽目になるからだ。淳史が尋ねた。

 

「お前、魔獣が怖くないのか?」

「怖い?」

「だってそうだろ。オルクスの訓練の時にも襲い掛かってきたし、凶暴だってイメージがどうしてもあるんだ」

「………」

 

黙って聞いている誠司に明人も続ける。

 

「それに、昨日右腕を失ったり、顔が火傷したのは魔獣と戦ったからだって言ってただろ? なのに全然怖がっている素振りがないからさ」

「ああ、そういうことか…… まぁ、怪我を負ったのは奈落での探索でも割と終盤だったからな。それまではこいつらに色々助けてもらったし。全部のポケモンが悪いとは微塵も思っていなかったよ」

「そ、そうなのか?」

「ああ、こいつらがいなかったら間違いなく死んでたよ。信頼の置ける大事な仲間だな」

 

そう言って誠司はモンスターボールを弄る。ふと昇が尋ねた。

 

「そういえば、さっきからそのポケモンって何だ? 魔獣のことをそう呼んでるみたいだけど」

 

昇の質問に淳史も明人もうんうんと頷いている。後部座席の女子達も気になるのか、分かりやすく聞き耳を立てている。

 

「ポケットに入るモンスターだからポケットモンスター。それを縮めてポケモン。俺達はそう呼んでるよ。その方が親しみがあって良いだろ?」

 

誠司の言葉に男子達は少し呆れた様子で言った。

 

「お前、本当に変わってるよな。魔獣をそんな風に呼ぶなんて」

「よく言われるよ」

 

誠司はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

その頃、ハジメと愛子の話も佳境を迎えていた。

 

「なるほど……確かに話を聞く限りだと故意に魔法を撃ち込まれた可能性は高そうですけど……」

 

ハジメから当時の状況を詳しく聞く限り、間違いなさそうだが、やはりそのことを信じたくないのか愛子は頭を悩ませる。

 

「あの……南雲さんは犯人に心当たりはありますか?」

 

ちなみに、愛子のハジメへの呼び方は「さん」付けに変わっている。昨日からずっと「君」で呼ぶかどうか迷っている感じだったので、好きに呼んで構わないとハジメが伝えた所、「さん」で呼ぶことにしたらしい。ハジメももう女であることを隠す気はないので文句は無かった。愛子の質問にハジメはフンと鼻を鳴らす。

 

「どうでしょう? 火属性の魔法が使えれば誰でも出来そうですからね。でもまぁ、敢えて言うなら、檜山君じゃないですか? 僕達のことを滅茶苦茶嫌ってましたから」

「で、でもまだそうと決まったわけじゃ……」

 

愛子は思わずそう言うが、確かに彼女の目から見ても彼のハジメや誠司に対する態度は異常だった。ハジメもほんの少しだけフォローする。

 

「まぁ、衝動的な犯行だったんでしょうけど、現時点では彼がやった可能性が1番高いですね。もっとも、証拠が無いので断定は出来ませんが。いっそのこと、本人が自白でもしてくれれば楽なんですけど」

「そんな、一体どうしたら……」

 

愛子は仮に犯人を特定できたとしても、人殺しで歪んでしまったであろう心をどうすれば元に戻せるのか、どうやって償いをさせるのかについて頭を悩ませる。

 

だが、それについて答えてくれる者はおらず、うんうんと頭を捻って悩むうちに、愛子はやがて寝息を立てて眠り始めた。ハジメは横目でそれを確認すると、何も言わずに運転に集中する。

 

 

 

北の山脈地帯

 

標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。誠司達が訪れた場所は日本の秋山のように紅や黄といった色鮮やかな葉を持つ樹々が立ち並び、そこかしこには香辛料の素材や山菜が生えている。ウルの町が観光都市として潤う訳である。

 

その麓にプリーゼを停車させると、誠司達は少しの間、見事な紅葉の景色に見惚れた。女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐く。

 

誠司としてももう少し見ていたいが、仕事で来ているのだと自分に言い聞かせて一つのモンスターボールを取り出す。それを見てユエも自分のモンスターボールを取り出した。

 

「出てこい、チルット」

「……出てきて、モクロー」

 

「チルゥ!」

「モフゥ!」

 

姿を現したチルットとモクローに驚く愛子達。しかし、可愛らしい見た目に愛子や女子達はモフりたいのかウズウズしている。誠司はそんな愛子達を無視して指示を出した。

 

「よし。チルット、昨日言った通り、空から怪しい所がないか調べるんだ。それで何か分かったら俺達に知らせてくれ」

「チール、チル!」

「……モクロー、あなたもお願い」

「モッフゥ!」

 

チルットとモクローは誠司とユエの指示を聞くと、勢いよく空へ消えていった。ハジメはプリーゼを宝物庫にしまうと、代わりにあるものを取り出した。

 

それは赤縁の眼鏡と全長三十センチくらいの大きさの鳥型の模型だった。模型はポッポのような姿をしており、頭部には水晶が付いている。ハジメは眼鏡をかけると、模型を空中に放り投げる。

 

すると、模型はふわりと宙に浮き、そのまま山の方に向かって飛んで行った。誠司が尋ねた。

 

「ハジメ、あれは?」

「無人偵察機『オルニス』だよ。この眼鏡のレンズとオルニスの見る光景が繋がってるんだ」

「なるほど、つまりドローンか。ブルックの町で作ってたのはそれだったのか」

「うん、本当に苦労したよ」

 

このオルニスはライセン大迷宮でちょろまかした鉱石で作った代物だ。しかし、鉱石の量から一機しか作れなかった。その分、高性能に作っている。小型なのを活かして細かい動きを取ることが可能だし、ハウリアにいたポッポを基に作ったため、ポッポと同様にいくつか技を使うことも出来る。

 

車だけでなく、ドローンの登場に唖然とする愛子達。凶暴で危険なはずの魔獣を使いこなす誠司と異世界に似つかわしくないアーティファクトを作ってそれを使いこなすハジメ。

 

愛子達は、もういちいち誠司やハジメのやることに驚くのは止めようと、おそらく叶うことのない誓いを立てるのだった。




オルニスが原作と色々仕様が異なっていますが、ご了承ください。


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捜索は隅々まで

チルットやモクロー、オルニスを飛ばした後、誠司達はウィルと冒険者達も通ったであろう山道を進み、山脈の六合目辺りまで到着すると一旦そこで立ち止まる。調査の対象となっていたのはこの辺りなため、ウィル達冒険者パーティーもこの辺で調査を行っていたはずである。そこから何かしらのトラブルに巻き込まれたのかどうか分からないが、何か彼らの足取りが分かるはず。誠司達はそう考えたのだ。

 

そして、立ち止まった理由はもう一つある。それは………

 

「はぁはぁ、も、もう休憩……?」

「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」

「……ひゅぅーひゅぅー」

「ゲホゲホ、何で……俺達だけ……」

「あ、あの……皆さん大丈夫ですか?」

 

予想以上に優花達クラスメイトの体力が無さ過ぎて休憩の必要があったからだ。愛子が心配そうに尋ねるが、答えられる者はいない。これは誠司達や愛子はケンタロス達を使って山道を進んだのだが、クラスメイト達には全員、走って付いて行かせたのが原因だ。

 

当然、優花達からは文句の声が挙がったが、「え? 僕や先生みたいな非戦闘職ならともかく、優秀な戦闘職の君達がまさか出来ないの?」とハジメが軽く煽ると黙った。もう後には引けなくなった優花達はケンタロス達に引き離されないように全力疾走しながら登山する羽目になり、体力を消耗し切ってフラフラになっていたのである。

 

誠司達はそんな優花達に若干困った視線を向けつつも、どっちにしろ詳しく調査を行う必要があるため休憩を兼ねて近くの川に向かうことにした。ここに来るまでにオルニスによって位置を把握していたため間違いない。

 

誠司達は愛子にクラスメイト達が歩けるようになったら川の方に向かうように具体的な場所を伝えると、先に川へ向かった。ついでに道中、野生のポケモンに襲われないようにケンタロスも貸しておく。誠司のケンタロスは手持ちのポケモンの中ではかなり大人しいがやる時はやる子なので問題ないだろう。ケンタロスはコクリと頷くと愛子の隣に移動する。愛子は少し顔を引き攣らせていたが、慣れてもらうしかない。

 

誠司達は山道から逸れて山の中を進む。木々の間を歩いていると、やがて川が見えて来た。

 

目の前にあったのは小川と呼ぶには少し規模の大きいものだった。索敵能力が一番高いシアが先に周囲を探り、野生のポケモンがいないのを確認するとようやく全員、肩の力を抜いた。そして、誠司達は近くの岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針について話し合う。

 

途中、ユエとシアが「少しだけ」と靴を脱いで川に足を浸けて楽しむといったことをするが、誠司もハジメもまだ愛子達が来る様子がないので許可をする。ユエもシアもいつの間にか全ての手持ちのポケモンを出して水遊びを楽しんでいる。

 

それを見た誠司とハジメも折角なので、残りのポケモン達をモンスターボールから出して少しだけ休憩をすることにした。一気に数が増えたことで賑やかになったが、別に良いだろう。ユエはブイゼル、チリーン、ヌマクローと一緒にパシャパシャと川の水を弄ぶ。実に楽しそうだ。シアも素足になっているが、水に浸けているだけで川の流れの感覚を楽しんでいるようだ。シアの相棒のホルビーも気持ち良さそうにしている。

 

そんな時、ようやく愛子達もやって来た。優花達は置いていったことに思うところがあるのかジト目をしている。しかし、男子三人は素足のユエとシアを見ると「おお!?」と歓声を上げ、「ここは天国か」と目を輝かせる。女性陣の冷たい眼差しが彼らに向くとすぐに身震いして視線を逸らしたが。淳史達の視線に気付いたユエ達も川を上がる。

 

優花達クラスメイトは川岸で腰を下ろし、水分補給に勤しむ。愛子も「案内してくれてありがとうございました」とケンタロスの頭を優しく撫でながらお礼を言うと優花達の方に向かう。それを見て誠司は少し意外そうな表情を浮かべた。

 

「あれ? 畑山先生、さっきまで怖がっていたのにもう慣れたんですか?」

「え? あ、はい。最初は怖かったですけどね。私の実家の近所には牛を飼っている農家の方も多かったので、ちょっと変わった牛と同じだと思えば何とか…… それに、中西君が言っていた通り、大人しくて良い子ですし」

「ブモオォォ」

 

ケンタロスも愛子の言葉に同調するように鳴き声を上げる。ケンタロスの方も愛子に対して好印象だったようだ。愛子は誠司達の周囲にいるポケモン達に目を向ける。

 

「それにしても……魔獣……じゃなくてポケモンでしたっけ? どの子も中西君達に本当によく懐いているんですね」

「そりゃあ、まぁ……俺達の大事な仲間なので。姉妹のように一緒に育ってきた『家族』だったり奈落の底で出逢って何度も死線を潜り抜けてきた『戦友』だったりと様々ですが」

「へぇ……そうなんですね。ポケモンにも色々な子がいるってことですね」

 

愛子は微笑ましそうに呟いた。誠司のいつになく穏やかな表情や口調にどこか思うところがあったようだ。

 

優花達クラスメイトもケンタロスのこともあってか、ポケモン達に対する恐怖心がほんの少し払拭されてきているようだ。何人かは恐る恐るだが他のポケモン達と触れ合ったりしている。完全に恐怖が拭えるようになるにはまだまだ先だろうが、城に閉じ籠っていた時と比べると大きな一歩だろう。

 

ポケモン達も特に嫌がっていないため誠司達も文句を言うことはない。誠司達としてもポケモンに興味を持ってくれるのは嬉しいため、クラスメイト達とポケモン達との交流を黙って眺めている。

 

そんな時、誠司のすぐ近くを座っていたハジメの表情が一気に険しくなった。

 

「……え? これって……」

「ん? ハジメ、どうしたんだ?」

 

ハジメの呟きを聞いた誠司が確認する。その様子に愛子達も何事かと目を瞬かせる。ちょうどその時、上空から声が聞こえて来た。

 

「チルチルゥ!」

「モッフゥ!」

 

チルットとモクローだ。何かを見付けたようだ。

 

「なぁ、ハジメ。チルットとモクローが何かを見付けたみたいなんだが、もしかしてハジメのオルニスが見付けたのと同じやつか?」

「多分ね……オルニスによると、川の上流に、えっと……盾かな? それに鞄とかも……まだ新しいみたいだし何か手がかりになるかもしれない」

「ようやく手がかりが見付かったか。それなら早く向かおう。チルット以外はボールに戻ってくれ」

 

そう言って誠司はチルット以外の手持ちをボールに戻す。ハジメ、ユエ、シアも同様にポケモン達をボールに戻すと、すぐに出発の準備を始める。優花達は本音で言えばもう少し休憩していたかったが、無理を言って付いて来た上に何か手がかりを見付けたとあっては動かない訳にはいかない。疲労が抜けきらない重い腰を上げる。

 

愛子はそんな生徒達を見て誠司達に少しペースを落として欲しいと頼む。

 

「あの、中西君。非常事態なのは分かっていますが、出来れば少しだけペースを落としてもらえませんか?」

「その心配はないでしょう。上流へ続く道は山道と違って険しいのでケンタロス達は使えませんよ。俺達も走って向かう必要があるのでさっきのようなことにはならないでしょうし」

「そ……そうですか」

 

誠司の言葉を聞いて少しだけ安堵する愛子達。しかし、かなり険しい道を上る必要があるため、どっちにしろ目的の場所に到着する頃にはかなり体力を消耗することになった。

 

 

 

誠司達が到着した場所は凄惨……の一言だった。

 

ハジメの言っていた通り、盾や鞄もそこにあった。だが、盾はひしゃげていたり、鞄は紐が千切れてズタズタにされている状態でだったが。

 

注意深く周囲を見渡すと、近くの木の皮が禿げているのを見付けた。二メートルくらいの位置にある。

 

「何かが擦れた拍子に……って感じか?」

「うん。人間の仕業じゃない……よね」

 

誠司はヤレユータンとヌマクローをボールから出す。誠司は2体に最大限の警戒を指示しながら、傷のある木の向こうへ進んで行く。

 

先へ進むと、次々と争いの形跡が見付かっていく。へし折れた木や血の飛び散った痕を見て、愛子達の表情は強張っていく。特に優花達の顔色が酷い。震えそうになる身体を必死に押さえようとしているのが分かった。そんな時、ハジメはあるものを見付けた。

 

「これって……」

「何だ? まさかこれ……剣か?」

 

ハジメが見付けたのは剣らしきものだった。だが、剣というには随分形がおかしい。全体がドロドロに溶けて固まった状態でぱっと見、剣には見えない。

 

これには流石の誠司達も顔を強張らせる。金属をここまで融解させる程の攻撃が出来るポケモンがいるかもしれないのだ。その時、シアも何かを見付けたらしく、誠司達に寄って来た。

 

「あの、誠司さん。これ、ペンダントでしょうか?」

「ん? これは……遺留品の可能性が高いな。古びた様子はないし、一応回収しておくか」

 

中身を確認すると、女性の写真が入っていた。恐らく、誰かの恋人か妻か。

 

その後も遺品と思しきものが散見され、身分特定に使えそうなもののみを回収していく。それからどれくらい時間が経ったのか。既に日は傾き、野営の準備が必要になってくる時間に差し掛かって来た。

 

「チルチルルゥ!」

 

上空で探してもらっていたチルットが何かを見付けたらしく、誠司に呼び掛けている。

 

「何か見付けたみたいだな。急ごう」

「そうだね。それでその周辺を探して何も無かったら野営の準備をしよう。もう暗くなってきてる」

 

ハジメの言葉に全員が賛同すると、チルットの案内で例の場所に向かった。

 

チルットが案内されて着いた場所は大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのだろうが、その川は現在途中で大きく抉れて小さな支流が出来ていた。恐らくここで大規模な戦闘があったのだろう。

 

「おいおい、一体どんな戦い方をしたらこうなるんだ……?」

 

誠司は思わず呟いた。そこにヤレユータンが何かの足跡を見付けたようで誠司に呼び掛ける。

 

「ヤレユ」

「ん? この足跡は……何かのポケモンみたいだけど」

「ねぇ、誠司。この足跡が川縁にあるってことは、彼らはもしかして川の中に飛び込んだんじゃ……」

「ヤレユー」

 

ヤレユータンもハジメと同じ考えらしく、大きく頷く。それを見て誠司は次の方針を決めた。

 

「なるほどな。それじゃあ、次は下流を探した方が良さそうだ」

 

 

それから誠司達は下流へ向かって川辺を下っていく。すると、今度は先程とは比べ物にならない規模の立派な滝を見付けた。滝の傍特有の清涼な風が頬を撫でる。

 

その時、誠司の傍らにいたヌマクローが何かに反応したようだ。レーダーのヒレをしきりに動かしている。ヌマクローは誠司の服の袖を引っ張る。

 

「マクロゥ! マクロ!」

「どうしたんだ、ヌマクロー? 何か分かったのか?」

「マクロ!」

「ふむ……ユエ、出来るか?」

「んっ、任せて」

 

ヌマクローが示す方角を見て誠司は少し考え込むと、ユエに声を掛けた。ユエも自分が何をすべきかすぐに察したようで、風魔法と水魔法を駆使して滝を真っ二つに割った。

 

「さてと……誰かいると良いんだが……」

 

誠司はそう言ってポケモン達と一緒に滝壺の中へ入って行った。ハジメ達もそれに続こうとするが、ふと後ろを振り返ると、そこには驚愕に口をポカンと開けたまま突っ立っている愛子達がいた。

 

「……何してるの? 早く行って」

 

ユエが呆れたようにそう言うと、愛子達はようやく我に返ったのか急いで後を追う。そして、全員が中に入ったのを確認するとユエは魔法を解除した。



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漆黒のリザードン襲来

滝壺から奥は洞窟になっていた。水が流れ込まない構造になっているようで、まさに自然が作り出した奇跡と言える。そして、その空間の一番奥に三人の男が横たわっているのを発見した。

 

傍に寄って確認すると、三人とも大きな怪我は見当たらない。近くの鞄に少量の食糧も残っているので単純に眠っているだけのようだ。だが、依頼の際に貰った資料によると、冒険者パーティーはウィルを含めて六人だったはず。それが今三人しかいないということは恐らくそういうことなのだろう。そのせいか、三人とも顔色が悪い。特に三人の中で一番若い男は死人のような顔色になっている。

 

愛子達は急いで暖を取ったりして介抱しようとするが、誠司は手っ取り早く三人を起こすためにあるポケモンを出した。チリーンだ。

 

「チリーン、“さわぐ”だ。思いきり頼むぞ」

「チリンッ!」

「皆、耳を塞いだ方が良いぞ」

 

大きく息を吸い込むチリーンを見て、誠司は周りの者に耳を塞ぐよう言った。ハジメ、ユエ、シアはすぐに耳を塞いだが、その他の一部の者は咄嗟のことで訳が分からず耳を塞ぐのが遅れてしまった。

 

そして、次の瞬間……

 

チリリリリリリリーーーーン!!!

『ぐあぁぁぁ!!』

 

チリーンのけたたましい鳴き声が洞窟内に響き渡る。ただでさえ煩い鳴き声が洞窟の中で反響して凄まじい騒音になった。不運にも耳を塞ぎそびれた昇、奈々、明人は耳を押さえて悶絶している。耳を塞いで鼓膜が無事だった愛子達は誠司の容赦のなさに戦慄の表情を浮かべている。

 

だが、チリーンの“さわぐ”は荒療治ではあるが効果は抜群だったようで、死人のように横たわっていた冒険者達も今ので全員飛び起きていた。

 

チリーンをボールに戻すと、何事かと周囲を忙しく見渡す冒険者達に近付いた。そして、彼らが依頼の対象かどうか確認する。

 

「俺達はフューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で行方不明になった冒険者パーティーの捜索に来たんだが……あなた方で間違いないか?」

「え? え? 君達は一体、どうしてここに……」

 

三人の中で一番若い青年は何がなんだか分からずに目を白黒させるばかりだが、別の男が代わりに答えた。

 

「ああ。俺達はこの北の山脈で魔獣の大量発生の件で調査に来たんだ。俺はゲイル・ホモルカ、パーティーリーダーをしている。こっちはクルト、そんでこっちはウィルだ」

 

ゲイルの名を聞いて淳史達男子はピクリと反応しているが、誠司達はスルーする。ゲイルにクルト。二人とも調査対象の冒険者の名前だ。そして、もう一人無視出来ない名前の人物がいた。

 

「ウィル…… もしかしてクデタ伯爵家三男のウィル・クデタですか?」

「え? 私のことを知っているんですか!?」

 

ハジメが尋ねるとウィルは驚きの声を上げる。どうやら、ウィル・クデタ本人で間違いないようだ。奇跡的な生還に誠司達は全員ホッと安堵の息を吐く。愛子達は彼らが無事に生きてくれていたことへの安堵なのに対して、誠司達はウィルが生きていたことでイルワに恩を売れるという利己的なものだが。

 

「さっきも言った通り、俺達はフューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で行方不明になった冒険者パーティーの捜索に来た。無事で良かったよ」

「イルワさんが!? そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんて余程の凄腕なのですね」

 

尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィル。チリーンの“さわぐ”を気にしていない辺り、もしかすると案外大物なのかもしれない。同じ貴族でもいつかのデブ貴族とは大違いである。

 

そして、誠司達の方も自己紹介を済ませると、ハジメはゲイルに尋ねた。何となく察しはつくが、確認はしておかないといけない。

 

「あの、資料ではそこのウィルさんを含めて六人パーティーと聞いているんですが、残りの三人は?」

 

ハジメの質問にゲイル達三人の顔が曇った。特にウィルは恐怖で顔を歪ませている。それだけで誠司達の予想は当たっていたようだ。

 

「残りの三人……ナバル、レント、ワスリーは……死んだよ」

『…………!!』

 

ゲイルの言葉に息を呑む愛子達。特に優花達クラスメイトは全員顔を強張らせている。質問したハジメも少し気まずげに謝罪した。

 

「そうでしたか……すみません、不躾な質問をしてしまって……」

「いや、気にしないでくれ。冒険者である以上、こうなる覚悟は出来てる。それはあいつらだって同じだったはずだ」

 

ゲイルがそう言うと、隣にいるクルトも同じ気持ちのようで大きく頷いている。それを見て誠司達は思わず感心した。流石はイルワが見込んで依頼をしただけのことはある。

 

そこからゲイル達は自分達に何が起こったのか話し始めた。

 

誠司達が向かう五日前、六合目付近の川で調査をしていたゲイル達パーティーはある魔獣に遭遇したらしい。その魔獣はこの山脈に生息しないとされる種のものだった。魔獣はいきなりゲイル達に襲い掛かり、何とか撤退しつつも3人の仲間を失う結果になってしまった。一人はその魔獣の吐く炎で焼かれるのを直接見た上に、残りの二人も状況から見て生存は絶望的とのことだ。

 

ウィルはその時のことを思い出したのか顔面が蒼白になり、口元を必死に押さえて吐気を堪えている。先程の惨状を目の当たりにしているのもあって、話を聞いていた愛子達の顔色も悪い。ゲイルとクルトも身震いしながら言った。

 

「俺達を襲ったのは黒い竜のような魔獣だ……確かあれは……」

「リザードンだ。以前、別の依頼で見たことがあるから間違いない。色は全然違ったけどな」

 

そのポケモンの名前を聞いて誠司は目を見開いた。

 

リザードン。巨大な羽に尻尾の炎が特徴的な竜のようなポケモンだ。夢でも何度か見たためよく知っている。だが、夢で見たリザードンの体色は確かオレンジだったはずだ。黒なんて有り得ない。

 

…………いや、ポケモンには稀に通常種とは異なった体色を持つものがいる。所謂色違いというやつだ。恐らく、そのリザードンも色違いなのだろう。

 

誠司はそんなことを考えていると、シアが尋ねる。

 

「あの、リザードンって……」

「炎・飛行属性の竜のような魔獣だ。本来は岩山なんかに生息している奴でな。翼があるからどこへでも飛んで行けるが、普通はこんな場所に現れる筈がないんだよ」

 

シアの質問にゲイルが答え、そこでようやく、この事態が異常だということに気が付いたようだ。全員、深刻な表情を浮かべている。

 

その後、一行は早速下山することにした。幸い、日の入りまでまだ時間はある。急いで行けば日が暮れるまでに麓に着くことが出来るだろう。

 

敦史達数名は町の人達も困っているから調べるべきではないかと微妙な正義感からの主張をしたが、愛子が頑として認めなかったため結局全員下山することとなった。

 

だが、事はそう簡単に進まないらしい。再びユエの魔法で滝壺から出て来た誠司達の前に邪魔者が現れたからだ。ゲイルの言っていた黒いリザードンが滝の前で黒と紫の翼を羽ばたかせながらこちらを睥睨していた。

 

通常、リザードンは一.七メートルくらいの大きさなのだが、目の前にいるリザードンは二メートル半はある。低い唸り声が喉から漏れ出ており、時折青白い炎も口元から溢れ出ている。目は真っ赤に染まり、正気ではないことが伺える。

 

奈落の底でのサザンドラ程ではないが、それより前層で戦ったポケモン達くらいの強さはあるだろう。実力のあるパーティーとは言え、ウィルを連れた状態でよく三人も生き残れたものだと感心するレベルだ。

 

リザードンの姿を見た愛子達やウィルは見事に硬直してしまっている。特にウィルは襲われたトラウマがあるのか真っ青な顔でガタガタ震えており、今にも崩れ落ちそうだ。それとは反対にゲイル、クルトは咄嗟に武器を構えて戦闘体勢を取っている。

 

そして、誠司は思いがけない事態に戸惑っていた。目の前のリザードンについて、先程から魔獣図鑑の技能を使って調べているのだが、一向に情報が得られないのだ。何度技能を発動させても『不明』と出てくる。今までそんなことはなかったのにどうなっているんだと動揺していたため、つい目の前の状況に気付くのが少し遅れてしまった。

 

「誠司、ぼーっとしないで!」

 

ハジメの声でハッと我に返った誠司はリザードンが何か技を放とうとしているのが見えた。喉元にエネルギーを溜めているのが分かる。それを見て誠司は思わず叫ぶ。技についてはちゃんと魔獣図鑑が反応した。

 

「あれは……“だいもんじ”だ! 急げ! 退避しろぉ!!」

 

“だいもんじ”……炎属性の攻撃の中では特に威力の高い技の一つだ。こんなものをまともに食らえば、良くて大火傷、悪くて焼死だろう。誠司の叫びに反応してハジメ、ユエ、シア、ゲイル、クルトの五人はすぐさまその場を退避した。

 

誠司もポケモン達と共にすぐにその場から離れようとするが、ヤレユータンに呼び止められた。

 

「ヤレ、ヤレユ!」

「どうした、ヤレユータン、早く逃げ……」

 

そう言って誠司が振り返ると、そこにはまだその場から退避していない者達がいた。

 

愛子や生徒達、そしてウィルもその場に硬直したまま動けていなかったのだ。愛子達はあまりにも突然の事態に体がついてこず、ウィルはトラウマのせいか恐怖に縛られて視線すら逸らせていなかった。

 

そうこうしている間にもリザードンはエネルギーを溜め終えたらしく、勢い良く高温の炎の塊を吐き出した。炎は誠司達に届く前に五つに分かれて星形のようになり、彼らを包み込もうとする。

 

だが、炎は青白い光に包まれ、次の瞬間には跡形もなく霧散した。誠司が咄嗟にヤレユータンに“サイコキネシス”を指示して“だいもんじ”を霧散させたのだ。だが、こういった芸当はヤレユータンにとってかなり骨が折れるようで額に汗を滲ませて、肩で息をしている。

 

それを見た誠司はヤレユータンに少し休むよう伝えて一旦ボールに戻した。そして、誠司はチラリと隣に立っていたヌマクローを見る。ヌマクローはやる気満々だ。ハジメ達も同様にモンスターボールからポケモン達を出していく。

 

こうして、誠司達とリザードンとの戦いの幕が切って落とされた。




原作ではウィル以外の冒険者パーティーは全滅してしまっていましたが、今作では一部を生かすことにしました。今後の展開に少し必要なので……


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VSリザードン

リザードンは攻撃が失敗したのを見るや、悔しさからか咆哮を上げた。今度はゲイルとクルトに狙いを定めて全身に灼熱の炎を纏い始めた。

 

「おいおい、今度は“フレアドライブ”かよ……」

 

誠司は思わず顔を引き攣らせる。“フレアドライブ”も先程の“だいもんじ”同様、高火力の炎技の1つだ。ゲイル達はすぐさま退避しようとするが間に合いそうもない。

 

「……“禍天”」

 

ユエの声と同時に、リザードンの頭上に黒く渦巻く球体が現れた。球体はリザードンを押し潰すように、地面に叩き付ける。球体はそれでもなお足りないと言うようにリザードンに凄絶な圧力をかけて地面に埋没させていく。

 

「グオオォォォ!?」

 

リザードンは堪らず悲鳴を上げた。体に纏った炎も消えている。

 

ユエが今使った魔法はライセン大迷宮で手に入れた重力魔法によるものだ。手に入れたばかりのものなので、まだ改良点は多いものの中々の威力だ。

 

地面に磔にされたリザードンは苦しげな声を漏らしながらも、四肢を踏ん張って何とか重力から逃れようともがく。ハジメとシアは自分のポケモン達を使ってリザードンに攻撃をして追い打ちを掛けている。

 

「グルラアァァァ!!」

 

リザードンは激しい咆哮を上げると、尻尾を硬化させ始めた。尻尾は重力の対象外だったため、ある程度動かせたのだ。“アイアンテール”を何度も地面に叩き付けていくことで細かい砂塵が舞い上がり、リザードンの体全体を覆い隠した。

 

そして次の瞬間……

 

ドゴオォォン!!!

 

リザードンの周囲に大きな爆発が起こった。恐らく粉塵爆発の要領で爆発を起こしたのだろう。随分頭の回るリザードンだ。爆発によって魔法も解けてしまい、自由の身となったリザードンは空高く飛び上がった。

 

「嘘……」

 

ユエは呆然とした様子で呟く。まだまだ未熟だったとはいえ自分の魔法を打ち破られてショックが大きいようだ。

 

そんなユエを無視してリザードンはあるものをギラリと睨み付けて狙いを定める。その視線の先には立ち竦んでいるウィルとそんな彼を必死に退避させようとしている冒険者達がいた。

 

それに気付いた誠司はすぐさまヌマクローに指示を出す。

 

「ヌマクロー、“マッドショット”だ!」

「マクロッ! マクロッ!」

 

ヌマクローは泥の塊を複数作り出すと、それをリザードンに発射する。しかし、翼の羽ばたきだけで霧散してしまう。

 

「それなら……“みずのはどう”!」

 

“マッドショット”が効果がないと気付いた誠司は即座に別の技を指示した。ヌマクローは水で出来た球体を生成し勢いよくリザードンに向けて撃ち出す。

 

「グオウ!?」

 

直撃したリザードンは一瞬だけ怯むも、すぐに攻撃を開始した。リザードンは翼を広げて一気に滑空し、ウィル達の元へ突貫する。

 

それを見たウィルは「ひっ!」と情けない悲鳴を上げながら身を竦めてしまう。ゲイル達ですら思わず恐怖に顔を引き攣らせる。

 

それを食い止めようと誠司はヌマクローに指示を出す。

 

「させるか! ヌマクロー、もう一度“みずのはどう”!」

 

ヌマクローはもう一度“みずのはどう”を放つ。直撃したもののリザードンは止まらない。次の瞬間、“ドラゴンクロ―”を食らってヌマクローは誠司を巻き込んで吹き飛ばされ、近くの木に叩き付けられてしまう。幸いにも誠司は軽傷だったが、ヌマクローは完全に目を回して気絶してしまっている。

 

そして、リザードンはウィル達に向かって真っ直ぐに突っ込んで行く。一気に嚙み殺すつもりのようで“ほのおのキバ”を発動させている。

 

「っ! ユエ、悪いけど頼む!」

「んっ! 任せて!」

 

誠司は痛みを堪えながらヌマクローをボールに戻しつつ、ユエに指示を飛ばした。ユエはシャンデラに飛び乗って重力魔法を駆使してウィル達の方向に急速に移動すると、間一髪ウィル達の前に立ちはだかる。

 

水魔法を使って城壁のような分厚い壁を作り上げた。それにより、リザードンは水の壁に頭から突っ込む形になってしまい、牙に纏っていた炎も一瞬で霧散した。

 

「っ、て、手伝わないと!」

「お、おう!」

 

怒涛の展開にようやく我を取り戻した優花が自分の武器であるナイフを手に取り魔法で炎を纏わせ投擲する。同時に淳史も曲刀を取り出して風刃を放つ。しかし、二人の攻撃はリザードンに届かない。悲壮な顔を浮かべつつも、それでも武器を構える優花と敦史を見て、他のクラスメイト達も目の前のリザードンに震えつつも遠距離攻撃を放った。

 

しかし……

 

「グラアアア!!」

 

咆哮の衝撃だけで簡単に吹き散らされてしまった。しかも、その咆哮に見事に吞まれてしまったらしく、ウィル同様に「ひっ」と悲鳴を漏らして後退りしている。妙子や奈々に至っては尻餅までついていた。

 

リザードンはそんなクラスメイト達に見向きもせず、顔の水を振り払うと両腕に電気を纏い始める。電気を纏ったパンチをお見舞いする技“かみなりパンチ”だ。

 

それを見たユエは咄嗟に水の壁を凍り付かせた。両腕の“かみなりパンチ”を壁にぶつけるが、分厚い氷の壁は砕けない。その隙にハジメとシアが背後からリザードンに攻撃を仕掛けた。同時に指示を出す。

 

「ブイゼル、“ひやみず”!」

「ホルビー、“マッドショット”ですぅ!」

 

リザードンは攻撃を受けているが、ハジメ達に全く見向きもせずに氷の壁を破壊することに集中している。それを見て、ハジメは違和感を覚えた。その時、誠司がハジメとシアの元に駆け付けたのでハジメは誠司に言った。

 

「ねぇ、誠司。あのリザードン、ウィルさん達だけを狙ってるみたい」

「何?」

「ほら、こっちのことはまるで眼中にない感じだし」

 

ハジメの言葉に誠司も心当たりがあるのか頷いた。

 

「……なるほどな。だが、何でだ?」

「分からないよ。でも……それだったら僕達としては好都合だ」

「確かにそうですね…… ウィルさん達には悪いですけど、ここは囮になってもらいましょう」

 

3人は顔を見合わせて頷いた。ハジメはユエに指示を出した。

 

「ユエ! ウィルさん達の守りに専念して! こいつは僕達がやるから!」

「んっ! 了解!」

 

ハジメの指示を聞いたユエはすかさず目の前の氷壁と同じような氷壁を複数作っていく。その作業の途中、チラリと後ろを振り返って愛子やクラスメイト達を見ると、呆れた声で呟いた。

 

「……死にたくないなら私の後ろに下がって。それと……邪魔になるから大人しくしてて」

 

正直なところ、出発前に自分の身は自分で守るよう言ってあるので、ユエに愛子達を守ってやる義務はない。かと言って、そのまま見殺しにしても寝覚めが悪い。それにあのリザードン相手に身を守れというのも流石に酷な話だ。なので、ユエは声を掛けておく。ついでに自分の邪魔をしないように釘を刺すのも忘れない。

 

クラスメイト達はそんなユエの言葉にも特に反応することなくほうほうの体で傍に寄って来た。ユエの傍の方が間違いなく安全だと本能的に悟ったのだろう。優花や敦史、愛子は自分の無力さに唇を噛み締めている。

 

本来なら彼らももう少し戦えるだけの実力はあるのだが、オルクスの訓練で殺されかけたトラウマはそう消えるものではなかった。それにトラウマが無かったとしても、あのリザードンに敵う気がしなかったのも更に拍車を掛けていた。そのため、優花達は氷壁の向こうを黙って見ることしか出来なかったのだ。

 

ウィル達の安全がひとまずは確保されたので、後は攻撃に集中するだけだ。そんな誠司達に見向きもせず、リザードンは空中に上がる。その目は変わらずウィル達に向けており、氷壁を破壊するために高火力の炎技を使うつもりのようだ。口元にエネルギーを溜めていることから恐らく“だいもんじ”を使ってくるのだろう。

 

「ここまで無視されるとはな。それなら……」

 

誠司はすかさずマシェードを出すと指示を出した。

 

「マシェード、リザードンの口に向かって“エナジーボール”だ」

「マシェ!」

 

マシェードはすぐに“エナジーボール”を作り、リザードンの口目掛けて発射した。奈落に落ちる前からずっと練習してきたこの技は発動速度や射程距離、命中精度が段違いだ。

 

丁度リザードンが技を放とうと口を開いた瞬間、“エナジーボール”がピンポイントで口の中に飛び込んで来た。

 

「!? グガアァ!? ブファアァ!!」

 

喉から出掛かっていた灼熱の炎がエナジーボールに当たったことで爆発し、リザードンから悲痛な声が上がった。口元から黒い煙を上げてリザードンは何度も苦しそうに咽せ返っている。

 

「続けてマシェード、“ムーンフォース”!」

「マーーシェッ!!」

 

マシェードは月のように白く輝く球体を発射する。だが、“ムーンフォース”はリザードンが発動させた“フレアドライブ”で掻き消されてしまった。そして、リザードンは誠司達の元へ“フレアドライブ”を仕掛ける。完全に誠司達のことを敵と認識したようだ。だが、先程見せた時より炎が弱くなっているように見える。

 

ハジメはすかさずブイゼルに指示を出す。

 

「ブイゼル、“うずしお”!」

「ブイブイッ!」

 

ブイゼルは尻尾で器用に水の渦を作り出すとそれをリザードンにぶつけた。渦潮はリザードンの体に纏っていた炎を打ち消して飲み込む。リザードンはしばらくの間もがき苦しむが、すぐに“かみなりパンチ”で“うずしお”を破壊して何とか脱出した。しかし、今までのダメージのせいか息が上がっている。そこをホルビーが突っ込んで行く。

 

「すげぇ……」

 

誠司とポケモン達の戦闘をユエの後ろという安全圏から眺めていた淳史が思わずといった様子で呟いた。優花達や愛子も同意見のようで無言で頷き、この戦いから目を逸らせずにいた。ウィルは先程まで怖がっていたのが嘘かのように目を輝かせて食い入るように誠司達の戦いを見つめている。ゲイル達も感心した様子で時折、「ほお」という声が漏れている。

 

「グゥガァアアアアア!!!」

 

リザードンは突如、今まで以上の咆哮を上げた。そして、リザードンの体が赤く光り輝き始めた。それに比例してリザードンの周囲の温度はどんどん高くなっていく。

 

「熱っ! 誠司、この技は……」

「まずいな…… あの技は……“オーバーヒート”だ」

 

“オーバーヒート”……炎属性の技の一つで“だいもんじ”以上の威力を持つ大技だ。しかし、高火力な技であると同時に弱点もある。この技は何度も使うと威力が下がってしまうのだ。だからこの技を使うタイミングは慎重に選ぶ必要がある。

 

誠司はマシェードと顔を見合わせる。一番付き合いが長いポケモンなだけあってお互い何を考えているのか大体分かる。

 

「よし。マシェード、一気に決着を着けるぞ!」

「マシェ!」

 

誠司の言葉にシアは驚く。リザードンとマシェードは相性では不利だからだ。

 

「ええっ!? でも誠司さん、草・フェアリー属性のマシェードではあのリザードンに勝つのは……」

 

ハジメがシアを制止する。ハジメは誠司の顔をジッと見る。ハジメの目には「出来るんだよね?」と言っているようだった。なので誠司はハジメの顔を見て強く頷く。それを見てハジメも頷き少し後ずさる。異論は無いようだ。そんなハジメの行動にシアも少し含む所はあるものの渋々納得して後ろに下がる。

 

その時、リザードンはマシェード、そしてその延長線上にあるウィル達に向けて“オーバーヒート”を発射する。今までの炎の中でも特に強力なものだった。ユエの氷壁でも効果は無いだろう。

 

“オーバーヒート”はマシェードに命中し一瞬でマシェードの体が炎に包まれた。愛子達やシアから悲鳴が上がったが、誠司は全く動じていない。

 

次の瞬間、ポンッという音を立ててマシェードの姿が消えた。

 

『え!?』

 

その場にいたほぼ全員が唖然とした声を上げた。リザードンですら呆気に取られた様子だ。

 

「“みがわり”だよ。そして……」

 

リザードンがハッと()()に気付いた時にはもう遅かった。

 

「“キノコのほうし”!!」

「マッシェ!」

 

リザードンの死角から飛び出したマシェードは勢い良く胞子をばら撒いた。リザードンは“キノコのほうし”の効果で強い睡魔に襲われた。瞼が重くなっていく。その時、誠司の声が響く。

 

「トドメだ。“ゆめくい”」

 

マシェードの“ゆめくい”を食らってリザードンはそのまま仰向けに地面に倒れ込んでしまった。勝負ありだ。




最近出番が少なかったのでマシェードを活躍させました。いくつか新技を披露していますが、話の外で色々と練習して覚えさせています。


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リザードンの正体

ティオの登場です。尻パイルされていないので変態にはなっていません。


遂に決着がつき、地面に倒れ込んだリザードンを見て、ようやく誠司達は安堵の息を漏らす。もう安全だろうとユエが氷壁を解除した瞬間、黒色の魔力がリザードンの体を包み込み始めた。

 

『っ!?』

 

突如起きた異変に全員思わず警戒するが、繭のようにリザードンを覆っていた魔力はスルスルと小さくなっていく。そして、丁度人が一人入るくらいの大きさになると一気に魔力が霧散した。

 

黒い魔力が霧散したその場には黒髪金眼の美女が倒れていた。見た目は二十代前半くらい。身長は百七十センチ以上あるだろう。見事なプロポーションを誇っており、乱れた衣服から覗く、シアより大きい二つの双丘が激しく自己主張し、今にも零れ落ちそうだ。

 

凶悪な魔獣が倒れたと思ったら、やたらと艶めかしい美女だったことに敦史達男子陣が盛大に反応している。若干前屈みになっており、それを見る優花達女性陣の視線は既にゴキブリを見る視線と何ら大差ない。

 

美女はまだ息をしているようで、時折胸が揺れている。ハジメと誠司は思わず顔を見合わせる。

 

「まさかリザードンじゃなくて人だったなんて……」

「ああ、魔獣図鑑が発動しない訳が分かったよ」

 

その時、ユエが呆然とした様子で呟いた。

 

「……誠司、ハジメ。もしかしてこの人、竜人族かもしれない」

「何?」

 

竜人族。今からおよそ五百年以上前に滅びたとされる種族だ。ドラゴン系のポケモンに変身する能力を持ち、滅びた理由は定かではない。

 

「……でも、なぜこんな所に?」

 

三百年以上生きているユエにとっても竜人族は伝説の存在だ。自分と同様、歴史から消えた筈の種族の生き残りの存在に興味を惹かれるのだろう。瞳に好奇の光が宿っている。

 

だが、確かにユエの言う通り、滅んだはずの竜人族の生き残りがこんな所で冒険者達を襲っているのかは誠司達も気になる所だ。誠司はユエに尋ねる。

 

「なぁ、ユエ。竜人族ってのは会話は出来るのか?」

「……そのはず。龍に変身出来ること以外、人間と大差ないはずだから」

「そうか。それなら……ハジメ、頼めるか?」

「うん、任せて」

 

そう言ってハジメは美女の元に近付いて行った。愛子達は何をする気かと顔を見合わせる。

 

美女に向かってハジメは回復魔法を使った。それにより、美女の身体の傷が幾つか消えていく。

 

「嘘だろ…… 南雲のやつ、回復魔法まで使えるのかよ……」

 

敦史が呆然とした様子で呟いた。愛子達も同じ気持ちのようで驚きの表情を浮かべている。

 

「う、うーーん…………」

 

少し回復魔法を浴びたことで美女の意識が戻ってきたらしい。その瞬間、ハジメは回復魔法を解除する。さっきまで殺し合った相手である以上、完治させる必要はない。話が出来るくらいまで回復出来たらそれで十分だ。

 

「こ……こ……は…………?」

 

美女はあちこち痛む身体を何とか起こして周囲を見渡す。そして、視界にハジメや近くにいる誠司達の姿が入ると、目を大きく見開く。バッと自分の身体を見ると、そこには人間の姿があった。

 

美女は自分の正体がバレたことを悟ったのだろう。分かりやすく目を泳がせるが、やがて諦めたように大きく溜息を吐いた。「大失態じゃ……」と痛恨を感じさせる呟きも聞こえる。そんな美女にハジメは改めて尋ねた。

 

「それで……あなたは、竜人族なの?」

「うむ……いかにも。妾は誇り高き竜人族が一人、名をティオ=クラルスと言う。妾を止めてくれたのはお主らか?」

「ん? 止めてくれた……だと?」

 

ティオと名乗った美女の言葉に誠司は引っ掛かりを覚えた。なので、誠司も質問した。ティオは彼の質問に頷く。

 

「その通り。妾は操られておったのじゃ。お主らを襲ったのも本意ではない。あの男……黒ローブの男に命じられたのじゃよ」

 

そう言うティオの視線はウィルやゲイル達に向いていた。誠司は尋ねる。

 

「どういうことだ?」

「うむ。順番に話そう。妾は……」

 

 

ティオの話を要約するとこうだ。

 

ティオは異世界からの来訪者の調査のため、竜人族の隠れ里から飛び出して来たらしい。竜人族は表舞台に関わらないという掟があるのだが、異世界から現れた未知の来訪者を放置するのは不味いということで調査を行うことにしたそうだ。それで、その調査にティオが選ばれた。

 

そして、集落から出て長旅の末、この一つ目の山脈と二つ目の山脈の中間辺りに到着した時、黒いローブを頭からすっぽりと被った男が現れたのだ。男の傍らにはイカのような姿をしたポケモン、カラマネロも浮かんでいた。その男はカラマネロと共にティオに襲い掛かって来た。

 

当然、ティオも反撃をしたが、男もカラマネロも尋常でない強さだった。しかも、長旅の疲れが溜まっていたことが災いして、ティオはあっという間に無力化されてしまい、男の闇魔法に掛かって思考と精神が蝕まれていった。

 

その後、ティオはローブの男に従って、二つ目の山脈以降でポケモン達の洗脳の手伝いをさせられていたらしい。そんなある日、その手伝いで一つ目の山脈まで向かっていた所、ウィル達と遭遇し、男から目撃者の始末の命令を受けて彼らを襲ったのだ。

 

そして、誠司達との戦いに敗れ、戦闘不能になって意識を失ったことでようやく洗脳が解けたようだ。

 

 

「……ふざけるな」

 

事情説明を終えたティオに、そんな激情を必死に押し殺したような震える声が発せられた。皆がその人物に目を向ける。拳を握り締め、怒りを宿した瞳でティオを睨んでいるのはウィルだった。

 

「操られていたとしても……ナバルさんやレントさんやワスリーさんがあいつに殺されたのは事実なんですよ! それが仕方なかったとでも言うんですか!?」

 

激昂するウィルの隣に立つゲイルやクルトは、怒りやら悲しみやら全て混ざったような難しい顔を浮かべていた。自己責任がルールの冒険者である以上、死は覚悟の上だ。先程、誠司達に言った言葉は決して嘘ではない。

 

だが、頭では理屈が分かっていても大切な仲間を殺した仇が目の前にいるのだ。彼らの仇を討ちたいという気持ちはある。しかし、彼女の操られていたという言葉がどうも嘘には思えなかった。だから、自分の感情をどこにぶつければ良いのか分からなかった。

 

愛子達はどう言えば良いのか、オロオロしっ放しだった。誠司達はウィルやゲイル、クルトの三人を黙って見ている。その時、意外な人物が動いた。ハジメだ。ツカツカとウィルに歩み寄ると、宝物庫からナイフを取り出して、それをウィルの手に握らせてこう言った。

 

「そんなに憎いならウィルさんが始末を付けたら?」

 

そう言われたウィルは戸惑うように「え、あ……」と声を漏らし、ハジメに握らされたナイフを青褪めた顔で見つめていた。愛子達は思わず止めさせようと叫ぼうとしたが、それを誠司が制した。これは部外者が簡単に口出しして良い問題ではない。

 

ウィルは助けを求めるようにゲイルやクルトに目を向けるが、2人とも首を横に振る。仲間の死は悔しいが、殺すべき相手が彼女でないことが分かっていたからだ。

 

次にティオに目を向ける。彼女は覚悟を決めた様子でウィルをジッと見つめていた。その目はこれから殺される者とは思えない程澄んでいた。そして、彼女の足元は地面に埋まりかけていた。既にハジメの錬成によって封じられていて身動きひとつ取れないのだ。もっとも彼女は動くつもりはない。

 

「自分達を殺しかけ、仲間を殺した彼女が憎いんでしょ? なら、被害者のあなたがやるべきだと思うけど」

「い、いや、私は…… も、もし反撃した時に備えてあなた方が代わりに……」

 

パチッパチッパチッ!

 

突如、音がした方向に全員目を向けると、誠司が拍手をしていた。口元は薄っすら笑みを浮かべ、瞳には侮蔑の色が混じっていた。誠司はウィルに近付くと口を開いた。

 

「いや~、素晴らしいよ。汚れ仕事は俺達のような下々の者にやらせて自分は安全な場所で高みの見物か。実に賢い、()()()()()やり方だ」

「なっ!? わ、私は……」

 

誠司の言葉を聞いてウィルは愕然とする。

 

自分は貴族のそういう所が昔から嫌いだった。そういうドロドロした所が。だからこそ、自分のことは自分でやる冒険者に憧れ、自分もなりたいと思ったのだ。それなのに、かつて軽蔑していた行動を自分が取っている。ウィルは反射的に反論しようとするが、反論出来なかった。

 

「俺達も貴族様の命令とあっては従わざるを得ないからな。俺達に命令してみなよ。クデタ伯爵家の人間としてさ」

「そ、そんなこと出来るわけ……」

「感謝しろよ。()()()()()()育ててくれたんだろ? お前の父親(パパ)母親(ママ)は」

 

次の瞬間、誠司はウィルに胸倉を掴まれた。親を侮辱されて思わず黙っていられなかったのだ。胸倉を掴まれて尚、誠司の顔には笑みが浮かんでいるが、ウィルは能面のような無表情を浮かべている。しばらく誠司を睨み付けると、ウィルは誠司から手を離した。

 

そして、そのまま直接ティオの元へ向かう。ティオは変わらずウィルから目を離さない。ティオの前で立ち止まり、ウィルはようやく口を開いた。

 

「ティオさんでしたか……あなたは本当に操られていただけなんですよね? 私達を襲ったのは本意ではなかったんですよね?」

 

口調こそ静かだが、嘘偽りは絶対に許さないという迫力がある。ティオもそんなウィルの言葉に素直に頷いた。

 

「……うむ。先程話したことは全て真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない」

 

ティオの言葉に先程から黙っていたユエも口を開いた。

 

「……なら、嘘じゃない。竜人族は高潔で清廉。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は『己の誇りにかけて』と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに嘘つきの目がどういうものか私はよく知っているつもり」

「ふむ、この時代にも竜人族のあり方を知るものが未だいたとは…… いや、昔と言ったかの?」

「……ん。私は、吸血鬼族の生き残り。三百年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」

 

ユエの言葉にティオは目を見開く。竜人族の彼女にとっても吸血鬼族の存在は驚きだったようだ。周囲の、ウィル達や愛子達も同様に驚愕の目をユエに向けている。

 

「何と、吸血鬼族の…… しかも三百年とは…… なるほど死んだと聞いていたが、主がかつての吸血姫か。確か名は……」

「……今はユエと名乗ってる。大切な仲間に貰った大切な名前だから、そっちを使ってくれると今は嬉しい」

 

ユエにとって竜人族とは正しく見本のような存在だったらしく、話す言葉の端々に敬意が含まれていた。ティオの言葉を肯定したのも、その辺りの心情が絡んでいるのかもしれない。

 

ウィルもユエにここまで言われたらティオの言葉を信用せざるを得ない。ウィルはゲイルとクルトに振り返って視線で尋ねる。彼らもウィルと同じ気持ちのようで小さく頷いている。だから、ウィルはゆっくりと口を開いた。

 

「……分かりました。ひとまず、あなたの話を信じます。でも許すかどうかは、これからのあなたの行動次第……それで良いですか?」

「……うむ。構わぬ。操られていたとはいえ、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実じゃからな……」

 

ティオは懺悔するように、声音に罪悪感を含ませながらそう言った。




筋が通っていないと判断すると、徹底的に煽るのは誠司の悪い癖です。


リザードンの正体はティオでした。

「リザードンはドラゴンタイプじゃないだろ!」って言う人がいるかもしれませんが、ドラゴン系なのでリザードンも入ってます。某ドラゴン使いもリザードンを使っていたしセーフでしょ。


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緊急事態

今回はいつもより少し短めです。すみません。


その後、誠司達が思い出したように調査の途中で見付けた遺留品をウィル達に渡した。そして、そのうちの一つのペンダントはウィルのものだったことが判明した。

 

てっきり冒険者の中の誰かの物かと思っていたのだが意外だった。写真の人物はもしかして彼の婚約者か何かかと思って尋ねると、ウィルの母親らしい。しかも、若い頃の一番写りが良いものらしく、ウィルは相当なマザコンだったことが判明した。優花達女性陣はドン引きしていた。

 

失くしたと思っていたペンダントが戻って、ウィルも大分気持ちが落ち着いたらしく、笑みが戻っている。早速、下山の準備をする誠司達だったが、そこで待ったが掛かった。愛子だ。

 

「ち、ちょっと待ってください! あの、ティオさんで宜しかったですか? そのローブの男について教えて頂いても宜しいでしょうか……?」

「うむ、そうじゃったな……」

 

ティオの話によると、そのローブの男は闇魔法を駆使してポケモンの群れを洗脳して大群を作っているのだと言う。なんでも群れのリーダー格や進化系のポケモンにのみ洗脳することで効率良く群れを配下に置いているのだとか。そして、それを使って近隣の町を襲う計画を立てているようだ。

 

「そ、そんな……」

 

愛子が愕然とした様子で言った。優花達やゲイル達も深刻な表情を浮かべている。優花はティオに尋ねた。

 

「あの、そのローブの男に他に特徴はありませんでしたか?」

「そうじゃのう……ローブを深く被っていたせいで顔まではよく分からんかったが……あれは人間族じゃな。手の色は間違いなく人間族の肌の色じゃった」

『!?』

 

その場にいた全員に衝撃が走る。ポケモンを操るということからてっきり魔人族の仕業だとばかり思っていたからだ。しかも、人間族で闇魔法の才能を持つ男に愛子達は心当たりがあった。愛子や優花達は一様に「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。

 

と、そこでハジメが突如、「うわぁ……これはまた……」などと呟きを漏らした。実はティオの話を聞いた時点でオルニスを飛ばしてポケモンの大群やローブの男を探していたらしい。そして、遂にオルニスがとある場所でポケモンの大群を見付けたのだが、その数はかなりのもので「戦争でもしに来たのか?」と言いたくなる程だ。

 

既に進軍は始まっているようで、ポケモン達の進行方向から察するに狙いはウルの町で間違いない。このままの進軍速度であれば、一日程度で町に到達してしまうだろう。

 

事態の深刻さに誠司達以外の誰もが動揺し、混乱する。その時、ウィルが「もしかしたら誠司殿達なら何とか出来るのでは……」と無責任な提案をした。だが、誠司本人がその提案を一蹴する。

 

「冗談じゃない。保護対象までいるのに戦争なんて出来るかよ。ウダウダ言ってる暇があったら、さっさと町に帰って報告するべきだと思うがな」

 

そんな誠司の態度に反感を覚えたような表情を浮かべる敦史達やウィル。そんな中、愛子が思い詰めたような表情でハジメに尋ねた。

 

「あ、あの、南雲さん。黒いローブの男は見付かりましたか?」

「いや、さっきからオルニスで探してますけど、それらしき人影はないですね」

「そうですか……」

 

愛子はハジメの言葉に俯き、ポツリと、ここに残ってローブの男が現在行方不明の清水幸利なのかどうか確かめたいと言い出した。生徒思いな愛子には、このような事態を引き起こしたのが自分の生徒なら放置が出来ないのだろう。

 

これには優花達は猛反対した。必死に愛子を説得するが、愛子はしばらく逡巡したままだ。その内、誠司達が同行すれば……なんて意見も出始めたので誠司は無視してさっさと行動することにした。正直もう付き合いきれないからだ。

 

「そんなに残りたいならどうぞご自由に。俺達はウィル達を連れて町に戻らせてもらう」

 

誠司はそう言うと、ウィルの肩口を掴んで下山の準備を始める。それに慌てて制止の声を掛けるウィルや愛子達。「そのまま放っておくのか」だの「ローブの男の正体を確かめたい」だの「誠司達なら大群も倒せるのではないか」だの無責任なことばかり言ってくる。

 

その時、ずっと黙っていたゲイルが口を開いた。

 

「なぁ、ちょっと良いか? 町に戻るって簡単に言うが、ここからウルの町までは下手すれば数日は掛かるぞ。町に戻る頃には町が滅んでしまうんじゃないか?」

 

もっともな指摘である。ゲイルの質問にハジメが答えた。

 

「それなら大丈夫です。僕の作ったアーティファクトを使えば、ウルの町までであれば二時間くらいで着きますから」

「そ、そんなアーティファクト、にわかに信じ難いんだが……」

「だがまぁ、こんな時に嘘を言う奴らじゃないか…… よし、分かった。従おう」

 

そう言うと、ゲイルもクルトも下山の準備を始めた。そんな二人を見て、ウィルは裏切られたような表情を浮かべる。

 

「なっ!? ゲイルさん、クルトさん、この状況を放っておくんですか!?」

 

そんなウィルにゲイルとクルトは諭すように言った。

 

「あのな、ウィル。さっきの洗脳されてたティオさんを見ただろ。俺達を殺すことしか考えてなかった。その魔獣の大群も恐らくティオさん同様、町を襲うことしか考えていないはずだ」

「そんな奴ら相手に戦って、もしも俺達が全滅したり、撃ち漏らしが出たりすれば町は不意打ちで大群の被害を受けることになる。すぐに町まで戻れるんならさっさと戻って報告するすべきだ」

 

ゲイルとクルトが理路整然とそう反論すると、ウィルは何も言えなくなってしまう。愛子達の方も自分達の要求がいかに無意味で無謀かを突き付けられて、思わず押し黙った。そんな愛子達に誠司とハジメも畳み掛けるように言った。

 

「まぁ、二人の言う通りだな。俺達のポケモン達もさっきの戦いで消耗してるんだ。その上、こんな障害物だらけの場所で戦うなんてやりづらくて仕方ない」

「それに、プリーゼは僕じゃないと動かせない構造だから、誰かが先に戻るなんてことも出来ないよ」

 

もし仮にハジメ以外の者が動かせたとしても、そもそも車の運転などしたことない優花達や車の存在も知らないウィル達に運転など絶対に不可能だろう。碌に整備もされていない山道なら尚更だ。町に戻る前に事故を起こすのが目に見えている。

 

愛子は四人の言葉を聞いて、町への知らせと生徒達の安全確保をまず優先することに決めた。清水の心配は一時的に心の中に抑え込む。

 

全員の意見が一致し、ようやく誠司達は下山を開始した。ティオはハジメの回復魔法で完治したため、問題なく動けるようになった。

 

実は、誰が動けないティオを背負って行くのか淳史達三人が壮絶な火花を散らせていたのだが、ハジメによってそれが阻止されてしまって分かりやすくガックリと肩を落としている。そして、優花達女子陣はそんな三人を冷めた目で見ていた。

 

そんなこんなで一行は背後にポケモン達の大群という暗雲を背負って、急いでウルの町に戻ることとなった。




昨日、アニポケでサトシの引退が分かって寂しい……

でもまぁ、声優交代とかになる前に引退はある意味良かったのかも……


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神の使徒としての責務

原作でも賛否両論あった愛ちゃん先生の説得の回です。個人的には全然納得いかなかったのでこのような展開にしました。


プリーゼが今までよりも速い速度で険しい帰り道を爆走し、車内は阿鼻叫喚となっていた。何人かは酔って顔を青くしており、荷台の者達はミキサーのように振り回され、荷台から投げ出されないようにするので精一杯だ。しかし、その甲斐あってか、ウルの町には一時間ちょっとで着くことが出来た。

 

ウルの町に着くと、悠然と歩く誠司達とは異なり愛子達は足をもつれさせる勢いで町長のいる場所へ駆けていった。誠司達としては、愛子達とここで別れて、さっさとウィル達を連れてフューレンに行ってしまおうと考えていたのだが、ウィルも愛子達と一緒に飛び出していってしまったために仕方なくゲイル達と一緒に後を追いかけた。

 

誠司達が町役場に着いた頃には既に場は騒然としていた。ウルの町のギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達が集まっており、喧々囂々たる有様である。皆一様に、信じられない、信じたくないといった様相で、その原因たる情報をもたらした愛子達やウィルに掴みかからんばかりの勢いで問い詰めている。普通なら狂言と取られそうなものだが、『神の使徒』にして『豊穣の女神』として知られる愛子の言葉とあっては無視など出来ないだろう。

 

ちなみに、車中での話し合いからティオの正体と黒幕が清水幸利である可能性については伏せて報告することで一致していた。ティオに関しては、竜人族の存在が公になるのは好ましくないので黙っていて欲しいと本人から頼まれたため、黒幕に関しては愛子が、未だ可能性の段階に過ぎないので不用意なことを言いたくないと譲らなかったためだ。

 

そんな喧騒の中、ウィルを連れ戻しに来た誠司達とゲイル達がやって来る。ゲイル達は少し気まずげだったが、誠司達は周囲の混乱などどこ吹く風だ。

 

「おい、ウィル。仮にも保護対象なんだから勝手に突っ走らないでくれ。報告が済んだならさっさとフューレンに向かうぞ」

 

誠司の言葉にウィルはもちろん、愛子達も驚いたように誠司を見た。他の、町の重鎮達は「誰だ、こいつ?」と、危急の話し合いに横槍を入れた誠司に不愉快そうな眼差しを向けた。信じられないと言った表情でウィルは誠司に言い募る。

 

「な、何を言っているのですか? 誠司殿、今は危急の時なのですよ? まさか、この町を見捨てて行くつもりでは……」

「どの道、救援が来るまで避難をするしかないだろ? この観光の町に魔獣の大群をどうにか出来る防備なんてないだろうし。ちょっと人より早く避難するだけの話だ」

「そ、それは……そうかもしれませんが…… でも、こんな大変な時に、自分だけ先に逃げるなんて出来ません! 私にも、手伝えることが何かあるはずです。誠司殿達も……」

「舐めてんのかよ、あんた?」

 

「誠司殿達も協力してください」そう続けようとしたウィルの言葉は、誠司のドスの利いた一声に遮られた。

 

「冒険者としての仕事をはき違えてるみたいだから言っておく。冒険者ってのは慈善団体じゃないんだよ。確かに冒険者は人々のために依頼をこなすが、そこには報酬という対価があるからだ。それで俺達の依頼はウィルやゲイル達をフューレンまで連れ帰ること、そして、あんたらの依頼は山脈の魔獣の大量発生について調査することだ。決して魔獣の大群と戦うことじゃない。仮にも冒険者を志望するのなら、これくらいの常識は頭に入れておけ」

「で、ですが、私は……」

 

ウィルはそれでも食い下がる。それを見て、ハジメもウィルの態度にうんざりしたのか前に進み出た。

 

「そもそも……僕達はあなたの意見は聞いていない。これ以上、ごねるようなら手足を砕いて引き摺ってでも連れて行きますよ。後でいくらでも回復出来ますしね」

「なっ、そ、そんな……」

 

誠司とハジメの雰囲気から本気でそうするつもりだと理解したウィルは顔を青ざめて後ずさりする。思わず助けを求めるかのようにゲイル達の顔を見るが、二人とも誠司達の言葉に異論がないのか首を小さく横に振る。それを見たウィルの表情には信じられない、裏切られたといった様がありありと浮かんでいた。

 

言葉を失い、二人から無意識に距離を取るウィルに誠司もハジメも決断を迫るように歩み寄ろうとする。そんな二人の前に立ち塞がるように進み出た者がいた。愛子だ。

 

「中西君。君なら……君達なら魔獣の大群をどうにか出来ますか? いえ……出来ますよね?」

 

愛子は、どこか確信しているような声音で、誠司達なら魔獣の大群をどうにかできる、すなわち、町を救うことができると断じた。その言葉に周囲で様子を伺っている町の重鎮達が一斉に騒めく。

 

まぁ、勇者を始めとした神の使徒ならともかく、こんな得体の知れない冒険者がこの危急をどうにか出来るなんて信じられないだろう。いくら『豊穣の女神』の言葉であっても。

 

誠司は尋ねた。

 

「何故そのように思うんですか?」

「先程、中西君は『仲間の体力が消耗している上に、こんな障害物だらけの場所で戦うなんてやりづらくて仕方ない』って言っていて『出来ない』とは一言も言っていませんでした。つまり、平原で仲間の体力が回復した状態なら戦えるってことですよね?」

「……よく覚えていますね」

 

愛子の答えに思わず顔を顰める誠司。暗記系の社会科目を教えているだけあって、彼女の記憶力はかなりのものだ。今度から彼女の前では余計なことを言わないようにしようと心の中で誓う。

 

「中西君、南雲さん。どうか力を貸してもらえませんか? このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人々の命が失われることになります」

「それならさっさと人々を避難させれば良いだけの話でしょう。それに、俺達が先にフューレンに着けば、ギルド支部長のイルワさんやこいつの実家の伯爵家に依頼して、避難してきた住人の保護や町の復興の支援なんかもスムーズに出来る。町のことはこの際諦めてください。命は失ったら取り返しが付かないが、町は失っても復活は可能だ。……金や時間は掛かるでしょうがね」

「それでは多くの人達が苦しんでしまいます。例え異世界であろうと、ここで出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います」

「はぁ……、そもそも俺がウィルに言った話を聞いていなかったんですか? 俺達の冒険者としての仕事はそこにいるウィル達をフューレンまで連れ帰ること。畑山先生だって、この世界で色々やっているのも教師や作農師としての職務を全うするためではないんですか? 公私混同しないでください」

「………」

 

誠司の容赦ない言葉に思わず黙り込む愛子。更に、ハジメも愛子の物言いに我慢出来なくなったのか、同じく揶揄するように言った。

 

「……先生、そんなにこの町を助けたいのなら、おあつらえ向きなのがそこにいるじゃないですか。僕達みたいな得体の知れない冒険者よりも遥かに信用の置ける、優秀な神の使徒の人達が」

『っ!!!?』

 

ハジメがチラリと優花達に視線を向けて言った言葉に、優花達はビクリと身体を震わせる。確かに自分達はチート持ちの神の使徒として人々を守らなければならないのだが、未だに恐怖は拭えない。それに、ティオと同じようなのと戦うことを想像し、震えが止まらかった。優花達は思わず反論しようとするが、誠司がそれを遮り、ハジメの言葉に乗っかった。

 

「ハジメの言う通りだな。神の使徒の中でも()()()()()()()()である彼らなら魔獣の大群なんて余裕のよっちゃんで鎮めてくれるだろうさ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 選りすぐりの精鋭ってどういうことだよ!?」

 

これには堪らず淳史が必死な様子で尋ねた。他のクラスメイト達も必死にコクコクと頷いている。こんな状況で過大評価なんてされたらどうなるのか、彼らでも分かる。だが、当の誠司は「何を言っているんだ?」と言いたげな冷めた表情を浮かべていた。

 

「どういうって……畑山先生は作農師。人間族の食糧事情を一変させる超重要人物なんだ。逆に言えば、敵である魔人族としては勇者以上に厄介で真っ先に殺しておきたい存在のはずだぞ」

 

愛子は自分の立場を聞かされて顔を青ざめる。だが、優花達は一応そのことを分かっていたようで特に驚いている様子はない。誠司は続ける。

 

「そんな超重要人物を護衛するんだ。当然、神の使徒の中でも特に優秀な者を選抜しているんだと思っていたんだが……違うのか?」

 

誠司がそう尋ねると、優花達は気まずげに目を逸らし始める。だが、町の重鎮達は確かにその通りだと頷き、彼女達に期待の籠った目を向けている。愛子がそれに気付いた時にはもう遅く、町の重鎮達が優花達に殺到した。

 

「使徒様、どうかこの町をお救いください!」

「我々にはあなた達が頼りなんです!」

 

頼られている優花達は顔を真っ青にし、身体がガタガタ震えている。愛子は必死に彼らを引き剝がそうとするが、効果がない。

 

「まぁ、仮に戦って死んだとしても人々のために死ねるんだ。神の使徒としてこれ以上ない名誉だろう。町に立派な墓やら記念碑やらが建つかもしれないぞ」

「それに町のために戦った英雄として、歴史に名が刻まれるかもね。良かったじゃない。それじゃあ、僕達はこれで」

 

優花達に追い打ちを掛けるように誠司とハジメは皮肉たっぷりにそう言うと、ウィル達を連れて出口へ向かった。ウィルは何か言いたそうにしていたが、何も言えず付いて行くしかなかった。その時………

 

 

「お願い、待って……待ってください!!」

 

声の主は優花だった。優花は重鎮達からかき分けて前に出ると、頭を下げて必死に懇願する。

 

「お願い! 町を助けてください!!」

 

優花の必死の懇願に重鎮達はギョッとした表情を浮かべているが、そんな彼らを無視して優花は必死に頭を下げ続ける。それを見た淳史達も同様に前に進み出ると、頭を深く下げる。誠司は振り返り、冷めた様子で尋ねた。

 

「それはまたどうして? 君達は神の使徒の中でも選りすぐりの精鋭達だろう? だったら君達でも……」

「…………ない」

「え? 何だって?」

「私達は精鋭なんかじゃない! ……中西達は知らないだろうけど、クラスメイトの中にはあの時の訓練のトラウマで戦えなくなった人は何人もいて、私達も……その一人なの」

 

優花の告白に重鎮達の間にざわめきが起こった。彼らの顔には一様に失望の色が浮かぶ。しかし、優花は構わず続ける。

 

「戦うことが怖くなって逃げだしたけど、何もしないままは嫌だった。それで私達は愛ちゃん先生の護衛になったの」

「………」

 

優花の言葉を誠司達は黙って聞いていた。彼らの顔に特に驚きはない。誠司はゆっくりと口を開いた。

 

「お前ら、護衛ってどんな仕事か知ってるか?」

「……え?」

 

誠司の質問に虚を突かれて優花達は顔を上げる。誠司は冷ややかに言った。

 

「護衛ってのは護衛対象を護るためなら自分の命も捨てなくちゃいけない危険な仕事だ。お前らにそんな覚悟はあったのか? なかっただろ?」

「ぁ………」

 

優花達は反論出来なかった。愛子は思わず「私はそんなこと望んでません!」と叫ぶが、誠司はスルーする。今、護衛対象の意見など関係ないからだ。

 

正直なところ、優花達が護衛の仕事を舐め切っているのは誠司達には丸分かりだった。山道の時もバテていて、碌に鍛えていないのは明らかだったし、ティオの時も本来なら愛子を真っ先に安全な場所へ移動させるべきだったのに怯えて動きもしなかった。おまけに昨晩、愛子の部屋に忍び込んだ時、部屋の前には見張りが一人もいなかった。大方、高級宿だから安全だとでも思っていたのだろう。もしも誠司達が暗殺者だったらどうするつもりだったのか。

 

誠司がそれらをつらつらと挙げると、優花達の顔は面白いくらいに青ざめていく。そんな彼女達を見て誠司は鼻で笑った。

 

「それで、護衛としてお前らは何をしてきたんだ? 畑山先生の話し相手か?」

『………』

「戦えないなら、大人しく住人を避難させることに専念するんだな。それがお前らでも出来る神の使徒としての責務だよ」

「責務……」

 

誰かが呟いた。その時、優花が何か思い付いたように言った。

 

「それなら、中西や南雲にも人々のために戦う義務があるんじゃないの?」

「……何?」

 

誠司が思わず聞き返す。

 

「あなた達だって私達と同じ神の使徒じゃない! それだったら、神の使徒としてこの町を守るために戦うべきなんじゃないの?」

 

優花の言葉にハジメやユエは「お前が言えたことか?」と言いたげな表情を浮かべていたが、誠司は少しだけ考え込む。

 

(待てよ……? 確かに俺やハジメは死んだことになっていたが、一応は神の使徒という扱いのままだ。この後、王宮や教会には俺達の生存が間違いなく報告されるだろう。そうなったら、また今回みたいなことが起こるのは目に見えている。それなら……)

 

誠司はそこまで考えると頷いた。

 

「なるほど……確かに一理あるな」

「え、誠司?」

「……本気?」

 

誠司がそう呟くと、ハジメもユエも思わず尋ねる。周囲は風向きが変わり始めたのを感じて少しだけ表情が明るくなる。誠司は愛子に向かって言った。

 

「畑山先生、町を救ってほしいのなら条件次第ですが受けても構いませんよ」

「じょ、条件……ですか?」

「そう身構えないでくださいよ。俺達が魔獣の大群から町を守れたら、俺達の独立行動、および最大限の裁量権を認めてもらいたいだけです。神の使徒ではなく、ただの一介の冒険者として。それが唯一の条件ですね」

「それは……」

 

つまり、誠司達が神の使徒という立場を捨てるということだ。誠司もハジメも神の使徒という立場に全く未練はないし、奈落を出てから一度もその権限を使っていないので無くても特に困らなかった。ある意味罰当たりな発言に教会司祭は眉を顰める。

 

「……それを認めたら本当に町を救ってくれるんですね?」

「ええ、約束を守って頂ければ。仕事である以上、一切手は抜きませんよ」

 

誠司の言葉を聞いて愛子は少しの間、考え込む。だが、町を、町の人々を救うには、今はこれしかない。

 

「分かりました。その条件を呑みます。だから、このウルの町をどうか、どうかお願いします」

 

愛子はそう言って頭を下げる。優花達もそれを見て、同様に頭を下げた。誠司もハジメもそれを見届けると、おもむろに踵を返して出口へ向かった。ユエとシアもそれに続く。

 

「な、中西君、南雲さん?」

 

そんな2人に、愛子が慌てたように声をかけた。二人は振り返り、言葉を返した。

 

「勝率は百パーセントじゃないんでね。今から準備をしておかないと」

「そうだね、なので先生、話し合いはそっちにお任せします」

「中西君、南雲さん!」

 

二人の返答に顔をパァーと輝かせる愛子。誠司は苦笑しながら言った。

 

「まぁ、神の使徒としての最後の仕事だ。やるだけやってみますよ」

 

パタンと閉まった扉の音で、その間ずっと口をつぐんでいた町の重鎮達が一斉に愛子に事情説明を求めた。

 

愛子は肩を揺さぶられながら、誠司とハジメが出て行った扉を見つめていた。その顔に喜びはなかった。ウルの町の人々を見捨てられなかったのは事実だが、条件付きとは言え、結果的に生徒二人に戦闘を強要させたことに対して自分でも矛盾を感じていた。

 

もっとやりようはなかったのか。内心、自分の先生としての至らなさや無力感に肩を落としていた。

 

 

 

部屋を出てしばらく歩くと、誠司はハジメ達に謝罪した。

 

「すまなかった。結果として、皆を戦いに巻き込んでしまって」

 

だが、ハジメもユエもシアも何でもないように答えた。

 

「大丈夫だよ。確かに僕も誠司も神の使徒……だもんね。それを「関係ない」って突っぱねたらそっちの方がずっと面倒ごとになってただろうし。何事にも筋は通さないと」

「ん……気にしないで」

「そうですよ! 私達は仲間じゃないですか!」

「皆……」

 

誠司は胸が熱くなるような感覚がした。その時、後ろから声が聞こえた。

 

「あの~、妾のこと忘れておらんかの? 一応、妾は重要参考人のはずなんじゃが……」

「「「「あ、すっかり忘れてた」」」」

「酷くないかの!?」

 

皆から完全に忘れられて蚊帳の外になっていたティオは涙目を浮かべていた。




大分原作と違う展開になってしまった……

でも愛ちゃん先生の説教は正直、綺麗ごとにしか聞こえなかったんですよね……


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戦いに備えて

「そっちは終わったみたいだな、ハジメ」

「うん、大体町を一周してきたよ」

 

あれから誠司達は戦いの準備を始めていた。今、ウルの町には昨日まで存在しなかった『外壁』に囲まれていた。この外壁はハジメの錬成によって作ったものだ。しかし、これは即席で作ったものなため、それほど高くはなく、強度も強くない。この外壁は万一の状況に備えた保険なため、特に問題はないだろう。どちらかというと、町の住人達への気休めとしての意味が大きい。

 

町の住人達には、既にポケモンの大群が迫っている事が伝えられている。彼らの移動速度を考えると、夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうとも。

 

当然、町の住人はパニックに陥った。ついさっきまで平和を謳歌していたのに、いきなり明日には故郷が滅び、このままだと自分達も死ぬことを知って冷静でいる方が難しい。なので、彼らの行動も仕方ないことではある。

 

そんな彼らだったが、愛子のおかげで落ち着きを取り戻すことが出来た。こういう時、『豊穣の女神』の知名度は便利なものである。

 

それから冷静さを取り戻した人々は、二つに分かれた。故郷は捨てられない、場合によっては町と運命を共にするという居残り組と、当初の予定通りに救援が駆けつけるまで他の町に逃げ延びる避難組だ。

 

居残り組の中でも女子供だけは避難させるというものも多くいる。愛子の言葉を信じて、手伝えることは何かないだろうかと居残りを決意した男手と万一に備えて避難する妻や子供などだ。深夜をとうに過ぎた時間にもかかわらず、町は煌々とした光に包まれ、いたる所で抱きしめ合い別れに涙する人々の姿が見られた。

 

避難組は、夜が明ける前には荷物をまとめて町を出た。現在は、日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。居残り組の多くは、『豊穣の女神』一行が何とかしてくれると信じてはいるが、「それでも自分達の町は自分達で守るのだ! 出来ることをするのだ!」という気概に満ちていた。

 

 

 

そして、現在、誠司達は人目の付かない場所まで移動して自分のポケモン達をモンスターボールから出していた。誠司はトランクの中にいたポケモン達も含め、全ての手持ちのポケモン達を外に出していた。かなりの大群を相手にするため、今回は特別に全部の手持ちを使うことにしたのだ。出し惜しみしてどうにかなる状況か分からないからだ。

 

しかし、全部の手持ちにその場で細かく指示を出すことは不可能なので、今この場で自分達の役割を説明しておく必要がある。全員、戦うことに意欲的なようで、地面に描いた図を熱心に見つめている。

 

「よし。今から作戦について説明をするぞ。まずはケンタロス、お前は俺とクレッフィと一緒にこの場所まで行ったら、思い切り“じわれ”を使ってくれ。大群はここからやって来るからな。これで足場を崩す。クレッフィは俺やケンタロスの守りを頼む」

「ブモオォォ!」

「クレフィィィ!」

 

誠司の指示にケンタロスとクレッフィは鳴き声を上げて答えた。誠司も頷いた。ケンタロスの足が少しだけ震えているのを気付くと、安心させるように言った。

 

「良いか、ケンタロス。“じわれ”を使ったらすぐにその場を離れて距離を取るんだ。あくまで大群に揺さぶりを掛けるためということを忘れるな。それに俺やクレッフィもいるんだ。安心しろ」

「モオゥ」

 

そう、ケンタロスの“じわれ”で簡単に大群を一掃出来るとは誠司も思っていない。洗脳されている群れのリーダーや進化系のポケモン達は構わず進もうとするだろうが、その他のリーダーに従っているだけのポケモン達はリーダーに不信感を抱く。群れの結束が弱まればそれだけ勝機は高くなる。寧ろここからが本番だ。

 

大群にどんなポケモン達がいるのか、オルニスで既に大体把握している。なので、ここからは誰がどのポケモンと戦うのかを指示していく。紙に描かれたポケモンの絵を見せる。ちなみに絵はハジメが描いたものだ。

 

「次に誰がどのポケモンと戦うかを説明していく。まずはストライクの群れだ。あいつらは飛べるからな。恐らく“じわれ”が起きても関係なく全員で突撃してくるはずだ。チゴラス、キュウコン、お前らはストライク達の相手を頼む。特にリーダー格を優先して攻撃してくれ」

「グオオォォ!」

「コンッ!」

 

誠司の指示にチゴラスとキュウコンが返事をする。

 

「次はガメノデスだ。水・岩属性のポケモンだからマシェードにお願いしたい。数が多かったら“キノコのほうし”を使ってガンガン眠らせろ」

「マシェッ!」

 

マシェードが元気に返事をする。

 

そんなこんなで全ての手持ちのポケモン達に指示を出し終えた時、複数の足音が聞こえて来たので音がした方向に目を向けると、そこには愛子やクラスメイト達、ティオ、ウィル、デビッド達数人の神殿騎士達がいた。デビッド達は目の前にいるマシェード達に表情を険しくさせており、愛子達も山脈で見たポケモン達以外のポケモン達を見て「他にもいたのか!?」と驚愕を露わにしていた。愛子が声を掛ける。

 

「あの、中西君、準備はどうですか? 何か必要なものはありますか?」

「今こいつらに作戦の指示を終えたところです。必要なものはないのでお引き取り願えますか?」

 

誠司がデビッド達に目を向けながらそう言った。そんな誠司の言い方が気に入らないのかデビッドが食って掛かった。

 

「おい、貴様。愛子が……自分の恩師が声をかけているというのに何だその言い草は。本来なら貴様の持つ魔獣共やアーティファクト類の事、大群を撃退する方法についても詳細を聞かねばならんところを見逃してやっているのは、愛子が頼み込んできたからだぞ? 少しは……モガッ」

 

他の神殿騎士達が慌ててデビッドの口を塞いだため、それ以上言葉が続くことはなかった。そもそも戦うつもりが無かった誠司達がこの場にいるのは愛子達がお願いしたからに他ならない。それなのにデビッドがそんな口を叩いて「なら戦うのを止めます」と言われて投げ出されては堪らない。他の騎士達はそれが分かっていたので慌てて止めたのだ。

 

愛子達もデビッドに冷めた視線を向けており、デビッドもそれに気付いたのか大人しくなる。気を取り直してハジメが愛子に尋ねた。

 

「それで、僕達に何か用ですか? そんなことを聞くためじゃないでしょう」

「は、はい。実は黒ローブの男のことですが……」

 

愛子の言葉には苦悩が滲み出ており、ハジメも誠司も彼女の言いたいことを察した。

 

「つまり、正体を確かめたいってことですよね? 生け捕りにして連れて来て欲しいと」

「……はい。どうしても確かめなければなりません。その……お二人には、無茶なことばかりを……」

「別に構いませんよ」

「え?」

 

無茶なことを言っている自覚があった愛子はハジメがあっさり了承したため、思わず呆けた声を出す。誠司もハジメの言葉に異論は無いようで、頷く。

 

「まぁ俺としても、その男のことは目的とか色々聞き出す必要はあるので問題はないですよ」

「中西君……ありがとうございま……「ただし」……ただし?」

 

誠司の言葉に首を傾げる愛子。他のクラスメイト達も同様だ。

 

「もしも仮に犯人がクラスメイトだったとして、甘い処分はするべきではないと思いますよ」

「え?」

「動機や目的は知らないが、そいつがやってることは重罪に変わりない。この騒動で少なくとも三人が犠牲になってる。これで甘い処分にすれば、保身のために隠ぺいする最低教師と同じですよ」

「そ、それは……」

 

愛子は言い淀む。確かに誠司の言っていることは正しい。だが、もしも清水に何かどうしてもやむを得ない事情があったら自分はどうしたら良いのか。こういう時に自分の無力さを呪いたくなる。

 

 

愛子の話が終わったのを見計らって、今度はティオが前に進み出て声を掛けた。

 

「ふむ、妾も良いかな? 頼みがあるんじゃが、聞いてもらえるかの?」

「………………ああ、ティオか」

「何じゃその反応は。もしかして忘れておったのか?」

 

明らかに存在そのものを忘却されていたティオは思わずジト目を誠司達に向ける。心の奥底でそれもどこか悪くないという感覚がしたが、気のせいだろう。ハジメやシアは忘れていたことの罪悪感から気まずそうに目を逸らす。

 

「とにかく……お主らはこの戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」

「まぁ、そうだけど」

「そう、妾の頼みというのはそれでな。妾もその旅に同行させてもらえんかの?」

 

ティオの提案に驚きを見せる誠司達。シアが尋ねた。

 

「でも色々やることがあるのでは? そのために里を出て来たって言ってたじゃないですか?」

 

シアが『竜人族の調査』はどうするのか尋ねると、ティオもその質問は想定内なようで胸を張って答える。

 

「うむ、問題ない。お主らと同行する方が遥かに効率が良いからの。お主らにとっても妾が仲間になっても損はないと思うのだが……」

「………」

 

誠司は考え込む。確かにリザードンの状態での彼女はかなりの実力だった。戦力としては申し分ない。だが、彼女が竜人族である以上、仲間に引き入れた後でそれがバレれば厄介ごとになりそうな気もする。悩みどころだ。

 

その時、ユエが誠司達に言った。

 

「……皆、連れて行こう」

「「「っ!?」」」

 

いつもはあまり意思表示をしないユエがいつになく積極的に言うので思わず彼女の顔を見る誠司達三人。ユエの目は今までにないくらいに輝いている。自分が憧れと敬意を持っている竜人族が仲間になるというのだ。無理もない。

 

ユエの言葉を聞き、誠司達も顔を見合わせると、お互いに頷いた。確かにリスクはあるが、ティオの実力は確かだ。

 

「まぁ、頼もしいのは確かだしな。よろしく頼むよ」

「うむ、仲間にしたことを後悔はさせぬよ」

 

そう言って、誠司とティオは握手を交わす。続いてハジメ、シア、ユエとも握手を交わす。ユエは興奮で若干顔を赤くしていたが。

 

 

その時、ヌマクローを始めとした数体のポケモン達が反応し始めた。それを見たハジメは眼鏡を着用する。既にオルニスを北山脈方向に飛ばして見張らせてある。眼鏡のレンズにはオルニスを通した映像が映っている。

 

そこには様々なポケモンの群れが進軍している。ストライクやガメノデス、ラクライ、デンチュラ、モグリューといった実にバリエーション豊かなポケモン達が揃っている。しかし、中には見覚えのないポケモン達も混じっていた。恐らく、直前にまた洗脳して大群に追加したのだろう。

 

「いよいよか」

「……ハジメ」

「ハジメさん」

 

ポケモン達やハジメの反応から来るべき時が来たと悟る誠司達3人が、ハジメに呼びかける。ハジメは眼鏡を外して視線を三人に戻すと頷き、そして後ろで緊張に顔を強ばらせている愛子達に視線を向けた。

 

「来たよ。予定より大分早いけど、数がまた増えているね。多分30分くらいで到達するんじゃないかな?」

 

ハジメの言葉に顔を青くする愛子達。そんな彼女達を無視して誠司はポケモン達に声を掛ける。

 

「聞いたな。基本的にさっき言った作戦通りに動くんだ。手が空いたらすぐに他のポケモン達を手伝ってやってくれ」

『グオオォォォ!!』

 

全員が雄たけびを上げて返事をし、誠司はそれに頷くとボールに戻していく。ハジメ達も同様に自分のポケモン達をボールに戻す。誠司は振り返ると、愛子に言った。

 

「それじゃあ、畑山先生。万一に備えて戦える人達は壁際に待機させておいてください。もっとも、出番を作らせるつもりはありませんが」

「……分かりました。君達をここに立たせた先生が言う事ではないかもしれませんが、どうかご無事で……!」

 

愛子は少し眩しいものを見るように目を細めながら誠司達にそう言うと、町中に知らせを運ぶべく駆け戻っていった。騎士達は「こいつらで本当に大丈夫なのか?」と言いたげな表情を浮かべながらも黙って愛子に付いて行く。クラスメイト達も誠司達を複雑そうに見た後、愛子を追いかけて走って行った。



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作戦開始!

今回は少し短めです。


「あ、あのさ! 南雲、中西!」

 

声のした方を振り返ると、そこにはクラスメイトの一人の園部優花がいた。彼女だけはまだこの場を離れていなかったようだ。二人の胡乱な目を向けられて「うっ」と一瞬だけたじろぐが、直後にキリッとまなじりを上げてこう言った。

 

「あ、ありがとね! あの時、助けてくれて!」

 

優花の言葉に首を傾げる誠司とハジメ。恐らく、ティオのことを言いたいのかもしれないが、彼女を守った覚えは全くない。優花は2人が思い違いをしているのを察してすぐに訂正を入れる。

 

「その、さっきのこともそうだけど、それだけじゃなくて……あの日、迷宮で、ガラガラ達から助けてくれたでしょ。その後もバッフロンの足止めをしてくれたし」

 

優花の言葉で「ああ」と合点がいったように頷くハジメ。

 

「……あぁ、あの時、頭をかち割られそうにそうになっていた……そう言えば、園部さんだったっけ?」

「うっ、かち割られ……あんまり生々しい表現しないでよ。割とトラウマなんだから」

 

奈落に落ちた時に何か彼女にしたってことは分かったが、未だに思い出せない誠司。仕方なく、思い出したフリをして誤魔化す。

 

「それで……無駄にしないから! 南雲達にとってはどうでもいいことかもしれないけどさ! それでも、助けてくれたこと無駄にしないから!」

 

彼女なりに色々考えてはいるようだ。だが正直なところ、口だけでは何とでも言える。ハジメは優花に言った。

 

「そう…… それなら今はちゃんと先生を守ることだけを考えなよ。昨日までの醜態をもう二度と晒さないで」

「う、うん……分かってる」

「今の君達が何を言っても説得力はないよ。だから……本当にそう思っているなら行動で示して。僕が言いたいのはそれだけだよ」

 

優花はハジメの言葉に悔し気に唇を噛む。やがて優花は踵を返して愛子達の後を追いかけた。そして、走りながらハジメや誠司の言っていたことが次々と頭の中に響き渡る。

 

『本当にそう思っているなら行動で示して』

 

『護衛ってのは危険な仕事だ』

 

『昨日までの醜態を二度と晒さないで』

 

『護衛としてお前らは何をしてきたんだ?』

 

(分かってる。分かってるよ。そんなことは……)

 

優花はそんな声から逃れるように必死に走る。だが、二人の声はなかなか彼女の頭から離れなかった。

 

 

 

優花が立ち去った後、誠司はハジメに尋ねた。

 

「なぁ、ハジメ。さっきからずっと思ってたんだが……そもそもあいつって誰?」

「誰って……園部さんだよ。え? 待って? もしかして今まで園部さん達の名前を知らないまま過ごしてたの?」

 

ハジメが思わず呆れた口調で問い詰めると、誠司は気まずそうに頬を掻く。

 

「全く興味がなかったからな……」

「それ、本人の前では絶対に言わない方が良いと思うよ」

「……分かってるよ」

 

ハジメの言葉にユエもシアも呆れた様子で頷いているのを見て、誠司は少し不貞腐れたように答えた。

 

一方でウィルはティオに何かを語りかけると、誠司達に頭を下げて愛子達を追いかけて行った。「何を言われたんだ?」と疑問顔を向ける誠司達にティオは苦笑いして答える。

 

「今回の出来事を妾が力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達の事、少なくともウィル坊は許すという話じゃ……そういうわけで助太刀させてもらうからの。何、魔力なら大分回復しておるし竜化せんでも妾の炎と風は中々のものじゃぞ?」

 

どうやらリザードンに変身しなくてもいくつか技が使えるらしい。威力は竜化した時より劣るが、それでも人間時に技が使えるのは有難い。

 

「そうか。それなら頼む。戦力は多いに越したことはないからな」

「うむ。任せよ」

 

しかし、それ以前に懸念点が一つあった。

 

「問題は魔獣を使うってことをどうやって民衆に納得させるか……だな」

 

戦うことを決意してからずっと考えていたことなのだが、一向に良い考えが浮かばずにいた。それにハジメが「それなんだけど……」と提案した。

 

「僕に考えがあるんだ。ここは任せてもらっても良いかな?」

「ん? 考え?」

 

どの道、誠司はケンタロスやクレッフィと共に先にポケモンの群れに向かって突っ込む必要がある。ハジメやユエといったメンツはまずは住人達を落ち着かせてからそのまま誠司達と合流する予定だ。住人が先走ってこっちまでフレンドリーファイアされたら敵わないためである。

 

「まぁ、俺に良いアイデアは浮かばないしハジメに任せるか。それじゃあ、住人を落ち着かせたらすぐに合流してくれ」

「了解!」

「んっ!」

「分かりました!」

「任せよ!」

 

そして、誠司は作戦通り、ケンタロスとクレッフィを出してケンタロスに乗り込むと、町を勢いよく飛び出した。そのままポケモン達の大群に向かう。そんな誠司を見て壁際から驚愕の声が聞こえるが、その後のことはハジメ達に任せることにする。

 

まずは目の前のことに集中しなくてはならない。

 

そして、誠司達は目標地点まで到達すると、ケンタロスに指示を出す。大群より少し離れた距離だ。近付き過ぎると、こちらが攻撃を受けたり、“じわれ”でポケモン達が落ちてしまう可能性もある。

 

「よし。ケンタロス、思い切り“じわれ”だ!」

「ブモオオォォォ!!!」

『!!?』

 

ケンタロスが勢いよく前脚を地面に突き立てると、そこを中心に大きなひび割れが走っていく。

 

「今だ。走れ!」

「モオオォォ!」

 

誠司の指示で一気に距離を取るケンタロス。誠司が後ろを振り返ると、地割れが起こったことで大群に混乱が起きたようだ。しかし、それでも構わず進むポケモン達もいる。ストライクの群れもその一つだ。

 

「やっぱりストライク達はそのまま突っ込むか。それなら……」

 

誠司は二つのモンスターボールからチゴラスとキュウコンを出した。

 

「チゴラス、キュウコン、ストライク達を頼む」

「グオオォ」

「コンッ」

 

二体はストライクの群れに立ちはだかり、戦いが始まった。

 

「よし。次は……おっと!」

 

誠司が周囲を確認しようとした瞬間、緑色の犬のようなポケモン達が襲い掛かって来た。ラクライだ。地割れが起こっても高い脚力で乗り越えたようだ。十数体で同時に“かみなりのキバ”や“スパーク”を使って攻撃をしてくる。

 

「くそっ! クレッフィ、“まもる”!」

「クレフィィィ!」

 

クレッフィが誠司達を守るが、いつまでもつか分からない。急いでヌマクローを出そうとしたその時……

 

「……シャンデラ、“シャドーボール”」

 

声と共に無数の黒い球体が飛んできた。ラクライ達はそれをギリギリで躱す。誠司が飛んできた方向に目を向けると、そこにはシャンデラとユエ、そして、ハジメ達が浮かんでいた。シャンデラの“サイコキネシス”で浮かんでいるようだ。

 

「お待たせ、誠司」

 

ハジメがそう言うと、誠司も笑みを浮かべる。

 

「な~に、まだ始まったばかりだ」

 

 

 

「……ここは私達に任せて」

「シャシャン!」

 

ユエ達はラクライの群れと戦うことになった。ラクライ達もユエとシャンデラが強敵だと本能で感じ取ったのか、警戒を崩さない。

 

その間にも地割れに構わず突き進むポケモン達はまだまだいる。今度はデンチュラの群れだ。ハジメがボールからラビフットを出して撃退していく。

 

その時、町から歓声のような声が上がった。あまりにも大きいので思わず振り返る誠司。

 

「一体、何を吹き込んだんだ?」

 

誠司の質問にハジメは肩をすくめて答える。

 

「吹き込んだなんて人聞きの悪い。豊穣の女神である愛子によって一部の魔獣達が善の心に目覚め、愛子のため、町のために戦うみたいな感じのことを言ったんだよ」

 

そう、ハジメは町の人々を落ち着かせるために、そして、魔獣や魔獣の力を借りる自分達に忌避感を持たれるのを防ぐためにわざと愛子を旗頭にしたのだ。確かに色々メリットはある。

 

「なるほどな。まぁ、元はと言えば畑山先生が言い出したことだし、一緒に矢面に立ってもらうわけか」

「そゆこと」

 

そうこう言っている間にも大群も少しずつ落ち着いてきたのか、襲い掛かってくるポケモン達の種類や数も増えていく。

 

誠司達はお互いに顔を見合わせて不敵な笑みを浮かべると、それぞれポケモンを出していく。

 

 

 

町の至る所からは大歓声が上がり、町の重鎮達や護衛騎士達は呆然としていた。クラスメイト達はかなり複雑そうな表情を浮かべている。本来であれば自分達が町を守る役割であるのに、かつて無能と見下していた者達に守られているのだ。複雑な心境にもなるだろう。「今の自分達の役目は愛ちゃん先生を守ることだ」と必死に自分に言い聞かせようとするが、敗北感が拭えない。

 

そして、愛子はただひたすらに誠司達の無事を祈り続けていた。それと同時に表情を悲痛そうに歪めていた。

 

山脈での休憩中、ポケモンについて話していた時の誠司の顔を何度も思い出す。その時の彼の表情は本当にポケモンのことが大好きで、彼らを大切な存在として見ているのがはっきりと分かる微笑ましいものだった。誠司だけじゃない。ハジメもユエもシアもそうだ。それなのに自分がそんな彼らを戦いの場に引きずり出してしまった。

 

こんなの……自分がかつて抗議した教会と何が違う。自分がやったことは教会と同じじゃないのか。

 

愛子は自分のしたことの恐ろしさを今更ながらに実感し、強く頭を殴り付けられたようにショックを受けていた。



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黒ローブの男

今回も少し短めです。


数時間後、戦いも終わりが見えてきた。洗脳されたポケモン達も何とか戦闘不能にさせて洗脳から開放したり、捕獲したりして収拾していった。リーダーが倒れたことで群れのポケモン達は大人しくなり、どこかへ逃げ出して行く。ポケモン達の大群も今では数える程にまで少なくなっている。そして現在、誠司は騎兵のような姿をしたポケモン、シュバルゴと対峙していた。

 

「シュバルゴか。こんなのもいたとはな」

 

オルニスでは見かけなかったので恐らく新しく大群に加えた一体なのだろう。群れは無く、単独で動いているようだ。誠司は残り少ない手持ちを繰り出す。既にこの戦いで殆どのポケモン達は消耗しており、まともに戦える手持ちのポケモンは少なくなっている。

 

「ここは頼むぞ、エレザード!」

「エザァ!」

 

エレザードとシュバルゴの戦いが始まる。そして、激しい技の応酬の末に何とかシュバルゴを弱らせると誠司はモンスターボールを投げてシュバルゴを捕獲した。

 

 

シュバルゴを片付けた誠司はエレザードをボールに戻して先を進もうとすると……

 

「誠司さん、危ない!! よけてぇぇ!!」

 

そんな声と共にシアによって押し飛ばされた。その次の瞬間、誠司がいた所には大きな衝撃音が鳴り響いた。思わず音がした方に目を向けると、そこには一メートルを超える巨大な金属質のハンマーがあった。地面には無数の亀裂が走っており、もしもシアがいなかったら今頃は地面のシミになっていただろう。

 

「カーヌチャ!」

 

この状況に似つかわしくない可愛らしい鳴き声と共にピンク色のポケモンが自分よりも大きなハンマーを軽々と持ち上げて肩にかつぐ。何年も夢で見てきたことで数百種類のポケモンを知っている誠司だが、目の前のポケモンは初めて見るポケモンだった。魔獣図鑑の技能によって目の前のポケモンについての情報が頭に入り込んでくる。

 

「何々……デカヌチャン? 初めて見るポケモンだな」

 

目の前のポケモン、デカヌチャンは虚ろな目で巨大なハンマーを振り回している。かなりのパワーだ。

 

「この世界にはまだまだ知らないポケモン達がいるのか……まったく、これだからポケモンってのは面白い!!」

 

誠司は闘志と感動の入り混じった目でポケモンを繰り出そうとすると、それをシアが制した。シアも目を輝かせている。旅をしていて分かったのだが、シアは意外と脳筋思考の持ち主だ。だからこういう豪快なポケモンにそそられるのだろう。

 

「誠司さん、ここは私達に任せてください!」

「ホビホッビ!」

 

誠司としては本当は自分が戦いたいと思っていたが、鋼・フェアリー属性のデカヌチャンには地面技が有効だ。なのでここは素直にシア達に任せることにした。そんな彼のもとに、ユエがシャンデラに乗ったままやって来た。ユエが簡潔に状況を伝える。

 

「……誠司。ハジメが黒ローブの男を見付けた。今、戦ってる。手を貸して」

「……っ分かった! 出てこい、ケンタロス」

「ブモオォォ!」

 

誠司はケンタロスに乗ると、ユエの案内でローブの男がいる方に向かった。

 

 

 

「おいおいおい、この程度かぁ? お前らの実力はよお? お前らみたいなクソ雑魚に我らが負けるわけねえんだよぉ」

「はぁはぁ……」

 

肩で息をするハジメの目の前には黒いローブを纏った男とイカのようなポケモン、カラマネロがいた。ハジメの残りの手持ちも残すはあと一体だけになってしまっている。しかも相性が絶望的だ。

 

「もう……君しかいない…… お願い、グレッグル!」

「グエッ!」

 

グレッグルがボールから飛び出ると、カラマネロを睨み付ける。グレッグルを見て男はハジメを嘲笑う。先程から、芝居がかったようにオーバーな言動が目立つ。

 

「アハハハ! 何だぁ、そいつは? 最後に残った仲間がそんな役立たずとはな……」

「どうかな? 役立たずかどうかはまだ分からないよ」

「グエッ!」

 

ハジメとグレッグルが反論すると、男の隣にいたカラマネロが血走った目でハジメ達を睨み付ける。男は吐き捨てるように言った。

 

「ほざけよ、クソ雑魚が。お前らのせいで我が計画が台無しにされたんだ。命が助かるなんて思うなよ。お前らを殺した後は、お前らの大切な、大切な、お仲間も全て我が支配下に置いてやる。死ぬまで有効に使ってやるよ」

 

男がそう言うと、カラマネロが技を繰り出す。触手から強力な念が籠った刃を無数に飛ばす。エスパー属性の技“サイコカッター”だ。ハジメがすかさず指示を出す。

 

「マズい! 躱して、グレッグル!」

「グエグエ~」

 

グレッグルは持ち前の身体能力でそれを器用に躱していく。だが、“サイコカッター”の数はどんどん増していく。躱し続けるにも限界が来るだろう。

 

「グレッグル、カラマネロに“どくづき”!」

「グエッ!」

 

グレッグルは攻撃を躱しながらカラマネロに接近する。そして、グレッグルは腕に毒を集中させて“どくづき”を放とうとするが、その一撃は紙一重で躱されしまう。それによってグレッグルに大きな隙が出来てしまった。

 

「甘えんだよぉ、やっちまいな!」

「マーロマロッホオオォォ!」

 

カラマネロは再び“サイコカッター”を無数に飛ばしてきた。グレッグルは必死に躱そうとするが、今度は躱し切れず数発、食らってしまう。

 

相性最悪のエスパー技をもろに受けたグレッグルは白目を剥いて倒れてしまった。

 

「そんな、グレッグル!」

 

ハジメがグレッグルの元に急いで駆け寄ろうとするが、ローブの男はそんな隙を与えるようなことをしない。

 

「アハハハハハ! だから言っただろうが、お前らみたいなクソ雑魚に我らが負けるわけないってよおおぉぉ!」

 

男と同調するかのようにカラマネロも嘲笑しながら触手を振りかざす。ハジメは必死に躱そうとするが、間に合わない。

 

思わず、ギュッと目を瞑ったその時………いつも聞き馴染んだ声が聞こえてきた。それでいて頼りになる声。

 

「ケンタロス、“メガホーン”だ!」

「ブモオオォォォ!!」

 

ケンタロスは自慢の角を突き出して勢いよくカラマネロに突っ込んで行った。

 

「!? マーロウッ!」

 

カラマネロは寸前で何とか躱す。誠司と一緒に来たユエがハジメに叫ぶ。

 

「ハジメ! 急いでモンスターボールに!」

「っ分かった!」

 

ハジメはモンスターボールを取り出すと、グレッグルをボールにしまう。

 

「クソ雑魚がぁ、群がってんじゃねえよぉ!!」

 

男が激昂してそう叫ぶと、カラマネロも口から黒い光線を放つ。“あくのはどう”だ。“あくのはどう”はそのままシャンデラに向かう。ユエはシャンデラと共に迎え撃つ。

 

「……“緋槍”」

「シャシャシャ……シャン!」

 

ユエの炎魔法とシャンデラの“れんごく”で“あくのはどう”が打ち消される。カラマネロはまた技を放とうとしているのが見えたため、誠司はすかさずチリーンを繰り出して指示を飛ばす。

 

「チリーン、“かなしばり”!」

「チリチリン!」

 

チリーンによって身動きが封じられたカラマネロは困惑の声を上げる。

 

「マ、マロマロ?」

 

そして、困惑しているのはローブの男も同じだった。

 

「お、おい! どうなってんだ!? クソが! 動け、動けよぉ!!」

 

男はカラマネロに向かって、まるで()()()()()()()()()必死に叫んでいる。それに違和感を覚えるが、誠司はケンタロスに指示を出す。このチャンスを無駄にするわけにはいかない。

 

「今がチャンスだ。ケンタロス、“メガホーン”!」

「ブモオォォ!!」

 

ケンタロスは今度こそ“メガホーン”をカラマネロに当てるため狙いを定める。カラマネロは必死に躱そうとするが、身動きが取れない。

 

「ブモオォォォォォォ!!!」

「マロマロオオォォォ!!」

 

カラマネロはケンタロスの“メガホーン”をもろで受けてしまい、カラマネロは遂に崩れ落ちてうつ伏せの状態で倒れてしまった。

 

カラマネロを何とか撃退し、後はローブの男だけだと誠司、ハジメ、ユエの3人が男の方に目を向けた次の瞬間……

 

「きいいいええええええああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

男は頭を押さえ付けて大音量の奇声を上げる。思わず耳を塞ぐ誠司達。やがて、男はフッと糸の切れた操り人形のように倒れ込み、ピクリとも動かなくなってしまった。

 

「え、え? これ、どうするの……?」

「ん、とりあえず連れて行くしかない」

「ああ、だが、少し気になることもあるんだよな……」

 

誠司は未だに地面に伏しているカラマネロを一瞥する。少なくとも、操っている者が倒れたことでもうポケモン達の洗脳も完全に解けたはずだ。後はこのローブの男を連れて行けば任務完了である。

 

誠司達は宝物庫から出した特殊ワイヤーで男の身体を巻き付けて拘束する。このワイヤーは鋼鉄製なため、人間の力で引きちぎることはまず不可能だ。

 

男を拘束し終えると、誠司達は町へと進路を向ける。こうしてウルの町の防衛戦はひとまず誠司達の勝利で幕を閉じた。




何気にSVの新ポケ、デカヌチャンが登場しています。初めて見た時にシアの手持ちに加えたいと思い、書きました。

ローブの男の様子がおかしいですが、それは次回で分かります。ちなみにティオは別の場所で戦っていました。


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本当の黒幕

今年最後の投稿です。何とか間に合った……


黒ローブの男はやはり行方不明になっていて愛子達が探していた清水だったようだ。目深に被っていたローブをめくり、彼の顔を見て間違いないとのことだ。

 

また、既に場所は町外れに移しており、この場にいるのは誠司達の他に、愛子達、護衛隊の騎士達、町の重鎮達数人、そしてウィルやゲイル達だけである。流石に、町中に今回の襲撃の首謀者を連れて行っては、騒ぎが大きくなり過ぎるだろうし、そうなれば対話も難しいだろうという理由からだ。町に残った重鎮達が、現在、事後処理に東奔西走している。

 

清水は拘束された状態でブツブツと何かを呟いている。前髪で隠れていて目が見えないが、彼が正気でないことが伺える。

 

そんな清水に愛子が歩み寄った。黒いローブを着ている姿が、何より戦場から直接連行して来られたという事実が、動かぬ証拠として彼を襲撃の犯人だと示している。信じたくなかった事実に愛子は悲しそうに表情を歪めている。

 

「愛子、危険だ」

 

流石にデビッド達が止めようとするが、愛子は首を横に振って拒否をする。そして、誠司達に彼の拘束を解くように頼む。それでは、きちんと清水と対話できないからと。愛子はあくまで先生と生徒として話をするつもりなのだろう。

 

その時だった。

 

「オレハ……え…いゆう……だ……」

 

そんな声が聞こえたと同時にブチブチブチィィィッという音が響いた。清水が自力でワイヤーを引きちぎったのだ。

 

「なっ!? 噓だろ!? 鋼鉄製のワイヤーだぞ!」

「そんな! 清水君ってあんなに力が強かったの!?」

 

誠司達が驚愕する。ハジメが優花達に思わず尋ねるが、全員激しく首を横に振って否定する。いくら常人よりもステータスが高いと言っても清水は後衛職、筋力は前衛職より劣る。更に彼も優花達と同様、戦闘訓練をまともに行っていないのだ。そんな清水がワイヤーを自力で切るなんてことを普通出来るはずがない。

 

「キシャアアアアアッ!!」

 

清水は奇声を上げながら愛子に飛び掛かろうとする。それを咄嗟に誠司の傍らに浮かんでいたチリーンが“かなしばり”で彼の動きを封じる。

 

「清水君……」

 

愛子が悲しげな声で呟く。誠司が言った。

 

「畑山先生。その男と話をしたいなら今のうちにしてください。流石に“かなしばり”を解除することは出来ませんが、このままでも会話は出来ますよ」

「中西君。で、でもこのままでは……」

 

愛子は渋っている。こんな拘束した状態では先生と生徒の会話にはならないと思っているのかもしれないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

「あのな、畑山先生。はっきり言って、こいつは異様な状態だ。あのワイヤーを素手で引きちぎったんだからな。会話をしたいならせめて拘束が必要だ」

 

誠司がキッパリそう言うと、周りの人達も全員強く頷いている。これには流石の愛子も押し黙る。まだ納得はいかないものの、愛子はまだ身体を動かせずにいる清水に呼びかけた。清水は虚ろな目のまま、再びブツブツと訳の分からないことを口にしている。

 

「清水君、聞いて下さい。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません……先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか……どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 

愛子の呼びかけで正気を取り戻したのか、清水の目に少しだけ光が宿る。やがてポツリポツリと言葉を紡いでいく。

 

「オレは……マ…獣の……使役デ……山脈に行った……ソコデ……あいつに……アイツニ……」

「あいつ? あいつというのは一体誰ですか?」

 

愛子が出来るだけ優しく尋ねると、清水は言葉を途切れつつも何とか答えた。

 

「アイツは……イカのヨうな魔獣……カラマ……ネロ……」

 

その時だった。どこからか黒い光線が飛んできたのだ。光線は地面に当たって爆発を起こす。幸い、周囲には人がいなかったので怪我人は出なかった。全員が何事かと光線が飛んできた方向に目を向けると、先程まで清水と行動を共にしていたカラマネロが浮かんでいた。いつの間にか体も回復している。

 

「カーラカラッ」

「あれはカラマネロ……」

 

ハジメがボソリと呟く。ハジメの言葉から、その場の全員が警戒心を露わにする。

 

「マーロ、マロマーロウ」

 

カラマネロが何かを言っている。ハジメは誠司に通訳をお願いした。

 

「何々……? 『今まで我が計画に協力してくれたそこの下僕には大いに感謝する』……だと?」

 

その言葉から、この場にいた全員が、騒動を引き起こした黒幕が目の前にいるカラマネロだということを悟った。愛子は自分の生徒を巻き込んだカラマネロを強く睨み付けている。

 

「マロマロマロ、kdhそlsrひsmsjdjぢうぃfjfkすdjdhづえけふふdjwjfyjfへいrjcj……………………」

 

やがてカラマネロは興奮したように喚き散らし始めた。狂信者を思わせる様子にハジメ達は恐怖を覚える。ハジメが誠司に尋ねる。

 

「ね、ねぇ、誠司。あのカラマネロ、何て言ってるの? 随分興奮してるみたいだけど……」

「それが……分からないんだ」

「え!? 分からないってどういうこと……?」

 

ハジメ達が思わず驚くが、誠司は弁解するように言った。

 

「いや、言葉自体は分かるんだ。だけど、言っている意味が分からないんだよ。興奮して早口で捲し立てている上に、内容も支離滅裂だから何を言っているのかさっぱりなんだ。ただ……何回か『魔人族に栄光あれ』とか『あの方のために』とか言っているな」

 

どうやらこの件は魔人族が絡んでいる。それが分かり、その場にいた全員が驚きを露わにする。恐らく、強力な催眠能力を持つカラマネロを使って神の使徒の1人である清水を操り、同士討ちをさせるつもりだったのだろう。

 

ひとしきり喚き終えるとカラマネロは少し落ち着いたようで愛子をギロリと血走った目で睨み付ける。カラマネロは再び黒い光線、“あくのはどう”を愛子を狙って発射した。

 

「マロマロマーロッホウ!」

「……させない。シャンデラ、“シャドーボール”」

 

シャンデラの“シャドーボール”とカラマネロの“あくのはどう”がぶつかり合い相殺される。大きな爆発が起こり、その爆風に思わず数人が吹き飛ばされそうになる。

 

煙で周りが見辛くなり、誠司達は必死に周囲を見回す。その時だった。

 

「チリッ!?」

 

チリーンの悲鳴が聞こえた。このままではマズいと判断した誠司はチルットをモンスターボールから出して、指示を出す。

 

「チルット、“きりばらい”!!」

「チルチルッ!」

 

「チ……チリリ…………」

 

チルットの“きりばらい”によって煙が晴れて、チリーンの方に目を向けるとチリーンは苦しそうな表情を浮かべて倒れていた。口から血を流しており、声が殆ど出ない。

 

恐らくカラマネロの“じごくづき”を食らったのだろう。酷いダメージだ。誠司は急いでチリーンをモンスターボールにしまった。

 

そして、チリーンが倒れてしまったことで清水の拘束も無くなってしまう。清水は身体の拘束が無くなったことで前のめりに倒れる。それを見た愛子が倒れた清水を起こそうとするが、清水は起き上がる力も残っていないようだ。ピクリとも動かない。

 

その時、カラマネロが愛子に近付き、黒く硬化させた触手を勢いよく振りかざしてきた。悪属性の技“つじぎり”だ。

 

万事休すかと思ったその時、

 

「愛ちゃん先生!!」

 

そんな声と共に愛子はドンと強く突き飛ばされた。愛子は地面に倒れ込み、すぐに起き上がって振り返ると、そこには…………

 

「そ、そんな……園部さん!!」

 

そこには優花が血塗れになって倒れていた。胸の部分から腹の部分にかけて斜めに大きな傷があり、そこからダクダクと赤黒い血が流れ出ていた。もう既に優花の顔は血の気を失っている。愛子が半狂乱になって両手で塞いで血を止めようとするが、止まらない。

 

カラマネロは愛子の殺害をしくじったことに舌打ちをし、今度こそ愛子を殺そうと再び攻撃を仕掛ける。しかし、その攻撃が届くことはない。何故なら、誠司とユエとシア、そしてポケモン達が立ちはだかっていたからだ。

 

「悪いが、もう攻撃はさせねえよ」

「ブモオオ!」

 

ケンタロスは怒り心頭だった。山脈で愛子や優花達とある程度交流があり、彼女達に心を開いていたため、そんな彼女達を殺そうとしたカラマネロが許せないのだ。誠司はケンタロスやチルットの他に、イーブイも出した。イーブイは先程のポケモンの大群との戦いで体力を大分消耗してしまっているが、彼にはケンタロスのサポートに徹してもらう。

 

そして、誠司達がカラマネロと交戦している間に、やけに静まり返っていた周りが騒がしくなった。その頃になってようやくハジメ達の元に駆けつけた周囲の者達が焦燥にかられた表情で口々に喚き出す。その中でも、クラスメイト達、特に優花と仲が良かった妙子や奈々の動揺が激しく、半ばパニックに陥っていた。ハジメに対して口々に安否を聞いたり、様子を見せろと退かせようとしたり……だが、そんな彼等も、ハジメの押し殺したような「黙ってて」の一言に、気圧されて一歩後退って押し黙った。

 

ハジメはすぐに宝物庫から神水を2本取り出すと、1本を傷にぶっ掛け、もう1本は優花の口に突っ込んだ。コクコクという音と共に喉が動いているのを確認すると、ハジメは回復魔法を掛けて優花の身体を癒していく。それにより、死人のような顔色が少しだけ良くなる。優花が少しだけ目を開き始めた。意識が戻ってきたようだ。

 

「な……ぐ……も……」

「園部さん、体に異変は? 違和感はない?」

「う、うん……大……丈夫……」

「「優花(っち)!!」」

 

血が完全に止まったのを確認して少し優花から離れると妙子と奈々が優花に抱き付いた。2人とも心配と安堵で顔をグシャグシャにしている。優花はそんな2人に対して少し困ったように笑いながらも優しく2人の頭を撫でる。敦史達や騎士達も安堵の溜息を吐いた。愛子はハジメの手を取って何度もお礼を言う。彼女の手が震えているのが分かった。

 

「南雲さん、本当に……本当にありがとうございます!」

 

ハジメは手をヒラヒラ降ってお礼は無用だと伝えると、カラマネロと交戦している誠司達を心配そうに見つめる。もう戦えるポケモンはハジメにはいないし、回復魔法を惜しみなく使ったせいで残りの魔力も少ないので戦えない。出来るのは誠司達の勝利を祈ることだけだった。

 

誠司達とカラマネロの戦いも終わりを迎えていた。

 

「イーブイ、ケンタロスに“てだすけ”! ケンタロス、最大パワーで“メガホーン”だ!」

「ブモオオオオ!!!」

 

イーブイの“てだすけ”によって威力が上がった“メガホーン”はカラマネロの体に突き刺さり、貫通した。と思ったが、ポフンッという気の抜けた音がしたと思ったらカラマネロの姿が消えた。誠司はこの現象に見覚えがあった。

 

「まさか……“みがわり”か」

「……ハァハァ、マロマッロ」

 

ご名答というかのような声が聞こえ、上を向くとカラマネロは上空に浮かんでいた。だが、“みがわり”を使ったことで体力がかなり消耗しているようで息が上がっている。

 

「マロ、マロマロマロマロ。カラカラカッ!」

「『このままでは終わらない。これはまだ序の口に過ぎない。魔人族の勝利は揺らがない』……だと?」

「あのカラマネロ、随分と魔人族に心酔しているみたいですね」

「ん、不気味……」

 

「マーロウ!」

 

そう言ってカラマネロは突然、姿を消した。逃げられてしまったようだ。

 

「くそっ、逃げられたか…… だがまぁ、町を守ることは出来たし良しとしておくか。ご苦労だったな、チルット、イーブイ。それにケンタロスも……」

「チルル」

「イブイ」

 

そう言いながら誠司はポケモン達を労う。チルットやイーブイは返事があったが、ケンタロスから返事が返って来なかった。どうしたのかと振り返ってケンタロスに視線を向けると、思わず自分の目を疑った。

 

ケンタロスが横になって倒れていたからだ。

 

「なっ!? ケンタロス、どうした!?」

「イブイブ!?」

 

誠司達が慌てて駆け寄り、ケンタロスに呼び掛ける。だが、返事がない。イーブイが必死にケンタロスの体を何度も揺すったりもしたが、何の反応も無い。そして、ケンタロスの目は閉じたまま、もう()()()開くことはなかった。

 

 

この時、誠司は自分が取り返しのつかない失敗(ミス)をしたことを悟った。




一応、清水は生存確定です。原作では愛ちゃん先生が重傷・清水が死亡という展開でしたが、それを回避した結果、それぞれ別の者が被害に遭いました。


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戦いが終わって……

明けましておめでとうございます。今年も投稿を続けていきますので何卒よろしくお願いします。

新年早々、暗めの展開ですが、ご了承ください。


ウルの町の戦いは表向きは()()()()で終わった。

 

戦いで荒れ果てた大地の整備という頭が痛い問題があるものの、町も住人も無傷という起きた事態に対してまさに奇跡としか言い様のない結果だ。その吉報は直ちに避難した住民達や周辺の町、王都に伝えられた。

 

町の周囲にはハジメが作った防護壁がそのまま残っており、戦いの一部始終を見届けた者達は、いかに常識を超えた戦いだったのか、避難させた家族や友人達に必ず語り聞かせようと強く心に誓った。そして、避難していた商人達もハジメの防護壁の存在を知れば、抜け目なくウルの町の新たな名物として一儲けしようと考えることだろう。しかし、町の住人の大半は知らなかったが、誠司達や愛子達といった、この戦いの関係者達にとっては深い心の傷を残す結果に終わった。

 

それがケンタロスの死だった。

 

実はケンタロスの体は毒に侵されていた。清水やカラマネロと最初に相対して“メガホーン”を命中させた際にカラマネロも同時に“どくどく”を使っていたらしく、ケンタロス自身、気付かぬ内に毒状態にされていたのだ。そして、ケンタロスは体中を猛毒が蝕む中、緊張状態のままカラマネロと交戦したことで力尽きてしまった。

 

魔獣図鑑の技能はポケモンの健康状態についても調べることが出来る。つまり、ケンタロスが毒状態になっていたことは魔獣図鑑で調べればすぐに分かったはずなのだ。だが、誠司の油断と判断の甘さが原因でそれを怠ってしまい、結果としてケンタロスを死なせてしまった。誠司はそう考えていた。ちなみにケンタロスの亡骸はハジメが作った棺に入れて宝物庫の中にある。後で火葬する予定だ。

 

 

戦いを終えて一日経った今、誠司達は水妖精の宿の二階の客室にいた。依頼を終えた以上、もうこの町に留まる必要もないのだが、誠司達にはまだやることがあった。

 

戦いで怪我をしたポケモン達の治療だ。神水や回復魔法だけでは完全に回復しないため、少し時間をかけて治療する必要があったのだ。怪我をしたポケモン達は体に包帯が巻かれ、ベッドやテーブルの上で苦しそうに呻いている。

 

避難せずにこの町に留まっていたフォスには感謝しかない。魔獣であるにも関わらず、「町を救ってくれた英雄に報いたい」と言って宿の部屋を療養のために快く貸し与えてくれたのだから。

 

そして、誠司達はポケモン達の治療を何とか全員分終えた。治療を終えると、ユエとシアとティオは先に別室で休みに行った。今、部屋に残っているのは誠司とハジメの二人だけだ。二人とも椅子に力が抜けたように腰掛け、大きく安堵の息を吐く。

 

「……何とか全員分、終わったね……」

「……ああ」

 

誠司の返事は心ここにあらずといった感じだ。ハジメは少し話題を変えるように、あるポケモンについて尋ねた。

 

「ねぇ、チリーンの容態はどう?」

 

ハジメがチラリとベッドに横たわっているチリーンに目を向ける。チリーンは他のポケモン達以上に包帯が巻かれ、時折苦しそうにしている。手持ちのポケモン達の中では一番重傷だ。誠司は暗い顔のまま答えた。

 

「……酷い。“じごくづき”のダメージが大きすぎる。以前のように動くことは難しいだろうな……」

「……そっか……」

 

ハジメは沈痛な表情を浮かべながら頷いた。誠司は続ける。

 

「それに……精神的なダメージも大きい。トラウマになっているのかもしれない。しばらく療養をさせてやる必要があると思う」

「療養……療養か……」

 

誠司もハジメもどうしたものかと頭を抱える。療養と一言で言っても簡単なことではないからだ。その時、二人に声が掛かった。

 

「あの、よろしいですか?」

 

誠司とハジメが振り返ると、そこにはフォスが立っていた。手には握り飯が四個乗った皿を持っている。

 

「お腹が空いているかと思い、食事を持って来ました」

 

フォスの言葉に二人は納得したように頷き、礼を言って受け取る。誠司とハジメは美味しそうに握り飯を頬張る。握り飯は塩がよく効いていて疲れが取れる。美味しそうに食べる誠司達をフォスは嬉しそうに眺めている。そして、ベッドで横たわるポケモン達を眺め、悲痛さを讃えた表情を浮かべる。

 

「あの、実は誠司殿達の話を聞いていたのですが、そちらのチリーンの療養先を探しているのだとか?」

「ええ、だけど魔獣である以上、一筋縄にはいかないのが現状で……」

「もしもよろしければ、当宿でそちらのチリーンを預からせてもらえませんか?」

 

寝耳に水なフォスの提案に誠司もハジメも思わず、彼の顔を凝視する。

 

「当宿って……水妖精の宿でですか? それは俺達としては有り難い申し出ですが、どうしてまた……?」

 

誠司が何を企んでいるんだと思わず疑わしげな視線を向けてしまう。フォスは苦笑しながら理由を明かした。

 

「いえいえ、これは私なりのお礼です。あなた方には既に返し切れない程の恩がありますから。少しでも恩を返したい。私はそう考えています」

 

フォスの言葉には嘘は感じられない。心からの本音のようだ。ハジメは心配そうに尋ねた。

 

「でも、魔獣を宿に預けても大丈夫ですか? もしもそれでこの宿の評判とか下がってしまったら……」

 

フォスの人柄はハジメも好いていたため、彼に迷惑が掛かってしまうのではないかと考えたのだ。しかし、ハジメの質問にフォスは優しく笑みを浮かべながら答えた。

 

「その心配は無用ですよ。この町は善の心に目覚めた魔獣によって守られましたし、それに……当宿は人間族限定の宿ではありませんから」

 

フォスが言うには、この水妖精の宿の名前の由来は、ずっと昔に水属性の妖精のような魔獣、マナフィを泊めたことがキッカケとのことだ。流石に魔獣ではイメージが悪すぎるとのことで『水妖精』と表現しているのだそう。なので、フォスとしては魔獣に対してそこまで悪感情はないらしい。

 

そこまで言われたら誠司としては断る理由は無かった。ここはチリーンの意見も聞いておきたい。誠司はチリーンの元まで近付くと、チリーンに自分はどうしたいか尋ねる。怪我の影響でチリーンは声が出せなかったが、コックリとぎこちなく首を縦に振った。

 

それを見た誠司は「分かった」と小さく呟くとフォスに向き直った。そして、彼に「チリーンをよろしくお願いします」と頭を深く下げた。それを見たフォスは顔を引き締め、「任せてください」と返す。まだチリーンの調子は良くないので、チリーンをモンスターボールに戻したり、ボールを渡すのはもう少し後だ。

 

誠司とハジメはフォスに何度もお礼を言うと、一旦自分の部屋に休むことにした。疲れが今になってドッと来たようでもうクタクタだ。そして、部屋を出た時、今の二人にとって正直あまり会いたくない人物に会った。

 

「…………あ」

「「…………」」

 

愛子は二人の顔を見て小さく声を漏らす。何て声を掛ければ良いのか分からなかったのだ。一方の誠司とハジメは愛子の顔を見て少し顔を顰めるも、何も言わずに自室へ向かう。

 

「ま、待ってください!」

 

愛子に呼び止められ、二人は振り返る。それから少しの間、沈黙が流れる。それは僅か五秒くらいだったが、愛子にとっては数時間にも感じた。やがて絞り出すような声で尋ねた。

 

「あ、あの……ポケモン達のお怪我は大丈夫でしたか?」

「……今、治療を終えた所です。ひと段落したので俺達も休もうかと」

「ずっと徹夜で治療してたので眠いんです」

「そ、そうですか……」

 

愛子はぎこちなくそう言うと、やがて本題を切り出した。

 

「あの……中西君、南雲さん、本当に何て言ったら良いのか……」

「……まさか謝るんですか?」

「……え……?」

 

愛子が本当に申し訳なさそうに言った言葉を誠司が遮った。言葉を遮られて愛子がゆっくりと顔を上げると、思わず息を呑む。

 

自分を見る誠司の瞳には怒りや悲しみ、そして失望が浮かんでいた。隣のハジメも何も言わないが誠司と同じ気持ちのようだ。とても生徒が教師に対して向けるものではない冷たい眼差しに愛子は身体の震えが止まらなかった。

 

「畑山先生は正しいと思って、信念を持って俺達に戦うように頼んだんでしょう? それなら謝らずに胸を張って堂々としていてください」

「あ……う……」

「……先生」

 

誠司の言葉に愛子は何も言えなくなってしまう。ハジメも口を開いた。

 

「あのまま町を見捨てていても住人が全員助かるとは限らなかった。それに町が蹂躙されれば多くの人の生活が苦しいものになったのも確かです。そういう意味では、先生は正しいことをしたんです。……結果はどうであれね」

「南雲…さん……」

 

愛子は項垂れる。それを見た誠司もハジメもそのまま自室へ入って行った。一人残された愛子はポツリと誰にも聞こえないくらいの声量で呟いた。

 

「ごめんなさい……」

 

この言葉が誰に向けたものなのか、それは愛子自身も分からなかった。

 

 

 

部屋で数時間の仮眠を取った誠司達はウィル達を連れてさっさと町を出ることにした。誠司達は改めてフォスにお礼を言ってモンスターボールを渡し、チリーンにも別れを告げた。チリーンはフォスの側で手を小さく振っている。誠司としても別れは辛かったが、今のチリーンには療養が必要だ。

 

宿を出て、町の整備を手伝っていたウィル達と合流するとすぐに出発の準備を始めた。町の重鎮達としては、彼らを引き止めたかったが、流石に町の危機を救ってもらいながら失礼だろうと思い、TPOを弁えて自重した。それに町を守ってもらった()()のこともある。

 

一行はプリーゼに乗り込んでいく。ウィルはまだ行っている町の事後処理に後ろ髪引かれる思いがあるものの、自分が色々と場を引っ掻き回してしまった罪悪感から何も言えず大人しく車内に乗り込む。全員が乗り込んだのを確認し、誠司とハジメも乗り込もうとしたその時、声が掛かった。

 

「ま、待ってくれ! 中西、南雲!」

 

声がした方を振り返ると、淳史達クラスメイトが大慌てで走って来た。更に後ろには優花が妙子と奈々に支えられた状態で必死にこちらに向かっているのも見える。正直、彼らを無視してプリーゼに乗り込んで発進させても良かったのだが、向こうには怪我人もいるので一応話だけは聞くことにした。

 

「一体何の用だ?」

「どうしたの? 皆、そんなに息を切らして」

 

二人が尋ねる。敦史達は少し決まり悪そうにお互いの顔を見合わせ、頷くと全員深く頭を下げた。

 

「ありがとう! この町を助けてくれて! そして、本当にごめん!」

「色々やってくれたのに俺らは結局何も出来なかった……! それにケンタロスのこともあって正直、二人に会うのも凄く怖かったんだ」

「でも、それでも何もしない、何も言わないは違う気がして……」

 

敦史達が口々にそう言っている間に優花達も追いついた。優花達も頭を下げる。

 

「中西、南雲。前にも言ったけど、私は、私達は絶対に無駄にはしない。今回もあの日も私達を助けてくれたことを。この先、何の役にも立たないかもしれないけど立ち止まることだけはしない」

「園部さん……」

 

優花の決意にハジメが思わず彼女の名を呼ぶ。以前より良い目をしているのが分かったからだ。優花達の言葉を聞いて誠司も口を開いた。

 

「俺達やポケモン達は自分の仕事をしたまでだ。決意表明が済んだんなら俺達は行くぞ」

「うっ…… そ、そう……だよね……」

「ちょ、ちょっと、誠司。流石にそんな言い方は……」

 

取りつく島もない誠司の言葉に優花達は落ち込み、ハジメも流石にその言い方はどうなの?と注意する。しかし、車内に乗り込む前に言った。

 

「お前ら、何か勘違いしてるのかもしれないが、遠征ってのは帰るまでが遠征だぞ。だったら、自分の仕事に専念しろ。特に男子三人。帰りは畑山先生だけじゃなくて怪我人もいるんだ。男ならちゃんと最後まで守り通せ」

「「「あ、ああ……!」」」

 

言うだけ言って誠司は助手席に乗り込むと、腕を組んで沈黙を貫いている。もうクラスメイト達と話すことはないと言うかのように。それを見てハジメも苦笑しながら運転席の方に向かう。ハジメは優花に向けて言った。

 

「園部さん、前よりずっと良い目をするようになったじゃない」

「えっ?」

 

ハジメから指摘されて優花は少し顔が赤くなる。ハジメはそのまま運転席に乗り込むと魔力を通し始める。それにより、プリーゼからはエンジン音が響き始める。窓を開けてハジメは続きを言った。

 

「君のようなタイプの人間は強くなるよ。……まぁ、多分だから根拠は無いけど。それじゃあね」

 

プリーゼは発進し、そのまま次の町フューレンへ向かう。優花達はその姿が見えなくなるまで見送った。




原作では愛ちゃん先生との再会は、ハジメの心に光を差し込む展開でしたが、今作では誠司達の心に暗い影を落とす展開になってしまいました。随分対称的になったものです。

また、ケンタロスの死についても、当初の予定ではカラマネロとの戦いで満身創痍になり、誠司の制止も聞かないまま無謀に突っ込んで殺される展開を考えていました。しかし、その展開では色々納得がいかなかったのでこのような展開になりました。


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冒険者流の別れ

この回をやるためにゲイル達冒険者パーティーを一部生かしました。原作にない話を書くのは結構難しい……

イメージは湧くけどいざ文章にしようとすると……


ウルの町を出た誠司達は現在、プリーゼに乗ってフューレンに向けて疾走している。運転席には当然ハジメ、その隣の助手席には誠司が座っている。後部座席には他の面々が乗り込んでいる。そんなプリーゼの車内は重苦しい空気に包まれていた。

 

何せ誰も口を開かないのだ。誠司やハジメ以外の者は居心地悪い思いをしていた。「お願いだから誰か喋ってくれ」と言うかのように互いにチラチラ目配せをする。その時、シアが何かを思い出したかのようにあっと声を上げる。車内の者は内心助かったと思いつつ、シアに視線を向ける。

 

「あの、そういえば忘れてましたけど、あの男の人……清水さん……でしたっけ? カラマネロに操られてた男の人はその後どうなったんですか?」

 

誠司達はポケモンの治療やらでバタバタしていたため、清水の処分は聞いていなかったのだ。ハジメもそういえば……と気になった。

 

「確かにね。どういう判断になったんだろう? 先生とかに聞いておけば良かったな」

 

そんな彼女達の疑問に答えたのは後部座席に座っているウィルだった。

 

ウィルの話によると、戦いが終わった後に清水は取り調べのため既に王都に向けて護送されたらしい。刑は取り調べの後で決めるとのことだ。まるで犯罪者のような扱いに、愛子は少し難色を示したものの、神殿騎士達の説得でようやく首を縦に振った。

 

操られていたとは言え、彼は魔人族と協力関係を持っていたのだ。戦争中のこの世界で利敵行為を働けば、本来であれば問答無用で晒し首だ。そうなっていないのは神の使徒として失うのが惜しいという点や、操られていたという事情を考慮されているからに他ならない。愛子もそう言われてしまうと閉口せざるを得なかった。戦いの前に誠司から言われた「甘い処分にするべきでない」という言葉も効いていた。

 

また、清水はあれ以来、憑き物が落ちたように大人しくなったらしい。しかし、時折ブツブツと妙なことを口走っていたらしく、彼を護送する護衛達は気味悪がっていた。恐らくカラマネロの強すぎる催眠術を長時間受け続けたことの副作用だろう。時間が経てば治る……はずだ。

 

「まぁ、無難な結果か……死罪にはならんだろうが、何かしらのペナルティーが付くのは間違いないな」

「そもそも、どうして一人で山脈地帯に行ったのかって疑問もあるしね。それを明らかにするために取り調べをするんじゃないかな」

 

誠司とハジメがそう言って話を締めると、車内には再び沈黙に包まれる。その時、誠司が口を開いた。

 

「なぁ、ウィル。一つ聞いておこうと思っていたんだが……」

「は、はい。何でしょう……?」

 

誠司に指名されて不安そうに返事をするウィル。自分の我儘のせいで周囲を振り回してしまい、その結果犠牲者を作ってしまったため、誠司からどんな恨み言を言われるのか恐ろしくて仕方ないのだ。だが、誠司から言われた言葉はウィルにとって意外なものだった。

 

「お前、今後どうするつもりだ?」

「……え?」

 

てっきり恨み言を言われるのかと思っていたウィルは思わず呆けた声を上げる。

 

「はっきり言うが、お前に冒険者は向いていない。技術的にも精神的にもな」

「そ、それは………」

 

ウィルは言い淀む。確かに今回のことで自分の考えの甘さや冒険者という職業の過酷さを嫌という程知った。出発前に抱いていたイメージはとうの昔に崩れてしまっている。誠司は言葉を続ける。

 

「それでも冒険者になりたいなら止めはしないが、次は間違いなく死ぬだろうな」

「私は、私は………」

「貴族だろうと冒険者だろうと良い所もあれば悪い所もある。お前は冒険者の良い所しか見ようとしなかった。それが今回の結果になったんだろ?」

「ううっ……」

「これからどうしたいのか、ちゃんと考えておくんだな」

 

誠司の冷たい言葉にウィルはもう反論する気力もなかった。そして、再び車内には重苦しい空気が流れ始めた。

 

 

 

しばらくプリーゼを走らせるうちに日が沈み、周囲が暗くなってきた。フューレンに到着するのは翌日になりそうだ。誠司達は野宿をすることになった。簡易テントをウィルやゲイル達にも貸し、それぞれ設営を終えると、誠司達は火を起こして食事の準備を始める。

 

ウルの町での戦いで新たに仲間にしたポケモン達もいるので食事の量は多めにしている。今回ウルの町の戦いで仲間になったポケモン達は六体である。誠司はガメノデス、モグリュー、シュバルゴの三体を、ハジメはベロバーを、ユエはラクライを、シアはデカヌチャンを捕獲している。新しく捕獲したポケモン達も手伝ってくれたので早めに準備を終えることが出来た。

 

食事の時間になり、シアが作った野菜シチューを美味しそうに頬張る誠司達。クルトとゲイルが嬉しそうに言った。

 

「しっかし、野宿でこんなに旨い飯が食えるなんてな。有難いよ」

「ああ、冒険者の仕事をやっていると、野宿では干し肉とか簡単なものしか食えないからな」

「フフフ、そう言ってくれると作った甲斐がありますよ。お代わりもありますのでどんどん食べてください」

 

シアがそう言うと、二人とも礼を言う。クルトが懐かしむように言った。

 

「シアちゃんの料理食べてると、うちの女房の料理が恋しくなってくるぜ」

「おいおい、まだ依頼に出て数日だぞ。数年とかじゃないんだから。もうホームシックかよ?」

 

ゲイルが揶揄うように言うと、クルトが笑いながら言った。

 

「悪いかよ。今回の依頼は色々あったからな。家族が恋しくなるっての。てか、ゲイル、お前も早く会いたいんじゃないのか? お前の恋人によ」

「まあな。ようやく結婚の目処が立ったからな。会うのが待ち遠しいよ」

「へぇ、ゲイルさん結婚するんですか?」

 

ハジメが興味深そうに尋ねた。誠司や他の面々も微笑ましそうな表情を浮かべている。ゲイルは嬉しそうに答えた。

 

「おう! この依頼を終えたらな。()()()の新たな門出が始まるのよ」

「え……? 男二人?」

 

思わずフリーズするハジメ達にウィルが苦笑しながらそっと耳打ちする。

 

「えっと、ゲイルさんの相手は男なんですよ……」

 

ウィルの言葉でゲイルのフルネームを思い出し、名は体を表すとはよく言ったものだと誠司達は感心した。

 

 

 

そんな時、ゲイルとクルトの顔が急に真面目なものに変わった。何事かと疑問を浮かべる誠司達にゲイルが口を開いた。

 

「なぁ、皆は故人を偲ぶ会ってどんなのだと思う?」

「……え?」

 

誠司達は「いきなり何を言い出すんだ?」と一様に怪訝な表情になる。しかし、二人の真剣な顔から冗談ではないことが分かり、シアやティオが思い出しながら答えた。

 

「えっと……私の所ではその人の思い出を一晩中語り明かしたりしましたね」

「うむ。妾の所も似たようなものじゃな。後は、その者の好物を供えたりなんかもしたの」

 

シアとティオの言葉に他の者達も頷いている。他も似たようなものである。

 

「まあ。大体そんな感じだろうな。思い出話をしたり好物を供えたり。だが、俺達冒険者の場合は更にもう一つ大事なルールがあるんだ」

「ルール?」

 

誠司が思わず聞き返す。ハジメ達も興味深そうにしている。ゲイルは言った。

 

「それはな…………これでもかってくらいに騒いで、楽しむことだ。宴会のようにな」

『……は?』

 

故人を偲ぶ会にはとても似つかわしくないルールに誠司達は思わずずっこけそうになる。日本でも明るい雰囲気でやる場合もあるが、流石にそんな宴会みたいにはやらない。シアが思わず言った。

 

「でもそれってちょっと不謹慎じゃないですか?」

 

シアの疑問にゲイルは手をひらひら振って答える。

 

「まぁまぁ、そう言いたくなる気持ちは分からなくねえけどよ。でもそれが俺達、冒険者流の偲ぶ会ってもんなんだ」

「そもそも俺達の仕事はいつ死ぬか分からない危険な仕事だからな。今日生きられても明日に死ぬなんてザラだ」

 

クルトが笑いながらシビアなことを言う。ウィルの顔は強張る。依頼の始めの時にもゲイル達から似たようなことを言われたが、自分に限って大丈夫とか根拠もなしに思っていた。だが、仲間が死んだのを目の当たりにした今ではとても笑えなかった。ゲイル達が言葉を続ける。

 

「だからこそ、騒いで楽しむんだ。生き残れたことに感謝し、そしてこれからも生き残ってやるって決意を込めてやるんだよ」

「後は、死んだ奴らに向けたメッセージでもあるな。『俺達はお前らがいなくても大丈夫。だから心配するな』って意味を込めて」

『ああ……』

 

二人の言葉に誠司達は納得の声を上げた。

 

確かに冒険者は過酷な職業だ。仕事の途中で命を落とすことも珍しくない。だからこそ生き残ることの出来た自分への労いに酒を飲んで自分を励ます。

 

それに仲間の殉職にいちいち悲しんで、引き摺っていては次の仕事で支障をきたして自分が死んでしまうかもしれない。もしもそうなったら、先に死んだ者も浮かばれないだろう。だから騒ぐ。死んだ者の分まで騒いで楽しんで、死んだ者を安心させる。それが冒険者流の別れなのだそう。もっとも、ただ飲んで騒ぎたいだけなのかもしれないが。

 

「それで……だ。折角だから今回の依頼で逝っちまった奴らのお別れを今晩しようと思うんだが、どうだ?」

 

ゲイルはそう言いながら鞄から酒瓶を数本取り出した。クルトも同様に自分の鞄から酒を取り出す。彼ら曰く出発前にウルの町で購入したものらしく、野宿する際に飲むつもりだったらしい。

 

誠司達は顔を見合わせる。やがて誠司達は頷いた。

 

「そうだな。ここは試しに冒険者流の別れをしてみるか」

「よし! そうこなくちゃな!」

 

ゲイル達はコップに酒を注いでいく。そして、全員分のコップに酒を注ぎ終えると、ゲイルは自分のコップを掲げて音頭を取る。

 

「それじゃあ、先に逝っちまったナバル、レント、ワスリー、そしてケンタロスに……乾杯!!」

『乾杯!!!』

 

誠司達は自分のコップを叩き合わせると、酒を煽る。稲作が盛んな町なだけあって日本酒のような酒だった。

 

「プッハー! この酒美味いな。流石ウルの町の酒だぜ」

「ああ、この一杯のために生きてるって感じだ。あ! そういえば、ナバル達の話をするのはティオさんにはちょっと無神経だったか?」

「いや、妾には彼らのことを知る義務がある。是非教えてくれんかの?」

「……そうか、分かった。ナバル達とはな……」

 

 

こうして誠司達はそれぞれの思い出を語り明かした。その者との出会いや共に乗り越えてきた冒険の数々を。

 

誰もが先に逝ってしまった仲間を想い、笑顔を浮かべていた。しかし、笑顔を浮かべる彼らの目は潤んでいた。




冒険者の故人の偲び方ってこんな感じなんじゃないかと思って書きました。

ゲイツ達が飲もうと言ったのは、誠司達が意気消沈していて空気が重苦しく、限界だったのも理由です。

次回からフューレンに戻ります。


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大都市フューレン~オルクス大迷宮
帰って来たフューレン


「うぅ……頭痛い……」

「クソ、これが二日酔いか……」

「初めて経験しますけどキツイですねぇ……ウップ」

「……ん、頭がガンガンする」

「……父上や兄上が酒は飲んでも呑まれるなと言っていましたが、こういうことだったんですね……」

 

翌日、誠司達は二日酔いでガンガンくる頭痛をこらえながら何とかフューレンに到着した。昨晩野宿した場所はフューレンに比較的近い場所だったらしく、出発してから三十分足らずで着くことが出来た。誠司、ハジメ、ユエ、シア、ウィルの五人はグロッキー状態だったが、一方のゲイルやクルト、ティオは経験の賜物なのかピンピンしている。

 

「ちょいと飲ませすぎたか? 大丈夫か、お前ら?」

「まぁ、良い経験にはなったとは思うがな」

「うむ。何事も経験じゃな」

 

ゲイル達が呑気にそんなことを言っているため、誠司が睨み付ける。

 

「クッソ、他人事だと思って……」

「誠司、はいこれ」

 

ハジメが宝物庫から神水を取り出してそれを手渡す。ユエやシアはハジメから受け取るや否や神水を一気飲みしている。誠司とハジメもそれに倣って口に流し込んだ。ウィルは恐る恐る少しずつ飲んでいる。

 

神水の効果は二日酔いにも効果抜群なようで飲み終えると、あんなにしつこかった頭痛がみるみるうちに引いていった。

 

「プハー、気分がさっぱりした」

「もう二日酔いは懲り懲りだね」

 

二日酔いが治りホッと一安心していると、にわかに周囲が騒がしくなった。周りを見渡してみると、いつの間にか人が集まって来ていたようだ。プリーゼを隠しもせずに門まで来たのだ。無理もなかった。そうこうしている間に前方から門番らしき男性二人が現れた。

 

「おい! 何だ、この黒い箱のようなものは!? 何なのか説明しろ! 危険なものじゃないだろうな!?」

 

門番の一人は誠司達に高圧的に話し掛けて尋問しようとする。誠司としてはこういう事態は想定の範囲内だったので澱みなく答える。

 

「これは俺達のアーティファクトです。移動用のね。何もしなければ危険じゃありませんよ」

 

尋問しようとしていた門番は誠司の回答に今ひとつ納得していない様子だったが、もう一方の門番が誠司達の顔を見て、何かに気が付いたのか「あっ」と声を上げて慌てて相方に耳打ちする。

 

「おい、待て。こいつら……」

「……何!? 嘘だろ? こいつらが……」

「いや、言われていた特徴のままだ。その態度じゃ後でドヤされるぞ」

 

門番達は誠司達に向き直ると、確認をする。

 

「……君達、君達はもしかして誠司、ハジメ、ユエ、シアだったりするか?」

「ん? ええ、そうです」

「僕達はフューレンのギルド支部長の依頼を終えて戻って来たんですが……」

 

誠司とハジメの言葉に門番達は頷くと、先程までの態度を改めて敬礼の姿勢を取った。

 

「失礼しました! イルワ支部長からすぐ通すようにとの通達です!」

「どうぞこちらへお願いします!」

 

どうやらイルワから事前に通達が来ていたようで誠司達はすぐに町に入ることが出来た。そのせいで周囲の人々から何事かと好奇の視線に晒されたが、今更気にすることもないだろう。

 

 

フューレンに入ってすぐ、誠司達は冒険者ギルドにある応接室に通されていた。取り留めのない話を交わしながら待つことおよそ五分。誠司達に依頼をした張本人であるイルワ・チャング支部長が部屋の扉を蹴破らん勢いで開け放ち、飛び込んで来た。

 

「ウィル! 無事かい!? 怪我は無いかい!?」

 

以前の落ち着いた雰囲気などかなぐり捨てて、視界にウィルを収めると挨拶も無く安否確認をするイルワ。それだけ心配だったということだろう。ゲイルやクルトなどは「あんなに取り乱した支部長初めて見た……」と驚きを露わにしていた。ウィルは気まずげな様子でイルワに詫びる。

 

「イルワさん……すみません。私が無茶を言ったせいで……」

「何を言うんだ。私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった…… 本当によく無事で…… ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ…… 二人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」

「父上とママが……分かりました。直ぐに会いに行きます」

 

イルワは、ウィルに両親が滞在している場所を伝えると会いに行くよう促す。ウィルは、イルワに改めて捜索に骨を折ってもらったことを感謝し、誠司達やゲイル達に何度もお礼を言う。そして、改めて挨拶に行くと約束して部屋を出て行った。誠司やハジメとしてはこれっきりで良かったのだが、きちんと礼をしないと気が済まないらしい。律儀な奴だなと苦笑する。

 

ウィルが出て行った後、イルワはまずゲイル達に頭を下げてお礼を言った。

 

「ゲイル、クルト。ウィルを最後まで守り通してくれて、本当に感謝する。今回の依頼で君達を選んだのは本当に正解だった。そして、私の出した依頼で死者を出してしまい申し訳ない……」

「……支部長、頭を上げてください。俺達も冒険者である以上、殉職は覚悟の上だ。気にしないでください。それに俺達はそこにいる誠司達のおかげで助かったんだ。礼なら彼らに」

 

ゲイルはそう固辞するが、誠司やハジメは首を横に振ってそれを否定する。

 

少しの間、手柄の押し付け合いになったものの決着はつかなかった。誠司達は報酬の件で話があるため、ゲイル達は部屋を出ることになったからだ。彼らからも口々にお礼を言われて照れくささはありつつも悪くない気分だった。

 

そして、ゲイル達も出て行き、部屋に残ったのは誠司達とイルワだけとなった。イルワは、穏やかな表情で微笑むと、深々と誠司達にも頭を下げた。

 

「君達も本当にありがとう。ウィル達が生きて帰れたのは君達のおかげだ。感謝してもしきれないよ」

「まぁ、ウィルが生きていたのはゲイル達のおかげでもありますがね」

「ふふ、それもあるだろうが……ウルの町を攻めてきた魔獣の大群を撃退してくれたのは事実だろう?」

 

にこやかに笑いながら、イルワは確信めいたようにそう言った。誠司は胡乱な目を向ける。

 

「……随分情報が早いですね」

「ギルドの幹部専用だけどね。長距離連絡用のアーティファクトがあるんだ。私の部下が君達に付いていたんだよ。といっても、あのとんでもない移動型アーティファクトのせいで常に後手に回っていたようだけど……彼の泣き言なんて初めて聞いたよ。諜報では随一の腕を持っているのだけどね」

 

流石は大都市のギルド支部長。大した抜け目のなさである。常に置いていかれて焦りで半泣きになっているその部下を想像すると中々同情してしまう。

 

「それにしても、大変だったね。まさか、北の山脈地帯の異変が大惨事の予兆だったとは……二重の意味で君に依頼して本当に良かった。魔獣の大群を撃退した力にも興味はあるのだけど……聞かせてくれるかい? 一体、何があったのか」

「情報は伝わっているのでは?」

「確かに情報は伝わっているけど、撃退したという結果だけだ。具体的な内容については君達という当事者から直接聞いた方が早いだろう」

 

イルワの返答に誠司は確かにと頷いた。それなら()()もあった方が早いだろう。

 

「でしたらユエとシアのステータスプレートを貰えませんか? それとティオは……「うむ、二人が貰うなら妾の分も頼めるかの」……ということなので三人分お願いします」

「ふむ、確かに、プレートを見たほうが話の信憑性も高まるか……分かったよ」

 

そう言って、イルワは職員を呼んで真新しいステータスプレートを三枚持ってこさせる。そして、ユエ達はステータスプレートを使った。

 

それによって、ユエ達のステータスは実はとんでもないものだったことが判明した。それこそ召喚されたチート集団ですら少人数では相手にならないレベルのステータスだ。勇者が限界突破を使っても本気の彼女達には及ばないだろう。こんなのがいるんだったら、わざわざ異世界から召喚しなくても戦争をどうにか出来たんじゃ……と思ってしまう誠司とハジメだった。

 

これには流石のイルワも口をあんぐりと開けて言葉も出ない様子だ。無理もない。ユエとティオは既に滅んだとされる種族固有のスキルを持っている上に、ステータスが特異過ぎる。シアは亜人族という種族の常識を完全に無視している。驚くなという方がどうかしている。

 

そして、誠司達はモンスターボールからそれぞれ自分のポケモン、クレッフィ、ベロバー、ラクライ、ホルビーを出した。室内なので小柄なポケモンに限定してある。突如現れたポケモン達にギョッとするイルワ。しかし、ポケモン達に攻撃の意思がないのが分かると、何とか落ち着く。

 

冷や汗を流しながら、何時もの微笑みが引き攣っているイルワに誠司達は事の顛末を語って聞かせた。普通に聞いただけなら、そんな馬鹿なと一笑に付しそうな内容でも、先にステータスプレートで裏付けるような数値や技能、ポケモン達を見てしまっているので信じざるを得ない。イルワは全ての話を聞き終えると、一気に十歳くらい年をとったような疲れた表情でソファーに深く座り直した。誠司達もポケモン達をモンスターボールにしまう。

 

「……なるほど。道理でキャサリン先生の目に留まるわけだ。誠司君やハジメ君が異世界人だと分かってはいたが……実際は、遥か斜め上をいっていたか……」

「……それで、支部長さん。あなたはどうしますか? 僕達を危険分子だと教会にでも突き出しますか?」

 

イルワは、ハジメの質問に対して非難するような眼差しを向けると居住まいを正した。

 

「はは……冗談がキツいな。出来るわけないだろう? 君達を敵に回すようなこと、個人的にもギルド幹部としても有り得ない選択肢だよ……大体、見くびらないで欲しいね。君達は私の恩人なんだ。そのことを私が忘れることは生涯ないよ」

「……そうですか。それは良かった」

 

ハジメは肩を竦めて、試して悪かったと視線で謝意を示した。イルワもそれに気付いたのか気にするなというように苦笑いを浮かべる。

 

「可能な限り、君達の後ろ盾にもなろう。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は、上の方も議論が紛糾して君達に下手なことはしないと思うよ。一応、後ろ盾になりやすいように君達の冒険者ランクを全員、金ランクにしておく」

 

思わぬ大出世に顔を顰める誠司。それを見抜いたイルワは誠司へ諭すように説明する。

 

「良いかい、誠司君。確かに地位が高くなればその分、責任が伴う。それを億劫に感じるのも分かるよ。しかし、地位が低ければ行動が制限されやすくもなる。上に逆らい辛くなるからね。君達が自由に動けるように、そして、後ろ盾になりやすくするには君達を金ランクにした方が手っ取り早いんだ」

 

イルワにそこまで言われれば誠司も何も言い返せなかった。誠司が頷くのを見ると、イルワは手紙を書き始める。手紙を書き終えて家紋入りの判を押すと、それを机に置く。イルワは誠司達に質問する。

 

「本来なら多くの手続きが必要だが、何とかしよう。キャサリン先生や私の推薦、君達の実績があれば問題ないだろうしね。君達はこれからどうする予定かな?」

「グリューエン大砂漠へ向かう予定です」

「なら都合が良い。この手紙をホルアドの冒険者ギルドの支部長に渡してくれないか? そこの町の支部長とは個人的に親しいし、キャサリン先生の手紙も合わせればまず却下されることもないだろう」

 

誠司は手紙を受け取る。誠司もハジメも複雑な表情を浮かべていた。ユエは心配そうに二人を見つめる。

 

「どうかしたのかい?」

「いえ……」

「少し昔を思い出しまして……」

 

誠司とハジメの濁すような回答にイルワは「そうか……」と返してこれ以上何も聞くことはなかった。そして、誠司達はフューレンに滞在する間はギルド直営の宿のVIPルームを使わせてくれることとなった。誠司達は礼を言うと、イルワと握手を交わして別れ、そのギルド直営の宿へ向かった。



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依頼完了

部屋を出て宿に向かう途中、誠司達はゲイル達に遭遇した。ゲイルとクルトは誠司達を見ると、嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「よう、最年少の金ランク冒険者様じゃないか」

「随分と出世したもんだぜ」

 

ゲイル達の言葉に誠司はピクリと頬を引き攣らせる。

 

「もうそれが伝わっているのか……」

「そりゃあな。ギルド内はそれはもう大騒ぎだったよ。でもまぁ、お前さん達なら金ランクになっても驚きはしないがな」

「ああ、なるべくしてなったって感じだな」

 

ゲイルもクルトも自分達よりもずっと若い誠司達が大出世したのに全く妬む様子はなかった。それどころか自分のことのように喜んでくれている。そんなゲイル達が誠司やハジメにはどこか眩しく見えた。

 

「それにしても色々妬まれそうだなって思ったんだが……」

「うん、他の冒険者達からしたら面白くないだろうしね……」

「そりゃあまぁ、お前さんらの出世を妬む奴らは多いだろうがな」

「少なくとも俺らにそんな気持ちは全然ねえよ。文句なしの実力を山脈地帯やウルの町で見せてくれたんだ。これで出世しなかったら俺らはこれから何をすれば昇格するんだって話だしな」

 

笑いながら言ったクルトの言葉にハッとした表情を浮かべる誠司。確かにこれで自分達が昇格しなかったら、今後他の冒険者が何か依頼で手柄を立てても昇格しにくくなってしまう。昇格する時に今回の誠司達の働きと比べられたら多くの冒険者が昇格出来なくなるだろう。そういう意味でも今回の誠司達の昇格は正しいことだったのだ。誠司はそれにようやく気付いた。

 

それから少しの間、誠司達はゲイル達との話に花を咲かせる。

 

ゲイル達も今回の依頼では、非常に強力な魔獣(言うまでもなくティオのことだが何とか伏せてもらった)の登場というアクシデントが考慮されたことで失敗という扱いにはならず、更に護衛対象であるウィルを命がけで守り通したことが評価されてゲイルとクルトの手元には本来の報酬の倍以上の額が支払われたらしい。また、ウィルを守り通したことをウィルの父親であるクデタ伯爵からもたいそう感謝されたそうで伯爵家と繋がりを持つことが出来た。犠牲は大きかったものの得られたものも大きい結果に終わったようだ。

 

「それからお前さんらはこれからどうするんだ?」

 

ゲイルが誠司達に思い出したように尋ねる。

 

「そうだな。しばらくフューレンに滞在したらグリューエン大砂漠の方へ向かおうかと。途中、ホルアドに寄ったりしますが」

「そうか…… じゃあ結婚式への招待は流石に無理か……」

 

残念そうに肩を落とすゲイルに誠司達は思わず苦笑いを浮かべる。誠司としては男同士の結婚式がどんなものになるか少し興味があったが、やめておいた。凄い絵面になりそうだからだ。現に隣のクルトはげんなりした表情を浮かべていた。クルトは気を取り直したように咳払いする。

 

「俺はしばらく家族とゆっくりするかな。命からがら帰ってきたんだ。当分は家族サービスにでも勤しむよ」

「ああ、それが良い。次の仕事じゃどうなるか分からんからな」

 

ゲイルはクルトの背中をバンバン叩いて、豪快に笑った。クルトは痛そうにしつつも笑う。あんな思いをしたのにまた依頼をする前提で話している彼らの“強さ”に思わず敬意の念を持つ誠司達。プロというのはこういう者を指すのだろう。

 

「今回の依頼ではありがとうな。来てくれたのがお前さんらで本当に良かった」

「どういたしまして。こちらこそ冒険者として色々と参考になりました」

 

誠司達はゲイル達と握手を交わして彼らと別れると、宿に入った。

 

 

 

宿のVIPルームは最高の一言だった。高層階に位置しているため、窓からの眺めは良く、シアなんかは下を眺めながら「人がまるでゴミのようですぅ」とどこかで聞いたことのある台詞を口にしていた。ソファや絨毯もフカフカで下手したらつい眠りこけてしまいそうだ。

 

「うわぁ……凄い……」

「こんな良い場所で休めるのは召喚されて以来だな」

 

これからの生活水準が狂いそうだと思っていると、部屋の扉が開いた。何事かと振り返ると、女性の従業員がかしこまった様子で一礼する。

 

「失礼致します。お客様、クデタ伯爵ご一家様がお見えになりました」

 

従業員の後ろにウィルや彼の両親らしき男女が立っていた。従業員が部屋を出ると、誠司達とウィルの両親であるクデタ伯爵夫妻はそれぞれ挨拶を交わす。かつて王宮で見た貴族達と異なり、随分と筋の通った人達のようだ。ウィルの人の良さも納得の両親だった。

 

ウィルの父親であるグレイル・クデタ伯爵はしきりに礼をしたいと家への招待や金品の支払いを提案したが、誠司達は固辞する。その代わりに何か助けを必要とした際に便宜を図ってもらうことを提案し、クデタ伯爵はそれを了承してくれた。

 

「あ、そうだ。ウィル、ちょっと待ってくれるか?」

「え? はい、何ですか?」

 

話が終わってクデタ伯爵夫妻が去ろうとした時、誠司がウィルを呼び止める。呼ばれたウィルは少し不安そうに誠司の方に振り向いた。

 

「昨日の質問の続きだ。これからどうするつもりだ? 冒険者を目指すのか?」

 

誠司の質問にクデタ伯爵夫妻は心配そうにウィルを見つめている。そして、ウィルは少し答えるのに躊躇いつつも、やがて途切れ途切れになりながらも答えた。

 

「今回の…ことで、私には足りないものが多すぎることを学びました。私が元々冒険者を目指したのも自分自身の力で誰かの役に立ちたいと思ったからです。でも今の私ではまだそれに至らない…… 今の私でも人の助けになるやり方をこれから探していきたいと思います」

 

最初は途切れがちだった声も最後には力が入っていく。誠司はウィルの言葉を黙って聞いていた。

 

「そうか。ならしっかり考え続けることだ。思考停止すればそれしか見えなくなる」

「……はい! 頑張ります!」

 

ウィルは顔を興奮で少し赤くしつつも、誠司の言葉に力強く頷いている。クデタ伯爵夫妻もそんなウィルの様子に微笑ましげに見て、次いで誠司達に目礼して部屋を出た。

 

ウィル達が去り、誠司はソファに座って大きく伸びをする。

 

「ふぅー-、これで本当の意味で依頼完了か」

「だね。何かドッと疲れた……」

 

シアがおずおずと手を挙げる。

 

「あの~、誠司さん、ハジメさん。フューレンはいつ出発するんですか?」

「しばらく滞在で良いだろ。食料の買い出しとかも必要だし」

「折角だし、数日はゆっくり休もうよ。今日はもう疲れた……明日から買い出しとかしよう」

 

誠司とハジメの返答にシアは嬉しそうに目を輝かせた。

 

「じゃ、じゃあ、明日から買い物がてらにちょっとこの町を観光しませんか?」

 

シアの提案にユエやティオも乗っかる。

 

「……ん。偶にはゆっくり観光もありだと思う。大きな商業都市だから良いものが売ってるかもしれない」

「そうじゃの。しばしの気晴らしも旅には必要じゃよ」

 

「本当はお前らがただ観光したいだけなんじゃないのか?」と内心突っ込む誠司とハジメだったが、確かにユエやティオの言うことにも一理ある。なので、明日買い物がてらこの町を見て回ることにした。

 

 

 

その夜、誠司達は宿のVIPルームではなく、トランクの中にいた。トランクの中には誠司達とポケモン達が一つの棺の周りをぐるりと囲んでいた。棺の中にはケンタロスが眠っていた。これからケンタロスの亡骸を火葬するのだ。

 

「良いな?」

「うん」

「……準備は出来てる」

 

すると、キュウコン、ラビフット、シャンデラが前に進み出る。誠司、ハジメ、ユエはそれぞれ指示を出す。

 

「キュウコン、“かえんほうしゃ”!」

「ラビフット、“ひのこ”!」

「シャンデラ、“かえんほうしゃ”!」

 

キュウコンとラビフットとシャンデラの炎がケンタロスの棺を包み込む。勢いよく燃える炎を前に今度はヌマクローやガメノデス、モグリュー、ホルビーが立ちはだかる。炎が燃え広がった時にすぐに消火出来るようにするためだ。誠司達やポケモン達は燃える炎をジッと眺めていた。途中、熱膨張によって棺が壊れてケンタロスの亡骸がのけ反ったりした。魚を焼く時に熱で身が反り返るのと同じ理屈だ。だが、誠司達の目には、ケンタロスがこの世に未練を残して苦しんでいるように見えた。

 

しばらく炎は燃え続け、炎が収まると、誠司達は遺骨を取り出した。遺骨をハジメが作った骨壺に収め、最後に片方の角を砕いて出来た欠片を入れて骨壺に蓋をする。ケンタロスの墓は、生前ケンタロスが過ごしていた草原エリアの近くに建てられた。墓石にはケンタロスと刻まれている。墓石の近くにもう片方の角も供える。

 

 

埋葬を終えた誠司達はしばらく墓の前で黙祷をした。その間、誠司達は動くことはなかった。




ゲイルとクルトは原作には登場しないので人物像が不明なため、実質オリキャラになりました。しかしイルワが見込み、ウィルが慕った者達なので冒険者としても人としても優れていたのではないかと思います。

次回、ありふれのアイドル的存在である、あの幼女が登場します。


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海人族の迷子

翌日、誠司達は観光区を散策していた。今回の依頼報酬もイルワが色を付けてくれたおかげでかなりの金額になっており、現在の所持金額は凄いことになっていた。もともと買うのが食料や簡単な道具程度だったのでお金も貯まるばかりだったのも大きい。ここいらで豪快に散在するのも偶には良いだろう。使わない金は石ころにも劣るものだ。

 

観光区には実に様々な娯楽施設が存在する。例えば、劇場や大道芸通り、サーカス、音楽ホール、展望台、色とりどりの花畑や巨大な花壇迷路、美しい建築物や広場などである。花壇迷路や展望台を楽しみ、芸人達の大道芸を眺めながら進む誠司達の腕には幾つもの食べ物の包みがあった。

 

「ほえ~、色々ありますねぇ。あむっ」

「……この串焼き美味しい」

「このケバブも凄い美味しいよ。モグモグ……」

「流石は大都市フューレンじゃ。唯の露店でも侮れんの」

 

そんなユエ達に誠司は少し呆れた視線を向ける。

 

「お前ら、少し食い過ぎじゃないか?」

「何言ってんの。そういう誠司だってジェラートもどきみたいなの食べてるじゃん」

 

ハジメの指摘通り、誠司の手にはジェラートに近い甘味があった。先程はクレープもどきも食べていた。ハジメに指摘されて少しバツが悪そうにする誠司にハジメが揶揄うように言った。

 

「そんなに意地悪言うならジェラートもどき食べちゃうよ」

「なっ!? それは困る!」

 

慌ててジェラートもどきを上に掲げて取られないようにする誠司に女性陣はおかしそうに笑った。そんな風に和気あいあいと会話をしながら、時に買い食いを、時に次の旅に向けた道具の物色をしながら町を散策していると、不意にシアのウサ耳がピクピクと動き出した。シアの表情には訝しげなものに変わっていた。それに気付いた誠司達は「ん?」と首を傾げてシアに尋ねた。

 

「シア、どうかしたの?」

「いえ、先程から何か…変なもがくような声が下から聞こえてくるんです……」

「え? 下って……もしかして下水道?」

「……誰か下水道で溺れたってこと?」

 

事の重大さに顔色を変える誠司達。誰か溺死しそうな状況で放っておく気はなかった。ハジメは即座に錬成で穴を開けて、誠司達はそのまま穴の中に飛び込んだ。それなりの深さだったが、ユエの重力魔法のおかげで全員怪我なく水路の両端にある通路に着陸することが出来た。

 

シアはウサ耳をしきりに動かして指を指す。

 

「あっ! あそこです!」

 

シアが示した所には水面から時折ポコポコと泡が浮かび上がっていた。そこで間違いなさそうだ。シアは服が汚れているのも気にせず飛び込もうとするが、ハジメが首根っこを摑んで止める。ユエに目配せして、すぐにハジメの意図を察したユエがシャンデラを出した。

 

「シャンデラ、“サイコキネシス”」

「シャシャシャン!」

 

シャンデラの目が光り、水路の中から一人の人間がバシャアッという音を立てて引き上げられた。そのまま誠司達の近くまで運んでもらい、横たわらせる。濁った下水で全身が汚れており、大きさ的に溺れていた者はどうやら子供のようだった。

 

「え? 子供……?」

「何でこんな所に……?」

 

てっきり溺れていたのは管理施設の職員か何かだと思っていたので、正体が子供だと知って驚く誠司達。町を歩いている途中にどこかの穴から下水道に落ちたのだろうかと考え、まずは全身の汚れを落とすことにした。ハジメと誠司はモンスターボールからそれぞれブイゼルやガメノデスを出す。そして、“みずでっぽう”で優しく全身の汚れを一通り落としていくと、その子供の正体が明らかになった。

 

その子供は海人族だったのだ。

 

その子供は、見た目三、四歳といったところで、エメラルドグリーンの長い髪と整った可愛らしい顔立ちをしている。どうやら女の子のようだ。そして、何より特徴的なのは耳の代わりにあるヒレや手には水かきのような膜もある。シアとハジメは何とも言えない表情で顔を見合わせる。

 

「それにしても海人族の子供がどうしてこんな所に……?」

「分からない。でも、まともな理由じゃないのは確かだろうね」

 

海人族は亜人族の中ではかなり特殊な地位にある種族だ。グリューエン大砂漠を超えた先、海上の町エリセンで生活しており、彼らはその種族の特性を生かして大陸に出回る海産物の八割を採って送り出しているのだ。そのため、亜人族でありながらハイリヒ王国から公に保護されている種族なのである。なんとも虫の良い話な気もするが、問題はそこではない。問題なのは、そんな保護されているはずの海人族……しかもその子供がこんな大都市の下水道で溺れていたということだ。どうも犯罪の臭いがプンプンする。

 

「ふむ……その子が何故ここにいたのかは謎じゃが、さっさとここを離れた方が良さそうじゃ。臭いも酷い」

「……ん。場所を変えた方が良い」

 

確かにティオやユエの言う通り、このままでは衛生上良くないのでひとまず場所を移すことにした。ハジメの錬成で頭上の穴を塞いだらそのまま通路を突き進む。とある裏路地の突き当たりまで出ると、誠司達は助けた子供の様子を改めて確認する。子供の呼吸は先程より安定しており、誠司達は安堵の息を吐いた。

 

その時、海人族の幼女の鼻がピクピクと動き、パチクリと目を開いた。そして、その大きく真ん丸な瞳でジーと誠司達……というより懐から覗く包みを見つめる。お腹からクゥーーッという可愛らしい音も立てる。相当空腹なようだ。

 

「この子、凄くお腹が空いているみたいですよ」

「だね。でもその前に……」

 

ハジメが錬成で簡単な浴槽を作り上げる。そして、ブイゼルとガメノデスに“みずでっぽう”を指示して貯め、更にラビフットを出して“ひのこ”を指示した。ラビフットは“ひのこ”を蹴って水に沈めていった。ジュウッという音と共に火は消えて水温が上がっていく。丁度良いくらいの水温になったのを確認すると、ミュウの服を脱がして浴槽に入れた。幼女は「ひぅ!」と怯えたような声を上げるが、すぐに身体を包む温かさに次第に目を細めて出した。それを見たハジメは幼女に目線を合わせて優しく声を掛けた。

 

「ごめんね、ご飯の前にまずはお風呂に入って身体の汚れを落とさないといけないからさ」

 

下水で汚れた身体のままで食事をとるのは非常に危険だ。先程ブイゼル達によって目立つ汚れは落としたものの、完全にではない。それに幾分か飲んでいる可能性もあるので薬も飲ませておく必要がある。ハジメは手早く指示を飛ばした。

 

「誠司、ティオ、二人はこの子の服をお願い。多分この服は使えないだろうから」

「ああ、分かった」

「うむ、任せよ」

 

二人は頷くと早速出て行った。残りの面々はその子の世話に専念することにした。

 

 

 

しばらくして誠司とティオが服を揃えて戻って来ると、幼女は既に浴槽から上がって新しい毛布にくるまれてシアに抱っこされている所だった。幼女はユエが「あ〜ん」する串焼きをハグハグと美味しそうに頬張っている。ハジメが誠司達に気付いて声を掛ける。

 

「あっ、お帰り、二人とも。この子、ミュウちゃんって言うらしいんだけど、怪我とかは無かったよ」

「そうか、こっちも服を買えたよ。サイズが合うと良いんだけど」

「比較的ゆったりしたものを選んだので心配ないと思うがの」

 

そう言いながら、買ってきた服や履物、下着を取り出す。幼女向けのものを買うため、店員の目が気になったが、店員は特に気にした様子はなかった。どうやら店員はティオを母親か何かと勘違いしてくれたようで、結果的に怪しまれずに済んだのだ。まだ結婚どころか恋人すらいないティオは内心落ち込んでいた。

 

ハジメは服を受け取ると、ユエやシアと一緒にそれらをミュウに着せていく。ミュウはすっかりハジメ達に懐いたようで特に抵抗する素振りもない。服を着せ終えると、ハジメ達はホッと一息吐いた。

 

「それにしてもミュウちゃんはどうしてここにいるんだろう?」

「そうですね。ねぇ、ミュウちゃん。どうやってここまで来たのか教えてくれませんか?」

 

ハジメが疑問をこぼし、シアが優しくミュウに事情を尋ねた。結果、辿々しいながらも話された内容は誠司達の予想したものに近かった。

 

海岸線の近くを泳いでいたらはぐれてしまい、人間族の男に捕らわれてしまったのだそう。そして、砂漠超えなど過酷な過程を経てフューレンに連れて来られ、薄暗い牢屋に入れられたのだという。一緒にいた子供達は連れ出されたきり戻ってくることはなかったそうで、一緒にいた子が言うには見せ物にされて客に値段を付けられて売られるのだと言っていたらしい。そしてミュウの番になったところで、地下水路に続く扉が開いているのを見付けてそこから飛び込んで逃げ出した。しかし、過度なストレス等で弱っていたミュウは遂に意識を失ってしまった。海人族の特性で溺死しなかったのは幸いだった。そして、暖かさから目を覚ました時には誠司達がいたという訳だ。

 

ミュウの話を聞いて全員、一様に険しい表情を浮かべていた。

 

「客が値段を付けるってことはオークション……それも合法ではないみたいだな」

「多分人身売買か何かなんだろうね……」

「ん……胸くそ悪い」

「ふむ、醜いのぉ……」

「あの、どうしましょう……」

 

シアは辛そうにミュウを抱きしめる。その瞳には何とかしてやりたいという意思の光が宿っているのが見えた。だが、誠司は首を横に振った。

 

「俺としては保安署(警察)に預けた方が良いと思うがな」

「見捨てるってことですか?」

 

シアはショックを受けたような目で誠司を見る。誠司が説明する前にティオが援護する。

 

「シアよ、この大都市ではこういった闇が横行しておる。こうしてミュウを保安署に送り届ければ大々的に捜査が始まり、他の子供達も保護されるやもしれん」

「でもでもっ! せめてこの子だけでも私達が連れて行きませんか? どうせ西の海には行くのですし……」

 

ごねるシアに今度はユエが言葉を重ねる。

 

「……シア、正気? その前にグリューエン大火山にも行くのに一緒に連れて行くの? 留守番させるとしても砂漠地帯で留守番させるの?」

「そもそも誘拐された海人族の子供を勝手に連れて行ったら、向こうのエリセンの奴らからすれば俺達が誘拐犯だと思われかねないぞ。俺達が誘拐犯じゃない証拠も無いし、仮にミュウが証言しても無理矢理言わされてると思われたらそれまでだ」

「うぅ……」

 

誠司、ユエ、ティオの言葉にシアが何も言い返せないでいると、ハジメが口を開いた。

 

「ねぇ、誠司。保安署は本当に信用出来るのかな?」

「……? どういう意味だ?」

「僕としても、このままミュウちゃんを連れて行くのは気が進まない。でも保安署が百パーセント信用出来るかは怪しいと思うんだ。だって、オークションを開ける程の規模の組織だよ? もし仮に、保安署の人間がその組織と繋がっていたら……」

 

ハジメの言葉にハッとした表情を浮かべる誠司達。確かにハジメの言う通り、保安署の人間、ましてや上の立場の人間が裏組織と繋がっていれば、ミュウはエリセンではなく裏組織へ送られ、オークションのことも握り潰される可能性が高い。有り得ない話ではなかった。

 

「だからさ、保安署じゃなくて、イルワさんに話を通して預けて貰った方が良いと思うんだ」

「なるほどな。確かにイルワ支部長なら信用出来るし、事の重大さも分かっているだろうから、きちんとエリセンまで送り届けてくれるか」

 

納得して頷く誠司達は早速、ミュウをイルワ支部長のもとに預けることにした。誠司は屈んでミュウに視線を合わせると、ミュウにも理解出来るようにゆっくりと話し始めた。

 

「良いか、ミュウ。これからお前のことを守ってくれる人達の所へ連れて行く。時間は掛かると思うけど、必ずおうちに帰れると思うぞ」

「……お兄ちゃんやお姉ちゃん達は?」

 

ミュウは不安そうな声音で誠司達はどうするのか尋ねる。

 

「悪いけど、そこでお別れだ」

「やっ! ミュウはお姉ちゃん達と一緒がいいの!」

「ワガママ言わんでくれ」

「やなのーー!!」

 

ミュウは全力で拒否して近くのシアにしがみ付いた。シアはそんなミュウにゴニョゴニョと何か耳打ちする。

 

「(お風呂のために)服を脱がされたことを大声で叫ばれたくなかったら一緒に連れて行くですぅ……なの」

『………………』

 

今度は脅迫を始めた。語尾から誰の入れ知恵なのか明らかなので、全員シアにジト目を向ける。ハジメが呆れた表情でシアにデコピンする。

 

もんどり打つシアを尻目に誠司は大きく溜息を吐くと、ミュウの説得を諦めて強制肩車にしてギルドまで連れて行くことにした。ミュウは必死に抵抗するものの、誠司はお構い無しに進む。隣に苦笑いするハジメ達がいなかったら、誠司の方が誘拐犯に間違われていただろう。

 

 

誠司達はミュウを落ち着かせるのに夢中で、影から自分達を見つめる視線に気付かなかった。



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修行の一環

「……誠司」

「ああ、俺達の後を付けて来てる奴らがいるな」

 

ギルドの建物が見えて来た頃、人混みの中から漏れる視線や気配に気付いた誠司達は顔を顰める。もう追手が来たらしい。彼らとしても逃した商品を取り戻すために躍起になっているはずだ。このまま人混みの中にいたらどうなるか分からない。なので、一旦、人通りの少ない裏路地へ向かうことにした。ミュウは先程までと違う誠司達の様子から不安そうな顔をしていた。

 

 

そんな誠司達の行動を見た、柄の悪い恰好をした男達はしめたとほくそ笑む。わざわざ誰も助けに来ないような場所へ自分から行ってくれたのだ。人を殺してもバレる確率はかなり低い。しかも、今なら海人族の子供だけでなく、上物の女達も手に入れることが出来る。

 

「裏路地に入った。おい、行くぞ」

「ああ、男は殺して女と海人族のガキは頂くぞ」

「ついでにあの女達で楽しめるかもな」

 

男達は顔を見合わせて意気揚々と裏路地に入った瞬間、男達の身体が動けなくなった。強い身体の痺れが男達を襲ったのだ。その直後に背後にガチャンッという音が聞こえたような気がしたが、今の男達にそんなことを気にする余裕はなかった。

 

「ぐがっ!? 身体が……!」

「な、なんだ、痺れて動け……」

「おい! 早く応援を呼んで来い!」

「わ、分かった! ………あ、あれ? 出られねえ! 何でだ!?」

「ああ!? 何ふざけてんだ! 早く応援を呼べよ!」

「だから出られねえんだよ! 何でか知らねえけど……ぐががっ!」

「……悪いけど、お前らは当分ここから出られないよ」

『っ!!?』

 

暗がりから現れたのは誠司達だった。傍らにはクレッフィ、ベロバー、ラクライがいる。まず男達が入った瞬間、クレッフィの“フェアリーロック”で逃げ道を封じると“でんじは”で痺れさせて動けなくしたのだ。男の一人が虚勢からか喚いた。

 

「て、てめえら! 俺らフリートホーフにこんな真似して唯で……」

「ほう、フリートホーフっていうのか。お前らの所属する組織は」

 

誠司がそう言うと、喚いた男は「しまった!」という表情を浮かべ、他の男達が睨み付ける。ミュウを売ろうとしたり子供達を売っていた組織の名前が分かったのでもうこの男達に用はない。なので、男達を逃げられないようにしっかりワイヤーで拘束し、ハジメの錬成で身体の半分近くまで埋めた。男達の喚き声をBGMに誠司達は呑気に会話をする。

 

「これでよし……と。じゃあ、ギルドに向かおう」

「ああ、イルワ支部長から色々聞きたいこともあるしな」

 

誠司達は裏路地を出ると、近くに倒れていた通行禁止の看板を裏路地の前に立てた。

 

 

誠司達の顔は既に知れ渡っているようで、イルワと話をしたいと言えば、すんなり通すことが出来た。そのままイルワの部屋に入ると、イルワはドットと仕事の話をしていたようだ。ドットは少し顔を顰めるが、イルワは呆れた表情で溜息混じりに尋ねた。

 

「はぁ…… 君達、今度は一体どんなトラブルに巻き込まれたんだい? よっぽどの急用なんだろう?」

「ええ、もちろん。イルワ支部長、フリートホーフという組織に聞き覚えは?」

 

組織の名前を聞いた途端、イルワとドットの表情は険しくなった。どうやら、予想以上に悪名を轟かせている組織のようだ。ハジメも口を開いた。

 

「実は先程襲われまして、正当防衛として返り討ちにしました。ギルド近くの裏路地に全員拘束しています。それとどうやら、フリートホーフという組織は海人族の子供を誘拐していたみたいで、イルワさんに相談に乗って頂きたいんですが……」

 

ハジメはそう言いながら、傍らのミュウに視線をやる。イルワはミュウを見て更に表情が険しくなった。

 

「……なるほど。事情は分かったよ。まずはその襲って来た者達を捕らえる必要があるね。確か、近くの路地裏だったか。ドット君、頼む」

「畏まりました」

 

イルワはドットに男達を拘束するように手早く指示を出す。ドットは頷いて部屋を出た。誠司達はイルワの案内で昨日の応接室に通された。

 

 

 

「ふむ。あいつら、海人族の子供まで誘拐するとはな……」

 

誠司達から詳しい事情を聞くと、イルワは難しい表情を浮かべた。ハジメはイルワに尋ねた。

 

「イルワさん、そのフリートホーフってのはどういう組織なんですか?」

「……このフューレンにおける裏世界の三大組織の一つだよ。何とかしたいのだが、正直手を焼いているのが現状なんだ。彼らは明確な証拠を残さず、表向きはまっとうな商売をしていて仮に現行犯で検挙してもトカゲの尻尾切り状態。恥ずかしながら彼らの根絶は夢物語と言っても良い……」

『…………』

 

悔しそうに拳をギュッと握り締め、項垂れるイルワ。そんなイルワに誠司はあることを切り出した。

 

「それならあなたの依頼ということでフリートホーフを潰す依頼を俺達に出してもらいたい」

「っ!? 本気かね?」

 

誠司の提案にイルワは目を見開き、思わず誠司達を凝視する。だが、そんなイルワの視線に誠司は臆することなく頷いた。

 

「もちろん。皆はどうだ?」

 

誠司がチラリと視線を向けると、ハジメ達も誠司と同様、真剣な表情で頷いている。皆、誠司と同じ気持ちのようだ。そんな誠司達の様子を見てイルワも覚悟が決まったようだ。

 

「……分かった。裏世界の平衡の崩壊やそれに伴う治安悪化が不安だが、少なくとも今助けられる命があるのならそれを優先すべきか。後のことは後で考えよう。よし! ではこれよりイルワ・チャング支部長の権限で君達に指名依頼を出す。内容は裏組織フリートホーフの殲滅、しかし出来る限り組織と無関係の一般市民には被害を及ぼさないように心がけてもらいたい。それと報酬はこのくらいで良いかい?」

 

イルワは近くの紙切れに報酬額を書き込んで誠司達に見せる。ウィルの捜索依頼と比べ物にならない金額だ。誠司は頷いた。

 

「了解しました。ああ、そうだ。仕事が終わるまでミュウを預かってもらえますか?」

「ああ、それくらいお安いご用だよ。任せてくれ」

 

ハジメとシアはミュウをソファから降ろすと、優しく語りかけた。

 

「ミュウちゃん、しばらくこの人達と一緒に待っててくれる?」

「んみゅ、お姉ちゃん、皆……どっか行っちゃうの……?」

「いいえ、私達はミュウちゃんに酷いことをした人達を懲らしめるだけですよ。終わったらすぐに帰ってきますので良い子に待っててください」

「んみゅ……」

 

ミュウが頷くのを見て、ハジメやシアは優しく頭を撫でてやる。誠司はモンスターボールからプラスルとマイナンを出し、二体に指示を出す。

 

「プラスル、マイナン、お前らもミュウを頼むぞ」

「プラプラ!」

「マイ!」

 

プラスルとマイナンは元気に返事を返した。イルワは職員を呼んでミュウ達を安全な場所へ案内させ、フリートホーフに関する資料を持ってこさせた。資料を受け取った誠司達は早速作戦を立てていく。

 

「よし、それじゃ三手に分かれて行動する。俺はこっち方面を攻める。ハジメとユエはこっちを、シアとティオはこっちを潰して行ってくれ」

『了解!!』

「あ、そうだ。皆、これを……」

 

ハジメは何かを思い出したかのようにブローチのようなものを誠司とシア、イルワに渡した。

 

「これは?」

「この間、作った連絡機だよ。これでお互いに情報を共有出来る」

「そうか、分かった」

「ありがとうございます!」

「こんなものもあるのか…… 本当に何でもありだね……」

 

誠司とシアは連絡機を服に着ける。イルワも苦笑しつつもそれをスーツの襟に着けた。

 

 

 

フューレンの商業区の中でも外壁の近く、観光区や職人区からも離れた場所に、公的機関の目が届かない裏世界が広がっていた。そんな場所の一角にある七階建ての大きな建物があった。裏組織フリートホーフの本拠地だ。静かで不気味な雰囲気を放っている。

 

そんな建物の前に誠司は立っていた。身体のあちこちには返り血が付いていた。さっきまで複数のアジトをポケモン達と一緒に物理的に潰してきたからだ。おかげで誠司の心には殺しに対して何も感じなくなっていた。人としてはまずいことなのかもしれないが、それで躊躇えば自分だけでなく大切な者まで危険に晒す。誠司は今までの経験でそれを嫌という程分かっていた。

 

「ここがフリートホーフの本拠地か…… まぁ、さっき潰した奴の一人が死に際に言ってたから間違いはないだろ」

 

誠司はそう呟きながらポケモン達を出す。誠司は銃に弾を装填しながら指示を飛ばす。

 

「シュバルゴ、“はかいこうせん”。クレッフィは“ラスターカノン”」

 

ドォガアアアア!!

 

爆音を響かせて建物の正面口の扉が木端微塵に破壊される。

 

「な、何だ! てめえ! ここがどこか分かってんのか!」

 

騒ぎを聞きつけて、フリートホーフの構成員らしき男達が集まり、誠司達を殺そうと襲い掛かる。だが、当の誠司達はどこ吹く風だ。誠司は不敵に笑った。

 

「知ってるさ。フリートホーフ……だろ? 悪いけど、俺らの修行の一環でぶっ潰させてもらうぜ」

 

 

 

最上階のとある部屋で男は野太い大声で怒鳴りつけていた。

 

「ふざけてんじゃねえぞ! あぁ!? てめぇ、もう一度言ってみろ!」

「ひぃ! で、ですから……襲撃者は一人です! それに各地でアジトが壊滅されていると報告が……」

「だったら、さっさとその襲撃者を生け捕りにしやがれ! 散々このフリートホーフを舐めてくれてんだ! このままだとフリートホーフのメンツが丸つぶれだろうが! 見せしめに生き地獄を見せてやる! 早く俺の前に連れて来い!」

「は、はい! すぐに……」

 

室内の人間が急いで襲撃者を捕まえるためにドアノブに手を掛けようとした直前、ギイィィと扉が開いた。

 

「お、いたいた。あんたがフリートホーフのボスか?」

 

そんな呑気な声と共に扉を開けたのは先程よりも返り血を多く浴びた誠司だった。誠司の姿を見た男は悲鳴を上げて後ずさり、部屋の奥にいた男に向かって必死に叫んだ。

 

「こ、こいつです! この男です! 襲撃者は……」

 

ドパンッ!

 

男の言葉がそれ以上続くことはなかった。誠司が銃で心臓を打ち抜かれたからだ。男はそのまま倒れて動かなかくなった。呆気なく殺された部下の姿にフリートホーフの首領であるハンセンは目を見開いたまま硬直した。しかし、すぐに我に返ると、武器を素早く取り出してドスの利いた声で話し出した。

 

「……てめぇ、このフリートホーフの本拠地に手を出して生きて帰れると思ってんのか? おい! 何してんだ! 早く来い! おい! 聞こえねえのか!?」

 

ハンセンは怒鳴り声を上げて部下を呼ぶが、いくら怒鳴っても誰か来る気配がない。誠司は何も言わずに扉を全開にして、部屋の外が見えるようにする。そこには大量の構成員達が転がっていた。どれも血が流れており、吐きそうになるくらいの血の臭いが部屋に入ってくる。もう既に自分以外の生き残りがいないことに気が付いたハンセンの顔色は面白いくらいに青ざめていく。だが、そこは組織の首領なだけあって、武器を構えて攻撃をしようとするが、誠司達には通じない。

 

「クレッフィ、“でんじは”」

「ぐはあっ!!」

 

ハンセンは身体の痺れで倒れ伏してしまう。何とか必死に起き上がろうとするが、どうにもならない。ツカツカと歩み寄る誠司達から逃れようともがくが、どうこうできる訳もなく、彼に出来たことは無様に命乞いすることだけだった。

 

「た、頼む。助けてくれぇ! 金ならある! だから……」

「ガメノデス、モグリュー、頼む」

「ガメ!」

「グリュ!」

 

ハンセンの命乞いをスルーして誠司は指示を飛ばす。誠司の指示にガメノデスとモグリューは頷くと、ガメノデスはハンセンの足の方に、モグリューは手の方に向かった。

 

「お、おい……何をする気だ……」

 

怯えた様子で尋ねるハンセンを無視しながら誠司は言った。

 

「やれ」

 

ザシュッ! ザシュッ!

 

「ぎゃあああああああああ!!!」

 

部屋にハンセンの絶叫が響き渡る。ガメノデスとモグリューが鋭い爪でハンセンの両手両足を切り落としたのだ。想像を絶する激痛にハンセンはのたうち回る。誠司はすかさず神水をハンセンの身体にぶっかけた。それによって血がこれ以上流れるのは防がれたが、切り落とされた手や足は戻ってこない。

 

「安心しろ。お前だけは生かしてやるよ。これから色々情報を吐いてもらう必要があるからな。逃げられないようにしないとな」

「ぐぐぐ……て、てめぇ……!」

 

ハンセンは誠司達を睨み付けるが、誠司はハンセンの首にかけてある首飾りに気付いた。その直後、ブチィッという音と共にハンセンの首から首飾りを奪い取る。

 

首飾りには琥珀色に中に炎のような模様がある石があった。炎の石だ。多少、加工がされているが間違いない。誠司は頷くとそれを白衣のポケットにしまう。

 

「か、返せ! それは死んだ母ちゃんの形見……げぶっ!?」

 

ハンセンが必死に声を張り上げた次の瞬間、腹に誠司のつま先がめり込んだ。両手両足がないため、避けることも出来ず、咄嗟のことなために腹に力を入れることも出来なかった。苦しげな声を漏らすハンセンに誠司は冷たい声で言った。

 

「散々、子供の人生を食い物にして大勢の母親を不幸のどん底に落としておいて、自分の母親の形見は大事なのか。随分、都合の良い話だな。この石は俺が有効に使ってやるよ」

 

誠司はそう言いながら、部屋を物色し始めた。その中からミュウが本来売り捌かれることになっていたオークション会場の見取り図や顧客名簿らしきものを見付けた。顧客名簿には貴族らしき名前がいくつかあり、フリートホーフが今まで好き勝手出来たのも貴族と繋がりがあったからだろう。

 

誠司はハジメ達に連絡をし、続いてイルワにもハンセンを捕縛するように連絡した。自殺しないようにハンセンの口に部屋にあったタオルで猿轡をすると、部屋を後にした。両手両足のないハンセンにはもう何も出来ないだろう。

 

 

こうして、フューレンにおける裏世界の三大組織、フリートホーフは滅んだ。




誠司の方が悪役っぽいな……

ちなみに、ポケモン達で構成員達をボコボコにして、トドメは全部誠司が刺しました。なので、ポケモンで人殺しはしていません。


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新たな同行者

「それにしても、美術館で奴隷のオークションとは悪趣味なことだな……」

 

情報通りにオークション会場に向かった誠司。オークション会場の正体を知って思わず溜息が漏れる。目の前には大規模な美術館があった。どうやらこの美術館が奴隷のオークション会場のようだ。確かに美術館であれば貴族や金持ちが大勢入っても怪しまれないし、ついでに中の美術品なんかも買ってくれる。そういう意味では一石二鳥なのだろう。芸術に対する冒涜であるが。

 

先程までの返り血まみれの服では怪しまれるため、誠司は既に別の服装に着替えていた。美術館から離れた場所で少し待っていると、ハジメとユエ、シアとティオも遅れてやって来た。ハジメが誠司に気がつくと声を掛ける。

 

「誠司、あれがそうなの?」

「ああ、らしいな。だが、入口前に見張りがいるんだ。連中に気付かれないようにハジメの錬成で地下から行きたい。出来るか?」

「なるほどね…… うん、任せて!」

 

入口の前には黒服の屈強な男が二人待ち構えていた。そのまま強行突破しても良かったのだが、ここで騒ぎを起こしてオークションにかけられそうになっている子供達やポケモン達をどこか知らない場所へ移送されるとまずい。

 

誠司達は裏路地へ移動してハジメの錬成で地下を進むと、やがて地下深くに無数の牢獄を見付けた。入口には監視が一人いるが、呑気に居眠りをしていた。そんな監視に呆れた視線を向けつつ、誠司はクレッフィを出した。

 

「クレッフィ、“でんじは”」

「クレフィ!」

「んががっ!?」

 

監視の男は突然の身体の痺れで冷水を浴びたように意識が覚醒するも、その時にはもう手遅れだった。男は何も出来ずに椅子から転げ落ち、石畳に頭を強く打ち付けてしまい再び意識を失ってしまった。誠司達は白目を剥いて気絶している男の首から鍵と警笛を奪い取ると、牢獄の中へ入って行った。警笛も取ったのは目が覚めた時に応援を呼ばれないようにするためだ。

 

牢獄の中には大小様々な檻が並んでおり、檻には人間の子供達やポケモン達が震えて蹲っていた。十中八九、今日のオークションで売りに出される予定の()()()のようだ。

 

基本的に、人間族のほとんどは聖教教会の信者であることから、そのような人間を奴隷や売り物にすることは禁じられている。人間族でもそのような売買の対象となるのは犯罪者だけだ。彼らは神を裏切った者として、奴隷扱いや売り物とすることが許されるのである。そして、眼前で震えている子供達が全員そのような境遇に落とされるべき犯罪者とは到底思えない。そもそも、正規の手続きで奴隷にされる人間は表のオークションに出されるのだ。ここにいる時点で違法に捕らえられ、売り物にされていることは確定だろう。

 

檻の中の子供達は突然、入って来た人影に怯えていた。大方、自分達が売られる順番が来たと思っているようだ。なので、ユエがしゃがみ込み優しげな瞳で「……大丈夫」と呟いて子供達を安心させた。その内の七、八歳くらいの少年がおずおずとハジメの質問に答えた。

 

「え、えっと、お兄さんやお姉さん達は……?」

 

ハジメは不安そうな顔をしている少年に向かって簡潔に答えた。

 

「君達を助けに来たんだ」

「えっ!? 助けてくれるの!」

 

ハジメの言葉に驚愕と喜色を浮かべて、つい大声を出してしまう少年。その声は薄暗い地下牢によく響き渡った。慌てて少年は自分の口を両手で抑えるが、一向に監視が入って来る気配はない。

 

「あ、あれ……?」

 

不思議そうにしている少年をスルーして、監視から失敬した鍵で次々と檻を開けていく誠司達。子供達はポカンとしている。突然のことに理解が追い付かないのだろう。ハジメが地下牢から錬成で上階への通路を作っている間に、誠司は次にポケモン達を開放させていった。

 

子供達と一緒に檻に囚われていたポケモンは三体だった。今日のオークションでは子供の奴隷がメインだったようでポケモンの数は少なめだ。

 

一体目はクリームのようなポケモン、マホミルだ。誠司がずっと欲しいと思っていたポケモン、マホイップの進化前だ。

 

二体目はイカのようなポケモン、マーイーカ。しかも色違いだ。口元には口輪のようなものを付けられていたので、傷付かないように取り外してやる。

 

そして三体目はヒンバス、ヒンバスだけは檻ではなく水槽に入っていた。しかし、水槽には「廃棄」と書かれた紙が貼られており、中の水も濁っていた。醜い見た目のポケモンなのでオークションでも売れず処分するつもりだったようだ。

 

三体とも碌に世話をされていないようでかなり弱っていた。誠司はこみ上げてくる怒りから唇を強く噛み締める。唇を切ったのか、口の中に血の味が広がる。だが、今は子供達やポケモン達の保護を優先すべきだと切り替えて、三体をモンスターボールに入れていった。

 

その時、ガヤガヤと上階が騒がしくなってきた。誠司達は顔を見合わせて頷くと、上階へ向かって進んで行く。その時、誠司達がぐるりと子供達を囲む形で危険がないようにするのも忘れない。

 

フリートホーフの誰かかと思ったが、そこにいたのはー-----

 

 

ー---------

 

「はぁ、君達なら不可能ではないと思っていたけど、まさか半日足らずで本当にフリートホーフを壊滅させるとはね……」

 

あれからしばらく経ち、誠司達は冒険者ギルドの応接室にいた。イルワは苦笑しながら溜息を吐く。片手が自然と胃の辺りを撫でさすり、傍らに立つ秘書長ドットがさり気なく胃薬を渡した。

 

子供達を救出して上階へ上がった時にいたのはイルワが派遣したギルド職員や高ランクの冒険者達だった。既にオークション会場にいたフリートホーフの構成員や客は全て現行犯逮捕で捕縛されていた。現在、子供達はギルド内で保護されており、今後は保安局とギルドで連携して全員親元に帰されることになっている。

 

ミュウはハジメの膝の上で茶菓子をモシャモシャと美味しそうに食べている。隣に座っていたシアが微笑ましそうにミュウの口元に付いた食べかすを取ってあげる。ミュウはお菓子を食べて満腹になったのかウトウトと船を漕ぎ始めた。そんなミュウを起こさないようにイルワは声を小さめにお礼を言った。

 

「しかし、君達のおかげでフリートホーフを壊滅させることが出来た。本当に助かったよ……」

 

フリートホーフの構成員の多くは死亡したりしていたが、首領であるハンセンは生きて捕縛出来たため色々な情報を聞き出すことが出来る。アジトにも重要な資料が多く見付かり、その中には人攫いの流通ルートや連絡網などもあった。それによって、フューレンを蝕んでいた人身売買問題が一気に解決の目処が立った。しかし、イルワとしては別の懸念があった。

 

「しかし、フリートホーフの崩壊の影響でこれから他の裏組織の動きが活発になりそうだね…… はぁ、保安局との連携やらで冒険者も色々大変になりそうだ……」

 

イルワは悩ましげに溜息を吐いた。フリートホーフの壊滅を依頼したのは多くの子供達を救うためだ。イルワもそれについて後悔はしていない。しかし、これからのフューレンの未来を考えると憂鬱になる。そんなイルワの懸念も分かるので、ハジメが助け舟を出した。

 

「でもまぁ、また関係ない子供とかが巻き込まれるのは正直気分が悪いですし、イルワさんも僕達の名前を使っても構いませんよ。支部長お抱えの金ランク冒険者……とか相手からすれば相当な抑止力になるでしょうし」

「おや、良いのかい? 我々としてはその提案は凄く助かるのだけど……」

 

ハジメの言葉に思わず顔を上げるイルワ。その瞳には「えっ? マジで? ぜひ!」と雄弁に物語っていた。しかし、すぐに冷静になって誠司に視線を向けた。誠司は苦笑しながら肩を竦める。

 

「仕事のアフターフォローみたいなものと思えば異論はないですよ。それに、俺としても関係ない一般人が、自分達のやったことが原因で被害に遭うのは気分が悪いしな」

「ふむ、そうか。それならありがたく君達の名を使わせてもらうよ。心配しなくとも、君達に迷惑が掛からないような使い方を心掛けるつもりだ。それに、いざという時には使える()()()()()もあるしね……」

「? プレゼント………?」

「ふふっ、いやなに、こっちの話だよ」

 

ちなみにその後、イルワの懸念通り、フリートホーフの崩壊に乗じて勢力を伸ばそうと画策した他二つの組織だったが、イルワが用意した()()()()()と効果的な誠司達の名の使い方のおかげで大きな混乱が起こることはなかった。それによって誠司達は『フューレン支部長の懐刀』といった二つ名が生まれたりもしたが、当の誠司達には知る由もなかった。

 

また、両手両足を失ったハンセンはそのまま救護院に運ばれ、永久に誰かの世話をされないと生きていけなくなったそうだ。あんな悪人を世話したがる看護婦などいないだろうと思われたが、意外と多かったらしい。しかし、彼女達の正体を知ると、誰もが納得した。

 

立候補した看護婦は全員、フリートホーフによって我が子を誘拐されて売り飛ばされた母親達だったのだ。自分を怨む者達に命を握られるなど恐怖でしかないだろう。ハンセンのこれからの人生が悲惨なものになるのは火を見るより明らかだった。

 

 

 

「それでそのミュウ君についてだけど……」

 

イルワがミュウに視線を向ける。自分の名前を呼ばれてミュウは「んみゅ…」という声を漏らしながら目を覚ました。イルワの話は続く。

 

「こちらで預かって、正規の手続きでエリセンに送還するか、君達に預けて依頼という形で送還してもらうか……二つの方法がある。君達はどっちがいいかな?」

 

公的機関に預けなくて良いのかと首を傾げる誠司達に、イルワが説明するところによると、誠司達は金ランクの冒険者として信頼と実績がある事、今回の大立ち回りがミュウを守るためでもあったという点から、任せてもいいということになったらしい。

 

「あの、誠司さん、皆さん……私、絶対、この子を守ってみせます。だから、一緒に……お願いします」

「う~ん……僕もシアに賛成かな。ここまで来ちゃったらもう何かの縁だと思うし……」

 

シアは誠司に向かって頭を下げた。ハジメもシアに賛成のようで一緒に頭を下げた。ユエやティオは誠司の判断に任せるようで黙って誠司を見つめている。だが、二人ともハジメやシア寄りの意見のようだ。

 

「お兄ちゃん……一緒……め?」

 

ミュウもハジメの膝の上から上目遣いで誠司に尋ねる。不安げな表情を浮かべている。それを見て誠司は大きく溜息を吐く。といっても、誠司としても既に結論は出ていた。

 

「はぁ……グリューエンの大迷宮でどうするかは後で考えるか……」

「っ! それじゃあ………!」

「仕方ないだろ。ここまで懐いているんじゃな。依頼って形だったら殆どの懸念も無くなるし」

「誠司さん!」

「お兄ちゃん!」

 

満面の笑みを浮かべるシアとミュウ。ハジメ達も嬉しそうに顔を綻ばせる。海上の都市エリセンに行く前にグリューエン大火山に行くのだが、まぁその時はその時である。それにここで問答無用でミュウと別れれば、それこそ仲間内に亀裂が入りかねない。

 

こうしてイルワとの話し合いも無事に終わり、誠司達はミュウをエリセンまで連れて行くという依頼を新たに受けることになった。そして、昨日貰った手紙の他に、新たに今回の騒動のことが記された手紙を渡された。

 

また、ミュウのお守りをするために出したプラスルとマイナンはそのままフューレンのギルドに預けることになった。なんでも誠司達が出ている間に二体は職員達といつの間にか仲良くなっていたらしく、ぜひ譲って欲しいとドット含む大勢の職員達から揃って頭を下げられたのだ。トップであるイルワもプラスルとマイナンを気に入ったらしく、「私からも頼む」と頭を下げられては流石の誠司も断れなかった。何よりプラスルとマイナンも乗り気だったので「大事にしてください」とだけ言って彼女達のモンスターボールをイルワに渡した。

 

その後、プラスルとマイナンがフューレンの冒険者ギルドのマスコット的存在になり、ギルド内の結束が高まったのはまた別の話である。




ちなみにイルワが用意したプレゼントは、誠司が切り飛ばしたハンセンの腕と足です。「勢力を伸ばそうと組織が動いたら、次は君達もこうなるよ?」という脅しを込めた悪意に満ちたプレゼントです。


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閑話 水族館デート

「ねぇ、誠司。観光区に水族館があるんだって。良かったら行ってみない?」

 

ハジメからそんなことを誘われたのはミュウを助け出した翌日、宿の食事スペースで皆で朝食を取っている時のことだった。彼女の片手には一枚のチラシがあった。誠司はハジメからチラシを受け取ると内容に目を通す。

 

「へぇ、メアシュタット水族館……そんなのもあるんだな。えっと、何々……様々な海の生き物が大集合……?」

 

誠司も興味深そうにチラシを眺める。チラシに記載された地図によると、昨日通らなかった場所にあるらしい。道理で誠司達が知らなかった訳である。

 

ハジメの話にシアが食い付いて来た。樹海育ちのシアにとって、海の生物に興味津々なようだ。

 

「海の生き物ですか!? 面白そうですねぇ! 私も……モガッ」

 

ユエが咄嗟にシアの口を塞ぎ、ティオとミュウが取り繕うように言った。

 

「うむ。妾達は他に買いたいものがあるからの。誠司とハジメはそのメアシュタットとやらに羽を伸ばしてくると良い。エリセンへ行くための良い勉強になるかもしれんぞ」

「そうなの! ぜひ見て来て欲しいの!」

「そ、そうか…… まぁ、確かに面白そうだし行ってみようかな」

「うん、折角だし行こうよ!」

 

ティオとミュウに押されて誠司が頷くと、ハジメは嬉しそうに笑った。

 

 

 

それから誠司とハジメは観光区にやって来た。大道芸通りの先にメアシュタットがあるらしい。

 

「この先にあるみたいだね」

「ああ。しかし、内陸で海の生き物って気合入ってるな。管理とか輸送とか大変そうだ……」

「気にするとこ、そこなの?」

 

ハジメが少し呆れた様子で言うと、メアシュタットが見えて来た。相当大きな施設で、海をイメージしているのか全体的に青みがかった建物となっており、多くの人で賑わっていた。

 

チケットを購入して中に入ると、中の様子は極めて地球の水族館に似ていた。ただ、地球と違って大質量の水に耐えられる透明な水槽を作る技術はないようで、格子状の金属製の柵に分厚いガラスがタイルのように埋め込まれており、若干の見辛さはあった。

 

「へぇ、色々な魚がいるんだね」

「ああ……おっ! これ見ろよ、ポケモンもいるみたいだな」

 

メアシュタットには魚だけでなく、海に生息するポケモン達もいた。といっても流石にホエルオーやサメハダーといった大型だったり、凶暴なポケモンはいない。水槽にいるのは温厚で小型なポケモン達ばかりだ。具体的にはパールルやケイコウオ、ラブカス等である。

 

そんなこんなで一時間程、満喫していると、誠司はとある水槽に住むポケモンを見てギョッとした表情を浮かべて二度見した。更にジッと凝視し始めた。ハジメが不思議そうに「どうしたの?」と尋ね、水槽の中を覗き込んだ。

 

そこにいたのは一体のバスラオだった。バスラオも自分を見つめる誠司に気付いたのか、水槽越しからでも分かるくらいにけだるげな表情で見つめ返した。両者に訳の分からない緊迫感が生まれる。そんな二人(?)を放置してハジメは呆れた様子で水槽の傍に貼り付けられている解説に目を通した。

 

 

バスラオ

らんぼう魔獣 水属性

 

乱暴かつ獰猛な性格。大きくて何でも食べられる強靭な顎を持つ。非常に強い縄張り意識を持ち、縄張りに入った者を群れで攻撃する。

 

しかし、このバスラオには上記のような攻撃性が見られない。また、バスラオには赤すじと青すじの二種類の姿があるが、このバスラオのすじは白く、新種と思われる。更に人間の言葉で話すことが出来、人間の言葉を話すことが出来る魔獣は今まで例が無い。

 

 

どうやらこのバスラオ、新種かつ人間の言葉を喋ることが出来るようだ。なので、ハジメは早速水槽の中のバスラオに話し掛けてみた。

 

「えっと、こんにちは。君、人間の言葉を話せるって書いてあるんだけど、本当に話せるの? 僕の言っている言葉分かる?」

 

自分に話し掛けられ、バスラオは誠司から視線を外してゆっくりとハジメを見返した。少しの間、見つめ合うと、バスラオはチッと舌打ちをした。

 

「……チッ、初対面だろ。まずは名乗れよ。それが礼儀ってもんだろうが。全く、これだから最近の若いもんは……」

「「……………」」

 

バスラオに礼儀を説かれてしまった。随分おっさん臭いバスラオだ。しかし、バスラオの言っていることは正論なため、ハジメは頬を引き攣らせながらも再度会話を試みる。

 

「そ、それはごめんなさい。えっと、僕はハジメ。それでこっちは誠司。本当に会話出来るんだ……凄い」

 

ハジメが感心したように言うと、バスラオは不快そうに鼻を鳴らした。

 

「フン、どいつもこいつも……同じようなことばっか言いやがって」

 

バスラオ曰く、やって来る来場客から何度も何度も同じような質問をされて、心底ウンザリしていたようだ。無愛想な態度もそれが原因だったらしい。

 

誠司も苦笑しながらバスラオに言った。

 

「そ、そうか。それじゃあ、どうして喋れるようになったんだ? 生まれつきか?」

「いや、違う。これは俺の血も滲む努力の末に身に着けた努力の賜物よ」

 

話によると、どうやらこのバスラオは生まれつき他のバスラオと性質が違った状態で生まれたらしい。体のすじが赤くも青くもないこのバスラオは同族達にとって異端だった。当然、生まれた時からバスラオの群れから除け者扱いされてきたらしい。そして、同族では駄目だと早々に見切りを付けると、群れから離れて各地を泳ぎ回り、海の上にある街まで辿り着いたそうだ。そこには自分達と姿が全然違う人間達が住んでいた。そんな人間達とコミュニケーションを取ろうと、人間の言葉を死にもの狂いで覚えたのだが、返ってきたのは拒絶だった。まぁ、人間の言葉を喋ってくる魔獣とか相手からすれば恐怖だろう。無理もない。しかし、バスラオからすればショックだった。

 

バスラオも話しているうちに当時のことを思い出したのか、段々と涙声になっていった。かなり波乱万丈な生い立ちに誠司もハジメも思わずバスラオに対して同情的な視線を向けてしまう。

 

「そんな過去があったんだね……」

「全く違う種族の言葉を自力で覚えるとか並大抵の努力じゃないだろうに……」

 

誠司の賞賛混じりの言葉にバスラオも少しだけ気分が落ち着いたのか、ヒレで鼻をすする仕草を取る。

 

「おお、分かってくれるのか、兄ちゃん。魔獣の俺に親身になってくれるのはあんたらが初めてだ。折角だからあんたらの話も聞かせてくれねぇか?」

 

バスラオに尋ねられたので、誠司達も自分の今までの話をかなり端折りながらも説明した。

 

「そうか…… あんたらも若ぇのに苦労してんだな。すまねぇな、つい卑屈になっちまってた。……よし、聞きてぇことがあるなら何でも言ってみな。俺が答えられる範囲で教えてやるよ」

 

バスラオから同情された。実際苦労したのは確かだが、ポケモンにまで同情される程なのか……と少しだけ凹む誠司とハジメ。しかし、このバスラオは結構話が面白いため、ついつい話が盛り上がった。

 

そして、長時間バスラオと話し込むうちに人目につき始めた。それに気付いた誠司達は会話を切り上げた。バスラオの方も誠司とハジメが一緒にいるのを見て、デートの最中だったなと思い出し、「おっと、邪魔しちまったか」と空気を読んで会話の終わりを示した。

 

ちなみに、その頃には二人のバスラオへの呼び名は「ラーさん」呼びになっていた。このバスラオには名前がなかったらしく、二人で呼び名を考えたのだ。最初はバスラオのバの字を使って「バーさん」と呼ぼうとしたのだが、本人(魚?)から却下された。バスラオ曰く年寄りみたいで嫌とのことだ。そして、「ラーさん」という呼び名がしっくりきたので、この呼び名に決まったのだ。

 

誠司は最後にバスラオにある質問をした。

 

「ところで、ラーさんはどうしてここにいるんだ?」

「ん? いやな、俺は自由気ままな旅をしていたんだが……少し前に地下水脈を泳いでいたら突然、地上に吹き飛ばされてな。気が付いたら地上の泉の傍の草むらにいたんだよ。別に水中じゃなくても死にはしないが、動けねぇから助けを呼んだら……まぁ、ここに連れてこられたってわけだ」

 

その話を聞いて二人はツーと頬に一筋の汗を流した。バスラオの話に心当たりがあったからだ。恐らく、いや明らかにライセン大迷宮から排出された時のことだろう。どうやらこのバスラオはそれに巻き込まれて一緒に噴水に打ち上げられたらしい。直接の原因はミレディだが、巻き込んだのは自分達だし、そもそもミレディを怒らせたのも自分達だ。

 

ハジメが気を取り直すように咳払いを一つすると、バスラオに尋ねた。

 

「えっと、ラーさん。その……ここから出たい?」

「あん? そりゃあな。他の奴らはここでの生活を気に入ってるみてぇだが、俺としては宛もない気ままな旅ってのが性に合ってる。生き物ってのは自然に生まれて自然に還るのが一番なんだよ。俺はこんな檻の中ではなく、大海の中で一生を終えてぇんだ」

 

いちいち言葉に含蓄のあるバスラオ。他のポケモン達は水槽の中の生活を気に入っているようだが、このバスラオは違うようだ。彼のことは気に入っているし、何よりこんな状況にしたのは誠司達なので彼を助けることにした。

 

 

その後、誠司達は職員と交渉し、お金を払ってバスラオを譲ってもらった。職員としても物凄く無愛想なバスラオに手を焼いていたらしく、割と格安で引き取ることが出来た。誠司はモンスターボールでバスラオを捕獲した。

 

バスラオを引き取ると、誠司達は一旦外に出て、バスラオを逃がすことにした。メアシュタットのチケットは建物から出てもその日のうちは有効なので、また入ることが出来る。二人は町のマップを見て海に繋がった水路を探し、その水路まで行くと、モンスターボールからバスラオを出した。

 

「ふぅ、この球は変な感じだな。窮屈さみたいなのがねぇ」

「水槽で運ぶと目立つからモンスターボール(こいつ)を使ったんだ。この水路から出れば海に出られるはずだ」

「柵とかもないみたいだし、そのまま問題なく海に出られると思うよ」

「そうか、あんがとよ。あんたらには借りが出来ちまったな……この借りはいつか必ず返すぜ!」

「いや、気にしないでくれ、ラーさん」

「う、うん、大丈夫。気にしないで良いから……」

 

誠司もハジメも苦笑いを浮かべる。元はと言えば、自分達が原因なので罪悪感があったのだ。そんなことを知らないバスラオは男臭い笑みを浮かべながら、水面に潜って行った。バスラオを見送った二人は同時に溜息を吐いた。ハジメが尋ねた。

 

「……それでどうする?」

「とりあえず昼飯にしよう。もう昼だしな」

 

誠司が近くの時計を指で示す。時計の針はもう昼食の時間を指していた。それを見たハジメも頷いた。

 

「そうだね。じゃあ、どっかでご飯食べようか」

「ああ、昼飯食い終えたら、またメアシュタットへ行こうぜ。まだ半分くらいしか見れてないし」

「異議なし。あ、そうだ。それだったらあのハンバーガー屋に行かない? さっきから気になってたんだ」

「ハンバーガーか……良いな!」

 

早速、二人は近くにあったハンバーガーショップに入った。バスラオを逃がす時の通り道に見付けて以降、ずっと気になっていたのだ。

 

 

 

昼食を出て満足した誠司達は再びメアシュタットに入った。ハンバーガーショップのハンバーガーはかなりボリュームがあって美味しかった。ハジメは満足そうにお腹を擦る。

 

「ふぅ~、美味しかった」

「結構美味かったな、あのハンバーガー。ユエ達の分も買えば良かったかな」

 

そんな雑談を交わしながら、水槽を眺める誠司達。そして、ふれあいコーナーみたいな水槽があった。水槽の中にはヒトデマンやナマコブシがいる。この水槽には手を入れて触ることが出来るらしい。子供連れやカップルが恐る恐る水槽に手を入れている。

 

「へぇ、ふれあいコーナーとかもあるんだな」

「面白そう! ちょっとやってみない?」

 

試しに誠司達も試してみることにした。このヒトデマンやナマコブシは大人しい性格なようで、触られても特に嫌がる素振りもない。大分人に慣れているようだ。彼らからすればこれもコミュニケーションになっているようだ。

 

 

ふれあいコーナーを満喫し、その後も色々な水槽を見ていくと、最後にお土産コーナーが見えて来た。

 

「これで終わりか。結構面白かったな」

「うん。あ、折角だしさ、ユエ達の分のお土産も買って行こうよ」

「そうだな」

 

お土産コーナーには色々なものが並んでいた。魚やポケモン達を模ったお菓子や人形、貝で出来たネックレスやアクセサリーなんかもある。

 

「ねぇ、これ見て。シアやティオによく似てるよ」

「どれどれ…… ハハハ、確かにな」

 

二人で色々吟味した結果、ユエ、シア、ティオへは魚の形をあしらったお菓子を、ミュウへはラブカスのぬいぐるみも買った。お土産を買うと、そのまま宝物庫へしまい、出口に向かう。

 

 

帰り道、誠司とハジメの二人は宿へ向けて歩き出した。今日の水族館で見た魚やポケモンの感想を交えながら雑談をしている。そして、途中にユエ達と合流した。丁度ユエ達も買い物を粗方済ませたようだ。ハジメが声を掛けると、ユエ達はどこか微笑ましそうに笑っている。

 

「……誠司、ハジメ。今日はどうだった?」

「ああ、楽しかったよ。とても良い気分転換になった」

「楽しい一日だったよ。ユエ達も買い物ありがとね」

 

二人がそう言うと、ティオは満足そうに頷いた。

 

「うむ、それは何よりじゃな」

 

ユエとシアはハジメに歩み寄り、興味津々な様子で小声で話し掛けた。

 

「……それで本当の所はどうだったの? 今日のデートは?」

「デ、デートって……」

「誤魔化さないでください。男女二人で遊びに行くって紛れもなくデートですよ。さぁさぁ、白状してください」

「何やってんだ、お前ら?」

「「「何でもない(ですぅ)!!」」」

「そ、そうか……」

 

誠司は宝物庫からラブカスのぬいぐるみを取り出すと、ミュウにプレゼントしてあげる。

 

「ほら、ミュウ、お土産だぞ」

「わぁ~、誠司お兄ちゃん、ありがとうなの!」

「あとティオ、これはお土産のお菓子。後で宿で食べよう」

「おぉ、美味そうじゃの」

 

そんな風に誠司達は和気あいあいと会話を楽しみながら、宿に戻った。




原作のナイスガイな人面魚リーさんをヒスイバスラオにして登場させました。再登場させる時にイダイトウにするか悩ましいところ……


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技の特訓 かえんほうしゃ編

誠司のイーブイが進化します。タイトルから何に進化するかは察しが付くと思いますが。


誠司はイーブイの前にある物を置いた。琥珀色で中に炎の模様が入った石、「炎の石」だ。ミュウを攫って売ろうとした組織フリートホーフの首領だった男が持っていた物である。この炎の石を使えばイーブイは炎属性のブースターに進化することが出来る。誠司はイーブイをブースターへ進化させようとしていた。イーブイは目の前の炎の石を神妙な顔で見つめている。

 

「イーブイ」

 

誠司が呼ぶと、イーブイは顔を上げる。誠司は最初に自分の気持ちを伝えた。

 

「炎の石はお前をブースターに進化させることが出来る。俺としてはお前をブースターに進化させたいと思ってる。お前はどうしたい?」

 

誠司とイーブイはジッとお互いを見つめ合う。誠司がイーブイをブースターに進化させたがっているのはブースターの特性にあった。

 

ブースターの特性は“もらいび”というものだ。この特性は炎属性の攻撃を無効化させて、自分の炎属性の技の威力を上げることが出来る。次の大迷宮の舞台であるグリューエン大火山では間違いなく炎属性のポケモンが多く住んでいるはずだ。そのため、炎属性の攻撃を無効化出来れば攻略もしやすくなると誠司は考えたのだ。

 

そのためだけにイーブイの進化を決めるのも躊躇いがあったが、キュウコンの特性は“ひでり”だしシャンデラの特性は“ほのおのからだ”だ。“もらいび”の特性を持つポケモンは誠司の手持ちにも他の仲間の手持ちにもいない。

 

イーブイは少し悩んでいるようだった。そんなイーブイを見て「悩むのも仕方ない」と誠司は思う。エレザードの時も石を使って進化させたが、あの時とはわけが違う。エリキテルには分岐進化がないため進化するかしないかの二択しかなかったが、イーブイの場合は多くの選択肢があるのだ。

 

しかし、意外にもイーブイの決断は早かった。イーブイはキリッと表情を引き締め、前足で石に触れる。

 

イーブイの心には後悔で占められていた。あの時、自分がもっと強ければ……ケンタロスは死ななかったのではないか……そういう風に考えていた。だが、それはイーブイに限ったことではない。マシェードやヌマクロー、チゴラスなど殆どのポケモン達も怪我が治ると自発的に訓練を重ねている。

 

進化すればもっと手っ取り早く強くなることが出来る。強さを求めるイーブイは進化することを受け入れた。

 

石に触れた瞬間、イーブイの体は光に包まれる。体の体毛が伸び、そこには赤い体に炎のような形のフサフサの体毛に覆われたポケモン、ブースターへ姿を変えた。

 

「ブースター」

 

誠司が呼び掛けると、ブースターは顔を上げる。

 

「気分はどうだ?」

「ブギュ!」

 

 

イーブイがブースターに進化してから、誠司はブースターに炎技を覚えさせる訓練を行っていた。ブースターに進化したことで“ひのこ”は覚えたのだが、これだけでは戦力になるとは言い難い。“アイアンテール”や“でんこうせっか”など属性の違う技が使えるが、自分と同じ属性の技の方が上手く使えるようになる。なので、他の炎属性の技を習得させる必要があった。

 

同じ炎属性のキュウコンから、炎技を教えてもらっていた。キュウコンは“かえんほうしゃ”や“ほのおのうず”を披露する。

 

「コン! コココンッ!」

「ブーギュー-ッ!」

 

ポフンッ!

 

見本を見せたキュウコンはブースターに向かって、「やってみなさい」と言うように一声上げる。ブースターは必死に炎を吐こうとするが、あまり上手くいかない。誠司は頭を悩ませる。

 

「うーむ……進化したばかりとは言え、先は長いな……」

 

炎属性のポケモンには炎袋という炎を生成する器官がある。それはブースターも例外ではない。しかし、出来たばかりの炎袋ではすぐに強い炎を作り出すことが不可能なのだ。強い炎技を使えるようにするにはまずは炎袋を強くする必要だありそうだ。

 

どうしようかと考えあぐねていると、マーイーカがやって来た。ちなみに、フリートホーフに囚われていたポケモン達は解放後、三体とも誠司の仲間になった。誠司としては、マーイーカの進化形(カラマネロ)を知っているため、仲間にするのに複雑な気持ちがあったのだが、カラマネロ全てを悪と判断するのは間違いだとも考え、最終的に仲間にすることに決めたのだ。

 

ブースターやキュウコンを見て事情を察したのか、マーイーカは息を大きく吸い込むと嘴から炎を吹き出した。炎属性の技“かえんほうしゃ”だ。

 

「なっ!? マーイーカ、お前……“かえんほうしゃ”が使えるのか……」

「マイッカ!」

 

誠司が呆然と呟くと、マーイーカは得意そうに笑う。ブースターも驚きの表情を浮かべていた。誠司はマーイーカに頼む。

 

「そうだ。マーイーカ、お前もブースターの特訓を手伝ってくれないか? 属性が違うポケモンの場合のアドバイスをしてほしい」

「マイッカイッカ!」

 

マーイーカは誠司の頼みを快諾し、ブースターの元へ寄った。

 

 

 

それからブースターはキュウコンとマーイーカと一緒に、炎技の特訓をしていく。誠司はまず最初に、ブースターの炎の威力を高めることに専念していった。そのためにはブースターには悪いが、少しキツイ思いをしてもらう。

 

「キュウコン、マーイーカ、“かえんほうしゃ”だ!」

「コン!」

「マイッカ!」

「ブ、ブギュ……」

 

キュウコンとマーイーカが炎を放ち、ブースターの体は炎に包まれる。しかし、炎は全てブースターの体に吸い込まれていく。体温がどんどん上昇し、ブースターは苦しげな表情を浮かべて呻く。

 

“もらいび”の特性を活かして、火力を高めているのだ。

 

「耐えろよ、ブースター。炎袋を活性化していくにはこれが一番効率が良いんだ」

「ブギュ……」

 

一定時間が経って、誠司が合図をする。キュウコン達の“かえんほうしゃ”が止み、ブースターはドッと倒れ伏した。息は荒く、苦しげだ。誠司はブースターに話し掛けた。

 

「大丈夫か、ブースター」

「ブギュ……ブギュズ」

 

ブースターは何とか立ち上がる。大した根性だ。誠司は思わず感心した。誠司は近くの岩に書かれた的に指で示しつつ、ブースターに指示を出す。

 

「よし。ブースター、あの的に向かって“かえんほうしゃ”だ」

「ブーギュー-ッ!」

 

ブースターは口から炎を吐く。残念ながら“かえんほうしゃ”とは言い難いが、先程までの“ひのこ”とは比べ物にならない威力だった。

 

「ブギュ!」

 

ブースターは得意そうに鳴き声を上げた。誠司は「ふむ」と呟く。誠司の片手には一冊の本があった。オスカーが記したポケモンの技について書かれた本である。トランクの小屋の中にあった本の一冊だ。

 

“かえんほうしゃ”などの強い炎技を習得するには、強靭な炎袋が必要だ。しかし、進化して出来たばかりの炎袋では強い炎は出ない。炎袋を活性化させるには、時間を掛けて炎技を練習する他に、高温度の状態にすることも有効である。

 

オスカーの本に書かれた方法で試してみたのだが、効果はあったみたいだ。それから誠司は炎技の特訓を無理のない範囲でブースターに課していく。

 

そして、結果はすぐに現れた。

 

「ブースター、“かえんほうしゃ”!」

「ブーギュー-ッ!」

 

ゴオオォォォ!

 

ブースターの口から赤い炎を吹き出した。キュウコンとマーイーカは目を丸くした。誠司は満足そうに頷いた。

 

「よし、これで“かえんほうしゃ”が完成したな」

「ブギュー!」

 

ブースターは嬉しそうに笑った。




誠司のイーブイはブースターに進化しました。以前、イーブイの進化先を決めていたと書きましたが、あれから色々変更があり、ブースターになりました。

次回からホルアドへ行きます。


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久しぶりのホルアドへ

数日後、旅の準備を整えた誠司達はイルワやウィル達の見送りの元、フューレンを出発した。本来は数日はかかる過酷な旅でも、魔力駆動四輪プリーゼの力があれば、快適な旅である。あっという間に誠司達は宿場町ホルアドに到着した。

 

そのまま素通りしても良かったのだが、イルワからの届け物があるためギルドに立ち寄る必要がある。それにグリューエン大砂漠の通り道なので何も支障はない。

 

ホルアドのギルドを目指して、町のメインストリートを歩く中、誠司とハジメは懐かしげに目を細めた。ハジメに手を引かれているミュウがそんな二人の様子に気付いたようで、不思議そうな表情をしながら尋ねた。

 

「ハジメお姉ちゃん、誠司お兄ちゃん、どうしたの?」

「え? ああ、えっと、僕と誠司は前にもここに来たことがあってね。まだ四ヵ月くらいしか経ってないはずなのに随分濃い時間を過ごしたな~って思ってさ」

「まぁ、色々あったからな、俺達」

「……誠司、ハジメ、二人とも大丈夫?」

 

ユエが心配そうに尋ねる。そんなユエに誠司もハジメも手をヒラヒラ振って気にするなと伝える。

 

「別に大したことじゃないって。ちょっと感慨に耽ってるだけだから」

「ああ、思えば俺達の旅はあそこで奈落に落ちたことで始まったんだよな」

「そうそう、本当に色々なことがあったよ……」

 

ある意味、運命の日とも言うべきあの日のことを思い出し、遠い目をしながら独白する誠司とハジメの言葉を神妙な雰囲気で聞くユエ達。その時、ティオが興味深げに尋ねた。

 

「ふむ。二人は、やり直したいとは思わんのか? 元々の仲間がおったのじゃろ? 二人の境遇はある程度聞いてはいるが……皆が皆、敵意を持っていたわけではあるまい? 仲の良かったものもいるのではないか?」

 

ティオのストレートな質問に誠司もハジメも考え込む。ふと腰のベルトにあるモンスターボールが目に入り、優しい眼差しでそれを見つめる。脳裏に色々な思い出がよぎった。

 

「そうだね……確かにそういう人がいなかった訳じゃないけど…… 僕は奈落に落ちたことは後悔はないかな」

「俺もだ。もしも時が戻せたとしても俺もハジメも何度でも同じ道を辿るよ」

「ほぅ、それはなぜじゃ?」

 

ティオは少し面白そうな表情であえて聞いた。二人の様子からある程度の答えは予想出来るが。

 

「ヌマクローやブースター、キュウコン、それからケンタロスとは奈落の底で出会ったんだ。奈落に落ちなければ一生出会うこともなかった」

「それに、ポケモン達だけじゃない。ユエとも出会ったんだ。奈落の底でね。こんなに良い仲間達に出会ったのに後悔なんてするわけがないよ」

「……ハジメ」

 

ユエはハジメの言葉に嬉しそうに顔を綻ばせる。シアも微笑ましそうに笑う。二人からの答えを聞いたティオは「そうか、愚問じゃったの」と頷いた。

 

 

 

そんな会話をしながら、誠司達は冒険者ギルドのホルアド支部に到着した。誠司はギルドの扉を開ける。ブルックやフューレンといった他の町のギルドと違って、ホルアド支部の扉は金属製だった。扉からギギィィィッという重苦しい音が響き、それが人が入って来た合図になっているようだ。

 

ホルアド支部の内装や雰囲気は今までの町の支部とは異なるものだった。言ってみれば、誠司やハジメが当初抱いていた冒険者ギルドのイメージそのままである。建物の中には荒くれ者達がたむろしており、誰も彼もが目をギラつかせ、ブルックのようなほのぼのした雰囲気など皆無である。

 

誠司達がギルドに足を踏み入れた瞬間、冒険者達の鋭い視線が一斉に誠司達を捉える。ミュウは怯えた表情で傍らのハジメにしがみつく。一人のいかつい顔をした冒険者が誠司達の元に近付いて来た。

 

「おい、坊ちゃん。ここは女を侍らせたヤツが来る場所じゃねえんだよ。ぶっ飛ばされる前に失せな」

 

冒険者は凄んで誠司に向かって怒鳴る。他の冒険者達はその冒険者と同意見なのか愉快そうにヤジを飛ばす。

 

「ギャハハハ、終わったな。あのガキ」

「オレ、死ぬ方に五千万賭けるぜ」

「おれも死ぬ方に七千万」

「バーカ、そんなの賭けにならねえだろうが」

 

ドッと冒険者達の間で下品な笑いが起こる。誠司達が呆れたようにそんな冒険者達を眺めていると、怒鳴っていた冒険者がブチ切れた。

 

「おい、聞いてんのか。てめぇ、オルクス大迷宮二十階層を攻略した紫ランクのアテウ・マデス様を知らねえのか!」

 

アテウが怒鳴った次の瞬間、アテウは顔を真っ青にして泡を吹いてぶっ倒れた。アテウだけではない。誠司達に敵意を向けていた他の冒険者達も全員倒れている。残された冒険者や職員達は何が起きたのか分からず、呆然とした表情を浮かべていた。

 

誠司はユエに礼を言った。

 

「ナイスだ、ユエ」

「ん、お安いご用」

 

ユエが携帯しているモンスターボールの一つがユラユラ揺れた。ユエがシャンデラに命じて、アテウを含む冒険者達の魂を吸い取って貰ったのだ。と言っても、気絶する程度に抑えてあるが。

 

誠司達はぶっ倒れている冒険者達を気にも留めることなく、カウンターへ向かう。受付嬢は誠司やハジメと同じくらいの年の明るそうな娘だった。どうやら、美人の受付嬢というテンプレはこの町にあったらしい。もっとも、普段は魅力的であろう受付嬢の表情は緊張で強張っていたが。

 

「あの、ギルド支部長はいますか? 僕達はフューレンのギルド支部長から手紙を預かっていて直接渡すように言われているんですが……」

 

ハジメはそう言いながら、自分のステータスプレートを受付嬢に差し出す。誠司も同様に差し出した。

 

「は、はい。お預かりします。え、えっと支部長からの直接の依頼ということですか?」

「そうなるな」

「は、はぁ……?」

 

誠司の答えに受付嬢は少し訝しげな表情を浮かべる。何せ一介の冒険者がギルド支部長から直接依頼を受けるなど普通はありえないからだ。しかし、二人から受け取ったステータスプレートの情報を見て目を大きく見開いた。

 

「き、金ランク!?」

 

冒険者の中で金ランクに到達した者は一割にも満たない。なので、金ランクの認定を受けた者については、ギルド職員に対して伝えられる。当然、この受付嬢も全ての金ランク冒険者の名前は把握しており、誠司達のことなど知らなかったので、思わず驚愕の声を漏らしてしまった。

 

その声にギルド内が騒がしくなり、職員も冒険者達も誠司達を凝視している。受付嬢は自分の失態に気付き、顔を真っ青にさせて、ものすごい勢いで頭を下げ始めた。

 

「も、申し訳ありません! 大切な情報を……」

「いや、別に良いから支部長に取り次いでもらえますか?」

「は、はい! 応接室へご案内します! こちらへどうぞ!」

 

受付嬢は慌ただしく、駆け出した。ユエがポツリと呟いた。

 

「……私達、どんどん有名になっていく」

「もう気にしていたらキリがないですね」

 

シアの言葉に一同は何とも言えない表情を浮かべた。

 

 

受付嬢の案内のもと、応接室に通された誠司達。ソファに座って五分程待っていると、ギルド支部長が入って来た。六十過ぎのガタイのいい左目に傷が入った迫力のある男だった。このギルドの荒くれ者達を束ねる立場にふさわしい人物であることが伺える。

 

「お前らが話に聞いていた金ランクか?」

「ええ、そうです。あなたがギルド支部長ですか?」

「いかにも。俺はロア・バワビス、ここのギルド支部長を務めている」

 

誠司は頷くと、二通の手紙をロアに差し出した。

 

「フューレンのギルド支部長から手紙を預かっています」

「イルワからか。仕事の愚痴の手紙……って訳じゃなさそうだな。大方、お前さん達のランク関係の話ってとこか。どれどれ……」

 

核心を突いたことを言いながらロアは封を開けて、手紙の内容に目を通す。しばらく経つと読み終えたのか目を上げて誠司達に視線を戻した。

 

「……なるほど。この手紙によれば……随分と大暴れをしたようだな」

「全部成り行きですがね」

「ほぅ……手紙には、にわかに信じがたい内容ばかりであるが…… まぁ、イルワの奴がこんな嘘をわざわざ手紙に寄越してまで伝えるとは思えん」

 

ロアの言葉に思わず苦笑いを浮かべる誠司達。

 

「……!」

「……っ! …………っ!」

 

その時、部屋の外が急に騒がしくなった。男性の怒鳴っている声が扉の向こうから聞こえてくる。しかも、その声はどんどん大きくなる。何事かとお互いに顔を見合わせていると、突然、応接室の扉がバタンと開いた。職員に抑えられた状態で一人の全身黒装束の少年が部屋に入って来た。少年は部屋にいた誠司達に気付かず、ロアに向かって切羽詰まった様子で叫んだ。

 

「聞いてくれ! 魔人族が現れたんだ!」

「……君は誰かね?」

 

突然部屋に入って来た無作法者に対し、ロアが厳しい表情で何者なのか尋ねる。しかし、ハジメは目の前の人物を見て思わず目を丸くした。まさかここで再会するとは思わなかったからだ。思わず声が漏れる。

 

「……遠藤君?」

 

一方の誠司はどこかで会ったかなと首を傾げていた。ロアが驚いたように、ハジメに尋ねた。

 

「む? 知り合いかね? 南雲ハジメ」

 

ロアの言葉に今度は遠藤が驚く番だった。何せ、死んだと思われていた人間と全く同じ名前が呼ばれたのだから。

 

「な、南雲だって!?」

 

遠藤は目の前のソファに座っている白髪の少女がハジメ本人だと気付き、マジマジと見つめ始める。ハジメは居心地悪そうに顔を背けた。遠藤はまさかという面持ちだ。

 

「お、お前、マジで南雲……なのか?」

「うん、正真正銘、本物の南雲ハジメだよ」

「そ、そうか…… ってことはそっちは……中西か?」

「ああ、そうだ」

 

遠藤は二人の姿を上から下までマジマジと観察し、それでも記憶にある誠司やハジメとの余りの違いに信じ切れないようだ。

 

「えっと、何か二人とも、えらく変わってるんだけど……見た目とか雰囲気とか…… 南雲に至っては性別も変わってるし……」

「そりゃあ奈落に落ちてから色々あったからな」

「奈落の底から這い上がって来たからね。多少は変わるよ。それと性別が変わったわけじゃないから」

「多少って……別人だろ……でも、そうか。良かった、生きてたのか……ん? ちょっと待って。性別が変わってないって、南雲のその姿、どっからどう見ても女……」

「そりゃあ、僕は女だからね。元々」

「は、はあぁぁぁぁぁぁ!?」

 

更なる衝撃の事実に思わず絶叫する遠藤。その絶叫に、ギルド内では思わず耳に指で栓をする者が続出した。

 

 

 

「それで一体何の用だ? 君は確か、勇者パーティーの……」

「え、遠藤です」

 

遠藤を抑えていた職員を退室させ、ロアは険しい表情で質問を投げかける。遠藤は、未だにソファに座る誠司やハジメをチラチラ見ながら答えた。その時、遠藤はあることに気が付き、誠司とハジメに尋ねた。

 

「そ、そうだ。なぁ、中西も南雲も奈落から這い上がってきたんだよな?」

「ん? ああ、そうだな」

「それってつまり……たくさんの強い魔獣がウヨウヨいる迷宮の深層から自力で生還出来るくらい強いってことだよな? 信じられねぇけど……」

「まぁ、そうなるね」

 

遠藤の真剣な表情でなされた確認に肯定の意をハジメが示すと、遠藤はハジメに飛びかからんばかりの勢いで肩を掴みに掛かり、今まで以上に必死さの滲む声音で、表情を悲痛に歪めながら懇願を始めた。

 

「なら頼む! 一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないと死んじまう! 皆、死んじまうんだ!!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなり何なの!? 全然意味が分からないんだけど? せめて事情を話して貰わないと……」

 

ハジメが、普段目立たない遠藤のあまりにも切羽詰まった尋常でない様子に、困惑しながら問い返す。このままでは埒があかないと判断したロアが力づくで遠藤をハジメから引き離す。

 

「まずは落ち着け。それに彼女の言う通り、詳しく話を聞かせて貰わないと困る。さっき魔人族と言っていたが、具体的に何があった?」

「そ、それは……」

 

ロアに諭され、遠藤はぐったりと力が抜けた状態で話し始めた。情緒不安定な遠藤の様子から、碌な内容じゃないだろう。誠司達は嫌な予想をしながら聞くことになった。




アテウ・マデスはコミカライズ版に登場した当て馬冒険者です。また、原作では遠藤がハジメと再開してから、ロア支部長と話をする流れでしたが、アニメ版ではハジメ達がロア支部長と話をしている最中に遠藤が乱入してくるという流れでした。本作ではアニメ版の流れの方がスムーズだったのでそちらを採用しました。

次回、勇者パーティSIDEになります。


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魔人族襲来!

大変長らくお待たせしました! 卒論やら引っ越しやらでてんやわんやだった上に新生活で書く暇がありませんでした……
気付いたら、前回から一年近く経ってしまいました……


それはオルクス大迷宮での訓練中の出来事だった。

 

勇者、天之河光輝が率いる神の使徒達はオルクス大迷宮で実践訓練を積んでいた。およそ四ヶ月程前に誠司とハジメが奈落に落ちるというハプニングがあり、それによって戦線離脱する者も続出したが、それでも勇者を含む十五人は引き続き実践訓練を続けていた。一行は既に六十五層のバッフロン(階層ボスに当たるポケモンは何度でも復活可能)にリベンジを果たし、前人未踏の八十九層目を攻略している所だった。

 

「万象切り裂く光、吹きすさぶ断絶の風、舞い散る百花の如く渦巻き、光嵐となりて敵を刻め! “天翔裂破”!」

「キィィ!?」

「キキッ!?」

 

聖剣を腕の振りと手首の返しで加速させながら、自分を中心に光の刃を無数に放つ光輝。それにより、空中を羽ばたく十数匹のズバットやゴルバットの群れは成すすべもなく一掃されて地に落ちていく。そして、光輝に続いて前衛組が後衛組のサポートの下、地上のデルビルやヘルガーの群れを一体一体確実に各個撃破していった。殲滅には五分も掛からなかった。

 

 

「ふぅ、ひとまずはこれくらいかな。それにしても……次で九十層か。この階層の魔獣も難なく倒せるようになったし……迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな」

 

戦闘を終え、互いの健闘を称え合う中、光輝が感慨深そうに呟いた。そんな光輝に、彼の幼馴染兼パーティーメンバーの一人でもある八重樫雫が注意する。

 

「だからって、気を抜いちゃダメよ。この先にどんな魔獣やトラップがあるかわかったものじゃないんだから。油断大敵よ」

「ハハハ、雫は心配しすぎってぇもんだろ? 俺等ぁ、今まで誰も到達したことのない階層で余裕持って戦えてんだぜ? 何が来たって蹴散らしてやんよ! それこそ魔人族が来てもな!」

 

雫と同様、彼と同じパーティーメンバーの一人である坂上龍太郎はそんな雫の言葉を豪快に笑い飛ばす。そして、光輝と拳を付き合わせて不敵な笑みを浮かべ合った。そんな二人を見て、雫は呆れたように溜息を吐く。ここ最近、順調に攻略が進んでいるため、龍太郎のように勢いづく者が増えてきたのだ。そういった者達の行き過ぎをずっとフォローして来たので、すっかり苦労人姿が板に付いてしまっている。

 

向こうでは、光輝達の幼馴染であり、雫の親友である白崎香織が己の本分を全うしていた。治癒師として、先程の戦闘で怪我をした者達の治療をしているのである。彼女のステータスはあのハプニングがあってから急成長を遂げており、今では勇者パーティーや前線組に欠かせない存在となっている。

 

そこまで成長を遂げられたのはひとえにハジメや誠司にもう一度会いたいという想いによるものだ。その香織の想いを知る者はごく一部である。

 

 

そんなこんなで光輝達は九十層に足を踏み入れてしばらく探索をする。探索を始めてから三時間程経つと、一人、また一人と怪訝な顔を浮かべる。

 

「どうなってるんだ?」

 

何せ魔獣が一体も出てこないのだ。今までは攻略の途中に何度も魔獣に阻まれ、探索が遅れることもあったのに、今は順調過ぎるほどに進んでいる。それが却って違和感を覚えさせた。

 

「………なんつぅか、不気味だな。最初からいなかったのか?」

 

龍太郎と同じように、メンバーが口々に可能性を話し合うが答えは出ない。寧ろ困惑が深まるばかりだ。

 

「……光輝。一度、戻らない? 何だか嫌な予感がするわ。メルド団長達なら、こういう事態も何か知っているかもしれないし」

 

雫が警戒心を強めながら、光輝にそう提案した。光輝としても、何となく嫌な予感を感じていたので雫の提案に乗るべきかと考えたが、何らかの障碍があったとしてもいずれにしろ打ち破って進まなければならないし、八十九層でも割りかし余裕のあった自分達なら何が来ても大丈夫ではないかと考えて、答えを逡巡する。

 

「残念だけど、あんた達に戻る道なんて残されていないよ」

 

突如、聞いたことのない女の声が響き渡った。男口調のハスキーな声音だ。光輝達は、ギョッとなって、咄嗟に戦闘態勢に入りながら声のする方に視線を向けた。

 

コツコツと足音を響かせながら、広い空間の奥の闇からゆらりと現れたのは燃えるような赤い髪をした妙齢の女。その女の耳は僅かに尖っており、肌は浅黒かった。

 

光輝達が驚愕したように目を見開く。女のその特徴は、光輝達のよく知るものだったからだ。実際には見たことはないが、イシュタル達から叩き込まれた座学において、何度も出てきた種族の特徴。

 

「魔人族…………」

 

誰かが発した呟きに、魔人族の女は薄らと冷たい笑みを浮かべた。彼女の傍らにはカラマネロと、背中に巨大な大樹が生えた亀のようなポケモン、ドダイトスがいる。魔人族の女は冷ややかな笑みを口元に浮かべながら、驚きに目を見開く光輝達を観察するように見返した。

 

「はじめまして。あたしはカトレア。あんたが勇者かい? そこのアホみたいに金ピカの装備をしてるやつ」

「アッ……う、煩い! 魔人族なんかにアホ呼ばわりされるいわれはないぞ! それより、なぜ魔人族がこんな所にいる!」

 

あまりと言えばあまりな物言いに軽くキレた光輝が、その勢いで驚愕から立ち直ってカトレアに目的を問いただした。そんな光輝の態度にカトレアは呆れたように溜息を吐く。

 

「はぁ……勇者ってのは随分礼儀知らずのようだね。正直こんなのが使えるとは思えないけど……まぁ、仕方ないか。さてと。単刀直入に聞くけど、あんた、うちに来る気はないかい?」

「な、なに? うちに来るって……どう言う意味だ!」

「呑み込みが悪いね。そのまんまの意味だよ。勇者君を勧誘してんの。あたしら魔人族側に来ないかって。色々、優遇するよ? どうだい?」

 

光輝達としては完全に予想外の言葉だったために、その意味を理解するのに少し時間がかかった。そして、その意味を呑み込むと、クラスメイト達は自然と光輝に注目し、光輝は、呆けた表情をキッと引き締め直すと魔人族の女を睨み付けた。

 

「断る! 人間族を、仲間達を、王国の人々を裏切れなんてよくもそんな口を叩けたな!」

 

光輝の言葉に、安心した表情をするクラスメイト達。光輝なら即行で断るだろうとは思っていたが、ほんの僅かに不安があったのは否定できない。もっとも、龍太郎や雫など幼馴染達は、欠片も心配していなかったようだが。

 

一方、申し出を断られたカトレアは「あっそ」と特に気にも留めない様子だった。

 

「勿論、あんた以外のお仲間達も優遇するそうだけど、それでも来ないかい?」

「くどい! 何度も言わせるな! 俺は勿論、仲間達も絶対に裏切ったりなんかしない! 魔獣なんかもいるようだが、一人で来たのは間違いだったな! 大人しく投降しろ!」

 

仲間には相談せず代表して、やはり即行で光輝が答える。そんな勧誘を受けること自体が不愉快だとでも言うように、光輝は聖剣を起動させ光を纏わせた。これ以上の問答は無用。「投降しないなら力づくでも!」という意志を示す。

 

この状況に内心で舌打ちしたのは、雫と永山重吾だった。前線組の中でも思慮深い二人は、カトレアの態度に最初から違和感を覚えていた。自分達のことを待ち伏せていたようだし、傍らの魔獣達も今まで見たことのない種類のものだった。だからこそ、適当に言いくるめて場所を変えたり、油断させるなりして奇襲を仕掛けることも考えていたのだが、光輝の独断によってお釈迦になってしまったのだ。そして、そんな二人の危機感は的中した。

 

「そうかい、それなら仕方ない。さっさと片付けるか。出番だよ、お前達」

 

カトレアがチラリと下に視線を向けて、指示を飛ばす。次の瞬間、地面が大きく揺れた。

 

『ぐあぁ!?』 『きゃあぁ!?』

 

突然の大地震に不意を突かれ、立つことも出来ずに倒れる光輝達。揺れが収まるとボコッという音と共に、岩で出来た蛇のような魔獣が五体、姿を現した。イワークだ。イワーク達は岩を飛ばして攻撃を仕掛ける。

 

咄嗟に永山や龍太郎等の近接攻撃を得意とする者達が起き上がって岩を防ぎ、何とか仲間達を守り切る。その様子を見て、ヒュウとカトレアが口笛を吹く。

 

「へぇ、やるねぇ。それならこいつらはどうだい?」

 

カトレアが再び指示を飛ばす。すると、イワーク達と同様、地中から新たな魔獣達が姿を現した。

 

ホッキョクグマのような魔獣のツンベアーと、紫色の仔猫の魔獣のチョロネコだ。それぞれ十数匹はおり、全員虚ろな目で光輝達を睨み付けている。

 

こうして、光輝達勇者パーティとカトレア率いる魔獣軍団との戦いが始まった。




個人的に筆の進みが遅くなる場面

・原作に全くない本作オリジナルシーン
・原作と殆ど同じだけど、話の都合上カット出来ないシーン

ちなみに、最初の構想ではイワーク達同様、ドダイトスも地面に潜らせようと思っていましたが、ドダイトスは“あなをほる”が使えないのでカトレアの側に立つ形になりました。地面タイプなのに……


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救出依頼

誠司達SIDEに戻ります。


遠藤の語った内容は誠司達の予想通り、碌なものではなかった。

 

遠藤含む光輝達前線組は女魔人族カトレアが引き連れたポケモン達と戦ったものの、今までの層のポケモン達とは比べ物にならない強さだったそうだ。仲間数人が傷付き、現在は何とか退避して回復に専念しているのだそう。遠藤に応援を呼ぶように送り出して。

 

遠藤がギルドまで戻れたのは、“暗殺者”の天職のお陰だったらしい。生来の影の薄さと暗殺者のスキルを駆使して何とか戻ることが出来たのだ。しかし、犠牲が無いわけではなかった。地上に戻るための転移陣がある層まで戻った際に、カトレアの配下のポケモン達に追い付かれ襲われたのだ。転移陣に待機していた騎士達によって逃がされて、命からがらここまで来ることが出来たのだ。

 

「だから戦力を集めて急いで戻らないとこのままじゃ天之河達も……」

 

必死でそう訴える遠藤に誠司達もロアも深刻な表情を浮かべた。室内は重苦しい雰囲気に満たされていた。

 

……のだが、ハジメの膝の上で幼女がモシャモシャと頬をリスのよう膨らませながらお菓子を頬張っているため、イマイチ深刻になりきれていなかった。幼いミュウには少々難しかったようだが、それでも不穏な空気は感じ取っていたようで、不安そうにしているのを見かねてハジメがお菓子を与えておいたのだ。不安そうにソワソワされても迷惑かと思い、お菓子をあげていたのだが、裏目に出てしまった。

 

「つぅか! 何なんだよ! その子! 何で、呑気に菓子食わしてんの!? 状況理解してんのかよ!? みんな、死ぬかもしれないんだぞ!」

「ひぅ!?」

 

 場の雰囲気を壊すようなミュウの存在に、ついに耐え切れなくなった遠藤がバンッとテーブルを叩きながら怒声を上げる。その瞬間、遠藤の周囲から殺気が噴き出る。何だかんだでミュウは既に誠司達のアイドル的存在になっている。そんな彼女に危害を加えようとする者に容赦はしない。

 

「……何ミュウちゃんに八つ当たりしてるの?」

「……気持ちは分からんでもないが、大人気ないぞ」

「……処す?」

「……コテンパンにしますよ?」

「……少しは落ち着かんか。見苦しい」

「ひぅ!?」

 

先程のミュウと同じような悲鳴を上げて、思わず隣のロアにしがみ付く遠藤。そんな遠藤を尻目にハジメやシアがミュウをなだめ始める。とりあえず一区切りついたところで、ロアが呆れたような表情をしつつ、埒があかないと判断したのか話に割り込んだ。

 

「さて、誠司、ハジメ。さっきのイルワの手紙でお前達の強さは知ってる。たった五人で魔獣の大群の殲滅、半日足らずでフューレンを巣食う闇組織の壊滅……イルワの奴が嘘を吐いていなければの話だがな。俺も一応事の概要は掴んでいたが……実際ここまでぶっ飛んでるとは思わなんだ。お前達が実は魔王だったと言われても不思議に思わないぞ」

 

ロアの言葉に、遠藤が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。自力でオルクス大迷宮の深層から脱出した誠司やハジメの事を、それなりに強くなったのだろうとは思っていたが、それでも自分よりは弱いと考えていたのだ。

 

何せ、今まで無能と称されていた者達だ。姿が変わっていても、どうしてもまだその認識があった。だからこそ、遠藤は自分が二人の実力を過小評価していたことに気付き、もしかすると自分以上の実力を持っているのかもしれないと、過去の二人と比べて驚愕しているのである。

 

遠藤が驚きのあまり硬直している間も、ロアと誠司達の話は進んでいく。

 

「そんなお前達の腕を見込んで頼みがある。俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」

「……勇者達の救出ですか?」

「そういうことだ」

 

遠藤が、誠司の「救出」という言葉を聞いてハッと我を取り戻す。そして、身を乗り出しながら捲し立てる。

 

「そ、そうだ! 中西、南雲! 早く一緒に助けに行こう! 二人がそんなに強いなら、きっと皆を助けられる!」

「「…………」」

 

見えてきた希望に瞳を輝かせる遠藤だったが、誠司もハジメも反応は芳しくない。何か考え込んでいるようだった。遠藤は当然、二人とも一緒に救出に向かってくれるものだと考えていたので、即答しないことに困惑する。

 

「どうしたんだよ! 今、こうしている間にも皆が死にかけているかもしれないんだぞ! 何を迷ってんだよ! 仲間だろ!」

「……は?」

「……仲間? 誰が?」

 

聞き捨てならない言葉が耳に入り、思わず視線を戻す二人。底冷えのする声に遠藤は先程の殺気を思い出し、尻込みするも、半ば意地で言葉を返す。

 

「誰がって……俺達は仲間だろ!? だったら仲間を助けるのは……」

 

そんな遠藤の言葉に誠司は思わず鼻で笑った。そして、冷ややかにあることを尋ねる。既に知っていることではあるが、聞かずにはいられなかった。

 

「へぇ……なら、あの時、俺達を奈落に落としたあの魔弾は誰が撃ったものだったんだ?」

「……へ? あっ……」

 

一瞬、遠藤は何を言っているのか分からない様子だったが、すぐに質問の意図に気付いたのか顔を青ざめる。ハジメも同様に質問した。

 

「仲間が生死不明になったんだから、当然誰の攻撃だったのか明らかにしてるんだよね? まさか、そのまま事故でなぁなぁにした……なんて言わないよね?」

「そ、それは……」

 

動揺して反論一つ出てこない遠藤の姿が、ハジメの言葉が事実であることを証明している。

 

「で、でも、頼む! 皆を助けてくれ! 虫の良いことを言ってるのは分かってる! 今までのことだって全部謝る! 早くしないと重吾が、健太郎が……皆が死んじゃうんだ! 何でもするから! お願いします! お願いしますぅ!」

 

遠藤が必死に誠司やハジメの手を握り、懇願をし始めた。予想以上に強い力に驚く。それだけ必死だということなのだろう。そんな遠藤の様子を見かねてロアが口を挟んだ。

 

「俺からも頼む」

「……ロア支部長」

「お前達が彼らを快く思っていないのは分かってる。だが、勇者パーティは俺達人間族にとって希望と言える存在。彼らが死ねば、魔人族との戦争に多大な影響が出る。だから、思うところもあると思うが、何とか堪えてもらえないか?」

 

ロアも頭を下げて頼み込んだ。そんなロアの態度に、思わず言葉を飲み込む誠司達。誠司もハジメも再び思案し始める。

 

実は、勇者パーティを助けるのに乗り気じゃないのは、別に彼らに恨みがあるからではない。遠藤の話に聞いていたポケモン達も、今の誠司達の手持ちなら相性等を考慮しても特に苦戦することもないだろう。

 

問題は自分達がポケモンを使うことにあった。ただでさえ、クラスメイトの中には自分達を敵視する者もいたのに、わざわざそんな者の前に攻撃材料を持って現れるなど真平ごめんだったのだ。しかし、必死に懇願する遠藤や頭を下げているロアを見て、そのまま見捨てるべきかともなる。

 

そして、ハジメの脳裏にはある言葉が過ぎった。水妖精の宿での愛子の言葉だ。

 

『白崎さんは諦めていませんでしたよ』

『自分の目で確認するまで、あなた達の生存を信じると。今も、オルクス大迷宮で戦っています』

 

「……白崎さんはまだ無事?」

 

ハジメが、遠藤にポツリと尋ねる。いきなりの質問に遠藤は「えっ?」と一瞬、疑問の声を漏らすものの、取り敢えず何か話をしなければハジメが協力してくれないのではと思い、慌てて香織の話をしだす。

 

「あ、ああ。白崎さんは無事だ。っていうか、彼女がいなきゃ俺達が無事じゃなかった。最初の襲撃で重吾も八重樫さんも死んでたと思うし……白崎さん、マジですげぇんだ。回復魔法がとんでもないっていうか……あの日、お前が落ちたあの日から、何ていうか鬼気迫るっていうのかな? こっちが止めたくなるくらい訓練に打ち込んでいて……雰囲気も少し変わったかな? ちょっと大人っぽくなったっていうか、いつも何か考えてるみたいで、ぽわぽわした雰囲気がなくなったっていうか……」

「……そう」

 

 聞いてないことも必死に話す遠藤に、ハジメは一言そう返した。少し沈黙が流れ、ハジメは誠司に声を掛ける。

 

「……誠司」

「……助けたいのか? お前を虐めてた奴もいるんだろ? 本気か?」

「……うん。白崎さんには義理もあるし、そのまま見殺しにするのはね」

「はぁ……そうかい……」

 

ハジメの言葉に誠司は溜息混じりに少し考え込む仕草を取ると、ユエ達に視線を向けた。

 

「……私はどこでも付いていく」

「ミュウも! ミュウも付いていくの!」

「私もですよ! だって仲間なんですから!」

「もちろん、妾もじゃ」

「……皆、ありがとう」

「……分かった」

 

仲間からの言葉に心が温かくなった。ハジメがお礼を言う。仲間達の言葉に誠司もようやく腹が決まった。そして、最後にロアへ視線を向ける。

 

「ロア支部長、この依頼はどれくらい報酬が出ますか?」

「ん? ああ、これくらいだな」

 

ロアが近くの紙にサラサラと報酬金額を書き込む。そこには相場の倍以上の金額があった。まぁ、緊急性の高い上に救出対象が勇者パーティだから無理もない。遠藤は額を見て目をひん剥いていた。あまりの金額の高さに驚いているのだろう。

 

「え、えっと……助けてくれるってことでいい……のか……?」

「ああ。だが、条件が一つだ。お前らを助ける以上、その方法に文句を言うな。それを守れるなら助けてやる」

「守る! 守るよ! 皆を助けてくれるならどんな方法でも良い! だから頼む!」

「よし、決まりだ。ロア支部長、依頼を受けます」

「そうか。ならば頼むぞ、最年少の金ランク冒険者達!」

『了解!!』

 

結局、誠司達が一緒に行ってくれるということに安堵して深く息を吐く遠藤を無視して、誠司達はロアとさくさく話を進めていった。

 

流石に、迷宮の深層まで子連れで行くわけにも行かないので、ミュウをギルドに預けていく事にする。その際、ミュウが置いていかれることに激しい抵抗を見せたが、何とか全員で宥めすかし、ついでに子守役兼護衛役にティオも置いていく事にして、ようやく誠司達は遠藤の案内で出発することが出来た。

 

「よし、それならさっさと行くぞ。早くしろ、安藤」

「遠藤だよ! 俺、影が薄いどころか名前すら覚えられてなかったのか……」

 

誠司から名前すら覚えられていなかったことに思わずショックを受ける遠藤だったが、今はそれどころではない。ハジメ達に急かされながら大迷宮に入ると、ハジメ、ユエ、シアがポケモン達を繰り出すのを見て、目が飛び出るくらいに驚愕した。

 

「ま、魔獣……!? 何で……!?」

「良いから早く乗って」

「で、でも……」

「文句は無しだろ。シア、悪いが俺も乗せてくれ」

「良いですよ!」

「よし。先に行くぞ」

 

誠司はシアのゴーゴートに相乗りさせてもらい、先に走り出した。ユエを乗せたシャンデラもそれに続く。ハジメを乗せたメタングも、困惑する遠藤の身体をガシッと掴むと、そのまま大迷宮を疾走する。

 

「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

遠藤の絶叫を響かせながら。



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